とある少女の跳躍進化 (一ノ原曲利)
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とある少女の跳躍進化

 むかし友人に進められて衝動的に書いてそのまま未完成に放置されていたものです。勿論連載は…しません! この一話きりです!


 

 学園都市。

 

 その総人口は230万人弱。そしてその約8割…つまり184万人は学生である。

 東京都の未開発だった西部を切り開き、『記憶術』『暗記術』という名目で超能力研究…いわゆる『脳の開発』を行っている都市だ。

 開発以外の科学技術も最先端の技術を実験的に実用化・運用しているため、学園都市外よりも数十年分ぐらい文明が進んでいる。学園都市外から来た人がこの学園都市の一部(例を挙げればお掃除ロボット、モノレールなど)でも覗いただけで近未来にタイムスリップしたような気分を味わえるだろう。

 そしてこの学園都市にも、目的が存在する。それは『超能力の開発』だ。

 学園都市の研究者は学生達に能力の開発の為に人為的に脳に刺激を与えることで『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を発生させて『才能ある人間』に身体を造り替える。勿論、それは平等に成果が出るものではない。僅かな刺激、及び生活環境だけで超常的現象を引き起こす者もいれば、幾多もの研究を受けても何も開花しない者だっている。

 よって、能力者は学力・能力から以下の六段階の強度――『LEVEL』に区分されるようになった。

 

 開発が実らなかった学生全体の約60%を示す『無能力者―LEVEL0』。

 

 開発によって能力が開花した中でも多くの生徒が属する、能力的に精々スプーンを曲げる程度の力しかない『低能力者―LEVEL1』。

 

 『LEVEL1』との壁が薄く、同じく日常ではあまり役には立たない『異能力者―LEVEL2』。

 

 日常では便利だと感じ、能力的にはエリート扱いされ始めるレベルである『強能力者―LEVEL3』。

 

 日常という枠を越え、軍隊において戦術的価値を得られる程の力を誇る『大能力者―LEVEL4』。

 

 学園都市でも7人しかいない、一人で軍隊と対等に戦える程の力を持つ『超能力者―LEVEL5』。

 

 『絶対能力者―LEVEL6』などという机上の空論たるレベルを除けば、おおまかにこのように分けられる。

 大概の生徒は能力の研究に身を費やしてる以外は学校に通っている。つまり、学園内で学校へ通わない子供は不良以外にはそういないのである―――が。

 

 

 何事にも、例外は付きものだ。

 

 

 1年ほど前、この学園都市に『学園監督者(アドバイザー)』と呼ばれる役職が生まれ、ある生徒が就任した。

 『学園監督者(アドバイザー)』とはその名の通り、この学園都市の監督を務める役職である。といっても一介の生徒がそんな大げさな役職を請け負う訳ではない。名目としては、『学園都市における生徒がよりよく生活出来る場を提供するご意見番』。わかりやすい例を挙げれば、江戸時代の目安箱のようなものである。学校に通わないが、複数ある教育機関たる学校を視察し見学、時には授業を受けることで現在の授業指導やレベルがどんなものになってるかを調査し、場合によれば教育方針の見直しも図るという割と重要な役職である。他にも学園都市に住む学生の意見や不満を聞き、よりよく過ごせるよう手引きをするのも仕事の内らしい。

 当時その役職が発表されてから学園都市中の生徒の間で騒ぎになった。当然だ、何せ『学園監督者(アドバイザー)』の設置を促したのはこの学園内で一番偉い統括理事会理事長その人なのだ。勿論生徒のみ為らず『裏』の人間も『学園監督者(アドバイザー)』が誰であるか特定すべく躍起になっていた。だが自分がそうであるように振る舞っている生徒はいても、実際『学園監督者(アドバイザー)』が誰であるかを突き止めることは叶わなかった。

 

 重ねて。

 

 学園都市が打ち上げた現段階で世界一のコンピュータを備えた人工衛星『樹形図の設計者(ツリー・ダイアグラム)』の製作者とも囁かれている。

 まさに学園都市七不思議No.1となりどこぞの女子生徒にでも流れそうな噂だ。

 

