真剣で私に恋しなさい!!~月下流麗~ (†AiSAY)
しおりを挟む

幕前
第1話 月下流転


冬木市 柳洞寺 門前

 

青い陣羽織姿の侍ーアサシン、否 佐々木小次郎は石段に腰掛けて月を見上げていた。

その体は既に所々が透けており、今回の舞台から降りるのも最早時間の問題であった。

しかし、男の顔に後悔はなく、寧ろ清々しいほどの微笑みがそこにはあった。

 

「よもや、我が秘剣が敗れるとはな・・・。自らの未熟さを思い知らされたのやも知れぬ。

それがわかっただけでも此度の歪な召喚も存外悪い事だけではなかったという事か。」

 

だが、ふと己が心に問いかければ、心残りが全く無いという訳でもなかった。

小次郎はふと顔を上げる。そこには実に見事な月が冷たく、しかしどこか暖かく大地を照らしている。

只管に燕を斬るために刀を振り続けた事で人生を棒に振ったが故に心の何処かで願ってしまう。

自らの剣を振るいたい。定められた運命とは関係なく、多くの出会いの中で自らの意思で死合いたい。

 

それは今回の聖杯戦争で唯一、彼が手に入れることのできなかったものであった。

召喚の代償として、寺の門番としてのみ存在していた自分は外に出ることもできず、ただ寺にやってくる者たちの前に立ちふがる役目であった。

そこでであった者たちとの死合いも決して不満であったわけではない。しかし、それでも彼は望む。

自らの剣のいく先が自由であることを…

 

そして、終わりの時が来た。

座っていた石段にはもう何者もいなかった。

月の光だけが、そこにいた男の姿を覚えているのだろうか…

 

side out

 

ふと目を開ける。

その動作に小次郎は疑問を感じた。

消滅したはずの自分がなぜ目を開くことができるのか。

現界にまだ幾ばくかの猶予があったのか。いや、しかしサーヴァントである以上、自分の消滅の時はわかる。

しかし、今確かに自分はここに居る。奇妙に思い辺りを見回すと、そこは先ほどまで自身がいた寺の門へと続く石段ではなかった。

 

夜だというのに、明るい。

そして、かすかに頬を撫でる風は潮の匂いがしている。

その潮風が吹いて来た方を見るとそこには海があった。

小次郎は目を見開き、自然と海の方へと歩みを進める。鉄でできた柵があるため必要以上に近づくことはできないが、それでも眼前に広がる広大な海という景色を前にして、小次郎は呟く。

 

「まさか、再び海を見ることが叶うとは…」

 

最後に見たのはいつの頃だったか、小倉へと仕官のために船に乗った時だったか。

それとも、もっと昔の童だった時か。いや、もしかたらこの身にとっては初めての体験なのかもしれない。“佐々木小次郎”という人間、英霊はそういう存在だからだ。実在したのかどうかさえあやふやな存在であるこの身には記憶などあてにならない。

しかし、それでも目の前の海はどこかへと小次郎を想いを馳せさせるほどの力があった。

 

しばらくして、海を眺めるのをやめると今度は自身が立っている場所を確かめようと振り返った。すると今度は別の驚きが彼を待っていた。

どうやら、今自分がいるところは人為的に作られた広場のようなところである。

それはいい、しかし先ほど夜なのに明るいと感じでいたものの正体がわかった。それは、彼が先ほどまで立っていた後ろにあった。

 

高く、高くそびえ立つ建物。

それがまばゆく、光を灯していたのだ。

「いやはや、これは、、、。ふむ、これは実際に目にすると驚くな、、、。」

 

小次郎はその建物を見上げる。

冬木にいた頃、話だけは聞いていたがまさかここまでのものとは思わなかった。

現代における建築物とはまさかここまで巨大で煌々とするものなのかと。

その事実に小次郎は自嘲的な笑みをこぼす。

 

そして、ひとまず落ちつきを取り戻すと、できる限り現状を整理した。

第一にここはどこだかはわからないが、聖杯戦争時とはあまり変わらない時代なのだろう。門番として、外に出ることは叶わなくとも、それくらいはサーヴァントとしての特典として理解していた。

第ニに今の自分であるが、不思議なことに現界しているようだ、格好も変わりなく、自身の愛刀もある。だが、果たしてこの現界がサーヴァントとしてのものなのか、別のものなのかはわからない。

そして、最後に

これからどうすればいいかは全く見当もつかなかった。路銀もなく、知り合いもいない。野宿は慣れているが、1日、2日が限度であろう。この出で立ちだ、どうやっても目立ってしまう。それはそれで、進展はするが好ましくない。

まずは、確認した現状以上の状況の解明と居場所を探す必要があるだろう。

と、考え込んでいるといくつかの気配が近づいてくるのを感じた。それも、殺気を纏ってだ。

小次郎がその方向へと目線をやると、夜の闇に紛れるよう、黒づくめの格好をして武装した集団がいた。

 

「テメェ、九鬼のモンか?」

 

「九鬼?」

 

男の言葉に小次郎は首をひねる。

男は殺気を小次郎へと向けているが、小次郎はそれを何事もないかのように受け流していた。

すると男が再び口を開く。

 

「どうやら、九鬼の人間ではないらしいな。だが、見られてしまっちゃあ仕方がない。悪いがここで死んでもらう!」

 

「ふむ、悪いがお断りいたそう。ここがどこで、お主達が誰かは知らぬが、そう易々と殺される故はないからな。」

 

そういって小次郎は男達の方へと体を向ける。

すると、その雰囲気にそれまでと異なる空気を感じたのか男達が各々の武器を構える。

 

「訳の分からねえこと言いやがって、九鬼を襲う前にまずはてめぇだ!」

 

そういってリーダー格の男が叫び、男達が一斉に小次郎に襲いかかる。

銃から火花が飛び散り、男達は運のない男だと思い引き金から手を離した。

 

「ふん、時間食っちまったな…。」

 

と、リーダー格の男がたばこに火をつける。

そして、目の前にそびえる九鬼のビルへと向かおうとしたその時。

 

「やれやれ、銃というものは雅さにかけるな…。」

 

「ッ!?てめぇ!いつの間に!」

 

男が後ろを向くとそこには殺したと思ったはずの男がそこにはいた。

嵐のような銃弾であったにも関わらず、傷一つないその姿に男達は目を見開いた。

そして、もう一つ驚くべく点があった。

男の手に刀が握られていた。しかし、驚くべきはその長さであった。子供ほどの身長を越える異常なほどの長さであった。

 

「てめぇ何者だ!」

 

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎…。」

 

その言葉が男が聞いた最後の言葉だった。

『侍』。薄れいく意識の中、月に照らされる男の姿を見てその言葉が頭をよぎった。

 

チンと刀を鞘へとしまう音が鳴り、小次郎は周りを見渡す。

再び静寂が訪れる。

 

「ふむ、どうやら剣の腕は衰えていないか…。しかし、これからどうするか…。」

 

腕を組み、思案する。

すると、新たに気配が近づいてくるのが感じた。

しかし、その大きさは今の男達よりも大きい。

目線をその方向へと向けると、先ほど圧倒されたビルの方向からであった。

 

「おい!そこの男とまれ!」

 

気づくと小次郎の前には3人の女性が立ちふさがっていた。

 

to be continued

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 月下邂逅

九鬼家従者部隊序列1位、忍足あずみは目の前の男を見る。

先ほど屋敷にいた際、侵入者が九鬼のビルの前にいる情報が入った。

しかし、それだけならば他の従者に任せればいいはずであったが、状況は一変した。

確認されていた侵入者達の動きが一斉に止まった。再度、外の状況を確認したところどうやらたった1人の一般人と思われる男をのぞいて武装した者達全員が気絶しているとのことだった。

あずみは急遽、部下の序列15、16位のステイシー・コナーと李静初を従えて状況の確認に向かったのだが。

 

そこにあったのは思いも寄らない光景だった。

九鬼ビルの明かりが照らす中にあったのは、情報通り気絶をした武装集団10余名とそのただ中で佇んでいる群青色の和装をした男だった。

男の格好自体は特に問題はない。ここ川神においてはいろいろな人間がいる。

それこそ自分たちだって、九鬼従者部隊であるが、知らない人間が見たら目を疑うであろうメイド服姿だ。

問題は、武装集団の中にいて無傷なままいる男の存在そのものに対してだ。

明らかに、この現状は目の前にる男によって作り出されたものだ。情報では一般人とあったが、武装した人間を無力化できる人間を一般人とは呼ばない。

あずみは、緊張を解かない。横にいるステイシーと李も同様に目の前の男に対していつでも対応できるようにしていた。

とりあえず話を聞こうとすると、向こうから声をかけてきた。

 

「うむ、とりあえず抵抗はしない。どこへなりとも従おう。必要があれば背中の刀もそちらに預ける。」

 

そういって、男は手を挙げた。

 

side out

 

小次郎は目の前の立つ女達を見ていた。

 

(なんとも面妖な格好のおなご達だ。いや、この場合においては某もか…。うむ、それにしても…。)

 

再び小次郎は3人を見る。

 

(可憐だ…。しかし、ただの華ではないか…。蜂に、餓狼、それに蛇いや竜といったところか…。)

 

小次郎は目の前にいる女達がただ者ではないことを見抜いた。

もっとも、彼女たち程度であるならばここで死合うことになってもさして問題はないが、現状がなにも解らないところでこれ以上騒ぎをたてることはないと思い、口を開いた。

 

「うむ、とりあえず抵抗はしない。どこへなりとも従おう。必要があれば背中の刀もそちらに預ける。」

 

そう言って、小次郎は手を挙げた。

その様子を見て、信じたのか目の前の女達も緊張を解くと、真ん中にいる1人が前に出て言った。

 

「ここで何をしていた?」

 

「いやなに、信じられないかもしれないが気づくとここにいてな。すると、この者達が襲ってきたもので戯れに露払いをな…。」

 

そういわれ女達は周りで気絶している男達に目を向けた。

確かに、嘘ではないようだ。

 

「はっ!こいつらを全員お前がやったていうのかよ?」

 

「確かに、全員刀のようなもので打ち込まれたようですが…。」

 

その言葉に小次郎は肩をすくめて肯定する。

すると、先ほど前にでた女が小次郎を見て言った。

 

「取りあえず、話を聞かせてもらおうか。お前、名前は?」

 

「うむ、了解した。名は佐々木小次郎という。」

 

その言葉に3人は目を見開き驚いた顔をする。

しかし、小次郎は何故かは解らなかった。たしかに、この名前は一人歩きしているし、ここが日の本であるなら誰もが聞いたことがあるなだろうが、それにしても目の前の女達の驚きぶりはおかしかった。

すると、金髪の独りが代表の茶髪の方に何か耳打ちする。

 

「おい、あずみ。佐々木小次郎って、じゃあこいつも武士道プランの?」

 

「いや、現在認知されているのは源氏の3人と葉桜清楚だけだ。」

 

「では、彼は…。」

 

目の前でこそこそと話している女達が気になったのか、小次郎は彼女たちに声をかける。

 

「いかがしたかな?」

 

「おい!お前は本当にその名前なんだろうな?」

 

茶髪の女が再び小次郎を見て訪ねる。

しかし、その顔にはいささか憤りや苛立ちが見て取れた。

 

「無論、生憎とこれ以外に名乗る名は持ち合わせていなくてな。」

 

「そうか…。」

 

そう言って、女は少し思案する。

 

「おい、どうするあずみ?」

 

「しゃあねえ、うちらだけじゃ埒があかねえ、取りあえず上の意見も聞くしかねえ。」

 

「わかりました。」

 

どうやら話は付いたようで、小次郎は背中から愛刀を外した。

そして、それを彼女たちの前に出すと言った。

 

「では、案内を頼む。先も言ったように下手のことはするつもりはない。それに、少しばかり聞きたいこともあるのでな。」

 

「分かった。じゃあついてこい。」

 

刀を受け取ると、女達は佐々木小次郎ろ名乗った男を囲うようにして、ビルの中へと入っていた。

 

side out

 

九鬼家ビル 一室

 

そこに小次郎は立っていた。

目の前には額に×印が付いた者達が4名おり、周りにはその従者らしき者達が控えていた。

 

(なるほど、この者達がこの城の主達か…。そして、先ほどの女達はその従者なのだろう。しかし…。)

 

小次郎は思案しながら、その従者達を見る。

特に目を引くのは、その場にいるだけで人外の力を持つであろう金髪の巨躯をした男だ。

下手なことをしようものなら、瞬きもするまもなく刈り取られるだろう。

刀があれば別だが、いまこの場においては為すべはない。

その他にも、眼鏡をかけた老紳士や肌の焼けた男、優男を装っているがその実こちらの動きを注視している男。

そして、ここへ自分を連れきた女達も控えている。

そんな圧倒的な不利な状況にも関わらず、小次郎はいたって平静だった。

 

(いやはや、まさかこれほどの者達がこの地にいるとは…。実に面白きものよな、この浮き世は…。)

 

そのようなことを考えていると

 

「以上がここまでの顛末のご報告になります。」

 

小次郎を連れてきた女が言った。

 

「それにしても佐々木小次郎とはねぇ。どういうことだマープル。」

 

「どうもこうも、この件に関してはあたしゃ無関係ですよ帝様。」

 

マープルと呼ばれた老婆が、帝と呼ばれる当主へと答える。

どうやら、事態は小次郎が思っていた以上に複雑なようであった。

 

「でもさ、お前なら俺たちに内緒で勝手に武士道プランを進めることもできるだろ?」

 

帝の言葉にマープルが一瞬目を細めるがすぐに、答える。

 

「たしかに、あたしならそれくらいはしますけどね。そもそも、佐々木小次郎のクローンを作り出すなんて無理です。」

 

「ほう、何故だ?」

 

マープルの言葉に帝の隣にいた奥方らしき人間が訪ねる。

すると、マープルは小次郎を見ながら言った。

 

「そもそも佐々木小次郎なんて人間はいないからですよ。宮本武蔵との巌流島での決闘は有名ですが、実在したとは考えられていない。つまり、後の人間がその剣豪の名前だけを伝えた存在ってわけです。」

 

「なるほどね~。じゃあ目の前にいるこの佐々木小次郎は誰なんだ?」

 

と今度は帝が小次郎を見る。

その眼光は鋭く、すべてを見通しているようだった。

しかし、小次郎はそんなプレッシャーもどこ吹く風とでも言うように受け流していた。

すると、奥方とは逆側に座っていた女が小次郎を見て尋ねた。

 

「もう一度聞く、お前は何者だ?」

 

「佐々木小次郎」

 

小次郎は真っ直ぐと女をみすえて言った。

すると、帝が女に尋ねた。

 

「どうよ、揚羽?」

 

「嘘を言っているようには見えませぬが…。」

 

「申し訳ない。しかし、これ以外に名乗れる名は持ち合わせていない故。」

 

と、頭を下げる。

その姿は姿はあまりにも清々しく、これ以上ないほど目の前の男が佐々木小次郎であるのではとその場にいる誰もが納得しそうになる。

そして、揚羽と呼ばれた女が帝に尋ねる。

 

「いかが致しますか、父上?」

 

「うーん、そうだな。なら確かめてみるか!」

 

その言葉にその場にいるほとんどのもの達が驚く。

すると、奥方が再び尋ねる。

 

「帝様、確かめるとは?」

 

「いや、何。こいつが本当に佐々木小次郎なら、確かめるには一つしかないだろう。誰かと戦わせりゃいい。」

 

「素性の知らないものに暴れる機会を作るので?」

 

帝の提案に、マープルが言う。

しかし、帝は面白そうに言った。

 

「こいつが本当に佐々木小次郎か確かめるのならこれ以上の案はないだろう?ただの剣豪オタクや変わりモンならそれで終わりだし、もし暴れてもヒューム達がいる。」

 

と、帝は控えている先ほどの人外の雰囲気を醸し出している男に目をやる。

男はやれやれと言いながらも、笑みを見せるだけであった。

そして、帝は続けて言った。

 

「だが、もしもだ。もしかしたらってこともあるからな。それにこうするのが一番面白い。」

 

「それが一番の理由でしょうに…。」

 

と、揚羽があきれたように言う。

しかし、帝は無視して小次郎を見て言った。

 

「どうだ、自称佐々木小次郎。受けてみるか?別にこれで負けたとしても時に何もしねえよ。その時はお前はただの偽物って、見なされるだけだ。何も危害を加えやしない。だが、そうだなもし期待以上のものを見せてくれたなら、俺の名において何でも言うことを聞いてやろう!」

 

「父上!?」

 

その言葉に今度こそ揚羽は立ち上がる。

 

「何、向こうが名前を賭けてんだ。こっちも賭けなきゃ割に合わないだろう。」

 

「しかし…。わかりました。」

 

と、揚羽は座った。

そして、一連の会話を聞いた小次郎がここにき口を開く。

 

「承知した。帝殿、寛大な措置、感謝いたす。で、私は誰と立ち会えばいいのか?」

 

「うーん、そうだな…。誰か希望者はいるか?」

 

すると、マープルが言った。

 

「では、桐山でいかかです?仮にも剣豪の名を騙る者、彼ぐらいに後れをとるようでは話になりませんからね。」

 

「私はかまいませんよ、何事にも率先して取り組めと、母も言っておりました。」

 

と、マープルに言われ控えていた優男が前に出てきた。

そして、小次郎の前に出ると恭しく自己紹介をした。

 

「九鬼家従者部隊序列42位、桐山鯉と言います。よろしくお願いいたします。佐々木様。」

 

「こちらこそ、よろしく頼む桐山殿。」

 

と、頭を下げる小次郎。

そして、頭を上げると桐山鯉をみて笑みを浮かべた。

その笑みが気になり、鯉は尋ねた。

 

「いかがなさいましたか?」

 

「いや、鯉という雅な名ではあるが、その実下肢は龍のそれとは驚嘆に値すると思ってな。」

 

その言葉に全員が目を見開く。

そう、桐山鯉という人間はその器用さから序列42位という立場にいるが、それだけではない。

極限までに鍛え抜かれた足技こそが、彼をその序列に位置させている最大の理由なのだ。

しかし、小次郎はまだ合間見えて1時間もしない内にそれ見破ったのである。

目の前の出来事に、その場にいる者達の予想は徐々に確実なものとなっていた。

目の前にいる男はもしかしたら本当に佐々木小次郎なのではないのかと。

 

「では、こちらになります…。」

 

桐山鯉に促され、小次郎は立ち会いの場へと向かった。

その表情に一抹の不安もない。

あるのは自らの人生を捧げた剣をふるうのみという、ただ一つだけであった。

 

to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 月下麗刃

ご指摘により、小次郎の一人称を「私」に変更しました。
まだまだ、マジ恋本編には入りませんが、どうかご辛抱ください。
ちなみに本作品は「真剣で私に恋しなさい!!S」から始めようと思いますので、よろしくお願い致します。


九鬼ビル 鍛錬場

そこに小次郎は連れてこられていた。

目の前にはこれからの立ち会いの相手である桐山鯉が柔和な笑顔をしている。

周りには先ほどの部屋にいた九鬼家の面々を始め、従者達が控えている。

すると、九鬼帝が小次郎に向かって尋ねた。

 

「オイ、何か武器はいるか?“佐々木小次郎”?」

 

敢えて、名前を強調して語りかける彼に対して小次郎は特に憤りを見せることもなく、飄々とした口調で言った。

 

「では、刀を貸していただけますかな?何せこの身は無手では何も出来ない身ゆえ。」

 

「そりゃ、そうだ。おい誰か。」

 

すると、眼鏡をかけた老紳士が小次郎に近づき一本の刀(レプリカ)を渡して言った。

 

「では、こちらをお使い下さい。」

 

「忝い。」

 

小次郎は老紳士に礼を言うと、刀を手に取ると、目の前に掲げた。

しばらく、その刀を見つめると、フッと微笑む。

 

(この長さの刀を使うのもずいぶんと久しぶりだ。いや、やはりこの身にとってはもしかしたら初めてのことかも知れぬな。)

 

その様子を見て、再び老紳士が口を開く。

 

「今はこちらで我慢下さい。あなたの刀では万が一のことがありますので。」

 

「いや、充分。お気遣い感謝いたす。翁殿。」

 

と、今一度頭を下げ礼を言う小次郎。

その姿を見て、老紳士は微笑むと最後に言った。

 

「いえいえ、簡単なことにございます。それに、どうやら余計な心配であったようです。どうか、ご存分に。」

 

そう言って、老紳士は小次郎と鯉が向かい合っている鍛錬場の真ん中へと移動した。

そして、周りの者達もそれまでのざわめきを潜め静かに目線を中央へと向けた。

 

