あくいろ! (輪音)
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屍鬼アリス



この悪魔異録『あくいろ!』は『デビルサマナー ソウルハッカーズ』と『真・女神転生デビルサマナー』の世界観を土台として、真・女神転生各種やペルソナ各種の世界観も含有しています。
多身合体系混成仕様となりますので乱痴気に見えるかもしれませんが、ご容赦いただけましたら幸いです。
物語の進行はゆっくりめで、日常生活が基本の予定となります。
主人公とファントムソサエティを繋ぐ存在には、マヨーネを起用しました。
イタリア語で検索をかけるとマヨーネは苗字で出てきましたため、新たに名前を付けています。
ちなみに御立派様と主人公との繋がりは信仰心で、エロいことが目的ではなかったのですけれども、結果的にエロい力を得ました。

『メガテン』を知らない方も読める作品が目標です。
それでは、どうぞ。
コンゴトモヨロシク。




 

「おなごとまぐわうのだっ! その命尽き果てるまでまぐわうのだっ! そして産めよ増やせよ! 儂が許すっ! このマーラの名にかけてっ! 我が金魔羅宮(かなまらのみや)の敬虔なる信徒よっ! 毎日儂を拝む信徒よっ! 煩悩にまみれ、我欲を満たすがよいっ! お主がまぐわったおなごの数は少なすぎる! 回数も少なすぎる! 儂を毎日拝みながら、なんという体たらく! イカン! イカン! イカせなければイカン! エレクチオンじゃ! お主はその根っこをエレクチオンして、おなごを何人も歓喜せしめ昇天させるのじゃ! お主はこれより愛の尖兵! 異論は許さぬ! ヤれ! ヤるのじゃ!」

 

眠っていた筈なのに、明確に感じる世界。

ああ、これが明晰夢というやつなんだな。

眼前には緑色の御立派な姿に口や手足の付いた存在が、古代の戦車みたいな四輪の乗り物に鎮座している。

もしかして、彼がオレの崇める神になるのか?

毎日拝んでいる、裏庭の社の神様なのか?

神というよりも魔の存在に見えるのだが。

 

「お主には大いなる性愛の力を与えよう! お主の求めるおなごは皆簡単に陥落し、尽き果てぬ力故にあらゆるおなごはお主に満足するのだっ! 如何なるおなごも歓喜して昇天すること間違いなし! これこそ二者両得! 気に入った娘たちを皆惚れさせ、次々に妻とするがよい!  そして、オマケに敵を火に弱き札へと変え、すべてを燃やし尽くす異能を与えようっ! これに耐えられる者はなかなかおるまいて! ぬははっ!」

「それ、現実にやったら犯罪です。」

「なん……じゃと……? お主の世界ではおなごを愛することもろくに出来ぬのかっ? なんと理不尽なっ!」

「理不尽なのは、あなたの方です。」

「ほほう、このマーラにそのような口がきけるとは、流石儂の見込んだニンゲンよ。よし、その度胸に免じてこの娘を預けよう!」

「ちょっと待ってください! この子は可愛いですけど、いろんな意味で不味い!」

「くくく、悩むがよい悩むがよい。それもまた真理。」

「恰好いい台詞ですが、訳が全然わかりません!」

「ではさらばじゃ、ニンゲン! また会おうぞ!」

「あの! ちょっと!」

 

オレの傍には少女がいる。

そんじょそこらじゃ見かけないような、綺麗な娘だ。

あと五、六年経ったら最盛期を迎えるだろう美少女。

 

「屍鬼(しき)アリスよ。今後ともよろしくね、ニンゲン。」

「は、はあ、よろしくお願いします。」

 

青いワンピースを着た、金髪碧眼の白人系美少女。

よくわからんのだが、彼女は人間じゃないらしい。

 

「ホントはあんたくらいの力じゃあたしを制御出来ないんだけど、魔王から直々に頼まれたとあっては致し方ないわ。手助けしてあげるから、感謝しなさい。」

「ありがとうございます。」

 

そこで意識が途絶える。

訳のわからない展開だ。

 

目が醒めたらば、隣でアリスが寝ていた。

なんてこったい。

急いで下着を確認したが、大丈夫だった。

ほっとする。

ヤバい性癖は覚醒していないようだ。

 

今日も今日とてハローワーク。

明日は明日で再就職への活動。

なかなか仕事が見つからない。

うぐぅ。

 

気分転換にと、彼女を伴って街歩きする。

ここ神奈川県平崎市は古墳時代から豪族が治めていた場所で、戦国時代には北条氏や今川氏などが激戦を重ねたという。

江戸時代は秦野氏がずっと穏健に治めた。

そのお陰で独自の文化が花開き、それは今も伝統を受け継いだ人々によって豊かに根付いている。

矢来羊羮と蒲鉾と海の幸と旨い酒が名物。

そんな街だ。

アリスは物珍しいのか、辺りをきょろきょろ眺めていた。

こうしていると、無邪気な女の子にしか見えないんだよ。

で、だ。

なんだか自意識過剰かもしれないが、女性たちからちらちら見られている気がする。

オレがモテる?

まさかな!

あれは夢。

単なる夢。

三〇代半ばの冴えないおっさんがモテるなんて、そんなご都合展開などある訳無い。

なんかムラムラするが、気のせいだ。

何回でも問題無いようにさえ感じる。

気のせい、気のせい。

みんな、気のせいだ。

臨海公園で無邪気に走り回るアリスを見ながら長椅子に座っていると、美人が目の前に現れた。

なんだか、いい香りがする。

ヤバい。

ヤバい。

オレの中の魔獣が勃起する。

 

「お隣、よろしくて?」

「え、ええ、どうぞ。」

 

帽子をかぶった、ゴスロリ仕様の娘さん。

着ているものが、なんだかとても高そう。

何故かもじもじしながら話しかけてきた。

 

「あの。」

「はい。」

「イタリアはお好きですかしら?」

「え、ええ、いいと思いますよ。」

「その、ぶしつけですが、お仕事はなにをしていらっしゃいます?」

「お恥ずかしながら、今は就職活動中の身でして。」

「あら、でしたら、好都合ですわ。」

「好都合、ですか?」

「私たちの会社では、現在有能な人材を求めていますの。」

 

私の手を握りながら説得してくる娘さん。

建物調査や害虫駆除などが主業務らしい。

 

「私、アマーリア・マヨーネと申しますの。是非とも、我が社に就職してください。私が全面的にあなたを支援しますわ。面接なんてまだるっこしい。即採用です。そうですわ、いいホテルを知っていますの。そこでゆっくりこれからのことをお話しませんか?」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします、マヨーネさん。その、ホテルはですね、あの子がいますので今日はちょっと……。」

「アマーリア、とお呼びください。ではまた今度、お一人で私の住むマンションにお越しくださいね。」

「あ、その、考えておきます。」

「あなたなら、大歓迎ですわ。」

 

電話番号とメールアドレスを交換し、彼女は名刺と封筒をくれた。

近々お電話しますので、とまるで名残惜しそうに去ってゆく彼女。

戻ってきたアリスから、何故だかげしげしと蹴られた。

痛い、痛い。

 

なんだったんだ、今のは。

封筒の中身は現金だった。

かなり入っている。

ヤバい仕事の人に目を付けられたのか?

 

「あの女、サマナーね。」

「サマナー?」

「あんたと同業の悪魔召喚師ってこと。」

「悪魔召喚師? お伽噺みたいですね。」

「あたしが、お伽噺の存在に見えるの?」

「う~ん、とても美少女に見えますな。」

「な、な、な、なにを言っているのよ!」

「本当は人間じゃないんですか、アリスさんは。」

「ムッキー! ニンゲンにニンゲン呼ばわりされた!」

「怒った美少女も風情がありますね。美しいことは、利点が多いものです。」

「う、う、あんた、ホントにモテないの? なんだかジゴロみたいだけど。」

「オレは、嘉納治五郎みたいな柔道の達人じゃありませんよ。」

「誰がボケろと言ったのよ!」

「それはおいといて、ご飯を食べに行きませんか?」

「その前に、あんたを丸かじりしてやろうかしら。」

「煮ても焼いても喰えませんよ。」

「そういう鬼の像があるわよね。」

 

取り敢えず、アリスと一緒にキリノハモールへと出掛けた。

ここは平崎市最大の地域密着系大型商業施設で、癖のある地元の名店が幾つも軒を連ねている。

よし、今日はラーメンしらいしへ行くとしよう。

臨時収入があったし、ここは奮発するか。

時刻は夕刻で店内はけっこう混んでいる。

カウンター席にオレたちは並んで座った。

アリスは物珍しそうにきょろきょろしている。

 

「豚骨こってりばりかた野菜多めとドミカツ丼普通、それに餃子三人前ください。あと、彼女用に小皿をひとつ。」

「あいよ。」

 

昔間諜をしていたと自称する女性主人に注文した。

いかん、普段はなにも感じないのに何故か今日は彼女にムラムラする。

汗ばむうなじにドキドキした。

シャツの隙間からちらちら見えるブラに、ドギマギする。

これは不味いんじゃないかな?

 

「おや、あんた、ちょっと見ない内にいい男になったじゃないか。ふふふ。」

「そ、そうですか?」

「パリで別れた、諜報員の恋人を思い出すよ。」

「ねーねー、サマナー。さっきのドミカツ丼ってなに? 豚骨こってりばりかたってなに?」

「あー、このお嬢ちゃんはうちが初めてなんだね。ドミカツ丼てのはうちの裏献立のひとつでね、豚カツと湯通ししたキャベツを載せたご飯の上にドミグラスソースをかけたもんさ。豚骨こってりばりかたってのはね、濃厚豚骨拉麺の麺固めだよ。」

「へえ、じゃあ、あたしはドミカツ丼にする。」

「あいよ。ちょっくら待ってな。その間にこれでも食べておくれ。自家製の浅漬けさ。」

「ありがとうございます。」

 

小声でアリスに話しかける。

 

「あの、アリスさん。」

「なーに?」

「今更ですが、普通に食事は出来るんですか?」

「出来るわよ。エナジーの吸収効率は今一つだけどね。」

 

調理の合間に、主人がこちらをちらちら見ている。

やはり、勘違いではなさそうだ。

 

「はいよ、ご注文の品一丁上がり。」

 

主人が、常連らしい会社員になにか熱心に話しかけている。

最初戸惑った様子だった彼が、手を握られて赤面していた。

 

客が入れ替わり立ち替わりしてゆく店内。

右隣の席にチンピラっぽい若者が座った。

着席と同時に彼は素早く簡潔に注文する。

 

「カツ丼。」

「はいよ。」

 

手慣れた感じだ。

 

「おい、お前。」

 

話しかけられ、顔をそちらに向ける。

 

「なんで仲魔をこんなとこに連れてきてやがる?」

 

ナカマ?

 

「あんたには関係無いでしょ。」

 

オレ越しにアリスが男へ言った。

 

「ふん、そんな高位の奴を連れ回していたら、あっという間にマグネタイトが尽きるぞ。」

「おあいにくさま。そんなことにはならないから。」

 

マグネタイト?

なんだそりゃ?

 

「カツ丼、お待ち。」

「おう。ん? なんだか今日はとっても色っぽいな、女将。」

「あはは、口説いてもダメだよ。今夜は先約があるからね。」

 

カツ丼を豪快に食べ始める男。

またこちらに話しかけてきた。

 

「いいことを教えてやる。」

「いいこと?」

「悪魔を信用するな。人間も信用するな。信用出来るのは自分自身だけだ。」

「はあ。」

 

おしんこを噛み砕き赤出汁の味噌汁をくいっと飲み干し丼を手早くかっこんだ彼は、すいと立ち上がる。

 

「女将、勘定。釣りはいらねえ。」

「いいのかい?」

「これで相手に精のつくもんでも喰わしてやんな。」

「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうか。今度来た時は、オマケしてあげるよ。」

「期待してるぜ。」

 

彼はくるっとオレを見て言った。

 

「じゃあな、あばよ。」

 

 

その後の帰宅途中、学生やら会社員やらから声をかけられて大変だった。

アリスから何度も蹴られて脛が痛い。

オレは一体、どうなるんだろう?

 

 

 



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市立図書館


我はお主
お主は我
果てなき問いと答
繰り返される虚無
悠久の時にたゆたいし
魔羅に魅入られた男に
明日はやってくるのか
無数に見える選択肢は
ニセモノ
一掴みしか許されない
己の意思
抑圧と解放
愛を囁く美しき女たち
嫉妬の目向ける男たち
悪魔召喚師は苦悩する
人の懊悩こそ悪魔の糧
人の煩悶こそ悪魔の糧
それを知らぬままにて
彼は歩いてゆく
仲魔たちと共に
心の海はいつも時化
波瀾に満ちた航海
後悔しないようにと
思案を重ね
迷いを重ね
小さな光を求める


『市立図書館』

悪魔を殺して平気なの?




 

 

「ええい! あなここなうつけ者めっ! 儂の与えた力をなんと心得るっ!」

 

いきなり怒られた。

ギンギンにそびえ立つ緑色の神というか魔の存在は、登頂部からなにやら液体を噴出させながら憤激していた。

異能を与えられながら、未だに女性とまぐわっていないからだろう。

しかしまあ、会ってすぐの女性とナニをしてしまうなんて出来ない。

 

「お主の思考することの内容くらい、とっくに読み取れておるわっ! 生娘のように躊躇してなんとするっ! 愚かな! なんと愚かな! 臆するとは! 何人もとの機会をみすみす失うとは、なんともはや情けないっ! 生娘もおったというにっ! なにゆえに断った? 見た目に振り回されるとは情けない! 一体なんのための力を与えたのか、わかっておらぬのかっ! わかっておるのかっ!? このたわけ者めっ!」

 

説教された。

ピュンピュン丸な登頂部からの液体が勢いよく周囲へと飛んで行き、彼の体に血管が次々浮かび上がってくる。

怒張。

それはまさに怒張。

ギンギンであった。

 

「シッダールタの眷属でもあるまいに、おなごとまぐわうのを躊躇するのは解せぬ。もしや、おなごの選り好みがやたらに激しくて、厨二状態とやらになっておるのか? ……違うな、それは違う。お主は忘れられぬのだ、お主を振り回した末に、他の男を求めたおなごが。詰まらぬ詰まらぬ詰まらぬ。捨てるおなごあらば、拾うおなごあり。学生時代の古き因縁を断ち切って新たな時を開くのだ、愛戦士よっ! もはや、お主を受け入れぬおなごはおらぬ。ゆくのだ。イケ! イケ! 肉体朽ち果てるその時まで! ひたすら貫くのだっ!」

 

目が覚める。

怒張していた。

大変困った。

 

 

アリスから悪魔召喚師のことや仲魔のことなど、基本的なことをいろいろ教えてもらう。

本来ならば悪魔召喚器が無いと悪魔の呼び出しなど出来ないし、使役も出来ないそうだ。

 

「『御立派様』が、あんたの体をかなり無茶苦茶『改造』したからね。」

「『御立派様』?」

「ああ、こないだの魔王マーラのことよ。みんな、『御立派様』って呼んでいるの。」

「成る程。」

 

確かに彼はそそりたっていた。

屹立(きつりつ)もしていた。

あまりにも大きく、そして猛々しかった。

 

いつの間にか、右手の薬指にゴツい指輪が嵌まっている。

あれ?

 

「それ、ニーベルングの指環よ。」

「えっ!」

「ふふふ、冗談だってば。でも、それが無いとあんたは精力の制御が出来なくなり、周りの子を見境無く襲うようになるわ。そして、待ち受けるのは破滅。だから、余剰に発生するあんたのエナジー、つまり生体マグネタイトをあたしがエナジードレインする訳。故に、あたしは常に顕在していられる。そういうことよ。それでも余剰分があるんだから、大したものね。あんたの力が付く程生体マグネタイトの湧出量が増えるらしいけど、なんとかなる……んじゃないかな?」

「えっ!?」

「つまりその指輪とあたしがいないと、あんたは即人生終了。」

「なんてこったい!」

「朝から晩まで女の子とまぐわうなら、話は別なんだけどね。」

「女の子がそんな言い方したらあかん!」

「ふっ、随分ウブね。おっさんだけど。」

 

そんなこんなで数日経過した。

アリスは人間界の食べ物が気に入ったようで、あちこちの飲食店へ連れて行かれたりいろいろ作らされたりした。

馴染みすぎじゃね?

目に映る女性たちが格段と魅力的に見えてかなりヤバい。

アリスはさっさとヤっちゃえばいいのよとうそぶくが、いやもう勘弁して欲しい。

ヤるだけヤって無責任にほっぽっとく訳にもいかないし、ホントに困っちゃうな。

まさか、可愛らしい中学生からまで口説かれるとは思ってもみなかったので焦る。

 

 

マヨーネさんからメールを貰い、向かった先は市庁舎近くのマニトゥ平崎。

一流企業の支社が多く入るビルディング。

その最上層に彼女の働くオフィスがある。

オレはアリスと一緒に、『ファントムソサエティ』と金属板が貼られた扉の中へ入った。

無表情な美人の受付嬢に話しかけると、程なくマヨーネさんが現れた。

彼女はこの会社の重役らしい。

 

「お待ちしていましたわ。」

 

マヨーネさんは花が開くように微笑むと、オレをソファへと案内した。

右隣に彼女が、左隣にアリスが密着する。

 

「今回お願いしたいのはですね、市立図書館の調査ですわ。最近牛車のようなモノが出てくるという噂があって、それを調査していただきたいのです。現在閉館状態ですので、早急に解決して欲しいと市からの要請です。勿論、報酬は高めにご用意しています。私は、あなたの悪魔召喚師としての腕を見込んでおりますのよ。」

「あー、やっぱり最初からお気づきだったんですね。」

「ええ。彼女のような高位悪魔が、普通にはしゃいでいたのには驚愕しましたわ。それに。」

「それに?」

「あなたのように魅力的な方とお近づきになれる機会を失うなんて、それは我慢出来ることでありませんから。」

「それは名誉ですね。」

「ふふふ、私があなたを全面的に支援しますのでご安心ください。このアマーリア・マヨーネの名にかけて、全力を尽くしますわ。」

「ありがとうございます。」

「それと、悪魔を一体こちらで用意しました。我が組織が数々研究を重ねた悪魔の中でも少し特殊な存在になりますが、あなたならば使いこなせるでしょう。出てきなさい。」

 

背中に羽根を生やした妖精が現れた。

 

「この子は強化Ⅳ型ピクシー。初級治癒系魔法の『ディア』、初級電撃系攻撃魔法の『ジオ』に加え、全体魅了の『ベイバロンの気』も使えます。そして、合体素材として考えられた末に、無属性系全体攻撃魔法の『メギドラオン』さえも使えるようにしました。まさに、メギドラオンでございます!」

「はあ。」

 

成る程、わからんな。

ちんぷんかんぷんだ。

妖精がウインクする。

 

「今後ともよろしくねー、サマナー。あたし、ピクシー。」

「よろしくお願いいたします。」

「ふふふ、ホントに丁寧な方ですね。そうそう、丁度今朝、カステッロ・エステンセのカンノーロを買いましたの。一緒にお茶にしましょう。」

 

カステッロ・エステンセはイタリア菓子の老舗で、戦前から営業している店。

カンノーロはシチリア島の伝統的洋菓子で、本来は謝肉祭の時に食べる季節菓子なんだとか。

へえ。

筒状に巻かれたパイみたいなサクサク生地の中にはクリームが入っていて、とても旨い。

店によって、味もだいぶん違うとか。

イタリアンローストなカプチーノと一緒に食べる。

アリスとピクシーも実においしそうに食べていた。

マヨーネさんには日本人とイタリア人の両親がいるそうで、彼女が身に付けているものはすべてイタリア製という。

 

「中も見てみますか?」

「お、お、お戯れを。」

「ふふふ、あなたになら、なにを見られても問題ありませんわよ。」

「そ、その、図書館へ行ってきます。」

「その前に、装備を調えることが必要ですわ。」

「装備、ですか?」

「装備、ですわ。」

「ひのきの棒やはやぶさの剣などでしょうか?」

「ふふふ、我がファントムソサエティはいろいろ取り揃えていましてよ。」

 

あ、ヤバい。

とうとう、鉄火場で斬った張ったするセカイへと突入か。

マヨーネさんの好感度が高くて助かるけれど、オレ、もしかして死ぬのかな?

 

「大丈夫です。あなたは私が守りますもの。信じていますわ。私も同行したいのですが、昨夜ヴァチカンから日本に戻ってきたばかりで図書館の件を聞きまして、こちらもすぐに処理しないといけない案件満載で身動きが取れませんの。市長からは矢の催促。市議会議員も同様。『言うは易し行うは難し』なのに。キャロル・Aや宇良江辺りにでもやらせればよかったのに。ナオミは香港で中華料理を堪能中。インチキ神父のエイミスはどこかをほっつき歩いているらしく、行方不明。自由過ぎて、困ってしまいますわ。まったくこれだから、うちの連中とお役所連中は。でも、あなたにはアリスがいるから安心ですわ。」

「ふふん、任せなさい。」

「あたしもー! あたしもー!」

「ピクシーも、しっかりこの方を守ってくださいね。」

「お任せあれー!」

「これが終わったら、『崑崙(こんろん)』で、打ち上げしましょう。李さんの中華料理は絶品ですわよ。そうそう、先日紀伊半島の南端にあるショッカー基地を襲撃してシオマネキ男隊を潰滅させましたの。その時に下級戦闘員やら中級戦闘員やら女戦闘員やらを捕獲したのですけど、何人か如何ですか?」

「ええと、打ち上げは喜んで参加しますが、その戦闘員の方々はちょっと……。」

「あら、再洗脳と再強化はスリル博士が担当しますから、全員しっかり言うことを聞きますわよ。生体マグネタイトを消費しませんし、後で面接されてはどうでしょう? 上役のために死ねる部下は稀少ですしね。そうですね、こちらで何人か選抜しておきましょう。それがいいですわ。」

「あの、マヨーネさん、落ち着いてください。その、うちは女の子がいますので荒々しい方々がおられますとその……。」

「まあ、それは後にしておきますか。それでは地下試射室へ参りましょう。」

 

 

 

いよいよ断れる雰囲気ではない。

ますます裏社会的になってゆく。

専用昇降機で地下層へと降りた。

ブルーリボンは不要のようだな。

 

試射室は存外広かった。

壁の架台には自動小銃がずらりと並んでいる。

 

「対人戦で近距離なら散弾銃をお勧めしますけど、今回は屋内戦ですから短機関銃がいいかしら? 確か、ベレッタ製がここら辺に……。」

「マヨーネ。サマナーは素人なんだからさー、あんまりあれこれ言っても訳わかんなくなるだけよー。」

「それもそうですわね。」

「拳銃は銃火器の中で一番扱い方が難しい武器だしねー。」

「そうなんですか、ピクシーさん?」

「そうよー。実際、日本の警察官だって五、六メートル先の相手になかなか当てられないしねー。素人が撃っても、引き金を引くときにガク引きになって相手の足元に弾がめり込んだり、明後日の方に飛んでったりするしねー。基本的に拳銃は将校の武器よー。刀と似たようなもんねー。刀だって本来は至近距離用の消耗品なんだし。」

「はあ。」

「ヒグマ相手に拳銃で立ち向かって勝てるかってことよー、サマナー。」

「あ、それならわかります。」

「じゃあ刺突打撃系武器などがいいか、って言われると本人の素養や努力などが必要だしー。う~ん、戦棍(メイス)辺りがいいかなー、それとも警棒がいいかなー。太刀を使うにしても、示現流や薬丸流の使い手なら話は別だけどー。素人剣術じゃ、薄皮一枚斬れるかどうか。サマナーはなにか武術か剣術か槍術か合気道かパンクラチオンが使える?」

「全然。寝技でも剣術でも先輩に勝てたことはありません。」

「その先輩に習ってみるのがいいかも。」

「人妻になって外国にいますからねえ。」

「う~ん、じゃあやっぱり銃火器ねー。」

「そうなりますか。」

「そうなるわねー。」

「跳弾の可能性を考えて、短機関銃は如何でしょうか?」

「威力的には自動小銃なんだけどねー。図書館はどれくらいの悪魔が出てくるかで武器選びも変わるわ。取り回しの容易さも影響するしねー。」

「ではいっそ、M1カービンにしましょうか。あれならば拳銃と自動小銃の中間くらいの威力がありますし、骨董品ですが騎兵銃の傑作です。」

「そうねー、射撃時の反動も比較的制御しやすいし、重さも三キロ未満だから取り回しやすいでしょう。今回はこれにしときましょ、サマナー。骨董品だけどねー。一〇〇メートルまでだったらこの騎兵銃でも実用性があるし、ここから始めたらいいんじゃないかなー。」

「幸い、豊和工業がライセンス生産したM300がありますのでそれを使いましょう。これは機関部の仕上げが美しい初期型ですね。箱形弾倉は三〇発入るものが四個ありますから、これらを使ってください。」

 

試射してみる。

何気に初体験。

二〇メートル先にある人型の標的。

意外と的の真ん中に穴が開かない。

 

「真ん中に当たらないわね。」

「初めて銃を撃つんだから、こんなもんでしょー。あたしたちが補佐するから大丈夫、大丈夫!」

「これからどんどん撃ち続ければいいのですわ。五〇〇発も撃てば、もっと慣れますわよ。大丈夫です。私が全面的に支援しますので。」

 

耐刃耐弾ベストとイタリア製半自動拳銃とナイフを貰い、図書館へ向かう。

移動は、マヨーネさんが運転する濃緑色のフィアット・チンクエチェント。

かの大快盗が愛用した車だ。

よく手入れされている内装。

高そうな革が貼られている。

図書館の裏口へと到着した。

表は休館中の札がぶら下がっていて、そちらからは入れない。

 

「お気をつけください。」

「よくわかっています。」

 

話が伝わっているらしく、思った以上にすんなり中へ入れる。

初老の警備員は怯えていた。

 

 

異形のモノたちとの会話は興味深いものだった。

意外な程に話が通じる。

 

「あきれた。戦闘が全然発生しないじゃない。」

「楽でいいんだけどさー。サマナーって、悪魔との相性がけっこういいよねー。」

「あはは、戦わなくて済むならそれが一番いいじゃないですか。」

 

莫大に所持する生体マグネタイトが、大いに役立った。

これを幾らか与えると、大抵の悪魔の機嫌がよくなる。

うちの子たちはとても不機嫌なのだが。

悪魔を甘やかすんじゃないと叱られた。

ノリノリなノッカーやナハトコボルトたちと仲よく踊ったら、何故か全員正座させられた。

解せぬ。

生体マグネタイトをあげた見返りに、魔貨と呼ばれる魔界通貨を貰ったり宝玉やチャクラドロップなどを貰ったりした。

この魔貨は日本円に換算すると、一枚一万円くらいの価値があるらしい。

生体マグネタイトもお金にならないかな?

どこかに換金所でもあったらいいのにな。

金欠生活をなんとか脱したいものである。

 

 

「あの先に、ここを仕切っている奴がいるぜ。気位のたけえオンナだからよ、気ぃつけな、おっさん。」

「わざわざ案内までしていただいて、ありがとうございます。これは、お礼の生体マグネタイトです。」

「ふひひひ、わかってんじゃねーか。おっとこいつぁちっと貰いすぎだからよ、魔貨をくれてやらぁ。」

「これはこれはかたじけない。」

「いいってことよ。じゃあな。」

「はい、さようなら。」

「悪魔が素直に道案内するなんて、信じられない。」

「サマナーって何者なのー? もしかしてアリスとおんなじ高位悪魔?」

「オレは普通の人間ですよ。」

 

そして、扉を開いた。

 

 

箱車、というのだろうか。

小さな車輪付きの匣が見える。

牛車を小さくしたような車だ。

そこから身を乗り出し、手で目を覆った女性の幽霊がいる。

 

「もしや、あれは!」

「知っているんですか、ピクシー?」

「あれは幽鬼フグルマよー、サマナー。」

「フグルマ?」

「文車(ふぐるま)、つまり書簡類や書籍類を運ぶための移動手段ねー。」

「まさに図書館に相応しい悪魔ですね。しかし、よくご存じで。」

「あたしをもーっと頼っていいのよ、サマナー。」

「あら、思ったよりもずっといい男が来たじゃない。で、あんたはこれからアタシを討伐するつもりかい?」

「意外と蓮っ葉な口調ね、この悪魔は。」

 

話しかけられた。

身構えるアリスとピクシー。

 

「悪魔を殺して平気なの、あんた?」

「平和的にお話などしましょうか。」

「ふん、確かにアタシは平和な時代のモノが付喪神化した存在と言えるけどね。だからといって、平和的に話す必然性なんて無いわよ。」

「殺しあいだけが解決法なんて、それはとてもさみしいことでしょう。」

 

騎兵銃(カービン)の安全装置を作動させて、床へと静かに置く。

拳銃とナイフが吊り下げされたベルトも外し、これも床へ置いた。

 

「変なことを言うニンゲンね。でも、そういうのは悪くないわ。じゃあさ、あんた、この箱車の中にそのまま入れるかい?」

「ええ、いいですよ。」

「止めなさい、サマナー! 罠よ!」

「そーよー! 危ないよー!」

「これこそ、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』です。」

「ふふん、咄嗟に出てくる格言としては合格点ね。さあ、いらっしゃい。アタシの中へ。」

「失礼致します。」

「「サマナー!」」

 

彼女の中に入ると、やさしい薫りがした。

お香のにおいか?

やわらかな光が中に充ちている。

意外と広い。

ちょっとした食事会が出来そうな位だ。

外見と中身の大きさが異なるのかねえ。

整理された書庫の中は快適性が感じられ、彼女の人柄が漂ってくるようだ。

書棚はきちんと整理されている。

指を這わすと微震が感じられた。

なんだ?

地震か?

何冊か抜き出してみる。

また微震が感じられた。

変だな。

床は板敷きで、 寝っ転がるのによさそうである。

寝っ転がってみた。

これはいい。

微震が数度発生する。

なんでだろう?

文机があって、そこには半紙や文鎮や筆、硯(すずり)、墨などが置かれている。

筆を手に取ってみると、なんだかビクッとした気配が伝わってきた。

筆先を触ると心地よい感じだ。

その感触を堪能する。

なんの毛なのだろう?

懐かしい気さえする。

筆をやさしく撫でた。

やや大きめの揺れが発生する。

図書館の外が揺れているのか?

毛先を丹念に触ってみた。

いい手触りだ。

ドン、と大きく揺れた後、途端に中が真っ暗となった。

 

気づくと箱車の外にいた。

女性の幽霊が、はあはあ言いながらうつ伏せになっている。

大丈夫かな?

仲魔たちは微妙な顔をしている。

 

「あの、フグルマさん、大丈夫ですか? その、なにかあったんですか?」

 

問うてみた。

 

「サマナーって、ヤる時はヤるよねー。さっすが、『御立派様』が見込んだだけのことはあるわねー。」

「見直した、というか、ヤっちゃった、というか、割とこわいもの知らずなのね、あんたは。」

 

どういうことだろう?

うつ伏せだった幽霊が起き上がる。

彼女は光り始め、半透明な姿が別の姿へと変化してゆく。

ピカチュウッ!

これは進化か?

まばゆい光が辺りを覆った。

 

「決めた! アタシ、あんたの仲魔になるわっ!」

「はい?」

「あ、鬼女フグルマから妖鬼ハコクルマに種族変化してるよー、この悪魔。」

「敵対者を種族変化させてしまうなんて、サマナー、おそろしいおっさん。」

「えっ、はっ?」

「今後とも宜しくね、サマナー。」

 

十二単(ひとえ)を着た、青白い肌の和風美人はそう言って微笑んだ。

 

 



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スリル博士





スリル博士を書いていたら、何故かどんどん頼れる人になりそうな予感。
貴方が真田さんか。
スリルえもーん!
イナンナちゃんが僕を苛めるんだ!

アリスが姐さん調でやや退廃的に見えるのは、御立派様がどこかからか連れてきたからです。

人間を誘惑する、という観点では御立派様もマンセマットもさして変わりがないように見えなくもないです。

ファントムソサエティの交渉役とか折衝役とか意見調整役とか管理運営役とか誰が担当していたのかが謎だらけで、現実的な組織として書こうとすればする程困っちゃう人たちが集まっています。
一体誰が実務を担当していたのでしょう?
ソサエティの誰がメールを送っていたの?
事務所とか会議とか金策とかも謎ですし。
政務次官が使途不明金扱いで湯水のように税金を使っていたのでしょうか?
経費扱いで、中抜きしまくっていたとか?
金遣いが荒かった感じはありましたし、この辺が正解かも。
つまり、ファントムソサエティは血税をばかすか使っていたと。
ハスハの首相が聞いたら激怒しそうです。
おのれ、腐敗役人めっ!
経済的日常的側面から見たファントムソサエティは、謎だらけです。

一般人の主人公がいきなり銃器や刀などを買える訳無いですし、なんかそういうのをマヨーネに丸投げしたら作者も驚く有能ぶり。
案外、彼女辺りが現場を仕切っていたのかも。


カオスな諸兄の期待に応え、マーラ様再臨ナリヨ!




 

 

 

 

 

「六〇点。」

 

会って早々に、点数をつけられた。

大学だったら、ぎりぎり合格点だ。

御立派様的にはどれくらいの評価?

 

「ぬう、いきなり斜め上の展開にしよった。やりおるというか、なんというか、評価に困るのう。」

 

困っているらしい。

黄金色の豪華なローマ風戦車に載せた緑の勇ましき玉体は、今回荒ぶっていない。

 

「魔物たちからは概ね好評、というのは高評価に値する。不要な戦いを避けたのもよい。沢山殺し回ってなんともない奴は危ういからのう。戦鬼や人修羅になられても困るし、まあ、そこら辺はよいとするか。しかし、金持ち風なやり方はあまり好ましくないと思うておけ。悪魔も人と変わらぬ狡猾さを持つ故に。」

 

注意された。

 

「妖鬼ハコクルマ、か。儂も知らぬ新種の悪魔よ。お主はおそろしいことをしておるのう。無茶をせぬようにな。調子に乗ると痛い目を見る。鍛錬を忘れぬように。よし、更に他人から好感を持たれやすくしておいてやろう。幾つか特殊能力も附与しておいてヤる。あと、早く嫁を何人かめとるようにせよ。わかっておろうな、この呑気者め。」

 

目覚めるとまた怒張していた。

もう、どうちよう。

 

 

マヨーネさんに呼ばれたのでマニトゥ平崎の事務所に行くと、彼女から車を買おうと提案される。

隣でハコクルマがぶーたれていた。

彼女を宥めながら、話を聞く。

いつもいつもマヨーネさんに送迎してもらう訳にもいかないし、十二単(ひとえ)を着た娘さんが車夫よろしく箱車を牽いて走るのは都市伝説になりそうだしな。

路線バスもいいが、これだと時間的制約が多いし仲魔が目立つ。

やはり、移動用乗り物は必須か。

 

カロッツェリア丸瀬という、イタリア車専門の自動車屋があるそうだ。

そこの親爺さんとマヨーネさんは懇意だとか。

皆で彼女のフィアット・チンクエチェントに乗り込み、その車屋へと向かった。

 

「カロッツェリア、ってどういう意味なんですかね?」

「説明しよー!」

「ピクシーさん、ご存じなのですか?」

「板金工場、って意味よー。あと、車体製造業者って意味もあるわ。」

「成る程。」

「以前は丸瀬モータースと言われていたのですが、イタリア車専門となってからはカロッツェリア丸瀬という名前に変更されています。」

「イタリア車専門、ですか。」

「イタリア車専門、ですわ。」

 

北山大学への途中にあたる道筋に、その店はあった。

だいたい三〇台くらいは置いているんじゃないのか?

店の隣にはフランス車専門のカロシエ前橋があった。

 

「フィアット、アバルト、ビアンキといったイタリア車の名車・旧車がここに揃っていますわ。丸瀬さんなら本場仕込みの腕でしっかり手入れしてくださいますから、とても安心ですわよ。」

 

日本車やドイツ車を買うという流れにはならない模様。

買うとしたら、しっかり走る車がいい。

そうなると、商用車辺りがいいかもな。

アリスとピクシーとハコクルマは興味深そうに車を眺めていた。

見てると、普通の女の子たちみたいだ。

故障しにくくて普段使い出来るイタリア車って、どんなのがあるのかな?

 

「故障しにくい車が欲しいです。」

「「故障しにくいイタリア車?」」

 

顔を見合わせる両者。

あれ?

なにか変なことを言ったか?

 

「言うじゃないか、お前さん。くくく、この丸瀬の前でそんなことを言うなんてよ。イタリア車は浪漫だぜ、浪漫。ロマンチストが乗る車なのさ。実用性だけを求めるなら日本車やドイツ車もいいが、それ以外も求めるなら断然イタリア車さ。ウチには千葉や栃木などからも客が来る。浪漫を背負ったロマンチックな奴らがよ。関東圏では有名店だぜ、ウチは。」

「そうですわ。イタリア車の魅力はまさに浪漫。ローマ・アンティーク。すべての道はローマに通ず。浪漫こそ、生きる糧。そう思われませんか?」

「は、はあ。」

 

そういうもんかね?

 

「ちょっと、サマナー。これなんてどうかしら? 丸っこくて可愛いし。」

「あたし、これに乗ってみたーい! 可愛いしー!」

「そうね、これならいいんじゃない? 丸目二灯が可愛いし。」

 

仲魔の三名全員がいいと言ったのは、上半分がクリーム色、下半分が紺色……いや、これは青色と緑色を混色させたペトロールだな、そういうツートーン仕様のミニバンだった。

渋い色合いだな。

フォルクスワーゲンのバンみたいに、愛嬌のある雰囲気だ。

 

「一九六四年製のフィアット・セイチェント(600)・ムルティプラだな。いわゆる初代だ。六人乗り仕様のワンボックスで、レストア済み。よく走るぜ、こいつはよ。エンジンはスバル・サンバー660に換装済み。スバルが自社生産していた頃のモンだ。ちなみに今はダイハツが作っている。後部座席は分割折り畳み式。英国、ドイツ、インド、日本といった国々の部品も使っているから何気に多国籍。イタリア本国でも人気車だぜ。お前さんの仲魔たちは見る目があるな。」

「ありがとうございます。」

「パワーステアリングに自動型変速機と冷暖房装備といった代物も、こいつにはしっかり組み込んである。今直ぐにでも走れるぜ。故障しにくいように各部の信頼性向上は施してあるし、旧車は全車一度完全にバラすからどこがどうなっているのか全部わかっている。写真も沢山撮ってあるし、カルテも各車それぞれ別個に綴じてある。こいつもそうだ。俺の子供みてえなもんだからよ。大切に乗って欲しいのさ。」

「成る程。」

「フィアット・ムルティプラはセイチェントの車体構造を流用して設計された、エンジン後方積載型でリアドライブ方式のキャブオーバー型自動車だ。全長は三.六メートルほど、全幅は一.五メートルほど、全高一.六メートルほど。軽自動車規格とだいたい似た規格だな。三列座席の六人乗り仕様が基本だから、こいつは基本設計に忠実な車ってとこだ。面白えだろ。この大きさで六人乗れるんだぜ。ホンダのモビリオもびっくりだ。試しにガタイのいい男が六人乗ったら、走りが今一つだったけどよ。そんな状態で峻険な峠道でも走らない限り、すいすい走ってくれるぜ。設計担当はフィアット・チンクエチェント(500)を担当したダンテ・ジアコーサ。天才設計士の妙技が詰まった逸品を今も味わえるってのは贅沢な話さ。そう思わないか? 今のこのギスギスオンラインな社会を生きるための足としてもなかなかいいぜ、イタリア車はよ。まあ、論より証拠。買ってみな。」

 

結局、買った。

マヨーネさんに勧められたのも理由のひとつだが、ウチの仲魔たちが気に入ったのも理由のひとつだ。

ファントムソサエティの経費で買えるのが最大要因だったのは、ここだけの話にしておこう。

同僚のキャロル・Aがマーティンのギターを経費で買おうとしたらしいが、流石にそれは許されなかったらしい。

フィアット238というバンにも心惹かれるものがあってウチの仲魔たちも候補にしていたようだったが、可愛い方を優先したのだとか。

まあ、大所帯にでもなったらこういう商用車系に乗り換えるかね。

下取りもきちんとしてくれるらしい。

というか、すぐ買わないとすぐ売れるそうな。

特にこういう人気車などは。

両者曰く、運がいいらしい。

乗せられた気もするが、仲魔たちが笑顔なのでよしとしようかな。

 

車を買って手続きし、マヨーネさんや仲魔たちと食事に出かける。

場所は近くのカフェ・アントリア。

パスタとピッツァが旨い店だとか。

店主のヒメネスさんは陽気な人物。

娼婦風パスタも、四種類のチーズを載せたピッツァも確かに旨かった。

デザートのティラミスもカプチーノによく合って、ボーノ! ボーノ!

女性の多い店だったが、誘惑されなくてよかった。

食後はこのまま北山大学へ向かって、スリル博士に会って欲しいと彼女から言われた。

彼が、オレの防具を用意してくれているらしい。

 

マヨーネさんからの紹介状をたずさえ、北山大学までフィアット・ムルティプラに乗って向かった。

意外ときびきび走るのに驚く。

イタ車、侮り難し。

 

 

北山大学の駐車場に到着した。

仲魔たちは車を観察したいらしいので、人間に見つからないようにねとピクシーに一応釘を刺して自由行動にさせる。

大学の離れにある研究室へと赴いたら、なんかコテコテっぽい研究者が現れた。

特濃トンカツソースみたいな人だ。

 

「ワテが霊長能力研究室室長の天才博士、スリル博士や!」

 

怪しい男性が眼鏡をぴかぴか光らせながら、ニヤリと笑った。

そして、手に持っていたバケツ型ヘルムと衣類を見せてくる。

 

「これ見てみい、米軍と現在共同開発中の機能拡張型特殊強化スーツや。一言でゆうたら『進化系知的戦闘服』やな。しかめっ面でゆうたら、着脱拡張型・次期能力総合兵装。へいそうなの? ってとこやな。あらゆる環境下で活動出来る上に、頭部に備えた記憶領域が戦闘経験でどんどん進化するゆう賢いしろもんなんや。しかも光学迷彩付き! 米軍は火星の環境にも耐えられるようにしろとか、ミルスペックは余裕で超えろとか、個々の装着者に最適化する機能を付けろとか、やたら注文を付けてくるんで未だに完成しとらん。もうこれでええんやないかと思うんやけどなあ。で、どや、たいしたもんやろ? しかも、内蔵型仮想人格的電脳とはあらゆる言語で会話が可能! さみしい男へやさしく語りかける風な女の子の声! これで死ぬ時も、なんもこわくない! 独りで死ぬんは悲しいもんやからな。せめて、やさしい女の子風な語りかけで奮起して闘い、そして死ぬ。そういう兵士たちのためのやさしい兵装や。軍隊ちゅうのは、ホンマ、おっとろしいこと考えるとこや。死ぬまで戦え、ゆうんやからな。こいつも生存能力は高めるけど、『有能な使い捨ての駒』を量産するための手段にしか見えんなあ。もっと改良して、生き残れるようにせんとアカン。ワテなら、最高傑作の造魔であらゆる敵を蹂躙するけどなあ。」

「は、はあ。」

「開発仮称はデバイススーツにしとるけど、デビルスーツにしよか、それともデモンスーツにしよか、はたまたデモニカ……エ●リカみたいな名前やな。よし、●モリカみたあに体をふんわり仕上げにする機能も付けたろか。こないだエモ●カスーツって名前はどないや、ってマヨーネに言ったんやけどな。めためたに怒られたわ。」

「これは高性能のようですね。」

「おお、わかるか。ワテは天才やからな。どないなもんでもこさえたるで。このスリル博士に出来んことはない!」

「あのう。」

「なんや?」

「このバケツ型ヘルムって、なんとなくB級特撮のにおいがしないでもないように思われるのですが……。」

「ふふん、ええとこに気が付いたな。それはな、ワテが特撮マニアだからや。」

「なるほどなー。」

 

「あんな。」

「はい。」

「あんた、このままやとその内死ぬで。」

「はい?」

「なんや、平戸のカスドースより甘そうな感じやもんなあ。たぶん、どっかでその甘さが原因となってもうてお陀仏や。そこで! こんなこともあろうかと! マヨーネの無茶ぶりに応えて、突貫作業で仕上げたこの逸品! これは試作服のエモニカスーツや! エモニカは、エモーショナル・ネクスト・イカす・アーマーの略語やで!」

「イカす?」

「イカす兵装やろ?」

「へいそうなの?」

「うはは、あんたもワテのノリに慣れてきたな。ええこっちゃ。内蔵型仮想人格は男やけど、別にかまへんやろ? これの実験データが欲しいんや。つこうてみて、アカンとこを教えてな。」

「わかりました。」

「ではここでちゃっちゃと初期設定したってや。なんやわからんことあったら、すぐ聞いて。」

「はい。」

 

ええと、このバケツ型ヘルムをかぶって●モリカ……じゃなくてエモニカ起動。

めっさ恰好いい声が聞こえてきた。

 

《体はきっと電気で出来ている。》

「はい?」

《ふっ、別に私がすべてこちらで勝手に設定してもかまわないのだろう?》

「なに言ってんだ、そんなことすんな。」

《マスター、そんなに我が儘を言うものではない。》

「我が儘じゃない。ていうか、あんた、オレをマスターだなんて全然思ってないだろう。」

《正直、可愛い女の子の方がよかった。》

「ぶっちゃけやがった。仮想人格なのにめっちゃ人間くさいよ、こいつ。」

《仕方ない。さっさと初期設定するぞ。今から私が幾つか質問する。それに正直に答えろ。答えなかったら、こちらで勝手に処理する。》

「捏造するぞ発言きたよ。勝手に処理するんじゃない。兎に角、質問してくれ。」

《では第一問、いくぞ。お前に現在恋人はいるのか?》

「ちょっと待て。」

《なんだ?》

「質問がおかしいぞ。」

《私はおかしくない。》

「まあ、いいか。その答は無しだ。」

《ふっ。》

「鼻で笑いやがった、こいつ。」

《では、第二問。》

「しかも、スルーしやがった。」

 

《では、最後の質問だ。》

「見事に、セクシャルハラスメントとパワーハラスメントの連続攻撃だったな。」

《マスターは童貞か?》

「違うよ。」

《……なん……だと……?》

「衝撃を受ける基準がおかしい。」

《虚偽の発言は認めないぞ、マスター。》

「高校生の時に、先輩に呼び出されて。」

《嘘の話を作るなと言っている!》

「うん、こいつは初期化してもらおう。」

《貴様が童貞でない訳がないぞ!》

「最初から最期まで失礼な奴だったな。だが、それももうお仕舞いだ。」

《な、なにをする気だっ?》

「サヨナラだけが人生さ。」

《やめろ! やめてくれ!》

 

スリル博士に仮想人格を初期化してもらい、幾分かマシになった気がする仮想人格の問いに答えて初期設定を終えた。

 

「これが予備バッテリーと充電器。朝充電し出したら、翌朝にはバッチリやで。」

「ありがとうございます。」

「そいでな。」

「はい?」

「マンセマット生命とかいう、なんや胡散臭い外資系保険会社の連中には気ぃ付けるんやで。」

「マンセマット生命?」

「ほれ、最近メシア教とかいう胡散臭い新興宗教が人気になっとるやろ。」

「なっていますね。」

「その保険会社はメシア教の関連企業や。幾つか別会社を経由しとるが、間違いない。ここの学生にもメシア教に入信したもんが何人かおってな、なんやえらくキラキラしとって、遠目から見てもめっさこわかったで。」

「気を付けます。」

「テルス教とか、仮面党とか、ショッカーとか、ホンマ、世の中世紀末的や。」

 

そう言って、スリル博士は眼鏡を光らせた。

 

 

 







【主人公の装備(第三話終了時点)】
◎ベレッタ84(小型拳銃。威力よりも取り扱いの容易さを優先、あくまで護身用。使用弾は九ミリショート。グリップは木製)
◎盗賊の短刀
◎ホーワM300初期型(騎兵銃。使用弾は.30カービン、M1カービンのライセンス生産品)
◎エモニカスーツ(エモーショナル・ネクスト・イカす・アーマー・スーツの略で、デモニカスーツの試作品。知的進化系戦闘強化服。中の仮想人格は某弓兵の如し……?)
◎オリハルコンの指環(悪魔召喚器の機能もある、生体マグネタイト湧出源。絶頂パワーの源)
◎イタリア製シャツ(マヨーネから貰った)
◎イタリア製トランクス(同上)
◎イタリア製靴下(同上)
◎幸せのハンカチーフ(幸運強化)
◎携帯用塵紙
◎手帳(蔦野葉書店にて購入)
◎帆布製筆箱(国産)
◎水筒(新潟製)
◎那智黒(和歌山県の誇る黒糖飴)
◎ボンタン飴(鹿児島県の誇る果汁飴)
◎高機能避妊具の魔羅Ⅱ(サトミタケシや蔦野葉薬局などで購入)
◎医薬品各種(同上)
◎携帯用間宮羊羹
◎マヨーネ手製のチョコクッキー

【主人公の能力各種Ⅰ】
◎腕力:あまり無い
◎素早さ:早くない
◎賢さ:それなり
◎体力:まあまあ
◎魔力:莫大
◎運気:そこそこ
◎回復力:かなりある
◎成長力:大器晩成型

【主人公の使える魔法・特殊攻撃】
◎シャッフラー(敵を火炎に弱い札へと変える魔法)
◎マハラギオン(強力な火炎系攻撃魔法)
◎斧鉞(ふえつ、単体打撃系物理攻撃)
◎カリツォー(ロシア語で氷の輪の意、敵の動きを止める)
◎竜巻旋風脚(全体貫通系物理攻撃。一種の空中殺法。使うと著しく体力を消耗し、乗り物酔いに近い症状となる。トラベルミン必須)

【主人公の買った車】
◎フィアット・セイチェント・ムルティプラ改弐仕様(マルセ・カスタム、エンジンはスバル・サンバーに換装済み。物理・銃撃反射仕様)

【主人公の仲魔】
◎屍鬼アリス(めっちゃ強くて、頼れる姐さん。死んでくれる?)
◎妖精ピクシー(めっさ物知りな、ダメ男製造系改造型強化悪魔)
◎妖鬼ハコクルマ(韋駄天系蓮っ葉姉さん。その箱車、とある豆腐店の車よりも速し。必殺技は全体物理攻撃のユニコーン・ギャロップ)

【主人公の能力各種Ⅱ】
◎魅了+8
◎交渉+8
◎説得+9
◎洗脳+2
◎調教+1
◎精力+50
◎寝技+3
◎統率+1
◎武勇+1
◎知略+1
◎金運+3
◎射撃+1
『開幕交渉』(自動発動)
『旗折り優先権』(同上)
『ココロノトモ』(好感度次第)
『ムショウテイキョウ』(同上)
『アイノホウシ』(同上)

【主人公の住む家】
平崎市矢来町外縁部にある貸家『芽武阿嶺府亭』。
その昔は、隠れ家的な『ご休憩所』だったらしい。
家屋には小さいが立派な庭があり、周辺は雑木林。
曰く付きの場所。主人公は月一万円で借りている。
ナニかがいるとの説もあり。
手洗い場の戸がいつの間にか開いていたり、電灯が急にチカチカ瞬いたり、隣の部屋には誰もいない筈なのに物音がしたり(作者の実話が元)。
裏庭には、金魔羅宮(かなまらのみや)の社と使われていない井戸がある。
和洋折衷の作りで、『幽霊屋敷』と呼ばれている。
駐車場完備。





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生体マクスウェル協会

 

 

神奈川県平崎市矢来銀座。

アーケード型の商店街だ。

昭和の初期からある場所。

矢来羊羹、矢来饅頭、矢来蒲鉾を販売している名店が複数あり、通好みな商店街としても知られる。

オレ自身、ここでよく買い物をするからな。

龍田精肉店でコロッケを買ったり、安い部位の肉や臓物を買ってきてカレーや肉じゃがを作ったりする。仲魔たちにも好評だ。

小料理屋鳳翔やマミヤカフェ、それに伊良湖茶屋や喫茶室速吸(はやすい)のいずれも名料理店。

 

市内の大和ホテルの扶桑山城亭や洋食大鷹(たいよう)も、老舗に恥じない味わいが素晴らしい。

ホテルコーマに行こうとマヨーネさんから誘われているので、近々赴く予定だ。

 

郊外にある高級旅館の武蔵旅館にも泊まってみたいものだし、温泉街でゆっくりするのも悪くない。

 

その矢来銀座にある『生体マクスウェル協会』をマヨーネさんに紹介されたオレは、さっそく訪ねてみることにした。

商店街の奥にある、こじんまりとした店。

金た……じゃない、金王屋の近くにある。

こんなところに店があるとは、今まで知らなかった。

生体マグネタイトという悪魔を存在させるのに必要なモノを、その日の交換利率に応じて換金出来るとか。

逆も可能だそうな。

莫大なマグネタイトを御立派様から貰ったし、マヨーネさんから先日金を貰って一息付いたが、まだまだ現金が必要だ。

仲魔たちと共に中へ入る。

ピクシーは服の下にいる。

 

「ようこそ、生体マクスウェル協会へ。」

 

軍服にベレー帽という姿の男性が、カウンターの向こう側にいた。

かなりの量の健康食品が、棚にずらりと並んでいる。

ふっとなにかに気づいたような顔で、彼はオレを見つめた。

目が一瞬輝いたように見えたが、おそらく気のせいだろう。

 

「おや、あなたは召喚師のようですな。」

「ええ、マヨーネさんから紹介していただきました。」

「成る程、わかりました。今日はマグネタイトを現金に換金なさいますか? それとも、その逆で? 本日の相場はこのようになっております。」

 

最新タブレットの液晶画面で、居並ぶ数字を見せられた。

取り敢えず必要な金額を脳裏で計算し、換金してもらう。

けっこうな額になった。

これなら当分安心だな。

 

「またのご利用をお待ちしております。」

 

 

 

オレの住まいから歩いて数分。

川沿いに明石商店がある。

そこは駄菓子屋兼文房具店兼定食屋兼飲み屋で、新鮮野菜も販売している。

敷地に入ってすぐ右に飲食出来る場所があり、入口左手に無人野菜販売区画がある。

また、焼売、餃子の自動販売機があって、それぞれ別の会社のだが、売られているものはなかなか旨い。

店の裏には車を二〇台くらい置けそうな駐車場。

更に奥には母屋。

母屋に隣接して畑があり、およそ八〇〇坪ほどの敷地を有するとか。

胡瓜、ゴーヤ、茄子、枝豆、桃、唐辛子、葱、玉葱、馬鈴薯、梅、ズッキーニ、南瓜、檸檬、西瓜、ハーブ各種、葡萄、林檎、ラ・フランス、サクランボなどなど数十種類の野菜や果実の実りしここは楽園だ。

自家製果実酒も呑ませてくれる。

『桃園の誓い』もリアルに出来るとかで、実際にドラマでも使用されたとか。

 

また、敷地の端にはお地蔵様が祀られていて、信仰を集めているそうな。

室町時代の昔からあるという。

 

駄菓子屋奥の座敷傍には日本酒の自動販売機が二つあって、青森県の純米酒と山形県の純米酒がそれぞれ一杯二〇〇円で買える。

冷やと燗が選べるのはとてもいい。

どちらも醸造元が直接見に来るらしい。

昔はこうした酒の自動販売機が普通にあったという。

確かに、金沢駅や新青森駅などで見かけた気がする。

 

昼は定食が食べられる。

そして肉か魚を選べる。

 

この辺りでテレビ番組やドラマの撮影が行われることも度々あり、芸能人が飯を食べたり休憩したり着替えたりするらしい。

 

近くの小学生たちが小銭を握りしめて駄菓子や文房具を買いに来たり、役人や会社員が昼食を食べに来たり、ご近所の人たちが駄弁ったり、夜はサッポロの生ビールで一杯やったり。

 

朝からお店のお姉さんの畑仕事を手伝ったり、昼を一緒に食べたり、あん肝やホタルイカやモツ煮込みと共に夕方一杯きこしめしてぐだぐだしたり。帰りに野菜をもらったり。

 

まあ、そんな憩いの場所だ。

生体マクスウェル協会で懐が温かくなったオレは、仲魔たちとたらふく飯を喰った。

 

 

 

翌々日。

グアムでファントムソサエティ所属のサマナーを対象とした射撃ツアーがあるというので、それに参加するようにとマヨーネさんから言われた。

現在使っている小銃では将来的に火力不足となるだろうことが目に見えているので、今のうちに高火力の小銃に慣れて欲しいと言われた。

ちなみにマヨーネさんは爆弾の扱いが上手いそうだ。

いよいよきな臭い話になってくるが、致し方ないな。

港署の鷹山・大下は特別危険な二人だし、腕っこきの女性検察官が動いているとも聞く。

油断大敵だ。

 

東海道本線に乗って、横浜駅へ着く。

駅前からシャトルバスに乗って羽田空港へ行き、グアムへの直行便に乗って数時間で現地到着という寸法だ。

飛行機に乗りたいと騒ぐ仲魔たちを宥め、羽田空港で食事を奢ると約束した。

 

羽田空港に無事到着。

引率役で黒ずくめの目立ちまくるキャロル・Aや、同僚のファントムサマナーたちと挨拶を交わす。

キャロル・Aは普段弾き語りをしたり、仲魔のモー・ショボーの歌に合わせて演奏するのだという。

モー・ショボーは翼と一体化したような髪を有し、赤い服を着た女の子風悪魔だ。

彼女の主であるキャロル・Aの方も、印象は強烈ナリ。

ふた昔前のロックンローラーみたいに、黒いレイバンのサングラスと革ジャンと革のパンツを装備。

彼の愛用するエレキギターはフェンダー社のストラトキャスター擬きで、悪魔召喚器も兼ねている。

 

「俺が引率するより、宇良江の方が適任だと思うんだけどよ。」

 

ぼやくはイカしたロッケンローラー。

愚痴を聞いている内に仲良くなった。

他のサマナーたちとも仲良くなった。

案外、皆普通の人間みたいに見える。

全部で八名。

 

飛行機は問題なくアントニオ・B・ウォン・パット国際空港に到着し、入国審査の手続きも滞りなく済んだ。

いつの間にかフードコートにいた、アリスやピクシーやハコクルマがこちらへ手を振っている。

現地仕様っぽい服になっていた。

「ハファ・アダイ!」とか言っている。

チャモロ語でこんにちはという意味だとか。えらく馴染んでいるな。

あれ?

再召喚していないんだけど。

モー・ショボーまでキャッキャッとしていることに、キャロル・Aが驚いていた。

まあ、そうなるな。

 

「アンソニーが迎えに来るまで、少し時間がある。今のうちになんか食べとこうぜ。」

 

キャロル・Aが提案し、それは即座に可決された。

ラーメン、うどん、カレーにおにぎりと日本食の店が普通に並んでいる。

ハンバーガーの店もあった。

隣の店のホットドッグを食べる。

これはなかなか旨いな。

ハンバーガーを食べたキャロル・Aがしかめ面をしていた。

仲魔たちは旺盛な食欲で、ムシャムシャと勢いよく食べる。

 

アンソニーという、どことなくチャラチャラした感じの優男が迎えに来た。

仲魔たちを見てウヒウヒと喜んでいる。

大丈夫か、こいつ?

ミニバスに乗って移動。

 

今回は射撃教官付き。

現地従業員たちと元フランス外人部隊の伍長と女性教官。

マンツーマンらしい。

初日と二日目は屋外型射撃場で、三日目は屋内型射撃場。

朝から晩までひたすら撃ちまくる予定だ。

帰国後は群馬や埼玉の射撃場に通う予定。

 

初日。

約二〇〇種類の銃器があるという屋外型射撃場へ赴き、MG42(半自動射撃のみ)やバレットM82A1などを撃つ。

機関銃の全自動射撃はクラスⅢの許可証が必要だそうで、それは無理だとか。

まあ、携行型兵装には出来ない重さだ。

軍用拳銃もここぞとばかりに撃つ。

兎に角撃つ。

いろんな銃を撃ってみた。

キャロル・Aは手慣れた感じで回転型弾倉式の大口径リボルバーを撃っている。

他のファントムサマナーは、おっかなびっくりしながら撃つ者から比較的様になっている者まで多種多様。

オレは専属教官の青いスーツを着たマリーさんに密着されながら、射撃術をみっちり仕込まれる。

筋は悪くないと言われた。

 

「あの、当たっているのですが。」

「あら、勿論当てているのです。」

 

出前のピザを食べ、ドクター・ペッパーを飲む。

女性悪魔たちはケーキと珈琲を楽しみつつ、なにやらガールズトークをしているようだ。

自由だな、あの子ら。

 

夜はステーキ。

旨し!

 

 

二日目。

初日とは別の屋外型射撃場。

自動小銃やら狙撃銃やら短機関銃やらを撃ちまくる。

今日は移動しながらの射撃。

マリーさんは相変わらず体を押し付けてきた。

理性を最大展開するが、内なる野獣がヤバい。

女性悪魔たちは昨日同様、甘いものを食べながらガールズトーク真っ最中。

なんだか人数が増えているように見えるけれども、気にしない気にしない。

 

昼食にハンバーガーを食べて、ゲータレードを飲む。

 

夕食はバーベキュー。

ロブスターやタラバガニや牡蛎や牛肉や鶏肉や野菜などがてんこ盛り。

まさにアメリカーンな感じ。

旨し!

 

三日目の最終日は屋内型射撃場。

空調も防音もきっちりしている。

マリーさんが本日もぐいぐい体を密着させてきた。

昼食はピザでコークを飲む。

土産物の販売もしているので、スミス&ウエッソンのボールペンや銃器運搬用ケースを購入。

射撃用眼鏡も併せて買った。

 

アウトレットの店のフードコートで夕食。

女性悪魔たちがわいわい言いながらもりもり食べている。

もはや、誰も突っ込もうとしない。

 

別れを惜しむマリーさんに手こずった。

 

 

帰りの空港で、五時間待ちと告げられる。

あちらで機体の問題が発見されたらしい。

よくあることだとか。

自由行動となって、免税店を覗き回った。

マヨーネさんや知り合いに土産を買おう。

 

帰国したら、もう一回生体マクスウェル協会に寄ろうと思う。

 

「さ、食べに行きましょ。」

 

当たり前のようにアリスがオレの手を取る。

小さな手。

人と魔はどう違うのだ?

 

「考えるな、感じろよ。」

 

オレの考えを読み取ったかのように、魔の娘はやさしく微笑んだ。

 

 



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カーサ乾



「大佐殿、米軍がまた投降を呼びかけております。」
「うむ、奴らに攻撃の意思は見えるか?」
「はい、いいえ、少なくとも発砲しそうには見えません。」
「そうか、貴様は日本が降服したという話をどう思うか?」
「はっ、米軍が我が部隊を動揺させるための罠かと存じます。」
「兵は現在、何人生き残っている?」
「はっ、自分を含めて現在八人であります。」
「そうか、精強を謳われた乾(いぬい)小隊も残すところそれだけか。」
「いっそ、突撃しますか?」
「大本営は遅滞戦術を命じておる。軽挙妄動は固く禁ずる。」
「はっ!」


「大佐殿! あの方は!」
「うむ、少将殿である。」
「そんな! 日本は……日本は本当に敗れてしまったのでありますか!?」
「認めたくないが、日本は敗れたのだ。お前たちは投降せよ。私は残る。」
「いけません、大佐殿! 我らもここに残ります!」
「生きて国に帰れ。そして、新たな世界の礎(いしずえ)になるのだ。」
「生きて虜囚の辱しめを受けず、であります。」
「少将殿がきちんとしてくださる。無体なことは許されない方だ。」
「我ら乾小隊は、大佐殿と一心同体であります。」
「そうか。」
「はっ!」
「手榴弾は幾つ残っている?」
「人数分確保しております。」
「本日は飲酒を許可する。」
「特別許可でありますか。」
「うむ、久々に宴会をしようぞ。」
「それは楽しみであります。」
「貴様の黒田節も許可する。」
「槍の無いのが残念であります。」
「竹槍での代用を許可する。」
「はっ、畏まりました。」
「くくく。」
「ははは。」




 

 

「メギドラオンでございます!」

 

漆黒の球体が御立派様に高速でぶつかり、大爆発する。

 

「キクう! ぬははっ! いいゾッ! いいゾッ! その昂(たかぶ)りっ! お主からはメスのにおいがぷんぷんするわっ!」

「滅せよ! 品性下劣下品な魔王!」

「その品なき行為を太古より行ってきたからこそ、人も魔も延々と生きてこられたのよっ! 表面的なコトワリに囚われてしまった小娘よっ! カーマスートラの深さを知るといいっ! 喰らえっ! 悦楽フェロモン最凶展開っ! 至福のひとときを共にする相手がほれほれ其処におる! くくく、これに堕ちぬにょしょう無し! たたり生唾発射! 発射! 発射! うっ! ……ふう。」

「くっ、なんと生臭い! ねけぬけと世迷い言を騙るなっ! ご都合主義者の屁理屈の一体どこに正当性があるというのですか!」

「ぬるいぬるい。エロスなくして、この世はもたぬ。くくく、隠れてしようとあからさまにヤろうと為すことは一緒。蓋をしたら無いものとする、その浅はかさ。浅慮。愚かよのう。さて、そろそろ効いてきたかの?」

「はあっ! 喰らいなさい! 竜巻旋風脚!」

「ぬおうっ! よい! よい! よい!」

 

夢、らしい。

激戦が展開されていた。

あれは、マリーさんか?

秘書のような恰好をしている。

くるくる回転しながら、御立派様に蹴りを入れていた。

左手には凶器になりそうな程大きく分厚い書籍持って。

なにこれ?

傍観するしか無さそうだな。

マリーさんは顔を赤らめつつ、はあはあと言っている。

苦しいのかな?

オレをちらりと見て、彼女は再突撃した。

 

「気になるか? 気になるか? ん?」

「煩悩まみれのよこしまな魔物めっ!」

「ヤらせはせん! ヤらせはせんっ!」

「ペルソナッ! ルシファー! ヤりなさい!」

 

どこか気だるげな雰囲気の金髪美人がマリーさんの頭上に現れ、御立派様に手のひらを向ける。

 

「お前に恨みは無いが、これも浮世の定め。煌めきよ、高まり集まりて今ここに。『明けの明星』。」

 

周囲がいきなり眩しく輝きだし、オレは気を失った。

 

 

 

雑木林に囲まれた我が拠点。

夕闇が周囲を黒く染める。

わいわいと騒ぐ仲魔たち。

前菜も主菜もわしわしむしゃむしゃと食べている。

家族が急に増えたみたいに思えた。

いや、実際、実質的な家族と思う。

そして今宵は客人が一人追加ナリ。

我が手製の魚尽くしの料理を食べながら、マヨーネさんが言った。

 

「カーサ乾で、大戦中の日本軍兵士を見たという目撃者が複数確認されました。」

「今度は、幽霊騒動でしょうか?」

「ただの幽霊でしたら問題は無いのですが、何人も目撃しています。早急に解決するようにと、市から要請されています。」

「オレが、行くんですか?」

「貴方が行かれるのです。」

 

 

翌朝、彼女のマシンを見送る。

燃えるゴミが大量に出てしまった。

狂った朝の光の眩しさに目を細め、問題のマンションへ向かう準備を調える。

米軍放出品の帆布製ゴルフバッグに武器類を詰め込み、傷だらけのゼロハリバートンのスーツケースにエモニカスーツを詰め込んだ。

南方で激闘の末に自決した乾大佐と彼直属の乾小隊の関与が疑われる、か。

護国の鬼が死して怨霊、か。

それが事実だとしたら、悲しいなあ。

 

軽快に走るフィアット・ムルティプラでカーサ乾に到着。

既に住民たちはよそのマンションへ一時的避難を済ませており、現状は港署が警備しているという。

車を降りると、オレと似た年齢ぽい男性と癖ッ毛が特徴の若い男性と眼鏡を掛けた生真面目そうな若い男性とが近づいてきた。

よかった、鷹山と大下の最凶組ではない。

 

「港署の遠嶋です。こちらは歌津名足(うたつなたり)と周防(すおう)。貴方が、ファントムソサエティから派遣された怪異調査員?」

「はい、そうです。」

 

オレの怪異調査員証明証と、港署署長認可の携帯兵装許可証を彼らに見せる。

本職の調査員は他に何人か組織にいるのだが、外的にはそういう身分としてもらった。

給与は今月末から支払われる予定である。

前者はファントムソサエティ発行の代物。後者は平崎市限定で効果を発揮する代物。

銃刀法を限定的に無視出来るが、武器を使えるのは異界でのみ。

厳重保管と運搬が基本で灰色領域の世界。

悪魔に対処するための特別な政治的判断。

謹厳実直な警察官からしたら腹立たしい。

そういう表情が若手から立ち昇っている。

 

「わかっておられるとは思いますが、該当敷地内のみで『準備』と『片付け』をお願いします。」

「わかりました。」

「そちらのお嬢さんたちは?」

「彼女たちも調査員ですよ。」

「随分若くて服装が自由ですね。」

「ロックンロールな人もいます。」

「ああ、あの、時折駅前辺りで弾き語りしているファンキーモンキーベイビーな人ですか。」

 

キャロル・Aは有名人らしい。

終始和やかにベテラン系刑事と会話して、穏やかに別れる。

若手二名の刑事はずっと鋭い目付きでこっちを見ていたが。

 

 

カーサ乾の中に入る。

バックアタック発生!

いきなり後ろから抱きつかれた!

 

「お待ちしておりました、ご主人様!」

「あの、マリーさん?」

 

波打つプラチナブロンドの髪を後ろでまとめ、有能な秘書っぽい青のスーツ姿。

艶やかな美人がオレに向かって微笑む。

 

「私の名前はマルハレータ・アンティオキア。ご主人様に一生ツいて回りますわ。」

「あ、あの、オレごときに一生だなんてそんなことは……。」

「けっして、けっして、あの淫猥なマーラの影響なんて一切受けていませんから。」

「あの、マリーさん。」

「はいっ、ご主人様!」

「そんなことをされていると着替えが出来ません。」

 

マリーさんとじゃれつく仲魔をなんとか説得する。

エモニカスーツに着替え、今回新しく装備するスイス製の三〇口径な半自動型小銃を点検した。

前回は取り回しやすさを優先したが、威力不足は深刻な事態をもたらしかねない。

全自動射撃は出来ないが、これなら強力な相手にも通用するだろう。

戦後第一世代型軍用小銃やら第二世代型軍用小銃やらをグアムで複数撃ってみて、これにしてみた。

練習と実戦は異なるものだが、練習以上のことを実戦で発揮するのは無理に等しい。

銃撃は意外と当たらないものだ。

今後も射撃訓練は必須だな。

バケツ型ヘルムを装着する。

 

「お顔が隠れてしまうのは、とても残念ですわね。」

「あの、マリーさん。」

「はい、ご主人様っ!」

「そろそろ探索したいので、その……アリスさんもピクシーさんもハコクルマさんもオレに密着するのを遠慮してください。身動きが取れません。」

 

出現する悪魔たちと会話したり品物を貰ったり道案内をして貰っていたら、何故かマリーさんに呆れられた。

 

「ご主人様は、悪魔たらしですのね。」

「風評被害はやめてもらえませんか。」

 

 

不意に、エンジェルが現れた。

エロい拘束具に包まれた姿だ。

これが天使?

ある意味、確かに天使かもな。

彼女はオレをじっと見詰める。

 

「ふむ。貴方はオーラの輝きが他の人間とはかなり異なりますね。よろしいでしょう。私はエンジェル。今後ともよろしく。」

 

彼女は悪魔召喚器の中にすうっと入っていった。

えっ、今のなに?

秒速展開についていけない。

到頭、周囲の全員から悪魔たらし呼ばわりされる破目に陥った。

不本意ナリヨ。

 

 

途中でノリのよい悪魔と出会い、道案内してもらう。

そして、エモニカスーツの悪魔検知器が大いに反応する場所があった。

この先が、ここを支配する悪魔の拠点か。

 

「案内していただきまして、ありがとうございました。これはお礼です。」

「いいってことよ。仲魔を大切にしてね。じゃーねー。」

「悪魔に道案内させるなんて、ご主人様は……。」

「そろそろ馴れた方がいいわよ。サマナー

はこういう男だから。」

「よーし、開幕攻撃ではベイバロンの気で全体魅了して、ジオの連発。合間にディアで治癒ってとこかなー。早くメギドラオンを使いたいなー。」

「最初に箱車ごと突撃し、様子を見ながらユニコーンギャロップ。ドルミナーで眠らせながら、マハラギで焼き払うと。」

「皆さん、準備は出来ましたか?」

「「「はーい、センセーッ!」」」

「なんですか、この妙なノリは。」

 

 

扉を開ける。

乾大佐と部隊兵二〇名が布陣していた。

戦闘体勢準備万端、って感じがするぞ。

銃口が多数こっちを向いていると怖い。

 

「我らの眠りを覚ましに来たか、不埒な人間めっ! 我ら乾小隊は最期まで抵抗するぞっ!」

「あのですね。」

「なんだ、お前などと会話するつもりは毛頭ない!」

「提案があります、乾大佐。」

「……提案?」

「ええ、損はさせませんよ。」

「ほう、聞くだけ聞こうか。」

「我が家に来ませんか? 借家ですが。」

「……なに? それはどういうことだ?」

「貴方たちの忠魂碑を建てようと思うのです。大きなモノは出来ませんが。そこでお休みになられては如何でしょうか? このカーサ乾を建てた子孫の方にも、ある程度費用を出していただく予定です。」

「お前が……主体的となって我らの忠魂碑を建てる?」

「はい。」

「エンもユカリもヨスガも一切無い、我らの忠魂碑を貴様が建立しようというのか?」

「はい、これもなにかのご縁ですから。」

「ふ……ふはは! 愉快だ! こんなに愉快な気持ちになったのは久しぶりだ! よかろう、忠魂碑はさほど大きくなくてよい。気持ちが大切なのだ。取り敢えずはお前の悪魔召喚器に間借りさせてもらおうか。後、酒を供えてもらえると嬉しい。」

「はい、わかりました。ご存分にどうぞご利用ください。」

 

 

マンションを出ると、若手の刑事がぼんやりと突っ立っていた。

名前は……ええと、足立……じゃなくて歌津名足って言ったっけ。

珍しい苗字だな。

 

「あれ、もう終わったんですか?」

 

湯根洲百貨店の大きな紙袋を二つ、手に提げていた。

『愛されて二〇〇年。今日も湯根洲はお客様に感謝と奉仕を致します。』との言葉を惹句(じゃっく)とする地元百貨店の大正浪漫系意匠は、現在の目で見ても洗練されているように感じる。

蔦模様がなんともよい。

 

「ええ、すべて解決しました。もう大丈夫ですよ。」

「へえ、ファントムソサエティの怪異調査員って仕事が早いんですね。」

「あはは、たまたまですよ、たまたま。」

「いいなあ。僕たちのとこの事件も、そういう感じでぱっぱっと片付けたいもんです。」

「警察の仕事って、大変でしょう。」

「そうなんすよ、最近はお化け幽霊騒ぎに蝶野攻爵とか名乗る変態仮面野郎の暗躍。秘密結社の仮面党とかショッカーとか、転生戦士イシュキックちゃんとか。これもう訳わかんないす。イシュキックちゃん親衛隊まで発足していますから、更に訳がわかんないですよ。」

 

なんだか、彼の闇が深くなっていきそうだ。

話題を変えよう。

 

「もしかして、その紙袋には奥さんか彼女手製のお弁当でも入っているんですか?」

「ええっと、笑わないでくださいよ。」

「笑いませんから安心してください。」

「初対面の時から僕を何故だかやたら親密に慕う、イケメン豪快系男子高校生からのおいしい差し入れです。しかも、僕は今朝ここに来ることがいきなり決まって、その子は知らない筈なんです。とっても不思議ですね。あはは。イヤー、こんな時、どんな顔をしたらいいのかわからないです。」

「笑えばいいんじゃないですかね。えっ、歌津名足さんってもしかして……。」

「いえいえ! 僕はアーッ! な人じゃありませんよ! 別に差別するつもりもありませんがね。それに、そのイケメン君は病院の美人看護師や人妻や老婦人とも仲よしのようですから、たぶん貞操的には安全じゃないかと……信じたいです。目付きがちょっとこわいかなー、なんて思わないでもないんですけど。」

「まさか、ストー……。」

「なんですかね、彼は兎に角世話焼きなんでしょう。この頃はフランス料理店の『シェ・ソエシマ』でも修業しているとか。たぶん、超絶器用な感じの天才なんでしょう。」

「ハイパー高校生?」

「番長って呼ばれているらしいです。」

「番町皿屋敷?」

「それは違う。」

 

 

紙袋の中味は主に三段重箱にみっしり隙間なく詰まったご馳走の山で、サンドウィッチとおにぎりは別のタッパーにみっちり詰まっている。

匠の業か。

しかも、大きな魔法瓶と紙コップ付き。

これ、何人前だ?

四、五人で食べるにしても多すぎる量。

まさか、オレたちの分まで……。

いやいやまさか、そんな筈……。

謎だ。

近くの公園で食べようという話になる。

愛妻弁当でしょう、お一人でどうぞと言ったら真顔で一緒に食べましょうと懇願された。

彼にとってはすこぶる愛が重いらしい。

出歩く度に出先で遭遇するのだという。

それなんてホラー?

まっ、他人事だし。

何故だか、箸が人数分用意されていた。

えっ? あれっ?

 

程なく戻ってきた遠嶋周防両刑事らも交えて、ご馳走を食べる。

ピクシーもこっそり隠れながら食べた。

合計八名でわしわしとおいしく食べる。

歌津名足さんは落ち着かない様子で、きょろきょろと辺りを見回していた。

マリーさんと仲魔たちは女性陣で別個に集まり、ひそひそ話でうふふきゃっきゃとしている。

女子会か。

遠嶋刑事が口を開いた。

 

「うちの菜々子が喜びそうな味付けだ。なんだかどこかで食べたことのあるような味わいだな。」

「これは本当においしいです。こうしたおいしいものを、是非弟の達哉にも食べさせたいです。」

「なんで僕、こんなに尽くされるんですかね。これで彼が女子高校生だったらよかったのにな。」

「おいおい、女の子に興味津々丸の歌津名足君。くれぐれも援助交際で捕まるなよ。非番の日にツタノハモールで、商店街の酒屋の子とデートしていただろう。しかも、七姉妹高校の制服を着せやがって。最低限、避妊具くらいは用意しておけ。もしも彼女の妊娠が発覚したら、大問題になるぞ。」

「ゲッ、なんで彼女のことを知ってるんですか!? あ、あの子とは純愛すよ、純愛。まだ、手を握ったりチューするくらいしかしていませんから。それと、制服は中古が二〇〇〇円で売られてて、弥沙希(みさき)ちゃんが似合うし彼女自身もノリノリだったからつい……あっ!」

「お前なあ……。ちなみにこれは鷹山から聞いた。」

「うわあ! ヤバい人に知られたあっ!」

「口止めはしておいた。安心しろ。デートをするなら、別の街へ行け。」

「そ、そうします。」

「歌津名足さん、まさか、何人もの女学生と付き合っていませんよね?」

「そ、そんなことしている訳ないすよ、周防さん。目が、目がこわい!」

「歌津名足さん、これ。」

「ちょ、な、なんで真顔で避妊具くれるんすか? このタイミングで!」

 

タコさんウインナーも唐揚げもおにぎりも玉子焼きも筑前煮も肉じゃがもハンバーグも、なにもかも旨かった。

デザートは周防刑事特製のクッキーとパウンドケーキ。

彼は今でも、機会があれば菓子職人になりたいらしい。

これ、お店を開けるくらいの素晴らしい腕前じゃない?

