無地の魔導書 (青ボタン)
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ページ1 『僕で遊んでるだけだろ』

『…嗚呼、卒業してしまった。本当にこれからどうしようか…』

遂に3月は終わり、球磨川禊は書類の上でも箱庭学園を卒業した。就職も大学も決まらないまま卒業してしまったのだ。当然行く宛もなく、取り敢えずは家に引きこもるという選択肢しか球磨川には見つからなかった。

 

『まあ、不知火ちゃんにスキルを改造してもらった以上、やる事はあるのだけれど。』

 

安心院さん探しもね、と心の中で呟く。一応今までの自分の行動の贖罪が今の目的だが、何百年掛かっても、安心院なじみを探すことだけはやめないと彼女が居なくなった時に誓っている。彼女が死ぬわけは無いのだから、いつか必ず見つかるはずだ。

 

『はぁ…どこにいるんだよ、安心院さんは…』

「なんだい?僕に用があるのかい?球磨川くん」

『あるよ。色々文句も言いたいし、お礼だって言えてないんだ………え?』

 

誰も居ない安心できるはずの自宅で、不意に聞こえた懐かしい声に驚き、勢いよく後ろを振り向いた――――勢いが良すぎて、こけてしまうくらいは。しかし、そんな事が気にもならないほど、いつもの笑顔が消し飛ぶほど、球磨川は驚愕していた。

 

『安心院さん…?どうして…』

 

安心院なじみは、球磨川のリアクションに満足気な笑みを浮かべてそこに立っていた。

 

「やあ球磨川くん。久しぶりだね。その様子だと元気にしていたようだ。」

『ちょ、ちょっと待って安心院さん!君は言彦に殺された筈じゃ――』

「何言ってるんだよ球磨川くん。僕を勝手に殺さないでくれ。君は本気で僕が死んだと思っていたのかい?」

『いや、それは微塵も思っていなかったけれど、君は不可逆の言彦に真っ二つにされたじゃないか!それなのにどうして』

「その言彦は倒されて、奴の不可逆は解けただろう。だから君は五体満足でそこに立っているんじゃないか」

『だったら、何で今まで僕らに顔を見せてくれなかったのさ?安心院さんの言うことが本当なら、奴が倒されてすぐに来れた筈だろ』

「さしもの僕も、不可逆のデストロイヤーに殺されてすぐに生き返るのは難しかったのさ。前にも言っただろう?僕は人を生き返させるスキルは持っていないんだって」

『矛盾だぜ安心院さん。それだと今君が生きている理由がつかないじゃないか。もしかしてあの時死んでいなかったとでも言うのかい?』

「ああ、そうとも」

 

断言された球磨川は、不機嫌そうに安心院に食いかかった。それもその筈、彼は安心院を探すことを人生の目標にしていた様なものだったのにも関わらず、それをすぐに達成されられ、なおかつ相手は心配させた事を全く悪びれていないのだ。これではさすがの球磨川でも怒る。

 

「死ぬ寸前に肉体だけ残して別世界に飛んでいたのさ。そしてそこで療養をとっていたから、直ぐにはこっちに顔を出せなかったんだぜ」

『…そう。でも良かったよ。君が無事だったのなら。そうだ、善吉ちゃん達にも連絡を―――』

「待てよ。僕は君に用があるから君にだけ顔を見せたんだ。まだ連絡はとらせないぜ」

 

安心院は球磨川が取り出した大量の携帯をひとつ残らず没収し、何故かそのままボディチェックを始めた。

 

『ちょっ、安心院さん?何してるの?』

「ふむ、大丈夫そうだね。悪いけど球磨川くん、実はさっき僕が言ってた世界に忘れ物をしちゃったんだよ。だから君にそれをとってきてもらいたいんだ。」

『断固拒否する』

「拒否権はない」

 

全力で逃げようとする球磨川だが、手首を掴まれたせいで逃げられない。

 

「まあ、向こうに行ったら色々サポートはしてあげるから安心していいぜ。安心院さんだけにね」

『ちょっ…待っ』

「じゃあね。行ってらっしゃい球磨川くん。君の健闘を楽しみにしているぜ」

 

歪む視界の中「また勝てなかった」とだけ呟き、球磨川の意識は闇に消えていった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『んっ……ここは?』

 

気がつくと、球磨川は林の中に寝ていた。ただ、それは林と言うには青々としていて、尚且つ謎の光るタンポポの綿毛が辺りを飛んでいた。

 