 

 

 

 

 

「――――♪」

 

 学園都市第7学区の、とある高校の男子学生寮―――から数軒ほど離れた家。外見は何の変哲も無い家だが、地下にまるで木の根でも張られたように9層にも及ぶ地下室の内の1層で、少女は鼻歌を歌っていた。

 お世辞にも、音感が優れているとは言えない。

 少女は背中まである錆色の髪を一本に結わえ、それを少女には似つかわしくない作業用のツナギの中に入れて作業をしていた。少女がいる地下室は総敷地面積140㎡にも及ぶ『菜園』である。比較的地上に近い第2階層には菜の花、芹、蕗の薹、筍、えんどう豆など春野菜や冬から春にかけて育つ果物が栽培されている。

 あるものにはビニルハウスを、あるものには添え木を、あるものにはスプリンクラーを、それぞれ互いに栽培される敷地からはみ出ないように領域を区切られ、のびのびと育っている。

 少女は果物鋏で木からまるまる肥った不知火(俗に言うデコポン)を切り取り、甘酸っぱい香りを堪能する。

 

「酸味が効いていて良いわね。やはりデコポンは春を感じさせる……いや、もう外は夏か」

 

 そう、夏である。

 今少女がいる9層にも及ぶ地下室は、すべてがすべて最新鋭の環境改変装置によって春、夏、秋、冬の四季の他、砂漠地域や熱帯、冷帯など全世界の環境を再現している。この家では、世界各地で栽培及び自生されている果物・野菜が時期気候例外なく栽培されている。

 そしてその家の管理、果物・野菜の栽培を務める少女こと倉賀野 双葉は―――この学園都市のLevel3、強能力者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉賀野 双葉は学生ではない。

 否、元学生というべきか。元々第18学区にある、学園都市の5本指の1つに数えられ能力開発分野ではトップを誇る超エリート校である長点上機学園の正真正銘のエリートであったのだが、入学し2学期まで在籍して以来来なくなったのが丁度1年前の話。理由は不明であるが、学生としての登校義務を解かれた代わりに統括理事会から『学園監督者(アドバイザー)』と呼ばれる奇異な役職を授かり、現在この施設を根城に学園都市を満喫している。

 しかし、そんな彼女のレベルは3。高い訳でも無いが低い訳でも無い。ましてやレベル3の上にはレベル4、果てにはレベル5という失礼な言い方をすれば災害レベルの力を持つ者だっているのだ。では何故そのような者達ではなく、レベル3である双葉に任命されたのか。それは―――

 

「…ふむ、今日もいい天気。熱中症が出なければラッキーってところかしら」

 

 長点上機学園の制服――とも違う、どの学校の制服でもない制服に身を包んだ双葉は、家に出るなり燦々と降り注ぐ太陽の日差しを浴びながらぐぐーっと体を伸ばした。

 高校2年にしては背が低く、しかし女子にしては背が高い。焦げ茶にも近い錆色の髪を細かい刺繍の入った白のリボンで一本に結び、白のブラウスの上に浅葱色のブレザーを羽織る。プリーツのスカート、ローファとくればどこからどう見ても学生でしかない。

 

「さて、と。今日はどこを見て回ろうか……ん?」

 

 体を思い切りほぐした双葉はふと目の前を通り過ぎた一迅の風を見た。いや、正確には正に風のように走り去った少年なのだが。 

 後ろ姿を確認、まるでハリネズミのように重力に逆らったツンツン頭。よしあの不幸男だ。

 相手を一瞬で確認した双葉はふと自身の右手に握られている、今朝穫れたての硬い、そして大きいデコポンが眼に入った。双葉はそれを中身が割れないように握り、まるで野球選手のように投球フォームを取る。スカートであることも気にせず膝を曲げて足を振り上げ、右腕の肘を大きく引いて力を溜める。そして足を踏み込み、それと同時にデコポンが握られた右腕を振りかぶり、思いっきり投げた。時速140は出ているであろう驚異的な速度を叩き出したデコポンは閃光のように空気を裂き、まるで吸い込まれる様にツンツン頭の後頭部に激突した。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア――――!!?? あ…アタマにナニカ硬いモノが激突してッ――!!」

