Monster Survivor (てんぞー)
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1年目 夏季~秋季

 ランポスの爪を右手で握る。巻かれた布越しに鋭く磨かれたその根元が僅かに肌に食い込む感じを得ながらも、痛みを無視して、木の上から短く、息を吐いて呼吸を整える。静かに、静かに心を整えて、何時でも自分の唯一の武器を振り下ろせるようにする。チャンスは一度しかない。その一度で確実に決めるしかないのだ。それを自覚し、意識し、自分を追い込んで行く。この逆境の中で自分を一つ上のステージに押し上げなきゃいけないのだ。

 

 そうしなければ、生き残れない。

 

 それがこの4か月で学んだことだった。

 

 まだ紅葉が始まり、色が変わり始めたばかりの木は葉が落ちてはいなく、隠れるのであればぎりぎり使える、という程度には利用できる。だからこの状態で隠れている事がバレない事を祈りつつ、近くをゆっくりと警戒する事もなく歩いている、ステゴサウルスを思わせるようなフォルムをしている草食()の存在を確認した。

 

「気づくなよ……気づくなよ……」

 

 肉が食べられるかもしれない。今までは虫とトマトと玉ねぎだけを食って生きて来た生活だった。だがそれから脱却する可能性が出て来たのだ。興奮しない訳がなかった。だがこの過酷なサバイバル生活の中で、漸く自分の力で狩猟できるかもしれない、そう思えるだけの準備と力を込めて来た。

 

 左手には蔦と妙に粘着質な草……《ツタの葉》と《ネンチャク草》を使って作ったネットを握っている。チャンスは一度きりだ。既に数か月前に一度、狩猟に失敗している。あの頃は純粋に自然と、その生命力を舐めていたのが原因だ。いや、この世界という現実そのものを舐めていたのが事実だ。食べ物を求めてキノコを食べてみて、数時間は吐き続けて来た頃が懐かしい。

 

 アプトノスの様な草食竜たちが食べた果物以外はもう、口につけない様に気を付けている。

 

 だがそんな生活も、ここでアプトノスの狩猟に成功すれば話は変わってくる。秋の内に蓄えられるだけ、蓄えなきゃいけない。冬の間、まともに食料が手に入るかどうかが不明なのだから。

 

 アプトノスなら、草食竜なら狩猟できる。

 

 その実績と自信が必要だった。

 

 冬も狩猟して生きられるんだ、という確かさが必要だった。

 

 だから狙いを定める。

 

 アプトノスの群れが見える。スニーカーの中の足が少しずつ汗ばんできているのが解る。呼吸を止め、アプトノスの群れが木の横を歩き去って行くのを見る。まだだ、まだ動いてはならない。脅威になりえるという事を悟られてはならない。まだ潜み、呼吸を止め、そして大きなアプトノスの姿を見送って行き―――見定める。

 

 群れの中に存在する若く、そしてまだ小さい子竜の存在を。

 

 その姿を見て、狙いを決める。左手で握るネットをしっかりとつかみ、何時でも投げられる様に調整しながら、アプトノスの子竜が近づいてくるのを見た。少しずつ、少しずつ、近づいてくる姿を見て、そしてそれが木の横を通ろうとした瞬間ネットを投擲した。

 

「!?」

 

 粘着質を兼ね備えたネットは子竜に降り注ぐと同時に引っ付き、その動きを絡めとりながら鈍らせる。その瞬間をチャンスに、一気に木の上から両手でランポスの爪を握り、全力で振り下ろす様に飛び降りる。

 

 狙う所は一か所。

 

 首のみ。

 

 相手がどんな存在であろうと、急所を深くえぐれば殺せるのは生物である以上、普遍のルールだった。殺す時は首筋に食らいつく。それはランポスの狩猟を盗み見て学習した事だった。必要なのは躊躇のなさだ。相手がまだ子供だから、とか考えてはならない。冬に備えて、自分が狩猟できるという自信を作る必要があった。狩猟が出来るという前提が必要だった。狩猟が出来るという実績が必要だった。

 

 今食べている野菜などは冬になれば育たないかもしれない。

 

 だけどアプトノスは年中存在する。寒冷期にも出没するのはフロンティア時代に学習している。だから、ここでアプトノスを狩れるという事実が欲しかった。この先、自分が生きて行く為にも。

 

 故に一切の迷いも躊躇もなく、飛び降りて爪をアプトノスの首に突き刺した。驚くほどに簡単にランポスの爪はアプトノスの皮を引き裂いて突き刺さった。ネット越しにアプトノスが暴れ出すのが解る。子竜ではあるが、根本的に()()()とは子供の時点で別次元のスペックを有している。だが動けば動くほど絡みつくネットと、そして首に深く突き刺さったランポスの爪が容赦なく動きを捉え、命を奪って行く。必死に助けを求めて鳴き声を上げ、もがく様に川へと向かって走り出す。だが動けば動くほどその動きが緩んで行くのが解り、周りにいるアプトノスも最初の一撃で死を悟ったのか、子を置いて行く様に逃げ出し始めていた。

 

 非情に思えるかもしれない。

 

 だが適者生存、弱肉強食の自然世界での中では死ぬと解った瞬間、見捨てるのが最適解だった。

 

 アプトノスたちは悟ったのだ、どう足掻いても子を救えないと。だから逃げ出した。

 

 押し込む爪を横へと引き裂きながら、血を掻き出すように傷口を広げる。最後の力を振り絞って川の中へと子アプトノスが踏み込むが、それが限界だったのか、横へと倒れて行く。そのまま、アプトノスの背から降りながら顔を足で押さえつける様に水の中へと押し込み、傷口を更に広げる様にアプトノスを失血させながら溺死させる。

 

「はぁ……はぁ……喜んでる暇もねぇ」

 

 だけど川まで死体を運ぶ必要がなくなったのは良かった。動きがなくなったアプトノスの首から爪を引き抜きつつ、川の中の斜面、首が下の方になる様に尻尾を掴んで、体を回す。確か血抜きをしないととても食べられたもんじゃない、という話は聞いている。首を大きく斬ったし、川の水に流されて血がこれで出て行く事を祈る。

 

 季節は秋だ。暖房器具の概念がなく、温暖化現象の無い世界では既に寒さを感じている季節だった。冬で凍死しない為の準備もしなきゃいけない……だがブルファンゴを狩るなんて不可能だ。冬になるまでに、殺せるだけアプトノスを殺して、その皮を集めなきゃならない。それを毛皮代わりにするのだ。

 

「干し肉……干し肉を作るには薄く切った肉を水分を飛ばして乾燥させなきゃダメ……だったっけ? くそ、知識が曖昧すぎる。こっち側にはランポスが来ないのが救いだな」

 

 呟きながらも、口元は笑みに歪んでいる。自分が、漸く、数か月という修練と鍛錬の、準備を経て、漸くアプトノスという一種の竜を狩る事に成功した事実に、興奮と感動は隠せなかった。目元から流れ始める涙をネットをアプトノスの体から外しながら手の甲で拭い、流れ出す鼻水を啜りながら黙って、アプトノスから血を抜いて行く。この後、肉を確保する為に何をすればいいのか、それを考えつつ、思い出す。

 

―――なぜ、こうなってしまったのかを。

 

 

 

 

 モンスターハンター、というゲームのシリーズが存在する。

 

 そのゲームの世界はファンタジー世界で、不思議な力が存在する。だが良くあるファンタジー系統のゲームよりも文明は更に後退した、中世よりも前の、もっと未発達な文明で、大自然が手つかずのまま残された時代がベースとなったゲームである。プレイヤーはアバターを作成し、《ハンター》として大自然の中に居る《竜》や《龍》を狩る事で素材を獲得し、それを材料に武具を作成し、更に強い相手へと挑んで行く。そうやって繰り返し強くなって頂点を目指すゲームだ。

 

 初代モンスターハンターは結構人気があった。オンライン機能はまだ時代に考えて少し早かったかもしれない、という部分はあったが。たぶん、明確に人気に火を付けたのはポータブルシリーズが出てからだろう。どこでも好きな時に知っている仲間とドラゴンを狩りに行ける。会話して遊ぶ事が出来るというのは結構、楽しい経験になるのだ。そしてそれもシリーズになる程度には人気が出た。据え置き機から何度かハードを変えつつ、大型の据え置き機に、オンラインにも対応し、大人数で遊べるようにしながら新要素を盛り込み、何時までも新鮮に楽しめる様に、進化を続ける良いシリーズだった。

 

 そんな自分も無論、数多いプレイヤーの一人だった。

 

 画面の中で武器を振るいながら飛竜と戦うハンターは雄々しく、そして格好良かった。現実がこんな風になれば間違いなく楽しくなるのに。プレイヤーであれば一度はそう思うだろう。狩猟して得た素材を販売すれば食うのに困らない。ギルド、お前ちょっとぼったくりすぎじゃね? とか誰だって考えるだろう。

 

 だけど違う。

 

 現実は違うのだ。

 

 アレがリアルとか、ただのクソゲーでしかない。

 

 それを誰よりも、ある日唐突に森林の中で目覚めた自分が理解してしまった。

 

 1か月目は地獄の言葉に相応しい時期だった。

 

 まずなんでいきなり森林に目覚めたのかが解らない。持ち込みの道具はスマートフォンとガチャ予定の3万円分のプリペイドカードが全財産。森の中、サバイバル経験も知識もなし、スポーツは水泳が得意な程度。それで生きてみろ、という考えが出来る奴の方がおかしい。アプトノスを見てうおー! モンハーン! ヒャッハー! 俺もハンターだぜー! と、夢を見るのは簡単だった。

 

 狩猟してみようとアプトノスに挑んで、相手にすらされず、尻尾で追い払うように振り抜かれただけで吹き飛ばされた事は、今でも苦々しい記憶となっていた。食べ物を探す為にキノコを食べてみて下痢になる。モスの肉を目当てにモスを狩ろうとしてタックルを食らって川に突き落とされる。ランゴスタを倒すのに死闘を繰り広げる。カンタロスの動きが予想より早くて切り傷が出来る。釣りをしてみてバクレツアロワナを吊り上げて怪我をしかける。

 

 まぁ、だが運は良かったと言える。まだ夏ぐらいの頃だったからだ。拠点としている場所の付近に、天然の果樹園があったのだ。おかげで飢える事はなかった。最初はお腹を下してしまう事もあったが、それもなんとか乗り越えて、自分の寝床を作ったりもした。それが最初の1、2か月の行動だった。

 

 それからランポスの死体を見つけたのは僥倖だった。

 

 ランポスには爪と牙がある―――それまで使っていた石器製の道具と比べれば、一気に効率が段違いとなった。おかげで今回、漸く、アプトノスを狩猟するという事が可能となった。

 

 転移、或いはトリップ4か月目の出来事だった。

 

 季節は秋―――紅葉が進んでいる。

 

「流石に1回で全部運ぶのは無理か、やっぱ……こっち、ランポスが来ないって解ってても怖いんだよなぁ……」

 

 秋が終われば冬が来る。それに備えて、今はこのサバイバル生活の準備の真っただ中だった。チートなんてものはない。ご都合主義のように整えられた生存術なんてものはない。曖昧な知識を総動員して、解体したアプトノスから肉を薄くスライスし、皮を剥ぎ、そしてゲームで言われる竜骨を何とか取得した。それを木製のソリの上に乗せて運んできた場所は、

 

 この森林の中に位置する、個人的に丁度良い、と思っているサイズの木だった。

 

 その表面にはしっかりと巻きつけられたツタが存在し、ちょっとやそっとの事では剥がれないこのツタは、登るのには丁度良い足場だった。ソリの上にのせてあるものを既に用意しておいた、1メートルサイズの葉で包んで、それを細めのツタで縛って、口で噛みしめる様に持つ。そしてそのまま、

 

 木を登り始める。

 

 木登りなんて子供の時、公園でやって以来の事だった。

 

 だがこのサバイバルでは必要な事だったから、自然と出来るようになった。両手でツタを掴みつつ、体を上へと押し上げる様に体を登らせて行く。右手、左手、交互に動かしながら歯で噛みついているツタを落とさない様に、顎に力を入れて引っ張り上げる。

 

 そのまま、20メートル程の高さまで登る。落下した場合、死ねるだけの高さになる。最初は怖かったが、もしもランポスがここまで近づいて来た場合……等を考えた場合、最低限これだけの高さが欲しかった。何よりも、自分の寝床となる場所を支えるだけの力のある大きな枝や形は、ここが一番だと判断したからだ。

 

 そこは枝などを使って作った、疑似的なツリーハウスになっている。少し前までは枝をたくさん重ねて床をつくっていたのだが、ランポスの死体から爪と牙を入手した事で、木材の加工という概念がついに導入された。そのおかげで数日に1個、というペースだが木の板を作れるようになり、それを今はここに乗せている。天井は木の葉が勝手になっている為、雨水がここまで通る事は考えなくてもいい。

 

 人間、死ぬ気でサバイバルを始めれば案外どうにかなるものだ。

 

「ぺっ、まぁ、モンハン知識が前提としてなければ死んでただろううな……」

 

 床の上に包みを投げ上げたら、再び地上に降りて行く。ハンターの様な強靭な肉体ではない、地球人の体だ。だから普通に降りないと骨折してしまうので、足を滑らせない様に気を付けながら、何度も往復を繰り返して上に荷物を運んで行く。そうやって荷物を上へと全て運び込む頃には、それなりに時間が経過していた。

 

「うーん……やっぱり運ぶ為になんか、作った方が良さそうだよな……」

 

 上から引っ張り上げる為に滑車みたいなのがあればいいのだが……そんな加工技術はない。だから出来る事と言えば枝に引っ掛けて引っ張り上げる程度だが、そうするとツタが傷ついて、途中で千切れる可能性が出て来る。となると枝を何かで保護する必要があるが、その為に使えそうなのは……アプトノスの皮だろう。

 

 自分が先ほど狩猟して手に入れたアプトノスの素材を見る。

 

 薄くスライスした血抜きされたアプトノスの生肉

 

 それなりの大きさの竜骨。

 

 そして最後にアプトノスの皮。

 

 肝等に分類される部分は正直、自分には扱い兼ねるし、消費するならその場で焼いて食べないとならない。その余裕が今の所はない。と言うか肉を焼くなんてことをしたら、臭いが広がり過ぎる。ランポスの縄張りから此方へと来るには、ランポスでは登れない岸壁を登る必要がある。それを考えれば安全かもしれないが……まだ、完全に森林エリアを探索し終わった訳ではないのだ、油断は禁物だ。

 

 油断したからアプトノスやモスに殺されかけたのだ。

 

 臆病でいるぐらいが丁度良い。馬鹿な日本人のままだと、地獄を見るだけなのだから。

 

 とりあえず、まずは干し肉を作る事にする。此方は運よくアニメや漫画知識で軽い真似事が出来るからだ。現状、ドライフルーツの作成には失敗しているけど、肉の方は成功させたい。なので薄くスライスして、水分が抜けやすくした肉を木の板に乗せ、そこで乾かす様に並べる。

 

 これでおしまい。腐る前に乾燥する事を祈る。これが夏だったら腐るのが早いだろうが、温暖化現象もない、森の中だ。しかも秋だ。既に寒さすら感じるこの季節の中で、そう簡単に肉が腐る事はないだろう。

 

 とりあえず肉はこれでいい―――問題は冬への備えだ。

 

「アプトノスの皮はまず家の補強に使うだろう……?」

 

 まずはこのオンボロツリーハウスの強化に。水をはじくアプトノスの皮は冬、もし雪が降り始めた場合、横から入り込んでくる雪を弾き、そして風を遮断してくれる。正直冬の前に最低限、アプトノスの皮を重ねて壁を作りたいのが本音だ。まず干し肉と合わせてこれが冬の備えで必須だ。

 

 そして凍死対策もしなければならない。

 

 つまりは毛皮の調達だ。

 

 アプトノスの皮は薄く、触ってみた感じそこまで断熱性が高いわけではない。つまりこいつで風をしのぐ事は出来ても、暖かくなる訳ではない。つまり普通に凍死する可能性がある、という事だ。少なくとも何らかの毛皮を狩る必要がある。

 

 今自分がいる場所を森林中央エリアと呼んでいる。

 

 アプトノスたちがいるのは森林南エリアであり、ここには大きな川が流れている。果樹園が存在し、キノコなども育っており、それを目的に集まるモスが多いのもこのエリアになる。つまり草食竜のパラダイスなのだ。林檎の様な果物を見つけたのもここになっている。

 

 次に森林東エリア。此方は端まで移動すると岩壁が存在するのだ。鉱石が採掘できそうな場所が幾つか存在するが―――加工技術も道具も存在しないから、自然そのままで放置してある。ここを降りる事でランポス達の縄張り、巣へと降り立つ事が出来るのだ。こいつらのリーダー、ドスランポスが大体の場合で居座っている為、自分は未だにこの先へと進んだ事がない。ただ、一度、この岩壁の上から巣の入り口を襲撃するイビルジョーの姿を目撃する事があった。

 

 突然登場したらランポス達を食い殺し、そのまま奥の方へ―――巣の反対側へ、丘の方へと向かった。もう二度と会いたくない、とその姿を安全地帯から眺めながら思った。しかしイビルジョーが生息する丘の方面には絶対行きたくない。

 

 森林西エリアは更に木々が増えた、大森林エリアとなっており、薄暗いこの環境では多くのキノコやモスが見える他、ランゴスタの縄張りになっており、カンタロスと含めて結構な数が存在する。ちなみにランゴスタとカンタロスはタンパク質を補給する為にやむなく食べている為、ちょくちょく侵入しては1匹ずつ釣り出すように引き出し、全力で石を投げつけて、叩き落してから殺して焼いて食べている。ロイヤルハニーが死ぬほど欲しいから巣を探したいが、1回だけ巨大な影を見た事がある。おそらくはクイーンランゴスタなのだと思っている。

 

 ランポスの爪でならたぶん切り裂けるのだろう―――その前に大量のランゴスタに囲まれて刺殺されるのが目に見えているので、西エリアは入り口付近はうろつかない事を決めている。

 

 そして最後、森林北エリア。此方は木々が少なくなり、開けた場所に花畑が見えて来る。そしてそこを縄張りにするケルビやブルファンゴが見えるのだ。その他にも大きめの湖が存在し、そこで釣りをする事も出来るのだが、バクレツアロワナと解らず釣り上げた結果、怪我をしそうになり、釣りはそれ以来封印している。だが竜骨が手に入った今、もうちょっとまともな釣竿を作れそうだし、再び釣りに挑戦するのも悪くはないかもしれない。

 

 まず、毛皮を入手するならこの花畑が狙い目だろう。

 

 ケルビにブルファンゴが存在する。こいつらを相手にすれば毛皮を入手する事が出来るという点がある。

 

 あるのだが……実は色々と怖い。

 

 まずこの花畑、ちょくちょくランゴスタが湧く。花の蜜を集めているというのは解るのだが、それ以上に高低差が非常に少なく、木が少ないので登って待ち伏せというのもしづらい環境なのだ。その為、花畑に突入し、ブルファンゴとエンカウントすると物凄く面倒な事になるのだ。実際に一度、追いかけられて湖に飛び込んで泳いで逃げた事もあるのだ。死ぬかと思った。

 

 だからブルファンゴやケルビを狩る時は、正面から戦うか、後ろから忍び寄って一気に殺すしかない。気配遮断なんて一般人にできる訳ないだろ! ……という事で、おそらくは正面から狩猟する羽目になるだろう。その上、花畑エリアなのだ。フロンティアでのゲーム知識が正しければ、

 

 花畑にはフォロクルルが出現する可能性がある。

 

 いや、地形とかはデータとかと全く違うのだ。だがフォロクルルという竜は花畑に必ず出現するモンスターなのだ。その存在を知っていると、花畑に近づくのが恐ろしくなってくる。隠れる場所の無い花畑に出現する竜の相手なんてもはや死亡宣告に近いだろうと思う。

 

 裏設定によれば古龍はどうやら高知性を持つ上に、人間の姿を取ってコミュニケーションが出来るから、まだ会話という可能性が残っている。だが通常の竜はそんなファンタジー要素を持たない。いや、ブレスとかしている時点でファンタジーしているのだが。というか花の蜜で変化ってお前の生態おかしいよ。

 

「だけど夏服しか持ってないからなぁ……毛皮がないと間違いなく死ぬんだよなぁ……」

 

 トリップしたときの服装はジーパンにスニーカー、そして半袖のシャツ。その袖にしたって片袖を切り落として、それを長く伸ばして布として使っている。今の所、片手で爪を握る時の為のグリップとして活用している。この恰好で冬を越える? 無理無理、絶対に凍死するに決まっている。

 

「となるとケルビかブルファンゴを……できたらケルビを多く狩る必要があるんだよな……」

 

 ここら辺、前提となるゲーム知識が存在しなければもう死んでたな、と思いながら冷静に判断する。

 

「ゲームと違って急所を穿てば殺せるんだ。必要なのは一撃で確実に殺す事。それだけを考えて動けばいいんだ。確実に、一撃で、迷う事無く仕留める。それが大事なんだ……」

 

 それ以外の考えを削ぎ落とす様に自分に言い聞かせる。余計な恐怖や慢心は必要ない。生き残りたいのなら、必要なレベルまで人間性を全て削ぎ落とすのだ。娯楽や慢心、油断、安心、その全てを心から抜き取って、殺意と生存に必要な考えだけで脳味噌を埋め尽くす。他の事を考えるだけの余裕はないのだから。

 

「とりあえず……やらなきゃいけない事は解っている」

 

 一つ、冬に備えて備蓄を作る事。

 

 二つ、冬に備えて拠点を強化する事。

 

 三つ、冬に備えて毛皮を確保する事。

 

 この三つが最優先だ。冬の厳しさがどんなものかは解らないが、それでもそれが楽に終わるとは全く思えない。だから出来るだけ最悪を想定し、それに対処する様に準備を進めなければならない。

 

 自分が最弱と言われるモスにさえ敗北する程度の雑魚だというのは自覚している。アプトノスを狩猟するのに持てる道具を使ってでもないと勝てないのは理解している。ハンターの様な華々しい活躍をする事は一生不可能であると自覚している。だからこそ、油断する事無く、確実に殺す手段を選ぶのだ。

 

 部屋の隅の資材置きを確認する。

 

 自分の知識を総動員して、使えると思って集めた素材がそこには分別されて並べられている。一番便利に使っている《ツタの葉》は縛ったりするのに良く使う。《ネンチャク草》を触ってみれば一発でこれだ! と解った上に、道具と道具をくっ付けたりするのに非常に便利で重宝している。《ニトロダケ》は見た目でやべー、というのが判断できる上に、かなり熱を持ったキノコなので解りやすく、《はじけクルミ》はアプトノスやケルビが態々食べずに回避しているのを見て、直ぐにあっ、という風に解った。他にも色々と毒キノコ等を集めてある。

 

 アプトノスを狩る時は肉と皮が目当てだったから毒を使えなかったが、ケルビやブルファンゴが相手なら遠慮なく使う事が出来るだろう。

 

「あー……バクレツアロワナとかカクサンデメキン、まともな釣竿で釣れば爆発させずに吊り上げられるのかなぁ、アレ」

 

 ネットを使って無理矢理釣ろうとしたら、それに反応して滅茶苦茶爆裂しやがった魚の姿を思い出し、軽く溜息を吐く。魚を食べる事が出来れば間違いなく楽になるんだけどなぁ、と思う。というか《火薬草》欲しい。あれがあれば爆薬を作る事が出来るのだから。

 

 こう、適当にニトロダケと火薬草を巻き付けて投げつけたら爆発しない?

 

「ネンチャク草でニトロとクルミを巻き付けたら簡易クラッカーぐらいにはなりそうか」

 

 はじけクルミは衝撃を受ければ破裂するが、それ自体にはそこまで破壊力はない。ニトロダケは強い衝撃を受けるとなんか破裂する。これは自分の前髪が焦げる事と引き換えに得た知識だ。ニトロダケを雑に扱ってはならない。絶対だ。

 

「猪肉は焼き肉屋で食った事あるけど硬くて食べづらいんだよなぁー。ケルビは鹿肉に近そうだし、食えそうだからそっちに期待するか……」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら狩猟用の道具を作成する為に、資材を幾つか取り出しつつ干し肉の様子を窺う。ここら辺は肉食竜が近づかない場所で本当に良かったと思う。ここら辺にまでランポスが来るようなら今頃死んでいただろう。

 

 不幸中の幸いとでもいうべきか。いや、そもそも状況が不幸すぎて幸いもクソもない。

 

「生きる」

 

 口に出して自分の意思を確認する。弱音は吐けば吐く程心が絶望に蝕まれる気がした。辛い、いやだ、そういう事を考えれば考える程心が弱くなるような気がした。だから生きる為の選択肢を選ぶ事を当然として思考を作り、辛い、苦しいという概念を頭の中から追い出す。

 

 異常な状態だと自覚しているし、これが普通ではないというのも理解している。

 

 神様なんて出会っていないし、特殊な力を受け取った訳でもない。

 

 そしてスーパーパワーに覚醒するような事もなかった。

 

 もう、そんな生活が始まって3カ月、4カ月が経過していた。

 

 人の気配はない。見渡しても人里の姿はなかった。

 

 ハンターが探索しに来たような痕跡はなかった。完全に手つかずの自然だった。

 

 ここには逃げ場がなかった。八方に自分ではどうしようもなく突破できない環境が広がっている。ここから先へと進む事も、日本へと帰る事も出来ない、監獄の様な環境だった。どうしようもなく、自分は詰んでいるのだという事実を自覚させられる。知識も経験も足りていない。それでも、

 

 生きる。

 

 死にたくはない。

 

 だからこの自然の中で、最善を尽くすしかないのだ。ハンターとしてではなく、

 

 サバイバーとして。




 当初の予定では最初の1カ月2か月を描写する予定だった。

 だが書き始めてて余りにも絶望的に内容が酷かったのだ「おぉ、これ書いちゃあかんな……」という絶望感にスキップして、ある程度対応力の出来た秋季スタートから書いた方がいいな、という判断でこんなスタートに。苦しみだけに満ちて楽しい事が一切ない内容だったから仕方がないね。

 頑張れ、サバイバー君。明日は今日よりも苦しいぞ! 冬季的に考えて!


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1年目 秋季

 アプトノスの皮が予想よりも硬かったので、それを利用して簡単なベルトを作った。というのも、小道具なんかを持ち歩く為のホルスターみたいなものが欲しかったのだ。だから細長い形に切り出し、それを腰に巻いた。そこに引っ掛けられる様に軽い溝を作りながら、同じサイズをもう一枚用意し、二重構造にするのだ。不格好だが、引っ掛ける事の出来る道具ならこのベルトで抑える事が出来る。つまりは両手が自由になるのだ。これが中々便利で、投擲道具なんかをベルトに装着できるようになった。後はネンチャク草を使えばベルトに道具をくっ付ける事も出来る。

 

 ほんと、ネンチャク草は便利である。

 

 そういう訳でアプトノス狩猟から更に数日が経過した。

 

 竜骨はツリーハウスの骨組に一部を、一部を道具の為に利用した。皮はネンチャク草を使って骨組にくっ付ける事で壁を作る事が出来た。まぁ、明らかに皮が足りてなくて完全にツリーハウスをカバーできたわけではないが、それでも可能である事を理解できただけでも大きな成果だった。そうやってアプトノスの素材を有用に活用できる事が発覚できる裏で、大きな成果が一つあった。

 

 アプトノス肉の干し肉の完成だった。

 

 不味い。血生臭い。だけど食べられる。そういう干し肉が出来たのだ。個人的に考えていた干し肉のイメージからは程遠いのが悔しかったが、それでも乾燥された肉はたぶん、干し肉と呼べるものになっていた。少なくとも食べてお腹を下すような事はなかった。或いはこれぐらいではお腹を壊さないぐらいには体が強くなったのかもしれない。楽観はできないが、それでも肉を長期保存できる手段が生まれたのは、生活における革新だった。これからはアプトノスの肉を使って干し肉を作る事が生活のリストに追加された。

 

 そうやってアプトノスの狩猟によって生活が大幅に改善し始めた中で、次のターゲットを狩猟する為に花畑へと到着した。

 

 時間帯は朝、まだ早い時間だ。少なくとも電気が存在しないこの場所では、明るくなってからすぐ活動し始めないと色々と手遅れになる。活動できる時間という物さえも希少なリソースなのだ。

 

 アプトノベルトにクルミとニトロを合わせて作ったクラッカーを装着し、それ以外にも一応、ブルファンゴ対策にランポスの牙を絡めた小さめのネットを持ち込んできている。爪程大きくはないランポスの牙は、しかし良く肉に食い込むのだ。その為、ネットに組み込んでやれば、投げて相手がもがけばもがく程、肉に食い込む罠になるのでは? と思っている。

 

 ただこの場合、明らかに毛皮がダメになる。その為、最終手段とも呼べる道具だった。純粋にブルファンゴを始末する時にしか使えない。

 

 一応、毒テングダケも持ち込んである。これを使えばケルビやブルファンゴを狩猟するのが楽になるだろう。だけど毛皮と肉。その両方が欲しい、必要だ。特にブルファンゴの毛皮に関しては一部、防具として使用できるだけの防御力が存在するというのはゲームの方で証明されている。つまりそのまま使用する事が出来れば大いに力になるという事実がある。

 

 理想は毒を使わずにケルビとブルファンゴを狩猟する事だ。ケルビは角が薬になるというのは調合のレシピ等から覚えている。モンスターハンターシリーズを遊んでいるプレイヤーであれば、《ケルビの角》と《活力剤》を調合する事で生み出せる《いにしえの秘薬》という回復アイテムはシリーズの中でも最高の効力を発揮するアイテムだ。活力剤そのものは無理でも、角そのものはどうやら、薬の力を引き出すだけの力を持っているらしい。

 

 このサバイバル生活、風邪を引けば一瞬で終わるだろう。

 

 免疫がないし、薬もないからだ。

 

 だから保険用にケルビの角を何本か確保したい。それを薬草と合わせてなんとか……健康を保つ為のアイテムにしたい。調合の手順なんてものは知らないのだが。しかし角は薬、皮は衣服、そして肉は食料。

 

 まるで無駄がない。

 

 サバイバルの救世主だろうか、ケルビって。崇めるぞお前。狩猟出来たらだけど。

 

「……さて、花畑を探索するか。隠れる場所が少ないから怖いんだよな、ここ」

 

 木があればいいのに、この花畑は全体的に開いており、中央の岩場をぐるりと囲むような場所になっている。その岩場もつるつるしていて、登るのに不向きだ。この岩場の北側が、湖になっている。そこは絶好の釣り場になっている。フォロクルル出現の可能性を考えると心安らかに釣りなんて考えられないが。

 

 そういう意味でもここには余り、長居したくはない。さっさとケルビの狩猟を終わらせてしまおう。ブルファンゴに関しては見かけたら……ということにしよう。

 

 ネットを左肩で背負うように握り締めながら、右手にランポスの爪を握って、ケルビの姿を探し始める。ハンターなら足跡とかの痕跡から直ぐに探せるんだろうなぁ、と思いつつ、花畑を歩き始める。秋季に入ったというのに、それでも花畑は綺麗に咲き誇っている。どうやらここは一年中そういう場所なのかもしれない。冬になっても環境が変わらないのだ、ある意味モンスターハンターの世界らしいと思う。

 

「と、見っけ見っけ」

 

 ケルビが三頭程花畑でゆっくりと歩いているのを見つけた。鹿の様な姿をしたその姿を間違える筈はない。アプトノスに続くレベルの雑魚だ。モンスターハンターシリーズの序盤と言えばアプトノス、ケルビ、モスが最弱、食物連鎖の最下層として認識されている。地域が変わるとこれがガウシカとかいうのに変わったりするのだが、どうやら出現する飛竜的に環境はフロンティア、

 

 通称魔境(フロンティア)に環境が近いのかもしれない。

 

「余計な考えは止めて、狩るか」

 

 気配を殺せたら良かったのになぁ、と、そう思いながらベルトに固定させておいたクラッカーを手に取る。ニトロダケとはじけクルミを合わせたこのクラッカーは、衝撃を与えれば小規模な爆発を起こす、単純調合から生み出させる唯一の遠距離武器だった。ランポスの爪が唯一の武装である中、牽制に使えるクラッカーは重要な武器だった。

 

 爪を口で掴み、右手でクラッカーを握る。左手でネットを握り、確実にケルビを捕まえられる様に構える。三頭全部を捕まえる予定はない。まずは一頭でもいいから狩猟するのだ。狩猟出来たという事実が何よりも大事なのだから。

 

 故にケルビを前に、警戒させない様に歩いて近づく。

 

 これはアプトノスの時も同じなのだが、草食竜の類は非常に警戒心が低いのだ……人間に対して。或いは人間が敵である、という認識が非常に薄いのかもしれない。それはつまり人間を目撃したことがないという事実でもある。だから近づけば、ケルビは警戒する事もなく、此方を首を捻りながら視線を向けて来る。逃げる様子であればクラッカーを使う予定だったが、その必要はなくなった。

 

 アプトノスの場合は力と速度と群れに襲われるという性質上、奇襲からの必殺が必須だった。だけどこのケルビであれば、その必要はない。

 

「ごめんな」

 

 言葉と共にケルビの首にランポスの爪を一気に突き刺した。驚きの声が漏れ出す前にネットを落とし、片腕でケルビの首を掴み、そのまま横に倒す様にタックルし、その勢いと衝撃を利用して気道を潰す様に爪を更に突き刺す。ケルビの口から息が漏れそうになるが、爪によって防がれ、何も出てこない。驚いたように角が飛び出すも、それを無視して更に深く爪を突き刺し、

 

 一気に絶命させた。

 

「ふぅー、一匹。血抜きしなきゃな」

 

ランポスさえ出てこなければ肉食竜の類はいないと断言できる花畑だ。血の臭いに誘われて出てこない事を祈りつつ、ケルビの死体を引っ張って、花畑の端の木まで連れて行く。アプトノスの時は血を川に流したが、確か血抜きをするなら木に吊るしたほうが良い様な、そんなイメージを漫画から思い出した。

 

 そういえば新刊、どうなったんだろ。

 

 そんな事を考えながら血が出やすいように更に大きく首を切り裂き、足をツタで縛って木の枝から吊るす。どくどくと血が首筋から溢れ出すのを眺め、傷口が首元にしかないのを見て、満足感を感じる。だけどそれを感じていや、と呟く。

 

「ハンターならもっとスパっと、綺麗にやっただろ。まだまだ。まだだ、まだこの程度じゃないだろ」

 

 満足してはならない。

 

 満足してはならない。

 

 ……満足してはならない。

 

 もっと強さを、もっと効率を求めなくてはダメだ。この程度で満足している様では、生きて行けない。もっと心を渇かせて行く。狩猟に対して一々感慨を抱かない。殺せて当然だと思えるようにならなければならない。それでもどう足掻いてもハンターには届かない。だから努力も修練も鍛錬も気概も足りない。

 

「良し、次だ」

 

 ケルビの群れ全体に情報が伝わらない内に、残りのケルビを狩る。少なくともさっきの二頭は確実に殺す必要がある。

 

 故に残りの狩猟を進める為に、ケルビを追い始めた。

 

 強い相手ではない。

 

 狩猟するのは難しくはない。

 

 逃げた方角は地形的にすぐわかる為、追いかけて狩猟を続行する。

 

 結果、ケルビを合計で四頭狩猟した。

 

当初の予定ではそこまで狩猟する予定はなかったが、予想外に目撃したケルビの数が多かったのが原因だ。人間は危険である、という意識を群れ全体で共有される前に全部狩猟する必要があったのだ。まぁ、それに花畑でフォロクルルとエンカウントしなかった事も幸運だった。肉食竜も出現する事無く、実に好調といえる状況でケルビの狩猟は完了した。

 

 見様見真似の血抜き作業。ケルビの首を大きく斬り裂き、逆さまに吊るして血液を全部流させる。内臓の類はちょっと、食べられる気がしないので迷う事無く抉り抜いて地面の中に埋めた。そしてアプトノスの時の様に肉は干し肉に加工する為に薄くスライスし、干せるように準備をした。そしてついでに、花畑に肉食竜が近づいてこないという事が解ったので、ある事をついに実行した。

 

 そう、焼き肉である。

 

 焚火を起こした。方法は簡単だ。乾燥した枝を重ね、そこにニトロダケの胞子を落とし、後は適当に衝撃を叩き込む。ニトロダケが劇物な事だけあって、これだけで火が付く。そうやって出来た焚火の周囲に枝を突き刺し、その枝に薄くスライスしたケルビ肉を突き刺すのだ。

 

 そうやって焚火を眺めている事しばらく、

 

 肉が焼け始める。

 

 やはり野生の、獣の肉である事もあり、臭いは獣臭が強かった。肉、というよりは獣を焼いているという感じの臭いだった。だけど少しずつ、少しずつ肉が焼けて行き、そしてその姿が、臭いが理解して行くにつれ、抑えきれない涙がこぼれ出すのが理解できた。アプトノスの肉は冬への備えの為に全部、干し肉へと加工してしまった。その為、こうやって焼いて食べようとした事はなかった。だけど目の前でこうやって焼く肉の姿と臭いは、

 

 抗えないほどに、涙を誘った。何故だか解らないが、無性に泣きたくなってきた。焼けたそれを口に運べば、初めてまともとも表現できる、食事だったのかもしれない。生でも何でもなく、まともではなくても料理した食べ物だった。

 

「なんだこれ、くっさ! まっずっ」

 

 口の中に運んだケルビの焼肉は―――不味かった。臭みが強いし。肉は筋張っていて硬いし。良く考えれば日本で食っている肉は食肉用に育てられているんだから、野生で食べる動物の肉よりも遥かに美味しいに決まっている。自然の、手が入っていない動物の肉なんだ、食べる為の肉じゃないんだから美味しくないのは決まっている。

 

 だけど……だけど、

 

「クッソ、不味い……不味いわ。トウガラシでも見つけてこなきゃ話にならねぇ」

 

 そう言いながら食べる事を止められなかった。肉を焼いて、食べる。此方に迷い込んでから初めて、文明的な食事を自分がしている事実に、涙が止められなかった。この程度の事で満足する事なんてできないし、止まる事も出来なかった。それでもこうやって肉を焼いて食べていると、嫌でも日本の食事と比べてしまう。

 

 何も考えず、当たり前の様に食べていた時代。

 

 自分は何て幸せだったのだろうと思う。そしてこうならなければその有難さを理解しない自分も、何て救いがないのだろう。

 

「父さん、母さん、心配していないかな……」

 

 肉を食べながら日本の両親を思い出す。大学に行くために一人で生活を始めた時、スマートフォンが壊れた結果しばらく実家と連絡を取らない時期があった。その時、ウチの母親は偉く心配したそうで、その心配性で体調を崩してしまった程だ。

 

 突然、息子が異世界でサバイバルを始めたと知ったら心臓ショックで死ぬんじゃないだろうか。

 

「サバイバルして帰って来ました、とか教えたら笑えるな。あー、でも本に出来そうだ」

 

 生きて、帰って来れたら。そう思いながら口の中に肉を叩き込んで、飲み込んだ。アプトノスの干し肉同様、欠片も美味しくはなかった。だが肉を焼いて食べる、というのは文明の行いだった。取ったままを食べるのではなく、それを料理するというのは人間の、知性の行いだ。自分がまだ生きている人間である、というのをおかげで自覚出来た。食べ終わり、火を消した所で日は沈み始めていた。段々と空は暗くなり、夕日が見え始める。

 

 夜になれば星と月以外の明かりがなくなる。そうなると夜行性の動物が一気に活動を始める……正直、余り活動したくない時間帯だった。予想外に多くケルビを狩ってしまったのだ、その分、帰りは少し遅くなってしまう。そろそろゆっくりしていないで、早めに帰らなくてはならないだろう。

 

「うっし、行くか」

 

 呟き、ネットを置き、代わりに解体したケルビの皮と肉を抱えた。流石に四頭分全部は一度には無理なので、何度か往復する必要がある。それまでに肉が喰われていない事を祈りつつ花畑を後にする為に歩き出そうとした。

 

 と、した。

 

 動きを止めるものがあったからだ。

 

鳥の嘶きの様な声が響いた。

 

「―――」

 

 心臓を鷲掴みにされる様な恐怖と共に、空を滑空する様に飛翔する、カラフルな色彩の体を見た。夕日に照らされるそれは絢爛な色を輝かせながら旋回し、鳴き声を空に響かせながら段々と高度を落としてくる。

 

 その、竜の名を知っている。

 

 花畑でしか目撃されない、花の蜜を吸う竜だった。

 

 その名をフォロクルル。シリーズの魔境(フロンティア)出身の竜だった。

 

 絶対に戦ってはいけない。抗う事を考えてはいけない。()()()()()()()()()()()()()()と本能が叫ぶのと同時に、持っていたケルビの肉も毛皮も全て投げ捨てて、その日の成果を全て放棄し、花畑に背を向ける様に全力で走り出した。ランポスの爪なんて象につまようじ程度のものでしかない、こいつ相手には。

 

 だから逃げるしかなかった。

 

 追いかけてこない事を祈って。馬鹿だった。フォロクルルが花畑に生息する可能性を知っていたのに、なのに肉の誘惑に負けたのだ。

 

 振り返る事無く、走り続ける。フォロクルルが追いかけてこない事を。ただひたすら、祈りながら暗くなって行く森の中へと逃げる様に。

 

 ただただ、走り続ける。

 

 

 

 

 自己嫌悪と羞恥で死にそうな気持を堪えながら朝、ツリーハウスで目覚めた。フォロクルルとはエンカウントする可能性があったのに、最後まで気を抜かずに居なければいけなかった。なのに、それを怠った結果が昨日の醜態だった。自殺したくなってくる。だけど死にたくはないから、改善するしかない。もっと油断しない様に、忘れない様に頑張るしかない。幸い、フォロクルルは襲い掛かってくる事も追いかけて来る事もなかった。肉食ではなく、蜜を食べるからだろうか。

 

 しかしあの巨体を蜜で維持するとはどんなファンタジーなのだろうか。

 

「あー、糞。本当に俺はクッソだな……」

 

 罵倒しながらも、朝になったら活動を開始する。アプトノスの干し肉を噛み千切って、味わわずに飲み込む。このクソ不味い干し肉を食べるには、これが一番現実的なやり方だった。その後で果物を少し齧って、お腹の中を満たしたらツリーハウスを出て、花畑へと向かう。

 

 道具は爪にクラッカーだけだ。フォロクルルが見えた瞬間、再び逃亡確定だ。何とかしてランポスの牙を使ったネットだけでも回収しておきたい。今の所、ランポスの爪と牙は、持っている分しかなく、これ以上増やすのも難しい話なのだ。少なくとも今の自分にランポスの狩猟は無理な話だ。もっと強くならなければだめだ。

 

 故に道具の回収を最優先として花畑へと向かい―――自分の道具や戦利品が、荒らされていない事に安堵を浮かべた。花畑の隅に放置されているネットや毛皮を見て溜息を吐いた。

 

「良かった……アイルーとかがいれば間違いなく盗まれていそうだったけど」

 

 やっぱり、この周辺にアイルーとかはいないのだろうか? まぁ、いないっぽいよな、とは思う。アイルーがいればもうちょっと住みやすい環境だったと思う。野生のアイルーであれ、文明を築くだけの力があるのだから。

 

「うっし、フォロクルルが来る前に全部運ぶか」

 

 花畑を眺め、遠くにブルファンゴが見える事に警戒心を上げながら、此方が見つかる前にさっさと必要な物を集めて撤退しよう。余計な欲は自分の身を滅ぼす事は良く解っているからだ。荷物を抱えている状態でブルファンゴと追いかけっこなんて想像もしたくはない。

 

 そういう事でさっさとネットと毛皮を優先して運び出す。肉は一晩放置していたのがよかったのか悪いのか、いくつかが乾燥して干し肉になる途中の姿を見せていた。腐ってないよな? 大丈夫だよな? 不安に思いながらも齧ってみて、アプトノスと同じレベルで不味かったからセーフと判断した。未だにまともな干し肉の作り方は解らないが、お腹は痛くならないし、下痢にもなってないし、ちゃんとお腹いっぱいになる。ならこれで成功であるに違いない。

 

 そうだと誰か言ってくれ。

 

 ともあれ、時間をかけて花畑とツリーハウスを往復する事でケルビの素材はツリーハウスへと持ち帰る事に成功した。

 

 一番安心できる拠点の中に入って、腰を落ち着けながら自分が剥いだ毛皮を確認する。これが現代の知識だと皮を鞣す必要があるらしいが、その具体的な知識がないから、原始バーバリアンスタイルの毛皮しかどうにもならないのが現実だ。それはともあれ、

 

 剥いだケルビの皮は、どれもザクザクと、所々穴が開いている。正直、アプトノスよりも気になるレベルで。アプトノスの皮はまだ手ごたえが硬かったから良かったのだが―――ケルビの毛皮は、予想よりも柔らかったのが問題だった。おかげでダメにはなっていないが、それでも見た目がぼろぼろだ。

 

「まぁ、素人が手を出せばこんなもんだよな……」

 

 このまま毛皮のローブにしようとしても、穴だらけになるだろうから、何枚も重ねて穴を隠す必要が出て来るだろう。あとは……そうだ、セッチャクロアリだ。たしかモンスターハンター世界にはそんな結合を助ける虫の存在があった筈だ。アレを使って毛皮を重ねたり、傷を隠す事を考えればいいのかもしれない。

 

「とりあえず干し肉を増やして、これで毛皮も四頭分……全然足りないな」

 

 ネンチャク草だけでは限界があるから、どこかでセッチャクロアリを探してくるとして、毛皮も皮も備蓄も正直、これでは全然足りないと思う。

 

「正直、冬がどれだけ冷え込むのか、どれだけ環境が変化するのか、っていうのが解らないから怖いんだよなぁ……」

 

 例えばこのツリーハウス、紅葉で葉が落ちるのなら、今は天井が葉っぱによって支えられている状態なので、改めて天井を作る必要が出て来る。その場合、更にアプトノスを狩猟する必要が出てくるのだ。

 

「……やっぱり、アプトノスとケルビを狩る量を増やさなければだめだな、こりゃ……」

 

 どう考えても一頭や二頭狩猟数を増やした所では足りなかった。となるともっと積極的に外に出て、アプトノスやケルビを狩猟する必要がある。……或いはブルファンゴを狙う方が良いのかもしれない。ブルファンゴはケルビよりも遥かに頑丈な生物だ。その分、狩猟するのは大変だろうが、それでも頑丈という事は誤って毛皮を傷つける事が難しい、という事だ。

 

「そういやぁ《クモの巣》を《ツタの葉》と調合するとオーソドックスなネットが調合できたよな」

 

 それを更に《トラップツール》と調合する事で《落とし穴》を作成できるのだが―――正直、ただのクモの巣が飛竜を何秒も拘束する事の出来る道具へと変貌するというのだから、驚きである。

 

 それだけ強いのなら、糸替わりに出来ないのだろうか?

 

「うーん……今度は西エリアでセッチャクロアリとクモの巣探しか……? 普通に糸が手に入らないのが辛いなぁ」

 

 自分の服を解体するのは最終手段。なにせ、無事な服装は重要だ。特にこういう森林の中では。場合によっては虫刺されでぽっくり熱病を患って逝くかもしれないのだから。やっぱり、新しい服を確保したい。

 

 その為にはトライ&エラー、数をこなして資材を集めるしかない。

 

 布はまぁ、やっぱり無理だ。だけど皮なら何とかなる。だからそれで作れるものを作るしかない。ケルビだってまだ腐る程いるんだ。集めればケルビ皮のベッドなんて作れるかもしれない。

 

 そう考えるとまだ夢はある。

 

「ま、とりあえずはアプトノスとケルビ狩りだな。連中の居場所を探して、次を狩る準備をしなきゃな」

 

 保存が効きそうなものを探しつつ、更に備蓄の為に狩猟を進める。その合間に体を鍛えなければならない。休んでいる暇なんてない。油断も慢心する暇もない。フォロクルルの事も忘れてはならない。

 

 ここは大自然、死は唐突にやってくる。

 

 だからこそそれまでに必死に、備えなければならないのだ。




 なおフォロクルルそのものは臆病な性格らしいので、見かけた所で直ぐに襲う様な生態ではないらしいのね。なのであのタイミングで逃げて正解だったりする。

 次回から冬へ……。サバイバルは更に厳しくなって行く。


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1年目 冬季

 死ぬ。

 

 このまま眠り続けて死ぬ。

 

 冬に入って最初に感じたことがそれだった。

 

 何時ものツリーハウス、毛皮を重ねて作ったベッド、その上から毛皮を被って暖かくして寝ていた。だが朝起きた時に途中で毛皮を蹴ってしまったのか、それが原因で毛皮が大きくズレていた。それで体が外気に晒され―――凍死しかけていた。体が動かない。寒さで体が固まって、まるで動かない。うおおお、と雄たけびを上げながら体を動かそうとして、漸く体が動き始める。

 

 寝相の悪さは死因に繋がる。新しすぎる発見だった。

 

 

 

 

 冬季に入ると一気に温度が下がり、秋季がまだまだ優しかったという事を知らされるレベルで冷え込んでくる。秋季の間にケルビやアプトノスを大量に狩猟し、ついでにブルファンゴも狩猟したおかげで毛皮は大量に獲得できた。クモの巣を糸替わりにするというのにも成功し、なんとか、ギリギリの所で冬の生活を踏ん張っている、という形になった。正直、毛皮集めに失敗していれば死んでいただろう、と思っている。だから冬の間は不格好な毛皮のマントが標準装備となっていた。というよりも、大きな毛皮なので頭を通す為のスリットを作って被る、ポンチョの様な形が一番近いのかもしれない。この毛皮マントのおかげで、体を暖かく保つ事が出来た。

 

 次は服の作成を行うところだったが、技術力が余りにも足りず、今のところは作成できる未来が見えない。

 

 とはいえ、冬季だ。

 

 ついに冬がやって来た。

 

 気温が一気に冷え込んだ大森林からは、虫の気配が完全に消え去った。紅葉を終えた木々は葉を無くし、そこに実っていた果実の類も姿を消した。実りと命が消え去る極寒の季節がやって来たのだ。覚悟してはいたが、予想をはるかに超える厳しさに溢れていた。

 

 野菜と果物が採れなくなった。正確には今まで頼っていた野菜と果物、だが。どうやら冬になると普通に採れなくなるらしい。まぁ、だがこれは正直予想していた。そういう事もあって事前に採取できるだけ採取し、集め、溜め込んだ。ある程度は腐るから早めに食べなくてはならないだろうが。同時にそれを見越して干し肉もたくさん作った。山になる程集めたが、それで冬を乗り切れるかどうかは、正直怪しい所だった。

 

 そして草食竜達がどこかへと去った、というのも一つの問題だった。

 

 どうやらアプトノスやケルビはより暖かい地域か、或いは食べられる草のある場所へと移動してしまったらしい。まだ雪が降ってはいないが、彼らの大移動は不安を感じさせるものだった。この先、もっと環境が悪化するのではないか……? と思わせるのだ。とはいえ、ここから出て行ける訳でもないのだ。このツリーハウスを超える拠点が存在しないのだ。故にここで何とかやって行くしかない。

 

 ともあれ、今日も朝を生きて迎える事が出来た。その事に感謝する。神や見えもしない概念ではなく、自分の悪運と、健康な体に産んでくれた両親に感謝をするのだ。貴方達のおかげで今日もなんとか生きています、と。

 

 それが終わったら《薬草》と《アオキノコ》を磨り潰して混ぜた液体と《ケルビの角》を砕いて粉末にしたものを口の中に放り込んで飲み込む。レシピ的には《回復薬》というモンスターハンターおなじみのアイテムに、ケルビの角を使った薬効を高めたオリジナルのアレンジだ。とはいえ、今まで回復薬の様な物体で傷が癒える事も、疲れが取れる事もなかった。

 

 だが病気の予防のためには迷信でもいいから、何か、免疫が付きそうな事をしたかった。風邪薬が手に入らない状況で風邪だけは引きたくなかったのだ。その為にはこういう事だってやる。

 

 生きる為には手段を選べないのだ。

 

「さて、今日も偵察に出るか……今日も居なければこれで確定しても良い頃だろうしな」

 

 朝食と予防を終わらせた所で、探索に出る為の準備に入る。格好は日本からの服装の上に毛皮のマントを装着し、ベルトに爪やクラッカーを装着する。それから腰に装着するのは余ったアプトノスの皮で作った筒だ。

 

 これが割とふにゃふにゃなのだが、ある程度の物であれば中に入れる事が出来る。一応、そこには木を差し込んで、とがったものを入れても大丈夫なようにしてある。そう、これは―――矢筒なのだ。

 

 壁に立てかけてある新しい武装、《弓》を手に取る。

 

 これは竜骨を削って作った弓だ。

 

 秋季、アプトノスの狩猟に成功した。その結果、竜骨という原始的ではあるが、ハンターの装備にさえ利用されている素材が手に入ったのだ。特に秋季のぎりぎり、子アプトノスではなく親アプトノスを一頭ずつであれば狩れるようになったのが美味しかった。こいつらは肉が多く、その場で焼くと非常に美味しく食べられるのだ。ケルビ肉のまずさは何だったんだよ! というレベルでこいつら、美味しいのだ。

 

 ともあれ、そんな親アプトノスから剥ぎ取れる竜骨はそれなりに大きく、ランポスの爪を使えば少しずつ削り、それを弓の形に整える事が出来たのだ。とはいえ、かなりの神経と時間を消費した上、ランポスの爪を一つ、駄目にしてしまったのが辛い。

 

 だがそれと引き換えに、竜骨の弓が一つ、そして竜骨を削って作った竜骨の矢が数本出来た。

 

 ただこれは問題として、数メートル程度の距離じゃないとまともに飛ばないという点があった。これは純粋に俺の筋力不足であり、道具が悪いという点もある。まともに射る事で突き刺さる距離は目算、3、4メートル程度だ。それ以上になると矢が大きく逸れてしまう。練習する必要があるのは事実だが、圧倒的にリーチの短かったランポスの爪の代わりに使える武装が増えるのは、たとえ数メートル程度の差であろうと、狩猟に関する大きな進歩だった。

 

 何よりも、これを使えば態々ブルファンゴの突進を避けてから突き刺す、という事をしなくていいのだ。

 

 回避する前に突き刺して、そこから回避してまた射る。つまり攻撃回転数を一気に加速させる事が出来るのだ。体力が成人男性並みしかなく、ハンターの様な極限状態での長期戦が出来ない自分にとっては、これは非常に重要な事だった。

 

 何よりもクラッカーを投擲して目を潰し、それで混乱している間に弓を射れば、そのまま近づかずに一方的に殺せるという事実も非常に素晴らしい。結果、ランポスの爪を潰してしまったが、矢そのものを突き刺して利用する事も出来る為、非常に有用な装備だった。

 

 これからはランポスの爪と並び、これがメインウェポンとなるだろう。

 

 課題は弓の腕前を上げる事と、もっと良い弓を作る事だろう。

 

 弦の代わりにしているクモの巣も何個も集めたのをくっ付けて、束ねては細くして利用している。これで恐ろしい程の強度が出て来るのだから、この世界の素材は本当にファンタジーに突っ込んでいる。

 

 まぁ、それはともあれ、片腕に弓を通し、矢を全部で6本、矢筒の中に収め、ベルトの中に最後のランポスの爪を収納した所で出かける準備は完了する。

 

 そのまま、一気にツリーハウスの外に出て、ツタを伝って下へと向かって行く。一番下には落下事故を想定して一応、毛皮や木の葉を使ったクッションを敷いてあるのだが、これが今の所、必要になった事はない。一応安全策として敷いてあるだけなのだが、この毛皮は回収して寝るときに使った方がよいのかもしれない。

 

 そんな事を考えつつ降りた所で息を吐き出す。

 

 立派に白く染まる吐息は、冬の寒さを物語るものだ。指を服のポケットに突っ込みたいなぁ、と思いながら、両腕には袖がない服装である為、ケルビの皮を巻いてある。これで幾分かマシになっている。今度、真面目にグローブかなんかが欲しいけど流石に細かいのは作るの無理だよなぁ、と思いつつ、歩きなれた森林の中を歩き進んで行く。

 

 向かう先は夏季も秋季にも行けなかった場所だ。

 

 即ち東エリア、岩壁。

 

 その直下がランポスの巣となっている場所である。

 

 東エリアは岩壁となっており、東エリアの向こう側とはそうやって分け隔てられている。おそらくは大きく迂回すればもっと安全に降りられる場所があるのだろうが、その場合どこの縄張りに突入したもんか解ったもんじゃないし、花畑にある湖か、或いは川を渡った向こう側へと行く必要がある。地味に川は300メートル以上の距離が対岸まで存在するから無理だし、湖も湖で、中央の方は底が見えない。ガノトトスの住処に繋がっていたら俺、死ぬ。

 

 そういう訳でルートはこの岩壁を降りる所しかない。

 

 そして岩壁の下、その荒れ地にはランポスの巣が広がっている。その向こう側へと進めば丘が見えるのだが、今まではこのランポスの巣が原因で、丘へと進む事が出来なかった。

 

「―――やっぱランポスがいねぇな」

 

 岩壁の上からランポスの巣を見下ろしながら、ランポスの姿どころか気配もないのを確認していた。ランポスの巣に在った卵も、全部が割れている。どうやらランポスの子供は孵っていた、冬季の前に。それを引き連れて移動した、という事なのだろう。もう既にこうやってランポスの巣を観察する事は冬季に入ってから何度も確認してきた。

 

 その理由はこいつら、冬季になったら移動しないか? と思った事からだ。

 

 ポッケ周辺をメインとするモンスターハンターポータブル2ndでは、ランポスではなくその亜種であるギアノスがランポスの代わりの初期鳥竜種モンスターとして出現してくる。これは元々昔存在していたランポスのレア種、白ランポスから設定を引き継ぐように構築されたモンスターだと言われているが、MHP2からギアノスが出現して以降、自分の記憶が正しければギアノスが寒冷地に適応進化したランポスの亜種である、と記録されている。

 

 ただこのランポスの巣では一度も、ギアノスを見かけた事がなかったのだ。だから冬が始まればランポスが消えるのではないか? と思ったのだが、どうやら正解だったらしい。ここしばらくランポスの巣をこの岩壁の上から観察し続けているのだが、ランポスが戻ってくるような気配はない。

 

「やっぱり、草食竜を追って移動したんだな、ランポスも」

 

 ふぅ、と息を吐きながらこの冬季は死ぬ可能性が飛躍的に上昇しながらも、同時にチャンスである、と、捉えた。何せ、普段はここを塞いでしまっているランポスが冬季の間は消えているのだ。つまり、ランポスの相手をする必要もなく、丘まで移動する事が出来るのだ。

 

「うっし、じゃ……そろそろ降りるか」

 

 ツタの葉、クモの巣、そしてネンチャク草。この三つを合わせて作ったロープを木に巻き付けてからそれを岩壁の下の方へと垂らす。特殊部隊が下がる時の様にツタを握り、壁を軽く蹴る様に手を少しずつ、少しずつ滑らせて下へと降りて行く。

 

 そうやって少しずつ岩壁を降りて行く。ハンターたちはこういう壁をフォークもなしに降りて行くから人間じゃねぇよなぁ、と思いつつ時間をかけて、下まで降りる事に成功する。

 

 ランポスの巣と思わしき大きな鳥の巣が見える他、周囲には色々と骨などの素材が落ちている。

 

「っと、やっぱりあったあった」

 

 そこで拾い上げるのはランポスの爪と、その中でもひときわ大きい、爪―――おそらくはドスランポスの爪だろう。サイズ的にはもはやダガーサイズはあるであろうドスランポスの爪は、サイズ的にはランポスの爪よりも遥かに握りやすそうで、尚且つ鋭利に見えた。今まで使っていたランポスの爪よりも此方のが多少古くても、もっと使えるだろう。何より前の爪よりも長いから、普通に使いやすいのが良い。

 

「ふぅ、これで武器や材料の類は確保できるな」

 

 これが最初の目的だった。

 

 武器の確保。

 

 今まではランポスの爪一本で頑張って来た。最近は弓を増やした。それでも十分とは言えない。加工にも爪は使っているのだから。だからどこかで、もっとランポスの素材を調達する必要があった。

 

 だけど俺がランポスを相手にする?

 

 冗談じゃない。

 

 そんなのとてもじゃないが不可能だ。

 

 ランポスは一匹出現すれば三匹は隠れているものだ。自分のキルスピードであれば、一匹殺している間に応援を呼ばれて、その間に囲まれて食い殺されるであろう未来が見えている。ならどうすればいいのか?

 

 生え代わりに抜けた素材を拝借すればいいのだ。

 

 だからこうやって、巣から連中が消えるのをずっと待っていた。ランポスの巣はランポス達の拠点であり、子育ての場であり、同時に老衰で死ぬ場所でもある。死体が残っていない感じ、死んだら共食いしているのだろうと思うのだが、それでも骨や爪、牙の類は吐き出されて転がっている。ゲーム時代はそういう風に採取する事は出来なかったが、話がリアルになれば変わってくる。

 

 生態を利用させて貰おう。

 

 特にドスランポスの爪は貴重品だ。自分では狩猟できない存在の一部を装備品として使わせて貰おう。前よりも長いこの爪であれば、もっと効率的に急所を抉る事も出来るだろうと思う。ベルトにドスランポスの爪を三本、ランポスの爪を五本収納する。冬の間に、ここで見つけられる爪はなるべく多く採取しておきたい。そうすれば春季、夏季、秋季、と次の冬までは道具の事は安定してサバイバルし続けられるだろう。

 

「……まぁ、脱出の事を考えなきゃならんけどな」

 

 少なくとも集落が存在するとしたら川の流れた先だと思っている。つまりはこのランポスの巣の向こう側、丘へと入った方にあるんだと思う。昔の文明、都市や街は川下に作られる……という話は割と聞く。そうでなくても海へと繋がるルートを見つければ、それだけでも海沿いに歩いて港町を探す事が出来るから環境が変わってくる。

 

 この先、更に新しい拠点を丘の方で構築する事も考えなくてはならない。

 

 ランポスの巣が攻略できない間は、基本的に森林エリアに隔離されていると言っても良い。丘に何か重要な場所があったとしても、そこへの到達をランポスの巣がバリケードの様に塞いでいるせいで到達できないのだから、こうなったら丘に一つ、拠点を作る必要がある。いや、此方の地形の事は余り解ってはいないのだが。

 

「とりあえず……欲はかかずに、一度採取品を拠点に置いてくるか」

 

 そう思いながら更にランポスの鱗を拾い集めておく。今の所、何に使えるかは解らないが、持たないよりはマシだ。だからランポスの鱗を軽く集めた所で、視界の隅、荒れ地に咲く植物を見た。

 

 根本的に植物が地球とは違う生態をしているモンスターハンターの世界ではあるが、実は一部植物に関しては見覚えがある。

 

 一つはゲームの中でその姿を見る機会があったパターン。これは割と少ないが、マップシンボルが採取物を模している場合があるので、ちょくちょく見かける事はあるのだ。そしてもう一つ、これはシリーズ大全みたいなのが公式から販売されており、装備だけではなく採取品やアイテムの絵などが載っているものがあり、

 

 その植物の姿を見た時、即座にその記憶が脳裏に浮かび上がった。サボテンの様な形をしたその植物は水分の少ない場所にしか生息しない植物の筈だが、間違いなく。即座に飛びつく様に近づきながら、葉の部分を爪で切り取って、慎重に保存する。

 

「《火薬草》だ……!」

 

 天然の植物の状態なのに、鼻を近づければなぜか火薬の臭いがする。植物であり、火薬なのだ。おかしいと思うかもしれないが、モンスターハンターという世界で、火薬に関するハードルが一気に下がるのはこれが普通に育っており、店で購入できるからになっている。つまり、こいつだけで火薬の有無に関しては問題が解決する。

 

 《ニトロダケ》と《火薬草》を調合する事で《爆薬》を生み出せる。

 

 そして《爆薬》からは―――《大タル爆弾》が生み出せる。

 

 ()()()()()()()()道具だ。これを作成する事が出来れば、ランポスやドスランポスを相手に戦える可能性が出て来る……かもしれない。切り札が出来た程度で勝利出来る、とはなるべく考えたくはない。それでも攻撃手段を持っているという事は非常に安心できる要素でもあった。良かった、良いものが採取出来た。心の中で早速出来た成果に安堵しつつ、早めにこれを拠点に置いておきたいがために、一旦、拠点へと戻る事にする。

 

 岩壁から垂れているツタを掴み、それを登り始める。降りるときは楽だったのだが、やはり登る時はそれなりに大変だった。少し、体を鍛え足りないなぁ、と思いながら岩壁を登り切った所で、

 

 竜の遠吠えが聞こえて来た。耳を殺すような咆哮に思わず両手で耳を押さえると、凄まじいまでの殺気と怖気を感じ始める。体を大地に伏せながら、素人でも解る様な濃密な死の気配に震えを感じながら、ゆっくりと岩壁の下を覗き込んだ。

 

 岩壁の下、ランポスの巣に入り込んでくる巨大な姿を見た。

 

 その大きな体に不釣り合い、アンバランスとも表現できる小さな足と強靭で巨大な顎。黒く変色し始めた肉体はまるで怒りを象徴する様であり、どこまでも貪欲に、そして苛烈に食欲によって突き動かされる悪鬼の姿がそこに見えた。

 

「……早めに戻って本当に正解だったな」

 

 それは暴食の竜、イビルジョーと呼ばれる竜だった。脳味噌が100%食欲によって支配された竜であり、どこまで行っても喰らう事しか考えてない、傍迷惑な奴だった。それに肉があるというならアプトノスでもランポスでもまたは飛竜古龍人間、なんでも関係なく食らい尽くすという奴だった。

 

 しかも恐ろしい事にこいつに満腹とかいう概念は存在しないらしい。

 

 黒く濁った色のその体は、怒り狂うイビルジョーとも、或いは飢餓ジョーと呼ばれる個体だ。とにかくお腹がぺこりん。ぺっこぺっこである。だから機嫌が普段よりも悪い。

 

 おいおい、死ぬわ俺。

 

 そーっと、岩壁の上からイビルジョーを眺める。爆弾で殺せたらいいね……いい夢は見れた? そうか、死ね。そういう相手だ、アレは。熟練のハンターでさえ偶に即死するような手合いで、システム的な防御力がないのだから、噛まれたら死ぬ。踏まれても死ぬ。体当たりされても死ぬ。ゲロ喰らっても死ぬ。たぶん接近し過ぎたら咆哮で耳が潰れて前後不覚になって食われて死ぬ。

 

 死因の塊だ。

 

「お前、冬に生物のいなくなった所うろつくとか馬鹿なの? 餓死するの? 俺を殺しに来た試練かなにかなの……?」

 

 岩壁の上から小声でつぶやきながら眺める。どうやら飢餓ジョーはこの冬、アプトノスもランポスも居なくなった丘エリアで新生活を開始したらしい。物騒なお隣さんが出来たぜ、と笑う事さえできない。

 

 マジで、笑う事さえできない。

 

「俺の人生の難易度設定間違えてねぇかなぁ……」

 

 呟きながら飢餓ジョーが食料を求めてランポスの巣を探し回る姿を見て、何もないのを確認してから去って行く姿を見た。やはり、丘エリアもそのまま普通に探索できそうにはなかった。となると、ギリースーツでも一つ、作ってみるべきだろうか? だが材料となる木の葉の類が今の季節、全部枯れちゃって手に入らないのが問題だ。

 

 しばらく、イビルジョーが去った方向を眺めながら、無言のまま考える。ここからどうするべきかを。だが結局の所、丘エリアも探索しないと手詰まりになる事は見えているのだ。そしてランポスに邪魔されずに丘へと向かえるのは今の所、これが初めてで、冬の間だけだ。

 

「……数日、大人しくしよう」

 

 それでイビルジョーが此方には食料がないという事を悟って去るのを祈ろう。丘を探索する事は必須の行いなのだ。森林エリアは探索が煮詰まっている、とも言える。まだ西エリアがあるが、あそこは奥がランゴスタの巣になっている。入り口付近にはランゴスタの気配がなくても、奥の方がそうとは限らないし。第一暗すぎて奥の方が探索できない。もはや木々の洞窟と言えるレベルで暗いのだ、あそこは。

 

「とりあえず出来る対策をするだけして、丘の探索をするか……もっと沢山荷物を運べるように籠か箱が作れればいいんだけどな」

 

 呟きながら完全にイビルジョーの気配が去った事を確認し、起き上がる。

 

 予想していた方向とは違うが、違う意味でこの冬は試されそうだった。




 ご近所さんの飢餓ジョーさん。冬の間だけバカンスに来ているよ。

 アーチェリーを経験した事あるけど、相当腕の筋力を鍛えてないとアレ、全く飛ばすどころか引く事さえ難しいので、こんな環境で鍛えられようとも、数か月しか経過してナイト、とてもだけどハンターみたいな弓技は無理なんだよなぁ、と思いつつ飛ばせる武器というのはそれだけで貴重で強い。

 冬は続くのさ。


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1年目 冬季 Ⅱ

 数日が経過し、イビルジョーがどっかに引っ込んだ事を祈ってから再び、ランポスの巣に降りた。岩場と呼ばれるこの地形は丘に続いており、そこから続く山脈に繋がっている様になっている。つまりここが丘と山の端になる。丘と山、それは今まで居た森林とはまるで違う環境だ。隠れられる場所はかなり少ない。場合によってはドスランポスの爪と弓で接近戦を繰り広げる必要が出て来るかもしれない。

 

「まぁ、最低限何か新しい食料を発見できればいいんだけどな」

 

 クソ不味い干し肉を口の中でもちゃもちゃと噛みながら、常に警戒しつつランポスの巣を抜けて、丘の方角へと向かう。喋る度に零れる吐息は白く染まり、生物の気配を全く感じさせない。やはり冬になるとどこかに移動するか、或いは引きこもっている様に思える。

 

「冬に育つ野菜で狙い目はじゃがいも、って所かな。果物なら林檎かイチゴだな。野苺なら存在していてもおかしくはないし。ただ此方でも同じ様に育っているのかどうかが問題だな」

 

 後は何だっけ? ……キャベツ? まぁ、地球の野菜って品種改良の結果、季節感皆無なので知識ががばがばだからここら辺、まるで信用できない。とはいえ、そろそろ新しい食材が欲しいのも事実だ。レタスやキャベツ辺りは真面目に欲しい。トマトは冬に入ってからは実ってないので、深刻な野菜不足なのだ。

 

 そんな事を考えながら歩いていると、水の気配を感じる事が出来る。大きな水音に誘われる様に進行方向を決めれば、岩場に大きな滝が見えた。上の方へと視線を向ければ、それが森林南エリアの方から続く川の先であるというのが位置的に理解できる。滝つぼの方を確認すれば、かなり滝つぼの方は深くなっている様に見える……これなら飛び込んでも……いや、普通に怪我をする高さだから飛び込む事は考えない方がいいだろう。

 

「んー、流石に利用方法が思いつかないな……」

 

 まぁ、しゃーない、と思って視線を外した所で、水辺に近づく気配を感じた。

 

 即座に弓を取り出し、矢を番えて構えながら、水辺に出て来た存在を見た。どこかふわふわとした白い毛皮を纏い、そして螺子曲がった角を持った、ヤギの様な姿をした生物だった。一瞬、解らない存在だったが、此方を見て、構えているのを見て、それでも興味津々に近寄ってくる姿を見て、漸く思い出した。

 

「なんだ……エルペかぁ……」

 

 ふぅ、と息を吐きながら矢を矢筒に戻し、弓を背負い直した。その間にもエルペはどんどん近づき、接触する距離にまで来ると、周りを歩き始める。物凄い人懐っこい奴だった。ただそれが一匹ではないのだ。エルペが一匹此方に寄って来たかと思うと、今度は二匹、三匹と集まってくる。

 

「ははは、人懐っこいなぁ、お前らは」

 

 軽く頭を撫でてやれば、それに反応する様にもっと撫でてー、と言わんばかりに擦り寄ってくるのだ。こいつら、エルペはそういう草食獣だ。見た目はヤギで、そして生息地はゲームだと……確か高地と呼ばれるエリアだった筈だ。確かにここは山の麓で、滝と川があるから、山から下りてきて水を飲む場所なのかもしれない、と覚えておく。場合によっては大型竜が出現するかもしれないからだ。

 

 しかしこのエルペ共、ささくれ立った心が癒されて行くのが解る。

 

 何せ、モンスターハンターシリーズで最も人懐っこく、温和な野生動物だと認識されているからだ。ゲームだとハンターが武器を抜いた状態であっても近づいてくる他、眠り始めると一緒に集まって眠るという事までするのだ、こいつは。人懐っこいとかいうレベルじゃない。あぁ、ペットとしては心癒される存在だろうなぁ、と思う。

 

 とはいえ、自分にとって重要なのは、

 

 こいつが、ケルビ以上にもこもこしているという事実だ。

 

 こいつの毛皮は、ケルビよりも価値が高く、暖かい。軽くその毛並みに触れただけでもその肌触りの良さ、そして暖かさが伝わってくる。出来る事ならエルペに囲まれて眠るのが一番の凍死対策になるんだろうなぁ、と思いつつも、流石にあの垂直な岩壁をこいつらに登らせる事は不可能だ。

 

 狩猟して毛皮にするしかない。

 

「ま、お前らの相手はまた今度だ。今は探索優先でかさばる事はしたくないしな」

 

「……?」

 

 言葉を理解していないエルペはもっと遊んで、と言わんばかりに絡んでくるが、エルペの恐ろしい所はこいつがグレンゼブルという大型竜との共存状態にある、という事実だ。その細かい内容は覚えてないのだが、蛮竜と呼ばれるグレンゼブルはエルペのいる高地に出現する竜なのだ。エルペに釣られる様に出現した場合、俺が死ぬ。頼むからイビルジョーと食い合っていてくれとしか言えない。まぁ、今は探索優先だ。

 

 軽くエルペの頭を撫でて、さよならを告げて、水辺に沿う様に、川下へと向けて歩き出す。単純にこのルートが一番しっかりしているのと、解りやすいからこのルートを辿ってゆく事にした。エルペ達には別れを告げたつもりだったが、そのまま、後ろをとことこと歩いてついてくる姿は愛嬌を誘う。流石魔境最大のマスコットだった。とはいえ、それに気を取られているのも危ない。

 

 一旦、心のオアシスの事は無視して、探索に集中する。

 

 川沿いを歩きながら覗き込めば、魚が泳いでいるのが見える。凍っていないし、どうやらこの季節でも普通に魚は存在するようだった。とはいえ、グレンゼブルやイビルジョーが徘徊しているかもしれない水辺で釣りをする事が現実的なのかどうかはまた別の話だ。とはいえ、魚が調達できるのは覚えておくべきことだ。

 

 最悪、爆破で気絶させて魚を釣るという裏技もある。この場合、バクレツアロワナとかと連鎖爆破しない事を祈る必要があるが、確実に魚を集める事が出来る。

 

 同時に周囲に居る生物の注目も。

 

 あんまり、やりたくはない。

 

「うーん、水が綺麗で魚がいるけど……あまり植物はないみたいだな、こっち側は。森林からいきなり荒れ地に切り替わるかー」

 

 すぐ隣には丘に広がる緑の姿が見えるのに、此方は全く草木が生えていないというのも凄いものだ。相変わらず環境がファンタジーしている世界だと思う。それにここ、結構見晴らしがよく、隠れる場所が少ない。個人的には余り好きな場所ではない。逃げ込む場所が川の中しか存在しないからだ。それも深く潜らないと隠れられないのだから、ちょっとここら辺はきついかもしれない。

 

 というか冬場に寒中水泳とか確実に自殺行為でしかないから、なるべく避けたい。

 

「……こっちは切り上げて丘の方を探るか」

 

 時間は有限なのだから、何時までも同じ場所にいる訳にはいかないのだ。帰り道と、何かを拾った場合はそれを持ち帰る苦労も必要なのだから、なるべく時間には余裕を持ちたい。そうする場合、そろそろ自然がより豊かな丘の方が何らかの成果が出やすいだろうと思う。

 

 そう思い、川を後にして丘の方角へと進む。

 

 此方も見晴らしがよい、なだらかな緑の丘が見えた。ぽつぽつと立つ木の姿に、広い丘の様子は実に平和なのだが―――やはり、草食獣を含めた生物の気配が少ない。エルペはどちらかというと高地から降りて来た感じだからまた別なのだろうとは思う。

 

「さて、何か見つかるかなー……」

 

 生物の気配が無いのはある意味でやりやすい。何せ、それはつまり気配を直ぐに察知できる、という事でもある。この数か月のサバイバル生活で、すっかりと気配探知に関する技量は上昇した……様な気がする。少なくとも気配を隠していないようであれば、先ほどのエルペの様に気付く事が出来る。だから常に気配を生物の察知へと向けつつも、丘に何かないのか、それを探す。

 

 ゲーム的にはマップ端の方にあるオブジェクトから色々と採取できるのが基本だった筈だ。そのセオリーというか……ジンクスの様なものを背負いつつ丘の端の方へと移動し、岩や草を調べて行く。専門家ではないので、どれが良いのか悪いのか、というのは自分には判別がつかない。ただなぁ、岩塩は見つからないかなぁ、と思っている。深刻な塩分不足をどうにかして補いたいのだ。それに干し肉、塩があれば多少はマシになるだろうと思っている。

 

 だから岩塩欲しい、岩塩。

 

 どんな見た目してるか全く解らないけど。

 

 これ、見つけるのは絶望的では……?

