FAIRY TAIL~妖精の錬金術士~ (中野 真里茂)
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錬金術士と火竜

よろしくお願いします


 魔法がごく普通に存在し、魔法を用いた魔導士という職業すら存在するこの世界。そんな世界の一国であるフィオーレ王国、ハルジオンの街。

 

 派手な桜色の髪に鱗柄のマフラーを巻いた少年ナツとところどころに煤汚れが目立ち、指先から足先まで頭以外の全てを覆う白いローブを羽織り、杖をついて歩く青年ララン、そして二足歩行で歩く猫のハッピーが横並びで歩いていても、誰も気に留めることはない。

 

「なぁ、火竜(サラマンダー)ってのはイグニールのことだよな?」

 

「確かに火竜と言えばイグニールが真っ先に思いつくけど」

 

「だよな。やっと見つけた! ちょっと元気になってきたぞ!」

 

 ナツが探しているのは火竜(サラマンダー)と呼ばれるドラゴン。本当の名前はイグニールというらしい。

 

 ドラゴンに会ったことはないのでよく分からないが、ドラゴンは既に絶滅したと言われている。

 

 そもそもドラゴンのような巨大と思われる生物がこんな街中にいるはずはないと心中では思ってはいるが、ナツを悲しませない為に嘘をついていた。

 

 しかしここまで信じられると、なんだか申し訳なくなる。かれこれイグニールを探して七年らしい。確かに早く見つけたいという気持ちは分かるが。なんせそのドラゴンはナツの育ての親だと言うのだから。

 

 イグニールを探して街を歩いていると、前方に女性の黄色い声がこだまする人だかりが見えた。しかもその声々の中には『火竜様』と叫びにも近い声も聞こえる。その声が耳に入った途端にナツとハッピーはその集団に向かって走り出した。

 

「噂をすれば何とやらって!」

 

「あい!」

 

「ちょ、ちょっと待て!こんな街中にドラゴンがいたら…ってもう遅いか……」

 

 止めようとしたが時にすでに遅し。慌ててその後を追う。女性たちの中心には長身の痩せた男がファンサービスのように女性たちにサインや写真撮影に応じていた。声を聞けば確かに彼は火竜様と呼ばれ、周りを囲う女性たちはが火竜の虜のように目をハートを浮かべている。

 

 ナツは女性たちの厚い壁を潜り抜けて、なんとか中心にまでたどり着く。どう壁を破ろうとしてもナツの元へは行けそうになかったので女性たちの厚い壁の上からナツの様子を見守っている。

 

 ナツは火竜に向かって、「誰?」と一言、つまり人違いであった。ナツの求めた火竜ではなく、全くの別人だった。相手は人で、こちらが探しているのはドラゴン。当たり前のことだが一目見ただけでわかる。

 

 明らかにテンションを落としたナツはしょぼくれて、帰ろうとしたが、女性らに『火竜様に対して失礼である』と憤慨され、一方的に殴られ蹴られた挙句に壁の外へ弾き出された。

 

 あの男が浸かっているのは魔法、それも魅了魔法だ。本来心優しい女性たちの心を操り、暴力を振るわせる。魔法の根源はあの火竜様とやらの指輪か。

 

 魅了系の魔法は簡単に人の心を奪うことが出来る。ただ使ってるのがバレると十中八九嫌われる。魔導士ではない一般人に対して使えば、ほぼほぼバレることはないが。

 

 確か魅了魔法は危険性や倫理の問題点から禁止されていたはずだ。気にならないこともないが、今日はイグニールを探す目的で来ている訳で、正規の依頼でもない。首を突っ込みすぎるのも良くない。というか面倒だ。

 

 火竜様は足元から紫色の炎を噴出させ、それを足場にして立ち去った。『夜は船上でパーティをするから、皆、参加してくれるよね』というセリフを残して。

 

「なんだアイツは」

 

「やっぱり人違い、いや竜違い、だったな。それにしても小賢しい奴。あの指輪、魅了効果の指輪だ。そこまでして女を惹きつけて何がしたんだか」

 

「本当いけすかないわよね」

 

 声のした方を振り返ると、先ほどまで火竜を取り囲んでいた女性陣のうちの一人がそこにいた。しかし、既に火竜に魅力を感じている様子はない。しかも『さっきはありがとね』とナツに感謝を述べたかと思うとレストランにまでつれていってくれると言う。

 

 レストラン

 

「ナツ、お行儀がよろしくないぞ」

 

「あんふぁいいひほがだぁ」

 

「すまない、こいつは最近良い食事が取れていなくて。今はあんた、良い人だなぁと言ったんだ」

 

 レストランに着くやいなや、ナツは料理を大量に注文し、三品を同時食べるなど、あり得ない速さで食べ続けていた。ハッピーも同様で来店からずっと魚をむさぼり続けている。一応注文はしたものの、こうも横で豪快に食べられると食欲がなくなってしまったので先の女性に話しかけた。

 

「自己紹介が遅れた。俺はララバンティーノ・ランミュート。長くて呼び辛いから人は皆、ラランと呼ぶ。君もそうしてくれると嬉しい。こいつはナツ、この猫はハッピー。よろしく」

 

「あ、あたしはルーシィ。よろしく」

 

 ルーシィは自分は魔導士であり、先ほどの火竜が魅了の魔法を使って人々の心を引き寄せていたこと。ナツが人だかりに飛び込んできたことで魅了が解け、正気に戻ったことを丁寧に話してくれた。わかっていることだが、熱心に話してくれる彼女を無下には出来ない。最後まで聞いているとルーキー魔導士とは思えないほどちゃんと見ており、細かい分析をしている。

 

 更にルーシィはまだ魔導士ギルドに所属していないもののギルドについて熱く語ってくれた。中でも特に入りたい意中のギルドがあるようで。そのギルドの名前は『妖精の尻尾』らしい。

 

 その後、話題はナツ達が探していたイグニールについて。ルーシィはてっきり人間だと思っていたようだが、ナツの口から本物のドラゴンであることが伝えられると、目を丸くし『こんな街中にドラゴンがいるわけがない』と至極真当なことを言っていたがナツ、ハッピーは今気づいたというような顔をする。

 

 そう、それが普通なんだ。

 

「じゃ、あたしはそろそろ行くけど、ゆっくり食べなよね」

 

 ルーシィは札束をバンっとテーブルの上に置き、帰ろうとする。そのあまりにも潔く、格好のいい様にナツとハッピーは感銘を受け、涙を流し、土下座で感謝述べた。

 

「「ご馳走様でした!!!」」

 

「ってもこれで今食べた量、払いきれるか……?」

 

 

 ―夜―

 

「ぷはぁーー!食った食った!」

 

「あい」

 

「それにしてもよく食べた。ルーシィがくれたお金で足りるかヒヤヒヤしたよ」

 

 レストランでの食事は夜まで続き、ようやくナツが満腹を迎えて店を出た。それから食後の散歩として、海を一望できる高台を歩いている。ハッピーがふと海の方角を見ると、港から少し出た所に一隻の大きな船が煙を上げていた。

 

 あれほど大きな船でパーティか。いいご身分だと思わざるを得ない。船に荷物を積んでいるゴロツキ共はあの火竜様の手下か。悪そうな奴らだ。

 

 だがドレスコードをした女性たちが船乗り場に駆けつけているのを見ると、確かにあの船で間違いないらしい。どうにも良い予感はしないな。

 

「そいや、火竜が船上パーティをやるって。あの船かなぁ」

 

「うぷ、きもちわりぃ……」

 

「想像しただけで酔うのやめようよ……」

 

「頼むから吐かないでくれよ」

 

 ナツの背中をさすりながら薬を飲ませていると、横を通りかかった女性二人組が例の船を指差して喋っていた。それを盗み聞くというわけではないが、二人組の話に耳を傾ける。

 

「見て見て~! あの船よ!火竜様の船! あ~ん、私もパーティに行きたかったぁ~」

 

「火竜?」

 

「知らないの? 今この街に来てる凄い魔導士なのよ。あの有名な妖精の尻尾の魔導士なんだって」

 

 『妖精の尻尾』という単語が女性の口から発せられるとピクリと反応する。ナツは船の方を見ながら小さく『妖精の尻尾』と呟いた。更にしゃがみ込んで、落下防止の柵の隙間から、例の船をじっと見つめている。

 

 火竜様の船、船上パーティ、たくさんの魅了魔法をかけられた女性たち。どうにも我慢出来ず、事情を聴くべく二人組に話しかけた。

 

「すまない君たち、火竜様というのは昼に女性たちを魅了していた男性で間違いないか?」

 

「え、あ、はい! 私もお昼に火竜様のサイン貰ったんです!」

 

「そうか、それは幸運だったね。それで彼が『妖精の尻尾』の一員だとは何処で?」

 

「えーと、火竜様の仲間の人が言ってたんです。俺たちは天下の『妖精の尻尾』だからーって」

 

「なるほど。ありがとう、参考になったよ」

 

 ラランは女性たちから例の火竜の情報を聞き出すと、ナツの方へ戻った。先ほどまでの空想船酔いをしている様子はなく、ただぶつぶつと『妖精の尻尾』と呟きながら船を眺めたままだった。

 

「ナツ、依頼にはないけど、あれを壊しに行くか? 偽物退治も必要だろ」

 

「当たり前だ!」

 

「トラベルゲートだ。船に着いたらこれを船内のどっか適当に投げておいてくれ」

 

「よっしゃあ!」

 

 ラランはナツに白い輪を渡すとこつんと拳を合わせる。それを合図にナツが勢いよく高台から飛び出した。女性2人組は突然、高台から飛び降りたナツに驚いて絶叫したが、その後にすぐ、ナツがハッピーを呼ぶ。

 

「ハッピー!」

 

「あいさー!」

 

 ただの猫だったハッピーから翼が生え、ナツの服を掴むとそのまま飛んで船の方へ一直線に進んでいく。杖を地面に一突きしてナツに渡した白い輪をもう一つカバンから取り出し、足元に置いた。

 

「壊すのはナツに任せて、船内にいる人々の救出が最優先だな」

 

 奴らの狙いは女性たちの売買もしくは奴隷化で九割九分間違いないだろう。そのために奴らは火竜の名を騙り、あんな昼間から魅了魔法で女性たちを魅了し、自分についてくるように仕向けていた。

 

 しばらくすると船がナツの攻撃によって損傷。銃声が高台にまで響き渡り始める。これを機と見た。すぐさま足元のトラベルゲートに飛び込み船内へワープする。もう片方のトラベルゲートの輪から体を出すと既に臨戦態勢に入っているナツと火竜の一味。囚われの身となったルーシィが見えた。

 

「ナツ! ララン!」

 

「ララン! 邪魔するな。こいつは俺がやる」

 

「はいどうぞ! 俺はパーティの参加者をこの船から避難させる!」

 

「こいつ、どうやってここに来たんだ!?」

 

「トラベルゲートは必需品だ。馬鹿者が!」

 

「くそっ! やっちまえ!」

 

 火竜の一味は突然現れたように見えたので驚くが、すぐさま襲い掛かってくる。乱暴な言葉で反撃するが、言葉とは裏腹に一味の屈強な男たちから逃げるように、トラベルゲートの片輪を持って船室を走り抜けた。逃がすなとばかりに数人が追いかけてくるが、そんな奴等には目もくれず走っていた。が、しかしいい加減にしつこい男たちに痺れを切らした。

 

「しつこい奴らは嫌いだよ。クラフトでも食らっとけ」

 

「おわっ。なんだ!爆弾か!?」

 

 黄色いカプセルに棘のついた爆弾を数個放り投げると男たちの前で爆発し、爆風で男たちのほとんどが海に落とされる。その隙を突いて再び走り出す。この船に騙されて招待された女性たちが集まる部屋があるはずだ。しばらく走り回るとようやく、女性の叫び声が聞こえる部屋を見える。鍵が掛かったドアだったがショルダータックルでこじ開けて、部屋に倒れこみながら入った。

 

「皆さん! この船は危険です。とにかくこの輪の中へ!」

 

 トラベルゲートを設置するとナツの攻撃の爆音で慌てふためいていた女性たちは藁にもすがる思いでトラベルゲートに飛び込んでいく。全員がトラベルゲートに入り終えたことを確認すると速やかに回収し、ナツのもとへ走ろうとした。その瞬間だった。

 

「わっ!?」

 

 船が大きく揺れ、港方面へ流されていた。ラランが何とか外へ出て海を確認すると、ルーシィとハッピーが見え、ルーシィの近くには人魚が見えた。それを見て何の魔法か推測する。

 

 あれは星霊魔法の類か? 珍しいものを見た。しかもあれは黄道十二門のアクエリアス。世界に12しかない鍵の星霊だけあってパワーは一丁前だ。俺の精霊とは姿格好が可愛らしすぎるかな。

 

「……痛っっ!!」

 

 船は陸に乗り上げ、衝撃で壁に打ち付けられる。しかし、すぐに立ち上がり、服に付いた埃を払うと、するべきことを思い出し、ナツの元へ走り出した。ナツのいた部屋へ戻ると、まだ戦いは激化していないようで数人の男たちと偽火竜がいた。そこにルーシィが駆け込んで部屋に入ってくる。

 

「ナツーーー!!!」

 

「あまり話しかけない方がいい」

 

「あ、ララン。船の女性は?」

 

「皆、避難させた。あとはナツがすべてやる。俺はその後始末だ」

 

「で、でもあいつ……」

 

 ナツのことが心配そうに見つめるルーシィを見て、そういえば言っていなかったと思い出した。ローブの袖をまくり、ルーシィに左手の甲を見せてニッと笑って見せる。その手の甲を見たルーシィは驚きで目を丸くし再びナツの方を見つめる。

 

「お前が『妖精の尻尾』の魔導士か?」

 

「それがどうした?」

 

 ナツが火竜ににじり寄る。しかし数的優位もあり強気な姿勢を崩さない偽火竜。

 

「よくツラ見せろ」

 

 火竜の部下二人がナツに襲い掛かる。

 

「オレは『妖精の尻尾』のナツだ! おめぇの顔なんか見たことねぇ!」

 

 一蹴りで部下たちをのしてしまうと火竜の表情も焦りに変わる。妖精の尻尾を騙っていたことにも動揺し、誤魔化す様にナツに炎の魔法を浴びせた。これでどうだと偽火竜はナツを倒したことを確信したが、その表情はすぐに驚きに変わった。

 

「なんだぁコレぁ。お前本当に炎の魔導士か? こんな不味い炎は初めてだ」

 

 ナツは全身に炎を纏いながら、炎を口に運び、もぐもぐと噛みしめながら確かに食べていたのだ。やがてすべての炎が食い尽くされると、自然と炎は無くなる。偽火竜にとって開いた口が塞がらないとはこの事である。火を食べるなど聞いたことも見たこともないと

たじろく。

 

「ふーーご馳走様でした」

 

「これに懲りたらもう名前を偽るなよ。少なくとも『妖精の尻尾』はな」

 

 間違ったんだ。騙るギルドを、騙る人物を。全てはそこだ。ただそれだけを間違ってしまったから彼らは壊滅することになる。運が悪かったということが最も彼らを傷つけない言葉だろう。

 

 ナツが大きく息を吸い込む。ボラという偽火竜の本当の名前も部下から明かされ、全員が見るからに慌てふためいていた。

 

 そんなことはお構いなしに火炎放射と形容するのも生温い灼熱の息吹でボラやその部下を焼き尽くす。その後も暴れ足りないと言わんばかりにナツは暴れ続けていた。

 

 それを終わるまで傍観していたが思いのほか事が大きくなっていたようで、サイレンと共に軍隊がやってくる。

 

「おいナツやりすぎだ! 軍が来た!逃げるぞ!」

 

「やべっ!? 急げ急げ!」

 

「ルーシィ!君も来い!」

 

「なんであたしまで!?」

 

「入りたいんだろ。妖精の尻尾!来いよ」

 

「うん!」

 

 ルーシィの腕を引っ張り一緒に軍隊から逃げる。まさか軍隊から追われているとは思えないような満点の笑顔で。

 

「そうだララン! トラベルゲートは!?」

 

「家に繋いでるやつをひっぺがして使ったんだから、使えない! 帰りはまた列車だ!」

 

「なにーーー!?!?」|




登場した錬金術アイテム

トラベルゲート

特定の場所を繋ぐことのできるアイテム。二つの輪で場所を繋ぎ合わせるため、家から何処か他の場所への移動は不可能。一つの輪を固定した場所においておけば遠地から固定地への帰還が楽になる。ラランは片輪をアトリエに固定している。劣化版ど〇でもドア

クラフト

簡易型爆弾。殺傷能力はそこまでなく、爆風によって相手を吹き飛ばす。錬金術としては初歩の初歩のアイテム。初心者でもすぐに作成可能。

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ギルドとアトリエ

「やっと着いた」

 

「わぁ~大きいね」

 

「ようこそ『妖精の尻尾』へ」

 

 ハルジオンの街から電車で移動し、魔導士ギルド『妖精の尻尾』が居を構えるマグノリアに帰ってきた。そしてギルドに加入するためやってきたルーシィ。街の最奥部にあり、他の建物と比べても一際大きく居を構えるギルドに唖然とするルーシィだったが、そんなことは意にも介さないナツは奥へ進んでいく。

 

「ただいまーーー!!」

 

「ただいま戻りました」

 

 ナツが勢いよくギルドの門を蹴破って中へ入ると、それに続いて中へ入る。最後尾からルーシィが中へ入る頃にはナツの足はギルドの門から人の顔へと向かっていた。

 

「てめぇ! 火竜の情報、嘘じゃねぇか!!」

 

 ナツが火竜の情報を聞いた男はナツの蹴りに吹き飛ばされ、それから周りのやじ馬もヒートアップ。あれよあれよという間にギルド中が理由のない喧嘩を始め、すったもんだの大騒ぎ。それには加わらず、ギルド内に設けられたバーカウンターに腰を下ろす。

 

「今回も疲れたよミラちゃん。やはり錬金術士に戦いは向いてないね。家の中で釜をかき混ぜてるのが一番さ」

 

「またそんなこと言って。でも顔は前よりずっと楽しいそうよ」

 

 今、話しているのは『妖精の尻尾』の看板娘であるミラジェーン。魔導士雑誌の最王手、月刊ソーサラーでモデルも務める国中で有名な女性である。銀色の美しい髪にスタイル抜群、清楚で可愛らしい笑顔、どれをとってもパーフェクトだ。

 

「そうそう、今日は新しい家族を連れてきたんだ」

 

「家族?」

 

「ルーシィ!」

 

「へ? あたし?」

 

 ルーシィは皆の喧嘩模様を突っ立ったまま、茫然と見ており、呼びかけられてようやく目を覚ましたような素っ頓狂な声を上げて、こちらへ駆けてくる。

 

「ルーシィ、彼女はミラジェーン。まぁ知ってるだろ。彼女がギルドの紋章を押してくれるんだ」

 

「どこに押すかはもう決まってる?」

 

 ミラがニコッと笑ってルーシィに投げかけると、ルーシィは本物のミラを見て茫然としている。その夢のような瞬間を打ち壊したのは何処からともなく飛んできた酒瓶。ミラの頭に直撃し、ミラはその場に倒れた。ルーシィは心配したが、ミラはこんな喧嘩も楽しいでしょ? と余裕の表情を見せている。

 

「全くここの魔導士たちは血の気が多すぎる。俺はアトリエに帰るよ」

 

「あ、ララン! 危ない!」

 

 席を立つと、またしても頭めがけて酒瓶が飛んでくる。ルーシィはそれにいち早く気づき、飛びついてくれたが、あえなく酒瓶は頭を捉えた。

 

「こんのガキ共がぁーーーー!」

 

 頭から血を流しながらも、頭に当たった酒瓶を放り投げ、肩からかけているポーチをポンポンと二度叩いた。

 

「デュプリケイト……風操り車……」

 

「魔法!?」

 

 魔法を唱えた瞬間にギルドのボルテージは最高潮に達し、他のメンバーも一斉に魔法を唱え始める。さすがミラもこれはまずいと冷や汗をかいたその時。巨大な足音が響き渡る。

 

「やめんかバカタレ!!!」

 

「でかーーーー!!!」

 

「あら、いらしたんですかマスター」

 

 現れたのはギルドの天井まで届くかというような巨大な影の姿のマスター、マカロフ。マカロフの怒声がギルド中に響き渡るとメンバー全員の動きがピタッと止まる。しかし例外が一人だけいた。

 

「だーはっはっは!! 皆してビビりやがって! この勝負はオレのっ」

 

 ナツである。しかしそのナツもセリフを最後まで言うことができずに足で踏まれてノックダウン。その場はそこで一段落した。マスターは大きな音を立てながら歩き、ルーシィを見つける。恐怖で一歩も動けないルーシィにマカロフが問いかける。

 

「む、新入りかね?」

 

「は、はい……」

 

「ふんぬぅぅぅぅ」

 

 マスターが唸りだすと顔は更に畏怖すべきものへ変化し、ルーシィの感じる恐怖も更に増えて涙をうっすらと浮かべながら口は震えていた。

 

「よろしくね」

 

 マスターはみるみるうちに縮小していき、ルーシィの膝辺りまでの身長しかない老人の姿に戻った。この姿こそ『妖精の尻尾』マスター、マカロフの本来の姿である。マカロフはジャンプで二階のロッジにまで到達し、全員の注目を集めた。

 

「貴様ら、またやってくれたのぅ。見よ、この評議会から送られてきた文書の量を」

 

 マカロフが手に余る大量の文書を皆に見せ、内容を読み上げていく。

 

「まずはグレイ。密輸組織を検挙したまではいいが、その後、街を素っ裸でふらつき、挙句の果てに干してある下着を盗んで逃走」

 

「次にエルフマン。要人警護の任務中に要人に暴行!」

 

「カナ・アルベローナ。経費と偽って某酒場で呑むこと大樽15個、しかも請求先が評議会」

 

「ロキ。評議員レイジ老師の孫娘に手を出す、某タレント事務所からも損害賠償の請求が来ておる」

 

「そしてナツ。デボン盗賊一家壊滅するも民家七軒も壊滅。チューリィ村の歴史ある時計台崩壊。フリージアの教会全焼。ルビナス城一部損壊。ナズナ渓谷観測所崩壊により機能停止。ハルジオンの港半壊」

 

「最後にララバンティーノ・ランミュート。掘削依頼の鉱山を爆破し鉱山半壊。雑草除去の依頼では草の根すら残さず砂漠化。依頼の先々で勝手に素材を採取しすぎて住民からの苦情も来ている。さらにはナツとのハルジオン半壊じゃ」

 

 マカロフが文書を読み上げるたびに、その怒りの震えは大きくなる。メンバーもそれを感じ取ったのか下を向いて暗い表情をしている者が多数である。しかしマカロフは対照的に不敵に笑う

 

「だが、こんな評議員などクソくらえじゃ」

 

 マカロフは手から出した炎で文書を燃やすとポイっと捨てる。そこに犬のようにナツが走り食いついた。またマカロフは続ける。

 

「理を超える力はすべての理の中より生まれる、魔法は奇跡の力などではない。我々の内にある気の流れと自然界に流れる気の波長が合わさり、初めて具現化されるのじゃ。それは精神力と集中力を使う。いや、己が魂すべてを注ぎ込むことが魔法なのじゃ。上から覗いてる目ん玉気にしてたら魔道は進めん。評議員の馬鹿どもを恐れるな。己の信じた道を進めい!!! それが『妖精の尻尾』の魔導士じゃ!!!」

 

 マカロフの大演説でギルドメンバーの活気が戻る。メンバーには笑顔の花が狂い咲いた。その調子のまま時間は流れ、やがて夜になった。

 

「これでいいのね? はいこれであなたも『妖精の尻尾』の一員よ」

 

 ルーシィが右手の甲にギルドの紋章を押してもらっていた。早速ルーシィは見せびらかす様にナツとラランに手の甲を見せる。

 

「ナツー! ララン! 見て見てー。マーク入れてもらっちゃったー」

 

「よかったなルイージ」

 

「ルーシィよ!」

 

「これで俺達は今日から家族だ、な、ルイーダ」

 

「だからルーシィ!!」

 

 ナツとラランがルーシィを名前で弄っているところを見て、他の男性メンバーが目をハートにしながらつぶやく。

 

「お前らあんな可愛い娘どこで見つけてきたんだよ」

 

「いいなぁー俺のチームに入ってくんねぇかなー」

 

 そんなことには耳も貸さないナツは立ち上がり、どこかへ歩き出す。

 

「ナツ、どこ行くんだよ?」

 

「仕事、金ねーし」

 

 ナツが依頼版を見ているとバーカウンターに座っていたマカロフに一人の少年が話しかけている様子が見えた。

 

「父ちゃんまだ帰ってこないの?」

 

 少年の名前はロメオ。クエストに出かけた父マカオが一週間しても依頼先から帰ってこないことを心配し、マカロフに声をかけた。が、マカロフはこのギルドには自分のケツも拭けない魔導士はいないと一蹴。更には帰ってミルクでも飲んでろとまで言い捨てた。悔しさで震えたロメオはマカロフに顔面パンチを食らわせて泣いて帰っていった。その一部始終を見ていたナツは依頼版から取った依頼の紙を再び依頼版にめり込ませ、ギルドから歩いて出て行く。ギルドがざわつく中、ルーシィが話しかけてきた。

 

「ねぇララン? どうしちゃったの、あいつ」

 

「ナツも親がいないのは同じなんだ。どこかダブったのかもしれないよ。しかもナツはドラゴンに育てられてる」

 

「ドラゴン!? そんなの信じられるわけ……」

 

「まぁ信じられない話だが、小さいころにドラゴンに拾われて魔法から言葉、文化、いろんなこと教わったんだってさ。でもいきなりドラゴンは姿を消した。もうわかるだろ? それが火竜イグニール」

 

「そっか……」

 

「俺達、『妖精の尻尾』の魔導士は大小あるけど、みんな何か抱えてるんだよ、いろいろな」

 

「……」

 

「じゃ、行くか」

 

「え、どこに?」

 

「ナツに付いていくのさ。速くして、最初に俺ん家行くから」

 

 ルーシィを連れてギルドを出ると、慣れた足取りで自分の家に向かう。ルーシィは初めてのマグノリアの街に辺りを見回したり見上げたりしながら、見失わないように付いてくる。

 

「着いたよ。ここが俺の家。そして王国唯一の錬金術士ララバンティーノ・ランミュートのアトリエさ」

 

「錬金術士? 魔導士じゃなくて?」

 

「まぁまぁその話は中に入って話そう」

 

「う、うん……」

 

 扉を開けて中に入ると、既に部屋は明かりに照らされていて、紫色の髪にスーツとドレスを身に纏い、顔のよく似ている少年と少女が出迎えた。

 

「「おかえりなさいませマスター」」

 

「ただいま、ホム」

 

「え、家族? ラランの子ども?」

 

 ルーシィが丁寧に深々とお辞儀をしているホムを上から横から、下からも観察する。その様子を見て呆れ顔で返答した。

 

「子どもにマスターなんて呼ばせないだろ。まあ子どもみたいなものではあるけど。彼らはホムンクルスのホム。俺の助手さ」

 

「マスター、この方はどなたですか?」

 

 ホムが聞く。その声調はどこか人間のそれとは違い、たどたどしさを感じさせる。

 

「こいつはルーシィ。新しいピコマスターだよ」

 

「「ようこそピコマスター」」

 

「わわっ。えっ!? ピコマスター?」

 

「まぁまぁ座って座って」

 

 ホム達にお茶を出す様に命令すると、ルーシィを椅子に座らせる。ホムはお茶とパイを出し終わると部屋の釜の前に行き、釜をかき混ぜ始めた。ルーシィの向かいに座って、話を促す。

 

「で、聞きたいことは?」

 

「えっと……あの子たちは?」

 

「二人はホムンクルスのホム」

 

「ホムンクルス?」

 

「簡単に言えば人造人間だよ。昔から一緒にいるんだ」

 

「えぇっ!? 人造人間!? そんなことって……」

 

「可能だ。錬金術ならな。ちなみに名前は二人ともホムだ。呼び分けは男はホム君、女はホムちゃん」

 

「錬金術……ラランは魔導士じゃなくて錬金術士なの?」

 

「そうだ。俺は錬金術士。魔導士と名乗ってはいるが魔法と錬金術は全く違うもの、同じにされるのは気にくわないけど現状、錬金術士は肩身が狭い。だから魔導士に身を寄せているんだよ」

 

「じゃあ魔法は使えないの?」

 

「ほぼ使えない。錬金術は魔法ではない、と俺は思っているから。似たようなものではあるけど。ナツみたいに手から炎は出せないし、ルーシィみたいに鍵を使って精霊を呼び出すことは出来ない。瞬時に効果を発現する魔法のようなものは使えないよ。ただ、魔法のようなものは使える。さっきポーチを叩いてアイテムを出した。あれもその1つ」

 

「錬金術はどんなものなの?」

 

「そうだな。魔法は自分の魔力を使って無から有を生み出すが、錬金術は魔力を使わない代わりに有から有しか生み出せない。ただし、生み出したものを保存しておけるし、アイテムを使用する時にもほとんどの物は魔力は使わない。例えば今、飲んでいる紅茶に食べているパイ、全て錬金術で俺が作ったものだ。」

 

「えっ!? 錬金術って食べ物も作れるの?」

 

「もちろん。食べ物、薬、爆弾。ほとんどのものを作れる」

 

「へぇ~便利なんだね」

 

「そうだ! 便利だ。この世で魔法を使えるのは全人口の1/10と言われているが、錬金術は誰だって出来る。だがこの錬金術の寂れよう。だから俺は錬金術を普及させるために活動している。ルーシィもどうだ? 世界一の錬金術士の弟子にならないか?」

 

「もしかしてそれ狙いで連れてきたの? あたしは星霊魔法一筋なんだから他を当たって。ごめんね」

 

「ふーー。全く残念。この話は終わりだ。さっさとナツを追うぞ」

 

「切り替え早っ!!」

 

 ラランはがっかりした様子で立ち上がりコンテナに向かう。コンテナの中にはラランが錬金術で作成した道具や採取した素材が綺麗に並べられている。これらから数個を取り出してポーチに入れる。するといつのまにか隣に来ていたルーシィがコンテナの中を覗き込む。

 

「わぁーこれ綺麗。ねぇこれなんて言うの?」

 

「ん? ドナークリスタルか。それ一個で並の中型モンスターくらいなら一撃で沈められるぞ」

 

「えっ!? そんな怖いものなの!?」

 

「一個やるよ。いつでも作れるし」

 

「私でも使える?」

 

「さっきも言ったように使うのに魔力は使わない。適当に投げれば子供だって使える」

 

 ルーシィが喋りながら準備をしていると、ホムちゃんが後ろから近づいてくる。ホムちゃんに肩をちょんちょんと叩かれると、笑顔で振り向いて応える。

 

「マスター、出来上がりました」

 

「あぁお疲れ。これから出かけるから、二人はミラのところに持っていって依頼を終わらせたら休んでいてくれ」

 

「承知しました。マスター」

 

 そう伝えるとホム達は出来上がった錬成品を抱えてギルドに出かけて行った。それを見送ると立てかけていた杖を持ち、準備を整える。

 

「さて、そろそろ行こう」

 

「でもどうやってナツを追うの?」

 

「これを使う。地下見の水晶。これによって様々な場所を映し出すことができる。この時間ならこの辺りか。ほらいた。さぁ追うぞ」

 

「って言ってもこれだけ離れてたら……」

 

「ん? あぁそうか。しまった。まだあったかな」

 

 頭をポリポリと掻いて、再びコンテナを開けて探す。すぐに探し物を見つけるとコンテナを閉めてルーシィの元に戻る。

 

「ほれ、この靴を履いて」

 

 探していたのは翼の生えた奇抜なスタイルの靴。それを見せられ、しかも履けと言われたルーシィはすすっと後ずさりするが、それは許さない、ずずいっと距離を詰める。

 

「これを履けば、移動スピードが格段に上がる。歩いて三日の距離は一日半になる。半分になるんだぞ!」

 

「そんなすごい靴には見えないけど……」

 

「その靴の上からでも履ける。まずは試しだ」

 

「う~恥ずかしいぃ……」

 

 渋々ルーシィは靴を履く。するとルーシィはすぐさま靴の効果を実感したようで、恐らくはふわっと体が浮くような感覚で体が今までの何倍も軽く感じているだろう。ルーシィは数回足をばたつかせて足取りの軽さを確かめている。

 

「すごい、こんなに効果があるなんて……」

 

「どうだ。不可能を可能に変える錬金術の真髄だ。さぁナツを追うぞ!」

 

「うん!」

 




登場した錬金術アイテム


風操り車
一見、ただの風車。品質の低いものは扇風機ほどの威力しか発揮しないが、最高級クラスになれば、嵐をも上回る強風を発生させる攻撃アイテム。属性は風

ドナークリスタル
中に雷マークが仕込まれた結晶状の攻撃アイテム。対象に当てれば激しい雷が対象を襲う。ラランが所持する攻撃アイテムでも上位クラス。属性は雷

地下見の水晶
自分がいる地点を中心として一定の距離を見渡すことの出来るアイテム。見ることが出来るだけで人物の追跡などは不可能。

旅人の靴
靴に羽の生えた靴。奇抜なデザインではあるが、既に履いている靴の上から着用可能で徒歩による移動時間を大幅に削減する探索用アイテム。遠距離の移動には必須

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発動 神秘のアンク

前書きなどを書くというのがあまり得意ではないので、何を書けばいいのか悩んでいます


「で、何でラランとルーシィがいるんだ?」

 

 ルーシィと共に無事にナツとハッピーに追いつき、マカオが消息を絶ったハコベ山に向かう馬車の中で話し込んでいる。相変わらずナツは乗り物に弱く、寝そべったまま息も絶え絶えである。

 

「ハコベ山の素材を採取するためだ」

 

「そんな自分本位な理由なの……」

 

「じゃあルーシィは?」

 

「私はせっかくだから何か『妖精の尻尾』の役に立つようなことしたいなーなんて」

 

 恐らく新人としてギルドの役に立って名声向上、株価上昇を狙っているのだろう。ハッピーもそのように思っていそうな顔でルーシィをじっと見つめている。それにしてもルーシィは氷点下も下回りそうな気温で寒くないのか。

 

「マカオさん探すの終わったら住むとこ見つけないとなぁ」

 

「おいらとナツの家に住んでもいいよ」

 

「本気で言ってたら髭抜くわよ、猫ちゃん」

 

「あい……」

 

「俺のアトリエに住んでもいいぞ。ホムという執事兼家政婦付きだ。いい条件だろ」

 

「代価は?」

 

「錬金術士になる」

 

「却下」

 

「ちっ」

 

 錬金術士になることを断られるのは慣れているので、もうそんなにショックは受けやしないが、有望な錬金術士候補がまた一人消えるのは悲しいことだ。体内に魔力があるだけで錬金術の才能に溢れていると言うのに。

 それから乗り物酔いで会話もままならないナツ以外で笑い話をすること数分、馬車が大きく揺れて停車した。馬車が止まると同時に乗り物酔いの解けたナツが飛び上がって外に出る。ルーシィ、ハッピーの後ろに続いて最後尾で外に出てみると、一面猛吹雪に見舞われており、馬車の運転手によるとこれ以上は馬車では進めないらしい。全員が馬車から降りると運転手はそそくさと街にもどってしまった。

 

「さて行くか」

 

「こんな寒い中行けないわよ! 開け、時計座の扉 ホロロギウム!」

 

 ルーシィが震えながら精霊を呼び出すと、大きな時計型の精霊が現れる。ルーシィは時計の中に閉じこもると、そこから出てこなくなってしまった。ルーシィの声をホロロギウムが代弁する。

 

「『私、ここにいる』と申しております」

 

「何しに来たんだよ」

 

「『何しに来たと言えば、マカオさんはこんなところに何の依頼に来たのよ!』と申しております」

 

「あれ、ルーシィは知らなかったのか。凶悪モンスター〝バルカン〟の討伐だ」

 

「『あたし帰りたい』と申しております」

 

「はいどうぞと申しております」

 

 ナツはルーシィをホロロギウム口調で切り捨てると、雪山の中へずかずかと歩いて入っていく。ナツに付いて行っても良かったが、流石にルーシィを一人で放ってはおけないと思い、その場に残った。震える彼女を見ながら数分が経った。こっちも寒いのでそろそろ出てきてくれるか、その時計に入れてくれるとありがたいんだが。

 

「出てきてくれと申しております」

 

「『寒いからやだ』と申しております」

 

「暖かくなる服をやるから出てこいと申しております」

 

 一連の流れを終えて、ルーシィがホロロギウムの扉を少しだけ開けた。そこにポーチから取り出した服を無理やりねじ込む。服が完全に時計に入りきるとすぐさまバタンっと指を挟まれそうな勢いで扉を閉められた。その場で着替えを待つことほんの少し。ルーシィは手渡された太陽を模した柄の入ったオレンジ色の服で、ホロロギウムを精霊界に戻して、外に出てきた。

 

「ありがとう。とってもあったかいし、オシャレねこれ」

 

 先ほどまでとの態度の違いには触れないでおくが、ルーシィが出てきてくれたのはこっちも動けるようになるので好都合だ。彼女のような新人魔導士をバルカンの巣食うこの山に置き去りにしたら本当に死にかねない。

 

「それは太陽のクローク、着用者を温かさで包む。さらに体力魔力も増強、攻撃、防御、素早さも上がる優れものだ。やるよ俺はもう使わないし」

 

「え! いいの!? じゃあ遠慮なく……ララン! 後ろ!!」

 

「ん? バルカン!」

 

 ルーシィが指さした方向を振り返ると巨大な猿のモンスター、バルカンが雪煙を上げてこちらに走ってきていた。ルーシィの前に出て、臨戦態勢で杖を構えるが、バルカンは横をすり抜けルーシィの元に走り去る。

 

「こいつ……」

 

「人間の女だ。うほほーー」

 

「喋れるのか。知能の高いモンスターだな」

 

 バルカンに向かって杖を振りかざすがバルカンのスピードは想像以上に速く、杖は空を切ってしまう。バルカンに杖で猛攻を仕掛けるも悉く躱されいなされ大ダメージを与えることができない。

 

「オンナーー!!」

 

「しまった……!?」

 

 一瞬の隙を突かれてバルカンはルーシィを捕まえ、山奥へ逃げ去っていく。少しは追いかけたが猛吹雪で先が見通せず、すぐに見失ってしまった。

 

「おーいララン!」

 

「ナツ、ルーシィが攫われた。追うぞ。お前の鼻が頼りだ」

 

「任せろ!」

 

 鼻が頼りだと言われて一切の疑問を持たないナツもどうかと思うが、実際に鼻が頼りなのだから仕方ない。

 ナツはくんくんと辺りを嗅ぎまわりながら雪山を歩いていく。炎の魔法を使うナツは体が暖かくていいかもしれないが普通の人間であるこの体にはこの猛吹雪は堪える。なんとかかんとか吹雪に負けず、ナツを見失わないように付いていくのが精一杯だ。

 

「ララン! いたぞ! うおおおおやっと追いついたーー!!」

 

「ルーシィ! 大丈夫か!?」

 

「ララン! ナツ!」

 

 ナツの鼻は見事に匂いを嗅ぎ分け、ルーシィに追いつく。そこでは既にルーシィが金牛宮の星霊タウロスを召喚し、バルカンと渡り合っていた。

 タウロスと言えば黄道十二門の鍵の一つ、ハルジオンでのアクエリアスといい本当に新人魔導士か疑いたくなるような鍵の揃いようだ。そもそも星霊魔導士が少ない分、師弟間、親子間で鍵の授受があるから一概には言えないが。

 とは言いつつも、やはりルーシィ自身の絶対魔力量が足りないのかタウロスは押され気味でバルカンの優勢は続いている。そして遂にタウロスがバルカンに投げ飛ばされるとタウロスは自身の武器である大斧を手放してしまう。バルカンはその斧を拾い上げ、こちらに切りかかってきた。

 

「この山で爆弾はまずいな。神秘のアンク」

 

 ポーチから青い石で作られた十字架のアイテム、神秘のアンクを取り出し、胸の前にかざす。すると神秘のアンクが光を放ち身体に宿る。

 

「パワー百倍だ!」

 

「うほっっっ!?!?」

 

 真上から振り下ろされる斧を受け止め払いのけて、バルカンの腹に強烈なパンチを浴びせる。バルカンはそのまま吹っ飛び、氷の壁に打ち付けられた。しかしすぐさま飛び上がり、再び飛び掛かってくる。

 

「こんくらいじゃダメか」

 

「うほーーーー!!!」

 

 バルカンのパンチに顔をモロに捉えられる。先ほどのお返しのように吹き飛ばされ、氷壁に打ち付けられた。身体に激痛が走る。

 モンスターとの戦闘なんて暫くぶりだし、ましてやダメージを受けるなんてことは前にいつ起こったかすら覚えていない。そんな人間が氷壁に打ち付けられて痛くないはずがない。

 

「痛ってぇ……神秘のアンク……二つ目だ。このアンクは防御をあげる。さらに三つ目。速さを上げる」

 

 神秘のアンクを二つ取り出し、胸の前にかざす。光が全身を巡り、エネルギーが漲る。身体に力を込めると、自分を中心として風が吹き出す。たじろくバルカンに対し、拳を構え、バルカンの視界から一瞬にして消え去えるほどの高速移動をする。

 

「動くなよ」

 

「うほっ!?」

 

 次の瞬間、既にバルカンの背後に回り込んで、後頭部に強力なパンチを叩き込む。バルカンはその一撃ノックアウト。その場に倒れこんだ。纏っていた光が消え去ると、神秘のアンクの効果が切れたことにより、一気に汗が噴き出して息が苦しくなる。

 

「ドーピングはやっぱするもんじゃない。疲労が段違いだ」

 

 息を整えていると、突然バルカンが光を放ち始め、全員が顔を覆うと次の瞬間、煙を上げて、バルカンはマカオに変化した。するとハッピーが気づいたように言う。

 

「バルカンに接収されてたんだ!」

 

「接収?」

 

「体を乗っ取る魔法だよ」

 

「とりあえずマカオの治療だ! 見せろ!」

 

 いの一番にマカオを抱き上げ、鞄から出した絨毯の上に寝かせると、薬を取り出す。しかし、予想以上の出血量に手が震え始める。

 

「思ったより出血量が多いし、出血が止まらねぇ。くそ、ナツ! 火で火傷させて傷口を塞げ!」

 

 ナツが素早く手に火を灯し、マカオの傷口に当てる。マカオは悲鳴を上げるが体を抑えつけて、無理やり続けさせる。今にも気を失い、死んでしまいそうなマカオにナツが呼びかける。

 

「死ぬんじゃねぇぞ! ロメオが待ってんだ!」

 

「な、情けねぇ。19匹は倒……したんだ……20匹目に接収されて、うぐっ」

 

「傷口が開く! 喋るなマカオ!」

 

 必死に暴れるマカオの体を抑えつけながら叫ぶ。

 

「な、なんとか傷口は塞いだ。ルーシィ、薬を塗るの手伝ってくれ」

 

「うん!」

 

「すまないマカオ、俺が強い薬をストックしておかなかったから……応急手当もいいところだ」

 

 マカオに薬を塗り終わると、彼の呼吸はだんだんと整っていき、眠ってしまった。一瞬死んでしまったかと焦ったが、心臓は動いており、生きていることを確認する。ルーシィのこんなところさっさ帰ろっと言う発言に全員が賛成すると、ポーチからトラベルゲートを取り出す。

 

「あ、それ、船の中にあったやつ」

 

「トラベルゲートな。この輪っかが二つあってこれに入ればもう一つの方に移動できる。移動先は俺の家だ」

 

「ものすごい便利アイテムじゃない。お兄さ~ん、おひとつ私にもちょうだい?」

 

「やだ、これ一つしかないし。欲しいなら自分で作れ」

 

 ルーシィが谷間を強調しながら迫ってくるが、見向きもせず断る。そもそもトラベルゲートは高等アイテムなんだから何個も作りたくはない。ケチだ何だといちゃもんをつけてくるルーシィだったが、ナツと一緒にマカオを両肩から持ち上げてトラベルゲートに入れる様子を見て、置いていくなと付いてくる。

 

「俺はこの輪を回収しなきゃいけないから最後に入らなきゃいけない。ルーシィ先に行ってくれ」

 

「う、うん。これに入ればいいんだよね」

 

「そうだ」

 

 ルーシィは説明されたものの二つの場所が通じていると言われても半信半疑だったが、ハコベ山に行く前に履かされた靴の効果も絶大だったことを思い出し、輪に向かって飛び込んだ。

 

「わっ!? あ、ラランの家」

 

「よし、速くロメオのところに行くぞ」

 

「すまねぇな。ナツ、ララン、そしてルーシィちゃん」

 

 先に入ったルーシィが尻もちついている間にマカオ、ナツと家に到着する。その間にマカオも目を覚ましていた。アトリエを出て、ギルドに向かう途中に息子のロメオはいた。ロメオの顔は曇っていたが、マカオの顔が見えるとたちまち太陽のような笑顔に変わる。

 

「じゃ、あとは親子水入らずでな」

 

「ナツ兄ー! ハッピー! ララン兄ー!ありがとーー!!」

 

「それとル-シィ姉もありがとーーー!」

 

 マカオ、ロメオ親子に見送られて三人はそれぞれの帰路についた。




登場した錬金術アイテム

太陽のクローク
正確には『太陽のクローク』の元である繊維『スケイルクロイス』を作成。太陽のクロークはラランの知人が作っている。体力、魔力など様々な能力を上げてくれる防具。着用者の身体を温める効果もある。

神秘のアンク
淡い青色の石で出来た十字架のアシストアイテム。攻撃力、防御力、速度をあげることが出来る。ただし、神秘のアンク一つであげることが出来るのはどれか一つのみで、全て上げるためには三つの神秘のアンクが必要。本人の体力は上がらないので使用後は疲労も大きい

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チーム結成と初仕事

「いいとこ見つかったなぁ」

 

 マカオ救出から数日後、ルーシィはようやく決まった新居の風呂で温もっていた。体を温めて風呂から上がると髪を乾かし、バスタオルを体に巻き付ける。

 

「七万にしては間取りも広いし収納スペースも多いし、真っ白な壁、木の香り、ちょっとレトロな暖炉に竈まで! そして何より一番素敵なのはっ」

 

 ルーシィが目を輝かせながら、リビングへの扉を開く。

 

「よっ」

 

「こんにちは。ピコマスター」

 

「あたしの部屋ーーー!!」

 

 そこにはリビングのソファに深々と腰掛けながらスナック菓子を頬張るナツと魚を貪り、食べ終わった魚の骨をテーブルに捨てるハッピー。それにナツの横で綺麗な立ち姿で佇むホムちゃんがいた。

 

「何であんたたちがいるのよ!」

 

「まわっ」

 

 ナツとハッピーがルーシィの見事な回し蹴りで壁に打ち付けられる。

 

「だってミラから家決まったって聞いたから……」

 

「聞いたからって何!? 勝手に入ってきて言い訳?」

 

「ホムはマスターからの手紙を預かってきました」

 

「親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってる!? 犯罪だからね!」

 

「しかし手紙を渡すためなら家に入っていいとマスターが言っていました」

 

ホムちゃんの純真無垢な瞳と首を傾げて本気でわかっていない姿を見て、手を出せないルーシィがプルプルと震えながら、頭に血を昇らせている。

 

「ホム、どうした~遅いじゃないか」

 

「あんたねぇ!!」

 

 ルーシィの家に入った途端、いきなり回し蹴りを受けたのだが一体これは何のキックなんだろう。特に悪いことを記憶は無いのだが。強いて言うならチャイムを鳴らさずに部屋に入ったことぐらいだろう。

 不意の攻撃に躱すことができずに、モロに顔面にくらい、玄関の扉にたたきつけられた。

 

「あんた、ホムちゃんに何教えてんのよ! 家に勝手に入って良いわけないでしょ!?」

 

「いいじゃん……ちゃんとホムちゃんの方を送り出したんだし……」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

 ルーシィが何やら激怒しているが、気にせずに顔をさすりながら立ち上がる、パンパンとローブをはたくと鞄の中から一枚の紙を取り出してルーシィに見せた。

 

「今日来たのは、殴られるためじゃないんだ。この仕事をルーシィと行きたいと思って、ホムに手紙を持たせたんだが」

 

「あんたの持ってくる仕事なんてどうせまともなものじゃないでしょ」

 

「そう言うな。ある家に存在する本を取ってくるだけで20万J。どうだ」

 

「本を取ってくるだけ?」

 

「あぁそれだけだ」

 

「行く! 依頼書見せて!」

 

「え、あ、えーっと」

 

「何よ、もったいぶらないでよ!」

 

 ルーシィは手に握られていた依頼書を奪い取り、目を通す。あまり依頼書そのものは見せたくなかったのだが。行きたくないと言われたら他の女を誘わなくちゃいけなくなる。更にこの依頼をまだ見てない人限定で。

 

「エバルー公爵、とにかく女好きでスケベで変態! ただいま金髪のメイドさん募集中!……」

 

「よし。じゃ、行くぞ」

 

「嫌よ!?」

 

「ホムも金髪にして連れていく! ルーシィにだけ嫌な思いはさせない!報酬も3:1でいい!」

 

「行くわ」

 

「お前、現金なやつだな……」

 

 ルーシィとの交渉は金の力で無事に終わらせると、それまで空気と化していたナツが喋り出した。どうせ俺も行く、だろうが。

 

「それ、俺達が狙ってた仕事だぞ! 依頼版から取ってルーシィと行こうとしてたのに、朝見てもうないと思ったらおめぇが持ってたのか!」

 

「あんたもあたしを利用する気だったわけね……」

 

「悪いが今回は連れていけんぞ。割と距離もあるし、また乗り物で吐かれると困るからな」

 

「くっそーーー」

 

 ナツが暴れながら、ルーシィの家を出て行った。それに続いてハッピーも慌ててついていく。それを茫然と見送って、何事もなかったかのように話に戻る。今は20万Jにしか興味がないのだ。

 

「で、だ。ホムの髪を染めたら早速出発する。あと言ってなかったが、魔導士は仲のいい数人でチームを組む。一人じゃ厳しい依頼も数人なら楽になるだろ? 俺の場合は普段、俺とホム二人の三人チームだが、今日からルーシィも入れて四人チームで動きたい。どうだ?」

 

「いいじゃないそれ! 面白そう」

 

「よかった。断られたらどうしようって思ってた」

 

「断らないわよ。だってラランは強いしー、私を守ってくれるわよね?」

 

「俺は強くない。腕力だけならルーシィにだって負けるかもしれない。でも必ず守る。それがチームだ」

 

「も、もうなにかっこつけてんのよ!」

 

 ルーシィとの話が纏まる頃にはホムちゃんが見事な金髪に髪を染めて、戻ってきていた。アトリエからホム君も依頼に行く準備を整え、リュックを背負ってルーシィの家を訪れる。

 

「そういえばホムちゃんたちは何ができるの?」

 

「ホム達は普通に魔法が使える。どちらかといえばホムちゃんはサポート向き、ホム君は戦闘向きだが、どっちもそこまで変わらない。何かあったら頼りにするといい」

 

「うん。頼りにしてるね。二人とも!」

 

「「ピコマスターをお守りします」」

 

「その、ピコマスターって何?」

 

「マスターの下のマスターって意味。一番上はグランドマスター。俺がマスターでギルドメンバーは全員ピコマスターだ。と言っても貸し出したりはしないから、そこまで意味はないけどな。まぁ命令すればだいたいは動いてくれると考えとけばいい。さ、行くぞ」

 

 依頼先へ向かう馬車の中。今回はルーシィに加え、ホム二人が参戦。ホムちゃんは髪を金に染髪し、エバルーの好みを捉えた準備万端ぶりである。それにしても馬車というのは中々に揺れる乗り物だ。ナツじゃないが、久々の馬車に若干酔いそうである。

 

「言ってみれば、随分と簡単な仕事よねー」

 

「メイドを嫌がってた割には乗り気だな」

 

「当然! なんたってあたしの初仕事だからね! ビシっと決めるわよ」

 

「要は屋敷に入って本を一冊もってくればいいだけでしょ?」

 

「その屋敷の主はドスケベ親父だけどな」

 

「そうスケベ親父……こー見えて色気にはちょっと自信があるのよ。うふん」

 

 胸を強調したポーズを取る。ルーシィの向かい側に座っているのだが、正直何処を見ていいのかわからないし、視線が離れようとしない。ホム達はその姿を見ても眉一つ動かさず、黙ったままルーシィを見つめている。

 

「ちょっと何か言いなさいよ!」

 

「普通にエロくて目が離せない」

 

「ホムには理解できません」

 

「ふ、ふーん。やっぱり色気に溢れちゃうのも罪よね。あっホム君とホムちゃんはわからなくてもいいからね」

 

――シロツメの街――

 

「着いたーーーー」

 

「ホム、メンタルウォーターくれ。喉乾いた」

 

「かしこまりました、マスター」

 

 依頼先の街、シロツメの街に到着した。ホムから手渡された水をごくごくと飲み干して、杖を突きながら歩き始める。それを見たルーシィも遅れてついて来る。なんだかんだルーシィはまだ不安な単独行同を取ろうとしないし、しっかり付いてきてくれる。非常に助かることだ。他の奴等と仕事に行くとすぐ何かに釣られてどこかへ行ってしまうのが悩みの種だったんだ。

 

「まずは荷物を置きにホテルに行こう。その後は買い物をする」

 

「買い物……?」

 

「ホムはこのままでもメイドで通じるが、ルーシィの私服じゃやる気が見えないって門前払いされそうだからな、メイド服を買いに行く」

 

 ぎょっとした顔をしたルーシィだったが、そんなことは気にせずにホテルまで引き摺って行く。ホテルに荷物を置き、街へ買い物へ出かけた一行は街の衣料店を隅々まで探索し、ようやくメイド服の発見に成功した。ホムちゃんが見つけたメイド服をルーシィの元へ届け、さっそく着てみろとルーシィを試着室へ押し込む。

 

「どう? やっぱりあたしって何着ても似合っちゃわよね~」

 

「ホムもよく似合っていると思います」

 

「……いい乳だ」

 

「タウロスみたいなこと言わないで!!」

 

 なんやかんやでメイド服を着るときはノリノリで着てくれた。しかも普通に似合っていると思う。こんなメイドが応募してきたら普通は即採用すると思うんだがな。エバルーと言う男のことは何も知らないから一概には言えない。そのために色気のルーシィと幼さのホムの2パターンを用意したのだが。

 

 メイド服を購入して衣料店からしばらく移動した。街の郊外を歩いているとまさに豪邸というべき家が見えてくる。あれだと言って指をさすとルーシィはエバルーの家と勘違いしていた。ホムが依頼主の家であると指摘すると、たった一冊の本に20万Jも出すのだからこの程度の邸宅は持っていて当然かと納得している。

 玄関扉の前に立つとノックをして家主の返答を待つ。確か依頼主の名前はカービィ様だったはず。間違えないようしないと。

 

「『妖精の尻尾』の……」

 

「しっ!……静かに。すみませんが裏口からお願いします」

 

 自己紹介の言葉が遮られると、裏口から入るように促される。それほどまで周りにバレたくなく、この報酬の高さ、思ったよりも大きな裏がありそうだと感じた。

 

「さきほどはとんだ失礼を。私が依頼主のカービィ・メロン。こちらは私の妻です。まさか噂に名高い『妖精の尻尾』の魔導士さんが依頼を受けてくださるとは。お若いのに立派ですね。ではではこちらへどうぞ」

 

「いえいえ、我々のような新米ですが、必ず依頼は成功させますよ」

 

「で、こちらの方々は……」

 

「あたしも『妖精の尻尾』の魔導士です!」

 

「こっちの二人は自分の助手です」

 

「その服装は趣味か何か……いえいえ、いいんですがね」

 

「エバルーの調子を取ろうという浅い考えです」

 

「ちょっと帰りたくなってきた……」

 

 依頼主のカービィ邸に招き入れられるとそのまま客室に案内され、ルーシィとソファに腰掛ける。ホム達はその後ろで綺麗な姿勢で立っている。二人の向かい側のソファにカービィ、そして妻が座ると、少しの談笑した後、本題に入る。

 

「では、仕事の話をしましょう」

 

「はい」

 

「私の依頼はただひとつエバルー公爵の持つ、世界に一つしかない本『日の出(DAY BREAK)』の破棄または消失です」

 

「なるほど。それで『日の出(DAY BREAK)』」とはどのような本なんですか?」

 

「それ私も気になる! 20万も出す本って」

 

「おや? 値上がりしたのを知らなかったのですか。200万お支払いします。報酬は200万Jです。」

 

「にひゃっっ!?!?」

 

 カービィの口からその金額が発せられると、目が飛び出るほど驚いてしまった。驚きすぎて、ソファから落ち、報酬の等分を指で計算し始める。ホムにゆさゆさと揺すられ、正気に戻ると席に戻って一つ咳ばらいをする。

 

「ど、っどどうして、急に200万もの大金を?」

 

 声がどもりまくって自分でも引いた。しかしあまりの金額に精神状態が安定していない。200万の3分の1、約65万でも錬金術の発展に更なる投資が出来る。この仕事、何としてでもやり遂げて見せる。

 

「私はあの本の存在が許せない。それだけ出しても、あの本だけは破棄したいのです」

 

「……わかりました。必ず達成します。行こうルーシィ」

 

「あ、うん」

 

「では、失礼します」

 

 立ち上がってカービィ夫妻に一礼して、客室を出る。ルーシィがその後を追い、ホム達も深々と一礼して出ていく。200万Jもの大金に目が眩んだ目には燃え盛る闘志が漲っている。




登場した錬金術アイテム

メンタルウォーター
水に薬を混ぜたもの。飲むと魔力を一定量回復できる。瓶に入っているが、瓶も錬金術によって作り出したものなので飲み干せば消える。

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VSバニッシュブラザーズ

「ここだ。カービィ邸よりもでかいな……じゃ、ルーシィ、ホム。頼むぞ」

 

「任せて。簡単な仕事よ」

 

「ホムにお任せください」

 

 エバルー邸前に着くと、女性陣をエバルーのメイド募集として邸宅に潜入させるため、ホム君と共に茂みに隠れて様子を伺う。メイド服を着て準備万端、用意周到なルーシィ、ホムはエバルー邸の門前に立つと大きく声を上げる。

 

「すみませーん! メイドさん募集見てきましたーー!!」

 

 するとルーシィのすぐの横の地面がもこもこと盛り上がり、地面からガタイの良すぎる女性メイドが飛び出してきた。

 

「メイド募集? ご主人様ー! メイド募集広告を見てきたそうですがー!」

 

 するとメイドの出てきた穴から、男性の返事が聞こえる。ルーシィ、ホムが不思議そうに穴を見つめていると、凄まじい勢いで穴からこの屋敷の主、エバルーが飛び出してくる。

 

「ぼよよよ~ん。吾輩を呼んだかね?」

 

「エバルー様、よろしくお願いいたします」

 

 ルーシィが突然に現れたエバルーにたじろいていると、それをフォローするようにホムがスカートの裾を摘み一礼する。

 

「よろしくお願いしまぁす」

 

 ルーシィも何とか気に入られようとビジネススマイルで対応する。

 

「どれどれ……」

 

 エバルーは、ルーシィとホムを下から舐めるように、足、胸と観察する。ルーシィは鳥肌が立つほど気持ち悪がっているが、必死にエバルーの視線に耐え続けている。

 

「いらん、帰れブス」

 

 ルーシィ、ホムがエバルーにそう言われ、切り捨てられると見守る茂みの後ろで拳を悔しさに地面に叩きつけた。娘のように可愛がっているホムがブスと切り捨てられたことに激昂している。己が己でなくなりそうな怒りだ。もし依頼では無かったら今すぐエバルーの胸倉掴んでブスなどと言えなくなるくらボコボコにしているだろう。前線のルーシィも自分がブスと言われたことに納得がいかないのか食い下がる。

 

「ちょ、ちょっと」

 

「そういうことよ、帰りなさいブス共」

 

「吾輩のような偉~~~い男には美しい娘しか似合わんのだよ」

 

 そうエバルーが言うと、その背後から彼のメイド4人がまたしても地面から飛び出した。しかし、そのルックスは一般的な美的感覚をして『美しい娘』とはかけ離れたものである。エバルーの残念な美的感覚に惨敗を喫したルーシィとホムはとぼとぼと待っている茂みの方に帰ってくる。

 

「ホムちゃん、お前はブスじゃない。世界一可愛いよ。あんなことを言うやつは俺が成敗してやる。気にするな」

 

「お気遣いありがとうございます。ホムは嬉しいです」

 

「ちょっと私にもなんか言いなさいよ!」

 

「ルーシィも美人で可愛い。あのハゲがおかしいだけだ。屋敷ごと爆破してやる……」

 

「あ、ありがとう……そんなに言われると照れるわね……って爆破はだめよ!?」

 

 ルーシィは少し顔を赤らめて、こちらを見る。しかし今はそんなことは気にしていられない。ポーチから小さな爆弾を取り出し握りしめる。しかし流石にまずいと思ったルーシィに腕にしがみつかれ爆弾を取り上げられた。

 

「作戦変更だ……本を燃やすついでにあいつの悪事を暴いて刑務所に放り込んでやる……作戦Bだ」

 

「ぼんばー」

 

「あんた意外と器小さいわね」

 

「自分の娘みたいな子がブスと愚弄されて怒らない方がおかしい」

 

 怒りの拳を握りしめながら双眼鏡でエバルー邸を覗く。あまりの怒りで歯ぎしりの音を響かせてしまったためか、ルーシィは若干引いていた。

 

「屋根まで行って2階の窓から入るしか無いな」

 

「でもどうやって? 誰も空なんて飛べないわよ」

 

「大丈夫だ。これを使う」

 

 取り出したのは、古びた茶色い壺に布の蓋が施されたもの。物々しい見た目ではある、そして効果も中々に物々しいものだ。

 

「何これ」

 

「これは魔物の棲む壺。中にモンスターを封じ込めていて、蓋を取ることでモンスターを一時的に使役することが出来る。これは鳥族モンスターの壺だ。悪いがこれは作るのに時間がかかるし、珍しい素材がいるから一つしかない。デュプリケイトで複製しても2つ。ホム2人と俺達2人でわける。飛んでる間は俺にしがみついててくれ」

 

「でゅぷりけいと?」

 

「俺が使えるコピースキルだ。魔力を使ってアイテムを複製できる。錬金術で作った物以外には使用できないから限定的なもんだ。しかも複製したのは少し品質が落ちる」

 

「へぇ、じゃあ複製し続ければ、ずっと使えるじゃない」

 

「複製すればするだけ品質は落ちる。オリジナルを一つでも保有してないと俺の戦闘力はがた落ちさ。デュプリケイトにかかる魔力も馬鹿にできないしな。よし、できた」

 

 オリジナルの壺に左手を置き、右手からデュプリケイトで複製する。複製した壺をホム君に渡すとホム君はそれを地面に置いて蓋を開ける。すると中から茶色い鳥のモンスターが現れる。

 

「うーん、アードラか。そもそもの品質が高くなかったかな」

 

 ラランは自分が作成した壺の出来に首を傾げながら、オリジナルの壺を開ける。するとホム達のモンスターと姿形は全く同じだが、黒い羽に白い身体を持つモンスターが現れる。

 

「ロック鳥ならまぁ上出来か。ほら掴まれ」

 

 一足先にホム達はアードラの足を掴み、屋敷の屋根へ飛んで行った。それに続こうとルーシィに手を差し伸べる。ルーシィは、うんと頷いて手を掴んで体にしがみついてくる。

 

「うん、やはりいい乳だ」

 

「あんた、叩き落すわよ」

 

「やめろ」

 

 ロック鳥に乗ること数十秒、エバルー邸の屋根に到着すると窓を開けようとするが、もちろん鍵が掛かっているので開くことはない。

 

「まぁ流石にそこまで不用心じゃないか。ホム、液化溶剤ってあったか?」

 

「はい。マスター」

 

「よーし」

 

 ホムから瓶に入った緑の液体を受け取る。液体の溶かす力が強すぎるのか、ビンすらも溶け出している。コルクの蓋を外し、窓に液体を塗りつけると窓ガラスは流れるように溶け出し、中へ通じる穴が開いた。

 

「鍵を開けてっと」

 

「流石、錬金術士。万能ね」

 

「どうも」

 

 窓からエバルー邸に潜入に成功。入った部屋は物置きのような部屋で慎重に部屋を出て、探索を始める。廊下を静かに渡り、次の部屋に入ろうとした時だった。廊下の床がもこもこと盛り上がる。

 

「侵入者発見!!! 排除します!!」

 

 再びあのメイド五人衆が行く手を遮る。しかし、何を思ったのか、見つかったことに動揺した脳が勝手に体を動かす。気づくと既に体の大半が隠れているローブで顔まで覆いつくし、手だけを出して攻撃を仕掛けていた。

 

「風操り車!」

 

 風操り車を前方に投げると風操り車は強烈な風を発生させ、メイド五人衆を全員まとめて吹き飛ばして、気絶させた。このメイド5人衆、戦闘力自体は高くないのが救いだ。この顔で接近戦を迫られたら勝てる気がしない。

 

「はぁはぁ……危なかった。騒がしくするわけにはいかないんだ……」

 

「普通に騒がしいわよっていけない!きっと誰か来るわ、隠れましょう!」

 

「来るなら来い……」

 

「いいから隠れるの!」

 

 ルーシィに引きずられて、近くの部屋に隠れる。ホム達もその後を走って追いかける。部屋に入ると一面に本が並べられた書庫がそこには広がっていた。

 

「はっ……ここは書庫か」

 

「やっと正気に戻った」

 

「マスター、どうされますか」

 

「ここは手分けして探そう。ここまで数が多い本の中から一冊を見つけるというのはかなり大変そうだが、やるしかない。頼むぞ」

 

 ホム達と力を合わせて無言で必死に大量の本を一冊一冊、見ていくのに対し、ルーシィはこの本が凄い、作者が凄い、こんな本もある、これは絶版されているプレミア本だと、『日の出』を探すことよりもエバルー邸の本、一つ一つを見て感動していた。

 

「おい! ちゃんと探せ!」

 

「わかってるわよ~。あっこれケム・ザレオンの!」

 

「早速か……っておいそれ!? 『日の出』!!」

 

「あっーー! こんな簡単に見つかっちゃって言いわけ!?」

 

 ルーシィがたまたま手に取った金色の本は元魔導士の大作家、ルーシィも大ファンというケム・ザレオン著の『日の出』であった。早速、本を消滅させるため、ルーシィに本を貸してくれと言うとルーシィは文化遺産だとして拒否し、両腕で抱え込んだ。

 

「いや、そんなこと言ったって、これは仕事だ。燃やさなきゃいけない」

 

「じゃあ、燃やしたってことにしといて。これはあたしがもらうから」

 

 ルーシィと口論をしていると。またしても地面が盛り上がり、ぼよぼよという声が聞こえてくる。すると次の瞬間、床からエバルーが飛び出してくる。

 

「貴様らの狙いは『日の出』だったのか。泳がせておいて正解だったな。やっぱり吾輩って賢いのぉ。魔導士が必死に探している物がそんな下らん本とはな」

 

「ルーシィ! さっさと燃やすぞ」

 

「ダメ! 絶対ダメ!」

 

「ルーシィ!」

 

「じゃあ今読ませて!」

 

 ルーシィはそう言うと、その場に座り込んで『日の出』を読み始める。エバルーもその瞬間は呆気にとられたが、自分の本に手を出すのが気にくわないとして、大きな声で叫んだ。

 

「来い!バニッシュブラザーズ!」

 

 すると、書庫の隠し扉が開き、奥から二人の男が出てくる。一人は大きな鉄なべを持った中華風の髪型の男。もう一人は鼻が高く、バンダナを頭に巻いた、インディアン風の髪型の大男だ。

 

「あの紋章……マスター。彼らは傭兵ギルド、南の狼と思われます」

 

「傭兵……ボディガードか」

 

「……」

 

「「「「おい!!!」」」」

 

 バニッシュブラザーズ、エバルーと睨み合っている中、ルーシィは『日の出』と睨み合って、夢中で読んでいた。その緊張感の無い光景に敵味方関係なく、ホム達以外が一斉にツッコんだ。

 

「ルーシィ! 読むなら違うところにしろ!」

 

「うん! この本、なんだか秘密がありそうなの!」

 

「ぬっ!? 秘密!?」

 

 ルーシィはそう言い残して、その部屋から出て、違う部屋に逃げて行った。ルーシィの「秘密」という発言に目を光らせたエバルーは目を光らせ、作戦変更と言うと、バニッシュブラザーズにその場を任せ、地面に潜り、ルーシィを追いかけて行った。

 

「ホム君! ホムちゃん! ルーシィを追え!」

 

「「かしこまりました」」

 

 ホム達はラランの命令を受けるとルーシィが出て行った方に走っていく。その場に残るバニッシュブラザーズと対峙すると臨戦態勢を取る。

 

「来い、所有系魔導士」

 

「ん? 何でそう言い切れる」

 

「監視水晶にて見ていた。鳥の魔物を使役し、謎の液体で窓を溶かした。メイド共は風の魔法で撃退。色々と使えるようだが、少々器用貧乏だな」

 

「人が気にしてること言うなよ」

 

「ふん。では始めよう……とう!」

 

 鉄なべが頭上から振り下ろされ、それを躱すところから戦闘が開始される。するともう一人に肩を掴まれ、壁に向かって投げ飛ばされる。そのまま壁を突き破って廊下に飛び出したが、手すりをつかんで何とか着地する。視線を右に移すとあの、最初に見たメイドが気絶したまま横たわっているのを確認する。

 

「貴様は魔導士の弱点を知っているかね」

 

「知らん」

 

「それは肉体だ。魔法とは知力と精神力を鍛錬せねば身につかぬもの」

 

「結果、魔法を得るためには肉体の鍛錬は不足する」

 

 バニッシュブラザーズはそう話しながら、二人で猛攻を仕掛けてくる。それを紙一重で躱しながら、反撃の機を窺うが、彼らの言う通り、確かに肉体の鍛錬が不足しているのは事実であり、徐々に二人の猛攻に押され気味になっていく。

 

「くそ、アイテムが使えん……」

 

「兄ちゃん、一気に決めちまおう。合体技だ!」

 

 弟の大男が兄の鉄鍋に乗ると、兄は鉄鍋を振り上げて弟を上空に飛ばす。すると目線は自然と上空の弟の方に向いていく。それを計算し尽された動きで地にいる兄が鉄鍋で襲い掛かってきた。それに気づくことが出来ず、鉄鍋が顔に直撃する。やり返そうと兄の方に視線を向けると今度は上空にいた弟が襲い掛かって来た。それにも気づくことが出来ず、地面にめり込むように殴りつぶされてしまった。

 

「相手の視界から味方を消し、敵は必ず消し去る。これぞバニッシュブラザーズ合体技、『天地消滅殺法』! これを受けて生きてたやつは……!?」

 

「先に神秘のアンクを使っといてよかった。素の俺ならノックアウトだったな……」

 

 傷だらけになりながらも、フラフラと立ち上がる。口から出た血をローブで拭うと、バニッシュブラザーズを睨みつける。鉄で人の頭を殴るもんじゃねえ。記憶吹き飛んだらどうしてくれるつもりだ。錬金術復興の野望が全部パーになってしまうだろうが。

 

「馬鹿な!? こいつ本当に魔導士か!?」

 

「言ってなかったな。俺は魔導士じゃない……錬金術士だ。売名よろしく」

 

「れ、錬金術士!? なんだそれは!」

 

「それはお前らがこれから広めてくれ! フラム!」

 

 手にダイナマイト状のアイテムを取り出すと、バニッシュブラザーズに向かって放り投げる。すると、二人の元で爆発を起こし、一面が煙にまみれる。

 

「残念だったな、錬金術士。最後の最後で詰めが甘い。我々が炎の魔法を最も得意としていると知らなかったがが故に」

 

 煙が晴れると、二人は無傷のまま立っており、兄の鉄鍋にフラムの炎が全て吸収されていた。兄は鉄鍋を手元で回し、更に炎を大きくさせていく。

 

「これぞ対炎の魔法専用兼必殺技、『火の玉料理』 私の平鍋は炎の魔法を吸収し、威力を倍加させ、噴き出す!」

 

「妖精の丸焼きだ!」

 

「レヘルン!」

 

 雪だるまの形をした爆弾を床に叩きつけると爆弾は地面で爆発し氷の盾が出現する。『火の玉料理』で返された炎はレヘルンの氷で相殺された。蒸発した水蒸気の合間を潜り抜けて、一気にバニッシュブラザーズとの距離を詰める。

 

「なっ!?」

 

「これで終わりだ! ドナーストーン!」

 

 今度は雷マークの爆弾を二つ取り出し、兄弟それぞれの腹部に押し付ける。するとドナーストーンが爆発し兄弟の身体には電撃が走る。そのまま二人は丸焦げになって、気絶してしまった。それを見届けて一つ息をつく。

 

「アイテムを使いすぎたな。さてルーシィを探しに行くか」

 

 ルーシィを探しに走り出すと、エバルー邸に潜入した直後に撃退したゴリラメイドの目が光ったように感じた。

 

 

 




登場した錬金アイテム

魔物の棲むツボ
古びた壺に布の蓋がされただけのシンプルなもの。蓋をあければ一定時間、魔物を使役できる。今回は鳥のモンスターだったが、品質が上がれば、戦闘に役立つ強力なモンスターを使役ることも可能。

液化溶剤
瓶に入れられた緑色の液体。ほぼ全ての物質を溶かす液体で、錬金術で作り出した瓶すらも若干溶かしている。下手に使うととんでもないことになるので使用には注意が必要。

フラム
ダイナマイトの形をした典型的な爆弾。敵にぶつけるで起爆し、火属性ダメージを与える。比較的簡単に作ることが出来る。

レヘルン
雪だるま型の爆弾。フラムと同じく敵にぶつけることで起爆し、氷属性ダメージを与える。フラムより少し作るのが難しい。

ドナーストーン
雷マーク型の爆弾。フラムと同じく敵にぶつけることで起爆し、雷属性ダメージを与える。レヘルンより少し作るのが難しい。

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『日の出』の謎




 バニッシュブラザーズと戦っている頃、部屋から本を持ち出したルーシィは、下水道まで逃げ、『日の出』の秘密を解き明かそうとしていた。本を読むスピードを加速させる風詠みの眼鏡を使用して日の出を読み解いていく。秘密に気づいたルーシィは一息つくと眼鏡を外し、この本は燃やせない、カービィの元へ届けなければと感じた。この屋敷から出るため、立ち上がろうとすると、地面を潜って追ってきたエバルーがルーシィの背後の壁から顔を出し、両腕を掴んだ。

 

「ぼよよよよ……普段から風詠みの眼鏡を持ち歩くとはお主もなかなかの読書家よの」

 

「やばっ!?」

 

「何を見つけた。さあ言え! 本の秘密は何だ!?」

 

 エバルーはルーシィに白状させるため、両腕を引っ張り、苦痛を与える。痛がるルーシィはそれでも白状せずエバルーに対して文学の敵だと言い捨てた。それにエバルーは腹を立て、更に腕を引っ張り痛めつける。ルーシィの腕はミシミシと音を立て始める。

 

「宝の地図か!? 財宝の在処か!?」

 

「……」

 

「言え! 言わんと腕をへし折るぞ!」

 

 沈黙を守っていたルーシィは突然エバルーの方を向くと、べーっと舌を突き出してエバルーを愚弄する。エバルーの怒りは頂点に達し、腕を引っ張る力を最大限に強める。ルーシィは声を上げて痛がり、顔も余裕が無くなると苦痛に悶える。エバルーは腕を引っ張りながら怒りを叫ぶ。

 

「調子に乗るなよ小娘が! その本は吾輩の物じゃあ! 吾輩がケム・ザレオンに書かせたのじゃからな! 本の秘密だって吾輩のものなのじゃ!」

 

 エバルーが怒りを叫び終わった次の瞬間、エバルーの左腕からボキッという骨の音が聞こえる。そこにはエバルーの腕に拳を叩きいれるホム君の姿があった。エバルーが痛さのあまり、ルーシィから手を離すと、その隙を見逃さずルーシィはエバルーから距離を取る。

 

「ピコマスター、回復を致します」

 

「ホム君! ホムちゃん!」

 

 ルーシィに急いで近づいたホムちゃんはエバルーに痛めつけられたルーシィの腕に魔力を込めた手を当て、ルーシィの腕を回復する。ホム君はルーシィを守るように前に立つとエバルーと睨み合う。ルーシィも回復が終わると、腰の鍵を取り出した。

 

「形勢逆転ね。この本をあたしにくれるなら許してあげるわよ」

 

「文学少女の割に言葉の意味を間違えておる。形勢逆転とは勢力の優劣状態が逆転することだ。似たようなガキが2人増えたところで吾輩の魔法『土潜』は破れんぞ!」

 

 エバルーはそう言うと『土潜』を使って、地面に潜る。エバルーはルーシィ目がけて地面から攻撃し、攻撃しては地面に潜り、ヒット&アウェイでルーシィ、ホム達に攻撃の隙を与えない。

 

「この本に書いてあったわ。内容はエバルーが主人公の冒険小説。内容は酷いものだったの」

 

「吾輩が主人公なのは素晴らしいことだ。しかし内容はクソだ。ケム・ザレオンのくせにこんな駄作を書きおって。けしからんわ!!」

 

「あんた、無理やり書かせといて何でそんな偉そうなわけ!?」

 

「偉そう? 吾輩は偉いのじゃ! 書かぬという方が悪いに決まっておる!」

 

「あんたがケム・ザレオンを独房に入れてた間、彼はどんな想いでいたかわかる!?」

 

 エバルーの余りにも傲慢で自分勝手な考えについにルーシィの怒りは爆発し、叫ぶ。しかし、エバルーの考えはどこまでも、どこからも自分勝手な考えであり、変わるようなことはない。

 

「そんなもの、吾輩の偉さに気づいたに決まっておる!」

 

「違う! 自分のプライドとの戦いだった! 書かなければ家族の身が危ない! でもあんたみたいな大馬鹿を主人公にした物語を書くなんて作家としての誇りが許さない!」

 

「貴様、なぜそこまで詳しく知っておる」

 

「この本に全部書いてあるわ」

 

 エバルーは自分の予想以上に事を深く知っているルーシィに対して疑問を投げかける。するとルーシィは『日の出』を前に突き出し言い放つ。

 

「彼は最後の力を振り絞ってこの本に魔法をかけた」

 

 ルーシィの言葉を聞いたエバルーは、自分の今までの行動、言動が『日の出』に怨み辛みとして描かれているのではと予想するが、ルーシィに発想が貧困だと一蹴される。

 

「ケム・ザレオンが残したかったのはあんたへの言葉じゃない。本当の秘密は別にあるんだから!」

 

「なに!?」

 

「だからあんたにこの本を持つ資格なし! 開け、巨蟹宮の扉! キャンサー!」

 

 ルーシィが呼び出したのは二足歩行で人間の姿をしつつも背中から六本の蟹の足を生やした美容師風の姿をしている蟹の星霊、その両手には鋏が握られている。

 

「蟹……マスターの好物です」

 

「ルーシィ、今日はどんな髪型にするエビ?」

 

「空気読んでくれるかしら!?」

 

「蟹……?エビ……? ホムには理解できません」

 

「戦闘よキャンサー! あの親父をやっつけちゃって!」

 

「OK……エビ」

 

 ルーシィたちが一悶着している間、エバルーは頭を抱えていた。ルーシィが言った『日の出』に書かれているという別の秘密。それはもしかして、自分が今まで行ってきた事業の数々の裏側なのではないだろうか、もしもそれが評議員の検証魔導士にバレでもすれば、自分はおしまいではないか、と。それだけは避けなければならない。この場を勝利で収め、『日の出』をルーシィから奪い返すことで秘密の発覚を防ぐしか道はない。その考えに辿り着いたエバルーはポケットから星霊の鍵を取り出す。

 

「開け! 処女宮の扉。バルゴ! その本を奪え!」

 

「こいつ……星霊だったの!?」

 

 開かれた処女宮の扉から現れたのは、最初に出会ったゴリラメイドだった。バルゴの魔法『土潜』によって、今回も床の下から登場する。しかし、バルゴの後ろに何かがいることに気づき、その正体を見たその場の全員が声を上げる。

 

「あっ!」

 

「あっ!?」

 

「「マスター!」」

 

 気づけばいつの間にか、目の前にルーシィとエバルーがいた。状況は飲み込めないが、どうやら実は星霊だったあのメイド、バルゴが起き上がったため、仕方なく戦闘している間にエバルーが鍵を使ってメイドを召喚したことで偶然メイドに触れていた自分までこちらに移動してきたらしい。困惑しているところにルーシィがバルゴを退かせと命令してきた。とにかくやらねばとバルゴの服を掴んだままホム達に声をかける。

 

「ホム! パワーアイテム!」

 

「「了解しました」」

 

 ホム達がバルゴに攻撃を仕掛け始めたのを確認すると、服を掴んでいた手を離して、空中を飛びながらドナーストーンをバルゴに投げつける。ドナーストーンを受けたバルゴは電撃を全身に浴び、痺れでその場から動けなくなる。そこにホム達の魔法攻撃による追撃が直撃すると、手に消費されたドナーストーンが再び出現する。しかし、そのドナーストーンは先ほどよりも大きく、さらに強い魔力を放っている。それを掴んだと同時に地面に着地するとバルゴめがけて投げつける。流れるような連携攻撃にバルゴは為す術もなくやられるばかりだ。

 

「ホム! 下がれ!」

 

 その一声でホム達は横に素早く戻る。次の瞬間、ドナーストーンが炸裂し、先ほどよりも強い電撃がバルゴの体中を駆け抜けた。更に近くにいたエバルーにも電撃が走り、エバルーの身体は痺れて動けなくなってしまう。

 

「もう地面には逃げられないわよ! あんたなんて脇役で十分なのよ!」

 

 バルゴの壁が崩れ、電撃によって痺れているところをルーシィが見逃すはずはなく、持前の鞭でエバルーの首を縛り上げると、そのまま力で宙に浮かすように引っ張り上げる。そこに合わせるようにキャンサーが動き、宙に浮いて攻撃を躱すことも出来なくなったエバルーにとどめの一撃を刻み込んだ。

 

「お客様、こんな感じでいかがでしょう……エビ」

 

「こいつはいいな」

 

 キャンサーの攻撃によって気絶したエバルーの髪がつるりと切り落とされ、綺麗なスキンヘッドになっていた。思わず手を叩いて笑ってしまった。

 

「で、その本どうするんだ」

 

「カービィさんにあげるわ。そうじゃないと意味がないもの」

 

 エバルーの屋敷から脱出した四人は依頼主であるカービィの邸宅に向かっていた。ウインクをしながらそう言うルーシィに対して少々意味が分かっていなかったが『日の出』の秘密を知っているのがルーシィだけである以上、要らぬ口出しは出来ない。もちろん、本を燃やすことも出来なかった。

 

 カービィ邸に到着すると、カービィは家の中に迎え入れてくれた。ルーシィはそこで『日の出』をカービィに差し出す。受け取った直後、一瞬戸惑う表情を見せたが、依頼は本の焼却だとして、本をルーシィから取り上げると、自分で焼却すると言った。しかしルーシィはどこか寂しげな表情で言う。

 

「どうしてカービィさんがその本の存在が許せないのかわかりました。父の誇りを守るため――あなたはケム・ザレオンの息子ですね」

 

「……マジか」

 

 思わず声を上げてしまう。本を見つめながら握りしめるカービィ、ルーシィは続ける。

 

「この本を読んだことは?」

 

「いえ、父から聞いただけで、読んだことは……しかし読むまでもありません。父も言っていた駄作だ」

 

「カービィさん、ケム・ザレオンはその本を消滅させることを本当に望んでいるのですか?」

 

「そのはずです! 父はこの本を書いたことを恥じていた」

 

 問いに答えたカービィは父ケム・ザレオンとの回想を話し始める。31年前のこと、エバルーからの脅迫によって『日の出』を書かされていたケム・ザレオンが3年振りに家に帰って来た。家に帰るなり挨拶もなしにロープで腕を縛ると、「私はもう終わりだ。二度と本は書かん」と言って利き手の右腕を斧で切り落とした。そのまま病院に送られ、入院となったケム・ザレオンを若かりし頃のカービィは責め立てた。その後すぐケム・ザレオンは自害した。カービィはその後長らくケム・ザレオンを憎み続けていた。しかし年月が経つに連れて後悔が込み上げてきたという。もしかすればあの時にあんなことを言わなければケム・ザレオンは死ななかったのではないかという後悔である。ララン達はその話を無言で聞いて何も言えずにいた。そしてカービィは懐からマッチを取り出す。

 

「だからね、せめてもの償いとして父の遺作となったこの駄作を、父の名誉を守るためにこの世から消し去りたいと思ったんです」

 

「待って!」

 

 ルーシィの静止も虚しく、カービィはマッチに火をつけて『日の出』に近づける。あと少しでマッチの火が本につくという瞬間だった。『日の出』が宙に浮いて光を放つ。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 カービィの手を離れた本の文字が動き出す。DAY BREAKの文字が次々に入れ替わりながら、元あるべき場所に戻っていく。するとDAY BREAKの文字はDEAR KABYと並び替えられた。

 

「DEAR KABY……ルーシィ、これって……」

 

「そうよララン。ケム・ザレオン、本名ゼクア・メロン。彼はこの本に魔法をかけました。彼がかけた魔法は文字を入れ替える魔法、表紙だけじゃない、中身も全てです」

 

 『日の出』は自らの意思を持つように開いて、文字が本から飛び出す。それはまるで文字が躍っているようで、その美しさ、綺麗さにこの場にいる全員が感動していた。

 

「これが魔法……錬金術でもこんなことは出来ないな……」

 

 全ての文字が入れ替わり終わると本はスッと閉じ、カービィの手元に戻る。

 

「彼が作家を辞めた理由は、最低な本を書いてしまった他に最高の本を書いてしまったことかもしれません」

 

「私は……父を理解できていなかったようだ」

 

「当然です。作家の頭の中が理解出来たら、本を読む楽しみがなくなっちゃう」

 

「ありがとう。この本は燃やせませんね」

 

 カービィが本を手元に残すことを決めると、カービィは涙を流しながらルーシィ達に感謝を述べた。滅多に見ることが出来ない珍しい魔法を見ることが出来たからなのか、感動的な出来事を目の当たりにしたからなのか、気づかないうちに自分の目からもうっすらと涙が流れた。だがそれ以上に笑顔だったような気がする。

 

するとホムたちが唐突に切り出す。

 

「それでは、私たちは報酬を受け取ることが出来ません」

 

とホムちゃんが言う。続いてホムくんも。

 

「依頼は本の消滅です。しかし本はカービィ様の手元にあり、消滅させるという目的を達成出来ていません。よって私たちは報酬を受け取ることは出来ません」

 

何を言ってるのかちょっとよくわからない。それが率直な感想だった。

 

「ん?」

 

「え?」

 

「はい?」

 

 ルーシィもカービィもマスターの自分でさえも素っ頓狂な声をあげる。ホムンクルスであり、金に執着のない二人だからこそ言えるセリフである。ルーシィはホム達を何を言ってるんだという目で見るが、ホム達の目はいつもと同じく純真無垢なものである。

 

「まぁ……そうだな。ホムの言う通りだ」

 

「し、しかし、そういう訳には」

 

「そうよ、せっかくの好意なんだから頂きましょうよ」

 

「ピコマスター、それをケチと言います」

 

「うっさいわね!」

 

 報酬を貰いたいルーシィと報酬は貰えないと主張するホム。2人の言い争いは数分間にわたって繰り広げられたが、結局はルーシィが折れて、報酬を貰わないことに落ち着いた。夫妻に挨拶をしてカービィ邸の玄関に向かって歩き、家を出ていく。ホム達も綺麗に一礼するとこちらを追いかけて邸宅を出てくる。ルーシィは未だに未練たらしい様子だったが、置いていかれないよう走って追いかけてきた。

 

 カービィ邸からの帰り道‐

 

「200万Jをチャラにするなんて信じらんない!」

 

「金なんていつでも手に入る。俺は魔導士じゃなくて錬金術士だからな」

 

「でも依頼を受けないとお金は貰えないじゃない」

 

「ギルドに帰ったら見せてやるが、ギルドの掲示板には依頼板の他に俺専用の依頼板がある。それを見て俺は色んなアイテムを作って渡して金を貰う。依頼に来るのはギルドメンバーか近所の人ぐらいか。まだまだ認知度がなくてな」

 

「そんなのズルじゃない!?」

 

「俺は仕事をしているだけだ。ズルなわけないだろ。てか流石に200万も稼ぐとなると結構な時間がかかる。俺だって貰いたかった」

 

 ラランとルーシィは口論を続けながら、シロツメの街、そしてマグノリアのギルドへ戻っていった。これにてルーシィ、および、4人チームの初仕事は報酬こそ辞退したものの全て解決、きっちり依頼をクリアすることが出来た。アトリエに帰りついた瞬間にギルドの錬金依頼を根こそぎ取って来て、ホム達と共に必死に調合をする日々が久しぶりに訪れたのだった。




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依頼納品と女王の帰還

「間に合わねー。ホムちゃん!虹の精油はあるか!?」

 

「ございません。お作りするにもタール液がございません」

 

「なんだと……ホム君、タール液の作成を頼む」

 

「了解しました」

 

 『日の出』の依頼から数日、錬金術士の本職である調合依頼をこなすため、ホムと協力し、忙しなく働いていた。あの素材がない、あの調合品がないと躍起になりながらコンテナを開けては閉め、開けては閉めを繰り返し、釜をかき混ぜている。時々、調合に失敗して爆発を起こして、全てが最初からになったりもしてストレスは最高潮に達していた。

 

「リーダスのやつ、魔法の絵の具とかいう作るのが面倒くさいもの頼みやがって……」

 

「しかし、依頼を受けたのはマスターです」

 

「ギルドメンバーの依頼は断れないだろ」

 

「マスター、お客様です」

 

「お客様!? まさか中々納品しないから怒って誰か来たか。ホムちゃん、ちょっとこっちの作業を頼む」

 

「かしこまりました」

 

 ラランは釜をかき混ぜるための棒をホムちゃんに手渡すと、玄関の方へ歩いていく。素材が散らばった床を踏み分けながら玄関に辿り着くと、まだ出来てないから帰ってくれと言う準備をして玄関の扉を開けた。

 

「悪いけどまだ出来てないから……失礼、どちらさまですか?」

 

 玄関を開けてみれば、ラランには見覚えのないピンク色の髪に青色の目をした超絶美少女が立っていた。面倒くさそうな顔をして出たラランも思わず驚いて敬語になってしまう。

 

「お久しぶりでございます。私、エバルー様の星霊でございました、バルゴと申します」

 

 超絶美少女の正体はエバルー邸で対峙したあのゴリラメイドだった。しかし、明らかに違う見た目と声ににわかには信じられないもので、疑いの言葉をかける。

 

「は? いやいや見た目からして違うんだけど」

 

「星霊は主人の望む姿になります。前の姿に戻りましょうか」

 

「いや、今のままでいい。で、何の用?」

 

「私、エバルー様の元を離れましてルーシィ様にお仕えしたいのです」

 

「そうか、エバルーはあの後、悪事がばれて捕まったもんな」

 

「はい。なので私の鍵をルーシィ様に渡してください。それでは」

 

 バルゴはそう言うと星霊界に帰ってしまう。手元に残された鍵を見て、アトリエに戻る。アトリエの中を振り返るとホム達がせっせと調合をしており、いつバルゴの鍵をルーシィに渡せるのだろうと不安になった。手が空いた時にしれっと渡せばいいか。

 

 それから数日後、全ての調合を終わらせ、依頼の品々を完成させた。それらを大きな箱3つに分けて詰め込み、ホム達と一つずつ抱えて、ギルドに向かっている。最近はマグノリアでも錬金術士の知名度が少しずつ広まってきたのもあって、近所の人には顔を覚えられて、話しかけられる程度にはなっていた。しかし、実際の理由は錬金術士という職業ではなく『妖精の尻尾』の魔導士だからである。街の人々からは何でも作ってくれる魔道士の人という認識なんだろう。

 

「いやいや、人気者は辛いな」

 

「あんちゃん! また木材頼むよ!」

 

「おにーちゃん! またぬいぐるみさんちょーだい!」

 

「マスター、今声をかけられた皆様の依頼を全て終わらせるためには1か月必要です」

 

「……マジかよ」

 

 冷や汗を流しながらも、市民の声に応える。そのすべてを聞いているホムは荷物を片手に市民の依頼をすべてメモしながら、歩いている。ようやくギルドが見えてきたころにはホム達のメモはびっしりと埋まっていた。そのメモを見て顔が青ざめるのが分かった。3人はギルドの前着くと荷物を一旦地面に置いて、荷物を整理しなおしてからギルドの扉を蹴り開ける。

 

「おらー調合依頼をした人はバーカウンターに集まれー!」

 

 蹴り開けられた扉に反応して、ギルドメンバーの注目が集まる。ギルドに大きな箱を持ってきたのを確認し、言葉を聞くと、待ってましたと言わんばかりに皆がバーカウンターに集まり始める。我先にと前に行こうとするメンバー達が順番競争で喧嘩に始める様子をちょうどバーカウンターに座って見ていたルーシィは驚いてミラに尋ねる。

 

「ミラさん、これって……」

 

「だいたい2週間に一回くらいあるラランの依頼納品よ。ギルドメンバーの依頼を一気に請け負ってはこうやって全員分まとめて納品するから毎回こんな感じなの」

 

「そういえば前に言ってたような……今度私も頼んでみようかな」

 

「頼むなら、依頼するものをこのメニューから選んで、紙に依頼を書いて依頼版に貼ってね」

 

「わー、この首飾り可愛い! こっちの指輪も!」

 

「凄いわよね、デザインも可愛いし、効果も凄いし」

 

「効果? そういえば前に貰った服も効果があるって」

 

「そう、ラランの作る装飾品、服とか指輪とかには色んな効果があるの。その装飾品そのものに付いてる効果とラランが素材から後付けした同じ装飾品でも違ってくる効果。ラランは全部指定すればその通りの物を作ってくれるわよ」

 

「ラランって意外と凄い人……?」

 

「えぇ、戦いは得意じゃないって言ってるけど、アイテムを使えば『妖精の尻尾』でも強い方だしね。本職も、ほら私の指輪、これもラランに作ってもらったのよ。可愛いでしょ?」

 

「いいなぁ、あたしも作ってもらお!」

 

「ルーシィならチームを組んでるし、ただで作ってくれるわよ」

 

 ミラとルーシィが話している真横でラランは必死にギルドメンバーの依頼納品を捌いている。あまりにも量が多すぎて、ホム達の手も借りながらやっているが、それでもまだまだ列は半分も捌き切れていない。

 

「次! グレイ!」

 

 呼ばれたのはグレイ・フルバスター。氷の造形魔導士でよく脱ぐ。いつの間にか脱いでいる。実力は折り紙付きだが脱ぎ癖のせいでよく問題を起こしている。そんな魔導士が頼んだものは氷属性の雪だるま型爆レヘルン。

 

「レヘルンな。はい。何に使うんだ?」

 

「おう、サンキュー。これで魔法の修行すんだよ」

 

「はい、次、カナ」

 

 次に呼ばれたのは、大酒飲みのカナ・アルベローナ。タロットカードを用いた魔法を使う魔道士。この日もカウンターには集まらず、大樽に入った酒を飲んでいた。

 