「おぉ、我ながらナイスコントロール」

「おぉ、じゃねーよ!! アナタは毎回いろんなモノをクリーンヒットさせて大リーガー狙いですか!? それとも俺何か悪いことしました!? っぐおおおおおおぉぉぉ痛ぇえ………!! くそ、不幸だぁ…」

 

 軽く後頭部から血を出しながら芋虫のようにもんどり返る芋虫……ではなく、上条当麻。

 当麻が住む学生寮と登校する学校との間に双葉の家が位置している関係から、登校時の朝に通学する当麻達と会うことはそう珍しくない。加えて、遅刻間際までよく寝坊する当麻は駆け足で学校へ向かうことが多い。そんな当麻の後ろ姿を見ていると、ついつい「俺は忠実なる的です!! どんなモノでも当ててくださいハァハァ」と心の声が聞こえてしまい仕方ないなぁ、と双葉は全力投球で投げているのだ。

 

「いやいやいやいやいやいつ俺がそんなこと言いました!? っていうか何ですかその「俺はアナタの下僕ですハァハァ」的な羞恥プレイはァ!?」

「当麻くん人のモノローグを語らない。そして朝っぱらからそんな野獣のような形相で「プレイ」だなんてマニアックな発言も控えるべきよ……私としても、こんな早朝から襲われたくないわ」

「んな朝っぱらから襲わねーよ!! あ、スミマセン襲いませンゴあ痛ァ!!!!」

「襲わないの? それは遠回しに私に襲うほどの魅力が無いと言っているのよね? ショックだわ………あ、なんだ素人童貞だから奥手なだけなの。男の風上にも置けないわねこのクサレ童貞」

「(相変わらずだけど超メンドクセェ―――――!!!!!!!)」

 

 一応年上なのに敬意の欠片もない発言をした罰としてさりげなく脛にローファのつま先で蹴りつけながらめそめそと泣き真似をする双葉に、当麻の頭は沸騰寸前だった。

 これが、当麻と双葉の恒例の朝の行事なのである。

 

「心の中でさりげなくめんどくさいもの扱いするんじゃないわよ、この溝鼠め。――こう言われたかったのでしょう? この変態…このH・E・N・T・A・I!!」

「望んでもいないのに罵倒されましたよ!? ていうか、人のモノローグ語るなとか言っといてそれは流石に無いだろ!? 不幸を通り越して理不尽だッ!! しかも変態って2回も言うんじゃねぇ!!」

「どんな理不尽もこの私を前にしたらすべてが平伏すのよ。知らなかったの? それに、大切なことだからわざわざ2回言ってあげたのよ感謝しなさい。当麻くんにとって大事なことがHENTAI………ふふふ、意味深ね。実に滑稽だわ」

「アナタはどこの我侭ドSお嬢様なんですかッ!?」

「何を言ってるの? この地球上に決まってるじゃない。そんなこともわからないなんて、なんて白痴なの当麻くん……これからは感謝と哀れみの意を籠めて『芥子』と呼んで差し上げましょう。ほら芥子は芥子らしく臆病風に吹かれて霧散しなさいよ」

「うわ、まるでさも当たり前のように言った挙句最悪なあだ名付けられましたよ!? しかも今のどこに感謝なんかあるんですか!?」

「さて茶番はいいとして、当麻くんいま何時くらいだか知ってる?」

「今までの罵詈雑言全部茶番!? あ…時間か? それなら家を出たのが8時40くらいだから……」

 

 と、左手に巻きついた腕時計を見る……筈が、腕時計が無い。急いで家を出たから、おそらく忘れてきてしまったのだろう。仕方なく当麻はポケットから携帯電話を取り出し時間を確認する。