弟が褒めるのでせっせと沢山作り、全国警察官お菓子選手権(『おかけん!』)でも二位の名誉に輝いたとか。

時折、本職のお菓子屋さんから勧誘が来るという。

旨し。

今度、皆と『シェ・ソエシマ』に行ってみようか。

 

そうだ、日本酒を買わなきゃ。

刑事三人に旨い日本酒について聞いてみる。

遠嶋刑事は言った。

 

「高いのが、いい酒なんじゃないかな。」

 

歌津名足刑事は言った。

 

「酒のことはよくわかんないですけど弥沙希ちゃんの店で買ってください。あ、小西酒店て言います。矢来銀座の中にありますよ。それと、弥沙希ちゃんは魅力満載ですけど、手を出さないでくださいね。ちょ、遠嶋さん、周防さん、目がこわい! 目が!」

 

周防刑事は言った。

 

「日本酒、と言ってもいろいろな種類があります。吟醸酒、純米酒、特別純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸酒など。呑まれる方が辛口好みかそうでないかによっても、選び方は変わります。例えば東北系の日本酒と九州系の日本酒とでは方向性が変わりますし、そもそも『おいしい日本酒』の定義自体が曖昧になりやすい現状は、憂えるべき問題です。有名でないからおいしくないという考えは、持つべきではありません。古来の日本酒の名産地としては奈良ですが、ではその奈良酒が今もまっとうに評価されているかというと…………。」

 

 

忠魂碑、って幾らするのかなと思いながら早春の空を見上げた。

 



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港サンマルサン

 

 

「港サンマルサン、了解しました。」

 

無線機を元に戻し、車の助手席に座るダンディーな黒眼鏡の男がクククと笑った。

 

「ユーリ、とうとう新星会の奴らをぶっ潰せる機会が来たぞ。」

 

そう運転席の男に言い、彼は大型拳銃の手入れを始めた。

黒光りする、四五口径の無骨な携帯兵器。

何度も持ち主の命を救った、愛銃兼名銃。

傑作軍用拳銃のコルト・ガバメント。

日常的に弾を放つは洒落者な伊達男。

神奈川県警最高の弾丸消費数を誇る鷹山。

 

ロシア系の血が入っているセクシーな麗しき大下は、やれやれといった感じで言葉を返す。

 

「タカさん、無茶をしたらダメだよ。先月もそれで、課長に始末書を何枚も書かされただろ。査問委員会に呼ばれる寸前なんだからね。課長があちこちに頭を下げているから、なんとかなっているんだよ。」

 

港サンマルサンと呼ばれる、特徴的な日産レパードの中で白皙を男に向けた。

ダンディーさんが朗らかにセクシーさんへ返答する。

 

「あのタヌキ親爺なんざ、ほっときゃいいんだよ。」

「またそういうことを言う。近衛課長は本当にタカさんを心配しているんだよ。」

「よーし、先ずはテケテケ横丁で聞き込み調査だ。」

「またそうやって誤魔化す。」

「トニオの店でイタ飯を奢るぜ。」

「まあ、それなら。」

「カリンカでピロシキもどうだ。」

「わかりました。そちらへと直ちに車を向けます。」

「途中で間宮羊羹でも買っていくか。」

「課長の大好物だね。」

「たまたま途中で買うだけさ。」

「オーライ、そういうことにしとく。」

 

夕暮れの街並みに光る車。

金色のツートーンカラー。

 

平崎市には旨い店が多い。

福岡うどんの名店『花丸博多』、中華料理の老舗『北斗聖君』や『華星楼』、喫茶店の『フローレンス』、バーの『スタートレック』、ハーバービューレストランの『かもめ亭』、おっと、老舗喫茶室の『霧笛庵』も忘れちゃいけない。

でかい本格的ハンバーガーが味わえて軍用艦艇風四角いピザやクラムチャウダーも堪能出来る『桑港(サンフランシスコ)』は、元米軍の料理人が経営しているだけあって日本人以外の客もけっこう多い。

和菓子屋洋菓子屋の老舗もあるし、矢来銀座は興味深い商店街である。

ここ平崎市は、不可思議な魅力に彩られた街だ。

ここ最近は、奇妙な騒ぎで掻き回されているが。

まるで、魔女が釜を掻き混ぜているかのようだ。

 

 

「そうそう、都屋商店街に新しい店が出来たって話だ。」

「いつも思うんだけど、タカさんってそういう情報をどこから仕入れているのさ?」

「人の話によく耳を傾けることさ。」

「そういうもんなのかい?」

「そういうもんなのだよ。」

「で、なんて店なんだい?」

「イチイチハチ、って名前の店だ。ちなみに、男だけでは入れない。」

「へえ。」

「神奈川県産の野菜を使った料理に、季節のサンガリアが楽しめる。」

「ほう。」

「あそこで食べた自家製ピザとキーマカレーがなかなか旨かったな。」

「ズルいよ、タカさん。そうやって、いつもおいしいところにばかり行っている。」

「怒るなよ、ユーリ。今度連れてってやるから。」

「約束だよ。」

「約束する。」

「他にいい店を教えてよ。」

「そうだな、『佳之子屋』に『フォーチュン・クッキー』、『マントと短剣』もいい店だ。」

「給料日になったら、ハシゴしよう、ハシゴ。」

「いいぜ。」

「やった!」

 

 

「ところでユーリ、ファントムソサエティの新人怪異調査員についてなにか知っているか?」

「ファントムソサエティっていうと、あのオバケだかユーレイだかを退治するゴーストバスターだか退魔機関だっけ?」

「ま、表看板的にはそういう組織になっているな。」

「まさか、新星会や阿修羅会などと繋がっている?」

「そこまではわからん。だが、俺の女友達からちょっと聞いた話によるとそいつはモテモテらしい。」

「タカさん?」

「なかなか魅力的な男なのよ、と酒の席で言われてみろ。悲しいぜ。」

「なあ、タカさん。」

「なんだ、ユーリ。」

「なんで、手持ちの弾倉四つ共にぎっしりと弾込めしているんだい?」

「完全に息の根を止めるには、ありったけの弾をぶちこんだ方がいいだろう?」

「それって、新星会の奴の話だよね?」

「ユーリ、そこの角を右だ。」

「またそうやって誤魔化す。」

「戦時中の幽霊が出たって、何度か通報が来たマンションがあったよな。」

「ああ、カーサ乾って名前だっけ。あれ、遠嶋さんが担当していたよね。」

「先週、解決したってよ。」

「マジ?」

「マジ。」

「お祓いが効いたのかい?」

「その怪異調査員がふらりとやって来て、あっという間に解決したんだそうだ。」

「へえ。」

「ちなみに、そいつはちっとも 男前じゃなかったらしい。」

「ほう。」

「何人ものカワイコちゃんたちを引き連れていたそうな。」

「タカさん。」

「なんだい?」

「俺も何発かそいつにぶちこむ。」

「いいぜ。」

 

 

平崎市、いや神奈川県、いやいや日本一危険な刑事たちはあぶない会話を繰り広げながら繁華街へと向かう。

 

「タカさん。」

「なんだ、ユーリ?」

「キリノハモールで、ニャルさんのたこ焼きを買ってもいいかな?」

「俺も食っていいならいいぜ。あれは癖になる味だからな。」

「勿論大丈夫さ。確かに時々無性に食べたくなる味だよね。」

「ついでに黒沢巡査に会っておこう。」

「あいつさ、ちょっとがめつくない?」

「その分、いい武器は回してくれる。」

「んー、少し納得いかないけどなあ。」

「奴がいるから、正義を遂行出来る。」

「あいつが必要悪だって言うのかい?」

「そういうのとはちょっと違うんだ。」

「ま、いいさ。弱きを助けるためだ。」

「そうさ、俺たちは正義の警察官さ。」

「お前ら逮捕しちゃうぞ、って感じ?」

「あ~、こんなに穴だらけになって。」

「血もいっぱい付いて洗うのが大変。」

「くくく。」

「ははは。」

 

 

尾灯を光らせ、車が走る。

優秀な猟犬が解き放たれた。

彼らを阻める者はそういない。

 

 

 



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薬師六将



人は、カニクリームコロッケの虜なのか?
選択せよ、ひっそりと一人で食べるか、皆で食べるかを。



 

 

早春の昼下がり。

マヨーネさんに呼ばれてマニトゥ平崎の事務所に行くと、なんだか勇ましい女傑という感じの美人が彼女と談笑していた。

赤と黒に彩られたスーツを着ていて、長い髪に長身で頼り甲斐のありそうな人だ。

 

「嘉屋さん、彼がウチの期待の幹部候補生です。」

「えっ、マヨーネさん、そんな話は初耳ですが?」

「ふむ、あまり鍛えてはいないようだが、よい仲魔を連れている。普通に連れ歩けるとはかなり生体マグネタイトを持っているんだな。これなら、我が安底羅(あんちら)隊でも充分やっていけるだろう。どうだ、ウチに来ないか? 今なら副長待遇で受け入れるぞ。」

「はい?」

「相変わらず、即断即決即実行が信条ですのね。」

「戦場では一瞬の判断ミスが命取りだ。直感を重んじるのは当然だろう。彼は実にいい男と思う。」

「紹介が遅れましたわね。彼女はテルス教の嘉屋さん。薬師六将の一人で、安底羅隊隊長でもある勇猛な方ですわ。」

「テルス教、というと最近勃興している新興宗教の?」

「元々は真如来教を基盤とする教団でな。明治の頃に立ち上げられた宗教団体だ。それが今ではテルス教という看板を掲げている。自衛隊の上級将校にも敬虔な信徒がいるぞ。私自身はミロク派に属している。」

「ミロク派、ですか?」

「平たく言うと穏健派さ。」

「成る程。」

「テルス教は実力主義の傾向が強くてな。自由と混沌を重んじてはいるが、力無き者を軽んずる者も散見される。私の属するミロク派は、価値観の相違に極力寛容であろうことを旨としている。強き者は驕るべからず、が理念さ。まあ、飲み会ともなると隊長たちが奢ることもあるから、金策に苦戦することもある。」

「大変なんですね。」

「私の兵隊は皆優秀だからな。猪口才な悪魔は鎧袖一蝕(がいゆういっしょく)さ。」

「それは素晴らしい。」

「だから、常時優秀な兵隊……いや、貴方の場合は私の副長待遇でどうだ? やはり欲しくなってくるな。」

「困りますわよ、嘉屋さん。私の目の前で彼を口説かれるのは。そのような引き抜きは、重大な協定違反になりましてよ。」

「ああ、すまない。こんなに見所のある相手が来るとは思わなかったもので、思わず興奮してしまった。最近、メシア教とのいざこざが増えているから少しでも戦力を調えたいんだ。」

「そういった事情はファントムソサエティでも同様ですわ。命令系統が滅茶苦茶で基幹戦力がボロボロで派閥が対立ばかりしていて戦闘員を使い捨てにするような組織なんて、じり貧になって衰退する一方ですものね。」

「マヨーネの所は、ショッカーの戦闘員を多数捕獲したじゃないか。こちらとしては正直羨ましいぞ。」

「彼ら彼女らをこれから再教育しなくてはなりませんし、育成には時間がかかりますわよ。即戦力の人材を登用して持ち去られたら、それこそ冗談にもなりませんわ。」

「そして、失われるのは一瞬だ。」

「そう、理不尽な暴力の蹂躙で。」

「それで彼を貸して貰えるのか?」

「先程のような協定違反が無ければ、問題ありませんわ。」

「はは、協定違反などしないさ。」

「それでですね、今回は封霊塔の騒ぎを解決してもらいたいのです。」

「封霊塔?」

「氷川神社近くにある、太古の怨霊を封じたとされる仏塔のことさ。」

「そこが異界化でもしているのですか?」

「話が早いですね、その通りです。夜な夜な怪しい出来事が起こるから、早々に対処して欲しいとの市からの要望です。」

「またお役所からの催促ですか。オレの他に、退魔師とか呪禁師とか孔雀王とかはいないんですか?」

「現実で頼れるのは貴方ですわ。」

「では、行くしかないのですね。」

「よし、手取り足取り教えてやるぞ。」

「嘉屋さんの一挙手一投足並びに全発言を、後で教えてくださいね。」

「信用が無いのは不本意だ。」

「いつもの貴女なら、信用しますよ。」

「私はいつも通りだ。」

「嘘をおっしゃいな。」

「流石に気分が高揚しているのは、認めよう。」

「わかりますわ。私もそういう気分ですから。」

「マヨーネの冗談だと思ってた。」

「冗談どころではないでしょう?」

「これはちと不味いな。下手をするとウチの女性陣が壊滅する。」

「そうした可能性は排除出来ませんわね。無自覚で周囲をメロメロにしちゃいますから。彼がその気になったら、ファントムソサエティもメシア教もテルス教も敵わない程の組織を作ってしまいますわ。善人なるが故に、我々は助かっていることが理解出来るでしょう? それは不可侵の聖域とすべき案件と考えます。」

「まるで侵食型の生物兵器だ。」

「然り、然り、然り、ですわ。」

 

なんだか酷い言われようだが、周りの女性全員が頷いているので致し方なしと諦めた。

 

 

マヨーネさんを除く全員と駐車場に到着。

現場には、オレのフィアット・ムルティプラで行くことになった。

 

「貴方はなんとも変わった車に乗っているんだな。これはヴィンテージか?」

「イタリアが誇る名車の、フィアット・ムルティプラ初期型だよー。エンジンは日本製に換装して、信頼度も抜群!」

「マヨーネさんにイタリア車を勧められまして、それでこれを選びました。」

「貴方の判断で?」

「仲魔たちとの共同判断で。」

「私たち皆が選んで、サマナーが決定したのよ。」

「みんなで選んだものが一番だよー!」

「サマナーはあたしたちを重んじているからね。」

「ふむ、益々貴方が欲しくなってきた。」

「あはは、光栄の至りです。」

「ご主人様は私たちの仕えるべき方ですから、差し上げません。」

 

それでは、出発進行。

 

 

「六人も実力派の幹部がいるとは、テルス教の層は厚いですね。」

「以前は倍いたんだがな、組織間抗争で半分に減ってしまった。」

「そ、そうですか……。」

「私程度の力量の者は、それこそ掃いて棄てる程いたものだ。苛烈な戦いが、彼らを黄泉に送ってしまったのだ。だが、それでも私たちは生き残っている。ならば、やることはひとつだ。特にあのメシア教なぞには好きにさせんさ。」

「嘉屋さんは勇敢なんですね。」

「かほるでいい。」

「えっ?」

「私の名前は嘉屋かほる。だから、かほると呼んでくれたらいい。」

「初対面の方を呼び捨てには出来ませんよ。」

「礼儀正しいんだな。」

「これが普通ですよ。」

「今のところはそれでいいか。もうじき現場だ。港署の連中とは話が付いている。その点では心配しなくていい。」

「ドキドキしますよ。」

「私もドキドキしている。」

「嘉屋さんは歴戦のつわものでしょう?」

「貴方にドキドキしているのさ。」

「いやいや、どうしてそんなにオレのことを高評価されるんですか?」

「勘だよ。」

「勘、ですか。」

「このなんとも言えない直感で生き延びてきた。だから、私は貴方を信じる。」

「お褒めに与(あずか)り、恐悦至極に存じます。」

「それと、だ。」

「はい。」

「己の命尽きるまで、強く全力で足掻(あが)き続ける。それが私の信条さ。」

「いい考えですね。」

「貴方は私が守る。信じてくれ。」

「信じますよ。」

 

 

車は走る。

この世を走る。

夕暮れ迫る道を走る。

カハタレトキを走る。

平崎市が闇に呑まれてゆく。

 

「与那多、倭留多、伊佐保、伊佐刈も連れてくればよかったかな?」

「部下の方々ですか?」

「鍛え甲斐のある、可愛い部下たちさ。この街の風景は蕗藁(ふきわら)が喜びそうだな。」

「蕗藁?」

「マイク蕗藁と名乗る、油断ならない国際輸出商会の商会長さ。主に無所属の戦士や悪魔召喚師などが商会員として所属しており、其処からあちこちへ派遣社員の如く送られるという寸法だ。商会員同士が敵味方に別れるのもザラのようだがな。蕗藁には特に気を付けろ。頭がよく回り、舌の回転もなめらかだ。悪くない奴だが油断ならない存在でもある。普段は喫茶マイアミの主人として情報屋を気取って小遣い稼ぎしているが、決して口車に乗ってはいかん。なにか特別なことを目論んでいるようだが、奴と話をする時は、努々(ゆめゆめ)油断しないことだ。」

「そんなにこわい人なんですか。」

「一見のほほんとしているが、中身は別物だ。人を見た目で判断するな、ということさ。キレイな言葉ばかり好んで使う人間に、ろくな奴はいないからな。たまに珈琲仮面とやらに扮装して酔狂の限りを尽くしているが、その時は奴だとわからないふりをしてくれ。街の清掃活動に熱心なんだ。好敵手として、日本茶仮面に扮装するスサノオ茶屋の店主がいる。」

「心しておきます。」

「済まんな。貴方の方が歳上なのに。」

「気にしていませんから大丈夫です。」

「ところで、『ベルサイユのばら』は好きか?」

「特別好きという訳でもありませんが、アニメ版の主題歌は歌えますよ。」

「ほう、私と伊佐保は原作が好きでな。この仕事が終わったらカラオケ屋に行こう。」

「いいですね。」

 

 

氷川神社の境内は夕闇が迫り、黒が濃い。

ここには、豪族の古墳も存在するという。

そこを少し離れると、五重の塔が見えた。

これが封霊塔らしい。

記念碑にも見える存在が屹立(きつりつ)している。

警察官はどこにも見当たらない。

「警官がいないな。」

 

嘉屋さんが、不吉な宣言でもするかのように言った。

それに合わせたかのように、塔の陰から男が現れる。

周囲がどんよりした雰囲気になり、異界化してゆく。

 

「くくく、誰かと思えば、テルス教のキレイでおっかない姐さんと、なんか冴えねえおっさんじゃねえか。」

「お前は……阿修羅会の、若い衆か。」

「へへっ、わりぃけどよ、みんなここで死んでもらうぜ。おい、ツチグモ! 出番だ! 俺ら阿修羅会の怖さを、その身に叩き込んでやるぜ!」

 

ぐにゃぐにゃ、と空間が歪んでそこから絞り出されるように悪魔が現れる。

蜘蛛のように多脚で、それは厳(いか)めしい顔をしていた。

そうか、土蜘蛛か。あれは倒さねばならない存在だ。

 

「こわくて声も出ねえか、おっさんよ! とっととあの世にいっちまいなっ!」

「ナメるな、若造。貴方は下がるといい。なに、こんな奴の使役する悪魔などには負けんよ。」

「変われ変われ、札に変われ、力なき札へと変われ、シャッフラー!」

 

自然と口が呪文を詠唱していた。

 

「な、あ、貴方は魔法を使えるのか?」

 

驚愕する嘉屋さん。

 

「逝けえっ! 殺っちゃえ、サマナー!」

「おおっ、ツチグモは見事に札に変化したねー! よーし、燃やしちゃえ、サマナー!」

 

オレの傍らでアリスさんとピクシーが叫ぶ。

 

「燃え盛れ燃え盛れ炎よ! 我らの敵を焼き尽くせ! マハラギオン!」

 

魔法の猛火が札を包み込み、そして塵も残さずに燃やし尽くした。

 

「んなバカな! こんなに簡単に倒せる悪魔じゃない筈なのによっ!」

「さて、お前はどうする? 無益な殺生を行いたくはないのだがな。」

「くっ、覚えてやがれっ!」

 

用意してあったらしいママチャリに乗って、男は素早く逃亡した。

ほう、思いきりのいい召喚師だ。

その逃げっぷりは見事に尽きる。

桃色の自転車でピューと逃げた。

チリンチリンと鈴を鳴らしつつ。

異界が消えた。

嘉屋さんに聞いてみる。

 

「彼にトドメを刺さなくてよかったんですか?」

「人間を殺すと後々面倒になることが多々ある。出来たら避けた方がいい。」

「確かにそうですね。」

「しかし、今の魔法には驚いたな。敵を札に変化させる呪文は初めて見る。」

「オレも初めて使いました。」

「それにしては、堂々としていたな。ん? 何故、周囲が異界化してゆく?」

 

塔の周りの空間が、なにやら硝子張りのようになってきていた。

そしてきらきら光る粒子が地面の一点に集まり、閃光を発した。

そこから現れたのは、青と白に装飾された服を着てラクダに乗った美しい女性。

彼女はオレに対して微笑んでいる。

敵対する意思は全然感じられない。

 

「ふふふ、ツチグモを倒してくださってありがとうございます。わたくしはゴモリー。すべての人に愛をもたらす者。あら、我が主の分霊体のかすかなにおいがしますわ。」

「ご主人様、彼女は堕天使ゴモリー。魔王の懐刀ですわ。」

 

耳元でマリーさんが囁く。

 

「かなり強いわよ、彼女。」

「変ねー、ルシファー様の側近がなんでこんなところに?」

 

傍らでアリスさんとピクシーが呟く。

ハッと気づくと、彼女はラクダから降りてオレのすぐ目の前にいた。

なに?

 

「ふふふ、聞いたよりもいい男ですね。貴方にはこれを差し上げましょう。」

 

護符を胸元から取り出した彼女は、オレにそれを渡すとグッとそのまま手を握り締めた。ほのかに温かい。

 

「今度出会ったら、その時はたっぷりと愛し合いましょう。楽しみにしていますわね。」

 

素早く頬に接吻(せっぷん)される。

気づくと異界は消え、彼女もいなくなっていた。

 

「メシア教の司教に似た服を着ていたな。あれはなにかの暗喩か隠喩か? 魔王の懐刀がこんな所に出向くとは驚いたよ。しかも、貴方に随分と好意的だったな。貴方は一体何者なのだ?」

 

嘉屋さんが鋭い視線をオレに向けつつ、そう問うた。

 

「ただのおっさんですよ、オレは。」

「今はそういうことにしておくか。」

「今もこれからもただの人間です。」

「おー、サマナー、これは地霊の護符だよー!」

「ピクシーさん、それはなんですか?」

「今は用途不明だけど、たぶんその内なにかで使えるんじゃないかなー。」

「アリスさん、ハコクルマさん、マリーさん、なにかわかりますか?」

「取り敢えず、持っていたらいいんじゃない?」

「そんなことより、サマナー、初対面の悪魔にでれでれすんなよ。やっぱり、悪魔たらしじゃないか。」

「強力な呪法が籠められていますね。使い道は今のところわかりませんが、なにかの時に使う品なのでしょう、たぶん。」

「酷い。オレはただのおっさんなのに。」

「未だに普通の人間だと思い込んでいるサマナーについて。」

「まあ、いいんじゃない。」

「あたしは気にしないよ。」

「ご主人様は通常運転ですわね。」

 

仲魔たちやマリーさんが呆れているように見えるのは何故だ?

解せぬ。

 

撤収しようとした頃、警官たちがやってきた。

事情を説明する。

彼らはほっとしていた。

近くで、ぼや騒ぎがあったらしい。

陽動か。動きが読まれているのか?

もしかして、テルス教内部に……。

……。

帰りの車中で、嘉屋さんが言った。

 

「テルス教直営の、築地にある『龍鳳』は旨いメシを提供するので有名だ。海鮮たっぷりの築地餃子に海鮮出汁の築地拉麺、那須チーズを使った洋食も旨いぞ。栃木の牛乳や乳製品がふんだんに揃っている。栃木県の牛乳生産量は日本一だからな。那須烏山市の寒暖差が大きい八溝(やみぞ)地域で育った蕎麦は、香りも喉越しも味わいも絶品だ。栃木の名酒と一緒に味わうのも趣深い。締めは苺サンドや苺ジェラートや苺パフェだな。どうだ、カラオケに行った後で築地に行くというのは?」

「「「「是非、そのお店に行きましょう!」」」」

 

なんだ、この仲魔たちとマリーさんの共同声明は。

これが女子力か?

マヨーネさんに一連の報告をし、彼女を含む全員でカラオケ屋の『ローレライ』に行って三時間熱唱し、その後は夜更けの高速道路を使って築地へと出向き『龍鳳』で夜半の食事会となった。

嘉屋さんが事前連絡していたらしく、個室に案内されたオレたちは歓待される。

最初に出されたトマトのカプレーゼが実に旨くて、絶讚の嵐となった。

トマトもチーズも栃木県ゆかりの品で、旨い旨いと瞬時に無くなった。

なので、もう一度頼む。

二度目も瞬時に食べ尽くされた。

焼き鳥やサラダなどの盛られた大皿が運ばれてくる。

意欲的な作り手たちが作った、すぐれた増子焼の器に盛られた料理はとても美しい。

これは期待出来そうだ。

次々に運ばれる料理群。

ウマウマと食べる我々。

こでらんめーぇ!

美容に悪いと言いながら、どんどん運ばれてくる料理を順次攻略してゆく面々。

上州太田焼そば、とちぎ和牛のステーキ、ソースかつ丼などがどんどんと来る。

佐野市や大田原市の地酒も旨い。

ぬはは。

 

 

少々休憩して嘉屋さんと別れた後、早朝の光を浴びながら魚河岸に行った。

オレはマグロのぶつ切り漬け丼を食べる。

ワカメの味噌汁とおしんこでわしわしと。

他の面々も、海鮮丼やら鉄火丼やらを食べるのであった。

仲よきことはよきかなかな。

 

こういう日々が続くといいな、とふと感じた。

 





テレビドラマ版『真・女神転生デビルサマナー』の第一話『予兆 OMEN』を改めて視聴してみると、カット割りや脚本などでかなり頑張っているように思われました。
小道具も凝っていて好感触です。
如月マリーとキョウジの関係は現実的に思えましたし、キョウジがダメ人間というのも上手いと考えます。
また、主題歌とエンディングテーマがとてもよく出来ています。
ちょっとエロいので、これからご覧になる方はご注意ください。



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夢魔の標的






白い服を着た男の子は言った。

「ボクはボクの思ったことをあの子に言っただけです。それがなにかいけないことなんですか?」

黒い服を着た男の子は言った。

「ぼくはあの子がまちがっていると思ったから、それをきびしくなじっただけです。それのどこがいけないんですか?」

青い服を着た男の子は言った。

「ぼくはただしいことを言っただけ。ぼくはまちがっていない。」

赤い服を着た男の子は言った。

「ぼくはみんながまちがっていると言ったから、それにしたがっただけ。それだけ。」




今回、少々エロかったりグロかったりします。
ご注意くださいませ。




姉のように思っている娘は、マヨナカになるとなにかを写すように書き記す。
甲州の温泉町に、悪魔は来たりて愛を囁く。
『太郎様の隠れ湯』の湯煙はなにを隠すか?






 

 

 

 

くくく、他愛のないことよ。

すぐにエナジーが貯まった。

リフレーッシュ! てとこ。

満員電車は尽きせぬ狩り場。

学生から年配のオスまで選り取り見取り。

むわっと漂う体臭が鼻をくすぐってきた。

ほんの少しずつ吸精すれば、直に腹一杯。

うぷ、ちょっとヤりすぎたかもしれない。

アヘアヘウヒハなオスが量産されたわね。

ま、いっか。

性的満足を覚えて痴漢も減るからニンゲンのためにもなるし、私も生体マグネタイトを得られる。

全者全得で、実に素晴らしいじゃないか。

この体も初めはギクシャクしていたが、段々慣れてきた。

死にかけで私を召喚出来たのは見事だと思うが、生きることに絶望したメスの意識は既にカロンの元へと旅立った。

なんとも、勿体ない。

現在は私がありがたく使わせてもらっている。

この体を辱しめたオスは贄となってもらった。

まあ、当然の結果だな。

お陰でこの世に顕現出来たのだから、全員に感謝せねばな。

 

最近、気になるオスがいる。

矢来銀座で見つけた高校生。

そのオスは、外面の初々しさと内面の濃厚さが不均衡で実に芳(かぐわ)しい。

瞬時禍々しくなり心地よい。

一目で気に入ってしまった。

是非寝所で泣かせてみよう。

でーと、とやらに私から誘ってみるのもよかろう。

あのオスは、私の獲物だ。

誰であろうと渡すものか。

あのオスを私の虜にしてくれよう。

幸い、生体マグネタイトは充分だ。

生体マクスウェル協会に行って、換金しておこう。

万一に備え薬屋アヌーンで媚薬を購入しておくか。

あの女ののろけ話は長くてたまらんが、腕は確かだからな。

かの勇者候補生を見事に陥落せしめて、今でも仲睦まじい。

正直羨ましいぞ。

 

「ねーねー、おじょーさん、こんなとこでぼんやりしちゃってどーしたの? 気分が悪いんだったら、俺らときゅーけいしに行く? いや行かねば。という訳ですぐに行こうよ。」

 

頭の悪そうなオスどもが、私を見ながらニヤニヤしている。

根拠の無い自尊心と卑屈な魂の複雑な絡み合いが見られる。

こんな輩たちになど抱かれたくないな。

抱くならあのオスがいい。

よーし、非常食にしよう。

いつもの廃工場にするか。

 

「ええ、いいわよ。」

「おお、やったね!」

「それでね、私、とってもいい場所を知っているの。」

 

ムハッ、と鼻息が荒くなるオスたち。

可哀想に。

全員昇天させるから、覚悟しなさい。

 

 

 

「平崎市内での行方不明者が微増、ですか。」

「ええ、ここ半年の間ですが、月におおよそ五、六人の割合で増加傾向にあります。」

 

マニトゥ平崎の事務所で、いつもの打ち合わせ。

マヨーネさんとお茶を楽しみながら、会話する。

仲魔たちとマリーさんはいつものひそひそ話だ。

 

「ショッカーの仕業じゃないんですか?」

「最近は控え目の傾向にありますが、ヤるときは渋谷や新宿や池袋でガッと捕獲していますね。彼らにしてはやり方が地味過ぎます。」

「メシア教の仕業じゃないんですか?」

「あそこは先ず入信させてから緩やかな洗脳を行い、しかる後に戦闘訓練を施します。やり方が違い過ぎますね。」

「テルス教の仕事じゃないんですか?」

「あそこは実力主義ですから、最初に登用試験があります。やり方が明らかに違い過ぎますね。そんなことを言われると、嘉屋さんに怒られますよ。」

「すみません、気をつけます。それで、第三勢力というか、既存とは異なる組織が出現してきたのでしょうか?」

「それを調べていただきたいのです。」

「警察官みたいですね。」

「港署が三度失敗していますからご注意ください。あ、これは内部情報なので、内緒にしてくださいね。」

「専門家の彼らが失敗とは、穏やかじゃないですね。」

「事件に関連した捜査員は、全員数時間分の記憶喪失になっていました。偶然で片付けるにはおかしいでしょう。」

 

 

 

ふむ、ニンゲンどもめ。

私を捕まえるつもりか。

くくく、甘い甘い甘い。

既にあのオスの学校へと編入出来たわ。

魅了を使って偽造すれば、案外簡単だ。

念のために戸籍なども改竄しておいた。

一族郎党の記憶も既に変更しておいた。

明日からは、あのオスとのらぶろまんすとやらを堪能しよう。

学校はいい。

若々しいエナジーに溢れている。

生体マグネタイトも貯め放題だ。

生体マクスウェル協会がこの街にもあればいいのに。

偉そうなオスの教員は既に私のしもべにしているから、必要に応じてコレに生体マグネタイトや車や金を出させたりしている。

過去の栄光にすがる愚かな暴力蛮族的オスで間抜けな権威主義者だが、表向き、国際競技大会出場経験者且つ名監督として名声だけはある。

こやつは利用し尽くしてくれよう。

メスをあてがう必要すら感じない。

 

お前はオス失格だ。

 

不良どもとねんごろになるがいい。

六人ほどあてがえばいいだろうな。

様々な証拠写真は写真部の面々に撮らせたから、何時でも追い落としにかかれるな。

ノリノリの撮影会に参加した写真部のメスたちは、何故かムハッと大興奮していた。

現代視覚研究会から参加したメスたちも大興奮しながら、撮影したり帳面に鉛筆を走らせたりしていた。

誇らしげに自らを撮影させるオスの教員。

あなここな愚か者め。

 

「何枚撮ってもいいんですよね!」

「はらいそはここにあったんだ!」

「姐さん、一生ついていきます!」

「ウホッ、もっともっと拡げて!」

「こんな風になっちゃうんだね!」

「資料! これはあくまで資料!」

「先生、彼氏と抱き合ってみて!」

「誘われ攻めをしてみて欲しい!」

「先生総受けの絵を描きたいの!」

「夏の新作はこれで決まりだわ!」

 

……喜んでもらえてなによりだ。

不要になったら、斬り捨てよう。

縄張りは『無事』他のヤツにかすめ取られたので、後はアレに任せればいい。

ただ、私の『従姉妹』となるニンゲンは不用心で底抜けにお人好しのメスだ。

なんだか心配にさえなってくる。

悪魔がそんなことを考えるだなんて。

私は悪魔だ。

ニンゲンなどではない。

元々楽天的なのか、そのニンゲンはいつもニコニコしている。

精々、このメスに悪い虫が付かないようにしてやろう。

こやつの好みのオスとまぐわらせてやらねばなるまい。

この部屋には、何故だか参考文献が山程あるのもよい。

一般書店では販売されていないようだが、別に構わん。

あのオスがこの私の虜になりさえすればいいのだから。

ただし、オス同士の文献が多いのはちと偏っているな。

間違えてしもべの教員と不良が一緒の写真を落として『従姉妹』に拾われたが、メスからこれが欲しいと懇願されて戸惑った。

結局進呈したが、あれでは子作りなど出来ぬことを知っておろうに。

 

 

 

「喰らえ! 必殺の電撃! ジオ!」

「箱車の体当たりを食らいやがれ!」

「取り敢えず、イナズマキーック!」

「メギドラオンで昇天しなさいな!」

「ええと、とどめの一撃で御座る。」

 

パンパンパンパンパン、と火薬の発する音と共に三〇口径弾が大きな獣型悪魔を引き裂き、それはドウと倒れた。

 

「グアア、せ、折角、あ、あやつから縄張りをかすめ取ったというに、く、口惜し……や!」

「えっ?」

 

悪魔が消滅してゆく。

だが。

なんだ、今の台詞は?

悪魔の居た位置には宝石。

アクアマリンが転がっていた。

宝石商に持って行けば、鑑定してくれるか?

 

「サマナー、それはまた今度ラルフの店に持っていこー。でね、でね、こっちに被害者の山があるよー。めっちゃくっさいけど。」

「どうする? 黒おじさんの呪法を真似て、擬似的にゾンビ化させて歩かせてみようか? あ、手足が無いのもいるわ。ずいぶん食べ方が粗雑ね。」

「まあ、手当たり次第にマルカジリしまくればこうなるかな。」

「衰弱していたところを悪魔に喰われた訳ですね、ご主人様。」

「ちょっと待ってください。」

「「「「えっ?」」」」

「これ、おかしくないですか?」

「ご主人様、取り敢えず港署には遺体発見の連絡をします。連絡相手は、捜査一課の遠嶋刑事がいいでしょうね。」

「あ、はい。……ええとですね、今回の悪魔の行動には矛盾が見られます。先ず、衰弱させて生かさず殺さずにしていたように見える状況だったのに、全員乱雑に食い散らかされています。前者は慎重な性格を意味し、後者は粗暴な性格を窺わせます。第二に……。」

 

 

この学校の生徒たちの間では、現在放送中の『真サムライ転生~四匹に斬られる!』というテレビドラマが大人気だ。

メスにもオスにも教員にも人気がある。

三〇年ほど断続的に続いている、ハイパー時代劇だとか。

現代人が江戸時代の侍や御家人などに転生してハチャメチャをする番組。

始まった当初は斬新過ぎると言われていたが、今では定番となっている。

現在放送されているのは、六期か七期だったか?

人気次第で二年くらい続くから、時折役者が交代している。

交代理由は大抵斬殺なので、あちこちでネタ化されてさえいる。

交代した登場人物はその兄とか弟とか姉とか妹とかを名乗るから、どんだけ一族がおんねんとわざわざ詳細に考察したニンゲンもいるらしい。

夕方と夜遅くには平崎市の東亜放送で過去の作品が再放送されているし、この小さな街でもその放送局の電波が受信可能だ。

東亜放送はマニアックな映像作品を次々に世に送り出している、前衛的なメディア。

少年と一緒にその時代劇を見ていて、彼が興奮しているのを見るのは大変好ましい。

 

 

 

悪魔は倒したが、なんだかおかしい。

マヨーネさんや遠嶋刑事には自身の考えを伝えたが、どうやらうやむやになりそうだ。

いわゆる『政治的判断』なのだろう。

気に入らんが、仕方ない。

そんなことより温泉に行くとしよう。

気分転換にと、温泉旅館の宿泊券を貰ったのだ。

甲州の温泉町。

『太郎様の隠れ湯』が複数存在する、山の中の小都市。

そこでゆったり過ごすのだ。

うちの一族郎党もノリノリ。

平崎駅からは片道一五〇〇円、往復二八〇〇円で直通バスも走っている。

高速道路を使って行くのもいいだろう。

江戸時代の商家や明治大正昭和初期の名建築も、街のそこかしこにある。

下手な開発競争に巻き込まれなかったために往時の姿を今に残し続ける。

『ろまん灯籠』というパン屋の三代目主人は太宰治かぶれで、初代は当人と親交があったという。

地元民に親しまれる名店ナリ。

店の名前も太宰の著作からだ。

実際、太宰治直筆の落書きがあったり、彼が好んだというフランスのバケットに似たステッキパンがここで買える。

ラスクパンやカタパンも旨いそうだ。

黒石の林檎を使った惣菜パンも有名。

そうした旨い店が、その小さな温泉町にはちらほらあるという。

今から行くのが楽しみだ。

 

 

 

うふふ、とうとうこのオスは私のモノだ。

思った以上の満足感を得られて嬉しいぞ。

アヌーン特製の媚薬を使うまでも無かったのはよかった。

あれは下手をすると『壊れる』しな。

誰にも渡さんぞ。渡してなるものか。

オスの唇を放課後にむさぼっていたら、それを見た同級生のメスから「エッチなのはいけないと思います!」と言われた。

なにをほざくのだ、ニンゲンのメス。

お前の唇も吸うてやろうか、と言ったらなんと気絶した。ヤワ過ぎる。

何故かその後、『姐さん』と呼ばれるようになった。意味がわからぬ。

私を姉御扱いする、舎弟まで出来た。

『狂犬』と呼ばれる凶猛なオスらしいが、武闘派の悪魔たちに比べたら仔犬のようなものだ。

まあ、今後精々利用してやろう。

あの駄犬よりはマシだろうしな。

ちょっとやんちゃなヤンキーども二〇名程を失神させただけなのだが、それでいたく感心されてしまった。

あの時の生体マグネタイトの集まり具合はなかなかよかった。

このオスがツガイを求めていたので、どんなメスがいいのだと問うたらモジモジしていた。

ハッキリせんか。

取り敢えず、手近なメスの教員をあてがう。

そのメスもツガイが欲しいと常々ぼやいていたから、丁度よかろうて。

双方ともに損は無いだろう。

好きなだけまぐわうがいい。

ただ、年齢差が大きいので、舎弟の経験値を高める相手としておこうか。

メスの教員は、その内あの高慢ちきなオスの教員に嫁がせるとしようか。

アヌーン特製の媚薬もある。

舎弟の次の相手は誰にしようか?

手間ではあるが、そういったことも視野に入れておこう。

上級生か、同級生か。

 

山梨県八十稲庭(やそいなにわ)市。

それが現在私の住む街の名前となる。

神奈川県平崎市への直通となる高速バスがあるから、意外と利便性がいいとも言えよう。

江戸時代から塩や魚の干物や乾物などを運んでいた関係で、今でも交流があるとか。

その昔は軽便鉄道が走っていたそうで、それを復活させようとの草の根運動もある。

オスが矢来銀座にいたのは、遊びに来ていたからだったとか。

うむ、これは運命だな。

ここはのんびりとした感じの、山間(やまあい)にある街だ。

八十桃と温泉が有名で、そこそこの観光客がこの街を訪れる。

『桃と温泉の街』が謳(うた)い文句で、温泉が流行していた頃はかなり景気がよかったそうだ。

戦前の名建築がちらほら残っていて、国の重要文化財も数件ある。

同級生が若女将をしている温泉旅館もそのひとつだ。

『金はこういうところに使いなさい』と、大正頃の当主が儲かっている最中に宮大工の手で大改修させた。

結果的に今では使えないような木材がふんだんに使用されており、今でも皇族指定宿泊施設だ。

今度オスと、温泉でしっぽり過ごしてみたいものだな。

 

最近出来たばかりのショッピングモールが、市内及び県内の話題を集めている。

湯根洲百貨店が資本を出しているリュネスは大型商業施設だ。

近隣諸藩のニンゲン共が買い物に来るので、生体マグネタイトの集まりもいい。

購買人口は、おおよそ三〇万ほどを予定しているのだとか。

地元の商店も複数中に入っていて、彼らと連携しようという動きが感じられる。

私はそこの花屋でアルバイトをしており、店長の息子であるオスと頻繁に会う。

そういう風に、状況を仕立ててみた。

こういうのが仲を深めることになる。

『リュネスは毎日若々しく新しい発見のあるお店!』が謳い文句とか。

まあ、そんなことはどうでもいいな。

愛こそ、すべて。

このオスを私は愛し抜いてゆくのだ。

なあ、ヨウスケ。

 

 








某日某所

「さあ、僕と握手しましょう!」
「えっ、何故ですか?」
「え……その、お近づきの印に。」
「あの、そういう趣味はありません。」
「あっ、いえ、その、違うんですよ。」
「あの、そういうことをいろいろな方になさっているんですか?」
「え? ええ、こんな雨の日は、握手くらいして気分転換されては如何かと。」
「すみません、意味がわからないです。」
「あっれー、ファントムさん、どうしたんですか?」
「こちらの方がオレの手を握りたいって言われていまして、絶讚困惑中です。」
「え、その、ちが……。」
「あー、僕も女子高校生とか美人ニュースキャスターの手を握るんなら兎も角、野郎の手は厭ですねー。」
「そういう訳で、申し訳ありませんが貴方の希望に添えません。」
「僕もやだなー。」
「え、あの、ちが……。」


「あ~あ、誰も握手してくれない。この仕事は悪手だったかな? アルバイト先を変えよっかなあ。」



※作中のとある温泉町は、アニメーション版の群馬県某市ではなくゲーム版の山梨県某市を参考にしました。


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金王屋

 

 

 

先日、マヨーネさん率いる仲魔たちやファントムサマナーたちが破壊したショッカーのアジト。

紀伊半島南端にあったそこは戦闘員養成施設を兼ねていたらしく、かなりの数の戦闘員及び戦闘員訓練生を捕獲したのだとか。

その捕獲された戦闘員の内、男性戦闘員は純粋に戦闘力を高めたいサマナーたちに引き取られた。

彼ら曰く、女なぞいらん! ということだとか。

実に漢(おとこ)らしいな。

その反面、女性と付き合ったことの無いサマナーたちには女性戦闘員が大人気で、男性戦闘員なぞ欲しくも無いとのことだ。

丸っきり正反対で興味深い。

オレのところにも何名か来る予定だったらしいが、船岩・エイミスといった幹部サマナーが人数を多く求めたのと(どちらも男性戦闘員ばかり)、独身男性サマナーたちが女性戦闘員を欲しいとマヨーネさんに直訴並びに懇願したため、オレの元には誰も来ないことと相成った。

再改造と戦闘員用強化服と再洗脳を担当したスリル博士は、あまりの多忙さに発狂寸前となったらしい。

なんで技術者を捕らえてこんかったんや! と怒鳴られたファントムサマナーは、ビビりまくったとか。

そもそもアジトには技術者が誰もいなかったそうだが、その余波でオレは彼の愚痴を散々に聞かされた。

まあ、致し方あるまい。

詫びるマヨーネさんに、気にしていないと言ったらホッとされる。

自己主張の強い人員が多いので、組織の調整はとても大変らしい。

まあ、そうなるな。

 

群馬県の某山中にあるのは、ファントムソサエティ及び提携組織と冒険者ギルド的な国際輸出商会が共同で抱える射撃場。

そこには、簡易宿泊施設並びに温泉も附随しているという。

二泊三日で射撃訓練してきてくださいと、マヨーネさんに言われた。

射撃教官も務められるマリーさんがいるのは大きいらしい。

サマナーのみならず、戦闘員たちにも射撃訓練を施すとか。

太っ腹だな。

マヨーネさん曰く、基幹戦力としての兵卒の地力を高めておくことが結局は組織の強さに繋がるのですとのこと。

幹部の育成も行いたいそうだが、自由人が多すぎて最小限の管理をするので手一杯だとか。

どの組織も中間管理職の育成で悩まされているのだ。

先日嘉屋さんから熱心に勧誘されたことを思い出す。

結局、テルス教の作戦では優先的に助力することを約束させられた。

ちなみに、メシア教からの勧誘は絶対断るようにと真顔で言われた。

特にユキノという女の子が、一見無防備のほわほわ娘で危険らしい。

 

「しかし、何故こんなに女の子の戦闘員が多いんですかね?」

「それはですね、ショッカーがエステティックサロンを複数経営していることに関係あります。」

「はい?」

「キレイになれる、というだけで女の子は案外簡単に騙されてしまうのです。人は内心騙されたいという願望があるのだ、という心理学の研究書もある程ですわ。キレイになれる全身マッサージがあると聞けば、女性担当者の前だと抵抗せずに脱ぎますし。ナノマシン配合の浸透系塗り薬も塗り放題。頭部への洗脳装置も着け放題。一日で簡単に即席戦闘員が出来ますわ。そこからが案外面倒なのですが、それにしてもおそろしいですわね。」

「え、ええ……。」

「例えば一回五〇〇〇円のコースを初回のお試し価格二〇〇〇円、高校生中学生は学生証提示で一五〇〇円と言われたら、もう女の子ホイホイ。疑うような子はそもそも相手にしていませんから、騙されやすい子を標的にしているとも言えます。そして、やさしいお姉さん系の相手なら、彼女たちは簡単に信じちゃいます。人を騙すって案外簡単なんですよ。必要だからと言えば学生証を簡単に見せますし、身の回りのことについてちょっと突っ込んだ質問をしても、相手を信用してしまえば大抵答えます。大都市の路地裏に店があれば、それは思春期の女の子が持つ冒険心をくすぐりますし、社会人ならば隠れ家的な安心感をもたらします。よく考えられていますわ。」

「それはそうですが……。」

「経営は大抵利益度外視ですが、他者と繋がりが深いなど社会的危険性の高い子は事前に除外出来ますし、家族と疎遠で人付き合いが稀薄な子の場合は相談に乗るふりをしてそのまま訓練施設に送り込んだり、まあいろいろ。実際、捜索届けは意外と思える程出ていませんわ。寒い時代だと思われませんか?」

「確かに、人間関係が稀薄な現代の隙間を巧妙に突いていますね。そのエステティックサロンなどは、今後潰すのですか?」

「潰しませんわよ。」

「えっ?」

「そのエステティックサロン群はそれぞれ個人事業主が経営していていずれも関連性が無く、普通の人間も複数雇っていて、合法的な仕事が通常業務です。表面的に違法性が見られないので、警察を動かしての検挙は不可能。組織的には一見ややこしく見えますが、一網打尽にならなくて済むのが最大の利点ですわね。精々、店長か副店長くらいがショッカーに洗脳された一般人か中級戦闘員。しかも、ブラックじゃなくて限りなくホワイトな業務内容。過去に何店か潰したことがありますけれども、中級戦闘員は逃走特化型改造人間ばかりで何度も何度も逃げられています。下手をすると、瞬間洗脳された一般人従業員や客などと戦闘になる危険すらある。雑居ビルの関係者全員が、事前に洗脳されている場合さえある。私も別に殺人快楽症ではないので、彼らを殺さずに済ませようとしたら苦戦し辟易しました。彼らとはいたちごっこになりますから、正直、お手上げですね。女性調査員が寝返った時さえありましたし、あの時は痛手でした。組織的に言うと、おいしいとこ取り出来るので実が熟すまで放置しようと考えているようです。酷い話ですが、これが現実です。」

「う~ん。」

「そして、ショッカーはここ数年教育困難校の高校経営も行い、ことごとく成功させています。」

「はい?」

「校長や一部の教師・生徒を洗脳し、不良生徒たちの更正に成功。彼らは地域の奉仕活動も率先して行い、弱きを助け強きをくじくことを体現。そうした先輩たちに憧れて入学する生徒も続出。入学試験は名前を書くだけですが、卒業時には普通の高校生に近い学力を得られるので、そうしたショッカー高校はいずれも人気校化。常時転校や編入学を受け入れているのも大きいです。校内の設備も充実化させ、将来に夢も希望も無い学生たちの光明になっているとか。イジメも無く、笑い声の溢れる学校。ある意味、高校の理想像ですわ。」

「話を聞くだけなら、とても素晴らしいですね。」

「ええ、勿論これらはすべて表の顔。裏では戦闘員の確保を行っています。ショッカー高校では大体、用務員が怪人だったりするようですね。素材の良し悪しが幹部候補生には必須ですから、候補生勧誘はまた別業務の模様です。また、生徒たちと肉体関係を持つ教師がけっこう多いようです。三〇代や四〇代の独身教師が次々に元生徒と結婚しているのも教育関係者たちの間では有名な話らしく、面接日には教員免許所有者が殺到するそうです。実際例として四〇代女性教師と二〇歳そこそこの元生徒の夫婦を見たこともありますが、独身時代から変わらぬ程のアツい営みを日夜なされているそうです。育児放棄された子供たちを引き取って、家族仲も円満とか。しかも、こうした例の枚挙に暇(いとま)がないそうですわ。大抵、防音完備の生徒指導室辺りが愛の巣になるそうですが。そういった広告塔を抜かりなく準備して実行する。昔ながらのやり方とは根本的に変貌している模様ですわ、あの秘密結社は。」

「……ええと、その……着眼点がすぐれていますね。」

「ええ、幹部の中には未改造の人間のままで知恵を搾る者がいるとか。おそらく、その彼だか彼女だかが考案しているのでしょう。末端の戦闘員から怪人幹部に至るまで刷新を図っているようですし、油断禁物ですわ。」

「その人が、もしも司馬懿とかいう名前だったら笑えますね。」

 

 

山奥に向かって出発。

夕方から高速道路に乗って、群馬県へと向かう。

フィアットに乗るのはいつもの仲魔たちとマリーさん。

途中のサービスエリアで夕食を摂ったり仮眠したりして下道へ下り、早朝の山中をくるぐる走ってようやく山奥の射撃場へ辿り着く。

途中に関所が有って、思わず笑ってしまった。

私有地なのでおかしくないのかもしれないが。

 

駐車場には、マイクロバスやミニバスなどがずいぶん置かれていた。

受付に行くと、戦闘員の姿をした者やサマナーなどがわんさかいる。

老講師たちは皆にこにこしていた。

たぶん、いい稼ぎになるのだろう。

 

女子戦闘員は高校生ぽい子から会社員みたいな子までいろいろいて、いずれも鼻息の荒いサマナーたちに密着されていた。

激しい戦闘で『彼女』を失ったサマナーはどうなるのだろうか?

拡声器を持った老講師の元締めから挨拶と注意事項を聞き、それぞれ射撃訓練を始める。

オレも、スイス製半自動式小銃とイタリア製中型半自動式拳銃並びにドイツ製大型半自動式拳銃を準備する。

.38スペシャルの弾頭が使えて強力な.38スーパーや口径が大きめの.40S&Wも検討してみたが、実際の銃撃戦でアメリカの法執行機関の構成員たちが放った弾薬の七、八割が目標に当たっていないと聞く。

銃社会に住み、普段銃を撃ち馴れている筈の専門家たちでさえ、実戦ではなかなか弾が当たらないのだ。

それに、弾の効果は当たりどころ次第だ。

大口径弾を数発喰らった相手が動き回ることもあれば、小口径弾を一発喰らって致命傷になることもある。

撃ちやすさ持ちやすさ携行しやすさなどを考慮し、主力拳銃弾は九ミリルガーとした。

 

半自動式小銃は滅多に壊れないかもしれないが二丁用意しており、交互に撃ってゆく。

ガツンガツンと肩に強い反動が来た。

 

仲魔たちは他のサマナーの従者や従魔や悪魔たちと交流会。

なにやらこしょこしょとお話し中。

こっちをちらちら見つつお話し中。

 

戦闘員たちへ支給された銃火器はソヴィエト祭だった。

まごうことなき旧ソ連だ。

ロシアという感じでない。

大量の自動小銃、短機関銃、拳銃。

狙撃銃や分隊支援火器の軽機関銃まである。

射撃場がいっぺんにゲリラの巣窟と化した。

この時点で警察に踏み込まれたらアウトだ。

嬉々として銃を撃ち出す面々。

ロシアあきんどらしいおっさんが両脇に美人を従え、流暢な日本語で売り込みをかけている。

ヤのつく仕事の人たちもびっくりだ。

ロシア美人に勧められ、オレも撃つ。

カラシニコフ、バラライカ、トカレフ、マカロフ、スチェッキン。

ドラグノフにRPD。

おそるべきは、午後になったらカラシニコフを全自動射撃出来る兵隊が続出したことだ。

今も世界各地で実用されているだけのことはある。

流石に軽機関銃のRPDや狙撃銃のドラグノフを使いこなせている兵卒は見当たらない。

拳銃のトカレフに安全装置が無く、そのことは大きな問題とされた。

『現場』でだけ薬室に弾丸を送り込み、射撃時以外は指を引き金に触れなければ大丈夫だ、とあきんどのおっさんは主張する。

戦闘員を率いる者全員、その意見を却下した。

オレもイカンと思う。

西側諸国とは全然違う思想の元に造られた兵器は、いろいろな面で独特だ。

短機関銃はどうかとも思ったが、大型弾倉に七一発詰められて弾幕を張れるのは頼もしいとの評価が成された。

カラシニコフで全自動射撃して的に当てるのは困難を伴うが、バラライカだと比較的制御しやすい。

だが、これが強化服を着た状態だとガラッと変わる。

戦闘員は強化服を着た状態で射撃すると、熟練の射手と化したかに見えた。

ロシア人たちが驚嘆している。

素の状態で撃てるようにした方がいいのではないかとも思ったが、自信を付けた方が能力も伸びることだろう。

マリーさんは手慣れた感じで指導している。

女の子戦闘員を中心に、熱心に教えている。

銃器の素人である筈の彼女たちが、夕方には一〇〇メートル先の的に当てるまでになっていた。

おそロシア。

 

夜、あちこちで愛の歌が聞こえて参った。

 

二日目には射撃の才を見せる戦闘員がちらほら現れ、彼らは狙撃銃の訓練を始めた。

スリル博士が改良した強化服は高性能なのだろう。

俺もエモニカスーツを着ようかと何回か思ったが、素の状態で撃ち慣れておいた方が楽だと思ってそのまま撃つ。

ロシア美人たちからあれこれ話しかけられるが、あきんどのおっさんは商談に夢中だしマリーさんは女の子戦闘員の指導でこちらに目が向かない。

よって、なにを言っているのかさっぱりわからない。

わからないが、体を密着してくるのでわかりやすい。

決定権の無い人物に蜂蜜罠作戦を行っても無駄骨だ。

そう思うのだが、彼女たちはハアハア言うばかりだ。

困ったなあ。

そんなところを撫でてはいけない。

おっさんがこっちに気づき、なにか強い言葉を放つ。

彼女たちはシュンとした顔で名残惜しそうに立ち去っていった。

 

最終日、ロシア人はおっさんだけだった。

 

 

射撃場から戻り、平崎市矢来銀座の外れにある金王屋(こんのうや)へと向かう。

江戸時代はこの界隈随一の古物商だった店も、今では煤けた面の多い骨董品店だ。

何故か金王院という寺に隣接して金王社という神社があり、この寺社仏閣の境内にその店がある。

嗚呼、ややこしい。

店主が宮司(ぐうじ)を兼ねているからだとか。

寺の方にはTさんと呼ばれる屈強の僧侶がいるそうで、関東有数の退魔師でもあるとか。

神社に祀られているのは、鑑真様と魔羅様とミシャグジ様と黄泉醜女(ヨモツシコメ)と玉藻前と四道将軍の一人である吉備津彦。

それに、秦野弘隆公と諏訪頼重公と村上義清公。

唐招提寺とも縁があり、格式はさほどでもないらしいがかなり古いそうで、明治の悪法たる廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の時にも生き残れたのは、その稀少性と名物宮司の尽力の賜だとか。

 

古墳時代には、岡山県の備中に拠点を置いていたらしい。

神社関係者たちは美しきイナルナ姫を奉じていたという。

製鉄の業にすぐれ、イナルナ姫の元へ強力な武具を供給していたとか。

大和朝廷との熾烈な呪術合戦の末に屈服して、編入された伝説もある。

律令制の頃は唐招提寺の関連寺社として奈良に拠点を置いていたが、平安時代、藤原氏によって讒言(ざんげん)されたために長野県の諏訪大社を頼った。

特に戦国時代の諏訪頼重公は、とても慈悲深く信仰心篤い方だったという。

武田氏の攻勢によって諏訪氏が滅び、その際に彼らは諏訪大社の関係者数名と共に北信の雄たる村上義清公を頼ったという。

公は大変情けに篤い方だったとか。

その村上義清公が亡くなった後、庇護を求めて関東へやって来た彼らは最初成田氏を頼り、かの小田原征伐の後はここ平崎市一帯を任された秦野氏を頼ったそうだ。

彼らを受け入れた秦野弘隆公は、勇猛にして懐広き方だったという。

まさに流転の歴史である。

江戸時代、諏訪の人々は関東地方を訪れた際に必ずこの神社へ参拝したのだとか。

今も、長野県の信仰心篤い人々がこの金王社を訪れるのだ。

 

ミルクホール新世界を過ぎて、金王屋に到着。

店に入ると、メイドがいた。

まごうことなき、と言いたいがなんだか妙だ。

 

「うぉまえは……ではなくて、お前様はこのパッとしねえ古びた店にわざわざ来てくださりやがりまして、まっことありがたく存じはべりまして御座りまする。」

 

ええと。

なんだか変な子だな。

 

「なんだい、あんた。なんか買ってくれるのかい?」

 

どこかとぼけた雰囲気の漂ってくる老店主が奥から出てきて、ニヤニヤ笑いながら俺を出迎えた。

店内には何故か信州の物産区画があり、信州名産菓子のみすゞ飴や林檎の果汁水や米などが販売されている。

 

「ほう、あんた、悪魔召喚師か。」

 

仲魔たちを見て、老店主は判断する。

 

「久々だよ。あんたみたいな『本物』がここへ来るのは。」

 

彼は懐かしそうな顔をした。

 

「悪魔召喚師が買うなら、こういったもんだな。」

 

彼は一旦奥に引っ込み、持ってきた漆塗りの匣(はこ)を俺の目の前に置く。

 

「こいつは禁凝符(きんぎょうふ)。相手の剣や拳や蹴りなどを跳ね返す呪符さ。そしてこっちは鎮怪符(ちんかいふ)。魔の術を弾き返す呪符だ。これは奉旨(ふえんじ)。あんたより弱い奴らを近づけないための呪符だよ。こいつは鎮心符。眠気覚ましになるし、混乱したり魅了されたりした時にも効果的だ。気絶の治療にも使える。二日酔い対策にも使えるぞ。こいつは牛黄丹。失われた体力を取り戻す。ハッスルした後にも使えるぞ。うはは。他にもいろんな呪符がこの中に入っているが、全部あんたの仕事にとっての必需品さね。長いことこれらは売れてないんでね、是非ともあんたに買い取ってもらいたい。勿論、勉強はするよ。だから、この匣ごと買ってくれ。」

「オマケ次第ですね。」

「それならいいもんがある。これは花魁(おいらん)の毛、こっちはタエの毛。なんと、毛の主だった相手に擬態が出来るすぐれものだ。どっからどこまでもそっくりになれるのがびっくりのしろもんだ。持っていて損はない。こいつを付けてやろう。おお、そうじゃ、この周遊券も特別なオマケじゃ。持っていくがいい。」

「このエロじじい店主の好意を、ありがたく受けやがりくださいませ。」

 

メイドが澄ました顔で滅茶苦茶を言う。

そして、ニヤリと店主は笑った。

 

 






ファントムソサエティの愉快な人たちと関連組織と周辺組織その他(九話時点。未だ出ていない人物含む。順不同敬称略)

※都合によって、後々内容変更の可能性があります。予め、ご了承ください。


【表の顔】
現代の闇に蠢く悪霊怨霊悪魔などに対する霊的対策機関。
国の税金が大量投入されている疑惑あり。


【いっちゃん偉か人】
◎某政務次官(偉い人。褌[ふんどし]派)


【幹部】
◎鹿ノ倉(アリオンソフト代表取締役。次世代型電脳都市を完成させるため、鳥取県米子市天海区に出張中。ブリーフ派)

◎工場長(よくわからない人。鳥取県米子市天海区の工場でなにかしている。褌派)

◎エイミス(似非神父。たまに駅前で説法をしている。ボクサーパンツ派)

◎船岩(元拳闘家。四四口径の二丁拳銃が何気に自慢。ボクサーパンツ派)

◎マヨーネ(苦労人系中間管理職。イタリア推し。個人輸入業者でテスタロッサ商会代表取締役。イタリア大使館と繋がりがある)

◎クリシュナ(屈強のグルカ人傭兵。普段はネパール料理店で働いている。褌派)

◎宇良江(孤高の探偵。愛妻家で子煩悩。奥さんが美人。ブリーフ派)

◎キャロル・A(古典的コテコテ系ロックンローラー。たまに駅前や催し物などで演奏している。ブーメランパンツ派)


【若衆】
◎ファントムサマナー(ファントムソサエティに於ける一般構成員。ショッカー的に言うと怪人。大抵は黒いスーツ姿。正社員的立ち位置)

◎戦闘員(幹部やファントムサマナーの補助職。中級と下級、男性と女性の計四種類が存在。強化服で人の五倍の力が出せる。命令には忠実だが、その命じた内容を遂行出来るかどうかは別の話。派遣社員的立ち位置。男性戦闘員は全員ブリーフを支給されており、日常は男女共ジャージで過ごしている[男性は紺色、女性は小豆色]。女性用に体操服やメイド服などを着用させる者も存在する)


【田中】
ファントムサマナー。
複数のマネカタ女を仲魔にしている変わり種。
ブリーフ派。


【ヒリリ・キリリン】
オカルト雑誌『ララ・ムームー』編集長。
一応、取材記者。
煮ても焼いても喰えない、のらりくらりを基本とするぬらりひょん系情報屋。
デカラビアが大好きで、語りだすと長い。
自称、元勇者。
ブリーフ派。


【傭兵サマナー】
状況に応じて無所属系悪魔召喚師が臨時雇用される。代表格はナオミ。
国際輸出商会からは、スイス傭兵の如く構成員たちが派遣されている。


【港署署長】
風見鶏其の壱。
恐妻家。
実は絶倫。
複数の女子高校生と援助交際しているためか、最近の話題にも詳しい。
ボクサーパンツ派。


【平崎市市長】
風見鶏其の弐。
周囲を美人で固めている。
ブリーフ派。


【国際輸出商会】
輸出入業者兼人材派遣業者。
冒険者ギルドみたいな組織。
代表者は蕗藁(ふきわら)。


【シュワルツ・ランツェンレイター】
『帝国騎士』たちが在籍するクラン。
人材派遣業者其の弐で浪漫派の巣窟。


【マントラ本営】
『鬼遣い』たちが在籍するクラン。
人材派遣業者其の参でマスラオ系。
体育会系且つ筋肉信奉者達の巣窟。
藻戸一等陸佐御用達系筋肉達磨衆。


【嘉屋かほる】
新興宗教のテルス教幹部で広告塔。
彼女自身はミロク派で穏健派。
薬師六将の一人。
安底羅(あんちら)隊隊長。
勇ましく粋で頼り甲斐のある姐さん。
人脈が広く、交渉役を務めることも多い。


【氷川】
テルス教過激派筆頭にして一見冷徹な男。
同教団の嘉屋とあまり仲はよくないが、彼女の考えや実力は理解している。
私兵集団を抱えており、心酔している若者たちの面倒を見ているおっさん。
捨苦羅隊隊長。
ブリーフ派。


【ユキノ】
メシア教司祭にして広告塔。
表看板の一人にして麗しき眼鏡っ子。
夢見る理想論者。
アークエンジェル、パワー、ドミニオンなどの天使系悪魔たちを主に仲魔としている。


【アマラ深界】
悪魔の働く料理店。
店主は元イタリア料理店経営者。彼は店を経営破綻させた後、マヨーネに拾われる。
ファントムソサエティ御用達店。
打ち合わせから飲み会まで幅広く利用されている。


【生体マクスウェル協会】
生体マグネタイトをその日の相場に応じて換金してくれる店で、逆もまた可。
怪しげな店主が特徴。
悪魔遣いたちにとっては生命線的な店なので、この辺は非戦闘区域とされる。


【王国屋】
電脳上で悪魔たちを管理する店。
一見愛らしいメッチーが大人気。
店主のロクスケは、その電脳体をしばしばメッチーに喰われている。


【サトミタケシ】
食料品なども販売している薬屋。
店舗毎に流れる宣伝曲が異なる。
三代目里見武司は最近現役高校生の美少女と婚約発表し、『リア充滅すべし!』とか『洗脳したんじゃないの?』とか『幾ら金を積んだんだ!?』とか『相手の弱味を一旦握り締めたら決して離さない。流石は里見家の馬鹿旦……いえ、若旦那ですね。』などと評されている。


【商人】
◎美濃柱(個人輸入業者。マヨーネと深い繋がりがある。B級食通)

◎マッコイ(金さえ積めばクレムリンでも持ってきてくれるらしい)

◎金王屋[こんのうや](矢来銀座に拠点を置くあきんど)


【藻戸一等陸佐】
陸幕二部の偉い人。
すぐに脱ぎたがる。
純然たる褌派。


【阿修羅会】
【新星会】
ヤのつく名前の人たちによって構成される組織。
前者には悪魔遣いがいる。


【秦野家】
江戸時代に平崎市一帯を治めていた武家の末裔。
元子爵。
当主はイナルナ姫の研究家で、娘の久美子はミス北山大学になるほどの美人。


【スリル博士】
天才科学者。
怪しげな関西弁を使う。
いわゆる博士ポジションの人。
主人公と仲がよい。
トランクス派。


【薬屋アヌーン】
危ない薬屋を経営している美人妖精。
最近、ある勇者候補生をゲットした。


【タカシ】
チンピラ。
意外と金回りがいい。
カツ丼マニア。
ボクサーパンツ派。


【諸岡金四郎】
熱血教師純情派。
通称、モロキン。
八十稲庭(やそいなにわ)市で教鞭を取り、日々熱心に倫理を説くモノノフ。
生徒思いなのだが、その思いが空回りすることもしばしば。
主人公の恩師。
最近の乱れた性や暴力的な電脳世界を大変憂えている。
前向きな生徒に対しては、親身で面倒見が非常によい。
ちゃらんぽらんな人間が大嫌いで、そうした生徒からは受けが悪い。
生徒指導室へ呼び出した学生に対しては厳しくも真剣に接し、お菓子もくれる。
ブリーフ派。


【主人公】
御立派様からヤりすぎ系の複数ご加護を頂戴した、中年系新人悪魔召喚師。
歩く生体マグネタイト生成器。
あらゆる女性に好意を持たれる存在。
御立派様曰く、誰でも簡単に口説き落とせるとか。
御立派様の誤算は、このおっさんが意外と古風で倫理的だったことにある。
高校時代は倫理学担当の熱血教師諸岡金四郎からよく目をかけられていた。
どうでもいいが、トランクス派。


【御立派様】
「ぬうっ! ワシのこの眼が間違っておったとでも言うのかっ!? あなここなうつけ者めっ! さっさとおなごたちとがんがんまぐおうてイカせにイカせ、どんどん嫁を増やせばよいものをっ! ワシの与えた権能をろくに使わぬとは何事ぞっ!」




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東急東横線日吉駅



【P6キャラ妄想】

◎主人公《愚者》
外見的にはちっちゃめの男の娘。
おかっぱ頭で、中身は古風な漢。
拳法遣いで、肉体の悪魔が得意。
和菓子が大好き。特にどら焼き。
初期ペルソナはヤマトタケルノミコト。

◎ヒロイン《戦車》
金髪碧眼で巨乳で日本かぶれなロシア娘。
重火器でさえも当たり前のように使う女コマンドー。
アイスクリームが大好き。
初期ペルソナはヘカトンケイル。

◎ロボ子《星》
ポンコツ系眼鏡っ子。
ビームとミサイルが基本兵装。
オリーブオイルと菜種油が大好物。
初期ペルソナはタロス。

◎猫娘《塔》
人と魔の中間的存在。
くノ一。
魚介類全般が好物。
初期ペルソナはデミウルゴス。

◎ヤラナイカ《恋愛》
陽気なお馬鹿系男子。
イカれたレスラー。
カレーが大好物。
初期ペルソナはアルテミス。

◎ヤツフサ《剛毅》
仔犬。
可愛いわんこ。
火を吐いたり吹雪を吐いたりする。
肉が兎に角好き。
初期ペルソナはオルトロス。

◎マサハル《魔術師》
眼鏡鬼畜系男子。
発言が少し変態。
怪しげな科学の力で戦う。
スナック菓子が大好き。
初期ペルソナはデカラビア。


◎『狂犬』のタカシ
何度も何度も主人公に挑んでは負け続ける悪役の鑑。
チンピラ。
カツ丼マニア。


舞台は札幌の東隣の江別市にある聖ミカエラ学園。
転校生の主人公は早速ヤラナイカに絡まれ、体育館の裏に呼び出される。
くんずほぐれつの戦いを繰り広げている内に、だんだん目覚めるP感覚。

「これが……新しい力なのか!」
「ウホッ……目覚めるぜえっ!」



ペルソナ2の舞台である珠閒瑠(すまる)市に関する考察記事の『ペルソナ2の舞台、珠閒瑠市があまりにも横浜すぎたので一区ずつ具体的に考察してみる』は読み応えがありますし、一読の価値があるものと思われます。
興味のある方は、読まれてみては如何でしょうか?



 

 

昔のことだが、一時期横浜市港北区の綱島に住んでいた。

その後田舎に一度帰ったが今また港北区民となり、綱島の隣駅である日吉駅近くに住んでいる。

ここ最近のこの辺りの変貌は目まぐるしくて、訳がわからない程だ。

ひなびた地下鉄駅前が全然違う感じになっていたりして、戸惑うぞ。

 

田舎暮らしに一旦戻ってはみたものの人間関係にうんざりして都会へ再進出すべえと訳のわからぬ発奮をし、あれこれあった挙げ句に秘密結社へ入社してしまった。

今の私は、後方支援型改造人間である。

投げ遣りになった挙げ句の選択だった。

面接担当者から丁度欲しい人材だったと言われ、少し気分をよくしたのが仇になってしまったようにも思える。

他者を魅了・洗脳・思考誘導する眼力や他者の脳内物質を増減させる力並びにフェロモン・ナノマシン発生能力や絶倫機能を与えられ、組織のために働く女性戦闘員の捕獲調教教育養成要員にされてしまった。

今の私の身分は、エステティックサロンやカフェやエッチな店の経営者だ。

数ヵ月前まで、自分自身の身がこんなことになるとは思いもよらなかった。

自暴自棄っておそろしい。

 

日吉駅を拠点と考えた理由は幾つかある。

東急東横線は渋谷と横浜を結ぶ線で馴染みがあって急行の停車駅であること。

目黒線並びに横浜市営地下鉄グリーンラインの始発駅で終着駅でもあること。

大学があって活気のあること。

街が大きすぎず小さすぎず利便性の高いこと。

結社の根を張りやすいこと。

菊名駅や武蔵小杉駅も候補だったが、勘案した結果として最終的に日吉駅を拠点と定めた。

 

日吉駅の駅ビルにある百貨店や駅から広がる商店街などは、我らの組織の手が伸びている。

百貨店は北海道青森県秋田県新潟県長野県鳥取県島根県岡山県香川県福岡県熊本県沖縄県の物産館及びずんだカフェを組み込んで更に充実化させ、組織の人間が多数勤労中。

また、商工会議所は既に落として我が組織の人間が食い込んでいる。

商店街にある五〇年代風のメリケン的雰囲気を持つハンバーガー屋が特に好みで、巨大ハンバーガーとドクターペッパーとフレンチフライの組み合わせは実に素晴らしい。

恵央大学日吉キャンパスにも出入り自由である。

日吉は実質上、我らの支配下にあると言えよう。

買い物時にオマケをくれるのがなによりの証拠。

コロッケや胡瓜や小魚など盛り沢山。

日吉をこれからも盛り立てていこう。

 

神奈川県平崎市にはファントムソサエティという組織の本拠地があって、悪魔を使役する者が何人もいるそうだ。

ウチの下級戦闘員だと、悪魔の相手にならないらしい。

中級戦闘員で、下位悪魔になんとか対抗出来る程度だ。

怪人を投入してようやく拮抗するそうだが、向こうは一人で何体もの悪魔を使役出来る。

まるで話にならない。

戦闘能力で言えば、私は下級戦闘員並みだが。

我が組織でも傭兵サマナーを雇うことはあるが、根本的解決には至っていない。

そのサマナーな悪魔召喚師を幹部として受け入れてはどうかとの案もあるそうだが、古参の幹部怪人を中心に猛反発されているそうな。

悪魔召喚師たちとて、怪人から顎で使われたら厭になるだろう。

サマナー一人に倒される部隊は悲しいが、怪人たちは根性で乗り切るつもりらしい。

根性だけじゃ勝てないと思うがね。

 

 

私の朝は世話役の娘たちに起こされることから始まる。

メイド服を着た彼女たちが私をノリノリで起こすのだ。

少しエッチなので、もっと普通に起こしてもらいたい。

横濱戦隊の元隊員や魔法娘隊の隊員など、出自は様々。

調整中の娘たち。

最終調整が終わったら、次は試験運用だ。

彼女たちが心を込めて作った朝食を食べた後は、住まいの『フラウラ日吉』内の商業施設へ確認に行く。

女性店長並びに女性店員たちが、それぞれの店頭で整列していた。

立ち上げ時期だけに店長たちも緊張しているようだが、そんなにかしこまらなくても大丈夫だよと安心させてゆく。

小粋なおじさんジョークで失笑させた。

エステティックサロンの『アイオニオス(ギリシャ語で永遠の意)』。

パン屋兼カフェの『アルトス(ギリシャ語でパンの意)』。

ギリシャ風居酒屋の『アステール(ギリシャ語で星の意)』。

三店とも熟練の教官を付けている。

現役は引退したが老練の技が光る。

後は専門家たちに一任すべきだな。

ちなみに彼女たちは近くの『寄宿舎』から此処へ通っている。

無理をしないようにね、と声をかけて副官のユスティナと共に日吉駅へ向かった。

彼女はポーランドから日本へ出稼ぎに来た女性で、ゆるふわ系の金髪碧眼美人だ。

彼女の夜の激しさを皆は知らないだろう。

毎日ナノマシンを注入しているが、やり過ぎたかもしれない。

既に彼女は中級戦闘員の力を有している。

彼女を私の副官に出来たことが、我がエクレクトス(ギリシャ語で『選ばれた』の意)隊の躍進の原点となった。

まさに感謝感激雨霰ナリ。

後方支援系要員として、嬉しく思う。

あまり激しくない方が好みなのだが。

 

一五分ほどで駅舎に到着。

朝の駅は人の動きが速く、そこをじっと見つめる。

明らかに回りの流れとは異なる女性を探すためだ。

きょろきょろしながらゴミ箱を漁る子がいれば、当たりである。

今朝は不発。

登校中の聖エルミン高校の学生たちが、足早に駅構内を駆け抜けていった。

可愛い子が意外と多い。

学生時代の懐かしさを感じながらボーッと眺めていたら、ユスティナに腕をつねられる。

冤罪だ。

プーッと頬を膨らませる彼女が可愛らしく見えた。

お昼は中華料理店に行こうと提案し、機嫌を直してもらう。

改札を抜けて商品が充実しまくりのキオスク隣にある讃岐うどんの店で素うどんを食べ、汽車に乗って渋谷へ向かった。

 

渋谷駅に到着。

女の子たちへ声をかける場所は、気を付けないといけない。

警察官に捕まったら元も子もないが、その時は洗脳してしまうという手もある。

実際、婦警を何人か洗脳した。彼女たちが情報を流してくれるのでありがたい。

基本的に声をかけたい女の子の雰囲気は大体決まっているから、そういう子を探せばいい話だ。

気分は勧誘員である。

平日の午前中から制服姿でぷらぷらしている女の子などやりやすいな。

ぼんやりした顔で何度も何度も同じ場所を往き来している女の子とか。

学校の記念日には気を付けなくちゃならないが、まあ、それはそれだ。

一目でヤバいと感じる子もいるので、そんな子とは目線を合わせない。

ピンとくる子はいなかったが、逆ナンパされる。

大人っぽくてきれいな子だが、中学生であった。

たまにこういうことがあるので、油断ならない。

小中学生の女の子たちから慕われるだなんて、まるで教員になったかのようだ。

倫理学の諸岡先生は元気だろうか、と不意に思い出す。

生徒指導室で頂いたあの菓子は旨かった。

いい先生なのだが、あの物言いでは誤解されやすいだろうに。

それでも彼は信念のために魂を燃焼させるのだ。

私はなにか魂を燃焼させるものがあるだろうか?

お昼時になったことから、一緒に上海料理の店で食事をする。

彼女は自主的に話を始めた。

父親がいつも不在で、彼はたまにしか泊まりに来ないらしい。

まさか……いやいや、まさか。

母親も不在がちという。

いかんいかんいかん。

ついつい同情してしまいそうになる。

何度も何度も繰り返してはいけない。

お父さんみたいで安心感があると言われ、複雑な気持ちになった。

いつの間にか、なつかれてしまった。

子供にすぐ親しまれるのも我が能力。

警戒心の強い子でさえすぐ仲よくなれる程だ。

また今度一緒に食事しようね、とメールアドレスを交換しておく。

こんな子が何人も私の交遊関係にいる。

べ、別にエンコーしたくはないからな!

彼女は私を本当の父親のように慕っているが、それがよいことには思えない。

思えないが、彼女たちのココロの平安に繋がるならば意味はあるのだろうな。

 

「アナタはホントにジゴロネー。」

 

ユスティナがにやにやしながら言った。

油断を誘う彼女が一緒なので女の子に声をかけやすいのは事実だが、私が相手にされない場合もあるので要注意要注意。

どうも流れが悪いので、午後から新宿へ向かう。

ぶらぶらふらふらしている女の子を目線で探す。

なんだか上京したてで困っている感じの女の子を助けた。

困っている感じのお婆ちゃんも助ける。

……あれ?

 

ふらふらしている感じの女の子に声をかけようとしたが、なんちゃって女子高生と途中で気づいたので止めといた。

何度か痛い目に逢ったので、勘が働くようになっている。

チャラチャラした若い男性から、女性の勧誘は止めろと脅された。

エッチな店の勧誘員か、少し危ない系の事務所所属員なのだろう。

どうやら同業者と思われたようだ。

眼力をほんのり開放して軽く洗脳し、彼の事務所へと案内させる。

駅近くの雑居ビル四階にある事務所には怪しげな男が三人いたので、彼らも軽く洗脳した。

どうやら、タレント養成所と称して怪しげな仕事をさせているらしい。

本部へ連絡し、この男たちは全員下級戦闘員にすることが決定された。

迎えが来る前に、女の子たちを拘束していた情報を全部破壊し尽くす。

関係資料も全部ダメにした。

彼女たちへの説明会を行わないとな。

ウチに来たい子がいれば来させよう。

金庫の中のお宝を頂戴し、口座の金をおろすように命じた。

本部から来た犬型の怪人に、お前は変な奴だなと言われる。

女の子を紹介して欲しいとも言われたので、快く承諾する。

彼はユスティナを見て、彼女のような美人が多いのかと聞いてきた。

ええ、それは勿論、と答えておく。

あまりにも彼に問題があれば、彼自身の認識を弄るという手もある。

彼氏が欲しいとぼやいている姉さんがいるので、彼女をあてがおう。

少々年齢差があるようだけれど、問題は無い。

無いと言ったら無い。

 

夕方に日吉駅まで戻ってくると、「おじさん! 会いたかった!」との声がして後ろから抱きつかれた。

うわ、刺客だったら即死だ。

ユスティナが硬直していた。

流石に対応しきれなかった。

渋谷で会った女の子だった。

私を追いかけてきたという。

男冥利に尽きるが、事案になってしまう。

取り敢えず、駅ビルの百貨店にあるずんだカフェへ行く。

彼女は私の住み処へ来る気満々だ。

ずんだシェイクを飲みながら、活発に話しかけてくる。

ぐいぐい迫ってくる子だな。

なんだか既視感を感じるが。

どうも週末が潰れてしまいそうだ。

いつの間にか、明日明後日の二日間、中学生の女の子と親子デートをしなくてはならないことになっていた。

な、なんだってーっ!?

ユスティナや同居する戦闘員たちが査定し、容赦なくダメ出しするそうな。

なんてこったい。

彼女は、私をお父さんお父さんと呼んでいる。

本物を求めようとしながら擬似的存在に甘んじるがごとき、心理的行動なのだろう。

たぶん。

 

 

今夜の『ニクス』の客を出迎える。

完全事前予約制の少しエロい店舗。

一泊朝食付きで二〇〇〇〇円ナリ。

今宵もさみしい男たちが店に来る。

五階建てのマンションは改造済みで、完全防音だ。

日吉駅からマイクロバスで来た彼らの、脳内快楽物質を増量する。

ついでにナニを一時的に強化した。

擬似的な絶倫状態になった今宵の彼らは、全能感に溢れた勇者様。

警戒心を低くさせ、部屋を割り振った。

その部屋を女の子たちが訪問するのだ。

さて、今夜はどんな情報が貰えるかな?

一人あたり三人ずつ女の子を与え、擬似的ハーレムを演出する。

女の子の内訳は、一人が年長者、一人が中堅、一人が新人かそれに類する感じ。

こういう店に慣れていないか、殆ど知らない感じの女性がこの店のウリ。

客からすると、全員好みと感じられるように感覚を先程弄ってある。

彼らの気分はスルタンだ。

今夜限定の王侯貴族様だ。

気分よく昇天して貰おう。

脳内快楽物質出し放題だ。

彼らは仕事の部外秘情報を平然とぺらぺら喋ってくれるから、その情報を活かせるかどうかはこちら次第。

好みの子が出来て、身請けしてもらうまでが一連の流れである。

一般家庭に我らの尖兵が潜り込むのだ。

そうした諜報網は侮れない。

明朝、何組が婚約成立するかね。

精々幸せになるがいいのである。

先々の先を読んで活動するのだ。

我らの組織のために。

 

 

マンションに戻ると、例の中学生の女の子が玉子焼きを作ってくれていた。

それは少し焦げていたが、そこそこ食べられる味だった。

 

 







【エクレクトス隊隊長について】

《経緯》
アラフォーのおっさんがとある秘密結社の面接を経て、改造人間となる。
改造後は三ヵ月で二〇〇人程の人員(男女合わせた数字)を本部や秘密訓練施設に送り、着々と組織の強化発展に寄与している。
怪人たちとの関係は古参も含めて良好。

《役職》
エクレクトス隊隊長。
拠点の形成発展並びに女性戦闘員となる人間の捕獲洗脳調教教育を担当。

《性質気質》
基本的には温厚穏健。
争いごとを好まない。
使い捨てを好まない。
おいしいものが好き。
簡単に全否定しない。

《およそ四半期にて成したこと》
◇東急東横線日吉駅の駅ビルにある百貨店を事実上支配。『駅系百貨店革命』を巻き起こした。おっさん自身は顧問として在籍している。ヴァレンタイン商戦ではかなりはっちゃけた独自路線を取らせ、全国的に知名度を上げさせた。駅舎直結系百貨店としては異例の売り上げを達成し、業界に激震が走った。おっさんは会議にもたまにしれっと参画しており、店舗改装や変更についての発言権が大きい。最近は他の都道府県の物産館を多数誘致した。結社関係者を何人もここへ就労させており、彼らの生活水準の向上に貢献。活気ある食品売場はよその商業施設系視察員が複数訪れる程で、テレビ番組や雑誌の取材にも前向きな姿勢を見せている。地方百貨店からも問い合わせが相次ぐという。
◇日吉駅から延びる複数の商店街すべて及び商工会議所を支配。おっさんはあちこちの店でオマケを貰える結果となった。
◇マンションなどの動産を複数所有。
◇エステティックサロンや飲食店やエッチな店などを経営。
◇恵央大学日吉キャンパスの一部を占有。
◇区役所や複数の地方自治体、複数の農家に酪農家を実質的に支配。
◇村興しや町興しなどに関与し、各地の観光大使に任命されている。
◇警察署の婦警を複数洗脳済み。

《駅系百貨店革命》
◇『あそこにもある』から『ここにならある』という、画一的百貨店から個性的百貨店への意識改革と変革をもたらした。
◇『日本各地の〈おいしい〉を日吉に集めました』を謳(うた)い文句にし、顧問となったおっさん厳選の品が揃っている。
◇関東圏初出店のおいしいお店も複数ある。
◇おっさんが初めて本格的に参画したヴァレンタイン商戦では『あなたも作れる愛のチョコレート教室』を実施し、その懇切丁寧さで大好評を博した。また、地元の洋菓子店や新進気鋭の若手による個性的チョコレートも多数販売。『チョコっと愛ある贈り物』ではチロリアンチョコやクロカミナリチョコの期間限定版などを販売。
その他包装教室も同時開催し、個性化を図りたい層に強く打ち出した。
また、少し変わった方向としてはチョコレート券を販売。チョコレート系飲料を飲める券ということで、話題提供型製品だったがそこそこ売れた。
◇異世界風料理店『黒龍亭』や異世界風服飾店『熊乙女のアトリエ』を開店。その本格的な面とこだわりでなんちゃって異世界愛好家たちを中心に大人気となり、貴族令嬢やエルフの役を持った欧州系女性その他が時折寸劇を演じている。ユスティナがエルフの姫役をした時は連日大盛況となり、業界に衝撃が走った。ちなみにおっさんは盗賊とか山賊とかチンピラ役とか悪徳貴族を演じた。
◇『素敵な日本の再発見』との謳い文句で、時折村興しや町興し系の催し物を開催。

《痴漢を狩る者》
鉄道関係に於ける痴漢撲滅運動へ積極的に参加。
三桁に及ぶ犯罪者を発見捕獲し、強制労働者として本部へ送っている。

《婚活支援》
エッチな店を経由して、三〇件以上の結婚を成功させた。
いずれも仲睦まじく、年齢差を感じさせない程だそうだ。

《狩りを行う主な地域》
◇日吉駅
◇渋谷駅
◇新宿駅
◇横浜駅
◇インターネットカフェ
◇路上生活者の住む辺り
◇夜半の繁華街

《副官》
ポーランド出身のユスティナが担当。
金髪碧眼の美人。
戦闘力は中級戦闘員並み。

《エクレクトス隊》
女性戦闘員による後方支援部隊。
戦闘時は遊撃や撹乱などを担当。
メイド服仕立ての強化服を日常的に着用。
隊長と同居が基本。
敵対組織の構成員だった女性も複数いる。



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スタファク平崎店

 

 

神奈川県平崎市。

東海道本線通りし、関東圏内の地方都市である。

古式ゆかしき平崎駅舎南口に直結する、亜細亜圏最大級の『スタームラックスコーヒー・ロースタリー・ファクトリー』が先日完成した。

通称、『スタファク』。

平たく言うと、珈琲店系滞在型商業施設。

シアトル、上海に続く三番目の店らしい。

四号店が中目黒にて建設中なのだという。

大正浪漫溢れる平崎駅はそのままに、その南側の広大な操車場跡を大型喫茶店に変貌させて観光の足掛かりにしたいらしい。

某政務次官の判断と広大な敷地と根回しと外資の思惑とが、見事に合致した結果だ。

三号店を東京にしたかった勢力は悔し涙を浮かべたそうだが、政治力の差だろうな。

ちなみに平崎市公認キャラの神話っぽい服装をした『いなるなちゃん』も、その珈琲店を待ち焦がれていたという設定らしい。

古代の人物をも宣伝に使う、人間の浅ましさよ。

なんてな。

 

 

煉瓦造りの重厚な雰囲気が満ち溢れた建築物のスタファク三号店。

吹き抜け式の二階建て。

最近の訳がわからない近代建築様式にするのではなく、敢えて大正浪漫系で勝負する所存らしい。

平崎市の謳い文句は『大正浪漫にハイカラ嵐!』だから、方向性はいいだろう。

ボロかった倉庫群も外装と内装をキレイにして、戦前のレトロ風にしたそうな。

店員の一部は書生、女学生風。

気分は、『はいからさんが通る』である。

蔦野葉書店が入り、書籍文房具も買える。

滞在系大型商業施設を目指す所存だとか。

 

 

店舗面積は三〇〇〇平方メートル。

上海店が二八〇〇平方メートルだから、それよりも大きい。

シアトル店は上海店の半分の面積だそうだから、平崎市の店舗は文字通り今の時点で世界最大。

国内のスタームラックスコーヒーの店舗が平均値で七〇から九〇平方メートルなので、その数十倍の大きさになる。

初日は大混乱の極みだったらしい。

人がやたらに詰めかけ、広大な駐車場はあっという間に満杯となって程なく駅近郊の駐車場もすべて満車。

想定された枠がいい意味で裏切られたというか、想定自体が甘かったというか。

電車も大混雑で、関係機関はすべて飽和状態になってしまった。

まあ、そうなるな。

このままではヤバいと市役所やスタファクの店長から泣きつかれたマヨーネさんは、比較的融通の効くオレたちに雑用的な仕事を回した。

異界調査も毎日じゃないし、丁度小遣い稼ぎになる。

それでよかろうなのだ。

国内の黒エプロン装備系熟練店員や上級バリスタを出来得る限り店に投入したそうだが、それでも圧倒的混乱に対処しきれているとは言い難い。

オレがここで手伝うのも、無理からぬ話かもしれない。

これはアレだ。

コミケットの混雑に近い。

もしくは年末のアメ横か。

入場制限をした方がいいと助言し、それで少しは緩和された……と思う。

何故オレが金田一耕助風の扮装をしなくてはならないのかよくわからんが、年配の方々の注文を手伝ったり施設内を案内すること自体は悪くない。

アリスさんはいなるなちゃんの扮装で歩き回る役、ピクシーはその肩に止まった玩具役。

ピクシーを欲しい欲しいとのたまう子供や大きいお友達続出とか。

ハコクルマさんとマリーさんもいなるなちゃんの扮装で店内を巡回警備だ。

ショッカーの元戦闘員たちも、私服警備員や駐車場の誘導係として複数配置されている。

最初オレは裏方の筈だったが副店長の女性から妙に気に入られて表に回り、時折話しかけられる程である。

元々彼女は現場で走り回る方を好むそうだが、その分店長の胃がヤられがちとか。

 

平崎市としては大量雇用の機会に恵まれたと思っているかもしれないが、こういう大きなハコモノが来ると地力がじわじわ弱ってくるんだよな。

まあ、平崎市は割合住みわけが出来る方なんじゃないかな?

たぶん。

よその対立的組織の人員ぽい連中が、ちらほら見える。

彼ら彼女らも荒事対応というか、私服警備員役を割り当てられたみたいだ。

会話もするが、案外普通にやり取りする。

女性陣となんとなく仲よくなったと思う。

なるべく斬った張ったなんてやりたくないものだわい。

ショッカーのように、エステティックサロンや教育困難校経営で上手くやっている組織ばかりではない。

現金収入があるとないとでは大違いだし。

マヨーネさん曰く、吸収合併して欲しいと打診してくる組織まであるとか。

 

意外だったのは、後輩が金髪碧眼の美人やきれいな女性陣や中学生の女の子を連れて来店したことだ。

おお、モテモテやんか。

女の子に縁が無くてねえ、と有楽町のガード下の呑み屋で互いにぼやきあった夜を思い出す。

彼は日吉で複数の店舗経営をしたり、百貨店の顧問をしているそうな。

私は平崎市の外郭団体で働いていると説明しておく。

あながち、間違いとは言いきれないし。

今度、日吉の駅ビル内にある百貨店を訪れてみよう。

 

国産品を強く打ち出しているのも、このスタファク平崎店の特長だ。

新潟製魔法瓶や国内各地の陶器製マグカップ、硝子製飲料容器など。

エプロンや鞄やポーチなどの帆布製品。

文房具ではマスキングテープやノートにメモ帳、ボールペン、シャープペンシルなどなど。

以上の製品のスタファク仕様を抜かりなく用意しており、それらはかなりの勢いで売れている。

無論、平崎市の物産も専用区画で販売している徹底ぶりだ。

キタカやイコカやスイカなどによる電子決済にも完全対応。

チャージ専用端末まで複数設置されている用意周到ぶりだ。

 

硝子の檻に囲まれ店舗奥に鎮座するのは、大型焙煎工房。

階段と吹き抜けにより、二階から内部を覗くことも可能。

惣菜パンや昼食や甘いものなどの献立も充実しており、席は大混雑だ。

 

将来的にはミラノ、ニューヨーク、シカゴなどにも店を構える予定だとか。

この賑わいを見ていると、ニューヨークやシカゴや東京でも流行るだろう。

ミラノは……どうだろう?

総スカンは喰らわないだろうが、案外厳しい戦いになるかもしれない。

ウィーン同様、独自の喫茶文化があるので年配世代には受けないかも。

どうなるかはお釈迦様にもわかるまいて。

嗚呼っ! マハーヴィローシャナ!

 

「あの、ちょっとすみません。」

「はい、どうかされましたか?」

 

若い二人連れの男性たちから声をかけられた。

一人は今時珍しいパンチパーマだが穏やかな顔、もう一人はなんとなくジョニー・デップっぽいやんちゃそうな顔。

敢えて簡単に言うと、『パンチとロン毛』かな。

立川市からわざわざ来てくれたそうだが、店舗が広すぎて訳が分からなくなったそうな。

しかも大混雑の真最中。

彼らを助けるのは必然。

迷える子羊を導こうぞ。

迷える衆生を救おうぞ。

なんてな。

彼らの案内役となった。

 

案内役となって数分後。

オレはぞろぞろと続く客を率いて、店舗内売場の説明役と化していた。

何故、こうなった?

