東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ (ようひ)
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東方礼夜鈔 序
序章 Ⅰ


「おれ、大きくなったら絶対父さんに会いに行く!」

 

青いジャングルジム、そのてっぺんで拳を突き出している男の子がいた。

夏の風はぴゅうと吹く、いっぺんの雲もない青い空。

 

『おい、また始まったぜ!』

『よ!だいとーりょー!かっちょいー!』

『こらよせやい!俺らも一緒にされちまう!』

 

「うるせー!!!会うと言ったら会うんだバカ!!」

 

公園で遊ぶ子どもたちは、その男の子を囲んで指差し、囃し立てる。

その中で、男の子の話を聞いて笑顔で首を振る女の子がいた。

 

「うんうん!絶対に会えるよ!」

 

その子はいつも、男の子の隣で頷いてくれた。

その子はいつも、男の子の背中を押してくれた。

その子はいつも、男の子の味方でいてくれた。

だから、男の子は、女の子の事が好きだった。

 

「でも、***くんのおとうさん、おうちにいないんでしょ?」

 

「そう、だけど…ぜったいに、どこかにいる!おれは信じてる!」

 

「…そうだよね、信じていればいつか会えるよっ!私もいっしょに信じる!」

 

女の子が笑い、男の子が頷く。

周りの子どもたちは既に別の遊びをしていた。

男の子がジャングルジムから降りて来る、じゃり、と砂埃が舞った。

 

「ねぇ、お絵かきしようよ?」

 

「うん、いいよ」

 

女の子がスケッチブックとクレヨンケースを取り出す。

いつもこの会話をした後は、二人でこうやって絵を描いているのだ。

 

「クレヨン、新しいの買ったの?」

 

「うん、お母さんが買ってくれたの。いっぱい絵を描きなさいって」

 

四角い箱を開くと、12色の角が削れていないクレヨンたちが揃っていた。

どの色もピカピカで、キラキラと輝いている。

その中で、紺色と青色と黄色の三色だけ、角が削れ、周りの紙が破けていた。

 

「…やっぱり、お空を描くために?」

 

「うん!お月様とお星様が仲良い夜空を描きたかったから!あ、でも、お昼のお空も好きだよ?」

 

「本当にお空が大好きなんだね」

 

「お父さんが”てんもんがくしゃ”だったから。私もなりたいなぁ」

 

「なれるよ、***ちゃんなら」

 

「…そうだよね、がんばろっと!」

 

精一杯の笑顔を向けると、女の子は揃ってない歯をむき出し、にっこりと笑った。

男の子も、自然と唇の端が吊り上がっていく。

 

「じゃあ、お昼のお空を描こ!」

 

二人はそれぞれクレヨンを握り、スケッチブックを染めていく。

男の子が使ってない水色のクレヨンで空を描いている途中、女の子は月を書きながら言った。

 

「そういえばね」

 

「どうしたの?」

 

「いくら探しても見つからないものってね、他の世界を旅行しているらしいよ」

 

「え?どういうこと?」

 

女の子は男の子を見つめると、目を細めて微笑んだ。

 

「私たちに見つからないようにこっそりと、[ある場所]へ行ってるみたい」

 

「へ、へぇー…そうなんだ」

 

「昨日読んだ本にそう書いてあったの!」

 

ドクドク、と心臓の鼓動がだんだん早まっていく。

じりじりと熱い太陽。

すぐそこにある女の子の眩しい笑顔。

声が震えていたと思う。少しどもってしまったと思う。

 

「そこって、どうやって行くの?」

 

「うーんとね、私たちが行けるかどうかはわからないけど、でんしゃで行けるんだって!なんかとくべつな切符?みたいなものがいるみたい」

 

「ふぅん……その場所の名前は?」

 

「げんそうきょー!あれ、とうげんきょーだっけな…ごめん!ちょっと忘れちゃった」

 

ぽと。

青空を塗るのを忘れていた男の子の右手から、水色のクレヨンが零れ落ちる。

――げんそうきょー。

その名前の響きに、男の子はまた、鼓動が加速するのを感じた。

 

でもそれは、目の前の女の子のせいだったと思う。

 

 

 

「私たちもそこへ行けたらいいのにね。そしたら、***くんはお父さんに会えるかもね!」

 

 

 

――幼馴染はよく笑う女の子だった。

 

 

§



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序章 Ⅱ

「…………」

 

あれから十数年の月日が流れた。

その後、女の子とどうなったのか。

どんな風に別れたのか、そもそもどういう間柄であったのかは――全く覚えていない。

疎遠になって、成長していくうちに忘れてしまったのだろう。

 

それはともかく、どうして今、こんな昔のことを思い出しているのだろう?

水色のポールペンを弄りながら、オレはふと妄想のきっかけを思い出す。

 

教授『――で、あるからして、8月15日の北の空には今プリントに描いて貰ったさそり座が見えるわけです』

 

黒板の前で大学の教授が教科書を持ち、説明をしている。

 

(…あぁ、星ね)

 

授業で『天体』を勉強していたからだ。

星、という言葉にどっか引っかかるな…と思って少し過去を思い出していた訳だ。

 

――大きくなったら絶対父さんに会いに行く!

 

(……くだらねぇ)

 

十年前のオレはあんなことを平気で、恥じらいもなく大声で叫んでいる餓鬼だった。

父親を見つける、という叶わない夢が本気で叶うと信じていた、バカ野郎だ。

恥ずかしい想いを消し去るために、オレは顔面を机に当てる。

冷たい机が、オレの頭を冷やしていく

 

(…親父、か…)

 

オレの記憶から抜け落ちた存在。

かなり前に失踪し、忽然と姿を消した。

失踪の理由は不明。借金をしていた訳でもなければ、殺された訳でもない。

唐突に起こった、謎の失踪だった。

 

(……)

 

父親に会いたいという気持ちも次第に薄れていった。

結局、父親を見つけるという夢は叶わず、現にこうして大学に通っている。

いつからその夢を諦めたのだろうか?

物心ついた頃には完全に忘れていたような気がする。

 

(…たぶん、養父のせいだな)

 

養父。

実の父親の代わりにオレを育てた男。

厳格で小さな悪事も見逃さない、正義心に強い養父だった。

 

上京するまでに実の親父のことを聞きたかったのだが…なんだか触れるのはタブーのような気がして、結局聞けずじまいになってしまった。

知っているのは、”親父は燃えるような紅い髪をしていた”、ということだけ。

 

(……)

 

しかし何故、このタイミングで父親の事を思い出しているのだろう?

もう会えない人間の事を考えても仕方がない。

オレは大学の講義を受けている訳だし、未来は何となく決まりかけている。

それ以上を望む必要はないのだ。

親父はオレの未来には不必要だから。

 

教授『天文の単元は難しいですから、寝てると置いてかれますよー』

 

もう知る必要などない。

オレたちを捨てた奴の存在などどうでも――

 

 

 

 

――げんそうきょー!

 

 

女の子の声が脳裏に響く。

 

(げんそうきょー…)

 

そうだ、[げんそうきょー]だ。

オレたちに見つからないように、[失われた物たち]が旅行へ行っている、この世界とは別の世界。

そこはこの世で失くしたものが流れ着く、駅の終点のような場所と言っていた。

あくまで幼い頃の女の子の妄想、幻想の混同。

 

時代に失われた、失踪した父親も、そこにいるのだろうか。

 

教授『……そこの君、しっかりと授業を受けているのかい?』

 

女の子は、[げんそうきょー]へ行くには[切符]のようなものが必要だと言っていた。

それは、何か特別な乗車券なのだろうか?

どこかで販売している訳ではないだろう。そうすると、誰かから貰う必要があるのか?

いやしかし、普通の方法ではいけない場所へ電車が通っていることすらも怪しい。

乗り場は何処だ?山の中?それども海の中とか?

[げんそうきょー]とは何処にあるのだろうか?そもそも本当に実在するのだろうか――

 

教授『君!!!いい加減起きないか!!!』

 

「いつつッ!?」

 

突然の怒鳴り声。

そして強引に髪の毛が上へと引っ張られる。

たまらず立ち上がると、そこにはこめかみをぴくぴくさせ、真っ赤に染まった教授の顔が。

……あ、考え事してたら、先生の注意を無視しちまってたのか。そりゃあ怒るよなぁ。

教授は大きく息を吸った。

 

(ミナトは みを まもった!!)

 

教授『君ねぇ僕はいつも真剣に講義内容を考えて、学生が如何に眠くならないような授業にするか必死に考えて今講義しているんだその気持ちを踏みにじってまで睡眠不足をここで挽回させようだなんておかしい話だと思わないかしかも僕の目の前で!授業をしっかりと聞いていると思ったら寝始めるしいくら注意しても起きないし本当どういうことだよああもう言おう君は人としてあるまじき行為をしている君は何のために大学に来ているのかいバイトのためか恋愛のためか!?それはおかしいことだと早く気づかないとあっという間に4年間は――』

 

(グッドタイミングジャストガード…)

 

まさにドラゴンの咆哮。

防御してなければ致命的な一撃が確定、まさにチート技である。

 

「…教授」

 

教授「あァ!?なんだね!!」

 

このままオレが頷いて謝れば平たく収まる。が、なんだか話が長くなりそう(というより周りの学生も迷惑そうにオレを見ている)だ。

オレは黙って教科書類をリュックに流し込み、席を立ちあがる。

 

「すいません、失礼します」

 

教授『ああ逃げる気かい君は!!なんて頭の悪い生徒なんだそれでも教育学部の生徒か!?髪の毛も紅いしいつまでも大学生気分が通用すると思うなよっておーい!本当に出ちゃうの?確かにもう出席採ったから今日は大丈夫だけどさほら期末テストだってあるしってここまで説得しても行くんかーい!!!』

 

軽く会釈をして、オレは教室を後にする。

父親の失踪、女の子の記憶、そして[げんそうきょー]。

 

(所詮は子どもの戯言か……)

 

教室を後にする。

ちなみに……この紅い髪の毛は地毛である。

唯一、父親から受け継いだ”色”だ。

 

 

§



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序章 Ⅲ

雲一つない快晴。

「こんな元気な空の下で暗い顔をした奴はバカだ」と言っている奴はバカだ。

誰しも心に悩みを抱えている訳であり、天気が良ければ心もすっきり!なんていう催眠術がかかれば自殺者も減るだろう。

そんなどうでもいいことを考えながら二本目の煙草に火を付けると、

 

?「ライターもらうぜ」

 

「自分の使え」

 

?「あいにくさっきライターちゃんとお別れしてきた。半年も一緒にいた、キュートで愛らしいピンクボディの彼女だったが、中身が無くなっちまえばもう用なしよ」

 

 

「薄情な奴め」

 

ジッポライターを茶髪のウェーブ頭に投げつける。

紺のトレンチコートを着た高身長はそれを受け取り、一瞬でライターはとんぼ返りした。

さんきゅ、と言った時には、彼は初火の煙を吐き出していた。

いつもこの男の点火は早すぎて見えない。

その動作が煙草依存であることを語っているのは明確だが。

 

?「なんでさっき教室を飛び出したんだ?『シミセン』あんなに引き留めてただろうに」

 

「知らん、なんか、受ける気がなかった」

 

?「受ける気ないのに前で受けるとかバカなのか?熱いの嫌だとか言いながらサウナに入るようなもんだぜ」

 

「分かりづらい例えだな」

 

?「人間分からないくらいがちょうどいーんだよ」

 

「そーかい。…わからない、ね…」

 

煙をゆっくりと吸い、空に吐く。

青空はいつまでたっても青空のままだ。

煙草の煙が天に昇っても、青空は青空のまま。

 

なんだかセンチメンタルな気分がオレの心を満たす。

 

?「そんな怖い顔すんなって、ジョークだよ、ジョーク」

 

「なぁ、凌雅」

 

ウェーブ頭の凌雅は、口を閉じてオレを見つめて来る。

黙っていれば少したれ目で顔の整った天然パーマのいい男なんだが。

 

凌雅「なんだい、ミナト?」

 

「お前さ、[げんそうきょー]って知ってるか?」

 

凌雅「げんそう、きょー…?」

 

その言葉を聞くた途端、凌雅は下を向き、煙草を口にくわえた。

そのまま深く深呼吸をし、白い煙を吐き出す。

タールをたっぷりと含んだ彼の煙草[ろうば]の煙は、とても深みのある濃い香りがする。

それを2,3回繰り返した後、天を見上げる凌雅。

 

凌雅「……聞いたこと、あるぜ」

 

「!?…本当、か!?」

 

凌雅「あくまで噂話だがな…ほら、聞くだろう?”神隠し”の話」

 

神隠し――。

人間が忽然と姿を消す怪奇現象。それを総称してこう呼ばれている。

すぐそこで遊んでいたと思えば、一瞬目を離すと居なくなっていた。

ふたりで一緒に歩いていたと思ったら、いつの間にか一人で歩いていた。など。

報告の事例は様々だが、共通しているのは、やはり突然人が居なくなる、という点だ。

 

「あぁ、知っているが……それがどうかしたのか?」

 

凌雅「つい最近、この学校でも神隠しにあった人が居る、って事あったろ」

 

そういえば、そんな噂話もあった気がする。

この学校で行方不明になった学生が二人出た、という話。

学生支援課から警告のメールが送られてきたのは記憶に新しい。

 

「でも、それと[げんそうきょー]に一体何の関係が?」

 

凌雅「そう焦るな、その神隠しは、人を選ぶらしい」

 

「人を選ぶ?どういうことだ」

 

凌雅「知りたいか?」

 

ゴクリ、と生唾を飲む。ほんのりと煙草の味がした

吸いかけの煙草はフィルター部分が少し燃えていて、指先に熱を感じる。

 

「…タダではない、だろ?」

 

凌雅「もちろん」

 

にやりと笑い、彼はピースサインの右手をオレに差し出してくる。

 

凌雅「情報料。煙草二本でどうだ」

 

「…現金なやつめ。自分で買えよ」

 

凌雅「今月ピンチなんだよ。借りた金も返さないとだしな」

 

「オレからも数万借りている癖にな」

 

凌雅「ま、それは置いといて…な?」

 

オレはポケットから煙草ケースを取り出し、二本抜き取って凌雅の人差し指と中指の間に挟む。

まいどあり、と凌雅は笑うと、一本を口に咥えた。

 

凌雅「神隠しは、法則性がある。と言ってもあくまで噂でしかないけどな」

 

「いい。早く教えてくれ」

 

凌雅「…基本、若い連中が中心だ。男女は問わない。比較的優れた能力を持つ者が神隠しに遭うらしいぜ」

 

うちの大学で神隠しに遭った二人も能力を持っていたらしい。

詳しいことは分からないが、頭の良い二人で、不思議な目を持つ者だと聞いたことがある。

そんな学生が神隠しに遭った。

 

(オレが神だったら、間違いなく隠すだろうよ、その二人を)

 

凌雅は口から煙を出しながら続ける。

 

凌雅「んで、その神隠しの先の世界がどうなっているかは分からない。さっきミナトの言った[げんそうきょー]とやらに続いてたりしてな」

 

「…………」

 

凌雅「あ、それと電車が迎えに来るって話もあるぜ」

 

「電車!!?」

 

喫煙所で吸っていた他の人が一斉にこちらを向いた。

凌雅もさすがに驚いたのか、目を見開いて口に指を当てる。

 

凌雅「ここは公共の場だぞ。声のヴォリュームには気をつけろよ」

 

「…今の話、もう少し詳しく」

 

凌雅「そっちの話はよくからん。だけど、電車ってことは切符が必要なんじゃねぇの?その場合、切符を持っている人が神隠しに遭うとか、そういうことじゃねーか?」

 

「ずいぶんと適当だな」

 

凌雅「こっちの話はよく分からん。ってか今のはついさっき俺が思いついた作り話――」

 

「ふッ!!」

 

むき出しになった凌雅の額にオレはチョップをお見舞いしてやる。

▼かいしんの いちげき! こうかは ばつぐんだ!

 

凌雅「っちゃア!?」

 

見事にクリーンヒットし、悶える凌雅。

 

「お前、真剣な話をしてるのにそれはないだろう」

 

凌雅「いったぁー、暴力はいけないぜ暴力は!ただ怖すぎるお前の顔をほぐしてやろうと――」

 

「十分ほぐれたぞ、そのお礼だ!!」

 

再びチョップを食らわせてやる。

どうやらそれ以上凌雅は知らないらしい。おそらく[げんそうきょー]の事を聞いてもこれ以上の情報は無いだろう。

[げんそうきょーと神隠しは関係あって同じ世界ですよ]説と、凌雅の[げんそうきょー電車で行けますよ]説。

とても興味深い話だ。

 

「ま、ちょっとの暇つぶしにはなったか」

 

凌雅「それは何より…ってやべ。もう次の授業始まってんじゃん。出席リーチかかってんだよなぁー…あーでもめんどくせぇなぁ」

 

「必修だろうが。来年後輩に後ろ指刺されながら授業受けるか?」

 

凌雅「それは絶対いやや!ってことでウチ、行ってくるさかい!」

 

キャラ崩壊するほど焦っている凌雅は、じゃな!と右手を掲げて走って行った。

【霧島 凌雅(キリシマリョウガ)】

同じ学部学科で同じクラスの男。人と話すのが得意で、どちらかと言えばノリノリ系。

台風のような男だが、性格は意外にも冷静沈着、情報が幅広く、誰からも愛されるような存在。

オレの苦手なタイプ、であったハズなのだが…今はオレの親友と言っても良い存在。

 

(まさか、これほどの仲になるとはな…)

 

そんなことをしみじみと思いつつ、三本目の煙草に火をつけようとしたが、ライターが付かない。

しばしオレは空を見上げる。

 

「…………神隠し、か」

 

そっと、煙草を箱に戻した。

 

§



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序章 Ⅳ

53: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:17:53.60 ID:******

てかお前ら幻想郷って知ってる?

 

 

54: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:18:11.60 ID:******

sage

 

 

55: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:19:23.20 ID:******

れーむたんかわいいよおおおおお

 

 

56: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:22:22.34 ID:******

>>53

知らん

その話kwsk

 

 

57: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:24:54.86 ID:******

>>53

名前だけなら聞いたことある

 

 

58: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:26:46.32 ID:******

>>56

>>57

昨日都市伝説板にカキコあってさ

なんでも日本と別の世界なんだとか

 

 

59: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:27:33.22 ID:******

異世界モノ最近はやり過ぎてつまらん

 

 

60: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:29:35.30 ID:******

レムたん?(乱視)

 

 

61: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:30:53.60 ID:******

>>58

そいやそんなのあったな

何か昔の物が流れ込むとかなんとか

>>60

残念俺はエミリアたそ派だ!!

 

 

62: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:32:53.60 ID:******

書き込み見てきたけど文章曖昧すぎて草

 

別世界なんてあるわけねーだろ

 

 

63: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:33:53.60 ID:******

別世界はありえない

そういうのはアニメ漫画の世界だけだ、現実みろニート共

 

 

64: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:36:53.60 ID:******

まぁまぁみんなダクソして寝よ。

 

 

65: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:42:53.60 ID:******

今北産業

 

 

66: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:43:53.60 ID:******

>>65

幻想郷

あるかないかは

あなた次第

 

 

67: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:49:53.60 ID:******

どうせ暇人が作り出した妄想の産物だろ

夢みんなよおっさんども

 

 

68: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 21:59:53.60 ID:******

おやすみクリぼっち非リアたちよ

 

 

69: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/24(土) 22:05:53.60 ID:******

sage

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

70: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします

投稿日:2***/12/25(土) 02:13:13.13 ID:******

 

幻想郷はあるよ

 

東の国の眠らない街

 

目を瞑れば、すぐそこにね



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序章 Ⅴ

凌雅「どうだ?ミナト」

 

「…お手上げだ」

 

パソコンのウィンドウを閉じ、背伸びをする。

緑の丘が描かれたデスクトップを眺めながら、煙草を吸う凌雅。

 

凌雅「まさか本気で調べてるとはな、冗談だと思ってたぜ」

 

「ほっとけ、あと部屋では煙草吸うな」

 

凌雅「いいだろう?お前女いないし」

 

「いなかったとしても部屋で吸う奴は死んだ方がましだぞ?」

 

凌雅「まぁまぁ、いつか死ぬから問題ない」

 

にしし、と白い歯を見せる凌雅。

コイツも女はいないのだが、何故かいつも余裕そうである。

そのまま出来た女に殺されてしまえ。

 

凌雅「で、[げんそうきょー]について得られた情報は?」

 

「ほぼない。検索しても出てこないし、過去ログも漁ったが手ごたえなしだ」

 

凌雅「ネットにも書かれていない都市伝説…それを信じるのかい?ミナトくん」

 

「……」

 

今や世界中の情報を共有できる時代。

ネットを使えば一般人でもいろんな情報を得ることが出来る。

しかしそんな社会でも、出てこない情報はもちろんあるし、ましてや幼い女の子の言った事など上がっている訳がない。

 

凌雅「とりあえず、今すぐ行くってのは無理そうだな」

 

「だな」

 

凌雅「ま、そんなことよりゲームしようぜ!!このレトロゲー結構練習したんだぞ」

 

「おうよ、すぐさま即死コン決めてやる――」

 

と言ったところで、こたつの上に置いてあった携帯が震えた。

とても激しいバイブレーションが、部屋に響く。

 

「電話」

 

珍しい。

オレに電話が来るとしたらバイト先ぐらいだ。

今日はオフだったはずだが、間違えたのだろうか?

 

(だるいな)

 

一息置いて、通話ボタンを押した。

 

「はい、一之瀬です」

 

?『もしもし?ミナト?』

 

声の主は女性だった。

あれ、と画面を見ると、表示は[御船 ナギ]。

どうやらバイト先ではなかったらしい、が。

 

(…マジか)

 

御船 ナギ。

この女は、あまり言いたくはないが、爆弾であった。

 

「すまん今日は忙――」

 

ナギ『今日夜暇でしょ?いやだよね?今夜正午ジャストに学校の裏山にある神社集合!以上!ばいちゃ』

 

「おいふざ」

 

フッ、と電話が切れる。

通話時間、4秒。どんな話し方をすればこんな最短記録をたたき出せるんだ?

 

(…学校裏の神社だって?しかも深夜かよ)

 

その4秒で内容をすべて理解したオレも彼女に毒されているのだろう。

 

凌雅「誰だ?急な呼び出し喰らったみたいだけど」

 

「凌雅、逃げッ――」

 

――ブブブ。

今度は凌雅の携帯が震えた。

 

凌雅「なんだぁ?今日はバイト深夜からだからまだなハズ…あ、もしかして早く来れないか的な奴か…まぁ俺は大丈夫なん」

 

ナギ『早く来い殺すぞ?』

 

凌雅「スイマセン今すぐ行きますんで少し待っててください」

 

表情を一変させた凌雅。

彼の首にかかる漆黒に濡れた死神の鎌が見えた。

 

凌雅「……逝ってこようぜ」

 

「…凌雅、その眼から零れてるのは?」

 

凌雅「さぁな…もう、忘れちまったよ…」

 

彼は深夜勤のバイトがある。

しかも明日の朝は一限必修(出席リーチもしくはアウト)もある。

現実は彼に対し非情であった。

 

§



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序章 Ⅵ

「……」

 

暗闇の中でぽつりと浮かんだ黄色の球体が通り過ぎていく。

また生まれた黄色の玉。

同じく光の帯を作りながら、視界に移っては消えていく。

 

少し暖房の効いた車内はほんのりと暖かかった。

 

「……んん…」

 

ナギの指定した集合場所、学校の裏庭にある神社。

そこは繁華街とは学校を挟んで反対側に位置する山に存在している。

学校裏とはいっても、その神社の場所は距離にして10㎞程あり、バスを使わなければならないほど遠い。

まぁ、そこまで行きたい!という物好きは大抵神社巡りを趣味としている人か、ランニングに訪れる人か、オカルト好きなゲーマーのみ。

だから、神社の山へと通ずるこのバスは、一時間に一本しか通っていない。

 

「ふわぁ……」

 

オレはひとつあくびをする。

隣で頭を抱える凌雅のおかげで、最終バスに乗り遅れてしまうところだった。

 

「……ねみィ…」

 

凌雅「ああああぁぁぁ…バイト、さぼっちまったよ。[真面目な凌雅くん]として名をはせていた俺が、こんな不真面目になっちまったよ…」

 

「そう落ち込むなよ」

 

凌雅「これが落ち込まずにいられるか!!今日バイト先のかわいい後輩とシフトがかぶってたのによォ…あぁ神よ、日頃の俺の行いは完璧なのに、道端で見つけたタバコの吸い殻をすべて拾って携帯灰皿に入れているぐらい徳を積んでいる俺に救いの手を…」

 

「タバコ吸えばすべて解決だぜ」

 

凌雅「お、そうだな」

 

バスの中にはオレたち以外に誰もいない、普段人がたくさんいる場所だからか、新鮮味を感じる。

運転手にタバコを吸っていいか聞くと、快く了承してくれた。

彼の服から漂う煙草の匂いが、同業者であることを伝える。

 

凌雅「いい運転手だな」

 

「全くだ」

 

凌雅とオレは窓を全開にし、煙草に火をつける。

煙は風に乗って靡いていく。

夜の煙草は昼のとは別の味がした。

 

凌雅「ふぃ~…いつも吸わない場所で吸う煙草は美味いぜ」

 

「これでオレたちは反社会勢力だ」

 

凌雅「ささやかな犯行だぜ。それなら豪快にバスジャックでもするか?」

 

「いいねぇ。そして日本を一周するやつ」

 

凌雅「運賃どんぐらい掛かっちまうんだろうなぁ」

 

「普通に乗ってんじゃねぇか」

 

そんな会話をしていると、バスの電光掲示板が切り替わり、赤い文字が点滅する。

――次は、伏見山、伏見山。綺麗な山々に囲まれた豊かな自然が――

アナウンスが流れ、オレたちは煙草を携帯灰皿に押し込める。

やがてバスは止まる。

運賃を払い、運転手に軽く会釈する。最後の客だったのか、彼は帽子を脱いでその光輝く頭をオレたちの方に向けた。

 

『頑張ってくださいね』

 

凌雅「え?あ、どうも」

 

なんかよく分からない励ましを受け、バスを降りる。

降りた途端に、冷気が頬を撫でる。

季節は春こそ過ぎたものの夏とは言えない、曖昧な季節。

夏に向かって時は流れているが、夜はまだ名残惜しそうに春の気温を残していた。

 

凌雅「さてと、これからは肝試しといくかー」

 

ナギとの約束の場所は森を抜けた場所に位置する山の頂上。と言ってもそれほど高くなく、元気なお年寄りが朝にウォーキングするのに絶好の高さ。

目の前に広がる暗き森は、おどろおどろしく不気味な雰囲気が漂っている。

 

「誰が寂しくて男とやらにゃならんのだ」

 

凌雅 「叫んでいいぜ?そしてオレの胸の中に飛び込んできて――ぐゆッ」

 

オレの放った手刀が凌雅の鳩尾にしっかりと食い込む。

 

「ついて来いよ、落単マン」

 

凌雅「やめろミナト、その術は俺に効く…ってか今更だけど俺心霊写真とか百物語とか暗い場所で思い出しちゃって動けなくなるタイプなんだってオイ待てよミナト!!」

 

森の中へと足を踏み入れていく。

道はしっかりと整備されている、少なからずオレたちを山へと導いてくれるようだ。

 

(…かったりいな)

 

早く要件を済ませ、睡眠を取りたい、とオレは考えていた。

 

 

§



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序章 Ⅶ

?『遅い!いつまで女の子を待たせるのよ!』

 

目的地に着くや否や飛んできた罵倒と拳。

オレはすかさず事前に伏せておいたリバースカードをオープンする。

 

「罠発動、聖なるバリア・ミラーフォース!」

 

凌雅「おい待てダイレクトアタックかよウボア!?」

 

凌雅という名のトラップカードは拳によって派手にきりもみ回転しながら、後方へ吹き飛ばされる。

 

「強靭!無敵!最強ォォォ!」

 

某社長の気分を味わいながら、オレは凌雅を吹き飛ばした女性を見る。

そいつは金色に染まった長髪を後ろで束ね、黒のスタジャンにホットパンツと、「アメリカン系オサレJD」をその体で表したような恰好をしていた。

いつもは黒い帽子もセットなのだが、足元のリュックに括りつけられている。

オサレ系JDは頬を膨らませながらオレを睨んでいる。

 

?『ちょっと、避けないでよミナト!』

 

「避けてないぞ。な、凌雅」

 

凌雅「ぅぐッ……つか、まず来てやった事に感謝しろ、ナギ」

 

ナギ「それは当たり前でしょ?あたしが呼べば人間が集まるのは世の理よ!」

 

(…相変わらずぶっ飛んでやがる)

 

這いつくばる凌雅を絶対零度の目で見下す女。

これがオレたちを10kmもの遠方の地から召還した張本人、【御船 ナギ】その人である。

彼女の性格を四字熟語で表すなら傍若無人、天真爛漫。二字熟語なら暴君という言葉で表せる、まさに破天荒な性格だった。

 

ナギ「でも、よく来てくれたわ!」

 

ナギが手で金髪を優雅に靡かせる。

かなりの上から目線。これもナギの性格――高飛車で我がままである。

この女が口を開くと、大抵災いが発生する。

 

ナギ「今失礼な事考えてたでしょ」

 

「…別に」

 

そしてナギは中々に勘が鋭い。

彼女の目の前で隠し事をすることは不可能だ。

 

?『……』

 

と、そのナギの後ろで、ゆらりと影が動いた。

 

「…ナギ、そこの子は?」

 

?『っ!!』

 

指摘されるや否や、その影はナギから一瞬離れる、がまた後ろへと隠れた。

 

?『っ…えと、その、私は……』

 

とてもオドオドとした様子で前髪を弄り始める影――茶髪のおかっぱ少女。

白いふわふわとした、いかにも女子大学生らしい服装をしていた。

少し垂れ目で、オン眉。表情からも温和な雰囲気をかもしだしている。

 

(初めてみる顔だな)

 

この子もオレ達と同じ大学なのだろうか。

逃げるおかっぱ少女を掴み、前へと押し出すナギ。

 

ナギ「この子はアタシの友達の【鳳 ソラ】ちゃん。今回は一緒に来てもらったのよ」

 

凌雅「へぇソラちゃんってゆーの?可愛いチャンネェだガッ」

 

ナギ「黙れ!!」

 

凌雅の言葉をナギの鉄拳が黙らせる。

ソラ、と呼ばれた女の子はあわあわとしつつも、深々と一礼をした。

 

ナギ「す、すいません……今夜は、よろしくお願いします…」

 

第一声から察するに、かなりの人見知りの女の子のようだ。

あまり派手ではないけれど、温和で優しい性格なのだろう。

 

(ま、それだけだが)

 

意識をナギに向ける。

ナギは携帯で時刻を確認すると、一息置いて、

 

ナギ「さて、と…今夜集まってもらったのは他でもないわ」

 

ナギがこんな夜中にオレたちを呼び出した理由はまだ分かっていない。

彼女は突然呼び出しこそするものの、肝心な内容を教えないというエンターテインメント性を持っていた。

 

(今明かされる衝撃の真実ゥ!)

 

某真のゲス的心持ちでナギの言葉を待つ。

 

ナギ「最近ここらへんで妙な噂が立っているから、それを確かめに来たの」

 

「妙な噂?」

 

凌雅「……いわゆる、『神隠し』だろ?」

 

神隠し――昼に凌雅からも聞いた話だ。

整理しておこう。

神隠しとは、人間の在る行動によって異次元の扉が開き、何者かによって連れ去られた人間はまるで神に隠されたかのように、忽然を姿を消す現象。

その現象には諸説諸々ある。

例えばただの誘拐であったり、実は宇宙人が連れ去っている、など。

 

ナギ「最近私たちの大学で神隠しに会った人がいるじゃない?」

 

「あぁ、二人いたな」

 

さきほどの凌雅の話にも出た噂だ。

 

ナギ「その子たちが、どうやらこの神社に頻繁に訪れていたみたいなの」

 

あぁ、だからこんな夜遅い時にこんな山奥にある神社を選んだわけか。

元々頭の良いナギだが、その思考は一般人とは少しずれている。天才の発想とは人を突発的に巻き込むらしい。

 

ナギ「そ、だから今回はこの現象を起こすために、神への扉を開くのよ!」

 

凌雅「オイオイそんな好奇心になんで俺らが関わんなくちゃ――」

 

ナギ「なんか言った?さ、逝きましょう?リョーガ君?」

 

凌雅「悪かった俺が悪かったから髪を引っ張らないでくれぇぇぇぇぇ!!」

 

凌雅はナギに引きずられ、颯爽と闇に消えていった。

真夜中だというのに、賑やかな裏山である。

静かになった空間、残されたオレとソラ。

とりあえず、隠れる壁の無くなったソラに声をかける。

 

「…ソラ、だっけ?まぁ、ナギが飽きるまで適当に過ごすか」

 

ソラ「…ミナト、さん」

 

オレの名前を呼ばれる。先ほどとは違って、ハリのある声だ。

オレは携帯電話を弄りながら無意識を装って返事をする。

 

「なんだ」

 

ソラ「実はあっちの方にもうひとつ、小さな神社があるんです。そこに行ってみませんか?」

 

「へぇ……」

 

気付かないフリをして煌々と光る画面を眺めるオレ。

動くのは面倒だ、実際かなり眠い。

 

――適当に時間が来るまで過ごそうぜ。いつか帰れるよ。

 

と言いくるめようとしたが――その思いは、次のソラの言葉によってかき消された。

 

 

ソラ「…ほら、行きましょうよ。というか、行かなきゃ…いや、行くぞ」

 

 

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序章 Ⅷ

寒い寒い空の下。

 

ソラ「で、ここから大事な話なんですが、この神社はなんと千年前から存在している神社なんですよ!」

 

現在、鳳先生による講演会が開かれていた。

もちろん拝聴者はオレ一人のみ。

青空教室ならぬ、夜空教室だ。

 

(どうしてこうなった?)

 

考えようとしても頭は働かない。

煙草を吸おうにも吸えない空気だ。

 

ソラ「これほど小さくても、昔の人は神の居所を大切にしてた訳なんですね!」

 

相変わらず、先生は饒舌に語ってくれている。

先生、メチャメチャ喋るじゃねーか。

まるで人が変わったかのような――いや、これは人が変わっているぞ、実際。

そんな熱意に押され、オレもへーとかほーとか適当に相槌を打って聞き流す。

 

ソラ「それで――ミナトさん?」

 

「あ、あぁ聞いてるよ、千年前だろ」

 

ソラ「そうです!聞いてなかったら殴ってましたよ~」

 

(…殴るのかよ)

 

目の前にある神社は人に管理されていないのか、所々破損している。

とてもじゃないがそこには神がいらっしゃるようには見えない。

 

ソラ「まぁ、今の人たちもこういった神社を大切にしないと、いけません!」

 

しかし、ソラはあたかもそこに神が居るかのように語っていた。

オレではなく、まるで神に語りかけるように。

 

(この子、神社が大好きなんだな)

 

でなければ突然『行くぞ』何ていう荒々しい口調になるはずがないし、殴るなんて言う訳が無い。

興奮すると人が変わってしまうのだろう。

オレに熱弁するソラは、ビシッと指を突き出した。

 

ソラ「で、ここからが大切な事ですが!」

 

(そのフレーズは5回ほど聞いたんだが? )

 

もちろん声には出さない。

静かにオレは彼女の言葉を待つ。

ソラはその大切なことを中々言わない。

 

ソラ「……え…なんで…?」

 

「……ん?」

 

口を開けたまま止まるソラ。

その眼は信じられない、といったように見開かれている。

 

「…鳳先生?どうした?」

 

その視線は、オレの後ろへ伸びていた。

――何かを見ている?

 

「…………?」

 

振り返る、そこには何もない。

オレたちが辿ってきた道が伸びているだけだ。

確かに今、ソラは[何か]を見ていた。

しかしその[何か]はオレには分からない。

視線を戻すと、「はっ」と我に返るソラ。

 

「どした?」

 

ソラ「……え、あ、あの…そのっ…」

 

突然、顔を赤らめ、慌てて前髪を弄り始める鳳先生。

オレと目を合わせないように顔を背けていた。

 

「早く続きを、先生」

 

ソラ「そ、そそうなんですが……えっと、その、あれ…」

 

「…大丈夫か?」

 

ソラは話すどころの話ではない様子だった。

[神社が好きな彼女]から[いつもの恥ずかしがりやな彼女]にスイッチが切り替わったように、突然口ごもってしまう。

多重人格、とは言わないまでも、唐突な切り替えだった。

 

ソラ「……確かに……見えたはず…」

 

「……本当に大丈夫か?」

 

怪訝な顔を浮かべながらぼそぼそと呟く彼女。

なんて言っているのか聞こう、と耳を顔に近づける。

 

ソラ「んひっ!!?」

 

ボン、と何か空気のようなものが爆発するような音がした。

 

ソラ「~~~~!!!」

 

どうやらオレの行為は逆効果だったようだ。

ソラは脱兎の如き慌てて走り去って行く。

 

「…よくあれで大学生やっていけるな」

 

オレは茫然と立ち尽くしていた。

 

 

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序章 Ⅸ

最初の集まった場所へ戻ってきた。

誰も戻って来ていない。

動くのも面倒なので、ライターに火をつける。

街灯の明り一つない自然の中、光が漏れる。

その光を、取り出した煙草に受け渡し、息を吸う。

 

(やっぱり煙草は美味いな)

 

短い至福を味わいながら、小さな神社が鎮座する岩へと腰をかける。

罰なんぞ知ったことではない。

もともと、オレは神など信じない人間だ。

 

「……神社、か」

 

最近、神社など神仏的な建造物は無意味であると決めつけられ、取り壊しが行われている。

昔は蔓延るようにしてあった分社も[要らない物]として失われつつあった。

そんな無意味な物が、大学の裏に残されているのも不思議な話だ。

 

(要らない、物…)

 

失われたものは、時代の流れに置いて行かれ、この世から消える。

それらは全て、【げんそうきょー】に流れ着いているのだろうか?

オレもそこへ行けたら、時代から失われた物――親父に、出会うことができるのだろうか?

 

「…………」

 

静かに目を閉じる。

瞼の裏に浮かび上がる、幼き日々と幼馴染の笑顔。

なぜ今になって彼女の言葉を反芻しているのだろう?

見つかるはずのない空想の産物に、なぜこれほど想いを馳せているのだろう?

 

――気まぐれ?

 

【げんそうきょー】は、女の子の気まぐれで生み出された存在。

神隠しだって、言ってみれば隠す奴の気まぐれ。

物が出来るのも、物が失われていくのも、人間の気まぐれ。

この世のすべては、全て、気まぐれ。

 

――親父が失踪したのも、気まぐれ?

 

「……クソが」

 

無駄な思考を止め、煙を吐きながら目を開く。

煙草を吸っていると無駄に考えてしまう、オレの悪い癖だ。

ぼんやりと遠くを眺める。

どこからか電車が線路を踏む音がする。

深夜零時を過ぎた頃だというのに、電車はまだ動いている。つい最近まで田舎者だったオレからすればびっくりな話だ。

学校の前を通るこの時間の電車には、乗客が少ない。

乗せたとしても、せいぜい夜中じゅう遊びに行くような連中か、あるいは闇を抱えていそうな連中か、残業帰りの社会人程度だ。

遠くで鳴り響く電車の加速音は、まるで子守唄のようにオレを癒す。

 

「…………」

 

空は、曇っているせいで月も星も見えない。

山奥なら都会の光も届かないから綺麗だと思ったが、今日は臨時休業らしい。

夜空も人間的なものだ、学校前の中華料理屋ぐらい休業が多い。

 

(…明日の昼飯はそこ行くか)

 

煙草を携帯灰皿に押し込め、再び目を閉じる。

小さく聞こえてくる、少し早く出てきてしまった鈴虫の夏の声。

虫も随分と数が減った。住処を失われてしまったからだ。

こぉこぉと草木を揺らす風の音。

しかし、もうすぐそこに、夏は迫っている。

 

そして、いかにも夏の訪れを教えてくれるような、シュシュピピという音。

 

「シュピ?」

 

耳を澄ませば聞こえてくる、シュピピ。

聞いた事の無い虫の鳴き声だ。

不思議に思っていると、その音と同時に、何やらこもったような声が聞こえる。

 

――ステーション、――ステーション。

 

そこだけしか聞こえない。

駅前の電車のアナウンスだろうか、と目を見開く。

 

「――え」

 

そこには、まるで億という単位の蛍の灯を一度に照らしたような、またダイアモンド以上の輝きを放つ金剛石を誰かがいきなりひっくり返して、ばらまいたような、光の壁が眼の前いっぱいに広がっていた。

 

――え?

 

眼を擦る。

そこには、まるで億という単位の蛍の灯を一度に照らしたような、またダイアモンド以上の輝きを放つ金剛石を誰かがいきなりひっくり返して、ばらまいたような、光の壁が眼の前いっぱいに広がっている。

 

夢ではない。目の前で、極光がオレを照らしているのだ。

強い光に目が眩む。

永遠にも続く大いなる光は、不意に消え去った。

 

 

「――――あ」

 

 

ゴトゴト…。

そして気が付くと、オレの身体は、いつの間にか揺られていた。

 

 

§



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序章 Ⅹ

ガタン、ゴトン…。

窓の外は宝石を散りばめた満天の星空が広がっている。

さっきまで曇っていた空はすっかりと晴れ、上弦の月が顔をのぞかせていた。

 

(ここは…どこだ?)

 

オレは辺りを見渡す。

木目の床、鶯色の座席、年季の入った窓ガラス、色落ちした広告など――。

まるで電車のような内装をしていた。

しかし今日の電車ではなく、まるで地方で走っているSL列車の車内のようだ。

乗客はオレ以外にちらほらといるものの、下を向いていて誰一人として顔は見えない。

 

「…………」

 

ガタン、ゴトン…。

夜空を駆ける列車は、さながら昔読んだ小説のようだった。

その物語は、少年が銀河を駆ける汽車に乗り、美しい大地を、煌びやかな夜空を親友と駆け巡るお話。

幻想的な生物、植物、風景の描写に取り込まれた思い出がある。

 

(その本は誰から借りたんだっけ…)

 

そんな昔の事を懐かしんでいると、

 

?『お向かい、いいかしら?』

 

声をかけられる。とても落ち着いた女性の声だった。

見上げると、そこには帽子から金糸のような金髪を溢した、紫色のワンピースを着た女性がいた。

ただの女性ではなく、それはもう、絶景の美女だった。

 

(うほっ、いい美人…)

 

美女はスカートの端をつまんでお辞儀する。

その洗礼された動きが貴族を彷彿とさせる。

しかし、その微笑みはどこかあどけない。

一瞬にして心臓を鷲掴みにされていたオレだが、ふと我に返り、

 

「ど、どうぞ」

 

冷静に返事をした、つもりだ。

 

(…これじゃあ美人相手にドギマギしているDT野郎じゃないか!)

 

紳士たるもの淑女に悠然と対応すべし。

しかし、デカイ…あぁ、デカイ、デカイさ…。

 

「デカイな…」

 

?『…何か?』

 

「いえいえ、どうぞ」

 

?『どうも』

 

女性はこれまたふわりと風がふいたように軽く言い、オレのななめ前の席に座る。

そして届いてきた、女性の香り。

花の甘い香り、また、甘酸っぱい柑橘の香り――良い香りだった。

 

(おぉう、眼福…いや、嗅福か?)

 

相席、というものは素晴らしいものだ。こんな美女と同じ空間で過ごす機会を与えてくれるのだから。

ビバ相席!サンキューAISEKI!

 

?「アナタ、面白いのね」

 

「……え?」

 

突如、そうお褒めいただいたことで、身体がビクリと反応する。

膨らんだ妄想を消し、オレは女性をみる。

 

ガタン、ゴトン…。

揺れる社内、赤ん坊のような白い肌、お菓子のようにツンと立つ鼻、紅く輝く唇がオレに向く。

 

?「探し人を見つける為に[幻想郷]に行くだなんて…不思議な人」

 

アメジストのような瞳を妖艶な笑みとともに細める女性。

オレは聞き逃さなかった。

 

確かに今、この女性が【幻想郷】というワードを出したことを。

 

「アンタ…げんそうきょーを、知ってるのか!?」

 

?「知ってるも何も、この列車はそこへ向かっているのよ?」

 

「…なん、だと…!?」

 

心臓がまた大きく爆ぜる。

いつの間にか乗っていた、この謎で不思議な列車が、【幻想郷】に辿り着く列車。

この列車の行きつく先は、失われた物が流れ着く、オレの父親がいるかもしれない、幻想郷。

 

「…なぁ、アンタ、もしかして――」

 

?『切符を拝見いたします』

 

と、言いかけたところでオレたちに黒い影が差しかかった。

手を差し伸べているのは、駅の車掌さんのような恰好をしている、長身長の男性。

乗車券を切りに来たのだろう。

 

?「いつもお疲れさまです」

 

車掌「ありがとうございます」

 

向かいの美女はにっこりと笑い、ねぎらいの言葉をかけながら【乗車券】を差し出している。

 

(って、やっぱり乗車券必要なのか!?)

 

そんなものは買ってないし貰ってもない。

無賃乗車って結構罪が重かったような気がする。

 

(…乗車券を探したフリをして「あれ~すいません失くしましたぁ~」とか言えばいいか)

 

ポケットに手を突っ込んで、探すフリを――

 

「……あれ?」

 

ポケットに突っ込んだオレの右手は、硬い物を捉えた。

そのままそれを引っ張り出してみると、それは4つ折りになった茶色の紙。

 

車掌『…確かに、幻想郷行きの切符ですね。悠久券なので、そのままお持ちください』

 

――あった。え?なんで?いつから入っていた?

狼狽しているオレを後目に、車掌さんは帽子をかぶり直し、去っていった。

改めて切符を見てみる。

茶色の紙に青い文字で[幻想郷行]とだけ書かれている。

 

?「よかったわね、切符持ってて」

 

カンカンカンカン…。

踏切の音が遠ざかっていく。

列車はどのあたりを走っているのだろうか。

窓の外には、黒い静かな海が広がっている。

 

「…アンタが入れてくれたのか?」

 

?「まさか。アナタが始めから持っていたのよ?でなければこの列車はアナタの前に現れなかった」

 

「へぇ…冥土の片道切符ではない、よな?」

 

?「今すぐ路線変更する?」

 

「Go straight!!」

 

謎が謎を呼ぶ展開だが、ひとまず乗車する権利は得られたらしい。

オレはもう一度幻想郷行の切符を見る。

確かに[幻想郷行]とは書かれている。にしても、その文字は手書きだった。

まるで、青色のクレヨンで子どもが書いたみたいな、そんな字で――

 

(…クレヨン?)

 

頭の片隅で何かが引っかかる。

そういえば、昔どこかでクレヨンを貰ったような。

かなり前に貰ったものだったから、今じゃクレヨン本体は捨ててしまったが…その周りの紙は取っておいといたような。

そして、その茶色の紙とこの切符が似ているような…。

 

(…だが、あれは実家のオレの部屋に…)

 

?「…ほら、もう準備しなさいな」

 

「え?」

 

オレの思考を遮り、豊満な身体を揺らしながら静かに立ち上がる美女。

準備、とは降りる準備の事だろう。

もうじきに[幻想郷]に着くのだろうか?

 

?「初めに言っておくわ」

 

「?」

 

美女がオレを見る。

その美貌は、美しいというより、美蛇の如く妖艶さ。

 

?「アナタの父親は、幻想郷にいる」

 

「……え?」

 

今、この女性は何と言った?

 

?「…聞こえなかったのかしら?ですから、アナタの父親は幻想郷にいるのよ」

 

「……」

 

凍り付いた車内。

掛け時計の音。

翔ける心臓の音。

駆ける車輪の音。

女性の声は、凛として響く。

 

?「すぐに会えないだろうけど、それでも探しなさい」

 

淡紫色の扇子を取り出し、横に差し出す美女。

すると、何もなかった所から一筋の”糸”が伸び、それはぱっくりと口を開いた。

奥に広がる、黒い空間――その中に犇めく、無数の[赤色の目]。

 

?「求めるならば、全てを収めるまでね」

 

「――ッ!!」

 

オレに向けられたアメジストの瞳。

まるで肉食獣が目的物を見つけ、捕食せんとするが如き、冷徹な目。

オレは動けなかった。

 

?「一之瀬ミナト…夢は、現へと変わるのよ」

 

美女の姿が生み出した黒い空間に飲まれていく。

微笑を浮かべた美女は、黒い空間が閉じると同時に、忽然と姿を消した。

ガタン、ゴトン…。

緊張から解放された社内、オレの身体が動くようになる。

 

(……危なかった)

 

あのまま見ていたら、なんだか戻れない場所まで連れていかれそうな気がした。

彼女はいったい何者だったのだろう?

 

(アイツ…オレの名前を呼んていたな)

 

名乗った訳ではない、にも関わらずオレの名前を知っている。

そこから推測するのは難しいが、恐らく彼女はオレの目的地――幻想郷で生きている人。

再びどこかで出会うだろう。

しかしその前に――

 

(…信じても、いいのか?)

 

――アナタの父親は、幻想郷にいる。

根拠のない言葉であり、会って間もない人の言葉。

そんな信憑性の無い言葉、普通なら信じないだろう。

だが、今のオレには信じる以外の選択肢はない。

なぜなら、それ以外に信じる物が無いのだから。

 

「…やってやろうじゃねぇか」

 

これまでも、そしてこれからもおそらく謎は続く。

[幻想郷]という未知の領域。

忘れられたモノが流れ着く世界。

 

果たしてそこに広がる景色は、一体どんなものなのだろうか?

 

「待ってろよ、親父」

 

扉が開き、息を吸い込んでオレは一歩を踏み出す――。

 

 

 

 

 

車掌『幻想郷――幻想郷、でございます。現世にお忘れ物がございませんように』

 

 

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序章 0

『引っ越し?』

 

男の子の言葉に、小さく頷く女の子。

彼女の世界に、小雨が降っていた。

いつもの公園は青色から茶色へと変わり、まれに赤や黄色が混じってざわざわと揺れている。

 

『……さみしくなるね』

 

出来る限り男の子は声を湿らせないように、そう言った。

本当は心が張り裂けそうな想いだったけれども、今ここで泣いてしまうと、この女の子を逆に心配させてしまう気がしたから、男の子は慣れない笑顔を作った。

夕日が傾く、いつも二人で絵を描いていたジャングルジムの下。

 

『…ねぇ、――くん』

 

女の子は湿った声で、男の子の名前を呼んだ。

 

『…なぁに?』

 

『私たち、もう、会えないのかな?』

 

『……そんなことないよ』

 

『だって、東京だよ?ここから300キロメートルも離れてるんだよ?もう、会えないようなもんだよ』

 

『……そんなこと、ないよ』

 

そうとしか言えなかった。

もっと他に言葉はあったはずだ。

オレも一緒に君のところへ行くよ、大きくなったら必ず君に会いに行くよ、十年後にまた会おうよ――

しかし、その言葉たちは過去の記憶に消えていく。

男の子はまだ多くの言葉を知らない子どもだった。

 

『……私ともう会えなくなるの、悲しい?』

 

『…………』

 

無言で頷いていた。

突然世界が水で包まれ、空間がゆがむ。

突然の大雨。

ノアの箱船。

世界の終り。

女の子よりも大粒の涙を流してなく男の子を見て、女の子はたまらず微笑んだ。

彼女の目尻からも、大粒の涙が零れ落ちる。

 

『…泣かないでよ。私も、泣いちゃうじゃん』

 

『だって……だって……悲しいよ。もう、君と、絵を描けなくなるなんて…』

 

『また描こうよ。大人になっても、また会おうよ。理由が無くても、会おうよ』

 

『……うん、うん…』

 

お互いに泣きあって、お互いに頭を撫で合って、お互いにごしごしと瞼を擦る。

ぱっと顔を上げると、同じようにきょとんとした顔があった。

それが何だかおかしくて、

 

『『…にひひ』』

 

揃ってない歯をむき出しにして、お互いに笑うのだった。

 

『…あ、そうだ』

 

『どうしたの?』

 

『これ…あげる!』

 

女の子が差し出してきたのは、一本の青色のクレヨン。

角が削れて、半分以上も使った状態のクレヨンだった。

彼女が大好きな、お空の色。

それを満面の笑みで、女の子は男の子の手に握らせる。

――あったかい。

――にひひ、と笑顔。

左手に触れる、女の子の右手の柔らかな温かみ。

男の子は頬を紅く染めた。

 

それから少しだけ、二人はお話をした。

昔であった時の話、将来の話、学校で人気のアニメとか、好きな食べ物や嫌いな生き物とか、たわいもないはなし。

それでも、とても楽しかったことは覚えている。何を話したのか、今思い出そうとしても思い出せない。

やがて――別れの時間は来た。

 

『じゃあ…私、行くね!』

 

『うん……また、会おうね!』

 

『うん!――くんと会えるの、楽しみにしてる!』

 

『僕も、楽しみにしてるよ!――ちゃん!』

 

秋風は、ただ凛としてふたりを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあと、その女の子に対して何を思ったのかは、覚えていない。

記憶から抜け落ちたのか、それとも単に記憶していないだけか。

 

だけど。

ひとつだけ覚えていることがある。

右手に握る青色のクレヨン。

彼女が大好きな色のクレヨン。

忘れないように、再会した時に言えるように、覚えていようと。

 

 

「そういえば青色のクレヨンを貰ったよね」って。

 

 

 

 

~東方礼夜鈔 序章 終~




ぼちぼちとやって行きたいと思います。

幻想郷は、いいところ。


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東方礼夜鈔 人


むせ返るような花の香り。

桃色の吹雪が視界をピンクに染める。

ひとつひとつが光の粒のように輝くそれらは、今が春であることを知らせている。

 

「……ここが、幻想郷…」

 

オレの目の前に広がる、大量の桜と、巨大な神社。

少し古いが、荘厳という言葉が似合う。

そしてどこか寂寥感のような、哀愁を漂わせている建物だ。

辺りを見渡すと、座っている人々がいた。

 

『今年も見事な桜だなぁ』

『こんな贅沢な肴にお酒とは…お天道様に感謝だ』

『先生!はやくはやくー!』

『おお、満開だな……綺麗だ』

『さくら!さくらが咲いてるよ!』

 

「……花見か」

 

盃を交わしている人たち、石段を登りちょうど神社に着いた子どもたちなど。

彼らは服が現代とは離れ、教科書で見た明治時代初期の庶民のような服装をしていた。

 

(江戸村行った時もあんな人達がいたな)

 

ただ、あれは現代風にアレンジしてあるので、あそこまでリアリティはない。

再び見渡すと、石段の先には真っ赤な鳥居があった。

今子どもたちがくぐってきたアレだ。

そいつに近づいてみてみる。

 

(博麗神社…)

 

裏側に[博麗神社]と刻まれてある。

なるほど、ここは[博麗神社]というのか。

桜の綺麗な神社、博麗神社。

ソラがいたら飛んで喜びそうな場所だ。

 

?『アンタ、何しているの?』

 

桜を見納め、改めて博麗神社本殿を見ようとした時――声を掛けられる。

そこには、箒を持った、巫女さんがいた。

 

(見事な紅白巫女さんだな…)

 

その少女は、紅と白5:5のバランスの取れた民族衣装に身を包んでいる。

まるで[巫女服]のような衣装ではあるが、肩が出ていたり頭の真っ赤なリボンだったり現代風アレンジとしてポイントは高い。

だが神社で働くには少し場違いのような服装な気がする。

 

(だが可愛いのでノープロブレムだ)

 

?「……話、聞いてる?」

 

ずい、と歩みを近づける巫女さん。

目つきが更に鋭くなる、視線を外したくなるほどの目力だ。

 

「聞いてるよ、鳥居が立派だなって見ていただけだ」

 

?「…そんなの見てるの、アンタぐらいよ」

 

巫女さんは不審な目でオレを見る。

今じゃ巫女さんなんて府内イベントぐらいでしか現れない。

目の前に本物が居るのが新鮮というか、目の保養というか。

改めて巫女さんを見る。

 

?「……なに?今度は私?」

 

亜麻色の髪が春風に翻り、彼女は髪を耳に掛ける。

そのしぐさひとつひとつが、絵になる。

 

「いや…美しいなって」

 

?「え?」

 

「…なんでもないぞ」

 

色々と訝しがられているので、巫女さんの目を見てそう言う。

 

?「……」

 

顔を赤くしたように見える…が、巫女さんの目が一層鋭くなった。

まずい。これは、殺気?

 

?「……はぁ、こいつが…紫の言ってた奴?」

 

「え?」

 

?「なんでもないわよ」

 

こほん、と巫女さんは咳払いをして、少しだけ頬を緩める。

どこか気怠そうな表情だが、栗色の綺麗な瞳がオレを見つめる。

 

?「ようこそ幻想郷へ。何もないところだけどゆっくりしていきなさい」

 

「やっぱり幻想郷なのか!」

 

?「え、えぇ?そう、だけど…」

 

幼い頃の記憶。

親父への手がかり。

それは糸のように細く、しかし確かにオレの求めるモノへと続いていた。

興奮ゆえに震え出す足。抑えようとしても震えは止まらない。

 

?「…あんた、やっぱり変な人ね」

 

「お前が欲しいとは言ってないぞ」

 

?「そこまでいったらもはや変態ね」

 

いきなり変な人扱いされる始末。

列車では面白い人と、今は変な人と言われるオレ。

そのうちゴミだの悪魔だの言われそうだ。

 

「…アンタだって、今時巫女服なんて流行んないぜ」

 

サブカル界では尚も人気を誇っているがな!

ちなみにオレは巫女よりメイド、ナースの方が好きだ。魔女っ娘もゴスロリも捨てがたい。

 

?「流行る流行らないじゃなくて、私はここの巫女だから」

 

売り言葉に買い言葉。

バチバチと火花が散る勢いで視線が交叉する。

 

?「というか、アンタ、どうやってここまで来たの?神隠し?」

 

「や、列車に乗ってやってきた」

 

そういうと、巫女はきょとんとした顔でオレをじっと見つめてくる。

 

?「列車って……[列車]?」

 

「あぁ。いきなり現れて、いきなり連れてこられた」

 

?「……はぁ、アレ、まだ動いてんのね」

 

彼女が何の事を言っているのかイマイチ分からない。

あの列車はどういった物なのだろうか?

とりあえず幻想郷に着いた訳なので、まずは情報を収集する。

 

「ところで、アンタ巫女って言ったよな」

 

?「…えぇ。この神社のね」

 

「幻想郷について詳しく教えてくれよ」

 

「…本当におかしな人ね。何を企んでるの?」

 

どうやらオレは完全な不審者として見られているらしい。

もう一度巫女はため息をついた。

日頃から苦労の多そうな人だ。

 

「何も企んでいない、いや、企んでいるか?」

 

?「…もう面倒だから、あっちで話しましょ」

 

巫女さんは箒を肩に担ぎ、神社本殿の横を指差す。

ちょうど襖が開き、奥に畳が広がっている。

 

?「まぁ、ここに来るまでにいろんな非日常に遭ってきたんでしょうね。その疲れ切った顔を見ればわかるわ」

 

「……」

 

確かに、興奮とは裏腹に、オレ背筋は汗でびっしょり濡れていた。

常識ではありえないこの光景。

春は既に過ぎているし、夜だったはずなのに昼になっていたりと、頭の理解はとうに容量を超えている。

知恵熱でも出てしまったのか、うっすらと頭が重い。

 

?「話がてらにしばらくここで休んでいきなさい」

 

「だが断る」

 

?「それを断るわ。休んでいきなさい」

 

「ナニッ!?」

 

おう、強制連行イベントだったか。

このままいけば巫女さんルートまっしぐらだが…今のオレにはほかに選択肢はない。

 

「…少しだけ、世話になる」

 

?「いいえ。久しぶりの外からの外来人だから」

 

巫女はオレに背を向けて歩き出していた。

その揺れるリボンを追いかける。

オレの後ろでは、子どもたちが元気に風と花と遊んでいた。

 

 

§



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麦茶

幻想郷。

外の世界から[博麗大結界]という結界によって隔離された、もう一つの日本。

オレたちの傍にあるが、往来交わることの無い世界。

アンタの住むところにも結界が張ってある、それが幻想郷でいうどこなのかは分からないけど、と巫女である博麗霊夢は言った。

ちなみに結界とは、目に見えない不可思議の壁、と考えていいようだ。

そんな幻想郷はパラレルワールド、というよりは結界一枚で繋がっている『裏の世界』といった風か。

そして、その博麗大結界はある性質を持っている。

それは、[外の世界で喪われたモノが流れ込む]力を持っているのだという。

 

(やっぱり、あの女の子が言ってた世界で間違いないな)

 

喪われたモノとは、時代が流れるに従って必要が無くなった物である。

いろいろと紹介されたがさっぱりである。歴史の教科書でしか見たことのない白黒テレビだとか、どんな原理で動いているかさえも分からない製氷機。

そんな歴史の遺物となった物たちを、幻想郷の住民は修理し、度々利用しているのだという。

外から持ってきてくれる人もいるんだけどね、と霊夢。

 

 

まとめると、幻想郷は結界によって隔てられた、[喪われたモノ]が集う世界である――。

 

 

§

 

 

霊夢「と、ここまでが幻想郷の説明ね」

 

「参考になった。ありがとう」

 

冷たい麦茶をすする。

神社内から眺める外の風景はまた絶景なもので、煌びやかな光の境内を桃色が支配し、それを楽しむ人々の声がする。

 

(詫び寂び、ってか)

 

今の日本では絶対に見られない光景だ。

 

霊夢「じゃ、次はアンタの番」

 

「オレの話なんて聞いてどうするんだ」

 

霊夢「今後の参考に。なんで幻想郷を知ってたの?」

 

鋭い質問だが、避けては通れない。

オレは少しの昔話と幻想郷に来た理由を霊夢に説明した。

 

霊夢「へぇ、親父さんか…ここにきてるの?」

 

「らしい、詳しくは分からないが、その可能性が高いんだ」

 

霊夢「らしいって?」

 

「…あくまで人に聞いた話だ」

 

――アナタの父親は、幻想郷にいる。

列車で美女に言われた言葉。

あの美女は、オレの親父を知っていて、幻想郷にいると言っていた。

何者なのだろうか、人間の美しさとはかけ離れた、あの妖艶な女性は。

 

霊夢「しかし、まぁ…なんとも無謀ね」

 

「まぁな」

 

誰に何を言われようと、もう幻想郷に来てしまったのだから、後戻りはできない。

 

霊夢「…ま、アンタが強い意思を持っていることは分かった。私はそういうのに無頓着だから、力になれないけど」

 

「いや、麦茶と茶菓子を貰った。十分力を貰ってる」

 

霊夢「なによそれ」

 

オレの返答に予想外だったのか、意外そうに目を見開いて、微笑む霊夢。

先ほどまでの不審な目が嘘のようだ。

彼女は、グラスに入った氷をからんと指でつつくと、

 

霊夢「親を探しに、か…」

 

「?」

 

霊夢「…なんでもないわよ」

 

それは消え入りそうな声だった。

明るい外景と対称的な、暗い言霊。

 

「……ん」

 

オレはあえて聞こえないふりをした。

水滴のついたグラスを見つめ、一気に飲み干す。

透き通った氷があらわになった。

それは、太陽の光をいっぱいに乱反射し、まるでダイアモンドをグラス一杯に詰めたように輝いている。

 

「麦茶、美味かった。ここは心の落ち着くいいところだな」

 

オレは立ち上がり、煙草を吸おうと外に向かう。

 

霊夢「あらどうも。もう行くの?」

 

「あぁ、ちょっとそこまでな」

 

ポケットの中身を確認する。

携帯電話と煙草とライター、家の鍵。そして先ほどの乗車券。

これで荷物は全部だ。

ポケットには収まりきらないから、バックパックを持ってくればよかったな、と思う。

今更遅いが。

 

霊夢「まぁ頑張りなさい。何かあったらここに戻ってきてもいいし。お茶ぐらい出してあげるわよ」

 

「それはうれしいね。すぐにでも戻ってくるよ」

 

靴を履き、よっと小さな段差を下りて庭に着地。

太陽はオレの頭上でさんさんと照っている。さっきよりも空気が少し温かくなっていた。

 

「じゃ、またな」

 

紅い鳥居の先に広がる深緑と清蒼。

その広がる桃源郷の景色に、オレは吸い込まれるように向かっていく。

 

 

 

 

 

霊夢「あ、森には人肉好きな妖怪がわんさか出るから気を付けなさいねー。…聞こえてないようだけど、大丈夫かしら」

 

 

 



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鬱蒼

オレは今絶望の淵に立っていた。

いや、死へのオーバーロードを文字通り死にもの狂いで突っ走っていた。

 

「っざっけんじゃねえよ!!!」

 

――神社から人里への道は目印をたどれば一本道。鬱蒼とした森があるからその先を抜けるとね――。

霊夢の言葉が脳裏に浮かぶ。

それはただの森だと思っていた。

どこにでもあるような変哲のないただの森だと勝手に思っていた。

だが、想像は遥かに違っていた。

――ただの森じゃない。

 

『キュルキュルキュルキュル!!』

『ピエピロピエピロ……』

『シェエエエエエエエエエエ!?』

 

眼球の飛び出た白髪の飛行人。

胸元まで伸びた牙に一つ目で、短い角の生えた4足歩行人。

緑色の藻に包まれ、どこまでも伸びる舌を伸ばしてくる蛙人。

オレは、この謎の三人に襲われていた。

 

(いや、こいつらは人じゃない。断じて違う!)

 

大地から飛び出た木の根を飛び越える。

太陽の光さえも届かない湿気の闇。

目を凝らさなければ今にも木々にぶつかりそうだ。

後ろの化け物たちはそんな事気にも留めず、並走している。

お互いに言葉ではない、電波のようなものを飛ばしてコンタクトを取っているのだろう。

 

(何かないか、何か……うおっ!?)

 

突っ込んできた白髪がオレの肩を掠め取っていく。

血こそ出てはないが、うっすらと紅い筋が破れた服の間から覗いていた。

 

(なんて切れ味のいい爪なんだ、中華包丁も顔負けだぜ…)

 

急いでポケットをまさぐる。

何か武器になるものはないか、何か。

武器その一、携帯電話。

ロック画面を解除せずに緊急連絡画面へとスラ――いや、警察なんてこの世界には存在するのか?というか圏外。役立たずのゴミだ。

武器その二、煙草。

一緒に煙草でも吸うか?おそらくゆっくりとバリボリ喰われるのがオチ。

武器その三、ライター。

使えそうだが森へ放火する訳にもいかない、要検討。

武器その四、家の鍵。

これが一番役に立たない。ボツ。

そして最後に乗車券。さっき乗ったばかりの電車なんて来るはずがない。大切にしまう。

 

ここまで来たら、ライターでここら辺を焼野原に変えるしか――

 

(……ん?)

 

後ろポケットをまさぐっていると、何かが指に触れた。

固い厚紙のような感触だ。それも四角形の紙。

それを取り出そうとした瞬間、世界が90度転回し、壁が生じた。

 

「ダズッ!」

 

顔面から濡れた草をスライディングする。

あれほど気を付けていた木の根っこが、オレの足に絡みついていた。

三匹の化け物がオレを見て嗤い声をあげている。

 

(いや…こいつらだけじゃない)

 

笑い声はそこらじゅうから木霊のように響いていた。

恐らくこの木の根も、森全体が、オレを捕食しようとしているのだ。

 

「…クソッ…」

 

パニックのあまり、足に絡みついた根が思うようにほどけない。

 

『キュルキュルキュルキュル!!』

『ピエピロピエピロ……』

『シェエエエエエエエエエエ!?』

 

こいつらは同じような鳴き声しか上げられないのか?

そんな疑問は、奴らが光らせた牙によって消え去る。

 

(SAN値チェック、1D100でどうぞ)

 

外の世界で邪神を見たとき、一般人だったオレはダイスの女神に突き放され、精神崩壊を起こし他界した。

今、現実。

化け物を目にして、オレは精神崩壊を起こしていない。発狂状態もない。

つまり、まだオレは正常。ならば、戦える。戦う資格はある。

“藁にも縋る想い”という言葉が脳裏にチラついた。

 

(鬼が出るか、仏が出るか…!)

 

奴らが腕を振り挙げた瞬間、オレは、四角形の紙を掲げた。

 

「う―――――あッッ!!」

 

途端、そのカードは光を放った。

瞬く間に波紋を拡散させた極光が、鬱蒼とした黒き森を一瞬で満たしていく。

 

「何の光――ッ!?」

 

反らしていた目を向け、光の隙間で少し見えた光景。

 

『キュルキュルキュルキュル!!』

『ピエピロピエピロ……』

『シェエエエエエエエエエエ!???』

 

化け物たちは目を覆い隠していた――刹那。

短い悲鳴が捻りだされ、すぐさま聞こえなくなった。

光は、化け物をその光の球体に引きずり込み、音もなく粒子と一体化させた。

 

「――――がっ!?」

 

そして、直後に生じた、身体に異常な浮遊感。

内臓が重力に押しつぶされるような吐き気に襲われた。

足から大地が遠のいていく。まるで意識が天へと昇っていくかのような、強烈な重力。

やがて、森の上空でオレは止まる。

 

『人間さまひとりサルベージだぜ』

 

「……あ?」

 

――親方!頭上から女の子の声が!

落ち着いて見てみる。

そこには、下に森が、上に黒のスカートと白いドロワーズが浮いていた。

 

 

§



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魔女

ドロワーズ「危なかったなお前、もう少しで喰われてたぜ?」

 

ドロワーズがオレに話しかけてくる。

ふわふわと浮いている身体、眼下には緑と黒の森が広がっている。

オレは今、ドロワーズが乗る箒で飛んでいた。

 

(すげぇ!ニンバス2000だ!)

 

恐らく魔法の箒という奴なのだろう。

初めて乗った感覚としては、風を全身に浴び、風景も綺麗だし、首も締まって……

 

「く、苦しい」

 

ドロワーズ「あぁ、だろうな。妖怪に喰われちゃあ誰だって苦しいぜ」

 

このドロワーズ、分かってないぞ!

オレの首元に掛かる重力+αが、更に頸動脈を優しく締めていく。

 

「く、首が…」

 

ドロワーズ「奴らは人間の首物が好きでさ、柔らかくて美味いら」

 

「首が…締まってんだよ!!」

 

ドロワーズ「え?」

 

首元の拘束が緩む。

同時に、オレの身体が重力に従って下へ落ちていく。

 

「え?」

 

オイオイマジかよ。

こんなお約束の展開ってあるか?

 

「ああああああ!!!」

 

ドロワーズ「っと、悪い悪い」

 

すかさずドロワーズがオレを箒に乗せた。

その時に初めて、ドロワーズの顔を確認できた。

黒と白を織り交ぜた服に身を包み、黒のとんがった帽子から金色に光る髪が流れている。

多分、恐らく、いや絶対と言っていいほどに。

 

(魔女っ娘ってやつか!!)

 

巫女といい、魔女っ娘といい、幻想郷はコスプレが流行っているのか?

でも霊夢は本気で巫女をやってたし、この魔女っ娘もたぶん本気で魔女っ娘をやっているのだろう。

魔法の箒もしっかりと操縦できていて、安定している。

 

ドロワーズ「で、どうして森の中で妖怪に襲われていたんだ?」

 

「妖怪?」

 

ドロワーズ「あぁ…その反応から、本当に何も知らないみたいだな」

 

「さっき博麗の巫女から幻想郷について聞いたんだけどな…そうか、あの化け物たちは妖怪っていうのか」

 

現実世界でも妖怪という言葉はある。

それは古典文学や物語に於ける話であり、実在する存在ではない。

幻想郷では、本当に化け物として妖怪が存在するようだ。

 

「何やら物騒な世界だぜ」

 

ドロワーズ「そんなこと言うなよ、住めば都ってよく言ったもんだぜ?」

 

「アンタは妖怪を退治するために魔法を?」

 

魔理沙「アンタじゃない、霧雨魔理沙だ!」

 

ドロワーズ――もとい、霧雨魔理沙は帽子をクイッと上げて、そう言った。

 

「…魔理沙は何故パンツじゃなくてドロワーズなんだ?」

 

魔理沙「そりゃあもちろん、魔法が好きだからだ!」

 

見事にスルーされる。

 

魔理沙「好きなモノをどんどん追究していったら、いつの間にか妖怪を退治できる程になってたぜ」

 

「へぇ…最初に使った魔法は?」

 

魔理沙「最初は…確か、指先の爪を赤く光らせる魔法だったな」

 

それは魔法と言えるのだろうか?

光ればいいってもんじゃあないだろう。

 

魔理沙「でも、そこから魔導書とか読んだり自分で実験とかしてたら、こんな魔法が打てるようになったんだ!」

 

魔理沙が帽子から六角形の物体を取り出す。

それを握ると、中心の赤い珠が淡く輝き始めた。

その光は次第に強くなっていき、それと同時に魔理沙も集中力を高めていく。

 

魔理沙「目開けて見とけよ!恋符[マスタースパーク]!!」

 

ため込んだ魔力を、一気に開放すると。

六角形から飛び出した虹色の太い線――魔力の塊が、青空へ向かって吸い込まれていく。

 

(凄い威力だ…!!)

 

箒に伝わる衝撃からも、伝わっていく。

日本の兵器が生み出せるエネルギーでは無いだろう。

魔法とは科学さえも乗り越えるのか?

 

魔理沙「ま、こんなもんだぜ!!」

 

得意げに(ない)胸を張る魔理沙。

オレにわざわざ見せるとは、よっぽど魔法が好きなのだろう。

空を仰ぐと、先ほど光線を放った先の雲が霧散していた。

 

「…すげぇ」

 

魔理沙「だろ?まぁ霧雨魔理沙様に掛かればこんなもんよ」

 

「…頼みがある。魔法を、教えてくれないか?」

 

外の人間が使えるか分からないが、魔理沙も努力して会得したという。

この魔法が使えるなら、妖怪に出くわした時に使えるのでは?

しかし魔理沙は、首を横に振った。

 

魔理沙「だめだ、私は弟子を取らない主義なんでな」

 

「…そこを、何とか、先生!!」

 

魔理沙「…そうだな、良いぜ!」

 

「良いのかよ!」

 

魔理沙「ただし条件がある、私よりも上手くなるな!」

 

「…………あぁ」

 

多分負けず嫌いなのだろう。

いかにも魔法使いっぽい性格である。

 

そんな話をしている内に、オレたちは先ほどの博麗神社に辿り着いた。

 

 

 

§



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桜木

巫女と魔法使いと

 

霊夢「本当にすぐ戻ってきたわね。有言実行ご苦労様」

 

魔理沙の箒から降りると、縁側でお茶を飲む巫女がいた。

もちろん真っ先にかみつく。

 

「妖怪が出るって先に言えよ、死ぬとこだったぞ」

 

霊夢「だって散歩に行くって言ったときのあんた、すごいキラキラとした目だったから、止めるのもかわいそうかなって」

 

「だからって火の中に飛び込ませる奴があるか!」

 

霊夢「いいじゃない、結局生きてたんだし」

 

結果論である。

 

魔理沙「まぁまぁ、こうして私に救出されたんだから、よかったってことで、な?」

 

「……」

 

にひひ、と笑う白黒の魔法使い。

魔理沙はオレの命の恩人なのだから何も言えない。

 

「まぁ、アンタが出した魔法が、アイツらを仕留めてくれたしな」

 

魔理沙「魔法?何のことだ?妖怪たちはお前が退治したんだろ?」

 

「は?」

 

魔理沙「は?ってなんだよ。だから――」

 

霊夢「ちょっと待って」

 

魔理沙とオレの問答に霊夢が割り込む。

 

霊夢「あんた、[スペルカード]持ってるの?」

 

「スぺルカード?」

 

霊夢「今、握ってるそれ」

 

手には、さっきポケットから取り出した一枚の紙。

少し厚手の装飾がされているが、絵札のような、カルタほどの厚みと大きさ。

ずっと握っていたらしい。

 

「これか?」

 

[スペルカード]には紅い枠が引かれ、絵のようなものが描かれている。

うまく表現できないが、昔の物語や絵本などに出てくる紋章みたいな、そんな絵。

 

魔理沙「私は光が森の中から出てきたから向かったんだ。ミナトがそれで妖怪を退治したんだろ?」

 

「……へぇ…」

 

退治。

あの妖怪達を取り込んだ光の球体。

このカードはあの妖怪たちをどうしてしまったのか。殺してしまったのか、はたまた別の何処かへ飛ばしてしまったのか、あるいは光に還してしまったか。

いずれにせよ、確実なのはこのカードには妖怪達を消してしまうチカラがあること。

 

霊夢「ミナト」

 

「なんだね」

 

霊夢の次のセリフは容易に想像できる。

 

「次にお前は『そのスペルカードを使ってみなさい』という!」

 

霊夢「そのスペルカードを使ってみなさい…ハッ!」

 

「……よし」

 

腕を組みながら驚く霊夢だったが、すぐさま鋭い目に戻る。

その眼つきから、彼女がオレの持つカードの力を見極めようとしているらしい。

 

「…どう使えばいい?」

 

霊夢「なんでも。ただ好きに叫んでスペルカードを掲げなさい。意識をカードに向けて」

 

簡単に言ってくれる。

こんな機会大学生活どころか生涯訪れなかったので狼狽するだけだ。

仕方なく、カードを指で挟み、仁王立ちをする。

 

「…Zパワーを全開に!!」

 

大事なのは雰囲気だ、イエスフインキ。

だが、無意識でやったことを意識的に再現するのは至難の業。

無我夢中で使った時を思い出しながら、カードを握る。

そして、一喝。

 

「――いくぞっ!」

 

指に挟んだカードから微量の熱と光を感じた。

 

「スペルカード――オン!!」

 

天へとスペルカードを掲げる、突如のことだった。

オレの頭上に現れた灰色の雲が幕を張り、それは円状に幻想郷の空を浸食していき、中心が黒色に染まった時、そこから紅い雷が発生したかと思うと、誰か女性のような声が聞こえ、呼びかけが終わるや否や空から一筋の閃光が空間を裂き、大地を劈き世界の二分する神の裁きの如き一撃が博麗神社に降り注ぐということはなかった。

 

霊夢「…………」

 

魔理沙「…………」

 

「…………」

 

現実は、妄想に相反する。

一抹の雲さえない青空に右手を掲げたまま、遠くで鴉の鳴き声を耳にした。

 

霊夢「何も起こらないわね」

 

魔理沙「何も起こらないぜ」

 

「…………」

 

謎だ。

さきほどはちゃんと起動したというのに。

何か発動する条件などがあるのだろうか、やはり時と場合によるもの?