「それでは只今より、非公式ではございますが立ち会いを始めさせていただきます。審判は私、九鬼家従者部隊序列3位クラウディオ・ネエロが務めさせていただきます。」

 

「この立ち会いは、この俺、九鬼帝が立会人を務める。両者存分にやってくれ。細かいルールはなしだ。どちらかが戦闘不能になるか、審判のクラウディオが止めた時点で判断する。」

 

帝の言葉に両者が頷く。

そして、鍛錬場を緊張感が包む。

そして、クラウディオの声を合図に、今両者の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

桐山鯉が構える。

しかし、一方で小次郎は構えていなかった。

両腕をだらんと下げているだけ。とても戦う意志があるようには思えない。

観戦している者達もそう思ったのか、序列15位のステイシーが同じく16位の李に言った。

 

「なんだアイツ、やる気あんのかよ?」

 

「確かに、あれでは隙だらけですが…。」

 

しかし、小次郎はその構えとも言えないものを止めはしなかった。

ただただ、自然体のまま対戦相手である鯉を見据えている。

一方、桐山鯉自身も思案していた。

果たして、どうすべきか。これまでも従者として様々な人間と戦うことはあったが小次郎のような相手はいなかった。

しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。

小次郎のあの姿が虚仮威しであるかどうかは、試してみれば解ることだ。

そう思うと、鯉はその驚異的な脚力で一気に距離を積め小次郎を攻めた。

小次郎はそれでも動かない。

やはり、ただの変わり者であったかと誰もがあきれた顔を浮かべる。

すると、その時である小次郎を攻撃した鯉が突然、距離をとったのだ。

何事かと全員が小次郎を見ると、彼は依然と自然体のままであった。しかし、一方で鯉の方を見るとその顔はいつもの嫌みな柔和さが消えていた。

そして、よく見てみると鯉の前髪がわずかに乱れていた。そして、小次郎の足下には青みがかった毛髪がはらはらと落ちている。

 

「ふむ、仕損じたか。いやはや、流石というべきかな、桐山殿。」

 

と、小次郎は刀を肩にのせて言った。

 

「な、何があったんだ?」

 

と皆を代表するように、赤いハチマキをつけた従者の青年が声を上げる。

すると、先ほどヒュームと帝に呼ばれていたひときわ威圧感を放つ従者が答えた。

 

「あの赤子は桐山が仕掛けた蹴りを紙一重で受け流しつつ、身を翻した。しかもそれだけではなく、その時の回転を利用してあの赤子は桐山の首を狙った。翻った時、奴の刀は奴自身に隠れているため桐山自身もギリギリまで気づかなかった。もし、後少しでも反応が遅れていたら今ので終わっていただろうな。」

 

その言葉に殆どの人間が驚く。

従者部隊の中において、桐山鯉という人間はこと脚力において右に出る者はいない。

それこそが、彼が若くして序列42位という立場にいる理由の一つだ。

しかし、今自分たちの前にいる男は本気ではないとは言え常人では知覚できないほどの疾さの鯉の攻撃をかわすだけでなく、決定打を打ち込んだのだ。

それはまさに常人の域ではないだろう。そして、誰もが空想だと思っていた事実がこの時からわずかに確かなものへと変わっていく。

目の前に居る男はもしかしたら本当に佐々木小次郎なのではないかと。

 

「さて、桐山殿。今ので戯れはもうよさないか?」

 

「どういう意味でしょう?」

 

「いやなに、今ので私を相手に下手な小細工は必要なかろう。そこなご当主殿が言ったように、こちらは名を賭けているのだ。剣に捧げた生涯、持つのは剣の腕と名しか持たぬ身ゆえ、そのどちらか奪われてしまってはただの木偶になりさがってしまう。さすればこそ、存分に死合おうではないか。」

 

その言葉に鯉は再び構えた。

そして、今度はそれが本気だと言うことが解る。

 

「失礼いたしました。ならば私も九鬼家従者部隊序列42位にいる者として全力でお相手しましょう。」

 

「うむ、いざ参られよ。」

 

両者の間にそれまでとは異なる緊張感が漂う。

先に動いたのはまたしても桐山鯉だった。

先ほどとは比べものにならない、疾さの蹴り技が小次郎を襲う。

しかし、それでも小次郎の戦い方は変わらない。

紙一重で、鯉の攻撃をかいくぐり、その度に斬撃を繰り出す。

そのような攻防が10合ほど続いた。試合は平行線をたどっているかのように見えたが、その時

 

「フッ!」

 

小次郎が鯉の蹴りをかわすと同時に、それまでとは打って変わって刀を大きく振るった。

すると、鯉も大きく後退した。

両者の間に再び距離が開き、小次郎が刀を肩へとおく。

 

「ふむ、2尺弱と言ったところか。」

 

そう呟くと、小次郎は何食わぬ顔で鯉の方へと近づいていった。

その様子は構え同様、自然体そのものだった。

しかし、鯉もまたその不自然さに狼狽えはしない。ただ、目の前の相手に対して必殺の一撃を見舞う。

目で見えないほどの蹴りが小次郎の頭部を狙う。

しかし、その蹴りを小次郎は頭を後ろに反らすだけで回避する。

 

その光景にまたもや鍛錬場が驚きに包まれる。

先ほどまでの超人的な反応とは異なり、今度は回避行動自体が自然体のそれであった。

その光景に皆が先ほどの小次郎の言葉を思い出す。

 

“2尺弱”それはまさしく、桐山鯉の攻撃の間合いであった。

このわずかな間に小次郎は桐山鯉の攻撃の範囲を理解したのであった。

そして、それからは小次郎の独壇場であったといえた。

繰り出される斬撃が鯉を襲う。

 

「クッ!!」

 

「フッ!!」

 

珍しく鯉の顔に焦りが見えた。

しかし、小次郎の斬撃は休む間もなく鯉を襲う。

そして、遂に

 

「ハァ!!」

 

と、鯉が蹴りを出す。しかし、それゆえに大振りになったことを小次郎は見逃さなかった。

最小限の回避をすると、小次郎は気づけば鯉の背後をとっていた。

そして、決定的な一刃が鯉を襲った。

 

「それまで!!」

 

と、審判のクラウディオの静止が入る。

小次郎の刃は鯉の首の寸前で止まっていた。

 

「勝者、佐々木小次郎。」

 

「ふむ、お相手かたじけない、桐山殿。」

 

そう言って、小次郎は鯉の首から刀を離し、再び肩へとおいた。

そして、目線を帝へと向けた。

すると、帝は笑顔を見せて言った。

 

「九鬼家従者部隊の精鋭がこうまで遊ばれちゃあ、認めるしかないわな。」

 

「いや、こちらも桐山殿がその気なら最初の一撃で決まっていた。それに、真の力を出されていたら話は全く違っていた。」

 

と、小次郎も笑顔で返す。

そして、帝はその場にいる全員を見渡すと声高に宣言した。

 

「ここに居るのは間違いなく佐々木小次郎だ。この九鬼帝がそう決めた!!」

 

その言葉に全員が頷く。

帝が前に出て、小次郎の前に出て来る。

 

「さて、改めてお前に問おう。佐々木小次郎。お前は自分の名前を賭けて戦った。そしてお前はそれに勝ったわけだが…。今度はこっちの番だ。お前は俺に何を望む?」

 

「ふむ…。」

 

帝の鋭い眼光を前に小次郎は考える。

そして、出てきた言葉はまさしく佐々木小次郎の真なる願いだった。

 

「私が私であることを。」

 

「何?」

 

小次郎の言葉に帝の目が見開く。

そして、小次郎は続けた。

 

「先も申したように、もとよりこの身にあるのは剣の腕と名のみ。しかし、この地ではどうやらその名も偽りと見なされてしまうようだ。ならば、どうか貴殿達だけでも認めてほしい、私が佐々木小次郎であることを。」

 

その真摯な言葉に全員が息をのむ。

すると、帝が笑いながら言った。

 

「ハハハハ!天下の佐々木小次郎が何を望むかと思えば、自分の名の保証とは!だがそれは言い換えりゃ、この世にいるはずのない人間の存在を肯定しろっつうことになる。欲がないんだか、強欲なんだかな~。」

 

「フッ、そう言われてみれば、どうやら大変な頼みごとをしてしまったようだ。」

 

「だがそれがお前の望みなら叶えてやろう!オイ!クラウディオ!」

 

すると、審判をしていたクラウディオが帝に近づいた。

そして、帝が言った。

 

「すぐに佐々木小次郎の戸籍を作れ。細かいことは後はお前に任すからよ。」

 

「簡単なことにございます。では、すぐにでも。」

 

と、笑顔で返した。

そして、再び帝は小次郎を見て言った。

 

「佐々木小次郎、九鬼はお前を認める。お前がお前であることをな。」

 

「忝い、九鬼帝殿。」

 

帝の言葉に小次郎は深々と頭を下げた。

そして、この件は落ちつきを見せようとした。その時だった。

 

「帝様、よろしいでしょうか?」

 

「ん、どうしたヒューム?」

 

控えていたヒュームと呼ばれる男が近づいてきて言った。

その表情は少しばかり厳しいものであった。

 

「その者との件は良いでしょう。しかし、突然現れた人間に九鬼家の従者が敗れたとあってはその意義が揺らぎます。ですので…。」

 

「あ、まさかお前…。」

 

これ以上ないほどの緊張感が鍛錬場を覆う。

そして、ヒュームは小次郎を見て言った。

 

「おい赤子。今度は俺が遊んでやろう、真の従者の姿を身を持って教えてやる。」

 

その言葉に小次郎はやはり笑みを見せた。

 

to be continued

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 月下断刀

「赤子、俺が直々に遊んでやろう。」

 

史上最強の男、九鬼家従者部隊序列第零番、ヒューム・ヘルシングがそう言った。

鍛錬場は今や先ほどまでとは比べ物にならないほどの緊張感によって包まれている。

 

「おいおい、ヒューム。お前の気持ちも分かるが、そりゃあ只の八つ当たりじゃないのか?」

 

「お言葉ですが、帝様。この赤子は今の桐山との戦いでは実力の半分も出していない。そのような舐めた者に世界の九鬼、その従者部隊が非公式とはいえ敗北したとあれば、問題です。」

 

と、ヒュームはその鋭い眼光で小次郎を見て言った。

そして、その言葉に驚くと同時に賛同するように従者達の目が鋭くなる。

すると、小次郎もヒュームを見て言う。

 

「なるほど、貴公の言うことも当然か…。もとよりこの身は今や貴殿達に生かされている立場、私は構わぬが…。」

 

「まぁ、当人達が納得してるなら良いか。よし、認めよう!」

 

と、帝はあっさりとヒュームの提案を了承した。

しかし、周りにいた妻である九鬼局と揚羽は心配そうにいう。

 

「よろしいのですが、帝様。そのようなことを簡単に言って。」

 

「母上、結局のところ父上は面白がっているのです。これはもう、従うしかありませぬ。」

 

「そんなことねぇよ。確かに面白いとは思っているが、ヒュームの言葉にも一理ある。九鬼の従者が突然現れた男にあしらわれちゃ、確かに問題だ。これを機に、従者達の意識も向上するだろう。もちろん、俺達主人側もの意識もな。それに…。」

 

帝は一度小次郎を見てから、その場にいる全員に向けて言った。

 

「気になるだろう?天下の佐々木小次郎と世界最強のヒューム・ヘルシング卿、どちらの方が強いのか?」

 

と、実に面白そうに笑った。

その言葉に全員がやっぱり、それが一番の理由ではないかと内心呆れてしまう。

 

「さて、では赤子。貴様に本当の従者がなんたるか身をもって教えてやろう。」

 

「お相手つかまつろう。ヘルシング殿。だが…。」

 

小次郎が帝を見て言った。

 

「貴公ほどの者を相手にこの刀では些か不釣り合いだ。できれば、私の刀を使わせてもらえないだろうか?それと、場所も此処では十分ではないだろう。」

 

「良いだろう。真の貴様の力を持って向かってくるが良い。場所も変えよう。」

 

小次郎の提案をのみ。

全員は決闘の場へと移動した。

 

side out

 

九鬼ビル 屋上 ヘリポート

 

場所が変わり、そこは薄い闇が支配していた。

この辺りでは最も高いビルの屋上のため街を照らす光も届かず、微かに周囲を照らすのみである。

小次郎はここに来て、ふと自身の頭上へと目をやる。

そこには月だけがいつもと変わらず、自分達を照らしていた。

 

「佐々木様、お預かりしておりました刀をお持ちしました。」

 

「ふむ忝ない。ネエロ殿。」

 

先ほど審判をしていた老紳士、クラウディオ・ネエロが小次郎の刀を持ってきて渡した。

小次郎は礼を言うと、刀を抜き月へとかざした。

 

(ふむ、良い夜だ。如何なる時、如何なる場所に在っても月だけは変わらぬ。いやはや、この剣はいつ彼処へ届くのか。)

 

と、これから世界最強の男と死合うというのに小次郎の心は静謐そのものであった。

しかし、決してそれは相手を軽んじているわけではない。

対峙する相手はそれこそ、その域にいる存在だということ小次郎はよく分かっていた。

次元が違う。

花鳥風月。燕(とり)は切れた。では、他は…。

未だ自身の剣は遠い。

しかし、それでも自分は剣を振るうしか知らない。

ならば、振るうしかないのだ。

そう思って、小次郎は一度を目を閉じ、あの自然体の構えを取り、目の前を見た。

 

「もう良いようだな。では、始めようか赤子。」

 

「ああ、待たせて申し訳なかった。始めるとしよう。」

 

2人を取り囲む空気が異質なものとなる。

それを感じ取ったのか、周囲いる者も自然と身体が強張る。

小次郎を連れてきた、あずみ、ステイシー、李や壁を超えていない者達はいつのまにか自分達の背中を冷たいものが流れているのに気づかなかった。

そんな中、帝が前に出て言う。

 

「今回は審判は必要ないな。両者、満足いくまでやってくれや。」

 

帝の言葉に2人が各々の肯定を見せる。

そして、帝が再び自分の場所へと戻ると同時に、すでにそれは始まっていた。

 

「フン!!」

 

「ハッ!」

 

暴威、そうとしか言い得ない攻撃が小次郎を襲う。

しかし、やはり小次郎は桐山鯉の時と同じように身を翻しながら、ヒュームへと斬撃を繰り出す。だが、その戦い方はすでにヒュームに見せている。

そう簡単に同じ手は通じさせるほど、ヒューム・ヘルシングという男は優しくも甘くもない。

小次郎が繰り出す刃を手で弾いては容赦なく、必殺の一撃を見舞う。

 

「画面端に叩きつけてやろう!!フンッ!!」

 

「むっ!」

 

そう言って、ヒュームは小次郎の腕を捕まえて、そのまま屋上の壁まで強引に叩きつける。

しかし、壁に当たる前に小次郎は掴まれた状態のまま身体を浮かし、両足を壁に向ける。

通常であればそのまま、押しつぶされるところ、小次郎はヒュームの力を受け流すと同時に、その力を利用して壁を駆け上り、ヒュームの拘束から逃れる。

 

「何?だが、無駄なことを…。」

 

「フッ!!」

 

しかし、小次郎はそれだけでは終わらない。

ヒュームの手から逃れる為に、壁を蹴り上げ身体を上空へと投げ出し、その落下と同時に刀の切っ先をヒュームへと向けた。

ヒュームもそれを察知し避けるが、小次郎は着地の姿勢をとると同時に刀を振るう。

5尺ほどもある長刀から繰り出されるその斬撃は再び両者の間に距離を開けた。

 

(ふむ、修羅、羅刹の類と気を引き締めていたものの、それすらも甘い考えであったか…。)

 

と小次郎はヒュームから目をそらすことなく、立ち上がった。

今の攻防において両者は無傷であるが、利は明らかにヒュームの方にあった。

嵐のような怒涛の攻撃にもかかわらず、ヒュームの従者服は全く乱れてはいない。

 

「どうした、赤子。少し撫でただけだぞ、これでは遊びにもならん。」

 

「ふ、今まで様々なものと対峙してきたが、よもや天災を前に剣を振るうことになるとはと、放心していたところよ。」

 

そう言って、小次郎は刀を肩に置く。

その表情には焦りや怯えは全くなかった。圧倒的な力量差があるにもかかわらず、清々しいほどの姿で立っている。

 

「ふん、赤子が減らず口を…。だが、その反応と剣の腕だけは褒めてやろう。もっともまともな使い手ではないがな。」

 

「いや、まともでないのは当然と言うべきだろう。この剣は邪道でな、流派や技といったものはない。所詮、この身は棒振りに過ぎぬ。」

 

そう小次郎の剣は決して、誰かに師事したものや習得したものではない。

ただ切ること、刀を使うことにのみ特化されたものである。

そのため、小次郎に型や構えはなく、技と呼べるものもない。

 

「ふん、棒振りとはまさに赤子らしいな。」

 

「あぁ、まさしくその棒振りに捧げた生涯を持つこの身は赤子とそうは変わらん。」

 

と、ヒュームの言葉も小次郎は受け流す。

そのことがヒュームには気に入らなかった。

武道家たるもの形は異なれど皆が誇りを持っている。

もちろん、安い挑発にのるなどはその武道家の精神に問題があるが、それでと皆が自分の強さないし、その在り方に誇りを持っている。

しかし、目の前の男、佐々木小次郎は違う。

自分の挑発に乗るどころか、同意してしまうほどだ、それはとても武道家とは思えない姿であり、ヒュームはそれが気に入らなかった。

 

一方で小次郎はヒュームに言われたことに得心していた。

 

(ふむ、赤子か…。棒振りに夢中になり、飛んでいる燕を切ろうと意気込んだ我が人生はまさに赤子のそれと大差ないな。いやはや、我ながらなんとも笑えることだ。)

 

そして、小次郎はヒュームを見て言う。

 

「では、ヘルシング殿。今しばし、赤子の棒振りに付き合って頂こう。」

 

「な

 

に」と言おうとしたその時だった。

気づけば、ヒュームは自分の目の前に刀の切っ先がまっすぐ迫っていたことに気づく。

 

「ぬ」

 

「フッ!」

 

そして、避けたヒュームは小次郎が一気に自分との距離をつめ、突きを繰り出していたことが分かった。そして、小次郎の攻撃はそれで終わらない。

突きを繰り出した刀をすぐさま引き戻し、今度はとてつもない速さで刀を振るう。

ヒュームはそれを避けるが、小次郎の攻撃は先ほどのカウンター主体のものとは異なり、その一刃一刃がヒュームを追い狙う。

 

「マジかよ…。」

 

観戦していた内の一人、序列15位のステイシーが呟いた。

それは観戦していた他の者達全員の代弁でもあった。

それほどまでに今彼女たちの目の前で起きていることはあり得ない光景だったからだ。

 

「あのヒューム卿が相手に攻撃を許している?」

 

「あぁ、どうやらわざとじゃねぇらしい。真剣で攻められるぞ。」

 

そう決してヒュームが押されているわけではない、しかしあの世界最強であると自他共に認める人間が一人の男に攻撃を許している。

それだけで、彼を知る者ならば驚天動地であろう。

そして、両者の戦いはより凄まじいものとなる。

 

「舐めるなよ。」

 

「む?」

 

再び、ヒュームが攻勢へと打って出る。

その動きはやはり先ほどまでのものとは異なり、確実に小次郎を仕留めようとするものであった。その攻撃にさしもの小次郎も表情が固くなる。身にまとっている群青の着物が徐々にではあるが、切り刻まれていく。

しかし、刀を逆手に持ち、最小限の動きで紙一重でかわして、そのまま左足を軸としながら全身を回転させ、抜刀の要領で刀を大きく振るった。

が、今度はヒュームも距離を取らせない。片方の肘と膝で刀を挟み、逆の腕で小次郎を狙う。

追い込まれた小次郎は刀を捕らえられたまま、刀を離すことなく、足に力を込め前に出た。

すると長刀であるが故に、その刃が小次郎共々、押さえられた部分を中心にして時計の針のようにヒュームに向かっていく。

 

「小賢しい!」

 

「んん…!」

 

この前では、刃が当たる。

そう思い、ヒュームは捕らえていた刀を離した。

勢いのまま小次郎がヒュームの横を通り過ぎ、2人の立ち位置は丁度前と逆になるような形で距離をとった。

 

「いやはや、参った。貴公の前では私の刀なぞ、確かに棒振りどころか児戯に等しい。剣に捧げた生涯なぞのたまわっても、これが結果よ…。」

 