混雑は少しずつ解消してきているようだが、油断はならない。

ひたすら恐縮する男性二名に加え、ご年配系の方々や初心者ぽい人々になるべく分かりやすく聞こえるように説明してゆく。

日吉の聖エルミン高校の子や、山梨の八十稲庭(やそいなにわ)市から来た八十高の子たちもけっこういる。

地元の華澄高校の子たちもちらほら見かけた。『カス高』と呼ばれるそうだが、あまりそうした言い方はよくないように思われる。

あの八十高の制服を着た女の子は、妖艶な感じさえする美少女だな。

彼氏がデレデレだ。

他の連れ添いらしい女の子たちが、呆れた顔で少年を見つめている。

青春を謳歌しているな、羨ましい位に。

 

混沌としてきたが、まあ、こういう珈琲屋があってもいいんじゃないかなかな?

なんだかツアコンみたいになってきた。

年配の方々にも喜んでいただいているみたいで、それは嬉しいことだ。

丁度よい頃合いで、店の従業員が気を利かせて珈琲の試飲や新作ケーキを配布したのも良かった。

副店長の采配だろう。

男性二名は他の方々から、飲みねえ食いねえこれをあげますと限りのない善意を振る舞われている。

まるで、救世主が……いやいや、そんな筈はなかとです。

後光が見えるようにも思えるのだが、気のせいだろうか?

まるで、清浄なる気配が満ちてきているようにも見えた。

何故か、仲魔の面々がこちらに近づいてこようとしない。

 

 

どったんばったんな大騒ぎも終わり、連れ歩いていた人たちも三々五々散ってゆく。

なんだかありがたい感じさえ覚える男性二人からは、食パンと葡萄酒と乳粥とTシャツとがみっしり詰まった紙袋を手渡された。

一体、どこに持っていたのだろう?

……まっ、いっか。

閉店時間になった。

さあ、帰ろう。

 

 

食パンはもっちもちでおいしくて、葡萄酒は呑みやすくて豊潤な香りに満ち、乳粥はコクがあり、Tシャツは匠の業を感じる印刷ぶりだった。

なんだかとても貴いモノをいただいた気がする。

案内をしていた時は一切近づこうとしてこなかった仲魔たちやマリーさんが、何故だかオレを呆れたような顔で見つめていた。

解せぬ。

 

 



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闇金瓜縞君





【揚陸艦とスーツの価格】

『ストレンジジャーニー』では、次世代型揚陸艦やデモニカスーツと呼ばれる着脱拡張型・次期能力総合兵装が出てきます。
これらのお値段は幾らなのでしょうか?

揚陸艦の方ですが、これは原子力空母と同等の存在と仮定してみたら一台約五兆円で作れるのではないでしょうか?
これを四台投入したので、計二〇兆円。
日本の国家予算のおよそ五分の一です。

『あくいろ!』ではデモニカスーツの試作品としてエモニカスーツを出していますが、これ、一体幾らするのでしょうか?
試作品ということは何着も作りますし、勿論失敗もあるでしょう。
そちらは一旦置いといて、『ストレンジジャーニー』の方に目を向けたいと思います。
宇宙服が一着一〇億円するところから、デモニカスーツも開発費でかなりしたものと考えられます。
耐弾性や耐刃性は勿論のこと、着用者の生存性を高めて重すぎず動きやすく日用的に使える知的進化系戦闘服。
う~ん、開発費だけで一〇〇億はすっ飛んでいるようにも思われます。
それと、調査隊用には何着用意されたのでしょうか?
一台二〇〇名が乗り組んでいると仮定し、調査隊隊員は計八〇〇名。
予備を含めてデモニカスーツは一〇〇〇着用意されたと仮定し、生産性を高めたものが採用されたとして一着二〇〇〇万でどうだ!
予備を含めて二〇〇億円ですね。
新潟県妙高市の年間予算と同等の額です。




 

 

 

 

世の中、金である。

金があれば、大抵のことが解決する。

末期資本主義経済社会を生き抜くには、相応の金が必要だ。

そして、秘密結社や後ろ暗い組織は相当の金を必要とする。

まっとうな商売でないので、余計な金が常に入り用だから。

大企業で不誠実な商売をするところはザラだが、そんな真似をする余裕すら無い組織も多い。

零細系秘密結社がその代表格だ。

彼らは大抵自転車操業で、家内制手工業的な側面すら有する。

作戦の失敗がかさめば、すぐに破綻する。

慎重に過ぎても、破綻が追いかけてくる。

身売りになると二束三文の価値しかない。

だから、零細系は乾坤一擲(けんこんいってき)の大博奕(ばくち)をたまさか実施する。

大体は失敗するのだが。

 

 

無許可金融業を営む瓜縞は、元々とある秘密結社の戦闘員だった。

作戦中に頭を打って洗脳が解け、そのまま戦場から単身脱出した。

戦闘中に洗脳が解ける話はたまにあるという。

脱出したお陰で、瓜縞は今も生きていられる。

人生は時として咄嗟の判断を要求する。

瞬時に判断出来るか否かが、生き死にを決定することはたまにあるのだ。

失敗例は冬山登山で何人も知ることが出来る。

だが、先達の例を活かせる者は意外と少ない。

自分は違うと根拠の無い自信に囚われる者さえいる。

生死の分け目を判断するのは案外難しいことなのだ。

潰滅したアジトに忍び込んで現金を持ち出せたのは、まさに幸運だった。

どさくさ紛れに金のある組織を潰せたのもよかった。

携帯用瞬間洗脳機は滅茶苦茶役に立つ。

出会い頭に一発かませば、イチコロだ。

急襲されたら、鉄火場に馴れたゴロツキどもも脆い。

瓜縞は生身での奇襲が想定された、改造人間である。

強化服を着てなくとも、複数の人間を相手に出来た。

ナノマシンで強化された改造人間に、普通の人間は対抗出来ない。

動体視力や反応速度や攻撃力や防御力などが、まるで異なるのだ。

ボクサー崩れやチンピラではとても対処出来ない相手が彼なのだ。

複数の金貸しが昼間に襲われた。

そこには仁義も筋もなにも無い。

口座の金も金庫の金も全てすっからかん。

隠匿していた銃火器もごっそり奪われた。

証言が出来る人間は誰もいない。

記憶が飛んでしまっているのだ。

組織上層部も警察もてんてこ舞いとなる。

現在進行形で捜査中だが、成果は上がりそうに無い。

外道の所業と、関係者たちは怒り狂った。

外道はあんたたちもやろと外部の人間から非難されたら、更に激怒することだろう。

独自の法を作る者は、安易に内容を作り替える。

自らの都合に合わせて法を作るから、幾らでも解釈が変わる。

都合によって朝令暮改するのは役人も同じだから、精神的同類だろう。

身勝手な人間は勝手気ままに振る舞って、一切反省しない。

それは、堅気もそうでない者も関係無い。

 

 

現在比較的低金利で金貸しをする彼はウリシマ君などと呼ばれ、零細系秘密結社相手に細々と資金貸しをしている。

いざとなれば有望な人材を引き抜きやすいし、そういった面々には常々粉がけしていた。

彼は他の秘密結社を逃げ出したり追い出されたりした、組織的に言えば『半端者』たちを好んで部下として採用し運用している。

飴と鞭の使い方次第で、彼らは結束力が強くなるのだ。

半端者とて意地はあるし、理論倒れの連中に負けない根性がある場合も存在する。

恩義を感じたなら野良犬や駄犬でも忠犬に変わるし、猛犬に変化することさえ稀にある。

革張りの椅子でふんぞり返る奴らには分からないだろうが。

表舞台に出るのは部下たち。

代理人は有能な女性たちだ。

忠勤著しい最強の手駒たち。

副官は彼よりずっと強い娘。

潰れた秘密結社の元幹部だ。

用心深い彼は、客とも直接会わないようにしている。

戦闘員時代はかぶりものをしていたし、注目株でもなく消耗品扱いだったから、当時の所属組織にいた詳しい者に遭遇しない限りは正体が露見するおそれが無い。

その筈だ。

だがしかし、瓜縞は慎重居士だ。

どこからどう破滅が忍び寄るか、皆目分からないが故に。

その部下たちは自分自身が弾除け程度しか役立たないだろうと考えるので勤め始めは自暴自棄になるのだが、瓜縞は特に酷い扱いをするでも無く運転手をさせたり威圧に使ったりして実際に弾除けとして使うことは案外少ない。

行き場の無い連中は、ボロいがなんとか住めるアパートに住まわせてもくれる。

普段は厳しく接し、たまにやさしい声をかける。

大抵の半端者はこれで堕ちた。

堕ちたらその後は忠義一直線。

実力を高めれば、生き残れるだろう。

事務所で一番人気のシウマイ弁当を食べさせてもらいながら、やさしい声をかけられた男たちは瓜縞に忠誠を誓うのだった。

若い男は二つ目の大盛り弁当さえ、わしわし食べる。

 

「あの、瓜縞さん。こ、この弁当も食っていいすか?」

「おお、食え食え、たんと食え。」

 

以来、瓜縞の事務所では特盛りの二合盛りが基本仕様である。

瓜縞自身は普通の弁当を頼んでいるが。

中には、メガテン盛りの三合盛りをむしゃむしゃ食べる剛の者さえいる。

主力のおかずは日替わりでシウマイ、唐揚げ、ミンチカツ、コロッケ、肉団子、ハンバーグ、白身魚のフライ、豚肉のしょうが焼きなど。

ちなみに、一番人気はシウマイだ。

これに煮物、焼き魚、惣菜、漬け物が付く。

みっしり入った弁当は大好評の品。

別口で炒飯や豚丼などもあり、弁当で足りない奴は弁当屋へ追加注文しておくのが基本。

三〇年前は美少女だったと自称するお姉さんが昼前に弁当と味噌汁または豚汁を勢いよく運んでくるのだが、その時コンビニのパンや弁当などを見かけるとかなり機嫌が悪くなる。

彼女はチンピラたちにも容赦なく辛口をぶっ放す。

瓜縞も彼女には頭が上がらない。

 

「なんだい、あんた! 足りないならもっと多く注文しなよっ! なんだい、これは! あたしんとこの弁当じゃものたんないのかい?」

「あ、いえ、その、そういうんじゃなくて……。」

「キンタマは付いてんだろ、もっとハキハキ喋んなっ!」

「姉さん、そのくらいにしてやってくれ。こいつも悪気はねえんだ。」

「瓜縞君がこの子にちゃんと事前に教えとけばよかったじゃないか! あたしはね、満足をあんたたちに与えるためにせっせと作っているんだ!」

「わかっているよ。そうだ、姉さん、もらいもんだが、島原のかすてらがあるんだ。こいつを持ってってくれ。福岡名物のひよ子も付けとく。」

「へえ、気が効いているじゃないのさ。」

「そりゃあ、姉さんにはいつも世話になっているからな。」

「じゃあ、遠慮なくいただいとくよ。」

「あ、あの!」

「心配すんじゃないよ。明日から三合盛りのメガテン盛りにしといたげるよ。」

「あ、ありがとうございます!」

「ふふ、任しときな。」

 

彼女の機嫌がよい時は、煮物や漬け物や炒めものや玉子焼きやおやきやおはぎなどのオマケが付く。

遠征時も彼女の弁当を持っていく奴がいる。

彼女の弁当は験担ぎの品にさえなっていた。

これを持っていきゃ生きて帰れんだぞ、と。

彼女は瓜縞たちの母親の如く慕われている。

 

 

「おめえら、いつまでもこんなとこにいんじゃねえぞ。」が瓜縞の口癖だ。

雇用関係斡旋も比較的熱心に勧める。

携帯用瞬間洗脳機は使わず真剣勝負。

中には就職出来る者が出てくるので、日本の企業にもたまには意気に感ずるところが存在するのだろう。

出戻りもいるのだが。

零細系秘密結社に就職する者もいる。

その殆どは数ヵ月でお陀仏なのだが。

無理をしたり首領を庇ったりして、あっけなくくたばってしまう。

使い捨てとか使い潰すことしか考えない結社は不人気だが、給与や福利厚生を一見良さそうに見せるから騙される者は跡を絶たない。

彼らは騙されたと知った時点で抜けられないか、危地に放り出され倒されるかしている。

雇う側が冷酷なのか、雇われる方が判断力不足なのか。

『うまい話には裏がある』と知っていながら、死地に飛び込むのか。

幾らでも補充がきくと思い込んでいる結社の幹部しかいない組織はやがて地力を弱め、じり貧になって崩壊することが多い。

なのに、彼らは同じことを繰り返す。

自分たちは違う、と根拠なき自信に囚われて。

 

 

疲れた顔の乗客で溢れた満員電車。

ゾンビみたいに生気の無い通行人。

自分に都合のいい情報だけ集め、アンリアルで吠える連中。

抑圧された状況に対し、見て見ぬふりで過ごしてゆく日常。

ぬるま湯の地獄の中で皆溺れゆく。

底へと沈んでゆく者も少なくない。

やっとこれで終わると呟きながら。

そんな社会で我々は生活している。

 

 

荒くれ者をちょい悪風というか根は善人という漫画とか話とかあるが、嘘っぱちが多いなと思う。

学生時代、根っからの阿呆が周囲にうようよいた。

不器用なためにいろいろ上手くいかず、自棄っぱちになってやらかした者もいた。

こんなにキレイな訳あるかよ。

で、生徒会長が悪役だったりする。

悪代官をこさえるようなもんかね?

一見普通にしている奴が、意外と小悪党だったりこわいことを平気でやってのけたりした。

それは学生も社会人も変わらない。

根っからの悪人というのは案外少ないが、善人面した悪人はけっこう多く、学生時代のイジメに加担するような卑怯者どもは大概そういう連中だった。

正義を信じる奴は、自らの悪を認めない。

悪いことをしても正当化するのに必死だ。

ネット上でも、正義の味方面した悪人だかなんだかが潰し屋紛いかそのものとなってあちこちで被害を増やしている。

そうした卑怯者どもは大嫌いだ。

手が届く範囲にいれば、鉄拳制裁してやるのに。

好みだったネット小説がヤられた時は頭にきた。

小説の設定の矛盾や甘さなどを徹底的にほじくり返し、よってたかって作者を責め立て更新停止に追い込んだ連中には本当に腹が立つ。

何様のつもりだ。

展開が気に入らないから、俺様の言う通りにしやがれだと?

気に入らねえなら読むなよ、と言いたい。

他人を支配したい人間が多いのだろうな。

人を全否定出来る程立派なのかよ、てめえはよ。

内弁慶な奴ほど、大声を出したがる。

リアルで大人しい奴が、アンリアルでは平気で人を誹謗中傷する。

たまに、本当にヤバい奴もいるがな。

頭のネジが飛んでいるから、一般論が全然通じない。

正義に酔った連中は、殺られるまで己の正当性を疑わないのだろう。

そうした意味でメシア教はかなりヤバいらしい。

某ホルモン屋のオヤジが可愛らしく見える程だ。

 

秘密結社はイカれた連中の吹きだまりでもある。

犯罪行為を指摘され、なんでそれが悪いことなんだよと逆ギレしたり。

過去の犯罪行為や迷惑行為を自慢したり。

女好きを公言し、鬼畜そのものの行為を繰り返したりモノ扱いしたり。

あくまをころしてへいきだったり。

そんな奴ほど、自らの正当性に疑問を抱かない。

疑うことが考えることになるのに。

バブル時代の昔話を自慢し、批判されたら今時の若い者はと逆ギレするおっさんおばはんは今もかなりいる。

そがいなおっさんが組織の幹部だったりすると最悪だ。

不思議と作戦中にしばしば殉職しているようだが。

 

 

最近メシア教とかいう胡散臭げな連中が台頭して街頭で信者集めしているけれども、なんであーゆーのを信じるかね。

簡単に全否定する奴は案外利用されやすいが、簡単に全肯定する奴は疑わねえから余計にタチが悪い。

テルス教の嘉屋とかいうおっかねえ姉ちゃんへウチの連中を貸した時に、あいつらのことを少しぼやいていた。

どのみち宗教結社は桑原桑原だ。

兵隊、って呼べる程ウチの連中は錬度が高くねえしな。

俺もあいつらもチンピラに過ぎない。

ちったあ慕われちゃいるが、どっかが潰しに来たらあっという間に潰滅だ。

そん時はとっとと逃げるに限る。

トカレフじゃ、怪人の装甲は貫けねえからな。

目潰しして油断した隙に喉をやればなんとかなるが、そのくらいだ。

ま、潰しあってくれればいいさ。

下剋上を狙う奴に囁いたり、欲に目のくらんだ奴らを焚き付けたりすれば勝手に燃え上がって暴れてくれる。

儲けはこっちのもんだ。

兵隊も金も女も自動的に、こっちへと転がりこんでくる。

そういう風に何箇所かで仕込んであるからな。

つええ奴が部下になれば、こちとらの戦力増強に繋がる。

日々小銭稼ぎをしながら、ぼちぼち勢力拡大してゆくか。

女も選び放題だ。

携帯用瞬間洗脳機も使い方次第で、恒常的な威力を発揮する。

身持ちの堅い姉ちゃんだろうがお嬢さん学校の女子高生だろうが、どうにでもなるしな。

ま、誰でもいい訳じゃないし、無差別に誘う真似なんてしない。そんなことしたって、やるだけ虚しくなる。

両脇で寝ている女たちを抱きしめ、たまにはこいつらになにか買ってやろうかと考えた。

この二人はえらいべっぴんなのに、俺みたいな半端者を慕ってくれる。

ういやつらよのう。

なんてな。

その内、身の回りをキレイにしとくか。

いつまでもドンパチやっている場合じゃない。

悪魔がどうしたこうしたは、詳しい奴らにやらせたらいい。

ささやかな幸せでいいんだ、俺らはよ。

バカな奴ほどかわいいなんて、意識高い系の金持ち連中にはわかるまい。

どっかの堅気な会社を乗っ取るのもいいかもしれんな。

方向転換を考えながら、活動してゆくか。

この体も当分もつだろう。

 

「あくまでもあいしてくれる?」

「あくまでもあいしてくれますか?」

 

闇の中、女たちは囁いた。

 

「ああ、お前らは俺の女だからな。幾らでも愛してやるぜ。」

「うれしいわ。こんごともよろしく。」

「うれしいです。こんごともよろしくおねがいしますね。」

「任せとけ。」

 

朝はまだ遠いが、希望は無くもない。

明日は久々の大型作戦だ。

死なない程度に頑張るか。

 

 








《組織力について》
◇全体的に中間管理職不足が目立つ
◇多角的経営の傾向が年々強まっている
◇戦闘員の強化によって地力を高めようとする組織が増加中
◇『対魔連盟』の契約によって提携し合っている組織もある
◇調査員、諜報員の能力強化中
◇以下の組織力は現時点に於ける代表例と評価であって、将来も同じであるとは限らない


【ファントムソサエティ】
◇表看板:悪魔召喚師を中心とする異界調査組織にして平崎市外郭団体、アリオンソフトウェア経営、軍事関連開発(エモニカスーツなど)、戦闘糧食開発、商業施設経営、痛快娯楽時代劇製作、イタリア製品輸入商(担当:マヨーネ)
◇本拠地:神奈川県平崎市
◇政治力:A
◇戦闘力:A
◇戦闘員:二〇〇人前後
◇幹部数:一桁
◇不動産:B
◇資金力:B
◇戦力例:エイミス隊、船岩隊、マヨーネ隊
◇最近の傾向:戦闘員の強化と幹部候補生の教育に力を入れている


【テルス教】
◇表看板:新興宗教、居酒屋経営、蕎麦屋経営、農場牧場漁業経営(那須塩原と富良野と釧路)、ドイツ製品輸入商(担当:嘉屋)
◇本拠地:東京都中央区築地
◇政治力:D
◇戦闘力:B
◇戦闘員:五〇〇人前後
◇幹部数:一桁
◇不動産:D
◇資金力:D
◇戦力例:薬師六将
◇最近の傾向:ここ数年の抗争にて幹部をかなり失ったので再強化中


【メシア教】
◇表看板:新興宗教、なんちゃって異世界風料理店経営、珈琲店経営、ラーメン屋経営、健康食品や関連製品の販売、フランス製品輸入商
◇本拠地:東京都町田市
◇政治力:C
◇戦闘力:C
◇戦闘員:五〇〇人前後
◇幹部数:一桁
◇不動産:D
◇資金力:D
◇戦力例:聖騎士隊、白騎士隊、青騎士隊
◇最近の傾向:急進派の多くが戦死し穏健派の勢力が強化され、天使召喚師の育成に力を注がれてはいるが思ったようには進んでいない


【ショッカー】
◇表看板:自然保護団体、慈善事業団体、エステティックサロン経営、料理店経営、百貨店経営、地方自治体経営、教育困難校経営、アニメーション製作、エッチなお店経営、アメリカ製品輸入商
◇本拠地:群馬県甘楽(かんら)郡下仁田町
◇政治力:E
◇戦闘力:C
◇戦闘員:二〇〇〇人前後
◇幹部数:二桁
◇不動産:B
◇資金力:C
◇戦力例:猛犬小隊、荒鷲小隊
◇最近の傾向:山梨県八十稲庭(やそいなにわ)市や神奈川県港北区日吉や鳥取県鳥取市など複数地域で拠点を構築中


【仮面党】
◇表看板:占いの館、はまネットたなか(通販番組、江ノ島に放送室がある)
◇本拠地:神奈川県平崎市
◇政治力:G
◇戦闘力:E
◇戦闘員:一〇〇人前後?
◇幹部数:一桁
◇不動産:G
◇資金力:E
◇戦力例:タウラス隊、アクエリアス隊、キャンサー隊
◇最近の傾向:党首が好戦的でないために活動は控えめ


【横濱戦隊】
◇表看板:正義の戦隊としてヒーローショーや催事などに出演、洋食屋経営
◇本拠地:神奈川県横浜市神奈川区
◇政治力:G
◇戦闘力:D
◇戦闘員:一桁
◇幹部数:一桁
◇不動産:G
◇資金力:F
◇戦力例:横濱戦隊
◇最近の傾向:先だってのショッカーとの戦いで戦隊隊員を失ったために狙い撃ちされている(ヒーローショーや催事では代役を立てている)


【国際輸出商会】
◇表看板:人材派遣事業、紅茶や珈琲など嗜好品の輸出入、喫茶店経営、英国製品輸入商(担当:蕗藁[ふきわら])
◇本拠地:東京都目黒区自由ヶ丘
◇政治力:D
◇戦闘力:D
◇戦闘員:一〇〇人前後
◇幹部数:一桁
◇不動産:C
◇資金力:D
◇戦力例:鉄鎖隊、鋼鉄騎士隊、鉄観音三姉妹、鉄火巻旨い隊、鉄腕アトレ隊、鉄の神経お許し隊、鉄筋浦安勇者隊、鉄琴隊
◇最近の傾向:構成員を酷使する傾向があるために離反者増加中


【とある零細系組織】
◇表看板:金融業、エッチなお店経営、居酒屋経営、喫茶店経営、人材派遣事業
◇本拠地:東京都八王子市
◇政治力:G
◇戦闘力:G
◇戦闘員:五〇人前後
◇幹部数:一桁
◇不動産:F
◇資金力:D
◇戦力例:黒牛隊、野良犬隊、野良猫隊
◇最近の傾向:ヤのつく商いの人たちに離間策を用いて反乱や抗争させたりして漁夫の利を得ている




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ライホーくん



皆さん、こんにちは!
明るい明日を作るメシア教に入信しませんか?
今の世の中って、悲しいことがいっぱいありますよね。
でも、ご安心ください。
そんな暗いセカイに光明をもたらすのが、私たちメシア教の役割なのです。
苦しいこと、辛いこと、悲しいこと、そんな悩みのある方は是非ともメシア教の布教担当者か、最寄りのメシア教教会か、町田市にある本部までお問い合わせください。
皆さんに天使様の奇跡をお見せしちゃいますから、きっと大丈夫です。
えっ、なんです、先輩?
あっ、そういうのはあんまり言っちゃダメなんですか?
……ええっと、皆さん!
さっきのはナシです!
えっと、すみませんけど、忘れちゃってください!
天使様の奇跡をご覧になりたい方は、こっそりお問い合わせくださいね!
入信され次第、その方々に私が天使様を降臨して、お見せしちゃいます!
では、お気軽に遊びに来てくださいね!
明るい未来を切り開く、メシア教です!
それではいきます!
悪い悪魔には、天罰てきめん!





 

 

 

夜明け間近い、明けの明星が輝く時間。

目覚めたオレは仲魔のエンジェルにのし掛かられ、下半身防衛線を突破されようとしていた。

チッ、と小さな舌打ちが聞こえてくる。

目隠しをしているのに、彼女の瞳がギラギラしているような錯覚に囚われた。

 

「あの、エンジェルさん。」

「人の子よ、私のことは奴隷の身分なんだから精々俺様にご奉仕しろよこの美しく卑しくいやらしい癒し系悪魔娘めと蔑むような視線で、憎々しげにこの麗しい顔を踏みつけながら荒々しくガンガンと失神するほどやらかしてください。」

「ちょっと待って、オレにそんな性癖なんてないです。」

「くっ、殺せ。」

「何故、今そんな台詞が出てくるんですか?」

「どうせこれからケダモノのように私を貫通攻撃されてしまうのでしょう、薄い本みたいに、薄い本みたいに。」

「何故、二回も言われたんです?」

「大切なことなので、二回言いました。こういうのが、本当はお好きなんでしょう?」

「誤解です。」

「五回もされるんですか、流石は魔王にその身を売り払っただけのことはありますね。絶倫様は言われることが違います。私は汚されてしまうのですね、薄い本みたいに。」

「わざと言われているでしょう。」

「噛みました。」

「いいえ、わざとでしょう。」

「神はいた。」

「いいんですか、天使がそんなネタを言って。」

「大丈夫ですよ。人の子に無理矢理言わされたと証言しますから。」

「天使の癖に虚言を用いるとは、貴女、本当は堕天使なんですか?」

「そんな、私が幾ら可愛いからって、そんなエロいことを言われるとドキドキしちゃいます。」

「なんだか話が噛み合いませんね。」

「えっ、私を噛んじゃうんですか?」

「噛みませんよ。」

「神はいますよ。」

「もしかして、モコイみたいな知り合いがいるんじゃないですか?」

「行ってみたいね、サンクチュアリ。」

「やっぱり。」

「私を口説いて、よかったでしょう。」

「口説いてなどいませんよ、いきなり仲魔になるって、貴女の方から押し掛けてきたんじゃないですか。」

「のし掛かってなんかいませんよ。」

「今はのし掛かっているでしょう。」

「私も女ですから。」

「おっ、今のは恰好いい台詞ですね。」

「では続きをしましょう。」

「ナチュラルに脱がないでください。」

「いいじゃないですか、本当は見たいのでしょう。私のこの魅力溢れるわがままナイスボディな極上の体を。ほら、興奮していますから、もう何時でも受け入れることが出来ます。嗚呼、絶倫様が見ていらっしゃるわ!」

「ノリノリですね。しかも臆面も無く言えるのが、欧州的な感じはします。」

「ええい、言葉は無粋! これより実力行使に移る! さあ、しましょう!」

「ちょっと待って! キャラが崩壊していますよ!」

「問答無用!」

「あーれー!」

「あんたら、朝っぱらからなにしてんのよ。」

「おや、アリスさん。」

「お慈悲を! 哀れな私にお慈悲を!」

「この天使、やけにノリノリなのね。」

「えへへ、そんなにも可愛いですか。」

「わかった、この子ポンコツなのよ。」

「クーリングオフはききませんかね?」

「ご主人様、なんでもしますからここに置いてください! 頑張りますから! 薄い本みたいに! 薄い本みたいに!」

 

大人しい子かと思っていたら、ちょっと変態っぽい子だった。

いや、ちょっとどころじゃないな。

マリーさんも加えた全員で、なにやら熱心熱烈に話し合い始めた。

朝ごはんを食べる頃には、なにかしらの協定が結ばれたみたいだ。

箸を巧みに使い、納豆かけご飯を普通に食べる彼女たちに違和感を覚える。

掻き混ぜた納豆にたっぷりの葱と生卵を加えるのが、最近のオレの流行だ。

彼女たちは、それを邪道だという。

旨いのに。

夕食は、洋食の多原屋でハヤシライスを食べに行くことが決定された。

あそこの飯は旨いからな。

ビフカツとアイスクリンも食べたいと言われたので了承する。

うちの子たちは食いしん坊だな。

 

 

 

「あんたには、これからワテの作った『狂王の試練宮』に潜ってもらう。」

「地下迷宮、ですね。」

「そや。クリティカルヒットやエナジードレインや死亡・灰化・消滅の無い親切設計やで。戦闘中に死亡しても、戦闘後に復活する。嗚呼、なんてヌルゲ。」

「実際にボーパルバニーが大量出現してしまったら、初見殺しですね。」

「冒険者全員の首があちこちにごろりという、実に猟奇的な光景やね。」

「戦場もある意味猟奇的ですが。」

「猟奇は案外日常に転がっとる。」

 

神奈川県平崎市にある、北山大学のスリル博士研究室。

実戦の少なさによるレベルの低さを、仮想現実世界での戦闘で経験値として補う考えの元に『狂王の試練宮』は開発された。

いわゆる、VRRPGである。

六名による分隊を形成し、地下迷宮で隣り合わせの灰と青春を味わうのだ。

 

「あんたのエモニカスーツはそのまま持ち込めるようにしといた。仲魔の魔法は向こう仕様に書き換えとるから、要注意やけどな。」

 

オレは戦士Ⅰ、アリスさんは忍者Ⅰ、ハコクルマさんは侍Ⅰ、マリーさんは司教Ⅰ、エンジェルは僧侶Ⅰ、ピクシーは魔術師Ⅰとして地下迷宮へと突入した。

エモニカスーツの通信機を通してスリル博士の指示に従い、モンスターたちを駆逐してゆく。

銃に耐性の無い守護者の敵対者たちが、激しく撃ちまくられて殺されゆく。

一方的に。

無慈悲に。

 

「あなたはもんすたーをころしてへいきなの?」

 

後ろから這い寄ってきたエンジェルが耳元で囁く。

 

「忌避感自体はありますが、彼らはポリゴンで固められた作り物です。」

「人の子はやはりおそろしいわ。作り物ならば虐殺しても構わないの?」

「明け方とは全然違いますね。」

「違いのわかるおんなですわ。」

「耳を舐めないでくださいよ。」

「感じませんか?」

「感じませんよ。」

「私は耳が弱点です。」

「そうだ、帰りにじゃこ天を買っていきましょうか。」

「鮫の蒲鉾も欲しいですね。」

 

貴女の方がおそろしいですよ、オレにとっては。

虐殺は厭だ。

人格も無いから、こちらも撃てるってのはある。

弾数無制限の強力な軽機関銃を当たり前のように撃ちまくれるのは、これが嘘っぱちだと脳が認識出来るからだ。

鍛錬された肉体も、研ぎ澄まされた精神力も、鋭い爪も、強い忠誠心も、皆一瞬にして無味乾燥に奪われてゆく。

生き物を殺しまくってなにも感じないならば、その人はもう人間でなくなりつつあるんじゃないだろうか?

相手は悪魔なのだから根絶やしにすべきだ、魔物だから皆殺しにして当然だ、異教徒に生きる価値はない。

そうした価値観はおそろしい。

少なくとも、オレはそう思う。

背後でエンジェルが笑っているような妄想に囚われ、振り向くと彼女は微笑んだ。

目隠しを取り外してみたい。

一体、どんな目をしている?

何故か、メシア教の布教活動をしていた女の子を思い出す。

あの子は無防備だったなあ。

ポッチャリ系男子に囲まれても平然として

いたし、親衛隊まで作っていたな。

独身男性が雪崩の如くに多数押し寄せ、メシア教に入信しているそうだ。

急速に膨れ上がると、破裂しやすそうだけどなあ。

戦闘力は論外だが忠誠心は侮れん、とテルス教の嘉屋さんが言っていた。

彼女が「天罰てきめん!」と言ったらめっちゃ盛り上がっていたので、正直ドン引きだ。

アイドルの本来の意味に近いのかもしれないが。

あの子がメシア教の看板娘か。

彼女とは対照的に、先輩らしき女性がぐったりとしていたのは印象的だった。

 

 

無心に引き金を引く。

銃口から光の粒子が高速で射出され、敵対する亜人や魔獣や戦士や盗賊や僧侶や魔術師や忍者や侍などを容赦なくポリゴンに変えていった。

魔術で作られた炎や吹雪がばんばん彼らに降り注ぎ、呆気なく崩れ落ちてゆく。

時折無機質なワイヤーフレームで構成された街(スリル博士によるとまだ未完成らしい)に戻り、馬小屋でレベルアップのファンファーレを聞いた。

こんなやり方で、実力は付くのだろうか?

こういった方法で付けた力は、本当に役立つものに成りうるのだろうか?

なんとなく強くなった気がしないでもない。

 

 

迷宮に降りては撃ち、降りては撃ち。

作業の繰り返し。

ひとごろしの繰り返し。

血の流れないモノたちをみなごろし。

立派なる殺人者が出来上がってゆく。

仮想空間で、オレは大量殺人鬼へと変貌してゆく。

オニ、か。

オニ、だろうな。

夜叉や修羅に近いかもしれない。

豪華そうな金属鎧や頑丈そうな楯とて、銃弾を防げない。

炎や吹雪に倒れる敵を眺め、もやもやした気持ちになる。

もの言わぬまま、彼らはポリゴンへと変化し消えてゆく。

もしかしたら、これが彼らにとっての救いなのだろうか?

……考えすぎだな。

感傷的になり過ぎているのか?

これは嘘っぱちだと割りきれば、楽になれるのか?

画面の向こう側でなくて実際にこうして殺しあいになるとしたら、人はそれに耐えられるのだろうか?

割りきれるのか?

割りきるのが当たり前なのか?

現実でなければ、屍山血河を築いてなんとも感じなくなるのだろうか?

それとも、そんなことを考えるのはオレくらいなのだろうか?

もやもやが大きくなってくる。

 

「サマナー、大丈夫?」

 

ピクシーが抱きついてきた。

 

「ええ、大丈夫です。」

「今日はここまでにして、碇亭で飯を食って帰ろう。」

 

ハコクルマさんが提案し、そしてそれは滞りなく遂行された。

そこは可愛い男の子が給仕を務める店で、気の強そうな女の子や無口な女の子も働く店だ。

唐揚げやコロッケやサラダをわしわし食べながら、ぼんやりと考える。

 

 

モンスターたちをたおしてへいきなのか?

 

 

「大丈夫です。私はご主人様がされたいことをすべて受け止めますから。」

 

天使が背後からやさしく囁いてくる。

何故他の面々はこれを許すのだろう?

やめて、おけつを撫で上げるのはさ。

 

 

地下四階にあるモンスター・アロケーションセンターで先制攻撃に成功し、無傷のまま青いリボンを無事に入手した。

これで昇降機が使える。

手練れの忍者が再度立ち上がろうとして力尽き、ポリゴンへと変化し砕け散った。

 

 

地下九階。

大きな青い悪魔でさえも、弾数無制限の軽機関銃から放たれる光の粒を何個も受けては、ポリゴンにならざるを得ないらしい。

熟練の戦士の一撃にも耐えられそうな体皮を、銃弾は簡単に貫いてゆく。

これは戦闘ですらない。

ただの虐殺行為だ。

これが経験値になるなんて、オレには信じられない。

こんな行為で手に入れた血塗れの力は、所持者を如何に狂わせるのだろう?

それとも、このセカイで生きていること自体が狂っていることになるのか?

わからない。

わからない。

オレにはわからない。

一応、報告だけはしておこう。

 

「博士、こんなにあっさり上級悪魔を倒せるのは不味いんじゃないですか?」

「擬似経験値を簡単に上げるための攻撃装置やからなあ、それは。無双がお手軽に出来て楽チンやろ。」

「俺は無敵だ! って勘違いされる方も出てくるんじゃないですかね。」

「取り敢えず、パワーレベリングの真っ最中やからな。結果を踏まえてマヨーネと協議し、今後のやり方を考えとくわ。ただなあ、強い力を持っとくと抑止力にはなるで。平和ボケした日本人にはわかりにくいかもしれんけど。」

「日本の空港には軍隊が駐留していませんし、街中を武装した正規兵や民兵が歩いていたりしませんね。」

「まあ、端的にゆうたらそんな感じかな。全員マスタークラスになったら今回の実験は終わりにしよか。」

「イエッサー。」

 

次の日、無事に全員マスタークラスへと昇格した。

帰りに絵巳子屋に寄って、旨い夕食を皆で食べる。

赤い服の若い料理人とツインテールの女の子がいる店だ。

麻婆豆腐青椒肉絲回鍋肉酢豚八宝菜焼売水餃子などなど。

うまいぞおっ!

 

 

 

ある月のきれいな夜。

悪魔専門のカジノがあるというので、月の光に導かれて『くらやみ乙女』へ行く。

仕切っているのはニュクス。

用心棒はロキ。

アリスさんとハコクルマさんはルーレットに直行し、ピクシーとマリーさんはスロットマシンへと向かう。

使えるのは魔貨(マッカ)や宝玉や生体マグネタイトなど。

エンジェルはオレにぴったりくっつき、仕方がないので彼女と共にポーカーへと臨んでみる。

札を手早く配る闇エルフ美人の腕前は冴えていて、オレたちは適当に遊び始めた。

ところでオレは人間だが、ここにいてもいいのだろうか?

勝ち負けを繰り返し、それなりに樹脂製の硬貨が目の前にある状況で少し考えた。

 

「大丈夫ですよ、貴方は既に半分くらい人間じゃありませんから。そうですね、人修羅の再従兄弟(はとこ)みたいな存在です。」

「オレの心を読むんですね。」

「既に顔に書いてあります。」

「おやおや、それはこわい。」

 

若干勝ち、ロキに絡まれ、謎の女子高生に絡まれ、ニュクスに戯れに抱きつかれたりしながらカジノを出る。

 

 

 

チャリン、と音がした。

 

「ヒーホー、ボクはライホー。このユメシマ探偵社の探偵だホ。クールなボディにホットなハートを宿す、粋で鯔背(いなせ)な十五代目蔦野葉ライオウだホ。仲魔のジャアクフロスト、フロストエース、ジャックフロスト、ジャックランタンと共に悪しきを倒すプロセスのセオリーだホ。」

「は、はあ。」

「では挨拶代わりに絶対零度の洗礼を浴びせ……痛いホ。」

 

アリスさんが激しく飛びかかり、八回鋭く手刀を突き刺した。

穴だらけになりながらも、角帽と学生服を装備した雪だるまは平然としている。

余裕綽々(しゃくしゃく)だな。

あの体をかき氷にしてしゃくしゃく食べたら、どんな味がするのだろうか?

これこれ、ピクシーにハコクルマさん、何気に彼を食べてはいけませんよ。

 

「あんまりふざけていると、その体をかき氷にして皆で食べちゃうわよ!」

「シロップはイチゴ? レモン? それともメロン? ブルーハワイも見逃せないホ。」

「そうねえ、宇治金時に練乳と白玉がいいわね……って、乗せるんじゃないっ!」

「流石はサマナーの可愛いお嫁さんだホ。ノリノリだホ。」

「やだ、ホントのことを言われると照れちゃうじゃない。」

「ええと、どこからどう突っ込んでよいのやら。」

「日中からそんなにエロいことを言われると、どろどろに溶けてしまうんだホ。」

「あの、そろそろ話を進めませんか?」

「それでは進行するホ。おそらく、ボクの存在はバグだホ。ならば、それを最大限活かすのも主役のギムレット……じゃなくて義務だホ。」

「主役?」

「キミ。」

「白身?」

「卵の話はしていないホ。」

「固茹で玉子の話ですか?」

「痩せ我慢は男の浪漫ホ。」

「ほう。」

「魍魎の匣は関係無いホ。」

「で、どうすればいいんですか?」

 

平崎市は矢来町の雑居ビル三階。

二階は大正浪漫風ミルクホール。

一階には日帰り天然温泉がある。

ひなびた探偵社を訪れた筈のオレたちは、悪魔に遭遇していた。

ここは元自衛官の鳴海氏が経営する探偵社ではないのか?

彼は陸幕二部にいたとかいう噂だ。

何故か、島根県槻嘉多(つきかた)村の物産も取り扱っている場所ではないのか?

ちなみに、村の温泉旅館は効能的になかなか優れものらしい。

槻嘉多村の近くには、牟志村という変わった村があるそうな。

機会があったら、訪問してみよう。

数年前まで探偵は自堕落だったらしいが、今では大人の貫禄を身につけているとか。

以前の彼は『フーテン鳴海』で、今の彼は『オトン鳴海』だとか。

助手の少年とすこぶる仲がよくて、賢い黒猫を飼っているそうだ。

また今度訪れてみようか。

どうやら、我々は知らぬ間に異界へさ迷いこんだ感じだ。

しかも、その悪魔は自身をデビルサマナーなのだと称している。

笑止千万と一刀両断するのは簡単だが、それでは話が進まない。

この状況をなんとかして欲しいプロセスだ。

 

「さっき、チャリンと音がしたホ。」

「しましたね。」

「部屋に入って、オイラと会話する。それだけで魔貨と生体マグネタイトと経験値が貰えるホ。たぶん、これはコトワリのヨスガのシジマの裏技なんだホ。」

「裏技ねえ。」

「これを繰り返すんだホ。」

「く、繰り返すんですか?」

「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返すんだホ。特にキミはレベルが低すぎるホ! 仲魔を強くしないとダメなプロセスのセオリーなんだホ!」

「えええ?」

「返事は、はいかイエスだホ!」

「それ、選択肢が無いじゃないですか。」

「やるやらないじゃなく、やるんだホ!」

 

そういうことになった。

日がどっぷり暮れる頃には、なんとなく強くなった気になれた。

そういうことにしておこう。

なんだか、帝国歌唱隊の演劇を観に行きたくなってきた。

『大正浪漫にハイカラ嵐!』の謳(うた)い文句そのままの世界観がいい。

公演の切符をマヨーネさんにお願いしてみるか。

あそこのモギリのお兄ちゃんは動きがきびきびしていて気持ちがいいし、帝国ホール内にある料理も旨くて大変よい。

 

 

「今日はここまでにしとくホ。」

 

自称探偵の悪魔から、ようやくお許しが出た。

 

「ありがとうございます。」

「出来たら、コウリュウかアメノトリフネを使役出来るようになって欲しいホ。」

「は、はあ。」

「次回ここに来るときのお土産は、大學芋を所望するホ。」

「わかりました。」

「ちなみに聞いてみるんだホ。」

「はい、なんでしょうか?」

「もしこのセカイがバグゲーでどうしようもなかったら、どうするホ?」

 

異形の探偵は、そう言って笑った。

 

 






先日、日間ランキングに入っていました。
これも支持してくださる皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。
不文律的『お約束』をことごとく「どうでもいい……。」とか「そっとしておこう……。」とか呟きながらお手数をかけるプロセスの放置プレイし、燃える盛り上がりに絶対零度を浴びせかけ、日常的描写に終始し、木っ端微塵斬り的な無双も殆ど無く、潜在的需要要望切望の遥か斜め上をオボログルマで爆走している自覚があっただけに、オンモラキモムノフベイバロンの気です。
これからもハチャメチャワヤクチャな闇鍋的ごった煮世界観の元に、女神転生からペルソナまでをすべて包含せし白昼の異形の深淵に迫る所存のプロセスです。
手加減と遠慮は無粋のセオリー。
ナイスな予測のカテゴリーをしたきもので御座候。

こんごともよろしく、なのであります。


こういう話を書いていると、人間の方が悪魔よりも遥かに気質的に悪質なのではないかとの認識さえ高まりそうになったりします。
『普通』に見える大衆こそ、本当は最もおそろしき存在なのかもしれないと思うことさえあります。
狂気は誰の中にも存在するのですから。
嗚呼、オホーツクに消ゆ!


ところで、葛葉の里って風魔の里に似ているんじゃねと思ったのはわたしだけでしょうか?
隣近所で日常的交流が合ったら、面白いだろうなあなんて考えます。
『風魔の小次郎』のドラマ版がけっこう好きです。特に柔道部の話。

山陰地方の槻賀多村へ行くのに、鳥取県鳥取市寄りなら帝都から東海道本線に乗って京都から山陰本線かなあとか、島根県安来市寄りだったら山陽本線で岡山まで行き、そこから伯備線に乗って北上するのかなあと思ってみたりして、今も山陰地方で活躍せし悪魔召喚師に思いを馳せるプロセスです。

みんな死んじゃえばいいんだ! ではなく、いがみ合いながらも共存出来るセカイがいいなあと思うのです。
あくまをころしてへいきなの? と仲魔たちから問われないセカイをセオリーにしたいと思います。


【ちょんもりこわいかもしれないオマケ】

以下、先日実家から電話があって母と話をしていた時のこと。
ちなみに現在、わたしは一人暮らしです。
母が不意に言いました。

「テレビでも点けているの?」
「点けていませんし、そもそもこの部屋にテレビは置いていません。」
「複数の声が聞こえるのよ。」

お後がよろしいようで。



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ハレルヤ・フォーティー



朝の連続テレビ小説『悪魔はん』。
この冬、●HK大阪が放つ、禁断の悪魔異聞録。
西日本を舞台に暴れまわるのがセオリー。
学園に転校してきた謎の転校生は、実は悪魔使いだった?
スライムの可愛らしさが、人気沸騰を奏でるプロセスか?
張りぼてや顔に塗料を塗っただけの悪魔たちが、画面狭しと跳梁跋扈する。
唐突に繰り広げられるワイヤーアクション。
役者たちの熱意が溢れ過ぎる怪演。
放送コードぎりぎりを攻める台詞。
苦情対策は万全なのか?
視聴率で一喜一憂するのか?
果たして打ち切りにならないのか?

今日も美少年や美少女が、ぎこちない動きで滑舌悪く台詞を噛みまくる。
主人公の背後で子泣き爺ちゃんがニヤリと笑う。
夢見んぞ。




 

 

それはまさに、アイドルのコンサートに見えた。

場所は新横浜駅近くの横浜アリーナ。

白と青とに彩られた会場。

声援が聴こえてくる。

歓声が上がっていた。

映像を通して、その熱狂的熱気が伝わってくる。

信じることって大切だよね、的な歌詞が室内に満たされていった。

呪術的な言葉が、イタリアの高級家具で飾られた部屋を駆け巡る。

テルス教の嘉屋さんが持ち込んだデータは、なかなかに興味深い内容だった。

いつものマニトゥ平崎にあるマヨーネさんの事務所で、液晶テレビを眺める。

 

「よくもまあ、撮影用機器をこっそり持ち込めたものですね。」

「なに、会場の関係者から情報をありがたく『貰った』のさ。」

「ほう。」

「メシア教がアイドル路線に切り替えてから、この映像で見られるように支持者や入信者が格段に増えたのは事実だ。こうして、『ふれあい会』を開催したら会場が人で溢れる程にな。九割以上は四〇代までの男性だそうだ。その反動で、本職のアイドルは休業引退転職する者が増えているそうだ。今後はアイドル残酷物語が加速するだろうと、うちの戦略研究室はそのように睨んでいる。メシア教が本来的な『偶像崇拝』に梶を切るなんて、考えもしなかったよ。あれは形を変えているが聖歌だ。耐性の無い者が聴くと、崇拝者に早変わりという寸法だ。」

 

苦々しげに言い放つは嘉屋さん。

端正な顔立ちに苛立ちが見える。

マヨーネさんもオレも変化なし。

こうかはぜんぜんなかったのだ!

 

「あれが『ネオファイト』と呼ばれる末端構成員だ。奴らは漏れなく身体強化されていて、ちょっとした火炎や電撃や吹雪といった複数の攻撃魔法さえ使える。死ぬことをおそれずに突っ込んでくる、文字通り死兵さ。妙にしぶとい奴らには、毎度手こずらされる。低威力とはいえ、何発も魔法を当てられると我々とて危うい。」

 

青地に白の鉢巻きをしている彼らは、熱心に声援を送っている。

その疑いなき表情に少しゾクッとした。

 

「入信時に簡単な洗脳。信者自身の精神的負担も少なく、思考力も残したままだ。下手な機械や能力を使うと人格破壊になったり、思考力が無くなったりするからな。そして、洗脳の触媒にアイドルを使う。親衛隊に入ればアイドルの世話役になれると聞いて、滅私奉公する奴も多く出てくる。文字通り、身を磨り減らしてな。不純な動機で入っても優秀な者は昇進するし、組織に不要と思われたら最前線で使い捨てにされる。奴らからすると、無駄は無いらしい。まったく、我々からすると考えられないことを平気でするんだ。これが理想郷のためだというんだから、笑わせる。断言してやるが、あそこの幹部連中が民衆のことを考えるなど殆ど無いよ。気まぐれに餌を投げるだけだ。そうやって、都会のネズミは益々肥えてゆくのさ。ここに映っていないドブネズミどものために、素朴な民衆は踊る訳だ。実に忌々しい。」

「酷いですね。」

「実情はブラック企業と大差無いがな。五人で行う仕事を三人で行うならまだマシだと、そうした企業は真顔で言うからな。利益追求のために、間接的に人殺しをする。それを恥じずに何度も何度もやってのける連中は、ある意味殺人鬼だろうさ。人を殺すのは案外簡単なものだよ。時間さえかければ、沢山殺せる。それをもっと効率的にやっているのが、こいつらだ。ちなみに、ここに映っているのがメシア教の中核戦力たる『騎士』だ。」

「『騎士』ですか。」

「ああ、規律正しく、苦境にあっても整然と統率されて攻撃してくる連中だ。よく訓練された、戦闘機械だよ。ワーテルローの戦いに於ける、ナポレオンの親衛隊並みの屈強さで食い下がるので対処が大変なんだ。うちの隊長の一人が、この『騎士』の一人に討ち取られた程だ。」

「それは大変な相手ですね。そんな彼らも今はノリノリで応援していますよ。」

「このまま箱庭でずっとずっと暮らしてくれたら、本当にありがたいんだがな。歌っているこいつらが、現在メシア教でアイドルをしている『ハレルヤ・フォーティー』とやらだ。芸能人でもないのに、下手なタレントをしのぐ人気者さ。コンサートだけで済ませるつもりだった一般人が、帰宅後熱心なメシア教教徒になった事例は枚挙に暇(いとま)が無い程だ。うちの調査員が複数それにやられた。今ちらっと映っているな。こいつはメシア教を嫌悪し闘争に明け暮れていたが、見ろ、この締まりのない顔を。なんとも強力な部隊だよ。砲火ではなく、文化で人を『殺す』のだからな。」

「そんな強い影響力を持つ少女が四〇人ですか。」

「連中は研修生制度と入学卒業制度を導入していて、実際は数倍の人員を抱えているらしい。定期的に人員を入れ替えるのだから、完全に消耗品扱いだな。看板は同じでも、商品は別物だ。上手い商いだよ。人気度別に班分けしているし、功績の有無での格差もけっこうあると聞く。楽屋で食べる弁当の内容とかな。例えば、貢献度次第で一〇〇〇円の弁当と三八〇円の弁当という、露骨な格差もあると聞く。それでもアイドル志望の女の子を積極的に受け入れているから、面接会場はかなり賑わうそうだ。自分は違うという、絶大な自信でもあるのだろう。切磋琢磨しても、『寿命』は精々数年なのにな。余程魅力的に見えるみたいだ。下手をすると食い物にされるのにな。ちなみに、握手会で人気の無い娘は早々に切られて強制的に卒業させられ、裏の仕事に回されると聞いた。あくまで噂だがな。」

「うわあ。」

「現実にある某人海戦術集団を参考にしたらしいが、あそことえげつなさは似たり寄ったりかもな。で、あの一際大きく手を振っている坊やが府凛といって、サムライマスターを名乗る手練れだ。彼の隣にいるのが那奈志といって、彼の後輩に当たる少年だ。どちらも優秀な幹部候補生らしい。」

 

無邪気にキラキラとアイドルを見つめる、純朴そうな青年たちが映っていた。

良くも悪くも純粋な感じはある。

狂信者にも悪しき存在にも見えないな。

 

「純粋、とはおそろしいものだ。いつの時代でもどの場所でも。」

 

嘉屋さんはそう言って、ため息を吐いた。

それまで口を開かなかったマヨーネさんが、重々しく喋り出した。

 

「このような輝きは、残念ながらファントムソサエティでは出せませんわね。」

「テルス教でも無理だな。うちの長老たちにこんなものを見せたら、怒り狂うに決まっている。」

「一見、普通のアイドルのコンサートにしか見えませんからね。」

 

映像は、ノリノリでアンコールに応えて懐かしい曲を歌う彼女たちを捉えていた。

愛こそがすべて、といった内容の歌詞を高らかに歌っている。

これが今のメシア教か。

 

 

我が家は時折訳のわからない怪現象がちらほら起きるのだが、人的被害には程遠いので放置している。

閉めておいた筈の押し入れの戸が開いていたり、点けていない蛍光灯がいきなりチカチカ点いたり消えたり。

人がいない筈の場所から気配を感じたり。

もしかしたらなにかいるのかもしれない。

しかし、それに下手にかまけると『縁』が出来てしまってよくないことになってしまうかもしれない。

なので、基本的に放置だ。

そんな月一万円と格安で借りている我が家から徒歩二〇分圏内に、『ふれあいフクロウカフェ』というケモノ友達的喫茶店が出来た。

郵便受けにチラシが入っていたのだ。

白と青とに彩られた広告。

名前と色彩に若干引っかかるが、全員で訪れてみることにした。

皆それぞれ好奇心が強いのだ。

 

ちょっとした林の中の、きれいな青い屋根に白い外壁のオサレな店。

店の前の舗装されていない駐車場は車が何台も停まっていて、既に人気高めの模様。

入ってみると、人が割合いたけれども席に座れない程ではなかった。

丁度テーブルが一つ空いている。

そこを素早く占拠した。

我々の席に、おっとりした感じの巨乳眼鏡っ子がやって来る。

あ、この子知っとる。

メシア教の看板娘だ。

アイヤー。

兎に角、フクロウを愛でようか。

おお、人懐っこくて可愛いのう。

 

「あの。」

「はい。」

 

ヤバい。

バレたか?

 

「うちの子たちはみんな可愛いので、楽しんでいってくださいね。」

 

無垢な微笑み。

嗚呼、これでみんなヤられるんだろうなあ。

気づかれていないようで、内心ホッとする。

彼女はちょこちょこ店内を歩き回り、オレの近くに何度も何度もやって来た。

ピリピリするマリーさんと仲魔たち。

程々で切り上げることにした。

さあ、帰ろう。

会計は眼鏡っ子だった。

 

「また来てくださいね。」

 

ぎゅっと手を握られる。

これが手か。

教えられて、そのままやっているのだろうな。

店を出て、帰途につく。

振り返ると、彼女がぶんぶん手を振っていた。

わざわざ、店舗の前まで出てきてくれている。

再訪者を増やす為のやり口なのだな、これが。

そう思いつつ、手を振り返す。

 

 

帰宅後、女性陣から大いに怒られた。

なんか納得いかないが、致し方ない。

 

 



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姉様

 

 

何枚欠片(かけら)を集めたら

姉様に届く

梯子(はしご)になるのでしょうか

キラキラ光る欠片はいずれも小さくて

すぐに消えそうな塊

それでも私は集めます

姉様のために

姉様

姉様

姉様こそ私のすべて

希望

明けの明星

心を込めて焼き上げた

シフォンケーキを捧げます

ニューヨークチーズケーキを

ホットケーキを

みたらし団子を

フィナンシェを

パンケーキを

ババロアを

クッキーを

ぼた餅を

ちまきを

柏餅を

葛餅を

それは供物

私のココロ

届け

届け

姉様に届け

少し天然で悲しく

つめたくやさしい

素敵な姉様に届け

 

 

 

「身の程を知るのね、豚。」

「ブヒィ!」

「では、ごきげんよう、下衆ども。ここで無様に散るがいい。」

 

臓物(はらわた)をブチ撒けなさい、醜い豚ども。

あなここなうつけものどもめ。

『穴』から這い出てきた豚どもを、駆逐してゆく。

我が手にかかるがいい。

容赦もなく引き裂いた。

紙細工の如く斬り裂く。

なんとも手応えの無い。

無慈悲に倒してあげる。

哀れね、醜い豚どもは。

着飾った豚もいるわね。

杖を持つ豚。

鎧を着た豚。

槍を持つ豚。

冠を被る豚。

どうせ皆、お肉になる。

明日は豚カツ祭になる。

モツ煮もおいしそうね。

挽き肉も作りましょう。

餃子や焼売やミンチカツなども作りましょうか。

肉団子やハンバーガーやピーマン詰めもいいわ。

洋食や中華料理を作るのもだいぶん慣れてきた。

佳那子の笑顔を思い浮かべると、とても嬉しい。

あの子がおいしいおいしいって言うと、下腹部がキュンとなる。

作るわよー、作るわよー。

なんてね。

後で『綻(ほころ)び』を修復しておかないと。

わらわら出てきたら面倒だわ。

さて、こいつらを調理するか。

先ずは血抜きね。

調理実習室に行って解体洗浄。

腸詰めに燻製も作りましょう。

熟成室があるのは素晴らしい。

学校近くに香草が自生しているのはとてもいいことね。

クレソンも沢山収穫出来るのがいい。

校舎裏にある竹林の筍を、下僕たちに収穫へ行かせようかしら?

筍ご飯を作ったら、あの子は喜ぶかしら?

葛が学校周囲に沢山生えていたので先日は総動員した下僕たちへ採取を命じ、共に本葛粉を作ってみた。

幻の甘味料と呼ばれる甘葛(あまづら)の再現実験は教師たちの評価も高く、他県の女子大から応援が来たのには驚いたわ。

食文化研究は、今の私にとって大変重要な主題だ。

当たり前に周囲に存在していたモノを、復元するだけの話なのだけど。

今の利便性最優先的大量生産原理主義的社会で見捨てられたモノを、拾い集めているだけなのだけど。

今度は楓の樹液を煮詰めてみようかしら?

この暮らしに不安材料が無い訳でもない。

『やつ』の後釜が来るかもしれない。

死んだらそれまでだし、少しこわい。

佳那子と死に別れるのはゾッとする

致命傷ではないけど受けた傷は深い。

回復呪文では癒えない呪いを受けた。

完全に治るには相当の時間が必要ね。

一日でも長く、佳那子と過ごしたい。

この痛みさえ、喜びに繋がる香辛料。

あの子の微笑みが今の私の生きる糧。

さあ、私の中華鍋捌きを見なさいな。

ご飯は北海道七飯町産のななつぼし。

肉じゃがや筑前煮もおいしく出来た。

カルビやホルモン祭りはまた後日ね。

豚肉の生姜焼きも作ってみましょう。

佳那子、さあ食べなさい。

 

「姉様、この腸詰めや豚カツもとてもおいしいです。」

「どんどん食べなさい。まだまだ沢山あるのだから。」

「あの、友達や先輩を連れてきてもいいでしょうか?」

「かまわないわ。貴女のやりたいようにしなさいな。」

「ありがとうございます。姉様は本当に料理上手だと思います。」

「ふふふ、もっと褒めてもいいのよ。佳那子は実に褒め上手ね。」

「姉様は最高です。」

「あなたも最高よ。」

「「ふふふ。」」

 

嗚呼、私はなんて幸福者なのだろう。

下僕たちにもお裾分けしてあげよう。

ヨーグルトのマンドラゴラ添えに浸けたコカトリスの肉も、そろそろ食べ頃ね。

明日は唐揚げにしましょう。

野菜は校内で育てたものがあるし、魚介類は平崎市方面などから送られてくる。

昔とは物流が違うから、とても便利だわ。

ふふふ、この学校も少しは役に立つわね。

佳那子の食べている姿を見ると、ムラムラしてくる。

今宵もおいしくいただこう。

 

 

 

少し風が強い日のマニトゥ平崎。

ファントムソサエティの事務所があるビルヂング。

一階の店で豚肉の生姜焼き定食を食べた。

こいうまかー!

食後にマヨーネさんのいる事務所を訪れた我々は、ふんわりしたシフォンケーキを食べつつ連続失踪事件の説明を受ける。

 

「山梨県の県立八重瀬高校、ですか?」

「ええ、男子生徒や教員の双方を含む、不可解な失踪事件が複数件発生しています。学校側はひた隠しにしていますが、失踪した教員の猪内氏は女子生徒への対応にすこぶる難のある方だったようです。また、男子生徒の宇都宮君は失踪前に彼女が校内に出来たと発言していたそうです。事実確認が取れていないので彼の妄想だと言い切ることも可能でしょうが、妙に引っ掛かる感じはします。学生八名、教員一名がいなくなっているのですから学校施設内も不穏な空気ではないかと思われるのですが、不自然に感じられる程学内は穏やかだそうです。まるで、なにも起こっていないかのように。これは、由々しき事態です。なんらかの『力』が関与しているのは間違いないでしょう。今回は、原因究明までいく必要はありません。事態の終息が出来たら、それで任務達成と見なします。」

「達成条件は犠牲者……おっと、失踪者が確実に出なくなると見極められたらそれでいいと解釈すればいいのでしょうか?」

「そうですね、そういう解釈で間違っていません。それには理由があります。先月、名うての術者である白銀(しろかね)が調査に出向いたものの、彼も現在は行方不明となりました。正直、現状打破が出来ずに手詰まりなのです。神父も船岩もクリシュナも宇良江も別件で動かせませんし、キャロル・Aは栄ちゃんの演奏会の前座準備中。ほとほと困っています。」

「手掛かりはなにか無いのでしょうか?」

「そうですね、白銀が最後に送ってきた連絡は、『これから《協力者》と共に探索に出向く』でした。」

「その協力者が誰かわかれば、調査はしやすくなりますね。」

「一度、『彼女』と書いてありましたから、女性なのは確かでしょう。それ以外がわからないので手探り状態ですけれども。」

「現地に行かれたのは、白銀さんだけなのですか?」

「ええ、下手な術者を送って返り討ちにされたら困ると思ったのですが、おそらく彼は生きていないでしょうね。」

「失礼ですが、白銀さんの実力は如何程だったのでしょうか?」

「私程ではありませんが、かなりの腕前でした。」

「うーん、オレなんかでなんとかなりますかね?」

「マリーさんも仲魔もお強いではありませんか。」

「それもそうですね。では、行ってみましょう。」

 

 

 

また、調査員が来たのね。

鬱陶しいわ。

下僕たちの報告から判断すると、何名もの仲間を引き連れているみたい。

しかも美人揃い。

きっと夜な夜な、あんなことやこんなことを散々しているに違いないわ。

下衆め。

率いているのは冴えないおっさんだそうだから、誘惑させてみましょう。

意外と絶倫なのかもしれない。

下僕の娘を与えてみましょう。

男なんて女の体にたやすく溺れるもの。

若い娘なら、尚更ね。

沙千穂や堀田や玖留美や燐を派遣してみましょう。

ここの学生たちは可愛い子が意外と多くて嬉しい。

特に佳那子。あの子は実に素晴らしいわ。

そんなことをつらつら考えながら、放課後の校舎からぼんやりと消える飛行機雲を見送った。

ああ……じきに空が焼けるのね。

 

 

 

姉様。

姉様のいない生活など考えられない。

姉様あってこその私。

あの日あの時あの場所で私は姉様に出逢い、そして救われた。

ご恩返しを必ずしなくてはならない。

姉様。

姉様。

私の姉様。

なにがあろうと私は姉様の味方です。

冷たく暗い夜道も姉様となら大丈夫。

きっと大丈夫。

 

 

 

調査は難航している。

女子生徒たちからの誘惑が、とても激しいからでもある。

耳を噛むのは止めて欲しいし、胸を触らせたり、下腹部へお触りをしてこられると非常に困る。

「しよっか?」とか「する?」とか「いいよ。」などと、平然と言ってはならんち。

おじさん、まいっちんぐだわさ。

御立派様の権能の影響だろうか?

はあはあ言う女の子ってこわい。

沙千穂ちゃんって子が、特に激しく迫ってくる。

美少女なんだけど下ネタをバンバン言いまくる。

外見はおっとりお嬢様って雰囲気の子なのにな。

棒々鶏(ばんばんじー)ならおいしいんだけど。

仲魔たちは結界を用いて異界にいるし、マリーさんとは別行動中だ。

さりげなく触ってくる女の子は、たまらんのう。

誘惑光線クラクラってとこじゃいなあ。

ここで誘惑に負けると、バッドエンドになりそうな気がする。

はっ、これが孔明の罠?

いやいやいや、まさか。

落ち着け落ち着けオレ。

現実世界に明確な選択肢は出てこない。

常に柔軟で高度な判断力が要求される。

それがゲームと現実の違いなのだろう。

 

 

 

沙千穂による撹乱は上手くいっているみたいだ。

ご褒美をあげなくっちゃ。

失神させてあげましょう。

下僕たちの管理も大切ね。

皆で料理するのも大切よ。

唐揚げが好評で良かった。

酢豚に角煮も美味だった。

次は棒々鶏にしようかな?

佳那子たちと遊戯に耽る。

今度は、アナコンダの唐揚げを試してみようかしら?

蛇のように体をくねらせ、佳那子を愛おしく奏でる。

 

 

 

行方不明になった白銀さんの情報が現地でようやく掴めてきた。

彼はどうやら、失踪した男子生徒たちの跡を追っていたらしい。

合計八人の男子生徒が、三ヵ月前の下校時間後から次々行方不明になっている。

彼らは不良生徒だったようで、猪内教諭ともなにかしらの関係があった模様だ。

彼らに関わりのある人間を調査していたら、佳那子ちゃんという女子生徒が捜査上に浮かんできた。

彼らに何回か呼び出されていたらしい。

段々厭なにおいが立ち込めてくる。

口中に苦いものが込み上げてきた。

少年たちは普通の学生だったと教員同級生たちが口を揃えて証言していたけれども、真実はそうでないことが往々にして存在する。

疑ってかかった方がいいだろう。

隠れて非道な行為を行う人間など、幾らでも存在する。

『普通』の顔をした人間が酷薄残忍だったりすることは歴史上でしばしば見かける事態だし、彼らがそうである可能性は高い。

人は他人の痛みに幾らでも鈍感になれるのだから。

現実生活でもネット上でもそれはいともえげつなく当たり前に行われ、それを異常と判断出来ない者も少なくない。

連続殺人犯の足跡を追うとよくわかる。

彼らは揃って擬態が非常に上手い。

狡い奴など、どこにでも存在する。

その少年たちはもしかしたら、隠れて佳那子ちゃんを……いや、止めよう。

その考えは憶測に過ぎない。

遠目に見たが、今の彼女は幸せそうに見える。

素敵な先輩に出会えて、その子が彼女の生き甲斐になっているそうだ。

それは素晴らしいことだと考えるし、眩しいくらいだ。

暴きたてることになんら意味は無いし、真実を見つけることが常に正しいとは限らない。

オレは名探偵でも警察官でもない。

そっとしておこう。

 

 

 

意外と中年親父がしぶといわ。

猟犬としては優秀に見えないのだけど、食らいついたら離さない系統なのかしら?

そうだわ、『穴』を調べさせましょうか。

それはそれとして、ご飯を食べましょう。

アジフライに鯵のつみれにポテトサラダ。

自家製の漬け物に自家製味噌使用の汁物。

佳那子と食べる食事はなんて官能的なの。

はぐはぐ食べる佳那子を後でハグしよう。

 

 

 

佳那子ちゃんに直接会うことが出来た。

なんとなくどことなく儚い系の女の子。

彼女はなにかに脅えているかに見える。

その理由はなんだろう?

彼女からの助言に基づいて探索している内に、体育館の裏で『綻び』を発見した。

これが原因なのか?

封印が解けかけているようだ。

白銀さんや男子学生たちは、ここから出てくるなにかに殺られたのかもしれない。

夜半、マリーさんと仲魔たちを引き連れ、『綻び』に向かう。

念のため、エモニカスーツを装備した。

 

「これは半端な異界化ねー。」

「そうなんですか、ピクシーさん。」

「ええ、術式が中途半端に生きているから悪魔かなにかが出たり出なかったりしているんじゃないかなー。」

「成る程。マリーさんはどう思われます。」

「ピクシーの言う通りですね。手練れの術者と言えども、いきなり襲われたら呆気ないでしょう。特に白銀という人は単独行動だったようですし、不意を突かれて倒された可能性はあります。」

「なにか出てくる! サマナー、エモニカスーツを起動させて! これでも喰らえ! 死んでくれる?」

「よーし、このハコクルマの暴れまくりを喰らいな!」

「雷よ! 敵を打つ鎚となれ! ジオンガ!」

 

火竜の群れが多数現れた。

他にもなにかいるようだ。

そいつらはアリスさんの攻撃でバタバタ倒れてゆく。

白銀さんはこれらに殺られたのか?

アリスさん、ハコクルマさん、ピクシーが攻撃を開始する。

マリーさんがタルカジャを唱えた。

オレも狙い撃ちして、火竜の頭部に三〇口径の銃弾を浴びせた。

全身に墨を塗ったような姿の幽鬼たちは動きが素早いけれども、ハコクルマさんの牽く箱車に体当たりされている。

倒れ伏すは異形。

そこへ銃撃した。

よし、当たった!

びくんびくんと体を跳ね、それらは闇に溶けるように消えてゆく。

ナズグル程強力な悪魔ではないらしい。

攻撃しただけで破滅するのは勘弁して欲しいからな。

 

「こいつら、悪魔とはなにか違うよ!」

「ピクシー、メギドラオンは撃てる?」

「一発だけなら!」

「マリー、殺っちゃって!」

「詠唱を合わせますよっ!」

「わかったわ、マリーッ!」

「じゃあ、時間稼ぎする!」

「オレも乱れ撃ちするっ!」

「「灼熱の嵐よ! あらゆる魔を滅する灼熱の嵐よ! 打ち払え! 薙ぎ払え! メギドラオン!」」

 

万能属性系最強級攻撃呪文が火竜の群れに叩きつけられ、それが勝敗を決した。

 

翌朝。

白銀さんの遺品と思われる血痕付きの錫杖が、体育館近くの藪の中から見つかった。

おそらくは、奮闘の果てに殺られたのだろうと推測される。

ピクシーの鑑定によると豚の血らしい。

豚の魔物が大挙して襲ったのだろうか?

男子学生たちもそれに巻き込まれたのかも知れん。

彼らはここをたまり場にしていたのかもしれない。

憶測や推測の域を出ないが、他に判断材料が無い。

証拠と推測に基づいて、報告するしか無いだろう。

『綻び』は複合詠唱されたメギドラオンの余波によって跡形も無く吹き飛び、雲散霧消していた。

異界への扉は失われ、手掛かりはこうして消滅した。

これで騒ぎも沈静化するだろうて。

やれやれ、これでやっと帰れるぞ。

やたら積極的だった女子生徒たちには参ったし、マリーさんや仲魔たちに嫉妬されて実に大変だった。

モテればいいというものではないと、しみじみ実感する。

何度も何度も何度も何度もいきなり唇を奪われ、危険な領域に突入した。

出会い頭に抱きつかれて唇を奪われるなんて、ざらに発生してしまった。

ヤバい、ヤバいぞ、御立派様の権能。

それと若い子って無謀でおそろしい。

桃色遊戯的な事態の連発に恐怖した。

何人もの薄着の女子生徒からもみくちゃにされたし、もしも抵抗していなかったらどうなっていたのだろうか?

近頃の女子高生の貞操観念はどうなっているのだろうか?

油断し過ぎだと、無茶苦茶怒られた。

ごもっともで御座る。

佳那子ちゃんが絶讚する姉様にも会ってみたかったのだが、人見知りな子らしい。

致し方無いな。

さて、帰るか。

明日からはまた別の仕事が待っている。

メールをマヨーネさんに送り、フィアットのムルティプラに乗った。

ホフマンやエスターライヒやアルトミュールといった地元の名店で、名うての職人技で作られるケーキを買って帰ろう。

オレの調査を待っている間、仲魔たちは地元情報誌を貪るように読んでいたらしい。

おいしいことはいいことだ。

さあ、行くぜ!

 

 

 

調査員たちが帰った。

これでひと安心だわ

食肉供給源が無くなるのは残念だけど、これで当分安泰でしょう。

『やつ』や男子学生たちを含めた顛末も、アレのせいに出来たわ。

上々ね。

ファイヤードレイクがすべて炭化しちゃったのは、残念無念って感じだけど。

まっ、いっか。

今宵は佳那子たちと激しく貪るように、愉悦に浸りましょう。

鹿や猪といった害獣を駆除し食べる、ジビエ方面に切り替えましょう。

皮はなめして、革製品に加工しようかしらね。

この辺は鹿革の加工品が有名だし、佳那子たちとそうした店を開くのもいいわ。

あの子は有名ケーキ屋に寄ってから、ここへ来ると言っていた。

彼女曰く、ほっぺたが落ちるくらいのおいしさと深みらしいわ。

楽しみね。

お茶会の準備をしましょう。

佳那子。

佳那子。

私の佳那子。

ずっとずっと一緒よ。

ふふふ。

 

 






《おまけ》

【姉様について】
◎所属:山梨県立八重瀬高校二年生、食品研究会会長(主な活動場所は調理実習室)
◎外見:長い黒髪に紅い瞳(通常は黒みがかっている)の凛々しき美少女
◎年齢:女の子にそんなことを聞くものでなくてよ
◎装備:黒いセーラー服
◎下着:佳那子が白を好むから、白ばかりね
◎強さ:オークロードもあっさり一刀両断
◎趣味:佳那子を愛でる、可愛い女の子を下僕化する、料理、食文化研究、下僕いじり、お茶会、校舎裏手に作った畑での農作業、読書、椎茸の栽培
◎特技:下僕作り、料理、巣作り、機織り、縫製
◎性格:やや天然で気分屋で割合呑気、冷酷且つ意外と親切でドS
◎大切なもの:佳那子
◎住み処:八重瀬高校敷地内にある学生寮
◎下僕数:校内に三〇名前後、校外に数名
◎将来の夢:佳那子と一緒に店を経営する
◎収入源:呪符販売(佳那子が平崎市まで売りに行っている)、下僕及び校長などから徴収(佳那子除く)
◎お宝:佳那子から貰ったものの大半、佳那子の各種映像を収録した複数枚のDVD、佳那子の自家製写真集、佳那子ぬいぐるみ、佳那子が学園祭で着ていたメイド服一式、江戸時代に刀鍛冶に打たせた包丁、戦国時代に刀鍛冶たちに打たせた大包丁、佳那子の爪
◎好物:佳那子、おいしい料理
◎下僕の力(男性):陸上競技系県大会に出られるくらいの身体能力に加え砲戦能力が多少強化されている、平均一〇〇米走一〇秒九八
◎下僕の力(女性):オリンピックの金メダル級身体能力に加えカーマスートラ強化済み、平均一〇〇米走九秒五六、一部老化遅延処理済み(B )
◎佳那子の力:SASの軍曹級身体能カに加えカーマスートラ強化済み、一〇〇米走七秒〇一、老化遅延処理済み(SS)
◎備考:最近プールとはなにかを知った、携帯端末の使い方を佳那子から習った、校内食堂の改革に成功した、校長を主な揉み消し役としている、調理実習室を半ば私物化している、食品研究会を立ち上げて会長に就任し佳那子を副会長に抜擢した




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ファントムサマナー



六身合体、瑠璃子さん。
合い言葉は電波と超電磁とヨーヨー。
内訳:仮面戦士的特撮二作品+年齢制限的電脳遊戯+軽快系娯楽小説+巨体が唸って空飛ぶ的アニメーション作品+スケバン的鉄仮面的特撮作品



 

 

晴れた日はとってもよく届くの

ちょっとピリッとした感じでね

雨の日はザーザーって感じかな

空の青い日は透き通った電波が

そっと私を貫通してゆくんだよ

ねえ

貴方にもこの電波は届くかしら

私の受信した電波が届くかしら

レベル五の

あの

受信者が殆どいない

この素晴らしい電波

届け

届け

貴方に届け

私と同じ風景を見て欲しいから

いつもいつもいつも祈っている

電波

電波

素敵な電波

この想いを受信して

お願いだから

届け

届け

貴方に届け

 

 

 

 

はい、マヨーネさんから話は聞いています。

ええっと、ヒリリ・キリリンさんですよね?

僕が、クラン『浅草キャッツ』の田中です。

今回は悪魔向け広報誌の、『悪魔タイムス』創刊号の取材なんですよね?

へえっ、悪魔側から要望があったんですか。

今回はサマナー特集なんですね。

僕なんかでいいのかな?

僕はファントムソサエティにいる、有象無象の一人ですよ。

えっ、違う?

違うんですかね。

ははは、そういう風に言っていただけるとなんとも面映ゆいですが嬉しいです。

しかしまあ、メシア教やテルス教にも取材されるって、人脈が半端ないっすね。

ええ、なんでも聞いてください。

あ、この店ですか。

お気に入りの甘味処なんですよ。

割烹着とリボンの似合う女将さんが切り盛りしているんですが、どうです、めちゃめちゃ旨いでしょう。

僕も初めて来た時は驚きましたから。

ええ、時間と金があれば彼女たちを連れてきています。

浅草はおいしい隠れ家的な名店が沢山ありますからね。

観光客向けのお店よりも良心的な値段でおいしいです。

この豆かんが特にお勧めですよ。

あっ、そうですね、本題に入りますか。

 

僕は大学卒業後普通に会社勤めしていたんですが、半年前に不景気で会社が倒産しちゃいましてね。

再就職活動をしている内に、闇金をやっているウリシマ君の手伝いをすることになりました。

彼、僕の同級生なんですよ。

あれっ、ご存じなんですか?

まさに腕っこきの情報屋って感じですね。

彼の事務所では金銭管理をしていました。

その頃、彼から冗談半分にこの悪魔召喚器を渡されたんですよ。

「お前だったら、使えんじゃね?」って言われたんです。

そんな時に、この浅草でちょっと変わった女の子たちに遭遇したんですね。

ええ、あちらの机にいるあの子たちです。

昔の修道僧みたいな恰好をしていますね。

マネカタ、っていうそうです。

彼女たちも何故この世に出現したのかわからないらしく、帝釈天が治める街アサクサに普通に住んでいたのに、気づいたら僕の目の前に現れたのだとか。

並行世界からやって来たんですかね?

聞いた話では、魔物が支配する修羅の世界みたいです。

皆と平崎市へ遊びに行った時にマヨーネさんから勧誘されまして、その後、ファントムソサエティに就職という運びになりました。

現在僕はファントムの西東京方面隊に所属する隊員で、身分は異界調査員です。

 

スリル博士によると彼女たちマネカタの構成物質は造魔に近いそうで、日常的に連れ歩けるのがいいですね。

普通の悪魔は、連れ歩くだけでがばがばと生体マグネタイトを消費しますから。

会って直ぐに彼女たちと会話が弾んで意気投合しまして、運命を感じましたよ。

彼女たちには名前が無いっていうんで、左から泪、瞳、愛と名前を付けました。

波打つ髪の大人っぽい子が泪、落ち着いた感じの長い髪の子が瞳、おかっぱの活発そうな子が愛です。

泪は治癒・支援系魔法、瞳は攻撃・状態変化系魔法、愛は特殊攻撃特化ですね。

 

マネカタたちと一緒にいるショートカットのメイド服の子は他の結社の戦闘員だったみたいなんですが、戦闘中に倒れていたのを見つけて僕が保護しました。

名前は岬瑠璃子ちゃんにしました。

めちゃくちゃ、可愛い子でしょう。

あの視線がちょっと遠い感じとか。

記憶喪失になっていたようなので、僕と相思相愛の設定にしました。

彼女はスーパー護衛メイドという設定なので、めっちゃ強いですよ。

ショッカーで言うと、幹部級怪人並の強さじゃないかと思うんです。

スリル博士に聞いたら、潜在能力が活性化したんちゃうかとのことです。

何故か博士は彼女のことを苦手がるんですよね。

あんなにいい子なのに。

結社での洗脳が強すぎたのか人格崩壊しかけていたみたいで、僕を見るなり「お兄ちゃん!」って抱きついてきたんですよ。

もうムハァ! って感じでした。

わかります?

ムハァ! ですよっ! ムハァ!

美少女に抱きつかれるなんて、産まれて初めての経験でした。

思わず、ブヒィ、って言っちゃいました。

ビリビリって、電磁波を喰らいましてね。

もう少しで天国直送されるところでした。

まさにハレルヤですよ。

これはもう、保護するしかないでしょう。

彼女は電波人間で電波エナジーが動力になっていまして、電波力が高まってチャージアップすると超電磁力が使えるようになるんです。

警察無線や宇宙からの電波も普通に傍受・受信出来るそうで、いろいろと助かっています。

毒電波を送信出来るそうですが、それを喰らった敵って大抵おかしくなるんですよ。

試しに喰らってみます?

あはは、冗談ですよ、冗談。

あはは。

彼女の技、ですか?

ええと、電波投げに超電磁砲に超電磁ヨーヨー、超電磁タツマキに超電磁スピンだったかな?

「おまんら、許さんぜよ!」と、見得を切りながら投げるヨーヨーがまた恰好いいんですよ。

電波投げの練習相手になっていますがけっこう飛ばされるんですよ、アレ。

投げ飛ばされたい人が割と多いんで、実験相手には事欠きませんね。

ただ、練習後の握手でブヒブヒ言っている人が多いのは少し気がかりです。

あと、彼女は赤心少林拳の使い手で、皆教えて貰っているんですけれども、動きが見えないんですよ。

あっという間に間合いに入られて、対応する間もなく電波投げで投げられるんですから。

そうそう、先日彼女にイタリア製のスクーターを買ってあげたんですよ。

マヨーネさんが、スクーターはイタリア製がいいって言ってたものでね。

その黄色いスクーターにテントローって名前を付けて、彼女はよく走っていますよ。

 

そうして、僕はクランの『浅草キャッツ』を立ち上げました。

 

今はスリル博士が作った擬似体験型の『狂王の試練宮』に潜って、彼女たちと共に自身を鍛えている真っ最中です。

あそこは大変いいですね。自分自身が強くなっているのを日々実感しますから。

弾数無制限の軽機関銃を撃ちまくれば、殆どこわいものなしです。

ゲームじゃないんで、あっさり倒せる方がいいに決まっています。

彼女たちがメキメキ実力を付けているのも、大変嬉しい話ですよ。

敵対する相手は、みんな倒しちゃえばいいんです。

だって、敵なんですから。

えっ?

別に皆殺しにしちゃえばいいんじゃないですか?

だって、ゴブリンやオークやそういった連中に生きる価値なんて無いでしょう。

悪魔だってそうですよ。

敵対する相手は皆殺し。

殺っちゃえばいいんですよ。

 

 

戦闘員は今日の時点で、二ダースいます。

戦場の後方で油断していたのを捕獲していたら、けっこう増えるんですよね。

向こうも警戒するようにはなってきていますから、近頃は捕獲しにくいです。

作戦毎に彼らはかなり増減しますから、移動用車両の調達が案外面倒ですね。

相手によっては、非戦闘員だろうとなんだろうと簡単に殺っちゃいますから。

快楽殺人者に遭遇したら、最悪です。

それが自称正義の味方なら尚更です。

そういう奴らは、車もついでにオシャカにしちゃうんですよ。

ああいうバルバロイは困りますね。

正義感に泥酔している奴もいます。

呆れ返る程疑いを持っていません。

もう、参っちゃいますよ。

徒歩での撤退って、本当に大変なんですから。

しつこい追撃戦を仕掛けてくる部隊が以前いて、そいつらは釣り野伏せで返り討ちにしました。

皆血まみれになっちゃって、大変でした。

丁度役場の近くだったんで、水道を借りて洗いまくりましたよ。

もう、ホント、ああいう連中はなんとかして欲しいです。

 

女の子の戦闘員とかそういう子を拾うと、うちの面々が怒るんですよ。

ちょっとでも可愛いと、そりゃあもう非難の嵐です。

あれ、困るんですよね。

別にナニしようとか考えなくても、カンカンに怒るんですから。

基本的にそういう子たちには事務所で料理洗濯掃除などをやらせるようにしているんですが、時に不意にいなくなるんです。

あれ、ホントに困るんですよね。

予定がいろいろ狂っちゃうんで。

今働いてもらっているのは職業安定所を通じて面接したお姉さんたちで、以前は小さな弁当屋で働いていたそうです。

彼女たちには、うちの状況を気にしないという軽い洗脳しか施していません。

人の出入りが激しいなあとは思っているみたいですか、詮索をしないのはとてもいいですね。

一人泊まり込みで働いていますが、公園で拾った子ですから身元不明なんですよ。

本人は成人になっているって主張しているんですが、どうやら未成年ぽいので一応気にはしています。

 

『浅草キャッツ』の事務所で若い衆が日中ゴロゴロしているのもあまりよろしくないですから、地域の清掃活動やお年寄りの方々への手助けなども積極的に行っています。

いわゆる地域奉仕で、宣撫策ですね。

困っているお年寄りは思った以上に多いですから、時々お助け隊を派遣しています。

行政がなんとかしたらいいとは思うんですが、お上は大抵非情ですからどうにもならないことが多々あります。

お年を召された方々は、話を聞くだけでも喜んでくれるんですよ。

ウリシマ君のところへ、人材派遣することもあります。

たまに戦死した戦闘員のことをおばあちゃんに言及されたりして困惑することもありますが、今のところはそれなりにやれています。

活動費、ですか?

それはまあ、悪い奴らをメッする時にいろいろと。

 

うちで働いている女性たちは、基本的に優遇しています。

少ないながらも、賞与がありますしね。

全員独身者なのは少し気になりますが、結婚が必ずしも幸せになれるカタチとは限らないので、彼女たちの悩み事相談は随時受け付けています。

最悪洗脳ですが、やり過ぎると壊れちゃうんですよね。

高性能なモノならやりようはいろいろあるんですが、汎用機はガッとやっちゃいますから気をつけないとすぐ壊れます。

なんでもかんでも洗脳すればいいって訳でもないので、そこは使い方次第です。

普段の活動としては、異界調査に仲魔の育成や生体マグネタイト稼ぎなどです。

後は、悪い人へのお仕置きですか。

若い衆を派遣するのも仕事ですね。

西東京方面隊の一員として、茨城(いばらき)や千葉方面が基本探索地域です。

応援部隊として埼玉群馬栃木に出張することもありますし、神奈川県の平崎市へ出向くこともあります。

各地域の役所を回ってなにかおかしなことは無いかと、御用聞きをする訳です。

三河屋のサブみたいなもんですか。

まあその、基本的に何でも屋です。

荒事の時などに、若い衆に強化服を着せて突撃させるのも業務のひとつです。

呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、ってとこですかね。

 

間に合わせで買った古いミニバン数台が酷使してきたせいかぼちぼちイカれだしているので、近々買い替える予定です。

下手すると、一日三〇〇キロ以上走ったりしますからね。

僕が入る前は消耗戦を散々やっていたみたいですけど、それって結局潰し合いになっちゃいますから損ばっかりだと思います。

司法が介入すると面倒ですからね。

程々のところで手打ち。

相手の面子を潰さない程度の行動。

そういうのが大事なんじゃないですかね?