もう一度命の危機に面しないといけないのだろうか――

と考えていると、ふと、風が強くなる。

 

魔理沙「うおっ」

 

霊夢「風?」

 

「…………?」

 

桜吹雪が舞い、オレの視界を染める。

 

――ドンッ☆

 

「どるべ!?」

 

突然、後ろから衝撃が走った。

脳髄が激しく揺れ、視界に映る全ての輪郭がずれる。

オレの身体はいともたやすく吹き飛ばされた。

視界にチラリと移ったのは、驚いた様子の霊夢と魔理沙。

そして――吹き飛んできた一本の桜の木。

こんなに立派な木がなぜ飛翔してくるんだ?

それもオレに向けて?

 

霊夢「――ナト!!」

 

魔理沙「――丈夫か!?」

 

(……………)

 

オレの意識は、簡単に暗い底へと引きずり込まれていった。

 

 

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17話

『お母さんは、お父さんの後を追うね』

 

 

突然の父親の失踪。

それは本当に突然の事で。

何の前触れもなく。何の理由もなく。

 

父親の失踪が生んだ波紋は、音のない小さなものだと思っていた。

 

 

『もう無理。アタシ、一人で生きていく』

 

 

波紋は連鎖した。

次第に大きくなった波紋は周りにいた人間すべてを狂わせた。

最初は母が。

次に姉が。

 

どん。

 

どん。

どん。

 

どん――。

 

波紋は大きくなって、津波になり、収拾がつかなくなった。

 

 

『今日から私がパパだ』

 

 

あの頃、オレはどのぐらいまで生きられるのだろうか?と考えていた。

オレが昔の記憶を上手く思い出せないのも、不安な生活がずっと続いていたから。

――父親はいない。その不安は、オレだけではなかった。

母親も後を追うように失踪した。

母の部屋に残されたのは、ばら撒かれた精神安定剤。

…今はどうしているかも分からない。何処かで生きているのかもしれないし、別の男でも作ったのかもしれない。

 

 

(………………)

 

 

残されたオレと姉は、養父と暮らした。

義父には家族がいなかった。

何故いないのか、は分からない。

とにかく、オレ達にとっては、その人が父親だった。

義父は、厳しい人だった。

厳格で小さな悪事も見逃さない、正義心に強い養父。

オレ達が悪い事をした時には、よく殴られたっけ。

そんな養父の性格を、姉は受け入れられなかった。

金槌でガラスを叩いてはいけない理由のように、繊細な姉の心に養父は強すぎたのだ。

 

 

(………)

 

 

養父は暴力的だったが、同時に文学的でもあった。

オレは色んな事を教えてもらった。

生きるために必要な知恵、先人の教え、処世術、そして娯楽――とにかく、色々だ。

そのおかげで、早くから大人の味を知ってしまったため、後の反抗期は荒れに荒れてしまった訳なのだが。

 

 

(……)

 

 

養父が父親であったことに、後悔はない。

だけど、もし過去に戻れるとしたら、幼い頃にこう聞けばよかった。

『元の父親と義父がどんな関係であったか』と。

この質問を聞こうにもタイミングがなかった。

父親としてよくしてもらってたし、聞くのも悪いと思っていた――。

 

 

『いいか、ミナト』

 

 

何度も脳裏に響く、低くハリのある義父の声。

そういえば、義父はよくこんなことを言ってたか。

 

 

『ミナト。夢ってのはな、生きるための道しるべなんだ。叶う叶わないじゃなくて、そこにあることに意味がある』

 

 

――夢。

オレの夢は、何だったのだろうか?

…いや、予想はついている、本当の父親に会うことだ。

父親に会った時、果たして何が起こるのだろうか?

父親に会えなかった時、果たして何が起こるのだろうか?

 

 

(…………)

 

 

――道しるべ。

現に今、オレはその道しるべを辿り、幻想郷に行きついた。

夢というものに向かった結果、こうして別の世界に来てまで何かをつかみ取ろうとしている。

オレが掴めるものはなんだ?

全てが終わった時、オレの手には何が残っている――?

 

 

(……やめだ)

 

 

考えることをやめる。

無駄な思考に時間を割くのはオレの悪いクセだ。

今は深く考える必要はない。

全ては出会ってからで遅くはないはずだ。

 

(……またな、みんな)

 

ここが自分の夢であることを自覚し、文字通りの白昼夢から目を醒まそうとする。

夢の中だけで出会える家族の姿は、消えていった。

 

 

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秘事

「……ん」

 

文字通り、目を覚ます。

視界に飛び込んでくる、茶色の天井。

次に嗅覚が、伊草の香りを認知する。

最後に触覚が、柔らかな温かさを感じた。

どうやら、何処かの部屋で寝ていたようだ。

恐らく誰の家だかは、想像がつく。

 

「…気絶してたのか」

 

外は既に日が沈んでいる。

夜に浮かぶ桜は、冷たい世界を照らす小さな明りのように、淡く輝いていた。

と、そこへ反対側の襖が開かれた。

 

魔理沙「お!目覚めたか!」

 

「グモニン、魔理沙」

 

発音は『マリィ↑サァ↓!』みたいな外国人風。

 

魔理沙「あ?何言ってんだ、今は夜だぜ。こんばんは、だろ?」

 

「……」

 

ドが付くほどの正論である。

魔理沙は持っていた桶を、オレの傍に置く。

 

魔理沙「しっかし、まぁ、不幸な事故だったな…いきなり桜木が飛んでくるとは」

 

「ま、天才ですから」

 

「?」

 

「ボールをこの天才によこせ」

 

「よくわからんが、ほら、おしぼりだ」

 

投げつけられたおしぼりを受け取る。

ピチャアと水の音。

後頭部にぶつかった木の当たり所は悪かった。

後ろから大木が飛んでくるのは初めてだ。

なんともまぁ鈍い痛みである。どちらかと言えば鈍い痛みがゆっくり…的な痛み。

 

魔理沙「これから飯だが食えるか?」

 

「あぁ、大丈夫だ。いただこう」

 

布団から出て、立ち上がる。

立ちくらみは少ししたが、倒れる程ではない。

魔理沙は「霊夢のご飯は格別だぜ?」と小さく笑っている。

 

 

§

 

 

「スパスィーバ!!!」

 

魔理沙の言う通り、霊夢の作ったご飯は格別だった。

野菜を中心とした和風料理で、優しい味。

特に彼女の作った肉じゃがは頭一つ飛びぬけており、オレが作っても到底辿り着けない、まさにデリシャスでアブナッシメントでオルタナティブだ。

 

霊夢「いっぱい食べなさいな」

 

魔理沙「あぁ!遠慮なくいただいてるぞ」

 

霊夢「…アンタは遠慮ってもんを知りなさい」

 

「…うめっうめっ」

 

「おかわりもあるわよ」

 

息継ぎすることを忘れるほど、夢中で飯を食う。

あっという間に夕飯を平らげてしまった。

 

「ごちそうさま」

 

魔理沙「でした、だぜ!!」

 

霊夢「はいはい、お粗末様でした」

 

食べ終えた食器を、水を張った桶に漬け込む。

ちゃぽん、と食器は底に沈んだ。

 

「霊夢、料理上手いんだな」

 

霊夢「あら、ありがとう」

 

「今度良ければ教えてくれよ」

 

霊夢「いいわよ。時間があればだけど」

 

「おっし」

 

食後のお茶がみっつ、卓袱台に置かれる。

湯気が立つ温かいほうじ茶。

口に流し込むと、さっぱりとした味わいが口の中に広がった。

 

霊夢「…で、魔理沙はいつまでウチにいるの?」

 

煎餅を片手に齧っていた魔理沙を睨む霊夢。

 

魔理沙「うーん…多分次に目が覚める時までだな」

 

対して悪びれる様子もない魔理沙。

 

霊夢「残念だけど、ウチは今日先客がいるから」

 

魔理沙「……秘め事か?」

 

「ぶっ」

 

魔理沙は何を言っているんだ?

 

霊夢「あながち間違いじゃあないわね」

 

「ちょ」

 

霊夢も何を言っているんだ。

組んでいた腕を解き、オレを指差す霊夢。

 

霊夢「私はコイツに聞きたいことがあるから」

 

「コイツって言うな」

 

小娘にこいつ呼ばわりとはどういうプレイだ。

 

魔理沙「私もこいつに教えることがあるんだが」

 

霊夢「それはまた後日ってことで」

 

「だからコイツって言うな」

 

何やかんやして、魔理沙は帰ることになった。

魔法の箒(おそらくニンバス2000)に跨り、「じゃあな!」と夜の空へ飛びだっていった。

箒から星の粒子が帯状に広がっていく。

部屋にはオレと霊夢が残された。

 

 

§



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能力

「で…話ってのは?」

 

ほうじ茶を啜り、霊夢に聞く。

霊夢は、卓袱台の上に数種類の紙を置いた。

その中には、オレが持っているスペルカードのような硬い紙もある。

 

霊夢「…アンタ、何か私に隠していることない?」

 

「隠していること、とは?」

 

霊夢「さっき魔理沙の言っていた[秘め事]よ、アンタが森で妖怪を退治したって話じゃない」

 

正確には「妖怪を退治したらしい」だが。

オレは首を傾げるような素振りを見せる。

 

「それがどうか――」

 

霊夢「[能力]、持っているんでしょ?」

 

「[能力]?」

 

霊夢「アンタはスペルカードを発動した。そのカードはね、持ち主の[能力]に関連した術が発動するようになっているのよ」

 

というと、霊夢は卓袱台のカードを握った。

そしてその絵柄をオレに見せるようにして提示してくる。

絵柄は、青色の模様が波紋状に広がっている絵。

 

「それは?」

 

霊夢「――[靈撃]」

 

パリン、と音がしたと思うと。

前方から、衝撃波が飛んできた。

 

「ふはぁ!?」

 

風圧にも似た圧力に押し飛ばされ、後ろの襖に激突する。

 

「い、ってぇ……」

 

霊夢「これは誰でも持っているスペルカード。持ち主の霊力に応じたチカラが出るわ。身の危険を感じたらまずこれね」

 

霊夢の身の回りは卓袱台を含め、ぐちゃぐちゃになっている。

わざわざオレにスペルカードを見せたのだろうが…ここまでする必要はあったのか?

 

「…それを見せたことと[秘め事]ってのはどういう関係が?」

 

襖を嵌めなおし、卓袱台を所定の位置に戻す。

霊夢は先ほどよりも真剣で、静かな顔をしていた。

 

霊夢「スペルカードを使えるってことは、その人が[能力]を持っているってことを意味している」

 

「はぁ」

 

霊夢「森でスペルカードを使ったのよね?」

 

「使った覚えはないけどな」

 

霊夢「使ったのよね?」

 

「……使いました」

 

まるで取り締まりを受けているような気分だ。

よろしい、と頷く霊夢。

 

霊夢「だから、理論上アンタは[能力]が使えるはずなのよ。それで、私は[能力]を隠しているんじゃないかって思うのよね」

 

「…残念だが、オレは火を出したり消えたり、空を飛んだりできないぞ」

 

霊夢「……本当に?」

 

「ホントホント」

 

霊夢「神に誓う?」

 

「誓うから[靈撃]を構えないでくれ」

 

スペルカードに手を添えた霊夢は、オレを睨み続けている。

もちろん、能力とか言われたら忘れていた中学二年生の頃の記憶がよみがえってきそうだが、そんなモノを持っているほど人間離れしていない。

外の世界でも能力を持っている人もいるが、そういった稀有な人間は研究所送りか、国家の戦力として国に従事することになる、と話で聞いたことがある。

 

霊夢「……急がば高火、ね」

 

「うん?」

 

霊夢「なんでも。今日の話はこれでおしまい」

 

卓袱台に出した紙を懐に戻し(さらしは素晴らしい)、部屋を後にする。

とりあえず、事情聴取は終わりらしい。

 

 

§



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和室

部屋は居間の隣を使ってもいいとのことなので、そちらに移動する。

先ほどオレが襖に激突した部屋だ。

居間よりも少し小ぢんまりとしているが、寝る所としては十分すぎるほど。

さっそく布団を敷いて、寝る準備をする。

 

(……)

 

霊夢は二階で寝るとのこと。

「へっへっへ…ふーじこちゃーん!!」などと考えてはいけない。

オレは紳士なんだ、そうだオレは場をわきまえる紳士……。

 

悪魔『おい!霊夢の寝顔を見たくないのか!!』

 

オレの脳内に紳士的悪魔が顔を出す。

コイツは悪い事と女の下着が好きな紳士的悪魔。

バカでかい声で騒いでいる。

 

天使『ダメです!そんなことしたらミナトさんが殺されてしまいます!』

 

隣に飛び出してきたコイツは紳士的天使。

紳士的悪魔を抑制しようとするのが仕事。好きな物はふわふわしたもの。

声が小さいせいで損をするタイプだ。

 

『ノンノン、天使ちゃんよ。これは男として試されてるんだぜ?』

『た、試されているって…何をですか!?』

『モチロン、据え膳ドントイートはメンズの恥ってな!』

『す、据え膳…ドント…?』

『Year! こういう状況になったら男として行動しろっていう先人からの教えさ』

『お、教えは大事です!でも、夜這いは悪いことだし…』

『そんなことないぜ、霊夢も待っているぞ?だから別々に寝る、ってことにしたんだ』

『な、なるほど!!さすがは悪魔さんです!!』

『ハッハッハッハ』

 

オレの頭の中で答えが一つになる。

だが、脳内でいくら天使と悪魔が話し合おうが、オレの行動には影響しない。

ちなみに、天使は頭が悪く、いつも悪魔に言われるがままである。

 

「…煙草でも吸うか」

 

机に置いた煙草とジッポライターを手に取り、縁側に移動する。

少し肌寒い春の風を浴びながら、胡坐をかき、煙草に火を付ける。

白い煙が、宵闇に溶け込んでいく。

 

「ふィ~」

 

何度か息を吸い、吐き出す。

メンソール系のツンツンした味が口全体を満たす。

無駄にタールの高いストレート系よりも味に変化のある方が楽しい、というオレの考え。

この考え方は高貴なるおっさん方にはあまりよく思われていない。

 

(まったく、メンソ系は最高だぜ!!)

 

心の中で呟きながら、煙草を吸う。

暗闇に包まれた神社の境内はひっそりとしている。

桜が風で擦れる音がする。

ひんやりとした空気。

紺色の空には黄色の満月が浮かんでいた。

 

「…そうか、今日は満月なのか」

 

外の世界も同じ満月だったはずだが、雲のせいで見えなかった。

幻想郷の月は、そんな外の世界の月よりも美しく見える。

恐らく春だから空気が澄んでいるのだろう。

 

(春だから、か)

 

外の世界では夏だった。

夏の暑さに、夏虫の鳴き声に、怒る教授。

どれも夏の風物詩だ。

今は春。

幻想郷の季節と外の世界の季節は、少しずれているらしい。

 

「ふい~」

 

煙草に口をつける。

脳裏に浮かんでくるのは、仲間の姿。

霧島 凌雅。

御船 ナギ。

鳳 ソラ。

ついさっきまで一緒にいたはずなのに、三人の名前が遠くに感じる。

オレは三人を置いて、一人で幻想郷にやってきた。

もう少し経てばニュースにでもなるだろう。

 

【某大学で再び神隠しが発生しました。京都府庁は誘拐事件として調査を開始し――】

 

とかそんな感じだろう。

まぁ、どんなに騒がれようが今のオレには関係のない話だ。

 

「……まずは情報収集だな」

 

明日こそは神社の森を抜け、人里へ向かう。

人集う場所に情報有り。

父親の事を片っ端から聞き出して、尻尾が掴めたらディモールト・ベネ。

根掘り葉掘り聞きまわってやろうではないか。

 

「春の喜びを知りやがって!許さんぞ!」

 

煙草を揉み消し、布団の中へと潜り込む。

天井を見つめながら、しかし昼間気絶していたにも関わらず、睡魔はしっかりとやってきた。

考え事をする時間は、無くなってしまったようだ。

 

 

§



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21話

靈撃で吹き飛ばされた男。

または、能力を持っていない男。

だけども、神社の森で妖怪を退治した男。

 

(やっぱり能力を持っている、と思うのよねぇ…)

 

今日のあの反応は、本当に[能力]を知らない様子だった。

私からしたら、彼は絶対に何かの能力を持っている。

ただ、今はその存在に気付いていないだけ。

自分に嘘をついてるってわけじゃあなさそうだけど。

 

(…眠れない)

 

布団に入っても睡魔は降りてこない。

気分を変えて布団から抜け、窓の縁に腰を掛ける。

暗闇に包まれた神社の境内はいつもどおりひっそりとしていた。

普段なら霊の一人二人、出て来るんだろうけど。

遠くで、桜が擦れる音がする。

ひんやりとした空気が、私の頬を撫でる。

紺色の空にはいつもの満月が浮かんでいた。

 

「あら、満月」

 

満月を綺麗だと思うようになったのはいつからだろう?

おそらくそれは、ある異変を解決した後の事だ。

私もお酒を呑んでいた時だったから、詳しくは覚えてないけど、確かにその時だ。

月は闇を照らしている。

闇だけじゃない。

博麗神社も、人間も、妖怪も、全部、あの光が照らしている。

 

(…なんでこんな寂寥の感に囚われているのかしら)

 

やっぱり寝れない理由がある。

思い当たりはもちろんある。

今、下で同じように満月の光に照らされているであろう、男。

そりゃあただ普通の外来人だし、能力については全く無知だし、妖怪に殺されかけたけど…。

 

――幻想郷に、自らやってきた。

 

この信念が、執心が、決意が、あの男にはある。

ここが、私が出会ってきた人間の中でも異質だと思える所。

眠れない原因であった。

 

(父親を捜しに、か…)

 

父親。

私にとっての父親は、いったいどんな人なのだろう?

もはや追おうとしても追える距離には居ない。

そもそも記憶から完全に抜け落ちているのだ。

会いたい、とも会おう、とも思ったりもしない。

それは、一生会えないと分かっているからであり、一種の諦め、だ。

 

だけども、あの男――一之瀬ミナトは違う。

本当に会おうと決意している目をしているのだから。

会えないかもしれない、そんな未来を彼は見つめていない。

 

(…ホント、私らしくないわ)

 

寝間着を整え、窓を閉める。

最後に窓越しに空を見上げる。

満月は、やはり美しい。

そう思える。

 

(……明日の朝ごはんは少し張り切ろうかしら)

 

布団に入り、目を瞑る。

脳裏に浮かぶ、さっきの光景。

靈撃に吹き飛ばされた一之瀬ミナトの必死な顔。

不思議と笑みが零れた。

 

さて、明日は何を作ろうかしら。

 

 

§



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朝食

「……ん」

 

美味い飯を食って、煙草も吸って、ふかふかの布団でよく眠れたのだが…変な夢を見た。

夢の内容は、結構な悪夢だ。

 

「[靈撃]を100回ぶっ放してくるとかアホじゃねえか…」

 

鬼のような霊夢(まさに鬼巫女)であった。

とにかく夢で良かった。

 

布団を畳み、境内側の襖を開けて太陽光を迎え入れる。

 

「たいよおおおおおおおおお!!!」

 

朝の10秒チャージ完了。

そのまま居間へ向かう。

 

霊夢「あら、おはよう」

 

廊下でばったり霊夢に遭遇。

彼女も起きたばっかりなのだろう、髪の毛がクルンとねこっけになっている。

 

「ん、おは――」

 

と言いかけてオレは気付く。

彼女が右手に持っている物。それは、青い衝撃波の模様が描かれた[靈撃]。

 

「待ってくれ話せばわかる右手を下ろしてえーりんえーりん」

 

霊夢「どうしたの?」

 

「頼むから、靈撃はもうやめてくれ」

 

霊夢「…よくわからないけど、昨日渡しそびれてたから、はい」

 

といって渡された[靈撃]。

なんだ?トラウマを持つことで精神的に強くなれ、ということか?

第一、発動するのか?このスペルカードは。

 

(人はトラウマというものを持ってはいないってアドラーも言ってたしな)

 

[靈撃]を受け取る。

あんな衝撃がこんな紙切れ一枚で発動するのか。

 

霊夢「護身用に、持っておきなさい」

 

「…発動、出来るんです?」

 

霊夢「それはミナト次第ね」

 

「うわーお」

 

なんだか意味ありげな言葉だ。

その後、霊夢と二人っきりでの朝ごはん。

ご飯にお味噌汁、漬物に卵焼き。

the素朴にしてtheベストな飯を一気に平らげる。

 

「今日のご飯もエクセレンティブだったぜ」

 

霊夢「それはどうも」

 

ご飯を食べ終え、霊夢が食器を片付ける。

こうしていると霊夢と二人屋根の下で暮らしているようだ…あれ、オレ、今…生きてる!?

 

「…外来人明利に尽きるってもんだ」

 

外にいた頃と比べて幻想郷への偏見が払拭されていく。

実際には「妖怪もいるけど優しい人間もいるよ!」ぐらいの感覚だが。

 

霊夢「人里に向かうんでしょ?」

 

台所から戻ってきた善人…もとい、霊夢が温かいお茶を淹れてくれる。

 

「サンキュ、まぁな」

 

霊夢「今度こそ妖怪に気を付けなさい。ミナトのスペルカードが発動しないかもしれないし」

 

「霊夢からもらった[靈撃]があるじゃあないか」

 

霊夢「それはあくまで猫だましであって、時間稼ぎにしかならない。ま、発動できるかどうかの問題だけど」

 

「ウイッス」

 

霊夢のありがたい忠告を貰ったことで、朝早いが身支度をしよう。

一旦寝室に戻り、持ち物を確認する。

 

(携帯電話、煙草、ジッポライター、家の鍵、乗車券、スペルカード二枚と…)

 

手持ちは少ない。

逆にあの場でこれ以上の物を持ってくる暇がなかったので、割り切るしかない。

 

(…乗車券とスペルカード、か)

 

謎の多い紙きれだ。

この幻想郷は紙という物に何か込められているのだろうか?

と、どうでもいい考察をしながら持ち物を全てポケットに詰め込む。

 

霊夢「ミナト」

 

襖が開かれる。

霊夢が神妙な顔をして立っていた。

 

「どした?」

 

霊夢「……」

 

霊夢は何も言わず、上目遣いでこっちを見ている。

あれ、これ、ルート入ってんのか?ツン霊夢がデレ霊夢になっているようにみえるってことはこれはもしかして――

という甘い妄想はさておき。

 

霊夢「…その、困ったら、また来ていいから」

 

「え?」

 

やっぱり入ってるじゃないか!

キタコレマジかいつフラグ立てたんだあっもしかしてオレが気絶している時かいやそうだそうに違いない寝ているオレの寝顔見ながら何かしら考えたんだろう――

そんな想像はほどほどにして。

 

「…さんきゅ」

 

そういいながらオレは縁側に置いといた靴を履き、境内に降り立つ。

昨日よりも強い春の香りが、鼻孔を満たす。

 

霊夢「…それと!」

 

後ろから霊夢の声。

何だかんだ言いつつオレの事を心配してくれているようで。

まるで我が子を思う母親のような、そんな思いがあるような、気がする。

 

「なんだよ、まだなんかあるのか?」

 

春の風が、霊夢の亜麻色のおさげをゆらゆらと揺らしている。

太陽の日差しが霊夢の表情を照らしている。

霊夢は少し笑った。

 

霊夢「…父親、ちゃんと見つけなさいよ」

 

ぽん、と背中を押されるように、オレは境内に降りる。

 

「…言われなくても」

 

目の前に広がる光景は、まるで山奥に来たかのような光景だ。

そんな自然に囲まれた幻想郷。

ワクワクしないはずがない。

 

「じゃ、またな」

 

霊夢に別れを告げ、博麗神社を後にする。

散っていく桜、その匂いは、オレの心に沁みついていた。

 

 

§

 



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関門

今回は妖怪に出くわす事無く、森を抜けることに成功。

朝は妖怪も活動が鈍るのだろうか?

鬱蒼した森を出ると、田んぼ道が真っ直ぐ続いていた。

ここを辿れば人里に着く、とのこと。

 

「田舎チックでエキゾチックな光景だ」

 

たんぼの稲がさやさやと揺れている。

その光景は、外の世界の田舎にもよくあるものだ。

 

「…なんだか感動するな」

 

たんぼを横目に進んでいくと、大きな門に突き当たった。

どうやらここが人里へ入る関門のようだ。

 

?『『何用だ』』

 

オレの歩みを二双の槍が止める。

門番、と言ったところか。

 

「ちょいと人里に用があるんだが」

 

門番『『ここを通るならば、証明が必要だ』』

 

門番二人は無愛想な挨拶をしてくる。

よくみると、人里周辺は門を中心に白い塀で覆われている。

 

(妖怪が入ってこないようにするためか)

 

人間達が幻想郷で生きる術を垣間見る。

 

「…それはどんな証明が必要なんだ?」

 

門番『『我々が納得のゆく物を提示願おう』』

 

「納得の行くモノねぇ…」

 

門番二人はまるで双子のように(実際顔はゴリゴリで似ている)一糸乱れぬ様子だ。

一体何を求められているのかは分からないが、察するに通行証だとかそういったものだろう。

だがそんな物は持っていない、なので――

 

「…………」

 

門番『『どうした?証明が無ければすぐさま――』』

 

「――[靈撃]!」

 

集中力を溜めて、青色のスペルカードを掲げる。

パリッと空気が振動し、オレから衝撃波が放たれる。

 

(――でた!)

 

門番『ふおッ!?』

門番『ぶひィ!?』

 

意外ッ!それはッ!スペルカードの発動ッ!!

オレも予想外だったが向こうも予想外だったみたいで、防御する暇もなく吹き飛ばされ、門に激突する門番たち。

 

「…こっちは意外と出るもんだな」

 

門番『そ、それは…』

門番『博麗の巫女の持つチカラ…』

 

護身用のはずだが、証明としては気に入ってもらえたらしい。

ダメージが軽いようで、立ち上がった門番達はせかせかと槍を交差させ、それを解いた。

 

門番『『しょ、証明は完了した…通れ』』

 

「おおきに」

 

頭を垂れる門番を尻目に、人里に踏み入れる。

 

「これが、人里か…」

 

並んでいる古い木の建物。

明治時代の庶民のような恰好をしている人々。

雑踏の音はするものの、明らかに外の世界とは違うリズム、違う音質。

この世界を歩く者の音だった。

 

(……)

 

息を呑み、少し人里内を歩いてみる。

入った場所からはちょうど商店街に近いようで、人の流れが出来ていた。

朝であるにも関わらず、大盛況のようだ。

店は八百屋や精肉屋を始めとし、衣類や家具などを扱っている店もある。

商店街のシステムは現代と変わらないようだ。

 

『おい、あれ、外来人じゃねえか?』

『ほんとだ!見慣れない服着てるぞ』

『きっと外の文明を持ってきてくれたんだろ!あぁありがたや~』

 

霊夢の言っていたことは間違っていないようだ。

 

(まるで俳優になった気分だな)

 

そう思いながら、煙草屋はどこか探しに動く。

 

 

§



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秘密

「おっちゃん、煙草くれ」

 

『あいよ』

 

古びた煙草屋から煙草を購入する。

お金はどうやら外の世界と変わらないようだ。

ただ、お釣りは見たことの無い絵柄(千円札が聖徳太子)であった。

 

「…ま、煙草変えたからよしとするか」

 

箱をポケットに突っ込み、歩いて行くと、大広場に着く。

どうやらここは里の中心部のようで、真ん中には巨大な掲示板が設えてある。

人だかりも商店街に負けず、老若男女労働者婦人子ども問わず入り乱れていた。

 

「まるで人の宝石箱だな」

 

?「お宝がなんだって?」

 

「…………」

 

ひとまずオレは空気と同化し、ここにいない存在となる。

 

?「無視は良くないぜ?兎を殺すことになる」

 

「兎はお前か?魔理沙」

 

魔理沙「まぁな、暇を持て余している可愛い兎だぜ」

 

「……小娘にダイレクトアターックッ!」

 

魔理沙「ふぎゃっ!?」

 

可愛い、とか自分で言っちゃう系女子の額に威力1割のデコピンをお見舞いする。

スパコーンと段ボールをボールペンで叩いた時のような音がした。

 

「アッハッハッハッ!!粉砕!玉砕!大喝采!」

 

まるで滅びの炸裂疾風弾が打てそうな気分だ。

 

魔理沙「てて…そいや、昨日はお楽しみだったな」

 

「昨日?……あぁ」

 

患部をさすりながら、恐らく昨日の[秘め事]について聞いてくる魔理沙。

ニヤニヤしながらオレへ肉薄し、肘でつついてくる。

 

魔理沙「霊夢はどうだった?外来人からしてもイイ女だろ?」

 

「お前は親戚のおっさんか」

 

魔理沙「私から見ても霊夢は良いぜ、外見も中身もな」

 

「そうですかい」

 

確かに霊夢は可愛い、それは認める。

が、鬼嫁(鬼巫女)はごめんである。

脳内悪魔が『やっぱり襲った方がよかったじゃねぇか』とひとりごとを言う。完全無視。

 

「そんなことより、魔理沙よ」

 

魔理沙「なんだ?霊夢のスリーサイズでも聞きたいのか?」

 

それは猛烈に得たい情報だが、オレはそこをグッと堪える紳士さ。

 

「……いくらだ?」

 

魔理沙「今日の夕飯、おごれ」

 

「かしこまッ!!!」

 

 

 

***少年少女秘密共有中***

 

 

 

「ファ!?うせやろ!?」

 

魔理沙「これがほんとだって!私と裸の付き合いしたから間違いなしだ!」

 

やんごとなきみやびな霊夢のスリーサイズに驚愕する。

意外にも霊夢は着太りするタイプらしい。

ゆったりとした巫女服はどうしても身体のラインが出にくいもので――

 

「ってそんなことを聞きたいんじゃない!」

 

魔理沙「興味津々で聞いていたじゃないか」

 

それは事実だが同時にまた偶然の事故によって生まれた情報ということにしておく。

 

「魔理沙、お前はこの里の事は詳しいんだな?」

 

魔理沙「あ?まぁ、そりゃあ」

 

「この里の中をよく知っている人、または人の顔を覚えるくらいの記憶力を持った人に会いたい」

 

闇雲に情報を集めては不効率だ。

こういった人間の集まる場所には不思議とリーダーなる者が生まれる。

その人間は自然と一番偉くて、一番知恵のある者になる。

オレが親父の尻尾を掴むためには、その人の協力が無ければならない、と考えた。

魔理沙は腕をポンと叩くと、

 

魔理沙「それなら、良い所知ってるぜ!」

 

「いや、良い所とかではなくてただ単純に偉い人のところにだな」

 

魔理沙「大丈夫だ!人里を知り尽くしたこの私にかかれば、お茶の子彩々意気揚々だぜ!」

 

「……」

 

これは、まずい拾い物をしたのではないか?

この魔法使いは魔法という記号を愛したがために、言葉が通じなくなっているではないか…。

 

魔理沙「どうした?早く行かないとなくなるぜ?」

 

「一体何が無くなるんだ?」

 

その人か?人が無くなるのか?

よくわからないまま、不安な気持ちで魔理沙の後を追う。

 

 

§



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学校

魔理沙「ここだよ」

 

「ここか?」

 

魔理沙「そ、ここがそこだ」

 

「ふむ、これがあのかの有名なそこか」

 

オレたちは、とある建物に辿り着いた。

こじんまりとした佇まいで、本当に里一番の偉い人がいるとは思えない。

だが、玄関の傍に[寺子屋]と表札が掲げられている。

 

(寺子屋……)

 

なるほど。

その偉い人は知識があるがために、授業をしているのか。

ちなみに寺子屋とは、子どもが学ぶ場所、言い換えれば[大昔の学校]である。

 

「…子供の声が聞こえる」

 

魔理沙「授業中だろうな、お昼過ぎてるし」

 

玄関の扉を開ける。

小ぢんまりとした玄関の先に板目の廊下が続いている。

子どもたちの活気ある声はその左側からきこえる。

 

「今は難しそうか――」

 

しかし、魔理沙ちゃんは留まることを知らない。

何食わぬ顔で靴を脱ぎ、そのまま先へ進んでいったかと思うと、

 

魔理沙「おっす、慧音」

 

「!?」

 

どうやら魔理沙ちゃんは授業というモノが静寂で閉鎖的であることを知らないみたいだ。

子どもたちの教育の自由を奪ってしまっては保護者とPTAと教育委員会が黙ってない。

というかよく躊躇なく入れたなお前!?

 

?『おお魔理沙、いらっしゃい』

 

だが、現実は違った。

 

『あ!まりさだー!』

『まほうつかいのねーちゃん!』

『きのこ好きなまりさ!』

 

先生らしき人と子どもたちは一斉に魔理沙の名を呼んだ。

 

魔理沙「へっへ。みんな元気そうじゃないか」

 

堂々と教室を歩き、子どもたちひとりひとりの頭を撫でていく魔理沙。

確かに彼女は子どもに懐かれそうな性格をしている気がする。

 

?『さては暇だったんだろ?』

 

「いいじゃないか、慧音せんせ。私も子どもたちと触れ合いたかったんだぜ」

 

慧音「そうか。ま、ゆっくりしていってくれ」

 

慧音、と呼ばれた女性は黒板の前に立っている。

銀に輝く腰まで伸びた髪に、頭のてっぺんには学帽のようなもの。よく優等生が付けている、そんなイメージ。

蒼を基調としたドレスのような服が印象的で、庶民服を着た子どもたちとはやや対照的で明るい色をしていた。

 

(なんとも美しい先生だな…)

 

まじまじと見つめているオレの視線に、慧音が気付く。

 

慧音「……ああ!なんだ君か」

 

「?」

 

慧音「みんな!彼が今話題の[外来人]だぞ!」

 

『『『『『がいらいじん!!!』』』』

 

「うおっ」

 

座っていた子たちが一斉に立ち上がり、オレにとびかかってくる。

明らかに人に対するコンタクトの仕方ではない。

 

「うい、おらっ」

 

とびかかる者をひとりずつ丁寧に掴んでは、床に下ろす。

全部で六人、激突することなく全員キャッチする。

 

慧音「なんと、お見事」

 

「子どもの扱いは慣れてるんでね。というか、授業を邪魔してすまない」

 

慧音「いや、いいんだ。ちょうどみんなが眠くなっている時だったんでな」

 

黒板には[こくご]と科目名が書かれている。

教科書の物語教材を扱った授業をしていたみたいだ。

 

「確かにお昼時は集中力が切れるしな」

 

慧音「ま、そういうことだ。…ほら、席につけ」

 

キラキラと目を輝かせている子たちは、はーいと自分の席に戻っていき、正座する。

しかし、たまに後ろを振り返ってオレをみたりしてくる子どもたち。

どうやらオレのことが気になるらしい。

このままでは授業が成り立たない、ので。

 

「慧音先生」

 

慧音「ん?なんだ?キミはゆっくりしてていいよ」

 

「いや、暇だから、机間指導するよ」

 

慧音「……!」

 

オレの一言に慧音の目が見開かれる。

机間指導、なんて言葉は普通の人間は口にしない。

オレがそういう道に進んでいたことを慧音は読み取ったのだろう。

 

慧音「そうか…分かった、よろしく頼むよ」

 

「うい」

 

こうして授業に入り込むことに成功する。

外の世界の知識がこういったところで活躍するとは。

 

(人生何事も学んでおくもんだな)

 

 

§



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先生

「ここのぽん吉はどんな気持ち?」

 

「うーんとね…悲しい、と思う」

 

「悲しいそうだな、そんなぽん吉がどうしてこんなことをしたんだ?」

 

「…投げやりな気持ちだからかな?」

 

「よし、少しずつぽん吉のことが分かってきたじゃないか」

 

「うん!もっとしっかり読んでみる!」

 

 

§

 

 

「せんせー」

 

「ん?」

 

「せんせーのにがおえー」

 

「お、上手いな。将来は絵描きになれるぞ」

 

「絵、だいすき!」

 

「そっか、今度は休み時間にいい絵を描いてくれよ」

 

「うん!」

 

 

§

 

 

「…………」

 

「慧音先生がみてるぞ」

 

「ッ!!うわぁ、寝てた…ありがとう、せんせい」

 

「どういたしまして、眠いのか?」

 

「うん…夜、本を読んで遅くなっちゃったから…」

 

「そっか、そういう時は人差し指の先を押すと良い、眠気が覚めるから」

 

「指先?やってみる!」

 

 

§

 

 

チリンチリン。

慧音が手元のベルを鳴らした。

 

慧音「はい、それでは今日の授業はここまで!」

 

『『『ありがとうございましたー!』』』

 

授業が終わり、子どもたちが教科書類を鞄に入れる。

オレは後ろで礼をした。

魔理沙は中庭側の縁側で昼寝をしている。

子どもたちは帰り支度を済ませて、ドタバタと玄関に向かっていく。

オレは慧音と二人で子どもたちを見送る。

 

せんせーさよーならー!

――はい、さよなら。

 

赤いせんせーもさよーならー!

――うい、さよなら。

こうしてすべての子どもが寺子屋を後にし、教室は空になった。

 

慧音「今日はありがとう、とても助かったよ」

 

「なんもしてないよ、ただ回って見てただけだ」

 

慧音「キミは外の世界では先生だったのか?」

 

「正しくは[先生になるつもりだった]だな」

 

慧音「なるほど、先生のたまごという奴だな」

 

もちろんこの後も暇なので、教室の掃除をする。

その間は慧音と話をした。

幻想郷に来る前の事。

幻想郷に来た後の事。

どうやって幻想郷に来たか。

何故幻想郷に来たか。

 

慧音「父親を捜しに、か……」

 

掃除も終わり、今は奥の部屋でお茶を飲んでいる。

春の煎茶は香りが良い、生徒の親が作った物らしい。

 

慧音「髪が赤くて、一之瀬と名乗っている男…」

 

「何か知ってないか?」

 

ようやくあり着いた里の知識人。

しかし彼女は首を振った。

 

慧音「…少なくとも、私の知っている限り、人里では見たことが無いな」

 

「人里では、見てないってことか」

 

慧音「あぁ。里の外にならいるかもしれないが…」

 

もう一度慧音は首を振る。

 

(…死んでるかもわからないってことか)

 

里の外には妖怪が蔓延っている。

そんな場所にただの人間が生き続ける可能性は限りなくゼロだ。

父親が霊夢の言う[能力]を持っていたら、話は別だが…。

 

「でも、列車で出会った女性が[幻想郷にいる]って言っていたんだ」

 

慧音「それなんだが…その女性とやらはどんな人だった?」

 

「それは……ん…?」

 

と言って、オレは不思議な感覚にとらわれる。

いくら記憶を辿って見ても、その女性の姿が思い出せない。

車内の様子や車掌の恰好ははっきりとわかるのに、その女性の姿だけがぼんやりとにじんでいる。

まるでその女性の記憶だけがそのまま無くなったかのように…。

 

「…思い出せない」

 

慧音「そうか。まぁどんな人であれ、いるって明言しているのであればいるのかもしれないな」

 

「里の外、か」

 

近いうちに里の外へ行くことになる。

そのためには、スペルカードに頼らないチカラ――[能力]が必要だ。

 

(どうやったら能力は発動するんだろうか)

 

湯呑みに口をつけ、円卓の上に置く。

 

「とりあえず、もう少し聞きまわってみるよ」

 

慧音「あぁ、チカラになれなくてすまない」

 

「いいや、今日は楽しませてもらったよ」

 

オレは立ち上がる。

反対側の慧音も一緒に立ち上がった。

片づけた教室に向かい、魔理沙を起こす。

 

「ほら魔理沙、行くぞ」

 

魔理沙「あぁ?私は普通の魔法使い…だぜ……」

 

「分かった分かった」

 

寝ぼけた眼を擦る魔理沙を引き連れて、玄関へ向かう。

 

慧音「一之瀬ミナト、といったな」

 

「?」

 

オレが靴を履いて扉を開けた時に、慧音は口を開いた。

その顔は、まるで母親のような優しい顔をしている。

それに、オレは謎の既視感を覚えた。

 

「また、時間があれば、寺子屋に来てくれよ」

 

「…あぁ。ありがとう」

 

幻想郷の人間は、優しい人ばかりかもしれない。

寝ぼけた魔理沙と、寺子屋を後にする。

 

 

§

 



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饂飩

魔理沙「ってことで夕飯行こうぜ」

 

眠気から覚めた魔理沙の第一声。

 

「そこら辺の石でも喰ってろ」

 

魔理沙「あれ~霊夢のスリーサイズ誰に教えたんだっけなぁ~」

 

「よし、あそこの店にしよう」

 

この魔法使い、記憶力はいいもんである。

オレたちは赤い暖簾の掛かった店へと向かった。

暖簾には白い字で[四角亀]と書かれている。

 

(四角い亀…ポルナレフか?)

 

などと思いながら暖簾をくぐる。

 

『へい、いらっしゃい!』

 

中から活気ある店主の声。

坊主頭に鉢巻を巻いた、人当たりのよさそうな顔をしている店主だ。

カウンターに座り、メニューを見る。

 

魔理沙「私は釜玉うどん!」

 

「オレはぶっかけで」

 

『あいよ!』

 

店の奥へと消えてゆく店主。

店内は古びているが、老舗と呼ぶにふさわしい風だ。

やがてうどんが二つカウンターに置かれる。

白いうどんに黄金色のスープ。

トッピングにはネギと油揚げ。

 

「いただきます」

「いただきます!!」

 

挨拶をしてから、まずは汁をいただく。

 

「うっま」

 

あっさりとしているが、鳥の出汁がしっかりと効いている。

攻め過ぎず、引きすぎない。絶妙な汁だ。

麺も汁を吸って上品なハーモニーを奏でている。

 

魔理沙「一仕事した後の飯は美味いな!」

 

「まったくだ」

 

お前は寝ていただけだろうに。

その言葉はうどんの美味さによって消えてゆく。

オレ達はあっという間に平らげた。

 

「ほい、ごちそうさま」

 

『ありがっした!またのご来店を』

 

坊主頭の店主は破顔の笑みを浮かべる。

 

「あぁ、何度でも」

 

[四角亀]を後にする。

夕日は水平線の向こうに沈みかけ、既に夜が降りてきていた。

 

魔理沙「そいや、情報は得られたか?」

 

「いや、慧音も分からないってさ」

 

魔理沙「そうか、明日こそ期待だな」

 

この日、父親の情報は得られなかった。

まぁ、どんなに優れた探偵でもいきなり行方不明の人物を探し当てることは出来ない。

千里の道もなんとやらだ。

 

魔理沙「私もお前の父親探してみるよ、紅い肌をした奴だったか?」

 

「それはイフリートだ、紅いのは髪な」

 

冗談だぜ、と笑う魔理沙。

 

魔理沙「じゃ、夕飯も食ったし、帰るか」

 

「だな」

 

と言って魔理沙は箒(ニンバス2000)にまたがる。

そのまま帽子を整え、オレに二本指を立てたのち、星を出しながら飛び去って行った。

 

(あの星はデフォルトなのか)

 

遠ざかってゆく星たちを見送って、オレはゆっくりと帰路につく。

家の鍵がポケットにあることを確認し、煙草を吸おうとする。

ジッポで火を付けようとしたとき、

 

(……あ)

 

そういえば、ここは、幻想郷。

オレはさっきここに来たばかり。

もちろん帰る家なんて何処にもない訳だ。

 

(…オレもマヌケだな)

 

ひとまず、民宿的な建物を探しに行く。

 

 

 

§



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定義

『すいません、今は満員でして……』

 

第一の宿、満員。

 

『うちは休憩所しかありません』

 

第二の宿、宿泊NG。

 

『لم يكن قادرا على البقاء في بيتي』

 

第三の宿、話が通じないため断念。

他に探したが、泊まれるところはないようだ。

 

「んほぉっ」

 

オレは一息つくために大広場にあった公園のベンチに腰を下ろす。

この時間だからか子どもはみあたらない、なので煙草を吸う。

 

(ぬかったな…)

 

煙草を吸いながらベンチに落ちていた新聞を拾う。

[文々。新聞]――可愛らしい名前の新聞だ。

中身は…。

 

【博麗霊夢!まさかの大貧乏説!?】

 

【あなたの心に宗教を……第二の聖徳太子に電撃取材!!】

 

【魔法の森、新種の妖怪か!?】

 

なんてことの無い、まるで地方新聞のような素朴な内容だ。

まぁ、政治はしてなさそうだし、国勢調査も「妖怪消えてくれ!」ぐらいしかないだろう。

新聞を畳み、ベンチに置く。

今日は野宿だから、この新聞も役に立つだろう、中身ではなく。

 

「ま、悪くないね」

 

煙草の煙を燻らせて、見上げた夜空に浸ってみたりする。

ガラじゃない、オレは自嘲気味に笑った。

 

?『確かに悪くないね』

 

「あぁ……あ?」

 

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!

いつのまにかオレの隣に人がいた。 な…何を言っているのかわからねーと思うが、いつからそこにいたんだが、オレには分からなかった…。

 

?『どうした?私の顔になんかついてるか?』

 

オレをみつめる女性。

白銀色の綺麗な長髪が、月光に煌めいている。

顔も整っていて美しい。

しかし何処か剣のような鋭さを持ち合わせていた。

こんな人が外の世界に居たらウェイ系共はたまらず飛びついてしまうだろう。

んで簡単に返り討ちにされる訳だ。

 

「別に……ただ、驚いただけだ」

 

?『ん、そうか…じゃあ、煙草くれよ』

 

「接続詞が接続してないぞ」

 

と言って銀髪美人に煙草を渡す。

まさか、こんな雪のような白い美人が煙草を吸うとは思う得ない。

 

(アンバランスっていうのも一つの美だな)

 

女性が煙草を口にくわえる、と、同時に火が付いた。

 

(…いつ着火した?)

 

どこぞの友人を彷彿とさせる。

 

?『……やっぱり、私の顔になんかついてるのか?』

 

オレの視線に気づく女性。

 

「…いや、別に。煙草を吸うようには見えなかったから」

 

?『あぁ、残念。とびっきりのヘビースモーカーさ』

 

「…気が合いそうだな」

 

二対のたなびく白い煙が、満月へと吸い込まれていく。

 

?『アンタ、名前は?』

 

「オレは一之瀬ミナトだ」

 

?『ん、ミナトちゃんね』

 

「ちゃんづけはやめろ」

 

妹紅『私は藤原妹紅。妹紅でいいよ』

 

「人の話をきけ!」

 

妹紅「まぁそう怒るなって」

 

カッカと笑う妹紅。

笑った顔も素敵で、まるで光にあてられたダイアモンドみたいだ。

 

妹紅「んで、にーさんはどうしてこんな時間に外をうろついてんの?」

 

「うろついたらいけないか?」

 

妹紅「はい、外来人確定」

 

どうやら見抜かれたらしい。

どうでもいいが、確定という言葉はパワーワードのような気がする。どうでもいいが。

 

妹紅「夜は短いが、外に出る命知らずはいないよ」

 

「…妖怪に襲われるからか?」

 

妹紅「ご名答」

 

オレは灰を落とし、妹紅は煙草に口をつける。

 

「…妖怪、ねぇ」

 

博麗神社の前の森で、妖怪に襲われた時を思い出す。

確かに普通の人間が妖怪に立ち向かうことは難しい。

そしてそんな存在に恐怖を抱くのも必然だ。

次第に、『いくら里の中でも、妖怪がいるかもしれない』という念が生まれる。

だが、本当に妖怪はいるのか?

ただ単に自身で敵を作り出しているだけなのではないか?

 

「妹紅」

 

妹紅「なんだ?」

 

「この里の中にも、妖怪はいるのか?」

 

オレの質問に、妹紅はカッカと笑った。

そしてそのまま短くなった煙草を右手でグッと握りつぶした。

 

(おいおい…!?)

 

右手のスキマから零れ落ちる、灰。

明らかにフィルターまで燃え尽きている。

 

妹紅「いるよ、たぶんね」

 

その前にその右手について質問させてくれ。

 

「…ようはいるってことだな、んでセカンドクエスチョン。アンタもそのうちの一人か?」

 

妹紅「さぁ、どうだろう?そもそも、妖怪と人間の定義はなんだ?」

 

「定義」

 

いきなり現実味のある単語が出てきて面を喰らう。

確かに、人間と妖怪の定義はなんだ?

人の形をしていない?――もしこの人が妖怪なら、定義は崩壊する。

なら人を食べる?――確かに、妖怪は人間を喰らいそうだ。

 

「…人を食べる?」

 

妹紅「残念、人を食べない妖怪だっている」

 

はい論破。

そんな簡単に定義づけられないようだ。

 

妹紅「ま、その答えは今後アンタが見つけなよ」

 

そういって妹紅は立ち上がる。

月光に煌めく彼女の全身。

それは、不思議な香りと、怪しい光に包まれ、オレの目を釘付けにした。

と同時に、彼女は炎に包まれた。

 

「ッ!!」

 

そして炎が消えた時、そこに銀髪の姿はなかった。

 

 

§



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野宿

あれは妖怪だったのか?

――いや、人に危害を加える種類ではなかった。

 

じゃあ人?

――人があの時間をうろつかないってさ。

 

そしたら、オレと同じ外来人?

――貫禄が違うだろ、オレの目は節穴か。

 

(訳が分からん…)

 

銀髪が居なくなって、ベンチで横になりながら考える。

月は真上に昇っていて、周りの雲を照らしている。

 

(てか炎だぞ?アレ、熱くないのか?)

 

恐らくあれが霊夢の言う[能力]なのだろう。

炎を自在に出したり操ったりする能力とか、そういった感じの。

そうなると妖怪と思えるが…霊夢も魔理沙も[能力]を持った人間だ。

 

(訳が分からんばい)

 

頭がこんがらがってきた。

とりあえず周りを見ても人影のようなものは見えないので、自身の無事を祈りつつ新聞を被る。

今日はここがオレの寝床だ。天然由来の超自然的な宿。つまり野宿なのだが。

 

(明日はいい宿を見つけられるといいんだが)

 

最悪困ったら霊夢の元へ――

 

(いや、それは男としてダメだ)

 

かろうじでプライドが勝る。

憧れだけじゃ本当は何も見えないよって思う。

だが諦めだけは夢から覚めても言わない。

 

(…何とか明日は今日以上の宿を見つけよう)

 

ポケットから携帯を取り出す。

低電力&機内モードなので充電の節約はぬかりない。

午前11時12分。どうやら外の時間とは正反対らしい。

日本と米国みたいなものだ。

 

(…とりあえず)

 

頭の中で明日の事を整理する。

明日の行動としては、広場で聞き込み調査を行う。

手がかりが無ければそのまま宿を見つける旅に出る。

もし気力があれば里の外―――はまだ厳しいか。

霊夢の言う[能力]とやらを自在に使えるようになれば、視野に入れてもいいだろう。今はまだ里の中に限定した方がよさそうだ。

 

(そのぐらいだな)

 

新聞紙を顔に乗せる。

まるで電球に照らされているようだ。本当に月が明るくて、文字が読めるほどだ。

 

【妖怪の森に新たな妖怪が現れた。完全な姿は確認されていないが、大きな翼と鋭い爪を持ち、全長20メートルにも及ぶ巨大な身体を持っていて――】

 

目で追っていくうちに、睡魔がやってくる。

抗う術はない、ゆっくりと眠りに落ちていく。

 

(…クリームソーダ飲みてぇ)

 

そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いの1ばんに言うことは

 

 

 

命は2個も無いもんさ

 

 

 

3つ数えりゃ後ろに何かが

 

 

 

4るは目を瞑らない

 

 

 

5人はペロリと食べられて

 

 

 

6でもない死体が転がった

 

 

 

7時に外を出歩くな

 

 

 

8つ裂き人形の出来上がり

 

 

 

9るしむことを忘れたならば

 

 

 

里の関門10り越せ

 

 

 

(人里に伝わる『数え歌』より)

 

 

§

 



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鼻炎

『――――』

 

遠くで何かが聞こえる。

音として耳に届いて来るが、上手く認識できない。

 

(…………)

 

まるでトンネル奥から声になっていない声が届いて来るようだ。

オレはぼんやりとそれを聞いている。

ぼんやりと――

 

(……)

 

次第に、音の輪郭がはっきりとしてくる。

叫んでいるような声だ。

その周りはざわざわとしているように聞こえる。

どんどん、声が音として頭の中に流れ込んでくる。

 

(…ん)

 

水の底に沈んだ意識を、引き上げる。

強烈に匂う土と草の香り。

細い何かが鼻の中に突っ込まれている感覚。

 

「……ん?」

 

『あ、起きた!』

 

目を開けると、そこには短髪の男の子がいた。

その手には赤い花が握られている。

 

「…んだこりゃ?」

 

そして、オレの鼻に突っ込まれてたのは花だった。

奇しくも、男の子が持っている物と同じ。

状況を把握した、一気にオレの中に[冷酷]が流れ込む。

 

「…こんの、クソガキが!!」

 

『ひゃーにげろっ!八つ裂き人形にされるぞ!!』

 

どうやら周りにも子どもがいたらしい。

叫び声を上げながら逃げていく子たち。

 

「待てこらガキ」

 

『んひっ』

 

逃げ出す子どもをひとり鹵獲。

がたがたと震える眼鏡の男の子。

 

『ぼ、僕はただ見ていただけでっ…』

 

「一緒にいたんだろ?なら同罪だ」

 

『か、からあげー!!』

 

「……からあげ、か」

 

なんとも美味しそうな名前である。

[からあげ]はオレを見ながらあわあわと手を口に当てている。

 

「さて、そんな奴には…おしおきだ!」

 

『んひゃ!?』

 

バチン、とデコピンがオン眉のおでこにクリーンヒットする。

悲痛な声を上げながら、うずくまるからあげ。

 

『よ、よくもからあげを!!』

 

「これに懲りたら鼻と花は大切にしろ、クソガキども」

 

『くそっ…覚えてろーー!!』

 

男の子はからあげを担いで、舌を出しながら公園を後にする。

 

『……!……』

 

公園の外から大人たちがオレの様子を見ていたが、ハッと視線を反らしていく。

その表情は、恐怖の色を帯びていた。

 

(…やっぱり外で寝るのは良くないか)

 

――夜は短いが、外に出る命知らずはいないよ。

妹紅の言っていた言葉を思い出す。

多分、今のオレは命を顧みない外来人か、はたまた妖怪か…得体のしれない存在だから、恐怖の目で見ている。

そんなところだろう。

 

(ま、どうでもいいか)

 

地面に転がった新聞紙をまとめ、ゴミ箱へ放り捨てる。

鼻の花(鼻につっこまれた方)とからあげの花(落としていった方)は、捨てるとよくないのでポケットに入れる。

そして、オレは目覚めの一撃として、煙草を吸う。

 

「ふぁ~」

 

朝の煙草はあまり好きではない、が目覚めにはうってつけだ。

周りに子どもがいるかもしれないが、先ほどの出来事で±0。

ゆっくりと、深く息を吸う。

 

 

§

 



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紅花

『ねぇ、あれが外で寝てた……』

『あぁ、あぶねえ奴だ』

『おっかね…近づかないようにしねぇと』

 

歩いているとこんな囁き声が良く聞こえる。

もちろんオレに向けられた言葉であろう。

 

(野宿しただけでこれか?)

 

現実世界の野宿とはまた意味が違う、幻想郷の野宿。

ホームレスには厳しい世界だ。

そんな視線にイライラしてきて煙草が欲しいと思っていたが、

 

『でも、意外と良い男じゃない?』

『確かに…あの燃えるような髪もキュートね』

『不思議な外来人、嫌いじゃないわ』

 

(ほれみろ)

 

ミステリアスには何とやら。

得体が知れない者に興味を持つのもまた人なり。

世論(恐怖と興味の声は7:3くらい)に耳を傾けながらオレは歩く。

人里は朝にも関わらず賑わっていた。

米俵を持つ男、水を運ぶ女、紙を束ねる少年、荷台を押す老人など、様々だ。

 

(朝からご苦労なこと)

 

つくづく大学生は労働から切り離された人種だと認識させられる。

そんな賑わいの人里を歩いていると、広場に辿り着いた。

もちろん目的は情報収集なのだが。

 

(…忙しい&恐怖で誰も寄り付かねぇ)

 

オレの目の前はぽっかり穴が開いたように、人がいない。

そして恐怖しつつも、興味あるような目でちらっちらっとこっちを見ている。

 

(フフ、怖いか?そうだろう)

 

オレはポケットから煙草を取り出し、火を付ける。

道行く人も煙草を吸っているので、里内禁煙ではないようだ。

歩きタバコはすっごい迷惑だって、外の世界では言われているのだが。

 

(肩身の狭い禁煙から解放だぜッ!)

 

息を吐き出しながら、辺りを見渡す。

ちょうど目の前には、龍の形をしたオブジェが置いてある。

表札には[龍神様]とこれまたストレートな文字。

周りには待ち合わせている様子の人だかりが出来ている。

 

(ハチ公的なやつだな)

 

そんなことを思いながら煙草を吸っていると。

 

(……ん?)

 

そのハチ公の奥で、小さな影を見つけた。

煙草を靴裏で消し、人だかりを避けて(避けられて)進む。

オレが気になったのは、壁にもたれかかれるようにして、うずくまる少女だった。

何処か痛むのか、苦しげな表情をしている。

 

「……どうした?」

 

少女『っ……!』

 

オレに気付くや否や、びくっと身体を震わせる少女。

前髪が綺麗に整ったおかっぱ頭。

くりくりとした目が、オレの顔を見て、すぐさま下ろされる。

地面には、少女が履いていた靴が、転がっていた。

 

(…なるほどね)

 

一瞬で状況を判断する。

 

「…立てるか?」

 

少女『…………』

 

(…そんなに怖いか?オレ)

 

ホームレスが及ぼす影響は計り知れない。

ということで、まずは少女の恐怖を取り除くことにする。

 

「…ほい」

 

オレは先ほどの一輪の花を差し出した。

もちろん、鼻の方ではなく[からあげ]が落としていった方。

 

少女『……?』

 

少女は、戸惑っていた。

――なんで、花を渡してくるの?

そう言いたげな表情だ。

だが、黙ってオレは花を差し出す。

 

少女『……』

 

少女はおずおずと右手を差し伸べて、紅い花を掴んだ。

その花をまじまじと見ると、鼻の近くに当てて、目を瞑った。

それは、絵に描いたような、美しい光景だった。

 

(……あぁ)

 

道の端に座る少女と、道端で咲く綺麗な花。

そのふたつが織りなした、この光景。

少しして少女は目を開けると、じっとオレの方を見つめ、

 

少女『……いい、かおり…』

 

「…だろ?」

 

少女の声は小さく、鈴を転がしたようだった。

それ以上何かを思うと犯罪になりかねないので、オレはもう一度手を差し出す。

 

「立てるか?」

 

少女『……』

 

少女は、小さく頷いて、オレの手を掴んだ。

 

 

§



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無言

「んで、チサト。君は何処へ行こうとしていたんだ?」

 

チサト『…………』

 

背中の少女――チサトは喋らない。

喋ったのは、いいかおり、と先ほどの自分の名前を名乗った時だけ。

いくら声をかけても反応が無いので、仕方なくオレは歩き始める。

 

(チサト、ね…)

 

少女の名前は[チサト]。

歩いていたら足が引っかかり、転んでいた時に、オレと出会った。

脚をくじいてしまったので、今はこうして背中に負ぶっている。

彼女は黒髪のおかっぱで、童顔の、小さな女の子だ。

年齢的にオレの半分くらいだろう。

 

「んで、チサト。君は何処へ行こうとしていたんだ?」

 

チサト「…………」

 

そして、とても無口。

マジで喋らない。

 

「とりあえず、向かっていた場所を知りたいんだが」

 

チサト「…………」

 

(どーにもならんか)

 

n回目の質問も、無言で返される。

Q1.チサトが声を出すのは、一体何回目であろうか?ただし吐息はカウントしないとする。

恐らく大学の理数学科でさえも求めるのは難しいだろう。

 

『おいおい、あいつら……』

『紅髪だぞ…』

『ひえっ、近づかないでおこう』

 

人々は相変わらずの反応である。

気にしても仕方ない、無視だ無視。

 

「…朝ごはん、食べたか?」

 

話題を変えて質問する。

 

チサト『……』

 

チサトの吐息が首筋をくすぐる。

呼吸の音が、少し乱れる。

でも、チサトは喋らない。

 

(今、話そうとしてたな)

 

少しの変化に気付いたオレは、その反応にちょっとだけ嬉しくなる。

目的地の無い歩みを続けるオレ。

背中でずっと黙ったままのチサト。

 

?『やぁ、ミナト』

 

ふと、声を掛けられる。

歩みを止めると、目の前に昨日の寺子屋の先生――上白沢慧音がいた。

 

「おっす、慧音」

 

慧音「おはよう。昨日は眠れたか?」

 

「おかげ様で、野宿だ」

 

慧音「はは、なんと大胆な――おや?」

 

と言って、慧音はオレの背中の存在に気付いた。

 

慧音「おはよう、チサト」

 

チサト「…………」

 

慧音がチサトに声を掛ける。

相変わらず反応はなかったが、身体が少し揺れるのを感じた。

 

「チサトを知ってるのか?」

 

慧音「知ってるもなにも、チサトは私の生徒だぞ?」

 

「…なんという偶然」

 

なるほど、そういう繋がりか。

昨日はたまたま寺子屋にいなかったのだろう。

 

慧音「ありがとう、チサトは少々怪我しやすいから、いつもは父親が送ってくれるんだが…」

 

チサトをゆっくりと地面に下ろす。

少々バランスを取りながら、よろよろと歩くチサト。

なんとか歩けるほどには回復したようだ。

その様子を見届けながら、慧音がオレを見る。

 

慧音「そうだ、今日も授業見に来ないか?生徒がまた会いたいって言ってるんだ」

 

「それなら、お言葉に甘えて」

 

慧音「よし、授業は三十分後だから、よろしくな」

 

「うい」

 

靴を脱いで、寺子屋に入る。

 

(また昨日みたいに千日組手をする羽目になりそうだな)

 

 

§



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氏名

授業開始10分前に子ども達が教室に入ってくる。

午前中でも子どもは元気なもんで、バタバタと教室が揺れる。

 

『あ!赤せんせーおはよう』

 

「おう、おは……赤せんせー?」

 

『うん、昨日みんなでそう呼ぼうってきめたの!』

『おはよう!赤せんせー』

『赤せんせー今日も教えてね!』

 

バタバタと昨日同様に飛びつかれる。

それを全てキャッチして、

 

「百式観音ッ!!」

 

『きゃー』

『うわー』

 

「この年で挑戦者か、血沸く血沸く♪」

 

とかやって朝の挨拶を終える。

子ども達は満足そうに自分の席に座って行った。

 

(…しかし、赤せんせー、ね)

 

まさかこうして赤髪をイジられるとは。

今までこの髪は、皆とは違うといった理由から[恐怖]として受け取られ、第一印象を最悪まで持っていくオレの武器だった。

しかし、子どもたちはそんな恐怖を感じてはいない。

むしろ、特徴としてオレと向き合っている。

 

(…子どもってのは純粋だな)

 

順当に子どもたちと挨拶を済ませると、授業開始の鐘が鳴り響いた。

おはよう、と黒板の前に立つ慧音。

おはようございます!と元気よく挨拶する子どもたち。

 

慧音「今日は天気がいい、お昼時には中庭でたくさん遊ぶと気持ちいいぞ」

 

慧音が一言喋る。

はーい、と元気な返事。

オレは教室全体を見渡しながら、慧音の話を聞く。

 

慧音「では、一時間目は算術だ、教科書と紙を出してくれ」

 

黒板にさんじゅつ、と大きく書かれる。

子どもたちはノートと筆を机に出し、一斉に筆を持つ。

 

慧音「昨日は引き算をやったな?まずは覚えているか確認するぞ」

 

『えー』

『テストいやだー』

 

「なんだ、じゃあ[ポチ]と[ミント]は全部出来るんだな?今度から先生に代わってやってもらおう」

 

ポチ『ごめんなさい出来ないです!』

ミント『頭突きはいや!!』

 

(…頭突き、ねぇ…)

 

そんなことを思いつつ、慧音からプリントを預かり、子ども達に配る。

ありがとう赤せんせー、と全ての生徒に渡った。

 

(すげぇな、全て手書きか)

 

7枚全て直筆のプリント。

慧音の頑張りがはっきりと伝わってくる。

現代なら印刷できるが、幻想郷にはその技術は無いのだろう。

 

(……大変、なんだろうな)

 

慧音の頑張りをしみじみと感じながら、子ども達の様子を見て回る。

無言で書いている子、うわーできねーと喚く子、壱問目で落書きをしている子、筆の持ち方を確認している子――様々だ。

 

(……ん?)

 

回っていると、ひとりの子どもの様子が気になった。

その子は、外を見ていた。

筆を持たず、プリントにも手を付けていない。

ただずっと、目を細めて、太陽に照らされる中庭を見ていた。

 

(…勿体ない)

 

オレはその子の元へ向かう。

 

「……チサト」

 

チサト『…………』

 

筆を持たないチサトは、ただただ外を見ているだけ。

中庭は柵に囲まれ、小さな畑と一本木がある。

 

「そこから何が見える?」

 

チサト『…………』

 

相変わらず無言だが、彼女の視線はオレの方を向いた。

少し垂れ目の上目遣い。

目の隣には印象的な泣きぼくろ。

 

「いい天気だな」

 

チサト『…………』

 

こく、と頷きながらチサトは視線をテスト用紙に落とした。

今何をする時間なのか、思い出したようだ。

そして傍にある筆を右手に持つ。

 

(……あぁ、なるほど)

 

その持ち方は、幼児のクレヨンの持ち方だ。

まるで、つい最近筆という物を知ったかのような、そんな感じだった。

 

(だからどうしようもなく外を見ていたのか)

 

一瞬で状況を理解する。

オレはチサトの右隣に腰を下ろし、

 

「…ちょっと失礼」

 

チサト『……!』

 

筆を持つチサトの右手を、オレの右手を合わせる。

びくっと筆が震えたが、墨は垂れていない。

 

「まずは自分の名前を書くぞ」

 

チサト『…………』

 

筆に力が入る。

オレは右上の氏名欄にゆっくりと穂先を合わせる。

 

「書くコツは、力を程よく入れながら、筆の先に気を付けて動かす」

 

最初の文字、[ち]を書く。

少しバランスの悪い、ミミズみたいな字。

 

「肩の力を抜いて、肘から動かすようにな」

 

次の文字、[さ]を書く。

さきほどよりもだいぶ字が整っている。

 

「後は姿勢をよくして、左手で紙を押さえるといい」

 

最後の文字、[と]を書く。

綺麗にカーブが描けている。

 

しめい [ち さ と]

 

三文字はそれぞれ大きさ、線の太さにバラつきがある。

だが、最後の方になるにつれてだいぶ良い字が書けていた。

 

チサト『…………ふう』

 

「おつかれさん」

 

止めていた息を吐き出すチサト。

彼女も緊張していたのだろう。

氏名は書けたが、かろうじで認識できるレベルだ。

この状態では一人で引き算を解くことは難しい。

 

「よし、じゃあ次は一緒に問題解くか」

 

チサト『…………』

 

チサトの表情が少し曇る。

――テストだから、と言いたそうな顔だ。

 

「いいだろ、これくらい」

 

オレがそういうと、チサトは小さく首を縦に振った。

生徒の傍を回る慧音が、オレを見ながら、頷いている。

 

慧音「(頼む、任せたぞ)」

 

そういっているような顔をしていた。

 

「よし、両手を出して、壱問目を計算しよう」

 

チサトはこく、と頷いた。

 

 

§

 



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昼食

慧音「――よし、授業終わりだ」

 

慧音のベルの音が鳴る。

 

『『『ありがとうございましたー!』』』

 

続いて子ども達の声。

ノートと筆を片付けて、弁当を食べ始める。

 

「やべ、飯必要か?」

 

慧音「そうだ。用意していないか?」

 

「あぁ」

 

学校は小中まで給食が付いて来る。

まだ外の感覚が抜け切れてないようだ。

 

慧音「じゃあ、食べに行くか?」

 

「慧音は用意しているんだろ?」

 

慧音「普段昼はあまり食べられないから、少なめに用意しているんだ。それは間食にするよ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

慧音が子ども達に外食してくることを伝える。

はーい、と子ども達。

そのまま廊下へ出ようとしたとき、

 

慧音「あぁ、チサト、ちょっと」

 

慧音がチサトを呼ぶ。

教室で座っていた彼女は、ゆっくりとゆらゆらとこちらに向かってきた。

 

慧音「足は大丈夫そうだな」

 

チサト「……」

 

彼女の手には、筆とノートが握られている。

それを、慧音に渡した。

 

「いつも渡すのか?」

 

慧音「あぁ、彼女の道具はここで預かってるんだ」

 

「そうなのか」

 

慧音「今日はお父さん、家にいるって聞いたから、送っていくよ」

 

無言で頷くチサト。

寺子屋は午後にも授業がある。

何故、このタイミングで帰るのだろうか。

オレの疑問を感じ取った慧音は、

 

慧音「…後でな」

 

とだけ言った。

オレと慧音、チサトは靴を履いて外に出た。

昼下がりの人里、道には昼休憩であろう人々が行き交っている。

 

慧音「チサト、歩けるか?」

 

慧音はチサトの様子を見て言う。

まだ痛みがあるのか、かばいながら歩くチサト。

 

慧音「手、繋ぐか?」

 

差し出された慧音の手。

チサトは、首を横に振って慧音から距離を取った。

そして、オレの方へ回る。

 

(……?)

 

慧音「…分かった、ゆっくり行こうか」

 

その距離の取り方が疑問に思った。

オレたちは言葉を交わさずに、人ごみに紛れる。

 

『野宿の人だー』

『こら、指をさすんじゃありません!』

 

いや、紛れてはいないか。

相変わらず、人々のオレに対する距離の起き方は露骨だ。

 

慧音「…なんだか今日は歩きやすいな?」

 

「…なんでだろうなぁ」

 

慧音「なぜそんな嬉しそうな顔をしているんだ?」

 

「さぁ、なんでだろうな」

 

歩きやすい人混みは好きだ。

ゆっくりと歩く今のオレ達には都合が良い。

 

 

§

 

 

歩いて行くと、少しして慧音とチサトが立ち止まった。

 

慧音「さ、着いたぞ」

 

チサト「…………」

 

目の前には暖簾の掛かった一軒家があった。

チサトはオレたちにぺこりとお辞儀をすると、その中へと入って行った。

 

「ここがチサトの家か」

 

なんてことの無い、オードソックスな一軒家。

暖簾には文字が書かれている。

 

(何かのお店っぽいな)

 

中は暗くて見えず、文字も掠れているため、店の内容は分からない。

 

「チサトの父親に挨拶しなくていいのか?」

 

慧音「あぁ。私たちはここまでだ…よし、あそこのお店に入ろう」

 

と言って慧音は反対側の店を指差す。

店に掛かっている赤い暖簾には、白い文字で【無頼】と書かれている。

 

「【無頼】か」

 

慧音「ここの定食屋が美味くてさ、つい通ってしまうんだ」

 

「ホホーウ」

 

【無頼】と書かれた暖簾をくぐると、こじんまりとした店内に畳が広がっていた。

カウンター10席、座敷テーブルが6組ほど。

店内は結構な年季が入っているようで、ところどころ汚れてはいるものの、老舗と呼ぶにふさわしい雰囲気だ。

座敷テーブルに通され、慧音を先に座布団へ座らせる。

続いてオレがその向かい側に着座する。

座ったと同時に、にこやかな店員から、水とメニューが渡された。

 

「慧音はいつも何頼んでるんだ?」

 

慧音「私は天ぷら定食かな。油は控えた方がいいらしいがどうしてもな」

 

お腹をさすりながら笑う慧音。

 

(…いっぱい食べる君がなんとやら)

 

オレは小食でやせ細った女性よりも、よく食べてよく寝てよく笑う女性の方が好きだ。

世の中の女性はもっと食べて幸せを噛みしめた方がいいのに、と思う。

小食もまたファッションなのだろう。

 

「じゃあオレは、生姜焼き定食で」

 

店員を呼び、注文を取る。

先ほどの笑顔が素敵な男性店員が、慣れた手つきで注文のメモを取り、落ち着いた口調で復唱していく。

そこに慧音が追加で奈良漬けを注文し、にこやかに対応する店員。

最後に確認を取って、彼は厨房へと消えていった。

水の入ったグラスを慧音に渡す。

 

「…で、チサトはどうしてあの時間に帰ったんだ?」

 

慧音「あぁ」

 

受け取った彼女はグラスに口をつける。

 

慧音「彼女の家、父親しかいないんだ」

 

「父子家庭か…母親は?」

 

慧音「チサトが赤ん坊の頃に亡くなった」

 

「…そうだったのか」

 

オレの脳内にちらつく父親の失踪。

父親がいなくなって、家庭を背負わされた母親。

そして、耐え切れなくなった母親は――

 

(…今はチサトの話だ)

 

頭の中からそれらを消す。

 

「ということは、父親ひとりでチサトを育てているのか」

 

慧音「そうだ、彼はいつも仕事で忙しいんだが、今日は昼に帰っているから、チサトを家に送ってほしいと言われてな」

 

「いつもは午後も仕事が?」

 

慧音「大抵はそうだな」

 

「…チサトのご飯は?」

 

思い出されるのは、背中に負ぶったチサトの重み。

まるで中身が入っていないように、軽かった。

腕も細く、年頃の女の子にしては小さかった。

 

慧音「父親も帰ってくるのが不定期だから、昼ご飯が無い時もある。そういう時は私のご飯を食べさせてる」

 

「…父親の仕事は?」

 

慧音「実は、私も分からないんだ」

 

慧音は首を振った。

ただ分かっているのは、家庭が不安定である、ということ。

 

慧音「チサトは最近寺子屋に入ってきたんだ。こういった家庭事情を知ったのも、つい最近のことだ」

 

「それは難しいな」

 

実際の学校でも、家庭の事情で十分に学校に来れない子どもが多い。

経済的理由なら就学援助が降りるが、家庭が機能していないとなると、学校側が家庭の根本から対処することは難しい。

外の世界も幻想郷も、それは同じようだ。

 

慧音「だから、君がチサトを連れてきたときは、びっくりしたよ」

 

「道で足を痛めた女の子を放置できるか」

 

慧音「…キミは優しいんだな」

 

「人並みにな」

 

そういっていると、目の前に料理が運ばれてきた。

 

 

§

 

『お待たせしました』

 

天ぷら定食と生姜焼き定食が置かれる。

どちらも美味しそうに湯気を立てて光輝いている。

 

「…美味そうだな」

 

割りばしを慧音に渡し、オレ達は両手を合わせ、

 

「「いただきます」」

 

箸を割る。

オレは生姜のタレに絡めた豚肉を口に運ぶ。

 

(んん……美味い!)