 

「8時57分18秒………うわヤバイ遅刻するっ!!」

「『学園監督者(アドバイザー)』として、目の前の生徒の遅刻は見逃せないわね」

「って思いっきり双葉が絡んだよな!? 振ったよな!? モノ投げてぶつけたついでに罵倒までしたよな!?」

「過去のことをつらつら言って当たるな!! 男だったらもっと堂々としなさい!!」

「今日一番もっともなこと言われたァ――――!!」

「ほらさっさと言ってきなさい。あ、それ(デコポン)はお情けにくれてやるわよこの貧乏学生」

「今日も双葉さんは手厳しいッ!! って早く行かねぇとマジ遅刻する…! みかんありがとなー!!」

 

 平べったい鞄とデコポン片手に当麻は遅刻阻止すべく全力疾走で再び走り去った。おそらくあの中身の無い鞄に弁当といった昼食の類は入っていないだろう。だから甘味酸味成分たっぷり(果肉に至るまで痛い目見るけど)のデコポンを授けたのだ。私はなんて善人…いや、仙人なんだろうか! 今だったら悟り開けるのではないか。

 そんなこんなで、双葉の一日が始まる。そう、長い一日が。

 

 

 

 

 学園都市第七学区。数ある学区の中でも有数の広さと生徒数の多さを誇る学区だ。広いが故に(学校ごとの)貧富の差が激しいのが目立つがそこは問題ではない。

 問題なのは、登校する生徒数の多さである。

 

「(さて、確か先日風紀委員(ジャッジメント)の人が通学路に倒木を見つけたと言っていたのだったかしら)」

 

 先日の晩、学校近くの道路で能力者同士の喧嘩があったのが双葉の家に連絡が来た。

 生徒が多いとよくこういうことがある。『学校は社会の縮図』とよく言うが正にその通りで、一つの学舎にいれば自分と意見が異なる人とも出会い、そして衝突することなんかしょっちゅうある。特にこの学園では生徒各自が超能力を保有しているから、生徒間との争いが学園都市外における一般的な喧嘩や暴力沙汰では収まらない。電撃を受ければ痺れる、火を喰らえば火傷する、風を受ければ斬れる、レベルと能力によって規模は様々だ。そしてそれらは必ずしも人的被害のみを被るわけではない。建物や公共のものを傷付けてしまうことだってあるのだ。

そして双葉の目の前に、それは見えた。

 

「やれやれ、随分と派手にやってくれたものね」

 

 まるで雷が落ちて焼けたような街路樹。双葉の目で見てレベルは推定2、能力は発火能力者(パイロキネシスト)だろう。周囲の焦げ痕を観察するに、おおかた同じレベルか一つ上くらいの空力使い(エアロハンド)と衝突し、発火能力者(パイロキネシスト)側が能力を制御出来ず燃え移ってしまったといったところか。

 火と風は相性がいい。

 絶えず空気中の酸素を燃やし続ける火を風で燃え広げることだって出来るし、酸素を送って火を大きくすることだって可能だ。

 

「(こんなところで事故の推察をしていても仕方ない。さっさと終わらせましょう)」

 

 双葉は改造制服の裾から学園都市製のMIN○IAケースを取り出す。片手の親指で器用に開閉タグを開け、人差し指でトンとタブレットの背を叩き中身を落とした。

 出て来たのは白いラムネ御菓子などではなく、何か黒い粒のようなものだった。焦げた街路樹の幹に付着したことを確認するやいなや、双葉は仕事を終えたとでも言うように踵を返して学区中央部への通学路を歩む。

 パチン、と指を鳴らす。

 するとどうだろうか、焦げた木が一瞬発光したかと思えば焦げ痕はまるで無かったことであったかのように消え去り、逞しい若木がそこに生えていた。通学中だった生徒達はうわぁとどよめきを上げ注目するが、双葉は皆の注目とは正反対の方向を黙々と歩く。

 