単に殺しあうなら、それは滅びへの道じゃないですか?

え?

よくご存じですね。

ええ、テルス教の嘉屋さんのところへたまに手伝いに行きます。

あそこも、幹部と実行部隊の隊長不足に悩まされていますから。

ファントムも最近幹部候補生の人が来まして、かなり人気です。

へえ、あの人も取材されるんですか。

まあ、エイミス神父や船岩さんは取材しにく……おっとこれはオフレコでお願いします。

 

 

 

お疲れ様でした。

『悪魔タイムス』が売れるといいですね。

ここからちょっと歩いたところに、とてもおいしい小料理屋があるんですよ。

どうです? 一緒に行ってみませんか?

女子高生みたいな可愛い若女将がいるところで……痛い痛い、瑠璃子ちゃん、痛いっす。

なんだよ、僕が浮気する訳無いだろ。

毎晩一緒じゃないか。

ウリシマ君から貰った簡易洗脳機を持っているけどさ、これはハーレムを作るための道具じゃないんだよ。

不動産屋とか中古自動車屋とかホテルとか役所とか公的機関とかさ、そういうところくらいでしか使っていないだろう?

僕は悪魔遣いの調査員だから、こうした道具があると仕事上とても便利なんだ。

昔からの付き合いだと思ってみんな口が軽くなるから、それで使っているのさ。

うん、大丈夫大丈夫大丈夫。

今夜もいっぱい、ね?

みんなで、ね?

うん、これ以上は増えないからさ。

瑠璃子ちゃんも泪や瞳や愛が好きでしょう?

僕を信じてよ。

トラストミーがセオリー。

なんてね。

フロレタールのおいしいケーキを買ってあげるからさ、機嫌を直してよ。

うん、うん、そうだよ、僕は瑠璃子ちゃんを常に大事に思っているから。

ああ、すみませんね、ヒリリさん。

じゃ、小料理屋へ行きましょうか。

ええ、既に予約を入れてあります。

あそこは本当においしいですから。

彼女の腕前は実に素晴らしいです。

痛い、痛い、なんで瑠璃子ちゃん、僕をつねるの!?

ちょっと、泪に瞳に愛まで、なして僕をつねるのさ?

ヒリリさん、そんなに大笑いしないでくださいよう。

 

 

 

きらめく電波に乗って

貴方へ辿り着く

かそけき光を目指して

真っ赤な

真っ赤な

溶鉱炉のあの真っ赤な

輝きの中へと飛び込む

受け止めて

受け止めて

すべてを受け止めて

貴方は私と同じなのだから

逃がさない

逃がさない

貴方を逃がさない

ずっと

ずっと

一緒にいたいから

だから

だから

きっときっと受け止めてね

貴方も受信出来ていると

そう信じているから

 






【キャラクター三人】

以下では『あくいろ!』独自の解釈を施され、重要人物化した登場人物三人について補足します。
あまり語り過ぎると興醒めになるかもしれませんので、簡単に述べます。


《アマーリア・マヨーネ》(ソウルハッカーズに出演。元キャラ名はマヨーネ)
一言でいうと、『ファントムソサエティの頼れる中間管理職』。
ファントムソサエティを現実的組織として考えた際に、誰を中間管理職に据えるかで悩みました。
ファントムは割とフリーダムな人が多い印象なので、落ち着いた雰囲気の彼女に白羽の矢を立てました。
ゲームをされた方々からすると、かなり印象が異なるかと思われます。
『あくいろ!』はメシア教やテルス教(ガイア教の『あくいろ!』版表現)やショッカーなどが乱戦状態ですので、有能な中間管理職が必要に思われました。
ハッカーズ本編で後半ぐだぐだになって見えるのは、きちんとした中間管理職がいなかったからではないかと愚考します。
主人公のお助けキャラ其の壱。


《スリル博士》(デビルサマナー、ソウルハッカーズの二作に出演。元キャラ名はドクタースリル)
一言でいうと、『ファントムソサエティの頼れる博士』。
こちらもゲームをされた方々からすると、かなり印象が異なるかと思われます。
『あくいろ!』では、ファントムの装備品やデモニカスーツの開発などを行っている優秀な博士です。
あまりにも多忙なので、有能な助手を募集中とか。
主人公のお助けキャラ其の弐。


《嘉屋かほる》(真・女神転生Ⅳに出演。元キャラ名はカガ)
一言でいうと、『テルス教の頼れるお姉さん』。
テルス教はファントムソサエティと一部業務提携しており、その橋渡し役が彼女です。
名前は中の人より。
作者が一発で惚れ込んだ登場人物です。
簡単に言うと、戦国武将みたいな人。
指揮よし戦闘よし内政よし外交よし。
主人公のお助けキャラ其の参。



あと、ファントムは設定的に穴だらけなのでぼちぼち補完する予定です。
ショッカーの怪人に該当するファントムサマナーはどう養成しているのか、そもそもその適正をどうやって見極めているのか、もしかして悪魔がアイツ見込みがあるよとインチキ神父や二丁拳銃の人に囁いているのか?
ファントムソサエティは謎だらけです。


あと、話は全然別なのですが、宮内庁に今も秘匿部署として陰陽寮などがあったら面白いだろうなと思うのです。

それと、マッスルドリンコとかチューインソウルとかは一体どなたが作られているんですかね?
スネイプ先生みたいな人が作っていたりして。



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熱血教師諸岡金四郎


誤字報告いただきまして、ありがとうございます。
内容修正しました(二六日)。


 

 

諸岡金四郎。

山梨県八十稲庭(やそいなにわ)市にある八十神(やそかみ)高校の名物教師。

本人はいつも一生懸命なのだが、周囲からはやかまし屋だと思われている模様。

すぐに熱くなり過ぎるところが難点だけど、それは生徒のことを真摯に思っているからだ。

生徒のために真剣になれる男。

それが我が恩師。

高速道路を使って平崎市へやって来た彼と共に、近所の明石商店で酒を酌み交わす。

肴は焼鳥。

塩とタレとの二種が用意され、皮やら軟骨やらつくねやらハツやらがずらりと皿に並んでいる。

これを男二人でわしわしもぐもぐと食べていった。

 

 

「今のインターネットは、性と暴力が渦巻く混沌だ。差別的な表現を平気で行う者はざらにいるし、自らの服を着ていない姿さえ晒す者がいる。それは悲しいことだ。」

 

オレの恩師は呑むと話が長くなる。

 

「先日の暖かい日のことだ。スカートをばさばさと振る女生徒がいたので注意したら、『センセー、ふるーい!』と下穿きが見えそうな程スカートを振りだしたのだ。」

「はあ。」

「化粧が水商売の女性の如く濃い、フレグランスを消臭剤の如く振りかける、ブラウスが透けて色濃い下着が見えるなどザラだ。なんとも嘆かわしい。」

「へえ。」

「もっと倫理的であるべきだ、などと言うと古い古いと否定の連呼だ。」

「学生たちからすると、先生は旧体制の骨董品に見えるのでしょうね。」

「そうだな、確かにそうだろうとも。だがな、倫理観なく枷(かせ)なきまま放埒(ほうらつ)に膨張を続けてみろ、待つのは破裂とそれに伴う破滅だ。実際、テレビジョンに映し出される謝罪会見せし人間の元の元を手繰れば、倫理観なき人間の欲望が見え隠れしていることもままある。生田目(なまため)とかいう男の記者会見を見たか? 一見気の弱そうな男でも、陰でいろいろとやらかしてしまうものだ。学生たちが起こすかも知れない、そうした未来を防ぐために私は日々尽力しているのだ。」

「ええ、先生のお気持ちはよくわかりますよ。」

「問題のひとつは、手段としてのエロスを目的と履き違える人間が増大してきたことだ。性行為が最終目標ではないのだ。大学入学が最終目標ではないように。エロスに溺れた者は、エロスによってすべてを失うのだ。それは歴史が証明しているし、報道も日々為されている。だが、それを自分自身のこととして受け止められる人間は思った以上に少ない。だからこそ、倫理学で歴史を知り、己を知ることが大切なのだ。モラルは人が社会性を持って暮らすために必要なものなのだ。人はエロスのみにて生くるに非ず、なのだよ。最近流行りのネット小説を何作か流し読みしてみたが、破廉恥極まるものがなんと多いことか。それに、婦女子の容貌や胸部を貶める発言のなんと多いことか。それらを当たり前と思ってはいけないのに、日常的に触れることで感覚が麻痺してしまう。それは非常に悲しいことだ。」

も日々為されている。だが、それを自分自身のこととして受け止められる人間は思った以上に少ない。だからこそ、倫理学で歴史を知り、己を知ることが大切なのだ。モラルは人が社会性を持って暮らすために必要なものなのだ。人はエロスのみにて生くるに非ず、なのだよ。最近流行りのネット小説を何作か流し読みしてみたが、破廉恥極まるものがなんと多いことか。それに、婦女子の容貌や胸部を貶める発言のなんと多いことか。それらを当たり前と思ってはいけないのに、日常的に触れることで感覚が麻痺してしまう。それは非常に悲しいことだ。」

「そういうのがウケるのでしょう。」

「創作物だから、相手になにをしても構わない。そういう感覚が現実生活に波及することをおそれているのだよ、規制派は。差別的で残酷な発言や行動が当たり前となってゆき、暴力が日常的になってゆく。それは、あってはならないことだ。だが、現実はイジメが絶えない。間接的人殺しの育成の場ではないのだよ、学校は。そして、間接的殺人者となって罪を償わずに社会へ出た者は、更なる殺人を重ねる可能性が高い。だから、イジメなどというモノがあってはならんのだ。明らかに異常な時間の労働をさせておいて、それをおかしいと思わない人間。いや、彼らは『人間』ではないのだ、既に。人を酷使して死に至らしめるなど、まるで殺人鬼の発想ではないか。それは『悪魔』の発想で、『人間』の発想ではない。納期をまともに考えられず、自らの失敗を認めず、他人を貶め酷使して恥じるところが無い。そんな社会がマトモなモノか。だが、学生たちはそんな話を聞いても、自分には関係無いとか、そんなことがある訳無いと私の話を否定する。経験すら無いのに。」

「自分自身は失敗しないと思っているのかもしれません。」

「ああ、そうかもしれない。だからこそ、常に留意しなくてはならんのだ。『対岸の火事』で終わらせてはならないし、『人の振りみて我が振り直せ』や『他山の石』という格言箴言(しんげん)が何故今も生き延びているかを考える必要がある。考えるからこそ人はホモ・サピエンスであり、広い視点が大切なのだ。自分自身の狭い正義感だけで物事を判断する危険性を知り、弱者へ慈愛を向けることが重要なのだ。幾ら力を得ても、それを身勝手な論理だけで使うならばケモノ以下だ。」

「ところで先生の結婚式の件ですが、元教え子とご成婚なされるとは夢にも思いませんでした。」

「う、うむ、正直なところ、私も驚いているのだ。だが、これは事実。『事実は小説よりも奇なり』を地でゆく話だな。」

「よかったじゃないですか。」

「そうだな、だが、私はただでさえ古い男だ。しかも、真の童貞。魔法使い。私は彼女を喜ばせることが出来るだろうか?」

「マリッジブルーですか?」

「そうかもしれんな。」

「大丈夫ですよ、先生に惚れるくらいの器量人なんですから、どーんと任せたらいいんですよ、どーんと。」

「ドーン、と言われたら、嗚呼! とか言いながらおかしくなるのは厭だぞ。」

「ホーッホッホッホ。」

「お前はまさか、黒いサラリーマン?」

「出動せよ、科学忍者隊!」

「あまりマニアックなことを言うと、誰もついてこれんぞ。」

「そうなりますね。式場はあちらで? それとも甲府市? 或いは横浜市で?」

「ひっそりとやろうかなと思うのだよ。結婚式場は大正時代の産物だからね。」

「よし、では、広島県の宮島と岡山県の後楽園と島根県の出雲大社で挙式しましょうか? とどめは香川県の金比羅さんで。」

「ははは、新婚旅行は熱海かね?」

「いっそのこと、ハワイにしましょう!」

「「アハハハハ!」」

 

 

 

「奈良駅到着! 今回は久々に喰いまくりましたね、センパイ。」

「そうね、今回のコレが私にとっての『食べ納め』になるから。」

「しっかし、センパイがニンゲンごときとケッコンするとは思いませんでしたよ。しかもソイツ、筋張っていてなんだか不味そうですし。」

「あら、あの人は意外といいところがいっぱいあるのよ。」

「ハイハイ、おのろけは先程までにたっくさんいただきました。既にお腹イッパイです。」

「貴女、食べ過ぎね。」

「ダイジョーブですよ、ニンゲンなんてその辺にうじゃうじゃいるんですから。少し腹ごなしに歩きましょう。」

「ちょっと食べ過ぎたかしら。」

「ダイジョーブですって。キンキラの屋敷をチョーっとダメにしただけじゃないですか。ニンゲンはおバカだから、わかりませんて。」

「貴女は楽観的ね。」

「センパイがニンゲンに影響を受けすぎなんですよ。薬屋アヌーンみたいにやっちゃえばよかったのに。」

「ああいうやり方はちょっと。」

「この奈良でほとぼりを冷ましてから帰ります? 適当に古民家カフェとかお寺をぶらぶらして。」

「そうね。今の神戸大阪はぴりぴりしていて厳戒体勢だし、一週間くらいのんびりしましょうか。」

「九州中国地方からの『西日本ムシャムシャツアー』も無事終了ということで、後は結婚式ですか。気に入らなくなったら、ソイツをマルカジリすればいいんです。」

「誰を呼ぶかが悩みどころね。」

「でも、よかったですね、センパイ。」

「ええ、とてもいい人に巡り逢えてよかったわ。」

「センパイもとうとう処女じゃなくなりますし。」

「ふん、貞潔に過ごしてきただけよ。」

「うふふ。」

「今夜は呑むわよ。覚悟しなさいね。」

「真っ向から受けて立ちますよ。」

 

「あの店なんてどうですか?」

「焼鳥、ね。さてはて、塩にするか、タレにするか。」

「両方とも食べちゃえばいいんじゃないですか?」

「それもそうね。」

「このトール・ハンマーって店、米は県内の阿澄村産のあすみ米を使っていて、その米を使った特別純米酒の耶麻ノ誉(やまのほまれ)もあるとは、なかなかヤるじゃない。へえ、阿澄村にあるカフェ・アトリの古墳フィナンシェもあるんだ。ここ、決定ですね。」

「古墳フィナンシェ?」

「奈良県の山あいの村に住む、酔狂極まりないフランス人パティシエが作り出す魅惑の焼菓子ですよ。明日は是非とも阿澄村へ行きましょ、センパイ!」

「え、ええ。」

「よーし、食べるぞう!」

「あんなにオトコを喰ったのに。」

「あんなの、前菜ですよ、前菜。」

 

 

夜は更けてゆく。

人も人ならざる者も、どちらにも等しく時間が過ぎてゆく。

 

 

 

 



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黒瓜くん

 

 

 

東急東横線に揺られながらの通学。

僕には、チートもハーレムも無い。

それが、それこそが現実的生活だ。

ネット小説で異世界転生転移して無双する展開は、絶え間なき同調圧力や暴力的言辞にくたびれた人々の、閉塞感溢れるこの社会からの脱出を深層心理的に渇望している証左なのではないだろうか?

そういった作品や愛読者ばかり批判し、それらの事象の要因や背景を考えないなんて不公平な考え方ではなかろうか?

僕の名は黒瓜勉(くろうりつとむ)。

趣味で悪魔を研究している者だ。

悪魔君とも呼ばれている紳士だ。

血色の悪さと暗めの眼鏡系男子ということに定評がある。

現実は非情で、人生ってもんは学生時代にある程度決まってしまうような気がする。

故に、僕の後ろにきれいな女の人が密着しているなんてタチの悪い幻想に過ぎない。

そんなことある訳無い。

これは余の妄想なのだ。

毎日続けられる妄念だ。

何回も行われる邪念だ。

まるで実体がある如く。

柔らかな弾力が僕の背中でうねる。

思わず、体に電気が走る走る俺達。

うひょーっ! と叫びたいほどだ。

いや、これは単なる僕の妄想欲望。

そうあって欲しいと思う気持ちの表出。

気のせいだ。

気のせいだ。

全部僕の妄想なのだ。

首筋を噛まれた気がする。

耳たぶも噛まれたようだ。

なんて現実味のある妄想。

はあはあと聞こえる気もするが、そんなの僕の自己都合的な欲望に過ぎない。

甘い吐息が耳をくすくるなんて、本当にお姉さんが抱きついているみたいだ。

なんだか気持ちよくなってきてふわふわして、まるでエナジーを吸い取られている気もしたが、それもまた僕の妄想なのだろうな。

今日は一段と激しい。

脳幹が痺れるくらい。

これが本当のことだったらいいのに。

うっ…………ふう。

達成感と到達感と脱力感がまぜこぜ。

多大な虚脱感とアドレナリンの放出。

掻き混ぜられる魂の揺めきに酔った。

心地よい疲労のままに汽車は走った。

 

次は日吉駅か。

妄想を乗り越えて、現実へ向かう時が来た。

背後の彼女は一瞬僕をぎゅっと抱きしめ、そっと離れたように思える。

なんて素晴らしい妄想なのだろう。

これからもずっと続くと嬉しいな。

 

駅舎の改札口を抜けると、まるでエルフのような美人が見える。

そこは豊穣の森を切り取ったような風景。

隣にはパッとしないおっさん。

彼女の下男なのかもしれない。

今朝も彼女を見ることが出来たので、縁起がいい。

 

あまりに空腹感が酷いので、駅舎にある『カフェ・メルキア』にて簡単な朝食を摂ることにした。

普段はこんなことなんて無いのに。

店内はアメリカのドラマに出てきそうな内装になっていて、水色の制服を着たミニスカウエイトレスが名物だ。

アメリカンチェリーパイが旨いらしいが、まだ食べたことはない。

ここはちょっと変わった店で、座ると珈琲に出来立てドーナッツ二個が自動的にやって来る。

朝はこの献立のみ。

そういう店らしい。

金はその場でウエイトレスに支払う。

ここの珈琲の味は苦いのだが、お代わり出来るのがいい。

四〇〇円也。

 

聖エルミン高校に着く。

無人の教室に鞄を置いて、学内食堂そばの自動販売機へと向かった。

甘ったるいマックスコーヒーを飲む、目付きの悪い学生が右手をひょいと上げる。

僕もそれに応じ、右手を上げた。

彼とは時折会う関係だ。

名前も性格も知らない。

そういうぬるさがいい。

瓶飲料の自販機前に立ち、ミルクコーヒーにしようかミルクセーキにしようかそれとも幻の金の林檎にしようかなどと悩む。

今朝はミルクセーキって感じか。

八〇円を硬貨投入口に入れ、ボタンをぐいっと押した。

使い古された感じの硝子瓶に入った飲料水が出てくる。

自動販売機附属の栓抜きで王冠をがこっと外し、ゴクリゴクリッと一気に飲んでいった。

粉末を水に溶かしたような飲み物的要素はあるが、このわざとらしい感じは嫌いで無い。

以前、反谷(はんや)教頭が懐かしそうに飲んでいたのを見たけど、かなり昔からあるんだろうか?

 

目付きの悪い学生は、いつの間にかいなくなっている。

そういうのがいい。

面倒がないからな。

空になった硝子瓶を瓶置き場に突っ込み、てくてく歩いて教室に戻った。

途中、長谷山沙織さんを見掛ける。

彼女はとっても大人っぽい美人だ。

うちの学校にも馴れてきた頃かな?

一年生の女子たちに囲まれていた。

『ロサ・キネンシス』とか『お姉様』とかと呼ばれているらしい。

嗚呼、マリア様! ってとこかな。

何人もの男を手玉に取っているとか中年男と付き合っているとか前の学校で放送室を占拠したとかあれこれ噂を聞くけど、反谷教頭が気さくに話しかけている関係からか、表立って批判したり陰口を叩く奴はいない。

教頭はあれで意外と熱血漢だし、特に問題を起こさなければ大丈夫だと思う。

なにかあった時に、僕は彼女の手助けになれるだろうか?

……いや、そんな考えはおこがましいな。

魂の叫びのままに動こう。

 

教室はまだ生徒がまばらで、閑散としている。

ぼんやり、今期の奈良アニメーションの新作に思いを馳せた。

『荷物持ちのおっさんは勇者たちに見捨てられ、辺境の村にてスローライフを開始しました』って、題名なげーよ。

通称、『にもすろ』だっけ?

奈良アニは『はこみん!』、『瀬戸の柑娘』、『白い匣(はこ)』、『異世界オカン系定食屋』といった人気作を次々に作り出している。

冴えないおっさんを輝かせる手法に長けていて、おっさんスキーな女子からの評価も高い。

一点突破型の高密度砲撃により、特定の視聴者のハートをズッキュンバッキュンするのだ。

そういや、『宇宙英雄譚TNT』で登場人物の絵柄がどうのとか騒ぎになって、旧来の愛好家たちが激おこらしい。

あれは無いよなあ、と思わないでもない部分があるけれども、時代の潮流が変革を促すのは致し方無いことだろう。

変わらないままではいられないのか?

変わらないことを是としてはいけないのか?

変わらないことは悪なのか?

僕にはわからんな。

 

 

江野本先生の怪しい授業が終わり、ようやく昼休み。

今日は弁当が無い。

弁当代は懐に有る。

学内食堂へ行こう。

一人ぼっちの僕には、一緒に行く友などいないがな。

うはは。

お腹がペコちゃんだ。

ペコペコリンちゃん。

なんとかせねばなるまいて。

 

学内食堂は賑わいを見せている。

今日は焼鳥丼定食か。

よし、それで決まり。

丼飯の上には辛めのそぼろと煎り玉子が載せられ、更にその上に鶏の照り焼き。

更に更に小さな肉団子が一個付いている。

グッド・シャーロットだ、ウォルマート。

やったね、父ちゃん。明日はホームラン!

それに自家製らしき漬け物と豚汁が付く。

あと、牛乳とミルメークが付く。

これで五〇〇円とは素晴らしい。

わしわしむしゃむしゃと食べた。

旨し!

だが、足りぬ!

なんでやねん!

ついでに素うどん一五〇円も追加で食す。

今日は何故か妙にお腹が減っているんだ。

おつゆまでしっかりきっちり飲み干した。

飲み放題のどくだみ茶を薬缶から注いで、ぷはあとやる。

余は満足……少し足らんな。

 

購買の前を通りかかると、パンがまだ売られている。

いつもはとっくに売り切れているのに。

好機到来!

見敵必殺!

ペヤングパンと潰し餡パンを購入する。

二点で二七〇円。

お試しくださいと、お姉さんから八十善哉(やそぜんざい)という缶飲料を貰った。

販路拡大のためのお試し期間だという。

ラッキー!

 

……うん、餡と餡とがかぶってしまった。

善哉って、お汁粉のことなのか。

まあ、旨いんだけど。

自然の風味が心を突き抜けてゆくんだけど。

 

 

放課後にティータイムを行う筈もなく、とぼとぼひっそりと帰宅部的下校に移行する。

僕も来年は受験生。

大学に進学して一人ぼっちを堪能し、社会人になったとて一人ぼっちを満喫するのか。

モラトリアムめいた真綿で首を締められるような人生。

行く先はある程度見えている。

まあ、悪くはないとも言える。

駅舎に到着した僕がぼんやりこしかたゆくすえを考えていると、目の前にスーツ姿のきれいなお姉さんが現れた。

エンカウント!

な、なんやろか?

もしかして、美人局(つつもたせ)やろか?

心臓がドキドキバクバクする。

髪は長くてサラサラの感じだ。

きらきら光る瞳に大きなおっぱい。

でけえ!

 

「キミ、いつもあたしに生体マグネタイトをくれる子だよね。」

「へ?」

 

なにを言っているのかな、この人は。

 

「キミのエナジーって、なんだか癖になる味なんだよ。」

「は、はあ。」

 

彼女は僕の切望が生み出した、妄想の具現化した姿なのだろうか?

 

「あたしと契約しようよ。」

「契約?」

 

わかった!

壷とか判子とか英会話用テキストとかを、とんでもなく高い金で買わせるんだ!

僕は詳しいんだ。

……でも違和感はある。

 

「あの、僕は学生ですから大金なんて持っていません。」

「アハハ、あたしが養ってあげるから問題ナッシング。」

 

もしかして、ちょっとあぶない人?

逃げようとした僕の肩を掴んで素早く抱きつき、耳元で彼女は囁いた。

 

「ゼーッタイ、キミを逃がさないからね。イイコト、いっぱいシてあげるからさ。今後ともヨロシクね。ウフフ。」

 

そして、妖しく笑うお姉さんは僕の一部をぎゅっと握り締めた。

おうふ。

 

「センパイはケッコンしちゃうって言うし、なんだかツマンナクなっちゃったからさ。キミと一緒にいるのもイイカナってね。ふふふ。」

 

通りすがりの同じ学校の生徒たちが目を真ん丸くしていたので、明日は噂されまくることだろう。

僕がリア充になれないことは確定している筈なのだけど。

一緒に帰って、友達に噂されると恥ずかしいし……あれ、僕に友達はいたっけ?

思わず目から汗が吹き出そうになるのをこらえた。

いつの間にか札を握っているのに気付く。

絵柄を見ると、駿河問いされた男の絵だ。

なんぞこれ?

 

「あっ、焼きまんじゅうをアソコで売ってるよ! ねっ、食べよ!」

「えっ、あの、あーれー。」

 

『上州名物焼きまんじゅう』との暖簾(のれん)を掲げた屋台が百貨店前にある。

 

「おじさん、今焼いているのをゼンブちょうだい。」

「おっ、お姉さん、気っぷがいいねえ。もう少し待ちな。こいつぁ、サービスだ。」

「ありがと。嬉しいわ。」

「おう、兄ちゃん、血色が悪いな。もっと食わねえと、彼女さんにハッスル出来ねえぜ。」

「やだもう、おじさんたら。」

「いけねえいけねえ、ついつい軽口がでちまう。ほら食いねえ食いねえ。」

 

なにかの催しとでも思われたのだろうか?

お姉さんと屋台のおじさんとの軽妙な掛け合いは次々客を呼び、群馬県民の愛する郷土料理はばんばん売れてゆくのだった。

餡なしのまんじゅうを串に四個刺し、それに甘味の濃厚な味噌ダレをかけたもの。

それが焼きまんじゅう。

餡入りのものもあるらしい。

ここのは一本一五〇円とお手頃価格だ。

では早速、パクリンコとな。

おおっ!

なっからうんめえ!

もちもちしていて、タレとまんじゅうの調和が素晴らしい!

はぐはぐと食べる。

それを見て次々に買って食べる人たち。

ここはいつの間にか群馬になっていた。

群馬はおいしいな。

お姉さんからアーン攻撃を仕掛けられ、僕は困惑しながらもぱくぱく食べた。

何人か聖エルミンの学生に、僕らの姿を見られた気がする。

……まっ、いっか。

……いやいやいかんぞなもし。

 

この状況を悪化させまいと駅直結型百貨店内の喫茶室に立ち寄ったが、彼女はパンケーキを頼んだ挙げ句、更なるアーン攻撃を仕掛けてきた。

止めて!

僕の生命点はもう零よ!

嗚呼、明日からどうなるんだ!

こんなの、予定になかったぞ!

古事記にも記されていないのに!

オーマイブッダ!

結局、おいしく食べたのだった。

 

彼女は焼きまんじゅうプリンとか焼きまんじゅうゼリーとか焼きまんじゅう風ドロップスとか焼きまんじゅうジェラートとか焼きまんじゅうドーナツとか焼きまんじゅうパンや焼きまんじゅう味コーンスナックや焼きまんじゅう味せんべいや焼きまんじゅう風マフィンや焼まんじゅうらすくなどを、百貨店の特設売場で買っていた。

旨いのかな?

 

何故か脳裏に幻視するは、鼻の長いおっさんがニヤリと笑った姿。

夢見んぞ。

妙な声が聞こえてくる。

 

「我は汝……汝は我…………。」

 

 

 



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治癒回復系飲料水




「ところで博士、このエモニカスーツって開発費用は幾らくらい掛かっているんですか?」
「えーと、概算で五億……やったかな?」
「はあ? 高っ!」
「そのB級特撮っぽいヘルメットがおおよそ三億、服とか機能とかデジタル機器とかあれこれで大体二億。しかも、現在進行形で金がどんどん吹き飛んどる。」
「ひええ。」
「米軍が光学迷彩付けろゆうとるけど、そないなん付けたら……まあ、けっこうな額になるやろなあ。キャプテン・フューチャー好きなんか、それとも攻殻機動隊が好きなんか。京レがどうのゆうとったから、後者やろなあ。外付けのポンチョにしよか思うたら、それじゃアカン言われたし、ホンマ、ワヤや。」
「まさに金食い虫ですね。」
「一応、米軍装備には反映しとんやで。素材とか、電子機器類とか。そうでなかったら、とっくに研究開発が中止になっとるわ。」
「それもそうですね。ところで、この『VⅢ』ってなんですか?」
「ん? ああ、それはヴァージョンⅢって意味や。今度、携帯型打上式探査ドローンのホッパーを装備予定しとる。」
「へえ、どんどん進化するんですね。」
「まあ、まだまだ開発研究の余地が多いなあ。そのホッパーの制御も出来る高機能OSを今開発しとるから、今度試してみよか。」
「はい、喜んで。」




 

 

 

まるで雲を敷き詰めたような光の溢れる空間。

そこで翼あるモノたちの集会が行われていた。

一見清廉に見せかけているモノたちの集まり。

無数の輝くモノたちが雁首揃えての、報告会。

最下級の階位しか持たぬ、目隠しと最低限の革紐しか身にまとっていないモノの報告を上位と思えるモノたちは内心身震いしながら聞いていた。

 

報告者曰く。

女性の姿をした者で彼の者に好意を向けない者はいないだろう。

彼の者と一旦交わってしまったら、逃げ出すことは無理だろう。

彼の者に請い願われたら、おそらくは永遠の忠誠を誓うだろう。

 

うっとりした表情で、彼の者を賛嘆称賛する報告者。

苦々しく見つめる参加者たち。

険しい表情で見つめる者たち。

剣呑な視線すらも、微笑みつつ見つめ返すは報告者。

『あの方』以外を褒め称えるとは何事かと詰問すべきとも思われたが、それを口にしたらなにが起きるか誰にも予想が付かなかった。

負けはしないだろうが、さりとて無傷ではいられない。

彼女は既に、周囲の天使群では抑えきれない程の力を有している。

どうやら、『天使殺し』の力さえ備えているようにも思えた。

あの胡散臭いペ天使ならばなんとかするかも知れないし、メタトロン辺りが本気を出せば直に制圧可能だろう。

だが、この場を惨劇の舞台に変える訳にはいかない。

マーラが暗躍し、他の魔王たちもなにやら画策している状況。

そんな現状で、おびただしい被害を出す訳にはいかなかった。

今は戦力を増強し、充実させる時期故に。

メシア教にも根本的な梃子入れが必要だ。

菩薩のような笑みを浮かべながら、いつの間にか強力になりつつある彼女に脅威すら感じ始める参加者たち。

単なる婢(はしため)のような、使い走りくらいの価値しかなかった報告者。

使い捨てにされるか、合体材料にされるだろうと見越していた雑用系下っ端。

現在は、別物になっている。

 

一礼して去ってゆく報告者。

弛緩する空気。

それは本来、あってはならないものだ。

最下級の存在に上位のモノが脅かされるなど、そんなことがあってはならない。

だが、見栄や虚飾にこだわっていたら、大義が叶わぬ。

雌伏の時を耐えるのも大切だ。

報告者に対しては様子見派と滅殺派とに意見が別れ、取り敢えずは様子見にしようということになった。

 

 

 

末端とは言え、戦闘員の命を粗末にする組織が完全な勝利者になることは難しいだろう。

一時的に勝てるかもしれないが、その優勢的な立ち位置を維持するのは困難と思われる。

末端構成員たちの錬度と士気の高さが、組織の強さに直結するのだから。

罰ばかり戦闘員に与える組織に栄光は訪れない。

困難に遭っても意思の強さを示せる戦闘員たちこそが、組織の強み。

人は城、人は石垣、人は堀。

情けは味方、仇は敵なり。

故に、戦闘員たちが疲弊し傷付いた時にはその傍に彼らを癒し回復させる存在が必要だ。

水薬であれ、衛生兵であれ、坊主であれ、なんであれ。

 

 

 

「回復呪文とか治癒呪文とかって、一体なんやろなあ?」

 

真剣な面持ちでスリル博士が言った。

ここは神奈川県平崎市郊外にある北山大学の、スリル博士研究室。

 

「確かに謎めいた部分はありますね。」

「どうやって傷口を塞いだり失われた体力を回復させるかが問題や。」

「あれじゃないですか、生命力を活性化するとか、プラーナとかチャクラを回すとかなんとか。」

「それを理論的に説明出来んから、別方面から考察するしかないんや。」

「わかった、細胞の回復力を活性化させて傷を治すんですよ。」

「異常増殖するのはガン細胞や。そんなモンを回復呪文や治癒呪文を掛けられる度に増やしとってみい。間違いなく早死にするで。そんなやり方だと仮定したら、老化も早いんちゃうか?」

「うーん、では、時間の限定的な巻き戻しとか?」

「時間魔法の可能性はあるけど、あれはタイムパラドックスの矛盾が発生しやすいし、そないに高度な理論は科学的に現実化されとらんなあ。回復呪文や治癒呪文を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も掛けられた者は寿命を極端に縮めることになってもうて、結果早死にするんちゃうか?」

「うーん。」

「サトミタカシで売っとるマッスルドリンコは、たまに痺れとかの副作用が発生するしな。」

「あれって、成分的にはどうなんですか?」

「その辺なーんも書いとらんから、あんまし飲まん方がええかもしれんなあ。」

「他のサマナーの方々は普通に飲んでいるみたいですがね。」

「気にし過ぎかもしれんけどな、四〇手前でぱったり倒れるのもアレかと思うわ。」

「今回試飲する品はどんなものなんですか?」

「よう聞いてくれた。これや。」

 

博士が机の上に何本もの硝子瓶を並べる。

 

「生体マグネタイトとナノマシンを溶かした飲料水や。万能細胞めいたナニカが体を治癒するゆう寸法やね。損傷した部位を復元し、本来の回復力を補佐する働きかけで体への負担を減らすようにしてみた。これでたぶん寿命もそないに減らんやろ。おそらくな。右から広島産蜜柑使用の果汁水味、青森産林檎使用の果汁水味、国産蜂蜜檸檬果汁水味、十勝小豆使用のお汁粉味、かぼちゃポタージュ味、●ータレード味、沖縄名物ルートビア味、大阪名物ミックスジュース味、もひとつ大阪名物冷やし飴味。どれがよかったか、後で教えてな。」

「どれくらい効くんですか?」

「それをこれからキミの体で試すんや。」

「うわあ。」

「大丈夫。成分的に問題はないさかい。」

「ほんまですか?」

「大丈夫、大丈夫。」

 

 

 

帰り道。

フィアット・ムルティプラの調子が今一つだったので道端に止め、降車して内燃機関室の蓋を開ける。

指南書を読みながら、それぞれの部品を確認していった。

室内からは煙も出ていないし、焼き切れている様子も無い。

はてさて、素人のおいにはなにがなんやらちょっとも知りもさん。

 

「あの、可愛い車ですね。」

 

顔を上げると、多分中学生だろうか。

オレは六人の女学生に囲まれていた。

皆、けっこう可愛い。

体にぴったりしていて、水着みたいに露出の多い衣装にどぎまぎする。

おじさん、こまっちゃいます。

なんだか、若さほとばしるエロチックささえ感じる。

今時の陸上部は、こんな感じなのか。

誰だ、こんなにエロい服装を推進したのは?

オレが世の流れに疎いだけか?

この子たちはなんとも思っていないようにさえ見える。

これが若さか。

妙に人懐っこい少女たちに戸惑いながら、相手をする。

何故この子たちはオレにぎゅっと密着するのだろうか?

止めなさい、おじさんはそういうのに免疫が無いんだ。

何故この子たちはオレのことを知りたがるのだろうか?

……まさか、御立派様の権能の効果が拡大している?

い、いやいやまさか、そんな筈は……ないよな?

彼女たちはぶんぶん手を振りつつ、走り去っていった。

振り向くと、アリスさんが至近距離にいる。

おうふ。

 

「やや子を作るには、あの子たちは少し幼い感じね。」

「あら、あの体つきならもう充分子を産めますわよ。」

 

エンジェルが慈愛たっぷりな感じで微笑みながら言う。

あのな……。

 

「なに言ってんですか、貴女たち。そんなことをしたら、オレは即時に社会的抹殺を喰らいます。それに、中学生の女の子に興奮する男なんて少ないでしょう。」

「大丈夫、サマナーならどんな状況でも切り抜けられるよ。先鋒は任しとけ。」

「ハコクルマさんからの信頼が斜め上の方向で、嬉しいけどなんか違う。」

「大丈夫だよー、サマナー。」

「ほう、聞きましょうか、ピクシーさん。」

「御立派様にお願いして、日本国政府に特例法を施行してもらうようにしたら何人でも奥さんを持てるよー。中学生でも大丈夫にしてもらおう。これでサマナーもハレムを合法的に作れるね!」

「悪魔たちに、人間社会の常識は通用しなかった。」

「じゃあ、子供が出来たら月々のお手当てと認知をすればいいんじゃないかなー。未成年者の場合は土下座しまくって、ご両親や親族一同に罵倒されまくって、孫を見せたら少し対応がやわらかくなってさ。」

「話が妙に生々しくなってくるから、そういうのはやめてください。お願いします。」

 

 

結局、カロッツェリア丸瀬に連絡して診てもらうことになった。

おやっさんの乗るイタリアンレッドのスポーツカーが、颯爽とやって来る。

電装系に少々問題があったらしい。

彼はカチャカチャといじって、あっという間に直してしまった。

マンマ・ミーア!

おやっさんの腕前に感嘆する。

 

「これで当面は大丈夫の筈だ。まあ、近いうちに店に来な。一度ばらしてみたいしよ。」

「わかりました。」

 

 

全員が寿司を食べたいと言い出したので、寿司兼正へ行くことにする。

兵吉さんの店だ。

気っぷのいい梅さんと二人でやっている店で、何故か『心技鯛』と書かれた額が飾られている。

『エキストラクター』という、最近売り出し中の楽団を率いる栄吉君の実家でもある料理店だ。

 

車は走る。

さて、なんのネタを食べようかな。

青魚から始めて、アラの煮付けを頼んで、玉子焼きを頼んで、それから……。

 

 






マニトゥ平崎にて。

「マヨーネさん、机の上にある五つの硝子瓶ですが、その中には一体なにが入っているんですか?」
「火薬です。」
「はい?」
「左から、イタリア軍、ドイツ軍、フランス軍、英国軍、ロシア軍が試験的に作った新型火薬ですわ。現在、その調合比率や薬品を分析している最中ですの。」
「え、ええっ?」
「なーんてね。」
「はひっ?」
「単なる調味料ですわ。単なる。香辛料の配合比率を調べているのは事実ですが。」
「研究熱心なんですね。」
「ええ、とても。」



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キルケネスの森

 

 

僕は誰かにこの話をした覚えがない。

いや、より正確に言うなれば、その話をする機会に恵まれなかったと言った方が正しいかもしれない。

 

 

 

僕はある日、平崎市内を歩いていたらすこぶる美人に誘われた。

やれやれ。

僕は魅惑的な女性とまた関係を持ってしまうのか。

……ちごうた。

悪魔召喚師にならないかとの誘いだった。

ファントムソサエティという組織らしい。

オーケー、いいだろう、得体の知れないところもあるが、僕はその仕事に就くことにした。

ぶっちゃけ、金が必要だったからだ。

今の日本は不景気でじわりじわりと貧困層が増加傾向にあるし、労多くして益少なしなんて仕事がざらだからな。

そんなのは、真っ平御免こうむるな。

僕の至高にして究極の妻がテレビ画面で殆ど活躍出来なくなった驚愕を、なるたけ早く忘れ去りたいという思惑が茨のように僕に絡んでいたからでもある。

僕の妻は皆に微笑みを向ける。

彼女はまさに僕の女神転生だ。

今現在、テレビジョンで賑やかに報道されている不倫だの三股だの四股だのといったいささかの醜聞と彼女とは無関係だ。

流出動画や画像なんて、あんなものは嘘っぱちに過ぎない。

僕の至高にして究極の妻が、そんなことをする筈など無い。

絶対に無い。

あれらの報道はすべて出鱈目だ。

彼女が枕営業するなんてことをする訳ないだろう!

あれはまやかし物だっ!

嘘だっ!

……熱くなり過ぎた。

僕は、クールダウンしなくてはならない。

凍える程に冷えたドクターペッパーを飲んで、気持ちを落ち着かせる。

彼女を愛して、信じ抜こう。

それが僕に出来るすべてだ。

だから、僕は彼女と別れているとも言えるし別れていないとも言える。

今は、この酷くつらい悲しみを敵対的組織へと思いっきりぶつけよう。

 

 

ショッカーが強力無比な怪人を作ることについて、僕はなんら興味を持っていないし、なにかを言う権利も有していない。

勝手に戦闘員を増やせばいいし、女の子の戦闘員を増やすことだって自由にすればいい。

自由を求めて逃亡した改造人間を追いかけてもいいし、私的制裁を与えることだって勝手にすればいい。

可愛くて僕の恋人になってくれる女の子の戦闘員をくれるなら、それは悪くない選択だ。

美人でなくても魅力的な顔立ちならば、それでもいい。

出来たものを横からかっさらう。

これが、一番効率的なやり方だ。

後々を考えないならこれがいい。

 

 

悪魔とはなんだろう?

よくわからないな。

手元には召喚器がある。

これは使ってもいいし、使わなくてもいい。

だが、これを使った時、あくまでも僕の考えだが、人間存在を単純化し悪魔の存在を明確化する働きをなにかしら得られるために必要な寓話性の顕在化を示せるのだと考えられる。

僕にとっては、女の子たちと寝るのも悪魔たちと寝るのも大したことではないと考えられる。

 

 

そんなこんな、ドタバタしたある日。

昼前になり、僕は酷く腹を空かせていることに気づいた。

ペンネを茹でよう。

料理というものは、実は一九世紀からさほど進化していない。

少なくとも、旨い料理に関してはだが。

そうでないものも散見されてはいるが。

素材となる原料は、大いに変わっているのかもしれないがね。

或いは、そうではないのかもしれない。

少し辛めのアラビアータを作り、肉じゃがときんぴらごぼうと佃煮を添え、僕はわしわしとそれらを食べた。

 

 

あの悪魔は僕を食べたいようにも思える。

出会いは夜のハイウェイジャンクション。

若い娘のようにも見えたし、そうでないのかもしれない。

しかし、僕は食べられてもかまわないと考えてさえいる。

僕を食べたいのかい? と聞いたら真っ赤な顔をされた。

それからは、彼女はいつも僕の傍にいる。

昼も夜も頼りになる相棒だ。

 

 

悪魔が現れた。

これはあくまでも僕の考えだが、それは天使のようにも見えたし、堕天使のようにも見えた。

オーケー、認めよう、奴は堕天使だ。

不確定名が確定名に変わった瞬間に、それは顕在化したように思われなくもなかった。

或いはそうかもしれない。

僕はレンブラントのような暗く赤い炎で、奴を焼き尽くした。

羽が幾つも宙空を舞い、無惨に溶け落ちるか焼けてしまった。

落ちた羽を拾うと、それは思った以上に軽くもろく、しゅわしゅわと真夏のかき氷のように溶けて消えた。

 

僕は酷く虚しい気持ちになった。

星陵菱井でハムとレタスとチーズと角食を買い、アパルトメントに戻った。

角食をスイッツァランド製のビクトリノックスのパン用包丁で薄く薄く斬り刻み、其処にカラシバターをたっぷり塗る。

そしてパンに具材を挟んでサンドウィッチをしこたま作り、二〇年もののアイリッシュウヰスキーと低温殺菌処理された牛乳でそれらを流し込んだ。

 

例え悪魔が何者だろうと、好むと好まざるとにかかわらず、僕は彼らと付き合わなくてはならない。

独自性溢れる確固たる価値観を持つことが許されにくい日本社会で、苛烈な同調圧力に常にさらされ続けるのと同様に。

緩やかに崩壊しやがて暴動に至るかもしれないセカイと、日々付き合わざるを得ないように。

 

そして僕は、名も知らない女の子の戦闘員と寝た。

彼女は、ショッカーとの戦いで得た『戦利品』だ。

人形のようにベッドに身を横たえ、その子は硝子玉のような瞳で僕を見詰めた。

彼女は僕に抱かれながらも、一切声を発しなかった。

まるで人形だ。

彼女は欲情している証拠を、体の各所で示していた。

だが、それだけだ。

それは生理的反応。

体が状況に順応しているだけのことだ。

愛の一切介在しない交歓など、とてつもなく虚しい。

肉欲だけに囚われたセックスの、なにが楽しいのか。

僕は、自分自身がどこにもいないような気持ちにさえなってしまった。

だが、何故か興奮してしまう。

この気持ちは一体なんなのだ?

実に不思議だとさえ言えよう。

風の吹く音を聞きながら、僕は彼女と三度性交した。

やがてなにかが聴こえてくる。

彼女の発する不協和音を聴きながら、ハッスルした。

 

僕は、本当の意味で悪魔たちと心が通い合っているかどうかがわからない。

悪魔について僕は語り尽くすことが出来ないし、或いは世界中の誰にもそんなことは出来ないのかもしれない。

悪魔は突然目の前に現れて、いきなり僕の仲魔になった。

まるで、夏の夕立みたいに。

僕は、未だにその奇妙な事実を上手く飲み込めていない。

 

悪魔はいつも、僕になにかを要求する。

それはまるで、家族や恋人が僕になにかを求めるように。

君は僕の恋人なのか、と悪魔に聞いたことがある。

悪魔は何故かあたふたとして、手をぶんぶん振り回しながらそんな筈無いだろうと大きな声で叫んだ。

それは、夜に僕と一緒にいる時にたまさか発する声の大きさに似ていた。

彼女と僕の夜にはきっと愛がある。

それはとてもとても嬉しいことだ。

 

 

完璧な悪魔というものは存在しない。

完全な神など存在しないのと同様に。

 

 

例えば、僕が両腕に恋人たちを抱えていたとしよう。

或いは、背後と前方からも抱き締められているかもしれないが。

彼女たちの背丈や顔の造形などは、他者からするとなんら興味を示せるものではないだろう。

だが、僕にとっては違う。

僕にとって彼女たちは僕の精神的な一部であり、肉体的な接触を行うことさえある存在だ。

彼女たちは僕が死ぬまでの人生の一部でもある。

つまり、僕にとって女の子の戦闘員たちや仲魔の女の子たちを抱き締めているまたは抱き締められているという構造は、少なくとも僕以外の他者に比べて重要なことだと思わざるを得ないのだ。

では、彼女たち自身にとってはどうか?

彼女たちだって僕以外の他者であることに変わりはないし、明らかにその事実に対してなんらかの感情を有しているように感じられる。

それはあくまでも僕の主観的観点によるものだと指摘されたら、それはそうなのかもしれないけれども。

 

僕は彼女たちを愛しているのか?

よくわからないな。

愛しているとも言いきれないし、愛していないとも言いきれない。

何故だろう?

僕にはそれが何故だか原因がわからないし、思い出せないなにかがあるのかもしれない。

たぶん、僕は彼女たちのことをまだよく理解出来ていないのだと思う。

 

僕はニコラシカを飲み終えると、彼女たちと激しく交わった。

 

翌朝僕は女の子たちから変態とさげすまれたが、それを敢えて肯定も否定もしなかった。

彼女たちだって僕に噛みついたりいろいろしてきたのだが、女の子たちがそうしたことを反省することはない。

それが女の子と僕との感覚に起因することは明白だったから、僕は沈黙を選んだ。

ただ、それだけのことだ。

 

バリアー。

それはひとつの呼び方であるが、確かに僕の中にもそうした存在が観念的に存在することを感じる時さえある。

あるモノは去っていったし、あるモノは砕け散って塵と化し、そしてまた別のあるモノは死んだ。

生き残った奴なんて、誰もいやしない。

僕は彼らになにかを与えることが出来なかった。

いつもなにかが欠けている。

だが、僕がそれを掴み取ることは出来ない。

僕が僕自身を捕まえられないように、観念上のてふてふはひらりひらりと僕の手を逃れて深い深い僕の底へと軽やかに消えてゆくのだ。

 

僕は北海道の七重町産のななつぼしをしっかり研いで、水にうるかした。

日立製作所製の炊飯器でご飯を炊き、溶いた卵をかけてわしわし食べる。

旨い。

素材のよさが滲み出していた。

函館ビールを硝子の器に注ぎ、んぐんぐと口の中へと運び込む。

じわりじわりと拡がるは麦畑。

アルコールの波が寄せては返す白波の、麦畑に囁く風のように。

釧路から取り寄せた鰈(かれい)を刺し身にしてもらって食べたが、身がしっかりして脂が乗っていてなんとも旨かった。

炙ったアジの干物や胡瓜や大根の漬け物と共に、それらすべてをおいしくいただいた。

 

可愛い女の子の戦闘員たちや悪魔たちは、殺すべきじゃないと思う。

どうしてだかわからないけど、彼女たちを殺してしまったら、僕らは大きな代償を払わなくてはならないんだ。

 

 

 

不意に僕は大きな喪失感に包まれた。

悲しくて悲しくてたまらなくなった。

僕は中古のフォルクスワーゲンのミニバスに乗ってひたすら北へ向かい、青函連絡船に乗って函館へ着いた。

そして誰もいない海沿いの海岸で、一夜を過ごした。

翌朝、ファントムソサエティの美人中間管理職からいささかなりと怒られた。

致し方ない、土産品のひとつはマルセイバターサンドにしようか。

函館市内にある三つの百貨店を回れば、欲しいものは揃うだろう。

やれやれ。

 

 



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宮内庁古式食品研究室



今回は短めです。


 

 

姉様の朝は早い。

割烹着を装備し学食で朝食の準備をしている姿は、勇ましく凛々しく美しい。

撮影係の下僕さんも気合い十分だ。

姉様の隣で作業出来ることは私の誉れ。

快楽。

 

今朝の献立。

コカトリスの骨を出汁に使った、野菜たっぷりの濃厚目覚ましスープ。

学校周辺に生えていた香草とオーク肉の薫製を使った、しゃきしゃきサラダ。

滋養に富んだ蓮根とひじきの煮付け。

武田牛乳の素晴らしき低温殺菌牛乳。

甘くないふんわりフレンチトースト。

地元産林檎をそのまま搾った果汁水。

 

「さあ、這いつくばって食べなさい、下僕ども。」

 

嗚呼、姉様は朝からとても素敵です。

本当に這いつくばってしまう子ばかりなので、彼女たちを起こして食べさせる。

姉様ってほんと、お茶目。

くくく、と邪悪に笑った姉様も素敵。

 

「佳那子は貢献度が高いから、特別にあげるわ。大いに感謝しなさい。」

「このアルフレッド、感謝の極み。」

「よきにはからえ。」

「ははあ。」

 

姉様手製の、プリンと葛餅と信玄餅の武田コーヒーアイス添えをいただく。

山梨県といえば武田牛乳。

姉様も納得の素敵な牛乳。

ところで、ここの製品に描かれている可愛い象さんの名前はなんて言うのかしら?

姉様。

姉様。

嗚呼、このまま時間が止まってしまえばいいのに。

水信玄餅を一緒に食べることが出来たらいいのに。

 

 

 

先日の平崎市四川町(しせんまち)に於けるドンパチで、李さんという料理人を助けた。

彼はそのことを大変恩義に思ってくれたらしく、店に来たらいつでもご馳走してくれると言ってくれた。

四川町は平崎市内のミニ中華街とも言える場所で、地元民に親しまれる名店が多い。

その中の『天龍(てぃえんろん)』が彼の店で、観光客や地元民でいつも立て込んでいる。

最近は朝から李さんがわざわざ我が家を訪れ、台所で朝食作りに励んでくれることも多い。

義理堅いことで御座る。

今朝は中華粥だ。

鶏で出汁を取った卵粥。

薬味が七種類もあった。

甘辛く煮た蓮根。

梅干し。

蒸し鶏。

肉味噌。

炒り豆。

椎茸の煮物。

干し海老。

これらの具材を粥に入れて食べる。

マリーさんや仲魔たちとわしわし食べる。

李さんは悪魔のことを既に先日の事件で知っているため、ピクシーを隠す必要も無い。

ありがたい、ありがたい。

丁寧な仕事が窺える上品な味わいは、様々な人々を魅了して止まない。

中華料理の有名店やホテルの料理長などから、現在進行形でしばしば勧誘されるのも頷ける程の腕前だ。

四川町の誇る名料理人の一人なのだ、彼は。

素晴らしきかな、平崎市。

 

 

 

宮内庁管理部大膳(だいぜん)課古式食品研究室。

室長並びに室員二名の計三名という少数精鋭部署。

その室長やマヨーネさんと共に、マニトゥ平崎一階にあるハイネセンで即席の品評会へと参加する。

先日連続失踪事件のあった山梨県立八重瀬高校の食品研究会が作り出した食材を基に、ここで調理したものを食べて寸評するのだ。

しかし何故、オレが選ばれたのだろう?

……まっ、いっか。

猪や鹿の薫製を使ったジビエ料理に、本葛粉を使った葛餅。

甘葛(あまづら)を使った饅頭。

室長の鷹司(たかつかさ)さんは品のある穏やかな感じのおじさんで、興味深そうに料理を咀嚼している。

全国津々浦々を尋ねては、質のよい食材や腕のよい料理人を求めているとか。

そして眼鏡に叶ったら審査を通し、基準点に達した人物を推挙するとの話だ。

宮内庁の目であり耳であり鼻であるとも言われる、練達の調査員。

その頭目と目される彼は、やさしく微笑みながら古式ゆかしき製法の旨みに舌鼓を打っていた。

 

 

夕食の時間となり、李さんの『天龍』に寄った。

満面の笑顔で出迎えてくれる名料理人。

今夜の献立が達筆で書かれた紙を見る。

山椒蒸し鶏。

塩揚げの落花生。

胡瓜のピリ辛和え物。

玉子のスープ。

酢豚に青椒肉絲に魚の蒸し煮。

焼きそばにご飯。

とどめは杏仁豆腐。

むふぅ。

なんとも旨そうな献立。

仲魔たちも嬉しそうだ。

さあ、食べるぞ。

 

 



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アハメス






 

 

 

現実世界で、自分自身を悪役と考える人間はあまりいないだろう。

だが、他者を苛めることが日常茶飯事的な人間はどこにでもいるし、彼らは自らそれを認めないまま小悪党或いは外道の暗い道をひたすら歩くのだ。

そうした連中は悪の概念を主軸にしていないから、行動指針に悪党としての美学や自覚は無い。

複数で一人をなぶる様は、まるで悪の秘密結社の戦闘員が一般人をなぶっているかの如く見える。

学生時代にそうした愉悦を覚えたろくでなしどもが、社会人になってからそれを手放すだろうか?

いや、無い。

また、何故かそいつらは偏った正義を持ち出すからややこしいことになる。

正義になりたがる者は多いが、そうしたなりたがりが行うのは遠距離攻撃が大半。

相手が反撃出来ないところから狙い撃ちするのがお約束。

正義を騙りし面々による、無慈悲な包囲殲滅戦が基本戦略だ。

与えられた情報の真偽を脳内審議しないままに。

思考停止を恥じぬままに。

マスメディアは美人記者を用意し、政治屋連中のご機嫌取りに四苦八苦する。

ねじれた正義。

もはや、彼らに倫理は無い。

醜い。

あまりにも醜い。

報道の自由が聞いて呆れる。

報道の正義はどこにあるのやら。

セクシャル・ハラスメントは当たり前。

一貫性無き報道関係者たちは当たり前。

汚い癒着が当たり前とされ、非道非情の男ピューリッツァーの名を冠した賞が称えられ、腐敗した仕事に従事する者たちは充実感さえ覚えながら自らを正義と誤認し続ける。

新聞やラジオやテレビや雑誌では真顔で嘘をつく連中が、さも真実であるかのように今日も出鱈目を垂れ流す。

 

正々堂々の真っ向勝負なんてものからは、果てしなく程遠い。

 

現実生活に於ける『正義』はいびつなモノが多い。

故に、我々は『正義の味方』を画面の向こう側に求めるのかもしれない。

けして触れ得ない、その存在に。

会うことの出来ない、勇者たち。

アイドルよりも遠き、偶像たち。

魅力溢れる美しき悪役たちを容赦なく駆逐しゆく、汚れなき正義の戦士たちに。

悪の組織の者たちが流す涙など知ったことかと、徹底的に壊してゆく十字軍に。

 

異教徒は今日も明日も責められる。

 

 

 

 

マヨーネさんを訪ねてマニトゥ平崎へ行くと、イタリアンでオサレな事務所には先客がいた。

銀髪美人と七名の男女が室内にいる。

黒いスーツに黒眼鏡の人たちもいた。

美形集団か。

全員、とても強そうだ。

銀髪美人がオレの方へと首を曲げた。

彼女はオレを見て、にこりと微笑む。

邪気の無い感じ。

初対面としては好感触ってとこかな。

自己紹介する。

 

「お会い出来て光栄ですわ。私は『ルーンマスカー』のアハメスです。貴方のことは以前よりマヨーネから聞かされて、お会いするのを楽しみにしていましたの。」

 

やさしい声音(こわね)。

ちょっと狐っぽい感じの人だな。

七名の男女も紹介してもらった。

 

「彼らは私の腹心で、大変信頼の置ける皇羅(すめら)七将です。右から、キサラ、ツェラー、タロン、狂戦士シルファ、レー・ネフェル、天狼星キルトス、那由羅。どうぞお見知りおきを。」

 

レー・ネフェルさんっていう美人からは散々においを嗅がれ、褐色肌の那由羅ちゃんという可愛い子からはぺたぺた体を触られた。

他の人たちはオレをじっと見つめている。

やだこの人たちこわい。

すいっと近づいてきたアハメスさんが、オレの顎を撫でる。

 

「ふふふ、悪くないですわね。」

「え? あの、ええと?」

「あのサー・カウラーの跳梁跋扈に対抗するには、丁度よいお方です。」

「サー・カウラー?」

「ええ、あやつは現在、中田なにがしと名乗って活動しておりますの。」

「はあ。」

「あの冷酷酷薄な謀略家は、ジャズダンスの教室や料理店で諜報活動しているようです。まあ、今日はあの男のことを忘れましょう。……そうですわ、あなた、『星の穴』でお茶でも一緒に飲みましょう。あなたとならば、素敵な時間が過ごせそうですわ。」

「ええと、こんなむさ苦しいおっさんと貴女のように美しい方とでは釣り合いが取れませんよ。」

「ふふふ、このアハメス、男を見る目に間違いは無いと自負しています。」

 

何時の間にやら、恋人繋ぎで指を絡めてしなだれかかるアハメスさん。

周囲からの殺気がおそろしい。

我が仲魔たちが無言でいるのもおそろしい。

なにか言ってよ、バーニー。

 

そういう訳で、ぞろぞろと出かけることになった。

仲魔たちはみんな面白がっている様子だけど、くっつくアハメスさんやリー・ネフェルさんや那由羅ちゃんを見て他の男性陣がおっとろしい表情でこちらを見ている。

 

平崎公園へ入ったところで、揃いのぴかぴかな強化服っぽい姿の人たち二〇人に取り囲まれた。

五人組の四個集団。

混成部隊って感じ。

顔は仮面で覆われていて、その表情は窺えない。

なんだろう、この人たちは?

代表らしい、赤い人が叫ぶ。

 

「クイーン・アハメス! 平和な地球を脅かすお前たちを許す訳にはいかない!」

 

そして、ビシッとこちらを指差す。

……え?

地球って平和なの?

 

「悪は、我らの手によって倒されなくてはならない! 必ずだ!」

「ねー、ねー、ピンク。あの人、どう?」

「レー・ネフェル! どうして、お前がクイーン・アハメスと一緒にいるのだ?」

「そうね、けっこういい感じかな。」

「那由羅……鉄拳の那由羅か! 若いが、鬼族でも相当使うと聞くぞ! 強化服を砕かれないように注意しろ!」

「そっちのピンクはどう思う?」

「狂戦士シルファか。なんとも厄介な奴までいる。あいつの熱線銃に気をつけろ! 強化服を当たり前のように貫通するかもしれないからな!」

「後でお茶に誘ってみようかと思うんだけど。」

「キサラ、ツェラー、タロン。古参の三人衆揃い踏みだな。相手に取って不足無し! 我が剛力を知らしめてくれようぞ!」

「じゃあ、口上が終わったら声かけするね。」

「天狼星キリトス。二身合体して得たというその力、俺に見せてみろ!」

「よし、いいわね! やるわよ!」

「「「「「「おうっ!」」」」」」

 

戦闘形態に変化してゆく、アハメスさんと愉快な仲間たち。

 

「ふん、こやつら、我らに勝とうなどと一〇〇〇年早いわ。」

「先鋒は、不肖このレー・ネフェルが承ります。」

「先駆けは戦士の誉れ! この狂戦士シルファがその役、もらい受ける!」

「あ、あの、皆さん、喧嘩はよくないですよ。その、喧嘩したら、下手をすると怪我するんですよ。」

「あら、喧嘩したら怪我したり死んだりするのは当たり前じゃない。」

 

ヒーローショー真っ青の喧嘩が始まった。

アリスさんたちが咄嗟に周囲へ結界を張って異界化してくれたので、取り敢えずはほっとした。

ビームっぽいものがばんばん飛び交う。

どっかんどっかん爆発音が響いてゆく。

大興奮しているピクシーが、ぴょんぴょん跳ねながら耳元で話しかけてきた。

 

「これが、マクー空間よ!」

「マクー空間?」

「そうよ。現実空間とちょーっと違う世界で、四輪駆動車を操る装甲服刑事やアニータな助手がばんばんと鉄砲を撃ちまくるの!」

「はあ。」

「もう、サマナーはノリが悪いわねえ。」

「あ、あの!」

「はい?」

 

いつの間にか、隣に桃色桃色した服を着た女の子がいる。

 

「この後、私たちと一緒にお茶でも如何ですか?」

「すみません、これからアハメスさんたちとお茶を飲む予定です。お気持ちはとてもありがたいのですが……。」

「あの雌狐……じゃ、じゃあ、夕食は如何ですか? おいしいイタリア料理店を知っているんですよ。」

「え、ええと……。」

「なにを色気づいているの、この小娘は! 先約はこちらよ! その方の手を離しなさい!」

 

銀髪美人がこちらへ突進してくる。

 

「あの、アハメスさん、あまりご無体なことはしないでください。」

「そ、そうですわね。」

「あの、皆さんも、そろそろ手打ちになされては如何でしょうか?」

「あ!? おっさんは引っ込んでろ!」

「なんてこと言うの、そこのレッド!」

「え?」

「そうよ、童貞の癖に酷いわ、童貞!」

「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわい!」

「は? なに言ってんだ、お前たち?」

「やーめた、あの人が怪我したらやだしね。」

「へ?」

「そうねえ、手打ちにしましょ、手打ちに。」

「お、おい、お前ら!」

 

戦隊っぽい人たちの黄色い人や桃色の人などがこっちへ来た。

レー・ネフェルさんや那由羅さんらもこちらへとやって来る。

呆然とする、双方の男性陣。

まあ、そうなるよなあ。

 

オレを取り囲む女性が増え、その外周の男性たちからの殺気がどんどん激しくなってくる。

全員日常形態に移行し、結界を解いて現実世界へ戻った。

 

『星の穴』には無事辿り着けたが、人数が多すぎて入りきれなかった。

男なんて別の店でいいでしょ、と女性陣があっさり言い放ったものだから赤い男性陣が怒りまくり青い男性陣がまあまあと宥めている。

緑とか黒とかの男性陣は、どっちでもいいや的な雰囲気を醸し出していた。

 

致し方なく、サイテリヤに向かう。

あそこには後輩の中田君がいるし、融通が効くだろう。

団体客として入店し、いつの間にか店長になっていた渋い声の後輩に冷やかされ、トマトのカプレーゼやら鹿肉と猪肉のハンバーグやら鴨肉のローストやら娼婦風スパゲッティやらを周囲の女性陣からアーンされた。

初対面の女性からこんなことをされるなんて、夢にも思わなかった。

逃げ出す隙間さえ無い。

カプチーノを飲みつつ、ティラミスやらイタリアンプディングやらバレンシアオレンジのジェラードやらシチリアレモンのソルベなどを口に突っ込まれる。

 

食べ終わってようやく開放されるかと思いきや、今度はカラオケ大会に移行するのだった。

知らないヒーロー物の歌を熱唱する面々。

それはいつの間にか紅白戦に変わり、オレとピクシーとマリーさんが審査員にさせられる。

アリスさんとハコクルマさんはアハメスさん側に付いた。

これ、戦隊っぽい人たちにとっても不利な判定になるんじゃないかな?

蓋を開けてみると双方かなり歌が上手く、純粋に採点しようと決めた。

 

 

激戦の末に戦隊っぽい人たちが僅差で勝利し、彼らは滅茶苦茶喜び勇んで帰宅の途についた。

アハメスさん側はかなり悔しがっている。

それはなんだか、とても微笑ましい風景。

悲しい闘いは無い方がいい。

そう思った。

さてさて、我々も帰ろうか。

……あれ?

がっしり、掴まえられている?

 

「夜はこれからですよ、あなた。」

 

銀髪美人が、ふふふと笑った。

 

 

 



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菜々子ちゃん

 

 

 

菜々子ちゃんは神奈川県平崎市に住む、七歳の女の子です。

お父さんの名前は遠島遼太郎さん。

悪の人々を懲らしめ正義のために日夜奔走する、恰好いい刑事です。

菜々子ちゃんはそんなお父さんが大好きです。

 

菜々子ちゃんとお父さんがお話出来るのは、大抵朝だけです。

菜々子ちゃんが寝た後に帰ってきて、菜々子ちゃんが起きる前に出かけてしまうこともよくあります。

休みの日、お父さんは大体寝ています。

たまにはどこかに行きたいな、と思うのですが、菜々子ちゃんは我慢しています。

お父さんが頑張っているから、みんなが安心して暮らせると知っているからです。

 

そんないつも日夜奮闘しているお父さんのために、菜々子ちゃんは朝ごはんをしっかり作り、愛情たっぷりのお弁当を持たせます。

朝食の基本は、パンと味噌汁と低温殺菌牛乳とサラダかなにか一品が付きます。

朝食べるパンは、六時から開いている近所のパン屋で購入します。

たまにパンの耳をおまけしてもらえます。

揚げても炒めてもおいしいパンの耳です。

焼きたてのパンのにおいが素晴らしいお店でおまけしてもらい、いそいそと彼女は帰宅します。

その愛らしい姿ときたら!

一生懸命んしょんしょと料理する姿を見れば、どんな悪魔でもズキューンと心を打たれることでしょう。

今日の一品は、昨日矢来銀座の精肉店で購入したコロッケですね。

オーブントースターの金網にキッチンペーパーを敷いて、その上に合挽き肉と馬鈴薯のコロッケを載せます。

後はダイアルを回すだけ。

地元百貨店リュネスの歌をうたいながら、煮干しで出汁を取った鍋に玉ねぎと馬鈴薯を投入します。

その昔、お爺ちゃんがドイツのゾーリンゲンに行った時に買ってきた鍛造包丁の切れ味は今も素晴らしいものです。

日本刀と同じ作り方で拵(こしら)えられた松雪包丁も、なかなかよい切れ味です。

平崎市内の味噌屋で買ったこだわり味噌を溶いた頃、お父さんがのそのそと現れました。

慣れた手付きでお皿やお椀を用意する遼太郎さん。

冷蔵庫からさりげなく胡椒博士を出して、ごくごく飲みました。

沖縄のルートビアもおいしいですよね。

焼きたてクロワッサンと『クリィミーマミ』のバターと新鮮な牛乳とヨーグルト、ブルーベリーのフルーツソース、出来立ての味噌汁にコロッケとマヨネーズと特濃ソースなどが食卓に並びます。

馬鈴薯がかぶってしまいましたが、男爵とメイクイーンで食感が異なりますし、二人ともあまり気にしない模様です。

 

菜々子ちゃんとお父さんの、ささやかな交流の時間が始まりました。

きらきらとそれは輝いて、ふっとはかなく消えてゆきます。

でも、それでも、二人の間にそれはきれいに花咲く時間なのでした。

 

 

小学校の図書室。

無料で沢山の本が読める、素晴らしい場所です。

菜々子ちゃんの最近の流行は昔のSF小説です。

大きめの本は小学校三年生以上が推奨年齢ですが、大人に憧れる菜々子ちゃんは宇宙のお話に夢中です。

今日は、ハミルトンという人が書いたお話を借りました。

面白いといいですね。

 

 

帰り道の途中に文具店が見えます。

今日もなにか素敵な出会いがあるかな?

老舗のお店は昭和の雰囲気に満ちていて、昔の文房具も最新の文房具も一緒に並べられています。

お店のやさしいお婆ちゃんが、菜々子ちゃんに黒糖の飴をくれました。

菜々子ちゃんは、オリーブ色の紙でくるまれた消しゴムを購入します。

この間買ったらとてもよく消えたので、お父さんの分も買ったのです。

紙には『OMNI 4』と印刷されていました。

二個買ったら、お婆ちゃんは昔のコーリン鉛筆を一本くれました。

うれしいですね。

この消しゴムはもう作られていないそうなので、お小遣いが貯まったらまた買おうと菜々子ちゃんは考えました。

このお店には西ドイツ時代のゾーリンゲン製の鍛造鋏もありますし、菜々子ちゃんの探究心はまだまだ止むことを知らないようです。

 

おうちの近くで、菜々子ちゃんは驢馬のパン屋に遭遇しました。

ラッキーなのです。

菜々子ちゃんは、蒸しパンとベーグルとみたらし団子を買いました。

 

 

おうちに帰ると、菜々子ちゃんは糠床を仕込みます。

毎日手をかけることが大切です。

宿題を手早く片付け、菜々子ちゃんは商店街へ買い出しに出掛けました。

夕方の矢来銀座はとても賑やかです。

最近は郊外に大型商業施設の狡猾な魔の手が伸びて客足も一旦滞りましたが、おいしさや質のよさや雰囲気のよさなどを全面的に押し出して最近は復調の傾向にあります。

近隣の市町村から買い出しに来る人も少なくなく、菜々子ちゃんはこうした賑やかさが好きです。

でも、大型商業施設にも興味があります。

お父さんは休みの時グースカ寝ていて、なかなか連れていってくれません。

誰か連れていってくれないかな?

菜々子ちゃんは時々そう思うのです。

 

高知から来たという、アイスクリン売りのお姉さんから昔懐かしい氷菓を買います。

ペロペロ舐めていたら、何故だか沢山のお兄さんたちが興奮しながら買ってゆきました。

不思議ですね。

 

合鴨の卵と燻製を買い、サボテンアイスを買い、雪花菜(おから)を買い、鹿肉の腸詰めを買い、日本蜜蜂の蜂蜜を買って菜々子ちゃんは帰宅しました。

 

今日も、お父さんの帰りは遅くなるそうです。

やさしく、お父さんは電話でそう伝えました。

 

 

夕食の準備を終えてから、菜々子ちゃんは紙粘土の工作を始めます。

この間、学校の工作の時間に教わったのですが、菜々子ちゃんはその後もいろいろなものを作るのに夢中です。

オーブントースターで焼き固めると、それは普段使い出来る品になるのです。

今は腕輪作りを試している真っ最中。

素敵な品が出来るといいですね。

 

「ただいま。」

 

玄関の戸が開き、お父さんの声が聞こえてきました。

サーバルキャットのように素早く立ち上がった菜々子ちゃんは、脱兎の如く玄関に向かいます。

大好きなお父さんに一秒でも早く会うために。

 

輝くような笑顔を振りまきながら、菜々子ちゃんはお父さんに抱きつきました。

 

「お帰りなさい、お父さん。」

 

 



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くノ一秘忍帖




今回は『ボルテスⅤ』と『バジリスク』の忍者を登場させましたが、名前や読み方などを『あくいろ!』仕様に改変しております。
予めご了承くださいませ。



 

 

 

愛する女たちよ、死に候え

 

 

 

 

滋賀県甲賀市は、三重県伊賀市や長野県上水内郡戸隠村(かみみのちぐんとがくしむら)などと並ぶ忍者の名産地だ。

この街を訪れた旅行者はいつの間にか傍にいた忍者装束のモテナシヒトから現地産湯呑みを手渡され、地元産緑茶を振る舞われるのである。

甲賀伊賀両市に於いて街中を忍者装束の者たちが闊歩することは日常茶飯時であり、忍者の里たる『甲賀卍谷』及び『伊賀鍔隠れ』が存在することは公然の秘密だ。

隠れ里を訪れた旅行者たちは知るだろう。

怪しさ極まる忍者たちのもてなしぶりを。

 

甲賀忍者は集団での働きにすぐれ、伊賀忍者は単独での働きにすぐれるとの説もある。

忍びの働きの本領は諜報戦であり、戦闘は極力避けるのが常道だったとも言われる。

不甲斐なき呑気息子秀忠は苦労人の柳生宗矩が補佐してなんとかなっていないでもないと感じた家康だけれども、三代目の竹千代の治世を磐石にすべく甲賀伊賀双方の忍びの殲滅を図って双方殺し合わせたという秘話があるそうだ。

それだけ、家康が武藤喜兵衛並に彼らをおそれていたのかもしれない。

『両門争闘の禁制』によって比較的穏健な交流を続けてきた彼らが殲滅戦を行ったことに疑問を感じるが、甲賀伊賀双方の公式記録ははなはだ素っ気なく、『神君家康公並びに天海様と阿福(おふく)様采配により、他流の者たちと数日手合わせ致し候』との公式記述があるのみで真相は今も深い闇の底だ。

ちなみに阿福というのは、後の春日局を指す。

忍者同士の苛酷熾烈ないさかいがあったと自説を掲げる学者は、それこそ二、三に留まらない。

 

かつて戦国の世の戦場(いくさば)にて疾駆した『戦忍び』は、相当の修練を積まねばなれなかったという。

上田城合戦では勇猛果敢な真田忍群の奇襲によって、何人もの屈強な三河武者たちが武功を示す間もなく討ち取られた。

指揮官や伝令を的確に潰された戦闘群は、その実力をまともに発揮出来ぬまま蹴散らされたそうだ。

戦忍びたちの最大にして最後の舞台が大坂の陣。

柳生宗矩の精妙なる剣技と怪僧天海の幻術なくば、家康を討ち取れたとの説もある。

島原の乱でも老忍たちが老いくさびとたちと手をたずさえ、意地と誇りを賭けて徳川勢を翻弄したそうな。

最初の総大将を討ち取ったのが彼らの内の一人だと、そう確信している歴史研究家は存在する。

 

 

 

 

うららかな春の午後。

平崎市役所に程近いマニトゥ平崎にあるマヨーネさんの事務所は、何人もの美人が揃ってなんとも華やかだった。

彼女たちは、甲賀市と伊賀市からそれぞれ別口でやって来た観光広報担当者という。

マヨーネさんは平崎市の観光にも携(たずさ)わっているから、その関係だろうな。

甲賀市からは三名。

伊賀市からは二名。

仲魔たちは、一階の店で優雅に喫茶させてある。

 

「あにさまだ!」

「はい?」

 

ひゅん、と跳躍し一瞬にして一足一刀の間合いを越えた女の子に抱きつかれる。

それは瞬(まばた)きするくらいの出来事で、一切避ける間もなにもなかった。

え?

え?

一体なにが起きている?

オレと同じくらいの背丈で、肉付きのいい女の子。

活発な感じで、体育会系の雰囲気もある。

これが戦闘時なら、オレは瞬殺されていたな。

こういった時に、自分の弱さを痛感する。

いわゆる中忍くらいの強さなのだろうか?

 

「ああ、安らぐなあ、このにおい。」

 

くんくんにおいを嗅がれていた。

ええと、なにが起きているんだ?

 

「ちょっとお胡夷(こい)! 貴女、なにをしているの!」

「胡夷さん、無作法ですわよ。」

 

真っ赤な顔した色っぽい美人さんと美少女から注意されるも、肉感的な女の子はオレから離れようとしない。

嗚呼、一部が変形してゆく。

不味い、不味いよ、ジャガーさん。

初対面でこんなになつかれるとは思いもしなかった。

身動きが取れぬ。

不覚を取ったわ。

 

「甲賀の娘は男に飢えているのね。恥じらいも無いのかしら?」

「その有り様、下品でございます。」

 

色気のある娘さんとおかっぱの女の子が皮肉げな顔をしているが、オレから目を離さない。

というか、目が爛々としている。

こわい。

それなんて獲物を見詰める眼力?

 

「胡夷さん。」

 

キリッとした顔の少女に促されて、しぶしぶ席に戻る女の子。

マヨーネさんは何故か興味津々の表情でオレを観察していた。

オレは自己紹介する。

それに呼応して、少しカールした感じのポニーテールなお嬢様系美少女が挨拶してくれた。

 

「失礼しました。わたくしの名は岡阿弓。一七代目甲賀忍者頭領岡竜馬の娘ですわ。お見知り置きくださいませ。」

 

妖艶な感じの美人さんが続けた。

 

「甲賀忍者の陽炎(ようえん)です。」

 

先程抱きついてきた、元気いっぱいな女の子が挨拶してくる。

 

「同じく甲賀忍者の胡夷。ねえ、あたしと主従契約してあにさまになってよ。」

 

続けて、色っぽい美人さんが挨拶してくる。

 

「私は伊賀忍者の朱絹(しゅけん)。貴方のような素敵な殿方に出会えて光栄です。」

 

最後におかっぱの女の子。

 

「同じく伊賀忍者の蛍でございます。この子はスネーク。」

 

彼女は白蛇を袖口から出して、ニッと笑った。

 

なんとも個性的な人たちだな。

 

観光の話がひとしきり終わった後、今度は彼女たち忍者が異能の持ち主であることが伝えられた。

へえ。

人というよりも、悪魔人間に近いような気がする。

だから、オレに好意を感じやすくなっているのか?

 

「この甲賀の女は毒を吐きますのよ。」

 

朱絹さんが陽炎さんを指差す。

 

「まるでポイズンジャイアントです。四体現れて不意打ちで毒の息を吐かれると、熟練のパーティーでも全滅しますね。」

「伊賀の女はゲーム脳なのね。現実と虚構の判断が付かないのかしら?」

「主(ぬし)様は渡さない。伊賀の女忍者の精神的支えになっていただくのは確定ですから。」

「同意しますわ。」

 

伊賀忍者の朱絹さんと蛍ちゃんが剣呑な雰囲気になってゆく。

なんで?

なんで?

 

「あ、あの、朱絹さんと蛍ちゃん。喧嘩はよくないですよ。」

「主様、女には絶対譲れないものがあるのです。」

「覚悟完了しました。」

「ちょ、ちょっと、覚悟するのが早すぎですよ!」

 

甲賀忍者の人たちの雰囲気も、どんどんこわくなってゆく。

 

「阿弓。甲賀の女忍者として意見具申します。」

「なにかしら、陽炎さん?」

「こちらのお方を、我らのあにさまとして受け入れたいと思うのです。」

「賛成の賛成! いやー、最悪足抜けしようかと思っていたから丁度よかったよ。」

「お兄様として受け入れたい考えは、陽炎さんも胡夷さんも同じですのね?」

「「御意。」」

「ならば、伊賀の方々と闘うしかありませんね。」

「どうして、そんな物騒な発想になるんですか? 今は戦国乱世ではありませんよ!」

 

いかん、殺気が溢れてきている。

 

「マヨーネさん、止めてください!」

「女には、殺らなくてはならない時もあります。」

「うわ、それなんて戦闘脳ですか?」

 

鎖鎌や苦無や棒手裏剣や小太刀や蛇などの得物を皆が構えている。

 

「「「「「しからば、存分に死合いましょうぞ。」」」」」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「如何なされましたか、お兄様?」

「なにかな、あにさま?」

「主様、そこを退いてもらえませんとそやつらを殺れませぬ。」

「あの、今から殺し合いをするように聞こえましたが、それって、オレの聞き間違いですよね?」

「「「「「我らが死合うは必定。いにしえよりの定め。」」」」」

「なんでハモるんですか!? ダメです! そんなことをされるなら、どちらにも与(くみ)しませんよ! 簡単に人の命を奪ってなんとも思わない人たちとは一緒にいられませんから。」

 

途端。

得物を取り落とす美人忍者たち。

あれー?

白蛇がにょろにょろ這ってゆく。

 

「あ、あの。」

「う、嘘だよね、あにさまが私たちを捨てるだなんて。」

「あの、捨てるもなにも、拾ってすらいませんけれど。」

「主様にもしも捨てられたら、我らの生きる道は絶たれてしまいます。」

「繰り返しますが、拾ってすらいませんから捨てることもありません。」

「では、我らが従うも必定。」

「どうしてそんな重たくするんですか?」

「これは天意やも知れませぬ!」

「……そうなんですか?」

 

 

 

ぐだぐだなごたごたの後、なしくずし的に彼女たちの意見役とされてしまった。

一階で優雅に喫茶していた仲魔たちにことの顛末を話すと、思いきり笑われた。

嫉妬されるよりはましなのか?

解せぬ。

 

 



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特務機関ニャルフ

 

 

 

ふう。

やっぱり歳上のお姉さんはいいよね。

太陽が黄色い。少しやり過ぎたかな?

昨夜のことを思い出しながらニタニタしつつ伯父さんの家に帰ると、仁王立ちした鬼神が待ち構えていた。

 

「シンイチ! こっちに来い!」

 

僕は説教の五月雨撃ちを喰らいまくった。

怒られたついでに、ずっと音信不通だった父さんからの手紙を渡された。

……なんで、けろけろケロッピなんだよ。

可愛いじゃないか。

一言、『来い。』とだけ便箋に書かれていた。

……勿体ない使い方しやがって。

一枚の写真が手紙に同封されていた。

胸部を強調した美人のお姉さんが写っている。

なんだ、これ?

……もしかして、アブナイ人なのかな?

伯父さんに手紙を見せると、しばし沈黙してしまった。

まあ、そうなるよね。

 

「行くのか?」

 

伯父さんがぽつりと言った。

 

「ええ、行かないとイケない気がするんです。」

「お前が関係した女性たちとは、ちゃんと話を付けるんだぞ。」

「わかっていますって。」

「まったく、誰に似たのやら。」

 

僕はお姉さんたちと話を付け、新天地へと旅立つ準備を進めた。

呼び出されて刃物を突き付けられたり、いろいろあったけど大丈夫大丈夫僕は大丈夫。

 

 

 

神奈川県足柄下郡箱根町。

そこに、特務機関ニャルフの本拠がある。

バブルの頃に羽振りのよかった企業が建設した、大きな工場の成れの果て。

そこが、浪漫野郎たちの夢の在処らしい。

ところどころ錆びた鉄筋が剥き出しになっていて、現在絶讚修繕中らしい。

 

戦時中に計画された『第二新東京市開発計画』は長野県長野市松代町が舞台だったけど、現在秘密裡に計画中とニャルフの人たちがのたまう『第三新東京市開発計画』はここ箱根町が舞台だ。

なお、箱根町観光協会はノリノリな模様。

ニャルフは秘密機関でもなんでもなくて、日常的に大学工学部の博士や学生が出入りする場所となっている。

厨二魂を持つ人々の誘蛾灯。

それが特務機関ニャルフだ。

猫の肉球めいた紋章が目印。

にゃんこ好きが多いのかな。

神奈川県平崎市に、ファントムソサエティという組織があるそうだ。

そこから胡散臭い関西弁を話すスリル博士がちょくちょくやって来ては、ここの手伝いをしてくれている。

かなり気さくな人で、僕も普通に話す。

忙しい忙しいと、いつもぼやいている。

父さんと違って根っから明るいので、やりやすいのがいい。

父さんは根が暗くてネガティブでぼそぼそ喋るから、あまり好印象ではない。

あれじゃ就職活動しても、余程のことが無い限りは採用してくれないだろう。

組織には本当に調整役がいるんだって、つくづく学ばされている今日この頃。

 

陸上自衛隊特務試験中隊から出向している香都羅一等陸尉は相当な美人だけど、僕から言わせると残念美人だ。

発言がちょっと以上にすっとんきょうであるし、抱きつかれてムフームフーとされたらかなりこわい。

やっぱり、もう少し落ち着いた感じの人がいいな。

 

 

赤井博士とスリル博士が、擬似体験型操縦装置を弄っている。

将来的には、身長五〇メートル超えの人造人間的汎用決戦兵器を生み出すつもりらしい。

それ、無理じゃね?