 

 そんな事を考えながら丘に自生している茂みを見つけ、そこに実が実っているのを見る。野苺かなぁ、と思ったが、昔見た事のあるブルーベリーやラズベリーが実ってた茂みを見つけたので、まぁ、ベリー系なら許すか、と、親指サイズのそれを千切って、軽く臭いをかいでから口の中に放り込む。

 

「すっぱっ!」

 

 果汁が口の中に溢れた瞬間、柑橘系特有のほのかな甘みときつい酸っぱさが一気に広がった。歯を食いしばり、軽く涙を浮かべながらも、笑い声を軽く零した。

 

「見た目はオレンジのブルーベリーなのに、中身はまるでレモンだな……」

 

 でも嫌いな味じゃなかった。それにこの冬の間、枯れる事無く育っているという事実が非常に重要だった。口の中からタネを吐き出しつつ、もう1個取って口の中に放り込んだ。やはり酸っぱい……だけど久しぶりに感じる酸味だった。なつかしさと、そして栄養の事を考える。確か酸っぱさの中にはビタミンCが含まれていた……様な気がする!

 

 確保しておいて悪い事はないだろう。

 

 もう数個、口の中に放り込んでから居場所を記憶し、再び歩き出す。砂糖も欲しいよなぁ、と思いながら。だけど調味料はそう簡単に手に入らない。今の所、見つけられたのはトウガラシだけだ。しかもこれはクラッカーに混ぜる為に確保しているので、そう簡単に消費する事が出来ないのだ。

 

 ちなみにこのトウガラシクラッカー、破壊力は抜群である。

 

 何せ、突進してくるブルファンゴに投げつけてみれば、悲鳴を上げながら転んで、転がりながら必死に鳴くのだ。その間は首の下ががら空きなので、近づく事なく弓で射殺せるので、非常に強力な武器になっている。だからこそ、そう簡単に食べて消費する事は出来ない。

 

 或いは畑を作って栽培する事を考えなくてはいけないかもしれない。天然の状態でかなり力強く育っているのだし、軽く移し替えてやるだけでも採取が楽になる。そう考えると畑の存在は重要かもしれない。

 

「まぁ、今はこっちか」

 

 呟きつつ、丘を歩く。

 

 邪魔となる木々がないせいか、開けた丘は見晴らしがよく、どこまでも続く青空が見える。そこに並ぶ山の姿も非常に良く見え、その天辺が雲を突き抜けて伸びて行くのも見える。霊峰とかって言われるフィールドが存在しなかったっけ? と思い出しつつ、丘をそのまま軽く探索してみる。

 

 だが、やはり季節が悪い。

 

 極度に温度が下がっているこの季節、余り、植物の実りがよくない。

 

 所々、木々やなにかの枯れた跡が見える。つまり夏や春にはまだ育っていた、という事の証でもある。冬以外の季節にここにきていれば、きっと何らかの成果があったに違いないのだろうと思うと少しだけ、悔しさを感じる。まぁ、感じるだけだ。今度は夏でも春でも此方に来れる様に、ランポスを狩猟出来る様になればいいのだ。まぁ、少なくとも春季か夏季に入ってからの話だよなぁ、とは思わなくもない。

 

「丘もダメだな、こりゃ。山の方に行くか」

 

 ランポスの巣はランポスの素材が。

 

 高地は滝がある。

 

 丘は冬季ではレモンの様なベリーが採れる。

 

 後は山を今日は軽く確認して、終わりにしよう。

 

 そう判断し、山の方角へと足を向ける。完全な自然だから登山ルートはない―――という訳ではない。歩きやすい道、踏みやすい足場というものがある。それを動物たちや竜達が踏みしめる事で生み出される獣道というものは、案外馬鹿に出来ない。道路が存在しないその環境では、獣たちが踏みしめて作ったルートこそが公道だと表現してもいいのだ。

 

 ここで数か月も生活していれば、レンジャー技術の一つや二つ、自然と磨かれてくる。

 

 山の麓まで丘から移動した所で、明らかに平坦になっている場所を探す―――つまりはなんども行き来した事によって踏みしめられた大地だ。これを見つける事はそこまで難しくはないので、そこから山に入るルートを見つける。岩肌が結構キツそうな姿をしているが、その間に土と砂が踏み固められた、砂利の道が見える。そこを足場に山の中へと進んで行く。奥まで行く予定はない。ある程度、浅い部分を探索する予定だった。

 

 だが、

 

「……」

 

 山の中へと進んで行くこの道は、なんというか―――()()()()()()()様な岩壁に挟まれて出来ている。まるで高圧の熱線でも受けたかのような跡だった。その姿に少しだけ不安を覚えながら山を登らずに、道に従って進んで行くと、

 

 あっさりと、古代文明の名残を残す遺跡の様な場所へと出た。

 

 どうやら、山と遺跡が一体化している様子だった。

 

「参ったな……流石に遺跡探索となると話が変わってくるな……」

 

 山の探索なら問題はない。だが遺跡探索となると必要な道具の類が変わってくる。

 

 モンスターハンターの世界観には古代文明の存在や、古代文明の技術が大きく関わってくる。しかもこいつらは大昔にやらかしている為、古龍に滅ぼされたという酷すぎる歴史を持っている。まぁ、竜を百頭殺して竜型生物兵器生み出してたら怒られても残念ながら当然だよね、としか言えない。ただなぁ、と呟く。

 

「古代文明の遺産はヤバいモンばっかりあるからなぁ……封龍剣とかねぇかなぁ」

 

 古代文明の武器は大抵が鉱脈の中に沈んでおり、それを発掘した上で磨かなければまともに利用する事が出来ないというシステム的な制約がある。さびた塊とか、太古の塊とか、風化シリーズとか。

 

 それが遺跡の中に残っていれば、それをよりまともな武器として利用する事も考えられる……風化の具合にもよるが。それでも何か、文明的な道具がこの中に隠れている様であれば、それを持ち出すか運用したいのは本音だ。しかし、山の恵みを探しに来て予想外の物を発見してしまった。

 

 正直、余り嬉しくはない。遺跡を探索するなら専用に光源などを用意する必要もあるからだ。それにゲーム的なデータだと、遺跡ステージには良くランゴスタやカンタロスの面倒なエネミー、大雷光虫やガブラスがテリトリーにしていたりする。その事を考えると、探索は慎重にする必要がある。

 

「……とはいえ、ランポスがいない今が間違いなく探索するチャンスなんだよな」

 

 この季節、この寒さだとランゴスタなどの昆虫はまず、表に出てこない。群れで集まって体を温め合っている事だろう。そしてランポスなどの寒さからの保護が薄い生物も、暖かい地域へと一時的に逃れている。そうなると寒さの中でも活動できる生物ばかり残る事になる。

 

 基本的に遺跡モンスターは虫や爬虫類系が多いのだ。だからそれを考えると冬眠しているんじゃないか? とは思わなくもないのだ……。

 

「良し、探索は今度に回そう。松明を用意しなきゃな」

 

 遺跡探索のリスクを考慮しても、得られるものはあると思う。だから遺跡の探索を自分が行う事のタスクに追加しておく。そして今度は、遺跡から外れる道を進み始める。ここら辺は古代文明の名残があるから、山の中を移動しやすかったのだろうと判断する事にした。少なくとも太古の時代にはここは一度、開拓された場所だったのだろう、と思う。そして滅んでいるという事は、

 

「古龍がどっかにいたんだな、きっと……」

 

 それから時間をかけて再びこんな自然が戻ったのだろう。となると山を探せば旧文明の遺産を探す事が出来るのだろうか……? まぁ、この山自体が安全かどうかというのが理解できていないのだから、そこまで深く踏み込むような事はなるべくしたくない。そう考えながら遺跡から離れて行けば、今度は洞窟の入り口を発見する事が出来た。

 

 此方の方はちょくちょく洞窟が外に通じている事もあって、中は松明等を使わなくても明るいままだった。

 

 何せ、壁には水晶らしきものがびっしりと張り付いており、それが外から差し込んできた陽光を軽くだが反射し、洞窟内部を明るく照らしていた。ここの探索は松明を必要としなさそうだな、と思いながら深く踏み込むことを止めて、一旦洞窟を出る。

 

 そこで軽く背筋を伸ばし、青空を見上げる。

 

「ま、初日の探索はこんなもんか」

 

 今回は浅く探索し、地形を把握するのに務めた。今度はそれぞれの場所を本格的に探索し、そしてそれを理解する事を通して、自分にとって有用なものがなんであるかを把握する。そうやって少しずつ、少しずつこのサバイバル生活を良いものにしたい。少なくとも、今はまだ、蓄える時期だ。もっと強くなって、そして旅に出る準備をするのだ。少なくともどこかに、人の生存圏は存在する筈なのだ……それを、探しださなくてはならない。その前に旅をする為の準備を重ねるのだが、

 

 果たして、そうやって実際に旅に出れる様になるまで、どれだけの時間がかかる事なのだろうか……。

 

「うーし! 今日は平和に終わったし帰るかー! 良い日だったー!」

 

 帰りに軽くレモンベリー? みたいなのを摘んでから帰ろうと思った所で、空を山へと向かって飛翔する二つの姿が見えた。一頭は緑の甲殻をしており、もう一頭はどこか黒く変色した赤い甲殻をしていた。両者、その口にはアプトノスが銜えられており、それが空を滑空する様に山の上の方へと飛翔する姿が見えた。

 

 それだけならまだ良いのだ。

 

 問題はその赤い方の翼が、僅かに燃える様に見えていた事だった。

 

「辿異リオかー……ここ、G級区域だったのかー……」

 

 腕を伸ばした状態のまま、上を飛んで消えて行くリオレウスとリオレイアの姿を見送り、アレは見つかった瞬間デッドエンドの部類だよな、とサバイバルの厳しさを再認識しつつ、帰るために丘に向かった。

 

 フォロクルルに会って以来、段々とだが大型モンスターを見かけてもあぁ、うん、そっかー、みたいな感じで受け流せるようになって来た自分がいる。解ってる、解ってるのだ。自分の方が環境的には異物だという事だ。

 

 それにしても俺、試され過ぎではないだろうか……。

 

「フォロクルル、ジョー、辿異レウスとたぶん変種レイアかGレイアかなぁ、環境的に考えて……」

 

 どれもエンカウントの瞬間には死を悟るレベルの相手だ。そんなんじゃなくても未だにランポスを相手に生き残れるような自信はないのだから。その為にはやはり、強くなるしかないのだろう。素材を集め、武具を作り、生活を豊かにし、そして更に体を鍛える。

 

 今までも筋トレはしていたのだが、それでも前よりも量を増やす必要があるのかもしれない。少なくとも、のんびり強くなるなんて事を考えていると、あっさり殺されそうだ。何気にあの森林だって、常に安全かどうかに関しては不明なのだ。

 

 ある日、唐突にゴゴモアとかイャンクックとか、森をメインに生きる中型種が出現してもおかしくはないのだ。少なくとも翼があったり、登るだけの能力があるなら、あのツリーハウスにだって侵入して来る事が出来る。

 

 そう考えたら、鍛え、そして武器を用意する事は最優先事項の一つなのかもしれない。

 

「まぁ、どちらにしろ、段々と暗くなってくる時間だし早めに帰らないとな」

 

 呟き、夜が来る前に拠点へと帰るために走り出した。




 割とざっくりというか準ダイジェストの様に月日を飛ばしているのは延滞から見て数年というサバイバル生活を細かく描写した所で終わりが見えないからなのである。このサバイバル時代が経歴と育成期間である事を考えると、年単位での時間は欲しいけど余り細かく描写しすぎて尺を取りたくないという書いている人の事情もある。

 修行時代の長期描写はおなじみではあるが、ダレるのだ。等と言いつつ、次回は遺跡探索なのでまだ冬季は続く。


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1年目 冬季 Ⅲ

 数日後、遺跡を探索する事にした。

 

 理由はシンプルに、文明調度品が欲しかったからだ。かなり損耗し、そして壊れている物は多いだろう。だが遺跡の外観はまだ壊れずに残っている事を考えれば、中はまだまだ無事なのかもしれない、と希望が持てる。それにこの時代まで修復できる範囲の武具を残す文明なのだ、現代日本みたいに数百年先まで壊れない道具! とか発明していてもおかしくない。これでなんとか、道具を確保したいのだ。

 

 出来ればナイフなどの類。鍋やランプも欲しい。一番欲しいのは技術書なのだが、存在していたとしても読める事はまず、ありえないだろう。そもそもこの世界と自分の世界では言語が違い過ぎる。ここで日本語が使えるなら寧ろ俺が驚く。いや、偶にコラボでデビルハンターとか紛れ込んでいるけどさ。

 

 ともあれ、生活に使えそうな加工済みの道具、或いは加工に使う道具を獲得することが優先だった。その為、遺跡探索を決意する。その為にも即興ではあるが、木の皮を束ね、曲げ、そして繋げて作った木籠を作成したのだ。かなりボロく、強度もかなり怪しい。だがこれを背に背負う事で今まで以上に探索したものを持ち帰る事が出来る、文明の品だった。そしてそれと同時に持ち出すのは今まで使用する事の無かった道具、

 

 スマートフォンだ。

 

 此方に転移してから常に圏外状態をマークしていたスマートフォンはもしもの時に備え、電源を切ってバッテリーを外し、何時でも使えるようにしておいた。そして今回、このスマートフォンを懐中電灯代わりにする事にした。サイズ的に胸ポケットに差し込めば、両手を開けた状態で探索する事が出来るという事実がある為、非常に便利な道具でもあった。バッテリーという限界があるものの、今こそが使い時だと個人的には思っていた。

 

 そういう訳で装備を新たに、ついでにランポスの巣以外のルートを開拓しようという思惑、特別に編んだツタロープを手に、滝の横の崖、高地近くにルートを作ろうと、移動を朝から開始した。

 

 そして最近日課になりつつある死の予兆を感じ取った。

 

 滝の上部付近はまだ、隠れる場所があるのはここが比較的に森林エリアに近い場所だからだ。ハンターならここから紐なしバンジーで普通に移動できるんだろうなぁ、と思いながら滝の上から、下の様子を覗き込み、

 

 そこで怪獣決戦を目撃した。

 

 片方は黒く変色したイビルジョー―――即ち、飢餓ジョーと呼ばれる個体だった。口元からは赤黒いオーラを吐き出しながら大地を疾走しつつ、正面に存在する巨体へと向かっていた。その相対する姿は頭の角が異常に発達した蛮竜、グレンゼブルだった。見覚えのあるその姿は、通常のグレンゼブルとはかけ離れた姿をしており、一目でそれがハードコアと呼ばれる特異個体である事を察した。その中でも30メートルに届きそうな巨体は、間違いなく金冠サイズはある。金冠のG級だろうか、環境的に考えて。

 

 それがイビルジョーと衝突した。

 

「ひぇー……準備に時間をかけて正解だったな……」

 

 呟きながら滝の上で隠れる様にその怪獣決戦を眺める。

 

 突進するグレンゼブルに対して、イビルジョーは跳躍し、グレンゼブルの角による突き上げを踏んで回避する。そのままステップを取る様にグレンゼブルの横へと回り込み、首元へと食らいつこうとする。だがそれよりも早くグレンゼブルが体から水蒸気を発し、その衝撃でイビルジョーを怯ませながら尻尾を払った。それにイビルジョーが殴られ、後ろへと数歩下がった。

 

「アレ、一発で俺の体ならミンチだな……」

 

 冷静に判断しつつ、まるでダメージを受けた様子の無いイビルジョーが恐ろしすぎた。グレンゼブルも大きく跳躍して川を挟む様にイビルジョーと相対し、数秒ほど睨み合ってからグレンゼブルが翼を広げた。飛び上がる! そう思った瞬間にはイビルジョーが滝へと向かって疾走した。その動きにグレンゼブルが視線を奪われ、イビルジョーを追いかけようとして、

 

「ふぁ!?」

 

 直後、イビルジョーの取った行動に度肝を抜かれた。

 

()()()……ぞ……?」

 

 文字通り、イビルジョーが飛んだ。正確にいえば跳ぶ、というのに近い。加速したイビルジョーは滝の横の岸壁を足場に、()()()()()()()()()をしたのだ。グレンゼブルが逃げる様に思えたイビルジョーを相手に一瞬動きを停止してしまった事が原因か、それを回避するよりも早く、飛翔しきる前にグレンゼブルの頭上へと跳躍したイビルジョーがそのまま、角を回避する様に首の裏へと食らいつき、そのまま水蒸気を体から放つグレンゼブルを持ち上げた。

 

 竜の咆哮がグレンゼブル、イビルジョーから環境を満たす様に溢れ出す。鼓膜が吹っ飛ぶのではないかと思いかねない音量に両手で耳を塞ぐも、それでもまだ耳がじんじんと痛みを訴え、音が聞こえなくなったのではないか、と思いかねない程に視界がぐらぐらとする。だがそんな事を知る訳もなく、イビルジョーは完全にその強靭な顎の力でグレンゼブルをかみ砕きながら、

 

 何度も、何度も大地や岩肌へとその姿を叩きつけて行く。

 

 ぐきり、と砕けるような音と共にグレンゼブル特異個体の首が90度、ねじ曲がった。それで満足したイビルジョーは山の方へと視線を向けてから、グレンゼブルを引きずる様に奥へと去って行った。

 

「……」

 

 しばし、無言でイビルジョーとグレンゼブルの決戦の場を眺めていた。まだ耳が痛みでじんじんしている。それを抑え、軽く指を突っ込んで掻きつつ、溜息を吐く。

 

「アレをマラソンしてるんだからやっぱハンター人類じゃねぇよな」

 

 というかGHCグレンゼブル相手にあそこまでの強さを見せたイビルジョーはなんだ。あんな動き、まるで見た事がない。いや、それを言ってしまえばこの世界にある生物や植物なんてまるで何もわかっていないのだが。となるとそうか、

 

 あのイビルジョーがこの世界のイビルジョーのデフォルトなのかもしれない。

 

 それを定期的に間引いているハンターとかいう連中、やはり人間ではないのでは?

 

「まぁ、どうせ俺には永遠に真似出来ない領域だ。コツコツと、自分が出来る事を一つずつ積み重ねて生存(サバイバル)しよう」

 

 イビルジョーが完全に去るのを、しばらく待ってから行動を開始する。ランポスの巣とは別に下へと降りる為のルートの開発だった。このままでは滝の横の崖を降りても移動は出来ない。

 

 ぶっちゃけ、高すぎるのだ。

 

 まだ東の岩壁の方が低い。なので、森林南エリアの川、その端の滝の方から降りる場合は何段階かに分けて下へと降りる場所を探さなくてはならないのだ。幸い、上からだったら着地できる場所が所々見える。だからツタロープを木に巻き付けてルートを開拓、少しずつ下へと下がって行く道を作って行き、特に問題もなく完成。

 

 もうちょっと早くこのルートを開拓できればよかったのだろうが、少なくともこの滝がどこへと繋がっているのか、というのを確認できなければ開拓する事も出来なかっただろう。

 

 これでとりあえず、春や夏になっても使える……かもしれないルートができた。まぁ、そこら辺は実際来年にならないと解らない。まぁ、それまでにイビルジョーがここから出て行くか、辿異リオレウスが始末してくれることを切実に祈る。

 

 助けてハンター、化け物だ。

 

 そんな事を考えつつルート開拓を完了したので、突発的な怪獣決戦を目撃しながら、先日発見した遺跡へと向かった。どうやら今日は此方側を辿異リオレウスはうろついていないらしい。段々とだが気配を遮断する隠密技術も鍛えなければならなくなってきたなぁ、と感じつつ、遺跡の入り口を軽く触れる。

 

 予想外にしっかりとした石の感触に驚く。かなりの年月を経ている筈なのだが、それにしてはかなり硬い感触が……というかしっかりしている感じだった。このまま、蹴りを叩き込んでもまるで堪える様子を見せない。コケやツタが絡んでいる姿を見れば古いとは解るが、崩壊していないのだ。

 

 結構、不思議だった。

 

 とはいえ、モンスターハンターシリーズの一部の遺跡も崩壊していない所あるしなぁ、と、思い出しながら胸のポケットに差し込んだスマートフォンのライトをつけ、それで遺跡の中へと乗り込んだ。常に警戒する様にドスランポスの爪を片手に握った状態で中へと進んで行く。

 

 コツコツと足音が響く。意識して足音を殺そうとしない限り、ゆっくりと歩かない限りは足音が反響しそうだった。どうやら中の方は植物が育っているようで、床は無事でも壁の方はコケやツタに覆われているのが見える。窓の方は完全に植物に覆われており、それが暗さの原因にもなっている様だった。視界を確保する為にも、スマートフォンで暗闇を照らしながら窓の張り付く植物を爪で切り裂く。

 

 切り裂くたびに少しずつ中に光が入り始め、それで視界が確保され始めて来る。とはいえ、奥の方はまだ暗い。それでもエントランス程度であれば、外から入ってくる光で見えてくるようになる。

 

「大理石……だけど黒いし、黒曜石、って奴か?」

 

 たんたんたん、と足元を照らす事で見える黒く磨かれた石の床を蹴る。埃は……風によって吹き飛ばされているのか、余り被ってはおらず、その輝きは時間を経ても失われていない様に思える。ただ枯れ葉が邪魔だな、とは思う。

 

「二階……三階あるな。まだ上がありそうだな……って下もあるのか」

 

 下へと通じる階段も見える。上も下も奥にも進む事が出来る、困りものだった。この遺跡、どうやらそれなりに深くこの山に食い込んでいるらしい。場合によっては内部を通って山の上の方へと移動する方法が見つかるかもしれない……まぁ、そんな事よりも今は資材になりそうな物を探す方が大事だろう。とりあえず一階から探索を進める事にする。定期的に窓に這う植物を爪で切り裂いて陽光を中に呼び込む様に視界を確保しつつ、エントランスと廊下の光を確保する。密閉空間ではなく、酸素の心配が必要ない分割と問題の無い探索だった。

 

 先に一階の廊下やホールのクリアリングを行う。

 

 此方を先に行ったのは奇襲対策だ。怖いのは探索に集中している間に奇襲を受ける事だ。なので先に角の向こう側などをチェックし、植物を軽く切り裂いて視界を確保し、自分が見えやすい様にクリアリングしておく。

 

 幸い、一階にはランポスやランゴスタの様な生物の気配はなかった。地下と上はまだ分かったものではないが、少なくとも一階の探索は安心して行える事が解っただけでも成果だった。良し、と心の中で呟きつつ、一階の探索を行う。

 

 エントランスホールから続く廊下に並ぶ扉、それを開けて中を確かめるのだ。

 

 此方、扉の方はクモの巣が張り、そして埃を被っているのが見える。奥へと進めば進むほど、風が入らないからだろうか……窓を解放したから、奥を探索する時は多少マシになっていると思いたい。そう思いながらさび付いた扉に力を込めて、

 

「んぐぐぐぐ! ぐぎぎぎぎぎ、げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃおおおうううおおおお―――!」

 

 全力で引き開けた。

 

「ごっほ、ごっほ、ごっほぉ! 換気しろよ少しは……!」

 

 ぶわ、っと襲い掛かってくる埃に咳き込みながらそれを振り払い、口元を隠したほうが良いな、と毛皮のマントを少しだけ上へと引っ張り、それで口元を隠した。これで多少はマシになるだろう、と思いながら光の無い部屋の中に入った。此方は完全に密封されていた訳ではないらしく、埃で溢れているのは見える物の、保存状態は良かった。植物には荒らされていない様子なのが幸いだったか。

 

 黒曜石の床に、昔は輝きを放ったであろう装飾品の数々、木製の机に椅子、そしてシンボルの様なものやメダリオンが飾られているのが見える。軽く室内を観察し、この遺跡がなんであるかを理解する。

 

「神殿……かな?」

 

 モンスターハンター世界にも一種の宗教や信仰が存在していた形跡はある。それが詳細に出てくるような事は一切なかったが。だけど古代の時代なのだから、何らかの信仰があったとしてもおかしくはない。山の中に工房、住居、城などの施設があってもおかしい。となると現実的に考えて神殿か寺院のどちらかだと思う。メダリオンやエンブレムを見る限り、おそらくは神殿の方だと思う。意図からは統一された宗教色を感じるからだ。

 

「売れるなら金になりそうだけど、そんなものに価値はねぇからなぁ、ここは……使えそうな道具はないのか?」

 

 室内を探索する。埃っぽいのを我慢しながら探索すれば、それなりに劣化してない品を見つける事が出来た。

 

 まず、本棚の本は全滅していた。見た感じは平気そうだが、手に取ってみるとぼろぼろに崩れて消えた。紙は記録媒体としてはかなり優秀だという話は聞いていたのだが、流石に古の時代から残る事は出来なかったらしい。中身が読めれば少しは面白かったかもしれないのになぁ、と思いながら更に部屋の中を探索して行き、

 

「お、曇ってるけどこれは使えそうだな……」

 

 ガラス部分が曇って、金属部分がかなりさび付いている。それでも上部のハンドル部分を掴み、そして持ち上げる事が出来るのは、壊れたランプだった。軽く中を開けて確認すれば燃料が切れている、中の着火部分も壊れている様に見える。だがそれとは別に、中に雷光虫か蛍でも入れておけば、夜中でも明かりを確保する事が出来るだろう、これなら。それにハンドル部分をベルトに通せば片手が塞がる事もない。

 

 これはさっそくスマートフォンが壊れた場合の代わりの明かりになってくれるだろう。地味に夜中は光源が星と月以外存在せず、外を歩き回るのが危険だったのだ。蛍とかの光がないと見えないし、松明を使おうにも森の中で夜中、炎を使うのは獣を引き寄せかねないからやりたくなかったのだ。

 

 これなら夜にも活動し、夜の草食竜達の生態観察が出来るかもしれない。後は夜に筋トレの時間を作れる、だろうか。どっちにしろ、これは良い拾い物だった。

 

「んー、他に目立ったものはない……かな?」

 

 金になりそうなものはあるが、生活に使えそうな物は少ない。執務室、という感じが強い部屋だったのだ。この分だと一階部分は寮に近い構造をしているのか? と軽く予測しつつ、扉を閉めてから次の部屋を探索する事にする。

 

 少しずつ廊下の奥へと進んで行きながら発見するのはやはり、これが宗教関連の施設であるという事実だった。どの部屋からもメダリオンと似たような装飾が、そして同じ本を発見する事が出来た。一体何を信仰していたのかは解らないが、やはり世界観的に考えて古龍を信仰していたのだろうか?

 

 あの超自然的な存在達は確かに神と表現できるだけの力をしている。

 

「……だとしたら俺を呼び寄せたのも古龍なのか? ありえなくはない、って言いたくなるのが古龍だしな」

 

 ミラボレアスとかワープアタックとかまだ実装しているMHF環境を思い出すと、異世界召喚ぐらいならできるんじゃねあいつら? とか思ってしまう。まぁ、そんなマジックが使える様な古龍は自分の記憶の中にはないのだが。或いは中華産のMHOの方にはいたのかもしれないが、あっちは余り詳しくないし。まぁ、どちらにしろ、帰る事を考える前に生きる事を考えなくてはならないのだから、この考察に関してはまた後に回さなくてはならない。

 

 ともあれ、そこそこの加工品を見つける事が出来たのが成果だった。謎の鍛冶技術の影響か、或いは原作のシステムの様な縛りがない影響か、鉱脈の中に潜んでいない影響か、壊れていたりさびていたりするが、それでもまだ使える、という感じに幾つか使えそうなものが残っているのが幸いだった。

 

 その中でも嬉しかったのはランプと鍋だった。

 

 ランプは活動時間が増える。そして鍋は料理の幅が一気に広がる。今までは食べられなかったものも、これで食べられる可能性が出て来たのだ。流石に食糧庫を見つけた時、中身が腐っていたのでそれに手を出す事は出来なかったが、それでも十分すぎる程の成果を獲得する事が出来た。

 

 見つけられたものにほくほくと表情を緩めつつ、一階はまだ終わっておらず、奥へと、山の中を進んで行くような廊下を進んで行けば、その先の広い空間に出る事が出来た。

 

 そこは丘の様な背の低い草が生えている草原だった。四方を山の岩壁に囲まれており、天井とも言える部分にはおそらくは金属か……それとも石だろうか? みたいなネット、或いはフェンスがかかっていた。それによって空からの侵入を抑え込んでいるのかもしれない。かなり広い空間であり、隅の方には木小屋が見える。

 

 そして、その大地を伸び伸びと草を食べながらゆっくりとするもこもこふわふわとした、羊の様な、アルパカの様な生物がいた。

 

―――ムーファだ。

 

 シリーズの携帯機、モンスターハンターXやXXで出現した草食種、家畜化にも成功している種であり、古くから家畜として慣れ親しまれている種だった。だが何よりも重要なのは、()()()()()()という事実だった。

 

「おぉぉ……!」

 

 貴重な、羊毛だ。加工すれば糸にも詰め物にも服にもなる! 今、この冬を生きて乗り越えるために一番欲しかったものだった。しかもどうやら元家畜が自然繁殖しているのか、かなりの数がいるのが見える。此方を見て、ムーファが興味心を抱いて来たのだろうか? 此方へと近づいてくるのが見えた。

 

 くんくん、と鼻を動かしながら匂いを嗅ぎ、確かめる様に近づく姿の頭を撫で、首の下を軽く掻く様に撫でる。その羊毛の色は野生の黄色が混じった色ではなく、家畜用の白い方だった。やっぱり、神殿の方で育てていた種だったんだろうな、と予測を付ける。

 

「あー、すっごいもふもふ、あー、もふもふ、心が癒される……ほんと癒されるわー……」

 

「……?」

 

 ムーファは解らないよー、と言わんばかりに撫でられるがままにされているのだが、お前はそのままで居て欲しいと祈る。たっぷりしばらくムーファをもふもふして心を癒された所で、名残惜しみながらムーファから体を放しつつ、本日最後の探索に、小屋の方へと移動する。

 

 此方は鍵がかかっていたが、其方の方が既にさび付いていて限界だった。木の方も腐っていて、蹴りを叩き込めば簡単に開ける事が出来た。

 

 その中に揃っていたのは、糸車だった。そのすぐそばには、床と同じ黒曜石だろうか? それで作られたナイフがあった。どうやら持ち手の部分は皮だったらしいが、それが腐って千切れてしまった様だ。まぁ、経過した時間を考えればしょうがないだろう。ただ、このナイフでおそらくはムーファの毛を刈っていたのだろう、と思う。後で少しだけ拝借させて貰おう。

 

 冬に余り毛を刈ると凍えて死んじゃうから、そこら辺は少し調整しつつで……。

 

「うーん、流石にダメか」

 

 糸車はまだ使えるかなー? と思ったが、触らずとも、形が組み合わさっているだけで限界耐久に達しているというのは理解出来た。これを使おうとすればそのまま壊れてしまうだろう。これが使えればムーファの羊毛を糸に加工して、それでクモの巣を糸代わりにする生活からは脱却できたのだが。

 

「まぁ、形が残ってるだけでも幸いか。これを参考に似たような機構を作ればいいしな。1か月2か月かけてもいい時間はあるし」

 

 加工用木材を調達するために木を切らなきゃいけないのだが、その木材の獲得が少し辛いって所だろう。マインクラフトじゃないから素手で木を砕くような事は出来ないし。今さっき手に入った黒曜石のナイフか、或いはドスランポスの爪を使って切るしかないだろうと思う。

 

 いや、それにしたって些か非現実的なプランだろう。もうちょっとマシな方法を考えた方がいいかもしれない。まぁ、羊毛はそれがそのまま、毛皮で挟んで詰め物にしてしまえば、暖かい毛布にもなる。それだけでも十分すぎる進歩だから文句を言っちゃいけない。

 

「出来れば伐採用の斧でもあればいいけど、流石にそれは望み過ぎか」

 

 グレンゼブルの死体とかまるで何も残らなかったし、部位破壊なしで即死アタックとかイビルジョー怖すぎるでしょう。リオレウスの生え変わった爪とか、間違いなく斧に出来る様なサイズだから調達出来ればいいんだけどなぁ、と思うが、辿異種の巣に近づくような自殺行為は間違いなく控えたい。

 

 小屋の外に出て、原っぱの上に座る。ムーファが遠巻きに見つめていると思ったら、近づいてくるのを眺めつつ、考える。

 

「間違いなく快適に暮らすならこっちのが良いんだよな」

 

 掃除をするという大前提が存在するが、雨風をしのぐ場所としては一番良い所だろうと思う。ランポスの巣回避ルートを構築したから、時間はかかるが此方と森林とを行き来する事も出来る。だけど問題は、森林はフォロクルルが出現するが、此方の方は辿異リオレウスとリオレイアの夫婦竜が、そして暴食の王者イビルジョーが徘徊しているという事だ。そしてたぶん、此方側に生息している竜はそれだけではないような気もする。

 

 自作ツリーハウスはアレで隙間風とか雨漏りが酷いが、場所的に一番安全でもある竜に見つからない様に葉っぱとか被せてるし、届かない距離とか、木が邪魔で体が通らない場所を選んでいるのだ。大きな竜であれば入り込めない森林の中で、そして入り込める奴相手だと届かない場所。それが自分のツリーハウスの位置だ。だから自信を持って安心できる場所なのだ。

 

 それに比べここ、遺跡は入り口が開けっ放しだ。何時、ランポス等が入ってくるか解らないという恐怖がある。だがムーファが居て、近くにはエルペが、雨風の事を心配しなくても良い環境は魅力的だ……。

 

 とはいえ、やっぱりイビルジョーやリオレウスが近くにいる場所って嫌だな、と思う。

 

 やっぱないわ。

 

 どれだけ快適でも、安全とストレス対策が一番だ。このまま、寝泊りはツリーハウスで続けるのが一番だな、と結論付ける。

 

「うぉ!?」

 

 と、考えに集中している間に、ムーファが集まっていた。

 

「お前らエルペ並みに人懐っこいな、ははは、はははは……」

 

 集まって来たムーファは鼻先で此方をつんつんとついて来たり、軽く舐めたりして来る。集まって来たその姿に囲まれ、モフモフした暖かさに囲まれながら珍しく、心から安らぐ時間を得られたような、そんな気がした。

 

 ただ、この地平に存在する竜達からどうやって逃れ、生活するかを考えるとひたすら頭の痛くなる冬だった。

 

 羊毛採取。

 

 遺跡探索。

 

 道具作成。

 

 資材加工。

 

 まだまだ、この冬の間にやるべき事はたくさんあった。




 今回で冬季は終了。

 次回から2年目春季。1年目の下積みが少しずつ結果と成果を見せ始める2年目の時期なんじゃよ。理不尽と狂気の中で鍛えられた花が蕾を見せる時じゃよ。


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2年目 春季

 長い、とても長い冬が終わった。

 

 数えてみればそれは4カ月以上もかかった。軽く5カ月ぐらいあったのではないか、と思うぐらいには長かった。寒く、辛い日々だった。雪が降らない事が幸いだった。だけど、それでも時がたつにつれ、段々と寒さが厳しくなって行く冬は恐ろしい季節だった。ムーファの羊毛でもこもこコートを作る事が出来なければ、おそらくは凍死していた。毛皮だけでは圧倒的に寒さへの備えが足りなかったのだ。エルペから肉を、ムーファからは羊毛を。そうやって頂く事によって命を繋ぐ事に成功する季節だった。どれだけ準備を重ねるのが大事なのか、それを理解させられる季節だった。

 

 だがそれは終わった。

 

 冬は終わり―――新たな年が来る。

 

 その概念は地球の物だが、新年が始まる。

 

 そうやって始まった春季は、冬季の寒さが嘘だったかのようにあらゆる生物が現れ、そして眠りから目覚めていた。岩壁の向こう側ではランポス達が巣に戻ってきていた。そして植物たちは再び芽を出し、果樹には果物が実り始めていた。冬の食料は正直、かなりぎりぎりなラインに到達していただけに春の到来は嬉しかった。毛皮を装着する必要もなくなり、体が寒さで固まる様な事もなくなってくる。

 

 活動的な季節になる。冬は備え、そして堪える季節だった。探索を織り交ぜながらも、それは現状を維持する為の手段だった。だがこうやって春になった事で漸く本格的な活動を始める事が出来る。冬の間は少々時間が足りなくて出来なかった事だ。何せ、冬は日没が早いのだ。ランプの中にホタルを入れる事で対処したが、それでも明るい内に体を動かす事が重要だ。

 

 そう、体を動かす事。

 

 運動―――即ちトレーニングだ。

 

 冬の間は無理だが、春になって暖かくなれば上半身裸で運動する事も出来るようになる。あの冬の間、遺跡の探索はある程度行われた。三階以降も存在する場所ではあったが、あの遺跡の三階以降は何やら凄まじい力で破壊されたような痕跡が存在し、その結果、探索するのが少し、難しい状況になっていた。その為、地下の祭儀場と三階までを探索し終え、ある程度掃除をするだけであの遺跡の探索は終わらせた。

 

 正直な話、身体能力的な限界を感じたのが一つだった。森林から滝壁を降りて高地から丘へ、そこから今度は山に入って遺跡へ。

 

 真面目な話、長時間の探索が出来る程体力が残らない。サバイバル生活でそれなりに鍛えられたつもりだったが、何度も往復する事を考えると、そろそろ本格的に体を鍛える必要があった。四階、五階があるのは確認できていた。だけど三階の破損が酷く、途切れ途切れの床を跳躍しながら先へと進まなきゃならない風になっていたのだ。

 

 正直、そこを歩いて渡る様な事はしたくなかった。自分の身体能力で安全に渡り切るだけの自信がなかった。

 

 だからこそ春季に入った今、今まで以上に体を鍛える事にした。その目標はサバイバル生活をより快適に生活できるように自分の能力を向上させる事、そして同時にランポスの様な小型の外敵を相手に、しっかりと生き残れるようにする為の事だった。

 

 今の所、森林には外敵となる存在がフォロクルルとランゴスタ以外には居ない。

 

 だが何時までもそれが続くとは信じてはならないのだ。故に体を鍛える必要があった。何より、

 

 ―――あの神殿と思わしき施設から武器を発掘出来た事が最大の理由だった。

 

 片手剣、大剣、両手剣、大斧、槍。それらの武器が物凄くさびているものの、見つかったのは幸いだった。これらを使う事が出来れば、大きな力となるのはまず間違いがなかった。何よりも斧があるのだ、木を切って木材を加工する事が出来るという凄まじいまでの興奮が体を満たし―――直ぐに絶望した。

 

 重い。

 

 超重い。

 

 槍、大剣、両手剣に斧は勿論の事、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というレベルで凄まじい重量をしているのだ。それをツリーハウスへと持ち帰るだけでも一苦労だった。雨水に晒されずに密閉された武器庫で保存されていた分、ゲームで見る初期状態よりはマシだが、その用途を考えればこれがそれだけ重いのは納得のいく理由だった。

 

 これは龍を殺す為の武器だ。特殊な技術で龍の堅牢な肉体を切り裂けるように作られている。その為に特殊な技術と、そしてたぶん特殊な鉱石をふんだんに利用し、それを圧縮し、精錬し、使っては折れて、更に鍛え直して精錬し、それを何度も何度も繰り返し、重量を増やしながら生み出された武器なのだろうと思う。だからこそ、凄まじい重量を感じる。たかだか数か月、本格的に鍛えずサバイバルしていただけの人間に、とてもだが振るえる様な武器ではなかった。

 

 どれもさびているが、一つ一つが龍を殺すために生み出された兵器。鍛えてもいない、素人が簡単に振るえるものではなかったのだ。だが現状、これが一番強い武器でもあるのだ。なるべく使える様になるのは重要な事でもある。そういう理由で2年目初頭、春季から体を鍛え始める事にした。今までもスクワットや腕立て伏せ程度はやっていた。だがそれだけじゃ明らかに足りないのだ。

 

 もっと体に筋力をつける他、武器を振るうという事自体に慣れる必要があった。腕立て伏せ、スクワット、腹筋、ランニング。春になると上半身裸で汗を流せるから楽になる。だがそれとは別に、一つトレーニングが増える。

 

―――素振りだ。

 

 現状の所、振れるのは片手剣だけだった。錆びているそれは片手剣ではあるのだが盾がなく、尚且つその重量から両手で持たないとまともに振るう事さえ出来なかった。出せる動きも物凄い単調な物で、両足でしっかり体を支えていないと、転びそうになるのだ。それだけ重い、鉄の塊なのだ。

 

 人間を殺すために磨かれた、地球の武器とは違うのだ。サイズも、質量も、硬度さえも既存の概念をぶっちぎって無視している龍を殺す為に武器を製造し、滅ぼされたのがモンスターハンター世界の古代文明なのだ。だから当然、武器はそれだけの重量と質量を兼ね備えている。そしてそれを扱うだけの筋力と能力、技量が必要となるのだ。今の自分の貧弱な体では、到底扱い切れない。

 

 だがこれは武器だ。

 

 自分が保有する唯一、まともに武器と呼べるものだ。

 

 これを扱えるようにならなくては、ランポスとは戦えない。

 

 だから片手剣を両手で握り、そしてそれを正面に振り下ろす。ただ、その凄まじい重量と自分の腕前の未熟さから、これが真っ直ぐ振り下ろせている様には見えない。ブレている様に見えるのだ。だから再び、丁寧に、時間をかけて真っ直ぐ振り下ろすのだ。それは腕を酷使する動きでもある。それでも何度か繰り返す。上から下へと斬り下ろす動きを。

 

 これを五回ほど繰り返すと、腕が痺れて来る。だけどそれでも止めない。上から下へ、素振りを繰り返す。痛みを感じるレベルに突入するのはダメだ。ある程度疲れて、余裕がなくなってくるのはいいが、それで倒れる様な、腕を折る様なレベルはダメだ。怪我をするとそれが後々まで響く、治療なんて出来ないのだから。だからある程度、自分の筋力を育てる様に、そして武器を振るうという事そのものに慣れるように毎日少しずつ、振れる時間と振るう時間を作るのだ。そうやってコツコツと積み上げて行かねば、

 

 ランポスを狩れない。

 

「ふぅ、まぁ、今日はこんな所だな」

 

 十分な疲れを感じて片手剣を大地に突き刺す。そうしたら神殿で確保した水瓶から水を掬い、それを体にぶっかける事で汗を流して行く。地味だがこういう変化が生活をよくしていた。

 

 ともあれ、春季、生活は去年の夏季からは大きく変わっていた。

 

 より快適に―――そして明確な目標へと向けて邁進していた。

 

「目標はランポスの駆除だしな」

 

 それが今の自分の目標だった。ランポスの駆除。あのランポスの巣に居るランポスを、何とか全滅させたいのだ。あそこが通行可能になるだけで、移動に関する大幅なショートカットが可能になる。それだけではなく、丘エリア全体でランポスと遭遇する危険性を排除する事も出来るのだ。だからランポスに勝てるだけの能力を自分に付けたかった。ハンターであれば武器を何度か振るうだけで殺せる相手。

 

 そんな奴を倒すために、自分は既にここへ来てから8カ月以上の時間を必要としていた。まぁ、元々が一般日本人なのだから当然と言えば当然なのだろうが。それでも、ハンターにこの状況になってからは憧れる存在としては、非常に歯がゆいものがあった。俺も、もうちょっと運動を日常的にしていれば良かったと今更ながら後悔している。

 

「ふぅ、春はあんまり焦らなくていいから助かるなぁ」

 

 体を濡らした所で、太陽の光で体を乾かす。春の暖かな陽気はこういう時、本当に便利だし冬はお前ほんとファッキン死ねよって感じがする。太陽万歳。

 

 そうやって太陽の光を全身で浴びて、それで体を乾かしていると。近づいてくる影がある。歩いて近づいてくるその姿は獣の姿をしている―――山羊、

 

 つまりはエルぺだ。

 

 この連中、グレンゼブルがイビルジョーに食われた影響なのか、高地から出て活動する様になってきたのだ。しかも人懐っこい影響なのか、普通に滝の横の壁を登って来て、ついて来たのだこの森林エリアに。おかげでツリーハウスの周辺にエルペが住み着き始めたのだ。まぁ、1人だった頃よりははるかに心が癒される、というかこういうマスコット的な存在は割と精神安定になるから嬉しいと言えば嬉しいのだが。

 

 トレーニングを終えた所で首に抱き着くと、色々と癒される。

 

 アニマルセラピー、あると思う。

 

「はぁー……お前とムーファだけが味方だよ……」

 

「……?」

 

 意味が解っていないエルペが大人しくモフモフされる。まぁ、相手は畜生だから理解してくれとは言わないが、愚痴る相手が出来るだけでも心のストレスは大分違ってくるのだ。これでアイルーなんかが居れば話は別なのだが、今の所、アイルーもメラルーもチャチャブーさえも見かけない。連中が居れば色々と生活が捗るのだが、そう甘くはないらしい。

 

「もっとイージーモードになってくれないかなぁ……ねぇ?」

 

「きゅるるるるぅ」

 

 その鳴き声をんだんだ、と納得してくれている声だと勝手に解釈し、体を乾かしつつ休めていると、ヴヴヴヴヴ、と羽音が聞こえてくる。

 

()()か」

 

 呟きながら近くの大地に突き刺しておいた竜骨の槍を抜く。細長くアプトノスの竜骨より削り出して作った竜骨の槍は遺跡から発掘したツインセイバーの様な形状をした槍よりも遥かに軽く、振るっていて全く疲れない武器だった。少し疲れた体でも問題なく振るう事の出来る武器というのは、今の自分には大事な物だった。だからそれを引き抜きながら軽く視線を彷徨わせれば、直ぐに羽音の正体を見つけるに至った。

 

 木々の間をゆっくりと飛行する、巨大な虫の姿―――ランゴスタだ。

 

 その姿を発見し、ランゴスタもおそらくはその複眼で此方を捉えた。威嚇する様に羽音を更に響かせつつ此方へと尾の針を見せつけて来る。ゲームではかすり傷にすらならないダメージしか発生しない針による一撃だが、あんなぶっといものが刺さったら致命傷になるだろう、と個人的には思っている為、ランゴスタの攻撃でも十分恐ろしい。だから普通に、ランゴスタを目撃した所で、

 

 槍を投げた。

 

 投擲した槍をランゴスタが回避しようと動くが、それよりも槍の方が早くその体に突き刺さった。貫通し、背後の木に縫い留められながらランゴスタがややぴくぴくと痙攣しながら絶命した。

 

「ふぅー、今日の飯に一品追加だな。あ、いや、肉が調達できるからもう食う必要はなかったな……よいしょ、っと」

 

 ランゴスタから槍を引き抜きつつ、確実に殺害を確定するために首と胴体を切り分ける。その上で尻尾から針を引き抜き、それに繋がっている麻痺エキスをツリーハウスから持ち出した羊毛に吸い込ませる。そしてそれを遺跡から発掘した別の空っぽの水瓶の中に引き絞る様に投入して行く。ちょっと減ってしまうのだが、これで麻痺エキスを少しずつだが、保存する事が出来る。

 

 一応、イビルジョー対策なのだ、これ。

 

 麻痺生肉。イビルジョーはこれを普通に食べて、そして麻痺る。ゲーム的な生態がそのままであれば、プレイヤー……つまりはハンターよりも抵抗せずに一瞬で食える生肉の方を優先するのだ、たとえそれが毒だらけであろうと。だから最悪を想定して麻痺エキスを保存している。水瓶の中にはマヒダケが押し込んである。エキス、いい感じに麻痺れるエキスを作れればいいかなぁ、と思って漬けている。

 

 武器に塗ればそれだけ便利だし。

 

 ただハンターみたいなダメージを重ねて狩猟する、というスタイルは自分には不可能だと思っている。隠れていても瞬時に見つけ出してくるあの飛竜達の鋭さ、そして毒や麻痺を受けているのにその後で即座に復帰する姿。アレを少しずつ削って殺すなんて自分には到底無理だ。持たない。真似できない、まだランポスでさえ相手出来ないのに。

 

 できるのは精々、反撃すら許さずハメて殺す程度の事だ。それにしたって竜と呼ばれる様な大型種を相手にするのは不可能だ。それだけの力がない。

 

 精々、草食竜やランゴスタで限界だ。だからこそできるだけの準備と手段を揃えるしかないのだが。

 

「まぁ、重い事はなるべく考える事を止めるとするか、花子」

 

「くるぅー?」

 

 両側から顔を挟んで、もふもふと弄ってやるとこいつが喜ぶ。一応ケルビの皮で作った首輪をつけているから、こいつが花子であるのは解る。何せこいつは乳が出るのだ。滅茶苦茶癖があって、鍋を使って沸騰させているのだが。ただ山羊の乳には凄い栄養があると聞いている。

 

 栄養、とても大事なワードだ。

 

 まぁ、懐いて来たものではしょうがないし、有効活用しよう、という事で定期的に乳を搾っている。まさかこんなところで乳を飲めるようになるとはなぁ、とは思いもしなかった。しかし山羊乳が手に入ると、肉を乳で煮込んで食べてみたり、フルーツ山羊乳を作ってみたり、と食生活にバリエーションが一気に増えるのだ、これが。

 

 ちょくちょくエルペ共がこれを食いに来るのだが、素材自体は自分から出るもんだし別に良いだろう。

 

 それで最近少しは体力がついて来た……というのが、体を本格的に鍛え始める事が出来た理由でもある。美味しい物を食べれば、それだけ精神的な活力が沸き上がってくる。体力と活力が出て来れば、それだけ体が動く様になる。この春は、まさに活動の季節だった、自分にとっては。

 

 だけどそこに一つだけ、問題が出て来た。

 

 大量に出現するランゴスタの存在だった。

 

 冬季を超えた事でその間は死んでいた昆虫共が再び活動を活性化してきたのだ。特にランゴスタやカンタロス、全く見なかった害虫に関してはイラつくようなレベルで数が確認できていた。花畑の方はもうランゴスタだらけで、フォロクルルが発狂して潰しまわっているのが目撃できるぐらいにはヤバかった。春のランゴスタ祭り、求めてなんかいなかったのに開催され始めていた。

 

 この竜骨の槍は、そんなランゴスタなどの小型種を効率的に殺す為に考えた武器だった。軽く、突き刺しやすく、回収が容易。ランゴスタのリーチ外から攻撃できる便利な武器である。弓と黒曜石のナイフと合わせ、この三つが現在、利用可能なメインウェポンとなっていた。特に槍は神器だ。神器と呼べるレベルで使いやすい。リーチ外から突いて、或いは投げて、それで直ぐに使える。ただ突き刺さるレベルの鋭さを確保する為の先端の加工に、どう足掻いても今までの道具では無理だったのが、漸く遺跡の発掘品で可能になった。

 

 それはそれとして、

 

「割と真面目にランゴスタの巣を駆除する事を考えないと駄目だよな、これ」

 

 ちょくちょくモンスターハンターシリーズにあった、ランゴスタ駆除依頼を思い出す。大量にランゴスタが沸き上がる事の背景にはクイーンランゴスタの大量産卵が存在していた……筈だ。ゲーム的な話だと20だか30匹程ランゴスタを虐殺すれば女王であるクイーンランゴスタが出現し、戦闘する事ができた筈だ。

 

「まぁ、おそらくは西の森の奥に居るんだけどな……」

 

 ツリーハウスの前から、西の方角へと視線を向ける。冬の間は踏み込まなかった場所、西の森林エリア……樹海とも表現できる、更に薄暗く木々が茂っているエリアの事だ。あの奥にランゴスタの巣があるのは知っているのだ。ただ、ランゴスタの大群との戦いを避ける為、今まではそこへと踏み込まなかった。

 

「ただ何時までもそれじゃあダメっぽいなぁ」

 

 前はツリーハウス周辺までランゴスタが来るような事はなかった。此方の方はランゴスタの餌になる様なものがないからだ。だけど食欲だけでここまで出てくるのであれば、必然的に間引く必要がある。

 

 ある意味、ランゴスタとクイーンランゴスタはランポスやドスランポスよりも面倒だが、殺しやすい相手だ……。

 

 槍を片手に、立ち尽くし、いつの間にか増えていたエルペにかまって、と頭突きを食らいながら考える。やはり、平和な生活の為にはランゴスタを排除した方がよいのだろう、きっと。となると西のエリアへと進み、その中からランゴスタの巣を探し出し、クイーンランゴスタを討伐する為の準備をする必要がある。面倒だし、怖い事だが、これは自分の安全のためには避けては通れない事でもある。何時かは排除しなければならないランポス同様、駆除しなくてはならない害虫だ。

 

「良し、やろう。害虫が嫌がる匂いって柑橘系かミント系だっけ? とりあえず何度かに分けてランゴスタの嫌がる匂いを調べて、巣の場所を探したら―――お約束するか」

 

 害虫駆除、その締めを飾る物は毎回何であるかは決まっている。

 

 そう―――放火である。

 

「待ってろよ、クイーンランゴスタ。今度お前の死骸でキャンプファイアーしてやっからよ」

 

 この生活を始めて、大分精神的に逞しくなってきた自覚があった。




 ついに開始しました2年目、春。遺跡から獲得した道具で生活は楽になってくる、トレーニングに割く時間が漸く作れ、これによって漸くサバイバル以外の時間が出来た訳じゃが……?

 2年めの個人目標はランポスの駆除、ランゴスタの駆除、そしてまともに剣を振れるようになる事。武器は、特にモンハン武器は人間ではなく龍を殺す為の道具なので、普通の、地球の武器の数倍の重量はすると考えている。というかそうでもないとあんなにザクザク突き刺さらないじゃろ……。


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2年目 春季 Ⅱ

「ふぅ、まぁ、装備はこんな感じか……」

 

 冬の間にランポスの素材を集める事で、ランポス製の防具を作成する事に成功したのだ。と言っても、今までの様にポンチョの様な形が限界なのだが。そうであっても、防具を作れるようになっただけ、進歩していると思いたい。一番欲しかった、丈夫であろうランポスの皮は不可能なので、ランポスの鱗を使ったスケイルポンチョ、とでも呼ぶべき恰好になる。というのも、作り方はそう難しくはない。

 

 材料はケルビの皮、ランポスの鱗、そしてセッチャクロアリになる。最後のセッチャクロアリに関しては、蟻塚を見れば一瞬であっ、となるレベルで段違いなので、見つけるのは難しくなかった。それを水浸しにして捕獲した後、潰して体液を採取、それを接着剤の様に使うのだ。ランポスの鱗をケルビの皮に付けて行けば、それで完成する。割と簡単だが、失敗を繰り返した結果、割と数か月単位で時間がかかった。というかセッチャクロアリの扱いが一番難しかったのだ。粘液を吐かせたり、集めたりとか。

 

 まぁ、そんな苦労があったおかげで、ランポスポンチョみたいな物体は完成した。軽いし、動きを阻害しないし、ゲームで見たような防御力は発揮しないし、特殊なスキルが発生する訳ではない。少しだけ、設定を考えて、それで自分にもそういうスキルが宿ってくれれば……なんて考えたが、

 

 どうやら、地球人はスキルの対象外だったらしい。まぁ、元から期待なんてしてなかったが。そういう訳で、出来る事は全部自分でやる。

 

 奇跡も覚醒も助けもご都合主義も信じない。

 

 信じられるのはコツコツと積み上げた事実だけだ。

 

 自分自身を過信してはならない―――確実に、リターンのある方法を利用して進めて行く。

 

なのでギリースーツを作った。此方も作成の方は難しくはない。葉っぱを大量に用意し、そして上から被る為の衣を用意するだけだ。もしくはツタをメインに作ったネットに葉っぱを絡めるだけでもいい。それで人間相手には難しいだろうが、知性の低い相手であれば十分通じるギリースーツモドキが完成する。これを被る事でまず防具は完了する。次はランゴスタ対策になる。色々と試した結果、丘の方で採取出来たレモンベリーと呼んでいる果実、アレをランゴスタが明確に嫌がるという事を発見できた。

 

 なのでギリースーツにレモンベリーの果汁をぶちまけるだけぶちまけて、徹底してその匂いを擦りつけた。柑橘系特有の匂いが人間にさえ解るレベルでくっつき、これでならランゴスタも近寄ろうとは思わないだろう、という防具のセットが完成した。後は採取用の黒曜石のナイフ、視界確保する為のここら辺で発見した、妙な灯りを放つ知識にない昆虫をランプの中に入れ、武器として竜骨の槍を数本装着し、竜骨の弓と矢を用意する。これが偵察用スタイルセットだった。

 

 まずは最初に、ランゴスタの巣がどこにあるのか、それを突き止める必要があった。その為に花子たちにしっかり留守番しているんだぞ、追ってくるんじゃないぞ? とついて来そうになるエルペを何度も追い返しながら、

 

 森林西エリアへと突入する。

 

 既に何度も侵入した事のあるこの西エリアは、薄暗く、そして木々が他の森林エリアよりも遥かに多い、樹海とも表現できるエリアになっている。キノコと昆虫の多さが特徴的で、

 

 今回も入った入り口付近で、ヘラクレスオオカブトに似た大きめの昆虫を発見する事が出来た。

 

「お前が噂のドスヘラクレスなのか?」

 

 返事はない。当然の話だが。

 

「お前、公式で最強の昆虫って呼ばれてるんだよな……」

 

「……」

 

「アトラルカより強いのか……お前……?」

 

「……」

 

 答えはない。ただドスヘラクレスっぽいヘラクレスは飛んで、どこかへと消えてしまった。アイツ、最強の昆虫だったらそのまま鈍器として使ったらワンパンでクイーンランゴスタとか蒸発しないだろうか。まぁ、流石にそんなアホな事はないよな、と思いながら西の樹海に突入する。

 

 薄暗いこのエリアは、日光を苦手とする生物たちの姿が多く、それを餌にするモスが比較的に良く見られる。最初の頃はキノコを食おうとして、腹を下していたのが懐かしい。食べられる果物を見つけられなければそのまま脱水症状でお陀仏だったな、と冷静に初期の頃の地獄を思い出す。あの頃と比べ、今の生活は大分マシになった。あくまでもマシだ。

 

 根本的にサバイバルという状況が改善されている訳ではない。それを変えるためにもまずは、ランゴスタを駆除しなければならない。クイーンランゴスタを放置してればぽんぽんとランゴスタを増やされてしまう。冬を乗り越え、そして繁殖の春と夏が来るのだ、ここでしっかりと始末しておかないと後がヤバくなるのは目に見えている事だった。だからまずはランゴスタの巣探し。

 

 ……と言っても、やる事は地味だ。

 

 しばらく隠れながら、樹海の中のランゴスタの動きをひたすら観察し追いかける。これだけだ。流石に眠り玉なんて道具を作る事は出来ない為、眠り玉でも作成して眠らせたランゴスタにマーキング、追いかける……という事はできないのだ。

 

 だから樹海の中で隠れて、通りすぎるランゴスタの動き、その流れを観察する程度の事しかできない。一日で終わる作業でもないので、数日に分けてランゴスタの観察作業を行う。どの方角から出現し、どの方角へと戻って行くか。ランゴスタの動きの統計を取りながら、その向かう方向をストーキングし、その巣の方角と場所を割り出すのだ。少なくとも、ストーキングを意識するような知能がランゴスタには無いとはいえ、気付かれれば襲い掛かってくる。故にしっかりと隠れている事にだけは気を付けて、ランゴスタを追いかける。

 

 数日、バレない様に気を使いながら繰り返せば、やがてランゴスタ達がどこを拠点として活動しているのかが見えて来る。

 

 つまり、そこがランゴスタの巣になる。

 

 そうやって見つけ出したランゴスタの巣は、予想よりも遥かに大きかった。古い巨木の中身がなくなっており、どうやらそれがランゴスタの巣となっていたらしい。ただその巨木は巨木と呼ぶには少々大きすぎて―――幹だけで直径、100メートルを超えるだけの大きさを持っていた。地上から10メートル程離れた場所には幹に穴が開いており、ランゴスタ達はそこから出入りしているのが見えた。どうやら、そこが入り口だったらしい。大木自体は枯れており、そして乾燥している様に見える。燃やすのなら良く燃えてくれるだろうと思う。だが燃やしただけではクイーンランゴスタの死滅を確認できるわけではない。アレはちょっと、登るには難しい高さだった。少なくとも木としては死んでいるからか、絡みつくヤドリギやツタの姿が見えない……登るのに捕まる事の出来るものがないのだ。

 

「となると燻り出すぐらいしか思いつかねぇな……」

 

 ランゴスタの巣を木陰に隠れる様に身を伏せつつ、観察する。ランゴスタ達が忙しそうに出入りして行く中で、新しい、まだ小さいランゴスタが巣を出て行くのが見えた。ちょっと、気持ち悪い……だがちゃんと、生物としての生態も存在するんだなぁ、と妙に感心してしまった。まぁ、それでも殺すのだが。

 

「確かランゴスタをたくさん殺せばクイーンの方はでてくるんだよなぁ、群れを守るために」

 

 それがランゴスタの面白い習性だった。しばらくシリーズの方で出現する事はなくなったのだが、それでもクイーンランゴスタは子供を産み続ける事が仕事であり、豊富な栄養を他のランゴスタからもらう事で体を維持し、そしてそれで大きく成長する。そしてランゴスタは普段女王を守るのだ。だけどこの女王も、群れの数が一気に減ると原因を排除するために動き出すという性質を兼ね備えている。

 

 だから中に入れないのなら、クイーンランゴスタを外におびき出すというのが一番だろう。

 

「……となると態々樹海の中で戦う必要はないな?」

 

 どちらかというと花畑や森林の方がまだ戦いやすい。樹海は障害物が多すぎるが、花畑は開けているから弓が使える。森林の方は木々の間隔が樹海に比べて薄い上にツタが多いので、それを使って登りながらランゴスタと同じ高さまで跳躍する事が出来る。ちょっと、パルクールの様な技術が必要になってくるから、そこは鍛える必要があるが。ただ、

 

 この巨木に関してはネタ抜きで焼却必須だろう。

 

 見える隙間から覗き込んだ感じ、おぞましいレベルでランゴスタの卵が壁に植え付けられている。見える範囲でも数十個の卵が見える。それが壁にぎっしりとくっついているのだ。流石にあれは燃やさない限りは処理がどうしようもないと思う。幸い、ここら辺は水の気が強い。あの大木は枯れていて乾燥しているから良く燃えるだろうが、その炎が周辺にまで広がる様な事はないだろう。

 

「……偵察はこれでいいだろ」

 

 ランゴスタの巣と、そこから一切出てこないクイーンランゴスタをしばらく観察してから動き出す。情報収集と巣の場所を覚えたので、対策をする為に一旦、拠点にまで帰還するのだ。

 

 来た道に軽く目印を残しつつ、拠点に帰還する。

 

 そしてランゴスタ退治、クイーンランゴスタ狩猟の方法を考える。間違いなくクイーンランゴスタは強敵だ。今まで戦ってきた存在の中で、一番強いと断言できる。ただのランゴスタ、と侮ってはならない。相手は麻痺針を持つランゴスタが大群で、そしてクイーンランゴスタに至ってはその体はドスランポスよりも大きい。虫だから余裕なんて考えをしていると、痛い目に合う。

 

 だからしっかりと準備をした上で狩猟に挑まなくてはならない。

 

 ハンターの様に体力が尽きた所で助けてくれるネコタクがある訳でもないのだ。システム的な保護もない。実験してみたが鬼人化も溜め斬りなんてことも一つも出来なかった。つまり、システム的な要素、ハンターの能力は何一つとして、自分には効果がなかった。回復薬を飲んだ所で、直ぐに回復する訳じゃないし、生命の粉塵を使って貰っても影響はない。絶望的なほどに劣っている。

 

 だからこそ、一切の容赦もなくとれる手段を全て講じて殺しに行く必要がある。

 

 だから殺す為の道具を、改めて用意する。

 

 まずはキリングフィールドの選択だったが―――最終的に、花畑にする事にした。ここが恐らく一番警戒しやすく、そしてランゴスタを集めやすい場所だからだ。だから少しずつ、数日という時間をかけて、ランゴスタを嵌める為の準備を施す。その為にも遺跡から持ち込んだ武器を一部、花畑へと移しておく。

 

 それを目印の様に花畑へと打ち込み、立たせる。場合によってはこれで討伐する必要が出て来るからだ。また同時に、巨大な大剣や槍、斧はそれ自体が遮蔽物として使える。ランゴスタの様に力のない存在が相手であれば、これを盾にするだけで時間が稼げる。

 

 そしてその場合、自分が直接それを手に持つ必要はないのだ。

 

 しかも木と違って、完全に向こう側が見えなくなるレベルではない。遮蔽物としても優秀なのだ。なのでそれを花畑へと事前に打ち込んで用意する。またそれと同時に、レモンベリーの匂いを染み込ませた毛皮を幾つか、花畑の中に設置しておく。これを使ってランゴスタが近寄りたくない空間を作るのだ。ここが待機する場所、対ランゴスタの安全地帯だと言っても良い。そういう場所を意図的に生み出す。

 

 その後でランゴスタ対策の武器選定。

 

 クイーンランゴスタをおびき寄せる為に、ランゴスタを効率的に殺せる武器は何か? というのを考える。それに対して、人類の英知を利用する事にした。

 

 蝿叩きを作る事にしたのだ。

 

 ぶっちゃけた話、ランゴスタを正確に狙って攻撃する、というのはちょっと神経を使う。小さい上に素早いので、軽く集中しながらではないと、正確にその体を穿つ事が難しいのだ。だから槍や弓の様に範囲の狭い武器を使って戦う事は、余り現実的ではないと判断している。これがハンターなら話は違うんだろうなぁ、アタリハンテイ力学凄いなぁ、と思いつつ、

 

 自分はハンターを真似出来ないので、自分だけの武器で戦うしかないのだ。

 

 だから原作にはない武器や道具をガンガン作って、対策するしかない。

 

 そういう事で思いついたのが蝿叩きだった。

 

 竜骨をベースにそれを作る。まず持ち手をそれなりに長くして、叩きの部分はツタの葉とクモの巣を使ったネットを設置するのだが、ここにランポスの巣から採取する事に成功したランポスの爪と牙を大量に使い、またランゴスタが好む花の蜜、そして花そのものをネットに絡めるのだ。

 

 そうする事で完成する蝿叩きは、ちょっとした残虐兵器になる。ランゴスタを軽く誘引するような匂いを放つ武器は叩きつけながら引く事で、ランポスの爪や牙でがりがりと引き裂いて殺す為の武器だ。蝿叩きというよりは蜂割きとでも命名するべき性能の武器の完成だ。

 

 普通の生物が相手であれば、体にひっかき傷が出来る程度の殺傷力しかないが、これがランゴスタ相手となると話が別になる。体自体が小さいランゴスタであれば、どこが引っかかろうが、全てが致命傷に繋がる。効率的にランゴスタだけを殺す為の武器だ。ネット部分も広く作ってある為、ランゴスタの小さい体を捕まえやすい様にしてある。

 

 一回実験し、二回実験し、そして合計で五回程、ツリーハウスの方まで出て来たランゴスタを相手に実験を繰り返して性能実験を終わらせた所で、これが十分にランゴスタだけを殺す為の殺意で満たされている武器である事を把握し、満足する。これなら効率的にランゴスタを狩れるだろう。

 

 これでランゴスタを二桁程殺戮すれば、ゲーム通りの習性であれば……クイーンランゴスタが出現するだろう。

 

 なら今度は、クイーンランゴスタ対策をする必要がある。

 

 クイーンランゴスタは、ランゴスタを産む為に大量の栄養を摂取した結果、大きく育ったランゴスタの女王とでもいうべき存在だ。つまり、ランゴスタコミュニティの中の女王蜂だ。モンスターハンターでも、ハンターが何度も何度も斬りつける事で漸く討伐する事の出来る、生命力の高い存在だ。

 

 だけどここはリアルで、ゲームではない。急所に攻撃をぶち込んで生存しているという事はないだろう。少なくともアプトノスをはじめとした草食竜や、ランゴスタも急所に一撃を叩き込んでみれば、ちゃんと即死してくれた。つまりこの世界で即死するような一撃で殺すという事は、全然ありなやり方なのだ。

 

 となると、クイーンランゴスタ程大きな相手に、長期戦を挑むのは馬鹿だろう。

 

 いや、そもそもハンターたちの様な無尽蔵の体力がある訳ではない。ゲームみたいな長期戦を挑むなら、間違いなく此方が死ぬ。根本的に理解しなくてはならない、自分には()()()()()()()()()()()()()()()という事実に。走り回って追いかけたり、少しずつ傷を増やして刻んで行くような戦い方は、自分には不可能だ。なるべく早く、一撃で始末しない限りは体力が先に尽きてしまう。

 

 だからクイーンランゴスタとの戦いも、出現したら即座に殺せるように動かなくてはならない。

 

 その為に必要な事は足止め、確実に攻撃を当てる事、そして必殺するだけの威力。この三つになるだろうと思う。対ランゴスタ用の蜂殺しネットはアレはランゴスタサイズを想定している為の道具であり、クイーンランゴスタでは大きすぎて話にはならないだろう。そもそも、クイーンランゴスタの事だから、ランゴスタより硬い可能性がある。そうなるとまずは、確実にクイーンランゴスタの動きを封じる必要がある。

 

 つまりは、その羽を封じる手段だ。ランゴスタは飛行する虫だ。その羽を奪えばカンタロス以下の存在になるだろう。だからまずは、クイーンランゴスタの動きを封じる為の小道具を作り出す事を決めた。

 

 ゲームであればネムリ玉があればかなり楽だった。だがあんな風に煙を出す事が出来る様な調合の仕方は、まるで解らない。燃やすだけではあんな風にはならないのだ。そこは実験が必要だが、そこまで実験していると春が終わって夏が来てしまう。

 

 なので、さっくりと持っている道具と組み合わせる。

 

 使うのははじけクラッカーと名付けたかんしゃく玉だった。《はじけクルミ》と《ネンチャク草》に《ニトロダケ》を利用したこのかんしゃく玉に、今度はレシピを入れ替えて《レモンベリー》を磨り潰して液状にしたものを混ぜ込むのだ。そうすると弾けるのと同時に、レモンベリーの液体が一気に散布されるカラーボールモドキが完成するのだ。これを実験にランゴスタへと向かって使ってみれば、余程この匂いを嫌がっているのか、一気にふらふらしてから大地へとまっ逆さまに落ちて気絶するのが見えた。

 

 流石閃光玉で気絶する存在。こういう事への耐性が低いのかもしれない。

 

 ただ、これは好都合だった。このレモンベリーの爆弾を使えば、ランゴスタを空から叩き落す事も可能であると判断したので、材料を用意し、量産する。ランゴスタ駆除の最中に動きが面倒なランゴスタに対して使うのと、同時にクイーンランゴスタに対して使う物と、とりあえず量産したかったのだ。そしてそれが終われば、今度はネンチャク草を大量に使った、ネンチャクボールを作る。

 