『ここが安心院さんの言っていた異世界…?ってあれ』

 

辺りをキョロキョロと見ていた球磨川は、足元に落ちている手紙を見つけた。開いてみると、可愛らしい便箋にメッセージが連ねられていた。

 

 

 

球磨川くんへ

無事に着いたみたいだね。それは何より。恐らく君は直ぐにこの手紙を見つけられただろうから、まあ間に合うだろう。今すぐ蛍タンポポの綿毛が多い方に行ってご覧。後は流れに任せればいいさ。君の検討を祈ってるよ

安心院なじみ

 

 

 

 

『蛍タンポポってこのふわふわしたやつ?って事はこっちかな』

 

ほとんど道のない苔だらけの林の中を、ふらふらと危ない足取りで綿毛を頼りに進む。30分くらい歩き続け、球磨川の貧弱な体力が尽きかけた頃、ようやく道のようなものが見えた。

 

『よっと。はー、もう疲れた…安心院さんったら、もうちょっと近い場所に送ってくれれば良いのに』

「おい、お前!もう授与式始まるぞ!受けるのなら早く入れ!」

 

疲れ果てて道の橋に座り込んだ球磨川を見て、何やら石造りの塔のようなものの前に立っている古風な格好をした大人が声を掛けた。

 

『授与式?』

「何言ってんだお前?お前も15になったから魔導書を受け取りに来たんだろう。もう始まるぞ。早く中に入れ!ったく、これだからガキは…」

『………ありがとうおじさん!そうさせてもらうよ!』

 

これが安心院が指しているイベントであると判断し、訳が分からないなりに球磨川は建物の中に入った。因みに、15歳であると判断された球磨川禊であるが、実際は高校卒業後、詰まるところでは18歳である。参考までに。後におじさんが地面に螺子で縫い付けられた状態で発見されたことは言うまでもない。

 

塔に入ると、何人かが後ろを振り向いた。そして球磨川の服装を見て小声で話し出す。

 

「おい、今入ってきたやつの格好見ろよ!」

「なんだあれ?見たことない格好だな。下民か?」

「なんでずっと笑ってんの?キモ…」

「ヒソヒソ…」

『………いやいや、まさか初対面でこれ程馬鹿にされるとは』

 

この世界の子供は凄いななんて見当違いのことを考えつつ、辺りを見渡した。円形の塔の真ん中辺りに、中学生くらいの子供が沢山いる。その周りには保護者のような大人がこれまた沢山いた。壁は1面が本棚になっていて、その全てに本が詰まっている。

 

『ふむ、カーブしている壁にどうしてこんなにも綺麗に本が収まっているのかは置いておいて、安心院さんはここで僕に一体何をさせたいのかな?』

 

ぼうっと周りを眺めているうちに、時間になったのかとんがり帽子を被った白髪のおじいさんが出てきた。

 

「ようこそ受領者諸君―――――」

『うわ、吃驚した』

 

突然鳴り響いた声に口だけで驚きつつ、お爺さんの話を聞き流し考えを巡らせた。

 

「今日から―――誠実と希望と愛を―――私はこの――」

(とんがり帽子に誰も反応しないってことは、あれが普通のファッションなのかな?でも周りにあんなのを被っている人はいないから、偉い人しか被れない?というか、スピーカーも見当たらないのに声が響くのは何でだろう)

「えー、この地からは―――いない――いやホントマジで!」

(なかなかユーモアのあるおじさんだな)

 

「それでは…魔導書(グリモワール)授与!」

『………!』

 

その瞬間、宙を本が飛び出した。様々な大きさの本は、ふわふわと各子供の元へ落ちていく。皆緊張と期待の入り交じった顔で自分のもとに落ちてくる魔導書を受け取っていくが―――

 

『全然来な―――ごふっ』

 

全然来ないじゃないか、と愚痴を吐こうとした球磨川の脳天に、小さな本が落ちてきた。ただし、他の人とは違い、相当の高度から、自由落下で小さいとはいえハードカバーの仕様だ。となればまあ、後は分かるだろう。

球磨川は頭を抑えてその場に蹲った

 

「うわっ!?おい、大丈夫か!?」

「ハッ、なんだあの下民は。魔導書が脳天に落ちて傷をおうなど聞いたことがないぞ。いくら下民でも酷すぎるな」

「おいみろよ、向こうの下民なんて魔導書貰えてないぜ?」

「今年は変な奴が多いな!」

 