 

口に入れた途端にツンと来る生姜の香りと、醤油の香りのダブルパンチが心地よく、染み込んだ豚肉がとても柔らかい。

たまらず白米に手が伸びる。

ご飯と一緒に食べたくなるようなおかずは決まって美味しい。

 

(止まらんッ!!)

 

食べるのに夢中でお茶碗を持っていると、ふと、慧音の視線に気付いた。

 

「……どうした?」

 

彼女もお茶碗を持っていて、さつまいも天ぷらをご飯の上に乗せている。

 

慧音「いや、キミは美味しそうにご飯を食べるんだなって」

 

「そうか?あまり意識してないんだが」

 

慧音「たぶん無意識なんだろう、こう、頬が緩くなるんだ」

 

オレの頬を指さしながら慧音は笑う。

食べている所を言われるのは恥ずかしいが、なんだか悪い気分ではない。

 

「…ご飯が美味いからだな」

 

照れ隠しに生姜焼きを頬張る。

すると、向こう側から箸が伸びてきたかと思うと、

 

慧音「いただき」

 

「ん、先生ともあろうお方が生姜焼きの誘惑に負けたか」

 

慧音「私だって生き物だ、欲望に忠実になるさ。…はむっ」

 

美味しそうに食べる慧音。

おいしいな、と口元を緩めている。

いっぱい食べる君がなんとやら。

 

「……じゃ、仕返しってことで」

 

食べかけのしいたけの天ぷらを強奪(スティール)する。

きつね色のしいたけからは噛むたびに耽美な汁が零れ、贅沢な旨味が口全体に広がった。

そんな事をしている内に、あっという間に皿は空になった。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

膨れたお腹をさすりながら、幸せそうに口元を緩める慧音。

オレは食後の温かいお茶をすする。

 

「ここ、良いな。寺子屋から近いし、何より飯が美味い」

 

慧音「だろう?また行こう、今度は寺子屋の後で一杯な」

 

「お、楽しみだ」

 

お勘定を済ませ、オレ達は午後の授業のため、寺子屋へと戻る。

 

 

§

 



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金髪

慧音「では、この問題を解いてみよう」

 

本日二度目の算術。

午後からの授業は眠気が付きまとうものであったが、耐えられないほどではない。

子どもたちはせっせとノートと格闘している。

 

「ここは左から順番に計算するんだ」

 

『うん!ありがとう!』

 

その様子を各机に回りながら見て、ひとりひとりに助言する。

分からない様子の子、筆が止まっている子を見つけて再び接近し、助言する。

 

(みんな頑張ってるな)

 

算数は得意不得意で大きく分かれるため、習熟度はかなりばらつきがある。

得意な子にはジャンジャンやれ、と自主的に進ませる。

不得意な子は一緒に考え、答えへの道筋を暗に示し、自力で歩かせる。

習熟度に差が出るのは仕方ない、そのためにオレがこうして回っている。

 

『赤せんせー、ここまちがってる?』

 

「ん、どれどれ……これ、どうやって答え出した?」

 

『筆算使って、ここをかけてこーして…』

 

「そこ、何かを忘れてるぞ」

 

『んーと…あ、くり上がり!そっか!そうだった!』

 

忘れないように、と言って机を離れる。

 

(…真っ直ぐな目だ)

 

子どもはいつだって真剣だ。

間違えに気付いたらすぐに訂正する。

そして新たな学びを形成する。

 

慧音「答え合わせするぞ、赤い筆を用意してくれ」

 

子どもたちの「あってる!」とか「うわー」という声が上がる。

のんびりとした授業、しかし皆寝ずに問題と向き合っている。

オレもそんな子どもたちと真剣に向き合う。

 

(……ん?)

 

と、オレの視界に何かが映った。

いや、映った、というより、今も尚映っている。

この教室は中庭に直接出られるようになっており、その襖は全て開かれている。

柵で囲われた中庭は、大きな一本木が植えてあったり、慧音が手入れしているであろう花壇があり、休み時間に子どもたちはそこでボールを蹴ったり縄跳びをしたり、様々な遊びに夢中になる。

その映っているものは、一本木の傍。

 

?『…………』

 

黒色の服を着た金髪の女の子が、こちらを見ていた。

 

(……子ども?)

 

金髪の頭からは赤いリボンがにょきりと生えている。

寺子屋の生徒には見えない。

となると、近所の子どもだろう。

 

(話してみるか?)

 

と、思ったが授業中なので教室から抜け出せない。

金髪の子はじっとこちらを見つめているが、動く気配はない。

 

『赤せんせー、ちょっとー』

 

「あいよ」

 

子どもに呼ばれ、その子から意識を外す。

 

(後で話してみるか)

 

 

 

子どもへの助言を終え、ふと思いだしたように中庭を見る。

その金髪の子は既にいなくなっていた。

 

 

§



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赤橙

午後からの授業は眠気が付きまとうものであったが、子どもたちは眠気とノートと格闘しながら授業は終わった。

寺子屋に来るときと同じように、子どもたちは荷物を持ってドタバタと寺子屋を去って行く。

 

慧音「今日も助かったよ、ありがとう」

 

見送りを終え、教室の後片付けをしながら、慧音はオレにそう言った。

 

「なんてことはない、オレも楽しんでやってるし」

 

夕焼けの教室はオレンジのペンキに突っ込んだように、赤橙に染まっている。

黒色に染まる黒板。

純白に煌めく畳。

そして、光に包み込まれた慧音――。

 

(……あぁ)

 

夕日を味方につけた慧音は、なんていうかその、一言でいえば、美しかった。

光の粒子が一つ残らず彼女を綺麗に輝かせている。

そんな美女とオレは、教室でふたりっきり。

ラブコメならばここで告白するか、「私、実は……」とヒロインの告白を受けるか、二択になろう。

 

慧音「本当、ミナトが来てくれて嬉しいよ」

 

「…どうも」

 

ドギマギしつつも、何とかそう返す。

黒板を綺麗にした後に、ふぅ、と吐息を漏らす慧音。

 

「え、えろ……」

 

慧音「ん?どうした?」

 

「い、いや。エロールという太陽の神に感謝していたんだ」

 

この美女を更に美しくしてくれたこの太陽にな!!

 

慧音「そうか……ところで」

 

「なんだ?」

 

慧音「キミ、昨日野宿したんだって?里中で噂になってるぞ」

 

「…あー」

 

先ほども思ったが、たかが野宿で何故これほどまでにとやかく言われる?

それほどまでに、夜の外は危険だということ。

そしてそんな環境で行き伸びたオレもまた危険だということ。

野宿の意味合いはこんな感じであろう。恐るべきノジュク。

 

「まぁ、泊まるところが無かったから、仕方なく」

 

慧音「それなら、私の家に泊まればよかろう」

 

「そうだな、仕方なく……え?」

 

慧音「だから、私の家に泊まればいいだろう?二度も言わせるな」

 

「…………え?」

 

はいこれきたこれ。

[里の人から嫌われ√]でこのままいけば画面暗転、そこにはBADENDの赤文字が――となりかけていた矢先にこれだよ。

10k溶けた後に虹保留引いて天下無双のプレミア予告。

やっぱりオレの愛機は慶次なんやなって……。

 

(いかんいかん、驚きのあまりパチカスで例えてしまった)

 

夕日のせいか、慧音の頬が少し赤い。

これは、完全に激レア演出期待度☆5で――ええい、こういう例えは良くない。

 

「……ひとつ聞かせてくれ」

 

慧音「あぁ、なんでも」

 

真っ直ぐとオレを見る慧音の目。

青い瞳をオレンジが塗りつぶした、綺麗な色彩。

 

「オレは外から来た人間で、まだ慧音と二回しか会っていない。そんな男を、何故そこまで信用する?」

 

慧音「…そうだな」

 

オレの純粋な疑問に、慧音は悩むことなく口を開いた。

 

慧音「子ども達と向き合っている君は、真剣な目をしていた。判断材料は、それだけだ」

 

「……参ったな」

 

まさか、そこを見られているとは。

半ば無意識に接していたため、自分がどういった様子か分からないが、慧音にはそうみられていたのだろう。

 

「オーケイ」

 

慧音はオレを真っ直ぐと見つめてくる。

同じように、真っ直ぐと見つめるオレ。

二つの視線が、交叉する。

 

「よろしく頼むよ、慧音」

 

慧音「こちらこそ、よろしく」

 

放課後の教室、夕日、そして美女。

なんてことはない、外の世界にもありふれた景色だ。

 

 

§



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雇用

慧音「何もないけど、あがってってくれ」

 

「お、お邪魔します…」

 

まるで初めてピンクのお店に入った時みたいな声が出る。

慧音の家は、もちろん幻想郷準拠なので、木造の古い家だった。

こじんまりとしていて、部屋は台所と居間に別れている。

居間には畳が敷かれており、小さな囲炉裏が中央に構えている。

 

(…まるで映画のセットみたいだな)

 

そのほかには長火鉢と鉄瓶、壁際には本棚が置かれている。

本棚はもちろん、本や紙類がきちんと整頓されている。

 

「いい部屋だな」

 

何もない訳ではないが、無駄な物は一切ない。

そしてあるべき物は綺麗に整頓されていた。

 

慧音「部屋、少し寒いか?」

 

「大丈夫、お構いなく」

 

そうか、と慧音は台所へ向かい、お湯を沸かし始める。

もちろん電気ポットもケトルもないため、釜の残り火だ。

慧音は竹筒で息を送り、火を生き返らせる。

ぼう、と大きな火が上がった。

 

慧音「こういうのは、外の文明にはないか?」

 

オレの視線を感じた慧音がそう問いかけて来る。

 

「ないことは無い、が見たこともないな」

 

慧音「そっちは電気が主流だもんな」

 

「幻想郷に電気はあるのか?」

 

慧音「ないことは無い、な」

 

少しして薬缶から湯気が上がる。

急須にお湯を注ぎ、二つの湯呑みに注ぐ。

 

慧音「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

慧音から渡されたお茶を飲む。

 

「…ほうじ茶か、いいな」

 

「この時期は夜寒いからな、いつも御茶で身体を温めているんだ」

 

口の中に広がる、芳ばしい香り。

少し熱いので、息を吹きかけ、冷ましながら飲んでいく。

 

慧音「夕飯、なんでもいいか?」

 

「そりゃあもう」

 

敬遠「もらった野菜が多くてな、助かるよ」

 

慧音も座布団に座り、お茶を飲む。

…ふぅ、ふぅ……こくっ…。

 

(……やっぱりエロールだ)

 

こうしてお茶を飲むだけでエロティック、もとい絵になるのだ。

そのくらい慧音は美しい。

そして、そんな美人とオレは一夜を共にする。

健全じゃない男子はやっぱり何か魅惑的な事を想像してしまう。

 

(今日の目標は、『清く正しくノータッチ』でいこう)

 

自分を律し、戒めにお茶をがぶ飲みする。

 

「あっつッ」

 

慧音「! 大丈夫か?」

 

「いえ、はい、大丈夫です」

 

慧音「なんだ?畏まって…」

 

クスリ、とほほ笑む慧音。

その表情はやはりエロティック、もとい絵になるのである。

目標は早くも崩れ去ってしまいそうだ。

 

 

§

 

 

慧音の料理はまさに絶品と呼べるものだった。

 

「う、うめぇッ…!!」

 

茄子の御浸しが、口の中で躍る。

茄子の旨さとつゆの甘酸っぱさが絶妙にマッチして、互いに互いを引き立てるライバルであり親友のような関係に舌が躍った。

白味噌汁。

ネギと豆腐のみのシンプルなものだったのだが、白味噌の滑らかさに泳ぐようにして流れ込む豆腐と、そこへ軽い薬味を与えるネギ。

鰹節の効いた深みのあるとても優しい味だ。

 

(まるでおふくろの味だな)

 

もちろんご飯が止まることなくもののうちに完食した。

食べた食器を流しに置き、テーブルを拭く。

食後のお茶は冷えた緑茶。口の中をさっぱりとしてくれる。

 

「料理、上手いんだな」

 

「人並みさ。毎日やらなければ生きていけないしな」

 

確かに、一人暮らしをしていると、否が応にも料理のスキルは上がる。

オレは雑を極めた効率的な男飯のスキルは高い。

慧音は本当に美味い魅力的な御飯のスキルが高い。

 

「食後にどうぞ」

 

「お、ありがとう」

 

切った林檎を口に運ぶ。

ふわりとした甘みと見え隠れする酸味。

デザートにはうってつけだ。

 

「本当にわるいな、何から何まで、」

 

「いいよ、人里内で野宿されるより遥かにマシだ」

 

「あぁ……そうだな」

 

今度からは外で寝る事を控えよう。

しかし、このままずっと慧音の家に泊まることは、許されない。

人として、男として。

幻想郷に来たばかりではあるが、早いとこ生活環境を立てなければ。

オレは緑茶を飲んでから、慧音に聞く。

 

「慧音は、どうして寺子屋で働いているんだ?」

 

突然の質問だったのか、慧音が驚いた顔をした。

 

「…いきなりだな、どうして?」

 

「や、気になっただけだ」

 

「どうして、って言われてもな……そこに寺子屋があったから?」

 

ンッン~名言だな!

どうやら名人は素晴らしい言葉しか生み出さないらしい。流石は慧音だ。

 

「じゃあさ、そんな先生にお願いがある」

 

「あぁ、私に出来る事なら言ってくれよ」

 

「オレを雇ってくれ」

 

「え?」

 

きょとん、と慧音。

目を瞬かせてオレを見据えるが、まだ驚いている様子だ。

 

「……キミが、寺子屋で、働く?」

 

「あぁ」

 

「本当に?」

 

「大マジだ」

 

まばたきの回数は次第に減っていき、綺麗な瞳がオレを見る。

迷っている様子ではないが、それでも少し困惑が見え隠れしている。

 

(雇ってもいい、しかし……と言った風だ)

 

その『しかし』の部分を、慧音は口にする。

 

「ひとつ、聞かせてくれ」

 

「あぁ、なんでもどうぞ」

 

「どうして寺子屋で働きたいんだ?」

 

どうして、と言われても。

考えて答えるような質問ではない。

先ほどの慧音が生み出した名言と同じように、本心は本当に理由を知っていた。

だから、オレはそのまま口にした。

 

「そこに、寺子屋で働く先生がいたからだ」

 

慧音はオレの答えを聞くと、目を細めて笑った。

 

「それ、さっきの私の言葉に似ているな」

 

「ダメか?」

 

「いやいや、喜んで雇わせてもらうよ」

 

「よしっ」

 

交渉は成立した。

 

「詳しいことは、明日寺子屋で話すよ」

 

「おう」

 

「じゃあ、今日はもう寝ようか」

 

 

§



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睡夢

慧音は布団を一枚だけ敷いた。

この事象の意味を、紳士諸君ならどう捉えるか?

もちろん、オレは大いに狼狽し、だが慧音に従い、結果として、

(ね、寝れねえ…)

 

すぐ隣にある慧音の寝顔。

リズムよく刻まれる小さな寝息。

これ、ヤバいよ?

大学でこんなことあったら「おっ、ワンチャンじゃ~ん」とか言われるシチュエーションだ。

事案発生。

お互い合意の上。

明日は気まずくなってその後疎遠になってしまうこと間違いなし。

まぁ、手を出したら、の話だが。

 

悪魔『このままやっちまえ!!』

 

頭の中で全力で叫び始める悪魔。

 

天使『ダメです!そ、それは…破廉恥です!!』

 

悪魔の大声に負けじと叫ぶ天使。

しかし声が小さいことで悪魔の声にかき消されている。

 

悪魔『だって、こんな美人を食べる機会なんてそうそうないぜ!?』

 

天使『食べる、とか比喩を使わないでください!ダメです!犯罪です!!』

 

悪魔『WHY?これはチャンスだろ?というか人間の性に抗っちゃあダメよ?』

 

天使『いやいや!出会って5秒で~とか何処ぞのAVじゃないんですから!』

 

悪魔『天使ちゃんって結構変なボキャブラリあるよな』

 

天使『うるさいです!』

 

悪魔『…まぁ、少し考えてみなよ、天使ちゃん』

 

天使『へ?』

 

悪魔『どうして慧音はこうして主人と寝ている?』

 

天使『なんでって…主人さまに家が無いから?』

 

悪魔『ノンノン、そりゃ主人の事が好きだからに決まっているだろう!』

 

天使『な…!?…なるほど…これは…誘われている、ということですね!』

 

悪魔『Year!! ということは、ここで襲うことは慧音も喜ぶことなんだ!!』

 

天使『さ、流石です悪魔さん!』

 

悪魔『HAHAHAHA!!』

 

そんな感じで頭の中で議論を終わらせる悪魔と天使。

当然無視だ、無視。

毛布を被りなおして、眠くないが目を閉じる。

 

(…寺子屋を手伝うとは言ったものの)

 

幻想郷に来た理由は簡単、父親を捜すためである。

そのために人里を拠点にした。

これから少しずつ情報を得られれば、いつかは父親に辿り着く。

寺子屋を手伝いながら、父親を探す。

これは回り道ではない、そう自分に言い聞かせる。

 

(……まずは仕事を把握することだな)

 

寺子屋で働いてみて、オレは感じるものがあった。

子どもは純粋で、元気で、一生懸命である。

勉強も遊びも、一つの事に夢中になる。

それは、やりたいことをやろうと夢中になっているからだ。

そして、それを支援し、助けるのが先生。

慧音は、子どもの事を分かっている。

子どもにとって何が一番か、分かっている。

オレも、そんな慧音を見て、感じるものがあったのだろう。

 

これが、本当の意味での「学校」なのだ、と。

 

(…難しい話は、明日聞こう)

 

とりあえず、寝る事にした。

不思議にも、目を閉じれば睡魔はやってくるもんだ。

 

(おやすみ、世界)

 

隣の慧音の寝息にドギマギとしつつ。

身体は触れないようにして、オレは眠る。

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

『随分と楽しそうじゃない』

 

 

頭の中で反響する、誰かの声。

それは、大昔に聞いた事のある、女性の声だった。

凛としてはっきりと通るその音は、羨望と嫉妬の色を含んでいる。

 

 

『私がこんなに不幸だっていうのに、アナタは?』

 

 

目の前に現れる、人の形をした黒い影。

150cm程の小さなそれは、ゆらゆらと、オレの眼前を漂っていた。

無音の中に生まれる、雑音。

影は雑音をひとつ、またひとつと作り出していく。

 

 

『本当、卑怯な男』

 

 

ゆっくりと伸びて来る、二対の黒い枝。

それは腕のようなもので、五本の指のようなものが生えていた。

腕はオレの身体を包み込み、目元を優しく隠す。

視界が、闇に染まる。

 

 

『アナタはいつもそう』

 

 

眼球に冷たい氷を押し付けられているようだった。

大脳に走る、零度の感覚。

物理的な感覚より、非物理的なそれ。

身体全体が氷に包まれていた。

 

 

『結局、自分だけ楽園に逃げるのね』

 

 

闇の中には、映画のようにシーンが流れている。

オレが養父と共に背を向けて歩いて行く光景。

右手を伸ばしてそれを掴もうとしている光景。

記憶の視界はうすくぼんやりと歪んでいる。

誰の記憶か、誰の視界か。

 

 

『私は地獄に落ちたというのに』

 

 

記憶はそれだけだった。

やがて、ゆっくりとオレの視界が基に戻っていく。

黒い腕はもう伸びていない。

目の前の人の影も霧散している。

 

 

『ねぇ……ミナト?』

 

 

代わりに立っていたのは、ひとりの少女だった。

純赤の長髪が絡んだその顔は、棘を持った赤いバラのように、美しく咲く。

 

 

(……姉、貴…)

 

 

ぽたり、ぽたり。

少女の手から零れ落ちる紅い液体。

手に持った一輪のバラから、それは零れていた。

まるで、バラが少女の代わりに泣いているかのようだった。

 

 

『お別れよ、ミナト。せめて、罪の意識だけは植え付けてあげる』

 

 

少女はニタリと口元を歪ませると、その尖ったバラの茎をオレの胸に突き刺した。

 

 

§



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健闘

「――ッ!!」

 

一気に目が覚めた。

額からはじっとりと嫌な汗が噴き出していた。

息が荒い、全力疾走した後のような疲労感に襲われる。

 

(また、この夢か…)

 

時々見る、悪夢に近い夢。

起きた時にはぼんやりとしていて、すぐに忘れてしまうのが夢だが、この悪夢だけは起きた後もはっきりと覚えている。

悪夢っていうのは、記憶に残りやすい。

いや、オレの場合は、記憶に残った物が悪夢として出て来る。

今回もその例に倣った悪夢であった。

 

(……クソ)

 

なるべく早く忘れようと、息を整える。

すると、額に冷たいモノが押し当てられた。

見ると、それは慧音の手だった。

 

慧音「…熱はないみたいだな」

 

「…慧音、せん、せー?」

 

細い、白い、慧音の手。

近づいてくる、慧音の顔。

少し開かれた寝間着の胸元から、白い山が見え隠れしている。

 

(朝からありがたやありがたや…)

 

慧音「凄いうなされようだったぞ。起こすのも躊躇うぐらいに」

 

「…あぁ、たまに寝言がひどくてな」

 

慧音「そうか。よかった、急患だったらと思って心配だったんだ」

 

そうごまかすと、慧音の手が離れていく。

悪夢の内容は、今の眼福ですっかり忘れていた。

慧音はどうやら早くに起床していたらしく、台所からご飯の香りがしてきた。

 

「朝、早いんだな」

 

慧音「一人暮らしでも、朝ごはんは忘れないようにしているよ」

 

(一人暮らし、ね…)

 

慧音の美貌なら男のひとりやふたり簡単だろうに。

オレの脳内に浮かぶ、寺子屋で仕事をする慧音。

それが、男を作らない理由なのだとオレは思う。

 

慧音「その様子じゃ、キミは朝起きれないタイプだろう?」

 

「あぁ、朝は鳥がうるさいから苦手だ」

 

慧音「確かに、彼らは何故朝に鳴くのだろうな」

 

「恐らく奴らも朝が苦手なんだろう、だから悲痛の鳴き声を上げている」

 

慧音「まるでキミと一緒だな」

 

「なにおう」

 

オレと話しつつテキパキと台所内を移動しながら、朝ごはんを作る慧音。

その姿は、まるで母親のように見えた。

母親。

大変。

睡眠薬。

失踪。

そんな言葉たちが、ノイズのように頭の中を埋め尽くそうとする。

オレは頭を一つ叩いて、現実から逃げないように、立ち上がる。

 

「…なんか、手伝うよ」

 

慧音「え?」

 

「慧音を見てたら、何か手伝いたくなったんだ」

 

目を見開いていた慧音はゆっくりと辺りを見渡す。

 

慧音「…それなら、食器の準備をお願いしようかな」

 

「イエスマム」

 

頭の中で鳴り響く過去の雑音が次第に遠くなっていく。

 

(……やっぱり朝は苦手だな)

 

こうして、ふとしたことで過去を思い出してしまうのだから。

 

 

§

 

 

(ンッン~、やっぱり慧音のご飯は美味いな!)

 

慧音の格別な朝ご飯を食し、食後のお茶までいただいた。

慧音も人にご飯を作るのは楽しいらしく、新鮮だと話した。

女性の心理(恐らく母性)に基づく感情なのだろう、つくづく良い女性だと思う。

オレは食器を水の張った桶に入れると、慧音が言う。

 

慧音「それで、本当に寺子屋を手伝ってくれるんだな?」

 

「当たり前だ、男に二言はない」

 

オレの言葉に、慧音は口の端を上げ、頼もしいよと言った。

慧音は既にいつもの青いワンピースに着替えていた。帽子も被っている。

オレも慧音に付いて寺子屋に行こうとする。

 

慧音「あ、そうだ」

 

「どうした?」

 

慧音「寺子屋で働くということは里の住人になるのだろう?」

 

「まぁ、そうなるな」

 

慧音「そうしたら、家が必要だ」

 

「家?」

 

このまま慧音のお家でぬくぬく過ごすのだと考えていたが、よくよく思えばこんな男が居住むとなると、慧音の方にも厄介ごとが起こりそうだ。

彼女は聖職者なのだから、顔面に泥を塗ってはいけない。

……と思っていたがどうやらそういうことではなく、里の住人として管理してもらうために住民票的な物を作る必要があるそうだ。人間を保護するためだという。

 

「なるほど、役所的な場所に行けばいいんだな?」

 

慧音「あぁ、広場から東に進んだ所にある。一緒に行こう」

 

「いつも助かるよ」

 

二人で家を出る。

外はなんてことのない、いつも通りの天気だ。

太陽が東に傾き、雲の無い水色の空が広がっている。

オレは今、慧音という美人と歩いている。

こんな僥倖が果たして許されるのだろうか?

 

『お、慧音さんだ!』

「おはようございます、今日も早いですね」

『あぁ、里のためにいっぱい働かんとな』

『そうだ慧音先生、今度またウチの野菜食べてくださいな』

「もちろん。楽しみにしています」

 

慧音はやはり人々から注目を浴びる。先生という職業柄、地域住民との結びつきがある。そのひとつひとつの声と会話するのだから、まるで有名人とファンの構図だ。

 

(これ、外の世界でも見たことがある!)

 

そんなことを思っているが、オレの内心は、

 

(オイオイ、慧音は昨日オレと寝たんだぞ?そんな気軽に話しかけんなよな?)

 

と言った風だ。

周囲の人々もそんなオレに妬いているのか、

 

『あ、野宿の人だ!』

『朝から見ちまった……今日はおとなしく寝てるか』

『昨日は何処にもいなかったが、もしかしてどっかの家に忍び込んでたのか!?』

『うわ~ばっちい』

 

「…………」

 

オイオイなんだ?この扱いの差は?

確かに慧音とオレなんて雲泥の差、月とスッポン、ダイアモンドと路傍の石だ。

それでも、噂が独り歩きしている、オーバーキルだ、いじめの構図だ、酷い話だ。

だがまぁオレにとってはどうでもいい話なので無視。

 

慧音「なんだか歩きづらいな…って、どうした?」

 

「…少し、ダイアモンドを羨ましく思っただけさ」

 

慧音「? ダイアモンドって、金剛石のことか。私も昔見たことがあるぞ」

 

「…慧音ってさ、やっぱり良い人だよな」

 

健気な返答に心を癒されつつ、里の人々に挨拶を済ませつつ、広場に付く。

朝の広場は荷物を担いだ人達で溢れかえっている。

人混みを掻き分けて進んでいくと、[役所]の建物が見えた。

 

「ありがとう慧音、終わったら寺子屋に行くよ」

 

慧音「あぁ、健闘を祈っているよ」

 

「健闘?」

 

慧音は苦笑いを浮かべながら、人ごみに消えて行った。

 

 

§



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役所

[健闘を祈っているよ]という慧音の言葉を訝しつつも、暖簾をくぐる。

役所、という割にはこぢんまりとしており、外の世界のそれとは違うようだ。

 

(ま、パソコンが無いしな)

 

現代社会は背負う物が多すぎるな、と思っていると、コンクリートの床に下駄の音が弾けた。

 

『いらっしゃい』

 

そこには、眼鏡を掛けた女性が立っていた。

クリーム色の短い髪に白いシャツと里では珍しく現代的な恰好をしている。そしてオレの腰ぐらいまでの伸長と、かなり小柄だ。

その容貌は、クラスにいる[ちょっと目立たない系の美人]といったぐらい。

 

「家をお借りしたいのですが」

 

女性「えぇ、当たり前でしょう?貴方はそのために来た」

 

(何だこの人)

 

出会い頭に歯に衣着せぬ言い方をする女性。

眼鏡の奥に潜む瞳は終始気だるそうだ。

 

女性「どういう家が望みかは聞かないわ」

 

「聞かないのかよ」

 

女性「私は私の直感でどのような家か選ぶの。…ちょっと失礼」

 

椅子から立ち上がると、女性はオレの近くに歩いて来る。

シャツ姿の女性は、顔を近づけたり離したりしながらオレを見る。

まるで品定めをしているように。

 

女性「……なんだか、幸が薄そうな男ねぇ」

 

「アンタを不幸にしてやろうか?」

 

女性「ごめんね、私はこういうスタンスなの」

 

幻想郷ではレアな横文字だ。

慧音の言った[健闘を祈る]の意味が少しだけ分かったような気がした。

少し目立たない系美人なのに、残念である。

 

女性「…うん、そしたらこの家が合いそうね」

 

「何がだ」

 

離れていく女性。

オレを置いていくように、素早い動きで棚の冊子を開く。

 

女性「貴方にぴったりな家は、これしかないわ。うん、これしかない。これよこれ」

 

「いや、オレに選ばせろよ」

 

女性「なら選びなさい、野宿でも広場でも里の外でも」

 

「住める家の選択肢を提供しろ」

 

女性「では、併せて住民票を作るから、この書類に記名を」

 

「……」

 

この女、まったくオレの言うことを聞かない。

とりあえず、家の写真も場所も知らないが、家であればいいだろう。グッバイ野宿。

 

「うい」

 

書類に個人情報を記入し、紙を前に出す。

眼鏡を掛けた女性はそれを受け取って、

 

女性「…19?意外と若いのね、貴方」

 

「少なくともアンタより若いな」

 

女性「私は18よ、調子に乗らないで」

 

眼鏡をつい、と上げる女。

少なくとも20代中盤くらいのお淑やかさと鬱陶しさを醸し出している。

 

「年下が年上に言う台詞じゃあないよな」

 

女性「歳なんて関係ないわ、封建制度は既に崩壊しているの」

 

再び眼鏡をつい、と上げる残念系ちょっと目立たない美人。

 

女性「一之瀬くんの家はここね」

 

「くん付けで呼ぶな」

 

眼鏡女の示した所は、人里の東側にある借家。

扉に指定された番号のついた南京錠が付いているとのこと。

とりあえず、家は借りることができた。

 

「それじゃあ、料金を頂こうかしら」

 

書類を書いた後に、電卓で借家の金額が提示される。

その金額は、外の世界でラーメン一杯食うだけの値段だった。

 

「ちょっと待て、何故こんなに安い?」

 

女性「世の中お金じゃあないわ」

 

「ひん曲げるな、オレの質問に答えろ」

 

女性「答えを求めるだけなら子供にだってできる」

 

「客に対しての情報提供をしろ」

 

女性「大丈夫、客だと思っていないから」

 

(こいつ、本気でやべぇ)

 

ペンをくるくると回して、机に置くマジキチ眼鏡女。

 

女性「どうする?外来人くん」

 

外来人。

どうやら全て見透かされていたようだ。

霊夢、魔理沙と言い、幻想郷の少女は図太い性格が多いのかもしれない。

 

「……」

 

オレは眼鏡女に札を渡す。

にこりとクソキチ眼鏡女は微笑んだ。

 

女性「お利口さん。ま、野宿をし続ける人間が居たら大問題だもの」

 

「アンタ、いつからオレを知っていた?」

 

女性「さぁ、いつからでしょうね。…では、契約は成立よ」

 

面倒ではあったが、何とか住む家は確保できた。

これで野宿人と呼ばれることも、恐怖されることもなくなるだろう。

 

§

 



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喫煙

寺子屋までに通る喫煙所で煙草に火をつける。

喫煙所、と言っても風よけのあるたまり場っていうだけで、分煙などではない。

土のにおいを乗せた風を肌に感じながら、手でライターを覆う。

揺れる炎に少し手間取ったが、着火する。

吐き出した淡白の煙が、風とともに流れていく。

 

「……ふぃー」

 

何度も、深呼吸をするように息を吐き出す。

 

『……ふぅ』

『……むはぁ』

『……ぐぷう』

 

4、5人ほどいる周りのおっさんたちも同じように深呼吸をしている。

煙草の銘柄は様々だが、見る限りタールのドギツイ物が多い。

 

『なぁ、あいつ…』

『野宿してた野郎だぜ』

『あの紅い頭…[紅魔館]の使いかもな。ひーおっかねー』

 

「……ふぅー」

 

またか。

もはや野宿って言葉が別の意味を持っているように思えてきた。

 

(まぁ、もうそんなレッテルからおさらばだ)

 

ゆっくりと息を吸って煙草を堪能する。

さて。

仕事も家も決まったものの、結局、また慧音のお世話になることになった。

彼女には感謝の恩がたくさんある。

 

(今度、何か恩返しをしないとな…)

 

それまでは、オレに与えられた仕事に全力を注ぐまでだ。

子どもを教える、教師の仕事を。

 

(……教師、か)

 

少し教師の仕事について考える。

外の世界では、基本的にブラックな仕事だと捉えられている。残業時間も長ければ、生徒が在学中に一息ついている暇なんて一秒たりとも無い。

そして、聖職者と呼ばれる所以、教師の責任は重い。

なぜなら、彼らには、親が居るからだ。

 

(親の期待、か……)

 

子どもは、親の愛を受けて育つもの。

何人たりとも割り込めない、絶対的な愛。

彼らは、それを当たり前のように思って、時に裏切ったり、時に受け止めたりしながら、大人になっていく。

 

オレは、その愛がどんなものなのか、分からない。

 

「……ふぅ」

 

――杞憂だ。

深く考える必要はない。

子どもは子ども。オレはオレ。

彼らはオレでなければ、オレは彼らではない。

 

『まだいんのか、あの坊主』

『目障りだぜ…不気味だしな』

 

だから、オレは誇りと責任をもって子どもに関わろう。

少なくとも、呑気にアホ面で煙草を吸っているようなあの男達みたいにならないように。

オレは煙草の灰を落とし、少し歩く。

 

「……そこのオッサン達」

 

『ん?あんだ?』

 

オレを見ていた厳ついおっさんに声をかける。

そろそろ煙草の火がフィルターに到達しようとしていた頃だ。

 

「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

 

『お、おぉ。何でも聞きな』

『餓鬼は大人のアドバイスをしっかり聞くもんだ』

 

「そ」

 

オレは煙草に一回口をつけてから灰を落とし、自身の髪を指さした。

 

「オレさ、実は[紅魔館]の使いなんだけどさぁ」

 

『…は!?』

『おいまじか、この餓鬼…!!』

 

「騒ぐなよ、騒いだら…どうなると思う?」

 

途端に顔を青ざめるおっさんたち。

ある者は煙草を落とし、地面に火の粉が弾ける。

ある者はがくがくと震え、額に脂汗が浮かび始めた。

 

『ゆ、許してくれ…!』

 

「許すさ。オレの質問に答えてくれたなら」

 

『な、なんだ?』

 

「【一之瀬】を名乗る人間、もしくは、髪の毛が紅い男に会ったことはあるか?」

 

慧音に聞いた時点で、この里に親父がいないことは分かった。

だが、念には念を入れる。

知恵の持たない人間でも役に立つときがある。特に、こうしたクソみたいな人間でも。

 

『…そんなことを聞いてどうするんだ?』

 

「質問を質問で返すな! オレの質問に答えろ」

 

おっさんの首筋に煙草の火を近づける。

しばらくの沈黙、おっさんたちは震えた手であごを撫でながら、

 

『し、知らない…そんな人は、知らない』

 

「本当か?」

 

『本当だ!人里は皆、顔を知っている。知らない者がいたら噂になる』

 

「へぇ、なるほど…ありがとな」

 

『ひ、ひィ…!!』

 

オレはおっさん達を睨むのを止め、落ちた煙草を拾い上げて、灰皿に入れる。

この動作で彼らは束縛から解放されたのか、煙草の火を消して一目散に逃げていった。

 

「ちょっと名を借りたぜ、[紅魔館]とやら」

 

おっさんが言っていた【紅魔館】。

どうやら人里の者にとって非常に恐ろしい処のようだ。

 

「ま、そんなチカラなんてねぇけどな」

 

煙草を一吸いする。

結局、親父の手がかりは掴めなかった。

人里で父親に関する情報は出てこないかもしれない。

 

(ま、そんなもんだよな)

 

煙草を携帯灰皿に押し込む。

手に灰が付いたので、しっかりと払う。

 

「のんびりと首洗って待ってろよ、親父」

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§ 

 

 

仲間と煙草を吸っていたら紅魔館の悪魔に絡まれた。

 

 

ちくしょう、俺たちが何をしたってんだ。

 

 

脅してくるなんて、卑怯なマネしやがって。

 

 

赤髪の餓鬼め…思い出すだけでも腹が立ってくる。

 

 

かと言っても仕返しなんてできるわけないしな。

 

 

見つけたら個人的に鬱憤を晴らさせてもらおう。

 

 

…紅魔館と言えば、最近あの美人給仕さん見ないな。以前よく人里に来ていたが…。

 

 

やはりあの赤髪の新人に任せているのだろうか?

 

 

紅魔館、恐ろしい処だ。

 

 

たまに人間が失踪する事件。

 

 

悪魔たちが嗤いながら人を食べるって噂だ。

 

 

あの召使いもその気になれば俺たちを――。

 

 

…やっぱり仕返しをするのはやめよう。触らぬ神に祟りなしだ。

 

 

あいつを神と呼びたくないがな。

 

 

さて、明日もまた農作業だ。今年はトマトときゅうりが豊作の予感。非常に楽しみだ。

 

 

(農業を営む男性の日記より抜粋)



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森林

「来たぜ、慧音」

 

寺子屋を訪れる。

ちょうどお昼休みのようで、子どもたちは中庭に降りて遊んでいた。

慧音は、教員室の真ん中の机の上で何かを書いていた。

 

慧音「おかえり。家は見つかったか?」

 

「あぁ、話し合わずに無事でもなく契約した」

 

慧音「話し合わず、無事でもなく、か…大変だっただろう?」

 

「筋金入りのヤバい女だったぜ」

 

慧音の反対側に腰を下ろす。

机の上には巻物のようなもの、教科書、プリント類が置かれている。

 

「授業の準備か?」

 

慧音「そうだ、今は子どもの学習状況を整理しながら今後の授業方針を立てている」

 

お昼休みくらい休んでもいいのに、彼女は次の授業のための準備をしている。

本当に大変そうだ。

 

「…それを、全教科か?」

 

慧音「あぁ、もちろん。全教科全生徒だとも」

 

話ながらもその手を止めず、慧音の持つ筆は動く。

さらさら、と魔法の箒のように、紙の上で舞う筆。

 

(…にしても、達筆だ)

 

慧音の字は、女性が書くとは思えない、激しい字だ。

習字の達人さえも唸らせるであろう、達筆。

黒板の字やプリント類はまだ読めるように書かれていたため、自分だけの文字、という物だろう。

 

慧音「もう少し待ってくれ、キリの良い所で終わらせるから」

 

「構わんよ、お茶入れてもいいか?」

 

慧音「助かる、お湯は沸いてるよ」

 

「がってぃん」

 

慧音が仕事をしている間、オレは石油ストーブに置かれた薬缶を持ち、流し台に向かう。

お茶の葉を選び、急須に入れる。

その中にお湯を流し込み、薬缶に水を入れて石油ストーブの上に戻す。

少ししてから、二つの湯呑みに交互で注ぐ。

ふわりと香る夏の匂いに、鮮やかな緑色。

 

「ここでいいか?」

 

慧音「あぁ、ありがとう。赤せんせー」

 

「…それは止めてくれよ、慧音せんせー」

 

筆を動かしながらいたずらっ子のように笑う慧音。

なんてことのない仕草なのに、どうしてそんなにも色っぽいんだ?

そんなことを思いつつ、辺りを見渡す。

流し台、本棚、机、石油ストーブ、掛け軸――と、部屋に無駄な物が一切ない。

慧音の家と同じようだ。

本棚にはもちろん教科書やらノートと思える紙の束がきちんと整頓されている。

 

(ここでほぼ毎日仕事しているんだよな)

 

目の前にいる、先生。

寺子屋の生徒のため、休日関係なく、一生懸命働く女性。

事あるごとにオレの事を気に掛けてくれる、優しい人。

 

オレは、この人を助けるために、ここで働くことを決意した。

 

(…頑張るか)

 

慧音の顔を見ていると、そう思えてくる。

 

慧音「どうした?私の顔に何かついてるか?」

 

「いや、なんでもない」

 

慧音「…本当か?」

 

「もちのろんのすけだ」

 

慧音の操る筆。

その動きを眺めながら、オレは緑茶を啜る。

中庭で子どもたちの騒ぐ声が聞こえる。

とても幸せそうな顔がオレの脳裏に浮かんだ。

 

 

§

 

慧音「ミナトには主に算術を教えてもらいたい」

 

書き物を終えた慧音が、少し冷めた緑茶を啜って言う。

机の物は既に片づけられていて、二つの湯呑みが置かれている。

 

「算術か…確か引き算だっけ?」

 

慧音「あぁ、先日確認したから、今度からは掛け算に入ってくれ」

 

「初めての掛け算ってことね」

 

慧音「それと、子どもによって飲み込みの差があるから気を付けてくれ」

 

「あいおん」

 

頭の中で子ども達の様子を思い出しながら話を聞く。

 

「そういやテストやだーとか言ってた子がいたな」

 

慧音「あぁ、勉強嫌いな[ポチ]か。あいつはやる時はやる男なのだがな」

 

(でた、その名前)

 

[からあげ]といい、寺子屋の生徒といい、幻想郷は子どもの名前がかなり印象的である。

多分子どもを「クッキー」とか「スウィーティ」と呼ぶのと同じ原理なのだろう。

 

「絵の上手い子と寝てる子もいたな」

 

慧音「[ミント]と[ベン]だな。ミントは天然だが絵の才能は天才的で、ベンは本が大好きだ。ちょっと不器用だがな」

 

「よく見てるんだな」

 

慧音「もちろん、ちゃんと子どもを見るのが先生の務めだからな」

 

ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす慧音。

 

慧音「とにかく、教室の全体を見つつ、ひとりひとりの子どもにも目を配ってもらいたい」

 

「森を見て木を見ろ、だな」

 

森を見て木を見ず、という言葉がある。全体を見ながら個々を見ることが出来ない様子。

木を見て森を見ず、という言葉もある。個々を見ながら全体を見ることが出来ない様子。

意外にも、森を見て木を見る、というのは難しい。

教師はそんな大変なことを当たり前のように求められるのだ。

 

慧音「まぁ君なら何とかなるだろう」

 

「簡単に言ってくれるぜ、慧音先生」

 

慧音「なんだ、もう弱気か?」

 

「まさか!高ければ高い壁の方が、登ったとき気持ちがいいもんな」

 

慧音「うん、頼もしい限りだ」

 

次の授業の会議が終わった所で、壁時計がひとつ、鐘を鳴らした。

 

慧音「さて、午後からの授業の準備をするか」

 

「よっし、気合い入れていくか」

 

オレと慧音は教室に向かった。

 

 

§



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人情

午後の授業は慧音の手伝いとして授業に携わった。

今は夕方、子どもたちは既に帰っている。

いつものように慧音と二人で教室の後片付けをする。

 

(いつものように、か)

 

この寺子屋に来るのはまだ4回目だと言うのに、まるでずっとここにいるかのようだ。

余程濃い時間を過ごしているのだろう。

それは寺子屋だけでなく、上白沢慧音と共にいる時間が多いことも理由に挙げられる。

 

慧音「……どうした?」

 

「いや、なんでも」

 

オレの視線に気付いた慧音から視線を外す。

理由は簡単、前かがみになった慧音の胸元がとても危なかったからだ。

紳士たるもの、しっかりとプライベートゾーンは確保すべし。

 

悪魔『とかいいつつちょっと見えたよな』

天使『見えましたね』

 

脳内の奴らは無視する。

片付けと掃除を終わらせると、帰りの身支度をしながら慧音が聞いてきた。

 

慧音「そういえば、キミの家は何処なんだ?」

 

「広場を抜けて東関門側だ」

 

慧音「東か、私の家とは正反対だな」

 

慧音の家は広場の近くにある寺子屋を出て西側にある。

 

慧音「それで、今日の夜はどうするんだ?」

 

「入居日だからな、家を見てから商店街でご飯買って帰るよ」

 

慧音「そうか。では一緒に行こう」

 

「え?」

 

あらら、また一緒に歩けるんですか?

言っておこう、慧音はかなりの美女である。

こんな美女と一緒にお買い物へ行けるなんて、大学だったら次の日「お前昨日あの美女とワンチャンあった?」なんて大きな噂どころか大きく歪んだ情報と化してしまうような、そんなシチュエーションだ。

 

慧音「色々と教えてやろう。こう見えても、私は買い物上手だぞ?」

 

「是非とも教えてくれ、出来れば色々と」

 

慧音「あぁ、手取り足取り教えてやろう!」

 

(なんだろう、この罪悪感は)

 

まるでなりたての詐欺師みたいな気持ちになった。

慧音とオレはそういって立ち上がり、玄関へ向かう。

靴を履き、玄関を開ける。

風の巻く音がした。

 

「外、少し寒いな」

 

慧音「まだ春だからな。夏になればそんな事言ってられないくらい暑くなるぞ」

 

「そん時は脱皮でもするよ」

 

慧音「さながら昆虫のようだな」

 

オレ達は夕方の雑踏に紛れていく。

 

 

§

 

商店街、と呼ばれた街角をオレと慧音は歩く。

夕方にも関わらず活気に溢れる、人里でもより一層熱さがこみ上げる場所だ。

 

慧音「この時間はやっぱり混んでいるな」

 

「慧音は何か買うのか?」

 

慧音「調味料と肉を買っていこうと思ってる」

 

「じゃあそこへ向かうか」

 

『お、慧音先生じゃないか!』

 

と、声をかけてきたのは、八百屋のおっちゃんだ。

白い鉢巻に焼けた肌が夕日で輝いている。

 

慧音「どうも、八百屋さん」

 

「慧音先生どうも!茄子が旬だから持って行ってくだせぇな!」

 

慧音「いや、いつも貰ってるし、今日はさすがに――」

 

「そんなこと言わずに!ほらほら!」

 

と言って、強引に茄子を4つ渡すおっちゃん。

慧音も苦笑いだったが、お礼を言って受け取った。

軽く会釈をして八百屋を後にする。

 

「…すごいな、慧音」

 

慧音「いつも貰っているから悪いんだがな、ほら」

 

「さんきゅ、助かるよ」

 

オレに二つの茄子を差し出す慧音。

茄子は旬と言っていた通り、色と艶が良く、そして何より大きい。まるで瓜のようだ。

 

『あら、先生!どうも~』

 

今度はコロッケ屋のおばちゃん。

慧音が挨拶に行くと、その奥でコロッケを上げる店主とも挨拶をする。

そして、しばし談笑したのち、戻ってきた。

手には、新聞紙に巻かれた、揚げたてのコロッケがふたつ。

 

慧音「またいただいてしまったよ」

 

「さす先」

 

コロッケをひとつもらい、一口かじる。

揚げたての衣がサクッと音が鳴り、口の中に芳ばしい香りが広がる。

中身の肉から流れ出す肉汁も相まって、とてもジューシーだ。

 

「美味いコロッケだな」

 

慧音「里内でも老舗でな、病みつきになるだろう?」

 

「やめられない止まらない、だ」

 

右手に茄子、左腕にコロッケを持ち、祭りのように賑わう商店街を歩く。

今度は、米屋のお兄さんと目があった。

お兄さんはニヤリとしながら、オレ達に来いと手を振って近づいて来る。

 

『よ、慧音先生!いつも子どもがお世話になっています!』

 

慧音「いえいえ、こちらこそ。いつも美味しいお米をありがとう」

 

『そういってもらえると商売人冥利に尽きますなぁ…おや、そちらの方は?』

 

慧音「あぁ――」

 

事情を説明しようとした時、奥から小さな女の子が出てきた。

 

ミント『あ、慧音せんせーと赤せんせーだ!』

 

慧音「こんばんは、[ミント]」

 

女の子は絵がとても上手な寺子屋の生徒、ミントだった。

小さな垂れ目が特徴で、よく笑う子だ。

 

『お?寺子屋の先生か、じゃあサービスしないとな!良い米が入ったから持ってってくれ!』

 

「うおッ」

 

ドスン、と米俵二つが着地する。

重量推定20kg。それを2つ。両手に持ってくる男の腕はパンパンに膨らんでいた。

流石にオレには真似できない筋肉だ、と思っていると、お兄さんが奥から荷車を持ってきてくれた。

女の子はぴょんぴょんと跳ねながら「また来てよー」と腕に擦りついてくる。

そんな温かい兄妹に手を振りながら、オレ達は人の流れに戻る。

 

「なんだか温かいな、人間ってのは凄いんだな」

 

慧音「…………」

 

「慧音?」

 

慧音「ん?……あぁ、そうだな」

 

ぼんやりとしていた慧音を尻目に、オレは荷車を引く力を込める。

結局、肉屋と調味料屋を訪れたが、頂物をしたことで買い物が終了した。

何という慈悲、慈愛、慈しみだ。尊さを感じる。

それも全部、この寺子屋の先生のおかげだ。

皆から愛される、人里の先生として。

 

買い物も終わり、商店街の雑踏から抜ける。

チラリと慧音を見ると、彼女の表情は何故か曇っていた。

どうしてか聞こうとしたが、口を噤む。

 

(多分、疲れてるんだろうな)

 

オレは何も言わずに荷車を押していく。

やがて沈黙を破ったのは、慧音の方だった。

 

慧音「…じゃあ、ここまでだな」

 

「おう、買い物楽しかったよ」

 

慧音「果たして本当に買い物をしたのか、疑問だけどな」

 

慧音が微笑む、ぎこちない無理をしているようだった。

――何か、慧音に言わなければならない。

案が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

必死の考えも虚しく、慧音は手を振って反対側へ向かおうとする。

 

「……また明日!」

 

慧音「え?」

 

「また明日、寺子屋で会おうな!」

 

慧音の反応を見る前に、オレは荷車を引いて駆け出した。

我ながら恥ずかしい一瞬だ、大学生にもなってこんな子どもじみたことしか言えないとは。

でも、まぁ。

 

(悪くはない、な)

 

 

§



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自宅

「ここだな」

 

慧音と別れた後、荷車を押しながらニュー家に辿り着く。

既に日は暮れており、里に人の姿が減っていた頃だ。

南京錠を渡された鍵で開ける。

まるで体育倉庫のような匂いが放たれた。

 

「まぁ悪くないな」

 

中は慧音の家の作りと似ていた。

玄関の脇に台所、8畳程度の広間に卓袱台がひとつ。押し入れもあり、上段に座布団と毛布、下段に空きスペースがあった。

現代人ならば『古ッ!!』とリアクションを取るだろうが、野宿を経験したオレにとってここは楽園にも近い。

 

「まるでパラダイムシフトだ」

 

買ってきた(頂いた)調味料、食材を台所の床下倉庫に置く。

映画の中だけの代物だと思っていたが、どうやら幻想郷では現役らしい。

荷物は全て所定の位置に置き終えたので、台所で煙草に火を付ける。

 

「ん~いつもと違う所で吸う煙草は以下略~」

 

台所には釜戸と流し台がある。

釜戸の使い方は分からないが、薪が補充されているため、これで火を付けるのだろう。

新聞紙も存在していることだし、ライターとのコラボでどうにかするしかない。

水も近くの井戸から汲む必要がある。

案外、やることが多い。

 

「ま、困ったら誰かに聞くか」

 

1人暮らしにおいて重要なのは、柔軟さである。

食料がない時、洗濯機が壊れた時、ガスを止められた時――そんな窮地に至った時の対処法は100式に及ぶ。

それらすべてを熟す人間を、人は[1人暮らしマイスター]と呼ぶ。

 

「ここに来て自由に一人暮らししてた経験が生きるとはな」

 

それでも、現代と違って光熱費は存在しない。

火を起こすにも技術が必要だし、水は汲んでくるし、電気は通っている所といない所がある。

 

「生存本能をフルで活かせ!!」

 

煙草を消し、釜戸に放り込む。もちろん薪に引火することはない。

 

「あ~あ、電気がソーラーパネルとかで電気が通ってたらなあ~」

 

戯言を放ってから押し入れにある座布団を引っ張りだし、横になる。

もし太陽光発電ができれば、電気を起こすことはたやすい。

が、ソーラーパネルが現代から失われることは生涯ないだろう。次期代表エネルギーの候補生だし。

 

(……頭がまだ現代だ、ここはげんそうきょー。忘れられた物が集う場所だ)

 

携帯は午前7時を表示している。

外の世界では人々が起き始め、絶望の社会へと向かっていく時間だ。

大学生はまだ寝ている時間であろう。

そんなことを考えていると、携帯を落としてしまい、顔面にヒットする。

 

「いでッ」

 

[携帯あるあるその1]をかましてしまった。

ツーンと痛む鼻をさすりながら、携帯を卓袱台の上に置く。

携帯の光がなくなった今、部屋は暗い。窓から差し込んでくる月の光が完全な暗闇を阻止している。

月光はまるで誰かが通った道筋のように見えた。

 

「……月光人ってか?」

 

そんなアニメがあったな、どんな名前だったか、と思いだしている内に、ゆっくりと瞼が降りてくる。

そういえばアラームをかけなければ、と手を卓袱台の方へ伸ばしかけたが、

 

(……ま、ここは幻想郷だ。現代じゃないんだ……)

 

いつの間にか、微睡みの中へと沈んでいった。

 

 

§



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夏花

余程疲れが溜まっていたのか、夢も見ずにぐっすりと眠れた。

そしてスッキリと目覚めることが出来た。

 

「ワオ!お目覚めフレッシュ!アクアフレッシュ!!」

 

枕にしていた座布団を投げ、身体を起こす。

雑魚寝だったが身体は痛くない。大学生は床で寝るのも慣れているのだ。

オレは顔を洗おうと台所に向かう。

蛇口が見当たらない。

これでは顔が洗えない。

 

「って、そんなハイテクなモンは無いよな」

 

頭を振ってから、元々あった桶を持って家の外へ出る。

人里にはあちらこちらに井戸があり、皆そこから水を汲むらしい。

オレの家の近くにも井戸はあるのだが、朝早くから人が並んでいた。

 

(かったりいから他行くか)

 

少し歩くと、人の並んでいない井戸を見つけた。

南門に近い場所で、集合住宅から少し離れた場所にあるため、使う人が少ないようだ。

 

「グッジョブタイミングス」

 

水汲みは初めてだが、漫画で見たことがあるから出来るだろう。

桶の持ち手をロープで固定し、放り投げる。

底が見えない井戸、しばらくして着水する音が響いた。

 

「マグロ一本釣りィィィ!」

 

少し時間を置いてからロープを引っ張り、滑車が軋む。

しばらく引くと、煌めきが闇の中に浮かび、桶が上がってきた。

 

「ホッホーイ、ホッホーイ、ホッホーイ」

 

ロープを外し、二つ目の桶を固定し、投げる。

桶が着水したことを確認してから、煙草に火を付ける。

別段急ぐ理由もない、息を吐いてからロープに手を掛ける。

半分ぐらい煙草を吸うと、二つ目の桶が出てきた。

 

「よしよし」

 

桶を二つ持って家に向かう。

煙草は器用に手を使わずに吸う。

ぼんやりしたくて火を付けた煙草が目に染みたのは、他に何か深い意味が有るわけじゃあないんだ。

 

「アイデンティティが~な~い」

 

 

§

 

汲んできた水で顔を洗い、再びスッキリ爽快アクアフレッシュを済ませる。

軽い運動も出来たため、今ならどんな重労働だって可能だ。

 

「ま、今日は止めてやろう。これも世界のためだ」

 

携帯の時刻は午前8時。

まだ寺子屋への通勤には早い。

そういえば昨日の夜は晩飯を作らなかった。

 

「朝ごはんの時間だ!!」

 

と言っても、釜戸でご飯を炊いたことが無いので、ご飯は時間に余裕がある時に作ることにする。

 

(炊飯器ってやっぱり偉大だな)

 

頂いた茄子とレタス、トマトを汲んできた水で洗い、いい感じに包丁で切る。

瑞々しい野菜たちは、水滴を弾きながらぴかぴかに輝いていた。

1個、ミニトマトを口の中に放り込む。

ぷち、という食感から、果汁が津波のように押し寄せて来る。

 

「甘い!甘いぞ!!」

 

感動を覚え、つまみ食いをしながらもお皿に盛り付ける。

 

「これで!サラダの!か~んせ~い!!」

 

オレは煙草に火を付け、吸いながらサラダを食べることにした。

こんなことが出来るのはもちろん一人暮らしの特権。

違っても家庭でこんなことをしてはならない。

全て食べ終え、煙草も灰皿に押し付ける。

 

「よし、社畜になるんだ!!」

 

時間もちょうどいいくらいなので、準備を済ませ、家に南京錠を掛ける。

と、家の傍に青い花がいくつか咲いていた。

純青のそれは濃淡が鮮やかで、茶色の多い人里ではその美しさが目立っていた。

 

「……寺子屋のガキが喜ぶかもな」

 

オレは少し迷って一つだけ摘み取った。

花びらを触ったり、匂いを嗅いだり、くるくる回したりしながら人里を歩く。

勿論辺りからはひそひそと声が聞こえる。ガン無視に決まっていた。

東側から広場へ辿り着く。

相変わらず人でごった返しており、何処を歩けばいいのか分からない。

 

(大学のイベントでもこんなことあったなぁ)

 

学祭はもっと百鬼夜行で、酒を飲んで暴れる奴とか自撮りに夢中で動かない奴とか、とにかくカオスだ。その分ここはマシである。

寺子屋に行く前に、広場の喫煙所が目に付いた。

家で吸ってきたが、喫煙所を見ると煙草が吸いたくなる。

 

(ヤニカスってのは刹那的で反省しないんだよな)

 

ポケットから煙草のケースとジッポライターを取り出そうとしたとき、喫煙所近くの道の脇に蹲る小さな人影を見た。

それは少しボロい服に真っ直ぐな黒髪、子どものようだ。

そしてその子の前には靴が落ちている。

オレは煙草をポケットの中に入れ、そこへ向かう。

 

「……何でオレが花を持っていると、キミに会えるんだろうな」

 

目の前の少女の身体がびく、と揺れる。

顔を上げた時に、確かに「あっ」と口を開けた。

オレは歯を出して笑顔を作る。笑顔、というより苦笑だろう。

 

「立てるか?」

 

空いた手を少女――チサトに差し出すと、おずおずと掴んだ。

相変わらず小さくて細い手だ。少し力を入れたら壊れてしまいそうなぐらい、儚い。

チサトはゆっくりとした足取りで靴を履いた。

 

「また転んだのか?」

 

こくり、と黒髪が揺れる。

また足をくじいてしまったのだろう。

様子を見る限り今回は歩けるようだ。

 

「偶然オレも寺子屋に向かってたんだ、一緒に行こう」

 

チサトに先ほど摘んだ青い花を渡す。

それを受け取ると、じっと花を見つめ、また花の近くに当てて目を瞑った。

相変わらず絵になる光景である。

無意識の内だろうが、まるで彼女が絵画の世界から飛び出してきたような、そんな錯覚さえ覚える。

 

チサト「……すっぱい、かおり」

 

「多分夏の花なんだろうな」

 

チサト「……すき」

 

青い花を堪能したチサトは、それを片手に持ちながら、もう片方の手でオレの手を掴んだ。

突然の事でびっくりしたが、冷静を装う。

 

「……はぐれんなよ」

 

こくり、とチサトは頷いた。

女の子のボディタッチは本当にドキドキする。

大学にいた頃もそうだったし、あの[御船ナギ]も異常なぐらい触ってくる。

だが、チサトに他意はない。やむを得ない状況だ。

 

(……馬鹿だな、オレは…)

 

 

§



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算術

寺子屋に着くと、玄関の扉は空いていた。

恐らく先に寺子屋の先生が準備をしているのだろう。

 

「おーい、慧音―」

 

廊下を歩いて職員室に顔を出す。

しかし、そこに慧音の姿はない。

もしかしたら教室部屋にいるのかもしれない、と思ったときだった。

机の上に、一枚の手紙が置いてあった。

手紙は墨で書かれており、以前見たことのある達筆だ。

 

「置手紙だな」

 

手紙の内容は、「午前中は用事があるから、生徒の面倒を見てくれ」とのこと。

初日から担当の先生がいないのは心もとないが、ある程度は授業の流れは分かっている。

オレは机に置かれた手紙の隅に『了解』と書いた。

 

(昨日あんなこと言ったから、朝のうちに弁解しておきたかったんだが)

 

忙しいのなら仕方がない。

出来れば昨日、慧音が見せた暗い表情の理由も聞いておきたかったのだが、余計な詮索は止めておこう。

機会が合わなかった、それだけだ。

と、玄関の方からわいわいと声が聞こえてきた。

 

『あ、赤せんせーだ!』

『赤せんせーおはよう!』

 

オレは教室部屋へ入った瞬間、子どもたちが一斉に飛びついてきた。

 

「うい、おはよう」

 

3、4人を持ち上げ、振り回す。

 

「ストレッチパワーを全開に!!」

 

子どもたちは悲鳴を上げながらも楽しんでいた。

教室を見ると、既に子どもたちは席についていた。

何か教師的なことをしようと思ったが、まずは親睦を深めることにした。

 

「みんな、ここに魔法の指が一本ある」

 

人差し指を子どもたちに向ける。

みんなは「いきなりどうした?」みたいな目をしたが、食い入るように人差し指を見つめてくる。

 

「そして、二本、三本と増えて行くんだ」

 

反対側の人差し指と中指を立てる。

 

「これが四本五本六本七本九本十本十一本」

 

両手をパーにして指を全部立てる。

と、前列に座っていたポチが声を上げた。

 

ポチ「あれ、十一本ある!!」

 

「そ、これが魔法の指だよ」

 

子どもたちが何度数えても「目の前には十本しかない!」と首を傾げている。

「もう一回! もう一回だけ!」と揃えて抗議してきたので、同じように先ほどの『魔法の指』を公演する。

しかし正体が見破れないのか、どうしても十一本で終わることを不思議に思っているようだった。

やがて子どもたちは降参だと言わんばかりに両手を開いた。

 

ポチ「どうして指が増えるの?」

 

「簡単だ、オレは”八本目”を飛ばしていたんだ」

 

『『『はっぽんめ?』』』

 

「四本五本六本七本の後に、ここで八本目を飛ばして、九本十本十一本って言ってた」

 

あーなるほど! と頷く子もいれば、悔しそうな顔をしている子もいる。

反応はそれぞれだけど、各々の個性が見えた。

 

「意外と気付かないんだよなー、オレも昔姉貴にやられてまんまと騙されてた」

 

簡単な子ども騙しの遊びだけども、彼らは純粋に楽しんでくれたようだ。

意欲付けも完了したところで、初めての授業を行うことにする。

 

 

§

「これより授業を行う!みな準備はいいか!」

 

『『『はい!!!』』』

 

「うむ、良き返事だ」

 

謎のテンションにもちゃんとついて来る。

子どもたちが真っ直ぐな瞳でオレを見ている。

未来を生きる綺麗な瞳、ダイアモンドの原石のような、磨きたくなる光。

 

「今日からオレが皆の先生だ、よろしく」

 

『『『よろしくおねがいしまーす!!』』』

 

教室にいる子どもは全部で7人。

畳の上に長机が5つ。1つの机には両端に二人ずつ座っている。

汚れひとつない綺麗な黒板に「さんじゅつ」と書く。

 

「今日は算術を勉強するが、その前にオレに聞いておきたいことはあるか?」

 

テツ『赤せんせー』

 

一番前に座る、坊主頭の男の子・テツが手を挙げる。

 

「なんだね」

 

テツ『赤せんせーは、けいねせんせーのおっとなの?』

 

ばぎん。

持っていたチョークが黒板で粉砕し、更に足元で粉々になる。

このクソガキ、授業開始直後に爆弾を投下しやがった。

 

「ち、違う。ただの知り合いだ」

 

この間二人で料理を作ったし一夜を共にした仲だけどな!

しかしそんなことが子どもの内で話題にでもなったりしたら、学級崩壊になりかねない。

 

テツ『でも、せんせーにはかれしいないからチャンスだね!』

 

「そ、そーなのかー?」

 

まじか、やっぱりいないのか!てっきり彼氏の一人二人、夫の三人四人はいると思っていたが…朗報である。

この子、マジ有能。今すぐAAあげちゃう!!

 

「そこな男子、君にはあとでご褒美をあげよう」

 

テツ『?やったーごほうびだー』

 

「じゃあさっそく授業にはいろうか。まず掛け算についてもう一度おさらいしていくぞ」

 

掛け算の記号。

掛け算のルール。

掛け算の例を書いていく。

子どもたちは筆をしっかりと持ち、せっせとノートに書き写している。

 

(しっかりと書いてくれる、良い子たちだな)

 