 投げてぶつかったら炸裂しながらべとべとになる、というだけの無害な道具だ。無害の様に思えて、これがクイーンランゴスタの翅にぶつかる様であれば、高く売れるというその翅を一瞬で無力化する事に追い込めるだろう。

 

 気絶から翅の無力化。このコンボがちゃんと成功してくれれば、空を飛ぶ事も反応も出来ないクイーンランゴスタが完成する。後はこれを確実に殺す様に、範囲外から弓と槍を何本も射つつ、滅多刺しにして確実に死亡を確認するだけだ。

 

 これが、クイーンランゴスタの討伐における自分の準備とプランだった。

 

 最終的なその準備、練習に費やす時間は1カ月だった。日に日に増える大量のランゴスタの存在を見ていると、早めに駆除しないとこの森林がランゴスタで溢れてしまう、と危機感を感じさせるレベルだった。だがこうやって慎重に、偵察と想定を繰り返しながら確認し、実験しながら準備を進めた中で、漸くランゴスタの群れと、クイーンランゴスタの相手をする準備が整った。

 

 これで、おそらくは始まる。

 

 最初の狩猟が。

 

 本当に狩猟と呼べる行い。

 

 大自然に住まう、捕食者との戦いが―――漸く、始まる。




 という言訳でメタ読みに偵察を重ね、確実に殺せるだけの準備をした上で、その後で処理する事を考えつつ確実に殺しに行くスタイル。

 慣れて来たのでも、調子に乗った訳でもない。苦しむことが日常的になっているせいで苦しむ事がデフォルト状態になっているだけなのじゃ。なので苦しみながら普通に活動出来ているだけなのだ、こやつ。


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2年目 春季 クイーンランゴスタ戦

 ランゴスタ掃討作戦実行。

 

 花畑には蜜を集める為に大量のランゴスタが最近は徘徊している。女王へと栄養源を運ぶ為であろうという事は良く解っている。そして観察して、その数が日に日に増えているという事もしっかり理解していた。だから準備が整った所で、一切の迷いもなく作戦を実行した。ランゴスタを殺す為に作った道具を片手で握り、そしてランゴスタ溢れる花畑で、ランゴスタを狩りに出た。

 

 空を飛ぶランゴスタは、非常に他の生物の気配に敏感で、自分の仲間以外全てを敵だと思って襲い掛かる。無論、相手が竜の類であれば無視して、自分の安全を図る。だけど相手がアプトノスやケルビ、そして自分の様な人間であれば、一切の躊躇もなく襲い掛かってくる。故に花畑でランゴスタを相手に身を晒せば、簡単に襲い掛かって来てくれる。

 

 既にランゴスタだけなら、その動きを何度も観察しているから対処は難しくはない。ゲーム内ではいきなり加速したり下がったりで鬱陶しい事この上なかったランゴスタではあるが、リアル大となると更に気持ち悪さが増し、そして生物感が強くなる。それによって、若干だが動きに意思を感じられるのだ。右へ、左へ、こっちへと移動するという意思をランゴスタから僅かに感じられる。それはランゴスタに限った事ではないが、注意深く生物を観察していれば、それが右へ左へ、どちらへと移動しようとするのか、予備動作ではなくその意思の様なものを、僅かに感じられる様になる。

 

 昆虫、つまりランゴスタやカンタロスはそこら辺知性が低い影響か、凄い単調なのだ。

 

 故にランゴスタが進むであろう方向へと向かって設置する様に蜂割きを振るえば、そこにランゴスタが飛び込む様に衝突し、ランポスの爪と牙にズタズタに体を切り裂かれながらその体が霧散する。これで一匹だ。大した感慨もなく、達成感もなく、自分の中でランゴスタを処理した、という事実だけを確認し、空を見上げた。

 

 太陽の位置を確認し、そして軽く頷く。まだ時間に余裕はあるのだ、と。

 

 昼過ぎまでにクイーンランゴスタを呼び出す必要があるな、とも。

 

 それを確認し、そのまま黙々とランゴスタの排除へと移行する。ランゴスタはコミュニティを形成する生物だ。近くにいる一匹が倒されれば、そのフェロモンを嗅いだ近くのランゴスタが連鎖的に反応し、仲間の危機と死を確認する様に急行し、仇討ちをする。そうやってランゴスタを殺せば殺すほど、近くにランゴスタがいる場合、ランゴスタの数は増えて行く。故に余り、動き回る必要はない。何せ、この花畑は働き者のランゴスタで溢れているのだから。

 

 数匹駆除すれば、その倍の数が出現する。

 

 そうやってランゴスタを六匹も駆除すれば、段々とだがランゴスタから向けられる殺意、の様なものを感じ始める。同時に空気にヴヴヴヴというランゴスタの羽音がよく聞こえる様になり、取り囲む様に狩猟をし始めようとするのを察知する。仲間が増えると囲み、そして襲い掛かってくるのがランゴスタの習性でもある。一匹でも近づき、針を突き刺せばそれで麻痺させられるのだ。途中で数匹散っても、最終的には勝利すればそれでいいというランゴスタの生態がここらへん、見えている。

 

 故に囲まれない様にする為に、ランゴスタを引き連れる様に移動する。

 

 それは事前に仕込んでおいた、レモンベリーの地帯だ。毛皮や羊毛にたっぷりとレモンベリーの匂いを染み込ませ、そしてそれで軽く線を作る様にバリケードを構築する。そうすることによってランゴスタが近寄り辛い場所を作るのだ。

 

 そこに近づけばランゴスタが散る訳ではない。まだ追いかけて来る。だがこれを背に回す事で、ランゴスタが背から襲い掛かってくる事がなくなる。つまり攻撃してくる方向を制限する事が出来る様になるのだ。

 

 これだけでも、ランゴスタの駆除がだいぶ楽になる。正直、気配察知とか練習しているのだが、それが完璧に出来る訳ではない。後ろからいきなり襲い掛かられた所で、反応には困る。故に相手の進行方向を制限できる手段は非常に重要だった。そして知恵を凝らした罠をこうやってセットする事で、ランゴスタの駆除は一気に楽になる。

 

 そのまま、一気に20匹駆除する。

 

 溢れかえるランゴスタの死骸と霧散した肉体を武器を片手に眺めつつ、太陽の位置を確認し、

 

「……まだか」

 

 と、呟く。まだ、クイーンランゴスタが出現する気配はなかった。他のランゴスタ達と比べてはるかに強い羽音のするあの女王蜂の存在感は、間違える事が出来ない。だからきっと、まだランゴスタを殺し足りないのだろう、と判断する。再びランゴスタを釣り出す必要がある。ゲームでは20、30ぐらいだったが、これがリアルになると一回の産卵できっと数百と産まれてくるのだ、この程度を殺してもあまり意味がないのだろう……たぶん。

 

 だからもっと殺す必要があった。

 

 花畑を軽く歩いて回り、ランゴスタを誘引する。そしてそれをそのまま、軽くその場で殺し、他のランゴスタを惹きつける様にする。そうすればすぐに、別の場所に居たランゴスタが増援と復讐に戻ってくる。それを利用して更にランゴスタを駆除し、単調な作業を繰り返し、駆除して行く。ゲームだったらランゴスタハンターみたいな称号が手に入るだろうなぁ、とくだらない事を考えつつ、

 

 花畑にランゴスタの死骸と部位を広げて行く。

 

 増えて行くランゴスタの死骸、そして更に増えるランゴスタの増援。長期戦になると此方が苦しくなってくる。故にちょくちょく、休憩を挟む事を忘れない―――といっても、レモンベリーの匂いを染みつかせたバリケードの裏へと逃亡する、という程度の事なのだが。だがそれだけでも軽く休めるのは良い。

 

 そうやって作業的にランゴスタを狩り続ければ、

 

 やがて、耳に響くような羽音が聞こえてくる。

 

「来やがったか」

 

 ゲームのままの生態で。空を見上げれば、樹海の方から花畑へと向かってやってくる巨大な昆虫の姿が見える。ランポスよりも、それこそスクリーンで見たドスランポスよりも遥かに大きい、5メートル級の大きさを誇る巨大蜂―――ランゴスタの女王、クイーンランゴスタがその周りに十数を超える親衛隊の様な蜂どもを引き連れながら飛行しているのが見える。

 

 その中央を飛翔するクイーンランゴスタには流石の貫禄がある。やはり、金冠サイズだった。段々理解してきたが、この地域、出現するモンスターの大半、というかボスクラスのモンスターは大体金冠や銀冠クラスのサイズをしている。ドスランポスも遠目にしか見てないが、近づけばおそらくははっきりと、金冠だと解るかもしれない。G級の特徴というか、よくよくこういう巨大サイズのモンスターが出現しやすいのは困る。とはいえ、相手は虫だ。殺せる相手だ。竜なんて滅茶苦茶な存在よりは、遥かに簡単な相手なのだ。

 

 これぐらい殺せなきゃ―――この先、生きて行く事は出来ない。

 

 ()()()()()の相手だ。

 

「さて、俺がここで殺しても問題なし、これだけ花畑が荒れてりゃあ―――俺が逃げ出しても、フォロクルルが勝手に暴れてくれるだろう」

 

 そういう狙いで花畑にランゴスタを引き寄せた、という意図がある。フォロクルルは実の所、臆病で大人しい竜だ。だが花の蜜を吸うと、非常に狂暴になる他、花畑を汚すような存在も気に入らずに襲い掛かってくる。

 

 実はあの後、何度か花畑でフォロクルルにエンカウントしている。近づかず、花畑で暴れる様な事をしなければ襲い掛かってくることはしないのだ、あの竜は。だけど今、この花畑はランゴスタの死骸で溢れている。この光景を見たフォロクルルがどう反応するかは、眼に浮かぶ。そしてフォロクルルがやってくる時間帯は大体把握している。つまり、それまでにクイーンランゴスタが討伐できないか、或いは力不足を感じて逃亡した場合、

 

 クイーンランゴスタの相手をフォロクルルが自動的にしてくれるように仕向けているのだ、この状況は。

 

「どう足掻いてもお前は詰んでるんだよ、女王蜂」

 

 戦いを挑む時点で勝利する。それが戦闘という行いに対する最上の方式だと思っている。実際、どう足掻いても勝利出来る様にフォロクルルの存在を把握してこの戦いを挑んでいる。だけどそれはそれとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それを証明する意味も存在する。ここでフォロクルルという最終手段に頼る様であれば、十分な力がないというだけだ。準備して、対策して、それでもまだ駄目、という事なだけだ。

 

「いい加減、少しは自信も欲しい所なんだ―――見事に死んでくれ……!」

 

 ランゴスタ殺しの武器を投げ捨てる。その代わりに背中に背負っていた弓と、矢を取る。その先端にはレモンベリーのクラッカーが装着している。投擲するよりは此方で射る方が遥かに早く、届く。有効距離が数メートル程度でも、飛ばすだけならそれよりも遠くへと弓で飛ばせる。去年から練習してきた成果を見せる様に、

 

 弓を引き、そして一気に矢を放った。

 

 未だに飛行接近中だったクイーンランゴスタと親衛隊のランゴスタが散開する。だが広がり切る前にクラッカーが衝撃で弾け、その中に詰まっていたレモンベリーの匂いと液体が空に広がる。それを受けて一気にランゴスタ達が混乱した様な、嫌がる様な反応を見せる。一番近かった親衛隊の二匹は、そのまま気絶する様に地上へと落ちて来た。それを追撃するような事は―――しない。矢の無駄遣いだ。

 

 矢の数には限度がある。ある程度補充できるように花畑に設置しておいたから、それを回収する様に、囲まれない様に走り始める。全力疾走をすると一瞬で疲れて、戦闘なんて言っていられなくなってしまう為、ペースを考えて少し、ゆっくりと走る。呼吸を整えながら、ランゴスタが追いかけてくるのを確認しつつ、それが近づいてくるのを確認したら矢を放つ。

 

 再び矢に付けたクラッカーが弾けて、ランゴスタが落ちる。

 

 こいつらは放置していい。女王さえ死ねば勝手に数は減るだろう。

 

 だが問題は今、回避に失敗した女王だった。

 

 クイーンランゴスタ周辺に居た親衛隊蜂は落ちたが、クイーンランゴスタ自体は嫌がる様なそぶりを見せるとも、気絶する程ではない。大きいと、それだけ耐性があるのかもしれない……この世界の生物、地球では考えられないほどに頑丈だし。となると普通のランゴスタ相手には通じるこの道具も、クイーンランゴスタには効果が薄いのかもしれない。

 

 そう思いながら、弓を仕舞いながらベルトに装着しておいたクラッカーを複数取り出し、それを一気にクイーンランゴスタの方へと、炸裂する様に投げ飛ばした。一面の空間を覆う様に粘着質な液体がクイーンランゴスタへと向かう。だがそれをクイーンランゴスタは解っていたかのように後ろへと一気に後退し、回避した。野生的直感、という奴だろうか。

 

 だが今のでクイーンランゴスタが連れて来た親衛隊は壊滅した。

 

「これで1対1だ……!」

 

 体を軽くするために矢と弓を捨て、クイーンランゴスタへと相対する様に槍を抜いた。左手でクラッカーを握り、それを何時でもランゴスタの女王へと向けて投げつけられる様に構える。移動するのを止めず、常に花畑内の、武器を設置した場所へと向かって移動を続ける。だが今度は走ってではなく、歩いてだ。既にクイーンランゴスタの周りにいたランゴスタは、濃縮された果汁の臭いでグロッキーになっているのだ。閃光玉を投げつけられた時の様に、地に墜落している。

 

 ここが勝負所だ。

 

「さぁて……と、詰めだ」

 

 絶対に殺す、恐怖を殺意で埋め尽くして殺す。自分の数倍は大きさのあるクイーンランゴスタが狙いを定める様に空中を右往左往し、それから尾の針を此方へと向けて、一気に急降下して来る。凄まじい速度ではあるが―――来ると解っていれば、まだ対処できる。

 

「バイクの方がまだ早い」

 

 飛び込んでくるクイーンランゴスタへと向けてクラッカーを投げた。流石に飛び込んでくる動きに入っているクイーンランゴスタが、それを器用に躱す事は出来ない。逆に此方は既にクイーンランゴスタが来るルートは解っていた。だからよけながらクラッカーを投げる、という事が同時に出来る。

 

 その結果、先ほど回避したクラッカーをクイーンランゴスタが顔面から衝突して受け止める。空中の制御が乱れ、軽く回転しながら地面に衝突し、ワンバウンドしてから再び浮かび上がろうとする。だがその続きを阻む様に、背へと向けてネンチャク草のボールを投げつけた。

 

 べとべとのネンチャク草がクイーンランゴスタの翅に絡みつき、羽ばたこうとするその動きを一瞬で阻害し、失敗させた。浮かび上がろうとしたクイーンランゴスタはそうする事も出来ず、無様に地面に這いつくばる。

 

「まだ心配だし、投げておくか」

 

 ネンチャク草のボールを倒れているクイーンランゴスタへと向けて何個か投げて、その翅が使い物にならないレベルまでべとべとにした所で、いきなり動き出しても対処できるように距離を開けて背中側に回り込み、

 

 その翅に槍を突き刺してピン刺しにした。

 

「これでもう飛べない、な。よっし。これで脅威度がだいぶ下がった。とはいえ、足とかが怖いな。引っかかれたら感染症で死ねそうだ」

 

 弓は途中で捨てて来た。だから手元にあるのは、ニトロダケと火薬草で作った爆薬を合わせた小型爆弾。これでクイーンランゴスタを爆殺するのも悪くはないが、

 

 それよりも重要な事があった。だからクイーンランゴスタの背中側から、その背中に竜骨の槍を突き刺そうとして、()()()()()()()()()()()()()()。成程、と槍の先端を見て、クイーンランゴスタの姿を見る。見た目は完全にただの昆虫で、そこまで硬そうなイメージはないのに、草食竜程度であれば簡単に突き殺せるこの竜骨の槍が弾かれてしまった。

 

 理不尽だ。

 

 圧倒的な理不尽だ。

 

「肉質とか耐性とか、マジであるんだな。となると……いや、ゲーム的に考えず、リアルに考えるか」

 

 再び竜骨の槍を振り下ろす。今度は無造作に振り下ろすのではなく、胴体と尻尾、その間にある隙間に、甲殻の間に突き刺す様に槍を差し込む。先ほどの硬い感触とは違った、昆虫の体を突き抜ける感触が手から伝わってくる。そしてクイーンランゴスタの体液が傷口から溢れ出してくる。それを抉りながら、切断する様に槍をもう一本追加して差し込み、尻尾と胴体を切り離して行く。

 

「やっぱ隙間とか、筋を狙って突き刺したり切ったりした方が効率的なんだな……アプトノスを狩った時で大体解ってたけど、ただただ武器を振るうだけじゃ全くダメージに出来ないみたいだし、的確に急所だけを通せるように武器を振るって、殺せるようになる必要があるかー……」

 

 ザク、ザク、とゆっくり、クイーンランゴスタの攻撃が通りそうな場所を選んで槍を突き刺して、その生命力を奪って殺す。特に凶器的な尻尾と前足、そして口周りは確実に滅多刺しにして解体する。その体がバラバラになった所で、持ち込んできた火薬草とニトロダケを叩きつけて、軽い爆破炎上して死体を処理する。低い花ばかりのこの場所では、炎は燃え広がらない。

 

 クイーンランゴスタ、焼却して確実に始末を確認し、駆除完了となる。焼けて行くクイーンランゴスタの死骸と、女王の死によって正気に戻り始めて来たランゴスタが逃げ去り始める空を眺めつつ、確信した。

 

 こいつらは怪物だ。通常の進化の方法ではまるで理解できない方向へと進化している。竜骨ってなんだよ。虫がこんなに硬いなんてありえないだろう。常識では考えられないような生態、進化をしている。まともに相対すればそれだけで地獄を見るだろう。

 

 だけど生物だ。

 

 生きている。

 

 つまりは、殺せる。殺せるのだ。それが解るだけいい。

 

「つまり俺の努力は徒労じゃなかった。意味があるんだ」

 

 ハンターだったらこの程度の相手、ぶっ刺されながらもカウンターを叩き込んで、真正面から殴り合いながら殺せるだろう。だけどそれが自分には出来ない。だから対策に対策を重ね、そして手段を講じてこうやって殺す事が出来る。足元にも及ばない力だが、それでも()()()()()()()()()()というのは事実なのだ。それが知れただけでもこの消耗、そして消費には意味があった。徒労ではなかったのだ。

 

 俺はこのサバイバルを生きて行けるという事実が生まれたのだ。

 

 クイーンランゴスタ産の素材は損傷が激しくてどうにもならなそうだが―――倒せた、倒せる。俺の努力に意味はあった。殺せるのだという事実は、何よりもの報酬だった。その達成感に胸を満たしながら、思わず拳を握った。

 

 

 

 

 そして始める。

 

「これが俺の答えだッ!」

 

 《カクサンデメキン》と《バクレツアロワナ》と《ニトロダケ》と《火薬草》とイビルジョーの食い残しの《竜の牙》をネンチャク草で纏めて作った特性爆薬を全力で投げ込んだ。とりあえず物凄い苦労して捕まえたカクサンデメキンとバクレツアロワナ、自分の知る知識の中で採取が可能であった爆発、爆裂する素材を全て混ぜ込んで生み出したただひたすら、テロをする為だけの爆薬。というか爆弾。それを両手でスリングする様に放り込んだ。

 

 クイーンランゴスタの巣の中へと。

 

 ロイヤルゼリーの採取とか、そういう事を一瞬考えたのも事実だった。

 

 だけど爆破炎上の快感には抗えなかった。

 

「実況と解説俺! 黒幕俺! 実行は俺でお送りしまぁ―――す!」

 

 言葉と共に、爆弾が炸裂した。危ない危ない、と呟きながら素早く距離を取って木が内側から凄まじい衝撃と破砕音を響かせながら揺れるのを見た。それが一度終われば、今度はそれが連続で爆発するような轟音と共に大地を揺らすような衝撃を伴いながら木片を吹き飛ばしつつ内部に溜め込んだランゴスタの幼虫、卵、その巣を連続爆破によって粉砕し続ける。材料に使っているものは大タル爆弾に使うものだけではなく、ライトボウガンやヘヴィボウガンに使う拡散弾の材料もしこたま詰め込んでやったのだ。

 

 その結果、爆発が拡散しながら連続で広がり続ける悪夢の爆弾が完成した。

 

 これをサバイバースペシャル爆弾とでも名付けよう。

 

 絶対に拠点破壊用以外では使えないわ。そんな事を思いながら飛び散るランゴスタのパーツや巣の破片を見た。爆発し続けながら飛び散る姿は汚すぎる花火の一言に尽きる。

 

「たーまやー」

 

 クイーンランゴスタを駆除し、そして大元となるランゴスタの巣の完全破壊をこの目で目撃する事が出来た。これによってこの樹海を支配していたランゴスタを駆除する事に成功した。今まではランゴスタが邪魔で進めなかった樹海エリアの更に向こう側へと進む事もこれで出来るだろう。

 

 少しだけ、成長を感じる。

 

 だけどそれ以上に、爆破炎上が楽しすぎた。

 

「やっぱ爆破は正義だわ」

 

 その言葉に頷きながら完全抹殺を完了したランゴスタの元巣の残骸を確認し、ミッションコンプリートを悟った。

 

―――次はしばらく休みと対策をしてから、ランポスが相手だ。




 この環境で生き続ける為にも、生還者は更に狂気を帯びて行く。全ては生きるために、余計な物を削ぎ落されながら磨き上げられるのだ。という訳でクイーンランゴスタ狩猟完了。初のボス戦っすな……。

 巣は発破解体しておかないと後々繁殖する為の場所になってしまうので、実はこうしておかないと安心できる生活が戻ってこないという。


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2年目 春季~夏季

 ランゴスタとクイーンランゴスタの脅威は去った。

 

 これで森林における最大の障害は消えた。花畑のフォロクルルはそのままノータッチだが、アレは蜜を食べていない時であれば基本的に温厚な竜だからそこまで恐れる必要はない。第一、アレは花畑から出てこないから心配するだけ無駄だ。だから森林エリアの安全を確保したという事実だけで十分だった。そしてそれによって漸く、一つの事に挑戦する余裕が出来た。ランゴスタがいると少々面倒で手が出しにくかったが、ランゴスタが消えれば話は別だ。消えた事を良い事に、ツリーハウス近くの開けた場所を開拓する様に斧や大剣を振るって整え、そして大地を斧で掘り返し柔らかくする。土壌そのものは既にあるのだという事は理解している。だから後はそれを整えるだけで、

 

「うっし、畑の完成!」

 

 額の汗をぬぐいながらツリーハウス近くの空間に作った畑を見た。少し不格好ではあるが、テレビや漫画で見る様な状態へと持って行く事が出来た。如雨露も遺跡の方で確保できたし、これでついに農耕を実践する事が出来るかもしれない。それに伴い、ツリーハウス近くにエルペを更に引き連れて来た。ちょっとした、サバイバー農場の解放だった。エルペたちはそこまで頭が悪くないので、農場に入るなよ? とちゃんと教えてあげれば、それを回避してくれる。ただその代わりにおもちゃを提供しなきゃならないので、

 

 ケルビの皮の中にムーファの羊毛を詰めて、それを丸くした毛皮のボールを、エルペの玩具用に作った。これを適当に転がして遊んであげると、滅茶苦茶喜んで、何時までもそれで遊んでいるのだ。これで農場に入り込まずに遊んでくれるので助かるし、雑草の類も勝手に食べて処理してくれるおかげで雑草の処理をする必要がなくなるので、楽だった。

 

「ふぅ、農業は足腰が鍛えられるって話だし、これはいいな」

 

 鍬代わりに使っている大斧を大地に突き刺し、息を吐き出しながら額の汗を再び拭う。春季もランゴスタを処理してからいい感じに時間が経過している。最初は樹海の方がランゴスタの処理と爆破で殺気立っていた為、しばらくの間は侵入する事が出来なかった。ついでに花畑もフォロクルルがランゴスタに対してガチギレしたご様子で、しばらくの間はランゴスタ相手に無双し続けるフォロクルルの姿が目撃出来た。だけど夏季が見えて来た今、その様子も落ち着いて来た。

 

 本格的に夏季に入れば、再び樹海や花畑に行けるのではないだろうか、と思っている。

 

 まぁ、その前にサバイバー農場の存在である。先にランポスの相手をしようかと思ったが、ランポスの相手は夏季に回す事にした。その代わりに、今はここで農耕の準備をしたかった。危険を排除する事ばかり考えていたが、それよりも安定した食事と栄養を補給できるようにする事が大事なのではないか? とランゴスタを排除した所で考えたのだ。

 

 実際、今の状況はどの季節にどこで何を取得できるか、というのを把握しているだけの状況だった。これは食事の安定供給から程遠い状態だった。社会文明の進化によると、最初のハンティング&ギャザリング―――つまり狩猟から始まり、それが農耕へと文明はシフトする。

 

 だとすると自分が次に目指すべきステージは農耕による食料の生産と安定供給ではないか? と思う。これは開始すると畑弄りに時間が取られる様に思われるが、それとは別に移動の手間を省くから今までの採取ツアー生活と比べると遥かに改善していると言える状況だ。

 

「とりあえず幾つか種はあるから、これを栽培できるようになれば生活が一気に楽になるんだよな……後はキノコもなんとか育てたいけど、あっちはマジで知識ねぇからなぁ……」

 

 ニトロダケの栽培が一番したいのだ。現状、戦闘用の消耗品でニトロダケの比率がかなり重い。何せ、クラッカーや爆薬等、お手軽にダメージを与える手段として利用できるのだから、どうしても使用数が増えてしまう。意識して抑えようにも、現状、爆殺するのが一番の攻撃手段になってしまう以上、どうしても数を消費してしまうのだ。

 

「まぁ、薬草とかアオキノコとか、ハンターが回復やドーピングに使うアイテムは育てる必要がない分、楽っちゃ楽なんだけどな」

 

 大斧に寄り掛かりつつ、自分が耕した畑を見た。何分、こんなことに手を出すのは初めてだから、これで正しいのかどうか全く判断がつかない。とはいえ、手を付けなければどこを改善すればいいのか、なんて知識も経験もつかない。結局のところ、どこかで実行して手を付けなきゃいけないのだからこれでいいと思う。

 

 ランポスの相手は次の季節に回す。

 

 今春季は畑の拡張と生産安定に当てようと考える。

 

「つっても、野菜の扱いってどうすればいいのか解らないんだけどな……」

 

 解りやすい野菜を見つければいいのだが、現状見つけたのはトマト、果実を幾つか等でどれも素人目にも栽培が難しそうなものだ。トマトは地中で育たないし、果樹に関しては長い期間を必要とするものだ。レタスやキャベツみたいなものを見つける事が出来れば話は変わってくるのだろうが……あとはじゃがいもだろうか? 結局、山でそういう野菜を見つける事は出来なかったから、今手持ちにあるものは、

 

「レモンベリーだけか? 植えられそうなのは。うわぁ、青野菜ないじゃん……」

 

 こうやって自分が食べている物を見ると、圧倒的不健康さを感じる。いや、でももうすぐ一年が経過するって状況の中で、まだ体調を崩していないからセーフなのでは……?

 

「な、訳ねぇよな。まぁ、とりあえず色々と拾ってみたものを育ててみるか……」

 

 まずはちゃんと育てられるのかどうかをテストしなければ意味がない。長期的に見て畑が機能するかどうかというのをテストしなければならない。幸い、テストで植えることの出来る物はある。後はそれがちゃんと育つのかどうか、日常的に手入れをしつつ確かめるだけだ。

 

 それと並行しつつ、山羊乳を使ってチーズの作成をしようと思う。

 

 実は拙者、チーズ大好き侍である。

 

 日本に居る頃はバイクに乗って色々とチーズを食べ回っていた侍でもある。好物はポテトサラダで、溶けたチーズをかけて食べるのが大好物侍でもあった。このモンスターハンター世界は超大型のチーズフォンデュが存在するから、こっちに来てからは何時かそれを食べる事を夢に見つつ原動力としている。だがそれはそれとして、

 

 完全に趣味の産物としてチーズ作りたい。

 

 牛乳じゃねぇけど山羊乳だし行けるだろ、という考えである。これがサバイバー式プロジェクトCheeseである。家庭用チーズの作り方なら頭の中にあるし、後はそれをこの環境で可能かどうかを試すだけという話だ。

 

 まぁ、ランゴスタという何時出現してもおかしくない鬱陶しい羽虫が消えたおかげで、ツリーハウスに留まって単純作業するという余裕が生まれ、こういう事も実行できるようになった。やっぱり、何時妨害されるか解ったもんじゃないと思うと安心して作業に移る事が出来ない。

 

 畑作り、チーズ作り。どちらも生活と趣味、心を潤す為の行いだ。

 

 張り切って挑戦する事にした。

 

 

 

 

「なんでだよおおお―――! 俺がなにをしたって言うんだよぉ―――! ふざけるなぁ―――! ふざけるなぁ―――!」

 

 言葉と共に目にトウガラシの入ったブルファンゴへと向けて鍬替わりの大斧を振り下ろした。太刀筋もクソもない、暴力的な一撃がブルファンゴの頭蓋骨を砕きながら顔面を半分に両断した。それを眺め、返り血を拭いながら見た、

 

 荒らされた畑の惨状を。

 

「畜生……ちくせう……ちくせぅ……」

 

 春季中旬に作った畑は、どこからともなくやって来たブルファンゴによって食い尽くされていた。ランゴスタが居なくなった事で探索が広がった樹海を抜けた先はなだらかな草原遺跡地帯だったのだが、なんとそこで野菜を発見する事が出来たのだ。そのいくつかを持ち帰り、そして畑に植えて少しずつ育ってきた姿を見ていたのだが、それが本日、夏季に近いこの頃、破壊され尽くしたのを確認した。

 

 原因となるブルファンゴは怒りと共に血祭りに挙げてやったのだが、まさか食料を求めて普段は踏み込まない森林にまでブルファンゴが入り込んでくるとは、思いもしなかった。エルペの方はしっかりと躾けた結果畑にちょっかいを出すような事はなかったのに。まさかの伏兵だった。

 

「あと少しで夏季が始まるって所でこれは痛いなぁ……」

 

 片手で頭を抱えつつ、荒らされた畑を見る。

 

 夏季、そして秋季は忙しい時期だ。経験上、夏季が()()()になる。つまりどの生物も繁殖のために活発化する季節であり、子アプトノスを狩りやすい時期でもあるのだ。草食竜の数が増えるので、それを狩猟したりなんなりで色々と蓄えを作る季節でもある。夏季、そして秋季は冬季に備える為の季節だ。冬季に入ると食料が著しく減り、そして収穫も出来なくなってくる。

 

 樹海を抜けた先で待望のキャベツを見つけた時は物凄く嬉しかったが、まさかそれがこんな形で全滅するとは思いもしなかった。

 

「夏季までにまたキャベツ畑に挑戦するしかない、か……後はブルファンゴ対策か」

 

 やはり柵が必要か、と理解する。ここまでブルファンゴが入り込んでくるとは思わなかったので、作らなかった自分も悪いのだが。ただブルファンゴが本気で突進してきた場合、柵を作っても簡単に突破されるだろうと思う。となると……堀でも作った方がいいのだろうか? 畑の周りの空間をぐるり、と掘って人間じゃなければ渡れない様にする……畑を拡張する時が恐ろしく面倒だが、おそらくは確実にブルファンゴを寄せ付けない手段になるだろう。

 

「だけどその前に再び樹海の向こう側へと行く必要があるかぁー……やだなぁー……」

 

 あそこはある意味()()()()()()()()()()()()()場所なのだが、あそこを縄張りにしている生物が原因で、一番近寄りたくないエリアとなってしまっている。キャベツを持ち帰ったのも実は割とぎりぎりなのだ。環境的にギリースーツは意味をなさないし、樹海を通り抜けなきゃならないから割と移動距離も大きい。だけどブルファンゴによって全滅してしまった畑を復興するには、あそこからキャベツを調達して来る必要があるのだ。

 

 割と真面目に、あそこに行くのは気が重い……だが作物を集めるなら向かわなくてはならない場所だろう……ちょっと、気が重い。まぁ、ランゴスタを突破した所であんな場所に繋がっているとは、誰も思わないだろう……。

 

「まぁ、そっちは夏季になりそうだな」

 

 春季の間は畑の再構築で過ごそう、そう決める。これを何とかすれば秋季と冬季と、生活が一気に楽になる筈だからだ。とりあえず、苦労は今のうちにする。これが後で自分の楽へと繋がる事を祈りつつ。まずは畑の再設計を行う。

 

 つまり、畑のサイズを測り、そして将来的な拡張を見越して掘を作るという事だ。今の畑を更に拡張する事を考え、一回りスペースを開けてから今度は斧を引きずる様にラインを引く。そして二メートル程間隔をあけてもう一本引く。つまり畑の周りの掘の距離を二メートルにする、という予定だ。助走を付ければ飛び越えられる距離だし、そうじゃなくても道具を使えば渡れる距離だ―――人間なら。

 

 ブルファンゴの様な畜生であれば、絶対に渡る事の出来ない距離の計算でもある。

 

 ついでにエルペ対策に柵を作れば、飛び越えようとする事もないだろう。

 

 そういう事で畑の周りのマーキングを終わらせたら、今度はスコップを作る必要がある。流石に穴掘りまで大斧でやるのは無理だ。簡単に加工できる材料は竜骨ぐらいだし、竜骨のスコップとかいう伝説に残りそうなものを作らなくてはならない。柵も間違いなく竜骨以外では作る事は出来ないだろうし、これはまたツタの葉とクモの巣を集めて来る必要があるだろう。その上で穴掘りだからかなりしんどい作業になりそうだ。

 

 とはいえ、地味にこの単純作業を最近、楽しめてきている自分がいた。

 

 

 

 

 春季が終わる。

 

 そして夏季がやってくる。

 

 春季の間に集中して作った畑の中身を再び確保する為に、行動に出る必要がある時が来た。やや憂鬱になりながらも、ランポスポンチョを装着し、腰に槍を数本、弓と矢をセットで装着し、最後に採取用の竜骨とケルビの皮で作った籠を背負った。最近理解したが、セッチャクロアリと竜骨の相性は抜群なのだ。まるでスーパーボンドでくっ付けたかのような安定感がある。おかげで最近の作成物は前作った物よりも遥かに強固になっているという自信がある。少しずつだがこの世界に順応している、という自覚はある。というかできないと辛い。コツは自分の知識を完全にアテにするのではなく、部分的にこっちの世界の不思議な生態や異常性を受け入れて利用する、事だと思っている。

 

 セッチャクロアリのおかげで最近の製作物は結構、悪くない出来だと思う。

 

 問題はその道具が足りなくなり始めている所なのだが。

 

 ともあれ、今回は樹海を抜けた先へ、野菜の収穫へと向かう予定だった。

 

 ランゴスタが大量に存在した巨木の周辺には奥へと進む獣道があるのだ。前はランゴスタが多すぎてとてもだが通れなかった場所だが、今ではランゴスタが9割程死滅した影響もあり、通る事に関する危険性がなくなっていた。故にカモフラージュの必要もなく、樹海を抜ける事が可能になっている。

 

 そうやって樹海を抜けると、今度は見える範囲全てが緑色の、草原地帯に出るのだ。正面その向こう側、更に遠くには山が、そして火山が見える。そこから視線を西の方へと持って行けば、遠くに僅かだがオレンジ色の建造物が見える。

 

 そう、建造物。

 

 つまりは()()()だ。

 

 丘近くの山エリアには神殿が存在した―――そして完全に自給自足で生活が出来る訳ではないので、どこからか食糧を運んで来る必要がある。つまり、都市が近くにあったのだ。この樹海エリアを抜けた先の草原エリアには、遺跡都市とでも呼ぶべき場所がある。それが草原西側に存在する場所だった。

 

 今回の目的地はそこだった。野菜を見つけてきた場所もそこではあるのだが、直ぐには樹海から飛び出す事はなく、樹海の端に沿う様に歩いて遺跡群へと向かって進むのだ。実はこの草原、少々やばい場所となっており、その中央を堂々と歩く事は自殺にしかならないのだ。その為、移動するのは樹海の端ぎりぎり、その上で逃亡用に小型サバイバー爆薬スペシャルを持ち歩いている。

 

 たぶんこれ、本当にエンカウントした場合、時間稼ぎにもならないと思うが。

 

 そんな事を考え、草原の方を警戒しつつ樹海に沿って移動する。どうやら、今回は運が良かったようだ。縄張り争いしている連中と一切エンカウントする事もなく、草原を通って遺跡群へと到着する事が出来た。

 

「ここはほんと生きた心地しねぇな……」

 

 ()()()()()()()()()()な草原を突破し、フィレンツェを思わせるようなオレンジ色の遺跡都市へと到着する。残念ながら此方は山の方の神殿遺跡とは違い、損傷の激しい建物が非常に多かった。痕跡から見て、どうやら経年劣化ではなく、竜か、或いは龍が激しく暴れたような、そんな壊れ方だった。此方は順当に龍によって滅ぼされた都市だったらしい。

 

 激しく崩れている家屋の中に見える物は、風雨に晒された結果、激しく劣化と損傷をしている。これを見ていると、神殿遺跡の方で拾えた道具の方が無事だったのは運がよかったのだな、と理解させられる。とはいえ、此方はレンガなどが落ちているのだ、場合によってはそれを材料として利用する事も考えられる。

 

 まぁ、それはともかく、この遺跡都市の奥の方へと向かえば、比較的大きな場所へと到着する事が出来る。屋敷ではないのだ。そこは古い時代の農場だったらしい。見つけた時は大分喜んだのだが、いかんせん、時間経過が長すぎたのか、残された作物がかなり少なかったのだ。

 

 つまり生き残ったのはキャベツだけだったのだ、ここ。

 

 壊れた柵の合間を抜けて農場へと向かえば野放しに育つ、大きなサイズのキャベツが見える。スーパーで見る様な市販サイズのそれよりも遥かに大きなそれは、それだけでも十分に食べられそうな物だった。というか食べたかった。どうやら異様に生命力あふれる様に環境に適応して育ったキャベツらしく、かなり大きい。花を咲かせており、そこから種を回収すれば、後はそれを自分の畑の方へと持って行くだけだ。

 

 この時、そのまま収穫して食べられそうなキャベツも探すのだが、一面に広がるキャベツ畑の中で食べられる状態のキャベツは残っていなかった。残念に思いながらタネを収穫できるだけしておく。そしてそれが終わった所で、必要以上にここに留まらない様に、サクサクと作業を完了させる。

 

 作業が終わった所で、即座に撤収作業に入ろうとした所で、

 

「―――!!!」

 

 空気に響くような咆哮と、直後に聞こえてくる破壊と爆裂の音に、また始まったのか、と白目になりそうになるのを何とか堪えつつ、素早く姿勢を低くし、家屋の影に隠れながら、ゆっくりと草原の方へと移動して行く。遺跡都市の端、草原への入り口。大きな残骸の裏に隠れながら草原の方で発生している動きを見た。

 

 草原の方で発生している動きは全部で三つだ。

 

 一つは巨大な恐竜の様な姿をした存在だ。その尻尾は剣の様になっており、体が通常のそれよりも二回り大きく、尖った宝石の様な甲殻をしている。赤熱化している尻尾はそれ自体が凶器で、触れたらたぶん、やけどでは済まないであろう事は解る。隠れていてもその恐ろしい程の熱量を感じ取れるのだから。

 

 もう一つは影すら残さずに高速で動き続ける白い影だった。動きが止まった、と思った瞬間には白と黒と赤の閃光だけを残像として残し、それによって一瞬で移動しながら空間に斬撃を刻み込んでいる。それに相対する二つの巨影はそれを察知するかのように対応しており、ありえない状況を認識させてくれる。

 

 最後の姿は美しい程の金色に輝いていた。ただ輝くのではなく、雷電を纏っている。金色に輝きながら炎と残像に対抗する様に放電し、それで動きを制限しながら自分の領域を確保していた。その存在が放つ雷がびりびりと空間に帯電し、戦場全体に雷による牽制を行い、爆滅の炎と反応し、空間に雷撃と爆炎を無差別に発生させていた。

 

「出たよ、二つ名三兄弟……」

 

 《燼滅刃》ディノバルド、《白疾風》ナルガクルガ、そして《金雷公》ジンオウガ。

 

 どれもゲーム的には二つ名という特殊な称号を得ている、携帯機に出現する特異個体だった。通常のものとは違い、特異な姿と生態を見せ、それでいて通常のものを遥かに超える力を発揮するのが二つ名持ちモンスターだ。

 

 お前らなんで草原で争ってるの? 縄張り争い? お願いだから相打ちで死んで。

 

 心の底からそう祈る戦いなのだが、この三頭、適度にダメージが入り出すと、戦闘を長引かせずに撤退に入るのだ。お前ら戦うのなら最後まで殺し合えよ。心の中で全力で叫んでも、二つ名持ち三頭はしばらく戦闘を続けると、どこかへと去って行く。

 

 その姿はまるで軍事演習を繰り返し、何かを威嚇しているかのようにも見える……。

 

「二つ名三種が縄張りにしている草原とかどこのデスゾーンだよ……」

 

 早く帰りたい。心の底からそう思いながら、二つ名持ちが消えたのを確認してから帰路へと急いだ。この夏、やる事はまだまだたくさんあるのだから。もう、この草原には二度と戻って来たくはなかった。

 

 帰ったら花子に癒されよう。ボールで遊んで癒されるのだ……。

 

 自分にそう言い聞かせ、一切警戒心を下げる事無く帰還した。




 ついに完全なる2年目。樹海を抜けた先は地獄だった……。

 という訳で農業を開始&失敗。チーズの作成にも失敗。そう簡単にやろうとしても道具も説明も設備がないのなら失敗して当然なのだ……とはいえ、チーズ食べたい……食べたくない? 夏季の目標はランポス討伐。果たしてうまくいくかなー?


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2年目 夏季

「でっでーん! いーとーぐーるーまー!」

 

「きゅーん」

 

「むーん」

 

「ぶるる」

 

 最近、ウリ坊が住み着きました。どう見てもブルファンゴの子供です、ありがとうございました。まぁ、可愛いは正義だ。ムーファの子供のフェニーが可愛いのも正義だ。そしてエルペの子供がかわいいのも正義だ。本格的に牧畜始まってないかこれ? と思いつつ夏季中旬、生活基盤が整い始めていたサバイバー拠点、ついに待望の糸車が完成した。その近くには土と岩を固めて作ったかまどが存在し、レンガの生産が行える状態になっている。

 

 本格的にサバイバルを超えて農業系アイドルの領域に入り始めたなこれ……と、最近では思いつつあった。実際、やってることが農業系アイドルを参考にしているから文句が言えない。まさかテレビのアイドル活動を見てサバイバル生活を助けられるなんて思いもしなかった。やっぱりおかしいよ、あの人たち。アイドルのやる事じゃねぇよアレ。

 

 まぁそれはともかく、なんとかツリーハウス周辺も色々と賑やかになって来た。その最大の理由は糸車の完成にある。かなり大変だったのは事実だし、何度も何度も失敗したものだった。だが糸車を作成する上で一番自分を突き動かした理由は、服の耐久が限界に近かったという事実だった。服は究極的には消耗品であり、着続ければその内ダメになる。そしてクイーンランゴスタとの戦いを経て、自分の服はもうぼろぼろで、そろそろ限界に達していた。ジーンズの方はまだ持つとしても、少なくともシャツは限界だった。あとトランクス。

 

 そろそろ代替品を作る必要がある。これは割と急務だった。その為に必死に神殿遺跡に通っては木の板にナイフで糸車の姿になるべく近づける様に掘り込み、それを持ち帰って何度も何度も観察を繰り返しながら糸車を漸く、冬から頑張って完成させた。ただ完成した所で即座に羊毛から糸を作れた訳ではなかった。品質も高い訳ではなく、最初に作った糸はすぐにぼろぼろになった。

 

 だが何度か繰り返していけば少しずつまともなものになり、ちゃんと出来るようになると素材本来の力強さや異質さが出てくるようになり、まるで別物を扱っている様なレベルで頑丈なものへと変貌するのだ。このおかげで糸がついに解禁された。これが凄まじく強く、今まで使っていたクモの巣よりも使えるのだ。そしてこれを竜骨から削り取って作った針に通す事で、

 

 お裁縫がついに解禁される。

 

 そう、服飾の時代が来た。

 

 文明開化である。

 

 下着、服、靴下、そして靴。不格好ながらこれを作成する為の土台がついに完成したのだ。その感動は段違いだ。今までは生きるために必要な物を作っていた。これからは生きる事を楽にする為の生産を行うのだ。実際服はぼろぼろで、トランクスや靴下も不快な部分はある。というか靴下はもう捨てた。流石に新しい物を作るのは無理だったから、靴はずっと直に履いている。

 

 だが糸と皮があるのであれば、この生活を変えられる。

 

 特にケルビの皮は、一番衣服に対する適性を保有していると個人的には思っている。今のところ失敗続きではあるが、少しずつ上達している自覚はあった。それでもだいぶ不足しているのだが。

 

 まぁ、ランポスの相手をするときはせめて不快感のない恰好をしたい。

 

 そういう意味でも糸車を作成したのだ。服のコンディション、不快感はメンタリティに影響する。そういう細かい所で極限状態の命のやり取りに対して邪魔を入れられたくはないのだ。

 

 なにせ、ランポスは強敵だ。

 

 ランゴスタは小さく、すばしっこく、攻撃が当てづらい。だが思考が単調で、それでいて簡単に潰せるという弱点が存在している。つまりまだ、ワンパンで殺せる範囲に居るという事だ。だがランポスは違う。

 

 あれは集団で、群れで生きる生物だ。

 

 馬鹿にされがちだが、ランポスは非常に狡猾で賢い生物だ。ゲーム内で設定されたAIは基本的にハンターを襲う様に出来ている。だが現実においてはそう単純なものではなく、発見次第増援を呼び寄せるという行動をし、その上で複数で囲み、そして急所を狙って飛び掛かってくるのだ。既にこの爪や牙で草食竜だけではなく、様々な物体を切り裂けるという事は確認済みだ。かなり鋭利な武器となっている。

 

 こいつで切り裂かれようものなら体がズタズタになるだろう。

 

 ただ、それ以上にランゴスタより活発で、行動的で、そして知性のある生物であるというのが非常に恐ろしい。自分よりも強い相手からは逃げる、という判断をする事も出来るのだ、こいつらは。実際昔のムービーではリオレウスの登場等で逃亡するランポスの姿が目撃出来た。

 

 AIの問題か、実際にプレイするとそんな事はないんだが。

 

 ともあれ、個人的に恐ろしいのは数を増やすランポス、()()()()()()()()()()()だけの耐久力をゲーム内で見せていた事、そして囲んで襲い掛かってくるという性質だった。ランポスの相手は恐ろしい。飛び掛かって一気に距離を詰めて攻撃してくるのだから。

 

 間違いなく強敵であり、専用の対策を施すにしても、訓練と鍛錬で戦い慣れる、或いは身体能力を上昇させるという方法以外には存在しないと思っている。

 

 なぜ? と言われれば簡単だ―――ランゴスタよりも分布が広く、そして賢いランポスは、罠に引っ掛けた所で群れが広く広がっている上、殺したら誘引できる訳じゃないのだ。しかも罠を識別する程度の脳はある。一方的なハメを展開しようとすると、逆に数で囲まれて死んでしまうだろうと思っている。

 

 だからランポスの狩猟に必要なのは、純粋な体力と、技量と、そして身体能力。

 

 ランポスと戦い続けられるだけの体力、

 

 ランポスの攻撃を回避できる身体能力、

 

 そしてランポスを一撃で殺すだけの技量だ。

 

 この三つが一番重要なファクターだと思っている。体力はこの一年近い生活で鍛えられているからまだいい。身体能力はまだまだ、足りないと思っているのでもっと鍛えなくてはならない。そして最後に技量、これが一番の問題だ。的確に獲物の急所を見極め、そして一撃で殺す。その技術と技量が必要になってくるのだ。こればかりは簡単な物ではない。体を鍛え、武器を握り、それを振るう事に慣れなきゃならない。その上でランポスという存在を見慣れなきゃいけない。

 

 こうやって必要な事、やらなくてはいけない事を積み重ねて行けば、大体自分の一日のスケジュールが決まってくる。

 

 まず朝、明るくなってくる瞬間に起きる。

 

 この時間帯に糸車を使って、糸を作る練習と服飾の練習を始める。この先、ここで生活する以上、裁縫は必須技術だった。手本もクソもない中で、これは何百回も練習しなくてはならない事だった。またそれと並行してレンガの生産にも入る。レンガは今まで使っていた木材の代わりの資材になる。ツリーハウスの強化、道の作成、壁の作成、軽い飾り付け、様々な事にレンガは使える。特に最近、拡張してきたツリーハウスを下から支えるためにレンガが欲しかったのだ。これで大量生産を行えば、ツリーハウスを卒業してレンガの家を作る事を考えてもいいかもしれないが、地上の安全が絶対ではない以上、ツリーハウスの強化にレンガを回していた。

 

 そしてある程度練習に時間を費やしたら、畑の世話や家畜の世話を始める。つまりはエルぺやムーファの相手をする。迷い込んだウリ坊はどうやら自分をエルペやムーファの仲間だと思って迷い込んでしまったらしく、非常に仲良くしている。牡丹肉にしようかと思っていた計画を変えるハメになっている。エルペから山羊乳を取って、これとキャベツと干し肉を使って朝食を取りつつ、畑の様子を見る。

 

 それが終われば鍛錬に入る。ウリ坊を背中に乗せて腕立て伏せ。スクワット、腹筋、懸垂、木登りを往復でし、体を壊さない程度の高さから飛び降りて受け身を取る事の練習をし、軽いアスレチックを木材で作成したので、それを使ってパルクールの練習をする。それで体を動かしたら片手剣を両手で握り、素振りを繰り返す。

 

 最初は10回ぐらいしか持たなかった。だけど1週間も続ければ少しずつ、素振りの回数が増える。更に続ければ回数が増える。毎日、少しずつ、少しずつ素振りの回数を増やして行き、剣を振る、という日本の生活では絶対に使う事のない技術を自分の体に覚えさせて行く。間違いなく栄養面では地球に劣っているし、環境は劣悪だ。最新のスポーツ科学からすればこんな環境で体が強く育つ方がおかしいと断言されるだろう。

 

 だがそんな科学的根拠を無視する様に、体は鍛えられて行く。空気か、或いはファンタジー的な世界観だからか、それとも食べている物が違うからだろうか。肉体は鍛えれば鍛える程、強くなって行く。それでもハンターと呼ばれる様な怪物的な存在には到底、追いつけないし、届く事はない。

 

 それでもひたすら、鍛錬を重ね続けるしかなかった。それ以外に生きる道が存在しないからだ。

 

 最近は畑とエルペとムーファのおかげで、あまり採取探索に出る必要がなくなったのだが、それが鍛えられる時間を確保できる最大の理由だった。畑で野菜を、レンガを生産しつつかまどの様なもので肉を燻製にする事も覚えた。そのおかげで拠点から極力、動く必要がなくなって来た。それで確保した時間を鍛錬へと充てる事によって、生存率を高めている。

 

 全ては生きるために。

 

 最初は両手で握る事しか出来なかった片手剣。だが鍛錬を始めて、冬季から6カ月、8カ月近い時間が経過している。少しずつ繰り返してきた鍛錬は、漸く身について来た。両手でしか振るえなかった剣が、漸く片手で振るえる様になってきたのだ。

 

 縦、横、突き。三つのシンプルな動作を片手で繰り出す。その動作はちょっと揺れて、震えている。真っ直ぐ切れているというのには程遠かった。それでもこの三つの動作を片手で繰り出せるという事実は、多大な満足感を自分の心に生み出す結果となった。これだけの鍛錬を経て漸く、片手剣という武器を扱う事の入り口に到達する事が出来たからだ。

 

「だけど、まぁ、まだまだ……だよな」

 

「ぶるるる」

 

 ウリ坊が足元で軽く鳴く。そうだそうだ、と言っている様な気がした。事実、片手剣という武器は片手で振るう事によって、もう片手で道具を扱える事が最大の利点となる装備だ。モンスターハンターシリーズでも、片手剣だけが納刀せずにアイテムを使用できる装備だった。常に片手が開いている為、動きやすさも段違いだ。

 

 だが逆に言えば、片手で握っても連続で振るう事が出来る上に、それで一撃で殺すだけの技量が必要になるという事実もあった。

 

「うーん、師匠とかが居ればまだ話は別だったんだろうけどな……まぁ、我流でどうにかするしかないよなぁ」

 

 片手剣を握り、それを軽くポーズを決めつつ、ランポスを相手に想像し、振るってみる。ダメだ、避けられる。片手剣が重すぎる上に太刀筋がブレブレだ。これでは相対した時にあっさりと避けられてしまう。

 

 剣術なんて齧ったことすらない。解るのは斬る、払う、突く。この三動作が武器を使った動きにおけるもっとも基本的な動きである、という事実だけだ。だからその三動作を何千、何万回と繰り返す事しか出来ないという事実。見様見真似でアニメとか漫画の真似をすれば、変な風に癖がついてしまう。だったら解っている範囲で極められるだけ極めた方が遥かに有用だと思った。

 

 だから武器を使った鍛錬は、その繰り返しだった。

 

 素早く武器を振るうのではなく、ゆっくりと、自分の体に綺麗な太刀筋を教え込む様に動かす。どっかで読んだ鍛錬方法だった。ただこれ、滅茶苦茶筋力を使うので、物凄い疲れる。ハンターの様に音速で回復するスタミナもないから、休むとなると一時間や二時間は確保する必要になる。

 

 そしてその休みの間は、今度は岩壁からのランポスウォッチングに時間を割く。

 

 知識とは最大の武器である。

 

 ランポスを殺す上で、ランポスの事を知らなくてはならないのだから。

 

 何せ、ゲームデータそのままであると判断すると、軽く地獄を見る事はクイーンランゴスタの甲殻の硬さから理解している。HPなんてものはないし、スキルなんて便利なものも存在しない。少なくとも、自分には。だから出来る事は観察し、生態を把握し、そしてそれを通して的確に相手の事を理解する事だった。ゲームにはなかった、リアルになったからこそ解る様な事、生態、それを詳細に把握しなければならなかった。それを見逃し、その結果死亡したのでは死ぬに死ねなくなってしまう。

 

 本当に死ねなかったら良いんだけどなぁ。

 

 ともあれ、ランポスウォッチングもランポス狩猟の為の下地として、行う様にした。これがギルド所属の依頼であれば、専用の観察チームによって生態観察と状況報告してくれたのだろうが、無論、そんなものは存在しないので自分の手でやらないとならない。だから1日の間になるべく時間を作り、そしてそれを通してランポスの観察を行う事にしている。

 

 そうやってランポスの姿を巣の方と、そしてある程度隠れながら丘の方を観察し、ランポスの狩猟という物を目撃する。

 

 ランポスという生物は、狩猟をベースとする食生活を送る群れ(コミュニティ)に属する鳥竜種だ。観察してみると、こいつら一匹一匹に関してはそこまで強くはない。その代わり、徹底して狩猟する為に、群れでのコンビネーションを意識している生物であることと、ランポスが単独で活動する事はまず、ありえない。それが観察していて解った事だった。活動する際は常に三匹から四匹までの小規模なグループを構築し、それでお互いの安全をカバーリングしながら活動する。

 

 ゲームでは無駄な行動が多く、ハンターが武器を構えている癖にずっと威嚇をして攻撃してこないランポスとかが普通だったが、此方の世界で見るランポスはそんな事はなく、かなり狡猾で、恐ろしい相手に見える。

 

 まず、ランポスの狩猟は一匹が前に出る事で始まる。

 

 こいつが偵察、斥候役だ。囮でもある。鳴き声が届く距離に他のランポス達は後ろから付いて行き、そして偵察を行ったランポスの鳴き声、そして反応によって狩猟を決める。

 

 獲物を見つけたランポスは仲間を呼び寄せつつ、仲間が来る方角へと相手の視線を向けない様に、回り込む様に走り出す。その間に威嚇と飛びつきを忘れず、警戒心を囮へと引き寄せるのだ。

 

 その間に合流したランポスの本隊が死角や背後から襲い掛かり、一気に引き倒してそのまま、鋭い爪で襲い込みながら狩猟するというやり方をしている。畜生ながら、中々洗練された狩猟のスタイルだった。何気に最初の斥候役のランポスが返り討ちにされた場合、即座に逃亡するだけの知恵を持つのが厄介の様に思えた。観察している時に一度、アプトノスの尻尾ハンマーを頭に受けたランポスの頭が弾け飛ぶのを目撃したが、その場合、ランポス達は追撃するような事はなかった。

 

 どうやら、群れの中で狩猟に関してはルールを決めている様に思えた。

 

 普段から狩猟しているアプトノスであれ、囮が死んだのなら、それ以上の狩猟を行わず、ターゲットを変更する。管理された危機意識がある……と表現しても良いのかもしれない。ランポス達は自分たちの脆さと強さを同時に理解し、それをしっかりと生存のために役立てていた。ゲームの様なAIではなく、思考して活動しているというのがちゃんと解る事だった。

 

 そして巣にいるランポス。

 

 ここは大体の場合で、ドスランポスが居座っている。献上された食料を口にし、大きく育っている―――金冠サイズのドスランポスだ。ランポスの巣にはこのドスランポスが存在し、雌のランポスと思わしき個体が常に数匹存在している。どうやらランポスの群れはドスランポスを頂点としたハーレム制となっているらしい。

 

 ドスランポスでさえ相手がいるってのに俺ときたら……。

 

 いつか、いつかメゼポルタに行けたら……可愛い子と出会えるという事を信じておこう。ヒロインはいつだって大歓迎である。

 

 そんな事を考えつつ、観察するランポスの巣での活動は、かなり地味だ。常に数匹のランポスによって巣は守られており、小さいランポスの雛? と思わしき個体を守っている。それだけではなく、時にはウリ坊やエルペの子供等を連れてきて、それと子ランポスを戦わせることでランポスの狩猟を学習させている。ゲーム内ではどれも確認する事の出来なかった事だが、こうやって眺めると、確認できる所でもあり、同時に弱点でもあるなと思える所でもあった。

 

 ランポスの巣はかなり場所が固まっている。と言うか岩壁を降りた所がそうなのだ。そして上への備えが一切存在しない。地形的に飛竜が入って来れない場所だからだろうか……岩壁の上からサバイバー爆薬スペシャルGでも投げ込んでみれば、いい感じに絶滅するのではないだろうか? と思えるレベルで上への警戒が薄い。

 

 まぁ、爆弾テロとか自然界では普通は発生しない事だから当然かもしれない。バゼルギウスの事は忘れさせて欲しい。アレは此方には出てこないと思いたい。大陸違うだろうし。

 

 ともあれ、大体の場合でランポスの狩猟チームと、ドスランポスの狩猟チームは別行動しているのが見える。

 

 ただ、このドスランポスが巣を出て、狩猟に向かう時は時々ある。その理由は解らないのだが、この時、囮、或いは斥候役をドスランポスが行う。そして配下たちのランポスを後から従えるのだ。これは戦略的に考えると下策なのだが……どこか、群れを率いる為のカリスマ、の様なものをその動きには感じられた。

 

 或いはそうやって自ら危険な役割を果たす事によって、群れのトップとしての地位を証明しているのかもしれない、と自分はそれを見ていて思った。率先して前に出て、そして他のランポスの力を借りる事無く一撃でアプトノスを仕留める。そこにはランポスの長としての威厳と実力を感じさせるものがあった。

 

 ゲーム内だと序盤の雑魚としてかなり情けない姿を見せていたんだけどなぁ、という感想があっただけに、やはりドスランポスやランポスに関する自分の先入観は捨て去る必要があった。

 

 ランポスだけではないが、この世界全体の話でもそうだ。

 

 無駄な先入観は捨て去るべきなのだ。何度も飛竜やこの世界の生物の生態を確認する度に、それがゲームを超越した生物としての姿を見せている事には気が付いているのだ。そしてそれはもはや、データだけでは信用の出来ない所に来ている。自分が見て、聞いて、そして経験して初めて、何が正しいのかを理解できる。この世界の生物はゲーム以上の命に溢れているのだから。

 

 だからランポスの狩猟、そしてその後に続くであろうドスランポスの狩猟は、非常に大事な事であり、そして慎重にしなくてはならない事だった。

 

 その為に、出来る事、準備は最大までしなくてはならない。

 

 全ての鍛錬を終わらせた、日没の時、天然の明かりは既に星と月だけになっている夜に、ランプの中に浮かぶ虫の明かりを頼りに、目の前に片手剣を寝かせている。山の鉱脈から掘り出してきた《大地の結晶》と思わしき鉱石の一部を皮で包む様に掴み、これを砥石代わりに使って剣の錆落としをしていた。

 

 ゲームの知識では大量の大地の結晶を使っていた事が記憶にあり、その形もちょくちょく話に出ていたので、ある程度は覚えがあった。だからそれを使って、片手剣の刀身に輝きを取り戻させようと努力をしていた。

 

 徐々に、徐々に剣は輝きを取り戻して行く。少しずつだが、かつての輝きを見せて行く。

 

 この刃と同じだ、と思う。

 

 自分も少しずつ磨けば良い。焦る必要はない。強く、更に強く自分を追い込み、磨き上げれば良い。ハンターの様になる事は不可能だ。だから地球人にしかない概念、力で強くなって来ればよい。幸い、知識は20年の人生の中で育て上げて来た。後はその中から、この世界にあるものと無いものを判断して積み上げればいいのだ。この世界にあるものと、ないものはゲームを通して知っている。

 

 それが全てだとは思えない。

 

 この世界にはゲームで存在する以上がある。

 

 だが基本的な情報が裏切らないのも事実だった。

 

 だから、焦る必要はない。ゆっくり―――確実に、己という刃を磨き上げればいい。少しずつ輝きを取り戻してきた刃に映る自分の姿を確認し、

 

 数日後、ランポスの狩猟を遂行する事を決めた。




 ウリ坊とフェニーが住み着いて、もうちょっと本格化している拠点エリア。実はここ、地形的に大型の飛竜とかが入れる隙間が少ないので一種の安全地帯だったりするのだ。無論、完璧ではないけど。

 ボディベースは地球人。だけどこの世界の栄養素とかで少しずつ、此方の世界の人間にスペックが寄り始めている。とはいえ、まだまだクソ雑魚地球人だけどね。

 最も原始来な社会形式は狩猟と採取だと言われている。その次に来るのが農耕であり、ここになって動物を労働力として使う概念が生み出される。漸く文明的って言えるレベルかなぁ、これで。


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2年目 夏季 ランポス戦

 それが夢であると直ぐに気が付いた。

 

起きた時には完全になにも覚えていないからだ。

 

 だが目覚めた時、

 

「ふぁ―――ぁ……良く寝た。おら、俺の腹は枕じゃないんだぞ」

 

「ぶもー」

 

 驚くほどにすっきりしている。心が安らかで、頭がクリアになっている。まるで最高の質の睡眠をとれたかのような、不思議な気持ちだった。これが1か月に何度かある事だった。

 

「お前も俺の腹を勝手に枕にするな」

 

「みー」

 

 隙間風が入ってくるし、快適な布団は作れていないし、そんな睡眠の質を取れる事はあり得ないのだが、起きるとそれまでの疲れを全部取られたかのような、そんな心地よさが残った状態で目覚めるのだ。そのおかげで、不思議と全力を出せる。無論、何時もこういう訳じゃない。流石にハンターみたいに眠ったら完全回復なんて訳でもない。ただ、不思議と心のストレスまで全部剥がされたような安らぎだけが寝起きに残るのだ。それはここへ来てから続く、ちょっとした不思議だった。或いはこの世界に慣れてきた事で得た一つの変化だったのかもしれない。

 

 ただ、

 

「……」

 

 軽く頭に触れるが、そこには自分の毛以外は何もない。だけどそこには、少し前まで、撫でられていたような、そんな感触を感じていた。或いは夢の中で……と、思うのは少々、センチメンタルすぎるのかもしれない。でもそういう考え方は少しロマンがある。センチメンタルなのもたまには悪くない。何せ、不死と不滅の龍が存在する世界なんだ……たとえ、本当は存在しなかったとしても、人か竜の神様が見守ってくれている。そう思った方が遥かに夢があるからだ。

 

 だからツリーハウスの内部で、起き上がった。すっきりとした寝起きの中、人の腹を枕にしていたフェニーとウリ坊を軽く撫でてやる。そのまま、レンガを積み重ねて作った階段を使ってツリーハウスを降りて行き、朝日の輝きを全身で受け止める様に体を伸ばした。太陽の恵み、それを体で受け止める事で細胞の全てを活性化させるように元気を受け取り、大きく深呼吸をした。

 

 そうやって、肺の中から深呼吸をして空気を入れ替えた体は、完全に眠りから覚醒していた。良し、と呟く。

 

「今日はランポスを狩るのには絶好の日だ。沐浴してから備えよう」

 

 ランポスを狩猟するその日、朝は絶好のコンディションで始まった。

 

 

 

 

 入浴と沐浴、何が違うの? という話になると、入浴は普通に体を洗う、という行為だが沐浴とはもっと宗教的な意味を持った、儀式に近い行いである。ぶっちゃけた話、体を洗い、清潔にするという意味ではそこまで意味がある訳ではない。ただ彼の偉大な過去の神話の戦士達は、戦いに挑む前等に沐浴で身を清め、その上で戦勝を神々に祈ったりする事もあった。このモンスターハンターの世界に神々が存在するのかは解らない。存在してもいいんじゃないか、とロマンチストな自分は思っている。だからきっと、居るんじゃないかな、とは思う。

 

 そうでもなければこんな不思議な経験と出会い、誰にも説明できないから。

 

 神という存在をそこまで敬虔に信じている訳ではない。だが戦勝祈願、ゲン担ぎ。簡単であればやるだけの価値はあるのではないだろうか? 少なくとも、こういう儀式はモチベーションやメンタルに影響する事だ。

 

 こうする事で勝てる様になる!

 

 というのは、一種の自己暗示だ。ルーティーン化された、自己暗示の行いだ。

 

 解っていても、それをやるとやらないのでは、大きなパフォーマンスの差が出て来る。

 

 例えば日常的に朝に麦茶を飲む人がいる。別に、朝に麦茶を飲んだところで何かが変わる訳ではない。だけどそれが日常化してくると、それが当たり前になり、飲まない日が来ると、あぁ……飲めなかったから調子が悪いな、と思い、()()()調()()()()()()()()()()

 

 だからこれは意味のない行いではないと思う。ゲン担ぎ、神頼み、別に悪くない。最終的には全ては神ではなく自分の力が結末を作る、という事さえ理解していれば。故に身を清め、ケルビの皮で作ったインナーに着替え、そしてその上からポンチョとジーンズに着替え、靴を履く。

 

 装備も厳選する。今回は弓は無しだ。恐らく、ランポス相手には有効とは言えない武器だからだ。ランポスは小さく、動きが早い。その上でランゴスタの様な解りやすい弱点がある訳でもない。だから弓を使った所で回避されるのがオチだ。それに、これから先ここで生きて行く上で、小型や中型の竜種と争えるだけの実力は必要だ。つまりランポスと接近戦で勝利出来るだけの能力がなければ、この先無駄に死ぬだけだ。そういう意味でも今回は、普通に接近戦を仕掛けて勝利する必要があった。

 

 だから、武装はシンプルだ。

 

―――片手剣を持って行く。

 

 満足に振り続けられるか? そう聞かれたらNO、としか答えられない。両手で持って、真っ直ぐ振るう。それぐらいの事しか出来ないのが現状だ。だけど同時に、その先にステップアップするには、実戦で振るうという経験が何よりも必要だと思ったのだ。その為に丁寧に《大地の結晶》を使って研いできた。不思議なもので、研げば研ぐほど鋭さが増して行くのに、一向に刃自体がすり減る様な様子はなかった。まるで武器そのものが生きている様な感触だった。そしてそれも、蘇る事を望んでいる様に感じた。

 

 だから、ドスランポスの爪を投げナイフとして加工したものをベルトに装着した。これには麻痺毒を染み込ませてある為、切り付ければ時間はかかるかもしれないがランポスを麻痺らせる事も出来るだろう。投げナイフに思い切って加工したのは、近接武器として黒曜石のナイフがあるのと、将来的に片手剣をメインウェポンとして、そこから更に他の古代の武器へと換装して行く事を見越してだ。

 

 何時までも爪を武器に頼っていると、変な癖がつきそうでもある。そうなる前に、ステップアップを目指す必要がある。あの爪ナイフは軽すぎるのだ―――それに、ランポスを狩猟すれば、また材料は増える。その事を考えれば、ここである程度消費するのは悪くないだろう。そういう判断からここでナイフに加工、消費する事にした。

 

 振るえない場合、腕が疲れた場合を想定してサブウェポンに黒曜石のナイフと竜骨の槍を装備し、その上で戦闘用に小型爆薬、クラッカーを幾つか用意し、

 

 そして最近、漸く完成した閃光玉を持ち込む事にした。これは作るのにかなり苦労した。なぜなら《光蟲》の捕獲自体は難しくはないが、閃光玉は光蟲が絶命した時に発する閃光を利用したものなのだ。

 

 ぶっちゃけ、作り置きしようとすると勝手に死ぬ。

 

 勝手に光る。

 

 日常生活で唐突にムスカ大佐ごっこし始める事になる。それはそれで妙に楽しいのだ。やってるとエルペが集まって同じように転がり始めるから。ただ問題はそうやって勝手に絶命してしまうので、作り置きが出来ない為、光蟲を飼う必要があるという事実だった。これもまた難しい話なので、前日に捕獲し、それを木箱の中に保管するという形で対策をしたのだ。

 

 出来る事なら虫かごか、或いは虫を保存できる藪でも作ってみたいと思える事だった。セッチャクロアリとか、光蟲とか雷光虫とか、ここら辺は集めて繁殖、環境をキープできると狩猟生活が楽になりそうだが、知識がないから手が出せない所だった。

 

 そうやって、装備を整える事には完了した。

 

 森林南の川で沐浴を終え、装備を装着すれば、もはや足を止めている必要はない。拠点の家畜に大人しくして居ろよ、と、祈りながら南から滝の横をロープを使って降りて行く。ランポスの巣にほど近いこのエリアに今はランポスが居ない事を確認しつつ降り立った所で、ランポスから隠れる場所があるこの付近の岩の裏に隠れながら、まだランポスが居ない事を確認し、小走りで丘の方へと向かって移動して行く。

 

 ランポス達にも巡回ルートが存在している。効率的に獲物を見つける為のルートだ。それを理解していれば、どこでランポスとエンカウントできるのか、それが解ってくる。その中でも重要なのは、ランポスが選ぶ場所の多くは遮蔽物の少ない、見えやすい場所だ。集団で狩りを行う以上、遮蔽物があった方が面倒なのだろう、ランポスにとっては。だから上下の移動が小さい、平たんな場所を良く歩きまわっているのを目撃出来る。

 

 それを利用し、待ち伏せするのだ。滝付近でも巣の付近でもなく、移動するのは丘の方角だ。あそこは遮蔽物は少ないのだが、まだ比較的に茂みや木々が存在する場所でもあるので少なくとも隠れる場所はある。故にランポス達がまだ存在していないのを、時間帯と場所で確認しつつ隠れて進んで行き、丘へと出る。

 

 そしてそのまま、ランポスが出現するのを待つように姿を隠す。

 

 待っている間は案外緊張せず、暇なものだ。革紐を使って肩から吊るしてある片手剣を抑えつつ、グリップを何度も確かめる様に握り直しながら、ランポスの出現を待ち続ける。流石に、自分から探して飛び込むような蛮行はしたくはなかった。そこまでの自信はない。だけど、少なくともランポスと1:1で向き合った時、十分な成果を出す事が出来る、という自信が自分にあった。いや、慢心している訳ではない。

 

 必要以上な過小評価は無駄な消耗を強いる。だから客観的に自分の実力とレベルを測っているだけだ。最近は、必要以上に卑屈でいると逆にパフォーマンスが落ちる事を自覚してきた。

 

 出来る、やれる、俺は大丈夫。そう思わなければやっていられない、という部分もある。

 

 だからイメージする―――重ねてきた練習、その上で習得した動きを。自分の鍛錬の成果を。その中で繰り出すベストのイメージを。それを常に、どんな状態、どんな状況でも出し続ける己を。それが理想。コンディションがどんな状態であっても、自分が出せるベストを常に維持し続ける。体は疲れ、疲弊し、そして力は抜けて行くだろう。それでも精神力さえ尽きないのであれば、体は動かせる。ハンター程無茶苦茶に同じ動きをする訳ではない。

 

 ただ単純に、動きを乱さない。自分の動きを最適化して、維持する。それを守り続けるだけだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 潜み、茂みの中からランポスの姿を待ち続け凡そ、感覚的に二時間後―――ランポスの姿を目撃する。丘に入り込んだランポスは周りを確認する様に軽く両足で走りながら丘の中へと進んで行く。その姿を目撃し、真っ先に飛びつくような事はしない。

 

 アレは斥候で、囮だ。それは知っている。

 

 直ぐに手を出した所で、後から来るランポスが逃げるだけだ。だからあのランポスを直ぐに始末してはならない。いや、安全を考えればすぐに始末するのが一番いいのだろう。だがランポスの狩猟を行う上で、経験を積む上では、そればかりでは駄目だ。

 

 安全な手段を繰り返すだけでは、どこかで限界が来るのだ。

 

 故にランポスは狩猟しなくてはならない。自分にそう言い聞かせ、ランポスが丘の中を進んで行くのを、茂みの中に身を隠しつつ進んで行く。事前に体を清めているおかげで、匂いを潰せている。だから風上に立った所で、姿はバレない。問題なのは、自分が本当に気配を消せているのかどうかだ。そればかりは自分で理解する事は出来ない。だから極限まで呼吸を遅くし、その代わりに一回の呼吸を深くする。それで心臓の動きを抑え込みつつ、丘を見渡し、クリアリングするランポスの姿を見た。

 

 今の丘に、獲物になりそうな生物はいる。奥の方にアプトノスの群れがいるのだ。ランポスの視線は其方へと向けられており、アプトノスを狙おうとしているのが見える。それを確認したランポスが振り返りながら大きく口を開け、ぎゃぁぎゃぁ、と鳴き声を放った。ランポス達を呼び出す声だ。

 

「まだだ……まだ焦るなよ、俺……」

 

 ここで飛び出せば、あのランポスは殺せるかもしれないが、その後から合流してきたランポスに背中を取られるだけだ。ランポス達が固まった所で一気に相手をするのがベストだ。閃光玉、クラッカーはあくまでも保険の意味合いが強い。

 

 自分の肉体と武器で、どこまで貫き通せるか。それが今回は何よりも重要なのだ。

 

なぜならば―――是は、生きる為の戦いだからだ。

 

 ランポスが集まり出す。巣の方から丘へと出て来る数は全部で三匹。斥候を合わせて全部で四匹だ。不吉な数字に少しだけ、今日という日にケチが付くのを感じた。とはいえ、それを頭の中から押しやって、ランポス達が奥へと進もうと集まり、アプトノスの群れを目指す姿を見た。

 

 ここだ、と即座に判断する。

 

 ランポス達の意識がアプトノスへ向いた所、一気にその背後へと飛び出す。ランポスの群れの背後を取る様になるべく音を殺しつつ、紐で肩からぶら下げていた片手剣を両手で握る。それを肩に担ぐように背負いながら、全速力というよりは、一気に距離を稼ぐように瞬間的に前に体を押し出すよう、ステップを踏む。体を前に押し出し、落下する様に体を加速させながら前へ、前へと、音を殺して一気に飛び出す。武器を握る手は強すぎず、手を傷めない様に意識する。

 

 手で持つのではなく、肩で担ぎながら前へと押し出すのだ。

 

 腕の筋力ではなく、体全体を武器を振るう為の装置として活用する。それがこのサバイバル生活で学んだ、武器の扱い方だった。

 

 故にそのまま、飛び込む様に加速の一撃から、ランポスの首筋を見極める。野生の中で培う生存への直感、どこを斬れば殺せるのか。どの肉質であれば貫通できるか。どこを断てば一撃で殺せるのか。隙間を見極め、鱗と鱗の間の僅かな窪みに刃を振り下ろし、

 

 背後から、駆け抜ける様にランポスの首に刃が突き刺さった。振り下ろした刃がまるで豆腐を切り裂くような感触であっさりと首に吸い付き、そのまま、少しだけ、片手剣が軽くなるような感触を感じとりながら、ランポスに悲鳴を与える時間もなく、そのまま刃は反対側へと抜けた。その重量に体が軽く引っ張られる。抜けて行く刃をそのまま、抜けて行く感覚に任せ、前傾に倒れて行く体を、横へと力を加える事で遠心力へと変換し、

 

 そのまま、首のないランポスの体を別のランポスへと向かって蹴り飛ばした。

 

「ぎゃ―――」

 

 それが一匹に衝突し、動きを止めた。それを横目で確認しつつ、体を回転させながら刃をその勢いでプロペラの様に引き上げる。それを勢いを乗せて両手で掴み、振り返り始めたランポスの首の弱い点を見抜き、

 

 そのまま、一刀で首を断つ。

 

―――良し、()()()()だ……!