例年とは違う風景に大人達は困惑し、子供たちは爆笑の嵐に包まれた。笑われている二人のうちのもう1人――魔導書を貰えなかった少年アスタは悔しそうな顔で立ち尽くしていた。一方球磨川は、自分に落ちてきた魔導書(?)をまじまじと見てから、おもむろになかを開けた。表紙と次のページのあいだに紙切れが挟まっているのを見つけ、ぴらっとめくって読んでみる。

 

やあ球磨川くん。この本は僕からのプレゼントだ。君が考えている通り、この世界は魔法の世界でね。魔導書がないと何もできないんだよ。君が確認したかどうかは知らないが、この世界ではスキルが使えない。その代わりに魔法があるって所かな。ただし、当たり前だけど君は魔法なんて使えないぜ。魔力無いんだから。ま、そこは僕がサービスで何とかしてあげたから、君は今まで通りに、スキルを使おうとすれば大丈夫だぜ。じゃ、頑張ってくれよ。

 

ps 次は魔法騎士団に入ってね

安心院なじみ

 

そこまで読み切ると、球磨川は柄のない真っ黒な魔導書をパタンと閉じた。

 

『結局、僕で遊んでるだけだろ、安心院さん』

 

忘れ物の存在自体を疑い始めた球磨川だった。



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ページ2 『素晴らしい友情だね』

初っ端から大遅刻で申し訳ない…いや、テストだったんです(白目)これからもこんな感じですので、気長に待っていただけると嬉しいです。


あの後、何だかんだ帰る家が無い球磨川は、追い出されるギリギリまで塔の中でダラダラと過ごしていた。安心院からの手紙には《魔法騎士団に入りなさい》と書いてあったが、その入団試験が半年後となるとすぐに済ませて帰るというわけにはいかなくなる。今から半年後まで、一体どうやって生活したものかと追い出された塔の入口の目の前でしゃがんでいると、すぐ近くから声がし始めたことに気がついた。

 

『ん…?なんだあれ。カツアゲ?』

 

興味の赴くままに覗いてみると、鎖でぐるぐる巻きにされている少年と、あからさまに鎖で拘束している大人が何やら争っているのが見えた。いや、争っているというか、片方は拘束されているのだから、既に決着はついたようなものだったのだが。

 

『どうしよっかなー、助けに入ろうかなー』

 

胡座をかいて観戦の体制に入ってから5分間ぼうっと見ていたが、男が逃げ去ろうとしたのを見てそろそろ頃合かと飛び出そうとした――飛び出そうとした。

 

突如、少年が場に飛び出した。慌てて元の位置に戻り、様子を伺う。少年はまっすぐ男に突っ込み、もう少しでその手が届かんとしたところで、少年と同じく鎖に囚われてしまう。

 

『あっちゃぁ…ってあれ、あの子ってさっきの子?何も貰えなかったっていう』

 

球磨川が偉そうに言えたことではないが、確かにその子は先程の魔導書を貰えなかった少年に違いなかった。

 

『うん、咄嗟に隠れちゃったけど、そろそろ助けに行かなきゃだよね。二人とも捕まっちゃったし、ここまで見ておいて彼らを見捨てて帰るなんていう選択肢はないよね。その帰る家自体もないけれど』

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「まだだ……!!」

 

諦めない。あれはユノの物だ。絶対に返してもらわなければ。

身体が軋む。それでも、諦めるわけにはいかない。諦めない…!

 

(この剣で、あいつを斬る!)

 

アスタは思い切り振りかぶり、そのまま切りかかろうとしたが、突如ぐわっと視界が傾いた。一瞬で鎖で体中をぐるぐる巻きにされてしまう。

 

「なんで!?」

「不思議そうな顔してるな?(トラップ)魔法だよ。念の為仕掛けておいた…ま、こんなふうに発動される事があるとは思ってなかったがなぁ」

 

男はざっと前髪をかきあげ、己の勝利を確信し笑みを浮かべながらアスタに近づいてくる。

 

「ま、お前らには悪いが、これが大人の世界だ。運が悪かったと思って、諦めな…ッ、あ?」

 

レブチが立ち去ろうと背を向けた瞬間、突然衝撃と異物感がレブチを包んだ。やがてそれは激痛へと変わる。

 

「だっ…れだ!?」

『やれやれ、駄目じゃないか。人から物を盗んではいけないって小学校で習わなかったの?』

 

新しい敵―――見慣れない黒い服を着込んだ少年は、格好つけた声でゆっくりと歩いてきた。

 

「あんた…あの時の頭ぶつけたやつ!助けに来てくれたのか!?」

『偶然見かけたんでね。僕はいつも弱い方の味方をすることに決めてるし』

「何でもいい!頼む、俺を助けてくれ!」

『ふーん?君はさっきコテンパンにやられてたように見えたけれど?そこで休んでいた方が良いんじゃないかな?』

 

レブチにとっては新しい敵だが、アスタにとっては頼もしい味方が現れたことになる。ここで助けてもらえれば勝てる!