 

~~~少年少女授業中~~~

 

 

「……では、リンゴの数はいくつになる?」

 

『『『15個!!!』』』

 

「ん、大正解。よくできたな」

 

授業中盤では声を揃えて問題が解けるようになった。

後は少し問題を解いて、九九を覚えられればこの単元は大丈夫そうだ。

 

「じゃあ、今からプリントを配るから、やってみてくれ」

 

手書きのプリントを配る。

プリンターがあれば便利だけど、文句は言っていられない。

慧音だってこれまでずっと手書きで、子どもが分かりやすいように作ってきたはずだ。

彼女の頑張りを、無駄にしてはいけない。

 

「…………」

 

子どもたちは熱心に問題を解いている。

慧音が大切にしてきた生徒たち。

それを任されたオレは、慧音に信頼されている、はずだ。

 

【でも、せんせーにはかれしいないからチャンスだね!】

 

さっきの男子(テツ)のセリフがよみがえる。

確かにチャンスだが、そんな事をしていいのだろうか?

 

(いかんいかん!今は神聖な授業中……)

 

頭の中に浮かんでくる、慧音の姿。

先生で、料理が出来て、他人想いの彼女。

確かに、チャンスと言われたら絶好のチャンスである。

 

しかし――オレの脳裏にチラついたのは、慧音の暗い顔だった。

 

(……何かあの顔に意味があると思うんだよな)

 

その表情には、彼女が何かを懸念しているように思えて仕方がなかった。

まるで何かをしなければならないように感じる。

もっと、オレが考えていることよりも大切な何かが。

 

『できたーー!!!せんせーできたよー!』

『私もできた!みてみてー!』

 

教室からはそんな声が聞こえたので、オレは机間指導へ回ることにする。

 

(ま、今考えても仕方のないことか)

 

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達磨

授業が終わり、子どもたちは既にお昼ご飯を食べ終えていた。

午後には慧音は戻ってくる、という話であったはずなのだが、いくら待っても彼女は戻って来なかった。

恐らくまた里の人達に捕まって立ち往生しているのだろう。

 

(全く、人気者も大変なんだろうな)

 

このままオレが次の授業をやってもイイのだろうが、それは慧音の判断に任せよう。

ひとまず、ちゃんと席で待っている偉い子どもたちの緊張を解くことにする。

 

「お前ら、まだ慧音先生は来ないから、休み時間だ!」

 

『『『はーい!!!』』』

 

一斉に蜘蛛の子を散らすように、中庭に降りていく子どもたち。

子どもは元気だな、と思いつつ、オレは教室に残ったひとりの子へ歩み寄る。

 

「外で遊ばないのか?」

 

チサトは小さく頷いた。

そういえば慧音が「チサトは身体が弱い」と言っていた。

だから、こうしてみんなが遊んでいる様子を見ているのだろう。

 

(でも、遊びたそうだな)

 

でなければ、こうしてずっと外を眺めていることも無いだろう。

オレは意を決して、チサトの手を引いた。

びくっと身体が揺れるも、オレの意図が伝わったようだ。

 

「よーしみんな、今から遊ぼうぜ!」

 

『『『はーい!!!』』』

 

何かしらきっかけを与えればいい。

チサトにも負担のかからない遊びで、かつ子どもが楽しめる遊び。

そして幸いにも、中庭には立派な一本木がある。

これは、神がオレに『ジャパニーズ・だるまイズローリング』をやれ、と言っているに違いない。

 

「ルールは分かるよな?」

 

一斉に頷く。流石はジャパーニーズゲームだ。

オレが最初に鬼を務め、子どもたちは寺子屋側に並ばせる。

 

「ダルマイズローリング!」

 

意外に食いつきはよく、子どもたちはイケそうなところまで攻めつつ、頑張って立ち止まろうとする。

だが、攻めすぎたことが仇となり、

 

「ポチ、テツ、動いたな」

 

元気な男子二人は「やっちまった~」と悔しそうにうめく。

次のコールをかけ、今度は少し時間を置いて眺めてみる。

これをすることで、しびれを切らした子どもが動くことがあり、

 

「ショタ、お頭が動いたぞ」

 

ショタ「うぅ~動いちゃった…」

 

大人の悪知恵をフル活用し、どんどん人質を取っていく。

最終的に残ったのは、チサトただ一人だった。

ゆっくりと堅実に動いていたのが功を奏したのだろう。

周囲からは「チサトつえー!」と称賛の声が上がっていた。

 

チサトは何度コールしても動くことは無かった。

じりじりと距離を詰められていき、後数十センチに迫った。

 

(これはチサトの勝ちかな)

 

最後と思われるストップコールを掛け、彼女は動きそうになかった。

 

?『お、随分楽しそうだな』

 

寺子屋側から声がした。

子どもたちは一斉に声がする方を向いた。それはチサトも同じだった。

 

「チサト、頭が動いたぞ」

 

チサト「え……あ……」

 

最後の人質は寺子屋からの声――慧音によって捕らえられた。

オレも攻めあぐねていたので、助かった。

 

チサト「……ずるい」

 

「人生何が起こるか分からないな」

 

チサト「……負けない…」

 

チサトにしては珍しく、悔しかったのだろう。

それでも、クラスメイトからは「頑張ったね!」と称賛の声を掛けられていたので、彼女を遊びに巻き込んでよかった。

子どもたちもつかの間のリフレッシュが出来たようで、笑顔で教室に戻っていった。

 

「悪いな、慧音。つい遊んでいた」

 

慧音「いいんだ、私も遅くなってしまってすまない」

 

「何処へ行っていたんだ?」

 

慧音「稗田家に行って会議をしていたんだ。途中でキミの話で盛り上がってしまい、気付いたら正午を回っていた」

 

「オレの話?」

 

慧音「他愛もない話だよ。とにかく、子どもたちを見てくれてありがとう。午後はゆっくりとしていてくれ。教員室にお菓子があるから」

 

そう言って、慧音は授業の準備をしに行った。

 

(稗田家、か……)

 

もし機会があれば、その家に赴いてみるか。

慧音と会議をするということは、里の有識者と考えて悪くなさそうだ。

オレは少しの間、雲一つない空を眺めていた。

 

(こんな元気な空の下で暗い顔をした奴はバカだ」と言っている奴はバカだな)

 

 

§



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夕景

慧音が目の前にいる。

ゆっくりと、上から迫ってくる。

その表情は、何故か赤らんでいた。

まるで、何かいけないことをしているかのように、恥じらいを隠しているように。

 

――慧音?

 

オレの声が出ることはない。

オレの焦燥に関係なく、慧音は肉薄することを止めない。

心臓の鼓動が大きくなる。

ドキドキしているってやつだ、そりゃこんな美人に迫られたら誰でもドキドキする、当然の反応だ。

 

慧音『……ミナト、ミナト……』

 

(慧音、ちょっと待ってくれ。流石に寺子屋は……)

 

そして、慧音はオレに近づき、

ぽん、とオレの肩が叩かれた。

 

慧音「ミナト、こんなところで寝ていると風邪を引くぞ」

 

「…………うん?」

 

今、オレははっきりと感じた。

夢と現の境界を飛び越える感覚。

一瞬で「あ、さっきのは夢だったんだな」と理解した瞬間。

顔から火が出そうになる。同じ慧音であっても、オレの脳内にいる慧音はちょっぴり積極的だった。

 

慧音「授業はもう終わったよ。御茶を淹れたからどうぞ」

 

「……悪い、補助しようと思ってたんだが」

 

慧音「仕方ないさ、お昼の後は誰だって眠いもんだ」

 

「……次はちゃんと頑張るよ」

 

慧音「あぁ、よろしく頼むよ」

 

まるで菩薩と差し支えない慈悲を見せつつ、慧音は身支度を整えている。

 

「今日は仕事無いのか?」

 

慧音「あぁ、誰かさんが授業を手伝ってくれるおかげでな、もう終わってるよ」

 

「その誰かさん、っていうのは、誰だ?」

 

慧音「……わざと言ってるだろ? 分かっているよ、ミナト」

 

「フヒヒ、サーセン」

 

オレは卓袱台に置かれた緑茶を飲む。新芽の香りが目覚めに最適だ。まさに草木深し。

オレも帰り支度を整え、いつでも出られる状態にする。

 

「そういえば、今日は私の家に来ないか?」

 

「え」

 

あららら、すばらし。

良い男というもの、やはり女性から誘われてしまうのだろう。

ということではなく、どうやら「色々な仕事を任せたいからご飯を食べつつ会議をしよう」ということだ。

 

(まぁ、それでも二人で居られることに変わりはないんだけどな!)

 

慧音が火鉢の火を消し、蝋燭の火を消した。

部屋の中が暗くなる。窓から差し込んでくる沈みかけの夕日の光によって慧音の顔がうっすらと見えるくらいだ。

 

慧音「今日も商店街に用があったんでな、食材がたっぷりあるんだ」

 

「オレで良ければいつでも駆けつけるよ」

 

慧音「助かる、何なら明日の昼弁当も作ってやろうか?」

 

「答えはもちろん”イエス”だ!」

 

本当にありがとう慧音先生。

少し肌寒くなってきた夕暮れ、オレたちは慧音の家へと向かう。

 

 

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愛情

これは満漢全席ですか?

いいえ、慧音の手作りご飯です。

 

それにしては、凄まじい量ではないのでしょうか?

いいえ、これはお前の為に作られたのです。

 

(オーケイ、やるときにはやるんだ、男の子ってのはなぁ!!)

 

慧音が台所から戻ってきたところで、合掌をする。

 

「いただきます」

「いただきます!!」

 

「随分と気合が入ってるな」

 

「美味しそうなご飯を前にしたら誰だってこうなるさ、オレだってそうする」

 

ご飯、大根の味噌汁、レタスのサラダ、鶏のから揚げ、揚げ出し豆腐、茄子の漬物、小魚のごまだれ和え……頭で分かったのはこれぐらいだ。

後は恐らくかなり手が掛かっているであろう料理が数品置いてある。

帰ってから数十分しか経っていないが、いつ作ったのだろうか?

 

(魔法だ、慧音は台所でのみ時間を止める力を持っているに違いない)

 

とにかく慧音の作る飯は美味い。

美味すぎて、言語能力が低下してしまうほどだ。

 

「初めての授業はどうだった?」

 

「んむっ…みんな素直で助かるよ。はぐ、まるでスポンジみたいに吸収してくれる」

 

「あいつらは本当に無垢だ。教えがいがあるぞ」

 

「慧音の教えがあってだな」

 

「ふふ、ありがとう。ご飯はまだまだあるから食べてくれよ」

 

「おう、さんきゅ(まだあるのかよ……)」

 

揚げ出し豆腐を口に運ぶ。

濃厚な醤油だれにふんわりと鰹節が香ってくる。まるで豆腐のステージで二者が躍っているみたいだ。

慧音も自分で作って納得がいっているのか、その箸は止まることを知らない。そりゃそうだ、こんなに美味いのだから。

 

「で、仕事を任せたいってのは?」

 

「はむっ…そうだった、ミナト。算術以外にも教えられるか?」

 

「ああ、パッションがあるから余裕だ」

 

「そうか、そしたら国語を任せてもいいか? 最初に授業の補助をしてくれた時から頼みたかったんだ」

 

「オーキイドーキイ、任せてくれ」

 

上司から頼まれる部下は良い部下だって相場は決まっている。幻想郷じゃあ常識なんだよ!

教材はご飯の後で貰うことになった。

 

「それにしても、慧音の作る料理は美味いな」

 

「そうか? 人並みにやっている程度だけどな」

 

「オレも作っているが、どうしても味が単調になっちまうんだ。どうすれば上手くいく?」

 

教育者として試しているわけではないが、オレの純粋な疑問に慧音は真剣に考えてくれる。

 

「そうだな……まぁ、食材や調味料の良さはあるな、後は……愛情だな」

 

「あ、あいじょう」

 

「そうだ。……ん? どうした、どんなことでも愛情は必要だろう?」

 

「う、うむ。ジャパニーズ愛情。勉強になるぜ」

 

慧音は真っ直ぐな目でオレを見ている。

よくも恥ずかしい台詞を真っ向からぶっこんでくるもんだ。

オレは味噌汁に手を伸ばす。白味噌と大根の相性は抜群だ。

 

「まぁ、後は続けることだろうな。忙しくても、疲れていても、続けるんだ」

 

「継続は力なり、っていうもんな」

 

「どんなことでも続けていれば身に付く。日々こつこつと積み重ねていくんだ」

 

「お、先生らしい言葉。真似させてもらおう」

 

「私が先生と呼べるのか、果たして疑問だがな」

 

満漢全席はあっという間に減っていき、全てのお皿が空になった。

まるで次郎系ラーメンを食べたような気分だが、それを上回る満足感に満たされた。

これも、慧音のいう『愛情』のおかげなのだろう。

どういう種類の愛情なのかは、この際考えないようにした。

 

 

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揉々

慧音先生は布団を一枚敷いた。

当たり前の事だ、彼女は一人暮らしをしているため、布団がひとつだけなのは至極全うであり、必然を有している。

 

慧音「夜は寒いからな、二人で身を寄せ合った方があったかいだろう?」

 

オレは天を仰いだ。

もし慧音が外の世界で大学生だったならば、必ずや男の百人くらい落としているだろう。

彼女の無意識的な恋愛ポテンシャルはもはやオーバーフローしている。

恐るべしチュラルボーンなんとやら。

布団に入ろうとした時、ふぅ、と慧音は息をついた。

 

「お疲れか?」

 

慧音「あぁ、最近肩こりとかひどくてな…」

 

「確かに、職業病だな」

 

そう聞いたオレの中で、ここぞと言わんばかりに天使と悪魔が顔を出した。

 

天使『悪魔さん、今、ヤバいこと考えているでしょ!?』

悪魔『そんなことないぜ。ただ慧音のフラストレーションをリリースして……』

天使『それがヤバいことって言ってるの!』

悪魔『いや、大丈夫だ、問題ない!俺達ならやれる!』

天使『犯罪です!牢獄です!終身刑です!』

悪魔『そんなんじゃあだめだ!失敗を恐れていては前に進むことはできない!』

天使『う……確かに、前へ進むには、これを越えなければ……!』

悪魔『そういうことさ!』

 

悪魔の勝利であった。悪魔は何かと頭が良いのである。

今回ばかりは、この脳内悪魔に乗っかることにした。

 

「……ちょいと後ろ、失礼するぜ」

 

慧音「ん、どうした――」

 

息を殺し、肩を回している慧音の背後へと近づく。

そして、ワナワナと震える両手を、無防備に晒されている肌へ向けて、

 

「キャッチ!」

 

慧音「――んひゃ!?」

 

第一感触は――柔らかい。

第二感触――すべすべ。

第三感触は――エロス。

 

「アーンド、もみもみ」

 

慧音「あ、ふ、うぅ……!」

 

ぎゅむり、ぎゅむり。もふんもふん。

すべすべでつるつるな彼女の両肩をほぐすように揉んでいく。

 

(あ、これやばいわ)

 

底の見えない沼に嵌る感覚。

全身から込み上げて来る熱い気持ち、否、男特有の感情。

必死にこらえるように、全神経を手に込める。

 

「お、お客さん凝ってますねぇ」

 

慧音「んっ……そうだな、座り仕事は目と腰に悪くてな…」

 

「な、らば、ここなんかはどうでしょう」

 

慧音「んひぅっ……あ、あ……」

 

じっくりと一点をほぐし、全体を温めるように撫で、再び集中攻撃。

彼女の肩から伝わってくるが、本当に疲れが溜まっていた。毎日授業で立ちっぱなしでは疲れも抜けないものだ。

何度も何度も揉みしごく。何度も、何度も。

 

慧音「あ、そこ……んんっ、きもち、いい、よ……」

 

「お、おうう……そうか…」

 

深夜テレビでも放送NGな桃色の吐息混じりの声。

もちろんこんな美女の生声を間近で――というかほぼゼロ距離で聞いているオレ。

 

(いかん、いかんぞォォォ…)

 

オレの穢れなき一本の聖槍は、天に向かって吠え始めていた。

 

慧音「はぁぁ……気持ち、いいよ……」

 

「!く、ぅ…」

 

髪の間から見え隠れしている白い首筋もまた美しかった。

いや、落ち着け。抑えろ、とにかく抑えるんだ…。

オレの中に眠る電脳獣、グレイガよ…!!

 

慧音「……ミナト…? なんだか苦し、そうだぞ…」

 

「なんでも、ない…続けるぞ」

 

紛らわすように力をいっぱいに込める。

反射的に「はふぅん」と慧音の喘ぎ声。

今まで見てきたビデオの中でも、こんな声を出せる者などいただろうか?

いたとしてもそれは『This Video has been deleted.』の称号を持つ歴史から消された存在。

そんなレベルの、いや、それ以上に、今の慧音は乱れており、その顔は――

 

慧音「…………」

 

「……慧音?」

 

突然慧音の喘ぎ声が止まった。

不思議に思ったので、恐る恐る彼女の顔を覗き込むと、そのまぶたは閉じていた。

長いまつ毛が重なり、頭はこくこくと揺れていた。

 

「寝た……助かった……」

 

マッサージをやめ、ゆっくりと布団に寝かせる。

そのまま安らかな寝息を立てて、慧音は微睡みに落ちた。

オレは安堵の息をついて、謎の緊張感から解放された。

 

(……本当に疲れていたんだな)

 

果たしてマッサージの効果があったのかは分からない。

しかし寝ている慧音の顔は何処か嬉しそうで、幸せそうだ。

たまにはこういう息抜きも必要だろう。何よりオレも幸せだった。

 

(しかし、危なかったな……理性って意外に脆いもんだ)

 

このまま続けていればきっと戻れない所へと堕ちていただろう。

自戒の意味も込めて、オレは自宅に帰る事にした。

 

(……馬鹿だな、オレは…)

 

最後に慧音の寝顔を見届けて、家を出る。

寒空の下、空には満天の星空が広がっていた。

 

 

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葉巻

「まんーてんーのーそーらーにきみーのこーえがー、ひびーてーもいーよーなきれいなーよるー」

 

寒空の星々を見上げながら、煙草屋で買った葉巻に火をつける。

made in幻想郷の葉巻。

吸ったことは無いが、別名『シガー』と呼ばれるぐらいだ、もしかしたら砂糖みたいに甘いのかもしれない。

そんな興味の元、ゆっくりと息を吸い込む。

 

「…………」

 

ガツンと頭を殴られるような苦味に襲われた。

そして吐き出したくなるような臭みが口の中に広がる。

しかし苦くも味わい深く、外国の紳士が淹れ立てのエスプレッソと一緒に味わっていそうな、そんな味。

とてもコクのある滑らかな害煙だ。

 

「嫌いじゃないな」

 

再びゆっくりとふかしながら、帰路を歩く。

もうすぐ日を跨ぐ頃だ。勿論外には人どころか家の灯りさえも付いていない。

 

(また外来人確定、とか言われそうだな)

 

いつぞやの美女が頭に思い浮かぶが、すぐに消えた。

煙草は喫煙所で吸うのがマナーだが、誰もいない時、そして少しセンチメンタルな時はこうやって歩きながら煙草を吸いたくなる。

何でセンチメンタルなのかは分からないが、幻想郷の夜がそうさせるのだろう。

 

「…………」

 

改めて人里をゆっくりと眺める。

街灯がぱちぱちと点滅する光には、蛾や虫たちが集う集会場になっている。

外の世界では、よく深夜に自販機に行くと、歩行者天国ならぬ虫けら天国になっていた。

お釣りの10円を取り出したと思ったらコオロギだったなんてザルにあった。

そんな事を想い出しながら砂道を歩く。

 

 

後ろから近づいてくる足音に耳を傾けながら。

 

 

「……何の用だ?」

 

暗闇の中、振り返ると、そこには女性が立っていた。

表情は真っ暗で見えないが、白のシャツにダボダボとした紅いズボン、そして頭に乗った紅いリボン。

月光に照らされた白く長い髪には小さなリボンが幾つも結んであった。

見たことがある。

というより、先ほど思い描いていたあの美女だった。

 

?『結局、外来人として生きることにしたんだな、ミナトちゃん』

 

「ちゃん付けはやめろ。そういうアンタも人間離れしてるぜ、妹紅」

 

カッカと笑いながら、妹紅はオレの隣にやって来た。

頭上の星空と相まって、彼女は以前より美しく見えた。

 

妹紅「で、美味そうなモン吸ってんじゃん。ひとつくれよ」

 

「お前は街灯に集まる虫か」

 

妹紅「虫、というより白アリだな」

 

「……オレは食い散らかされるのか?」

 

よく分からない会話を交わしながら葉巻を差し出す、さんきゅ、と妹紅は笑った。

なんだか彼女はよく笑う。

笑顔は素敵だが、どちらかといえばダウナー系だと思っていた。

ギャップというのは、いつも不思議な感情にしてくれる。

 

妹紅「飛んで火にいる夏の虫、ってね」

 

気付けば妹紅の葉巻は着火されていた。

手品のような速度だ、なんだか騙されている気分になる。今日は素直に聞くことにした。

 

「おい、いつもどうやって火を付けているんだ?」

 

妹紅「あァ? そりゃ、炎だろうよ」

 

「にしてはライターを付ける素振りを見せないな」

 

妹紅「らいたー? らいたーって、なんだ?」

 

妹紅の前でライターを擦ってみる。

炎が出ると、「おぉ」と驚嘆の声が上がった。

 

「……マッチも使ってないんだろ?」

 

妹紅「何だ、気になんのか? 私がどうやって炎を付けているのか」

 

「……指先から火を生み出すことが出来る能力、に花京院の魂を賭けよう!」

 

妹紅「はは、結果はいつか教えてやるよ」

 

葉巻は相変わらず苦かったが、妹紅は関係なしに笑いながら吸っている。

煙草を吸う美女は風情だが、葉巻を吸う美女もまた趣がある。

ハードボイルドとセクシーを掛けて出来上がったハイブリッド体だ。

 

妹紅「でさ……そういえばさっき、けーねとお楽しみだったな?」

 

「むほぁッ」

 

煙草の煙が変な方向に行き、思いっきりむせる。

葉巻の煙は素晴らしく肺に来る、最高にハイってやつだ。

 

「お前、見てたのか? というより、慧音のこと知ってんのか」

 

妹紅「そりゃあね。腐れ縁……とか、そんなとこだ」

 

「へぇ……妙なところで繋がってんだな」

 

妹紅「あんな慧音の喘ぎ声、初めて聞いたよ」

 

「話を戻すな!」

 

ばっちり聴いてるじゃねぇか、と心の中で叫ぶ。

途端に頭が熱くなってきた。

先ほどまで忘れていた慧音のことを思いだして、居たたまれない思いに駆られる。

 

「ま、まぁあれはマッサージの一貫だしな。慧音も疲れていたし、別によからぬことはしてないでござるよ?」

 

妹紅「分かってるよ。ちゃんと手を出さなかったところで偉いさ」

 

なんだ、これ?

妹紅の眼は騙せないようだが、何故か褒められている。

それほど妹紅は慧音の事を心配している、ということだろうか。

まだ妹紅のことがイマイチ分からない。

 

(……分からない、か)

 

妹紅のことだけではない。

慧音のことも、オレはまだ分かっていない。

 

――彼女が見せた、あの暗い顔が、ずっと脳裏に焼き付いているからだ。

 

幾分吸ったところで葉巻の火を消す。

二本目を吸いたい気分だったが、葉巻を吸う気分ではない。

仕方なく、外の世界で愛用していた残り少ない煙草を取り出し、ライターで火をつけて深く息を吸う。ドギツイ物を吸ったせいか、なんだか物足りなさを感じた。

 

薄い煙が、紺の空へたなびいていく。

 

 

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寒空

妹紅「どうした、急に黙り込んで」

 

妹紅が顔を覗き込んでくる。

その瞳は、真っ直ぐオレに向けられており、まるでオレの心を読んでくるような目をしていた。

追随を避けるために、オレはそういえば、と別の話題を持ち出す。

 

「初めて会った時、妖怪の定義について話したよな。あれの答え、教えてくれよ」

 

妹紅「答え……そんな話をしたな、気になるのか?」

 

「そりゃあ、しばらくは幻想郷にいる訳だしな」

 

妹紅「ふぅん……しばらく、ねぇ……」

 

妹紅はまだ葉巻を吸っている。

彼女は煙を細く吐き出すと、オレの方に手を伸ばしてきた。

 

「……妹紅?」

 

妹紅「……」

 

妹紅は何も言わずに、オレの身体を触り始める。

腕や肩、首筋、そして顔を、冷たい手で撫でていく。

 

「……どうした?」

 

妹紅「……私が心の無い妖怪だったら、今頃ミナトちゃんを襲って食べるのかなって」

 

「心の無い、妖怪?」

 

妹紅「そ。心の無い妖怪は、こうやって人間のように考えることが出来ない。人間特有の忖度などなく、動物のように欲望に従って生きる」

 

「……それは、里の外の話だよな?」

 

妹紅「さぁ、どうだろう。人里はただ人間達が集まって暮らしている場所に過ぎないよ」

 

その言葉を聞いて、背筋が凍った。

確かに、オレはここが平和で良いところだと思っている。

しかしそれは、妖怪の介入もなく、何かしらの事件も無いからであり、人々は妖怪にいつ襲われるか怯えながら暮らしている。

心の無い妖怪が、人里を襲わない保証はない。

 

妹紅「そんなに怯えなくても、ミナトちゃんは上手くいくよ」

 

「……そうか?」

 

妹紅「どうだろう。そんな気がする」

 

妹紅はカッカと笑いながら、オレから手を離した。

その表情は何処かで見覚えがあり、すぐさま慧音のよくする表情に似ていると気づいた。

妹紅はポケットに手を突っ込んで、空を見上げた。オレも同じように見上げる。

二対の煙は星空に伸びていくが、あの上弦の月にも、紺の空にも届かない。

 

妹紅「さて、話すぎてしまったな。今日のことは慧音には秘密にしてくれよ」

 

「あぁ、妹紅も慧音には秘密にしてくれよ」

 

妹紅「オーケイ。煙草さんきゅ。いつか借りを返すよ」

 

というと、妹紅の周辺に紅い炎が巻き上がった。

うねりを上げるその炎は、煌びやかで綺麗だったが、すぐさま消えてしまった。

残った熱気と、煙草の香り。妹紅はいない。

 

(……何か言いたそうだったな、アイツ)

 

オレはそのまま三本目を吸おうとポケットをまさぐる。

しかし、葉巻と煙草のケース(俺の好きな銘柄)が無くなっていた。

訳が分からなかったが、一瞬で状況を理解する。

 

「……触ってきたのはそういうことか……覚えておけよ、藤原妹紅」

 

 

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新聞

翌朝。

初めて米を焚くことにした。

釜戸に薪をくべ、新聞紙に火をつけ、見様見真似で筒を使って風を送る。火は少しずつ大きくなり、やがて大きな炎となった。

 

(フィーリングとセルフイメージで何とかなったな)

 

数十分後、ご飯が炊きあがった。

少しべちょべちょこそしているが、甘みがあって美味い。

米を茶碗に盛り付け、その上に生卵を落とす。

そして一つまみの塩を少々。

加えて刻みネギ投入。そして少しかき混ぜる。

 

「やっぱりお前だTKG!」

 

食卓に減塩味噌汁と新鮮な野菜を使ったサラダも添える。

 

「ゴキゲンな朝食だ……」

 

朝ごはんをかき込み、あっという間に平らげる。

空いた食器を流しに運び、煙草に火を付ける。

 

「ふぃ~」

 

部屋で吸うのはやめようと考えたが、やっぱりそこは欲望が勝ってしまった。

我ながらクズだと思うが、今更仕方がない。19年間の経験だ。ビバ人生!

 

(……そいや)

 

ふと思い立ち、玄関へと向かう。

そこには先ほど放り込まれたであろう新聞があった。

別に契約した訳ではないが、新居に一定期間放り込む、試し読みの段階なのだろう。

 

(……あっちの世界の新聞、解約すりゃあよかったか)

 

今頃オレの家のポストは満員電車状態になっているだろう。

新聞は一応軽く読んでいる、そんな程度だ。

 

「どれどれ……」

 

幻想郷の新聞は、いかにも新聞のような新聞だった。新聞だから当たり前だが。

新聞の名前は[文々。新聞]――これまたイカしたネーミングだ。

 

「……どっかで読んだような気がするぞ」

 

訝しがる気持ちと共に、読み進めていく。

新聞は一面と二面のみで内容は薄いが、文字はびっしりと書かれている。手書きのようにも見えるが、とても読みやすい綺麗な字だ。

 

 

【幻想郷に新たな人間現る!!】

 

 

一面のタイトルにはこう大きく書かれていた。

 

「ん?」

 

嫌な予感を覚えながらも読み進める。

 

 

【突如幻想郷に現れた外来人。それは、幻想郷のことを知っていた謎の人間だった!】

と、文字は躍る。

 

 

「んん?」

 

新聞を持つ手に力がこもっていく。

 

 

【彼は何者なのか、調査した結果能力は持っていないようだが…無能力とは珍しい。

たいてい外の人間は謎の力を持つか、幻想入りして数瞬後には能力が開花する。

この人間は言い得て妙なる存在だ。前者でなければ後者でもないのだから――】

 

 

「んんんんん」

 

 

【なお、今回本記事の取材には、某博麗の巫女と、その場にいた野次馬魔法使いのお二方に協力していただきました。いつも我が新聞にご協力――】

 

 

「霊夢と魔理沙か……やりやがったな」

 

新聞紙を床にたたきつける。

なんだこの内容は。というかいつ取材した? いや取材なんてしていない、ただ知り合いから聞いただけの口コミ新聞ではないか。

しかもその見出しの写真は、オレが人里の喫煙所で一服している時の写真。

いつこんなものを撮ったんだ。

盗撮だ。不祥事だ。

 

「なんだ、このクソ新聞……反吐がで――」

 

?『お楽しみいただけましたか外来人さん!』

 

「うおぃッ」

 

突然玄関の扉がこちらに倒れてきた。家の扉はスライド式なので、こんな開き方はしない。

破壊されたといった方が適切である。

眼前には、優しい朝日の光に包まれながら、ショートヘアの女性が立っていた。

その女性はニコニコしながらオレに近づいてくる。

 

?『お楽しみいただけましたか外来人さん!』

 

「待て、扉」

 

?『お楽しみいただけましたか外来人さん!』

 

「踏んでる踏んでる」

 

?『お楽しみいただけましたか外来人さん!』

 

「人の話を聞け!!!」

 

朝っぱらからどんちゃん騒ぎで血圧が上がり、血管がぶちぎれそうだ。

煙草を吸った後だから、身体もぴぎゃァァァ疲れたもおおおん、と悲鳴を上げていた。

 

?『どうでした?新聞の中身は』

 

何かを求めているようなので、そのにっこりとした顔に最高の評価を言い渡す。

 

「星ひとつ」

 

?『え?』

 

「最低の内容だよ。取材ミスだろ」

 

?『そんなこと!霊夢さんと魔理沙さんに聞いた話ですから間違いないでしょう!』

 

「やっぱりあいつらか……まぁ、間違いはないけど、間違いだ」

 

首をかしげる女性。頭のボンボンがゆらりと揺れる。

話の筋から、この人がこの新聞【文々。新聞】を書いた発行者に違いない。

 

?『それは間違っていない、ということでは?』

 

「内容に間違いはない。だがピックアップする処が間違っている、というわけだ」

 

今度は逆側に首をかしげる女性。

ふわりとした風が吹き、自然の香り、木々の香りがした。

 

?『うーむ。頑張って書いたんですが、本人に否定されちゃいました……ってことで!』

 

「て、ことで?」

 

嫌な予感はいつも的中するものだ。

 

?『今から清く正しく取材させていただいてもよろしいですか!』

 

「断る」

 

オレは女性を軒並みへ追いやり、倒された玄関の扉を起こそうとする。

が、彼女の紅い高下駄がそれを踏みつぶした。

 

?『何でですか!ご本人様が不満ならご本人様から直接取材した方が納得のいく形になりましょう!』

 

「最初からそれをやらなかったアンタへの信頼度は皆無なんだよ!」

 

?『それならこれから築いていきましょうよ?長城は一日にして成らず、です!』

 

「一生築かなくていいそんなもの!というか足!だから扉踏みつぶしてんだよ!」

 

?『知ってますよ、わざとやってますから』

 

「ドヤ顔でいうな!」

 

ぐい、ドン、ぐい、ドン、と扉を巡った一進一退の攻防を繰り返す。

Q「今の扉の気持ちを答えよ」と来たら、A「やめて!私を巡って争わないで!」というのが模範解答になる。もちろん試験には出ない。

 

(……待てよ?)

 

激戦を繰り広げている中、オレの脳裏に一筋の光が弾けた。

それは希望の光であった。

加えてナイスでグッドなエレガントを秘めた究極奥義でもあった。

 

「…………」

 

外れた扉から手を放す。

ばた、と風圧で砂埃が舞い上がる。

 

?『お、なんですか?ようやく取材に応じてくれますか?』

 

「……その新聞は、人里全戸に配ってるのか?」

 

?『ええ、人里どころか幻想郷全土にお届けしておりますよ』

 

「……オレの発言が、一面で、全土に広がる訳だよな?」

 

?『そう思っても差し支えありません。新聞の力、侮るなかれです!』

 

ホホホ、と笑う女性に、オレはにったりと笑みを浮かべた。

新聞。

情報。

拡散性。

情報は非常に速く、広く拡散する力を持っている。

マスコミは情報操作やら世論調査などと言葉こそすり替えているが、要は情報は武器だ。ペンは剣より強い。

幻想郷にネットはないが、新聞はある。その特性、使わせてもらおう――。

 

「一之瀬ミナトだ、よろしく頼む」

 

文「射命丸文です。ギャラは、はずみますよ?」

 

オレたちは固い堅い握手を結んだ。

 

 

§

 

 

 

 

§

 

 

ついに、外来人の全てが明かされる!

 

今回取材に応じてくれたのは、今最もアツい外来人、『一之瀬ミナト』氏。

つい先日に幻想郷の土を踏んだばかりの青年だ。

氏は外の世界では『大学生』という役職につき(いわゆる寺子屋の生徒のようなもの)、その自身の知識に磨きをかけていた。

外の世界では友と言い切れる友人が三人ほどいたそうだ。今はどうしているか分からないが、叶うならまた会ってみたい、と一之瀬氏。

(*人間は繋がりを求める生き物なのである)

 

そして注目の氏の”能力”について。

念入りに念入りに調査を行ったが、『能力なし』と筆者は判断した。

しかし取得している技術は多く、運動遊び全般から学問、生活術など幅広い。

外ではひとりで生きていたらしく、幻想郷に失踪したと思われる父親を捜している。

 

筆者の印象としては、とても適当な人物のように思えた。

しかし、心の中に自分の目指しているものがはっきりとしていて、揺るぎない心がその瞳を照らしているのでは、と感じた次第だ。

一之瀬ミナト。彼は幻想郷で愛される存在になろう。

 

ちなみに彼は根っからの愛煙家なので、農夫の皆さん、ぜひ彼をこき使ってあげてください。

 

 

 

(【文々。新聞】第****号 二面記事より)

 

 

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和服

射命丸文との取材による会談を終え、文は帰っていった。

帰る際に背中から黒い翼が生え、猛烈なスピードで飛び去って行った事にはもう驚かない。

消えた後の風圧が強すぎて、入れなおした玄関の扉が倒されていったが、めげないしょげない。

 

(幻想郷の女の子ってのは、天真爛漫な人が多いんだろうなぁ)

 

それは土地柄もあるのだろう。

扉を直し、オレは台所で煙草に火を付ける。

煙をぼんやりと見つめながら、先ほどの取材を思いだす。

自分的にとても色濃いものになり、特に自分の言いたいことは言えたことがプラスだった。

 

(何より親父の事を捜している、って言えたな)

 

そこはかとなく記事に乗せてもらえばよし。

これで反響があればいいのだが。

 

(あったとしても、果たして親父に辿り着けるかな)

 

さて、今日も正午過ぎに寺子屋にて、子どもとの格闘が待っている。

オレに慣れてきたのか、鉛筆を針のようにしてオレに刺してくる子ども(ミント)や、折り紙を折って遊ぶ子ども(テツ)、寝だす子ども(ベン)などそれぞれの個性が見えてきた。

その対策を練ったり、予習をしたいがため、早めに向かうことにする。

 

「自由はいいぞ、時代は個性を売れる奴が勝つからな」

 

煙草の火を灰皿で消し、歯磨きをする。

嬉しい気分の時は吸いたくなる。が、これから会うのは子どもたちだ。煙草対策はしっかりとすべきである。外の世界では加熱式煙草が流行っていたが、買っておけばよかった。

しかし、教育現場で煙草の存在を気付かれてはいけない。子どもとはそういう生き物だ。彼らが初めて正しく使える時まで、大人が必死に隠すのだ。合ってる間違っている以前の問題である。

 

「さぁて、今日も一丁やりますか」

 

髪の毛を整え、慧音がくれた和服に身を包む。

紺を基調とした薄地の和服で、少し肌触りは硬いが、慧音のプレゼントだ、喜んで着ることにする。

初めて着た和服は何とも言えず、本当に服を着ているのか疑問になるぐらいに軽い。

しかし、これを着ると、なんだか仕事をしようと思えてくる。

 

「わふ~」

 

オレは家を出る。

頭上には真白い太陽が輝いていた。

 

 

§

 

寺子屋に行くと、廊下で慧音とばったりエンカウントした。戦闘BGMはない。外でちゅんちゅんと鳴く雀の鳴き声が遠くで聞こえるくらいだ。

彼女も予習やら準備やらで早めに来ていたのだろう。

 

慧音「おはよう。昨日はありがとな」

 

「お、おおはよう慧音。それはなにより」

 

昨日の出来事を思い出して顔から火が出る思いだったが、彼女がスッキリとした顔立ちをしていたので、マッサージしてよかったな、と思う。

その後の事については彼女が単に覚えてないのかもしれない。すぐに寝落ちしたし。

 

慧音「今日は随分と早いな、授業の準備か?」

 

「や、気まぐれだ」

 

本当は予習をしたり生徒の個性表を作ろうとしていたが、慧音の顔を見て気分が変わった。

せっかく出会えたのだから何かお話ししたくなるのが常であろう。流されやすく、どんどん目的が変わっていく俺である。

 

慧音「そうか。和服、似合ってるよ」

 

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

オレは褒められると伸びるタイプなんだなこれが!

まるで子ども同然だが、それでもいい。

 

「じゃ、今日も一日頑張りますか!」

 

そして戦争がはじまる――。

 

§

 



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不問

終戦。

今日もかなりの白熱した戦いだった。

今日のMVPはミントとという女の子。国語の授業中にいきなり脱ぎ出したのである。「あついよ~」と武装を解錠し始めた。もちろん教室には男の子もいる。目を隠していたその手には隙間が空くのは遺伝子的にも仕方のないことだ。ナイスハプニングだが、性教育はまだ早い。

 

「はぁ~疲れた……」

 

慧音は寺子屋でやることがあると言っていたので、オレは先に喫煙所に訪れ、煙草に火を付けた。

今回は葉巻ではなく日本の煙草。オレでも知っている煙草の元銘柄がこちらの世界に来ていたようだ。

今や煙草の名前は変わってしまったが、それでも味は顕色無い。

 

「…結局こいつに戻ってきちまう訳か」

 

吸い慣れた煙草が一番だと実感する。

すでに日は暮れており、里の者はみな帰宅を終えている頃だ。

当然喫煙所に人は少ない。元々喫煙所で律儀に吸っている人はそうそういないのだが。

居たとしても家庭を持たない者だろう、顔からして夕飯に急ぐ様子も見られない。

オレも彼等と同じだったりする。

 

「……ん」

 

メンソールを感じながら、寺子屋の子どもたちを思い浮かべる。

一度テストを行って習得を確認したら、割り算に進む。全体の方は大丈夫だろう。

子どもは吸収力が異常に高い。まるでスポンジのようだ。

が、それは全員ではない。チサトである。

まだひらがなも取得出来ていない。その状態で、算術など理解できるものか。まずは日本語を完全にマスターする必要がある。彼女の親父さんの迎えは夕方。放課からその間にすべての教科を教える。流石に頭がパンクしないだろうか?

 

(……いや、様子を見ながらやってみるか)

 

生徒の限界を決めつけて可能性を潰すこと、これはいけない。

――信じてみるか、彼女の力を。

我ながら静かなる熱血教師っぽいことをしているな、とつくづく思う。

煙草を吸いながら考えるようなことではないだろうが……。

 

?『お、いたいた』

 

近くで声がしたかと思うと、次にぽふ、と右肩に柔らかい重みを感じた。

そちらに向くと、青く麗しき女性がオレを見つめていた。

 

「お、大先生じゃないか」

 

慧音「お疲れ様、ミナト」

 

慧音の前で吸いかけの煙草を消そうとするが、「いや、いいよ」と止められた。

かといって女性の前で吸う気にならない。オレは煙が彼女に掛からないように煙草を後ろ手に持ちかえる。

慧音は荷物も何も持っていないようだ。買い物に行った訳でもなければ自宅に戻った訳でもない。第一、彼女の家は喫煙所とは真逆の方向にある。

ならば――

 

「もしかして、オレに会いに?」

 

すると慧音は軽くウィンクをした。天使か?この人は。いや、小悪魔かもしれないが、オレの中では満場一致で「天使確定」と判決が下されたので天使だ。

煙草のにおいは大丈夫なのか、と聞くと「平気だ」と答えた。

ベンチに手を置いた彼女は、ぼんやりと空を見上げている。

 

慧音「……随分と日が長くなったもんだ」

 

「そりゃ夏が近くなってるって事だろ」

 

慧音「このまま夜にならなかったりしてな」

 

「百夜ってやつか、外の世界ならあったな」

 

敬遠「へぇ、一度は体験してみたいものだよ」

 

ぼんやりとした会話。まるで流れる雲のような内容だ。

 

『……!』

『…………』

 

ふと、喫煙所にいた者、あるいは喫煙所を通り過ぎていく者の目がこちらに向けられていたことに気付いた。

恐らく、その視線はオレではない者に向けられている。

彼らの気持ちを代弁するなら、「寺子屋の美人先生がなんでこんな場所に?」であろう。

慧音は気にしてないようだ。が、オレは少し負い目に感じた。自分のことは何でも良いが、オレのせいで人の評価が変わることは良く思えなかった。

 

「さ、暗くなる前に家に帰ろうぜ」

 

結局慧音が来てから口を付けなかった煙草の火を灰皿に押し消し、立ち上がる。

隣にいた慧音は立ち上がらなかった。

 

慧音「…………」

 

「……どうした?」

 

彼女はまだ、ぼんやりと空を眺めていた。同じようにオレも見上げる。

少し曇りかかった夕暮れの空。これから闇の世界が広がる一歩手前の、希望の光。

大地の向こう側では顔を半分覗かせるオレンジが眠りにつこうとしている。

 

慧音「明日、満月なんだ」

 

「……満月?」

 

ぼそり、と慧音が言った。

消え入りそうな小さい声だったが、オレは聞き逃さなかった。

その声が、とても弱々しく、いつもの慧音ではないようであることも、分かった。

 

慧音「……あ、帰るんだったな。私も帰るよ」

 

「家まで送るよ。夜が近いし」

 

慧音「あぁ、ありがとう。……キミといると、なんだか安心するんだよな。なんでだろう?」

 

「……さぁ、なんでだろうなぁ」

 

2人で帰路へと付く。

夕日が沈むころには、既に通行人は減っていた。この時間帯には基本人は出歩かない。

貸し切りと化した人里の道を、オレと慧音はゆっくりと歩く。

ゆっくりと、のんびりと、一歩ずつ探るように、歩く。

 

 

慧音が喫煙所に訪れた理由は、最後まで聞けなかった。

 

 

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黒猫

 

「ダインシンインザダークッ!」

 

自宅への帰路。

慧音を送ったのち、オレは行きと同じくゆったりとした足取りで帰っていた。

その理由は単純で、先ほど吸えなかった煙草をもう一度吸うためである。

 

「んん~拙者、今日も1日オツカレサン!」

 

ライターをポケットに放り込み、煙を空へと吐き出す。

光を失った濃紺の曇り空。それは煙草の煙と同じ色をしていた。

もしこの雲が煙草の煙なら、降ってくる雨は酸性雨どころか強酸となり農作物やら全てがダメになってしまうだろう。しかしニコチン中毒者にとっては浴びるような毒に歓喜するのかもしれない、という妄想に耽る。そして妄想をやめる。

煙草は思考を生むが、同時に思考を消す物でもある。矛盾、二律背反。

 

「……むふぉ」

 

2,3回呼吸を繰り返し、先ほどの喫煙所の情景を思い浮かべた。

 

 

――明日、満月なんだ。

 

 

慧音の言葉。

消えそうな声、とてもか弱い声で。

まるで、彼女が何かを躊躇っているかのような、そんな言い出し方だった。

 

(何か言いたそう、だったな)

 

慧音が家とは逆方向の喫煙所に来た意味は?

オレに会った意味は?

それだけではない。最近の慧音は、何かを懸念しているように思える。商店街の後でも、寺子屋の後でも、オレに対して何かを間違えないように、探っている。

彼女の言葉の意味は。真意は。心裏は。

 

「…………ダメだ、分からんばい」

 

頭をひねって考えてみたが、脳のやる気スイッチは”OFF”に切り替わってしまった。

頼むよ、やる気スイッチ先生。「君のやる気スイッチは何処かな?」って言ってオレのやる気を引き出してくれ。多分膵臓の裏側当たりについていると思うから。

と、下らない心の会話をしていると、前に物影が差しかかった。

 

「お」

 

足を止める。

それは小さな影であり、宵闇に溶け込みそうなほどの黒い身体をしていた。

こちらに来てから初めて出会った[外の世界にもいる生き物]である。人間を除いて。

 

「黒猫か、久しぶりに見るぞ」

 

『――――』

 

近づこうとして、ふと足を止める。その黒猫は外界のものとは少々妙なる様相を呈していた。

真っ黒い毛並みに揃った身体こそ暗闇に溶け込んでいるものの、その双眸は真っ赤な宝石のようにギラリと輝いていた。まるで焔の球が闇に浮かんでいるかのような、美しくも恐ろしい奇妙な雰囲気だ。

そして特徴的なのが、その尻尾。

 

「……どうなってんだ、あれは」

 

黒猫のお尻からは、二つ尻尾が伸びていた。

通常猫の尻尾は一本。稀に二つの尻尾が伸びることがあるが、あれは一本目の物が枝分かれするようにもう一本生えてくるものである。

しかしこの猫の尻尾をよく見ると、根本からはっきりと分かれていて、それぞれ独立した動きをしている。左目と右目を自由に動かせるか?オレにはできない。

黒猫は逃げることも警戒することもなく、オレをじっと見つめていた。

少し考えて、黒猫に近づくことにした。

 

「今日からお前の名前は”K”としよう、黒き幸、ホーリーナイト」

 

欧州ではクロネコは不幸の象徴として忌み嫌われている。クロネコには魔の力が宿っていると信じられていたからだ。その風習は今でも続く。

対して英国では、クロネコは幸運の象徴とされている。

日本は英国寄りの捉え方をしている。不幸の象徴とも思われているが、招き猫や魔除け厄除けの意味合いとしての方が強いだろう。実際結核の治療にいいだとか、恋煩いの解消だとか、いろいろと語り継がれている。

結局、全ては人間が作り出した迷信なのだが。

ちなみに、某運搬会社は黒猫の親が子を丁寧に咥えて運ぶことから名付けられたらしい。いい由来だが、仕事量がえげつないので、彼等が救われることを願うばかりだ。

さて、クロネコはオレの目の前で動かない。この場合、どの意味合いを信じればいいのだろう?

 

「おいちゃん、にゃんにゃん」

 

オレは地面に屈み、持っていた煙草をゆらゆらと揺らしてみる。

こんなもので猫が興味を持ってくれるとは思わないが。

 

『――――』

 

しかし意外にも、黒猫はこちらの動きを目で追っていた。そしてゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「いいぞ、にゃんにゃん!」

 

一歩ずつ、一歩ずつ、次第に歩みのペースが速くなっていく。

そして、煙草への距離が数cmへと近づいた、時のことだった。

 

『――にゃーん』

 

黒猫が右手(右肉球?)を前に出した瞬間、何の前触れもなく、突然煙草の火がボウッ、と大きく燃えだした。

 

「ファッ!?」

 

熱を感じ、何事かと放り投げる。燃え盛る火種は炎々として消えず、あっという間にフィルター部分を燃焼した。

あっけに取られながらも、「あづッ」手を振って熱を逃がす。

煙草が灰と化した頃に、黒猫はいなくなっていた。

 

「……鬼火ってやつか?」

 

オレは冷静に――実際には頑張ってひねり出した言葉だが――呟いた。

燃え尽きた煙草を携帯灰皿へと仕舞い、立ち上がってストレッチをする。

一瞬の出来事であった。

 

「でも……綺麗な炎だったな。純粋な炎というか、綺麗な燃え方をしていた」

 

あの黒猫の事は一生忘れないだろう。

次会った時に素敵な仕返しをしてやろう。

 

「ねこまんまに毒でも盛ってご馳走してやるか…」

 

猫への完全犯罪に思考を落としながら、オレは再び曇り空の下を歩む。

 

 

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手紙

朝はどうしても苦手だった。

血圧が低く身体が起きないにも関わらず、身体を起こそうとして血圧を上げなければならない。

矛盾した現実を突きつける朝は、嫌だった。

 

「……っむ、ん…」

 

しかし朝は雀の鳴き声が綺麗だとか、気温的にも気持ちのいい時間帯だとか、個人的には好きだった。身体との相性が悪いだけである。

 

「……眠眠…」

 

オレは闇雲に布団から片足を突き出した。布団という悪魔に囚われた一般人。

せめてもの抵抗、脱出の一途となる決定打は繰り出せないでいた。

硬直状態、冷戦、鍔迫り合い。

様子を伺い、相手のミスを誘う。

ふと、毛布がその拘束力を弱めた――かのように見えた。

これを好機と呼ばずして何になろうか。

 

「眠眠打破ァ!!!」

 

ぼふん、と毛布を蹴り上げ、直後に立ち上がって拳と蹴りを繰り出す。

 

「喰らえ、獅子連弾!!」

 

残りの6発の打撃を受け、コンボ技の締めはかかと落とし。

もふぅ……と毛布は力尽きた、と思う。

 

「鍛え直せ、うすらトンカチ」

 

なんやかんやして身体は起きた。

台所に向かい、顔洗いを済ませ、歯を磨く。磨いている間に貯蔵庫の中身を確認。

昨日寝る前に考案したねこまんま(毒抜き米なし)とサラダがある。

 

「朝食は君に決めた!」

 

直後、設定したアラームが鳴ったので急いで止める。目覚ましは五分間隔で鳴るのでそれら全てを停止させる。

そして最後に玄関へと向かう。

 

「ゴ―ホームクイックリィ」

 

玄関には、この間取材を受けた新聞 [文々。新聞] が放り投げられていた。

取材後に購読を勧められ、お世話になったから、という理由で読んでいる。

その内容は情報新聞、というよりほのぼのとした地方新聞のようなもので、何処かの誰かさんの花畑が綺麗だとか、この人は魔法の研究に勤しんでいる、などといったものが多い。

オレのように外来人を取り扱った内容はレアなのだという。これは同じく購読している慧音から聞いた話。

一面記事には、慧音と昼食を取った定食屋[無頼]が載っていた。

 

「お、この間の定食屋じゃん」

 

大きく[無頼]と書かれた暖簾の前で、店員一同が笑顔でピースしている。

記事はグルメ誌のような質問と応答が載っており、お店の魅力などを語っているが、「このお店の利益は?」とか「どういった年代の方が集まるのか?」などと質問が意外と鋭いように思えた。何だかんだ射命丸はしっかりとした新聞記者なのだな、と思う。

ふと新聞を広げると、ひらりと何かが落ちた。

 

「おん?」

 

玄関に落ちた物を拾い、土埃を払う。一通の手紙のようだ。

茶色の封筒の表紙には何も書かれていない、差出人不明。

 

([文々。]新聞の付録か?)

 

新聞を朝食の置いた卓袱台と一緒に置き、封を開ける。

出てきたのは、一枚の便箋だった。

 

「あ?」

 

内容も、とても短い一文だけ。

 

 

――今宵、迷いの竹林奥地にて君を待つ――

 

 

単純で明快な一文だった。

しかし同時に、複雑性と暗示性を持っていて、オレの頭には?マークがいくつも生み出された。

 

「迷いの竹林?オレを?待つ?」

 

食卓に向かい、ねこまんま(毒抜き米なし)に卵を落とし、かき混ぜる。

手紙は招待状のようだった。招待、という軽々しい物ではないのかもしれないが、文面からして誘われていた。

ただ、素敵なパーティをしましょ?というより、決闘だァ!!といった方がしっくりくる。

 

「……そんなに恨まれるようなことしたか?」

 

サラダをかき込む。

心当たりは全くない。恨まれるどころか、こちらに来て間もないのだから恨まれる筋合いはないはずだ。

――いや、一つだけあった。それは、喫煙所のオッサン達だ。

[紅魔館]という名を借りて追っ払った時の、その仕返しと考える事も出来る。

 

「でも、この書き方…どっかで見たことあるんだよなぁ」

 

淹れた冷茶を啜る。

妙に引っかかったのは、文字の書き方だ。手紙の文字はかなりの達筆で、はっきり言って読み辛い。かろうじで何とか読めるが、日常的に文字と関わりのない一般人がこのような文字は書けないだろう。

農夫も然り、彼らがこれほどの字を書けるだろうか?

 

「でも、気を付けた方がいいな」

 

ねこまんま(毒抜き米なし)は美味だった。これをあのクロネコに上げるのは少々勿体ない気がする。後に改良して[一之瀬風ズボラ飯]に仲間入りさせよう。そして次は、米を入れよう。やはり日本人は米が主食である。米の焚き方を学ぶ必要がありそうだ。

手紙を封筒にしまい、卓袱台に置く。

 

「……頭がコンテニューしねぇ」

まだ醒めきっていない頭で考えても進まない。

 

「寺子屋で考えるか」

 

授業は昼からだが、朝から寺子屋に行って色々と雑務をしていよう。作業しながら考え事をすれば二つとも捗る、まさに一石二鳥。

 

「貴方の為のパーソナルAI、発火ドールッ!!」

 

食後の煙草を吸い、オレは仕事用の和服に袖を通した。

 

 

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挨拶

和服に身を包んで、寺子屋を目指す。

寺子屋は、オレの家から少し離れた場所にある。人里の中心部分に寺子屋があるのに対し、オレの家はそこから東側へと突き進んだ、外れの方に位置している。

遠いというほどの距離ではないが、必然的に建物が密集する地帯であるため、縫うようにして向かわなければならない。

ちなみに、慧音の家は寺子屋の西側に位置する。ちょうど反対側だ。

 

「今日もいい天気」

 

太陽に照らされた道を歩く。

ぽかぽかと春の陽気は暖かく、眠りを誘うような心地よさだ。

『春眠暁を覚えず』という言葉があるが、人々は朝早くから起き、活動していた。

水を汲みに行く者、家の前で薪を割る者、荷物を背負って関門へ向かう者など、幻想郷の朝は早いようだ。

『早起きは三文の徳』の方がしっくりくるのかもしれない。

さて、オレも彼等同様に朝早くから寺子屋へと向かっている。偉いぞオレ、と自己肯定感を挙げていると、

 

『やぁ、おはよう。赤先生』

「どうも、こんにちは」

 

道行く人と挨拶をする。

外来人は珍しい、という理由でオレの存在は知れ渡っているようで、たまに挨拶をされる。

それは寺子屋で先生をやっているからであり、『文々。新聞』によって情報が拡散されたからだろう。

と言っても、まだ怖がられてはいるが、「赤い先生」ということで興味のある人はこうして話をしてくれる。野宿をして恐れられていた頃が懐かしい。

 

男『今日は満月みたいですね』

 

荷物を背負った男性が、会釈をする。

同じように会釈を返した。

 

「どうやらそうみたいで」

 

男『外の世界の満月よりも凄いと思いますよ』

 

ほう、と息が漏れる。

里の人が言うのだからその迫力は間違いないだろう。

外の世界の満月は美しいと呼べるほどではなく、第一に、人々は月に関する興味を失いつつある。

一体、幻想郷の満月はどれほどなのだろうか。

 

男『春の満月は素晴らしい。今宵博麗神社で宴会を開くそうです。先生も行ってみたらどうでしょう』

 

「博麗神社で、宴会」

 

霊夢の顔が浮かぶ。

恐らく魔理沙も宴会に行くのだろう。久々に彼女達に会いたい気持ちはある。

しかし、あの[手紙]の存在が引っかかった。

 

「楽しそうですね」

 

『まぁ、博麗神社に行けたらの話ですよ。神社前の夜の森はとても危険だから』

 

霊夢が案内をしてくれないのか。

魔理沙の言っていた「人があまり来ない」ってのはそういうことなのだろう。位置的に損をしている神社である。

男性と別れ、再び歩みを進める。

頭の中は既に切り替わっていた。今朝の『手紙』の内容が浮かぶばかりだ。

 

(迷いの竹林、奥地……)

 

迷いの竹林――。

全く聞いたことの無い場所だ。「迷い」とついているのだから、一筋縄ではいかないだろう。RPGでも「迷いの森」等のマップは法則性に沿って進まなければ入口に戻されてしまう。

知らない所に飛び込むのは自殺行為に等しい。ましてや、人里の外にある竹林なのだから妖怪に出くわせば命の保証は出来ないだろう。

――これは誰かに相談すべきなのかもしれない。

ただ。手紙の送り主は不明なため、何が起こるか分からない。慎重に情報を集めねば、いつどこでオレの行動がばれ、報復を受けるか分からない。

朝早く家を出たのもそのため。寺子屋には立派な先生がいる。その人に迷いの竹林について詳しく聞こうではないか。

 

(いつも頼ってばかりですまないな、先生)

 

想いに耽っていた所で、寺子屋に到着した。

 

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畳海

「シャケナベイベッ!!!」

 

朝一に寺子屋の扉を開く。しかし、ある重大な事実に気付いた。

玄関には靴が一足も並べられていない。

 

「けーねてんてー?」

 

呼びかけがこだまする。

慧音がいないのは珍しい。というのも、彼女は朝早くから寺子屋にいる。

「私は夜以外ここにいると思ってくれていい」と言っていたのだから、じゃあ朝行けば会えるじゃん!と思ったのだが、今日は違うらしい。

 

「お邪魔しマックス」

 

人っ子一人いない空間。

今日の授業は午後に行われるため、午前は空き時間だった。

オレの『脳内TO DO』には慧音と話すことしか入っておらず、計画は崩れてしまったが、こうして誰もいない寺子屋を見て回るのは新鮮さがある。

実際ひとりでゆっくりと寺子屋で過ごすことは無かったし、いい機会である。

 

「…………」

 

ギシギシとなる廊下を渡り、教室を横切り、教師部屋(慧音の部屋と同義)へ辿り着く。

もちろん人の姿はなく、先生はいなかった。

 

「エンプティー……」

 

これでは朝早くに寺子屋に来た意味がなくなってしまう。

仕方がないので、部屋の掃除をすることにする。

 

「おそうじしましょ?」

 

座布団を机の上に避難させ、小さな箒で全体を掃く。

しかし少しやってこれは無意味な事だと知った。

――綺麗すぎる。埃一つ落ちてない。

やはり慧音は上を行く者だ。抜け目などない。

 

「だが犠牲無き世界などありはしないのだ!!」

 

意表を突く形で火鉢の裏を覗く。そこに広がるのは、クリアな世界。

 

「クリアーマインドッ!!!」

 

オレはバイクのハンドルを握っていた、風を感じたのだ。

――動くと余計に汚れてしまうのかもしれない。そっと火鉢を元の場所に戻し部屋を出る。

寺子屋には部屋がふたつしかない。先生の部屋と、授業の部屋だ。意外と小ぢんまりとしている。

 

「ヒマナッツ」

 

オレは渡り廊下を進み、先ほどスルーした授業部屋の襖を開ける。

そこは10畳以上もの空間が広がっていた。座布団と机は端に片づけられており、普段より広く見える。

朝の授業では慧音と子どもたちで学ぶ場所を作っている。こうしてみるとちょっといいお家の一室のようだ。

さて、こうして畳の広がった部屋を見るとどうしてもやりたい事がある。

荒々しく蒼い大海原が海の男を誘うように、鶯色の草木香る畳の海が教師であるオレを呼んでいる――そんな気がする。

 

「アクセルシンクロオオオォォォ!!!」

 

オレは伊草の海に身投げした。

冗談はともかく、畳は案外柔らかく、ほんのりと温かい。

 

「これが本物の畳か」

 

外の世界での畳は化学繊維で作られており、腐らない材質でできている。そのため、ごわごわとして肌触りが悪い。その上でスライディングをした暁には、二度とやらねぇ!と童心に誓わせるほどの心と膝に傷を負う。

しかし、本物ははるかにそれを凌駕していた。触れただけでわかる。こいつぁ本物だ。

優しさと温かさがオレの身体をそっと包み込む。

 

「ふわああああん」

 

襖の間から流れ込む朝日も相まって、醒めたはずの頭がまた微睡みに引きずり込まれていく。

誰もいないのだから、こうしてずっと寝転がってるのもありかもしれない。

慧音がみたら「ここで寝るな、ミナト」と苦笑しながら手を差し伸べ、オレは手を握って起きる。うん、完璧なイベント発生シチュエーションだ。レベル[あざとい]だ。

そうとなれば、計画を実行せねばなるまい。

 

「いざ、ダイブ!!」

 

§

 



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春眠

春眠不覚暁

 

 

処処聞啼鳥

 

 

夜来風雨声

 

 

花落知多少

 

 

 

しゅんみんあかつきをおぼえず

 

 

しょしょていちょうをきく

 

 

やらいふううのこえ

 

 

はなおつることしんぬたしょうぞ

 

 

 

春の心地よい眠りのため、春は明け方が来たのがわからない。

 

 

あちらこちらで鳥が鳴くのが聞こえる。

 

 

夕べは雨や風の音が聞こえた。

 

 

どれだけの花が散ったのかは、わからない。

 

 

 

(孟浩然『春眠』より)

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

オレは空を飛んでいた。

 

比喩表現などではなく、幽体離脱~的な意味でもない。

 

間違いなく、風を感じていた。

 

遥か下には小さくなった大地が広がっている。

 

空を飛ぶのは初めてなのだが、俺は当たり前のように飛んでいる。飛んでいるから当たり前なのだが、その感覚はまるで呼吸やまばたきと同じく、当たり前のように。

 

風圧で息が出来ない。

 

空を優雅に飛ぶ鳥はどうやって呼吸をしているのだろうか?

 

もしかしたらエラ呼吸ってやつか。そうしないとこんなに空気がいっぱいある空で呼吸困難になる。

 

思えば鳥は嘴が尖っているから、風を受け流すのかもしれない。海の中でイカが自由に泳げるのも槍状の頭で水圧を受け流しているから。同じかどうかは分からないがそういうことだろう。

 

眼下に広がる大地は幻想郷だった。凸凹とした大地だ。山が多く平地が広い。100人に聞けば98人がザ・田舎と称すだろう。残りの二人は幻想郷、と答えるかここは日本じゃないと答えるか。どちらも正解ではあるが。

 

ただ、かなり広く見える幻想郷には『結界』が張られている。陸続きに見えてもある所から先は結界によって進めない。

 

見えているもの全てが現実とは限らないのだ。

 

結界に触れた時、人間はどうなるのだろうか?と素朴な疑問。試す事はないだろう。なんだかそんな気がする。

 

空を飛んでいると、俺よりも早いスピードで何かが横切る事が多い。それは風を切る音が聞こえたり、風圧を感じたりと高速で動くから起こる現象だった。姿は黒かったり白かったりする。スカイフィッシュとかいう幻の魚かもしれない。今じゃあそれは光の屈折による光の可視化として片づけられているが、はてさて。

 

飛行を続けて、ようやく俺は大地に降りる事にした。行く宛てもなく流れるように飛んでいたので、そろそろ人間生活に戻ろうとする。

 

空の生活も良いが、大地に足が付かないのは少々不安だ。やはり人間は遺伝子的にも大地で暮らす生き物なのだろう。鳥とは一生相いれることは出来なさそうだ。

 

地面が近くなってくる。降りるポイントはちょうど人里の真ん中だった。

 

上空数百メートルで速度を落とし、ゆっくり、ゆっくりと降りていく。しかもそこは寺子屋の中庭。さすがオレ。良い所に着地しようとしていた。

 

徐々に距離を詰めていく。寺子屋から子どもたちが外に出て、オレを指さしたり手を振ったりしている。

 

温かい歓迎に笑いながら、地面に足を付こうとする――が。

 

 

 

体勢を崩し、頭から地面へと着陸する――。

 

 

……

…………

 

 

「はにゃにゃフワッ!!!」

 

粒の粗い砂が口の中に入り込む。

咄嗟に砂を吐き出す。

目の前、そこには大地があった。

空からの着陸は失敗し、顔面から地面と激突したオレは、なぜか頭の中はぼんやりとしていて、何が起こったのか分からない。

砂の味、地面の匂い、その次に五感が捉えたのは、音。

上の方から湧き上がる笑い声だった。

その声は中庭の方に向かって放たれている。よく聞くと、子どもの声がした。

 

『わ、だっせ~~』

『赤せんせーってば、落ちてやんのー!!』

『いたそ~大丈夫かなぁ?』

 

だんだん意識がはっきりとしていく。

身体を起こすと、そこには子どもたちが教室と中庭の間に位置する廊下に並んでいた。

見る限り筆とノートを持っている、授業中だったようだ。さしずめ授業を中断しオレの事を見に来たのだろう。

状況を理解すると同時に、頬が熱くなる。

子どもがわいわいと囃し立ててくる中、授業を仕切っていた先生が手を差し伸べてきた。

 

慧音「大丈夫か?ミナト」

 

「……あ、あぁ」

 

慧音「とても気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのも悪いかなって」

 

慧音の手を掴み、立ち上がる。子どもたちからは「おお~」という謎の歓声が上がった。計画は無事成功だ。だがオーディエンスが湧いていることは予想外だ。

太陽はいつの間にか真上に昇っており、正午前まで時は進んでいた。

授業を中断させたままなので、子どもたちには「たまにはいっぱい寝る事も大事だぞ」と言うと、はぁいという返事をしてそれぞれの席へ戻っていく。

 

「……悪いな、慧音。授業の邪魔しちまって」

 

慧音「いいよ。子どもたちも少し退屈そうにしてたから、いい息抜きだ」

 

「そういってもらえるとありがたい」

 

慧音「職務室に頂いた茶菓子があるよ、おひとつどうぞ」

 

授業が再開される。オレは身体の砂埃を払い、再び笑いが起こる教室をそそくさと抜ける。

そういえば、オレは寝相が最高に最悪だった、って事を忘れていた。誰か寝相を直す方法があれば教えてくれ。幻想郷では[googre]は開けないのだから。

 

§

 



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蹴鞠

甘い饅頭と苦い緑茶によって眠気が完全に醒めたオレは、授業後の教室へと向かう。

既に昼飯を食べ終えていた子どもたちは、中庭へ出て遊んだり、室内で絵を描いたり、食後の自由時間を有意義に過ごしていた。

オレの顔を見るや否やクスクスと笑い立てる子どもたち。

 

「素敵な笑顔をどーも」

 

もれなく全員に軽いデコピンをお見舞いし、中庭へと続く廊下へ座る。

日差しは朝よりも温かく心地よい。

春の陽気というより夏の日差しに近い。

胡坐をかいて日向ぼっこをしていると、外で遊んでいた子どもたちから、赤せんせー、と呼ぶ声がした。

彼らはオレに向かって手を振っている。

ふわふわと柔らかいボールを足で弾き、落とさないようにする遊びをしていた。俗にいう『蹴鞠』というやつだ。

使う球は鞠ではなく浮きやすい球なので回数は続いている。

 

「よし」

 

腰を上げ、靴を履いて輪に入り込む。

目の前の男の子がオレにパスをする。無回転で飛んでくる球はふよふよと不規則な動きをしていた。合わせづらい。目測を図り、左足で受ける。

 

「おらっ」

 

ジャストミートした球体は大きく跳ね、左斜めへ飛んでいく。

 

『赤せんせーうまいね!』

 

「まぁな」

 

同じように来た球を、今度は右足の小指側で一度トラップし、頭上へ浮かんだ球をヘディング。ボールは隣の女の子へ。

なんだ、意外と出来るもんじゃないか。

 

「フワーッ!!」

 

その後は色々と技を組み合わせてやってみたりする。頭で受けとめた球を胸の上に置き、更に背中へと移し替えながら後ろ足で蹴る。

 

「イヤーッ!!」

 

ふわふわの球だからこそできる技が多く、だんだんオレに見惚れてた子どもたちも同じように真似しだす。

いつの間にか曲芸団の休憩みたいになってきた。

 

?『なんだなんだ?』

 

しばしやってると、背後から声がした。

振り向くと、そこにはあかいモンペに長い白髪と、夜と煙草が似合いそうな藤原妹紅が佇んでいた。

 

妹紅「蹴鞠とはねぇ、寺子屋はいつから上級貴族になったんだ」

 

「レベルは彼らよりも上だよ」

 

へぇ、と妹紅はにんまりとほほ笑む。

子どもたちからは一斉に「もこねーちゃんだ!!」との声。彼女も魔理沙と同じく寺子屋の子どもたちに親しまれているのだろう。

 

「妹紅も一緒にやるか?」

 

妹紅「流石にもう蹴鞠は出来ないな、昔はよくしてたけどさ」

 

妹紅は縁側に腰を掛ける。

子どもたちはまだまだやりたいないといった様子だったので、オレは輪から抜け、妹紅の隣へ。

吹き込んだそよ風が汗を冷やしていく。

 

妹紅「…チビッ子っは元気だなぁ、あの活力が欲しいぐらいだ」

 

呆れるような、少しの羨望を含めたまなざしを妹紅は中庭に向ける。

同感だ、とオレは漏らし、そういえば――と思い出す。

 

「妹紅、ひとついいか?」

 

妹紅「ああ?なんだ?煙草ならやらんぞ」

 

「こんな所で吸う訳ないだろ、あとこの間の煙草返せ」

 

妹紅「ああ、いいよ。恐らく竹林で灰になってるから探してきな」

 

「……自然に帰したか」

 

もはや事後であった。

土にかえった煙草たちにお悔やみ申し上げる。

話を戻す。ちょうど竹林、というワードも出てきたところだ。

 

「ちょいと質問。[迷いの竹林]ってのはどういう所なんだ?」

 

妹紅の双眸がオレに向けられた。

真っ赤に燃えるような紅い瞳は細められている。

 

妹紅「……いきなりどうした。死にに行きたいのか?」

 

「あまり大きな声では言えないが、死ぬためではない。朝、招待状が来てな」

 

妹紅「招待状……なるほどね」

 

少し考えるような素振りをしてから、妹紅はふぅん、と唸る。

 

妹紅「簡単にいえば、竹が群生した林さ。名前の通り。だけど、『迷い』って言葉が付けられてるのも名前の通りだ」

 

「簡単に迷うって事か」

 

妹紅「そ。道しるべに置く色米も意味なし。入ったら最後、永遠と同じ風景が続く竹林を彷徨い続ける」

 

妹紅は淡々と話を続ける。

まるで図鑑に載っている言葉をそのまま述べるように。

 

妹紅「しかもここには幼獣や妖怪が棲みついている。お前みたいな無力……とは言えないけれど、護身術の無い奴が行くのは、そいつらの餌になりに行くようなもんだ」

 

「…………」

 

妹紅「どうだ、ビビったか?」

 

「あぁ、正直かなり。食事も喉が通らなくなりそうだ」

 

妹紅「もう食った後だけどな」

 

オレは妖怪に対して少なからず恐怖を抱いている。それは、博麗神社前の森で痛い程経験した。

しかし、それでも行かなければならない。

差出人不明の手紙が、オレをそうさせる。

罠かもしれない手紙が、オレを動かす。

何故ここまで行こうと思うのだろうか。匿名の招待状に。

 

妹紅「ま、お前は大丈夫だろう。しぶとそうだし」

 

遠まわしにG並の生命力だと揶揄される。

今度は妹紅がオレに質問をする番だった。

 

妹紅「で、その招待状の内容は?あぜ迷いの竹林なんだ?」

 

「それは、言えない」

 

妹紅「……だろうなぁ、今夜は満月だしな」

 

「満月?」

 

なんでもないよ、と妹紅は子どもたちを眺め直す。

今宵が満月であることと、この手紙は何か関係があるのだろうか?

妹紅は何かを知っている、そんなような気がする。

 

妹紅「ま、竹林に行くなら十分気を付けろ。稀に兎っぽい奴がいるが、そいつが居たらラッキーだ」

 

「ラッキー?」

 

輝石ラッキーのどくみが型は是非とも滅んでほしいが。

 

妹紅「ん、まぁ行けばわかる」

 

結局は危険な所だけども、困ったらスペルカードを使えばいい。発動するか分からないが、死ぬ気で発動させれば何か起こるかもしれない。頼りに出来ないが、頼らなければならない。最終的に頼れるのは己の力だと気付かされる。

 

妹紅「時にミナトよ」

 

彼女の質問責めはまだ続くようだ。

しかし、先ほどの剣呑さは消え失せていた。

 

「なんだね、もこねーちゃんよ」

 

妹紅「お前、酒は強いか?」

 

「……まぁ、ぼちぼち」

 

妹紅「分かった、伝えておくよ」

 

「……誰に?」

 

妹紅は質問には答えずに、カッカと笑っていた。

嫌な予感がしたのは、多分、風のせいだ。

 

§

 



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灰色

午後の授業はあっという間に終わってしまった。

というのも、子どもには問題集を解かせ、時にアドバイスをしながら、暇な時は物思いに耽っていたから、時間は待つことなく、通り過ぎていった。

さよーならー、と元気よく挨拶し、子ども達は玄関から飛び出していく。

慧音とオレは見送りを終えて、寺子屋へと戻る。

今日はチサトが寺子屋に来ていないので、補習は無し。

 

慧音「ん~……今日も平和に終わったな」

 

「お疲れさん、慧音せんせ」

 

ありがとう、と慧音は息を吐き出す、それだけで色っぽく見えてしまう。さりげない動作ってヤバない?手で髪を梳く動作とか、指を組んだりとかね。それだけでご飯3杯はイケちゃうね、ラーメン屋がご飯無料だったら、余裕で釜が空になっちゃうぞ。

 

慧音「さて……と」

 

もう一度伸びをしてから、慧音は教務室へと戻る。オレも彼女の後へ続く。

 

慧音「ミナト」

 

「ん?」

 

突然慧音に名前を呼ばれる。

静かな寺子屋には二人しかいない。

 

慧音「後の片づけとか任せていいか?これから少し用事があるんだ」

 

「あぁ、いいよ」

 

いつも片づけは彼女と二人でやっているが、今回はオレに任せるらしい。

慧音は机に広げられた書類を紺のトートバッグに詰め込み、忙しない様子で寺子屋を出て行った。

ひとり取り残されたオレは、二人になるべく縁側に向かう。

 

妹紅『ふわぁ…これでようやく二人きりになれたな』

 

縁側で昼寝から目覚めた妹紅があくびをした。

 

「疲れたよ、身体が別のことを求めている気がする」

 

妹紅「当ててみよう。恐らくそれは煙を求めている、違うか?」

 

彼女の手には煙草のケースが握られていた。

オレの顔を見て、にやりと笑う。

 

「……悪い奴だ」

 

妹紅「ちょっとぐらい大丈夫だって、子どもたちもけーねもいないんだしさ」

 

悪魔の誘惑を断ち切ろうとしたが、身体は吸い寄せられるように中庭へと向かっていた。

縁側に腰を掛ける。胡坐をかいた妹紅が茶色の煙草を差し出した。

 

妹紅「この間の返し。私が巻いた煙草だ」

 

「巻きたばこ作ってんのか。洒落てるな」

 

妹紅「なんせ暇だからな。自分で作った方が意外と納得のいく味になったりする」

 

ポケットからライターを取り出し、火をつける。

妹紅は既に白煙を吐き出していた。「あーうめぇ」と声。

先端が赤く燃えた所で、オレはゆっくりと煙草を吸う。

 

「…………」

 

濃厚で、コクのある苦味が肺を満たす。しかしその苦みは何処か親しみのある苦味。煙草の原点。まるでほろ苦いコーヒーを飲んでいるような味だ。

それでいてタールは高くなく、吸いやすい。

 

「……オレ好みの煙草だ」

 

妹紅「気に入ってもらえたようで」

 

深呼吸するように煙草を吸う。

そよそよと風が中庭の一本木の葉っぱを揺らしていた。

 

「なぁ、妹紅はいつから煙草吸い始めたんだ?」

 

妹紅「煙草?そうだな…」

 

少し考える素振りを見せ、妹紅は首を振る。

 

妹紅「もうすっかり忘れた。物心ついたころから右手に収まってたよ」

 

「…ガキの頃からか?」

 

妹紅「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。あまり覚えてない」

 

「自分でも曖昧なんだな」

 

妹紅「……まぁ、そういうことさ」

 

なんだか言葉を濁しているように見える。

言った方がいいのか悪いのか、見当が付かない、といった風に、曖昧な言葉だった。

お互いに煙草に口を付け、息を吐き出す。

 

妹紅「ま、煙草なんてそんなもんさ。幻想郷には煙草が無いと生きていけない奴ばかりだ」

 

「へぇ…」

 

オレの脳内に浮かんだ、煙草を吸う慧音の姿。

細い指で細い煙草を持ち、目を細め、口を窄めて煙草を吸う姿――。

それは色気というより、色気と妖艶の暴力。

 

「やばいな」

 

妹紅「な?やばいだろ。でも慧音は煙草嫌いだから気を付けろよ」

 

煙草を吸う彼女の姿が霧散する。

灰皿に灰を落とし、妹紅からもう一本煙草を貰う。寺子屋に来る際は煙草を置いてきているので、手持ちにはない。

我ながら教師の鑑だ。

二人で煙草を吸っていると、気付けば寺子屋は赤橙に染まっていた。

空が薄暗くなって、雲は多く、灰色とオレンジ色が混ざり合う。

 

妹紅「さて、そろそろ私は行くよ」

 

「おう、何処へ行くんだ?」

 

妹紅「今日は博麗神社で宴会があるんだ」

 

「そうか、満月の酒か。霊夢によろしく言っておいてくれ」

 

妹紅「あいよ。顔利かせとくから、宴会には来るなよ」

 

「よくわからんが、分かった」

 

妹紅はカッカ笑い、咥えていた煙草を手のひらで握りつぶした。

 

 

§

 



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満月

 