 

 綺麗に最初の流れを作る事が出来た。二匹目を殺した所でランポスの死体を蹴る事で反動を作り、ストッパーとして加速していた体の動きを止めながら、力を入れて片手剣を受け止め、片手で握って肩に乗せて構える。空いている片手で投げナイフを手に取り、何時でもランポスの妨害を出来る様に構える。その間に残されたランポスは斬殺されている仲間の姿を理解し、振り返りながら威嚇する様に吠える。

 

「はぁ、はぁ……吠えても無駄だぞ、ゲームじゃないんだからな……」

 

 ゲームであればランポスが吠えるたびに無限に出現するランポスの増援。だがこれはゲームではなく、リアルだ。どれだけ吠えた所で、距離のある仲間には届かない。既に死んでいるランポスには届かない。それでも、伏兵が隠れているのかもしれない。武器とナイフを構えたまま、横へと少しずつ体を動かして行き、ランポスを直線に並べる様に、先ほどまで自分の背後があった方向が見える様に移動する。その方角からランポスが出てくるような事はなかった。

 

 一応の、警戒だ。場合によっては伏兵が居たりするから、警戒するに越した事はない。気配察知みたいな芸当が出来る訳じゃないのだから。どこまでも自分は凡夫なのだから、可能な限り思考し、努力し、対策し、そして慢心せずに機能の100%を発揮するしかないのだ。

 

「ふぅー……ふぅー……はぁー……良し、来い……来い!!」

 

 深呼吸で心を平静に保ちながら、一瞬たりともランポスから視線を反らさずに相対し―――ランポスが飛び掛かってくるのを見た。それを迎撃する様にナイフを顔面目掛けて投げれば、顔面にナイフが衝突したランポスが動きを乱した。それに合わせ、ランポスに()()()()()()()

 

「げぎゃっ!」

 

 爪に触れない様に気を付けながらランポスを蹴り飛ばせば、それが()()()()()()()()()()()()()()()()に衝突した。油断も隙もない。最初のランポスを相手に回避や攻撃を行っていれば、その瞬間に遅れて飛び掛かってくるランポスの攻撃をまともに食らう事になっていた。群れで狩猟するのだからコンビネーションは磨かれているとはいえ、ワンパンで即死出来る程度の耐久力しかない。確実に先を見て、回避する様に動かなくてはならない。

 

 故に目を潰し、蹴りを叩き込み、ランポスを押し出した。その影響でランポスがランポスと衝突し、巻き込んで動きが停止する。それに合わせて片手剣を範囲外から投げる様に振り落とし、一撃でランポスの首を断つ。そしてそのまま、武器を片手剣から槍へと持ち替え、ランポスがじたばたと起き上がろうとしている間に、その爪や牙の範囲外から槍を突き刺した。

 

 一度、二度、そして三度。確実に殺す為に首、そして胸を連続で突き刺し、くし刺しにしたまま大地から血が流れるのを確認し、死亡をチェックした。首を断てば確定で死亡を確認できるだけに、槍の様に死亡確認が難しい武器を使うのは、少し躊躇する。それに槍で殺すには何度か突く必要がある。その度に獲物の体に穴が開く。つまり、素材としての価値が下がるのだ。それはちょっと、困る。

 

「でも、まぁ、奇襲で四匹同時に始末できるだけの実力があるのを確かめられたのは良かったな。これなら少しは自信になる」

 

 自分がどれだけ戦えるのか、自分はどこまで実力を発揮する事が出来るのか。今回、奇襲でランポスを狩った結果、それが良く見えて来る結果となった。また同時に、ランポスの時間差攻撃の様な動きを見る限り、安心するにはまだまだ早い。確実に数を削ぎ落したからの、この結果だ。

 

 同じことを三匹、四匹同時でやられたら地獄を見ていただろう。

 

 まだ足りない、まだ飢える必要がある。満足してはならない。更に上を目指す。もっと強く、もっと()()なくてはならない。世界が、地球が、人の常識というものを捨て、()()()()()()()()と思い込み、自分を突き動かすのだ。

 

 その果ての進化を目指さなくてはならない。

 

「……良し、まずはこのランポスを持ち帰る必要があるな。その後で更にランポスを狩猟して、具合と経験を積もう」

 

 少なくとも、それが最善であり、自分が出来る今の限界だ。この体たらくではどう足掻いてもドスランポスなんて不可能だろう。だからその前に、ランポスを狩猟出来るだけ狩猟して、対ドスランポスを想定した訓練を重ねる必要がある。その為にも、

 

 一つの成果を背負いながら―――今日も人のいない大地を一人で生きる。




 重要なのはそれを信仰的に信じられるか否かである。最終的にその凶器が力となる故に。という訳でランポスの狩猟を完了。肉体もちょくちょく強くなりつつ、何よりもメンタルが漸くサバイバーと呼べるのにふさわしいものになりつつある。

 まぁ、それはともあれ。勝利だよ!


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2年目 夏季~秋季

「ふぅ―――漸く錆び落としが終わったな、この野郎」

 

 陽光の中で輝く片手剣は錆び落としが完了した。その重量は前よりも幾分か軽く感じるのは自分がこれを握る事に慣れたからだろうか? それにしても、こいつを磨き上げるのに消費した大地の結晶の数を考えると、泣けてくる。拳大の結晶を200個近く消費したのだ。それを毎日毎日研ぐのに使ったのだから、自分も良く頑張ったと思う。だがその結果、ちゃんと片手剣は本来の輝きを取り戻していた。

 

 錆に覆われた表面の下に隠れていたのは、灰色の刀身だった。柄も鍔も剣も全てが一つのパーツに融合した様な金属の剣。それがこれだった。繋ぎ目も何も存在しない不自然なほど清らかな金属の剣はしかし、握っていると竜や龍に対する意欲みたいなものが沸き上がってくる。

 

「魔剣だなオメー」

 

 まぁ、モンスターハンター世界にはちょくちょくある物だった。

 

 ミラボレアスの防具とか着ると呪われるし。これもそういう類の武器なんだろうなぁ、というのが握っていると伝わってくる。そして同時にこいつが何を欲しているのかもわかる。血だ、こいつは古龍の血を欲している。だけど俺がそれを殺せないと解って、竜種で妥協している。ランポスを殺した時に少しだけ軽く感じたのは、剣の方が竜の血肉を貪っているからだ。

 

 事実、ランポスを狩猟する様になってから片手剣の研ぎはかなり楽になった。今までの抵抗は何だったんだ、というレベルで錆が落ちるようになったのだ。

 

「封龍剣シリーズの一種かなぁ……鍛えさえすれば龍属性最強の武器にならなかったっけ? 流石に細かい数値とかに関してはもう覚えてねぇわ」

 

 スマートフォンも逝ったし。なのでスマートフォンは破壊し、分解した。それに使われている金属のパーツなどに関してはこのサバイバル生活では貴重品なので有効活用している。まぁ、地球産の道具ではあるのだが、此方での生活の方が重要だったからしょうがない。まぁ、それはそれとして、輝くような煌きを見せる剣はもっと、もっと竜の血を食わせろ、と訴えかけている様な気がする。それを掲げてから、そうか、と呟き、

 

「お前、それ同僚に向かって言えるの?」

 

 農具として活用されている錆びたシリーズの武器へと片手剣を向けた。ショベル代わりの両手剣君。鍬代わりの大斧君。そして木を切り倒すのに使っている大剣君。もはや完全に武器としての本分を忘れて農具として活躍している。農業が本業になったアイドルもこんな風に日常的に農業に触れている間にそっちが本業になったんだね……というレベルで馴染んでいた。いや、まぁ、鍛冶技術が皆無な上に、この環境で金属を精錬、製鉄する事は不可能だからその代替として遺跡発掘した武器を使っているのだが、それにしても馴染み過ぎていた。

 

「お前、農具化したフレンズに同じ態度取れるの?」

 

 片手剣へと語りかけてみれば、なんか大人しくなった気がする。

 

「グッドボーイ。そのうちドスランポスを食わせてやるから我慢してな……ところでお前雄? 雌? 成程、無性か。剣だもんな」

 

 そう告げて大地に突き刺しておく。最近、いい感じに俺の脳味噌もぶっ飛んできたな……と自覚し始めていた。恐怖を感じるけどランポスへと向かって踏み込みながら剣を振るう。武器が生きている訳ないのに生きているという前提で話かける。しかもそれで満足している。

 

 割と、というか……かなり頭がキテる。

 

 まぁ、この状況でおかしくならない方が凄いと思うが。

 

 研ぐのに使っていた大地の結晶を捨て、そして近くに休憩用に敷いてある毛皮のベッドの中へと背中からダイブする。それを見て、飼っている家畜が近寄って来て、集まっては近くで丸まって同じように眠る。どうやら、昼寝の時間だと思ってしまったらしい。愛らしい奴らめ。軽く頭を撫でてから、起き上がる事もなく、そのまま木陰に隠れた空を見上げながら無言のまま、時間をしばらく過ごす。

 

「……モンハン世界も、空は蒼いんだな」

 

 空を見上げながら、そんな当たり前の事を呟く。紅葉している木々の葉は、今にも落ちて来そうな姿をしている。これを見るのももう二回目だ……つまり、ついにはまるっと一年が経過している事になる。夏の頃はランポスを狩ったりするのに忙しくてすっかり忘れていたが、ふと、正気に戻った所でこうやって一年という時間の変化を感じ取ってしまった。感じ取った所でどうだ、という話でもないのだが。

 

 郷愁と言えるものはなんか……感じない。或いは擦り切れてしまったのかもしれない。ありえなくはない。何せ、ここまで生活が安定するのにかかった時間が一年だからだ。海外に留学してりゃあ、十分にホームシックを感じるだけの時間だろう。だけど生憎と、それを感じる事は出来なかった。いや、するだけの余裕がないとでもいうべきだろう。ぶっちゃけた話、こうやって体を休めている時間も、休む必要があるから休んでいるだけなのだ。頭の中も、心の中も今は全く別の事を考えて、思っている。

 

 何をどうすればこの先、生き続けられるのか。その事を考えるのにずっと必死なのだから。ホームシックなんて患うだけの余裕がない。泣いている余裕がない。泣いている時間を作ってしまうと、心がそれに引っ張られてしまう。だから強くならないと駄目だ。誰よりも、どんな事よりも。心を鋼にしなくちゃならない。そして必要な事以外を頭の中から叩き出す。

 

 そうやって、少しずつ、少しずつ、

 

 地球の事を忘れて行く。

 

「なんだっけなぁー……」

 

 なんだっけなぁ、と再び呟く。

 

()()()()は……」

 

 最初に思い出せなくなったのは、声だった。次は名前。今度はその顔だった。何をした? どんな人だった? 何をしてくれた? それは当然ながら、思い出せる。だが問題はどういう姿をしていたか、とかを全く思い出せない所にあった。そこに寂しさを感じる事はなかった。

 

「俺の名前は―――、と。よしよし、まだ狂っちゃいない……まだ」

 

 まだ、完全にアッパラッパーにはなっていない。まだ正気を保っている。それも果たして何時まで持つか、という話が出てくるのだ。正気なんてものも、生きる上で本当に必要か? と最近では思う所もある。だけどダメだ、これを手放しちゃいけない、と警告する自分自身がいるのも事実だ。この狂気と理性こそが()()()()()()()()だとも思うからだ。

 

 かつての戦士に倣い沐浴をし、

 

 覚えている知識から生産を再現し、

 

 そして勝利する為に鍛錬を重ねる。

 

 その思考と活動こそが何よりも、自分を人間にしているのだと思う。考える事を止め、完全に狂気の中に自分を手放してはならないのだ。常に鋼の意思で自分の存在そのものをコントロールしなくちゃならない。つまりは選ぶのだ、自分の意思で。()()()()()()()()()()()()()()()()を。完全に頭も心も地球人のままだと、その内心をやられてしまう。

 

 だから少しずつ、少しずつ、

 

 鉄で剣を作る時、熱した結果金属の量が少しだけ減って行くように、

 

 叩くたびにちょっとだけ千切れてしまった時の様に、

 

 自分を鍛え、生かす度に少しずつ、生きるのに必要ではない想い出とかを、切り離して行く。望郷、郷愁、家族、友人、夢、進学とか……こっちの生活、社会では絶対に使う事ではないであろう事から忘れる。残したままであれば間違いなく心の病気になるであろう物を、意図せず忘れて、今になって思い出し、そして改めて自分の意思で忘れる事を選ぶ。何も感じなくなるからこそ、選んで消す。

 

 もう、元の世界に戻れるとは思っていないから。

 

 一年もこんな場所で暮らしたんだ、戻れるか否かなんて嫌でも解ってしまう。余程偶然に偶然を重ねて発生してしまったのか、或いはどこかの糞がそうしたのか……どちらにしろ、一年が経過してもヒントが欠片も出てこないのだ。戻れると期待する方がおかしいだろう。

 

 だから期待は止めた。

 

 帰ろうという意思も捨てた。

 

 残されたのは生き残るという殺意だけだった。

 

「ふぅー……くだらねぇな」

 

 何をどう考え、どう思おうが、どう覚悟しようが……イビルジョーが出現すればそれだけで何もかも台無しになる世界なのだから深く考えた所で無駄だ、無駄。死ぬときは突然死ぬのだ。覚悟なんて安い言葉で飾ってもどうせ、死ぬ時が来るのだ。だから出来る事を積み重ねる以外、自分にやれる事はない。

 

「さて……もう少しだけ体を休めたら瞑想して、体を鍛えよ……」

 

 少しだけ、疲れた。だから腹の上に頭を乗せて来るフェニーとウリ坊を軽く撫でて、その可愛らしい寝顔に心を癒されながら小さく笑みを零す。ほんと、お前らと出会えてよかったよ、と思いながら。たぶんで会えなかったらもうちょい頭がおかしくなっていたかもしれない、と。それでもやはり、ちょっとは思う。

 

「人と喋りたいなぁ……」

 

 

 

 

 夏季が終わり、秋季に入った。二度目の秋だ。

 

 二度目の秋は一年目の時と違い、準備が整っている。前回は必死に食料を集める事で冬を生き延びる事に注力していた。そうしなければ死んでしまうからだ。だけど今年の冬はそこまで心配する必要がなかった。毛皮と羊毛があるだけではなく、レンガを使った竈を作る事が出来たため、保温性等の環境が上昇したからだ。生活水準は一年前と比べれば確実に上昇していた。今年の秋はその為、去年のそれよりはもっと大人しく、そしてそれを以って別の事へリソースを割くだけの余裕を与えていた。

 

 今秋季は、冬季への備えをしつつも、徹底して体を鍛えようという事をコンセプトをしていた。

 

 スポーツの秋……という訳ではないが、鍛錬の秋だった。

 

 理由はシンプルに、ドスランポス対策だった。今の所、森林から丘へと進むルートでランポスの巣を回避するルートを構築するのには成功した。だが、結局のところそれはランポス達の目を盗み見て通っているという事でしかない。ドスランポスが生息する限り、丘一帯がドスランポスの支配にあるというのは変わらない。上位の飛竜に関してはもはや現状、自分の実力ではどうにもならない領域なので、この際忘れておく。ランポスの巣が安全になるだけで、火薬草を採取する頻度が上がるのだ。

 

 火薬、それは文明開化の道具。それを十全に活用するのは難しい事だが、爆薬の制限が解除されるというのは非常に美味しい事だ。何せ、爆薬を使用すれば竜を殺す事だけではない、山の岩によって塞がれた道や、遺跡の崩れた場所を発破作業で吹っ飛ばして、道を作る事が出来るのだ。

 

 いや、これは冗談ではなく、真面目な話だ。

 

 山は奥へと進もうとすると道を塞ぐように岩が鎮座していて、それが邪魔で進めなかったり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()場所がちょくちょく存在するのだ。大きく回避したり、登って回避するのは実の所、大型飛竜がうろついているこの近辺では危険な行動なので、出来るだけ取りたくはない手段だった。そう考えるとドスランポスを排除し、その上で火薬草を集め、或いはランポスの巣を火薬草の栽培所として活用する方が安全の様に思えるのだ。

 

 だから目標は、ドスランポスを狩猟する事だった。とはいえ、今年中にそれを成し遂げるのは不可能だと思っている。少なくとも夏季の間、狩猟という行為を馴染ませる為に、近接戦闘という概念を自分に教え込む為にランポスと繰り返して戦闘を挑んだ結果、ランポス達の警戒心が上昇し、3~4匹の狩猟チームが、5~6匹に増えて、斥候役も二匹に増えていた。こうなってくると今まで通り狩猟するのは難しくなってくる。

 

 それに丘をドスランポスが徘徊する回数も増えて来た。急激に減り始めたランポスの数に対して、群れ全体が連携して対策を行っているのが見える。だからこそ、ドスランポスを狩猟しなければならない。あいつを排除しない限りは丘を安全に歩き回る事は出来ない。

 

 なお、イビルジョーに関しては、本当にどうしようもない。あれは交通事故のようなものだ。対策をした所で不幸な事故で終わる。

 

 なので、ドスランポスを目指し、ステップアップする必要があった。ランポス達と戦っていて解ったのは、あの鋭い爪と牙を生かす様に飛び掛かってくる高い身体能力と、そして群れで囲んでくる狡猾さだ。放置していると四方八方から囲んで襲い掛かってくるランポスの攻撃は、絶対にガードするという事を選んではならない。その時点で失敗になるからだ。

 

 必要なのは徹底した先読みの技術と、それに対応して動き続ける体だ。だから今年度からはひたすら鍛錬に鍛錬を重ねていた。基本的なトレーニングはそのまま、最近の中でも特に凝っているのはアスレチックを利用したパルクールのトレーニングだった。

 

 樹海の方が木材が豊富―――というよりあまり森林の方の木材を消費して飛竜の降りられるスペースを作りたくはないので、其方から丸太などを調達し、レンガ等を組み合わせてテレビで見た忍者な名前のアスレチックゾーンを劣化版で再現している。片手でぶら下がって体を上へと引っ張り上げる練習。台から台へと飛び移る練習、壁を蹴って跳躍する三角蹴りの練習。自分が思いつける範囲で、このサバイバル生活で使えそうな動きを徹底して練習できる場所を森の中に作っていた。

 

 剣を振っているだけでは駄目だ。

 

 総合的な体力をつける為に、走り込みをするだけでも駄目だ。

 

 全身の筋肉を育てる必要があるのだ。その為、全身を酷使出来る様なコースを構築して、それで飛び移ったり、走ったりして体を鍛える。サバイバル生活だけだと、それに使う筋肉しか利用しないからだ。

 

 もっと、全身をくまなく使わなくてはならない。

 

 簡単な話、師匠とかが居ない分、自分の知る範囲、出来る範囲で出来る事をやらなくてはならない。そしてその中で、曖昧ながら剣を振るう時は腕だけではなく、全身を使うのが良い、なんてどっかで仕入れた知識があった。腕の筋力だけでは限界が来る。だからそれと連動させるように、全身の筋肉を使ってサポートするのだ。そうすれば、腕だけでは出せないような速度、威力が出せる。

 

 それが本当かどうかは別として、体を鍛える事はいい感じに頭を空っぽにするのと、生存確率を引き上げる為には大いに助けになる事だった。やらなくて後悔するのは自分一人だけだ。なら出来るうちにやった方が良い。

 

 だからやる。体を鍛える。秋はそういう季節になった。

 

 冬季になると、木々は枯れて、そして一気に気温が冷え込む。今年はレンガを使った竈の影響で、外へと影響を漏らさずに火を焚く事が出来る様になった事で、少しだけ拠点での生活がマシになっている。その為、拠点で暖を取るという事が出来る為、少しだけだが体を鍛える余裕が出て来る。とはいえ、根本的に冬は体を動かすのに適しているとはいいがたい。汗を流せばそれだけ体が冷える。そしてそれはこの壮絶な冬の環境の中では、致命傷になる可能性のある事だった。

 

 だから、運動や鍛錬はなるべく、秋季の間に詰め込んでおきたいという考えがあったのだ。何より冬季になるとどれだけ警戒していようと、爬虫類の様な特徴を持つランポスやドスランポスは、この森林や丘から離れる必要が出て来る。薄い鱗によって体を覆っているランポスではこの地域の寒さに耐えられないからだ。そうなってくるとランポスの巣の探索だけではなく、山にある神殿遺跡の調査がぐっと楽になる。何せ、ランポスを警戒する必要がなくなるからだ。

 

 だから今年の冬季は、今まで探索出来なかった神殿遺跡、その更に奥を調査する予定だった。その為の準備として秋季は更に集中して体を鍛える。

 

 鍛え、そして鍛え続ける。

 

 剣術なんてものは知らないが、それでも自分で最適の形を見出す必要がある。ランポスを斬り殺した感触を絶対に忘れず、肉質をどうやってもっと楽に切り裂くか、それをどうやって見極めるのか、というのを振りながらも研究する。ただ鍛えるのではなく、より技術を磨く為には知識も必要だった。

 

 一撃で、確実に一撃で殺すには真っ直ぐ振るえるだけでは駄目なのだ。だから最初は素振りでみっちり基礎を鍛え、最近では片手剣が軽く感じて来たから、それを片手で振るいつつ、動きながら斬る事を練習し始めた。

 

 あらかじめターゲットとなる枝を糸で木の上から吊るす。ターゲットにはマーキングしておき、そこを斬らなくてはいけない様にする。その上でそれをよく揺らし、離れた所から飛び込む様に接近し、足も体も止める事無く、すれ違いざまに斬撃を叩き込む。

 

 そしてその後でちゃんと狙った所を斬れているのかどうかを確認する。走りながら、動きながら剣を振るうというのはこれがかなり難しく、ランポスの時は奇襲かなんかで相手の動きを止めるか、転ばしてから叩き込む事を意識していた。だが今回やるのは相手が襲ってくる時のまま、回避しながらカウンターで斬撃を叩き込む事の練習だ。

 

 恐らくこれは必須になると思っている。システム的な制約で元となったゲームでは出来なかった事だが、あの飛竜の地上を走ってくる姿、それを回避しながら斬撃を叩き込めるようであれば、間違いなく効率的に狩猟する事が出来るだろうし、俺が思いつく程度の事、現地のハンターが思いつかない筈もないだろう。

 

 避けながら急所にぶち込む。

 

 これが出来れば戦闘時のロスを極限まで減らせる。そしてそれも雑にやるのではなく、回避しながら叩き込むカウンターで確実に狙った場所を―――即ち急所を抉れるようになれば、回避しながらそのまま必殺出来る様になる。ランポスやドスランポスの様に、刃が反対側まで通る相手であれば、交差の一瞬で殺せるようになる曲芸だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()と思う。少なくとも目標は、次の春までにこれがちゃんと出来る様になる事だろうか。動きながら剣を振るうというのは体の重心を大きく揺らす行いでもあった。その為、練習すればするほどバランス感覚が鍛えられてゆくのを感じる。

 

 故に少しでも強くなる為に、日常的に剣を振るいながら、農具と化している両手剣の研磨に着手し始める。

 

 秋、狩猟に出る回数は減るが、それでも圧倒的な忙しさに追われるのは他の季節とは何も変わりはしなかった。そんな中、

 

 ある日、空から翼竜が落ちて来た。

 

「親方ァ! 空からドラゴンがァ!」

 

―――なんて事をネタに口にしてみても、それに反応してくれそうな家畜たちは全員、首を傾げて翼竜に群がっていた。

 

 恐れ知らずな家畜共を眺める、そんな秋だった。




 7000文字前後だったら割と更新加速できるんだけどなぁ……。

 という訳でサバイバーくんはてつのつるぎを手に入れた。なに? 封龍剣じゃないのかって? 贅沢を言っちゃ駄目よ、贅沢を。武器なだけまだマシだと言いつつ、この先出現するモンスターやエネミーの難易度が上がって行くのに合わせ設備や道具、家畜のパワーアップを解禁。

 モンスターサバイバー、最新アップデートパッチ!


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2年目 冬季

 ホルクという翼竜がいる。

 

 モンスターハンターフロンティア、つまりは魔境出身の生物である。こいつはハンターから餌を貰う事で属性や状態異常を取得し、ハンターのオトモとして一緒にクエストに出てくれる、鷹に似た小型竜なのだ。こいつは野生だと狂暴らしいのだが、義理堅い性格をしており、人間が助けたり育てたりするような事があれば、ずっと付き従ってくれるパートナーとなってくれる生き物なのだ。

 

 ラッキーな事に秋季、それが墜落してきた。秋季になってこいつが墜落してきた時に軽く空を観察する様に監視していたら、ホルクの群れが南へと―――山の向こう側から飛んで行くのが見えた。つまりこいつらも冬の寒さを乗り越える為に南へと逃れる生物の一つだったのだ。今までそれを見かけなかったのは純粋に山の向こう側へと自分が移動した事がなかったからだろう。

 

 無論、下心があったが、このホルクという翼竜を世話する事にした。魔境出身の人間としては、その有用性が解っていたからだ。魔境出身のホルクというパートナーは非常に優秀であり、育成すれば適切なタイミングで爆弾を設置して爆撃、麻痺や毒攻撃等を行ってくれる優秀なパートナーとして活躍してくれる。モンスターハンターワールドと呼ばれるシリーズの後継にも、似たような翼竜が存在し、ハンターを運んでくれる。ホルクも似たような事ができ、ホルクに捕まって移動する事でエリア移動を行う事が出来るのだ。

 

 滅茶苦茶便利じゃん。

 

 超欲しいじゃん。

 

 こりゃあ助けるしかないっしょ。

 

 そういう下心があったが……秋季を丸々消費する事によって、何とかホルクの治療とリハビリを行う事が出来た。これによって拠点に新しくホルクが住み着き、益々家畜たちと合わさって騒がしい場所となってしまった。だがホルクの介護はそれだけの価値がある物だというのは、魔境時代から良く理解している事だった。ただ最近、困り事なのはそれだけではなく、

 

 どうやら、ウリ坊の方も成長期に入ったらしい。最近、どんどん体が大きくなっている。少し前までは胸の中に抱いてあげられる大きさだったのが、最近では膝丈以上の大きさになり始め、毛皮の色も茶色ではなくもっと濃い黒い色をし始めていた。どうやら食生活に影響されて、ホルクの様に属性が変わってきているらしい。どうやらブルファンゴもホルク同様、与える餌によって属性や姿が変わってくるらしい。もっと大きく、そして強く育ってくれれば外付けアイテムボックスとして一緒に狩猟に連れて行ってもいいかもしれない。

 

 何せ、魔境ではプーギーがアイテムを運んで来てくれるのだ。

 

 ウリ坊にも同じ芸を仕込むのは悪くない。

 

 そんな事で、秋季の成果は悪くなかった。ウリ坊がウリ坊Gに成長しつつあることと、拠点に新しくホルクが住み着き始めた。今はまだホルクの調教を進める事で少し大変だが、もう少し賢く育てる事が出来れば、魔境環境のハンターたちの様にホルクに様々な事をさせる事が出来るかもしれない。今はまだ感性が野生のままであるが故にホルクを利用できないのは惜しいものの、将来的には新たな力となると信じて調教と育成を開始する。

 

 その合間、この冬季にやるべき事を進める事にした。

 

 ランポスを狩猟した事で入手したランポスの皮、これは今まで使っていた毛皮やアプトノスの皮と比べれば遥かに優秀……というよりは強力な素材であるのは確かだった。だが問題はこれを加工する技術が存在せず、鎧を作る事が自分には不可能である為、縫ったり張り付ける程度の運用しか出来ない事だ。

 

 だから大きく運用する事はこの際、諦めて、小分けにして使う事にした。そのプロトタイプとして作ったのが、ランポスの皮を使ったレザーグローブだった。最近、トレーニングの影響か手が荒れる事が多く、他の生物の皮を使ったグローブはちょっとグリップが効きづらいものだった為、丁度良い素材だった。生身の手で掴む以上に剣が掴みやすくなった、良品だと個人的には満足していた。

 

 それを装備し、ケルビの皮を切って、加工し、縫い直し、そして作ったケルビのローブは、この一年で磨いた裁縫技術の一つの大きな成果で、見た目だけなら猟師に見えて来る、という所までは何とか、取り繕う事が出来るようになって来た。

 

 そこに片手剣、自作ピッケル、黒曜石のナイフを装着する。ロープの先にはフックを装着し、更に腰にはランプをセットして光蟲を入れておく。持ち帰りの事を考えて少し大きめのバッグを肩からぶら下げる事で、探索用スタイルの完成だった。

 

 冬季、この季節は今まで探り切れなかった遺跡の探索を行おうと前々から決めていた。岩壁まで移動し見下ろせば、秋季までは非常に警戒していたランポス達の姿も一切見なくなる。予想通り、安全な場所に変わっていた。その景色をよしよし、と心の中で呟きながら素早くロープを使って下へと降りて行き、自分の警戒センサーに竜が接近してこない事を直感しつつ、素早く丘を抜け、そのまま山へと入り神殿遺跡へと移動する。

 

 ここまで移動した所で、漸く移動の速度を緩める事が出来る。

 

「ふぅー……さて、三階から上を探索させて貰おうか」

 

 ここまで来てしまえば、場所の関係でリオレウスもリオレイアも入ってこれないから安心できる。息を吐きながら神殿遺跡の中へと入り込んで行く。少し時間は開くが、それでもここには定期的に通っている―――無論、ある程度掃除する為にだ。折角ツタを排除して光が入る様にしたのに、また暗くなってしまっては意味ないからだ。そのおかげで一階から三階までは比較的に風通しが良くなっている。

 

 ただ、少しずつ自分を鍛え、直観や生存本能と呼べるものが磨き上げられてゆく度に、この神殿遺跡の中へと踏み込むと、神聖さと同時に感じるものがある。

 

()()な、ここは……」

 

 恐怖だ。隠しようのない恐怖を感じるのだ。何か、得体のしれない物がまだまだこの奥には眠っている。それが強く感じられるのだ。方角としてはこの神殿遺跡の地下の方だろうか……本能が、其方へと近寄るな、と警告しているのが解る。其方には絶対に行ってはならないと、そう感じている。だから下へと向かう階段は、今年に入ってからは中々、進めなかった。

 

 クイーンランゴスタやランポスを狩猟出来たおかげだろうか、少しずつ……少しずつ、世界に馴染んでいる。

 

「ま、今日は上を目指すから無視だ、無視」

 

 触らぬ神に祟りなし、とは言ったものだ。触れなければいい。そう思いながら更に遺跡の事を知るために、そして何か、使える物がないかを探す為に遺跡の中の探索を始める。既に歩きなれた黒曜石のフロアを歩き、一階から三階まで階段で登って移動する。そして上がって来た三階、

 

 ここからが問題だった。

 

 三階の床は崩壊しているのだ。三階に上がった所、そこからは二階の床までが見える。高さは7メートル程。落下した所で受け身を取れば痛い程度で済む高さだが……床が黒曜石で出来ている事を考えると、落ちたくはない高さでもある。まぁ、つまり、ここを突破しなければならない。崩壊が酷く、穴あきチーズの様に崩壊している三階のフロアをどうにか突破しないと四階へとたどり着く事が出来ないのだから。

 

「さぁて、っと……やってみますか」

 

 重量をある程度背負っての登攀はちゃんと練習してきた。後は自分の根性がどこまで通じるか、だ。ランポス皮のグローブも用意してきたから、少しぐらいは手が汗ばんだとしても問題はない。

 

「ふぅ……と!」

 

 息を吐き、気合を入れて近くの壁の窪みに手をかけた。そこに感じる感触が確かである事を感じつつ―――壁を掴みながら、ぶら下がる様に壁を伝って移動し始める。そういうデザインだからか、壁に窪みがそこそこ存在するのが救いだった。

 

「よしよーし、行けるぞぉー……」

 

 完全に足を乗せる物がない状態で、最初の10メートル近い足の無い、崩壊した三階の壁を伝って移動する。途中で扉があるものの、ぶら下がったままの状態で開く事が出来る程、超人的でもない。それに握力にも限度があるから、さっさと渡り切ってしまいたい。だから惜しいが、三階の扉はスルーを決定する。第一、この破壊の様子ではまともに中が残っているとは思えない。

 

 まぁ、それに関しては四階も一緒だろうとは思うが。

 

 壁を伝って反対側の足場へと移動した所で、軽く指を休める様に握りの開け閉めを繰り返す。そのまま、ドライフルーツをバッグの中から取り出して口の中へと放り込み、簡易的なエネルギー補給をする。軽く握力が回復したのを確認してから、未知の領域に慎重に踏み込んで行く。

 

「床の感触はしっかりしてるから経年劣化で壊れてるって訳じゃねぇな……寧ろ恐ろしい程に硬いししっかりしてる。なんで砕けてるんだって思えるレベルで……」

 

 不思議だ。そう呟きながら進んで行くと、やはり床が破壊されている。掴めそうな壁を探すが、ゴリっと壁が抉られており、どうやら壁を利用するのは難しそうだ。上へと視線を向ければ、上の床も破壊されているのが見える。……少し前の方か、と確認し、これなら問題ないな、と判断する。

 

 判断し、ロープを取り出した。先端には鍵爪のようなフックが装着されている。ランポスの爪を使って作った物だ。それを先端に、軽くネンチャク草をくっ付け、引っかかるだけではなくくっつく様にする。だが余り量は多くしない。回収する時に面倒だからだ。それで準備が出来たら、

 

 フックを投げた。

 

 それが前方、頭上の穴、その縁に引っかかる。感触的に引っかかっているのを確認してから助走をつけ、前方へと向かって軽く勢いをつけてから跳躍―――ロープを使って体を大きく揺らし、反対側までスイングしてからフックを大きくたわませ、引っかかりから外しながら床の上に受け身を取る様に転がって着地する。

 

「ふぅ、良し。帰り道は素直に穴を降りるとするか」

 

 このまま上に登ってもいいのだが、ある程度フロアを探索したいのも事実だった。上へとサクッと移動した結果、何かを見損ねたとなると結構大変だ、特にこんな場所なのだから。というか探索しててRPGのキャラの気持ちが解ってくる。プレイヤーの、神の視点だと目の前だけではなく曲がり角とかの景色が見えて来る。

 

 だけどこうやって探索していると、どこが崩れるとか、この先に何があるのとか、そういうのが全く見えないのだ。なるべくルートを守って移動するのが安全だ。態々無用のリスクを取る必要はない。

 

 だから普通にアスレチックで予習し、鍛えて来た技術で体を動かし、奥へと進んで行く。四階へと繋がる階段は半壊していたが、それをフックで引っ掛けながら登って上へと移動した。出来たら梯子を作って設置したほうが二階から三階、四階への移動は楽になるのかもしれない、と覚えておくが、

 

「人間同士で潰しあったのか……?」

 

 ここに見えるのはそうとしか思えない破壊の痕跡だった。少なくともこの()()()はとてもだが、ここに入り込める竜のサイズでは不可能だ。爆破に特化した炎の古龍、テオテスカトルでは到底入りきれない―――いや、改造クエストの逆金冠テオテスカトルだったらありえなくもないけど。

 

 だけど考えて欲しい。

 

 30cmのテオテスカトルがスーパーノヴァを連射して来る姿を。

 

 狩猟出来るのだろうかアレ。いや、ゲーム的には判定あるけど動く核兵器みたいなものだろ。というかこっそりメゼポルタにそんな生き物が侵入したら壊滅しそうで恐ろしい。だがヤッパリ、個人的に一番怖いのはゴア・マガラだ。

 

 狂竜症。

 

 あのウィルス……というよりはゴア・マガラが生み出す自分の生殖細胞による感染汚染は、感染した生物を発狂させながら狂暴化させる力を持っている。対策もなしにアレを受けた場合、リアルバイオハザードが始まる。しかもアレに感染した場合、死後、肉体がゴア・マガラに転生するらしい。

 

 改めて悪夢の様な龍だと思う。

 

「いや、だけどあり得るのか? 狂竜症によるパンデミックとか」

 

 寧ろ古龍信仰とそれ以外の宗教戦争によって殺し合った……とか考えた方が納得できる。何せ、外敵よりも身内で殺し合いを続けるのが人間の素晴らしく愚かしい所なのだから。まぁ、証拠が出てこない限りは何も判断できないし……この劣化では、恐らくまともな証拠も出てこないだろう。

 

 まぁ、それは目的ではないからいいのだ。

 

 重要なのは素材、加工品、そして()()だ。

 

「鍛冶場があれば最高なんだけどな……」

 

 あの拠点では、自分の力では絶対に作成する事の出来ない施設ナンバーワン、鍛冶場である。金属を作成する事が出来ないのだ。無論、鉱石を金属にするという技術もない。鉄だけを見れば、割とたくさん屑鉄があるのだ、錆びてはいるが。これを鍛冶場へと持ち込めば、溶かして新しくし、その形を整えるぐらいなら……まぁ……たぶん、できる。

 

 農業系アイドルっぽい農家にも出来てたし。

 

 人間、やればできる。

 

「とはいえたぶん外れだな、これ。たぶん聖地への道とかそういう感じだな」

 

 上のフロアへと移動すれば移動する程、段々装飾が更に細かいものに、そして飾り付けが豪華になってきているのが解る。どうやら上の方が祭儀用の意味合いを持つエリアだったらしい。となる上の方はあまり、自分のサバイバル生活には関係のない領域だろうか、これは?

 

「いや、待て―――これ()()()()()()な?」

 

 風を感じる。外から入り込んでくる風の感触だ。どうやら外に通じているらしいが……現在五階、外に出るよりも、今見える奥へと進む事の方が重要だった。何やら、先に広間の様な空間が見えるのだ。或いはここが、どういう場所であるのかを理解する為のヒントになるのかもしれない……そういう判断からそとにでることはなく、そのまま奥へと向かって進んで行く。

 

 どうやらホール……ではなく、祭儀場の様な所らしい。

 

 広く開かれた広間はかつての栄光を示すかのように装飾が朽ちる事無く残されていた。

 

「貨幣制度導入してくれないかなぁ、ここらへん……」

 

 切実にそう思う。これを売りに出せば一体どれぐらいの値段が付くのだろうか……それだけでしばらくは豪遊できそうだと思う。まぁ、商売できる相手が存在しないこの環境では無価値に等しいが。そう考え、祭儀場を探索する。どうやら壁や床に物語が彫りこめれているらしく、それによって断片的にだが情報が伝わってくる。

 

 まず最初に見えるのはこの山を中心とした一帯の地図だった。

 

 東に森林、南に高地と荒れ地、まだ向かった事のない更に西にはどうやら、沼があるらしい。そしてこの山の更に北側には……どうやら、海が近くなってくるらしい。ほほう、と呟く。となると先ほどの通路の先は、山の反対側へと通じる道だったのだろうか? アレを抜けて海の方へ……塩が手に入る可能性が出て来た事実にちょっとわくわくを隠せない。

 

 だが地図以外に気になるのは、掘り込まれた龍を屠る人の姿の絵の多さだった。

 

「人間信仰……いや、人族至上主義、って所か。ドラウェポ作ってた時代だしなぁー……」

 

 滅びた古代文明は設定でしか存在しないが、あの時代に生み出された兵器の数々は現代のモンスターハンター世界に継承されている。例えば封龍シリーズがその一つだ。極限まで高められた対龍性能の武器シリーズはもはや、説明不要だ。龍属性武器は大抵の古龍相手にはいい感じに突き刺さる他、自分が此方へとトリップ、だろうか? される前に出て来た新シリーズでは龍の力そのものを抑え込む武器まで出現していた。

 

 絶対に龍を殺すという殺意を感じさせる武具ばかりがこの時代をベースに出土する。そもそも古代文明が滅んだ理由も古龍と今は呼ばれている龍種との戦争が原因だという話だった筈だ。それを考えると竜を排斥し、人間を至上と見る信仰が生み出された所で何ら不思議はないだろう。

 

 とはいえ、ジエン・モーランやダラ・アマデュラ等の超大型龍が突進してくるだけで人類絶滅するだろアレ……とは毎回思う事だ。アレに勝てるハンターはやっぱ人類卒業しているし、アレが本気で敵対に回れば当然の様に文明崩壊するよな、とも思う。

 

「握ってるのは封龍剣やエピタフプレートとかか……やっぱ殺龍技術は高かったんだろうなぁ」

 

 その一部を此方で利用できないだろうか? 生活面での向上に利用したいなぁ……とおもっていると、地図に描かれている中で、一か所だけ、物凄く違う感じに描かれているものがあった。森林の西、その西にある樹海の向こう側、その草原の更に向こう側―――火山だった。

 

 その火山は物凄い程に禍々しく描かれており、そこに描かれた古龍、だろうか? は宝石まで使って色彩を与えられていた。だが色彩を与える事でその絵はまるで邪悪さを伝える様な気持ち悪さを見せていた。これ、CoCだったら間違いなくSANチェック入る奴だなぁ、と妙に納得しつつ、そのモンスターハンター世界特有のクッソ似てない絵を見て、特徴を確認する。

 

「えーと……黒でそれぞれの色を包んだ、嘴みたいな顔の龍か」

 

 赤、青、黄色などの属性に該当する色が揃えられており、この絵だけまるで血を吸ったかのように所々、赤黒く上塗りされている……何があったかは知らないのに、怨嗟だけは感じる。この存在に対する強い憎しみと殺意で塗りたくられた赤黒さが見えた。そのビジュアルを観察し、腕を組みながら考える。

 

「どーっかでこの姿の見覚えあるんだよなぁー」

 

 なんだっけなぁ、と天井を見上げながら呟く。

 

「あーと、アルバトリオン……じゃねぇな。あいつの骨格じゃないし。というかドス骨格じゃねぇな。えーと……えーと……そうだ、この形はミラ骨格だ」

 

 モンスターハンターシリーズの一部龍は骨格で種別を判断できる。クシャルダオラを始めとしたドス古龍と呼べるものが存在する他、ミラボレアスを始めとした同一種の骨格等もある。この絵の龍はミラ系統の骨格をしている。それを思い出してどれだっけなぁ、と呟く。

 

「えーと、無印でもルーツでもラースでもねぇな。というかこのリアル環境であいつら魔法使うんだろうか……絶対に見たくねぇぞ……」

 

 でも魔境環境のミラボレアスはワープパンチとかをぶっ放す事が出来るので、それを考えたら時空転移ぐらいは出来るのかもしれない? まぁ、でも様々な属性を内包した龍なんてミラ骨格で存在するのは、魔境ではいなかった筈だ。

 

「あ、いや、いたわ」

 

 いたいた、と思い出す。ポータブルシリーズでも、DSシリーズでも、()()()()()()()()()()()()()()作品に出現する古龍だ。古龍、というよりは分類不明だった気がするのだが。そういえば一体、存在した筈だ。

 

 中華産モンスターハンターで、MHOと呼ばれるシリーズに出現するラスボス的な龍が確かミラ骨格で様々な属性を内包するという化け物だった筈だ。属性エネルギーを吸収し、その上でカウンター爆破でリオレウスを蒸発させるという化け物的な能力を保有した龍。データ的にはそこまで強敵ではないのだが、設定だけを見ると属性吸収無効化カウンターとかいう究極的に龍を殺しに来ている存在だ。

 

 確か名前は、

 

「荒厄龍メフィストフェレス……だっけ?」

 

 悪魔の名前を冠した龍だった筈だ。それを口にした瞬間、胸に苦しみを覚える。

 

「かっ」

 

 凄まじいまでの威圧感。見られている。そんな感覚を感じ取った。心臓を掴まれた様な感触に、久しく忘れていた事を思い出す。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と。その事実を時に法則なんてものをガン無視して成し遂げる奇々怪々な連中の力を、甘く見ていた。まさか()()()()()()()()()()()()()()()()なんて―――。

 

「かっ、ひゅ、ひゅ―――」

 

 必死に酸素を求めるも、心臓が動きを止めたような息苦しさの中、体から力が抜けて行く。膝から崩れ落ちながらかすみ始める視界の中で、体から力が抜けて行く。薄くなって行く意識の中で、

 

 あぁ……そうか、これで漸く頑張らなくていいのか……。

 

 そんな傍観の様な思いの中に苦しみを受け入れて、自分から力を手放して行く。これで死ねるのなら、もう生きる為の苦しい、辛い努力も必死に生きようとする事もしなくていいのだ……なんて、甘美なのだろうか。

 

 その思考を最後に、掘り込まれた悪魔の絵の上に重なる様に倒れ込み―――完全に意識を手放した。




 お前、名前を呼んじゃいけないとかおじぎ様龍種かよ。

 という訳で新しく住み着くのはホルク、F環境でハンターを運んだり戦闘支援したりしてくれる賢い子(育てれば)。なおこの子、ちのーしすー足りないとハンター巻き込んで爆撃するので調教は実際大事……大事……。おじぎ龍は中華MHO出身だよ。


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2年目 冬季 Ⅱ

「かはっ、こほっ、ごほっ」

 

 咳き込みながら、ゆっくりと目を開ける。冷たい床の感触を頬で味わいつつもあぁ、と呟く。

 

「生きてるって事は……見逃されたのか……」

 

 倒れたまま呟き、ゆっくりと体を起き上がらせる。濃密な死の気配を感じ取っていた。直感だが……あれはたぶん、()()()()()()だ。認識し、そして名前を口にした所で、此方の存在を知覚したのだ。そして今も、その視線が此方へと向けられているのを自覚する。心臓を今も掴まれている様な感覚が続いている。だけど先ほどまでではない。どうして、まだ自分は生きているんだろうか……?

 

 そう思っていると、新たに感じる気配が一つ、そして熱を感じていた。一つ目は片手剣だった。灰鉄の剣と勝手に呼んでいる片手剣が、ありえない程に熱を帯びているのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()荒れ狂っていた。いや、実際そうなのかもしれない。生きている剣はモンスターハンターの上位レア武器であれば珍しくないし、神殿のメフィストフェレスと敵対するような装飾を見る限り、アレを殺す為の武具を開発していてもおかしくはない。だからこの片手剣も……今は農具として生活している他の武器も、あのおじぎ亜種を殺す為に作られたのかもしれない。

 

「おじぎ龍め……クソ、一瞬でも()()()()()()()()()って思っちまった……」

 

 それが何よりも恥ずかしかった。生きると決めていたのに、それでも極限状態で、死を覚悟した。()()()()()()()()()()()のだ。これが恥ずかしい以外のなんであろうか。まだまだ、覚悟が足りなかったのだろう。はぁ、と溜息を吐きながらゆっくりと立ち上がり、片手剣を握った。柄を通してじんわりと、体全体に暖かさが広がって行くような気がした。こんなこと、今まで一度もなかったのに。

 

 やはり、()が相手ではないと本来の性能を引き出せないタイプなのだろうか……?

 

「まぁ、それはそれとして……こっちも問題、か」

 

 ふぅ、と息を吐き、片手頭を抱えつつ()殿()()()()()()()()()()()()()()()を感知した。此方もおじぎ龍が目を覚ましたか、或いは此方へと視線を向けた所で目覚めたのかもしれない。大体、何が眠っているのかがそれで察する事が出来た。……後の事を考えたら、何よりも先にそれを確認したほうが良いのかもしれない。

 

 恐らくは、命の恩人だし。

 

「ふぅー……よっし、まだ生きている。幽霊じゃない。なら全力で生きなきゃ……」

 

 是は、生きるための戦いであるのだから。

 

ネタめかして口にしているが、恰好付けた方がまだ精神衛生上はいい。問題はこういうネタさえ口にする余裕がなくなって来た時だ。意識して心の余裕を作る様に、ネタは忘れない。忘れられない。だから無理矢理にでも笑みを作り、深呼吸をして、メンタルをリセットする。死に引きずられそうな意識をそれでクリアリングする。問題解決。

 

「んじゃ、行くか」

 

 確かめる必要があった。その存在を。だから祭儀場を出た所で、迷う事無くフックロープを使って穴を抜けて、下へと降りて行く。フックロープは今回一つしか持ってきていないので、これを設置して行き帰りを楽にする事は、今回は仕方がないから諦めておく。そうやって崩壊している床を通って一気に二階まで降りてから階段で一階まで降りて、

 

 そのまま、地下への階段を降りて行く。

 

 ここは、武器庫や第一の祭儀場があった場所だ。上の広間程豪華でも彫り込まれてもいないが、日常的な祈りなんかをする為の場所がここにはあるほか、その一部が後から武器庫にされたように、乱雑に物が叩き込まれていた。その大半は使い物にならず、使えるものは既に運び出して拠点で運用している。だからこの地下は既に探索されている場所である筈なのだが、

 

「まだ下がある筈だ」

 

 猛る様な気配に、ここで終わらないと思った。光の差し込まない地下の探索を再び行う。今回はランプもあるし、誘導となる気配も感じている。後はどこから更なる地下へと通じるのか、その道を探すだけだ。

 

 ……それが一番難しいのだが。

 

「まぁ、何とかなるだろう」

 

 息を吐き出し、そして吸い込み、心臓を動かす。見られているという気配に一切変化はない。どうやら名前を口にした時点で、ロックオンされたらしい。沐浴している間は目を瞑っててくれると助かるんだけどなぁ、なんて茶化しながら地下を探す。

 

 地上よりも遥かに埃で溢れているこの場所は、流石に口元を布で覆わないと辛い。くしゃみが止まらなくなりそうだ。だけどそれを我慢しつつ、体を奥へ、奥へと進ませて行く。不思議と、此方は崩壊の形跡が一切見えない為歩くのは難しくないのだ。問題は暗闇と埃っぽさだ。めんどくせぇ、そう思いつつも地下探索、その一番奥へと進む。闇に閉ざされた空間ではちょっと、見辛くなっているが、ランプのおかげで視界は確保できた。

 

「さぁて、と……名探偵ならどうやって答えを見つける? そう、そうだ、洞察力だ……良く見て、探すんだ」

 

 この先に道があるとしたら、そこには入る為の痕跡が残る筈だ。経年劣化によって扉の隙間は大きくなっている筈だから、地下なのに隙間のある壁を探せばいい……たぶん。そう判断しながら地下を歩きまわる。下の方から気配を感じるが、そこへと通じる道が見つからない、という問題だった。いや、或いは、地下ではなく外を経由して更に下へと行くのか?

 

「……ありえる」

 

 だけどその場合、別のルートを探す必要がある。そうなると再び遺跡全体を調べる必要が出て来る。そしてその場合の手間と時間を考える。

 

「うーんー……」

 

 ドライフルーツを口の中へと放り込み、それを咀嚼しながら良し、と呟いた。糖分が僅かながら脳味噌に回って来た感じでちょいちょい思考が回り始める。

 

「めんどくさくなってきた。今日はもう帰るか」

 

 一回死にかけたし、大事を取って休むべきなのでは? 下からの気配が本当に()()だとしたら……このまま、放置して封印しておくのが恐らく、世界の為だし。無駄に掘り返す必要もないだろう。息を吐き、そして心を整えた所で地下を出て、遺跡の外へと出て、そして暗くなり始めている山岳の空を見た。

 

「成果はあったけど……喜べるかどうかはまた別問題だな、こりゃ」

 

 遺跡から出ても、未だに自分へと向けられた視線の様な、絡みつく気配は消えない。監視されている。或いは玩具として認識されている。不用意に名前を口走ってしまったのが、おそらくは失敗だった。今度からはもうちょっと口にする言葉に注意しようと思う。これと同じ様な場合で、他の超上位古龍とかの名を口にした場合が恐ろしい。

 

 ふぅー、と息を吐く。絡みつくような気配とプレッシャーが体に重くのしかかり、それが体力を削って行くのが解る。ここにきてハンデ追加かぁ、と思いつつも、生きる為のペナルティだと思ってあきらめる。

 

 この日は、大人しく拠点に帰還した。

 

 

 

 

 それから数日後、おじぎ龍の視線は消えない。監視するような、愛でる様な、遊ぶような、食おうとする寸前で止める様な、そんな視線を感じ続ける。ただ、それ以上何かをする様な事はなかった。それだけにとどまった。見逃されているのか、武器が頑張ってるのか、それとも何か楽しんでいるのか……どちらにしろ、解決のできる手段がないので放置以外の選択肢がなかった。そしてその結果、あの遺跡はしばらく放置しよう、という事で決定した。

 

 憶測が正しかったとして、正直今の自分にはどうしようもなさ過ぎた。解決する手段も可能性も存在しなかった。あの遺跡探索で自分が得たのは臨死体験という結果だけであり、死への意識、そしてそれをなんとか潜り抜けたという経験だけだった。俺が死を乗り越えた、古龍マジックを乗り越えたサバイバーだ! ……なんて、調子に乗る事はしない。

 

 どう足掻いても死亡フラグにしか感じないからだ。

 

 ともあれ、遺跡方面はしばらく封印、侵入禁止にして―――この冬は自分を鍛えてドスランポスへと挑む準備を進めるという事だけだった。変に特殊な物には頼らず、自分が出来る範囲で積み上げて行く事にした。たぶん、今回の遺跡調査の臨死体験は罰なのだろう、と考えておいた。

 

 分不相応の力や物を求めようとした罰だ。既に武器はあるのに、それでも探索して何かいいものが有ったらなぁ、と願った。そんな期待をしてしまった自分への罰だったと思う事にする。改めて、自分の出来る範囲でコツコツと積み上げて行く事を判断する。その為にまずは、

 

 ホルクの調教を進める。

 

 ホルクはフロンティアで育てる事で優秀な能力を発揮してくれるパートナーだった。それを思い出しながら、芸を仕込む様にホルクに指示を出し、餌を与える。遺跡探索の事をすっぱりと諦めれば、それだけ時間の余裕も出て来るが、それを丸々ホルクに注ぎ込む事に決めた。恩義を感じ、その相手に対して従順である為、育成は非常に簡単であると公式で言われている通り、一度衰弱している所を世話してやれば、直ぐに懐いてくれた。

 

 森林南、川の近くは開けているスペースである為に、そこにホルクを連れ出して調練を行う事にしている。既にその体は大きく、翼を広げれば自分よりも遥かに大きい姿を確認する事が出来る。力強さも自分よりもあり、はっきり言って生命力を含め、ホルクの方が能力的には上回っている様に感じられる。

 

 だが恩義は恩義、しっかりと従ってくれるホルクだった。

 

 川辺で軽く飛翔させ、まずは言葉を学習させる。左、という言葉を左へと向かって指さしながら飛ばす事で学習させ、次は右を覚えさせ、上、下、正面等の言語を覚え込ませて行く。成功する度に干し肉を与え、労い、しっかりと報酬が出るという事を教えて行く。

 

 最初は言語すら通じないが、馬鹿ではないのだ。寧ろゲーム内時間で計算し、割と早く学習しているのだから下地は存在するのだ、学習するだけの。後はそれだけの教育を、調練を行えるかどうかの問題だ。

 

 そしてそれがアイドルに出来る事ならサバイバーに出来ない事はない。

 

 2か月も毎日、川辺でホルクを飛翔させながら指示を出して行けば、ホルクが指示を受けるという事に慣れ始める。そして言葉もその頃には少しずつだが学習が進む。簡単な単語ぐらいであれば、そこまで難しい事を指示しない範囲であれば理解して行動してくれるようになる。

 

 そうやって来ると段々と、ホルクと遊ぶのが楽しくなってくる。

 

「そら!」

 

 空へと向けて片手剣を投擲する。素早く旋回したホルクはそれを空中でキャッチすると、大きく川の上を滑る様に飛翔し、それを川辺に落とし、刃から下に突き刺さる様に落とした。それと同時に掬い上げる様にその近くに突き刺さっていた両手剣を足で掴み、止まる事無く飛翔しながら此方の頭上で両手剣を手放し、落下させる。それを手を伸ばして片手で掴み、両手で抑え込みながら握り直した。

 

「良し!」

 

 ちゃんと仕込んだ芸をホルクが達成できたので、両手剣を土に突き刺しながらホルクを呼び寄せ、降りて来たその姿を撫でる。首の下を撫でてから、包み込む様に顔を撫でてやると、喉を鳴らしながら喜ぶのだ、こいつは。だけどそうやってこいつばかり構っていると、

 

「おっふぅっー」

 

「ぶもぶもぉー!」

 

「あぁ、解ってる解ってる。お前もきっちりかまってやるから」

 

 横からウリ坊がタックルを仕掛けてきて、構ってくれと強請ってくる。だがこいつも最近はしっかり食って成長している影響か、大分大きくなってきてブルファンゴサイズ程度にはなって来ていた。その為、勢いの乗ったタックルをかましてくるとその勢いのまま吹き飛ばされる事が度々発生する様になった。それでも手加減しているからか、怪我をしないのが救いだ。とはいえ、割と頻繁に突撃される結果、妙に受け身が上手になって来ていた。

 

 そろそろウリ坊とは言い辛くなってきていた。だが体が大きく、頑丈に育ってきた事はまた朗報でもある。こいつ、既に俺を背中に乗せて移動する程度の事であれば、苦も無く出来る程度には体力と体格が出来上がって来ていたのだ。これでもまだ成長途中の様に感じるから、最終的にはドス級のサイズに育つかもしれない。その場合、一緒に狩猟に参加して貰うかもしれない。

 

 遺跡での生活はともあれ、家畜の調教や生活は、間違いなく順調に進んでいた。遺跡を探索した日からは嬲る様な悪魔の視線が常に自分へと注がれるが―――今更、死にそうになっているのは日常的な事だ、と悟ってしまえばそこまで恐怖を感じるような事はなくなった。そうやって一度、呑み込めるようになればそこまで気にする様な事ではなくなる。寧ろ、自分の狩猟を自慢する相手が出来たと考えればいいのだと思えばいい。

 

 視聴者がいて企画物は意味があるのだから。

 

 このサバイバル企画を仕組んだ責任龍は絶対に殺してやると思っているが。

 

 冬季―――環境は地獄の中の地獄だが、生活は慣れて来た分、悪くはなかった。

 

 

 

 

「―――えー、それでは第■■回ギルド定例会議を開始します」

 

「うむ、それでは始めるとしようかの。まずは大陸情勢から頼むぞ」

 

 それは光が円卓を照らす開けた部屋だった。円卓を囲む様に老人や若人の姿が見える。興味なさげな者、真面目な表情の者、寝ている者、刃を磨く者。様々な者達がそこには集まっていた。そこはメゼポルタと呼ばれる場所、ハンター達の為の区画、そこに存在する責任者が集まる場所であった。集まる者らは誰もがハンターたちの、ギルドという組織の方向性を決める者達。

 

 それらが集まり、成果や問題を話し合うのは定期的な行いであった。

 

「で、どうじゃ?」

 

 と、子供と間違えそうな程に背の低い老人が言葉を口にし、眼鏡を装着した女が答える。

 

「はい、現在フォンロン地方の方の開拓が進んでいます。ですが問題として開拓村の数に対して村付きハンターの数が間に合わないというのが事実でして……」

 

「一応言っておくけどこっちが悪い訳じゃないからな? 年々ハンター志望者の数は増えている。《ココットの再来》や《天堕とし》、《剣神》やら《王殺し》の活躍で寧ろ訓練校の入校者は増えている。ただ単純に需要に対して供給が追い付いていないだけだ。後加えて言えば訓練校の数も足りないな。入校希望者はいるのに、訓練校の方が足りてないから卒業待ちが多すぎてな……」

 

「不足しているのは金の問題か?」

 

「いや、教官も足りてない。引退した連中は基本的に平穏を望むからな……態々教官に成ろうとする奴はいない」

 

「となると現役のを呼び戻して働かせるか、ギルドナイトを導入する必要があるな」

 

「おいおい、勘弁してくださいよ長―……。ギルドナイトだって便利屋って訳じゃないんですから。寧ろ需要と拡大に対して人材が足りていないのは此方もそうなんですよぉー? ハンターも猟地も増えればそこを見張るギルドナイトも増やさなければいけないんですからぁー。バロウズなんてもう数か月はメゼポルタに戻らず回り続けてるんすよー……?」

 

「おっと、此方を見ても困る。メゼポルタ拡張のために人員を使っている他、調査船の建築とかでもかなり人員を消費しているからな。言っておくけど、この前のシャンティエン戦、アレに飛行船を16隻も沈められたんだよ? こっちの事情も考慮して欲しいかなぁ」

 

「やれやれ、余るのはゼニーばかりじゃのぉ」

 

 キセルを咥えた老人が疲れたように呟く。それを見て、帽子を深く被り、コートで口元を隠し表情も素肌も一切露出しない狩人が頭を横に振った。

 

「ではゼニーばかり余っている長老に対して私から一つ、ゼニーを大量に消費できそうな話を切り出させて貰おう」

 

「ゼニー以上に人手が足らんから止めて欲しいんじゃがなぁ……で、どうした?」

 

「ミラボレアスが西に興味持ち出した。どうやら西の方でお仲間が目覚めたみたいだ」

 

 その言葉にギルドナイトを統括する男が顔面を円卓に叩きつけた。その姿を周りの者たちが静かに見届け、心の中で冥福を祈った。ギルドナイト統括はさめざめと涙を流していた。

 

「ごめんよー、とーちゃん家に帰るのまたしばらく無理そうだよぉー……そろそろ顔を忘れられてそう……」

 

「前にミラボレアスが興味を持つそぶりを見せたのは何時じゃったかのぉ」

 

「グラン・ミラオスの覚醒でしたね」

 

「《猟王》のおかげであの事件はタンジア港が半分吹き飛ぶ程度で済みましたからねー……」

 

「正直、生物なら殺した時点で死んでいてくれって感じですよね、アレ」

 

「古龍の中でも上位の連中は普通に蘇るからなぁ……おかげで今じゃ迎撃戦以外で古龍の相手をしようとするのはG級でもイカレた連中ばかりだ」

 

「そいつらのおかげで儲かってるんじゃけどな」

 

 溜息が零れた。それは今、この世界を支配していると表現できる組織、その中心部に属するメンバーの集まりだった。成果は上々、人の生活圏は年々広がっている。だがそれに抵抗する様に龍たちが近年出現する様子に、ギルドは拡張に拡張を重ねる必要があり、それを続けて来た。新大陸の発掘、そして開拓。異世界の言葉に当てはめればこれは()()()()()()()()とでも表現できる状態だった。

 

 その情熱はもはやギルドの手を超えていた。ギルドを利用する。ギルドに還元する。その仕組みは大きくギルドを富ませていた。だが肝心の人手が圧倒的に足りていなかった。情熱だけが先行した結果、ギルドの手を抜ける範囲で人類が広がり始めていた。それをギルドはどうにかしたかった。だがどうしようもなく、人手が不足していた。

 

「駄目じゃな。活動を縮小する必要があるわい」

 

「反発されますよ」

 

「承知の上じゃ……それでもこれ以上このペースで活動を続けていればギルドが分解してまうわい。その場合、ギルドなしで開拓がはじまるぞ」

 

「……」

 

 その最悪を考え、沈黙が生まれる。ギルドが存在するからこそ、連携して古龍の動きや物資、人材の動きを把握できるのだ。ギルドがパンクし、その機能が停止すれば古龍等の動きを追えなくなる―――先のグラン・ミラオスの出現はギルドが飛行船を一つ潰す速度でG級ハンターの最強格を送り込んだからこそ、どうにかなった話だ。ギルドの理念も、理想も、儲ける為にある訳ではなく、ハンターを支援し、そして安全な開拓を行う為に存在するものだ。

 

 それを、その場にいる者全てが理解していた。

 

 金だけでは解決できない問題だった。

 

「時間が、必要ですね……」

 

「だがミラボレアスの件は今すぐ対処しなければならない事だ」

 

「龍暦院と協力しましょう。後は西の大陸に拠点を作る必要がありますが―――」

 

「あそこの海にはラヴィエンテが、空にはシャンティエンがいる。造船所の事情を考えて其方の開拓に着手できる船を造るには後8年……いや、活動の一時的縮小を考えれば人手を別の所へと回せるから6年、かな……」

 

「かぁー、ままならんのぉ……ここ10年近くはちっとは大人しくする必要がありそうだの」

 

 ギルド長の言葉に頭を悩ませる中で、一人、大きくいびきをかき始める姿があった。その姿を円卓に座っている者達は無言で眺めると、ギルドナイト統括と、訓練校の統括が両側から眠っている姿を掴み、それをそのまま窓の外へ投げ捨てた。

 

 空前絶後の狩猟時代が今、大陸には到来していた。

 

 多くの人間が活気で溢れ、そして力で生活は満たされていた。

 

―――だがその活気が、辺境の未開拓地に届くにはまだ数年の時を必要としていた。




 サバイバーなら死んでた(窓放り投げを見て

 まだまだギルドが到着するまで6年近くかかるみたいですねー……。


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3年目 春季

 冬が終わる。

 

 雪の降らない冬だった。

 

 だが草木は枯れ、環境生物たちは越冬のためにこの地を去っていた。だがそれが終わった。冬の終わりは徐々に暖かくなってくる空気で伝わり、そして春の到来を告げる様に緑が再び、姿を現し始める。昨年はランゴスタ被害で頭を悩ませたこの時期も、今年は事前に樹海に入り、ランゴスタの巣になりそうな場所をホルクに爆薬を持たせて爆破した結果、繁殖を抑え込む事が出来た。その結果、ランゴスタの駆逐に成功し、順調な春の滑り出しを見せた。

 

 越冬のために南下していたホルクの群れが戻るも、それに我が家のホルクは合流しなかった。どうやら、ちゃんと隣人として残ってくれることを選んでくれたらしい。そうやって少しだけ去年よりも騒がしくなった拠点の様子と共に、

 

 新たな春がやって来た。

 

 二回目の春、この世界の三年目だった。暖かくなってきた陽気に漸く毛皮の厚着を解除できる、という風に大きく体を伸ばしながら太陽の光を浴びる事が出来た。拠点近くでは何時の間にか繁殖したムーファやエルペが群れを作っていたりして、去年よりも更に騒がしくなっている。こいつら、根本的に俺の傍にいると安全だと認識した結果、いつの間にか集まって繁殖していたのだ。

 

 定期的に何匹か肉にするのだが、それも必要経費という考えらしく、逃げ出すようなムーファもエルペも居ない。そういうストレスのない生活からか、肉は最近、柔らかく食べやすくなったような気がする。まぁ、家畜の世話はいい感じにストレスの発散になるし文句は一切なかった。春は繁殖期。こいつらもこの季節に入ると子供を産む為に番いを探し始める為、拠点周辺がちょっとうるさくなってくる。

 

 ただ、まぁ、食べ物が増えるのと、そして軽装で済むのは良い事だった。服装も作るのはかなり練習したから、技術として段々身について来た気がする。理想で言えば間違いなくミシンがあれば多少はマシなのだか……ミシンを使わない裁縫も、中学の美術の授業で勉強し、服の一つ二つ作った経験があったので、思い出しながら作るのは少しだけ難しいが、やらなくてはいけない事だと思えば苦ではなかった。

 

 朝、暖かくなって気温の中、川で身を清め、黒曜石のナイフで髭を剃り、髪が長くなってきたら邪魔にならない程度にまで斬る。それを終わらせたら何時も通りの服装に着替える。靴はそろそろ限界が近く感じられる。セッチャクロアリと此方で手に入れた素材を使って、キメラ染みた補強を行っているのだが。

 

 上下は体に張り付くようなケルビ皮のインナーでその上からポンチョを被り、ジーンズを履くというシンプルな恰好。これが防具の全てだ。暖かくなってきたから冬までは毛皮を被る必要もあったが、この季節となればその必要はなく、体がかなり軽く感じられる。武器は紐で括った片手剣を肩から下げ、何時も通りの偵察用装備セットを装着する。

 

 既にランポス達が巣に戻ってきているのは確認していた。どうやら繁殖する上で、あの巣で行うのがランポス達にとっては必要な事らしい。

 

 まぁ、その気持ちは解る。実家は落ち着くし。それだけじゃなくあの巣の周辺の地形は空から入り込むには狭く、そして入り口は一度、狭くなる場所があるから大型の竜が入り込めないのだ。ドスランポスやドスファンゴぐらいなら入って来れる程度の広さである為、ランポス達が安全に子作りをするには丁度良い場所だ。ランポスが居なければ俺がそこを拠点として運用したかったぐらいだ。

 

 まぁ、本日の目的は此方ではない。滝の横からその正面に広がる大地を見て、高所から見える絶景を眺める。僅かに虹のかかった滝壺、落下すればハンターであればともかく、地球人である自分は無事ではあるまい。だけどそれを一切気にする事無く、

 

 指を口へと持って行き、大きな音を鳴らす。

 

 指笛だ。

 

「ホルク―――!」

 

 そしてそのまま、口で名前を呼びながら一気に滝から飛び降りる様に助走をつけて飛び出した。浮遊する肉体、それが落下するまでの数瞬の間に、背後から一瞬でホルクが出現し、その両足を伸ばしてくるのを両手で掴み、ぶら下がる様にホルクの姿を掴んだ。滑空する様に大きく翼を広げたホルクはそのまま、羽ばたかずに風に乗る様に滝の上からグライドし、此方の体を運びながらゆっくりと川の先へと姿を運んで行ってくれる。

 

「よしよし、本当にいい子だ、お前は」

 

「くぇー!」

 

 両手でぶら下がる様に掴みつつ労いの言葉をかければ、楽しそうに返答が返ってくる。流石ハンターの超重量を運ぶだけの力がある翼竜だと思いながら、高い空からグライドしながら春の環境を眺めた。

 

 川の上を少しずつ高度を下げる様にゆっくりとグライドしながら眺めて見えるのは、地上の中型竜などの動きだった。冬季の間は消えていたアプトノスたちだったが、繁殖期に入った結果その数は大幅に復活し、ドスランポスが率いる狩猟チームがアプトノスを狩猟し、解体してからそれを巣へと持ち込もうと運んでいた。丘は今の所、ドスランポス達が活動的になっている……そう思いながら視線を山の方へと向けた。

 

 此方は平和だった。というのも、どうやら辿異リオレウスやリオレイアは、この周辺では狩猟を行わないからだ。必ずと言っていい程獲物は遠方から引っ張ってくる。特にお気に入りはガレオスらしく、遠方からガレオスやドスガレオスを掴んで運んできている姿が良く目撃出来ている。今もちょっと離れた空を口にガレオスを咥えつつ飛翔している。

 

 何故だか解らないが、小型種には興味がないらしく、此方へと視線を向けても興味を抱く事はなく、そのまま山へと去って行くのだ。

 

 いや、或いは自然のバランスなんてそんなものなのだろう。人間が積極的に破壊しようとしなければ、自分が満足できる分の狩猟しか行わない。そういう生物だったのかもしれないのだろう。

 

 まぁ、イビルジョーは例外だ。今日も元気に()()()()()()()()()積極的に食事している姿が目撃出来る。

 

「やっぱ空から眺められるってのは違うなぁ……と、そろそろ端まで来たか。ホルク、ダウン、ダウン」

 

「くぇっ」

 

 教え込んだ指示を出せば、指示にしたがって高度を下げて行き、やがて川の横に下ろしてくれる。飛行すると移動時間はかなり短縮できるので楽なのだが、あくまでも得意なのはグライドだけであって、運んで一気に上へと飛ぶのはどうやら、まだ体力と体格的に無理らしい。まだしばらく成長が必要になりそうな事だった。つまり帰りは飛んで帰れないのだ。

 

 まぁ、片道短縮できるだけでも十分なのだが。ドライフルーツを上に投げるとそれをホルクが口でキャッチし、飲み込んで頭上をくるくる回る。懐き具合を見ていると偶に家畜共を甘やかしすぎてないだろうか、と心配になってくる。

 

「さーて……地図で見た通りか」

 

 神殿遺跡から目撃した、ここら一帯の地図を思いだす。この更に先にあるのは沼地だ。沼地でしか入手出来なそうな物を求めて春、活動が楽になって来た所で探索する事にしていた。今回は一応、毒を貰った場合に備えて《解毒草》と《ケルビの角》を煎じた薬を持ってきたが果たしてどれだけ役に立つか……。

 

「まぁ、とりあえず探索するか」

 

 川はここまで来ると段々と細くなり、そして足元が湿地帯になり始め、ちょっとした足場の不安定さが目立ち始めてる。薄く水を敷いたような足元に環境が変化し、ゲーム内でもちょくちょく見かけた、色の悪い沼地へと進めば環境が変わってくる。

 

 妙な形をした草が育ち、所々キノコの姿を目撃する。中には3メートルを超えるサイズの物も。これがキノコを食える状態であれば歓迎できたのだろうが、問題はキノコを食べるとお腹を壊してしまう、地球人との相性の悪さだ。キノコはノータッチ、もう二度と食べない事にしている。

 

「種芋とか見つけられればジャガイモの登場で生活環境が一気に変わるんだけどなぁ」

 

 まぁ、流石に沼地で何が食えるのか、出てくるものはほとんど覚えていない。流石にメインデータぐらいしかモンスターハンターシリーズの知識は覚えていない。モンスター関連のあれこれや、装備のあれこれはコレクター魂でフレーバーテキストを読み込んだりで物凄く良く覚えてるのになぁ、とぼやく。

 

 とりあえずは探索だ。

 

 そうやって沼地に踏み込む。

 

 相方にホルクを連れて来たのは今回、個人的には正解の様に思えた。少し高い場所を飛行しながら警戒してくれるホルクは自分よりも遥かに良い目をしている。そのおかげで、自分が目視できる前に竜やモンスターの姿をキャッチしてくれる。その結果、この沼地にはどうやら、大量のブルファンゴが居る事を察知出来た。

 

 そしてそのボスであるドスファンゴの存在も。

 

 中々面倒な沼地だった。

 

 地形は大半が足元が不安定でやや浸水している。その為、その環境に適応した足腰の強い生物か、或いはその浅い水の中を移動する小型の生物が多めの場所だった。どうやら滝から流れて来た水がそのままここを満たしているらしい。形を考えると、この沼地がやや盆地となっているのだろうか? ただ問題はブルファンゴが多い結果、ちょくちょくブルファンゴの始末を行わなければいけないのが面倒だった。

 

 何せこの沼地、隠れる場所が極端に少ない。

 

 開けており、背の低い草木が多く、そして大量のキノコが育っている。広く、そして濡れている環境でブルファンゴと……後はそのキノコを餌にするモスが存在している。それらが徘徊している沼地、エンカウントを回避しようとするには、木か何かを使って高所に登らないと駄目だ、という部分がある。

 

 実に面倒な地形だった。

 

 だがそれを更に面倒にする存在がこの沼地には存在していた。

 

 沼地をおそらくは半ば進んだ所で、水は段々と浅くなって来て、そして硬い足場が出来て来る。ちゃんとした地面の大地に感謝しつつ、妙な形をした木々が育つその場所、奥には綺麗な水が湧き出る泉が存在し、

 

 ()()が育っていた。

 

 そしてそこを領域にする様に、金冠のゲリョスが寝床としていた。

 

「糞が」

 

 見間違えじゃなければ間違いなく、稲穂だった。だがそのそばで眠っているのはゲリョス、中型から大型に入る竜だ。モンスターハンターシリーズでは序盤の壁と認識される竜の一つであり、()()()()()だ。毒怪鳥とも呼ばれたりするゲリョスは、その肌が天然のゴム質をしており、ゴムの木がなくてもこいつを狩猟する事でゴムを獲得する事が出来るという恐ろしい程に有益なクソモンスターなのだ。

 

 何がクソって。解毒が可能かどうか不明な環境で、アイテム破壊を行う上に死んだふりとかいうクソみたいな行動をする飛竜だって事実だ。今は眠っているからいいが、起きていた場合が実に恐ろしい。

 

「米……米が欲しいけど……まぁ、命には代えられないか……」

 

 大人しくこのまま引き下がる事にする。個人的に稲よりも、ゲリョスのゴム質の皮が重要だと思っている。何せ、ゴムがあれば今履いている靴を改造して、もっと活動しやすいブーツに再加工する事だってできるのだから。しかも材質として強度が高く、重量が低い。そう考えるとこのサバイバル生活に使う服装としては非常に優秀な部類に入ると思う。

 

 まぁ、それも全てはゲリョスを狩猟出来た場合の話になってくる。

 

 現状、自分の実力でゲリョスを狩猟するのは難しいと判断する。ホルクによる爆撃支援込みで勝率計算を行ったとしても、大タル爆弾Gの爆発力に耐えられる飛竜達の耐久を考えると、確実に一撃で首を斬り落とすこと以外に、自分に勝機はないと思う。そしてまだ、こいつを相手にするだけの準備は整っていない。

 

 だからここは大人しく、下がる事にする。

 

 沼地に何があるのか、それを確認できただけでも成果だった。

 

 そう認識した所で沼地探索を引き上げた。

 

 

 

 

 ドスランポスを、狩る必要がある。

 

 沼地での探索を切り上げて拠点に戻ってきたところ、サバイバーをダメにするソファという名のムーファを椅子代わりに寄り掛かって休む。これが物凄い簡単な話、今では最重要項目だったと言える。

 

 自分はこの環境に居るサバイバーとして順調にステップアップしている自信があった。徹底してクイーンランゴスタを嵌めて殺して、それから奇襲でランポスを狩れるようになった。だが考えてみればいい―――根本的にこいつらは環境最下位と言ってもいいレベルの相手だ。環境上位の捕食者からは程遠い生物だ。

 

 ただでさえ、この環境はおかしい……というか狂っている。

 

 G級環境なのはまだいい。だけど草原で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から始まり、何故か環境を荒らす事を回避する様に遠方で狩猟し続ける辿異リオレウスの存在、そして極めつけは()()()()()()()()()()()()()()()()の存在となってくる。火山から向けられる視線はまだ続き、一瞬たりとも消えていないからもはや生活の一部として慣れてしまった。

 

 考えれば考える程、この環境にはおかしな上位捕食者が溢れている。まるで何らかの役割を振り分けられたような、それを自覚している様な、意識している様な行動をしているのだ。そして間違いなく、その実力を考えるとG級でも上位に位置するものがある様に感じる。

 

 何時かは……何時かはそいつらとも、狩猟を演じる事が必要になってくるかもしれない。何時までもこの拠点が無事だとは限らないのだ。場合によってはここへと乗り込まれる可能性があるのかもしれない。その事を考えたら、ゲリョスを見て逃げる程度の実力では駄目だ。

 

 目撃したらそのまま一撃で殺せる程度の実力は付けないと駄目だ。

 

 地球人にそれは可能か? 難しいだろう―――だけど生きる為にはやる、という選択肢しか残されていない。やらなくては殺されるという未来しか残されていない。今の生活が安定しているから、この先の生活が安定するとは限らないのだ。

 

 だから生き残るためには、もっと、もっと強くなる必要がある。

 

 たとえハンターより弱いとしても、ハンターの様な事が出来ないとしても、だとしてもやるしかないのだ。ハンターの様になれないのなら、ハンターでは出来ないやり方を模索し、構築すればいい。

 

 故に―――ドスランポスを狩猟するしかない。

 

 それは覚悟を決めてやらなくてはならない事だった。しかもこれはあの時、クイーンランゴスタと同じようなやり方では駄目なのだ。根本的に上位の飛竜や古龍へと近づけば近づく程、連中からは弱点と呼べるような概念が消えて行く。最初は生物らしい弱点もあるし、落とし穴やシビレ罠、閃光玉が通じる竜も存在する。だが上位の飛竜や古龍になれば、まるで塵の様に罠を踏み潰し、尋常ならざる戦いを挑む必要が出て来る。その時、罠やら小細工に頼って勝つような存在である場合、勝機を最初から失っている事と同義となる。

 

 根本的な事を忘れてはならないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()、そうである事を。

 

 逃げるのもいいだろう。だけどそれには絶対に限界が来る。それは理解しなくてはならない事だった。そもそもこの場所に逃げ場なんてものはない。地図を見て既に滅びた文明を感じ、手つかずの状況を見れば人がここに長い間来なかった事が解る。それだけではなく、ホルクにぶら下がって眺めた景色には、人工物が全くと言っていい程見えなかった。

 

 生きているのであれば、生き続ける()()が発生する。特にこんな環境、生きているだけでも恵まれていると言えるのだから、生き続けなければならない。少なくとも、あの視線が自分へと向けられている間、あの視線が期待する様に無様な屍を晒すのは癪なのだから。

 

 だから、ドスランポスを狩猟する必要がある。また一つ、強くなる為に。更に生き残る権利を取得する為に。これから先、更に凶悪な飛竜と戦えるようになるために、あのクイーンランゴスタの時とは違う。

 

 正面から殺せるようにならなくてはならない。

 

 果たして、それにはどれだけの力が必要なのだろうか?