「カナ! 後詰まってるんだ、速く!」

 

「はいはい、うるさいわね」

 

「えーっとカナは、祝福のワイン、1樽」

 

「どうもー!」

 

「酒を頼むならもっと少量にしてくれ。次、ロキ!」

 

 次は月間ソーサラー調べのランキングで付き合いたい魔道士上位に位置するイケメン魔導士ロキ。光属性の魔法を使う魔導士である。今回も両脇に女性を従えて登場した。

 

「ロキはネイロンフェザーを10枚。はい」

 

「ありがとう。これで彼女たちに服をプレゼントできるよ」

 

「はい、頑張ってください。最後はエルザ! あ……いらっしゃいますでしょうか」

 

 勢いで乱暴に呼んでしまった。その名を呼ぶとギルド中が一斉に静まり返る。この場にいないならとすぐに依頼書を横に置いて次の依頼書に書かれた名前を読み上げようとした瞬間だった。先ほど品物を貰い、外に出ていたロキが走って帰ってくる。その顔は見るからに青ざめていた。

 

「エルザが帰って来た!」

 

「やばい、エルザの品物上手くできたかな……作り直した方がいいかも……」

 

 エルザが帰って来たということだけでギルド中は大騒ぎになる。するとズシンズシンと大きく響き渡る足音を立てて鎧を纏った赤い長髪の女性、エルザがギルドに入って来た。その肩には本人の何十倍はあろうかというほど巨大な魔物の角を担いでいる。誰よりも速くバーカウンターの後ろに身を隠すとエルザへの商品を見つめて震えた。そして見つかりませんようにと祈りを捧げた。、ギルドメンバーがエルザの帰還に戦々恐々の中、ミラだけがエルザに近づいていく。

 

「今帰った。マスターはおられるか」

 

「おかえり! マスターは定例会よ」

 

「そうか……それにしても貴様らまた問題ばかり起こしているようだなマスターが許しても私は許さんぞ」

 

「ララン、この人誰?」

 

「馬鹿! 今俺に話しかけるな! 彼女はエルザ、『妖精の尻尾』最強の女だ……」

 

 ルーシィがバーカウンターから覗き込んで、ラランに話しかける。ラランはルーシィの方を向くと、口に人差し指を充てるポーズをして、静かにするように訴えるが質問に答えないわけにもいかないので、小声で答える。

 

「カナ! 何という格好で酒を飲んでいる。ワカバ、吸い殻がこぼれているぞ! ララン!」

 

「は、はい!」

 

 ラランはなぜバレたのだろうと思いながらも、エルザの呼びかけに大きな声でキレのある挨拶をすると、バーカウンターから身体を差し出す。

 

「今日の活気を見るに依頼納品だろう。例の物は出来ているか」

 

「はいっ! 最高クラスの素材を用い、特性も指定通り。味も世界一であります!」

 

「後で頂こう。それより先にナツ、グレイ、そしてララン。三人の力を貸してほしい、ついてきてくれるな?」

 

 エルザがいつも通り取っ組み合いをしていたナツ、グレイ、そしてラランを仕事に誘うという趣旨の発言をすると再びギルドがざわつく。何故ならギルドの誰もエルザが人を誘ったところを見たことがないからである。普段から犬猿の仲であるナツとグレイは嫌がっていたがエルザの前では仲良しアピールをする他なく断れなかった。ラランはエルザに敬礼をしたまま硬直したまま動かない。

 

「ではララン、頂こう」

 

 エルザは話が終わると例の品の待つバーカウンターに座る。依頼品を入れた箱の中から、また一つ小さな箱を取り出す。その箱を開けると、フルフルと左右に揺れる大きなプリンが出てくる。ラランはそれが崩れないように気をつけながら、エルザの前に差し出す。

 

「ララバンティーノ・ランミュート特製、フルフルプディングでございます。品質はS120、卵、ミルク等すべてSランク素材で作らせていただきました」

 

 前に出されたプリンを見て、エルザも目を輝かせて、舌なめずりをする。それを横で見ていたルーシィ、ミラも思わずゴクリと唾を飲んだ。

 

「では……うむ! うむうむ。美味い。仕事の帰りに食べるスイーツは絶品だな!」

 

 エルザの差し出すスプーンに対して、プリンは一切の抵抗をすることなくと通り、その断面は濃厚さが示されるように気泡は全くなく輝いている。

 

「ありがとうございます」

 

「では次はマイスタータルトを頼む。特性はこれとこれとこれと」

 

「はい!」

 

 エルザはプリンを完食すると、手渡された紙で口を拭いて、ギルドを後にした。エルザが完全に見えなくなると一気に肩の力が抜ける。そこを畳みかけるようにルーシィが詰め寄る。

 

「ララン! 私もプリン食べたい!」

 

「えぇ……いつでも作るから今は休ませて」

 

「あんた、エルザさんに何されたのよ?」

 

「前に忙しすぎて、バレないと思って出来がかなり悪くなったやつを渡したら仕事がなってないってぼこぼこにされた。それ以来エルザの依頼は気が抜けないんだ」

 

「あの時のエルザ怖かったもんね」

 

「もう二度とあんな目には遭いたくない」

 

 プリンの皿を片付けながら、ミラ、ルーシィと会話する。その中で、ミラは先ほど、エルザが誘ったナツ、グレイ、ラランをメンバーを最強チームではないかと分析する。

 

「でもナツとグレイはギクシャクしてるとこが不安なのね。ラランが年長者としてまとめてあげてね」

 

「あいつら纏めるなんてエルザにしか出来ん。俺は言われたことをやるよ……あ、そうだ」

 

「ん?」

 

「ルーシィも来てくれ。それがプリンを作る条件だ」

 

「え!?」

 

「いいわね、それ。ルーシィがついていって仲を取り持ってあげて」

 

「えーー!?」

 

「はい決まり」

 

 翌日、準備を済ませた最強チーム、エルザ、ナツ、グレイ、ララン、そして無理やりついてこさせられたルーシィが目的の街へ向かうため、マグノリア駅に集合した。




登場した錬金アイテム

虹の精油

名前は虹だが見た目は黄緑色の油。虹とは色の意味ではなく用途の意味である。すべての用途に使用できる万能油であることから虹の精油と呼ばれている。

タール液

タールの実から錬金されるアイテム。タール液を素材に錬金されるアイテムも多い。魔法の絵の具が例である。

魔法の絵の具

非常に複雑なレシピからなる万能絵の具。自由自在に色を変換可能で全ての画家が欲する正に魔法のアイテム。しかし最初からタール液など錬金された品を素材とするため、最初から作るとなると3回の錬金をしなければ作れない。

ネイロンフェザー

中位の繊維素材。これを元に服を作ることが可能。およそ1枚から2枚で1着の服を作ることが可能。

祝福のワイン

ぶどう水から作られるワイン。飲んだ者の日ごろの鬱憤やストレスを消し去ることから祝福のワインと名付けられた。

フルフルプディング

その名の通りふるふると揺れる様が美しいプリン。味は品質によって大きく変化するため、人前に出す際には注意が必要。

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鉄の森と呪歌

 エルザの招集により最強チームが結成された翌日、ナツ、グレイ、ルーシィがマグノリア駅に集合していた。いつも通りナツ、グレイは喧嘩を始めていたが、ルーシィの機転によって、何とか収めている状況だった。大量の荷物を荷車に乗せて引っ張っているエルザと共に合流した。今日はホム達は危険な仕事には連れて行きたくない為に連れてない。

 

「悪い、遅れた」

 

「すまない、待たせたか」

 

 エルザはルーシィを見ると彼女が話題の新人であることに気づく。エルザはエバルー邸でのルーシィの活躍を少々勘違いをしているようだった。ルーシィはペコリと頭を下げると挨拶をする。

 

「新人のルーシィと言います。今回はラランとミラさんに頼まれて同行することになりました。よろしくお願いします」

 

「私はエルザだ。よろしくな。ラランとチームを組んでいるようだが、ラランをよろしく頼む」

 

「いえ、私がいつも助けられてばかりです」

 

 エルザはルーシィと他愛無い話をしていたが、列車の汽笛が鳴ると、顔を引き締めて本題に入る。今回は少々危険を伴う可能性があると言うとルーシィはたじろいて、ハコベ山の時のように帰りたいと言い出す。そしてナツは今回、エルザを手伝うには条件があると言う。エルザの頼みに条件を付けるなんてとんでもないとグレイは冷や汗をかきながら自分は無償で手伝わせていただくと言いながらナツを宥める。

 

「帰ったら俺と戦え。あの時とは違うんだ」

 

 ナツがそう言うと皆が驚く。曰く強者の集まる『妖精の尻尾』で最強の女性であり、ナツやグレイという上位の力を持つ男性ですら敵わないエルザに戦いを挑むというのは誰がどう見ても無謀というものである。エルザはそれを聞いて笑うとナツの条件を受け入れる。ナツは条件が了承されるやいなや、テンションが高まり頭から炎が噴き出す。そのすぐ後、列車出発の汽笛がなり、全員は急いで列車に乗り込んだ。

 

「ララン、ナツの乗り物酔いを止める薬とかないの?」

 

「そんなものはない」

 

 列車が動き出した途端、ナツは乗り物酔いでぐったりとする。席はボックス席でナツ、エルザ、グレイが一つのボックス席に座ったので、ルーシィと通路を挟んで横のボックスに座った。酷い乗り物酔いのナツをエルザが隣の席に呼ぶと腹に一発パンチを入れて、ナツを気絶させた。エルザ自身はこれで少しは楽になると言うあたり全く悪気は無い。

 

「そういえばあたし、ラランとナツ以外の魔法見たことないかも。エルザさんはどんな魔法を使うんですか?」

 

 ルーシィがそう言うので、説明する。

 

「エルザの魔法は綺麗だ。敵の血が舞い散り、まるで芸術のようだ」

 

「それって綺麗なの?」

 

「たいしたことはない、綺麗で言うならグレイの方が綺麗だと思うが」

 

 エルザがそう言うと、グレイは左手の手のひらに右手の拳を当て円を描くようになぞる。すると『妖精の尻尾』のマーク型の綺麗な氷の結晶が出来上がる。ルーシィはそれを見るとはっと気づいたような顔をして、グレイは氷、ナツは炎、だから仲が悪いのかと妙に納得してしまった。それに拗ねてしまったグレイはさっさと本題に入ろうとエルザに促す。

 

「そうだな、話しておこう。先の仕事の帰りのことだ。オニバスの街で魔導士が集まる酒場に寄った時に少々気になるやつがいてな」

 

 エルザは思い出す様に話し始める。エルザが寄った酒場では酒が遅いと店員に文句をつけている客がいた。その客は『せっかくララバイを見つけたのに封印が施されていて解けやしない』と大きな声で言い放った。すると客の仲間と思われる男たちが声が大きいとやけに慌てていた。するとその内の一人が『必ず三日以内にララバイの封印を解き、持って帰るからエリゴールさんに伝えておいて』と言った。

 

「ララバイ?」

 

「ララバイには封印が施されているという話を聞けば、かなり強力な魔法だと思われる」

 

「なるほどな。ララバイは初めて聞いたが、エリゴールなら知ってる。かなり危険な男だ」

 

「ラランの言うように私もエリゴールという名を思い出すまでは全く気にかけなかった」

 

「エリゴール、魔導士ギルド『鉄の森(アイゼンヴァルト)』のエース魔導士で通称『死神』。禁止されてる暗殺系任務ばっかりやって今は闇ギルド。そこそこ有名な奴だ」

 

 列車が駅に到着し、大きな荷物を持ったエルザが先頭になって四人が降車しながら話している。闇ギルドという言葉を聞いてルーシィから汗が噴き出し、また帰ろうとするとハッピーに「出た」と突っ込まれる。エルザからは彼らを見逃してしまったことを悔いる気持ちが顔に現れ、言葉にも表れる。

 

「不覚だった……あの時エリゴールの名を思い出しておけば……全員血祭りにあげていたものを……」

 

「だな、確かにその場にいた連中だけならエルザだけでどうにかなったかもしれねぇ。だがギルド一つ丸々相手となると」

 

 グレイがそう言うと、エルザが静かに頷き、皆はエルザがチームを結成した意図を汲み取る。そしてエルザは本題中の本題、今回の目標を喋り始める。

 

「奴等はララバイなる魔法を入手し、何かを企んでいる。私はこの事実を看過することは出来ないと判断した。『鉄の森』に乗り込むぞ」

 

「面白そうだな」

 

 グレイがエルザに賛同したところで、ルーシィが周りを見回しながらあることに気づく。

 

「あれ? 嘘でしょ!? ナツがいないんだけど!?」

 

 それを聞いた途端、全員が目を丸くする。既に街の中腹まで来ていた四人は急いで駅まで戻った。駅に戻ると列車は既に次の駅に向かって出発してしまっていた。

 

「なんということだ! 話に夢中になる余り、ナツを列車に置いてきた。ナツは乗り物に弱いというのに! これは私の過失だ。とりあえず私を殴ってくれないか!」

 

 エルザがルーシィにそう言うがルーシィはまぁまぁとエルザを宥める。その会話を聞いていたので状況を打破すべく駅員に近寄っていく。

 

「て訳で、列車止めてくれ」

 

「どういう訳!?」

 

「『妖精の尻尾』ってこんな人しかいないのかしら」

 

「俺はまともだぞ!」

 

「露出魔が何言ってんのよ」

 

 駅員と交渉するが駅員は降り損ねた一人の為に列車を止めることは出来ないと頑なに拒んでいる。いつまでも平行線を辿っている二人の交渉が続く中で、ふと駅員の後ろにある緊急停止スイッチに気づいた。ハッピーに緊急停止スイッチを入れること命令するとすぐさまハッピーが翼で飛び、緊急停止スイッチを入れる。すると非常用ベルが駅中に鳴り響き、駅にいた人々は事故か事件かと騒ぎ始めた。列車のレールを照らすランプも全て点灯する。

 

「じゃ、追うぞ」

 

「だな」

 

「よし、ではこの荷物をホテルチリまで頼む」

 

 エルザがたまたま居合わせたカップルに荷物を押し付けると、ルーシィを覗いた三人はナツを追いかけ始める。唯一まだ『妖精の尻尾』についていけないルーシィはもう滅茶苦茶だと言いながら三人の後を追った。

 

「おい、魔道四輪で行くぞ」

 

 借りてきたのは魔力を動力源に動く四輪車。その速度は運転手の魔力量によって変化する。運転席に座り、魔力を流し込むための腕輪であるSEプラグを装着する。エルザ、グレイ、ルーシィ、ハッピーが後部座席に乗り込むと同時に魔道四輪に魔力を流す。すると列車も凌ぐスピードで走り始めた。それからナツの列車を追うこと数分、緊急停止スイッチによって停止した列車が見えてくる。

 

「見えた。あれだ!」

 

 停止した列車に飛び込むためにグレイが魔道四輪の外に出て座席の上によじ登る。すると駅員の声が放送で流れた。それによって列車は徐々に動き始める。魔道四輪のスピードを緩めていたが、再び魔力を込めて魔道四輪を出発させる。その直後、列車の窓を割ってナツが飛び出してきた。それに気づくと急いでブレーキをかけるが、間に合わず、魔道四輪の天井にいたグレイと飛んできたナツが交錯し、二人の頭と頭がぶつかり後方へ飛んで行った。

 

「ナツ、無事でよかった」

 

 そう声をかけると鬼の形相でナツが食い掛る。

 

「無事なもんか! 変な奴に絡まれたんだ! なんつったかな……アイなんとかバルトみてぇな……」

 

 ナツが思い出しながら言うと、エルザのビンタがナツの頬に炸裂した。エルザはナツの遭遇した『鉄の森』は今、我々が追っている者だと言うとナツは聞いていないという。それにエルザはなぜ人の話を聞いていないんだと叱責するが、エルザがその話をしていた時はナツはエルザに腹パンチを食らい気絶している時であり、聞いているはずがない状況だった。全員がそれに気づいてはいたが要らぬことは言わないでおこうと黙っている。

エルザはすぐに列車を追おうとナツが出会った人物の特徴を聞くがナツは人物に特に特徴は無いと言う。

 

「ドクロっぽい笛持ってたな。三つの目があるドクロだ」

 

「趣味悪い奴だな」

 

 ドクロの笛やララバイという名前、眠りや死と言った関連する言葉からルーシィはまさかと震え始める。そしてルーシィは一つの結論を導き出した。

 

「その笛がララバイだ! 呪歌(ララバイ)……死の魔法!」

 

 ルーシィは自分も本でしか読んだことはないと前置きしながらもララバイについて話し始める。元々禁止されている魔法に呪殺という対象者を呪うことで死に至らしめる黒魔法がある。そしてララバイは笛の音を聴いた者を全員を呪殺する『集団呪殺魔法』であると。

 それを聞いた皆は再び魔道四輪に乗り込み、『鉄の森』が乗った列車を追った。その途中にあるクヌギ駅の様子を見ると既に国の軍兵が駅を取り囲んでおり、民衆も駅周辺に大勢集まっていた。聞こえる話し声を聞くとエリゴール率いる『鉄の森』は列車を乗っ取ったようだ。

 

「やばそうだな。皆! 飛ばすぞ!」

 

 魔道四輪にありったけの魔力を込める。するとナツを追う時の比にならないほどのスピードで魔道四輪が走り抜ける。運転席に乗ったナツは乗り物酔いでルーシィの介護を受け、グレイとエルザは心配してくれたのか声を掛けてきた。

 

「ララン! 魔力を枯渇させる気か!」

 

「そうだ! SEプラグが膨張してんじゃねえか!」

 

「俺は魔力が切れても戦える。お前らはいざという時のために魔力を溜めとくべきなんだ。この中で一番戦力にならないのは俺だ。出来ることはこのくらいしかない!」

 

 そう言って更に魔道四輪を飛ばす。そのおかげもあって街の大きな駅である、オシバナ駅には想定よりも早く到着した。オシバナ駅では民衆の数も身動きが取れないほど大量であった。魔道四輪を降りると民衆の隙を潜り抜けながら全員が駅に入る。その後からフラフラとしながらも何とか歩いて駅に向かう。

 

「ララン、しっかり!」

 

「ルーシィ、俺のことはいいから皆と行け。相手がギルドともなるとお前の力も必要だ」

 

「そんなこと言ったってラランのことほっとけないわよ! いいから黙って肩貸す!」

 

「悪いな。今ちょうど回復アイテムも尽きてるし、攻撃アイテムもほとんどない……ホム達が完成させるまでは皆に隠しとくつもりだったんだが」

 

「じゃああんた……」

 

「ああ、今の俺はほぼ無力だ。ルーシィを守ることも出来ん」

 

 ルーシィの助けを借りながら、何とか駅に入り、進んでいくと軍兵が既に全滅し、そこら中に倒れていた。それを見るとエルザは敵のおおよその戦力を確認する。ホームに向かって更に進むと、大きな鎌を持った『鉄の森』の魔導士エリゴールを筆頭に『鉄の森』の魔導士が大量に待ち構えていた。

 

「貴様らの目的はなんだ。返答次第ではただでは済まさんぞ」

 

 エルザの質問にエリゴールは風の魔法で空を飛びながら答える。

 

「まだ分らんか。駅には何がある」

 

 エリゴールは駅内の放送スピーカーを拳でこんこんと叩く。その瞬間、皆が察し、ラランがなけなしの元気で声を上げた。

 

「こいつ……ララバイを放送して民衆を……!!」

 

「ふはははは!! 駅周辺には何千ものやじ馬が集まってる。さらに音量を上げて町全体に笛の音を響かせたらどうなるかな」

 

「大量無差別殺人だと!?」

 

「これは粛清なのだ。権利を奪われた者の存在を知らずに権利を掲げ、生活を保全している愚か者どもへのな。この不公平な世界を知らずに生きるのは罪だ。よって死神が罰を与えに来た。死という名の罰をな!!」

 

「『鉄の森』が闇ギルドに指定されてしばらく経つ。今更こんなことをしたって権利は戻ってこないぞ」

 

「ここまで来たら欲しいのは権利じゃない。権力だ。権力があれば全ての過去を流し、未来を支配することだって出来る」

 

「そんなことはさせん。すべて俺達が阻止する」

 

 エリゴールはそれを聞いても鼻で笑い飛ばし、笛を吹きに行くと言って風の魔法で飛び去ってしまった。そしてその場を任されたのは大量の『鉄の森』ギルドメンバー。エリゴールが去ったのを見たエルザがナツとグレイに彼を追わせる。場に残ったのはエルザ、ルーシィ、そして魔力をほぼ使い果たした自分。戦力になるのはエルザとルーシィだが、彼女と『鉄の森』メンバーの力の差はかなりあり、ルーシィが相手取るには格上の相手だ。

 

「ルーシィ、エルザはこの程度の奴らなら一人で十分だ。少し離れよう、そして見届けてやれ。『妖精女王(ティターニア)』を」




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決着『鉄の森』

 ナツとグレイがエリゴールを追い、エルザ、ルーシィ、ラランが『鉄の森』ギルドメンバーと対峙する。しかしラランは魔力の消耗により、戦闘に参加するのは厳しく、ルーシィはこの数を相手取るには少々実力不足である。しかしルーシィに肩を借りながら何とか立っている状態のラランはこの場はエルザ一人で十分だと言う。そしてエルザの魔法に巻き込まれないようにラランとルーシィは少し距離を取った。

 

「ここなら大丈夫だ。ルーシィ、俺を助けてたらエルザを無視してきた奴等を倒せない。離してくれ」

 

「でも、あんたは……」

 

「自分の身くらいどうにかする。一番困るのは俺達が奴等に捕まってエルザが本来の力を出せないことだ」

 

 ラランはそう言うと、ルーシィは渋々ラランに貸していた肩を離す。するとラランは糸が切れたように倒れる。ルーシィはそれを見てすぐさま助けようとするがラランは制止して、何とか上体を起こして杖を頼りに立ち上がる。

 

「まぁエルザが一人の敵も見逃すとは思えんが」

 

 ラランは息を切らしながらエルザの方を見る。エルザは換装した魔法剣で『鉄の森』メンバーの人海戦法にも屈せず、むしろ圧倒している。敵が遠距離から攻撃してこようとすれば、すぐさま魔法剣から槍へ換装し、敵を狙い撃つ。周りを囲まれれば手数の多い双剣へ換装し、360°全方位の敵を吹き飛ばす。力強い敵が現れれば斧に換装し、力で圧倒する。だんだんと減る『鉄の森』メンバーはエルザの強さに焦り始める。

 

「エルザの魔法は換装だ」

 

「換装?」

 

「俺がバックからアイテムを取り出す様に、エルザは別空間に武器をストックしてる。それを呼び出して武器を持ち変えるのを換装ってんだ。しかもエルザの強さは換装の速さだけじゃない。普通の換装魔法使いは武器のストックのみだが、エルザはな……」

 

 敵を倒しながらも中々数の減らない『鉄の森』メンバーたちに対し、エルザは一々、武器を換装して戦うのは煩わしいと次の魔法を使う。するとエルザの纏っていた鎧が徐々に剥がれていく。『鉄の森』メンバーは鎧が剥がれていく様に目をハートにさせていたが、そんな生優しいものではなかった。

 

「能力を変化させる魔法の鎧も換装できる。変幻自在の武器に鎧。鎧の美しさもさることながら、剣が踊り舞う様に敵を襲う、更に圧倒的なその強さから付けられた異名は『妖精女王(ティターニア)』」

 

 エルザが換装した魔法『騎士(ザ・ナイト)』に手も足も出ない『鉄の森』メンバーたちは一斉攻撃を仕掛けるが、エルザの周囲を守る剣の一斉攻撃、『循環の剣(サークルソード)』の前に一網打尽にされ、一人を残して全滅した。残った一人も戦意喪失し、逃げ出してしまった。

 

「エリゴールのところに向かうかもしれん! 追うんだ!」

 

「俺が行く!」

 

「ララン、ボロボロでしょ! あたしが行く!」

 

 ラランとルーシィは逃げた一人を追って、駅の中を探索しに走った。二人の姿が完全に見えなくなるとエルザは換装を解いて最初の鎧の姿に戻る。

 

「ララン、走って大丈夫なの?」

 

「さっき、エルザが戦ってる間にホム達が回復アイテムを完成させた。それ使って魔力は少し回復したから大丈夫だ。何とか間に合って良かった」

 

「で、走って来たけど完全に見失ったわね」

 

「『鉄の森』の奴等の魔法は影を使ったステルスや攻撃を使うのが多い。もしかしたらどっかに隠れてるのかもな」

 

 ラランとルーシィは逃げた一人を追って来たが、いつの間にか見失ってしまった。ラランの言うように壁を注視するが、どこにも隠れている様子は見当たらない。二人は悩みながらも周囲を見回し歩き続けた。それから数分、駅の中で大きな爆発音が響いた。二人はすぐにこんなことをするのはナツの仕業に違いないと音のした方に走った。ララン、ルーシィが音の発信地に到着した時には、ナツ、グレイ、エルザが集合しており、逃げた男、カラッカがララバイの封印を解くと言っていた男、カゲヤマをナイフで刺し、重傷を負わせていた。するとナツは同じギルドの仲間ではないのかと激昂し、カラッカに炎を纏った拳一撃でノックアウトさせる。

 

「どういう状況だ」

 

「ララン、エリゴールの目的はクローバーの街だ! クローバーの街で定例会をしてるマスターたちに笛の音を聴かせるつもりだ」

 

「じゃあ、そいつら置いて追えばいいんじゃ」

 

「そうか、まだ見ていなかったな。実は駅の外にエリゴールが魔風壁という我々では突破不能な壁を張っている。カゲヤマは解除魔導士(デスパイラー)、魔風壁を突破できる唯一の希望だったんだが……」

 

「とりあえず魔風壁を見に行こう」

 

 5人は倒れたカゲヤマを連れて、駅の外に張られた魔風壁を見るために駅の入り口に向かった。駅の入り口に着くと、ナツが魔風壁に向かって魔法をぶつけるが、弾き返され後方に飛んで行ってしまう。5人はどうにもできない状況に頭を悩ませる。エルザはカゲヤマの力を借りようと彼を揺すって起こそうとするが、カゲヤマは気を失ったまま、動かない。

 

「ララン、魔法を解除するアイテムとかないのか」

 

「無いな。相手そのものを弱体化させることは出来るが魔法をかき消すというのは無い」

 

「こんなもんぶっ壊してやる!」

 

 ナツはまた魔法を魔風壁に打ち込み、今度は吹き飛ばされないように耐えて魔風壁に対抗するが体はボロボロになり、危険だと判断したラランに引き剥がされた。

 

「正面はダメ、上もダメ、あとは下……だな」

 

「下、エバルーの持ってた星霊は地面を潜る魔法を使ってたわね。でも、私たちは地面に潜れないし、掘ることも出来ないし」

 

 グレイとルーシィがそう言っていると、ラランはふと依頼納品の日の朝を思い出す。依頼の品を一生懸命錬金していた時、突然バルゴが訪ねてきた時のことである。すべてを思い出したラランは大きな声を上げる。

 

「あっ!?」

 

「どうしたの? 魔風壁を破る作戦でも思いついた?」

 

「ルーシィに渡すものがあるんだ。忘れてた。これ」

 

 ラランがバックから出したのは、黄道十二門、処女宮のバルゴの鍵。あの時はルーシィにすぐに渡すつもりだったが、忙しさのあまり渡すのを忘れていたと説明するラランだったが、勝手に持ってきてはいけないとルーシィは叱責する。

 

「違うって。バルゴ本人が鍵をルーシィに渡してくれってアトリエを訪ねてきたんだ。エバルーが逮捕されたから次のご主人様はルーシィがいいってさ」

 

「そうなの。じゃあ遠慮なく、開け! 処女宮の扉、バルゴ!」

 

「お呼びでしょうか。ご主人様」

 

 現れたのはラランのアトリエを訪れた時と同様に美少女の姿のバルゴだった。ルーシィとしてはエバルー邸の大女のイメージしかないため、別人が現れたと錯覚してしまう。

 

「え!?」

 

「あ、その反応は前に俺がやったからカット。急いで急いで」

 

「そ、そうね。バルゴ、契約は後回しでもいい?」

 

「かしこまりました。ご主人様」

 

「ご主人様はやめてよ」

 

 ルーシィとバルゴの間でルーシィの呼び名を決める相談が始まり、ご主人様、女王様とバルゴの要求は次々に却下されていき、最終的に姫というところに落ち着いた。グレイからも速くしろというツッコミが入るとすぐさまバルゴは地面に飛び込むように潜り、外への穴を掘り始める。

 

「ナツ、そいつ連れていくのか」

 

「オレと戦った後に死なれちゃ後味悪りぃんだよ」

 

「お前らしいな」

 

 ラランがバルゴの掘った穴に入ろうとするとまだ残っていたナツが気絶したカゲヤマを担いで連れて行こうとしていた。ラランとしては魔風壁が解けた今、カゲヤマの『解除魔導士(ディスパイラー)』の能力は既に不要なものであり、そもそも敵である彼を連れて行くのは反対だった。しかしナツの言葉を聞き、いかにもナツらしいと思い、それを見逃して穴を通じて外に出る。

 

「出た!」

 

 外では魔風壁による強烈な風が吹いており、砂塵が舞い散っている。ナツから下ろされたカゲヤマはもう間に合わない、俺達の勝ちだと言う。そこでエルザがあることに気づく。

 

「ナツはどうした」

 

「ハッピーもいねぇぞ」

 

「あいつらまさか……急いで追うぞ! ナツはハッピーの魔法でエリゴールのところに飛んでったんだ」

 

 ラランは走って、クローバーの街の方角へ向かう。それにグレイ、ルーシィとナツに代わってカゲヤマに肩を貸したエルザが続く。既に駅員から民衆までほぼすべてが避難した後であり、人の姿は全く見当たらない。そこで走っていてはどう考えても、間に合わないと考えたラランはある行動に出る。

 

「この魔道四輪で行くぞ。最悪エリゴールとの戦いがある。運転は俺がやるから乗り込め!」

 

「ラランの魔力は限界でしょ!?」

 

「ルーシィ、こいつは決めたら聞かねぇんだ。許してやってくれや」

 

「でも……」

 

「早く乗れ!」

 

 ラランは駅に停められていた魔道四輪の運転席に乗り、SEプラグを装着する。その際に魔力を少しでも回復する為にホム達が急ピッチで完成させた、なけなしのメンタルウォーター二本を一気飲みする。全員が魔道四輪に乗り込んだのを確認すると、魔道四輪に魔力を流し込み発進させる。

 

「間に合ってくれ……」

 

 魔道四輪を飛ばすこと数分、列車の進む線路を進み続けるが中々エリゴールの姿もナツの姿も見つかることは無い。そんな中、カゲヤマがどうして自分を助けたのかとルーシィ達に問いかける。

 

「なぜ僕を連れてく?」

 

「しょうがないじゃない。街に誰もいないんだから。クローバーの街のお医者さんのところまで連れて行ってあげるんだから感謝しなさいよ」

 

「違う! 何で助ける!? 敵だぞ!?」

 

 心の底から理由がわからないカゲヤマはもしかして自分を人質にしてエリゴール交渉しようとしているだとか、エリゴールは冷血そのもので自分なんかが人質になったところで何の意味もないだとか、ぶつぶつと言うが、ルーシィはそれを暗いと一蹴する。さらにグレイはカゲヤマに攻撃的に反論する。

 

「死にてぇなら殺してやろうか?」

 

「ちょっと!」

 

「生き死にだけが全ての決着じゃねぇだろ。もうちょっと前を見て生きろよ。お前ら全員さ」

 

「カゲ、今この魔道四輪を運転している奴を見ろ。ラランは元は王族の生まれ、だが国が滅亡し、今はただの人間だ。貴様らが欲した権利権力は全て失った人間だ。それでも自分が生きる道を見つけようと努力し、民衆に愛される人間になった。貴様らも遅くはないのではないか?」

 

 エルザの言葉にカゲヤマが歯を食いしばって耳を傾けていると、魔道四輪が大きく揺れる。ルーシィはその反動でカゲヤマの顔にその豊満なヒップをぶつけてしまう。セクハラだと訴えるルーシィにグレイはオレの名言が台無しだと返した。一方エルザはコントロールを乱したラランに声をかけるが、ラランは大丈夫だと言うばかりで魔道四輪は小さく蛇行しながら進んでいる。いくらメンタルウォーターで回復したとはいえ魔道四輪を後先考えず飛ばしているため、目が霞むほどに消耗していた。

 

「見えろ……見えろ……」

 

「ララン! 前だ! ナツの炎が見える!」

 

 グレイが座席から身を乗り出して前方を指差す。それに反応したラランは霞んだ視界を無理やり叩き起こし、グレイが指差す場所に向かって必死に魔道四輪を飛ばす。徐々に近づくにつれ、ナツは風の魔法で風を鎧として身に纏ったエリゴールに苦戦する姿が見えてくる。

 

「おらぁぁぁあ!!」

 

「ぐっ……こいつ『暴風衣(ストームメイル)』を!?」

 

 ラランは急ブレーキをかけて魔道四輪を止めながらナツとエリゴールの方へ運転席から飛ぶ。手にはインクのような液体アイテムを持ち、エリゴールと交錯しながらも液体をエリゴールに降りかける。さらにラランが飛んできた魔道四輪の運転席には小さな風車のようなアイテムが置かれ、その風車にすべての風が吸い込まれていく。するとエリゴールを取り囲んでいた風の鎧が徐々に剥がれていった。既にハッピーの助言によってナツの怒りは頂点に達しており、ラランのことなど見えていなかったが、ナツの強まる感情の炎によってエリゴールの風の鎧は完全に消え去ってしまい、エリゴールは狼狽える。

 

「ナツ!」

 

「火竜の剣角!!」

 

 ナツの怒りの炎を纏った頭突きがエリゴールの腹を直撃する。既に風の鎧を失い、防御する術のないエリゴールは一撃で燃え尽き、吹き飛ばされると気を失ってしまった。ラランはその場に倒れこみピクリとも動かない。

 

「ララン!」

 

 魔道四輪から降りてきたルーシィ達がラランの元に駆け寄る。怒りの炎が消え、ようやくラランの存在に気づいたナツも動かないラランを心配して近寄ってくる。カゲヤマだけはエリゴールが負けたのかと落胆し、膝から崩れ落ちていた。

 

「魔力を消耗しすぎたことと最後にエリゴールと交錯した時の衝撃で気を失っているだけだ。心配は無いだろう。すまないがルーシィ、グレイ、ラランの肩を担いで連れてきてくれ」

 

「うん、でもラランがこんなに無茶する人だったなんて」

 

「こいつもマスターには恩を感じてんだ。それだけこいつらを止めたかったのさ。それと権利だ権力だうるさい奴等に色々と思うことがあったんだろな」

 

 ルーシィとグレイがラランに肩を貸して持ち上げようとすると、急に魔道四輪が動き出した。運転席には先ほどまでエリゴールの敗北に落胆していたカゲヤマの姿があり、ララバイの笛も魔法で掴み取る。

 

「油断したな。妖精(ハエ)ども! ララバイはここだ! ざまぁみろーーーーー!!!」

 

「くっ! 追うぞ!」

 

 エルザとナツが率先してカゲヤマの乗った魔道四輪を追いかける。それを見たグレイは自分もとルーシィに気を失ったラランを押し付けて走っていった。ルーシィは仕方なく、ラランを一人で運ぶためゆっくりと歩き始める。

歩き始めてしばらくするとラランが目を覚ます。

 

「……うぅ」

 

「あっララン! 目を覚ました!?」

 

「エリゴールはナツがやったか?」

 

「うん。でもカゲヤマがララバイを持って魔道四輪で逃げちゃって……」

 

「そうか、それでエルザたちは急いで追ったんだな」

 

「うん……」

 

「俺達はゆっくり向かうか」

 

 ラランとルーシィは歩きながら何とかクローバーの街を目指す。幸いにも魔道四輪でクローバーの街のすぐそばまで来ていた為、歩いても先に行った三人にそこまで遅れを取ることはないぐらいの距離しかない。2人がようやくクローバーの街に着いた時は、エルザたちは茂みに隠れて何かの様子を見ていた。その周りには定例会を終えた魔導士ギルド『青い天馬(ブルーペガサス)』のマスター、ボブに『四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)』のマスター、ゴールドマインまでが一緒にいる。

 

「皆、カゲヤマは……」

 

「今いいとこだから黙って見てな」

 

 ゴールドマインが話しかけるラランを静止し、皆が見ている方向を指差す。その方向にはララバイを持ったカゲヤマとマカロフの姿があった。それ見た瞬間、ボロボロの体でラランは飛び出そうとするがボブに止められる。カゲヤマはララバイに口を付け、あとは音を奏でるだけとしたが、そこで動きが止まる。マカロフは早くせんかと急かすがカゲヤマが動き気配は一向にない。そこでマカロフはカゲヤマの心を見透かしたように言う。

 

「何も変わらんよ。弱い人間はいつまでも経っても弱いまま。しかし弱いことは悪ではない。そもそも人間なんて弱い生き物じゃ。一人じゃ不安だからギルドがある。仲間がいる。強く生きるために寄り添い合って歩いていく、不器用な者は他の者より多くの壁にぶつかり、遠回りするやもしれん。しかしただ明日を信じて一歩を踏み出していけば、自ずと力は湧いてくる。強く生きようと笑っていける。そんな笛に頼らずともな」

 

 マカロフはニッと笑って言う。カゲヤマは全てがマカロフにはお見通しだったのだと気づくとララバイを手から落とし、そして一言、参りましたと言って土下座した。

 

 すべてを見届けたララン達は一斉にマスターの元へ向かっていく。まさか皆がいるとは思ってもいなかったマカロフは大きく驚き、エルザの鎧のハグの餌食にされ、ナツには頭をペシペシと叩かれた。ルーシィは全てを諦めたカゲヤマを病院に連れて行こうとしている。

 

「マスター、感服しました」

 

「おう、ララン。これが魔導士じゃ」

 

「だからって俺は魔導士にはなりませんからね」

 

 完全に一件落着ムードの談笑がこの場で繰り広げられている。しかしそれも束の間、カゲヤマの手を離れたララバイからもくもくと煙が舞い上がり、ひとりでに喋り始める。

 

「ククク、どいつもこいつも根性のない屑共だ。もう我慢できん。ワシ自ら食ってやろう。貴様らの魂をな……」

 

 煙がだんだんと形を作っていき、樹木の巨大な怪物の姿になる。ゴールドマインとボブはこの怪物こそがララバイの本体、生きた魔法であり、歴史上最も凶悪だった黒魔導士ゼレフの魔法だと説明する。ララバイがこの場にいる全ての人間の魂を喰らおうとすると、皆はララバイだと怯え、その音色を聴くまいと耳を塞ぐ。しかし、ララン、ナツ、エルザ、グレイはララバイを討伐するため、すぐさま動きだす。

 

「エーテルインキ!」 

 

 まずはラランがエリゴールに降りかけた液体と同じものをララバイにも降りかける。その次にエルザが『鉄の森』メンバー戦で使用した『騎士(ザ・ナイト)』でララバイの腕を切り裂き、ララバイを怯ませる。ナツはララバイの体によじ登り、顔に炎の蹴りを一撃浴びせる。強力な一撃はララバイの身体を少し浮かせるほどの威力を誇り、定例会に参加していた評議員たちも驚いている。ララバイのカウンター攻撃にもナツは対応し、的確に躱す。しかし、ララバイの口から放たれた光弾は戦いを見ていたルーシィや定例会参加者の方へ飛んでくる。そこに対応したのはグレイ。グレイは氷の造形魔法で巨大な盾を作り出し、その場の全員を守って見せる。その後すかさずアイスメイクランスでララバイに攻撃を仕掛ける。その絶大な威力でララバイの右半身を消し飛ばした。更にとどめを刺すためエルザは一撃の威力を増加させる黒羽の鎧に換装、ナツは右手の炎と左手の炎を合わせて巨大な火球を組んだ両手に纏わせる。グレイは遠距離からランスで追撃を試み、ラランはルーシィが最初にアトリエに来た時に見せたドナークリスタルをララバイに放り投げた。

 

「ドナークリスタル!」

 

「火竜の煌炎!」

 

「アイスメイクランス!」

 

「はぁ!!」

 

 ララン、ナツ、グレイ、エルザの攻撃が同時にララバイに直撃する。ラランの雷、ナツの炎、グレイの氷、エルザの斬撃、全てを受けたララバイは後ろに倒れ、定例会が行われていた会場の建物を崩懐させた。そのことにはまだ気づいていないマカロフはこれが『妖精の尻尾』だと凄いだろと自慢げに喜んでいる。

 

「マスター、速いとこ逃げましょう」

 

 ラランが体を縮こまらせてマカロフに耳打ちし、会場を指差す。するとマカロフが会場の方を見て愕然として顔を青くする。それに気づいた他のマスターや参加者たちも会場の方を確認する。するとそこには粉々になった会場だったものが散らばっていた。評議員たちがマカロフや破壊したララン達を捕まえろと追ってきたが、皆で一斉にラランのトラベルゲートに飛び込んでマグノリアの街に帰った。この事はすぐに評議員のトップに伝えられ、マカロフには請求書、反省文が課された。評議員から更に目を付けられる結果になったが『鉄の森』の野望は打ち破られ一件落着。




登場した錬金アイテム

エーテルインキ

インキをかけた対象者の魔法耐性を下げるアイテム。すべての属性耐性を下げるため、普段相性の悪い相手や、魔法耐性が高く肉弾戦を強いられる相手に有効。

自在風装置

エリゴールの暴風衣を破るのに一役買ったラランが魔道四輪の運転席に仕掛けていたアイテム。名前の通り自在に風を発生させることが出来る。風を送るだけでなく風を吸い込むことも可能。本来の目的は風車をいつでも回すことが出来るようにすることである。

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愛弟子の誕生と女王の罪

 『鉄の森』によるギルドマスターを狙ったテロ事件は一躍大ニュースとなり国中に知れ渡った。そしてまたそれを解決した『妖精の尻尾』も良い意味でも悪い意味でも更に有名になった。『鉄の森』が壊滅してから数日、ラランは魔力の過度な消耗により、自宅での療養を余儀なくされ、ホム達の介護を受けながら何とか生活を送っていた状態であった。

 

「こんにちはー」

 

 療養のため、最近ギルドを訪れることのなかったラランの様子が気になったルーシィは、ラランのアトリエを訪れていた。玄関扉をノックし、しばらく待っているとゆっくりと扉が開くが、中から出てきたのはラランでは無くホムちゃんだった。

 

「何用でございましょうか。ピコマスター」

 

「あ、あのラランのお見舞いに来たんだけど……」

 

「……マスターは就寝中ですがどうぞお入りください」

 

「うん」

 

 ルーシィはホムちゃんに案内されるままアトリエの中に入る。前回来た時とは別の家のように綺麗で片付けられていて、素材の一つも落ちていない。部屋には調合を行っているホム君とベットで静かに寝息を立てて眠っているラランがいた。

 

「いらっしゃいませ。ピコマスター」

 

 釜をかき混ぜていたホム君がルーシィに気づくと、作業の手をいったん止めてルーシィに一礼した。ルーシィは2人の主人であるラランにここまでさせてしまったことに罪悪感があるのか少し遠慮がちに挨拶を返す。少し気まずい空気が流れた始めた時、唐突にホムちゃんが切り出した。

 

「先日、魔力を消耗しきったマスターがピコマスターの皆さまに運ばれてきた時、ホムは心が痛みました」

 

 さらにホム君が続ける。2人の目にはうっすらと雫が光っているが、その透明な雫が目から零れ落ちることはない。

 

「ホムはマスターをお守りしなければならない存在。しかしマスターが傷ついている中、お傍にいることも出来ませんでした」

 

「しかし、それはもうどうにもなりません。ホム達は動けないマスターに代わり、錬金術士としての仕事をせねばなりません。休んでいる暇も泣いている暇も無いのです」

 

「ホムちゃん……ホム君……」

 

 ホム達は悲しそうに俯く。その様子を見たルーシィももらい泣きしてしまう。しんみりとした空気でホム達はまたそれぞれの作業を再開する。一人残されたルーシィはラランの眠るベッドに近づいて、ラランの顔を覗けるように座り込む。ルーシィがラランの寝顔を見ながら感傷に浸っていると突然ラランの目がギョロっと開いた。

 

「人の顔をじろじろ見てどうした。何か付いてるか?」

 

「きゃっ!?」

 

「大きな声を出すな。ホム達が驚く」

 

「いつから起きてたの?」

 

「ホム達と話してるあたり。それはともかく見舞いに来てくれてありがとう」

 

「ううん、仲間として当たり前よ」

 

 ラランはゆっくりと体を起こし、近くにあった薬の粉を水と一緒に飲むとベッドから立ち上がり、ホム達の方へ向かっていく。ホム君の背後から回しているかき混ぜ棒をひょいっと手に取る。

 

「ホム君、ルーシィにお茶とパイを出してやりなさい。ここから俺がやるよ」

 

「かしこまりました」

 

「えっ、もう動いて大丈夫なの?」

 

「魔力を使いすぎただけで数日動けないなんてことはない。ただ疲れるだけだ。魔導士と違って魔力が全てのエネルギーじゃないんでね」

 

「じゃあさっきまで眠ってたのって……」

 

「ただ寝てただけだが」

 

「もぅーーー! 心配して損した!」

 

 ホム君はかき混ぜ棒を手放して、ルーシィに紅茶とパイを出して一礼する。ルーシィは出された物を食しながらラランの背中を見る。ルーシィは背中を見ながら今までの事を思い出す。

 

 最初に会った時はナツよりも体が大きいのにあまり戦う姿を見ることは無く小さな背中だった、ハコベ山でのマカオ救出時には凶悪モンスターであるバルカンを苦手だと言う肉弾戦で圧倒し少し大きな背中が見えた。最初にチームを組もうと誘ってくれた、初仕事のエバルー邸では様々なアイテムを駆使して、道を示してくれた。ラランの力なしでは依頼を完遂できなかった。そして『鉄の森』との戦いでは、辛い縁の下の力持ちを自ら買って出た。もしあの魔道四輪をララン以外の誰かが運転して、戦う時に魔力が足りなくなったり、エリゴールに追いつけなかったら、考えただけでも恐ろしいことになっていた。そしてルーシィは気づく。

 

(そっか。あたし、ラランに助けられてばっかなんだ)

 

「依頼納品は明後日だ。今回は余裕持って作れて良い感じ」

 

「ララン! あたしにも錬金術教えてほしいんだけど……」

 

 だんだんと尻すぼみになりながらも、はっきりと自分の言葉をルーシィは伝えた。

 

「……」

 

「ダメ、かな」

 

「……ホム、聞いたか」

 

「はい」

 

 ラランは釜をかき混ぜていた手を止め、ホムに確認を取る。ホムが手に持ったレコーダーを再生すると、先ほどのルーシィの音声が再生され、「錬金術を教えてほしい」と確かにはっきりと聞こえた。それを聴いたラランはプルプルと震える。ルーシィは何事かと思い、ラランの名前を再び呼ぶが返答はない。

 

「今の言葉に間違いは無いな?」

 

「う、うん! あたし、ラランの手助けをしたいの」

 

 ルーシィがそう言うとラランはバッとルーシィの方に飛び、抱き着く。ラランのハイテンションは止まることなくルーシィに頬ずりして、喜び部屋の中を踊り舞う。ルーシィは顔を赤くしながらも呆気に取られて、ホム達の方を見ると、彼等もラランと一緒に踊っていた。

 

「今日はめでたい! 2人目の錬金術士の誕生だ!」

 

「じ、じゃあ!」

 

「今日からルーシィは俺の愛弟子だ。弟子の失敗は俺の失敗、弟子の成功は弟子の成功。楽しく錬金術を学んでくれ」

 

「うん!」

 

「で、そろそろあの時間だな」

 

「あの時間?」

 

 ラランは覚えてないのかとルーシィに聞くが、ルーシィは頭にはてなを浮かべるばかりで、何もピンと来ていない様子だった。ラランはこの物忘れの酷さで錬金術士が出来るんだろうかと不安になり、頭を抱えながら言った。

 

「こないだ、ナツが言ってたろ。ナツとエルザの決闘」

 

 

 

 魔導士ギルド『妖精の尻尾』門前の広場

 

「おす、まだ始まってないだろうな」

 

「おう、まだだ。本気の漢の勝負を見届けていけ」

 

 ラランとルーシィがギルド前の広場に到着すると、近くにいたミラ、エルフマン姉弟に話しかける。エルフマンとミラの間に二人が入り、戦いが見やすいように円に入り込む。ルーシィはミラにラランと一緒に来てどういう関係だと質問責めにされている。

 

「あらあらルーシィはラランのお家に行って何かあったの?」

 

「いや、そんなんじゃ……」

 

 広場には対峙するナツとエルザを取り囲んでギルドメンバーたちがヤジを飛ばしている。幸いにもまだ決闘は始まっておらず、カナはどちらが勝つかの賭けを行っている。現状ではエルザの方が優勢なようだ。マカロフが2人の間に立ち、決闘開始の合図を出そうと腕を天に振り上げる。

 

「カナ、俺はエルザで」

 

「おっちゃんと来れたんだね。はい」

 

「ありがとう」

 

「でも最強チームの二人が衝突したらどうなるの?」

 

 ルーシィが最強チームと言うが、グレイはオウム返しのように最強チームと聞き返す。それに対しルーシィはエルザ、ナツ、グレイ、ラランで『妖精の尻尾』のトップ4なのではと返す。

 

「はぁ? 誰がそんなくだらないこと言ったんだよ」

 

 グレイの心ない言葉を聞いたミラは顔を覆って泣き崩れた。グレイもまさかミラが発信者だとは思っていなかったのかすぐさまフォローを入れるが、ガヤからミラを泣かせたと一斉に罵られる。

 

「でも最強チームを組むならラクサスやミストガンにあのエロ親父も入ってくるだろうな」

 

「誰?」

 

「まぁいずれ会うよ。ラクサスならすぐに会わせてもいいけど怒るだろうな」

 

「そういえばラランはラクサスと仲良いよな」

 

「この中じゃ一番付き合い長いしな」

 

 ガヤ達の話がだんだんと脱線してきたところでナツとエルザの決闘がいよいよ始まろうとしている。エルザは開始早々に炎の攻撃を半減する炎帝の鎧に換装し、ナツもそうこなくちゃと炎を拳に纏わせて戦闘態勢を取る。マカロフの声によって戦いの火蓋が切って落とされると、ナツはその性格通り、エルザの懐に突っ込み、拳を振り下ろし、先制攻撃を仕掛ける。それを冷静に躱したエルザは剣でナツを薙ぎ払うと更にそれを躱したナツに低めの回し蹴りでナツを転倒させる。一旦距離を取ろうと考えたナツは口から炎のブレスを吐く。それに巻き込まれるガヤ達がヤジを飛ばすが、その視線の先にはブレスも華麗に躱し次の攻撃のために剣を握るエルザしか見えていない。エルザとナツが同タイミングで飛び出し、その剣と拳がぶつかろうとした瞬間だった。

 

「そこまでだ。全員その場を動くな」

 

 手を叩く音が一回響くと時が止まったかのようにその場の人間が動きを止める。招かれざる客の正体はカエルの姿をした評議員の使者だった。そして衝撃的な発言をする。

 

「先日の鉄の森テロ事件において、器物損壊罪、他11件の罪の容疑でエルザ・スカーレットを逮捕する」

 

「え?」

 

「何だとぉぉぉっ!?」

 

 突然の事にナツ以外は声を上げることが出来ない。エルザ本人でさえも小さく疑問の声が漏れ出ただけで事実を受け止めることが出来ていない。その場の全員が状況をよくわかっていないまま、エルザは評議員に連行されてしまった。その後、ようやく何が起こったのかを理解し始めた皆はギルド内でどんよりとした雰囲気の中、評議員が相手ならばどうすることも出来ないと嘆いていた。ただ一人小さなトカゲの姿に変えられ、逆さにしたコップの中に閉じ込められているナツだけは口うるさく評議員を殴りに行くと騒いでいる。

 

「やっぱり放っておけない! 証言に行きましょ!」

 

「やめとけ。エルザが鉄の森事件で逮捕されるなら今まで俺達は全員逮捕されてる。今回は形だけの逮捕だろう。すぐに帰ってくるさ」

 

 窘めてもまだ納得の出来ないルーシィは食い下がるがマカロフにも宥められる。不当逮捕だ、判決が出てからじゃ間に合わないと叫ぶルーシィだったが、マカロフは今から急いで行っても判決にも間に合わないと冷静に返す。

 

 ルーシィの抗議にコップの中のナツが便乗するように俺を出せとナツがまた騒ぎ立て始める。それに対してもマカロフは冷静に本当に出してもよいのかと問う。すると今までの叫びぶりが嘘のように静かになってしまう。マカロフは、ナツの元気がなくなったなと不敵に笑う。魔力を飛ばして、コップを弾き飛ばし、ナツをコップから出すとトカゲの姿だったナツは元の姿に戻る。と思いきやトカゲの姿から変わって現れたのはマカオだった。

 

 いててと頭を抑えるマカオは以前ナツやラランにハコベ山で助けられた恩を返そうとしての今回の行為だった。からくりは自分をナツに見せかけるためにトカゲに変身して、息子のロメオに自らを捕まえさせ、ナツを装って似たような言動を取って時間を稼いでいたということだ。つまり本物のナツは既に評議員のところに向かっている。

 

「ナツなら評議員でも殴り飛ばしそうだな!?」

 

「シャレになんねぇよ!」

 

「全員黙っておれ。静かに結果を待っておればよい」

 

 マカロフの一言によって、ヒートアップしていたギルド内が一斉に静まり返る。結局、全員はその場に座る。皆、エルザを追っていったナツを追いかけることは出来ず、二人が無事に帰るのを待つことしか出来ない歯がゆさに拳を握りしめていた。




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番外編 初めての錬金術

 ナツがエルザを追いかけて評議員フィオーレ支部に殴り込みをかけにいった。ナツ以外のメンバーはマカロフの一声により大人しく結果を待ち、二人の帰還を願うことしかできていない。そんなことがあった翌日のこと。

 

 特にすることがないならアトリエに来いと誘われたルーシィは昨日に続いて今日もラランのアトリエを訪れていた。つい昨日、錬金術を習いたいと言った手前、今日やることは分かっている。初めての錬金術だ。ルーシィはラランの使うような凄いアイテムが自分にも作れるのかという期待半分と失敗してラランを怒らせないかという不安半分の心持ちでアトリエの扉を叩いた。

 

「お、来たな。入れ入れ」

 

 ルーシィを玄関で出迎えたラランは既に弟子が出来、教えることが出来る喜びでニコニコである。その足取りも軽く、スキップしながら部屋に入っていく。ルーシィが部屋に入ると何か違和感を覚えた。いつもと同じようで少し違う。なんだか狭くなったような気がしたのである。

 

「いつも違わない?」

 

「気づいたか……これを見よ!」

 

 ラランが横にステップして背中に隠れていた物をお披露目する。そこにあったのはラランが使っている釜と全く同じ新品の釜だった。ふふんと鼻を高くするラランに対し、ルーシィは自分のために作ってくれたのかと喜ぶ。

 

「これ、私のためにわざわざ作ってくれたの?」

 

「愛弟子の為に労力は惜しまない。最高の環境で学んでほしいからな」

 

「ありがとうララン!」

 

「おいおい、抱き着くほどのことじゃない。俺もそうされてきたんだ」

 

 抱き着くルーシィを窘めて、ラランは近くの本棚から一冊の本を取り出す。その本をパラパラとめくって所定のページに付箋を張り付けていく。その後本を閉じるとルーシィに手渡し、今度は素材の詰まったコンテナから適当に数個の素材を取り出して床に投げる。コンテナを閉じると投げ散らかした素材を拾い集めて、それもルーシィに手渡す。

 

「ルーシィに最初に作ってもらうのは『中和剤』だ」

 

「中和剤? それってどんな物なの?」

 

「そうだな……普通に使うってことはほぼない。基本的には錬金用のアイテムだ。俺がよく使うフラムやレヘルンとかの爆弾とかを作る時にもいれなきゃいけない。錬金するときに素材になることがすごく多いアイテムだな。だから初歩の初歩のアイテムとはいえ俺だってしょっちゅう作ってるし、あって困らない物だ」

 

「へぇ、じゃあこの中のどれを使うの?」

 

「別にどれでもいい。中和剤は何を混ぜても出来る」

 

「そんな適当なのね……」

 

「まぁやってみろって」

 

 そう言われるとルーシィは新品の釜に向かい、手に持った素材をぐつぐつと紫色の液体が煮えくり返る釜に放り込む。見様見真似で近くにあったかき混ぜ棒を手に取り、釜に差し込みかき混ぜようとするとラランがそのかき混ぜ棒に手を添える。

 

「しばらくはこうやって俺も一緒にやる」

 

「え、あ、そう、お願い」

 

 ルーシィは思ったよりも体も顔も近いと赤面してしまうが、錬金術中は真面目で失敗したくないラランにはその気持ちは全く届かず、ラランは釜の様子だけを見ている。ルーシィはラランにかき混ぜ棒の大半の力加減を委ね、そのかき混ぜ方などを体に覚えさせている。しばらくすると液体の色が緑色に変わり、シューっと音を立て始めるる。それに動揺したルーシィはどうしようとあたふたしながらラランの方を見る。

 

「ん? 大丈夫だ。これは絶対に起こるから。このペースでかき混ぜてみて。俺は手を放す」

 

「えっ、うん。やってみる」

 

 ラランが手を放すとルーシィはかき混ぜ棒を両手でがっしりと握り、緊張がバレバレなカクカクした動きで釜をかき混ぜる。その様子を見てラランはルーシィにバレないように後ろで笑うがそれと同時に懐かしい感覚に浸っていた。

 

 ラランがアドバイスを送り、ルーシィが落ち着いて釜を回すことが出来るようになると釜の様子がまただんだんと変化を始める。緑色の液体は青色に変化し、大量の煙が立ち込める。二回目の変化にやはり戸惑うルーシィはラランの指示を仰ごうと後ろを振り返ろうとするとラランは既にルーシィの横でかき混ぜ棒を手に取って回していた。

 

「この変化が起こったらラストスパートだ。もう少し強く回す。そして数秒辞めてまた強く回す。この繰り返しだ。一緒にやろうか」

 

「うん!」

 

 ルーシィが両手で棒を持つところから更に上の部分をラランが片手で握って釜をかき混ぜる。それから数分後、釜の液体は綺麗な透明の液体に変化し、底から緑色の液体が瓶詰めにされて浮かんでくる。ラランはそれを取って近くのタオルで軽く雫を拭き取り、ルーシィに手渡す。

 

「おめでとう。初めての錬金術は成功だ」

 

「これで終わり?」

 

「まぁ今回は終わりだな。本来はまだあるけどそれはまた今度」

 

「そっか。でもこれが第一歩なんだよね!」

 

「俺みたいに作れるようになるには先は長いぞ!」

 

「もう、自信たっぷりね。あたしに追い抜かされても知らないわよ?」

 

「はっはっは!!! 是非そうなるように頑張れ」

 

 

 

 ルーシィが初めての錬金術を終えてから数時間、ラランが調合するところを近くで見たいと言ったルーシィはアトリエに残り、ラランの調合する姿を後ろから見ている。それもホム達から出されたお茶をお菓子をバクバクと食べながら。

 

「自分で言うのも何だけど見てて楽しいか?」

 

「うん。ラランを見てるの楽しい」

 

「それ、錬金術じゃなくて俺見てるのが楽しいってことか」

 

「うん。あっホムちゃーん。パイおかわりー」

 

「かしこまりました」

 

 すっかりアトリエに慣れてしまったルーシィは我が家であるかのようにホムちゃんにパイをお願いする。ピコマスターであるルーシィの命令には逆らえないホム達はそそくさとパイの準備をしてルーシィに支給する。ラランはその様子を見て、ため息をつきながら肩を落とすが、ルーシィは全く意に介さず美味しそうにパイを頬張っている。

 

「パイを食べるのは構わんが、暇なら買い物に行くぞ」

 

「え、何買うの?」

 

「素材だよ。自分で収集した方が良い物は作れるけど、ギルドの依頼だったり、民衆の依頼を全部やるためには買った素材も混ぜないと量が足りないからな」

 

「へー、じゃああたしもついてこうっと」

 

「ホム君、これ作っといてくれ。出来るだけ早く戻る」

 

「かしこまりました」

 

 ラランは棒をホム君に渡すと、コンテナの中から大きな手編みの籠を取り出して、ルーシィに声をかける。ベッドに座っていたルーシィはそのまま立ち上がり、手ぶらでラランの後について、アトリエを出る。

 

 ラランはアトリエを出ると迷いのない足取りで目的地に向かって歩いていく。世の中は休日とあってマグノリアの商店街は人々で賑わい混雑している。その時、ラランがふと後ろを向くとルーシィが人々に流されて遠くに行ってしまっていた。手を挙げてラランを呼ぶルーシィはどんどんと流されていくが、人の波を掻き分けてルーシィを追っていくラランはついに目の前まで追いつき、腕を掴んだ。そのまま旋回し、人込みを抜ける為に二人は密着して先へ進み、ようやく広いスペースに出る。

 

「やっと出れたな」

 

「え? う、うん」

 

「……顔赤すぎ」

 

「えっ嘘!?」

 

 ルーシィの体に密着したことで多少意識した部分もあったが、そこは年上として余裕がないところを見せたくないと必死にカバー出来ているはず。対してルーシィは顔を真っ赤にして明らかに動揺した様子を隠せていない。こっちの言葉も聞いているのかどうか分からず曖昧な返事しか出来ていない。

 

「そんな恥ずかしがられると俺も恥ずかしいんだが」

 

「え、いや、そんなつもりは……ないんだけど……」

 

「まぁいいよ。ここ。目的の店」

 

 ラランが立ち止まって店の看板を指さす。看板には『ロウとティファの雑貨店』と文字が書かれている。ラランとルーシィが店に入るとチリンと入り口に設置された鈴が鳴る。すると中にいた男性数人がビクッと反応して店の商品を見ているふりをし始める。

 

「またいるのかおっさん達は……」

 

「あら~ララン君、いらっしゃい」

 

「ティファナさん、今日もお綺麗ですね」

 

「またまた、こんなおばさんをからかっちゃダメよ」

 

 鈴の音に反応して、店の奥から出てきたのは若い女性。この女性こそ店の主であり、この店を繁盛させている第一の理由である美人店主ティファナ・ヒルデブランド。彼女もアーランドから流れてきた一人である。色々な地域を経て、数年前にマグノリアに辿り着き、再会した。それ以来、マグノリアに定住し、アーランドでも経営していた雑貨店を再び開業した。

店の中にいる中年の紳士たちはティファナをその目で拝むことを目的とし、所持金も少ないのにほぼ毎日のように来店しては、ティファナに接客してもらおうと安い商品を買っていく常連である。

 

 仲良さげに話すラランとティファナを見て、急に置いてけぼりを喰らったルーシィは頬を膨らませて拗ねたような表情を見せる。その様子に気づいたティファナにルーシィのことを訪ねられる。

 

「で、その後ろの娘はララン君のガールフレンドかしら?」

 

「が、ガールフレンド……ち、違います! あたしは弟子で……」

 

「だそうです」

 

「あらそうなのね。おばさんの早とちりだったみたいね~」

 

 ティファナと会話をしながら今回買うものを次々に注文していく。店の品のほとんどを買い占めるように注文を終えたラランはその全てを籠に詰め込み、代金を支払う。その間ずっと紳士たちとルーシィの視線を一身にラランは受けていた。

 

「じゃあ、また」

 

「えぇ。いつでも来てね」

 

 籠を抱えて店の外に出るのに続いて、ルーシィが外に出ようとするとティファナがルーシィを呼び止める。ルーシィはビタッと足を止めて振り向くとティファナはにやにやと笑っており、カウンターから出てきて、ルーシィに耳打ちした。

 

「あの子のこと気になってるんでしょ。頑張ってね。おばさんも応援してるわ」

 

 それを聞いたルーシィは頭から湯気をだして顔を真っ赤にして恥ずかしがる。ティファナはクスクスと淑女の微笑みを浮かべながらルーシィの肩を優しく叩いて店の奥に戻っていった。

 

 ルーシィは頭から湯気を出したまま、外に出る。大変に驚かれたが、今の彼女はそれを意に介することが出来る状態ではなかった。その後も2人は様々な店を回り、その度に大量の素材を買い占めては籠に詰め込んでいく。ルーシィはどの店でも店員と仲良く話す姿を見て、この街に自分もいつかはこんな風に馴染めたらいいなと考えるのであった。それと同時にこの街にいつからいるんだろうという素朴な疑問が浮かび上がってくる。

 

 一通りの買い物が終わるとアトリエに戻るためにトラベルゲートを取り出して、床に置く。その時ルーシィはもう少し彼と話したい、歩いて帰りたいと何故か思った。ティファナの言う通り、彼のことが気になっているのかもしれないと自覚するのに時間はかからなかった。

 

「あ、あのララン?」

 

「どうした」

 

「今日は歩いて帰らない?」

 

「……いいよ。ゆっくり帰ろうか」

 

「うん!」

 

 茜色の夕日に照らされた2人はアトリエへの帰路につく。ラランの片手には籠が握られ、もう片手にはルーシィの手が握られている。ラランがまた迷子になると困るからと既に昼のような混雑もない道では苦しい言い訳を使いながらも提案したのである。ルーシィはその提案にうんとも嫌とも言わず、黙ったまま手を出してラランの手を握った。二人の間に言葉は無く、顔を赤く染めている。しかしその顔の赤さも夕日にかき消されて、心の内に秘めた恥ずかしさだけが残っていた。

 

「おかえりなさいませ。マスター、ピコマスター」

 

「ただいま」

 

 二人がアトリエに着くとホム達が出迎える。その夜はルーシィもラランとホム達と食事をして、ルーシィは帰宅した。初めての錬金術から始まり、買い物ではラランとの距離が一気に縮まった。それが良かったのか悪かったのかは本人にしか分からないが、家への帰り道では笑顔に溢れていた。

 

 一方のラランはアトリエで、今日は色々やりすぎたから明日からどう接しようと不安になりまくっていた。ホム達にも相談するが、ホム達は、すみません、わかりませんの一点張りで全く頼りにならない。ラランはもうどうしていいのかと苦悩しながら眠りについた。




登場した錬金アイテム

中和剤

全ての錬金術士が最初に作る物。誰でも作れる物にして難しいアイテムにも使われる汎用性の高いアイテム。中和剤なくして錬金術は成立しない。

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消えた依頼書はS級クエスト

「やっぱシャバの空気はうめぇなーー! 最高にうめぇ!」

 

 エルザを追ってナツが評議員に殴り込みをかけてから数日、ナツもエルザもひょっこり帰って来た。ラランが依然言っていた通り、形式通りの逮捕であった。ナツの殴り込みがなければもっと早く帰れていたとエルザが愚痴っていたが、ナツはそんなことは露知らず、外の空気の美味さに感動してバーカウンターの上で踊り狂っている。その後もギルド中を暴れまわるといきなりピタリと動きを止めてエルザに食って掛かる。

 

「そうだ! エルザ、この前の続きだ!」

 

「よせ、疲れているんだ」

 

 エルザは決闘の続きにあまり乗り気ではなかったが、そんなことは関係なくエルザめがけて突っ込んでくるナツが見える。エルザはやれやれと息をつきながら、大槌を換装して大きくスイングした。大槌が顔にクリティカルヒットしたナツは吹き飛ばされ、地面に何度もぶつかりながらギルドの壁を破壊してようやく止まった。もちろんナツは戦闘不能、エルザは始めようと意気込んだが、そんなことは出来るはずもなく、エルザの完勝となった。

 

 それを見ていたグレイやエルフマンなどギルドメンバーはナツを笑い飛ばし、ギルド中ががやがやとしている、そんな騒々しいギルドの中でマカロフ一人だけがうつらうつらと目を閉じようとしていた。すると騒々しかったギルドがまさに瞬く間に静まり、全員が眠りに落ちていた。マカロフだけはその眠りの魔法に気づき、来訪者を招き入れた。

 

「ミストガン」

 

 ミストガンと呼ばれた頭のほとんどをバンダナとマフラーで覆った男は、一直線に依頼板に歩いていき、一つ紙を手に取るとマカロフに提出する。

 

「ララバンティーノへ頼んだ物は完成しているか」

 

「む、あぁ。これじゃ」

 

「では行ってくる」

 

「これっ! 眠りの魔法を解かんか」

 

 ミストガンは依頼紙とラランへ依頼していた石板を二つ受け取るとマカロフの言葉に「自然に解ける」とだけ返し、ギルドの入口へ向かっていく。その間ミストガンは魔法が解けるまでのカウントダウンをして、ギルドから出るとその名前の通り霧のように消え去った。そしてミストガンのカウントダウンが零を迎えると、今まで眠っていたメンバーたちが一斉に目を覚ます。

 

「この感覚はミストガンか」

 

「相変わらずすげぇ眠りの魔法だ」

 

 眠りから覚めたメンバーたちはその感覚からミストガンが来たと察し、その眠りの魔法の強大さに感心している。唯一ミストガンの魔法を知らないルーシィだけは頭にクエスチョンマークを浮かべている。近くにいたラランがミストガンの魔法を説明すると名前だけは知っていたようで感心していた。

 

「で、何でかは知らないけど顔を見られたくないみたいで、ギルドに来る時は毎回眠りの魔法で皆を眠らせる。マスター以外は顔を知らない」

 

「なにそれ、怪しすぎ!」

 

「いんや、俺は知ってっぞ。ミストガンはシャイなんだ。あんまり詮索してやるな」

 

 ラランの「マスター以外は誰もミストガンの顔を知らない」というところに反応した声が、ギルドの二階から聞こえてくる。すると一階にいるメンバーが一斉に二階を見上げ、ラクサスだとその声の正体を明らかにした。

 

「ララン、お前いつまで下で燻ってんだ。さっさと上がってこい。それともガキのお守りが染みついちまったか?」

 

「上に行くのは面倒臭くてな。下の空気が俺には合ってんだよ」

 

「うおおおおお! 俺と勝負しろラクサス!」

 

 ラランとラクサスの睨み合いに空気を読まず、ナツがテーブルの上に立って宣戦布告する。ラランとの会話では笑みもあったラクサスの表情は一転して全く無関心になる。

 

「エルザに負けたばっかじゃねぇか。エルザに勝てねぇようじゃ俺には勝てねぇよ」

 

 それを聞いたエルザはそれはどういうことだと闘志をメラメラと燃やしていた。ナツは望むところだとラクサスのいる二階に上がろうとするが、それを見たマカロフが腕を伸ばして巨大化した拳骨で押しつぶして止めた。

 

「2階に上がってはいかん。まだな」

 

「ははっ怒られてやんの」

 

「ラクサスもよさんか」

 

「妖精の尻尾最強の座は誰にも渡さねぇ。エルザにもミストガンにもあの親父にもな。俺が、最強だ!」

 

 ラクサスは1人、2階から高らかに宣言するとナツやエルフマンなどの血気盛んなメンバーたちはラクサスを睨みつけて食って掛かるが、マスターがラクサスや1階にいるメンバー達を諫めて、その場を収め、なんとか事無きを得た。それからラクサスは2階から降りてくることはなく奥へ消えた。1階のメンバーたちも仕事に向かう者、帰宅する者とそれぞれ散っていった。

 時は過ぎて夜。ほとんどのメンバーがいなくなったギルドではラランとルーシィがバーカウンターでミラと話している。内容はラクサスのいる2階についてである。

 

「ミラさん、さっきマスターが言ってた2階には上がっちゃいけないってどういうことなんですか?」

 

「ルーシィにはまだ早い話だけどね。2階の依頼板には1階とは比べ物にならないくらい難しい依頼が貼ってあるの。S級の冒険よ」

 

「S級!?」

 

「一瞬の判断ミスが死を招くような危険な仕事よ。その分、報酬もいいけどね」

 

「うわ……」

 

 死という言葉を聞いて、冷や汗をかきながら引いたルーシィ。

 

「今、S級依頼を受けられるのはラクサスを始めとして6人、エルザもその一人だ」

 

「ラランは受けられないの?」

 

「権利は持ってる。ただ、道具のストックが万全の時だけだ。行ったことはない。それだけの道具を用意するのが面倒だからな」

 

「まぁS級なんて目指すものじゃないわよ本当に命がいくつあっても足りない仕事ばかりなんだから」

 

「みたいですね……」

 

 そう言うミラに苦笑いしながらルーシィは返した。そしてルーシィはその流れで昼から気になっていたことをラランに質問する。

 

「そういえば、ラランとラクサスって仲良いの?」

 

「ん?」

 

「だってナツとエルザの決闘の時もラクサスにはすぐに会わせてやってもいいって言ってたり、昼間もラクサスから早く上がってこいーなんて言われてたし」

 

 その質問に何かを感じたミラが話を逸らそうとしてくれたが、別にいいと止める。グラスに入っていた水を一気に飲み干してルーシィの質問に答える。

 

「仲は良いよ。今も。同い年だし、妖精の尻尾では一番付き合いも長い。ここに来た10年前の子供だった頃からよく遊んでたし、つい何年か前まで一緒にチーム組んで仕事にも行ってたんだ」

 

「10年もここにいるんだ。結構昔からいるのね」

 

「ラランはギルドでも古株よ。私やナツ、エルザより前からいるわ」

 

「ま、話せるのはこのくらいだな」

 

「えー、まだ聞きたいことあるのに!」

 

「また明日な。これ以上帰りが遅くなるとホム達が心配する」

 

「ふふ、ラランはホムちゃん達が大好きね」

 

「当たり前だ。自分の子どもが嫌いな奴がいるか?」

 

 ラランはそう言い残すとルーシィとミラを残してギルドを出た。

 

 

 翌日、ラランはまたルーシィに色々と聞かれそうだと覚悟をしながらギルドに入った。しかし入った途端に聞こえたのはミラの叫び声だった。なんだなんだと騒ぐギルドメンバーに混じるようにラランも2階への階段から降りてきたミラの近くに寄った。

 

「マスター! 2階から依頼書が1枚消えています!」

 

 ミラの言葉にマスターは飲んでいたお茶を噴き出し、ギルドにいた皆のざわつきは更に大きくなる。すると2階にいたラクサスは羽の生えた猫が依頼書を引きちぎっていくのを見たという。羽の生えた猫とはつまるところハッピーの事である。

 

「これは重大なルール違反だ。じじい! 奴等は帰り次第、破門……だよな。つーかあの程度の実力でS級クエストに挑むたぁ……帰っちゃこねぇだろうがなぁ」

 

 ラクサスが笑いながらそう言い飛ばすとミラが知っていたなら何故止めなかったと怒鳴る。ラクサスは猫が紙を加えて逃げたようにしか見えなかった、まさかそれがハッピーでS級に行ってしまうとは思いもしなかったと不敵に笑いながら主張するが、その笑みは明らかにわかっていたと言うような顔だった。ミラはラクサスを鬼の形相で睨むが、ラクサスはその顔は久しぶりだとと挑発するばかりで恐れる姿はない。

 

「まずいのぅ。ミラ、消えた紙は?」

 

「呪われた島、ガルナです」

 

「悪魔の島か!!」

 

 それまでどうしたものかと目を瞑って考えていたマスターもその消えた紙の依頼を聞いて目を見開いて驚く。マスターの驚き様にギルド内も更にざわついた。

 

「ラクサス! 連れ戻してこい!」

 

「冗談……俺はこれから仕事なんだ。自分のケツを拭けねぇ魔導士はこのギルドにはいねぇ、だろ?」

 

「今ここにいる中でお前以外に誰がナツを力づくで連れ戻せる!?」

 

 マスターの怒号に二人の男が立ち上がる。

 

「じーさん、そりゃぁ聞き捨てならねえな。ナツを力づくで止めるなんて簡単だ」

 

「マスター、俺も行きます」

 

 マスターは考え込んだ後、ナツをギルドに連れ戻す命を出した。それを聞くとすぐに走ってギルドを飛び出す。

 

「グレイ、ナツは恐らくハルジオンだ。ガルナ島へは船で行くしか方法はない」

 

「なるほどな。じゃあハルジオンまで急ごうぜ」

 

 ナツがいると見当をつけたハルジオンの街へ急いだ。

 

 それから数時間、ハルジオンの街に到着したグレイと手分けしてナツを探す作戦に出た。自分は街の陸側を、グレイは港側の捜索を始めた。

 

「すいません。ピンク色のつんつんした髪の男の子と青色の猫を見ませんでしたか」

 

「あぁ青色の猫なら見たぞ! でも少年の方は見てないなぁ。その青い猫は金髪の女の子と一緒だったよ」

 

「金髪の女の子……」

 

 それを聞いて頭にルーシィの顔が過る。まさかとは思いながらも話を聞いた男性に礼を言って、走り始めた。それからも聞き込みを続けたラランは住人達の証言から間違いなくナツとハッピーの他にルーシィが来ていることを察する。この事を知らせようと港側を捜索していたグレイの元に向かう。多くの船が停泊している港を探し回っていると視線の端に氷が映る。

 

「いた! ナツやルーシィも!」

 

 確信を得て、そこに向かって走るが如何せん距離が遠く、ナツやルーシィ達を目で捉えながらも、あと一歩及ばずナツがグレイを船に蹴り入れて縄で縛り、船は出航してしまう。

 

「ナツーーー! 戻ってこーーーい!!」

 

 船が出た波止場から大声を出して叫ぶが、ナツは笑顔であっかんべーとこちらを煽り、そのまま船は進んでいった。ルーシィは罪悪感に溢れた表情をしながらも戻ってくる素振りはなかった。

 

「くそ。グレイまで連れてかれたんじゃどうしようもない。一旦ギルドに戻ろう」

 

 その場で拳を握りしめるしかなかった。とりあえず状況を伝えるためトラベルゲートを潜ってギルドへ帰還した。ナツを連れ戻せなかったこと、グレイまでガルナ島に連れていかれてしまったことなどマカロフに叱責されたが、すぐさま新たに命を出される。それはエルザと共にガルナ島へ赴き、ナツ達を連れ戻すことである。

 




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悪魔の島 ガルナ島

「勘弁してくれ。あんな島に何しに行く気でぇ……」

 

「いいから舵を取れ」

 

「ひっ」

 

 マスターからナツの奪還命令が下されて数時間、既にガルナ島へ向かう船上にいた。しかしその船は通常の船ではなく海賊船。エルザは海賊団を制圧し、船長だけを舵を取らせるために倒さず、無理やりガルナ島に向かわせている。その証拠に船の甲板には海賊団クルーたちが多く倒れている。エルザは常に鬼の形相で舵を取る船長を見張っている間、何故か倒れたクルーたちの介抱をすることになった。

 

「あの島は呪いの島だ。噂じゃ人が悪魔になっちまうって……」

 

「興味がない。我々は掟を破った者を仕置に行く、それだけだ」

 

「ってわけで死にたくなきゃ、そのまま舵を取っててくれ。ガルナ島に着いたら解放する」

 

「うぅ……」

 

「ララン、ガルナ島までまだ時間がかかる。船室に釜があった。そこでアイテムのストックを増やしておけ」

 

「そうだな。ガルナ島に着いたら教えてくれ」

 

「わかった」

 

 船に揺られながら錬金すること長時間、元からかなり多くのストックがあったおかげでS級に挑める程度のアイテムストックが出来てはいるものの、あって困ることはない追加物資を作るべく錬金を行っていた。そこへガルナ島へもうすぐ到着することを伝えにエルザが船室に入ってくる。

 

「ララン。もうすぐだ。甲板へ来い」

 

「わかった。これを終わらせたら行く」

 

 そう返事をすると早急に錬金を終わらせ、甲板へ出た。そこからは正に呪いの島と形容するのが相応しい禍々しい雰囲気を醸し出す島が見えた。そしてふと前方を見るとルーシィが敵の魔導士と思われる女性と対峙している。大きな波が現れたのを見るとルーシィがアクエリアスを召喚したのだと察する。その後キャットファイトの末、ルーシィが勝利したが、敵の使い魔と思われる巨大ネズミがルーシィを押し潰そうと空へ舞い上がった。

 

「エルザ!」

 

「分かっている!」

 

 エルザは船が陸まで近くなったため、船頭から一気に飛び上がり、換装した剣で巨大ネズミを切り伏せた。ルーシィは助けてくれた相手がエルザだと気づくと一瞬、希望の光のように見つめたが、エルザの冷たい視線を見ると、ルーシィはサーっと血の気を引かせた。その後、船を降りて、海賊たちに薬を渡して解放して見送り、ルーシィの所に向かった。

 

「ララン……!」

 

「俺達がここに来た理由はわかってるよな」

 

「あ、いや、その、連れ戻しに……」

 

「そうだ」

 

「で、でも! この島が今大変なの! 氷漬けの悪魔を復活させようとしてる奴等がいたり、村の人たちがその影響で苦しめられてたり、とにかく大変なの! あたしたち、なんとかこの島の人を救いたいの……」

 

「どうする、エルザ」

 

「興味がないな」

 

「だそうだ。悪く思うな」

 

 手から縄が放つと、縄が一人でに動き、ルーシィとちょうど戻ってきたところをエルザに捕まえられたハッピーを縛り上げた。尻尾を掴まれたハッピーはルーシィ同様に縄で縛られた。

 

「じゃ、じゃあせめて最後まで仕事を!」

 

「仕事? 違うな。貴様らはマスターを裏切った。ただで済むと思うなよ」

 

 真剣に懇願するルーシィにも、エルザの姿勢は変わらない。縛られたルーシィの喉に剣を突き付けると威圧するように睨みつける。エルザの目はとても冷淡で同じギルドの仲間を見るとは思えない残酷な目だった。その目を見たルーシィは恐怖で涙を浮かべて、報酬に目が眩み、S級クエストに来てしまったこと、ギルドの掟を破ってしまったことを激しく後悔した。その様子を見ていたラランは下手をすればルーシィを切ってしまいそうだと感じ、弟子の命を助けるために素手でエルザの剣を下げる。こちらにもルーシィに対する目と同じ目を向けたエルザだったが、それにも負けない目を見て、一つ息をつくと剣を仕舞った。

 

「俺の弟子だ。傷をつけるのは止めてくれ」

 

「……ナツ達がいる場所へ案内しろ」

 

 ルーシィとハッピーを縛っている縄の先端を持ち、村まで案内される。しばらく歩くと酷い有様の村が現れる。ルーシィの説明では、敵の毒により村のほとんどが溶かされ、ナツの攻撃によって村人の命は助かったとのことだった。ハッピーがエルザに命令され、空から辺りを見回すと村から少し離れたところに村のものと同じテントがあるのを見つける。そこへ向かった一同は村の人々からそこが村の資材置き場であることを説明され、村があの有様であるため、村日は全員ここに避難していることを告げられた。またここに意識不明のグレイが運ばれ、眠っていることが判明。資材置き場の空いたテントの一つに入ると、簡易的な椅子に座って、ルーシィも縛ったまま地面に座らせる。そこでルーシィと呼びだした村人からここまでの事情を聞いた。

 

「なるほど。じゃあグレイは負傷で別テントで治療後に意識不明のまま。命に別状はないんだな。で、ナツは行方知れずと」

 

「すまないが、グレイが目を覚ましたらここに来るように伝えてくれ」

 

「は、はい。わかりました」

 

 エルザと共にグレイの訪問を待つこと数時間、テントの入り口が開いた。そこには体に包帯を巻いたグレイがいた。グレイはエルザがこの島を訪れていたことに驚いたが、同時に目的も察する。グレイは真剣な面持ちでエルザとの話し合いに臨んだ。

 

「ルーシィから大体の事情は聞いた。お前はナツ達を止める側ではなかったのか? 呆れて物も言えんぞ」

 

「ナツは?」

 

「それはこちらが聞きたい」

 

 エルザはルーシィに向けたような冷たい視線をグレイにも向ける。依然として行方知れずのナツの情報をラランがまとめて説明を始める。

 

「昨日、零帝と呼ばれる人物の手先が村を襲撃。ナツが魔法で毒を弾き飛ばしたところまでは聞いた。そこからは皆バラけて戦闘。零帝含めて確認できた敵は四人、一人はルーシィが撃破、グレイは零帝は敗北、ナツは残りの一人か二人と交戦してるはずだ。他に何か情報は?」

 

「あぁ、零帝の名前はリオン。あいつだけは俺が……」

 

「ナツは敵に勝利後、この場所がわからなくてフラフラしている可能性が高い。ララン、グレイ、ナツを探しに行くぞ。見つかり次第、トラベルゲートでギルドへ戻る」

 

「何言ってんだエルザ。事情を聞いたなら、今この島で何が起こってんのかも聞いてんだろ」

 

「それが何か。私たちはギルドの掟を破った者を連れ戻しに来た。残るはナツ一人。それ以外の事には一切の興味がない」

 

「この島の人たちの姿を見たんじゃねーのかよ。それを放っておけって言うのか!?」

 

「待てグレイ、諦めろ。一旦ギルドに戻って、この依頼は他のS級魔導士に任せればいい」

 

 一触即発の空気が流れるエルザとグレイの間に割って入る。この場では中立というよりもマスターの命令を優先した方が良いだろう。エルザの側に立ってグレイを説得しようと試みる。個人的には依頼を先に片付けてしまうことが結果的に早くことが終わると考えたが、この場では一度ナツの奪還に失敗している自分よりもエルザの方が立場的にも上だと考え、エルザの思ったままになるように話を誘導する。

 

「見損なったぞお前ら」

 

「貴様までギルドの掟を破るつもりか。ただでは済まさんぞ」

 

 エルザは剣の切っ先をグレイの首に当てる。しかしグレイは全く臆することなくエルザの剣を素手で握りしめた。当然のことながらグレイの手からは血が流れ、剣を伝って地面にポタポタと滴っている。グレイのこの依頼に対する決心は異様な程に強い。ルーシィから聞いた零帝とグレイの確執は思った以上に深く、心の底に根付いているのだと気づいた。

 

「勝手にしやがれ。これは俺が選んだ道だ。やんなきゃなんねぇことなんだ!!」

 

 グレイはそう言うと剣から手を離す。エルザも血を払うように剣を下ろした。

 

「最後までやらせてもらう。斬りたきゃ斬れよ」

 

 グレイはそれだけ言い残して、テントを後にした。残されたエルザは歯軋りをさせながら、剣を握りしめる。ルーシィはその様子が怖すぎて一言も発することが出来なかった。ナツらがギルドの掟を破ったことで怒り狂い、仲間に剣を向けたりするなど普段のエルザからは考えられない行動が続いていたが、ラランもそのエルザを止められなかった責任を感じていた。しかしグレイの行動がエルザを正気に戻した。

 

「ララン」

 

「……わかった」

 

 エルザは名前だけを呼ぶとその後、ルーシィとハッピーの方に体を向けた。それによって何をしてほしいのかを察したからだ。ルーシィ達を縛っていた縄を解き、再び縄を鞄に仕舞った。解放された2人は驚いた様子でエルザを見つめる。エルザの目は先ほどまでの冷酷な目ではなく、ルーシィのよく知る、強く気高いエルザの目だった。それに安心すると、ほっと一息つく。

 

「行くぞ。このままでは話にならん。まずは仕事を片付けてからだ」

 

 その言葉を聞いたルーシィとハッピーはようやく話が通じたと笑顔を見せた。しかしエルザから罰は受けてもらうと釘を刺され、また笑顔はすぐに消えてしまう。

 エルザ共にルーシィとハッピーを引き連れ、村の資材置き場を出発した。すぐにグレイと合流し、昨日、潜入したという遺跡に向かう。その途中の森の中腹で、遺跡が見えるとルーシィが首を傾ける。

 

「あれ……遺跡が傾いて……る?」

 

「ナツだな。あんなでたらめなことするのはアイツしかいねぇ。狙ったのか偶然か、でもこれでデリオラに月の光は当たらねぇ」

 

「デリオラ、グレイの師匠が命と引き換えに氷漬けにしたゼレフ書の悪魔……か」

 

「待て、誰かいる!」

 

 森を抜けようと歩いているとエルザが全員を止める。その直後、大勢の顔を布で覆った祈祷師のような恰好をした敵集団が現れた。その数は一人では手に負えない程であり、全員が行く手を遮られる。

 

「グレイ、行け。因縁の相手がいるんだろ。こいつら片付けたら俺達も行く」

 

 グレイを先に行かせようと鞄に手をやる。エルザも剣を換装、ルーシィも鍵を手に取った。グレイは皆の想いを受け取り、遺跡に向かって走った。

 

「じゃ、さっさと片付けるか」

 

「あぁ」

 

「あたしはあんまり戦いたくないんだけど……」

 

 それから十数分、数は多いが個々の能力は乏しかった敵集団は3人の前に全滅した。すると大地が揺れるような大きな音が鳴り響いた。エルザやラランは何の音だと周囲を見回すが、特に大きな変化は見受けられない。ルーシィは遺跡の方向を見ると音の正体に気づいた。それを見たルーシィは目を丸くし、震えながらその方向を指さす。続いてルーシィ以外が指さされた方向を向いた。

 

「そんな……傾いた遺跡が……元に戻ってる……」

 

「……まさか」

 

 元に戻った遺跡を見ながら手を震わせた。傾いた遺跡を元に戻すための方法に心当たりがあるのだ。まさかと感じて歯を食いしばると、エルザ、ルーシィを置いて遺跡に走った。それを見た2人も追いかけるように走り出した。

 

「どうしたのよララン、急に走り出して」

 

「遺跡を元に戻したんじゃない……」

 

「え……?」

 

「遺跡を元に戻したんじゃない! 時間を戻したんだ! あれをやった奴はな!」

 

「なんだと!?」

 

 走りながら二人に説明する。その表情は明らかに期待に満ちている、まるで遺跡を元に戻した人物が味方かのような。ルーシィは見たことのない不思議な表情にこんな表情をするんだと嬉しさがあった半面、自分にはこんな表情を見せてくれていないと落胆する反面もあった。

 

「敵の一派だろうが、錬金術士の可能性がある。というか可能性が高い。そうでなければ失われた魔法(ロストマジック)に属する魔法を使う魔導士。でも時間操作魔法は危険性、副作用により歴史から抹消された魔法のはずだ」

 

「時間を動かすのは錬金術でも難しいの?」

 

「あぁ。特に過去への時間遡行はな。失われた魔法使いか、かなりの熟練錬金術士か。どちらにせよ強敵だな」

 

「2人が危険だ。急ぐぞ」

 

 3人は遺跡へ急ぐ。やっとの思いで遺跡に到着すると、怪物の大きな音が聞こえた。怪物の唸り声ともとれる、しかし声とは形容しがたい大きな音である。そして3人の視線の先に月の雫(ムーン・ドリップ)の光の線が穴に注ぎ込んでいるのが見える。その穴の下にはぜレフ書の悪魔、グレイの師匠ウルが命と引き換えに氷漬けにしたデリオラが鎮座しているはずである

 

「例のデリオラとかいう魔物か?」

 

「まさか復活しちゃった訳ーー!?」

 

 そう言っているうちにも再び唸り声が聞こえる。それを聞いてエルザは儀式そのものを中止させ、デリオラの復活を阻止するために遺跡の中へ入っていく。それにルーシィとハッピーが続いた。しかし例の時を操る人物が気にかかり、別に動き出した。

 




登場した錬金アイテム

生きているナワ
生きている工具集の一つ、他にもスコップ、ノコギリなどがある。生きているナワは命令することで一人で動いてくれる縄。生きている工具集のおかげで肉体労働は大助かりである

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時の対決

「どこだ……」

 

 一人別行動で遺跡の中を走っていると、壁の崩れる音が響いた。きっとナツかグレイが時を操る人物と交戦しているのだと考え、その方向である遺跡の下へ走った。その途中、目の前の壁に突き抜け、ナツが飛び出していった。ナツの元に駆けつけると、ナツはすぐさま立ち上がり、壁の破損によって生じた煙の先を見つめる。そちらを見ていると、煙が晴れると仮面を被った男、ザルティが立っていた。そしてその奥には氷漬けになっているはずの怪物、デリオラが鎮座している。しかしその氷はデリオラの上半身までが既に砕け散っていた。ナツはザルティとの戦闘で既に傷だらけだったが尚も立ち向かおうと両手に炎を纏わせる。

 

「ララン! こいつの魔法、変だ!壊しても元に戻っちまう」

 

「やっぱりか。ナツ、こいつは俺にやらせてくれ。こいつの魔法を俺は知ってる」

 

「ほんとか!?」

 

「あぁ! これ以上あの氷を溶かさないために上にいる儀式をやってる奴等を叩いてくれ!」

 

「……負けんじゃねーぞ!」

 

 ナツは少し考えて、その場を任せて儀式の阻止へ向かった。ザルティと対峙すると、臨戦態勢は取らず、話を持ちかける。

 

「あんた、魔導士か? それとも錬金術士か?」

 

「錬金術士……まだこの世に存在していたのですか。しかし残念、私は魔導士でございます」

 

「そうか、残念だ」

 

「ではこちらからも。あなた、私の魔法を知っていると言いましたが」

 

「あぁ。知っている。錬金術士の線が消えた以上、あんたの魔法は失われた魔法。時間操作魔法だ」

 

「ほぅ。なるほど確かにお知りのようだ!」

 

 不意打ちで水晶を放ってくる。それを躱すと手に石板を出現させた。仮面の人物は水晶を操りながら攻撃する。水晶は規則性もなく縦横無尽に暴れまわり、襲いかかってきた。

 

「あなたが魔導士ではなく錬金術士だとして、時を操る私の敵ではない」

 

「それはどうかな。時の石板!」

 

 手の石板に力を込めると水晶の動きがピタリと止まった。歩いて水晶に近づくと石板で水晶を叩き割る。ザルティそんな馬鹿なと叫びながら水晶に魔力を込める。

 

「錬金術士が敵ではないとは慢心も程ほどにしておけよ魔導士。確かに俺はあんたみたいに時間を急速に進めたり、戻したり、止めたりは出来ない。でも時の流れを限りなく遅くすることは出来る」

 

「馬鹿な! くそ! 戻れ!」

 

「これで終わらせてやる! ドナー・スト……!?」

 

「来たぁ!!」

 

 隙だらけのザルティにドナー・ストーンを叩き込もうと、手に握りしめる。しかしその時、デリオラの氷に更にひびが入り、左足までが解放された。残った氷が僅かになった事に危険を感じて、ザルティの水晶にかけた時の石板の効力を解除してデリオラに対峙する。一方のザルティの水晶に溜まっていた魔力は時の石板の効果が解除されたことで一気に解放され、形の復元、さらに大きく暴れまわって仮面の男の頭にぶつかった。

 

「復活しかけの今ならまだ本調子じゃないはず。精霊石に封印して……がぁ!」

 

「封印などさせませんよ。せっかく三年もかけて復活させたのですからね」

 

 デリオラに気を取られている間にザルティが時のアークで操った大量の瓦礫が降り注いできた。全く注意をしていなかったため全てが直撃し、大きなダメージを受けてしまう。何とか瓦礫を払いのけて、立ち上がり、すぐさまバックから回復アイテム、ヒーリング・ベルを使用する。

 

「ヒーリング・ベル」

 

 ヒーリング・ベルの振り、一度鳴らすとその癒しの音色は身体を包み込み、今受けた傷のほとんどを消し去り回復させた。しかしザルティは回復の最中にも水晶による攻撃をかけてくる。今度はしっかりと躱し、時の石板で再び水晶の時間を遅らせる。

 

「なぁあんたの目的は何だ? デリオラを復活させて何をしたい? 事情を聞く限りあんたは前線にも出てこねぇ、復活の儀式もやらねぇ、明らかに零帝に本気で協力しようとしてないよな」