「フッ、なかなかやるのは認めよう。俺相手に切り込める相手なぞ、そうそういない。それに俺に防御をさせたヤツも随分と久しぶりだ。だが、所詮お前も俺からしてみれば赤子よ。」

 

戦いの結果はもう見えた。

傷どころか、埃一つついていないヒュームに対し、小次郎はいたるところがヒュームの猛襲によってボロボロになっていた。

一見、拮抗していたように見えた両者だが、その壁は高くそびえ立っている。

もう一度、両者が打ち合えば完全にヒュームが勝利することは目に見えている。

勝敗は決したように見えた。

が、しかし

 

「しかし、何故かな…。それでも、貴公よりも“あの日の燕”の方が私の中で強く在る。」

 

そう言って、小次郎は戦いの最中だというのに天を仰いだ。

空の月は冷たく、暖かい。

 

圧倒的な力量差の前にイかれてしまったのかと、周りにいる者達が小次郎を見る。

 

「は?swallowがどうしたって?」

 

「一体、彼は何を言っているのでしょうか?」

 

ステイシーと李が言う。

しかし、ヒュームをはじめ揚羽、クラウディオ、マープルはどこか真剣な面持ちだった。

小次郎が空見るのやめる。

そして、口を開いて言った。

 

「児戯に等しい我が剣なれど、それしかない生涯ゆえ、これしかない身ゆえ、せめてその証だけはここにたてよう。」

 

「む?」

 

そう言って小次郎はここに来て初めて刀を構えた。

 

「月も陰る頃合い。これにて終わりにしようか、ヘルシング殿。貴公が従者の誇りにて始まったこの立会い。易くは終われぬと言うのなら…。」

 

小次郎の気配が変わる

 

「無理矢理にでも幕を下ろす。」

 

「む!!」

 

「「「ッ!!!」」」

 

そして、それは顕われた。

 

「秘剣、、、燕返し!」

 

「赤子が!!」

 

小次郎の斬撃とヒュームの蹴りが交錯し、周囲を猛風が襲った。

九鬼帝をはじめとした主人達の前にクラウディオがそれからかばうように立つ。

桐山鯉はマープルの前に立ち、他の従者達も自分でその衝撃に耐えた。

そして、風が止み全員が戦いの結末に目をやる。

 

そこには丁度、両者の中心に刃が突き刺さっていた。

それは最初何か分からなかったが、小次郎を見てその正体がわかった。

手に持っていた小次郎の刀は先ほどまでの姿とは異なり無残にも中央あたりで欠けていた。

そして、誰もがその姿からヒュームの勝利を確信し、彼を見た。

 

「それが貴様の剣か、佐々木小次郎…。」

 

ヒュームが小次郎に問う。

そして、全員は目を疑った。

 

「まさか、ジェノサイド・チェーンソーを防御に使わされるとはな…。ましてや、《プシュッ》その技を超えて、俺に一撃を入れるとはな…。」

 

ヒュームの頰には僅かに切り傷があり、紅い血が流れていた。

それは若手の従者達にとってはもちろん、クラウディオ達古参の者や九鬼家の者にとっても目を疑うような光景だった。

 

「いや、完全に私の負けだ、ヒューム殿。我が秘剣を前に躱すのでも、防ぐでもなく、断ち切るとは…。それに、刀がこの有様ではな…。」

 

と、折れた刀を見て言う小次郎。

そして、ヒュームに対して深く頭を下げて言った。

 

「お見事。燕を切る刀でも、風は切れなかった。それが暴風であるならば、ましてと言うのが通りよ。九鬼家従者の誇り、しかとこの目と身に刻ませて頂いた。感服いたす。」

 

「フッ…。」

 

そう短く笑い、ヒュームは帝達観戦者の方へと歩いて行った。

小次郎は再び空へと目をやる。

そこには雲に隠れて月はもう見えなかったが、小次郎の顔はどこか晴れ晴れとしていた。

 

「広いな世界というものは…。」

 

そう言って、小次郎は折れている刀を鞘へと戻した。

 

to be continued

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 月下仕義

川神 九鬼ビル 一室

 

「つーわけで、これからよろしく頼むぞ!小次郎!」

 

「うむ、こちらこそ宮仕えは慣れぬがその務め果たして見せよう、帝殿、いや帝様。」

 

「いやいや、父上。いささか唐突過ぎはしませんぬか?」

 

笑顔で対峙する、2人を見て揚羽が言う。 

 

以下回想

 

小次郎とヒュームの立ち会いが終わり、その場はひとまずの落ち着きを見せた。

しかし、刀を鞘に戻しその場を立ち去ろうとした小次郎に帝が声をかける。

 

「おい、どこに行くんだ?」

 

その声に小次郎が立ち止まり、帝へと近づく。

そして、一礼をすると言った。

 

「いや、申し訳ない。世話になっといて礼も言わずに立ち去ろうとは、無礼であったな。」

 

「いや、そういう意味じゃねえよ。お前はこれからどうするのかって聞いてんだ。なあ、佐々木小次郎?」

 

その問いに、思案する表情を見せる。

そして、一度、空を見上げて言った。

 

「さてな、この身はもとより名と剣の腕しか持たぬ身。しかし、とうの刀がこれではな。なれば、成り行きに身を任せる他あるまい。まあ、久しぶりの海が見える地。潮風に吹かれ、行き着く先で野垂れ死ぬのも、また一興よ…。」

 

「ほう…。まさに剣豪って感じだな。だがな、それは認めなられねえ。九鬼の願いは民の幸福だ。ましてや、この俺が認めた男が、俺の目の届く場所で野垂れ死まれちゃあ困る。」

 

「む…。」

 

その言葉と表情に小次郎は顔をしかめた。

 

「まあ、ついて来い。時間はあるんだろう?」

 

「?」

 

そう言って、歩く帝に小次郎は不思議に思いながらもついて行った。

しかし、何人か周りの人間達は、どうやら帝が何をしようとしているのかわかっているようで、各々の異なる面もちだった。

 

連れてこられたのは、最初に小次郎が通された一室だった。

しかし、そこにいるのは帝をはじめとした九鬼家の者。厳密には帝、局、揚羽、英雄である。

そして、そばに控える従者達も先ほどと比べ減っている。ヒューム、クラウディオ、マープル。そして、これまで一言も話さなかった、色黒の男、序列第4位のゾズマ・ベルフェゴール。そして、英雄の専属である忍足あずみだ。

 

「さて、ものは相談なんだが、佐々木小次郎。お前、九鬼で働いてみる気はねえか?」

 

「何?」

 

帝の言葉に小次郎以外の者が、やはりか、と言った顔をする。

だが、実際にその言葉が出ると驚きを隠せない者もいたようで、マープルが口を開く。

 

「本気ですか、帝様?こんな、素性のわからない男を…。」

 

「素性ならわかってんじゃねえか。佐々木小次郎だよ。」

 

と、当然のように帝は言った。

その言葉に誰よりも小次郎自身表情には出さないものの、驚き目を見開く。

 

「そういう意味ではなくてですね…。」

 

「確かに、九鬼が認めたとはいえ、ここにる佐々木小次郎にはわからないことが多すぎる。」

 

マープルの言葉に揚羽が付け加える。

しかし、帝はそんなことは些細なことだとでもいうように、言った。

 

「九鬼が求める人材の条件は2つ。九鬼の理想に共感し、忠誠を誓えるかだ。お前等だってそうだったろ?」

 

「それは…。」

 

その言葉にマープルや揚羽のみならず、全員が黙る。

そして、帝は再び小次郎を見て言った。

 

「どうだ、佐々木小次郎…。俺達の仲間になってみないか?九鬼が目指すものは民の幸福、それだけだ。それに共感し、九鬼を支えてくれるなら、好きにやって良い。」

 

「ふむ…。」

 

小次郎は考える。

確かに、このまま外へ出ても正直いって何も問題はない。

それこそ、どこで野垂れ死ぬとも後悔はない。

のだが、それでは許さぬと目の前の男は言う。

正直、この身は佐々木小次郎と名乗ったものの、自分でも定かではない。いつか言ったように、“佐々木小次郎”と言う役柄を演じるだけの、無名の剣士だ。

しかし、今に限って言えば確かに自分は佐々木小次郎以外の何者でもない。なにより、先刻、ふとこの男に言った自分の望みはそれだった。そして、この男はそれを叶えてくれた。

ならば、今の自分の存在はこの九鬼帝あってのものとも言えるのかもしれない。

不確かな存在なれど、それに報いることなく立ち去るのは、自分の美意識に反してしまう。

 

(はてさて、どうしたものか…。)

 

『だが。その私にも唯一意味があるとすれば…。』

 

ふと、小次郎はいつか自分が言った言葉を思い返す。

それは、冬木で自分を破った金髪の美しい青い騎士に言った言葉だった。

 

(私の意味…。あの時、私は自らが託す願いなどなく。故に強者と立ち会えることが意味だった。だが、今は…。)

 

今の自分の意味は何か。

小次郎はなぜ、自分がここにいるのか分からない。

人の幻想が作り出したこの身はサーヴァントとして一度呼ばれた。しかし、今は自分が何なのか分からない。

サーヴァントとしてなのか、それとも別の何かなのか。それすらも分からないため、小次郎は今の自分の望みが分からなかった。

しかし、消える前にふと思ったことある。

自由。己が剣の自由。

では自由とは何か。このままここを離れ、気ままに生き、出会った強者と立ち会う。

それもまた自由かも知れない。だが、それは犬畜生と何ら変わらない。

 

(ならば、一度託してみるか。)

 

そう思い、小次郎は刀を抜く。

その突然の行動に周りにいた従者達が身構えるが、帝がそれを手で制す。

そして、おれた刀を差し出し小次郎は言った。

 

「九鬼帝殿。一度はなくしたこの名、そして我が剣、ひとまずは貴殿に託そう。それが、私を私たらしめてくれた貴殿に出来る、佐々木小次郎の今の精一杯の感謝だ。」

 

その言葉に九鬼帝が笑う。

そして言った。

 

「お前の名と剣。確かにこの九鬼帝が預かった。なあに、合わなきゃさっさとどこへでも行くと良いさ。だが、川神は退屈しない街だぜ。」

 

回想終了

 

「さて、とは言ったものの。小次郎はどうするべきか?」

 

「まったく、そこまでは考えてなかったにですか?」

 

帝の脳天気な声に揚羽が呆れる。

 

「フハハハハ!まあ良いではないですか姉上!父上らしい!」

 

「うむ、帝様の突飛な考えには肝を比されるが、それもまた懐の大きさ故のこと。」

 

と、英雄と局が揚羽をたしなめる。

そして、それに納得したのか今度は揚羽が小次郎を見て言う。

 

「だが、確かに小次郎の処遇をどうすべきか…。戦闘に関しては何も言うことはないが、従者部隊はそれだけではつとまらん。もっとも、一番下から始めるというのも手ではあるがな。かといって警備など配属するのも…。」

 

「従者部隊に入る場合はそうですね。どのような者であれ例外なく扱わなくては他の者に角が立ちます。」

 

「しかし、あずみ。小次郎の力量を持ってすれば、すぐにでも上に行くだろう?」

 

「はい。ですが英雄様、小次郎の場合基本的な従者としての細かい業務の方で問題があるでしょう。あくまでも、我々は九鬼家にお使いする身なので。」

 

と、3人が思案していると意外な人物から提案があった。

 

「では、こうしてはいかがでしょう。佐々木小次郎を武士道プランの守護として用いるのは。」

 

「ん、ヒューム?」

 

そういったのは、先ほど小次郎と立ち会ったヒューム・ヘルシングその人であった。

誰よりも意外な人物の提案にその場の全員が驚いた。

 

「どういうことだい?」

 

「何、武士道プランは現状において九鬼家の重要な事案。クラウディオがその任についてはいるが、より万全を期すためならコイツの力は有用だ。それに、佐々木小次郎として生きていくのならコイツ自身にとっても九鬼にとっても、その方がどうとでも言える。そう考えたまでのことよ。」

 

マープルの疑問にそう答えるヒューム。

そして、その案に帝はいち早く納得した。

 

「そりゃいい!武士道プランの英雄達の護衛を伝説の剣豪が担うか!良いね~、面白そうだ。」

 

「しかし、あくまでもクラウディオの補助と武士道プランにおけるプラスの影響を考えてのことです。その間に佐々木小次郎にはクラウディオから従者としての在り方を学ばせます。」

 

「うむ、それならば我も安心だ。」

 

「私もかまいません。」

 

と、全員がヒュームの案に賛同する。

しかし、マープルだけはどこか不満げであった。

 

「何だ、マープル。言いたいことがあるなら良いな。」

 

「ここであたしが何を言っても、この雰囲気じゃ決まりでしょう。何より帝様の中で答えが出ているのなら、あたしゃ何も言いませんよ。」

 

「そうか、なら決まりだな。」

 

そう言って、帝は再び小次郎を見て言う。

 

「佐々木小次郎、そういうことだ。お前は今から九鬼家において重要な事案とそれに関わる者達の守り手になってもらう。まあ、詳しい話はクラウディオあたりに聞きな。何はともあれ、これでお前も俺達、九鬼の一員だ。歓迎する。

 

「うむ、よく分からぬが、故あって守るのは慣れているのでな。死力を尽くして御身に仕えよう、帝様。」

 

そう言って、頭を下げる小次郎。

周りの者達も声をかける。

 

「さて、今日はもう遅い。明日から本格的に働いてもらうことにして、小次郎はもう休め。」

 

「うむ、忝い。いや、承知つかまつりました。」

 

そう言って、あずみに連れられ部屋を出る小次郎。

そして、部屋を出るときに小次郎はヒュームに言った。

 

「ヘルシング殿。ご配慮感謝する。」

 

「ヒュームでかまわん。この俺相手に“ここまで”やってのけたんだ。当然と言えば当然のこと。だが、半端は許さん。それだけは覚えておくのだな。」

 

そう言って、小次郎は意味深な笑みを浮かべ部屋を出た。

 

side out

 

小次郎がいなくなり、室内が静寂に包まれる。

すると、帝がヒュームを見て言った。

 

「おいヒューム、もう良いぞ。」

 

「何のことでしょうか?」

 

帝の言葉にしらを切るヒューム。

英雄や局は帝が何を言っているのか分からなかった。

しかし、クラウディオや揚羽などはどうやら何か察している。

 

「ここにはお前が気を使うような奴はいないはずだ。」

 

「ヒューム、帝様もこう言っておいでです。」

 

クラウディオに言われると、ヒュームは一呼吸おいて張っていた気を解いた。

すると、いきなりヒュームの背中が裂かれ、そこから血がにじんだ。

そして、主達の前であるというのにヒュームが膝をつく。

 

「ぐ、グゥ…。」

 

「こ、これは!!」

 

目の前の光景に英雄が目を疑う。

自分達に仕える精鋭部隊、九鬼家従者部隊、その序列第零番に位置し、圧倒的な実力を誇るヒューム・ヘルシングが血を流したことにも驚愕であったのに、今は目の前で膝をつき唸っている。

おそらく一生見ることは叶わなかったであろう光景。いや、そもそも想像すらもできなかった光景がそこにはあった。

 

「やはり先ほどの佐々木小次郎のものですか?」

 

「ああ…。」

 

傷ついたヒュームをクラウディオが介抱する。

流石は“ミスター・パーフェクト”といったところだろう。

ヒューム自身の驚異的な回復力もあるのだろうが、傷の血がとまった。

すると揚羽がその傷を見て言う。

 

「まさか、ヒューム・ヘルシングに一太刀入れるとわな…。」

 

「いいえ、揚羽様。一太刀ではございません。」

 

「何?」

 

「ヒューム卿のジェノサイド・チェーンソーは攻撃に反応して無敵で割り込む、一撃必殺の技でございます。彼の最後の剣技が一太刀のもとに相手を斬り伏せるものならばこうはならないでしょう。しかし、これは…。」

 

クラウディオがヒュームの傷を見て言い留まる。

揚羽もまたその傷を見た。

 

「これは…。頬の傷を合わせると2カ所か…。」

 

「では、ヤツの斬撃は2本だったと!!」

 

英雄が声を上げる。

しかし、それを聞きヒュームが口を開く。

 

「3本だ。あの時、奴の太刀筋は3本あった…。」

 

「なるほど、では小次郎はあの一瞬で3連の斬撃を繰り出したというのか?確かに、やるな。しかし…。」

 

揚羽はそれでも納得はしなかった。

確かに小次郎の剣技は凄まじいものである。

しかし、それでもなおヒュームであれば全ての斬撃を防ぐことが出来るはずと思ったからだ。

だが、目の前のヒュームは傷を負っている。

 

「連撃ではない…。」

 

「む!?」

 

「もしあの最後の攻撃がそうであったなら、私はこのようなことになっておりません。ですが、あの時のあれは…。」

 

そして、ヒュームは自分が見た信じられないものを皆に説明した。

それはまさに常軌を逸したものであった。

 

「あの時、私の目の前には3本の刀があったのです。それは3連続のものでなければ、ほぼ同時などと言うものではなく、完全に同時の内にあった…。俺はそれに気づかず、一刀目をジェノサイド・チェーンソーで断ち切った。しかし、気づくと目の前には2本の刀があり、気付ばこの様よ…。」

 

「3つの太刀が同時にだと…。」

 

ヒュームの言葉に揚羽が目を見開く。

周りの者も同様に驚いているが、それにかまうことなくヒュームは続けた。

 

「正直、この程度ですんでいるのは、それでもヤツが全力ではなかったからだ。ヤツの刀は俺と立ち会う前から歪んで曲がっていた。おそらく、以前に相当の強者と戦ったために出来たものだろう。もし、そうでなければこの首は今ここにないでしょう。」

 

「ヒューム卿にここまで言わせるとは…。」

 

「だが、3つの太刀を同時に下すなど可能なのか?物理的にそんなことは不可能のはずだ。」

 

と、局と英雄が言う。

すると、それまで黙っていた帝が口を開く。

 

「だが、実際にそうだったんだろう。でなけりゃ、ヒュームがこんなことになってねー。」

 

「はっきり言って、人間の所行とは思えん。神速を誇る剣聖黛といえどもこんなことは出来ないだろう。」

 

揚羽が真剣な表情で語る。

そう、小次郎が最後に繰り出したあの攻撃ははっきり言って決して人の技ではなかった。

ほぼではなく、同時に3本の太刀を出すなど現代において出来る者は誰もいない。

出来るとすれば、それは想像や空想、あるいは妄想の類だ。

 

「“燕返し”か…。佐々木小次郎此処に極まりって感じだな。」

 

「まさに魔剣といったところでしょう。」

 

帝の言葉に揚羽が同意する。

すると、治療を終え、いつの間にかいつも通りの格好に戻ったヒュームが全員に向けていった。

 

「はっきり言いましょう。佐々木小次郎は強さの壁を越えたものです。しかし、真にヤツの恐るべきは人の身で繰り出したあの剣にあります。単純な身体能力であるならば他の者も拮抗する、あるいは秀でる者もいるでしょうが、刀を持った ヤツに勝る者はいない。それこそ、あの技は何人も回避不能の絶技です。」

 

「「「…。」」」

 

世界最強の男にここまで言わせる佐々木小次郎と名乗る人間。

ヒュームの言葉に全員は驚愕するよりも、恐怖を覚える。

すると、マープルが帝に向き合って問う。

 

「よろしいので、帝様。そのような者を本当に九鬼に迎えて。」

 

「何だよ、蒸し返す気か?良いじゃねえか、回避不能の魔剣。それこそ、そんなヤツが武士道プランに関わってくるなんて、アイツ等にはお誂え向きだろう。世界の九鬼に伝説の佐々木小次郎あり。面白えじゃねえか!」

 

「そうですか…。じゃあ、あたしから言うことは何もありませんよ…。」

 

そう言ってマープルは部屋から出ていった。

部屋に残された者達の間に静寂が生まれる。

 

「予想外な展開になりましたな、父上。」

 

「ああ、だが面白くもなってきたな。もうすぐ武士道プランも本格的になる。そんな時に佐々木小次郎を名乗る男が現れ、九鬼に身をおくことになるんだ。」

 

「ですが、もし佐々木小次郎が九鬼に反旗を翻したら?」

 

帝の言葉に英雄が言う。

しかし、帝度は相も変わらず笑顔で言った。

 

「そん時はそん時だ。九鬼は負けねえ。そうだろ?」

 

その言葉に全員が頷く。

ヒュームもまた真剣な面持ちであった。

 