 

 自分が知る、ハンターという存在を思い出す。あの連中は本当にでたらめだ。もしも、ゲームそのままの存在だったらどれだけ武器を振っても疲れず、ローリングしても目を回す事はなく、それでいて感電しても死ぬ事はなく、燃やされたり熱線を食らっても焦げる事さえもない、超人的な存在だ。しかも公式の回答で()()()()()()()()()()()()とまで説明されていた。

 

 それがこの世界における人類のスタンダードだ。根本的な部分で及ばない事は認める以外ない。だがそれでも、自分はあのハンター達の領域に踏み入れるしかないのだ。生きるために、戦い続ける為にハンターが成せる事を自分が出来る様にならなくてはならない。その動きや何やらを真似する事は不可能だ。

 

 だけど同じ条件、同じ結果を出せるようにならなくてはならない。

 

 つまり正面から向き合い、正面から勝利する。

 

 少なくともこれが出来なければ、他の竜に勝利する事なんて不可能だ。

 

 故にドスランポスを狩猟する。自分の、この三年目に突入する自分の鍛錬、力、技量、経験。果たしてそれがどこまで通じるのか、この先生きて行けるのか、その全てを判断する為の戦いをするしかないのだ。逃げる、なぁなぁで済ませるという発想はない。それを選んでしまえば、恐らくもう二度と向き合う事は出来ないから。

 

「ドスランポスに勝てればきっと……他の中型にも勝てる。そんな気がするんだよなぁ」

 

 殺し、殺せる。その事実と自信が欲しかった。クイーンランゴスタは弱点だらけの昆虫だ。アレを殺せる程度ではそこまで、()はつかない。だけどドスランポスは違う。末席と言えども竜種、それも中型の金冠だ。そのサイズはイャンクックにさえ届く。こいつを殺せれば、他の中型相手でも戦えるという事を自分に証明できる。

 

「ハンターの様に、竜を殺せる事を証明できる―――」

 

 その確信を自分に与えられる。それだけでたぶん自分は……もっと、強くなれる。故に決定する。自分の力で、特別な策を用意せず、ランポス達を排除した上で、

 

―――正面から、ドスランポスの狩猟を行う事を。

 

 奇襲も、待ち伏せも、罠も、ホルクによる空爆もなし。

 

 1対1で、自分の武器と肉体のみでドスランポスを狩猟する。

 

 それを近日決行する事を覚悟した。




 という訳で3年目開始。3年目からはガンガン狩猟が増える形に。特に3年目は中型が多めかなぁ、という感じで。

 一部の人はお気づきかもしれないけど、ここに生息している大型、上位竜は大体火山のアイツの事を知覚している為に行動パターンが構築されている。つまり究極的にこの環境は火山のラスボスが構築してる。


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3年目 春季 対ドスランポス

 ―――曇ってはいるが、雨は降っていない。

 

 なら問題はない。

 

「……」

 

 川の中で黒曜石のナイフを片手に、軽く伸びた髪を束ねて切り落とし、それを流して行く。髪が長いと面倒だし、頭が暑いので邪魔にしかならない。なので適度に切る。今のこの環境だと髪形とか気にする相手がいないので悪くない。髭も適度に剃っているのだが、あまりに深剃りした場合、傷口から感染症とかを起こす可能性もあるので、慎重にやる必要があるのが少しだけ面倒だ。だが清潔感は()()()()なのだ。健全な精神は健全な肉体に宿るという話を漫画で読んだ事があった。だとしたら清潔に保つ事が、心の安定へと繋がる事になるだろうと思う。

 

 だから、健康に気を使う様に、清潔感にも気を使っている。これがイケメンの流儀であるのだ―――と、ちょっとだけ冗談めかしながら。

 

「ま、俺も格好悪いのは嫌だし、オーディエンスがいるのならそれなりに恰好付けないと駄目だしな」

 

 メフィストフェレスの視線を常に感じる。きっと、微睡みの中で眺めているのだと思う。本当に目覚めていれば、今頃火山が噴火してそうな事は……ミラバルカンやミララースと呼べる古龍連中が証明している。だが逆に言えば、アレが目覚めた時が本当の意味での終焉だろうと思う。一度は覚悟した死だが、それでも簡単に死んでやろうとは思わない。今でも心臓を鷲掴みにされたような感覚は続いている。ただそれも数か月も経験してれば、慣れる。ひりつくような死の予感と感覚に。

 

「まぁ、見ていて楽しいもんを提供してやっから、お前はまだ寝ていてくれ……マジで」

 

 呟き、散髪と髭剃りを終わらせる。

 

 それを終わらせた所で、いつも通り、装備に着替える。インナーを装着し、靴を履き、ポンチョを装備し、ベルトにナイフとクラッカーを装着し、片手剣を紐で縛り、肩からぶら下げる。両手にグローブを装着し、グリップを確かめた所で装備は完了する。

 

 これ以上の装備はない。他にも細かい道具は一応ある。だが武器と呼べるものはこれで全てだった。これが、ドスランポスという最初に挑む中型竜種に使用する装備の全てだった。

 

「……」

 

 剣を片手で握り、振るう。確かな手応えを感じる。筋力が僅かに疲弊し、そして疲労が蓄積されるのも。それを休める様に片手剣を下ろしながら、最初はこれをまともに振るう事さえ出来なかった事を思い出す。今ではランポスの鱗や肉質をちゃんと見極め、骨をそのまま綺麗に断てるぐらいには剣術の腕前を上げた。だがこの程度ではまだまだ、だと思っている。少なくともハンターには《心眼》によって肉質硬度に関係なく断ち切る技術や、《剣神》によって複合効果を自分に発生させて斬撃を大幅に強化する怪物とかが存在している。

 

 それに比べれば、全然まだまだだ。

 

 だけど、ドスランポスを相手にするには十分だと判断する。客観的に見て、自分の身体機能を100%コントロールすれば、倒せない相手ではないと思っている。無論、完全に自分の実力を発揮できればという前提でもある。

 

 だが発揮させる。

 

 戦闘とは、そういうものだ。

 

「勝てる。俺は勝てる。絶対に勝てる。今までは勝って来た。そして狩ってきたんだ。今までがそうであったように、これからもそう続ける」

 

 目を閉じて、自分に言い聞かせる様に呟き続ける。自己暗示を行って、自分の意識のスイッチを切り替える。足がすくみそうな恐怖を心の中から追い払い、そして戦える自分を作り出す。そうでもしなければ、心が折れそうな程に恐ろしいからだ。だって、あのランポスでさえ、狙って刺さる場所を選ばなければ、その鱗でナイフを弾くぐらいの事はするのだ。

 

 それよりも更に大きく、硬く、そして強いのがドスランポスだ。ゲームではただの中型竜種。雑魚の中ではちょっとマシな方でしかないドスランポスであっても、ランポス同様、爪の一撃で自分を殺すだけの力を持っている。そんなのを誰の助けもなく、狩猟しなければならないのだ。それが恐ろしくない訳がないに決まっている。本音を言えば逃げ出したい。放置したい。戦わない方向性を選びたい。

 

「だけどダメだ、逃げちゃ駄目だ」

 

 逃げたら、また逃げてしまう。一度逃げたという結果を作れば、再び逃げても前も逃げたし……という意識を自分の中に生み出してしまう。例外を生み出してはならないのだ。一度目が二度目を生み出し、そしてそれをずるずる引きずってしまうのが人間という生き物であると、自分は理解しているのだから。だから誰よりも、自分自身が自分に対して厳しくならないといけない。

 

 ここに、教えてくれる、叱ってくれる、諭してくれる……そんな人間は一人も存在しないのだから。自分が失敗し、そして逃げ出した所でそれが間違いであると教えてくれるという人物はいないのだ。だったら極限までに自分に厳しくならなくてはならない。万が一にでも自分が道を間違えない様に。自分の好みや趣味で道を選ぶのではない。客観的に見て、生き残る事に最適な道を自分に選ばさせるのだ。

 

「剣よ、龍を殺す為に打たれた剣よ。お前にもしも、本当に意思があるのなら……俺に少しだけでいい、恐怖を呑み込むだけの勇気を分けてくれ。俺が一歩目を踏み出すだけの勇気を」

 

 背中を押してくれる人はいない。だから剣を額まで持ち上げ、語り掛ける様に剣に映る自分の姿を見て、大分やつれたような、疲れたような、あの地球の日本に居た頃よりも、はるかに目つきが鋭くなった、殺人鬼の様な形相の己を見た。あぁ、なんて酷い顔をしているんだろうか。

 

 だけどこれなら竜を殺せそうだな、とも思えた。

 

「よし―――狩猟の時だ」

 

 出る前に家畜達の所へと向かい、軽く家畜達の頭を撫で、愛でてから言葉を告げる。一日が経過し、自分が帰ってくるような事が無ければそのまま自由に生きろ、と。自分を決して追いかけて来るな、と告げる。これは義理の様なものだった。自分がここで生活する以上、人間らしい心を保てたのはこの愛らしい家畜達がストレスを和らげる為の癒しとなってくれたからだった。自分が死んだ後もここに縛られているのは忍びないから、そう言葉を残し、

 

 一番甘いドライフルーツを口の中に放り込んだ。

 

 準備は完了した。

 

 ホルクの力も借りず、一人で滝の横のルートから下へと降りて行く。高地を下がって行き、何度も往復した事で少しずつ補強した滝横の下りルートのロープを伝う。そうやって下へと降りた所で、ランポスの巣へと通じる道を見た。何時でもランポスの相手が出来る様に、片手剣を事前に抜いておく。左手には投げナイフを掴んでおき、投擲出来る様に待機させる。

 

 もはや隠れて進むという事は出来なかった。ここまで来た以上、初志を貫徹するしかないのだ。この時間帯、ランポスの狩猟チームは出払っている事は事前の調査で知っていた。とはいえ、それでも直接ランポスの巣に冬以外に乗り込むのは初めての事だった。流石に軽い緊張感を感じつつも、戦闘状態を維持したまま荒れ地の中へと踏み込んだ。両側を岩壁が挟み込む様に道が出来上がり、その狭さは大型飛竜を制限するものであるが故に、大型種に襲われる心配性を排除するものだ。

 

 挟み込む岩壁自体も高く、低い所で20メートルはある。これは()()()()()()()()()()()()()であると、昔、どこかで聞いた事がある気がする。それで思い出した。清水寺の清水の舞台、あの下は結構木が生えている上に高さ的にギリギリなため、飛び降りても死亡に繋がるのは珍しい方らしい。

 

 まぁ、それを思い出した所でどうしろ、という話だが。

 

 ハンターとか雲を突き抜けて落下しても無傷だし。

 

 まぁ、前、実験でランポスを川に蹴り落としてみたら溺れたし、眠らせてから岩壁から叩き落してみたらスプラッタになったし、生物的な構造しているから落下して死亡するのは普通にある事だし、この上からランポスが出現して来る、というのはどうやら心配しなくて良さそうだった。

 

 ただ、やはり、全てのランポスが出払っている訳ではなかった。奥へと、ランポスの巣へと踏み込んで行く中で、巡回中だったランポスが数匹当然の様に出現する。その姿が此方を目撃すると当然の様に鳴き声を響かせようと口を大きく開ける為に、素早く口へと向かってナイフを投擲した。回避よりも威嚇や呼び声を響かせようとしたランポスの鳴き声が出る前にナイフが口の中に入り込み、喉の内側に突き刺さり、咳き込んだ。

 

「……」

 

 言葉もなく、そのまま一気に前に向かって踏み込んだ。一番手前に居たランポスの首を落としながら、切り落としたランポスの体を盾にする様に体当たりを行い、それを次のランポスへと押し付ける様に接近しながら片手剣を壁に使っているランポス諸共貫通させ、痛みで動きが硬直した瞬間にそれを上へと向かって、首へと向けて斬り上げて即死させる。

 

 残されたランポスが首に痛みを感じてはいるものの、威嚇をしようとして―――背中を向けて走り出す。その姿を追う事なく、見送った。殺したランポスの死体を蹴り転がし、横に退けながら血に軽く染まった剣を振るって血を落とし、再び巣の奥へと向かって進んで行く。

 

 もはや後退はない。前に進む以外の選択肢が失われた。ランポスのコミュニティは冬の前にだいぶ削った。そして繁殖期は今、この春だ。越冬のために数が減った事を考え、そしてこの春で再び数を増やす為に繁殖に専念する筈―――だからこのタイミングで襲えば、まだ育っていない、子供のランポスばかりを相手にする事が出来る。

 

 まだ、育っていない個体。

 

 つまり戦えない個体だ。

 

 巣の奥へと通じる道を進んで行けば、少しずつ道が開けて行くのと同時に、待ち構えていたのか、八匹のランポスが威嚇する様にこちらに視線を向けながら道を塞ぐのが見える。やはり、子供を守る為に出てきた。

 

「……大丈夫だ」

 

 威嚇する様に鳴き声を放ってくるランポス達に相対する様に片手剣を構え、そして投げナイフから持ち物をクラッカーへと切り替える。よく磨かれた片手剣は、そのまま背後の景色を反射して映してくれる。その中で、背後の道から上がってくる二匹のランポスの姿を目撃する。()()()()()()()()()()()()のを確認する。

 

「大丈夫、俺なら出来る。これぐらい出来なきゃ―――」

 

 背後、ランポスが飛び掛かるのが剣に見えた。そのまま、横へと半歩ずれる様に体を素早く動かしながら前方へとトウガラシ入りのクラッカーを投擲し、破裂と共に正面にトウガラシの結界を張る。後ろのランポスの動きに合わせて口を開け、飛び掛かろうとしていたランポスの表情が歪み、咳き込む様に鳴き声を零すのを無視しながら背後から飛び掛かって来た一匹の真横に着地し、振り返るよりも早くその首を切り落とした。続いて伏せる様にしながら首のなくなったランポスの下へと逃げ込む様に潜れば、直後、背後から二匹目の奇襲が襲い掛かって来た、

 

「―――ここでは生きて行けない……!」

 

 こいつは顎下が弱いな、と肉質を瞬時に見極め、下から剣を押し上げる様に首を断ちながら、自分の視界の範囲と、剣に映る反射で死角をカバーし、接近して来るランポスに斬り上げた首をそのまま落とさず、押し付ける様に斬り上げる時に投げつけ、ぶつけて動きを一瞬止める。その間に体を滑らせるように素早くステップを取る。

 

「アタリハンテイ力学が仕事しないなら注意すべき事は解ってる」

 

 首を一刀で断つ。やる事はシンプルだ。それだけでランポスは死ぬ。驚異的な武器は爪と牙。だけどランポスは跳躍力が非常に高い。距離があるから、と安心していると予想外の跳躍力によって一気に接近されてしまう。その跳躍力は助走なしで3メートルを超える事が出来る。まさに怪物的だ。だけど距離、そして動きが解っていれば難しくはない。ゲームの時の様なアタリハンテイ力学が存在する場合、飛び掛かりによって近寄っただけで吹き飛ばされる場合もあるだろう。

 

「だけどお前らの爪はそこまで稼働範囲広くないんだよ。半歩でぎりぎり回避できる」

 

 殺したランポスの死体、その腕を掴んで()()()()()()()()()()()()()()()調()()()。腕を伸ばしたとしてもどこまで伸びるのだ? 爪の鋭さは? 飛び掛かってきた場合の距離は? ドスランポスという相手を想定する上で、その元となったランポスを調べるのは重要な事だった。この世界はファンタジーだ。特殊な能力を持ったバカげた古龍が存在している。

 

 だけどその肉体はファンタジーじゃない。

 

 解体し、研究するギルドって組織が存在する。

 

 つまりは()()()()()()()()()()()()()()()()であるという事が保証される。

 

 だから殺して、捕まえて、実験と調査をこの日の為に繰り返してきた。

 

 より効率的に見極め、殺せるようになる為に。

 

 そしてそれはここで、ちゃんと問題なく結果を生み出していた。常にランポスを正面に置く事を意識し、直線状に集め、相手の跳躍攻撃を誘う。それを半歩程体を横にずらし、ランポスの腕の稼働範囲を見極めて回避する。そうすると本能的に牙を使って噛みついて来ようとする。

 

 そうやって伸びてくる首を叩き切る。そしてそのまま、殺したランポスを障害物に使い、他のランポスの動きを抑制する。自分の群れだったランポスの肉体、それを障害物として扱う事で畜生にも存在する、集団としての同族意識を利用して戸惑わせる。

 

 畜生の仲間という認識を利用して、

 

 徹底して狩り殺す。

 

 ランポスが倒れる前に、死体の首を左手で抑え、壁にする様に引きずりながら右手で片手剣を握り、次のランポスを待ち構える。濃密な血の臭いが辺りだけではなく、自分からも香っている。返り血を大量に浴びている結果だろうか。にこり、とも一切笑う事もなく、不快感を殺し潰して、次のランポスを殺す為に構え、見極める。自分から踏み込むのではなく、常に迎撃の道を取る。

 

 それが体力に上限のある、地球人の限界だ。

 

 ハンターであれば一切疲れる事無く武器を振るい続けられるのだろうが―――転がれば頭が揺れるし、スタミナは簡単に回復しないし、武器を振るうのに体力を消耗する。だから動きは最小限で最速。相手を誘い出してカウンターで切り殺すのが一番早く、効率が良い。

 

 故に迎撃態勢を整えてランポスを待ち構えれば、六匹目を殺した辺りから、統率が乱れ―――背を向けて逃亡する。ランポスの死体を解放しながら刃をポンチョの端で軽く拭う。それが反射する程の輝きを取り戻すのを見て、左手でクラッカーを握り直しながらランポスが逃亡した方へと足を進める。

 

 そこから進めるが、ランポスが出て来る気配はない。

 

「手に負えないって覚えたのか……それとも回り込んでるのか」

 

 どちらにしろ、警戒心を解除する事はない。それを狙っての行動かもしれない。AIではなく、生物としての知性でここに居る存在達は生きているのだ。ゲームのまま、無限に湧いたり戦ったりしているのだと思っていると、それに足を掬われるだろう。

 

 野生と、自然を舐めちゃいけない。

 

「なぁ、そうだろ、ドスランポス」

 

「……」

 

 ランポスの巣の奥へ、奥へと踏み込めばあの岩壁の上から見える巣へと到達した。入り組んだ迷路の様な道を抜けた先、木の屑等で作ったベッドの様な巣、その中には卵と、そこから生まれたばかりのランポスの幼体が見える他、それを守る様に複数のランポスの姿が見える。親が子を守る光景だった。そしてその前に陣取る様に、群れを守る様にドスランポスが立っていた。

 

 金冠。

 

 モンスターハンターの小型、中型のサイズ単位はセンチメートル単位である。その中でドスランポスの金冠種のサイズは限界サイズで1000を少し超える程度だと言われている。

 

 つまり金冠ドスランポスのサイズは()()()()()()()()()()という事実を持っている。10メートル、つまりは自分の軽く5倍から6倍近いサイズをしている、それだけの大きさを持った怪物的生物だった。この環境は何かが影響してか、非常に大きく育った―――金冠サイズの竜しか目撃しない。その中でも序盤の壁と呼ばれるドスランポスの金冠種は、

 

 凄まじいまでの大きさを見せている。

 

 地球で目撃したトラックよりも大きいのだ、こいつは。高さ的にはバスの全長に匹敵するだろう。

 

 そんなドスランポスが無言で、群れを守る様に前に出ながら此方を睨んでいた。群れを守る王者としての行動だった。此方を睨み、その視線が何を求めているのか、と訴えている様な気がする。言葉は伝わらない。だがこいつも、俺も、この環境で生きる捕食者だ。真っ直ぐ、片手剣をドスランポスへと向ける。

 

「グェァ! グェァッ!」

 

 それを見たドスランポスが吠えた。振り返り、そしてドスランポスの声に反応したランポス達が更に後ろへと下がり、ドスランポスが一歩前へと踏み出した。凄まじい威圧感を纏いながら、此方を睨み、戦意と敵意を体に漲らせるのを見た。

 

「1:1で相手してくれるのか……いや、お前にも捕食者としてのプライドがあった、という事か」

 

 剣を引き、クラッカーをベルトに戻し、そして片手剣を片手で握り直す。右半身を前に出す様にしつつ左半身の前を通す様に剣を握る手を交差させ、左手で拳を握り、首元をガードする様に構えた。

 

 これは―――ゲームではない。

 

 スキルはない。

 

 数値はない。

 

 特殊な能力はない。

 

 特別な力もない。

 

 突然の覚醒? そんな都合の良い夢はあり得ない。

 

 これは、現実である。

 

 故に是は、

 

「―――生きる為の戦いである。俺も、お前も」

 

 生きようとしているのは俺だけではない。この場所、環境に生きる生物は生きるために本能と、そして知恵を駆使して生き残っている。殺したランポス達も、ゲームよりははるかに賢いのは生きるために知恵を磨く必要があったからだ。AIとルーチンによって動いているのではなく、野生の本能と学習した知性によって生きる生物である。

 

 故に、ドスランポスは群れの長として判断したのだろう。ゲーム通りであれば数の暴力で襲い掛かってくるモンスター、しかし、そのままであれば無駄にランポスを損耗させ、群れ自体が勝利しても滅ぶかもしれない、と。

 

 是非もなし、

 

「では始めようか、生存競争を―――!」

 

 言葉を放つとともに、言葉から体全体に活力を一気に叩き込む。殺意、覇気、闘志、自分の中でそう呼べるものを一気に引き出しながら、全身に力を入れる。その瞬間、ドスランポスがその超巨体で一気に襲い掛かってくる。

 

 ランポス種は鳥竜種、その翼は退化した。だがそれと引き換えに足腰は強靭に育ち―――特にドスランポスのそれは、通常のランポスよりも遥かに強靭に育っている。故にその跳躍は通常のランポスの数倍の速度と距離を一気に詰める事が出来る。爪と牙の一撃により絶命させられる相手であれば、ドスランポスのその飛び掛かり攻撃が一撃必殺だと表現してもいい。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 何度も、観察を繰り返してきた。ドスランポスの動きを見て来た。その狩猟を目撃し、速度に目を事前に慣らしておいた。知っている。どういう動きをするのかを。故にドスランポスとの戦いは一瞬になる。

 

 半歩、体をズラす。

 

 跳躍するドスランポスの体、その落下地点を飛び出す前に感知する。その速度に後出しで反応する? ふざけるな、無理に決まっている。人間の体はそこまで強く出来ている訳じゃないのだから、後出しで反応出来る訳がない。出来るのは事前に予測し、呼吸を読んで、そして発生する前に回避を始める事で完全にその攻撃を無力化する、という事だけだ。

 

 だけど、それだけでは駄目だ。

 

 だから半歩、体をズラした。

 

 半歩体をズラしながら、潜り込む様にドスランポスの着地点、そのぎりぎりの所へと踏み込む。少しでも自分の動きが狂えば、爪が突き刺さる様な、ぎりぎり掠らない場所へと、懐へと飛び込む。既にその肉質は目撃し、見極めた。

 

 故に飛び込んでくるドスランポス。その10メートルに匹敵する肉体がトラックの様な衝突を行おうとして来る、必殺の攻撃の中で、噛みつく為に伸びる首の場所を見極めた。

 

 そして飛び掛かってくるドスランポスの首を下から剣を上へと突き上げる様に、振るった。飛び込み噛みつき、引き裂こうとしたドスランポスの動きとそれが合致し、飛び込む様に首に刃が突き刺さった。その感触に剣が歓喜の気配を見せた……ような気がした。

 

「俺の勝ちだ。今日からここは俺の場所だ」

 

「ぐ……ぎゅ……ぇ」

 

 ドスランポスの口から呻くような声が溢れ出し、その首をそのまま切断し、跳ね飛ばした。巨体から溢れ出す血液を首の切断面から浴びながら、重い感触と共にその首のない死体が横に倒れた。それを目撃したランポス達の行動は早かった。

 

 鳴き声を響かせてから、生まれたばかりのランポスの幼体を口に咥え、飛び出す様に逃げ出した。仇討ちやそのまま襲い掛かってくるような事はせず、そのまま必死に逃亡するランポスの姿が目撃出来た。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 その姿が消えて行くのをしっかりと確認してから息を吐き出し、そして剣を大地に突き刺してから寄り掛かる。巣からは完全にランポスの気配が消え去り、残されたのは多数の卵とドスランポスの死体だけだった。それを一撃で始末出来た事に成長と、そして自分の逸脱を感じた。

 

 果たして―――これが出来るようになるまで、自分は何を忘却したのだろうか。

 

「だけど、まぁ、生きる為だしな……」

 

 仕方がない、の一言で済ませてしまう。一言で済ませるしかなかった。殺せないのなら殺される。それがこの環境のルールなのだから。だからそこには恨みも何もない。これが適者生存、生存競争であり、これが出来なきゃこの先も生きて行く事は出来ないというだけの話だった。

 

 その時、ぴしり、と音が鳴るのが聞こえた。剣を握り直しながら巣の方へと視線を向ければ、卵の一つが割れて、その中からランポスの幼体が生まれる姿が見えた。新しい世界に産声を上げたランポスは母親を求めて鳴き声を響かせながら食べ物を強請る。その姿を眺め、あぁ、そうか、と呟く。

 

「子供も卵も全部始末しなきゃならねぇのか」

 

 泣きわめくランポスの幼体の姿を眺め、これから行う事に勝利の高揚感が消えて行くのを感じながら、

 

 生存競争で勝ち残るために―――生まれたばかりの子に足を振り下ろした。




 なに? 一撃だから余裕だった? 違う、一撃でしか殺せないというだけの話なのじゃよ。

 真面目に考えると10メートルもある金冠ドスランポスの首が降りて来るのは飛びつきで噛みついてくる瞬間だから、わざと首を伸びる様に位置を調整しつつ、回避してカウンターで首を斬り落とさないと1回で即死出来ないという事実。

 やったね、ランポスを環境から追い出したよ!


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3年目 春季~夏季

 肉を、焼く。

 

 じゅぅじゅぅと音を立てて肉が焼ける。その匂いが鼻孔をくすぐり、そろそろ食べ時だな、と理解する。すぐ横で待て、をしているホルクとウリ坊が羨ましそうに見ているが、最初の一口は自分が食べるものだというのは他の時でも変わらない。ここら辺は犬と一緒だ。食べる順番を間違えると自分のが上だと勘違いさせてしまう。だから上下関係を教える為にも自分が先に、捌いて焼いたドスランポス肉を口の中に放り込んだ。味付けはシンプルで、そのまま焼いたのを食べているだけだ。

 

 まぁ、比較的に美味しい方……だとは思う。特別美味しいという訳じゃない。地球の食用に最適化された家畜は、どんな不思議な生態をしている生物よりも美味しく食べる事を目標として育てられ、作られている家畜だ。アプトノス辺りは割と美味しいのだが、それでも地球で食べられる食用の牛肉と比べれば、やはり大きな差が出てくる。でもこれはドスランポスの肉だった。

 

 対決に応じ、そして戦った敵の肉。その肉を、ホルモンを食う。それは一つの儀式だった。殺し、奪い、そしてその強さを取り込む様に焼いて料理して、喰らう。そうする事で狩猟した感触を自分の体の中に取り込むのだ。殺した、そして生き延びたという実感と共に。

 

 俺が勝利した、という証として。

 

 ホルモンは今まで忌避していた部位だった。その最大の理由は寄生虫がいるかもしれないから、という危険性からだった。引き当てた場合、今の環境ではどうしようもないから回避するべきなのだが……今回だけは特別として、歯ごたえの良い肉を噛み千切って食べた。しっかり焼く事を忘れず、口の中に放り込んで呑み込んでいく。それを羨ましそうに眺めている家畜共を確認し、半分食べ終えた所で、残りの肉をホルクとウリ坊に解放した。

 

「食っていいぞ」

 

「キィッー!!」

 

「ぶもっ!!」

 

 許可を与えると物凄く嬉しそうに肉に二匹が飛びついた。その姿を見て苦笑を零しつつ、視線をエルペやムーファの方へと向ける。最近、雑種と言うかムーファとエルペの間の子が生まれてきている様な気がする。アルパカの様なムーファと、山羊のエルペ。その二匹から生まれて来る新種はなんというか……もふもふが薄まった、エルペに近い、ちょっと大きなムーファという感じだった。我がサバイバーファームも段々と混沌としてきたな……と思いつつ、ドスランポスの肉を口の中に再び放り込んで、息を吐く。別の鉄板の上ではまだ生まれていなかった、中身が出来上がっていないランポスの巨大な卵で目玉焼きを作っている。

 

 今日ばかりは、少々豪勢にやる。

 

 勝利は祝うべきものだからだ。

 

 そして明日からは―――再び、いつもの生活に戻る。

 

 

 

 

 春季、ドスランポスの狩猟に成功した。これは莫大な経験とノウハウ、それに自信をつけてくれた。鍛錬さえ繰り返せば地球人でもモンスターと戦える、勝てるという一つの事実を作ってくれたのだ。モンスターは不死身じゃない。殺せるのはハンターだけではない。手段を選ばず、殺しに行けば殺しきれる。その事実をはっきりと、これは証明してくれたのだ。恐れるものは多くある。だが殺せる、その事実だけで遥かに楽になった。俺の努力は無駄じゃない。そして努力し続ける意味がある。

 

 それがクイーンランゴスタの時から引き続き、証明された事だった。

 

 栄養価の高いランポスの卵を食って、久方ぶりに高カロリーと栄養を体の中に取り込み、殺した相手であるドスランポスを食ってその力を体内に取り込む儀式の様な思いを通して、少しだけ、戦士として成長した様な気がした。ただそれに浸っているだけの時間はない。ランポスを駆除した事によって、ランポスの巣はオープンなエリアになった。あの場所は大型の竜種が入って来れない、繁殖場所としては非常に有用な場所でもあるのだ、そのまま放置しておけば小型や中型に占拠されるであろう事は見えていた。

 

 いや、或いはそれでいいのかもしれない。そのまま放置し、入り込んだ中型や小型を狩る事で、効率的に肉や素材を集めるという手段もあった。

 

 だけど考え直し、この場所を封鎖する事にした。入り口である細い岩場の入り口を爆薬を使った発破によって吹き飛ばして塞ぐ事で、侵入ルートを岩壁を降りる事以外に封じたのだ。これによって森林を通り、岩壁を降りない限りは元ランポスの巣であった場所へと入れない様にする事にしたのだ。

 

 その最大の理由は、土地の確保だった。

 

 今は森林で活動しているが、家畜も増えてきているし、何か大きな施設を作ろうとすれば、たぶん森林では限界が来る。今では快適な森林生活だが、これ以上森林での生活を快適にしようとすれば、ある程度木々を伐採する必要が出て来る。だが飛竜が森林に入り辛くなっている理由は、この木々が障害物となって飛竜の侵入を塞いでいるからという事にある。竜達も馬鹿じゃないのだ、態々木々を破壊してまで森林に入り込もうとする事なんてしない。だが開けていれば、降りて来るだろう。ゲームと違って木を貫通するような事はしないのだから。

 

 故に新しい土地が必要だったのだ。

 

 大型種が入って来れない場所が。そして立地的に考えると、森林から地続きになるが、人間の手足がないと移動が行えない岩壁下のランポスの巣は理想的な場所だった。地面が土で、周りに草がないのもいい。飛竜が入ってこれない大きさというのも実に都合がよく、今までは出来なかった、大掛かりな火の使用を行える場所でもあったのだ。その為にはまず入り口の封鎖が重要だった。だから爆薬で吹き飛ばし、道を封じた。これで壁を登れる存在だけが入れるようになる。

 

 畑作を行えるような土地ではないので、畑作業は引き続き森林の方で行う必要がある。だが遠慮なく炎を使えるこの場所であれば、今までは数を制限していた竈の数を増やす事が出来る。これによって作成できるレンガの数、そしてサイズを一気に増やす事が出来た。

 

 実は、これでやりたい事があったのだ。

 

 今の拠点はツリーハウスになっている。これは木をベースに設置した、家であり、モンスターが届かない高さにする事で自分の安全を確保する為の拠点だった。今でも森林周りはそれなりに安全だと思っている。だけどあのツリーハウス、隙間風が多く、木の上である以上、色々と限界があるのだ。主に重量の問題で。今以上に物を乗せた場合、枝が折れる可能性があるのだ。だから下からレンガで支えたりもしているが、それにも限度がある。

 

 もっと、本格的に拠点づくりを行いたいのだ。

 

 つまり家が作りたいのだ。風が入ってこない家が。割と真面目に。これが出来るだけで冬での生活が数倍楽になると思っている。冗談の様に思えるが、完全な病気の予防法は存在しないのだ。そしてこの状況で風邪をひく確率を1%でも下げる事が可能であれば、それを実行しない理由はない。あの森林のツリーハウスは、一応はランポスの皮やアプトノスの皮で軽く風を遮断しているが、それも完璧ではない。どうしても隙間風が入り込んでくるのだ。ただツリーハウスの改築にも限度がある。

 

 ならやはり、自分で家を作る必要がある。

 

 と言っても、ランポスの巣は荒れ放題になっているし、春や夏等の暑い季節はむしろツリーハウスで過ごしたほうが快適になるだろう。つまりは冬場の為の家が欲しいのだ、風が入ってこない、暖かく過ごせる場所が。

 

 そういう訳で、ランポスの巣の開拓、開発が始まる。

 

 今までは野生生物によって野放しにされていたこの場所を整える事から始まる。森林の方は平坦だったからしなかったが、この……地形的に荒れ地、岩場とでも表現すべき場所は、それなりに大地がデコボコで荒れていた。まず家をここに建設するなら、それなりに足元を整えた方がいいだろう。

 

 という訳で完全に農具と化している大斧を引きずり出す。こいつは非常に重量があり、振り下ろすと凄まじい破壊力を見せる武器だ。岩程度であれば、そのままスパッと破壊してしまう程度には破壊力がある、物理法則を無視している武器……農具だった。こいつを利用して、肉体の鍛錬を兼ねて大地に振り下ろす。一回一回丁寧に振り下ろすのは疲れるのだが、しかし振り下ろせば地面が破壊され、そこから粉々になる。

 

 その上から木の板でプレッシャーを与え、整地するのだ。まずは真っ直ぐな地面、そしてスペースを作るのだ。ここは元ランポスの巣があった場所をメインとする。巣のあった場所を徹底的に破壊し、そして整地を行い、建築する為の土台を確保する。そしてそれが完成したら、今度は土台の上に家を作る為のベースを構築する。

 

 これ、現代だと鉄を使うのだが、針金の様な太い金属を張り巡らし、コンクリートを注ぎ込む土台? の様なものを構築するのだ。まぁ、細かい部分と正式な名称は忘れているが、どういう感じだったかはバイトで関わっていたから覚えている。

 

 だから家を建築するスペースを示す様に、その空間をレンガで囲む。その中に上から運んできた土を敷き詰め、押して圧縮し、少しずつ固めていく。これが地味ながらかなり面倒な労働であり、かなり時間がかかる。その間に鉄骨の代わりに竜骨を差し込んで強度をたぶん安定させるのだと思うが、これを骨組として組み込みながら少しずつ、第二の土台を構築していく。

 

 最終的に土の上を木板を使ってカバーし、その上から毛皮を敷き詰める事で床が完成する。

 

 ここに至るまでかかった時間、3カ月。

 

 もう、春の終わりが見えていた事に思わずレイプ目になりかけた。とはいえ、朝早くから畑仕事、鍛錬、家畜の世話、それをルーティーンとして組み込みつつランポスがいなくなった事による生態観察を行おうとすると、どうしても時間が大量に消費されてしまう。その為、このスローペースはしょうがない事だった。とはいえここまで来てしまえば、家づくりにおける一番辛い部分はほとんど終わっているものと言っても良い。何せ、この土台部分が一番ハードなのだから。

 

 後は元ランポスの巣―――現在、第二拠点と名称を変更した新しい自分の拠点では、レンガの大量生産を行っている。森の中では使いづらかった大規模での火の利用、それが遠慮なくこの荒れ地であれば行えるのだ。おかげで出来上がったレンガを大量に使いつつ、それで壁を作っていくことができる。無論、接着するのに使うセメントなんてものはないが、セッチャクロアリに泥を混ぜる事で、セメントに近い物質を作る事に成功したので、それを使ってレンガをくっ付けていく。

 

 そうやって数メートル級の高さの壁を作れば、もう家は九割方、完成したのに近い。ここからは天井を作る作業だ。樹海の方から切り出してきた木材を森林に運び込み、遊んでと構ってくるエルペ達の相手をしつつも、事前に測っておいた長さなどを確認し、木材を加工していく。これが結構難しく、面倒な作業だが。

 

 だが農業系アイドルに感謝だ。

 

 連中、テレビで本当に何でも作るおかげでやり方は解る。

 

 バラエティ番組の癖に下手にWIKIで調べるよりも楽しく知恵が身に付くあの番組は相変わらずおかしいと思った。今頃どうしているのだろうか、あのアイドル系農業集団は。絶対に自分を超えるスケールで何かをやっているに違いない。いっそのこと、自分みたいにモンスターハンターシリーズに転移して、

 

 何から始める?

 

 アプトノスの肉質改善から?

 

 とか言い出してそうな気がする。

 

 そんな考えで作業を続けてると、季節は少しずつ春から夏へと変わって行き、その影響で第二拠点周辺の温度が上がってくる。どうやらこの場所は、地形の関係で熱が逃げにくい構造をしているらしく、夏は熱がこもってしょうがなく、いつも以上に汗を流しながら建築作業を進める羽目となってしまった。

 

 だがそうやって作業を進め、春季、終わりごろ。

 

 漸く、家が完成した。

 

 ツリーハウスの様に、逃げ隠れする為の場所ではなく、生活基盤として安定させる為の場所だった。とはいえ、秋と冬以外では今の所、活用する予定はなかった。春と夏に利用するにはここら辺は少々暑すぎたのだ。風通しが良く、そして木陰に隠れているツリーハウスの方がまだ、生活しやすかった。だから屋根を設置したところで、家はひとまず、完成した。

 

 それで作業の全てが完了した訳ではないが。

 

 まだまだ、鍛錬ついでにやる事はあった。

 

 家を作ったのだから、今度は普通レベルのベッドを作るのが目標となった。ぶっちゃけ、此方は作る目途があった。ただ重量制限で今まではツリーハウスには入れられなかったものだ。竜骨で骨組みを作り、セッチャクロアリで繋げ、そして木の板を上に乗せ、その上にケルビの皮とムーファの羊毛を使ったマットレスを敷き、布団も同じ素材で作り出す。素人の裁縫作業ではあるが、おおざっぱな物でも十分ベッドは作れる。

 

 こうやって本格的なベッドを始めて作成する事に成功した。

 

 更に生活を文明的な物にする為に、夏季に入っても、開拓をする様な事はせずにそのまま、家具の作成を続けた。

 

 ぶっちゃけよう―――最近、生活が快適になって来たのもあって、こういう活動が楽しくなって来てた。だって頑張れば頑張るほど、生活が向上するのだ。しかも誰も文句を言わないし、疲れたら好きな時に休んでもいい。最大の敵は自分の満足感だから、自分が満足できる範囲で頑張ればいいのだ。

 

 これほど、やりがいのあるものもない。

 

 そういう訳で気合を入れたらソファ、テーブル、椅子と作っていく。流石にキッチンとかは不可能なので今まで通り、外で焚火を焚いて飯を作る必要が出て来るだろう。それでも、雨風を完全な形でしのぐ事の出来る、()()()()()()屋根のある場所を手に入れる、というのは一つの大きな成果だった。

 

 ドスランポス討伐後の春の季節を丸々消費してしまい、しかもそれも夏に思いっきり食い込んでいる。時間をかなり消費してしまったなぁ、というちょっとした後悔はあったが……だが、多大な満足感が胸を満たしていた。何よりも、これがこの3年目の生活に入って得た今までの技術の集大成の様に感じられたのだ。

 

 だって、考えてみると良い。

 

 材料は竜の物を使っているから、狩猟しなきゃダメだ。だけどそれだけではなく、家畜の繁殖に成功しているから安定してムーファの羊毛のストックがあるのだ。そして頑張って潰し切らない様に集めては増やしているセッチャクロアリと、ゲームには存在しなかったオリジナルの調合レシピを駆使している。そこに鍛えた素人の裁縫スキルと、日曜大工スキルを使い、曖昧過ぎるアイドル知識から建築を行い、レンガによる作成を行ったのだ。

 

 自分がここに来て始めた事、練習した物事、その全てをつぎ込んだのがこの家だ、という事を考えると不覚にも、涙を流しそうになった。そしてその姿を見てウリ坊が突進してくる。最近のこいつはドスファンゴサイズになって来たので、ぶっちゃけ、ブルファンゴよりも大きいのだ。

 

 試しにアプトノス相手に突進してみたら、見事吹っ飛ばしていた。何故だろう……草食メインのブルファンゴに肉を大量に食わせて適度に運動させたのが悪かったのだろうか?

 

 あの可愛かったウリ坊に戻して欲しい。

 

 それはそれとして、住居としての機能が完成したので、一部、拠点周りを重くしていた物を第二拠点へと運び込む。家具、武器、外敵が絶対に寄ってこないと安心できる環境であるので、特に重要なものは第二拠点へと移設する。また、エルペの一部は普通に高所から降りられるので、当たり前の様に追いかけて第二拠点周りにやって来た。寧ろ高所にこっちのが近い分、より元気になっている部分がある。

 

 そんな風に、ドスランポスを狩猟してからの時間が過ぎ去って行く。

 

 ホルクとウリ坊の調教も進んで行き、大分使える様になった。

 

 そうなってくると、欲が出て来る。いや、これは悪い事ではないと自分では判断している。ドスランポスを討伐したのだから、自分には出来る、という自信がついたという事でもあった。もう少しだけ、自分の能力に対して胸を張ろうという事でもある。

 

 だから少しだけ、遠出を行う事にする。今回はそれなりに移動の距離がある為、ホルクとウリ坊、両方をパートナーとして連れて行く事を決めていた。その為、色々と準備を行う必要もあり、これにまた時間を取られてしまった。

 

 まずホルクは餌だった。団子状にした魚等、ホルクの好きな食べ物や、食べやすい様に加工した餌を幾つか用意し、労い用のお菓子を用意する。此方は装備などは全く必要がない程に力強く、そして大きく育ってくれている。なのでホルクに必要なのは餌だけだった。

 

 ウリ坊の場合、ちょっとした鞍を作った。

 

 と言ってもベルトの様な物で、ウリ坊の両側に垂れる様にバッグが来るような物であり、背中にはドスランポスの皮で作ったマットを敷いてある―――無論、そこは自分が座る為に。底なしの体力を持つこのウリ坊は、乗って移動するのには最適な相方に育っていたのだ。しかも何気に自分よりも足が速いのがショッキングだった。

 

 とはいえホルクとウリ坊は、もはやなくてはならない移動手段だった。現在西は遺跡都市、東は沼地が、北へは神殿遺跡がある。この広い範囲を自分の足で移動しようとするとどう足掻いても疲れるし、それに時間も足りなくなってくる。そうなってくると必然的に色々と、探索が制限されてしまう。

 

 その中で、ウリ坊とホルクという乗り物があると、移動や運搬に関する様々な問題が解決する。ホルクは高所から一気に距離を稼げる優秀なグライダーであり、ウリ坊は車とアイテムボックスの役割を兼任してくれる子だった。

 

 それに第二拠点を確保した今、丘の方にウリ坊を下ろして一緒に探索する事も出来るようになったのだ。

 

 だから、やる事は決めていた。ウリ坊とホルクを移動用の装備などを乗せて準備を整えた所で、第二拠点を出て丘へと移動し、そこから北上する。

 

 そのまま遺跡へと踏み込み、ホルクには迂回する様に指示を出しながら、迷う事無く遺跡を踏破する。事前に用意してきた梯子等を使ってウリ坊を慎重に運び出し、そのまま前は通らなかった、山の中を進んで行く道を通る。

 

 ランプの中の光蟲に道を照らさせながら、新たな通路を発掘し、その更に奥へと進んだ所で、

 

 空に響くホルクの声が聞こえた。

 

 そして飛び出した山の岩肌から、その先に広がる砂浜と、蒼い海を見た。

 

 ドスランポスを討伐した今、丘では奇襲される心配もなく歩き回れる様になった。第二拠点を作成した事で神殿遺跡に近い場所に帰れる場所が出来た。そのおかげで、森林からの移動と比べて大幅なタイムカットが実現した。

 

 その結果、漸く、たどり着けたのだ。

 

 海へと。




 目指せアイド―――サバイバリスト!

 夏だ! 海だ! 狩猟だぁ! という事で次回はペットを連れて海の探索。ドスランポスを狩猟した事で第二拠点を構築できるのと移動距離の短縮で探索出来る範囲と時間増えましたなー。

 後地味に岩壁には森林と第二拠点を繋ぐ、滑車を使った手動運搬リフトがあって、それで資材やウリ坊を上下に移動させたりしてます。なお、ある程度のリアリティの為にWIKI閲覧封印して、リアルでの建築サバイバル経験をなるべく思い出して書いてます。


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3年目 夏季

「海だあああ―――!!」

 

 テンション任せに砂浜を走った。

 

「ダイミョウザザミだあああ―――!!」

 

 ダイミョウザザミに追われてウリ坊に乗りながら全力逃亡する。

 

「イビルジョーだぁああああ―――!!」

 

 通りすがりのイビルジョーがダイミョウザザミを真っ二つに砕いてから美味しそうに食べて去って行く。海に到着して一時間が経過しただけで、凄まじいまでの濃さを味わった気がする。イビルジョーがダイミョウザザミを砕いて、その中の味噌と肉をちゅるん、と吸い上げる様に食べる姿を眺め、美味そうに食ってるなアイツ、と思っている間にお口直しだろうか。殻ごとダイミョウザザミを食い終わったイビルジョーが海の方へと突撃して行く。

 

 数秒後、ガノトトスが全力で逃げ出すのを、イビルジョーが追いかけまわしていた。相変わらずここの環境は狂ってるなぁ、と二匹と一人で身を寄せ合いながら体を震え上げつつ眺めていた。ここまで近づいて、一切興味がない様にイビルジョーは大型種レベルの竜ばかりを狙って食い殺している。もはや確定だろう。あいつは食う相手を選別しているイビルジョーなのだ。だから自分が住んでいる地域はあんなに良い環境をしているのに大型種が少ないのだろう。フォロクルルも花畑からほとんど離れない上に花の蜜しか食わないし。……ダイミョウザザミも竜種になるのだろうか? あいつ、甲殻種じゃなかった? でもサイズ的に大型だし。

 

「まぁ、名付けるとしたら《偏食》のイビルジョー、って所かな」

 

 ほとんどのイビルジョーは悪食だ。健啖の悪魔、何て呼ばれたり、全ての生物を食料として見做している貪欲の竜だ。貪食の王とまで呼ばれるほどに食べる物を選ばず、そしてひたすら食い続けるのには理由がある。それはとてもシンプルな理由で、そうしなければ体が持たないから、という事にある。その体温と巨体はカロリーの消費が激しすぎる結果、常に食べ続けないと体を維持する事が出来ない。それ故に食事をとっても常に空腹に襲われる。

 

 その苦しみから解放されるのは食べている間、そして死ぬ時だけ。

 

 それがイビルジョーという、神様がデザインを間違えたような憐れな竜の正体だった。モンスターハンターシリーズにおける全てのイビルジョーは食欲の塊だ。我慢なんて概念はない。食べる事が出来るのなら即座に食べる。それがイビルジョーという生物の生態であり、基本でもある。だから目の前に食べられる小型種が存在する場合、一切の迷いもなく食べる筈なのだ。

 

 ……なのに《偏食》はそれに見向きもせず、大型種のみを食べている。

 

 その影響なのか、体は更に赤黒くなっている。そう言えば飢餓状態のイビルジョーや、極限にまで飢餓が達したイビルジョーの体色が変化するのは、同族まで食べ続けて来た結果龍属性を溜め込み、それによって変質してしまったから……だなんて設定を思い出した。だとしたらそうなのだろうか? 《偏食》のイビルジョーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろうか?

 

 火山の本当の悪魔を感じ取って、食欲よりも強くなる事を選んだのだろうか?

 

 食欲という本能を、強くなるという欲求で乗り越えたのだろうか?

 

「……それが本当だとしたら、生態やら本能やらを乗り越えた化け物じゃねぇか」

 

 理屈は解るが、生物としての、イビルジョーとしての限界を確実に超えた個体だ。極限征伐や至天征伐の最終レベルで出現するようなアレだろうか? まぁ、まだラ・ロやミ・ルが見えていないだけましだと思う。UNKNOWN系統は考えるだけ無駄だし。それにイビルジョーが此方を放置してくれるなら、それはそれで安心だ。出現場所を選ばないアイツが拠点に乗り込んでこないか、地味に不安だったし。しかし、

 

「強くなるために本能を乗り越えるとかイケメンすぎるだろ、アレ……」

 

「もー?」

 

「きぃー?」

 

「アレ、擬人化させたら絶対に悪系ダンディになる気がする。まぁ、戯言はここまでにして、ここからどうすっか考えるかー」

 

 海に到着したテンションではしゃぎ回った時に、ちょくちょく周りの地形を確認したが、この海岸は結構広い。少なくとも砂浜自体は100メートル以上の幅がある。そして砂浜の脇にはヤシの木がある、それが同じものであれば。これが本当にヤシの木であるなら、ココヤシからは()()()()()()()のだ。つまり油という放火ウェポンを新たに入手する事が可能になる他、料理に油を使う事が出来る。ナタデココそのものも魅力的なので、色々と食生活周りが充実する一助になる。植生に関して目立つのはこれぐらいだろうか?

 

 だが一番の目玉はやはり、海水だ。今まで身を清めたり沸騰させたりで使っていた川の水とは違う、此方は海水だ。つまりは塩の混じった水だ。干し肉を作る上でどうしても干し肉が不味くなってしまうのは、臭みなどを取る時に使う塩が存在しないからだ。第二拠点で常に炎を使い続けられる様になった今、冬場だけではなく春や夏でも素早く水分を蒸発させる事で燻製を作る事が出来るようになっている。だからここは、是非とも塩が欲しい。

 

 海水を煮詰めて濁りを取り出しながら濾過を繰り返す事で塩は作る事が出来る。夏の自由研究レベルの技術なので此方は難しくはない。問題は塩を作る場合、大量に海水を必要とする事だ。

 

 そして炎や道具を使う以上、拠点に海水を持ち帰るという事が必要になってくる。第二拠点は丘に近い環境の為、ここに来るまでの時間を一、二時間程カット出来ているのはいいが、それでもまだ片道三時間程度の時間がかかるのだ。

 

「うーん、それでも塩……というか塩分は健康の為に必要だからなぁ、ここは少し無理してでも海水を持ち帰れるだけ持ち帰って往復する必要があるかもしれないなぁ……」

 

 まぁ、この作業の良い所は、冬になっても海水は消えないという所だろうか。寧ろやる事が減る冬の間に塩のストックを作る事を考えればいいだろう。だからとりあえず、これは後回しにしておこうと決める。パームオイル、ヤシ油の抽出に関してもちょっと記憶を掘り返す必要があるので、大人しくなる冬季に入ってから本格的に活動を始めようと考える。

 

 今、一番の問題は、

 

「―――筏で脱出とか無理そうだなぁ」

 

 海の向こう側の景色だった。

 

 陸地は見えないのだが、岩礁地帯が見える。その中、大きな岩礁の上に頭を乗せる()()のラヴィエンテの姿が見える。日向ぼっこをするその背中の上には、カモメの様な鳥が載っており、ラヴィエンテと一緒に温まっている姿が見える。

 

 しかしその姿はゲームで見るよりははるかに穏やかだった。なんと言うか、殺意や戦意、闘志の様なものは一切感じず、穏やかに陽の光を浴びて気持ちよさそうに眠っている。それがゲーム的に考えるとまずありえない光景なのだが、この環境付近のモンスターの生態はそもそも常識では測れない事ばかりなので、或いはそう言うラヴィエンテもいるのかもしれない、と番いのラヴィエンテを見て判断する。

 

 それでも二頭いるというのは流石にちょっとビビるのだが。

 

「ただ、アレを回避して海に出るってのはちょっと無理だなぁ」

 

 たぶん距離的に此方の事は感知しているんであろうが、それをどうこうしようという意思は感じない。近付かなければ平和だと思う。少なくとも自分の直感はそう伝えている。その為、海に出るという選択肢は排除しておく。それにラヴィエンテの周りには魚が泳いでいるのが見える感じ、野生生物からしても今のラヴィエンテは大丈夫らしい。

 

 イビルジョーが大型しか食わないチャレンジャーだったり、ラヴィエンテが穏やかだったり、メフィストフェレスが火山で眠ってたり、本当におかしな場所だ。

 

 まぁ、自分は生きる為に出来る事をするだけだ、と判断する。ここに出てくる生物の事を考える。ラヴィエンテと毎日お散歩しているイビルジョーは除外する。偶にお空を優雅に飛んでいる辿異リオレウスもこの際忘れよう。この浜辺にメインで生息しているのは先ほど目撃した、ダイミョウザザミがいる。

 

「って事は……」

 

 適当に砂浜を歩き始めれば、それに反応する様に砂浜が軽く盛り上がり、そしてそこから出現して来る姿が見えた。背中に大きな貝殻を背負った小型のモンスターは地中から出現すると、二本のハサミを持ち上げて、威嚇する様にアピールした。

 

 甲殻種、ヤオザミだった。ダイミョウザザミの幼体とも言われるこいつは、ヤドカリの様な、蟹の様な、ザリガニの様な生物だった。安定していないけどしょうがない。こいつからザリガニっぽい防具が作れるのに、ミソが取れて、しかも見た目はヤドカリだ。お前、もうちょっとそこらへんはっきりして欲しいと思う。まぁ、それはともあれ、折角出て来たヤオザミなのだ、

 

「Go」

 

 ウリ坊に指示を出すと、一瞬で加速したウリ坊が勢いよくヤオザミに突撃し、跳ね上げながらヤオザミを空中に放り出した。打ち上げられたヤオザミが落下して来るところを狙って片手剣を投擲し、その身体を貫通した所で狩猟を完了させる。死亡したヤオザミから片手剣を引き抜いてその殻を引き剥がし、柔らかい背中を晒す。

 

 そこにナイフを突き刺して、開ける。ヤオザミ等の甲殻種はその性質上、背中が一番柔らかくて刃物の通りが良いのだ。だから背中を開き、そこから開いて確認するのは甲殻種が溜め込んでいる珍味、

 

「でっでーん、ザーザーミーソー」

 

 ネコ型ロボットの様な言い方でヤオザミの中に溜め込まれたザザミソを取り出す。こいつは精算アイテムとしてカウントされる珍味であり、美味しいという話を聞くものだ。まぁ、そもそも蟹味噌って結構美味しいし、一度食べてみたかったんだよなぁと思いながら指を味噌の中に突っ込んで、掬って口の中に突っ込んだ。

 

 そしてそのまま、動きを停止した。

 

 その動きを不審に思ったウリ坊とホルクが首を傾げるので、素早く二口目を口の中に放り込みながら呟く。

 

「や、やばたん……!」

 

「!?」

 

「もっ! もっ!」

 

「やばい、超やばい……なんだこれ、超うめぇわ……」

 

 ザザミソを食べる指の動きが止まらない。そのままヤオザミの腕を千切って、その中の肉を軽く引っこ抜きながら味噌を絡めて食べてみる。絶品。超美味しい。え、なに? この味本当なの? リアルなの? 現実なの? そんな疑問がわいてくるレベルですさまじい程の美味だった。地球で食べていた蟹とは比べ物にならないレベルで美味しい。肉とかは地球の方が遥かに美味しいのに、蟹味噌と蟹肉に関してはこっちの方が数倍というレベルでやばい美味い。

 

「やばいやばいやばい、クッソうめぇわなんだこれうめぇ」

 

「もっ! ももっ! ぶもっ!」

 

「あぁ、解った! 解ったから! グルメに育ちやがってこいつ……」

 

 横からウリ坊が食わせてとタックルして来るので仕方がなくヤオザミの肉とザザミソを食わせると、ウリ坊の目が輝き始める。それを見ていたホルクも突く様に食べて、そのままむしゃぶりつく様にヤオザミを食べ始める。

 

 今、この環境で一番おいしいものがなんであるのか、それが確定した瞬間だった。

 

 どこかで、呆れた龍の気配を感じる……。

 

「……狩ろう」

 

「もっ」

 

「きっ」

 

 何を、という言葉に関してはもはや口にする必要はなかった。言語を口にしなくても今、二匹と一人は完全に心を一つにしているという確信があった。そう、美味しい。その概念は生物の心を一つにするのだった。何ていい天気だろうか、潮風が夏の日差しをやわらげる様に涼ませてくれる。それを感じながらヤオザミを虐殺してやる、と心の中で固く誓った。

 

 あぁ、でも、このザザミソとヤオザミ肉、絶対に酒と似合うだろうなぁ、と思った。酒が飲みたくなる。そんな味をしている甲殻種だった。だけど酒……作成できるだろうか? 材料的には果実酒ぐらいだったら本当にぎりぎりで作れるんじゃないか? とは思わなくもない。だけど酒造り……試してみるだけの価値があるのかもしれない。

 

 だがその前に、今はヤオザミだ。ヤオザミを狩るのだ。あのザザミソを大量に手に入れて、

 

「我らの食欲を満たすのだ! 行け、ウリ坊! お前のダッシュで砂浜を刺激し、ヤオザミを呼び起こすのだ!」

 

「ぶもっ―――!」

 

 滅茶苦茶やる気を表すウリ坊が一気に砂浜を走り出し、ドリフトを決める様に砂を蹴り上げ、砂浜に隠れている気配を叩き起こす様に暴れ回り、そして戻ってくる。そしてその気配に刺激され、砂浜の大地が揺れながら、

 

―――ダイミョウザザミが出現する。

 

 甲殻種の中でも大型に属する存在。背中の殻は大型飛竜の頭蓋を活用しており、そのハサミはハンターを掴んで真っ二つに出来るだけのサイズがある。まともに相手するだけ、面倒な相手だ。

 

 だけどダイミョウザザミを見て思うのだ。

 

 ヤオザミであの味だった。

 

 そしてイビルジョーはあのダイミョウザザミを食べていた。

 

 ならば、ダイミョウザザミって実はクッソ美味しいのでは……?

 

 食欲はイビルジョーだけではなく、日本人も狂わせる。

 

「ぶち殺す……!」

 

「ももっ……!」

 

「ききぃっ―――!」

 

 食欲と美味の気配に突き動かされ、覇気と殺意が全身を漲り、叩き起こされて出現したダイミョウザザミは困惑の真っただ中にあった。だがそれを一切考慮も気遣う事もなく、その体の中に詰め込まれた美味に手を伸ばす為に―――虐殺を開始する。

 

 出現して此方へと視線を向けて来たダイミョウザザミの顔面に閃光玉を投擲し、そのまま正面からウリ坊に体当たりを取らせ、頭を揺らしながらホルクに跳躍して捕まって、そのまま軽く飛翔してダイミョウザザミの上へと飛び降りる。

 

そのまま、頭の上、死角から脳天を貫く様に片手剣を両手で下へと構えて押さえ、飛び降りた勢いのままに頭を貫き即死させる。

 

「っしゃぁ!! 特大ザザミソゲットォ!! 今夜はザザミソパーティーだお前ら!!」

 

 ペットの喜びの咆哮を聞きつつ素早くダイミョウザザミの解体に入る。甲殻の上から斬るのは馬鹿々々しいことなので、剣を関節部や隙間に差し込み、そういう部分から割く様に斬る事で最低限の労力でダイミョウザザミを解体する。そうやってまず最初に足を解体し、そして今度は殻を解体する。ヤオザミは貝殻を引っぺがしたが、此方はモノブロスの頭蓋骨だ―――この付近につまりはモノブロスがいるという事になるのだが、それはこの際スルーしておく。

 

 というかモノブロスの頭蓋骨が重すぎた。運ぶとかそういう領域じゃない。材料として使うのにも、これを加工する、利用する技術が自分にはない。だからこれは放置するしかない。甲殻周りはたぶん、材料に流用できるだろうが。ともあれ、足と爪を解体したのだ、引っこ抜いたそれを筋に沿って開きながら、

 

 その中に隠されている肉を露出させ、人数分並べて、更に開いたダイミョウザザミの中からザザミソを引っこ抜き、それにちょんちょんと付けながら食べる。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 無言のまま、ちゅるり、と食べすすめる。パキリ、と剣で定期的に殻を割って食べやすくしながら、ダイミョウザザミの肉を再びちゅるり、と飲み込む様に食べて行く。横ではウリ坊とホルクが此方の食べる姿を真似して、器用に前足で足を押さえながら中身を吸い上げて食べている。お互い、そこには一切声を漏らす事無く、静かに蟹足を解体しては喰い続けるというのを繰り返し、

 

 気づけば、ダイミョウザザミが丸一匹、食いつくされていた。完全に食料として食い尽くされてしまったダイミョウザザミの姿を二匹と一人で体育座りしながら、食べ終わった残骸の向こう側に見た。それを見て、頷く。

 

「恐るべし、日本人の血よ……!」

 

 とりあえずそういう事にしておいた。正直、ドスランポスを狩猟した時よりも動きが数段素早く良かったような気さえする。やっぱりメンタリティとモチベーション改善するだけで人間、格段にパフォーマンスが上がるよなぁ、と実感する。闇の日本社会に出る前にそれを体感出来て良かった。もう二度と社会に出る事なんてないだろうが。

 

 色んな意味でブラックだ。

 

「はぁー……満足したぜ……」

 

 ごろり、と背中をウリ坊に預ける様に座り込みながらこの大きな残骸をどう処理しようか、と考える。食って中身がだいぶ空っぽになったのはいいのだが、根本的に大きすぎて山を抜けるのに運ぶのが難しいよなぁ、と思う。それに神殿の中は穴だらけになっているのだ。それを抜けるのに少しずつ板とかをセットして対策しているのに、流石にこれだけ大きくて重い物を運ぶ事は出来ないだろうと思う。

 

 板の方が耐えられない。

 

「となると、1回の往復で持ち帰れる重量とかにも注意しなきゃな」

 

 或いは神殿に物資集積所を設置するとか? 確かにあの神殿、今は小型の竜種でさえ近づかない不思議な場所になっている。その影響は恐らくあの神殿の地下で眠っている存在が原因なのだろうが……だとしたら、都合の良い事でもある。あの神殿の地下は、冬でもないのに冬の様な寒さを維持しているのだ。氷室代わりに物資を押し込めば保存できるのかもしれない、と思ったのだ。

 

 だから少しずつ神殿に運び込んで、保存しながら第二拠点へと運び込む事も考えられるのだ。だとしてもかなりの手間になる。時間はかかるだろう。となると流石に今回はこのダイミョウザザミ素材は、大半を放置する必要があるのだろう。

 

「いやぁ、ほんと失敗したわ……食欲はあかんね……」

 

 久方ぶりに感じる美味。この生活でだいぶ、人間性が削れている自覚はあったのだ、少しずつ、少しずつ削れるのではなく抜け落ちて行く……我慢すればするほど、邪魔になるので自然と生存本能が必要のない機能をオミットして行く様に、人間性が失われて行くのを感じた。

 

 だからこそ、ネタや冗談を口にしていた。

 

 遊びやゲームは、人間らしさと文化の形だ。

 

 それを口にして笑っている間はまだ人間であると自覚する事が出来るから。それでもある程度、食に対する楽しみみたいなものは、失われていると思っていた。こっちに来てから食べ物は生きる為に確保するものであり、味は二の次だった。だけどこうやって美味と呼べるものを口にし、それをかき込む様に食らいつくす自分を感じて、

 

 あぁ、まだ俺人間なんだ―――獣じゃない。

 

 それがしっかりと、自覚出来た。

 

 信仰も、拘りも、遊び心もそれは人間らしさの一つなのだ。だからこうやって美味しいものに何時の間にか涙を流している自分は、まだ、まだ大丈夫。まだ人間らしさを残している。まだ人間として生きているのだ、と認識できる。だからこそ考えてしまう。

 

 ここから去る方法をそろそろ、考えた方が良い。

 

 この先の世界を見る必要があるのだ、と。




 カニはお好きかな? 日本人の食欲はまさにジョー並み。

 根本的に日本というか地球のが食べる為に育てている分、根本的な食材の質に関しては地球産の方が美味しいと思っている。ただし、一部のマジカルなクリーチャーに関する素材はまた別だ。と、勝手に判断している。本当にそうかどうかは皆がモンハンTOKIOし始めた時に教えてね。

 しかしもう3年目の夏季……もう早いもんで4年目も見えて来たなぁ。


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3年目 夏季 Ⅱ

 見た瞬間に理解するのだ。

 

 あぁ、なんだ()()()()()()()()()、と。

 

 正面のダイミョウザザミ、その動きを誘引する様に距離を開けてある。ダイミョウザザミは接近する事無く、ハサミを口元へと持って行き、そこに力を籠める。その動作が何であるのかはよく知っている為、妨害する様にクラッカーを投擲しながら迷う事無く前へと踏み出す。投擲されたクラッカーは今まで使っていたものを更に改良したものであり、鉱石の破片を砕いて、爆薬を混ぜ込んだものだ。もはやクラッカーとして説明するようなものではなく、

 

 手榴弾とでも表現すべき、爆破と鉱石片の凶器だった。ハサミの向こう側に滑り込む様に入り込んだ手榴弾は炸裂しながら泡の噴射を行おうとしていたダイミョウザザミの動きを一瞬で粉砕し、内側からハサミを衝撃で開けさせた。その動きに滑り込む様に体は前へと飛び込んでいる。

 

 片手剣を片手で振るう。

 

 簡単な事なのに、これをここまで扱えるようになるまで、三年かかった。適切な握りで、重量を配分し、手首や腕だけではなく、剣を振るうという動きを体全体で連動して行う。それだけの事なのに、まともに振るうのに三年かかった。だがその結果はあった。

 

 一振り、それでハサミの関節部分を片手剣が断った。斬り飛ぶハサミ。そしてそれに反応し、逃げようとする前に踏み込んで更にハサミを斬り飛ばす。両腕がなくなったダイミョウザザミが逃げ出そうにも、砂浜を掘り進む為の腕はもはや存在せず、ショックによってその動きが停止する為、

 

 素早く脳天に剣を振り下ろした。

 

 たったそれだけで、ダイミョウザザミの狩猟は完了した。そのまま足を解体し、体を小分けにして、今回の為に用意した布っぽいもので味噌を包んでそれを木箱の中に入れて保存する。早いうちにこれは神殿の氷室に叩き込んでおかなくてはダメになってしまうから気を付けなければならない。だから素早く作業を終わらせつつ、ふぅ、と額の汗を拭う。

 

 狩猟したダイミョウザザミの姿を見て、視線を海の方へと戻した。

 

「なんか……最近人間止めて来たなぁ……」

 

 しみじみと呟いた。

 

 

 

 

 最近、本能的に殺せる相手、殺せない相手の識別が出来て来た。目撃した時に本能的に、或いは直感的にあっ、こいつ殺せるわ……と思った時には既に体が動いていたりするのだ。ダイミョウザザミを目撃して思わず狩猟してしまった時は食欲に負ける程の人間性があったじゃねぇか……と思いもした。だがその実態は違った。

 

 ただ単純に、反射的に殺しただけだった。

 

 いや、反射的に殺しているという表現はおかしい。もっと、言葉には出来ない感覚だった。殺せるから殺す。そして今殺しておくべきだ。そんな感覚だった。今殺せるのだから殺し、そして血肉にする。とても自然に、そして当たり前の様にその考えが自分の中に染みついていたのだ。どこかで、自分のタガが外れてしまっていた。

 

 まぁどこか、というか確実にドスランポスなのだが。どうやら自分が気づかないうちに、そこそこ普通の人間から精神性が逸脱していたらしい。いや、言葉を取り繕わずに表現すれば頭がおかしくなったのだろう。怪物とも呼べるような生物に対して相対する上で、恐怖という物を全く感じなくなったからだ。個人的に、これが恐ろしかった。恐怖とは生存本能だ。危ない相手を避ける為のセンサーでもある。これが不足するのはサバイバルの上では非常に危険な事だ。

 

 の筈なのだが―――妙に、考えが冴えわたる。殺せる相手と殺せない相手の区別がつく。なんというか、気持ちの悪い直感的な能力が備わっていた。見た瞬間にあ、アイツは殺せる。そう考えている内に身体が殺す為に動いている。殺せない場合はなるべく気配を殺して下がっている。

 

 それがイビルジョーに対して定期的に働いていないのはアレに此方に対する食欲がないからだろうか? コントロールされた食欲……面白い物だと思う。

 

 とはいえ、最近、自分が少しずつ常人というカテゴリーから外されているという自覚があった。ダイミョウザザミをノリとは言え、瞬殺できる程度の実力を持つようになったのは、少し前にドスランポスを討伐したばかりの身としては非常に気になる事だった。果たして、俺はまだ普通の人間のままだろうか? 何か、あの死んだときに肉体に変化があったのじゃないだろうか? それともこの世界の食べ物を口にし、殺して喰らう事で生物として進化しているのか?