 

「ほっほっほ、いやはや敵いませぬな。零帝様、いやあんな小僧ごときではデリオラは倒せませぬ」

 

「じゃあ何のために」

 

「ただ我が物にしたい。不死身の怪物も操る術はございます。あれだけの力を手にできれば、さぞ楽しそうではございませぬか?」

 

「力か。いざという時に必要なのは力、だな」

 

「ええ。必要になる時は来るのです」

 

「でも今の俺は怪物の力より、自分の力と仲間の力を信じたい」

 

「うぬぼれは身を滅ぼしますぞ。天井よ、時を加速し朽ちよ」

 

 ザルティが天井に魔力を向けると、天井が崩れ、大量の瓦礫が再び降り注ぐ。そこでデュプリケイトよりも更に高速でアイテムをコピーできるスキル、クイックデュプリを使用して時の石版をコピー。瓦礫の時間を遅らせて、そこから横っ飛びで避難した。しかしオリジナルとクイックデュプリでは時の石板の質に大きく差があり、瓦礫の降り注ぐ場所から移動した直後に効果は切れ、ガラガラと瓦礫は崩れ落ちた。その隙にザルティは水晶を動かす。転倒から急いで立ち上がり素手で水晶を防ぐが、想像以上のパワーに手は弾かれ、水晶が腹部にめり込み、吹き飛ばされる。ヒーリング・ベルで傷は回復するが、息は切れたままである。

 

「貴方の時の石板で時間を操れる対象は一つだけ。違いますか?」

 

「正解だ。じゃあ、あんたの魔法は生物には効かない。違うか?」

 

「御名答でございます。我が魔法、時のアークは生物には効きませぬ。なのでウルであるデリオラの氷は溶かせませぬ」

 

「なるほどな」

 

 ザルティと睨み合ったまま、動かない。お互いに有効打がない以上、下手に魔力を消費したり、アイテムを消費することは愚策であり、動かないことが最善手であった。だが、動かねば勝利は得られない。そこで取り出したのはハコベ山のバルカン戦で使用した神秘のアンク。時を動かすザルティに対して生物ではないアイテムの投擲ではアイテム自体の時を動かされて的外れの場所で効果が発動させられて通用しないため、肉弾戦で決着を付けようとという考えである。

 

「神秘のアンク、スピードアップ」

 

 アンクを発動させ、背中に携えた杖を両手に持ち、構える。すると只の木で出来た杖が変化を始める。杖は金属製に変わり、頂点には大きな翡翠色の玉が出現する。それを覆うように翼が生える。

 

「天使の杖。一撃で決めよう」

 

「貴方の時の石板がもうないことは分かっているのです。貴方に我が時のアークが止められますか!?」

 

 ザルティによる時のアークが周りに散らばった岩を動かし、一斉に襲いかかる。しかし、それを石板で止めようとはせず、一直線にザルティに向かって飛んだ。神秘のアンクによってスピードは格段に上昇しており、一瞬でザルティを飛び越えた。それに応じて岩の照準を整え再発射されるが、動じず飛んできた岩を杖で叩き割る。全ての岩を砕かれたザルティはどうすることも出来ず、あたふたしながら天使の杖が振りかざされるのを待つしかなかった。

 

「エンゼル・シュート!」

 

 天使の杖がザルティの頭頂部を直撃する。その瞬間、杖から炎、氷、雷、振動が発生。ザルティは燃やされ、凍らされ、痺れ、体内機能を混乱させられた。重すぎる一撃を受けたザルティは絶叫しながら吹き飛ばされて見えなくなってしまった。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!」

 

「あいつ、女だったのか……」

 

 ザルティの叫び声が女性らしい甲高い声だったことでようやくザルティが女性だったことに気づいた。しかしその直後、デリオラの右足の氷が砕け、完全なる復活を遂げた。再びあの大きな唸り声を上げると、その声圧で吹き飛ばされそうになるが必死にこらえる。デリオラに釘付けになっていると後ろから水音が聞こえた。敵かと後ろを向くとそこには傷だらけのグレイの姿があった。

 

「グレイ! こいつはまだ復活したばっかだ! 叩くなら今しかない!」

 

「くくく、お前らには無理だ……あれは俺が……ウルを超えるために……やっと会えたな、デリオラ……」

 

「リオン! お前の方が無理だよ! 引っ込んでろ!」

 

 そう言うと、グレイの後ろから這いつくばって体を地面に擦り付けながら迫ってくる者がいた。彼こそ、グレイの兄弟子であり、デリオラを復活させようとした張本人である零帝、リオンである。しかしリオンは既にグレイに敗北し立つことすらままならず、デリオラに勝つなどこの中で最も無理な状況である。決死の力でリオンは立ち上がり、デリオラに挑もうとする。それを見たグレイはリオンの背後から首に手刀を叩き込み、リオンを戦闘不能にさせた。そしてデリオラに向かって両手を伸ばして交差させる。その構えは師匠ウルがデリオラを封印した魔法絶対氷結(アイスドシェル)の構えである。再びデリオラを封印する気のグレイにリオンと共に叫ぶ。

 

「よせグレイ! あの氷を溶かすのにどれだけの時間がかかったと思っているんだ! 同じことの繰り返しだぞ! いずれ氷は溶け、再びこの俺が挑む!」

 

「やめろ! 命を賭して封印することはない! 今の俺達ならこいつを叩ける!」

 

 しかし、グレイの決心は固く、絶対氷結の構えを解くことはない。そして絶対氷結は発動を始め、グレイの周りに冷気が漂い始める。一方のデリオラもそれを易々と良しとするはずもなくグレイに向かってその大きな腕を振り上げる。自らの体を犠牲にしてでもグレイを守ろうとグレイの前に出て、杖を構えた。

 

「ララン! 何してる! どけ!」

 

 デリオラの腕が振り下ろされようとした瞬間、動きがピタリと止まる。そしてその腕は、ひび割れ、砕け落ちた。更には顔、体、足まで全てが砕け、デリオラはバラバラになってしまった。既にデリオラは死んでいたのである。ウルによる絶対氷結から十年、徐々に命を奪われていたのだ。そして彼らはその最後の瞬間を見ていたに過ぎなかった。

 

「……すごいんだな、グレイの師匠」

 

 リオンは地面に拳を叩きつけ、自分は師匠を超えられないと涙を流し、グレイはウルとの過去を思い出し、感謝しながら涙を流していた。その後、エルザ、ナツ、ルーシィと合流し、リオンもヒーリング・ベルによる回復を受けて、何とか回復した。

 

「いあーーー! 終わった終わったーー! これで俺達もS級クエストクリアだ!」

 

「何言ってんだお前ら。俺とエルザが何のためにここに来たのか忘れたのか?」

 

 ナツとルーシィがあたかも全て解決、ハッピーエンドのような雰囲気を出していたが、その言葉によって現実に引き戻される。二人が来た理由はあくまでもギルドの掟を破ってS級クエストを受けたナツとルーシィを連れ帰ることである。怒りの表情に満ちたエルザの表情を見たナツとルーシィは冷や汗をダラダラと流した。しかしエルザはそれよりもと付け足した。

 

「その前にやることがあるだろう。S級クエストはまだ終わっていない」

 

「え!?」

 

「そうだ。俺達が聞いた話じゃ、依頼の内容はデリオラを倒すことでも儀式を止めることでもない。悪魔にされた村人の呪いを解くために月を破壊することだろ」

 

 ナツ、ルーシィ、グレイはハッとしたような顔をした。しかしルーシィはでもでもと反論する。

 

「デリオラは死んじゃったし村の呪いだってこれで……」

 

「いや、呪いはデリオラが原因じゃない。月の雫の膨大な魔力が村の人々に影響を与えたんだろう」

 

「じゃあとっとと治すかーー!」

 

 ナツが勢いよくそういうが、どうやってという疑問が残る。グレイがふと後ろを振り返ると岩肌に背中を預けて座っているリオンが目に入った。グレイと目を合わせたリオンはその会話に参加する。

 

「俺は知らんぞ」

 

「なんだとォ!?」

 

「でもあんた達が知らなかったら他にどうやって呪いを……」

 

 知らないと白を切るつもりだと思ったナツとルーシィがリオンに突っかかるが、それを宥めて、リオンは話を続ける。

 

「三年前、この島に来た時、村が存在するのは知っていた。しかし俺達は村には干渉しなかった。奴等から会いに来ることもなかったしな」

 

「三年間、一度もか?」

 

「というか、三年間、村人と同じ光を浴び続けていたリオン達は何で何ともないんだ」

 

 そう言うと、全員が確かにと納得する。

 

「気をつけな。奴等は何かを隠してる。ま、ここからはギルドの仕事だろ」

 

 一旦、話に決着がつくとエルザの号令によって皆はリオンを残して遺跡を立ち去ろうとする。グレイ以外の全員がデリオラが鎮座していた部屋から出ると、グレイはリオンの方を振り返った。

 

「お前もどっかのギルドに入れよ。仲間がいて、ライバルがいて、きっと新しい目標が見つかる」

 

「くだらん。さっさと行け」

 

 リオンは顔を背けながらそう言うが、どこか照れているような、今までの零帝リオンとは全く違う表情をしていた。グレイはそれ以上は何も言わず、皆に続いて遺跡を後にした。




登場した錬金アイテム

時の石板

時間を操ることの出来る石板。時間の進むスピードを速めるもしくは遅くすることが可能。決して時を戻すことは出来ない。

ヒーリング・ベル

音色を聞いた者の傷を持続回復するアイテム。対象者は音色を聴いた使用者の味方のみ。例外的に味方以外でも使用者に認められた場合、効果が及ぶ。

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月を破壊せよ

 ガルナ島、村の資材置き場に戻って来た一行。しかし資材置き場にいたはずの村人は一人もおらず、蛻の殻と化していた。一行は全てのテントを回ったがやはり資材が積まれているばかりで人の姿は無かった。どうしたものかと集まっていると一人の村人が大変だと叫びながら駆け寄ってくる。村人は村まで急いで来るように一行に伝えると足早に去ってしまった。一行は顔を見合わせて、村へ急いだ。

 

「これは……」

 

 村の様子は見違えていた。リオンの配下による毒毒ゼリーによって消滅させられた村は全て復元されていた。村人たちの家も、村長の息子の墓も。まるで時が戻ったみたいだ、とナツが言うとハッとラランが気づく。あの仮面の女、ザルティである。時を戻す魔法、時のアークを使って村の時間を戻したのだろうと考えた。しかし彼女の性格で何故このようなことをするのか疑問が残った

 

(あいつはあれぐらいで改心するような奴には見えなかったがな……)

 

 しかし、問題は終わっていなかった。零帝を下し、デリオラを倒し、月の雫の影響も取り除いた。それでも村の人々の悪魔の呪いは解けていない。村長は村を元に戻してくれたことを感謝しつつもそのことについて追及した。

 

「いつになったら月を破壊してくれるのですかな」

 

「月を破壊するのは容易い」

 

「……とんでもないこと言ってるぞ」

 

「え、月を壊すのって簡単なの?」

 

「なわけねえ。無理に決まってるだろ」

 

 エルザがルーシィに迫る村長を宥めながら言う。そしてエルザは確認したいことがあると村人全員を門の前に集めるように村長に願い出た。そして村長の呼びかけによって門の前に村長を含める村人全員が集まった。

 

「整理しておこう」

 

 エルザは村人たちに見解を求める口調で語り始める。

 

「君たちは紫の月が出てから、そのような姿になってしまった。間違いないか?」

 

「正確にはあの月が出ている間だけこのような姿に……」

 

 村長が答える。それを聞いてエルザは頷くとさらに続ける。

 

「話をまとめるとそれは三年前からということになる」

 

「確か……それくらい経つかも……」

 

「あ、あぁ」

 

 今度は一人の村人が答え、その周りの人々も同意する。エルザは門の前を歩きながら話を続ける

 

「しかし、この島では三年間毎日『月の雫(ムーン・ドリップ)』が行われていた。遺跡には毎日一筋の光が見えていたはず……ひゃん!」

 

 エルザのあまりにも女性らしい可愛げな声が響いた瞬間、エルザの姿は消えた。リオン達の襲撃に備え、ルーシィが用意した落とし穴が時間の巻き戻しにより復活していたのである。エルザはそれにかかってしまったのである。ナツとグレイはエルザの上げた声にあまりにも可愛らしいと驚き、落とし穴を作ったルーシィは耳を塞ぎ私のせいじゃないと連呼している。個人的には落とし穴に落ちたエルザが間抜けに思えて笑いが止まらず、口を抑えるのに必死だ。そして当のエルザは何事もなかったかのように落とし穴から這い上がり話の続きを始める。

 

「つまり、この島で一番怪しい場所ではないか。わからんな。何故調査しなかったのだ」

 

 エルザの問いに村長が少々どもりながら苦しそうに答える。村人たちも顔を見合わせてどう答えたものかと困惑していた。

 

「そ、それは村の言い伝えであの遺跡には決して近づいてはならんと……」

 

「でもそんなこと言ってる場合じゃなかったですよね? 犠牲者も出ているしギルドの報酬額を見ても」

 

 ルーシィが核心を突く意見を村長に述べると、村長はさらに顔色を悪くした。エルザは村長の目をじっと見つめて、本当のことを話してくれないかと願い出る。村長もここまで言われてはもう隠すのは無理だと判断したのか、諦めて本当のことを話し始める。

 

「そ、それがワシらにもよくわからんのです。正直、あの遺跡を調査しようとしたことは何回もありました。皆は慣れない武器を持ち、ワシはもみあげをばっちり整え、何度も遺跡に向かいました。しかし近づけないのです。遺跡に向かって歩いても、気がつけば村の門。ワシ等はあの遺跡に近づけないのです」

 

「俺達は中にまで入れたぞ。ふつーに」

 

 ナツがそう言うと、村長をフォローするように村人たちが主張を始める。

 

「信じてもらえないでしょうから言いませんでしたが本当なんです!」

 

「遺跡には何度も行こうとした。でも辿り着いた村人には一人もいねえんだ」

 

 エルザはそれを聞くと、やはりかと一言だけ呟き、鎧を黄金に輝く巨人の鎧へと換装した。

 

「ナツ、これから月を破壊する」

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

「えぇえええええええええ!?!?!?」

 

 エルザの月破壊宣言にナツだけは目を輝かせて喜んだ。その他の全員は目を白くして大声を上げる。

 

「月を壊して、皆を元の姿に戻そう」

 

 エルザがそう宣言すると村人からは賞賛の声が上がった。

 

「月を壊すったって、どうやるんだよ」

 

「何をするつもりなんだろ」

 

 傍観組は不安そうな目をしてエルザを見つめていた。エルザは更に闇を退ける破邪の槍を換装する。それを見たナツは、それを投げて月を破壊するのかとまとも目を輝かせているが傍観組からは届くわけがないだろと言う冷静な突っ込みが入れられていた。

 

「いや、それだけでは月までは届かないだろう。だからナツ、お前の火力でブーストさせたい。私が槍を投げる時、石突の部分を思いっきり殴るんだ」

 

「よっしゃぁぁぁ!」

 

「何であの二人はあんなノリノリなんだ……?」

 

「まさか本当に月を破壊したりしないよね……」

 

 ルーシィとグレイは二人の行動に危機を感じて、身体を震わせている。だが、そんな震えすらもこの身には起こらなかった。無言でただ見守る。しかし、もしも本当に月を破壊してしまった場合のギルドにかかる負担や費用を一生懸命考えて頭がショートしているだけである。そんなことは知る由もないエルザとナツは月を破壊するため、出来るだけ高いところへ移動しようとする。ナツは遺跡の方が高いからいいのではないかと提案したが、エルザは遺跡には村人は入れないし、ここで良いと村で一番高い櫓に登った。

 

「では行くぞ!」

 

 エルザは槍の投擲モーションに入る。そしてタイミングを計ってナツに呼びかけ、ナツは石突に向かって全力で炎を纏った拳を叩きつけた。その衝撃で櫓の屋根は爆散したが、破邪の槍はナツの炎で更なる推進力を得て月に向かって一直線に伸びていく。

 

「届けえええええ!」

 

 槍はそのまま進み続けて遂には月に突き刺さった。そして空にひびが入り、月が破壊された。と思ったが、紫色の月の後ろから黄色の綺麗な月が出現した。

 

「割れたのは月じゃない。空が割れた……?」

 

 すると村の人々の姿が光り輝き始める。元の姿に戻ると信じていた村人たちは歓喜の渦に飲まれて大喜びしていたが、光が治まっても村人の姿は悪魔の姿のままだ。

 

「元に戻らねえのか……」

 

「そうか……先入観にしてやられた」

 

「どういうこと?ララン」

 

 降り注ぐ空の結晶を見ながら言うと、不思議に思ったルーシィとグレイが近づいてくる。全ての謎の真相を二人に説明する。触りだけ話したところで最初に謎の仕組みに気づいたエルザが櫓から降りて、話を引き継ぐ。

 

「ナツとルーシィが受けた依頼は月を破壊し、この村の人たちを悪魔の姿から人間の姿に戻すこと、だな?」

 

「う、うん」

 

「俺達は最初から彼等が人間だという先入観に囚われていたんだ」

 

「そういうことだ。ララン。気づくのが遅かったな。邪気の膜は彼らの姿ではなく、記憶を侵していたんだ。夜になると悪魔になってしまうという間違った記憶だ」

 

 つまり、とルーシィとグレイが顔を合わせると、エルザは言う。

 

「そういうことだ。彼らは最初から悪魔だったのだ」

 

「えええええ!!!」

 

 ルーシィとハッピーは膝から崩れ落ち、グレイは村人の一人に本当かと尋ねる。村人は記憶がごっちゃになっていて混乱しているが恐らく本当だと答える。そして答え合わせをしてみる。

 

「そうか。彼らの能力は人間に変身すること。しかし月の雫によって記憶障害を起こしたことによって人間の姿を本来の姿と思い込んでいたのか。そして恐らく、月の雫は人間には効かない。リオン達は現に何も変化していなかった。闇の種族の悪魔である彼らは聖なる光を蓄えた物である遺跡には近づけないのも頷ける」

 

 その解答にエルザはその通りだと答え、全ての謎が解明した。すると村の外から一人の男の声が聞こえる。

 

「流石だ。貴方たちに任せてよかった。ありがとう魔導士さん」

 

 その男もまた悪魔の姿をしており、この村の人物であった。この島には後から来たから彼のことは知らないし、よくわかっていなかったがナツやルーシィ、グレイにハッピーは驚いている。ルーシィに至っては幽霊だとハッピーと抱き合っている。彼の正体はナツ達がガルナ島に渡る際、誰も船を出してくれる人物がいない中、船を出してくれた人物であるという。しかし彼は船上で突然姿を消し、海の中にもいなかった。ナツ達は彼を幽霊だと思っていたのである。そして村長が涙を浮かべて彼に寄っていく。

 

「ボ、ボボ……」

 

 彼は村長の亡き息子だったのである。記憶障害を只一人だけ克服してしまった彼は村を一時的に離れていたと説明する。理由は自分たちのことを人間だと思い込んでいる村人たちが怖い勝ったからだと言う。そこでグレイがあの時、船の上から消えたろ、と質問するとボボは再び一瞬でその場から消える。しかし上を見上げてみれば、ボボは背中から羽を生やして空に浮かんでいた。そして遂に感情を抑えられなくなった村長は、自らも翼を生やしてボボに抱き着いた。感動の再会だと村人も翼を生やして空を飛び、二人の周りを飛び回った。

 

「悪魔の島か……」

 

「ま、見た目は悪魔でも心は天使みたいだな」

 

 その後、村長の計らいにより、悪魔の宴が開かれることになった。村を救った英雄として賓客として招かれたため、喜んで宴に参加した。悪魔たちも話してみれば、悪い者などおらず、皆と楽しく話し、宴を楽しんでいる。

 

「悪魔の料理も美味いな。研究対象だ」

 

 皆が悪魔の料理を食べている後ろでグレイは一人で佇んでいる。そこへ数人の村人が近寄って行った。

 

「お怪我はもう大丈夫ですか?」

 

 悪魔の姿で話しかけられたグレイは、一瞬戸惑ったが人間の姿を見せるとグレイも思い出したかのように、あの時の、と言う。すると周りにいた女性がグレイを取り囲む。

 

「私たち、村にいらした時からグレイさんのこと、素敵だなあって噂してたんですよ」

 

「そうそう。クールでかっこいいなぁって」

 

「でもやっぱり人間の姿の方がいいですか?」

 

「い、いや、そんなことねえと思うぞ。それはそれでイケてるんじゃねぇか?」

 

 グレイがそう答えると女性たちは大喜びし、グレイの腕を掴んで、悪魔のふりふりダンスへ連れて行ってしまった。それを見ていたルーシィはグレイってああいう子たちにモテるタイプだったのねと微笑んでいた。そしてルーシィの横にいた村長がグレイの言葉を聞いてこの島のことについて喋り始める。

 

「グレイ様の言う通りです。我々はこの姿を引け目に感じるあまり、他の島との交流をしてこなかった……」

 

 ボボも続いて言う。

 

「そのためにガルナ島は呪われているという噂が広まってしまったんだ」

 

「港の人たちがこの島を怖がっていたのはそういうことだったのね」

 

「しかし、これからは他の土地の人たちとも親しく付き合っていこうと思います。お互いに助け合えるように」

 

「うむ、こうして話してみれば外見など関係なく分かり合えるのだからな」

 

 悪魔でも人間でも話せば分かり合えることを村長も知り、この島は変わっていくだろうとエルザたちは感じていた。和やかな雰囲気で宴は進んでいたが、招かれざる客が2人、村を訪れる。




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幽鬼の支配者

 宴の最中に村に現れたのは零帝リオンの仲間のユウカとシェリーだった。村を破壊した彼らに村の雰囲気はピリピリとしたものに一変した。

 

 彼らはともかく彼らのトップだったリオンとは既に和解した。その仲間である彼らと戦う理由はない。彼らには話し合いでここを退いてもらおうと席を立ったが、それより先にエルザが2人の前に出て、声をかけた。

 

「何の用だ」

 

「零帝リオンはお前たちにやられて動けそうにないのでな」

 

「私たちが借りを返しに来たのです」

 

 ルーシィは既にリオンとは和解したと伝えるがユウカはそれとこれとは別と和睦を受け入れず、シェリーと共に戦闘態勢を取る。村人達を守るためエルザが前に出て二人に相対する。しかし村人達もこれ以上迷惑はかけられないと武器を手に取るが、それでも村人たちの気持ちだけを汲み取るとエルザは村人達を留めてユウカ達と戦う意思を見せた。

 

 こうなってしまった以上エルザを見守るしかない。負ける―などということは微塵も考えていないが、あの2人がどういう意図でここに来たのかが読めない。ユウカの言葉を聞く限り、戦闘後のリオンとは既に会って話しているはず。それでもここに来たのは本当にこの村への攻撃が目的なのか、それともまた別の意図があるのか。

 

「気を付けてエルザ。そっちの女は木や岩を操るわよ!」

 

「そっちの変な眉毛は魔法を中和しやがるぞ!」

 

「なるほど、ならば技を出す前に片付けるだけのこと!」

 

 エルザはそう言うと目にも止まらぬ速さで二人との間合いを詰め、シェリーを蹴りでユウカは肘鉄でそれぞれ一撃で吹き飛ばした。すると二人はすぐに立ち上がり、敵意がないことを告げ笑って見せた。

 

「こんなことで償いになるとは思わんがな。せめてものケジメのつもりだ」

 

「零帝様から話は聞きました。皆様のおかげで私たちもデリオラへの憎しみから解き放たれましたわ」

 

 二人はリオンとのつながりの経緯を話した。零帝リオン率いる彼らは全員がデリオラに家族を、故郷を奪われた者たちであり、今度こそデリオラを倒さんとするリオンについてきたのだと言う。しかしデリオラへの憎しみに囚われるあまり、村の人々を傷つけ、自分たちもデリオラと同じになってしまうところだったと告白した。

 

「よーーーーし! お前らも一緒に飯食おう!」

 

 しんみりとした空気を大声で破壊したのはナツだ。小さいことを気にしないナツは二人のことをよくわかっていない様子だったが、既に敵ではないと宴に強制招待したのである。村人たちも反省した二人を歓迎し、悪魔の宴は翌朝まで続いた。

 

 悪魔の料理をシェリーやユウカにも勧め、確かに見た目としては人間の目からすれば色合い的に不味そうに見えるが食べれば美味いとカロリーを気にするシェリーも量を気にせず食べていた。敵だった彼らも和解できた。ここにはいないがいずれはリオンともこうして一つの宴で共に料理を食べることが出来る日が来るだろうと感じ、ふとグレイに目をやると、どこか儚げに綺麗な満月を見上げて微笑んでいる。きっと同じことを考えていたのかもしれない――

 

 翌朝、ナツが炎を食べているとユウカとシェリーの姿が見えないことに気づいた。ハッピーがもう食べられないから帰ったと答えると残念そうにしていた。そして遂に村を後にする時が来た。村人たちは全員ララン達を見送るために集まっている。

 

「な、なんと報酬は受け取れない? にょ?」

 

「あぁ気持ちだけで結構だ。今回の件はギルド側で正式に受理されたものではない。一部の馬鹿どもが先走って遂行した仕事だ」

 

「それでも我々が救われたことに変わりはありません。これはギルドへの報酬ではなく、友人へのお礼という形で受け取ってくれませぬか」

 

 エルザと村長が話しているのは700万Jという破格の報酬のことについてだ。エルザとしては受け取れないスタンスだが、村を救ってくれた村長としては何としても受け取ってほしいというスタンスで話し合っていた。友人という形を出され、断り辛くなったエルザは副賞の精霊の鍵だけを受け取るという折衷案を出して話はまとまった。エルザ以外は700万Jを受け取れなかったことを大変残念に思っていたが、例外として鍵を貰えたルーシィだけは嬉しそうにしていた。

 

 そこで、ある提案をした。700万Jを受け取れない代わりに大きな釜を作り、錬金術をこの村で行ってほしいという提案だ。彼らは魔法は出来ないと最初は拒んだものの、これは魔法ではなく、体内に魔力がなくとも誰でも出来ることを伝えると、恩人の頼みならと快く受け入れてくれた。そこで直接教授することは出来ないが、指南書と参考書、素材を渡した。このガルナ島で錬金術が広まれば、これから他の地域や種族と交流を持つことになる時、一つの特産品となる物を作れるだろう。この島の発展に繋がってくれれば何よりだ。

 

「ではハルジオンまで送っていきますよ」

 

「いや、船の準備ならできている」

 

 妖精の尻尾一行も村人達も船についての心当たりはなく、それを知っているのはエルザとラランだけだった。波止場まで全員が移動するとそこには巨大で禍々しい海賊船が泊っていた。

 

「姉さーーーん! 兄貴ーーー!」

 

「海賊船!?」

 

「まさか強奪したの!?」

 

「いや、強奪はしてない。ここに来る時に色々あったんだよ……」

 

「何やら気が合ってな」

 

「舎弟の皆さんも乗ってください!」

 

 海賊たちに促され、乗り込むと船は出向した。悪魔の島、ガルナ島からは妖精の尻尾一行に感謝を伝える声が飛び、お返しにと村人たちの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。ただ一人船酔いで動けないナツを除いて。

 

 長い船旅の後、ようやくマグノリアの街に戻って来た一行は、ギルドに向かって歩いていた。話は700万Jを逃したことから唯一ルーシィが受け取った黄道十二門の鍵のことに移り、今回貰った人馬宮のサジタリウスのイメージを語り合っていた。

 

「呑気に喋ってるけど、三人はギルドに帰ったらマスターから処分が下るの忘れてないか?」

 

「え!? それってお咎めなしになったんじゃ」

 

「そんなわけないだろう。お前たちの行動を認めたのはあくまで私の現場判断だ。罰は罰として受けてもらわねばならん」

 

 エルザの言葉に崩れ落ちる三人だったが、エルザは三人を引き摺るようにギルドへ歩いていく。しかしギルドに近づくにつれて、街の人たちがひそひそと小さい声で一行を見ながら話して始める。

 

「やけに見られてるけど誰か何かやらかしたか?」

 

「あっ、ララン君!」

 

 そんな中、一人の女性が近づいてくる。常連の店の女店主であるティファナさんである。その顔は浮かばれず気まずそうにしている。

 

 このようなティファナさんは見たことがない。どんな時でも柔和な笑顔で癒してくれる人だ。そんな人がこんな顔をするなんてよっぽどのことがあったのだろう。

 

「ティファナさん。どうしたんですか。街の人たちも俺達に嫌に注目してますし」

 

「そう、やっぱりまだ知らなかったのね。実はねギルドが……襲われたの。直に見た方が早いと思うわ。マカロフさんも皆の帰りを待ってるはずよ」

 

「ギルドが……?」

 

 話を聞いてギルドに急いだ。ギルドの目の前につくとその異変は明らかだった。巨大な鉄柱がギルドに何本も突き刺さり、半壊状態になっていた。それを見て唖然としていた一行にミラが声をかけた。ミラは皆をギルドの地下に案内する。するとそこには普段は倉庫になっている場所が仮設酒場になっており、マスターもそこにいた。しかしこんな状況とは思えないほど陽気に酔っぱらっている。

 

「ただいま戻りました」

 

「よぅ。おかえり!」

 

「マスター。今の状況がわかっておいでですか!?」

 

「まぁ落ち着きなさいよ。ファントムだぁ? 誰もいないギルドを襲って何が嬉しい。不意打ちしか出来ん奴らに構うことはない」

 

「襲われたのは夜中らしいの」

 

 ナツはギルドを襲ったギルド『幽鬼の支配者(ファントム・ロード)』を潰さなければ気が済まないと壁を殴って壊すが、それもマスターは気にせずトイレへ走って行ってしまった。去り際にこの話はこれで終わりと無理に終わらせてしまった。

 

 どうしようもなくなったララン達はそれぞれ解散となった。

 

 居ても立ってもいられず、外に出てしばらく破壊されたギルドを眺めていた。妖精の尻尾に来て早十年ほど。ギルドがこれだけ大きな傷を負ったのは初めての経験だ。まるで自分が傷つけられたかのような気持ちに陥った。悲観に暮れていると横から酔いを醒ますために外の風を浴びに来たマスターがいた。

 

「手痛くやられたな……」

 

「マスター……このギルドは俺の家です。何度でも、どれだけやられても直しますよ」

 

「いつもすまんな、ララン」

 

 錬金術による木材を用いた修理ができる為、ギルドの修理役をしており、ギルドのメンバーが喧嘩をしてギルド内部を破壊する度にせこせこと修理をしている。しかも今回はあれだけ大きく破壊されている分、時間がかかるのは必至だがギルドをこれだけ破壊されて黙っているわけにはいかなかった。

 

「じゃ、俺は修理のこともあるしアトリエに帰ります」

 

 マスターに一礼してギルドからトラベルゲートでアトリエに戻った。

 

 少し時は戻って、マスターに話をはぐらかされて帰路についたルーシィ。精霊のプルーと共に家を目指して歩いている。

 

「何か大変なことになっちゃったな~。妖精の尻尾と幽鬼の支配者は仲悪いって有名だしね~」

 

「ぷる~~」

 

「あたしも妖精の尻尾と幽鬼の支配者どっちに入ろうか迷ってたのよね~あっちもこっちと変わらないくらいぶっ飛んでるって言うし。でも今は妖精の尻尾に入って良かった。だって妖精の尻尾は最高オおおおおおおおお!?!?」

 

 ルーシィが自分の部屋に入ると、優雅にティータイムを楽しむエルザと既に上半身裸のグレイ、筋トレをしているナツとハッピーがいた。

 

「何でこんなにいるのよ!」

 

 ルーシィは数が多いと持っていたバックをナツに投げつけた。そこでエルザとグレイがこうなった経緯を説明する。

 

「ファントムが攻めてきた以上、我々の住所も調べられているはずだ」

 

「一人いるよりはどこかに集まった方がいいってミラちゃんがな」

 

「今日は皆あっちこっちでお泊り会だよ!」

 

 ハッピーがそう言うとルーシィはラランの姿がないことに首をかしげる。そのことをエルザに聞くとエルザは理由を説明する。

 

「あいつは今頃家でギルドの修復のために錬金をしているところだろう。あいつの家にはホムたちもいることだ。安心だろう」

 

「うーん。でも心配だなぁ」

 

 ルーシィが心配している頃、当の本人、ラランのアトリエではギルドの修復のため三つの釜をフル稼働でホム2人とラランが一生懸命に木材を錬金していた。

 

「ホム! 今何個!?」

 

「5個です」

 

「ホムも5個です」

 

「良いペースだ。そのまま頼むぞ」

 

 三人は愛しのギルドを直すために懸命に釜をかき混ぜ、三人が作業を終える頃には既に日は登り、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。さすがに疲れと眠気を感じベッドに入った。

 

 それから数時間、外の騒がしさに目を覚ます。布団を払いのけ、体を起こして窓を開けると、町民たちが一斉に移動している様子が見えた。不思議に思っていつものローブを羽織り、ホム達と共に外へ出た。町民についていくこと数分、辿り着いたのは街の高台にある大木だった。そこには大勢の民衆が駆けつけており、前に進めない程ごった返している。

 

「すまない。これは何の騒ぎだ」

 

「あ、ラランのあんちゃん。妖精の尻尾の魔導士さんが……」

 

「何?」

 

 それを聞いて民衆を押しのけて前の方へ進んでいく。そしてようやく木の様子が見えるところまで出ると既にナツやエルザ、ルーシィがそこにいた。

 

 香る血の臭い、鉄の臭いは耐え難いものだ。頭に駆け巡るその真実を見たくないという命令を振り払い、現実と向き合うべく視線を上へ向ける。

 

 目に飛び込んできたのは、木に磔にされたレヴィ、ジェット、ドロイのチームシャドウギアの姿だった―

 

 痛々しいほどに傷つけられたその姿に歯が潰れるほど強く噛みしめた。怒りに任せて地面を殴りつける。拳に広がる痛みとは裏腹に怒りは膨れ上がるばかりだ。

 

「おい、誰だこんなことをしやがったのは」

 

「ララン……これも多分ファントムの仕業だ」

 

 唖然としていると、民衆が道を開けた後ろから怒りに満ちた表情のマカロフが歩いてくる。

 

「ボロ酒場までなら我慢できたんじゃがのう。ガキをやられて黙ってる親はいねぇんだよ! 戦争じゃ!!」

 

 マカロフは怒りで杖を握りつぶす。その迫力にルーシィは恐怖で涙を浮かべる。怒りに満ちる妖精の尻尾はレヴィ達を木から降ろすとすぐさま病院へ運び、すぐさま幽鬼の支配者に戦争を仕掛けるべく準備を始めた。

 




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vsエレメント4

ずっと某手と足が胴から離れたキャラの野球ゲームをやっています


 ギルドに帰り、マスターはレヴィ達が被害を受けたこと、これから幽鬼の支配者に戦争を仕掛けに行くことを話した。戦争に反対する者は誰一人としておらず、一斉に戦争の準備を始めた。

 

 これだけの被害を被ってマスターの怒りが爆発したのは理解できる。そして戦争を仕掛けることも。それでも戦争にホム達を連れて行くわけにはいかない。鉄の森の時も魔力を使い切った俺を見て大層悲しんでいたと聞いた。守ることが出来なかったと悔やんでいたと。しかしホムを危険に合わせたくない。

 

「ホム、大事な役目を与える」

 

「はい」

 

「お前たちは戦争には行かず、病院でレヴィ達の看病をしろ」

 

「……かしこまりました。マスター」

 

 少し俯きながらも了承してくれたホム達の頭を撫でる。ホム達が命令通りに病院に向かうとマスターがこちらに近づいてくる。

 

「どうされましたか」

 

「ララン、お前も残れ」

 

「は……何を言ってるんですか」

 

「お前はここに残れと言うとるんじゃ。ワシらが全員出払って、もしこの街が襲われたらどうする。ミラでは守れん。お主がこのギルドを、街を守るんじゃ。それとルーシィもな」

 

「……わかりました。マスター」

 

「うむ。頼んだぞ」

 

 既にルーシィはこの街に残ることが決定している。だからいつ出発するかも、幽鬼の支配者のギルドがどこにあるのかも聞かされていない。課せられた役目はホム達と同じでレヴィ達の看病。戦争に連れて行かない理由はまだ魔導士としての経験が浅く、このようなことを経験してほしくないというマスターの意向だ。

 

 マスターからの命を受けて、一度アトリエに戻り、癒しを与えるアイテムを数種類バックに詰めてレヴィ達が入院している病院へ向かった。彼女らが入院している病院には魔導士専用の病室がある。きっとルーシィやホムが先に行っていることだろう。

 

 ――マグノリア病院――

 

「妖精の尻尾の者です。今朝運ばれてきた者達は専用部屋ですか?」

 

「はい。お見舞いですか? 三人ほど既に病室におりますので」

 

「わかりました」

 

 受付で病室に入る許可を貰うと、階段を上って少し離れた魔導士専用棟に入った。そこには既にルーシィ、そしてホム達がいた。

 

「ララン。どうしたの?」

 

「見舞いだよ。これは差し入れ。ホム、これを部屋に飾っておいてくれ」

 

「でも皆と一緒に幽鬼の支配者のギルドに行ったんじゃ……」

 

「俺は留守番を任されたんだ。奴等がマスターやエルザたちのいない隙にまた攻めてくるかもしれない。その時のためにな」

 

「そうだったのね。でも、そうよね。こんなことする奴等だもん」

 

 ルーシィの目には涙が浮かんでいた。まだギルドに加入して日は浅いが確かに絆は紡がれている。話を聞くとルーシィの書いている小説の読者第一号にレヴィが内定していたのだと言う。楽しみに待ってくれているあの笑顔を傷つけた奴らを許せないという悔し涙が握りしめた拳に流れ落ちた。

 

「マスター達なら安心さ。きっと勝ってくれる。な」

 

 ルーシィの肩を摩り、泣き止むように落ち着かせる。

 

「そういえば、最初に錬金術に興味を持ってくれたのはレヴィだった」

 

「へぇ~錬金術の本もあるもんね」

 

「錬金術士になるのは断られたが、今でもたまに調合図鑑を見たいと言ってくるよ。楽しそうに見ているのが忘れられなくてな。何回も貸してしまうんだ」

 

「そうそう、私が小説見せてってねだられた時も凄く楽しそうだった」

 

 ルーシィとレヴィとの思い出を語り合う。しかし語れば語るだけ込み上げてくるのは悲しみと怒りで。幽鬼の支配者への憎しみと己の無力さを痛感するばかりだった。

 

 病院に来てから数時間、恐らくそろそろ皆が幽鬼の支配者に着く頃だろう。上手くやってくれるはずだ。できるのが三人の看病しかないのが歯痒いがこれも大事な仕事だ。ホム君とジェットとドロイの身体を綺麗に拭く。レヴィはルーシィとホムちゃんがしてくれている。一人じゃなくて良かったと切に思った。

 

「悪いがホム達と果物を買ってきてくれ。目を覚ました時に何か食べ物があった方がいいだろう」

 

「うん、じゃあ行ってくるね。行こ、ホム君、ホムちゃん」

 

「かしこまりましたピコマスター」

 

 ルーシィとホム達は病室を出る。ルーシィにはホム達という護衛を付け、何かあった時に備えてトラベルゲートを持たせてある。あまりにも襲って来いとばかりにギルドを破壊したり、レヴィ達を晒し者にしたり、露骨すぎる。仲が悪いのは承知の上だが、最近はこんな大きな戦いを仕掛けてくることはなかった。ギルド間同士の抗争が禁止されている以上、幽鬼の支配者に妖精の尻尾を襲撃するメリットはない。彼らの狙いは他にもあるはずだ。ふと外を眺めると先ほどまでなかった雨雲が押し寄せていた。

 

「ん? 雨……? さっきまで晴れだったのに……」

 

「マスター……マスター!」

 

 トラベルゲートから傷だらけで息も切れているホムちゃんが顔を覗かせた。その顔を見た瞬間に事態を察する。すぐさまトラべルゲートに飛び込み移動する。

 

「これがお前らの狙いか!」

 

 移動した先は商店街裏の狭い道。病院への近道になっているところだ。目の前には敵と思われる二人の人物。幽鬼の支配者の魔導士で間違いない。そして彼らと戦い力及ばず倒れたホム君、そして球状の水に閉じ込められたルーシィ。

 

「ノンノンノン、ノンノンノン、ノンノンノンノンノンノンノン。三三七のノンで誤解を解きたい。これは私たちの仕事。貴方の仲間には悪いことをしましたが、仕事であるが故に許していただきたい」

 

「しんしんと。ジュビアの邪魔をするなら許さない」

 

「お前ら、まさかエレメント4か……」

 

「その通りでございます。私、エレメント4の一人、ソル――ムッシュ・ソルとお呼びください」

 

「しんしんと。ジュビアは雨女」

 

「名前なんかどうでもいいがルーシィは返してもらうぞ! ホムちゃん! ホム君を連れて後ろにいろ」

 

 戦闘アイテム、戦う魔剣を取り出し、二人に切りかかる。ルーシィを縛っている水の魔法は恐らく雨女の魔法。そいつから先にやるべきだ。

 

「ふん!」

 

「ジュビアは水、剣での攻撃は効かない」

 

「馬鹿な!? 水そのもの!?」

 

 確かに剣は彼女の体を切り裂いた。しかし、切り傷はなく、勿論血も出ず、その代わりに彼女から溢れたのは水だった。彼女の体はすぐに再生する。

 

水流斬波(ウォータースライサー)!」

 

 水の刃によって体が切り刻まれる。ローブはボロボロに破れ、様々な箇所から出血している。慌てて距離を取って態勢を整える。

 

「……ヒーリング・ベル」

 

 回復アイテム、ヒーリング・ベルを鳴らすことで傷を癒し、体力を回復しようとする。しかし、ベルを持った手が動かない。腕を見て見るとムッシュ・ソルが腕に絡みついている。

 

「ノンノンノン。三つのノンで貴方を止めたい。貴方の力は厄介なのです。ここで始末させていただきます」

 

「くっ離れろ!」

 

「貴方、以前は王族だったそうではないですか」

 

「……どこで知った。別に知られて困ることでもない」

 

「ほう、そうですか。ララバンティーノ・ランミュート・アーランドさん」

 

「なに……?」

 

 戦う魔剣でソルを切りつける。惜しくもソルの方が躱すのが速く、ソルは地面の下を通ってジュビアの横へ戻る。

 

「その名前は誰にも言ったことがないのに――違いますかな?」

 

「だからどうした。名を知られたくらいでどうと言うことはない」

 

「おやおや強がりは行けません。剣を握る手が震えていますよ」

 

 確かにソルの言う通り、手は震えていた。名を言われて動揺したのも本当だ。しかしソルを潰せば情報の拡散は防げる。それだけを考えていればいい。剣を強く握りしめた。

 

「デュプリケイト――神秘のアンク」

 

 神秘のアンクにより体力増強とスピードを上昇させる。剣を構え、右足を前に出し、体重を乗せる。そのまま一気に踏み込んで2人との距離を最速で詰め、ジュビアを切りつける。

 

「二度も同じことをするなんて愚かな人。ジュビアに斬撃は効かない」

 

「そいつはどうかな。この剣は魔剣。こいつの特性は炎の力。水は蒸発させてしまえばいい」

 

「そ、そんな……」

 

 剣はジュビアをすり抜けることなく切り裂く。更にジュビアを切りつけた態勢から身を翻してソルに切りかかる。しかしソルはその軟体で剣を躱し反撃する

 

「ノンノンノン。岩の協奏曲(ロッシュ・コンセルト)!」

 

「がっ……くそ」

 

 ソルの岩の魔法が地面をめくりあげ、石礫が全身に突き刺さり弾き飛ばされる。魔剣で残りの石礫を弾きながら距離を取る。着地した途端に次の攻撃が襲ってくる。

 

「水流斬波」

 

「水は全て蒸発させてやる」

 

 魔剣で水の刃を切り裂き、蒸発させ無力化する。しかし相手は2人。ジュビアの攻撃を無力化してもソルの攻撃が待ち構えている。

 

「岩の協奏曲!」

 

「デュプリ――くっ!?」

 

 デュプリケイトによる複製も間に合わず、手に持っている魔剣で石礫を弾くが、ほぼ素人レベルの剣術では相性の良くない岩に対しては全てを防ぐことが出来ず、多くの石礫を被弾してしまった。何とか身を翻し距離を取ろうと背を向けた時、ジュビアが動いた。

 

「水流拘束」

 

 ルーシィにかけた魔法と同じ魔法を唱える。身動きの取れない水の球に閉じ込められてしまった。息が出来ない――意識が遠のく――

 

「クソ……」

 

 必死に水の壁を叩いて抵抗するがビクともしない。ホム君は依然として意識がなく、ホムちゃんも既にボロボロで動けない。まさかここまでの強者たちだったとは……街中で大規模なアイテムが使えないとは言え、こんな奴等に――

 

「無駄な抵抗をしてくれたわね」

 

「ノンノンノン。それは些細な問題。我々の使命はルーシィ・ハートフィリア様の捕獲。早くいきましょう」

 

「こいつらは?」

 

「そうですねぇ。邪魔ですし――殺しておきますか」

 

「そうね」

 

 ジュビアは拘束している水球に手を入れ、水の刃をラランの首元に当てる。その刃が振りかざされようとしたその時――

 

「させない! マスターは……殺させない……」

 

 咄嗟に動いたのはホムちゃんだった。水流拘束の中にいるラランを強引に引きずり出し、2人と距離を取った。マスターを守る、ホムンクルスとしての本能。親が子を守るのと同様に子も親を守りたいという心。ホムンクルスである己には人間ほど高度な感情はない。しかしマスターであるラランを助けたい、極単純なその気持ちはしっかりと感じ、ボロボロの体を動かした。

 

「ノンノンノン、素敵な関係に拍手を送りたい」

 

「水流斬波!」

 

 ジュビアの攻撃にも臆することはない。ホムちゃんの魔法は回復、防御に特化したサポートタイプ。魔法の盾を作り出し、身を呈してラランの盾となる。

 

「トラベルゲート!」

 

 攻撃を防ぎ切ったホムちゃんは一瞬の隙に持たされていたトラベルゲートを使った。ラランとホム君を連れてゲートをくぐる。ルーシィを助ける余裕は今の彼女には無かった。今の自分でホム君と二人がかりで負け、ラランですら敗北したジュビアとソルには挑んでも勝つことは出来ない。それに気づかないほど愚かではない。今打てる最善の手はこれだった。

 

 かくしてホムちゃんはトラベルゲートを通じてレヴィ達のいる病室に辿り着く。無断ではあったが緊急事態のため、空いているベッドにラランとホム君を寝かす。魔法で傷の手当を済ませ、2人が一刻も早く目を覚ますことを祈った。しかしルーシィを守ることは出来ず、エレメント4の2人に連れ去られてしまった。

 

 

 

―――場所は移り、オークランド。ここは幽鬼の支配者のギルド支部がある街。幽鬼の支配者のギルド内は妖精の尻尾はボロボロだと嘲笑う話で大盛り上がりしていた。数人がギルドから仕事へ赴こうと出口へ近づいていくと、突然、扉が爆散し、その数人は吹き飛んで壁に打ち付けられた。さらには焼け焦げていた。扉から上がった煙が徐々に晴れる。そこにいたのは――

 

「妖精の尻尾じゃあ!!」

 

 マカロフが大きな声を上げる。ナツ、エルザを筆頭に敵と見定めた標的を次々になぎ倒していく。しかし幽鬼支配者もやられるばかりではなく、すぐに反撃を始める。個の強さでは妖精の尻尾、数の多さでは幽鬼の支配者が優勢だ。

 

「どこじゃジョゼ! 出てこんかぁ!!」

 

 マスターマカロフと同じく聖十大魔道の称号を持つ、幽鬼の支配者のマスタージョゼ・ポーラの姿は今戦闘が繰り広げられている大広間にはない。マカロフは魔法で巨大化し、襲い掛かる魔導士たちを捻り潰すと二階へ上がるために階段の方へ歩き出した。

 

「ワシはジョゼの元へ行く!」

 

「お気をつけて!」

 

 エルザは少しの嫌な予感を感じながらマカロフを見送った。マカロフが消えたことにより、一時的に妖精の尻尾の戦力はダウン。そこへ最初から木骨の上で戦いの様子を見守っていたガジルが戦線に参加する。

 

「ひぁっっはーーーー!!!」

 

「てめぇがレヴィを!!」

 

 木骨から飛び降りてきたガジルにナブが奇襲をかける。しかしガジルは奇襲に驚くこともなく冷静に鉄の滅竜魔法の能力で腕を鋼鉄化させ、ナブを一撃で吹き飛ばした。それに巻き込まれるように幽鬼の支配者の魔導士たちも吹き飛ばされる。

 

「漢ォォオ!!」

 

 続いてガジルに襲い掛かったのはエルフマン。ビーストアームで強化された腕の攻撃でガジルを粉砕しようとするが、鉄の滅竜魔法で鉄に変化させた腕で簡単に受け止める。2人は激しい戦闘の末、ガジルが繰り出した鋼鉄の脚の攻撃をエルフマンが獣の手で掴み、一時停止する。しかしガジルは掴まれた脚からさらに鉄を繰り出し攻撃。その攻撃は再び幽鬼の支配者の魔導士も襲い、数人が吹き飛んだ。エルフマンがその魔導士たちに目をやっているとガジルはその隙を突いてエルフマンを殴り飛ばした。しかしそのタイミングでガジルが戦線に参加したことに気づいたナツがエルフマンを踏み台にしてガジルに殴りかかった。

 

「ガジル!!」

 

 突然の攻撃にガジルも反応できずナツの攻撃は直撃。ガジルは吹き飛ばされ、飛ばされた先のバーカウンターは木端微塵に破壊された。

 

 しかしガジルもすぐに立ち上がり鋼鉄の腕の攻撃、鉄竜棍で反撃する。ナツはそれを炎を纏った両手で受け止め、距離を詰めてきたガジルの攻撃を弾いて、更に炎の拳で吹き飛ばした。

 

「効かねぇなぁ」

 

 ガジルはそういうとすぐさまナツを殴り飛ばした。ナツとガジルの激しい戦闘は続き、ギルド内の様々な個所を破壊していく。

 

 しばらく経った時、地響きがした。妖精の尻尾の魔導士たちは勝利の時だと喜ぶ。この地響きはマスターマカロフの怒り、その魔力。

 

 マスターマカロフとマスタージョゼ。二人の聖十大魔導がぶつかり合う時、大地を揺るがす大決戦が始まるのだ。

 




登場した錬金アイテム

戦う魔剣

錬金術で生み出した魔法剣。手で握って使うだけではなく、オート戦闘機能があり、命令すれば敵を自動追尾で追いかける。

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各々の出自

気づけばPVが10000を超えていました。皆様ありがとうございます


 ――――目を覚ますと天井が見えた。見たことのある天井だ。体のあちこちが痛むが傷はない。少し頭が混乱しているが全てを思い出した。エレメント4に敗れ、ルーシィを連れ去られた。でも何故病院にいるのか。あのジュビアという水魔法を使う女に拘束されてはずだ。

 

「ララン! 目を覚ましたのね!」

 

 体を起こすと、ベッドと体が擦れ合う音に反応してカーテンが開けられた。そこにいたのはミラジェーン。驚いて口が空きっぱなしになってしまったが、ミラは深刻な顔でこちらを見つめていた。

 

「よかった……」

 

「ミラが俺をここまで運んでくれたのか?」

 

「いいえ、ホムちゃんがラランとホム君を運んで、泣きながらギルドにいた私に知らせに来たの」

 

「涙を……そうか、俺がもっと強ければルーシィは……」

 

「ラランは必死にルーシィを守ろうとしてくれたわ。私こそ何も出来なくて……」

 

「……この話はやめよう。過ぎたことは仕方ないさ。だから俺はルーシィを助けに行く」

 

 ミラはそれが無茶だとわかっていた。しかしその目を見ると何故か止めることは出来なかった。ミラは胸に手を当てて協力することを決めた。

 

「エレメント4直々に拉致しに来たんだ。恐らくルーシィの居場所はマスタージョゼと同じ場所」

 

「幽鬼の支配者の支部でジョゼがいるのは多分ここよ」

 

「ルーシィを助けたらすぐに戻る。ジョゼには到底敵わない」

 

「……ホムも行きます」

 

 話し合っている所に入って来たのは傷だらけの体を包帯で覆ったホムちゃんだった。既に傷ついたホムの参加を止めようとしたものの、傷ついているのは自分も同じ。ホムの同行を許可するしかなかった。

 

「じゃあ気をつけてね」

 

「あぁ、すぐに戻る」

 

 病室から出て、ミラの見送りを受けると、空飛ぶじゅうたんを広げてジョゼのいる幽鬼の支配者支部へ飛び立つ。

 

 支部へ向かう途中にホムとお互いの傷をアイテムで治療し、万が一ジョゼと戦闘になった時にすぐに逃げる程度は出来るように身体を休めた。そして高い塔がシンボルの支部が見えてくる。

 

「あれだ……ホム、メルクリウスの瞳でルーシィがどこにいるか見えるか?」

 

「魔力によってバリアが張られていて、透視が防がれています。しかしピコマスターがいるのは最上階だと思われます」

 

「ま、そうだよな。最上階の最も奥か地下の最も奥、捕虜の居場所はどっちかって決まってんだ。とりあえず最上階に乗り込むぞ。ホムも見えないクロークを着てくれ」

 

 物体を覆うことによって一時的に姿を視認させなくするアイテム、見えないクロークによって姿を潜め、支部最上階に近づくと、支部の作りは最上階のみ、窓はなく、そのまま部屋と外と繋がっていた。飛び降りても死ぬだけだからだろう。その一室を覗き見るとそこには両手を縛られたルーシィが座り込んで軟禁されていた。すぐさま助け出そうとした瞬間、正面の重厚なドアからマスタージョゼが入ってくるとルーシィに話しかけた。ここで飛び込むには機が熟していないと判断し、二人の会話を聞くことにした。

 

「お目覚めですかな、ルーシィ・ハートフィリア様」

 

 ハートフィリア……!? 国でも有数の大富豪じゃないか。ルーシィが自分のファミリーネームを語りたがらなかったのはそういうことだったのか。しかしファントムはどこでその情報を得た?

 

「貴方の態度次第では捕虜ではなく最高の客人としてもてなす用意は出来ていますよ」

 

 最高の客人? ジョゼの狙いはルーシィ本人ではなくハートフィリア家の財産か。ルーシィを出汁に父親を脅して有り金踏んだくろうってことか……

 

「私たちの本当の目的はハートフィリア家令嬢ルーシィ・ハートフィリア様、貴方ですよ」

 

「誘拐ってこと?」

 

「いえいえ、滅相もございません」

 

 誘拐ではない……ジョゼの目的はルーシィ、でも誘拐ではない。どういうことだ。既にこうやってルーシィを捕まえている以上、ハートフィリア家は黙っていないはず……

 

「貴方を連れてくるよう依頼されたのは、他ならぬ貴方の父上なのです。可愛い娘が家出をしたら探すでしょう。普通」

 

「しない……あの人はそんなこと気にする人じゃない。あたし絶対帰らないから! あんな家には帰らない!」

 

 ……盲点、先入観にやられていた。親は子を守るものだと思い込んでいた。いや、その先入観はある意味当たっている。ルーシィのことを探している父上とその財力を得たい幽鬼の支配者の利害の一致だ。偶然にもルーシィが妖精の尻尾にいただけで、妖精の尻尾と幽鬼の支配者の仲が悪いとか、全面抗争とか、この問題には関係のないことだったんだ。全てはジョゼの「ついで」で起こった出来事だ。

 

「てか、トイレ行きたいんだけど……」

 

「随分と古典的な手法ですね」

 

 ルーシィがここから逃げる手段を提案した。これはチャンスだ。ジョゼの隙をついて隠密にルーシィを奪還する。

 

 ジョゼはバケツを取り出し、ルーシィの前に差し出す。これに用を足せということだろう。そんなこと仮にもお嬢様がするわけ……

 

「はぁ~バケツか~」

 

 するんかい!! ってそんなこと言ってる場合じゃない。ジョゼが要らぬ紳士振りを見せて後ろを向いた。この隙に付け入る他ない。ルーシィは更にジョゼの股間にキックを叩き込んだ。ジョゼが悶絶している間に遂行する。 

 じゅうたんに乗ったまま部屋に飛び込み、ルーシィを捕まえて強引にじゅうたんに引きずり込む。見えないクロークは最初に包んだもの以外に触れると姿が見えるようになってしまうためルーシィに触れた瞬間からジョゼに姿が見えるようになる。ジョゼはダメージを追いながらもこちらを目視する。

 

「貴様! 妖精の尻尾!」

 

「クソ! バレちゃしょうがねぇ! 全速力で逃げるぞ!」

 

「馬鹿め、ここは空の牢獄」

 

「馬鹿はお前だ。空を飛ぶなど錬金術には赤子の手をひねるより簡単だ!」

 

「なっ!?」

 

 空飛ぶじゅうたんは全速力で空の牢獄から離れていく。ジョゼは逃げられたショックと股間の痛みで再び悶絶して反撃はしてこなかった。

 

 

 

「ありがとう、ララン」

 

「礼は言うな。俺はルーシィを助けられなかった」

 

「どういうこと? たった今あたしを助けてくれたじゃない」

 

「俺は街でエレメント4に敗れ、目の前でルーシィを攫われた」

 

 ホムがルーシィの腕の縄を解き、自由になったルーシィと話している。ホムの使うアイテムによってルーシィの傷も次第に回復しつつあり、何とか奪還作戦は成功した。

 

「ごめんね……」

 

「謝罪もするな。ジョゼとの話はすべて聞いてた。とんでもないお嬢様を弟子にしたもんだ」

 

「……全部あたしのせいなんだ……それでもあたし、ギルドにいたい。妖精の尻尾が大好き……」

 

 ルーシィは自分のせいで今回のすべての出来事の引き金を引いてしまったと後悔し、涙を流した。その姿を見て、ルーシィが自分の本当の名を明かした今、自分も明かすべきだと感じた。

 

「ルーシィ・ハートフィリア。俺の名前を言ってみろ」

 

「……え、ら、ララン」

 

「違う。フルネームだ」

 

「ララバンティーノ・ランミュート、でしょ。違うの?」

 

「違うな。俺の名はララバンティーノ・ランミュート・アーランド」

 

「アーランド……?」

 

 ルーシィはアーランドという言葉に聞き覚えがあるような、ないようなと思いながら思い出そうと必死に考えていた。

 

「前、鉄の森と対戦して、定例会場に行く時の魔道四輪でエルザが勝手に口走ってたの覚えてるか?」

 

「……そういえば、ラランは王族の生まれだって……え、アーランドってアーランド共和国!?」

 

「そうだ。アーランド王国、後のアーランド共和国。しかし10年前に黒い竜の突然の襲撃によって一瞬にして滅亡した。俺はそこの生き残りだ。そんな奴ですらギルドには居場所がある。ルーシィがいちゃダメなんて言うやつはいないよ」

 

「うん……」

 

 ルーシィが後ろから抱き着いてくる。既に親のいない身としてルーシィの気持ちを分かってやることは出来ない。してやれることは傍にいてあげることだけだ。

 

「ルーシィ、君がどんな家の生まれだろうと、どこで生まれようと、妖精の尻尾の一員で、俺達は家族だ。ギルドが帰る家だ」

 

「うん……」

 

「マスター、ギルドに着きます」

 

「よし、ルーシィ立てるか?」

 

「大丈夫」

 

 ギルドの前にじゅうたんを止め、ルーシィに肩を貸しながらギルドに入る。するとそこには傷だらけの妖精の尻尾の魔導士たちが傷の手当をしていた。

 

「皆……帰った」

 

「ララン、すまない。私たちは……」

 

 初めに話しかけてきたのはエルザだった。妖精の尻尾が幽鬼の支配者にしかけた戦争。結果としてはマスターマカロフの脱落によって妖精の尻尾の士気が低下し、撤退という形になったという。またエレメント4及び黒鉄のガジルは誰一人として戦闘不能に追い込むことは出来ず、損害の大きさで言えば妖精の尻尾の大敗だった。

 

 ルーシィの許可を取って、今回の騒動の事、ルーシィの出身をギルドメンバーに話した。それを聞いた彼らは傷ついた身体で立ちあがり、ルーシィを守るんだと次の幽鬼の支配者との対決に向けてラクリマを用意したり作戦を練るなど準備を始める。

 

「……ごめんね。私のせいで、私が家に戻れば全部解決するよね……」

 

「戻って何がある。帰りたくもない所に戻って何があるんだ」

 

「あ……」

 

「泣かないでくれ、皆、ルーシィの涙を見ないために頑張ってるんだ」

 

「うん……うん……」

 

 椅子に座っているルーシィと同じ目線になるようにしゃがみ込んでルーシィの頭を撫でる。泣くなと言っても難しいことだろう。事件の核が自身の父親で責任を感じている部分もあるだろうし、こっちが何と言おうと、自分は本当にここにいていいのかと葛藤もあるだろう。

 

 ルーシィにローブの袖で涙を拭かれたが、それは名誉として受け取っておく。ようやくルーシィも落ち着き、ワカバ、マカオらと次の作戦を練ろうと移動した時だった。

 

「な、なんだ!?」

 

 突然、大地を揺るがす地震が起こった。しかしこれは天災ではなかった。一斉に外に出てギルド後方、海の方を見てみると、そこには巨大な六足で歩く幽鬼の支配者の支部の姿があった。

 

「ギルドが歩いてるよ!?」

 

 ハッピーがそう言うのも無理はない。確かにギルドが歩いているのだ。ギルドが変形してロボットになるとかではない。足の生えたギルドそのものが海を歩いてこちらへ向かってきている。

 

「こんなの想定外すぎる」

 

 あまりにも唐突で対処のしようがなく、慌てふためいている妖精の尻尾に対し、歩行ギルドを操るマスタージョゼはさらに追い打ちをかけるように指令を出す。

 

「魔道収束砲ジュピター用意」

 

 

 




登場した錬金アイテム

見えないクローク

装着者を外部から見えなくするアイテム。相手に触れられる、もしくは触れるなど接触があった場合とクロークを身体から離した場合に効果は解かれる。

空飛ぶじゅうたん

その名の通り、空を飛ぶ絨毯。空を飛ぶことは魅力的だが移動スピードは遅め。それでも魔力を消費することでスピードアップは可能

メルクリウスの瞳

全てを見透かす眼鏡型アイテム。人に使えば、弱点などがわかり、ピンポイントで攻撃することが出来る。透視能力も持ち合わせ、岩壁の1枚や2枚見透かすことは容易い

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幽鬼の侵攻ー絶望の15分ー

 移動式要塞から巨大な砲台が現れる。長い砲身の先に4色の魔力が収束し、巨大なパワーを生み出している。あんなものを喰らえばギルドどころか街まで崩壊しかねない。しかし、今の自分にはあれを止めるアイテムも力もない。

 

「全員伏せろーーーーー!!!!」

 

 号を発したのはエルザだった。エルザはいち早く陸の先端まで移動し、鎧を換装する。身に纏ったのは金剛の鎧。彼女の持つ鎧の中ではトップの防御力を誇る鎧ではあるものの、ジュピターを防ぎきるにはいささかの無茶がある。その証にメンバーたちも止めに入る。下手をすれば死にも繋がることだ。しかしジュピターは考える時間を与えることもなく発射される。

 

 エルザは両腕の大盾を合わせ、ジュピターと真正面から対峙する。2つがぶつかり合った瞬間、凄まじい衝撃が周囲に広がった。衝撃に耐え、ただ見ていることしか出来ない、それがとても歯痒いものだ。

 

 ジュピターの圧倒的なパワー、破壊力は金剛の鎧を徐々に追い詰めていく。少しずつ盾は壊れ、鎧が剥がれ、そして遂には鎧を突破した。しかしジュピターもそこで力尽き、エルザは後方に大きく吹き飛ばされながらもギルドを守り切った。それでも既にエルザは戦える身ではない。妖精の尻尾の重要戦力が更に一人削られてしまったのだ

 

「マカロフ、そしてエルザも戦闘不能。もう貴様らに凱歌は上がらねぇ。さっさとルーシィ・ハートフィリアを渡せ」

 

 城からジョゼの声が聞こえてくる。しかしジョゼが何と言おうと、この身がどれだけ傷つこうと仲間を渡すことは無い。それが家族、それが妖精の尻尾。ギルドメンバー全員がジョゼに敵意を剥き出しにする。ルーシィは今までいなかった自分を命よりも大切に思ってくれる存在の声達に涙を流して聞くばかりだった。それでも圧倒的な不利状況は変わらない。声々に怒りを覚えたジョゼは更に強力なジュピターを準備させる。

 

「ならば更に特大のジュピターを食らわせてやる! 装填までの15分、恐怖の中で喘げ!」

 

 ジュピターが再装填を始めると、城内から大量の兵士が出てくる。それは人間の兵士ではなくジョゼが魔法で生み出した魔法の幽霊兵士、幽兵(シェイド)

 

「リベンジだ。城に乗り込んでジュピターを止める」

 

「俺も行く!15分だろ。やってやる!」

 

「シェイドの足止めは皆に任せる。それと俺のアトリエに行け。アイテムが置いてある。もしも魔力が切れそうだったらいくらでも使っていい」

 

「よっしゃ行くぞララン!」

 

「あぁ!」

 

 空飛ぶじゅうたんに乗って移動要塞に向かう。ナツは乗り物には乗れないのでハッピーに掴まって要塞を目指した。続いてグレイ、エルフマンも要塞に乗り込んでいく。ギルドの守備はカナを筆頭としてマカオやワカバ、ロキ達が担当することになる。

 

 すぐに砲身に辿り着くと、ナツが炎の拳で砲身を殴りつけるが頑丈な素材でできた巨大な砲身はびくともしない。アイテムで殴ってはみたがやはり効果は無さそうだ。

 

「流石に砲身そのものを破壊するのは無理か。出来れば一番手っ取り早いんだけどな。中に入って止めよう」

 

「おっしゃ! 行くぞ」

 

 砲身の中から要塞内部に侵入すると、そこはジュピターの制御室になっていた。魔力を集める巨大なラクリマが鎮座しており、ラクリマを破壊すればジュピターを停止させることが出来る。のだが、そんな大切な場所をガラ空きにしているほど愚かではない。

 

「見張りか」

 

「どうでもいいさ。邪魔な奴は消すだけだ」

 

「させないよ」

 

 ナツが見張り役の男に持ち前の炎の拳で襲い掛かる。しかし見張り役は一歩も動くことなくナツを睨みつけた。するとナツの拳はナツ自身の顔を殴りつける。何が起こったのかは分からない、ナツ自身も体が勝手に動いたと発言している以上、相手の魔法には違いないのだろうが。

 

「私は火をエレメントを操りし兎兎丸。すべての炎は私によって制御される。敵であろうと自然であろうと全ての炎は私の物だ」

 

「俺の炎は俺の物だ」

 

「おい! こんな奴相手にしてることはない。ラクリマを壊すぞ」

 

 兎兎丸を突破出来ないうちにジュピターが再装填を始める。4つのラクリマから1つの巨大なラクリマに魔力が収束していき、ジュピター発射まであと5分のアナウンスが流れる。徐々に焦りが出てくる。残り5分でギルドが完全に破壊され、仲間たちの命も危ない。その命運が自分の肩に乗っているかと思うと、重圧で押しつぶされそうになる。自分の力でラクリマが破壊できなかったら? そんなことが頭を過る。ナツと兎兎丸が相対している間に自分でラクリマを破壊するのが最も速い解決策ではある。しかし行動は伴ってくれない。どこかでナツに破壊してほしい、他人に任せたいという思いが出てしまう。

 

「火が効かないのはわかった。じゃあこれでどうだ。エンゼルライト!」

 

 杖を振りかざし、兎兎丸に向かって強烈な光を放つ。これで奴を目晦まししてる間にナツにラクリマを破壊してほしいところだ。エンゼルライトは完璧に入った。これから数十秒、兎兎丸の視界は奪われる。視界が戻ったとしてもしばらくの間は攻撃が当たり辛くなるはず。ナツに合図を送るが、それは無視され、ナツは兎兎丸への攻撃態勢を取る。

 

「くっ、小癪な技だ」

 

「よっしゃぶっ倒してやる!」

 

「おい! そいつじゃなくてラクリマを!」

 

「ジュピター発射まであと30秒」

 

 ナツが兎兎丸に炎を纏わせず素手で殴りかかるが、それすらもすべて躱されてしまう。ナツと兎兎丸が戦っている間にラクリマを破壊するしかない。

 

「おっとっと、魔法を諦めて素手か。ならば剣を持っている私の方が有利!」

 

 兎兎丸がナツの方へ行った。今のうちにアイテムでラクリマを破壊する。ジュピター再発射まであと1分を切ってる。時間が無い。焦りは更に強くなる。ここまで来れば自分でやるしかない。アイテムを持つ手が震える。ただ投げるだけだ。丹精込めて作ったアイテムだ。この程度のラクリマを壊せないはずがない。

 

「ドナークリスタル!」

 

 ラクリマに向かって投擲する。ラクリマは凄まじい雷に覆われ、大ダメージを受けるが全体にひびが入った程度で破壊までは至らなかった。

 

「壊れないのか!?」

 

 そんなはずはない。品質Aのアイテムだ。どれだけ大きかろうとラクリマ程度破壊できないはずがない。中型モンスターなら一撃で沈める威力を持っているんだ。もう一度、投げようとドナークリスタルを握り直す。そこで痛恨の事実に気づいた。

 

「しまった。劣化だ……」

 

 錬金術アイテムは自然劣化する。劣化を防ぐ特性を含んでいなければほとんどのものが差異はあれど劣化を始めてしまう。ドナークリスタルも例外ではない。長く保持しすぎていたこと、劣化アイテムを選択してしまったこと、普段はしないミスだ。焦りがそうさせてしまった。基礎中の基礎であるアイテムの確認を怠ってしまったのだ。

 

「ジュピター発射まであと10秒」

 

 残り10秒、万事休すか――

 

「ララン! どけ!」

 

 ナツからの声が聞こえた。次の瞬間、顔のすぐ横を折れた剣の刃が通過していき、ラクリマに突き刺さる。そしてナツは兎兎丸ですら制御しきれないほどの巨大な炎を両手に纏わせた。

 

「これは制御返し!? 戦いの中で身に着けたと言うのか!?」

 

「喰らいやがれ!」

 

 巨大な炎は拳となって兎兎丸に襲い掛かる。しかし兎兎丸は制御せず、いとも容易く躱してしまった。もう時間がない。もう一度ドナークリスタルを投げれば間に合う。いや、ドナークリスタルでは発動が遅い。もっと速く効果を発揮するアイテムを……

 

「制御できなくても当たらなければ意味がない」

 

「ジュピター発射まで3,2,1……」

 

 しかしナツの炎は兎兎丸からラクリマに突き刺さった刃へ方向転換する。そして炎の拳が刃を押し込むようにして見事に巨大ラクリマを粉々に打ち壊した。

 

「はなっからお前なんか狙ってねぇよ」

 

 ラクリマが破壊され、収束した魔力が爆発。その衝撃でジュピターの砲身も爆発し破壊された。外のギルド防衛最前線からはジュピター破壊を祝ったギルドのメンバーたちの喜びの声が聞こえて来る。これで士気も上がることだろう。

 

「なんて奴だ……」

 

「炎ってのは強引に言うこと聞かせるもんじゃねぇよ。心から求めりゃ応えてくれるもんなんだ」

 

「助かった……」

 

 ラクリマを破壊し、残るは兎兎丸のみとなる。ナツと共に戦闘態勢を取ると、要塞が大きく揺れた。外を見て見ると城の塔が動き始めていた。

 

「なんだこれは!? どうなってる!」

 

「まさかあれをやる気か!? ここには水平維持の機能が無いんだぞ!」

 

「水平!?」

 

 要塞は変身を続ける。顔、腕、手、身体と次々に出来上がり、そして股関節と足が出来上がると遂には立ち上がった。要塞は魔導巨人へと姿を変えたのだ。

 

「うぷ……」

 

「ナツ!? これは乗り物判定なのか」

 

「そいつはもう使い物にならんようだな。2人同時に我が最強魔法で塵にしてくれる。消し飛べ!」

 

「くっ……」

 

「って何よこれぇ!?」

 

「漢なら空を見上げる星になれ!」

 

 兎兎丸の最強魔法に身構えたが、兎兎丸は腕から凍り付き始め、全身氷漬けになる。後ろを振り返れば頼もしい二人の男がいた。ジュピターを破壊して、次は魔導巨人。一難去ってまた一難ではあるが、こいつらとなら勝てる、そう感じた。

 

「グレイ! エルフマン! 助かった」

 

 エルフマンのビーストアームによって兎兎丸は遥か彼方へ吹き飛ばされた。敵がいなくなったところで現在の状況を把握するためハッピーが外へ出向き、情報を集めてきた。魔導巨人は指先で四元素魔法アビスブレイクの魔法陣を描いているという。さらにその巨大さはギルドのみならずマグノリアの街ごと破壊する規模。一刻も速く止めなければ明日はない。

 

「アビスブレイク!? 禁忌魔法の一つだぞ!?」

 

「なんだそりゃ!?ありえねぇ!」

 

「手分けしてこの巨人の動力源を探すしかねぇな」

 

「全く次から次へと……」

 

「よっしゃ! やるか!」

 

「「「おう!」」」

 

 ナツ、グレイ、エルフマンと別れ、魔導巨人撃退に動き出す。四散し、エレメント4とガジルの元へ向かう。エルザ、ラクサス、ミストガン、そしてマスターを欠く今の現状で滅竜魔導士のガジルに対抗出来るのは同じ滅竜魔導士のナツだけ。その為にナツがエレメント4と戦うのは避けたい。そして残るエレメント4は兎兎丸を除く3人。グレイ、エルフマンと共に一人ずつ倒すことが最善策だろう。

 

 ――一方その頃、ギルド防衛戦線では――

 

「ミラ、あの魔法が発動するまでどのくらいかかる?」

 

「10分ってとこかしら。何とか動力源を壊せれば」

 

「中にいる連中も同じことを考えてるはずだよ」

 

「ナツとララン以外にもいるの?」

 

「グレイとエルフマン」

 

 ジュピター破壊によって士気が向上した妖精の尻尾はジョゼの幽兵を何とか退けていた。そこでリーダー格のカナと狙われているルーシィを逃がし、己をルーシィの姿に変えたミラが話し合っている。

 

「エルフマン!? 何で!?」

 

「何でって……あいつだって」

 

「無理よ、エルフマンは戦えないの。カナだって知ってるでしょ」

 

 エルフマンの実姉ミラジェーンはエルフマンのことを心配していた。勿論姉だから、家族だからという理由もある。しかしそれ以上に過去の事件によるエルフマンの心の傷のことを想っていた。

 

「エルフマンだって前に進もうと努力してるんだよ。分かってるだろ」

 

「……」

 

 ミラの脳裏には弟のエルフマン、そして事件の犠牲となった末妹リサーナの顔が浮かび上がる。エルフマンも前に進もうと努力している、カナの言葉によってミラも前に進む覚悟を決めた。ミラは壊れかけのギルドから出て、魔導巨人に向かっていく。それを見たカナ、アルザックらは必死に止めたが、ミラは時間を稼ぐ為、最前線でマスタージョゼに語り掛ける。

 

「貴方たちの狙いは私でしょ!? ギルドへの攻撃をやめて!」

 

 ルーシィの姿をしたミラの体を張った作戦はマスタージョゼをも欺き、巨人の中で戦う4人の助けになるかと思われた。しかしマスタージョゼは聖十大魔道の一人。魔法の腕のみならず頭も切れる鬼才である。

 

「消えろ……偽物め。はっ、初めから分かっていたんですよ。そこにルーシィがいないことはねぇ」

 

 ジョゼに小手先の欺きは通用しない。ミラの変身は解け、元の姿に戻ってしまう。戦闘力のないミラはカナに守ってもらいながら撤退しようとするが、欺こうとしたことがジョゼの逆鱗に触れ、空間転移魔法によって地面に引きずり込まれると魔導巨人の指と指の間に転移し、今にも潰されそうなピンチに陥る。

 

「我々を欺こうとは気に入らん娘だ。ゆっくり潰れながら仲間の最後を見届けるがいい……」

 




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過去を乗り越えて

 所戻って魔導巨人内部。ジュピター制御室からエレメント4を探して駆けているのは妖精の尻尾一番の漢・エルフマン。長い廊下を走り続けるエルフマンが踏みつけた地面からギョロっと目が浮かび上がる。それはエレメント4の一人、ソルの魔法で編み出した目であり、目でエルフマンの存在を感知したソルがエルフマンの前に立ちはだかった。

 

「サリュー」

 

「エレメント4か……」

 

 エルフマンは学ランを脱ぎ捨て、情熱の赤のタンクトップ姿になる。その目には一点の曇りもなく、自信に満ち溢れているようだった。漢という名の鎧を来た彼には過去の事件のことなど既に過ぎ去りし昔の話。例え戦う敵がギルドの幹部だとしても、己が魔法で粉砕する、それだけが彼の思いだ。

 

「私はソル、ムッシュソルとお呼びください」

 

「ちょうどいい。貴様を倒してこの巨人の止め方を吐かせてやる」

 

 エルフマンは不敵な笑みでソルを睨みつけると戦闘態勢を取る。一方のソルは魔法で地面から身体を土筆のように突き出し、上半身はラランをも苦しめた軟らかい体をくねらせている余裕を見せている。

 

「ビーストアーム・黒牛!」

 

 エルフマンの魔法は接収。モンスターの力を吸収し、体に宿す魔法である。彼の右腕は猛牛の屈強な力を宿した姿に変化している。その右腕でソルに襲い掛かるが、パワー型のエルフマンの魔法はその分スピードが遅い。軟体でかつ地面を自由に移動出来るスピードを持つソルからすれば避けることは容易である。中々攻撃を当てられないエルフマンは力任せの攻撃でスタミナを削り、自ら首を絞めてしまう。

 

「右腕だけで良いので?」

 

「くっ……」

 

「あの噂は本当だったようですねぇ」

 

「ごちゃごちゃとうるさいんじゃい!」

 

 心理戦を仕掛けてくるソルの言葉を振り切るようにエルフマンはソルに拳をぶつける。しかしソルはいとも容易く躱し、エルフマンに言葉を投げる。

 

「貴方、妹様がいたでしょう」

 

 何故それを知っているのか、エルフマンがそう考えた瞬間に少しの隙が出来てしまった。その隙を見逃さなかったソルは土属性の魔法でエルフマンを攻撃する。

 

砂の舞(サーブルダンス)

 

 周囲に小規模の砂嵐を発生させ、エルフマンの視界を遮る。その内に背後に回り、更に連撃を仕掛ける。その攻撃にエルフマンは為す術もなくやられるばかりである。

 

岩の協奏曲(ロッシュコンセルト)

 

 ソルの巻きあげた砂嵐に加え、大小様々な岩や石礫がエルフマンに襲い掛かる。攻撃をまともに食らいながらも受け身を取って距離を離したエルフマンだったが、ソルはそれを許さない。地面を通って、エルフマンの右足から右腕にかけて巻き付いた。単純に通常の人間にはあり得ない体技に不快感を示すエルフマンはソルを引きはがそうと空いている左腕で引っ張るがしっかりと巻き付いているために離れる気配がない。

 

「離れんかムッチュソル!」

 

「ムッシュにございます」

 

 ソルは強く巻き付いていたかと思うと体をエルフマンの頭の前あたりに高速で収縮させ、そのままを頭を蹴り飛ばして吹き飛ばした。ダメージを与えられないエルフマンに対して、的確にダメージを与えてくるソル、エルフマンはそのふざけた見目と喋り方に相反してソルの強さを認めざるを得なかった。そこに更にソルの心理作戦が突き刺さる。

 

「ところで貴方、昔全身接収に失敗し、暴走を起こしたとか」

 

 ソルの言葉によってエルフマンの目に曇りが生じた。ソルがその情報をどこで仕入れたのかは不明だが、情報は真実である。エルフマンは全身接収に失敗したばかりか失敗に伴う暴走により実の妹リサーナを殺害してしまっている。その事件後、接収を右腕だけに留めるようになっていた。

 

「やかましいわ! ビーストアーム・鉄牛!」

 

 エルフマンは右腕を更に硬化させた牛腕に変化させ、ソルに飛び掛かる。するとソルは笑みを浮かべて自身の前に魔法でリサーナを造形した。その姿を見たエルフマンの攻撃はピタリと止まる。

 

「リ、リサーナ……」

 

「失礼ながら先程貴方が私を踏んづけた時に記憶の断層を読ませていただきました」

 

「貴様……」

 

「可愛らしい妹様ですねぇ。今は一体どちらにいらっしゃるのでしょう」

  

 ソルの口撃は止まらない。エルフマンへの精神攻撃を続け、その効果はエルフマンの顔を見ればすぐに分かるほど覿面であった。ソルは一歩も動いていないのに対してエルフマンはリサーナを目前にしてじりじりと少しずつ退いている。そこでソルは止めを刺すが如く目を見開き、リサーナの顔の横から自身の顔を覗かせて言い放つ。

 

「あぁ……これは失礼。冷たくて暗い土の中でしたねぇ。あぁ、可哀想に。貴方は何故あんなにも残酷なことを」

 

 そこでエルフマンの魔法は解け、右腕は素の状態に戻ってしまった。リサーナを目の前にして戦意を喪失してしまったのだ。リサーナを見つめ、今にも泣き崩れそうなエルフマンに対して、ソルは更に追い打ちをかける。

 

「ねぇ、エルフ兄ちゃん……」

 

 ソルの言葉と共にリサーナの声がエルフマンの頭の中に響き、リサーナの目がグロテスクな形に見開いた。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

「ノンノンノン。いけませんねぇ。貴方は全身接収に失敗で暴走して、どうなったのか、何をしてしまったのか」

 

 リサーナの為にも己の過去には負けない。その意思でエルフマンは全身接収に挑んだ。しかしソルの魔法によって更にリアルに再現されたリサーナは複製に複製を重ね、エルフマンの四方八方を塞ぐほど大量に生み出されている。そのリサーナ一人一人が本人と同じ声でエルフマンに呼びかける。

 

「「忘れっちゃたの? エルフ兄ちゃん」」

 

「う……うぁああ」

 

 リサーナの声が脳裏に響き、エルフマンは全身接収に再び失敗してしまった。そしてその失敗によって魔力のほとんどを消費してしまう。

 

「卑劣な奴め。漢なら正々堂々と拳でこんかい!」

 

「漢ならですか? ノンノン、聞き捨てなりませんね。貴方には漢がどうとか語る資格はないのでは? 妹をその手にかける屑野郎にはね」

 

「くっ」

 

石膏の奏鳴曲(プラトールソナート)!」

 

 エルフマンはソルの必殺の魔法で壁際に吹き飛ばされてしまう。さらに魔道巨人の壁は魔法の爆発によって破壊され、外部が露わになる。そこには自らを犠牲にしてジョゼを激昂させ、魔道巨人に捉えられたミラジェーンの姿があった。爆発の様子を見ていたミラはそこで戦っているのがエルフマンだと気づくと必死に声を掛けた。

 

「エルフマーーン!!」

 

「何だ……何で……何でそんなところにいるんだよ、姉ちゃん!」

 

「ほう、姉上。というとあの方がかつて魔人と恐れられたミラジェーン様ですかな? すっかり魔力も衰えてしまって一体誰のせいなんでしょう。彼女には我々を欺いた罰を受けてもらっています。直に潰れてしまうでしょう」

 

 ソルの口撃が再び始まる。エルフマンには唯々潰されそうになるミラを見ていることしか出来ない。

 

「姉ちゃんを放せ!」

 

「貴方は妹様に続いて姉上を目の前で失うのです。それも貴方が漢とは口先だけの無力な魔導士だからなのですよ」

 

 ソルはエルフマンの背後から魔法を仕掛ける。

 

「私は紳士として貴方が許せません。よって永遠の苦悩を与えてあげましょう。封印魔法、メルシー・ラ・ヴィ」

 

 ソルの封印魔法にエルフマンは頭を抱えて苦しむ。そしてエルフマンは意識を失ってしまった。

 

「……あ、あれは、俺?」

 

 次にエルフマンが目を覚ましたのは周囲の見えない深い霧の中だった。そして目の前には幼い頃の自分が何かの墓の前で泣いている。

 

『エルフ兄ちゃん!』

 

 背後から死んだはずのリサーナが駆け寄ってくる。エルフマンは笑顔で迎え入れようとするが、リサーナはエルフマンを通り越して、過去のエルフマンへ話しかけた。

 

『元気出して、エルフ兄ちゃん』

 

『俺のせいでインコが死んじゃったんだ……』

 

『違うよ。エルフ兄ちゃんのせいじゃない。だって生きてるものは皆いつか死んじゃうんだもの』

 

 エルフマンはその様子を見ることしか出来なかった。幼いころの記憶を見せられていると気付きつつも、その様子を見てどこか懐かしさを覚えていた。

 

『エルフ兄ちゃんが覚えてる限り、その子はずっと心の中で生きているはずだよ』

 

 エルフマンはリサーナの言葉に頬を緩めた。リサーナのことを自分が忘れないことで心の中でリサーナをずっと生かしておくことが出来る。エルフマンは今までの罪悪感が少し消えたような気がした。

 

『知った風なこと言うな!』

 

 しかし過去のエルフマンはリサーナを突っぱねて泣きながらどこかへ去ってしまった。残されたリサーナは慰めたエルフマンに拒絶された悲しみ、寂しさで泣き出してしまう。それを見た今のエルフマンはリサーナが自分を認識していないことを忘れて、あたふたしてしまう。そこで後ろから視線を感じて振り返ると姉のミラが見守っていたのだった。そこでその時の記憶の断片は終わり、更なる霧に包まれた。そして霧が晴れるとそこは夕日の差すギルド近くの公園。そこではリサーナとラランが話していた。

 

『またラクサスと喧嘩?』

 

『ん、リサーナ。戻ってたのか。別に喧嘩じゃない』

 

「待てよ……この時は確か……」

 

 エルフマンは何かを思い出していた。少しその様子を見ていると、後ろから自分の声が聞こえてきた。振り返ると先ほどより成長した自分とミラの姿があった。

 

『リサーナ。仕事だ仕事』

 

『え、でもまだ戻ってきたところじゃない』

 

『S級だよ、S級。姉ちゃんが受けた仕事のサポートに行くんだ』

 

『S級ねぇ。どんな仕事なんだ?』

 

『緊急討伐さ。獣の王ザ・ビーストってモンスターを締めに行くのさ。ララン、お前も来ないか? お前が来れば仕事も楽に終わるしよ』

 

『えー、面倒くさいしいいや』

 

 会話を聞く中でエルフマンは全てを思い出していた。この記憶はあの事件の数時間前の出来事。この直後、エルフマンは仕事を面倒だと言ったラランを漢ではないと叱責しながら、漢たるもの一人で家族を守るべしと胸を張るのだ。全て覚えている。その過去を何とか変えようとエルフマンは触れる事の出来ない記憶の断片に手を伸ばす。ラランを何としてでも連れて行き、未来を変え、リサーナの生きている世界に戻りたいとエルフマンは誰よりも考えていた。

 

 しかしその記憶も霧の中に散っていった。そして広がるのは広がる戦火の中に傷つき立ち上がることの出来ないミラとザ・ビーストを接収し、理性を失ってしまったエルフマンの姿だった。

 

「あれが、俺……」

 

 そこにリサーナも駆けつけ、ミラから情報を受け取った。そしてリサーナは暴走したエルフマンの前に出た。

 

『どうしたのエルフ兄ちゃん。私の事もミラ姉のことも忘れちゃったの?』

 

 傍観することしか出来ないエルフマンはこの後、何が起きるのか知っている。だからこそ、届かないと分かっていてもリサーナに必死に呼びかける。

 

「ダメだ、リサーナ。逃げろおおおおおお!!!」

 

 しかし、ビーストを接収したエルフマンの魔の手は大きく振りかぶると薙ぎ払うようにリサーナを吹き飛ばした。それを止められなかったエルフマンは再び失意の底へ叩きつけられる。拳を何度も地面に叩きつけ悔しさと取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感を思い出して押しつぶされそうになっていた。

 

「エルフマン……エルフマン……」

 

 声が聞こえた。自分を呼ぶ声が。記憶の断片からではない。今、現在、戦っている自分の傍から聞こえてきている。その時、封印魔法に囚われたエルフマンの目が少しだけ現在を捉えた。そこには魔導巨人の腕に挟まれ締め付けられながらも必死にエルフマンの方へ手を伸ばし、涙を流すミラジェーンの姿が見えた。

 

「何で……もう姉ちゃんの涙は見ねえって誓ったんだ。なのに何で泣いてんだよ!!」

 

 ミラの涙を見たエルフマンは封印魔法から自力で抜け出し、魔力を体内から爆発させて体を拘束していた岩を剥がしていく。エルフマンの怒りは魔力と共に爆発し、全身から光を放つ。その光は全身接収を行う際に起こる光と同様のものであり、それに気付いたミラはエルフマンを止めたが、怒りに歯止めの利かないエルフマンはそのまま魔法陣を展開させ、ビーストを接収した。それにソルも同様し、この戦い始まって初めての焦りを見せた。

 

「ウオオオオオオ!!」

 

「そ、そんな、これが……」

 

「全身接収、ビーストソウル」

 

 エルフマンは猛獣の雄たけびを上げる。その目に理性は無くソルを見つめ、襲い掛かった。ソルも魔法で対抗するが直撃しても全く微動だにしない。エルフマンはソルを滅多打ちにして気絶させると、外で捕まっているミラを見つけると、腕を俊敏な動きで移動し、ミラの目の前に立った。

 

「貴方……また、理性が」

 

「……」

 

 何も言わないエルフマンは、ミラの前で動こうともしない。ミラが何度か声をかけるがそれに反応する素振りもない。そしてエルフマンはソルを襲った時のようにミラに向かって腕を振りかぶった。襲われると感じたミラは咄嗟に目を伏せたが、いつまで経っても痛覚は反応しない。それどころか、目を開けると今まで体を締め付けていた魔導巨人の腕が緩み、大きな胸に抱き留められていた。

 

「ごめんな、姉ちゃん。もうこんな姿二度と見たくなかったよな」

 

 エルフマンは獣王ザ・ビーストをコントロールし、理性の宿った目をミラに向けた。

 

「貴方、理性が……」

 

「俺がこの姿になったせいでリサーナは……でもこれしかねぇと思ったんだ。姉ちゃんやフェアリーテイルを守るためには俺が強くなるしかねぇって」

 

「リサーナは貴方のせいで死んだじゃないのよ。あの時だって貴方は必死に私たちを守ろうとして」

 

「守れなかったんだ。そのせいでリサーナは死んじまった」

 

「私は生きているわ。あの時決めたじゃない。あの子の分まで生きようって。一生懸命頑張ろうって」

 

 ミラは接収の解けたエルフマンの体に身を寄せた。彼女の暖かさが体中を包み、リサーナに続いてミラまでも失わずにすんだこと、ミラを守ることが出来た安心感がエルフマンを満たした。それが実感として湧いてきた時、自然とエルフマンは涙を流していた。

 

「もう、貴方が泣いてどうするの」

 

「だ、だってぇ~~」

 

 泣きじゃくるエルフマンを横目にミラが何かに気づいた。それは魔導巨人が魔法陣を描く速度が落ちてきていること。アビスブレイクに必要な四元素。そしてエレメント4。思い立った仮説を立証するため確エルフマンに質問する。

 

「残ってるエレメント4は後何人?」

 

「え、えっと……2人、かな」

 

「やっぱり。あいつらがやられて巨人の動きが遅くなってるのよ」

 

「どういうことだ?」

 

「つまりこの巨人の動力は四つのエレメント。エレメント4を全員倒せばこの魔法は阻止できるわ」

 

「本当か!?」

 

「急ぎましょう。残りの2人がこの巨人の中にいるはずよ」

 

 エルフマン対ソルの勝負は全身接収を見事にマスターしたエルフマンに軍配が上がった。兎兎丸に続いて二人目のエレメント4撃破によって残るはソルと共にラランを撃破した大海のジュビア。そしてマスターの魔力を奪い、戦闘不能に陥れた大空のアリアの2人となる。魔導巨人右肩部の通路では残るジュビアとグレイが相対していた。

 

「しんしんと……ジュビアはエレメント4の一人にして雨女」

 

「エレメント4、てめえが……」

 




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極の剣技

 幽鬼の支配者のエレメント4を次々と撃破していく妖精の尻尾。大火の兎兎丸、大地のソルが既に戦闘不能、残るは大海のジュビア、大空のアリアとなった。しかし残る二人がエレメント4でも強者と言われている。そして待ち構える二人の内のジュビアと鉢合わせたのはグレイだった。

 

「まさか二つのエレメントが倒されるとは思わなかったわ。しかしジュビアとアリアを甘く見ないことね」

 

「悪いけど、女だろうが子どもだろうが、仲間を傷つける奴は容赦しないつもりだからよ」

 

 睨み合うグレイとジュビア。雨が降り注ぐ中で無言の緊張感が雨の音を際立たせる。しばらく見つめ合うとジュビアの頬がポッと朱色に染まった。

 

「そ、そう。ジュビアの負けだわ。ごきげんよう」

 

「おいおいおーい! なんじゃそりゃ!」

 

 グレイに背を向けてジュビアはその場を去ろうとする。固い決意を持ったグレイの顔を見て胸の高鳴りが抑えきれなくなったのだ。一目惚れ、そういってしまえば聞こえは良いが、今の二人は敵同士、グレイは魔道巨人を止めるため、ルーシィを救うためにエレメント4であるジュビアを倒さなければならない。去るジュビアを走って追う。

 

「ジュビア、どうしちゃったのかしら。この胸のどきどきは……ジュビアのものにしたい。ジュビア、もう止まらない……! 水流拘束!」

 

 グレイへの恋心が暴走し、思わぬ方向へ向かったジュビアはラランやルーシィを拘束し、捕らえた技、水流拘束を放った。グレイは幽鬼の支配者への殴り込みで傷を負っており、その傷に水が浸み込む。更なる痛みがグレイの身体を襲った。

 

「まぁ! 怪我をしていらしたなんて、どうしましょう! 早く解いて差し上げないと!」

 

 グレイの怪我に気づいたジュビアはあたふたとして、拘束を解除するかしないか迷っていた。しかし、その間にグレイは魔力を集中させ、体を覆う水に魔法を掛けていく。そして水球を全て凍らせると、その氷を内側から割り、自力で拘束を解いた。

 

「ジュビアの水流拘束を自力で脱出するなんて。これが氷の魔導士の力、美しい!」

 

「不意打ちとはやってくれるじゃねえか、この野郎」

 

 氷の魔法の美しさ、水と氷という運命的な相性の良さ。グレイこそがやっと見つけた自分のプリンスだと悦に浸るジュビア。そしていつものように上着を脱ぎだすグレイを見て、なぜ服を脱ぐのかという疑問を持ちながらも、その身体に目を奪われ、鼻息を荒くしている。

 

「女をビビらせたくねぇが、さっさと降参してもらうしかなさそうだ。避けなきゃ怪我するぜ。アイスメイクランス!」

 

 氷で造形された無数の槍がジュビアへ向かって飛んでいく。しかしそれを見たジュビアは全く動こうともせず、全ての槍が直撃した。まさか避けないとは思わなかったグレイはそれを見て驚いている。そして驚いているのは避けなかったことだけではない。

 