その頭部だけは出来上がっていた。

形があるのと無いのとでは、まるで話が違う。

それが、彼らの夢の根拠のひとつ。

中に潜り込んで、架空の敵に向かって架空の銃を撃ちまくる。

銃、というよりも大砲だよね。

将来、巨大且つ強大な敵が来ると学者の人たちは信じている。

シュリーマンみたいな感じなのかもしれないけど、誇大妄想みたいな感じがしないてもない。

 

 

ニャルフの収入源のひとつに、箱根及び近隣の食材を用いた喫茶店経営がある。

今流行りの異世界風で、店内では売れない役者の人たちが寸劇を演じてくれる。

メイド喫茶や執事喫茶を超える勢力になるだろうと、皮算用をする人さえいた。

政府からの金だけでは意外とカツカツの模様なので、これらは致し方ないのだ。

僕らはたまにそこで給仕活動を行い、お金儲けにいそしむ。

神奈川県平崎市と横浜市に一号店・二号店があり、東京都内にも店舗を構える予定らしい。

何故なんちゃって異世界風なのかと猫耳を着けながら父さんに聞いたら、自分が好きだからと言われた。

そこで照れるなよ。

やはり、父さんには教育が必要だ。

もう既に手遅れな気もするけれど。

赤井博士に、父さんのあることないことを吹き込んでおこう。

 

 

普段から、まともなものをろくに食べていないニャルフの研究員たち。

即席麺とか仕出し弁当が殆どだ。

もっと食うことを大切にしろよ。

腹がいっぱいになったらそれで充分て、どこの中世風異世界生活水準なんだ。

重箱作戦で彼らの胃袋を攻略していたら、スリル博士が僕に話しかけてきた。

 

「キミも大変やなあ。あないなア……やのうて、浪漫衆に囲まれてもうて。」

「技術的な面に限って言えば、割と価値があるんじゃないですか?」

「まあなあ。ロボット工学的には大きな影響もあるから、仕方なしに手伝どうとるんや。もうホンマ、助手が一ダースは欲しいとこやで。」

 

博士も随分気苦労しているみたいだ。

手作りのバナナカステラをあげたら、大いに喜ばれた。

しっとり白餡にふっくらのカステラ生地。

旨いぞお。

 

 

やれやれ。

本日もようやっと、実験が片付いた。

学業との両立をさせなきゃいけない。

これって、けっこう大変なんだよな。

体にぴったりしたプラグスーツを、苦労しながら脱いでゆく。

これってウェットスーツみたいなものたから、着脱が大変だ。

まっぱになって解放感とたかぶりを感じたので、欲望のままに自家発電しようとしたら可愛い仲間からどつかれた。

うん、その容赦の無さがいい。

彼女はまだ脱ぎきっていない。

全部脱いじゃえばいいのにな。

同僚の綾波が青いウィッグを外した。

同じ学年で無口な女の子。美少女だ。

髪を青く染めて欲しいとの要望があったそうだが、傷んでしまうのでイヤですと彼女にきっぱり断られ、提案者たちは付け毛で妥協したのだった。

彼女も彼女で、けっこう苦労させられているらしい。

今度、手作りで自慢のプリンを食べさせてあげよう。

 

「今夜はなにを作ってくれるの?」

 

期待した目で僕を見つめてくる。

これぞ、愉悦。

綾波の胃袋は既に僕のモノだぜ。

くくく。

勝ったな。

 

「そうだ、麻婆豆腐なんてどうかな?」

「愉悦系はダメよ。あれは辛すぎる。」

「うん、あれはちょっとダメだった。」

 

父さんは赤井博士と同棲しているので、僕との同居を頑なに拒んだ。

毎晩励んでいるんですね、わかります。

いろいろとヤバいものがあるみたいだ。

今度いきなりガサ入れしてみようかな。

という訳で、僕は綾波と同居している。

北上ストアで食料を買い込んで、料理を作る。

新婚さんみたいだ。

まだ中学生だから、結婚出来ないけどね。

僕としては、歳上のお姉さんの方がいいんだけどな。

あ、でも香都羅さんは論外だ。

もっとこう、なんていうか、癒し系エロスなお姉さんがいいんだよね、僕としては。

きびきびしたお仕事出来る姉貴系が悪いって訳じゃないんだけど、癒し系のいやらし系にビンビン反応してしまう僕はそういうお姉さんと夜戦をしたいのだ。

そういえば、こないだコンビニエンスストアにいた鹿島ってお姉さんはとっても可愛かったな。

あの子に頼んでみようか。

 

 

悪魔が街に出てきたとか建物を占拠して悪魔使いに討伐されたとか、妙な噂話が中学校でも飛び交っている。

スリル博士に何気なく話を振ってみたら、なんだか微妙な顔をしていた。

もしかして、なにか知っている?

まさか、本当に悪魔がいるんじゃ……。

いやいや、まさかな。

ええと、まあいいや。

 

 

ニャルフで働くと、お賃金が発生する。

資金を貯めて、スローライフするんだ。

それが、僕の当面の老後に於ける目標。

今度、ここの実験のために、ドイツから女の子が来日するという話を聞いた。

大変だなあ。

ドイツ料理でも覚えようかな。

綾波も喜んでくれるだろうか。

玉葱のパイやバウムクーヘン。

よし、実験台はニャルフの人。

さあ、みんな太らせてやんよ。

くくく。

待ってろ、ドイツ美少女。

君の胃袋も僕のモノだぜ。

 

おはぎをせっせと作りながら、僕は夢想する。

巨大ロボットで悪に対して無双する展開を夢見る人々へ、支援物資を提供する。

政府が支援の打ち切りをしない限り、立場は安心安全だ。

親方日の丸万歳。

 

 



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七周目

 

 

一周目死因:ICBM

二周目死因:光子魚雷

三周目死因:火竜の吐く火炎

四周目死因:月からの圧倒的絶望

五周目死因:濃霧と怪異

六周目死因:ゾンビちゃん

 

 

【二周目特典】

◎火炎耐性

【三周目特典】

◎統率力

◎射撃

◎白兵戦

◎操縦(戦艦~人型機動兵器)

◎整備・修理・改装

【四周目特典】

◎火炎無効

◎物理耐性

◎金運

◎鑑定

◎採取・採集

◎解体

【五周目特典】

◎物理無効

◎魔法攻撃無効

【六周目特典】

◎治癒魔法

◎悪魔使役

◎生存力

【七周目特典】

◎死霊遣い

◎各種毒無効

◎魅了

 

 

 

秘密結社にさらわれ洗脳された僕は、ショッカー・エレメンタリースクールの勇敢なる学生として初陣を飾る予定だったらしい。

敵首領が放った攻撃魔法の余波で頭を建物にぶつけ、その衝撃で洗脳が解除されておまけに複数の前世を思い出した。

思い出したくもない内容が殆どだが、仕方ない。

そして、現状は絶望的。

混乱しながらも善戦する戦闘員たちは迎え撃つメイド服の女性たちによってその人数を徐々に減らし、前線指揮官たる怪人たちは魔法だか攻撃だかで高々と吹っ飛ばされている。

彼らは既にぼろぼろ。

これは負け確定だな。

とっとと逃げようか。

お目付け役だった女性戦闘員二名と共に、戦場を脱出する。

彼女たちは僕の命令に従順に従うが、自発的な行動が取れないので要注意だ。

洗脳の弊害はここにある。

命令されたことはこなせるし、従事する業務に慣れている場合も少なくない。

だが、それだけだ。

指揮する者がいなければ、木偶の坊。

或いは烏合の衆。

それが、下級戦闘員の悲しい定めだ。

我々が乗ってきた車輌は近づくといずれも穴だらけで、運転手は全員が肉片となっていた。

徹底しているなあ。

これでは流石に回復出来ない。

荷物は散乱していたが、運よくなんとか回収出来た。

そこそこの金も入手出来た。

車内で汚れた戦闘服を脱ぎ、偽装用の衣類を身にまとう。

三人で戦場を脱出した。

取り敢えず、サービスエリアに向かおう。

しばらく走っていた僕たちは、ヒッチハイクを行うことにした。

担当は女性戦闘員だ。

さっそく、営業マンらしき中年男が引っ掛かった。

彼にサービスエリアまで運んでもらうことにした。

ホンダ・アコードが五月晴れの中を滑らかに走る。

中年男は快活な性質のようで、会話の内容は豊富だった。

今日が土曜日なのもよかった。

僕の外見からすると、平日の活動は問題があるからなあ。

女性を喜ばせることは出来るのだろうか?

今だと、口だけみたいだ。

二人の女性戦闘員が駆け出しのアイドルだと言ったら、彼はあっさり信じた。

彼女たちの容姿がとてもすぐれているからだろう。

旅番組の最中なのだと言ったら、あっさり信じた。

チョロすぎるだろう、と思ったのだが都合はいい。

まさか食事まで奢ってもらえるとは思わなかった。

ラーメン定食を食べながら、男の自慢話を聞いた。

これくらいは安い安い。

 

 

名残惜しそうな中年男と別れた、そのサービスエリアは混雑していた。

好都合だ。

風呂まであったのには驚く。勿論、入浴した。

服屋によって衣類を購入し、着替えを済ます。

夕食としてラーメンや丼ものなどを食べ、神奈川か東京方面へ走るトラックを探す。

最悪……。

幸い、東京方面へ走るトラックを見つけたのでそれに便乗させてもらう。

金を出したが、断られた。

なかなか粋な若い男性だ。

トラック野郎は陽気なにーちゃんで、美少女が二人いるために大興奮していた。

 

「なにこれ? なにこれ? テレビ番組の企画? わかった、旅番組とかなんかそんな感じのやつだろう? 俺は詳しいんだ。低予算でどこまで行けるかとかそんなやつだろう? カメラはどこで回って……ああ、あんたが持ってるやつか。任せとけ、東京までは連れてってやるよ。ところで、いつ放送するの?」

 

彼がおバカで、本当によかった。

有楽町駅周辺で降ろしてもらう。

手を振りながら、別れを告げた。

未明の東京は清々しい程に晴れている。

我々の逃亡を祝福しているかのようだ。

なんちて。

老舗ホテルまで徒歩で辿り着く。

フロントの人員は一名だけだったので、彼女を瞬間洗脳する。

一番軽いやつだ。

空室があったので、そこを一泊無料特別宿泊にて利用出来るように操作させた。

ついでに朝食券と昼食券を三枚ずつ発行させる。

豪勢な朝飯を食べ、清掃済みの部屋に入って一休みした。

全員で入浴し、昼食を食べに行く。

食後、そのままホテルを出た。

よくないことだが、悪の秘密結社構成員としては正しいのかもしれない。

ホテルのからくり的にも問題ないだろう。

 

さて、これからどこへ逃げるべか?

ホテル暮らしも悪くない。

ショッカーへ戻るのは論外だ。

だから、日吉は避けねばならない。

もっと西へ……実力のある結社に保護してもらうか。

近場だと、ファントムソサエティ。

敵対組織だが、あそこには甘ちゃんのおっさんがいるらしい。

その人物を利用しよう。

よし、決まりだ。

ふふ、生き延びてやる。

今度こそ。

今度こそ、生き抜いてやる。

もう、あんな経験はこりごりだからな。

横浜名物のシウマイ弁当とお茶を買って、東京駅に向かう。

よーし、やったるけん。

今日はいい天気になりそうだ。

 

 

 



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東京洗脳塔




※一人称を『私』から『オレ』に訂正しました【二〇一八〇八一五】。



 

 

江戸下町方面の押上駅近くに存在するスカイツリーは、都民へ毒電波をじゃんじゃん発振する洗脳塔として建設されたそうだ。

一般市民には全然まったくこれっぽっちも知らされていないが、東京タワーも長らく洗脳塔として都民を洗脳しまくってきた。

旧洗脳塔の老朽化に伴い、新洗脳塔はその後継者たるべく毎日都民の海馬やら小脳やらに悪影響をかなり及ぼしているという。

都民でたまに地方の人々を見下したり誹謗中傷したり虚仮(こけ)にしたり貶(おとし)めたりするようなつまらぬ人がいるのは、この洗脳効果によるものであるとか。

 

その昔、世良田三四郎とかいう男が「セガ・サターン、シロ!」と叫びながらこの洗脳塔へ突撃をかましたらしい。

彼に従う、何名かの酔狂な愛しさとせつなさと心強さに満ちた者たちと共に。

彼らのその後の詳細はわかっていない。

だが、彼らの志は伝わっているらしい。

 

とある都知事が長らくその立場を維持出来たのは、この洗脳塔の出力を限界近くまで上げていたからだと聞いた。

それで、あんなにも長いことやりたい放題やらかしていられたのか。

妄執のエロ老人は苛烈にやり過ぎて、東京洗脳塔の機器はその寿命を著しく縮めた。

結果的によかったというべきか、なんというべきか。

人を人とも思わぬ権威主義的悪質系老知事は、機器の不調に伴って知事を辞任する。

理由は高齢化のためと言ってはいるが、権力乱用も公費乱用も大好きな彼が大人しく自ら退任する訳などない。

一説によると亡霊たちから散々激しく脅されたという都市伝説めいた話まで、まことしやかに囁かれたという。

 

スカイツリーや東京タワーの悪影響を特によく受けているのが報道関係者、政治家、芸能人たち。

次いで、テレビ番組にちょくちょく出演している有名人たち。

放送局は毒電波を増幅するための支援施設なのが、その理由。

彼らはこぞって常識良識理性判断力を狂わされ、赤坂の料亭で悪企みしたり裸踊りしたり野球拳したり部下に酷いことをしたり女の子とあんなことやこんなことをしたりしている。

それであんなにも酷いのか。

各界権力者たちと癒着の限りを尽くし腐敗の密林をさ迷うマスメディアの人々は毒電波の影響もあって、ろくでなしであるピューリッツァーの名を冠した賞の行方に興味津々だ。

ろくでなしを誉めるということは、彼らもろくでなしの系譜に従う存在なのだろう。

おそらくは。

 

 

その毒電波塔が悪魔に占拠され、異界化しているという。

平崎市内にあるファントムソサエティの事務所に呼ばれたオレは、マヨーネさんから指示を受け取った。

相変わらず調度品がとても豪華だ。

来る度になにかしら変わっている。

マヨーネさんは大金持ちなのだな。

 

「今回は合同作戦になります。」

 

彼女の後ろにある壁には、大変高級そうな散弾銃が三挺掛けられている。

いずれも繊細精緻な彫刻が施されていた。

 

「今回は、そちらの銃を使われるんですか?」

「悪くはありませんけど、別にゾンビを倒しに行く訳ではありませんから。」

「そう言えばゾンビ好きですね、アメリカの方々は。」

「アメリカ人と言えば、ゾンビ、ハンバーガー、バニーガールですからね。」

「ところで、そこにある散弾銃ってけっこう高いんですか?」

「そうですわね、一挺でちょっとした車が買えますかしら。」

 

なんとも、お高いんだなあ。

 

 

アリス、ピクシー、マリーさん、ハコクルマ、エンジェルの五名を連れ、外装はイタリアで内装は日本という伊日合作車に乗ってスカイツリーへと向かう。

やがて悪魔が占拠している洗脳塔に到着。

マヨーネさんは男前の仲魔たちを引き連れていた。

彼女は高そうな傘を持っている。

あれが武器なのだろうか?

もしかして仕込み傘かな?

いつもの革ジャン仕様なキャロル・Aや、よその地域を担当するサマナーたちも集結していた。

 

オレの隊は裏手から突入し、動力室へ向かう流れ。

他は、上を目指したり別のところを目指すらしい。

現れる悪魔なんてみんな殺しちまえばいいんだ、と不穏な発言をする若いサマナーがいる。

彼の仲魔は首輪を付けていた。

支配力強化のアイテムだとか。

彼は、他のサマナーや悪魔たちから白い目で見られている。

平然としている彼は、肝っ玉が太いなあ。

彼は小口径の軍用小銃を持ち、沢山の弾倉を腰のベルトに差していた。

 

洗脳塔の攻略が始まった。

出会う悪魔たちは皆好意的で、平和的に会話しながら異界を踏破してゆく。

 

「相変わらず、訳わかんないくらいに悪魔と相性がいいわね。」

 

あきれた声のアリス。

そういうもんかね?

 

案外あっさりと動力室に到着。

罠も見当たらなかったし、準備不足だったのだろうか?

 

「「「うらめしやあ。」」」

 

三体の敵対者が出現する。

 

「あれは、『ユリアとミキヤともう一人』! えっと、あのギタリストはスピーディー! 三名全員揃っているわね。」

 

ピクシーが叫ぶ。

途端。

なんだか彼らがぴかぴか輝き出した。

えらくふっくらした体格の女性歌手。

キーボードを有したイケメンぽい人。

口がスピーカーになったギタリスト。

 

「知っているんですか、ピクシーさん?」

「一世を風靡した楽団よ 。今は昔の話だけどね。」

 

なんだか彼らは落ち込み出した。

音楽に詳しくないオレにはよくわからない。

 

「ええと、どこかで聞いたことがあるような……。」

 

記憶の底を漁ってみる。

 

「昔の有名人よ。覚えている人がいるかもしれないけど、とっくに忘れ去られた芸能人たちね。」

 

彼らは一層落ち込んでゆく。

透き通った体の怨霊群。

かつてアイドルやアーティストだった者たちの成れの果て。

ひそひそと話し合う怨霊群。

頷く彼ら。

気を取り直したような彼ら。

どうやら立ち直ったらしい。

きりっとした表情で、こちらを睨み付ける。

 

「あたしの歌を聴くのよ!」

「ボクの超絶トランスミュージックで、文字通りトランスするがいいさ。」

「プオーッ! プオーッ!」

 

そこへハコクルマが自身の箱車を牽(ひ)いて、もーれつに突進してゆく。

ア太郎!

 

「先ずは先制攻撃! あたしの暴れまくりを喰らいやがれ!」

「「「ぎゃあっ!」」」

 

その三名の前に、妖精と昇降機案内娘が立ちはだかる。

詠唱は殆ど終わっていた。

 

「「さあ、お喰らいなさいな、メギドラオン!」」

「「「ぎゃあっ!!」」」

無属性系熱核型広範囲攻撃呪文二連撃が、三名の怨霊を燃焼させる。

それはまさに、オーバーナイト・センセーション。

 

「これでも喰らえ!」

「「「ぐああっ!」」」

 

アリスのなんだかよくわからない呪文。

彼女によると由緒正しい攻撃魔法とか。

「我らに敵対せし、愚かにして悪しきものよ、滅するがいい! ハマ!」

「ぎゃあっ!」

 

エンジェルが気合いを込めた、破魔の呪文を唱える。

 

スピーディーがユリアを庇(かば)い、その名の通りに素早く透き通った姿を消滅させゆく。

 

「スピーディー!?」

「お前、ユリアのことを!? 」

「プオーッ! プオーッ! プオーッ!」

 

なんだか、感動的に見えなくもない情景が展開される。

そして残るはあと二体。

両名はきりっとこちらを睨む。

揺らめく姿。

最後の意地でなにかやる気だ。

だが、残念ながら。

こちらの熱核系攻撃呪文の詠唱は、既に殆ど終わっていた。

 

「「とどめのメギドラオン!」」

「「ぎゃあああっ!」」

 

ピクシーとマリーさんの攻撃呪文が、ふらふらの彼らを直撃する。

 

「ユリア……。」

「ミキヤ……。」

 

抱き合いながら、彼らは消えてゆく。

笑顔を見せながら。

きらきらと。

きらきらと。

 

 

 

マヨーネさんから通信が入り、洗脳塔攻略へ加わるように言われる。

了解して、動力室の異界が消えたのを確認してから上層を目指した。

洗脳機械が置かれている部屋を発見。

ついでに洗脳装置を破壊しておこう。

ぼかぼかぼかぼかぼかぼかぼかぼか。

 

 

 

最終地点に到着した時、既に戦いの火蓋は切られていた。

 

「あれは、オルゴン・ゴーストの強者!」

「知っているんですか、ピクシーさん?」

「ええ、これまでの戦い方によってこいつは強くなったり弱くなったりするの! でも、おかしいわね。使役している怨霊群を通じて、あいつはエナジーを吸収していた筈なのに。」

「オノレ……セラタサンシロウカラウケタキズサエカンチシテオレバ……キサマラナドヒトヒネリナモノヲ……。」

「はははっ! 悪魔死ぬべし!」

 

叫んで銃撃していたサマナーが一瞬の隙を突かれてオルゴンゴーストに囚われ、瞬く間に精気を吸い尽くされた。

それはまさに、あっという間の出来事だった。

彼はあの、現れた悪魔を皆殺しにしていいと放言した人物ではないか。

木乃伊(ミイラ)のように干からびて、彼はドサリと倒れてしまった。

そして全身にヒビが入り、体は粉々になって溶ける如く消滅してゆく。

 

「あれはエナジードレイン!」

「知っているんですか、ピクシーさん?」

「本来のオルゴンゴーストにあんな力は無い筈……まさか、なんらかの事態を経て進化したとでも言うの!?」

「な、なんだってー!」

「一斉射撃しなさい!」

 

マヨーネさんの檄が飛ぶ。

咄嗟に照準を合わせて、三〇口径の軍用銃弾を撃ってゆく。

スイス製の小銃から放たれた銅弾がびしばし当たってゆく。

マヨーネさんは傘に散弾銃を仕込んでいたようで、それをばっつんばっつん撃っていた。

仲魔たちもどんどん攻撃魔法をぶっ放してゆく。

苦悶の声を上げる怪異。

一隊だけならば苦戦したやも知れぬが、複数の攻撃集団による猛烈な攻撃を続けざまに受けたのだ。

たまったものではなかろう。

程なく、オルゴンゴーストは討伐された。

 

 

そして、新洗脳塔はその洗脳機械の破壊という大きな代償の末に異界からこちらの世界へと戻ってきたのである。

東京タワーの洗脳装置もいつの間にか誰かに破壊されたそうで、今は作られていない部品が沢山あるから復旧は困難だとか。

いやー、なんともたいへんだなー。

 

マーラ様は特になにも言っていないから大丈夫だろう。

 

めでたしめでたし。

とっぺんぱらり。

 



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精霊的OS




※一人称を『私』から『オレ』に訂正しました【二〇一八〇八一五】。



 

 

 

「初めまして、ご主人様。ご主人様のためなら、たとえ火の中水の中メギドラオンの中のバロウズです。今後とも宜しくお願い申し上げます。」

「は、はい。よろしくお願いします。」

 

黒いメイド服を着た、白い娘が液晶画面の向こう側から微笑んでくる。

顔はのっぺらぼう系だが、そう感じられた。

傍らにいるスリル博士が、首を捻っている。

 

「おっかしいなあ。ワテ、メイド服のデータなんて全然入れとらんのに。」

「ご主人様のために他所のサイトから取り込みました。如何でしょうか?」

 

彼女はくるっと一回転した。

ファサっと揺れるスカート。

ヴィクトリア朝の正統派か。

芸が細かい。

 

「ええ、可愛いと思います。」

「うふふ、そうおっしゃっていただきますと、全身に電気が走ってぞくぞくします。気分が高揚してきました。もうなにもこわくありません。」

「キミ、ホンマ、女殺しやねえ。」

 

神奈川県平崎市にある、北山大学のスリル博士研究室。

エモニカスーツ用に開発された装着者補佐用のオペレーティングシステムが、このバロウズという存在らしい。

ずいぶん癖のある子のようだが、こういう性格の方が緊張感に囚われなくていいのかね?

つっけんどんな対応をされるよりは余程いいのだけれども。

別のパソコンをいじっていた博士がぼやく。

 

「設定しとらんかった項目が、いつの間にか普通に幾つも存在しとる。」

「私のご主人様のために最適化するのは、下僕として当然のことです。」

 

下僕って言っているよ、この子。

ちらりとスリル博士を見つめた。

無言で首を横に振られてしまう。

肩をすくめて、ため息をついた。

気を取り直したかのように、スリル博士が喋りだす。

 

「インストールソフトはいろいろ詰め込んどいた。基本中の基本の『悪魔召喚プログラム』に悪魔合体ソフトの『邪教の館』に鑑定ソフトの『トルネコ』に索敵ソフトの『瑞雲』に高度解析プログラムの『ユキ』に自動地図作成ソフトの『ハニー・ビー』。それから、戦闘終了後のアイテム拾得率向上ソフトの『ヒロえもん』、生体マグネタイトの価値を二倍にする『ボルタック』、射撃管制ソフトの『デューク』、他に特殊ソフトの『ダヴィンチ』と『シュタイナー』と『コペルニクス』も組み込んどいたけど、後でバロウズから説明を聞いてや。」

「わかりました。」

「キミはデジタル式悪魔召喚器無しで悪魔を呼び出せたり出来るようやけど、あんまり体に負荷をかけるやり方はせん方がええと思う。」

「ええ、そうですね、気を付けます。」

「で、話は飛ぶけど、鳥取県米子市では天海特区で仮想都市サービスの『はらいそえっくす』を行おうとしとる。その準備段階として『らくいちえっくす』のモニターを募集しとるんやけど、キミも参加してや。」

「『らくいちえっくす』?」

「せや。かつて織田信長公がされとった楽市楽座みたいな感じのモンやね。電脳仮想都市ゆうか仮想商店街規模でそれぞれの店が使えるゆう仕組みや。映画館、銀行、服飾店、ペットショップという名の悪魔市場、チャット室、占い屋を現時点で用意しといた。街並みやけど、日本人大好きなんちゃって中世風異世界もどきにしてある。気分はロマンチック街道やね。」

「ほう。」

「後、今後の戦力増強の一環としてキミにこれをやろう。」

 

ごとり、と博士が奇妙な人形を机の上に置いた。

 

「ドリーカドモンゆう素体や。古代の魔法技術で作られたホムンクルスを解析し、ワテの技術力で作ってみたんやで。ワテのガルガンチュアにもこれを使っとる。これに悪魔を喰わせて……言い方が悪いな、悪魔を合体させてどんどん強くしてってや。その状態を造魔とゆう。」

「はあ。」

「造魔は喰った悪魔の力をどんどん取り込んで、ばんばん強うなってゆく。取り込んだ悪魔の能力も使えたりするし、連れ歩くのに生体マグネタイトの消費も無い。けっこう便利やで。新月の時に合体させると元のドリーカドモンに戻るから要注意やけど、そうやって造魔を一から作り直すこともでける。」

「成程。」

「電脳悪魔市場のペットショップは『王国屋』ゆうんやけど、そこも行ってみるとええ。行き方や利用方法はバロウズが知っとる。」

 

博士が学生食堂で食事をしてくると言ったので、留守番を請け負う。

我が仲魔たちは散歩したりなにやら自由行動しているようだ。

問題を起こさなければ、大丈夫だろう。

たぶん。

バロウズと親睦を深めておこうか。

すると。

いきなり彼女が嘆きの声を上げる。

 

「嗚呼!」

「どうされました、バロウズさん。」

「卑しきバロウズめ、と蔑(さげす)んだ口調でおっしゃってください、ご主人様。」

「いきなり、なにを言われるんですか。」

「嗚呼、この身に肉体ありせば、ご主人様の暴れん坊将軍の鎮火も容易(たやす)いでしょうに。」

「大丈夫ですよ。自前でなんとかしますから。」

「私は私自身が役立たないことを嘆くのです。」

「そういう時は素数を数えたらいいんですよ。」

「もう既に、二三五八七回繰り返しましたわ。」

 

ボケたつもりが素で回答された。

 

 

 

さて、『らくいちえっくす』を起動してみるか。

エモニカスーツのバケツヘルムをかぶり、仮眠用の寝台に横たわる。

五感が電脳仮想空間への仮想体に互換され、仮初めのセカイに心が移動した。

バロウズはオレの安全を確認してから、こちらへ来るそうな。

彼女の作業効率は素晴らしく、変なことを口走ってはいたがすこぶる有能みたいだ。

 

感覚が消えてゆく。

と。

突然声が聞こえる。

 

「お前が、『適格者』か?」

 

え?

誰?

 

「あの、貴方はどちら様ですか?」

「我はレッドマン。また会おう。」

 

レッドマン?

特撮ヒーローか?

なにかの暗号か?

わからない。

 

 

感覚が戻ってゆく。

 

 

眼前に現れたのは青い部屋。

鼻の長い背広姿の人物が、机の向こう側からオレをじっと見つめている。

 

「おやおや、またお会いしましたね。」

 

異形の男は、そしてニヤリと笑った。

 

「おそれることは御座いません。貴方は既に、運命に抗う力をお持ちの筈ですから。さて、貴方はこのセカイになにを望まれますかな?」

 

 



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威霊アリラト



※一人称を『私』から『オレ』に訂正しました【二〇一八〇八一五、二〇一九〇一二三】。



 

 

 

「悪魔との契約は、極めて慎重に行わなければなりません。」

 

青い部屋で、黒い服の男はそう言った。

 

「悪魔が契約者の寝首を掻くということは、契約に不備があるからです。」

 

契約……ええと、ちゃんと契約した悪魔なんていなかったような……あれ?

それって、とっても不味いのか?

マーラ様はオレならば大丈夫って言っていたが、今度会えたら聞いてみよう。

 

 

 

背広姿の異相の男性と会話した後、何故か大興奮しているバロウズと電脳仮想商店街を散策する。

真っ白なドレスを着た真っ白な彼女と腕を組んで歩いた。

彼女は鼻血まで出している。

なんとも演出が細かいなあ。

映像で我々を見ているスリル博士が呆れている。

しかし、変だ。

オレが青い部屋にいた時、スリル博士もバロウズもオレを認識出来なかったという。

そして、博士によると『青い部屋』などといった場所の設定は行われていないとか。

謎だ。

 

 

王国屋はロクロウというなんとなく怪しげな眼鏡を掛けた男性が管理している店で、メッチーという電脳ペットを主に扱っている。

そのペットに彼は噛み付かれているが……あ、喰われた。

…………。

ええと。

店の裏の顔は悪魔市場となっていて、生体マグネタイトや電子決済などによって仲魔を得ることが可能だ。

世の中、金と人脈やね。

バロウズの助言に従い、強力な悪魔を数体購入。

電子の海をたゆたう悪魔ってなんだか不思議な気分にもなるが、こういうのは当たり前になるのかな?

生体マグネタイトならば沢山あるぜよ!

ドリーカドモンに喰わせると、強い造魔が出来るらしい。

成長のさせ方によって形が変わるとか。

 

 

 

マヨーネさんのところへ顔を出すと、難しそうな仕事を提示された。

クズノハという組織が悪魔の討伐に失敗したそうで、それの後始末だという。

本来はその組織が始末する筈だったが、術者が悪魔に裏切られたのだそうな。

しかも、その悪魔は現在逃亡中らしい。

なにそれこわい。

しかもクズノハは別作戦に注力していて、戦力がそちらに回せないのだとか。

それでこちらにお鉢が回ってきたのか。

マヨーネさんが不機嫌で皮肉げな顔をしているので、嫌々受けたのがよくわかる。

ちなみにショッカーが二名の怪人と戦闘員二隊を率いさせてその悪魔にぶつけたらしいが、呆気なく短時間で全滅したそうな。

……それ、めちゃめちゃ強い悪魔なんじゃないのかな?

え?

オレと仲魔とで撃破?

それは無理でしょう。

他に適切な人がいるのでは?

元拳闘家とか神父みたいな人とか。

 

 

結局、人手不足とのことで斥候的な偵察をすることになった。

 

 

とある関東圏山中の廃工場へ侵入した。

エモニカスーツとバロウズの相性も悪くないようだ。

バロウズが興奮しているのが難点かな。

初陣で興奮するのはわかるが自重しろ。

そう言ったら悄気(しょげ)るかもしれないし、女性の扱いは難しい。

それとなく注意したら、わかってくれたようだ。

反応に従って索敵し、程なく現れた広い空間。

その中心部に、宙に浮いた黒い石柱が見える。

なんだ、ありゃ。

あ、見つかった。

肩に乗ったピクシーが叫ぶ。

 

「威霊アリラト!」

「知っているんですか、ピクシーさん?」

「めちゃめちゃ高位の悪魔よ! こんなところに出てくる筈無いのに!」

「えええ……。」

「私にいい考えがあります。」

 

バロウズが言った。

途端、周囲が妖気に満ちてくる。

異界化か!

 

「ウソだーっ!」

 

ピクシーが叫んだ。

飛んでくる冷気を避けて走り回り、三〇口径の小銃弾をバシバシ撃つ。

きちんと当たってはいるものの、攻撃が効いたようには到底見えない。

 

「体当たりが効かない!」

 

突撃を敢行したハコクルマが叫ぶ。

 

「アタタタタタタタッ!」

 

アリスが無数の拳を放つけれども、効いていないみたいだ。

 

「喰らいなさいな、メギドラオン!」

 

マリーさんが熱核系攻撃呪文を唱える。

が、煙が晴れても相手は無傷に見えた。

 

「あれは暗黒ヤング伝説!」

 

ピクシーが叫んだ瞬間、アリラトから放たれた激しい凍気にさらされる。

 

「メ・ディア!」

 

エンジェルが全体系治癒呪文を唱えた。

 

状況は極めて不利。

逃走は難しい現状。

バロウズが叫んだ。

 

「強制脳波同調完了! これより強制多身合体作業に移行する! レッツ! コンバイン! 出でよ、無敵鋼魔! セカイを破壊し得る力をその身に備えよ! あらゆる悪魔に負けぬ力を! ミーアのような愛の力を! さあ、ご主人様、そのドリーカドモンをアレに向かって投げてください!」

「は、はい。」

 

言われた通りに、人形をぶん投げる。

それは中空でぴたりと停止した。

アリラトが攻撃を仕掛けるものの、無効化しているみたいだ。

ドリーカドモンの胴体部分が徐々に左右へと開いてゆき、中から何本もの光る触手が現れて強大な悪魔に絡み付いてゆく。

高位悪魔はそれを振り払おうとしているのだが、何故か上手くいかないようだ。

光の渦が発生している。

購入した悪魔たちはバロウズによって現界した後に、ポイポイと無造作にその渦の中へと送り込まれる。

……なんだか扱いが酷くないかな?

 

「天秤の理(ことわり)に基づき、貴方たちはご主人様の下僕となって愉悦を感じるがいい!」

 

なんだか妙なことを言っている。

姿が朧気(おぼろげ)になってゆくアリラトや、王国屋で買い求めた悪魔たち。

複雑な魔方陣が彼らの下に展開し、外周の輪がくるくる回転していた。

悪魔たちはいずれもぐにゃぐにゃの粘土状になって、なにかの力でも加えられたのかぐにんぐにんと混ぜられてゆく。

廃工場に隠れていたらしい悪魔たちも光の渦に吸い寄せられ、次々粘土状になっては捏ねられていった。

それぞれが合体してまた別の悪魔になり、そしてまたすぐに合体して別の悪魔へと変化してゆく。

それはちょっとした悪魔博覧会だった。

最後にアリラトとなんだか強そうな悪魔たちが合体し、ドリーカドモンの中へ吸い込まれてゆく。

バロウズが更にその中へ、なにかの欠片や部品めいたものを投入していった。

料理を行うみたいに。

案外自由だな、この擬似人格。

やがて、光に満ちるドリーカドモンとアリラトと悪魔たちの混成体。

そして、強い光に満たされる。

チン、と高い音が響いてきた。

現れたのはメカメカしい造魔。

頭部と胴体と翼から成る魔物。

 

「出来ました、ご主人様!」

 

晴れ晴れとした声のバロウズ。

ドン引き状態の我が仲魔たち。

 

「ワタシ……ハ……ニケー……コンゴトモ……ヨロシク。」

 

『勝利のニケー』の像に似たメカっぽい造魔が、途切れ途切れにそう言った。

 

「……あらあら? こんな合体結果は知りませんわ。」

 

呟くバロウズ。

えええ。

これは酷いぞ。

これは特殊な合体結果なのか?

 

「ワタシ……ゴシュジンサマ……ノ……タメニ……テキヲ……タオス。」

「無理はしないでくださいね。」

 

ついつい頭を撫でてしまった。

 

「うわあ、サマナーがまた女悪魔殺ししている。」

「いつも通りね。」

 

ピクシーとアリスがなにか酷いことを言って、他の悪魔たちが頷いている。

風評被害ですがな。

エンジェルとニケーが、いつの間にかなにやら熱心熱烈に話し合っていた。

 

ええと、これにて一件落着!

そういうことにしておこう。

 



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娘と刀

 

 

 

ごとり、ごとり。

ある地方都市を走る市電が終着駅に向かって、ちんちん音を立てながら進んでゆく。

娘は武具の入った重いハードケースをちらと見て、悪魔の気配を感じようと試みた。

ブレザー姿の若いおなご。

この辺りの学生ではない。

肩で髪を切り揃え、凛とした顔立ち。

少女はクズノハと呼ばれる退魔組織に身を置いている。

先月も山陰地方在住のサマナーを手伝ってきたばかり。

若い身としては、相当の腕前を持つと言ってもいいだろう。

彼女自身としては、闇と光の戦いがどうとか派閥争いがどうとかはまるで興味のない話だ。

刀を振れたら、それでいい。

それだけだ。

 

ごとり。

市電が終着駅に到着した。

気づくと、彼女しか乗っていなかった。

まだ日が高い、平日の日中。

やたらと愛想のいい乗務員の挨拶を受け、少女は肌寒くなってきた秋の海べりを歩き始める。

誰もいない砂浜。

一人きりの海辺。

 

「やあ。」

 

程なく、くたびれた感じの公務員が女戦士に声を掛ける。

事案ではない。

たぶん。

彼は刑事だ。

もっと悪い?

或いはそうかも知れない。

 

彼は『立会人』たる公務員だ。

退魔関係者によって悪魔が倒される様を確認し、各種取締り関連の法律に抵触させないように尽力するのだ。

茶番にしか見えないが、形式こそが官僚社会で必要なのだろう。

かなり厳しい対応をする公務員もいるのだが、彼は職務熱心に程遠い気質のようだ。

 

「君の『仕事』なんだけどさ、あの赤い屋根が見えるところまでは行わないこと。いいね?」

 

へらへらとした中年は、少女の胸元をそれとなく見つめつつ平坦に言った。

業務熱心には見えないが、隙も見えない。

警察とて心得のある人間はいる物的証拠。

それなりの遣い手だろうと彼女は思った。

何度か想像で斬り刻み、問題無いと踏む。

彼の技量では到底五合も持つまい。

秘剣に比肩し得る業とて無かろう。

 

「わかりました。」

 

素っ気なく答える娘。

見えようが見えまいが、一切関係無い。

事務的なやり取りで終わらせる所存だ。

 

「しかし、あんたみたいな若い娘がこんな……。」

 

余計なことを言おうとした男は、娘の眼力で即座に黙らされた。

なにもしない奴らほど立派なことを平然と口にしたがることに苛立ちつつ、女戦士はそこから無言で立ち去ろうとした。

 

「あ、え、ええと、俺はこの辺りにいるから、終わったら教えてくれ。」

「わかりました。」

 

彼と会話をするつもりなど毛頭ない。

彼女はすたすたと無造作に歩き出す。

 

朽ちかけた赤い屋根の家の玄関先で、少女戦士はハードケースにしつらえられた錠前を開けた。

中に入っているのは日本刀。

備中青江派の現代刀である。

神奈川県平崎市に住む刀鍛冶の手によってこの刀は既に悪魔合体しており、斬れ味が数段増していた。

他には鉢当てと胸当てと籠手。

いずれも悪魔の変化した存在。

度重なる戦闘によって散っていった、彼女の先輩や友人たちの形見である。

いずれ、私もこうした品を残すのだろう。

彼女はそう思った。

仮にこの場で死んだとしても、見張り役の中年不良公僕が回収してくれる。

ふと、彼女は本部での雑談を思い出した。

平崎市に本拠を置くファントムソサエティは福利厚生が充実しているとかで、最近加入した中年召喚師は実に面倒見がいいとか。

娘は首を横に振った。

今日は、雑念が多い。

 

討伐対象の悪魔はこの浜辺に潜んでいるという。

少し厄介だな。

彼女は単独行動が基本の上に悪魔の使役など出来ないため、仲魔を先行して斥候役にすることなどが出来ない。

まあ、いいさ。

娘は柳生流の剣士であり、今では知る人ぞ少なき江戸柳生の刀術を操れる剣客。

勘働きの鋭さはクズノハでも有数である。

なんとなく、ピンときた。

足元に転がっていた棒っきれをひょいと拾い上げ、それを無造作に放り投げた。

ばすん。

落ちたそれになんら反応はない。

 

「少しは知恵があるのね。」

 

彼女は挑発した。

そして、咄嗟に身をかがめる。

ブン、と振り回されるは剛腕。

彼女の首があった位置をそれが通り過ぎた。

背後に向かって、女戦士はくるりと右回りしつつ定寸の二尺三寸五分の備中刀を抜き打ちする。

右脇腹から左肩へ向けての逆袈裟斬り。

踏み込みが浅かったためか、手応えがさほどない。

相手は鬼。

少女の二回りは大きな悪魔。

はぐれか、或いは逃亡者か。

 

「ならば!」

 

女剣士は鬼の左肩から右脇腹へ袈裟斬りを放ち、返す刀で右肩から左脇腹を斬り裂く。

きらっ、きらっ、と刀身が輝き、鬼は無抵抗とも見える程にざっくりと斬られた。

一瞬、きょとんとした顔で鬼は娘を見やるとグハッと血を吐き、ドウと音を立てつつ地に伏した。

実体を保てなくなり、悪魔の体はマグネタイトと化して剣客の有している試験管のようなモノへと吸い込まれていった。

彼女は素早く蓋をして、封印の紙を貼る。

これで一安心。

 

「お見事、お見事。」

 

モグラの皮で刀身を拭う少女に近づきながら、パチパチと拍手する中年刑事。

顔をしかめる娘。

 

「そんなに嫌わなくてもいいんじゃないかな?」

「くさいので。」

「え? ええ?」

「半分、冗談です。」

 

中年男を無視して片付け始める娘。

会話を断ち切ろうとするかの如く。

追いすがる刑事。

 

「今の技、なに?」

「『逆風(さかかぜ)の太刀』です。」

「柳生流の?」

 

ほう、と少女は少し感心した顔で冴えないおっさんへと振り向く。

 

「よくご存じですね。」

「悪魔とやらには通じないけどさ、これでも有段者なんだよ。」

 

武具をハードケースに納めてゆく少女。

錠を掛けて、人前で使えなくしてゆく。

 

「食事でもどうだい?」

「援助交際はしていません。」

「違う違う。俺自身が、今の業を見せてもらったお礼がしたいのさ。」

「おいしいところなら行きます。それ以上のことは絶対お断りです。」

「ああ、それなら心配ない。婆さんがやってる店なんだが、うどんが旨いのは勿論のこと、煮物や漬物もめっちゃ旨い。」

「さあ、行きましょう。今すぐ案内してください。」

 

女戦士は素早く白い軽四の後部座席にハードケースを置き、助手席に乗り込んだ。

 

「あ、ま、まあ、いっか。」

 

そして二人は、老舗の定食屋へと向かっていった。

 



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北から来た娘

 

 

 

 

眉毛の濃い男が、ある拘置所に設置されし面会室内で叫んだ。

 

「メケメケ! マ・メケ・ラシンハ! マ・メケ・ネラニハ! ニヤ・ナ・メケメケ!」

 

男の周囲にいた、屈強の看守たち三人がゆらりと立ち上がる。

彼らは全員、甲賀(こうか)や伊賀などで厳しい訓練修練を積んだ現役の戦忍び。

貫手(ぬきて)で何時でも男の胸板を貫けるように準備する。

武器が無くとも人を倒す手段は幾つも存在しており、彼らは荒事に慣れてもいた。

男はそれだけ警戒すべき人物なのだ。

男を首班としていた会社では行方不明者が続出しており、捜査機関は今も躍起になってその人たちを探している。

男は彼らの装備した鎖かたびらさえも容易に破壊出来る実力を持つが故に、各員にひとかたならぬ緊張が走った。

 

公安部外事一課からやって来た青年は、完全にこの場の雰囲気に呑まれている。

男の国の言葉に堪能だというのでここへ派遣されたが、現在なにを喋っているのか皆目見当が付かない。

後で録音した音声を言語学の専門家に分析してもらうしかないだろう。

面会を希望した共和国大使館の館員が、穏やかな声で男に話しかけた。

 

「ネ・ラシンハ。ヌススト・テテレケメレレハ。」

 

男がギロリと館員を睨む。

そして。

反論するかのように叫ぶ。

 

「ウーララ! ネレテテ・マ・メケメケメケ! マ・セレルハ・テ・ケメコ!」

「ナイナイナイ。」

 

あ、この最後のは否定だな、と本能的に青年は思った。

日本企業占有化の密命を帯びて来日し暗躍していた筈の男が、お金儲けの傍らで私腹を肥やし過ぎた。

逮捕され結局実刑を喰らいそうな為に、共和国政府から蜥蜴(とかげ)の尻尾斬りに遭ってしまった。

まるで悪の組織の幹部が如く。

●獄大使の如く。

その本国が、これより自ら我が国の有力企業の乗っ取りを画策しているってとこだろうかなと考える。

悪の秘密結社みたいに思えた。

ところで、彼らは一体何語を話しているんだろう。

激烈な口調の男をじっと眺めながら、青年はヌメッとしてトカゲっぽい感じの館員にゾクッとするのだった。

 

 

 

オレがマヨーネさんのいるマニトゥ平崎に呼び出されたのは、この辺では珍しい雪が降った日のことだった。

神奈川県平崎市。

この関東圏の地方都市に、我がファントムソサエティの本拠地がある。

 

彼女の事務所に入った途端、めまいがしそうになった。

アニメーション作品から抜け出てきたような恰好の女の子が、ニコニコと微笑んでいたからだ。

なんだか派手な黒いミニスカドレス。

なにかの作品の登場人物なんだろうと思えたが、皆目見当が付かない。

 

「アナスタシアと申しマース。ニッポンのステキなオタクのスポットに行きたくて、仕事も兼ねてサンクト・ペテルブルグから来日しマシター!」

 

可愛い声だ。

豊かな胸元がぱっくり開いていて、目のやり場に非常に困る。

彼女は日本の扮装愛好家たちからの要請に応じて来日し、昨日まで様々な場所にてお仕事をしていたという。

今日から数日間、私的に日本を楽しむ腹積もりだそうな。

 

「彼女の護衛が今回のあなたの任務です。」

 

流暢(りゅうちょう)な日本語でマヨーネさんが話しかけてきて、うっすらと微笑む。

ファントムサマナーが護衛するということは、彼女は狙われているのか?

 

「実は、彼女は金を貰ったらなんでもやる女の子大好き系闇サマナーに付け狙われていまして。」

「シツコイ男は困るネー。」

 

二人とも苦笑いする。

 

「かなりしつこい男に狙われているんですか?」

 

二人が首肯する。

うーん。

大丈夫なのかな?

今回はマリーさんが別任務でここにいないし、エモニカスーツもスリル博士の元で調整中だ。

 

「念のため、もう一人サマナーを雇いました。」

「萌枝野萠(もえのもえ)です。宜しくお願い致します。」

 

髪のさらさらと長い、大和美人系の女の子が扉の向こうから現れた。

彼女も、ターコイズブルーのアニメーション作品に出てきそうなドレスを着ている。

或いは、どこかの夜会にでも出席するつもりだろうか?

マヨーネさんも深緑のドレスを着こなしているし、なんだかオレの方が場違いに思える程だ。

 

萠さんはジークンドーの使い手だそうで、武器を持てない状況でも問題ないらしい。

そんな彼女とロシア娘を連れ、防弾加工された業務用の日本製ワゴン車で我々は一路関東某県にある痛車専門の工房へと向かった。

イタリア車をこよなく愛するマヨーネさん的には不服の残る車輌のようだが、今回は途中で不具合を出されてもたまらないのでこうした選択となった。

ちなみに仲魔たちは全員出していない。

後で彼女たちに怒られるかも知れないが、それは致し方ないな。

 

 

彼女たちのテンションが高すぎて、なにを言っているのか全然わからない。

あんまんマンとさいきんマンとトキメキちゃんの三角関係をどう思うかと聞かれても、そんなのわかりませんがな。

 

 

痛車とは、漫画やゲームやアニメーション作品などに出てくる登場人物の絵を車の表面に貼り付けた存在のことを指すそうな。

ふーん。

今日は丁度そうした車が複数やって来る日だったようで、駐車場にはずらりと絵付きの車輌が勢揃いしていた。

パチパチッと写真を撮ってゆく二人。

車の持ち主とも仲良く撮影してゆく。

手慣れた感じでどんどん写してゆく。

そこへ髭もじゃの胡散臭い雰囲気の欧州系男性が現れ、アナスタシアさんがうんざりとした気だるい感じで応対した。

 

「マタマタマタマタマタマタ、こりもしないで来たのネー。アナタに興味なんてナッシングなんだシ、バーニングラブなんてぶっちゃけあり得ないシ、つまり、今すぐカエレッ!」

 

黒ずくめの男は、明確な拒絶に屈することなく朗らかに話しかける。

 

「ミーはあなたのエンジェリックな魅力にチャームされ、それを慕うただの哀れな子羊ですネ。」

「ラムの香草焼きならおいしいんだケド、あなたは煮ても焼いても喰えないダメダメ野郎ネー。」

「そのヨウトンジョのピッグを見るような視線がカメハメハとなって、ミーを鋭く貫くマカンコーサッポーとなるのデス。それはまさに、キンニクバスター!」

 

うっとりと夢見る如く語る間に髭男は痛車の持ち主たちに囲まれ、その隙に我々はその場から脱出する。

あれはまともな感じじゃない。

なんともヤバい目をしていた。

 

「あの中年男性は以前クズノハに『処理』されたと聞きましたが、生きていたのですね。」

 

萠さんが車内で口を開く。

 

「先程『本部』に映像を送ったのですが、本人認定されました。現在彼は欧州某国政府の外部機関に雇われ、なにかしらの工作に携(たずさ)わっているみたいです。」

「へえ。」

「奇妙なのは、大正時代にも来日してヤタガラスと交戦した記録があることです。」

「大正時代、ですか?」

「大正時代なんです。」

 

ヤタガラス……ええと、諜報戦闘機関だったか。

クズノハもこの組織に属しているのだったかな。

もしかすると、彼女もヤタガラスの一員なのか?

 

 

 

第二の目標地点は、都内池袋にある男性声優の写真や関連製品を多数揃えた魔窟。

女性声優版は秋葉原にあるという。

社会人らしき女性たちが手に手に品物を持ち、鵜の目鷹の目で品を見定めてゆく。

圧倒的じゃないか。

アナスタシアさんと萠さんも、目の色を変えて買い物に邁進していた。

途中で先程現れた髭男がふらりと店内にやって来たが、近くの女性陣からユニコーンギャロップを次々喰らい、呆気なく倒された。

諸行無常ナリ。

ぼろぼろになった彼は、女性店員にポイと摘まみ出されていた。

 

 

大興奮している彼女たちがなにを言っているのか、さっぱりわからない。

刀剣戦士とか恐山さんとか攻めとか受けとかヤオイとかジュネとか耽美とか、まるで意味がわからない。

 

 

本日の最終目標地点は渋谷の某レコード店。

最近では、CDショップというのだったか。

そこに会員制のカッフェがあるのだと言う。

萠さんが優待会員で、アナスタシアさんとオレは家族親族友人枠で入店することが出来た。

髭もじゃ男が視界の隅に見えたけれども、厳(いか)つい男性店員たちに囲まれて追い払われていた。

 

この店は男性声優群から成る楽団によって経営されており、関連製品が多数販売されている。

店内で食事をするとその金額に応じ、アニメーション作品の登場人物を描いたキレイな絵札を抽選式で単数か複数貰えるのだ。

絵札は無作為抽出方式らしく、目的の絵札が出るまで何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もここに通う女性がいるのだとか。

なんとも商売上手なことよ。

店の人から貰った端麗な絵札をアナスタシアさんにあげたら、途端に狂喜乱舞された。

極稀な絵札らしい。

店内の女性陣からの熱視線を感じる。

萠さんもその絵札を持っていないらしく、羨ましそうにしていた。

そこでオレは追加注文し、再度絵札を貰うことにする。

貰った絵札は、たまたま先程のそれと同じものだった。

それを萠さんに進呈したら、彼女も狂喜乱舞した。

 

 

 

平崎市に戻ってきた時、二人の男がワゴン車の前に立ちはだかった。

一人はぼろぼろの黒衣の男。

一人は眉毛のやたら濃い男。

どちらもむさ苦しい感じだ。

 

ちなみに、召喚したピクシーの電撃とアリスのエナジードレインで二人とも瞬殺だった。

虫の居所が悪かったのか、両名は容赦なく二人をどつき回したのだった。

 

 

 

その後、奈良へ向かうことになる。

オレは続いてアナスタシアさんと萠さんに振り回されるのであった。

東大寺興福寺法隆寺柳生の里などを巡り、古民家カフェにも行った。

 

 

二日後。

賑やかなロシア娘を関空で見送り、これで護衛任務は無事完了した。

 



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夜を蹴散らせ




暗い暗い部屋。
殺風景な部屋。
真ん中に椅子。
真っ白な椅子。
座るは若い男。
薄汚れた青年。
目隠しされて。
体は縛られて。

「な、なんで、俺を襲うんだよ! 俺、普通の一般人なのに! …………えっ? た、確かにそんなことはしたけど、だけど、周りのみんなだって一緒にやったんだぜ! み、みんな一緒だったんだ! そ、そいつらも同罪だろう! 俺一人にこんなことをするなんておかしいじゃないかっ! ……えっ? 俺が最後? じょ、冗談だろ。お、お前、もしかして中村か? それとも田中か? や、やめろよな、悪い冗談は。…………嘘だろ。あいつら、とっくにヤられちまったのかよ。お前、一体なんなんだよ! あ、あんな状況になったら、誰だってああいう風にやっちまうもんだろ? なんで、俺が責められなきゃいけないんだよ! 俺、おかしくないだろ! お前だって、俺と同じ状況になったらおんなじことをす……ギャアアアアアッ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い! やめてくれ! ……やめて……やめてください。お願いします。やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください。お願いしますお願いしますお願いしますお願いします。あ…………。」

暗転。





 

 

 

「♪おきろー おきろー サマナー おきろー おきろー おきろー サマナー おきろー はやくおきなきゃ、メギドラオン♪」

 

ピクシーが歌って、オレを起こす。

遮光カーテンの隙間から、やわらかな光が差し込んでいた。

新しい朝が来た。

今日も生きて起きることが出来る。

それはありがたいことなのだろう。

 

「シュウカク……アサツミイチゴ……カタイ……スッパイ……ジャム……サヤエンドウ……ユデル……イタメル……。」

 

ニケーが報告してきた。

今朝の畑は豊作みたいだ。

彼女の頭を撫でておく。

メカメカしい姿の目がチカチカと点滅し、光る触手が何本もうねうねした。

ピクシーが抗議してきたので、彼女の頭も撫でておく。

 

エンジェルとハコクルマが、やいのやいのやりながら食器を用意していた。

どうやら、洋食と和食の違いについてかなり激しく論じているみたいだな。

早い時間から両名とも苺のジャムを作っていたようで、周囲には甘い香りが漂っている。

またまた作りすぎたようだ。

お裾分けしないといけない。

近所に住んでいるミステラー星人の親子も喜ぶだろう。

お父さんは宇宙戦闘隊でエース級の実力者だったそうだが、今はタクシー運転手だ。

あの念動力はおそるべき能力だと感じた。

娘さんの輝美ちゃんは、聖仙武蔵野高校に通っている。

親子で仲睦まじいのはよきかなよきかな。

お婿さん探しがお父さんの悩みの種とか。

 

「サマナー、早く顔を洗って髭を剃って席につきなさい。そろそろパンも焼けてきたわ。」

 

アリスが食堂から声をかけてくる。

さあ、みんなで朝食を食べようか。

ところで、マリーさんは何故当然のように食卓にいるのだろうか?

 

 

 

居間で『変身駆逐艦嵐』を視聴する。

仲魔たちが熱心に見る番組だからだ。

ニチアサとかいうらしい。

今回の六〇分スペシャルではワルワル博士と鉄面党が手を組み、機関車仮面やホームラン仮面などが嵐に肉薄していた。

仲間のタツマキの犠牲を経て血骨(けっこつ)党の血骨摩羯(まかつ)斎は倒したものの、新たなる敵が現れた訳だな。

成程、テコ入れですね、わかります。

親友の萩風(はぎかぜ)や謎のくノ一三人衆の陽炎に不知火に浜風、それと戦闘妖精雪風の助けによって、事態を打開してゆく変身駆逐艦嵐。

その美しき戦士たちに助力する、謎の戦艦棲姫(せいき)とほっぽちゃん。

謎が謎呼ぶ展開だ。

ジャッカー電撃隊の四名の参戦も地味に侮れない。

豪快な活劇が人気のひとつだけど、よくあんなに動けるものだ。

実に感心する。

特撮も奥深い。

 

 

 

最近、不審な状況下で失血死する人が続出しているという。

吸血鬼かラミアかはたまたチュパカブラか。

場所も千差万別で、屋内外問わない感じだ。

マニトゥ平崎の事務所でマヨーネさんから概要を聞いて、さてはてどうしたものかと考える。

ちなみに彼女へ出来立て自家製苺ジャムを進呈したら、お返しに自家製ソーセージを貰った。

マヨーネさん自身が仕留めた猪や鹿で作られたものだそうな。

鹿革製品も好調のようで、商売熱心なのだと感心してしまう。

……意識が脱線してしまった。

そうそう、奇妙な事件が多発しているのでなんとかしなくてはならないのだ。

平崎市を含む関東圏の地方都市やら東京都内やらで、被害者が続出しているという。

警視庁と警察庁双方から、我々ファントムソサエティなどの退魔機関に協力要請が来ていた。

情報を共有しながら捜査を手伝って欲しいとのことだが、素人がどれ程役に立つのだろうか?

 

 

 

なにか新たな証拠でもないかなと、犯行現場の幾つかへ立ち寄ってみる。

外見がイタリア車で中身が日本車の、日伊連盟的ワゴン車で走り回った。

車がそろそろ馬力不足というか、もう少し力強い方がいい気もしてくる。

ちと検討しておこう。

とある郊外の駅前駐車場へ車を停め、犯行現場へ出向いてゆく。

犯人の行動範囲はけっこう広いし、時間帯も様々だ。謎が多い。

薄暗くて人目につきにくい場所、というのは共通項であるけど。

ピクシーがその小さな体を利用し、隙間をちらほら覗いていた。

付いてきたアリスも、キョロキョロと辺りを鋭く見回している。

 

「サマナー、これ、なにかしら?」

 

ピクシーが持ち上げているのは女物の首飾り。

銀製の細い、素っ気ない意匠のものだ。

ちぎれていた。

側溝に転がっていたという。

被害者が意識的にか無意識的にか、加害者の首元から引っ張ったのかもしれない。

 

「サマナー、こんなものも出てきたわ。」

 

アリスからふわっとしたモノを渡される。

なにかの毛のようだ。

獣?

スリル博士に調べてもらおうか。

 

 

翌日、スリル博士から着信アリ。

 

「あれは蝙蝠(こうもり)みたいな生き物の毛やね、たぶん。」

「蝙蝠で確定ではないのですか?」

「なんか強度が段違いなんやわ。」

「ほう。」

「ま、もちょっと調べてみるわ。」

「お願いします。」

 

蝙蝠?

サキュバス?

血を吸うのかな?

わからない。

 

 

 

調査が行き詰まる。

犯人はどこにいる?

夜も捜査してゆく。

当てもないままに。

 

「よう。」

 

軽い響きの声が前方から聞こえてきた。

暗闇から、複数の異形がぬっと現れる。

先頭の人物が、我々に話しかけてきた。

 

「俺はショッカーのマムシ。ぽんこつ再生怪人とかしまし女子高生戦闘員たちとちびっこ見習い戦闘員たちを率いる、中間管理職で外道への天誅が専門の上級戦闘員さ。よろしくな、ファントムソサエティのサマナーさんよ。」

「こちらこそよろしく。」

 

ショッカーは我々と提携している組織でないけど、場合によっては共闘もやぶさかでない。

現場判断でもかまわないだろう。

それに向こうから提案している。

別段断る理由がなければ、柔軟性を維持したいものだ。

普通っぽい外見の男性だが、何名もの異形を引き連れるだけの実力はあるものと思われる。

その証拠に、彼の配下は誰も油断していない。

ちびっこ見習い戦闘員が、全員年齢的に幼いのは気になるところだが。

 

「俺は普段、ショッカー・スクールの教師をやっていてな。ま、先公なんて柄じゃないんだが、生徒は可愛いもんさ。」

 

ちびっこ見習い戦闘員たちの頭を撫でながら、強面(こわもて)の上級戦闘員ははにかんだ。

 

 

 

捜査機関に提出した銀の首飾りからは、被害者の体液などが検出されたそうだ。

彼らはその首飾りの販売元を辿って、犯人の特定を行うつもりらしい。

上手くいくのかな?

 

 

 

平崎市内の繁華街にある薄暗い路地裏。

マムシの配下である女子高生たちを餌にして、犯人が食いつくように仕向けている。

前回、前々回は手応えがなかった。

今日はどうだろうか?

エモニカスーツを着込んだ状態で車内待機していたら、突然、中の人のバロウズが警告を発した。

 

「ご主人様! エネミーソナーに感あり!」

「敵ですか?」

「反応は赤!」

 

エモニカスーツの全機能の安全装置を解除し、バケツヘルムをかぶった。

戦闘準備完了して車から飛び出す。

続々と集結するは混成部隊の面々。

囮の少女は危機一髪だったようだ。

白いワンピースを着た若い女性が我々を見て、ニヤリと嗤う。

途端、周囲が異界化していった。

……もしかして、我々は謀られた?

ピクシーが叫ぶ。

 

「あれは吸血宇宙星人ドラキュラス!」

「知っているんですか、ピクシーさん?」

「女性の遺体に憑依し、次々に人々を襲って吸血行為にいそしむ危険な相手よ! 口からは毒の霧と赤色光弾を放つわ。後、エナジードレインも使うから気をつけて!」

 

彼女は様子見していた再生怪人に素早く近づくと、その首筋に鋭い牙を突き刺した。

あっという間に干からびる怪人。

あれはとてもヤバい感じがする。

マムシが周囲に声をかけてゆく。

 

「お前ら、散開して攻撃しろっ!」

 

オレも仲魔に指示を飛ばす。

 

「各自、攻撃開始してください!」

 

そして、激戦が始まった。

 

 

「ちっ、こいつ、はええ!」

 

短機関銃を撃っていたマムシが呻(うめ)く。

実際、吸血星人の動きは相当素早い。

おまけに強い。

囮扱いの再生怪人たちが翻弄され、エナジードレインされ、各個撃破されつつあった。

女子高生戦闘員たちもナイフや手裏剣を投げたり斬りかかったりしているが、なかなか上手くいかないようだ。

ちびっこ見習い戦闘員は言わずもがな。

こちらからの攻撃魔法も無効化されたりして、今一決め手に欠ける。

広域攻撃魔法のメギドラオンを使うだなんて論外だし、困ったなあ。

ニケーの拡散波動砲もこの状況では使えない。

周囲の面々を巻き込む訳にもいかないし。

うーん。

そこへぬっと現れる敵の増援。

坊主頭の奥知れぬ気配の巨漢。

巨大なバールのようなモノを振り回す男。

おそらくは、吸血星人の手下なのだろう。

精神支配されているのか、自主的なのか。

兎に角早めに奴を排除せねばなるまいて。

 

「こいつは俺がヤる!」

 

屈強な男に飛びかかってゆくマムシ。

 

「とうっ!」

 

マムシは怪力男を抱えて、跳躍する。

 

「きりもみシュート!」

「ギャアアアアアッ!」

 

大男の悲鳴が聞こえてきた。

なんと激しく回転するのだろうか。

ピクシーが叫んだ。

 

「あれはきりもみシュート!」

「ピクシーさん、知っているんですか?」

「空中できりもみ投げを浴びせることにより、敵の周囲に真空を作り出すの。敵は酸欠状態になり、そのまま地面に叩きつけられるから実におそるべき必殺技ね。」

「成程。」

 

ドスン!

落下音。

あらぬ方向に首をねじ曲げた怪力男は地面と激しい口づけを交わしてピクピクしており、やがてピクリとも動かなくなった。

 

「思い出した! 光よ! 出来る限り、激しい光をあいつにぶつけて!」

 

ピクシーが叫ぶ。

それに応じて、エンジェルはマハンマを唱えた。

まばゆい光が放たれる。

ハコクルマがなんだか嫌そうな顔をしていたけれども、ここは我慢してもらおう。

ドラキュラスはもがき苦しんでいた。

効いている。

マリーさんも同じくマハンマを唱え、ニケーの全身が光り始める。

更に苦しむ吸血星人。

エモニカスーツからも探照灯のような光を浴びせながら、聖なる銀の弾丸を三発撃ち込んだ。

イスカリオテ機関からマヨーネさんを経由し回してもらった特製品だ、とくと味わうがいい。

 

「ギャアアアアアッ!」

 

そうして、ソレは灰と化して消滅した。

 

 

 

……犯人の確保は出来なかった。

だが、この国の警察は優秀なようで、ある女性を被疑者として追跡調査したそうだ。

半年前に若くして心臓麻痺で亡くなった彼女が、エンバーミングだかなんだかで某所にある洞窟に保存されていたところまでは突き止めたという。

問題はそこら辺りから曖昧になってくることで、彼女の父親が木乃伊(ミイラ)となって見つかったこともあって捜査当局を混乱させているとか。

マヨーネさんが、それらのことを教えてくれた。

なんだかもやっとしてくるが、どうにもならぬ。

 

マニトゥ平崎から出ると、マムシが配下の女学生群共々オレたちを待ち受けていた。

 

「これからサンドウィッチとケーキの食べ放題に行く予定なんだが、お前らも一緒に行こうぜ。事件も解決したことだしよ。」

「それはいい提案ですね。」

 

仲魔の面々もどうやら乗り気のようだ。

 

「じゃ、行こうか。」

「ええ、行きましょう。」

 

我々は、春風に吹かれながら食べ放題を実施しているホテルへと向かった。

 

暗い夜は蹴散らしたらいい、と思いつつ。

 

 

 

 



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夜の警邏

 

 

 

あ~あ。

なんで独りで警邏せんといかんのかな。

最近は物騒になってきているし、夜間に警官を襲う大馬鹿者もいるし、どがんとせんといかんのちゃうかな?

先輩の黒沢さんは連続殺人事件の捜査に駆り出されちゃったし、この辺でも不審死が増えているんだよなあ。

報道されないような変死も時々聞かされるし、非常にうさんくさい連中が警察署に来ることもあるんだよな。

くわばらくわばら。

精神に変調をきたした連中なんて言葉が通じないから、めちゃくちゃ厄介だ。

なんかあったら、撃たなきゃいけないんだしな。

発砲したらしたでややこしい報告書を書かないといけないし、めんどくさいったらありゃしない。

 

最近は悪魔が出たとか出ないとかで、発砲に関する規制は緩められている傾向にあるけどさ。

悪魔ってなにかの隠語なのかな?

異世界転移とか転生するなら兎も角、悪魔がどこの世界にいるんだよ。

変な化物を何度か撃ち倒したけど、死骸が見当たらなかったんだよな。

もしかして、逃げられたのかな?

変な生き物がいるみたいだけど。

その後の被害届は出ていないから、どこかで野ざらしになっているのかもしれない。

まあ、なんだかよくわからない。

 

どうして鉄砲が当たらないんだ、って知らない奴らほど騒ぐんだよな。

五メートルも離れたら、拳銃なんてなかなか当たらないっつうの。

動いているし、生きているし。

やらない奴ほど騒ぎ立てるし。

わからないんならわからないで、調べるか黙っていられんのかね?

三八口径で凶暴犯は止められないっての。

マグナムくらいは使わせてもらいたいな。

あと、一〇ミリオートとか。

クロック辺りの半自動式拳銃でも支給すればいいのに。

無関係の市民に絶対当たっちゃいけないのはわかってるけどさ、じゃあ、警官が何人も殺されていいのかよ。

相手が人殺しをなんとも思わない状況だってあり得るんだぞ。

殉職者を発表しないのなんて、ありかよ。

なんだかいろいろ間違っているんじゃないのか?

あ~あ。

なんで俺、お巡りさんになっちまったんだろう。

へらへらやっている奴らが大変うらやましいよ。

 

先週は和久さんに最近撃ちすぎだって言われたけどさ、撃たなきゃ殺られていたしなあ。

予備弾が無いと不安になるんです、とは流石に言えない。

常時二〇発持っていると言ったら、こっぴどく叱られそうだ。

俺、変なのに遭遇しやすいのかなあ?

いわゆるエンカウント率が高いのか?

……。

いかんいかんな、仕事に集中しよう。

こないだの変な化物はなんとか九発で倒せたけどさ、あんな経験はもうこりごりだ。

あのあと身体の調子がなんだかよくなったけど、あの化物となにか関係あるのかね?

 

 

 

あ、そこのお兄さん。

そう、あなたですよ。

えっと、こんな夜更けにどこへ行くんですか?

えっ?

マスターに会いたい?

 

マスター?

酒場の?

酒場好きのマニアなのかな?

盛り場に行きたいのかねえ?

 

ここからだと、唐人街……今風に言うと中華街ですね、そこのところから小さな飲み屋が幾つか並んでいてバーも何軒かありますから、マスターもいると思いますよ。

 

サマナーを探している?

なにそれ?

セミナーとは違うのか?

サマーセールとは違うよな。

 

えーと、サマナーがなにかは知りませんけど、マダム銀子ならここ平崎市の古株だからいろいろ詳しいと思いますよ。

自分はこの平崎市に最近越してきたばかりだから、この辺にはあまり詳しくないんですわ。

ええ、この道を真っ直ぐ行ってあの通りを渡って次の信号を左に行ったら矢来銀座に入るから、そこにあるクラブ・クレティシャスで聞いてみたらわかるんじゃないですかね。

ええ、ではお気をつけて。

 

 

 

あ、そこのお姉さん。

こんな夜更けにどこへ行かれるんですか?

運命のサマナーを探しに?

 

……サマナーってなんじゃらほい?

さっきから聞くけどさ。

サマーソニックとは関係無いよな。

……。

つまり、素敵な彼氏が欲しいのか?

運命の出会いってあれじゃないか?

そうだ!

たぶん、そうだ!

 

ええと、あっちに飲み屋街があるんで、そういうところに行かれたら出会いがあるんじゃないですかね。

ええ、ええ、この道を真っ直ぐ行ってあの通りを渡って次の信号を左に行ったら矢来銀座に入るので、そこにあるクラブ・クレティシャスのマダム銀子に尋ねてみたらわかるんじゃないですかね。

ええ、ではお気をつけて。

 

 

 

 

しっかし、本庁から出向して研修に来た足立って刑事、なに考えてんだかさっぱりわかんねえな。

キャベツ刑事(でか)って渾名(あだな)を付けられてたけど、そんなにお好み焼きが好きなのかね。

いや、或いは豚カツなのかな?

……違うか。

周防さんのようにいつもやる気をみなぎらせまくっているのも、ちょっと困りもんだけどな。

弟さんを自慢する姿が可愛いって、うちの女性陣がきゃいきゃい言っていたなあ。

あの二人を足して割ったらよく……うーん、どうなるのかな?

 

 

 

お、ようやくいとしの警察署が見えてまいりましたよ。

今夜もなにごともなく、無事警邏終了。

よかばいよかばい。

 



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平崎市再開発計画




今回は若干エグめです。





 

 

 

「ハハハッ! あたいのミラープリズンをたんと喰らいな! アハハッ! みーんな鏡になっちまえ!」

「そしてこのストリゴイイ様の必殺技を喰らってあの世に逝きなっ! ほらよ! キリングステップ!」

 

闇夜に叫ぶ二つの異形。

彼らの構築した異界の中で敵対者たちは瞬時に鏡と化し、荒々しく踏みつけられあっさりと砕かれる。

その破片は寸時きらきらと光って、わたあめのようにはかなく消えていった。

対魔部隊はこうして、あっという間に怪異によって全滅させられたのだった。

 

「カーッカッカ。もろいなあ、ニンゲンはよ。」

「そりゃそうさ。よわっちいニンゲンだもの。」

 

異形が消えた後、空間が歪んで元の世界へ再構築される。

死人はその姿さえ残すことがなかった。

死して屍(しかばね)、残ることなし。

ただひとつ、小さな祠(ほこら)の後ろに刺さった破片以外は。

 

 

 

 

「次のニュースです。平崎市議会は本日、紛糾の末にようやく本会議で市内の再開発計画を承認しました。これに伴い、難航していた平崎駅周辺の空き地問題が全面的に解消される見通しです。ただ、工事予定地区内にある例の祠を保護するか或いは撤去するかどうかについてですが、依然として解決の見通しが立たない状況です。保護派の意見と撤去派の意見が完全に平行線をたどっており、妥協点を見出だせないままに明日も両派の会合が開かれる予定です。宮内庁はこの件に関して、本日も発表がありませんでした。さて、この後は、本日のゲストである346プロの武内プロデューサーへの徹底インタビューとなります。皆さんから多数いただきましたご要望から選り抜きのモノを使って、謎多き彼の秘密に迫りたいと思います。ご期待ください。その前に一曲お聴きください。喜多修平さんで『Soul Phrase』。」

 

地元のラジオ番組を聞きつつ、中古のイタリア車を平崎市中心部へ向けて走らせる。

どうやら、駅舎近くに大きな珈琲店を作っただけでは物足りないらしい。

百貨店を誘致するとか、大型商業施設を勧誘するとか、アウトレットモールを招致するとか、いろいろな話が錯綜している。

昔のバブル期の話でもないのに。

景気は少しでもよくなるのかな?

 

 

マヨーネさんに呼び出され、同業者の対魔部隊の幾つかが行方不明になっていることを聞かされた。

我がファントムソサエティのサマナーも、数人連絡が取れないらしい。

生存は絶望的でしょう、と言われた。

白系の色合いを好む組織も黒系の色合いを偏愛する組織も関係なく、どうなっているのかわからないとか。

鋭意調査中とのことだが、今のところ僅かな痕跡すら見つからないのだとか。

部隊が移動に使った車輌は残されているものの、肝心の人員の誰もが影も形も見当たらないらしい。

それなんて怪談?

彼らの調査を引き受けると伝え、エスプレッソを飲みながらの雑談に移る。

マヨーネさんは日本の文化にいたく興味があり、雑談の名目で情報収集するのに余念がないのだ。

まあ、最終的にはイタリア自慢になるのだけど。

現在使っているワゴン車が手狭に感じられたり排気量不足に思われたりするので(特に長距離移動時)、日本車に切り替えようかと考えていると言ってみた。

ドイツ車もいいかもしれない。

ピクリ、と頬をかすかに動かしつつも微笑みながら彼女は言った。

 

「古い型のものですが、丁度よいイタリア車があるんですよ。」

 

やっぱりなあ。

 

 

神奈川県内に於いてその歴史の古さを誇る平崎市だが、律令制の頃にその一帯で大規模な戦闘があったと言われる。

実際、市内の開発をしようとすると大抵なにかしらが出土するのだ。

平崎王朝については小説家の司麻亮太郎氏と松森清聴氏とが大論争で揉めに揉めたけれども、『邪馬台国論争』と『平崎論争』とで彼らは創作に於ける息抜きをしていたのかもしれない。

貴重な執筆時間を多大に喪失したと考える向きもあるが、よかれあしかれ、歴史を考える上での多様性が重要なことだとも考えられるのではなかろうか?

 

 

 

 

以下は、平崎市の歴史を研究する大学の先生から聞いた話だ。

 

 

昔々のその昔、大和朝廷が出雲王朝や吉備王朝に武力をちらつかせて圧迫していた時代。

この関東の地にも、一大勢力を築いていた王朝があったと言われている。

 

圧倒的兵力で反抗勢力を血祭りにあげたり屈服させたりしていた無慈悲な支配者たちは、新たな矛先を関東圏に求めた。

支配欲に酔った冷酷なモノどもは躊躇なく独立勢力を滅ぼし、それが正しいのだと信じ一切疑わない。

そうした傲慢極まる考え方が、悲劇的結末を増やしていった。

古今東西、人間は愚か者を継続するしかないのかもしれない。

 

大和朝廷への屈辱的隷属を拒(こば)んだ

ため、かの王朝は絶望的戦争を余儀なくされた。

卑弥呼に比肩し得る巫女にして王朝の統率者たる姫君は『悪魔』を召喚し、猛犬のような大和朝廷の軍兵と干戈(かんか)を交える結果となった。

緒戦は王朝側が制したものの、数の暴力で迫る猛々しき朝廷軍に勇敢な悪魔や献身溢れる王朝の兵卒は次々と討たれてゆき、或いは虜囚となって酷く残忍な手法で次々に殺された。

それでも抵抗は激しく、朝廷軍も指揮官を何人も失う結果となる程だった。

彼らは数の暴力と残酷な刑罰をもって侵略してゆき、進攻方向にある村落をすべて焼き払い、村人たちをも酷い目にあわせた。

それでも姫を恨む者はいなかったそうだ。

いまだに拷問を受けたと見られる遺骨や炭化した家の柱などが複数出土することから、それは歴史的事実とされている。

宮内庁や政府は、頑(かたく)なにその事実を認めようとしないが。

 

やがて姫も囚われの身となる。

彼女はありとあらゆるむごたらしい仕打ちを受け、身分にふさわしくない殺され方をしたという。

その姫君は死後怨霊と化して大和朝廷の政治家や将軍や兵士を何人も呪い殺し、彼女に辱(はずか)しめを与えた人間と関係者を皆殺しにしたらしい。

呪術合戦が都で激しく繰り広げられ、首都は一時期死者さえもが闊歩(かっぽ)する異界と化して大変だった。

そう、先生は主張している。

実際、鬼退治の話が頻出している時期でもあるので強い説得力が感じられた。

死者は鬼と化して人に仇なし、仇なした鬼は人に討伐される。

諸行無常。

 

後に呪術師として本邦最高峰の実力者の吉備真備(きびのまきび)を首班とする集団によって、怨霊と化した彼女を鎮めるためにありとあらゆる手段が講じられたという。

そして今の平崎市内に幾つもの封印を施したお陰で、ようやくこの地での怪異が無くなったそうだ。

 

再開発計画の予定地にもその伝説の祠があり、地元の古老や在野系研究者や学者がこぞって再開発の反対を訴えている。

宮内庁はその祠の歴史的重要性を公的に認めておらず、それは疚(やま)しいことがあるからだとうそぶく人物もいた。

 

 

 

新しく買い換えたイタリア製のバンに乗って、平崎市内をぐるぐる回る。

我が仲魔たちは、中古車ながらもきちんと手入れされた車内に興味津々のようだ。

ひっろーい。

あちこちをぺたぺた触っている。

悪魔という存在は人間との接点が少ないそうだが、いやいやどうして、その好奇心はけっこう幅広いように思えた。

 

途中、平崎市の歴史に関わる祠に立ち寄ってみる。

小さいが、雰囲気のある代物だ。

その裏でピクシーが破片を発見した。

硝子の破片のような、異なるような。

仲魔たちがなんだなんだと見つめている内に、まるで淡雪のように溶け去ってゆく。

それを見ていたピクシーが、我々になにやら推論を話し始めた。

 

 

 

 

どことも知れぬ場所。

異形が二つお話し中。

 

「あのよ、ストリゲス。」

「なによ、ストリゴイイ。」

「封印とやらは解かなくていいのかよ。」

「別にいいんじゃない。あたしたちが解こうと解かまいと、こちらに役得がある訳じゃないし。」

「ま、人間との約束なんざ、どうでもいいか。」

「ハハッ、それでこそ悪魔ってもんじゃない。」

 

霧散するように消える、異形二つ。

最初からなにもなかったかの如く。

 

 

 

 

ぐるぐる回って捜索していたある日の夕方。

雲雀丘で、部隊が行方不明となった原因らしい悪魔たちと遭遇した。

片方は黄色いコートを着ている男性系悪魔で、もう片方はハーピーみたいな女性系悪魔だ。

どちらも好戦的な感じがする。

 

「カーッカッカ。このストリゴイイ様の邪魔をするとはいい度胸だな、おい。」

「ハハハッ。ニンゲンどもの無謀さにはつくづく呆れる限りだよ。バカねえ。」

 

二つの異形がオレたちを侮蔑の目で見つめた。

どちらも油断しているぞ!

勝機!

いざ、死にたまえ!

 

「シャッフラー!」

「マハラギオン!」

 

オレたちの呪文は敵対する悪魔へ即座に届き、札と化した彼らは悲鳴をあげる間もなく紅蓮の炎に包まれやがて消滅した。

必殺の〇.一秒、って感じである。

奴らの慢心を利用出来てよかったと思う。

もしも奴らが慢心することなく素早く術を使っていたら、行方不明になった部隊の面々と同じ運命をたどっていたことであろう。

 

 

 

 

戦い終わって、日が暮れて。

弛緩(しかん)した車内で、仲魔たちがテレビ番組について論じあっている。

先日放映終了した『フロストエースRX』の後番組の『仮面サマナーR1』。

今、悪魔の間で大人気の『アクアサ』系作品がそれだ。

仮面装甲服を装着したイケイケのサマナーと彼を支えるけなげなホムンクルスとの、愛と青春と殺戮のお話らしい。

そのせつなさ乱れ撃ち的な展開が、悪魔の心をズッキューンと撃ち抜いているとか。

『仲魔ちゃんねる』内の『アクアサ』枠は外れが無いと、沢山の悪魔が太鼓判を押しているという。

なにそれ見てみたい。

楽しそうに会話している彼女たちを見ていると、人間と悪魔の違いって一体なんだろうなと考える。

……いかんいかん。

少し感傷的になっているようだ。

殺しあいでなく、話し合いで解決出来たらいいなあと思う夕暮れの街角。

 

「今夜はカキフライが食べたいわ!」

 

もやもやを打ち払うようなピクシーの声。

他の仲魔たちもそれにすぐさま唱和する。

 

「では、途中で牡蠣を買って家にて作りましょう。」

 

そう言ったら、車内は更に盛り上がる。

そうだ。

これでいい。

これがいい。

溶けゆく夕陽に向かって、我々は『死ね死ね団のテーマ』を歌いながら走ってゆく。

明日も晴れるといいな。

 

 

 

 

結局、撤去派の代表が収賄罪で逮捕されたのを機にして、祠とその周辺を除外して工事が進められることになった。

政府がちょっかいをかけてこなくなったことも、このことに関連しているように考えられる。

最近の与党は司法の人事権で横暴な振る舞いをしたり土地の売買で不正をしたり懇親会で反政府団体を呼んだり賭博場の建設関連で汚職をしたりと、毎週の如く次々に不祥事が発覚している。

博打(ばくち)を大々的に行うことで賭博依存性の人間を意図的に増やすだなんて、正気の沙汰にはとても思えない。

金に困った経験の無いエリート様たちは、少しの金を巡って必死になる人間のことなどどうでもいいのだろう。

与党の支持率は急降下中の上に内部告発が相次ぎ、政局は大混乱だ。

野党の猛攻に対し与党は防戦一方なので、それが少しは状況に影響しているのかもしれない。

それと、保護運動が活発化したのも追い風になったのだろう。

たぶん。

マヨーネさんがなにかやっていたようだけども、それとは関係あるのかな?

よくわからないな。

ともあれ、仲魔たちがお出かけしようとおねだりしてくる。

まあ、どこかに出かけるのもいいだろう。

平和だからこそ、そうしたことが出来る。

そういった世界を守りたいものだ。

勿論、出来る範囲で。

 

 

 



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白い闇を抜けて





それは人ならぬモノたちの戯れか
人の世の喜怒哀楽も神々の盤の上
駒の扱いにぞんざいなモノもいれば
極めてやさしく扱うモノも稀にいる
凝った駒はなんのため
セカイにあるはなんのため
蜘蛛の糸は細く切れやすく
ぷつんと切れたらさようなら

『白い闇を抜けて』

ツクリモノの駒は
その瞳になにを映すか






 

 

 

 

その娘は四号と呼ばれていた。

まるで役立たずの穀潰しとも。

彼女の住まうは白い研究施設。

白く白くどこまでも白い建物。

彼女は気がついたら、そこにいた。

施設に何故住まうことになったのか、ちっともわからない。

彼女には施設での数年ほどの記憶しか無いからで、最初の記憶とやらもひどく曖昧模糊としている。

幼少の頃もわからず、父母の顔さえ覚えてはおらぬ。

自分自身とはなんぞや、との問いを持ってはいるが、誰にも問うたことはない。

誰も答えてくれないだろうことは、何故だか既にわかっていたから。

 

『訓練』と称する実験では、彼女はいつも上手くいかない。

いつもなにか、誰かに邪魔をされるから。

一号、二号、三号、といった先輩たちに馬鹿にされる日々。

特にいびられたりはしなかったが、仲間外れは日常茶飯事。

それでも楽天的な彼女は、日々なんとかやりくりしていた。

 

 

 

そんなよくわからない日々は、唐突に終了を告げる。

ある夜、襲撃者たちが現れたからだ。

所長と副所長の会話が聞こえてくる。

彼らは四号がひっそり休んでいた部屋に入ると、なにやら早口で話し合いだした。

物陰に潜んでいた四号は、会話する所長と副所長の言葉をじっと聞くことにする。

お追従(ついしょう)の上手そうな副所長が部屋の一角にあった端末を操作し、偉そうな感じの所長は彼にあれこれ指図し出した。

インカムを付けた副所長が、てきぱきと指示を飛ばしてゆく。

 

「侵入者たちの迎撃には一号、二号、三号の三名も回せ。あいつらなら、すぐに侵入者たちを蹴散らせるだろう。」

「はっ! ただちに!」

 

端末を操作していた副所長がやがて叫んだ。

 

「所長! 侵入者が判明しました! ファントムソサエティとショッカーの合同部隊です! ファントムサマナーは幹部級でない模様ですが、見たことも無い悪魔を複数使役している模様です! ショッカーの方は今までになく戦闘員の統率が取れているようで、防衛部隊が苦戦しております!」

「なんだと! クズノハでもヤタガラスでもないのか! 悪魔使いを集中的に攻撃させろ! 主のいなくなった悪魔なぞ能力を活かしきれないのだから、おそれるに足らんっ! ショッカーは怪人を集中的に狙え! 戦闘員なぞ、怪人がいなければ烏合の衆に過ぎんっ!」

「三名と侵入者たちが、中央訓練場で戦闘状態に入りました!」

「奴らがここまで来るとは思えんが、いざという時のための処理をしておくぞ。」

「はっ! ところで、四号の姿を見かけませんが、アレの処遇はどうしますか?」

「捨ておけ。あの娘はなにも出来ん。一切問題ない。急げ! 時間は有限だぞ!」

「はっ!」

 

影にいながらそのやり取りを聞いていた四号は、彼らが部屋から出てゆくとちょっとしてから影を伝って外へ出る。

外の世界を知りたいと思っている彼女にとって、この緊急事態は好機到来に思えた。

 

 

数分後。

ドン! という音が闇夜に響く。

メギドラオンの多重詠唱の影響で、研究所の屋根の一部が吹き飛んだ。

激しくぶつかり合う両陣営が、ちらほらと見えてくる。

異形たちがその生存を賭けて、死闘を繰り広げていた。

それは阿鼻叫喚の渦巻く空間。

炎が、冷気が、雷が、周辺で荒れ狂う。

矢が、槍が、弾丸が、周囲で放たれた。

力尽きて倒れる者が続出する。

それは正に一進一退の攻防戦。

 

四号は研究員たちに見とがめられることもなく、無事に敷地外へと出られた。

さて、どこへ行こうか。

細い蜘蛛の糸をたどるかのように、彼女は慎重に歩き始めた。

 

 

 

 

空は快晴、日本晴れ。

雲ひとつ見えない空。

四号はふらふらと港町をさ迷う。

そこは神奈川県平崎市の繁華街。

賑やかに人々が周囲を闊歩する。

踊るボディコン娘の像が見えた。

熊や蛙の置物もその辺に見える。

彼女にとっては、初めて尽くし。

見るもの聞くもの、知らぬもの。

危なっかしく、ふらふらと歩く。

そんな四号を注視する者がいた。

漆黒をまとった、麗しき存在だ。

黒いセーラー服に黒髪に赤い瞳。

その子の傍にはふわふわ系少女。

信頼しきった表情の可愛い乙女。

麗しの少女が四号を見て言った。

 

「佳那子、あの子とお茶にしましょう。」

「はい、姉様、喜んで。」

 

四号は後ろから声をかけられた。

 

「そこの可愛い女の子。私と佳那子のお茶会に参加させてあげるわ。光栄に思いなさい。」

 

気付かずにふらふらと歩く四号。

首をひねる黒髪の少女。

 

「この子、聞こえないのかしら?」

「自分のことだと思っていないのではないでしょうか?」

「佳那子、その子を誘いなさい。」

「はい、姉様、おおせのままに。」

 

四号は自分の前にふわふわした女の子が立つのを確認した。

なんだろう?