「今宵、月は何処を照らすの~」

 

夜。

空はより雲が増え、白光は地上に降り注ぐことなく、天だけを灰色に照らしている。

あの向こう側に満月がある。

ふと、里の外に光源が見えた。その灯りは、賑やかで、暖かいように思えた。

今ごろ博麗神社で飲む酒は不味かろう。

 

「オレという華(ネタ)が無いからな」

 

人気のない道、煙草を吸いながら歩く。もう片方の手には酒。慧音と商店街で買った時の物だ。あまりにも満月が綺麗だから、暇があれば晩酌と洒落こもうと持ってきた。

 

「送り主がパーティ希望だと嬉しいんだがな」

 

バチバチと街灯が発光する。夜の里は驚くほど人がいない。当たり前だ、夜は妖怪が跋扈する時刻であろう。

煙草に口を付ける。夜に吸う煙草は美味く、実に昼の1.7320508倍である。

 

「あ~頭が元気になるんじゃあ~」

 

酔わずとも夜はハイテンションになる。満月が人の本当の姿をさらけ出す。

歩いていると、人里の関門へとたどり着いた。

木造で作られた大きな扉、御城の門前に建てられていそうなほど大きい。

まるで「この先は許可なく出られる場所ではない」と、そう語っているように。

 

「…………」

 

門の前には槍を構えた男が二人立ち構えていた。

――人がいる。門番は夜でもおかまいなし、か。

煙草の火を消さず、そのまま門の前まで歩く。

 

『待て』

『貴様、何用だ?』

 

二双の槍が交叉し、オレの行く手を阻んだ。

仕方なく立ち止まる。眼前でギラリと暗輝する刃。

 

「ちょいと外に出たいんだけど」

 

『ならん!』

『この先は里の外だぞ、出るには稗田家当主様のご許可が必要だ!』

 

「ご許可なんて要らない。……お前らこそ、分かっているのか?」

 

『なんだと?』

『なに?……いや、待て、こいつ…!』

 

男たちはハッと顔色を変える。

その表情は、「何故この男は夜に出歩いているのだろうか」と「何故里の外に出たいのか」という二つの疑問の答えが混ざり合った結果を表していた。

たじろぐ門番人。槍がカタカタと震えだす。

 

『その赤い髪……!』

 

「お、気づいたか。そうさ、オレァ……”紅魔”のモンだ」

 

言葉は魔法だ。

紅の悪魔の名の元に、門番人は血相を変えてその場にへたり込んだ。

そして、震える声で、

 

『か、開門!!!」

 

眼前の大きな扉が軋みながら内側に開いた。

 

「さんきゅ、恩に着るぜ」

 

『た、頼むから、命だけは…命だけは!!』

 

「そんなもん取らん、逆にくれてやる」

 

と言ってへたり込む彼らの前に一本の一升瓶を置く。

茶色の一升瓶には[滿月]の文字。自分で飲もうと思っていたが、気が変わった。

 

「せっかくの満月だから気楽にいこうぜ」

 

門をくぐると、オレを里から追い出したかのように、すぐさま門は閉められた。

“紅魔”というブランドが示す力は絶大なようだ。赤い髪に共通して人は恐怖するらしい。これからも少々利用することにしよう。ビバ紅魔館!

 

「う、さみ」

 

冷たい空気が頬を撫でる。

里の中よりも若干気温が低く、しかしそれは単なる寒さではない事に気付く。

これより先は、妖怪たちの住む世界――。

今感じているのは冷気、というより妖気、という方が正しいのだろう。

迷いの竹林は、この妖怪の生きる場所にある。

 

「さぁて、行きましょうかね」

 

東に昇る恥ずかしがり屋の満月を背中に、オレは闇の世界へと足を踏み入れた。

 

 

§

 



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竹林

[迷いの竹林]は、人里を出て妖怪の山の反対側に位置する。

方角は分からないが、妹紅から教わった方角『西に向かって進め』を信じて進む。

思えば、オレは博麗神社から人里へ来る時以外に、里外へ出た事がない。

今更恐怖を感じているとか、ビビッているだとか、そういうことではない。何となく飛び越えた一線がやけにあっさりだったから拍子抜けしただけだ。

 

迷いの竹林は、ただの竹林のように見えた。

 

「ここ、ね」

 

竹林の入り口にはボロボロになった立て看板がある。

――此ノ先、迷ノ竹林也。命忘ルナ。

 

「こんなところに来る奴は、命より大切なものがあると思うぜ」

 

煙草を吸いたい気持ちをグッとこらえる。

火事にでもなったらシャレにならないのと、煙あるいは臭いによって妖怪が寄ってくるかもしれないからだ。

どんな妖怪が来ようが全力で逃げるだけだが、エンカウント率は下げておきたい。

いざとなれば[靈撃]がある。それに、発動するか分からない[スペルカード]も備えてある。来るべき時のために、後ろのポケットに忍ばせておく。

 

「……静かだ」

 

竹林は静寂に包まれていた。風がないせいか、葉の擦れる音さえも立たない。

生を感じさせない、しかし今にも群生した竹の中から妖怪が出てきそうな、アンバランスな空気が流れている。

 

「たけやぶやけた、わたしまけましたわ」

 

竹林に踏み入れる。

竹の密度はそれほどではないが、如何せん道がない。

『迷い』と名称についているのは、こちら側が動こうとすれば迷うよ!という意味合いを持つらしい。

迷わないコツとしては、「ひたすら真っ直ぐ進め」とのこと。なので直進することにする。

上着に入れたライターを手で弄りつつ、オレは進む。

 

 

~~1時間経過~~

 

 

「心が叫びたがっているんだ!!!」

 

心が折れそうだ。いや、実際、折れていた。

何処まで歩いても同じ風景。まるで同じことを繰り返し意味もなく行わせる無間の地獄のようだ。

いつまで歩けば視界が開けるのだろう。

開けた所どころか、人が通ったであろう道さえ見つからない。

ここまで歩いて目的地に着けない不幸さもそうだが、同時にまだ妖怪にも遭遇していない幸運さをオレは持っている、不幸中の幸いというものか。

しかし、堂々巡りを彷彿とさせるこの竹林、いったいどこまで広がっているのだろうか?

 

「頭にきますよ」

 

煙草のニコチンも切れかかってイライラが増していく。

本当に心の底から叫びたい気分だ。

しかし叫び声から人食い妖怪に見つかりむしゃむしゃEND、という未来が見えたのでグッとこらえる。

携帯を見る、[22:21]の表示。良い子はとっくに寝ている時間だ。現代の子どもはまだ起きている時間だが。

 

「我慢できねぇや」

 

と、煙草に手を伸ばそうとした、その時だった。

 

 

――サクッ。

 

 

枯草を踏み鳴らす足音がした。

瞬時にオレは身構え、息を殺し、周囲を窺う。

妖怪の足音か、それとも一般人か――いや、この時間に人間がこんな場所にいるのはおかしい。俺も十分怪しい奴だが、もしかして同じ境遇の人間か?

恐怖と欺瞞の間で意識を集中させる。オレの心臓がどこにあるのかはっきりと分かった。

 

 

――ザザザッ

 

 

(……来るッ)

 

前方の笹の葉が揺れ、密集した竹藪から、一対の影がゆらめいた。

そこに現れたのは、小さな人。

 

「……ウサ耳?」

 

まず初めに飛び込んできたのは、ニョキ、と左右に伸びた白い耳。ふわふわとしていて、ウェーブのかかった黒髪と対照的な彩色だ。

暗順応によって次第に分かってくる、人影は女の子だった。

全貌は明らかではないが、かなり低めの背丈だ。加えて童顔でもある。里の子どもぐらいの身体つきだが、間違いなく里の者ではないだろう。

服装はピンクのワンピースのような物を召していて、その服装がより子供っぽさを強調していた。

物陰からじっとこちらの様子を窺っている女の子。その眼つきは女の子がなせるようなものではなく、まるでこちらの心の中を見透かすように細められている。

 

『…………』

 

「…………」

 

黙ったまま時間が過ぎてゆく。

その間も女の子の視線は一ミリも揺らがずに、オレを見据えていた。

一体どれほどの時間が経過しただろうか。

やがて視線が動く、女の子の赤い目。

 

『…言霊のさきはふ国、とは聞が好いもんだ』

 

「おっ」

 

そして女の子が駆けた。全貌が露わになる。やはり少女だった。

オレの身体は無意識のうちに動いていた。

彼女の背中を追いかける、そこに意味はない。意味はないはずなのだが、そうしないといけないような気がした。

単に少女に好奇心が湧いただけかもしれないが――。

 

「てか、はえぇ!」

 

少女はすばしっこく、脚力は常人のそれを遥かに凌いでいた。

気を抜けば見失いそうな距離まで引き離されている。元々視界の悪い場所なので尚更だ。

負けじと腕を振り必死に食らいつく。距離にして数十メートルといったところだ。

背中から突然噴き出した追い風が無ければ、すぐに逃してしまっていただろう。

カーチェイスは少しして終わりを告げた。

少女が右に曲がった時、オレも右へ曲がったが、少女の姿を見失ってしまった。

 

「ミステイクンッ!!」

 

膝から崩れ落ちる。

女の子に追いつけなかった悔しさが――ではなく、妹紅の「真っ直ぐ進め」という言葉に従わなかったため、百パーセントオレは迷った。肺が爆発しそうなほど暴れている。これだからヤニカスはダメなんだ。精神が身体とリンクしていない。

オレは立ち上がって土埃を払う。不思議と不安はなかった。

 

「…………」

 

何故なら、オレの目の前に極光が降り注いでいたからだ。

群生していた竹林が空け、満月の光が注ぎ込まれている。

その圧倒的な光の量に目を瞬かせようと閉じかけた時、オレは見た。

 

――此処、迷ノ竹林“奥地”也――。

 

眼前には景色の開いた空間。それはオレが求めていた目的地であった。

頭上に昇る完全な月。

月へ祈るように伸びる立派な竹藪。

 

『…………』

 

そこに、人がいた。

先ほどの少女ではない。大人と思しき容姿だ。

しかしその容姿は、オレの中で何かを弾けさせ、驚愕と不安に包んだ。

 

脳裏に浮かんだ、一言。

 

 

「……どうして、ここに?」

 

 

すらりと腰まで伸び、クセのない真っ直ぐな銀の髪。

白と青が織り交ぜられたドレスのようなワンピース。

その人は、オレのよく知っている人だった。

 

 

『…………ミナト』

 

 

上白沢慧音は震えた声でオレの名を呼んだ。

 

 

§

 



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異変

 

月光を浴びた慧音の姿は美しさを超越し、まるでダイアモンドのように輝く宝石そのものだった。

こんな竹林に宝石が落ちているのだから、さすが幻想郷だと感嘆せざるを得ない。

磨かれたダイアモンド、しかしその美貌は輝きこそすれども、笑っていない。

冷酷な、光を失った、宝石。

 

慧音「……ミナト」

 

もう一度、彼女はオレの名前を呼んだ。

彼女は笑う。笑っている。表面上は、笑っている。

でも、どこか困っているような、悲しそうな笑顔だった。

分厚い雲が再び輝く満月を隠し、オレたちを闇に誘う。

 

「慧音、どうしてこんなところに?」

 

慧音「…………」

 

同じ質問をぶつけるが、慧音は答えない。

その反応は、オレが薄々感じていたものを確信に至らせようとした。

 

 

――今宵、迷いの竹林の奥地にて君を待つ――。

 

 

『文々。新聞』に挟まれていた手紙。達筆で読みにくい字。

彼女の達筆な文字。オレはずっと読めないと思っていた字。

それらが一瞬で繋がり合う。現実を語るには容易すぎた。

 

慧音「手紙、読んでくれたんだな」

 

「……あぁ」

 

慧音「まぁ、だから、ここにいるんだよな」

 

「…………あぁ」

 

風の音が消え、葉擦れの音も消え、生命の息吹さえも感じさせない空間。

言葉を待つことの緊張、それらが重なり合って無音の世界を作り出す。

やがて慧音は組んでいた手を解き、オレの方へ歩み寄ってくる。

 

慧音「何故お前をここに呼び出したと思う?」

 

「……好きなのか? ここが」

 

慧音「……はは、やっぱり鋭いな、君は。それもある」

 

慧音の整った顔が近づいてくる。悲しそうな笑顔でも彼女は美白だった。

長いまつ毛が震えながら、真っ直ぐに俺を見つめてくる、深紅のルビィのような瞳が、オレを縛る。

距離にして数センチ、目と鼻の先に慧音がいる。

 

慧音「里の喫煙所で、本当は言おうとしたんだ」

 

「……」

 

喫煙所、という言葉からその時の情景が思い浮かぶ。

彼女が昼時にそこに来た理由。

彼女が宵時にここに居る理由。

その二つは、密接に関係している。

 

慧音「あの時、私はお前に言おうとした。お前だけじゃない。あの場にいた私を見る目に伝えたかった」

 

「……慧音?」

 

慧音「今思えば言わなくてよかったよ。もし言っていたら、お前は何処かに消えてしまうような気がしてさ」

 

「……何処も消えないさ」

 

慧音「…はは、ありがとう」

 

声が次第に湿っぽくなる。

数センチ先にいる彼女の心象を掴むには、あまりにも近すぎる距離。

雨、のイメージが思い浮かぶ。

 

「………」

 

慧音「………」

 

しばしの無音が訪れる。眩暈を感じるほどの静寂。春の夜の夢。

先に静寂を破ったのは、オレだった。

 

「……教えてくれよ」

 

静かな言葉とは裏腹に、心臓は爆ぜる寸前でいた。

次の発言でドロリと口から臓物が出てくる感覚。込み上げる緊張という名の吐気。

しかし、彼女を前にしてオレは全てを飲み込む。

そして言おうとしていた言葉はすんなりと空気に触れた。

 

「君の秘密ってやつをさ」

 

彼女の雨は止んでいた。

それでも悲しそうな笑みは止まらない。止めてほしいのはそちらの悲痛な笑顔。

静止した時間、薔薇色の艶やかな唇が動く。

 

 

 

――わかった、と。

 

 

 

慧音「見ててくれ」

 

静かな言葉が咲き、白い光が再び雲を分けて竹林の奥地を照らしてゆく。

雲の掛からない満月。極光が見る者の目を焼く。

反射的に目を閉じようとした時、彼女に”異変”が起こる。

 

「――――」

 

慧音が何かをつぶやいた。直後の事。

びくり、ぴくり。

彼女の身体が大きく跳ねた。我慢していたものが崩壊していく、制御しきれないものが溢れだしていく――彼女の全てを、彼女の秘密を、さらけ出すように。

 

慧音の身体は反るようにして満月を迎え入れた。そして、変異。

 

「…………!」

 

身を包んでいた淡い蒼色は、月光を浴びて純白に染まったかと思うと、竹林の彩が流し込まれ、青は“緑”へとその彩色を移した。

そして、頭の学帽がひらりと枯葉に落ちると、彼女の天辺から二本の細い角が満月を支えるようにして伸びていく。

この二つの異変が、慧音が隠し持っていた秘密であると、理解した。

しかしそれは彼女自身が持つ資質の問題でもあり、すなわち――。

 

 

慧音「……今まで黙っててごめんな」

 

 

彼女は、寺子屋の先生は、人ではなく、妖怪だった。

 

 

§

 



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秘密

 

慧音「これが、私の本当の姿だ」

 

碧に染まった慧音は、人でありながら、人ならざる容姿に成り代わっていた。

角の生えた二本の鋭角。

月光に濡れる鋭い歯牙。

碧の髪、手の爪、そして、慧音を取り巻く妖気。

それは、彼女が人の形をした[妖怪]であることを物語っていた。

 

「……妖怪、だったのか…?」

 

こくりと揺れる、足元の暗黒。

その肯定が、オレと慧音との記憶を引きずり出していく。

――寺子屋で出会った彼女。

――オレの生活を安寧し、救いの手を差し伸べてくれた彼女。

――子どもの幸せを考えて、毎日一生懸命に寺子屋で働く彼女。

――妖怪、人間を食い物にしている、人間の敵。

――今まで出会ってきた慧音は、全て、妖怪で。

 

慧音「……そんな顔、しないでくれよ」

 

「……!」

 

悲しそうな慧音の声にハッと現実に戻る。

腕を組んだまま真っ直ぐにオレを見る。妖怪の彼女は、今にも竹林に溶けて消えてしまいそうだ。

 

「……すまん」

 

彼女の視線にオレは謝ってしまう。

――自分の秘密を思い立って打ち明けた慧音に対して、オレはどうだ?

彼女と視線を交えていないオレは、なんだ。

交えるどころか、逃げてしまっている。

今、自分がどんな表情をしているのか、想像したくなかった。

手の震えを必死に隠す。目の前の妖怪。それは慧音だ。妖怪は人の命を奪う危険な存在。全てがそうであるとは言い切れない。でも、でも――。

 

複雑な感情がとぐろを巻く。

オレは自分の想いとは相反して、無意識に口を開いていた。

 

「……なぁ」

 

声が震えていることはオレが一番知っている。

それでも、言葉を生み出さなければならない。

沈黙が、彼女の何もかもを否定してしまう。オレがやることは、怯えることではなく、思考することでもなく、目の前の妖怪と向き合うこと。

 

「慧音」

 

慧音「…………」

 

真っ赤に燃えるルビィの双眸は依然としてオレを捉えている。

正面から見据える慧音。

彼女は今日の今日まで一体どんな気持ちで生きてきたのだろう?

自分が妖怪である、と隠しながら、妖怪を拒む人里に身を置いて――。

ズキリ、と心臓に痛みが走る。比喩ではない、本当の痛みが。

 

「勇気をもって話してくれて、ありがとう」

 

慧音「……」

 

「私は妖怪です、だなんて。そうそう外の人間に言えることじゃあない」

 

痛みが少しずつ鋭くなって、増していく。

この痛みは心の痛みだ。

心臓は心ではない。心は脳にある。それでも、オレは左胸が痛んだ。

――同じではないのか。人間も、妖怪も。

人間のオレも、妖怪の慧音も、みな、心を持っている。

心の痛みは、ヒトとして生きる存在が持つ、存在証明。

 

「はっきり言うよ。オレは妖怪が怖い」

 

妖怪は人間を襲い、喰らう。

それは妖怪の性であり、避けられない理である。

しかし、それは人間も同じだ。人間も家畜を喰らい、食物を食べる。

もし人間が妖怪を喰らう理だったならば?

立場が全く逆だったら? 

 

「だけど、オレは外の人間で、妖怪のことなんてほとんど分かってない」

 

ただ、それだけのことだ。

被害者は人間じゃない。心を持った妖怪だって同じ、被害者だ。

人間と妖怪という関係が、何かによって強引に作られてしまったが故に。

 

痛みは次第に強くなっていく。

オレの心の痛み、だが慧音も同じ痛みを受けている。

――でなければ、彼女はこんな顔をしないだろうに。

 

慧音「……ミナト…?」

 

慧音の声も同じように震えていた。

オレは、着ていたジャケットを脱ぎ、その場に放り投げる。

訝しげに視線を添わせる彼女に構わず、春の寒空を肌で感じる。

 

「ほら」

 

白いシャツの腕をまくり、拳を固めて、前へと突き出す。

ちょうど慧音の口元へと伸びるように。

自分の腕は肉付きが良く、かといって細くもない、健康体だ。

 

「……食べてくれよ」

 

細められた紅い目が、大きく開かれる。

慧音はオレの白く染まった腕を見る。そして、視線が交叉する。

今度は逃げない。真っ直ぐに彼女を見つめる。

困惑は、やがて強い光に変わった。

 

 

――ひとりの妖怪の心を救うためなら。

 

 

「……慧音の為なら、腕の一本や二本、軽いもんさ」

 

妖怪の表情から、困惑が消えた。

意志が固まったように、オレの元へと強く踏み寄り――

その鋭利な八重歯を、人間の腕に突き刺した。

 

 

§

 



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妖怪と人間

――がぷがぷ。

肉を噛む音が、腕を通じて耳に届いた。

 

――がぷがぷがぷ。

尖った八重歯が柔らかな肌に突き刺さる。

 

――がぷ。

オレの腕は噛まれている。

しかし、それは皮膚を突き破る力が込められていない。

痛みはなかった。

 

慧音「~~~~~ッ!!!」

 

腕に必死に噛み付く妖怪は、泣いていた。

泣きながら、オレの腕を喰おうとしていた。

嗚咽を上げながら、がぷりがぷりと。

涎と涙でオレの腕とシャツがぐちゃぐちゃだ。

まるで大雨に遭ってしまったかのように、びちゃびちゃだ。

 

「……まぁ、そんな人を食べる妖怪じゃないだろうと思ってたよ」

 

慧音「バカッ、バカだよお前はッ」

 

悲しみから怒りへと、今度は噛みながら罵倒してくる。

こんなシチュエーション、生まれて初めてだ。

 

慧音「私がどれだけ不安な思いでッ、お前と接したとッ…!!」

 

「あぁ、わかってるよ」

 

慧音「さらっと言うな!もう、うう~~……」

 

なお齧歯をやめない妖怪の彼女。

普段透き通る青で流れる糸のような長髪は、緑に煌めいている。

蒼も良いが、緑の彼女も中々にいい。

噛むたびに揺れる二本の角も彼女が人ならざる者の象徴である。

しかし、真っ直ぐに屈託なく生えるそれは、まるで彼女の真っ直ぐな性格も象徴しているようだった。

 

慧音「…………ミナ、ト」

 

ピタリと腕の感触止まる。

しゃくり声をあげながら慧音はオレの名を呼んだ。

雫を溜めた淡い紅色。綺麗な宝石が、オレを上目遣いで見据える。

 

慧音「お前は……妖怪をどう思う?」

 

潤んだその瞳は、何かに縋るような、不安定な色を帯びていた。

 

慧音「人間にとって、妖怪は恐怖であり、常に脅かされている……友好関係など築けるはずがない」

 

妖怪と人間。

慧音とオレ。

本来有り得るはずの無い、人と妖の関係。恐怖を与える者と、恐怖を拒む者。

 

「……さっきも言ったけど、確かに怖いよ」

 

慧音「……そうだろうな。外の世界に妖怪はいない。怖いのは当たり前だ」

 

――だけど、だけど……。

オレが聞いているのを確かめるように、慧音は言葉をつづけた。

オレの腕を掴む手に力がこもる。

 

慧音「全ての妖怪が人間を苦しめるんじゃないんだ」

 

思い浮かぶ――神社前の森。

オレを喰らおうと襲い掛かってくる妖怪たち。

あの妖怪たちは、人間を喰わなければ生きていけない妖怪だ。サバンナで百獣の王が草食動物を喰らう事と同じく、自然の理に従う妖怪も同じく。

しかし、目の前の上白沢慧音という妖怪。人里で自分が妖怪だと隠しながらも、里の為に、寺子屋を開いて子どもに知識を授ける。

人間を襲う妖怪と、人間を助ける妖怪。

どちらも妖怪。どちらも――妖怪だ。

 

慧音「……分かってほしい、妖怪は皆悪い奴じゃあない。確かに少し荒れた奴もいる。平気で人を殺す妖怪だっている。けれど、けれどだ……」

 

慧音の言いたい事がはっきりと伝わってくる。

空気を通して、肌を通して、吐息を通して、何もかもが流れ込んでくる。

妖怪でありながら、人間である、慧音の感情が。

二つの決して混じらぬ存在の間にいる、人妖の彼女の想いが。

 

慧音「ミナトは、そんな妖怪たちと、どう向き合う?」

 

幽かな風の息。さわさわと騒ぐ竹の葉。

答えは、既に己の中で決まっていた。

慧音が妖怪だと知る前から、人と妖の在り方を。

 

 

 

 

――いつか、この二つが、交わることの無い人間と妖怪が。

 

 

 

「オレは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな竹林は、慧音が好きそうな所だった。

眼を閉じて慧音は、弾けるようにして、今までで一番の笑顔を浮かべている。

その笑顔は人の時の彼女と変わりのない、それ以上の笑顔。

 

慧音「……答えてくれてありがとう、ミナト」

 

夜空はいつの間にか晴れていた。

顔を覗かせる満月は、オレたちを、迷いの竹林を煌びやかに照らす。

 

「まぁ、難しい話だとは思うが……オレは少なくとも、そう思うよ」

 

慧音「何とも、君らしい答えだよ」

 

慧音の屈託の無い笑顔に、オレは照れつつも微笑み返した。

 

 

§

 



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歴史

慧音「歴史というのは、その時代その場所で起こった事物を時間的に変遷したありさま、あるいはそれに関する文書や記録のことを言う」

 

彼女の周りには、大量の巻物が展開されていた。

但しそれは単なる巻物ではなく、突然現れ、ぼんやりと光を帯びている、妖力が作り出した幻だった。

 

慧音「私の能力は、その歴史を作る能力」

 

「歴史を、作る」

 

慧音「あぁ、そうだ」

 

と慧音は微笑みながらオレを見る。

 

(てかそれってヤバくないか?)

 

さっきの説明と合わせると、慧音は歴史を全て変え、今を変える事が出来る。

つまり幻想郷は彼女の想いのまま――。

 

慧音「この姿、つまり満月の夜になると、私は幻想郷の全ての歴史が視える。始まりから今まで全てな。先ほどの説明通り、歴史は人の手によって編纂され、文書や記録として残る物だ。歴史を創る能力、と言っても無い物を作り出す訳ではなく、文書として残っていない歴史を見つけ、それを人の見える形にして残す力と言えばわかりやすい」

 

「……なるほど」

 

勘違いでした。

つまるところ、彼女の能力は『幻想郷の歴史が分かり、現在[歴史]として残る文書に干渉し、歴史書に記しなおす』力だと言える。

なるほど、と言っても半分はなるほどわからん状態。「歴史って?」「ああ!」ぐらいのズレが生じている。

 

慧音「簡単にいえば皆に知られていない出来事や、在るはずなのになかった出来事を見つけ出し――正確には掘り起こすって表現が適切だが、この能力を使って人間や妖怪が目に見えるように文書を書き直すんだ」

 

「……壮大だな」

 

慧音「歴史の改竄は大変だ。これを一夜かけて行う。明日は疲労で一日中寝てるよ」

 

それほどの重労働を一人で行っている。それも、自分の為ではなく、人間と妖怪――つまりは、幻想郷という世界のために。

ますます、この目の前の[ワーハクタク]と化した妖怪が妖怪に見えない。

どうしてもその行いは人間の行いだ。

 

「やっぱり慧音は人間が好きなんだな」

 

慧音「ッ」

 

彼女を見てぼそりと呟くと、ぼふん、と爆発音が聞こえた。

緑色の髪が逆立ち、顔が真っ赤に染まっている。

 

慧音「ば、ば、ばか。そういうのはやめてくれ。今言われると、その、困る」

 

「?」

 

慧音「な、なんでもない!!」

 

いつものクールな彼女はどこへやら。歴史の改竄時は無防備らしい。

コホン、と目に浮かぶ幻影の巻物(これは彼女の能力で見る歴史が一時的に具現化されたものだってけーねが言ってた)に目を通す。

一瞬にして集中した彼女を傍目に、オレは邪魔にならないように周囲を見渡す。

 

「……立派な竹林だ」

 

白光で明るくなった竹林を眺める、一体いつから群生しているんだろう?

ここまで広く大きく生えるのに数十年では足らない。

恐らく何百年と時を重ねて、今の竹林が形成されているのだろう。

まさに[歴史]があるから、今がある。歴史を知る者が、今を、これからを作る。

 

「お」

 

見渡していると、足元に小さな竹を見つけた。

俗にいう竹の子ども、筍だ。

茶色のふさふさとしたコートに身を包み、寒さを凌ぎながらあっという間に成長する。

気付いたら大きくなっている、その様子はまるで人間そっくりだ。

 

「元気に育ってくれよ」

 

筍を撫でる。寺子屋で子どもを撫でる時と同じように。

頭のてっぺんのちくちくとした感触までそっくりだ。

 

慧音「ここの筍はとても美味しいんだ」

 

チラリとオレを見た慧音が微笑んで言った。

 

「妖怪が出るから?」

 

慧音「ミナトは鋭いな。そうだ、妖怪が住む場所は自然の力が強く、作物が育ちやすい」

 

「へぇ、てっきり、筍が人の生き血を啜るのかと」

 

慧音「ここは大丈夫だ。魔法の森だったら有り得そうだがな」

 

「何それ怖い」

 

人を喰う筍に興味を覚える。

人間の里に出たせいで、どんどん邪な考えが浮かんでくる。

 

――この幻想郷は、どうなっているんだろうか。

 

まだ知らぬ世界に対する興奮が、再び熱を帯びていく。

 

慧音「別に待ってる必要はないぞ?」

 

「いいよ。これも何かの縁だ」

 

慧音「縁、か……いい言葉だ」

 

全ての歴史に目を通し、調整する妖怪を、オレはずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いの1ばんに言うことは

 

 

 

命は2個も無いもんさ

 

 

 

3つ数えりゃ後ろに何かが

 

 

 

4るは目を瞑らない

 

 

 

5人はペロリと食べられて

 

 

 

6でもない死体が転がった

 

 

 

7時に外を出歩くな

 

 

 

8つ裂き人形の出来上がり

 

 

 

9るしむことを忘れたならば

 

 

 

里の関門10り越せ

 

 

 

(人里に伝わる『数え歌』より)

 

 

§

 



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二度寝

――チュンチュン。

 

朝雀の可愛らしいさえずりに目が覚めた。

やけに清々しい朝だ。朝は苦手なハズだが、妙にスッキリとした目覚めだ。

人の温もりを持つ布団。その中でオレは、二度三度と瞬きを繰り返した。

頭が完全に覚めようとした所で、隣にかすかな寝息が聞こえた。

 

……すー……ん…。

 

整ったピンクの唇と、端整な顔立ち。貝合わせのように閉じられた瞼、長いまつ毛。

青い髪の毛はねこっ毛のようにクセが付いている。

寝ている無防備な彼女を見るのはこれで二度目だが、前回のような邪な感情はない。

――それも、そうか。

窓からは、煌々とした朝日が慧音の家に入り込んでいた。

 

「……今日もいい天気だ」

 

昨日も良い天気だったがな。それも満天の空に、満月に、と恵まれていた。

上半身を毛布から出そうとすると、隣にいる慧音の寝顔が見えた。

人間姿の彼女。人里で寺子屋を開き、子どもたちに勉強を教える先生。里の長のように、住民に好かれ、友好関係を築いている先生。

――慧音の正体は、そんな素敵なお人よしの妖怪。

 

オレが今、清々しい気持ちなのは、そんな彼女のささやかな秘密を知ったからだろう。

 

「二人だけのシークレット……誰も知らないってか」

 

しかし、問題がある。

あれから妖怪時の彼女の持つ力を教えてもらい、一夜かけて幻想郷の歴史を改竄し。

で、いつの間にか隣で寝ている。添い寝ってやつ。

言い訳をさせてほしい。断じて事後ではない。決して事故でもない。なるべくしてなった事だし、何も起こってないし、オレはまだ自分を守り切っている。故に、添フレってことで、セーフ。

何はともあれ、あれほど慧音に邪な考えは抱かないと決めていたのに、添い寝をしてしまった。

自然の理とは逆らえない人間の性に近いのかもしれない。

男とはすなわち罪そのものか。

 

「……う」

 

ふと、腕に温もりを感じた。

偶然かどうか分からないが、昨夜慧音に噛まれた所には、彼女の細い腕が組まれていた。

体温を感じる。触れている所が温かい。

布団の温かさと慧音の温かさは、じんわりとオレを微睡みにつれていく。

 

「ゆたんぽみたいだ」

 

今日の予定は特に何もない。

慧音自身、この日は満月の夜の翌日として、寺子屋を閉めている。

故に彼女も予定がない。だからこうしてぐっすり安心したかのように眠っている。二重の意味で安心しているのだろう。

本当に無防備すぎる、とオレは思う。いつか変な男を掴ませられなければ良いが……。

 

さて、ソフトな拘束をされている今、やるべきことはひとつ。

 

「セカンド オブ スレプトゥ!!」

 

スタンド名『二度寝の末路(セカンドオブスレプトゥ)

本体名――「一之瀬ミナト」

布団の魔力に捕まり、更に上白沢慧音の魔の手から逃れられず、再起不能(リタイア)――。

 

「……むにゃ」

 

この布団とゆたんぽならずっと寝ていられそうだ。

 

 

§

 



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甘味

オレたちは商店街を歩いていた。

まずは精肉屋に目を付ける。

 

慧音「お兄さん、このお肉ください」

 

『おうよ!先生にはおまけで1kgサービスしてやる!ついでにコロッケも!!』

 

どしり、と豚肉がオレの腕の中に積まれた。

次に標的になったのは八百屋。

 

慧音「おおう、何と立派な大根なんだ……」

 

『いっぺェ採れたから持ってってくれ!人参もやるよ!!』

 

グサリ、と根菜の数々がオレの腕の中に上手に突き刺される。

更に貪欲にも、調味料屋さえも獲物としてカウントされてしまった。

 

慧音「……」

 

『美しい瞳…是非とも我が醤油を食卓に置いてくださいまし……』

 

ズン、と醤油の樽がオレの持つ肉の下に潜り込んだ。

視界が築かれたタワーによって見えなくなりそうな中、前を歩く慧音は止まらない。

彼女の力は絶大であり、尊大であり、偉大であった。

歩くだけで物を恵んでもらえる。初めて慧音と来た時にも思ったが……

 

「……けーねって、すげぇ」

 

驚嘆の言葉が漏れた。

そして、混雑している軒並にも関わらず、彼女の前には道が出来ていた。

その中で、慧音はワンピースの裾を揺らしながら、振り向いた。

 

慧音「ほら、ミナト。早くしないと夕飯の支度に遅れるぞ?」

 

「分かってんよ。けーねが早いんだって」

 

こうと分かっていれば荷車でも借りてくればよかったな。

夕飯時の商店街は大変繁盛している。夕飯の食材を買う主婦、農業を終え居酒屋で一杯飲む農夫、売り込みに必死に売り子、チラシを配る人、歌っている人、子どもの鳴き声――。

中々に混沌とした空間である。

 

慧音「次は……お米だな」

 

「勘弁してくれ。米なんて担いだ時には身体が砕けちまう」

 

慧音「何言ってんだ、男の子だろう?あっ、おにいさーん!」

 

無意識って怖い。でも、慧音が元気ならなんだっていいか…。

 

 

 

§ § §

 

 

 

慧音「いやぁ、久々に買い物をすると楽しいな」

 

夕日が影を落とし、鴉が鳴く声が近くなっていく。

隣では、心底楽しかったと言わんばかりに慧音が笑顔を浮かべていた。

オレはお米屋の兄ちゃんから(また)借りた荷車を引きながら、つられて口元が緩む。

 

慧音「欲しい物は大方買えたな」

 

慧音「買えた、というより……全部貰ったの方が正しいな、これは」

 

通りかかった軒並全てで頂物を貰い、荷台からは今にも零れそうだ。

里の人たちは本当に人好きなもんだ。

そして、オレと慧音を見ている通行人から、

 

『なぁ、あいつ…』

『ああ、外の世界から来た、寺子屋の…』

『くそう、何食わぬ顔して慧音先生の隣を歩くな!!』

『いや、おそらく先生は騙されているんだ…そうに違いない…!』

 

などと聞こえるのも、慧音が人々から愛されてている証拠である。

オレへの嫉妬の声に聞こえるが、知ったことではない。

慧音も「そんなのうわさでしかない」と腹を括っているようだ。

 

慧音「……ふふ」

 

「どした?」

 

慧音「いーや、なんでもないよ」

 

慧音がオレをちらりと見る。

……オレとの歩く距離が近づいているのは気のせいだろうか。

凄い、積極的というか、アグレッシブというか。ぐいぐいというか、バスケのオフェンスというか。

 

「あ」

 

ふと、隣の足音が止まる。

慧音は立ち止まっていた。『甘味処』と書かれた赤い暖簾を見つめながら。

その顔を覗くと、まるで子どもがおもちゃを見つけた時の目をしていた。

少し考えているようだったので、

 

「寄るか?」

 

慧音「い、いや……ご飯前だし、さすがに…」

 

「ご飯しっかり食べられるなら」

 

慧音「食べる!」

 

ぴゅーん、と猫のように甘味処へとダイブした。

荷車を止め、石をストッパーとして置き、向かう。

甘味処[杏々]は露店のように店の外で食べるシステムみたいだ。メニューは『ぜんざい』『みたらし団子』『抹茶』と三種類だけ。

暖簾をくぐると、いらっしゃいませと綺麗な着物に身を包む店員さんに出迎えられた。

 

慧音「ぜんざいを、ひとつください」

 

慧音が頼む。

 

「かしこまりました、貴方はどうなさいますか?」

 

「……みたらし団子で」

 

初めて来る店はどれも美味そうで、決めるのが遅くなるタイプの人間だ。

店員は慣れた手つきで会計を済ませ、ぜんざいとみたらし団子、緑茶の乗ったお盆を渡してくる。

それを受け取り、番傘の掛かった椅子に腰を掛け、団子を膝の上に置く。

蜜色に輝くまんまるの団子。まるで燃えるようなオレンジ色をしている。

 

「…………」

 

慧音「じ…………」

 

「……」

 

食べようとした時、慧音がこちらをじっと見ていた。

団子とオレを交互に見て、目で何かを語り掛けている。

――もはや彼女とは言葉が無くても伝わる関係になってきたようだ。

 

「ほら」

 

慧音「!! い、いいのか?」

 

「幸せは分かち合おう、それが幸せってもんだ」

 

慧音「……ありがとう、ではお言葉に甘えるよ」

 

そういうと、慧音はこちらを向いた。そして目を閉じ、小さく口を開ける。

 

慧音「んぁ……」

 

「エ!?」

 

な、なんだこれは……団子を食べる表情じゃあなかろうて!

ぷるぷるとした唇がオレを待っている?いや、団子を待っているんだ断じてオレを迎え入れようとしている訳ではないええいじれったい早く突っ込めいや何をだ!?落ち着け状況を把握し的確に素数を数えるんだ!!

震える手を抑えつつ、団子を慧音の口元に持っていき――。

 

まくっ。

 

慧音「ん・んッ…~~~~!」

 

幸せに落ちる音がした。

オレも続くようにしてみたらしを垂らさず団子に食いつく。

もっちもちとした食感が口の中で優しく弾み、更に少し塩の入った団子と甘いみたらしが絶妙に絡んだ。

 

「美味ッ!!」

 

慧音「な!な!」

 

すかさず更なる幸福を求める慧音は、ぜんざいにパクリと食らいついた。

そして、震える。静かな感動を体の中で味わうように。

 

慧音「あぁ、幸せだ……ずっと、この餅に抱かれてたい…」

 

「ほんとそうだな……むぐッ」

 

慧音「幸せのおすそ分けだ、噛みしめてくれよ」

 

ぜんざいがオレの口に放り込まれる。

温かいあんこに絡んだもちもちの餅がふわふわと口に広がったかと思うと、一瞬にして消えてなくなる。素晴らしくほどの良い甘味を残して。

 

「おふ……よきかな……」

 

慧音「あぁ、これぞ善哉だな…」

 

和菓子の美味さに酔いしれるオレと慧音。

通行人が送る羨望のまなざしに、オレはドヤ顔で「羨ましかろうハッハッハ!」と言いたい気分だった。

 

 

§

 



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醤油

夕方の遅いおやつを終え、オレたちは夕食の準備に取り掛かる。

荷車を返しに行って、食材たちを慧音の指示であるべき場所へと采配終えた。

 

慧音「さぁ、ご飯の準備だ!」

 

「よ、待ってました」

 

意気揚々と包丁を掲げる慧音。

オレも料理番組の補佐役兼合いの手役として人肌脱がねばな

 

慧音「じゃあ、ミナトは待っていてくれ」

 

「なんでや!オレも手伝う!なんでもするぞ!」

 

慧音「ここは私の家だ。家主に従え、いいな?」

 

「くゥん……」

 

合いの手役にもなれない、この気持ちはなんだろう?

と言っても、初めての慧音の手料理を食べる機会なので、超楽しみってのが正直な気持ちだ。

 

「……煙草吸ってくる」

 

慧音「あまり遠くに行くなよ?」

 

「うぃっす」

 

トントン、と包丁を使う家庭的な音を耳にしながら、外に出て、煙草に火をつける。

 

「漆黒の消えない焔よ…!」

 

一対の煙が天に伸びていく。

久しぶりに吸う煙草はいつもと違う味がした。

吸う場所によって煙草の味は変わる。場所が場所だからだろう。背徳感ってやつだ。

 

「寺子屋で吸った時も美味かったなぁ」

 

?『お、快楽に溺れる若者を発見』

 

「誰が犯罪者予備軍だコラ」

 

スタスタと歩いてきた白と赤の少女――藤原妹紅と合流する。

偶然ではなく、彼女も慧音の家を目指してきたようだ。

到着するや否や煙草に手を覆い、見えない着火をする。

 

妹紅「ふゥゥ……けーねん家で吸う煙草ってやっぱうめぇ」

 

「お?わかるか藤原さんよ」

 

妹紅「あぁ、なんだろうな。この……背徳感?」

 

「全力で同意するぜ」

 

二人で談笑していると、家の中から「妹紅か?」と慧音の声。

煙が二対になっているから彼女だと気づいたのだろう。妹紅は「あぁー」と声を上げ、煙草を咥える。

そういや、と妹紅は言った。

 

妹紅「ありがとな、ミナト」

 

「何が?」

 

「何がって、けーねの事だよ。ちゃんとアイツのこと、分かってくれてさ」

 

妹紅はオレの目をしっかりと見据えている。

慧音の正体が妖怪であることを言っているのだろう。

 

「……オレは何もしてない。慧音が勇気を出して言ってくれたんだ」

 

妹紅「そうだな。でも、そうさせる力がお前にはあった。それはつまりお前のおかげじゃあないか?」

 

「そういうもんか?」

分かってくれてさ、だと。なんともおかしな響きだ。

妹紅はカッカと笑いながら、オレの肩に頭を置いてきた。

ふわりと女の子の甘い香りと竹の青い香りがした。心臓が少しだけ暴れる。

 

妹紅「それついでに私の正体も知っとく?」

 

「……予想を立てよう。アンタは…そうだな、炎を操る妖怪だ」

 

「おお、いい観察力だ」

 

「当たってるのか?」

 

と、妹紅は右手の平を突き出すと、何の前触れもなく掌から炎が上がった。

それは真っ赤な炎で、透き通ったような深紅とさえ感じる。

 

妹紅「半分正解で半分不正解、と言っておこう」

 

「もどかしさ全開だな」

 

妹紅「そのうち知る時がくるさ、そのうちな」

 

果たして本当に彼女の正体を知ることが出来るのだろうか。

話を戻すように、妹紅は「でさ」と言う。

 

妹紅「本当によかったよ、人里で慧音の本心を知る奴がいて」

 

「今までいなかったのか?」

 

妹紅「あぁ。ずっと、あいつは隠してたんだよ。みんなに好かれながら、みんなに嫌われないように」

 

先ほどの商店街で人気だった慧音。

それは、今までずっと妖怪だと言わずに、人間として人間の為に生きてきた、積み上げたからこそのもの。

何処までも妖怪離れした妖怪だな、とオレは思う。

 

妹紅「だから本当によかった。これからも慧音をよろしく頼む」

 

「……了解致した」

 

オレの煙草と妹紅の煙草を交叉させる。

 

慧音「ミナト、ご飯出来だぞ。あと妹紅も入ってこい、ろくに飯食べてないだろう?」

 

家の中から慧音の声がした。

煙草の匂いより強い、醤油の効いた芳ばしい香りがした。

 

 

§

 



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茶柱

晩御飯は肉じゃがと葱の味噌汁。

醤油が染み渡った肉じゃがは蕩けてしまうほどに美味で、葱と味噌汁のコンボは凄まじい破壊力だ。

 

「うめ、うめ、うめっ」

 

慧音「おかわりもあるぞ、いくらでも食べてくれよ」

 

あっという間におかわりも含め、全て平らげてしまった。

オレと妹紅は腹をさすりながら、慧音をほめる。

 

妹紅「やっぱりけーねの飯が一番美味いな」

 

「あぁ、まったくだ。料理の上手さだけじゃなくて、慈愛を感じた」

 

慧音「なんだか恥ずかしいな……ほ、ほら! お茶もどうぞ」

 

食後のお茶が卓袱台に置かれる。

ほうじ茶だ。オレの好きなお茶である。

 

「お、茶柱」

 

湯呑を取ると、真ん中に波紋を立てながらぷかぷかと一本の茶葉が浮かんでいた。

縁起がいい、明日はいいことがありそうだ。

少し癒されてから、「そういえば」とオレは思いだしたように聞く。

 

「なぁ、妹紅」

 

妹紅「ん?なんだ」

 

最近忘れていたが、オレの幻想郷に来た目的は親父を探すことだ。

慧音に聞いても成果は得られなかったが、聞く人は多ければ当たるかもしれない。

 

「オレの親父…について、何か知っていないか?」

 

「親父? なんで私にお前の親父のことを訊くんだ」

 

そういえば、妹紅に父親の事を話していなかったので、簡単に説明する。

幼い頃に失踪、幻想郷にいる。

妹紅は訝しげな表情をしていた。もう慣れた反応だ。

 

「と、まぁそんな感じだ」

 

妹紅「一之瀬と名乗るか、髪色の赤い奴、ねぇ…情報が少なすぎるな」

 

「それな」

 

少し考えた素振りを見せた妹紅は、ゆっくりと首を横に振った。

 

妹紅「知らねぇなぁ。少なくとも、名前はこちら側で換えているかもしれないだろ?」

 

「名前は定かじゃない。でも、髪色は確定だ。オレと親父は同じ髪色で」

 

オレは自分の赤い髪を指しながら言う。

その他、記憶に残っている情報を何とかひねり出し、伝える。

それでも、妹紅は「知らない」と言った。

 

慧音「……単に私たちが忘れているだけかもしれないな。稗田に会ってみたらどうだ?」

 

「稗田?」

 

慧音「稗田阿求。この人里の御屋敷に住む阿礼乙女だ」

 

稗田とは人里のお嬢様で、由緒ある家系であるらしい。

そのお屋敷に行けば、親父の手がかりが掴めるかもしれない。

湯呑を口に当てる、茶柱は既に沈んでいた。

 

慧音「阿求もミナトに会いたがってたし、好都合だな」

 

妹紅「それにアイツなら何でも”覚えてる”し、幻想郷の人間全て知ってるかもな」

 

「……そうか、明日行ってみる」

 

稗田阿求。

人里では言わずと知れたお嬢様。

明日は寺子屋の恰好で、無礼の無いように訪問しよう。

持っていく菓子折を考え、店が閉まる前に買うことに決める。

 

「晩飯ごちそうさん、美味しかったよ」

 

慧音「あぁ、もう行くのか?」

 

「たまには妹紅に慧音を譲ろうと思ってな」

 

妹紅「お、気の使える男だな。来世では女に惚れられるぞ」

 

「出来れば今世からがよかったな」

 

最近はオレと居すぎたせいで、妹紅は慧音と話せていないだろう。

 

「一之瀬ミナトはクールに去るぜ……」

 

妹紅「おう、またな」

 

慧音「寺子屋で待ってるぞ」

 

あいよ、と一言かけてから玄関の扉を閉めると、夜風が顔を撫でた。

夏が近づいてきたのか、暖かい風だ。

煙草を取り出し、火をつけようとする。が、中々火が付かない。

 

「……オイル減ってきたか?」

 

数回擦ってようやく火が付く。

幻想郷に来てからオイルを足していないので、そろそろ足さねばならない。

マッチもいいのだが、煙草の味が変わってしまうのが残念だ。

 

「ま、そのうち入れっか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹紅「……行ったな」

 

妹紅が言うと、慧音は溜めていた息を吐き出した。

まるで見えない何かに縛られて、それから解き放たれたように。

 

妹紅「親父、ねぇ……大変だな、ミナトも」

 

慧音「…あぁ」

 

妹紅「親父さん……見つけられるかね」

 

慧音「たぶん、いや、絶対無理だ」

 

妹紅「……ま、そうだろうね」

 

自分の言葉を深く噛みしめるように、慧音は手に持った湯呑を見つめる。

水面には、茶色に染まった彼女の悲し気な表情が浮かび上がっていた。

煙草に火を付けた妹紅は、その表情を傍目に、煙を吐いた。

 

妹紅「アイツの歴史を消したんだから、幻想郷で知っている奴はいないよな」

 

慧音「……」

 

ガタガタと窓ガラスが音を立てる。

風が強くなってきたのだろう。

まるで、これから起こることを予期しているようだった。

 

 

 

慧音「ミナトには会わせられない。あの人間に会わせれば……大変なことになる」

 

 

§



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稗田

昼下がりの人里。

ぽかぽかとした春と夏の間に生まれた陽気。

真上に昇る白い太陽と、ベージュ色に照らされた道。

 

(……よし)

 

相手方に失礼の無いよう、何度も服装をチェックした。と言っても、寺子屋の仕事着だが。

右手に持つ菓子折は、和菓子の方が喜ばれると思い、無難なイチゴ大福をチョイスした。

 

(完璧だな)

 

ついでに買った紺のハット帽も相まって、紳士的な服装だと自負する。

待ちゆく人もオレを五度見ぐらいしてくるので、間違いないだろう。

さて。

[稗田家]は人里の北部に存在する。

北部はそれほど住宅が多くない。むしろ石垣や並木など、上品な雰囲気のある場所だ。

柳の木を眺めながら、稗田家に向かう。

 

(春の柳ってこんな風なのか)

 

いくらか造形の良い家屋を見ていると、目の前に家門が現れた。

関門ほどではないが、装飾の一切ないシンプルイズベストで立派な門だ。

『稗田』と木彫りの表札が掲げられ、厳かな風格を見せつけられる。

 

(ここで全裸になったら死刑だろうな)

 

などとどうでもいい事を考えつつ、足を踏み入れる。

中庭は小さな池に松と鹿威し、反対側には立派な桜が一本だけ咲いている。

桜の前にはお供え物と、注連縄の巻かれた丸い岩が置かれていた。

 

(話通りの豪邸だ)

 

玄関に着き、ベルを鳴らす。

インターホンではなく、ベルだ。紐を引っ張るとチリンチリンと可愛らしい音を立てる。

あの飲食店のレジによく置いてある銀色のベルと同じ音だ――と思っていると中から足音がした。

 

『どちら様でしょうか?』

 

三十代半ばの女性が出てくる。

聞いていた話だと稗田当主は十代とのことなので、おそらく召使いだと察する。

帽子を脱いで、軽く会釈する。

 

「一之瀬ミナトです。本日は稗田阿求様に御用があり、訪問いたしました」

 

『阿求様に?』

 

じろじろとオレの事を見てくる召使い。

不審者だと思われているのか、疑いを持った目だ。

面倒なので、なるだけニコニコとして媚びを売る。笑顔になっているかはこの際考えない。

 

『本日はどのようなご用件で?』

 

「稗田阿求様のお話を聞きに来ました」

 

同じことを二度言う。

オレの真面目な態度を知ったのか、召使いは目を緩くした。

 

『……わかりました、来客室にご案内します』

 

(よっし)

 

第一の関門クリア。

一体何と戦っているのか分からんが、妙な達成感に浸る。

 

 

 § § §

 

稗田家はまさに日本のお屋敷と呼ぶほど豪華な和風建築だった。

歩くとそこら中に高そうな芸術品が鎮座している。

家にある家具を全て売ればリーマン5人分の生涯給料に届きそうだ。

 

『こちらでお待ちください』

 

通された和室の座布団に座る、召使いが会釈して出て行った。

寺子屋の畳とは大違いだ。活き活きとした草原を彷彿とさせる。

 

(ここで、親父の話が聞けるかもしれない)

 

ポケットの煙草を長机に置く。

すると、襖の向こう側から声がした。

 

『……だそうで』

 

『……わかりました』

 

先ほどの召使いと、稗田阿求の声だろうか、イメージより幼い声だ。

待っていると、音もなく襖が開かれる。

 

阿求『失礼いたします。阿礼乙女並びに九代目御阿礼の子、稗田家当主の稗田阿求でございます』

 

現れたのは、ザ・少女だった。

カラフルだが彩色の整った和服にその小さな身を包み、鮮やかな紫の長髪を下ろしている。

顔は色白く、子どものように柔らかそうでつるつるしている。触ったら絶対に気持ちがいいんだろうな、と犯罪的妄想を妄想で済ませる。

阿求はお淑やかな動き、上品な振る舞いで、音もなくオレの前に座った。

 

阿求『一之瀬ミナト様……天狗の新聞に載っていた方ですね』

 

「あ、はい」

 

どうやら文の書いた[文々。新聞]の購読者のようだ。

あんなに素朴でどうでもいい内容をお嬢様が読んでいる、というのも妙な話だ。

 

阿求「確か、能力の無い方だと」

 

「え、えぇ」

 

いきなり脇腹をボディブローされた気分になる。

 

阿求「それと、お父様をお探しになっているのですよね?」

 

「……記憶力が良いですね」

 

一週間ほど前の新聞のどうでもいい内容をここまで記憶できるのだろうか。

 

阿求「まぁ、そういう家系なので」

 

阿求は微笑む。彼女の声と顔つきは幼い少女そのものだ。

十代と聞いていたが、十代と呼ぶより、十歳になろうとしている女の子のようだ。

だが、そのしぐさと動作は少女とは思えない。大人に見える。

 

(何処まで大人の世界を知っているんだろうか……)

 

犯罪に染まりそうな思考をぶった切り、オレは持ってきた土産を差し出す。

 

「ささやかですが、菓子折をお持ちしました」

 

阿求「あら、ありがとうございます」

 

紫色の艶やかな髪が揺れ、阿求はオレの菓子折を受け取る。

そして、垂れ目気味の阿求の瞳が見開かれた。

 

阿求「これは、参風堂の苺大福……」

 

「分かりますか」

 

阿求「ええ。私もよく買いに行きます。美味しいですよね」

 

食べたことは無いのだが、「ですよねェ」と言っておく。

――しかし、なんだ? 出会ってからずっと感じるこの緊張感は!?

大学や数多のバイトの面接でさえ緊張せずに乗り越えたこのオレが、はっきりとした『緊張』を自覚している。

それはこの少女が放つオーラが、そうさせるのだろう。

堅くなっているオレを見て、阿求は微笑んだ。

 

阿求「どうぞ、語調をお緩めください。私は気にしませんよ」

 

「いいのですか?」

 

阿求「えぇ。その方が私としても嬉しいですし、寺子屋の先生とは一層打ち解けていますよね」

 

「……記憶力が良い、というより情報量が多いんだな」

 

阿求「有名ですからね、一之瀬ミナト様」

 

遂に里の名家にも名が知れ渡ってしまったわけか。

と、先ほどの召使いがオレと阿求の前にお茶を置いた。

抹茶だ。綺麗な緑色をした高そうな抹茶が、梅の花が描かれたお椀に淹れてある。大学の茶道部が使っている物よりも遥かに高級だろう。

菓子折をお茶請けとして出してくれるらしく、苺大福を持って召使は客室を後にする。

 

「……」

 

両手で茶碗を持ち、左手で持ちながら右手で2、3回ほど回す。

ゆっくりと口をつけ、お椀を傾ける。

――なめらかで、苦味の無い、さっぱりとした甘さが、口の中に広がる。

 

「……美味い」

 

阿求「お気に召されましたか?」

 

「こんなに美味い抹茶は飲んだことが無い」

 

外の世界でも抹茶は何度か口にしたが、それらとは比べものにならない。

深く抹茶を味わい、お椀を置く。

 

阿求「もう少しでお茶菓子が来ますので、お待ちくださいね」

 

阿求がそう微笑むと、召使が出て行った襖の方を見た。

そこには荘厳な中庭が広がっている。

何かに気付く、先ほど見た一本の桜がある庭だ。

 

「立派な桜だな」

 

阿求「えぇ、毎年綺麗に咲いてくれます」

 

「あのお供え物は木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)のためか?」

 

外で読んだ読み物の知識を頼りに言ってみる。

日本神話に出てくる女神の名前だ。

驚いたようにオレを見て来る阿求は、目を細めている。

 

阿求「それもあります。ですが、主役はその御石です」

 

阿求が指をさしたのは、桜の前に在る丸い石だ。

無骨な石が桜の絢爛さと相まって、妙に空間を和ませていた。

 

阿求「あれは石長姫(イワナガヒメ)の分霊です」

 

「石長姫……確か、咲夜姫の御姉さんの」

 

御存じなのですか、と阿求はもうひとたび驚く。

外の世界の神話とこちらの神話は同じなので、こういった話は結構通じたりする。

……と言っても、全ては暇な時間に見ていたオカルト掲示板の情報なのだが。意外と通じるらしい。

 

阿求「妹の開耶姫は可憐で美しさの象徴です。ですが、姉の石長姫は無骨で器量が良くない、とあまり人気ではありません」

 

阿求は続ける。

 

阿求「ですが、石長姫は[不変]の象徴でもあり、[長寿]を象徴するのです」

 

「へぇ……」

 

感嘆が漏れる。

阿求の声には力がこもっており、聞くものの心を打った。

それは、『長寿』という言葉にとても強い思いがあるような言い方だった。

 

 

§

 



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求問耳

「ひとつ聞きたいんだ」

 

先ほど召使が置いて行った苺大福を菓子楊枝で割りながら、阿求に問いかける。

正確には「ふたつ」なのだが、まず、ここに来てから生じた謎を解消する。

 

阿求「なんでしょうか?」

 

「さっきの[アレイオトメ]とか[ミアレノコ]とは、一体?」

 

少なくとも聞いたことのない単語だ。

稗田家九代目当主ということは由緒ある家系である。その家柄を表すものなのだろうか。

阿求は湯呑みを置き、姿勢を正す。

 

阿求「阿礼乙女、御阿礼の子とは稗田を継ぐ者として、【幻想郷縁起】という物を記す者の事を指します。幻想郷縁起とは、妖怪のはびこる幻想郷において、人間が妖怪に襲われた際の対策や、取るべき行動などを記した、いわば図鑑のような物です」

 

「図鑑……冒険図鑑はガキの頃よく読んだな」

 

阿求「出現場所や、危険度、人間との交友度も記してあるので、里の人にはわかりやすいと好評ですよ」

 

阿求は人間が妖怪に抗う術として、幻想郷縁起を書いているのだという。

確かに、能力の無い人間に必要なのは、生きる知識だ。

 

阿求「……稗田家は転生の術を使い、初代の稗田阿礼から肉体を乗り換えて転生を続けてきました。その転生は稗田が持つ力、見た事を忘れない力である【求聞持】を引き継ぐため。そして、幻想郷の平和を守るために」

 

「幻想郷縁起を書き続けている、と」

 

求聞持の力――。

これにより自分が見た物を忘れない力があるのだという。

新聞の内容を暗記していた事にも合点が付く。

 

「それで、アンタが九代目なのか」

 

阿求「はい」

 

話のスケールが壮大だ。

だが、その分、阿求が人里にとって重要なポストに身を置いていることが分かった。

人々が安全に暮らせるのは、霊夢のように妖怪から直接守ってくれる者、そして、阿求のように妖怪から身を守る知識を与える者、この二つの存在があるから。

オレが、もし幻想郷縁起を読んでいれば、神社の森で妖怪に襲われても対処できたであろう。

 

「転生ってのは、大変なのか?」

 

この問いに、凛とした阿求の顔に少しだけ、曇りが見えたような気がした。

 

阿求「……転生はおよそ三十年に一度の頻度で行います。稗田が持つ独自の術、転生術とでも呼びましょうか、それには多大な労力と時間がかかります」

 

「…………」

 

阿求「私を含め、稗田として生を全うできるのはおよそ二十年。稗田家は【求聞持】の力を持つため、長く生きられないのです」

 

「……悪い事を聞いてしまった、すまない」

 

阿求「いえいえ、稗田を生きる者として避けられないことですから」

 

長生きのできない人生。

しかしそれを受け入れ、幻想郷縁起を記す。

石長姫を奉る意味――それも、自分が死ぬまで役目を全うしたい、という阿求の強い思い。

 

阿求「実は、幻想郷縁起は妖怪だけでなく、人間の項も記してあるのですよ」

 

「人間? なんでだ?」

 

「妖怪に立ち向かえる者として、です。博麗の巫女や魔法使いなんかがそうですね」

 

脳裏に霊夢と魔理沙の顔が浮かぶ。

ああ見えて、幻想郷の人間だし、妖怪退治を生業とするし、何だかんだ凄い人達である。

 

阿求「で、その中に一之瀬様の項も書き加えたいと思いまして」

 

「オレが……幻想郷縁起に?」

 

私が……プリキュア!?並の衝撃を受ける。

オレは妖怪に立ち向かえる能力を持っていない。ならば書く意味が無いのでは?

狼狽するオレの表情を見て、阿求は微笑みながら続ける。

 

阿求「もちろん貴方が能力を持たない事は知っています。ですが、大事なのは、心です」

 

「心」

 

阿求「分かるんですよ、本当に妖怪に立ち向かう力のある人間というのは。目が違うんです」

 

阿求は真剣だった。

幻想郷の平和を考え、自分に何が出来るかを悟り、短い生命を全うするs。

それが、稗田阿求――。

もはや阿求が十代の少女であることは忘れていた。

 

阿求「ですから、どうか、力が無いことを呪わないでください。アナタに出来る事はたくさんあります。それが妖怪からの脅威を直接取り除くことではなくとも」

 

室内にふわりと桜の花びらが舞い込んでくる。木枯らしが吹いたのだろう。

湯呑みを持つと、抹茶の中にピンクの花びらが浮かんでいた。

 

 

§

 

 

阿求「それで、お父様をお探しになさっているんでしたね」

 

阿求が苺大福を食べ終え、口元を拭いて言う。

オレの幻想郷縁起の取材は後日行うことになった。

 

「あぁ、そうだった」

 

視線を桜と石から阿求に戻す。

 

「オレの親父について知りたい。そこで、アンタの【求聞持】の力を借りたいんだ」

 

阿求「私の持つ【求聞耳】の力で、探してほしい、と?」

 

「利用するようですまない。だが、責めるなら教えてくれた妹紅にしてくれ」

 

阿求「いえいえ、責めるつもりはありませんよ。人に頼られるのは悪い事ではありませんし……それで、一之瀬様のお父様は、どんな方なのですか?」

 

簡単にことの経緯を説明する。

親父の失踪、予想される親父の容姿と行動など全てを話す。

オレが話を終えるまで、阿求は真面目にこく、こくと頷いていた。

 

阿求「わかりました」

 

話を終えると、阿求はそう言って目を閉じた。

ふわり、と春風が髪の毛を揺らす。

それと同時に甘い香りがした。

 

阿求「…赤い髪、一之瀬を名乗る者……」

 

オレの言った父親像を頼りに、記憶を辿っていく阿求。

 

阿求「……いました」

 

「…本当か?」

 

阿求「……人里の、北東門近く……漆黒の外套に、紅い髪の毛をした人が…」

 

じんわりと手に汗を握り、心臓の鼓動が早くなっていく。

 

「それは……いつ?」

 

阿求「3日ほど前の事です」

 

3日前?

オレが既に幻想郷にいる頃だ。その時期に、親父が?

いや、それよりも、つまりは――

 

「親父は、人里にいる……?」

 

阿求「一之瀬様のお父様かどうかは分かりませんが、確かに髪色の赤い方でした」

 

阿求は目を開ける、記憶は間違いない、と目で語っている。

親父が、人里に、いる。

そう思っただけで、身体が震え上がるのを感じた。

 

「……ありがとう、阿求」

 

阿求「お役に立てれば光栄です」

 

両手を卓袱台に添え、オレは阿求に頭を下げる。

同じように彼女はお礼を返した。

ボーン、と壁時計が鳴る。時刻は4時を回っていた。

 

「また差し入れを持ってくるよ、その時は、ゆっくりと」

 

阿求「えぇ、お待ちしております」

 

湯呑みとお皿を片隅に置き、オレは立ち上がってもう一度お礼を言った。

玄関まで阿求は見送りに来てくれた。

とても落ち着く良い所だ、和屋ってのもありかもしれない。

 

「じゃ、また」

 

玄関のガラス戸を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阿求「……これで、いいんですよね」

 

赤い髪の青年を眺めながら、阿求は呟いた。

 

 

§



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泡玉

人里の関門は八つあり、それぞれ方角ごとに呼ばれる。

【北東門近く】は、他に比べて人通りの少ない場所だ。

単に住宅街の少ない場所ではあるが、それ以上に、こちら側は[妖怪の門]と呼ばれていて、方角でいう艮――鬼門に位置する。

実際、この門から妖怪が出入りされている、と目撃情報があるらしい。

 

「ぷ~…」

 

オレは近くの駄菓子屋で買ったシャボン玉を膨らせる。

質の悪い洗剤なのか、吹いても吹いてもシャボン玉は中々生まれない。

――これなら煙草吸った方が楽しいな。

 

「ぷぷぷ」

 

ひとつ、大きな玉を作ってみる。

ゆっくりと息を噴き出して、徐々に玉を大きくしていく。

通常の5倍ぐらいに膨れ上がった所で、息を強く吹き込んで玉とストローの先を分離させる。

ふよふよとシャボン玉は揺れ、そのまま宙に浮かんだ。

 

「シャボンランチャーッ!!!」

 

表面に虹色が浮かんでいる、が、すぐに割れてしまう。

昔、シャボン玉が美味しそうだったので食べてみたのはいい思い出だ。

その後、風呂で身体が洗えなくなったのもいい思い出だ。

もう一度ストローを吹こうとして、液体をつける。

 

?『楽しそうですね』

 

ふと、女性の声が聞こえた。

前を見ると、緑色の髪をした女の子だった。

白のシャツと青のスカート。服装のデザインは、どうやら何か特別な役職があるように思える。

まるで、霊夢のような巫女服だ。やや現代風だが。

オレはシャボン玉を膨らませる。

 

「あぁ。楽しいよ。ゆっくりと時間が流れて行く感じだ」

 

?『……何か病んでたり、します?』

 

「別に、少しだけ孤独になりたかっただけさ」

 

そう言うと、巫女っぽい少女はオレに四角い箱を出しだした。

 

「これは?」

 

?「賽銭箱です」

 

「……オレにどうしろと?」

 

?「神を信仰しませんか?」

 

どうやら新興宗教の人に捕まったらしい。心が弱く見えると隙を突かれる所は、現代と何ら変わりはない。

玄関先で「貴方は今、幸せですか?」とか聞いてくる奴らを思い浮かべる。

ただ、現代の人間にとって、神を信仰する人間はごくわずかである。

 

「悪いが他を当たってくれ。神なんて想像だけの存在に頼むことなんてない」

 

?「想像だけではないですよ。神はいますから」

 

あぁこれは、断っても粘着してくる悪いタイプの宗教家だ。

巫女っぽい少女はオレの隣に座って来た。少し図々しい。

『信仰』という言葉は外の世界では滅多に聞かない。

もはや過去の遺物としてなら残っているが、現代の人間は神に縋ることはあっても、神を心から信じ、信仰する者などいないのだ。

オレも同じく、神を信じることはない。

 

?「そういえば、先ほどから大通りの方をちらちら見てますが……探し人ですか?」

 

「……あぁ」

 

同意をすれば「神を信仰すれば会えますよ!」という流れになるかと思えば、巫女っぽい少女は微笑みながら頷いた。

 

?『どんな人ですか? 私、守矢神社の信仰を集めるために、人里内を回ってるので。分かるかもしれません』

 

「……」

 

少し考えて、オレはこの少女に打ち明けることにした。

探すなら、多くの人間に聞いた方が効率的だ。

 

「赤い髪をした、漆黒の外套を着た人を見なかったか?三日前に居たらしいが……」

 

?「それなら、ついさっき向こうで見ましたよ」

 

「え」

 

途端に血液が沸騰したような気がした。

居てもたってもいられず、シャボン玉を巫女っぽい人に突きつける。

 

「助かった。この借りはいつか返す!」

 

オレは小銭をジャラジャラと賽銭箱に入れた。

「え、いいんですか?」と少女が言う前に、オレは動きだしていた。

 

?「またお会いしましょうね、ミナトさん」

 

「あぁ、ありがとう!」

 

行く先は、少女が言った大通りの向こう側。

――親父が、この先にいる。

オレは大通りの雑踏を目がけて走った。

 

 

§

 



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路地裏

大通りは正午すぎだったが、中心部なだけあって、人であふれかえっていた。

外界の都心部と同じぐらい、人口密度が高く、まるでスクランブル交差点みたいだ。

その中を、オレは文字通り血眼になって探す。

荷物を運ぶ男、水を運ぶ女、風車を持っている子ども、手押し車を押す老婆、新聞を歩き読みしている男……。

 

「どこだ……?」

 

雑踏の中にそれらしき人間は見当たらない。

オレは先程の巫女っぽい少女が言った[大通りの向こう]へ向かう。

大通りの向こう側、というのは東で、中心から寺子屋へ向かう方角である。

探しやすくはなかったが、それでもまだ広場に近いため、人を見ない場所はない。

もう一度、目を凝らして周囲を窺う。

 

――見つけた。黒い外套!

 

阿求が言う通り、遠くの場所で[黒い外套]を羽織っている姿を見つけた。

[赤い髪]というのは、唐笠で全体が見えないが、ちらちらと毛先が日の光で輝いているのが分かる。

 

(あいつか!!)

 

肌がザワリと総毛立つのを感じ、気づけばオレは走っていた。

数百メートルほど離れているが、見失う距離ではない。

 

「ど~けどけどけィ!てやんでいッ!!」

 

『うお!?』

『ったくにーちゃん!気を付けろよっ!』

 

「すまん!」

 

荷車を押す兄さんや、手を繋いでいた親子にぶつからぬよう、しかしスピードを保ちながら走る。

少しずつ距離が縮んでいく。

親父らしき人は歩いているが、少しして左の道へと曲がった。

 

(…………)

 

幼少期に追い求めていた親父。

オレや家族を滅茶苦茶にした親父。

今、ここで会ったらオレは何と言うのだろうか。

先に拳が出てしまうかもしれない。

 

「……追いついたら、まずはぶん殴ってやる」

 

曲がった所へ辿り着く。

その通路は、道と呼べるものではなく、建物と建物の間、つまり裏路地だ。

 

(クソ……あのまま行けば……)

 

人里の路地裏は複雑に入り組んでいる。

このまま奥深くまで潜り込まれては、見失ってしまう。

生唾を飲む。行かなければならない。

小さな希望、掴みかけた好機を信じ、オレは辛うじて小さく見える黒い外套を追いかける。

 

「くぉ、うお……」

 

路地裏はとてつもなく狭い。人ひとりやっと通れるぐらいだ。

焼酎の瓶や煙草の吸殻、判別できないゴミなどが散乱していて、あまり管理されていないように思える。

その光の通らない暗い世界を進む。

 

?『…………』

 

道端には、ゴミ以外にも、人がいた。

身なりは里の人よりも汚れており、はっきりと貧困者であることが分かる。

まるで精気を吸われたかのような、生きているのさえも怪しい顔で、地面に蹲っていた。

 

(ゴロツキか……)

 

恐らく表の世界で仕事をクビになったり、罪を犯した奴らなのだろう。

里の外に出れば妖怪に喰われる。だから、ここに住むしかない。

 

「……意外とブラックだな、人間の里も」

 

そう思っていると、視界の先で[黒い外套]が右に曲がった。

場所を記憶し、ゴミや人を避けつつ、同じ所を右に曲がる。

 

「は?」

 

曲がった先は、行き止まりだった。

確かに[黒い外套]と同じ所を曲がったはずだ。間違えるはずがない。

しかし、目の前には、白塗りの壁があるだけで、人影などひとつも存在しない。

 

「……つっかえ!」

 

急に込み上げるストレスに耐え切れず、オレは煙草を咥えた。

地面に転がるゴロツキ達が「た、たばこ……」とオレを羨望の眼差しで見つめてくるが、構っているほど余裕はない。

――親父は、この先へ逃げたのだろうか。

――掴みかけた希望が、掌から零れ落ちて行く?

 

「……クソッたれが……」

 

と、煙を吐きながら白い壁を睨んでいると、オレは有ることに気付いた。

壁は、見る限り新しい物だ。

最近になって壁を作ったのだろう。白い石を繋ぎ合わせ、白塗りを施したように見える。いや、こんなにも白い壁など幻想郷で作ることが出来るのか? まるでコンクリートで塗ったような壁を?

 

「…………」

 

白い壁に触れてみる。

何故かほんのりと温もりを感じる。路地裏に日差しは届かないため、太陽光のせいとは言えない。

煙草の煙を吐き、壁の隅々を目で追っていると、文字を見つけた。

白い壁に筋のような線が書かれている。

チョークで書かれたように、同色の白い文字で。

 

 

【[Raccoon]開店・こちらに→】

 

 

右を見る。

木造の扉があった。

こんなところに、扉なんてあっただろうか?

 

「……この中か?」

 

最後の一口を納め、煙草を携帯灰皿へ押し込む。

茶色に塗られた、西洋風の扉。

再び鼓動を強める心臓の位置を感じながら、オレは一息ついた。

 

――頼む、居てくれ。

 

扉の取っ手を捻り、引っ張る。カランカランと乾いたベルの音が鳴った。

 

 

『いらっしゃいませ』

 

 

§

 



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wine

西洋のアンティークに装飾された内装が視界一杯に広がる。

テーブルが数席とカウンターがあり、その奥にはずらりとワインボトルなどがずらりと並んでいる。ビンテージ物だろうか。

いずれにしても、和風の塊である幻想郷には似ても似つかないほど、西洋風で埋め尽くされていた。

 

『いらっしゃいませ』

 

黒のベストを着た男がもう一度言った。推測するに、バーテンダーというやつであろうか。

男は静かに掌をカウンター席へと差し出した。俗にいう「お好きな席にどうぞ」である。

オレが座る席は決まっていた。その席へ腰を掛ける。

 

――隣には、先客の姿があった。

オレが死に物狂いで追いかけていた、あの黒い外套だった。

 

「……親、父…?」

 

赤髪をした人間の傍には、頭髪を隠すようにして被っていた唐笠が置かれている。

赤髪は、こちらには向かずに、静かに口を開いた。

 

 

?『ふむ、紅ければなんでもいいんじゃな』

 

 

「…は?」

 

といった矢先、ぼふんという間の抜けた音と共に視界が煙で覆われた。

咄嗟の出来事に目を瞬く。別状はない。一時的に視覚を封じるような煙だ。

煙が引いたとき、オレは目を疑った。

そこには、赤い髪などなく、あるのは栗色の長い髪だった。

 

?『や、だまして悪かったな。ミナト殿』

 

座っていたのは、女性だった。

黒い外套さえもどこかに行ってしまったのか、女性は和服のようで鮮やかな色をした服を着ていた。その深緑の和服に、腰まで伸びる茶髪が印象的で、顔に丸メガネを掛けている。

 

「……は、あ、え?」

 

?「儂が化けておったのじゃ。ミナト殿をここに呼ぶために」

 

思考回路のバグを取り除こうとしていると、先ほどのバーテンダーがオレの前にワイングラスを置いた。そこへ、滑らかな手つきでワインが降りてくる。漆黒が照明と混ざり、まるで夜空のように輝いた。

どれほど年季が入っているか分からないが、とても刺激的な香りがする。

 

「化けるって、アンタ……妖怪か?」

 

?「ご名答」

 

ぼふん、ともう一度少量の煙が現れる。よく聞くと、アニメでよくあるようなSEだった。

女性の頭にはちょこんと二つの耳に大きな葉っぱが現れ、そしてお尻からは大きな縞々の尻尾が生えていた。

 

「……たぬき?」

 

?「そうじゃ。儂は化け狸ぞえ」

 

その容姿はまんま「化け狸」そのものだ。

あまりにもそのまんま過ぎて、オレは状況を上手く飲み込むことができた。つくづく幻想郷とは、常識を逸脱した世界である。

 

「……なぜ妖怪が人里に?ここは人間の住む場所だろう」

 

?「なぁに、妖怪と言っても人間を取って喰らう奴だけではあるまい。善良な妖怪もおるじゃろうて」

 

その言葉を聞いて、真っ先に慧音の姿が浮かんだ。

彼女のように、人間を助ける妖怪は少なくないのだろう。

阿求はその存在を「知能のある妖怪」と呼んでいた。

 

「……アンタもその口か。何だかんだ人里は妖怪まみれなんだな」

 

?「意外にもな。そこの店員だってそうじゃ」

 

バーテンダーも煙に包まれた。

いつの間にか彼には小さな尻尾が生えている。この女性と比べるとかなり小さな尻尾だが。

 

「……こんなんでよく経営出来るな…」

 

バーテンダー『人間に化けていれば気付かれませんよ。第一、ここに来るのは裏のある人間か、妖怪だけですから』

 

(裏のある人間、ね……)

 

人里の路地裏も意外と隠し事の多い場所である。

 

「で、聞くことがある。……化け狸よ」

 

彼女は[ミナト殿]とオレの名前を呼んでいた。

つまり、あらかじめオレの事を知っていた、ということ。

そうでなければ、[親父の姿]に化けてオレをおびき出すなんてマネはしない。

更に言えば、この女はオレの親父のことを知っている――。

 

マミゾウ「二ツ岩マミゾウ。マミゾウ様と呼んでいいぞ」

 

「じゃあマミゾウ」

 

つれないのう、とマミゾウはワイングラスを片手に取った。

古風な女性が洋物を手にしている時のギャップはなんだかそそられる。カルチャーギャップというものか。メイドが日本刀を持っていたり、巫女が銃を構えていたりするやつだ。異文化融合ともいう。

 

「オレをここへ誘導したのは、何かを伝えるためか?」

 

マミゾウ「と、いうと?」

 

「……アンタ、オレの親父を知っているだろ」

 

マミゾウ「…そんな質問でいいのか?」

 

ふ、とマミゾウの目つきが鋭いものと化した。

触れてしまえば切れてしまいそうな、鋭い眼がオレを捉える。

まるで狐に睨まれているようだった。マミゾウは狸だが、種族を越えた威圧であった。

その双眸が、舐めるように、何かを確かめるように、オレを見定めていく。

 

マミゾウ「も――」

 

バーテンダー『おまたせしました』

 

マミゾウが言いかけた時、オレたちの間にひとつのグラスが置かれた。

間髪入れず透明の空間が赤黒い液体に満たされてゆく。

 

バーテンダー『こちら、1500年の――』

 

マミゾウ「……んんー…」

 

「……マミゾウ。この店、そのうち潰れるぞ」

 

バーテンダー『?』

 

マミゾウ「……こやつは[まいぺーす]じゃからのう」

 

ホッホ、と笑うマミゾウ。

既にその眼はのんけんとした様子に戻っていた。場の緊張感が解けてゆく。

 

マミゾウ「まぁ、よい。せっかく酒が来たのだから、飲み交わそうじゃないか」

 

ワイングラスを持った手を差し出してくる。

聞きたい事は酔いを深めてから、ということだろう。オレも赤ワインの入ったグラスを持つ。

赤黒い水面、薄暗い輪郭が浮かび上がる。

 

「こんな昼間っからか……幻想郷じゃあないと出来ないことだ」

 

マミゾウ「ほれ。ザカズキを乾かすと書いて乾杯じゃ、外来人よ」

 