「ジュビアの体は水で出来ているの。そう、しんしんと」

 

 氷の槍はジュビアを直撃したのではなく、全て貫通していた。ジュビアの体は水、その言葉に偽りはなく、槍が通過した部分は水となり、ダメージを受けていない。水は再びジュビアの元へ収束し、身体を形成していく。そして最後には元の姿に戻ってしまった。

 

「そう、彼は敵。敵と味方に引き裂かれたこれが2人の宿命なの。さようなら小さな恋の花。水流斬波」

 

 高速で打ち出される水の刃がグレイへ次々に噴出される。何とか避け切るが、その後ろの魔道巨人の一部がいとも容易く切断されていくのを見て絶句する。次の攻撃に備える為、グレイは造形の構えを取る。

 

「アイスメイクバトルアックス!」

 

 グレイは苦し紛れに巨大な戦斧を造形し、ジュビアを一刀両断するが、ジュビアに物理攻撃は通用せず、再び再生されてしまう。その戦闘能力、再生能力共に強敵と認めざる得ない強さである。そこでジュビアはグレイに交渉を仕掛ける。敵と味方とは言えど一目惚れをしてしまったグレイを傷つけたくない、そしてグレイでは自分には勝てないという判断だ。内容はルーシィ・ハートフィリアを渡せば、ジュビアからマスタージョゼに頼んで、魔道巨人を退かせるというもの。

 

「おい、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。もう互いに退けねえとこまで来てんだろうが。ルーシィは仲間だ。命に代えても渡さねえぞ」

 

 その言葉を聞いたジュビアは傘を手から落とした。『命に代えても』の部分がジュビアの頭の中でリピートされ続ける。自分が惚れたグレイが命に代えても渡さないという女、ルーシィ・ハートフィリア。それ即ち恋敵。幽鬼の支配者幹部エレメント4の一員と言えども、ジュビアはうら若き乙女。思考回路が少し狂っていてもおかしくはない。ルーシィ=恋敵という式を完成させたジュビアは、頭を抱えて苦しみ始める。傍から見ているグレイは急に苦しみ始めたと心配する。

 

「何という苦しみ、何という過酷な宿命、胸がぁ、胸が張り裂けそうに痛い……痛い」

 

「何だ! 急病か!?」

 

「ジュビアは許さない。ルーシィを決して許さない!」

 

 乙女回路の結果、ルーシィを許されざる恋敵と認定してしまったジュビアはルーシィへの憎しみ、怒りをぶつけるように体中から水を噴出させる。その水は感情の昂ぶりによって高温に変化していた。しかしそんなことが脳内で行われているとは想像も出来ないグレイは意味も分からず呆けてしまう。ジュビアは怒りに任せてグレイを攻撃する。急な攻撃に対応出来なかったグレイは腹部に攻撃を受ける。その水が熱湯だと気づくも、激昂したジュビアの攻撃は速く強い。凍らせようにも造形魔法が追いつかない程の速さで避けるしか選択肢はない。

 

「アイスメイクシールド!」

 

 氷の盾で熱湯を防ぐが、熱湯の温度、勢いにどんどんと氷は溶かされ、水蒸気だけが舞い上がる。その水蒸気に紛れてグレイは魔道巨人の内部の廊下に逃げた。しかし、すぐにジュビアの熱湯が廊下全てを飲み込み、再び、ジュビアのいる右肩部に打ち出されてしまう。

 

「これで終わりよ」

 

 ジュビアは空中に打ち上げられたグレイに向かって熱湯を噴射する。空中では身動きも取れず、出来ることもないグレイは機転を利かせ、自ら熱湯の中に飛び込んだ。

 

「凍りつけええええ!!!」

 

 ジュビアの熱湯すらも凍らせていくグレイは熱湯を凍らせながら、その噴出源のジュビアへ向かって氷のアーチを描きながら向かっていく。そしてジュビアまでたどり着くと熱湯と共に凍り付かせてしまった。しかし凍り付かせる最終段階でジュビアの胸を握りしめる形になってしまう。恥ずかしがるジュビアだったが、グレイはジュビアを氷から解放した。敵であるのにも関わらず、拘束から解放した、その優しすぎる行動にジュビアは更にグレイに惹かれる。

 

「し、仕切り直しだ」

 

「ダメよ。やっぱりジュビアには貴方を傷つけることは出来ない」

 

「はぁ? 勝ち目はねえって認めちまうのか」

 

「ジュビアはルーシィより強い。ジュビアなら貴方を守ってあげられる」

 

「守る? 何で俺?」

 

「そ、それは貴方のことが、す……」

 

 恥ずかしがって声が小さくなっていくジュビアとは裏腹に、降り注ぐ雨の強さはどんどんと強くなっていく。それを煩わしく思ったグレイはジュビアの言葉を最後まで聞かずに声を発してしまう。

 

「てか、雨強くなってねえか? 鬱陶しい雨だな」

 

「この人も、同じ。今までの人と同じなのね。ジュビアもう恋なんていらない!」

 

 その『鬱陶しい』という言葉がジュビアの琴線に触れた。膝から崩れ落ちたジュビアは更なる怒りを持って立ち上がり、先程よりも高温の熱湯でグレイを飲み込んだ。凍らせようとするグレイだが熱湯の高すぎる温度に凍り付かせることが出来ずに流されていった。

 

 ジュビアの記憶が蘇る。幼い頃から超が付くほどの雨女。雨が降るから遠足には来ないでほしいと同級生からは陰口を言われ、てるてる坊主を作っても意味はなく、足蹴にされてしまう始末。成長しても雨女は治るどころか拍車をかけて激化する。付き合った男性には出かければいつも雨で何もできない、楽しくない、鬱陶しいと振られ、周りのカップルにも鬱陶しい雨だと言われ、ハイキングに行っても鬱陶しいと言われ、ジェラシーを感じていた。

 

「どうせジュビアは鬱陶しい雨女。でも、こんなジュビアでも幽鬼の支配者は受け入れてくれた! ジュビアはエレメント4、ファントムの魔導士!」

 

「負けられねえんだよ! ファントムになんかによぉ!」

 

 ジュビアの熱湯攻撃を氷の盾で防ぐグレイ。次第に溶けていく氷に更に魔力を注ぎ足すように拳を打ち付ける。その瞬間、熱湯はグレイの方から凍り付いていく。ジュビアは熱湯の噴射を止めて避けるが、グレイの氷は降り注ぐ雨にまで及び、雨を雹に変化させてしまった。

 

「雨までも氷に、なんて魔力……」

 

「アイスゲイザー!!」

 

 地面に打ち付けられたグレイの拳から魔法陣が描かれ、空中にいるジュビアの真下から巨大な氷が間欠泉のように噴き出し、ジュビアを凍り付かせた。氷が割れ、落下していくジュビアは敗北を悟る。ここは魔導巨人の右肩部、ここから落ちればいくら身体が水で出来ているジュビアと言えどもひとたまりもない。このまま死んでいくのだ、この鬱陶しい人生から解放されるのだとジュビアは安らかに感じていた。しかしジュビアの手は掴まれる。敵だったはずのグレイはジュビアの手を掴み、安全な場所まで死の淵から引き上げた。

 

「何故、ジュビアを……」

 

「さあな。いいから寝てろ」

 

 疑問に思うジュビアは寝かされたまま、空を見上げる。すると、降り注ぐ雨は止み、雨雲は晴れて行った。ジュビアにとって初めて見る青空だった。

 

「これが青空……初めて見た」

 

「初めて……いいもんだろ。青空ってやつは」

 

「えぇ、綺麗。とっても」

 

「で、まだやんのかい?」

 

「ジュビーーン」

 

 グレイの顔を見たジュビアは胸の高鳴りとともに気絶してしまった。グレイによってジュビアを撃退。残るエレメント4はアリア一人となった。グレイが気絶したジュビアの介抱をしているとソルを破り、合流を目指していたエルフマン、ミラ姉弟がやってきた。

 

「あと一人、あと一人倒せば煉獄破砕を止められるわ」

 

「え?」

 

「この魔法や巨人はエレメント4の4人が動力だったんだ」

 

「まだ間に合う。いけるわ!」

 

 ――巨人内部 大広間――

 

「お前、エレメント4だな?」

 

「いかにも。我が名はアリア。エレメント4の頂点なり」

 

 エレメント4の頂点のアリア。マスターの魔力を奪った張本人か。出来れば強い奴とは当たりたくなかったが、こいつを倒さなければ明日はない。他のエレメント4に負けたのに最強の奴と当たって勝てる見込みは少ないがやるしかない。

 

「戦う魔剣!」

 

 剣を取り出し、アリアに切りかかる。しかし攻撃がアリアに当たるどころか掠りもしない。アリアは避ける素振りを見せていないのにも関わらずである。避けるのではなく明らかに消えている。

 

「空域・絶」

 

「くっ……ずああああ!」

 

 背後を取られた瞬間に魔法を打たれる。風の魔法だ。しかも打ち出した魔法空間にいればいるだけ魔力を吸い取られる。

 

「どうですかな。我が枯渇の魔法は」

 

「面倒くさい魔法だな」

 

 剣を消して杖に持ち変える。アリアは再び空域を展開させた風の衝撃波を飛ばしてくる。この空域に少しでも入れば魔力を持っていかれて戦闘不能。かといって逃げ続けてもジリ貧で決定力不足。フィニッシュは一撃で沈められるレベルの強い一撃を叩き込むしかない。

 

「風操り車!」

 

「空域・絶」

 

 2つの風がぶつかり合い、相殺される。しかし魔力の限り打てるアリアの空域魔法とは裏腹にこっちの風操り車は有限。オリジナルで互角ならばデュプリケイトで対抗できる理由はない。まだまだ本気ではないといった様子でもある。

 

「噂の錬金術士の実力がこんなものとは。悲しい」

 

「錬金術は人を倒すのが目的じゃないからな。ドナーストーン」

 

 不意打ちでドナーストーンを投げるが、やはりアリアは風を纏って消える。攻撃の速度、回避能力、遠距離からの攻撃はほぼ当たらないと見ていい。かといって近距離で戦えば、空域として展開されている枯渇の魔法を直接喰らって魔力を吸い取られる。

 

「なるほどな」

 

 一つ、策を思いついた。リスクもあればリターンもある策だ。今は誰も周りにいない。助けを求めるには絶望的な状況だ。だからこそアリアは倒さねばならない。

 

「戦う魔剣」

 

 再び剣を取り出す。しっかりと両手で握りしめて、アリアに飛びかかる。ここまでは最初の手と全く同じ。このままではアリアは風に消えてしまうだろう。

 

「またそれですか」

 

「神秘のアンク。スピードアップ!」

 

「むっ!?」

 

 速度を上げた攻撃でアリアが風に消える前に切り裂く。父と共に振り続けた剣。もう生きた内の半分以上前のことだ。今では型もぐちゃぐちゃで見るに堪えない剣捌きだろう。しかし役に立つ時が来るものだ。

 

「ぐっ……ふふふ」

 

 ダメージを受けても風に消えない。この近距離で戦う上で気を付けるのは直接の枯渇攻撃。アリアは今から枯渇の魔法で魔力を吸い取ろうとしてくるだろう。その瞬間を狙う。アリアが魔法を唱えた瞬間だ。一瞬のうちに決める。

 

「私にダメージを与えた褒美だ。貴方もマカロフと同じ苦しみを与えてやろう。空域・滅」

 

 アリアの空域魔法が発動した。マスターの魔力を奪った魔法と同じ魔法。魔導士は魔力を吸い取られることで魔法が使えなくなるどころか動くことすら出来なくなる。しかし魔導士と錬金術士の身体の作りは違う。枯渇で魔力を奪われるならまだしも、錬金術士から魔力が無くなってもただ疲れるだけのこと。だから吸い取られる前に他に移してしまえばいいだけだ。

 

「む……? 魔力が……」

 

「残念だったな。俺の魔力はもう空っぽさ。魔力は全部こっちに注ぎ込んだ。さぁ捕まえた。もう離さんぞ」

 

「そ、それは……」

 

「ブリッツ・シンボル!」

 

 魔力を限界まで注ぎ込んだシンボル・ブリッツはアリアの目の前で大爆発を起こした。逃がさないように腕を掴んでいたため、その爆発は自分にも降りかかる。我ながら凄まじい威力だ。

 

「魔力がないと流石にきついな……」

 

「……悲しい……」

 

「まだ立ってるのか!?」

 

 決死のブリッツシンボル作戦はアリアを撃退するまでには至らなかった。アリアもかなりの傷を受けているが立ったまま。今まで閉じられていた目が覆っていた白い布が爆発によって飛んだことで露わになり、赤く不気味な目がこちらを覗いている。

 

「私の目を解放したこと、本気を見たことを貴方は後悔するでしょう。空域・滅!」

 

「ぐああああああ!!!」

 

 まさしく絶体絶命。魔力は無く、相手がやっと本気になった。助けもない。全くもって自分の弱さに腹が立つ。年長者だ何だって上からぶってたけど、エルザ、ナツ、グレイ。皆年下なのに俺より強い。同い年のラクサスには埋められそうもない差を付けられた。器用貧乏とはよく言ったものだ。前線でガチンコ戦闘は向いてないと自分で自覚してたが、こうして負けてると悔しさが込み上げてくる。山やら壊すのは得意なんだが、人を倒すというのは難しいものだ。人と戦うということを習ったのは剣技の時だけだ。生まれてからのたった13年間、大陸一の剣士と呼ばれた父から教わった必殺技。まだ習得はしていないが、教わったことは脳裏に刻み込まれている。威力は十分、速さもある。ここで完成させる。

 

「私の本気の魔法。死の空域・零発動。この空域では全ての命を食い尽くす」

 

「命、か。人の命ってのは、そんな簡単に奪っちゃいけない。てめえらは命を何だと思ってんだ!!」

 

 空域魔法の中でも最大の暴風が吹き荒れる。ボロボロの身体に鞭を打って両手に戦う魔剣を持つ。正真正銘最後の攻撃。しかも成功するかどうかも分からない。そんなギャンブルに賭けるほど勝ち目の薄い戦いだ。でも人の命を簡単に奪うような人間には負けられない。身近な命を奪われた経験の無いような奴が軽々しく口にしていい言葉ではない。

 

「貴方にこの空域が耐えられるかな?」

 

 確かに今までの空域とは比べ物にならない強さだ。それでも空域を切り裂いてでも、近づく。アリアに向かってアリアを倒すためだけに今は剣を振るう。

 

「馬鹿な空域を切り裂いて!?」

 

 まだだ。まだ何か足りない。もっと速くコンパクトに正確に剣を振る。無駄な動きは要らない。最短で。父の動きを思い出せ。目で追えないほどの高速の剣技。圧倒的な斬撃の数で圧倒する。

 

「この剣技、見切れるか! アインツェルカンプ!」

 

「ぐ、ぐああああああ!! きゃ、きゃなしぃ……」

 

 アリアを下すと、魔導巨人の動きが止まった。他の皆が既にエレメント4を倒していたのだろう。しかしまだマスタージョゼが残っている。柱に背中を預けてヒーリングベルとメンタルウォーターで傷と魔力の回復に努める。しばらくするとグレイとエルフマン、ミラが走ってやってきた。

 

「おい、大丈夫か!」

 

「こ、こいつは……エレメント4か!?」

 

「あぁ、何とかな」

 

 立ち上がろうとしたその瞬間だった。周囲に異質な魔力が漂う。死の気配と形容するのが最も正しいかもしれない。感じているだけで寒気が吐き気がするような邪悪な魔力だ。そんな魔力を発することが出来るのはたった一人しかいない。

 

「おいおいマジかよ……」

 

「いやいや見事でしたよ。妖精の尻尾の魔導士の皆さん」

 

 手を叩きながら、現れたのは幽鬼の支配者マスタージョゼ。これまでの戦いの中で最高に勝ち目のない戦いが幕を開けようとしていた。




登場した錬金アイテム

シンボルブリッツ

魔力を注入して射出する攻撃アイテム。大量の魔力を消費するが、威力は十分。火、雷、土など様々な属性のバージョンがある。

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激闘の末に

 エレメント4最後のアリアを倒した直後、姿を現したのは幽鬼の支配者のマスター、ジョゼ・ポーラ。疲弊した体で戦えるのか。そんな不安など湧きもしないほどの圧倒的な実力の差。グレイ、エルフマンと3人がかりで向かっても勝てる気など微塵もしない。

 

「ビーストアーム!」

 

「アイスメイク!」

 

 思考を駆け巡らせている内に、邪悪な魔力に焦りを感じたグレイとエルフマンが先走った。各々の魔法を展開させてジョゼに食って掛かる。それに気づき、声を荒げた時には、既に遅かった。

 

「待て! 早まるな!」

 

「ふっふっふ……」

 

 ジョゼはその場から動かず。邪悪な魔力波を放つ。紫色のドクロを模した魔力波は二人の身体を貫通し、その魔力を奪い去っていく。更に後続の魔力波が2人を吹き飛ばす。妖精の尻尾の中でも実力派の二人でさえ、一撃で沈められてしまった。

 

「く……」

 

「さて、残るはお前ひとりだな。錬金術士」

 

「ミラ、グレイとエルフマンを連れて逃げろ。俺がこいつを止められる内に」

 

 戦う事の出来ないミラを逃がす。それだけが今出来ることだ。勝てる勝てないではない。ラクサスもミストガンもエルザも、そしてマスタ―もいない。この状況で誰がジョゼと対抗できるというのか。グレイもエルフマンも一撃でやられた。マスターもしくはエルザが回復するまで時間を稼ぐしか手が残されていない。しかし回復するまでと言ってもどれだけ時間がかかるか分からない。果たしてそんなことが可能なのか。ただ、今は考える暇は無い。この場にいる自分にしかそれは出来ない

 

「やるしかない……」

 

「あの時はよくもルーシィ・ハートフィリアを連れて行ってくれましたね。あれが無ければ、私もこのようなことをせずに済んだものを」

 

「嘘つくなよ。どうせ何時かはこうするつもりだった」

 

「ふふふ、まあいいでしょう。デッドウェイブ!」

 

 ジョゼはエルフマン達を沈めた魔力波を打ち出す。迫ってくるだけで物凄い圧迫感、恐怖を感じる。竦む足を必死に動かして魔力波を躱して、反撃に移る。

 

「メテオール!」

 

 流星を模したアイテム、メテオール。使うことで相手を自動追尾、自動射出で流れ星が狙い撃つ。これでしばらくジョゼの攻撃を避けることで精いっぱいになっても自動で攻撃してくれる。

 

「噂通りの珍しい技術だ。そんな技術を持った人材がマカロフの下にいることに腹が立つ」

 

 余裕のある声が響く。だが激しい魔力波の波状攻撃は止まらない。避けるのに精いっぱいでジョゼの言葉に耳を傾けている余裕がこちらにはない。メテオールが時折ジョゼを攻撃するが、次々に魔力波と相殺させ、意に介していない。

 

「スコールレイン!」

 

 レヘルンを用いたスキル、スコールレイン。氷柱をスコールのように大量集中的に降らし、ジョゼを攻撃する。またも魔力波で氷柱が破壊されるが、一時的にジョゼの攻撃を止めることに成功した。今度はこちらからと杖を構えると、ジョゼは不敵に笑う。

 

「何故、私がマカロフに止めを刺さなかったのか、分かりますか?」

 

「ぐっ……」

 

 魔法でも何でもない只のデコピンによる風圧で吹き飛ばされた。追い打ちをかけるように指先に集めた魔力を射出して攻撃してくる。

 

「絶望。絶望を与える為です。目が覚めた時、愛する仲間と愛するギルドが全滅していたらどうでしょう。ふふ、悲しむでしょうね。あの男には絶望と苦しみを与えて滅ぼす。楽には行かせん。苦しんで苦しんで、苦しみ抜きながら朽ちていくのだ」

 

「ふざけるな! アインツェルカンプ」

 

 身に着けた必殺技、アインツェルカンプもジョゼには通じず、剣は空を切る。煙のように消えたジョゼは再び煙から実体を表し、後ろに現れる。

 

「幽鬼の支配者はこの国一番のギルドだった。気に食わんのだよ。元々くそ弱っちいギルドが急激に力を付けた程度で」

 

「そんな小さいことかよ!」

 

 手に握る戦う魔剣を4つに増やし、ジョゼに向けて投擲する。当たるなどとは思っていないが怒りがそうさせた。マスターが、エルザが、ギルドが、皆が傷ついているのは、ジョゼの気分だと言うのだ。仲間が傷つけられ、誘拐され、苦しんでいるというのに黙って看過することは出来ない。

 

「む?」

 

「うわっ!?」

 

 ジョゼと睨み合う中で突然、巨人が大きく揺れた。この揺れはナツとガジルが戦っている最中に起こったものだろう。ジョゼも恐らく気づいている。

 

「よく暴れる竜たちですねぇ」

 

「ナツが勝つ」

 

「貴方は人の心配をしている暇がおありですか? デッドウェイブ!」

 

「ぐあっ……」

 

 これが聖十大魔導の魔法の威力。今まで受けてきた魔法の威力とは段違いだ。吹き飛ばされ、立ち上がろうとすると更なる追い打ちに体を蝕まれる。

 

「ぐっ……はぁはぁ……」

 

「息も絶え絶え。諦めたらどうですか」

 

「この戦争を引き起こしたお前を倒すまでは諦めてたまるかよ」

 

 口ではそう言うが、正直もう勝てる気はしていない。ただの虚勢だ。何としてでも時間を稼ぎ、勝てる確率を数パーセントでも上げる。マスターが帰ってくるまで。ジョゼを止められるのは、もう自分しかいないんだ。

 

「そうですか……」

 

 やれやれと呆れた様子のジョゼが作り出したドクロを模した魔力波に体を飲み込まれ、上空に縛り上げられる。闇の痛み、魔力を吸われ、更には電撃も身体を駆け抜ける。

 

「くそっ……エーテル……ぐあぁ!!」

 

 ジョゼの魔法属性は闇、もしくは影。光の攻撃には弱いと踏んでエーテルライトで魔法をかき消そうとしたが、締め上げる力が強まり、体に上手く力が伝えられない。エーテルライトは不発に終わり、杖も手放してしまった。アリア戦に続いて絶体絶命、今度は本当に死にかけない。

 

「前々から気にくわんギルドだった。戦争の引き金は些細なことだ。ハートフィリア財閥のお嬢様を連れ戻せという依頼」

 

「ルーシィか……」

 

「この国有数の資産家の娘がフェアリーテイルにいるとは。貴様らどこまで大きくなるつもりだ!」

 

 ジョゼは力を込める。縛る力が更に強まり、電撃も強まる。痛みに耐えられる限界が近い。少しでも気を緩めれば、すぐにでも気を失ってしまいそうだ。

 

「貴様らがハートフィリア家の自由に使えたとしたら間違いなく我々より強大な力を手に入れる。それだけは許してはおけんのだ」

 

「……ギルドのトップにも立とうという人間がその程度の小さなことで頭を悩ませるとは。それにルーシィはハートフィリア家から家出してきたんだ。金なんて使える訳もない!」

 

「なんだと?」

 

「家賃七万の家に住み、俺達と同じ仕事をこなし、共に笑い、共に泣く。どこのお嬢様だろうが、どんな家の生まれだろうが、ギルドに入れば同じ魔導士、同じ仲間だ。花が咲く場所を選べないように子も親を選べない! お前に涙を流すルーシィの何がわかる!?」

 

「……これから知っていくさ。私があの子娘をただで父親に引き渡すと思うか? 金が無くなるまで飼い続けてやる。ハートフィリア家の財産全ては私の手に渡るのだ」

 

「屑野郎がぁぁああああああ!!」

 

 怒りに任せて拘束を突破しようと全身に力を込める。しかし力を入れれば入れるほどに魔力は奪われ、苦しみは増していく。ジョゼが生み出した魔力のドクロが力を吸い出そうと手を招いている。先ほどまでとは比べ物にならない強烈な痛み。魔力ではない生命力が、命そのものが吸われているような感覚だ。だが、このような痛みはギルドが負った痛みの程度ではない。力を振り絞ってジョゼに語り掛ける。

 

「……この魔導巨人。結構な兵器じゃないのか。俺が木端微塵に吹き飛ばすって言ったらどうする」

 

「はぁ? まだ置かれた状況を分かっていないようですねぇ。これは貴様のターンではない! 私の一方的な残虐ショーだ! さらに力を強め、この惨劇をギルドの奴らに見せつけてやる!」

 

「そうか……じゃあ残虐ショーが終わる前にやってやるよ。最終兵器『N/A』でな……」

 

 痛む体に鞭を打ち、僅かな隙間を縫って鞄から小さな小さな爆弾を取り出す。そのサイズは手に持っても十分に隠せるようなミニマムサイズ。名前はN/A、正式名称『Not Available』 その名に違わぬ、全てを破壊し尽くす爆弾だ。なのだが、はっきり言ってこのN/Aの出来では巨人を破壊するまでの威力は無い。これも虚勢、ハッタリだ。せいぜいこの部屋を吹き飛ばす程度だろう。とはいえジョゼも人間。この至近距離で爆発に巻き込まれればかなりのダメージを与えられるはずだ。アリア戦といい身を挺する作戦が多いが、巻き込み事故でも時間を稼いでやる。

 

「一緒に逝こうぜ! ジョゼ!」

 

「させるか! デッドウェイブ!」

 

 N/Aを握りしめた腕を無理やり拘束から引き抜いて振り上げる。大量のデッドウェイブを直撃するが、握りしめた拳だけは解かない。ここでこの戦争に終止符を打つのだ。

 

「死ねえええぇぇ!!」

 

 遠のく意識の中でN/Aは手から離された。それと同時に何故か拘束が解かれた。明らかにジョゼ自身が解いた訳では無さそうだ。その時、立ち込めた暗雲は晴れ、暖かな光が身体を包んでいた。この魔力、誰のものであるかは明白だった。温かく強く、そしてどこか懐かしい魔力。間違いなくマスターの魔力だ。

 

「親より先に逝く息子があるか。なぁララン」

 

 拘束から落下し、衝撃の痛みの中で顔を上へ動かすと、そこにいたのはやはりと言うべきか小さな体に大きな背中を持つ男、マスターマカロフ。アリアに魔力を奪われたと聞いていたが、その回復が間に合ったのだろうか。そんなことはどうでもいいのだ。やっとジョゼに勝てる人物が到着した。これまで持ちこたえた甲斐があった。自然と目から涙が零れた。

 

「幾つもの血が流れた。子どもの血じゃ。出来の悪い親のせいで子は痛み、涙を流した。互いにな。もう十分じゃ。終わらせねばならん!」

 

「マスター……!」

 

「よくやった。よく持ちこたえてくれた。ララン、そして全てのガキ共に感謝する。フェアリーテイルであることを誇れ!」

 

 身体はアリア、ジョゼ戦のダメージの蓄積によってもうほとんど動かない。だが、もうジョゼに対する恐怖も無い。マスターが、親が助けに来てくれたのだ。これほどの安心感はない。

 

「下がっとれ。ララン」

 

「はい……」

 

「貴方が出てきた以上、もう雑魚に用はありません。ですが後で必ず仕留めてあげますよぉ」

 

 身体に残る力を振り絞って出来るだけ遠くへ移動する。聖十大魔導の激突は天変地異が起こるとも言われるほどに巨大な魔力のぶつかり合いになる。少しでも遠くへ、マスターの邪魔にだけはならないところへ移動する。その間にもマスターの光の魔力とジョゼの闇の魔力はぶつかり合い、高波を呼び、落雷を呼び、地震を引き起こした。

 

「ここまで来れば……」

 

 二人の激突はまだ目に入る距離にいるが、巨人の損傷し、吹き抜けとなってしまった部分まで移動した。あとはマスターの勝利を祈って、見届けるのみ。

 

「その若さでこれほどの魔力。聖十の称号を持つだけの事はある。その魔力を正しい事に使い、さらに若い世代の手本となっておれば、魔法界の発展に繋がっていたであろう」

 

「説教ですか……」

 

「妖精の尻尾、審判の仕来りにより、貴様に三つ数えるまでの猶予を与える。跪けい」

 

「はぁ?」

 

「一つ!」

 

「ふふ、何を言い出すかと思えば跪け、だぁ!?」

 

 遠くから見ていても分かる。マスターの魔力がどんどん手に集中している。強大すぎるほどの魔力だ。一方のジョゼの魔力も負けていない。あれだけ痛めつけれたが、まだまだ本気ではなかったということか。次の魔力の衝突ですべてが決まるだろう。勝っても負けてもそれが最後だ。

 

「二つ!!」

 

「王国一のギルドが貴様に跪けだと!? 冗談じゃない。私は貴様と互角に戦える。いや、非情になれる分、私の方が強い!」

 

「三つ!!!」

 

「跪くのは貴様らの方だ! 消えろ! 塵となって消滅しろ!」

 

「そこまで……」

 

「消え去れ! 妖精の尻尾!」

 

 ジョゼから今までの比にならない程の邪悪で凶悪な魔力波が放出される。マスターは手を合わせ、魔法陣を展開させている。間に合わない、このスピードではマスターの魔法が発動する前にジョゼの魔力波が直撃してしまう。手を伸ばすが、それを止めるのは叶わぬ夢、思わず目を背けた。

 

妖精の法則(フェアリー・ロウ)発動!」

 

 何も起きていない。ゆっくりと目を開けると、今にも身体に届きそうだったジョゼの魔力波は分解されるように消え去っていた。そしてマスターの手からは攻撃とはまるで思えない、暖かで懐かしい、マスターの魔力のような光が放たれ、巨人全体を包み込む。その眩さに再び目を晦まされるが、やがて自然に収まっていった。

 

「これは……」

 

 目を開けた時、マスターの前にいたのは肌や髪が真っ白に、どこか老いたように見えるほどの膨大なダメージを受け、ガードの構えから動けず、震えたままのジョゼの姿だった。

 

「二度とフェアリーテイルに近づくな。ここまで派手にやらかしちゃ評議員も黙っちゃおらんだろう。これからはひとまずてめぇの身を心配することだ」

 

 マスターはそう言い残すと凱歌を上げるべく、ギルドが見える方向へ歩き出す。しかしこの目には見えていた。ジョゼに背を向けて歩くマスターの背後に現れ、再びマスターの魔力を吸おうとしているアリアの姿を。唐突なことで声が出なかった。すぐに立ち上がってアリアの方へ走り出したが、どう考えても間に合わない。しかし、アリアは次の瞬間には壁に打ち付けられていた。気づいていたのだ。マスターは背後のアリアをゴムのように伸ばした拳で殴り飛ばしていた。

 

「もう終わったんじゃ。ギルド同士のケジメは付けた。これ以上を望むなら、それは掃滅、跡形もなく消すぞ……今すぐジョゼを連れて帰れ!」

 

 最後のセリフを言ったマスターは笑顔だった。ここに妖精の尻尾と幽鬼の支配者の戦争は妖精の尻尾の勝利で幕を閉じた。

 

「この勝利、ワシの力だけではない。家族の勝利じゃ」

 

「流石、おじいちゃん」

 

 ふと口走ってしまった。幼い頃にここに来て、親のように育ててくれたマカロフおじいちゃん。昔はよくそう呼んでいた。成長するにつれて恥ずかしくなり、マスターと呼ぶようになっていったが、ギルドの皆へ凱歌を上げるこの大きな背中を見て、何も変わっていないと気づいた。昔、遊んでもらった時からは歳も取っている。それでも最も尊敬出来て、最も雄大なこの大きな背中は何も変わっていない。

 

「懐かしいな。その呼び方は」

 

「す、すいませんマスター」

 

「いいんじゃよ。皆、よく頑張った」

 

 妖精の尻尾と幽鬼の支配者の戦争は妖精の尻尾の勝利で幕を閉じた。魔導巨人の頭頂部からギルドを眺め、凱歌を上げる。ギルドからの歓声は遥か高くにあるこの場所まで聞こえてくる。勝った、その実感が改めて湧いてきた。そして重要なことを思い出す。

 

「ルーシィは!」

 

 今回の最重要人物、ルーシィ。言っては何だがアリア、ジョゼと強敵との連続戦闘で目的をすっかり忘れていた。ナツとガジルの場所にいなければもっと堅牢な部屋にでも入れられているのだろうか。頭頂部から離れて捜索していると何やら鍵のかかった堅牢で外から中が全く見えない部屋を発見した。

 

「鍵か。ぶっ壊せばいいだろう。エンゼル・シュート!」

 

 杖に魔力を込めて思いっきり鉄の扉を殴りつける。すると凄まじい音と共に扉が外れた。部屋の中は真っ暗で誰がいるのかも分からなかった。そこに外の光が差し込み、手錠と足枷で拘束されたルーシィの姿が目に入る。急いで枷を破壊し、自由を取り戻させる。

 

「ルーシィ、助けに来たよ」

 

「ララン?」

 

「あぁ。全部、終わった。勝ったんだ。俺達」

 

 ルーシィはそれを聞いて笑みを浮かべると共に涙を流した。長い時間拘束されていたルーシィは自分で歩くことが出来ない状態だった為、背中に背負ってギルドまで移動することになった。ルーシィは体を背中に預けたままに喋り始める。

 

「ねぇララン」

 

「ん?」

 

「あたし、家に戻ろうと思う」

 

 その言葉を聞いて、一瞬肝が冷えた。ルーシィは自身が原因でこの事件が起きてしまったと考えている。こちらが何と言おうとその意識は消えないだろう。だからこそ何も言えなかった。止めたい気持ちは喉から手が出るほど強かった。人の選択だと思ってはいたが、その選択だけは否定したかった。

 

「だから、ラランも一緒に来てほしいの」

 

「は?」

 

 否定する前に言葉が続けられた。その言葉の意味は分からなかった。どうして自分がハートフィリア家に行く必要があるのか、ルーシィは妖精の尻尾を辞めて、ハートフィリア家のお嬢様に戻る。そう考えていたが、話を聞けば聞くほど、そうではないらしい。

 

「あたし、こんなことをしたパパを許せない。だからこそ、家に戻って挨拶するの。もう妖精の尻尾に手を出さないでって。でも一人じゃ怖い。だから付いてきて。パパとは一人で話を付けてくるから」

 

「……わかった。何かあったらすぐ呼べよ?」

 

 ルーシィは今度こそルーシィらしい笑顔で感謝を述べた。魔導巨人の壊された部分から空飛ぶじゅうたんに乗って、破壊されたギルドに戻る。幽鬼の支配者との戦いはルーシィ奪還、魔導巨人ギルド壊滅によって晴れて完結した。

  




登場した錬金アイテム

メテオール

暫くの間、自動で攻撃してくれる攻撃アイテム。流れ星を模した形をしており、形の通り、流れ星が敵を討つ。調合するアイテムによっては流れ星だけでなく、巨大なうにを降らせたりすることも出来る

N/A

途轍もない威力を誇る爆弾。圧縮したエネルギーを手のひらサイズに詰め込んだ最終兵器。現在、作成可能道具の中では最も威力の高いアイテムでもある。起爆すると連鎖的に爆発が起こり、対象を消滅させる

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決意

 事件から一週間。あの後すぐに評議員の兵隊たちに取り囲まれ、仮説のテントでずっと取り調べを受けていた。だから一週間はあっという間に過ぎ去っていた。聴取を終えて、事件における罪は後ほど発表されるということだが、住民たちの証言も幽鬼の支配者からの侵攻だと一致しており、妖精の尻尾の罪はあっても軽度の罰で済むだろうと言われていた。聴取が終わった後は、ギルドの再建が始まった。マスターの考えでせっかくだからもっと大きく改築しようとのことで、ミラの完成図を見た時はその表現力豊かな絵に先が思いやられたが、なんとかギルドの全員で一つ一つ建築を始めていた。

 

「じゃ、行くか」

 

「うん」

 

 そして今日はルーシィとハートフィリア家に行く約束の日。この事は妖精の尻尾の人々には内緒と言うことで誰にも言っていない。皆はギルドの改築で忙しなく働いているが、今日だけは少しお休みさせてもらってもいいだろう。最近は木材を作るために釜をギルドまで運んでずっと錬金漬けだったから腕が若干痛い。今日は作業をホム達に任せているが、あれだけの作業量をこなせるか心配だ。

 

「で、どうやって行くんだ?」

 

「列車で行くの。ちょっと遠いけどね」

 

 マグノリア駅から列車に乗り、移動すること一時間ほど。家の最寄り駅だという駅に到着した。駅も小さく、のどかで小さな町という印象だ。国有数の資産家だと聞いていたが、一等地に住んでいるのではなく、意外と田舎の方に住んでいる。家もまだ見えないし、お金持ち特有の大量の土地を持っているというわけではないようだ。

 

「自然豊かだな。マグノリアの街が都会に見える」

 

「でしょ? ここは庭だけどもうすぐ家が見えるわ」

 

「庭……?」

 

 前言撤回。いや庭って。目の前には平原が広がってる。庭とかいう大きさじゃないし、金持ちとかいうレベルじゃない。別次元の何かだ。確かに昔は王宮住まいだったし、王宮内では王族の衣装を着ていたが、王族と言うのは何も大きな敷地を持っているわけじゃない。基本的に王宮だけだし、王宮から出ないし。

 

「ラランのお家も持ってるんじゃないの?」

 

「いや……こんなのは……ないな」

 

「あっ、あれ。家見えたよ」

 

 でかい。住んでた王宮くらいでかい。門もでかい。こんなでかい門を作っても開けるのが大変なだけじゃないか。ルーシィが先に歩き、門を通って家の中の庭に入っていく。すると庭の掃除をしていた家政婦さんと思われる人がルーシィを見つけると、涙を流して駆けよって来た。

 

「お嬢様ーーー!!」

 

「スぺットさん!」

 

 感動的な再会と抱擁。それを見たハートフィリア家で働く人たちが続々と庭に駆けつける。父を嫌っていたルーシィだが家政婦さんや執事さんたちとは良好な関係を築けていたようで少し安心した。この家には敵だけではなかったのだなと。

 

「で、この男性は?」

 

「あ、この人は妖精の尻尾の魔導士で……」

 

「お嬢も良い年頃なんじゃい。彼氏の一人も作るわ」

 

「ちょ、ラランは……」

 

「皆さん初めまして。ララバンティーノ・ランミュートと申します。お嬢様にはいつもお世話になってます」

 

「ちょっと! ラランまで!」

 

「お嬢様の相手が聡明な方で安心しました。お嬢様をお願いします」

 

 お嬢様も結婚だとか、お婿さんだとか。騒がれたが、一人の家政婦が急いで駆け寄ってくるのを見て静まる。父親の伝令だ。家出した娘が帰って来たにも関わらず、出迎えもなく、謝罪もなく、家の中にいるとは。愛がない父親だ。

 

「お嬢様! 旦那様が本宅の書斎まで来るようにと」

 

「じゃ、行くか」

 

 家の中に案内されると、まずは着替えから始まった。貴族でも住んでいるのかと思うほど芸術的なシャンデリアやインテリアに見合うようなドレスに着替えたルーシィ。恐らくこれが家の中での正装だったのだろう。お嬢様が連れてきた賓客と言うことで、こちらにも男性用の正装を用意してくれた。こういう恰好をするのは何年振りか、昔のことを思い出してしまう。

 

「久しぶりだな。何だかくすぐったい気分だ」

 

「似合うじゃない。流石ね」

 

「ルーシィもよく似合ってる」

 

「ふふ、ありがと」

 

「あの、ララバンティーノ様もどちらかの名家のお生まれで?」

 

「いえいえ、そんなことはないですよ」

 

 家政婦さんからの質問に応える。嘘ではないだろう。既に家は亡いから。もし帰る家があったのなら、どんな気持ちだったのだろう。父と母が出迎えてくれて、家政婦さんたちもステルクやエスティさんも喜んでくれたのだろうか。いや父はまた放浪していて家にいないという可能性が大きいかもしれない。今はどこで何をしているのか、もはや生きているのかも分からないが、また会えたならその感動を味わいたいものだ。いやきっとどこかで生きている。彼らとはどこかで会える、そんな気がする。

 

「ここか」

 

「えぇ」

 

 ルーシィは書斎の扉の前で立ち止まり、深呼吸をする。

 

「じゃあ行ってくるね。ここからは一人で、頑張るから」

 

「あぁ。ガツンと言ってこい」

 

「うん」

 

 改めて顔を扉の方へ向けて中にいる父に挨拶をする。

 

「ルーシィです。ただいま戻りました、お父様」

 

「入れ」

 

 中から声がする。そしてルーシィは書斎に入っていった。ここからはルーシィの戦い。この扉一枚隔てたところから見守ろう。書斎の扉が閉じられると後ろで見守っていた家政婦さんや教育係、料理人達が一斉に扉の前まで駆けつけ、中の話を聞こうと聞き耳を立てた。

 

「どれどれ、俺も」

 

『ようやく帰って来たか、ルーシィ』

 

『何も告げず家を出て申し訳ありませんでした。それについては反省しております』

 

『お前にしては賢明な判断だ。あのままお前があのギルドにいたのなら、私はあのギルドを金と権威の力で潰さねばならなかった。やっと大人になったな、ルーシィ。身勝手な行動が周りにどれだけの迷惑をかけるのか身をもって良い教訓となっただろう』

 

『……』

 

『お前はハートフィリアの娘だ。他の者とは違う。住む世界が違うのだ。それを知ることが出来たのは幸運だったなルーシィ。そしてお前を連れ戻したのは他でもない。またもう一つの幸運、ジュレネール家の御曹司との縁談が纏まったからだ』

 

『はい、恐らくそのようなことだろうと』

 

『うむ、ジュレネール家との婚姻によりハートフィリア鉄道は南方進出の地盤を築ける。これは我々の未来と幸運を決める結婚となるのだ。そしてお前は男子を生まねばならん。ハートフィリアの跡継ぎをだ。話は以上だ、部屋に戻りなさい』

 

 全てを黙って聞いていた。横にいる家政婦さんの中には泣いている人もいる。この父親はルーシィをなんだと思っているのだろうか。幸運を運んでくる人形だとでもいうのか。政略結婚だとか男子を生まなければならないとか、親に利用されるのが子どもの使命ではない。もう我慢できずに書斎の扉を蹴飛ばしそうだった。

 

『勘違いしないでください。お父様』

 

『む?』

 

『あたしはお姫様に戻るために家に帰ったのではありません。あたしの決意を伝えに来たのです』

 

 扉を蹴飛ばす寸前でルーシィが言葉を紡いだ。そして父親を畳みかけようとするところで言葉が詰まった。どれだけ嫌おうと生みの親。訣別するには覚悟が必要だ。

 

 前にルーシィの家に行ったときに見てしまったものがある。母親への手紙だ。しかし何故かその手紙はこの家へ送信されず、箱の中にぎっしりと詰まっていた。それはつまり送り届ける相手がいないということだろう。つまりはルーシィの母親は既に故人。あの手紙は母への手紙という形の日記だった。この家に来た時も敷地内に一つ大きな墓があった。恐らくは母親の墓だろう。

 

 父と訣別することは望んでも、母や横で泣くスペットさんら家政婦さんとの思い出が詰まったハートフィリアと言う家と訣別する覚悟がまだ定まらないのだろう。今、この扉を開けて彼女の横に立ち、背中を押すことは簡単だ。だがそれでは彼女の邪魔をしているのと変わらないだろう。今こそこの家から一人立ちする時だ。

 

「ルーシィに勇気を。祈りましょう」

 

 扉に耳を擦り付けて話を聞いている家政婦さんたちに話かけると皆は涙ながらに祈り始める。この人たちはどちらかと言えば親ルーシィ派。父親のルーシィに対する接し方に直接は言えずとも心のどこかで不満を持っているのだろう。ルーシィと離れることは悲しい、その悲しみに代えてもルーシィを解放してあげたい気持ちを彼ら彼女らは持っている。

 

『確かに何も告げずに家を出たのは間違ってました。それは逃げ出したのと変わらない。だから今回はきちんと自分の気持ちを伝えて家を出ます』

 

『る、ルーシィ……』

 

『人に決められる幸運なんて無い。自分で掴んでこその幸運よ! あたしはあたしの道を進む。結婚なんて勝手に決めないで! そして妖精の尻尾には二度と手を出さないで! 今度妖精の尻尾に手を出したら、あたしが、ギルド全員が貴方を敵とみなすから!』

 

 幽鬼の支配者の事件によって決定的になってしまった親子の溝。どこから亀裂が入ってしまったのか、恐らくは母親、妻の死だろう。扉一枚を隔てて聞くルーシィの言葉は悲しみに満ち溢れていた。父と和解の道もあったはずだ。あの事件さえ無ければ。ただ彼は間接的にとはいえ、妖精の尻尾というルーシィにとって二つ目の家族を傷つけすぎた。それはもう許されることのないラインを越えてしまったのだ。

 

『あたしに必要なのはお金でも綺麗な洋服でも用意された幸福でもない。あたしという人格を、ラッキーなルーシィじゃなくて、ただのルーシィとして認めてくれる場所。妖精の尻尾はここよりずっと暖かい家族なの。短い間だけどママと過ごしたこの家を離れることはとても辛い。スペットさんたちと離れるのもとても辛いけど、もしもママがまだ生きていたら、貴方の好きなことをやりなさいって言ってくれると思うの』

 

『……レイラ』

 

『さよなら、パパ』

 

 その言葉を最後にルーシィは書斎から出てきた。入っていくときに来ていた綺麗なドレスが破られて出てきた時は何があったんだと焦ったが、ルーシィの気持ちが入りすぎて自分で破ったらしく、それは妖精の尻尾のルーシィらしいと感じた。

 

 その後、別れを惜しむ家政婦さんたちと挨拶を交わし、家を出た。するとルーシィがどうしても最後によっておきたい場所があると言うので、一緒に寄り道をする。それは来る途中に横目に見ていた墓。近づいて墓碑に刻まれた文字を見ると、レイラ・ハートフィリアと読めた。やはり母の墓だ。もうこの家を訪れることは暫く無いだろう。最後に愛していた、そして愛してくれた母の墓参りをしたいと願うのは当然のことだ。

 

「よし……!」

 

「母親に言いたいことは言えたか? ギルドに帰ったら皆と一緒に建築の手伝いだ」

 

「うん!」

 

 




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世代交代

久しぶりの投稿になりました。短いです


 幽鬼の支配者事件が幕を閉じ、妖精の尻尾には一時の平穏が訪れた。代償としてギルドという我家を失ったが、それはもう既に改築兼再建中。直にマグノリアの更なる象徴として復活するだろう。今日にも仕事受注も再開されるらしい。ただ、ギルド間抗争違反は紛れもない事実であり、幽鬼の支配者に非の多くがあると言えども違反は違反。今回はそこまで重い罪として問われることは無いだろうと言われていたが、裁判の結果、妖精の尻尾は無罪という判決が下された。評議員のヤジマ等の擁護によって何とか無罪に漕ぎつけた形であり、評議員の中でも最近の所業は目に余るとされている様子。数人の評議員は妖精の尻尾の解散を求める声を上げている。一方の幽鬼の支配者処分はギルドは解散指令、マスタージョゼは聖十大魔導の称号剥奪が言い渡されている。ガジルやエレメント4などの魔導士たちは次のギルドに所属していくだろう。

 

 一方その頃、妖精の尻尾ギルド内では、仮設のバーカウンターが完成し、今日から仕事の受注が再開されていた。カウンターに座るルーシィはいつも酒を飲んでばかりのメンバーたちが挙って仕事に向かう様子をほほえましく見守っていた。

 

「ここにいても無給でギルドの再建を手伝わされるだけだからな。息抜きにでも仕事に行くんだろ」

 

「ララン、来てたのね」

 

「来いって言われたからな」

 

「え、誰に……?」

 

 ルーシィの声を遮るようにエルザのけたたましい怒声が響いて来る。

 

「もういっぺん言ってみろ!」

 

 ギルド中の注目を集めたその声の方を振り向けば、エルザと対しているのは幽鬼の支配者事件には参戦しなかったラクサスだった。怒りの形相を崩さないエルザとは裏腹にラクサスはベンチにどっしりと座り余裕の笑みを浮かべていた。

 

「この際だ、はっきり言ってやる。弱え奴はこのギルドには必要ねぇ。情けねえなぁオイ。ファントム如きに舐められやがって。つかお前ら名前知らねえや」

 

 ラクサスはジェットとドロイの方を見て嫌味たらしく言う。しかしジェットとドロイはラクサスに何も言い返せず下を向いて拳を握りしめるばかりだった。そして視線はルーシィの方向へ移る。

 

「そして元凶のてめえ。星霊魔法使いのお嬢様よ。てめえのせいで……」

 

「ラクサス。それ以上言うなら話は無しだ」

 

「ちっララン。お前はそのお嬢様の味方かよ。まぁいい。俺がいたらこんな無様な目には合わなかっただろうなぁ」

 

 ラクサスはギルドの全方位から睨まれるが余裕綽々といった様子で弁を述べ続ける。そこでついに我慢できなくなったナツが殴りかかった。しかしラクサスは凄まじい光のようなスピードでそれを躱してしまう

 

「俺がギルドを継いだら弱えもんは全て削除する。歯向かう奴も全てだ。最強のギルドを作る。誰にも舐められねぇ史上最強のギルドだ。ふふっははははは」

 

「ラクサス、そのあたりにしておけ」

 

「あぁ!? 俺に指示すんじゃねえよララン。さっさと行くぞ」

 

「……」

 

 呼び出した張本人ラクサスと共に別の場所へ移動する。何の用で呼び出したかは知らんが、声をかけてくるのが最近は珍しくなっていた。何か重要な用なのだろう。

 

 移動した先は街の屋敷内だった。ラクサスに付いてきたはいいものの入ってみればラクサスの護衛三人。緑の長髪にサーベルを腰に携えたフリード、チーム1の長身に顔を仮面で覆った男はビッグスロー、そして雷神衆の紅一点エバーグリーンの雷神衆も集まっている。

 

「お前らもか。フリード、ビッグスロー、エバーグリーン」

 

「ふん、ラクサスが貴様を引き入れるというから許可しただけだ。俺は反対だったんだがな」

 

「まぁ座れや。ララン。持ってきたのは悪い話じゃねえ」

 

「聞くだけ聞こう」

 

 ラクサスは自分達のこれからの企画を話し始める。それを黙って聞いていたが、だんだんと顔が青ざめていくのが自分でもわかった。何という事をこいつらは企んでいるのか。そして何故この話をしてしまったのか。この話に乗るとでも思っていたのか。実行して到底許されることではない内容だ。あまりにも危険を伴いすぎる。

 

「……でだ。ララン、お前も協力しろ」

 

「何故協力すると思った。俺へのデメリットしかない」

 

「まあ待てや。まだ話は終わっちゃいねえ。もしこの作戦が成功したら……」

 

 ラクサスの言うことは想像を超えていた。ギルドと私情、どちらを優先するのか。それは勿論私情だ。ギルドの中でも公言しているはずだ。魔導士ではないと。そう言い続けている。自分は錬金術士、錬金術復興のために魔導士として働いている。錬金術が復興すれば魔導士なんて直ぐに辞める。それは今でも変わらない。もしも夢が叶うとするならば……。

 

「……汚い奴だ。いいだろう。ただし条件がある」

 

「いいぜ、交渉成立だ。やってもらうことは決まってる。これだけだ」

 

 1枚の紙を渡される。その紙はラクサス直筆と思われる依頼書。いやその書き方を見れば命令書だ。昔からの友人だから協力するのではない。これは己のためだ。

 

 再びギルドに戻り、バーカウンターに座わる。ラクサスからの命令書に目を通しながら内容の把握をしているとルーシィが話しかけてくる。その内容はやはりラクサスとのことだった。

 

「呼び出したのってラクサスなの?」

 

「そうだ」

 

「何の用だったの」

 

「まぁ近況報告さ。仲良いからな。さっきは悪かったな。ラクサスがあんなことを言って」

 

「ラランが謝ることじゃないわよ! あんな人がマスターの孫だなんて信じられないわ!」

 

 声を荒げるルーシィの対処に困ったところでどうにかしてくれという視線をエルザに送る。するとすぐさまエルザが声を挙げてくれた。

 

「それよりどうだろう。仕事にでも行かないか? ナツ、ルーシィ、グレイ、ラランも一緒にな」

 

「いっ!?」

 

「えっ!?」

 

 ルーシィは怒りもどこかへ行ってしまうほどに驚いていた。いつのまにか上半身裸になったグレイも同様だ。ナツとグレイの2人を巻き込んだのは予想外だったが、ルーシィの怒りを治めてくれただけでも感謝しよう。

 

「鉄の森の一件からずっと一緒にいるような気がするしな」

 

 エルザの言葉に今更かとマカオやワカバからツッコミが入る。確かに一緒にいる気はするが、それはたまたまであって意図していたわけではない。

 

「この際だ、チームを組まないか?私たち五人で。ハッピーも入れて六人か」

 

「わぁっ!」

 

 ルーシィは怒りから打って変わって喜びに満ちた表情だ。しかしすぐに考え込んだ顔に変わってしまう。

 

「でも、私なんかで良いのかな……」

 

「なんかじゃないさ。ルーシィだからこそ良いんだ。ルーシィがいないと締まりがないだろ」

 

「ララン……へへっ」

 

 ついに正式に最強チームが結成されるとギルドが沸き上がる。ルーシィは最強かという議論にはアルザックがアクエリアスを出されれば敵わないと言ったり、エルザは言わずもがなの強さ、ナツ、グレイの強さもお墨付き。

 

「ラランはホムたちとのチームはどうするんだ?」

 

「魔導士としての仕事はエルザ達と行く。今回の一件でホム達は傷つき過ぎた。もうあんな姿は見たくないからな。二人には錬金術士としての仕事に行くときだけ連れて行くよ」 

 

「なーーんだ。あいつら連れてこねーのか」

 

 ナツは少し不満そうだったが、他の皆は納得してくれた。ホム達と仕事に行く機会は少なくなるだろうが、2人の力はこれからも必要不可欠だ。だからこそ失う訳にはいかない。

 

「よしまずはルピナスの城下町で暗躍している魔法教団を叩く。行くぞ!」

 

「「「おおおおーーーー!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月が空に上がる再建中のギルドの屋根の上に裁判を終えて帰って来たマスターマカロフは木製のジョッキに注がれた酒を飲み考え込んでいた。その内容は今回の件を機に評議員ヤジマに引退を勧められたことだ。マカロフも聖十大魔導の一人とはいえ高齢、次世代への世代交代の時期がいつかはやって来ると自覚はしていた。しかしそれをこんなにも急に考えることになるとは思わなかったのだ。満月を眺めながらマカロフは世代交代、次のマスター候補を探していた。

 

 まず一番に名前が挙がるのは実孫であり妖精の尻尾内でも最強と呼ばれるラクサス。しかし数年前からギルドから反感を買うような行動を取るようになり、心に大きな問題を抱えている。次に挙がるのはミストガン。しかし彼はディスコミュニケーションの塊のような男であり、そもそも誰も声はおろか顔すら知らない。更にはエルザ。まだ若いが力量、精神共に優れている。

 

「もう少しとなればララン……しかしあやつに任せれば魔導士ギルドではなくなりそうじゃ。ラランは妖精の尻尾に心を開いておるようで開いておらん。仲間を心から信頼していながら、自分の目的のためには平気で切り捨てる危うい心を持っておる。困ったもんじゃわい」

 

「マスターこんなところにいらしたんですかー!」

 

 地上から話しかけてきたのは書類を抱えたミラだった。急いで走って来たのか息が上がっている。マカロフが下を覗き込んでミラの話を聞こうとすると、ミラは続きを話し始めた。

 

「またやっちゃったみたいです。エルザ達が仕事で街を半壊させちゃったみたいです。評議員から早急に始末書の提出を求められてますよ。あれ? マスター? どうしました?」

 

 大きな事件を起こして世代交代を考えた矢先に交代すべき世代がまた事件を起こしたショックでマカロフは砂となり散ったのも束の間、更なる怒りがマカロフを震わせ月に向かって叫んだ。

 

「引退なんかしてられるか――――!!」




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新アイテムを開発せよ

 マグノリア西部地域の盗賊団のアジトにて―――

 

「エーテルシュート!」

 

「やっちゃってタウロス!」

 

 振り回した杖が盗賊の頭部を直撃。糸が切れた人形のようにその場に取れた。一方のタウロスも自慢の拳が盗賊の頭部にクリーンヒット。アジトの壁まで吹き飛んで行った。

 

「やったね一丁上がり!」

 

「モォーーー! ルーシィさん、今日も素敵なナイスバディ!」

 

「歯ごたえ無かったな。それはそれでいいんだが」

 

「ララン、何で杖で戦ってたの?」

 

「こんな狭いところで爆弾使ったら俺達もろとも吹き飛ばすからな。怖いだろ」

 

「うっ……確かにそれは怖いかも」

 

 タウロス、ルーシィとハイタッチを交わして、別の部屋を制圧していたナツ、グレイ、エルザと合流する。ナツとグレイは倒れた盗賊たちを足で踏む、壁に押し付けるという、通称死体蹴りをしていた。一人逃げ出した盗賊に対してはエルザが一撃を入れて尻を足で踏みつける。その行為に興奮したタウロスがエルザに迫るがルーシィが強制閉門を施し無事に仕事を終えた。

 

「ルーシィ見てー。この宝石」

 

「ぎゃああああ! 勝手に持ってきちゃダメでしょ!?」

 

「お、ペンテローグじゃないか。いい素材だ。俺が貰っておこう」

 

「そ、そんなぁ~。ん?あそこにいるのロキじゃない?」

 

 ハッピーが指さした先には確かにロキと思しき、人物がいた。近づいて声をかけるとやはりロキ本人だったが、どこか顔色が悪く元気がない。

 

「ロキもこの辺で仕事か?」

 

「ああ。皆も?」

 

 しかしルーシィを見た途端にロキの様子は変わった。ロキは星霊魔導士が苦手でルーシィを見ると一目散に逃げだしてしまうのはいつもの事なのだが、今日はそれ以上に慌てふためていた。何か隠し事でもあるかのように。

 

「るるるる、ルーシィ!? 僕まだ仕事の途中だからぁああああああ!!!!」

 

「すごい勢いで逃げてった。ルーシィなんかしたか?」

 

「何もしてないー!」

 

 そういえばここ最近はロキの姿をギルドで見かけることは少なかった。ギルドの再建作業にもあまり顔を見せていなかったし何か理由があるからだと楽観視していたが深刻なことでもあったのだろうか。

 

「ま、いつもの事と言えばいつもの事だろ」

 

「うん……」

 

 その後、ロキの事はすっかり頭から抜け去って歩いてギルドへの道を進んでいた。その途中、見えてきた街を見てルーシィが提案をした。

 

「せっかく早く仕事が終わったんだし、たまには温泉にでも行ってのんびりしない?」

 

「ルーシィ……」

 

 エルザの厳しい目が光る。行ってはいけないことを言ってしまったとルーシィは怯み、男三人衆は目を逸らした。

 

「いい提案だ」

 

 しかしエルザは乗り気で、喜々として温泉街に向かって歩き出した。その様子を見た四人はホッと胸をなでおろすのだった。向かった温泉街は今マグノリアで最も人気のある温泉街ホウセンカ村。何でも東洋被れの公爵が設計した観光地らしく、その大胆さと微妙な東洋っぽさが話題を呼んでいる。

 

 男女に別れて温泉に入り、仕事の疲れを癒した後、宿泊することになった旅館の部屋へと移動した。ここで素直に眠りにつく妖精の尻尾ではない。勿論ここからが本番である。

 

「はーじめんぞコラァ!」

 

「旅館と言えば!」

 

「枕殴り!」

 

「枕投げだよ」

 

 ナツと共に両脇に枕を抱えて、部屋に襖を開ける。既に布団に入っていたグレイを起こしてしまったが、寝ていたとしても枕をぶつけて起こすつもりだったのでむしろ好都合だ。

 

「質の良い枕は全て私が抑えた」

 

 旅館の枕に質の違いがあるのかは不明だが、エルザも枕投げのやる気は満々でルーシィは不安そうに後ろから見つめている。そしてもう我慢できなくなったナツのフライング枕で試合が開始される。

 

「俺はエルザに勝つ!」

 

 エルザに向かって投げられたナツの枕はエルザの回避によって、ちょうどその後ろにいたグレイの顔に直撃。グレイは激怒し、枕投げ戦線に加わった。しかもちょうど準備されたかのようにグレイの足元に大量の枕が用意されており、圧倒的な戦力をグレイが保有することになる。

 

「喰らえ! エルザ!」

 

「甘いなララン。そんな遅い枕では私は捉えられんぞ」

 

「それはどうかな」

 

「何っ!?」

 

 投げた枕はエルザに回避され、後方に飛び去っていた。しかしここからが枕投げの真骨頂。枕に仕込んでおいた糸を思いっきり引っ張り、枕をエルザの後方からヒットさせた。しかし体幹の強いエルザは後方から一撃喰らったとしても崩れることなく豪速球を投げつけてくる。

 

「ずあああああああ!!」

 

 とてつもない威力の枕が顔面を直撃した。首から上だけがそのまま飛んでいきそうなほどの威力だが、それを身体が許さない。身体も顔と一緒に吹き飛んだ。

 

「や、やるじゃないか。だが、こちらの枕は二つ。エルザは0。枕投げで投げる枕がないなどお話にならんな」

 

 しかし枕投げをしているのは4人。後方でナツと投げ合っていたグレイがナツに向けて放った枕を無理やり強奪したエルザは一対一が2つの状態から四人入り乱れてのデスマッチ型にステージを変えた。

 

「あはは、よーしあたしも混ざるかな」

 

 そこに入って来たのが枕投げ初心者のルーシィである。この場において圧倒的な弱者だ。そしてここは戦場、弱肉強食の世界。四人から放たれた豪速枕がルーシィの全身に襲い掛かった。その威力にルーシィは襖を突き破って旅館の庭まで吹き飛んで行った。これは仕方のないことである。覚悟の無い者が戦場に紛れ込んでしまえばこうなることは予見できたはず。我々に非はない。

 

「やっぱやめとこうかなあたし。下手したら死んじゃうし……」

 

 そこからはハッピーも加わっての五人制デスマッチ。ハイレベルな枕投げ大会が行われた。この運動によって汗をかいたので再び温泉に入り直すことになった。

 

「ルーシィはどこ行ったんだ」

 

「さあなー。ハッピーもいねえし。トイレじゃねーか?」

 

「ハッピー関係ないだろ」

 

「ま、帰ってくるか……」

 

 とは言ったものの少し心配ではある。ホウセンカ村は有名観光地であるが故に悪漢も多い。中には魔法を使える輩もいるようで星霊魔法を封じられると只の女の子になってしまうルーシィには一人で出歩くには少し危険なところだ。

 

「ちょっと見に行くか」

 

 旅館を出て、少し歩いたところで少し変わった場所を発見した。全てが綺麗に舗装された道の中で少しだけ窪みが出来ている。何か強い力で傷をつけたように見える。何も無ければいいが。

 

「ん? ルーシィ……?」

 

 窪みを調べていると前方からルーシィが走って来た。声をかけようとすると横を通り過ぎてそのまま通り過ぎ去られてしまった。ルーシィが無事ならと思い、旅館に帰ろうと思ったが、ふと地面を見れば、水分の痕跡がほんの少しだけ見えた。雨は降っていない、周りに水を発生させる物もない。何よりこんな少しだけ、そして突発的に出来た跡ならば、一つしかない。

 

「涙……?」

 

 ルーシィが涙を流して走り去ったのに理由が無いわけが無い。この先で何かあったのか。この先には食事処がいくつかあるはずだが、そんなところで涙を流して走って帰るほどの理由が出来るのか。いやそんなことはないだろう。何か人的理由がありそうだ。気になる、進んでみよう

 

「あ」

 

「おや奇遇だね。ララン」

 

 進んだ先で出会ったのは仕事の終わり際にも出会ったロキだった。やはりいつもの快活さはなくどんよりと落ち込んだ雰囲気だった。そして何より生気が感じられない。

 

「何だロキ。来てたのか」

 

「あぁここに紛れ込んだ男二人組を捕らえる仕事でね」

 

「仕事は終わったみたいだが、顔色が優れないな」

 

「……少しね」

 

「右頬が赤いが、その二人組に抵抗されたのか?」

 

「あ、あぁ。相手も魔導士だから少し手こずってしまってね」

 

「嘘だな。抵抗する男が平手打ちなんかするか」

 

「……」

 

 もう答えは出ている。ルーシィがあの姿を見せたのは間違いなくロキと何かあったからだ。ロキも理由有りのようだが、女性に涙を流させるのはいただけない。洗いざらい話してもらうとしよう。

 

「ルーシィに何をした?」

 

「口説こうとしただけだよ。そしたらこの様さ」

 

「……ルーシィは泣いていた。悲しみの涙だ。全部話すまで帰さないぞ」

 

「……敵わないな。誰にも話さないでくれるかい?」

 

「約束しよう」

 

 ロキは全てを話してくれた。ロキのターゲットであった二人組がルーシィを襲ったところを捕縛。二人で飯処に入った後にルーシィを口説くために口説き文句で距離を詰めて抱きしめた。その口説き文句と言うのがよろしくなかったというわけだ。

 

「流石に僕の命はあと少しなんだは不味いわな」

 

「ははは、そうだね。やりすぎてしまったよ」

 

「で、その口説き文句は嘘じゃないな。クソナンパ野郎」

 

「えっ……」

 

「全部話すまで帰さないと言ったはずだ」

 

 ロキにはまだ話していないことがあるはずだ。ルーシィとあったことは全て真実だろう。ただ話には裏があるはずだ。そしてロキの口説き文句にさっきの言葉があるはずがない。ロキは女を守るタイプだ。自分が去るような

言葉を使うとは到底思えない。だから命があと少し、という言葉は真実であると考えられる。

 

「そうか……僕はもう死にゆくだけの存在。話すだけ話してあげるよ」

 

 ロキの正体は人間の魔導士ロキではなく獅子宮のレオ。星霊だ。そして彼女の元契約者である魔導士ギルド青い天馬所属のカレン・リリカは腕の立つ魔導士だったようだが、如何せん性格に難ありだったようで、気の弱いアリエスという星霊に無茶なことをさせたり、暴力を振るったりと目に余る行動が目立っていた。我慢の限界に至ったレオは彼女にお灸をすえるために人間界に常駐しカレンに魔法を使えなくした。星霊界に戻る条件をレオの鍵とアリエスの鍵を手放すこととした。しかしカレンは己可愛さにそれは出来ず、無理に星霊を召喚しようとして負荷に耐え切れず死亡した。それからというものいつまで経っても何をしてもカレンの亡霊が憑りついているという。そして星霊が契約者を殺めることは御法度。破れば星霊界への帰還を禁じられる。そのため今日までの三年間、レオはロキとして人間界に居続け、遂にその時を迎えようとしている。

 

 ロキは人知れず消滅すると決めていたようだが、それはあまりにも酷だ。本人にもギルドの仲間たちにも。本人が望んでいることをさせるのが個人的な理想ではあるのだが、このままロキを死なせてしまうのはロキだけの問題にはならない。その死は新たな悲しみを生むだろう。

 

 どうにかする方法としては、魔力の供給がなく常に魔力を消費する者に対して、魔力を供給するという難易度の高いもの。メンタルウォーターのような誤魔化しではダメだ。量が少なすぎる。常に留まり続けるならホムのような無限機関でも作るしかない。ただそれは今の力では不可能。本来の星霊のように鍵による門の開閉で別空間から呼びだすのが一番だ。しかし星霊が星霊界以外の空間で生存可能なのかは全く分からない。星霊が住みよい空間が作り出せればいいのだが。

 

「あとどのくらい持ちそうなんだ?」

 

「分からない。いつ消えてもおかしくない状況だ。でも君を信じて限界まで持ちこたえてあと一週間ってとこかな」

 

「そうか……残る余生を楽しむんだな」

 

「あぁ、」

 

 ロキと言葉を交わし、その日は旅館へ戻った。そして夜が明けて、ロキを助ける方法を考えつつギルドに帰った。その帰路の間もルーシィの顔色は暗かった。ロキが星霊であることは知らなくても、星霊魔導士として気になる部分がある、もしくはロキのことに関して感づいていることがあるのだろう。

 

 帰還後はアトリエに引きこもり、本を読み漁る日々だ。既にあるアイテムを改良して、星霊の鍵と門に似た構造を持つアイテムを作り出す。鍵で星霊界という別次元の門を開くことによって星霊を人間界に呼び出す。それが星霊魔法のプロセスだ。一分一秒がとても早く感じられた。タイムリミットの一週間までどんどんと時間が減っていく。焦りに焦りが重なる中、新アイテムの研究は減りゆく時間とは逆に完成までの道のりは遠のくばかりだ。初日から三日目までは順調に研究が進んでいたのだが、あと一歩になったところで一つ直しては一つダメになるという状況に陥ってしまった。

 

 そして研究を始めてから五日が経った夜だった。ほとんど寝ていなかった頭に衝撃を起こす知らせをグレイが持ってきた。

 

「やべえ! ララン。ロキがギルドから出て行っちまった!」

 

「なぁんだってぇ!?」

 

 一週間というタイムリミットは最大の日数。本人もいつ消えてもおかしくはない状況にあると言っていた。あれだけ大きなことを言っておいてあと一歩のところから進めていない。何としてでも彼を救って錬金術の力を見せなければならないのだ。こんなところで諦めるわけにはいかない。

 

「ここから行くとしたら……一発勝負だ……」

 

 最後の一回の調合を始めた。これまでの研究の成果、満たさなければいけない全ての条件を満たすアイテムを作り出す。この調合で失敗すれば彼の命は費える。このアトリエに無残に散らばる調合の失敗作の灰のようにさらさらと散るだろう。

 

「俺も後で探しに行く。グレイも探しててくれ」

 

「おう!」

 

 グレイはそう言うとアトリエを飛び出して、ロキを探しに行った。恐らくロキはもうこの街にはいないだろう。彼がいるのは己の死に場所に選んだ場所。墓、それもマスターの墓だ。そこで全ての罪を清算するつもりなのだろう。

 

「ホム! カレン・リリカの墓を調べてくれ!」

 

「かしこまりました」

 

 この最後の一回。死んでも失敗出来ない。彼を助けるためにも必ず成功させなければならない。そして――

 

「出来た! これでロキを救えるはずだ。これぞ星霊石! 鍵に代替できるはずだ」

 

 出来上がった星霊石を握りしめ、カレン・リリカの眠る墓の元へロキの元へ、アトリエを飛び出した。




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罪を償うということ

一か月近く投稿できず、申し訳ありませんでした。

いつのまにか目標だったお気に入り数100件も超えていました。ありがとうございます。

これからもぼちぼちと頑張っていきます。


 ホムから伝えられたカレン・リリカの墓標は近くの森を抜けて、一面の滝に囲まれた崖の先に一つだけ建立されている墓であるという。彼女の所属ギルドは青い天馬だったため、墓の場所もそこから間もない場所である。妖精の尻尾からは多少の距離があったが行けない距離ではない。短時間で行けて、ロキが死に場所に選ぶならそこだろう。

 

「このあたりか……」

 

 その場所に辿り着くために、森林を掻き分けて突き進む。目的地が見えると人影が見えた。ロキで間違いないだろう。彼はこの時を待っていたのかもしれない。カレン・リリカが死んだときからこの瞬間を。すべての罪を清算できるこの日を待ちわびていたのかもしれない。

 

「ララン!?」

 

「ロキ、お前を星霊界へ戻すアイテムを作った。これで生命力を回復できるはずだ」

 

墓標の前に立っていたのはやはりロキだった。目の下のクマは酷く、顔も青ざめている。立っているのがやっとの状態なのはあきらかだった。

 

「馬鹿な!? 星霊界に定められた掟は絶対だ。人間の力でどうこうできるものじゃない!」

 

「そうだな。元々いた星霊界へ戻すのは不可能だ。だから疑似的な星霊界を作った。そこへ入れば消滅することはないはずだ」

 

「そんなことが可能なのか……流石は錬金術、とでも言っておこうか。でも僕には必要のない物だ。僕は罪を償うために消滅する」

 

 ロキの意思は頑なだった。どうやっても星霊石を受け取ってもらえそうにない。まだ彼に余裕がある間に使用しないとどうなるか分からない。今使っても成功するかどうか分からないのだ。使うのが速いに越したことはない。強引にでもロキにはこれを使ってもらう。

 

「悪いな。無理やりにでも使わせてもらうぞ!」

 

 星霊石を受け取るのを渋るロキに痺れを切らし、手に持った星霊石を無理矢理ロキの心臓部に押し付ける。するとロキの身体に呼応した星霊石が光を放ち始める。

 

「これは……」

 

「星霊石がロキを疑似星霊界へ移動させる!」

 

「うぅ……!!」

 

 しかし星霊石の光はロキを包み込んだと同時に砕け散ってしまった。ロキは依然として先程同様苦しんだままだ。バラバラになった星霊石の欠片を握りしめると、星霊石によるロキの救出が失敗したことに気がついた。

 

「ロキ!」

 

 唯一の手が失敗した。そのことに動揺は隠せない。どうすることも出来ずあたふたと慌てふためく姿はさぞ滑稽なことだろう。更にはまだ星霊石によるロキの回復が失敗したことを受け入れられずにいる。錬金術が失敗するなどあり得ない、そんな気持ちがどこかにあったのだ。その気持ちが失敗した今になって底から溢れ出してきた。

 

「そんな……俺の錬金術が……星霊石が……」

 

 心にあるのはロキを救えなかった悲しみよりも我が錬金術が失敗した悔しさだった。ただ握りしめた星霊石の欠片を見て、心が亡くなったように何も考えられなくなっている。何も出来ないまま目の前で仲間が死にゆく。形は違えど15年前の事が脳内でフラッシュバックする。逃げ惑うことしか出来なかった15年前、そして救うために立ち上がった今、どちらでも仲間を失うことになってしまうのか。そんな絶望が心に芽生えた。そこで耳を劈くようなロキの苦しむ声でまた現実に引き戻された。途方に暮れる中で後方から草木を掻き分ける音がした。

 

「ロキ! あれ...ラランも」

 

「ルーシィ!?」

 

現れたのはルーシィだった。南十字座の星霊クルックスからロキに関する話を聞き、この場所を突き止めたという。苦しむロキを見てすぐさま駆け寄るが、ルーシィにも解決策はなく、絶望的な状況に変化は訪れなかった。

 

「クル爺は詳しいことは教えてくれなかった。何があったのよ、ロキ」

 

もはや立つことすら厳しくなったのか墓標の横に尻餅をつくように座り込んで、ルーシィにも過去に起こったことを話した。ロキの話が進む度にルーシィの顔は険しくなっていく。話が終わる頃には殴り掛かりそうな顔になっていた。

 

「そんな顔をしないでくれよ。せっかくの美しい顔が台無しだ」

 

「だっておかしいじゃない! ロキがカレンを殺めたのだってアリエスを守るため! 不慮の事故よ!それでロキが星霊界から追放なんておかしい!」

 

ルーシィの言うことも最もだ。しかしそれは人の感情によるものであり、星霊界では通用しない。それこそ星霊界を束ねる絶対君主が法を変えない限りロキの運命は変わらない。

 

「ぐっ……ついに来たか」

限界を迎えたロキの体が半透明になり始めた。本格的な消滅が始まったのだ。未だにこちら側からロキを復活させる方法はない。それでもルーシィは諦めずにロキに魔力を分け与えていた。ロキはルーシィの為を思い、引き剥がそうとするが、しがみついて離れようとしない。

 

「開け!獅子宮の扉! 開いて!」

 

 ルーシィは必死に叫ぶが、星霊界の扉は開かない。もう全てを諦めているロキは優しくルーシィに辞めるように宥めるが、ルーシィは聞く耳を持たない。

 

「目の前で消えてく仲間を放っておけるわけないでしょ!」

 

 ルーシィは更に大量の魔力を放出し、獅子宮の扉を開こうとする。何度も何度も弾かれながら、決して諦めない姿は美しいとは言えない。しかし、自然と手がルーシィの肩に伸びていた。

 

「ルーシィ、俺の魔力も使ってくれ。獅子宮の扉を開けるのはルーシィだけだ」

 

「ララン! ロキ、絶対助けてあげる! 星霊界の扉なんてあたしが無理やり開けて見せる!」

 

 大量の魔力が渦巻く三人の周りには火花が飛び散り、三人の位置を中心として突風が巻き起こっている。

 

「二人ともやめてくれ! 開かないんだ! 契約に逆らった星霊は星霊界には戻れない! それに君たちは星霊と同化し始めている。ここのままじゃ君たちまで一緒に消えてしまう!」

 

 ロキも必死だった。既にカレンを裏切り、間接的に殺めてしまった。その罪に加えて、自分を助けようとする2人の仲間の命まで奪ってしまうなんてことは許されることではない。

 

「これ以上、僕に罪を与えないでくれー!」

 

「何が罪よ! そんなルール、あたしが変えてやるんだから!」

 

 ルーシィが叫んだその時だった。突風と火花が一瞬にして消え去り、ロキから弾かれるように強制的に引きはがされてしまった。さらに空に浮かびあがた流星が躍り、滝の水が空へ打ちあがっていく。そして現れたのは髭の長い巨人だった。ロキはその姿を見て震えあがる。

 

「まさか……星霊王!?」

 

「星霊の王ってことは一番上ってことか……」

 

 星霊王は腕を組み、こちらを見つめたまま、喋り始めた。

 

「古き友……人間との盟約において、我等、鍵を持つ者を殺めることを禁ずる。直接では無いにせよ間接にこれを行った獅子宮のレオ、貴様は星霊界に帰ることを禁ずる」

 

 星霊界のトップ、存在だけで圧倒的だ。あまりの迫力に気圧されそうだが、ぐっと踏み込んで立ち上がる。しかしそれよりも速くルーシィが立ち上がり、星霊王に臆することなく噛みついていった。

 

「ちょっと! それじゃあんまりじゃない!」

 

「古き友、人間の娘よ。その法だけは変えられぬ」

 

 法を定めるは君主である星霊王。ルーシィが法を変えると口走ったからこの場に姿を現したのか。真相は定かではないが、王自らが直々に姿を現すとなれば、それほどに重要なことになっているのだろう。

 

「ロキは三年も苦しんだのよ。アリエスの為に! 仕方なかったことじゃない!」

 

「余も古き友の願いには胸を痛める。が……」

 

「何言ってんの!。古い友達なんかじゃない。今目の前にいる友達のことを言ってんのよ。ちゃんと聞きなさい髭親父!」

 

「髭……?」

 

 流石にそれは不味いのではないかと思った。星霊王を怒らせては願いを認めてもらうにも厳しくなるだろう。ただ、ルーシィは星霊王へ怒りをぶつけ続ける。

 

「これは不幸な事故でしょ。ロキに何の罪があるっていうのよ。無罪以外は認めない。このあたしが認めない!」

 

「もういいルーシィ。僕は誰かに許してもらいたいんじゃない。罪を償いたいんだ。このまま消えていきたいんだー!!」

 

「そんなのダメ――――!!」

 

 ルーシィの叫びに呼応するように大量の魔力が放出される。

 

「あんたが消えてもカレンが戻ってくるわけじゃない。新しい悲しみが増えるだけよ!罪なんかじゃない。仲間を想う気持ちは罪なんかじゃない!」

 

 ルーシィの魔力では同時に呼び出せる星霊は一体だけだ。一体ずつ呼び出したとしても二体、三体が限界のはずだ。それが今、目の前に広がっている光景は何だ。アクエリアス、タウロス、キャンサー、バルゴ、サジタリウス、リラ、クルックス、ホロロギウム、プルー、所持している星霊が全て現界している。

 

「あんたが消えたら、あたしが、アリエスが、ここにいる皆が新しい悲しみを背負うだけ。そんなの罪を償う事にはならない!」

 

「おっと……」

 

 ルーシィはそこまで言うと、ふっと力が抜けたように倒れこんでしまう。姿を現していた星霊も消えてしまった。ルーシィを支えるためにすぐさま駆け寄り、肩を支えたが、意識を失っているわけでもなく、魔力欠乏だけで済んでいる。魔力が尽きてもなおルーシィは、星霊王に食い下がる。

 

「今、姿を見せてくれた、あたしの友達も皆同じ気持ち。あんたも星霊ならロキやアリエスの気持ちがわかるでしょ!」

 

「ううむ。古き友にそこまで言われては間違っているのは法かもしれんな。同胞アリエスの為に罪を犯したレオ、そのレオを救おうとした古き友。その美しき絆に免じ、この件を例外とし、レオ、貴様に星霊界への帰還を許可する」

 

「いいとこあるじゃない。髭親父」

 

「免罪だ。星の導きに感謝せよ」

 

 星霊王はにかっと笑うと星の元へ消え去った。ロキは自分が許されたことが許せず、星霊王に泣きつく。姿の無い星霊王の声だけがロキへ一つの使命を与えた。

 

「それでもまだ罪を償いたいと願うならば、その友の力となって生きることを命ずる。それだけの価値のある友であろう。命をかけて守るがいい」

 

 それだけを言い残して星霊王は完全に消え去った。その瞬間から時間が動き出したように滝の水が宙から降り注ぎ、周囲の景色が元通りに戻っていった。そして獅子宮の扉が開き、ロキ、もといレオは星霊界へ戻っていった。ルーシィの手には獅子宮の鍵が握られた。

 

「はぁ結局敵わなかったな」

 

「ララン。ロキを救えたのは貴方のおかげよ。魔力を貸してくれなかったらほんとに死んでたかも。ありがと」

 

「あ、あぁ。どうも」

 

「でもラランは何をしようとしてたの?」

 

「それはいいんだよもう。ロキは助かったんだから。帰ろ帰ろー」

 

「あ、ちょっと! 教えてよー!」

 

 砕け散った星霊石の欠片は全て集めた。今回は失敗したが、成功は失敗の元。次はもっと洗練させて、星霊を使役できるまでに仕上げる。そのためにはまず失敗作の研究が必要だ。仲間を守るためにも夢を叶えるためにも。

 

 

 で、翌日のこと。ロキは星霊界に戻ったことでエネルギーを回復。まだまだ万全ではないが、ギルドに挨拶をしたいと今までのロキの姿でギルドに顔を出していた。

 

「星霊だぁ?」

 

 ロキをあらゆる角度から観察しているのはナツ。グレイも全く気が付かなかったと首を傾げていた。そこで一つの疑問を持ったナツがロキに詰め寄る。

 

「ちょっと待て。お前牛でも馬でもねーじゃねーか!」

 

「バルゴだって人の姿だろ」

 

「確かに。でもあいつはゴリラにもなれるんだぞ」

 

「ロキは獅子宮だからライオンだな」

 

 ライオンという言葉にナツもハッピーも驚く。ハッピーは同じネコ科のロキに羨ましいとすり寄っていく。星霊であることが明らかになったものの、これからどうしていくのかは誰も聞かされていなかったためグレイがそのことを質問した。

 

「今まで通りとはいかないね。ルーシィがオーナーになってくれたから、これからはルーシィのピンチに颯爽と駆けつける。さしずめ白馬の王子様ってとこかな」

 

 ロキはそういう訳で、とルーシィをお姫様抱っこでこれからの二人の今後を話し合おうと連れて行こうとした。ルーシィが降ろせと言い、ロキを強制閉門で星霊界に帰しかけたが、ロキがちょっと待ってとルーシィを止める。

 

「何これ」

 

 ロキがポケットから取り出したのは数枚のチケット。受け取って字を見てみると有名観光地アカネビーチのリゾートホテルの宿泊チケットだった。ロキ曰くガールフレンド達と行くつもりだったが今回のこともあり、現世に長くいることも無くなったため、もう不要だと言うことだ。こちらとしては受け取らない選択はない。ありがたく受け取った。ホム達も喜ぶ事だろう。

 

「もうエルザには渡しておいた。楽しんでおいで」

 

 それだけ伝えるとロキは星霊界に帰っていった。すると麦わら帽子にハイビスカス柄のTシャツ、ホットパンツ、更には浮き輪まで装着し完全装備のエルザが姿を現した。いつも通りの大量の荷物も引きずっている。

 

「貴様ら、置いていくぞ」

 

「気はえーーよ!!」

 

 アカネビーチ、楽しみだ。早速準備を整えるためにアトリエに戻り、ホム達を連れて、皆と共にアカネビーチに出発した

 

 

 

 




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再会

 てな訳で、やってきたアカネビーチ。ナツ、グレイ、ルーシィ、エルザ、ハッピーにホム2人と一緒に大勢での観光というのはギルドにやってきてから初めての体験だ。もう既に全員が水着に着替えて、遊ぶ準備は万端だ。

 

「ホム、ちゃんと日焼け止めは塗っておくんだぞ。肌が焼けるとヒリヒリしちゃうからな」

 

「ホムンクルスって日焼けするの?」

 

「知らん。でも塗っておいて損はない。もしも日焼けされたら大変だからな」

 

 普段、露出の少ない服を着ていることで日焼けのことなどは考えたこともなかったが、二人とも水着を着用するのも初めてだし、初めての海だ。用心するに越したことはない。このためにホム君とは一緒に水着を買いに行き、ホムちゃんはルーシィと一緒に水着を買いに行ってもらった。二人にも存分に楽しんでもらいたいのだ。

 

「さて、遊ぼうぜ!」

 

 そこからはビーチバレーに海水浴、ウェイクボードにと日ごろの仕事の疲れを癒す、楽しい時間を過ごした。一通り遊びつくした後は、例のリゾートホテルに移動した。普段あまり身体を動かさないものだから、遊んだことによる心地よい疲れが抗えない睡魔を呼び込んだ。そこで、少し仮眠でもとテラスにあるデッキチェアで眠りについた。そこでは夢を見ていた。過去の回想のような夢だった。

 

 ソファに腰掛けた状態で目が覚めた。目の前に広がるのはこじんまりとした部屋に二人の女性とホム達。一人の女性は鼻歌交じりに釜をかき混ぜている。もう一人の女性はもう一つのソファで読書をしている。鼻に感じるのは甘いパイの香り。ここはアーランド王国のアストリッドのアトリエ。錬金術の全てを学んだ場所だ。

 

「あ、ララくん起きたー?」

 

「……ロロナ?」

 

 この言葉を発した瞬間、何故か涙が込み上げてきた。理由は分からない。彼女は頑なにラランと呼びたがらなかった。ンぐらい略さずに言えばいいのに、ララバンティーノだからララくんと最初に決めてからずっとこの呼び方だ。

 

「あれ、何で泣いてるの? 怖い夢でも見た?」

 

「え、あ、いや」

 

 涙が頬を伝っていることに気づいた彼女は、自分の服の袖で、涙を拭ってくれた。そればかりか彼女はよしよしと頭を撫で、涙の止まらない様子を見ると母のように抱きしめた。懐かしい温もりだった。人懐っこくて泣き虫でドジ、でも誰よりも頑張り屋で負けず嫌い。彼女の名前は、ロロライナ・フリクセル。通称ロロナ。いつも俺の隣にいた。彼女の言う通り今まで怖い夢を見ていたのかもしれない。この世界が現実であり、今までは全て夢だったのだ。

 

「ロロナ、怖い夢を見たんだ。この国がドラゴンに襲われて亡くなってしまう夢」

 

「なにそれー、ララくん変なのー。そんなドラゴンが来ても師匠がやっつけてくれるよー。ねっ師匠?」

 

「んー? すまない。本に夢中でな。もう一回言ってくれ」

 

「もー、ドラゴンが来ても師匠がやっつけてくれますよね?」

 

「あぁ! 勿論だとも。国のことなどどうでもいいが、可愛い弟子は守ってやるぞ!」

 

 そういって拳を握りしめたのは、俺達の師匠アストリッド・ゼクセス。この小さなアトリエの店主。町の人達のことを良く思っておらず、逆に町の人からも良く思われていない。ほとんどないアトリエの仕事は弟子の2人に任せっきりで昼まで寝ては本を読んで、ふらっと外に出て帰って来て寝る。そんな生活を繰り返しているような人だ。それでも弟子には意地悪なところもあるが、優しくいつも微笑んでくれていた。大体が小馬鹿にしたような笑いだったが。

 

「どうしたララくん。そんな不安そうな顔をして」

 

「アストリッドまで! いや不安っていうか……」

 

「こら!お姉さまと呼ばんか! で、なんだ、お前はそんなものに竦みあがる男だったのか?」

 

 そこで場面は転換した。次に目を覚まして見えたのは赤だった。燃え盛る火炎。見渡す限り全ての建物が燃えている。そうだ、あれは夢ではなかった。平穏で楽しい日々に終わりを告げる竜王の咆哮。目の前に巨大な龍が降り立つ。身体は痺れ、既に戦ったのか、それとも事故に巻き込まれたのか動くことはない。もう終わりだ。この命はここで潰える。

 

「起き上がらんか!」

 

 聞こえたのは聞き覚えのある声だった。いつもはぐうたらで仕事もしない師匠、アストリッドの声だ。ドラゴンが来ても弟子は守る、師匠は大事な約束だけはなんやかんや守る。後ろにはホム達を従え、ドラゴンの前に立ちはだかった。そして遅れて登場した戦士がもう一人いた。

 

「この国は私が守らなければならない。そして息子の命もな」

 

 アーランド国王にして我が父、ジオバンニ・ルードヴィック・アーランド。大陸一と称された剣術であらゆる怪物を一太刀で倒してきた百戦錬磨の剣士だ。

 

「ホム。ラランを連れて逃げろ! ロロナはもう逃がした」

 

「「かしこまりました」」

 

「父上、アストリッド……」

 

「今まですまなかったな。父としてすべきことは何もしてやれなかった。だがここでその責、果たさせてほしい」

 

「私を誰だと思っている。天才錬金術士アストリッド様だ。こんなやつすぐに追い払って見せるさ。だから、な、また会おう」

 

「嫌です! 俺も一緒に戦います!」

 

「逃げろ。お前には未来がある。元気に生きろよ。息子よ」

 

「父上にもまだ……!」

 

「そんな立つことも出来ない体で何が出来るんだ? 最後ぐらい『お任せしました、お姉様』ぐらい言えんのか」

 

「最後って……」

 

「おっと口が滑ったな。ホム、さっさと連れていけ!」

 

「父上! アストリッドーー!!」

 

 ホムに抱えられ、燃え盛る街から逃げる。何度も抵抗し、2人の方へ手を伸ばした。涙も鼻水も涎も垂れ流しだった。逃げる中で二人とドラゴンの戦いはずっと続いているのを見ていた。見えなくなるまでずっと戦い続けていた。

 

 

「……!?」

 

 夢か。怖い夢、されど懐かしい顔が出てきたものだ。ロロナにアストリッド。何も変わっていない。俺は十年の時を経て、成長し、大人になった。だが、思い出の中の二人は同世代の少女と麗しい女性のまま。

 また会おう、か。いつかまた会えたなら、また錬金術を教えてくれるのだろうか。それともお前にはもう教えることはないとでも言ってくれるのだろうか。

 父上は生きていれば60歳近くになっているはずだ。また会えたなら、大きくなったなと言ってくれるだろうか。幼い頃に目指した父の背中をもう一度、見て見たいものだ。

 そして、ロロナは、あの最後の場面にはいなかった。師匠は逃がしたと言っていたが、ホム達は二人ともこちらにいる。ロロナは一人で逃げ切れたのだろうか。逃げた先でもうまくやっているだろうか。一つ年上の彼女だったがどうにも頼りにされるばかりだった気がする。しかし、いざという時に頼りになるのはいつも彼女だった。

 

「ララーン!」

 

「……ルーシィか、どうした?」

 

「あれ、何で泣いてるの? 怖い夢でも見た?」

 

「……!? いや眠っていて起きたばかりなんだ。それで少しあくびをしただけだ。で、どうした」

 

「地下にカジノがあるんだって! 行ってみない? ナツやグレイはもう遊んでるよ!」

 

「いいな。たまには行ってみるか」

 

 ロロナとルーシィが重なって見えた。あまり似ている所はないが、あんな夢を見たせいだろう。もうロロナはいない。俺のいる場所はアーランドじゃない。マグノリアの妖精の尻尾だ。

 

「そういえばホム達はどこだ。寝る前まではこの部屋にいたんだが」

 

「え、うーん。ナツ達が連れて行ったんじゃない?」

 

「カジノに行けば会えるか」

 

 不安ではあったが、特に問題視することなく、カジノへ向かった。ホム達が突然どこかへいなくなるというのはあまり経験が無い。ナツやグレイが連れて行ったのであればいいのだが。

 

「結構すごいな」

 

「お、エルザも来たのか」

 

「ナツ達に声をかけられてな。たまにはいいだろうとやってきたのだ」

 

 カジノの入り口でエルザに出会った。エルザはいつもの鎧ではなく、カジノに見合ったエレガントなドレスを纏っている。三人でカジノに入ってトランプゲームのゾーンへ行った。エルザが得意だと言うので、任せて見れば、それはもう強い。あり得ない確率で役を作り上げ、連勝に次ぐ連勝を重ねた。

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、ちょっと待っててくれ。気になるものがあった」

 

 ふと視線を逸らした時、エルザの連勝ぶりに集まったギャラリーの隙間から見覚えのある帽子が見えた。ピンクと白に羽がアクセントで付いている。まさかな、出来すぎたストーリーだ。でも気になるものは気になる。

 

「どこにいったんだ」

 

 すぐに追いかけたはずが、どこかへ消えてしまった。やはり見間違いかと思って、ルーシィとエルザのところへ戻ろうとすると再びギャラリーの隙間からあの帽子が垣間見える。また追うとまた消え、戻ろうとすると現れる。弄ばれているようで非常に腹立たしい。追いかけっこをしていると、カジノの照明が一斉に落ちた。何も見えない。周囲はギャラリーによるざわめき、奇声、叫び声で音による情報も全く入ってこない。臨戦態勢で周囲を警戒し続けていると、正面から何らかの液体が降りかけられた。

 

「これは暗黒水……」

 

 超高等アイテムともいえる暗黒水。これは錬金術によって編み出されたものだ。最近このアイテムを作ったことは記憶にない。つまり、本当に彼女が目の前にいる。毒を秘め、筋肉を弛緩させ、力を奪う暗黒水のダメージを受けながら、一歩一歩前へ歩く。その時、照明が回復した。

 

「久しぶりだね、ララくん」

 

「ロロナ……」

 

「十年ぶりかな。大人になったね」

 

「ロロナもな。で、これは何の冗談だ。いきなり暗黒水をひっかけるなんて習ってないぞ」

 

「ごめんね。でも私にもやらなきゃいけないことがあるの。だからね」

 

 そういうロロナの後ろからホム達が姿を現した。

 

「ホム! ロロナ、お前がホム達を」

 

「そうだよ。だって私の方が先に師匠の弟子になったんだからホム君たちはララくんより私の命令を優先するよ。あ、もう時間だって。ごめんね。ジェラールのところに帰らなきゃ」

 

「ジェラール……?」

 

「ホム君とホムちゃんは貰っていくね。さよならララくん」

 

「待て!」

 

「エーテルライト!」

 

 まばゆい光が視界を覆う。次に目を開けた時には既にロロナの姿はなかった。

 

「ロロナ……うっ……」

 

 暗黒水の毒が全身に回り、その場で気を失ってしまった。

 

 

 

「ラン……ララン!」

 

 声が聞こえた。今度はロロナの声ではない。もっと最近聞いた声だ。はっと目を覚まして体を起こすと、目の前にはルーシィとグレイ、そしてつい先日の幽鬼の支配者との戦いでお世話になったエレメント4のジュビアがいた。

 

「ルーシィ、グレイ。どうしてそいつがいる」

 

「あ、あの……ジュビアは……」

 

「ララン、こいつは敵じゃねえ。俺を守ってくれた」

 

「……まあいい。今はそれどころじゃない。ホム達が攫われた」

 