「(学園の緑を絶やさないことも私の本分。理由は分からないけど私の中でやるべきって言ってるんだから異論は無し、良し)」

 

 

 

 

 

 彼女は元々そこまで高位の能力者では無い。どちらかと言えば一芸入学できる長点上機学園では研究者として入学したのだから。

 双葉は長年考えていた『地球温暖化における食糧問題』と『肉食動物における食物摂取の代替品』をテーマにした研究を行っていた。前者は言うまでもない、地球温暖化の深刻化によって生じる穀物などが減少する中、どうすればいいかというものだ。研究発表会において双葉が発表した結論もとい仮説は学園都市でもかなり評価され期待が持てた。

 一方後者の方といえば、途中で挫折して終わった。肉食動物によって絶滅危惧種に指定された動物を生存させるため、肉食動物である絶滅危惧種を根絶やしさせないため、そして肉を摂取出来ない人間にとって代替物となる果実の研究だったが、実験は成功していた。双葉の度重なる実験の結果その種は生み出され、更に飽きさせないように38種もの味を付加させることに成功した。

 だが、双葉は割と早い段階で実現不可能であることを悟った。

 確かに味のバリエーションが増えれば飽きないだろう。だがそれはあくまでも人間の場合であり、野生に生きる肉食動物に摂取可能ではあれど彼等の野生の本能を抑制するには至らないと判断したからだ。

 満腹感=満足ではない。一匹一匹に脳の手術を受けさせ本能を抑制させることも不可能ではないが、それだと人海戦術になってしまうし何より結果と人件費が釣り合わない。

 

 そこら辺の研究者よりも優秀な頭脳を持ち、能力者ではあれど能力に溺れないLEVEL3。

 そんな彼女だからこそ、『学園監督者(アドバイザー)』に任命されたのかもしれない。

 

「ふぅん…本日のスケジュールは柵川中学校の能力測定、繚乱家政女学校の現場研修に長点上機学園の上級生徒による論文発表会か……一つ一つ回りましょうか」

 

 双葉は学園都市内の全学校の予定が明記された端末を弄っていた。『学園監督者(アドバイザー)』である彼女には、学園内で起こることを把握すべく統括理事会から支給された端末を所持している。こうして学園内でどんな行事が行われているかをチェックし、必要とあらば事故や問題が起こらないように訪問することも彼女の役目である。

 大抵そのような役職に就いているからには公私混合しないことが原則だ。だが双葉は就任してからというもの、なまじ実績があるだけに方針に口出しするものはいない。つまり、

  

「ん、今日はデートの約束もあったわね。午後までには終わらせないと」

 

 重要な役職の割には、割と自由度が高いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダーウィンの進化論をご存じだろうか。

 名前なら知ってるかも知れないがその実態について知るものはあまりいないだろう。ダーウィンの進化論は生物の進化における研究について複数の説によって構成されている。

 

 厳しい自然環境が生物に無目的に起きる変異(突然変異)を選別し、進化に方向性を与えるという進化を説明するうえでの根幹をなす理論である『自然淘汰説』。

 

 「動植物の体の各部・各器官の細胞には自己増殖性の粒子であるジェミュールが含まれているとし、この粒子が各部において獲得した形質の情報を内部にため、その後に血管や道管を通して生殖細胞に集まり、それが子孫に伝えられ、子孫においてまた体の各器官に分散していって、親の特徴・形質が伝わるのだ」とする説である『パンゲン説』。

 

 そしてもう一つ、現在では認められてしまっている『跳躍進化説』の()()である。

 『跳躍進化説』とは、一つの世代と次の世代の間で、通常の個体変異と比較して、より大きな進化的変化が起きるという進化理論の一つを指す。この用語はいくつかの意味を持つが大まかに言えば大きな表現型の変化を伴う進化の全般を指す。しかし通常はより狭い意味合いで大規模な遺伝的変異が同時に発生すること――もしくは一世代で種分化が起きることと言う意味で用いられている。