ガラスとガラスの擦れる音が店内にこだました。

それは心に安らぎを与える。

 

オレのマミゾウに対する警戒心は、少しずつ、薄れていった。

 

 

§



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煙管

赤ワインは酸味が強い。

凌雅やナギとよく宅飲みしていた時に、凌雅が何を血迷ったか、赤ワインを持ってきたことがある。

飲んだ感想は、喉に残る感じ、酸っぱい、そして後に残った、爽やかな風味。

日本酒、焼酎とは路線が違い、しかしなるほど――と納得できる、そんな味だ。

久々に飲んだワインは、今までに飲んだワインの中でも最上級に美味かった。その後、記憶を飛ばしたのはいい思い出だ。

 

「…うぉ…めたんこうめぇ…」

 

マミゾウ「なぁ?わいんは美味いもんじゃ」

 

マミゾウは懐から煙管を取り出した。

初めて幻想郷で煙管を見た。外の世界と形状は同じだが、装飾はとても凝らされている。

そして、喫煙者に出会うのは嬉しい事だ。

 

マミゾウ「お主も煙を吸うのかえ?」

 

「あぁ、紙巻きだが」

 

マミゾウ「煙草に代わりは無い。ほれ、マッチじゃ」

 

マミゾウは慣れた手つきで火皿にたばこを押し込み、火をつけている。

オレはマッチを受け取り、側面を擦って煙草に火をつける。

誰かと吸う煙草、そして酒場で吸う煙草は美味いと相場が決まっている。

 

「あぁ、うめぇ」

 

ワインがよく進む。

あっさりとして飲みやすく、それでいて口に風味がしっかりと残る。アルコールを感じさせず、香る果実が心地よい。

久しぶりに飲む酒に、オレとマミゾウはグラスを傾けていく。

 

 

§  §  §

 

 

「……で、オレは親父が失踪した後は親父と繋がりのあった人に預けられた訳だ」

 

マミゾウ「養父というものじゃな、その時の生活は楽しかったかえ?」

 

「……どうだったかな。厳しいけど、オレに生きる事の愉しみを教えてくれた――今じゃあそう言えるが、その時にはそう思ってなかった」

 

マミゾウ「……精神的に、か」

 

「一度に両親を失った悲しみってのは、生きる力さえも奪っちまうんだな」

 

ぱきり、と氷の崩れる音がした。

溶けたダイアモンドが漆黒の夜に絡まってゆく。

 

マミゾウ「お前さん」

 

「ん?」

 

マミゾウはオレを真っ直ぐに見つめている。

手前の灰皿に煙管を置くと、

 

マミゾウ「……よくここまで生きてこれたのう」

 

ぽん、とオレの肩を叩いた。

――マミゾウの言う通り、よくここまで生きてこれたもんだ。

人間が死を選ぶ理由のひとつに、精神的苦痛からの解放がある。

自殺を選ばなかったのも、もしかしたら養父のおかげなのかもしれない。

その頃の記憶は曖昧であるが……。

 

マミゾウ「ま、こうして儂と酒を飲んでるのも何か一種の運命なのかもしれんな」

 

「……そういや、妖怪と酒を飲むだなんて、初めてだ」

 

マミゾウ「外の世界でも、盃を交わす文化はあるじゃろうて、幻想郷も然りじゃ」

 

グラスを傾ける。

いつの間にかどんどん酒が進んでいる。

気付けば10杯程飲み干していた。

 

「今度はアンタの番だ」

 

マミゾウ「ホ?何を聞くというんじゃ?」

 

「そりゃあ、もちろん――オレの、親父のことを」

 

グラスを置く。

室内は静寂が澄み渡っている、耳を澄ませば店員のグラスを拭く音が聞こえるぐらいだ。

 

「アンタはさっき、『紅ければなんでもいい』と言っていた。それは、オレを誘うためにオレの父親の姿に変身した」

 

マミゾウ「そうじゃな」

 

「あれは親父と同じ背丈で同じ恰好なのか?」

 

マミゾウ「もちろん。紅い髪じゃろう」

 

酸味の残った生唾を飲んでから、オレは絞るように言葉を出した。

 

「……アンタは親父に会ったことがあるのか?」

 

マミゾウ「その前に言っておくことがある」

 

マミゾウは煙管に口を当て、ふぅ、と一息置いた。

オレは煙草の箱に触れかけたが、吸う気にもなれず、そのまま箱をクルクルと手で回し、もてあそぶ。

 

マミゾウ「お前さんの親父さんは――お前さんの言う通り、この幻想郷にいる」

 

――アナタの父親は、幻想郷にいる。

いつぞやの電車で聴いた女性の声が蘇る。

確信を持てなかった事実が今、はっきりと現実味を帯びて行く。

じゃが、とマミゾウは続ける。

 

マミゾウ「今、ここには居ない」

 

「……遠い所にいるってことか?」

 

マミゾウ「左様。人里にはおらん。幻想郷にいるのは確かじゃ」

 

「確かってのは、アンタには分かるのか?」

 

マミゾウ「あぁ。これははっきりと言えるぞ。会ったのはかなり昔じゃが、確実じゃ」

 

「……」

 

「そんな顔せんでも、急がなくてもどこかで会えるんじゃあないかえ」

 

列車に乗った時の女性の言葉。

マミゾウの言葉。

親父は幻想郷にいる。

何となく来た幻想郷、アテも何もない状態で来たにもかかわらず、オレは親父に近づいている。

少しずつ、少しずつ――。

 

マミゾウ「……親父さんに会いたいか?」

 

煙管を置き、マミゾウは身体を乗り出してくる。

妖怪だが、身体つきは人間と同じ、華奢さがある。

 

――実の親に会いたい?

――答えは始めから決まっている。そのためにオレはここへ来た。

 

「もちろん、答えはイエスだ」

 

オレの答えに、マミゾウが微笑んだ。

狐のような妖しさを秘めた、美艶な目つきをしている。酒が入っていることも相まって、今のマミゾウは何処か謎めいた美しさがあった。

 

マミゾウ「……ホホ。会うにはまだ足りぬ、あやつのトコへは辿り着けん」

 

彼女の顔がすぐそこにある。端整な顔、妖艶さ。

その妖怪じみた、妖気を感じさせる視線に、蛇に睨まれた蛙のように身体が硬直するが、反射的に口が開いた。

 

「……隠さないで教えてくれ。親父は何処にいるんだ?」

 

マミゾウ「素直じゃな。簡単な話、己を鍛えろ。お前さんには『チカラ』がある」

 

「チカラ」

 

今日で二回目だ、貴方には力がある的発言。

そんなにオレはプリキュアに向いているのか?

 

マミゾウ「早熟か、晩成か、その違いじゃ。行きつく先はみな同じ」

 

「……オレには、能力が無い」

 

マミゾウ「一之瀬ミナト。安心せい。親父さんは、幻想郷におるんじゃ」

 

「……」

 

マミゾウ「それは、会う好機などいくらでも転がっているということじゃ」

 

マミゾウはそういって立ち上がると、バーテンダーの人に懐から出した札束を渡した。

男は笑顔こそ浮かべているが、口元が引き攣っていた。

会計を済ませると、マミゾウは出口の扉へとゆったりとした面持で向かってゆく。

 

マミゾウ「楽しかったぞ。お前さんが何処に辿り着くか、見ものじゃよ」

 

カランカラン、と乾いたベルが鳴り響いた。

しばしオレはカウンターの前で固まっていた。右手の掌を見つめる。

 

「……チカラ、か」

 

傍に置いたボックスから煙草を一本取り出し、火を付ける。

かなり酔っていたはずだが、頭は妙にスッキリとしていた。

 

バーテンダー『……はぁ』

 

マミゾウの出て行った扉を見つめつつ、深くため息をつくバーテンダーがひとり。

 

「……どうした?」

 

バーテンダー『マミゾウさんが払ったお金が……』

 

「……葉っぱだった、とか?」

 

バーテンダーは乾いた笑みを浮かべながら頷いた。

 

「……本当に店、潰れるぞ」

 

 

§



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絶望

外を出ると、空は太陽が沈み、闇に覆われていた。

一体どれほどの間、マミゾウと酒を飲んでいたのだろうか。

 

男『おい、アンタ……今どこから出てきた!?』

 

「ん?」

 

周りにうずくますゴロツキ達が、オレを見ていた。

詳しくは、オレの後ろを見て、目を丸くしていた。

振り返ると、そこにあるはずの[Racoon]に通ずる扉はなかった。

 

「……ちょいと変な夢を見てるみたいだな、オレも、アンタ達も」

 

妖怪の力によって存在を消したりしているのだろう。化け狸の[化かす]力か。

オレは路地裏を抜け、表の通りへと戻る。

人の数は少ない。農業から帰る男たち、買い物から帰る人たちぐらいだ。

それでも人の流れが出来るぐらいには通行客はいる。

 

「さぁて、夕飯の準備でも――」

 

?『あ、赤せんせーだ』

 

声をかけられ、振り向く。小さな子どもがオレを見上げていた。

茶髪の男の子。もちろん寺子屋の子どもである。通称『ショタ』だ。

 

「おっす、ショタ。こんな夜遅くに一人でどうした」

 

ショタ「今帰ってるとこだよ。せんせーこそ、なんでそこから出てきたの?」

 

「ん、大人の事情ってやつさ」

 

それも妖怪的な女性とお酒を飲む素晴らしいやつさ!

そんな魅力が分からないショタは、へぇ、と歩き始めた。

 

ショタ「そういえばさ、赤せんせーの家ってどこなの?僕、遊びに行きたいな」

 

「さぁな、そこらへんの家に住んでるよ」

 

ショタ「……ほーむれす?」

 

「何処でそんな言葉を覚えたんだ、お前は」

 

仕方がなく、ショタを家まで送ることにする。この子の家は東門近くにあり、オレの家と同じ方向なのでついでだ。

空は灰色に覆われ、雨が降り出しそうだ。

早めに帰らなければ。

 

ショタ「赤せんせー」

 

「なんだ?」

 

何度目かの赤せんせーという呼び名。もはや定着してしまった名前だ。髪の色を子どもに言われることは悪い気がしなかった。

ショタは空を見上げて、ぼんやりと口を開けていた。

 

ショタ「なんか、変な音がしない?」

 

「音?」

 

ショタがそういうので、オレは耳を澄ませる。

何も聞こえない。雑踏の土を踏む音が不定期に聞こえるぐらいだ。

しかし、その中に、微かに風を切る音が混じっていた。それも、少しずつ大きくなっているような気がする。

周りにそういった音を立てる物はない。

音は止むどころか、次第に大きくなっていく。

 

「気のせいじゃ――」

 

周囲の人々も音に気付いたらしく、皆足を止めて空を見上げていた。

嫌な悪寒が走った。

気付いた時には、オレはショタの手を引っ張り、横に飛び込んだ。

刹那、轟音が鳴り響いた。

同時に押し寄せてくる風圧に身体が浮く。

 

「ッ!?」

 

握っていたショタを引き寄せ、抱き寄せるように抱える。

オレたちはなす術もなく塀に激突した。オレ自身がクッション替わりになったが、その衝撃は子どもには大きすぎた。覗き込むと、ショタは目を閉じてぐったりと気を失っていた。

オレは背中に感じる痛みをこらえ、空から”落ちてきたモノ”を見る。

 

?『グピュルルルルル!!!!!』

 

神経を逆撫でするような不快な鳴き声がけたたましく響く。

落下してきたのは、[妖怪]だった。

2Mを越えた背丈、鴉のような頭部に羽毛に包まれた人体。背中から漆黒の翼が広がっており、嘴からはダラリと舌がはみ出していた。

脳裏に妹紅や阿求の言葉が反響する。

 

「知能の無い妖怪か……!!」

 

周囲の人間は、皆蜘蛛の子を散らすように逃げ去っている。

膝を折るオレを捉えた妖怪は、こちらに向かってユラリユラリと歩み寄ってきた。

鳥人間のようだが、容姿や四肢は人間そのものだ。赤い和服に身を包んでいる。

 

「ッ!!」

 

妖怪が両手を広げて大地を蹴った。オレはショタを抱えて真横に転がる。

大木のような腕が、背後に構えた塀にぶち当たる。

塀はまるで板チョコのように簡単に砕け散った。

 

(文字通り、一撃貰ったらアウトだな)

 

まさにオワタ式妖怪退治。

オレは体勢を立て直し、ショタを背負う。

 

妖怪『グピュルピュウルルルル!!!!!』

 

「耳障りなんだよ、その声…!」

 

冷静になった頭をフル回転させ、状況の突破策を考える。

このまま逃げることはたやすい。しかし逃げたらどうだ?誰がコイツを止める?

妖怪を退治できる奴がくるまで、戦うしかないだろ。

 

(やるんだろ、今、ここでッ!!)

 

オレは右ポケットに手を突っ込んだ。。

[アレ]を使うしかない。自らの意志で一度も成功したことのない[アレ]を。

 

「ふっ!」

 

妖怪の動作は非常に遅く、鳥のクセに頭も身体も重たそうだ。

一撃さえもらわなければいくらでも反撃の余地はある。

振り下ろされた拳を避ける。着地した妖怪の拳は地面に大きな亀裂を生んだ。

「一撃さえもらわなければ」とは「一撃喰らえば即アウト」を意味する。

 

「……ショタ、待っててくれ」

 

ショタを安全な場所に寝かせ、拳を引き抜いた妖怪と対峙する。

オレは右手に持つ[スペルカード]の表面を舐めるように触る。

 

――大丈夫だ。あの時のように、相手は妖怪なのだから。

 

挟んだ手を前へ差出し、ゆっくりと意識を集中させる。

 

「……セット…!」

 

あの時を意識しろ――。

森で妖怪を消した、あの時を――。

極光、球体、消滅。

今がスペルカードを使うときだ。

人を守るために――皆を助けるために――。

 

 

――オレには、『チカラ』があるんだ。

 

 

「スペルカード――オン!!」

 

カードを掲げ、オレは叫ぶ。

手の先から伝わる、熱のような力が膨れ上がる。

身体の中から溢れ出てくる、見えない力が。

 

 

極光は、一刻たりとも発現しない。

 

 

「――ッ!!?」

 

妖怪がオレを薙いだ。信じられないほどの衝撃が、全身を襲う。

勢いは止まらない。オレの身体は傍らに佇んだ長屋に吹き飛んだ。

骨が粉々に砕けるような音を立てて、止まった。

 

「うッ……」

 

建物内はミキサーでぐちゃぐちゃに混ぜられた食材のように、荒れ果てていた。

蹴られた部分の骨は確実に折れている。いや、腕にも違和感がある。

全身を駆け巡る、鈍痛が、冷静な思考をあざ笑うかのように蝕んでいく。

血の気が引いていくのを感じた。

床に液体が広がっていることに気付いた。

暗闇がオレを誘っていることが、視界が霞んでいくことが、絶望が迫っていることが、分かった。

 

 

§



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恐怖

オレは今、何をしている?

地面に寝っ転がって、朦朧とした意識下で、このクソ危険な状況をただただ俯瞰している。

オレは今、何ができる?

全身に走る激痛に、神経が断裂しているようだ。小指一本たりとも動かすことができない。

オレは今、何を見ている?

微かな暗黒をぶちまけた世界で、妖怪が人を襲っている――。

 

「……がふッ…」

 

口から液体が溢れ出る。熱を帯びた液は、水たまりを作った。

カッターで手を切った時、転んで足を擦った時、鼻を打って鼻血が出た時。

それらとは比べものにならない、大量の血液に。

身体が強張った。

同時に沸き起こる、恐怖、畏怖、。

 

(あぁ)

 

――何が、チカラだ。

 

――スペルカードは発動しなかった。

 

――妖怪を止められず、子どもさえも救えない。

 

(あぁ)

 

――何が、チカラだ。

 

ぬめりとした感覚が、五感を大いに狂わせていく。

オレの背中は、見えざる手によって暗がりへと引き寄せられていく。

 

「あ、ァ」

 

オレは何を見ている?

妖怪が、昏倒しているショタへと向かって、手を伸ばしていた。

助けなければならない。

オレの伸ばした手は、それらに届かない。第一、動こうともしない。

不発のスペルカードも、衝撃で遠方に転がっている。

――考えろ。

――考えろ。

――考えろ。

――考えろ。

――考えろ。

――無理だ。

――無駄だ。

血の気がだんだんと引いてゆく。

風呂に入った時みたいに温かく、ぼんやりとしていて、心地が良かった。

 

「あァ、あああ」

 

動け、オレの身体よ。

瓦礫に引き裂かれた痛み、関係ない。

肋骨辺りのジャリジャリとした不快感、関係ない。

守れ、オレの身体で。

ブラックアウトしてゆく視界の歪み、関係ない。

動け、動け、オレの身体よ。

吐気、憎悪、恐怖、無念、関係ない。

 

動け、動け、動け――。

 

「あああァァァ!!!」

 

腕を伸ばす。

ショタに届け、届いてくれ。

頼む、頼む、来い、来い。

妖怪の下品な鳴き声と共に、その拳が振り下ろされた。

 

「――――うアッ!!?」

 

ドスリ、と何かがオレに衝突した。

予期せぬ衝撃でグラリと意識が吹き飛びそうになる。

風圧が頬を撫でた。妖怪の拳が、地面に吸い込まれていた。今頃、ショタは潰されているだろう。

 

「はは」

 

抱き寄せた腕の中には、目を閉じた子どもがいた。

無防備にも、安らかな呼吸音が聞こえる。その無垢な顔に、オレは笑った。同時に口から血液が零れる。ショタの顔にかかることは無かった。

 

(よかった)

 

しかし、絶望は終わることがない。故に、希望を失ったことを絶望と呼ぶのだ。

或いは、蟻がどんなところでもがいても冷酷な人間に勝ることはない。

今の状況は、まさにそれだ。

オレに巨大な影が差しかかった。

意識にディレイが掛かったように、情報が遅れてやってくる。

 

 

[妖怪ガ]

 

 

[オレノ]

 

 

[首ヲ]

 

 

[掴ンダ]

 

 

鼓膜に直接、骨が軋む音がした。

今さら声を上げることはしない。

絶望に染まった心は、簡単にも諦観を導き出してしまう。

人間が持つ一種の防衛反応。ナマケモノと同じ原理かもしれない。

オレは眼前の醜悪な顔面をした妖怪が舌を舐めずりまわしているのが見えた。

しかしそこで、オレが死ぬところを見る意味はないな、と目を閉じた。

完全な暗黒がやってきた。

まぶたの裏は見慣れた暗黒で、こんな状況でも安心した。

ふと、寺子屋の先生の姿が浮かんだ。

オレを見て悲しそうな顔をしている。

昨日まで笑顔でいた彼女の顔。

ぎゅ、と心臓が締め付けられる。

言いたくはなかったけど、今、ここで言わなければならない。

 

 

――悪い、慧音。オレはここで終わりみたいだ。

 

 

十分時間は稼いだ。

妖怪はオレを殺すが、その間に人里を守る英雄が来るに違いない。

知能の無い妖怪を狩る、知能のある存在が、何とかしてくれる。

 

オレの役目は、ここまでだ。

 

 

――何が、チカラだよ。

 

 

首を掴む手に力がこもる。

いよいよ、断頭の時間がやってきたようだ。

汚い吐息を顔に感じた。どうやら口をあんぐりと開けているらしい。

頭から食べても美味くはないと思う。魚の頭も動物の頭も、美味くはない。

そういう通な妖怪もいるのだろう。妙な所で人間に似ている。

 

(まぁ、考えても仕方ないか)

 

オレは笑った。

全ての物を放り捨てるように。

 

 

 

 

 

 

 

?『随分と楽しそうね』

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 



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詠唱

妖怪は困惑した。

捕食寸前で獲物がなくなっていた。

 

妖怪は叫んだ。

肘から先がすっかりとなくなっていた。

 

妖怪は睨んでいた。

獲物を獲られた、目の前に佇む紅白の巫女を。

 

?『人間の里でご飯を食べるなんて、頭の悪い妖怪のすることね』

 

鈴を転がしたような声、優しさと厳しさとどうでもよさを織り交ぜた声。

妖怪は悲鳴を止めた。

目の前の、ひらひらとした紅白に身を包み、神の力を持つお祓い棒を肩に担ぐ、その巫女の姿をしっかりと捉える。

博麗霊夢は肩に担いだオレとショタをそこに置き、ため息を零した。さも面倒ごとに出くわしたように。

 

霊夢「妖怪が出た時は素直に引くのが身のためよ。能力を持たないならなおさら」

 

しかし、その言葉は妖怪に言い放っているのではない。

誰に向けられているか、オレは理解した。

 

「霊、夢……」

 

霊夢「アンタはそこで寝てなさい。一瞬で片づけるから」

 

掠れた世界で、霊夢がお祓い棒を構える。

応戦しなければ、生物として霊夢を敵と認識した妖怪は、逼迫の咆哮を上げる。

鼓膜にヌメリと絡みついてしてくる咆哮に、しかし霊夢はひるまない。

逆に、それは”隙”を生じていた。

 

霊夢「はい、能無し」

 

一瞬で肉薄を果たした少女の回し蹴りが、いとも簡単に妖怪を吹き飛ばした。

石壁に激突する妖怪に、霊夢はとどまらず、札を投げつける。

空気に触れたそれは、一閃の紫苑となり、光が妖怪の身体を抉り取ってゆく。

 

『グピュルピュウルルルル!!!!!』

 

叫び声をあげながら妖怪は立ち上がろうとする。

しかし、立つことができなかった。

霊夢は、その両手で抱えた、あるべきハズの妖怪の脚を地面に放り捨てた。

 

霊夢「消えなさい」

 

身体を立たせられない妖怪の前で、霊夢は詠唱を行う。

目には見えない、冷気にも似た何かが渦巻き、明瞭な形で妖怪を包み込む。

数瞬後に、オレの網膜に溢れんばかりの光が溢れた。たまらず目を閉じてしまいそうになる。

その時、霊夢の顔が視界に映った。

それは、ひとつの優しさも感じさせない、絶対零度だった。

迫りくる恐怖を具現化したような絶望。

 

霊夢が詠唱を終え、妖怪を包む光が消えた時。

そこには先ほどまで存在していたハズのものが、跡形もなく消え去っていた。

 

 

§  §  §

 

 

霊夢「さて、と……」

 

スカートについた砂埃を払い、霊夢がオレに歩み寄る。

絶対零度の冷酷な表情は何処へ行ったのか。今の彼女は困ったように嘆息していた。

 

霊夢「派手にやったわね、アンタ」

 

「……」

 

オレの左手は完全に動かなくなった。

妖怪の放った蹴りと衝撃を思い出して、患部がズキリと痛んだ。

 

霊夢「じっとしてなさい」

 

霊夢はオレの傍にしゃがむ。オレの左腕に手を添え、先ほどのように詠唱を開始した。

それは妖怪を消す力ではなく、別の力。

手を包み込む、ほのかに感じる温もり。身体に熱が戻り、世界にだんだん色が戻ってゆく。

ヌメリとした感触もなくなり、目を醒ました時のように頭が軽くなっていった。

 

「……霊、夢」

 

霊夢「ほんと、アンタって馬鹿よね」

 

「……」

 

霊夢「好奇心だか何だか知らないけど、生身の人間が妖怪に立ち向かうなんてありえない」

 

「…………」

 

霊夢「人々はそれを[勇気]と呼ぶだろうけど、私からしたらそれは[無謀]でしかない。無理無駄無謀よ」

 

博麗の巫女は、力がある。

オレを片腕で殺せるような妖怪を、赤子の手を捻るが如く、容易く葬ることが出来る。

力がある、妖怪を倒せる、そのチカラ。

 

「霊夢」

 

霊夢「なに?」

 

「オレも、チカラが欲しい」

 

チカラが欲しい。

大切な人を守れるチカラが。

妖怪から人間を守るチカラが。

人間が妖怪に虐げられることもなくなる、その絶対的なチカラを。

 

霊夢「その眼、何処かで見たことがあるんだけど……誰だったかしら」

 

霊夢はオレの身体を起こして、肩を貸してくれた。

結局こんな形で霊夢と再会するとは思わなかった。

また一つ借りが出来てしまった。恐らくこれからも借りが一つずつ増えていくことだろう。

 

霊夢「怪我が治ったら博麗神社に来なさい」

 

霊夢の顔は見えなかった。

オレは空を見上げる。

昼間はあんなに天気が良かったのに、今ではすっかり黒雲が空を埋め尽くしていた。

ぽつり、ぽつりとオレの頬に雫が零れた。

 

 

§



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応援

ショタは無事送り届けられたらしい。

オレは自宅へと送られた。

「後片付けがあるから、じゃあね」と言って霊夢は去っていった。

敷かれた布団に、オレは潜り込む。

頭痛がする。吐気もある。心にぽっかりと穴が開いたような気分だ。

 

「…………」

 

布団に入って、どのくらい時間が経っただろうか。

全く寝付くことが出来ず、ただひたすらぐるぐると考えが浮かんでは消えてゆく。

それらは、己の無力を呪い、身近な人々が殺されていくような、妄想ばかりだった。

 

?「大丈夫か?ミナト」

 

「……あぁ」

 

オレの傍でぴちゃぴちゃとおしぼりを絞る音がした。

声の主は、寺子屋の先生であった。

霊夢に呼ばれたのか、彼女はオレの家まで来てくれた。

ご飯まで作ってくれて、今もこうして看病してくれている。そう気付いたのは今だった。

 

慧音「大変だったな」

 

「……」

 

慧音「霊夢が来てくれて本当によかったよ、餅は餅屋だ」

 

「……」

 

慧音の存在はとても暖かかった。

オレひとりでいたら、闇に押しつぶされていたことだろう。

それを慧音が阻止してくれている。とてもありがたかった。

 

慧音「ショタを、守ってくれたんだろ?」

 

「……守れなかったけどな」

 

慧音「立派じゃないか、お前ほど筋の通った人間なんていない。胸を張っていい」

 

「……」

 

慧音「具合の方は大丈夫なのか?」

 

「……頭が痛むが、死にはしない」

 

自分の弱い所を見せるのは苦手だ。

それらを飲み込んでくれる仲間をオレは持っていなかったから。

凌雅も、ナギも、結局いえば楽しい時を過ごすための仲間であり、弱音を吐けるような間柄ではなかった。

それも全部、オレが過ごしてきた環境によるものだと思う。

慧音は黙ってオレの話に耳を傾けていた。

それが、凄く嬉しかった。

同時に、凄く悔しいかった。

 

慧音「ミナト」

 

しばしの沈黙の後、慧音が口を開いた。

おしぼりが頭に当てられる。少し温くても、じんわりとした冷たさが心地いい。

 

慧音「誰だって守るものはある、それは人によって様々だ」

 

「……」

 

慧音「身近なものを守りたければ、世界を守りたい奴だっている。或いは自分を第一に考える奴もいる」

 

一呼吸置いて、言葉が紡がれた。

 

慧音「だけど、そういうものは、必ずしも守れるとは限らない。この世界に完全なんて無い……だけど」

 

布団の中に温もりが生まれる。

オレの右手を、細くて冷たい手が、優しく包み込んだ。

 

慧音「お前が守りたいものを守るその気持ちが、その人を救うんだ」

 

「……慧音」

 

慧音「私は応援するよ。お前が人を守ろうとする、その気持ちを」

 

細い指が、オレの指に絡んでいく。

慧音の手は案外にも小さい。女性の手だ。

 

慧音「完治まで2週間ぐらいかかると霊夢は言っていたよ。それまでは我慢だ」

 

「……ありがとう」

 

慧音「明日、寺子屋に来れるか?無理はしなくてもいいが、子どもたちが心配する」

 

「……行くよ」

 

「分かった。また明日」

 

オレの掌がぎゅっと強く包まれた後に、慧音は家を出て行った。

扉が閉まった後、傘を開く音がした。

雨は先ほどより強く降っているらしい。

 

「……」

 

沈黙の闇。

押しつぶされそうな弱い自分は、もういない。

 

(守りたいものを守る気持ち……)

 

オレが守りたいものとは何だろうか。

外来人であるオレが、幻想郷のために守りたいものは。

真っ先に浮かんだのは、やはり先ほどオレを看病してくれた、身近な存在だった。

その先生が、守りたいものが、オレの守りたいもの。

どうやら答えは出たようだ。

 

 

守りたいものは、慧音――お前が守りたいものでもあるのかもしれない。

 

 

§



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『赤せんせーおはよう!』

 

朝の寺子屋。

子ども達が元気な声を上げて挨拶をしてくる。

 

「ん、おはよう」

 

流石にいつもの抱き着きはやってこない。皆心配したような眼で見上げてくる。

 

『その腕のぐるぐる、どうしたの?』

 

「これか?これはだな……実はお化けの仕業なんだ!」

 

『おばけ!?赤せんせーこわーい!』

 

「お前たちも野菜残したり人を大切にしないと、こうなっちまうぞー!」

 

キャーと声を上げて逃げていく子どもたち。

別にオレ自身がお化けではないのだが、何か勘違いされているような気がする。

教室に入ってオレは教卓に授業で使うプリントを置いた。

 

「よーし、授業すんぞ」

 

オレの呼びかけに子どもたちがドタバタと席に着く。

黒板に書こうとチョークを持つ、と。

ふと、外の景色が目に映った。

 

「…………」

 

そこは、なんてことの無い、いつもの中庭だ。

太陽が輝き、空がどこまでも続き、雲が浮かんでいる。

オレは持っていたチョークを置いた。

 

「みんな、筆を置いて良いぞ」

 

『ふぁ?』

『赤せんせーどうしたの?』

 

「気が変わった、今から別のコトするから、中庭に出てくれ」

 

戸惑う子どもたちに指示を送り、中庭にある花壇へと集合させる。

 

『花壇で何やるんだ!!?』

 

「いい天気だし、昨夜雨が降ったからな。植物でも育ててみようじゃないか」

 

ひとりひとりに種を渡す。

それぞれが違う種だが、育つスピードはどれも同じようにしてある。

 

『せんせー、これ、何の種?』

 

「実ってからのお楽しみ。大切に育ててくれ」

 

『はーい!!』

 

意外にも子どもたちの食いつきは良かった。

先を争うようにして種を花壇に植える。

自分の植えた所には目印として厚紙を立て札にし、種には名前が付いた。

 

『俺の種は[超種]だ!!』

 

随分と強そうな名前である。

スーパーシードとСпасибо(スパスィーバ)は発音が似ている、とどうでもいいことを思う。

 

『じゃあアタシは[惡の華]!』

 

クソムシのような花が咲きそう。

そんなこんなでわいわいと盛り上がりつつも、無事種を植え終わる。

後の方ではどろだんごを作ったり庭で遊んだりと、種は関係なかったが、注意はしなかった。

しばらくして、教室からひょっこりと姿を現した慧音が、中庭に下りて来た。

 

慧音「随分楽しい事をしているな」

 

「すまんな、慧音。勝手な事をして」

 

慧音「いいさ、お前の授業だ、お前の好きにやるといい。……でもそうすると、害獣を追い払う案山子が必要だな」

 

「案山子、か」

 

少しして授業終了のベルが鳴った。

子どもたちは次の慧音の授業を受ける準備をし始める。

その後はいつも通り補習の時間なので、その合間に案山子を作ってみるとしよう。

 

 

§



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案山子

「やめろ、案山子……その術は、オレに効く」

 

中庭にて案山子を作る。

素材はそこらへんの農家からもらった藁と太い木の棒。この時期はあまり使わないとのことなので譲ってもらった。

骨となる棒に藁を括りつけ、縄で縛る。

左手が使えないが、両足と口を駆使しつつそれっぽく作っていく。

顔は布を丸めて固定した質素なものだ。しかし、在るのとないのでは全く違う。顔があるから人のような存在になるのだろう。害獣たちの気持ちはさすがに分からないが。

 

「サスケェ!!」

 

墨で顔を書き、麦わら帽子をかぶせる。だがそれだけでは足りないので、そこらへんで買った服を着せた。

うむ、なかなかに人間っぽくなってきたじゃないか。

 

「お前にとってオレはオレオ!!」

 

最後の仕上げとして、首の所に赤いリボンを結ぶ。

 

「完ッ成ッだッ!」

 

制作時間、発案も含めて一時間。

リアリティとプリティを同居させる、というコンセプトの元、できた案山子。

 

「ビューリフォー……」

 

さっそく花壇の脇に突き刺す。

寺子屋からは『おおー』とか『こえェー!』とか『ただの案山子?』など、各所賞賛のコメントが送られた。

授業が終わった後、子どもたちは案山子を触ったりしながら、これから花壇を守ってくれる存在を歓迎していた。

慧音の意見をよくもここまで具現化したと思う。オレ、SUGEEEEEEE!!

 

?『……すごい』

 

皆が教室でわいわいしている中、縁側から小さな声がした。

見ると、チサトが縁側から足を出して、座っていた。

 

「だろ、せんせーやべェだろ?」

 

チサト「……うん、やべぇ」

 

生徒に褒められるのは悪い気がしない。

疲れたので、縁側に座っているチサトの隣に腰を掛ける。

汗をかいていたシャツを春風が通り抜けた。

空は雲一つない快晴。昨日の雨は何処へ行ったのだろうか。

 

チサト「……先生」

 

「ん」

 

チサトはオレの包帯に巻かれた左腕を見ている。

 

チサト「……腕、妖怪に?」

 

素朴な疑問だった。

オレは答えに躊躇ったが、

 

「そうだ、妖怪に襲われた」

 

チサトの黒い目は、知っていたと言うようにオレの左腕を凝視している。

 

チサト「……食べられた?」

 

「食べられていない。ただ、折れただけだ」

 

チサト「……」

 

無言、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。

チサトは何度も口を開いたり閉じたりしていた。

彼女の選んだ言葉は、一言。

 

チサト「……怖かった?」

 

――人間は、妖怪に、虐げられている。

その言葉が、オレの頭の中でぱっと浮かんだ。

 

「まぁ、怖かったな」

 

妖怪に襲われた記憶がフラッシュバックする。

エンカウントして一瞬の出来事だった。何もできずにただ返り討ちにされた。本当にそれが起こったのかさえ実感が湧かない。

傷を見るたびに、そう思っていた。

 

チサト「……私も、怖い」

 

重々しい一言だった。その理由には、触れてはいけないような気がした。

しかし、今聞かなければ今後二度と聞けない、チサトの事を知ることが出来なくなる――。

そんな気がした。

 

「どうして?」

 

出来る限り優しい声音でそう問いかける。

 

チサト「……昔、妖怪に、襲われた」

 

初めて聞いた、チサトの過去。

ぎゅ、と胸に手を当てながら、苦しそうに、チサトは口を開く。

 

チサト「……怖かった、頭を打って……身体が動かなくなって……」

 

「……そうか」

 

身体が動かなくなる。

その感覚は、オレ自身も感じたものだった。しかし、彼女の場合、その怪我によって今の状態――虚弱体質へと変わってしまったのだろう。

父親に負ぶわれて寺子屋を行き来する、その理由。

小さく震える彼女を、オレは真っ直ぐに見つめる。

 

「だから、怖いのか」

 

こくり、と黒髪が揺れる。

妖怪に襲われたことで、癒えぬ傷を負い、妖怪を恐れる人間は想像以上に多いようだ。

やはり、人里は妖怪に脅かされている、この現状。

 

――博麗神社に来なさい。

 

別れる際の霊夢の言葉。

チカラ。

オレはどうしても、チカラが欲しい。

人を守ることが出来るチカラを。

 

「大丈夫だ、チサト」

 

チサト「……?」

 

「妖怪から人を守る。オレが、皆を守るよ」

 

オレは勢いよく立ち上がる。

曇りなき青空、木々を揺らす涼しい風がオレたちを包み込んだ。

 

チサト「……赤せんせー、が?」

 

「あぁそうさ。寺子屋の子どもたちには指一本たりとも触れさせはしない」

 

何かを口にすると、そこには言の葉が生まれる。

そいつは言った言葉が現実になる力がある。

――言葉は、魔法だ。

 

オレの覚悟を聞いたチサトは、口元を歪ませ、慣れていないような微笑みを見せてくれるのだった。

 

「さ、授業が始まるぞ」

 

チサト「……うん」

 

教室へ戻る。

中庭の案山子は空を見上げ、屈託のない笑顔を浮かべていた。

 

 

§

 



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ラジオ

何となくだが、幻想郷に慣れてきた、という実感がある。

妖怪に襲われたせいもあって、楽しみだけではなく、悲しみや辛さも同居する、ある意味人生ハードモードを味わっている気分だ。

しかし、その辛さがかえって良いスパイスになったりする。

程よく、生きがいのある人生に。

 

(何を不謹慎なことを考えてんだ、オレは)

 

煙草に火をつけ、帰路を歩く。

夏が近づいてきているのか、だんだんと外は暖かくなってきた。

これから暑い夏が来ると思うと眉唾物である。

暑いなら寒い方がマシだ。生まれた場所の影響もあるだろうが。

 

「雪国まいたけ!!」

 

帰りに野菜を買っていく。

1人暮らしをするとどうしても野菜が不足してしまう。

オレはしっかりと食事のバランスを考えているため、体格はそこそこよく、体系も少し肉付いているくらいをキープしている。

 

「雪国もやし!!」

 

商店街の喧騒を離れる。

少し歩くと、小川が見えた。

ここは綺麗な水が流れており、よく子どもたちが遊んだりしている場所だ。

その分、綺麗な水には霊が寄り付くと言われ、夕方あたりになると誰も近寄らない。

 

(……よく、近所の川で遊んだなぁ)

 

幼少時代をしみじみと振り返る。

なんとなく歩いていると、小川近くに生える苔の上に、銀色に光る四角い箱が落ちていた。

 

「ん?」

 

それを拾おうとしたとき、手が柔らかさに触れた。

 

「お」

?『あ』

 

顔見知りだった。

拾い食い、という言葉が似あう、少女。

 

?「お前、今失礼なこと考えてるだろ?」

 

「そんなことないさ、魔理沙」

 

ほんとかなぁ、と言いながら霧雨魔理沙は銀色の箱を手に取った。

彼女も同じようにこの箱へ疑問を持ったのだろう。目を丸くしてまじまじと見つめている。

 

魔理沙「これ、なんだ?ちょうど目に入ったから拾ってみたが」

 

「知らないのか?[ラジオ]って代物だ」

 

魔理沙「らじお?」

 

「音のなる音楽機器だ」

 

へぇ~と声を漏らしながら、振ったり空に掲げたりして眺める魔理沙。

 

魔理沙「そういえば、こーりんの奴がこんな物を持ってたな……あれは結構大きかったけど」

 

「こいつは携帯型(ポータブル)だ。何処でも聞ける便利なタイプの」

 

魔理沙「へぇ!ならお前ん家で聞いてみようぜ」

 

「……今日オレの家には大量の流星群が降り注ぐ予定でな」

 

魔理沙「じゃあ良いってことだな!」

 

押されるがままに家に向かう。

そういえば大学生活でもこんなこじ付けで家に来たがる奴がいたな、果たして誰だったか。

 

 

§  §  §

 

 

「お前って煙草吸うんだな」

 

部屋に入った途端、魔理沙に見破られた。

 

「お前は犬か」

 

消臭は完璧だったハズなのだが。

どちらかと言えば魔理沙は猫っぽい。自由な所とか、妙なものに興味を示す所とか、行動派なくせに縁側で寝たりする所とか。

 

「煙草なんて、紳士なら嗜んで当然だ」

 

魔理沙「よくわからん理屈をこねる奴だぜ」

 

オレは拾ったラジオの電源を入れた。

充電式ではなく、一世代ほど前の電池式のようだ。

ジジジ……とノイズ音が発生する。

 

魔理沙「……変な音しか出ないぞ?」

 

「だりぃな、チューニング」

 

ダイアルを適当に弄りながら、数字を合わせていく。

ノイズは相変わらず酷い。電波の周波数が合うポイントを探っていく。

右回し。

右回し。

左回しの、右回し。

 

「ん」

 

あるポイントでノイズが消えた。きらびやかな音に代わる。

エレキギターの音が響く、とある音楽番組のようだ。

 

魔理沙「おお!」

 

魔理沙は前かがみになってこちらを見ている。まるで餌を待てない猫のようだ。

オレはラジオを卓袱台に置き、煙草に火をつける。

番組はオープニングだったようで、ギターのイカしたチョーキングで締められた。

【Stereo man】とネイティブな発音のタイトルコール。

 

男『ハロー、クソ野郎ども!』

 

ラジオパーソナリティの言葉は英語だった。

電波は外国の物を拾っているらしい。

まぁ、日本でも海外の番組を取り扱う事もあるし、断定は出来ないが。

 

魔理沙「……なんて言ってるんだ?」

 

「ごきげんよう皆の衆、だってさ」

 

魔理沙「へぇ、お前この言葉がわかるのか」

 

「少しくらいは」

 

頭の中で英語を訳していく。

 

男『くそったれな平日をいかがお過ごしかな?ん?職場の上司に飲みに誘われた?オゥ、何というバッドなニュースだ!まさにくそったれな平日だね!』

 

海外のノリは面白い。

人を罵倒し、罵倒の先に楽しいという感情が芽生える。

 

男『この番組、【stereo man】は、そんな救われねェお前らに勢いと音量を提供してやる番組さ』

 

煙草をふかしながらチューニングのつまみをひねる。

先ほどより音がクリーンになった。

 

男『さぁ!裸になったか?熱い曲に焼き殺されないようにしろよ!ヴォリュームも最大だ!近所の煩いババアには頭突きをかませ!!』

 

音量は半分ほど。

辺りに家は少ないが、今は夜だ。近所迷惑とかに敏感なのが一人暮らしの性である。

『HAHAHA!』と陽気な笑い声をあげながら、パーソナリティーが叫び声をあげた。

ぶっ壊れた狂気のラジオ番組らしい。

 

男『じゃ、聞いてくれ。一曲目は【***** *****】だ!』

 

 

 

 

イントロのギターのクリーンなアルペジオにドラムのリズムが絡む。

全体的に音の粒が整った曲だ。

男性ヴォーカルの声が美しい。特に、英語の発音が完璧だ。

日本人であろうか。

根っからの外国人ではなさそうだ。

 

歌詞は全て英語だった。

アメリカンな言い回しに、罵倒。

罵倒の先は、自分だ。

 

曲調も何処か哀愁さを含む。

しかしそれは、サビに入って変わり、明るい曲調へと変わる。

歌詞も内容がガラリと変わる。

明るい曲に合わせた、自分の希望の歌に。

 

サビが終わり、ラジオの前に食い入るように正座していた魔理沙が言った。

 

魔理沙「かっこいい歌だな、なんて言ってたんだ?」

 

オレは煙草の火を消し、二本目に火を付ける。

 

「ただ雨は降るんだ、だってさ」

 

 

§



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雑炊

魔理沙「飯を食わせろ」

 

「だが断る」

 

魔理沙「お腹を空かせた魔法使いは、今日も道端でのたれ死ぬのでした――って、やだぜ」

 

「お腹を満たした魔法使いが、その後そこへ集るようになりました――ってのもやだ」

 

結局魔理沙にご飯を作ることになった。

男飯は雑さが売りなので、適当に買ったご飯と野菜を鍋にぶち込む。

だし汁をドバっと、調味料をズバッと!火を付けて、釜戸でフーフー!

 

「ほらよ、雑炊だ」

 

魔理沙「うおぅ、雑さを追求したら雑炊になったか」

 

「雑を極めればそれは個性になる」

 

魔理沙「よく分からん理屈をこねる奴だぜ」

 

魔理沙はよほど腹が減っていたのか、かき込むようにして雑炊をほおばった。

その顔は大変美味しそうなのでよしとしよう。

オレも雑炊を食べる。

少し味付けが薄いが、それもまた一興。

次は水炊きでも作ってみようか。

 

魔理沙「……腕治ったら、霊夢のトコに行くのか?」

 

「突然だな、どうした」

 

魔理沙「や、気まぐれだ。聞き流してくれてもいい」

 

「……もちろん行くさ」

 

出汁を吸い込んだまいたけを頬張る。

口の中に山の風味と醤油のうま味が広がる。

 

魔理沙「……」

 

「どうした、魔理沙?」

 

魔理沙「……いや、なんでもない!」

 

顔を隠すようにして雑炊をかき込む魔理沙。

食べ終わると、箸をおき、両手を合わせて合掌する。

よっぽど腹が減っていたのだろう。

食後のお茶を二つ淹れ、卓袱台に置く。

 

「そういやさ」

 

魔理沙「あん?なんだ」

 

ちょうどいい機会なので聞いてみる。

 

「魔法って、どうやったら使えるようになるんだ?」

 

抽象的な質問を投げつける。

魔理沙はうーんと頭を捻り、

 

魔理沙「人間ってのは、少なからず魔力を持つもんだ。それは魔法が使えないほどの微量であったり、術を使えるぐらいに膨大であったりする。陰陽道や呪術師になる奴らは大抵が素質のあった奴だったりする」

 

いきなりの長文。

 

「長い、三行で」

 

魔理沙「お前も使えるかもしれないって話だぜ」

 

「へぇ、そいつは美味しい話だ」

 

と、魔理沙は見えない球体を抱えるように、両手を突き出した。

念じるように目を閉じ、腕に力が込められる。

すると、何もない場所から火の玉が現れた。

 

魔理沙「こんな風に、魔法ってのは念じるだけでエネルギーが出せる」

 

「おぉ」

 

魔理沙「大事なのはイメージだ、炎を出すなら炎のイメージを、水を出すなら水を。魔法の属性に合わせてイメージを練るんだ」

 

と言われても。

野球のやったことの無い奴に『よく落ちるフォークボールをイメージして投げろよ』って言っているようなものだ。出来るのは茂野ぐらいしかいない。

 

「それまでの動作とか、発動条件は?」

 

魔理沙「ん、こうやってバッと手を出して、ピタっと動作を止めて、意識を集中して一気にグッと開放するだけだ」

 

「おい、なんも伝わらねぇぞ」

 

魔理沙「遊びと一緒さ、身体で覚えるんだ」

 

直感型ってのは恐ろしい。

自分の感覚を他に教授してるのは分かるが、全く伝わらない。

 

魔理沙「まぁ、今度本でも貸してやるよ、凡人にもわかるような」

 

「凡人って言ってる時点で魔法使えねぇだろ」

 

魔法が使えるようになったら、煙草の火を付けるのに役立ちそうだ。

 

 

§

 



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文庫本

この一週間は安静にしなければならない。

なので激しい運動は控え、寺子屋に従事することにした。

慧音の持つ授業を代わったり、暇な時間は子どもたちと遊んだり。

今日は早めに授業が終わったので、とある場所で教材の研究でもすることにした。

 

「いつ来ても暗くてジメジメした所だな」

 

建物の中は[古本]でぎっしりと埋め尽くされている。

そのため、押し入れのような香りが鼻孔を突いてくる。

部屋は数本の灯篭によって照らされている。本の色を落とさないためらしい。

明かりはそれらと、店主の座る机に置いてある手持ちのランタン。

不気味にもそれは店主の顔に影を落としていた。

 

?『そんな事無いです!ここは心落ち着く、憩いの場ですよ!』

 

「妖魔本があるのにか?」

 

?「妖魔本があるからこそ、ここはスピリチュアルで安らぎの場なんです」

 

「妖怪的発想だな」

 

小さな店主――[本居小鈴]が口を尖らせている。

彼女はオレンジの髪を二つ結びにしており、大きな丸メガネがギラリと輝く。

 

小鈴「今日は[いつもの]ですか?」

 

「あぁ、[いつもの]だ」

 

参考書のエリアへと行く。

この店――鈴奈庵はいわゆる【貸本屋】であり、様々な本の貸し出しを行っている。

本のジャンルは様々で、古書だけでなく、外の世界の外来本も取り扱っている。

幻想郷に流れてくる外の世界の物は貴重であるが、本は別だ。

字体が違ったり、英語が読めないなど、様々な理由で捨てられる事が多い。

鈴奈庵はその捨てられる本を集め、貸本屋として営業している。

 

(妖魔本、ね……)

 

ちなみに、妖魔本とは、妖怪が書いたり、妖力のある者が書いた著書の事を指す。

そういった本には何らかの妖力が宿るらしく、鈴奈庵には妖怪が棲みつく、と噂される。

実物を見たことは無いが、かなり危険な物らしい。それを扱う小鈴もまた危険だと思うが。

 

「算数、さんすう、と……あった」

 

ボロボロになった教科書を手に取る。頭から赤い「!」の生えた、黄色い謎のプリンみたいなキャラクターが表紙を飾っている。

中身を確認してから受付に持っていく。

 

小鈴「これだけでいいんですか?」

 

「んと、そうだな……」

 

手早く判子を押す小鈴。

他に借りる物はあるかあたりを見渡すと、ふと、テーブルに置かれた二冊の本が目に留まった。

 

「これ、面白そうだな」

 

小鈴「あ!これですか!?流石ミナトさん、お目が高い!!」

 

「え?」

 

小鈴「これは皆既日食の書と言いましてね!外の世界から流れてきた『天体』に関する本なんですよ!!わかりやすく図解などがしてあって読みやすいし、面白いので是非とも借りて下さい!」

 

「そっちじゃなくて、こっち」

 

小鈴「え?」

 

皆既日食の書の下にあった、一冊の小さな本。

本の題名は[光の都]だ。表紙にはタイトルのみで、絵も何もない。現代はジャケットの重要性が説かれているため、こういう本は見向きもされないことが多い。現代では、の話だが。

手に取って開いてみると、目次があり、物語のように話が進んでいる、いわゆる小説だった。

 

小鈴「あ、そっちですか。それは最近仕入れたばかりのもので、幻想郷で書かれた本らしいんですよ」

 

「らしい?」

 

小鈴「人里の口コミで広がった本なので、どういったルートでここに仕入れたか分からないんです」

 

文庫本ほどの小さいサイズだ。

中身も小説である事に変わりはない。

しかし、妙に心を惹かれるタイトルだった。

 

「この、[御壱]って著者もどんな人物か分からないのか?」

 

小鈴「はい」

 

こくこく、とオレンジ色の髪が揺れる。

存在がミステリーな、作者も謎な、今話題の小説。

 

「読んでみる価値はありそうだな」

 

小鈴「お、分かりました!では御勘定はそれプラスですね!」

 

……なんだかはめられているような気がする。

御一緒にポテトはいかがですか現象だ。

 

小鈴「あ、あと」

 

小鈴は言い忘れていたように付け足した。

 

小鈴「その本、結構人気なので、貸出は一週間でお願いしますね」

 

「おーらい」

 

小鈴「ついでに皆既日食の――」

 

「いらん」

 

小鈴「むーお得意様なのにィー」

 

ぶーぶー!と口をとがらせる小鈴を無視し、鈴奈庵を出る。

外の日差しが眩しい。

ここから出るときはいつも目が焼けそうな思いだ。

 

 

§



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懐古

『オレには夢がある!』

 

男は虹色の旗を片手に丘の上で叫んだ。

目の前に広がる海に聞いてほしくて、太陽に向かって誓いたくて、ここに立っている。

その言葉は、男に言い聞かせるようにして言ったものだった。

男には夢がある。

 

『オレは!永遠に続く[光の都]を見てみたい!』

 

[光の都]とは、俗世から繋がりを切った、いわば桃源郷のようなものだった。

[光の都]とは、実際にあるかどうかの分からない、幻の場所。

山の奥にある、海の中にある、そもそも生の世界ではない――など、噂は様々だ。

しかし男はその噂を信じて疑わない。

自分が心の底から行きたいと思っているからであった。

 

「[光の都]で、現実ではない世界を、俺は見てみたい!」

 

片手を胸に当てる。

男には力があった。

それは摩訶不思議な能力だった。

それはありとあらゆる願いを叶えられる力。

富豪も、政治家も、庶民も、そして人間以外の生物全ての希望をも叶えてしまう。

男は、そのチカラを持っていた。

目の前に広がる――波の音、汐の匂い。

風の香りは、海の向こうから来ている。

 

「なぁ、太陽よ!オレと杯を交わし、永遠を誓ってくれないか!」

 

男は座り、大きな杯に酒を並々注ぐ。

水面に浮かぶ太陽は、男を祝福するかのように輝いている。

空に盃を突き出し、一礼。

男は太陽と杯を交わした。

 

それが、永遠を誓う[光の都]の通路となった。

男の願いはこのときに叶った。

男の永遠の願いが約束された。

男は愛人とは離別を済ませてあった。

しかし、会えない訳ではない。

彼女も、男の後を追って、光の都へと来るのだから。

 

 

(中略)

 

 

桃の花が咲き乱れていた。

そこは人と[人ならざる者]が入り混じり、極めて不安定な世界だった。

しかし、男の求めた[光の都]に変わりはない。

失われたモノが集う都は、多くの感動を生み出した。

何より、そこは男の故郷によく似ていた。

感動は、心をより動かし、愛を生む。

 

『――――』

 

男は[人間]でありながら[人ならざる者]と親交があった。

盃を交わせば心が通う。

拳を交わせば心が通じ合う。

言葉が通じ合わなくとも、心が通い合う。

いつしか、男は[光の都]にとってなくてはならない存在になった。

それこそ、光の都を愛し、光の都に愛される存在となって――。

 

 

 

[あとがき、出版詳細共に無記述]

 

 

 

(御壱『光の都』より抜粋)

 

 

§  §  §

 

 

 

小説は自伝的形式をとっていた。

男の夢という題目から話が始まり、[光の都]へたどり着いて、そこで何をしたか、何に出会ったか、という話。

とても幻想的な物語であり、『太陽』の存在が強調されている、というように独特な表現、著作的特徴がある。

気付けばどんどんページを捲っていた。

 

「光の都、か……」

 

小説を読んでいくうちに、疑問がいくつか浮かび上がった。

まず、男は何故[光の都]を訪れたのだろうか?その理由は文中で明らかにされていない。

次に、男の[光の都]の訪れた方法。

[太陽]という存在が鍵となっているようだが……。

また、男の持つ[チカラ]も謎であり、『全ての生物の願いを叶える』事が出来るらしい。

 

「……」

 

最後に――[光の都]という場所。

そこは人と人ならざる者が入り混じる世界だという。

それは、人間と、人間ではない何かが共存する世界であり、それはまるでこの世界と――。

 

「……考えすぎか」

 

栞を挟み、本を閉じる

鈴奈庵から帰って教材研究をしようとしたのに、いつの間にか小説に読みふけっていた。

 

「今!君は!冒険という名の大地を踏んだんだ!」

 

ジャズチックな音楽を奏でるラジオを消し、気持ちを切り替えてB5のルーズリーフを取り出し、シャーペンを握る。明日の算数の授業の予習である。

算学は掛け算から割り算へとステップアップする。

ここは児童も勘違いを起こしやすい単元なので、教師がしっかりと正しい解き方を知っておかなければならない。

小学校レベルだとしても、甘えてはならないのが教育というもの。

 

【割り算は、掛け算の延長線上にあり――】

 

参考書を読み進めていき、ルーズリーフに自分が分かりやすいようにまとめる。

イチから勉強してみると、意外な発見が多い。

これもまた、学ぶということの楽しさだろう。

 

(イチから、ねぇ)

 

ふと――昔のことが思い浮かんだ。

それは、小学校には通わず、独学で勉強していた幼少期のオレだった。

中学は何とか学校に通ったものの、勉強に置いて行かれる事も多々あった。

何より国語が苦手で、日本語さえもまともに喋られなかった。

まだ両親の事が頭から離れず、何もかもが歪んで見えた時代だ。

 

そんなクソッタレなオレを色んな意味で支えたのは、当時の中学の担任だった。

 

 

――放課後ならいつでも空いてるから来いよ、ミナト。

 

 

アイツがいたから、オレは勉強を好きになった。

アイツがいたから、知識を学ぶことが楽しいことと思えた。

アイツがいたから、アイツみたいに教師になりたいと思った。

アイツがいたから、クソだったオレが、今を、生きている。

 

(……今頃、何処で教師やってんだろ)

 

昔を回顧し、懐古しながら公式を写していく。

学ぶことは楽しいもんだ。

これを今度は、オレが子どもたちに伝える番である。

 

 

――よく遊び、よく学ぶ。全ては楽しんだ者の勝ちだよ。

 

 

これも担任であった彼の好きな言葉だ。

 

 

§

 



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名前

「名前?」

 

職員室で眼鏡をかけた慧音(超絶プリティ、本当にありがとう)が「あぁ」と言う。

 

慧音「ほら、子どもたちも名前があった方が愛着湧くだろ?」

 

先日、花壇の守り神として案山子を立てた。

その案山子に名前を付けたらどうだ、ということだ。

ぶっちゃけ名前も何もそこに案山子があればよかったのだが、なるほど、愛着ね。

 

「そいつはグレートだ、少し考えてみるよ」

 

慧音「うん。あ、私の名前とかは止めてくれよ?」

 

ひとつ浮かんだ名案は即刻潰されてしまった。

 

 

 

§  §  §

 

 

 

「という訳で、あの案山子に名前を付けようじゃないか」

 

チョークで案山子に名前を付けよう、と題目を書く。

子どもたちは「おー!」とやる気に満ちていた。

 

「じゃー適当に挙げてってくれ、黒板に書いていくから」

 

ハイハイ!と一斉に手が挙がる。

 

『ヒソウテンソクが良いと思います!』

『けーね先生弐号機!』

『カブ!』 

『メメント・モリ!』

『アブラカタブラ!』

『春姫!』

『畑マモリ!』

『チュパカブラ!』

『ただのカカシですな!』

 

それぞれ挙がった物を板書していく。

子どもの発想とはどこまでも柔軟で、底がない。

 

『k君!』

『ネオアームストロング砲!』

『あ、アルティメットインフィニティクライシスヘッドバッド!!』

『太陽ぉぉぉぉ!!!』

 

もはや案山子の名前とは思えないが、子どもの手は止まらない。

どんどん黒板の余白が無くなっていく。

この中から俺が選ぶのか、相当大変そうだ。

 

 

§  §  §

 

 

「ん、大体挙がったかな」

 

最終的に黒板一杯までヘンテコリンな言葉で埋め尽くされた。

子どもたちはまだ手を挙げているが、キリがないので打ち止め。

 

「さて、ここからどう選ぶか……」

 

ネーミングセンスは皆ずば抜けていた。

そこからいかに愛着が湧く、かつ案山子として花壇を守ってくれるような名前にするかだ。

ぶっ飛んだ名前でもいいが、皆が親しみを持って、名前を呼んでくれるような名前を選びたい。

個人的には「慧音先生弐号機」がお気に入りだが、それでは慧音が困ってしまうだろう。

 

「…………よし」

 

こういう物は直感で決めるものだ。

オレは一つの名前に色チョークで囲った。

 

「今日から、あの案山子の名前は『畑マモリ』で決定だ」

 

『はーい!!』

 

意外にも満場一致で決まった。

子どもたちにも受けが良かったのだろう。

 

「じゃあ、空いた時間で漢字テストするぞ」

 

『『えーーー』』

 

教室からは子どもの声、

畑マモリはそんな教室を眺めている。

その顔は、にっこりと、マジックで書いたような笑みを浮かべていた。

 

 

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銭湯

「くっはぁ~~~ビンゴ~~~」

 

ざばぁん、と湯船からお湯が零れる。

比較的熱いお湯が、身体を温め、疲れを取ってくれる。

仕事後の銭湯は至福のひと時である。

 

「いい湯だねぇ、そうだねぇ」

 

この時間帯の銭湯はあまり混んでいない。

農夫たちの仕事は夕方かその後に終わる。

夕方の銭湯はもはや戦場であり、暑苦しい漢たちのフルコース。

しかし今、客の姿はない。

 

「お肌すべすべ!バスロマン!」

 

壁に書かれた効能は[疲れ][やけど][疲労回復][乾燥保湿]など。

お年寄りにとってはありがたい物ばかりだ。

ただこんなモノが果たして本当に効果があるのか分からない。

 

「プラスィーボ効果って奴か」

 

頭にタオルを乗せて上半身を壁に預ける。

広い浴槽はまるで25Mプールのように広大だ。増築出来るぐらいに儲かるのだろう。

 

「58、潜りマース!」

 

40℃以上のお湯に頭から浸かる。

お風呂で泳ぐのはNGだが、誰にも迷惑をかけなければいいのだ。

 

「もうオリョクルは嫌でち!」

 

潜水艦ごっこをしていると、ガラガラとガラス戸が開いた。

一人の男性が身体を洗い、湯船に浸かる。

タオルを頭に乗せ、ふぅと息を吐いている。

身体を洗い終えると、男は小さなタオルを持って湯船に浸かった。

しばし微妙な距離感を味わっていると、沈黙を破ったのは向こうの男だった。

 

?『もしかして、外来人の方ですか?』

 

「そうです。……ご存じですか?」

 

男はもちろん、と言いたげな目をしていた。面長で暗い顔つきの男は、口元を吊り上げた。

 

?『里の中で有名になってますから、一度お会いして見たかったのです』

 

まぁ、そうなるよな。

新聞の力に外来人が寺子屋で働いている。こんなイレギュラーを気にならない方が無理な話だ。

男は波を立てずにオレに近づくと、いきなりオレの手首を握ってきた。なんだ?発展か?

 

?『あぁ、これは失敬。私としたことが……いやはや、アナタ、良いですねぇ』

 

「……何が?」

 

?『易ですよ。力強い易を感じます』

 

いきなり謎の単語が出てきた。エキとは?

男はまぁ分かりませんよね、と言った顔で説明する。

 

?『この世の自然、宇宙の全ての変化の事です。アナタからは、その変化の兆しが溢れ出ております』

 

「……悪いが、宗教ならお断りだ」

 

不気味な雰囲気を感じ取ったので、オレはそそくさとその男から離れる。

対称を失った男の細い手が、水面を優しく叩く。

 

?『いえいえ、滅相もない!私はただ、占いをしているものでして』

 

「占い?」

 

宗教よりも達の悪いものがきた。どうも、スピリチュアルな事象は苦手だ。現代では占いなどは天気予報と同じぐらい適当にあしらわれている。幻想郷では、かなり重宝されていそうだが、オレにとっては無縁でいい。

 

?『もし、気になるのなら……時たまに里でやっておりますので、よろしければ』

 

「まぁ、気が向いたら」

 

?『その日は近いと思いますよ』

 

クククッと不気味な笑いを上げる。男は立ち上がると、そのまま脱衣場へと後にした。

……細いのはどこも同じらしい。全身で一貫している男だ。

 

「何だったんだ、今のは」

 

予期せぬコンタクトに謎の疲れがどっと出てきた。

まるで人間離れしてしまった男だったが、果たして占いをする日は来るのだろうか。

 

 

§



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靈撃

その日の夜。

オレは拾ってきたラジオを付け、包帯を外し、寝間着に袖を通す。

飯も洗い物も全て済ませてある。後は寝るだけの体制だ。

 

「Vの体勢を取れ!!」

 

布団に潜り込む。

布団はまだ冷たい、足先から凍ってしまいそうだ。

 

「ベイリィ……メロンヌッ」

 

震えによる摩擦で身体を温めていく。

春はまだ完全には過ぎ去っていないようだ。夜はまだ寒い。

 

「…………」

 

少し暖かくなってきた。

オレの脳裏にぽかりと浮かんできたのは、親父に関する情報だ。

――親父さんは幻想郷におる。

――チカラをつける事じゃな。

マミゾウの言った言葉が脳内をこだまする。

人里のあらゆるコネクションを使って訊きだしたはずだ。その中で一番有益だったのが、妖怪であるマミゾウの情報だ。

最終的に妖怪の話を信じることになるとは、なんたる皮肉であろうか。

 

「……何処にいんだよ、親父」

 

親父は幻想郷にいる。しかし、親父は何のために幻想郷に来たのだろうか?

家族を捨ててまで幻想郷に来た理由。

今のオレでは、到底思いつかない。

 

「……親父は何かを見つけようとしているのか?」

 

外から風の音がする。

ガラス戸がかたかたと揺れた。

 

「……それとも、単純な好奇心なのか?」

 

雨の音はしない。

それでも風は一向に鳴りやまない。

 

「……知らん」

 

結論は、[直接聞きだしてやろう]だ。

まず初めにあったら拳で一発。それから胸倉を掴んで吐き捨てるように聞いてやる。

 

「震えてるのは当たり前だろう~」

 

頭の中は、親父を尋問する方法でいっぱいだ。

 

 

(明日、行ってみるか)

 

 

§  §  §

 

 

桜の花びらが舞う、境内の中庭。

前来た時よりかは桃色の量が減り、その中に緑が混じりはじめていた。

そんな季節の変わり目にある神社で、オレを睨む目があった。

 

?「アンタ、やっぱりバカじゃないの」

 

出会い頭に罵倒してくるS気質適性値をもつ博麗の巫女。

 

「チャリで来た」

 

霊夢「そういうことじゃなくて、アンタのその左腕、一週間かかるって言ったじゃない」

 

「言ってたな」

 

霊夢「まだ3日しか経ってないんだけど」

 

「オレの体内時計は一週間を過ぎた。よって完治した」

 

実際に痛みは残っているが、動かせるのでそう判断した。

 

霊夢「……やっぱりバカね」

 

霊夢は、境内に箒を投げ捨て(イライラによる)、「人の好意をなんだと……」とブツブツ呟き(イライラによる)、縁側に上がる。

オレが座布団に座るや否や、冷たいお茶が3つ置かれた。一応客として扱ってくれているらしい。

 

「…………」

 

霊夢「…………」

 

お互いにお茶を一気に飲み干す。

頭に昇っていた血が引いて行ったのか、霊夢の表情が柔らかくなった。

 

霊夢「で、ここに来たってことは、チカラが欲しいって事ね」

 

「相違なし」

 

霊夢「単刀直入に聞くわ。どうしてあの時、[スペル]が発動しなかったと思う?」

 

あの時――先日の人里での妖怪侵入の件だ。

発動する時と、発動しない時のある、オレのスペルカード。あの時には発動しなかった。

博麗神社の森で襲われた時には発動した。

では、スペルカードの発動理由は?

 

「……能力が無いから?」

 

霊夢「それは間違いよ。スペルカードってのは、持ち主の力によって作られる物だから」

 

「じゃあ、オレには能力があるって事か?」

 

霊夢「半分正解」

 

ラノベ的な返答だ、まどろっこしい。

 

霊夢「正確には、『能力を使いこなせていない』段階ね」

 

「はぁ」

 

霊夢「アンタにはスペルカードがある。最初にここで使った時には発動していないように見えたけど、アレはアレで発動していたのよね」

 

「話が見えないんだが」

 

霊夢「黙って聞きなさい」

 

「ぴゃ」

 

半ば暴力的に傍聴を促される。

 

霊夢「スペルが安定して発動しないのは、貴方の能力が未完成だから」

 

「……能力を安定して出せる段階まで持って来れば、スペルを使える?」

 

霊夢「そういうこと、例えば――」

 

霊夢はあるカードを取り出し、宣言した。

見たことがある。青色の波紋が描かれたカード。あれは――マズい。

 

「ちょ、ま」

 

霊夢「[靈撃]」

 

パリン、と青い閃光が走り、空間に衝撃波が押し寄せる。

畳が捲れんばかりの圧力に、オレはなす術泣く吹き飛ばされる。

衝撃は一瞬で止んだ。

 

「[靈撃]は持ち主の力に相応して威力が上がる。アナタにも持たせたわよね?」

 

「そのくだり、二度目なんですけど?」

 

霊夢「大事な話だからしたんじゃない。三回目、いっとく?」

 

「今しがた身体で覚えたから大丈夫だ、うん」

 

霊夢「能力が強ければ強い程より強力になるわ、私のようにね」

 

やはり霊夢は博麗の巫女にして頂点……。

 

 

§



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見式

霊夢「肝心な能力の話をしてなかったわね」

 

霊夢は、ちゃぶ台の上にあったもう1つのグラスを、台の中心に寄せる。

てっきりもうひとり客が来るのかと思っていたのだが、違うらしい。

グラスにはたっぷりと水が注がれていて、今にも零れそうだ。

 

霊夢「能力ってのは、先天性のものと後天性のものに分かれている。前者は生まれ持っている力。これは外来人にとって幻想郷に来る前に発現している場合が多いわ」

 

「ふむふむ」

 

霊夢「問題は後者。後天性の能力ならば、また二種類に分かれる。『幻想郷に来てすぐに発現する場合』と『幻想郷に来て、一定時間経つことにより発現する場合』よ」

 

「ほむほむ」

 

霊夢「この二つの種類によって、今アンタに施す方法が変わってくる。前者ならもうすでに発現しているのだから、あなたは自分の能力を認識する必要がある。要は気づきなさい、ってこと」

 

「はむはむ」

 

霊夢「逆に後者なら、この話は全て忘れて。焦りや無理な特訓は逆効果だから、自然と能力が開花していくのを待つしかないわ」

 

「へむへむ」

 

霊夢「……話、聞いてる?」

 

「ひむひむ」

 

つまるところ、能力には元々使えない人は早熟型か晩成型かどちらかになるらしい。

 

「じゃあ、どうやってその能力の早熟性を知ることができるんだ?」

 

霊夢「いい質問ね」

 

「ちゃんと話は聞いていたからな」

 

と、霊夢は自身の脇に手を突っ込んだ。

いったい何処に札を入れているんだ、と思っていると、抜き出されたのは紙のようなもの。

俗にいう[御札]だった。

しかし、真っ白の、何も書かれていない白紙だ。

 

霊夢「この御札は霊力を込める以前のモノ。これに私の霊力を込めれば、[博麗の御札]として退魔の力が宿る」

 

「能力を注ぎ込むってことか?」

 

霊夢「そ。[白札]の時はあらゆる力を込められるように、魔力や霊力に対して敏感なのよ」

 

(まるで未体験の男の子みたいだな)

 

そんな突っ込みをすれば霊夢に消されてしまうので黙る。

 

「じゃあオレもその白札に力を注ぎ込めば」

 

霊夢「まだ能力の有無も知らないのに、注ぎ込めるの?」

 

「無理です」

 

霊夢「――そこでこいつの出番よ」

 

霊夢はちゃぶ台の中心にそそり立つグラスを指さした。

表面張力により零れる寸前を保っている。

そこへ先ほどの白い札を、そっと浮かべた。

防水なのか、札は笹船のようにぷかりと浮かぶ。

 

霊夢「[博麗見式]と私は呼んでいるわ」

 

「はくれいけんしき?」

 

何処かで見たことのあるような構図だ。

 

霊夢「能力の識別方法よ。白札の感度を利用して能力の系統を目に見える形にするの。たとえば――」

 

彼女は静かに目を閉じた。

グラスの間を霊夢の両手が包み込む。

空気が澄み切り、風の音が止む。

世界の中心が彼女になったように、突然の静寂が訪れた。

 

「…………」

 

静寂に気づいて間もなく、手をかざす御札に変化が現れた。

白い札が、淡い光に包まれていき、次第に強く濃い輝きを放っていく。

やがて眼を覆うほどの光に包まれたと思った刹那。

白い札はグラスの水を離れ、宙に浮いた。

 

「うお……」

 

ふわりふわりと浮かぶ閃光。

まるで室内に浮かぶ擬似太陽のような、眩しさだった。

 

霊夢「――ッ!!」

 

そして、霊夢がカッと目を見開くと、一瞬部屋中に白い閃光が走り、御札の光は失われた。

ちゃぶ台に着地したそれは、白札ではなく、紅い紋様の札に変わっていた。

 

霊夢「注ぎ込む力が強すぎて、退魔の札を作ってしまったわ」

 

「……」

 

霊夢「と、まぁこんな感じ。私の場合、[博麗の力]と[空を飛ぶ能力]の二つね。なんとなくわかったでしょ」

 

「あぁ」

 

正直、霊夢の力のエフェクトがかっこよすぎて、見とれていた。

オレにもこんな力が宿っているのか!と思うと鳥肌が立ってくる。

反面、オレに能力が無い時の衝撃はとても大きそうだ。

能力を有した時の期待と、現実を突きつけられた時の不安。

 

霊夢「ま、とりあえずやってみなさい」

 

そうだ、とりあえずやってみればいい。

何もなかったら何もなかったで、何もなかった時の生き方をすればいい。

そういうことだ。

 

オレは、震える両手をグラスにかざした。

 

「…………」

 

そして力を込める。

できる限り無意識の状態を作る。

イメージは真っ暗、無の状態。

 

精神が安定してきたのか、周りの音がスッと遠ざかっていく。

 

「…………」

 

俺の脳内に浮かんできたのは、神社の森での出来事。

危機一髪を回避したのは、魔理沙のおかげだった。

しかし彼女は「お前の力だ」といった。

あの時、無我夢中でかざした、一枚のスペルカード。

妖怪たちを一瞬で消した、あのチカラ。

そして、人里を襲った妖怪との闘い。

気絶していたショタが、オレの手元に移っていた。

 

あれは、あのチカラは、いったい――。

 

「…………」

 

手のひらがほんのり暖かい。

研ぎ澄まされた五感が知る、風の感触、土のにおい。

少し眠くなってきた、真っ暗は真っ暗でも、微睡みへと誘う真っ暗だったり――

 

霊夢「ミナト」

 

「……ん」

 

霊夢「目を開けてみなさい」

 

意識を引き戻す霊夢の声に目を開いた。

目の前には当然グラスと水に浮かんだ白札。

変化はない。札の色も変わってなければ、浮いてもいない。

やはりオレに能力はないのだろうか?

 

と思っていると、ふと、違和感がした。

白札が大きくオレの方へ向かって移動していた。

 

「……風のせいか?」

 

グラスの中心に戻し、動かないことを確認して、また手をかざす。

すると、また白札が俺の方へと動いてくる。

霊夢の細目を横切り、襖を閉める。風は吹かない状況だ。

同じようにグラスの中心へ浮かべ、また手をかざす。

現象は同じだった。

 

「なぁ……これって」

 

霊夢「えぇ、おそらく」

 

鼓動を早める心臓。

彼女のその一言を、事実を見届ける霊夢の言葉を、オレは待っていた。

 

 

「モノを引き寄せる力、ってトコね」

 

 

§



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白札

「モノを引き寄せる力よ!」

 

何度この言葉を発しただろうか。

何度この言葉を意識しただろうか。

何度この言葉を反芻し、酔狂しただろうか。

 

「モノを引き寄せる力よ!!!」

 

白札に発現した力は、『引力』だった。

モノを引き寄せる引力を、オレは幻想郷に来てから開花させた。

後天性の能力だったが、それでも有無で境界を引くなら、間違いなく「有」だ。

 

「モノを引き寄せる力よ!!!!!」

 

何度この言葉を発しただろうか。

何度手に力を込めたのだろうか。

 

力を込めても、叫んでも、卓袱台のタバコケースはピクリとも動かない。

 

「うがぁ!!!」

 

精神的に限界だったので、そいつを開けて煙草を吸った。

気は長い性格だと自己判断していたが、見誤っていたようだ。

 

「手に煙草が吸い寄せられたらかっこよかったのにな……」

 

漫画アニメでありそうな光景だったが、無理だった。

能力を持っていたことは良い、大きな誇りだ。

しかし、肝心なことをオレは知らなかった。

 

「能力ってどうやったら発動するんだ?」

 

今までで一番アホな顔をしてアホな言い方だったに違いない。

だってアホなんだもん!

てかこれって不器用な人に「家を作ってくださいはいよーいスタート~」って言ってるものだ。建築学無振りだから無理ではなかろうか?

 

「ぐーっむむむ」

 

頭をフル回転させた結果。

 

「……地道にやるしかないな」

 

ちゃぶ台の上にグラスを置く。水は表面張力並みに注いである。

そのうえに、霊夢からもらってきた白札を浮かべる。

両手は、添えるだけ。

 

「…………」

 

明鏡止水の地に至った気分になって、意識を集中させる。

イメージは引力だ。モノをこちらに引き寄せる想像を膨らませる。

念じたものをオレの元へと引き寄せる。

白い札を、魔力感度の高いこの札を、オレへ。

 

「…………!」

 

白札が、ゆっくりとこちらに向かって移動した。

白札なら引き寄せられる。だが、他のモノになるとまだ引き寄せることができない。

千里の道もワンステップスターティド。

 

「がんばるぞい」

 

新しいCampusノートに日付と結果を書き込む。

『能力ノート』。ガキによく見る『ぼくのさいきょうのーと』に匹敵する痛々しさだがそうも言ってられない。

 

 

【能力を持つことを知る。白札ならば引き寄せられるが、他のモノはまだできない。地道な努力が必要である。一日一白札を心がけるべし】

 

 

ノートに記入を終える

気づけば夕方になっていた。

夕飯の支度をしなければならないが、とてもやる気になれない。

 

「……外食行くか」

 

明日はしっかりとごはんを作ろう、と思いながらオレンジに染まった世界に飛び出す。

 

 

§

 



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友達

夕日に染まる人里は、雑踏の音を響かせていた。

農作業に疲れた足音、稼業に勤しむ足音、帰宅を急ぐ足音。

幻想郷の人間が集まるのだから、いろんな人がいて当たり前だが。

人が集まるところはあまり落ち着かない。

京都に住んでいた時も都会の喧騒から離れた場所。

でも大学に近かったので不便ではなかったが。

 

「さぁて、何食うか」

 

こちらに来てから、和食しか食べていない。

日本の食文化は好きだが、オレは若者でもある。

子どもの頃に好きだった食べ物は洋食に偏っているし、今も洋食を食べたい欲求が顔をのぞかせている。

洋食屋。果たしてそんなものは人里にあるのだろうか?

 

「ハンバァァァァァァグ!!!」

 

人ごみをかき分けて店を探す。

すると、木造家屋の建物ばかりの中、一つ際どい彩色の建物があった。

明らかに「洋食ですよ!アメリカンですよ!!」と言わんばかりの青いペンキに包まれ、看板には大きく『フレンド』と片仮名表記がされていた。

ここは洋食店だ、間違いない。

 

「へぇ、よさげ」

 

ガラス張りになったメニューサンプルには、ハンバーグやスパゲッティ、チェリーの乗ったメロンソーダフロートが展示されている。

新しくもどこか懐かしい感じだ。

白塗りの扉を押すと、チリンチリンとドアベルが二回鳴った。

 

「おぅ、ええじゃないか」

 

店内はこじんまりとしているが、茶色を基色としたアンティークな雰囲気だ。

少し塗装が剥げていたり、厨房の中は調理器具が乱雑に置いてあったり、とてもじゃないが綺麗とは言えない。

しかし、そこがまた懐かしさを匂わせた。

 

店員『いらっしゃいませ、フレンドへようこそ!』

 

目の前に現れたのは、白い制服を着た女性店員。