「しかし、ヒュームはよくもまあ、そんなんなってたのにここまで気取られずにいたな?」

 

「他の従者達もいたのです。傷が開くことのないよう筋肉に力を入れ無理やりふさぎました。」

 

「その点は流石としか言いようがありませんね。出血が目立つものの、見た時にはもう傷は癒着しておりました。」

 

クラウディオがヒュームを見て言う。

しかし、赤子と侮っていた者にこれ以上ないほどの痛手を負ったのも確か。

ヒュームも内心は穏やかではなかった。

 

「ま、お前でも油断できねえヤツがいるってこった。最上幽最あたりなら試練とか危機と言いそうだが、精進するこったな。なんと言おうと、お前がうちのの最高戦力ってことは変わらないんだからな。」

 

「今はその言葉を受け止めておきましょう。」

 

そう言って目をつむるヒュームに帝は笑った。

 

「さて、これからどうなるか楽しみだ。」

 

川神の街に新たな風が吹く。

それは新たな人物の到来と共にやってきた。

その名は佐々木小次郎。武の聖地に新たな激動の始まりでもあった。

 

to be continued




改めまして
自己紹介させていただきます。
†AiSAYでございます。

まずは皆様にこのような稚拙な文章を読んでいただけていることを、深く感謝いたします。
また、評価をしていただいた方々にもお礼を申し上げます。

さて、前回の小次郎とヒュームとの戦闘に関して様々なご指摘を頂きました。
本当にこのような拙文に真摯なお言葉をいただけて、感謝の気持ちでいっぱいです。
正直、前回の結末は筆者も悩んだ末の者でした。
fateにおける英霊に果たして生身の人間が勝てるのか、筆者も正直無理だろうと思っているのが本心です。
ですが、ご存じの方もいるように「真剣で私に恋しなさい!」という作品に出てくるキャラクター達は常識破りな人物ばかりです。特にヒュームはその最たる人物といえるでしょう。

そのため、今回の話につなぐ構想として前話を考えていたのですが、流石は皆様っと言ったように鋭いを頂けて筆者としては感無量です。
と同時に、皆様の深い小次郎愛に感服しております。
このssで描きたかったのは、無名であり架空の英霊である小次郎がマジ恋のキャラクター達との関わりのよって自分を見いだす姿を描きたいと思って始めたものです。
そのため、あまり小次郎の強さを強調しすぎることは避けております。
タグの“NOUMIN最強?”の“?”はそういう意味です。ですが、それを納得していただくためにの描写が書けていないのは私自身の未熟のいたすところですので、その点は深く受け止めます。

長くなりましたが、今後とも『真剣で私に恋しなさい!~月下流麗~』をよろしくお願いいたします。
皆様のご指導ご鞭撻、何卒よろしくお願い申しあげます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 その名は佐々木小次郎
第6話 小次郎、その己が務め


今回から小次郎の新しい日々が始まります。
ゲームで言うところのOP開けなので、しばらくはほのぼの回が続くと思われますが、お付き合いください。

サブタイトル、四字で統一したいけど意味がわからなくなるので変えようか迷ってます。

追記 読者の方のアドバイスにて章構成にしつつタイトルを変更いたしました。


九鬼ビル 小次郎自室

翌日、小次郎は目覚めると昨夜あずみに案内された部屋にて思案していた。

 

(まさかこの身が睡眠を欲するとは…。果たして、この身はどうなっているのか…。)

 

昨夜、気づけば小次郎は自然と眠りについていた。

しかし、それは考えてみると妙なことであった。サーヴァンとして現界している体は基本的に食事や睡眠といった生理的な欲求はない。だが、今の自分は眠りから覚め、空腹も覚えていた。

 

(ふむ、不思議なことあったものだ。しかし…。)

 

小次郎は先ほどまで自身が寝ていた場所に目を向け、呟いた。

 

「このべっどとは、心地は良いが何故か慣れぬな。」

 

そして、小次郎はこれからどうすべきか考えた。

流れとはいえ九鬼家に仕えることになった身、新参者であるが故に勝手にうろつくのもまずいと思い部屋からは出ないようにしている。

ならばと、空いたスペースに座り込む。

もちろん椅子もあるのだが、小次郎にとってはやはり慣れないものであるため床に正座し、目をつむる。

明鏡止水、夢想の域に自らをおき、ただ座した。

どれほどの時間が経ったであろうか、1分か10分、1時間かそれとももっと長い時間だろうか。

すると、ドアがノックされ眼鏡の老紳士クラウディオ・ネエロが声をかけてきた。

 

「佐々木様、いらっしゃいますか?」

 

「む、います。遠慮せず入られよ。」

 

と、返事をする小次郎。

しかし、姿勢は変わらない。外へ言葉をかけても意識は心は今もなお夢想の中だ。

そして、一言断ってからクラウディオが部屋へと入ってきた。

そして、小次郎をみて目を見開きくと、笑顔で言った。

 

「これはこれは、鍛錬中でしたか。失礼しました。」

 

「いやなに、他にやることもなくてな座しているだけよ。それよりも迎入れずに失礼した、ネエロ殿。」

 

と、目を閉じたまま言う小次郎。

クラウディオはそんな小次郎を見て口を開く。

 

「いいえ、構いません。かえって気を使わせてしまったようですね。後、私のことはクラウディオでかまいませんよ。」

 

「うむ、ならばこちらも好きに呼んでくれてかまわない。九鬼に仕える身、序列3位ともなれば私の遙か先達だ。」

 

「はい、ではこれからは小次郎と呼ばせていただきましょう。」

 

「うむ、クラウディオ殿。して、何用で参られたのか?」

 

「はい、朝食の用意ができましたので、召し上がりがてら今後のことをお話ししたく参りました。」

 

「それは忝い。」

 

そう言って、小次郎はクラウディオについていく。

そして、通されたのは昨夜とは別の部屋。どおやら、ここが従者が使用を許されている部屋のようだ。

そして、机の上には伝統的な和食の朝膳が用意されていた。

慣れないながらも椅子に座り、小次郎は手を合わせると食事を始めた。

 

「うむ、美味い。」

 

「喜んでいただけて何よりです。今回は私が用意させていただきましたが、明日からはご自分でなさって下さい。そのあたりのことも、今からご説明します。」

 

「いや、このような食事は実に久し振りだ。それもここまで美味となると、いやはや宮仕えも悪いものではないな。」

 

と、満足げな笑顔を浮かべながらも食事を続ける小次郎。

クラウディオはその様子に柔和に目を細めながらお茶を入れた。

 

「さて、小次郎。食事もすんだようですので、今後のことについてお話ししましょう。」

 

「ふむ、お聞かせ願おう。」

 

そう言って、居住まいを正す小次郎にクラウディオは説明を始めた。

九鬼がどのような家であり、何を理想としているのか、そしてその九鬼を支える従者部隊についても。

 

「いやはや、覚悟はしていたが、そこまでの家柄とは…。それにしても尊大な話しよな。」

 

「ご理解いただけたところで、小次郎。今度はあなた自身の具体的な使命です。」

 

「おう、昨夜の話では九鬼家における重鎮の守護とのことだったが。」

 

「はい、ですがその対象に関しては少し複雑です。そして、それは現在、九鬼家のもっとも重要な案件に関わることですので無闇に風潮する事は禁じています。」

 

と、小次郎の言葉に同意するものの、真剣な表情を見せる。

小次郎はそれを察ししてか、クラウディオ同様に真剣に耳を傾けた。

 

「心得た。して、私が為すべき使命とは?」

 

「はい、現在九鬼は“武士道プラン”というプロジェクト、計画を進行中です。簡単に言えば、現代に過去の英雄を出現させるというものです。」

 

“英雄”、“現代に出現”。

この言葉に小次郎は反応する。

が、表情には見せない。

 

「とは言っても、オカルト的なものではありません。魔術や呪術と言ったものではなく、科学の力によるものです。」

 

「科学とな?」

 

「はい、過去に存在した英雄の遺伝子素材を用いて新たな命として誕生させるといったものです。」

 

「ほう、それはまた…。」

 

小次郎は冷ややかな笑みを浮かる。

クラウディオもその表情に思う部分があるのか、少し困ったような顔をする。

 

「ええ、本来ならば倫理的な問題にふれるものです。ですが、帝様はこの武士道プランが世界に対して大きな意味を持つと思い、実行いたしました。」

 

「いや、別に批判しているわけではござらん。いつの世も万物はあるべくしてあるもの。それは物でもって術でも変わらん。鍬が必要なときもあれば刀が必要な時代もある。今ここにおいてはそれが科学であり、英雄であるのだろう?」

 

「ご理解していただけて何よりです。」

 

と、クラウディオが笑顔になる。

そして、話は続く。

 

「そして、現在九鬼の武士道プランにて現存するのは4名。“源義経”、“武蔵坊弁慶”、“那須与一”そして、“葉桜清楚”です。」

 

「これはまた、かに名高き遮那王率いる源氏武士とは!いや、思い切ったことをする!しかし、“葉桜清楚”とは?」

 

「彼女に関しては本人に時期が来るまで、どの英雄のクローンかは秘密にしています。九鬼家においても限られたものしか知りません。小次郎にも申し訳あれませんが、おってお伝えすることになります。」

 

と、クラウディオはそれ以上言わなかった。

小次郎もそれ以上は問うまいと口を紡ぐ。

 

「そして、小次郎。あなたにお願いしたいのは、この者達の世話です。もちろん、英雄とはいえ彼女たちも十代の若者。強力な才気を持つとはいえど、未熟な部分があります。もう少しすれば学生として学校にも通う予定です。」

 

「うむ、となると確かに心を砕く必要はあるな。では、その者達に危害が加えられないように守ればいいのか?」

 

「はい、ですが伊達に英雄の名を関している訳ではありません。よほどのことがない限りは自分たちで対処するでしょう。ですが、万が一ということがありますので、その際にはあなたの力を貸していただきたい。」

 

「なるほど、承知した。」

 

と、クラウディオの言葉にうなずく小次郎。

そして、一息がつき出されたお茶をすする。

 

「はい、基本的な身の回りの世話は私がやります。小次郎にはそのフォローをしていただきつつ、色々と慣れていって下さい。」

 

「うむ、ご教授賜らせていただく。」

 

「それと、もう一つ。先ほども言ったように、彼女達は未熟な身。それは人としても武士としてもです。そのため、小次郎には彼女達達の鍛錬にもかかわっていただきたいのです。今までは、ヒュームや私が見ておりましたが、折角ですので、貴方の剣の腕を見込んで頼みます。」

 

と、クラウディオの言葉に小次郎は笑みを浮かべた。

 

「ほう、私に英雄の相手をしろと?」

 

「はい。伝説の剣豪である佐々木小次郎の名を持つ貴方だからこそ頼みたいのです。」

 

「願ってもない。添えも含め、期待に応えられるように尽くそう。」

 

「ありがとうございます。それと、、小次郎。貴方は今後従者部隊の所属になりますが、この任務につくことと昨夜のヒューム相手の立ち会いを評価され、特別の措置として序列は番外となります。これは、貴方を貶めるものではありません。あくまでも貴方の能力と武士道プランに携わることに対してのものになります。」

 

「それはそれは、この身には余るな…。」

 

「ですが、あくまでも貴方は従者部隊。序列に囚われなくとも、基本的にそれは変わりません。それはお忘れのないように。」

 

「うむ。承知した。」

 

そして、説明も終わり、2人は部屋を出た。

この後は従者部隊への挨拶と、武士道プランの者達への顔合わせをする事となった。

すると、移動の際に目の前から人が近づいてくることに気づいた。

 

「おお!クラウ爺ではないか!む、後ろにいるのは…。」

 

「これはこれは、紋様。いつもお元気で、何よりです。紹介しておきましょう此方は…。」

 

と、目の前の小さな少女に恭しく対応するクラウディオが小次郎を紹介しようとしたところ、先に前にでて小次郎が口を開いた。

 

「お初にお目にかかります。私は佐々木小次郎。昨夜から九鬼家にお仕えさせていただいております。お見受けしたところ、九鬼家のご息女でございますかな?」

 

「おお~。お前が話しに聞いた佐々木小次郎か~。うむ、我こそは九鬼紋白である!フハハハハハ!」

 

「やはりそうでござったか。いや、失礼いたしました。今後とも努めて参りますので、何卒よろしくお願い申しあげます。」

 

と、小次郎はその場で腰を下ろし目線を紋白に合わせ、頭を下げる。

その丁寧な態度に紋白とクラウディオは驚きながらも、笑顔を見せる。

 

「フハハ!聞いていたとおりの男よ!うむ!今後とも九鬼のためによろしく頼むぞ!」

 

「ふ、承知つかまつった。」

 

そうして、紋白は行ってしまった。

小さく、元気な後ろ姿がヒョコヒョコとする光景に思わず笑みがこぼれる。

 

「いや、流石は九鬼のご息女と言ったところか、小さな体ながらも、その姿は威風堂々としたものよ。」

 

「ええ、あの方もまた我々がお仕えする大切なお方です。」

 

そう話しながら、2人は従者部隊への挨拶に為に、鍛錬場へと向かった。

 

side out

 

九鬼ビル 鍛錬場

そこには九鬼家従者部隊のそうそうたるメンバーがいる。

序列1位の忍足あずみをはじめ、昨夜いたステイシー・コナー、李静初、桐山鯉や赤いハチマキをつけた揚羽専属の武田小十郎が立っており、その後ろにはその場にはいなかった他の従者たちの姿もあった。

小次郎がクラウディオに促され、前に立つと全員の目が少し鋭くなる。

その顔には様々な感情があることを小次郎は見抜いていた。

 

(いやはや、皆、血気盛んなことだ…。)

 

そのようなことを考えていると、忍足あずみが小次郎の横に立ち言った。

 

「それでは、これより九鬼家従者部隊の新たな入隊者の紹介をする。」

 

その言葉にその場にいる全員が姿勢を正す。

 

「小次郎、始めろ。」

 

「うむ、この度九鬼家従者部隊にて世話になることになった佐々木小次郎と申す。この名に思うところがある者もいるだろうが、他の者と変わらず接して欲しい。田舎出の無作法者ゆえ、いたらぬ点があると思うが、よしなに頼む。」

 

と、全員を見ながら頭を下げる小次郎。

すると、あずみから補足が入る。

 

「言っておくが、小次郎は相当の実力者だ。こと戦闘に関して言えば現従者の中で1,2を争うだろう。下手に喧嘩を売ったら返り討ちに合うからそこの所、肝に銘じておけ。」

 

「「「ッ…。」」」

 

そのあずみの強い言葉に小次郎を初めて見る者が身をこわばらせる。

ステイシー達は昨夜の小次郎の姿を見ているため、驚きはしなかったが、それでも身を引き締める。

 

「でも、本人も言っているとおり従者としては初心者だ。その辺は慣れるまではフォローしてやれ。」

 

「横から失礼します。小次郎の職務に関してですが、源義経達の世話並びに守護となります。そのため異例ですが、序列は番外位となります。これは帝様やヒューム卿も納得してのことですので、ご理解下さい。」

 

その言葉に全員が驚愕する。

それほどのに小次郎に対する待遇は例をみないものだった。

しかし、クラウディオがさらに続ける。

 

「しかし、従者部隊であることには変わりません。上下関係は特殊な形とはなりますが、貴方がたの方が従者として先輩であることは変わりません。それは本人も重々承知の上です。かといって彼を無碍に扱うことはなりません。そのことを心に留めて、これからも日々励んで下さい。」

 

「それでは、これで解散とする。」

 

あずみの声によってその場はそれでお開きとなった。

 

「さて、小次郎。ひとまずは彼らが貴方の同僚となります。」

 

「心得た。彼らの足を引っ張らぬように務めに励むとしよう。」

 

「はい、結構です。」

 

そして、2人は次の場所へと向かった。

そして、着いたのはまた別の部屋。

そこには4人の姿があった。

 

「あ、クラウディオさん!」

 

「皆様、お待たせして申し訳ありません。」

 

「今、着いたとこだから。どっかの誰かがぐずっていたおかげでね…。」

 

「フッ。俺は何者にも従わない。九鬼の庇護下に入ったとしても変わらねえ。」

 

「ふふ、3人とも仲良いね!」

 

目の前ではしゃぐ者達を見て、小次郎は少し面食らった。

話して聞いて、考えていた姿以上に目の前にいる彼女たちの姿は年相応のであったからだ。

すると、髪をポニーテールに結った少女と目が合う。

 

「あ、もしかして貴方が…。」

 

「む、ああ自己紹介が遅れてすまない。私がこれから其方達の世話をさせていただく佐々木小次郎だ。」

 

「おお!そうか!義経は源義経だ!性別は気にしないでくれ!」

 

と、満面の笑みで駆け寄ってくる。

すると、隣にいたウェーブかかった髪の女性が続くように言った。

 

「一応、武蔵坊弁慶ってことになってます。主ともどもよろしく~。」

 

「うむ、こちらこそ。」

 

そして、小次郎は2人の横にいる男子に目を向けた。

しかし、彼は目を合わそうとしない。

すると、義経が駆け寄って言った。

 

「与一、きちんと挨拶をしなければダメだぞ!」

 

「フン、俺の名は俺だけのものだ。みだりに明け渡すわけには行かねえ…。」

 

「よ、与一」

 

与一につきはなされ、困った顔をする義経。

その目はわずかに潤んでいた。

すると、それに立腹したのか弁慶が与一の頭をつかむ。

 

「与一、中二病を拗らせてないでさっさと挨拶をしろ。何より主に向かってその言葉遣いはいただけないな…。なあ、与一。」

 

「イデデデデデ、姉御!割れる!わ、割れるー!!。」

 

その様子に小次郎は呆気にとられた。

すると、長い髪を下ろした女性が近づき言った。

 

「あ、あの!すみません!与一君、照れているだけなんです。」

 

「せ、清楚先輩!すみません本当なら義経が真っ先に謝罪すべきだったのに…。義経が不甲斐ないばかりに…。佐々木さん、本当に申し訳ない。」

 

「いやいや、仲睦まじく、結構ではないか。そう気になさるな。ところで…。

 

小次郎は駆け寄ってきた女性に目をやる。

すると、長い髪の女性が察したのか挨拶する。

 

「あ、すみません。葉桜清楚と言います。だれのクローンかはまだ分からないんですけど、よろしくお願いいたします。」

 

「!。うむ、よろしく頼む。」

 

清楚と対峙すると、小次郎は目を細めて挨拶を返した。

その様子に清楚は小首を傾げながらも、笑顔を見せる。

すると息を切らした、与一が近づいてくる。

 

「那須与一だ。まあ短い人生だ、それをさらに短くするのを気にしないのなら、よろしく頼む。」

 

「うむ、肝に銘じよう。こちらこそ、よろしく頼む。」

 

「お、なんだか佐々木さんと与一の声は似ているな。」

 

「そういえば、そうだね~。」

 

と、義経と弁慶がそんなことを言う。

すると、2人は顔を見合う。

 

「そうか、自分では気づかないが…。」

 

「まさか、ドッペルゲンガー!!闇の属性を持つが故に、世界から調整が入ったか!」

 

「?」

 

与一の言葉に首を傾げる小次郎。

すると、弁慶が注釈する。

 

「ああ~、佐々木さん。与一の言っていることは基本的に無視して良いから。自分の世界に浸ってると思って、適当にあしらって。」

 

「フッ、なるほど。心得た。」

 

「さて自己紹介は終わったようですね。」

 

と、しばらく様子を見ていたクラウディオが皆に声をかける。

すると、小次郎の横に立ち、義経達はその前に並ぶ。

 

「今申しましたように、小次郎は皆様の世話役となり、私の補佐役となります。ですが、それ以外にも皆様の鍛錬も受けもつこととなるので、ご了承下さい。」

 

「おお!そうなのか!よろしく頼むぞ、佐々木さん!」

 

「うむ。だが、私は我流でな皆の役に立てるかどうかは分からぬが、腕試しという意味ではそれなりに役に立てるように努めよう。それと、私のことは小次郎で構わない。」

 

「そうか!改めて、よろしくお願いします、小次郎さん!!」

 

こうして、小次郎達は自己紹介を終え、その場を後にした。

再び廊下をクラウディオと二人で歩く。

 

「如何でしたか、実際に義経達に会ってみて。」

 

「ふむ、流石は英雄の名を冠す者達だな。実際に立ち会わなくとも、秘めたる力は凄まじい。もっとも、それをものにするにはまだまだなのだが。」

 

「ええ、貴方から見ればその通りでしょうね。だからこそ、貴方に彼女達を任せたいのです。」

 

「心得た。しかし、あの者、葉桜清楚と言ったか…。」

 

「彼女がどうかしましたか?」

 

「いやなに、可憐なひなげしの花にしては随分と底が見えずにいたものでな。」

 

その言葉にクラウディオが目を閉じる。

そして、フーと息を吐くと言った。

 

「やれやれ、私にはあの一瞬で彼女を見抜く貴方に驚きます。」

 

「いやなに、これ以上は何も言うまいて。しかし、帝様の言うように退屈はせんようだ。」

 

「ええ、そう言っていただけると助かります。」

 

そして、2人は名にも話さずに廊下を歩いていった。

 

to be continued




まずはお読みいただきありがとうございます。
筆者の†AiSAYでございます。

前書きでも書きましたが、しばらくは小次郎と他のキャラの顔合わせのような話が続きます。
ですが、グダグダとしても中弛みしてしまうので、早めにバトルにいければと思います。

ちなみにストーリーの流れですが、マジ恋SとAのイベントは盛り込もうと思っております。時系列はずらしますが上手く展開するために頑張ります!!