 ダーウィンは生前、「自然は跳躍しない」という言葉で進化は漸進的であると主張した―――つまり、生物において跳躍的な進化は無いと断言したのだ。生物がもつ性質は同種であっても親から子に伝えられたものであるが故に個体間に差があるためである。そして環境の収容力は常に生物の繁殖力よりも小さいが為、生まれた子のすべてが生存・繁殖することはなく性質の違いに応じて次世代に子を残す期待値に差が生じるので、結果的に有利な形質を持ったものがより多くの子を残す。それによって有利な変異を持つ子が生まれ、それが保存され小さな遺伝的変異の蓄積によって起きる。つまり、体節数の変化のような大きな形態的変化が起きる可能性はあるが、目や脳などが一世代でできることはないのだ。

 

 だがそれはあくまでも動物の場合である。

 

 実際に動物に跳躍進化が観測されれば異常事態このこの上ない。馬を例に挙げるとするならば、草食動物である彼等は足の速い肉食動物に追われる。追われて喰われてしまえば待つのは死、ともなれば種を繁栄出来ず絶滅するだろう。それを防止すべく長い年月と世代を隔て、彼等は『脚力』という進化を遂げた。これは質の良い競馬においても説明出来る。

 動物は、このように年数と年月を経て進化する、跳躍進化とは真逆のものだ。

 

 しかしその点、植物は異なる。

 

 植物は、するのだ。跳躍進化を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、双葉じゃん」

「あ、黄泉川さん…と、鉄装さん」

「いまの明らかに私ついで扱いですよね…!」

「まぁまぁ、そう僻むなじゃんよ」

 

 道中『警備員(アンチスキル)』の方々とご対面した。

 二人とも第七学区の学校教師で第73活動支部所属の『女性』の『警備員(アンチスキル)』である。その職種ゆえ、大半の構成員が男性の、しかも体育会系の人たちばかりの『警備員(アンチスキル)』でも数少ない女性である。

 双葉とは職業柄よく連携を取ることが多いため、彼女達とはよく話し合う仲だ。お互い荒事が決して少なくない立場である上に女性同士ということで、共通するところがあるからかもしれない。

 

「どうかしましたか? 本日はまだ『警備員(アンチスキル)』の出動要請は掛かっていない筈ですけど」

「いやぁ、先日シメたスキルアウトの連中が物騒なモン持っててなー…ちょっくら出所の調査に行くってわけじゃん」

「一応銃撃戦も想定して防弾チョッキと牽制用の銃を…一番なのは使わないで済めばいいわけなんですけどね」

 

 ズレた眼鏡を直しながら困ったように言う鉄装。彼女は訓練はしっかりしていても現場でミスを起こしたりと新米とほぼ同じように扱われてる。その証拠として今日も怪我をしているらしく絆創膏が貼っていた。

 

「なるほど…だから囲んで制圧すべく二人一組になってバラバラに行動して目を誤魔化してるわけね」

「なんでそこまで分かってるじゃんよ……」

「私には『目』がありますから」

 

 黄泉川はこれでもかと言うほどぱちぱちまばたきをさせている双葉に呆れた。

 黄泉川も度々双葉に助けられている情報収集能力。本人曰くリアルタイムで学園都市のほぼ全域で起こっていることを把握出来るらしい。どちらかと言えば能力というより学園都市のカメラを乗っ取ったような科学に近しいように感じられるが、『学園監督者(アドバイザー)』である双葉にそのような権限が無いことは知っている。

 だが能力についてはあまり分かっていない。

 データベースにアクセスしても統括理事会直々にセキュリティを敷かれており、検閲出来なくなっている。なんでも『学園監督者(アドバイザー)』は無闇矢鱈と個人情報を漏洩すべきではない、だとか。

 確かに学園都市唯一の役職であれば当然注目されるし興味好奇心その他諸々、双葉に挑む者もいるだろう。

 