「えっ! ホム君たちも!?」

 

「もってなんだ」

 

「実はエルザも攫われちゃったの。エルザの昔の仲間だったっていう人たちに。エルザが奴隷として働かされてた時の仲間」

 

「何……じゃあロロナも……?」

 

 そんなはずはない。いやエルザは今19歳、ギルドに来たのは7年前。アーランド滅亡は10年前。ギリギリ被った可能性もあるか。思慮に耽っていると背後から瓦礫が崩れ去る音が聞こえた。敵襲かと振り返ると、天に昇る炎を吐き出したナツの姿があった。ナツも襲撃を受けたようで、喉奥に銃弾を受けるという一般人なら完全アウトの攻撃を喰らって怒り心頭だった。またエルザ、ホムに続き、ハッピーも誘拐されたようで、ナツはそのまま外へ飛び出してしまった。

 

「追うぞ。あいつの鼻ならエルザをさらった奴等の場所へ行けるかも」

 

 ナツを追って走って走って、浜辺から船を使って海を渡って。挙句の果てに迷った。

 

「こっちで合ってんのか!?」

 

「ナツ、どうなんだ」

 

「うぷ……」

 

 迷ったまま船を漕いで、進んでいると遠くに大きな塔が姿を現した。ルーシィはそれを指さして楽園の塔と言った。それはエルザを攫った奴等が口にした帰るべき場所だという。そして昔エルザが奴隷として働かされていた場所でもあるらしい。

 

「とりあえず上陸しよう。陸上ならナツの鼻も利く」

 

 かくしてエルザ、ホム、ハッピーを奪還する為、楽園の塔なる地に上陸することになった。何故ロロナがあの場所にいたのか、エルザを攫った者達とロロナの関係は一体。気になることは沢山あるが、まずはもう一度会いたい。そして話をしたい。きっと分かり合えるはずだから

 

 




暗黒水

強力な毒性を秘めた真っ黒な水。毒と毒を掛け合わせて作るため強い毒が生まれる。異臭と強い酸性を持つため、注意が必要

感想、評価などお待ちしております。


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突入 楽園の塔

 楽園の塔が聳え立つ島に上陸すると、岩陰に姿を隠す。そこから顔だけを覗かせて、周囲を見渡す。武装した兵士たちが何十人といるところを見るとかなり厳重に警備をしているように見える。岸辺には破壊された軍の船が打ち捨てられていたし、この島周辺に近づく鳥や魚は糸が切れたかのように次々に命を落としていた。この島はおかしい、この場にいる全員が直感で感じ取っている。

 

「正面突破は無理か」

 

「どうすんだ」

 

「ジュビア、俺についてこい。水中から別ルートを探す」

 

「貴方に命令されるのは癪です」

 

 この期に及んでもそんなことを言うのかと思ったが、ぐっと堪えてジュビアを手招きする。

 

「グレイ、ジュビアに命令してくれ」

 

「何で俺が……ジュビア、ラランと一緒に行ってくれ」

 

「はい! グレイ様の為なら喜んで!」

 

 呆れながらもジュビアと共に海に潜る。流石大海のジュビア、水中でのスピードは魚より速いとすら思わされた。ジュビアの活躍もあって、島の反対からのルートを見つけた。一度、陸に上がり、ジュビアと周囲を探索する。幸い敵の姿もなく、安全に侵入できそうなことを確認できた。

 

「戻ろう。あいつらも、特にナツがいつ暴れだすか分からん」

 

「グレイ様をいつまでも危険に晒しておくわけにはいきません」

 

 来た道を戻り、ナツ達と合流する。

 

「向こうに通れそうな道があった。そっちから行こう。勿論水中を通ることになるから、これを舐めてくれ」

 

「何だこりゃ」

 

「エアドロップ。舐めている間は飴から酸素が供給されて、苦しくなることはない」

 

 ナツ、グレイ、ルーシィがエアドロップを一粒ずつ口に運ぶ。ジュビアにも勧めたが、水中で息が出来るどころか水そのものであるジュビアには不要だと突っぱねられてしまった。しかしグレイが美味いと言うと、ジュビアにも一粒と欲しがってきた。

 

 全員がエアドロップを口に含み、水中を通って裏口へ。濡れた服を乾かしながら内部への侵入を試みようとすると、空中からパトロールしていた飛竜と呼んでいいのか分からない異形のモンスターに乗った武装兵に見つかってしまう。あっという間に増援を呼ばれ、取り囲まれた。

 

「何だ貴様らは!」

 

「上等くれた相手の名前も知らねえのかよ! 妖精の尻尾だ!」

 

 各々が魔法を駆使して武装兵たちを蹴散らしていく。武装兵たちの中に魔法を使う兵士はおらず、幸いにもそこまでの苦戦を強いられずに済んだ。全員を倒すと塔への扉が開き、道が示された。

 

「全員倒したから、次のステージが開けましたって訳では無いよな。完全に向こうのボスにはバレてるが行くしかない」

 

「ここまで来て引き下がれねえ」

 

 グレイの賛同を得て、ぞろぞろと塔の内部へ入る。全員が塔へ入ると、道は閉ざされ、扉も閉めれられた。どうやらまんまとしてやられているようだが、今の状況でそんなことは些細なことだ。たとえ帰る道を閉ざされたとしても、毛頭帰るつもりなど無い。前進あるのみだ。

 

「ここは、食堂か」

 

 初めに着いた部屋は食堂だった。歓迎されているかのように暖かいご馳走が用意されている。ナツやグレイは何の躊躇もなく食べているが、ここは敵陣地のど真ん中である。グレイが食べるならと、そのすぐ横の席に座ったジュビアも黙々と食べている。

 

「姫、食堂でそのような格好ははしたないかと」

 

「はしたない!?」

 

 そう言ったのは、先の戦闘でルーシィに呼び出されたバルゴだった。そのルーシィの恰好はというと水着である。水中を通った際に服が濡れてしまった為に脱いだのである。

 

「お召し替えを」

 

 厭らしい手の動きと共にバルゴはルーシィににじり寄り、無理やりその場で着替えを始めた。その様子を見ていたグレイは鼻の下を伸ばすが、ジュビアに見てはだめと恥ずかしがりながらも叱責される。

 

「じゃーん。どう?」

 

「星霊界のお召し物です」

 

「動き辛そうだな」

 

「全身覆ってるローブ着てるあんたに言われたくないわよ」

 

「確かに」

 

 完全に一本取られた。確かに傍から見れば、これ以上ないというくらい動き辛そうに見える服を自分が着ていた。と談笑ムードもそこまで。先ほどの騒ぎを聞きつけた表の武装兵たちが食堂に雪崩れ込んできた。

 

「また来やがったか」

 

 臨戦態勢を取るが、瞬間に無数の斬撃が武装兵たちに降り注ぐ。大量の武装兵が一瞬のうちに壊滅した。その斬撃の主は囚われたはずのエルザだった。

 

「エルザ! 無事だったか」

 

「……何故お前たちがここに」

 

 ここでエルザと無事に合流できたことはこちらとしては喜ばしいことだ。ここに来た一つの目的を早々に達成できたのだから。しかし当のエルザはそれを喜んでいない様子だ。

 

「帰れ。」

 

「それは出来ない。ホム達とハッピーも攫われている」

 

「何? ハッピーはミリアーナか...」

 

「ハッピーはどこにいる!?」

 

ナツが吠える。

 

「それは分からない」

 

「分かった!」

 

何もわかっていないが、ナツはそれだけ言うと爆速で塔の中へ走り去って言った。ナツの暴走はいつでも初めから計算に組み込まれているものなので、ルーシィ以外はそこまで焦っていない。いいように言えば、それだけナツの強さは信頼されているのだ。

 

「よし、あたし達も行こう!」

 

「ダメだ!」

 

 エルザは剣で行く手を遮った。勝手に先走ったナツ、そしてハッピー、ホム達は責任を持って連れて帰るから、速く帰れと言う。この状況になっても、まだ彼女はこれは自分だけの問題だと認識していた。ギルドの者を巻き込むわけにはいかないと彼女なりの責任感なのだろう。しかしこちらにも関係がないわけではない。むしろ関係大ありだ。かつての仲間が敵に回っている。それを救うのは己の役目だ。

 

「悪いがここでエルザを倒してでも進ませてもらう」

 

「ラランの言う通りだ。俺達はもう十分巻き込まてんだよ。あのナツを見ただろ」

 

「エルザ、この塔は何? ジェラールって誰なの!?あいつらはエルザの昔の仲間、でも私たちは今の仲間。どんな時でもエルザの味方なんだよ!」

 

「帰れ……」

 

 エルザは声を震わせる。いつもの気丈な強さを見せるエルザに似つかわしくないか細い声だ。こちらに背を向けて体を震わせるエルザはとても小さく見えた。

 

「らしくねえな。いつもみてぇに付いてこいって言えばいい」

 

「エルザ、たまには怖いときがあってもいいんだ。俺達はいつでも力を貸そう」

 

 グレイと共にエルザを説得する。するとエルザはゆっくりとこちらに顔を向けた。その顔には涙が浮かんでいた。エルザの涙を見えるのは何年振りだろう。

 

「すまない。この戦い、勝とうが負けようが、私は表舞台から姿を消すことになる。これは抗う事の出来ない運命。私が存在している内に全てを話そう」

 

「どういうことだ……」

 

 エルザは自分が死ぬことを悟っているかのように、今のうちに話そうと過去の出来事を語り始める。

 

 この塔の名前は楽園の塔。別名『Rシステム』 十年以上前、黒魔術を信仰する魔術団が死者蘇生の禁忌魔法を発動させるために建設を始めた。そのためには多くの生贄を必要とし、また生贄自身を労働力とすることで、必要な魔力を集めて行った。幼いエルザも楽園の塔で働く生贄の一人だったという。

 この塔から脱出を企てた者、歯向かった者が一人ずつ消えていった。安らぎは無かったが心を許せる友が出来た。それがカジノを襲撃した彼等である。そして同時期に出会ったのがジェラールだった。

 ジェラールは気高く、自由を欲していた。この状況にも決して怯えることはなかった。懲罰独房に入れられたエルザを助け出す為にジェラールは一人武器を手に取り、エルザを付けだした。もう後には退けない。戦うしかないとジェラールは言った。しかしジェラールは後から現れた魔法兵に敗れ、囚われの身となる。 

 その後、エルザは元の牢獄に戻された。そしてジェラールの言葉を信じたエルザは武器を手にした。反乱を起こしたのだ。全ての生贄に武器を手に取らせ、リーダーとして戦った。自由のために、ジェラールを救うために立ち上がった。生贄達は強かった。普段から重労働をこなしている生贄達の力は教団信者達の力を遥かに凌ぎ、あっという間に制圧した。しかしそこに現れたのは圧倒的な力を持つ魔法兵。生贄達に魔法を使える者はいない。制圧に協力した生贄達も魔法兵の前に逃亡を始め、反乱の一派は一瞬にして瓦解した。

 エルザは逃亡する生贄達を食い止めようと必死に声をかけるが、効果はなかった。そして魔法兵の攻撃対象となったエルザに光弾が放たれる。しかし、エルザに攻撃が届くことはなかった。エルザを守るように両腕を広げて前に立ったのは生贄達の長老的な存在であったロブという老人。元は魔導士として名を馳せたが、既に魔力は尽き、この塔で生贄として暮らしていた。だが、若き命は奪わせないとエルザを守り、魔法を弾き返す。なおも続く魔法兵の攻撃を一身に受け続け、やがてロブの身体は塵も残らず消え去った。その悲しみ、怒りにエルザの潜在能力が爆発。魔法の力によって散らばる剣が一斉に魔法兵を穿ち、魔法兵を殲滅した。逃げ惑う生贄達もエルザの姿を見て、再び立ち上がった。そして完全に塔を制圧。船を奪い、脱出の準備を進めていた。エルザだけはジェラールを救うため、独房へ走った。

 懲罰独房には拷問を受けるジェラール、そして二人の信者がいた。エルザは怯える信者を切り伏せ、ジェラールを縛る縄を解いた。しかし既にジェラールは変わってしまっていた。ゼレフを復活させると言い、何かに囚われたように、苦しむ信者を使えなかったはずの魔法で痛めつける。あまりにもやりすぎだと感じたエルザはジェラールを止めるが、ジェラールは止まらず、信者の一人を身体の内部から爆発させ、消滅させた。

 ゼレフ復活のため、生贄達を再び楽園の塔復活のために働かせると言う。エルザは塔から一人エルザを出した。条件として、このことは誰にも言わないこと、もしも評議員にバレれば、仲間を一人ずつ殺すと。仮初の自由、仲間の命を背負って生きろと言われ、エルザは逃がされた。そしてフィオーレの海岸線に流れ着いたのだ。その後、ロブの背中に描かれた魔導士ギルドの紋章を追って、妖精の尻尾に辿り着いた。

 

「ちょっと待てよ……話の中に出てきたゼレフって」

 

「ララバイから出てきた怪物もゼレフ書の悪魔って言ってたよね」

 

 グレイの言葉にルーシィが合わせる。そしてエルザが付け加えた。

 

「それだけじゃない。デリオラもゼレフ書の悪魔の一体だ」

 

「何故ゼレフを復活させようとする?」

 

「理由は分からんが、ショウ、かつての仲間が言うには復活の暁には楽園にて支配者になれるとか」

 

 楽園の支配者、ロロナもそれが目的か。しかし楽園の支配者とやらになったところで何をする。虐げられた奴らに復讐するなんてロロナは考えないだろう。

 

「ちょっと待てよ姉さん。どういうことだよ。そんな与太話で仲間の気を引こうって。真実は全然違う!」

 

 現れたのはエルザのかつての仲間の一人、ショウ。ショウの話では、エルザが船を爆破し、一人で塔から脱出した。ジェラールがそれに気づいていなければ全員が海の底に沈んでいた。そしてジェラールは言った。これが魔法を不完全な形で覚えたものの末路だと。エルザは魔法の力に酔い、過去を清算しようとしているのだと。

 

「お前の知ってるエルザはそんなことするのかよ」

 

「そ、それは……」

 

「エルザの言うことが事実だ」

 

「シモン!」

 

 突然背後に現れたのは、エルザのかつての仲間の一人。カジノではグレイとジュビアを襲撃したシモン。非常に大柄な男で筋骨隆々だ。

 

「てめぇ! カジノの!」

 

「待ってください。グレイ様」

 

 グレイが食ってかかるが、ジュビアが止めた。カジノでシモンは確かにグレイとジュビアを襲撃したが、シモンはグレイが氷の分身体であることを分かって攻撃したと言う。辺りを暗くした闇の魔法を使う魔導士が暗闇の中を見通せていないはずがないというのだ。ジュビアはそれでもシモンがグレイを攻撃した理由を聞くことがここに来た一つの理由だと言う。

 

「流石噂に名高い元エレメント4の一人。あの時、誰も殺めるつもりはなかった。だがそれをバレるわけにもいかなかった。ショウたちを欺くためにわざと分身体を攻撃した。分身体でいてくれたのは助かった」

 

 シモンの話を聞くショウは段々と体の力が抜けていくように膝から崩れ落ちた。

 

「何故俺は姉さんを信じられなかったんだ……」

 

「ショウもウォーリーもミリアーナもロロナもジェラールに騙されているんだ。機が熟すまでは俺も騙されたふりをせざるを得なかった。俺は初めからエルザを信じている。会えてうれしいよ。心の底から」

 

「シモン……」

 

 シモンは少し照れ臭そうに頭を掻いてエルザと抱き合った。感動の再会だが、ついに名前が出た。ロロナの名前だ。だが、まだロロナとの関係を明かすには早い。まだグレイたちはシモン達のことを完全に信用してはいない。そこでその仲間であるロロナと仲間であったことが知れれば、いい方向には転ばないだろう。

 

「俺はずっとこの時を待っていた。強大な魔導士が集まる時を。ジェラールと戦うんだ。その為には火竜の力、そしてお前の力が必要だ。ララバンティーノ」

 




登場した錬金アイテム

エアドロップ

水中でも息が続くようになる飴玉。舐めている間は飴から酸素が供給され、長時間の行動が出来るようになる。




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ロロナの夢

「俺?」

 

「あぁ。この塔にはもう一人俺達の仲間がいる。それがロロナだ」

 

「ちょっと待て。ロロナとラランに何の関係がある」

 

 エルザが口を挟んだ。ここまでひた隠しにしてきたが、ここまで言われてしまってはもう隠し通すのは無理だろう。シモンも何故か知っているみたいだしもう話してしまった方が楽だ。

 

「ロロナとはエルザ達がこの楽園の塔で出会う以前からの仲だ。アーランドで同じアトリエで同じ師匠の元で錬金術を学んだ。ロロナは俺の姉弟子だよ」

 

「俺やショウたちがカジノに到着した時、ララバンティーノを見てロロナは泣いていた。そこで何かあるんだろうとは思っていたが、まさかそこまで深い仲だったとは」

 

「ジェラールはお前らに任せるが、ロロナだけは何としても俺が叩く。それだけだ」

 

「まずは火竜とウォーリー、ミリアーナが激突するのを防ぐ」

 

 一行は部屋を出て、上層部に向かい走り出す。そこでシモンは念話を使い、ウォーリー、ミリアーナと通信を取ろうとするが、二人は現在、念話を切っており、通信が届かない状況にあった。既にナツとウォーリーたちが衝突している可能性があると指摘したエルザが、ミリアーナの部屋に向かうように言う。

 

 その時だった。壁一面に通信用の口が現れた。恐らくはジェラールがこの塔に侵入した者達への警告を行うための物だろう。つまり、俺達の行動は全て把握されている。

 

「ようこそ皆さん。楽園の塔へ。俺はジェラール。この塔の支配者だ。互いの駒は揃った。そろそろ始めようじゃないか。楽園ゲームを」

 

「ゲーム……?」

 

「ルールは簡単だ。俺はエルザを生贄とし、ぜレフ復活の儀を行いたい。すなわち、楽園への扉が開けば俺の勝ち。もし、それをお前たちが阻止できれば、そちらの勝ち。ただ、それだけでは面白くないのでな。こちらは四人の戦士を配置する。そこを突破できなければ俺には辿り着けん。つまりは4対8のバトルロワイヤル。」

 

 四人の戦士……その中にロロナも含まれているのか。ロロナだけは絶対にこの手で倒す。そして連れ帰すんだ。あの純真無垢なロロナが何故こんなことに協力をしているのか。それは実際に会って確かめたい。

 

「最後に一つ。特別ルールの説明をしておこう。評議院が衛星魔法陣でここを攻撃してくる可能性がある。全てを消滅させる究極の破壊魔法エーテリオンだ。残り時間は不明。しかしエーテリオンの落ちる時、それは全員の死。勝者なきゲームオーバーを意味する。さあ、楽しもう」

 

 エーテリオン。評議院が所有する最大最強の破壊兵器。四元素の融合による莫大な魔力を空に打ちあがった衛星魔法陣からこの世界のどこへでも打ち出せる。その破壊力は一発で一国をも破壊すると言われるほどで、攻撃を受けた場所は塵も残らない。

 

「そんな、何考えてんのよ、ジェラールって奴。自分まで死ぬかもしれないなんて……」

 

「エーテリオンだと……? 評議院が? あ、ありえん。だって……」

 

 エルザが評議院からの攻撃に対して懐疑的な表情をしていると、突然、カードに閉じ込められてしまった。ショウの仕業である。こっそりとエルザの背後に近づいたショウはカジノでギャラリーをカードに閉じ込めた魔法を使い、エルザをカードに閉じ込めた。突然のことにグレイ、シモンも対応できず、ショウはエルザのカードを手に取る。

 

「姉さんには誰にも指一本触れさせない。ジェラールはこの俺が倒す!」

 

 そう言うとショウは、ジェラールの元へ走り去っていった。

 

「待て! 一人じゃ無理だ! クソ! 俺はショウを追う。お前たちはナツを探してくれ!」

 

 続いてシモンもショウを追って走っていく。

 

「どいつもこいつも協調性がないな。グレイとジュビア、ルーシィはナツを探せ。俺はやることがある」

 

「ちょっと待って。それじゃラランが一人になっちゃうじゃない。あたしも一緒に行く!」

 

「それは良い心がけです。ルーシィさん。ジュビアとグレイ様の間に水を差さないでください」

 

「まあいい。グレイ。ナツは頼んだぞ」

 

「ああ。お前も決着、付けて来いよ」

 

「勿論だ」

 

 そう言い交わすとグレイ、ジュビアとは二手に別れて、目的別に行動を始める。グレイ達はナツの捜索。そして四人の戦士と対することがあれば、その撃退。こちらはロロナの捜索。そして戦士の撃退。

 

 塔内を走ること数分。部屋や廊下を数々探したが、どこにもロロナは見つからなかった。ナツも同様だ。すると凄まじいまでの音圧のエレキギターの音色が響いてきた。

 

「何だこの音。品が無いな」

 

「ヘイ! ヤ―! ファッキンガールエンドボーイ!」

 

 その音の根源は床まで届く黒いロングへアーを振り乱しながらやってきた。顔を白く塗り、目と口の周りを黒く塗ったメイク。刺々しい肩パッド。デスメタルとはこのことだろう。

 

「地獄のライブだ」

 

「お前が四人の戦士の一人か」

 

「いかにも。暗殺ギルド髑髏会! 三羽鴉の一羽。ヴィダルダス・タカとは俺の事よ! ロックユー」

 

 ギターの音色と共にその長い髪による鞭のような攻撃が襲い掛かってくる。その威力は岩で出来た壁や床を破壊するほどで、直に受ければ大ダメージは避けられない。

 

「ルーシィ!」

 

「あ、ありがとう」

 

 髪の攻撃を避けきれないルーシィに飛びついて、攻撃を躱す。すぐに立ち上がって迫り来る追撃を迎え撃つ。

 

「戦う魔剣」

 

 両手に剣を持ち、髪を切り裂く。切り裂いた髪は無残にも生命を失い、零れ落ちた。

 

「ルーシィ。ここは任せろ」

 

「う、うん。頑張って!」

 

 ルーシィはそそくさと岩陰に隠れる。剣を持ったままヴィダルダスと対峙する。するとヴィダルダスは更に攻撃を仕掛けてくる。

 

「ボーイに用はねえんだよ!」

 

「俺もお前なんかに用はない!」

 

 迫り来る髪を切り裂きヴィダルダスに攻撃をしかける。しかしヴィダルダスは後ろに躱して髪だけを切り落とす形になった。

 

「お前なんか俺の相手じゃねえ。サキュバスにやられちまいな! ヘイヤー!!」

 

 ヴィダルダスはギターを奏で始める。しかしこちらには何も被害はなく、ただうるさいだけだ。何の攻撃かは分からないが今の内に倒す。

 

「隙だらけだ!」

 

「隙だらけなのはどっちだ?」

 

「……がはっ!」

 

 突然背後に激痛が走った。後ろから誰かが攻撃した。現在後ろにいるのはルーシィしかいない。だがルーシィがそんなことするわけが……

 

「ルーシィ!」

 

 後ろを振り返るとヴィダルダスと同じメイクをしたルーシィがサジタリウスを呼び出していた。背中に刺さった三本の矢を引き抜き、投げ捨てる。あのメイクを見るに、ヴィダルダスの仕業に違いない。さっきのギターだ。こちらには何の影響もなかったギターだったが、ヴィダルダスの狙いはルーシィだった。ギターの音を聴かせることで人格を支配する魔法か。

 

「地獄地獄地獄ぅ! 最高で最低の地獄を見せてやるよ! クソガキぃ!」

 

「下品な……」

 

 こんなルーシィは見たくなかったが、しかしヴィダルダスに操られているのは明白。こちらから何と声をかけようと全く通じないだろう。解除するにはヴィダルダス本体を仕留めるしかない。それにしても何故ルーシィだけを操るのだろう。二人とも操ってしまった方が早いだろう。

 

「仲間同士の醜い同士討ちがお望みか?」

 

「ヒヒっ。そうさ。俺が見てえのは仲間だのと宣う奴等が醜く争い、絆とやらぶっ壊れる戦いってやつよ!」

 

「最低だな」

 

「最低こそ最高の賛辞だぜーー! イヤーー!」

 

 ヴィダルダスがギターをかき鳴らすと呼応してルーシィがこちらに襲い掛かってくる。星霊魔法を主に使うルーシィが肉弾戦を仕掛けてくる。洗脳の効果かパワーや身体能力も強化されているようで力強いパンチを繰り出してくる。

 

「開けぇ! 金牛宮の扉タウロス!!」

 

「モーー!! 地獄に送るモーー!」

 

「お前もかよ!」

 

 タウロスの強力な攻撃に徐々に押されていく。操られているとは分かっていても手を出すことが出来ないでいるうちにどんどんと逃げ場を失っていき、壁際まで追い込まれる。何とかタウロスの隙を突いて斧による攻撃を躱して、態勢を立て直す。

 

「美しい絆だねえ。くだらねえ! とっととイカしてやりなルーシィちゃんよぉ!」

 

「新アイテムをまさかルーシィ相手に使うことになるとはな。万物の写本」

 

 取り出したのは絢爛豪華な装飾が施された分厚い本。本を開き、ルーシィにかざすことでルーシィの魔力が本に吸い込まれていく。ダメージを与えない方法ならば、この策が最適であろう。試作品だったが上手くいったのは幸いだ。本当はちゃんとしたときに試したかったが、やむを得ない状況であった。ルーシィが魔力を吸い取られたことで戦闘不能になったことでタウロスも消滅し、残る敵はヴィダルダスのみとなる。

 

「お前に構ってる暇はねえんだよ。戦う魔剣!」

 

「へイヤー!! てめぇもサキュバスに変えてやる!」

 

「格の違いを思い知れ。アインツェルカンプ!」

 

 刹那の瞬間に幾百の斬撃がヴィダルダスを切り刻む。ヴィダルダスの長い髪も斬撃によって全て切り刻まれ、カツラがすっぽりと抜け落ちた。戦士の一人、ヴィダルダスを討ち取り、残る戦士は三人。早く次の階層に進まなければならない。魔剣が使用完了につき消え去ると、ルーシィの元へ向かう。

 

「ルーシィ。大丈夫か?」

 

「ごめん、あたし……」

 

「いいんだ。魔力を吸い取ってるから体に力が入らないだろう。ほら、背負っていくよ」

 

「ううん。大丈夫。あたしこれ以上ついていったらラランの邪魔になっちゃう。だから一人で行って。止めないといけないんでしょ。ロロナって人のこと」

 

「……わかった。回復アイテムは置いていく。エーテリオンのこともある。危険があればすぐに逃げろ」

 

「気を付けてね」

 

 ルーシィの言葉に頷き、その場を後にした。塔の上層部に上るに連れて、辺りに漂う魔力が増えていくのが感じられる。そしてヴィダルダスのいたフロアから一階上でまた先程よりは少し狭い空間に出た。そしてそこには見覚えのある少女が待ち構えている。

 

「ここまで来れたんだねララ君」

 

「ロロナ……お前はジェラールが何をしようとしているのか分かってるのか!?」

 

「知ってるよ。ゼレフって人を生き返らせようとしてるんでしょ。でも私、ゼレフって人のことはわからないんだ。でもジェラールは私の夢を叶えてくれるって約束した!」

 

「夢?」

 

「私は楽園の塔の力で皆をアーランドの皆を生き返らせる! それでまた昔みたいに大変で楽しい毎日が過ごしたい! それが今の私の夢。ララ君にだってわかるでしょ!?」

 

「……皆は、皆はもう生き返らない。俺達に出来るのは死んでいった皆の分まで生きることだ。だが生きてる奴を俺はずっと探してるよ」

 

「嘘だ! くーちゃんもイクセくんもいなくなっちゃった。りおちゃんやタントさん、ステルクさんもエスティさんも。師匠も! お父さんとお母さんだって! 誰一人だって見つけられてない! もう皆死んじゃったんだ!」

 

「皆どこかで生きてるさ! 一緒に探そう! 希望を捨てるな!」

 

「ララ君なら分かってくれると思ったのに。ホム君、ホムちゃん! やっちゃえ!」

 

「「かしこまりました」」

 

 ロロナの背後からホム君とホムちゃんが現れた。二人の手には今まで持っていなかったはずの剣が握られている。ホム君の手には龍をも切り裂きそうな大剣が、ほむちゃんの手には手数重視の細双剣が握られている。この武器には見覚えがある。小さかった頃、放浪している父に代わってよく遊んでもらっていた父代わり、母代わりの人たちの武器だ。

 

「ロロナ! その武器はどこで手に入れた!?」

 

「アーランドだよ。国が亡くなった後、ここに捕まる前にアーランドに来たの。誰かと会えないかと思って探したけど、誰もいなかった。お城の方でステルクさんとエスティさんの武器を見つけたから持ってきただけだよ」

 

 剣術を父と共に厳しくも優しく教えてくれたステルク、受付嬢の仕事をしながらよく遊びに来てくれたエスティ。どちらも思い出深い人だ。だからこそ、ロロナに楽園の塔を使わせる訳にはいかない。悲しみを乗り越えて、生きていかなければいけないのだ。

 

 ホム達が剣を振りかざして接近してくる。だからといってアイテムや杖を構えることはしない。家族であるホム達を傷つけることは出来ない。だから抗戦はしない。二人の剣がこの身を切り裂いても二人を許そう。

 

 重たい一撃と幾多の連撃が身体を刻む。真っ白なローブには血が染み込んでいく。

 

「どうした。それで終わりか?」

 

「マスター、ホムは胸のあたりがざわざわとしています」

 

「マスター、これは何でしょう」

 

「それは愛だよ。確かにお前たちは俺を斬った。だが、お前たちがその剣を用いて本気で斬っていたなら、俺は一撃で死んでいただろう。でも俺は死ぬどころか立って喋ってる。傷も浅い。感情を持たないはずのホムンクルスが感情を、愛を感じているんだ」

 

 幽鬼の支配者が襲撃した際にエレメント4に敗れ、病院に運び込まれたことがあった。その時に運んでくれたほムちゃんは涙を流していたとミラが言っていた。思えばその時には既に感情が生まれていたのだ。気づかないだけでもっと昔から芽生えていたのかもしれない。

 

「ホム、剣を捨てるんだ」

 

「「はい、マスター」」

 

 ホム達は剣を落とす。その二人に近づいていき、二人を同時に抱きしめる。過ちは誰にでもある。斬られても、刺されても、愛しいからこそ二人を許そう。

 

「えっ嘘……ホム君? ホムちゃん?」

 

 ロロナは明らかに狼狽えていた。昔から言えることだが、ロロナ本人には戦闘能力は全くと言っていいほど無い。ホム達をこちらから奪うことで自らの戦力としようとしていたのだろう。そのホム達が剣を置いた今、戦っても結果は見えている。

 

「ロロナ、もうやめよう」

 

「ううぅ~~……うあーーー!!!」

 

 ロロナは叫びながら突っ込んでくる。女性の力のないパンチを顔面に受ける。その後も何度もぽかぽかと殴られるが痛みは微塵も湧いてこなかった。ロロナの拳からは悲しみだけが伝わって来て、この10年間、アーランドの生き残りを探したいと思っていたが、マグノリアでの生活は居心地が良かった。安心感を理由に皆を探してやることも出来ず、何も出来なかった。その不甲斐無さを痛感した。

 

「ごめんなロロナ……」

 

 ロロナの顔は涙と鼻水とでぐしゃぐしゃになっていた。そっと背中に手を回し抱きしめる。震える小さな背中は10年前よりは大きくなったが、それでもまだ小さい。いつも誰かに守られていたロロナがたった一人で何かをしようと頑張っていたんだ。それは楽園の塔を使用しようとしたことは褒められたことではないが、まだ人生やり直すには間に合う。

 

「……えぐっひぐっ……皆にまた会いたいだけなのに……ジェラールは会わせてやるって言ったのに……」

 

「皆は絶対生きてる! こんな黒魔術を使わなくたって皆にまた会える。皆そんな簡単に死ぬような人じゃない。この世界に散り散りになってても俺が絶対に集めて見せる。だからロロナ、俺を信じてくれ」

 

「……ジェラールは一番上にいるよ。約束、絶対だからね」

 

「ああ」

 

 ロロナはホム達を連れて、エーテリオンに備えて避難すると言っていた。ルーシィ共々無事に避難してくれることを祈ろう。

 最上階までもう少し。ジェラールを止め、この楽園の塔を止める。エルザとの因縁の事もあるが、それは二の次だ。清純で何でも信じるロロナを悪用したジェラールは必ず成敗する。




登場した錬金アイテム

万物の写本

魔力を吸い取り封印する本。吸い取った魔力を誰かに還元することは不可能。敵の弱体化に用いることが一般的。日ごろ騒々しい妖精の尻尾のメンバー達の威圧、抑止に使用することも。

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誰が為に

アーランドDXとか他のゲームとかいろいろやってました。ごめんなさい。

アーランドの4作目が発表されましたね。主人公はロロナの娘だとか。

一番驚いたのはアーランドという名字の剣士さん。

いざとなったら無理やり後付けするしかないと思いました。


「どこまで登ればジェラールのところに着くんだ……」

 

 塔の螺旋階段を登り続けているが、未だ頂上が見える気配はない。日ごろの運動不足が祟ったのか既に足首が痛くなり始めている。

 エルザ、ナツやグレイたちもこの階段を登っているのだろうか、もしくは既にジェラールの元へ辿り着いたのだろうか。はたまた考えたくはないことだが、残る戦士たちに敗れてしまったのか。

 

「ん?」

 

 階段を駆け上っていると前に人影が見えた。シモンとシモンに背負われたナツだ。

 

「おい! シモン! ナツ!」

 

「ララバンティーノ! 無事だったか」

 

「何とかな。ナツは……寝てるのか」

 

「三羽烏のフクロウと戦ってダメージを受けすぎたんだ。フクロウはグレイとジュビアが倒したが、その二人は既にミリアーナ達と一緒に島外に避難させて、既に船の上だ。それからショウからの通信で三羽烏は全滅したことは聞いた。そっちでやったのか?」

 

「三羽烏のヴィダルダス、そしてロロナを倒した。ロロナには危害を加えていない。あいつも騙されているだけだった。ロロナにはヴィダルダス戦でダメージを受けたルーシィを連れて避難するように伝えている。つまりこの島に残っているのは俺達とエルザだけだな」

 

 エルザは一足先にジェラールの元へ到達しているだろう。二人の確執の間に割って入ることが許されるとは思っていない。出来る事ならばエルザが自らの手で決着を付けることが最善だ。だが、ジェラールに対してそこまで上手く事を運べるとは思っていない。

 

「ララバンティーノ。もうじきナツが目を覚ます。その前に言っておきたいことがある」

 

 シモンは立ち止まる。

 

「エルザを救ってやってくれ」

 

「エルザを救う? 彼女は強い。誰よりも。ジェラールにも負けやしない」

 

「力や魔力の話じゃねえんだよ! エルザは……エルザは今に至っても尚、ジェラールを救おうとしている!」

 

 大きな腕に胸倉を捕まれる。その腕は震えながらも強い意志を持っていた。

 

 ジェラールを救う。それは即ち、ゼレフに囚われたジェラールを闇から解放するということだろう。闇に染まり切ったジェラールを救うことはもはや誰の目からしても不可能だと見えるだろう。

 だがエルザだけはそれを諦めていない。自らの命と引き換えにでもジェラールを闇から引っ張り出そうとしている。

 

「俺にはわかる! あいつにジェラールを憎むことなど出来ないから! ジェラールは狡猾な男だ。そういった感情すらも利用してくる。状況は更に悪い。あと10分もすればここにエーテリオンが落ちる。塔の中にいれば死は免れないだろう」

 

「なるほどな。エルザはジェラールを道連れにしてでもって腹か」

 

「否定は出来ん」

 

「俺はここまでロロナを騙していたジェラールへの憎悪で駆け上がってきた。ただの私怨だ。だが、仲間の死となれば個人の問題ではない。ギルドの沽券に関わる。ジェラールを叩くしかない」

 

「頼むぞ。ナツとともにな……ぐっ……」

 

「ケガをしているのか。薬を渡す。船の上で塗ると良い」

 

「船? あいつらの船は既に島を出ているぞ」

 

「だからお前もナツも船まで飛ばしてやる。とっとと頭に船を思い浮かべろ。妖精の道標!」

 

「なっ……ララバっ」

 

 手に握った木製の矢印型をした小さな看板。それをシモンに突き刺した。するとシモンは瞬間移動のようにこの場から消えた。シモンに背負われていたナツも同様だ。実際に瞬間移動だから今頃船上は大慌てだろう。前々からナツに頼まれていた簡易型トラベルゲート。ギルドへの接続はまだだったのが救いだった。今なら頭に強く思い浮かべて場所へ飛ばせる。少しでも雑念が入ると全く違う所に飛ばされる危険性も秘めているが。これも試作品の域を出ていないので例え上手く船上をイメージ出来ていても少し座標がずれてシモン達は海に放り出されている可能性もある。

 

「全員逃がせ……か。後は俺とエルザだけだな。エーテリオンまではもう十分もない。頂上まで間に合うかどうか」

 

 拳を握りしめ、再びエルザとジェラールがいる最上階を目指す。そして塔のおよそ八合目まで来た頃だろうか、島全体が大きな揺れに襲われた。直後に目が眩むほどの光に包まれる。身体に痺れるほどに感じる大量のエーテルナノ。魔力が降り注ぐ感覚が伝わってきた。

 

「これがエーテリオンか……くそっ、ジェラールに負けるならまだしも会う事すら出来ないなんて……」

 

 命の終わりを感じ、走ることを止めた。ロロナを救うことが出来たのがせめてもの救いだ。まだ錬金術の系譜は途絶えない。それだけで十分だ。

 

「……ん?」

 

 いつまで経っても心臓の鼓動は鳴りやまない。死んでいない。確かにエーテリオンは落ち、楽園の塔を破壊したはずだ。だが、今も尚、塔の階段に立って、生きている。

 

「どういうことだ……これはラクリマ?」

 

 今まで石で覆われていた塔内は青白く光り輝いている。窓から顔を覗かせ、塔の様子を見れば、塔内同様に党全体がラクリマへと変化し、光り輝いていた。

 

「まさかエーテリオンすら計算の内というのか……塔全体が巨大なラクリマだとすればエーテリオンの魔力を吸収して、大量の魔力を保有している状態。あまりにも危険だ!」

 

 踵を返して、再び最上部を目指す。今にもこの塔が爆発四散してもおかしくない状況だ。ジェラールはエーテリオンを塔に落とすことでその魔力をラクリマに吸収させ、楽園の塔、Rシステムの完成を目論んだのだろうが、そもそもRシステムは机上の空論。人を生き返らせるなど不可逆的なことはどれだけ膨大な魔力をもってしても成しえない。Rシステムを発動させる前にこの塔そのものが持たずに崩壊するだろう。

 

 ようやく頂上への出口が見えた。そこから見えたのは高笑いするジェラールと生贄としてラクリマに取り込まれようとするエルザの紛れもなく勝者と敗者の構図だった。

 エルザを救うべく、すぐに見えないクロークを羽織る。これでジェラールからは姿を視認されない。出口から一気にエルザの元へ駆け寄り、下半身をラクリマに呑み込まれたエルザの脇の下に腕を入れて引っ張り出した。エルザに触れた瞬間に見えないクロークの効力は切れ、ジェラールが一瞬驚いた表情を見せた。

 

「こいつはもう妖精の尻尾の者だ。お前には渡さん」

 

「ララン……すまない。もう身体が動かん」

 

「いいんだ。もう休んでくれ。ここからは俺がやる」

 

「それはダメだ……今すぐここを離れるんだ」

 

「嫌だね。シモンとの約束だ。それにロロナをアーランドを利用してずっと騙してたのも許せん」

 

「相手が悪い……お前はジェラールを知らなすぎる」

 

「動けない者に言われる筋合いは無い」

 

「頼む……言うことを聞いてくれ」

 

「約束だ。皆を連れてこの島から出ろ。後は俺とエルザだけだ」

 

 地面に倒れるエルザに肩を貸して、無理やり立たせる。

 

「次に会うのは島の外だ」

 

「え?」

 

「魔女の秘薬」

 

 唖然として口を開けたエルザに薬を一粒飲ませる。途端にエルザは糸が切れた人形のように力が抜け、体を預けてきた。これが薬の作用だ。催眠薬にも毒薬にもなる魔薬。今回は一時的に睡眠状態にする程度の軽い物を使ったため、この勝負が決着し、島から脱出した頃には目を覚ますはずだ。

 

「身体の傷は治せる。だが心の傷は一生治らない。ジェラール、お前は多くの人間を傷つけすぎた。その報いを受ける時だ」

 

「エルザにも劣る戦闘力の貴様が俺に勝てるとでも?」

 

「妙薬ドラッヘン」

 

「ドーピングか。そうでもしないと力の差は歴然だからな」

 

「お前は全力で潰す」

 

 妙薬ドラッヘンの効果で体力の回復とともに攻撃力が増強。杖を構えてジェラールに一直線に向かっていく。確かにジェラールへの攻撃は通っている。杖から通じてくる拳の感覚も確かだった。だが、まるでダメージが通っている気がしない。

 

「うあああああああ!!!」

 

 手加減など勿論していない。本気でジェラールの腹部へ杖のスイングを叩き込むがジェラールの身体はびくともしていなかった。

 

「ドナーストーン!」

 

「ぐああああ!」

 

 急いで距離を取ろうと、苦し紛れにドナーストーンを投げてヒットさせる。痛がるような声を出してはいるが、それは演技にしか見えない。身体の表面にところどころ傷が見えるが、全く意に介していない様子だ。

 

「それが本気か? やはり錬金術など大したことはない。小国で少し栄えただけの零細技術だ」

 

「てめえ……」

 

「よくも儀式の邪魔をしてくれたな。俺の天体魔法で塵にしてやるぞ。“流星“!」

 

 身体に光を纏ったジェラールは宙へ浮き上がりスピードを格段に上げて、襲い掛かって来た。というか速いどころの話ではない。目で追えない、もはや人間のスピードを超えている。ジェラールの攻撃は確実に痛みを加えてくる。姿は見えなくとも、攻撃される感覚と痛みだけが奴の行動の証だ。

 

「神秘のアンク!」

 

 奴の流星に対抗するには自らのスピードを上げて追いつくしかない。神秘のアンクによるドーピングでスピードを上げてジェラールの攻撃の波から抜け出す。だが、奴は想像以上に速かった。

 

「まだ同速か……ここだ!」

 

 同じ土俵に立ったことで、ジェラールの動きを目で追えるようになった。次に攻撃を仕掛けてくるタイミングで、動きを予測し、その地点に向かって杖をスイングした。

 

「ふんっ……」

 

「なっ!? まだ速くなるのか!」

 

 完璧に捉えたと思ったが、虚しくもジェラールは簡単に避けて行った。あのスピードが最大では無かったということだ。ドーピングを施している速さでも目で追えないほどのスピードに翻弄されてしまっている。

 

「少しスピードが上がったから俺に触れられるとでも? スピードに合わせてやっていただけだ。お前の攻撃など二度と当たらんよ」

 

「ぐっ!?」

 

 速さが増したことで攻撃の威力も上昇。さらに一方的に攻撃を受け続ける。執拗なボディや足狙い。既に吐血しているし、足首も限界が近い。避けるという選択肢が無くなって来て、いかにダメージを少なくするかという考えが強くなってきている。

 

「止めだ。お前に本当の破壊魔法を見せてやろう」

 

 ジェラールは空へ舞い上がると両手を構えた。

 

「七つの星に裁かれよ“七聖剣”!!!」

 

 星々の輝きが光線となって身体を貫いていく。これまで受けてきたダメージで最も大きいものだということは考えなくても分かった。痛みを通り越した何か、まるで隕石にぶつかったような衝撃だった。塔の崩壊する音が聞こえる。結晶化した分厚いラクリマを打ち抜くほどの威力の攻撃を人間に耐えろというのは非常に酷な物だ。

 

「隕石にも匹敵する破壊力を持った魔法なんだがな。良く身体が残ったものだ。それにしても派手にやりすぎたな。これ以上Rシステムにダメージを与えるのは不味い。魔力が漏洩し始めている」

 

 薄れゆく意識の中でジェラールの声だけが聞こえた。ジェラールがゼレフを蘇らせようとしている? 確かに魔法界としては許されざる大逆罪なのだろう。だが、今この瞬間にそんなことはどうでもよい。エルザの為に、ロロナやシモン、8年間もジェラールに騙され続けた皆の為に、ジェラールを討たねばならない。どんな手段を使おうとも。

 

「む? まだ立ちあがるのか。見上げた根性だな」

 

「妖精の道標……」

 

「何?」

 

 ボロボロの身体を引きずって、エルザの元へシモンにも使用した妖精の道標を投げる。エルザが動かない分、目標に当てるのはいくらダメージを負っていても容易い。エルザが光に包まれ、姿が消えると流石のジェラールも驚きを顔に示した。

 

「……何をした!」

 

「エルザはどこかに行ってしまった。これでもうRシステムは発動できない。興味の無いことだが、魔法界にも少し貢献してやる……この塔を破壊してな。運が悪かったな。妖精の尻尾の魔導士の共通点は壊すのが得意なとこなんだよ!!!」

 

 地面に叩きつけた拳がラクリマの塔にヒビを入れる。それにジェラールは猛るように怒声を上げた。やはり嫌なのだろう。だが、続ける。

 

「死に損ないが余計なマネを……一瞬で終わらせてやる。立ち上がったことを後悔しながらあの世へ逝け」

 

「止めれるもんなら止めて見ろよ」

 

 最終決戦に相応しい激しいぶつかり合いが始まる。拳と拳、腕と腕、脚と脚が目にも止まらぬスピードで火花を散らす。だがジェラールにはどこか遠慮があるように感じた。心のどこかに塔を破壊してしまう恐怖を覚えている。強力な攻撃も先ほどのまでの容赦無い攻撃に比べれば優しくなったようだ。

 

「ドナークリスタル!」

 

 ドナークリスタルをラクリマの地面に叩きつける。すると塔中に雷が駆け巡り、塔のあちこちを破壊する。それは下からの塔が崩れ、海へ崩落する音で分かった。

 

「貴様……俺が8年もかけて築き上げてきたものを……許さんぞ!」

 

「なんだこの邪悪な魔力……」

 

 両腕を交差させ、天高く掲げたジェラールから禍々しい魔力が発せられる。魔力はジェラールの頭上に集中していき宇宙のような光玉が周囲の空気を吸い込みながらどんどんと大きくなっていく。吹き飛ばされそうになりながらも踏ん張っていると、ふと自分の影が目に入った。

 

「影が光源の方へ逆に伸びている!? 何だこの魔法は!」

 

「無限の闇に落ちろおおおお! 錬金術士ィィ!!」

 

「誰もいない今なら……精霊……がはっ!」

 

 ポーチから取り出した精霊石を不意の吐血から零してしまった。先ほどの一方的にやられている間のボディと脚へのダメージが溜まりすぎている。こんな時に限界が来るとは何とも間が悪い。精霊石は風にも煽られ、すぐには取りに行けない位置まで流されてしまった。

 

「ララ君!!」

 

「ロロナ!? どうして戻ってきた!」

 

「運が悪いのは貴様の方だったな錬金術士。生贄が自分からやってきた。この攻撃で仕留めた後にゆっくりとRシステムを発動させてやる!」

 

「ララ君。ルーシィちゃんとホム君ホムちゃんはウォーリーとミリアーナ達と一緒に脱出させたよ」

 

「今はそれじゃない! 何で戻ってきたかって言ってんだ!」

 

「ごめんね。でもこれが私の気持ち。ララ君だけに任せる何て出来ないよ」

 

「二人纏めて砕け散れ! 天体魔法 ”暗黒の楽園”!」

 

 宇宙が迫り来る。もう足は動かない。ロロナは依然として目の前に立っている。このままではロロナが死……ダメだ。またしても目の前で人を見殺しにするなんて出来ない。動かない足を叩いて無理やり動かそうとする。立っているのもやっとだということは自分が一番分かっている。それでもやらねばいけない時がある。

 

「私だってもう守られてるだけの私じゃない。いなくなった皆の分まで私が生きるんだ!」

 

「ロロナーーー!!!」

 

「ヒンメルシュテルン!」

 

 巨大な光玉に対してロロナはヒンメルシュテルン、隕石を召喚した。ヒンメルシュテルン。俺もまだ作れたことのない最上級アイテムの一つ。弱い弱いと思っていたロロナがこのような力をつけていたとは見くびっていた。そしていつまでも自分の力が上であると過信していた。

 暗黒の楽園とヒンメルシュテルンはぶつかり合いの末に両者共に消滅。その隙に最後の力を振り絞って、ジェラールとの距離を詰める。

 

「エンゼルシュート!」

 

 杖による攻撃でジェラールを吹き飛ばす。今度は確実なダメージが入っているはずだ。だが、まだジェラールは立ち上がる。流星によって空へ舞い上がり、見覚えのある魔法陣を描いていく。

 

「俺は選ばれし者だ! 俺がゼレフと共に真の自由国家を作るのだ! 世界を変えようとする意志が歴史を動かす。何故それが理解できないのだ!」

 

「その魔法陣、煉獄破砕!? 自らの手で塔を破壊するつもりか!?」

 

「また8年、いや次は5年で完成させるさ。ゼレフ待っていろ……ぐっ……」

 

 煉獄破砕の魔法陣が完成まであと一歩のところでジェラールの身体が揺らいだ。今までのダメージの蓄積はジェラールにもあったのだ。この隙を見逃さなかったのはロロナだった。唖然とする俺の横ですぐさまアイテムを取り出してこちらに呼びかけた。

 

「ララ君!」

 

「……あぁ!」

 

「ジェラールを解放してあげて」

 

 ロロナの目には薄っすらと涙が見えた。ロロナからアイテムを預かり、宙のジェラールに向かって一直線に飛ぶ。

 

「お前はゼレフに囚われた愚か者だよ。でもな、生まれ変わったら自由になれる! 自分を解放しろ! ジェラール!!」

 

 ジェラールに向けて最後の一撃を放つ。ロロナから受け取った浄化の炉からの光線がジェラールを包んだ。宇宙まで届きそうな光線もやがて消え、ジェラールは塔へ落下した。既に意識は無く、これで完全に勝負は決したのだ。

 

「ララ君! ちょっと不味いかも……」

 

 そう言うロロナの言葉の意味はすぐに分かった。塔が崩壊を始めているのだ。地震のような揺れと共に大量の魔力が溢れ出している。27億イデアもの大量の魔力をラクリマにギリギリまで詰め込むことで成立していたこの塔が少しでも壊れた時点でこうなることは免れない運命であった。

 

「ちょっと待て。もう身体が……」

 

「ララ君! 早く逃げなきゃ……」

 

「それは無理だ。逃げて皆のいる船までたどり着けたところで、このままじゃエーテリオンの爆発に巻き込まれて……死ぬ」

 

「そ、そんな……」

 

 既に手の施しようがない状況にある。こんな大量の魔力の塊を処理するなんてことは不可能だ。ジェラールを今から叩き起こして頼む? 無理だ。恐らくジェラールにも処理は出来ない。空飛ぶじゅうたんで船まで飛んでトラベルゲートでギルドへワープする? これも無理だ。速度が魔力依存の空飛ぶじゅうたんでは既に空っぽの俺の魔力では爆発までに船に辿り着けもしない。

 

「どうする……」

 

「ララ君。私に考えがあるの。でも言ったらきっと、ううん、絶対反対されちゃうから。勝手にやるね」

 

 何をやるのかと思えば、ロロナは魔力で膨れ上がり、変形したラクリマに片腕を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場した錬金アイテム

魔女の秘薬

錬金の際に使うアイテムによって毒薬や睡眠薬など効能が変化する薬。ただ共通点として病を治す類の効能にはならない。

妙薬ドラッヘン

竜の頭を模した瓶が特徴。飲むと体力回復と共に攻撃力を増強させる効果がある。

妖精の道標

二門一対のトラベルゲートとは違い、一つで完結している小型ワープアイテム。簡易型であることもあり、使えば無くなる。頭に強く思い浮かべた場所へワープできるのはワープ位置を定めていない今回限定。しっかりとワープ座標を定めれば、その位置への帰還になる。

ヒンメルシュテルン

最上級攻撃アイテム。隕石を呼び寄せる。単純な破壊力はN/Aと同等かそれ以上。

浄化の炉
最上級攻撃アイテム。聖属性の光線攻撃を放つ。敵を一撃で仕留めることもある。悪魔など悪属性の敵に有効。



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出会いと別れ

「ロロナ! 何してる! やめろ!」

 

「ジェラール言ってたでしょ。生贄が向こうからやって来たって。私、もしエルザさんが何らかの理由でRシステムに使えなかった時のスペアだったの。だからジェラールは使えない私をずっと置いてたんだと思う。私だって本当はこんなことしたくない。でもララ君やシモン、ミリアーナ、ウォーリー、妖精の尻尾の皆の為なら……エーテリオンと融合して暴走を止める」

 

「させねえよ……」

 

 ロロナの身体はどんどんとラクリマに呑み込まれていく。ただそれを見ているだけで見殺しにするなんて絶対にできなかった。動かない足を動かすことは諦め、這いつくばってロロナの元まで移動した。まだ呑み込まれていないロロナの右足を掴む。それから腕力の限り、ラクリマから引き抜こうとするが全く抜ける気配は無かった。

 

「大丈夫だよ。ララ君。私を信じて」

 

「ロロナ……」

 

「カジノでララ君にまた会えた時、本当に嬉しかった。あの時は酷いことしちゃって本当にごめんね。あれでも涙をこらえてたんだよ? もうアーランドは無くなっちゃったけど、まだ世界のどこかには生きてる人がきっといる。ララ君はその人達を探してあげて。私もずっと見守ってるよ」

 

 そういうとロロナの身体はラクリマに完全に呑み込まれた。ロロナが触れればあれほど軟らかく変化していたラクリマは俺が叩けば鋼鉄の壁のように固い。何度も何度もラクリマを叩くが沈んでいくロロナを助け出すことは出来なかった。

 

 己の無力さを感じるのは何度目だろう。結局最後は誰かに頼ってばかりだ。頼られる存在でありたいと振舞っていたが、本質は何も変わっていない。いつもどこかに誰かがやってくれるという心があった。

 

 ロロナと融合したエーテリオンはその膨大な魔力を爆発させた。しかしその魔力は塔全体を巻き込む巨大な竜巻として顕現し、溢れ出る魔力は天へ高く打ち上げられた。空中に分散されたエーテリオンは分解され、楽園の塔は完全に消滅した。

 

 

 ロロライナ・フリクセルは夢を見ていた。生まれ故郷であるアーランド王国が黒き龍の襲撃を受け、一夜にして亡国と化す夢だ。その後にはカルト教団へ連れられ奴隷としての生を送り、最後は仲間の為に散った。

 

「あれ……ここ……」

 

 目を覚ましたのは、見覚えのあるアトリエだった。ソファで寝そべった姿はいつもと変わらない。懐かしさすら感じる景色にロロナは困惑しながらも一抹の安堵を覚えた。

 

「なーんだ! やっぱり夢かー! それにしても凄い夢だったなぁ。あんな夢はお子様っぽいってくーちゃんに言われちゃうかも」

 

 しかしふと違和感を覚えた。アトリエにいるはずのララバンティーノ、ホム達がいない。師匠であるアストリッドもいない。どこかへ出かけているのか、そう思ったロロナはアトリエの玄関扉を開けた。

 

「え……?」

 

 活気に溢れた町の景色はガラリと変わり、人の姿は一つも見えない。とにかく誰かを見つけなければ、ロロナは走った。広場、工業地区、レストラン、武器屋、雑貨店、王宮。至る所を回った。だが誰も見つからなかった。

 

「ララくーん! くーちゃーん!……イクセくーん? 皆どこに行っちゃったんだろう……」

 

 門を出て、城下町の外に出てみる。すると人間の後ろ姿が見えた。見覚えのある後ろ姿だ。何よりゆったりとしたフード付きの白いローブが特徴的だった。ようやく見つけたと言わんばかりにロロナは駆け寄っていった。

 

「ララくーん!」

 

 ロロナは少し驚かしてやろうとその背中を両腕で押した。しかしロロナの手はララバンティーノに当たることなくすり抜けていった。訳が分からない、そういった様相でもう一度触れてみる。やはり透過するだけだ。そしてラランはロロナに気づいている様子すら無い。

 

「あれ? もしかして見えてない?」

 

 黙ったままのラランは何処かへ移動を始める。何のヒントもない今、見失うことは出来ないとロロナはついていくことにした。後ろを歩いて行くこと数分、着いたのは近くの森だった。

 

「あっ」

 

 そこにはたくさんの人がいた。ラランはそこにいた人たちに挨拶をする。振り返る人々は皆涙を流していた。前の方からは大きな叫び声が聞こえる。その声は鼻声で涙を流しているのが分かった。何に対しての悲しみなのか。人が集まる前方へロロナは移動した。そこでは親友だったクーデリア、イクセルが大泣きしている様子が見えた。そのすぐ後ろには両親がいる。視線の先には一つの墓標が建てられていた。

 

「ロロライナ・フリクセル ここに眠る……ってえぇ!? 私、死んじゃったの!?」

 

「何で死んじゃったのよロロナ!」

 

「こんなことってあるかよ……」

 

 挨拶を済ませたラランが2人に寄ってきた。

 

「ロロナ……俺、集めたよ。皆を……でも、ロロナがいないと……ぐすっ……意味ねえよ」

 

「ララ君……皆…泣かないでよ……私、皆の為に頑張ったのに……皆集まったのが私のお葬式なんて悲しいよ! こんなの夢であってよ!」

 

 ロロナの祈りは天へ響いた。

 

「ロロナ……目が覚めたか?」

 

「シモン? 私……夢を見て……」

 

「ララバンティーノがロロナを抱えて波打ち際まで辿り着いたんだ」

 

 ロロナは再び目を覚ました。初めに目に映ったのは笑顔を浮かべたシモンの顔だった。そして辿り着いたアカネビーチ近くの療養所に運ばれていた。エーテリオンに呑まれた後、どうやってここまでたどり着いたのか分からない。記憶すらもない。ロロナの身体は激しく痛んだ。

 

「いたたた。そういえばララ君は?」

 

「隣のベッドだ。命に別状も無い。ただ足へのダメージが酷いらしくてな、しばらくは歩けないだそうだ。なに、エルザやルーシィが看病に当たっているから心配はない」

 

「そっか。結局、みんなに迷惑かけちゃったね」

 

「そんなことはない。ロロナがいたから皆助かったんだ」

 

「そ、そうかな。えへへ」

 

 ロロナは微笑んだ。それに応じてシモンも微笑む。隣のベッドからもララン、エルザとルーシィの談笑の声が聞こえてくる。ロロナはボロボロになりながらも笑顔に包まれた空間に幸福を感じていた。

 

 それから1日が経過した。

 

「暫くは車椅子だから世話頼むぞ」

 

「傷はすぐには治らないもんね。皆でラランのお世話してあげよ」

 

 医師からは内臓へのダメージもあったことから入院を勧められたが、無理やり退院をさせてもらった。今は誰かに車いすを押してもらうことで移動をするしか手段が無い状態だが、ルーシィや皆も手伝ってくれるようで何とかなりそうだ。

 

「エルザたちは?」

 

「浜の方だ。お前の友達、ロロナだっけ? も一緒に行ったぞ」

 

「そうか。じゃあ帰ってくるまで待っていよう」

 

 グレイは行かなくていいのかと尋ねてきたが、せっかくの喜ばしい仲間との再会に水を差すのは野暮だろう。ホム達に車いすを押してもらって、窓からビーチを眺めると小さくエルザたちの姿が見える。ずっとあの島で暮らしてきた彼等がこれからどのような選択をして生きていくのか、それは計り知れないものだが、どんな道を進もうと正しい道ならば、応援したい。この場にいる皆がそう思っているだろう。

 

しばらくして、エルザ達が帰ってきた。纏まった話として、エルザからの提案でロロナたちが妖精の尻尾への加入することになった。行く宛のない彼等の初めの1歩としては良い選択だと思う。そして今日は新人の歓迎会としてパーティを開きたいということ、これも勿論エルザの提案だ。

 

パーティはホテルの一室で行われた。エルザから俺達へロロナ、シモン、ショウ、ウォーリー、ミリアーナの紹介がされ、またエルザからロロナたちへ俺達の紹介がされた。一人一人と握手が交わされる。特にシモンには良くやってくれたと力強い言葉を貰った。それにしても握手の力が強い。

後にロロナから聞いた話だが、エーテリオンの暴走を止めたのはロロナではないらしい。そうすればジェラールが止めたのではないかと。確かにあの時のことはよく覚えていないが、ロロナがエーテリオンと融合すれば、ロロナの身体は分解されて、見つけ出す術が無くなる。そしてもし見つけたとしても元に戻す事も出来ない。ならば初めからジェラールがやったとすれば辻褄は合う。

そしてロロナは小さく呟いた。ゼレフに囚われたジェラールもまた被害者だと。何もしてやれなかった自分の弱さが悲しいと。ジェラールに対して可哀想と言って良いのかは分からない。ただ救うべき人としてジェラールも数えるべきだったと今更ながら感じた。

パーティがお開きになって、ホテルの客室で眠っていると、エルザが扉を開けて入ってきた。

 

「ララン! シモンたちを見なかったか?」

 

彼らは同じホテルに泊まっているはずだ。彼らの部屋を尋ねればいいものを、とは言えないような慌てようだ。

 

「見てないな。まさか出てったのか?」

 

「チェックアウトは明日だと言うのに。あのバカもの達め...」

 

「探しに行くか?」

 

「いや...ナツたちに花火の準備だと伝えてくれ」

 

そういうとエルザはUターンして部屋を出ていってしまう。花火の準備だと言われても花火師ではないが。だが、言われたからには用意しない訳にはいかない。エルザにはもう彼らの居場所は分かっているのだろう。ホムたちに車椅子を押してもらってナツ、グレイ、ルーシィの部屋を訪ね、花火の準備を伝えた。

 

一応、シモンたちの部屋を見てみよう。もしかしたらたまたまと居なかったということもあるかもしれない。

シモン...いない、ショウ...いない、ウォーリー...いない、ミリアーナ...いない。そして最後、ロロナ。半ば諦めの気持ちで扉をノックした。

 

「あれ、どうしたの。出発明日でしょ?」

 

いた。今まで寝てましたと言わんばかりの眠そうな眼と手を口の前に当てて、大きなあくびをする姿は緊張感の欠片もない。シモン達がいなくなったことを伝えると、何か知っているようで俯いてしまった。

 

「皆、本当に……」

 

「どこにいる?」

 

「多分...ビーチだと思う。でも止めないであげて。皆が決めたことだから」

 

「エルザがどうするか、だ」

 

そういうとロロナは大きく頷き、後ろに付いてきた。ビーチ近くでナツたちと合流すると、エルザは既にシモンたちと向き合っていた。ここで出番まで待つ算段らしい。にしてもあの4人はあんな小さな船で出ていくつもりだったのか。

彼らは、解放され妖精の尻尾へ加入することも考えたが、これからは自分たちの力で自分たちの為に生きていきたいと主張した。これから初めての外の世界に触れていく彼等には驚きや戸惑い、時には悩み、喧嘩もするだろう。そしてエルザもその言葉を聞いて、少しはにかみ、止めようとはしなかった。

 

「だが、妖精の尻尾を抜ける者には三つの掟を伝えなければならない。心して聞け!」

 

 エルザはそう言うと鎧を換装する。彼らが妖精の尻尾に正式に加入したとかしてないとか今はいいのだ。これがエルザなりのやり方、彼らを精一杯送り出してやりたいという気持ちの表れだ。

 

 妖精の尻尾の紋章が描かれた団旗槍を握りしめたエルザは掟を詠唱していく。

 

「一つ! 妖精の尻尾の不利益になる情報は生涯他言してはならない!」

 

「二つ! 過去の依頼書に濫りに接触し、個人的な利益を生んではならない!」

 

「三つ……!」

 

 エルザは空を見上げた。目から零れ落ちそうな涙を必死にこらえている。旅立ちを迎えんとする彼らももらい泣きしてしまっている。

 

「三つ! たとえ道は違えど強く、力の限り生きなければならない! 決して自らの命を小さなものとして見てはならない! 愛した仲間の事を生涯忘れてはならない!!」

 

 零れ落ちる涙が砂浜へ到達した時、エルザは団旗槍を天高く掲げた。これが彼女からの合図だ。一斉に彼らの前に飛び出し、盛大な花火を打ち上げる!

 

「お前ら―! また会おうなーー!」

 

 ナツは口から小さな炎の球を打ち上げて本家さながらの見事な花火を咲かせた。

 

「氷もあるんだぜ!」

 

 グレイは、アイスメイクによる氷の花火を。

 

「じゃああたしは星霊バージョン」

 

 ルーシィは星霊たちによる光の花火を。

 

「元気でやれよー!」

 

 そして俺はメテオールによる星々の花火を、それぞれがそれぞれなりの花火を打ち上げて、彼らを送り出した。そしてロロナは旅立つ彼らに駆け寄っていき、四人に抱き着いた。

 

「いつかまた会えるよね。私も私のやりたいこと見つけるから、皆も……うぅ……」

 

「泣くなよロロナ姉さん」

 

「ロロちゃんはずーっと変わらないみゃあ」

 

「俺達だってロロナやエルザと離れたくないゼ。でもよ、俺達といると二人には辛いこと思い出させちまう」

 

「ロロナ、お前にはララバンティーノがいる、それに外の世界も知っている。一緒に旅に出れば大きな負担をかけてしまうだろう。だから誘わなかった。すまない」

 

 五人が泣きながら抱き合っているところにエルザも参加し、ロロナの後ろから抱き着いた。

 

「どこにいようとお前たちの事を忘れはしない。そして辛い思い出は明日への糧となり、私たちを強くする。誰もがそうだ。人間にはそう出来る力がある。強く歩け。私も強く歩き続ける」

 

 花火咲く夜空に美しい友情と別れの涙。思わずもらい泣きしてしまう。

 

「この日を忘れなければまた会える。元気でな」

 

「絶対にまた会おう。約束だ」

 

「約束……皆、これあげる」

 

 ロロナは恵みのクリスタル、翡翠結晶のペンダントを四人の首にかけた。その後、エルザと自分の首にかけて、皆でお揃いだねと言ってにへへと笑う。それにまた彼等の涙腺は崩壊してしまって、ロロナは慌てて謝った。

 

「皆に良いことがありますようにっていうお願いだよ。また……会う日まで持っててね。約束!」

 

「約束だ」

 

 花火に民衆の注目が集まり、市街地が盛り上がっているのが分かる。ここに押し寄せてくる前に出航したいとシモン達は船に乗り込み、旅立っていった。エルザは団旗槍を彼らの姿が見えなくなるまで降り続けていた。ロロナや俺達も姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

「これで良かったんだよな」

 

「あぁ、この選択は間違っていない。さぁ明日は朝早くに出発だ。もう休もう」

 

 エルザの切り替えは速かった。だが、一番早くホテルへ歩き出したエルザはずっと上を向いて歩いていた。その後を続いてホテルへ帰ろうとするが、ロロナだけは波打ち際から動こうとしなかった。

 

「ロロナ……?」

 

「会いたい人がいっぱいいるね」

 

「え?」

 

「くーちゃん、イクセくん、師匠、ステルクさん、エスティさん、りおちゃん、タントさん。街の皆にも会いたい。そして今旅立っていった皆にも」

 

「あぁ……」

 

「でね、ギルドに着いて、一段落したら行きたい場所があるんだ。一緒に行かない?」

 

「いいぞ。どこだ?」

 

「アランヤ村ってところ」

 

 




登場した錬金アイテム

恵みのクリスタル

錬金術によって作られた宝石ペンダント。本体が主効果はなく、特性を付けることしか出来ない。完全な宝飾品である。


今までは書いていたような書いていなかったような感じでしたが、本編と流れが変わらないシーンは基本的にカットしています。具体的には主人公やロロナが登場しない、その場にいないシーンなので登場しないキャラクターも出てきます。楽園の塔編では斑鳩は全く出てませんし、梟も名前のみです。

カットの理由は本編と変わらないからです。そこも見たいという方には申し訳ありません

ここはあった方がいいかもしれないと思う部分は描写するかもしれません。


感想、評価などお待ちしております


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新装オープン フェアリーテイル

「ほぉ~」

 

 ジェラールとの戦いが決着し、シモン達と別れを告げて、俺達はギルドへ帰還した。エルザ、ナツ、グレイ、ルーシィ、そして新たにギルドに加わるロロナもだ。楽園の塔で協力体制を取っていたジュビアは一足先にギルドに帰っているらしい。一刻も早くギルドに加入したいからだとか。惚れた女の行動は時に大胆だ。

 

「てか、でかくねえか?」

 

 ギルドに帰ってきたのはいいのだが、目の前に聳えるギルドは、慣れ親しんだギルドより一回り大きくなってリニューアルされていた。幽鬼の支配者によって破壊されたギルドはアカネビーチへの出発時では、まだ再建途中かつ、よく分からない設計図が頼りだったため不安視していたがこんな立派になって帰ってくるとは思いもよらなかった。

 

「よぉおかえり。早く中入りなよ」

 

 新しいギルドの門前で唖然としていた俺達に声をかけてきたのはカナだった。ガラリと変わったギルドの中を案内してもらうことになった。

 

「オープンカフェにグッズショップまで……売り子はマックスか」

 

「いらっしゃい。ギルドTシャツにリストバンド、マグカップにタオル、オリジナルラクリマも売ってるよ」

 

 ショップ売り子のマックスの手には様々なグッズが握られている。どのグッズも良い値段がするが、売れ行きから見てもかなりの売り上げを残していそうだ。その中からマックスが一番人気と持ってきたのは、所属魔導士たちのフィギュアだった。

 

「良く出来てるな」

 

「だろ? もちろんキャストオフ付きだ」

 

 マックスがそう言ってルーシィの持っていたルーシィ人形に取り付けられた装置を動かすと服を着ていたルーシィがキャストオフして水着姿になった。

 

「きゃあああ!! 何してんのよ!」

 

「俺のはキャストオフないのか」

 

「男のキャストオフなんて誰に売れるんだよ。それに俺、ラランがそのローブ脱いだところ見たことねえから作れねえしよ」

 

「俺のは最初から脱いでるぞ」

 

 グレイが自分のフィギュアを見せてくる。確かにそもそもパンツしか服が作られていない。手抜きと言えばそれまでだが、忠実に再現されているとも言える。

 

 カナに案内されて酒場へ入る。そこは荒くれ集団妖精の尻尾の酒場とは思えないほど綺麗に輝いていた。ミリのずれもなく整頓された机と椅子に装い新たに生まれ変わったウェイトレスさん達。全員が新たなギルドに目を輝かせている、と思ったが、ナツだけは前と違うと言って不満面だった。

 

「酒場の奥にはプールが! 地下には遊技場! そして一番変わったのは2階。誰でも上がっていいことになったのよ。勿論S級クエストに行くにはS級魔導士の同行が必要だけどね」

 

 カナが言う通りギルドのあらゆるところが変貌を遂げている。2階へ行ってもいいというのは1階だけに行動が限られていた魔導士にとっては嬉しいらしく、ルーシィやグレイを初めとして喜んでいた。

 

「帰って来たかバカタレども」

 

 馴染みの声がした方向を振り返るとマスターとジュビアが立っていた。ジュビアは妖精の尻尾の紋章のペンダントを首から下げている。

 

「新メンバーのジュビアじゃ。かーわええじゃろ」

 

「よろしくお願いします」

 

「ははっ。本当に入っちまうとはな」

 

「アカネでは世話になったな」

 

「皆さんのおかげです。ジュビア頑張ります」

 

 ジュビアはグレイやエルザたちと挨拶をしてにこやかに振舞う。ルーシィにだけは恋敵と敵視するような視線を向けていたような気がしないでもない。

 

「む? ララン。その後ろに隠れている子は?」

 

「ロロナ、ここのマスターだ」

 

「あ、あの! ララ君とは昔からのお友達で、エルザちゃんともお友達で! そのあの、よろしくお願いします!」

 

「そーかそーか、よろしくの」

 

「ロロナはアーランドの頃の友人です。是非妖精の尻尾に招待したいのです」

 

 ロロナは加入手続きの為に一時離れていった。マスターはジュビアともう一人の新メンバーを紹介すると言って、テーブルの一角を指さした。そこにいたのは見たこともない男だったが、ナツとルーシィは驚きふためいていた。

 

「ガジル……!?」

 

 ナツがそう言った瞬間に理由が分かった。ギルドを破壊し、レヴィ達への恥辱を行った、幽鬼の支配者の黒鉄のガジル。初めて会ったからこそ誰だか分からなかったが、漂う険悪な雰囲気はひしひしと感じ取れる。

 

「初めまして、だな。ガジル」

 

 過去に行った非道はあれど、こうして仲間になるのだから誰かが橋渡しをしなければならない。ガジルに話しかけ、手を差し伸べた。

 

「……アリアとマスタージョゼとやりあってた奴か。慣れ合うつもりはねえ。仕事が出来ればそれでいい」

 

 握手を求めた手は弾かれ、ガジルはそっぽを向いてしまう。ナツやグレイが食って掛かるがガジルは意に介していない様子だ。ガジルはジュビアが誘ったらしく、いつも孤独なガジルを放ってはおけなかったらしい。マスターとしてもジョゼの命令でやったことであるし、道を外れた若者を再び正しい道に導くのも己の役目だとギルドへの加入を認めたようだ。エルザは反対の意を見せつつもマスターの言う事ならと納得していた。遠くのテーブルからはガジルの被害を受けたシャドウギアの面々、レヴィは怯えていたが、ジェット、ドロイはガジルの事をやはりよく思っていないのか、彼を敵視するような視線を向けていた。

 

「見て見てララ君!」

 

「ん?」

 

 そこへ何も知らないロロナが帰ってきた。ニコニコとした笑顔は険悪だったムードを少し和やかにしてくれた。彼女が見せてくれたのはギルドの紋章が刻まれた左手の甲だ。

 

「えへへ、ララ君と同じ場所にしたんだ。色はピンクだけど」

 

「晴れてここの一員だな」

 

「うん! あ、そうだ。さっき聞いたんだけどそろそろイベントがあるらしいよ!」

 

「イベント?」

 

 そんなことは全く聞いていないと思っていると、ギルドの照明が一気に落ちた。すると新設されたステージの幕が上がり、ギターを携えたミラが弾き語りを始める。大歓声が巻き上がり、ギルド内のボルテージは最高潮に達している。その時だった。隣のテーブルに座っていたガジルがナツにちょっかいを出したようで怒ったナツがガジルに食って掛かった。ミラの歌を聞きたい誰かがナツとガジルへジョッキを投げつける。ヒートアップしていた会場の雰囲気にも巻き込まれて、ナツはテーブルをひっくり返すと止めようとしたグレイがエルザと接触。エルザが頬張っていたケーキは皿ごと無残にも地面へ放り出された。姉の歌を聞けと鉄拳制裁を加えるエルフマンにはケーキの怒りが爆発したエルザの鉄拳が炸裂。こうして一つのきっかけを契機に偶然に偶然が積み重なって、ギルド内はたちまち喧嘩騒ぎになってしまった。

 

「ら、ララ君! 皆喧嘩してるよ!? と、止めなきゃ……!」

 

「いいんだよ。これがスタンダードだし」

 

「え、そうなの? でも確かに皆、笑ってるね!」

 

 騒ぎを見たミラも立ち上がり、ロックスタイルに変更。更にギルドは盛り上がりを見せる。そこには笑顔が溢れて、いかにも妖精の尻尾らしさが出ている瞬間だった。

 

「何故あと一日我慢できんのじゃ。クソガキども……」

 

 マスターは一人だけ泣いていた。一周回ってそれは怒りへと変換され、暴れまわる者達を止めようと自らも魔法によって巨大化し、メンバーたちの騒ぎに乗じていった。

 

「明日は雑誌の取材なんじゃぞーー!」

 

 騒がしくごたついたギルドが小奇麗に取り繕われていたのはそのせいだったのかと納得しながらマスターの巨大な手から逃げ回る。慌てふためくロロナは皆の流れに振り回されながらも楽しそうにしていた。

 

 その後、マスターの怒りに触れた皆でギルドの片づけをして、明日の雑誌取材に向けてクリーンなギルドイメージをアピールするためのお膳立ては整った。マスターからもこれ以上壊されては困るとギルドを追い出され、明日まで出禁になった。仕方なく、アトリエに帰ろうと歩き出すとローブの裾を捕まれ引っ張られる。

 

「ララ君」

 

「どうした?」

 

「私、お家ない……」

 

「あ、そうか……まぁしばらくはアトリエに泊ってけよ」

 

「あ、ありがとう!」

 

 ロロナと二人でアトリエに帰ると、勿論いつもの二人が出迎えてくれる。俺にとっては毎日の当たり前のような光景。だがロロナにとっては10年ぶりの再会であった。

 

「おかえりなさいませ。マスター……!?」

 

 ホム達も驚いている。それはそうだろう。礼から頭を上げると10年ぶりに再会した主人の一人が大粒の涙を浮かべて飛び込んできているのだから。

 

 ロロナは泣き止むと、そのまま寝入ってしまった。色々と疲れることが続きすぎたこともあるだろう、ホム達がベッドへ運び、その様子を暫く見ていた。ロロナがこうして安心して寝られるのはいつぶりだろう。こうしてスヤスヤと眠るロロナを見ることが出来ただけでも頑張った甲斐があるというものだ。

 

 眠るロロナを背に錬金をしていると玄関の扉を叩く音が聞こえた。ホム達も休憩しているし、自分で玄関を開けるといつも通り寒そうな服のルーシィが立っていた。

 

「家帰ったらナツがベッドで寝てたから避難してきた」

 

「またかあいつ。入りな」

 

「うん」

 

 ルーシィを招いて、家の中に入れる。いつも通り紅茶とパイを出して、話をしていると、匂いに釣られたのかロロナが寝室から起きて出てきた。ロロナの姿を確認した瞬間にルーシィはどこか不満げな表情を見せた。

 

「えっ……何でロロナさんがいるの」

 

「家が無いんだから、仕方ないだろ」

 

「そ、それでも大人の男女が二人で住むっていうのはぁ……」

 

「ホム達もいる」

 

「ホム君達は、その、何て言うか違うっていうか」

 

 ルーシィがもじもじとしている間にロロナは俺の隣に座り、寝ぼけながらパイを食べ始める。ルーシィはそれにも不満げである。

 

「そ、そうだ! 明日取材に来る週刊ソーサラーって知ってる?」

 

 無理やり話題を変えるように振ってきた。週刊ソーサラー、勿論知っている。うるさい記者のいる雑誌だ。よく妖精の尻尾の魔道士は掲載されてるし、その活躍ぶりも特集されている。ただしそのほぼ全てが破壊記録だ。

 

「ソーサラーの取材はチャンスだ。俺やロロナがここにいることが分かれば、再会を求めて誰かが来るかもしれない」

 

「そうだね。でも雑誌の取材なんて緊張しちゃうね」

 

「ギルドに取材が来るのは初めてだけど、そのぐらいでどうこうなるような奴等じゃないだろう」

 

「ふぐぅ……」 

 

 ルーシィと話し込んでいるとパイを食べて、また眠ってしまったロロナが肩にもたれかかってきた。食べてすぐ寝ると太るぞ、と言えるような眠りの浅さではない。ルーシィに断りを入れてロロナを抱えて寝室へ運んだ。

 

「悪いな」

 

「い、いや、いいんだけど。ロロナさんとはどういう関係なの? 随分と仲が良いみたいだけど。そ、その、昔付き合ってたとか……?」

 

「それはない。そんなことをしたら二人の女性に暴行を受けるだろう。まぁでも関係か。昔話になるな」

 

 ルーシィに昔話を始める。

 

 10年前のアーランドにあった小さなアトリエ、店主はアストリッド・ゼクセスという。ただこの女性が大変な曲者で民衆や王国からの信頼も揺らいでいた。そこで見かねた国の大臣がアトリエを潰そうと画策した。アトリエ存続の為にアストリッドに強引に店主の座を譲与され、その口車に上手く乗せられたロロナが王宮からの課題をこなすようになった。そこでお目付け役になったのが俺とステルクという騎士だった。ステルクは騎士という仕事があるが、俺は何かと暇でよくアトリエに足を運んでいた。ロロナとは同世代なこともあって話が合ったし、王宮の外に出て冒険をするのは楽しかった。錬金術も最初は趣味ぐらいで始めたが、これが中々楽しくて奥が深い。そんなに時間が経たないうちにどっぷりとハマっていた。最初は警戒されていたが、アストリッドも認めてくれるようになった。

 

「ま、仲間の一人なのかな。ロロナは。ロロナは俺に恋愛感情なんてないよ。俺よりもステルクとか、もう一人イクセルっていうロロナの幼馴染の方に気が合ったんじゃないかな」

 

「そう、なんだ……」

 

「で、ロロナと出会って一年経たないくらいが過ぎた頃かな。アーランドは亡くなった。今もロロナ以外は行方不明。でも俺はどっかで生きてるって信じてる。だからロロナに会えた時は素直に嬉しかったな」

 

「じゃ、じゃあさ! 見つけようよ! ラランの仲間! あたしも手伝うよ」

 

 

「……ありがたい話だ。その時はぜひ頼むよ。明日の取材もよろしくな。俺もそろそろ寝る。ルーシィもロロナの部屋にもう一つベッドがあるから、そこを使っていい」

 

「うん、ありがと」

 

 その日は明日の取材に備えて休息を取った。そういえばもうすぐファンアジアの時期だ。マグノリアの収穫祭であり、フェアリーテイルも大規模なパレードを行う。この時期はパレードに使う大道具の作成で多忙になる。その間は仲間探しも少し後回しにせざるを得ない。ファンタジアが終わったら色々なところへ依頼で出かけて、仲間たちの情報を集めよう。

 



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陰謀の夜

「おはようございます。マスター」

 

 いつものようにホムが朝起こしてくれる。今日は週刊ソーサラーの取材日だ。そういえばルーシィが家に泊まっているんだった。ロロナと同じ部屋のもう一つのベッド。ロロナに部屋を貸すときには無かったものだ。ロロナ曰く師匠が帰って来た時にベッドが無いと私が危ない、だそうだ。確かにアストリッドは昼寝が好きだった。睡眠を邪魔する者には怒りをぶつけていた。そして事あるごとに自分のベッドにロロナを引き込もうとしていていた。それを思い出したんだろう。そしてロロナはアストリッドが生きていて、いつでもここに来られるように準備をしている。

 

「ホム、二人が起きてきたら朝食を出してくれ。暫く起きなかったら、起こしてやってくれ。俺は少し散歩をしてくる」

 

「かしこまりました」

 

 ホム達がロロナの部屋へ向かうのを見て、俺はローブを手に取り外に出た。差し込む朝日が眩しい。身体の中の暗い物が全て洗われるようだ。俺は一つ伸びをして、歩き出す。まだ朝早いのもあってあまり人は出歩いていない。家の前を掃くおばさんや俺と同じく散歩をするおじいさんぐらいだ。彼、彼女らに挨拶をする。この付き合いも10年になる。もうすぐアーランドで過ごした日々よりマグノリアで過ごした日々が長くなると考えるとなんだか少し寂しいような、そんな気持ちだ。

 

「おや、ラランくん。今日はラクサスくんはいないのかい?」

 

「あ、あぁはい。今日は一緒じゃないんです」

 

「そうかぁ。昔はいつも二人で一緒じゃったのになぁ。最近はラクサスくんは顔見とらんのぉ」

 

 少しボケが入っているのか、俺とラクサスがチームを組んでいた頃を懐かしむおじいさんが、昔はこのくらいの背で、と昔の俺達の背の高さぐらいに手をやる。もうしばらく前だ。五年くらい前になるか。その頃はラクサスは頭角を現し始めた時期で、次期マスターとして期待も受けていた。マカロフの孫、マカロフの孫と持ち上げられていた。そんなラクサスとチームを組んだ俺もそこそこ名を上げていった。

 

「ファンタジアには顔出してほしいねぇ。マカロフさんのお孫さんだろう? マカロフさんも悲しむよ」

 

「そう、ですね。俺からも来るように言っておきます」

 

 俺は半ば強引に話を切り上げて再び歩き出した。おじいさんも言うようにラクサスはマスターの孫だ。だが、それがラクサスには重荷だった。ラクサスはマカロフの孫ではなく一人の魔導士ラクサスとして認められたかった。以前にラクサスの父でマカロフの息子であるイワンがギルドを追放になったこともあって、ラクサスへのマカロフ後継者としての期待は大きかった。そしてラクサスはそのプレッシャーに耐えかねて今ではすっかりグレてしまった。

 

「ただいま~」

 

「おかえひ~」

 

「おかえりララン」

 

 散歩からアトリエに戻ると、ロロナとルーシィが朝食を取っていた。もはや自分の家のような寛ぎようだ。まあその方が気を使わなくていいのだが。

 

「飯食ったらギルドに行こう。取材は昼かららしいが、どうせ皆来てるだろ」

 

「そうらね~」

 

「あたしも賛成」

 

 俺も二人と混ざって朝食を取った。その後、五人揃ってギルドに向かう。いつもの道を通って辿り着くのは装い新たに大きくなったギルド。これはまだ見慣れない。古いギルドが良いという訳では無いが、見慣れた景色が変わるというのは少し寂しさもあるというものだ。

 

「お、結構来てるな。ていうか」

 

「ごちゃごちゃしすぎ」

 

 ルーシィがそう言った。昨日マスターに怒られたぐらいで反省して大人しくしてるような優等生はこのギルドにはいない。問題児集団、それが妖精の尻尾だ。綺麗に並べたはずの机や椅子は既にがたがたに崩れており、酒や料理の臭いが充満している。

 

「まあいいじゃないか。この方が妖精の尻尾らしくていいじゃないか」

 

「エルザ、鎧変えたのか」

 

「あぁ、ハートクロイツの新しいモデルだ」

 

 ギルドに入った俺達にエルザが話しかけてきた。エルザが変わったのは鎧だけではない。以前ならば、このように乱れたギルドを粛清しようと怒声を上げていただろう。そのことを聞くと今は新装パーティのようなもので、ハメを外すのも若者の特権、ということだそうだ。

 

「Oh! ティターニア! やっべ! 本物だ」

 

「あ?」

 

 大きな声に振り返ると、カメラを首にかけた尖った金髪の男性がこちらに走ってきた。

 

「クール! COOL! クーーーール!! 本物のエルザじゃん! クゥゥゥール!」

 

 やけにテンションが高い。有名な雑誌記者と言えど本物のエルザを見ると興奮するのだろうか。

 

「すまないな。こんな見苦しいところを」

 

「ノープロブレム! こういう自然体なところを期待していたんです!」

 

「あたし、ルーシィって言いまーす。エルザちゃんとはお友達でぇ」

 

 ルーシィが媚びへつらうような猫なで声で記者に自己紹介をした。しかし、記者はルーシィには目もくれず、エルザへの取材に移行していた。つまりは眼中にないということである。

 

「くぅぅぅ。あたしの知名度ってやっぱこんなもんかぁ……」

 

「最近、妖精の尻尾に入ったんだ。仕方ないさ」

 

「」

 

 ルーシィの横に座り、そう慰めた。記者がエルザへの取材を終えるとまた違う人へ取材をしようと辺りを見回し始める。するとこちらを向いた。ルーシィは自分と目が合ったと思ったのか、出来る限りの笑顔を見せた。記者は一目散にこちらに向かってきて、ルーシィを吹き飛ばして、俺の手を握った。

 

「ほ、本物のララバンティーノだ! 世界で一人の錬金術士に会えるなんて最高にクゥゥーール!!」

 

「あ、あぁ。喜んでもらえて嬉しいよ」

 

「いくつか質問いいかい?」

 

「どうぞ」

 

「錬金術のレパートリーっていうのはどのくらいあるんです?」

 

「数えたことはないが、300くらいはあるんじゃないか。これからも増えていく」

 

「クゥゥゥール!! 君の後ろにいるのはもしかしてホムンクルスって子たちかい!?」

 

「何で知ってんだ。まぁそうだよ。ホム、挨拶しなさい」

 

「ホムと申します」

 

「ホムと申します」

 

「二人とも同じ名前なんてクールだね! 三人揃って写真良いかな。ララバンティーノさん真ん中でホムさんたちが脇を固める感じで」

 

「写真か。すまない。もう一人一緒にいいか?」

 

「え、構わないけど。どうしたんだい?」

 

「さっき記者さんは世界に一人の錬金術士って言ったけど、実は一人じゃないんだ。ロロナー」

 

「あ、はーい」

 

 手招きしてロロナを呼んだ。記者はぽかんと訳がわからないままカメラを構えている。先ほどの構図にロロナが入り、左からホム君、俺、ロロナ、ホムちゃんと並んだ。

 

「じゃ、行くよー!」

 

 

 

 

 こうしてどたばたと週刊ソーサラーの取材が終わった。あの後も結局、ルーシィは取材されることなくブチ切れ。バニーガールの衣装まで着て、あの記者、ジェイソンの気を引こうとした。しかし、ミラジェーンを拘束し、白スーツにグラサン、ギターを携えたガジルがステージに登壇。突然弾き語りを始め、ルーシィはそのバックダンサーにされてしまった。ガジルのギターと歌声は酷いものでギルド内からもヤジが飛んでいたが、その前の語りは中々いいことを言っていると俺は思った。ジェイソンが帰る時に知らされたが、俺達の写真が表紙の最有力候補だそうだ。これで俺達の居場所が少しでも広まればと思う。

 

 そして夜が明けた。

 

「……」

 

 場所は大きな木の聳える広場。この場所は幽鬼の支配者時代のガジルがシャドウギアのレヴィ、ジェット、ドロイを襲撃し、磔にした場所でもある。俺はたまたま通りかかっただけだったが、偶然にも修羅場に居合わせてしまったらしい。ガジルとジェット、ドロイが睨み合っているのだ。確かにマスターがガジルの加入を許可したとしても、シャドウギアの心情は穏やかじゃないだろう。レヴィは後ろの木に隠れて様子を伺っている。俺もここは様子を伺うのが吉だろう。

 

「何する気だあいつら……」

 

 何やら話し込んでいるのが聞こえる。どんな内容かまでは聞こえてこないが断片的に聞こえる言葉を摘み取っていけば、あまり穏やかな話し合いではなさそうだ。するとジェットがガジルに向かって仕掛けていった。続いてドロイも。正直二人の実力ではナツと大暴れするほどの力を持ったガジルには二人係でも敵わない。止めようとした時だった。二人の攻撃は躱されることなくガジルに命中した。ガジルには避ける意思が無かったようにすら感じた。もしかして償いのつもりなのだろうか。報復も仕方ないと考えているのだろうか。

 

「こりゃいったい何のいじめだ。あ?」

 

 後ろから現れたのはラクサスだった。街に帰ってきていたのか。ラクサスはガジルを見つめると、いきなり雷魔法をぶつけた。追い打ち仕掛けるラクサスは手刀でガジルを吹き飛ばした。というかガジルが俺の隠れている方に飛んできている。

 

「ととっ。おい大丈夫か。ガジル」

 

「てめぇ……」

 

 ガジルはぐったりとしてはいるが、ちゃんと意識はあり、立ち上がる意思を見せた。ラクサスの攻撃を受けてこんな闘志を見せる奴は久々に見る。強力なラクサスの魔法相手に一撃でK.O.なんてことはザラだ。ただ、ジェットとドロイの攻撃も真正面から全部受けて、ガジルに戦う力はほとんど残っていない。この戦いはもう終わりにしたかった。しかしラクサスは尚もガジルへの攻撃をやめようとはしなかった。俺、もろとも吹き飛ばしても構わないと言ったような雷を放ってきた。

 

「いい加減にしろよ! ラクサス! ドナーストーン!」

 

 前方に放ったドナーストーンが避雷針となり、雷は俺達へ届くことなく爆発し消滅した。

 

「そいつをこっちへ渡せ。ララン。そいつのせいで俺達は舐められてんだぞ! 死んで詫びさせんだよ! 妖精の尻尾に逆らう奴ぁ全員殺してやる!」

 

「お前……」

 

「俺はお前を認めてるんだぜ? ララン。昔みたいに仲良くやろうぜ」

 

「お前に協力した俺が馬鹿みたいだよ。オーラブリッツ!」

 

「今更降りるは無しだ」

 

「分かってる。でも今はお前を殴らないと気が済まん」

 

「やれるもんならやってみろ」

 

 ラクサスの雷と俺の杖から発せられた魔導波が衝突し相殺され、一瞬の静寂が訪れる。次の瞬間、一瞬で踏み込んだ俺とラクサスの拳がぶつかり合う。

 

「もういいやめろ! ラクサス! ララン!」

 

 ジェットの声が聞こえるが、今、手を抜けば確実にラクサスは俺を潰しに来る。手を抜こうにも抜けない状況にある。もしここで俺が退けば、ジェットやドロイ、レヴィ、そしてガジルに更なる被害を与えることになるのだ。

 

「ララン。さっさと俺に付いた方が得だろ」

 

「ぐぁっ!?」

 

 ラクサスの頭突きが直撃し、俺は大きく後ろに仰け反った。その隙にラクサスはとどめの一撃を打ち込もうと腕を大きく振りかぶる。

 

「もうやめて!」

 

 決死の覚悟で隠れていたレヴィが飛び出して叫んだ。それがラクサスの逆鱗に触れた。俺に飛んでくるはずだった雷は反転してジェット、ドロイを抜き去りレヴィへ飛んでいく。

 

「レヴィ!」

 

 しかし、雷がレヴィに当たることはなかった。息も絶え絶えだったガジルが身体を呈してレヴィの前に割り込み、雷を受け止めたのだ。ガジルは立つのもやっとの状態でふらふらと揺れながらラクサスを見つめる。

 

「もう、いいか。仕事があるんだ」

 

 そのままガジルは街の門の方へと歩いて行った。ガジルを心配したレヴィが引き留めたが、ガジルは放っておいてくれとそのままふらふらと荷物を持って街を出て行った。ガジルが消えるとラクサスも興味が失せたのか、どこへ歩き去っていった。その場に残った俺達にはどこにも向けようのないもやもやが渦巻いていた。

 

 三人には暴れてすまなかったと詫びを入れて、俺はふらふらと街を歩いた。どこも収穫祭の準備で忙しそうにしている。活気に溢れる街がいつも以上に賑わっている。ファンタジアには毎年参加している。だがラクサスと一緒に出たのはもう数年前が最後だ。

 

 気づけば日も落ち始めていた。採集へ向かう気力もなく、仕事へ気力もなく、ふらふらと一日を過ごしていた。アトリエに帰る途中、ルーシィの家の前を通りがかった。

 

「ルーシィ、いるかな……」

 

 ルーシィの家の扉を叩くが反応はない。仕方ないので中で待っていることにした。しばらくしてうとうとしていると玄関の扉が開く音がして、上下に振れていた頭を上げた。

 

「あ、おかえりルーシィ」

 

「た、ただいま……じゃないの! ここあたしんち!」

 

「ごめん……」

 

「あ、いや、別に嫌って訳じゃないし。いいよ。何かあった?」

 

 ルーシィは立ったまま、こちらを覗き込んでくる。

 

「今日さ、ラクサスと喧嘩したんだ。最初はジェットとドロイがガジルにケジメ付けようとしてたのを見つけただけだったんだけど、ラクサスも入って来てガジルに魔法を使いだしたもんだから、見てられなくってさ」

 

「えっ!? 大丈夫なの!?」

 