まるでここが幻想郷とは思わせないほどの派手さを抑えた洋服だ。

ますます好感が持てる。

 

店員『お客様、何名様ですか?』

 

明らかにひとりにしか見えないが、ニコニコと聞く店員。

 

「ひとりで」

 

店員『はい、それではこちらのテーブル席にどうぞ』

 

案内された席に座る。

間髪入れずに目の前に御冷とおしぼりが置かれ、メニューが開かれた。

 

店員『お決まりになりましたらそちらのボタンでお呼びください』

 

丁寧なお辞儀をして、店員は去る。

狭い店なのだからボタンで呼ぶ必要はないんじゃないだろうか。

そんなミスマッチさにますます愛着が湧いてくる。

メニューを見ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、デミグラスソースのかかったハンバーグだった。

 

「正解は、越後製菓!!」

 

ピンポーン、と店内に響く。

すぐさま店員が来てPDT(ポータブルデータターミナル)のようなモノを開いた。

 

「へぇ、そんなものもあるのか」

 

店員『?』

 

「あ、ハンバーグセットを一つ」

 

店員『はい、ハンバーグセットをおひとつですね。ご一緒にお飲みものはいかがですか?』

 

「…じゃあ、ソーダフロートひとつ」

 

店員『ありがとうございます、ご注文は以上ですか?』

 

「あい」

 

もう一度お礼を言って去る店員。

畜生、最後に言葉巧みに飲み物を買わされた。

水で十分なのに!頼んでから後悔するのに!くそうっ、くそうッ…。

日本人は押しに弱い、遺伝子的にそうプログラミングされているのだ。

 

「ふぅ…」

 

そんなことを考えながら煙草を取り出そうとすると、ふと、こちらへの視線に気づいた。

 

?『じー……』

 

ひとりの子どもが、こちらをじーっと見つめていた。

茶色のおさげに青い着物を着た女の子。

透き通るような緑の瞳で、まっすぐな視線だ。

あまりにもこちらを見過ぎじゃないか――と思っていると、その子の正体は、オレが良く知る子だった。

 

「なんだ、”ミント”じゃないか」

 

子どもはオレが気づいたことに気づいたのか、椅子から降りてこちらに向かってくる。

 

ミント『赤せんせー、おはようございます』

 

「今はもう夜だぞ」

 

ミント『あれ?じゃあ、こんにちは』

 

「それも違う」

 

ミント『うーんと…あ、こんばんは!!』

 

「はい、こんばんは」

 

お辞儀をした女の子、通称『ミント』ちゃん。寺子屋の子どもだ。

非常におっとりとした性格で、少々おっとりしすぎて筆を持つまでに一分くらいかかる。

そんな人間性だが、彼女はとても絵が上手い。

この前見せてもらった慧音の絵は、まるで[エリック=カール]の絵本に出てきそうな、彩色の綺麗な絵で思わず息を飲んだ。

 

「ミントは、お母さんと?」

 

ミント「うん、すぱげってぃ食べた」

 

「へぇ、美味かったか?」

 

ミント「変なあじがしたー、なんかね、血のようなあじ!」

 

この子の感性は独特である。

 

「…それは、ケチャップっていうんだ」

 

ミント「けちゃっぷ?」

 

「そ、トマトから出来たソース」

 

ミント「トマト!私トマト大っ嫌い!だから血の味がしたのね!」

 

きゃー!と雄たけびをあげながら彼女は席に戻っていった。

母親が立ち上がってこちらに会釈する。

オレも立ち上がって会釈を返した。

着席した時、ジュウといい音を立てたハンバーグと、ぷかりとバニラアイスが浮かんだメロンソーダが置かれた。

 

「いただきマッスル」

 

ナイフとフォークを持ち、握りこぶしほどのハンバーグにナイフを立てる。

力を入れてないのにスッと切れ、断面から黄金に煌めく肉汁が鉄板に溢れた。

中までしっかりと焼かれたジューシーな肉を、口に運ぶ。

瞬間、ぎゅっと詰まった合挽肉から、ぶわっと香ばしい風味が広がった。

一噛みするごとに溢れ出る肉汁。

歯ごたえが良く口の中がとても充実した。

 

「うますぎるッッ!!」

 

食べたい、まだ食べたいと欲求をさらに刺激してくる。

ハンバーグと一緒に飲むメロンソーダは格別だ。

炭酸が乾いた喉を潤し、肉の香りを消しソーダの香りが鼻を抜ける。その瞬間はまさに快感にも近い感覚だ。

オレは我を忘れて夢中でがっついていた。

気づけば鉄板の上には何も残っていなかった。

 

「ごちそうさまでした」

 

レシートを持ち、会計を済ませる。

ミント家の親子はまだ楽しそうに話していた。

軽く会釈をして、店を出る。

夕日はとっくに沈んでいて、夜風が興奮を冷ましていく。

 

「いいところを見つけたぞ」

 

家からも近いし、お金に余裕があるときはまた来るとしよう。

 

 

§

 



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月光

家に帰ってからは、ひたすら能力の発現を目指す。

煙草のケース、動かない。

白札を浮かべる、動く。

煙草のケース、動かない。

白札を浮かべる、動く。

煙草のケース、動かない。

煙草を取り出し、一本吸う。

煙草のケース、動かない。

煙草を取り出し、一本吸う。

煙草のケース、動かない。

 

「動かねぇな」

 

n本目の煙草を吸い始めて、疑問を感じ始める。

白札によってオレに能力がある事は分かった。

チカラとは、[物を引き寄せる能力]だと分かった。

しかし、それは今のところ白札にしか効果が表れない。

すなわち、自身が[能力の発現の仕方]を理解していないからなのでは?

白札はオレの微弱に放たれるチカラを感知する。

その微弱は、オレの中に眠るチカラが溢れだしたモノ。

つまり。

 

(その大きなチカラを使うトリガーを知らなければならない)

 

早熟型か、晩成型か。

オレは後者のようだ。今までも、遅咲きだった経験が多い。

学校の成績やら、スポーツやら、身体の成長まで、ありとあらゆる能力が遅咲きだからだ。

大器晩成。

焦る必要はない。

 

「ロマンスが止まらないね」

 

気分を変えるために外へ出て、煙草に火を付ける。

だいぶ夜も温かくなってきた。

夜の空には三日月が浮かんでいた。

満月ほど光は強くないが、それでも人里は今宵も照らされる。

 

「月、か……」

 

月を見ていると、なんだか時間が止まったように感じた。

心があの空に浮かぶ月に引き込まれていくのだ。

それは月の引力によるモノなのだろうか。

 

「モノを引き寄せる力…」

 

あの月も、オレの力も、どちらも[引力]だ。

もし、能力として『月の引力』が使えたなら、オレはなんでも引き寄せられるのだろう。

それこそ、地球のような巨大な惑星さえも。

そして、閃いた。

 

「――何事も思いつきが大事さね」

 

思いついた事をすぐさま実践するべく、オレは煙草のケースを地面に置く。

そして目を閉じ、バッと両手を前に突き出す。

――魔理沙は言っていた、『魔法はイメージだ』と。

魔法も能力も、同じイメージから成るのではないだろうか。

 

「…………」

 

イメージは、月。

月の力を借り、一時的にオレの身体に[月の引力]を宿す想像をする。

脳裏に浮かんでくるのは、月の光。

いついかなる時でも、大地の夜を照らす、美しき鏡よ。

そのチカラ、月のチカラを。

意識を集中させ、一気に開放する――。

 

「!!」

 

月面――天から降りた一滴の雫が、オレに零れ落ちた。

何かに追い立てられるかのように、声を上げた。

 

「月の光よ!!」

 

叫んだ瞬間、掌が締め付けられるような空気の流動を感じたかと思うと、目の前の煙草のケースがピクリと動いた。

それだけではない。

弾けるようにして地面を跳ねたかと思うと、まるで糸に引っ張られたように飛び、オレの掌に収まった。

握る、握る。それは紛れもなく、そこにあった煙草の箱だった。

一瞬の出来事。しかしそれは、上手く飲み込むことができない。

 

「…………」

 

三日月の淡い光は、オレを照らし続けていた。

 

 

 

§  §  §

 

 

 

白札を使わずにモノを引き寄せる事に成功した。

距離はおよそ1メートルほど、対象は煙草の箱。

 

魔理沙の言っていたように、バッと手を出して、ピタっと動作を止めて、意識を集中して一気にグッと開放する。

これによって能力が発現する事が分かった。

 

イメージは『月』。

月の持つチカラが自分の身体に注がれていくイメージをすることで、精神が安定するのかもしれない。

 

初めての体験に身体が震えている。

饒筆になるのも無理はない。

 

大事なのでもう一度書く。

イメージは『月』、自分は「月の光よ」と叫んだ。

バッと手を出して、ピタっと動作を止めて、意識を集中して一気にグッと開放する。

 

次は、引き寄せるモノの種類、引き寄せの軌道、距離などを調べてみる。

 

 

(『オレの能力ノート』より抜粋)

 

 

§

 



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報道

今は朝。

イメージは月。

目の前には煙草の箱。

 

「精神一到、心頭滅却……」

 

意識を集中させ、[能力]を開放する。

イメージを具現化する。どんなことでも、成功したその瞬間を思い描くことが肝要だ。

 

「おいさっと!!」

 

伸ばした右手を開く。惹き寄せられた煙草の箱は磁石に引かれるようにして手に収まった。

何度やっても同じ現象が起こる。

すなわちそれは安定して使えるようになった、ということ。

 

「マーベラスッ!!」

 

思い切り箱の底を弾き、煙草に火を付ける。

昨夜に使った能力は、朝にも使えるようになった。

 

(やはり大事なのはイメージか)

 

同じように能力で寄せた灰皿に灰を落としつつ、胡坐をかいて天井を見つめる。

年季の入った古い木材に、大きなシミがたくさん出来ていた。

立ち上る煙はそんな天井に吸い込まれていく。

 

(もっと簡単に発動できるといいな)

 

煙草はいつもと違う味がした。

吸っているモノ自体は人里で手に入れたモノではあるが。

そろそろ外で吸っていたモノも欲しくなってきた時期である。

 

「チューチューラブリームニムニムラムラ…」

 

灰を落としながら、ラジオを付ける。

イカしたロック番組でもやってないだろうか。

チューニングを合わせるのは一苦労だが、音楽に慣れた若者を癒す手段はこれしかない。

雑音の世界に埋もれた秘宝を探す旅に出る。

 

『……ザッ…ザザーッ…』

 

幻想郷は結界によって外界から隔離されている。

この電波は一体何処から飛んできているのだろうか?

オレたちのすぐ傍にあったという幻想郷、結界が果たして電波を通すのだろうか?

 

『……ザッ――次のニュースです』

 

グッド。宝を見つけた。

ロック番組ではないようだったが。

チューニングを更に合わせていき、音をクリーンにする。

 

『――先日、京都市内にて、行方不明者が出ていた事が分かりました』

 

どうやら外の世界のニュース放送のようだ。

やはりラジオの電波は結界を超えてきているらしい。

凛とした声の女性が淡々と原稿を読み上げている。彼女は一体何を思いながら声を発しているのだろう。早く終わらせて帰りたい、と思わないのだろうか。

 

『行方不明者は、市内の大学に通う大学二年生の男性2名と女性2名の4名です』

 

「……」

 

落としかけた煙草を薬指と親指でキャッチする。

 

『4名は1週間程前に、深夜に伏見山へ行ったことが一人の女性の家族から分かっています』

 

「……」

 

『女性の家族は、彼女が深夜にそこへ行くと話を聞いており、それ以降彼女が姿を見せる事がなくなったため、近くの警察に通報した、とのことです』

 

「…………」

 

指先に熱を感じる。

フィルター部分まで火が到達していた。

 

『市内では先月、同大学に通う二名の女子生徒が行方不明となりました。警察は、集団失踪とみて、聞き込み調査を行っています――では、次のニュースです』

 

ラジオは他のニュースへと変わった。

オレは灰皿に煙草を押し付け、二本目に火を付ける。

 

(今のニュースは、間違いなくオレの事だ)

 

あの夜、オレは幻想郷へ行くために[列車]へと乗り込んだ。

周りには誰もいない状況だったはず。凌雅も、ナギも、ソラも、近くにはいない。

しかし、報道は[4名]と言った。

明らかに人数がおかしい。

 

(……巻き込まれた?)

 

その可能性は低い。

何故なら列車は[切符]が無ければ乗ることが出来ないからだ。

ならばあいつらは[切符]を持っていた?

または何らかの条件を満たし、列車に乗せられてしまった?

しかし、それならば車内で姿を見ているはずだ――。

 

(なんにせよ、こちら側に来ている可能性は高い)

 

ただの失踪なハズがない。

オレと同じ日に失踪したならば、間違いなくオレと同じ世界に来ているだろう。

 

「……動いてみるか」

 

煙草の火を消し、和服に袖を通した。

 

 

§

 



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短刀

「圧倒的解放感ッ!!」

 

人里を逝く。

家を飛び出したはいいものの、具体的な策は練っていなかった。

人物調査、ということで馬鹿の一つ覚えとして稗田家に行こうとしたが、彼女が外来人について全て知っているとは限らない。

第一、[列車]でオレは博麗神社に降りた。

アイツらがそこにいないということは、別の場所に辿り付いたのかもしれない。

なんにせよ、情報が入ってこないということは、この人里にいない可能性が高い。

 

(……そろそろ本格的に里の外へ出る必要があるな)

 

心の中で彼らの無事を祈りつつ、砂利道を歩く。

ようやく夏が来たのか、日差しがジリジリと肌を焼く。

人々も半袖の着物を着始めたようで、チラホラとその姿が見られた。

 

『でねぇ、新しく出来た床屋さんがとても雰囲気良くて、素晴らしかったのよ』

『まぁ、羨ましいわぁ。私も切ってもらおうかしら…』

『今年は豊作だ。お天道様に感謝だ』

『さっき子供の妖怪が里の外をうろついてたから、関所の人間が追っ払ってたよ』

『お腹減ったからうどんでも食べに行くか』

 

人里の中心部を抜け、北西門に近い所まで辿り付く。

領地の狭い里は端から端まで数十分で辿り付いてしまう。

北西門近くには稗田家があり、比較的豪華なお屋敷が並び立つ場所だ。

 

「……」

 

人は考えが浮かばなかった時、安定の選択をする生き物だ。

オレも人間というサガに踊らされた一人の被害者であった。

目の前には稗田家の門。

 

「あぁ、悲しきかなオレの発想力……」

 

?『発想力がどうなされたのですか?』

 

後ろから声がする。

見ると、羽衣のような絢爛な恰好をした稗田阿求と、同じような恰好をした老人が立っていた。

 

「発生力なら誰にも負けないぜ、何処からでも湧いてやる」

 

阿求「発生ですか?」

 

「なんでもない」

 

首を傾げる阿求の顔を見て、ピコンヌと閃いた。

そういえば、稗田家は人里の関門を管理していると聞く。

 

「阿求、頼みがある」

 

阿求「なんでしょ――う!?」

 

オレは阿求の肩を掴んだ。華奢な身体つきで、力を入れれば崩れてしまいそうな、儚い女の子。

昼夜だろうが、野外だろうが関係ない。

こういうのは勢いと雰囲気が大事なんだ。

オレは幼さの残る阿求の顔をまじまじと見つめた。

 

「お前……が、欲しい」

 

阿求「!?」

 

ボンッ、という爆発音と共に、阿求はその場にへたり込んでしまった。

 

「そう、人里を出る許可が――あ?」

 

やり過ぎてしまったらしい。顔を真っ赤にして、目が泳いでいる。

阿求を抱きかかえようとオレが手を差し伸べた時。

首にひんやりとした何かを感じた。

それは温度というよりも、氷のように冷たく、オレの全身を強張らせるには容易だった。

 

?『小僧、死にたいか?』

 

耳元で囁く老人の声、阿求と共にいた爺だった。

――この爺さん、いつの間にオレの背後を取っていた?

 

「……過ぎたことをした。すまない」

 

傍にいた護衛の老人が手に持つ短刀をしまった。

この爺さん、速過ぎるだろ?全く太刀筋が見えなかったんだが。

 

老人『許可を得るのなら、ついて来い』

 

老人は、明らかに敵意を感じる視線をオレに向けた。

人間離れした色、一体どんな人生を重ねれば、このような人を信じない眼をすることが出来るのだろうか。想像もつかない。

 

老人『妙な動きをすれば、箸の持てぬ身体にしてやろう』

 

湯気を出した阿求を抱きかかえ、老人はお屋敷に入って行った。

オレは両手を強く握りしめていたことに気付いた。

 

「……流石に犬食いは不躾だよなぁ」

 

 

§



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許可

阿求「お恥ずかしい所をお見せしました…」

 

意識が回復した阿求は、そういってオレに謝った。

顔はまだほんのりと赤い。

 

「こちらこそ、悪ふざけが過ぎたよ」

 

阿求「そんなこと、私が勝手に勘違いしただけですから…」

 

どんだけ聖人なんだこの子は。

オレのどす黒い心はあっという間に罪悪感に駆られ、更生しようと涙を流している。

気を取り直して、オレは阿求と正座で対面する。

 

阿求「それで、里外に出る許可が欲しいんですよね」

 

「あぁ」

 

怪訝な顔を向けられる。無理もない話だ。

 

阿求「聞きます。どうして許可が欲しいんですか?」

 

阿求に対して隠す必要はないだろう。

 

「単純な話だ、探す人間がいる」

 

阿求「探す人間…お父様ですか?」

 

「それもある、だが今回は別だ」

 

阿求に話した所で意味があるのか分からないが、味方は増やしておいた方が良いと判断する。

 

「外の友人が、こっちに来てる可能性が高い。いや、十中八九幻想郷に来ている。更に言えば人里の外にいる可能性が高いんだ」

 

阿求「…貴方の手で、見つけに行くと?」

 

「もちろん」

 

阿求「……」

 

オレが頷くと、阿求は少し考え込んだ。

力の持たない人間を外に出すことは、危険である。

それ故このように悩んでいるのだろう。

 

「言っておくが、死ぬために行くんじゃあないんだからな」

 

ツンデレ風に言葉が出てしまう。

べ、別に妖怪なんかに、食べられないんだからねっ!

 

阿求「でも……」

 

「頼む、お前のチカラが必要なんだ」

 

オレは頭を下げる。ほんのりと伊草の香りがした。忘れ去られたはずのその匂いが、オレの忘れていた友人たちへの想いを蘇らせた。

霧島凌雅、御船ナギ、鳳氷空。幻想郷に来ているであろう、その人達への想い。

少しして、阿求は「わかりました」とため息交じりに言った。

 

阿求「いいでしょう、許可します。その代わり――」

 

「その代わり?」

 

阿求「日没までには人里に戻ること、そして帰ってきた時には我が稗田家を訪れること。この二つを守れるのなら、関門の入出を許可します」

 

阿求は「爺や」と言うと、傍にいたあの老人が紙のようなものを渡した。

懐から小筆を取り出し、文字を書いていく。

 

阿求「無理をなさらないでください。里の外は危険な妖怪で溢れかえっています」

 

「イエスマム」

 

阿求「特に夜は決して外を出ないこと。昼時以上に危険な時間帯ですから」

 

「サーイエッサー」

 

阿求「…ちゃんと話を聞いてますか?」

 

「まぁ、こいつで何とか」

 

阿求「!!」

 

オレは阿求に秘密兵器――『風月堂』の苺大福を差し出す。

阿求は目を輝かせたかと思うと、両手でしっかりと受け取り、胸に抱えた。

 

阿求「気を付けてくださいね」

 

「なんくるないさ」

 

これで許可はもらえた。

後はゆっくりと人里の外を探索するだけだ。

オレは立ち上がり、礼を言ってから玄関へと向かう。

阿求が小さく手を振って、微笑んでくれた。そのスマイルはプライスレス。この屋敷の家宝を持ち出したとしても決して比べることの無いものだ。

玄関先を開けた老人と目が合った。戦慄を感じたものの、何食わぬ顔で外に出ようとする。

 

老人「命を粗末にするな、小僧」

 

「じーさんこそ、老い先大切にしろよ」

 

老人の殺気を受け流し、オレは稗田家を後にした。

 

 

§

 



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「ファッキン日光!」

 

稗田家の門をくぐり、真上に輝く太陽に中指を立てる。

文字通り世界の中心として君臨する太陽は、オレたち人類の味方であり敵なのである。

 

「オレたちの魂が希望の扉を叩くとき、太陽よ!お前はオレたちに明日を約束しろ!」

 

?『や、ミナト殿』

 

「そうさ 明日からお前が……ぬ?」

 

横から声を掛けられ、振り向くとそこにはマミゾウがいた。

門に背を預け、こちらへ手を挙げている。

 

「おう、アンタか」

 

マミゾウは少しウェーブのかかった茶髪に丸メガネを掛けている。

彼女の頭には耳が付いておらず、大きな尻尾も今は見当たらない。

人間に近い状態に化けているのだろう。昼間に歩くなら妖怪として当然か。

 

マミゾウ「稗田家に用事かえ?」

 

「まぁな」

 

オレの返答にマミゾウは目を細め、チラリとオレの全身を一瞥した。

つくづく狐なのか蛇なのか、狸とは思えぬ雰囲気を出すことがある。

 

マミゾウ「……里の外へ行くんじゃな」

 

なかなかの観察眼だ。見て分かることではない。彼女の読み取る力がそう理解したのだろう。

 

「そんなとこだ」

 

マミゾウ「随分と強い決心のように見える」

 

「世話の掛かる旧友がこっちに来てるみたいでな」

 

ぴくり、とマミゾウの身体が揺れた。

表情こそは変わらないが、何か面白いものを見つけたかのように、微笑みを噛み殺しているような気がした。

そして、マミゾウはオレに口を近づけた。

 

マミゾウ「……ここだけの話、聞きたいか?」

 

「……それは真昼間の人里で話してもいい内容か?」

 

足音はちらほらと聞こえる。人通りは少ないが、いない訳でもない。

マミゾウは辺りを見渡してから、オレの耳元へと手を当てた。

 

マミゾウ「つい先日、妙な噂を聞いた」

 

「噂?」

 

マミゾウ「[魔法の森]に、『とある人間』が迷い込んだんだとさ。その人間はとても美味そうなんだが……捕まえることは出来ないらしい」

 

「……ただの人間なのにか?」

 

マミゾウ「姿恰好は人間なんじゃがな。近づこうとしてもすぐに逃げられてしまう。まるで『妖怪の居場所がはっきりとわかっている』かのように」

 

「……」

 

マミゾウ「気にならんか?里の外にいるその『人間』に」

 

オレの中では疑問が沸々と浮かんでいた。

 

Q.『その人間は、何故人里へ向かわないのか?』

A.『答えは簡単だ。人里という存在を知らず、向かうことができないから』

 

Q.『じゃあ、[人里を知らないのに、幻想郷にいる人間]とは?』

A.『幻想郷の構造を知らない人間、つまりは、外から来たばかりの人間である』

 

――噂の内容が、オレの記憶と繋がった。

 

「……行ってみるか」

 

マミゾウ「ほほ、ただの“噂”なのに信じるのかえ?」

 

試しているようなマミゾウの視線に、オレは口元を吊り上げる。

 

「信じるも何も、行って実際に見てみるしかないだろう」

 

マミゾウ「……」

 

「まぁ、少なくともアンタは嘘をついてなさそうだしな」

 

マミゾウ「そうかそうか。なら止めはせんよ」

 

そう言って緑の帽子のつばを引っ張った。彼女の目元が隠れる。

 

マミゾウ「……好奇心、猫を殺す、じゃ。気を付けて行ってこい」

 

「アンタは狸だけどな」

 

煙草を携帯灰皿に入れると、マミゾウは手を挙げて稗田家の門をくぐっていった。

彼女も阿求に何か用があったのだろう。

 

(もう少しだけ準備するか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マミゾウ「……本当に、上物じゃのう」

 

稗田家前にいたマミゾウは、眼鏡の縁を上げた。

 

 

§



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製作

買い物を済ませ、卓袱台の前に座る。

仕入れてきたものは、食料やナイフ、灯油や縄など。

この後の作戦に使うモノは全部買ってきたつもりだ。後は上手いこと作るのみ。

 

「ねぇ、クワクワさん、今日は何を作るんだい?」

 

ガキの時によく見ていた某教育番組を思い出す。

眼鏡を掛けていたおじさんが怪物レベルの大熊と共に子どもを笑顔にするおもちゃを作る、そんな狂気の制作番組だ。

 

「へへッ、今日はね、爆弾を作ろうかな~って!」

 

空いた緑色のガラス瓶に灯油を流し込んでいく。

ざっと数にして5本程度。

量的に少ないが、手持ちだとこれぐらいが限度か。

 

「作りたくないよ~だ!」

 

魔法の森――。

里の人の話によると、幻想郷最大規模の森らしい。

更に言えば、『魔法の』と付いているだけあり、魔法に掛けられたような場所なのだという。

詳しい事は分からないが、魔力やら霊力やら何かを持っていれば大丈夫だで!と鍛冶屋のおっちゃん(商店街で慧音が仲良くしていた)は言っていた。

まぁ何やかんやで何とかなるだろう。

 

「ヌッ!これを見ればね、あーぼっくも作りたい!ってなるよ!」

 

縄は2メートル間隔に切っていく。

切った縄を縦に揃え、すぐに取り出せるように袋に詰める。

 

「ほんとかなぁ~?」

 

案外にも制作はすぐに終わった。

卓袱台の上を片付け、月のイメージ、煙草を吸おうと箱に手をかざす。

 

(ぬんっ!!)

 

引力が発生し、掌に箱が吸い寄せられる。

能力の発動にも慣れてきて、自由に引き寄せる事が出来てきた。

 

「本当だとも!ほら、試しに作ってみなって!」

 

?『一体ひとりで何をやっているんだ?』

 

玄関から何かを置く音、もぞもぞと黒い影が入り込んできた。

帽子を脱いだ魔理沙が奇異の眼をオレに向けている。

 

「子どもたちの明るい未来を作っているのさ」

 

魔理沙「独り言で未来を作られたガキたちはたまったもんじゃないな」

 

魔理沙はオレの一人芝居を異様な物と捉えているらしい。

そして卓袱台の横に並べられた道具を指差した。

 

魔理沙「……戦争でもするのか?」

 

「戦争、というよりも任務だ。ミッションインポッシブル」

 

はぁ、と魔理沙は出来上がった火炎瓶を持ち上げている。

 

魔理沙「そういえばさ、魔導書持ってきたぜ」

 

「君はタイミングが非常によろし!」

 

魔理沙は積まれた魔導書的なモノの数々を引っ張り、オレの脇に置いた。

めちゃめちゃ重い。今にも床が抜けそうだ。実際少し陥没している。

 

「これが、魔導書ってやつか」

 

魔理沙「あぁ、結構分かりやすいものを持ってきたつもりだ。初心者のお前でもすぐに使えるようになるぜ」

 

まるで簡単にスポーツでも始めるような錯覚に陥りそうだ。

試しに一番上にあった魔導書を開いてみる。

 

 

【 orl eoiuar gawpo slpebnvmn s^ekoxx^ slpal’skimi akpe qawsedrtgyhujikol owata yomenai murige- kagerou daisuki kekkonnsite 】

 

 

「おい読めねぇぞ」

 

魔理沙「そんな筈はないだろ。『勇気ある魔法使いよ、この書から元素の基本を学び、大地と和解し世界と調和せよ』って書いてあるじゃないか」

 

「言語の壁は厚いな」

 

今すぐ本を投げ出したい衝動を抑え込む。

魔法使いの基礎と言われる書のクセにそれさえも理解できないとは癪だ。

 

「仕方ねぇ、意地でも読解してやろうじゃないか」

 

魔理沙「がんばれよー、簡易的な辞書なら貸してやるぜ」

 

「あるならくれ」

 

魔理沙から辞書を貰い、早速魔法習得に移る。

――能力と魔法。

この二つを一気に会得するのは難しいだろう。

サッカーと楽器のような異なる二つの能力を同時に極めるようなものだ。

だが、能力と魔法の大元は同じ、[イメージ]。

 

(幻想郷に来た頃じゃあ考えられないな)

 

能力が使えなかったはずのオレが、今、使えるようになっている。できないことは無い、はずだ。

なるようになるのが人生である。

 

魔理沙「ま、一番頼りになるのは私だがな。いつでも頼ってくれよ?」

 

「気が向いたらパイセンの手を借りるよ」

 

煙草に火を付け、魔導書の海に飛び込んだ。

 

 

§



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魔法

魔法は様々な種類存在する。

身体能力を高めたりする魔法を[強化魔法]という。

練り上げた魔力を身体に纏い、攻撃・防御を行う魔法である。

これらは術者の個性の影響を受けず、汎用的な魔法ともいえよう。

 

(ダイアキュートとかリバイアとかだな)

 

火や水など属性的な魔法を[属性魔法]という。

これは火・水・木・土・金の五属性を指したものであり、これらにはそれぞれ得意・不得意が存在する。

 

(RPGとまんま一緒だな)

 

所謂「火は金に強く、水は火に強い」という相性である。

ざっと示すならば「火は金に強い、金は木に強い、木は土に強い、土は水に強い、水は火に強い」だ。

これを意識し、どの局面でどの属性魔法を使うか判断すべし、だという。

相性関係を図にすると、ちょうど星の形になる。

 

「まるで五行思想だな、魔理沙」

 

魔理沙「……zzz」

 

「…何が先輩だよ、使えねぇな」

 

魔理沙はとっくに眠りについていた。

昼間に活発な人ほど熟睡しやすいのだろう、涎を垂らして、子どもみたいな寝顔だ。

彼女の帽子を取り、毛布を掛ける。

 

「さて、続きだ」

 

気を取り直してページを捲る。

次は「属性魔法の得意・不得意」について。

魔法には属性がある、それにはもちろん使用者の得意・不得意が大いに関係してくる。

例えば体質的に「火」に優れていたとしよう。

そうすると、まず対極の存在である「水」の魔法は基本的に使うことができない。

また、「火」に優れていると、その両隣にある属性「金」と「木」を、「火」ほどではないが扱う事が出来る。

これは、「火」が100%だとすると、それぞれ50%程しか性能が発揮されない。

 

「つまり三つまで使うことが出来るってか」

 

自分なりの考えをノートにまとめる。

魔法の理念的分野は意外にも単純で、分かりやすい。

 

「ぼかァね、理念よりも実際に使いたいんだよ!!」

 

次のページを捲ると、オレの求めている項目が来た。

[魔法の使い方]の項目だ。

 

「オレ好みの項目だ……」

 

煙草を灰皿に押し付け、読んでみる。

――魔法はイメージだ。身体の中を循環する魔力を引き出すには、イメージによって魔力を集中させる必要がある。

――息を深く吸い込み、身体の外部に存在するエネルギーを取り込む。そして魔法を出したい所に意識を置き、魔力を溜める。

――イメージを行い、具現化する魔法を頭に思い描く。

――魔力が溜まったら、後は手から発するように、イメージで練り上げた魔力を開放させる。

 

「ほぉ……」

 

魔理沙の言っている事は正しかった。

要約すれば、確かに『バッと手を出して、ピタっと動作を止めて、意識を集中して一気にグッと開放するだけだ』である。

雑を極めればそれは個性になる、とはよく言ったものだ。

 

「…………」

 

掌を上にして手を突き出す。

そして、息を深く吸い込んで、外にあるエネルギーを吸収する。

イメージは、「火」だ。

メラメラと燃え盛る赤き炎。

熱を帯び、触れたモノを熱し燃やす。

火事、焚火、煙草の火、火、炎。

それを、手から出すイメージ――。

 

「……ハッ!!」

 

一喝。

すると、掌に熱を感じ、そこから炎が生じた。

 

「おぉ……」

 

自分には魔法が使える。

今まで出来ないと思っていたが、出来たのだ。

全身を震えさせるほどの感動に包まれる。

 

「…ちっちぇえなぁ…」

 

炎は蝋燭の火ほどの大きさだ。

しかし炎は炎。取り出した煙草を口にくわえ、息を吸う。

すると、細い白煙が上がった。

 

「くゥぅ~~~んめぇ~~」

 

達成感と煙草は何とやら。

手を握って炎を消す。

イメージを消すと魔法も消えるようだ。

 

「これで炎は使えるってことが分かったな」

 

他に何が使えるか試すことにする。

 

 

§



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適性

「風の声よ!!」

 

風をイメージし、掌の魔力を開放する。

しかし、微風どころか、無風。

風が吹くことは無かった。

 

「風には向いてないということか」

 

あっさりと使えない魔法は認め、次を試す。

「火」の両側は「木」と「土」。

木属性が使えないということは、土属性が使える可能性が高い。

しかし、妙な想いだった。

 

(せっかく魔法が使えるのに、土属性がメイン……?)

 

少し嫌な予感がした。

恐る恐る「土」をイメージする。正確には岩石だ。

 

「ファーストカムズ……ロック…!!」

 

掌に溜めた魔力を開放する。

すると、掌からボーリングの球ほどの大きな岩石が生み出された。

 

「でかッ」

 

ズシリと重い岩、完全に完璧な何の変哲もないパーフェクトなただの岩。

しかし、デカイ。

魔法初心者にしては大きすぎるのでは――

 

「……!!!」

 

脳裏を駆け巡る嫌な予感。

――属性魔法には適応性があり、最大三つの属性までしか使えない

――自身の最適である属性の両側に位置する属性はある程度使うことができる。

 

「いやっ…!」

 

現実から逃れるべく、水のイメージをする。

流れる水、清らかな水、水、水。

水が今無いので明日汲んでくるか。

意識を集中させ、掌の魔力を開放する。

 

「ブリザラ!!」

 

しかし水は生まれない。

現実から目を背け続ける俺は、もう一度魔力を練る。

 

「アイスストーム!!!」

 

しかしながら水は生まれない。

 

「エターナルフォースブリザードォォォ!!!」

 

正直に言おう。

オレには「水」属性は適してないらしい。

つまり、もう確定である。

オレの属性は――

 

「……セカンドカムズ、ゥロック」

 

二つ目のボーリング球サイズの岩を生み出す。

漬物石になりそうな程よいサイズの岩。

そいつを隣に置き、オレは卓袱台に突っ伏した。

 

「土属性、だと……!!」

 

土属性――。

またの名を、「不遇なモブキャラが持つ打たれ強いが序盤で死んでしまう残念属性」である。

異名として、「おっさん属性」と言われている。

特徴としては「遅い」「堅い」「水に弱い」の三連打。

はっきりと言えば、あらゆる属性の中で一番ダサイ。

それが、オレにとって、最適なのだ。

いうなれば、若者が使っていると『あぁこいつは序盤で死ぬんだな』属性。

クールなキャラとして俺は水や風魔法を使いたかったのだが、臭そうな、汗びっしょりそうなどんくさい、土属性だとは。

現実は非情である。

 

「……」

 

いや、仕方がない。

風や水を求めるのは欲張りというもの。

与えられた力で生きていくしかないのだ。

 

「お前も、もう、おやすみ……」

 

ちなみに相当適性があるのか、両手で一個ずつ生み出すことが出来た。

これほど土属性に適した人間はいるのだろうか。

現実は非情である。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

魔理沙「お前、徹夜したのか?」

 

「……あぁ」

 

魔理沙「魔法は勉強できたか?」

 

「……あぁ」

 

魔理沙「……最後にいいか?」

 

「……」

 

魔理沙「この岩の数々は、お前が生み出したのか?」

 

「……君のような勘のいい娘は嫌いだよ」

 

魔理沙は腹を抱えて笑い出した。

床には埋め尽くされんがばかりの岩の数。

もちろん全てオレが生み出した岩だ。

 

魔理沙「こ、こんなに土属性に適した外来人なんてそうそういないぞ!!」

 

「……」

 

魔理沙「残念だったなぁ、一番使いにくい属性になるとは」

 

「それ以上口を開いたら土葬するぞ」

 

ひー、と目じりに溜まった涙を拭きつつも、まだ笑う魔理沙。

オレは徹夜で練習しすぎたせいか、岩石を生み出すことは造作もなくなっていた。

102個目の岩を放り投げる。

 

魔理沙「でも、土属性なら、火と金も使えるだろう?」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

オレは火をイメージし、魔力を集中させる。

これも徹夜で練習したおかげで、安定して発動できるようになっていた。

燃え盛る炎を描き、具現化する。

 

「ファイアフラワー!!!」

 

ボウッと掌から熱が放たれる。

魔理沙はそれを見て、また、噴き出した。

 

魔理沙「アッハハハ!!ちっこい!ちっこい炎だなぁ!!」

 

「ぐっ……」

 

魔理沙「まるで土属性以外認めない、と言われてるみたいだな!いや~珍しい!逸材だ!!」

 

メチャメチャ馬鹿にされている。

火属性は使えるはずなのだが、一向に蝋燭の火状態である。

その炎で煙草に火を付ける。

 

「現実は非情だ…」

 

魔理沙「まぁまぁ、それでも魔法が使えるんだから良いだろ?」

 

「そういうこった」

 

朝ごはんを食し、魔理沙も自分の食べた食器を流しに置いてくる。

床に岩が転がっているので、歩きづらそうだ。

 

魔理沙「で、この岩はどうするんだ?」

 

「どうするって何もないが」

 

魔理沙「だったらいい考えがある、とびっきりのな」

 

魔理沙がほくそ笑んでいる。

何を企んでいるかは分からないが、無限に生み出せるのだから別にいいだろう。

 

「構わん、ただし金が絡むなら収入の半分はオレにくれ」

 

魔理沙「あぁ、保証するぜ」

 

どうやら営利目的だったらしい。

漬物石として売るのだろうか。

 

 

§

 



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水汲

魔理沙が帰った後、オレは桶を持って南へと向かう。

その訳は、至極単純、水を汲みに行くのである。

当たり前だが、人里に電気ガス水道は通っていない。

現代ではライフラインが整ってい過ぎる。幻想郷に来てからそんなことを思った。

 

(水魔法が使えれば簡単なんだがな)

 

と思っている内に井戸に到着。

人里にはあちらこちらに井戸があり、皆そこから水を汲んでいる。

オレの家の近くにも井戸はあるのだが、朝は人で混んでいる。

待つ時間を削減するために選んだのが、この井戸だ。

南門に近い場所にあるこの井戸は、集合住宅から少し離れた場所にあるため、使う人が少ない。

もちろん今も人の姿は見当たらない。

 

「グッジョブタイミングス」

 

桶の持ち手をロープで固定し、放り投げる。

底が見えない井戸、しばらくして着水する音が響いた。

少し時間を置いてからロープを引っ張り、滑車が軋む。

しばらく引くと、煌めきが闇の中に浮かび、桶が上がってくる。

 

「大漁大漁ゥ!!」

 

ロープを外し、二つ目の桶を固定し、投げる。

桶に水が入るまで煙草を吸うことにする。

朝はタールの弱い物を吸うと決めている。

煙草を選べる事のすばらしさを噛みしめる。

 

?『う、うらめしやー!!!』

 

と、不意に後ろから声がした。

振り向くと、そこには青い髪の女の子がいた。

 

「ん?」

 

?『あ、あれ?』

 

女の子は俺と目が合うや否や、目を丸くして慌て始めた。

青と赤のオッドアイだ、珍しい。

 

?『な、なんで驚かないの?』

 

「ん」

 

?『あ、えっと、その、あの……』

 

両手を前に組みながら、モジモジと身体を揺らす少女。

慌てたり照れたりと忙しそうだ。

もしかして井戸の水を汲みに来たのかもしれない。

煙草を携帯灰皿に突っ込み、ロープを引っ張る。

 

?『あ――わ、私も手伝います!!』

 

「……どうも」

 

というと、女の子はオレの隣に来て、ロープを握った。

ふわりと風の匂いがした。

それは女の子の匂いなのだが、葉っぱのような、不思議な香りだ。

アロマセラピーと言うものだろうか。

青色のシャツに青色のスカート、そしてオレの好きなショートカット。

年齢的にはオレよりも幼く、かといって寺子屋の子どもよりかは幼くない。年頃の女の子、と言ったぐらいだ。

 

「アンタは何処の子?」

 

?『ふぇい!?』

 

「だから、何処に住んでる子ども?」

 

少女は大きく飛び跳ねた。

そこまで幻想郷版「君どこ住み?」に驚いたのだろうか。

『金髪チャラ猿でもわかる!ナンパマニュアル・入門講座』に書いてあるであろうその台詞は、将来死ぬほど聞くことになるから慣れておいた方がいい。

 

?『えと、その、あの…』

 

オレの返答には答えず、ただただ慌ただしく手を振っている少女。

 

「いや、言いたくなければ別にいいよ」

 

?『ちが、うんですけど……すぐ、そこです』

 

指をさした所は、集合住宅の一角。

南門から少し離れているが、オレの家からはあまり離れていない。

 

(結構近くにこんな子がいたんだな)

 

そう思っていると、ようやく井戸から桶が引き上げられた。

 

「桶、頼む」

 

?『え、あ、はい!』

 

持ってもらってる間にロープを外す。

女の子は「お、重い……」と漏らしていた。

桶を受け取り、二つの桶を持つ。

 

「さんきゅ、かなり助かったよ」

 

?『い、いえ!!そんなことは……』

 

「じゃ」

 

?『あ――』

 

女の子とおさらばしてオレは家へと向かう。

水を汲むときに誰か一人いると楽になると知った。

 

 

§



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絵描き

「ハイヤー!!」

 

イメージを完了させ、掛け声とともに[引力]を発動させる。

カタカタと震えるチョークは、黒板の淵をレーシングカーの如く滑走し、オレの掌に収まった。

子どもたちから「おー!」と声が上がる。

 

『凄い凄い!』

『もう一回みせてー』

 

「見とけよ見とけよ」

 

もう一度イメージし、力を発動する。

 

「ソイヤッ!!」

 

すると今度は、ショタの持っていたプリントがふわりと浮かび上がり、くるくると螺旋しながらオレの手に収まった。

 

『うわ!』

 

「これが、ハンドパワーです」

 

すっげぇぇぇ!!と子どもたちは大盛り上がりだ。

手品師はこうやってタネも仕掛けも無い魔法で人々を盛り上げているんだな。

なんともいえぬ快楽だ。

 

『赤せんせー、それどうやってるの?』

 

「ん、これはだな、バッと手を出してピタっと集中し、グッと力を開放するんだ」

 

『なるほど!!』

『んー……』

 

一斉に子どもたちが手元にある筆やらノートやらを引き寄せようとしている。

その必死さがとても可愛らしい。

 

「頑張れよ、そのうち君たちも使えるようになるさ」

 

『『はーい!!』』

 

未来への愉しみを教えた所で授業をする。

内容は[国語]。

今は算数のみならず、他の教科も教えている。

 

「じゃあ、壱百八頁を開いて、音読をしよう」

 

 

 §

 

 

授業終了のベルが鳴り、子どもたちはそれぞれ支度をして出て行く。

俺も黒板を消したり、資料を整理したりする。

教卓で作業をしていると、ふと、席の後ろで何人かの子どもたちがわいわい騒いでいた。

それはチサトの周りで、みな筆を持っている。

 

「何してるんだ?」

 

『あ、赤せんせー!』

 

『みんなで絵を描いているの!』

 

ポチとミントがぐいぐいとオレの手を引いてくる。

開かれたノートには数々の絵が描かれていた。

見るとそれは果物だったり、植物だったり、人だったり、本当に様々だ。

中には慧音の顔や、オレの顔、花壇の案山子[畑マモル]もある。

 

『……赤せんせーも、描く?』

 

チサトが筆を渡してきたので、受け取った。

 

「よし、良いだろう」

 

子どもたちはお題に合わせて絵を描いているようだ。

今回のお題は[リンゴ]。

 

(もらった。リンゴは美術の授業で死ぬほど描いたぜ)

 

まず、リンゴの輪郭を描いていく。

上部は穂先の細い線で、下部に行くにつれて強く太い線に。

どっしりとそれでいて軽いような、そんなイメージだ。

輪郭を終えたら次は影を付ける。

リンゴは球体に近い形をしているため、影のでき方は丸状に出来上がる。

日の当たり方に気を付け、なおかつリンゴの持つ立体感を出していく。

忘れてはいけないのがリンゴが接している床の影。

これも球体に近い形をしているため、それを意識して描く。

最後にリンゴの模様を描いて、

 

「出来たぞ」

 

子どもたちは既に描きおわっていたらしく、最後までオレの筆を見つめていた。

 

『うぉーー…』

 

『赤せんせー、絵描けるんだね』

 

「ほどほどに」

 

と言いつつも、子どもたちが描いたリンゴも中々だ。

ポチは豪快かつ強そうなリンゴ。

ミントは立体的で美しいリンゴ。

ビッチは可愛らしく、齧られたリンゴ。

チサトは小さいが、丸々としたリンゴとスライスされたリンゴ。

絵には大きく個性が出ていた。

 

『あたしもっと絵描ける!』

 

「お、じゃあ次は……そうだな」

 

?『みんなして楽しそうじゃないか、絵描きか?』

 

あ、けーねせんせー!と子どもたちの声がハモる。

オレは慧音の顔を見て閃いた。

 

「じゃあ次は慧音先生にしよう」

 

慧音「へ?」

 

「ただし綺麗に、美しく描くんだぞ」

 

『『はーい!!』』

 

慧音「え?え?」

 

一斉に筆が動く。

取り残された慧音は目をパチパチとさせていた。

 

 

§



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黒板

絵描き大会は日没まで行われた。

慧音の絵を描いた後には、仕返しをするようにオレの絵を描いた。

慧音も筆を取り、彼女はとても繊細で丁寧な絵を描いた。

内容は鉛筆など簡単な物から宇宙という抽象的な物まで。

それでも子どもたちの手は止まらない。

発想と想像がとても豊かで、見ていてとても面白い。

ノートの数十ページに渡りオレたちは絵を描き続けた。

カラスの鳴き声が聞こえたところで、この会はお開きになった。

 

「いやぁ、楽しかったな」

 

オレと慧音は、机と座布団の片づけを終え、教室を掃除する。

 

慧音「本当にな、子どもたちが机を描くときと言ったらもう」

 

お題が[机]だったときはみんなして机をじろじろと見ていたものだ。

慧音とオレがお題の時も顔をじーっと見ながら描いていた。

その集中力も素晴らしいものだった。

 

慧音「だが、いきなり私をお題にするな。恥ずかしいじゃないか」

 

「悪かったよ、オレもお題にされて恥ずかしかった」

 

慧音「あんなに顔を見て来るのは授業中でも無いからなぁ」

 

畳を拭きながら慧音は笑っていた。

思えば子どもと慧音とオレで遊んだのは初めてかもしれない。

その時の彼女はまた新鮮で、心の中がじんわりと温かくなったのはここだけの話だ。

 

慧音「あぁ、本当に楽しかった。少し前を思い出すよ」

 

「前?」

 

慧音「あぁ」

 

掃き掃除を終えた慧音は黒板に歩いて来る。

そして白のチョークを掴み、まだ拭いてない場所にチョークを当てた。

カツン、と鋭い音、少し砕ける。

 

慧音「昔、ミナトのように寺子屋で働いていた人間がいたんだ」

 

「へぇ、初めて聞いたぞ」

 

慧音「それはそうだろう、誰にも言ってないからな」

 

腕を上下させ、左右に揺らし、白い絵が描かれていく。

それはハートだったり星だったりと、絵というより記号だった。

 

慧音「その人は子どもが大好きでさ。子どもたちもその人の事が大好きだった。よく昼休みになると中庭で遊んだり、さっきみたいに絵を描いたりしてたんだ」

 

「…いい先生じゃないか」

 

慧音「私もそう思う。私は、彼のいた寺子屋が大好きだった」

 

黒板の記号は増えていく。

意味のある記号ではない、まるで慧音の思考を繋ぎとめるような、手悪戯のようなもの。

繊細な絵、丁寧な記号。

 

「…その先生は、今はここには居ないのか」

 

慧音「……全く、君は察しが良すぎる」

 

遠くで子どもの遊ぶ声が聞こえる。

近くで荷車を押す音が聞こえる。

空には鴉が羽ばたき、黒い羽根が舞い落ちる。

慧音の持つチョークも、破片を落としながら、短くなっていく。

 

慧音「その人は、突如消えてしまった。音もなく、便りもない。突然の失踪さ」

 

「失踪……」

 

慧音「そうだ。今は何処で何をしているか分からない。妖怪に喰われてしまったのか、それとも里の外で生きているかもしれない」

 

失踪。

その言葉が、オレの中心にある何かを締め付けた。

 

慧音「だから、私はその人がいたという[歴史]を消した。元々いない人としてその人の存在を書き換えたんだ」

 

――失踪。

その言葉に、オレは気付いた。

 

――慧音もオレも同じだ。

失踪する人間はいつも自分勝手だ。

残される者の思いが収束することは無い。

オレと親父。

慧音とその人。

慧音はどんな思いで、その人の存在を、歴史を、思い出を、消したのだろう。

 

慧音「すまない、泣いてしまった」

 

「……いいさ」

 

目じりに涙を浮かべながら、寺子屋の先生が笑う。

 

慧音「ミナトはこれから妖怪に立ち向かうつもりだろう?」

 

心臓が跳ねた。

先生という役職は、人の心が読めるらしい。

 

「……どうしてそう思った?」

 

慧音「なんで?……なんでだろうな、勘のような、本当に何となくなんだ」

 

何となくで分かってしまうとは。

慧音とは言葉を使わずとも通じ合う仲になったのかもしれない。

 

慧音「不思議だ、本当に不思議だよ」

 

チョークを置いた慧音は、オレのすぐそばまで来ていた。

鼻と鼻が触れてしまいそうな、相手の吐息さえも聞こえてしまうくらいの距離。

 

「……慧音」

 

慧音「あまり、無茶はしないでくれ。……お前には、いなくなって欲しくない」

 

声は湿っていた。

合間に混じる涙の零れる音、啜る息、吐息、ため息、啜る音、涙の音。

 

慧音「お前が怪我をした時、本当に心配した。命に別状は無いと聞いて、心の底から安心した。私の中で、お前は単なる人間なんかじゃないんだよ」

 

「……オレは、ただの、人間だ」

 

慧音「そんな事ない。お前には不思議な力がある。それは子ども達のような人間から、私のような妖怪さえも引き付けてしまうんだ」

 

窓から差し込んだ夕日が彼女の顔をオレンジに染める。

紅潮しているのか、それとも夕日がそうしているのか、分からない。

 

慧音「だから、ミナトにはいなくなって欲しくない」

 

「慧音」

 

慧音「私は、お前がいる寺子屋が大好きなんだ」

 

橙と黒の世界で、俺と慧音の二人は夕日に取り残される。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

慧音「……恥ずかしい事を話してしまったな」

 

「そんな事無い。話してくれてありがとう」

 

慧音「や、やめよう。思い出すと、恥ずかしい…」

 

可愛い反応だ、もっと弄ってやりたい。

でもそうするとけーね先生の頭突き(格闘・威力120・タイプ一致)を喰らいそうなので、やめておく。

 

「慧音」

 

慧音「ん、なんだ?」

 

 

 

「オレも、お前がいる寺子屋が大好きだ」

 

 

 

「これからもよろしく」

 

慧音「……あ、ぁ」

 

夕日がオレたちに影を落とす。

慧音の顔は、落ちてゆく朱色の珠と同じ色をしていた。

オレもたぶん同じ色をしているのだろう。

 

慧音「……じゃ、またな」

 

「……ん、また」

 

慧音を見送り、オレも自分家への帰路につく。

この後に待っている過酷な道だとは知らずに。

 

「…しばらく禁煙でもすっかなぁ」

 

 

§



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魔法の森

【魔法の森を歩くときの注意!】

 

 

 

① この森には強い魔法が掛けられています!

 

 

 

 

② 魔法によって凶暴化した妖怪・植物・昆虫がウジャウジャ!

 

 

 

 

③ 同じような景色が広がっています、迷子にならないように!

 

 

 

 

④ 変な物には決して触れない!精神を傷つけます!

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

⑤ 出来れば……立ち入らないように。

 

 

 

 

(魔法の森・入口にある立て看板より)

 

 

 

§

 

 

 

「ここが魔法の森とやらか」

 

目の前に広がる光景に、オレは変な気を起こしそうになる。

そこには、鬱蒼とした暗き森が視界を覆っていた。

入口だ。

まだ入り口なのだ。

 

「ゲロ以下の香りがプンプンするぜッ!!」

 

肌を突き刺すような寒気と、纏わりつくような悪寒。

魔力に包まれた魔法の森は、入口からその猛威を奮っていた。

そこに立て看板にも散々注意書きが書かれている。

 

――果たしてこんなところに人間がいるのだろうか?

 

「気が進まない……が、全速前進DA!!」

 

気合いで嫌な予感を吹き飛ばし、茂みに足を踏み入れた。

ぶにゃり、と柔らかすぎる感触。

足元に広がる苔の絨毯。

尋常じゃないほど湿気が素晴らしいため、苔は濡れているというよりもはや水に浸っているみたいだった。

 

(……)

 

再び湧き上がる嫌な予感をつばと一緒に飲み込む。

 

魔法の森は、確かに魔法と称するだけあって、今まで見たことの無い光景が広がっていた。

まず、木の根や幹が恐ろしい程太く、日光は木々によって完全に遮られている。

そしてその木に肖るようにして、怪しげな光を放つ花、毒々しい茸、刺々しい蔦が我先にと群生している。

協調性も欠片もない、まるで植物界のスラム街のようだ。

 

「う……」

 

日本人の『恐怖』に対する意識はずば抜けて高い。

ここでは妖怪に出会う恐怖よりも、意味不明で悍ましい植物に対する恐怖だ。

 

(いや、そんな事言ってられないな)

 

恐怖する自分に鞭を打ち、足を踏み出す。

意外にも慣れてきたのか、最初に比べて歩くスピードは上がりはじめていた。

時々聞こえる咆哮や、ゴツイ虫の犇めきを除けば、後は少し不思議な生き物がいるだけだ。

さて、目的はもちろん魔法の森に迷い込んだ人間と出会う事。

森の中で騒ぎは起きていないように見える。

やはり噂の『人間』は、上手く魔物たちから逃げているのだろうか。

 

「ロープアクション!!」

 

露呈した木の根っこにロープを巻き付ける。

これは自身の歩いた場所に付けており、これを辿れば外へと出られる。

サバイバル術の基本だ。

 

「キュキュっと!!」

 

進みながらロープを巻き付けていく。

少しすると、木々や茂みの開けた空間に辿り着いた。

見晴らしのいい場所で、太陽の光が若干だが漏れている。

 

「……ん」

 

その中心に、石で出来た囲いと、燃え尽きた枝が転がっていた。

ここで人間が暖を取ったと思える跡だ。

 

「……まだ温かいな」

 

熱が残っていることから、先ほどまで使っていたと予想する。

更に、慌てて崩したような跡もある。恐らく妖怪に襲われそうになった時に消していったのだろう。

となると、まだ近くにいる可能性は低くはない。

 

「……ふむ」

 

掌から魔法によって岩を生み出し、それを椅子代わりにする。

蹴散らされたストーンサークル。

その散らばり方から、この人間は北の方へ向かったと予測できる。

となると、やはり北へと向かうのが妥当か。

リュックの中身を整理した後に、腰を上げる。

 

『ピグルグラリラ……』

 

「はいきたエンカウント!!」

 

背後の方から殺気を感じ、振り向くと、そこに妖怪はいた。

神社の森とは全く違う種類のようで、この妖怪は熊のような身体をしていた。

ただ、まったく違うのは、その大きさと、毛並み。

通常の熊の5倍はある。

毛色は紫と緑という毒々しい彩色に包まれている。

 

「……全くもってステキな色をしているな」

 

『グレルラリラ!!!』

 

魔熊は両手を広げると、風を切って突進してくる。

 

「焦んなよ、まだ始まったばかりだぜ」

 

オレは習得した属性魔法[土]によって岩を生成し、それを投擲する。

ボーリングサイズの岩が頭部に命中する。

が、岩は粉々に砕け、よだれを垂らした牙が肉薄していた。

 

「……ホ!!」

 

寸前でかわし、バックパックから素早く一本瓶を取り出す。

瓶の口から飛び出した布にアルコールを染み込ませ、ジッポライターを擦る――。

 

『ピギルギララ……ラ!!』

 

「ッ!!」

 

火が付く寸前に、魔熊が唸る。

――何かを飛ばしてきている?

それは、銃弾のような圧縮されたモノで、轟音と共にオレの身体を引き裂いた。

風圧にも似た感触。瞬時に[魔法]だと察する。

 

「なんでもありだな、この[魔法の森]は……!」

 

肩と腹に赤い筋が走る。

衣服をかすめ取った程度の攻撃だ、それほど深い傷ではない。

魔熊はもう一度低く唸り、鋭い咆哮を飛ばしてくる。

 

「ッ!!」

 

避けた風魔法は背後の木々を大きく抉り取った。

 

(直撃だったら死んでたな)

 

もう一度ジッポライターを擦る。

今度こそ火が付いた。アルコールを湿らせた布にしっかりと着火する。

魔熊はこちらに身体を向け、低い姿勢を取る。周囲を怪しい風が包み込んだ。

待っていれば、魔法が飛んでくるだけだ。

先にこちらから仕掛けてやる――。

 

「喰らえッ!!」

 

火の帯を引いて、火炎瓶が飛んでゆく。

クルクルと回転する炎の煌めきは、日輪を描きながら真っ直ぐ進んでいく。

咄嗟の飛来物。無防備にも、魔法の詠唱を中断することは出来まい。

 

『……グリラ』

 

「あっ」

 

魔熊は軽々しく身体を捻った。

ガラス瓶の炎は毒々しい毛並みを少し焦がす程度で、後方へと飛んで行く。

 

「……マジか」

 

『グリラリラオ……!!』

 

勝ちを誇ったかのように、ゆったりと2足歩行をする魔熊。

身体の周囲に鋭い風が渦を巻いた。

魔力を練り終わったのだろう。次に来る魔法はとびっきりデカイ奴だ。

直撃すれば今度こそオレの身体はズタボロに引き裂かれる。

 

「……」

 

オレは、右手を前に突き出した。

即座にイメージを、練る。

 

『グリラララ!!!』

 

――お前にオレは超えられねェ!!

そんな風に言われた気がした。

 

「……たかが熊に、やられてたまるかよ」

 

手に意識を集中させ、力をため込む。

魔法の森にいるせいか、いつもよりため込む魔力が大きい、気がした。

 

「――ハァァッ!!!」

 

突き出した掌へ溜めた力を、一気に開放する。

岩の魔法、とびっきりの幻想郷最大級の岩石魔法。

 

「……ドアホウ!!」

 

『グリラリ――ラァァァ!!?』

 

瞬間、目の前に大きな火柱が立ち上がった。

柱の中心にいる魔熊が魔法を中断し、耳をつんざくほどの悲鳴を上げる。

地面に転がった瓶の破片が炎の光を反射している。

魔熊にかわされた[飛んでいく瓶]を対象に、オレは魔法ではなく、[引力]を発動させた。

避け切ったと思い込んだ魔熊は、まさか避けたハズの火炎瓶が後部から戻ってくるとは思わなかっただろう。

結果的にオレと火炎瓶を繋ぐ一直線上に居たため、まんまと瓶に触れ、炎に包まれたのだった。

 

『グ、グラリラリ、ラ……』

 

「いくら風魔法でも、オイルに引火した炎は消せねぇだろうよ」

 

『グ、グガアオオオオオ!!!!』

 

暴れる魔熊は悲鳴を上げる。

その咆哮は魔法の森を揺らさんがばかりであった。

 

(…一旦ここを離れるか)

 

ジッポライターを仕舞い、北を目指してこの場を離れた。

 

 

§

 



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火竜

『プリュリュル!!!』

 

「ヤバヤバのヤバ!!」

 

魔法の森はやっぱりヤバい所であった。

魔の瘴気の匂いなんて既に忘れていた。

本当にヤバいのは、生息する生物の方だった。

逃げ場がない。八方から新手の魔法生物が出現してくる。本当に逃げ場がないのだ。

熊から逃げたと思えば、今度は鳥に襲われたり、更には人食い植物が蔓を伸ばしてオレを捕食せんとする有様。

 

「救いは……ないのですかッ……」

 

そして辿り着いたのが、これまたヤバそうな所。

目の前には、茂みが開けて、太陽の光が差し込んだ、明るい空間が広がっていた。

 

「たいよォォォォォォ!!!」

 

久しぶりの太陽に胸を躍らせる暇なんてありもしない。

 

『フシュウ~~~』

 

「ファ!?」

 

一気に空間が多彩な粉末に包まれた。黄色や紫、緑黄色など、それをまき散らすのは木々に生える魔茸だ。

見るからに「毒ですよん」と言わんばかりの胞子が空間を虹色に染める。

 

『ピィ!!ピィ、ピ………ィ』

 

「ヒエッ…」

 

その残酷さは素晴らしいもので、太陽の光を浴びようとした小鳥が、魔茸の胞子をもろに被ってしまうと、一瞬にして地に落ちた。

その小鳥を待ち構えていたかのように地面に生えた肉食植物が蔦で小鳥を引きずり込んでいく。

うん、やばい。魔法の森、マジやばい。

茸は直射日光がある場所では群生しないハズなのだが、メチャメチャ元気に育

っている。なぜ?

 

(食物連鎖か……なんと悍ましい)

 

彼らの逆鱗に触れまいと、息を殺して遠ざかる。

 

 

§

 

 

『ピキニキニキ』

 

「うぉぉぉッ」

 

木々から落ちて来る電気を帯びた蓑虫の雨。

必死の思いで避ける。

 

『マイマミマイマミマイマミ』

 

「うげええええッ」

 

苔を引きはがして出土してきた蟻の軍隊から逃げる。

脚が非常に遅いのが幸いか。

 

『グオォォォォォ!!!』

 

そして現在、オレは得体のしれない咆哮を浴びせられていた。

森全体が咆哮によって振動し、動植物たちも一目散に逃げているのが分かる。

オレを襲っているのは、紅い巨大な飛竜だった。

 

「こんなのッ、在りかよッ!!」

 

木々をなぎ倒す音が響く。

魔法の森の木々はひとつひとつが大木のように太い。それをいともたやすく倒すとは、この竜こそマジでやばい奴だ。

今ここに大剣があるならばうまい事突進をガードし懐で抜刀溜め斬り一択なのだが――。

ここにある物は[火炎瓶]と[土魔法]と[引力]。勝てるのか?

 

『グオオオオオオ!!』

 

「いッ!?」

 

咆哮と共に背後から煌めきが沸き起こった。

咄嗟に地面に滑り込む、頭の上を膨大な熱量が過ぎていった。

轟音、木々の倒壊、ぱちぱちと燃える音。

 

「ゲームの世界なのか? これは……」

 

『ゴゴウガ……』

 

「…とりあえず、挨拶返すぞチキショウメイ!!」

 

火炎瓶の布に着火し、飛竜に投擲する。

一直線に顔面に命中し、飛竜は円状の炎に包まれる。

 

「……やったか?」

 

『グオオオオオオウ!!!』

 

「ですよね」

 

火属性の相手に火で攻撃するのは野暮な話だ。

おとなしくスタミナを二倍消費して走る。

今の反撃で飛竜はオレのことをはっきり敵だと認知したようだ。更に咆哮を上げ、口から炎を漏らしながら突進してくる。

 

「……これ、打開策ある?」

 

『キシャアアアアアア!!!』

 

ある訳ねえだろバーカ、と言われているような気がした。

本格的に詰みかけている。

先ほどの戦いもあれば、道中で襲われてばかりで逃げてばかりだ。

この場の打開策を。飛竜を倒せなくても、撒ける方法は――。

 

 

『――――!!』

 

 

「――!?」

 

何かが聞こえた。

遠くで何か、音が聞こえた。

確かに、オレの神経はその極小音をはっきりと捉えた。

この飛竜の咆哮ではない。なぎ倒される木々の音でもない。

オレの聞き慣れた音。

はっきりというなら。

人間の声だ。

 

 

――こっちに走って!

 

 

「……だァ!!!」

 

目くらまし程度に、生み出した岩石を飛竜に投げつつ、木々の合間を縫って進む。

声のする方へ、地面を蹴る。

背後から相変わらずデカイ存在感が押し寄せて来る、知ったことではない。

とにかく、声のする方を目指した、それ以外に神経を使わない。

死に物狂いのオーバーラン。しばらくして前方に家のような建物が見えた。

 

?『――あそこまで来て!!』

 

「は!?」

 

唐突に木の裏から女の子が飛び出してきた。

幻覚ではなく、妄想でもない。

本当に、女の子だ。黒いキャップ帽を被った、女の子。

オレの手を、導くようにして細い手が掴んだ。柔らかな冷たい手。

 

『グラアアアアク!!!』

 

?『早く!!』

 

「…くっそ…!!」

 

 

§



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問答

MINATO                             NO PAINT

-- WITH GIRL

▭▭▭▭▭ ▭▭▭▭▭ ▭▭▭▭▭

 

 

CAUTION

82.96

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

気付いた時にはオレ達は建物の中にいた。

目の前がチカチカと輝いている。マラソンで最後全力ダッシュを決めた後に起こる現象だ。

本気で走ったのだ。足も棒のようになって、ぷるぷると震えている。

 

?「ハァ……たぶん、ここまで来れば大丈夫だと思う」

 

「ハァ……そうか、誰だか分からんが助かった」

 

?「……いいえ、人の反応がしたから気になってみてみたら――」

 

女の子が帽子を脱いだ。そこから長い金髪が零れ落ちる。

それは、後ろで束ねられていて、何処かで見た事のある髪だった。

その女の子が、驚いたようにオレの顔を見ていた。

オレも同じように、驚いたように女の子の顔を見た。

 

?「――なんでアンタがここに!?」

 

「…やっぱりな。お前だと思ったぜ、ナギ」

 

その女の子は、[御船ナギ]だった。

ナギはあの日――オレが外の世界を離れた時――と同じ格好をしていた。

所々汚れていたり少しやつれている。その容姿は彼女が幻想郷に来てから過酷な時間を過ごしていた事を物語っていた。

 

ナギ「え?待って、理解できない。どういうこと?なんでアンタがここにいるの?」

 

「その前にお前の話を聞かせてくれ」

 

目の前の現実をまだ理解できてないのか、頭を押さえながらうーんと唸るナギ。

少し待っていると、気持ちの整理を付けたように顔を上げた。

 

ナギ「…まず初めに、あの日の事を話すわ」

 

「あの日か」

 

恐らくオレ達が失踪したとされている日の事であろう。

 

ナギ「ミナトが突然いなくなって、アタシ達はアンタを探したの」

 

「悪かった、オレも突然の出来事で不可抗力だった」

 

ナギ「……まぁいいわ、そうしてたら、突然目の前に美女が現れたのよ」

 

「美女?」

 

突然の美女という単語に目を丸くする。

オレの前には[列車]が現れた。

ナギ達の前には[美女]が現れたというのか?

 

ナギ「それで、その女性が何かを言ったのよ。何を言ったのかは覚えてないんだけど……そしたら、急に足元が無くなって、落ちる感覚がして――」

 

「気付いたら、ここにいたってわけか」

 

こくり、と金髪が揺れる。

彼女達はやはり何者かの力で幻想郷に連れてこられたのだろう。

博麗大結界をも超える力、そんな力を持つ者もいるのか。

 

「凌雅とソラは?」

 

ナギ「その前にアタシの質問。アンタはなんでここに来たの?」

 

「……人里で『妖怪から上手く逃げている人間がいる』という噂を聞いてな」

 

ナギ「噂?人里って?」

 

「今度はオレの番だ、凌雅とソラは?」

 

ナギは首を振った。

どうやら別々の場所に飛ばされてしまったらしい。

ナギとは奇跡的に合流出来たが、凌雅とソラとは今、どこにいるのだろうか。

 

ナギ「で、次。アンタは今[人里]って所にいるの?」

 

「あぁ。人間しかいない小さな村で、さっきのような妖怪が入り込ない場所だ」

 

厳密には[頭の良い妖怪以外は入れない場所]だが。

やっぱりあれは妖怪なんだ、とナギ。飛竜やら熊やらは妖怪ではないと思うが。

 

「お前はどうして妖怪から身を守れたんだ?」

 

ナギ「それは、シッ――」

 

咄嗟にナギの指がオレの口に当てられる。

しばらくすると、地響きが鳴り、ぴりぴりとガラス戸が揺れた。

外ではまだあの飛竜が巡回している。

 

ナギ「……厄介ね、まだアタシ達を探してる」

 

「お前、妖怪の場所が分かるのか」

 

ナギ「そ。こっちに来てから急に分かるようになって。その、妖怪?が近くにいる事が分かるの」

 

彼女の説明によると、妙なチカラを持った者が近づくと寒気に近いものを感じるらしい。それは近づけば近づくほど大きくなる。

この魔法の森では、魔法を探知することが出来る。魔力の探知数は少ないが、魔法生物個々の持つ力が強いため、離れていても存在が感知出来るらしい。

そして、遠くの方で魔法生物が暴れている事を感知し、更にそこで人間が戦っている事も感知した。

人間は魔法生物に比べ、暖かいような感じがするのだという。

 

「だから、こうしてオレを助けに来てくれた訳か」

 

ナギ「うん。でも、まぁ……ミナトが来てくれて本当によかった」

 

というと、彼女の赤い瞳から一筋の涙がこぼれた。

幻想郷に来てから良い思いは一つもしていないだろう。

彼女はこの過酷な場所で、一人で闘っていたのだ。

 

「……遅くなって悪い」

 

ナギ「……別に、待ってない」

 

口から出た言葉は彼女の感情と相反しているようだ。

しばらく窓の外を眺める、飛竜は何処かに飛んで行った。

ナギが落ち着いた所で、現状を確認する。

 

「身体に異常はないか?」

 

「……うん」

 

「少しここで休憩するか」

 

オレはナギの手を引き、彼女を抱き寄せた。

思えば、こんな紳士のようにナギをエスコートするのは初めてかもしれない。

あんなに野蛮で高飛車なお嬢様が、捨てられた子犬のような目をしているのだから、環境は人を変えるのだなと思う。

 

 

§



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隠れ家

「この建物、人が住んでるのか?」

 

建物の中はまるで人が生活しているようだった。

玄関にはマットが敷いてあり、リビングのテーブルの上には大量の本が積まれている。

内容は全て魔導書。魔法使いでも生活しているのだろうか。

キッチンには冷蔵庫――動力は奥に取り付けられた氷の結晶――が置いてあったり、フライパンやら鍋やらが置いてある。

間違いなくここは誰かの家だ。

 

ナギ「たまに人が帰ってくるわよ。怖いからいつも隠れてるけど」

 

「どんな奴だ?」

 

ナギ「さぁ……いちおう人間だと、思う」

 

曖昧な言い方だが、妖怪ではないらしい。

オレは椅子に腰を掛け、テーブルの魔導書を開いてみる。

 

「グリモワール……有名な魔導書だな」

 

ナギ「知ってるの?」

 

「話だけ、魔法使いが魔法のノウハウ的なものを記した奴だ」

 

といっても、最近魔理沙が持ってきた魔導書で知ったのだが。

へぇー、とナギは反対側に座り、別の魔導書に手を伸ばす。

 

ナギ「ミナトは魔法使えるの?」

 

「もちろん、使えるぞ」

 

オレは意識を集中させ、火属性の魔法を発動する。

掌からは小さな炎が出た。

ふぅん……とナギは舐めるようにしてその炎を見る。

 

ナギ「私も炎とか出せるかしら」

 

「その答えは、イエスだ」

 

ナギ「え?ほんと?どうやって?」

 

ここでオレが師になる時が来るとは。

もちろん教えるのは、霧雨式直感伝授型魔法だが。

 

「バッと手を出してピタっと意識を集中させ、グググっと魔法のイメージを練ってドバっと開放する」

 

ナギ「?……よくわからないけどやってみる」

 

ナギは目を閉じた。

何をイメージしているのかは分からない、炎のイメージだろうか。

 

「まぁいきなりは難しいだろうから、焦らず」

 

ナギ「…………」

 

彼女が両手を突き出す、ふわりと髪の毛が浮いた。

何やら飛んでも無いことを考えていそうだ、というのも、彼女の取り巻くオーラは中々に濃いもので、オレの肌に突き刺さってくるのだった。

俗に言う、いやなよかん。

 

「おい、ナ――」

 

ナギ「――ヤッ!!」

 

オレが声を掛けようとした瞬間、魔法は発動した。

 

「は――うッ!?」

 

肌を焦がすような熱量。

否、爆発だった。

掌から発生した巨大な炎が、ナギの手を離れて跳んでいき、壁に激突する。

するとどういうことか、炎は突然爆ぜ、火の粉をまき散らした。

 

「…………」

 

ナギ「……ふぅ…」

 

風の切る音がする。

向こう側に深緑の茂みが覗いていた。

驚いたようにこちらを見るナギ、その口元は吊り上がっている。

 

ナギ「……出来た?」

 

「……出来過ぎだ」

 

さすが天才だ。

彼女は頭が非常に良く、大学においても常に成績優秀者であった。

そんな才能もあり要領も良い彼女が、魔法を使えないはずがない。

驚きと羨望と嫉妬を交えながら、オレは苦笑する。

 

(こいつは間違いなく魔法使いになるだろうな……)

 

今度魔理沙に紹介してやろう、オレよりも凄い人間が現れたぞ、と。

 

ナギ「……これ、どうしよう?」

 

ナギが恐る恐る指をさした、穴の開いた壁。

どう見ても完全に修復することは出来そうにない。

 

「まぁ、直すしか」

 

オレは意識を集中させ、岩を生成する。

その岩を、隙間なく埋め込んでいき、壁の応急処理を施す。

 

ナギ「あ。あたしも手伝う」

 

「ほいよ」

 

ナギの協力の元、壁は風が漏れない程度に埋まった。

ひと段落した所であたりを見渡す、今の魔法で妖怪が寄って来てはいない。

ホッと一息ついた所で、オレの腹の虫が鳴った。

 

ナギ「ご飯、作ろうか?」

 

「出来んのか?」

 

ナギ「あっちの方にパンがあったから」

 

というと、ナギはスキップがてらにパンを取り出し、こちらに投げつけた。

人差し指を突き出すジェスチャーをする、恐らく魔法で温めろということだろう。

彼女はキッチンに立って、フライパンを温め始めた。

仕方なく炎の魔法を出し、火先でパンを温める。

 

「……なんでこんな事してんだ、オレらは」

 

魔法の森に来て、モンスターに襲われて、ナギと合流して、建物に逃げて、飯を食べる。

異世界ファンタジーじゃあるまいし、間違っても王道的小説チックなフラグを立てている訳でもない。

卵を割る音、油が跳ねる音、卵を焼く音。

それらは外の世界でも聞いた事のある音だった。

和洋折衷――外内折衷といった具合か、音と景色の記憶が一致しないのが不思議だ。

 

ナギ「出来たわよ」

 

目の前に皿とコップが置かれる、半熟加減が絶妙な目玉焼きと紅茶。

ここまでこの家を使いこなすナギ、相当窮地の中でお世話になったのだろう。

 

「さんきゅ」

 

まるで夫婦の朝のようなひと時だ、と余計な感想を抱く。ナギに言えば叱咤が帰ってくるだろう。

紅茶を啜り、卵を咥え、パンを頬張る。

疲れた身体にそれらは染み渡り、全身にエネルギーがみなぎってくる。

ナギも同じようにパンを頬張った。

 

「それ喰ったら行くぞ」

 

ナギ「え?ちょっと待って、まだ洗い物が終わってないわ」

 

「……そうですか」

 

彼女は根っからのお嬢様なのだ。

 

 

§



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迎撃

ナギ「そっち、妖怪が3匹いるわ」

 

「おーらい」

 

ナギ「あ、後ろから妖怪が来てる。そんなに素早くないけど気を付けて」

 

「あいよ」

 

暗い湿地草原的空間を行く。

ナギの探知能力は便利で、今のところ妖怪に出くわす事はない。

まだ範囲的には小さいが、意外にも探知の網は鋭いようだ。

能力は本人の性格に似るのかもしれない。

 

ナギ「今失礼なこと考えてるでしょ」

 

本当だと思いたい。

 

「別に……」

 

ナギ「まぁいいけど。そういえばミナトも[能力]を持ってるの?」

 

「あぁ」

 

と言ってオレは引力を発生させ、足元に転がっていた岩を引き寄せる。

これくらいの距離なら造作でも無く能力を発動できるようになった。

それは努力のおかげか、魔法の森のおかげか。

 

ナギ「へぇ……やっぱり、幻想郷?は不思議なところね。私たちにも能力が芽生えるなんて」

 

「不思議というか、不気味だけどな」

 

ナギ「それは言えてるわね――ちょっと待って」

 

進んでいると、突然ナギが足を止めた。

手をオレの前に突き出し、静止を呼びかける。

 

ナギ「……?」

 

「どうした、ナギ」

 

ナギ「今、前に大きなモノを感じたんだけど……」

 

辺りを見回す。永遠に続く陰気な暗さが広がるばかりだ。

聞き耳を立てても、葉擦れの音、風の音、鳥の鳴き声、遠くから聞こえる咆哮しか聞こえない。

しかしナギの探知網はおぼろげながら何かを捉えていた。

 

「少し迂回していくか」

 

右へ遠回りしようと、オレは歩くのを再開しようとした、時。

 

ナギ「――!!何か、来る――」

 

足元の苔が異様に膨らんだ。

否、足元だけではなく、半径10メートルほどメリメリと盛り上がった。

 

「ッ!!!」

 

ナギ「きゃっ!!」

 

悪寒を感じ、ナギを抱きかかえて横へ飛ぶ。

直後、大地を翻す音と、堅いものが擦れ合う音。