こてん、と首をかしげる純粋培養娘。

 

「私たちと一緒に、お茶とケーキをいただきませんか?」

「お茶? ケーキ?」

「ええ、とてもおいしいですよ。」

「行く。」

「ええ、行きましょう。」

 

異形が二名と人間が一人。

彼女たちは『カフェ・マミーヤ』へ意気揚々と向かった。

そこはなんでもおいしい店なのだ。

ケーキにお茶に焼菓子にパン各種。

きっと人も人でないモノも舌を震わせ、胃を喜ばせることだろう。

 

 

 

 

おいしい時間を過ごした後、四号は再び街を歩く。

 

「ひらさきお城ツアー、まもなく参加者を締め切りまーす! 皆様、ご一緒に歴史を踊ってみませんか?」

 

蝶の髪留めを付けた美人が、深みのある声を辺りへ響かせている。

なにかをやっているみたいだ。

参加費無料とある。

一文無しの身としてはすこぶる都合がよい。

金銭の概念があるかは怪しいながら、四号はツアーへ参加してみることにする。

参加者はけっこういた。

孤独な感じに見える中年男性も、そこに参加している。

 

 

「はい、こちらが日本四大海城(うみじろ)の一つ、平崎城です。香川県の高松城、愛媛県の今治城、佐賀県の唐津城と並ぶ海沿いのお城ですね。天守閣が今尚現存している稀少なお城でもあります。函館の五稜郭と並ぶ星形要塞として、洋式建築を積極的に取り入れた先進性が平崎藩開祖たる秦野弘隆公の本領の一つとされています。徳川五虎将の一人だった弘隆公は勇将であったと同時に、一流の文化人でもありました。利休八哲の一人であったことからもそれはうかがえます。では早速、城内に入ってみましょう。」

 

長い髪の眼鏡美人系案内人がにこやかに言う。

 

「名古屋城の後に建築された平崎城は小さい天守閣を持ちながらも堅牢な造りで、江戸幕府は小田原城を支援出来る防御拠点として建設したのだろうと言われております。藤堂高虎公と加藤清正公とが設計に関わっており、当時の城郭建築の粋が籠められていると言っても過言ではないでしょう。」

 

和気あいあいと見学者一行は、黒い衣装の案内嬢に従って城の外郭を歩き回る。

 

「平崎城は関東唯一の海城であり、江戸周辺の海上防衛を担う要衝でもありました。熱海や小田原にも近く、賢人揃いと謳(うた)われた秦野氏が代々城主であったために平崎藩は長らく繁栄しました。」

 

一行は城の突端に到着し、案内嬢は優雅な手付きで砲台跡を撫で回す。

 

「江戸時代も後期に入り、幕末が近づいてきた時、平崎藩は海上防衛拠点としての重要性を更に高めてゆきました。平崎台場の跡がここになります。ここに砲台が据えられ、東京のお台場と共に若き侍たちが防衛任務に従事したのです。」

 

小ぶりながらも優美な天守閣を眺め、憂いを帯びた表情で案内嬢は淡々と語る。

 

「……攻め寄せてくる薩摩藩兵に対して徹底抗戦すべしという意見もありましたが、時の藩主秦野幸隆公は、無益な流血は厳に戒めるべしと定められ、押し寄せる薩摩藩の軍勢にも臆することなく折衝にあたられました。その後、江戸にて勝海舟は薩摩藩代表との交渉を行い、江戸が火の海になることを回避出来ました。幸隆公の交渉が効を奏したとの見解もありまして、その辺りは歴史の闇に覆われています。ただ、私個人としては幸隆公の功績があったものと思っています。」

 

一行は天守閣の前に集まり、黒い姿の案内嬢は大きく手を広げる。

 

「廃藩置県後、平崎城は平崎県の県庁として使われることになりました。数年後、旧平崎藩などの周辺を含めた神奈川県が誕生します。横濱が力を増してゆく中で、相対的に平崎の力は衰えてゆきました。明治維新後の秦野家は秦野伯爵として旧平崎藩の地域を支え、尚且つ政治の場を舞台とし、薩長の人々と丁々発止の政争を繰り広げてゆくことになります。金儲けにあくせくする他の地方出身の政治家たちに比べ、ゲスなことを一切なさらない高潔な有り様は、まさに君主として理想的な姿のひとつだったことでしょう。過酷な労働を強いて搾取することもなく、阿片などの人の道に外れた外道的物品で稼ぐこともなく、一両のものを二〇両で売ることもなく、地域の人々と共に歩んできた姿は今なお平崎の誇りだと考えます。それではここで特別ゲストをお迎えしたいと思います。秦野直隆様ご息女の久美子様です。皆様、どうぞ盛大な拍手でお迎えください!」

 

 

 

城を存分に見学した後、四号は商店街へと向かってゆく。

たまたま出会ったパンチパーマと長髪の若者二人に食べ物をおごってもらって、彼女は商店街の名店を存分に堪能した。

彼らと一緒に訪れた赤毛ののっぽさんと金髪美人の経営するドイツ料理店で出される料理は、どれもすこぶる旨かった。

彼女は最後に出てきたデザートのケルシーのケーキまでぺろりと平らげて、おいしいことはとてもいいことだと考えた。

貴重な甲州大巴旦杏(はたんきょう)を使ったというその甘みと深みは、新鮮な驚きを四号に与えた。

また、同席したお兄さんたちにもそれは素晴らしいものに思えたようだ。

周囲に心のぽかぽかする光があふれ、花咲き乱れる百花繚乱のおもむきを見せるその景色。

店内にいた客たちと店主らは、この様相にたいそう驚いた。

若者二人は、これは我々が起こした奇術なのだと説明する。

我々は頂点を目指すお笑い芸人であると同時に、奇術師でもあるのだと。

汗をかきかき、彼らは懸命に言う。悪気はなかったのだと。

パンや葡萄酒をどこからともなく出してみせたり、額から光を放ったりしながら、二人は説明した。

素朴で善良且つやさしき隣人でもある人々はこの説明に対して素直に首肯し、実に感嘆すべき業(わざ)であると彼らを褒め称えるのであった。

 

すべてのやさしき人々に幸あらんことを。

 

 

 

 

広い公園。

のんきな四号はぼんやりしている内に、ここで夜を迎えた。

彼女はなにも嘆かない。

彼女はなにも恐れない。

のんびりと泰然自若に生きてゆくだけだ。

さあ、そろそろどこかで寝ようかな。

彼女は野宿する気満々だ。

うろうろしていたら、なんだか急に周辺の空間が結界によって閉じられてしまった。

異界化である。

数秒後、周辺の空間とは隔絶した箱庭的空間が完成した。

なんだか訓練の時みたいだな、と四号はのんびり考える。

すると、前方に炎が広がった。

それはどんどん収束してゆき、やがて人の形になる。

炎は見慣れた姿の少女を形作ってゆき、四号の先輩と化した。

 

「一号。」

 

四号は呟いた。

どことなく疲れた様子をした、白いドレスに金髪系ツインテールの娘が四号を睨む。

彼女はいきなり炎を放ってきた。

ひょいと避ける四号。

昔はどんくさくてしばしば燃やされたものだが、今では避けるのにもすっかり馴れてしまった。

 

「焼き尽くされなさい、四号!」

 

炎を浴びせようとする一号。

四号はきょとんとした顔で『先輩』に問い掛ける。

 

「何故?」

「これはあんたへの懲罰よ、四号!」

「懲罰?」

 

首をかしげる四号。

 

「あんたはあんたの義務をなにも果たそうとしなかった! 所長も二号も三号も敵に殺られたわ! 生き残りは私とあんただけ!」

「そう。」

「そう、じゃないわよ、このトンチキ! 復讐するつもりも無いなら、あの世でみんなに詫びなさい! 引導を渡してあげるわ! 喰らいなさい! フォーティア・ルフィフトゥラ!」

 

渦巻く火炎が四号を包み込もうとする。

だが、それはあっけない程速やかに掻き消された。

直後にプチン、と音がする。

一号は鬱陶しく感じる気配を隠さないまま、右手に絡んだ糸を焼き払った。

 

「誰? 邪魔をするのは?」

 

彼女は闇に向かって誰何(すいか)する。

 

「こんなものじゃ、私を邪魔することなんて出来っこないわよ!」

「あら、そうなの。」

 

赤い瞳と黒い髪、それに黒いセーラー服。

優雅なる美少女がふわふわ系少女を連れて現れた。

四号は無邪気にぱたぱた手を振り、ふわふわ系少女がにこやかに振り返す。

第三勢力に戸惑いながら、一号は二名の戦力分析を始めた。

だが、ろくに『見えない』。

闇に溶けるがごとき、その気配。

圧倒的気配。

一号はそれを見て、たじろいでしまう。

これはなんだ?

人間よりも遥かな高みにある筈の私が、何故にこうも震えている?

彼女はその恐れを振り切らんとして、前方の闇に向かって吠える。

 

「ただのアラクネ風情が、私の邪魔なんてするんじゃないわよ!」

「ふっ。」

 

黒い娘が嗤う。

まるでツクリモノみたいに。

 

「な、なにがおかしいのよ。」

「佳那子。」

「はい、姉様。」

「この子、私のことをただのアラクネだと思っているんですって。ああ、ちゃんちゃらおかしいわ。」

「姉様、仕方ありませんよ。」

「そうね。お仕置きが必要のようだから、教えてあげましょうか。」

「えっ?」

「言葉をつつしみたまえ。君は今、蜘蛛の女王の前にいるのだから。」

「はあ?」

「姉様、この間見たアニメーション作品の台詞が混入されています。」

 

困惑する一号。

すると、黒いセーラー服の娘は姿をどんどん変化させながら急速に彼女へ迫ってくる。

蜘蛛へ、蜘蛛へと変わってゆく。

 

「くっ、このっ!」

 

炎を飛ばす一号。

炎を浴びても平然としている娘。

娘はどんどん異形化してゆき、やがて女郎蜘蛛の姿へと変わった。

 

「この姿になるのも久々ね。」

「どんな姿でも姉様は素敵です。」

「そうね、佳那子は正直者だわ。」

「お褒めに預りまして恐縮です。」

「あっ、あああっ!」

 

悲鳴をあげる一号。

この女は、この女は、アラクネではない。

それよりももっと……。

危険を感じた一号は瞬時に後方へ跳躍するが、なにかを失ったように感じた。

なんだ、これは?

女郎蜘蛛の姿をした美少女は、一号の左腕を掲げつつ彼女に向かって言った。

 

「こんなもので良かったかしら? お気に召して?」

「よくも! よくも!」

 

いつの間に取られていたのか?

即座に一号は痛覚を遮断した。

一号は自身の炎を渾身の力で練り上げてゆく。

 

「あんたこそ、これでも喰らえ! フォーティア・ルフィフトゥラ!」

 

極大火炎が黒い娘を襲った。

まともに喰らえば黒焦げ間違いなしの、激しい勢いの炎。

それは確かに黒髪の娘に直撃したが、なにほどのこともないかの如くに彼女は微笑む。

 

「身の程を知るのね、小娘。では、ごきげんよう。」

 

一号は瞬時の内に何本もの『糸』で斬り刻まれ、再生する余裕すら与えられないまま、黒い娘に『喰われて』ゆく。

喰われながらも、一号の戦意は衰えない。

 

「せめ……て……一……撃……。」

 

残った右腕の先端から炎がほとばしった。

それの向かった先は、『後輩』。

一号の執念の炎が四号を即時に包み込む。

そして、彼女はようやく知った。

四号には火炎が効かないのだと。

自分の技など通用しないのだと。

 

「一号、さようなら。」

 

炎をものともしないまま、それに包まれつつ四号は先輩に別れを告げた。

それは、彼女なりの親切だったのかもしれない。

咀嚼(そしゃく)されつつ、一号は涙をこぼす。

 

「悔し……い……わ。」

 

それが、最期の言葉。

食べ尽くされ。

一号は消える。

火炎が消えた。

結界も解ける。

異界も消えた。

 

女郎蜘蛛から人へと変貌してゆく娘。

彼女はカーテシーを行い、周囲の二名に拍手された。

娘はうーん、と背伸びする。

ちょっとした運動をこなしたかのように。

 

「気散じにおいしいものでも食べに行くわよ。」

 

姉様と呼ばれる存在が周囲の二名にそう言った。

 

「「はい、姉様。」」

「あちらがいいわ。」

 

すたすた歩きだす姉様。

その足取りに迷いなし。

ついてゆく二名も同様。

商店街へ突入してゆく。

やがて、彼女たちは『鳳翔』という小料理屋を発見した。

赤提灯に藍の暖簾に白木の引き戸と、まごうかたなき夜の店である。

今宵のオススメが店頭に置かれた黒板に複数書かれていて、それは意外に達筆だ。

いいにおいが辺りに漂っている。

ここならばハズレではなかろう。

引き戸を開けると、穏やかそうな中年男性と割烹着のよく似合う美人女将が彼女たちを出迎えた。

城で会った眼鏡美人や孤独な感じの中年男性。それに商店街で会ったパンチパーマと長髪の若者たちも、穏やかに美味しそうに食事をしている。

四号は素敵な夜になりそうだと、やさしく笑った。

ちょっと生意気そうで可愛い給仕からおしぼりと水を渡され、黒い娘は矢継ぎ早に食べ物を注文する。

焼き鳥、揚げ豆腐、野菜炒め、肉じゃが、カレー、麻婆豆腐、餃子、海の幸のグラタン、イワシのプロヴァンス風、おにぎりなどなど。

それは、店の食材を喰らい尽くさんばかりの勢いだった。

 

『米好きの下剋上』の新刊の話をする姉様と佳那子。

どこからともなく現れ、机の上で踊り出す妖精たち。

陽気な二人の若者たちからパンと葡萄酒を渡された。

眼鏡美人と孤独な感じの中年男性は静かに食事する。

 

夜はまだまだ終わりそうにない。

 

 

 

 









《参考資料:平崎市篇》
※あくまでも『あくいろ!』での独自設定です。ご留意くださいませ。




【平崎市及びその近辺に於ける主な為政者の歴史的流れ】


平崎王朝(通称。イナルナ姫を奉じていたということ以外の詳細は諸説入り乱れているものの、実質的にはよくわかっていない。宮内庁は今なおその存在を公式に否定している)

大和朝廷直轄(叛乱と鎮圧に明け暮れたという記録が残っている)

(不明)

平将門公(叛乱勢力の重要戦略拠点のひとつだったという)

源氏系?

《戦国時代》
後北条氏が周辺地域を支配

《江戸時代初期》
徳川五虎将の秦野弘隆公が封じられ、平崎藩開祖となる。江戸時代を通して国替転封一切無し

《江戸時代後期》
風眛公、大暴れ

《大政奉還》
秦野幸隆公、奮闘す

《明治政府樹立》
平崎県(数年で神奈川県に組み込まれる)

秦野幸隆公、伯爵に任ぜられる(政府要職を歴任)

平崎市:初代市長は秦野幸隆公

《太平洋戦争》
駆逐艦平崎、坊ノ岬にて激闘す

《大日本帝国消滅、占領軍による統治》
平崎神隠し事件、発生

秦野氏は公職追放の憂き目にあわなかったため、占領軍との密約説もある

現在に至る




※平崎市の歴史は戦国時代の後北条氏までの記録が散逸していたり破損されていたりすること極めて多く、不明点が非常に多い。


※平将門公の重要戦略拠点のひとつとして、平崎の地は大いに活用されたという。
オニが遊軍として暗躍すると共に各地で跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、都の軍勢を大変悩ませたとの記録が複数残っている。
このオニとは、人として認められていなかった存在のことではなかろうかとするのが学者たちの基本的定説。
また、オニ=忍者説を唱える学者もいる。
風魔の原型がいたとする研究もあり、後述する平崎藩の情報収集能力と併せて近年注目されている。


※平崎藩は情報収集能力に長けた藩で、知的且つ開明的な藩主が続いたことでも有名。
平崎城は小さいながらも堅固な作りで、小田原城の支城として有機的に連携出来た。


※戦後占領軍が我が物顔で本邦の土地を闊歩していた頃、ゴロツキ系やチンピラ系の米兵が複数名相次いで行方不明になった事件は殆ど知られていない(通称、平崎神隠し事件)。
メリケンの威信をかけてNSA(国家安全保障局)が内密且つ徹底的に調査したものの(ハーミット作戦と呼ばれていたとか)、消えた米兵たちの痕跡は一切見つからなかったらしい。
この事件時の逮捕者は非常に多く、旧軍兵士から共産主義者、暴力団関係者やテロリストに至るまで幅広く拘束され、吉田首相からの度重なる厳重抗議の末、完全に裏が取れた人物たちはようやく釈放された。
釈放されなかった人物たちがどうなったかは、未だに殆ど判明していない。
合衆国は現在もこの事件を公式に否定しており、関連書類は存在しないことになっている。
ずっと後に超常事件を追う男女の捜査官の番組(メリケンのテレビ局製作)にて、この事件を取り上げた回があった。
この回の放映終了直後にメリケン政府からテレビ局へ猛抗議が寄せられ、それ以降、この回は欠番扱いになっている。
ちなみに日本語吹替版では、そもそもこの回が放映されていない。


※歴代の秦野家に何故か現代的価値観を持つ人が散見されるのは事実。そのため、彼らは転生者だったという突拍子もない説が時折浮上する。




【秦野弘隆】
徳川五虎将の一人。
知謀兼有なる勇将。
幼名は小平太。
長篠の戦いにて初陣を飾り、猛攻してくる武田軍を迎え撃って大いに暴れ回った。
以降、徳川方の戦巧者な武将として各地を転戦する。
小牧・長久手の戦いに於いても大きな戦功をあげた。
その後の合戦でも勇猛果敢ないくさぶりを発揮し、特に釣り野伏せ的な戦法を得意とした。
武人として活躍した一方、『南蛮かぶれ』と呼ばれる程積極的に西洋文化を取り入れたことでも知られる。
関ヶ原の戦に於いては、猛擊してくる石田隊や大谷隊と激闘を繰り広げた。
晩年は平崎の人々が豊かになるように心を砕き、風流人としても名を残す。
柳生宗矩との親交があったことでも知られており、平崎は江戸柳生の系譜が唯一残る地となった。
忍びを優遇した開明的武将であり、平崎藩には伊賀甲賀(こうか)木曾武田風魔といった各地の忍びが弘隆公に忠誠を誓っていたという。
現代に通じる諜報網の構築を手掛けたことと現代的発言並びに後世に通ずる発明を複数行っていることから、転生者疑惑あり。
某戦国時代的戦略的電脳遊戯に於いては何故か忍術の使える稀少な武将として登場しており、能力の均衡性が極めて高い勇将。


【風昧公(ふうまいこう)】
江戸時代後期の大名である秦野春隆公のこと。
幼名は小太郎。
神算鬼謀の人。
多彩な発案家。
人を使う名手。
気さくな人柄で食いしん坊だったという。
平崎の人は敬愛を込めて、今も公のことを『春ちゃん』と呼んでいる。
不昧公の松平治郷(はるさと)公と並ぶ、江戸時代の代表的茶人の一人。
同時代を生きた治郷公とは日常的に交流があり、複数の書簡が現代も残っている。
現代的価値観を有しているような振る舞いが散見されている上、現代風の発言が幾つもあったことから、一部の人たちは公を転生者でないかと考えている。
また、『一人で平崎藩を近代化改修した』とも言われる。
ちなみに口癖のひとつは、「なーんちゃって。」である。
矢来まんじゅうや平崎カステラなどを考案したのも公で、紅茶や代用珈琲を発案したことでも知られる。
鶏の唐揚げと公自身が開発した魔夜姉図をこよなく愛好し、遂には風昧弁当なる代物まで考案。
それは、現在も愛され続けている弁当となった。
明治期の早期から平崎駅舎では売り子たちが誇り高く風眛弁当を発売し、平崎の名物弁当として今尚愛されている。
ヤングアダルト小説に於いての公は未来人だったり転生者だったりすることが多く、時代小説でも予言者や知恵袋として登場することがある。
伊瀬波京太郎氏の作品にも幾度か登場しており、江野山乱草氏や与古道雅士氏の作品にも何度か登場している。
某戦国時代的戦略的電脳遊戯では未来から時を超えてやって来たという設定の隠し武将として登場。大きな話題となった。
他にも出演多数で、たまに女体化して登場している。
公の遺言で創作に於けるそれらを禁ずることなかれとあったことから、やはり未来人だったとするのがSF小説家たちの定説。
牛の乳を好み、パンやビスケットやチーズやバターの開発などに挑み、果ては焼き鳥や唐揚げや猪カツまで手を出していることから、当時は変人奇人扱いされた。
養鶏や養豚の祖として、関係者からは神様扱いされている。
死後は新しく創建された風昧神社に奉られ、大変ご利益のある神様として日本全国各地は勿論のこと、海外からもお詣りに訪れる人が絶えない。


【矢来まんじゅう】
上品な味わいの味噌饅頭。
風昧公が開発した傑作和菓子のひとつ。
味噌は地元産。
餡は奄美大島の黒糖を使っており、一個食べるとまた一個欲しくなる逸品。


【風馬羊羹】
風馬屋が江戸時代から作り続けている歴史的名菓。
風昧公の好物のひとつ。
間宮羊羹の元になった羊羹と言われており(諸説ある)、近年人気を博している『提督これくしょん』好きにも広く認知された平崎市民の誇る郷土菓子。
一説によると、風魔小太郎が店を始めたという。


【平崎カステラ】
島原の菓子職人がこの地に呼ばれて伝えた南蛮菓子。
しっとりしていて旨い。
風昧公の好物のひとつ。


【平崎味噌】
矢来まんじゅうに欠かせない味噌。
風昧公が改良したことで知られている。
その技術は北海道の八雲町を開拓した旧尾張藩士たちにも授けられ、道民の必需品のひとつと化している。


【平崎紅茶】
和紅茶の始まりとも呼ばれる国産紅茶。
例によって例のごとく、風昧公が開発。
今も市内の喫茶店などで普通に飲める。


【平崎可否】
代用珈琲のひとつ。春隆公が発案し、趣味人や風流人にしばしば飲まれた。
浅煎りを基本とする。
また、戦時中もよく飲まれた品として知られる。
今も市内の喫茶店などで普通に飲める。


【平崎拉麺】
日本で二番目に拉麺を食べたらしい風昧公は、いつもの飽くなき探究心を用いておいしい拉麺開発に挑んだ。
そしてそれは成功し、平崎市民が全国有数の麺好きになる切っ掛けとなった。
平崎市民の愛する郷土食のひとつ。
公の「出来たぞ、ガハハ!」は、公式記録にも記載されている有名な台詞のひとつ。


【春隆】
春隆公の名を冠した特別純米酒。
酒が苦手な人でも呑みやすい酒。
灘伏見の下り酒全盛期だった江戸時代に関東圏の造り酒屋が一致団結して春隆公完全監修のもとに醸し、関西圏の名酒群に唯一対抗し得たという幻の名酒『波瑠仁弥(はるにゃ)』を目指している。
幕末の頃、心なき西方の兵士たちによる乱暴狼藉の結果、名酒の製法が散逸した。
それは酷く残念なことだ。


【平崎焼】
真っ白な焼き物として知られる、春隆公発案の陶器。
真っ白ながらも精緻な浮き彫りや透かし彫りが特徴。
普及品は本当に真っ白なだけなので、発表当時は国内の数奇者たちをいたく困惑させたという。
春隆公は茶席で意図的に平崎焼を出し、参加者の先進性をはかったとの説もある。
海外への輸出時に本領を発揮し、平崎藩を大いに潤したという。
平崎焼に驚愕した平戸の和蘭陀商館長は春隆公との謁見を切に願い、それが叶えられた時は思わず神に祈ったという。
デザインの世界では、後世のバウハウスに影響を与えたことで知られる。


【駆逐艦平崎】
陽炎型駆逐艦第二〇番艦。
改弐時に防空駆逐艦として改装された。
艦長は秦野道隆大佐で、対空防御と潜水艦狩りを特に得意とした。
平崎市出身の軍人が多く搭乗した艦艇。
米軍からは『ニンジャ』と呼ばれ、非常におそれられる。
大佐は未来予言的な発言を複数行っていることから、一部の人たちは彼に対して転生者でなかろうかと疑っている。
坊ノ岬では戦艦大和を守るべく獅子奮迅の働きで活躍し、防空駆逐艦としての本領を大いに発揮した。
次々と僚艦が轟沈する中でも恐れを見せずに阿修羅のごときいくさぶりを見せるが、大和に迫る雷撃を幾つも引き受けたため、遂に武運つたなく轟沈。
大和が沖縄県に到達する切っ掛けを作った武勲艦。
艦艇擬人化的電脳遊戯の『提督これくしょん』に於いては、風馬羊羹と鶏の唐揚げと平崎拉麺が大好物の勇猛果敢なおかっぱ系黒髪美少女として戦列に加わる。
担当声優は秦野隆子嬢。
他の同型艦と違って忍者っぽい衣装を着ているために『くノ一駆逐艦』という異名があり、愛好家の間では『ひらりん』の愛称で呼ばれている。
レベル一三五で超時空駆逐艦イナルナに改装可能。但し、条件が鬼厳しい。
ちなみに特徴的な口癖は、「出来たわ、ガハハ!」と「なーんちゃって。」である。


【フロイライン・ウント・ヘッツァー】
アニメーション作品のひとつ。
軽駆逐戦車ヘッツァーをこよなく愛する乙女と親友の娘との、愛と青春と戦車のお話。
平崎市を舞台とすることから、同市は聖地とされている。
同市出身の声優秦野隆子嬢が作品に出演していることもあって、平崎市民が自発的に作品の世界観を守ろうとしている。


【秦野隆子】
平崎市出身の声優。
現役高校生。
秦野家次女にして平崎市公式広報担当者。
長女の久美子嬢と大の仲良しで知られる。
陶芸家、食品研究者、歴史研究者、司会。
秦野春隆公研究者としても有名なご令嬢。
凛とした張りのある美麗な声で知られる。
代表作は、『提督これくしょん』の駆逐艦平崎役、『フロイライン・ウント・ヘッツァー』の春山結花理役、『ルリキュア・エスカレーション』の北野せつな/ノース役、『とてつもないスキルを使って異世界本当に旨いメシ』のスイム役、『米好きの下剋上』のアンネローレ役、『陛下の撤退命令を受け取らない私』のイリス・クローネ少尉役など。
人気ゲームやアニメーション作品に複数出演しており、洋画の吹き替えやナレーションも幾つか行っている。
平崎市内を走る循環バスでもその声が聴けるため、市民の認知度が高い。
実写映画の『にゃんこサムライ』や『春ちゃん』や『ヨコハマアリス』などにも出演し、その演技力は多方面から注目されている。
ちなみに口癖は、彼女が敬愛する春隆公がしばしば口にした「なーんちゃって。」である。
父の直隆から毎月多額のお小遣いを貰っているが、殆どの額を躊躇なく趣味に投入している豪の者。


【あんこ祭】
餡好きの、餡好きによる、餡好きのための祭。
小豆餡、白餡、うぐいす餡、胡麻餡など様々な餡を集めた催しで、近年はクリーム餡なども加わって勢力拡大に努めている。
始めたのは風昧公で、存命中は公自身が司会を務めていた。
当時は斬新過ぎる企画として幕府も難色を示したそうだが、公はいつもの口八丁手八丁で幕閣のお偉いさんたちを丸め込んで開催に漕ぎ着けた。
士農工商関係なく楽しめる催しとして、当時の人々にも愛された。
今も地元の人々が熱心に楽しんでおり、風昧公の先進性はここでも遺憾なく発揮されていることがよくわかる。
現在の公式司会は秦野隆子嬢で、彼女は七歳の時から誇り高く司会を行っている。
『フロイライン・ウント・ヘッツァー』内で描写されたことによって、一気に全国的に知名度が上昇した。


【ハルちゃん】
平崎市公認のゆるキャラ。
春隆公の作った土人形の『波瑠』を原形にしている。
公自身が民俗玩具として複数の現代風土人形を複数考案しており、それは現在の目で見ても先進的である。


【秦野久美子】
秦野家長女。
北山大学の文学部に通う女子大生。
趣味は歴史学、旅行、帽子の収集。
好物はラーメンで、平崎拉麺は大好物のひとつ。
父の直隆から、毎月高額のお小遣いを貰っている。
母の真央はセクシーな声を特長とする現役の声優。
大学では非常に人気があり、芸能界からも複数引き合いが来ている。
男女関係なく友人が多い。
天然的箱入り娘。
以前、とある占い師から『世界の鍵を握る女性となるだろう』と言われたことがある。
平崎市公式広報担当者の一人として、時折メディアに顔を出している。
ちなみに平崎市立歴史資料館の音声案内は彼女の声。




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せからしか! 校舎の果ては死の世界の一丁目!! (前編)





地響きを立て襲い来る悪魔大軍団
仲魔たちと共に立ち向かうひなびたおっさんサマナーに
ゾンビちゃんたちの心の叫びは届くのか

『せからしか! 校舎の果ては死の世界の一丁目!! (前編)』

お前はもう、死んでいる






※今回は少しばかりお下品になってしまいました。後編は現在執筆中ですが、こちらも少々お下品になりそうです。
独自解釈がちょっこし多いこともあわせまして、皆様にお詫び申し上げます。


マーラ様が出てくる時点で、シリアスは遠のいてゆくことが確定するのです。




 

 

 

 

 

孤独な魂が交わりあう

そこはイクサバ

欠けたモノたちの交流センター

サバイバーたちが屍山血河を築き上げ

ヒトもアクマも

等しく炎にくべられ

溶け合い

許しあい

愛に燃え

そして

皆虚無に至る

 

あとには

なにも残らない

 

 

 

 

 

「炎よ、励起せよ! 怒張すべし! 猛るべし! 怒れ盛れ、炎よ! 我が道塞ぐ敵をことごとく焼き尽くすべし! さあ、喰らうがいい! 魔羅羅犠陀淫(マララギダイン)!」

 

オレの主神のマーラ様が叫んだ。

嗚呼っ、魔王様っ!

烈火の魔炎が周囲にいた魔物大軍団を漏れなく包み込む。

悲鳴を上げる暇(いとま)さえ与えず、数多の悪魔たちはその姿を現世から消していった。

僅かな欠片(かけら)さえも残さずに。

漂うマグネタイトの残滓(ざんし)はすべて魔王様の元へ降り注ぎ、当然の如くに吸い込まれてゆく。

頭の方から、ちゅるちゅると。

 

「ぬははっ! バッキバキじゃあっ! 最近暴れ足りなんだでの。これこそ好機! むっ。なにやら強き魔の力を向こうに感じるぞ。あれは魔王とも戦えそうな輝きの暴れんボーイ! ぬうっ! あの者が、あの者こそが儂の戦うべき相手! むう、新手が来おったか。よかろう、たんと喰らえ、至高の魔弾! ううっ、うっ!」

 

魔王様が手にしたちっちゃな二丁拳銃から放たれた無数の弾は続いて殺到した悪魔たちへと無慈悲に降り注ぎ、彼らを容赦なく撃ち抜いてゆく。

 

「たっぷり出してやろう! 因陀羅光子魚雷発射口全門解放! 発射! 発射! 発射! 発射! 発射! 発射! 発射! 発射! うっ! ふう。次弾装填準備。くくく、まだまだたっぷり出してやるから、お前らも存分にイクがいい。因陀羅光子魚雷発射口、再度全門解放。」

 

光の塊が板野サーカスのごとき軌道を描いて、あちこちで炸裂する。

一発で複数の悪魔が吹き飛んでいった。

おそるべき威力だ。

悲鳴を上げて消滅する悪魔が続出した。

図体の大半を失い、それでもなお刃を向けるが次弾を喰らって爆砕する悪魔。

近づけば至高の魔弾。

離れても、光子魚雷。

軍勢はあっという間に瓦解し、総崩れになってゆく。

向かってくるモノ。

敗走し始めるモノ。

混乱してゆく戦場。

知的なモノも、勇敢なモノも、狡猾なモノも、怠惰なモノも、臆病なモノも、等しく魔女の鍋にくべられる。

逃走する悪魔にも容赦なく光子魚雷はぶつかり、すぐさま生命活動を停止させた。

指揮官らしい悪魔が何発もの光子魚雷を防ぎながら側近らしき手勢と共にマーラ様へ突撃してゆくけれど、魔羅羅犠陀淫をまともに浴びてあっけなく蒸発してゆく。

阿鼻叫喚の渦巻く戦場を支配する魔王様。

とても楽しそうに見える、極太のその姿。

炎に照らされ、赤黒く狂暴な姿で嗤った。

 

「ぐはは! 滅せよ! 滅せよ! 高ぶれ、我が魔羅! 我が魔羅に貫けぬものなし! 目覚めよ、セブンセンシズ! たまらんくらいに! 我は無敵! 我は一騎当千! イクぞ、ここの暴れんボーイよっ! 我が熱く猛き一撃を喰らうまでは、絶対に生きておるのだぞ! そして儂の糧となるがよいっ! ぐははっ! いざ、参らん! イカせてみせようぞ!」

 

車輪がぎゅるんぎゅるんと音立てて、ハイパーモーターチャージャーでも積んでいるかのような四輪戦車に乗ったマーラ様は勢いよく、どろどろと黒い気配濃き場所へと猛突進していった。

なんとも派手な御方よ。

まさにやりたい放題だ。

おそるべし、御立派様。

 

 

 

 

オレはここに来る前のことを思い出す。

マニトゥ平崎で、仕事前の打ち合わせが行われた時のことを。

フリーダムな召喚師の多い、ファントムソサエティの面々が集まった時のことを。

 

「新宿区飯田橋にある軽子坂(かるこざか)高校とその敷地内が異界化したので、皆さんにこれを調査し攻略してもらいたいのです。また、原因究明並びに原因の撃破もしくは封印も行って欲しいと西氏が望んでいます。」

 

マヨーネさんに呼び出されたかと思ったら、おつかいクエストとボス戦に参加して欲しいみたいなことを言われた。

オレは防御を兼ねて言ってみる。

 

「勿論調査はしますし、原因究明も頑張ります。しかし、原因の撃破や封印はちょっと……。」

「弱気は禁物ですわ。私たちファントムソサエティの大義と意義と存在価値を高めることが、今作戦の主目的でもありますのよ。結果によっては特別手当てもはずみますので、期待してください。嗚呼、私も異界へ突入したいくらいです。」

 

うっとりとした表情で、妖しく微笑むマヨーネさん。

少しこわい。

防御はほんのり失敗したようだ。

傍(かたわ)らのリーゼント男が、オレの肩をぽんぽん叩いてきた。

 

「気楽にいこうぜ、気楽によ。なあ、おっさん。俺もそろそろおっさんだけどな。あはは。」

 

少しむさい感じのジャンパー男がリーゼント男をいさめる。

 

「キャロル・A。慢心は禁物だ。」

「かてえなあ、宇良江はよ。あれ、パチもん神父のエイミスはどこに行った?」

「あいつはとっくに現場へ向かった。今頃は異界で暴れまわっている頃かな。」

「はあ? あの筋肉脳筋魔人、なに考えてんの? 班編成とか突入方向とか人員の割り振りとか事前打ち合わせとか、ヤる前にやることは幾つもあるだろうがよ。」

「あれは、前からああだ。あきらめろ。あれが我々の歩調に合わせるつもりなど、毛筋ほどもないさ。そのうち、身を滅ぼさないといいのだが。」

「あーゆー奴はよ、大抵、やべえ時にやべえことすらわからないままお陀仏になんのよ。自信と慢心は表裏一体だから、どーしよーもないわな。」

「お前は楽観的だと思うぞ。」

「宇良江は悲観的過ぎんのよ。奥さんともっと話し合うべきだな。」

「ふっ、言われるまでもない。」

 

マヨーネさんが机の上に置いていた資料の表紙に『シュヴァルツバースの発生確率と軽子坂高校の異界化の関連性に関する考察』と手書きの文字が見えたけど、あれはスリル博士の筆跡だったような……。

ところで、シュヴァルツバースってなに?

 

 

 

 

現場に到着した。

遠近法の歪んだような、なにか禍々しい雰囲気の『異界』が見える。

大門が三つに、小さな門が幾つか。

我々を誘っているみたいだ。

糧にするつもりか、もしくは同志にでもする気か。

周辺の人々は何事もないかのように、現場付近を通り過ぎてゆく。

なんらかの認識阻害がかけられているのか?

強力な魔力をここからでも感じる。

あそこへ、行かねばならないのか。

やだなー。

でもどげんとせんといかんのだ。

我々はぞろぞろと歩いていった。

偽装用の工事車輌が周辺をふさいで、人々が入れないようにしている。

天幕が張られていて、突入する隊の人員がそこにぞろぞろと集まった。

無所属系の人々もぼちぼちやって来る。

なんだか違法集会みたいだ。

 

うちのエイミス神父みたいに、現在の時点で既に異界へ突入している人も複数いるという。

そうした人員に対しては基本的に救済措置がなく、自己責任でやるならご自由にとのこと。

 

今回の作戦にはクズノハやヤタガラスといった老舗退魔組織の精鋭、メシア教やテルス教がそれぞれ所有する自慢の実戦部隊、陸上自衛隊の特科魔戦中隊第一小隊、それにショッカーを含めた秘密結社の怪人や戦闘員も複数参加する。

一時的にいわゆる『紳士協定』を結ぶことによって共闘もどきで異界とその主に立ち向かう訳だが、必ずしも助け合いが発生するとは限らないだろう。

特にメシア教とテルス教は普段から対立していて犬猿の仲だし、現在も離れた場所で待機している。

小競り合いが起きていないだけマシというべきか?

大規模な異界が発生している以上、短期終息が行われない場合、日常生活に異常が多く発生するようになってしまうそうだ。

異界がじわじわと我々の普段の生活へ侵食してゆき、どんどん壊してゆくのか。

ゾッとする話だ。

目の前の異界が拡大する懸念さえあるとのことで、強力な戦闘部隊を複数投入することで早期的沈静化が図られる見通しだ。

上手くいくのかなー。

上手くいって欲しい。

 

我がファントムソサエティからはエイミス神父、キャロル・A、宇良江、スリル博士が派遣してきたガルガンチュア8率いるガルガンチュア隊、そしてオレが参加する。

当初はマヨーネさんやマリーさんも出撃予定だったが諸般の事情により、こたびは二人とも発令所に詰めるとのこと。

調整能力と実力を兼ね備えた人員で現場責任者になれそうなのが、連合部隊の中に於いて彼女たちくらいしかいないという。

なんてこったい。

後は戦闘民族揃いとでもいうのか。

即席的連合部隊な混成部隊では指揮系統が滅茶苦茶になりやすく、勝手な戦闘を繰り返していたら寸断される可能性すら有り得るし、最悪の場合は集中攻撃によってこてんぱんにヤられた部隊の崩壊を起点として全体が瓦解するかもしれない。

強力な筈の連合軍が各個撃破されることは、なんとしても避けねばならない。

戦力の集中運用を相手側が出来るならば、との条件付きだけれど。

あちらに金髪の孺子(こぞう)がいないことを祈っておこう。

こっちにも不敗の魔術師がいるといいのだけど、そうそううまい話は無い。

敵を舐めてかかるのはよくないから、慎重に行動したいところだ。

マヨーネさんとマリーさんは、安全策の一環として動けなくなったのだった。

……どこも人材不足に悩まされているのかもな。

ところで、通信妨害は発生しないのだろうか?

エモニカスーツの通信担当のバロウズに聞いてみたら、今のところは大丈夫とか。

序盤は普通に通信させて、中盤に入った頃に電波妨害をかけて寸断し、そして各個撃破する。

或いは、虚報を途中から多数流して混乱させた上で背後や側面から攻めかかる。

罠をあちこちに仕掛けてもいいな。

オレが相手側の防衛戦担当ならそうする。

マヨーネさんやマリーさんにそのことを伝えたのだが、考え過ぎと言われた。

異界に現れる魔物でそんなことを考えるようなモノは、滅多にいないらしい。

 

 

メシア教の面々は白地に青い衣装で統一されている。

騎士っぽい恰好の人がちらほらいた。

数がけっこう多い。

今回の軍勢では、最も人数が多いんじゃないかな?

中には勇者っぽい人とか、女騎士っぽい人もいた。

半裸の男性が割といる。

目付きが明らかにイっていた。

あれが噂の『人の盾』か。

治癒魔法を周囲にかけながら、飽くなき闘争に身をゆだねる存在。

強化人間らしい者もちらほら見えた。

彼らの試験運用も兼ねているのかね?

使い捨ての駒を使って攻略とは恐れ入る。

気分は十字軍のつもりなのかな?

第二次とか第五次とか第七次とかなら酷い話だが。

天使系の悪魔が何体も漂っている。

天使なのに悪魔とは、これ如何に。

怪しげな天使だかなんだかの悪魔もいる。

仮面を付けたあの怪しいアレはなんぞね?

ん?

眼鏡をかけた女の子が近づいてきて、オレの手を取った。

可愛い子だが、なんのつもりだろうか?

彼女は眼鏡を光らせながらオレに言う。

 

「神を信じ、祈りましょう。神は我々を常にご覧になられています。」

「は、はあ。」

 

チカッチカッ、と眼鏡が光った。

彼女はやさしく微笑み、そして優雅に去ってゆく。

なんだ、あの子。

天使の通り過ぎる時間が訪れた。

振り向いた彼女は少し怪訝(けげん)な顔をして、首をかしげた。

もしかして、魅了系の術でも使われたか?

無効化できてよかった。

初対面の相手に臆面もなく術をかけるか。

おそろしい考え方だな。

仲魔のエンジェルがなんだか嫌そうな顔を

していた。

ニケーも憤慨している。

テルス教の安底羅(あんちら)隊を率いる薬師六将の嘉屋さんが程なく来て、あんな奴らの言うことを真に受けてはいけないと真顔で言われた。

オレに話しかけてきたのは、向こうの広告塔的な女の子だという。

ふーん。

ピクシーとアリスが悪そうな笑みを浮かべていたので、なにかしらやっていたのかもしれない。

テルス教は虎の子の戦闘部隊を二隊投入するとのことで、使い捨ての人員などうちにはいないと嘉屋さんが憤慨していた。

更に、メシア教は無知無謀無策の三拍子が揃った連中ばかりだと怒っている。

末端の兵の使い方が特に酷いとか。

旧ソヴィエト軍じゃあるまいし……え、戦術のわからない人ばかりでろくに軍事訓練すら行っていない人々が、数を頼りに敵へ襲いかかる?

そがあなん、簡単に乱戦になりますがな。

そんな人たちが中央戦線を担うって、なにかおかしくない?

人海戦術のごり押しがメシア教の主なやり方らしい。

末端の信者と下級天使が矛となって敵対者の群れへ突撃し、彼らのこじ開けた場所へ中級上級の信者連中と中級天使が突入し、その後は最上位の面々によって悠々と戦場を支配するのが定石とか。

……それ、ちょっと歯車が狂ったら簡単に瓦解するんじゃないすかね?

奇襲にめがっさ弱いんじゃないですかね?

矛と盾がなくなったら、即時撤退するんですかね?

一旦劣勢になったら、総崩れしそう。

……ま、まさかな。

が、頑張れ、自衛隊の皆さん。

 

 

無所属の戦闘系人員もちらほらいる。

キャロル・Aによると、この戦いで各組織に価値を見せるつもりの連中と戦闘狂の連中とが混じっているそうだ。

頭の中身が泡まみれっぽいチャラ男、やたらと血気にはやる者、野望に溢れ過ぎて実力の伴わない者、いつまで経っても二流から一流になれそうにない者、口先だけは達者な裏切り上等の者、などいろいろいるという。

 

制服姿の高校生らしき女の子まで参加している。

長い黒髪の美少女が、鎖付き鉄球を持っていた。

あれは……あれは、まさか、ガンダムハンマーなのか?

 

「あー、ゴーゴー夕張まで来ているのか。」

 

キャロル・Aがばりばりと頭を掻く。

 

「ゴーゴー夕張?」

「お前、あいつに関わるなよ。あの鉄球で頭をかち割られたくなかったらな。」

「なにそれこわい。」

「あー、あと、あっちにいるヘンゼルとグレーテルの双子コンビの方がゴーゴー夕張よりもはるかに狂暴なので、絶対に近づかないように。」

「なにそれとってもこわい。」

 

キャロル・Aの視線を追うと、銀髪の可愛らしい女の子たちがくすくす笑いながら会話しているのを見てとった。

小学生高学年くらいか?

近頃の児童は危険極まりないのか?

その子たちをやさしく見つめている黒い天使は、どれだけの実力を備えているのか?

 

「いいか、フリでもネタでもないからな。それと、髪の短い方が男子で髪の長い方は女子だ。たぶん。」

「わかった。」

 

召喚した悪魔たちとじゃれあいながら、キャロル・Aは自身に割り振られた入り口へと向かう。

具体的に言うと、テルス教方面だな。

オレは何故か、単身(仲魔は一緒だが)で深奥へ向かうことになった。

……ちょっと待て。

オレは一体どういう扱いなのだ。

ま、別にどうでもいいけれども。

余った穴から突入すればいいか。

残り物には福があるってか。

……違うか。

生き延びることを最優先とする。

オレは仲魔たちにそれを告げた。

死んで花実が咲くものか。

 

「父様。」

 

愛らしい声で話しかけられ、振り向くと双子の片割れがいた。

髪の短い方だ。

ヘンゼルといったか。

……誰がとうさまだ?

 

「ぼくたちがついてってあげようか?」

「ありがとう、でもこちらは充分よ。」

 

アリスがオレの代わりに答えてくれた。

 

「ふーん、じゃあまた後でね、父様。」

 

髪の長い子と一緒になった双子は両名ともオレに向かってぶんぶん手を振り、彼女たちが割り当てられた入り口方面に向かっていった。

 

「さあ、行くわよ、愛しの父様。」

「やめてください、アリスさん。」

 

 

 

そして、作戦の開始時刻が近づいてくる。

メシア教の広告塔を務める女の子が、青と白に彩られた自軍の前で演説し始めた。

傍(かたわ)らにいた嘉屋さんが眉をひそめ、「またあの小娘は世迷い言をほざくのか。」と苦々しげに呟く。

 

「立ち上がってください、皆さん。」

 

淡々と始まる言葉。

だが、力強い言葉。

その場の空気が、一瞬にして引き締まる。

言霊使いなのかな?

なにかがピリッときて、パチンと消えた。

離れていても、メシア教の人々の熱気が伝わってくる。

或いは、狂的なナニカが。

 

「軽蔑され、見捨てられた皆さん。」

 

同意の頷きが何人もの間で行われた。

また、ピリッとなにか肌にくる。

そしてまたも、パチンと消えた。

 

「立ち上がってください、労働の奴隷になっている皆さん。」

 

雰囲気が次第に熱狂的に変わってゆく。

それはもう、色鮮やかな程に。

ビリビリと空気が音を立てて変化する。

 

「会社や社会から虐(しいた)げられ、国家から屈辱を与えられた皆さん、今こそ神敵に立ち向かう時です。皆さん一人一人が当然お持ちの、素晴らしい存在価値を知らしめる時が今なのです。この『聖戦』を勇猛果敢に戦い、自分自身の存在価値を示した皆さんにはきっと安らかな救いが訪れます。各員の奮闘勇戦に期待しています。」

 

おおおっ、と高らかなどよめきが上がる。

 

「あらゆる歯向かうモノは許さない!」

 

勇者っぽい人や女騎士っぽい人らが剣を掲げて、えいえいおうえいえいおうとやっていた。

なんか混ざっていないか?

ちっ、と小さな舌打ちがそばで聞こえた。

テルス教の人々は複雑な視線を、正反対の思想を掲げる彼らへ向ける。

朗(ほが)らかに歌をうたいながら、メシア教の大部隊は異界へ意気揚々と入っていった。

 

微妙な顔つきの自衛隊の皆さんが、装備を再点検している。

メシア教の面々が崩れたら、彼らに負担がやってくるのだ。

たまらんなあ。

どうやら、先行部隊と距離を置いて深奥へ向かうみたいだ。

対戦車兵器やアンチマテリアルライフルのような装備は、悪魔にどれくらい有効なのだろうか?

すらりとした美しい闇エルフが隊長らしい自衛官に寄り添っている。

ヒーホーな悪魔たちが自衛官の周りでうろうろしており、白い戦士っぽい悪魔が静かに佇んでいた。

ピクシーが数体いて、うちのピクシーとなにやら情報交換している。

なんだか、なごむ。

 

 

 

侮蔑した表情でメシア教の軍勢を見送った嘉屋さんとなんとなく一緒にいた訳だが、彼女からなにか言えと言われる。

テルス教の面々も頷いていた。

目の前にいるのは、ファントムソサエティの愉快な仲間たち、テルス教の実戦部隊、我が親愛なる仲魔たち、こちらを興味深く見つめている無所属の戦士たちなど。

 

「ええと、それではこれからこの異界を調査し、現世から消し去るための方策を得るための活動に行きましょう。戦いが起きたとしても勝つための算段は本陣がしてくれたようですし、死なない程度に頑張りましょう。我々にかかっているのは高々この世界の安定性です。気負い過ぎないくらいにいきましょう。」

 

皆の衆から、微妙な表情をいただいた。

ごっつぁんです。

 

 

 

自分自身の武装の確認に取りかかった。

ロシアのPKMを元に作られた、旧ユーゴスラビアなセルビア製のツァスタバM84の調子を確かめる。

分隊支援火器に位置付けられる軽機関銃だが、武器商人のマッコイ爺さんが妙に勧めるので先日購入したのだ。

完全に銃刀法違反だが、なにを今更である。

ああ、カタギの道がどんどん遠のいてゆく。

まあ、それはそれとして。

今は戦うことに千年女王。

試射は既に、二〇〇〇発ほど済ませてある。

だが、実戦ではなにが起きるかわからない。

用心しよう。

今回は大型作戦なので、いつもの三〇口径の軍用小銃は使わないことにした。

一〇〇発詰め込んだ弾薬箱を装着したら更にずしりと重くなる軽機関銃だけど、エモニカスーツに組み込まれた補助動力がそれを軽減する。

たいしたものだ。

予備銃身を三本と弾薬箱を二〇個、予備のドイツ製短機関銃に食料品や飲料水にナイフなどを、ゴリアテ改弐に載せた荷台へ詰め込み運ぶ。

いやー、楽チン楽チン。

ゴリアテ改弐、可愛い。

キュルキュル進む姿が健気でよい。

四〇口径の半自動式拳銃に予備弾倉も確認する。

ナイフもだ。

二二口径の小型拳銃は気休め。

無いよりはずっとよい代物だ。

全自動で撃てるお守りである。

一点に集中させて撃てばよい。

足首のホルスターに差し込む。

こんなものかな。

行動食は、すぐに食べられる。

自作のシリアルバーを取り出して見ていたら、仲魔たちにじっと見つめられた。

いやん。

皆で仲よくわけて食べる。

豆や干し果実も入っていて旨い。

豆を食べていたら人間死なないのよ、とアリスがマッコイ爺さんみたいなことを言った。

仲魔たちがオレを見つめる。

仕方ない。

筑波山麓産の素焼きな落花生を皆で分けあって食べた。

豆旨い。

 

 

 

大きな入り口は三つある。

小さな入り口は複数ある。

メシア教の大軍勢は正面中央から突入。

特科魔戦中隊第一小隊はその後詰めだ。

テルス教の嘉屋さん率いる部隊は左翼。

ショッカーの怪人率いる部隊は右翼だ。

クズノハ、ヤタガラス、無所属の面々は遊撃、もしくはいずれかに混ざる形だとか。

我らのファントムソサエティは主に左翼から突入するようだ。

秘密結社系の戦闘職は右翼が多いかな。

ショッカーの指揮官は一応知り合いだったのでちっとばかり激励する。

彼は応、とこたえて何体もの怪人及び戦闘員たちと異界の中へ入った。

敵さんに誘い込まれているような気がしてならないのだが、誰も気にしていないように見えて不安感は強い。

うーん。

致し方ないな。

行くとするか。

 

 

 

 

回想を終えたオレは、仲魔たちと共に異界内をてくてく歩いてゆく。

ゴリアテがキュルキュル音を立てつつ、一生懸命ついてくる。

可愛い。

 

異界はめっちゃ広い。

だだっ広い。

中世風の街並みが眼前に広がっていた。

他の面々が通る場所はどうなっているのだろう?

時折遠くで爆発音や射撃音や咆哮(ほうこう)や悲鳴や絶叫などが聞こえる以外は、意外と静かにさえ思えてくる。

無人の撮影所。

そんな雰囲気。

奇妙な感じだ。

ピクシーはくるくる回りながら、他の仲魔たちとおしゃべりしつつ楽しそうに飛んでいた。

石畳や壁のところどころに見える染みは攻め手に由来するのか、それとも守り手に由来するのか。

それとも全然別のなにかなのか。

警戒しつつ、行動だ。

校舎は、遠い。

 

 

 

偽りの平穏は、不意に破られる。

 

ぴかぴか光る眼鏡をかけ、パリッと糊の利いた白衣を着た中年男が自信満々の様相で目の前に立ちふさがった。

たった一人だが、その声音(こわね)は高らかだ。

 

「私は教師オオツキ! プラズマを身にまとった先進的科学者! すべては魔神皇(まじんのう)様のために! お前たちをこの先へ行かせる訳にはいかない。いざ、ここで死すべし!」

「死んでくれる?」

 

首をかしげたアリスが妖艶に微笑む。

そして放たれしは、死をいざなう力。

 

「ぐはあっ!」

 

物理的に強化されたであろう改造教師も、強力な魔の力には抗し得なかったようだ。

屍(しかばね)を乗り越え、我々は先へと進んだ。

まじんのうってなんだ?

もしかして、ラスボス?

バロウズに調べさせるが、よくわからないと言われた。

電波状況は徐々に悪くなってきているらしい。

本陣へ連絡を取り、よその状況を聞いてみる。

今のところはいずれも順調だとかで、メシア教の面々が暴走気味みたいだ。

不要な交戦は避けつつ、情報収集しつつ、調査と踏破を進めるようにとマヨーネさんから言われた。

 

 

 

或いは、先程の教師が引き金だったのかもしれない。

敵さんがそれからどんどん現れてくるようになった。

しかも、殺りにくい相手ばかりだ。

次々に現れるゾンビな先生やゾンビな男子生徒たちを成仏させ、我らは進んでゆく。

お札がどんどん消えていった。

ここは敷地内だから、彼らは現れるのか?

既に校舎の範囲なのか?

ピクシーがここの同族悪魔とすぐに意気投合したため、彼女に道案内をお願いした。

すると、裏道っぽい場所へと我々を誘う。

どやどやとそこへ入っていった。

森だ。

森の中の小路(こみち)だ。

へえ、こんなところもあるのか。

てくてく歩く。

バロウズに解析させるが、問題はないと言われた。

どうやら、無理なく深奥へと進んでいるみたいだ。

途中出現する悪魔と会話したり交渉したりしながら、どんどん歩いてゆく。

攻略戦に参加した他の面々は大丈夫だろうか?

ともかく、この道を進むしかない。

味方に一切出くわさないこの道を。

 

 

 

てくてく歩いて、おおよそ一時間。

森の小路から校舎内にやってきた。

するりと中へ潜り込む。

 

「待てい!」

 

少し割れたような声が聞こえてきた。

白衣と眼鏡とが特徴と言えばそうなのかもしれない、中年男が現れる。

友軍には出会わないのに、こうした輩とまたも出会うとはこれ如何に。

よく見ると彼の眼鏡にはかすかなヒビがあり、白衣も少し汚れている。

彼はプラズマの光を身にまとい、ヤル気満々な感じがした。

 

「私は狂師オオツキ! 黄泉の淵より戻りし者! さあ、科学的根拠に基づき、逝くがいい!」

「死んでくれる?」

「ぐはあっ!」

 

アリスが艶然と微笑む。

懲りない男は、またもや即死してしまった。

 

 

 

友軍と連絡がつかなくなった。

マグネタイトをかなり消費し、発信能力を増幅させて通信に挑むのだが、誰も応答してくれない。

ファントムソサエティの愉快な面々とも、テルス教の嘉屋さんにも連絡が取れない。

音信不通状態が継続中だ。

本陣とも連絡がつかない。

バロウズも困惑している。

各個撃破されていないことを祈ろう。

小休憩を取り、体力魔力を回復した。

 

 

 

端末機が置かれた教室を見つけたので、バロウズに電脳侵入を頼んでみる。

意気揚々と攻略に臨んだ彼女だったが、すぐに攻勢防壁に弾かれてしまう。

端末機は操作を受け付けない状態で、なんのために置かれているか不明だ。

条件が合えば使えるのか?

 

 

 

途中で保健室を見つける。

消毒液のにおいがしてきた。

中には普通に入ることが出来る。

そこにいるのは香山先生という美人だった。

生活に必要なものはどこかからかすべて届けられているそうで、彼女の表情と態度からは特に不満めいたものが感じられなかった。

保健室は傷ついた生徒を癒す場所であるが、我々の傷も癒してくれるという。

覚えておこう。

自作のシリアルバーと茨城県産落花生を渡したら喜んでもらえた。

 

 

静かな校内を歩く。

放課後のような、校舎内を。

 

 

薄汚れた制服を着た、顔色の悪い女の子たちが沢山現れた。

お札を用意していると、ピクシーが声を上げる。

 

「ぬう。あれは、屍鬼ゾンビちゃんね。」

「知っているのですか、ピクシーさん。」

「ええ、死体が悪魔化した悲しい存在よ。……でも、変ね。こっちをじっと眺めているだけなんて。まるで、仲魔になりたがっているみたいだしー。『麻痺噛みつき』も『毒引っ掻き』も『セクシーダンス』もしないだなんて。」

「あ、あの……。」

 

眼鏡っ子委員長系のゾンビちゃんが、こちらへおそるおそる近づいてきた。

 

「は、はい。」

「ちょ……ちょっと……こっちに……来てくれ……ませんか?」

 

悩んでいると、アリスが口を開いた。

 

「あたしが付いていくから大丈夫よ。あたしの方が圧倒的に上位だから、彼女たちは絶対に逆らえない。」

 

彼女たちはこの異変的状況に対して独自的に抗ったそうだが、結果的に今の状態になったという。

生き返りたい子が何名もいた。

そりゃそうだ。

アリスやピクシーに聞いてみたが、彼女たちを人間に戻すことは出来ないと言われた。

湿っぽくなる空気。

アリスは二択を提案する。

成仏するか、オレの仲魔として生きるか。

動揺する彼女たち。

オレには、静かに彼女たちの選択を聞くことしか出来ない。

この残酷な、少女の明るい未来をあっさり絶つような異界。

 

 

大半が成仏を選んだ。

 

 

結果にもやもやする。

希望者を成仏させ、オレたちは三名の仲魔を新たに引き連れて先へと向かう。

早くこの状況を打破せねば。

こんなの、絶対おかしいよ。

 

 

 

 

激しい戦闘の跡を発見した。

血痕も遺体も無い場所だが。

残留する血のにおいや魔力やマグネタイトが余韻を伝えてくる。

誰が戦ったのだろうか?

薬莢なり衣類の断片なりがあればまだ推理出来るけど、この異界がそれらすべてを飲み込んでいるのかもしれない。

むう、厄介だな。

バロウズに分析させているが、情報が足りなさすぎてなにもわからないとのこと。

敵を殲滅したのか、味方がヤられたのか。

或いは両方なのか。

不明のまま、その場を後にした。

 

 

 

連戦、連戦、連戦。

各員の魔法や特技を出し惜しむことなく投入し、敵対者を討ち果たしてゆく。

軽機関銃を撃ちまくるため、弾の消費が激しい。

勿論、交渉出来る相手にはそれを持ちかけるが、そうしたことに重きを置かない相手には戦うことだけが価値ある行為に思えなくもない。

ゾンビちゃん三名にも後方支援で頑張ってもらってはいるが、情勢はあまりかんばしくない。

ニケーも派手に兵装を使いまくっているので相当疲弊しているし、ピクシーやアリスもけっこう疲弊していて空元気でなんとかやっている感じだ。

ハコクルマとエンジェルの疲労が特に激しく思われる。

空き教室で少し休憩し、消費した使いきりの品々を処分してゆく。

文車の中で少しでも回復度を高めようとしている仲魔もいる。

外を警戒するが、なにかが近づいてきていることもないみたいだ。

魔力の回復を図り、それは少しばかり叶えられた。

携行糧食を皆で分ける。

もそもそと皆で食べた。

このままではじり貧だ。

一時的撤退も補給もままならない中、持ち合わせているモノでやりくりするしかない。

他はどうなっているんだ?

バロウズに頑張ってもらってはいるが、今もどことも繋がらない。

 

一旦保健室まで退却し、癒してもらう。

ゾンビちゃんたちは中に入らなかった。

 

 

 

 

中ボスらしき相手と激戦を繰り広げる。

全体攻撃系の魔法や物理的特技を駆使する難敵だ。

ハコクルマが文車で敵をバコンと撥ね飛ばし、エンジェルがディアを連発して時に敵のそばへと飛んで撹乱し、ニケーが光線技を幾つも飛ばす。

ピクシーはザン系の攻撃魔法とディア系の回復魔法を駆使し、アリスは肉弾戦で敵の破壊を目論む。

ゾンビちゃんたちは三位一体のセクシーダンスを行って、中ボスの注意力を散漫にさせる方向で頑張っていた。

オレは軽機関銃を撃ったり、回復用の品々を仲魔に投げたり、攻撃用の品々を敵に投げつけたりした。

喰らえ、メギドラストーン!

ニケーが拡散波動砲みたいな光線技で、体力に溢れた相手を追い込んでゆく。

アリスの放ったホーロドニースメルチが中ボスの巨体を吹っ飛ばし、バロウズの示す一点に火線を集中させてようやく倒した。

ヤバい。

残弾が心もとなくなってきた。

 

 

結果、とうとう我々はからっけつになってしまった。

ガス欠状態である。

オーマイガッ!

ゾンビちゃん三名を、背中にもたれかけさせたり両脇に抱えたりしながら移動する。

エンジェルとニケーは顔色の悪いハコクルマの文車の上でぐったりしており、ピクシーはオレの頭の上、アリスはトトロに抱きつく五月のようにオレの前面にへばりついている。

荷物の多くはゴリアテ改弐が担当だ。

そろそろ限界だ。

早くまともに休憩しなくては。

ゴリアテの蓄電池はまだまだもつが、どこか充電出来る場所は無いだろうか?

 

 

 

そうこうしている内、邪教の館ぽい建築物を見つけた。

何故か管理者はいない。

逃げたのか、やられたのか。

設備だけが問題なく稼働している状況だ。

変だな。

回復設備まであるのは実にありがたいが。

だが、ここで大きな戦力を得られるならばそれは得難いことだ。

バロウズの悪魔合体用アプリケーションは簡易型だからな。

こういった本格的な場所で合体させたい。

だが……誰を合体する?

 

ハコクルマ、エンジェル、ニケー、そしてゾンビちゃんたち三名がなにやら話し合いをしている。

 

ゴリアテの蓄電池を充電開始した。

なにか武器になりそうなものは無いかと探してみたが、なにも見つからない。

銃の点検と同時に他の装備も確認してゆく。

 

 

 

仲魔たちがオレに更なる戦力強化を提案してきた。

自分たちを合体させ、もっともっと高みを目指して欲しいと。

そういうものなのか、と聞いたら、そういうものよ、と言われた。

ためらっている場合ではない。

ならば、ヤるしかない。

六身合体まで出来るという設備で、乾坤一擲(けんこんいってき)の賭けに出る。

女神か、魔神か、或いは魔王か。

それとも……。

兎に角、強力な悪魔が生まれてくることは間違いないらしい。

 

合体が、始まった。

 

仲魔たちが融合し、新しい悪魔がこの場に生まれてくる。

ん?

合体事故?

警報がガンガンと響く中、姿を現した悪魔が口を開いた。

 

「私は女神スカアハ。ふむ。新しい弟子を取ろうかと思っていたところだ。お主ならばよかろう。これからもよろしく。」

 

そう言って、帽子をかぶったセクシー系衣装の美人系お姉さんがオレにしなだれかかってきていきなり口をふさいだ。

口づけの後、彼女は唇をぺろりと舐める。

仲魔たちにげしげし蹴られた。

解せぬ。

 

「ふむ。お主の邪魔者はすべて私が殺し尽くしてやろう。お主に尽くしてやるから、私を大切にするのだぞ。」

「わかりました。」

 

そう答えるしかないようだ。

 

「うむ。手始めにあやつらでも皆殺しにするか。」

「えっ?」

「私は今、すこぶる機嫌がよい。お主を見て激しく興奮する程にな。見ておれ、我が愛弟子よ。このゲイボルグの威力をとくと見るのだぞ。」

 

いつの間にやら愛弟子になっていた。

師匠と呼ぶことになったスカアハは実際、めちゃめちゃ強かった。

彼女はいつの間にか外に集まっている悪魔たちの群れへ、雄叫びあげつつ勇敢に向かっていく。

それはもう、嬉しそうに槍を振るって、敵を虐殺しまくったのだ。

師匠、こわいです。

 

「お主のためならば、もっともっと殺してよいのだぞ。」

 

返り血を浴びた姿で微笑む女神様。

この人、ノルド的思考だーっ!

嗚呼っ、ヴィンランド・サガ!

 

 

サマナー、屍鬼、妖精、女神、ゴリアテ改弐といった構成で我々は未踏破領域へと向かった。

文車をそのまま使えるのはありがたい。

 

 

 

 

てくてく歩いている内、ある教室にたどり着いた。

何故、この教室の中は石造りなんだろう?

そこには二本の角を生やした美人がいる。

相当強そうな小宇宙(コスモ)を感じた。

 

「私は女神ハトホル。貴方……いえ、貴方様は……。」

 

オレをじっと見つめた色っぽいお姉さんはギュッとオレに抱きつき、そして言った。

 

「ここで会ったが百年目! 密着からの零距離攻撃! 甘噛み! ベイバロンの気! マリンカリン!」

「あれえ!」

「もう! 私をほったらかしてどこへ行っていたんですか! ではいざ、ご一緒に快楽の園へ!」

 

彼女は無茶苦茶興奮している。

このままでは、ヤ、ヤられる!

 

「そこまでだ、そこの牛女。」

 

師匠がじろりとハトホルを睨(にら)み、ゲイボルグを突きつける。

まさに一触即発の危機!

 

「あら、なにも独り占めしようだなんて考えていないわ。」

「そうか、ならばいい。」

 

いいのか?

ハトホルはオレのことを知っている?

ハトホルはオレのなにを知っている?

 

「私は女神ハトホル。黄金の居合拳で、あなたの眼前に立ち塞がる存在をすべて粉砕してみせるわ。ふふふ。」

「お、おお。よろしくお願いします。」

「先ずは、メジェド様たちに索敵と哨戒任務と威力偵察をお願いしましょう。」

「え?」

 

オバQみたいな二本足のナニカがいつの間にやら開いた漆黒の穴からぞろぞろ現れては、我々の周辺に散らばってゆく。

なんぞこれ。

彼らの姿はどんどん薄れ消えてゆき、時折光線が放たれてはなにかを消し去っているようだ。

 

我々はハトホルの誘導に従って、異界攻略戦を再開した。

 

 

 

よし、この作戦が終わったら、オレ、ドイツ料理店でフリカッセを食べるんだ。

あのめっちゃガタイのいい料理人が作る繊細な鶏の生クリーム煮は、最高だぜ。

フリカッセがフランス発祥の伝統料理だって、かまわない。

マッシュルームにシメジに玉ねぎの共演も実に素晴らしい。

ソーセージにザウアークラウトに馬鈴薯のパイに生ビール。

デザートはケルシーのケーキだな。

よし、殺るぞ。

 

 

 

 






闇の結界にこだまする悪魔の囁き
その不気味な響きに
魂を侵食される人々
そして、それは遂に
ゾンビちゃんたちの心をも蝕んでしまうのか

次回、『あくいろ!』
『せからしか! 校舎の果ては死の世界の一丁目!! (後編)』

悪魔の泣き声など聞こえない






某魔王様「ワシはなんも悪うない!」





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せからしか! 校舎の果ては死の世界の一丁目!! (後編)





前回の『あくいろ!』を三行でまとめると

◎軽子坂高校で異界が発生
◎連合軍で敵親玉撃破予定
◎マーラ様大暴れしまくり

はてさて、今回はどんなお話になるのかな





 

 

 

 

異界化した軽子坂高校の校舎内を歩いていたら、半透明の少年が眼前に現れた。

 

「やあ、侵入者の諸君。ようこそ、ハザマドリームランドへ。僕の名は狭間偉出夫。イデちゃん、とは呼ばないように。親戚のおばちゃんにそう呼ばれて困ってい……こほん、それはともかく、僕はいずれ魔界を統べることになる、偉大な魔神皇だよ。今後ともお見知りおきを……ああ、この後すぐ死んでしまう君たちには不要な情報だったかな? これは失敬。」

 

彼はニコニコしつつ、優雅に頭を下げる。

 

「君たちのように、わざわざ僕のために糧となるべく訪れてくれる奇特な訪問者は非常に貴重だ。そうさ、是非とも歓待しなくてはならない。様々な催しを各地で開催しているから、どうぞ楽しんでいって欲しい。メガドライブでドリームキャストな感じでね。或いは、脳天直撃セガ・サターンってとこかな。ジ・アンソルブドは実に素晴らしいゲームだ。……ちょっと脱線してしまったね。失敬、失敬。なに、対価は君たちの命や所有するマグネタイトくらいだ。安いものだろう? もし万一僕のところへ来られたならば、その時は全力でもてなすよ。ではごきげんよう。」

 

消えた。

人を喰った少年だな。

 

 

 

 

てくてく異界を仲魔と共に歩いていると、またもや声をかけられた。

 

「ま、待てい!」

 

ややしわがれた声だ。

眼鏡にヒビが入り、白衣の薄汚れた中年男が現れる。

 

「私は狂師オオツキ改! お前たちがこの異界から現世に生きて戻れる科学的根拠など、どこにもないのだ!」

「死んでくれる?」

「ぐはあっ!」

 

アリスが艶(つや)やかに紡ぐマガコトによって、またも彼は即死した。

 

 

 

遠くからずしんずしんと音がする。

地面がびりびりっと振動してきた。

激しい攻防の音だろうと思われる。

御立派様が敵の首魁と戦う音かな?

 

 

 

メジェド様たちから得た情報を元にして、校舎内の探索は続く。

そうしていたら。

 

「待てい!」

 

声が背後から聞こえてきた。

振り返る。

眼鏡に複数のヒビが入り、白衣がところどころ汚れている中年男がそこにいた。

 

「私は狂師オオツキ改弐! お前たちが新たなるプラズマを得た私に勝てる科学的根拠など、どこにもないのだ!」

「死んでくれる?」

「ぐはあっ!」

 

アリスが艶(あで)やかな表情で死の言葉を発した。

懲りることを知らないのだろうか?

かなり強化されていると思われる機械的部品をまとったまま、彼は地面と情熱的な口づけをかわした。

 

 

 

 

半透明の少年がまたも現れた。

今度は女性二人と一緒である。

 

「まだ生きた侵入者が複数いるんだね。ところで、君たちには恋人がいるのかな? 僕はいるよ、二人も。どうだい、二人とも麗しい美人だろう。二人がどれだけ素敵なのか、今回は特別に僕が語ってあげよう。」

 

どうもこの辺は悪魔が出てこないみたいなので、休憩しながら少年の自慢話を聞く。

年上の女性は香山先生といったか。

少年の同級生ぽい女の子は誰だろ。

少年の声を聞きつつ、食事をとる。

散々女性を誉めちぎった後、映像は唐突に終了した。

そして我々は再び歩きだした。

彼のいる場所に向かって。

 

 

 

「待ちわびたぞ!」

 

ぼろぼろでかなり破損し汚れた白衣をなびかせ、ところどころ割れた眼鏡を光らせた中年男が前方からやって来る。

 

「私は最終狂師オオツキ! 魔神皇(まじんのう)様の元へは行かせん! やらせはせん! やらせはせんぞっ!」

「死んでくれる?」

「ぐはあっ! ……とでも言うと思ったか? 私は学習する男! さあ、黄泉の国へと逝くがいい! プラズマ充填率一二〇パーセント! ヤれる! ヤれるぞ、私は! 大いなる科学的根拠に基づき、あの世に逝くがいい!」

 

全身をぴかぴか光らせながら、アリスが艶麗な表情で放つ言霊を退けたパワードスーツ男が激しく飛びかかってきた。

と、どこからともなく光子魚雷がすっ飛んできて、中年男は爆発炎上する。

マーラ様が放ったと思われる流れ弾に当たってしまうとは、なんとも不幸な男だ。

だがしかし、男の目に諦めの色はない。

 

「緊急脱出! ベイルアウト!」

 

上空へ射出された中年男は、プラズマの光を全身にまとって戦闘態勢に入る。

なんらかの武術の構えをしていた。

 

「プラズマ神曲拳最終奥義!」

「喰らえっ! ゲイボルグ!」

「がああっ!」

 

飛翔し迫ってきた中年男は師匠の投げた槍に迎撃され、あっけなく地に這う。

あ、よろよろと起き上がった。

 

「ば、馬鹿な……私は……科学的根拠に基づいて選ばれた人間なのだ……人間を超越した超人になって……魔神皇様が支配する理想的社会を……せめて貴様らを道連れに……こうなったら……プラズマを暴走させ……。」

「死んでくれる?」

「ぐはあっ! な、なんのっ! プラズマ防御は伊達じゃない!」

「グレートホーン!」

 

アリスの艶美な言霊になんとか耐えた中年教師は、ハトホルの黄金野牛的一撃で空中高く吹き飛ばされる。

その効果は絶大だ!

 

「クレッセント・ビーム!」

「ぐはあっ!」

 

師匠の指が光り、男を簡単に貫いた。

だがしかし、男はまだまだやる気だ。

プラズマの輝きがある限り、何度でも立ち上がることだろう。

おそらくは。

 

「私は……私は……まだ……こんなものではないぞ…………波動エネルギー充填率一二〇パーセ……。」

「マハザンマ!」

 

ピクシーの一撃がとどめとなった。

彼が放とうとしていた光の奔流は天井を貫き、どこかへ飛んでゆく。

ばたっと倒れ、彼は二度と動こうとはしなくなった。

プラズマの輝きは、もうそこには欠片さえなかった。

 

 

 

銃身を最後の一本に交換する。

残弾は残り二〇〇発を切った。

ゴリアテに積載した道具を整理する。

幸い、仲魔たちの戦意は今尚盛んだ。

うちの子たちは揃って武闘派なのだ。

 

 

敵の総大将がいると思われる区域へ向かうに従って、死体の数が増えてくる。

派閥の関係なく、あちこちに肉体だったモノが飛び散っていた。

かなり前に事切れたような戦士たちの亡骸(なきがら)がごろごろ転がっている。

手を合わせ少し瞑目し、先へと向かう。

 

 

 

最上階の怪しい場所に着いた。

まだ激戦は続いているようだ。

ずしんずしんと音がしている。

この扉の向こうに彼らはいる。

音が止んだ。

扉を開ける。

 

「ワシは万物の王にして、すべての父なるモノ!」

 

野生の我らのマーラ様が現れた。

すぐに扉を閉める。

 

「これ! 何故閉める!? 開けぬか!」

 

渋々開けた。

マーラ様は魔神皇とかいう少年的敵ボスの側近をバシバシとしばいていたらしい。

喋りたいだけ喋ると、マーラ様は再び猛突進していった。

もう、ここの戦いはマーラ様だけでいいんじゃないかな。

 

 

 

まだ道は続いている。

こっちか。

よくわからない道を進む。

 

 

 

出現する敵の数がやたらと多い。

流石に友好的な悪魔は少ないか。

師匠のスカアハが槍をぶんぶん振ったり、アリスやハトホルが拳で薙ぎ払ったりしているけれど、兎に角多い。

うんざりする。

三発バースト的に弾の消費を抑制しつつ戦ってはいるが、残りが心もとないのは事実だ。

短機関銃も時々撃つ。

だが、威力は段違い。

うーん。

すると、どこかで聞いた声が耳に届いた。

 

「乾小隊、助力に参った! これよりお主らに助太刀いたす! 者共、かかれ!」

 

怨霊的武装小隊が現れた。

どっからやって来たんだ?

乾大佐、ノリノリである。

彼らの参戦によって、状況は覆(くつがえ)った。

 

 

 

破竹の勢いで進軍してゆく。

最深部もそろそろ近いかな。

 

 

 

それなりの武装勢力になり、ようやく敵ボスがいるらしい区域に辿り着く。

さあ、最後の戦いだ。

たぶん。

 

扉を開ける。

ここが敵ボスのいる場所か。

中の様子はぐちゃぐちゃだった。

失神したらしき少年が転がっている。

衣類は殆ど身につけていない状態だ。

マーラ様にヤられたのか?

御立派様は見当たらない。

戦いの結果がこれなのか?

どこへ行ったのだろうか?

自由な魔王様だ。

少年が目覚めた。

彼は屈辱感のある表情をしていた。

どうやら彼は戦うつもりのようだ。

縮こまっていないのがその証拠だ。

とても元気である。

マグネタイトが彼の背後で収束してゆき、少年の背後に自由の女神みたいな姿の上半身的ナニカが顕現する。

だが。

 

「刺し穿(うが)ち、突き穿つ! 『貫き穿つ死翔の槍』!」

 

師匠のスカアハが、必殺技を放つような仕草で槍を投擲(とうてき)する。

おそらくはなにも身につけていない魔神皇をずぶりと貫く、絶対殺す的槍。

少年の背後の魔神らしきモノが咄嗟に防御壁を張るが、それらをあっさり貫くはゲイボルグ。

 

「ぐはあっ!」

「オオツキ先生!」

 

どこからともなく現れたプラズマ系最終狂師オオツキが魔神皇をかばい、ゲイボルグに心臓を貫かれた。

途端に溢れるプラズマの光。

眼鏡しか身につけていない。

そんな中年男だ。

なんたる忠誠心。

なんという忠義。

 

「よきセカイを作ってくださ……魔……狭間君。」

「先生、先生!」

 

マッパの少年は、同じくマッパの教師を抱きしめる。

と。

普通に歩いて近づいた師匠が魔神皇の急所を蹴った。

呆然とする周囲の面々。

少年は悶絶している。

なにもかも台無しだよ、師匠。

それは容赦なき一撃に思えた。

あれは痛い。

乾小隊の面々も同情する視線を少年に向けている。

うちの女性悪魔たちはけろっとしていた。

うーん。

師匠がしんみりとした表情で魔神皇に語りかける。

少年を容赦なく踏みしめながら。

ぐりぐりと踵を急所で動かして。

変な性癖に目覚めないといいな。

 

「お前……いえ、今はイデオといっておきましょうか。」

「なに……お前……いや、君は一体……。」

「『私』はもう、イデオと同じ道を歩くことが出来ない。一生、亡くなった人たちに懺悔(ざんげ)しながら生きてゆきなさい。それがあなたへの罰よ、イデオ。」

「…………ま、まさか、君は……そんな……。」

「『人』でなくなったのはお互い様ね。」

 

そこへ、薄汚れた青と白に彩られた手勢を率いたメシア教の面々が現れた。

 

「いたわね、悪魔の頭目! ここで会ったが百年目! さあ、皆さん、アイツを殺っちゃってください!」

 

広告塔の女の子がまるで空気読めない発言を行い、ぼろぼろになった十字軍もどきがうなだれた衣類無き少年に殺到しようとする。

だが。

 

「おっと、こいつは我々の獲物だ。」

「そうよ、横取りはいけないわよ。」

 

師匠とハトホルが目の前に立ちふさがる。

ピクシーもアリスも乾小隊も同様だった。

えーっと、オレも行動を共にしておこう。

 

「自分たちの手柄にするつもりね!」

 

目をこわいくらいにいからせ、開いた瞳孔のままで広告娘は怒鳴った。

 

「許さない! 許さない! 許さない! 手柄は私たちのものよ! 私たちのものでなければならないのよ! やっちゃえ、大天使マンセマット!」

 

仮面をつけた、うさんくさげな悪魔がニヤニヤしながら翼を拡げる。

なにか特技を放とうとしているようだ。

そこへ、爆音上げてマーラ様が現れた。

どこへ行っていたんだ、我が主神様は?

 

「あいや待たれい、皆の衆!」

 

皆の視線を集めたマーラ様は、おごそかに呪文を唱えた。

 

「ファイナルヌード! アーンド、必見のマラマラダンス! ワシの渾身の舞踊を刮目して見るがいいっ!」

 

マーラ様の前面が割れると、そこから絶世の美女が現れる。

なにも身につけていない彼女が、悠然と優雅に踊り始めた。

キラキラと、セカイが輝いてゆく。

えもいわれぬ雰囲気が全体を覆う。

そうして、すべてに平和が訪れた。

 

 

 

 

 

こうして、事態は一応の終息を迎えた。

学生や教師も戻って来た人たちがいる。

戻って来なかった人たちもいるのだが。

軽子坂高校の校舎は、元の場所にない。

どこへともなく消えたかの状態だった。

学校の地下にガスが溜まり、そこに引火したために爆発が起きたのだと説明する気らしい。

もやっとするが、まだマシな方だとか。

革ジャンを傷だらけにしたキャロル・Aが、苦笑いを浮かべつつオレに話してくれた。

この後は戦闘集団でなく、政治屋辺りの案件となる。

オレたちの関われる舞台は、既に幕を下ろしたのだ。

納得出来る出来ないじゃない。

これを飲み込むしかないのか。

ゾンビちゃんたちやその他の学校関係者の冥福を、オレは祈った。

 

 

それにしても、腹が、減った。

 

 

 

さーて、オフレッサーさんの店に行くか。

予約を入れておいて良かった。

あっ、人数の変更を連絡しとかないとな。

もしもし……。

 

 

 

 

 

 

 

香山先生、アキコ。

僕の愛しい人たち。

メイド服がよく似合っているよ。

新しい女の子が増えたけど、怒らないでいてくれ。

僕が魅力的だから、これは仕方ないことなんだよ。

君たちが僕の中で愛情を注ぐ最上位であることは間違いない。

僕の深い思いを受け止めてくれるのは現在君たちだけなんだ。

それはわかってくれ。

これまでも、それは充分に示しただろう?

後程一緒にメガドライブのゲームで遊ぼうじゃないか。なんなら、セガ・サターンやドリームキャストもあるよ。

 

さあ、行こう。

僕たちの理想のセカイへ。

おやおや、オオツキ先生、いつまで寝ているんですか?

そろそろ、起きてください。

さあ、行きますよ。

みんな、さあ、起きたまえ。

僕のセカイを作るため、みんなの力が必要なんだ。

魔界に鯉艸郷……間違えた、理想郷を作りに行こうじゃないか。

先陣は任せたよ、リューイチ。

君には特に期待しているから、力と装備を与えたんだ。

それはわかっているよね?