「俺は大丈夫だけど、ガジルがな。あいつ多分悪い奴じゃない。ジェットとドロイの攻撃も抵抗せずに正面から受けて、ラクサスの攻撃も受けて、俺らの喧嘩止めようとしたレヴィを庇いもしてた。早く仲間って認めてほしいのかもな。ぼろぼろのまま仕事に行ったから少し心配だ」

 

「へー、あのガジルがね。歌とかギターとかやってたし、意外と面白い奴なのかもね」

 

「まぁそれはいいんだ。近く街の収穫祭、ファンタジアがあるのは知ってるな。勿論、俺達妖精の尻尾も参加する。毎年ファンタジアの為の大道具を俺が作っているんだが、いかんせん材料が足りなくてな。俺からの仕事としてルーシィに依頼したい。報酬は7万ジュエル。ロロナとホム達を連れて行ってほしい」

 

 ルーシィの顔が晴れやかな顔に変わった。ずいっと身体を寄せてくる。

 

「え、それほんと!?」

 

「あぁ。その代わりちゃんと収集を頼むぞ。依頼書はもうミラに出してある。場所と取ってくるものはこれだ。頼んだぞ」

 

「頑張ります!」

 

 敬礼をするルーシィを背に家を出た。ファンタジアまであと一週間。それまでにルーシィとロロナ、ホム達が帰ってくることはないだろう。いや帰ってこられては困る。

 

 妖精の尻尾は大事に思っている。人生の半分近くを過ごしている第二の故郷であり家だ。だが、それが無くなるわけではない。少し違う形に生まれ変わるだけだ。そしてそれ以上に俺には大切なものがある。錬金術とアーランド王国の再興。俺はそれを成すためにラクサスをギルドのマスターにしなければならない。




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夢への道

「おいおい遅刻だぜ? ララン」

 

「ちょっとミスフェアリーテイルコンテストが気になっただけだ」

 

「まぁいい。今ちょうどエバが行ったところだ」

 

 ファンタジア当日、ラクサス、フリード、ビッグスロー、そして俺はファンタジアの準備ではなく、ラクサスの隠れ家にてギルドの様子をラクリマで監視していた。先程見に行ったように今のギルドは賞金50万ジュエルという超高額報酬のミスフェアリーテイルコンテストが行われている。そこに俺達は仕掛けるという算段だ。ラクリマを覗けば、レヴィの出番を半ば奪うようにエバーグリーンが登場し、レヴィを石に変化させてしまった。これが彼女の眼の魔法。目を合わせた者を石にしてしまう。恐ろしいものだ。

 

「さぁ行こうぜ。新しい妖精の尻尾の幕開けだ」

 

 俺達はラクサスの雷に乗って、ギルドのステージに降り立った。ミスフェアリーテイルコンテストに出場した全ての女性は既に全員が石に変化させられており、ギルドメンバー全員が呆気に取られていた。

 

「よォ。妖精の尻尾の野郎ども……祭りはこれからだぜ」

 

「ラクサス!」

 

 一番驚いていたのはマスターだった。それもそうだろう。実の孫がこうして反乱にも等しい行為を働いているのだから。

 

「フリードにビッグスローも!? ラクサス親衛隊。雷神衆だ!」

 

「ララン……まさか貴様もラクサスに付いたのか!」

 

「マスター。俺には俺の野望があります。これだけは譲れない。ラクサスはそれを叶えてくれる」

 

 激怒するマスターは女性たちを元に戻せと叫ぶ。しかし、ラクサスは石像を自らの身体に引き寄せると。石像を人質にすると言い放った。そしてこちらの定めたルールを破る度に石像を壊していくと。その発言にマスターはそれを聞いてもはや悲しそうな表情も見せなかった。見える感情は怒り。俺達に対する明確な敵意だ。俺がどんなことをしているのかは分かっているつもりだ。恩を仇で返すような真似であること、今更謝って済むものではない。もはや引き下がれないところまで来ている。

 

「冗談で済む遊びとそうはいかぬものがあるぞ。ラクサス」

 

「勿論俺は本気だよ」

 

「ここらで妖精の尻尾最強は誰なのかハッキリさせようじゃないか」

 

「っつう遊びだよ」

 

「ルールは簡単。最後まで残った者が勝者。バトルオブフェアリーテイル!!」

 

 ラクサスが高らかに宣言したと同時にギルドの机が一つ、宙に放りだされた。その下にはナツの姿があり、拳を突き上げている。ナツは強い。無限の可能性を秘めている。だがナツですらラクサスには勝てない。その予想通り、ラクサスに殴りかかったナツは一撃にして黒焦げにされてしまった。

 

「俺達は5人。そっちは100人近く。制限時間は3時間。俺達は街のどこかにいる。見つけた瞬間からバトル開始だ」

 

「ララン……貴様ら……ふざけおってぇ!!」

 

 マスターが魔法を発動させ、巨大化していく。しかし俺達が焦ることは無い。ラクサスが指先から光を発し、ギルド全体に目晦ましを仕掛けると、その間に町中に散り散りに移動した。そしてラクサスの声だけがギルドにこだました。

 

「バトル・オブ・フェアリーテイル開始だ!」

 

 俺もギルドを出て街に紛れ込んだ。すると間もなく魔法のぶつかり合う音が聞こえてきた。これはギルドメンバーたちと雷神衆の戦う音ではない。フリードの魔法。術式にかかったメンバーたちが同士討ちをしあう音だ。フリードの魔法、術式は設置型の魔法。仕掛けるには時間がかかり、直接戦闘には向かないが、罠として使うには最適の魔法だ。5人対100人といったような口ぶりで話したが、そんな気はさらさら無い。同士討ちで出来る限り数を減らしてもらって、俺達に辿り着いた時には既に満身創痍。そこを叩く。それが作戦だ。

 

「ん?」

 

「ララン、君が敵に回るとは驚いたよ……」

 

「アルザック……もう傷だらけだな。誰と戦った?」

 

「ジェットとドロイだよ。戦いたくはなかったがビスカを助ける為なら仕方なかった。だから僕は君も倒す」

 

 最初の挑戦者はアルザック。俺達の作戦に嵌り、既に魔力を消耗している。もはやアイテムを使うまでもないだろう。

 

「銃弾魔法。台風弾!」

 

「弱いな……」

 

「そ、そんな……」

 

 あまりにも弱弱しい魔法だ。防ぐまでもない。全力の魔法ならばこうはいかないだろう。立っているだけで精一杯の人間の魔法はこうも無力だ。

 

「安心しろ。ビスカは助ける。だから暫く眠っていろ。オーラブリッツ!」

 

「ぐあぁっ!!」

 

「残り45人……」

 

 あまり魔力を消費しないように打ったつもりだったが今のアルザックには強すぎたか。魔法の直撃を受けたアルザックは後ろに倒れ、気を失ってしまった。

 

「悪いな。俺も本意ではない。ヒーリングベル」

 

 ヒーリングベルでアルザックの傷を回復する。魔力や意識は戻らないが、身体に受けた傷は全て回復させた。こうして潰しあうのはあまり好きではない。こうして向かってくる者、また街を歩き倒れた者を見つければこうして傷を癒していくつもりだ。

 

「アルザックが倒したのはジェットとドロイだったか。この辺にまだいるだろう」

 

 俺はアルザックを楽な体制に寝かせ、次の場所へ向かう。その途中やはりアルザックに倒されたジェットとドロイを見つけた。二人とも意識があったが、怪我が酷い。フリードの術式が解ける条件は余程厳しかったらしい。

 

「ヒーリングベル」

 

「ララン、お前なんで……俺達に倒されても良いのかよ?」

 

「魔力は回復させてない。傷を治しているだけだ。こうして戦うとはいえ、仲間だからな」

 

 傷を治した後、二人は痛みが引いて安心したのか気を失ってしまった。街の各地で戦いの音が響いている。ラクサスはこうしてギルドのメンバーを傷つけることによってマスターの降伏を引きずり出そうとしている。そしてそれと同時にマスターの座を譲る旨を言わせるのだ。ラクサスは己が求める強く、誰にも舐められないギルドを新たなマスターとして作り直す。

 

「雷神衆も戦い始めたか……」

 

 ラクサスから雷神衆と俺に渡されたラクリマに反応が入る。エバーグリーンがエルフマンとビッグスローがグレイと、そしてフリードがリーダスとそれぞれ戦闘を始めた。

 

「フリードの位置がやけに街の端だな……リーダスめポーリュシカ先生のところに石の魔法を解く薬でも貰いに行くつもりだったか」

 

 そして続々と通信が入る。エバーグリーンがエルフマンを撃破。残り41人。フリードがリーダスを撃破。残り40人。ビッグスローの続報はまだない。流石にグレイ相手では苦戦を強いられているか。街に仕掛けてあるフリードの術式を利用すれば勝てない相手ではないはずだ。

 

「来たか……」

 

 これでおおよそ半分が脱落した。そろそろマスターも降伏を認める頃だ。思念体をギルドへ送ろう。ギルドへ思念体を現すと既にラクサスの思念体がいた。そして残されたマスターと何故かナツ、ハッピーもいる。

 

「お揃いのようで」

 

「ララン……貴様……」

 

「よぉ、お前からも何とか言ってやってくれや。さっさと降参してくれってな」

 

「あぁ。お言葉ですがマスター。もはやそちらに勝ち目はない。速く降参した方がよろしいかと思います。エルザはこうして石化状態。ナツは何故か参加できず、エルフマンも敗れた。残るグレイもビッグスローには分が悪い」

 

「グレイを見くびるなよ……ララン、ラクサス……」

 

 グレイのことは見くびってなどいない。グレイは確かに強い。だがそれ以上にビッグスローが強い。更に地の利はこちらにある以上どうやってもグレイはビッグスローには勝てない。地の利を使うことが卑怯だとは言うまい。

 

「ラクサス、どうやってラランを味方につけた? このような事に賛同するような奴ではない!」

 

「どうやって? そりゃあんたが一番わかってんだろ。あんたがラランを縛ってきたんだからよ」

 

「マスターは錬金術を公に認めてはくれませんでした。それは魔法界の為だ。聖十大魔導という役職に就きながら錬金術を認めることは出来ない。そんなことは大人になるにつれて分かっていきました。ギルドのメンバーに勧めても誰も会得しようとはせず、ただ恩恵を受けるだけだった。錬金術を学ばないようにマスターの手が回っていたことに気づいたのはもう五年ほど前です。小さな街の錬金術士でも良いと思っていた。人の役に立てればと。でも俺は諦められなかった! 錬金術を広め、錬金術のギルドを作り、そして錬金術の大国としてアーランドを再興することを!」

 

「だから俺はその手助けをしてやるって言っただけさ。まずはギルドの奴らに錬金術を学ばせる。街の奴らにもだ。それでこいつはこちらに付いたってこった」

 

「ぬうう……まさかとは思っておったが……降参じゃ……もうやめてくれ、ラクサス、ララン」

 

 マスターの顔から怒りが消えた。この言葉を引き出すことが第一段階。そしてここからが更に難しく重要な部分になる。

 

「ダメだなぁ。天下の妖精の尻尾のマスターがこんなことで負けを認めちゃあ。どうしても投了したければ、マスターの座を俺に譲ってもらおうか」

 

「ゲーム終了まであと一時間半あります。どうかよくお考えを。いい返事を期待しています」

 

 こうして俺達の思念体はギルドを後にした。そしてまた街の中へ意識が戻る。俺達が話している間にもギルドメンバーたちの同士討ち、また雷神衆の活躍によって残る人数は一桁にまで減っていた。歩く中で怪我人を幾度も見つけたのでその都度回復を行っていたが、そろそろ自分に使う用が無くなりそうな勢いだ。

 

「あと四人か」

 

「見つけたぜ!」

 

「こんなところにいやがったか!」

 

 現れたのはマカオとワカバのおじさんコンビ。流石に二人係となると面倒だな。だがこのあたりにフリードの術式はない。どうにか倒すしかないか。

 

「紫の炎!」

 

「煙魔法!」

 

 マカオの紫の炎は風や水では消えない。ワカバの煙魔法は形が不定形で煙への攻撃は意味をなさない。どちらにせよ風操り車やレヘルン、フラムの類は使えないな。それとたたかう魔剣も使っている余裕がない。炎に気を取られれば煙が、煙に気を取られれば炎が襲い掛かってくる。二人とも中距離型の魔導士だ。俺と同タイプだけに距離感を詰めることが出来ない。

 

「ドナーストーン!」

 

「あぶねぇ!」

 

 放り投げた二つのドナーストーンはマカオは炎で弾き、ワカバは自ら避けて見せた。おじさん侮るなかれ。まだまだ現役だ。だが少し連携が乱れた。この隙を見逃すはずがない。雷神衆がな。

 

「ベイビー! ラインフォーメーション!」

 

「ワカバ!」

 

 路地の上空から狙い撃った刃状の光線が煙を切り裂き、ワカバを打ち抜いた。そして動揺したマカオを見逃す俺ではない。杖を構え、その先をマカオへ向ける。

 

「オーラブリッツ!」

 

 虹色のエネルギー弾がマカオへ直撃。あえなく戦闘不能となった。すぐさまヒーリングベルで二人を回復させ、ワカバを撃ち落としたビッグスローと合流した。

 

「悪い。助かった」

 

「なんてことねえよ。俺達の仲だろ?」

 

「お前と喋ったことあんまねえよ」

 

「まぁいいってことよ。これで街にいるのは全員か?」

 

「あぁ。ギルドにいるナツ、そして数には一応入ってるガジルだけだ。ラクリマもそうなってる」

 

 ビッグスローと共にラクサスの元へ向かう。それにしてもビッグスローの奴でかいな。俺もあまり小さくないはずなんだが。とどうでもいいことを考えながら歩いているとビッグスローがラクリマを見て何かに気づいた。

 

「残りはナツとガジルだけって言ったよな。じゃああと二人は誰だ?」

 

 ビッグスローが見せてきたラクリマには4の数字が見えた。残り人数は4人。おかしい。先ほど確認した時は確かに二人になっていた。人数が増えた? どうやって? 戦闘不能になっていないメンバーはマスターを除いてナツ、ガジル。後は石になった女性たち。外に出ているメンバー。

 

「……石になっている誰かが復活した。もしくは外にいる誰かが街に入ったのどっちかだな」

 

「どっちかって言ったってよ。エバはまだやられてねえし、誰かが来たってことしかありえねえだろ」

 

 増えたのは二人。もし仮にホム達が戦力に数えられていないとしたら、ルーシィとロロナが加算されて4人になって計算が合う。いや馬鹿な。二人が出向いた場所にはあらかじめ時間流の種を埋めておいた。ファンタジア直前までは帰って来れないはずだ。しかしロロナがそれを見破り突破していたら? 可能性はある。確認しに行くべきだ。

 

「ビッグスロー。外から誰が来たのか見に行く。お前はラクサスの所に行け」

 

「ちょっ、おい! どいつもこいつも勝手な奴だな!」

 

 戸惑うビッグスローを置いて、街の門の方へ駆けだした。ギルドへ続く大通り、ここを真っすぐに行けば門へ着く。まだ人数が増えてからそう時間は経っていない。まだこの通りから見える範囲にいるはずだ。人の流れを断ち切って門へ向かう。すると突然、街の人の姿が消えた。そして目の前に見知らぬ男が立っている。

 

「……」

 

「誰だ……いや、お前が残る4人の参加者であることに間違いはない。そしてギルドのメンバーで俺が顔を知らない。姿も見たことが無いのは一人しかいない」

 

「……」

 

「ミストガンか」




登場した錬金アイテム

時間流の種

埋めた場所周辺の時の流れを歪める種。成長するに連れて時間の乱れは大きくなる。上手くコントロールすると、大地の時間を進め、植物の成長を一瞬で大きく進めることが出来る。


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意地と執念

「……」

 

「だんまりか。それは正解って意味でいいんだな」

 

「ラクサスはどこだ」

 

「カルディア大聖堂だ」

 

「そうか……」

 

 ミストガンはカルディア大聖堂の方角とは違う方向に歩き出した。ラクサスのところへ行く前に他の目的があるのだろうか。ただ、俺に彼を止める気はなかった。直接やりあったところで勝てるかどうか分からない。それならば確実に勝てるラクサスに任せた方がいい。

 

「行きたいなら行けよ」

 

「……」

 

 辺りに霧が立ち込める。これがミストガンの魔法か。ギルドに来る度に起こす集団睡眠もミストガンの魔法だと考えると五感に影響を及ぼすタイプの魔法らしい。あの魔法を考えれば俺達は完全に眠らされているのではなく、自分は眠っているという幻覚を見せられている、つまりは催眠という表現に近い。そしてギルドを出る時に魔法が解け、起き上がると何も覚えていない、眠っていたという事実だけが残っている訳だ。

 

「止めないのか?」

 

「行ったところでラクサスには勝てない。今この街にいる魔導士の中で一番強いのはラクサスだ。マスターよりもな」

 

「賢明な王子だ」

 

「は?」

 

 立ち込めた霧と共にミストガンの姿が消えた。しかし街に来たミストガンが増えた二人の内の一人だとして、もう一人は誰だ。他にも街に入ってきた奴がいるのか。その時通信ラクリマに情報が入った。戦闘開始の知らせだ。エバーグリーンとエルザ!? エルザは石にされていたはずではないのか。エバーグリーンが戦闘不能になっていないのに解除されたとはどういうことだ。ポーリュシカの元に向かっていたリーダスはフリードが止めた。増えた人数を見ても解除されたのはエルザだけだ。今はどうなっているか考えるよりもエバーグリーンの増援に行かねば。それにしても王子ってどういうことだ。ミストガンとは話したこともないはずだが。

 

「場所は……クソ、真反対じゃねえか」

 

 二人の元に向かう途中、再び通信が入った。エバーグリーン対エルザ、勝者はエルザ。エバーグリーンとはいえエルザとタイマンは厳しかったか。エバーグリーンが敗北した時点で石化は解かれ、女性たちは解放される。ラクサスはどうするのか。それによってここからの行動が変わる。

 

「カルディア大聖堂に行くか。ん?」

 

 ラクリマにラクサスからの通信が入る。すぐにカルディア大聖堂に来いとのことだ。ラクサスはまだ諦めていないらしい。恐らく俺に作らせた神鳴殿を発動させるつもりだ。神鳴殿は上空に凡そ300のドナーストーンを仕込んだ雷ラクリマを環状に浮かび上がらせる。そしてこの街を雷の降る宮殿に仕立てるというもの。少しでもラクリマに傷が入れば、たちまち傷つけた人物に雷が降る生体リンク魔法が仕掛けられている。一つでも食らえばドナーストーンを生身に食らう。人間には一撃で戦闘不能の大ダメージだ。まさか本当に発動させるとは思っていなかったが、ラクサスがやると言うならそれに従う他ない。

 

「ラクサス!」

 

「来たか、ララン。これからギルドと通信を繋ぐ。神鳴殿を発動させろ」

 

「いいんだな? 本当に」

 

 数秒、ラクサスと睨み合う。これを発動させれば、もう俺達は本当にギルドの敵と見做されるだろう。逆に言えば、ここで俺達が負けを認めれば、まだ踏みとどまれる。だがラクサスの意地はもうそれすら届かないところにまで達している。

 

「待て! ラクサス、ララバンティーノ!」

 

「何故戻ってきたフリード」

 

「俺達の負けだろう。人質が解放されたらマスターはもう動かない。そこまでやることは無いだろう」

 

 そう言ったフリードをラクサスは睨み付け、威嚇するようにフリードのすぐ横に雷を走らせた。当てなかったから良い物の当たっていればフリードとはいえ大怪我を負うレベルの強力な攻撃だった。自分に逆らう奴は許さない。そういった表れすら感じさせる。

 

「終わってねえよ。ついてこれねえなら消えろ。俺の妖精の尻尾には必要ねえ」

 

「ラクサス……」

 

「フリード。もう覚悟決めるしかねえんだ。ラクサスはもう止まらない。俺達はどうする。ここで止めるか。ラクサスと心中するか」

 

「……」

 

「ララン、やれ」

 

「……分かった」

 

 ラクサスはギルドとの通信を繋いだ。これでもう俺達は妖精の尻尾には戻れない。どのような結果になろうとも。

 

「聞こえるかジジィ、そしてギルドの奴等よ。これから新たなルールを追加する。バトル・オブ・フェアリーテイルを続行する為に神鳴殿を起動させた。残り1時間10分。俺達に勝てるかな? それともリタイアするか? マスター。ははははっ!!」

 

 ラクサスの声はきっとギルドの届き、皆が怒りに震えているのだろう。本当に起動させて良かったのか。自分の野望の為とはいえども、ギルドの皆だけでなく、町衆までも巻き込んで良かったのだろうか。そんな気持ちが心の片隅に芽生えた。必死に自分を正当化しながら、ラクサスと向き合う。

 

「ここまでやることは……」

 

 フリードが言う。雷神衆の中でも最もラクサスへの忠誠心の強いフリードでさえ、ラクサスの行動に疑念を持ち始めている。

 

「これは潰し合いだ! どちらかが全滅するまで戦いは終わらねえ!」

 

 ラクサスはもう訣別の意思を固めていた。弱きギルドとマスターと訣別し、新たなマスターとなり強きギルドを作ること。その野望の為に意地を張り続けている。それは俺も同じ。どこでも引き返す場所はあった。神鳴殿の作成の段階で断っていれば、こんなことになることもなかった。神鳴殿を発動させなければ、こんなことになることもなかった。心の中で善悪の感情が渦巻いている。

 

「何をしている。ララン、フリード。ビッグスローは妖精狩りを続けているぞ」

 

「ララン、お前はエルザをやれ。ミストガンは俺がやる。フリードはカナとファントムの女だ。俺の妖精の尻尾にはいらねえ。殺してもいい」

 

「殺す!? 仲間を殺せってのか!?」

 

「そ、そうだ! 今は敵でも同じギルドの……!」

 

「俺の命令が聞けねえのかぁ!!!」

 

 俺とフリードの言葉はもうラクサスには届かない。一滴、冷や汗を流して、俺もフリードも決心をした。ここで退かず、一線を超える。たとえこの線の先が地獄だったとしても、ラクサスに付いていく。

 

「ここまでやってしまった以上、どの道戻れる道はない。任務を遂行しよう。本気で殺る。後悔するなよ」

 

「……エルザをここには来させない。命に代えても」

 

 俺とフリードはカルディア大聖堂を出て、それぞれのターゲットの元へ向かった。ラクリマに表示される残り人数はナツ、ガジル、エルザ、ミストガンの他に石化から介抱されたミラ、レヴィ、ビスカ、カナ、ジュビアの五人が追加されて9人のはずなのだが、先ほどビスカが神鳴殿のラクリマを一つ破壊し戦闘不能になった為、8人と表示されている。

 

「見つけたぞララン」

 

「見つけたのは俺の方だ」

 

「もう……引き返す気は無いんだな?」

 

「あぁ……もう戻れる線は越えてしまった。戦う魔剣」

 

「ほぅ、私に剣で挑むとは覚悟は出来ているようだ」

 

 剣を握る右手が震えている。その震えを抑える為に左手で右手首を握る。エルザも換装を終え、転輪の鎧と背後に大量の剣を従えた。

 

「行くぞ!」

 

「来い!」

 

 襲い来る剣の大群。右手の魔剣とアイテムを駆使して必死に弾いていく。剣の嵐の中からエルザ本人の強襲。強い腕力から繰り出される一撃を魔剣で受け止めると右腕が手首から持っていかれそうになる。

 

「ふんっ!」

 

 エルザの剣を無理矢理弾き、距離を取る。すぐさまバックに手を突っ込み、アイテムを取り出す。

 

「メテオール!」

 

 再び迫り来る剣の大群を空から降るメテオ―ルの星々によって打ち消す。そして今度はこちらから仕掛ける。

 

「瞬閃!」

 

「速いっ!」

 

 刹那のスピードで繰り出す斬撃。父から教わった技の一つだ。それをいとも簡単に受け止めてしまうエルザは末恐ろしい。力勝負では少々分が悪い。受け止められたならすぐに距離を取る。

 

「これならどうだ! 魔剣展開!」

 

 エルザの転輪の鎧にも負けない数の魔剣を背後に展開させる。そもそも戦う魔剣は自動戦闘のアイテムだ。それぞれが意思を持ち、敵と認識した相手を襲う。

 

「行け! 魔剣よ」

 

 魔剣が一斉にエルザの方へ向かう。回転しながら向かう剣、直線的に向かう剣、蛇行しながら向かう剣。そしてそれに交じり俺も攻撃に加わる。

 

「転輪・循環の剣!」

 

「ちっ」

 

 エルザの剣によって、こちらの剣の一部が撃ち落とされる。だが、数の上ではまだ負けていない。そのままの勢いで突っ込んだ。

 

「瞬閃!」

 

「甘い!」

 

「がっ!?」

 

 エルザは飛び込んでくる魔剣を全て紙一重で躱し、俺の瞬閃をもいなしてカウンターの斬撃を入れた。身体が真っ二つになるかのような衝撃だった。

 

「お前の技術は素晴らしい。だが私には勝てない」

 

「勝たなきゃいけねえ」

 

 手に握るを自動戦闘の一角に加え、新たな魔剣を取り出す。その魔剣は普通の物よりも三周りは大きく、振るだけでもスタミナを消費するような代物だ。この大きさの剣はステルクがよく振るっていた。それをモチーフにして作った剣でもある。

 

「ほぅ攻撃力重視か」

 

「グランドパイル!」

 

 剣を地面に刺し、這うような衝撃波を放つ。エルザは上空へ舞い、難なく避けていくが、それは悪手というものだ。

 

「何っ!?」

 

 衝撃波から全方位への放電が行われる。流石のエルザも上空にいたのでは直撃は免れず、地面に落ちた。この魔剣は雷の属性を秘めている。

 

「くっ……換装! 雷帝の鎧!」

 

「雷耐性の鎧か。じゃあ持ち替えだ」

 

「何?」

 

 握っていた魔剣を仕舞い、また新たな魔剣を取り出す。次の魔剣は先ほどとは打って変わって細身の剣を二本。これも俺の教育係だったエスティという女の剣をモデルに作った剣だ。

 

「ローゼンラバー!」

 

「ふっ!」

 

 目にも止まらぬ多方向からの連続攻撃。だがそれをエルザは次々に捌いていく。剣の腕でエルザに勝とうだなんて思っていない。だからこうして手の内を全開にして手数の多さで押し切る。エルザが本気を出す前に倒す。

 

「くそっこれならどうだ!」

 

 二振りの細剣をエルザへ向けて投げつける。その隙に手元に大剣を戻し、細剣の後に続くようにして波状攻撃を仕掛けた。それに対しエルザはまず当然のように細剣を二つとも弾く。そして既に振りかぶり、振り下ろされた大剣の攻撃を片腕で受け止めた。

 

「お前がここまでやるとはな。近くにいすぎて分からなかった」

 

「4つも5つも下の奴がよく言ったものだ」

 

「はぁ!」

 

 力強い腕の振りによって無理やり距離を取らされる。舞い上がった砂煙を目晦ましにエルザが突撃してくる。一瞬気づくのが遅れた。鎧を換装している。あの鎧は一撃の破壊力を上昇させる黒羽の鎧だ。

 

「クイックデュプリ・神秘のアンク!」

 

 攻撃が当たる寸前で神秘のアンクを発動させ防御力を上昇させた。しかしすぐさま強烈な一撃を腹部に与えられ血が噴き出す。

 

「ヒーリングサルヴ……」

 

 開いた傷口に薬を塗りこむ。こちらはあれだけ攻めているのにエルザに目立った傷はない。多少息が荒立っている程度だ。それなのにこちらはたった一度のチャンスを与えただけでこの有様だ。

 

「さぁ降参するか?」

 

「まだまだ……」

 

「……もう手加減は出来んぞ!」

 

 エルザは剣を握りしめ、超スピードで突っ込んでくる。これまでは剣を駆使して戦っていたが、それは近接戦に優れるエルザを相手に無理に距離を取り、いつもの戦い方をするのは悪手だと捉えていたからに過ぎない。だがそれすらも間違いだったようだ。近接戦だろうが遠距離戦だろうが俺がエルザに勝る部分を引き出すのは至難の技だ。だが手の内をすべて晒して勝つ。それだけだ。

 

「ドナーストーン!」

 

「雷帝の鎧!」

 

 投げたドナーストーンに反応して、エルザは雷帝の鎧に換装する。常に相手から優位を取って戦うのがエルザのスタイル。弱点の少ない相手に対しても力負けしない実力もある。

 

「エーテルインキ!」

 

「むっ!?」

 

 エルザの斬撃を紙一重で躱しながら、インクをエルザに振りかける。その効果にエルザも動きを止めた。黄色と白のコントラストが特徴だった雷帝の鎧はインクを被ったことによって真っ黒に染められていた。

 

「なんだこれは……」

 

「エーテルインキは属性耐性を下げるアイテムだ。雷帝や炎帝の鎧の追加効果は面倒だからな。対策だよ」

 

「くっ……天輪の鎧!」

 

「貰った!」

 

 一瞬の怯みと換装の隙間を縫って、魔剣を手に取った。そして我が必殺の剣技をエルザに向けて放つ。

 

「アインツェル・カンプ!」

 

 凄まじい斬撃の連続攻撃。一撃必殺の剣劇を受けてはエルザとて立ってはいられまい。この勝負、俺の勝ちだ。と思っていた。しかし気が付けば地に伏していたのは俺の方だった。何が起こった。エルザにアインツェル・カンプを放った瞬間までは俺が勝利していた。そこから何が起こった。アインツェル・カンプが効かなかった。もしかは弾き返された。この場にあるのは先ほど受けた傷の場所と同じ場所に深く切り込まれた痛みと地にうつ伏せる俺の首に剣の切っ先を宛がう勝者の姿のみだ。

 

「終わりだ。お前は強かった」

 

 このタイミングでラクリマに通信が入る。エルザと交戦中にジュビアとカナのコンビにビッグスローが敗北。フリードはそのジュビアとカナを倒したが、今この瞬間にミラに敗北した。何らかの原因でミラに魔力が戻った。もしここでエルザに勝っていたとしてもミラが相手となれば、どの道勝つことなど不可能だったわけか。

 

「雷神衆は全滅した。残るはミラ、ナツ、ガジル、エルザ、ミストガン。この5人を相手にラクサス一人じゃ流石に勝ち目はない」

 

「そうか。これで終わりだ。そうラクサスに伝えろ」

 

 これで終わり。その言葉を聞いた時に感情が揺らいだ。エルザに圧倒的な実力差を見せつけられて負けた。俺はこうして地に這いつくばり、恥辱を受けている。だがこの恥辱を受けてなお、どこかで闘志が消えずにいた。それほどまでに執念は強かったのかと自分でも驚く。

 

「む?」

 

 ポケットから卵の形をした黒い石を取り出す。石に描かれた赤い紋様が光り始める。これは隠し通してきた奥の手だ。恐らくギルドの誰も知らない。マスターでさえも。俺はラクサスに言った。命に代えてもエルザを止めると。ならばその言葉の通り命を懸けよう。石を強く握り砕いた。

 

「精霊石!」

 

「くっ!」

 

 まばゆい光を放ってエルザの目が眩む。エルザは危険を察知し距離を取った。そして光が収束していき、立ち上がった俺の背後に現れたのは赤い目に緑色の髪。そして身体には羽を生やし、結晶輪と4本の結晶柱を背負う妖精の姿だった。

 

「星霊……!?」

 

「負けられないんだ……命に代えても勝つ!」

 

「や、やめろララン!」

 

「テイク・オーバー!」

 

 




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失われた心

「―――■■■■」

 

「ララン!? 理性を失っているのか……?」

 

 妖精を接収した姿は煌びやかな装いをしていた。しかし完全な接収をマスターしていないラランには全身接収は負荷の高すぎる魔法であった。かつてのエルフマンがビーストに理性を奪われたように、ラランはジュエル・エレメントに精神を乗っ取られてしまった。

 

「動かない……? どうしたというのだ」

 

 ジュエル・エレメントを接収したラランは背中から翼が生え、背には結晶輪と結晶柱を浮かべているが、羽は身体を覆うように閉じ、身体は宙に浮いたまま、四肢が項垂れるように下を向いている。

 

「動かないならば、今の内に斬る!」

 

「■■――!! ■■■■■―――――!!!!!」

 

 もはや妖精とは言い難い怪物の咆哮にエルザですら威圧され、地面から足が離れない。エルザは耳を塞ぎ咆哮に耐える。しかしその一瞬、ラランから目を離してしまう。そして反撃の機会を伺おうと再びラランがいた方向を向くと、既にそこにはラランの姿は無い。

 

「■■■――!!!」

 

「速い!」

 

 上空から襲いかかる結晶柱の雨を剣で弾いていく。しかしスコールのように激しく降り注ぐ結晶柱は留まることを知らずエルザを物量で押し潰した。

 

「ぐあっ!」

 

「■■■■―――」

 

「くっ……目を覚ませ! ララン!」

 

 4つの結晶柱を中心に円を描くように回転させながら動かしていく。中心の円には魔力が集まっていき、ラランが魔力を押し込むジェスチャーを取ると、集中した全ての魔力が光線となってエルザへと一直線に向かっていった。

 

「金剛の鎧!」

 

 あの魔道収束砲ジュピターすらも受け止めた金剛の鎧を換装したエルザはラランの魔力砲を受けきる構えを見せた。そして両手に持った大盾を合わせ、魔力砲と衝突した。

 

「■■■―――!!」

 

「お、重い……!」

 

「■■――――!!」

 

 更に勢いを増した魔力砲の威力がエルザを襲う。しかしエルザも一歩も退くことなく魔力砲に立ち向かっていく。しかしエルザの金剛の鎧が1枚上手だったのか、魔力砲を上空へ受け流した。その魔力砲の行方は神鳴殿のラクリマの一つに直撃し粉砕した。それに呼応して生体リンク魔法が発動。ラクリマを破壊したラランに強烈な雷が降り注いだ。

 

「■■■■――――――!!!!」

 

 雷が身体を燃やし尽くした焦げ臭さが漂う。そしてラランの身体からは煙が発生し、帯電している様子が分かる。相応のダメージが入ったのか動きも鈍くなっている。

 

「よし。これなら……」

 

「あ、エルザー! ただいまー!」

 

 ぶんぶんと手を振って街へ帰ってきたのはラランの計らいによって街の外に出されていたルーシィとロロナ。そしてホム達だった。この帰還の速さはラランが想定していたものよりも速く、そして今のエルザとしては最悪のタイミングだった。

 

「待てお前たち! こっちに来るな!」

 

「え?」

 

「■■■――――!!!」

 

「えぇ!?」

 

「くっ……奴は今弱っている。いったん逃げるぞ!」

 

「う、うん。ってかあいつ何者!?」

 

「マスター……?」

 

 一行は裏路地に逃げ込む。ホムちゃんが呟いたことをエルザは聞き逃さず、ルーシィとロロナに例の怪物の説明、そして今この街で何が起こっているのかの説明を始めた。

 

「奴の正体はラランだ。謎の石を砕いて現れた魔物と接収した」

 

「え!? あれがララン!? でも何でエルザと戦ってたの?」

 

「ラクサスとその親衛隊である雷神衆、そしてラランが蜂起を起こした。ギルド最強を決めるバトル・オブ・フェアリーテイルだのと言ってな。ラクサスの狙いはマスターの座だ。私たちも戦い、雷神衆は全て撃破した。残るはラランとラクサスのみだ。だがこちらの精鋭も私とナツ、ガジル、そしてミストガンのみだ」

 

「のみって人数的には倍もいるじゃない」

 

「ラクサスに勝てる者がいるかどうか。更にはラランもあの状態で私一人では厳しい。勝率は五分だ」

 

「わ、私も戦うよ! ララ君は多分本心でこんなことやらない。何かに悩んでこんなことをせざるを得ない状況になってるんだと思う」

 

「ロロナさん……うん! あたしも戦う! 三人でラランを止めよう!」

 

「よし! 奴は今も私たちを追っているはずだ。こちらから仕掛けるぞ!」

 

 妖精の尻尾の強き女性三人は拳を合わせた。

 

「こっちだ!」

 

 まず最初に戦っており最も印象に残っているであろうエルザが細い路地裏へと誘い出しラランの注意を引いた。猛獣と化し理性無きラランはそれが罠であるとも知らずエルザに向かって一直線に襲い掛かった。

 

「■■■―!」

 

「掛かったな! 換装! 天輪・繚乱の剣! 今だ。ルーシィ、ロロナ!」

 

 大量の武具がラランに向かって降り注ぐ。咄嗟にガードの構えを取ったラランも直撃は免れずその場に足止めされた。そしてその背後から現れたルーシィ、ロロナが追撃を仕掛ける。

 

「開け! 人馬宮の扉・サジタリウス!」

 

「風操車!」

 

 降り注ぐされる矢の雨と身体を切り裂く風の攻撃。三方向からの攻撃をラランは為す術もなく受け続けた。そして攻撃が終わり、立ち込める煙の中からラランの姿は何一つ変わることなく現れた。

 

「何!?」

 

「全然効いてないの!?」

 

「うぅ……」

 

「■■■―――!!!」

 

 ラランの咆哮と共に煙は一瞬にして吹き飛ばされ、反撃の時間が訪れた。ロロナとルーシィの腰を掴み、エルザの方へ投げつける。急なことにエルザも二人と衝突し、隙が生まれる。その間にラランはエルザに繰り出した結晶柱からの光線攻撃の準備をしていた。すぐに察知したエルザだったが、上に二人が倒れている状態ではすぐには動けなかった。

 

「■■――!!!」

 

「「人工魔法・シールドスタイル」」

 

 その窮地を助けたのはホム達だった。魔力で作り出した盾で光線を防ぐ。エルザがやっと一人で受けきった光線をホム達は二人で受け止め切った。しかしそれ相応の魔力は消耗したようで受けきった直後に盾は消えてしまった。

 

「助かったぞ」

 

 ルーシィとロロナが立ちあがり、エルザも自由が利くようになった。いの一番に飛び出したエルザは再びラランに勝負を挑む。すぐさま天輪の鎧に換装し、両手に剣を握る。ラランは結晶柱を操りエルザと幾度も鍔迫り合いを繰り広げている。

 

「ルーシィちゃん! 一番強い星霊はアクエリアスって言ってたよね」

 

「え……そうだけど水が無いとアクエリアスは呼び出せなくて……」

 

「じゃあこれ使って。湧水の杯」

 

 ロロナが取り出したのは透き通る水が並々と注がれた銀に輝く杯だった。この水ならばアクエリアスも不機嫌になることなく呼び出せるだろうと鍵を水面に差し込んだ。

 

「あっ綺麗な水。よーし。開け!宝瓶宮の扉・アクエリアス!」

 

 鐘の音と共に星霊界の扉が開き、見目麗しき人魚アクエリアスが召喚される。しかしその表情は何故か怒りに満ちていた。

 

「てめぇまた金魚鉢から呼び出しやがったなぁ!?」

 

「ひ、ひぃ! ごめんなさいぃ!!」

 

「で、相手はあのバケモンか」

 

「そ、そうなの。実はあれ魔物と融合したラランなんだけど理性を失っちゃってて……思いっきりやって目を覚まさせてやって!」

 

 ルーシィは拳を握ってアクエリアスにエールを送った。アクエリアスはそれを見ると、プイっとラランの方を向いて、ラランを睨みつける。一つ舌打ちをして水を放つ甕を脇に抱える。

 

「ふん、あたしの見込み違いだったか。小さい男だね。吹き飛びなぁ!!」

 

「■■―!? ■■■―――!!」

 

 エルザとの競り合いを繰り広げていたラランの元へ水流が飛んでいく。エルザとの戦いに気を取られていたラランは水流に気づくことが出来ず、エルザが緊急回避をした直後に水流に飲まれた。

 

「■■■―――!」

 

「ちぃ! 本当にバケモンだね」

 

「不味いな。我々五人相手でもここまでやるとは。私も魔力があまり残っていない」

 

「あたしもあと一人星霊を召喚するのが限界かも」

 

「わ、私はそもそもあんまり戦えないし……アイテムもさっきまでの冒険でほとんど使っちゃったし……」

 

 襲い掛かる結晶柱の破片の雨が五人を襲う。それを避けながら作戦会議をする。幸いにも単純な攻撃であり、ラランとも距離があったため近くの路地に身を隠した。

 

「奴の弱点は恐らく雷属性だ。偶然神鳴殿の雷を奴に当てることが出来た。その時奴の動きが一定時間止まった。それ以外の攻撃ですぐさま反撃をしかけてくる」

 

「雷って言っても……あたしの星霊には雷を出せる星霊なんていないよ」

 

「雷……あっ! みんなこれ使って!」

 

「これは石……?」

 

「これをね……武器に擦り付けて……ほら!」

 

 ロロナが取り出したのはビリビリと静電気を発生させている平たい紫色の石だった。ロロナはエルザの剣を一つ借り、砥石の容量で研いだ。すると剣に雷が移った。

 

「これはね震える結晶って言って武器に雷属性を加える石なの」

 

「助かった。これであいつにダメージを与えられる」

 

「どうしよう。あたしは武器とか無いし」

 

「星霊でも出来るんじゃないかな」

 

「そういうことなら。愛の戦士参上!」

 

 呼んでもいないのにどこからともなく現れたのはルーシィの持つ星霊の中でもトップクラスの戦闘力を誇るロキ。このピンチに勝手に門を開いてやってきた。

 

「だってラランは僕の命を救ってくれた恩人さ。僕も彼を救わなくちゃ」

 

「うん! 手出して」

 

 ルーシィはロキの主武器である拳に震える結晶を使い、電気を帯びさせる。こうして全員が電気属性を付与しラランに立ち向かった。

 

「行くぞ!」

 

 5対1での戦いは一方的なものになった。エルザを中心にロキとホム君が近接戦闘を繰り広げ、遠距離からはロロナとホムちゃんがアイテムで援護する。ラランも反撃を見せていたが、突っ込みすぎないヒット&アウェイ戦法に決定打を与えられないでいる。

 

「■■■――!?」

 

「動きが止まったぞ! 今だ!」

 

「あぁ!」

 

「かしこまりました」

 

 度重なる弱点を突いた攻撃にラランの動きはついに止まった。そこへ一斉攻撃を仕掛けるべくエルザの掛け声でロキとホム君が動いた。

 

「天輪・循環の剣!」

 

「獅子王の輝き!」

 

「人工魔法・ソードスタイル」

 

 エルザによる大量の剣の投擲攻撃。ロキの拳による獅子の如き聖属性攻撃。ホム君による換装された剣による斬撃。すべての攻撃がラランへ直撃した。そのすべての攻撃には弱点である雷属性が含まれており、その場にいる皆が勝負はあったと感じた。

 

「……」

 

 立ち込める煙が晴れ、攻撃を受けきったラランの姿が現れる。片翼は折れ、四本の結晶柱はそのすべてが欠損し、背負う結晶輪も半壊している。しかし尚もテイクオーバーは解けない。

 

「……これは勝ちってことなのかい?」

 

「――危ない!!」

 

「■■■■■■!!!!」

 

 エルザが声を上げた時にはラランは目の前から消えていた。欠けた結晶柱を両手に握り、エルザ、ロキ、ホム君の前衛を一瞬にして突破した。そして何も気づいていないルーシィ、ロロナの目の前に結晶柱を振りかぶって現れた。狂化されたラランのスピードは皆の知るラランのスピードを遥かに超えていた。回避のタイミングが遅れた二人をラランの握る結晶柱が貫こうとした。

 

「避けろ!」

 

「■■■■―――――!!」

 

 エルザの声も届かず、結晶柱は二人に向かって振り下ろされた。その瞬間に避けることを諦めたルーシィ、ロロナは思わず目を閉じ、腕で頭を覆う。しかしそこから音が響くことは無かった。

 

「あれ?」

 

「止まった?」

 

 ラランの攻撃が二人に痛みを与えることは無かった。結晶柱は二人の頭に当たる寸前で止まっている。その直後、手に握られた結晶柱、そして背の結晶輪が粉々に砕け散り、翼も消えた。徐々に体が元のラランに戻っていき、そのすべてが失われた時、ルーシィとロロナの目の前に卵の形をした黒い石がコロンと音を立てて落ちた。ラランは力が抜けたように前のめりに倒れた。

 

「これで本当に終わりみたいだね」

 

「あぁ。だがもう私たちの魔力も空だ……ラクサスを倒すのはナツ達に託すしかない」

 

「で、ラランはどうするの?」

 

 エルザは少し考えた後、上空を見上げた。マグノリアに円状に広がる神鳴殿。首謀者の一人であるラランならば神鳴殿を止める方法を知っているかもしれない。そう考えたエルザは答えを出した。

 

「ギルドに連れていく。そこで神鳴殿を止める方法を吐かせる」

 

「わ、分かった」

 

「すまんな。主人を手荒に扱うことになる」

 

「ホム達は良きマスターの従者。現在のマスターは囚われております。解放されるならばホム達も本望でございます」

 

 ホム達はラランを両側から持ち上げるとギルドへの歩みを始めた。こうしてビッグスロー、フリード、ラランのラクサス派が全滅。一方でエルザ、ルーシィも魔力切れによる実質的脱落となった。

 

 神鳴殿発動まで残り15分。残る敵はラクサス只一人。

 




登場した錬金アイテム

湧水の杯

何度でも水を湧き出す杯。時を待つ必要こそあれど無限に水の素材を湧き出す便利アイテム。どこかでは湧水の杯から湧き出すアイテムを売り、お金を稼ぐ方法が流行しているらしい。

震える結晶

アイテムではなく素材の一つ。この石を素材に武器の元となる鋼鉄を錬金すると武器に電気属性を帯びさせることが出来る。今回は一時的なエンチャントとして直接使用した。

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終幕 バトル・オブ・フェアリーテイル

 酷い脱力感と倦怠感。今すぐにでも嘔吐しそうだ。意識ははっきりとしないもののぼんやりと戻った。誰に肩を支えられて運ばれていることだけは分かる。

 覚えているのは精霊石を解放をしてジュエル・エレメントとテイクオーバーしたところまでだ。恐らく失敗したのだろう。

 何せ付け焼刃の酷い完成度の魔法だ。ストラウス姉弟のような本職とは訳が違う。あの時は負けたくない気持ちだけで何でも出来そうな気がしていたが、やはり俺はこの程度。

 今では何故あんなに必死になっていたのか分からない。ギルドで平和に過ごしていればよかったものを。唆され誑かされ超えてはいけない線まで超えてしまった。もう俺には戻るギルドはないだろう。

 

「負けたよ。もう煮るなり焼くなり好きにしろ。俺はもう破門は決まってるようなもんだ」

 

「……起きたか。貴様の処分はマスターが下す。まずはギルドまで貴様を運ぶ。話はそこからだ」

 

 エルザの声だ。やはりテイクオーバーをしてもエルザには敵わなかったようだ。だがその声は前方から聞こえた。少なくとも俺を運んでいるのはエルザではない。じゃあこの二人は誰だ。

 

「ララン。あたし達を街の外に避難させてくれてたんだよね。女の子たちが人質に取られるって知ってたから」

 

「……そうか。帰って来てたのか。ファンタジア直前までは帰れないようにしてたんだけどな。俺がやったことに変わりはない。好きに解釈してくれ」

 

「ララ君が次元流の種を蒔いてたのは目的の場所に行ってすぐ気づいたよ。だって森から出れないんだもん。解除するのにちょっと時間かかっちゃったけどね。あはは」

 

「やるじゃん。ロロナ。まさかこんなに早く帰ってくるとは」

 

 ロロナとルーシィが帰ってきているということは、俺を運んでいるのはホム達だ。そう言っている内にギルドに着いた。エルザを先頭にギルドに入り、床に寝かされた。

 

「む、マスターはどうした」

 

「そ、それが実は……」

 

 ギルドに残っていたレヴィは歯切れが悪い。確かにギルドにはマスターの姿が見えない。さっきまではナツとマスターがここには残っていたはずだ。しかし今ここにはレヴィしかいない。エルザが気にしていない辺りナツは正攻法でここを出て行ったんだろう。

 

「マスターは持病が悪化して今は医務室で寝てるの。さっきポーリュシカさんが来て、ラクサスを呼んで来いって。もう長くはないって……」

 

「何!?」

 

「……俺に行かせてくれないか」

 

 自然と声が出た。一人で立つこともままならない状態だが、それだけは自分が行きたいと思えた。

 

「ラクサスがどこにいるのか知っているのか!?」

 

「ラクサスはカルディア大聖堂だ。今はミストガンと戦ってる」

 

 エルザは情報量の多さに優先度を考えていたが、まずはラクサスを呼び戻すことを最優先としてギルドを飛び出していった。普段は冷静なのにこういう時は周りが見えなくなるのは変わっていない

 

「ミストガンでもラクサスには勝てない。恐らくナツもラクサスの所へ行っただろうが二対一でも勝てるかどうか。それほどにラクサスは強い」

 

「そ、そんなに強いのあいつ……」

 

「マスターが危篤か……親に迷惑かけて、命の危機にまで晒して、俺のやったことは何と愚かなことだったんだろうな。後悔してもしきれない……」

 

「そ、そうだ! ララン! まだ貴方に出来ることがあるの! 外に浮いてる神鳴殿。あれどうにかして止められない!?」

 

 レヴィがそう言った。確かに神鳴殿を作ったのは俺だ。だがそのストッパーの全権はラクサスが握っている。俺が出来ることは限られている。だがこうなってしまったことも己が責任。その責任を果たす時なのかもしれない。

 

「あぁ止められる。発動まであと何分だ?」

 

「ほんと!? あと10分くらいしかないよ!」

 

 10分か。どうにかしてギルドの皆と連絡が取れれば早いのだが。

 

「ウォーレンはどこにいる。念話を使って街に散らばったメンバーと連絡を取りたい」

 

「さすがにどこにいるかは……」

 

「そうか。ルーシィ、外に出るぞ。まずはウォーレンを探す」

 

「うん!」

 

 重い足を引きずってギルドを駆けだした。メルクリウスの瞳を装着し、微小な魔力を嗅ぎ分けていく。ウォーレンは確か街の中で傷を癒した覚えがある。そこから動いていなければいいのだが。

 

「ここの路地を入ったところにいたはずだ」

 

「見てくる!」

 

 ルーシィが先行して探しに行く。すると道の先からウォーレンの声が聞こえた。良かった。まだ動いていなかった。俺が治した時はまだ気を失っていたから俺の顔を見たら驚くかもしれないな。

 

「うおっ!? ララン!? お前、俺はもう……!」

 

「違う。今は念話が必要だ。広げられる範囲でいい。ギルドのメンバーに繋いでくれ。」

 

「な、何がどうなってんだよ!」

 

「上を見ろ」

 

 神鳴殿のことを説明する。エバーグリーンが負けた後のこと。今の状況。そして俺にもう敵意がないこと。ウォーレンは全てを聞いて納得した上でこう言った。

 

「一発殴らせろ」

 

「……どうぞ」

 

「ふん!!」

 

 ウォーレンの魔力の籠っていないただの腕力に任せたパンチが俺の肩に炸裂した。純粋な痛みが肩に走る。顔じゃなくていいのかと聞いてはみたが、ウォーレンは何も答えず、にやっと笑ったあと人差し指を額に添えて念話を繋いだ。

 

「おい! 皆聞こえるか! 一大事だ。空を見ろ!」

 

 そこまで言うと、俺に変わった。神鳴殿の仕組みを説明してどうやって解除するかを話せばいいのだろう。

 

「空に浮かぶラクリマに魔法をぶつけて破壊しろ。あのラクリマには生体リンク魔法が仕込まれていて、破壊した人を雷が討つ仕様になっている。今から1分後、その生体リンクを切る。その瞬間にありったけの魔力をぶつけるんだ」

 

 そこまで説明すると念話を通じて話を聞いていたギルドのメンバー達が次々と反応を返してきた。大体が俺やラクサスへの怒りだったが、皆の協力してくれる意思は受け止めた。

 

「女性たちは既に解放されている。俺への怒りをぶつけるのは神鳴殿を破壊した後だ。全員相手に俺をタコ殴りにしやがれ! 皆は南方面のラクリマを破壊しろ。北の200個は俺がやる。魔法の準備はいいか!?」

 

 俺達も大きな路地に出て、ラクリマ破壊の準備をする。念話を通じて俺のカウントダウンが減っていき、0になった瞬間、街の各方向から魔法がラクリマに向けて飛んでいく。

 

「バルフラム!」

 

「サジタリウス!」

 

 ルーシィのサジタリウスによる弓矢、俺は風船上の爆弾を大量に解き放ち、円状に浮かぶ神鳴殿は300個のラクリマ全てが破壊された。

 

「やったね! ララン」

 

 俺の身体に電気が走った。最初は静電気のようなビリビリとした感覚だった。これが前兆なのだろう。そして一気に300個分のラクリマの雷が俺に降り注いだ。

 

「ずぁああああああああああ!!!!」

 

「嘘……ララン!?」

 

 ルーシィが駆け寄ってくる。最初から生体リンク魔法を切るなんて言うのは嘘。ただ破壊したラクリマの生体リンクをすべて俺に繋いだ。

 

「敵だった俺の言葉を信じて、よく破壊してくれた。ありがとう」

 

「敵なんかじゃない! ラランは敵じゃないよ!」

 

「ありがとうルーシィ。俺はカルディア大聖堂へ行く。バックから絨毯を出してくれ」

 

「え、でも今って……」

 

「あぁナツとガジルが戦っているはずだ。さっきミストガンの反応は消えた。何らかの理由で立ち去ったんだろう」

 

 ルーシィは黙って頷くと俺のバックから空飛ぶ絨毯を取り出した。俺は絨毯に這い上がり、カルディア大聖堂へ向かった。ほとんど魔力が残っていないからスピードが全く出ていないが、この状態でスピードが出ても振り落とされるだけだから丁度いいのだが。いやそれだと決着までに間に合わないかもしれないジレンマ。

 

「ん? この光は……」

 

 暖かい光。だが前に受けた光とは違う。この光は妖精の法律。使用者はまさかラクサスか。使用者が敵と判断した者すべてを対象とした圧倒的な制圧魔法。俺は目の前に見えたカルディア大聖堂に魔力を振り絞って急いだ。

 

「待てーー!!」

 

 カルディア大聖堂に入ると既に決着はついていた。それはラクサスの勝利。ナツもガジルも、そしてエルザも地に伏している。

 

「ラランか……不甲斐無い姿だ。こいつらと一緒でな。雷神衆もお前も使えねえ。危篤のジジイが死ねば俺の時代だ。俺が一から最強のギルドを作り上げてやる!」

 

 ラクサスが集中させた魔力を解放しようとする。地面が割れ、その魔力の強大さを印象付ける。こんな魔法が発動してしまえば、この街の誰も生き残れない。

 

「やめろーーー!!」

 

「ふはははは! 妖精の法則発動!」

 

 ラクサスが魔法発動の為に合掌の構えを取ると、集まった魔力が炸裂し街を光が包み込んだ。だが痛みは無かった。その瞬間に全てを悟った。俺達のやっていたことは結局意味のないことだったんだと。心の底ではこのギルドを愛していることを。

 

「馬鹿な!? 何故誰もやられてねえ!? 妖精の法則は完璧だった」

 

「それがお前の心だよ。ラクサス」

 

「ギルドのメンバーも街の人も無事だ」

 

 もう一つ、外から一人入ってきた。声の主はフリード。ミラジェーンに負けたことで傷を負い、服もボロボロだが、ここまで歩いてきたようだ。

 

「お前がマスターから受け継いでいるものは力や魔力だけじゃない。仲間を想う心。妖精の法律がそれを示した。魔法は嘘を憑けなかったんだ」

 

「俺達の負けは決まってたんだ。ラクサス。この戦いが始まった時から」

 

「違う! 俺の邪魔をする奴等は全員敵だ! ジジイが死んだってどうでもいいんだよ!」

 

 ラクサスは投げかけられる言葉を振り払うように叫んだ。

 

「違う……違う! 俺はラクサスだ! ジジィの孫じゃねえ! ラクサスだぁぁぁーーー!!!」

 

 怒りに火が付いたラクサスは更に魔力を爆発させる。圧倒的な魔力にその場の全員の動きが硬直する。しかしその中でただ一人立ち上がった者がいた。

 

「血の繋がりごときで吼えてんじゃねえ! ギルドこそが俺達の家族だろうが!!」

 

 立ち上がったナツの言葉はラクサスに向けられた言葉だったが、それは俺にも刺さる言葉だった。ナツの言う通り、俺達ギルドは仲間で家族だ。その家族を裏切り反逆を起こした。改めてこの反逆の意味を思い知らされる。

 

「分からねえことがあるから、知らねえからお互いに手を伸ばすんだろ! ラクサス!」

 

「黙れえぇぇぇぇ!! ナツウゥゥウ!!」

 

 炎の滅竜魔導士と雷の滅竜魔導士のぶつかり合いは凄まじかった。確かに力はラクサスの方が圧倒的に上だ。だがナツは何度倒されても吹き飛ばされても飛び上がり、ラクサスへ向かっていく。ラクサスにとってはナツは弱者であり手玉に取れる相手だ。そのラクサスが今はナツと本気で戦い、本気で倒し続けている。

 

「てめぇごときが俺に勝てる訳……」

 

「ギルドはお前のもんじゃねえ。よーく考えろラクサス」

 

 ナツは地に伏しながらラクサスへ抵抗する。その言葉に激昂したラクサスはナツの腹を蹴り飛ばす。ナツはそれでもなお立ちあがり続ける。当に魔力は空のはずだ。たった数分前にガジルと共闘してもラクサスには勝てなかった。だが今まさにその壁を越えようとしている。

 

「ガキが……跡形もなく消してやる!」

 

 ついにラクサスはナツを潰しにかかった。ラクサスは方天戟を雷で具現化する。ラクサスの持つ魔法の中でも最上位の魔法だ。あれをまともに食らえばナツとて無事ではいられない。

 

「待て! 今そんなをぶつけたら……!」

 

「雷竜方天戟!!」

 

 無慈悲にも魔法は放たれた。真っすぐに進む雷の方天戟は今まさにナツを捉えようとしていた。しかしその直前で何かに引き寄せられるように直角に曲がった。

 

「ガジル!」

 

 雷竜方天戟が曲がった理由はガジルが己の鉄に雷を引き寄せたことが原因だった。自らが避雷針となり雷竜方天戟を受けたガジルは吹き飛ばされ戦闘不能になったが、残るナツはその闘志を受け継いだ。

 

「おのれ……おのれぇぇぇぇ!!!」

 

 それがラクサスの最後の言葉だった。残る魔力を爆発させたナツによる滅竜魔法の連撃。滅竜魔法の言い伝えを思い出す。その魔法、竜の鱗を砕き、竜の肝を潰し、竜を魂を刈り取る。怒涛の攻撃は遂にラクサスを青天させた。こうしてラクサスが倒れるまで、心のどこかでラクサスの勝利と思っていたのは俺の悪い所だろう。

 

「負けたか……」

 

 ナツの雄叫びと共にバトル・オブ・フェアリーテイルは現ギルド側の勝利で幕を閉じた。俺とフリードはラクサスを支えて立たせる。向かうのはアトリエだ。そこで傷の治療を行う。今はどうにもギルドには顔を出しづらい。というか出して良い状況ではないだろう。治療はアトリエにある薬を用いて行う。ビッグスローやエバーグリーンも同様だ。フリードも普通に歩いているように見せているがすぐにでも治療しなければ。

 

「処分は治療を終わらせてから受ける。そうマスターに伝えておいてくれ」

 

 俺はそう言って、振り返らずにアトリエへ向かった。




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また会う日まで

 バトル・オブ・フェアリーテイル終幕の翌日。俺が目を覚ましたのは昼頃だった。既にラクサスの姿も雷神衆の姿もアトリエの中には無かった。しかし机の上には彼等からの置手紙が二通残されていた。一通目は朝早く書かれたラクサスからの手紙、二通目はさきほど書かれたフリードからの手紙。

 ラクサスからの手紙にはこれからギルドへマスターに会いに行くこと、そこでこの件の全ての処罰を被ることが記されていた。それと巻き込んで申し訳ないという謝罪の言葉と共に戦ってくれてありがとうという感謝の言葉が添えられていた。

 フリードからの手紙にはその後の顛末が記されていた。その後、マスターはポーリュシカさんの尽力もあって一命を取り留めた。そしてそのマスターからラクサスに下された処罰は破門。マスターも泣きながらその処罰を下したと言う。そして俺と雷神衆への処罰はマスターの強い意向もあって中止ではなく翌日夜に延期されたファンタジアへきちんと参加し、ギルドメンバーと絆を育むこと。たったそれだけだった。いつものフリードの字は綺麗だが、この手紙の字は震えた筆跡でところどころ水滴でインクが滲んでいる。この手紙を書いているフリードの表情が頭に浮かんでくる。

 

「俺もギルドに行くか……」

 

 ホム達に錬金の依頼をした後、いつもの恰好に着替え、いつもの杖を持って、いつもの道を通ってギルドへ向かった。全てがいつもと同じなのに何か違和感があった。街の人が俺を変な目で見ている訳ではない。俺の中の罪悪感がそう感じさせるのだ。苦しいながらも歩いているといつの間にかギルドに着いていた。

 

「……」

 

 ギルドに入ると全員が一階ロビーに集まっており、一斉に視線が集中した。

 

「……」

 

 言葉が出なかった。何と言えばいいのか分からなかった。こんにちは? ごめんなさい? どんな言葉も薄っぺらいようで黙ることしか出来なかった。それでも下を向くことはしなかった。横を向いたり、目が泳いだりはしていたが下は向けなかった。多くの罵詈雑言を覚悟していたが、皆からの反応は声一つ無かった。

 

「処遇は聞いた。ファンタジアの準備、やるよ」

 

「その前にマスターに会っておけ」

 

 メンバーの中心にいたエルザが前に出てきた。確かにマスターには会っておくべきだ。ラクサスも会うのには相当の勇気が要ったはずだ。今もその勇気が出ずにマスターのところへ歩くことが出来ていない。

 

「……そうだな。マスターはどこに?」

 

「奥の医務室だ。」

 

 黙って指さされた医務室へ入った。そこにはベッドに横たわったマスターがいた。服も病人の着る服だ。こうしてみればただの老人だ。聖十大魔導の一人だとは到底思えない。

 

「……お前は自分が何をしたか分かっているのか」

 

「俺は己の欲望に任せてギルドの皆を傷つけてしまいました。今は後悔しています……」

 

 つい横に目を逸らしてしまう。

 

「ワシの目を見ろ。本来はお主も破門にするつもりじゃった。じゃがラクサスはお主を必死に擁護していた。それにギルドの皆からラランが傷を治してくれたと多数の証言もあった。それにお主の事に関してはワシにも責任がある」

 

「いえ、そんな……すべて俺の責任です。皆の傷を癒していたのは罪悪感からの罪滅ぼしにもならない行為に過ぎません」

 

「ワシも錬金術についてはよく知らん。噂に聞いた程度じゃ。それももはや失われた技術だという噂じゃよ。それを使いこなす者が現れた時は腰を抜かしたわい。しかし魔法界には失われた魔法というものがある。あまりの強力さ、そしてその代償の大きさ故に太古に封じられ使う者がいなくなった魔法。ワシはその類だと最初は考え、皆に錬金術の習得はしないように言った。じゃがな、お主がギルドに馴染み、ワシも錬金術に触れる内にそうではないと気づいていった。じゃが、ワシはそれでもお主と錬金術を心の底から信じ切ることが出来なかった。すまん」

 

「マスターの地位を考えれば当然のことです。とはいえ俺は皆を裏切ってしまった。ラクサスは破門という形でこのギルドを出ることになってしまいましたが、俺もこのギルドを離れようかと思うのです」

 

「何、そんなことをラクサスが聞いたら悲しむじゃろう。お主はこのギルドで皆を助けてやればよい。まだまだ幼いナツやグレイ、エルフマン、カナ。そして皆を引っ張っていこうとしておるエルザとてまだ20にも満たない子どもじゃ。そこでお主の力が必ず必要になる。お主が次世代を引っ張り、見守ってくれ」

 

「……はい。力の限り」

 

「それとじゃ。ほれ」

 

 マスターから渡されたのは一通の手紙だった。汚れ一つない綺麗な封筒。差出人はなし。宛名はララバンティーノ・ランミュート・アーランド様とギルド名妖精の尻尾。確かに俺の名前だ。

 

「これは?」

 

「誰からかは知らん。ただアーランドの名を知っている者からの手紙じゃ。勝手に開けるのも悪いと思うてな」

 

「はぁ……」

 

 俺は封を切って中身を取り出す。中には手紙と写真が入っていた。重ねられた紙を分け、先に手紙に目を通す。まずは差出人を確認すべく一番下の行を見た。

 

「……エスティ・エアハルト!?」

 

「知っている者か」

 

「え、えぇ。俺の教育係を務めていた者です」

 

「そりゃまた……近い者じゃな」

 

「手紙を読んでみます」

 

 突然のお手紙失礼致します。覚えておいででしょうか王子の教育係を務めておりましたエスティ・エアハルトでございます。最後にお顔を拝見してから早十年経ちますね。

 この手紙のきっかけをくれたのは以前の週刊ソーサラー妖精の尻尾特集号を見たことです。大変成長されましたね。ロロナちゃんやホム君ホムちゃんも無事なようで安心しています。

 まさかこんな近くに王子がご存命だとは知りもせず馳せ参じることが出来ず申し訳ございません。現在でもアーランド王国の生き残りの情報は少なく、見つかっていない者が殆どです。王子の御無事を確認できた時はこの十年で最も嬉しかったです。

 私は現在フィオーレ王国の首都クロッカスの宮殿に勤務しています。もう8年ほどになりますので勿論馴染んでいますが、その以前も何度も訪れたことのある場所ですから楽しく毎日を過ごしています。

 そうそう今も私は教育係なんですよ。王子の時の失敗を元に奮闘しています。なんたって王子の許嫁ですからね。大切に育てないと。今はもう17歳になったんですよ。とっても美人で私も誇らしいです。いつかお二人が再会できるのを祈っています。

 

 なるほど確かに前半は取り繕った文章で小綺麗に纏めているが、後半になってくると自分の文章が出てきて

 

 P.S ステルクくんもフィオーレ王国騎士団で頑張ってます。

 

「こ、これは……!」

 

 俺より先に写真を見ていたマスターが驚きのあまりベッドの上で立ち上がった。そしてこれを見ろと俺の目の前に写真を押し付けた。近すぎてピントが合わない。

 

「ちょ、ちょっとマスター。見ますから……」

 

 写真に映っていたのは恥ずかしそうにはにかむお姫様とその肩を抱き寄せピースサインを決めたエスティの姿だった。

 

「ヒスイ姫。久しぶりに見ましたね。二、三度会ったことはありますがもう十年以上前の話ですから」

 

「お前、姫とお会いしたことがあるのか!?」

 

「えぇ。お恥ずかしい話ですがアーランド王国が健在の時は俺とヒスイ姫は結婚を約束された仲でした。許嫁というものですね」

 

「なっ……!? そうじゃったな。お主は一国の王子じゃった。ここでの暮らしが長くて忘れとったわい」

 

「もう昔の話ですよ」

 

「で、その隣にいるのが……」

 

「エスティ・エアハルト。俺の教育係を経て今はヒスイ姫の教育係だそうです」

 

「なんと、世間は狭いものじゃな」

 

 俺は無言で頷くと、手紙と写真を封筒に仕舞った。速く知らせたい人がいる。そして速く会いたい人がいる。ファンタジアが終わってすぐににでもクロッカスに向かう準備をしよう。

 

「何はともあれ、話は以上じゃ」

 

 俺はマスターのいる医務室を出て、ファンタジアの準備を始めた。そしてついにファンタジアは本番を迎えた。俺達の行った反逆によって怪我人といえども出られる人間は全員出場。マスターも病を押して出場することになった。主な不出場はガジルとナツ。とはいえナツは出ると言い張っている。

 

 ファンタジアは俺が作成した山車にメンバーたちが乗り込み、それぞれの魔法を駆使したパフォーマンスをするのが恒例だ。今年はルーシィをセンターにレヴィ、ビスカとの三人で織りなすマーチングを先頭にファンタジアは始まった。続いてビーストソウルを纏ったエルフマンの迫力のあるショー、そして姉ミラジェーンが巨大な蛇に変化し観衆を驚かせた。続いて一番作るのが大変だった氷のお城に乗り込むのはグレイとジュビア。水を巻き上げるジュビアとそれを凍らせるグレイのコンビネーションにより綺麗な結晶が降り注ぐ。そしてどこかジュビアは嬉しそうだ。続いてエルザによる剣の舞。いつもの鎧ではなく舞踏を主とした衣を纏い、優雅に舞い踊る姿は正しく妖精女王の名に相応しい美しさだ。炎のパフォーマンスをする予定だったナツは強行出場はしたものの怪我の影響もあって本来の力は出せず、観衆から笑いが起こる。そして病を押して出場したマスターは病のことなど感じさせぬほど元気に振舞っていた。俺は毎年こうした山車作りや打ち上げ花火担当の裏方なのだが今回は出ろと言われたので山車に乗ってロロナ、ホム達と共に錬金術を用いたパフォーマンスを行った。

 

「そろそろだな」

 

「えっと、どうだったっけ……」

 

「右手をグーにして、そこから人差し指と親指を立てる。後は手の甲を外側にして突き上げるだけだ」

 

「うん。ラクサスさんも見てるといいね」

 

「見てるさ。あいつはまた戻ってくる。誰よりも妖精の尻尾が好きなんだから」

 

 俺達は手を突き上げる。このポーズはラクサスが考えたポーズだ。マスターがファンタジアに参加しなかった年にラクサスがマスターを見つけられずとも、その想いが伝わるようにとマスターの為に考えられたポーズ。マスタからの発案で今年このポーズを挟むと決めた。それはここを去るラクサスへのメッセージ。姿が見えずとも、遠く離れようとも、いつでも見守っているというメッセージだ。

 

「悪いロロナ。後は任せた。俺は行くとこがある」

 

「えっちょっと! ララ君! もーー!」

 

 俺は山車を飛び降りて、住宅街の屋根を伝って人が混み合っていない所で降りて、とある公園に向かった。そこには丁度街を離れようとするラクサスの姿があった。

 

「やっぱここにいた」

 

「ララン……」

 

「なんだ、泣いてるのか」

 

「なっ……うるせえ! 俺はもう行く」

 

 目から出た液体を拭き取ってラクサスはこちらを振り返った。少し目が赤い。察するところはあるが、俺もラクサスに救われた身、とやかく言うべきではない。

 

「また会えるよな」

 

「……」

 

 ラクサスは下を向いて、拳を突き出した。俺はその拳に拳を合わせる。

 

 彼は歩き出した。妖精の尻尾ではない方向へ。これが今生の別れではない。生きてさえいればまた会える。そう信じている。




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お久しぶりの王子様

「うーん……」

 

「ララン、なに悩んでるの」

 

「仕事だよ」

 

 ファンタジアから一週間。お祭りムードも静まり、段々といつもの毎日に戻りつつあった。

 

そんな今気になるのはエスティからの手紙。これはほぼ本物と見て間違いない。

 

字の特徴が昔見た通りだったという点が1つと同封された写真には彼女の姿とフィオーレ王国の姫の姿が映っていたことが大きい。

 とにかく彼女に会いに行くため、いい依頼が無いか俺はギルドのクエストボードの前で頭を悩ませていた。あまりに長く悩んでいる物だから心配したルーシィが後ろから声をかけてくる。仕事とは言っても何でもいい訳では無い。場所はクロッカスに限定して探している。

 

「何よ。あたしに黙って次の仕事決めるの?」

 

「次の仕事はロロナと行く」

 

「え……二人っきり……だ、だめ!」

 

「は? 何でだよ」

 

「な、何ででも! あたしも行く! どこ行くの?」

 

「クロッカスだ」

 

「じゃあこれね!」

 

 ルーシィは場所だけ聞くと碌に依頼文も見ずに依頼書を剥ぎ取りさっそくミラの元へ受注しに行っていた。なんというか焦ってるようにも見える。戻ってきたルーシィは依頼書を俺の胸に押し当てた

 

「さっそく行くわよ!」

 

「で、それ何の依頼?」

 

「えーっとね。クロッカスの騎士団からね。内容は……」

 

 依頼書を読み上げるルーシィの顔がどんどん青くなる。やはり内容を確認もせずに受注したのだろう。小さな声で読み上げるルーシィはがっくりと肩を落とした。

 

「……騎士の訓練相手」

 

「どうすんだよ。こういうのはエルザとかの仕事だろ」

 

 とは言ってもなかなかご都合の良い依頼だな。

 

「う、受けちゃった以上はあたし達で何とかするしかない!」

 

「……ロロナとホム達を呼んでとりあえずクロッカスまで行くぞ」

 

 一抹の不安、否、不安しかない心持ちで俺達はマグノリアを出発した。クロッカスの騎士団の訓練相手ねぇ……あの手紙によればアイツが所属してるらしいけど。行ってみてのお楽しみか。

 

「ララ君。私クロッカスって初めてなんだけどどういうところなの? アーランドより都会?」

 

 ロロナにはエスティからの手紙のことは話していない。サプライズ的な意味が100%だ。ロロナの驚く顔と声が目に浮かぶ。あの手紙には今度会いに行くとだけ返信を送った。それからの返信は無いが特に必要もない。直接会って話した方が絶対に良い。

 

「一緒くらいだろ。王宮はクロッカスの方がでかいけど」

 

「え!? 王宮より大きい王宮!?」

 

 ロロナは目を輝かせている。対してルーシィは話題に入り辛いのか、お腹が痛いのか知らないがずっと下を向いている。俺が列車の席に座るなり俺の隣に勢いよく座ったあの元気は何だったんだ。

 

「そろそろ着くな。あー身体が伸ばせないから列車はしんどい」

 

 列車を降りて、依頼書に書かれた待ち合わせ場所を確認する。

 

 街中央の鍛錬場か。近くに行けばシンボルのようなものがあるだろう。とりあえず駅を出て街の中を歩こう。

 

 そう思って駅の改札を出て視線を前に向けると目の前によく知る人物が立っていた。

 

「お久しぶりでございます。王子」

 

 そう言って頭を下げたのは手紙の送り主であるエスティ・エアハルト。

 

 事情を知らないルーシィは俺とエスティの顔を交互に見て、誰、誰と困惑している。そして何も聞かされていなかったロロナはその場に茫然と立ち尽くしている。

 

「あらロロナちゃんも久しぶりね。大人っぽくなったわね」

 

「え……え゛……え゛すて゛ぃざーーーん!!」

 

 ロロナは溢れる涙をエスティにぶつけた。エスティは少し驚きながらも微笑みロロナを抱き寄せ、頭を撫でる。

 

「もう……さては何も言ってませんでしたね?」

 

「びっくりさせたかったんだよ」

 

「あ、あの……」

 

 泣きじゃくるロロナはエスティにべったりくっついて離れようとしない。一方で置いてけぼりを喰らっていたルーシィがおずおずと手を挙げた。

 

「ラランとはどういうお関係ですか?」

 

「あら、私たちの王子を呼び捨てだなんて随分な無礼ね」

 

 エスティは鋭い視線でルーシィを睨みつける。

 

「ひ、ひぃ!」

 

「あははっごめんなさい。私は王子の教育係だったエスティ・エアハルトよ。よろしくねルーシィさん」

 

「あ、私の名前……」

 

「だって週ソラに書いてあったもの。覚えてるわよ」

 

 相変わらず物覚えの良いことだ。だから忙しい王宮の受付を一人で回せていたのだろうが。あの時よりも少し老けたな。十年も経てばそりゃそうか。こんなことを口に出したら殺されるな。

 

「王子たちがここに来るのは分かっていました。鍛錬場に行きましょうか。彼もいますよ」

 

「相変わらず察しのいいこと」

 

「え゛すて゛ぃさん……」

 

 俺達はエスティに追従して鍛錬場へ向かった。初めて見る街だが、アーランドより栄えてるな。流石広大な領土を持つ大国。

 

「ねぇララン。エスティさんっていい人だね」

 

「素面の時はな」

 

「え?」

 

「いずれ分かる。でも育ててもらった人だから感謝してるよ」

 

「ほら着きましたよ。ロロナちゃんいい加減離れてくれないかしら」

 

「え゛すて゛ぃさん……」

 

「ホム、ロロナを剥がせ」

 

「かしこまりました」

 

 巨大な円状の闘技場を備え付けた鍛錬場。ここで兵士が日々鍛錬を積んでいるのか。中に入ると二人の兵士が実戦形式の試合を行っていた。一人は槍と盾を構え、もう一人は大剣を構えている。試合は一方的な者で大剣を構えた兵士が盾を弾き飛ばし、力でねじ伏せた。この国でも流石の強さだ。

 

「ステルクくん。連れてきたわよ。例の依頼を受けてくれた人達」

 

「む、あぁ君が迎えに行くのは珍しいな。で、どちらに?」

 

「はい、こちら」

 

 子供が泣いて走り去る怖い顔に黒いアーランド騎士の正装。全く変わっていない。変わったのは剣の腕が上がったことか。しかし何よりこの再会が嬉しかった。

 

「よろしく……!?」

 

「久しぶりだな。ステルク」

 

「……お、王子……なのですか?」

 

「あぁ。ララバンティーノ・ランミュート・アーランド。アーランド王国元王子だ」

 

「……王子!」

 

 ステルクは涙を流して両ひざをついた。もしかしてエスティのやつ、ステルクに何も言ってなかったな。考えてること俺と一緒じゃないか。

 

「おいおい。顔を上げろ。そして立て」

 

「し、しかし、私は王子の危機に馳せ参じることが出来ず……」

 

「いいんだ。こうして会えたんだから」

 

「今度こそ王子を全ての害悪からお守りして見せます!」

 

「わ、私もいますよ~」

 

「き、君もいたのか!? あまり変わっていないようだな」

 

「ひどい!」

 

 そして依頼の内容を聞いたが、急遽その依頼に変貌があったようで。

 

「近くのアカリファという街で闇ギルドの目撃情報がありまして、王子達にそちらの鎮圧に協力していただきたく存じます。私も普段は王宮警備なのですが、近頃闇ギルドに動きがあるようでして。同行いたします」

 

「アカリファ……!?」

 

「アカリファがどうかしたのかルーシィ」

 

 ルーシィは街の名前を聞くと青ざめた顔をしていた。特に行ったことがある街でもないはずだが、何かあったのだろうか。

 

「うん、実は……」

 

 ルーシィはつい最近の事と言って話し始めた。俺達の反乱の終息後、謎の視線に悩まされていたと言う。しかし犯人を突き止めることが出来ずに悶々としていた。そしてつい先日のこと、例の視線の送り主と対面した。ボロボロのフードを被り、みすぼらしい装いの男性の正体はルーシィの父ジュードだった。ハートフィリア鉄道は買収され、家や財産の全てを失ったらしい。ジュードはルーシィに会いに来たと言い、感動の再会かと思われたが、ジュードの狙いは己の地位を再び確立するための初期費用10万ジュエルをルーシィからせしめることだった。私の娘ならその程度の金はすぐに用意できるだろうと激昂するジュードにルーシィは平手打ちを浴びせ、父への期待は再び地の底に落ちた。

 

「それでね、パパが行くって言ってた場所がアカリファなの」

 

「王子のお連れ様の父上が危険に晒されては騎士の名折れ。迅速にアカリファへ参りましょう。既に駐屯軍がアカリファの商業ギルドを封鎖してはいますが魔導士に勝てる戦力はありません」

 

「よし。お父さん救ってやろうぜ!」

 

「う、うん」

 

 俺達はステルクを連れてアカリファの街へ急行した。既にアカリファは騒然としており、特に商業ギルドの前には息子や娘を人質に取られた親ややじ馬が軍兵士に詰め寄っていた。そこをステルクが権力を行使して道を開け、ギルドの門を堂々と開けた。

 

「そこまでだ! このステルケンブルクが悪は成敗する!」

 

「クソ! このガキがどうなってもいいのか!」

 

「ステルク。人質は俺が解放する。お前は気にせずにあいつらぶっ飛ばせ!」

 

「御意!」

 

 ステルクは人質の子どもに銃口を突き付ける魔導士に迷わず突撃した。怯えた魔導士は慌てて銃の引き金を引こうとするがその指は動くことは無く、ステルクに一刀両断された。

 

「指に糸が付いてることくらい気づいとくんだったな」

 

 ステルクはその後も目にも止まらぬ動きで大剣を振り回し、魔導士たちを一蹴していった。その間に俺達は縛られた人質を解放し、外へ逃がしていった。そして遂に闇ギルドの首領と見られる魔導士をステルクが追い詰め、切っ先を突き立てる。

 

「近頃このような闇ギルドによる金銭強盗が相次いでいる。貴様らの目的は何だ」

 

「ふん……軍隊に言う義理はねえよ」

 

「そうか。ならば消えてもらおう」

 

 ステルクはそう言うと大剣を魔導士の首元に当て、水平に振りぬいた。がくがくと震えが止まらない魔導士の顔は汗塗れになる。しかしその首は落ちることは無い。その代わりに後ろの柱が真っ二つに切り裂かれた。

 

「さぁ言え」

 

「お、六魔将軍(オラシオン・セイス)だ! 六魔将軍への上納金が最近一気に増えやがったんだよ! それでどこの闇ギルドも手を焼いてる!」

 

「六魔将軍、三大闇ギルドバラム同盟の一つか。もう貴様に用はない。駐屯兵! 後始末を頼む」

 

 ステルクはほぼ一人でこの騒動を鎮圧してしまった。魔導士にも剣一つで立ち向かい全く遅れを取っていない。優れた騎士だ。

 

「外は大盛り上がりだな」

 

 人質の解放と暴動の鎮圧により俺達は大きな歓声と共に迎えられた。しかし目的の一つであったルーシィの父ジュードの姿が見えない。

 

「親父さんいないのか?」

 

「う、うん……」

 

「ルーシィ?」

 

 ちょうど後ろからやってきたのは話に聞いた特徴と合致する男性だった。俺の予想よりも更にみすぼらしい姿になってはいたが、確かにその人のようだ。しかし必死の思いで助けに来たのにその場にいなかったとは。

 

「もしかして今着いたの?」

 

「金が無くてな。歩いてここまで来たもんだから」

 

「移動費に10万ジュエルか。金銭感覚麻痺ってるな」

 

「でも何でルーシィがここに……?」

 

 ルーシィは事情を説明した。もしかして父を心配して助けてくれたのかと核心を突いたジュードだったが、ルーシィは照れ隠しなのか知らないと言ってそっぽを向いて歩き出した。そして父の顔を見ないままルーシィは父を許してはいないと言う。そしてまたジュードもそれを当然だと受け止めた。これから変わる。その決意をルーシィの背中に訴えた。

 

「このギルドはね、パパとママが出会った場所なんだ」

 

 ジュードが言うとルーシィの足が止まった。ジュードが独立を考えていた時、母の腹には既にルーシィがおり、この商業ギルドを去った。その時ちょうどギルドの名前LOVE&LUCKYの看板が壊れており、LUCKYがLUCYになっていたという。そこからルーシィの名前は付いた。その思い出話が面白かったのかルーシィはジュードの方を振り返った。

 

「なにそれ。ノリで人の名前決めないでよ」

 

「そうだな……本当にすまない」

 

 最後は二人とも少しの笑顔が見れた気がする。

 

「元気でね、お父さん」

 

「いいのかルーシィ」

 

「うん。行こ」

 

「さてクロッカスに戻って金貰って帰るか」

 

「王子! ギルドまでは私が護衛いたします!」

 

「だからそこまでしなくていいって!」

 

 俺もルーシィも大切な人との再会があった。ルーシィも壊れた父との関係が少しだけ復元された気がする。そして俺は強力な騎士とお節介な教育係。目指していたものが少しずつ見えてきた。

 




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ニルヴァーナ

超駆け足ですがニルヴァーナ編入ります


「王子、こちらが今回の報酬です」

 

「あぁ、ありがたく頂くよ」

 

 俺達はアカリファからクロッカスへ戻り、先の鍛錬場で報酬を貰った。この時は彼等との再会を喜び、俺達は無事にギルドへ帰還した。

 

 しかしその数日後、俺はステルクに呼び出され、再びクロッカスへ向かっていた。俺を呼び出すのは気が引けたらしいが、自分も職務を全うしなければならないと板挟みになった結果、とてつもない長文の手紙を送りつけてきた。俺は単身クロッカスへ向かい、ステルクの元へ向かった。

 

「で、どうしたんだ」

 

「どうしてもお耳に入れておきたいことが」

 

 会議室で二人きり。ステルクの顔はいつも以上に怖くなっている。これはどうやら深刻なことのようだ。アカリファで魔導士を尋問している時に何か聞き出したのだろうか。

 

「アカリファの一件、実は六魔将軍が関連しているとの事で」

 

 六魔将軍は三大闇ギルドの一つとして名を馳せ、同じく三大闇ギルドの一角を担い合う冥府の門、悪魔の心臓と共にバラム同盟を組む一大組織だ。

 ステルクの話によると最近乱発している闇ギルドの強盗騒動は全て六魔将軍傘下の闇ギルドによる物だという。

 そして全てのギルドの動機が六魔将軍への上納金の金額アップによる金銭問題であったらしい。

 このことからステルクは近く六魔将軍に大きな動きがあるのではないかと読んでいるらしい。これは既に王への報告が済んでおり、今後は評議員、各ギルド間との連携、承諾を取り、六魔将軍討伐へ動きだす見込みそうだ。

 

「今回、評議員からの連絡では六魔将軍討伐に際し、複数のギルドから精鋭を派遣し討伐を目指すとのことです。招集ギルドは化猫の宿、青い天馬、蛇姫の鱗、そして妖精の尻尾を予定しています」

 

「俺達もか」

 

「えぇ。そして国からも派遣します。私とエスティですが」

 

「エスティはヒスイ姫の教育係だろ」

 

「え……姫の教育係は二年前の姫が15歳になった時に終了していますが。今は闇ギルドの諜報員として働いていますよ」

 

「あいつ……俺まで騙してたのか」

 

「先輩らしいですね。詳細はまた後程お知らせいたします。その頃には奴等の目的も判明すると思われますので」

 

「俺の知らないところで……」

 

 関わりの持てないところで自分のことがどんどんと決まっていく置いてけぼり感に僅かばかりのショックを感じながらもステルクの話に耳を傾けていた。

 

「それではこれからの連絡はギルドマスターの方から行われますので」

 

「もういいのか?」

 

「はい。御足労頂きありがとうございました」

 

 その日はそれでクロッカスを後にした。

 

 ステルクの話では六魔将軍は名前の通り六人で構成される闇ギルドらしい。

 

 たった六人しかいないギルドとも取れるが、逆に言えばたった六人でバラム同盟の一角に食い込むほどの実力者の集まったギルドとも言える。

 

 六人相手に俺達は四つのギルドと国の連合で挑まなきゃいけない辺りでその強力さが伺える。

 

 そういえば以前対峙したエリゴール率いる鉄の森も六魔将軍の参加ギルドなんだとか。

 

「それにしてもうちのギルドが他のギルドと協力なんて出来るのかねぇ……」

 

 敵を倒す以前の問題を危惧しながらも、マスターからの発表を待つ日々が一週間ほど続いた。

 

 そして遂にマスターからギルドへの招集命令が下された。

 

「ワシ等はギルド間で同盟を組み、六魔将軍を討つこととなった」

 

 ステルクの言っていたように定例会でも六魔将軍の話が挙げられ、ギルド間連合による討伐が正式決定したのだと言う。

 

 そして、マスターから今回の討伐派遣隊メンバーが発表される。

 

 ナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ。そして俺。妖精の尻尾からの派遣は五名。他四つのギルドからも精鋭が派遣されるとのことだ。

 

 俺達は早速準備を始め、集合場所である青い天馬マスターボブの別荘へ急行した。

 

「ここか」

 

 神殿のような造りだが、至る所にハートマークが散りばめられている。趣味のいいところとは言えないが別荘には最適の立地だ。

 

 そして俺達は別荘の中に入ると早速洗礼を受ける。

 

 いきなり照明が落ちたかと思えば、スポットライトが光る。そこにはポーズを決めた三人の影。

 

「妖精の尻尾の皆さん、お待ちしておりました。我等青い天馬より選出されしトライメンズ」

 

「百夜のヒビキ」

 

「聖夜のイヴ」

 

「空夜のレン」

 

 青い天馬の誇るイケメン三人衆トライメンズ。確かにイケメンだ。

 

 それに比べてこっちのギルドは、馬車酔いのナツ、パンイチのグレイ。ダメだな。

 

 トライメンズはささっとエルザを取り囲むと口から流れ出る褒め言葉であれよあれよ椅子に座らせ接待を始める。レンが続いてルーシィも椅子に座らせる。

 

 そこからは二人に対して可愛いだの、ドリンクを出しながら別にお前の為に作ったわけじゃないだのとホストまがいの口撃をかましていた。

 

「君たち、その辺にしておきたまえ」

 

 トライメンズとはまた違うダンディーで渋みのある甘い声が階段の上から聞こえてくる。トライメンズは一夜様

と名前を呼んだ。

 

 トライメンズすら凌ぐイケメンとはどんな人物かと少しだけ気になった。

 

「会いたかったよ。マイハニー。貴方の為の一夜でぇす」

 

 その溢れんばかりのきらめきオーラを纏いながら、階段を下りてきたのは、四頭身で低身長。小太りで顔は八角形。エルザのことをハニーというからにはエルザの恋人か何かかと思って彼女の方を見てみると、それはまぁ青く引き攣った顔で一夜を見ていた。

 

「全力で否定する」

 

「エルザこいつ何者なんだ」

 

「凄い魔導士ではあるんだがな。私も苦手だ」

 

 エルザもたじろぐ一夜という男。キモいと言ってしまえば終わりだが、名前ぐらいは覚えておこう。

 

 がやがやとし始めるとグレイが苛立ちを隠しきれなくなる。喧嘩を吹っ掛けるような口ぶりでトライメンズを挑発すると、トライメンズもその喧嘩を買うように身を乗り出した。

 

 喧嘩と聞いて黙ってないのがナツ。急に元気になったかと思えばトライメンズに食って掛かる。俺はそれを止めようと手を伸ばすが、それよりも先にエルザが動いていた。

 

 一夜に匂いを嗅がれたエルザはその寒気から脊髄反射の速さで一夜を殴り飛ばしてしまう。

 

 玄関扉の方へ飛んでいく一夜は丁度開いていた扉から入ってきた者に頭を鷲掴みにされる。

 

「これは随分ご丁寧な挨拶だな。貴様らは蛇姫の鱗上等か?」

 

「リオン!?」

 

「グレイ!?」

 

 一夜の頭を氷漬けにした魔導士は俺達がガルナ島で出会ったリオンだった。突然の再会にリオンもグレイも驚いている。

 

 リオンは一夜を投げ返すと、先にやったのはそっちだろと不敵に微笑む。

 

 大将を傷つけられたトライメンズも黙っておらず、険悪なムードが流れる。

 

 その時、玄関から続く長いレッドカーペットがもこもこと動き始め、ルーシィを襲った。

 

「人形撃・絨毯人形!」

 

 ルーシィには魔法の使い手が誰か分かっているようだった。その正体はリオンと同じくガルナ島でルーシィと対峙したシェリー。愛の為に生まれ変わったという彼女は盛り盛りのメイクでセクシーな衣装を身に纏っている。

 

 三ギルド睨み合いの構図となったこの場において、これから六魔将軍討伐に向けて協力し合うという目的は到底果たせそうには無かった。

 

「やめい!」

 

 そこへ一喝を入れるように現れたのは俺も名前を知る超有名魔導士だった。リオン、シェリーらと同じ蛇姫の鱗所属、ジュラ・ネェキス。通称岩鉄のジュラ。蛇姫の鱗の絶対的エースにして聖十大魔導にの一人だ。

 

 ジュラの登場によって場は沈静化した。三つのギルドが集い残るは化猫の宿とステルク、エスティを待つのみだ。一夜の話によると化猫の宿の派遣は一人だと言うが。

 

「きゃぁ!」

  

 走りながら別荘に入ってきたはいいが、途中でこけてしまったのは背丈も小さい可憐なお子様だった。

 

 まさかこの子が化猫の宿の派遣隊なのか?