今後ともよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 小次郎、川神院を訪ねて

「川神学園?」

 

「はい、左様です。」

 

従者部隊と義経達に挨拶を終え、九鬼ビル内の案内も終えた2人は時間も良い頃合いとなったので朝食をした部屋に戻り休憩をしていた。

 

「それが義経たちが通う学び舎の名か?」

 

「はい、入学の手続きはすでに済ませれいるのですが、そろそろご挨拶に伺おうと思っていたのです。」

 

クラウディオが湯飲みにお茶を入れながら言う。

小次郎は自分ですると言ったのだが、クラウディオ曰わく自分が入れたい、それに自分の方が旨く入れられると言ったので、小次郎は何も言わず任せていた。

 

「忝い。しかし、それならば何故?」

 

「私の役目は義経様たちのお世話です。それは彼女達が学校に行っても変わりません。もちろん貴方も。ですから、良い機会です。休憩が終わったら一緒にご挨拶に伺いましょう。」

 

「なるほど。ならば確かに一度、私も伺わねばならんな。」

 

と、湯飲みを机におきながら言う小次郎。

確かに、クラウディオに任せて正しかったと湯飲みを見つめている。

 

「はい、正確には学園ではなく。学園の学長である川神鉄心様が総代を務めておられる川神院という寺院です。」

 

「寺院とな…。」

 

「ここ川神市の中心的な要所でもあり、武の総本山とも言われる場所です。」

 

“武の総本山”

その言葉に小次郎は胸が高鳴るのを感じる。

そして、自然を笑みを浮かべていた。

 

「小次郎もまだ川神の土地をよくは知らないでしょう。折角ですので、案内がてら行きましょう。」

 

「それは願ってもない。是非、同行させていただこう。」

 

そう言って、お茶を飲み終わると2人は九鬼ビルの外へと出た。

小次郎にとって日が昇っている内の川神は初めてだったが…。

 

「うむ、夜も趣があって良かったが、明るい内の景色もまた違って良い。何より海がよく見える。」

 

「それは良かった。では、参りましょうか。」

 

そう言って2人は川神院へと向かう。

途中、商店街を抜け、仲見世通りを通ることになったがその際

 

「うわ!すっごいイケメン!あ、あの~。」

 

「む、何か用かな?」

 

「いえ~、コレ、うちで作ってる飴なんですけど、良かったらどうですか?」

 

法被を着た華やかな少女にそう言われ立ち止まる。

クラウディオを見ると、笑顔で頷いたため、遠慮なく試食した。

 

「うむ、飴などずいぶんと久しぶりだが、美味い。」

 

「ホントですか!良かったら、一袋どうぞ!!」

 

「いや、しかし…。」

 

「良いんです、これからもご贔屓にして下さい!」

 

と、無理やり渡されてしまった。

クラウディオは「人々に愛されるのも九鬼の目指すところ貰っておきなさい。」

と言ったので、小次郎はその飴を懐に仕舞った。

そんなこんなしているうちに2人は川神院へと着く。

 

「いやなんと。武の総本山とは聞いていたがこれほどとは、見事な。」

 

「そうでしょう。世界中から武芸者が訪れる場所ですからね。では、お邪魔しましょう。」

 

2人が門をくぐると、そこには緑色のジャージを着た男性が立っていた。

彼は2人に気がつくと、近づいてきて言った。

 

「これはこれハ。クラウディオさん、どうされました。」

 

「突然の訪問、申し訳ありません。ルー師範代。川神鉄心様に編入に際しての私めの入校許可の件でご挨拶に伺いました。鉄心様はご在宅でしょうか?」

 

「なるほど、そうでした力!ところでそちらの方ハ?」

 

と、ルー師範代と呼ばれた男が小次郎を見る。

小次郎は一礼をすると挨拶をした。

 

「お初にお目にかかる。私は佐々木小次郎と申す。九鬼家にて従者をしている者でして、此度はクラウディオ殿と同じ目的で川神院にご挨拶に伺った。」

 

「佐々木…、小次郎?彼も武士道プランの関係者です力ナ?」

 

「ええ、そのようなところです。義経様達、武士道プランの方々のお世話には私とこの佐々木小次郎がその役割を担っておりますので、是非鉄心様にご挨拶をと。」

 

ルーは小次郎を見た。

そして、少し考えると口を開き言った。

 

「わかりましタ。総代のところへご案内します。」

 

「ありがとうございます。では、小次郎行ってくるので、貴方は少し待っていて下さい。」

 

「承知した。」

 

そう言われ、小次郎は頷く。

クラウディオがルーに連れられて奥に行くとその場には小次郎のみが残された。

 

(さて、どうしたものか…。)

 

そう思い、小次郎はあたりを見渡す。

ここにいては訪れる者の邪魔になるだろうと思い、近くにあった巨木の方へと歩む。

そして、誰もいないと思うと今朝、自室でしたように目を瞑った。

 

ここにおいてもまた、小次郎は夢想の域に自らを置く。

しかし、心なしかその心中は今朝よりも研ぎ澄まされているように感じた。

風が頬にあたり、小次郎の長い髪を撫でる。

微かに風に混じった潮の香りが鼻孔をとおり、胸に広がる。

鳥のさえずり、揺れる羽音、それら全てが騒がしいほどに感じるが、寧ろそれらが小次郎をなおも夢想の域へと自らを深くさせた。

 

(心地の良い場所だな…。)

 

しばし、小次郎は瞑想する事にした。

 

side out

 

川神院 総代室(鉄心自室)

 

「うむ、了解したぞい。義経ちゃんたちの世話と言うことならお前さん等も学園にいる必要があるじゃろ。」

 

「感謝いたします。」

 

「何、ヒュームが1年生のクラスに入ることに比べたら、どうってことないわい。じゃが…。」

 

クラウディオの目の前に立つ老人、川神鉄心は言葉を区切る。

普段、垂れていて閉じているような瞼から、真剣な眼差しが顔を出す。

 

「もう一人の従者の件ですネ、総代?」

 

「うむ、佐々木小次郎とはこれまた随分な名前が出てきたのう。」

 

「突然のことで申し訳ありません。ですが彼も我々九鬼の一員、どうか納得していただければと。それと、彼の存在も義経様達同様、時がくるまでは周囲に知られぬようお願いします。」

 

鉄心とルーの言葉を聞きつ、そう話すクラウディオ。

鉄心は少し考え込むと、、

 

「ま、会えば分かるじゃろう。その者はどこに?」

 

「今は門の前で待っていますヨ。」

 

「なら会ってみようかい。」

 

「ご配慮感謝します。」

 

そう言って、3人は小次郎の待つ門へと向かった。

 

side out

 

川神院 門前

 

(これは…。たまげたのう…。)

 

(スゴい。もはや達人の域。いや、それ以上だヨ…。)

 

出てきた3人が見たのは、なおも瞑想している小次郎の後ろ姿だった。

今、小次郎は砂利の上だというのに、正座している。

しかし、その姿に苦悶の様子はなく清々しく、そして穏やかだった。

 

「クラウディオ殿、話はすんだのかな?」

 

「ええ。」

 

「それと、確かルー殿と言ったか、それにそこにおわす翁殿がこの寺院の総代殿か…。いや、勝手に場所をお借りしてすまない。ここは心地が良くてな。ふと瞑想していたら、いつの間にか座していた。」

 

そう言って、後ろを向いたままであるというのに、そこに誰がいるか分かっているように話す小次郎。

そして、立ち上がり3人の方を向くと頭を下げていった。

 

「改めて、挨拶申し上げる。私は佐々木小次郎。九鬼家に従者として仕えている者だ。以後お見知りおきを。」

 

「うむ、儂がこの川神院の総代川神鉄心じゃ。お前さんの話は聞いておるよ。」

 

と、笑顔で返す鉄心。

その姿に小次郎は底知れぬ高さと深さを見た。

そして、鉄心もまた目の前の男に吸い込まれるほどの奥行きを感じる。

 

(佐々木小次郎か…。ホホ、これはあながち嘘じゃないかもしれんのう…。)

 

鉄心は小次郎に近づくと、目を見て尋ねた。

小次郎もまた鉄心の瞳を見据える。

 

「お前さんは何者じゃ?」

 

「佐々木小次郎。それ以外に名乗れる他なく、そしてこれは恩ある九鬼が認めた私の名。なればこそ、そうあろうとするのみ。真贋はどうであろうと。」

 

沈黙が流れる。

そして、鉄心は目を逸らさず言った。

 

「分かったぞい。義経ちゃん達の世話のため学園にはいること許可しよう。」

 

「忝い。感謝する川神翁殿。」

 

「鉄心でかまわぬ。何、お前さんがいると何かと面白くなりそうじゃしのう。」

 

と、小次郎に柔和な笑顔を向ける。

すると、クラウディオが隣に立ち再び鉄心に礼を述べる。

 

「ありがとうございます。では、新学期からは私どもで義経様達の世話をさせていただきます。」

 

「うむ、よろしくのう~。おお、そうじゃ!小次郎、こっちのルー・イーも学園で教師をしておる。」

 

「師範代のルー・イーでス。学園では体育を教えていまス。学園のことで分からないことがあったら何でも聞いてネ。」

 

「こちらこそ、世話になるルー殿。」

 

と、差し伸べられた手を握る小次郎。

すると、外から誰かが走ってくるのが見えた。

 

「只今戻りましたーって、あれお客様?」

 

「何、誰だ?って、なんだ九鬼の従者か、どうせならメイドのねーちゃんが良かったのに…。」

 

「お帰り、一子。これ!モモ、客人に失礼じゃろう!」

 

鉄心がやってきた少女たちと言葉を交わす。

1人は赤みがかった茶髪のハツラツとした少女、もう1人は胴着姿の黒髪の少女だった。

すると、鉄心が小次郎に2人を紹介する。

 

「孫の百代と一子じゃ。2人とも学園の生徒じゃから、まあ何かあったらよろしく頼むぞい。」

 

「はじめまして!川神学園2年生の川神一子です!!」

 

「同じく3年の川神百代だ。そっちのじいさんは見たことあるが、そっちは新顔か?」

 

そう言われ、クラウディオは小次郎に目線を送る。

それは学生である2人にはまだ武士道プランについて秘密であること。

そして、同時に小次郎の名も明かすことはない。と言っていた。

そして小次郎はその意志をくむ。

 

「はじめまして。九鬼家従者部隊序列3位のクラウディオ・ネエロと申します。本日は所用でお邪魔させていただきました。」

 

「同じく従者部隊の佐々木と申す。新参者ゆえクラウディオ殿について川神院にご挨拶に伺った。」

 

小次郎は自分の名を明かすことなく2人に挨拶をした。

もし、名を聞かれたら適当に名乗ろうと考えていた。

因みにその時に浮かんだのは、以前冬木で戦った騎士の主の名前だったのはここだけの話である。

 

「へえ~。新入りさんなんだ、よろしくお願いします!」

 

「それにしてもその格好、武芸者か?従者部隊は皆同じ格好だろう?」

 

と、言われ小次郎は答える。

もちろん昨夜のことと言った細かいことは省いてだ。

 

「昨日より、仕えた身の上でありましてな。未だに服が準備されていないのです。」

 

「彼の業務はまだ本格的なものではないので、今はこうして特別にさせております。」

 

と、クラウディオも話をつなげる。

すると、百代が小次郎を見て言った。

 

「おい、それなら少し私と遊ばないか?」

 

「む…。」

 

「その格好、多少は腕に覚えがあるんだろう?九鬼としてもコイツの腕が私に通用するか見てみる価値はあるはずでしょう!」

 

「ちょ!お姉様!?」

 

と、百代は拳を小次郎に向かって突き出す。

あまりにも突然な提案に周りの者も呆気にとられていた。

すると、鉄心が百代に拳骨を浴びせる。

 

「痛ッ!!」

 

「コレ!モモ!!客人に喧嘩を売る奴がおるか!!」

 

「何をするんだ、ジジイ!」

 

百代も反撃とばかりに手を振るうが、鉄心に避けられる。

小次郎はその様子を見て、苦笑した。

百代が壁を越えた強者であることは見た瞬間に分かってはいた。

だが

 

「生憎と“がらんどうの巨木”を愛でるたちはなくてな。」

 

「ッ!!」

 

小次郎のその言葉には唖然とした。

そして、百代もまたその言葉を聞き逃さなかった。

 

彼女の目が小次郎を鋭く射抜く。

しかし、小次郎はやはり冷ややかな笑顔を百代に対し浮かべていた。

 

to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 小次郎、武神と出会う

「おい、今なんて言った?」

 

百代の鋭い目が小次郎を射抜く。

しかし、当の本人はなに食わぬと言った顔でこう答えた。

 

「いや、何ただの独り言よ。気に障ったのなら謝罪する。」

 

「とても謝っているようには見えないな…。」

 

と、小次郎の飄々とした言葉に百代はますます苛立ちを見せる。

その様子を一子はハラハラとした様子で見ており、鉄心とルーは黙って見ていた。

すると、クラウディオが2人の間に入って言う。

 

「申し訳ありません。私からも謝罪たします、川神百代様。」

 

「む…。」

 

小次郎は自分の言動によって、クラウディオが頭を下げていることに自分の失言を恥じた。

今や自分は一剣士であるとともに九鬼家従者部隊の一員。

自らの失態は従者部隊、ひいては九鬼のものとなる。

それに気づき、小次郎はクラウディオの前に出ると再び頭を下げた。

 

「川神百代殿、誠に申し訳なかった。我が失言をどうか許して欲しい。」

 

「むー…。」

 

と、百代もさっきとは打って変わり、その真摯な小次郎の謝罪にこれ以上何かを言うのは野暮だと感じた。

すると、黙っていた鉄心が声をかける。

 

「これ、モモ。相手がこうしておるのじゃ、いい加減子供のような真似はよさぬか。」

 

「そうだヨ、百代。」

 

「お姉様〜…。」

 

と、身内にもそう諌められ百代の怒りが萎んでいく。

そして、ため息をつくと

 

「分かった、分かった。こっちこそ客人に対していきなり失礼だったしな。」

 

「ホッ!良かったわ!」

 

と、怒りを鎮めた姉を見て、安心したのか一子は笑顔になる。

鉄心、ルー、クラウディオも一先ずは安心した。

しかし、ならばと百代は言う。

 

「では、稽古に付き合ってもらえないか?それぐらいならいいだろう?」

 

「うむ、それで許されるのであれば私は構わぬが…。」

 

百代の言葉を聞き、小次郎はそう言いつつもクラウディオの方を見る。

すると、クラウディオは諦めたような表情を浮かべて言った。

 

「貴方の失言が招いたことです。自分で決めなさい。」

 

「ふむ、確かに。なれば、しばしお付き合いいたそう。」

 

「よし、決まりだな!」

 

そうして、百代は笑顔を見せる。

一子はその様子を見てはしゃいでいるが、鉄心達はやれやれといった風な顔をした。

そして、2人は門を離れて奥の広く空いた場所に向かった。

 

「して、どのような稽古にお付き合いすればよろしいかな?」

 

「何、単純に組手でいいだろう。」

 

「ふむ、承知した。」

 

と、百代の提案に頷く小次郎。

稽古に付き合えと言っても、結局はこうして相手をさせるのか。

と鉄心は孫の血の気の多さに心の中で頭を抱えていた。

しかし、同時に目の前にいる男、佐々木小次郎がどれほどの器量かも気になっていたため、この場は黙っている。

 

「さて、佐々木…さん?は見たところ剣士のようだが、良ければこちらで用意するぞ?」

 

「呼び捨てで構わんよ、百代殿。ふむ、確かにこの身は剣士、無手では非礼に見合う相手はできないが…。」

 

と、そう言って考える小次郎。

すると、ふと先ほどの大木の下に落ちている枝が目に入る。

小次郎は何かを決心した顔をするとおもむろにそこまで歩き、枝を手に取る。

そして、四方に分かれている周りの小枝やささくれを取ると、「ふむ!」とそれを満足そうに見る。

 

百代達はその姿を不思議そうに見ていた。

そして、それを持って戻ってくると小次郎は言った。

 

「さて、百代殿。始めようか。」

 

「おいおい、何のつもりだ?」

 

「いや、稽古であろう?私はこれで構わん。」

 

「お前、やっぱり舐めてるだろ?」

 

と先ほどではないものの、百代は小次郎に対して苛立ちと呆れが混じった顔をした。

しかし、小次郎は笑顔ながらも真面目な顔をして言う。

 

「いや、そのようなつもりはない。これは百代殿だけでなく私にとっても、この稽古を意義のあるものにするためのものだ。」

 

「はぁ?ま、いっか!じゃあ、始めようか。」

 

百代はこの稽古があまり楽しめそうもないと思い。

そう気怠げに開始の声を上げる。

すると、目の前の男の雰囲気が変わる。

そして、それに驚き正面を向くと向かってきたのは枝の棒ではなかった。

 

「なっ!くっ!!」

 

「ふむ、まずは流石と言っておこう。」

 

驚きながらも、小次郎の攻撃を避けた百代。

そして、小次郎はその百代の様子を見て笑みを浮かべる。

 

(い、今のは…。)

 

小次郎が手に持っているのは、確かにただの枝。

しかし、百代が見たのは違った。

 

(確かに、真剣だった…。)

 

「ん?今、お姉様どうしたのかしら?」

 

一子は何故百代がああまで驚愕し、小次郎の一撃とも言えない一振りを避けたのか分からなかった。

しかし、クラウディオ、ルー、そして鉄心は冷静にその様子を見ている。

 

「さて、続けるとしようか…。」

 

「ちっ!どうやら、やるみたいだな!面白い!」

 

と、再び良さの組手が始まる。

今度は百代から動いた。

 

「はぁ!」

 

「フッ…。」

 

「でぇい!」

 

「なるほど、凄まじいな。」

 

と、百代の攻撃をひらひらと舞うように避ける小次郎。

柳に風、暖簾に腕押し。

両者の姿はまさにそれであった。

 

「ち、フラフラと!」

 

「いやなに、組手とはいえ、その拳。当たっては痛そうなのでな。」

 

と、百代の猛威を避ける小次郎。

だんだんと百代の顔に苛立ちが見え始める。

 

(なんなんだ…。力も早さも私の方が上なのに何故当たらない!?ならば!!)

 

「川神流、無双正拳突き!!」

 

「なんと!」

 

百代が遂に奥義を出す。

それは、これまでのものとは比較ならない速さで繰り出される。

力を溜めた拳が小次郎の持っていた枝を捉える。

これで調子に乗った顔もやめるだろう。と百代は確信して、笑顔になる。

しかし、

 

「何!」

 

「どうした、百代殿?私の得物は未だここにあるが…。」

細く、あまりにも脆弱で武器ともいえないそれは未だ小次郎の手の中にあった。

確かに百代の拳は当たったはず。

 

(今のは…。流された?)