 

「いや、まだだ…!!頼む!」

『ふぅん…。ま、そこまで言うなら良いよ。信じるさ。』

 

ふっと突然拘束が解けた。その消え方はまるで拘束など無かったかのようだった。しかし、アスタは高速が解けた瞬間、地面を蹴りつけ再び剣を振り上げた。

 

「うぐっ…待っ」

「諦めないのが…俺の魔法だ!」

 

アスタは今度こそ剣を振り下ろし、ついにレブチは気絶した。急いで四つ葉のクローバーが描かれた魔導書を掴み、ユノに突き出した。

 

「また…助けられちまったな。アスタ。この借りはいつか返す。…約束、覚えてるか?」

「おう!ユノも覚えてたんだな!」

「「どっちが魔法帝になるか、勝負だ!」」

『うん、素晴らしい友情だね。じゃあ、部外者の僕はさっさと消えようかな』

 

良くも悪くも(この場合良いようには働かないが)空気が読めない球磨川が茶々を入れつつこっそりと塔に戻ろうとすると、アスタは慌てて呼び止めた。

 

「あっ、待って待って!えっと…名前は?」

『ふっ、人に挨拶するときは自分から名乗るのが常識なんだぜ?アスタ君』

「あっ、悪りぃ!俺はアスタ。んでこっちのブスッとしてんのがユノだ!よろしくな!」

『ふーん。知ってたけどね!僕は球磨川禊だぜ。うん、これで用は終わったよね。じゃーね、知らない子たち!』

「いや待て待て待てーーーいっ!!」

『うわっ!?』

 

今度こそ背を向けて去ろうとしたところに、アスタが思いっきり体当たりをした。筋トレをしている男子と最弱の男。球磨川が受け止めきれるはずもなく、為すすべもなく地面に転がった。

 

「ごめんごめん…だが!ユノがまだあんたにお礼言ってないんで!ちょっと待ってくれ!」

「は?いや俺は言ったよ?」

「言ってねーよ!ほら、早く言いなさい!」

「言ったって」

「言ってないでしょ!」

『……いいよ、別にお礼が欲しくてやった訳じゃないし』

 

断固として礼を言わないユノにちょっぴり傷つきつつも、大人として一応フォローは入れておく。断じて泣いてはいない。目から汗が滝のように出ているだけだ。

 

「いや、誰に向かって言ってんのぉ!?んー、じゃあクマガワ!今から暇か?」

『え?暇だけど…何?ナンパ?いや、悪いけど男はちょっと…』

「ちっがーう!暇ならなんかお礼させてくれ!ユノはこの通り頑固だからな!良ければ俺らのうちに来てくれないか?」

「家っていうか、孤児院だけどな」

 

突然の誘いに多少驚き…もしなかったが、たとえ孤児院だとしてもその誘いは有難い。何しろ帰る家もお金も無いのである。あわよくばそのままそこで居させてもらおうと球磨川は目を輝かせた。

 

『ほんっっと!?いやあ、実は僕も孤児なんだよね。昨日捨てられちゃってさー!是非お願いするよ!』

「本当か……ってえええええ!!!???」

「アスタ、煩い」

「いやいやいや、なんで逆に落ち着いてんだよ!?」

「いや、驚いてるよ」

「嘘だよ!全然顔に出てないよ!?」

『いや、そんなことはどうでもいいからさ、それで?泊めてくれるの?』

「え、いや、ぶっちゃけそこはシスター達に相談しないと分からん!ただ、家が無いならおそらく入れてくれるはずだ。取り敢えず来てくれ!」

 

やったと喜んだ球磨川だが、この後自分の体力の限界を超えて歩かされるとは流石に思っていなかった。



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ページ3 『2人組つくってー、ってやつか』

本当に!誠に!申し訳ございませんでした!いやね、リアルが死ぬほど忙しかったんです…。返す言葉もございません…。戦闘シーンって書くのが難しいですね…。


《魔法騎士団入団テスト当日》

 