 

「あ、あの遅れてごめんなさい。化猫の宿から来ました。ウェンディです。よろしくお願いします!」

 

 確かに化猫の宿の魔導士なようだ。こんな小さな女の子一人を派遣するとは化猫の宿はどういう神経をしているんだ。

 

「あら一人じゃないわよ」

 

 ウェンディの後ろから現れたのは白い猫。ハッピーと同じように人語を喋る猫。性別は女の子のようで、既にハッピーは心を奪われているようだ。名前はシャルルというらしい。

 

 結局ウェンディもトライメンズに捕まり、接待用のソファに座らされていた。

 

「各ギルドの諸君。御足労頂き誠に感謝する」

 

 ウェンディに遅れること数分。ステルクとエスティが到着した。

 

「この討伐隊を指揮するステルケンブルク・クラナッハだ」

 

 俺はステルクの強さを重々知っている。だが他ギルドの魔導士からすれば、魔法も使えない一介の騎士が魔導士を指揮するのは納得いかないようで。

 

「おいおい、俺達の指揮? 戦力にならない奴に命令されて動く気にはなれねえな」

 

「同感だ。我等を指揮するというなら実力を示してもらおうか」

 

 食って掛かったのはグレイとリオン。ステルクはその怖い顔を崩すことなく、背負った剣を抜いた。宥めるエスティだったが、こういう奴等には示してやらねば聞きませんと二人に向かって剣を向けた。

 

「二人同時でいい」

 

「へっ! 国の兵士だか騎士だか知らねえけど調子に乗られちゃ困るぜ」

 

「魔導士には魔導士のやり方があるのでな」

 

「喧嘩なら俺も混ざるぞ!」

 

 どこからか飛んできたナツも含めて三対一の決闘が始まった。グレイ、ナツ、リオンが一斉にステルクに飛び掛かる。しかし勝負は一瞬でついてしまった。

 

「ふん。魔導士というのはこの程度か。では私たちの作戦に従ってもらうぞ」

 

「嘘だろ……」

 

「馬鹿な……」

 

「強えー」

 

 ステルクは三人をあっと言う間に地面に這いつくばらせた。三人だけではなくその場にいた魔導士全員が愕然とステルクを見つめる。

 

 魔導士はこの世で最も強い力を持つと言われている。その魔導士、しかも国指折りのギルドの三人相手に一介の騎士が剣一つでねじ伏せるというのは信じられない光景だったのだ。

 

 ステルクは剣を背中に仕舞うと何事もなかったかのように話し始める。

 

「我々が討伐する六魔将軍の狙いは古代魔法ニルヴァーナ。諸君はご存知か?」

 

 魔導士たちは顔を見合わせるが、その魔法を知る者は誰一人としていなかった。

 

「それもそのはずだ。ここから北に行くとワース樹海が広がっている。そこに古代人が封印したと言われる既に存在しない魔法なのだ。だが六魔将軍はその封印を解き、ニルヴァーナを手に入れようとしている。ニルヴァーナがどんな魔法かは依然として不明だが、彼等が手に入れようとするからには危険な魔法に違いない。我々はそれを阻止する為、六魔将軍を討つ」

 

 ステルクの話が終わると代わってエスティが前に出る。

 

「私はエスティ・エアハルト。闇ギルドの諜報員をしています。六魔将軍のメンバーを紹介するわ。まず毒蛇を操るコブラ。速度の操作系魔法を使うレーサー。天眼のホットアイ。心を覗く女エンジェル。情報は少ないけれど名前だけ、ミッドナイト。そして司令官のブレイン。個々が一ギルドに匹敵する力を持っているわ。私たちは決して一人で戦おうとはせず、数的有利を取らなければいけない」

 

「我々の作戦は六魔将軍との直接戦闘ではない。ニルヴァーナ探索の為にこの樹海に拠点を設けているはずだ。租君に与える任務は六魔将軍全員をその拠点に集めること」

 

 そこには当然どうやって、そして集めてどうするのかという疑問が放たれる。どうやっては結局殴ってという原始的解決に至るのだが。集めた後はどうするのか、それを説明するのは一夜だった。

 

「我々青い天馬が大陸に誇る魔道爆撃艇クリスティーナで拠点もろとも葬り去る!」

 

 ビシッと決めた一夜だったが、やはりどこか残念な感じがする。

 

 この作戦で重要なのは各ギルドの連係。誰かが突っ走って突撃しては六魔将軍の思うように動いてしまうだろう。

 

「よっしゃー! 燃えてきたぞ! 六人纏めて相手してやる!」

 

 と思った矢先ナツが別荘を飛び出していった。それに続いてグレイやエルザ、半べそをかきながらもルーシィが続いて行った。

 

 グレイには負けられないとリオンとシェリーも続き、トライメンズも後を追う。

 

 あわあわと慌てふためいていたウェンディもシャルルに手を引かれて、別荘を出る。それにハッピーも続いた。

 

「どいつもこいつも魔導士ってのは協力ってことを知らねえのか! ステルク! エスティ!」

 

「はい!」

 

「お守りします!」

 

 別荘に一夜とジュラを残し、俺達も最後方からナツ達を追うように別荘を出た。

 

「あいつら足早すぎだろ。どこいった?」

 

「無暗に走り回って体力を使うのは愚策です。慎重に行きましょう」

 

「先輩に賛成です。私たちは私たちで行動しましょう」

 

 二人の助言もあって俺達は無理にナツ達に追いつくことを諦め、まずは拠点を探す方針に切り替えた。

 

 しかしそのすぐ直後、樹海の中から悲鳴が聞こえてきた。

 

「王子、今の声は……」

 

「ルーシィだ。声の方に向かうぞ!」

 

 声のした方角へ向かうと、そこには衝撃の光景が待ち受けていた。ナツやグレイ、エルザまでもが倒れ、こちらの魔導士は全滅。そして六魔将軍は全員が終結し、中央に構える人物が今にも止めの一撃を放たんとしていた。

 

「やべえ! 魔除けネット!」

 

 巨大な網がナツ達の上に覆い被さり、魔法の直撃を防いだ。ネットは魔法との衝突により消失したが、彼らはどうやら無事なようだ。

 

「六魔将軍は!?」

 

 当の六魔将軍は魔除けネットと魔法の衝突が生じさせた爆発煙の間に姿を消していた。

 

「とにかく傷の回復だ。ヒーリング・ベル」

 

「あんた治癒の魔法が使えるの!?」

 

 ベルを鳴らし、皆の傷を癒していく。そこへ食って掛かってきたのはシャルルだった。

 

「魔法じゃねえけど治癒は出来る。見た目の傷だけだけどな。あれ、そういえばウェンディは?」

 

 下を向くシャルルに話を聞くと、ウェンディは六魔将軍に天空の巫女と呼ばれ、何らかの利用価値を見出され連れ去られてしまった。手を伸ばした先にいたハッピーも一緒らしい。

 

 天空の巫女、その言葉が何を示しているのかはまだ分からないが、彼らにとって特別な存在であることに変わりは無いだろう。

 

「ララン!毒って治せない? エルザが!」

 

 ルーシィに声を掛けられ、エルザを見ると、ヒーリング・ベルが効いていないようだった。なんでもコブラの操る毒蛇に腕を咬まれ、既に毒が回っているらしい。

 

「今、シェペルホルンは持ってねえ……今から作るにしても時間がかかりすぎる」 

 

「切り落とせ!」

 

 エルザはこのままでは戦えないと剣を一本落とし、腕を切り落とす様に伝えた。その剣をステルクが拾うと躊躇なく振りかぶった。

 

「彼女は重要な戦力です。今死んでもらう訳にはいかない」

 

「ちょ、ちょっと待てステルク! 他にも方法が」

 

 俺のようにここで腕を切り落とすのは早計だと言う派閥とジュラを初めとしてエルザの決意ならば従うまでという派閥が対立する。

 

 それに関係なくステルクは剣を振り下ろしてしまう。

 

「おい」

 

 それを止めたのはグレイだった。剣を氷漬けにし、ステルクの攻撃を寸でのところで止めた。

 

「君には彼女の命より腕の方が大事か?」

 

「騎士のあんたにゃ分かんねえだろうけど、仲間の腕はそんな軽いもんじゃねえ。他に方法があるかもしれねえだろ」

 

 ステルクはため息をついて渋々剣を置く。しかし時間は刻一刻と過ぎ去っており、遂にエルザは毒に耐え切れず後ろに倒れてしまった。

 

 そこへ助け舟を出したのはシャルルだった。

 

「ウェンディなら助けられるわ」

 

 どういうことだと全員がシャルルの話に耳を傾ける。ウェンディは治癒の魔法を使い、解毒も出来ると言う。魔法界では治癒は失われた魔法。それをあんな少女が使いこなすとは到底信じられないが今はシャルルを信用する他に道は無かった。

 

 そしてシャルルは続ける。 

 

「ウェンディは天空の滅竜魔導士。天竜のウェンディ」

 

 三人目のドラゴンスレイヤーともなれば少し驚きが薄れてくる。だがそれならば治癒魔法を使えるのも納得だ。

 

 今、俺達のするべきことは決まった。全ギルドの方向性が一つに定まったのだ。

 

「いがみ合ってる場合じゃないな」

 

「諸君。まずはエルザ君救出の為、ウェンディ君の奪還を目指す! 行くぞ!」

 

「「「「オォ!!」」」」

 

 俺達は円を描き、中央に手を寄せ、ステルクの掛け声とともに俺達は今日初めて結束した。

 

 この13人でまずはウェンディの救出に向けて動き出した




登場した錬金アイテム

魔除けネット

一度だけ魔法を無効化する防御アイテム。特殊な蜘蛛の糸と薬泉の湧き水から錬金される為強度と性能は十分。



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樹海を駆ける

ルルアのアトリエをプレイしました。
過去作3作をプレイしていると懐かしさだったり思い出だったりが込み上げてくる作品でしたね。

少しばかりの不満というか疑問はありますが、満足できました。


 俺達はエルザを寝かせ、2~3人のチームに分かれて六魔将軍とその拠点捜索及びウェンディの救出に動き出した。

 

 

 俺は何をしているかというと……

 

 

「エルザの容体はどうだ」

 

「さっきと変わらない……皆急いで……」

 

 ルーシィと共にエルザの看病と護衛をすることになった。俺も捜索に行くと言ったのだがステルクとエスティが貴方はここにいろと何度も言ってくるので仕方なく従った形だ。

 

 そしてもう一人

 

「お前は行かないのか? ヒビキ、だったか」

 

「女性二人をおいてはいけないよ。それに君のことも気になるしね」

 

「何か怪しいことでも?」

 

 ヒビキは俺をじっと見つめる。特に怪しいことをした覚えはないが。

 

「君、いや君というのも失礼かな。貴方はアーランド王国の王子だろ? ステルクにエスティどちらもアーランド王国に仕えていたはずだ」

 

「それなりに伏せてた情報も筒抜けだな。もしかして皆知ってるのか?」

 

「いや僕しか知らないだろうね。これが僕の魔法、古文書。情報を司る魔法さ。あの2人について調べてみたらたまたまね。僕がここに残っている理由の一つはこの魔法を使って皆がウェンディちゃんを保護した時にこの場所を皆に伝える為さ」

 

「あんまり広めないでくれよ。色々と面倒になる」

 

「あぁ。勿論」

 

「でもお前の前に口封じしなきゃいけない奴らがいるみたいだな」

 

 ヒビキと話している内に周囲をガサガサと動く音で取り囲まれる。姿を現す頃には俺達は既に包囲されていた。

恐らく六魔将軍傘下の闇ギルドだろう。

 それにしても数が多い。ギルド一団体でいらっしゃいっているようだ。

 

「ヒビキ、お前戦えるのか?」

 

「いやぁぼくは戦闘はからっきしでね」

 

「ルーシィ。お前はエルザを守ってろ」

 

「う、うん!」

 

 この作戦をステルクから聞いた時、少し好奇心が騒いだ。俺は参考書を読みペンを走らせ、様々な新たなアイテムを試作した。今日までに出来上がったもの、まだ試作段階のもの、また失敗したもの、どれも闇ギルド相手ならお咎めなしで試せるというものだ。

 

「実験台になってもらうぞ。闇ギルド」

 

「実験台ぃ? お前らはここで終わるんだよ!」

 

 血気盛んな一人が巨大な斧を振りかぶって飛び掛かってくる。最初の試作品をバックから取り出す。

 

「悪を貫く正義の槍・リュミエールランス!」

 

 戦う魔剣からアイデアを広げた自動戦闘槍のリュミエールランス。召喚された五つの光槍が自在に飛び回って魔導士たちを蹴散らしていく。そしてこの槍は攻撃だけが効果ではない。

 

「な、なんだ!? 見えねぇ! 目が見えねえ! クソ!」

 

 リュミエールランスはヒットした相手の光を奪う。何も動かなければいいものを焦る彼らは無暗に手に持つ武器を振り回す。それは味方への攻撃となり、たちまち同士討ちが起こった。実はこれもリュミエールランスの効果。一時的にレベルを下げる。レベルとは彼等故人の能力を指す。力の強さや足の速さ、そして知能も。試作段階ではかなり高い水準を持ったリュミエールランスは十分実用圏内だろう。

 

「こんなものか。デュプリケイト・祝砲!」

 

 召喚した祝砲、つまりは大砲による一尺玉の砲撃によって闇ギルドは瓦解した。倒れる魔導士の一人を無理矢理叩き起こし、ウェンディの場所、つまりは六魔将軍のアジトを吐かせようとした。

 

「知ってること全部話さないとこの爆弾口に突っ込むぞ」

 

「は、はい!」

 

 洗いざらい喋ってもらった後、腹パンで気絶させた。

 

「西の廃村か。古代人の村がある辺りか。まぁ方角だけでもわかっただけ良いか。ヒビキ、情報を皆に転送してくれ」

 

「もうやってるよ。でもその必要もなかったみたいだ」

 

「ん?」

 

「皆も闇ギルドの襲撃に遭ったみたいだよ。返り討ちにして情報を得たらしい」

 

 考えることもやることも同じか。場所が分かれば、皆のことだからすぐにウェンディを連れ戻してくれるだろう。

 

「ララン、エルザの顔色がちょっと悪くなってきてて……」

 ルーシィから情報を貰い、エルザの様子を見てみると確かに最初よりも顔色が悪化して息も荒くなっている。時間との戦いだとは分かっていたが、ここまで毒の進行が速いとは。

 

「毒は治せないが、エルザの体力を回復させよう」

 

 小瓶に入ったオレンジ色の液体である知恵熱シロップをバックから取り出し、エルザの口に含ませる。すぐに効果が現れ、エルザの呼吸は少しだけ穏やかになった。

 

「あっちょっとよくなったかも」

 

「一時的な効果だ。そこまで良い材料を使っているものでもないから。頼むぞ皆……」

 

 

 一方その頃、ステルクとエスティは闇ギルドを返り討ちにして、西の廃村に向かっていた。

 

「私たちのいる場所からは廃村は遠いですね」 

 

「そうね。私たちより他の皆の方が速いかも」

 

  そうは言いつつも二人の足は西の方角へ向かっていた。二人が同じ任務に就くのは久しぶりであり、実にアーランドでロロナやラランと共に各地へ採取へ赴いた時以来である。

 

「王子は大きくなられたわね」

 

「えぇ……あの方も喜んでいることでしょう」

 

「そうね……王子にジオ様のことは?」

 

「いえ、やはり私の口からは言えず……」

 

「そう……この作戦が終わったら二人で言いに行きましょう。あれもちゃんと持ってきてね」

 

「私の心が弱いばかりに。ご迷惑をおかけします」

 

「いいのよ。それじゃ気を引き締めていきましょ」

 

「はい!」

 

 エスティがステルクを先導して樹海を進んでいく。二人の進む森の先は深い闇に包まれていた。

 

「……あら、貴方たちは」

 

「おー!軍隊のおっさんとおばさん」

 

 まもなくエスティの鉄拳がナツの呑気な頭を打ち砕いた。エスティ・エアハルト、36歳、独身。まだまだ若者には負けない元気なお姉さんである。

 

「で、この下にアジトがあるのね」

 

「多分な」

 

「ハッピー―!!! ウェンディーーー!」

 

 崖の下に向かってナツが叫ぶ。シャルルが誰かいるかもしれないからやめろと呼びかけたが、次の瞬間、高速で何かが飛び掛かってきた。その何かに反応しきれず、崖から下を覗き込んでいたナツとグレイは後ろに吹っ飛ばされる。

 

「ふむ、六魔将軍の一人か。ナツ君、グレイ君。ここは私たちに任せてウェンディ君を助けに行け!」

 

「行かせるかよ」

 

 突如飛来した何か。それは六魔将軍の一人レーサー。名前の通り高速のスピードを武器とした魔導士である。前に立つステルクを躱し、崖を下ろうとするナツとグレイを止めに入る。

 

「させん!」

 

 ステルクは背の大剣を地面に突き刺すと剣から雷が流れ出し、レーサーの走る地面を崩壊させた。

 

「あなたの相手は私たちよ」

 

「……この俺の走りを止めたな」

 

 ステルクは大剣を、エスティは二丁の十手を構える。何の変哲もない剣を構える二人を見たレーサーは二人が魔導士ではないことを悟った。

 

「ふん……魔導士ではない貴様らに俺が止められるとは恥だな」

 

「確かに私たちの肩書は魔導士ではない。だが魔導士とは何だ。魔法を使える者を魔導士と言うのか? ならば私たちも魔導士ということになるが」

 

 ステルクはそう言うと手に持つ剣に雷を纏わせる。

 

「そうね。私たちが魔法を使えないっていつ分かったのかしら?」

 

 エスティは二回軽くジャンプをすると三人に分身して見せた。

 

「まあいい。二人纏めて消してやる」

 

 レーサーは持前のスピードを活かした突進攻撃を仕掛けてくる。確かに速いと冷静に躱すステルクは感じた。しかしこの程度のスピードならば付いていけないこともないとも同時に感じていた。

 

「ステルクくん、援護お願い! ハニースタップ!」

 

 エスティがレーサーの隙を突いて同じく高速の攻撃を仕掛ける。レーサーに向かって一直線に突撃した。しかしエスティの十手がレーサーを捉えることはなく、木を足場に次々に移動するレーサーに躱されてしまう。

 

「そこだ!」

 

 レーサーが足を止めた瞬間に上を取ったステルクが上空からレーサーに向かって回転切りを放つ。しかしまたしてもレーサーに一撃を与えることは出来ず、レーサーが足場としていた木の太い枝が真っ二つに切り裂かれるのみだった。

 

「先輩! 後ろです!」

 

「え!? きゃあ!」

 

 ステルクの攻撃を躱したレーサーはそのままの勢いでエスティの背後を取り、その背中に向かって突進した。木にぶつかったエスティはレーサーに首を掴まれ投げ飛ばされる。

 

「グランドパイル!」

 

 ステルクは再び地面に剣を突き刺し、地面を砕いた。レーサーが態勢を崩す間にエスティを救出し、レーサーとの距離を取る。

 

「大丈夫ですか」

 

「えぇ。ごめんね」

 

 エスティはレーサーのスピードに驚きつつも恐怖を感じることは無かった。それはスピードを絶対とする彼の攻撃は確かに回避するのは難しいが、攻撃を受けても絶望的なダメージを喰らってはいない。レーサーの弱点は決定力に欠けること。

 一撃でも食らえば致命傷を受けるような攻撃ではなく連撃で勝負するタイプならば、二人係で対すれば勝てない相手ではない。

 

「ステルク君、今度は貴方が前衛で行くわよ。私が援護するわ」

 

「はい! むっ?」

 

 ステルクが上空を通過する物体に気づく。よく見るとそれはウェンディを救出し、ハッピーとシャルルの魔法を使って空からララン達の元へ向かうナツ達の姿だった。

 

「馬鹿な! ブレインがいたはずだろ! どうやって!?」

 

 レーサーは遥か上空を飛ぶ二人を撃ち落とす勢いで、空に飛びあがる。ステルクもレーサーを止めるべく上空に飛ぶ。

 

「邪魔はさせんぞ!」

 

「クソ!」

 

 レーサーよりも更に上を取ったステルクがレーサーを撃ち落とす。レーサーはステルクの攻撃を受けながらも華麗に着地した。

 

「二度も俺の走りを止めたな……」

 

「貴様が何度来ようと何度でも止めてやる。それが騎士としての務め」

 

 ―再び場所は移ってララン達が潜む拠点。

 

「あっ!」

 

 ヒビキが古文書の魔法を使い、散っていった皆に連絡を取ろうとしていたところ、誰にも連絡が付かないという状況が続いていた。

 そんなところでヒビキが驚いたような声を上げた。それはつまり誰かに連絡が付いたということに違いない。今ここで連絡がついてほしいのはステルクかエスティなんだが。ヒビキの反応を見るにそうではないようなのが分かる。

 

「ナツ君、グレイ君。今から僕たちの位置情報を送る。そこに向かってきてくれ」

 

 どうやらウェンディの救出には成功したようだ。しかし依然としてエルザの状態は芳しくない。一刻を争う状況は凌げているがナツの到着を待ち遠しい。

 

 ナツ達にしか連絡が届かないということは他のメンバー達は交戦中と考えるべきなのだろうか。六魔将軍がどれほどの手練れであろうとも魔導士ギルドの4つの連合にステルク、エスティを入れた六魔将軍の倍以上の人数を持ったこちらが不利になることは考えたくはない。

 

「ララン、何してるの?」

 

「ナツアジトの場所を探してる」

 

「それで?」

 

 ルーシィがそれと言った俺の手に握られている物。それはダウジングロッドだ。鉄の棒が折り曲げられたL字型のシンプルなダウジングロッド。

 普通はこれでお宝を探すのだが、今回はアジトを探すということでダウジングロッドの設定を変えている。いつもの設定では探知の対象を金属にしているのだが、今回は熱に反応するようにしている。人間の発する熱を頼りにアジトの場所を割り出そうという魂胆だ。

 

「ってもこの広い樹海じゃダウジングの範囲外だな」

 

「ですよね」

 

 その時、周辺の草木がガサガサと音を立てて揺れた。俺達は敵襲かと身構えたが、ひょこっと身体を出したのはウェンディを救出したナツとグレイだった。

 

「お前ら!」

 

「どうなってんだぁ? 頭の中に急に地図が流れ込んできてよ」

 

「今は早くエルザを」

 

 そうだと相槌を打ったナツは気を失っていたウェンディの肩を持ってゆさゆさと振って起こした。意識を戻し、一拍おいてはっとしたウェンディはごめんなさいと発してナツから距離を取った。

 

「?」

 

 頭に疑問符が浮かんだが、今はそれよりエルザを治してくれ。と言おうとしたタイミングで全く同じことをナツが土下座して言った。オウム返しで毒と返したウェンディにはまだ状況が呑み込めていないようだったので手短に今の状況を話すと勿論やりますと拳を握ってくれた。

 

 それから程なくして――

 

「終わりました。エルザさんの身体から毒は消えました」

 

「おっしゃあーー!」

 

 エルザの顔は血色が戻り、苦しむ様子も見られない。確かに毒は消えているようだ。俺にもこのような魔法の力があればと少し思ってしまう。ちょっと羨ましい。

 

「よーーし! ララン、ハイタッチだ!」

 

 ナツは一人一人とハイタッチしていく。ウェンディは少し照れながらもナツとハイタッチを交わした。

 

 ウェンディ救出、そしてエルザの治療を同時に完了した俺達の士気は上昇し、打倒六魔将軍、ニルヴァーナの復活阻止に向けて、自信と希望を持ち始めていた。

 この後、俺達に降りかかる闇の力はまだ成りを潜めていたに過ぎなかった。




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決着 VSレーサー

「先輩、奴の魔法の正体が分かってきました」

 

「あらやっとなの?」

 

「え?」

 

「私はナツ君たちが通りかかった時から分かってたわよ」

 

「何ごちゃごちゃ話してんだ!」

 

 防御力の高いステルクにエスティを守られ、大したダメージを与えられていないレーサーはストレスが溜まっていた。普段の冷静な判断力は鈍り、語気も強まる。

 

 一方で二人がかりで対するステルク、エスティには余裕すら感じられる。単純な戦闘能力ではステルクに軍配が上がるこのマッチングではレーサーの魔法が唯一のストロングポイントとして、その優位を保たせていた。

 

 目にも止まらぬ速さで突進してくるレーサーに対して、ステルクは防御の構えを取る。レーサーの理論ではその速さを持ってすれば、強力な武器なぞ無くとも十分に敵を殺めることが出来る。確かにレーサーの推進力から生み出される拳の強さは決して攻撃力、決定力に欠けるとは言い切れない。

 

 しかしステルクにはその攻撃を受けきるだけの防御力、そして力を受け流す技術があった。これによってレーサーの理論は儚くも崩れ去ることになるのである。

 

 レーサーは己の攻撃がステルクに弾かれ続け、一度距離を取った。彼にはどんな直接攻撃すら弾かれるのではないかという不安すら覚え始めていた。

 

「なるほど。私の仮説と同じですね。奴の魔法の正体、それは……」

 

「あら、なら貴方一人で十分ね。私は他の所へ援護に行くわ」

 

「ええ、ここは私が処理します。先輩は王……ララバンティーノの元へ」

 

 レーサーは猛った。気高き六魔将軍の自分が力を見極められ、一人で十分と言われる。これほどプライドを傷つけられることは他になかった。

 

 任せられた仕事すら遂行できない己の力にも腹が立った。精々この地域の魔導士ギルドの寄せ集め如きに負けるなど今生の恥である。

 

「待てぇ!」

 

 猛るレーサーがエスティを追おうとステルクの横を追い抜いて行く。それを見たステルクは笑みを浮かべていた。

 

「意外と速かったわね。ステルク君ちゃんと足止めくらいしなさいよ」

 

「待て女!」

 

「女なんて名前じゃないし、そう呼ぶならそちらのレディくらい言いなさい」

 

 エスティはレーサーの声を遠くに感じながら逃げていた。こちらから攻撃を仕掛けることはない。そしてまだ向こうから攻撃を仕掛けてくる様子もない。

 

「え?」

 

 何か音が聞こえた気がした。少し後ろを振り返ってみた。そこには数秒前まで姿すら見えなかったレーサーが拳を振りかぶる姿があった。

 

 突然の事に場慣れしているエスティも対処できなかった。レーサーのスマッシュに吹き飛ばされてしまう。さっきまでの戦いでは力を抜いていたという情報だけが脳で整理される。

 

 あばらをやられた。折れてはいないがダメージは大きい。さっき貰った攻撃よりも遥かに。じんじんと痛む箇所を手で抑えて、走り出す。とにかくレーサーから逃げるのだ。ステルクとレーサーの距離を離すのだ。

 

「どこへ行く気だ!?」

 

「きゃぁ! 他の所の応援って言ったでしょ! この鶏冠頭!」

 

 少しの挑発も織り交ぜながら、レーサーが追ってくるように仕向ける。ステルクを忘れるように、自分だけに集中してくれるように。

 

 その作戦は嵌っていた。事実レーサーの脳には既にエスティを殺すという思考のみが走っていた。ステルクの事は忘れた訳では無い。頭の片隅にはいるが、意識的に忘れようとしていた。

 

 エスティとステルク、どちらが簡単に殺せるか。それを考えた時にステルクは後回しでいいと判断したのだ。か弱そうなエスティを先に殺し、ステルクはその後でいい。

 

 しかし後で殺すというのは、あまり現実的ではないとレーサー自身感じていた。ステルクの防御力は本気を出した攻撃でも貫けそうにないことを薄々感じ取っていた。だからこそエスティを優先した部分があった。

 

 エスティを殺した後でステルクの事は考える。それが今のレーサーだ。

 

「あらレディだからって舐めないでよね!」

 

 背を向けて走るエスティはくるっと振り返って猛スピードで迫るレーサーに幾本ものナイフを投げつけた。投えげたナイフの速度、レーサーの速度、二つを計算したうえでのタイミングだ。この距離なら避けきれずにヒットするはずだと。

 

「ふん!」

 

 レーサーは避けようともせず、迫り来るナイフを薙ぎ払った。これにはエスティも予想外。だがこれはこれで最悪ながらもエスティに利があった。

 

 ナイフが当たってくれてダメージが入れば一番。だがもし避けようとすれば更に速いスピードが必要になる。今のレーサーは避けようとはせず、力でナイフを弾いた。考えうる限り最悪の対応だったが、レーサーの操れるスピ―ドはこれが最高であるということが理解できた。

 

「なるほどね」

 

「そろそろ諦めろォ!」

 

 レーサーについに追いつかれたエスティはその連続攻撃に為す術なく、受けに回らざるを得無かった。そして最後は岩山に衝突し、レーサーにマウントを取られてしまう。

 

「てめえらなんかこの小型のナイフ一本あればいい。俺のスピードを持ってすれば、てめぇが何かしようとする前にナイフで喉を掻き切れる」

 

「なら早くやればいいじゃない。ステルク君がいつ来るか分からないわよ。彼には手も足も出てなかったじゃない」

 

「ふん。若いうちは増長するのも悪くねえが、相手が良くなかった。俺は六魔将軍だ。六つの魔、六つの祈り、決して崩れねえ六つの柱だ。その柱を揺らす者には死あるのみ」

 

「若いって言ってくれて嬉しいわ。でも若い、いえ青かったのは貴方ね。ナツ君たちが上空を通った時、とんでもないスピードで飛んでいくのを見ておかしいと思ったわ。貴方の魔法は自分の速度を上げる魔法じゃない。一定範囲にいる者の速度、正確には体感速度ね。それを下げる魔法。つまり範囲外に出た人からは貴方はただの的でしかないのよ」

 

 エスティ達の後方遥か上空、ステルクの姿が舞い上がった。それがステルクかどうかも肉眼では確認できないほどの距離が離れている。そこから何が出来るのか、レーサーは即座にそう思った。ステルクの武器は剣のみ。

 

 だがステルクには何かしてくる気配があった。それだけにレーサーは何もしてくるな。何もしてくれるなと個々の中で願っていた。

 

「これで終わりだ。限界を超える力を見せてやる。我が剣は大地を空を海を星を! 全てを断ち切る刃となる。切り裂けええええ!」

 

 ステルクの必殺技ガイアブレイクはこの距離を超えてレーサーを切り裂いた。正しく惑星すら切り裂く最強の剣。そのすぐ近くにいたエスティは少しは加減しなさいよと木の後ろに身を隠していた。

 

「やりましたね。先輩」

 

「もうレディに傷をつけるなんて酷いわ。ステルク君」

 

「そ、それは先輩が言い出したことでは……!?」

 

「ま、いいから王子の所に帰りましょ」

 

 ステルクはレーサーを仕留めた後、エスティの元まで駆け寄った。傷を受けたエスティは服の汚れを払いながら立ち上がろうとする。手を貸すステルクの好意に甘え、手を取ってようやく立ち上がった。

 

 六魔将軍を破った二人は、この後どうするかを話しながら一旦王子の元へ戻ろうという案で一致した。何かと二人も過保護というのがいつまで経っても抜け切らないことを気にしてはいるようだが、治る様子もない。

 

「まだだーー!!」

 

 和やかなムードが一変する。倒したはずのレーサーが突然立ち上がり、血を吐きながらも敵意を見せた。これは既に精神力で動いている。六魔将軍としてのプライド、そして六魔将軍として規則。それがレーサーに植え付けられた精神だ。

 

 身体に仕込んだダイナマイトのラクリマを露わにし、エスティに向かって突進してくる。エスティは既に体を痛めつけられ、その場から動けない。動かそうとしても動かない状況だった。

 

 そこでステルクが動いた。エスティを突き飛ばし、レーサーの抱擁を受ける。場所は崖。レーサーの突撃を受けたステルクは共に崖底に落下し、爆破された。

 

「ステルクくーーん!!」

 

 エスティの悲痛な叫びが木魂する。崖下に伸ばす手には虚しくも爆風の生ぬるい風が当たるだけ。こんなはずではなかった。そう後悔の念が押し寄せた。

 

 この仕事が無事に終わって、また他愛もない話が出来たり、ちょっとからかってみたり、ロロナちゃんとの仲を取り持ってみたり、まだまだやりたいことがたくさんあった。

 

「嘘……でしょ?」

 

 信じられなかった。それだけに痛む身体に鞭を打って崖の下に降りようと立ち上がった。だが、本当に死んでいたらどうしよう、誰のせいだろう、自分のせいだ。負の感情の螺旋は止まらなかった。

 

「私のせいだ……」

 

 その時、まばゆい光の柱が樹海から伸びた。その直後、エスティの身体には黒い流砂のような気が流れ込んでいく。樹海の木々は白く、もしくは黒く、変色し、白い木はエスティと同じく黒い不気味な気を吸収し、黒い木は逆に気を排出している。放出された気は光の柱の方へ伸びていく。

 

「私のせいだ。ステルク君は私のせいで……」

 

 頭を抱え込んで、苦しむエスティに闇が語りかける。他への攻撃衝動が駆り立てられる。自らへのストレスを発散する為の破壊衝動が抑えられなくなっていく。

 

「あいつだ。あの鶏冠頭を殺さなきゃ……死んでいても殺さなきゃ……」

 

 破壊衝動の対象はレーサーへ。エスティの目は白目が大きく、黒目が極端に小さくなる。首がこてんと横に倒れ、歩く姿も何かに取り憑かれたようだった。

 

 かくしてステルク、エスティは六魔将軍の一人、レーサーを撃破するが、レーサーの決死の一撃により、ステルクを道連れにする。

 

 そして突如現れた光の柱により、ステルクを失い、動揺していたエスティは闇に落ちてしまった。すべての元凶と認識したレーサーを始末すべくエスティは二人が落ちた崖の下へ向かう。

 

 ステルクは生きているのか、それはエスティの思考には既になかった。ステルクは死んだ。だから仇を取る為にレーサーを死んでいても殺す。それだけしか考えられなくなっていた。

 

 時を同じくしてララン達も光の柱を観測し、ニルヴァーナについての事実を知ることになる




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光は闇に 闇は光に

「ん、なんだあれ」

 

 ステルク、エスティがレーサーを撃破したのと時を同じくして、エルザ救出を遂げたララン達も黒い光の柱を観測していた。

 

 そこにいる全員が薄々それが何なのか感づいてはいた。ここに来た目標。阻止すべき対象。あの光の柱こそがニルヴァーナであると。

 

「ニルヴァーナなのか!?」

 

「先を越された!?」

 

 ヒビキ、ルーシィは光の柱を見て、そう言うだけだった。六魔将軍によってニルヴァーナは復活を遂げてしまった。ニルヴァーナの復活を阻止することが出来なかった。その思いだ。

 

 しかしナツの反応は違っていた。光の柱を見た途端に目の色が変わった。身体からは炎が溢れ出している。それは怒りか憎しみか。ただこれも負の感情の一部であることに間違いは無かった。

 

「あそこに……ジェラールがいる!」

 

「ジェラールだと!? 馬鹿な! あいつは俺が……」

 

「今度こそ俺が潰す!」

 

「おいこら待て!」

 

 ナツはそう言うと樹海へ走りだす。全員で手を伸ばすもこうなってしまったナツはもう止まらない。一瞬で樹海に消えてしまった。

 

 そしてそれを追うようにグレイも

 

 取り残された俺達はまずは作戦を練ろうとヒビキに声をかけようとした。ニルヴァーナが復活し、更にはナツが消えて、皆動揺している。ここはいったん落ち着いてプランBを考えるべきだ。

 

「あーーー!!」

 

「今度は何だ!?」

 

「エルザがいない!」

 

 考えることが多い中でハッピーの上げた大声にイラつきながらも体を翻すとエルザの姿は既に消えていた。もしかするとナツのジェラールがいるという発言を聞いていたのかもしれない。それでジェラールを追ってということだろう。

 

「問題は山積みだな……」

 

「私のせいだ……」

 

 そう頭を抱えたのは弱冠9歳でこの作戦に参加している少女ウェンディだった。ナツとウェンディの話では六魔将軍のボスであるブレインはジェラールの身体を保護しており、その治療をウェンディに頼んだらしい。どうやら俺達にとっては敵であるジェラールはウェンディには大切な恩人であるらしく、葛藤の末に治療を受け入れた。

 

 ナツが到着した頃には既にウェンディの治療は終わっていたらしく、ジェラールは復活を遂げていた。しかしジェラールは暴走し、そのごたごたに乗じてナツ達はウェンディを救出したという。

 

 恐らくブレインはジェラールを手駒として利用しようとしたのだろうが、その当てが外れたというところだろうか。彼等の思い通りにならなかったことは幸いだが、ジェラールが再び敵になることを考えれば総合的にはマイナスかもしれない。

 

「私がジェラールを治したせいで……ニルヴァーナが見つかっちゃって……エルザさんやナツさんが……」

 

 今はこっちのほうが深刻か。少し思い詰めてしまっているらしい。まだまだ小さな女の子で最年少でこの作戦に参加しているのだ。考えすぎてしまうのも無理はない。

 

 少し励まそうとウェンディの肩に手を置こうとした時だった。ヒビキが突然ウェンディを突き飛ばしたのだ。俺の手は空を切る。

 

「お、おい何するんだ。ウェンディは少し思い詰めただけだろ!」

 

「説明は後だ。とにかくナツ君とエルザさんを追うよ。あの光の方へ向かうんだ。ララバンティーノさんはウェンディちゃんを背負ってあげて」

 

 ヒビキはまた突然にもナツが消えた方向へ走り出した。ここで喧嘩をしても埒が明かないし、損をするだけだと怒りを押し潰してウェンディを背中に乗せる。

 

 それにしたってこんな軽いか弱い少女を吹っ飛ばすことはないだろう。納得できる説明をしてもらうぞ。

 

「驚かしてごめんね。ちゃんと説明するよ」

 

「ほんとだよ」

 

「本当のことを言うと、僕はニルヴァーナという魔法を知っている。ただその性質上、誰にも言えなかった。この魔法は意識してしまうと危険だからね。だからレンもイブも一夜さんでさえ知らない。僕だけがマスターから聞かされている」

 

「どういう意味?」

 

「意識すると危ない? 精神的に効く魔法なのか?」

 

「ニアピンってところだね。ニルヴァーナは光と闇を入れ替える恐ろしい魔法なんだ」

 

 光と闇を入れ替える。言葉だけでは意味が分からなかった。精神的な魔法というのがニアピンで光と闇を入れ替える。単純に考えれば悪人を善人に善人を悪人にするということだろうか。

 

「でもそれは最終段階。ニルヴァーナの封印が解かれるとまず黒い光が上がる。まさにあれだ。黒い光は手始めに光と闇の狭間にいる者を逆の属性にする。負の感情を持った光の者は闇に落ちる。正の感情を持った闇の者は逆に光に導かれる」

 

「そうか。だからウェンディを」

 

「手荒な真似をしてすまないと思ってるよ。ウェンディちゃんは自責の念という強い負の感情を抱いていた。あのままじゃ闇に落ちていたかもしれない」

 

「なるほどな」

 

 納得した。確かにあの時俺が励ましていてもウェンディの自責の念を助長させていたかもしれない。ならば手荒でもその感情そのものを感じなくさせてしまえば、一時的に闇に落ちることを阻止できる。方法はあれだが正しい理論ではある。

 

「人間は物事の善悪を意識し始めると思いもよらない負の感情を生む。それが全てニルヴァーナによってジャッジされてしまうんだ」

 

「ニルヴァーナが完全に起動したら、あたし達皆悪人にされちゃうの?」

 

「でもさ逆に言うと闇ギルドの奴等は良い人になっちゃうってことでしょ?」

 

 ルーシィとハッピーが互いにヒビキに言う。ルーシィの言うこともハッピーの言うことも確かだ。ニルヴァーナを起動させれば、俺達は全員闇に落ちてこの作戦は失敗。しかし六魔将軍の奴等も光の者になるのではないか。ニルヴァーナが善悪を判定し機械的に逆転させるのなら、そういうことになる。

 

「でもね、ニルヴァーナの恐ろしさはそれを意図的にコントロール出来るところなんだ」

 

「そんな!」

 

「例えば、ギルドに対してニルヴァーナが使われた場合、仲間同士での躊躇なしの殺し合い、他ギルドとの理由なき戦争。そんなことが簡単に起こせる」

 

「じゃあ六魔将軍はそれを操って世界を闇に落とそうとでもしてるのか?」

 

「否定はしきれないね……」

 

 何やらいつものことながら事が大きくなり始めている。俺達がここで六魔将軍の野望を阻止しなければ、世界は闇に飲まれ、光のギルドはおろか光の人間は全滅し、世界で戦争が勃発する。

 

「ん、おいあれ! ナツとグレイじゃないか?」

 

 指さす先にはいかだに乗ったグレイとナツがいた。しかしどこか様子がおかしい。いかだという乗り物に乗ったナツはいつもの如く体調不良に陥っているが、グレイがそこに攻撃しようと氷の槍を構えている。

 

 いくら仲が悪いと言っても仲間同士でそんなことをする奴ではない。ルーシィが遠距離から攻撃できるサジタリウスを召喚し、グレイに向けて威嚇射撃を行った。

 

「何してんのよグレイ!」

 

「であるからしてもしもし」

 

「邪魔すんなよルーシィ」

 

 グレイに少し違和感を感じた。声も顔もグレイそのものなのだが、表情や喋り方にどこか影があるように感じる。

 

 これがニルヴァーナの光と闇を入れ替えるということなのだろうか。しかし現在のニルヴァーナは完全ではなく第一段階。光と闇の間にある者の属性を入れ替えるに過ぎない。グレイが俺達と離れてからの短時間で何かあったとは思えないが。

 

「ハッピー。ナツを!」

 

「あいさー! ナツ! 今助けるよ!」

 

 ハッピーが翼を広げ、ナツの元へ飛び寄ろうとするとグレイはその造形魔法でハッピーを氷漬けにした。確かにこの魔法はグレイの氷の造形魔法に違いない。

 

「ハッピーは空を飛ぶ。運べるのは一人。戦闘能力は無し。情報収集完了」

 

「何言ってんだ?」

 

 ハッピーについての情報だろうが、あのグレイが言ったことは妖精の尻尾の人間ならば分かり切ったようなことばかりだ。闇に落ちると記憶障害にでもなるのか。

 

 いやさっきはルーシィのことを名前で呼んでいたし、ナツの名前も覚えていた。グレイ本人が操られているのかそれ以外の何者か。

 

「グレイから見たルーシィ。ギルドの新人。ルックスはかなり好み。少し気がある」

 

「は、はぁ!? 何よそれ!」

 

「見た目に寄らず純情。星霊魔導士。ほぅ星霊ね。面白い!」

 

 グレイは片手を伸ばし、ルーシィに攻撃をしかけた。氷の造形でもなんでもない。ただの氷の直線的な攻撃だ。これではっきりした。こいつはグレイではない。

 

 ルーシィの前に出てグレイの攻撃を受ける。確かに氷の属性は含んでいるが本人には到底及ばない。

 

「お前、偽物だな」

 

 さっき気づくべきだったが、まずグレイは片手で魔法を使わない。ハッピーの時も今のルーシィに攻撃を仕掛けた時も目の前にいるグレイは片手で攻撃を行った。

 

 そしてルーシィに攻撃を仕掛けた時、グレイはあんな攻撃はしない。造形魔法ではない攻撃を行ったところは見たことがない。

 

「グレイから見たララバンティーノ。皆の兄貴分。錬金術士。暑そう」

 

「そんなこと思われてたのか……」

 

 グレイに化ける何者かはもくもくと煙を発すると、見る見るうちに姿を変化させ、今度はルーシィの姿に形を変えた。

 

「お前らはこういうのが好きなんだろ?」

 

 偽ルーシィは元々露出の多い服をペロっとめくり、その豊満なバストを曝け出した。いくら他人の姿とは言え、そういうことをするのは恥ずかしくないのだろうか。

 

 いやいやそれにしても16歳でこの胸とは。最近の子の発育というのは存外にも凄まじいものらしい。いやいやそれにしても、うん、そうか、若々しくて、張りがあって、柔らかそうで、うん。良いな。

 

「ちょっと見すぎ!」

 

 ルーシィの手で視線が遮られる。自分では胸から視線を逸らしていたつもりだったのだが、現実はそうではなかったらしい。

 

 僅かばかりの残念という気持ちを抑えながら、目を逸らした。

 

「星霊情報収集完了。へぇ凄い、サジタリウス、お願いね」

 

「ぐあ!?」

 

 突如として後ろから矢が飛来した。直撃を受けた俺とヒビキは膝から崩れ落ちてしまう。その矢を放った犯人は一人しかない。俺達の中で弓を使うのはサジタリウスだけだ。

 

「ち、違いますからしてもしもし!? そ、それがしは……」

 

「どうなってる!? とにかくシャルルはウェンディを連れて逃げろ!」

 

「言われなくてもそうするわよ!」

 

 あいつが誰かは分からないがグレイの姿になれば氷の魔法を使えるように、ルーシィの姿になれば既に召喚されているサジタリウスを使役することが可能なのか。と簡単に言うけどこれって大概に反則だろ。

 

「サジタリウス強制閉門!」

 

「そうか。サジタリウスさえいなくなれば……」

 

「開け、人馬宮の扉 サジタリウス!!」

 

 偽ルーシィはコピーされた鍵を使ってサジタリウスさえも召喚してしまった。サジタリウスも再び現れたはいいものの戸惑いを隠せていない。飛んでいくシャルル達の殺害を命じたがサジタリウスは命令に戸惑い行動に移せないでいる。

 

「強制閉門!」

 

「無理よ。あたしが呼んだ星霊だもん」

 

 これが六魔将軍の能力なのか。相手をコピーするというミラーマッチは決して勝負がつくことはない。また厄介な相手だ。

 

「もういいゾ。ニルヴァーナが見つかったってことはあのガキの役目も終わってるってことだゾ」

 

「そっかー」

 

「!?」

 

 後方から女の声が聞こえると突如として偽ルーシィは実体があやふやになり、煙になっていった。最終的には二体の小さな星霊に変化した。

 

「こいつ星霊だったのか……!」

 

「は~いルーシィちゃん。エンジェルちゃん登場だぞ」

 

「六魔将軍……!!」

 

「その子たちは人間の容姿、能力、思考、全てをコピーできる双子。双子宮のジェミニ。私も星霊魔導士だゾ」

 

 こいつが六魔将軍の一人、エンジェルか。エスティの情報によると心を覗く力を持つと言われていた。心を覗くと言うのは読心術などではなくジェミニのコピーによる情報収集のことだったのか。

 

 こんな相手にルーシィ一人で大丈夫か。だが、俺とヒビキは背中に矢を受けて立つことすらままならない状態だ。ナツは船の上で戦闘不能。ヒビキは既に気を失っている。ギリギリ動けるのは俺だけ。何とかルーシィと一緒に戦わなければ。

 

 この場で唯一無傷のルーシィは腰の鍵に手を当てる。ぶつかってしまった以上エンジェルを倒すしかないという判断だろう。俺としては逃げてほしかった。相手はあの六魔将軍、一人で勝てる相手ではない。

 

「私、君の持ってる鍵が欲しいの。ルーシィちゃん」

 

「ここはあたしに任せて! 開け。宝瓶宮の扉 アクエリアス!」

 

 確かにここには川があるからアクエリアスが使えるのは大きい。それでも星霊を使役するエンジェルとルーシィの魔力差が大きすぎる。星霊一人に使う魔力が同じだとすればエンジェルの方が多くの魔力を有する分呼べる星霊も多い。勝つには先手必勝しかないぞ。

 

「ジェミニ閉門。開け。天蠍宮の扉 スコーピオン!」

 

「黄道十二門!?」

 

「ウィーアー!」

 

 なんだかチャラそうな星霊だな。蠍の星霊か。どんな星霊かは知らんが、一撃の強さでアクエリアスを上回る星霊なんてあまりいないだろう。

 

「スコーピォぉぉん❤」

 

 なんだその猫撫で声は。あの恐ろしいアクエリアスが出すとは到底思えない声だった。まさかのスコーピオンはアクエリアスの彼氏で、猫被りまくりという衝撃展開。二人は腕を組みながら、そのまま星霊界へ帰ってしまった。

 

「星霊同士の相関図も知らない子娘は私には勝てないゾ」

 

「きゃっ!」

 

 エンジェルの平手打ちによってルーシィは転倒し、川に沈んだ。まだ魔力は残っているだろうが、あのエンジェルという女は星霊の関係まで詳しいなんて。ルーシィ以外の星霊魔導士に会ったのが初めてだからか、その強さが良く分かる。

 

「開け。獅子宮の扉 ロキ!」

 

 それは悪手だルーシィ。確かにロキは強い。その力はエンジェルの星霊を上回っているかもしれない。だが今見た奴の星霊の関係を知っているということをもう忘れてしまったのか。それともロキから縁の星霊を聞いていなかったのか。

 

 もしもエンジェルがあの星霊を所持していたなら。ロキですらエンジェルには勝てない。

 

「クス。開け 白羊宮の扉 アリエス!」

 

「……最悪だ」

 

 最悪の結果だ。アリエスはロキと共に以前は青い天馬のカレンの星霊だった。カレンが死去してからロキは妖精の尻尾を経て、ルーシィの手に渡ったが、まさかアリエスがエンジェルの手に渡ってしまっているとは。

 

 これではロキすらも奴と戦えない。ルーシィの残りの戦闘型星霊は主にタウロス、何とかキャンサー、バルゴ。だがもう全員を召喚する魔力は残っていないか。

 

 非情だがロキにはアリエスと戦ってもらうのが勝利へは最も近いだろう。だがそんなことがあっていいのか。かつての仲間同士で争うなんて。あまりにも酷だろう。

 

「どうする……」

 

「せっかく会えたのにこんなのってないよ。閉じ……」

 

 ルーシィはロキの門を閉じようと鍵を掲げようとした。しかしロキはその手を止める。それはロキの覚悟だった。たとえかつての仲間と戦うことになろうとも、それが星霊の使命である。主人の為なら躊躇なく目の前の相手と戦う。

 

 それはアリエスも同じだった。それが星霊としての誇りだと。目の前で行われる星霊同士の戦いは胸が締め付けられた。かつての仲間なのに今は敵。確かにそういったことが無いとは言い切れない。だが二人の戦いはあまりにも失うものが大きい。

 

「うーん、流石に戦闘用星霊のレオ相手じゃ分が悪いか。よーし、開け。彫刻具座の扉 カエルム」

 

 エンジェルが呼び出した機械型砲台の星霊カエルムの砲撃はロキはおろか味方であるアリエスすらも貫いた。目の前で起こる惨劇に何もできない無力さを痛感する。

 

 そしてこの鬼の所業にルーシィが猛る。

 




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VSエンジェル

「許せない。あんた自分の星霊まで……星霊だって生きてるのよ!?」

 

「別にいいじゃない?どうせ星霊なんて死なないんだし」

 

「でも痛みだって、感情だってある。あんた、それでも星霊魔導士なの!? 開け! 金牛宮の扉 タウロス!」

 

 怒るルーシィはタウロスを召喚するが、エンジェルの召喚したジェミニのお色気戦術により骨抜きにされ、カエルムを刀剣状態の武器として使った攻撃によって弾き飛ばさてしまった。

 

 そう。ルーシィが言ったように星霊には感情がある。だから今のようにでかい乳に弱いタウロスは見事なまでにジェミニの偽物ルーシィのお色気にも騙されて弱点を突かれた。

 

 仮に星霊に感情が無ければ、ルーシィの人生もまた違うものになっていたであろうし、それが一概に良い悪いとは言い切れないし、個人的にも星霊たちへのリスペクトは大切だと思う。ただこの状況においてはそれがマイナスに働いてしまっている。

 

 ルーシィは星霊一人ひとりに敬意を払い、その感情や個性を大事にする。そして星霊とのコミュニケーションも密に行うし、外部から見ていても星霊との仲は良好であるように見える。

 

 一方のエンジェルは星霊の感情は一切無視だ。エンジェル自身の言動の通り、彼女にとって星霊は自分が戦う為の道具でしかない。俺が使うアイテムのように、無機物のように扱っている。

 

 そしてタウロスを召喚したルーシィに異変が起きた。がくっと膝から力が抜けたように崩れ落ちた。魔力切れだ。アクエリアス、ロキ、タウロスと立て続けに3人の星霊召喚をこなしている。それも強い魔力のかかる黄道十二門を3人、黄道十二門でも戦闘型は更に魔力がかかる。つまり星霊の中でも最大に魔力のかかる星霊を3人召喚しているのだ。

 

「ルーシィ!」

 

「あれ……?」

 

 動けなくなったルーシィにルーシィの姿をしたジェミニが襲い掛かる。刀と化したカエルムを握りしめたジェミニが容赦なくルーシィを切り刻む。

 

 俺は這いつくばりながらルーシィの元に動くが、近づく度に背中がズキズキと痛む。刺さった矢が動くと小さな痛みが襲い掛かり、動きを鈍らせる。

 

 惨たらしい程にまで痛めつけられたルーシィはそれでも尚立ち上がった。その目には強い決意が滾り、それはエンジェルの琴線に触れる。

 

「アリエスを解放して。あの子は前の所有者にいじめられて……」

 

「は?」

 

 ジェミニの振るったカエルムがルーシィの肩口を深く切り裂く。これまでにない程の大きな悲鳴が轟いた。そこまでしてもエンジェルは高圧的に弁を垂れる。

 

「人にものを頼むときは何て言うのかな?」

 

「お……願い……します……」

 

「もういい! ルーシィ!」

 

 彼女の痛みに比べれば、俺の痛みなぞは大したことはない。背中の矢を無理矢理に抜いて、血に染まり、俺から流れ出た命の分だけ重くなったローブを脱ぎ捨て立ち上がる。

 

「エンジェル本体は強くない。俺がそいつを倒してアリエスを解放する!」

 

「ラランやめて!」

 

 ルーシィは血の吹き出す肩を抑えながら言った。何故だ、どうして拒否する。これが星霊魔導士同士の戦いだからか。どうして敵であるアリエスの為にそこまで出来る。命を賭けることが出来る。

 

 俺は自分の精霊が、ジュエル・エレメントが危機に晒された時、命を賭けられるか。答えは否だ。碌に言うことも聞かない奴に命なんて賭けられない。俺の思考はエンジェルと同じなのかもしれない。ルーシィは敵であるアリエスすら救おうとしている。そう考えるとここで手を出すのは何か矛盾があるのではないか。そう思えてくる。

 

「アリエスをロキと一緒にいさせてあげたいの……それが出来るのはあたしたち星霊魔導士だけなんだ……」

 

「ただで?」

 

 エンジェルはひたすらに冷酷だ。

 

「何でもあげる。鍵以外ならあたしの何でもあげる!」

 

「じゃあ命ね。ジェミニやりなさい」

 

「ルーシィ!」

 

 俺は急いでルーシィとジェミニの前に割り込む。咄嗟の事にガードする盾や剣を取り出すことも出来ず、腕でガードの態勢を取る。両腕が切断されてもいい。ただ今この瞬間未来ある少女を救うことが出来るのならという思いだった。

 

 しかしいつまで経ってもジェミニの攻撃が降りかかることはなかった。強く瞑った目をゆっくりと開けると、ジェミニがカエルムを振りかぶったまま、腕を震えさせていた。

 

「綺麗な声が聞こえてくるんだ。頭の中にずっと響いてるんだ」

 

 ルーシィの一片の濁りもない純粋な星霊への真心がジェミニのコピー能力を通じて伝わったのだ。それは正しく愛というべき感情であり、ルーシィが星霊との間に育んできた絆だ。星霊を愛し、星霊から愛されるルーシィをジェミニは斬ることが出来なかった。

 

「出来ないよ。ルーシィは心から愛しているんだ。僕たちを」

 

「くっ……消えろォ! この役立たずが!」

 

 形成弱点だ。後はエンジェルとの直接対決を制するだけ、と息巻いていると後ろから水を掻き分ける音が聞こえる。不気味な雰囲気を感じ、急いで振り返るとそこにはルーシィの首を両手で掴むヒビキの姿が目に映った。

 

「ヒビキ!」

 

「まさか……闇に落ちたのかこの男! あは……あはははは!!」

 

「じっとして……古文書が君に一度だけの超魔法の知識を与える」

 

 ヒビキがそう言うとルーシィを中心に複雑極まりない魔法陣が形成されていく。ヒビキは闇に落ちたのではない。勝利に繋がる鍵をルーシィに託したのだ。

 

「おのれぇえええ! カエルム! やるよおおおおお!!」

 

「ラランくん、この魔法には時間がかかる! 時間稼ぎを!」

 

「分かった!」

 

 エンジェルは自らの手でカエルムを握り、手当たり次第に振り回す。後ろからルーシィの魔法の詠唱のようなものが聞こえる。これが終わるまで時間を稼げばいいという訳か。

 

「おらあああああああ!!」

 

「戦う魔剣!」

 

 魔剣でカエルムの一撃を受け止める。星霊で構成された武器だけあってとんでもなく一撃が重たい。およそ一人の女性の力で操っているとは思えない。

 

 しかしここでタイムリミットが訪れた。辺りを光の球体が浮遊しエンジェルを取り囲む。これがヒビキの言う超魔法か。

 

「全天88星」

 

「な、何よ……これぇ!?」

 

「光る ウラノ・メトリア!!」

 

「きゃああああ!!!」

 

 星々の大爆発がエンジェルを襲った。それは超魔法という名前に違わず、六魔将軍と言えども一撃で葬り去るにあまりある威力を見せつけた。

 

「やったぞルーシィ!」

 

「あれ……? あたし、何が起こったの?」

 

「エンジェルを倒したんだ。とにかく傷の手当てを……」

 

 ルーシィの方を振り返り、水流を掻き分けて彼女の元へ向かった。しかしその途中、後方からザパっと水から飛び出るような音が聞こえた。そこは確かエンジェルが沈んでいった方向だ。

 

「ま、負けない……ゾ。六魔将軍は……負けない。一人一殺。朽ち果てろォ!」

 

 カエルムのレーザービームがルーシィを狙った。ルーシィは魔力切れの上、ウラノ・メトリアまで放ち、魔力は既に限界を超えている。身体すら動かないはずだ。

 

 それ以上は考える時間が無かった。考える前に身体が動いた。ここで守らずしていつ守ると言うのか。あの日、守られた命、誰かを守る為に散るならば、それもまた良いだろう。

 

 ルーシィの前で両手を広げて立ち塞いだ。カエルムのレーザーは腹部を直撃し、それを最後にエンジェルは全てを使い果たしたのか。カエルムが魔力切れによる強制閉門で消え去り、エンジェルも水に沈んだ。

 

「……がはっ!」

 

「ララン! ララン! 起きて! ねえ!」

 

 そこで意識は無くなった。深い海に落ちたように真っ暗になった。ここで死ぬのかとか、まだやり残したことがたくさんあるのにとか、色々な感情が一瞬の内に脳内を駆け巡った。これが走馬灯というものなのだろうか。

 

 これが人生の終幕だとしても死に際だけは一丁前だったように思う。誰かを守って散るというのは子供の頃によくエスティに読み聞かせてもらった英雄伝でお決まりのパターンだった。幼いながらに英雄には憧れたものだ。まさか死に様まで同じになるとは思っていなかったが。

 

 それでも振り返れば後悔がたくさんある。アーランドを復興させたかったとか、父上やアストリッドにもう一度会いたかったとか。そして認めてほしかったとか。

 

 まだ死にたくない。それは我儘なのだろうか。

 

「……きて! 起きて! ララン!」

 

「!?」

 

 目が覚めた。上半身を勢いよく起こしたせいで背中に痛みが走った。この痛みはサジタリウスにやられた傷か。周りの風景は見渡す限りの木、樹海だ。

 

「生きてる……?」

 

「うわーん! よかったー!」

 

 まだよく分かっていないが抱き着いて泣くルーシィの温もりは感じた。それだけで理解できた気がする。人の温もりを感じることが出来るのは生者のみ。この温もりこそ生の証だ。

 

「何で傷が消えてるんだ。若干痛いけど」

 

「バルゴが星霊界で治療してくれたんだ。あの後あたしも気を失ってて気づいたらここにいたんだけど。ラランはあたしが起きてからもしばらく起きなくて」

 

「そうだったのか。で、この服は何だ」

 

「星霊界のお召し物でございます」

 

「あたしとお揃いだよ」

 

「何でだよ……まぁいい。ヒビキとナツは?」

 

「一緒にいると思う。ヒビキの古文書がさっき送られてきてナツとあの光に向かうって」

 

 ヒビキも怪我をしていたから、俺達は助けられず流されたようだ。いかだに乗っていたナツと地面に氷漬けで放置されたハッピーは助け出せたようだが。

 

「俺達も光に向かおう。ってか色変わってないか?」

 

「お二人が気絶している間に黒から白へと変化したようです」

 

 ニルヴァーナの完全復活が近づいているということなのだろうか。これ以上の進行は俺達への影響も及ぼしかねない。迅速に行動しなければならない。とにかくステルクとエスティと合流したいところだ。

 

「……ありがとな。ルーシィ、助かった」

 

「私の方こそ守ってくれてありがとう」

 

 光へ向かおうとする直前、俺達が流れてきたであろう川からまた一人が流れ着いた。先ほど倒したエンジェルだった。確かに記憶の限りでは最後は水の中に倒れている。

 

「このままじゃ水死するよな。陸に上げといてやるか」

 

「命までは取れないわよね」

 

「ん?」

 

 俺達とは別に足音がする。敵かと二人で身構えたが、木の間からがさがさと音を立てて現れたのは幸運にもエスティだった。まさかこんなにすぐ再会できるとは思っていなかった。

 

 しかしエスティの足取りは重く、全身にかなりの傷を受けている。恐らく六魔将軍との対決があったのだろう。さらに一緒にいたはずのステルクの姿がどこにも見えない。少し妙だ。

 

「エスティ! 大丈夫か!?」

 

「見つけた……六魔将軍……」

 

 エスティは何を狂ったのか倒れたエンジェルの首を絞めた。本能的にこれは本来のエスティではないと判断し、エンジェルからエスティを引き剥がした。

 

「離してください! こいつらはステルク君の仇! 殺さなきゃいけないんです!」

 

「ステルクの仇!? じゃあステルクは……」

 

 いやまさか、そんなはずはない。あのステルクが負けたと言うのか、そして死んだ。エスティは恐らく闇に落ちたという状態だ。ステルクの死を間近で体験し、そのショックから闇に落ちたのか。

 

「ステルクが……?」

 

 そう考えれば考えるほど、ニルヴァーナの思う壺だということは重々分かっている。だがステルクが死んだと聞くだけで彼の顔と思い出が脳内に浮かび上がって、こびりつくのだ。

 

 じたばたと暴れるエスティを上から必死に抑えつける。俺まで闇に落ちてしまう前にステルクの安否を確認しなければいけない。エスティが見たというステルクの死は確定的なものなのかそれとも可能性というだけなのか。そこを判断しなければ信じるわけにはいかない。

 

「王子! 何をされているのですか!?」

 

「す、ステルク!? 無事だったのか!」

 

「無事という訳ではありません。それよりも先輩を抑えつけて何をしているんです!」

 

「こいつが倒れた六魔将軍の一人を見つけた途端に首を絞めて殺そうとしたんだ!」

 

「何ですって!?」

 

「エスティ! 見ろ! ステルクは生きてる! 死んでなんかいない!」

 

「……あ、ステルク君……よかった……」

 

 エスティは涙を流しながら気を失った。その身体からは白い光が飛び出し、ニルヴァーナの光の元へと帰っていった。恐らくエスティはニルヴァーナに取り憑かれていたのだろう。危うく俺もそうなる所だった。いいタイミングでステルクが俺達を見つけてくれたことが幸いだった。

 

 その後、ステルクから事情を聞いた。六魔将軍のレーサーとの戦いに勝ったこと。しかしレーサーの自爆攻撃によって崖下に突き落とされ、爆破されたこと。確かにその様子だけを見ればエスティがステルクは死んだと勘違いしてもおかしくはない。

 

「よく生きてたな」

 

「頑丈さだけがウリですから」

 

「俺達も六魔将軍の一人を倒した。後はどこが誰と戦ってるか分からないが、六魔将軍は多くても後四人だ。だが、困ったことに既にニルヴァーナが復活しつつある。あの柱はニルヴァーナの復活の狼煙だ」

 

 ステルクにニルヴァーナのことを話した。光と闇の反転に付いては変に意識されるのも困りものだが、離すべきだと思い、全てを話した。ステルクは流石この部隊の隊長だけあって呑み込みが速かった。それもそのはず、ステルクは最初からヒビキと同じようにニルヴァーナの正体を知っていたのだ。

 

「ニルヴァーナの力を知ってしまったのですね。私たちに出来ることは一刻も速くあの光に辿り着き、六魔将軍を殲滅することのみ」

 

「よし、急ぐぞ!」

 

 俺達が光の元への歩みを始めた時、既にニルヴァーナは完全復活へのカウントダウンを始めていた。それも残り少ないカウントを残すのみというところまで来ていたんだ。




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力を示せ

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「ステルク、地面揺れてないか?」

 

「そうでしょうか……?」

 

 その直後だった。俺達の目指す光が突如として爆発したかのように太くなり、一段と強く光り輝いた。そして感じていた地震は更に強まり、地面に埋没していた何かが姿を現した。

 

「これは石か!? でもうねる様に動いてるぞ!?」

 

「王子、皆、とにかく体を伏せてください!」

 

 ステルクの言う通り、身体を縮こまらせ、頭を手で覆った。それから数分後、地震が終わったことを確認して、立ち上がるとそれまで木々の隙間から日差し込んでいた日光が完全に塞がれ、辺りが暗くなっていた。そして上空を見上げると想像を絶する光景が待ち受けていた。

 

「これがニルヴァーナなのか……?」

 

 巨大な身体から伸びる六本のうねる足。俺達の付近から飛び出していったのは足だったのか。生物で表すなら蜘蛛というのが最も近い表現だろう。全ての足が集まり、建造物も見える身体部分が光柱のあった場所なのだろうか。

 

「登るぞ。敵はすぐそこだ」

 

「……ふふ」

 

「何だよ」

 

「いえ、立派になったなと」

 

「うるせえ。あの中心にニルヴァーナの動きを止める装置か何かがあるはずだ。というかこの見た目でそこ以外に作るなんてあり得ないだろ」

 

「私もそう思います」

 

 ステルク、ルーシィとニルヴァーナの足を伝って中心地へ向かう。この足もどこかへ向かっているのか常に動いている。足が動く度に体が揺られるので登るのにも時間がかかる。

 

 絨毯を使えば速いのだが、ここで魔力を使う訳にはいかない。この後に残っているであろう激戦の為に溜めておかなければ。

 

「ねぇ! あれナツじゃない?」

 

 ルーシィが指差した方向を見るとハッピーに背中を持ち上げられ、上空で戦うナツの姿があった。戦っているのは蛇に乗った男。あいつも六魔将軍の一人か。恐らく毒蛇使いのコブラ。あいつはナツに任せていいだろう。タイマンなのが気になるところだが、多分大丈夫。

 

「ここが頂上か。やっぱり建造物が立ち並んでるな。それも今の建築様式とはかなり異なっている。古代都市か?」

 

「そのようですね。ニルヴァーナを生み出した古代部族の都市と考えるのが妥当でしょう」

 

 辺りを見上げていると後方から駆け寄ってくる者たちがいた。聖十大魔導のジュラともう一人は知らない男だ。こんな人物は青い天馬の別荘にも来ていなかったはずだが。

 

「ジュラさん……と誰?」

 

「彼は六魔将軍のホットアイ殿。案ずるな。彼は味方になった」

 

「世の中愛デスネ」

 

 にわかには信じられず、ステルクと顔を見合わせた。だが考えてみればエスティの逆の現象が起こったと思えば納得は出来る。ニルヴァーナは善悪反転魔法。善は悪に、悪は善になる。エスティが悪になったのとは逆にホットアイが善になったと考えればいい。

 

「ふむ。まぁいいだろう。ジュラ殿を信じることとしよう」

 

「悪に染まった六魔将軍を止める為にニルヴァーナについて、そしてこの街について説明するデスネ」

 

 俺達はホットアイからの説明を受けた。それはステルクですらも知らないことであり、この地の歴史やニルヴァーナの背景にも迫ることだった。

 

 ここはかつて古代人ニルビット族が住んでいた都市。今からおよそ400年前、世界中ではたくさんの戦争が繰り広げられていた。その中でも中立を保っていたニルビット族はそんな世界を嘆き、世界のバランスを取る為に魔法を生み出した。それが光と闇を入れかえる超魔法ニルヴァーナ。それは平和の国ニルヴァーナという名まで付けられた。この古代都市の名前は幻想都市ニルヴァーナというらしい。魔法と都市が一体化し、戦争も無い平和な夢の街。それが400年前のニルヴァーナだったのだ。

 

「皮肉だな。平和の為の魔法が400年経って悪事に利用されようとしている。魔法のことはよく分からんが、何で闇を光にするだけじゃなくて、光を闇にする効果まで付けたんだ?」

 

「仕方あるまい。古代人もそこまでは計算していなかったのかもしれん。それに強い魔法に副作用があるものだ」

 

 魔法というのはそういうものなのか。強力なアイテムを作るのには様々なアイテムを経由しなければならないように魔法にも短所はあるらしい。周囲の人間のみならず木などの自然にすら影響を与える魔法だ。副作用も強力にならざるを得ないだろう。

 

「とにかくこれが動いてしまった事じゃ大変なことデス。一刻も早く止めねばなりませんデスネ。ブレインは中央の『王の間』からこの都市を動かしているのでしょう。その間はブレインは魔法を使えません。叩くチャンスデス」

 

「確かに足を登ってる時も動いてたな。行き先は分かるか?」

 

「いえ、私も目的地は知りませんデス」

 

「そうさ。父上の考えはボクしか知らない」

 

 楽園の塔で敵対したヴィダルダスに似た方向性の男だ。デスメタルというよりはヴィジュアル系と言った感じだが、こいつが六魔将軍最後の一人、ミッドナイトか。

 

「ミッドナイト!」

 

「ホットアイ、父上を裏切ったのかい?」

 

「違いマスネ! ブレインは間違っていると気づいたのデス!」

 

 ミッドナイトの言う父上というのは恐らくは六魔将軍のボスであるブレインのことだろう。まさか親子揃ってこんな悪事を働いているとは思わなかったが、ブレインからしてもこのミッドナイトは秘蔵っ子であり最終兵器にも近い戦力なのだろう。だからここまで温存しておいたと考えるのが妥当だ。

 

「!?」

 

 ビルの上から飛び降りたミッドナイトは華麗に着地すると腕を水平に薙ぎ払った。刃物も何も持っていなかったように見えるのだが、周辺の建造物が一瞬にして切断された。

 

 だが俺達はその大切断を受けることなく、気づけばどろどろに蕩けた土に落ち込んでおり助かったという状況だった。ジュラの説明によるとこれはホットアイの魔法らしい。

 

「あなた方は王の間にいってくださいデス! 六魔同士の力は互角! ミッドナイトは私に任せてくださいデス!」

 

 六魔同士の潰し合いになるとは思っていなかったが、これは好都合だ。ここでミッドナイトを倒してくれれば、残りはブレイン、コブラのみ。コブラもナツが倒すと仮定しよう。ブレインも俺、ステルク、ジュラさんの3対1でかかれば勝てない相手ではないと思いたい。

 

「さぁ! 早く行くデスネ!」

 

「ホットアイ殿……」

 

「お任せくださいデス! そして私の本当の名は『リチャード』デス」

 

「頼んだぞホットアイ……いやリチャード!」

 

 俺達はリチャードに背を向けて、王の間に向けて走り出した。王の間はこの古代都市の中枢部分にあるらしいのだが、リチャードにも詳細な位置は分からないという。とにかく中心へ向かえばいいのだが、この古代都市は複雑な道の構成がされており、正直道に迷っていた。

 

 その時突然、怪獣のような叫び声が上空から聞こえてきた。上空から聞こえた声がこれほど間近で叫ばれたような感覚になるのは初めての事だが、誰が犯人かは明らかだった。

 

「うっせぇ……ナツか」

 

「まるで怪獣ね」

 

 空を見上げると先ほどまで戦闘の様子が見られた上空には何も見えなくなっていた。恐らくはコブラとの決着がついたのだろう。

 

「待てよ……?」

 

元々ブレインとコブラは共に行動していたはずだ。いくら六魔将軍の各個人の戦闘能力が高いといえどもブレインが単独行動を取るとは考えづらい。リチャードの話ではブレインはニルヴァーナを操作中に魔法を使えない。その隙に俺達が襲い掛かればニルヴァーナ発動の邪魔になる。それを防ぐ為に護衛としてコブラを近くにおいていたはずだ。そこに偶然にもナツが接近し、コブラとの戦闘に発展した。

 

「王の間とブレインはこっちだ!」

 

 コブラはナツと戦いながらでもブレインの護衛役を忘れていないはず。ならばブレインとはそれほど距離を取っていないはずだ。コブラが墜落した位置に行けば、その周辺にブレインもいる可能性が高い。

 

 コブラが墜落した位置を忘れないように移動を始める。曲がり角を何度も曲がるうちにどっちの方角だったのか分からなくなりそうだったが、なんとか目的地まで達した。

 

 

「いた!」

 

「ナツ! どうしちゃったの!?」

 

 俺達が見つけたのはブレインと思しき人物がぐったりとしたナツのマフラーを掴んで引き摺って移動している様子だった。ナツはコブラに勝ったのにも関わらず、何故ぐったりとしているのかと思ったが、もしかしたらニルヴァーナが乗り物判定なのかもしれない。事実、現在進行形で目的地に向かって動いているし。

 

「みんなぁナツを助けて……つれていかれちゃう……」

 

 ハッピーのか細い声が聞こえてくる。ナツだけを連れてどこに行くつもりなんだ。

 

「六魔も半数を失い地に落ちた。これより新たな六魔を作る為、この男を頂く」

 

「まさか本当に闇ギルドからのヘッドハンティングが来るとはな」

 

「ナツはあんたたちの思い通りにはならないんだからね!」

 

「ニルヴァーナがこやつの心を闇に染め、私の手足となるのだ」

 

「なるか!」

 

 今にも倒れそうなナツは力を振り絞ってブレインの腕に噛みついた。しかし圧倒的な優位に立つブレインはそれをあしらうかのようにマフラーを握ってナツを地面に叩きつけた。ナツが地面に這い蹲ったということは乗り物酔いが発生するということ。ナツの体調は著しく悪化してしまった。

 

「う、うぼぇ……早く、こいつ倒して……コレ止めてくれ……」

 

「待ってろよナツ!」

 

「任務を完遂する為に貴様を斬る」

 

「止める? ニルヴァーナを? 出来るものか。まもなくニルヴァーナは第一の目的地、化猫の宿に到着する」

 

 化猫の宿ってウェンディとシャルルのギルドじゃ……何故化猫の宿を狙う。そこに何があるというんだ。ブレインには化猫の宿を善悪反転させなければならないような目的でもあるのか。

 

「目的を言え。何故ウェンディ殿のギルドを狙う」

 

「貴様の目的次第では即刻この場に切り伏せねばならんな」

 

 ジュラさんとステルクが言う。しかし当のブレインは二人の言葉に耳を傾ける気もなく、ニルヴァーナの一撃を楽しみにするような発言をした。

 

「聞こえなかったか? 目的を言え」

 

 背後から寒気すら感じる巨大な力を感じた。それは一つはステルクのもの、そしてもう一つはジュラさんのものだ。恐らく、この二人が今回の作戦に参加したメンバーの中でも双璧を成す強さを誇っているだろう。その二人を同時に敵に回したこと、そして二人を同時に怒らせてしまったことはブレインに同情する。

 

「うぬらのような雑魚に語る言葉は無い! 我は光と闇の審判なり! ひれ伏せぇ!」

 

「困った男だ。まともに会話すら出来ぬとは」

 

「力を示すしか道はないという訳か」

 

「失せろ。ウジ共が」

 

 怒りのジュラは聖十大魔導の一人に数えられる猛者。その魔法は大地を操る魔法だ。人差し指と中指を立てた手をブレインへと差し向ける。すると大地の岩々がブレインに襲い掛かった。為す術もなく直撃を受けるブレインにステルクが背中の剣を抜きて追撃を加える。岩と呼べる巨大な塊が砂と言っても過言ではない程に切り刻まれ、ブレインに多大な斬撃ダメージを与えた。

 

「な、なんだこの力は……」

 

 頭から出血しながら尻もちをついて怖気づくブレインに対し、ステルクとジュラが更に詰める。これは俺がブレインの立場なら泣いて逃げ出してしまうだろう。

 

「立て。化猫の宿を狙う理由を吐くまでは寝かさんぞ」

 

「地獄まで持っていくと言うのなら私が介錯をしてやる」

 

 強い。聖十大魔導のジュラと名ばかり聞いてはいたが、実物はここまで強いのか。マスターといいジョゼといい、聖十というのは人間の強さを超えている。それはステルクもだ。ジュラさんに全く見劣りしていない。この十年間鍛錬を怠らなかったことは断言できる。これほどまでに心強い仲間はそうそういないだろう。

 

「なるほどな。少々驚いたが、聖十の称号は伊達ではないと言う事か」

 

「化猫の宿よりも近いギルドは他にもある。何故化猫の宿を狙う。そこに特別な理由があるのだろう」

 

「これから死ぬ者が知る理由もなかろう」

 

 そう言い放ったブレインは杖を振り上げた。その杖に宿る魔法は最初に連合を殲滅しようとしていたあの闇の魔法だった。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)

 

 ジョゼの魔法に似たような人の魂を模した闇の波動が次々に二人に襲い掛かった。しかしその程度で怯む猛者ではない。ジュラはその大地の魔法を用いて周囲に岩のバリアを作り、そのすべてを受け止めた。

 

「ステルク殿!」

 

「応!」

 

 その合間を縫ってステルクがブレインとの距離を詰めようと突撃を仕掛ける。しかしブレインも追撃の手を緩めず、次の攻撃を放つ。

 

常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!」

 

「そのまま突っ込め!」

 

 ジュラさんの言葉にステルクはスピードを緩めず、迫り来る魔法へ向かっていった。

 

「鉄岩壁!」

 

 ジュラさんを守っていた岩柱がぐにゃりと曲がり、ステルクの前方に躍り出た。これにより、ステルクの直進ルートは塞がれたが、魔法の直撃も避けることが出来るはずだった。

 

「かかったな。その魔法は貫通属性。岩も人間も貫いてくれるわ!」

 

 ブレインの魔法は鉄岩壁を貫き、ステルクの目前に現れた。しかしステルクは避ける素振りを見せるどころか、走りながら剣を構え、上段から魔法に向かって振り下ろした。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 ステルクの斬撃により常闇奇想曲は鉄岩壁共々真っ二つに切り裂かれた。ここにステルクからブレインへと続く直線のルートが再び現れる。細い岩と岩の合間を縫って、ステルクは刹那の斬撃を仕掛けた。

 

「アインツェルカンプ!」

 

 余りにも早く、肉眼では追い切れないほどの斬撃、ブレインは体の隅々に傷が付けられ、地が噴き出す。しかし怒る二人はそこで止まりはしない。切り裂かれた鉄岩壁に向かってジュラさんは八卦掌のモーションを取る。すると岩柱が粉々に砕け、ブレインを襲い、取り囲むように密着していった。そしてブレインが身動きが出来ないように足元から段々と岩が積み重なっていき、最終的には全身が岩に覆われて、ブレインは岩に閉じ込められた。

 

「覇王岩砕!」

 

 ジュラさんが合掌のモーションを取ると岩が内部から爆発し、ブレインに甚大なダメージを与えた。後ろに吹き飛んだブレインはそれ以上立ち上がることはなかった。しかし二人は化猫の宿を狙う理由をしつこく詰めている。

 

「ま、まさかこの私がやられるとは……ミッドナイトよ……あとは頼む。六魔は決して倒れてはならぬ。六つの祈りが消える時、あの方が……」

 

「あの方……?」

 

 そこでブレインの意識は途絶えた。俺の目にはブレインの顔の模様がスッと一つ消えたように見えたのだが、気のせいなのだろうか。

 

 だが、とにかくブレインを倒したことでニルヴァーナは動きを止めるはずだ。王の間に行って何かしらの装置を操作することで機能が停止するのだろう。とにかく早く行かなくては。

 

「王の間っていうのはあれか。速くニルヴァーナを止めよう!」

 

 でも結局ブレインが化猫の宿を狙っていた理由ってのは何なんだ。それなりの理由があったことには間違いないのだが。気になりはするが、今は王の間に行くのが先決か。これで俺達の仕事は終わりのはずだ。




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マスター・ゼロ

 ついに六魔将軍のボスであるブレインを倒した俺達はコードネームホットアイことリチャードからの情報で得たニルヴァーナを動かす制御室王の間へと向かおうとしていた。

 

「ラランさーん! ルーシィさーん!」

 

 そこへエンジェル戦の際に逃がしたウェンディとシャルルが再び合流し、このニルヴァーナが化猫の宿へ向かっていること情報を持ってきた。しかし俺達は既にブレインを倒し、残るは王の間にて制御装置を止めるだけだったので、ウェンディにその旨を述べ、安心させた。

 

「こいつがニルヴァーナを操ってたんだ。あとは王の間で起動停止させればいい」

 

 俺達はウェンディも連れて、王の間へ入った。しかしここで予想だにしない問題が発生した。

 

「何もないな……」

 

 王の間には何もなかったのだ。だだっ広い何もない空間が広がっているだけでニルヴァーナを制御する装置は無かった。王の間には何もなくブレインを倒しても何も起きない。リチャードが嘘を憑いていたとは考えづらいし、ブレインは他の六魔将軍にもニルヴァーナの動かし方や止め方のことは話していなかったのか。

 

「あ、あのラランさん。ナツさんに解毒の魔法が効かなくて……」

 

「ナツのこれは毒じゃないからじゃないか? ただの乗り物酔いだ」

 

「乗り物酔い? だったらバランス感覚を養う魔法が効くかも。トロイア」

 

 ウェンディが両手をナツの胸に当てると、ナツはパチッと目を覚まし、乗り物の上であるにも関わらず元気に動き出した。正直そんなに楽観的にいられる状況ではないのだが初めて何かを克服した時の幸福感はよくわかる。

 

「うぅむ……止め方が分からぬな」

 

「あんたたち、止めるとかどうとか言う前にもっと不自然なことに気づかない訳!? 操縦席は無い。王の間にも誰もいない。ブレインは倒れた。なのに何でこいつはまだ動いてるのかって事よ!」

 

「まさか自動操縦か!? 既にニルヴァーナ発射までがセットされていると!?」

 

「面倒なことになったな……」

 

 だがそれ以外に考えられるか。残る可能性を考えてみよう。

 

 一つ目、ニルヴァーナを止める鍵はブレインの撃破ではなく六魔全員の撃破である可能性。ブレインがボスであることに変わりはないが、ニルヴァーナを止める鍵になるのは六魔全員である可能性はある。現状リチャードとミッドナイトが残っているからニルヴァーナが止まっていないことも頷ける。

 

 二つ目、ニルヴァーナが止まるのに時間がかかっているだけでまだ停止していないだけ。ブレインを倒したことでニルヴァーナへの停止信号は働いているが、これだけ大きいのだから止まるのに時間がかかっているだけ。これは希望的観測だ。確実に間違っている。

 

 ううむ、どれだけ考えても悪い方向にしか思考が向かない。現状ニルヴァーナが動いている以上は早急に手を打たなければ。事が起こってからでは遅いのだ。

 

「……私たちのギルドが……」

 

「大丈夫だウェンディ。化猫の宿はやらせない」

 

「って言ってもどうやって止めたらいいのか分かんないんだよ?」

 

 ハッピーに話の腰を折られる。恰好よく決めていたんだからそっとしておいてくれ。

 

「やはりブレインに聞くのが早そうだな」

 

「ジェラールなら……私、ちょっと心当たりがあるから探してきます」

 

「あっおい!」

 

 ウェンディはそう言ってとてとてと走っていった。こんなところで個人行動なんて褒められたものじゃない。止めようとはしたのだが、ここにいる人達を置いて行って挙句ウェンディも見つからないという最悪の状況になるわけにもいかない。そんな中シャルルだけは慌てて追って行ってしまった。

 

「どうしちゃったんだろう」

 

 ウェンディが消えたことに戸惑っている俺達の頭に直接声が聞こえてくる。その声の主はホットアイことリチャードだった。

 

 内容はリチャードはミッドナイトとの戦闘の末敗れた為、戦闘不能になった。そして尚健在であるミッドナイトを俺達に倒してほしいとのことだった。ミッドナイトを倒せば、ニルヴァーナへの魔力供給が止まり、この都市が停止するはずらしい。ミッドナイトの居場所は王の間の真下。奴は六魔将軍でもかなり強い魔導士のようだ

 

 

「生体リンクで動いていたのか。とにかくこれを止めるにはミッドナイトを倒すしかない。行くぞ!」

 

 俺達はニルヴァーナを止めるべく、すぐに王の間を降りていった。

 

「あそこか! よーし!」

 

 ナツが勢い良く扉を開けた。その時既に俺達はミッドナイトに奇襲をかける為に前のめりで、目の前で扉を開けた途端に光った何かを確認することすら出来なかった。

 

「罠だ―――!!!!」

 

 ジュラさんの声が響いた時には爆発は始まっていた。圧縮された爆発が解き放たれ、俺達は成す術なく罠に嵌ってしまった。

 

 爆発が終わったが、爆風が煙を巻き上げて、何も見えない。だが幸い死んではいないようだ。身体のあちこちが痛む。まさかリチャードが裏切ったのか。

 

「ルーシィ?」

 

「あたしは大丈夫よ」

 

「ナツ?」

 

「おう!」

 

「ハッピー?」

 

「あい」

 

「ステルク?」

 

「……」

 

「ステルク?」

 

「……」

 

 ステルクからの返答がない。その後ジュラさんの名前を呼んだがやはり返答は無かった。煙が徐々に晴れていき、俺達が無事な理由が判明した。

 

「ステルク!」

 

「おっさーーん!」

 

 俺達の前に仁王立ちをしたジュラとステルクがいた。こんな爆発を間近で受けて無事なはずがない。俺を守ってくれる騎士のステルクがいなくなったら俺は誰を頼ればいいんだ。

 

「王子……ご無事で何よりです……」

 

「ステルク! どうして……」

 

「王子を護ることが私の役目。最期に役目を果たせて本望です……どうか先輩と無事に……」

 

 最期なんて言わないでくれ。その言葉は最も聞きたくない言葉だ。その言葉を放った人達は皆俺の前を去っていった。せっかく再会できたのにこんなにも早く別れるなんてあんまりだ。

 

「お前は死なせない! 生きてアーランドに帰るんだ!」

 

「仰せのままに……」

 

 ステルクは気を失ってしまった。ジュラも同様だ。身体の傷は酷く、助かるかは希望的観測をもってしても分からない状況だ。俺に出来るのはとにかく無事な場所に運んで二人の治療を急ぐことだ。

 

「手伝ってくれ! 王の間まで運ぶぞ!」

 

「おう!」

 

 俺達は王の間まで二人を運んだ。そして救急治療ではあったが、傷を塞ぎ、止血を施した。それでも血が完全に止まっているとは言えない。このままでは命の保証は出来ない。

 

「お気遣いありがとうございます……」

 

「喋るな。まだ危ないんだ」

 

「やれやれ……ブレインめ、最後の力を振り絞って、たった二人しか仕留めれらんとは」

 

 後方から声が聞こえてくる。ブレインの声でもなく、ミッドナイトの声でもない。怒り心頭の俺達は殴りかかる勢いで振り向いた。

 

 しかし、そこに人の姿は無かった。全員に声が聞こえているので、幻聴などという訳では無い。どこを探しても敵の形は見えず、きょろきょろと見回しているとハッピーが上空を指差した。

 

「あそこ!」

 

 指の差された方向を見ると、そこには人の姿ではなく、後光の差す杖が浮かんでいた。一般的な木の材質に先端にはインディアン風の飾り付けがされた髑髏。他に見回っても敵の姿はない。やはりこの杖が喋っているのだろうか。

 

「まぁミッドナイトがいる限り、我らに敗北はないが、貴様らぐらいは我が片付けておこうか」

 

 杖が喋るという奇想天外な展開に困惑した俺達はこの杖が何をやらかすのか怖くて動けずにいたが、ただ一人人間とは少し違う感性を持ったナツだけは例外だった。

 

「あっこら何をするか!?」

 

「オラオラオラオラオラオラ!!!!」

 

「狂暴な小僧め。私は七人目の六魔将軍。クロドア」

 

 ナツは杖の柄の部分を握ると力の限り叩きつけた。それも何度もだ。ニルヴァーナを止めるまで止めないと言わんばかりに叩きつけている。それより先に杖の髑髏が壊れてしまいそうな力強さだ。クロドアの自己紹介も聞かず叩きつけ続けている。六魔なのに七人目というのはよくわからない。というかどこからツッコめばいいのかわからない。

 

 しかし隙を突いてナツの手中から抜け出したクロドアは再び定位置に戻り、ニルヴァーナの進行方向に目線を合わせた。

 

「そろそろ奴らのギルドが見えてくる。早めにゴミを始末しとかんとな」

 

「それって化猫の宿!?」

 

「その通り。まずはそこを潰さなければ始まらん」

 

「どういうことだ」

 

「貴様らもどうせ死ぬ運命。冥途の土産に教えてやろう」

 

 クロドアから語られた化猫の宿の正体。それはこの古代魔法ニルヴァーナを作った古代部族ニルビット族の末裔で組織されたギルドであるというものだった。生み出したということは封印する術も知っているということであり、それを防ぐ為にブレインは真っ先に化猫の猫を破壊しようとニルヴァーナを差し向けたのだ。

 

 ということはウェンディもその一族の末裔なのか。だが部族の末裔ならニルヴァーナを止める方法を知っているはずだし、全くの部外者なのだろうか。部外者だからその術を知らないまでは良いとしてもギルドの人たちはニルビット族の末裔であることを秘匿にしていたのだろうか。

 

「ニルビット族にニルヴァーナを照射し、奴らの心を闇に変える。そして殺し合いをさせるのだ。そこから我々の野望は始まる」

 

「下劣な……」

 

「何とでも言うがいい。もはや時間の問題なのだからな」

 

 時を同じくしてエルザはミッドナイトと対峙していた。ジェラールと合流したエルザだったがミッドナイトに挑んだジェラールは呆気なく敗北。一人で立ち向かうも一方的な戦いは変わらず状況は劣勢であった。

 

 そしてララン達と同じく化猫の猫の正体についてミッドナイトから聞かされていた。彼等の目的を下劣と断じたジェラールだったが、ミッドナイトはジェラールにその言葉を返す。

 

 ジェラールこそ闇の塊であり、汚く禍々しい邪悪な男であると。操られていたとはいえ、子どもたちを強制的に働かせ、仲間を殺そうともした。ジェラールが不幸にした人間の数はどれだけいる、怯え、恐怖し、涙を流した人間がどれだけいると問うミッドナイトはジェラールに手を伸ばした。これは勧誘である。ミッドナイトからジェラールへの新たな六魔への誘いである。

 

 その手を振り払うように言葉を刺したのはエルザだった

 

「私は……ジェラールの光を知っている」

 

「まだ立てるのか。噂通りだね。エルザ。壊しがいがある」

 

「貴様らのくだらん目的は私が止めてやる。必ずな!」

 

 強い眼でミッドナイトを睨みつけるエルザ。その後方から一本の苦無がエルザの首の横をすり抜けてミッドナイトに向かっていった。しかしミッドナイトの魔法"屈折"により、その直前で苦無の軌道が変わり、通った道を帰るように反射された。

 

「あらやっぱり駄目ね」

 

「あ、貴方は……」

 

「私にも手伝わせない。この男がいるのは見逃してあげるわ」

 

「……ありがたい」

 

 姿を現したのはニルヴァーナの反転現象から復帰したエスティだった。跳ね返された苦無を手に持った彼女はエルザの横に立つとミッドナイトを指さす。

 

「貴方の魔法。エルザちゃんたちとの戦闘で見ていたわ。向かってくる物、触れる物全ての角度を変えてしまう。確かにタネが分からなければ無敵の魔法ね。でも貴方の魔法には二つ弱点がある」

 

 直後、エスティは自慢のスピードでミッドナイトとの距離を詰め、双細剣の一方でミッドナイトを切りつける。しかし当然ながらミッドナイトは動かずして剣の軌道を変え受け流してしまう。

 

 エスティの本領はここからだった。剣が軌道を変えているうちに、左手に握るもう一つの剣を使い、右手の剣を振り切った勢いのまま回転切りの要領でミッドナイトの首を狙った。ミッドナイトは慌てて、仰け反る様に避ける。エスティはさらに回転し、右足から繰り出されるキックがミッドナイトの鳩尾を穿った。そのまま吹き飛ばされたミッドナイトは訳が分からないといった表情で壁にぶつかり、尻もちをついた。

 

「なに……?」

 

 そこまでのダメージではないようだが、ダメージを与えられたというショックに震えるミッドナイト。対照的にしてやったりといった表情のエスティ。

 

「どう? 分かったかしら。エルザちゃん」

 

「……そういうことか。換装!」

 

 にやりと笑うエルザはふわりとゆったりした装束に換装した。

 

「じゃあ答え合わせね。貴方の魔法の屈折は私の投げた苦無や剣は曲げられるけど人体は曲げられない。だから私のキックは受け流せなかった」

 

「そうだとしても本気を出せば衣服で君を絞め殺せるんだよ」

 

 ミッドナイトはエスティの方に手を伸ばすとエスティの衣服がぐにゃりと曲がり、エスティを締め付けた。

 

「あいたたたた。エルザちゃん!」

 

「はぁっ!」

 

「ぐぁ!」

 

 エルザは上空から大量の剣をミッドナイトに降り注がせる。ミッドナイトならば難無く屈折させ無傷でやり過ごすはずだが、攻撃は直撃した。

 

「これが二つ目ね。貴方が曲げられるものは一つだけ。だから私の二撃目は避けて躱した。ちなみに私痛がったけど、これ王子に作ってもらった伸縮自在の服だから全く痛くなかったわ。これを含めると弱点は三つかしら」

 

「ぬぅ……あと少しだったのに」

 

「もう勝負は着いたわ」

 

「あと少し早く死んでいたら恐怖を見ずに済んだのにね」

 

「え?」

 

 不気味なミッドナイトの言葉に一瞬の静寂が広がる。そして何処からか鐘が鳴り響く。それは真夜中を告げる鐘。

 

 エスティはそこで気づき、汗が一滴、こめかみを滴った。何故ミッドナイトという名を冠しているのか。そしてもう少し早く死んでいたらという言葉。真夜中を告げる鐘。全てが繋がった。

 

「真夜中に僕の歪みは極限状態になるんだ」

 

 正しく闇と同化していくミッドナイトの姿はもはや人間ではない異形に変貌していった。鐘が鳴る度に巨大になっていく。腕に闇が流れ込み、脚に身体にと留まることなく大きくなる。

 

「ハハハハハハハハッ!!」

 

 ミッドナイトは怪物と化した。エスティ達の四倍はあろうかという巨躯は見る者を圧倒する。あまりにも強大な魔力を前に立ち尽くすしかないエスティ達は一生懸命に一歩後ろに下がった。

 

 ミッドナイトは右手を振りかぶって襲い掛かってくる。ニルヴァーナの一部が損壊するほどの強力な一撃で吹き飛ばされたのも束の間、太く伸びる爪にジェラール、エスティ、エルザの全員が身体の中央から貫かれる。そこからは蹂躙するような死が三人を待ち受けているのだ。

 

「ハハハハハハハハ!!!!」

 

 次の瞬間、ジェラールは目を覚ました。素っ頓狂な声を上げるミッドナイトが真っ先に目に入った。その姿は身体をX字に斬られている。そしてミッドナイトの後方には斬り捨てたエルザ、エスティ両名が納刀した姿があった。

 

「僕の幻覚が効かないのか……」

 

「幻覚なんて見飽きたわ」

 

「私に目から受ける魔法は効かない」

 

「そ、そんな。僕は最強なんだ……父上をも超える最強の……六魔。誰にも負けない……最強の魔導士」

 

 その言葉を最後にミッドナイトは遂に倒れた。最後は天に助けを求めるように手を伸ばしていた。

 

「誰にも負けたくなければ、まずは己の弱さを知る事だ。そして常に優しくあれ」

 

「やったわね。エルザちゃん」

 

「助かりました。エスティさん。見事な洞察力でした」

 

「大人だからね!」

 

 場所と時は少しだけ戻り、ララン一行はちょこまかと動き回るクロドアに振り回されていた。ナツの手をすり抜けた後は誰にも捕まらずに動き回り、男たちの頭を叩いたり、ルーシィのパンツを覗いたりしていた。しかしある時ぴたっとその動きが止まった。

 

「む……六魔が……」

 

 実はこの時、エスティとエルザがミッドナイトを倒したのだ。つまりこれで六魔将軍は全滅した。クロドアはそのことに気づくと途端に震えだした。

 

「なんだよ」

 

「あわわあわ……ブレインにはもう一つの人格がある」

 

 クロドアは喋り始めた。

 

 知識を好み、ブレインの名を冠する表の顔と破壊を好み、ゼロの名を冠する裏の顔がある。それは余りに強大すぎた為、ブレイン本人が六つの鍵として封印した。それが六魔将軍。ブレインの顔の紋章はそのカギであり、魔が一人倒れるごとに一つ消えていた。生体リンク魔法により、封じられたゼロの人格は六つの魔が崩れる時再び姿を現す。

 

 そして気を察したクロドアは地面に頭を擦り付けた。

 

「おかえりなさい! マスターゼロ!」

 



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融合 エレメント・ジュエル

「随分と面白えことになってるみてえだなクロドア。ミッドナイトまでやられたのか」

 

「はっ! 申し訳ありません!」

 

 酷く怯えるように地面に頭を擦り付けて謝るクロドア。人間で表すなら土下座しているようなものだ。それにしてもこのピリついた空気、ゼロの魔力は相当な物だ。ブレインが自ら封印するのも頷ける。だが奴はまだ封印から解かれたばかりで万全の状態ではないはず。その状態でもこの魔力というのが問題だが、ゼロが万全になる前に俺達で倒すしかない。

 

「それにしても久しいなぁ。この感じ。この肉体、この声、この魔力、全てが懐かしい。小僧ども随分と家のギルドを食い散らかしてくれたなぁ。マスターとして俺がケジメを着けさせてもらうぜ」

 

 身体に纏う魔力が変化しブレインの衣装がゼロの衣装に変わった。奴の初めの標的はブレインの身体を傷つけたステルクとジュラに向いた。たった右手一本から放たれる強力な闇の拡散魔力波が襲い掛かってくる。

 

「魔除けネット! クソ……ぐあああ!!」

 

 ブレインの攻撃は相殺した魔除けネットだが、ゼロの攻撃にはまるで溶けるように破壊されていった。しかしまだ持ちこたえているうちに、ナツがゼロの懐に潜り込み、インファイトを仕掛ける。しかしまるで赤子を扱うようにあしらわれ、力の籠った裏拳で吹き飛ばされた。