 ――ちなみに今のところ負け無しらしい。当然双葉の性格からして全戦真っ向勝負で受けた訳でも無く、逃げの勝負もあっただろうが。だがそれでも『学園監督者(アドバイザー)』就任前の記録ではレベル3であるのに、負け無しというのも目を見張るものがある。中には当然格上の挑戦者もいただろうに。流石にレベル5とは交戦していないだろうけど。

 

「たぶん、問題無いと思いますよ? 犯人側も少なそうですし、囲んで数で脅せばK.O.ですよ」

「脅すとかそう物騒なこと言わないでくれよ。しかしよっくそこまでわかるなぁ…ま、油断しないようにしとくじゃん」

「ええ、じゃあ怪我の無いように」

 

 バイバーイ、と手を振って別れた。網膜に焼き付いて頭から離れられない錆色のポニーテールが、黄泉川と鉄装の視界で揺れる。

 

「本当によく分からない能力じゃんよ…多重能力者(デュアルスキル)ってわけでもないんじゃん?」

「そうですね…よくあの能力は見ますけど」

「ああ、あの能力は本人みたいに応用が利くっつーか、多種多様っつーか」

「あはは、レベル5の第五位みたいですね」

「まったくじゃん」

 

 晴れた日なのに鼻腔の奥を擽る雨の匂いが、双葉の残り香であることは分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 ―――『跳躍進化(フェイズシフト)』。それが彼女の能力である。

 

 内容は至って単純、その名の通り進化論に当てはまる植物の成長及び進化の促進だ。種から一瞬で大木に成長させることも出来れば、先ほどのように焼けた木を接ぎ木によって再生させることも可能。勿論大半の植物が『土』と『水分』を必要としているため条件は割と限られている。

 学園都市でも最強の能力者『一方通行(アクセラレータ)』以外にいない、『暗黒の五月計画』の披検体ではない天然のベクトル能力者ではあるが、『一方通行(アクセラレータ)』が運動や熱量などのベクトルなのに対し、双葉の場合は生物の進化の過程のベクトルなのであって『一方通行(アクセラレータ)』に双葉のような能力は使えない。根幹がそもそも異なるのだ。

 一時は学園都市側も『一方通行(アクセラレータ)』ほどではないにしろ数少ないベクトル操作能力を保持している双葉を研究室へ迎え入れたこともあった。だが本人にも分かっていないことなのだが、見切りを付けられたのか学園都市側から研究を止め手を引いてしまったのだ。見込みが無かったのだろう。

 

 

 

 

 

 ――だがそんな彼女でも、興味を持つ存在はごまんといる。

 

 

 例えば、『妹達(シスターズ)』計画の加担者。

 

 例えば、メルヘン的能力を持つ暗部の長。

 

 例えば、忍びの血筋である不良生徒。

 

 例えば、聖職者紛いの火炎馬鹿。

 

 例えば、英国の第三王女様。

 

 例えば、数多の魔術書を記録する少女。

 

 例えば―――

 

 

「ふ・た・ば・ちゃ~ん!」

「あら、今終わったの?」

 

 常盤台中学校の校門に寄りかかって目を瞑り仮眠を摂っていた双葉は慣れ親しんだ声に目を覚ます。

 瞼を開けば視界一杯の金髪と瞳に入った星マーク。胸に胸が当たっているという一種のキマシタワー的シチュエーションだが仕方ない、相手が巨乳なのだ。

 

「もっちろん! 双葉こそ待っててくれたの? 寝てたよさっきまで」

「仕事をさっさと終わらせてたらちょっと疲れてね……大丈夫、操祈の胸囲の格差の如きデカ乳で目が醒めたわ」

「私の声よりも私のおムネで目覚めるだなんてチョー幸福よね双葉って! 欲情したんならまたラブホ行こラブホ!」

 

 何言っているのかしらこの痴女は。

 

「ごめんなさいいつもこんなノリなんです」

「えぇ…もう慣れてますから大丈夫です」

 

 おそらく操祈の派閥の一員であろう少女達が双葉と同じような呆れ笑いを浮かべる。訓練されてる、主に良くない方に。

 