『うわあお、随分と鳥がすごいね。魔法騎士団は野鳥の管理もできないような所なのかい?』

「いや。これはアンチドリ。魔力の低いやつほどたかられる鳥」

「くっそぉおお!ユノだけ近寄られもしてねえぇえ!離れろいててててて」

 

「なにあそこ…黒い塊が2つと…ねえねえ、あの背の高い人ちょっとイケメンじゃない?」

「えー、でも下民でしょ?まあ確かにちょっとかっこいいけど」

「アンチドリが寄り付いてない…何者だアイツ?」

 

噂をされているとはつゆ知らず、オセロのような三人組はずんずんと会場へと歩いて行った。1人はたかってくる鳥から逃げながら、1人は余裕の表情でゆうゆうと、もう1人は大量の鳥につつかれもはや黒い玉と化しながらもなにを考えているのか読めない笑みを顔に貼り付けて。

 

そして試験が始まる時間になった。僕的には主人公たるアスタ君を追っていきたい所なんだが、ここは読者の期待に合わせて球磨川君サイドを写しておこう。…おっと、ついつい口調が崩れてしまった。この一文は無かったことにしておいてくれ。やり直すぜ。

 

そして試験が始まる時間になった。球磨川は2人といつのまにかはぐれ、喧騒の中たった1人で壇上を観ていた。やがて、ゆっくりと何人かの男女が出てくる。

 

「おおおおお!団長たちだ!」

『…ふぅん、あれが団長さんたちか。…あんなプラスの集団に入団させて、安心院さんは何をしたいんだろうね?』

 

半年間ですっかり安心院さんの忘れ物を取りに来たという目的を忘れてしまった球磨川は呑気にそんなことを考えた。どうでもいいことは覚えているのに大事な事は忘れてしまう。それが球磨川という男だから仕方ない。

 

 

やがて入団テストが始まった。とはいえ、球磨川には魔力何ていうファンタジーなものは存在しない。それ故に“魔力があることを前提に行う魔力を測るためのテスト”なんて言うものをまともに受けられるはずもない。お得意の螺子投げでなんとか零点は免れたものの、他の者とは大差をつけられているという事実までは覆せなかった。そして、なかなか得点を得られぬまま、ついに最終種目の実戦形式の試験になってしまう。

 

『2人組つくってー、ってやつか。いやー、僕ってこういうの嫌いなんだよね。こんな大事な試験で事前に相手が決められていないなんて正気を疑うよ。もしも誰かが余ってしまったらどうするつもりなんだ!』

 

球磨川は1人で叫んだ。キョロキョロと周りを見渡すも、既に周りにはペアを組み終わったものしかいない。気づいた頃にはもう遅く、既に余ることが確定していたのである。

 

「おい、余ってるやついるぞヴァンジャンヌ。あのボッチどうすんだ」

『ボッチとは失礼な!きっとまだペアを組んでいない人がーー』

「ふむ、そうだね。1人余ってしまったようだ。とはいえ、誰かに2回戦ってもらうわけには行かないから…ヤミ。」

「あ?」

「君が戦ってあげたらどうだい?ただし、手加減は忘れずにね」

「え、俺ぇ?何で…いや」

 

団長の1人、ヤミがちらりと球磨川の方を見る。

 

『?』

「仕方ねえ、俺がやるしかないか…よっと」

 

ヤミはひらりと柵を飛び越え、球磨川の近くまで飛び降りた。ドンッという衝撃音とともに土煙が派手に舞う。

 

『うわっ!?ケホケホ…いきなり飛び降りるなんて、僕が潰されちゃったらどうするんだ!』

「おい、そこのボッチ、お前のペアは俺だ。構えろ」

 

ヤミが飛び降りてきたことで距離をとっていた他の候補者は、ヤミの言葉を聞いてざわめき出した。

 

「は!?あんなぱっとしない、いまんとこ成績最低クラスの下民が団長と!?」

「何だそれ、あいつ死ぬんじゃねーの?」

「1人余ったら騎士団長と戦えるなんて聞いたことないんだけど」

 

『へー、僕の相手は団長サマになったの?なるほど。相手にとって不足無し、って感じかな?』

「いや、お前みたいな魔力の()()ガキにそんな事言われても空虚さしかかんじねえな。いいから構えろ。本気で来ないと死ぬぞ」

 