 

そう、小次郎は拳が枝に当たると同時にその枝ごと身を翻すことによって、彼女の力の全てを受け流したのだ。

“白刃返し”という技が空手にはある。

自身に向かってくる刃に対して、腕を捩じ切るようにして逸らす達人の技だ。

小次郎が見せたのはまさにそれである。

もっとも、この場合攻め手と受け手は逆であり、小次郎は枝を自身の腕の一部とするように、百代の拳を受け流したのだ。

 

「え!何々!なんだったの今の!!」

 

「イヤ〜。まさカ、あの攻撃をああまで見事に受け流すとは!」

 

「ホホ!こりゃ、確かにモモにはいい稽古になっとるわ。」

 

と、周りの者もその光景に驚く。

小次郎は枝を肩に起き、変わらぬ笑顔を浮かべて言った。

 

「さて、これはあくまでも組手。しからば、今度はこちらからいこう。」

 

「クッ!!」

 

そして、百代は身構える。

小次郎は速度を上げて百代に向かって言った。

 

「ふっ!」

 

「チッ!舐めるな!!」

 

小次郎の枝が百代を襲う。

しかし、百代の表情は実に切迫していた。

向かってくるのは確かに枝のはず。

しかし、百代にとって、それはまごうことなに真剣であった。

 

気を抜けば斬られる。

そう百代は感じ、小次郎の斬撃を避け、時には防ぐ。

しかし、枝は折れない。

疑問と焦り、それが百代から余裕を取り去り、苛立たせ、固くさせる。

 

「ええい!うざったい!!」

 

「おっと!」

 

百代が力任せに身を振るわせる。

小次郎は後ろへと飛び下がり、それをしのいだ。

そして、2人の間が空き、百代は目の前の小次郎を見る。

 

(なんなんださっきから、アイツが持っているのは枝のはずなのに、まるで真剣で斬られるような感覚だ。なのに…、アイツからは殺気が感じられない。)

 

剣の達人であるならば、剣気を飛ばし刀を持たずして相手に斬るイメージを持たせ威嚇、あるいは無力にすることも可能だ。

しかし、そこには大小、清濁の違いはあれど殺気が混じる。

しかし、小次郎のそれには全くかった。

 

「いやはや、お見事。その首、七度は落としたつもりだが、未だその様子を見る限り防いでいるようだ。“がらんどう”とはいえ、巨木は巨木。」

 

「また言ったな!訳の分からんことを…、やる気がないのなら終わらせるぞ!」

 

百代と小次郎の激しい攻防が繰り広げられる。

しかし、百代が表情を強張らせているのに対し、小次郎は冷ややかな笑みを浮かべていた。

そして、その最中で小次郎が口を開く。

 

「いや何、本来ならば見事な大輪の花を咲き誇る身だというに、それが惜しくてな。」

 

「なっ!今も私は超絶美少女だ!!」

 

「確かに可憐ではある。しかし、武に身を置く其方は可憐とは程遠い。」

 

「何⁉︎アッ!クッ!!」

 

その言葉が百代の限界だった。

怒りに任せて、百代が大振りに構えた。

 

「川神流、炙りに」

 

百代の手が燃え上がり、目の前の小次郎を襲う。

しかし、その攻撃が小次郎に当たることはなかった。

 

「く…。」

 

気づくと、百代は首に冷たい感覚を覚えた。

小次郎の枝が後ろから百代を捉えていた。

冷たい汗が百代の頰を流れる。

 

「これで満足かな?」

 

「こんなもの!」

 

と、百代が振り返り続けようとする。

すると鉄心が声を上げる。

 

「それまで!!」

 

「な!!」

 

「もう決着はついたじゃろ?それ以上は今日はなしじゃ!」

 

と、鉄心が2人に近づきながら言う。

小次郎はそれを聞くと、枝を百代から離した。

しかし、百代は納得がいかないのか、鉄心に食い下がる。

 

「おい!じじぃ!まだ終わっちゃいない!」

 

「バカモン!後ろを取られた上に、刃を突きつけられておいてなにを言うか!」

 

「何を言って、アレは刀じゃ…」

 

それ以上は百代は口にするのをやめた。

確かに、小次郎が持っていたのは枝である。

しかし、その枝を百代は折ることもできず、踊らされた。

そして、組手の中においてあれば間違いなく真剣であったと、そのことを誰よりも百代は感じていたからである。

もしこれが真剣での立会いならば。

そう思えば間違いなく自分は斬り伏せられていた。

「持っていたのが真剣だったら、違っていた。」などと言っても、その言葉はなんの意味も持たない。

 

「ふむ、鉄心殿の言う通り、此度はここまでとしておこう。」

 

「くっ!お前!」

 

「なに、日も傾いてきた頃であるしな。」

 

その言葉に百代は舌打ちをすると纏っていた闘気を緩めた。

不安な顔をしていた一子もそれを見て息を吐く。

クラウディオもまたやれやれと言った顔で見ていた。

 

「孫の相手、悪かったのう。」

 

「いやなに、こちらこそいい稽古であった。感謝する鉄心殿、百代殿。」

 

と、鉄心の言葉に頭を下げて小次郎は言った。

鉄心の後ろで不満そうな顔を百代がしている。

そして、鉄心が百代に気取られぬよう呟くように言った。

 

「その名に恥じぬ見事な剣じゃったわい。いいものを見せてくれた、祖父としても武人としてものう。」

 

「そのような大層なものではござらん。百代殿が申した通り、これは遊び、戯れよ。」

 

鉄心の言葉に小次郎は笑顔で返す。

すると、鉄心はホホっと笑いそれ以上は何も言わなかった。

 

「では、私達はこれでおいとましよう。長い時間、申し訳なかった。」

 

「また来ると良い。」

 

「忝い。」

 

そう言って、小次郎はクラウディオのもとへと歩いていく。

鉄心と百代はそれについていった。

 

「すみましたか?」

 

「申し訳なかった、クラウディオ殿。」

 

「言うべきことは後で言いましょう。今は川神院の皆様にお詫びを」

 

そう言って、2人は4人に向き直り再び頭を下げた。

川神院の4人もそれに合わせて2人を見る。

 

「本日はお忙しいところ、ありがとうございました。しかも、うちの者がとんだ失礼をして、申し訳ございません。」

 

「まことに申し訳なかった。以後は気をつけますので、どうかご容赦を。」

 

すると、鉄心とルーが笑顔で言う。

 

「いや何、さっきも言うたがいいモンを見せてもらった。今後とも、よろしく頼むの。」

 

「ワタシもそう思います。実に見事なものでしタ!!是非、今後ともヨロシクお願いするネ!」

 

その言葉に小次郎とクラウディオをホッとする。

そして、今一度頭を下げた帰ろうとする。

すると、小次郎のもとに一子が駆け寄って来る。

 

「あ、あの佐々木さん!もし良かったら、今度はワタシと立ち会っていただけませんか?」

 

「うむ、このような身で良ければ是非にも。」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

一子のその健気な姿と言葉に笑顔でそう返す小次郎。

そう言われ、一子もまた溢れる笑顔を見せる。

 

(うむ、純朴ゆえに実に可憐な娘子だ。武の才はわずかなれど、それをしても余るほどの心力がある。)

 

と、小次郎は目の前の少女のひたむきさを愛でた。

そして、今度こそ門を出ようとすると百代が小次郎に叫ぶ。

 

「改めて名乗る!私はっ!」

 

その言葉を聞き、小次郎は振り返と手で制した。

そして、言い戸惑う百代を見据えてと言った。

 

「今はまだその時ではない。」

 

「何!」

 

「此度は互いに戯れたのみ、名乗るのは再び合間見え、互いに真に臨む時まで取っておこう。何、その時は近いやも知れぬ。それに…。」

 

そして、小次郎は清々しく、爽やかな笑顔で言った。

 

「私もまたそのような時を心から望む。」

 

そう言い残して、小次郎とクラウディオは川神院を後にする。

陽が傾き、夕焼けに染まる2人の姿は陽炎となって離れていった。

百代はその姿をしばらく見つめながら、拳を強く握りしめた。

 

to be continued

 

 

 

 

 

 

 




まずはお読み頂き、まことにありがとうございます。
今回で第7話目ですが、いかがでしたでしょうか。

皆様によっては疑問や納得できない点などあるでしょう。
それにつきましては、再度感想にて述べて下さい。

しかし、今回の結末はこのssを書き始めようと思った時から、考えていたものです。
マジ恋の武士娘達はイキイキとして戦う姿が魅力的ですが、私はそこに物足りなさを感じていました。

“武道”はまさに“道”であります。
ただの術とは似たようで異なる者、筆者自身もまたそこに身を置く者として、そこを表現したいと思っているのです。

圧倒的な百代の劣勢のように思われますが、自力や実力という意味では今後どうなるかわかりません。
今後のキャラクター達の成長の転機の一つとして今回の話は以上のような決着を迎えました。

これを機に今後の展開が皆様を満足させるものとなるよう、私も勇往邁進いたしますので、皆さま何卒よろしくお願いいたします。

†AiSAY

余談ですが、小次郎の枝については井上雄彦の『バガボンド』を参考としたものです。お分りなる方も沢山いらっしゃるとは思いますが、どうしても書きたい描写でした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 小次郎、新たな装いと出会い

連投になります。
百代戦、皆様のご感想を見る限り楽しんでいただけたようで、ホッとしています。

今回の第9話は前話とは別の形で、ご指摘なさる方もいらっしゃると思いますがよろしくお願いします。



九鬼ビル 従者控え室

 

「まったく、今後は気をつけることです。」

 

「うむ、以後猛省しよう。」

 

川神院からの帰り、小次郎はクラウディオから先ほど一件についてお説教を受けていた。

実際に自分でも自らの立場を認識したため、ただただ今はクラウディオの言葉にしきりに頭を下げていた。

その様子が自分でも可笑しく思えてくる。

 

「さて、小言はこれくらいで良いでしょう。さて、改めて今後のことについてお話ししましょうか?」

 

「うむ、よろしく頼む。」

 

流石は完璧執事といったところか、これ以上は空気が悪くなると思ったのか丁度良いタイミングで話を切り上げる。

もちろん、その際にお茶の用意も忘れない。

今度は緑茶ではなく、紅茶であった。

 

「うむ、口にしたことはないが西洋の茶も美味いな。」

 

「それは良かったです。」

 

小次郎の言葉にクラウディオもほころぶ。

そして、クラウディオが説明を始める。

 

「さて、すでに話したとおり貴方は従者部隊の序列番外位として職務に励んで貰います。内容も話したとおりです。」

 

「は。しかと承ろう。」

 

「よろしい。では、細かい点をお話ししましょうか。まず第一に貴方の仕事着ですが、本来であるならば他の従者と同様、執事服を着用していただくのですが、帝様の言葉をそのまま伝えます。」

 

『いや、小次郎はあのままで良いだろう。剣豪に執事服を無理に着せることもないしな。1人ぐらい和装の従者がいても良いだろう!まあ、きてる姿も見てみたい気もするがな!』

 

「とのことです。」

 

「それはそれは…。だが、良いのか?」

 

小次郎は帝の提案を聞き、嬉しくは思ったが、果たして仕えた身となった自分がそこまでの待遇を受けて良いのか戸惑った。

正直、服装に頓着はない。確かにこのままの服装で良いのならそれには越したことはないが、やはりどこか居心地が悪かった。

 

「そういった方です。帝様がそう仰ったのであれば、それに従うまでです。」

 

「ふむ、ありがたいが…。」

 

すると、クラウディオが悩んでいる小次郎を微笑ましく身ながら言った。

 

「ふふ、貴方ならそう言う反応をすると思いました。そこで、私から提案というかご用意したものがあります。」

 

「む?」

 

そう言って、クラウディオがどこからともなく取り出したのは小次郎がきている服に似た着物と袴だった。

しかし、その色合いは異なり目の前のクラウディオや他の従者達が着ているものと同じ色合いだった。

 

「これは!?」

 

「貴方に合わせて、したためた従者服です。これであれば、誰が見ても貴方が九鬼の従者であることが分かるでしょう。」

 

小次郎が珍しく目を丸くする。

そして、用意された着物を手渡され、それを触れ、見る。

丁寧に、そしてどこか愛おしそうに手で撫でる。

 

「忝い、クラウディオ殿。人から物を貰うのは久しぶり、いや初めてかも知れぬ。」

 

「それは良かったです。そう言っていただけると、用意した私も嬉しく思います。」

 

「大切に袖を通そう。いや、この場合は傷むほど奮起したと言った方が良いのか。」

 

その言葉にクラウディオの笑顔で頷く。

そして、小次郎は一言断って、その場で用意された従者服を着た。

 

「うむ、驚くことに丈も丁度良い。本当に礼を言わせていただく、クラウディオ殿。」

 

「簡単なことにございます。似合っていますよ、小次郎。」

 

「何やら、年甲斐もなくはしゃいでしまうな。(とはいえこの身が齢いくつかは分からぬが…。)」

 

「私からすれば、貴方のような者であっても子供のようなものです。因み、用意した貴方の戸籍には25歳としておきました。」

 

小次郎は驚いた顔をする。

自分の思っていたことを察したのかと、クラウディオを見る。

 

「貴方の考えることも少しずつですが、分かるようになってきました。」

 

「いやはや、本当に適わぬな。」

 

と、笑う小次郎。

しかし、その顔はどこか嬉しそうだった。

 

「そして、貴方に差し上げる物がもう一つあります。」

 

「む、何?」

 

そう言ってクラウディオは再びどこからともなく何かを取り出した。

それは刀だった。

それは、ヒュームとの戦いで折れた小次郎の刀、“備中青江”通称“物干し竿”とは異なる長刀であった。

しかし、その拵えはどこか似ている。

 

「この刀は…。」

 

「備前長船長光でございます。貴方の刀はヒュームとの立ち会いにて折れてしまいました。今は柄、刃共々お預かりして、九鬼家御用達の鍛冶職人のもとで修復しております。が、やはり時間がかかるとのことですので、しばらくはこちらをお使い下さい。」

 

「そうであったか…。」

 

小次郎は手渡された新たな刀を手に持つ。

その顔には愛刀が離れたことの寂しさと同時に、新たな出会いに心を向けていた。

そして、その場で鞘から抜き、その刀身を見る。

そして、頷くと再び鞘に納める。

 

「そちらは、私からの就職祝いと思って下さい。帯刀許可もすでに取り付けております。」

 

「本当に心より感謝する。」

 

と、深々と頭を下げる小次郎。

クラウディオは言う。

 

「いいえ、簡単なことにございます。それに…」

 

「む?」

 

「やはり、刀を持つ貴方は絵になりますな。」

 

小次郎はその言葉に笑顔で返すと、刀を背中にかける。

そして、クラウディオに言った。

 

「この刀に似合う働きをせねばな。しかし、同時に抜き際を見極める必要もあるがな。」

 

「その言葉を聞けば、何も言うことはありません。」

 

そう言うと、クラウディオと小次郎は静かにテーブルにつきカップを傾けた。

この日はそれで終わった。

 

side out

 

部屋を出て、自室へと戻る途中、小次郎は目の前から見知った顔が歩いてくるのに気がついた。

みまごうとこなく、その人物は昨日立ち会った張本人ヒューム・ヘルシングであった。

すれ違い時、小次郎は立ち止まり頭を下げた。

すると、ヒュームが振り返り口を開く。

 

「武神、川神百代と戦ったようだな。」

 

「武神か…。なるほど…。いかにも…、とは言っても、あれは戯れのようなもの…。」

 

「フン、だがアイツのことだお前相手にムキになってかかってきたのではないか?」

 

「ふっ、確かに…。そのようになってしまった。」

 

そして、2人の間に沈黙が生まれる。

すると、ヒュームは言った。

 

「で、どうだった?」

 

「うむ、その猛々しさたるは流石とでも申しておこう。才気もまた同様。」

 

「それで?」

 

「“がらんどうの巨木”、されば、いずれ花を咲かせるのを待つのみかと…。」

 

そう言って、小次郎は今一度頭を下げるとそのまま自室へと向かった。

ヒュームはその後ろ姿を見ると呟いた。

 

「フン、“がらんどうの巨木”言い得て妙だな…。やはり、ヤツには一度“敗北”を知る必要があるということか。」

 

そう言って、再び歩き始めた。

 

to be continued

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 武神、まだ至らぬ境地

今回は2話連投です。
が、1話は幕間の物語です。
焦点を変えての展開となるので、お読みづらいかもしれませんがよろしくお願いいたします。


川神院 門前

 

クラウディオ達を見送った4人は2人の姿が見えなくなると奥へと歩き始める。

すると、一子が口を開く。

 

「それにしても凄かったわ〜。」

 

「ホント、まさかあそこまでの使い手が九鬼にいるとはネ〜。」

 

「ふむ、あの歳で明鏡止水の境地に至るとは大したもんじゃ。」

 

3人が小次郎の腕前に感心する中、百代だけは釈然としない顔をしていた。

しかし、一子はそれに気づくことなく鉄心の言葉に反応する。

 

「メイキョー…、シスイ?」

 

「うむ、不動な水は、磨かれた鏡のように澄み渡る。己が心をそうすることが出来れば、如何なる物事、それがたとえ己が死であっても動じることはない。先ほどの男は、まさにその境地に至っていたのじゃ。」

 

鉄心の言葉がよく理解できないのか、一子はうーんと首を傾げていた。

そんな一子の様子をルーは微笑ましく見ている。

 

「つまりネ、一子。勝負の最中はどうしても、心が安定しなイ。それは、不安や恐れ、焦り等色々と理由は挙げられるケド、いずれにしてもそんな状態では勝つのは無理。さっきの百代みたいにね。」

 

「むっ!」

 

と、ルーは百代を見ながら説明した。

百代はその言葉に苛立ちを見せるが、反論できないため不貞腐れる。

そして、ルーの言葉を鉄心が続ける。

 

「ま、分かりやすく言うと、さっきの者は心が尋常じゃなく安定しておったのよ。」

 

「うーん、戦いの中でもの凄く落ち着いていたってこと?」

 

「ちと違うが…。ま、だいたいそんな感じじゃ。」

 

すると今度は百代が口を開いた。

 

「じゃあ、何か!?私に落ち着きがなかっただけで負けたって言うのか?」

 

「お前、さっきの自分が落ち着いていたとでも言うつもりか?」

 

と鉄心が百代を呆れた顔で見る。

しかし百代は納得しなかった。

 

「確かに、さっきの私は冷静じゃなかったかもしれない。だけど、それだけじゃないだろ?」

 

「ふむ、まあの〜。」

 

と、百代の言葉に鉄心は長い髭を弄りながら言う。

百代はその答えが知りたかった。

先ほどの組手で、百代はあの佐々木と名乗った男にこれまで戦ってきた相手とは違う何かを感じていたからである。

 

「モモ、お前は先ほどの者と立ち会った時のことを話してみい。」

 

「あ、ああ…。」

 

そして、百代は自分が見て、感じたことを全て話した。

自分の攻撃がまったく当たらないこと。その時、躱される感覚がなかったこと。

相手が持っていた枝が真剣であるように見えたが、そこに殺気はなかったこと。

 

「ほへ〜、なんだかすごいのね!!」

 

「ああ、あんな感覚は初めてだった。」

 

そう百代が話す中、一子は佐々木が使っていた枝を手に拾った。

すると、その軽さに驚く。

 

「え!何これ!?こんなのが何で折れなかったの⁉︎」

 

「うむ。一子、その枝を持ってきてくれんかの?」

 

そう言われ、一子は不思議そうな顔ををしながら言われた通り枝を待ってくる。

鉄心はその枝を持つと、百代と一子を目の前に立たせる。

そして、枝を2人に向かって振るう。

 

「「ッ!!」」

 

「ほほ、どうじゃモモ。コレじゃろ?」

 

「あ、ああ…。」

 

「え!な、何、今の!?」

 

鉄心のいきなりの行動に目を見開く2人。

彼女達が見たのはまごう事なき真剣であった。

すると、鉄心が説明する。

 

「このような軽い枝でさえ、研がれた真剣のようになる。剣の極みに至った者なればこのようなこともできる。」

 

「でも、枝よ。じーちゃん?」

 

「あぁ、さっきのヤツもそうだったが、今のは剣気を飛ばしたのとも違っていた。」

 

そう疑問を声にする2人。

鉄心は再び髭を撫でながら語る。

 

「剣に見せたのではない、お主らが剣と感じたのじゃ。」

 

「「はぁ?」」

 

「つまりの、あやつは振るっていた枝をお主らに真剣と見まちごうほどに扱っておったのじゃ。」

鉄心の言葉にますます首をかしげる2人。

すると、今度は鉄心が一子に枝を持たせる。

そして、手頃な木から葉を手に持って言った。

 

「一子、それを真剣だと思って、この葉を斬るつもりで振ってみなさい。」

 

「は、はい!」

 

そして、一子が鉄心の持つ葉めがけて枝を振るう。

だがやはり、狙いは良いものの、一子の枝は葉にあたり、寧ろその青々とした葉のしなやかさゆえにポキッとあっさりと折れてしまう。

 

「やっぱり、無理よ〜。」

 

「おいじじぃ、これがなんの意味があるっていうんだ?」

 

「いや何、先ほどの者なら見事に断ち切ったことじゃろうと思っての。」

 