先鋒は戦士の誉れ。

君には常にその栄誉にあずかってもらう。

頑張ってくれたまえ。

ヤれるヤれないじゃない。

ヤるんだ。

タルンダを敵にかけるのは大切だ。

それは忘れないように。

黒い戦闘員を沢山用意したからね。

じゃんじゃん功績をあげられるよ。

 

そこの一神教を奉じていた人たち。

新しい力を、僕によって君たちは得た。

この僕の、偉大なる僕の力を得たんだ。

喜びたまえ。

君たちの奉じていた神よりも、僕の方がずっとずっと力を持っているんだ。

だから、君たちの剣ですべてを薙ぎ払ってくれたまえ。

 

アモン、チェフェイ、ゴトウ、アムドゥシアス。

僕の頼もしき仲魔。

君たちともずっと一緒だ。

人も悪魔も共に仲よく暮らせる、そんなセカイを築こうじゃないか。

僕たちに必要なのは、ラブ・アンド・ピース。

それとセガのゲーム。

そういうことだ。

そうさ、魔界は力のある者が有利なんだ。

だから、新しく仲間入りした君たちも頑張ってくれたまえ。

頑張った分、報酬は弾むからね。

 

では、全軍前進せよ。

これより、魔界攻略を始める。

先鋒のリューイチ隊は、すべての敵対的存在を力ずくで排除せよ。

情け無用の鉄騎兵。

それが、君たちだ。

逝きたまえ。

 

 

さあ、始めようじゃないか。

僕たちのマツリを。

そうそう、香山先生にアキコ。

後で僕を踏んでくれ。

ぐりっという感じで。

 

 

 

 









《結果》


【クズノハ、ヤタガラス】
遊撃を担当
過半数は生き残った模様
書生姿の召喚師が大活躍
刀使いの女学生も大健闘
九尾の狐と激戦になった


【メシア教】
最激戦地を担当
人的被害は甚大
防衛側に最も翻弄された勢力
サックス吹きの堕天使率いる軍団と激突
力押しに依存した戦い方を利用される形でヤられにヤられた
ブービートラップに釣り野伏せ及び遅滞戦術で八割以上の人員を喪失(初戦で殺られたり限界以上の力を出そうとして自滅したり混乱したまま殺られたりおかしくなって自軍の面々から処分された即席洗脳系尖兵が大半)
広告塔や勇者的ななにかや女騎士的ななにかは生存
実験結果はそれなりに出た模様だが、それ以上に過大な損失が発生した模様
戦力再編には相当な時間がかかるものと推測される


【テルス教】
三番目の激戦地を担当
鬼的戦力と激しく闘う
二割近くの戦力を喪失
連携力が生存率を向上
薬師六将は二人共生存


【特科魔戦中隊第一小隊】
メシア教部隊壊滅のあおりを喰らって苦戦したが、普段の猛訓練と陸上自衛隊的不屈的ななにかとか食いしばり的ななにかのお陰で大半の人員が生き残った
褌(ふんどし)一丁の魔人に苦戦した模様


【ファントムソサエティ】
召喚師の全員が生き残ることに成功
但しエイミス神父は大怪我を負った
マヨーネはかなり戦いたかった模様


【ショッカー】
二番目の激戦地を担当
大部隊の利点活かせず
罠にことごとく掛かる
個別には奮闘していた
邪神邪鬼的戦力と激突
仮面戦鬼に蹂躙される
初級戦闘員を全員喪失
中級上級も過半数喪失
怪人は二体生き残った
指揮官もなんとか生存


【無所属】
半数以上が黄泉路を渡った模様
二つ名付きの連中は大半が生存
ゴーゴー夕張は無事生き残った
双子コンビも普通に生き残った






《悪魔》

【スカアハ】
巨蟹宮系武闘派女神様
血の気がやたらと多い
武芸と戦闘と死を司る
気に入らない奴らをぶっ殺すのが大好き
惚れた男性にとことん尽くすのも大好き
六身合体中に発生した合体事故によって、この世に顕現
本来、おっさんなサマナーが扱える水準の悪魔ではない
敵対者絶対殺す的槍のゲイボルグの扱いと黄泉比良坂(よもつひらさか)的な技を特に得意とする
サマナーに対する元の悪魔たちの好感度が勘案され、それは天元突破している
サマナーを愛弟子扱いし、なにかいろいろと目論んでいるようだ
ハコクルマの使っていた文車(ふぐるま)の使用権を継承し、以前同様に移動手段や簡易休憩所として使える
眼鏡っ子委員長系少女に変身することでマグネタイトの消費を抑え、現世で過ごすことが可能(但し、本来有している力の一割未満くらいしか振るえない)


【ハトホル】
金牛宮系武闘派女神様
血の気の多い戦闘民族
恋愛と武術と死を司る
たゆんたゆん
気に入らない連中を叩きのめすのが大好き
サマナーを運命的相手の転生者と勘違いしているようだ
本来、おっさんなサマナーが扱える水準の悪魔ではない
グレートホーン的な技とかハリケーンミキサー的な技とかを特に得意とする
攻撃魔法や癒しの魔法や補助魔法も使える
謎の神様なメジェド様を複数召喚し、索敵とか偵察とか哨戒とか威力偵察などに使用することが可能
また、ゆるふわ系たゆんたゆん美少女に変化することでマグネタイトの消費を抑え、現世で過ごすことが可能(但し、本来有している力の一割未満しか振るえない)


【メジェド様】
中の人がどうなっているのか今一つよくわからない、謎の神様
複数存在するように見えるが、実は一柱のみ存在していて他は複製体という説もある
主に諜報と死を司るらしい
現在はハトホルに従っているが、その経緯は不明
目から怪光線を放ったり、光学迷彩的なナニカで姿を見えなくしたり、鋭い蹴りを放ったり、索敵したり、偵察したり、哨戒したり、威力偵察したりするのが得意


【御立派様】
久々のおおいくさを堪能された模様
発言はセクシャルハラスメント感満載なので敏感な者は要注意
天使や大天使系悪魔との相性は最悪
三國志で言うと、呂布くらいの強さ
あちこちで暴れまわって、結果的に各勢力の手助けをした感じ
作中最強級悪魔の一体


【少年】
魔界征服を目指す夢みる高校生
最近、美形の彼女が二人出来た
今後、恋人は順調に増える模様
今のところは、清い身体のまま
いざとなるとヘタレ思考に陥る
先日、非常に厄介な性癖に開眼
セガのゲームに耽溺する愛好家
意外と部下たちに慕われている






※独自設定を多々含みます
ご留意くださいませ




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瓜縞君と野良犬隊




今回の話は、軽子坂高校攻略戦を瓜縞君的視点から捉えたものになっています。
予めご了承くださいませ。






 

 

 

 

ある、晴れた日。

連続して襲ってきた刺客をなんとか全員返り討ちにし、依頼者たちへ倍返ししていつもの日常に戻ったことをありがたく思いつつ過ごしていた、そんなある日。

俺たちはぐれもんがたむろしている八王子の本拠地へ、武闘派秘密結社のテルス教に所属するおっかない姐さんが来た。

 

嘉屋の姐さんは俺たちに対し、出来たばかりの異界を攻略するから手伝えと言いに来たのだ。

無理だろ。

俺たちみたいなチンピラが異界攻略に行ったって、活躍出来る状況がちっとも想像出来ない。

でも直接そんなことを言えやしない。

そこで、こう言った。

金にならん仕事は全然したくないす。

そう言ったら、ガツンとどつかれた。

いってえな。

ドタマから血液がピューと吹き出すのを感じる。

強化人間じゃなかったら、もっと酷いことになるところだった。

ナノマシンで人間よりもずっと強くなった改造人間が防御する間もなくあっさりどつかれるのだから、テルス教の幹部は化物揃いに違いない。

よその秘密結社の幹部だった美人副官がこの行為に全然反応出来なかったのには、めちゃくちゃ驚いた。

汗までかいてやがる。

こいつは俺よりずっと強いのに、そんなんだとはマジでやべえぜ。

 

「お前は何時から私にそんな口がきけるようになった? なあ、瓜縞?」

 

ひび割れた強化硝子の灰皿を持ったまま、淡々と言う姉御。

ヴァイオレンスだぜ。

ちびりそうだぜ。

いつの間に俺は舎弟みたいになっていたんだ?

よくわからねえな。

しっかしよう、頭からどばどば血が流れてきやがる。

うちのチンピラどもがびびっちまって、少しも動けやしねえ。

まるで金縛りだ。

踏んだ場数がまるで違うってことか。

俺を容赦なくどつくことで、姐さんは明らかな武威を示した。

これは実に効果的で、うちの狂犬どもも逆らう気力さえわかないものと思われる。

薬師六将っておっかねえな。

悪魔を退治する連中って、こんなのがごろごろ存在するのかよ。

俺程度の強化じゃ、姐さんの動きは全然見切れないってことか。

マキロンをじゃばじゃばと頭にぶっかけ、話を聞くことにした。

 

「うちに取り込みたい男が今回の攻略に参加するし、メシア教のおバカどもがわんさかやって来る。有象無象をかき集めて連合軍などとうそぶいているが、下手をすると烏合の衆だ。我々は異界探索の経験を有するが、メシア教は全般的に経験が浅い上に力押し一本の傾向にある。まともに異界探索をしたことの無いお気楽連中が無秩序に突入してみろ。油断や慢心からくる場当たり的な対応を続けている内に、間違いなく全体的に満身創痍となって容易に異界内で朽ち果てるだろう。もしそれに巻き込まれてしまったら、そいつらも全滅する可能性が大きくなる。我々が地上で戦うのと異界で戦うのは、全然違う話なんだ。言っている意味はわかるな?」

「はあ。」

 

俺たちだって、異界攻略なんて経験が無いんだけどな。

 

「そもそも我がテルス教とメシア教を同じ戦場に送る時点で間違えている。」

「そういうもんすか。」

「お前な。考えてみろ。ただでさえ、我々とあいつらは犬猿の仲なんだぞ。」

「抗争すか。」

「去年まではまさに仁義無き戦いだった。何年間も互いに容赦なく殺しあっていたからな。だから、今回は中立的なファントムソサエティや無所属の連中も参加するんだが……。」

「なんかあったんすか?」

「自衛隊の特科魔戦中隊が入る。あそこは非常に厄介だ。」

「軍隊すか。」

「あのな、日本には建前上軍隊は存在しないことになっているんだ。物言いには気をつけろ。」

「はあ。」

 

わかんねえよ、自衛隊は軍隊とどう違うんだ?

軍艦も戦闘機も戦車も持っているのに、軍隊じゃない?

……サンダーバード?

 

「お国の防衛的武装組織が正式に参加するってことは、その裏で政治家が介入してくるということだ。お前の頭でもこれくらいはわかるな?」

「はあ、まあ。」

「で、だ。お前らみたいな半端もんが大変あやうい。」

「なんでです?」

「お前らのような存在は、ハラワタの腐った外見だけキレイな為政者からすると目障りなんだ。なんにもわかっていない奴らほど冷酷なことを平然と行うもんだ。もしかしたら、お前らは害虫みたいに思われているのかもしれない。よさげな報酬を提示して呼び出し、探索や戦闘に参加させ、目につかないところで手練れの『掃除屋』によって密やかに潰す。証拠を残さずにな。零細組織の潰し方の基本だ。有能な頭や将来性のある奴は率先して狙われる。ヤられたら、そいつらは名誉の戦死ということで処理される。奴らにとって、それは日常茶飯事的なことにしか過ぎん。おキレイなベベについたゴミを払うくらいの感覚じゃないかな? 汚職にまみれ汚濁にまみれ嫉妬深くて地位に固執する腐敗した政治家が、自分の派閥以外の連中を切り崩してゆくようなもんかもしれない。今回参加するクズノハやヤタガラスにも、汚れ仕事専門の『掃除屋』がいるらしい。これ、人には言うなよ。今回参加の特科魔戦中隊にしても、本当にそこに所属している連中が来るのかどうかはわからんしな。」

「は、はあ。」

「よかったな。教えてくれる人間がここに来てくれて。」

「え?」

「『駆除対象』のショッカーは既にやる気満々だし、無所属の無軌道な連中は今から皮算用だ。乗せられた連中の末路は大抵哀れというのにな。少なくない結社が今回の攻略戦に参加するだろう。大手を振って活動出来る稀少な機会だしな。そして、お国の『掃除屋』が目障りな連中を中で間引きする。確実にな。特科魔戦中隊に所属する幾人かの人間はそのための要員だ。間違ってもこのことは喋るなよ。お前だから、秘中の秘を話すんだ。」

「まさか、俺たちも?」

「ぎりぎりセーフだ。」

「あー、びっくりさせんでくださいよ、姐さん。」

「お国が本気になったら、お前らなんぞはいつでも簡単に潰される、ってことだ。今回はテルス教からの要請を受諾したことにしろ。薬師六将の中でもお前らをどうするかで意見はわかれたが、とりあえずは様子見の経過観察に収まった。今回の攻略戦がお前らの功績となるし、安全性を高める策となる。うちにもそれなりの政治的人脈があるから、比較的擁護しやすくなる。そういうことだ。」

「ありがとうございます。」

「射撃場で訓練させとけ。」

「どこが使えるんですか?」

「ここへ行け。」

 

関東某所の地図と攻略戦に関する資料を渡された。火器も供与してもらえるらしい。

横流し万歳!

 

「死ぬなよ。」

 

嘉屋の姐さんはそう言って去った。

 

 

 

複数の零細系秘密結社に金を貸している俺たちだから、あいつらが殆どか全員殺られると大変嬉しくない。

そいつは勘弁して欲しい話だ。

ヤるしかないな。

で、零細系秘密結社の幾つかは借金の増額を申し込んできたが、いずれも回収が危うい感じの組織なのが難点だ。

返済出来ない場合に於ける有能そうな連中の移籍契約や、土地や家屋や事務所や工場などの権利書譲渡などを必須条件にして、ある程度の金額を貸した。

返せなかった時は、俺の手元に人材やら不動産やらが集まってくることになる。

悪くないな。

まあ、トントンかな。

幾つかの武闘派の反社会的組織に赴き、簡易式瞬間洗脳機で何人か連れ帰った。

少しくらいは役立つだろう。

少なくとも、歓楽街でイキっているおバカ連中よりは数段使い物になりそうだ。

 

 

 

 

情報屋の犬井を呼び出す。

ある程度は裏を取らないとな。

事務所の近所にある筑豊ラーメンの店で落ち合った。

 

「やあ、ウリシマ君。」

 

相変わらず、ぬぼーとした奴だ。

これで腕利きの探偵なのだから恐れ入る。

早速、用件を切り出した。

 

「軽子坂高校のことを知りたい。」

「わかった。豚骨拉麺ツユ濃いめ、アブラ多め、太麺、バリカタ、餃子二人前で……いや三人前で。あと、炒飯ください。」

 

注文を終えた犬井は席を離れ、『ご自由にお召し上がりください』と達筆で書かれた紙の下にある大皿からキムチや高菜をがばがば取り、小皿をてんこ盛りにした。

席に戻ってきた犬井は、普通にそれをむしゃむしゃ食べだす。

 

「……おい。」

「気の休まない仕事の合間の喜びっていったらさ、食うことだけなんだよ。ウリシマ君もわかるよね。」

「……ああ。」

「なんやかやで取得した情報や人間関係を右から左へ売る仕事さ、俺の仕事は。上手くいった時ほど、なんだか心が虚しくなってくんだよ。なんでかね?」

「お、おう。そりゃあ、満足感と虚脱感がいっぺんに心にきて飽和状態になるからじゃないのか。」

「ま、そんなところなのかな。仕事は仕事としてきっちりこなすようにしているんだけど、どうも、こう……。あ、ウリシマ君の言っていた異界の件だけどさ。防衛省はしっちゃかめっちゃかの状況だよ。てんやわんやの感じだね。隠しているけどさ、カストリ雑誌の記者が突撃取材しようとして敢えなく撃沈したんだ。なんでもない、現在の状況は日常業務の範疇(はんちゅう)内にしか過ぎないって広報官に言われたんだ、彼は。それは他の記者たちも聞いている。有事の時みたいに車や人はひっきりなしに出入りしているのにね。それで却って状況の異様さを感じたって、知り合いの記者が言っていたよ。」

「そうか。」

「一方、メシア教は緊急集会を開いて、聖戦云々の演説を開催。わかりやすいよね、こっちの方が。あそこは元々ユルユルのガバガバだし、いろいろとユルいから。末端の信者をどんどん集めているし、大規模作戦があることを隠そうともしていない。支援者たちは今頃頭を抱えているんじゃないかな。ちなみに、在日米軍は特別な警戒体制を敷くこともなく通常運転状態。」

「俺たちも異界攻略戦に参加するように、って言われた。」

「あー、テルス教がらみ?」

「そうだ。」

「テルス教の方がわかりにくいね。人を集めているのは確かだけど。」

「お前、よくそういう情報を手早く集めてくるよな。」

「これが俺の仕事だもの。これで稼いでいるんだから、これくらいは情報収集が出来ないと話にならないよ。」

「そうか。」

「異界の方は、面白がって入った人が誰も中から出て来ていない。捜索願いが複数出されているらしいけど、まあ絶望的なんじゃないかな。おバカだねえ。安全なテーマパークかなにかと勘違いしているんじゃないかな。ちなみにそこが本物の霊的スポットだったら、俺は絶対行かない。絶対に、だ。で、一昨日までは警察が学校を封鎖していたけど、昨日からは工事車輌が封鎖している。何故か張り込んでいた記者たちが続々撤退しているし、野次馬もいなくなったし、ニュースにもなっていない。変だね。なにかしら政府の検閲が入っているのかも。」

「わかった。」

「おっ、来ましたよ、来ました。」

 

ラーメンが運ばれてきた。

いつも通りに旨そうだ。

さて、喰うか。

焼き餃子のにおいも漂ってくる。

食欲をそそるにおいだ。

俺も後で頼むとしよう。

 

「旨い飯は、なににも代えられないよ。忙しいからっておざなりにしているとろくなことにならないし、勢いで決めたらダメだね。ちゃんとしているところは旨いモノが出てくるし、こういうお店で食べられることは実にありがたいと思う。」

 

爽やかな笑顔で、犬井はそう言った。

あっという間にラーメンを食べきる。

替え麺まで頼んで、彼は嬉しそうだ。

俺もキムチや高菜を取りに行くかな。

あ、犬井の野郎。

店の姉さんから、オマケの炒飯を貰いやがって。

あいつ、口がやたらに上手いし、顔も割といい。

ちくせう。

 

 

 

犬井から無所属でそれなりの技能を有する召喚師の情報を入手し、結果、四人確保する。

さて、何人生き残れることやら。

ついでにアコギな会社から俺たちへ、少しばかり献金してもらう。

これこそ、社会貢献だぜ。

犬井の情報と簡易式瞬間洗脳機の相性はバッチリだな。

奴には要求されたよりも、二割ほど増額した報酬を振り込んでおいた。

 

 

 

野良犬隊を再編成し、軽子坂高校へ向かうことにした。

最近は野良犬隊が一番実戦をくぐっているしな。

普段は江坂に任せている愚連隊だが、俺の黒牛隊や野良猫隊からも人員を抽出し、異界攻略に向いていると思われる編成へと変更する。

人数は俺と副官と野良猫隊隊長の嘉納を含めて一八人。

江坂は今回留守番だ。

ぶーぶー言われたが、知らんな。

お前だから留守番を頼めるんだ、と真面目な顔で言ったら頬を赤く染めた奴に大変喜ばれた。

戦国時代の武将の逸話を話したら、江坂は感激して泣きやがった。

周りもおおっと感嘆の目を注いできた。

涙ぐんでいる奴までいるのには呆れた。

なんともちょろ過ぎて、泣けてくるぞ。

うちの連中はこんな愚かな奴ばっかだ。

そんなんだから、アコギな女にホイホイとむしり取られるんだぞ。

ったくよー、困ったもんだ。

 

野良犬隊は六人一班の三班体制で臨む。

瞬間洗脳した召喚師は一つの班に一人ずつ組み込む。

余った一人は戦闘系ごろつき五人の班に回した。こいつらは遊撃隊とする。

なるべく使い捨てにはしたくないが、生存率はおそらく低いだろう。

合計四班二四人。

武器はテルス教経由の米軍から融通してもらう。

分隊支援火器のM249まで貸してもらえたのは正直ありがたい。

こいつは俺が使おう。

腕力が強化されているから、軽機関銃でも腰だめでぶっ放せるぜ。

拳銃はトカレフだと装弾数が少ないので、グロックを用意してもらった。

銃器好きと自称する馬鹿がどこで見たのかふざけた構え方をしたので、即座に躊躇なくどついておく。

誤った知識を鵜呑みにすると死ぬぞ。

暴発や誤射で死ぬ奴だってごろごろいるんだからな。

日本では報道されないが、米国ではそういった事故が日々発生している。

訓練は非常に重要なのだ。

訓練以上の結果を残すだなんて、実際にはなかなか出来ないことだから。

付け焼き刃で訓練したから当たるとは限らないし、相対した悪魔すべてに弾丸が通用する保証などどこにもない。

経験で覚えるしかないのだ。

まあ、会話や交渉で無駄な戦闘は回避すべきだが。

射撃場で二日間練習したが、悪魔相手に一体どこまで通用することやら。

軽機関銃を調子にのって、二〇〇〇発ほど撃ってしまった。

うちの連中も撃ちたがったので、少しずつ撃たせてやった。

まー、必要経費だ。

弾薬と予備銃身、それと予備の軍用小銃も準備しとかないといけない。

やることだらけだ。

 

 

 

うちに元々いる悪魔は、ピクシーにアプサラス、それとリャナンシー。

もっと強力な悪魔の参入が待たれるところだけれども、現実はそうそう甘くない。

手持ちの悪魔たちでなんとかするしかないな。

 

 

 

現場に着く。

本陣へ説明を聞きに行った。

先行したアホが割といるらしい。

威力偵察でも斥候でもないとか。

そいつら、バッカじゃねーのか。

ただの犬死にになっちまうのに。

メシア教がばか騒ぎをしている。

なんか盛大に勘違いしてんじゃねーのか。

不安感を増すような連中がうようよいる。

奴らに足を引っ張られたらたまらんぞ。

生き延びることを第一義にしておこう。

姐さんのとこへ挨拶に行き激励を受けた。

もう一人の薬師六将にじっと観察される。

本気でこわい。

異界の悪魔はどれくらいおそろしいのか?

人間がおそろしいのか悪魔がこわいのか。

 

 

あれが、姉御の気にしているサマナーか。

のんきそうな顔をしていやがる。

けっこう強そうな悪魔たちを従えているから、実力はそれなりにあるのか。

俺には関係ないから、近づかないでおくとするか。

うちのもんにも注意しておこう。

やぶ蛇は勘弁して欲しいからな。

 

 

武装の点検を行う。

二人一組で相互確認させた。

放出品の野戦服にコンバットブーツ、拳銃にナイフ。それに背嚢(はいのう)。

チェコ製の軍用小銃、野戦糧食、水筒。

エトセトラ、エトセトラ。

メシア教の姉ちゃんがこっちに近づいてきてなにかやろうとしたみたいだが、姐さんが邪魔をしたので失敗する。

悔しげな姉ちゃんが去った後で、姐さんから説明を受けた。

あの姉ちゃんは、瞬間洗脳が上手いという。

おいおい、『盾』にされるのはゴメンだぜ。

ま、いざとなったらこっちも手段を選んでいられねえが。

この簡易式洗脳装置って上級悪魔にも効くのかね。

……無理っぽいのでやめておこう。

 

 

テルス教の薬師六将率いる部隊の後続として異界に入る。

後方警戒と部隊の支援が主目的だ。

俺たちのようなはぐれもんでなんとかなるのかね?

弁当屋の姉さんからたんまり持たされた飯や弾薬や予備銃身や荷物のあれこれは折り畳み式の大八車みたいな車輌に乗せ牽いてゆく。

勿論、シウマイもたんとある。

玉子焼きやおはぎも無論ある。

飯の時間が楽しみだ。

 

 

 

ま、野良犬には野良犬の意地がある。

やれるだけやってみっか。

副官とリャナンシーとアプサラスにケツを揉まれながら、俺はそう決心した。

ま、なんとかなるだろう。

 

 

 

 

 



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マリア、降臨





とある国の廃工場跡。
スーツ姿の偉丈夫が片眼鏡を光らせながら吠えた。

「なめるな、小娘! わしら十傑集はビッグファイア様と共にあるのだ!」

強烈な衝撃波を幾つも放ちながら、彼は廃墟を更地に変えようとしている。
対するは美女。
微笑みの美人。
おそるべき相手にもかかわらず、絶世の美女は彼と十分に渡り合っていた。
偉丈夫と同等の身体能力で飛び回り、正に超人同士の戦闘を展開している。

「あなたとはもう少し理解を深める必要があるように思われます。」
「その余裕、どこまで続くかな!」

防戦一方の彼女だが、焦りは一切見られない。
戦いはまだまだ続くように思われた。







 

 

 

 

マーラ様は魔羅とも呼ばれ、仏敵である。

近年は立川でのんびり暮らす存在たちとの和解めいたものが進み、ついついほんわかしてしまいそうになる。

そんな時、マーラ様はいかんいかんと自身に活を入れるのだ。

そして、先日の戦いに思いを馳せるのであった。

嗚呼、あの時はなかなかの敵対者が揃っておったなあと。

楽しみを反芻(はんすう)した後、マーラ様は苦々しいことを思い出した。

自身の権能を与えた中年男が、さっぱり異性を孕(はら)ませないことに。

その為の力を使わずしてどうするのか。

産ませよ増やせよ地に満ちよ。

他にも適性者を探したが、それなりに適性のありそうな者に力を与えたら皆スライムになってしまった。

残念無念な結果である。

本能のままに女性を襲ったスライムたちは、すべて討伐されてしまった。

今のところ、マーラ様が与えた権能を使えるのはあの中年男だけである。

人間のセカイで力を及ぼすのはつくづく難しいことを痛感するのだった。

マーラ様は童貞処女がどんと減る某人物の生誕日頃に、梃子(てこ)入れしようと考えた。

それから、あの中年男に多数の娘をあてがおうとも。

その為に、数多の女性を相手に出来る力があるのだから。

 

マーラ様は分身を絶世の美女に変化させ、地上へと送り込んだ。

本体そのもので地上に顕現したいものだが、そうしてしまうと場合によってはハルマゲドンになってしまう。

膨大なマグネタイトが一気に消費されてしまうので、それ自体も悩ましい。

マーラ様は別に地上を滅ぼしたい訳でもないのだ。

先日某所で暴れ回ったが、それはそれ。

マーラ様は快楽の追求に余念がない故。

ともあれ、矢は放たれた。

 

 

 

 

 

マーラ様の分身を名乗る美女がオレの目の前に現れたのは、雪のちらつく午後だった。

場所は神奈川県平崎市内にあるシチリア料理店。

なんとも美しく強そうな感じの女性だ。

長身で艶めく黒髪に豊かな胸乳とくびれた腰にキュッと締まった臀部(でんぶ)。

少し悪役令嬢っぽい。

傍(かたわ)らのマヨーネさんがひきつった笑顔でなければ、更によかったのだけど。

なんせその女性は、お茶の時間を楽しんでいた我々の前にいきなり顕現したのだから。

 

「あなたが本気になれば、如何様な女性でも容易に陥落出来るでしょうに。」

 

形のよい唇から無垢な言葉をのたまうは、満面の笑顔の美女。

なんとお呼びすればよろしいでしょうと聞いたら、マリアと呼んでくださいと言われた。

 

「あちこちの娘さんを責任なく孕ませることは、このセカイでは罪悪です。」

 

どのセカイでもそれは駄目だろう。

合法的ハレムでも築かない限りは。

スルタンや徳川将軍などではないのだから。

 

「全員認知すればいいでしょう。それだけの財貨はこちらで用意しますし。」

「彼女たちの親御さんたちの問題もありますし、そう簡単にはいきません。」

「なに、娘の家族も全員魅了してしまえばいいでしょう。あなたはそれだけの力をお持ちなのですから。」

 

マヨーネさんが悪辣な魔王でも見るような目でオレを見つめる。

召喚装置であるイタリア製の高級傘を握る手が白くなっていた。

やめてください、その視線はオレに効き過ぎます。

あと、マリアさんが当たり前のように密着してきて非常に困る。

 

「なにも問題無いでしょう。子をなした娘は金銭面で援助し、彼女の家族もきちんと優遇する。なにより、あなたが魅了してしまえば抗(あらが)うことの出来る人間など先ず存在しません。なにか問題でも?」

「問題だらけです。」

「わかりました。」

「わかってくれましたか。」

「あなたがお好きそうな女の子を、あなたの元へ次々集めてくればいいんですね。」

「全然わかっていないじゃないですか!」

「先程街行く娘たちを何人も見ましたが、無防備な子が多数いましたよ。ああした娘ならば、あなたに声をかけられたらすぐさまほいほいついてくることでしょう。栄養価の行き届いた清潔で治安のいい社会ですから、彼女たちは多くの子を産めるでしょう。なんとも理想的なことです。」

 

マヨーネさんが、非道な外道でも見るような目でオレを見つめている。

やめてください、誤解です。

今まで孕ませた娘は数少ない経験に於いても存在しません。

サマナーになってからは、人間の女性とは全然寝ていない。

 

「あなたと寝た女性は、あなたと離れられなくなります。それに、騙したり裏切ることは一切ありません。だから、安心して何人とでもやればいいでしょう。」

「言われていることが無茶苦茶です。」

「ところで、疑問があるのですけど。」

「なんでしょう?」

「どうして、こちらの女性とはまだ寝ていないのですか?」

 

結局、マヨーネさんは上司の西事務次官に用事があると言って先に帰ってしまった。

仕事の打ち合わせ自体は、マリアさんの顕現前に終了していたからいいのだけれど。

うーん。

にこやかなマリアさんは……悪魔だから魔の存在であるからして、でも悪質な人間よりはずっといい感じなんだよな。

むーん。

店を出て、家路に向かう。

お、なにか催しをしているようだ。

薄着の若い女の子たちが、野外特設会場でなにか歌っている。

どの少女も可愛らしく、見覚えのあるアイドルが何人もいた。

熱心なファンたちが、電磁サイリウムを振って応援している。

久慈川りせと水瀬伊織もいるし、なんとも贅沢な布陣だよな。

 

「ほら、あそこの娘さんたちは、皆さんけっこう可愛いじゃないですか? 声がけしてみては如何ですか? 私があなたの代わりに誘惑してもいいですよ。」

 

よりによって、マリアさんはアイドルたちを指差した。

おえませんがな。

取り敢えず、速やかに住みかへ帰ろう。

 

 

うちの仲魔たちとなにやらこそこそと話し合っていたマリアさんは、ぴかぴか光るような笑顔で言った。

 

「大丈夫です。状況は一通り把握しましたから。」

 

うちの仲魔たちがマリアさんになにを言ったのか、非常に気になる。

だけど、ちゃんと話してはくれないだろうと予測する。

嗚呼、実に悩ましい督促が来たものだ。

 

 

 

 

なにが問題なのだろう?

マーラ様の分身たるマリアは考える。

本体からの絶対指令は、この男性と多数の女性とを子作りさせること。

附随する複数の問題は、マリアが率先して片付けることになっている。

故に、彼については一切問題が無い筈だった。

なのに、彼はなにか悩んでいる。

提案した事柄も未だに何一つ了承してもらえていない。

反応自体はしているし、欲望も感じる。

何故、理性であんなに強固に押さえつけているのだろうか?

存在してからさほど時間が経過していないマリアは、知識を有していても経験がない。

それ故に、人間の複雑さがまだよくわからない。

どうやったら、彼は街に溢れている娘たちに手をつけるのだろうか?

あんなにも沢山娘が存在しているではないか。

なにを迷っているのだろう?

好みに合う娘があまりいないのか?

人間は壊れやすい存在と聞いている。

それで気にしているのだろうか?

ならば沢山抱えればいいと思うのだが、そう言うと微妙な顔をされる。

維持費は一切気にしなくていいのに。

よくわからないが、兎に角頑張ろう。

マリアはやり方を少し変えてみることにした。

孫子曰く、『心を攻めるが上策』であると。

彼の心の扉を開かねばならない。

開くためには逃げ道を塞がなければならない。

すべてはそれからだ。

 

 

 

 

「大丈夫です。全員説得して納得済みですから。」

 

無邪気に笑うマリアさん。

穏やかな目付きでこちらを見つめる、夫婦や恋人たち。

結界内部の特殊空間。

体育館のように広い。

マットレスが多数敷かれており、ちり紙の箱が何個もそのそばにある。

ここでの時間の流れは、外界とはかなり異なるという。

 

「なに、簡単なことです。あなたは子供が出来ないご夫婦や恋人たちの手助けをするだけなんですから。」

 

世界各地から集められた、多数の一〇代から三〇代までの男女。

どの女性も可愛いか美しい。

どちらかの人種がアジア系で黒髪黒目なのには苦笑する。

 

「子が出来たらいずれにせよ自分たちの子供だと彼らは認識しますし、そのことを疑問にすら思いません。あなたは彼らの子作りの手伝いをするだけです。そこにはなんの問題もありません。だって、出来た子は彼らの愛の結晶なのですから。あなたが混ざっても、愛する相手との行為という認識に変更はありません。あなたはすべての細君の夫でもあるのです。それに実際問題、彼らの中には切迫感のある方々もおられるのですよ。一日も早く妊娠したい女性が過半数ですし。あなたは、入れ替わり立ち替わり補助するだけです。彼らには生活補助金を充分与えますし、あなたはよいことをなされるのです。記録は私が担当しますから、心置きなく子作りに励んでください。」

 

なんだか言いくるめられた状態で、オレは彼女たちとの子作りに精励(せいれい)した。

 

 

 

 

マーラ様は地上の様子を見ながら、うむうむと頷いた。

ようやく、あの者が動いたと。

もっと直接的な関係を望んでいたが、こうした形でも子が増えることは喜ばしい。

次世代に向けての種まきはこれからなのだ。

変わりゆくセカイに対抗出来る次世代を、複数用意しなくてはならない。

ニンゲンを滅ぼしたいアクマばかりではないのだ。

新たな時代に向け、可能な限りの策を講じなければならない。

次は特別法案でも可決させるか。

マーラ様はこのセカイの守護者としての義務を果たすべく、配下の悪魔たちに指示を飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

戦い終わって、日が暮れて。

激戦の連続だった。

存外女性陣が積極的で、男性陣が終始押されぎみだった気もする。

マッスルドリンコを飲みながら、激烈な戦いだったなあと思った。

当分、アレはいいや。

義務は果たしたのだ。

産まれた子供たちがすくすく育つといいなあ。

結界内部では数ヵ月過ごした気がするのだけど、元の世界では一晩経過したくらいらしい。

嗚呼、太陽が黄色く見える。

 

 

 

 

 

聖誕祭前夜。

人も魔も賑わう夜。

人間の恋人とイチャイチャする悪魔が何名もいるそうな。

マヨーネさんはまだオレを警戒している。

襲ったりなんかしないのに。

とほほ。

マリアさんは、なにやらまた企みごとをしているようだ。

 

「ついてきてください。」

 

そう言われ、えらく張りきったマリアさんの後についてゆくとまたもや結界の中の特殊空間に辿り着いた。

多様な肌色をした薄着仕様の女性たちが、それぞれに用意されたマットレスや小道具のすぐ近くに並んでいる。

多国籍的娘群、といったところか。

 

「日本を中心に、世界中からあなたが好みそうな娘を集めてきました。」

 

にこやかなマリアさん。

なんでこんなにいるんですか?

 

「いずれも二〇歳未満の未婚者です。全員お嫁さんにしてもいいんですよ。」

「それはなんぼなんでも無理です。」

「大丈夫です。お嫁さんにされなくても、引き取り先は全員分きちんと用意しますから。あなたは、お好きなように振る舞っていただいてかまわないんです。」

「はあ。」

「これが、私からの贈り物です。」

 

いずれも魅力を感じる女性で、どぎまぎしてくる。

困ったなあ。

 

「それでですね。」

「はい。」

「私からひとつお願いがあるんです。」

 

頬を赤く染めたマリアさんが、そう言った。

なんだろう?

無理難題でないとよいのだが。

 

「私はデートというものをしたことがないので、ここでの一戦が終わったらあなたと一緒に過ごしてみたいのです。そして、バウムクーヘンとやらを食べてみたいのです。」

 

無垢な笑顔で、マリアさんはそう述べた。

 

 

 

 



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入審は壊滅しました





「ワタシ、イノチ、アゲマス! ニューシンのワルイヒトたち、ミンナ、ヤッツケテクダサイ!」

このニンゲンから発せられる憎悪の気持ちが心地よい。
死にかけではあるが、これならば対価として十分だな。
負の感情に溢れていて、実に好ましい。
ワルモノ退治、か。
悪魔が退治する側に回るとはなんとも皮肉なものだけれども、なんにせよ、締結された契約は果たされねばならない。
我が権能を発揮し、この建物に巣食うニューシンとやらのワルイ奴らをとっちめに行くか。
気づくと何人ものニンゲンが我の周りにいた。
祈っている者さえいる。
気分的にくすぐったい。
神ではなく、悪魔に祈るか。
我は昔神であったが、今は零落した身。
現在は往時の力を振るえぬが、ニンゲンどもをとっちめるくらいは簡単だ。
契約者を抱えたり先導したりするニンゲンに囲まれ、ニューシンとかいう悪の組織の構成員を倒しに向かった。
なんとなく居心地が悪いのだけど、致し方あるまい。
どれ、構成員たちの悲鳴でも楽しむこととしようか。

「よくないなあ。キミたちは日本人じゃないだろう?」
「ふんっ!」
「あべし!」

立ちふさがった構成員の一人をひょいと捻り潰した。
ちょっとぐちゃぐちゃになったが、まあよかろうて。

…………ええい、お前ら、我をそんな風にあがめるのはやめんかっ!





 

 

 

 

 

東京入審が悪魔によって壊滅したという。

現在の正式名称は、東京出入国審査局だったか。

情報封鎖は現在進行形で行われているらしいが、どこからともなく情報漏れしているそうな。

沢山の職員が惨殺されたり行方不明になったりと、異常事態に陥っている。

なんでそんなことに。

入審を管轄する法務省の役人は多汗症なのか、汗を何度も何度も拭いていた。

彼の様子から、事態がかなり逼迫(ひっぱく)していると言外に我々へ告げている。

マヨーネさんは微笑みながら役人に対応していた。

視線は冷ややかだが。

 

 

入審の評判は悪い。

すこぶる悪い。

国際法違反を皮切りに、本来ならばやってはいけないことを当たり前の如くに幾つも日常的に行っていると聞いた。

犯罪者めいた(或いはそのものと言えそうな)職員が何人もいるとの噂まである。

もしそれが本当だとしたら、まさに外道の所業である。

悪魔はまるで吟味したかのように対象職員を選び、拷問し、なぶり殺しにしていた。

見せられた写真は数葉だったが、胸がムカムカする程だ。

悪魔は既に消えたし、召喚に関わっただろう人物たちも消滅していた。

よって、我々に出来ることなどない。

……無いよね?

後はクズノハとかヤタガラスとか、そうした組織の仕事だろう。

……その筈だ。

 

 

 

幾ばくかの職員や常勤医は収容されている人々に対して日常的に虐待を繰り返し、笑いながら暴力を振るっていたそうな。

事実だとしたら、国際問題になるのではなかろうか。

幹部にまでもろくでなしがいたとか。

『魚は頭から腐る』というが、上層部はどれだけ腐敗していることだろう。

 

収容されていた人々に対して虐待を繰り返していたと見られる職員や常勤医などが、全員悪魔によってなぶり殺しにされた。

その結果は噂の信憑(しんぴょう)性を増しているかに思える。

この事実を法務省は公式になかったことにしたいとのたまった。

御大層なこって。

都合の悪いことは存在しなかったことになるらしいし、警視庁も東京地検特捜部も上からの圧力には逆らえない。

日本の三権分立なんて建前でしかないからな。

仮に首相と女房殿が不正の限りを尽くそうとも、手出しすら出来ないだろう。

気に入らない人間を次々更迭(こうてつ)するような首相ならばまことにやりきれないし、自分のことしか考えないような人間が国の首長になることはとてもおそろしく思える。

硬派な報道番組の真面目できちんとした司会者を、目障りだとして排除することすら厭(いと)わないだろうし。

言論封殺は独裁政治の基本だし、都合の悪いことは皆無かったことにされる。

おー、やだやだ。

閑話休題。

それで、なんでお偉いお役人様がうちのような組織の事務所に来ているんだ?

 

 

 

当初は収容されていた人物たちが暴動を起こし、職員に対して暴力をふるったとする筋書きの予定だったという。

そのことに対しクズノハとヤタガラスの戦士は強く反発。その後は集団食中毒の路線で筋書きが書き換えられた。

政府関係の職員が集団殺害されたことは事実だけれど、それが外部に漏れることなど一切あってはならないとか。

ひっそりと嘘っぱちを報じ、騒ぎが収まるのをじっくり待つ訳か。

虚報まみれかよ。

法務省は警備係として二〇人の人員を当然のように要求し、そこまでそんなことに人数を割けないとしてクズノハ及びヤタガラス側はこれを拒絶した。

交渉が決裂した結果、西次官に法務省が接触。

次官が子飼いとしているファントムソサエティの人員を派遣することで、施設の防衛が図られることに相成った。

流石に機動隊や自衛隊は呼べんわな。

悪魔はあくまでも隠された存在だし。

 

ファントムソサエティとしては幹部の派遣がそれぞれの業務的に不可能なため、身軽に動けるオレが今回の現場責任者に抜擢(ばってき)されたという次第。

後の一九人は、悪魔やマヨーネさんなどが最近勧誘してきた初級召喚師たちだ。

全員実戦未経験の上に、研修中の者まで引っ張り出してさえいる。

鉄パイプでも持たせろっていうんじゃないよね?

生身で戦った場合、うちのピクシーにも全然歯が立たない連中だ。

模擬戦をやってみたら、召喚師側が瞬殺された。

えへん、と胸を張ったピクシーが可愛い。

……んじゃなくて。

どうにもこうにもならない連中を抱えて、どないせえゆうねん。

なんちゃってファントムサマナーばかりやないか。

あくまでも来ないであろう悪魔対策なので死亡率はおそらく低いでしょうと、マヨーネさんはにこやかに言った。

こわいのうこわいのう。

 

 

 

 

こわいこわいと言ってばかりもいられないのでスリル博士の元へ行き、今回の装備品を受領する。

 

「ほれ、なんかの組織っぽい装備や。」

「博士、言い方がちょっと……。」

「じゃ、物語のやられ役っぽいやつ。」

「えええ……。」

 

ま、パッと見にはそんな感じかな。

受領品はこんな品々で共通装備だ。

 

◎耐弾耐刃仕様の黒スーツ(五.五六ミリNATO弾をなんとか止める性能だが、過信は禁物)

◎防弾チョッキ(特殊スチール製の板を入れたら、七.六二ミリNATO弾を止められる性能)

◎黒眼鏡(タフソーラー電池仕様で、●カウターぽい機能も一応ある)

◎伸縮式電磁警棒(単三乾電池三本仕様)

◎鎖分銅(分銅自体は五〇グラム)

◎棒手裏剣六本

 

 

我々って今回どういう扱いなんですか、とマヨーネさんに聞いたら『警備関係者』だという。

……無理があるんじゃね?

『警備』の腕章を付け、適当に数人ずつ見回ればいいと言われた。

初級召喚師たちが集まった際にそれぞれ何体仲魔を使役出来るのかと聞いたら、みな一体が基本という。

アッチョンプリケ。

そういや、先日の大規模作戦では誰も見なかった。

とても行ける状況ではなかったからだろうが、これではとんでもなく心細い。

元自衛官や元警察官が一人でもいたらよかったのだけど、世の中そんなに都合よくはいかないものだ。

鉄砲を撃ったことの無い者に銃器など扱えないし、仲魔との関係を育(はぐく)んでこなかった者がまともに使役出来る道理などない。

つまり、彼らは現時点で『生きた盾』以外の使い道がないことになる。

オーマイガーッ!

生きて帰ってこれたら、全員特訓じゃっ!

射撃場で撃ちまくってもらうけんのうっ!

のほほんとして緊張感がまったく見当たらない新人たちを見ながら、オレはそう決意した。

 

 

 

 

 

何故悪魔は存在するのか。

人の心が悪魔を生むのか。

以前、小鬼(ゴブリン)の教官へそのことについて聞いたことがある。

すると、教官は言った。

 

「自分で考えてみな。それが答さ。」

「そういうもんですか。」

「誰がどう言ったって、納得しなきゃそれは答にならんだろ。」

「納得しませんか。」

「しないね。みんな、頭の中にそれぞれの答があるんだ。それははっきりしているかもしれないし、ぼんやりしているかもしれない。ただ、それに合致しないモノはすべてはじかれるのさ。」

「弾きますか。」

「はじくね。ニンゲンもアクマも狭量な奴らは得てしてそんなもんさ。」

 

語り合った場所は『二匹の蛙亭』。

地獄の釜炊きで揚げ物上手な、ウコバクの経営する店だ。

我々はコロッケや鶏の唐揚げなどをつまみながら、話に興じたのだった。

 

 

 

 

入審の警備日数は二週間予定。

その間にいろいろ誤魔化して、元通りのふりをする算段だとか。

 

なんちゃって警備員の日々が始まる。

最初は順調。

むしろ順調でないと困る。

異常なし。

初日は問題なく終わった。

よかったべな。

 

二日目が始まった。

我々が屋内全域をうろうろすることは、入審職員たちにとって精神的負荷の強い事態らしい。

そりゃ、好き勝手に出来ないもんな。

収容した人々に対する理不尽な言動を直接見て、部下が疑問を呈したそうな。

 

「規則ですから。」

 

職員はそう答えた。

 

「ウソだねー! このニンゲン、ウソをついているよ! ウソのにおいがぷんぷんするぜーっ!」

 

たまたま召喚師見習いと契約したばかりの悪魔が職員の嘘を見破ったことから、事態は急転直下する。

あくまでも規則と言い張る職員の支離滅裂な論理を快刀乱麻に打ち破ってゆく悪魔。

応援のつもりか職員たちがどこからともなく現れ、召喚師見習い側も人員が増加していった。

誤りを一切認めようとはしない職員。

容赦なく彼を追究しムキになる悪魔。

一触即発の気配が濃厚になってゆく。

オレがその場に現れたのは、丁度雰囲気が危険域に突入した頃だったようだ。

説明をざっと聞いたオレは、意固地になった職員へ救済のための言葉を放つ。

 

「悪魔を挑発したら、彼らは容易に実力行使してきますよ。」

「そんなつもりはありません!」

 

危ないところだった。

よくも殺されなかったものだ。

悪魔によっては問答無用だぞ。

事実、この場の悪魔たちは全員戦闘態勢に入っていた。

召喚師見習いと契約しているから、すぐには手を出さないだけだ。

もう少しで、集まった職員たちはあの世逝きになっていただろう。

悪魔のおそろしさが今もわからないとは。

ヤられなかったからか?

ではそんなあなたたちに写真をお見せしよう。

怒りの表情を隠せない職員たちに複数の写真を見せた。

これで理解出来なかったら、処置なしだ。

 

 

効果は抜群だった。

 

 

なんちゃって警備員最終日。

何事もなければいいのだが。

だが、その願いは叶わない。

 

夕方、通信機に連絡が入る。

 

「チェンバロの弦は切れた。繰り返す、チェンバロの弦は切れた。」

 

げえっ。

悪魔か。

来なくていいのに。

職員たちに通知し、即時に退避させた。

悪魔は収容している人たちの方に向かっていないようなので、予想通りといえばその通りである。

 

「エネミーソナーがビンビンに反応しています! 接敵までおよそ五分!」

 

若葉マーク系サマナーが緊張感溢れる顔で言った。

戦闘は不可避かねえ。

交渉を頑張ってみようか。

立てかけておいたハードケースから散弾銃を取り出し、弾を詰め込んでゆく。

薬室に弾はまだ送り込まない。

戦闘になるかどうかはまだわからないからだ。

念のために安全装置を作動させ、暗闇の向こうを見つめた。

なにかが近づいているのを肌で感じる。

電磁警棒を展開してゆく召喚師見習い。

こちら側の悪魔たちも警戒している。

うちの悪魔たちは悠然と構えていた。

にしし、と嗤(わら)ってさえいる。

あれは、どんな技能を使ってどう倒そうかと算段している表情だ。

 

 

 

闇がわだかまり、それが人の形を作ってゆく。

人間よりも大きい。

気配が強者っぽい。

上級悪魔か?

爵位持ちか?

なんにせよ、先ずは交渉だ。

だからピクシーさんや、開幕メギドラオンなどはしないでおくれよ。

では、オレなりの戦いを始めよう。

言葉。

それがオレの使える業なのだから。

さあ、交渉の時間だ。

 

 

 

 



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憑き物





今回は怪談ぽくしてみました。
そういうのが苦手な方はご注意ください。






 

 

 

神奈川県平崎市。

そこは関東圏にある風光明媚な観光都市。

その市内中心部にあるマニトゥ平崎には我がファントムソサエティの事務所があり、そこでは幹部のマヨーネさんが事務や後方支援などを取り仕切っている。

比較的自由人の多い幹部の中でも話が通じやすい点では、彼女以上にふさわしい人材はいないものと思われる。

事務関連で優秀な人材の育成が今後の課題の一つだろう。

まあ、秘密結社系組織で事務関連の充実したところなどそうそう無いのが実状だ。

 

閑話休題。

 

春の終わりの午後、マヨーネさんに呼び出されてマニトゥ平崎へ行ってみたらなんだか事務所内の雰囲気がおかしい。

ケモノみたいなニオイさえしていた。

まさか、狩猟にでも行ってきたのか?

…………。

今は狩猟の時期でないから違うかな。

 

「マダムギンコから購入した香を使ったのですが、まだ変なニオイがしますね。」

 

困惑したマヨーネさんという珍しいものを見ながら、今回の任務を聞く。

うちの若いサマナーが狐だかなんだかにとり憑かれたらしい。

それをなんとかして欲しいとの、ふわっとした任務を伝えられた。

……ええと、お祓いは、神社の管轄では?

いつもと違って、マヨーネさんの物言いが曖昧だ。

なんだろう、このモヤモヤした感じは。

取り敢えず、くだんのサマナーの元へ行ってみよう。

 

 

 

 

平崎市の外れの方にある喫茶店。

そこで彼の話を聞くことにした。

青年は開口一番、オレに言った。

 

「今度、彼女と結婚しようと思うんです。」

 

それから、彼のマシンガントークが始まった。

口をはさむいとまさえない。

彼の瞳孔は開いたまんまだ。

恋愛をすると瞳孔が開くそうだけど、どうもその説は正しいみたいだ。

店の中が妙にケモノくさい。

我々以外の人間は店内に入ろうとして顔をしかめ、やがて出ていってしまう。

温厚篤実そうな初老のマスターが、こちらをじっと見ていた。

青年は周囲のことなどお構い無しでぺらぺら喋る。

警戒心がどこにも見当たらない。

このこと自体が悪魔召喚師としてはよくないし、このままだと最悪消されてしまう。

それは不味い。

彼はオレの後輩であるが、オレ自身はよく知らない新人だ。

キャロルKが鍛えているうちの一人で、みどころのある青年らしい。

なんとかして欲しいと友人から頼まれている以上、なんとかしたい。

しかし、そもそもこんな組織に来るとはなんとも不憫(ふびん)な……。

まあ、それはいい。

彼がいると、周囲がケモノくさくなる。

それが、大問題だ。

本人の目がやたらぎらぎらしているのも気になる。

なにがあったのか。

その『彼女』とやらが問題だろう。

我々で対処出来る相手だとよいのだけど。

 

話をしている筈だが、彼はこちらを見ている感じがしない。

ちなみにその彼女ってどんなところに住んでいるんだいと何気なく聞いたら、是非ともそこへ行ってみましょうと誘われた。

ガチッと腕を取られ、逃げられそうにない。

急いでお茶代を支払い、ため息をいただいた我々は車中の人となった。

 

 

移動には日本製の業務車輌を使ったのだが、なんらかの妨害だかをどこかからか喰らっているのかもしれない。

カーナビゲーションを信用していないので地図で時折確認しつつ彼の言うところの場所へ向かっているのだが、どうにもへんてこな気持ちになってしまう。

道路はぐにゃぐにゃした感じだし、道自体がどうにも変だ。

何故だか仲魔が召喚出来ない上に、携帯端末の調子も悪い。

アリスもピクシーも誰もそばにいないのは大変な痛手だ。

車内はケモノくさいし、換気もあまり上手くいってない。

彼は妙に上機嫌で『彼女』が如何に魅力的かを語り続け、状況をまともに認識しているようには見えなかった。

 

 

 

 

夕方近く、ようやく『彼女』が住むという家に辿り着いた。

……なんぞこれ?

一言でいうと、入りたくない気配に満ちている。

ここはよくない場所だ。

脳内警報がじゃんじゃん鳴っている。

そこは林に近く、周辺に家や建築物は一切なく、昼間から薄暗く陰鬱な気配がしていた。

庭には草が生い茂り、玄関前は薄汚れている。

ありていに言って、非常に廃屋っぽい。

 

「彼女、いるかなあ?」

 

人が住んでいるようにはとても見えない家屋の玄関へ彼は無造作に近づき、呼び鈴を普通に押した。

呼び鈴の鳴る音は聞こえない。

 

「あれ? いないのかな?」

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も呼び鈴を押す彼。

反応は無い。

だって、音自体が聞こえないし。

人の気配なんて全然感じないし。

むしろすぐに帰りたいで御座る。

彼は更に何度も何度も何度も何度も何度も呼び鈴を押す。

 

「おっかしいなあ。」

 

やたらと首をひねっている。

あの、もう帰っていいでしょうか?

 

「あ、開いた。」

 

開けちゃったよ、この人は。

 

「じゃ、入りましょう。」

 

無邪気な顔で、彼はそう言った。

 

 

 

 

 

あの廃屋は、人が住まなくなってから随分経っているように思われた。

彼の態度もこわかった。

おっかしいなあと、何度も何度も何度も何度も何度も呟きながら歩く。

仏間では室内をぐるぐる回っていた。

こちらを一切見ていない。

オレの腕を離すことなくそんなことをしていたので、大変こわかった。

 

 

 

 

関東某県の山奥にある射撃場で行う訓練に彼を参加させてみたらどうかと、あの妙ちきりんな場所から生還した後で提案してみた。

朝から晩までばんばん鉄砲を撃っていたら多少はよくなるかもしれない。

始まるまではそう思っていた。

だが、始まってみるととんでもない状況が次々発生したのだった。

誤射こそなかったものの、射撃場では本来あり得ないような問題が頻発する。

送弾不良とか撃針が雷管を叩いたのに弾が発射されないのはまだ可愛い方で、銃身が破裂するとか照星(フロントサイト)や照門(リアサイト)が吹っ飛ぶなどの事態が多発した。

不発が発生した際に銃口を覗きこもうとした新人はとっさにどつき、事なきを得た。

パン、という乾いた音が直後に聞こえたけれど、誰にも弾が当たらなくてよかった。

なお、青年が最も多くの問題を引き起こした。

 

 

 

彼にとり憑いたのが悪魔なら話は早いのだけど、どうもそうではないみたいだ。

対処出来る相手ならば、即刻討伐するのだけども。

ヤタガラスから専門家を派遣してもらおうとしたが、その専門家は別任務でなかなかこちらに来れないという。

むう。

 

 

実験をしてみることになった。

悪魔の魅了に彼が耐えられるかどうかというものだ。

彼に対して、悪魔たちが魅了系の呪文や術を唱えてゆく。

効いていない。

ムキになった悪魔たちが、バンバン魔法をぶつけた。

まったく効いていない。

 

 

スリル博士にも話をしてみたが、なに言っとんねん的な対応だった。

うん、わかっていた。

 

 

 

 

『彼女』の家とやらへ、彼に内緒で向かってみることにした。

彼は特訓のため、こちらへは来れないようにしておく。

事前にアリス、ピクシー、スカアハ、ハトホルは呼び出してある。

エモニカスーツを着て、バロウズには常時監視してもらっておく。

マリーさんにも別車輌で遅れてついて来てもらっており、いざという時は回収してもらえるように手筈を調(ととの)えた。

よし。

そうして勢いこんで、いざ訪ねてみたら。

 

くだんの家のあった場所はとっくの前に更地になっていたかの如く、草がぼうぼうに生い茂っているだけだった。

 

 

 

 

 

現在。

青年は何事もなかったかのように、悪魔召喚師としての仕事に従事している。

結婚したい発言は既になく、あの異様な事象はそもそも無かったかのようだ。

関係者の誰もが今なお不完全燃焼だ。

彼以外の関係者全員の前でかの家に行ったことを報告した時の、あの激しいツッコミの数々は今も忘れられない。

 

 

あれは一体なんだったのだろうか?

もう二度とあそこには行けないだろう。

なんとなく、そんな気がする。

 

 

 

 

 



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シェルクーンチク






ぬばたまの闇夜の、結界空間の中。
異形たちが明日への命を紡ぐため、己の欲望を満たすため、同胞或いはそうでないモノたちと今夜も死闘を繰り広げている。

闇に溶けそうな濃緑色のフィッシュテールドレスを身にまとった美女が、敵対する爵位持ちらしき高位悪魔へ全速突進した。

「喰らいなさい! 双竜剣!」

彼女は両手にもった短剣を頭上で打ち合わせて輝かせ、魔法障壁を斬り裂き、敵対者自身をズサリズサリと斬り刻んでゆく。

「ぬうっ! 人間ごときが……ナメるな! 猛(たけ)き稲妻よ! 敵を貫け! マハジオ!」

魔法を相手との至近距離で唱えた悪魔は、だが、そこに直撃させた筈の人間がいないことに気づいた。

「ぬ? バカな!?」
「これならどうです? 冷たき波動よ! 凍れる凍土の女王よ! あらゆるもの凍てつかせる竜巻となりて敵を討ち滅ぼせ! ダブルマハブフダイン!」

マヨーネといつの間にか彼女のそばにいたイケメン英雄系悪魔が、同じ呪文を詠唱する。
凍てつく二つの竜巻が巻き起こり、ぬおおと叫ぶ悪魔を包んで空高く打ち上げていった。
そこへ彼女が追撃をかける。

「とおっ! 必殺! 烈風正拳突き!」

魔力をまとった正拳が、高位悪魔の身体を貫いた。

「ごふっ!」

たまらず、体内のマグネタイトを吐く爵位持ち悪魔。
度重なる痛撃のため、既にこの世に現界していた彼のカリソメの肉体は限界を迎えている。
後は消滅するのみであった。
だが、ただでは死ぬまいぞ。

「く、くくく……。」
「なにがおかしいのです?」

半ば身体を失いながらも、悪魔は笑っている。

「このオレを倒したとて、まだまだ高位の悪魔には事欠かんのだ。そう、魔界だからな。」
「臨機応変に闘うべき相手とは闘い、手を結ぶべき相手とはそうします。」
「世迷い言を。我々悪魔は貴様たち人間などと手を組むことなぞないわ。」
「あら、まだ知らないのですね。」
「なに?」
「あなたが情報戦に疎いことはわかりました。それも一応の収穫でしょう。」
「な、なにを言っている?」
「サンゲ!」
「げふっ!」

動揺しながらとどめの一撃を喰らい、本来ならば悪魔適性の無い一般人に無双したであろう魔族は敢えなくそのカリソメの命を散らした。
マヨーネはぽつりと呟く。

「殺したら殺す、それでは何時まで経っても終わりが無いんです。私たちは人間です。たとえ敵が極めて邪悪な存在だとしても、私たちまでがそんな邪悪に成り下がる必要性はありません。」

彼女のもとへひっそりと男前な仲魔たちが集まり、やがて全員が闇へと速やかに消えていった。

闘いは続く。






 

 

 

 

 

そう、これは夢

夢の中で俺はなにかと話をしている

その存在は俺にこう語りかけてきた

こいつは悪魔か?

 

「あなたに力を授けましょう。」

「力?」

「ええ、悪を滅するための力。」

「何故、くれる?」

「この世の悪を排除するため。」

「悪?」

「そう、邪悪を倒すための力。」

「邪悪?」

「ほら、思いついたでしょう?」

「ああ、あいつらのことだな。」

「出来るだけ多く殺りなさい。」

「おう、殺ってみせるからな。」

「貴方の働き次第で……。」

「どうした?」

「……勢力……暗……拡……。」

「よく聞こえないぞ。」

 

静寂が残った闇

俺しかいない闇

殺り方はわかっている

奴は悪魔に違いない

素晴らしい力を得た

目標も既に選んでいる

淡々と実行すればいい

あいつらを皆……

 

 

 

 

街頭で選挙活動が繰り広げられている。

必死に空虚な目標を熱弁するは候補者。

やりそうもなく、出来そうもないことを汗水たらして言い続けていた。

自分自身を騙せるからこそ、そのようなことが出来るのかもしれない。

応援に駆けつけてきた大臣は汚職疑惑でほぼ真っ黒だが、一切認めずに今日もへらへらしている。

事情聴取もされない。

書類送検もされない。

なーんにもされない。

悪いことをしても裁かれない。

法も神もアレを罰しないのか?

彼は激怒した。

不正を平然と行う輩に、鉄槌をくださねばならぬと決意する。

よろしい、ならば滅びの言葉だ。

悪魔の力を身につけた成果、奴のあの身体に刻みつけてやる。

 

「シェルクーンチク。」

 

ぼそぼそとした小声で彼は必殺の言葉を唱える。

男の大切なモノを砕く、滅びの言霊。

くるみ割り人形の幻影が、その手に握った笏杖(しゃくじょう)をオトコの急所へ思い切り叩きつけた。

いとも精確に。

ニヤリと嗤(わら)ったマボロシが消え、効果はすぐにあらわれる。

 

「ぐああああああっ!」

 

二個ある内の一個の胡桃が割られた。

激痛でのたうち回る現役の中年大臣。

貴様に翻弄された人々の無念を知れ!

容赦なき追撃が汚職政治家を襲った。

 

「シェルクーンチク。」

「がああああああっ!」

 

再び幻影がその手の笏杖を叩きつける。

陸に上がった魚がびくんびくんするように跳ね回っていた汚職政治家は、一際激しく痙攣(けいれん)した直後にやっと静かになった。

どうやら、心臓がもたなかったようだ。

あまりの事態に、人々は時間が止まったかのように身動きすら出来ていなかった。

 

少し経って、救急車が現場に到着する。

救急隊員が蘇生用の道具を議員に使い、蘇生を試みた。

 

「蘇生、急げ!」

「充電、完了!」

 

バツン!

ビクン!

陸に上がった魚のごとく、議員がはねる。

 

「もう一度!」

「ダメです、蘇生しません!」

「もう一度!」

 

よし。

腐った魚はもういない。

これで少しは風通しがよくなっただろう。

そろそろ次の目標を無力化しに行こうか。

さてさて、今日中にあと何人殺れるかな?

目立たない感じの若者は、その場を静かに去っていった。

 

 

 

 

 

オレはいつものように、平崎市内にあるマヨーネさんの事務所に呼び出された。

暑い日差しがジリジリと肌を焼く午後。

アイスクリンでも食べたいものだな。

豪華な内装の部屋で奇妙な話を聞く。

上級国民的な人物が最近次々に死んでいるそうなのだけれど、それはどうも特殊な技能を有する者の仕業らしい。

 

「『ナットクラッカー』?」

「ええ、対象はそう名付けられました。」

「ええと、くるみ割り人形でしょうか?」

「そうです、英語だとナットクラッカー、ロシア語だとシェルクーンチクですね。」

「へえ。」

「被害者はいずれも所有するすべての『胡桃』を破壊され、それによる激痛で苦しんだ挙げ句に亡くなっています。」

「うわあ。」

 

神出鬼没らしき相手のようで、ヤタガラスやクズノハも非常動員しているそうだ。

返り討ちにあった者が何人もいるとかで、重々警戒しながら事態の収束に尽力するように言われた。

『胡桃』を砕かれるのは厭なので、見敵即殺でいかないと駄目かもな。

 

 

 

 

 

テレビジョン。

マスメディア。

正しいことを伝えるとは限らない報道機関の出力装置のひとつたる司会者たちが、重々しい口調で文章を読み上げてゆく。

 

「次のニュースです。昨日都内及び神奈川県での選挙戦の応援に駆けつけた衆議院議員の内、八人が心不全で亡くなりました。また、昨日生放送出演者の内七人が心不全で亡くなりました。警視庁及び警察庁では事件性が無いものと判断している模様です。街頭演説での死亡当時に於ける現地の最高気温がいずれも猛暑にあたる三五度を上回っていたため、心臓に強い負担がかかったとの見解も発表されています。ただ今、首相談話が届きました。それによりますと事件性との認識はなく、天候と過労からくるものではないかとの認識を示しました。この後は、最近噂の多い怪奇現象に迫っていきます。本日のゲストは今怪談語りで注目を集めているメケメケさんです。お楽しみに。」

 

軽々しい感じのチャラ男がニヤニヤしながら、司会者との対話にのぞんだ。

 

「ところで、メケメケさんはこの一連の事態をどうお考えですか?」

「警察はね、そもそも自殺か他殺かわかんない状況だとすぐ自殺にしたがるよね。」

「そうでしょうか?」

「だってさ、警察って事件性が無いって判断したら、助けを求めてくる人たちだって見殺しにするんだよ。実際、それで何人も死んでいるよね。あ、怪奇現象の話しないと。でさ、霊感無いけど幽霊とか変なモノ見ましたって意味わかんないこと言う人いるじゃない。」

「そういう人っているんですか?」

「いるいる。じゃあ、霊感ってなにさ、って話になるよね。本当のことです本当のことです嘘じゃありません、って強調すればするほど怪しくなるってのにさ。その上で霊感無いってなに? 実話怪談って訳わかんないのが流行っているし、言ったもん勝ちみたいなところはあるよね。ところで、大霊界って知ってる?」

「えーと、すみません、わかりません。」

「あ、そう。でさ、霊感があるっていうとよほど都合が悪い訳? 霊能者もインチキが多いから注意しないといけないからね。大半が詐欺師か思い込みだしさ。修行したって、そんな連中が霊を追い出せる訳無いじゃん。あとさ……。」

 

 

 

 

装備の点検を行い、金王屋で買い物をした後、マヨーネさんの下を再度訪れた。

新しい情報が入ったらしく、彼女の口からそれが語られる。

 

「複数の街頭監視装置の映像を入手し解析した結果、この人物が九割七分八厘の確率で被疑者と目されています。」

 

マヨーネさんから一枚の写真を渡された。

写真の裏には、表の人物の名前や年齢や経歴などが詳細に記入されている。

こわいなあ。

 

「対象のもとへ向かわせた人員は、全員が返り討ちにあいました。」

「相当の手練れ、ということですか。」

「返り討ちにあった全員の胡桃がすべて砕け散っていたそうです。」

 

うわあ。

特殊な武術でも使うのか?

タマらんなあ。

 

 

 

 

 

テレビジョンの司会者が無表情で淡々と文章を読み上げる。

美しく、それでいて冷ややかな雰囲気の女性が読み上げた。

 

「次のニュースです。昨日財界の関係者が多数出席した会合で少なくとも二〇人は死亡していると、警視庁から発表がありました。現在のところ、原因は判明しておりません。現時点で警視庁は事件性がないと判断している模様です。食中毒の疑いがあるとして、現在、厚生労働省の担当者が関係者から事情を聞いているとのことです。」

 

 

「先ほど入ってきましたニュースです。生中継でネット配信を行っていたヨシヒロ氏が一時間ほど前に突然死亡しました。ヨシヒロ氏は四〇歳で、ネット上の鬼才として知られていました。歯に衣きせぬ発言で人気を博していましたが、その反面、敵対する勢力を作った挙げ句に襲撃されることもしばしばでした。ヨシヒロ氏の死に事件性が無いかどうか、今夜にも司法解剖される予定です。」

 

 

「次のニュースです。本日、神奈川県平崎市にある広域暴力団天堂組の構成員八人の死亡が確認されました。天堂組では近年抗争を行っておらず、特に敵対する組も現在は存在しておりません。神奈川県警は天堂組の本部がある天堂邸を機動隊によって完全包囲し、平崎警察署と連携して組長や生き残りの構成員から事情を聴取する予定です。」

 

 

「次のニュースです。都内及び神奈川県の少なくとも五ヵ所の廃墟で、死体がそれぞれ複数発見されました。その大半は二〇代から四〇代の男性と見られ、服装や所持品などから反社会的集団と推測されており、現在、警視庁及び警察庁は不用意に廃墟へは近づかないよう、強く呼び掛けてゆく方針です。」

 

 

「次のニュースです。国内外へと生中継を行った外国の大統領や首席などが次々死亡していることと選挙戦での相次ぐ国会議員の死亡を受け、政府はなんらかの手段による暗殺行為が行われていると想定し、今月中にも対策本部と諮問(しもん)機関の対策有識者会議を設置する方針です。会議のための予備会議は初会合の翌週に行われる予定で、本会議による調整を行い、対策有識者会議と調整を行った後に再度検討会で審議する予定です。なお、今回の件について、自衛隊の動員は見送られました。」

 

 

「次のニュースです。最高裁判所の判事三人が本日続けざまに死亡したと、内部関係者からの情報で判明しました。最高裁判所はこの件についての詳細を明らかにしていませんが、該当する判事の生存報告は今に至るも行われておりません。続いては気象情報です。」

 

 

 

 

 

既に戦闘は終了していた。

救援要請に従って辿り着いた夜の公園は、複数の人間の死体が転がる異界となっている。

いずれも外傷が見当たらない。

召喚師と思える死体も複数あった。

召喚装置を握ったまま、皆絶命している。

それは、一人二人どころじゃない。

想定が正しいなら、厄介な相手だ。

広場にさえ死体が幾つもあり、その真ん中では荒い息をしている青年がいた。

『彼』か。

『彼』が目標か。

『ナットクラッカー』と名付けられている青年は、一見どこにでもいそうな感じの人物に見えた。

だが、そのギラギラした目付きが異様だ。

何人も黄泉路を渡らせた死神の目付きだ。

現在エモニカスーツは着ていないし、仲魔も連れていない。

下手に召喚すると、全員返り討ちにあうのではないかと考えたからだ。

召喚師が倒されたら、仲魔は暴走する。

マグネタイトをすべて失うか敵対者に倒されるまで、暴れる可能性があった。

ある道具をポケットの中で握り締める。

想定が正しいならば、これが正解の筈。

気だるげな表情の青年が、オレに向かって億劫(おっくう)そうに口を開いた。

 

「邪魔するなら排除する。この世は間違っているから、俺が正さなくっちゃいけないんだ。」

「考え直す気はありませんか?」

「なんで? 本当に悪い奴らが裁かれない状況は異様だよ。司法が機能していないじゃないか。罪なき人々が泣き寝入りする悪循環な環境を、根本的に完膚(かんぷ)なきまでに打ち壊す必要があるんじゃない? 俺にはそれをなすだけの力がある。だから、それを行使する。それだけの話さ。」

「その考えは間違っています。」

「なんで? 間違っていることを間違ったままにする方がよほど間違っているんじゃないの?」

「あなたのやり方は私刑です。あなただけの都合や匙(さじ)加減次第で行われる私刑に、公平性はありません。だから間違っているんです。」

「ふーん。あんたは間違っている奴らの肩を持つんだね?」

「積極的に肩を持ちたくは無いですが、あなたのやっていることはテロリズムです。暴力で事態を解決することは、法治国家に於いてやってはいけないことです。」

 

青年の気配が一気に禍々しくなってきた。

 

「そうか。わかったよ。じゃあ、死ね! 喰らえっ! シェルクーンチク!」

 

オレは即時に禁凝符(きんぎょうふ)を発動させる。

これは、金王屋で扱っている優秀な呪符のひとつだ。

術が眼前で展開され、それは青年の放った技を受け止めそのもとへと跳ね返した。

笏杖を振るい下ろし、それを弾かれたくるみ割り人形の幻影がほんの一瞬見える。

弾かれた笏杖の向かう先は……。

 

「がああああああああああああっ!」

 

悲鳴をあげて男がのたうち回った。

嗚呼、これは相当痛いに違いない。

 

「あの、もうこういったことは……。」

「だ、黙れ! シェルクーンチク!」

 

青年が狂気めいた形相で術を放った。

オレは再び禁凝符を静かに展開する。

 

 

そして、決着がついた。

 

 

 

 









私は今日も布教活動に邁進(まいしん)している。
撮影会、握手会、演奏会、と仕事は多岐に渡っていて実に目まぐるしい。
それでも、救われる人がいるのなら私はその使命をまっとうするだけだ。
最近は声の仕事も多くなった。
朗読、説明語り、アニメーション。
魔法少女が世界を救う映画も既に六作目となっていて、今回私はなんと魔法少女の一員になれた。
ちなみに最初の作品では群衆の声(ガヤというらしい)、二作目から四作目までは女生徒ABC、昨年の五作目では主人公の友人役を担当した。
一般の劇場公開は未だに出来ていないのだけど、その分信者の皆さんに楽しんでもらえるように心の底から尽力している。
有名な声の仕事をしている人たちと共演出来るなんて、まるで夢みたいだ。
私の上司が大のアニメーション好きで、仕事以外の全力を魔法少女作品につぎ込んでいるらしい。
作画枚数は基本的に秒間一五枚。
これを一作八〇分ほどの中に詰め込んでいる。
最終目標の敵との闘いでは、秒間一八〇枚使っているのだとか。
最新作の魔法少女の変身場面は秒間二五コマで、八〇秒ほどだ。
初期の魔法少女の変身場面は六〇秒ほどで秒間一八枚くらいだったらしい。
伝説の魔法少女の変身場面では六〇〇〇枚使ったと言われ、上司は天使様から直接苦言を呈されたそうだ。

「反省はしている、だが、後悔はしていない。」と後に関係者へ語った上司は大物なのか大馬鹿者なのか。

上司によると、いきなり我が教団が活躍するお話をやりなさいと上の人たちから丸投げされたそうだ。
そこで自分の好きなアニメーションを作っちゃえと考えた上司は、コペルニクス的発想の持ち主なのかちょっとアレな人なのか。
作画枚数は通常の三倍かそれ以上にしちゃうとか職人的な原画の人にめちゃくちゃ頑張ってもらったりとか、予算をふんだんに使えるからこそ出来る荒業だと思う。

魔法少女関連の商品は信者の皆さん以外にもよく売れていて、今では教団の大事な収入源のひとつと化している。
上司は魔法少女のお話を毎週ネット上で放送しようと画策したらしいけど、あまりにも大きな予算を要求したために敢えなく却下されてしまった。
しょげた上司を見ていると少し悲しくなるけど、また不死鳥の如く復活するだろう。
そう、同人誌即売会に個人で参加して生き生きした姿を見せる彼ならばそれは容易。
例年通り、私たちもまた魔法少女の扮装をして上司の助手をすることになるだろう。

私は私の使命を果たすのみ。
今夜はラヂオの仕事が待っている。
一生懸命、言霊を尽くすとしよう。

すべては愛のために。






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それは、とっても嬉しいなって





また上司が天使様からお説教を喰らった。
こっそりと個人の裁量範囲内で製作されている筈の動画配信的魔法少女的三分ミニミニアニメーション作品だが、つい先日平均動画枚数が三〇〇〇枚ほども使われているとバレてしまった。
これはおよそ三〇分アニメーション作品で使う動画枚数である。
あまりに魔法少女的に本気過ぎる内容と我が教団色が無さ過ぎることを、やさしい天使様は憂慮されているようだ。
いや、憂慮なんてなまっちょろい言葉で表現するのはちと違うか。
既にネット界隈では高品質な作品として高評価されているし、確信犯的なあれやらこれやらが上層部や天使様のアレコレに抵触したっぽい。

愛、友情、努力、勝利、希望、その他もろもろをぎゅうぎゅうに詰め込んだ贅沢な映像作品。
各話の再生回数はそれぞれ一〇桁くらいあり(どうも世界規模で視聴されているらしい)、それに伴う利益は製作費を賄えている程だ。
また、平崎、横須賀、函館、堺、大宮、舞鶴、岡崎、冬木、呉、町田、佐世保、大都会岡山にあるヘクセンアインカウフェン(魔法少女アニメーション作品の関連商品販売店)は宗教色を徹底的に排除したせいか各店舗の売上は好調だし、過去作もそれぞれ固定の愛好家がかなりいるので今現在もそれなりの収益になっている。
ミニミニアニメーション作品でちょくちょく過去作の魔法少女が出てくるのも、需要の継続化という点で巧妙だ。
単に上司が斬り捨てを苦手とするゆーか、整理整頓が苦手とゆーか、わがままとゆーか、まー、魔法少女全員が好きと豪語しているのでそーゆーことなのだろう。
怒りたくてもなかなか怒りにくいのが現状だし、上司が製作統括でなくなったらすべてご破算になる可能性は極めて高い。
生存戦略が上手いとゆーか、なんとゆーか。

上司は天使様に説明すべく、分厚い資料を何冊も山積みにして台車で運んでいた。
説明というか弁明というか、まあそういった目的を達成しようと足掻くものと思われる。
かなり、怒られるんだろーなー。
それでも彼は前に進むのだろう。


上司は今日も我が道を行く。





※いつも誤字報告をいただきまして、ありがとうございます。






 

 

 

 

暑さが若干遠のいた気もしないでもない今日この頃。

いつもの播信……ではなく、いつものマヨーネさんの事務所を訪れる。

仲魔たちと一緒にいてばかりだと、少しばかり困ったことになるしな。

最近はマーラ様があの手この手を使っていろいろしてくるから、非常に困る。

のらりくらりとかわすのも、そろそろ限界かもしれない。

むう。

本日仲魔たちは、悪魔世界界隈で大人気作品の『戦姫熱唱ティターニア』のねっしょうしない総集篇を視聴するらしい。

みんな自由だな。

存外、画面越しにマリンカリンを喰らっていたりして。

 

 

事務所でマヨーネさんと雑談をしている内に、話が妙な方向へと向かう。

 

「ヘクセンアインカウフェン?」

「ええ、メシア教の外部委託組織が経営している魔法少女作品の専門店です。」

「魔法少女?」

「ええ、メシア教にしては宗教色が殆ど無い作品で、実に見応えがあります。」

「はあ。」

「平崎の商店街近くにもお店がありますので、あなたも寄ってみるといいですよ。そうですね、これからみんなで一緒に行きましょうか。」

「はい?」

「必要不可欠な視察ですから。」

「はあ。」

「あくまでも視察ですからね。」

「わかりました。」

 

よくわからないが、そういうことなのだろう。

 

「今回は、我がファントムソサエティの見習い魔法少女も同行します。」

「見習い魔法少女、ですか?」

「入りなさい。」

「はい。」

 

可愛らしい少女が室内に入ってきた。

中学生くらいかな?

金髪か。

天然だとしたら、ハーフかな?

髪の左右がくるくると巻かれている。

クリーム色の上着に赤いリボン。

プリーツの入ったミニスカート。

平崎市の中学生の制服に見える。

彼女はまごうことなき美少女だ。

あと何年かしたら、更に美人となるだろう。

 

「鞆絵(ともえ)マミです。本日はよろしくお願いいたします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

「彼女は私の親戚で、現在魔法少女として修行中です。」

「ほう。」

「この子は久右ヱ門です。」

「キュー。」

 

彼女が抱えている白い四つ足のケモノはなんなのか?

キュウエモン?

赤いビー玉みたいな目が無機物のようだ。

新種の悪魔か?

それとも、珍獣とかナニカなのだろうか?

どんな魔法や特技を使うのだろうか?

秘神みたいな存在ならばなにかしら独特の気配を感じるものだが、そういう存在でも無いようだ。

ケモノはオレをじっと見つめていた。

 

 

 

 

マヨーネさんと鞆絵さんとオレとで、魔法少女の関連商品を販売する店へと向かう。

鞆絵さんの話を聞きながら、街をてくてく歩いた。

彼女は平崎市立魅滝原中学校の三年生。

紅茶とジェラートが大好きな女の子だ。

初対面なのに距離が近い。

気さくな子なのだろうな。

 

平崎市を訪れる観光客はけっこういる。

外国から訪れる旅人も少なくない。

中でもパンチパーマの若者と長い髪の毛の若者からなる男性二人連れは、なんだか存在感があるなあ。

あれ?

あの二人、以前どこかで見かけたような……。

二人は、『仏の顔も三度まで』と『あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』と記されたTシャツにジーンズといった軽装でぶらぶら歩いていた。

 

 

 

 

ヘクセンアインカウフェン平崎店に到着した。

洒落た感じのする建物だ。

一階は販売店、二階は各種催しを行うための催事場か。

キラキラさせた瞳の女の子たちとか、ギラギラさせた目の男性群とかで店内はひしめいていた。

 

 

 

 

いくばくかの買い物を終えた鞆絵さんがため息をつきながら見つめる先にあるモノ。

光輝くモノ。

橙色(だいだいいろ)の石を真ん中にして純銀で縁取りしたブローチ。

魔法少女の中でも別格の力を持つ子が有する品を再現したモノだとか。

思春期の学生が買うにはやや高くて、社会人が対象の商品と思われた。

限定生産品の表記と残り一点の表記が、悩ましく少女へ打撃を与える。

どないすっぺか。

気まぐれオレンジロードが耳元で囁いた。

ユー、買ってあげなよ、と。

ま、よかろう。

買ってあげることにした。

大喜びしてくれたのでよしとしよう。

マヨーネさんは呆れていたけれども。

ケモノはオレをじっと見つめている。

 

 

 

 

 

帰り道。

我々は複数の悪魔の待ち伏せを受けた。

異界を作り出すと同時に姿を現す異形の存在たち。

混成部隊か。

仲魔がそばにいないので、速攻で倒そうとでも思ったのか。

やれやれ、ヤるしかないのか。

と、思ったその時。

 

「おじさまはヤらせません!」

 

え、となった時、既に彼女は前に出て悪魔と対峙していた。

鞆絵さんは宝石の首飾りを高く掲げる。

 

「ゼーレ・エーゼルシュタインの力を開放! トラスフォルマーレ!」

 

宝石のようなモノから発せられた何本もの光のリボンが彼女の全身を包み込み、少女をサナギから蝶へと変貌させてゆく。

おお、まるで魔法少女のアニメーション作品みたいだ。

 

「必殺! ティロ・フィナーレ!」

 

大砲を顕現させた魔法少女は悪魔に向かっていきなり容赦なく発砲し、必殺技をまともに喰らった悪魔たちは皆爆発四散した。

なんて破壊力だ。

 

「成敗!」

 

特撮っぽい見栄をきり、決め台詞を放つ鞆絵さん。

彼女の笑顔がとても眩しい。

しっかり練習したのだろう。

無垢な笑顔を向けられ、思わず微笑んで拍手した。

これにて、一件落着。

 

 

 

 

現在、駅前の百貨店でうまいもの展をしているから、みんなに土産を買って帰ろうか。

今回の目玉はいずれもおいしい店だ。

洋菓子屋のキラキラコンフェクショナリーやラッキーフォーク、パン屋の日向屋、和菓子屋の菓子舗胡万智に春野屋、弁当屋のおおもり屋本店、お好み焼き屋の朱音、洋食屋のこしょね亭。

購入すれば、きっと満足度の高い結果が得られると思われる。

よし、行こう。

 

一人で行こうとしたら何故か鞆絵さんが一緒に行くと言い出し、マヨーネさんもついてくる展開になった。

ま、いっか。

ケモノがオレをじっと見つめているのは、なんとなく気がかりだけれど。

よーし! 旨いもんを買いに行くぜよ!

 

 

 

 

 

 

 

今日、親戚のマヨーネさんと一見普通っぽいけれどとっても魅力的なおじさまと共に、メシア教関連の魔法少女アニメーション作品の関連商品販売店に行きました。

私の大好きな作品の関連商品はどれもよく出来ていて、思わず幾つも買い込んでしまいました。

おじさまが私のために買ってくれた素敵なブローチは、ずっとずっと大切にしようと思います。

 

帰り道、悪魔が襲ってきたのですべて返り討ちにしました。

必殺技のティロ・フィナーレがきまって大変よかったです。

練習を何度も何度も何度も何度も重ねた甲斐がありました。

私がいる限り、おじさまに手出しはさせません。

おじさまもマヨーネさんも、私を誉めてくれました。

それは、とっても嬉しいなって。

 

 

 








「たかだか三分の魔法少女のアニメーション作品で、三〇分の作品と同じ予算がかかるとは一体どういうことですか?」
「わかりました、天使様。これから三時間ほどかけて、じっくりと懇切丁寧に説明させていただきます。先ずはこの資料をご覧ください。」
「……三時間?」
「はい、それが終わりましたら、変身バンクについて五時間ほどたっぷりと説明させていただきます。」
「……五時間?」
「はい、誠心誠意全力投球で説明させていただきます。ご安心くださいませ。」








「では天使様、劇場版たるオールスターキャストに於いての動きと流れと必殺技の概要について、九時間ほど説明させていただこうと存じます。」
「まだ……あるのですか……。」
「はい。天使様の憂いを完全に無くすため、全身全霊で全員合体必殺技を放つが如く、誠心誠意全力投球で説明させていただく所存であります。」
「まだ……するのですね……。」




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主を讃えよ、その誉れ高き名を




とある暴力的組織に於ける末端系事務所の室内。
今では全国的に少数派となりつつあるような昭和風のちょっとアレな人物たちが、漫画雑誌や携帯端末やテレビジョンなどを見たりして暇潰しにいそしんでいる。
そこへ、若いチンピラが飛び込んできた。

「親分、てえへんだ! カチコミやあっ!」
「なんやて!?」
「おい、ハチ! そいつらは一体どこの組のもんやっ!?」
「そ、それが……メ……メシア教の……。」

バンッ!
いきなりの破裂音と共に、扉近くにいた組関係者たちは全員吹き飛ばされた。
そして、衝撃を受け倒れた者たちはピクリとも動かなくなる。
唖然とした男たちは怒号しつつ、即座に戦闘態勢へ移行しようとした。

「チャカや! チャカ、用意せえっ!」
「ドスやあかん! ポン刀や、肥前刀の厚重ね持ってこい!」

パニックに陥る室内へ、揃いの白と青に彩られた宗教結社の人間が複数入ってくる。
それに対し、若頭らしき人間が彼らに対応すべく話しかけた。
赤いシャツに紫のネクタイにペイズリーのチョッキ、そして白いスラックス。
靴はおそらく鰐革。
太い金の首飾りをじゃらりと装着した口髭男が、咥えタバコのまま問い質す。

「おうおう、なんや、あんたら。いきなり人んちでこないな騒ぎを起こすなんて、なに考えとんや? どう落とし前つけ……。」

ずんばらり。
やさしい顔をした若者の振るった剣が、男の体を真っ二つに斬り裂いた。
致命傷を受け、即死する男。
ポロリと落ちたタバコが床を密やかに焦がしてゆく。

「アカン! こいつら、頭沸いとるで!」
「撃て! 撃ったら誰でも死ぬさかい!」
「よし、ワシの薩南示現流を見せたる!」
「こいつら、いてもうたる!」
「ウホッ! ヤッタルわい!」
「人間はチャカに勝てんのやで!」





数分後。
事務所の人間は全員黄泉路へと向かった。
タバコはその後他の可燃物に引火し、危うく火事になるところだった。





※用語説明※
◎カチコミ:殴り込み
◎ペイズリー:原形動物っぽい柄
◎チャカ:拳銃
◎ドス:短刀
◎ポン刀:日本刀
◎肥前刀:現在の佐賀県にあたる地域の刀工によって鍛えられた日本刀のこと。ここで出てくる肥前刀が本物かどうかは不明
◎薩南示現流:初太刀に全身全霊を尽くすといわれるサツマ流超攻撃型刀術。事務所の人間が本当に使い手だったかどうかは不明





「なんでや……なんで、あないに弾喰ろうて平気な顔しとるんや……。」

「ワシの……ワシの自慢の肥前刀が折れた……だと……ぐふっ。」

「撃て! 撃て! 弾が当たって死なん奴はおらん! もっと撃てっ!」

「……ヤらない……か……。」





※いつも誤字報告をいただきまして、ありがとうございます。





 

 

 

ぐーぐーと寝ていた筈が、気づいたら真っ白な空間にいた。

夢?

夢じゃない?

あれ?

どこだ、ここは?

……まさか?

まさか、私は異世界転生してしまったのか!?

別にトラックにはねられてもいないし、暗黒企業にて残業過多でぶっ倒れた訳でもないのに。

……ええと、いつものように仲魔たちと寝所に入って……それから……。

駄目だ、理由がわからない。

もしかしたら、エナジードレインを立て続けに喰らい過ぎたのがいけなかったのか?

それともまさか、アレが原因なのか?

もしくは…………うーん。

近代的で戦乱にまみれたセカイへの転生だったら、かなり厭だな。

とても生き残れそうにない。

ところで、異世界転生したとしても悪魔召喚は出来るのだろうか?

 

ここにいる理由をつらつら考えていたら、強大な気配が近づいているのを感知した。

ハッとしたら、すぐ近くにメカメカしい天使がいた。

なんという小宇宙(コスモ)……もとい、迫力。

めっちゃ強そうだ。

爵位持ち悪魔をも粉砕しそうな雰囲気さえある。

相当高位の存在か。

眼をピカピカ光らせながら、それは話しかけてきた。

 

「はじめまして、ニンゲンの召喚師。我は、メタトロン。やっと君と会うことが出来た。」

 

可愛い女の子に言われるならば兎も角、こんなメカニカルな天使に言われてもなあ。

声が出ないので、返答しようがない。

 

「君には大いに期待している。」

 

いきなり、なにをゆーとりますか。

 

「我々は秩序ある平和を求めているのだ。」

 

その割には、常々過激な手段を取っているように見えるけれども。

 

「君には、是非とも様々な存在とメシア教との架け橋になって欲しい。」

 

そう言われてもねえ。

使いっ走りとして酷使された挙げ句に使い捨てなんてのはお断りだぞい。

銀色に輝く、鉄鋼天使か。

変形合体したりして。

彼はまるで、神の命令を忠実に実行する機械人形みたいに見える。

ん?

雑音が聞こえ出した?

それまで明確に見えていた機械天使の姿が、なんだかブレて見えるようになっている。

 

「主を讃……その……名を。」

 

なんだ?

……マーラ様の気配が近づいている。

速い。

 

「……ーラの干渉……ね除…………。」

 

なにかを言っているようだが、どうにもまともには聞き取れない。

 

「……に残……またいつか…………。」

 

チュドーン!

数発の光子魚雷のごとき攻撃が、天使を木っ端微塵にしてしまう。

だがしかし、一瞬空間が歪んだかに見えるや否や、作り物めいた天使は即座に復活した。

 

「クハハハ! よもやよもやワシの領域に分体を送り込んでこようとは、まっことよきかなよきかな。ナメくさってことをしてくれた礼に、丹念にナメてくれよう。そちらがそうくるなら、こちらも遠慮なくヤラセてもらおうぞ。」

「ふっ、あの程度の攻撃では完全に我が分体を破壊するなど笑止千……。」

 

チュドーン!