そう言いつつもヤミは刀を構えようとはしない。仁王立ちのまま、ちょいちょいと球磨川に向かって合図を送る。

『ふむ、先手は譲ってくれるって事かな?展開が早くてちょっと混乱してきたけど、取り敢えずーーー』

 

ぱっと螺子を両手に構えて低い姿勢から前に飛び出す。

 

『先手必勝ーーってね!』

「甘いな」

 

一見無防備にも見える体に突き刺さろうとした瞬間、キインという軽い音と共に螺子が両断される。

 

「その螺子出すのがお前の魔法か?そんなんで騎士団に入れると思ってんのかよ」

『あはは、何言ってるのかな団長さん。今のはただの小手調べだぜ?よ、っと』

 

さらにどこからともなく螺子を取り出し、今度は遠くから投げつける。と同時に球磨川も走り出した。しかし、投げられた螺子は避けるまでもなく当たらない。他の候補生に当たりそうになった螺子のみ破壊してから、走ってきた球磨川の攻撃も難なく回避する。

 

「こんな事やったっていたちごっこだぞ。分かったら降参しろ。実力はもう見えたろ」

『降参しろって言われてするわけないだろ?まあ見ててよ。本番はここからなんだから…!』

 

唐突に球磨川は一本の螺子を取り出す。そしてその螺子を、…候補生に向かって投げた。

 

「なっ…!チッ!どういうつもりだ?てめえ…」

 

素早く反応したヤミが螺子を切り裂く。続けざまに自分に向かって飛んできた螺子を返す刀で斬る。

 

『なるほどね。ま、予想してたけど…さ!』

 

球磨川は完全にヤミに背を向け、他の候補生に向かって螺子を投げる。投げる。投げる。その度に両断された螺子の破片が周りに飛び散る。

 

「クソ…おい!止めろ!ーーーチッ」

 

意識が一瞬散漫になった所に、死角から螺子が飛んでくる。が、まるで見えていたかのようにひとつ舌打ちを入れつつ回避する。

 

『あれ、避けられた?…うーん、今のがようやく出来た弱点だったんだけど…うん。じゃあ、次で最後の攻撃にするよ。それが当たったら僕の勝ち、団長さんがよけられたら僕の負けでいい?』

「いやなんだそれ。お前に有利すぎるだろ。何言ってんだ」

『えー、だって僕って弱いし。いいハンデでしょ?』

「…分かった。ただし、他のやつに危害を加えるようなんは禁止だ。…お前本当に騎士団に入りたいのか?」

『勿論だぜ!じゃ、いくよ…いち、にの…!』

 

ふっ、とヤミの上が暗くなる。もはや何も見ずに素早く移動すると、ズドン、という大きな音とともに、ヤミの身長くらいはあるであろう巨大な螺子が地面に突き刺さる。移動した先には既に螺子が配置されていた。それを蹴り飛ばすと、背後に気配が接近してくる。

 

「あんなのどこから出したんだ…?魔法か?」

『あんなのただの暗器みたいなものだったりするかもしれないんだぜ』

 

キイン、と螺子と刀が交差する。暫くギリギリと噛み合わされた後、お互いにバックステップで距離をとる。

飛び退いた瞬間に背の高い螺子がヤミを囲うように地面に突き刺さった。

 

「あん…?今更足止めか?」

『これで…おしまい!』

 

球磨川が1本の螺子を真っ直ぐヤミに向かって投げる。それを足止め用の螺子ごと横に斬ろうと刀を構え、到達しようとした螺子を切り裂いたその時。

 

大嘘憑き(オールフィクション)

 

ぱっと上が暗くなる。

 

「…!」

 

振り抜いた姿勢からくるっと刃を上に向け、こんどは真上に向かって振り抜く。一瞬の間の後に、ドン、ドンッと真っ二つになった巨大な螺子だったものがヤミの背後に落ちた。

 

『あちゃ、今のでも駄目か…』

「おい、今ので終わりっつったよな?俺の勝ちだ。諦めろ」

『あーあ、また勝てなかったぜ』

 

くしゃくしゃと頭をかきながら、観戦していた他の人々の方に足を向ける。お辞儀もせず、スタスタと球磨川はその中に入っていった。

 

「…なんだアイツ」

 

取り残されたヤミは刀を収めて腕を組み、ただそのあとを暫く睨みつけていた。




球磨川先輩の口調が分からなくなって来ました…ヤミさんも分からん。


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