その鉄心の一言に2人が息をのむ。

しかし、感心する一子とは異なり百代は怪訝そうな顔をして言った。

 

「そんなの腕に覚えがあるヤツなら誰でも出来るだろう?」

そう言って、人差し指を走らせ、葉を斬る百代。

空を見て、鉄心はため息を吐く。

 

「じゃから、お前さんは負けたのじゃ。」

 

「何!?」

 

「ただ葉を断ち切るだけなら、そんなことをしなくても子供でもできるわい。」

 

そう言って、普通に葉をちぎる鉄心。

それを風にのせて散らすと2人を見て言った。

 

「良いか、手や枝を刃にする技を持つ者はおる。しかし、枝を枝としたまま物を断つのは至難の業じゃ。」

 

「枝を枝として?」

 

「断ち切る?」

 

「左様。刃となった枝は枝にあらず、それは枝の可能性を縛っていることに他ならない。枝はそのようなことをしなくとも、無限の可能性を持つ。」

 

そう言って、折れた枝を手に持ち振るう鉄心。

すると風に揺られ落ちて来た葉が刀で斬られたように二つに分かれる。

その様子をただ見る百代と一子。

 

「枝は枝になろうとはしておらん。しかし、木から伸びても、折れて落ちても枝としてある。見よ、定っているがゆえに自由じゃろ?」

 

「それがさっきのアイツとなんの関係があるんだ?」

 

「あやつはそれをよく分かっておるのじゃ。」

 

「うーん、枝を良く理解しているってこと?」

 

未だに理解できていない2人を見て鉄心は語る。

 

「うむ、頭ではないところでの。ゆえに明鏡止水、あやつは自分を無して枝を手にした。その時、軽い枝は重くなる。そして、鋭さを増す。モモが枝を真剣と思ったのはだからじゃ、あやつにとっては枝であっても、モモからしてみれば、その重さと鋭さは真剣と見えてしまったんじゃろう。」

 

そう言って、鉄心は枝を捨て川神院の奥へと入って言った。

その姿を百代と一子は見送る。

呆然とする2人にルーが中に入るように言う。

一子はいち早く戻ったが、百代は地に落ちつ枝を少し見つめてから奥へと入った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 小次郎、その一日の過ごし方

少しクールダウンの回です。
劇的な展開はございませんが、どうかご容赦ください。


九鬼従者部隊の朝は早い。

それは、特例として番外位の小次郎も例外ではない。

 

九鬼ビル 小次郎自室

 

小次郎の目覚めは日の出とほぼ同時であった。

まずは窓から外を眺め、シャワー室にて行水をする。

余談だがベッドには未だに慣れない小次郎は、この朝の窓からの眺めとシャワーというものを気に入っており、これらは何気に彼の密かな楽しみの1つだった。

そして、寝巻として着ている襦袢からクラウディオから貰った特製の従者服に袖を通し、同じく貰った刀を肩に背負う。

 

「さて、本日も務めに励むとしよう。」

 

そう言って、自室を出る小次郎。

時刻は5時少し前、この時間だと廊下には流石に他の従者の姿もまばらである。

 

廊下を歩き、小次郎が向かったのは鍛錬場であった。

ここで小次郎の1日の業務は始まる。

だが、まだ誰も来てはいないため小次郎は座して待つことにする。

これもいつもの日課だった。

すると、鍛錬場の扉が開く音がして誰かが入ってくる。

 

「うむ、来たか。」

 

「すまない小次郎さん、お待たせした。」

 

「いや何、約束の刻限には間に合っている。」

 

と、振り向くとそこには源義経が立っていた。

義経はその真面目な気質からこの時間から自主的に鍛錬を行なっている。

その為、武士道プランの担当となった小次郎もまたどうせならと、それに付き合うようにしていた。

 

「それにしても、小次郎さんはいつも早いな。義経ももっと頑張らねば!」

 

「なに、義経は十分に良くやっている。」

 

「だが、それでもやらねば只の牛若丸だ…。」

 

「なればこそ、無理をする必要はなかろう。それがたたって、いざという時に動くことができねば、それこそお前は牛若でも何者でもない。」

 

そう言われ、少し気落ちする義経。

その様子からも義経が実に真面目な性格であることが分かり、小次郎は笑みを見せる。

 

「ま、今はまだ色々と学ぶべき身。それを自覚しつつ、己が足取りで精進すれば良かろう?」

 

「う!そ、そうだな。義経達は確かに未熟、小次郎さんの言う通りかもしれない。」

 

と、小次郎の言葉に気持ちを切り替える義経。

 

「まぁ鞍馬の天狗には及ばぬが、私も誠心誠意、己が務めを果たそう。」

 

「よろしくお願いします!!」

 

そして、2人は鍛錬を始める。

最初は義経が小次郎を相手に無手で攻撃をし続ける、いわゆるスパーリングというものから始まる。

未熟とは言ったものの、やはり英雄は英雄。

鋭い突きや蹴りが小次郎を襲うが、やはりそれを余裕で躱す彼もまた例に漏れず英雄のそれだった。

 

「はぁ、はぁ…。」

 

「まずは、これくらいか…。」

 

肩で息をする義経を横に冷静に言う小次郎。

すると、主に遅れて弁慶と与一が入ってくる。

 

「お待たせ〜。」

 

「遅いぞ!2人とも!!」

 

気だるそうな2人の姿を見ると義経は彼女達に近づぎ、喝を入れる。

が、やはり心根の優しさのためか義経も必要以上には厳しくは出来ず、それ故にその言葉は2人には響いてないように見えた。

 

「まぁまぁ、必要最低限の鍛錬の時間には間に合ってるんだからさ?」

 

「それはそうだが…。武士道プランの英雄である義経達はもっと頑張らねばならない!」

 

「だから、こうやって朝から鍛錬には来てるでしょ?九鬼の人間が考えてるメニューなんだから、その辺は大丈夫だよ。」

 

そう言うと弁慶は義経の頭を撫でて、柔軟を始めた。

一方で与一はやはり何かブツブツと言いっている。

 

「よ、与一も来てくれたんだな…。」

 

「あん?俺は姉御に無理やり連れてこられただけだ。俺は実戦派だ、お遊戯のような鍛錬なんて必要ない。」

 

「そ、そんな…。」

 

と、家臣達に翻弄される義経。

しかし、何だかんだと3人でいるあたり、仲はやはり良いのだろう。

と思いつつ小次郎は口を開く。

 

「さて、3人揃ったところで本格的に朝の鍛錬を始めようか。」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「ま、ほどほどに…。」

 

「良いさ、こんな時間もいつかは懐かしく思える。いっ時の戯れだ…。」

 

小次郎の言葉に三者三様の反応が返ってくる。

そして、小次郎は先ほどの鍛錬で疲れているであろう義経を一旦休ませるために、まずは弁慶と与一の鍛錬から始めることにした。

内容は組手(武器あり)である。

これは、一見パワータイプの弁慶ではあるが、その実、技のモーションは非常に早い。

しかし、性格ゆえにある程度の状況にならないとそれは発揮されないため、それが鈍らないようにすることが目的であり、与一の場合は弓兵であるがために、相手が接近した状態でもある程度の対応ができることを目的としている。

 

ーーーーー30分後ーーーーーーーー

 

「ふむ、では一度休憩にするか。」

 

刀(レプリカ)を肩に置きそう言う小次郎の周りには汗だくで座っている武蔵坊弁慶と那須与一の姿があった。

小次郎は刀を持つとなると決して手は抜かない。

もちろん死合いではないため、全力は出さないがそれでも一度刀を持つのであれば、その太刀筋に容赦等はない。

 

「はぁはぁ、キッツい…。」

 

「クッ、昨夜の組織との心理戦が効いてるのか…。」

 

とその結果として英雄のクローン達はもはや満身創痍であった。

義経が心配そうにして、2人にスポーツドリンクとタオルを手渡す。

 

「それにしても流石は英雄。組手中に10は首を落とそうと思ったが、3度仕損じるとは。わたしもまだまだ鍛え方が足りんか…。」

 

「「「……。」」」

 

などと何の慰めにもならない言葉を目の前で吐く剣士。

3人はその男をやはり三者三様の目付きで見ている。

ちなみに内訳は1人はジト目、1人は悔しさを混じらせた睨み、1人は憧れにも似た感心の眼差しである。

 

「さて、では義経も武器を取れ。」

 

そう言われて、義経は刀(レプリカ)を手に取る。

そして、3人の準備が整ったと見ると小次郎は言った。

 

「よろしい。では、最後はいつものように3対1での実戦形式だ。喜べ与一お前の望み通りだぞ。」

「チッ!上等だ、今度こそお前のその思い上がりをぶっ壊す!」

 

「はぁ〜、また面倒臭いなぁ〜。」

 

「よろしくお願いします!小次郎さん!」

 

「うむ、毎度の通り時間内に私に一太刀でも入れたらそこで終わりだ。出来なければ、ヒューム殿にそのことを伝えるため、午後の鍛錬は厳しいものとなるだろうな。」

 

と、笑顔で恐ろしいことを言う小次郎。

その言葉に今度は3人同じ顔を見せた。

結果は必死に食らいつこうとしたものの、源氏一派は我流剣士に軽くあしらわれて終わった。

その時の3人の表情は疲労以上に午後の鍛錬への不安を物語っていた。

 

鍛錬が終わると小次郎は朝食をとる。

そこには基本的に専属の上司であるクラウディオがおり、彼からその日一日の仕事の流れの確認や変更を聞く。

そして、午前は小次郎はクラウディオの補佐として動き、彼から従者の仕事を学ぶ。

基本的に小次郎は義経達の鍛錬、守護がその仕事内容となるため、彼女達が他の学習をしている間はクラウディオがいなければ周辺の警備が仕事となる。

 

そして、昼になると今度は従者部隊のミーティングに出るために九鬼ビルの一室に向かう。

まだ開始まで時間はあるが部屋にはすでに見知った顔をがいた。

 

「お、来たな小次郎。相変わらずロックな従者服だな。」

 

「お疲れ様です。」

 

と、入るやいなや話しかけて来たのは序列15位のステイシー・コナーと16位の李静初である。

さらに部屋の奥では1位の忍足あずみと桐山鯉が何やら話をしている。

すると他の従者達もゾロゾロと部屋の中に入って来た。

そして、時間になったのを確認するとあずみが声を上げる。

 

「よし、それじゃあ今日のミーティングを始める。まずは各自、業務の進行状況の確認からだ。」

「はい、では僭越ながら私がチェックしていきましょう。」

 

と、あずみの声を受けて鯉が従者達の業務を確認していく。

ちなみにこのミーティングにおいて最も時間がかかるのが最初のこの業務確認だ。

少しでもミスがあると桐山鯉の嫌味な小言が始まるため、この時間、従者達のフラストレーションは高まる。

 

「さて、最後に小次郎さん。最近の義経さん達の様子はいかがですか?」

 

「そうさな、あいも変わらず義経はその名に恥じぬように真面目に鍛錬している。ちと、硬くなりすぎているところはあるがな。弁慶も雲のようにゆるりとはしているが、実際にやるべきことはしているから特に問題はなかろう。与一は少し斜に構えてはいるが、やはりその弓の腕は本物だが、接近された時の対応はまだまだ拙い。」

 

と、報告する小次郎。

すると鯉がさらに質問を投げかける。

 

「義経はともかく、弁慶と与一はもう少し真面目になって頂きたいものですね。小次郎さん、引き続き、よろしくお願いしますよ。」

 

「ふむ、心得た。」

 

そう短く答える。

とは言ったものの小次郎自身は特に焦りは感じていない。

自分が今の域にいるのも、ただ徒然にやることもなく剣を振っていたからにすぎない。

しかし、義経達に対する接し方も結局はそこからしか発する言葉はなかった。

 

「さて、最後になるが武士道プランがまもなく本格的に始動する。そのために各自、自分の仕事は気合い入れて臨めよ。特に桐山。」

 

「はい、私もそろそろ動こうと思っていたところです。」

 

そうあずみの言葉に意味深に頷き、答える桐山。

その姿に何かを感じつつも、小次郎はただ黙ってミーティングを終えた。

 

その後、小次郎は昼食をとり午後の業務に備える。

午後、この時間の小次郎の仕事はその日によって異なる。

他の従者達の手伝いをすることもあれば、クラウディオからまだ完璧には把握していない九鬼や従者、川神のこと等について学ぶこともある。

 

因みにこの日はステイシー、李と共に川神市内の巡回であった。

川神駅から始まり、金柳街、仲見世通りを歩く。

そして、3人は多馬大橋に着いた。

 

「それにしても毎回思うがすげぇ街だよな。この格好のあたし達に誰も何も言わないなんてな…。」

「そうですね。でも、それも九鬼への理解があるからでしょう。」

 

等と言って先を行く2人の後ろについている小次郎。

すると、ステイシーが振り返って言った。

 

「でも小次郎はその格好が不思議なほどに合ってるから特に騒がれないと思ったけど、やっぱりチラチラと見られてるな。」

 

「む、そうだろうか?」

 

「ええ、悪目立ちとまではいきませんが、それでも目を引きます。」

 

と、李も小次郎を見て言う。

しかし、当の本人は特に自分の格好に違和感はないと思っていた。

 

「ま、メイドとサムライが一緒にいる光景なんて明らかにおかしいからな。」

 

「私達もその従者服を初めて見た時は驚きましたからね…。」

 

「うむ、だが私は気に入っている。」

 

と、どこか嬉しそうにする小次郎を見て2人はなんとも言えない顔をしていた。

そんな取り留めもないことを話しながら橋を渡っていると、目の前からなんとも言えない格好の男が現れた。

 

「美しいお嬢さん方、どうだろうお時間がよろしければ、私とお茶でも?」

 

「おいおい、ナンパか?それにしたって…。」

 

ステイシーが言い淀むのももっともであった。

パリッとしたブランドのスーツに、オールバックの髪型、時計も高級なものだと一目でわかる。

だが、彼の下半身に問題があった。

濃紺の三角形。それはまさしくブルマ以外の何物でもなかった。

しかし、その下は靴下、革靴装備である。

 

「流石、変態の橋だな。」

 

「まったく、武士道プランも始動し義経達も学校に通うになるのに、このままではいけませんね。」

 

そう言う2人を気にすることなく、変態はグイグイと迫ってくる。

すると、小次郎が2人の前に出る。

 

「恋を語るのは自由。それを阻むのも無粋だが、それにしても其方の格好は雅さに欠ける。」

 

「な、随分と綺麗な長髪だったので女性だと思ったが、まさか男だったとは!」

 

そう勝手に悲嘆にくれる変態に対し、小次郎はため息を吐く。

しかし、後ろのステイシーは変態が小次郎を女性と間違えたことに笑いを我慢し、李は頭を抱えている。

そして、ステイシーが変態を追っ払おうと前に出る。

 

「おい、いい加減に…。」

 

「?ステイシー、どうしました?」

 

「気絶してる。」

 

2人が小次郎の方を見ると、小次郎はフッと笑うとスタスタと先へと歩いて言った。

顔を見合わせるステイシーと李。

 

「今のアイツか?」

 

「でしょうね。何をどうしたのかは知りませんが。」

 

「はぁ…。やっぱりとんでもねぇヤツだな…。」

 

そう言って、小次郎の背中へと目を向ける2人。

すると、小次郎が振り返る。

 

「ん?行かないのか?」

 

そう言われ、2人は早足で付いて行った。

その後、川神学園を外から下見した後、イタリア街ラ・チッタデッラを通って九鬼ビルへと戻った。

 

九鬼ビルへ戻ると小次郎は鍛錬場へと向かう。

すると、そこは死屍累々。

倒れ込んでいる義経、弁慶、与一の中心にヒュームが立っていた。

 

「戻ったか。」

 

「うむ、随分と張り切っていたようですな。」

 

と、ヒュームに頭を下げ中に入る小次郎。

すると義経達が起き上がる。

 

「あ、こ、小次郎さん、お疲れ様です。」

 

「ああ、午後の鍛錬も励んでいるようで何よりだ。」

 

「ああ、お陰様で…。」

 

と、このような状況でも丁寧な義経とは異なり恨めしそうな目でを向けてくる弁慶。

与一は未だに床にへたり込んでいる。

すると、ヒュームが口を開く。

 

「いかに英雄といっても、お前達も俺から見れば赤子も赤子。そんなことで、これから先どうする。」

 

「フッ、ヒューム殿を前にしては誰もが赤子だろう。」

 

と、呟く小次郎。

するとヒュームが横目で見ていう。

 

「フン、お前が言うと嫌味にしか聞こえんがな…。」

 

「はて、そうかな…。」

 

2人の間に緊張が走る。

そのピリピリとした様子を息をのんで見る源氏3人。

しかし、ヒュームが息を吐くとその空気は霧散した。

 

「さて、お前も来たことだ。最後の仕上げと行こうか。胃に汗をかかせてやろう。」

 

「「「ッ!!!」」」

 

「うむ、今朝と比べてどれほど成長したか見せてもらおうか。」

 

そして、鍛錬場は再び地獄絵図となった。

それは稽古などというものではなく、もはや虐待に等しいものだった。

 

鍛錬後、小次郎はその日一日のことをクラウディオに報告して、一日が終わりを迎える。

そして、今小次郎は屋上に立ち空を見上げている。

 

「今日もつつがなく一日が終わったが…。私は何故、この地にいるのだろうか?」

 

それは小次郎がこの川神に来てから、常に考えていたことだった。

過去の英霊、それも佐々木小次郎という人々の幻想が生み出した殻を被ったような存在である自分が何故このように人間のような日々を送れているのか。

小次郎には分からないことだらけだった。

もしかしたら、これは夢なのか。そう考えてしまうことも多い。

 

「胡蝶の夢か。いや、そもそもこの身は夢まぼろし。いくら能書きを述べたところでそれは変わらぬ。なれば、やはり流れに身をまかせる他あるまい。」

 

そう呟き、小次郎は自室へと戻っていった。

妖しく光る月だけが、その姿を見ているだけだった。

 

to be continued

 

 




お読みいただきありがとうございます。
次回からマジ恋Sのストーリーに入っていきますので、今後ともよろしくお願いします致します。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 小次郎、座して刻を待つ

その日、九鬼従者部隊のミーティングにて

 

「東西交流戦とな?」

 

「ああ、今川神市に西の天神館っていう川神鉄心の弟子が学長をしている学校が修学旅行に来てる。」

 

と、小次郎の疑問にあずみが答える。

 

「それでどーいうわけか、三学年それぞれで200対200の合戦形式の交流試合をすることになったんだよ。」

 

「して、それが私と何か関係があるのかな?」

 

「ああ、3日目に2年生の試合があるんだが、その日をきっかけに義経達が正式に川神学園に入学することになった。交流戦にも参加することになっている。」

 

その言葉に小次郎が得心いったように頷く。

 

「なるほど、それでは確かに私にも大きく関わるな。」

 

「ああ、別に常に側にいるわけじゃねぇが、もしもの時のためにお前には合戦を見ておいてもらう。」

 

「うむ、承知した。因みに、英雄様も参戦なさるということは、あずみ殿も同様に?」

 

「当たり前だ。私は英雄様の専属、どこにいようがお側に控えるに決まってんだろ?」

 

と、意気込んで答えるあずみ。

その言葉に小次郎は笑みを浮かべる。

 

「なんだよ?」

 

「いやなに、流石の忠義心に感服していたところよ。」

 

と、からかうような言い方をする小次郎。

あずみはその言いように僅かばかりに苛立ちを覚えながらも、今は無視をした。

すると、桐山も話に入ってくる。

 

「いずれにせよ、この日が武士道プラン始動の日となるわけです。万全の状態で臨みたいところですね。」

 

「ああ、当日までに時間がねぇ。各員、気合い入れていけよ。」

 

そのあずみの一喝に従者部隊全員が頷く。

そうして、この日のミーティングは終わった。

 

その後、小次郎は鍛錬場に足を向けた。

するとそこには自主鍛錬に汗を流す義経の姿があった。

一息つき、スポーツドリンクを飲む義経が小次郎に気づく。

 

「小次郎さん?」

 

「む、邪魔をしてしまったかな?」

 

「いいえ、丁度休憩中でしたから。」

 

そう言われ、鍛錬場に入り義経に近寄る小次郎。

義経は笑顔で小次郎に向き直る。

 

「よく励むな。」

 

「はい!もうすぐ東西交流戦というものがあるそうで、その日が義経が活躍できる最初の日なんです!!」

 