 

 強くなる事はいい。

 

 だけどそれを把握できないのは恐ろしい事だった。

 

 そういう訳で最近はやっていた塩の生成と油の生成作業、海岸と海の探索を一時的に後回しにするとして、森林に戻ってきていた。やる事はシンプルに身体能力の測定だった。自分がこの三年近い生活でどれだけ成長したのか、どれだけ変化したのかをチェックするという事だった。少なくとも林檎ぐらいなら握り潰せるぐらいには体は引き締まっているのだが、これじゃあ基準が一切解らない。

 

 とりあえず、武器の素振りは苦も無く数時間ぶっ続けで出来る程度には体力が出来上がって来た。とはいえ、此方は呼吸、体の動かし方を覚えたからペース配分が出来る様になった、と認識するのが正しいだろう。片手剣を片手で振るえる他、両手剣を最近では問題なく振るえるようになっている。流石に両方背負って戦うのは無理だし、ダイミョウザザミの甲殻を防具として加工して装着するのはちょっと難しい。

 

 跳躍力は大体一メートルぐらいなら軽く飛べて、三角跳びの要領でそれなりに高く上へと移動する事も出来る。こう考えると割と肉体的にも磨かれているな、というのが解ってくる。

 

 だが一番の成長に関しては反射神経だっただろうか。ちょっとした反射神経のテストがあるのだが、それを行った結果、これだけ凄まじい勢いで昔よりも伸びているというのが解った。落とした棒を落下前に拾うテストとか、毎回同じ場所でキャッチできる程度には動体視力と反射神経が磨かれていた。

 

 まぁ、反射神経が無ければ中型種、肉食竜の動きに反応出来ずに死ぬので、常に意識して活動しているという部分はある。

 

 軽く計った結果、プロのスポーツ選手か軍人にでもなれるんじゃね? と思いたくなるような結果が出た―――どうやら、それなりに人間という奴は可能性に溢れていたらしい。まぁ、成長できる範囲でそこまで文句はないのだ。水面に映る自分の姿を見て、細マッチョなイケメンになったなぁ、とは思っている。これなら逆ナンされそうだ。

 

 そんな事をする生物はいないのだが。

 

 ナンパで捕食されるというかそのまま捕食されそうな場所なのだが。

 

 ただ、一番の問題は自分の精神性だった。メンタリストでもセラピストでもなく、心理学を学んだわけではないので、自分のメンタルが本当に大丈夫なのか、正気なのか、そんな事を理解する事が出来なかった。ある程度精神的なリミッターは外れているんだろうなぁ、と思うのは事実だった。実際、昔の自分であれば肉を切り裂く感触に吐き気を覚えていただろう。アプトノスを殺す時に申し訳なさを感じていた時もあるのも事実だった。

 

 だけど、今ではどうだろうか?

 

 まるで銃の引き金を引く事に躊躇がない様に、獲物を狩る。()()()()()()()()()()()()()()()の様に動き出していた。いや、自衛や、食料を保存する事を考えればそこまで間違いではないのだ。だけどドスランポス以来、妙に剣を軽く振るうようになってしまっていた。

 

 血の味を覚えた獣の様に。

 

 敬意は必要か? 殺せる相手に対して必要以上の予防線を張る必要はあるのか? 殺せるタイミングで見逃す必要があるのか? 殺せるのならその場で殺すべきなのでは? 生態系を崩す心配をする必要があるのか? 知りもしない興味もない相手の事を考えるべきなのか? そもそも竜を考慮する必要はあるのか? こんな場所に押し込んでいる竜を相手に敬意を払う必要があるのか? 憎くはないのか?

 

 竜が、憎くはないのか?

 

 殺したくはならないのか?

 

 竜を、見かけた竜種を。生物を、皆殺しにしたくはないのか?

 

「少し反省してろ」

 

 瞑想して自分の心を見つめ直して感じた事はそれだった。たぶん魔剣が悪いから石を巻き付けて海に沈めて来た。農具と化したお友達たちは野菜の世話をする事に快感を覚えているのにこいつ……と、夏の間は片手剣を海に沈める事を決定した。

 

 流石竜を殺す剣だ、精神汚染付きだった。

 

 まぁ、そんなものがなくても時々、記憶が曖昧になるが。ここに来た一年目の細かい出来事とか、もはや自分は覚えていないし。ただそれを深く考えれば心が病むというのは解っていた。だから必要以上に深く、考える事は諦めていた。

 

 自分の様な凡人が突発的に突き抜けるとは思い辛かったので、原因を片手剣に見出し、取り合えずは反省を促す為に海に沈めた所で、そろそろ初心というものを、自然に対する敬意を思い出すべき頃ではないかと思い始めた。

 

 つまりは精神修行の時間だった。

 

 が―――世の中、そんな上手くいく筈もなかった。

 

 

 

 

 夏の終わりが見えて来た頃、第一拠点の森林へと戻って来てみたのは、荒らされた拠点の様子だった。畑の周りにあった柵と小型の竈は破壊され、そして収穫時期を迎えていた春キャベツは食い荒らされた形跡があった。今までは無事だった自分の拠点が完全に荒らされた痕跡にしばし、ショックを抜け出す事が出来なかった。

 

 そこは自分が一年目からコツコツと積み上げて作って来た拠点だったのだ。少しずつ、少しずつ土地を均し、整え、拡張し、そして竜が入って来れない様に気を付けて積み上げて来た場所だったのだ。それがぐちゃぐちゃにされていた。自分が出かけている少しの間にこうも荒らされるものなのか……というのはショッキングな出来事であるのと同時に、怒りを呼び起こすものだった。

 

「どこの畜生だ、ぶち殺してやる……」

 

 静かにそう呟かせる程度には内心、キレていた。絶対に殺してやるという考えで脳と胸を満たしつつ。頭の中で殺す事を確定事項としつつ、破壊された周りを見れば、家畜達は無事だったらしい。此方が帰って来たのを見て安心した様な鳴き声を零すので、その頭を軽く撫でてなだめつつ、破壊された場所を確認する。

 

 破壊され、荒らされているメインの場所は食料関係の所だった。畑、そして果物を集めていたところを集中的にやられている。それと比べ、干し肉の方は手つかずだったり、ツリーハウス自体は無事だった。となると食性が肉食ではない生物が恐らくは襲ってきたのだろう、と判断する。

 

「チ、まだ海で反省させている最中だってのに……」

 

 夏季の終わりに差し掛かっても、片手剣は反省させる為のラヴィエンテ近くの海に沈めたままである。魔剣・ドラゴン殺したい君からすれば、触れそうで触る事の出来ない絶妙なポジショニングだ。たぶん、こっそり精神汚染を行おうとする悪い子には丁度良いお仕置きだろう。

 

「生まれてきたことを後悔させてやるからな……」

 

 恨み言を呟きながら被害の痕跡を探して行く。大型の飛竜はここに入って来れないから、陸を歩ける生物によって破壊されたのだろう、というのは予想がつく。或いは森林に適応している生物―――幾つか、予測はつく。

 

 畑はかなり手ひどくやられており、一回破棄して作り直したほうが良いだろう。柵も改めて作る必要がある。竈の方はもう、この際森林から撤去させてしまおうと思う。竈等に関しては第二拠点の方で扱っておく事にした方がこの際、良いだろう。そうなると竈は潰して、その分を畑へと回すといいだろう。

 

「あー……だけどドライフルーツ潰されたのは辛いなぁ……後酒造も潰されてるわ……」

 

 酒の作成は海に出てから思いついた事の一つであり、果実酒や蜂蜜酒の作成実験を行っていたから、木を使ったタルでちょっと色々と実験してたのだが、それも見事空っぽになっている。ドライフルーツも探検中、手軽に口の中に放り込める甘いものだから気に入っていたのだ。物凄く貴重な甘味でもあるのだ。この野生的な甘さが味気ない料理の中の癒しだったのだが、

 

 全部、食われてる。

 

「生まれて来た事を後悔させてやる」

 

 精神修行とか知った事じゃねぇ、ぶち殺してやる。海の底から片手剣を引き上げようかと思ったが、畑などが破壊されてからそこまで時間が経過していない。つまり今から追いかければ犯人をぶち殺せるな、と冷静にキレながら判断する。となるとやはり、追いかける方が良いだろう。

 

 じゃなければこの怒りは収まる事を知らない。

 

 逃がしてみろ―――手当たり次第に他の生物をぶち殺しに行きそうな気持ちだった。

 

「だけど犯人はなんだ? どこの畜生がやった?」

 

 足跡が幾つか残っているが、流石に足跡だけで何か解る程レンジャー能力に長けている訳ではない。ただ逃げた方角は樹海の方であるのは間違いなく確かだった。となると樹海へと向かえば畜生と戦えるな、と思ったところで、

 

「きぃー!」

 

「ん?」

 

 ホルクの注意を呼ぶ声に視線を向ければ、近くの木の枝にホルクが止まっていた。そのすぐ横には、木に張り付いた白い粘液の様なものが糸を引いていた。それを見て数秒間、動きを停止させた。見覚えのある色と形だった。

 

「ネンチャク草を水で溶かした時の姿に似ているな……」

 

 アレは水で溶かすとのりに近い状態になる。濡れている間は粘着力がないが、乾くと結構硬くくっついてくれるのだ。ただ、やっぱりセッチャクロアリの粘液の方が効果が高いのは事実だ。それを見て真面目に考え始めると、表面上は怒りを出さず、冷静に考えるだけの余裕が生まれて来る。

 

「……ネルスキュラ……か?」

 

 森、そして粘着性の糸を使いそうな生物で一番思い至るのはこいつだ。ネルスキュラ、大型の蜘蛛の様な生物であり、とにかく気持ち悪い。気持ち悪い上に面倒な相手で……毒を使っていたような……気がする。いや、だがアレは肉食だった気がする。肉食だったっけ?

 

 駄目だ、頼るべき知識も割と限界が近い。

 

 思い出せない事の方が多くなってきている。この際、こういう細かいフレーバー周りの知識は忘れて、おおざっぱに覚えておくだけにしておく方がいいのかもしれない。それが解るだけでも別の話だし。ただ、粘着性の糸を使うモンスターはもう一体存在したな、そう思い出しながら磨かれた両手剣を持ち上げ、肩に担いだ。

 

「さて、お前らは大人しく待ってろよ。ホルクとウリ坊は警備な。俺が戻ってくるまでいい子にしてるんだぞ?」

 

 しっかりと家畜とペット共に言いつけておく。言語が通じているかどうかは別として、元気のよい返事が返ってくるので、それで理解していると判断しておく。

 

 閃光玉、手榴弾、それらをベルトに仕込んで、投げナイフを仕込む。これは狩猟じゃなくて戦争だからなテメー、と心の中で怨嗟を吐き続けながら両手剣を背負い直し、肩に乗せたその重みを感じながら小走り程度、体力を消耗しない程度のスピードで走り始める。

 

 無論、これだけの破壊を起こした犯人をぶち殺す為である。害獣が一度荒らす事を覚えたら、連中はそれをまたやるだろう。効率がいいと学習するからだ。そしてそれは絶対に許せる事ではない。故にやられたらやり返す、確実に、もう二度と手出しが出来ない様に。確実に始末をつける必要がある。

 

 故に相手を追いかけて、樹海の方へと走って行く。近づけば近づく程、食い荒らした作物などの残骸が増えて行き、それが更に神経を苛立たせた。だがその痕跡のおかげで追跡は難しくはない。

 

 やがて、樹海に入れば木々の高い所にねばつく粘液の糸を目撃する事が出来た。そしてそれを利用し、木々の間を飛翔する影が前方、離れた場所に見えた。それが旧クイーンランゴスタの巣があった方へと進んで行くのを見て、ランゴスタ達が消えた後にここへとやって来たのだという事を理解した。

 

 つまりはある意味、自業自得だとも言えたかもしれない。ランポスの巣の時の様に、ある程度封鎖するなりなんなりで始末をつけておけば……と、思っても遅い。木々の間をぶら下がり、跳躍しながら移動する姿は昆虫のそれではなく、獣のそれだった。

 

 即ちゴゴモア。猿の様な姿をしているのに、蜘蛛の様に糸を発射する存在だった。フロンティアにおける初心者が相対する最初のボスとも呼べる相手であり、同時に非常に面倒な相手でもあった。特にその三次元的な動きが。ただその姿を見て、なんとなくだが納得した。確かに、こんなことをするのは現実でも猪や猿の領分だった。後は鹿か、と思い出す。

 

 害獣に関しては殺さなきゃどうにもならないという話を想いだし、そして息を吐く。

 

 どちらにしろ、畑を滅茶苦茶にされたのだ。

 

「殺せるうちに殺すか」

 

 呟き、木々の間を跳躍する事で飛翔するゴゴモアを追いかける。あの巨体であそこまで軽やかに跳躍する姿を見て、肉体が見た目以上に軽く出来ているのだろうか? と軽く思う。少なくともあまり重いと、木の方が耐えきれずに折れる筈だから、それに耐えている時点で凄まじい重量がある訳じゃない筈だ。あったらあったで、それを支えるこの世界は不思議だなぁ、という話で終わる。

 

 ただ、そうやって追いかけていると樹海の奥、ゴゴモアが巣としている大木へと到着する事が出来た。どうやら自分がそうやっている様に、此方のゴゴモアも優雅なツリーハウス生活を送っている様だった。

 

 中々ナイスなチョイスである。幹が太く、安定感がある上に枝もかなり太い。ゴゴモアが安心して乗っているという事は、それだけ頑丈であるという事の証なのだろう。だからそれを見上げ、ベルトから手榴弾を抜き、見上げて、まだ此方に気付かないゴゴモアを見た。追跡して来たのに、まるで振り返る事無く食べ汚しながら帰って行った姿を見て確信する。

 

 さてはテメー他所から流れて来たな?

 

 良し、殺す。

 

「一年と春ぶりに……見せてやるぜ、これが俺の答えだ!」

 

 某レーザービームな野球投手も真っ青な強肩で手榴弾を、三つ纏めて投げた。ゴゴモアが乗っている枝めがけて。

 

 数秒間、無言で見事な軌跡を描きながら飛翔する手榴弾が拡散するのを観測し、それが枝にヒットするという衝撃を受けるのと同時に炸裂し、爆炎と破片をまき散らしながら枝を吹き飛ばし、ゴゴモアの体に鉱石片を食い込ませ、ゴゴモアの背に居たココモアをぼろぼろにしながら背中から吹っ飛ばし、地上へと落としてきたのを見届けた。

 

 その姿を見て、両手剣を振るい、構える。

 

「害獣らしく惨たらしく殺してやるからなお前」

 

 農家の害獣に対する殺意の高さ、それを心と魂で理解した。




 片手剣君、ボッシュート。君は農具先輩を見習って。

 ただ、根本的にドスランポスを狩った時、地球人としての精神性からは外れたというのは正しくもある。というより偶像の神ではなく、自分の強さに対する信仰心が生まれた。なので強さという神に対する信仰が行動を産んでいるだけだったりする。

 次回、害獣駆除。


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3年目 夏季~秋季

 技術。

 

 経験。

 

 能力。

 

 これが戦闘における必要とされるステータスの全てだ。まずは動きそのものを作る能力。その方向性を構成する為の技術。そして最後にそれらを効率的に運用する為の経験。これが全てだ。この三つのバランスが戦闘を行う上で重要だと理解している。能力がなければ反応も出来ない。技術が無ければ刃が徹せない。経験がなければどう動けばいいかが判断できない。根本的にこれが不足している。

 

 体は鍛えればいい。技術は学べばいい。経験は積み重ねればいい。だが根本的な問題として、時間も質も足りない。体をどれだけ鍛えた所で、地球人という範疇を超える事は出来ない。なぜなら人間の構成物質というものが暴かれ、何が出来て何で出来ているのかというのが科学的に証明されてしまっているから。可能性を秘めているのは人間であっても、そこには生物としての限度がある。漫画やアニメじゃないのだから、ご都合主義的に見た目はそのまま超パワーアップ! なんて美味しい話はない。そんな事、今どきの子供でも分かっている。

 

 時々アニメや漫画でまるで我流が形にハマらないから凄い! なんて話が出て来るが、そんな事はない。我流というのはつまり、小中学校で勉強が出来なかった奴がいきなり高校を飛ばして大学に入学しようとしている話。基礎も何も知らないで何を積み上げて作ろうというのだ、天才という言葉は万能ではないのだ。

 

 経験? 経験とはなんだ? ただ単純に生きればいいのか? チャレンジすればいいのか? そうじゃない、挑戦し、学習し、記録し、反省し、そして漸く忘れない様にして経験となるのだ。ただ単純にそういう出来事に直面すればそれで解決するという訳ではないのだ。それでいいのなら今頃、皆が達人になっているだろう。

 

 鍛える事、鍛錬する事、強くなる―――とは才能である。良く言われる武術の才能とか天賦とか、そういうのとはまるで違う。ただ単純に同じ繰り返しのルーチンワークに対して疑問を抱き続けながら修正し、繰り返し続けられるマゾヒスト、そういう才能である。故に強くなるとは才能だけではなく、時間も大いに取られる。

 

 故に三年という時間は余りにも短い。

 

 軍人が一人、エリートとして完成されるのに時間がどれだけかかる? その時間を考えれば森林から始まった時間は余りにも短く、武器を握った時からも余りにも早すぎる―――異形と戦えるようになるまでの時間が。三年、その数字は大きい様に見えて実際はかなり小さい。本格的に武道を学ぶ人間は幼い頃より仕込まれ、そしてそれを積み重ねて覚えるものなのだから。

 

 師もなく、見える範囲で参考に出来るものもなく。

 

 なら何故強くなれるのか?

 

 或いは―――詰まっているのかもしれない。

 

 殺したくて殺したくてしょうがない殺意と怨嗟の中に、殺す為の業が。先人が残した殺しの為の手法と技術が、願いと共に込められているのかもしれない。

 

 鈍い輝きの刀身の中に。

 

 

 

 

「―――おら、立ち上がれよド畜生」

 

 挑発する様にゴゴモアを見下し、言葉を吐く。

 

「お前が立ち上がってくるのを待ってやるからよ」

 

 その上でぶち殺す。完膚なきまでぶち殺す。そうすると決めていた。そうでもしないとこの怒りは収まりを知らない。ただ畑をやられたのではない、あの拠点は自分にとっては一つ、触れてはならない聖域の様なものだった。自分の心の支えの一つだったのだ、この生活において。疲れたら休んで、家畜と戯れながらきゃっきゃわはは出来るちょっとしたスポットだったのだ。その上で秋に備えた蓄えを全部パァにされたのだ。

 

 絶対に殺す。殺意を込めて睨みながらゴゴモアが起き上がるのを見た。その姿は此方を怒りの視線で捉え、そして素早く横へ、ココモアを回収する様に動き、その姿を背中に乗せて安全を確保させた。その姿を視界に収めつつ、両手で剣の柄を握り、肩に担ぐように構えた。片手剣よりも重い両手剣は、片手剣よりはリーチが長く、速度は大剣よりも早く、そして技巧を乗せやすいという特徴をしている。

 

 だが逆に言えば片手剣よりは遅く、大剣よりはリーチがないともとれる。中途半端な武器だとも言えるだろう。人間を殺すには十分な重量がある。だけど小型種を殺すにはオーバーキルとでも表現するべき重量だ。そして中型、大型相手にはちょっと心もとないと表現できる重量だ。ああいう巨大生物を叩き切るなら、大剣や大斧、槍レベルの長さと重さが欲しい。だが片手剣よりはマシだと思う。

 

 両手剣であれば、首の反対側まで刃が通るから一撃で首を飛ばせるのだ。

 

 故にゴゴモアが背中にココモアを乗せ直し、此方へと拳を振り上げて一気に飛び掛かる瞬間、その首を斬り落とす最大のチャンスとなる。拳は大きく振り上げられ、そして動きは人間の何倍も速く、これを相手にカウンターが取れるハンターという生き物は、少々おかしいのではないか、と思わなくもない。

 

 ただどんな生物であれ、自分よりも上位の生物なのだから、その大きさが違うだけで、究極的には自分よりも強いって事には一致しているのだから、焦る事は一つもない。

 

 事前に動きを察知し、読み、そしてゴゴモアが拳を振り下ろしてくる、肉体が衝突するルートを全て予測し、対応する。加速と重量、衝撃は自分で提供する必要は欠片もない。相手が無駄に大きく、重いのだ。全部相手の物を利用すればいい。

 

 故に飛び掛かってくるゴゴモアの動きに合わせ、前傾姿勢になる様に体を落としながら前へと向かって剣を振るう。飛び込んできたゴゴモアの動きとマッチングし、振るう刃が飛び掛かってくるゴゴモアの腕を掻い潜り、腹の下を通りながら振り上げていた腕を斬り飛ばした。こういう動きは片手剣の方がまだやりやすい。というより大型相手となると刃が反対側まで通さないので、両腕と両足を斬り落とすところから始めなくてはならない。

 

 この世界の生物は凄く生命力が高く、頭や心臓に刃を突き刺した程度では死なない場合もある。

 

 故に殺すなら確実に首を。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。腕に来るゴゴモアの肉質を割いた感触は重く、そして硬い。瞬時に最も柔らかい肉質を選んで断っているのだが、スピードの乗った動きに腕を持って行かれそうになる。だがそれでも成果は出た。ゴゴモアの腕が飛んだ。それが宙を舞い、どさり、と音を立てながら転がり、ゴゴモアが失われた片腕のあった場所を抑えながら大地を転がり、悲鳴を上げる。

 

「どうした、畜生。まさか人のもんを奪っておいて自分だけ無事に済もうって思ってるんじゃねぇだろうなぁ……?」

 

 手が痺れる。感覚的に、或いは囁きが今のは力を入れ過ぎだと囁いている様な気がする……。次はもう少し力を抜き、鋭さをどうにかして上げる必要がある。それを頭の隅においておきながら、両手剣を肩の上に乗せて再び振り抜けるように両手で握り、呼吸を浅くし、ゴゴモアの動きを全身の肌で感じ取る。

 

 丁度良い。

 

 鍛錬の相手として。それなりに大きく、動きが派手で、触れれば消し飛ぶ。そんな相手だ。自分が鍛える為、対中型大型を想定する上で、その動きを練習する相手には。素振りだけでも限界はあるのだから。

 

 だから一閃一戦、その全てを確実に食らって学習する為に、ゴゴモアを見下して動きを待つ。腕を抑えながら憤怒の表情を浮かべるゴゴモアに理性なんて欠片も存在しない様に見える。やはり、余所者だ。ここら辺に出て来るモンスターはどれも賢い。勝てない相手であれば逃げるだろうし、即座に判断を切り替えるぐらいの機転がある。だがこのゴゴモアはそうせず、

 

 怒りのまま、残された腕から糸を発射し、掴んで来ようとする。それを回避しながらゴゴモアに飛び込む。待ち構えていたようにゴゴモアは糸を切り離しながら体を動かし、タックルを仕掛けて来る。正直、パンチやブレスよりも此方の方が怖いと思う。タックルは巨体が面を制圧して来るし、それが逃げ場もなく襲い掛かってくるのだから、ある意味一番殺意が高い。

 

 この体程度であれば複雑骨折は免れないだろう。運が悪ければ首の骨を折って死ぬだろう。だからこそ、この動きに対する対処は一番気を使うと言っても良い。ズラして回避する線と点の動きに対して、この面だけは対処法が違ってくる。突き刺した程度では止まらない為、

 

 大きく回避する必要がある。故に一番、回避に無茶をさせられる。

 

 身体のスペック上、それを素早く行うのは難しい―――或いはハンターの様に超人的な肉体があれば話は別なのだろう。だがそれがない以上、肉体の不足分は技術でカバーするしかない。そして必要なら成し遂げる。未熟だとかそういう意味ではなく、()()()()()()()()()()だけの話だ。

 

 突進するゴゴモアに対応する様に両手剣を踏み込んで振るい、衝撃が両手剣を受けて、押し戻される。だが力はほとんど両手剣に入ってないが故に、押し出される様にしながら、体が浮かび上がり―――()()()()()()()()()()()()()様に上昇する。

 

 ハンターの《乗り》そのものは真似出来なくても、モンスターの速度と重量による押し出しを利用すれば、それに似た事なら出来る。問題は多少なりとも衝撃を受け、全身が叩きつけられたように痛みを感じる事だが、その程度のダメージであれば、怪我をしているというレベルではないので、一切の問題はない。

 

 ゴゴモアのタックルを利用する様にその背中の上へと飛び込み、背のココモアを掴みながら飛び越えそうな体を抑え込み、

 

「そんなに好きなら一緒にしてやるさ……!」

 

 ココモアをゴゴモア諸共串刺しにする様に両手剣を突き刺した。少し肉と毛皮の抵抗を感じたが、根本的に武器の性能が高いらしい。数百日を超えて大地の結晶によって磨かれた剣は肉質をある程度無視して貫通させる程度の切れ味を保有している為、ココモアがゴゴモアに引っ付いたまま絶命する。その痛みにゴゴモアが悲鳴を上げるが、

 

「オラオラ、どうした、痛いかぁ、畜生が」

 

 ここまでの残虐性を何時の間に保有していたのだろうか、という疑問を頭の中から追い出しながらゴゴモアの体を抉る様に両手剣をぐりぐりと動かし、その体の内側から激痛を施す様に体を、傷口を開いて行く。激痛に呻くゴゴモアが体を揺らし、そして転がろうとするところで剣を引き抜きながら飛び降り、転がりながら立ち上がって大地に倒れ込むゴゴモアを見た。

 

 怨嗟と殺意の視線が剣の方へと向けられているのを見て、ココモアが剣に突き刺さったままなのを見る。それを引き抜いてゴゴモアの方へと投げれば、残されたゴゴモアが残された手を伸ばそうとして、

 

―――手を伸ばそうとするゴゴモアの顔面に両手剣を投げつけた。

 

 ココモアを貫通し、両手剣がゴゴモアの顔面に突き刺さり、うめき声もなくゴゴモアの動きが停止した。血を流しながら命の気配を完全に喪失したゴゴモアの姿と、まだ幼かったココモアの死骸を見て、両手で頭を押さえる。

 

「何をやってんだ俺は……」

 

 ここまで、ここまで残虐にやる必要はなかっただろう。殺すだけならもっと簡単に殺せた筈だ。その為に閃光玉を持ち込んでいるのだ。知性の高い高位竜でもない限りは、閃光玉を回避するような事はしないから、そのまま首を落とせばいいのに。

 

 まるで、楽しむ様に滅茶苦茶に引き裂いて殺している。

 

「お前……じゃないよな」

 

 両手剣を見る。血に濡れた刃に自分の姿が映し出される。そこには返り血で真っ赤に染まった、狂笑を小さく浮かべた男の姿が見えた。片手で自分の顔を抑え、もう片手で自分の頭を押さえる。

 

 果たして、狂っているのは本当に武器の方なのだろうか? それとも実は既に狂っていたのは俺の方なのだろうか? 初めてアプトノスを狩猟した時、その時は凄く嬉しかった。また同時に自分が一つ、上に強さに至る事が出来た感動もあった。そしてそこには命を奪わなきゃ生きていけない嫌悪感もあった。

 

 だけど今ではそこになんの感慨もない。殺せて当然としか思えなかった。殺したゴゴモアとココモアを見て、こいつらも肉だから食えるな、と短く考える自分がそこには確かに、存在していた。食う、殺す、強くなる。その事で脳が占領されていた。

 

 果たして本当に剣のせいか? 魔剣だから、という言い訳をしていないか? 本当は解っているのではないだろうか、

 

 生きるために戦えば、狩れば狩る程、命を食らえば喰らう程―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 命が剣を通して途絶える感覚を忘れられない。自分よりも遥かに強い存在が屈服する姿がたまらない。命を失って行く感触に興奮する。何もさせずに一方的に殺した時なんて射精してしまいそうなほどに気持ちが良い。

 

「まだ……正気、だよな?」

 

 敬意を。信仰を。準備を。環境を。建築を。採取を。畑を。家畜を。そうやって何かをする事に理由を与えないと、自分の人間性を見失いそうになる。いや、既に時折見失っている。それでもまだ自分は人間だ、正気だ、何時かは社会に戻るのだ。その為にはまだ狂いきれない。体に馴染む竜への殺意と肉を断つ感触を理解していても、生きるために少しずつ心が曇り始めていても、

 

 それでもまだ……まだ、だ。

 

「……あぁ、そうだった、無駄な事を考えている場合じゃなかったな……」

 

 ふと、今まで考えていた事を全部忘れる。忘れる事にした。ココモアとゴゴモアから刃を引き抜き、両手剣を振り上げる。

 

「解体して、肉にしなきゃな……」

 

 呟き、刃を振り下ろす。

 

 

 

 

 夏季の残りは畑などの施設の修復に手間取った。終わりごろに片手剣を海から引き揚げて、海藻塗れだった姿に納得感を覚えつつ、今まで以上に苦しい夏季の終わりを過ごした。その理由はとてもシンプルな物だった。

 

 ゴゴモアの群れがやってきたのだ。これが非常に面倒だった。どうやらある程度の規模の群れとして樹海の方に入り込んで来て、それが繁殖のために食料を求めていたのだ。繁殖期は春季ごろかと思っていたのだが、どうやらゴゴモアの繁殖期は遅かったらしい。或いは、追いやられて此方へと入って来た影響で繁殖期がズレているのかもしれない。どちらにしろ、ゴゴモアの繁殖期というものは非常に厄介だった。ただ、ババコンガではないだけマシだったのかもしれない。あちらはフンを無差別に捨てる為、環境が非常に荒れるからだ。だからゴゴモアのがマシ……とは少々、言い辛かった。

 

 その最大の理由は再び、樹海から出て来たゴゴモアが森林へと餌を求めて出て来るところにあった。

 

 ぶっちゃけた話、大型種を支えるだけの食料が樹海にはない。あそこは緑は豊富で、キノコの類は多いのだ。ただ果実などを実らせる木々にとっては光が薄すぎる為、育つことが出来ない。その為、果物などを食料とする中型、大型はあそこに留まる事が出来ずに、他の場所へと食料を求める為に出る事になる。だけど樹海を抜けた先、草原には二つ名三兄弟が存在している。

 

 人間程度に殺されるゴゴモアがあれに勝てるのか?

 

 無理に決まっている。あんなの、本当のG級ハンターでもなければ狩る事は出来ないだろう。ゴゴモアには不可能だ。故に草原に出る事はなく、その逆方向、此方へとやってくる。そしてその結果、森林に設置してある食糧庫―――つまりは第一森林拠点へとやってくる。その対処と始末の為に、ほとんど森林拠点から出る事が出来ない日常が続いた。探索する事も、第二拠点で長時間の作業を行う事も出来ず、かなりストレスの溜まる日常だった。

 

 救いだったのは、ゴゴモアの協調性の無さに関してだろう。

 

 ゴゴモアは一応は群れを形成していた。だが協調性という概念を理解していないのか、グループとして活動する事はなかった。唯一、ココモアを集めて守る為のグループ……という形で活動することだけは、忍びながら観察する事が出来た。ゴゴモアの群れは、家族やコミュニティと呼ぶには薄く、どうやら子供を守る為の集まりだと考えていいらしい。

 

 その子供、つまりはココモア自体もゴゴモアが餌付けをする場合は背中に乗せて移動するようだった。つまりゴゴモアが食料調達のつもりで外に出た時は、常にココモアもいる。それなりにドライな関係のコミュニティだった。

 

 だがそのおかげで戦術は決まった。

 

 ゴゴモアの各個撃破だった。森林に出て来るところを罠に嵌めつつ誘き出し、一頭ずつ確実に処理して殺す。そうする事によって森林への被害を抑える以外の選択肢がなかった。可能ならイビルジョーを呼び込んで処理して欲しかった所だが、イビルジョーは岩壁の上へと上がってくるような事はないし、試しに撒いておいたゴゴモア肉に対しては興味を見せる事さえなかった。故に自分の力で畑を荒らしに来るゴゴモアを始末するしかなかった。

 

 結果、夏を通し、秋に食い込むレベルでゴゴモアの相手をし続ける必要があった。

 

 故に絶対に後に残らない様に、ゴゴモアを一頭ずつ殺して潰して、次世代が生まれない様にココモアも殺す。殺して今度はその肉を使って罠を作り、ゴゴモアを怒らせて冷静な判断を奪い、回避と肉体制御の練習相手として活用しながら始末する。

 

 夏季の間のほとんどの作業がこれによる実戦訓練とゴゴモアの始末だった。ゴゴモアが流入して来るという事は、樹海には草原以外にも繋がっている場所がある筈なのだ、という事実を察知した。樹海内は素材の調達には出るものの、探索という意味ではあまり深くには踏み込んでいないのも事実だった。それ故にゴゴモアを始末し終わった所で、これ以上害獣が増えない為にもどうにかして処理する必要がある。

 

 ゴゴモアたちの処理が終わった後で急務として樹海を探索した。その結果、樹海の奥、ゴゴモアが巣として構築しようとしていたエリアの更に奥に、半ば水没しながらもその姿を維持している密林の姿が―――つまりは水没林の姿を発見する事に成功した。

 

 道のほとんどが水没しているこのエリアは歩ける場所の方が少なく、水没している部分が浅くても膝丈まであるという場所だった。この環境で木々は逞しく育っており、大樹と呼べるような木々が太く、そして強く育っており、寧ろ地上よりも木の枝の上の方が足場が多いのではないか、と思いたくなるような異様な環境だった。

 

 ただ枝の上を見れば、そこに生物の気配を感じる。

 

 おそらくはそれがゴゴモアを樹海まで押し出してきた犯人だろう。ゴゴモアが逃げる事を選択する相手だ―――あまり、敵対したくはない為、確認を取る事よりも水没林で大人しくしている事を祈り、帰還した。

 

 それから畑の再整備、柵の復旧、新しく作物を植える上に害獣対策を作り直す必要があった。夏季はゴゴモアの襲来によって忙しく、慌ただしく過ぎ去って行き、そして秋の始まりもまた、冬への備えの為に欠片も余裕がなく始まる事となった。




 忘れてはならない。全てはサバイバーの思考のフィルターを通してあるものだという事を。狂気は一見、ありもしない所に存在し続ける物である。それが事実かどうかは別として、感じる事と知る事、成す事は全てそれを通している。

 もっと解りやすく? 一年目時点で正気喪失済み。


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3年目 秋季

「ぐぅっ―――!」

 

 呟きながら素早く両手剣を振るった。片手剣はダメだった。軽すぎた結果、既に吹き飛ばされている。ホルクに運ばせてくる数分間の間、死線を潜った。だがこうやって生き残っている以上、悪運があったのだろう。両手剣を両の手で握りしめ、そしてコントロールする事に全神経を注いでいる。しかしそれが正面、鎧の様に纏われた甲殻を被っている姿の存在、その鎧爪の一撃を受けると、凄まじいまでの衝撃が突き抜けて来る。それでも古龍を殺す為に鍛え上げられた決戦兵器か、武器自体にはなんら異常を見せないというのが素晴らしい。もはや完全に錆は落とされていた。

 

 問題は使い手がポンコツであるという事だった。

 

「七つ―――!」

 

 7メートルに届く巨体は軽く体を前に丸める様にしながら爪を伸ばし、それを引っ掻く様に前方を薙ぎ払ってくる。それに対応する様に両手で握って剣を振るう。大剣よりははるかに軽く、片手剣よりは少し重い。だがそのおかげで相手に対応するだけの速度、そして重量を動きの開始に割り込ませる事が出来る。そう、見てからでは遅いのだ、人間とモンスターとの戦いは。相手が動き出す前に反応し、動かなければダメなのだ。そうでないと手遅れになる。それがモンスターに対する戦いだった。

 

 故に踏み留まりながら戦うというのはある意味愚かしい選択肢だった。

 

 それを選択し続けている自分は、自殺志願者とも表現できるかもしれない。

 

 7メートルの巨体から叩き込まれてくる拳、それに対応する様に両手剣を振るい、斬り流すという事を繰り返している。これで八度目。やる度に手が痺れるが、少しずつ、少しずつそれを調整して行き、完全に自分の手に衝撃が来ないような握り、振り方を覚えて行く。何よりも実戦が一番学習するのに手っ取り早いという判断は、間違ってはいなかった。

 

 ハンター式の学習手段だ。

 

 ただし、ハンターとは違って受け損ねたら即死するのだが。

 

 ただ、その恐怖は程よく身を引き締めてくれる。九度目、十度目と連続で繰り出される攻撃を斬り流せば、相手も―――甲殻がまるで鎧の様に異常発達したアオアシラも、此方の意図を理解してか、呼吸とペースを乱す様に狂わせてくる。こいつは戦い慣れているな、と判断する。異常発達しているモンスターは特異個体か、或いは歴戦の個体か、どちらにしろ、時間経過で知性と本能と肉体を磨いている個体だ。

 

 だからこそ、鍛錬の相手ともなる。そもそもこの環境、弱い個体は全部片っ端から淘汰される。だから強い個体しか残されない。その中で生きて行くには弱い個体を淘汰される前に殺して経験と技術を磨くか、

 

 或いはジャイアントキリングを行い、人として成長するか。

 

「是は、生きる為の戦いである……」

 

 呟き、剣を振るう、加速し、タイミングをズラす事で芯へのヒットを鎧熊が―――アオアシラが崩してくる。その動きの前兆を体、肉の動きと呼吸、殺気の向け方で意識する。自然の中で暮らし、生き続ければ危険、死ぬ、その気配を感じ取れるようになる。モンスターは戦意を抱くと、その意識の向け方がシャープになってくる。そうしなければ生きて行けないというのは単純な話だ。殺気を感じ取る技術は、咄嗟に隠れたり逃げたり、そして攻撃を受ける上では重要な技術だった。

 

 漫画かよ、と言いたくなる事だった。だがやらなきゃ、出来なきゃ生きて行けない。この世界はそれだけシンプルな事だった。故にある程度、常識と呼べるものを自分の中から削ぎ落とした。

 

 こういう事は当然だ。これが普通だ。そういう意識を意識して自分の中から排除する。それが何かの技術、技能を習得する上で邪魔になるからだ。出来る筈がないという意識が存在している時点でそれを完遂する事が出来なくなる。故に、動きを作る時は常に完成されたイメージを持ち、そしてその程度可能であると意識し続ける。

 

 俺なら出来る。これぐらい普通だと。ハンターであればもっと上手くやれる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうやって自分を追い込んで、押し上げる。そうやって必要な技術を自分の中に吸収して取り込んで行く。昨今、増える中型大型種の気配に、自分のレベルアップは急務だった。ゴゴモアの大量出現、広がる探索領域、そして数年前までは見なかった成長されたアオアシラの登場。

 

 これは試練でもあり、そして生き残る為の成長チャンスでもあった。

 

「十三―――!」

 

 十三回目、口に出して呼吸を整えながらも一切休むことなく、ステップを刻みながら剣でアオアシラの攻撃を切り払った。刃と爪をぶつけるのではない、と学習する。相手の動きに対して、まず武器を合致させ、絡ませる。それを力でいなすのではなく、流れを作って、方向性を変えるのだ。モンスターの筋力は並外れている。だから身体能力で相手をするのは最も愚かしい事だと意識し、100%の技巧のみで対応する様に動かなくてはならない。故に息を吐き、内臓を締め上げ、衝撃を全身から逃しながら体全体を使って、動きと共に矛先を斬り流す。そこに必要以上の筋力は入らず、

 

 十八度目、衝撃を感じずに攻撃を斬り流す事に成功する。最初の感覚を掴んだ、と思いつつも体力の低下を感じる。十八合。それが今の体力で全力の斬撃を放てる回数か、と自分の中で記録しつつ、十九度目のは力を更に抜き、自分を後方へと衝撃で押し飛ばした。着地しつつ、口笛を吹く。

 

 鳴き声を響かせながら、空に待機していたホルクが事前に用意していたものを投擲する。

 

 金色に光るそれは少し粘り気のある液体を纏った―――蜂の巣だった。ロイヤルハニー、それがたっぷりと詰め込まれた蜂の巣がアオアシラの頭に衝突し、それからアオアシラの横に転がる。それを察知した瞬間、アオアシラの追撃しようとした動きが止まり、此方を見て、蜂の巣を見て、そして此方を見てから蜂の巣を見た。

 

「それは今回の授業料だから遠慮なく受け取ってくれ。じゃあな」

 

 此方が下がるのを見ると、アオアシラが待っていました! と言わんばかりに蜂の巣へと向かってダイブし、それを抱える様に幸せそうに舐め始める。そういう姿だけなら可愛いんだけどなぁ、と思いながら弾き飛ばされた片手剣を回収し、樹海から撤退する。

 

 

 

 

 秋季、少しだけ生態が変化する。

 

 この季節は大体、冬に備えたモンスターや自分が忙しく収穫等を行い、或いは冬季を乗り越える為により温かい環境を求めて南下をする季節でもある。その中、新しく樹海に住み着いたのは全身が鎧の様な甲殻で覆われたアオアシラだった。まるでボクサーの様な戦いをするアオアシラは、自分から踏み込もうとすると両腕でガードし、確実に動きを止めた相手への爪の一撃で頭を吹き飛ばしに行くという恐ろしい熊だった。

 

 それで樹海に入り込んできたババコンガの頭がミンチになったのを目撃した。

 

 とはいえ、アオアシラはアオアシラ。どうやら蜂蜜には目がないのは変わりがないらしく、蜂蜜を見せれば目の色が変わる。だから最初に蜂蜜を与え、次に軽く当たってから蜂蜜を与え、それから蜂蜜を与えてから戦い、その次は戦ってから蜂蜜を与えた。こうやって相手をしていれば、アオアシラが戦えば蜂蜜を貰える、と学習してくれるかなぁ、という思惑があったのだ。7メートル級の金冠サイズに全身筋肉の様な強さ、飛竜を相手する前に経験を積めるだけ積みたいので、エルペとグレンゼブルの様な共生関係を築けないか、と思ったのだ。

 

 結果、出来た。

 

 蜂蜜で餌付けしたのが良かったのか、それともそもそも賢い個体だったのか、或いはあの二つ名三兄弟の様に何らかの役割を持ったような特殊な個体だったのかは判別できないが、目撃したババコンガをワンパンで昇天させたあのスーパーベアパンチを一切見せる事無く、此方に合わせて手合わせしてくれるようになったのだ。

 

 命のリスクはそれでも残る。一発でも喰らえばミンチになるのは確かだった。だが冬、冬眠する前にアオアシラ師匠と出会えたのは僥倖だった。ある程度の死亡リスクを減らしながら戦闘経験を稼ぐ為の場所が出来上がったのだから。

 

 何よりも、このアオアシラ師匠がクイーンランゴスタが居なくなった樹海の主の後釜として降臨したのも助かった。どうやら水没林からやってくる若い個体をワンパンで昇天させているらしく、樹海の中を探索すると、頭が綺麗に消し飛んでいる中型種を目撃する様になった。

 

 中でもナルガクルガが頭を失って倒れている姿は、かなり衝撃的だった。

 

 とはいえ、その死体はかなり素材として美味しい。脳天をホームランしたアオアシラ師匠の殺し残し素材はきっちり回収し、解体して拠点で保存する事にする。だが全体的に問題はそれだけではなく、この場所を中心とした環境全体がどこか、活性化しているという感じはあったのだ。

 

 しばらく行っていない花畑へと顔を出せば、そこではフォロクルルとヒプノックの縄張り争いが見えた。結果、フォロクルルがヒプノックを惨殺する姿を目撃出来てしまい、普段は大人しいけどやっぱり大型竜は大型竜なんだなぁ、と思わせられる事があった。

 

 その他にも沼地へと顔を出してみれば、前は大量に存在していたブルファンゴがフルフルの群れによって食い尽くされ、ドスファンゴもフルフルの食料となって消えていた。相変わらずゲリョスの方は生き残っている様だったが、フルフルの方は頭が異常に発達した、辿異種を思わせるような不気味な個体が住み着いているのが印象的だった。しかし、フルフルが沼地に住み着いたということは自分がまだ探索できていない沼地の更に奥には恐らく、洞窟が存在しているのかもしれない。

 

 そして山間部。目撃するのはドラギュロスと辿異リオレウスの空中戦だった。

 

 ドッグファイトというのだろうか、空で高速で飛翔しながらドラギュロスと辿異リオレウスが争っていた。素早く空の中を飛翔しながら背後を奪ったドラギュロスが冥雷を全身から放ちながらビーム染みた破壊を口から放った。だがそれをどうやら待っていた辿異リオレウスはそれに一切焦る事無く、放たれた後から空中でサマーソルトをする様に回避し、ドラギュロスの背中に爪を突き刺し、自分の全身を燃やしながらドラギュロスを掴んだまま空中で回転しながら勢いよく落下していった。

 

 数秒後、聞こえてくる炎の爆発と空に飛び立った辿異リオレウスがその縄張り争いの勝者を示していた。改めて思った、辿異種は伊達じゃない、と。

 

 だがその後で目撃したのはイビルジョーがあの辿異フルフルを沼地で喰らう所だった。

 

噛みつかれたフルフルは全身から雷を目が痛くなる程に放ちつつイビルジョーから脱出しようと目論むが、それを受けながらもイビルジョーは一切動じることなく、フルフルの姿を何度も壁に叩きつけてから片足で首を掴み、そのまま噛みついた首を引き千切って食い殺していた。お前……辿異種も殺せるのか、と、気軽に殺すイビルジョーと、そしてそんなものがあっさりと出現するこの場所に、更なる疑惑と恐怖が沸き上がる。

 

 間違いなく、環境は激化、或いは所謂不安定状態に突入していた。

 

 その理由が全く解らなかった。それは本当に突然の事だったからだ。ゴゴモアの大量移動に関しても、そもそもこの数年間一切そんな動きはなかったのだ。環境自体が安定していたし、大型は徘徊していても、こんなに急激に数が増える事はなかった。それに対応する様にいきなり、ここらに生息している生物たちが活発になり、()()()()()()()()()()()()()()()()というのも不思議でしょうがない事だった。

 

 まるでハンターの様だ、と思った。

 

 あのリオレウスやイビルジョーが、この環境を守るために戦っているようだと思えた。草原の方へと向かえば、同じように環境維持のために戦っている二つ名三兄弟がいるのだろうか? だとしても、それを確かめる為だけにあそこへと向かう様なリスクは背負いたくはなかった。そして同時に、本当に環境が何らかの理由で不安定になった所で自分ではどうしようもないというのが事実だった。最低でもアオアシラ師匠に手加減をされずに勝てる様にならなければ意味がない。

 

 しかし生態系の激化とその安定化を眺めていると、再び疑問が湧き出してくる。

 

 ここは一体どこで、なんなのだろうか、というとてもシンプルな疑問だった。

 

 良く考えれば、ここがどこであるのかを全く知らなかった。フォンロン地方だろうか? それともシュレイド地方か? もしくはMHWで追加された《新大陸》……いや、あそこに出現しないモンスターばかり出現しているので、どちらかと言うとシュレイドのある大陸だと思っている。だがそれにしては余りにも人の気配がない。

 

 こんなモンスター天国、ギルドが真っ先にヒャッハーしそうなものなのだが。

 

 だがそこまで考えた所で、妙にここの生活に馴染んでいる自分の事を客観的に見てしまった。

 

 馴染み過ぎじゃね……?

 

 設備、住居、衣服、生活の基盤を堅実に整えた上で最近は侵入者対策に罠を作成し、仕掛ける様になった。ある程度の生産体制を整え、それでいてどの季節でも快適に生活できるように様々な所で工夫している。肉を食べる為の家畜、塩分摂取の為に塩の生成も最近成功している。そこに野菜も入れて栄養バランスはとれている。甘いものが欲しくなったらドライフルーツを食べ、ロイヤルハニーから作った蜂蜜酒も最近では飲めるようになった。

 

 物凄い快適なライフを送れている様になっていた。

 

 根本的にここから脱出する、という目的を忘れるレベルで。そう言えばここから脱出する為に体を鍛えていたんだよなぁ……と当初の目的を思い出す。最近では龍を殺す事や、環境生物相手に勝つ事ばかりを考えて技巧を磨いていたので、そう言えばそうだったよなぁ、と思い出させる事でもあった。

 

 だが問題は、この激化した、不安定な環境で他の地域へと移動するというのが現状、難しいという結論だった。沼地の辿異フルフルは死んだが、それでもまだフルフルが大量に残っている。樹海にはアオアシラ師匠がいるし、水没林に関しては未だに調査が出来ていない。本能的に勝てない、と瞬時に理解させる相手が木の上に存在している上に、水没した水の中にはどこか、鮫に似たシルエットが泳いでいるのが見えたからだ。現状、そっち方面は手を付ける事が出来なかった。

 

 それに予想外に中型種の数が増えており、イビルジョーがそれを放置している以上、丘の安全を確保する意味でも自分が定期的に始末に走らなきゃいけないというのが、遠くへと移動する事を止めていた。ランポスと入れ替わる様にイーオスが、そして群れの長であるドスイーオスがどうやら沼地の方から丘に入って来たのだ。

 

 こいつはどうやらランポスとは違い、寒さにも暑さにも抵抗力を持った生物だったらしい。冬季の気配が近づき秋季の中でも、自分の巣を求めて徘徊する姿が丘に出現したのだ。放置しておけばランポス時代の様に、再び行動や移動を制限されるだろうから、見つけ次第片っ端から狩猟し、そのままドスイーオスの方も始末をつけた。

 

 ドスランポスと比べれば爪や牙に毒を持ち、そして毒液を吐く事の出来る厄介な相手であるのは事実だ。その力強さもドスランポスと変わりはない。だが経験し、反復して忘れない様に鍛錬を重ねている以上、ランポス骨格の相手は動かせる肉体の範囲が制限され、決まっている。パターンは増えても同じ生物である以上、毒液を回避し、飛び掛かりに合わせたカウンターで首を持っていく事で狩猟を可能とさせた。

 

 だがそうやって増えれば増える程、狩猟の忙しさと環境安定のための動きはもっと上のものを要求されてくる。まるでフィーバーの様に増え始める生物に辟易とする中で、この現象に、理由がない筈がない、と断定する。

 

 或いは火山の悪魔か、神殿の眠り姫が原因なのかもしれない。

 

 だとしたら()()()()()()()()だろう。元々、中途半端に放り出すような形で調査は切り上げていたのだから。ここがどういう場所であり、ここが世界のどこら辺にあるのか―――それはあの神殿遺跡を調べれば結果が出るであろう、と思っている。ただそれとは同時に、この混沌とした生態系の理由は間違いなくあの火山にある気配が原因であると思っている。

 

 視線は未だに心臓を掴んで、離さない。そして常にみられているという感覚がある。

 

 だがそれとは同時に、少しずつ、少しずつ微睡みの気配が月日が流れて行くごとに薄れて行くような、そんな気がしていた。或いはあのお辞儀龍の目覚めに呼応して、知性の低い、特別ではない個体が暴れ出しているのかもしれない。

 

 そこまで考えた所で、あの草原を三兄弟に見つからずに渡り切るのは不可能である事を思い出し、自分の実力では軽く打ち合えたとしても、属性攻撃に対する根本的な対策が存在しない為、金雷公と相対した瞬間敗北と死が確定する事を思い出す。

 

 そこまで考えれば自然と、やる事は見えて来る。

 

 つまりは神殿探索の再開だ。前回は何かに誘導されている感じがあったのと、そして面倒さを感じたから引き上げたが、ここまで来るとこの土地自体に何かがあるのではないか、と疑いたくなるものがある。秋季が終わり、冬季に入れば収穫や蓄える事を考えなくて済む為、そしてアオアシラ師匠が冬眠に入る為に時間が出来る。

 

 そうなったらあの神殿遺跡―――その深部へとリベンジの為に突入するしかない。

 

 状況は完全に順調……とは言い難い。環境は不安定になって来たし、ゴゴモアの影響で設備を作り直す必要もあった。まだ生きている文明を探す準備が出来た訳ではない。それでも漸く、ここからスタートするのだ、脱出するのだという事を、とてもシンプルな事を思い出せた。そのおかげか、明確な目標に体に力は満ち溢れていた。

 

 そんな秋季の終わり。

 

 瞬く間に駆け抜けて行く一番忙しい季節。

 

 冬季がその寒さを知らせ始める頃、

 

 ―――紫色の血を吐いた。




 サバイバァ! 何故君が特殊な訓練を受けずにハンターの様に戦えるのか。何故時折思考や言動が支離滅裂となるのか。何故免疫もないのにこの三年間風邪をひく事がなかったのかぁ! その答えはただ一つ……君が地球人で初めて―――。

 バイオテロでおなじみのアイツ。名称は一応避けておく。感染経路? 冗談は冗談で済まなかったんやなぁ、て。口開くところにフラグあり、とかぬかしつつ次回、冬はお馴染みの遺跡探検。


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3年目 冬季 眠り姫

 畑の野菜を全て捨てた。

 

 その代わりに《ウチケシの実》を育て始めた。幸い、ランポスの巣周辺に育っていたからそれなりに数はあった。だが毎日食べ続ける分には圧倒的に足りない。足りなすぎる。だから畑をこれを育てる為だけに作り替える必要があった。これが唯一の生命線。症状を抑え込める薬。そして特効薬。これを食べ続けている間はその症状を抑え込めるのだ。

 

 まぁ、治療方法なんてないのだが。

 

 ―――狂竜症。

 

 そう呼ばれる病がある。

 

 血の色が紫に染まるのはその感染症状であり、手遅れだという事を証明するものでもあった。狂竜症の症状は地球でいう狂犬病に似たもので、とにかく凶暴性が上がる。そしてやがて、死に至る病でもある。これを治療する方法は今の所、自分の記憶にはない。唯一、ウチケシの実だけがその症状を和らげることができる……ということだけは覚えている。

 

 これは感染したら最後、治療出来ないのだ。ハンターとかはあっさり克服するが。きっと何か、治療手段はあるのかもしれない。だけどこの環境、薬を手にする事が出来ない環境では、

 

是は死病であった。

 

 治療する方法の無い病。それはゴア・マガラの鱗粉、或いは体組織―――ウィルス。そう呼べるものから生み出され、散布されたものである。こればかりは何頭もゲームで狩猟しているから良く覚えている。狂竜ウィルスと呼ばれているこれは、ゴア・マガラの生殖細胞だと言われている。雌雄という概念が存在しないゴア・マガラの繁殖は、この狂竜ウィルスを通して行われる。感染した生物は狂いながら死亡し、そして死亡した後で甦る。

 

 だがその知性は本来のものではなく、ウィルスに奪われている。そして感染したウィルス―――ゴア・マガラの生殖細胞はそこから肉体改造を行う。生物を、死体をゴア・マガラへと改造する事でその数を増やすのだ。全ての生物がそうなる訳ではない。だが死んで、そして蘇らせる事は確かだった。

 

 故に死病。病院も何もないこの環境ではどうしようもない事実だった。

 

 その前兆はずっと前から存在していたのだ、気付いてないだけで。いきなりモンスターを殺しに行く事、ゴゴモアに対する異常な殺意、必要以上の鍛錬、そして時折自分自身の事が解らなくなるような考え。その全てが狂竜症から来る症状だった。簡単に言えば闘争心を昂らされている。本能を研ぎ澄まされている。死後、ゴア・マガラとして転生する為の下準備を肉体に施されている。

 

 そしてその下準備が完了した。だから血液が紫色に変色し、腐敗した。一度症状が進めば、非力な地球人の体ではその死の誘因に抗うのは環境上、難しかった。吐血を始めた次の日には咳が止まらなくなった。数日後には胃が食べ物を受け付けず、食べたものを全て吐き出した。

 

 時が過ぎれば過ぎる程、自分の体が衰弱するのを確かに感じ取った。早く―――早く、何とかしないと本当に死んでしまう。

 

だからウチケシの実を食べた。だけどそれはこの世のものではない味をしていた。端的に言えばクソ不味い。ただ良薬口に苦し、という言葉もある為、延命する為にそれを口の中に放り込み、飲み込んだ。少し前までは元気だったはずの体が、内側からぐずぐずに崩れて行くような気がしていた。いや、実際にそうなののかもしれない。ゴア・マガラを見れば、明らかにどの竜とも骨格が似つかない。となるとやはり、身体を内側から改造しているのだろう。

 

 まるで生体兵器だ。

 

 だけど死ねない。まだ死ねない。

 

 死にたくない。

 

 この狂気が狂竜症から来るものか、或いは自分の内側から溢れ出したものかどうかは判別はつかない。だけど何かをしなければ死ぬ。それだけは確かだった。

 

 だからやる事は一つだけ。

 

 

 

 

「けほっ、こほっ」

 

「ぶもっ、ぶもっ……」

 

「大丈夫だから心配するな」

 

 体力をなるべく温存する為にウリ坊の背に乗って移動する。咳き込むたびに心配するウリ坊が此方を見上げようとするが、その前に頭を軽く撫でて進む様に指示を出す。咳をするたびに胃の中の物を吐き出しそうになるのを堪えながら、口の中に溢れる血の感触と味を忘れる為にウチケシの実を放り込んだ。狂竜症の症状の細かい部分は覚えていなくても、急速に殺されているという事だけは理解できていた。この三年間、殺し、死から逃げるという事を繰り返して来ていたから理解出来ている。

 

 自分は逃げられない死に捕まれている。

 

 このままだと死ぬ。

 

 ほぼ、確実に。それは自分の体だから、確実に理解している事だった。だけど死ねない。死にたくない。それが体を突き動かしていた。だが死にたくないならどうする? どこで治療が出来る? どこでなら解決が出来るのだ? 延命手段は?

 

 そもそもゴア・マガラ自体目撃していない。いや、設定でシャガルマガラが遠くから鱗粉を飛ばし、全域のゴア・マガラの成長を阻害する事を考えれば遠くから……それとも、本当に神殿は狂竜症によって滅んだのかもしれない。埃の中にウィルスが混ざっていたのかもしれない。だがそこが重要ではない。

 

 重要なのはどうやって、生き延びるか、だ。

 

 その希望を遺跡に見い出す。自分の記憶の限り、一番その手の知識や文献、記録、そして対処法が存在しそうなのがこの場所だからだ。だから希望の全てをつぎ込むしかなかった。ワンチャン、悪魔の方も考えたりもした。だが結局のところ、アレは()()()()()という磨かれた超直感が告げていた。信用してはならないと。故に悪魔は近寄る事を止め、

 

 未だに地下に縛られる気配を探る事にした。

 

 そこになにか、あるはずだと思った。隠し通路の中であればきっと、破壊されずに残っているものもある筈だ、と祈りながら。そうやってウリ坊に連れられ、神殿遺跡へと到着してきた。事前にイーオスなどの小型種は殺せるだけ殺し回っているから、静寂が守られていた。ウリ坊の背中を降りてから、正面に回り、軽く抱き着く様にその頬と頭を撫でてから離れる。

 

「じゃ、行ってくる。二日経過して帰ってこなかったら自由に生きろ」

 

「ぶも……」

 

「ホルクやエルペ達にもよろしくな」

 

 果たして言葉は通じているのだろうか? いや……通じていると思っておこう。その方が心に優しい。そう思いながら冬用の探索ルック、毛皮のローブ姿で痛みを訴える体を無理やり意思の力でねじ伏せる様に動かす。動く。そして反応する。ならばまだ死んでいない。死生観がドライになってきたなぁ、俺も……そう思い、小さな笑い声を零しながら迷う事無く、神殿遺跡の地下へと向かって足を進めて行く。

 

 息を吐き出す口からは()()()が漏れる。圧倒的寒さに息が白く染まるかと思ったが、それよりも狂竜症の感染症状の方が強かったらしい。だが吐息を吐き出す中で、地下から感じる気配が前よりも強く、はっきりと感じられる……自分の感覚が感染と改造に合わせて磨かれているからだろうか?

 

 或いは呼んでいるのだろうか。

 

「俺を……求めてるのか? 竜機兵」

 

 古龍を殺す為に生み出された人の為の兵器。

 

竜機兵、或いはイコール・ドラゴン・ウェポン。

 

 ()()()()()()()()()()ともされる古代文明の最終兵器。その存在が表に出て来る事はシリーズの中ではなかった。だがその強烈すぎる存在感は、プレイヤーであれば誰だって一度は耳にしたことがあるし、フレーバー等を知りたがるプレイヤーであれば調べ、そしてその設定に驚く事だろう。

 

 竜機兵は人造的に生み出された竜型の生体兵器である。

 

「寒い……外より寒いな、ここは」

 

 まだ肌の感覚が残っている、という事の証でもある。その事実に少しだけ安心する。とはいえ、手放しで喜べない。そう思いながらランプの中の光を使って、神殿の地下を進んで行く。前は隠し通路を探そうとして諦めた。隠し通路の場所が解らなかったからだ。

 

 だけど今であれば、

 

―――。

 

「……こっち、なのか?」

 

 俺が狂っているのか。或いは本当にファンタジーなのか。その判別が出来る程自分に正気が残っているかは解らない。いや……そもそも狂竜症に感染しているのだ、自分が正気なんて事はまず、ありえないのだろう。それでも自分が正気だと信じなくてはならない。その意思だけが自分を完全な発狂から抑え込んでいるのだという事実を自覚し、そして封殺する。

 

 俺は―――正気だ。

 

―――。

 

 こっちだ、と呼ぶ気配がする……。

 

 それに誘われる様に、求める様に薄暗い地下の中を進んで行く。光が弱く、遠くまで見通せない闇の中、何故か目が冴える。少し遠くが見える。故に自分の妄想か幻想か、それに従って気配を辿り、地下を進んで行く。生物の気配はなく、地下を進んで行けば少しずつ更に寒さが酷くなってくる。徐々にだが、霜が壁や足元を覆うのが見えて来る。滑らない様に気を付けなきゃな……と思いながら地下室の中を進んで行けば、

 

 やがて、いつぞやの行き止まりに到着した。

 

「道はここで途切れているけど……この先……だな……?」

 

 壁を見る。軽く壁を叩くが、そこは硬質な感触が返ってくる。その向こう側に音が響くような事もない。だがこの向こう側に通路がある。そう確信させるなにかがあった。周囲へと視線を向け、そして視線を行き止まりの角へと向けた。持ち込んできた片手剣を引き抜き、

 

「はぁぁぁ―――!!」

 

 それを勢い良く角へと突き立てた。強度で勝る片手剣が見事にそこに突き刺さり、存在しなかったはずの隙間を生み出した。そこに全身の力を込めながら一気にてこの原理を利用する様に、ギミックやルートを無視して、自分の体に存在する全ての生命力と筋力を集め出しながら横へと開いて行く。

 

「ぐっ、おっ、おっ、おっ、おぉっ……!」

 

 両腕の筋線維がぶちぶちと音を立てて千切れるような気持ち悪さを感じるも、咆哮しながら一気に片手剣に力を込めて通路をこじ開けた。一度軽く開けてしまえば、後は機構が働いたのかスムーズに開き、開いた道から凄まじいまでの冷気を放出し、冷たく籠った空気を顔面に浴びる。

 

「っぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 

 片手剣が手の中から滑り落ちる。片手剣を握っていた右手を持ち上げれば、それがぷるぷると震えながら、紫色に変色しているのが見える。指先の感覚がない。その事に小さく笑い声を零しながら拳を作り、指が動くのを確認した。感覚はないが、動くのなら問題はない。視線を開かれた隠し通路の方へと向け、

 

 歩き出す。

 

 隠し通路の中へと踏み出すと、パチ、という音がするとともに、光が通路に満ちた。視線を頭上へと向ければ、半ドーム型のガラスの中に炎が燃えているのが見える。機構と燃料が生きている、という事実に驚きを隠せないが、逆に言えばこの隠し通路の中はどうやら、保存状態が極めて高い状態になっているらしい。埃がほぼ見えない。まるで昔の姿そのままを保存した様な姿をしている。だがどことなく、もの悲しい気配を感じる。壁も、どこか赤いシミを残している。ここでもどうやら、地上と同じような悲劇が発生していたのかもしれない。

 

 歩き出し、炎によって明かりが確保されてくる中で、空きっぱなしになっている扉を見た。その中を目撃すれば、ナイフを肋骨に引っ掛け、両腕の崩れた白骨死体を見つける。保存状態はかなり良い。その前には木の机が存在し、そこに何か、彫り込まれている。文字と……絵だ。

 

 文字は読めないが、絵の方は解る。

 

 ゲーム中に目撃した事のある姿だからだ。

 

「ゴア・マガラの絵か……こほっ、こほっ」

 

 何かの注意、或いは後に来る存在に対する警告だろうか? どちらにしろ、前冗談で零した狂竜症パンデミック説はどうやら、冗談では済まなかったらしい。フラグになるから口にするもんじゃねぇなぁ、と少しだけ後悔しつつも、室内を見渡し、薬になりそうな物を探して―――止めた。

 

「そんなもんがあるなら自殺なんかしねぇよな」

 

 この部屋には何もない。それを理解し、背を向けて再びこの隠し通路の繋がった空間を調べる。通路は複雑に分岐しながらいくつもの扉を擁しており、その中がそれぞれ、何らかの資料をたくさん置いてあるのが見える。そこには武器や龍の姿が描かれており、どうやら龍を殺す為の研究が行われている様に見えた。

 

 その中でも頻繁に出てくるのはゴア・マガラの姿だった。

 

 そしてその()()()だった。いや、或いはゴア・マガラに似ている生物の設計図、だろうか。ゴア・マガラの姿に非常に良く似ていながら、どこか無骨な、そんな感じを受けるデザインをしているものだった。それに関する絵が何個も存在していた。中には木彫りのミニチュアさえも存在し、そこにはマーキングが施されていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだった。

 

「まぁ、でも、死体を改造して生み出されるバイオハザードって、どう見ても自然に生まれて来るとは思えないよな……」

 

 或いはゴア・マガラは、古代文明によって生み出されたのかもしれない。龍を殺す為の生態兵器として。竜機兵の一種として。それが野生化、進化した姿が今のゴア・マガラであるのかもしれない。だとしたら現代、そしてゲームの中でも十分に仕事をしてくれていると思う。そのノリで人類まで死にそうになっているのが馬鹿すぎるが。

 

「バイオハザードで自滅……良くあるパターンだなぁ……けほっけほっ、ペッ」

 

 喉からせりあがって来た血の塊を唾交じりに吐き捨てた。一緒に吐き出された肉片は果たして、自分の内臓のどこだろうか。それを考えない様にしながら、内側から感じる痛みを意思で押し殺した。

 

 特効薬、特効薬を探さなければならない。

 

 研究してた……或いは生み出したのならある筈だ。あって欲しい。

 

 こちとら、ハンターの様に剣をぶんぶん振り回してたら克服できるような超人じゃないのだから。そもそもあの克服の理論とはいったい何なのだろうか? とは思わなくもないが、ゲーム的なシステムの差……だろう。現実的に言えば敵をぶった切って病を克服できる筈がないし。

 

 まぁ、参考にはならない。そして嫉妬していてもしょうがない。再び歩き出し、扉の中を一つ一つ確認しながら奥へと進んで行く。確認すればするほど、見た事のない機材や設備を見つける事が出来る。厳重に隠されていただけあって、その状態も良好だが……工房、或いは研究室の様な気配を感じる。

 

 いや、でも資料や設計図の姿を見る限りはそういう事なのかもしれない。

 

 ここで竜機兵を製造していたのかもしれない。だとしたら歴史的な価値は高いのかもしれない。ギルドの人間とか、ここを調べたそうにするだろう―――まぁ、おそらくはこの近くに、というか周辺地域にハンターなんて存在しないのだろうが。

 

「ない……薬がない……な」

 

 鼻から垂れて来る紫色の血を片方の鼻の孔を抑え、勢いよく叩き出してから再び歩き出す。探れば探る程、龍を生み出す為の施設や、殺す為の施設を、資料を見つける事が出来る。それを読む事は出来ないが、凄まじいまでの怨念と殺意を感じる。絶対に何かを殺そうとする迫力すら残されている。

 

 そして発見できる白骨死体の数々はどれも、自殺をしている姿で倒れていた。長い時の中でも風化しなかったナイフだけがその手に、体に突き刺さる様な位置に落ちていた。やはり、狂竜症で発狂する前に自殺を選んだのだろうか?