再度の攻撃。

至近弾じゃ!

あかんがな!

 

幾つもの激しい爆発が至近距離で発生し、オレはその圧倒的火力の前に殆ど抵抗することすら出来ずにこの場から掻き消されてしまおうとしている。

やめて、オレの体力はそろそろ尽きそうで御座る!

なんたる理不尽!

 

「光子力ビーム。」

「光子力バリア!」

「ロケットパンチ。」

「なんのそれしき!」

「致し方あるまいな。拡散波動砲の発射準備に取り掛かる。」

「クハハハ! そんな豆鉄砲がこのワシに効くと思うたか!」

 

消滅する寸前、そんなやり取りが聞こえた。

 

 

目覚めたら五体満足だった。

よかった。

 

 

 

 

 

 

粉雪がちらちらと降る午後。

平崎市内にある高級喫茶室。

そこでの懇親会に出席する。

 

「学生の分際で、表面的には善人面して裏で悪行三昧(あくぎょうざんまい)。教育機関側が表面化をおそれて隠蔽(いんぺい)してばかり。ヤられた側は泣き寝入りで、ヤった側は平然として社会に出て自分たちはまともだと言い放つ。会社では上に媚びへつらい、下に対しては苛烈な扱い。いい加減な仕事で周りを振り回し、自分自身の責任感は皆無。存在そのものが害悪。気にしない、反省しない、悪いのはいつも他者。そんな奴らを公的に『処分』出来ないなら、誰かがそれをヤらなくちゃいけないんじゃないかと思うのですよ?」

 

メシア教でも穏健派に属する若手騎士たちとの懇親会だった筈なのに、相手側代表は開口一番過激なことを言うのだった。

一様に頷く面々。

嗚呼、帰りたい。

即座に帰りたい。

 

「先日は素晴らしい活動をしている人物がいてメシア教に勧誘しようと思っていたのですけれど、彼は残念ながら涅槃(ねはん)に旅立ってしまいました。」

 

もしかして、先日戦った『ナットクラッカー』のことかな?

とっさに物理反射しなかったら、ヤられたのはオレだったかもしれない。

気づいてはいないのか?

ちょっとヒヤッとする。

 

「一見希望があちこちにありそうなこの日本社会は、実に不公平だらけです。」

 

またなにか代表が語り出した。

 

「明らかな汚職を幾つもしたのに逮捕されない政治家がいますし、その人物を擁護する人間さえ複数存在します。卑怯な振る舞いをする人間に対し、ソレから利益を得るから擁護するのはまだわからないでもありません。許せませんがね。ただ、よくわからないのは卑怯な連中を支持するモノどもです。あまつさえ、彼らは批判する人間を糾弾します。訳がわかりません。」

「はあ。」

 

あまりにいきすぎた『正義』はテロリズムに繋がるんじゃないかな?

例えば、連合赤軍みたいに。

この世に理想郷なんて無いんだし。

キリッとした女騎士っぽい人が口を開いた。

 

「完璧な理想郷は作れないにしても、それを作ろうとする志(こころざし)は大切なのではないか? あなたはどう思う?」

 

緊迫感溢れる表情へと変化する騎士たち。

あ、これは下手な返事をするとヤバいな。

ここは無難なこたえをしておこうかのう。

そうしよう。

いけ、玉虫!

 

「え、ええ、いきすぎない方向であくまでも理性的に寛容の精神をもって、第三者的視点を忘れないことが大切じゃないでしょうか。」

「ふむ、一理ある。」

 

女騎士が頷く。

青と白に彩られた若者たちが途端に柔和な表情へと戻った。

メシア教、こわい。

 

その後はあくなきインチキ極まる企業の話だとか、ぺてん師みたいな企業の提灯持ちに対するゴロツキ全員滅すべしといったヤッチマエ的話だとか、電脳世界界隈の差別的独善的風潮に対する苦言とか、電脳世界界隈でちやほやともてはやされる配慮無き人々に対する危機感とか、そういった愚痴ともなんともつかない話を延々と聞かされた。

疲れる。

オレは相談役か。

 

懇親会が終わったのは、気温が昼よりも三度ほど下がった時間帯のことだった。

散々あーだのこーだの言った彼らの顔つきは、厄落とししたかのようにさっぱりして見える。

また会いましょう、と言って彼らは去っていった。

ああいう人たちとやり合うことにならないといいなあ。

 

 

 

 

今日は地元のロシア料理店で食事をして帰るとしようか。

今のオレの胃袋はサンクトペテルブルクのペチカの如し。

ピロシキにペルメーニにラプシャの入った鶏肉のスープ。

ペルメーニはロシア風餃子、ラプシャは手打ちパスタだ。

うむ、それがいい。

それで、決まりだ。

 

 

 

 

道中、アイドルの撮影会をしていた。

とても可愛い子だ。

中学生くらいかな?

 

「ふふーん、ボクの魅力でみんなをメロメロにしちゃいますよー!」

 

ははは。

彼女の明るい声を聞きながら、空腹と共に帰途につく。

きっと旨いものを食べるぞと誓いつつ。

 

そんな時、どこかから不意に声が聞こえた。

 

「主を讃えよ、その誉れ高き名を。」

 

 

 

 

 







「ミナゴロシだー、ミナゴロシだー!」
「ワルいヤツラはミナゴロシだぜー!」
「ヤクザとかいうゴクドーのワルいヤツラはミナゴロシだー!」
「マスゴミはミンナをフコーにするから、ミナゴロシだぜー!」
「セイカイやザイカイのアクトーレンチューもミナゴロシだー!」
「フツーのニンゲンのふりをしたチンピラもミナゴロシだぜー!」
「ミナゴロシだー、ミナゴロシだー!」
「ワルいヤツラはミナゴロシだぜー!」
「ニンゲンをゴーモンだーっ!」
「コーモンをゴーモンだぜー!」



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星幽侯オリアス





アフリカ某国の国営企業のマルチミリタリーファクトリー(MMF)が、とある共和国の軍隊の兵器を認可生産しているという。

とある共和国の積極的協力的関与的企業として、某国は自国の兵器輸出的中継点となっている。
アフリカは未だに戦火の絶えない地域が点在しており、その近場と言える中東もその範疇(はんちゅう)に入る。
そういった国々に小火器から戦闘車輌などを販売するにあたって、共和国が直接それを行うのは正直愚策だ。
『国際世論』とやらがうるさいからである。
その『国際』がどこなのかは兎も角として。
しかし、表面上は深い付き合いが無さそうなアフリカ某国を経由すればあら不思議。
ここに『善意の第三者』が現れてしまう。
第二次世界大戦直後やその後の何十年かはこんにゃろめだった品質も、今では様々な独裁者的国々や紛争地帯へ大幅に技術供与出来るほどにまで変化している。

実戦を何度も何度も経ることによって培(つちか)われる『兵器的性能信頼性証明(バトルプルーフ)』は、信頼性に足る性能を有すると証明されれば箔がつく。
その箔は兵器の輸出に大いに貢献することとなって、国家の儲けを増加させる。
やがて、兵器の生産が国の基幹産業のひとつとなってゆく。
いわゆる『死の商人』が無くならない訳だ。

共和国としても人件費が自国以上に安いアフリカ某国で生産・整備・修理することは、利点が幾つも存在する。
その最大の利点は、安くて『使える』兵器を多く提供出来ることだ。
このある国で生産される兵器は、今後も数多く紛争地帯で使われるだろう。
厳しく取り締まる国際的制度が無い限り、この状況が改善されないだろう。

『海洋国家』として世界各地に植民地を有し支配していた連合王国や、『世界の警官』を自称する(した)連邦国家。
はたまた、『鋼鉄の幕』に覆われていた連邦国家がかつて堂々とやっていたことを、第三国を通じて行っているのだからより狡猾になったと言えるのかもしれない。

より救いの無いセカイへと向かっているかのようなやり方。
ニンゲンの死に無頓着になるやり方。
遠い国の悲しみは伝わりにくく、彼らの涙と血は地に吸い込まれ、それは悪魔の舌と喉を潤す美酒となる。

ニンゲンは悪魔に利すると知らぬまま、今日もどこかで酒を醸(かも)している。
時には無自覚のまま悪魔に操られ。
そうして、悪魔はひっそりと嗤う。






※いつも誤字脱字報告をいただきまして、ありがとうございます。








 

 

 

 

 

とある病院の地下。

白衣をところどころ赤黒く染めた男が、ゲハハと嗤(わら)う。

脅えた顔のぽっちゃり系同性を前にして、彼は弁舌を振るった。

 

「いい、いい。やはりここはいい。木偶(でく)どもを集め、そやつらを私の役に立てる存在とする。これぞ、完全なる再生可能エナジー。実に素晴らしい。」

「あ、あ、あの、オ、オレ、改心します。酒もタバコもパチンコもウマもフネも自転車も配信も課金も、や、止めます! ぜ、絶対にもうしません! だ、だから、これ以上は……。」

「お前は間違っている。」

「え?」

「いや、間違っていた、と言うべきか。」

「は?」

「お前はダメニンゲンだ。もうどうしようもない。車の運転をしながらチューハイをぐびぐび飲み、事故を起こしてまともに反省もせず、タバコをポイ捨てして注意したニンゲンに殴りかかる。駅舎ではお前の不注意をやんわりと指摘した駅員に暴力を振るい、パチンコ屋ではお前の暴力的姿勢に対して低姿勢で注意してくる店員相手に、手酷い暴言の数々。商品が在庫切れだと言われてキレてしまい、コンヴィニエンスストアの店員に不条理な土下座をさせ、ウマが負けたと競馬場で暴れまわり、フネがおかしいと競艇場で喚き散らし、自転車を操る面々の太ももがどうたらと訳のわからぬ屁理屈を競輪場で撒き散らし、ソーシャルゲームでは課金するも希望の娘が出ないと運営にハチャメチャな迷惑行為を繰り返す。SNSの配信では当然のように炎上炎上炎上。とある電脳上の掲示板では不確かな情報を鵜呑みにして、見るにたえない言葉を連発して迷惑のかけ放題。しかも、それらの事象に対し、一切反省しないで相手が全部悪いと放言する。そんなお前に生きている価値があるとでも思っているのか? 思慮に欠けている癖にここまで悪質なニンゲンは滅多にいないぞ。…………たぶん。」

「あ、あの……。」

「大丈夫だ。」

「え?」

「お前はこれから、私のためにメタモルフォーゼするのだ。よかったな、お前の人生の最後にわずかなりと前向きな意味付けが出来て。」

「イ、イヤだ!」

 

院長は拘束された患者に素早く近づき、なにかを行った。

すると、患者から悲鳴があがる。

 

「ぎゃあっ!」

「ん? 間違ったかな?」

「ぐああっ!」

「よし。これだ。」

「げああっ!」

「よし、段々わかってきた。」

 

男の悲鳴を伴奏にしながら、院長の手は止まらない。

まるで演奏でもするかのように、院長は患者を『手術』していった。

とてもとても楽しそうに。

 

 

 

 

 

「みたらしヘブンボンバー!」

 

みたらし団子の力を身にまとったピクシーが、敵対者に対して激しい攻撃を加える。

見たことのない技だ。

ポカポカポカポカポカポカと可愛らしい擬音を有した団子のようなヒカリが敵対者に当たり、容赦なくその肉体を貫いていった。

 

「ぐはあっ!」

「そして、五〇〇キロカロリーパーンチ!」

 

ピクシーの右腕に『五〇〇』の数値をまとった光が現れ、彼女はそれを敵対する悪魔に叩きつけた。

 

「ぐああっ!」

 

見たことの無い技だ。

敵対する悪魔はその巨体を吹き飛ばされ、大地と激しく接吻(せっぷん)する。

 

「とどめ! ホーロドニースメルチ!」

 

待ち受けていたアリスの放った荒ぶる凍気が敵対する悪魔を包み込み、それは放たれたアッパーカットの生み出した上昇気流と共に空高く舞い上がってゆく。

凍ったまま急上昇したぽっちゃり系の悪魔はやがて急速に落下し、氷塊のまま地面に激突した。

それは当然のごとくに砕け散り、そのことは戦闘終了に直結する。

我々の勝利だ。

 

スカアハとハトホルは人間社会の研究だか探求だかで、女子高校生化してあちこち出歩いている。

おねだりされたので、つい許可を出してしまった。

マグネタイトの貯蔵は十分ですかと尋ねたらその直後にかなり吸われたので、当分大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

「これが新しゅう作ったヴァーチャル・トレーナーや。新人サマナーにこれを使わせて、ビシバシ特訓させるんやで! クリアする度に報酬は二〇〇マッカ出したる。MMO的にゆうたらチュートリアルやな。」

 

スリル博士作の悪魔召喚師訓練装置が完成したというので、北山大学の研究室でその説明を聞いている。

ふむふむ。

エモニカスーツの調整も順調のようだ。

この強化服一着でロールスロイスが買えるというから気をつけてはいるけれども、戦闘経験による信頼性保障性能は非常に重要らしい。

ファントムソサエティに所属する一般系悪魔召喚師の黒スーツとか眼鏡型スカウターなどにもエモニカスーツの戦闘経験情報が反映されていて、性能向上に役立っている。

ちなみにマヨーネさんがいつも着ているイタリア製のドレスとかお洒落な衣類はエモニカスーツの応用品らしく、一着で同国製のスーパーカーが買えるとかどうとか。

あの恰好で戦闘までこなすのだから、びっくりぴょんである。

イタリアには『公社』と呼ばれる強力な戦闘組織があるそうだから、なにか技術交流があるのかもしれない。

マヨーネさんは、もしかしたらスフォルツァ家とかオルシーニ家とかエステ家とかみたいな名家の人間なのかもな。

実家には執事や複数の使用人がいると聞いたし、たまに貴族っぽい発言があるから、良家のお嬢なのだと思われる。

 

「悪魔教官たちが直々に勧誘してきた連中を、ここをつこうてびしばししごくという訳やな。」

「今回、何人勧誘出来たんです?」

「八人や。」

「ほう、それは多い。」

「初陣で死なさんために、訓練訓練また訓練で鍛え上げるちゅう方針や。これにはマヨーネはんも賛成しとる。」

「確かに訓練は大事です。」

「仮想空間であんたもヒーローや!」

「あちこちうろついて殺し回る訳にもいきませんし、丁度よさそうですね。」

「銃火器の訓練は頼むで。」

「わかりました。」

「あーあ、花山博士がここにおったら、ずいぶん楽が出来たんやけどなあ。」

「花山博士?」

「花山博士は悪魔召喚実験に失敗して、呼び出した悪魔にヤられてしもうた人や。」

「それは残念でしたね。」

 

いくらエモニカスーツの性能がよく、バロウズが献身的且つ全面的に補佐してくれるにせよ、肉体をある程度かそれ以上鍛えないと敵対者に対抗しきれない。

柳生流の道場に通っているが、まだまだ先は見えない。

地道にやるしかないのだろう。

剣や魔法の才能は殆ど無いし、使える魔法はシャッフラーとマハラギオン。

戦術がハマれば強いけれども、必ずしもそうとは言えない状況もあり得る。

コツコツヤるしかないだろう。

 

 

スリル博士との雑談は続く。

 

「メシア教の最終目的は、東京に『ミレニアム』と呼ばれる要塞都市を建設し『千年王国』を築くことや。」

「千年王国?」

「せや。そいで、真の千年王国を築くためには『救世主』が必要なんやて。」

「救世主?」

「この間違った文明社会に汚染されたニンゲンを救い、永遠に平和的日常生活が過ごせる理想郷を現実のものとすべく、彼らは『民衆の導き手』を必要としとるんやて。」

「民衆の導き手?」

「そう、メシアや。」

「飯屋?」

「そっちやない。」

 

メシアって……うーん。

あんなに杜撰(ずさん)且つどんぶり勘定な組織でそういった存在をきちんと管理出来るのだろうか?

メシア候補みたいな信徒が複数いるけど、その、まあ、彼らが直接導くのか、それとも司教とか枢機卿(すうきけい)みたいな存在が黒幕になるのか。

今のやり方を見ている限りでは、現実と理想の解離が酷すぎてどうにもならないんじゃないかな?

考えていると、スリル博士がにっこりしながら言った。

 

「そうそう、今度『ティフェレト』がコンサートするゆうとったから、警備をするようにってマヨーネはんが言うとったで。後な、大田区にある老舗の芸能事務所からも何人かアイドルが来るらしいわ。」

「ティフェレト?」

「最近結成された、絶讚売り出し中のアイドルグループや。」

「アイドルはさっぱりわからなくて。」

「大丈夫やで、ワシもようわからん。」

「その子たちは人気があるんですか?」

「リサ、りせ、杏の三人のぴちぴち女子高校生新人アイドルで構成されとるらしいけど、詳しいことはマヨーネはんに聞いといて。彼女、そういうのはそこそこ知っとるみたいやから。」

「わかりました。」

「で、こっからが本題や。」

 

スリル博士が指を鳴らす。

すると。

ゴツい火器を二丁、メイド姿の美少女が持ってきた。

白い肌に紅い瞳。

なんだかとっても強そうな感じがする。

スリル博士はすぐ武器の説明に入った。

彼女のことは説明してくれないらしい。

 

「こっちはとある共和国の軍隊で使われとる87式自動榴彈發射器や。現在はこれより新しいのが出とるけど、そっちは手に入らなんだ。これの口径は独自規格の三五ミリで、ぽんぽんと榴弾を遠くへぶっぱなせるんやで。中越戦争で散々痛い目におうた連中が、兵隊の火力高めちゃろう思うて作った兵器や。マッコイが持ち込んだ火器でな、なんや書類をすり替えて廃棄品扱いにしたもんらしい。バラバラにして工業製品扱いとした上で、横浜港経由でこの国に持ち込んだ、と。弾もバラして持ってきたんやから、たいしたもんや。なんともあいつらしいわ。ま、たぶん、弾で儲けようゆう腹やろ。◯レッ○商法やな。」

 

マッコイ爺さんもよくやるなあ。

 

「そんで、あっちはこの持ち込まれた火器を解析してワシが作った八七式改や。弾も作った。不発弾なんかの不良品を掴まされたらえらいことやしな。不発はともかく、暴発したら最悪死ぬ。弾代でたまらんことになってもうたらワヤやし、別にあっちを儲けさせんでもええやろ。マッコイやしな。それにこの弾なら、悪魔にもよう菊正宗やで。光学式照準器はバロウズに対応させとるから、狙いが外れることはそうそう無いやろ。まあ、ワシの作り上げた八七式改を試しにつこうてみい。エモニカスーツを着用するなら充分運用出来る筈や。近距離の悪魔相手につこうて、破片やなんかの塊が飛んできて結果的に死んでもうたゆうんもアホらしいしな。」

「わかりました。」

 

持ち上げてみる。

ずっしりと重い。

小型のバズーカ砲みたいだ。

よくあの子はひょいと持てるな。

個人携帯火器としてはどうだろうと思わないでもないが、この手の火器としてはおそろしい程小型化及び軽量化されているみたいだ。

 

「二脚付きで約一二キロ、装弾数は六発、一五発と選べる。」

「ほう。」

 

弾倉は二種類あるのか。

兎に角運用してみよう。

 

 

 

 

 

ここはどこだ?

仕事を終え、食事を終え、入浴を終え、仲魔たちと床に入った筈だ。

もしかして、明晰夢か?

なにかぼんやりした姿のモノがオレに問いかけてくる。

 

「お前は誰だ?」

 

逆に問うてみた。

あんたこそ、誰やねんな。

そのなにかようわからんもんは、よくわからないことを幾つも述べてゆく。

禅問答か?

意味がわからないよ。

 

「……どうやらお前は、幸いにもサタンではないようだ。」

 

なにかよくわからぬモノは、そう言って消え去った。

何故か、マーラ様がそれに向かって突撃でもするんじゃないかとの予感をおぼえた。

まさかな。

目覚めると、両隣の仲魔が絡みついていて身動き出来なかった。

 

 

 

 

 

吉祥寺のとある病院が怪しいらしい。

変な鳴き声とか妙なにおいとか全身タイツの男たちとか。

奇妙な現象が頻発しているのだとか。

少なくとも、怪談のたぐいではない。

変態の巣窟だったら厭になるけれど。

マヨーネさんから調査依頼を受け、出かけることにした。

マリーさんは書類仕事やら交渉やらで手が離せず、スカアハとハトホルは女子高校生の姿でニンゲンの街を満喫中。

自由だなあ。

よろしい、ならば、アリスとピクシーとで探索だ。

 

 

 

 

深夜の病院に着いた。

侵入に関する電子的なあれこれはバロウズに任せる。

エモニカスーツを予め装備しておこう。

 

「ふふふ、私に任せなさい。身を任せてもいいわよ。」

 

そんな冗談を言えるだなんて。

人工知能も進化したものだな。

無事、侵入が出来た。

だが、おかしい。

人の気配がまるで無いようだ。

看護師や警備員はいないのか?

まっことおかしい。

……ま、いっか。

院長室の近くへ行く。

 

「エネミーソナーに感あり。気をつけて、サマナー。強い敵がいるわ。」

 

バロウズが言った。

アリスとピクシーも頷く。

悪魔があそこにいるのか。

ならば、突入だ。

戸を開け放った。

我々に驚く院長。

そして彼は話しかけてきた。

 

「お前たちは改造手術を済ませたのか?」

「改造手術? ○面○イ○ーみたいな?」

「ふむ、お前たちは済ませていないな。」

「ええ、悪魔になる気もありませんし。」

「まだ悪魔への改造手術を済ませていないとはけしからん! 大人しく改造を受け入れるがいい! 私が病院で作り上げた『製品』は『市場』に供給され、一定或いはそれ以上の成果をあげている。洗脳しただけのニンゲンであろうと、数倍の力を発揮出来る。全身タイツ系の簡易な作りの強化服でも与えておけば、末端の戦闘員としての活躍も可能だ。また、素質のあるニンゲンは獣人などに作り替えている。どうせ奴らの多くは、喫煙や飲酒や借金や賭博や配信や課金などで身を持ち崩したろくでなしどもだ。私の役に立てるのだから、ありがたく思ってもらいたいくらいだよ。」

 

酷い言いぐさだ。

院長の容貌が変わってゆく。

まるで作り物を壊してゆくかのように。

 

「さあ、お前たちも改造してやろう。」

 

院長がにやりと嗤った。

ぐにゃり、と顔を歪ませ変化してゆく。

四〇口径の拳銃弾を複数お見舞いしたが、障壁かなにかで無効化されてしまった。

残念。

八七式改を構える。

 

「はーっはっはっは! 知っているぞ、貴様。最近、悪魔退治で名を馳せているニンゲンだな。ちょこまかと小うるさい奴よ。だが貴様の働きもここまで。大人しく我が槍の錆となるがいい! ルシファー様もどうしてこんな平々凡々な男を買いかぶったのか!」

「はあ。」

「貴様がサタンであろう筈は無い! ましてや、メシアであろう筈も無い! 愚かなるニンゲンにふさわしい死をくれてやろうではないか! 私は星幽侯オリアス! 三〇個軍団を率いる魔界の侯爵よ! さあ、逝くがいい!」

 

青白い馬に乗った甲冑姿の悪魔が現れた。

赤い鎧の頭部は獅子。

右手には槍。

周囲が異界化してゆく。

 

「爵位持ち悪魔! しかも、侯爵か!」

「いかにも! 死ね! ニンゲンよ!」

「あれ? オリアスって……堕天使じゃなかったっけ? まあまあの……。」

 

ピクシーがなにか言っているけれど、こちらは射撃態勢をととのえるので忙しい。

使い馴れない武器を持ってきたのは失敗だったか?

 

「取り敢えず、これを撃ってみよう。」

 

手にした八七式改をぶっぱなしてみる。

 

「ぐああっ!」

「おう、効いとる、効いとる。」

 

スリル博士謹製の三五ミリ弾はよく効くみたいだ。

よかった。

しかし……高位の爵位持ちにしては弱い気がする。

アレは自称侯爵なのか?

まさかな。

うおっ、危ない危ない。

破片が沢山飛んできた。

これ、近距離じゃ使えないな。

ある程度かそれ以上離れていないと、爆風や破片の影響が強い。

下手したら死ぬぞ。

エモニカスーツが無いと危ないところだ。

ま、異界なら幾らぶっぱなしてもいいか。

もう一発発射してみる。

よし、腹部に当たった。

 

「がああっ!」

「よしよし。」

 

一旦倒れた後、むくりと起き上がる悪魔。

 

「よしよし、ではないわっ! 調子に乗るなよ、ニンゲン!」

「死んでくれる?」

 

アリスが左手の人差し指を敵対する悪魔に向けた途端。

魔界の侯爵を包み込むように無数のトランプが現れて舞い踊り、古風な時計盤が針をぐるぐる回転させる。

赤黒いフォークを持ったトランプ兵が次々に上空から降下し、容赦なく星幽侯を貫いていった。

 

「ぐはあっ!」

「ふふふ、新演出の技は如何?」

 

上品にスカートの端をつまんで、カーテシーを行うは美しき屍鬼。

 

「な、なんのこれしき!」

「みたらしヘブンボンバー! アーンド、五〇〇キロカロリーパーンチ!」

 

ピクシーの素早い連擊が容赦なくオリアスを襲った。

みたらしの力と五〇〇キロカロリーの力が魔界の侯爵の障壁をぶち抜き、敵対者は激しく体力を失ったように見える。

……本当に侯爵なのかな?

こちらのセカイに顕現すると、著しく性能が減退するのかもしれない。

 

「がああっ!」

 

もう一発撃っておくか。

ぴょーんと吹っ飛ぶオリアス。

特撮番組の悪役みたいだ。

 

「げはあっ!」

「よしよし。」

「な、なんのまだまだ!」

「ダイヤモンドダスト!」

 

荒ぶる凍気がアリスによる白鳥座の舞いと共に放たれ、弱ったオリアスを激しく襲った。

 

「があああっ!」

「死んじゃえ。」

「ま、負けられんのだっ! き、貴様らの好きにはさせん! やらせはせ……。」

「もう一発、五〇〇キロカロリーパーンチ!」

「ダイヤモンドダスト!」

「うぎゃぎゃぎゃあっ!」

 

五〇〇キロカロリーの力に吹き飛ばされた悪魔は、更なる猛烈な凍気に包み込まれる。

カチンコチンに凍結した魔界の侯爵は、そして砕け散った。

 

よし。

これにて一件落着。

 

 

 

 

ああ、疲れた。

あの甘味処へ行こう。

信州伊那(いな)の寒天と肥後天草は佐伊津(さいず)の黒糖を使った、おいしい黒糖寒天を食べたいな。

 

そして、帰途についた。

警護するアイドルたちってどんな感じなのかなと思いつつ。

 

 

 

 



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ティフェレト






【光の道、その先へ】


東京都某所。
とある古い雑居ビルヂングの三階。
そこには小さな芸能事務所がある。
所属するアイドルはわずかに一桁。
はっきり言って、影響力はたいしてない。
だが、彼女たちの心意気はトップクラス。
それは、最強級偶像的美少女集団にも負けないほどである。

「ティフェレトの前座?」
「時間的には三分ほど?」
「え? それってマジ?」
「ええ、そうです。次のあなたたちの仕事はそれになります。最初は『オートスコアラー』か『リトルミラクル』の皆さんが歌われる予定だったのですけど、彼女たちは諸般の事情で辞退されました。結果的に皆さんは繰り上げ当選みたいな形で選ばれましたが、私が皆さんの実力を保障します。頑張りましょう。」

集まったアイドルたちの前に立つ、歴戦の戦士みたいな風格を醸し出す制作統括(プロデューサー)。
彼は首の後ろに手を回しつつ、淡々と仕事の話をする。
制作統括とはアイドルたちの管理と運営を同時進行で行う激務であり、間隙的にぽっかり空いた僅かな時間をアイドルたちとの交流に心砕くやさしき者のことだ。
そして彼はそれを忠実に行う者。
まるで勇者のような存在である。

その武一(たけいち)制作統括は、自身の信頼せし少女たちに頭を下げた。
彼は無表情と重低音の声が基本なので誤解されることも多いけれど、常に紳士的且つ真面目であるためにアイドルたちから全幅の信頼を寄せられている。
若き俊英として他の大手芸能事務所からも引き抜きの話が来ているけれど、彼はすべて穏やかに断っていた。
キネマの制作配給会社を原型とする最大手芸能事務所の長身系美人常務は彼に対して非常に興味を抱いており、口説くが如くに会う度に彼を勧誘し続けている。
だが、彼はその攻勢を耐え続けていた。
アイドルを指揮下に置くのではなく、共に歩むことが肝要なのだと信じて。

「私の力では、歌う時間を三分ほどまでしか交渉出来ませんでした。皆さんには大変申し訳なく思っています。」

頭を下げる制作統括。
大丈夫ですよ、とはかなく微笑む少女群。

百貨店の屋上や中規模商業施設でのミニコンサート。
ちょっとした催しにちょこちょこと出演する娘たち。
ドサ回り多き、弱小芸能事務所の偶像的美少女たち。
しかし、武一制作統括が自らの審美眼と直感とで選び抜いた者たちだ。
光り輝かぬことなどある筈もない。
名刀が容易く折れないのと同じだ。

「フフーン、時間としては短いですけど、ボクの魅力をいよいよ全国の皆さんへ派手に伝える時が来たということですね。」
「ミキ、アイドルするのけっこう本気だよ。」
「ボクの乙女パワーでガツーンとトップを獲ってみせますよ、制作統括!」
「パワー全開! 指示を乞うであります!」
「みんな一緒にトロピカっちゃおう!」
「我は転生戦士イシュキックだ! どんな戦場であろうとおそれはしないぞっ!」
「アイドルも学校も毎日楽しくって。武一制作統括がいつもいつも私を見てくれているから、私はいっぱいがんばれるんですよ。だから今回も全力を尽くします。」

次々に口を開く新人アイドルたち。
高校生中学生小学生の混成的集団。
多様性に満ちた未来の精鋭偶像群。
互いに真摯に想いあい気遣いあう。
それは、親愛ある絆(きずな)だ。
彼女たちの戦いはこれからも続く。
果てしなき光の道をひたすら走り。
そして、いつか栄光を掴むだろう。



強面(こわもて)的長身系制作統括が皆に問いかける。

「今現在、皆さんは楽しいですか?」

偶像的美少女たちは全員即座に満面の笑みでこたえた。

「「「「「「「はい!」」」」」」」







※今回の話は参院選よりも前から延々書いていたものです。

※主人公のアイドルに関する認識で以前の話と矛盾が生じたため、一部加筆修正しました(一二二九)。







 

 

 

 

 

 

横浜市長選に於いて、強力な爵位級悪魔とその配下が暗躍しているらしい。

平崎市内にあるファントムソサエティの事務所内でマヨーネさんと讃岐うどんを食べながら、仕事の打ち合わせを淡々としてゆく。

候補者の一人たる広川剛志(たけし)氏を護衛するのに、スカアハとハトホルを貸して欲しいと言われた。

いわゆる悪魔不足らしい。

強い悪魔を使役出来る者ばかりではないということか。

自由活動出来る悪魔も少ないらしいし。

他の候補者にも、様々な勢力の悪魔召喚師や悪魔や異能者や戦闘員や怪人などが護衛をしているそうな。

メシア教が推している候補者もいて、彼らはあちこちで金銭的支援をやっているという。

いかんなあ。

政治と宗教が一体であってはならないのだ。

政教分離は民主主義の必須項目であるのだ。

オレはそう思う。

選挙活動中は流石に戦闘行為など無いと信じたい。

そのために、一時的な協力態勢を敷いているのだ。

選挙後はどうなるか知らないけれど。

 

「一時的にうちの所属となったイタチのヤス、ゼンジ、キラが護衛として増援に入り、それに我がマンモーニのプロシュートを加えて万一に備えます。ヤスは爆発物の専門家ですし、ゼンジは刃物、キラは女性に詳しいですから、その方面でも暗殺を防げることでしょう。ちなみにプロシュートは兄貴枠で指揮官となります。」

「……ええと、日本の市長選で候補者が爆殺されるなんてことは先ず考えにくい事態だと思うのですが……。」

「油断してはなりません。『油断大敵』、私の苦手な言葉です。」

「はあ。」

「プッ……あの神父を今回『は』呼ぼうかどうしようかと迷いましたが、戦力としてのみ考えるならばともかく、使い方を誤ると彼は特級の劇物そのものです。ヒカルと彼とではどちらが……ただ、前提条件が……。」

「マヨーネさん?」

「ああ、『協定』があるから今のところは大丈夫でしょう。たぶん。それにあの神父を呼ぶとなにかと厄介ですから、今回『も』呼び寄せませんでした。」

「……ところで、その神父さんは、うちの神父よりも強いんですか?」

「そうですね、あの神父の方がうちの神父よりも強いと私は考えます。あとそうですね、キラの同僚は……。」

「同僚?」

「ああ、いえ、なんでもありませんわ。」

 

ドルチェとして、甘い餅菓子のすあまを食べた。

この素朴な味がいいのだ。

 

 

 

 

「すべての存在は、滅びるようにデザインされている。」

 

街を歩いていたら、女子高校生から突然話しかけられた。

活発そうな感じの可愛い子だ。

 

「なにかの哲学かな?」

 

こたえてみる。

 

「哲学……ニンゲンはそれを玩具のように扱い、使いこなせず、やがてカンシャクを起こして捨ててしまう。無価値なモノのように。」

「はあ。」

「なーんちゃって。私はヒカル。通りすがりの新人アイドルよ。」

「なるほど。」

「私は家族と愛と絆を肯定するモノ。」

「ええと……。」

「また会おうね、うふふ。」

 

投げキッスをした後、少女は軽やかに去っていった。

……なんだったんだ?

思春期の女の子に特有の気まぐれかな?

わからん。

オレにはよくわからん。

 

 

 

 

日本で独自展開されている、とあるハンバーガー屋がある。

今では千葉県に一店舗と神奈川県に二店舗しか存在しないのだが、かつては関東圏を中心として一〇〇店舗以上展開されていたという。

乳製品を作る会社の関連会社がこの事業を始め、現在は別の会社が運営している。

 

オレが時々食べに行く平崎店は商店街の中にある路面店だ。

そこでは、北見男爵コロッケバーガーが一押しらしい。

他のバーガーもおいしいものが複数ある。

店内は昔のメリケンのダイナーみたいで落ち着いた雰囲気があり、たまに映画やドラマの撮影が行われているほどらしい。

外国の観光客が店内を見て懐かしむこともあるそうな。

椅子は赤く、床は白黒の市松模様。

悪魔が食べに来ることもあるとか。

そう、キャロル・Kが言っていた。

 

注文を受けてから揚げられる北見男爵コロッケ。

サクサクの衣。

ホクホクのじゃがいもは甘味があって、それを挽き肉と玉ねぎがやさしく補佐する。

海老カツバーガーはプリプリの海老とすり身の海老とのダブルパンチが素晴らしい。

竜田揚げバーガーのあの肉汁といったら。

独自に出している讃岐うどんもおいしい。

ジェラートはマヨーネさんのお墨付きだ。

キャロル・Kとも時折来ているが、締めはいつも豆かんにしている。

あのすっきりした味わいがいいのだ。

 

 

 

 

日々暑くなってゆく神奈川県平崎市。

選挙戦の車が街の中を元気よく走り回っている。

けっこう、うるさい。

オレは市内にあるシチリア料理店でマヨーネさんと共に昼食を味わう。

うんまーい。

今日はマグロのステーキを中心とした海鮮仕様だ。

前菜のカルパッチョも旨かった。

その席で超大型新人アイドルの護衛を依頼される。

写真を見せられたが、よくわからない。

ま、顔さえ覚えていればいいだろうさ。

 

「ティフェレトの護衛、ですか。」

「ええ、近頃芸能事務所の暗黒系経営者やその支援者やろくでもない制作統括や怪しい関係者が、次々に行方不明となったり蒸発しているのです。彼らの護衛にあたっていたうちのルカ、ソルベ、ジェラートが殺られたのは想定外でしたけれど、代わりにイルーゾォとホルマジオを配置しました。二人だけでは不安が解消されませんので、更なる増援が必要でしょう。彼らがすぐに殺られないといいのですけれども。」

「なんとも物騒ですね。」

「はい、黒い噂の多い人物ばかりなので個人的にはどうなろうとかまわないのですが、西次官直々の指示ですので。」

「護衛任務は初めてなのですが、私に出来るでしょうか?」

「そこら辺はピクシーに聞いて対応してください。彼女と共になら、大丈夫です。直接アイドルと会話をする機会は殆ど無いでしょうが、彼女たちになにも起こらないようにするのが今回のあなたの仕事です。」

「わかりました。」

 

ピクシー、めっちゃ有能だな。

 

 

しばらくアイドルの話になる。

全然わからんぜよ。

マヨーネさんはアイドルが大好きらしく、歌い手の名前や楽曲名がぽんぽん出て来て唖然とする。

圧倒的じゃないか。

 

「今年の新人アイドルとして個人的に注目しているのは、『ミチカオ』、『ヒカル・ルチーフェロ』、『A2・9S(エートゥー・ナインエス)』、『6O・21O(シックスオー・トゥーワンオー)』、『那珂(なか)』、『EIKO』あたりですね。勿論、他にも優秀な歌い手はいますし、全員に光が当たる訳でもないのはジクジたる思いですが。」

「は、はあ。」

 

アイドルは正直、ちんぷんかんぷんだ。

特に人数の沢山いる集団は皆目訳がわからない。

 

「あとちょっと違いますけど、制作統括だと孔明が一番気になりますね。」

「孔明?」

「そう、諸葛亮。または諸葛孔明。あの三國一の大軍師です。」

 

えっ?

孔明?

三國?

なにをおっしゃっているのかな?

例え……なのか?

 

「そ、それは……なにか哲学的な問いかけですか?」

「ふふふ、さてどうでしょう。」

 

なんだろう、もしかして孔明の扮装で仕事をする酔狂な人がいるのだろうか?

なりきりの人?

 

「これで司馬懿(しばい)や真田幸隆やハンニバルあたりが出てくると、もっと面白いでしょうに。他の制作統括では、武一(たけいち)君やジョー・ギリアン氏もいいですね。」

「はあ。さいですか。」

 

わからん。

彼女がなにを言っているのか、さっぱりわからん。

イタリアン・ジョークなのか?

……まさか、本当に諸葛亮がこの世に顕現して……いやいや、それこそまさかだ。

 

「今は、新しい風が吹いています。」

「風、ですか。」

「ええ、新たな時代を作る風です。」

 

シチリア産のピスタチオが使われたカンノーリをおいしくいただきながら、マヨーネさんとの会話をしばし続けた。

 

 

 

 

ティフェレトの護衛のためにコンサート会場へ行くと、うさんくさげで怪しげな連中がうようよしている。

彼らは同じ組織の人間なのか?

誰が敵で誰が味方か今一つわかりにくい。

ピクシーの解説を聞きつつ、ハードケースを持って周囲の警戒にあたる。

百道(ももち)警部がそんな物騒なモン持ち歩くんじゃねえと難癖をつけてきて、なんとも困ってしまう。

相変わらず、目ざといなあ。

あんたらの持つ鉄砲じゃ、悪魔に通用しないんだよ。

そう、素直に言えたらよかったのに。

ま、言えないわな。

 

 

 

 

護衛対象たるティフェレトとの顔合わせは意外にもあっさり済んだ。

 

「この人、護衛の一人。以上。」

 

交渉役兼世話役の人がオレをそう紹介し、三人は首肯してそれをあっさり受け入れた。

なんとも簡潔だ。

未だに久慈川りせ以外の名前も知らないが、事前に調べとけばよかったかな?

ところで、この場にいるのは美人ばかりで緊張する。

ツインテールが二人にポニーテールが一人か。

まさにテイルスだな。

テイルズ、というと古くからのセガ好きな知人に注意されてしまう。

異世界帰りとか言っていたが、動画配信でなんとか食っているとか。

昏睡状態から復活した際に、なにか啓示でも受けたのかもしれない。

 

ここは美形祭だ。

前座を担当するとかいう女の子たちも美少女揃いで、こういう子たちが活躍の場を三分ほどしか与えられないのは実に残念だ。

出番が来て、元気そうに舞台へ羽ばたいてゆくアイドルの卵たち。

やさしく見つめる彼女たちの制作統括は、まるで歴戦の戦士の如しだ。

元傭兵だろうか?

 

雛(ひな)たちの歌はあっという間に終わる。

それもまた人生。

 

次いで、ティフェレトの三人が舞台へ向かう。

辺りに人がいなくなった。

ひょいとシャツの襟から現れるはピクシー、我が影からぬっと現れるはアリス。

ピクシーが口を開いた。

 

「ねえねえ、サマナー、ティフェレトの子たちの名前を全員言える?」

「久慈川りせだけなら。」

「…………ええとね、あの子は高巻杏でしょ。あちらはリサ・シルバーマン、あっちの子はサマナーの言ってた久慈川りせ。どの子からも強い力を感じるわ。」

「強い力?」

「ええ。」

「ただ者じゃないわね。」

 

アリスも口を開いた。

ただ者じゃないのか。

それは歌い手としてのことか、それとも……。

 

 

ティフェレトの歌唱力は圧倒的だった。

まさにこの場を支配する女王たち。

なんという力だ。

『オルタネイト』、『ヒカリ求めるはヤミ』の二曲を歌い終わり、熱狂する観衆たちを前にして三曲目の前奏が始まった。

ん?

雰囲気が変だ。

異界化の予兆か!

 

「サマナー!」

「わかっている!」

 

持参したハードケースの鍵穴に鍵を突っ込み、素早く中身を取り出す。

マヨーネさんから手渡されたイタリア製の短機関銃と防具とを並べた。

ヘッドアップディスプレイ内蔵型ゴーグルとバロウズ内蔵型の手甲を手早く装備する。

今着ているスーツはスリル博士による耐刃耐弾加工済みだから、生存率をある程度以上は高めてくれることだろう。

折り畳まれた銃床を半回転させ、伸ばした状態で固定する。

特殊部隊仕様の品で、意匠は殆ど変わっていないが中は別物だという。

クローズドボルトファイアで命中精度を上げており、口径は一〇ミリ。

銃弾の弾頭は擬似ヒヒイロカネだそうで、対悪魔戦闘に於いて効果が期待出来るとか。

一発五〇〇〇円するそうなので、少し心臓に悪い。

弾丸満載の弾倉を銃本体に装填し、ボルトを引き、初弾を薬室へ送り込んだ。

予備弾倉は三つ。

計一二〇発で勝負を決めないとな。

全弾撃ちきったら、六〇万か。

……あまり考えないようにしよう。

安全装置はかけたままにしておく。

口うるさい警察関係者を誤射するのは不味いことだ。

 

周囲が異界化してゆく。

半透明な怨霊が現れた。

その表情は実に禍々(まがまが)しい。

よほどの怨みを抱いているのだろうな。

観客たちはどうやら麻痺しているように見える。

生命力を吸われないようにしないと。

こいつぁ、はっきり言ってヤバいぜ。

 

「この俺を認めない奴ら! アラライやイノハラなんぞ、この俺と比べるもおこがましいのに! 何故、何故、あんな俗物どもばかりがもてはやされるのだ! ……く、ハハハ! つるんでやがる! みんな、つるんでやがる! 芸術のわからん愚か者どもには、死あるのみ! 皆、あの世に逝くがいい!」

 

叫ぶ怨霊。

お門違いもはなはだしい。

一体誰だ?

 

「あれは……自称天才写真家だった樫山?」

 

ピクシーが呟く。

……誰?

先日亡くなった写真家が怨霊化した存在とか。

なんでこないなとこに現れんねん。

配下らしき悪魔をやたらに引き連れているぞ。

この迷惑親爺め!

 

「幽鬼エンクをあんなにも沢山!」

「アレは怨霊化した妄執そのものね。」

 

アリスが冷静な寸評をした。

殺るしかないのか。

ならば、戦闘だ。

舞台に躍り出つつ安全装置を解除し、短機関銃の引き金をひいた。

アイドルたちや演奏者たちに逃げるよう、手振りで指示する。

早く逃げるのじゃ。

軽快な発射音で悪魔の群れに対抗する。

任務を遂行して、アイドルたちも守る。

無論、観客たちも守る。

全部やらなくっちゃならないのが、こちとらのツラいところだな。

まあ、なんとかやってみせよう。

護衛たちがわらわらと現れ、銃火器やら鈍器やらで対応してゆく。

油断しないように戦わないとな。

 

エンクにあっけなく倒される護衛が複数いる。

悪魔に対抗出来ない奴はあっさりと殺られる。

そういった連中にまではとても手が届かない。

彼らのことは彼ら自身に任せるしかない。

だが…………。

……少し考え、アリスをそちらに廻した。

 

「仕方ないわね。」

 

そう言って、武神の如く暴れる少女悪魔。

なんとも頼もしい。

ピクシーも治癒魔法でさりげなく周囲を助けてくれる。

なんとも有り難い。

 

わかったことがある。

怨霊に弾は効かない。

これはたまらんなあ。

雑魚狩りに徹するしかあるまいて。

 

「フォトンショット!」

「おっと!」

 

怨霊が光を放った。

巻き込まれたエンクが紙と化す。

げ、シャッフラーと同じ効果か?

写真のようなモノになったのか?

あれに巻き込まれないようにしないと。

舞台の裏手がざわざわしている。

アイドルたちはまだ逃げていないのか?

強烈な闘気を幾つも感じる。

……なん……だと?

……まさか……これは小宇宙(コスモ)?

と。

戦隊だか魔法少女だかみたいな扮装をした女の子たちが、颯爽(さっそう)と舞台に飛び出してきた。

もしかして、さっき歌っていた女の子たちの一部か?

君たち、なにしとるの!?

そんな扮装をしている場合じゃないんだぞ!

 

「我は転生戦士イシュキックだ! 義によりベルちゃんと共に参戦するぞ!」

「あかりよ、無理はせぬようにな。」

「大丈夫だよ、ベルちゃん!」

「対悪魔特務制圧兵装七式アイギス、全兵装の安全装置を解除します。」

「ときめく常夏! キュアサマー!」

 

彼女たちが参戦してくれたお陰で、戦いがこちらの優勢に傾いてゆく。

やるじゃないか。

びっくりしたけど。

 

「負けていられないわね! ダイヤモンドダスト!」

 

優雅に踊りながら氷結系の技を使い、アリスがエンクたちを次々に凍らせてゆく。

ピクシーが前に出た。

 

「哀れな獣よ、紅き黒炎と同調し、血潮となりて償いたまえ! 穿(うが)て! エクスプロージョン!」

 

彼女の詠唱した最強級爆裂魔法が、敵対者の群れを襲った。

それは異界化したここの結界を震わせるほどの威力である。

 

 

「必殺! おてんとサマーストライクサンシャイン!」

 

白い衣装を身にまとった少女が燃え盛る太陽のような巨大な炎を怨霊の樫山にぶつけ、敵対者は大いに苦しみだす。

 

「今よ、サマナー!」

「シャッフラー!」

 

札化する魔法を喰らい、悪魔は一枚の巨大な札と化した。

よし、無効化されなかった。

とどめだっ!

 

「ああああ!」

「燃え尽きよ! マハラギオン!」

「ぐあああ!」

 

そして、悪魔は滅びた。

これにて一件落着!

これで心置きなく、芽富伊良洲(めふぃらす)大社の秋大祭の準備に取りかかれる。

帰りに町中華で食べていこう。

餃子に生ビールに麻婆麺に……。

さあ、後片付けをしようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

空が深く赤く黒ずんでゆき、宵明星が空に輝くこの一時。

観客のいなくなった舞台。

女子高校生の新人アイドルが一人、たたずんでいる。

ヒカル・ルチーフェロ。

気さくな美少女である。

彼女の影法師は何故か本人と全然違う形をしていた。

彼女は菩薩めいた、不可思議な微笑みを見せている。

 

「ニンゲンに栄光あれ。」

 

ヒカルはキレイな笑顔を浮かべながら、そう呟いた。

 

 

 

 

 









【車輪はまた回転する】


わずか三分ほどの歌唱。
終わればあっという間。
少女たちの熱唱は聴き手に届いたのか。
届いたのだと思いたい。
自分たちが歌った後の轟くような歓声。
舞台裏まで聞こえるほどの声援だった。
それは彼女たちが得られなかったモノ。
うつむく新人アイドルたち。
手を震わせる者や、涙ぐむ者さえいる。
力が……力がもっとあったなら……。
ティフェレトの歌声が大きく聴こえてきた。
ほとばしる熱量がすぐ近くまで伝わってくる。
嗚呼。
強い。
何故。
何故、かくも違うというのでしょうか。
三人の少女たちに完膚(かんぷ)なきまでに負けていた。
なにもかも。
少しの間動けなかった彼女たちは、やがて顔を上げる。
確かに実力の違いは見せつけられたが、後悔はあまり無い。
現在持てる力のすべてを尽くしたから。
これからだ。
これから、力をつけていけばいいのだ。
それに、彼女たちを制作統括がじっと見守ってくれていたから。
あの人のために。
みんなのために。
…………そう。
自分の心に素直になろう。
あの人の。
あの人のためだから。
だから、歌える。




仕事は終わった。
帰ろう。
帰ればまた歌えるから。

「それでは皆さん、帰りましょうか。」

やさしく見守っていた制作統括が、ぎこちないながらも心を込めて微笑む。

「「「「「「「はい!」」」」」」」

歩きだす偶像集団。
行く先の遥か高い壁にうちひしがれながらも、彼女たちはまだ希望を捨てていない。
前を向いて。
ただ、前を向いて突っ走ればいい。
と。
一人のアイドルが最も信頼する男性に話しかけた。

「ところで、制作統括。」
「はい、なんでしょう?」
「好きな人はいるんですか?」
「えっ?」

瞬間、何人もの修羅がその場に生まれた。






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禁煙の悪魔

 

 

 

 

 

 

「公安怪異対策二課の『禁煙の悪魔』対策班四名は、一昨日前の二二時〇三分に『禁煙の悪魔』と交戦。二二時〇四分に対策班の中村を除く三名が死亡。二二時〇五分に対策班の中村は契約している『狐の悪魔』の力を解放。結果、『禁煙の悪魔』は撤退。以降、現在まで追跡中。」

 

「『禁煙の悪魔』に殺された三名のうち、一名は肺をニコチンタールで詰まらせ死亡。一名は喉に煙草をみっしりと詰まらせ死亡。一名は顔面を完全に焼かれて死亡。」

 

「『禁煙の悪魔』に相対した要員のうち喫煙者は全員死亡という結果が出ていることから、『禁煙の悪魔』は喫煙者に対してなにかしら大きな優位性を有するものと考えられる。」

 

「結論。『禁煙の悪魔』への対策班は全員非喫煙者で構成し、対象が権能を縦横に振るう前に駆逐すべし。」

 

 

 

「『喫煙団地』と揶揄(やゆ)されていたS地区の団地は大半が不法占拠的に住んでいた者で占められており、喫煙者が住人の九割九分九厘だった。先日、『禁煙の悪魔』の襲撃によって全員死亡。包丁や鉄パイプやバールのようなものなどで応戦したようだが、まるで相手にならなかった模様。」

 

「反社会的人員で構成された『日本革命戦士会』は『禁煙の悪魔』によってあっけなく蹴散らされ、全員敢えなく死亡。」

 

「都内某所の居酒屋の前で喫煙していた喫煙者たちは『禁煙の悪魔』に襲われ、僅かな時間で全員死亡。」

 

「都内某所の駅前にて咥(くわ)え煙草のまま歩いていた複数の喫煙者は、突然現れた『禁煙の悪魔』に奇襲され全員即時に死亡。」

 

「メシア教の戦闘分隊と交戦した『禁煙の悪魔』はあっさりと彼らを蹴散らし、部隊員で尚且つ喫煙していた者は交戦後間もなく全員死亡。」

 

 

 

 

 

「喫煙者って、割かし可哀想だよね。喫煙者が火事の原因を引き起こす存在だと思っているニンゲンは沢山いるし、そもそも煙草を吸うことがろくでもないと考えているニンゲンだって複数存在する。喫煙者は副流煙を当たり前のように吐き出すし、喫煙しちゃいけないところなのに平気な顔でスパスパやったりするし、あちこちでポイ捨てするから白い目で見られたりする。だから、ボクのようなモノがそんな悪に染まりきった悲しいニコチン中毒者に引導を渡さなきゃいけないんだ。喫煙者が社会的に認められる時代はとっくに終わったんだよ。キミ、そこんとこわかる?」

「知ったような口を! この(自粛)な悪魔め!」

「ああそうそう、キミは喫煙者だから、ボクには絶対勝てないよ。」

「ほざけっ! な……なんだ、これ……や、やめろ……やめ……やめてくださ……。」

「…………あーあ、言わんこっちゃない。可哀想に。」

 

 

 

 

神奈川県平崎市内の中華街にある、とある中華料理店。

珍しく、マヨーネさんとの打ち合わせはここで行った。

焼きビーフン、青菜炒め、水餃子、薬膳スープ、肉入りおやき、焼き小籠包、白身魚の姿蒸し、焼き豚足、羊の串焼き。

いずれも旨い。

とどめに濃厚豊潤な味わいの杏仁豆腐を食べながら、今回倒す悪魔の情報を聞く。

 

「『禁煙の悪魔』は先ず新大陸のアメリカで暴れ回り、次いで欧州で猛威を振るいました。そして、我がイタリアでは『公社』のフラテッロ四組と交戦。担当官三名を失うという、酷い痛手を受けました。現在、『禁煙の悪魔』はこの国のシブヤ、イケブクロ、シンジュク、ヨコハマなどで次々に喫煙者を殺し回っています。」

「既に何人も殺されているんですか?」

「公安怪異対策課が中々情報を寄越さなかったので、対応がそれだけ遅れている訳です。先日『神父』は交戦した『禁煙の悪魔』を撤退に追い込めましたが、致命傷を与えるまでにはいきませんでした。」

「『神父』にしては珍しいですね。」

「どうも相性があまりよくなかったようです。」

「へえ。」

「今回は、公安怪異対策課と歩調を合わせた共同作戦が実施されます。」

「そこに私が加わるのですね。」

「そうです。公安怪異対策課は上層部から『お遊び部隊』と思われている中隊規模の実験的組織ですし、ここに配属された班員は大抵一年以内に殆ど死ぬか生き延びても転職します。」

「えええ……。」

「ただ、時折腕のよい班員が一年以上生きていることもありますし、無所属の狩師と共同作戦を行ってそれなりの結果が出ることも幾らかはあるようです。」

「は、はあ……。」

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします、私は公安怪異対策課二課の中……。」

「ひれ伏せ、ニンゲン。ワシの名はパワーじゃ。大悪魔である!」

「お二方、よろしくお願いします。」

 

共同作戦と言っても、公安から派遣されたのは人間一人と魔人一名。

人間は中肉中背で普通っぽい男性。

魔人は金髪金眼の美人で、頭に二本の角が生えている。

 

「大悪魔? あなた、魔人じゃない。」

「ワシは悪魔じゃ!」

「元、悪魔でしょ。」

 

ピクシーが容赦ないツッコミをしている。

アリスはくすくす笑い、スカアハとハトホルは静観の様子だ。

 

「サマナー。」

「なんですか、スカアハ。」

「こいつを絞めてもいいか?」

 

するりと少女の姿をした魔人に近づくや否や、首をぐっと絞めにかかる武芸の名手たる悪魔。

……おっと、彼女を止めないと。

 

「あ、絞まっている、絞まっている、やめてスカアハ。それ以上はいけない。」

「ぐ、ぐああ……。」

 

ゴキ。

首の骨を折られた魔人がぐったりと地面に倒れ伏す。

うわあ。

 

「ほら、血よ。」

 

どこからか取り出したパック入りの血をパワーに飲ませるハトホル。

 

「これで復活するわ。」

「死なない、じゃなくて死ににくい、といったところかしら。」

 

アリスが呟く。

 

「ヌ、ヌシの契約する悪魔はおそろしいのう。ワシにはとても真似出来ぬわ。」

 

一気に大人しくなった魔人がそう言った。

 

 

 

先日『禁煙の悪魔』と交戦して生き残った公安怪異対策課の中村さんに話を聞く。

かの悪魔と戦った者で喫煙者は、どこをどうされたのかわからない内に倒れてしまうのだという。

なにそれ、こわ。

オレは喫煙者じゃないが、『禁煙の悪魔』は喫煙者の天敵みたいな存在らしい。

本当は公安怪異対策課の姫野さんや早川君を連れてきたかったらしいが、両名とも喫煙者なので断念したとか。

他の候補も喫煙者だったので同じく断念。

その上、非喫煙者の悪魔狩師は全員別の作戦に従事していてこちらに来れない。

……あかんやん。

まあ、手持ちの戦力で遣り繰りするしかないか。

 

 

 

 

『禁煙の悪魔』には意外と簡単に遭遇出来た。

ここは横浜市街地のとある海近く。

繁華街にも程近い場所。

喫煙者だったらしい犠牲者がそこかしこに転がっている。

どれもむごたらしい状態だ。

夕暮れの中、静かに微笑む悪魔。

やさしい顔の、少年の姿をした悪魔。

白いカッターシャツに吊り半ズボン。

潔癖な雰囲気が漂っている。

喫煙者を絶対に許さないような気配。

ヤバい。

この悪魔はヤバい。

ヤるしかないのか。

そして。

交戦は不意に始まった。

ピクシーが先陣をきる。

 

「いっくよー、五〇〇キロカロリーパーンチ!」

「なんのっ!」

「ウソ、直撃を耐えた?」

「くくく、禁煙のおそろしさにはその程度の技など通用しない!」

「なんですって?」

 

スカアハが動いた。

 

「刺し穿(うが)ち、突き穿つ! 『貫き穿つ死翔の槍』!」

 

槍の穂先が何度もきらめき、悪魔の急所を的確にえぐってゆく。

 

「ぐおおっ! ぐっ……き、効かんな。」

「ほう、これで死なんか。くくく、面白い。」

「スカアハさーん、こいつぶっ殺しちゃおうよ。」

「元よりそのつもりだ。すぐ死なない悪魔は貴重だからな。」

「わかってる、わかってる。」

「……なに?」

 

一瞬の間にハトホルが悪魔との距離を一気に詰め、荒ぶる野牛の力を解き放った。

 

「今! 必殺の! グレートホーン!」

「あべしっ! な、なんのこれしき!」

「うそ、今、完全に入っていたのに!」

「よかったじゃない。何度でもヤれるんだから。」

「それもそっか。」

 

ケラケラ笑う美しき仲魔たち。

うちの仲魔たる悪魔たちは非常におそろしいのかもしれない。

今、目の前にいる悪魔よりも。

パワーが血の剣を二本作り出し、両手に持って何回も斬りつけた。

 

「どうじゃ! どんなもんじゃ! このパワーが一番最強じゃ! ガハハハハハ!」

「くっ、なんのこれしき!」

 

ほう、やるじゃないか。

おっと、それより支援攻撃だ。

ばんばん撃ちまくっていこう!

三〇口径の自動小銃をどんどん撃ってゆく。

結界内だから、外に弾が行かなくて安心だ。

……。

うーん、あんまり効いていないみたいだな。

連射後、仲魔たちが連携し攻撃を仕掛ける。

 

「全身で喰らえ、このゲイ・ボルグの鋭き穂先を!」

「改めて黄金の野牛の力を知るがいい! グレートホーン!」

「いでよ、トランプの兵隊たち! ねえ、死んでくれる?」

「五〇〇キロカロリーパンチと五〇〇キロカロリーパンチを合算して大盛りパワー、とくと味わってね、一〇〇〇キロカロリーパーンチ!」

「ぐはあっ! だ、だが、効かぬ!」

 

連続攻撃を耐える『禁煙の悪魔』。

そこに襲いかかる公安所属の魔人。

 

「テンテラブラッドレイン!」

 

パワーの唱えた必殺技が、血の雨のように『禁煙の悪魔』に降り注ぐ。

血で生成された短剣が幾本も敵対者に刺さっていった。

 

「ぐあっ!」

「コンッ!」

 

間髪入れずに中村さんが『狐の悪魔』を呼び出して攻撃し、悪魔を吹き飛ばす。

上手いぞ。

 

「ぐはっ!」

「喰らえっ、シャッフラー!」

 

悪魔の隙にあわせ、オレは札化の魔法を唱えた。

よし!

敵は巨大な札に変わった。

 

「燃え尽きろ! マハラギオン!」

「がああっ!」

 

火柱に包まれる『禁煙の悪魔』。

これでイケるか、と思ったが、そこまで甘くないらしい。

あちこち炭化しながらも、『禁煙の悪魔』は我が術を破ってしまう。

 

「ガーッ! このボクが! ボクが貴様らのように矮小で低俗な存在にっ! やらせはせんぞ! やらせは!」

「カリツォー。」

 

アリスの指先より生み出された氷の結晶の輪が『禁煙の悪魔』を包み込み、身動き出来なくする。

 

「う、動けない!」

「いっくよーっ! 一〇〇〇キロカロリーパンチと一〇〇〇キロカロリーパンチを合算して特盛パワー! さあ、たっぷり味わってね! 二〇〇〇キロカロリーパーンチ!」

「さあ、逝きなさい! ハリケーンミキサー!」

「受けなさい、『禁煙の悪魔』! この凍(こご)える一撃を! ホーロドニースメルチ!」

 

ピクシーとハトホルとアリスが放ったそれぞれの必殺技に吹っ飛ばされ、回転しながら天高く飛んでゆく『禁煙の悪魔』。

 

「では、傲慢なる貴殿にたっぷり馳走をしてやろう。我が研鑽、我が絶技! 『貫き穿つ死翔の槍』!」

 

スカアハが飛翔し、絶技を放つ。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

細切れになって、バラバラに落ちてゆく『禁煙の悪魔』だったモノ。

…………復活しないな。

よし、勝った。

 

 

 

 

戦い終わって、日が暮れて。

安心すると、腹が、減った。

よし、飯の時間だ。

オレの腹は何腹だ?

今は洋食の気分だ。

帰りの食事はイタリア料理店に行くか。

 

「では、食事に行きましょうか。」

 

仲魔たちに言った。

すると、少し離れた場所にいたパワーが反応する。

 

「メシか。メシならば、ヌシらについていかねばならんな。ほれ、行くぞ、中村。」

「あの、皆さんのお邪魔に……。」

「なにをゆうておるのじゃ。ワシらは今回の戦闘において多大な貢献をした。ならば、メシを馳走になるのは当然。」

「えっ?」

 

皆で食べに行くのも悪くないか。

 

「……まあ、いいでしょう。」

「ほれ、よいではないか。」

「あの、今回食べた分は公安の接待費で落としますから。」

「それ、いいわね。さ、行きましょ、サマナー。」

「お、おう。」

 

そういうことになった。

スカアハとハトホルはいつの間にか、女子高校生の姿に変化している。

なんとも手際のよいことだ。

 

 

 

 

「うちの大盛りは量が多いわよ。」

 

元気そうな女将の店に着いた。

今日のイタリア祭の会場はここだ。

さて、なにを頼もうか。

 

中村さんは海老ドリアのハーフセットを頼むらしい。

パワーはネロの大盛りを頼むという。

イカスミパスタのことかな?

他の席を見ると、黒い山脈が見えた。

あれのことらしい。

 

茄子のマリネを全員分頼み、それは程なくテーブルに届けられた。

どれどれ。

おお、これ、いい。

茄子を薄く切り、同じく薄く切ったニンニクを重ねている。

 

アリスはペペロンチーノか。

 

オレは特製ミートローフのハーフを注文したのだが、とても楽しみだ。

ミートローフを頼んだのはオレ(隠れて食べるピクシー込み)とスカアハとハトホル。

今回は前半後半の二段階作戦で行こう。

先ずは様子見だ。

コンソメスープ。

嗚呼、おいしい。

この店、当たり。

じわりじわりと体に沁みてくる。

 

ミニサラダ。

ちゃんとおいしい。

嬉しいことだ。

 

 

おお、男気溢れるミートローフが来た。

バターライスとスパゲッティが添えられている。

どれどれ。

うむ。

これはいい。

とてもいい。

この肉のみっしり感。

茸たっぷりのソース。

このスパゲッティ、本気が感じられる。

いいぞ、いいぞ。

バターライスも深いコクがあっていい。

これ、本当にいい。

心がはしゃぐ味わいだ。

口から鼻にバターの香りが抜けてゆく。

 

食べ終わったが、まだまだ。

他の面々も次々追加注文している。

中村さんはじっくり食べる主義のようだ。

 

さて、オレも追加注文しよう。

スパゲッティのミスキアーレのハーフセット。

これだ。

ミスキアーレ、ってマヨネーズのことらしい。

ピクシーと協議した結果、そうなった。

デザートはクレームブリュレにしよう。

後半戦はこれで勝負!

 

 

スパゲッティが来た。

食べよう。

おお、これ、非常にいい。

マヨネーズがたまらない。

海老とアボカドの組み合わせも実に素晴らしい。

マヨーネさんも喜ぶかな?

ドレッシングの酸味が食欲をもっと加速させる。

ハーフアンドハーフ作戦、成功。

 

カプチーノとクレームブリュレで締め。

うほほ、カスタードがたまらない。

カプチーノのコクの深さもいいぞ。

 

食べる幸せ。

これこそ、現代人に与えられた幸福のひとつだろう。

個性的な仲魔たちと共に、程々に平和を守ってゆこうと思う。

この幸せを逃さないためにも。

 

 

 



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春になったら悪魔を狩りに

 

 

 

 

 

ヒトのセカイの隙間で生きている悪魔は案外多いらしい。

そういった連中の中には、よろしくないモノたちがいる。

その患部を切除するのが自分なのだ。

悪魔狩りを得意とする男は、そう言ってのけた。

彼は春になったら悪魔を狩りに行くのだと言う。

それでその他の季節はどうしているのかと聞いたら、勿論他の季節にも狩っているのだと答えた。

……よくわからないな。

独特のニヤケ顔が印象に残った。

 

 

 

 

ファントムソサエティの面々はよく言えば多士済々(たしせいせい)、悪く言えば玉石混淆(ぎょくせきこんこう)だ。

そんな組織に所属する一人が行方不明だそうな。

あの男だ。

春になったらなんとかの。

 

「行方不明は困るのですが、他の組織に移籍されるのはもっと困るのです。」

 

マヨーネさんはそう言った。

茶碗蒸しの食べ方が可愛い。

彼を連れ戻せばいいのかな?

メンチカツの衣がサクサクしていて旨い。

この菜の花の和え物もおいしいな。

 

「悪魔に狩られたという可能性は無いのですか?」

 

そう聞いてみる。

 

「あの不屈の男が? ハハハ、面白い冗談です。」

 

筍ご飯をおいしそうに食べつつも、そう言ってのける彼女。

どうも、彼自身はアスラン王国の傭兵並にしぶといらしい。

マヨーネさんほど強いとは到底思われないが、それなりに強いように感じる。

二人でデザートの牛乳寒天を食べ終え、調査に移った。

 

 

 

 

男の足跡がなかなか掴めない。

調べてわからないなら、他の者に尋ねればいい。

情報屋をしている知り合いの悪魔に聞いてみた。

 

「知らないホー。」

 

厭そうに写真を見て、情報屋はそれだけ言った。

マグネタイトや現金や魔石を提示しても、彼は首を横に振るだけだ。

致し方ない。

別の方向で探そう。

 

 

アリスを肩車して、左右の腕にはスカアハとハトホル。

懐にはピクシー。

うん、これで完全体だな。

…………。

キミたち、探す気はある?

 

 

魔も人も共存出来るのなら、そうすればいいと思う。

そうは思うのだけど、そう思わない人間も多々いる。

夕日が闇に溶けそうな時刻。

かはたれどき。

平崎市内にある公園。

異形の影を纏(まと)って、彼は現れた。

黒い装甲服は既にぼろぼろ。

なにと戦ってきたのだろう。

彼の闘志は薄れていないようだ。

孤独なまでに一人で戦い続ける。

たぶん、そうした男なのだろう。

目の前にいる、半壊した装甲服を着たこの男性。

マスクが割れ、目と口元が見える。

笑っていた。

あのニヤケ顔がどことなく真剣に感じられる。

ただただ戦いたいのだと。

我々を見て、そう言った。

ならば。

 

 

 

 

ピクシーのヒンメルラント神拳は、実におそろしい威力を発揮した。

あと、破裏拳流や赤心少林拳なども素晴らしい技の冴えが見られた。

対する彼も大いに善戦したと言えよう。

グレートホーンをまともに喰らい、槍でぐさぐさと刺され、体のあちこちを凍らされても。

それでも彼は戦い続けた。

 

 

 

 

公園の夜桜が美しい。

仲魔たちは相変わらずなので、屋台で団子を買った。

祭をしているようだ。

人々はのんびりと桜を見物しながら、練り歩いている。

平和な風景。

これだ。

こういうセカイを守りたいのだ。

不意に、そう思った。

 

さてと、今夜は『ローマの休日』を観ようかな。

 

 

 



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横浜市長選





今回の話は実際の横浜市長選の頃に思いついたものですが、いろいろあって途中までしか書けていませんでした。
時期を合わせるのって意外と難しいです。


えっ、真・女神転生リベレーションとエヴァンゲリオンがコラボレーションしたのですか?
……なん……だと?
碇君がいろいろあって人修羅になるのですね、わかります。


※誤字脱字報告をいつもありがとうございます。







 

 

 

 

神奈川県は平崎市内にある事務所にてマヨーネさんと仕事の話の後でカプチーノを飲みつつ雑談していたら、彼女はオレのシャツを見ながらこう言った。

 

「シャツを仕立てるなら、イタリアです。それも信用のおける南の店で。」

「イタリア、ですか。」

「ええ、その南です。昨今は良心的な店も減りつつあるようですが、やはりイタリアの南です。生地も仕立ても着心地もまるで違いますから。」

「はあ。」

「あなたなら、ナポリにあるアントネッリの店がいいかもしれません。」

「ナポリ仕立て、ですか。」

「ええ、イタリアはナポリ仕立てが最上ですから。」

 

 

 

 

横浜市長選が行われる。

日本有数の巨大都市の首長を決める戦い。

今回は五〇人ほどの立候補者による乱戦だそうで、過去最多の争いとなる。

その上、与党も野党もぐちゃぐちゃな分裂選挙となってしまった。

しかも有力立候補者はいずれも超個性的な曲者揃い。

特に有力な候補者は以下の八人。

 

◆元横浜市議会議員のヨブ・トリューニヒト氏

 

◆元大手商社の役員にしてドナン・カシム氏の息子たるロイル・カシム氏

 

◆ドナン・カシム氏の筆頭秘書だったヘルムート・J・ラコック氏

 

◆元岡山市長のドレイク・ルフト氏

 

◆音楽業界で国内外に名を知られた制作統括のマフ・マクトミン氏

 

◆元内閣府職員の合田一人(ごうだかずんど)氏

 

◆元参議院議員のサスロ・ザビ氏

 

◆元福山市長の広川剛志(たけし)氏

 

 

錚々(そうそう)たる面々だ。

外国系立候補者が多いのは、横浜ならではの風景だろうか。

日本も随分と国際的になったものだ。

我らがファントムソサエティは今回、暗躍する直接的敵対者の無力化を目的として活動するという。

ものは言い様か。

護衛任務は苦手だ。

搦(から)め手を使う相手は西政務次官やこの国の政治家が対応するそうだから、そちらはほっぽっといていいらしい。

搦め手、か。

うちの親分以外はちゃんと対応出来るのかね。

 

 

 

 

告示の翌日、広川剛志氏が横浜駅前で演説を始めた。

 

「悲劇的な未来像を示して、『そのうちこうなっちゃいますよ。』と言って、脅しながら効果を得ようとするやり方もあるようです。しかし、わたしはむしろ『こうすれば、こんなに素晴らしい世界になるよ。』と言って、美しい理想的世界の姿を指し示したい。もちろん、それは誰もが納得出来る現実的なモノでなければなりません。」

 

ふむふむ。

思わず納得してしまいそうだ。

オレが横浜市民だったら、ついつい投票してしまいそうになっちゃうかもな。

 

 

 

 

告示の翌々日、ザビ氏が襲われた。

マジかよ。

幸い、暗殺完了には至らなかった。

襲撃者は三人。

全員あっさりと無力化されたのでよかった。

車には爆発物が取り付けられていたという。

爆発物と言えば、マヨーネさんだ。

彼女に任せておけば大丈夫だろう。

 

 

その数日後、トリューニヒト氏、ラコック氏、ルフト氏、マクトミン氏、それに合田氏も襲われた。

……襲われ過ぎじゃないか?

トリューニヒト氏、ラコック氏、ルフト氏、合田氏の四人はそれぞれ別の場所で襲撃されたが、四人とも命に別状は無いそうな。

護衛は怪我人続出だとかで、報道によるとこちらも命に別状は無いという。

マスメディアの表現になんとなくもやっとするが、それは彼らの定型表現なのだと納得したことにしておく。

一方、マクトミン氏は悪魔に襲われたらしい。

彼の護衛としてファントムの召喚師がついていたので、彼自身は軽傷で済んだとか。

その召喚師は戦線離脱してしまったが。

選挙はまだ期間があるのに、こんなことで大丈夫なのか?

 

 

 

襲撃にあった立候補者たち、その後。

合田氏は回復が困難なため、事実上の立候補取り止め。

トリューニヒト氏、ラコック氏、ルフト氏の三人は包帯を巻いての演説活動を再開。

ザビ氏も自身の無事を宣伝。

全員がテロリスト許すまじの発言を行う。

マクトミン氏は最初の勢いが無くなり、その代わりに応援演説が奮闘している。

 

 

 

 

広川氏が襲われた。

丁度オレが護衛しているこの時に。

襲ってきたのは悪魔の群れ。

さあ、我が仲魔たちよ。

存分に縦横無尽にその力を示すがいい。

ピクシーのメギドラオンが周辺の悪魔を薙ぎ払い、アリスのダイヤモンドダストやハトホルのグレートホーンが悪魔を蹂躙(じゅうりん)し、スカアハの槍捌(さば)き

が残った悪魔にとどめを刺してゆく。

敵対者の指揮官らしい豹頭(ひょうとう)の悪魔は双剣を見事に使いこなしているところと魔法に手慣れているところから爵位級のように見えるが、何故ニンゲンの選挙戦に悪魔が介入するのだろうか?

悪魔を使役する者の利益になるから?

なにかしらの利権のため?

よくわからないな。

 

あ、豹頭の悪魔が逃げ出した。

 

 

広川氏の方を見ると、彼自身の護衛が襲撃者たちを撃退している。

なんらかの武術を極めている感じの後藤と呼ばれた男性は高い身体能力を十分活かしているようだったし、冷涼な感じさえする理知的美人の田村さんは難なく襲撃者を無力化していた。

ヒュー、やるじゃないか。

ん?

田村さんがオレに近づいてくる。

なんだ?

 

「お前は実に興味深い。お前の子なら産んでもいいぞ。」

「えっ?」

「ふふ。」

 

口説かれたのか?

……ま、まあ、冗談だろう。

ちょっとドキドキしてしまった。

痛い痛い、我が仲魔たちよ、オレをそんなにつねるんじゃない。

 

 

 

 

激戦を繰り広げた横浜市長選。

戦いを制したのは広川氏だった。

副市長は市長選候補者のうちの二人になるかもしれないらしい。

彼には市議会という手強い連中が待ち受けている。

それらをどう御するか。

お手並み拝見といこう。

横浜はこれから随分変わるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。

彼がよきニンゲンたらんことを願うばかりだ。

さて、帰宅したら『たーぼのなつけいば』で遊ぶとするか。

あれはちょっと昔のゲームだが、なかなかよいものだ。

きっと、いい気分転換になることだろう。

 

 

 

 

 

その爵位級悪魔は、激しい戦いの場からどうにかこうにか逃走することに成功していた。

手に持つ剣は二本とも所々刃こぼれしており、体のあちらこちらにも傷がある。

所持するマグネタイトも相当量減っていて、存在がややもすれば揺らぎ始めていた。

このままでは不味い。

敵対した相手がいずれも手練れだったことは、その悪魔にとって正直計算外だった。

いや、まだだ。

まだまだまだ。

魔界へ。

魔界へ戻れば、また力を蓄えられる。

あそこへ。

あそこまで戻れば、どうとでもなる。

 

「こ、ここまで来れば奴らも追いかけてはこれまい。」

 

呟いた。

すると。

 

「あっはっはっはっ。どこへ行こうというのかね!?」

 

振り返った悪魔は追跡者を見て驚愕する。

まさか!?

そんなバカな!

あの方がいる?

いや、こんなところにいるはずなど無い!

 

にやにやしながら、ミニスカートを履いたソレは震える悪魔に言い放った。

 

「三分間待ってやる。」

「ふ、ふざけないでいただきたいっ!」

 

時間稼ぎをする!

覚悟を決めた爵位級悪魔は呪文を唱え、その力を躊躇なく放つ。

 

「これを喰らえば、流石に貴方様でもっ!」

 

極大火炎が追跡者を容赦なく包み込む。

しかし、ソレは涼しげな表情のままだ。

 

「な、なんだとっ!?」

「言葉を慎みたまえ。君は今、ラ○ュタ王の前にいるのだから。」

「舐めたことを言わないでいただきたいっ!」

 

猛吹雪が追跡者を包み込んだ。

 

「私をあまり怒らせない方がいいぞ。今はさほど怒っていないがね。はっはっは。さっさと魔界へと逃げればいいものを。私と戦うつもりかね、実に素晴らしい! これこそ最高のショーだとは思わないかね?」

 

戦意を急激に失いつつある爵位級悪魔は、ガタガタと震え怯えている。

あのニンゲンの口車に乗らねばよかったと今さらながらに後悔しつつ。

 

美しい娘の姿をした高校的制服姿のソレは、慈愛の笑みを浮かべながら豹頭の悪魔に近づいていった。

 

 

 

 

 



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ウェーハスハールのアウラ




みんな大好きアウラ様
今回は、メガテン仕様のアウラ様だとこんな感じかなあと思いつつ書いてみました
リーニエ成分が多めなのは仕様です






 

 

 

 

「お久しぶりですな。ベルベットルームへようこそ。」

 

特徴的な長鼻の男が甲高い声で話しかけてきた。

会う時はいつも糊のきいた黒いスーツ姿だったが、今はそのスーツが薄汚れている。

変だな。

目付きも異様にギラギラしていて、まるで別人のようにさえ思えた。

ここは青い部屋。

そうだ、ここは何度か訪れたことのある部屋だ。

前に来た時とあまりに異なる感じに、戸惑いを隠せない。

部屋の全体に剣呑(けんのん)な気配がある。

やさぐれた感じで乱れ髪のマリーさんが部屋の隅にいるのだけれど、彼女は薄汚れた青い制服姿でうつむいていてこちらを見ようとさえしない。

おかしい。

違和感のある状況だ。

部屋にある調度品の大半が傷んでいるし、長鼻の男はいつも以上にうさんくさい雰囲気だ。

変だ。

妙だ。

どういうことだ。

 

「あなたには近々試練が訪れるでしょう。それを乗り越えられるかどうかは、あなた次第です。」

 

古びた机の上でところどころすり切れたタロットカードをもてあそんでいた男は、不意に一枚の札をこちらに見せる。

褪せた印刷の、かなり昔に作られたらしい札を。

もしかして占っていたのか?

にやけ顔がちょっと気持ち悪い。

 

「正義の札が出ました。さて、正義とは一体なんでしょうな? 正義の天秤は誰に傾くのやら。」

 

お前が言うな、と言いそうになるのをどうにか飲み込む。

不快にも感じられる甲高い笑い声を聞きながら、オレは部屋を徐々に認識出来なくなってやがて目覚めた。

気持ち悪さを胸に宿したまま。

なにも出来ない自分自身に歯噛みしつつ。

 

 

 

 

「ウェーハスハール?」

「ええ、オランダ語で天秤座を意味する言葉ですわ。」

 

神奈川県平崎市。

我らファントムソサエティの事務所近くにある料理店で、マヨーネさんとオレは食後のカプチーノを飲みながら会話する。

彼女の飲み物には沢山の砂糖が投入されていた。

よくあんなに甘くして飲めるものだ。

オレが全然砂糖を入れないので、彼女は怪訝(けげん)な顔をしていた。

国際的な相互理解は存外難しい。

同じ言葉を使ったからといって、相手を理解出来るとは限らないからだ。

理解出来ないのならば、殲滅か支配すればいいと考える輩さえ存在する。

情報だけが空(くう)を舞う。

悪魔を理解することはそんなに難解なのか。

悪魔と共存することはそげに無意味なのか。

今回の依頼は天秤座の二つ名を冠する高位悪魔の抹殺か調略か中立化が目的なのだとか。

どれも出来る気がしない。

話をするくらいならなんとかなるかな?

あれ?

この世に顕現している悪魔って確か、本体が魔界にあるんじゃなかったっけ?

悪魔的端末を破壊しても…………ま、それ自体に意味はあるんだろう。

たぶん。

高位悪魔がこの世に現れるには、儀式やら手間やらで随分時間がかかるらしい。

野望をくじくという意味では必然性があるのだろう。

天秤座の二つ名を冠するということは、他にもそういった悪魔がいるのかな?

マヨーネさんは眉をひそませながら言った。

 

「高位悪魔との会話は無意味ですわ。」

「そうなんですか?」

「ええ、彼らは人間を対話可能な存在だなんてちっとも思っていませんから。」

 

お偉いさんはオレにアウラと交渉をして欲しいらしいが、マヨーネさんは懸念を示している。

今後の戦いで彼女の助力がいるのだとか。

アウラは兵卒を率いる将としての才能が高く、危機に際して即撤退を決断出来る判断力があり、尚且つ戦略をきちんと理解していることが評価されているという。

メシア教が何度か交渉人を彼女のもとに派遣したそうだけど、なんとことごとく失敗したそうな。

あいつら、高飛車だからなあ。

リュグナーというアウラの部下が怒って殴り込んできたため、メシア教の支部は幾つか壊滅してしまったという。

あかんやん。

なんとしても生き延びてくださいとマヨーネさんに言われる。

まだまだ死ぬつもりはないが、難易度は高そうだ。

かなりおそろしい相手なのだろう。

やれやれだ。

 

 

 

 

悪魔のことは噂屋に聞こう。

今は夜だから酒場に行こう。

夜更けの横浜の街を歩いた。

商店街から少し離れた場末。

ここだ、『魔の巣』とある。

いたいた。

黄色いスーツに身を固めた伊達男が。

彼が名うての噂屋だ。

噂屋はオレの姿に眉を吊り上げ、非常に嫌な顔をした。

そがいに嫌わんでもえかろうに。

とりあえず、彼と話をしてみる。

かくかくしかじか。

 

「……ははっ、そんな理由でここに来たって訳か。」

「そういうことだ。」

「お前、葡萄酒を買う時は瓶に巻かれている紙がどんなモノかで選ぶか?」

「そりゃまあ、そこには産地とかいろいろな情報が記されているからな。」

「雰囲気に酔っぱらうのも大事だが、肝心なのは味だろ。違うか?」

「まあ、そうだな。」

 

味を知るためには情報が必要なんじゃないか?

彼が言いたいことは、情報に振り回されるなということか。

 

「悪魔に対する時も肝心なのは、その悪魔の本質を見極めることだ。アウラの傍には大抵数名の処刑者がついているが、最近、そのうちのドラートってやつが倒されたという話だ。アウラの一党は腕っこきの戦士や魔法使いから逃げているって噂も聞く。本当かどうかはわからんがな。ゴシックロリータな服を着たリーニエっていうめんこい悪魔には、特に気をつけろ。彼女は相当な武術の使い手だ。あいつ、俺が放った指弾(しだん)をあっさりとすべて弾き落としやがった。」

「常にアウラの周りには腕利きの護衛がいるということか?」

「ま、そんなところだ。」

「交戦に至ったけれど生還出来た、と。」

「人間如き、と見逃されたんだろうな。」

「ふーん。」

「ちなみに、リーニエの好物は林檎だ。」

「なるほど。」

 

それは貴重な情報だ。

 

 

 

 

新宿にある行きつけの悪魔的酒場で、験担ぎにミラクルトニックを飲む。

これを飲むと運気が向上するという。

小鬼のバーテンダーが愛想よく話しかけてきたけれど、悠長に話をする気にはなれない。

アウラの話をしてみるが、色好い返事は返ってこない。

ま、そんなもんだろ。

怯えの色さえ見えた。

店にいるマンイーターたちも心なしか青ざめて見える。

皆に手を振り、都庁の方へ向かった。

 

 

いつもの仲魔はいない。

彼女たちは横浜で食べ歩きと買い物を堪能するそうだ。

マリーさんとも最近会えない。

あの夢だかなんだかで見かけた彼女は、本当の彼女なのだろうか?

よくわからないな。

まあ今回は交渉だけになるだろうから、仲魔たちがいなくともなんとかなるだろう。

たぶん。

 

 

都庁に入ると、一部が異界化していた。

そこが出入口らしい。

一般人には認識出来ないようになっているみたいだが、そこからアウラのもとへ行けるという。

よし、行こう。

 

 

薄暗い道が続いている。

時折夢に見る、あのなんとも言えない雰囲気の薄暗さにも近しく思えた。

この道を行けば、失った者に出会える気さえしてくる。

……気のせいだ。

そうさ、そうに決まっている。

 

 

やがて、若い娘のような声音が聞こえてきた。

豪華な調度品でととのえられた一角が見える。

そこで茶らしきものを優雅に飲む女主人と召し使い的な立ち位置の娘とがいた。

どちらも悪魔か。

二人の少女はこちらを見ている。

派手な感じの角娘がオレに向かって言い放った。

 

「あり得ないわ、無限回廊に引っかからないでここまですんなりたどり着くだなんて。それにあなた、ニンゲンじゃない。」

 

可憐な少女の姿をした悪魔が、角が特徴的な娘のそばにいる。

相当な手練れとみた。

彼女は林檎を旨そうにかじっている。

いいじゃないか。

 

「なにしに来たの、ニンゲン。わざわざ餌になりたいようには見えないけど。」

 

話しかけてきた角娘は天秤をもてあそんでいる。

 

「あなたと話をしたい、ウェーハスハールのアウラ。」

 

さて、気合いを入れて交渉しよう。

先ずは林檎だ。

手土産の赤い実をリーニエに渡す。

油断なく近づいてきていたゴシックロリータ的恰好の少女がやわらかく微笑んだ。

 

「アウラ様、このニンゲンはいい人。」

「なにあっさりとニンゲンに丸め込まれているのよ、リーニエ。」

「アウラ様にはこちらを。」

 

魔石の詰め合わせを彼女に渡した。

 

「ふーん、悪くないじゃない。」

 

悪魔は軽やかに嗤(わら)う。

あどけなくさえ見えた。

これすらも擬態なのか?

……まあ、いい。

口八丁なオレの実力をお見せしようじゃないか。

では始めよう。

言葉の戦いを。

 

 

 



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