「それでは食蜂様、ごゆっくり」

「倉賀野さん、くれぐれも粗相の無いように」

「はーい☆ みんなまったあっした~!」

 

 きゃぴきゃぴ、と効果音が付きそうなほど明るく手を振る操祈。はたから見れば典型的ギャルにしか見えない――が。

 一緒に居た少女達が見えなくなると、くるりと首が回ってこちらを向き剣呑な眼差しを向けてくる。

 

「双葉、今私のこと馬鹿にしたでしょ」

「ええ、心の中でコケにしたわ」

「コケ!? 馬鹿にしたよりもヴァイオレンスぅ~! ひっどーい!」

「だって、あまりにも子供っぽいんだもの。まぁそこが操祈の可愛いところでもあるんだけど」

 

 ――常盤台のLEVEL5、第三位『超電磁砲(レールガン)』に次ぐもう一人のLEVEL5。第五位『五徳包丁(ちょーべんり)』食蜂操祈。

 

「かかかかか可愛いとか言っといて何て紹介してるのよぉ!?」

「え? 間違ったかしら……?」

「そこ、本気で考え込むの止めてくれるぅ…? 泣いちゃいそう」

 

 よよよと泣き真似始めてグズってきたので訂正。

 学園都市第五位の超能力者LEVEL5、『心理掌握(メンタルアウト)』食蜂操祈。

 常盤台中学校筆頭の最大派閥を率いるカリスマ性溢れる―かはどうか分からないけどとにかくすごい人。長い金髪と星入り瞳、正義の巨乳とレース入りハイソックス&手袋が女豹を思わせる。双葉から見れば「食べちゃうゾ♪」程度にしか見えないが。

 

「よしよし、今回はまぁまぁな紹介かしらねぇ…一部端折られた感あるけどぉ」

「もういいでしょう、あんまりグズってるとデート付き合ってあげないわよ」

「えーッ!? やだやだやだぁ~デートしようよデートぉ!」

 

 駄々っ子みたいに袖を引っ張って抱きついてくる。ホントお子ちゃまみたい。

 

「冗談よ、行きましょう」

「やた! じゃあじゃあランジェリーショップ行きましょ! この前新しく出来たお店があって結構近いんだぁ」

「なんでデートで下着買わなくちゃいけないの。普通カフェとかファミレスとかじゃない?」

「だってだってぇ~…双葉と一緒に寝る時の下着買いたいんだもんっ! この前の捨てちゃったし!」

「アレ? お股スケスケのすっごく薄いやつ? あれは壊れやすいわよ、生地そこまでいいものじゃなさそうだったし。デザイン性に値があっただけね」

「えぇーそう言うのもっと早く言ってよぅ、双葉の心は何故か読みにくいんだからさぁ…」

「それは仕方ないわよ、精々私のデリケートな壁で網羅された心の中を読めずに苦しめばいいわ。私の心はガラス40g、鉄31g、オリハルコン99g、征服欲28gに操祈成分100kgで構成されているのよ」

「それ殆ど私じゃなぁい! ……ところでその操祈成分って?」

「決まってるじゃない、私が味わった操祈の愛え――」

「ダーッ!! ストップストップストップゥ―――!! ふ、双葉!? アンタこんな周りにたくさん人がいる中で何言ってるのよ!?」

「そんなのお得意の洗脳で消せばいいじゃない」

「世の中には学園都市限定ツイッ○ーってものがあるのよ!? 記憶は消せてもネット上の記録(ログ)は消えないの!!」

「あら、それはまたイイコト聞いたわ」

 

 にやり、双葉の意地悪気な妖しい笑顔に操祈がふるふる震える。

 

「う、うううううううううぅ~双葉の意地悪ぅ~…」

「はいはい、ランジェリーショップ寄ってあげるわよ」

「やた♪」

「切り替え早いわね」

「それが私の取り得だもぉん」

 

 バックから取り出したリモコンを意味もなくカチカチと弄りながら笑う。そんな可愛い笑顔に釣られて双葉も思わず笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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