 

「……」

 

 だが、薬は見つからない。黒い息を口から僅かに吐き出しつつ、体が段々と重くなってくる感触に嫌気がさしつつも歩き続ける。一歩一歩がとんでもなく重く感じる。そして同時に、進めば進むほど空気が寒くなってくるのを感じられた。最初は霜がかかっているだけの状態が、明確に凍って入れない扉も見える様になってきた。そして段々と、呼び寄せる様な気配が強くなって行く。

 

 近づいている。

 

 俺を呼んでいる存在に。

 

 あの火山の悪魔に対して今でもずっと殺意を抱き続けている存在の気配に。どことなくその感情が気配に見える。憤怒と殺意。それが感じる気配の内容だった。明らかに危険な気配だった。とはいえ、もはや薬も治療法も見えない病だ。

 

 もはや不確定で、良く解らない、マジカルな何かに賭けるしかないのだ。

 

 信じてもいない奇跡を信じるしかない。

 

 だから意思の力で動きが止まりそうな体を何時も通りに動かす。今にも内臓の全てを吐き出しそうな感覚を歯を食いしばって堪えるが、その歯が強く噛みしめたらぼろぼろに抜けそうだった。それでも一切折れる事無く体を動かし続ければ、視界がどんどん紫色に染まってくる。

 

 気のせいだ。

 

 まだ、死ねない。

 

 まだだ。

 

 まだ、まだ死ねない。

 

 自分にそう言い聞かせて体を動かす。もはや寄り道はしない。他の部屋を見ているだけの余裕はなかった。もはや冬の高山を思わせるような冷気が襲い掛かってきているのを自覚しつつも、紫色の視界の中で足を前へと動かし、口を閉ざして前へと進んで行く。複雑に分岐する通路を進むのに一瞬迷いそうになる。

 

―――。

 

 その度に呼び声がする。

 

 こっちだ、こっちだ、と呼び寄せる声が聞こえる……気がする。もはやこれに縋るしかない事を自覚している。まだ見立てでは余裕のあった狂竜症による病死も、ここへと到着してから一気に加速している。

 

 まるで、これ以上奥へと進む前に殺そうとするかのように。

 

 ファンタジーだ。

 

 なんてファンタジーな考え方だ。情けない。見えもしない奇跡に、善意に祈っている。こんな環境でそんなものは存在しないのに。それでもそれに祈り、縋るしか今の自分には残されていない。何よりも、この不可思議で滅茶苦茶で、どうしようもない状況に自分は今、僅かな希望を見出している。真冬よりも寒いこの地下研究所の姿が、凍っている姿に、まだ何かが生きているという事に。体を犯す狂竜症が恐れる何かがここには眠っているという事実に。

 

 僅かな、今にも消えそうな種火程の希望を見出しているのだ。

 

 それが見えているのなら―――折れない。

 

「ここ……か……」

 

 喋ると口の中から血が溢れ出してくる。それを飲み込み、鉄の様な嫌な味を喉に覚えながら、言葉をぐっと飲みこみ、壁に触れる。

 

 奥へと通じる扉があった。その向こう側から早く、早くと待望する様に呼び寄せる気配を感じた。頭がおかしくなったのだろうか、いや、既におかしくなっているのだろう。その事を考える余裕もないのだ、きっとおかしくなっている。だから早く、その向こう側へと進もうとし、厳重に鍵のかかっている扉を見た。残された力ではもはや開く事も出来ない程度だった。

 

 腰に手を回し、そこに片手剣がない事を思い出す。

 

 そう言えば上で落としてきてしまったのだった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ふぅ、ふぅ……! 持てよ、持てよ、俺の体……地球人を舐めるなよファンタジー……!」

 

 ベルトから持ち込んできた爆薬を壁にネンチャク草で張り付けた。荒く息を零しながら持ち込んできた道具の存在に弱々しい笑みを浮かべる。口にして笑う余裕はないので、心の中で笑うのに留めて、爆薬を鍵に合わせてセットし終わった。

 

 少し離れ、投擲用のナルガクルガの刃から作ったナイフを取り出した。僅かにそこにニトロダケの胞子を塗り、

 

 爆薬へと投擲した。衝突と共に爆発が発生し、それが一気に鍵を吹き飛ばし、扉を開け放った。暴風の様な風がそれと共に一気に放たれ、その衝撃に体が後ろへと吹き飛ばされ、転がる。何も吐き出さない様に口を閉ざしながら、吹き上がる白い煙の向こう側を目指し、体に残された力を振り絞りながらその向こう側を目指す。

 

 扉の向こう側へ、警戒する余裕もなく、ただただ、歩いて踏み込んだ。

 

 その広い空間を表現するのであれば―――格納庫という言葉に相応しい。

 

 壁も床も天井も凍り付いている。そして中央、磨かれた巨大な金属のコンテナの様な物は四方からアンカーの様な物を撃ち込まれており、コンテナと繋がって凍らされているように見える。

 

 どうやら、この冷気の原因はコンテナ内部の存在によって生み出されていた。そしてコンテナ、及びにアンカーからは片手剣や両手剣、この遺跡から発掘した武器と同じような材質……つまり対龍属性、封龍力を詰め込まれた道具の様に感じられた。つまりは、あの中に龍が眠っているのだろう。

 

―――!

 

「かい、ほうしろ、と、言う、んだ、な……?」

 

 眠い。辛い。吐きたい。痛い。苦しい。気持ち悪い。憎い。

 

 憎い憎い憎い憎い。

 

 憎い―――なぜ自分がこんなことをしなきゃいけないのだろうか。なぜ自分がこんな目に合っているのだろうか。憎い、自分以外の何もかもが。世界中の全てが憎く感じる。ドス黒い殺意が胸の内に湧き上がってくるのを飲み込んだ。うるせぇ、黙れ。日本人は慌てない。誰かを憎む前にSNSで愚痴ってストレスを軽減するから。

 

 クッソくだらない事に頭を回せば、憎しみをそれで笑い飛ばし、何をしているのか、何故ここまで愚直に、信仰するように動こうとするのか全く分からない自分を見て、笑みを浮かべる事を止められなかった。

 

 馬鹿みたいだ。

 

 こんな非現実的な事を信じて。それに縋って。

 

 だけど、まぁ、それも悪くはないかもしれない。

 

 ただゴア・マガラは絶対に何時か、この地上から根絶やしにしてやることを心の中で深く深く誓う。この苦しみだけは絶対に忘れない。死んだとしても絶対に忘れないからな、お前。

 

 心の中だけでも健康的にしつつ、アンカーの繋がる付近の壁に近づき、そこに爆薬を張り付けた。探せば解除する為の機構があるのかもしれないが、そこまで頭が回らない。だからそのまま、他のアンカーにも爆薬をセットして行き、

 

 それを爆破させた。凍り付いていたアンカーは龍に対する力はあっても、それでも物理的な衝撃に対してはもはや、耐えきれる領域にはなかったのかもしれない。あっさりと爆破されたアンカーは連鎖的に吹っ飛びながらコンテナに対するロックを解除させられ、

 

 瞬間、コンテナが内側から吹き飛んだ。

 

 部屋を開けた時以上の暴風が氷の破片を巻き上げながら一瞬で視界を遮り、突発的な吹雪の様に室内が荒れ狂う。吹き飛んだコンテナの破片が一瞬で氷結しながら砕かれ、視界の全ての色が、薄い紫から濃い紫色に染まった。

 

 体から、今度こそ力が完全に抜け、膝から崩れ落ちる。

 

 穴という穴から血を流しながら前のめりに倒れ込む。

 

 そして吹雪の中、その龍を見た。

 

 猛る四足、翼を広げる龍の姿を。咆哮と共に氷柱を生み出し、あらゆる拘束を破壊しつつ地上までの道を凍らせて破壊する事で生み出す古代の兵器、番人として生み出された龍の姿を。

 

 薄れて行く意識、染まる景色の中で、部屋を破壊する程の咆哮を放つ姿が壁も天井も破壊して行く中で、体が凍り付いて行く。だが、ついに解放されたその龍の姿を見て、思った。

 

 あぁ―――なんて、美しいのだろうか。

 

 これがきっと……滅びの美しさなのだろう。そう確信できる荒々しい美がそこにはあった。その姿を倒れたまま見上げて、そして荒れ狂うその龍の姿と視線が合った。

 

―――。

 

 そして、その声を聴き―――体も意識も、完全に極氷に閉ざされた。




 ゴア・マガラは古龍と呼ぶには余りにも龍らしくない。ゴア・マガラは生物と呼ぶには余りにも生物らしくはない。どの飛竜にも似つかない骨格、明らかに生物らしくはない誕生と生態。寧ろ人造的に生み出されたと言われた方が納得できるのではないだろうか? 

 ただ上位の龍には狂竜症通じないってところが最高に草。

 という訳で眠り姫の目覚め。チュートリアルの終わり。

 生存のための狩猟の始まり始まり。


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3年目 冬季 目覚め

 ―――歩いている。

 

 磨かれた大理石の通路を、歩いている。見える限り通路が続いている。白く染まった、輝ける通路だった。歩いている。背後からは紫色の手が後ろへと引き込む様に体を引っ張っている。何本も何本もある手が体を後ろへと向かって引きずろうとしている。

 

 それを無視して歩く。

 

 確か、自分はそんな人間になった。そんな気がした。恐怖を殺して、誘惑に勝って、死の前で唾を吐くだけの根性がある男になった……様な気がした。後ろからは甘い香りがする。ついつい、振り返ってしまいそうな匂いだった。或いは誰かの声だったりするのかもしれない。だけど不思議とそれが魅力的には感じなかった。もっと、もっと美しく感じたものがあった筈だ。

 

 気づけば歩き続けていた。

 

 体はまだ、掴まれている。

 

 通路には扉が見える。それは閉ざされていた。だがその向こう側からは羽音の様な声が聞こえてくる。言葉が聞き取れない。何を言っているのか解らない。そう思っていると声は大きくなってきていた。

 

『Lukrie veltora dolmed oltra vie!』

 

『Lekos! 30%! Heroa tmie reo!』

 

 知らない言語、知らない音で怒鳴り合う《ヒト》の言葉が聞こえた。知らない声だった。だが理解するのはそれが、何かを話し合っているという事だけだった。それが何かを伝えようとしているという事も。それだけが理解できた。もっと、その内容を知りたい。そう思った途端、ラジオのダイヤルを回すかのように言語がチューニングされた。言葉が知らないものから、知っている人の声を使って、知っている言語へと会話がチューニングされた。それは理解出来る内容だった。

 

『この計画はいずれ私達を破滅させるぞ!』

 

『承知の上だ! 30%だぞ! 人類の絶滅率は既に30%を超えたぞ!』

 

『解っている! だけどそうじゃないだろう!? 竜機兵に頼る様であれば結局は元の木阿弥だ! 俺達は生き残るための戦いをしている、そうじゃないのか?!』

 

『じゃあ黙って死ねとでも言うのか? 強化処理を行った者に封龍剣を持たせて戦うのだって限界が来る。局地戦にカスタマイズされた竜機兵を投入すれば数で龍を圧倒して倒せる!』

 

『その龍の死によって生み出されたエネルギーをどうするつもりだ、《悪魔》は火山に沈んで龍の生命エネルギーも火山のエネルギーも喰らいながら成長しているぞ!? 今からでも遅くはない、戦う事じゃなくて逃げ、許しを乞う事を考えるべきだ!』

 

『馬鹿か! 畜生に言葉が通じる訳ないだろうがっ! 是は人と龍の生存競争だ! 殺さなきゃ殺されるんだよ! 手段を選ばずに殺す以外にないのさ、俺達には!!』

 

 ハンマーで殴られたかのように言葉が染み込んでくる。どちらも本気で叫んでいた。自分の言葉こそが最も正しい物であると、それが先へと繋がる物であると、その意思が言葉に乗って伝わってくる。扉の向こう側では掴み合う程の強い感情と意思を持った人々の叫び合いが続いていた。だが通路を足を止める事無く進んで行けば、その声も変わって行く。誰か、俺が忘れてしまった誰かの声を使って、俺の知らない誰かの遠い昔の言葉が、俺の知っている言語にチューニングされて聞かされる。

 

『効率的に龍を殺すには……殺すには……やはり毒か……いや、毒じゃない。毒さえも抵抗力を覚えるのが龍だ。一回の感染で確実に殺すには身体機能を破壊するのが早い……』

 

『祈るのです、我々の神に。龍の蛮行から我らを救いくださる事を』

 

『違う、違う違う違う! このアプローチじゃダメだ! 龍の活性化は根本的に生物の原理ではない! なんだこのエネルギーは! 一体どんな理論で発生しているんだ!』

 

『駄目だ、既存の概念では奴には勝てない……属性のエネルギーを吸収する……吸収の出来ないものがいる……毒? ただの毒じゃダメだ、それこそ白血球や赤血球を再生不可に追い込むような毒がいる……』

 

『呪われろ、悪魔め……悪魔めぇ……!』

 

『紛い物だから勝てないのだ……勝つのなら本物を、同じものをぶつけるしかない……』

 

 希望を繋げようとする声。縋りつく声。何かを見出そうとする声。殺意に全てを委ねた声。獣として狩る事を選んだ声。そこには様々な言葉が存在した。だがその全てが事実として、心の奥底では死を感じ取る様な色を孕んでいた。濃密な絶望がここには漂っていた。甘い、甘く蕩ける様な死の匂いがここには充満していた。香しく、そして身を任せてしまいそうになる匂いだった。

 

 ないな、と思った。

 

 二度目はない。前にそう思ったはずだ。そう思った自分を思い出した。故に唾を足元に吐き捨てながら、再び歩き出した。それに合わせ、言語が再生される。古く、ずっと昔から刻みこまれた声と想いが、狭間の中で再生される。

 

『あぁ……駄目だ、時間が足りない……』

 

『無理だ……』

 

『時間が足りない……未来に、滅んだあとに託すしかない……のか……?』

 

『くくく、ふふふ、ひひひひ、はははは……滅べ』

 

『どうせ死ぬんだ』

 

『だったら俺一人だけとか寂しいから』

 

『皆、狂っちまえ』

 

 半透明なシルエットが通り過ぎる。喉を掻き毟りながら絶命する姿。両手の爪が異様に伸びた姿が他の首を突き刺し抉る姿。顔面に噛みつき、顔の皮膚を剥ぎ取る姿。男の逸物を噛み千切る女の姿。腸を引き抜いて鞭のように遊ぶ姿だ。笑い声を響かせながら妊婦が自分の腹から出来かけの赤子を引き抜いた。子供が子供を犯し、その子供は別の男の頭の先を歯を折りながらかみ砕いていた。

 

 そこに正気なんてものは存在しなかった。狂気を反映したシルエットが背後へと過ぎ去って行く。

 

 過ぎ去りし狂気の残響。それが狭間の中に残されていた。どこの狭間、と考える事はしない。それは呑み込まれるという認識を生み出すから。故に白痴のまま、未覚醒の状態で歩く。何時の間にか空間には黒い鱗粉がキラキラと禍々しい輝きを見せながら舞っていた。足元を紫色の液体が溢れており、背後へと向かって流れている。黒い睡蓮が紫色の液体の上に咲き誇り、道を狂気で彩る。

 

 そしてその狂気を冷気が氷結させて行く。睡蓮が、鱗粉が冷気によって氷結されて行き、体に絡みつく鬱陶しい腕が少しずつ凍り付いて行く。それを振り払いながら進んで行けば、狂気に満ちた空間はやがて、厳かな雰囲気を持つ冷道へと変化し、氷の破片が静かに舞い、紫色の液体が流れる空間へと変貌する。床も壁も凍り付いた中で、その果てに、

 

 氷の玉座に座る姿を見た。そこに居るのは裸体を晒す少女だった。片肘を氷の玉座に乗せ、片目を覆い隠す前髪が後ろ髪同様、背丈を超えて玉座から床に伸び、蒼から白へと変色するグラデーションを見せていた。その大きな胸を一切隠す事もなく、色素の薄い肌を露出していた。だがそこに、淫靡さを感じさせるものは何もなかった。少女という姿が邪魔をしている訳ではなく、純粋にその存在が放つ気配が、美しすぎた。

 

 余りにも、美しすぎた。触れればそのまま壊れてしまう芸術品の様なほどに。直感的に理解させられるのだ。直視しただけで、それは―――人ではないのだ、と。

 

 少女が口を開く。

 

『世は』

 

 そこから漏れ出したのは、人の声ではなかった。もっと原始的で、もっとシンプルで、最も複雑な―――龍の声だった。それが言語として、直接脳髄に刻まれる様に音となっていた。

 

『不思議なものである。時に狂気とも呼べる執念は摂理を超える。だがそうあってもそうデザインされた存在を超える事が出来ない―――真実は、最も無残で残酷である時が多い』

 

 歩き、進む。ゴールは見えていた。絡みつく感触を引き千切りながら、死にたくはない―――まだ死ねない。まだだ、まだだ、まだだ。心の中でその意思と渇望だけを燃やして、動き続ける。玉座へと向かって一歩ずつ進む。

 

『大儀であった。貴様は私を解放した』

 

 一歩、進む。

 

『だが試練はこれだけでは終わらない。彼の《悪魔》が存在し続ける限りは』

 

 一歩、進む。その姿を見て、ニヤリ、と肉食動物の様な笑みを向けられた。

 

『あぁ、だが諦めきれないか?』

 

 答えるまでもなく、前に出る。

 

『進む事を選ぶか。ならば喜べ、貴様を蝕むその病を一時的に抑え込んでやろう』

 

 足を前へと運ぶ。体が前に進む。玉座にまた一歩、近づいた。もはや玉座は目の前にあった。ここがゴールだった。もはや先に進める場所なんてなかった。ここが終わり、終点、進むべき場所の果て。だから最後の一歩を踏み出し、

 

 人の姿をしている龍の顔が眼前に迫った。

 

『―――霊峰、そこにて待つ。更に強い雄となって来い。それが私を生んだヒトという種の義務だ。貴様の試練はここからだ―――心しろ』

 

 

 

 

「けほっ、こほっ、ごほっ、おえー……気持ち悪い……」

 

「ぶもっ! ももっ! ぶもっ!」

 

 生暖かい感触を顔に感じれば、目の前にウリ坊の顔があった。舌を伸ばして顔をべちょべちょに嘗め回す他、小さなタックルを叩き込んできていた。その甘えん坊な姿はまだ、両腕で抱き上げる事が出来るサイズだった時から一切変わらない様子であり、思わず苦笑が漏れてしまった。体を起き上がらせ、ポンチョの端でべちょべちょになった体をふき取りながら上半身を持ち上げる。スムーズに動く体はまるで何も問題がないかのようだった。その事実を不思議に思いながら、突進して体を擦りつけて来るウリ坊の頭を撫でて、とりあえずは落ち着かせる。

 

「こらこら、大丈夫だから甘えるなって……ったく」

 

 呟きながら体を持ち上げる。

 

「本当にファンタジーだなぁ……」

 

 立ち上がった所で体を伸ばし、手を広げ、体に触れる。腹に触れれば、そのまま内臓が溶けそうな感じがあったのに、今ではそれがまるで感じる事もない、健康な肉体そのもの……に、なっている気がする。

 

「夢―――じゃないよな」

 

 目の下をさすれば、乾いて張り付いていた()()()()()()が剥がれた。軽く指先をナルガナイフで傷つけて血を流してみれば、それがまだ、紫色を―――狂竜症に感染しているという事を示す色をしていた。どうやら、体のぼろぼろな部分が治っただけで、狂竜症そのものが治療されたわけではないらしい。

 

 ()()()()()()()()()()()()様だった。

 

 顔に触れ、体に触れ、チンコを触ってみてまだ立派に人間の男だな、と軽くツッコミが永遠に来ないボケを行いつつ、無くしてしまった道具を思い出し、そして自分が今、遺跡の前にまで戻っている事を確認した。

 

「ファンタジー……」

 

 モドリ玉とかあるしなぁ、では片づけられない。

 

「うーん、ファンタジー……原理とか理論とか全く解らねぇ……」

 

 だけど、全ての行いには因果関係が存在する。何かあった事に対して、何かを得た事に対して、隠されていた力が……なんて、ご都合主義は発生しない。自分の体がこうやって動く以上、何らかの力が発生したのだ。それは夢なんかじゃない。自分が此方の世界へと渡ってしまったように、アリスがワンダーランドへと落ちて来たように、自分もまた、一つのファンタジーを経験したのだ。

 

 納得できるかどうかは別として。

 

『強くなれ、そして私の元に来い。その時を楽しみにしている』

 

 龍の声に素早く振り返れば、そこには人の気配も、龍の気配もなかった。ただ、神殿遺跡の入り口、そこに凍った黒い睡蓮が置いてあった。近づき、それに触れて持ち上げる。不思議と、その氷は手の熱で溶ける様な事はない、面白い性質をしていた。顔を近づければ、花の匂いもする……。

 

「ま……今は話に乗るしかない、か……」

 

 そう呟き、凍り付いた睡蓮をベルトに追加する。お守りには丁度いいだろう、と。名づけるとしたら……《凍る夢》、とでも言った所だろうか? 睡蓮が絶望を、氷がそれを閉ざす希望を……と、考えるのは少々ロマンチックすぎるだろうか? 睡蓮の花言葉には確か、《滅亡》もあった筈だ。存在しない筈の黒い睡蓮。狂気。滅んだ文明。そして残された竜機兵。

 

それらのワードを繋げて連想するのは果たしてどうなのだろうか?

 

まぁ、どちらにしろ思惑は適った。狂竜症に犯された体は健康を取り戻した。何なのだろう……凍らせたのか? それとも壊毒で病を殺した……とか……? だがその場合、あそこまでぐずぐずになっていた肉体が再生した理由が解らない。

 

やはり、モンスターハンターはファンタジー。

 

 ワープ攻撃とか超変形して来るUNKNOWNが存在する世界で今更と言えば今更なのだが……それでやはり、ファンタジーだ。

 

「しっかしどんな理論なんだろうなぁ、ウリ坊?」

 

「もっ! もっ!」

 

「嬉しいのは解るけど突進はやめぃ。体が辛いわ」

 

 なぜか治っているが―――体内から狂竜ウィルスが駆逐されている様ではなかった。ハンター達の様な、コントロールされた状態に抑え込まれた、とでも表現すべき状態に突入しているのが近い……のかもしれない。ただ体に力を込めた感じ、手応えは症状が発症する前の状態となんら変わりない。

 

 どうやら相変わらず、異世界トリップジャンルは俺に厳しいらしい。人生がハードモードならもうちょっとズルしてくれてもいいんじゃないだろうか?

 

「……いや、命を拾えただけでも十分か」

 

 それに文句を言えるような事はないだろう。生きているだけで十分すぎる程、貰っているのだ。だから文句を言うのも考えるのもやめて、ウリ坊の頭を撫でてからその背に跨る。

 

「さ、帰ろう。今日は少しだけ豪華にやるとしようか。塩が作れるおかげで最近は色々と美味しいものが作れるしな。ちょっと山羊乳のシチューとか挑戦してみるか?」

 

 調味料は塩、そしてトウガラシがある。それ以外にもハーブっぽいものは採取出来ているのだ。それを調味料に調整しつつ山羊乳を鍋で沸騰させ、そこに肉や野菜を入れたシチュー……地球で食べる奴程美味しくはないだろうが、それでも栄養満点で素材を大量に投入した飯だ。ここでは最高のごちそうに入るだろう。

 

 ここ最近、ウチケシの実しか食ってないからお腹がすいて来た所だ。とっとと帰ろう。

 

「ぶもっ!」

 

 勢いよく返事したウリ坊が足取り軽く、山道を降りて進んで行く。何とか命を繋いだという安堵が心の中に広がっている。やはり、命が助かった事には何らかの契約を施された身とはいえ、安心できる事だった。

 

「ってやべっ、剣を置いて来たままじゃねーか!」

 

 下山する前に、急いで剣の回収に戻った。

 

 ちょっとだけ、呆れたような気配をどこからか感じつつも、片手剣やナイフ等意識が朦朧とした中で落としたものを回収してから再びウリ坊の背中に跨って下山を開始する。

 

 ウリ坊の背中で軽くゆられながらも、頭の中に満たしてくる感覚は何故、どうして、どうやって、という疑問の連続だった。

 

 故に拠点まで帰る時間の間に、冷静に情報整理を行う事にする。

 

 まずは自分は狂竜症に感染していた。その感染経路は神殿遺跡だ。《生と死の狭間》で見たアレは《夢》、と呼称しよう。あそこで見る限り、一種の遺伝子改造、生物改造、或いは生物建造によってゴア・マガラは生み出された。狂竜ウィルスは効率的に敵対していた竜や龍を屠る為に生み出されたのが経歴であった。だが破滅を前に発狂し、暴走する。狂竜ウィルスを神殿内に放ち、バイオテロが発生した。

 

 発狂した人間が狂気に駆られながら身を滅ぼした。

 

 それがあの神殿の荒廃の理由だった。だから狂竜ウィルス、というよりはプロトタイプ狂竜ウィルスに感染した。プロト・マガラが野生化し、そして進化したのが現代に生きるゴア・マガラ、シャガルマガラなのだろう……と、憶測する。

 

 そしてそれと同時期に《悪魔》を殺す為に生み出されたのが《極氷》か、或いは《絶氷》とも表現される《番人》の龍だった。聞こえた声では生物として完成するまでは時間が足りない……だったか。

 

 だが自分とエンカウントした《番人》は古龍? としては完成されていた。或いは神殿の地下に封印されている年月が眠り姫を完成させたのかもしれない。その能力は、データとして良く知っている。《悪魔》を殺す為に属性エネルギー以外の力を搭載した、というのはアイデアとしては悪くないと思う。

 

 《壊毒》、ゲームシステム的には最悪に部類される毒の一種、それを眠り姫だった龍―――つまりドゥレムディラは搭載していた。ゲーム的には魔境(フロンティア)出身、そして生息地は古代の文明であり、その建造物の天廊出身だった筈だ。いや、そういえばアレコンテンツ終了したんだっけ、と思い出す。

 

 ただ古代文明の建造物、そしてそこの番人として君臨していた龍。

 

 剥ぎ取りでも固有の素材は取得できない……筈だった。確かに、まぁ、竜機兵とも思えなくはないのだろうか……? まぁ、どちらにしろ、推論を立てるにはちょっとファンタジーが強すぎる。地球であれば100%科学で大体の事が解決できるのに、この世界ではふわっとしたファンタジー要素が強すぎて、何がどうという事を考えづらいのだ。

 

 もうバスターゴリラ的な思考に切り替えた方がいいのだろうか。

 

 というかなんだよ、人型モードって。公式でもそんなネタはあったけど。というか見た目が幼くて微妙に犯罪チックだったぞ。法律なんてこの野生には存在しないけど。

 

 相変わらず、考えれば考える程頭がおかしくなりそうな世界だった。と言うか心臓ぶち抜いても心臓が動き続ける奴とかいるし、考えるだけ無駄だよなぁ、ここら辺、と悟っておく。

 

 ただ、現状、積み上げた情報の中で唯一理解出来ているのは、自分の狂竜症が決して完治している訳ではない、という事実だ。そしてその為、最終的には眠り姫の所へと再び向かう必要がある。

 

 彼女は言った。

 

 霊峰で待っていると。

 

 そしてここで霊峰と呼べるような場所は一つしか存在しない。あの神殿遺跡の最上階から山の頂上へと向かって続く道だ。それだけがおそらくは霊峰と呼べるようなエリアへと続いている道だ。何せ、それがこの場所で最も高く、そして険しい道であり、雲を貫く山の頂へと続いているのだから。

 

 行くとしたら春か夏、最低でも暖かくなっている季節じゃないと凍死すると考える。それにもっと強く、という言葉が気になる。

 

 それに試練はここからだ、という言葉も気になる。

 

 気になる事が多すぎる。もっと、こう、手加減をしてくれないだろうか。

 

「なぁ、ウリ坊」

 

「ももっ?」

 

 下山し、丘に入った所でウリ坊の頭を撫でながら同意を求めれば、上へと視線を向けようとしながら首を傾げている。全く、可愛らしい奴め。元がブルファンゴだとは思えない程愛い奴に育ったなぁ、と思う。臨死体験というか一回、確実に死んだ心にその愛らしさが染み込んでくる。

 

 やっぱり、アニマルセラピーは効果があると思う。

 

「帰ったら美味しいもん食ってゆっくりお昼寝しようなー」

 

「ぶも!」

 

「クェァッ―――!」

 

 同意するような声に続いて、鳥の嘶きの様な、しかし強烈な音が響いた。ウリ坊の背に乗ったまま、空を見上げれば、そこには此方に狙いを定める様に空を旋回しつつ、どこか赤黒いオーラを纏った桃色の怪鳥の姿が見えた。その身に纏うオーラはどっかで感じた事があるなぁ、と思っていたら四六時中感じているお辞儀覗き魔龍の視線から感じる気配と同質のものだった。

 

「試練ってこれかー……」

 

 呟いた直後、

 

 空から爆撃の様な速度で超重量が叩き込まれてきた。




 モンハンは生態や理論がちょくちょく出ていてもファンタジーである。

 時折古龍が人に擬態して挑戦状を送ってくるし。明らかに同一個体っぽいのが出て来るし。それでいて負けるとキレてラース化するのがいたりするし。殺したのになぜか蘇るし。

 モンハンは中身があるようでファンタジーな部分が多い。ファンタジーというかファジー。笛の音を聞いてパワーアップってお前どういう事だよ! と言いたくなる時は度々ある。自己暗示にしたって風圧無効は理解できないよね、って。

 眠り姫の目覚めにめっふぃーもちょっと目を覚ましたので生態系激化、チュートリアルの終わりと本番の開始はオーラ先生で。


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3年目 冬季 対イャンクック

 素早くそれにウリ坊が反応した。敵意を感知したウリ坊は体を一気に横へと跳躍する様に飛ばし、上から急降下爆撃してきた怪鳥、イャンクックの姿を回避しながら丘の大地の上に足を着地させた。鼻息を荒くしながら闘争本能を見せつつも、即座にウリ坊が突撃する事はない。片手剣を右手に握りしめながら、左手でウリ坊の頭を撫でる。

 

「良し良し、いい子。直ぐには突撃するなよ……まずは相手の動きを引き出すんだ。俺には不可能でも、お前にはその力があるからな」

 

「ぶもっ! ももっ!」

 

 言葉に反応する様に地面を二度、三度足を蹴る様に動かし、何時でも飛び出せるようにしながら視線を降りて来たイャンクックへと向けていた。降りて来たイャンクックは赤黒いオーラを身に纏いながら、通常のイャンクックよりも鋭く尖った嘴を軽く振るい、カチカチ、と音を立ててから火の粉を回し、自分の周囲に爆炎を生み出した。見覚えのある動きだなぁ、と嫌気を覚えつつ、即座に飛び込んでいたら焼かれていたのを自覚する。これだから野生生物は怖い。

 

「さて、と……」

 

 片手剣を構えつつもう片手でウリ坊を掴み、視線をしっかりとイャンクックへと向ける。突っ込んでこなかった此方へと視線を向ける様にしながら、イャンクックが軽く翼を広げ、ホバリングする様に僅かに体を持ち上げながら此方よりも少しだけ高い位置へと体を飛ばした。そして、その口の中に炎が生み出された。

 

 それを感知した瞬間、ウリ坊が回避する様に走り出す。ブルファンゴを超え、ドスファンゴではなく固有種に足を踏み込んだウリ坊の肉体は力強く、そしてその本気の疾走は同族を軽く超える。健康的な運動と栄養のある食事をバランス良く与えた結果だった。その肉体の優秀さを証明する様に炎を走って回避するウリ坊は、そのままイャンクックの射線を剥がす様に回り込む様に走る。

 

「参ったなぁ……神殿で爆薬は使い切ってるんだよなぁ」

 

 ウリ坊が回避に専念している間にどうやって仕留めるのかを考える。イャンクックはその生態の特性として大きな音に弱い。だから爆弾や音爆弾を耳元に叩きつけてやればその動きを一時的に封じ込め、その間に一気に殺す事も出来る。だが問題は今回、それに利用できそうな爆薬を全て使い切ってしまっている事だ。神殿地下での出来事の事だ。まさか、イャンクックに襲われるなんて思いもしなかった為、仕方がないと言えば仕方がないのだが……やや、不用心だったかもしれない。

 

「となると……残ってるのは閃光玉四個か。やっぱり用心しておいて正解だったか……よし、駄目になってない、使えるぞ」

 

 ハンターの基本道具、閃光玉。相手が賢い個体であれば目を瞑ったりして回避するが、知性の低い相手―――今のように、何らかのオーラで狂暴性を開花させられている個体が相手であれば、通じるとは思う。いや、だがそれに関してはややイャンクックの動きが冷静で的確に思える。狂暴化しているのではなく。凶悪化、とでも表現するのだろうか? なんというか、

 

 死に対する悪意。

 

 殺意。捕食する為ではなく殺す為に殺す。

 

 そういう意思が増幅されている様な気配がする。

 

「どちらにしろ―――一発で決めなきゃ辛いかッ!」

 

「もっ!」

 

 ホバリングするイャンクックから連続で火炎玉が吐き出されてくる。それをステップと連続加速でウリ坊が回避し、距離を開ける。それに合わせ、炎を吐き出しながらイャンクックがグライドする様に突撃して来る。

 

 ―――ここだッ!

 

 迷う事無く飛び込んでくるイャンクックに対して閃光玉を投げつけながらウリ坊の背中を蹴って跳躍した。直後、光を放った閃光玉がイャンクックの目を潰し、その飛翔する姿を乱して一気に高度を落とさせた。それに合わせ、跳躍した体は前へ―――イャンクックの頭上を取り、

 

 その無駄に大きな耳を片手で掴み、首の裏へと体を紛れ込ませた。

 

 即座に、磨き上げられた鑑定眼で首裏の肉質で、自分が断ち切れる場所を看破し、迷う事無く甲殻の裏に隠されたその弱点とも呼べる肉質を断ち切る為に刃を甲殻と甲殻の間、その隙間に滑り込ませるように刃を振るう。美しく、と表現すれば自画自賛になるかもしれない。だが振り慣れた剣はそのまま一切の乱れを見せる事無く甲殻の合間、その隙間を切り開きながら滑り込み、熱したナイフでバターを切り裂く様に肉の中に沈んで行き、そして()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!」

 

 素早く片手剣を手放し、柄を押し込む様に蹴り込みながら体をイャンクックの体から飛ばす。直後、眼が見えないまま大地を蹴ったイャンクックがそのまま、翼を広げてサマーソルトを行いつつ着地し、起き上がりに火炎爆破を発生させた。此方の着地を拾いあげるウリ坊の背中に乗り、爆破から間一髪逃れる。指を素早く口元へと持って行き、

 

 ぴゅーい、と指笛を吹かせる。その音が近くの山に反響し、響いて行く。それが届く事を祈りながら、殺意に染まった瞳を向けてくるイャンクックの姿を見た。

 

「いやぁ……困ったなぁ」

 

 小さく、ひきつった笑い声を零しながら口にする。

 

()()()()()()()()()()()()()なんてやられるとは思わなかったわ」

 

 人間が飛竜に筋力で勝てるわけがない。此方は一番弱い肉質を見極める事で漸く、刃を肉に通す事が出来るのだ。というか、それ以外の部位だと全く肉に刃が進まない。純粋に筋力が違うのだ。ハンターであればその持ち前の優れた肉体で関係なくぶった切れるのだろう―――羨ましい。

 

 まぁ、羨んだ所でしょうがない。残された閃光玉は三つ。恐らく今のでイャンクックが閃光玉に対する脅威を覚えた。となると()()()()()()()()()()()()だろう。たぶん目を瞑って回避しようとするから、眼を開けたタイミングか、反らす所から戻って来たタイミングで二個目を消費すればいい。これで学習仕立ての奴ならハメられる。

 

 問題はそこからどうするか、だ。

 

「走れ! 走れ、そして時間を稼げウリ坊! お前の足に美味しい晩御飯がかかっている!」

 

「ぶっもー!」

 

 今夜は鶏ささみな! という感じの空気をウリ坊から感じつつ、苦笑を零し、自分の持ち得る武器を確認する。閃光玉、ナルガナイフ、黒曜石のナイフ、ネンチャク玉……これぐらいだ。一番戦闘において重要な爆薬を切らしているのが辛い。幸い、閃光玉を消費すればイャンクックの目を潰せるから、その間にウリ坊の健脚を信じて逃亡するという選択肢も存在しなくはない。とはいえ、その場合はこのイャンクックを野放しにする事になる。

 

 こうやって敵対的な竜の存在を放置するのは、余り宜しくはない。

 

 何時、匂いを覚えて追いかけて来るか解らないし。

 

「それに―――」

 

 思い出す。

 

 あの目。

 

 眠り姫のどこか期待し、しかし寂しそうな瞳を。

 

「意地があるんだよ、男の子にはな……!」

 

 呟いた瞬間、闘争心の高鳴りと共に自分の中で動き出すものの気配を感じ取った。体を内側から侵食し、そして広がって行くこの感じは―――狂竜ウィルスの気配だった。それが闘争心に、覇気に呼応するように内側から行動を再開するのを感じる。狂おしい程にイャンクックの血肉を食らいたい、そう思わせる衝動が沸き上がってくるのを感じ、それを、

 

 ―――抑え込まない。

 

「いや、これでいい……!」

 

 狂竜ウィルスが活性するのと同時に、体に力が沸き上がってくるのを感じる。視界が軽く薄い紫色に染まり始めるが、数時間前までの、致命的な肉体の崩壊は感じない。まるでその機能だけが綺麗に粉々に破壊されたような感じだった。とはいえ、僅かにだが、放射能が残留する様に、本当に僅かに浸食が進むのを感知する。己の肉体を蝕んで行く感触と、それから引き出せる力を天秤に乗せた。

 

「選ぶまでもない」

 

 鳥の嘶きが空に響く。イャンクックが動きを加速させるように迫って来た。素早く動き回るウリ坊の動きを壁際へと誘導する様に動きながら、炎を叩き込み、それで退路を奪う形だった。それによって、イャンクックは自分の体を叩き込む領域を作った。

 

 それに合わせ、閃光玉を投げる。

 

 一つ目。

 

 投擲された瞬間にイャンクックが目を瞑った。それを見てから時間差で二つ目を放った。目を開けた瞬間のイャンクックにその閃光と衝撃が叩きつけられ、大きくその姿がよろめいた。

 

 それに合わせ、再びウリ坊の背中から跳躍した。合わせる様に上へと手を伸ばせば、

 

 武器を運んできたホルクが両足から巨大なそれを解放した。

 

 大斧。今まではまともに振るう事も出来なかったそれは、ほぼ農具として活用されていた道具だった。だが、狂竜ウィルスの弱体化、そしてそれによる浸食を利用した狂竜浸食……或いは狂竜覚醒とでも呼ぶべき現象を利用した今、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()のを本能的に察した。

 

 片手で大斧を掲げる様に受け取り、後ろへと引き、両手で握りしめながら体を大きく空中で捻り、回転する様に横へと回り込んで振り下ろす。

 

「お前は食えそうだ」

 

 超重量が片手剣に食い込み、生み出された隙間に寸分の狂いもなく叩き込まれた。イャンクックがおぞましい死の気配に一瞬の抵抗として肉を締め上げる。だがそれを超える破壊の衝撃が一瞬でイャンクックの首に突き刺さり―――そのまま、反対側まで貫通して一気に斬首させた。首を跳ね飛ばされたイャンクックの頭が空中に舞い上がり、血を大量に噴射しながら数メートル飛翔した。大地を砕くような衝撃で大斧を衝突させながら、その勢いで跳ね上がった片手剣を片手で掴み、取り戻し、それを肩の上に軽く乗せた。

 

 片足を大斧の刃の返し部分に乗せ、意思の力で浸食を深めようとする狂竜ウィルスに対抗し、紫色に染まる視界を本来の色へと戻した。

 

「身を削る能力とかテンプレ異世界トリップに偽りなしの展開になってきたな……!」

 

 全く笑えない。3%程使用前よりも濃く残留する狂竜ウィルスの気配を体内に感じながら、溜息を吐く。狂竜ウィルスを活性化させる事で身体能力を上げる事で―――たぶん、ハンター級の身体能力を手にする事が出来る。あくまでも身体能力だけだ。体力や耐久力が伸びた訳ではなさそうだ。それに体の節々に痛みが残る。長々と使えば体が狂竜ウィルスに再び蝕まれる。だから局地的に、確実に殺しに行く時だけ使用する……と、考えればいいのだろう。

 

 まぁ、竜の攻撃を掻い潜って接近するだけの身体能力を発揮できるならそれでいい。

 

 後は自分の中の感覚、それを正確にコントロールして、リソース管理をすればいい。

 

 それは今まで通りなのだ、それにちょっとした副作用のあるブースト能力を得た……とでも考えればいいだろう。コントロールが効く分、悪くはない。だけど、なんというか、まぁ、

 

「てってれー、サバイバー君は地球人を卒業した……? まぁ、一回死んで……ゴアがシャガルになる過程をそう呼ぶなら、これも一種の《転生》なんだろうな」

 

 異世界トリップ転生。

 

 いきなりクソっぽさが際立ってきた。こんな辛いテンプレがあってたまるか。

 

「ふぅー……」

 

 心を落ち着け、肉体を落ち着けながら斧を引きずる様に引き抜き、そして片手剣を回収した。ハンターの身体能力を使えばきっと、楽に運べるのだろうが、それではタイムリミットが迫るだけで意味がない。もっと自分の体を大事にしなきゃなぁ、と思いながらとりあえずは、イャンクックを解体する為にもこいつを拠点近くまで運ぶ必要があった。

 

 予想していなかった展開とジャイアントキリングに、眩暈を覚えつつも、近くにツタの葉やネンチャク草がないか、探しに出た。

 

 

 

 

 冬、最大の山場はそうやって迎え、越えた。死を何とか乗り越えながら得るもの、そして失うものがあった。それを拾い上げながらなんとか成長を行い、冬の終わりが見えて来た。イャンクックの肉はその後、非常に美味である事が発覚した。狩ったばかりであるという事実もあったのかもしれないが、それにしてもイャンクックの肉はすさまじく美味しかった。特にレアの、血が滴る肉の感触がまるで忘れられない程美味しかった。

 

 ……或いは、狂竜ウィルスに感染した事で、どこか、味覚に変質があったのかもしれない。

 

 それともクソみたいな味のウチケシの実を食べる生活が軽く続いた結果、何を食べても美味しく感じる様になってしまったのかもしれない。どちらにせよ、イャンクックはリョコウバトコースをたどりそうなレベルで美味しく、次回見かけたら絶対に殺して食ってやると心の中で硬く誓う。まぁ、そういうレベルで美味しかった。ランポスの肉はぶっちゃけた話、筋が多い。

 

 筋が多いのだ……。

 

 おそらくは翼を失って陸上で生活するうえで、生きるために肉体が引き締まったのだろう。その影響で恐らくは肉が不味くなったのだろう。或いは食生活の問題だろうか? ランポスは肉食だし、そういう意味でも結構ゲテモノ喰いだ。ただそれと比べて、より大きく、そして肉も野菜も喰らうイャンクックの肉の方が美味しいというのが、色々と納得のいかない話だった。

 

 やはり、この世界はファンタジーだ。

 

 常識に囚われたままでは、自分の限界を超える事が出来ないという事実を理解させられる。根本的にこの世界は地球と同じ法則で動きつつも、まるで魔法のような現象や、常識では考えられない事を簡単に発生させられる事が解って来た。だからある程度、地球人として重ねて来た常識を更に捨て去る必要があった。そういう訳で冬の終わりが見えて来た頃に、

 

 新しく実験をする必要が出て来た。

 

 何が出来て、何が出来ないのか。そして蘇った今、自分が何が出来るようになったのか。それを改めてゆっくりと、この先、生きて行く為に―――そして霊峰へ、眠り姫に会いに行く為にも確かめ、自分の強さを確かめる必要があった。もはやここから逃げ出すという考えはなかった。最後までここで、自分が来た意味を探し続ける事を決定した。

 

 きっと、意味がある筈なのだ。

 

 俺がこんなウルトラハードモードの世界へと流れついて、偶然に偶然を重ねた悪運の中で、こうやってまだ生き残っている事に。そんな自分の意味も、理由も、そして成せる事も解らないまま、人里を探して歩きまわるという事はもう出来なかった。

 

 だから改めて、簡易ではなくしっかりとした身体測定を行った。

 

 流れ着いてから恐らく三年近くが経過している。体は日本に居た頃よりも遥かに強く育ち、腹筋は割れ、そして腕を持ち上げればしなやかな筋肉が体についてきている事が解る。数年前まではひぃひぃ言って持ち上げていた水瓶も、今では軽々と持ち上げる様になってきた。それだけ筋力がついて来た。

 

 そして体力。簡単に尽きる元一般人の体力も、今ではアスリート基準のものがあるのではないか? と思えるぐらいには体力がついていた。とはいえ、流石にハンター程でたらめではなく、休みを入れなきゃダメだし、眠れば何でもかんでも回復するという肉体ではない。

 

 ただ感動的だったのは、この世界由来の薬等が力を僅かにだが持つようになった事だ。

 

 本当に僅かで、気休め程度だったが、狂竜ウィルスによって肉体改造を施されている途中である影響か、此方の世界の存在に、肉体が少しだけ近づいたのかもしれない。回復薬を作って、それを飲んだ時に少しだけ傷の治りが早くなった事は衝撃的だった。とはいえ、これは狂竜活性化させた状態でも適用率は変わりはなく、ゼロだったのがスズメの涙程度に影響力が増える程度だった。それでもゼロよりは良い。僅かでも回復出来る、解毒効果などが存在出来るという事を確かめられるのは素晴らしい事だった。

 

 逆に言えばそれが必要になる相手がこれから出没するのである、という一種の予感があったのが余りにも恐ろしすぎた。

 

 そうやって肉体の事を調べて理解したのは―――狂竜活性状態と通常時で変化があるのは、筋力だけだということだった。全身の筋線維がまるで龍の力を得たように力を引き出され、あの大斧や大剣、槍を片手で振るう程の筋力が沸き上がってくるという事実であった。そしてこれは一時的にバーサーク状態になっているのと同じ事であり、()()()()()()()()()()()()()行いであり、その損傷に滲み込む様に狂竜ウィルスが侵食し、体内での浸食率が上がって行く。

 

 逆に体を傷つけずにウィルスを活用する分では、凶暴性が上昇しレアな肉が好きになって視界が紫色になりつつ筋力を活性化出来るという地雷満載の状態だった。

 

 冗談じゃねぇ、と言いたくなるものだった。

 

 だがイャンクックと相対した時、純粋に筋力の問題で、刃が肉質を断ち切る事が出来なかった。瞬時にイャンクックが肉を引き締めて白刃取りをするという事もあったが、根本的に飛竜の中でも知性があるレベル、或いは戦闘本能に優れている様な相手だと、技量オンリーに任せた戦闘を行う場合、

 

 何らかの手段で刃が通らない可能性が出てきていた。

 

 筋力が必要なのだ、最低限のレベルで。そういう意味では助かったと言える。理想としては一切の能力や不思議パワーに頼らず自分の力だけで狩猟する事だが、おそらくは大型竜クラスを相手に、そんな余裕は残らないだろう。

 

 文字通り、身削りの切り札がこうやって増えた事を理解できた。

 

 そうやって自分の肉体の変化を把握している間にも、この閉ざされた箱庭のような環境は変動して行く。今まではケルビやアプトノス等の草食、小型や中型生物の多い環境だった。だがそれは少しずつ、変質し始めていた。

 

 火山の気配が強まるにつれて、環境や狩場に満ちる気配、殺気、そういうものが少しずつ増している様に感じられた。そしてそれと入れ替わる様に環境には外来の竜が増えて来る。或いは火山の気配によって遠くから呼び寄せられているのかもしれない。その真偽を確かめる術は言語が解らない以上、無理だろう。

 

 だけど四年目に入る所で、

 

 段々と捕食者が増える。

 

 草食竜の姿が減り、中型と大型の数が増え始める。イビルジョーやリオレウス、自分が勝手に《守護者》と呼んでいるグループの竜達が捕食に動き出す中で、減った草食竜の代わりに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 減った草食竜などの代わりに、一気に増えた中型や大型を食料として見出したのだ。

 

 その結果、野生の闘争が激化し始める。この環境―――そしてその気配が届く範囲全てで、大型と中型が生まれては食らい合う事を繰り返し、殺し合いながら互いの肉を食らって成長して行く。

 

 蟲毒の四年目が始まる。




 動きだけはハンター級になれるよ、やったね!

 なお無敵時間はないし、体力は据え置きで使えば使う程浸食がすすむ様に。都合の良い力なんてないのだ。とはいえ、工夫とペットを駆使すれば中型大型、行けるな?

 4年目、蟲毒の開始。


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4年目 春季

「めんどくせぇ奴だなぁ……!」

 

 全身が砂色、ゲリョスとイャンクックを混ぜ込んだが、しかし全く別の姿をしている鳥竜を相手にしている。その姿を知っている生物に例えるのなら、コカトリス、という言葉が正しいのだろう。

 

 それはあの《悪魔》の気配がする、赤黒いオーラを纏っていた。

 

その口が開いたと思ったら、帯電している砂を吐き出してきた。それを回避するのはいい―――だが数秒後、回避する前の場所が時間差で爆発するのを音で認識し、槍を両手で握りながらも冷や汗を流した。

 

 握っている槍は必死に大地の結晶で錆び落としを行った影響で、本来の輝きを取り戻している。それは槍というには不可思議なフォルムをしており、左右に長く伸びた菱形をしている。その中央はぽっかりと開いており、そこに持ち手が存在する。ファンタジーな星のゲームであればダブルセイバー、とでも表現すべき形状の武器だった。それを両手で握り、今はなるべく力を込めない様に、動きに合わせて半分引っ張るような形で走り、砂雷鳥―――Chramine、直訳するならクラマインとでも呼ぶべき鳥竜種と相対している。

 

 走る砂浜には足跡が刻まれながらも、戦闘の気配を察して近くの砂の中からダイミョウザザミが出現する。その姿を見てニヤリ、と笑みを零す。

 

「助かった―――!」

 

 丁度良い障害物だ、と迷う事無くクラマインに背を向けて、ダイミョウザザミへと向かう。

 

「浸食活性―――」

 

 口にしつつ狂竜ウィルスを体内で活性化させ、ハンターに並ぶ身体能力を呼び起こす。それを利用して一歩目でダイミョウザザミのハサミを踏み、二歩目でモノブロスの頭蓋骨を踏み、そして三歩目でその角を蹴って一気に体をダイミョウザザミの背後へ、海へと向かって跳躍する。体が砂浜の上を転がるが、それを一切気にする事もなく体勢を整えながら両足で滑る様に立ち上がり、頭上に両手で持ち上げた菱形の両刃槍を掲げ、軽く回転させながら体を捻る。

 

 直後、ダイミョウザザミの前面が感電しながら爆発し、眼が千切れて飛び散るのが見えた。その姿を押しのける様に飛び出してくるクラマインの姿に、二重に遠心力を乗せた両刃槍を、

 

 迷う事無く投擲した。

 

 勢いよく投擲されたそれが回転しながらクラマインの首の下を抜けて行き、胴体に殴り込む様に突き刺さった。位置的には心臓を貫いているだろう。だがそれに関係なく、苦しそうな表情を憎しみと殺意で染め上げたクラマインが首元の袋を揺らす。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「心臓潰されたのならきっちり死んでくれよ」

 

 体を横へと飛ばしてロールしながら浸食を解除し、腰に装着していた片手剣を引き抜く。最初は回避と逃亡、誘導に専念しなければいけないレベルの速度だったが、心臓が潰れた影響でその動きが活性なしでも動けるレベルまで落ちている。これは心臓と一緒に肺を潰せたか? と判断しながら、口からゲロの様な色に染まった緑色に帯電する砂を吐こうとするクラマインの口元へと向かって開いている手で小さい爆薬を結び付けたナイフを投擲する。

 

 吐き出される前のクラマインの口に滑り込み、吐き出される前に口の中で爆破が発生する。その衝撃でクラマインの首が、大きく跳ね上がる。

 

 その瞬間に飛び込み、

 

 片手剣を振るってその首の反対側まで刃を通した。

 

 

 

 

 春季。

 

 《箱庭》の環境は地獄めいていた。中型が中型を喰い、生き残った中型を大型が喰らう。その中で争いに負けた大型を中型が喰らい、食物連鎖が成立していた。それなりの数の中型、大型種が死んでいる筈だった。なのにどこからか補充されているのか、或いはこの大陸の中型、大型種が少しずつこの大地に集結しているのか、殺しても死んでも食っても数が減る様な事はなかった。或いは数が減るその反動に合わせて爆発的な繁殖が発生しているのかもしれない。どちらにしろ、この《箱庭》と命名した地域は、モンスターパンデミック状態だった。

 

 この世の地獄か! と言いたい所だが、本当にやばいのは《守護者》が始末している。時折、めんどくさそうに食い千切っている《偏食》イビルジョーや、集団で乗り込んできたネルスキュラの群れを前にホームランダービーを開催し始めたアオアシラ師匠が活躍する姿が見えるので、どうやらこの箱庭の中心部とも呼べる、森林周辺のエリアは平和だった。樹海、草原、丘、山、沼地と火山に最も近い一部のエリアは常に《守護者》によって守護され、連中が徘徊している。

 

 火山に居る《悪魔》から遠ざける様に。

 

 生と死の狭間で目撃した当時の記録を見た限り、製造されたのはプロトタイプ・マガラと、ドゥレムディラだけだったように思える。だとしたら自然の中であの悪魔に対する悪意や危険性を理解したのだろうか? だとしても、言葉を通じ合う事が出来ない以上、それを確かめる事が出来ない。重要なのは本当に大事な場所に限っては連中が守護している為、俺でさえ踏み込む事が出来ないという事実にある。

 

 だからこの環境はまるで箱庭だと思った。

 

 管理された環境。

 

 それぞれミニチュアに切り分けられたエリア。

 

 そこに途切れる事無く出現するモンスター。

 

 まるで様々な生態系をテストする為の場所。

 

 だからこそ、この場所を《箱庭》と呼ぶ事にしたのだ。箱庭クラフトゲーを思い出させる環境をしているから。ぶっちゃけ、スポーン場所設定してない? と言いたくなるようなレベルで中型は死んで、大型も食われている。少し前までは遠くまで餌の確保のために飛んでいた辿異リオレウスとリオレイアの夫婦も、最近ではそれなりに空で見かけるようになっていた。それだけ、今の環境ではモンスターが溢れかえっている状態だ、それが殺し合い、食い合い、そして繁殖を何度も何度も繰り返しているのがこの春季だった。殺しても殺しても新しく産んでいる。だから数が全く減る気配もない。まるでココだけ時間と環境が狂っているかのようだった。

 

 そしてその為に、

 

 連日、自分も狩猟に駆り出されていた。なるべく狂竜ウィルスを活用しない様に竜を殺す鍛錬、とでも言うべきか。砂浜に関しては美味しいザザミソが取れる都合と塩を確保するという都合で良く訪れる為、出現する中型は積極的に狩っていた。丘に出現する中型もなるべく自分で狩猟している。

 

 それでも数日に一度、竜が出現する。

 

 とてもじゃないが体が持たない。このままのペースで狩猟に出ていたら直ぐに狂竜症で完全死亡してしまう。そうなる前に、目的を果たす必要があった。即ち霊峰の登頂だった。そこで眠り姫が待ち受けているのは確かだった。あの解放の日以来、今度は霊峰の方から見られている様な視線を感じ始めたので、それはまず間違いのない事だった。

 

 更にプライバシーの概念が消えた。とはいえ、笑える事ではなかった。

 

少しずつ頑張れば、少しずつ追いつめられる未来が明確にこの時点で見えてきていたのが事実だった。

 

 世の中、頑張れば頑張るほど好転すると考えている人は多い。

 

 だが実際の所、頑張って頑張ってやっと維持しているという事の方が多い。というより何かを積み上げる努力よりも、それを崩す努力の方が遥かに楽であり、簡単でもある。それ故に積み上げるという行為はそれなりに苦労と労力を必要とする。なにせ、この環境は今、大量の中型と大型種で溢れているから、それを狩れば食料には困らない部分もあるだろう。

 

 だけど果たしてそれが続くのだろうか?

 

 生物、つまり命には限度がある。つまり寿命である。だが同時に生物の中には限界、限度、そしてストップポイントがある。種の繁栄を行おうとすればその極限の部分で停止する。王と呼べる個体が生まれればそこで種が完成して終わる、そういうケースが存在する。ミラボレアスを筆頭とする上位の古龍はそういう存在だ。生物として完成されてしまったが故に繁殖を行わない。その必要がない。繁殖をする必要がない程に完成され、生きているだけで更に成長できるという生物だ。或いは成長も進化も必要がないぐらい、生物として完成されている。

 

 蟲毒の中での急速な繁殖と成長。この環境でそんな事を繰り返せば極限が極限を喰い、歴戦がそれを喰らい、そしてその経験をフィードバックした子が生まれる。そしてそれを反映した子が獰猛化した個体に食われ、血肉に情報が刻まれ、次の世代へと伝わる。それが極限まで短いサイクルで繰り返され始めているのが今のこの環境だった。

 

 今はオーバーフローとでも表現できる数の中型、大型が徘徊している。大量の竜に囲まれたこの状況がヤバく見えるだろうが、個人的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、それが恐ろしく感じる。

 

 次に来るのは緩やかな全体的な生息数の低下だ。極限の中で生き残った個体が選別され、そしてその後から一気に数が減る。つまりは蟲毒の中で生き残った個体が完成され、その種族における頂点、天賦、王と呼べる個体が完成される。

 

 そうすることによって同族は死滅し、究極の個体が生み出される。それが蟲毒というシステムだ。この生態系は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。強くなくては生きて行けない。そして生きて行くには強くなる必要がある。だが生き残れば、必然的に強くなってしまう。

 

 この環境は今、そういう風に変化していた。

 

 そして遠い未来、更に悲惨な事になる。この大地と引き換えに怪物が生み出されるだろう。そしてそれが恐らく―――《悪魔》に捧げる贄なのだろうとも、確信していた。

 

 その前に眠り姫と会わなくてはならない。完全に人間がどうこう出来る範疇を超えていた。この大陸の外へ、人の助けを求めなくてはならなかった。誰か、この異常事態に対して冷静に動き、狩猟する事で乱痴気騒ぎを終わらせられる人間が必要だった。

 

 つまり、ハンターが必要だった。ハンターに連絡する必要があった。ハンターを見つけ出す必要があった―――どうにかして、この場所を、この環境を、この状況を誰かに、戦える者に伝える必要があった。

 

 それにはまず、ここから脱出する方法が必要だった。ホルクでは無理だ。人の住んでいる場所がどれだけ遠いのかが解らないからだ。少なくとも、このモンスターパンデミックでハンターが一切出現しない辺り、恐らく、この《箱庭》の存在する大陸にはハンターが居ないんだろうなぁ、と思わせる。となると、長距離移動する必要になる。その場合、その移動を運ぶ事が出来るのは、

 

 眠り姫だけだ。

 

 彼女に俺を、ハンターのいる領域まで運んでもらうしか、この地獄から抜け出す方法はない。

 

 だからこの春季―――あの霊峰を登る覚悟を決めた。

 

 その為の下準備として、まずは遺跡の道を軽く整備した。木の板を切り出して作って、それをセッチャクロアリ等を使って崩れた所に設置し、ウリ坊が移動しやすいように道を作った。その後で登山に向けて、色々と道具を作成した。最近では大型や中型の死体を発見するのは珍しくない為、道具を作成する為の素材には溢れていた。

 

 鋭いナルガの刃はそれこそ岩に突き刺さるだけの鋭さがあった。これを小さな鎌の形状で竜骨と組み合わせる事で、登山用のザイルや小型ピッケルを作り出した。ツタの葉とネンチャク草を使ったロープを今までは使用していたが、最近ではムーファとエルペの間の子から取れた毛を使ったロープを作成する事にも成功した。これが恐ろしく頑丈で、これを利用したロープをザイルやピッケルと組み合わせる事で、急斜面を安全に登る事を目的とした補助具を作る事にした。

 

 沼地の方でゲリョスの死体を発見した。綺麗に頭だけを食い千切って即死させている姿はイビルジョーの仕業であると一瞬で理解させられるが、大量のゴム質の肌をそれを通して取得する事が出来た。

 

 それを利用して、インナーを作成した。革を使ったインナーからゴム質のインナーを作成し、同時に靴を作成する為の材料も揃ったので、少しだけ不格好なゴムブーツを作成する事にした。底の部分には竜骨を使いつつ、ナルガの刃の様な毛をスパイク代わりにし、ゲリョスの皮をクッションに差し込み、その上に毛皮を敷き、そしてゴムで覆ってセッチャクロアリでくっ付ける。

 

 何度も失敗し時間をかけてしまったが、それでもスパイクブーツを完成させる事が出来た。これによって雪山で滑って転ぶ、という事故を減らす事にする。

 

 ボディスーツ型インナーの完成に合わせ、装備を色々と見直す事にした。体が一気に動かしやすくなった事を含め、装備更新の時期だった。とはいえ、使っていたジーンズを材料に、というより型代わりにナルガの皮でズボンを作り、そして余った素材でナルガのポンチョを作る。かなりの軽装に見えるが、今までの装備と比べたら段違いの強度を保有しており、自分の力で荒々しくナイフを突き刺そうとすれば、ポンチョを貫通出来ないという驚異の事実が発覚する。

 

 とはいえ、衝撃を受け止めてくれるという訳ではない。

 

 服を貫通出来なかったとしても、凄まじい速度で衝撃を受ければ、それが内臓に突き刺さって体内で破裂し、簡単に死ねるであろうという事実は見えていた。安心も油断も出来る要素はない。

 

 そうやって装備を完成させた所で、最終的な道具を作る事にした。ベルトに装着するそれは、鞘だ。今までは片手剣を紐で括って吊るす様に持ち歩いていたが、いい加減鞘が欲しかったので、皮を使って、刃をぶら下げるような形の鞘を作った。

 

 それに合わせ、肩から斜めがけにする様に装着する鞘を作成し、そこに両手剣を納められる様にした。

 

 この数年間鍛え、そして積み上げて来た鍛錬は片手剣と両手剣を同時に振るう事は無理でも、一緒に装備して歩く事ぐらいであれば一切なんの問題もなく行える程度には成長していた。

 

 それに合わせ、ウリ坊の防具を軽く更新し、大剣と両刃槍をそれぞれ片側に装着できるようにした。これ、クッソ重いので大丈夫か? と最初は疑問に思ったが、最近ではダイミョウザザミやクラマインさえも重量を感じさせる事無く引きずってきたウリ坊なだけに、一切の問題なく装備を両方共装着し、運ぶ事が出来た。

 

 そうやって、

 

 霊峰へと繋がる神殿から雪山への遠征の準備が完了した。

 

 

 

 

「爆薬、ナイフ、閃光玉、携帯食料、回復薬、ホットドリンク、チェック。解毒薬に鬼人薬、硬化薬もオッケー……ホルクは拠点に一人で戻れるから気にする必要はないし、ウリ坊の分の餌はウリ坊に持たせてるから……ザイル、ロープもチェックだな。うっし、行くか」

 

 ハンターが狩猟に持ち込む上で使える道具を可能な限り所有し、持ち込んだ。その為、何時もよりはベルトが少しだけ重く感じる。それでも雪山という場所を目指す以上、その先に霊峰を目指す以上はこれが最低限の装備だと思った。フードを新しく追加したポンチョのそれを被りながら神殿の出口近くにある貯蔵庫として利用している部屋から出て、神殿の外へと出る。そこではウリ坊とホルクが持っていた。

 

 二匹の頭を軽く抱きしめてから撫でてから、軽い跳躍でウリ坊の背中に乗り込み、海岸へと通じる道とは別の、上へと通じる道を進んで行く。

 

 長い、雪山へと続く登山道だ。

 

 そこにはどこか、人の力によって切り開かれた、整えられた形跡が見えた。古代文明、その頃にどうやら雪山へと向かっていた時があったのかもしれない。イメージ的にはシナト山の禁足地を思い出させる。深い山の中に存在する、踏み入れてはならない、しかし整えられた環境。

 

 そういう感じがするのだ。

 

 とはいえ、古代から一切の手入れが入っていない影響か、登り始めてからしばらく、段々と足場が雪に覆われ始める程に寒さを感じられる様になってきた。数分前までは完全に春の陽気だった筈なのに、一定の高度に達した瞬間、一気に気温が冷え込んだ。ここら辺はやはり、箱庭感が強いというのを改めて感じさせる。とはいえ、そこでウリ坊の足を止めさせることはなく、進ませて行く。

 

「流石に寒いな……準備してきて良かった」

 

 ベルトからホットドリンクの入った水筒のつもりで作った木筒を取り出し、その中の液体を喉の中に流し込む。今までは一切、何をしようとも全く体に影響を及ぼす事がなかったこの世界由来の薬ではあったが、狂竜ウィルスの侵食に伴う人体改造の影響で、僅かながらそれが効果を持つようになっていた。故にホットドリンクを飲むと、まず喉の中にピリ、っとした感触を感じ、喉を過ぎた所で腹の中からじんわりと広がる様な熱を感じられるのだ。

 

 特別体が凄く快適になる、という訳ではないし、まだまだ、寒さを感じる。

 

 それでも何もしないよりはマシ、と言える効果だった。

 

「それにしてもマズったな……夏に来るべきだったか、これ?」

 

 一気に冷え込む気温の中、ウリ坊に霊峰を目指す道を歩かせながら小さく呟いた。既に春季が始まり、麓の方では完全に暖かさを感じられる季節になっていた。だというのに、この雪山ではまるで、その気配が存在していなかった。ここだけ冬という季節を切り取ったかのような寒さであり、到底春だとは思えない状態だった。この寒さの中を進んで行くのは、少し厳しいのではないか? と思ってしまう様な寒さであり、インナーの内側に着込んでいる癖に、まだ寒さを感じられるのだ。

 

 上へと行けば、もっと冷え込むだろうと予想が出来た。

 

 だからウリ坊の背の上で、進むか、引くかを考える。

 

 安全面を考慮したら間違いなく引くべきなのだろう―――だがここまで来て、一切の成果もないというのは少々惜しい。惜しい、というよりは完全な無駄骨になってしまう。何の成果もあげていない状態で、戻るのは物資と時間の浪費でしかない。

 

 そう考えるとここで下がる事は少し難しい問題だった。

 

 最低でも、ここに生息するモンスターを把握しなきゃ帰れない。

 

 そう思った直後、

 

 ―――雪山に獣の遠吠えが響く。

 

「……噂をすれば、って奴だな?」

 

 雪山に響くような遠吠えに、ウリ坊の背から降りながら腰から片手剣を抜く。そして開いた手で投擲ナイフを手にしながらゆっくりと、見晴らしの良い雪山の広場まで出る。そこでゆっくりと足を進めながら、遠吠えが響く雪山の中、何時襲われても良い様に辺りを警戒しながら視線を巡らせれば、

 

 背後、雪が吹き飛んだ。

 

「シッ―――!」

 

 迷う事無く回避の動作を作りながら片手剣を繰り出す。その動きで背後の雪の中から飛び出す様に出現した白い姿の首を飛び込みに合わせてきり払い、落とした。雪の中に赤いシミを作りながら目撃するのは、白い毛皮の獣の死体だった。

 

「ブランゴか、って事は……!」

 

 再び、遠吠えが聞こえた。音源の方に視線を向ければ、数十メートル先の岩場の上に立つ、赤黒いオーラを纏った巨大化したブランゴの様な姿―――ドドブランゴの姿を目撃した。空気を震わせるような咆哮を放てば雪山が軽く鳴動し、それに合わせ雪の中からブランゴが大量に出現し始める。

 

「ぐもっ」

 

「ききっ」

 

「どうやら誘い込まれたみたいだな……?」

 

 片手剣とナイフを何時でも放てるようにしつつ、ウリ坊を背にする様に周囲を囲むブランゴ、そして此方から視線を外さないドドブランゴを常に意識する。やれやれ、と呟く。まさか探索一回目で罠の中に飛び込む事になるとは思いもしなかった。

 

 とはいえ、

 

「さぁ―――生存競争を始めよう」

 

 呟き、ネガティブな思考を全てカットし、心を殺意で満たした。効率的に殺害する為の手段を頭の中でプランニングし、全神経に精神力を注ぐ。あらゆる挙動を直感と知識と経験から導き出して対応する様に脳を動かし、確実な殺害を行う為の準備を刹那以下の時間で完了させる。

 

 相手がオーラであろうと極限であろうと金冠や若い個体であろうとなかろうと、関係ない。

 

 生物である以上、首を落とせば殺せる。

 

 だから最速、最大の一撃を首に叩き込んで関係なく昇天させる事だけを考える。そこまで思考し、出現する大量のブランゴと悠々と降りて来るドドブランゴの姿を目撃し、軽く息を白く染めながら吐いた。

 

 どうやら、この雪山は一筋縄ではいかないようだった。




 フルウェポンウリ坊。もうウリ坊ってサイズでも年齢でもないけど。

 この生活4年目で蟲毒が形成された事によって、異常繁殖と異常成長が繰り返された結果、生まれた時から剛種だったり、生まれた時から得意個体の特徴を持った状態で生まれたりするのが出現し始める。本来は長い年月をかけて得る筈の変化や変異が生まれた時点で見られる様な環境が始まる。まさに蟲毒。食い合って生まれて来たのが適応する為に進化した状態で生まれて来る。世代交代が何倍にも加速する。

 ただその結果、大量の食い残しや竜素材が転がるようになったのが救いだろうか。探せば鱗とか牙とか爪とか、良く見つかるようになった。

 それhあそれとして、ただふつーにMHシリーズのモンスを出すだけでは他所でも出来るので、MHOから積極的に輸入するスタイル。


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4年目 春季 絶種誕生

 ドドブランゴの遠吠えを合図にブランゴが一斉に動き出した。その狩猟スタイルはドスランポスとはまるで違っていた。ドスランポスは群れのボスであるドスランポスが率先して前に出ていた。だがこれは違っていた。ドドブランゴの咆哮に合わせて登場したブランゴが一斉に襲い掛かってくる。まるでリーダーが手を汚す必要はないのだ、と言わんばかりにドドブランゴは悠々と降りて来るだけだった。近寄ろうとする気配はなく、ブランゴの物量で潰してこようとする姿が見えた。

 

 限りなく正解に近く、面倒な相手だった。体力が限定されている相手だから物量で攻めて、そして疲れた所で刈り取る。戦術としては最も正しい形の一つだった。それを責める事なんて出来ないだろうが、一言でそれを説明するのなら、

 

 鬱陶しい。

 

 この言葉に尽きた。

 

 ブランゴは咆哮と共に襲い掛かった。一体一体が強くなく、簡単に首を落とせる相手である。体を半歩だけズラし、攻撃を紙一重で回避しながらカウンターで首を持って行く斬撃を叩き込む戦術は、この四年間のサバイバル生活で自分が学んだ、対竜、或いは龍殺術とでも呼べる体術スキルだった。半歩だけ動かす事で自分の視点から見える光景を極力変えない。半歩だけなら体力をほぼ消耗せずに済む。半歩だけであれば相手の動きのコースがほぼ変わらない。

 

 それを利用し、確実にカウンターを叩きこんで殺す技術だった。失敗すればそのまま体に衝突するので、此方が即死するというのもデメリットとして存在するが、そもそもからして長期戦に突入すれば、体力の差で100%の確率で此方が敗北し、死亡するのが見えている。だとすれば、遅いか早いかの問題でしかなく、カウンターが取れなくては死ぬという話でしかない。

 

 そして短期決戦を挑む上では、このカウンター戦術は非常に有効だった。ブランゴは此方の体力を消耗させずに飛び込んでくるので、それを利用して素早く片手剣を振るいながら首を断ち、複数で飛び込んでくる場合は死体を蹴り飛ばして射線を塞ぎ、素早くブランゴの攻撃数を制限しながら確実に最小限を最速で始末し次に繋げる。そうやって連鎖させるように半歩、体をズラすように連続でブランゴの首を斬り落として行く。飛び掛かり、接近する度にノーミスで、呼吸を一切乱す事もなく、淡々と殺して行く。

 

 その事に緊張感を感じない。

 

 緊張感は()()()()()だからだ。緊張すればそれだけ精神力という一つのリソースが消費されてしまう。故に精神は常にフラットにキープし続ける。フラットな状態で精神をキープしつつも、心の中で殺意を燃やし、脳内は常に次の動きの計算と予測を繰り返し行っている。それによって常にパフォーマンスを維持し、

 

 ブランゴの首を斬り飛ばす。半歩だけ移動し、半歩だけ体をずらす。その行動の行いの繰り返しで、既に10メートル近く体が動いていた。それだけ、連続でブランゴに襲われ続けている、という事の証でもあった。視線を巡らせればウリ坊がブランゴに突進し、装着した大剣と槍でミンチにする様に吹っ飛ばしている。あっちは放置していても大丈夫だろう、と確信させるのはドドブランゴの視線、ヘイトが此方へと全て向けられているのを感じるからだ。

 

「いやぁ、人気者は辛いよメッフィー。そんなに熱視線を送らないでくれ、困るから。本当に。マジで」

 

 ブランゴを殺す―――それが30匹目のブランゴの死体となった。だが今の箱庭で発生している異常繁殖状況の中ではどうやら、30匹程度死んだ所で群れ全体に影響はなく、殺している筈なのに視界に映るブランゴの数は全く減ってはいなかった。呆れるほどの数のブランゴが存在しているのがそれで理解できた。このままブランゴを潰すつもりで戦っていたら詰む。

 

「お前に相手をしてもらいたいなぁ!」

 

 ブランゴを切り払いながら死体を蹴り上げて壁にしつつ、迷う事無くそのまま、ドドブランゴへと向かって踏み込んだ。それを理解していたように降り立ってドドブランゴは拳を雪の大地の中に突っ込み、それをひっくり返す様に雪の壁を引きずり出し、それを此方へと向かって倒してくる。

 

「まぁ、知ってた―――」

 

 呟きながら正面から来る雪の壁を呼吸を切り替え、空いている片手を背中へと回し、そのまま抜き打ちの一撃で両手剣を片手で振るう。体を前傾姿勢にする事で両手剣を放つ労力を削りながら、雪壁を突破する為の面積を下げる。そして斬撃ではなく()()事で衝撃によって破壊の範囲を広げる。

 

 既に実験して確かめている事ではあるが、

 

 こういう面の攻撃に対して斬撃を叩き込んだ場合、()()()()()()()()()()のだ。

 

 これはとても簡単な話だ。斬撃を叩き込む面積は非常に制限されており、それでいて重量と力が集約されている。だからこそ斬撃は綺麗な切れ込みを生み出すのだ。そしてそこを中心に断つ事が出来る。だけどそのスペースが大きくないのは、そこに力が収束しているのが原因であり、威力が拡散していないからだ。

 

 故に面を壊す場合は、斬るのではない。

 

 剣の腹で殴るのだ。実際に雪の壁を殴る経験なんてないし、初めてだが、両手剣の抜き打ちは見事、壁を粉砕しながらその向こう側から飛び掛かる様に拳を殴り飛ばしてくるドドブランゴの姿を見た。

 

()()()()

 

 お前らに植え付けられたような悪意は。

 

 ドドブランゴの雪壁を使った視界制限からの殴り飛ばし、視界を奪った後、攻撃か防御を誘発した後で必殺の拳を叩き込むというシンプルではあるが、かなり殺意の高いコンビネーションだった。攻撃をすれば動きが止まる、防御を行えば動きが止まる。そこにドドブランゴの拳を命中させて殺すか吹っ飛ばし、後はブランゴで蹂躙する。合理的で、かつ悪意しか感じられない連続攻撃だった。

 

 だがそれが来るのは既に知ってた。知っていた。

 

 どこまでも野生で、そして獰猛な殺意。闘争本能。お前を絶対に殺してやるという意思をドドブランゴから感じたからだ。最初は悠々と登場するだけだった。だが此方が近づこうとした瞬間に、それは一気に増幅する様に気配が深まった。こいつは絶対に仕掛けて来る、という確信をその瞬間に抱かせていた。

 

 不安定かもしれない直感、或いは本能。

 

 しかし野生の中で戦うのであれば、これ以上ない判断装置だった。

 

 故に当然の様に、続ける動きを作っていた。迫る拳に対して雪壁を破壊した両手剣の動きをそのままに前へと押し出し、拳と接触させる。だが速度も破壊力も乗っているのは相手の方である為、体格と重量、筋力の問題で此方が弾かれそうになる。だがこの時、威力のベクトルを変質させる。

 

 両手剣()()()()()()()()()()()()()()()のだ。結果、両手剣は弾かれるも体を片手で支えたまま乗せて、刃がドドブランゴの腕に乗り、そして前転する様に足がドドブランゴの肩に乗る。

 

 そのまま、片手剣を逆手で握りながらドドブランゴの首裏に突き立てて背後へと向かって滑った。

 

 勢いは全てドドブランゴが提供した。転がる為の加速も、衝撃も、押し出す破壊力も、そして通り抜ける速度も。その全てがドドブランゴによって提供された。首裏から背中、尻尾に届くまでの範囲を全て、片手剣を引きずる様に引き裂かれ、背中を大きく開けながら血の雨を降らせた。

 

 雪の上に一回転してから立ち上がってブランゴを斬り殺しながら振り返れば、痛みに転がるドドブランゴの姿を目撃する。両手剣を即座に背に戻しながらも転がったドドブランゴへと向かって即座に殺しに行く。

 

「どうだ、痛いかクソ猿」

 

 飛び掛からず、滑る様に一気に体を接近させながら、もはや反射とも言える領域で染み込んだ半歩ズラしで転がっていた筈のドドブランゴが行った、迷いのない拳を回避した。大げさに雪の上で転がっていたのは演技だった。演技なのだが―――体から溢れ出す、絶対に殺すという殺意が明らかに常にチャンスを求め、狙っているのを感じさせていた為、先読みして回避できた。

 

 ()()()()()()()()()だ。

 

「数の暴力は怖いよな、囲まれたらそれでボコられて死ぬし」

 

 半歩ズラしで回避しながら流し斬りを叩き込む。片手剣を両手で握り、滑らせるように放つ斬撃は回避する拳の手首から深く切り裂き、その筋を切断する。拳を空振った先で、その両手の指から力が消え去ってだらり、と手首から先が動かなくなるのが見えた。それでも一切戦意の衰えないドドブランゴが転がりながら距離を開けようとするので、その方向に合わせて素早く閃光玉を投擲した。

 

 転がった先、その顔面に閃光玉が飛んだ。

 

「体は大きいし。動きも早い。ぶつかったら絶対に体中の骨がぼっきぼき折れるわ」

 

 閃光はドドブランゴとブランゴの視界を両方同時に奪い、奪えなかったブランゴをホルクとウリ坊が視界の端で連携してミンチにするのが見える。あちらは完全に俺よりも元気にやっているな、と思いつつ視界を奪ったドドブランゴを容赦なく解体する為にその無事である逆の手首を切り裂く。両腕を失ったドドブランゴが目の前に此方がいる、という事を感知して口を開けて噛みつこうとして来る。

 

 だからその口の中に片手剣を叩き込み、口内を破壊してやる。傷口を抉る様にぐりぐりと剣を捻りながら、その中に爆薬を投げ込み顔を蹴って後ろへと飛ぶ。

 

 直後、ドドブランゴの両牙を折る爆発が口の中から発生し、ドドブランゴの顔面が吹っ飛んだ。目玉が飛び散り、歯が吹っ飛び、そして皮膚が内側から剥がれる。死に際の姿としても凄まじくグロテスクな様子がそこに、出来上がった。

 

「でも、まぁ、アシラ師匠のが早いし硬いし強いしかっこいいし、前に戦ったオーラクックのが空を飛べたから怖いんだよな」

 

 確殺を確認する為に顔面に剣を突き刺してから首を斬り落とし、確実な死を確認した。その死体を確認し、片手剣を担ぎ直しながら息を吐く。

 

「ま、地球人も中々やるだろ? お前を殺すのはファンタジーでも反則的な力でもなく、鍛錬の末に身に付く地球人の意地って奴さ」

 

 細かい呼吸運び、筋肉の動かし方、心得、そういう武術、武道としての心得。そういう事の教訓を受けた事がある訳ではないし、漫画やゲームの受け売りで体を鍛え、動かしているのも事実だ。だけどそこにはリアリティがあった。構成する上で真実を調べて積み重ねて来たようなものだ。そういうものを参考にし、使える物を取得選択し、そして積み重ねて生み出した。

 

 それが自分が生み出し、運用している、竜殺術とでもいうべき体の動かし方だった。回避しながら斬撃、受け流しながら乗る。殺せる時は確実に殺す。そういう地球人の身体能力で出来る竜を殺す為の技術だった。

 

 馬鹿みたいなファンタジーに頼らなくても、四年も地獄で鍛えればこの程度は出来るんだよ、と世界と自然に証明する様に。

 

「うーん、しっかしなぁー……」

 

 呟きながら、ブランゴが一切退くような様子を見せず、距離を開けながら囲む様に此方を睨むのを見ているのを確認する。その背後、山の方から獣の遠吠えが聞こえる。聞き覚えのある―――ドドブランゴの声だ。それが二重に、三重に響いているのが聞こえた。どうやらドドブランゴもゴゴモアに似た、コミュニティ型の生態をしているのかもしれない。

 

 となると群れの防衛のためにドドブランゴが二、三匹同時に登場する可能性が濃厚になってくる。やってやれない事もないが、流石にその数を相手にするのは少々、骨が折れる。となるとここは、

 

「逃げるのが正解か。ウリ坊!」

 

 名前を呼べばブランゴを跳ね飛ばしながらウリ坊が此方へと一気に飛び込んできた。ドリフトをする様に近寄って背中に一気に飛び乗ると、片手剣ではなくリーチの長い両手剣を手に取って、飛び掛かってくるブランゴの相手を出来るように構える。二重、三重に響くようなドドブランゴ達の咆哮が雪山に響き、その大合唱が耳を痛ませる。ここから逃がすつもりはないというドドブランゴの意思を感じるその咆哮に応え、ブランゴが更に雪を突き破って登場する。

 

 さて、どうしたものか―――と、閃光玉の使用を考えた瞬間、

 

 ドドブランゴの咆哮が一つ、停止した。それに続く様に次々とドドブランゴの咆哮が停止し、そして完全にドドブランゴの咆哮が停止した。その状況に何よりも困惑を浮かべていたのはブランゴの方であった。

 

 雪山の生態系。そしてドドブランゴの気配の消失。その事に僅かながら覚えを感じ、静かにウリ坊の背中から降りて両手剣を構える。もしこれが予想した相手であれば―――ウリ坊では逃げ切れないだろう。足止めする為に自分が残る必要がある。逃亡するだけなら崖から飛び降りてホルクに捕まればいいし、問題はない。

 

 問題はその時間を稼げるだけの実力が自分にあるか否かだが―――まあ、そこは嘘でも出来るもんだと自分を信じる。生きてるなら死ぬだろう、と。

 

 だから()()が空から落下する様に登場し、ブランゴを数匹轢き潰す様に着地した時には一切の驚きはなかった。本来黄色に近いその肌色は何に適応したのか、何に対して進化を行ったのかは解らないが変質し、硬質な鋼の色を見せる様になっていた。その腕、指、爪はまるで剣の様な鋭い刃物に変化しており、全身が抜身の刃の様な姿―――ティガレックスだった。公式にも存在しない、()()()()()だった。

 

 敢えて名付けるならティガレックス《絶種》だろうか。異なる進化を辿った辿異種ではない。変異した特異個体でもない。希少種でもなく、亜種でもない。そもそも前提として違うのだ。こいつにはまるでぐつぐつと煮込まれたように()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。或いは生まれた時からそうだったのかもしれない。何かに影響され、そして食い合いを繰り返し、生まれて来た。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだろう。この雪山唯一のティガレックスにして、完成された、ティガレックス種の()()()()()。僅か蟲毒開始、数か月で完成されたのはティガレックスという種そのものが獰猛で殺戮を向け合う性質があったからだろうか?