体勢を整えて見る、そこには草木を抉った大きな穴が開いていた。

 

『ガチッ……ガチッ……』

 

「……マジか…」

 

地面を掘って飛び出した、巨大な百足。

木々に絡み、こちらに口元の刃を向けている。

その赤色に濡れた身体は、全長100メートル以上もありそうなロングスケール。

怪しく輝く牙からは液体に塗れており、地面に垂れるや否や蒸発する。見るからに猛毒がありそうだ。

咄嗟に身の危険を感じ、戦闘態勢を取る。

 

ナギ「み、ミナト……」

 

「あぁ、分かってる。頭では分かってるんだ」

 

時が止まったように、オレ達と百足は睨みあう。

人間の頭ほどある瞳が、きょろきょろと視点を定めるようにして動いている。

アレを、どう処理すればいい?

化け物ってレベルじゃあないんだが。

 

「…とりあえず」

 

ナギ「……とりあえず?」

 

「――逃げるんだよォォォ!!!」

 

ナギ「え、ええええええ!?ちょ――」

 

ナギの手を掴んで走り出す。

すぐさま百足は木々から地面に降り、地を這うようにして後を追ってきた。

 

(速い、なんてスピードだ…!)

 

幾分か距離があったハズが、すぐさま追いつかれてしまう。

毒の牙が、ガチガチと背後で鳴り響き、それは次第に大きくなっていく。

 

ナギ「も、もう追いつかれちゃう…!!」

 

『ガチッ』

 

「――くぉッ!!」

 

ナギに襲い掛かる牙、咄嗟にナギを引っ張る、空を裂く牙、飛び散る毒の液が木々を溶かす。

洒落にならない。あれはラスボスレベルだ。冒険初心者であるオレ達は立ち向かうべきではない、恐らくここで負ければゲームオーバーではなくイベントが発生し光の勇者的な人に助けられてカッケーオレもああなるぜ的な事を決意するのだろうしかしこれはそういうイベントな訳が無い、現実は非情だ。

再び押し寄せる百足。

グロテスクな甲殻が怪しく光る。

 

「――これでも喰ってろッ!!」

 

火炎瓶に火を付け、バックパスの要領で後ろに投げる。

くるくると回転しながら、火炎瓶は命中し、炎の輪が立ち上がる。

もちろん効いている様子はない。

 

『…………』

 

それどころか、炎を食べていた。

コイツも炎に耐性があるのか。魔法の森では全ての属性魔法を操らなければいけないらしい。

タイプ相性なんて、所詮ゲームの世界だけだと思っていたオレがバカだった。

 

「……美味そうに食いやがって」

 

ナギ「ミナト!何か策は無いの!?」

 

「……あァ、策ね。サクッと考えましょか」

 

ナギ「絶対何も考えてないでしょ!ああもうほら!また来たわ!!」

 

今度は高い処からホッピングするようにして襲い掛かってくる。

まるで海面を泳ぐイルカのようだ。

いや、全く上手くない比喩だ。森を跳ねる百足とか全く美しくない。

百足の身体がバウンドするごとに、足元が揺れる。デブがジャンプすれば大地が揺れるのと同じように。

 

ナギ「ミナト!危ない!!」

 

「――うひッ!?」

 

ブチィ。

オレのすぐそばを百足の牙が通り抜けた。

その距離、数センチ。

直撃は逃れたものの鋭い刃はいともたやすく服を裂き、肌を切った。

肩から血が滴る、薄皮を切っただけだが、毒が皮膚を突き破っていた。

 

「……クソッ!!」

 

患部を口に当て、血を吸いだす。

毒の回りが遅い事を祈るしかない。即効性があるなら即アウトだ。

少し手足を動かしてみる、異常はない、神経毒ではないようだ。

動ける、まだ猶予はある。

 

ナギ「大丈夫!?」

 

「あぁ、凌雅が今期フル単取れるぐらい余裕だぜ」

 

ナギ「全然信用できないわよ!!」

 

背後からはまだ百足がホッピングステップで襲ってくる。

森中が振動しているのにも関わらず、他の妖怪達が出てこない、恐らくこの百足が森の主のような存在だからだろう。

手を出せば逆に殺されてしまう、知能の無い妖怪でさえも恐怖するほどの存在。

二次災害を受ける心配はない、一対二(タイマン)。

 

ナギ「も、もう……無理よッ…!」

 

「頑張れ、ナギ!こんなところで死にたくないだろ!」

 

ナギ「う、うんッ――きゃ!?」

 

突然、繋いでいた手がスルリと抜けた。

ナギが木の根に足を掬われ、後ろで蹲っている。

 

ナギ「う、うぅ……」

 

足をくじいたのか、立とうにも立つことが出来ない。

 

「――クソッ!!」

 

踵を返し、ナギの元に近寄る。

 

『シャルルルル!!!』

 

オレ達に黒い影が差し掛かった。

チェックメイトと言わんばかりに黒塗りの牙がオレを諭しているようだ。

飛翔から降下してくる百足。直撃どころか丸のみ八つ裂き毒殺ポイントど真ん中。

万事休すどころではない。必死だ、必ず死ぬと書いて必死。

引力も、土魔法も、使える力は何もない。

訳の分からない森で訳の分からない妖怪に襲われ、訳の分からない昆虫に喰われて死ぬ。

ナギと一緒に、元の世界に彼女を帰す事が出来ず、親父に会うことも出来ずに、死ぬ。

死ぬ、死ぬ。

死ぬのか?

オレたちは、今ここで、死ぬのか?

 

 

死なない気がする――何故かは知らないが。

身体の芯が熱い――何故かはわからないが。

 

 

ここで死んでたまるか。

こんな所で、死んでたまるか。

 

 

「――フゥー…!」

 

呼吸を整える。

ナギを背後に、オレは無意識に右手を突き出した。

意識を集中してはいない、魔力を練ってもいない。

ただ、右手に[スペルカード]を握り、そのまま目を閉じただけ。

時が止まったように、熱がスッと抜けていく。

水を浴びたように、頭が冷静になっていく。

 

「……ここで出なきゃぶっ殺すぞ」

 

目を開ける。

視界は茶色が満たしている、もはや牙はオレの眼前にあった。

避けることは出来ない。

避けることはしない。

ただ、右手に持つスペルカードを発動することに集中し――

 

「スペルカード・オン!!」

 

真正面から突き出したスペルカードが、輝いた。

 

 

 

「月符――【重力結界】!!!」

 

 

§



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仰天

直後、辺りが一瞬にして極光に染まった。

それはあの神社の森と同じ、眩い閃光だった。

巨大百足の牙がオレの腹に突き刺さる――しかし、それ以上深く牙が刺さることはない。ピタリとその動きが止まった。

 

『ぎッ……ッ……!!』

 

オレの真上に発生した光の球体に、百足が吸い込まれていく。

ベキベキ、と車のボディが圧力によって凹んでいくような歪な音が響いた。

瞬時にそれが百足の甲殻が潰されている音だと知る。

 

ナギ「……ミナ、ト?」

 

足元のナギが困惑したようにオレと光の球体を交互に見ていた。

光の正体は[強引な引力]だった。

対象を光に引きずり込み、中心へ引っ張る力によって圧縮していく。

神社の森の妖怪達も、この光に引きずり込まれた事によって、見えなくなるぐらいに圧縮されたのだ。

同じようにして、百足も圧縮されていく。

まるで大きなダンゴムシのように。

 

「……オレたちの勝ちだぜ、ナギ」

 

ナギ「……ミナト…」

 

「…あぁ――ごほッ」

 

一瞬で何かが身体の中を駆け巡る。それは、違和感だった。

喉から上がってくる不快感。寒気。

もぞもぞとした憎悪。悪心。吐気。

頬から見たこともない量の血液が流れ出ていた。

先ほどの牙をもろに受け、毒が注入されたからか。

 

「――ッ」

 

口から吐き出したモノは、血と胃液、先ほどのパンに卵の匂い。

一瞬の精神的揺らぎが、能力を揺らいだ。

 

ナギ「あっ……」

 

光球が消える。

[重力結界]が消え、百足が地に叩きつけられた。

甲殻がボロボロに砕け、牙も砕けている。

しかし、まだ動ける様子であり、オレ達に身体を進めて来る。もはや逃げるという選択肢もなく、[敵]を最後まで駆逐してやろうと脳が勝手に命令し始めたようだった。

トドメを指すにも、火炎瓶は無い。

もう一度スペルカードを発動させるにも、能力が安定しない。

この害虫を駆除する方法は?

 

ナギ「――ミナト!」

 

耳鳴りの合間でナギの声がした。

その声が、かろうじでオレの意識をこちら側に引っ張り込んだ。

まだオレの身体は動く。もう少しだけでいい。頼むから、動いてくれ。

 

ナギ「この先――走って!」

 

「……オーケイ…!」

 

負傷したナギに手を引かれ、指をさした方向へと奔走する。

ダメージから解放された百足は、満身創痍でありながらもオレ達の後を追ってくる。

 

(足が……思った通りに動かねえ)

 

 

限界という限界は、とっくに超えている。

人間が使えるだけのチカラはとっくに使い切っている。

あるのは、手を引くナギの真っ直ぐな目と、オレの揺らぎない精神。

ナギの目指す場所はすぐにわかった。

――真っ暗な森の中、少し光の入る場所がある。

――そこは魔茸が群生しており、毒々しい世界が広がるばかりである。

 

「ぐ……ふ…」

 

吐血、吐瀉。

視界が薄紫に染まっていく。頭の奥がズキズキとひどく痛む。

それでもオレは走る。

ナギに、命を、引っ張られて。

あとどのくらい走ればいいか、知ったことではない。

百足が何処まで迫っているか、知ったことではない。

ただ走ればいい、その場所へ向かって。

 

「ぐッ……あ!!」

 

そして、薄暗い森に光が差し込んできた。

光に照らされた毒々しい茸たち。

近づいた侵入者の存在を感知し、ふしゅう、と胞子をまき散らす。

一瞬にして明るい空間が虹色に染まる。

足元に落ちた小鳥、食物連鎖の現場。

 

「…ナギ、少し我慢してくれ」

 

ナギ「…大丈夫、ミナトもね」

 

相方の了承を得て、オレはそこへ無我夢中に飛び込む。

 

「ッ……」

 

ナギ「うッ……!!」

 

息を吸わないように、日光を、胞子を浴びる。

肌を貫通してくるように、鋭い痛みが全身に走る。

だが、知ったことではない。

胞子のまき散らされる音に紛れ、ギシギシと甲殻が擦れる音が聞こえた。

それは百足も俺達と同じようにしてこの空間へ足を踏み入れたということ。

迂回することなく、一直線に、バカ正直に。

チカラも、図体も、何もかもオレ達よりデカイ妖怪。

足りないのは、その知能だ。

 

『――――』

 

オレたちは立ち止まった。

紫の視界が今度はぐにゃぐにゃに曲がってきている。

それでも知ったこっちゃない。

コイツを今、殺らなければならないんだ。

 

「少し離れててくれ、ナギ」

 

ナギ「…えぇ、分かった」

 

『――――』

 

スライドショーを見ているように、コマ送りで、歪み切った百足がオレに襲い掛かる。

牙が折れ、甲殻が砕かれてもなお獲物を逃がさない執念は。

さながら人間的で、動物的で、欲望的で、愚かだった。

 

「――ふッ」

 

オレはもう一度右手にスペルカードを握る。

それは先ほどの[重力結界]ではない。

別のスペルカードだ。

護身用に持っておきなさい。とどこかの巫女に渡された、一枚のカード。

百足がオレ達に飛び込んでくる。その瞬間、霊力を開放する。

 

「――[靈撃]!!」

 

パリン、と青い閃光が走った。

直後に発生した衝撃波は、辺りのモノを全て吹き飛ばす。

吹き飛ばされた百足は、胞子と共に無防備に投げ出された。

 

「――今だ!ナギ!!」

 

ナギ「うん!!」

 

ふらふらと立った彼女が両手を突き出す。

ふわりと髪の毛が浮く――魔力が膨れ上がって、両手に魔力が込められる。

魔力を練り終えた彼女は目を見開き、溜めたチカラが開放される。

 

ナギ「――はぁぁぁぁッ!!」

 

彼女の手から熱の塊が発生し、発射された。

先ほどの炎魔法、とびっきりの爆発魔法が、宙に投げ出された巨大百足へと引き寄せられていく。

だが、その大きさは百足の半分ほどであり、いくら甲殻がボロボロでも、効かないかもしれない――。

この[飛び散った胞子]が無ければ。

 

『――ギギギ――ギッ』

 

百足に炎が触れた瞬間――業火が空間全体に押し寄せた。

その爆発は百足付近だけでなく、オレ達にも押し寄せて来る。

[粉塵爆発]は威力が強烈すぎるのだ。

 

「ナギッ!!」

 

ナギ「ミナトッ!!」

 

お互いの身体を抱き寄せた瞬間、爆風がオレ達を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

足元をすくわれるようにして吹き飛ばされ、宙に投げ出される。

くるくると身体が回転していく。

身体が燃えるように熱い。肌が焼けこげる匂いもする。

しかし、それはすぐさま冷たい感覚によって消えていった。

地に着地、というより、水に着水した。

 

「……ふぉぉう…」

 

ナギ「……う、ん…」

 

「…無事か、ナギ」

 

ナギ「…何とか」

 

水の中で抱き合う俺達。

服が濡れたことによってナギのボディライン、スレンダーでスタイルの良い彼女の身体が露わになる。

 

ナギ「……!!」

 

「?」

 

ナギ「ばかっ!」

 

オレの視線に気づいたのか、回していた手を放すと、赤面しながら身体を隠した。

しおらしい少女。ギャップ萌えという奴である。さっきは本当に燃えたが。

綺麗な水の池の中から、先ほどの場所を眺めてみると、辺りに火が残っている中、百足は燃え尽きたように黒焦げになって倒れていた。動く様子は見せない。脳より体の限界が訪れていた。

 

「…終わった……」

 

ナギ「……ええ、ほんとに、おつかれ…って!」

 

ナギの言葉が終わらずに、オレは天を仰いだ。

身体が動かない。

視界がぐるぐると回る。

寒気が止まらない。

毒は既に全身に回っていて、正常な動作も判断も出来ない状態だ。

この状態で病院に運ばれてもなすすべはなく、医者も匙を投げるだろう。

 

ナギ「……よく頑張ったわ…あとは、ゆっくりおやすみ」

 

「…勝手に、殺すな…」

 

ナギ「……だって…毒が…」

 

現実世界なら、とっくに手遅れだっただろう。

だがここは幻想郷。不思議な出来事が起こりまくる世界だ。

 

「――[月の光]よ」

 

引力を、患部に発動する。

上手く引き寄せられるか分からない。が、イメージだけは鮮明だ。

傷口が無理矢理開かれているように痛む。

 

「――くッ」

 

ナギ「……え?」

 

少しして、血が滴り出る中、紫色の液体が垂れてきた。

毒の本体は血液の色とは違った。

地面に垂れたそれは、大地に吸収されていく。

全ての毒を出し終わると、身体が先ほどよりも軽くなった。

先ほどの不快感が嘘のように消えていた。

 

「……やれば出来んじゃんよ」

 

ナギ「…今、何したの?」

 

「ん、ただのミニオペだ」

 

ナギ「…あなた、本当に人間なの?」

 

「一応、な」

 

もう一度空を仰ぐ。

頭上には久方ぶりの日差しが差し込んでいた。

魔法の森。

不思議な生物と過酷な食物連鎖の絶えない世界。

その中でも、暗い森の上にはいつも太陽が昇っている。

 

 

§



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帰巣

帰り道もまた困難の続きであった。

見たこともない生物やら植物に襲われながらも、来た時につけたロープを辿っていく。ナギの怪我はひどくなってしまっていたため、オレは彼女を背中に背負っていく。

 

ナギ「あ、あんたの背中になんか、死んでも乗らない!」

 

「乗らないと置いていくぞ」

 

ナギ「う、うう……」

 

暴れ馬の手綱を掴み、厳しい食物連鎖の現場を抜け、魔法の森を抜けた。

その後は何事もなく道を歩いてゆく。

ナギもその時には大人しくなっていた。目の前に広がる光景に目を奪われていたからであろう。

そんなこんなで無事人里に到着。

「街中調査!この人優しい?厳しい?」を行えば100人中99人が優しい!と答えるであろうたれ目の関門のおじさんと会話をし、門を開けてもらう。

夕暮れの人里はいつものように買い物客で賑わっていた。

 

ナギ「ここが、人里……」

 

背中のナギも感動したように声を漏らしている。

人がたくさんいるというだけで嬉しいのだろう。

 

ナギ「……って!なんでまだ負ぶってんのよ!いい加減下ろしなさい!」

 

「足くじいたっつったのは何処の誰だ」

 

ナギ「べ、別にもう痛くないわよ!」

 

ギャーギャー喚くナギを無視し、人里の北部を目指す。

もちろん行くところは稗田家。

人里の外から帰ってきた時はここへ挨拶をしなければならない規則(ルール)だ。

稗田家に行くと、阿求は門の前に立っていた。

オレ達を見つけるや否や、こちらに駆け寄ってくる。

 

阿求『ミナト様!ご無事でしたか…!』

 

「あぁ、なんくるないさ」

 

ホッと胸をなでおろす阿求。

わざわざ門の前で待っていたなんて、よほど心配だったらしい。

彼女の視線は、オレが負ぶっている奴へと向けられる。

 

阿求「…そちらの方は?」

 

「オレのツレだ、こいつをちょっと手当してくれないか?」

 

ナギ「ま、待ちなさいよ!別に怪我したわけじゃ――」

 

と言いかけるが、阿求は失礼します、と膝をついてナギの脚を触った。

あう、と痛そうな声が上がる。

 

阿求「随分強く捻りましたね。……分かりました

 

阿求は先に玄関へ向かい、扉を開ける。

オレは礼を言い、稗田家へ入る。

背中のナギは状況を飲み込んだのか、すっかりと黙っていた。

 

ナギ「……ツレって何よ」

 

「?」

 

ナギ「な、なんでもない!バーカ!」

 

「…そすか」

 

理不尽極まりないのが御船ナギその人だ。

 

 

§

 

 

阿求「……これで大丈夫でしょう」

 

顔を上げ、包帯などを片付けながら阿求は言う。

ナギの足は包帯でぐるぐる巻かれている、的確な応急処置が施されていた。

阿求の医療スキルの高さが窺える。

 

阿求「治るまでには一週間といったところですね。あまり無茶はしないでください」

 

ナギ「あ、ありがと」

 

阿求「いえいえ」

 

屈託の無い笑顔を向けられて、照れくさそうに頬をかくナギ。

人と会うのが久しぶり過ぎて、対応に困っているのだろう。

安静にするように、と布団で寝かされている。

 

阿求「さて、と…今度はミナトさんの番です」

 

「…怪我なんかしてねぇぞ」

 

阿求「嘘ですね、腹部。見せてください」

 

おしぼりを絞り終え、オレの元へ近寄る阿求。

心配そうな眼差しと、オレの嘘を見抜く強い眼差しを向けて来る。

 

「……参ったよ、稗田当主の手を煩わせる訳にはいかんのに」

 

阿求「私に嘘は通じないですよ」

 

この世の女性はみな勘が鋭いようだ。

服を脱がされ、少しばかり赤紫の、陥没した腹が露わになる。

毒は抜け、傷も浅いが、今でも少し痛む。

阿求は素早く患部に消毒をし、新しい包帯を切って巻いていく。

やはり手際が良く、洗練された動きだ。

包帯を巻き終え、阿求はオレの背中をぽんと叩いた。

 

阿求「これで大丈夫です。何度も言いますが、無理はなさらないでください」

 

「ん、尽力する」

 

阿求「……と言ってまた怪我するんですね」

 

「恐らくは」

 

阿求を前にすると反論が出来なくなる。

まるで阿求が親で子どものオレ達を治療しながらお説教するように。

一般の家庭ではこんな光景が日常茶飯事であろう。オレには分からないが。

オレは包帯が巻かれた場所をさすり、服を着る。

 

阿求「おしぼり洗ってきますね」

 

阿求は水の張った桶を持って出て行く。

残されたオレとナギは、目を合わせる事無くぼんやりとしている。

時間がゆっくりと流れていくのを肌で感じる。

 

ナギ「ねぇ……ミナト?」

 

「なんだ」

 

中庭に植えてある桜、ピンクの中に緑が混ざり始めている。

 

ナギ「あの阿求さん?って子……いくつ?」

 

「さぁな、歳は聞いてない」

 

ナギ「……なんだろう。見た目は私達より遥かに幼い…けど、私達以上に生きている気がする」

 

ナギは阿求を見抜いているようだった。

それは女の勘って奴なのか、それとも[能力]によるモノなのか。

 

「ま、不思議な雰囲気ってのはあるな」

 

ナギ「……うん」

 

というと、ナギは毛布を顔まで被った。

かなり疲れているのだろう、これほどまでに弱った彼女は今まで見た事が無い。

 

ナギ「……ミナト」

 

もう一度オレの名前が呼ばれる。

 

「なんだね」

 

もう一度同じように返答する。

 

ナギ「私のこと、助けてくれて……本当にありがとう」

 

「……」

 

ナギ「ミナトがいなかったら、私、私……」

 

「……今はゆっくり休め、後の事は後で考えよう」

 

毛布の擦れる音。

静寂が部屋の中を満たした。

互いの呼吸が聞こえ、無音が響く。

 

ナギ「ねえ」

 

「なんだ」

 

ナギ「私たち……元の世界に帰れるのかな?」

 

元の世界。

ナギ達はただ巻き込まれただけだ、自分の意志で幻想郷に来た訳ではない。

そう思うのは分かる。

しかし、行き方は知っていても、帰り方は知らない。

 

ナギ「私たち、このままこの世界で暮らさなきゃいけないのかな?」

 

霊夢は[列車]で来た者は返せないと言っていた。

帰る方法は――無いのか?

 

「帰れるさ」

 

今、返答することができる言葉はこれしかない。

 

ナギ「…え?」

 

「なんかしら方法はあるさ。それが正攻法でも邪道でもな」

 

ナギ「……」

 

「とりあえず、今は休め。疲れた身体で考えても何も浮かばん」

 

その言葉は、半ば自分自身に言っていた。

ナギ達を帰す方法も考えながら、オレ自身の事も考える。

それは疲れた頭ではいい案も思い浮かばない。

 

ナギ「……うん」

 

静寂。

やがてナギの小さな寝息がはっきりと聞こえてきた。

ずっと精神を張りながら生きてきたのだ。ピンと糸が切れるのも一瞬だ。

 

「……」

 

ひとりになったので、またぼんやりと庭を眺める。

稗田の豪邸でホームアローンをしたら楽しいのでは?と考えながら――。

 

 

§

 

 

阿求「失礼します……あら」

 

阿求が襖をあけて入ってくると、ナギは既に寝息を立てていた。

その布団の隣では、座りながら寝ているミナトの姿もあった。

 

阿求「……本当に、子どもみたいな寝顔ですね」

 

しばらくその光景を眺め、頬を緩める。阿求は毛布を男に掛けた。

 

 

§



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老人

「ん……」

 

ふと、目を覚ます。

辺りはすっかりと暗くなっていて、部屋は灯篭によって仄かに明るい。

いつの間にか寝てしまっていたらしい。

身体に掛けられた毛布は、阿求が掛けてくれたのだろう。

 

「……」

 

ナギは目の前の布団で熟睡している。

時間的にはまだ深夜だろうか、変な時間に起きてしまった。

もう一度目を閉じてみる。

眠る。

眠らない。

眠ります。

眠る。

眠るとき。

眠れば。

眠れ!

しかし、眠れない。

 

(ちょいと外の空気でも吸うか)

 

毛布を畳み、部屋を出て渡り廊下を歩く。

外は三日月の光に照らされ、淡い色に染められている。

桜の木もまるで白い花びらを咲かせているようだった。

 

(アン・ドゥー・トロワッ)

 

音を立てず、抜き足、差し足、忍び足、のスリーステップで玄関に到達する。スリーステップだが進んだのは一歩だけである。

慎重に扉を開け、屋敷の外に出る。

そのまま門へと向かい、吸う予定だった煙草に火を付けようとする。

 

(……ん?)

 

ライターを取り出そうとしたが、肝心のライターが見つからない。

いつもは左ポケットに入れているハズなのだが、何処かに落としたか?

思考を巡っている時、妙な音が聞こえた。

 

――ヒュ、…ヒュ、ヒュン。

 

(風を切る音?)

 

それは屋敷の裏側から聞こえてきた。

煙草を箱に戻し、屋敷の裏側に回ってみる。

塀に囲まれたその空間、そこには人影が揺らめいでいた。

上半身をはだけさせ、呼気は荒々しくも安定している、その人影は、息を整え、拳を握る。

あの稗田家の老人がいた。

 

老人『――シュ!シュウ!!』

 

恐ろしく速い、鋭い正拳突き。足を踏み込んで薙ぎ脚。懐に潜り込んで肘鉄上段突き――。

そのひとつひとつの動作は洗礼されており、まるで武術の達人だ。

日頃は老いぼれた爺だが、戦闘のプロと言った所か。

 

老人『――そこにいるのは分かってるぞ』

 

動きを止めた老人は、一角を睨みつける。

黙っていても無駄だろう、観念し俺は両手を上げながら光に出る。

 

「……すげぇな、アンタ。いつもこうしているのか」

 

老人『愚問に答える筋合いはない』

 

いつまでも強情な爺さんである。

しかし目の前で実力を見せつけられるとこうも足が動かないモンなんだな。

色々と考え、俺の中に出てきた邪な考えをぶつけてみることにする。

 

「……なぁ、アンタ」

 

老人『…………』

 

「愚問でわりぃんだけどさ」

 

老人と対峙する。

藍色の、鋭い眼光がオレに向けられる。それだけで顔の肌が切れそうだった。

 

「……オレと、手合わせしてくれないか?」

 

老人の身体が微かに動いた。

予想もしない事を言われたためか。

しばらくして、老人は顔の前で静かに拳を握った。

 

老人「……それは、お前を殺していい。そういうことか」

 

「出来れば、そうだな、生け捕りにするレヴェルで」

 

老人「……」

 

返答はない。

老人は無言で、右手左手を構え、腰を落とした。

瞬時に迸る、殺気。

先ほどの視線よりも遥かに鋭く、寒いような、嫌な感じが肌に食い込んでくる。

武術の達人は対峙するだけで相手の力量が図れるという。

 

(こういうことか……ジジイがデカく見える)

 

オレも同じようにファイティングポーズと取る。

素人の恰好だが、それでも老人は構えを解いたりしない。嘲笑したりもしない。

ただ真剣に、目の前の人間を敵だとみなしていた。

 

老人『――いくぞ』

 

そう老人が呟いた時、既に老人は消えていた。

オレの頭の中で警鐘が鳴り響く。

下が危険だ――と。

 

「ぐッ――あ!?」

 

バックステップしようと重心を下げる、その行動は遅かった。

老人の放った正拳が腹に突き刺さった。

まるで腹に巨大な杭が突き刺さったかのような一撃だ。貫通するんじゃないかって思うほどの強烈な一撃。

 

(あっぶねぇ…患部は避けられたが…)

 

阿求に処置された腹部を撫で、痛みを堪える。

後ろに下がって体勢を立て直す。

老人は一気に距離を詰め、次の行動に移っていた。

 

「――くっそォォォ!!」

 

オレはやけくそにアッパーカットを繰り出す。

目の前にいる老人は、それを見て、一歩大きく踏み込んだ。

――当たる!

 

老人『――ヒュ!』

 

ブン、と風を薙ぐ音。

直撃した、と確信したはずの拳は空を切った。

紙一重で身体を捻じって回避した老人、オレ側に15Fの反確。

 

老人『フッ!!』

 

オレの右肩と腰が掴まれた、かと思うと。

脚に少しの衝撃、蹴られたのだと察する、そして世界が反転した。

 

「がッ!!」

 

地面に叩きつけられる。背中全体に衝撃が走り、草の香りが鼻をくすぐる。

老人は掴んでいた手を放すと、オレの上に仁王立ちをしていた。

 

老人『これが実力の差だ。身の程を知れ』

 

「……まだ、終わってねぇぞ」

 

老人『減らず口を。少しでも動けばその頭を砕く』

 

「……」

 

能力も魔法も不十分なオレに、活路は無い。

勝つ方法があるとすれば、老人以上に体術を会得するか、能力で止めるしかない。

オレが無抵抗でいると、老人は退いた。

自分の身体なのに、石化したように動かない。血の一滴も流れていない。なのに、動かない。

 

老人『早く稗田家から出ていけ。阿求様は忙しいのだ』

 

「……その割には嬉しそうにオレ達を介抱してくれるんだけどな」

 

老人『表向きは、だ。裏では膨大な業務が待っておる。故に、邪魔するな』

 

「アンタのエゴって奴ね」

 

老人『……減らず口を、次は殺す』

 

再び殺気を感じた。

これ以上余計な事を言えば本当に殺されてしまうような気がした。

身体を起こし、顔の汗を拭う。

ひんやりとした夜の風が気持ちいい。

老人は既に別の鍛錬に取り組んでいた。

 

「……いつか、超えて見せるさ」

 

 

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殺気

朝起きると、朝ごはんを稗田家にご馳走になることになった。

食卓に並べられたご飯や味噌汁、サラダと卵焼き。

 

阿求「あまり凝った物は作れませんでしたが…」

 

ナギ「あたしと阿求ちゃんで作ったの。残したら殺すわよ?」

 

「いただきまっす」

 

女性陣2人が作ったご飯は格別だ。

オレが作った料理とはくらべものにならない。

調味料の違いか、手間暇の掛け方か、それ以上に何かが全く違う。

要約すると、美味すぎてヤヴァイ、だ。

 

ナギ「でねー、あたしの家に大きな犬がいてさ、オデコって名前なの」

 

阿求「随分と可愛らしくて愛嬌のある名前ですね」

 

ナギ「ただ大きくてすぐ走ったりする元気な子なの」

 

阿求「ふふ、いつかそのお犬さんに会ってみたいです」

 

いつの間にか阿求とナギが仲良くなっている。

一緒にご飯を作ると女子は仲良くなれるのだろう。

 

老人「…………」

 

「……なんでアンタがここにいるんだ」

 

老人「……愚問だ、散れ」

 

対してこちら男性サイドには2人――老人とオレ。

昨夜に拳を交えたというのに、仲良くなるどころか敵対心が剥き出しになっていた。

明らかに老人はオレに殺気を送っている。それに耐えながら飯を食べる。目の前に壁があるようだ。同じ空間にいるはずなのに、この差は何なんです?

 

老人「……お味噌汁、美味しゅうございます。阿求様、ナギ様」

 

阿求「あら、ありがとう。今日のお味噌汁はナギさんが作ってくださったのです」

 

老人「ほぉ……ナギ様は自炊をなさっていたのですか?」

 

ナギ「えぇ、家の手伝いってトコだけど…ご飯はよく作ってたわ」

 

老人「……美味しいお味噌汁をありがとうございます」

 

ナギ「そんな!阿求ちゃん家の食材が美味しいからだって…」

 

阿求「じゃあ、二人の力って事にしましょう?」

 

――なんだ、このほのぼのとした空気は?

味噌汁の話だけでこれほど盛り上がれるのか?

いや、阿求とナギだけなら完璧だったはずなんだが、この老人がいともたやすくさりげなく会話に入り込めている。

明らかにオレとの対応が違うだろ、なぁ?おい。

 

阿求「……どうしましたか?ミナト様…」

 

ナギ「……口に合わなかった?」

 

2人の悲しげな視線が向けられる。

 

「……いやそんなことは無い、美味いぞ」

 

オレは味噌汁をかき込み、卵焼きを割って頬張る。

ふんわりとした食感にとろりとした半熟加減、しょっぱ過ぎずほんのりと甘い。

 

「この卵焼き、特に美味いな」

 

何気ない一言。

目の前にいた阿求が、頬を赤くして手を当てていた。

 

阿求「あ、その、ありがとうございます…?」

 

「何故疑問形なんだ」

 

阿求「いえ、褒められることに慣れてないので……純粋に嬉しいです」

 

身体をくねらせて照れる阿求。

その姿はまさに乙女だ。とても可愛らしい。

しかし、すぐさま刺さるようにして飛んでくる二つの殺視線。

 

ナギ「……負けない」

 

老人「……殺す」

 

(これ、もしかしてルートが決まるのか?)

 

阿求ルートかナギルートか老人ルートの三択が目の前に浮かぶ。

真っ先に選ぶなら阿求ルートだが、ルート選びは慎重にしなければならない。

もしかしたら死亡フラグに直結しているかもしれない、老人ルートとか地雷を笑顔で踏みに行くようなものである。

 

「……やっぱり朝ごはんは和食だな」

 

誰のルートにも引っかからない言葉を選ぶ。エロゲならば孤独死エンド。タイトルへ戻る。

オレは白米を噛みしめながら、幸せを噛みしめた。

 

 

§

 

 

ナギ「お世話になりました」

 

ぺこりとナギが頭を下げる。

治療に睡眠、食事をとらせて貰ったオレ達は、阿求と(いてほしくなかったが)老人に挨拶をする。

阿求も同じようにし、(消えてほしいが)老人も同じように頭を下げた。

 

阿求「またいらしてくださいね、いつでもお力になりますから」

 

ナギ「また阿求ちゃんとご飯作りたいから、すぐ来るね」

 

阿求とナギが軽く抱き合う。

ここまで仲良くなってしまうとは、女の子とは凄い生き物である。

取り残されたオレは「散れ」と言わんばかりの老人の睨みを受け流し、門へと向かう。

挨拶を終えたナギは、オレの隣へ付いて来る。

 

ナギ「ちょっと、待ってよ」

 

「待ってただろ」

 

ナギ「私、まだ阿求ちゃんと話したかったのに…」

 

「それならあそこに残ればよかっただろ?」

 

ナギ「…だってアンタが行くから……」

 

もごもごと言葉を濁すナギ。少し悪いことをしてしまったが、一刻も早くオレはあの老人から離れたかった。まあ、またすぐに稗田家には行ける。

天気は快晴。所々で露店が開かれたり、洗濯物が干してあったりといつもと変わらない光景。

これからオレは家に帰ってナギのその後について考えなければならない。

 

「なぁ、お前、これからどうするんだ?」

 

ナギ「え?どうするって?」

 

「家とか、仕事とか、色々とあるだろ。そういったものはどうするつもりなんだ?」

 

ナギ「うーん……そうね」

 

少し考え込んだナギだったが、すぐさま人差し指を俺に伸ばした。

相変わらず頭の回転が早い。

 

ナギ「とりあえずミナトの家に居候して、それから仕事を考えようかしら」

 

「……家、来るのか?」

 

ナギ「ええ。悪い?」

 

悪くはない。

実際外の世界でもナギは何度かオレの家に来ている。

2人きりにも慣れているし、今更恥ずかしいって訳でもない。

 

「…早く家を見つけてくれ。いつまでもいられると困る」

 

ナギ「なぁに、それ。アタシに見られたくない物でもあるの?」

 

「別に、強いて言うなら[何にもないから]だな」

 

「よく分かんないわ」

 

別に面倒というほどでもないが、某巫女やら某魔法使いやらが家に来た時、彼女らはどんな反応をするだろうか?

「また面白い外来人が来たぞ」ということで天狗に情報を売ったりしそうだ。

ナギの未来の安寧を祈っておこう。

 

「ほれ、着いたぞ」

 

自宅へと到着。南京錠(今まで掛けてなかったが警備強化のため)を開錠し、ナギを先に入れる。

 

ナギ「……やっぱり少し前の時代みたいね」

 

「あぁ、明治初期って感じだな」

 

靴を脱いで上がると、ナギはきょろきょろとしだした。

多分光熱を見ているのだろう、その目は驚いたように開かれている。

 

ナギ「なんで電気が通ってないの?」

 

「お前、頭いいキャラだろ?」

 

ナギ「舞台設定だと思ってた。本当にライフラインが通ってないのね」

 

「そんな気持ちでは幻想郷で生きていけないぞ」

 

ナギ「魔法の森で生きていたから大丈夫よ」

 

今のナギなら無人島に放り出されても生きていけそうである。

さて。

身体は稗田家で綺麗になっているため、風呂も洗濯も必要ないだろう。

ただ、人里で生活するためには生活必需品を買う必要がある。

金はオレが用意するとして、果たして彼女が幻想郷(こっち)のセンスを認めるだろうか。

 

「じゃ、お前の服とか買いに行くか」

 

ナギ「服?あぁ、皆が着ている和服ね」

 

「そ、入里者キャンペーンとして初回は俺が奢る」 

 

ナギ「ピンクのとびっきり可愛いのが欲しいわ」

 

高飛車で傲慢なお嬢様は変わっていないようだ。

 

ナギ「今失礼な事考えてるでしょ」

 

「……別に」

 

 

§



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ナギ「どうかしら?似合ってる?」

 

「あー、似合ってるよ」

 

ナギ「やっぱりそうよね!選んでよかったわ」

 

お気づきだろうか?

このやりとり、既に6回目なのである。

オレの前をくるくると回りながら歩くナギ。

後ろの淡いピンクの和服にオレンジ色のリボンが揺れる。

束ねられた金髪には簪が付けられていて、普段の服、というよりもお祭りに行くような恰好だ。

そんな和服を彼女は大層嬉しそうに回りながら披露している。

もちろん通行人からは、

 

『あの女の子、かなり上玉だよな』

『夜空いてねぇかなーおれもなー』

『パツキンチャンネーまじぺろぺろ』

 

かなりの高評価のようである。

大学時代でもナギはモテる方ではあった。ヤンキー系大学生をホイホイしてしまうほどにルックスと知的センスともに恵まれていた。

まあ、あの性格が故に彼女は来るもの全員突っぱねてしまったが。

 

ナギ「この和服の模様いいわね」

 

ナギが和服の模様をなぞりながら言う。

斜めに線が絡み、幾何学的な模様が広がっている、俗にいう[綾模様]だ。

数ある和服の中から、ナギが3時間かけてようやく選んだのが、あの和服。

中々に渋い織模様だが、それを難なく着こなしてしまうナギが恐ろしい。

 

「だから、似合ってるって」

 

ナギ「分かってるわよ。だからもっと言って?」

 

承認欲の強い女だ。

さて、和服を始め、寝間着などの服から、洗剤などの日用品まで抜けもれなく買っていく。

オレの家に済ませることは可能だが、それは苦渋の選択になる。

 

(慧音や妹紅に見られたらなんといわれるんだか……)

 

慧音は「夜はほどほどにしておけよ」と冷静に返され、妹紅は「へぇ~アンタやっぱり面白いな」と囃し立てられることだろう。

面倒な芽は出来るだけ摘んでおかなければならない。

 

『お、お姉ちゃん可愛い服だねぇ』

 

ナギ「ふふ、でしょう?」

 

その場でくるりと回り、にっこりと笑うナギ。

回り過ぎて目を回さないのだろうか。

米屋の兄ちゃんとナギはそのまま談笑に入っていく。元々コミュニケーション能力の高い彼女は、人を引き付けてから会話に運ぶのがとても上手い。

しかし、かれこれナギが会話をして立ち往生するのはこれで4度目である。

 

(美しいことは罪なのだッ!)

 

オレはそこらへんの八百屋を凝視し、どの野菜が安いかを調べる。

今日は人参とじゃがいもが安い。

一週間分買い込んでビタミンAとビタミンCをたっぷり吸収してお肌を綺麗にしよう。

そんな録でもない事を思っていると、

 

?『おや、ミナト殿』

 

「おっす、狸さん」

 

向こうの方からやってきたマミゾウ。

昼間の人里であるにも関わらず、警戒心の無い呑気な狸である。

 

マミゾウ「残念じゃな。今は立派な人間じゃ」

 

ホホホとマミゾウがそこにない尻尾を撫でるしぐさをする。

 

マミゾウ「しかし、もう春は過ぎたようじゃなぁ」

 

「全くだ」

 

黄色のノースリーブと臙脂色のスカートに身を包んだマミゾウが八百屋に並ぶ野菜を見ながら言う。

その容姿から見れば自身も春が過ぎている事を前々から知っていたようだ。

 

「外の世界は夏くらいか」

 

マミゾウ「さぁ、どうじゃろう。儂が外の世界にいた頃の冬は雪があまり降らなかったぞ。なんでも、例年稀に見る異常気象だとか」

 

「へぇ……って、アンタ、外の世界から来たのか?」

 

マミゾウ「なんじゃ、知らなかったのか?儂はれっきとした[外界の妖怪]じゃよ。と言っても、京都が日本の首都になるまでじゃが」

 

「つくづく驚かされるよ、アンタには」

 

マミゾウがオレと同じ外界出身だとは。

幻想郷に来ても順応している彼女を見る辺り、やはり幻想郷は妖怪にとって住み心地の良い世界なのだろう。

オレも早く今の生活に慣れなくては。

 

 

ナギ「――ミナトッ!!?」

 

 

と、突然。

息を切らした声でナギがオレの腕に抱き着いた。

なんだなんだ、とナギを見ると、彼女は碧眼の鋭い警戒の色を示しながら、握りつぶすようにマミゾウを睨んでいた。

 

「どうした、ナギ」

 

ナギ「どうしたもこうしたも無いわよ!!」

 

血相を変えているナギの目はマミゾウから離れる事無く、矢のように向けられている。

マミゾウも驚いた様子だが、困ったように眉を細めていた。

 

ナギ「この、人……人間じゃ――ムグッ!?」

 

ふわりと風が吹いた。

それは、音もなくマミゾウがナギに肉薄し、その薄ピンクの唇を右手で優しく、しかし力強く押さえつけていた。

一瞬の出来事に、オレは目を奪われる。

ナギの警戒色が、畏怖色へと変貌した。

 

マミゾウ「ふぅむ……これが[噂の小娘]かえ?なかなかのチカラを持つようじゃの」

 

「ん、んーーー!?」

 

マミゾウ「どれ、ひとつ味見でもしてやろうか――」

 

じっくり、ゆっくりと舐めるようにナギの顔を覗き込むマミゾウ。

押さえられたナギはまるで操り人形のように、動かない。

 

『何だ、どうした?』

『女性同士の喧嘩みたいよ…』

 

ぞろぞろと周囲の野次馬が集まってくる。

 

「人だかりができ始めた。やめとけ、マミゾウ……ッ!」

 

オレが口を挟み、マミゾウは視線をこちらに向けた、瞬間。

ぞくり、と全身に氷が当てつけられた感触。

その時の目は、今まで見たことの無い、まるで草食動物の様子を眺めている肉食動物のような、非常にはっきりとした獰猛さが込められていた。

 

マミゾウ「……」

 

「……」

 

やがて、口元がゆっくりと歪み、恐怖と呼べるオーラが消えていく。

 

マミゾウ「冗談じゃよ、ただ少しだけ悪戯したかっただけじゃ」

 

マミゾウが口元から手を離すと、ナギは糸が切れてしまったかのように、その場へ座り込んだ。

少しやりすぎてしまったのう?とマミゾウが笑う。

 

「ナギ、大丈夫か!?」

 

肩を抱きながらナギに声をかける。

彼女はかたかたと、小さく震えていた。

 

ナギ「……なに、あの人」

 

「あぁ、アレはただの化け狸だ。人間の里にいるけど、害はないはずで」

 

マミゾウ「違う、そういうことじゃないの」

 

首をぷるぷると振りながら声を絞る。

はっきりとした怯えが、彼女の顔に現れていた。

 

ナギ「魔法の森の魔力……それらとは比べものにならない程、”あの人の中に何かがある”……それが、私の心を握りつぶすような、いいや、もっと、溶かしているような気がするの」

 

「……どういうことだ?」

 

「あの人――妖怪だけど、今まで感じた中で”嫌なチカラ”を感じる」

 

心を握りつぶす何かを振りほどこうと、ナギはもう一度マミゾウを睨みつけた。

それをマミゾウは涼し気な表情で、しかし何処か光悦に浸っているかのように口元を釣り上げて見下げている。

 

マミゾウ「…噂に違わぬなァ……ふむ」

 

何か考えるような素振りをみせるマミゾウ。

 

「……悪い、ナギは妖怪に敏感なんだ」

 

マミゾウ「いやはや、若い者達に水を差した儂にも非がある、非を詫びよう」

 

そういうと、マミゾウは被っている藁帽子を掴み、目元を隠した。

背中を向けて歩き出した所で、そうじゃ、とマミゾウが口を開く。

 

マミゾウ「困ったらいつでも儂の所にくるんじゃぞ、いつでも相手してやるからな――御船ナギ殿」

 

言葉を発せないオレ達に構わず、マミゾウは去っていった。

遠くなっていく影はやがて消えた。

 

ナギ「…この人里、何かが……」

 

ナギの声は依然として震えていた。

 

 

§



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釜火

野次馬は解散し、オレ達は自宅へとたどり着いた。

ナギは緊張状態から解かれ、今ではすっかり元気になっていた。

元気、と言っても、いつも通り高飛車で煩い訳だが。

 

ナギ「なんか言った?」

 

「……別に」

 

ナギ「なら、早く火起こししなさい。料理はスピードが命なのよ?」

 

「ほいさっさ」

 

火釜に薪と木炭と、今朝の[文々。新聞]を放り込み、火の魔法をぶち込む。

と言ってもロウソク程の炎を何とかして新聞に引火させ、そこから竹筒で空気を送り込む

何度も何度も息を吹きかけ、やっと大きな炎が立った。

 

「てかお前の魔法使えばよかったんじゃ?」

 

ナギ「この家爆発させちゃうけどいいの?」

 

「……次の修行は[爆発しない程度に爆発魔法を使いこなす]だな」

 

ナギ「爆発しない爆発って羽の無い扇風機みたいね」

 

キャベツを千切りしながらナギが言う。

オレは火の様子を見つめながら煙草を咥え、火釜へと煙草を寄せる。

 

「あっつっつ」

 

顔面に熱を浴びながらなんとか火を付ける。

この火の着け方はキャンプに行った時以来だ。

去年の夏のキャンプでは凌雅が火に近づきすぎて前髪を燃やし、[頭部デコランド]と囃し立てられていた思い出がある。

 

ナギ「何バカな事やってんのよ」

 

「バカってのはな、身の程を知らねぇ奴の事なんだよ」

 

ナギ「何となくだけど凌雅を思い出したわ」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

米の入った釜をセッティングし、サラダも作り終えた所で、台所を片付ける。

後は米が焚けるだけだ。

卓袱台にお茶を置き、俺とナギはぐったりとその場に寝転がる。

 

ナギ「んーーーはぁーー…」

 

「んーーーふぇーーー」

 

ナギ「ちょっと、マネしないでよ」

 

「ちょっと、マネしてねぇよ」

 

ナギ「……魔法の練習しようかしら」

 

「オーケイオーケイ話せばわかる」

 

ナギが寝転がりながら湯呑みを傾ける。寝ながらお茶を飲むとは器用な奴だ。

 

ナギ「ねぇ」

 

「ファッツハプン」

 

謎の返事で応じる。

 

ナギ「ミナトはさ、凌雅とソラちゃんは何処にいると思う?」

 

窓の外は既に日が落ちている。

パチパチと薪の弾ける音、部屋の中は暖かい。

 

「何処にいるかは知らんが、大体検討はつく」

 

ナギ「え?どこにいるか分かるの?」

 

「あぁ」

 

思い出すのは、ナギ達が出会った金髪の美女と、ナギのいた場所。

女性が話したと思ったらいつの間にか落ちていた、という話を聞いたが、一緒に落とされたはずの彼女達。しかし魔法の森にいたのはナギだけだった。

何故、彼女達は一緒にいないのか?

答えは簡単だ、その女性によってそれぞれ別の場所に落とされたからだ。

となると、鍵となるのはその金髪の美女。それも外の世界と幻想郷を一瞬で繋ぐ力のある人物だ。

ナギ達を元の世界に戻すには、その人物に会うしかない。

 

「おそらく、あいつらは里の外にいる。ナギが魔法の森にひとりで落とされたってことは、それぞれ別の場所に落とされた可能性が高い」

 

ナギ「なるほど。ってことはあの二人を見つけるためには」

 

「無論、里の外に出なければならないな。ナギの場合はオレの所に噂が入ったから行けたが、正直幻想郷のもっと奥に居たら簡単には見つけられないだろう」

 

だが、そこで諦めます、って訳にもいかない。

いずれにせよ、どうにかして合流し、外の世界に還す必要がある。

オレを追うようにして幻想入りした訳だ。オレに非が無いとは言い切れない。

 

ナギ「……時間をかけてゆっくり探すのね」

 

「そういうことだ。アイツらも生きてくれるよ。なんたってナギもあの環境で生きてたしな」

 

ナギ「運を天に任せるしかないわ」

 

恐らくあいつら二人も何らかの能力が開花していることだろう。

そう思っていると、バチィ、と室内に薪の破裂音が響いた。

忘れられていた火釜君が存在意義を主張している。

 

「そいやナギ、お前あのタイプで米焚いた事あるか?」

 

ナギ「……いや、炊飯器でしか焚いた事無いわ」

 

「たった今、嬉しいニュースと悲しいニュースが届いた。好きな方を選んでくれ」

 

ナギ「どうせこのタイプで炊いたことないんでしょ?」

 

「お前はオレの心が読めるのか?」

 

ナギ「まあ、少しはね」

 

なにやら意味ありげなセリフだった。

幻想郷に来てからというもの、毎日が挑戦の繰り返しだ。

それも悪くはないのだが。

 

 

§



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夫妻

夕飯を終え、食後の一服に煙草を吸う。

ナギは流し台で洗い物をしている。彼女曰く、「洗い物も料理、女子の仕事よ」だそうだ

カチャカチャ、と食器の擦れる音。

 

ナギ「やっぱり水道無いと不便ね」

 

「それもまた一興だ」

 

ナギ「なるほど、便利が良いって訳じゃあないしね」

 

そんな会話をしている内に洗い物が終わったのか、こちらに戻ってくる。

 

ナギ「はい、お茶」

 

「ん、おおきに」

 

受け取ったお茶を啜る。釜戸の残り火で作ったらしい。

温かいお茶はいつの時代も美味いものだ。

 

ナギ「でも、携帯が繋がらないのは不便ね」

 

「現代人に染み付いた携帯中毒の重さを再確認させられるぜ」

 

ナギ「……通信料は、取られるのかしら?」

 

「定額は取られるだろうな」

 

ナギ「口座にお金入ってたかしら」

 

派手なピンクの携帯を眺めながら苦悶の表情を浮かべるナギ。

 

ナギ「はぁ……せっかくなら両親に連絡入れたかったわ」

 

「向こうに帰ってからでも遅くないだろ」

 

ナギ「今頃、外の世界では『行方不明』って事で騒がれているんでしょうね……」

 

ラジオで聞いた通り実際にオレ達は行方不明とされている。

今回の事件は不可解な未解決事件としてドキュメンタリー番組で視聴率の餌食にされることだろう。

お茶を啜る。

煙草を咥える。

ため息をつく。

お茶を啜る。

と、不意に玄関の扉がノックされた。

 

「はいはい」

 

煙草の火を消し、玄関を開ける。

そこには慧音と妹紅が立っていた。

 

妹紅『おっす』

 

慧音『夜分遅くにすまない』

 

「どうもどうも、これは藤原夫妻」

 

妹紅『どーいう意味だ。……おや』

 

玄関から上がろうとした時、妹紅の視線が俺の奥に送られる。

オレの背後から「ど、どうも」とナギの声。

 

妹紅「……お邪魔だったか?」

 

「いや、そんな事ないぞ」

 

――ナギはオレの友人であり、それ以上は無い。

先にそれを伝えるべきだったかもしれない。

 

慧音「え、あ、み、ミナト、別に、そうだぞ」

 

「……慧音?」

 

慧音「あ、いやなんでもないぞ!うん!」

 

慧音が何故か狼狽えていた。

それを見て妹紅が笑う。

 

妹紅「……アンタ、やっぱり面白いな」

 

「何故に?」

 

妹紅「なんでも。ま、少しだけ上がらしてもらうよ」

 

靴を脱ぎ、畳に座る妹紅と慧音。

 

ナギ「あ、どうも初めまして。御船ナギです」

 

正座をしたナギが小さく会釈する。

 

妹紅「初めまして、アンタが噂の和服の子か」

 

ナギ「え?」

 

慧音「今人里で噂になってるよ。可愛い外来人の到来だ!ってね」

 

ナギ「そ、そんな……噂になるほどじゃ……」

 

謙遜しているが、顔が赤くなっているナギ。

心の底では「そうでしょうね!!」とガッツポーズしているだろう。

 

ナギ「……ミナト」

 

「はいはい」

 

ナギのオレを見る目が鋭い。これ以上の詮索はやめておく。

卓袱台に二つお茶を置くと、「ありがとう」と妹紅と慧音がお茶を啜る。

 

「2人そろって珍しいな、どうした?」

 

慧音「や、大したことじゃないんだ。たまたま家の前を通りかかったら声が聞こえたんでな」

 

妹紅「そしたら女連れ込んでイチャイチャしてた」

 

「イチャイチャしてねぇよ」

ナギ「イチャイチャしてません!!」

 

声がハーモニクスする。

何故そんなに大きな声で否定するんだ。

妹紅はカッカと笑いながら、ナギをまじまじと見つめ始める。

 

妹紅「でも……アンタよく魔法の森から生身で来れたなぁ」

 

ナギ「何度も死ぬかと思いましたけど、ミナトが助けに来てくれたんです」

 

妹紅「まさに英雄(ヒーロー)が助けに来てくれた訳だ」

 

ナギ「帰る時は血だらけでしたけどね」

 

敬語を使いながら妹紅と話をするナギ。

 

慧音「……おい」

 

「何でしょうか、慧音さん」

 

対してこちら側。

小さな声でオレに聞く慧音。

その眼は、何故か鋭い光を帯びている。

 

慧音「あの女の子は誰なんだ?」

 

「アイツはオレの友人だ、外の世界からこっちにやってきた」

 

慧音「ゆ、友人?」

 

「…‥なんでそんなに驚いているんだ?」

 

い、いや、べつに、と先ほどと同じように狼狽える慧音。

しばしナギと妹紅の方をじっと見つめていると、ゆっくりと赤い顔が落ち着いてきた。

 

慧音「なるほど、友人、か」

 

落ち着きを取り戻した慧音は「こほん」と咳払いする。

 

慧音「それで、怪我は大丈夫か?」

 

「あぁ、もう塞がったし安心安全だ」

 

慧音が心配したような顔をしてくる。

慧音にはこんな顔をさせたくはなかったが、彼女の性格であり、優しさであり、良い所でもある。

 

慧音「そうか、無理はしないでくれよ」

 

「あぁ、死んでも寺子屋で働くから大丈夫だ」

 

慧音「……子どもたちも吃驚して喜ぶだろうな」

 

オレは灰皿を片付けると、妹紅が「あ、そうだ」と声を上げる。

その手には煙草の箱が握られている。

 

妹紅「ミナト、少し夜風を浴びないか?」

 

「なんでまた急に」

 

妹紅「なんでも、気まぐれだ」

 

よくわからないが煙草を吸いたいようだ。

ナギを気遣っての事だろう。煙草の煙は慣れているから部屋で吸っても良かったのだが。意外と初対面の出会いは大切にするタイプらしい。

 

妹紅「ってことで、ナギ。ちょっとミナト借りてくよ」

 

ナギ「えぇ、少し痛めつけても良いですよ」

 

妹紅「少し、ね……そうするよ」

 

何だか嫌な予感がしたが、黙っておいた。

 

 

§



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反骨

夜風は生暖かく、じっとりと肌に絡みついて来る。

まだ昼間の熱気は抜けておらず、夜の温かさが人里を包んでいた。

 

妹紅「……いい子じゃあないか、ナギって子」

 

お互いに煙草を掌の炎で着火し、白煙を吐く。

里の道は人の影すら見当たらない。

 

「まぁ、育ちはいいからな。まさかそれを言うためにオレを連れ出したのか?」

 

妹紅「それもあるが、また別の件さ」

 

「別の件?」

 

妹紅は煙草を挟んだ指をオレに向けた。

 

妹紅「昨日の夜、と言っても深夜だが、稗田家の爺さんと喧嘩してただろ?」

 

オレの脳裏にあの夜の光景がフラッシュバックする。

格闘家の片鱗を肌で味わった日だ――実際に肌そのもので体感したが――妹紅はそれを言っているのだろう。

 

「あの場にいたのか」

 

妹紅「あぁ、爺さんは私の存在にも気付いていたみたいだ」

 

[そこにいるのは分かってるぞ]というセリフは、オレだけでなく妹紅にも向けられていた訳か。

恐るべし稗田家の護衛。感知レベルが段違いである。

 

「で、それを見た妹紅さんはオレに何を?まさかバカにしようって訳でもないだろ」

 

妹紅「ま、簡単な話さ」

 

話している内に、里の喫煙所に辿り着いた。

妹紅は掌で短くなった煙草を握りつぶし、灰に還る。

 

妹紅「あの爺さんよりも強くならないか――ってな」

 

「それは即ち格闘術を伝授しようと?」

 

妹紅「物分かりが良くて助かる」

 

置いてあった灰皿にオレは煙草を押しつぶした。

目の前で妹紅は身体を伸ばしている。

 

妹紅「あの爺さんは格闘術の達人だ。さすがは長年稗田家を護っているだけある」

 

「あんなカタブツにはなりたくないがな」

 

妹紅「だから、ミナトにはそれなりの格闘術を教えようと思ってな」

 

というと、妹紅は両足を閉じ、両腕を開いた。

十字架を彷彿とさせる佇まいは、従来の戦闘態勢とは違う。

 

妹紅「まずは自由演舞だ。かかってこい」

 

「……オレに女を殴らせるのか?」

 

妹紅「あぁそうさ?」

 

(……殴れるものなら、ってか)

 

若干の苛立ちを覚えながらオレは両足を開き、拳を引いた。

 

「では失礼……ッ!」

 

一気に距離を詰め、妹紅の顔面めがけて拳を奮う。

あの爺さんを想定して、正味素早い正拳を繰り出した。

ヒュ、と風を切る音。

妹紅の顔は、オレの拳の数寸そばにあった。まさに紙一重。

 

妹紅「ふむ、まあいいんじゃないかな。少し重心が傾いているけど」

 

「……ふッ!」

 

妹紅「おっと」

 

今度は左手で妹紅の脇腹を狙う。

が、同じように彼女の身体は拳の隣にあった。

 

「アリ!アリアリ!!」

 

素早いジャブからの一気に間合いを詰めてボディーブロー。

それらも全て紙一重でかわされていく。

 

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリ!!」

 

連撃を決めていく。

妹紅が身体をずらす場所めがけて拳を突きつけるが、どれも当たらない。

 

「嘘だろ――うぉ!」

 

妹紅「ま、そうなるよな」

 

直後、一気に肉薄した妹紅がオレの右足を払った。

いともたやすくバランスを崩し、その場に倒れ込んでしまう。

 

妹紅「まずミナトは”脚”から鍛えろ」

 

「脚?」

 

妹紅「格闘術での基本は下半身さ。下半身は全ての動作に置いて起点となり、足だけ見ればその人が次にどの動きをするのかわかる。だから、まずは強靭な脚を手に入れろ」

 

「なるほどパンチ!」

 

妹紅「いい反骨精神だ」

 

不意打ちもあっけなく嘲笑交じりにかわされる。

 

「……なるほどね」

 

その時、妹紅の脚が円を描くように90°回転し、彼女の身体も同じように回転している事に気付いた。

 

妹紅「見えただろ?これは脚だけでかわす武術の基本だ」

 

「……[扣歩]と[擺歩]ってやつか」

 

昔読んでいた少年格闘漫画にこんな技があった。

その漫画の主人公は扣歩と擺歩を取得するまで1か月ほど扣歩と擺歩を行っている。

これを会得するのが格闘術としての第一歩だ。そう妹紅は言いたいのだろう。

 

妹紅「とりあえず、身体でこれを覚えろ、以上だ」

 

「アパ!」

 

変な返事だな、と笑いながら妹紅はオレを殴り飛ばした。

いきなり扣歩と擺歩を会得するのは無理な話である。

 

 

§



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彼女

慧音「……で、ナギ君と言ったかな?」

 

ミナトと妹紅さんが飛び出してから、少しの静寂。

目線をお茶の水面に落としていると、慧音さんから話しかけてきた。

 

「あ、はい、そうです。慧音さん」

 

慧音「さん、は付けなくていいよ。あと敬語もいらない」

 

「……少しずつ、慣らしていくね」

 

寺子屋の先生をしていると聞いたが、先生というだけあって人の心が分かるのだろう。

お言葉なので、いつも通りの私に戻す。

 

慧音「ミナトも最初は私の事を『先生』と呼んでいてな。堅苦しいと思ったな」

 

「初対面は誰でもそうなるんじゃない?」

 

慧音「確かにな。でも深く関わるためには敬語は壁になるだけだ」

 

背中を伸ばしきちんと正座する慧音。

なんというか、隙が無い。

上品で礼儀正しく、でも何処か親しみのある、そんな雰囲気がする。

そして、なにより――。

 

「……でっかいわね」

 

慧音「…何がだ?」

 

「あ、いや……心の器がでっかいな、って」

 

自分の胸をさする。さするって表現、自分でしなくなかった。

そんな悲しみの雨に打たれた気分になる。

 

慧音「……君もでっかいよ」

 

「へ!?」

 

慧音先生、ちゃんと現実を見てる?

ほら、見て。どう見てもちっちゃいじゃない?なのにでっかいだなんて言える?

ってか悲しくなるからこの話題終わりたい。

 

慧音「ミナトと友人なのだろう?あんなに自由な人間に君は気が置けない」

 

「ま、まぁ。確かに自由過ぎて何処かに飛んでいきそうね」

 

慧音「だろう?この間なんかは――」

 

と言って慧音が怒ったように話し始める。

能力も無い時に妖怪と戦った事、魔法の森に入り込んだ事を始め、教室で寝ていたとか煙草は止めないし、時に女の子と歩いたりしているし――。

その内容は後半からとりとめのない事になっていった。

私は話を聞きながら思う。

 

――ミナト、やっぱり変わってないのね。

 

慧音「本当に呆れるよ、彼の自由さには……」

 

「慧音も苦労しているのね」

 

慧音「全くだ、心配する側にもなってほしいものだよ」

 

二人のお茶が尽きたので、新しいお茶を淹れなおす。

ポットにはちょうど二人分のお湯、ぽとぽと落としていく。

突然現れた家電製品共、とミナトは言っていた。

お茶を卓袱台に置く、ありがとう、と慧音。

今や緊張はほぐれていた。

それは慧音も同じだろう。

 

慧音「……そういえば、君の能力は?」

 

ポットの電源コードを抜いていると、慧音が言う。

 

「……私の能力は、自分でもよく分かってないんだけど、[妖力を感知する能力]だって」

 

慧音「妖力?……あぁ」

 

慧音が納得行った、というように頷く。

 

慧音「だから里の商店街でマミゾウを警戒していた訳だ」

 

「……見てたの?」

 

慧音「いや、そういう噂が流れていたんだ。[淑女にたてつく若い女性]がいるって」

 

なんだか私、色々と変な噂が流れてない?

火のない所に煙は立たぬ、っていうけど、このままじゃ煙じゃなくて何か別の物が出るような気がする。

 

慧音「だから、マミゾウが持つ妖力を感知したのだな」

 

思い出す。彼女の中に潜む妖力を。

言葉では表すことのできない、得体のしれない何か。

 

「あの人、里の中で一番怖いというか、ぞくっとするというか、危ない気がするの」

 

今まで感じた妖力は純粋な妖力で、ただ「妖怪だ」ということを伝えるだけだった。

しかし、マミゾウの妖力は違う。

例えるなら、「純粋な水と見せかけて実は強力な毒水」であるような、その奥に邪悪さを潜めた、底の知れない妖力――。

 

慧音「……あまり深く思いつめるな」

 

慧音は微笑みながら、私の背中をさする。

無意識のうちに私は恐怖を感じていたらしい。

 

慧音「キミの能力は時として不幸になってしまう事もあるだろう」

 

「……うん」

 

慧音「だから、あまり深く考えるな、いつか気付くときがくるさ」

 

「……何に?」

 

慧音「そうだな……その力が、大切な人を守るんだ、ってな」

 

湯呑みに口を当てる慧音。

やっぱり上品な女性の何気ないしぐさってのはただそれだけなのにグッとくるものがある。

小さな敗北を感じた。

 

 

§



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予想

「こうほッ!!」

 

妹紅の正拳突きに合わせて脚を突き出し、身体を90°回転させる。

風を切る音と共に、オレの身体は拳の隣にあった。

 

「はいほッ!!」

 

間髪入れずにコンパスで円を描くように脚で半円を描く。

そして力を入れる。

身体が自然に動く、妹紅の背後に回り込む。

 

妹紅「だいぶ形になってきたじゃあないか」

 

「それはどうもパンチ!」

 

妹紅「だが、まだまだだな」

 

不意打ちをもろともせず妹紅は屈んで避ける。

それを読んで腰めがけて蹴りをする、それも読まれていたようにバック反転によって蹴りは空を薙ぐ。

距離が開いても、もう一度、攻める。

 

「ホイッさっさ!」

 

妹紅「ほいほい!」

 

「オラオラオラオラオラ!」

 

妹紅「見え見えだ」

 

「ナニッ!?」

 

妹紅「脚」

 

右足に強烈な足払いが繰り出され、なすすべなく重心を失って転んだ。

妹紅の予告を聞いたところでその真意を掴み取るのには時間がかかった。そして、その時間は隙となり、命取りとなった。

 

妹紅「短期間でだいぶ強くなったな、飲み込みが早い」

 

ベンチに腰掛け、煙草に火を付ける妹紅。

オレはその場で寝っ転がりながら、煙草を咥える。

「ほらよ」と妹紅の情けもの炎が上がった。

 

妹紅「まだ粗削りな部分もあるが、それも時間の問題だな」

 

「……」

 

妹紅「何だ、悔しいのか?」

 

「……男の子だからな」

 

二、三回煙を吸い込み、吐く。

温かい夜風を感じながら、満天の星空を仰ぐ。

――南の空に見える、さそり座。天の川沿いに見えるその正座は、アンタレスという赤い星を心臓に持っている。

理科概説で教授がそんな話をしていた。それを今思い出す。

 

「懐かしいな」

 

ぽつり、とそんな言葉が漏れる。

妹紅はオレをみつめ、カッカと笑う。

 

妹紅「ミナトと初めて会ったのがここだったか」

 

「いきなり煙草を求められて吃驚したぞ」

 

妹紅「いやあ、あんときはお前から同じ香りがしたからで」

 

「出会っていたのがナギだったら面白かったかもな」

 

妹紅「そりゃあ面白いさ。今頃彼女は私に染まっていたな」

 

何とも説得力のある言葉だ。

ナギは染まることはないが、信用した人間にはころっと付いて行ってしまう。妹紅には人を懐柔する力もある。おそらくこのサバサバしつつも放っておかない性格が故だ。

 

妹紅「そういや、覚えてる?」

 

「何がだ?」

 

妹紅「今の自分に満足しているわけ?」

 

「……は。そんなことも言ってたな」

 

妹紅と知り合ってそれほど経っていないはずなのに、ずいぶん昔のことに思えた。

幻想郷に来てから、いろいろなことがあって、記憶が濃いのだろう。

 

妹紅「で。幻想郷に慣れてきたであろうミナトくんの答えは?」

 

煙を吐く妹紅の顔はなぜか嬉しそうだ。

まるでオレの答えを予想しているように。

 

「答えはまだ出てないよ。オレはまだ何一つとして手に入れてない」

 

妹紅「だろうね」

 

「言わせたんだろ」

 

妹紅「ま、焦るなよ。まだお前は始まったばかりだ」

 

「年寄り臭い台詞だな」

 

妹紅「実際年寄りだからな。何に寄っているかは知らんが」

 

よくわからない彼女の答えは、煙とともに空へと昇っていく。

消えていく白い吐息。

オレはただただ、それを見つめていた。

 

妹紅「さ、お稽古の続きだ。今回は受け身について」

 

「オレがやられること前提の練習だな」

 

妹紅「人間なんでもやっといた方が得だ。そうだろう?」

 

まるでオレの答えを予想して遊んでいるようだ。

 

 

§



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暇人

朝。

筋肉痛で身体が重い。

特に脚に痛みが集中しており、歩くのもやっとである。

 

「……このへんに、ストレッチパワーが溜まってるな」

 

ナギ「変な事言ってないで早く手伝ってよ」

 

昨日の残り飯を温め、ナギと二人で食べる。

外の世界の飯より味付けは薄いが、それもまた一興。

 

ナギ「こっちのご飯は美味しいわね」

 

ナギもお気に召したように、ご飯を食べる。

オレは味噌汁と漬物を食べながら、ラジオの電源を入れる。

 

 

<今日の京都府は一日はれでしょう>

 

 

ラジオパーソナリティの女性が張りのある声で言った。

 

ナギ「京都、晴れなんだ……あ~お買い物行きたい!」

 

「少しぐらい我慢しろ」

 

ナギ「京都駅周辺で古着屋巡りしたい!」

 

「諦めろ」

 

ナギ「じゃあまたあの和服屋に行きたい!!」

 

「勝手に行け」

 

頬を膨らませるナギを無視し、朝飯を食べ終える。流し台の水の張った桶に食器をぶち込んだ。

食後の一服に煙草を取り出し、玄関を開放して火を付ける。

 

「……お、新聞」

 

足元に放り投げられていた新聞[文々。新聞]を開く。

相変わらず文字がびっしりと書かれた、完成度の高い新聞である。

 

 

【幻想郷に外来乙女が舞う!】

 

 

「…またか」

 

嫌な既視感を覚えつつ、灰を玄関先に落とす。

内容はもちろん、今朝飯を食べているナギについてだ。

[魔法の森から来た、魔法少女!蜜柑色に身を包み、人里に舞う!]と大きな見出し。

合ってはいる。だが何かが間違っている。それがこの[文々。新聞]の醍醐味だ。

 

「ナギ、お前のことが書かれているぞ」

 

ナギ「え?なになに!?」

 

光の速さでオレから新聞を奪い取る。飯を食ってたんじゃあないのかよ。

 

ナギ「……」

 

真剣な目つきでナギは新聞に目を通す。

文字を見ている時は凄く頭が良さそうなのだが。

 

ナギ「……何よ、これ」

 

数秒で全てを読み終え、ワナワナと震えだすナギ。

 

ナギ「私、有名人じゃない!」

 

「……バカだ」

 

文字を見ている時は凄く頭が良さそうなのだが、如何せんポジティブ過ぎるのがナギである。

目を輝かせ、オレの肩をびしばしと叩いてくる。

 

ナギ「やっぱり私は何処の世界に行っても認められるのね!」

 

「違うと思うぞ」

 

ナギ「や~ん、これじゃあ里を歩く時にはちゃんとして出ないと!」

 

「バカ野郎、話を聴け」

 

ナギ「もし『お嬢さん、今夜どうですか』なんてイケメンに言われたらどうしよう!断りたいけどついてっちゃうかも~」

 

「…もう知らん」

 

面倒なのでうぬぼれる魔法少女を放置し、靴を履いて外に出る。

太陽の日差しは、真上の分厚い雲に覆われていた。

 

 

§

 

 

「太陽よ、お前はオレに明日を約束しろ!!」

 

そんなこんなで人里の中心部へ着いた。

別にやることが無いので、また情報を収集しようという訳だ。

人里の朝は早い。老若男女問わず様々な人が歩いている。

 

『あ……一之瀬ミナトだ』

『今日も怖そーだ』

『そこもまたかっこいいぜ』

 

(…ふっ…)

 

人里の目も最初に比べて変わりつつある。

これもまたオレが里に受け入れられたことを意味しているのだろう。

オレもその中に混ざり、少し歩く。

里内はいつもと変わらず、やや忙しそうな光景が広がっていた。

 

(平和って最高だな……もうあんな思いはしたくないぜ)

 

魔法の森の出来事を懐かしく思っていると、見覚えのある少女がいた。

緑色の髪をした、白と青の巫女服のようなものに身を包んだ少女。

と、向こうで彼女が手を振っている。気付いたようだ。

 

?「こんにちは、暇人さん」

 

「出会い頭に呼ぶ名前じゃあないよな」

 

?「冗談ですよ。シャボン玉職人ですよね?」

 

「どうすればそんな間違いをするんだ?」

 

少女は口元を押さえて微笑んでいる。すごく楽しそうだ。

 

「アンタはまた宗教の勧誘でもしているのか」

 

?「アンタ、ではなく東風谷早苗です。しっかり呼んでください」

 

「……東風谷は」

 

早苗「早苗って呼んでください」

 

厳しいオーダーをしいられる。知り合ったばかりの女性を下の名前で呼ぶほどオレはウェーイ系ではないのだが、頑張ってみる。

 

「……早苗は、神を信じるのか」

 

早苗「もちろん。私は神ですから」

 

(オ〜ウ、なんて反応すりゃいいんだ)

 

両手で顔を覆いたくなる気持ちとはまさにこのことなのだろう。

信じる以前に、何も言えなくなる感じ。人間、自分の脳みそが限界を超えた時には、全てを放棄したくなるのだろう。今がそれだ。

 

「神が直々に賽銭を集めるとは、神道とは反するんじゃないか」

 

早苗「社長自ら営業に回っても何の問題もないじゃないですか」

 

「えらく現代的な発想だな」

 

早苗「私、もともと外の世界にいた人間なので」

 

「え」

 

この少女もオレと同じ世界にいたという。

意外にも、幻想郷は外の世界のすぐ近くにあるのかもしれない。オレといい、ナギといい、マミゾウといい。

 

早苗「ミナトさんは大学生でしたよね?」

 

「どうせ新聞から知ったんだろう?」

 

早苗「モチのロンですよ。ロンロンです」

 

「牛乳か」

 

早苗「好きだったんですよね、あの世界観。私は最初期の時オカが大好きでした」

 

意外な共通点から話が弾みはじめている。

宗教家とはあまり関わりたくない風習がある。結局「いい人」だと思っても、二言目には勧誘の言葉が飛んでくるからだ。

 

早苗「いろいろと語りたいので、一緒に神を信仰しませんか?」

 

「何でもかんでも結びつけすぎだろ」

 

予想は的中する。

波長が合う、というより現代人の発想をしているから、思考が似てしまうのだろう。

 

早苗「入って悪いことはないですよ。シャボン玉を吹くだけの人生もきっと薔薇色に!」

 

「断る。仕事はあるんで」

 

早苗「寺子屋の先生やりながらでも大丈夫ですよ」

 

「宗教やってる先生なんて嫌だろ、子どもに勧誘を促したらもうおしまいだ」

 

早苗「終わりの始まりですよ!除外して2枚ドローしましょう!」

 

外の世界で流行っていたゲームの話が幻想郷でできるなんて--食いつきたい衝動をぐっとこらえる。

どうせここで乗ったとしても、二言目には--。

 

早苗「じゃあ、また会いましょうよ」

 

「神は信じないと言っただろう」

 

早苗「少しずつ、その常識を変えてあげますよ」

 

「洗脳か?オレは神が大好きになってしまうのか?」

 

早苗「信じるか信じないかは、アナタ次第ですよ。ミナトさん」

 

そういうと、早苗の名前を呼ぶ声が聞こえた。

彼女はにこやかに笑うと、小さく手を振って人混みに消えていった。

残されたオレは、なんとも言えない疲れを感じていた。

例えるなら、友人とゲームをしまくって疲れた〜っていうような、不思議な感覚。

 

(久しぶりにあんなに喋ったな……)

 

東風谷早苗。

宗教家だが、幻想郷で一番話の通じる人間かもしれない。

 

「また……出会ってみるか」

 

あまり思いたくはないが、そう思ってしまった。

 

 

 

§



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掲示板

本末転倒という言葉を思い出した。

幻想郷にきた理由は一つ。父親を探し出すこと。

いることは確定している(おそらく)ので、あとは探すだけ……であるのだが、なかなか進まない。

思い出したように聞き当たってみるものの、結果は散々だった。

 

「赤い髪をした男を見ていませんか」

『それは貴方のことではなくて?』

 

「赤い髪」

『うわ!赤い悪魔だ!逃げろ!』

 

「あ」

『セールスお断りします!』

 

「」

『近づかないようにしないとね。触らぬ髪になんとやら』

 

嘘だと思いたい。

父親の情報収拾がまるで進まない理由がこれだ。

里の人間はオレのことを「寺子屋の先生」と認識しているのだが、それと同時に「見世物」「触れてはならない存在」「悪魔」だと思っている。

こちらから話しかけようにも相手にされることがない。一方的な愛。なんと悲しい事か。

 

「赤い髪ぐらい、見た事ないもんかね」

 

メンタルが豆腐なので、寂しくなったらすぐに煙草を吸う。

二回煙を吐くと、すぐに気分が良くなった。壊れやすいが、治しやすい。人間はうまいことできている。

 

「身体もそのうち壊れそうだ」

 

筋肉痛全13箇所を摩りながら、煙草を吸っていると、ふと大広場の方が騒がしことに気づいた。

掲示板の前には人だかりが出来ており、いつも以上に人で溢れている。

人が集まる場所には、条件が二つある。

誰がいても居心地がいい場所と、何か面白いものがある場所である。今回は前者の中の後者だ。

 

「千里眼!」

 

煙草の火を消して、人混みに紛れて掲示板の前へ行く。オレが行く時だけ人混みがなくなるのは嬉しいことだ。

掲示板には半紙に達筆で【大感謝祭開催!】と書かれていた。

どうやら人里で祭りが行われるらしい。

 

(幻想郷の祭り、か)

 

祭りなんて久しく行っていない。外の世界でも祭りは行われていたが、人間が多すぎるのとヤンキーやらDQNが多すぎて行く気にもなれなかった。

幻想郷の祭りならさぞかし楽しいことになるだろう。

そして、そこで問題が生じる。

 

——誰と行くか?

 

(……誰と行くか?)

 

祭とは、言ってしまえばなんでもありのバーリトゥードのようなもの。なんでもありということは、なにをやっても良いということ。

つまり、年頃の男子にとっては、最高で、甘酸っぱい思いを抱く、大事なイベントなのである。

ここで大事になってくるのは、もちろん、誰と行くか問題。

家族で行ってもよし。友達と行ってもよし。そして、気になるあの子と行ってもよし。

バーリトゥードに理性はいらない。脳みそで考えるのではなく、脊髄で考えるのだ。

 

(……慧音と行くか?)

 

オレ自身の魂に問いかけてみる。

もちろん答えは[YES!YES!YES!]である。

慧音が紺の浴衣に身を包み、長い髪を束ね、団扇を仰ぎながらオレの隣を歩く。

カランコロンと下駄の音。屋台のおっちゃんたちの声。子どもたちの無邪気な笑い声。

紺色の空、茜色の道。

そんな妄想が膨らんでゆく。

 

「すんばらしいッ!!!」

 

人混みが再びざわつく。もう知ったことではない。オレはオレだ。オレだけの世界だ。

祭りに行くことを決意する。

あとは、慧音をそれとなく誘い、それとなく祭楽しみだね〜と呼びかけ、期待値マックスの段階で祭を楽しむ。

最後は屋台の喧騒から少し離れた場所で、二人きり、他愛のない話で盛り上がって、良い雰囲気になって、そして——。

 

(ありがとう、お祭りさん)

 

妄想はとどまることを知らない。

普段真面目に過ごしているのだから、思想を自由にさせていただきたい。

 

と、ここまでは良かったのだが。

この時、オレは忘れていた。

帰路に着いた瞬間、頭の中をある映像が埋め尽くしたのだ。

 

 

『祭り?え?あ〜、ミナト、慧音さんと行くんだ?へえ〜、そうなんだア〜???』

 

 

彼女のことを忘れていた。

面白いことには全力前進駆け巡るシナプス的暴君を。

 

 

§



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