と意気込む義経。

しかし、やはり肩に力が入っているようで緊張が伝わって来た。

すると小次郎は義経の肩に手を置き、座るように促す。

義経も不思議な顔をしたが、それに従い腰を落とす。

 

「私はあまり人に話すほどの生涯を過ごしてはいないゆえ、今の義経にかける言葉はあまり持ち合わせてはおらん。だが、」

 

「は、はい。」

 

「私が言うことは変わらぬ。己が力を発揮する場、それがその先どれほどあるかは誰にもわからん。」

 

義経は只々、小次郎の言葉を聞いている。

余計な言葉を出さずともその真摯な想いが伝わってきた。

 

「なればこそ、義経。思うままにやれば良い。」

 

「え?」

 

「その時までお前は何者でもない。何者かになるために、ただ駆け抜けることだ。」

 

「小次郎さん…。」

 

そう言って、立ち上がる小次郎を黙って見る義経。

そして、最後に小次郎は言った。

 

「ま、私が言えたことではないがな…。」

 

そうして小次郎は鍛錬場から出ていった。

義経はその姿をただずっと目で追うだけだった。

 

鍛錬場を後にした小次郎は次の仕事のため廊下を歩く。

するとクラウディオと会った。

 

「小次郎、少しよろしいですか?」

 

「うむ、何用かな?」

 

「ここでは何ですので、落ち着ける場所に行きましょう。」

 

そうして、2人は休憩室に向かった。

あいも変わらず、テーブルの上にはクラウディオが淹れたお茶が置いてある。

 

「もうお聞きのことと思いますが、東西交流戦にて義経達武士プランが本格的に始動となります。」

 

「うむ、心得ている。」

 

「その次の日から義経達は川神学園に入学となります。そして、それは私達の務めも同様です。」

 

クラウディオの言葉は穏やかだが、どこか緊張感があった。

 

「朝礼にて各自挨拶がありますが、私達もその場で生徒の皆さんに挨拶をします。そこで貴方も佐々木小次郎として挨拶をして頂きます。これが何を意味するか分かりますね?」

 

「うむ、なるほどな…。」

 

“佐々木小次郎”として人の前に出る。

そして、その場には武士道プランとして注目される義経達もいる。

それは同時に小次郎が“佐々木小次郎”として世間に認知されることを意味する。

 

「そこで小次郎。貴方は義経達、同様武士道プランの一員として世間には公表するつもりです。誠に勝手ではありますが、それが現状貴方の素性を説明するのに適しております。申し訳ありませんが、どうか納得して下さい。」

 

「なるほど、それは確かにな。いや、もとよりこの身は九鬼に生かされている身。それに従うまでよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「他には?」

 

「そうですね、他には今後の仕事の諸注意となりますが、私的な交戦は厳禁とします。特に武神、川神百代とは絶対に戦ってはなりません。また、これは貴方に直接関係はございませんが、川神百代が義経達との戦闘を希望するでしょうが、現時点ではそれは阻止致します。その代わりと入ってなんですが、川神百代には義経達に挑戦を望む者たちとの事前審査として、その者達と立ち会って頂くことになりました。」

 

「うむ、なるほどな…。仕方あるまい。」

 

私的な交戦の禁止は小次郎にとってあまり好ましいものではなかったが、それは承知するしかなかった。

 

「しかし、相手側から無理やり挑戦を挑まれ回避が不可能であれば、その限りではございません。例えば、義経達の命を故意に狙うものや、暗殺を目論む者等は遠慮はいりませんので、排除して下さい。」

 

「うむ、それも承知した。」

 

「よろしい。また、川神学園には貴方に純粋に挑戦する生徒の方もいらっしゃると思います。その方とは仕事に支障のない場合のみ付き合って差し上げなさい。」

 

「む、良いのか?」

 

「ええ、武士道プランは英雄のクローンとの切磋琢磨することによって若者をはじめとした者達の成長を促すもの。貴方もその一員とするのですから、その点は気にすることはございません。」

「それは僥倖。確かに承った。」

 

と、守るべきことは多々あるがそれを加味しても小次郎にとっては満足のいくものだった。

 

「さて、以上となります。何か質問はありますか?」

 

「いや、無い。今後の流れによっては色々と変わるだろう。それはその都度、クラウディオ殿に指示を仰ぐようにしよう。」

 

「はい、結構です。では、改めてよろしくお願いします。小次郎。」

 

そして、2人は部屋から出て別れた。

小次郎は再び廊下を歩く。

すると、目の前から黒衣をまとった女性が歩いてくるのに気づいた。

 

「これはマープル殿。」

 

「ああ、あんたかい。」

 

小次郎が頭を下げたその人物は九鬼従者部隊序列2位ミス・マープルその人であった。

同じ敷地内にいても、あまり顔を合わせない2人。

マープルは小次郎を一瞥する。

 

「わかってると思うけど、まもなく武士道プランが始動する。新参者だからって怠るんじゃないよ。」

 

「うむ、肝に命じて置きましょう。」

 

「真実はどうあれ、九鬼が“佐々木小次郎”として認めた男。余計なことはせず、失望させないでおくれ。」

 

そう言って、マープルはそれ以上何も言わずに通り過ぎていった。

 

「ふっ、手厳しいな。しかし…、いやはや女狐と関わったせいか何かを企む女の姿に敏感になってしまったな。」

 

と、自嘲気味の笑顔を浮かべて小次郎は周辺の警備へと向かった。

 

to be continued

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 小次郎、現世の戦を見下ろす。

ご無沙汰しております。
皆さま長らくお待たせしておりました。

個人的な余裕も出てきたので、これからまた投稿を徐々にではありますが、再開したいと思っております。
また、他の作品に加えて休んでいた際に練っていた構想がありまして、そちらも投稿できればと思いますので、よろしければそちらよろしくお願いします。

書いている作品が計3点となりますが、それぞれのクオリティを落とさぬよう頑張ってまいりますので、今後ともよろしくお願いします。


川神学園と天神館による東西交流戦が始まった。

その間、小次郎はクラウディオの指示により自身が今後関わる学園の生徒が如何なるものか知る必要があるとして、直接的には関わらないものの決戦の地となる工場の様子を遠くより眺めていた。

そして、本日でそれはもう3日目となる。

 

初日は両校の1年生間で行われ、天神館の方に軍配は上がった。

内容としては川神学園側の総大将が討ち取られたらしい、結果だけ見れば至極簡単だが、見ていた小次郎からすれば、采配が稚拙過ぎたとしか言えなかった。

正直、川神の総大将はその器になく、負けるべくして負けたといえる。

しかし、そのような中にあって小次郎は1人の女学生に目を当てていた。

長い黒髪を後ろで結って、太刀を抱えている少女。

オドオドとしているようだが、その動きの一つ一つ、一挙手一投足が並みのそれではなく。

女人の身、あの齢にてあれほどの域にまであるその身を末恐ろしく思いながらも、不思議と笑みをこぼしていた。

事実、どうやら向こうも小次郎の目線には気づいていたようで、交流戦が終わった後も周囲への気を解いてはいなかった。

 

2日目は3年生の交流試合であったわけであるが。

もうこれは正直に言って、面白みのない試合であった。

拮抗することもなく、たった1人の女学生の大技にて終了したのである。

川神百代、先日戯れ程度ではあるが立ち会った少女。

彼女が皆の力を結集した天神館の巨人を無慈悲に薙ぎ払ったのを小次郎は見て、ため息をつく。

果たしてそれは、百代の行為を無粋と感じたからなのか、それともそんな彼女の周りに拮抗する相手がいない現実に対してなのかは小次郎自身にもわからなかった。

 

そして、東西交流戦最終日。

本日は2年生同士の決戦である。

聞くところによると、どうやら2年生は川神・天神館の両校共に生徒の質は高いようで、事実現状は拮抗しているように見える。

先の2日間とは違い、血気盛んに立ち会っている学生達を見る小次郎の表情も心なしか高揚しているようだ。

しかし、いつまでもそのような心持ちではいられない。

本日は川神学園の視察とは他に自分の義務でもある義経の護衛の任も兼ねているのである。

生徒達には非公表ではあるが、今日この日を持って源義経をはじめとした武士道プランが公のもとに明かされるのである。

 

 

しかし、当の本人に目をやると…。

どうやら緊張や不安やらが混じったような、冴えない面持ちである。

 

「どうかしたか、義経?」

 

「い、いえ!なんでもないで、す…。」

 

と、小次郎の言葉にとり作ったような返事をする義経。

そんな絶対に何でもなくはないくせに、無理をしているのが見え見えな義経に小次郎は、ふっと笑うと再び声をかける。

 

「で、あるならば私はもう何も言わんが、己が内に何かを溜め込んだまま戦さ場に赴いても、何も良いことはないぞ。」

 

「ッ!」

 

そう言われて、義経は一度下を向くと、思い切ったように小次郎の方を向いて言った。

 

「あの!小次郎さん!」

 

「なんだ、義経?」

 

「義経は今日が義経にとって、どれだけ大切な日か分かっているつもりだ!だけど、それと同じくらい、あそこにいる川神学園や天神館の皆にとっても大切な日だとも思っている。それなのに、義経が突然現れては、皆の大切な思い出を汚すことになるのではないだろうか?」

 

「ふむ…。」

 

小次郎はその言葉を聞き、考えを巡らせる。

実に義経らしいと言えば義経らしい。

自分の立場を考慮し、九鬼の期待に応えねばという思いと、これから学友となるであろう者達への配慮。

この2つが今義経の中でせめぎあっているのであろう。

それを知った上で小次郎は口を開いて言った。

 

「では、どうする義経?このまま帰るか?」

 

「そ、それはできない!」

 

「なれば、往くしかなかろう?」

 

「だ、だか!」

 

義経も自分で分かっているのであろう。

自分がどうしようもなく、身勝手なことを言っていることは。

分かっているからこそ、義経は悩んでいるのである。

 

「義経、言ったであろう。『思うままにやれば良い』と。」

 

「よ、義経は…。」

 

「義経、あそこにいる者達を見てどう思う?」

 

そう言って、小次郎は目線を義経から交流戦へと移す。

何があったのかは知らないが、中央にて爆音が響いたと思ったら、今度は海沿いの方で火の玉(よく見ると上半身裸の色黒の男だった。)が打ち上げられ、綺麗な弧を描いで海へと落ちて言った。そのような中にあって、学生達は必死な顔をしながらも、大いに青春を謳歌しているように見える。

その様子を義経も見た。

その表情はどこか羨望にも似た憧れを抱いたものであった。

そして、自然と義経は口を開いていた。

 

「義経もあそこに行きたい…。」

 

「ならば、もう決心はついたであろう?」

 

「だが…。」

 

それでも、義経はまだ迷いがあるように見える。

そんな義経を見て、小次郎は再び義経に問いを投げた。

 

「思うままにやれば良い。」

 

「小次郎さん…」

 

「何、明日から友となるであろう者達への手向けだと思えば良かろう?ましてや、あそこまでしのぎを削ることに真摯な者達だお前に討ち取られて、己が未熟を恥じはすれど、お前を恨む者はおらん。それに…」

 

「それに?」

 

自分を向く義経を見て、小次郎は笑みを浮かべながら言った。

 

「高所から駆けて敵を討ち取るなど、まさに源義経ではなかろうか?」

 

「小次郎さん…。」

 

すると、小次郎と義経の遥か足下にて大気が揺れた。

目をやるとそこには鈍く黄金のような光が輝いている。

 

「さて、どうやら学友が窮地のようだぞ、義経。私が見たところ、あの学生はどうやら川神学園側の軍師のような立場にいる者のようだが…。」

 

「えっ!小次郎さん、義経はいってくるぞ!」

 

そう言って、義経は一目散に飛び降りた。

その姿にもはや先ほどまでの迷いは微塵もなく、その姿はまさしく武士であった。

 

1人残された小次郎は義経の活躍を見ていた。

どうやら、何の憂いもなく義経によって、2年生の交流戦は川神学園に軍配があがった。

 

「一ノ谷の合戦ここにありと言ったところか。さて…。」

 

そう呟くと、小次郎はおそらく帰り道が分からないであろう義経を迎えに行くため、自身もまた飛び降りた。

 

to be continued…

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 小次郎、いざ光射す舞台へ。

東西交流戦から一夜があけ、その日の川神学園は朝のHRは、臨時の全校集会が開かれていた。

全校生徒を前に学園長である川神鉄心が前に出て口を開く。

 

「皆も今朝の騒ぎで知っているじゃろう、武士道プラン。」

 

そう、今や川神に限らず日本、世界は九鬼財閥の突然の発表、《武士道プラン》の話題で持ちきりであった。

ざわめく学生達を気に留めることなく、鉄心がそれに伴い川神学園に6人の転入生が入ることになったと説明を始める。

 

まず初めに、3-Sに入る葉桜清楚が紹介され、その名の通りの清楚な振る舞いで男女問わず皆を魅了していた。途中、清楚のスリーサイズを聞こうとした愚者あるいは猛者がいたが、それはその生徒の担任によって無かったことにされた。

 

次に義経達、2-Sに編入する者達の紹介に移る。

義経は昨日の東西交流戦で見知った者のいたが、それでも皆の注目を集めていた。

しかし、それ以上に生徒たちの注目を集めたのは弁慶の姿であった。

どうやら皆、かの武蔵坊弁慶のクローンとやらに先入観があったのであろう、目の前で飄々とした雰囲気を醸し出す美女の姿は彼らの予想を良い意味で裏切る者であったらしく。

主に男子たちの歓声は大地を震わすほどであった。

そして、最後に那須与一の紹介が行なわれるはずであったが、その姿はどこにもなくしばらくの間、辺りはどよめいたが義経がなんとか与一のフォローをしようと頭を下げてことなきを得た。

しかし、その後ろで川神水(※ノンアルコールで場で酔える不思議水)を公衆の面前で飲んでいる弁慶が注目され、落ち着く間も無くまたざわめきが起きた。

 

場所は変わって、川神学園屋上。

 

グラウンドがそんな中、与一は1人校舎の屋上入り口上の貯水タンクの横にてごろりと横になっていた。

 

「ハッ!くだらねぇの…。卒業するまでの付き合い…馴れ合いに意味あるのか?」

 

あいも変わらず、今日も今日とて中二病まっしぐらである。

 

「人間は死ぬまで1人なんだよ」

 

と、寝転んだまま誰にいうでもなく言葉を吐く与一。

しかし、与一が独り言として呟いた言葉は彼の予想に反して、返ってきた。

 

「別にそうしているの構わんが、良いのか?このままだと後ほど弁慶の折檻は免れぬぞ?」

 

「あっ!?」

 

その言葉を耳にして、与一がガバッと起き上がる。

与一が声の方を見ると入り口に小次郎の姿があった。

 

(全く気配を感じなかった…。やはり、コイツ組織の…)

 

「いやはや、また色々と思案しているようだが。私はお前の様子を見に来ただけだ。何せこの身に課せられた任はお前達の護衛。義経達はともかく、お前が何処にいるか確かめに来ただけよ…。」

 

と、特に与一の方を向かずに話しかける小次郎。

その姿はいつも通りの特注の従者服を身に纏い、長刀を背にしていた。

 

「にしても、今日ぐらいは皆の前に出て一言くらいは申したらどうだ?お前にとっても、今日は新たな日々の始まりであろう?」

 

「フン、群れたい奴は勝手に群れれば良い。俺は何ものにも迎合する気は無い。」

 

「左様か…。だが郷に入っては郷に従えとも言う。無理に他者に合わせろとは言わぬが、別に輪の中にいても、孤高でいることは出来よう。」

 

「何?」

 

「寄るべの無い者はただの孤独。寄るべがあり、それでも自身を見失うことのない者を孤高と言う。与一、お前が目指すものはどちらだ?」

 

そう言い残して、小次郎は何事もなかったかのように屋上を後にした。

与一の耳に小次郎の言葉が深く残っていた。

 

「孤独か孤高か…。」

 

 

小次郎がグラウンドへの戻ると、全校集会ではウィ○ン交響楽団のファンファーレが鳴り響いていた。

どうやら、義経達の自己紹介が終わり今度は1-Sに編入する者の紹介が始まるようだ。

目立たぬように控えていたクラウディオが小次郎に気づく。

 

「おや、戻りましたか?」

 

「おう、与一は屋上で寝ていたぞ。」

 

「連れてはこなかったのですか?」

 

「何、ここで無理に連れてきても場が乱れるだけであろう。それに…。」

 

言い止まる小次郎をクラウディオが見る。

 

「それに?」

 

「いや、私よりも奴を引き出すのはこれからの出会いに任せるべきかとな…。」

 

と、小次郎が目を閉じながら言った。

その言葉を聞くと、クラウディオは目を細めて微笑む。

 

「そうですね。」

 

「して、どうやら義経達の顔見せは終わったようですな。」

 

「ええ、ご覧の通り。今は紋様とヒュームの紹介をしています。」

 

「いやはや、それにしても紋様の護衛とはいえヒューム殿がこの学び舎に通うとはな…。」

 

と、小次郎が笑う。

クラウディオも同じことを思っていたのか、苦笑いを浮かべる。

そう話す2人の前ではヒュームの編入を目の当たりにして当然だが、学生達は驚愕している。

すると、ヒュームの姿が消えた。

 

「おや?」

 

「どうやら、学生の方に行ったようだ。しかも、あそこにいるのは…」

 

2人がヒュームの向かった方に目線を向けると、ヒュームは1人の女生徒の後ろにいた。

そして、その生徒のことを小次郎は見知っていた。

川神百代、つい先日立ち会った武士娘である。

ヒュームは百代に何か耳打ちすると、再び目に見えないほどの速さで元の場所に戻った。

 

「さて小次郎、次は貴方の紹介です。私が先に出ますので呼んだら来て下さい。」

 

「承知した。」

 

そう言って、今度はクラウディオが生徒達の前に出る。

 

「えー、ここで僭越ながら、ご挨拶させて頂きます。私、九鬼家従者部隊序列3番。クラウディオ・ネエロと申します。」

 

と、恭しく礼をして挨拶するクラウディオ。

再び何事かと生徒達がクラウディオの方を向く。

そして、クラウディオは従者部隊が紋白の護衛と武士道プランの成功の為に頻繁に現れることを説明した。

そして、クラウディオは今一度、生徒達を見て口を開いた。

 

「そして、その従者部隊の者の中にも義経様同様、武士プランに携わる者がいますのでご紹介いたします。それではこちらへ…。」

 

そう促され、小次郎が出てきてクラウディオの隣に立つ。

その姿を見て女性とから黄色い声が湧き上がる。

小次郎はその反応に少しばかり驚いたが、すぐにいつもの調子で受け流す。

 

「九鬼家従者部隊の佐々木小次郎と申す。クラウディオ殿達同様、私も度々この学園に顔を出すと思うが、よしなにお頼み申す。」

 

と、深々と礼をする小次郎。

すると、ある一点から闘気が自身に向かってくるのを感じた。

小次郎は顔を上げるまでもなく、その持ち主が誰か分かっていた。

そして、顔を上げるとまさしくそれは小次郎の予想通りの生徒が浅きれないほどの闘気を纏いながら笑みを浮かべていた。

 

(やれやれ、本当に血気盛んなことよ…。)

 

と、小次郎はその闘気を受け止めることなく受け流しながら、百代に向かって流し目で笑みを向ける。

すると、百代はそれを挑発と受け取ったのか険しい顔をする。

 

その後、全校集会はつつがなく終了し、生徒達は解散すると各々の教室へと戻っていく。

そんな中でクラウディオが小次郎に話しかける。

 

「如何ですか、小次郎。この学園での生活はやっていけそうですか?」

 

「うむ、皆いい顔をしている。己が務めを全うしながら楽しむとしよう。」

 

「そうですか、それは何よりです。」

 

と、笑顔を見せる小次郎にクラウディオも満足そうに頷いた。

 

「では、小次郎。私は皆様の邪魔にならぬよう、控えていますが貴方はどうしますか?」

 

「うむ…。とりあえずは、私も学生達の学びの邪魔するのは忍びないのだが…?」

 

と、悩むような顔をする小次郎にクラウディオが語りかける。

 

「そうですね。ですが、貴方は説明したように武士道プランの1人として認識されています。ですので、学生の皆様と交流がある方が良いでしょう。授業を受けることは無理でしょうが、学内を散策するのは良いでしょう。」

 

「む、良いのか?」

 

「もちろん、貴方自身が仰っているように学生の皆様の生活に支障をきたすのは厳禁ですがね。」

 

「うむ、承知した。」

 

そうして、小次郎はクラウディオと別れ校舎内へと入っていった。

 

to be continued…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。