 

「そんな……」

 

 一人立ち尽くすルーシィは震えで動けずにいた。自分より強い二人があっと言う間に戦闘不能に追い込まれ、勝てるわけがない絶望、恐怖。

 

 しかしゼロは情けを掛けない。動かないならばやりやすいとでも言うように地面から魔力を噴出させ、ルーシィを吹き飛ばした。

 

「さ、流石マスターゼロ! お見事!」

 

「まだ死んでねぇな」

 

 へこへこと太鼓持ちをするクロドアだったが、ゼロはまだ満足していなかった。形あるものを形が無くなるまで破壊することこそゼロの祈りであり願いである。形が無くなるどころかまだ死んですらいない三人を更に破壊する様子にはクロドアも目を背けざるを得なかった。

 

「ガハハハハハ!!!」

 

「マスター! それ以上は!!」

 

 三人を気の済むまで破壊したゼロは化猫の宿の方角をニルヴァーナ頂上から眺めていた。遂に見えてきた化猫の宿は山を切り開いた中にある小さな集落。建物の造りも少数民族を思わせる独特な猫の形をしている。

 

「見えてきましたぞ。ニルヴァーナを封印した一族のギルドです。あそこさえ潰せば再び封印されるのを防げますぞ」

 

「くだらねえな」

 

「え?」

 

「くだらねえんだよ!!」

 

「がっ!?」

 

 ゼロは何を思ったか、仲間であるクロドアさえも破壊した。柄を握り潰し、頭を踏み潰した。ゼロの思考は全てが破壊から始まり、破壊に繋がる。道徳や倫理、感情すらも無く、ただ破壊したいから全てを破壊する獣こそゼロなのである。

 

「これが最初の一撃! 理由など無い! そこに形があるから無くすまで! ニルヴァーナ発射だぁぁあぁああ!!!」

 

 ニルヴァーナの砲台に収束する魔力が一気に放たれる。化猫の宿を跡形もなく消し去るかと思われた砲撃は謎の攻撃により、ニルヴァーナの足が一本破壊されたことでバランスが崩れ、少しだけ上にズレた。一部は破壊されたものの上部であったために化猫の宿の人民の命は守られた。

 

 ゼロからすれば完璧に照準を合わせた砲撃がずれたことに驚きを隠せない。ゼロは攻撃が行われた上空に振り返るとそこには最初に破壊されたはずに魔導爆撃艇クリスティーナが舞っていた。ふらふらとしながら必死にバランスを保とうとするクリスティーナを見ると状態は悪いままのように見える。

 

 そして未だゼロと遭遇していないエルザたちに念話が入る。それはクリスティーナを操縦するヒビキからの念話であった。念話を受け取ったエルザ、エスティ、そして合流したウェンディは内容を必死に聞いた。

 

「エルザさん、エスティさん! ウェンディちゃんも無事なんだね」

 

「どうなっている? クリスティーナは確か爆破されて……」

 

「壊れた翼をグレイ君とリオン君の魔法で補い、シェリーさんの人形撃とレンの空気魔法で浮かしているんだ。さっきの一撃はイブの魔法さ」

 

「お前たち……」

 

 皆の魔法を組み合わせて化猫の宿の危機を救ったが、クリスティーナという大きな物体を動かすにはそれ相応の魔力が必要であり、六魔将軍との戦闘で消耗していた彼等には限界を超える力を既に使っていた。

 

「今のでもう僕たちの魔力は限界だ。僕たちのことはいい。最後にこれだけ聞いてくれ。古文書からニルヴァーナを止める方法が見つかった! ニルヴァーナの足のようなものが六本あるだろう。その足は大地から魔力を吸収するパイプのようなものになっている。それを制御するラクリマが各足の付け根付近にある。その六つを同時に破壊することで全機能が停止する。一つずつではだめだ。他が補填してしまう。」

 

「同時にだと!? どうやって!?」

 

「僕がタイミングを計ってあげたいところだけど。もう会話が持ちそうにない。君たちの頭にタイミングをアップロードした。君たちならきっとできる。信じてるよ」

 

 直後、エルザたちの頭の上に20分のカウントバーが表示された。これは次にニルヴァーナの照射が装填完了する時間であり、これが0になった瞬間にラクリマを破壊するのだ。

 

「無駄なことを……」

 

 ノイズが入り込んだ後、ヒビキではない声が聞こえる。その声の主はゼロ。ヒビキの念話をジャックしたのだ。

 

「俺はゼロ。六魔将軍のマスタ―ゼロだ。聞くが良い、光の魔導士よ。俺はこれより全ての物を破壊する。手始めに貴様らの仲間を三人破壊した。滅竜魔導士に星霊魔導士、そして錬金術士。それと猫もか」

 

「そんな……王子……」

 

 エスティは手で口を覆った。

 

「俺は今、六つのラクリマのどれか一つの前にいる。ワハハハハ!!! 俺がいる限り、同時に破壊することは不可能だ!!」

 

 そこでゼロの念話は切れた。そこでシャルルは絶望とも取れるある事実に気づいた。

 

「六人もいない! ラクリマを壊せる魔導士が六人もいないわ!」

 

 現在、ラクリマを破壊できるだけの魔力を有しているのはエルザ、エスティ、ジェラール。ウェンディは魔力は有しているが攻撃の魔法が使えない為除外される。三人も足りない状況では手の施しようがない。

 

「こっちは三人だ! あと三人。動けるものはいないか!?」

 

 声は上がらない。こうしている間にもヒビキの魔力は消耗され、念話は途切れ途切れになっていた。かすれて音量が下がっていく。その中で魔力を使い果たし、クリスティーナのへりにもたれ掛かるグレイが声を上げた。

 

「さっさと目覚ましやがれちょろ火野郎……こんな奴等で負けてんじゃねえ」

 

 仲間たちが次々にエールを送る。シェリーがルーシィに。目を覚ましたステルクとエスティがラランに。念話を通じて倒れる三人に声が届く。

 

「私、ルーシィなんて大嫌い。ちょっと可愛いからって調子に乗っちゃってさ。馬鹿でドジで弱っちぃくせに……いつも……いつも一生懸命になっちゃってさ……死んだら嫌いになれませんわ。後味が悪いから返事しなさいよ」

 

「王子……貴方の器はここで終わるものではありません……まだ志半ばでありましょう」

 

「こんなところで死ぬ人じゃないわ。絶対にね……聞こえてるでしょう、王子」

 

「聞こえてる!!!」

 

 みんなの声はちゃんと聞こえた。俺もナツもルーシィも。ボロボロの身体で壁を支えにしながら何とか立ち上がる。それまでの会話も全部聞こえていた。六個のラクリマを同時に壊すこと。どこか一つにゼロがいること。誰かがゼロを倒さなければいけないこと。

 

「もうすぐ念話が切れる。頭の中に僕が送った地図がある。各ラクリマに番号を付けた。全員がばらけるように決めて……」

 

「俺は1に行く」

 

 次々に順番を決めていく。決まった番号は俺が1、ナツが2、ルーシィが3、エルザが4、エスティが5、そしてエルザに声が遮られた誰かが6。誰かいたか。一夜か、ウェンディか。だが声を遮る理由が無い。そんなことをしてまで正体を明かしたくない人物。ジェラール? まさかな。

 

 俺達はヒビキの用意した地図を頼りにラクリマの元へ向かった。俺が1を指名したのには訳がある。ゼロが1のラクリマにいる確率が高かったからだ。この位置の足は奴がいた王の間の下から最も近い場所にある。それに地図を見ると他のラクリマへ行くには回り道をしなければならず、この場所以外に行くには時間が足りない。

 

「やっぱりいたか」

 

「ほぅ、まだ死んでいなかったか。何をしに来た。クソガキ」

 

「お前を壊しに来た」

 

「あの滅竜魔導士よりも魔力の低いお前が俺を壊すだと? 笑わせるな!!」

 

「残り12分でお前を倒すにはこれしかねえ」

 

 懐から取り出したのは精霊石。テイクオーバーはまだ完成していない。だが、どのアイテムでどう立ち回っても12分でゼロを倒すビジョンは見えなかった。ここで完成させてやる。

 

「テイクオーバー!」

 

「何?」

 

 凄まじい風が俺を中心に吹き荒れる。ゼロの髪が靡き、腕で視界をガードしている。エレメント・ジュエルの力が俺に流れ込み、俺を支配していく。

 

「■■■――――■■!!」

 

「ふふっふははははは!! 使えもしない魔法で俺を倒そうとしていたとは滑稽だなぁ!!!」

 

「■■――!!」

 

「むっ。なるほど。確かに力は上昇しているようだ」

 

 ゼロは初めて防御の構えを取った。意識のないラランの本能的な攻撃は速く鋭い。背中の結晶柱を回転させながら加速し、ゼロを攻撃しながら空に舞い上がる。

 

「常闇奇想曲!」

 

 ゼロの指先から放たれる魔法はブレインの人格の時よりも強力だ。貫通属性を持つ常闇奇想曲はラランの本能で回避した後、壁を貫通し、掘り進めて再び足元の壁を突き破って襲い掛かる。

 

 これには本能的反射でも対応しきれず顎に直撃する。そこで終わらないのがゼロの魔法であり、魔法を手で操縦し、何度も何度も魔法を行き来させてダメージを与える。動く隙すら無い怒涛の攻撃に為すがままのラランだったが、真っ向から常闇奇想曲が迫り来た時、声にもならない声で吼えた。

 

「■■■――!!!!!!!」

 

 背中の結晶柱を両手に一つずつ握り、常闇奇想曲を受け止めにかかった。貫通属性の魔法に押され、結晶柱にひびが入る。しかしラランはここで更に力のギアを上げた。

 

「■■■■■!!!!」

 

 受け止め始めた地点から受け止めた地点まではかなりの距離があった。それだけ魔法に威力があったっということであり、それを受け止めたという事実はゼロにも動揺を与えた。

 

「■■!?」

 

 しかしその直後ゼロではない誰かの攻撃がラランを貫いた。それはゼロも到着を予見していなかった人物であった。そしてゼロにとってその人物の登場は好都合という他なかった。

 

「ジェラール。貴様、記憶が戻ったか」

 

「■■■!!!!!」

 

 意識が無くとも本能がジェラールを敵を判断し、ゼロを他所目にラクリマのある部屋の入口にいるジェラールに超スピードで襲い掛かった。しかしその直線的な動きはジェラールの炎の攻撃によって止められる。

 

「思い出したんだ。ララバンティーノという希望を。その魔法は接収ではなく融合。接収は魔物の魔力を吸収することで力の一部を魔力を媒介に使役をするに過ぎない。だが融合は魔物と完全に合体することで人の力と魔の力を掛け合わせ何倍もの力を生み出す」

 

「だが制御できないようでは使い物ならない。違うか?」

 

 ゼロがジェラールの説明に口を挟む。そしてジェラールもそれに頷いた。融合は人と魔物の二つの人格が一つの身体の中で共存しあい、体内で魔力融合することでパワーを生み出す。今の状況は体内で二つの人格が体内で喧嘩しているということ。そしてその喧嘩は魔物が優勢であるということ。

 

「だが一時的にララバンティーノの意識を回復させることが出来る。さぁ受け取れ、咎の炎を」

 

「させるか!」

 

 ゼロは咎の炎を受け取らせまいとラランへ攻撃を仕掛ける。しかし寸前でジェラールが割って入り、攻撃を受け止める。

 

「さぁ目を覚ませ。俺は信じる。エルザが信じる男を俺は信じる」

 

 ジェラールは手に集めた金色の炎をラランへ渡した。ラランはそれを受け取るまでもなく炎に包まれた。赤く光っていた眼は人間の目に戻る。ギョロっと黒目が左右上下に動き、靄の掛かった視界がクリアになっていく。

 

「まさかお前が助けてくれるとはな。それにテイク・オーバーじゃなくて融合? 意味わかんねえ。でもよ、この湧き上がってくる力は本物だ」

 

 身体に溢れるジュエル・エレメントの力は体験したことのない何も恐れるものが無くなるほどの力だった。だが体内で暴れまわるジュエル・エレメントの力も感じている。今は咎の炎で無理やり制御しているに過ぎない。多分制限時間もラクリマ破壊と同じくらいだろう。なかなか都合がいいじゃないか。

 

「咎の炎か。それを喰っちまったら貴様も同罪か」

 

「罪には慣れてる。妖精の尻尾の魔導士はな。でも本当の罪ってのは眼を逸らすこと。誰も信じられなくなることだ!! ジェム・ストンプ!」

 

 背負う結晶柱をゼロに連続で打ち込む。なんというパワー、なんという破壊力、なんというスピード。素晴らしい力だ。この力をもっと速く習得していれば……

 

「常闇奇想曲!」

 

「!?」

 

 咄嗟の判断で身体は攻撃を避けようと動いた。しかし今の力ならこの攻撃すら避ける必要はないのではないか。否、この程度の攻撃に我が身を動かすまでもないのではないか。そう感じた。それだけの力を感じていたのだ。

 

「ふん!」

 

「馬鹿な!?」

 

 見事のなまでに弾くことが出来た。貫通属性の魔法に対して属性を無視して腕一本で弾き、軌道を変えた。ゼロの狼狽えはこれまでで最も大きい。

 

「あと五分だ」

 

「面白い。来い、妖精の力よ」

 

「行くぞ!」

 

 この腕、脚に加えて、脳で操作できる四つの結晶柱での攻撃が出来る。これが便利だ。圧倒的に手数が増えることで相手に優位を取ることが出来る。

 

「輝け! ブリリアント・アロー!」

 

 羽根で空を飛び、結晶柱を形態変化させた弓から魔力矢を撃ち放つ。ゼロも次々に避けていき、常闇奇想曲で反撃を図ってくる。スピードを上げて上空を舞いながら攻撃を躱し、矢を放つ。

 

 しかし先回りされ、目の前にゼロが現れる。急停止した瞬間、一瞬だけ動きが止まる。その瞬間に俺の身体は一気に地面にめり込み、地下まで貫通した。

 

「ダーク・グラビティ!」

 

 ゼロの重力系の魔法により、空を舞う妖精が地面にひれ伏す。だが結晶柱を支えになんとか重力波から抜けだし、柱をゼロに差し向ける。ゼロはそれを簡単に弾いてしまうが、それで時間を稼ぎ、距離を取った。

 

「まだその力を使いこなせてねえみたいだな」

 

 確かに身体にガタが来ていた。体内で暴れるジュエル・エレメントの力が強まってきている。俺の時間もラクリマを壊す時間も残り少ない。

 

「うっ……」

 

「隙あり!」

 

 体内からの攻撃によってよろけた隙をゼロは見逃さなかった。持前のスピードで距離を詰め、殴る蹴るの単純な暴力で俺を痛めつけた。体外と体内からの攻撃に俺は為す術が無かった。

 

「その程度か。妖精の力は。獣の状態の方がまだ強かったぞ?」

 

「ぐっ……」

 

「てめえ如きのゴミ一人で相手に出来るわけがねーだろうが」

 

「一人じゃねえよ……エスティ、ステルク、ウェンディ、妖精の尻尾、青い天馬、蛇の鱗の皆の気持ちがかかってる。ここまで繋いでくれた奴等の分まで俺は勝たねばならん。俺の身体の中で暴れてる奴もな。いずれ必ず手懐けてやる!」

 

「ふん。粉々にするには惜しい男だが、もうよい。楽しかったよ。貴様に最高の無を見せてやろう。我が最大の魔法をな」

 

「もう時間もないし、ちょうどいい。俺はお前に最大の輝きを見せてやる……行くぞ!」

 

「ジェネシス・ゼロ!!」

 

「ブリリアント・ピラー!!」

 

 二つの魔法がぶつかり合う。一つは光り輝く聖の魔法、もう一つは暗く沈みゆく闇の魔法。四つの結晶柱を回転させながら発射する光線魔法であるブリリアント・ピラーは恐らく俺の出せる魔法では最大の魔法だ。絶対に負けるわけにはいかない。ラクリマ破壊まで残りの時間は1分。絶対に競り勝つ。奴の闇を光に変えて、全ての闇を呑み込もう。

 

「開け、鬼哭の門。無の旅人よ。その者の魂を、記憶を、存在を食い尽くせ!! 消えろ! ゼロの名の下に!!」

 

「ぐううううう!!!!」

 

 ゼロの魔法も凄まじい魔法だ。直接喰らえば俺は消し炭になり、この世には壁に張り付いた影しか残らないだろう。俺も気力で押し返す。ここまで来ると体内のジュエル・エレメントが応援してくれているようにも思える。

 

「錬金術士は全てを作る存在! お前が闇なら俺は光! お前が無なら俺は有! これは俺達全員の力だ! うおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 全力全魔力を解放したブリリアント・ピラーはゼロのジェネシス・ゼロを呑み込み、ラクリマ共々破壊した。たまたまだがラクリマ破壊の時間ともぴったり合っていた。

 

 ゼロを倒し、ラクリマを破壊した直後に融合は解除された。途端に体中の力が抜け、歩くのも困難な程に疲れが襲ってきた。さらに動力源を失ったニルヴァーナは崩壊を始める。これもしかして大ピンチなのでは。ちょっと誰か助けてくれ。



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守りたい場所

「ふげっ」

 

「大丈夫ですか王子」

 

 崩壊したニルヴァーナから助け出してくれたのはステルクだった。他の皆も各々脱出したり、ウェンディはジュラに、ナツはホットアイに救出された。ステルクは俺と同時にジェラールも救い出していた。

 

「大丈夫だ。ありがとう助かった」

 

「いえこれが私の役目ですから」

 

「ラランさーん!」

 

「うげっ」

 

 ステルクに肩を借りて立つ俺にウェンディが勢いよく抱き着いてくる。後ろに押し倒されて気を失いそうになったが、それだけウェンディが嬉しかったのだと実感する。

 

「ありがとう。約束を守ってくれて、ギルドを守ってくれて!」

 

「ギルドは俺達の守りたい場所だ。だから何が何でも守るさ。それに俺だけの力じゃない。皆が助けてくれたからだ。ウェンディもな」

 

「はい!」

 

 俺達は無事に全員脱出した。俺とエルザ、ウェンディ以外はジェラールの姿を知らなかった為、誰だ誰だとひそひそ話で話題になっていたが、エルザがジェラールであると伝えるとグレイとルーシィは驚き、ナツは殴りかかろうとした。

 ちなみにウェンディは幼い頃にジェラールに助けられて、今の化猫の猫に入ったらしい。だからジェラールには恩を感じているらしい。

 それに今のジェラールは記憶喪失で前に知ったジェラールとは異なるとエルザは説明した。しかしそうは言ってもあのジェラールが印象強すぎてどうにも信じられないと言った感じだった。

 

「さっさと帰ろう……ぜ!?」

 

 ジェラールとエルザがいちゃついてる様子を見てたら気恥ずかしくなってきて、帰ろうとするといきなり壁にぶつかった。何が起こったのか分からなかったが下を見ると円形に文字列が並んでおりすぐに分かった。

 

「これ術式か!?」

 

 そう気づいた瞬間に術式が正体を現し、俺達は閉じ込められてしまった。そして樹海から現れたのは俺達の味方でも敵でもない。どちらかと言えば敵とも言える評議院だった。

 

「ごめんなさい王子。私が呼びました」

 

「エスティ……」

 

「私は新生評議院第四強行検束部隊隊長ラハールと申します」

 

「もう発足してたのか」

 

「我々は法と正義を守る為に生まれ変わった。いかなる悪も許さない。六魔将軍の捕縛に参りました」

 

「そうか。じゃあこの瓦礫の山から探してくれ」

 

「その前にそちらのコードネーム・ホットアイを渡してください」

 

「ま、待ってくれ!」

 

 ホットアイの捕縛に待ったをかけたのはジュラだった。ホットアイが悪から善に転ずる瞬間からの付き合いであり、この中では最も付き合いが長い。最初に本名を聞き、秘密を晒し、多くの言葉を交わした既に友である。しかしホットアイはジュラの肩を叩き、自ら評議院の方へ一歩踏み出した。

 

「善意に目覚めても過去の悪業は変わりませんデス。私は一からやり直したい」

 

「ならばワシが代わりに弟を探そう」

 

「本当デスカ!? 名前はウォーリー。ウォーリー・ブキャナンデス」

 

「ウォーリー!? その男なら知っている。私の友だ。今は元気に大陸中を旅している」

 

 ウォーリーってあのカクカクした奴か。確かにどことなく似ているような。まさかこんなところで兄弟と出会うとは世間は狭いものだ。

 

 その事実を知ったリチャードは涙を流し、膝をついてありがとうと三回続けた。確かにこれが奇跡ってやつなのかな。

 

 リチャードは特に反抗することなく、評議院に連れられていった。俺達はどこか可哀想という感情に包まれていた。しかしリチャードを拘束し、目的を果たしたはずだが、依然として術式を解除しない。

 

「術式解除してくれないのか?」

 

「私たちの目的は六魔将軍如きではありません。そこにとんでもない大悪党がいるでしょう。評議院への潜入、破壊、エーテリオンの投下。ジェラール! 貴様だ! 来い。抵抗する場合は抹殺の許可も出ている」

 

「そんな!」

 

「ちょっと待てよ!」

 

 ウェンディとナツが続けて反応した。ジェラールは俯いたまま動かない。ジェラールは確かに俺を助け、エルザの話ではニルヴァーナを率先して発見し、自律崩壊魔法陣での破壊を試みた。いわばこの作戦に貢献したと言える。それに今は記憶喪失で前とは人格ごと変化している。だがラハールの言った前科も事実だ。拘束されるのは当然なのだが……

 

「その男は危険だ。二度とこの世界に放ってはいけない。絶対に!」

 

 皆が違和感を感じたまま、ジェラールは連邦反逆罪で手錠を掛けられた。強く反対したのはウェンディだった。ジェラールは記憶を失っているからと言ったが、ラハールの刑法を用いた反論に会い、有効な手を失ってしまう。絞り出した『でも』という言葉もジェラール本人に止められてしまった。ジェラールにも抵抗する気はないらしい。だが立ち止まってウェンディに語り掛けた。

 

「君の事は最後まで思い出せなかった。本当にすまないウェンディ」

 

 ウェンディは涙を堪えながら、先へ行くジェラールを見守っていた。俺はふとエルザの方を見た。この中で最も複雑な思いをしているのはエルザだろう。

 

 エルザは唇を噛みしめ、拳を握りしめていた。ラハールはジェラールが牢に入った場合、死刑か無期懲役は確定だと言った。つまりここで行かせてしまっては二度と出てくることは出来ない。

 

 今ジェラールを行かせてしまったら後悔する気がする。俺は拳を構えようとした。

 

「いけません。王子」

 

 その腕をそっと抑えたのはステルクだった。エスティにも肩を抱かれ、我慢しろとばかりに宥めてくる。だが、ここでジェラールを行かせてしまってはエルザが……

 

「行かせるかぁぁぁ!!」

 

 その時ナツが飛び出した。相手は評議院だ。手を出せば、処罰が下されることは間違いない。と思っている間にもナツは評議院の兵士を次々になぎ倒している。

 

 ナツに焚きつけられてグレイが評議院に殴りかかる。更にはルーシィもジュラもと次々に抵抗を始めていった。ナツはジェラールのことを仲間と呼び、連れて帰ると叫んだ。そうだ俺だってと息巻いて加わろうとしたが、エスティとステルクに抑えつけられる。

 

「何すんだ!」

 

「ダメです王子。評議院に逆らってはいけません」

 

「けど!」

 

「すみません。王子への処罰は避けなければ」

 

「エルザが悲しむ!」

 

 俺が2人相手にじたばたとしている間にナツを中心とした反乱は大きくなっていく。エルザの為にエルザが二度と悲しまないように。ナツはジェラールに手を伸ばす。

 

「ジェラール!来い! 仲間だろ!」

 

「全員捕らえろ! 公務執行妨害及び、逃亡幇助だ!」

 

 評議院の兵士たちも魔法を用いて応戦する。衝突が最高潮に達した時、一人我慢を続けていたエルザが遂に声を上げた。

 

「もういい! そこまでだ! 騒がしてすまない。責任は全て私が取る。ジェラールを……連れていけ……」

 

「エルザ!」

 

 皆が静まり返り、反乱は収まった。評議院がジェラールを連れていく様子がゆっくりと流れていく。護送車に乗せられる直前、ジェラールは立ち止まり、エルザの方を振り返る。

 

「そうだ。お前の髪の色だった。さよならエルザ」

 

 ジェラールはそう言い残して護送車へ姿を消した。もう二度と彼の姿を見ることは無いのかもしれない。生きているからこそ会いたいと人は願うのだ。二人を分かつのは死よりも辛いものだ。

 

 リチャードとジェラールが連れていかれ、俺達には寂しげな雰囲気が漂っていた。エルザはどこかへ姿を消している。

 

 沈みゆく夕焼けは人生の中で最も美しく見えた。まるでエルザの髪のような緋色。スカーレットだった。熱く、情熱的なその色は心を滾らせる。この空はただ顔を上げるだけで見ることが出来るのに、エルザは顔を上げることが出来ないのだろう。

 

「てか、俺はいつになったらいつもの恰好に戻れるんだ」

 

「お似合いですよ」

 

「落ち着かん……」

 

 俺達はそれからウェンディとシャルルのギルドである化猫の宿を訪れていた。地方ギルド連盟を代表してギルドマスターのローバアル氏から感謝を述べたいとのことらしい。

 

 それで化猫の宿のギルドを訪れたのだが、この辺りは集落とギルドが一体化していて織物の生産が盛んらしい。戦闘でボロボロになった服を取り換えていただいたのだが、正直早くいつもの恰好に戻りたい。

 

「名前も知らないギルドだったけど結構人がいるんだな」

 

 街の中央に集められた俺達の向かい側にはマスターローバアルと思しき老人とこの街の住人であり、化猫の宿のギルドメンバーたちが集まっていた。ざっくり44、5人だろうか。

 

「妖精の尻尾、青い天馬、蛇姫の鱗、そしてシャルルにウェンディ。よくぞ六魔将軍を倒し、ニルヴァーナをを止めてくれた。地方ギルド連盟を代表してこのローバアルが礼を言う。ありがとう。なぶらありがとう」

 

 なぶらって何なんだろう。この地域の方言なのだろうか。とてもみたいな意味合いに聞こえるが。

 

 ローバアルの言葉にいの一番に反応したのは一夜だった。六魔将軍との激闘に次ぐ激闘がどうのこうの言っていたが一夜が六魔将軍と戦っていたとは記憶していないし、誰からも聞いていない。ラクリマを壊す時も反応無かったし。いい所を持っていかれた。

 

「この流れは宴だろ!」

 

 ナツがそう言って場を盛り上げると一夜とトライメンズがわっしょいわっしょいと盛り上がり始める。俺達もその気になり始めていたのだが、化猫の宿の人達の反応は無そのものだった。それどころか下を向いてどこか後ろめたそうな雰囲気を出している。

 

「皆さん、ニルビット族のことを隠していて本当に申し訳ない」

 

「そんなことで空気壊すの?」

 

「全然気にしてねーのにな」

 

「マスター、私も気にしてませんよ」

 

 ナツやウェンディがフォローしたがローバアルの顔色は優れないまま、ため息を一つついて語り始めた。

 

「皆さん、ワシがこれから話すことをよく聞いてくだされ。まず初めに、ワシ等はニルビット族の末裔などではない。ニルビット族そのもの。400年前作ったのはこのワシじゃ」

 

「は?」

 

 それしか言葉が出なかった。400年前にニルヴァーナを作ったのが目の前にいるローバアル氏だとすれば、この人は一体何歳なんだ。いやというか人間って400以上も生きられるものだっけ。様々な疑問が頭の中を駆け巡った後に混乱した。言葉にするなら唖然、茫然というのがぴったりだろう。

 

「400年前、ワシは世界中に広がった戦争を止めようと善悪反転の魔法ニルヴァーナを作った」

 

 ローバアルはニルビット族とニルヴァーナの凄惨な歴史を語り始める。

 

 ローバアルの作ったニルヴァーナはニルビット族の国となり、平和の象徴として一時代を築いた。ニルヴァーナの集落は400年前にニルビット族が暮らしていた名残だったということだ。確かに建造物の特徴もどこか似ている。

 

 しかし、ニルヴァーナの強力な力には相反する力が生まれてしまう。闇を光に変えた分だけニルヴァーナには闇が纏わりついていた。バランスを取っていたのだ。人間の心を無制限に操作することは魔法とて出来なかった。闇に対して光が生まれ、光に対して闇が生まれる。これはエスティが闇に、リチャードが光に反転したことと同じだ。

 

 そして世界の人々から吸収した闇はニルヴァーナを通じて、ニルビット族に纏わりついた。そしてその結果、ニルビット族は共に殺し合い、全滅した。生き残ったのはローバアル一人だけ。今となってはその身体は滅び、思念体に近い状態である。ニルヴァーナを作成してしまったという罪を償う為だけにニルヴァーナを破壊してくれる者が現れるまで400年ここで見守ってきたのだと言う。そして今、その役目が終わったのだ。

 

「とんでもない話だな……」

 

 ローバアルの話が終わると、集まっていたその他の住人達が次々に姿を消していった。人がまるで思念体のように消えていく。いや彼らは本当に思念体なのだ。

 

「騙していてすまなかった。ウェンディ。ギルドのメンバーは皆、ワシが作り出した幻じゃ……」

 

 それぞれが人格を持つ幻をこんな大量に。何という魔力だろう。

 

「ワシはニルヴァーナを見守る為にこの廃村に住んでいた。七年前に一人の少年がワシの所に来た。少年のあまりに真っすぐな目にワシはつい承諾してしまった。一人でいようと決めていたのにな」

 

 その少年は恐らくジェラールのことだろう。そしてジェラールはウェンディを置いて去り、不安そうなウェンディがここはどこ、ギルドに連れて行ってくれるとジェラールは言ったと泣きそうになっているのを前にしたローバアルは咄嗟に嘘をついた。ここはギルドだと。外に出ればたくさんの人がいて仲間が待っていると。そこでローバアルは幻の人格たちを作り、化猫の宿を作った。ここはウェンディの為に作られたギルドだったのだ。しかしウェンディは真実を受け止められず耳を塞いでしゃがみ込む。

 

「そんな話聞きたくない! バスクもナオキも消えないで!」

 

「ウェンディ、シャルル、もうお前たちに偽りの仲間は必要ない。本当の仲間がいるではないか。お前たちの未来は始まったばかりだ」

 

「マスター!」

 

 消えゆくローバアルにウェンディは居ても立ってもいられず泣きついていった。しかしその腕はローバアルを捉えることなく空を切った。

 

「皆さん、本当にありがとう。ウェンディとシャルルを頼みます」

 

 ローバアルの声が響く。俺達に二人を託して。400年の責務を終えたローバアルにこの世への未練はなく、安らかに天に昇って行った。

 

「マスター―――!!!」

 

 ウェンディの叫びが木魂する。天へ突き刺さる声が。この声は天国のローバアルやニルビット族の皆に届いているのだろうか。彼女にとって化猫の猫の皆は決して偽物の仲間などではなかった。だからこそ辛く、切ない。ウェンディにとって化猫の宿は家族であり、家だったのだ。

 

「愛する者との辛さは仲間が埋めてくれる。来い。妖精の尻尾へ」

 

 エルザがウェンディの肩を叩いた。そしてウェンディは涙を拭い、力強く立ち上がる。思い出は心に一生残る。ニルビット族と化猫の宿はウェンディの心の中で生き続けるのだ。

 

 俺達はこの場所に別れを告げて、それぞれのギルドへ戻る。青い天馬、蛇姫の鱗もそれぞれのギルドへ帰っていった。そういえばルーシィはエンジェルの持っていた三つの黄道十二門の鍵を手に入れたらしい。

 

 そして今、俺達は帰りの船の上にいる。俺は船の甲板の端で海を眺めながら、精霊石を手に握りしめていた。

 

「どうしたの?」

 

「別に」

 

「あ、それ。バトル・オブ・フェアリーテイルの時の」

 

「またダメだった」

 

「使ったの!?」

 

「あぁ。暴走して戦ってたらジェラールが来て、炎を受け取ったら意識が戻ったんだ。その時だけ俺はこいつと完全に融合出来た。結果的には勝ったけど、この力を使いこなさきゃこの先きっと誰も、何処も守れない……あいつを倒す為にはこの力が必要だ」

 

「……ゆっくり頑張っていこうよ。ラランならきっと出来るよ」

 

「……そうだな。はぁ何か一気に疲れた。帰ったら一週間くらい寝てようかな」

 

「一緒に仕事言ってくれないとあたしの家賃が……」

 

「あ、そういえばロロナが時間が出来たら何処かに行こうって言ってたな。どこだったか……」

 

「ロロナさんと!? それあたしも行く!」

 

「……アランヤ村だったっけ……?」

 

「ちょっと聞いてるの!?」




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アランヤ村

 ギルドに無事帰還した俺達は皆からの歓待を受ける。そしてエルザの招待によってウェンディとシャルルが妖精の尻尾に加わった。

 

 ウェンディが天空魔法を使い、天空の滅竜魔導士であることを打ち明けると皆は大いに喜んだ。滅竜魔導士はそもそも珍しい人材であるのに妖精の尻尾に三人もいるのだと自分のことのように喜ぶギルドメンバー達を見て、まさか信じてくれるとは思っていなかったウェンディも嬉しそうだ。

 

「ウェンディちゃん可愛いねぇ。トトリちゃんとツェツィちゃんみたい」

 

「……誰?」

 

「あっ、こないだ言ってたアランヤ村に住んでる姉妹なんだ。あれから十年も経ってるからツェツィちゃんはも大人なんだろうなぁ」

 

「その件だけど、しばらく暇だし行こうぜ。アランヤ村」

 

「えっいいの!?」

 

「あぁ。ルーシィも一緒に行きたがってたけど」

 

「うん! 勿論いいよ!」

 

 俺はそのことをルーシィに伝え、準備をする為にアトリエに戻った。確かアランヤ村はアーランド王都から見て南西にある小さな漁村だ。フィオーレから見れば大きく東側に行ったところにある。陸路ならばフィオーレからボスコとアールズという小国を超えてアーランドに辿り着くが。ここから出発となるとハルジオン港から船でローリンヒルの岬を超えてアーランド内海に侵入して直接向かうのが速いだろう。

 

 そういえばアールズはどうなっているのだろうか。アールズ王国の国王と父上は旧友であったから友好関係が続いていたが。そしてお姫様は元気だろうか。名前はメルルリンス姫だったか。以前訪れた時はまだ生まれたばかりだった。今はもう11歳あたりでウェンディと近い歳になっている。

 

「しかし、ロロナはモテるんだな」

 

 ギルドにもロロナはすっかり馴染んでいた。ミラに続く看板娘として料理をしたり、運んだり。特にロロナのパイはここでも大人気で毎日あの香りがギルドには漂っている。マカオやワカバのおじさん連中には鼻の下を伸ばされている。年齢も24歳と年齢だけは大人のお姉さんだからな。顔や行動は子供のままだが。

 

 そう考えながら旅の準備をしているとチャイムが鳴った。きっと準備を済ませた二人だろう。俺は玄関を開けるとやはりロロナとルーシィだった。

 

「ララ君準備できた?」

 

「あぁ。すぐに出よう。船で行くのか?」

 

「うん!」

 

 俺達はマグノリアを出発し、ハルジオンへ向かった。その途中でロロナに片道の時間を聞いたところ二、三週間はかかるらしい。そりゃ時間が出来たらでいいという訳だ。

 

 ハルジオンに着くと腹ごしらえをして船に乗り込んだ。アランヤ村は魚の漁獲量が多いため、商人たちの乗る船がハルジオンからも出ているらしい。今回はそちらに乗せてもらう。

 

「私はロロナさんに最初に聞いたからいっぱいお着替え持ってきてるわよ!」

 

「俺は秘密バックがあるから忘れ物という概念が存在しないんだ」

 

「それじゃしゅっぱーつ!」

 

 船は汽笛を鳴り響かせて出発した。ここから三週間の船旅か。とはいえあっと言う間に過ぎてしまうのだろう。

 

「ねえララン! 船のお部屋凄いよ! ねっ行こ!」

 

「おう」

 

 ルーシィに腕を掴まれて強引に連れていかれる。急だったので首ががくっとなって折れるかと思った。甲板にいた俺達は客室が並ぶ室内に移動し、俺達が泊る部屋の前まで来た。

 

 ロロナが全ての計画をしている時点で若干不安があったがそれはやはり的中していた。ロロナとルーシィは女性同士でまだ同部屋でもいいが、なぜ俺の部屋が別じゃないんだ。

 

「空き部屋は無いのか。俺が同部屋は不味いだろ」

 

「あ、あたしは別にいいよ」

 

 そういうなら甘んじて受け入れよう。

 

「見て見て。広いよね。あたし船旅なんて初めて!」

 

「良い部屋だな。これなら快適に過ごせそうだ」

 

「エスティさんに言ったらこの部屋を押さえてくれたんだ。えへへ」

 

 こうして始まった三人の船旅はあっと言う間に進み、何事もなく最終日に突入した。

 

「もうすぐ着くぞ」

 

「もうローリンヒルを超えたし、ほんとにあとちょっとだよ」

 

「あれがアランヤ村かな?」

 

 ルーシィが指さす先には小さな集落が見えた。停泊所も見えるし恐らくあそこがアランヤ村だろう。それにしても一瞬だったな。この三週間のことを何も覚えていない。

 

「とうちゃーく! 懐かしいなぁ。何も変わってない。でも少しだけ賑やかになったかな?」

 

「ほんとに小さい漁村なんだな。人の数も少ない。でも活気には溢れてるな」

 

「結構見られてるわね。外から人が来るのは珍しいのかしら」

 

「二人とも、こっちだよ!」

 

 ロロナは俺達を先導して歩き始める。この小さい村では俺達の恰好は華美に見えるだろうから普段より目を引いている。ロロナやルーシィに視線が集まっているのが俺にも分かる。

 

 ロロナが指さした先は小さな丘の上にぽつんと立つ一軒家。煙突からもくもくと煙が上がっている。あそこにトトリちゃんとツェツィちゃんがいるのだろうか。

 

「行こう。ルーシィ」

 

「うん」

 

 俺達はロロナに付いていく。ロロナは玄関の前に立つとチャイムを鳴らした。中から出てきたのはそれは美しい、ミラと並ぶほどの美女だった。サラサラの靡く黒い長髪に清楚な水色のワンピース。まだ垢ぬけていない様が実に素晴らしい。

 

「う、美しい……」

 

「ちょっとララン?」

 

「あ、あの、どちら様ですか?」

 

「……もしかしてツェツィちゃん?」

 

「……? そうですけど、どうして私の名前を」

 

「私ロロナ! 昔この家でちょっとお世話になったんだけど覚えてないかな」

 

「え……嘘……」

 

 ハッとしたツェツィさんはバタンと勢いよく扉を閉めて家に戻ってしまった。歓迎してくれると思っていたロロナは『あれ』と小さく呟いて固まってしまった。

 

 しかしすぐに先ほどより強く扉が開かれた。するとツェツィ以外に二人出てきた。二人とも女性でツェツィさんに顔が似ている。

 

「あんた、よく戻ってきたね!」

 

「ロロナ先生、お久しぶりです」

 

「ギゼラさん! トトリちゃん!」

 

「まぁ僕もいるんだけどね」

 

「あっグイードさんも」

 

 三人だった。あまりにも影が薄くて見えていなかった。ワイワイと盛り上がる一家とロロナに置いてけぼりの俺達は暫く放置された後、ロロナに紹介された。

 

「私の今の仲間です。ララ君はアーランドの時からのお友達で、ルーシィちゃんはフィオーレからのお友達」

 

「そうかい。よくきたね。中に入りな」

 

 恐らくツェツィさんとトトリちゃんのお母さんであろうギゼラさんに招かれて家の中に入った。中は幸せな家庭を想像させるキッチンやリビング。そして二階にも部屋がある。

 

「十年ぶりだね。ロロナ。あんたがちょっと散歩に行ってくるって言って帰ってこなくなってから」

 

「えへへ。色々あって」

 

「まぁ聞かないよ。娘はもうあんたが帰ってきただけで泣いちゃって二階に行っちゃったからね。戻ってきただけで嬉しいよ。あんたがいない間にツェツィもトトリもすっかり大きくなっちまったよ。あんたが教えてくれた連記述っていうの?もやってるよ。まあまあ積もる話もあるだろうからしばらく泊っていきな。そっちのお二人さんは後でこの町を案内するよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 優しい人だな。それにしてもロロナは錬金術を教えていたのか。というか教えられていたのだろうか。俺が教えてもらった時はぐるぐるとか擬音でだいたいが賄われていた気がするんだが。それで理解できたならとんでもない才能だな。

 

「この辺りに人が住んでいる集落はここだけのはずだが交易だけでこれだけ栄えているとはな」

 

「数年前からですよ。こんなに活気が出てきたのは」

 

「ツェツィさん。どうも私はララバンティーノ・ランミュートです。以前はロロナがお世話になりました」

 

 高台の上に建つ家の窓から村を眺めているとツェツィさんが話しかけてきてくれた。実は彼女の名前はツェツィではないらしい。どうやらあのお母さんの強い意向でツェツィさんはツェツィーリア、妹さんのトトリちゃんはトトゥーリアという名前らしい。しかし長いし呼びづらいということで村の人にも両親にもツェツィ、トトリと呼ばれているようだ。ちなみにツェツィさんは20歳。トトリちゃんは15歳らしい。ルーシィとトトリちゃんは歳も近いし話も合うだろう。

 

「数年前に何か?」

 

「アーランドが焼け落ちてから、この村も影響を受けて衰退していたんです。でもロロナさんがアーランドから流れ着いて、私たちに錬金術を教えてくれました。私には習得できなかったけど、トトリちゃんには才能があったみたいで。トトリちゃんを中心にこの村を復興させる為に色々と頑張ってくれたんです。それに私や両親、そして村の人たちも協力してくれて、ここまで復興出来たんですよ」

 

「そうですか。それは私も救われる思いです」

 

「え?」

 

「あ、いえ。私もアーランドの生まれですから。このようにアーランドの一部が復興しているのは嬉しいです」

 

「そうですね。この村は私たちが守りたい場所なんです。だからここに残った。今の活気は皆の努力の賜物です」

 

 笑顔で話してくれるツェツィさんに俺も救われる思いだった。アーランド王都が焼け落ちてもこうやって地道な活動によって力を取り戻した場所もあると知れたことは大きな収穫だ。

 

「もしもアーランドを復興させたいとしたらツェツィさんは協力してくれますか?」

 

「え? え、えぇ勿論。私だけじゃなくて村の皆が協力すると思いますよ」

 

「ありがとうございます。では私は村を見物させてもらいますよ」

 

 その言葉を受けた俺は吊り上がろうとする口角を手で押さえながら、ツェツィさんに背を向けてヘルモルト家を出た。続いてルーシィも家から出てくる。ルーシィはロロナとトトリちゃんと話していたようだ。

 

「トトリちゃん凄いわよね」

 

「復興の話か?」

 

「うん。私より年下なのに村を復興させたいって気持ちで本当にこんなに村を活気付けちゃうんだもん。あたしも頑張らなきゃな」

 

「すげぇよ。生活は苦しかったはずなのにここから逃げずに努力して、今は豊かで笑顔の溢れる生活をしてる。錬金術にはこんな力もあるんだ。俺もまだまだだな」

 

「あんたたち何黄昏てんだい」

 

 アランヤ村の人々に感心して二人してため息をついていると、坂道を登って帰ってきたギゼラさんに声を掛けられた。腰に手を当てて俺達の背中に蹴りを入れて無理やり立たせる。

 

「この村を案内するよ。何もない村だけどね」

 

 俺達はギゼラさんに続いて家から坂を降りて村の中心部に向かっていった。先々ですれ違う人達は全員がギゼラの顔を見ると挨拶をしていく。人口の少ない村だから顔も覚えられているのだろう。

 

「まぁ連れてくるところって言ったらここぐらいかね」

 

「バー、ですか」

 

「あんたらどっちも20歳以上だろ? じゃあ一杯奢ってやるさ」

 

「あ、あのあたし17歳なんですけど……」

 

「えっ!? あんたそんな身体で17歳なのかい!? トトリとは大違いだね……」

 

 ギゼラさんは主にルーシィの胸を凝視しながらそう言った。確かにトトリちゃんの胸部は平だったな。ツェツィさんは結構大きかったが。

 

 ギゼラさんに続いて、バーに入ると正面にグラスを磨くマスターが見えた。客はまだ昼ということもあってかパラパラといる程度だ。

 

「おや、ギゼラか。こんな時間から珍しいな。後ろの二人は?」

 

「昔うちにいたロロナの連れさ。あの子が帰ってきてね」

 

「そうか。お前たちは心配していたからな。よかった」

 

「どうも。ララバンティーノ・ランミュートと申します」

 

「ルーシィです」

 

「私はゲラルドだ。このバーのマスターをしている」

 

 白シャツにサスペンダー、赤と白のチェック柄の蝶ネクタイにダンディな口ひげ。いかにもバーのマスターをしていそうな風貌のゲラルドさん。磨いたグラスを置いて自己紹介をしてくれた。

 

 ゲラルドさんからこの村の復興話を聞いた。ゲラルドさんもトトリちゃんたちと並ぶ中心人物の一人らしい。何でもフィオーレまで船で出かけては人々の依頼を集めて村の人々で解決するという魔導士ギルドの真似をして資金集めを中心にしていたようだ。今でもその活動は継続しているようで、カウンターの横手にはクエストボードがあり、依頼書が張り付けられている。内容はモンスターの討伐から、物の調達、採集、お悩み解決まで多岐に渡る。

 

「懐かしいな。あの頃は大変だった。その日の飯もままならないような暮らしだったよ」

 

「でもあたし達は諦めなかった。だろ?」

 

「はっはっは。そうだな。それに楽しかった。停滞し、衰退した村が栄えていく様子を見ているのは楽しかったな。それもお前やトトリ、ツェツィが動き出してくれたからだ。そうでなければ私たちはここで今も貧しい暮らしを送っていた」

 

「まったくあたしの娘たちも大きくなったもんさ。それにツェツィにはメルヴィ、トトリにはジーノがいたからね。逞しく育ってくれたよ」

 

 懐かしむギゼラさんはカウンターに座って酒を流し込んだ。そこには母としての顔が見えていた。俺にもルーシィにも既に母は居ない。母の愛を受けることがどれだけ羨ましく思った事だろう。

 

「しんみりしちまったね。ほら家に帰るよ。今夜はご馳走だ」

 

「君たち、いつでもここに来ると良い。私たちはいつでも歓迎だ」

 

「ありがとうございます」

 

 バーを後にした俺達は再びヘルモルト家に戻った。高台への坂道を上る途中で家を見ると煙突から煙が噴き出していた。

 

「あ、おかえりなさい。ロロナさんとトトリちゃんは二階にいますよ」

 

 ツェツィさんの言葉を受けて、俺は二階へ向かった。部屋は三つあり、それぞれにトトリの部屋、ツェツィの部屋と夫婦の部屋と木の看板に書かれている。俺はトトリちゃんの部屋をノックする。

 

「はーい。あ、ララバンティーノさん」

 

「トトリちゃん。ロロナは?」

 

「あ、中にいますよ。錬金術を教えてもらっていたんです」

 

「ロロナに……?」

 

 以前もロロナに教えてもらっていたんだろうが、それで本当に理解できていたのだろうか。ツェツィさんもロロナに錬金術を教えてもらったそうだが、習得できなかった。それはツェツィさんに錬金術の才能が無かったわけではない。いやロロナの教えを理解する才能が無かっただけだ。

 

「あ、ララ君。トトリちゃんに錬金術教えてあげて。トトリちゃん困ってるみたいで」

 

「そりゃぐるぐるとがちゃがちゃじゃ分からんだろ」

 

「えー!? 分かりやすいと思うんだけどなぁ」

 

「ロロナの弟子ならロロナが教えた方がいい。でも便利なスキルを教えてあげるよ」

 

「はいっ! お願いします」

 

 期待に胸を膨らませるトトリちゃんに一つのアイテムを見せる。

 

「ここにクラフトがある。使うと爆発するよな」

 

「はい。そしたらなくなっちゃいます」

 

「そうだ。アイテムは使用回数を使い果たすとなくなってしまう。でも、よーく見てろよ」

 

 俺は両手で握ったクラフトを引き裂くように左右に引っ張った。ロロナとトトリは爆発を恐れて目を手で覆うように隠したがいつまでも何も起こらない事にゆっくりと目を開けた。するとトトリの目の前には俺の右手と左手に一つずつ握られたクラフトがあった。

 

「あ、あれ? 一つだったはず」

 

「これは高速複製。デュプリケイトって呼んでる。錬金釜を介さずに錬金できるのさ。便利だろ?」

 

「凄いです!」

 

「何日かここにはいるはずだから教えるよ」

 

 こうして数日間のバカンスではないがアランヤ村での暮らしが始まった。アーランドの片隅にある小さな村は発展を遂げて、俺に希望を与えてくれた。この日々を無駄にしないようにしなければ




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弱虫な自分へ

早いもので50話らしいです


 アランヤ村に来てから六日が経った。トトリに錬金術やデュプリケイトを教えたり、ツェツィと一緒に料理をしたり、ギゼラさんと魔物退治に行ったり、グイードさんの船建造を見物したり、実りの多い日々だった。

 

「ツェツィの料理は本当に美味しいよ」

 

「ありがとうございます。でもラランさんは本当に料理が下手なんですね。ふふ」

 

「したことないからな……」

 

 ツェツィさんとの料理は醜態の連続だった。ほぼ初めての料理だったから加減が分からずに失敗続きでツェツィさんの介護によって出来上がった料理も食えたものでなかった。錬金術の料理ならこうはならないのに。

 

「トトリ、どうだ出来るようになったか?」

 

「はい! こう、ですよね」

 

 一週間もせずにトトリはデュプリケイトを習得しつつあり、錬金術も上達していた。やはり十代の成長期は全てにおいて伸びが大きいのだろうか。身体の成長はまだ来ていないようだがこれからだろう。

 

「ギゼラさん、この辺りの魔物は中々強いようですけどいつもお一人で?」

 

「いやいやもう一人メルヴィって子がいるんだけど今は遠方に出て行っててね」

 

「じゃあ今日は俺が手伝いますよ」

 

「それはありがたいね。全く寄る年波には勝てないよ」

 

 ギゼラさんの剣の腕前はピカイチだった。フィオーレよりも狂暴な魔物たちをばったばったとなぎ倒していく。寄る年波には勝てないと本人は言うが、正直俺抜きでも全く問題ない強さだった。これらの魔物は依頼が出されていた地区に証拠として差し出す。それでもって褒賞を貰うのだ。

 

「漁船はグイードさんが全て作ってるんですか?」

 

「ああ。だいたいな。ギゼラが毎回壊すから大変だ」

 

 このグイードという男。ギゼラさんの旦那である理由が分かる気がする。普段は温厚で娘たちから認識されないほど影が薄いなよっとした感じの男性だが、いざ船造りとなれば顔から姿勢まで全てが変わり男らしい漢になる。それでいてこの村の造船の全てを請け負っているというのだから凄さは計り知れない。

 

「それでどう? この村」

 

「皆本気で生きてる。明日の生活の為や未来の生活の為に。ぬくぬくと育ってきた俺が馬鹿らしいよ」

 

「あたしもそう思う。でもここでの話を早くギルドの皆に話したいな。皆こういう場所好きそうだもん」

 

「この村は一つのギルドのようなものなんだろうな。一人一人が助けあって支え合っている」

 

「ふふ、あたしここにここに来られてよかった。ありがとねララン!」

 

「ララくーん、ルーちゃーん! 早く帰ってこないとご飯無くなっちゃうよー!」

 

 家の外で星空を眺めて話し合っていた俺とルーシィは、家から出てきたロロナに呼びかけられる。このヘルモルト家で夕食を取る。ここでの生活はギルドとはまた違う家族の形を見せてくれている。夕食を誰かと取るというのはいつぶりだっただろう。さらに言えば誰かがご飯をよそってくれて、また俺が誰かのご飯をよそって、今日あったことを話して、笑顔が溢れる。この空間に生まれた時から憧れを抱いていた。

 

「あのラランさん。ちょっといいですか」

 

「どうした」

 

 夕食が済んだ後、ツェツィが皿を洗っている時にトトリに呼び止められた。少し俯き加減で後ろめたいことがありそうな表情だ。俺達は家を出てすぐの井戸まで移動した。

 

「あ、あの……外の世界の話を聞かせてくれませんか?」

 

「外の世界?」

 

「私、昔は身体が弱くて、今もお姉ちゃんに心配されて村と近くの入り江までしか行ったことなくて……いつも眺めている海の向こうや家の高台から眺める大地はどうなってるんだろうって考えるんです。今は村のことが一番ですけど、いつか村を出て冒険がしてみたいんです」

 

「そうだったのか。外の世界ね。全てが謎に包まれた機械の塔や小麦が生い茂る黄金の平原、常に夜を纏い続ける場所。この世にはそんな場所が実在する。この世は不思議な場所に溢れてるよ」

 

「わぁ……言葉にするだけで面白いですね! 行ってみたいなぁ……」

 

「もしもその時が来たら妖精の尻尾に来ると良い。仲間が君を待っている。錬金術は魔法にも負けない武器だ。魔導士にだって勝てる。これをトトリにプレゼントしよう」

 

 俺は背負っていた杖の一本をトトリに握らせた。トトリはその杖を両手に握ると強い眼差しでコクリと頷き、背中に杖を背負った。キラキラと光り輝く杖は純真なトトリを更に引き立てるように彩った。

 

「その杖は精霊の杖。聖なる力を付与された杖でトトリの強力な武器になるはずだ。今はツェツィやギゼラさんに心配されているかもしれないが、錬金術を駆使してその杖を使えばきっと皆を見返す力になる」

 

「私の武器……ありがとうございます!」

 

「外の世界について知りたいなら俺が仕事で行った場所の話でもしようか」

 

「はいっお願いします!」

 

「そうだな。まずは住民が悪魔になってしまう島があってな……」

 

 その夜、俺はトトリに仕事で出会った人々の話、珍しい場所の話、アーランドにある場所の話をした。好奇心に胸を躍らせるトトリの目はキラキラと輝いて全てを照らすような明るさを誇っていた。

 

 翌朝、気付けばアランヤ村に滞在する最終日になっていた。今日の昼の定期便でハルジオンに帰ることになる。この一週間、フィオーレとの日々とは全く異なる日を過ごした。こうしてルーシィやロロナと布団を並べて寝て起きるのも最後だ。横にはまだロロナとルーシィが眠っている。起きるにはまだ早すぎたか。だが目が冴えてしまうともう一度寝るというのは難しいもので、俺は立ち上がって階段を降りてリビングに出た。

 

「あら? ラランさん早いですね」

 

「こんな早くから朝食を?」

 

「はい。皆起きた時にすぐに出してあげたいですから」

 

 まだ朝陽が上り始めたばかりの早朝に台所に立つツェツィは一人で黙々と朝食の準備を始めていた。慣れた手付きで材料を切り、調理していく。だんだんといい匂いが漂ってきて、ついこちらの胃も反応してしまう。

 

「ラランさん達は今日帰るんですよね。一週間早かったなぁ」

 

「また来るよ。アーランドは俺達の故郷だ。いつかまた大きなアーランドを築くために必ず来る」

 

「え?」

 

「いや、こっちの話。少し朝の散歩に行ってきます」

 

「あ、はい。今朝は霧がかかっているので気をつけてくださいね」

 

 ツェツィに言われたことを気にかけつつ、家を出た。街の中までは薄い霧が覆っている程度だったのだが、入り江に近づくにつれて霧が濃くなっていった。入り江に出る途中の森の中では前が全く見えないほどの濃霧になっていた。流石に危険かと思い、引き返そうとすると前方に人影が見えた。

 

「ん? 人?」

 

「おや? 誰かと思えば時期王と名高いジオ様の御子息ではないか」

 

「アストリッド……!? 生きてたのか! 良かった!」

 

「む? どうした。そんなに馴れ馴れしく接してくるような仲ではないだろう」

 

「……?」

 

 霧の中に突如として現れた女性は俺とロロナの師匠であるアストリッド・ゼクセスに違いない。風貌や服装、仕草まで本人である。しかし彼女の言動だけは俺と接していた初期の頃のような態度になっている。

 

「最近はロロナの手伝いをしているようだが何を企んでいる。まさかロロナに色目を使っているのではないだろうな。それだけは絶対に許さんぞ」

 

「どういうことだ……」

 

「そうよ! あんた最近ロロナにべたべたしすぎなんじゃない!?」

 

「クーデリア!?」

 

 そしてまた背後から現れたのはロロナの親友であったツンデレ貴族お嬢様のクーデリア・フォイエルバッハ。その姿は10年前から変わらず小さいままだ。身長が変わらないのは不思議ではないが顔すら全く成長していない。困惑していると霧から次々に人が現れる。

 

「全くキャベツ税なんてどうかしてるんじゃないか?」

 

「イクセル……」

 

「君たちに振り回されていたら美しい華の声に気が付けないよ」

 

「トリスタン……」

 

 彼らは俺を囲うように現れ、じりじりと俺との距離を詰めてくる。彼らの声は木魂し、脳に響き渡るように、だんだんと俺を責めるような口調になり、言葉になっていく。まるで心が攻撃され、実際に痛みを伴っているようにすら感じ始めた。

 

「お前がだらしないからアーランドはああなってしまったんじゃないのか?」

 

「私の息子として国を守れなかったことは恥ずべきことではないのか?」

 

「あんたがもっとしっかりしてればアーランドは亡くならなかったわ」

 

「国民を守れない王子なんて信用ならないぜ」

 

「美しい国が灰燼に帰してしまったのは君の責任じゃないのか?」

 

「やめろ……俺は……やめろ!!」

 

 俺は手を振り回して彼らを遠ざけようとしたが彼らはますます迫り来た。彼らの目は赤く光り、何倍にも大きく映って見えた。感じる恐怖も増していき、ついには腰が抜けて尻もちをついてしまった。それでも何とか逃げようと手を振り回しながら這っていく。彼らの声に聞こえないふりをしながら必死に這った。

 

「助けてくれ! 誰か!」

 

 喉が裂けるほどの大声で助けを請うた。しかし返答をするのは怪しく目を光らせる彼等だけだ。彼らは念仏のように誰も助けない、お前は誰も助けられないと口を揃えて言う。

 

「うぅ……!」

 

 俺は抜けた腰を何とか奮い立たせ、立ち上がると、来たはずの道を走った。しかし一向に彼等との距離は遠ざからず、そして不思議にも霧も晴れる気配は無かった。

 

「逃げ場がない。話も通じない。戦うしかないのか……」

 

 剣に手をかけ、ポーチを探る。彼等と相対した時その手はだらんと下に垂れた。勝てないのだ。俺がどう工夫して機転を利かせた所で剣では父に勝てず、錬金術ではアストリッドに勝てない。体術のトリスタンとイクセルが近接でクーデリアは遠距離から銃でこちらを狙うだろう。勝てるビジョンが全く見えない。

 

「お前は私たちを救わなかった救えなかった。誰もお前を助けない」

 

「一人だけ助かってのうのうと暮らす気分はどうだ?」

 

「うっ……俺はそんなつもりじゃ……」

 

 尚も迫り来る彼らを前に俺は一歩を踏み出すことが出来なかった。それどころか後ろに一歩後ずさりしてしまった。俺にはまだ彼らと向き合う勇気が無かった。彼らに対する罪悪感とこうして生きていることの後ろめたさが心の根底にへばりついたまま生きてきた。俺はこのまま生き続けてもいいのかと考える日もあった。

 

「俺は……俺は……」

 

「ララーーン!」

 

「ルーシィ!?」

 

 背後から霧を突き抜けて飛び込んできたルーシィはすぐに腰の鍵に手をかけてバルゴを召喚した。それに続いてロロナとギゼラさんが霧の内部に侵入してきた。

 

「この辺りでは極稀に幻覚を見せる霧が発生するのさ。霧を払う方法は幻覚を全て消すことだけなんだよ」

 

「幻覚……?」

 

「うん。あの師匠はくーちゃんは偽物だよ。はやくやっつけちゃおう!」

 

「やっつけるって俺が勝てる訳ない……」

 

「逃げちゃダメだよ! もうララ君は弱虫じゃない」

 

「俺は……そうだ……俺はもう弱虫じゃない……!」

 

 俺は決意を持って、彼らと向かい合った。そして三人と共に戦闘の末、幻覚に勝利し、霧を振り払うことが出来た。三人が来てくれなかったら俺はどうなっていただろう。最悪命を落としていたかもしれない。

 

 家に帰った後、ツェツィさんには申し訳なかったが食事を取る気分になれず、家の外の井戸の淵に腰掛けて潮風に当たっていた。しばらく切っていない伸びた髪がそよぐ。風が目を乾燥させる。思わず瞬きをした時には涙が零れる。そこへ食事を済ませたルーシィが駆け寄って同じく井戸の淵に座った。

 

「あの四人ってラランの知り合いなの?」

 

「あぁ。眼鏡の女性は俺とロロナの師匠のアストリッド。ナツに似たピンクの髪はイクセル。ロロナの手伝いを一緒にしていた。帽子のイケメンはトリスタン、任務でロロナの邪魔をするように命じられたんだが、いろいろあって手伝いをしていた。そして髭のコートの男は俺の父。ジオ」

 

「話には聞いてたけどあんな見た目なんだね。あんまりお父さんと似てないのね」

 

「昔から言われたよ。ジオ様の息子なのにって……」

 

「あっごめん。そういうことじゃなくて……」

 

「ロロナと話してたの聞こえてたろ。俺は弱虫だ」

 

 俺は王であるジオの息子として生まれた。だが母の顔は知らない。俺を生んだ共に亡くなったと聞いている。母のことは聞くなと父に言われていたから特に聞いたことは無い。俺は父の息子として、王の一人息子として重大な責任をもって育てられた。礼儀作法から教養、剣術や槍術の武術を教え込まれた。

 

「だが俺には天賦の才も努力の才も無かった。礼儀作法はぎこちなく、教養の覚えは悪い。武術は父と比較され、勿論足元にも及ばない力量だった。それでも父やエスティ達は俺を愛してくれた。俺はそれに感謝しながらも、重圧を感じていた。俺は権力にすがるしかない弱虫だった」

 

「そんなこと……」

 

 国の再開発方針によって大臣主導でアトリエの取り潰しが決定した後、アトリエの存続をかけてロロナが3年間の任務をこなすことになった。俺とステルクが審査の担当になったが、俺は弱さを見られるのが怖い余り、高圧的に接していた。その時の俺は自分は偉い、強いと思い込むことでしか自我を保つことが出来なかった。

 だがロロナ達と接することで俺は初めて自分の意思で動くようになった。極めつけは錬金術だ。初めて自分からやりたいと思えることだった。だから楽しかった。レシピを覚えようと、新たに開発しようと必死になれた。だから今もやめられない。

 

「あれから十年だ。十年経って幻覚とはいえ彼らと対峙して俺は助けを請い、地を這い、逃げることしか出来なかった。俺はまだ弱虫だ……」

 

「そんなことない! ラランは何回もあたしを守ってくれた! 皆を守ってくれた。身を挺して、危険を冒して。ハルジオンで初めて会った時は船まで助けに来てくれた。ハコベ山では連れ去られたあたしをバルカンから守ってくれた。エバルーの所ではエバルーに捕まったあたしを助けてくれた。幽鬼の支配者との戦いでは誘拐されたあたしを助けてくれた。ロキが死んじゃいそうな時はあたしに魔力を貸してくれた。エンジェルとの戦いではあたしを庇って最後の一撃を受けてくれた。たくさん助けてもらってるの。ラランは弱虫なんかじゃないよ!」

 

「ルーシィ……ありがとう」

 

「っていうかあたしピンチになりすぎかも」

 

「いいんだよ。ピンチになったら絶対俺が助けてやる」

 

 この日、俺達は再びアーランドを出発する。この小さいながらも活気に溢れる村を。トトリという少女は将来強くなるだろう。彼女はあの時の俺より既に強い。逸材だ。

 そして森で見た幻覚たち。トラウマを思い出すような体験だったが、俺の決意はさらに強くなった。俺達は定期便に乗って、ギルドへの帰路に着いた。世話になったトトリやツェツィに手を振りながら。トトリの背中には授けた精霊の杖が光っている。

 

「くるっぽー」

 

「鳩?」

 

 アランヤ村からハルジオンへ帰る船上。一羽の白い鳩が俺の腕に止まった。その鳩は手紙を運ぶ伝書鳩で足に手紙を巻きつけていた。そんなことをする人物と言えば一人しか思い浮かばない。ステルクだ。白い伝書鳩といえばというようなイメージすらある。そして肝心要の手紙の内容はというと。

 

『お譲りするものがございますのでお気を付けてクロッカスまでお越しください』

 

 譲るもの。頭を傾げる内容だが俺は手紙をポケットにしまい、ロロナとルーシィにそのことを話した




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もう一人の私

 今日はアランヤ村からハルジオンへ移動した翌日。流石に三週間の移動を終えた後にまたすぐクロッカスに移動するのは酷だったのでハルジオンに宿を取り一泊した。

 

 次はどこへ向かうのか。先日も仕事や所用で赴いたクロッカスだ。フィオーレ王国の首都であり、その街や王宮の絢爛さから華の都とも呼ばれる大都会だ。フィオーレでは地方都市レベルのマグノリアとはレベルの違う都市である。

 

 ではなぜ向かうのか。それは何とも言い難い。ステルクからの手紙によれば譲りたいものがあるから来てほしいとのことだった。とすれば、その譲りたい物というのを貰いに行くというのが正しいのだろう。

 

 宿までは一緒だったロロナとルーシィは一足先にギルドへ帰っていった。というか目を覚ましたら既にいなかった。俺が起きたのが既に昼を回っていたというのが原因の一つかもしれないが。

 

 何はともあれ、準備を整えて、ハルジオンの駅へ向かった。ハルジオンからクロッカスへは列車を使って移動する。一人の旅は楽でいい。寝ていれば勝手につく。ナツの乗り物酔いの面倒も見なくていい。少し寂しいこともあるが。

 

 列車を待つ間は荷物が重く感じられる。そんなに多く荷物を詰めている訳でもないのに。しばらくして列車が到着すると、それに乗り込み、座席に腰を降ろす。ここから数時間の列車旅だが俺は眠っているだけだ。

 

「ふぁ~あ。よく寝た」

 

 目を擦りながら列車を降りる。駅の時計を見ると確かに移動した時間が経過している。何故寝ている時間というのはあんなに早く時間が過ぎるのだろう。

 

 それにしてもクロッカスは人が多いし駅も大きい。どの人も早歩きで目的地へ向かっていく。駅も幾つもの出口から成り、どこから出ていいか分からない。以前は列車を降りたところでエスティが出迎えてくれたから道に迷うことも無かったのだが、今回はそうもいかない。

 

 何とか出口まで辿り着き、辺りをぐるっと見回した。あれだけ大きな王宮なのだからすぐに見つかるだろうという考えだ。実際すぐに王宮は見つかった。しかし俺が出た出口は王宮へ向かう為の出口とは反対側の出口だったようだ。

 

「あ、お待ちしてましたよ」

 

 ようやく王宮の門前まで辿り着くとエスティが待っていた。王宮に入るには許可がいるらしくエスティが案内をしてくれた。廊下を暫く歩き、応接室に案内された。

 

 それにしてもエスティはこの王宮でもそれなりの地位を築いているのか、それともただ恐れられているのか、すれ違う兵士や職員たちに頭を下げて挨拶をされていた。

 

「お待ちしておりました」

 

 応接室に入ると憂い気な顔をしていたステルクが立ち上がって頭を下げた。俺はステルクに対するように席に着き、エスティはステルクの横に座った。ステルクはずっとため息をついている。

 

「さて……譲りたい物というのは?」

 

「はい……こちらです」

 

 ステルクは一振りの刀を机に置いた。どこかで見たことがあるような無いような。やはり見たことがあるような気がする。

 

「この刀は名刀具羅無。アーランド最高の一振りで、ジオ様が所有者でありました。数年前のアーランド調査で発見された物です」

 

「……!?」

 

「本当は六魔将軍討伐の前に渡そうと思っていたのですが、王子の精神状態を考えた時と私たちの中で踏ん切りがつかなかったということもあって遅れてしまいました」

 

 この時、俺の中で一つの諦めがついた。あれだけの大災害を受けて、全員が生きているとは現実的には考えにくい。特に俺の目の前で災害そのものとも呼べるあの竜に立ち向かった2人については信じるだけで、心の隅では諦めの気持ちもあった。だが彼等が言葉に出さずとも、その俯き加減やたどたどしい言葉の繋ぎでそういうことなのだろうということは分かる。そして父上が使っていた刀がこうして発見されたということもまた一つ。

 

「見つけてくれてありがとう……」

 

「具羅無が発見された時からいつか王子と再会できた時に受け渡そうと思っておりました。しかしこの刀は大業物であり、妖刀でもあります。使う際はお気をつけて」

 

「妖刀?」

 

 俺は具羅無を手に取る。するとまるで魂が吸い取られるような感覚に襲われる。恐怖にも似た感情に思わず刀を放り投げるように手放してしまう。これが妖刀と呼ばれる由縁らしい。全ての物を切り裂く代償として使用者の精神を蝕む。強靭な精神力を持った父にしか使用できなかったのも頷ける。

 

「発見した調査員たちがこの刀を持った途端に眠る様に倒れ込むなどと報告されており、消耗の激しい力が秘められているようです」

 

「だが父が持っていたならば、俺が継ぐ。この刀は貰っていくぞ」

 

「元より譲るべきものですから。今日は王宮に泊って行かれますか?」

 

「あぁ。そうだな。移動の連続で少し疲れた」

 

 俺は具羅無を杖と同様に背中に引っ提げ、ステルクとエスティに案内されるまま宿泊室に足を運んだ。荷物を降ろし、具羅無と向き合う。普段は仕込み杖を武器としていた父が所有していた数少ない刀だ、それも最上級のもの。鞘から抜き、刀身を露わにすると力が更に持っていかれるのを感じる。刀身は刃毀れの様子もない。あの竜と戦った時には使用していなかったのか、それとも誰かが手入れをしているのか、はたまた竜と戦って尚刃毀れしないほどの刀なのか。

 

「この力があれば……」

 

 輝く刀身を見て笑みがこぼれる。新たな力を得るのは悪い気分ではない。明日の出発に向けて、具羅無を仕舞い、ベッドに入った。

 

「じゃあな。また来る」

 

「王子もお気を付けて」

 

「また会いましょうね。今度は皆で来てください」

 

 ステルクとエスティの見送りを受けて列車に乗り込んだ。また眠って居ればすぐに着くからと俺は列車が汽笛を鳴らして出発した数分後には目を閉じていた。

 

「……なんだ?」

 

 けたたましい音が鳴り響いている。乗客も何やらざわついている。無理に起こされて若干不機嫌だったが、列車のカーテンを開けて窓を開けると強い風が吹き込んできた。ゆっくりと目を開いて景色を見て見る。

 

「なんだ……これ……?」

 

 目の前に広がるのは真っ白で何もない平原だった。止まった列車がこれから進むであろう線路も途切れている。はっとして時計を確認するとクロッカスからマグノリアまでの移動時間は既に過ぎている。隣の乗客にここはどこかと尋ねると、マグノリアだった場所という回答が返ってきた。

 

「どうなってるんだ」

 

 俺は窓から列車を飛び降り、マグノリアの門があった場所に辿り着いた。マグノリアだけが綺麗に刈り取られたように消え去っている。街から少しでもずれた場所には変わらず草木が生い茂っているのがまた不気味だ。

 

「ん?」

 

 ふと上空を見上げると、マグノリアの上空だけ雲が無く、螺旋状に渦巻いている。まるでマグノリアを吸い込んだかのような形状だ。この街からは建造物のみならず人までもが全て消え去っている。これだけの規模を突然消し去るというのは不自然極まりない。どこか違う場所に転移させたと考えた方がまだマシだ。

 

「魔力も感じられない。この街から魔力が消えている」

 

 怪しいのはやはりあの雲の上だ。ポーチから絨毯を取り出し、あの雲へ一直線に向かった。全魔力を注ぎ込んで全速力を出して目を瞑って雲に突っ込んだ。雲に身体がぶつかった感触がした、しかし次の瞬間にはとても硬い物に頭からぶつかっていた。目を開けると薄暗い独房にいた。

 

 状況から言えば、俺はあの雲を突き抜けて、何故かこの独房の天井から落ちてきて、床に頭をぶつけてた。目の前の鉄格子の前には看守が2人。驚いた様子でこちらを覗いている。そりゃいきなり独房に人が現れたら驚くだろう。でもなぜ誰もいない独房の前に看守がいるんだ?

 

「お、おい本当に来たぞ」

 

「お、俺、報告してくる!」

 

 看守の一人は慌ててどこかへ行ってしまった。もう一人はそれを待つ間、俺の顔をじっくりと見ている。

 

「ここどこですか?」

 

「そ、それは言えませ……言えない! もうすぐ出してやるから大人しく待っていろ!」

 

「えぇ……」

 

 俺は独房にあったベッドに腰掛けて大人しく待つことにした。どうやら彼らの中で俺の登場は決まっていたことらしい。未来予知のような魔法が使える人間がいるのだろうか。そうして待つこと数分、先ほど出て行った看守が戻って来て、もう一人の看守と話し込むと、独房の鍵が開かれた。

 

「出ろ。王がお待ちだ」

 

「王……?」

 

「一応だが手錠と目隠しを付けさせてもらう」

 

 一方的に為されるがまま手の自由と視界を奪われた。王というのは王様という意味であっているのだろうか。だとすればここはどこかの国の独房ということになる。フィオーレ以外に考えられる国などほとんどない。だがあの雲を突き抜けたらフィオーレの独房に繋がっているとも考えづらい。

 

 看守が部屋の前で立ち止まると、連れられている俺も一度止まる。部屋に入り、俺は強制的に地べたに座らされる。正座のような状態だ。もちろん錠をかけられている手も地面につけられている。

 

「ヘルメス王。例の者をお連れしました」

 

「そうか。下がっていろ」

 

「はっ」

 

 看守が敬礼をして下がっていくと王と思しき人物が近づいてくる。音の遠さや響きからしてそれなりに大きい謁見室。そして階段を下る音だ。

 

「まずは目隠しを取ってやろう」

 

 王は背後に回ると、結ばれた布を解いてくれた。そしてゆっくりと目が開かれ、正面にいた王の姿に俺は一粒の汗を流した。

 

「俺……!?」

 

「こんにちは。もう一人の私。そしてようこそアーランド王国へ。私はアーランド王国第19代国王リードルック・ヘルメス・アーランドだ」

 

 目の前に現れたのは俺と同じ顔と体を持つ人間だった。頭には王冠を付け、国の紋章が刻まれたマントを羽織っている。まさに絵に描いたような王の様だ。

 

 困惑する俺とは反対に余裕綽々と言った様子で目隠しの布を捨てると階段を登って玉座に座った。足を組み、肘置きに肘を置いて頬杖をつく。俺は彼に触れられた時から何故か身体が動かない。その為両手、両膝を地面につけたまま、彼を見上げることしか出来なかった。

 

「まぁ束縛は必要ないと思うが一応だ。さて君は大変混乱しているだろう。ララバンティーノ・ランミュート・アーランド。知りたいことには全て答えよう」

 

「……ここはどこだ。どうして俺と同じ顔をしているんだ。どうして名前を知ってる」

 

「一気に聞くんじゃない。一つずつだ。ここはアーランド王国。私と君は同一人物だからだ。そして君のことはずっと監視していたからだ」

 

「アーランド王国は亡くなったはずだ」

 

「亡くなった? あぁ君の世界ではね。ここは君の世界とは違う世界だ。君たちの世界はアースランドと呼ばれるが、この世界に名前は特にない。ただ、この世界には既にエドラス王国とアーランド王国が世界の実権を握っている。

 

 君はマグノリアの街の上空に現れた穴を突き抜けただろう? そしてこの世界に来た。本来アニマを通じて世界を移動すればこちらのアニマの場所に移動するが、君を監視していた私は君がここの地下牢に移動するように仕掛けをしておいたんだよ」

 

「悪い。もっと分からなくなった。アニマって何だ」

 

「そうかアニマも分からないんだった。アニマとは君の世界からこの世界に魔力を吸収する超亜空間魔法のこと、君が突き抜けた穴はアニマの残滓だ。隣国のエドラスという国が国策として実施している」

 

「そのアニマってのがマグノリアごと吸い取ったってのか? てか何で魔力を奪うんだよ」

 

「端的に言えばそうだな……世界の仕組みが違うからだ」

 

「世界の仕組み……?」

 

「そう。この世界には空気中に魔力がない。故に人が魔力を持つことも無い。この世界でいう魔法とは体内の魔力を消費して炎や氷を出すことではなく、魔力を含有したラクリマを武器と組み合わせた魔法武器のことを言う。だがそれは使えば使うだけ無くなっていく。魔力は有限なんだ。それとアースランドの人間もこの世界では魔法が使えなくなる。魔力の生成が出来ないからだ。

 

 そしてこの世界では既に魔力は失われかけている。枯渇し始めた魔力を補うには別世界から奪うしかない。そこでエドラス王は6年前からアニマを実施していた。がしかし思ったような成果は出ていなかったらしい。それはある人物がアニマを塞いでいったからだ」

 

「随分勿体ぶった言い方だな。誰が塞いで回っていたんだ?」

 

「君のギルドのミストガンという男だ」

 

「ミストガン……!? あいつは……こっちの世界の人間だろ」

 

 と言いつつもミストガンのミステリアスな部分を考えると、納得をせざるを得ないような気もしてくる。

 

「ミストガン、それはアースランドの名前だ。あいつの本名はジェラール・エドラス。エドラス王国の王子だ。奴も体内に魔力を持っていない。事実どんな魔法を使うのか知らないだろう」

 

「確かに……」

 

「奴は私と協力関係にある。そこで君を呼び出したわけだ」

 

「お前の駒になれって?」

 

「その通り。私の野望は現エドラス王体制の崩壊とジェラールによる新エドラスの建設。そして新エドラスとアーランドの同盟締結による世界平和だ。魔力無き世界を私は目指している。そして君はラクリマとなって魔力を吸収される運命にある妖精の尻尾の皆を助けなければならない」

 

「皆がラクリマに!?」

 

「あぁ。確かな情報筋からついさっき届いた情報だ。君を動かす為の餌ではないが、伝えておいた方が良いと思ってな」

 

「早く言えそれを! でも一つ気になることがある。俺達の世界から魔力を奪うまでしてるエドラスにアーランドはどうやって張り合ってるんだ」

 

「アーランドは錬金術と機械の国。必要なのは魔力ではなく知識だ。機械兵の導入によって民を守り、錬金術により生活は便利に、そして豊かになった。それこそエドラスに負けないくらいに」

 

「なるほどな。とにかく俺は仲間を助けに行かせてもらう」

 

「それは助かる。君以外にもアースランドからの侵入者を確認している。三名ほどだが既にエドラス王都に向かっているようだ。上手く合流できることを祈っている」

 

「分かった! どこから行ける!?」

 

「お前が来た地下牢のベッドの下にトラベルゲートがある。そこを抜ければエドラス近郊の森の小屋に出る。そこから大きな街が見えるはずだ。もしもエドラス王都に潜り込むことが出来たら中央広場のラクリマを目指せ。そこにもう一人の私の協力者がいる」

 

「分かった。最後に一ついいか?」

 

「あぁ。何でも」

 

「俺はアースランドでは王子で父が国王だった。だがこの世界では俺が王になっている。父はどうしたんだ」

 

「父上は私が追い出したよ。王の責務も果たさずフラフラとしている父に王は任せられない。確かに武力は超一流だが国王としては三流も三流だったな」

 

「……そうか。もう行く」

 

 ララバンティーノ・ランミュート・アーランドよ。私の駒となりエドラスを駆けろ。他のアースランドからの刺客はナツ・ドラグニル、ウェンディ・マーベル、ルーシィ・ハートフィリアか。それにエクシードが二匹。父上、そっちの3人と2匹は頼むぞ。

 

 まだ巨大ラクリマから魔力が抽出されるまでは十分に時間がある。あとは彼らの力量次第だ。エドラス王都の隊長クラスと渡り合えれば十分。特にパンサー・リリーとエルザ・ナイトウォーカーは危険だ。一人で立ち向かわなければいいが。

 

「行かれましたか」

 

「ステルク。もう一人の私はやってくれると思うか」

 

「アースランドのヘルメス王ならば必ず。それにしても父を追い出したなんて何を言い出すかと思えば」

 

「勝手の良い嘘だよ。国から追放された父が偶然にも仲間の補佐をしており、さらにまた偶然にもエドラス王都にて父と感動の再会。全く私は何という脚本家だろう」

 

「貴方という人は……王とは違った意味で問題児ですよ」

 

「アニマによる巨大魔力の吸収は私たちに大義名分を与えてくれた。この機に乗じて世界を一つにするのだ。後はジェラールや私の活躍に期待しよう」

 

「すべての話を聞いていたわけではないのですが、エクスタリアの話はされましたか?」

 

「あっ……私としたことがもう一人の私と会ったことに興奮して忘れていた」

 




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協力者と侵入者

初投稿から二年経っていたようです。早いものです


 

 少し時は遡って、ナツとウェンディもアニマの魔力吸収から難を逃れていた。そして彼等もまた失った仲間、街を取り戻すためにハッピー、シャルルの翼の魔法によって、エドラスに突入していた。

 

「ここがエドラス……」

 

「ここがシャルルとハッピーが生まれた場所なんだね……」

 

 島が浮き、未知の木々が生い茂るまさに異世界に立ち入った彼らはそのまま翼で移動をしようとしたが、突入した直後、翼はパッと消えてしまった。空を飛ぶ手段を失った彼らはそのまま急転直下、地面に叩きつけられた。

 

「いたたた」

 

「この世界で魔法は使えないって言ったでしょ。でもちょうどどこかの倉庫みたいね。変装衣装を貰っていきましょ」

 

 シャルルの進言により、二人と二匹はこの世界に紛れ込む為の衣装を身に纏い、倉庫を出た。辺りは一面を背の高い木々が覆っており、右も左も分からない状況であった。

 

「でも私たちここからどこに向かえばいいんでしょうか。シャルル、何か分からない?」

 

「私もこの世界に来たことは無いし分からないわよ。でも歩き始めなきゃどこにも行けないわ」

 

「あ、ねぇナツ、あっちから誰か来るよ」

 

 ハッピーが指さした方向を皆が一斉に振り返る。その方向からは杖をつきながら歩く壮年の紳士の姿があった。マントを靡かせ、堂々と闊歩する姿には気品が溢れ出していた。

 

「おや? 君たちのような年端もいかない少年少女と……猫かな? がこんな森の中で何をしているのかね。ここは危ないぞ」

 

「あ、あの私たち、道に迷ってて……妖精の尻尾って知りませんか?」

 

「妖精の尻尾……? なるほど。付いてきなさい。案内してあげよう」

 

「やったね! シャルル! あのおじさん知ってるみたいだよ」

 

「こんなホイホイ付いて行っていいのかしら。まぁ他に当ても無いけど」

 

 くるりと踵を返して、歩き始めた紳士にウェンディとシャルルが付いていく。ハッピーもナツのズボンの裾を引っ張ったがナツは紳士の後姿を見つめたまま動かない。

 

「どうしたのナツ?」

 

「あのおっさん。滅茶苦茶強えぞ……」

 

「え?」

 

「きゃああああ!!」

 

 ナツがそう言った直後、木々の合間を縫って巨大な獣が現れる。ウェンディは思わず悲鳴を上げて、尻もちを突いてしまった。腰が抜けた挙句、恐怖のあまり、動けずにいた。

 

「ふむ。この場所ももう危ういか……」

 

 紳士は獣を睨みつけた後、杖に仕込まれた剣を抜き、目にも止まらぬ斬撃で獣を伸してしまった。あまりに一瞬の出来事だった為にウェンディも何が起こったのか分からず、ただ茫然と差し伸べられた紳士の手を取るだけだった。

 

「おっさん、何者だ」

 

「私か? 私は世界を放浪する隠居の身だ。それ以外の何者でもない。さぁ行こう。そう遠くはない」

 

 戦闘を終わらせた紳士はナツの方を向いて、その蓄えた髭を触りながら言った。尻もちをついたウェンディに手を差し伸べ、立ち上がらせるとまたすぐに歩き出してしまう。

 

「さぁ着いたぞ」

 

 紳士が立ち止まった先に会ったのは巨木と住宅が融合したような建築物だった。大きな扉の上部にはナツやウェンディには馴染み深いマークが見えた。それは踊る妖精のマーク、正しく妖精の尻尾のギルドマークだった。

 

「妖精の尻尾だ!」

 

「ん? 君たち知っているのかね。まぁ最近は少々有名になったから知っていても不思議ではないな」

 

 紳士は妖精の尻尾のマークを携えた建物の玄関扉を開けて中に入っていった。続いてナツとハッピーが紳士を追い越す勢いで中に入っていく。しかし余りにもおかしい状況にシャルルが2人を後ろから押し倒した。

 

「ちょっと待って! 様子がおかしい!」

 

 紳士はギルドの中で他の人々と親しげに話している。そしてそこに広がる人々はナツ達がよく知る面々ではあったもののどこか奇妙な様子が見えた。

 

「どうなってんだこれ……」

 

 厚着のグレイ、グレイを足蹴にするジュビア、泣き虫のエルフマンにその彼を叱責するジェットとドロイ、アルコールが苦手なお嬢様のカナ、他にも公衆の面前でいちゃつくアルザックとビスカや仕事に追われるナブ。

 

 ナツ達が知る面々とは外見は一致すれど中身は正反対になってしまったようだ。正面から入ったナツ達はその様子を暫く見ていたが、玄関近くだったこともあり、視界を遮る様にナツ達の前に人が現れ、声をかけられた。

 

「おい、誰だてめーら」

 

 いわゆるヤンキー座りでナツ達を出迎えたのは、またしても中身が変わってしまったルーシィだった。

 

「ここで隠れて何コソコソしてやがる」

 

「る、ルーシィ!?!? ……さん!?」

 

「これは一体どうなって……」

 

 変装をしたナツ達は傍から見れば不審極まりない恰好である為、ギルドの面々が怪しがるのは至極当然である。そこへ助け舟を出したのは例の紳士だった。

 

「彼らは私が森の中で拾った子たちだ。そう怪しむことはない。それにギルドのことも知っているようだ。君たちの知り合いではないのかね?」

 

「……ん? よく見たらナツじゃねーかお前!」

 

 下から覗き込んできたルーシィに対して目を背けるナツだったが、ついに正体がバレてしまう。ルーシィからの熱い抱擁を受けたナツはフードが脱げ、顔が露わになった。ギルドのメンバーもナツだナツだとナツの登場を喜んだ。

 

「今までどこ行ってやがったんだよ……心配かけやがって……」

 

 しんみりとした雰囲気からはこの世界のナツに何かあったのではないかと思わせたが、彼女らにとってはこの世界のナツが帰ってきたという認識であり、すぐに活気が戻った。ルーシィはナツのこめかみを拳でぐりぐりと押し込みながら捻る必殺技を繰り出していた。

 

「ルーシィ! またナツをいじめて。ダメじゃない! ジェットとドロイもエルフ兄ちゃんをいじめないの!」

 

 奥の扉から出てきた女性にナツは目を奪われ、点にした。彼女の名前はリサーナ。リサーナ・ストラウス。ミラジェーン、エルフマンらストラウス家の末っ子であり、アースランドでは不慮の事故によって既にこの世を去った人間である。

 

「リサーナーーーー!」

 

数年ぶりの再会に感極まったナツとハッピーはリサーナに飛び付いた。驚いてたじろいたリサーナだったが、2人はルーシィに取り押さえられてしまい、感動の抱擁とはならなかった。

 

しかし何故リサーナが生きてここにいるのか、皆には疑問が残った。そこでシャルルがある仮説を披露する。

ルーシィら大多数が性格が反転したようになっているが、ミラなど変わっていない人物もいる。そして決定的だったのはウェンディだった。ここにいたウェンディは背が高く、グラマラスなスタイルでアースランドのウェイディとは対局の存在である。つまり彼等は逆になった訳では無い。そもそもこの世界に存在する全く別の人物なのである。

 

シャルルは続けて説明した。

 

「有り得ない話じゃないわ。パラレルワールドみたいなものよ」

 

「じゃあ皆はどこにいるんだよ!」

 

「分からないわよ!それをこれから見つけるんだから」

 

「でもちょっと待ってよシャルル」

 

 ウェンディがシャルルを止めて案内をしてくれた紳士を見つめた。

 

「あの人、私たちのギルドにいないよね」

 

「そういえばラランもいねーな」

 

 ナツが当たりを見回して言った。ここにいるギルドの面々もラランという名前に心当たりはないらしく、頭を傾げていた。

 

「てことはこのおっさんがラランなのか!?」

 

「ララン? そんな青年の名前は知らないな。力になれなくて申し訳ない」

 

「もうこれ以上ここにいるのも面倒ね。全部解決してくれるところに行くわよ!」

 

「シャルル! どこへ行くの!?」

 

「王都よ! そこへ行けば自ずと解決するはずよ!」

 

 ナツたちがギルドを後にしようとした時、ギルドの玄関が勢いよく蹴り開けられた。そして大きな声で叫んだ。

 

「妖精狩りだーーーー!!!!」

 

 場所は移り、ララバンティーノはエドラス王都に潜り込んでいた。フードを深く被り、街の様子を探る。もう一人の自分が言っていた通り、この世界では魔法は有限であるらしいことは人を見ればすぐに分かった。彼らはラクリマから魔法を使用している。

 

「中央広場のラクリマを目指せって言ってたな……あれか……にしてもここは……」

 

 エドラス王都は遊園地と言う他ない。街には笑顔が溢れ、便利で豊かな生活が広がっている。これではこの体制を崩壊させようとしているヘルメスの方が悪のようにすら思える。だが明らかに魔力を必要以上に使っているようにしか見えない。まるで私たちにはこれだけの魔力があると誇示するかのようだ。実際にはそこまでの余裕は無いだろうに。だが民衆の満足度や王政への支持率は高いのだろう。それを追求する為の娯楽都市だ。

 

 再び深くフードを被り直し、目的地を確認した。マグノリアそのものを吸収したラクリマは想像以上に大きく、少し上を見上げれば、建物の隙間から容易に確認することが出来た。あくまで一般人が好奇心からラクリマを見に行くように歩いて目的地へ向かう。

 

「なんだ、騒々しいな……」

 

 中央広場に着いたものの、とてつもない人混みで自由に身動きが取れるような状態では無かった。民衆は多くの魔力に喜んでいるようだ。まさか別の世界から人を犠牲にして奪っている魔力だとは知らないのだろう。巨大ラクリマの近くには護衛兵と恐らく王と思われる老人が立ち、演説を行っている。周囲の陛下万歳という声からして奴が王で間違いないだろう。あまりに遠いので内容が完璧には聞き取れないがあまり好ましいものでないことは分かる。

 

「ちょっとすみません」

 

「ん?」

 

 前に割り込もうと一人の男が無理やり身体をねじ込んできた。しかし次の瞬間、俺は腕を掴まれ、そのまま路地裏にまで連れ込まれた。

 

「な、なんだお前。まさか……」

 

「まさか……? いえいえ僕は貴方をどうこうしようというつもりではございませんよ。僕はただの記者。それも他国のね」

 

「他国……じゃああんたがアーラ……むぐっ」

 

「その言葉はこの国では禁句ですよ」

 

「す、すまない。あんたが俺の協力者ってことか」

 

「その通り。立ち話も何ですから私の仕事場へ参りましょう。そこの方が安全だ」

 

 記者とだけ名乗った男は俺を仕事場に連れて行ってくれた。あれだけの人数がいて的確に俺を狙った辺り、こいつが俺の協力者で間違いないらしい。それにしてもどこかで見たことのある顔な気がするのだが。

 

「すみません。手荒な真似をしてしまって」

 

「いや良い。俺も奴からあんたの情報を聞いてなかったしな。ああしてくれないとどうしようもなかった」

 

「そう言っていただけるとありがたい。ああそうだ。申し遅れました。僕はガジル。ギヒッ」

 

「ガジル……!? じゃああんたがこっちの世界のガジルか!?」

 

「アースランドの僕がどういう人物かは知りませんがその通りです。私はヘルメス王の指示を受けてこの国で王政の悪政を糾弾する記事を書いているのです。まあハッキリ言って効果はゼロですね」

 

「だが王都でも協力者がいるのはありがたい」

 

「まず僕に出来るのはこの国の内情を教えることです。王からは何か聞かれましたか?」

 

「この世界ではアーランドとエドラスの二国が世界を握ってるってことくらいしか。国の内情はあまり知らないな。ああでもアニマのことは聞いた」

 

「なるほど。確かにアニマはこの世界を知るのに重要なキーワードです。アニマを使用し魔力を得ることで楽で便利な生活を得るエドラスとアニマを否定し錬金術と機械を駆使するアーランド。しかし現在は少々、いやかなりエドラスの天下が近い」

 

「そうなのか? ヘルメスは拮抗してるとか言ってたが」

 

「まず人口が違うのですよ。エドラスにはアーランドの倍近くの人口がいて最近は軍備拡張も行っている。マンパワーだけでは圧倒的にエドラスが有利です」

 

「じゃあ何故エドラスは一気にアーランドに攻めない?」

 

「それは賢王ヘルメスの存在です。王としての器量はエドラス王よりも大いに高い。それをエドラス王は完膚なきまでに叩き潰したいのですよ。太刀打ちの出来ない力によってアーランドを叩き潰すことによってエドラスの天下を完成させたいのです。だからエドラス王は定期的にアーランドに小競り合いをしかけては徐々にアーランドの戦力を削っています」

 

「あいつ、というか俺だが割と出来る奴なのか」

 

「割となんてものではありません。自ら古代文献の錬金術を復興させ、基からの武器であった機械というものに生命を与えることで機械兵を生み出し、魔力無しで魔力を武器とするエドラスに対抗している。エドラスの全勢力をもってしてもアーランドを滅ぼすことは出来ないでしょう。出来てもエドラス軍も相当の痛手を負う。それを考えればエドラスの天下は目前と言ったところからかなり持ち直しているだけでも評価に値するでしょう。しかし魔力は錬金術や機械よりも強力な物です。機械兵は壊されれば修復にコストがかかる一方で魔力は有限と言えどもアースランドから奪ってくることでどうにかなる。要するにジリ貧なんです」

 

「じゃああいつが俺をここに寄こしたのは」

 

「貴方が来たこと自体は全く持っての偶然です。しかし王はもしもあなたがこの世界に来た時の為にずっと目を付けていた。そして今あなたがここにいるのはアーランドが滅ぼされてしまう前に貴方を使って内部からエドラスを崩壊させるためでしょう」

 

「そうか。じゃあ俺はまず何をすればいい」

 

「そうですね。貴方にしていただくのは軍隊と戦っていただき勝っていただくことです。戦うには理由が要りますが、貴方には仲間と街を取り戻すという理由があります。大丈夫です。成功すればこの国は一度滅ぶのですから」

 

「ま、まあそうだな。だがあのラクリマはどうする」

 

「あのラクリマに関しては僕に任せてください。では行きましょう」

 

「行くってどこに?」

 

「貴方たちと同じアースランドから来た侵入者のところですよ」




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