 

 《悪魔》のオーラを纏った同族を喰らい、そしてそれを食らった同族を食らった。

 

 そうやって濃縮された悪意が進化と変異と完成を齎した。そんな絶望的な気配をそのティガレックスには感じられた。目撃した瞬間だけでそれだけの事が脳裏を駆け巡った。そして同時に悟る、

 

 ―――あぁ、成程、これ走馬灯かな?

 

 一瞬で生物的なスペックで、何をどう足掻いても現段階では勝利出来ないという事を理解させられていた。根本的な身体能力が違うとかではなく、この絶対的な、絶望的なほどの悪意の塊に対して、自分が相対する資格がまだ存在していない。それを感じさせた。

 

「……」

 

 両手剣を構え、静かに狂竜ウィルスを一瞬で覚醒させ、全身を侵食させながら浸食率を20%引き上げる。それによって不快感を感じつつも口元から黒い息が漏れ出すようになる。どうやらこの浸食で内臓系の改造と浸食が終わったらしい。これでなら前よりも薬の効果が効くかもしれない―――欠片も嬉しくない事実だが。

 

「さて……死中に活を見出すか」

 

 静かに、静かに死の気配を呑み込み、戦意をたぎらせて、ウリ坊に逃げる指示を、ホルクに何時でも逃亡する此方を掴めるように指示を繰り出す。その間に委縮していたブランゴは逃亡の姿を見せようとするが、それを見た絶種ティガレックスが口を大きく開けた。

 

 対応する様に力を籠め、耳を守る様に体を構え、

 

 そして咆哮が響いた。

 

 ()()()()()()()()()()のだ。

 

 逃亡しようとしたブランゴに音が届いた瞬間、ズタズタに切り刻まれながら吹っ飛んだ。そしてその直後、ティガレックスが両腕の銀刃を振るうように飛び込んでくる。ブレなく、そして迷いなく最小限の動きで最短の速度を繰り出そうとする動きは実質的に()()()()()()()()()()であった。

 

 咆哮からの硬直が抜けきらない状態で、身体を活性化させた状態で絶種と斬撃を交わす。

 

「お、も―――」

 

 斬り結び、受け流そうとする。だがその衝撃が両手剣に切れ込みを生み出すのを見て、根本的に受け流しさえ行ってはならない相手であるというのを理解させる。だが両手剣の一部が斬られるのと引き換えに、ティガレックスの初撃は斬り流した。その衝撃を利用した体を軽く浮かべ、

 

 そしてその姿を超える様に斬撃を紙一重で切られながらカウンターを叩き込む。

 

「くっ」

 

 首裏をそのまま削ろうとすれ違うが、()()()()()()()()()攻撃の着弾場所を狂わせ、肘から伸びる刃でガード、その守った勢いのまま此方を押し返す様に更に弾き飛ばされた。吹き飛んだ先、片手で雪の大地を叩く様に体を飛ばし、跳躍して両足で着地しながらふぅ、と黒い息を吐いて両手剣を構え直す。その間ティガレックスは足を止め、ゆっくりと振り返った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「おめー、さてはクッソ賢いな?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。半歩だけ体をズラす事で相手の狙いを守ったまま外させ、カウンターを叩き込むというものだ。それをこいつはやったのだ。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 ―――まだ発展途上か、これで……!

 

 純粋な身体能力で相対しようとすれば竜の体に身に着けた技巧で対面する。技巧で対面しようとすれば理不尽な竜の暴力で対応して来る。これはそういう悪意で構成されたティガレックスだった。或いはこの蠱毒な環境は、こういう悪意を凝縮したような種の頂点を生み出す為の儀式なのかもしれない。

 

 そしてそれを集めて食い合った先で―――何が生まれる?

 

「考えている余裕はないか……」

 

 両手剣がたった一度の戦闘でぼろぼろになっている。細かいメンテナンス方法を知らない俺も悪いが、それ以上にスペックとして相手が武器を上回っている。うーん、是は絶望的だ。そう思いながら()()()()()()()()()()()()()()を計算する。

 

 こうなったら隙を突いて逃げるしかない。だがおそらくは閃光玉を使った所で回避されるだろう。なら一度、接近した際に爆薬を炸裂させてから無理矢理閃光玉を当てるしかないだろう。

 

 その隙に崖からダイブ、ホルクに回収して貰って逃亡……が妥当だろうか?

 

「まぁ、そんじゃ」

 

 覚悟は既に出来ている。故に実行する為に動き出す。

 

 動き出そうとして―――絶種が動いた。

 

 ()()()()()()()()()だった。

 

 突然その場から跳躍したティガレックスは空中へと高く飛び上がる様な事はせずに、地面を低く滑空する様にジャンプを行い、距離を作った。その半瞬にも満たない直後、ティガレックスの足元から銀色が湧き出た。此方では全く見かけないそれは液状をしていながら固形をしていた。まるで魔法の様に姿形を変えるそれは先ほどまでの場所に十を超える槍を生み出し、ティガレックスが回避するのを感知するのと同時に、刃のついた津波となってティガレックスの方へと向かって迫った。

 

 それを見たティガレックスは此方を見て、ありえない筈の笑みを浮かべてから大地を蹴り、刃を壁に突き刺す様に体を上へと投げて逃亡した。

 

 それを追うように銀色―――水銀は霧散した。

 

「はぁ……助かった……いや、助けられた……のか?」

 

 突然介入した水銀の正体には心当たりがある。それを扱う事の出来る古龍が存在するからだ。だけどそれは同時に古龍がこの雪山に居るという事であり、あのティガレックスはそんな古龍と敵対しながら生存しているという事を証明している。

 

「……いや、なんというか、色や要素的にはあのティガ、ハルドメルグの要素を取り込んだって感じだよな」

 

 どこかで水銀を操る斬撃の古龍ハルドメルグ、その素材を食らったが故に生まれて来たのがあのティガレックス……という事だろうか? どちらにしろ、敵対しているのであれば丁度良い。

 

「まだまだ、雪山は早すぎたな」

 

 登頂を断念する。眠り姫の強くなれ、とはこういう生物から生き残る為であったのかもしれない。どちらにしろ、今は下山して逃亡する事しか考えられない。

 

 それに、この先この環境が行きつく果てに生み出される固体だとしたら、

 

 ここ、想定以上の魔境だ。相当入念に準備し、自分の力を付けなくてはならない。場合によっては限界まで浸食させ、ほとんど生物として改造された状態になってスペックを上昇させる事を考慮させるほどに。

 

「……」

 

 終わった後になって漸く、恐怖が心の中に差し込んでくる。だけどそれで折れている暇も時間もない。時間が経過すればするほど、この《箱庭》は狂って行くのだから。

 

 まだまだ、地獄は始まったばかりなのだと、そう痛感させられた。




 その種における変異、辿異、特異を兼ね備えた最終系だから絶対君臨種。或いはそれがその生態系における最後にして唯一であるから絶滅種。その根本はメッフィーの目覚めに呼応してメッフィーブーストで蟲毒進化しているので存在も戦闘力も全てに悪意しかない。

 絶種、最初の一匹。雪山は食べられるものが少なく、生息数が少ない。それによりティガが共食いを始めるのは早かった。獲物を探しに行くよりも悪意に熱された思考は同種を食らった方が早いと判断したからだった。その為、ティガレックスの蟲毒化は恐ろしい速度で進んだ。


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4年目 春季~夏季

 真面目な話をすると、

 

 地球人である、という事に自分は誇りを持っている。

 

 というより、自分が地球人であるという事実を受け入れ、そしてそれを嘆くような事はしていないだけだ。ハンターたちは確かに強く、この世界の人たちは凄い生命力で溢れている。自分なんて比べ物にならないレベルで強く、そして優れている。だけどそれを理由に地球人である、という事を否定したくはなかった。自分が地球で生まれ、育ったという事実はどうしようもなく現実であり、ファンタジーなんて存在しない世界の出身だったから身の丈に合わない幻想を抱く事は身を滅ぼす事でもある。

 

 だが今、幻想が現実となった世界でならどうだ?

 

 変わりはしない。

 

 不相応な幻想を抱いたりしない―――別に、特別な力を求めたりはしない。自分の体と、命と、そしてそれなりに幸せな日常さえあれば、

 

 特別な力なんて必要ないし、欲しくもなかった。だから狂竜ウィルスそのものが嫌いだし、それを使わなきゃ生きて行けない自分にも嫌気がさす。ティガレックスとの相対で更に浸食が進んだ結果、やはり内臓系は完全に改造されるようになったらしく、前までは食べては吐き出していたキノコが普通に食べられる様になった他、薬の効果が目に見えるレベルで上がっていた。

 

 肉も、生のままで食えるようになった。身体能力的な変化はないが、緩やかに肉体は作り替わっていた。そんなティガレックスの暴力、圧倒的強さに対処する様に、極限まで肉体を高める必要があった。それこそハンターの身体能力を追求した所でもまだ、足りない。もっと体を鍛え、そしてもっと技術を磨かなくてはならなかった。

 

 それでも狂竜ウィルスに頼るのは嫌だった。

 

 それが侵食するから、ではない。ただ単純に、日本人、地球人である事が自分のアイデンティティであり、それを塗り潰す様に卑怯な力に頼るのが嫌いだったからだ。生き残る為ならそんな拘り、捨ててしまえというのが正しいのだろう。だけど自分が人間である、この世界の住人ではないというのは一つの自分の誇りであり、自慢だった。見てみろ、頑張っているし、影響されたし、色々あったけど―――それでも俺は、まだ地球人のまま生きている。

 

 それを自然に、環境に証明する事がしたかった。

 

 だから春季、更に中型種を狩るペースを上げた。

 

 狂竜浸食を行わずに。自分の肉体が、地球人としての自分がどれだけの可能性を秘めているのかを追求したかった。人間のまま、ハンターではなく自分という存在のままどこまで戦えるというのが知りたかった。生き残る上で《卑怯》だと思えるような力には手を出したくはなかった。どこまでも自分という存在のままでいたかった。生まれ変わって他人になる様な願望はなかった。強い力で圧倒するような事は一切望まなかった。ただどこまでも、自分のままでいたいと思った。

 

 そして自分のまま、強くならなくては意味はないと思った。

 

 だから更に自分の体を虐める。今まで行っていた鍛錬量を更に増やす。昔、テレビで見た特殊部隊の訓練を思い出し、今の自分よりも更にきつい訓練をしていたな、というのを思い出して体を壊す勢いで筋トレなどを行うようになった。幸い、侵食の影響で薬の効果が出るようになったから、今までよりも鍛錬をキツくしても体へのダメージは残らなくなった。

 

 アオアシラ師匠との鍛錬も更に激化して行く。此方の思惑か覚悟か願いか、それを察してから手合わせをするときはもはや目に映らないスピードで爪を繰り出してくるようになった。一発一発が必殺と呼べるレベルの速度を乗せており、破壊力を内包している。振るう爪は僅かに捻りや接触した瞬間に後ろへと引き抜く技巧の様な動きを乗せており、今までの単調な攻撃とはまるで質が違う。一発でも受け流す事に失敗すれば手が痺れて剣が使い物にならなくなるレベルで殺意が上がってきていた。

 

 しかもそれで待つような事はしてくれない超スパルタ形式だった。鍛錬で死にかけるのは日常的な出来事となり始めていた。

 

 そもそもからして、相手と同じステージに立とうとしている事が間違いだと、鍛錬をしながら思う。確かに絶種ティガレックス……或いは《斬虐》のティガレックスとでも名乗るべきあの個体は、恐ろしい。恵まれた肉体に高い知性、そして学習する意欲まで存在する。

 

 だが武芸とは人間がより強いものを狩る為に生み出した芸術であり、その細かい運動や技巧は、人間の器用さによって漸く成し遂げられるものである。故に、真似をされるのなら簡単に―――もっともっと、変態的に技術を磨けばいい、という結論に至る。そもそもからして身体能力で競うのは間違いなのだ。踏み込んで、受け流して、そしてそのまま斬り殺す。本当に芸術的な領域で技術を磨いたのであれば、相手がどんなに強靭で凶悪であろうと、完全に受け流して斬り返す事が出来た筈なのだ。

 

 絶種ティガレックス相手にそれが出来なかったのは、自分の技巧不足の怠慢でしかないのだ。故に師もなく、競える人間もなく、自分の想像する最強と理想をイメージを相手に、行う全てのダメ出しを続けながら何度も何度も、今までよりも鍛錬の質を上げながら挑み続けるしかないのだ、存在しないと思い込む自分の限界に。

 

 人間とは実に不思議な生き物である。

 

 やる? やらない? という感じだと基本的にまぁ、やれる方がいいよね……となる。だがやらなきゃ死ぬ、という風になると限界以上の力を発揮し、成功し続ける。究極的に世の中、大成した人間というのは成し遂げなければいけない、というタイミングで成功させた人間であり、外してはならないという状況で外さない様に行動した人物たちである。

 

 だから自分も同じことを繰り返すだけである。

 

 やらなきゃ死ぬ。成功しなきゃ死ぬ。それが新しい事だとか、常識で考えたらありえないとか、そういう理論は聞いていない。

 

 やらなきゃ死ぬのなら、理屈を超えて成功させる。それだけの話。故に鍛錬を重ねる。

 

 そうやっている間にも少しずつ、少しずつ環境に大量のモンスターが溢れ出す。繁殖期でもある春季、生存競争は雪山では終わりつつあったが、その下準備が食料と生物が豊富な他のエリアでは行われていた。食って、犯して、繁殖して、死ぬ。そのサイクルの準備が行われる。

 

 その季節が終わり―――夏季、生存競争激化の季節が来る。

 

 そこで、妙な物を見かけた。

 

 

 

 

「なんだあれ」

 

 夏季、モンスターの活動が最も活発になる時期である。

 

 繁殖期もそれなりに忙しいのだが、夏季になると繁殖期で生まれた子竜などの食料調達のために親竜の活動が活発になるのだ。その為、食料の争奪戦が始まる。その結果が夏季における活発なモンスターたちの動きである。そして同時に、今年の秋季と冬季を想定した蓄えや準備を行う為にもある程度環境の把握は必要だった。

 

 ここにそういう観察や監視が行える人員は自分一人しかいないからだ。

 

 ホルクやウリ坊を監視に回す事は出来る。

 

 だけどあの二匹は結局のところ、言葉を理解できてもそれを口にする事は出来ない。監視に出して簡単なイメージを共有できても、どういう風に、等の大事な部分を語る事が出来ないから、結局は自分の足で歩いて調べる必要が出て来る。だから数日おきに、鍛錬を休むついでに各地を回っている。

 

 樹海は基本的にアオアシラ師匠の縄張りになっている。スーパーベアホームランパンチが唸ると相手の頭がホームランボールとなって死ぬ。群れで襲い掛かっても鎧の様な肉体で受け止めながら相手を片手で掴み、そして空いた手でスーパーベアホームランパンチが炸裂するので相手は死ぬ。おそらくは何が相手でも絶対に一撃は耐えるであろう肉体の強度をしているからこそ可能な戦術だった。今の所、その鎧の様な肉体に剣が通る様なイメージは湧いてこない。アオアシラ師匠の肉体には通しやすい肉質というものがなかった。

 

 次に草原、トリオ・ザ・ガーディアンズっぽい竜に守られているエリアである。普段からぶつかり合ってトレーニングをしている姿が目撃出来る場所は大量繁殖と出現の結果、もはや草原というエリアとは表現できない激戦区となっていた。ディノバルドの炎によって草原は焼かれ、ジンオウガの雷によって焦がされ、そしてナルガクルガの斬撃によって何重にも重ねられた斬撃が残され、もはや古戦場とでも表現すべき環境へと激変し、昔見たような穏やかな草原の姿は消失していた。そしてそれに合わせる様におぞましい程の竜の死体が転がり、腐敗しながら放置されているのが目撃出来るようになっていた。

 

 水没林、ここは余り探索できていない場所であり、同時に探索していない場所でもあった。そしてここは同時に、もうそう簡単に探索の出来ない場所ともなっていた。ここには辿異エスピナスが住み着いたのだ。あのゴゴモアが水没林から追い出されたのは恐らくこれが原因だとも取れた。しかも水没林に存在する他の生物を全て駆逐する事に成功した結果、水没林の生態系トップに君臨し、そのまま水没林を自らの巣として管理する事に成功した様子だった。その影響か、水没林に流れる水は毒混じりになり、それに適応した環境生物が目撃出来るようになった。とてもだが近寄りたくはない場所になっていた。

 

 雪山、説明不要。一言で表現するなら死地。

 

 高地、昔はエルぺ達が住んでいた場所ではあったが、もはや安全ではなくエルペの群れは完全に拠点のある森林と第二拠点の岩壁に移住してきた。もはやそれだけが野生動物たちにとっての安住の場所だったからだ。それと引き換え、高地はグレンゼブル、ポボルバルム、クアルセプスが縄張り争いを他の生物を全て排除しながら行っていた。現状、小競り合いを行いながらもクアルセプスが天候のコントロールを蠱毒の結果習得し、雷を空から降らせるマジカルサンダー状態に突入するも、ポボルバルムも怪しげな旋律で脳を揺らす手段を編み出した模様。近づけば脳が破裂しそうな痛みを覚える以上、もう二度と高地には勝負の結果が出るまでは近づけなくなっていた。グレンゼブルは駆逐されるまで時間の問題の様に思えた。

 

 沼地、ここは《偏食》が徘徊するエリアである丘と合わせて徘徊しているイビルジョーは大型、中型を目撃次第素早く接近し、噛み千切って即死させる。そしてその死体を他の生物が食って進化しない様に自分で食って処理する。昔はちょくちょくダイミョウザザミやランポスをスナック感覚で食べている姿が目撃出来たが、もはや完全に一定以下のサイズ、或いは蠱毒の中で勝手に死ぬであろう種族に目を向ける事はなく、()()()()()()()()()()()から根絶やしにする様に喰らいに行く姿が見える。沼地に出現した黒いグラビモスに噛みつき、それを振り回して空へと投げては落下させる衝撃で鎧の中身を潰して行くイビルジョーの戦闘センスに関しては完全にキチガイ染みていた。

 

 そして花畑。ここは実に不思議なもので、フォロクルルの数が増える事以外は他に何か、侵略者の様なモンスターが増える様な事はなかった。ここだけまるで時間から切り離されたかのように平和で、逆に違和感さえ覚える光景だった。フォロクルルは周りの蠱毒の影響を受けずに、毎回花の蜜を幸せそうに吸ってはお昼寝をしていた。ここだけ世界観が違う。

 

 そうやって歩き回って記録している最後に、神殿を超えて海岸を見に来た。ここは他の環境に比べて比較的環境が大人しいのは、番いのラヴィエンテがぐぅぐぅ、まるで環境の影響を受けずに日向ぼっこをして眠っているのが理由の一つであり、何かが激しく暴れている姿を見ると大抵、一口で食ってしまうので暴れる様な奴が出てこないという事実がある。クラマインとの戦闘はその中でも非常に珍しいケースであり、ラヴィエンテ的にはそこまで問題ではないレベルだったのかもしれない。そもそも、ラヴィエンテという存在である時点でもはや生態系のトップに君臨していると言ってもいいのだ、そこから新しい種が蟲毒を通して生み出される事がないのだ。

 

 そのラヴィエンテ自身も、ゲームで目撃するものよりも遥かに大人しく、派手に暴れて眠りを邪魔しない限りは特にちょっかいを出してくるような事はなく、腹が減って暴れ出すような事もしない。定期的に浜辺に湧いてくるダイミョウザザミをつまみ食いしているらしく、その影響で狂暴になる事がないようなのだ。

 

 その為、超極悪で知られるラヴィエンテが暴れる様な事がない不思議な浜辺だった。他の非好戦的竜はどこか、特別さを感じさせる理由で非好戦的だ。連中はどこか、特別な理由や事情を背負っている様に思えるから非好戦的なのだ。

 

 だがこのラヴィエンテは純粋にそれを面倒がっている。

 

 性根が怠け者なのだ、このラヴィエンテは恐らく。だから暴れないし、ダイミョウザザミを摘まんでお腹を満たして昼寝ばっかりしている。大人しいラヴィエンテの番いだった。それでも怖いのだが。

 

 ともあれ、そういう理由から海岸周りは割と平和だった。時折イキリドラゴンが出現するが、イキリすぎるとラヴィエンテにごっくんされる為、放置しても大体の場合では平気な場所だった。ただ一応、ラヴィエンテを殺せる生物だってこの地上には存在するのだから、それを警戒して海岸の様子を見に行っていた。

 

 見に行ったのだが、

 

「なにあれ」

 

 ラヴィエンテが尻尾の上になにかを乗せて遊んでいた。

 

 形は木製の……船? なのだろうか。人間が航海のために乗るものとしては少々小さいと表現できるサイズであり、ラヴィエンテと比べればかなり小さく感じるそれを、尻尾の先っちょの上に乗せて、転がすように、揺らす様に楽しんでいるラヴィエンテの姿が見えた。本来の、或いは通常のモンスターハンターでは目撃する事の出来ない竜のお茶目な姿を目撃しつつ、船の方へと視線を向け、そしてラヴィエンテの方へと視線を向け、

 

 ラヴィエンテの視線が此方を向いた。

 

 次の瞬間、ズドンという音と共に直ぐ傍の浜辺に、質量の衝突する音が見えた。視線を其方へと向ければ、先ほどまでラヴィエンテの尻尾で遊ばれていた船が浜辺に衝突し、真っ二つに砕けたのが見えた。それを投げ捨てたラヴィエンテは大きく口を開けると欠伸を漏らし、そのまま何時もの浅瀬でゆっくりと夏の太陽を浴びながら昼寝に戻った。竜の癖になんて優雅な奴だろうか。こっちがあくせく色々と走り回っているのに。その上で、

 

 お前、そのおもちゃ欲しいの? ふーん……的な表情で此方を一瞬だけ見たのが非常にムカつく。

 

 まぁ、敵対的じゃない分それでいいのだが……そう思いながら破壊された船の方を見た。きちっとした木造の船らしく、木材は……というよりは、建造は比較的新しく感じる。一体どこから流れついて来たんだ? そう思いながら近づこうとしたところで、

 

「んー、ニャァ―――!」

 

 すぽん、という音と共に船の残骸から何かが射出された。空高く、それこそ数十メートル飛翔した姿がゆっくりと落下し―――そのまま、砂浜に衝突して倒れた。俺だったら死んでいたな……と、砂浜に落下した姿が砂浜の上でゴロゴロと転がる様子を眺めていると、

 

 次々と船の残骸から出て来る姿が見えた。

 

 それは愛らしい、小さな背格好をしており、這い出すように四足で歩き出してから二本足で立ち上がり、毛むくじゃらの姿でラヴィエンテを眺め、感動に涙を流す様に喜びながらお互いを抱きしめて、飛び跳ねている。その姿を見れば、ラヴィエンテから解放された事に心から安堵している……という事だろうか? まぁ、なんというか、

 

 やっぱり可愛らしい連中だった。

 

 ―――アイルーは。

 

「にゃあ! にゃあ! にゃああ!」

 

「にゃにゃ!」

 

 恐らくはアイルーの言語なのだろう、鳴き声の様な言葉を発しながら砂浜に衝突した仲間を助け起こしに行こうとすると、此方に気付き、はわわ! という表情を浮かべてからしゃきーん、と背筋を伸ばして敬礼を取って来た。

 

「■■■■ニャ! ■■……■■■■ニャ?」

 

「あー……そうか、そうだよなぁ……」

 

 アイルーが何かを聞こうとしている事は解った。それが恐らく、此方の世界における言語であるというのも理解できた。だけどニャ、というネコの鳴き声以外は、まるで理解できない音の羅列の様に感じられた。一応英語、そして大学でスペイン語を学んだりしたのだが……どちらにも属さない言語だった。

 

 ちょっと、というか凄く辛い。

 

「あー……あーあーあー、どうしよう」

 

「■■■ニャ?」

 

 此方の言葉にアイルーも通じていない事が理解したのか、片手で頭を押さえる此方を見て、首を傾げて考える様に動いた。滅茶苦茶嬉しいのは事実だ。まさか、こんな形でアイルーと出会えるなんて、文明的で文化的な生物と会えるなんて思いもしなかった。しかも木造ではあるが、船に乗って来たのだ。つまりは造船技術のある文明が存在する、という証明でもあった。

 

 ハンターが存在するという願いは妄想で終わらなかったのだ。

 

 文明があって欲しいという願いは決して夢で終わらなかった。

 

 この世界にはどこか、人の住む領域があるのだと思うと、思わず、涙を流しそうになってしまう。それを見てアイルー達が驚き、しかし心配そうに此方を構ってくるので、大丈夫、大丈夫と目じりを拭いながらしゃがみ、握手をしようとして、

 

近くで、砂が爆発した。

 

 素早く立ち上がりながら振り返れば、地中から先ほどの船の衝撃か、或いはアイルー達の集まった騒ぎが原因か、巨大なダイミョウザザミが出現しつつあった。その姿が完全に出現しきる前に、体を前傾姿勢に倒し、倒れるのと踏み出すのと加速するのを同時に行う。素早く、落下し続けながら前に進むという事を行い、短い距離を一瞬で詰め、それを体を発射台にする様に一気に押し込み、短い加速を連続で行う事で体を押し出す。

 

 そのまま、出現しつつあったダイミョウザザミの内側へと潜り込み、完全に姿が露出する前に居合の要領で片手剣を射出する。滑らせる刃は発射台を得る事で、抜刀の瞬間にそのまま振るうよりも早く、そしてタメによる力が乗る。

 

 それが反応する前のダイミョウザザミの顔面を真っ二つに割って即死させた。

 

 まだ右半身が砂から露出していない状態だったが、始末をつけられた。ふぅ、と息を吐きながら剣を鞘の中へと戻し、ダイミョウザザミの死骸を乗り越えれば、ぽかーんとした表情のアイルー達が見えた。

 

「さて、ここも安全じゃなさそうだしな……いっちょ、安全な場所まで案内するぜ」

 

 示す様にジェスチャーでついてくるようにアイルーに指示し、彼らを第二拠点まで連れて行く事にした。




 ダイミョウザザミはこの後ラヴィエンテが美味しく頂きました。

 という訳で漸く、よーやーくー! 技術を保有する文明に接触。まぁ、チュートリアル終わったら設備の解放とかを行わなきゃ可哀想だよね、という話で。じゃあ、武器と防具の強化、生産解禁イベントだよ。


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4年目 夏季

 アイルー達との会話は困難を極めた。当然ながら日本語と英語とスペイン語しか喋れない身に異世界語はまだ無理だった。そしてアイルー達も基本的には公用語以外はアイルー達の言葉しか喋られない為、お互いに意思疎通に多大な苦労をする必要があったのだ。これはかなり苦労させられると思ったのだが、

 

「ニャ、ニャニャ? もしや異世界語……かニャ?」

 

 その言葉に、脳内の全てが吹き飛び、走り寄りながら抱き着いてしまった。

 

「にゃー!? 落ち着くニャ! 焦る必要はニャいから! ニャ! ニャァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」

 

 ぶっちゃけ泣きそうだった。というか泣いた。わんわん泣いた。正真正銘の日本語をそのアイルーは、その一匹だけは口にする事が出来たのだ。久しく聞く、独り言ではない誰かの声に、今まで自分の胸の中にあった寂しさが爆発する様で、凄く、凄く苦しかった。だけどそれで自分はまだ心が死んでいない、生きている人間であることを実感できた。四年間の孤独が一気に噴出するような形だった。

 

 寂しかった。それを寂しいと思わない様に脳内を別の事で常に満たしていた。

 

 だがこうやって言語が通じた瞬間、涙を我慢できなかった。あぁ、涙が流せる俺はやっぱりまだ人間だ。人間の筈なんだ……まだ生きている……おれは、まだ、しょうきだ。その確認を行えた事が嬉しかった。言葉を喋られる人間性が残っていたのが泣けた。ただただ、本当に嬉しかったのだ。

 

 おかげで結構泣いてしまい、アイルー達から生暖かい視線を向けられてしまった。

 

 そういう事で、アイルー達が《箱庭》に合流した。破壊された船は一旦そのままに放置し、アイルー達を連れて神殿を通り、第二拠点へと案内する。アイルーの数は全部で25匹程、結構大きな数のチームだった。それもその筈、このアイルーは《ギルド》という組織に所属する一種のエージェントであり、独自の行動権で未開拓地を探索するサバイバルスペシャリストチームだったらしい。

 

 選抜されるアイルーもアイルー式のハンターであるニャンターや、アイルーのトレジャーハンターであるトレニャーの中でも上位の実力を持つ者を選抜しており、自己責任をモットーに無謀な調査と開拓を行う命知らずのクレイジーチームだったらしい。今回、此方の大陸へとやってくるのも海はあのラヴィエンテが、そして空はシャンティエンが存在している為、大型の船団を出す事が出来ないギルドの代わりに調査に来たのがこのクレイジー猫さんチームだったらしい。小さく、そして少数。全滅した場合の損失はそこまで重くなく、アイルーだったらまぁ、なんか助かるんじゃね……? 的なノリで突っ込んできたらしい。

 

 実際に生き延びてるから凄い。

 

 しかし海にラヴィエンテ―――つまりは砂浜の主の事だろうが、それとは別に空にシャンティエンがいるとは初めて聞いた。いや、おそらくはこの《箱庭》に入り込まない様に見張っているのだろうか?

 

 ラヴィエンテにはそんな気配欠片もないから、たぶん本当にぼけー、っとしてるだけなのだろうが。

 

 それはともあれ、そうやってアイルー達を第二拠点と第一拠点を紹介し、連れ込む事が出来た。アイルー達にその事情を聴かされたので、唯一日本語が解るアイルーに、今度は此方が事情を話す番だった。だがその前に、どうしても知りたかった。何故、アイルーが存在しない筈の日本語を知っているのか。それが物凄い気になった。拠点に連れて来た所で、それをアイルーへと聞けば、

 

「時々異世界から人が来るのニャ」

 

「異世界」

 

「そうだニャ。大体の場合はメゼポルタ広場かドンドルマの街で見つかるニャ。何度か繰り返し現れるから一部のニャーたちは喋る事を練習して覚えたニャよ」

 

「はぁー……俺以外にも不幸の極限に突入した様な奴がいたのか……」

 

「にゃー、詳しい話を聞かなきゃ解らないにゃいが、大抵の場合は特に何も起きる事無く、装備のレプリカや設計図を置いて帰ってるニャよ?」

 

「アレ? 一般人じゃない?」

 

「うーん、この前現れたのは丸太を持って、丸太は持ったな? と確認してから突撃してた人だったニャ」

 

 それ、コラボ先じゃねぇか。という事は最強の悪魔狩人さんとか、運命なアーサー王とか、無限で蒼穹なアイツとか、無限バンダナを装備したおじさんとかも迷い込んだことがあるのだろうか……どうしよう、予想外にメゼポルタが魔境過ぎてコメントを失う。そして同時に、彼らが消えて自分の世界へと帰ったという言動は、自分の中に一つの希望を生み出した。彼らはここに流れ着き、技術や装備を分けて、そして再び消えて行った。

 

 つまり、帰る事が出来るのだ。

 

 その為にも、増々死ねなくなった。だからアイルーに自分の境遇を口にする。何時の間にかここに居た事、ここで経験した事、今何が起きているのか、そして何をしているのか。自分の知っている四年を通じた事の情報を共有し、唯一自分の言葉を理解できるアイルーに聞かせ、返答が返ってくる。

 

「オミャア、頭おかしいんじゃねーの……?」

 

「解せぬ」

 

 戦慄を浮かべる表情でそんな事を言われた。

 

 

 

 

 アイルーが合流してからの夏季は、忙しくなった。まずギルドに所属するアイルーとは一つの契約を結んだ。アイルー達の為に行動し、そしてアイルー達が俺の為に活動をするという相互の補助契約である。アイルー社会は基本的に物々交換であり、貨幣制度が存在しない。そして基本的に、契約をベースに行動する為、最低限の契約行為は必要だった。何より、ここでの全ての活動を()()()()()()()()()という建前を入手する事が出来るので、ここから生還した場合、発生するであろう多くの問題をギルド預かりという扱いにする事で、大幅に軽減する事が出来る様になるのだ。

 

 そういう事で相互の協力体制を作る事に成功した。船が破壊されてしまった以上、アイルー達はギルドの開拓船団本隊がやってくるまではここで生きて行く必要がある。そして環境を考慮する以上、アイルー達だけでの活動は難しい。一応、高位ニャンターも一緒にいるらしいので戦力的にも一気に強化された形だった。だがそれ以上にそれぞれの分野に対して理解のある猫が増えたというのが何よりもうれしい話だった。長期で未開拓地を探索する以上、そこでコミュニティを作り上げるだけの能力が必要だから、農業や建築、鍛冶等の技術を覚えているアイルー達が集まっていたのだ。

 

 そう、あのメゼポルタの工房で技術を覚えたアイルー達が、だ。

 

 まず最初に拠点を見せて怒られた。こんな粗末な物を家と呼ぶのは冒涜であると。お前、これを畑だと言いたいのか? 舐めてんの? あぁ? ……という形でアイルー達が食って掛かった。そこは通訳して貰わなくてもあっさり理解できる事だった。そしてそうやってどこか、自分が四年間世話になった拠点を見ると、一気にその改造に乗り出したのだ。一番安全である第二拠点をベースに、自分が建築した家を一旦改造し、浜辺から破壊された船の木材やパーツを分解して運び込む。

 

 それらを材料に、まずは工房を作成した。何をするにしてもまずは補助具などを作成する為の環境を構築しなくてはならなかった。最低限の道具は船の中に積んであった為、アイルー達に鉄鉱石などの見分け方を教わりつつ、鍛冶場を整える為の重たいものをウリ坊やホルクに運ばせた。

 

 そうやって運び込んだ火事場で、採掘してきた鉄鉱石などを金属へと加工する。ハンマーやのこぎりという道具を持っていても、それらは根本的には消耗品である為、まずは作業用にそれを揃える。スコップ、ピッケル、ハンマー、斧、そういう道具を片っ端から親方アイルーは作成して行き、一瞬でこれからの生産体制を行う為の道具を鍛冶場で作り始めていた。そうやって道具を受け取った大工アイルーは木材を確保する為、樹海へと案内し、そこで木材を調達しながら新しい家の建築を行い始めた。

 

 他にも素人の仕事だった畑を改善して、持ち込んだ作物の種を使った農業を開始する。アイルー達はそうやって物凄い慣れた様子で第二拠点、第一拠点の風景や姿、環境を崩さない様に改良しつつ生活環境を改善する為に動き出した。流石歴戦の開拓チームだけあって、その動きには一切の迷いはなく、そして飛竜避けの為の環境や拠点の作り方も良く知っているらしく、それとなく飛竜とかが入って来にくい様に拠点の改造を進める。

 

 そうやってアイルー達が《箱庭》に到着してから一カ月。

 

 エルペとムーファにはむはむされながらアイルー達によって拠点の姿はガラリと変わった。殺風景だった第二拠点は鍛冶場を構築した他、岩壁を直接掘る事で拡張を行い、その中に工房を設置したのだ。寝泊りする為の家は外に、もっと空気が通りやすい場所を選んではいるものの、やはり岩壁をある程度爆破などを駆使して破壊しつつ広げるというのが基本的な方針だった。だがそうやって生み出された家は、自分が作った物よりも遥かに快適だった。

 

 第一拠点、ツリーハウスは根本的に作り直し、自分のそれが児戯だったというのを改めて理解させられるレベルで完璧なツリーハウスを構築し、畑を一旦潰して再整備、育てる野菜や果物を複数の畑で管理するシステムを構築した。それだけではなく、南部の川から水路を掘る事で森林に新鮮な水を届ける事で風呂を作る事に成功したのだ、このアイルー共は。

 

 自分の四年間は何だったのだ、というレベルで大改築と改造をアイルーは行っていた。ただ唯一、家畜周りに関してだけはどうやってここまで手懐けたの? と首を傾げられる程だった。ここまで懐いて一緒に暮らすのは野生の状態ではどうやら、珍しいようだった。

 

 そうやってアイルー達と出会い、合流した事で、生活は大きな変化を得ていた。

 

 

 

 

「……」

 

 朝、目覚めればベッドの上で起きる。夏である為、上には何もかけていない。だが自分はちゃんとしたベッドの上で目覚めているのだ。その凄まじいまでの違和感に、今でも目を覚ましてからあれ? と首を傾げてしまう。上半身を持ち上げて、そして自分の姿を見る。

 

 ちゃんと、布の服を着ているのだ。

 

 服が、ちゃんとしているのだ。

 

 縫い目がぼろぼろじゃないし、無理やりセッチャクロアリでくっ付けている訳じゃない。まともな服装を寝間着として使っているのだ。最初は布が勿体なさ過ぎる、とアイルーに返そうとしたら憐れな存在を見る様な視線を向けられたので、布の作成も難しくないという事が発覚した。

 

 ちゃんとした寝間着にナイトキャップ。髭も綺麗に剃れる様になった。髪の毛もバラバラじゃなくてアイルーが綺麗に切り揃えてくれる。枕はふわふわ。ベッドはふかふか。毎朝、起きるたびに泣きそうになる。こんな、涙脆いっけ、と想いながら起き上がり、その日の着替え―――新しいインナーを手に取る。

 

 親方アイルーが自分が使っていたゲリョス製のインナーを作り直してくれたものだ。もっとスマートで体にフィットするボディスーツの様な物に仕上がっている、()()()()()()()()だった。ボディスーツ型のそれを上に着て、新しく作られた下着を履いて、そしてズボンに足を通す。

 

 どれも新品。

 

 汚くない。不快感が欠片もない。

 

 やっぱり泣きそう。文明って素晴らしい。文化って素晴らしい。改めてそれを感じさせる。そうやって着替えて、ツリーハウスの外へと通じる扉を開ける。今までは皮張りだったツリーハウスも、完全に木製の上に毛皮のカーペットまで中に敷いてあるのだから、大きな変化だ。しかも下へと移動しやすい様にツタではなく梯子が設置してある。生活の快適さを感じながらツリーハウスから降りて行き、

 

 地上に降りた所で川から引いた水路から水を両手で汲み上げ、それで顔を洗う。塩を指先に塗って、それで歯を磨き、口をゆすぐ。そして水面に映る自分の姿を確認し、少し血色がよくなったのを見る。生活環境がアイルーによって改善された事によって、大分人間らしい色をする様になったように見える。

 

 それを確認していると、遠くからカーン、カーン、カーン、という音が聞こえてくる。もう既に岩壁の方では工房が稼働を開始していたようだった。あちらでは鉄を使った道具の作成のために日夜働いている。竜対策の道具も色々と作成しているらしく、恐らく一番働いている所でもあった。その金属を叩く音は、まさしく文明の気配である為、少しだけ、安心感を覚える。

 

 そうやって朝の軽いリフレッシュを終えたら、畑近くの広場に設置したキッチンへと向かう。アイルー達が船に積み込んでいたキッチンを、こっちへと運び込んだ形だ。フライパン、スパチュラ、鍋、網、料理用の道具が揃っている他、なんとアイルー達が持ち込んだものの一つには芋があったのだ、芋が。種芋もあった。それを使って今は畑で芋を増やしている最中だった。その外にも栄養が高いと認識されているトマトや玉ねぎも育てている最中でもある。

 

 キッチンの横のスペースに積まれている使える食材をチェックする。

 

「んー、ハッシュドポテトでも作るか」

 

 そう呟き、朝食の為にジャガイモの下処理に入る。作る物はハッシュドポテト、アイルーが持ち込んだ鶏から取れた卵で半熟卵、サラダ、そしてスープも作る。自分にはそこらへん、基本的な道具や知識がなかったのだが、アイルー達がそれを補ってくれたおかげで日本で作っていたレシピを簡易的にだが再現できるようになったのだ。やはり食文化は文明の極みだよな、と環境が本当の意味で整った事で色々と料理が作れるようになったのは嬉しい。

 

 日本に居る間も、基本的に大学に入ってからは一人での生活だった。

 

 寂しく思う事はあったが、それ以上に一人での生活は楽しかった。節約する為に安いレシピを探したり、どうやって少しでもガチャに回す為のお金を確保するとか……そういうことばかりに頭を回してはガチャったりゲームを購入したりする日常だった……あの頃が懐かしい。

 

 料理出来るのに道具も材料もなければ全く意味がない。だけどそれもこうやって揃えられたのだから、漸く人間らしい食事が出来るようにこの夏季、なり始めていた。

 

「うっし、いい感じに色がついて来たからひっくり返して、っと」

 

 ポテトの中には改めて正しく学んだ血抜きの仕方で作って燻製肉を細かくしたものを軽く火を通してから混ぜている。これがけっこー美味しいのだ。半生でも今の内臓であれば普通に食べられるし、火加減をミスっても平気なのが悪くない。まぁ、時折竜を見かけたらアイツの血肉美味しそう……と思ってしまうのが弱点だが。

 

 まぁ、それはそれとして、

 

 朝食の準備を進めていれば、その気配に誘われる様に出現して来る家畜共やアイルーの気配を感じ始める。匂いに釣られる様に出現する姿に何時も通り確認を取りながら、覚えたての共通語の軽い片言でテーブルにお皿を並べる様に指示を出す。木から切り出したテーブルの上にアイルーが料理を並べて行くのを眺めつつ、サラダの余りをエルペやムーファの方へと投げて、つまみ食いさせてやる。

 

「ニャァー……朝から美味しそうな匂いをしているのニャ」

 

「おや、おはよう《先生》。今日は起きるのが遅かったな」

 

「ニャニャ、遺跡から持ってきた文献を眺めてたら夜更かししてしまったのニャ。それにしても良く《サバイバー》にゃんはそう細かく料理が出来る物だニャ」

 

「これが俺の所ではスタンダードだったからな、っと! はい、お皿を出してー」

 

 言葉を口にすれば、言語が通じなくても匂いと雰囲気で察したアイルー達が皿を掲げて受け取りに来る。本当に見ているだけで心が癒される連中だなぁ、と想いながら数か月前と比べ、はるかに進歩した食料事情に苦笑を零す。栄養だけを取っていた状態から、今では食事が娯楽になりつつある。そのおかげか、前よりも肉体に力が入る様になった。やはり、最低限を確保する……だけでは体には余り、良くなかったようだった。

 

 テーブルに着いた所でアイルーと一緒に、自分で作った朝食を食べる。それを口にし、やはり美味しいと思う。

 

 最初はアイルーが料理を作ったのだ。専属のシェフがいる訳ではないが、オトモ経験のあるアイルーであればキッチンを使う事ぐらいは基本技能らしいのだ。その料理は無論、美味しい、

 

 美味しいのだが……こう、地球人からすると大雑把なのだ。別に、プロの料理人を目指していた訳ではないし、自活レベルで料理をしているだけだったが、それでもアイルー達の料理はなんというか雑というか……文化的に未成熟さを感じるものがあった。

 

 というのも食材に込められた力を最大限に引き出す為に、食材の味をフルに活かした豪快な料理がこの世界における食事のスタンダードらしい。大きくブロックに切った肉を焼いて味付けし、豪快に齧りつくとか、そういうレベルの料理だ。不味い訳じゃないのだ、下処理とかちゃんと行われているし。

 

 ただ、雑なのだ。美味しいけど。

 

 そこが日本人として許せなかった部分だった。もっと、こう、なんかあるだろ! 調味料も材料も道具も揃ってるんだから! という主張の結果、地球産の料理を提供してみればこれら、方向性がこの世界の料理とは違って斬新という新鮮というか、ここまで細かく料理するの……? 的な雰囲気がアイルー達から漂う、という面白い反応が見れた。

 

 これが異文化交流、という奴なのだろう。

 

 シェフ経験のあるアイルーからすれば細かい処理や工夫を行って味を出来るだけ引き出そうとする地球の調理方法は珍しく、そして興味深く、それで能力的なボーナスが付かなくても食べたくなるものらしい。

 

 そう、料理を食べると強くなるらしい。アイルーも。

 

 意味が解らない。ただ相変わらず、自分には全く影響がないので、厨房は握らせて貰っている。小麦粉があればもうちょいレシピが増えるんだけどなぁ、と思いつつテーブルに着いた所で、

 

 アイルー達と朝食を囲む。とりあえず仕事を置いて、集まったアイルー達が朝食の間、にゃーにゃ―と鳴いたり、公用語で情報交換を行う様に話し合うのが見られる。その大半は流暢すぎて自分には理解できない会話なのだが、となりに座ってくる三毛猫のアイルー、唯一日本語、《異世界語》と認識しているそれを喋ることができる彼、《先生》がかいつまんで通訳してくれる。

 

「ニャニャ、《遠征工房長》によると両手剣の修復はやっぱり材質が不明過ぎてどうしようもないらしいニャ。潰してサイズをもう一回り小さく作り直すならどうにかなるらしいニャ」

 

「マジかー……修復不可能かー……」

 

「しゃーないニャ。メゼポルタかドンドルマにゃらどうにかなったかもしれないかもニャ。ただ使えるリソースは限られているから潰して新しいものに流用するのをお勧めするニャよ」

 

「じゃあ潰そう。ついでに両刃槍も材料として使って欲しい。竜の素材も結構色々と溜め込んでるしな」

 

「ニャニャ……ニャ?」

 

「ニャニャ……にゃ! にゃーあ、ニャ!」

 

 アイルー達の会話は見ていると非常に和む。それを見ているだけで一日を終わらせられる程度には。とはいえ、そうもいかないのが大変な所なのだが。先生と工房長と呼ばれているアイルーが話し終わると、先生がこっちを向いた。

 

「にゃにかリクエストがあるにゃら言って欲しいと言ってるにゃ。本場の施設とは違うからハンターさんが装備するみたいな特別なスキルを与える武具は作れにゃいけど、それ以外の品質なら保証するにゃ」

 

「おぉ、じゃあ後で設計図を引いて持ち込むわ」

 

「出来るのにゃ?」

 

 中学校の頃に設計図の書き方をカリキュラムで習っているので大丈夫だ。今思えばなんで学校であんな事を教えられたのかは解らないが、謎な技術として今、役立つのだから良しとしよう。工房長アイルーは此方へとニヤリ、と笑みを浮かべてからサムズアップを向けて来るので、サムズアップを返しておく。その間にも先生は情報を集め、それを教えてくれる。

 

「ニャニャニャ……馬鹿みたいに鉄鉱石が足りなくて希少鉱石ばかり出る? 逆に考えるにゃ、それをスタンダードにするニャ。今日からはフルクライトの螺子を使うのにゃ。使い方がアレ過ぎて正気を疑うニャこれ。……ニャ? コショウを見つけた? サトウキビの横に生えてた? 花畑にある湖の反対側に生えてたのにゃね。動植物の生態系ガン無視凄いニャ。だけどコショウの補充が出来るのと砂糖を手に入れられるのは物凄く嬉しい事ニャ。だけどなんでマタタビを一切見かけないニャ? なんでニャ? 舐めてんのかニャ?」

 

 話を横から聞いているだけでもかなり正気を疑う数々の発言が聞こえて来るし、アイルー達の知る《常識》と照らし合わせる事で、ここが相当頭のおかしい環境である事も理解させられる。なーんで俺はこんな所に来ちゃったかなぁ、と思いつつあると、

 

「ニャ……嘴の形がおかしいヒプノックが丘を占領していて邪魔になっているニャ? 確かにあそこを封鎖されると山と沼に採掘に行けにゃくなるにゃ。となると……」

 

 先生が口に出した言葉にお、と声を零す。その音に朝食を食べる手を一時的に止め、そして笑みを浮かべた。

 

「どうやら俺の出番の様だな?」

 

 その言葉に先生が此方へと視線を向け、頷いた。

 

 新たな環境、新たな変化、そして変質し続けるこの《箱庭》。

 

 新たな狩猟がこの四年目からは始まる。




 アイルー達のサバイバーに対する協力体制は同情3で思惑が7という所。

 明らかな異常環境で単独生存できる戦力をそのまま失うのは余りに惜しいので、常にコンディションとメンタルを高い状態で維持しておけば戦力として十分に働いてくれるであろうという考えがあったりする。まぁ、それはそれとして一緒に生活していると友情が生まれて普通に仲良くなる。

 なお今回の話を聞けば解るかもしれないけど、公式でコラボした先は来た事あるよ扱い。そう、魔法ゴリラまどかちゃんが登場したのだ……。

 次回、対ヒプノック(?)。


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4年目 夏季 対ヒプノック

「これ、打って欲しいんだが、できるか?」

 

「ニャー……」

 

 簡易的に組んだ設計図を工房長猫に渡すと、工房長はそれを眺めながら腕を組んだ。サイズ等に関する統一は良く知らないが、絵を使って説明を挟んで見せているので、何が欲しいのかは伝わる筈だ。何より、先生が通訳してくれているのだから、此方の言葉は通じている。そこは間違いない。だから問題は、工房長の方であり、その表情は本当にこれが欲しいのか? という感じのものが見えるので、頷きを返す。

 

「刀を打って欲しいんだ」

 

「太刀じゃにゃい?」

 

「じゃにゃい」

 

 先生に蹴りを叩き込まれた。痛いなぁ、と腰を擦りながら自分が欲しいという刀のイメージを伝える。長さ的には両手剣サイズで、太刀の様な凄まじい長さも重量も、オーラを通すような力も必要ない。ただ頑丈で、切れ味が鋭いだけの武器であればいいのだ。たぶん、両手剣と両刃槍を材料に使えば勝手に龍殺属性や封龍属性はついてくるだろうし。だからなるべく頑丈な刀が欲しかった。無論、是は使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で頼んでいる。

 

「必要なら大斧か大剣のどちらかを潰しても構わない。なるべく刀を数を揃えて作って欲しい……三本、四本あればいいかな。同じ重量、同じバランスであればなおさら良い。使い潰す前提だけどなるべく長持ちさせるように使う予定だからそれを考慮してくれたら助かる」

 

「注文が多いニャ」

 

「すまん」

 

 だけど生き残る為である。そう説明すると工房長はゆっくり頭を頷き、森林拠点へと武器の回収と解体のために向かった。これで自分が今、使えるのは片手剣一本になった。これでも相当頑丈なのだが……あの悪夢みたいなティガレックスをその内殺す事を考えると、今のうちに準備と鍛錬の基礎を構築しておきたい。

 

 なので工房長に準備を頼んだ所で、出撃準備を第二拠点で行う。作り直したインナーの上から狩人のマントを装着する。丘に出るのでその大地に溶け込める色に染めてあるフード付きのマントだ。まるでレンジャーみたいだな、と思いながら腰に新しく作られた鞘に片手剣を収めて確かめ、そしてコンバットブーツに足を通す。

 

 装備は最優先で作成されたものの一つだ。こんな環境で活動するのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、それでも劣悪な装備は場合によっては命を落とす原因になるので、即座に作れる範囲で一番いい物を用意して貰えた。今までなんで無事だったの? という表情を向けられながら。

 

 俺だって頑張ったのだ。マジで。

 

 ただまぁ、それはともあれ、今は安全を確保できる装備を作れたのでいい。片手剣に盾を使わないスタイルだと説明したら新種の自殺志願者と間違えられもしたが、それでも装備は見た目、整えられた。使いやすさも心地もまるっきり別の物だ。使っていて一切の違和感がない、というのはこういう事なんだろうなぁ……というのを概念的に思い出させるものだった。

 

 そうやって装備を装着し、改めてアイルーの手によって生産された閃光玉、投擲手榴弾などをベルトポーチにセットし、

 

 新生、サバイバー装備セットの完成になる。材料はゲリョス、ナルガクルガ、クラマイン、と最近自分が狩猟した相手や死んでいた竜から回収した素材がメインになる。アイルー鑑定、上位からG級の生物が混じっている形になっているらしい。まぁ、正直そこら辺の難易度は余り意識していない。

 

 下位だろうが上位だろうがGだろうが、ワンパン喰らえば死ぬし、頭を斬り落とせば殺せる。難易度があーだこーだ悩むのが馬鹿々々しいと思う。

 

 そういう訳でさっくり、何時も通り、しかし前よりも快適になった装備は遥かに体の動かしやすさを感じる。体のフィット感、そして可動領域がまるで違うのだ。装備の重量自体は変わっていない筈なのに、前よりも体が軽く感じるのだ。

 

 スキルとかは存在しない。いや、ハンターの間にはあるらしい。だがそれを引き出す加工技術はここのアイルーにはないため、無スキル縛りは続行となる。まぁ、なくても竜は殺せるので問題はないと言い訳する。

 

 そうやって出立の準備を整えると一緒に狩猟に出て行く、ニャンターがやってくる。片目に傷の入った黒毛のアイルーは背中にブーメランとハンマーを背負い、防具には此方と似たようなマントを装着している。その姿を始めてみた時、本当にブーメランで戦うんだよなぁ、と戦慄を感じたものでもある。とはいえ、実力は理解する時間があったので、遠慮するものはない。

 

 言語は通じないが、視線を合わせれば大体の意思疎通は出来る。戦う者であれば、気配や視線で大体の意思疎通は出来る様になる。

 

 なのでニャンターのラズロと視線を合わせ、頷きあってから丘へと向かう為に軽く口笛を吹かせば、ウリ坊が走って近づいてくる。軽くジャンプしてその背中に乗り込み、頭を撫で、その頭の上にラズロが乗ったのを確認してからウリ坊を走らせる。

 

 目指す場所は一つ、丘へ。

 

 嘴が異様な進化を遂げたヒプノックを確かめる為だ。

 

 第二拠点の岩場から外へと抜ける、秘密のルートを通って外へと出てから、丘の中でも隠れる場所が多い所へと出る為に、川沿いのルートを通って移動する。ここに何年も暮していると、どうすれば隠れて進めるのか、どこに何があるのか、というのは大体頭に入ってくる。正直、動植物の発見に関してはアイルー達が上手だろう。

 

 だが隠れながら進む、こういう地形を利用した移動に関しては此方のがまだまだ、上手である自信がある。

 

 何せ、大型竜が近くを通る事なんて一度や二度ではなかった。隠れられなきゃ喰われるだけなのだから、必然的に隠密技術は鍛えられた。なので丘に入る前に一旦、ウリ坊とはお別れをし、丘の端に出るルートを通って行く。比較的に沼地に近い場所である為、沼地の影響を受けた木々が育っている所であり、そこであれば隠れながら丘を確認する事が出来る。

 

 やや迂回する必要がある為時間はかかるものの、安全を取れるルートだ。

 

 なお、徒歩で移動が始まってからラズロは地面の中を進み始めている。ほんと、この猫生物は卑怯だ。

 

 そう思いながら木々の後ろに隠れながら、丘の方を観察する。

 

そこで、水辺の近くで歌う様にゆっくりと歩いている、奇怪な鳥竜の姿を目撃出来る。その独特のフォルムは間違いなく、ヒプノックの物だった。そしてその大きく長く、曲がりくねった嘴は間違いなく、

 

「辿異種のもんだな、ありゃ」

 

 間違いなく辿異ヒプノックの特徴だった。長い年月を得て独自の進化を辿ったモンスターは辿異種と呼ばれる。その中でも辿異ヒプノックは凄まじく面倒であるという事で記憶されている。自分のモンハン記録によれば、超強力な睡眠攻撃に睡眠スリップダメージ、そして眠っている間に踊って煽ってくるという糞鳥の名にふさわしい行動を見せるクソモンスターだった。

 

 睡眠レイプして来るだけならまだ許せた。

 

 眠ったら煽るってなんだよ。そこまでしてヘイト高めたいのか、お前? そう言いたくなる糞鳥が辿異ヒプノックという存在だった。これでもまだ、辿異種全体を見たら弱い方の部類に入るから恐ろしい。睡眠性のある泡を放ってそれを周辺に浮かべ、破裂した場合付近のハンターを眠らせるとか、余りにも面倒すぎる。

 

 ただ、それは全うな辿異種であった場合だ。

 

「なぁーご?」

 

「ん? そうだな……」

 

 辿異ヒプノックの姿を見て、率直に感じる。

 

 ()()()()()と。

 

 長い年月を得て辿異へと至ったこの地の種であるのなら、間違いなく金冠クラスが最低限で備わっている筈だ。だが見えるヒプノックの姿は金冠はない。サイズが余りにも普通過ぎる……いや、小さい。まるで生まれたての子供の様なサイズのヒプノックだ。いや、だけどたぶんそれで正しいのだろうと判断する。アレは()()()()()()()()()()()()()()()なのだろう。即ち()()()()()()()辿()()()という形、そういう風に生み出されたヒプノックなのだろう。

 

 こうやって目撃するのは初めてだが、本当に生まれた時点で辿異種というのもあるのだろう―――今のこの環境であれば。進化、変異、その速度を圧縮して詰め込んで発生させている。こうやって辿異ヒプノックが生まれて来るのを見たら、辿異種そのものが一つの種族として生み出され、デフォルト状態で増えるかもしれない。

 

 それが更に蟲毒の中で食い合ったら……いや、あまり考えたくはない内容だ。どちらにしろ、やる事は決まっている。ラズロに視線を向けながら、右手を持ち上げて、言葉では通じないからと事前に決めていたハンドサインを出す。

 

 狩るぞ、というサインだ。

 

「なぁご?」

 

 正気か? と聞いてくるのが解るので、頷きを返しながらヒプノックを指さし、卵を表現する様に両手を合わせ、それから割れて、中からヒプノックが飛び出してくるのをジェスチャーで伝える。つまり生まれたてだ、という事だ。

 

 だから育つ前に殺す。

 

 その意図を理解したのか、ラズロは数秒迷ってから頷いた。辿異種という独自の進化を遂げたモンスターがどれだけ恐ろしいのかを理解しているのだろう。その恐怖は解らなくもない。だがそれとは同時に、辿異種なんかよりも遥かに恐ろしい相手を知っているから、こんな雑魚相手に足を止めている暇はないのだ。

 

「まぁ、《斬虐(アレ)》と比べたらカスも同然だな」

 

 何時かはあのティガレックスを殺せるようにならなくてはならない。その為の準備と鍛錬を進めなくてはならない。設備が来て、サポートされて、それでいて今までよりも良質の環境を手に入れる様になった。だけどそれでは駄目だ。道具に頼るだけでは勝てない相手だ。恐らくもう二度と閃光玉は通じないだろう。此方が投擲する道具、その全てを警戒し、回避する事を優先するだろう。

 

 だから接近して、殺せるだけの実力を、辿異種でも特異個体でも何でもいい。

 

 ぶち殺して身に付ける必要がある。

 

「じゃ、殺ろうか」

 

 息を吐き、ウィルス未活性状態のまま、隠れている場所を出てヒプノックへと向かって進んで行く。それを見るラズロがやっぱりこいつおかしい、という感じの表情を向けるが、即座にサポートに入れるように動きは作っていた。故に心と体を殺意で満たし、無邪気に歌いながら歩くヒプノックを目指し、

 

 一気に加速した。

 

 飛び出すのと同時に被っていたフードが剥がれ、殺気が先走る。それを感知してかヒプノックが振り返り、一瞬で警戒の視線を浮かべながら嘴を大きく開けて口から何かを吐き出そうとする。それがなんであるのかを理解している身として、即座に着弾範囲を見極めながら加速速度を二段階上げる。落下する様に前進し、落下する勢いで体を前に引き延ばす。寸前まで吐き出すところに来ていたヒプノックが修正を試みる。だがそれを妨害する様にブーメランがヒプノックの顔面を邪魔した。

 

 着弾箇所が狂う。

 

 完全に背後へと睡眠ブレスが飛び越えて行くのを見送る事もなくヒプノックの嘴の横に踏み込んだ。ブレスを吐き出したまま硬直する事もなく、辿異によって発達したその巨大な嘴を鈍器の様に横薙ぎにヒプノックが振るってくる。

 

 なのでそれを利用させて貰う。

 

 覚悟は決まった。どこを目指せばいいのかは理解した。自分の身体能力は把握している。自分の限界も、死も、そして生の感覚も、この世界の生物の理不尽さも全てを理解している。故に自分は、この体というものの動かし方を良く理解している。

 

 理解し、どんな状態、どんな状況でも完全にコントロールできるようにしなくてはならない。

 

 だから()()

 

 出来る出来ない、ありえないありえなくないではない。

 

 ()()()()()()()()()()()。それが常識だと信じて、自分の体を動かし。

 

 薙ぎ払ってくるヒプノックの嘴を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。背中が嘴に当たる様にしながら、威力を完全に殺す様に体を捻り、嘴の上に背中を乗せる様に転がし、威力を体の回転で受け流し、

 

 そのまま、嘴の上を転がりながら、鞘から片手剣を居合で両目に叩き込んで潰した。

 

 一回転するような形で嘴の反対側へと着地しながら、身体制御の流し斬りでヒプノックの両目を完全に斬り潰した。ヒプノックの口が大きく開き、両目から血を流しながら言葉を叫ぼうとする前に踏み込み、その首に刃を突き刺した。

 

 そしてそれをそのまま、反対側へと抜く様に振り抜いた。

 

 首がドアの様にぶらり、と開いてヒプノックが死で硬直し、立ったまま絶命した。勢いよく血のシャワーを首から噴出するのを横目に振り返り、剣を軽く振るって血を落とす。竜を斬り殺す度に、少しずつ片手剣が本来の輝きを取り戻すような気がしつつ、

 

 振り返り、

 

「一応、確殺だけ確認しておくか」

 

 残された首の繋がりも斬り飛ばした。

 

 

 

 

「やっぱおみゃー頭おかしいわ」

 

「解せぬ」

 

「いや、そんな狂った戦い方するのハンターさんの中でもG級の極一部だけニャ」

 

 若個体辿異ヒプノックを狩猟し、ウリ坊に引っ張って貰って拠点に戻って来た。ヒプノックは辿異種であり、生まれたばかりの若個体とでも呼ぶべき個体だったが、それでも肉質や体は完全に辿異のそれ。工房長の猫は持ち込まれた辿異の素材に大歓喜、それを即座に消費して工房や他の施設のパワーアップを目指すつもりだった。血抜きの仕方を教えてくれたアイルーも素材を剥ぎ終わって肉だけの状態になったヒプノック肉を用意してくれるので、今夜はそれを使ったチキンステーキにしようかなぁ、と思っている。

 

あぁ、だけど鍋と調味料もあるのだ。肉を焼くのではなく、それを蒸すというのもありかもしれない……。米か小麦粉があればもっとバリエーションが増えるのになぁ、と嘆く。チキンカツとか作りたい。チーズの作り方をアイルーが知ってたし、チーズチキンカツとか凄く美味しそうじゃないか? と思う。

 

 それにちゃんと血抜きとかで下処理を行うと、地球で食ってたアレってなんなんだよ……って思えるレベルで美味しいのだ。そりゃあ食事文化もちょっと雑っぽい感じになるよな、とは思う。でもやっぱり、丁寧に調理を重ねると更に味が引き立つのだから、そこで料理を停止させるのは勿体ないと思う。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

「いやぁ、一発で殺すのが一番安全でしょ」

 

「そらそうニャ。ただそれで命を懸け続ける様な真似をする奴は馬鹿だって話ニャ」

 

 拠点に戻って来て、森林拠点に設置したテーブルで座り、おやつの蜂蜜漬けのドライフルーツを口の中に放り込みながらこの世界におけるハンターの常識と、自分の戦闘活動に関する話をしていた。どうやらラズロの方から自分がどうやってヒプノックを解体したのか、という話が伝わったようだった。

 

「そう言えば現役ハンターだと近接の方は比率少な目なんだっけ」

 

「そうニャ。下位上位辺りはそうでもにゃいけど、これが上位の中でもトップクラスに入ると近接は減って、遠距離が一気に増えるニャ。G級に入ると少し近接の比率は増えるけども、やっぱり基本的には遠距離武器のが人気だニャ」

 

 先生の話によると、純粋に生存率の問題で近接から遠距離へと転向するハンターが上位に入ると増えるらしい。

 

 下位のモンスターはまだ生身で受けても即死する事はないし、薬を飲めばまだ治る範囲にもなる。鎧で攻撃を受け止めたとしても衝撃はさほどなく、近接武器で戦う事も出来るらしい。だがこれが上位になるとグラビモスの様な大型飛竜を相手する必要が出て来る。そしてこういう飛竜が相手になると、ブレス等が鎧や盾でカバーできる範囲を超える為、攻撃を受け止めたのに鎧の中はぐちゃぐちゃ、なんてケースもある。

 

「だから上位の近接使いは馬鹿か、才能があるのか、自殺志願者のどれかに分類されるニャ。単純な拘りで選んでいる様な奴から死んで行くから訓練場でも遠距離を推奨しているニャ。それでも近接の数が減らにゃいのは純粋に需要とお金の問題ニャ」

 

 曰く、上位やG級になると近接の方が払いが良くなる。理由はシンプルに遠距離の方が数で圧倒している為、その動きをカバーする為の近接使いの需要が高まっているという事である。その中でも人気が高いのは道具でのサポートが豊富な片手剣、笛を使った支援が出来る笛使い、そして射撃して落ちてきた竜の頭を殴ってスタンさせられる、ハンマー使いだったりするらしい。

 

「俺みたいにぶち殺しに行く奴はいないのか」

 

「いるニャ。いるにはいるニャ……だけどソッコーで即死を狙う様な奴はいないニャ。大体の大剣や太刀使いみたいな大物を担いでいるハンターの人口がそうだニャ。その重量で竜に確実なダメージと致命傷を叩き込むスタイルなのだニャ」

 

 それに、片手剣などの様にゼロ距離まで接近する必要がない、という所もまた必殺を狙う為の近接武器として選ばれる理由らしい。大剣や太刀は大きく、そしてリーチが長い。攻撃回数は片手剣と比べれば減るだろうが、それでもこの大きさならどこに叩き込む事が出来ても、絶対に大きなダメージを与える事が出来る、という思惑から選ばれるチョイスだ。

 

「例えば翼に掠りでもすればそれだけでも翼を引き裂く事が出来るニャ。その時点で仕事をしたと言えるニャよ」

 

「みみっちぃわ」

 

「おみゃーと違ってリスクコントロール出来てるだけニャ。にゃお、ランスやガンランスはそういう意味でも一定の需要はあるニャ。四人ランスガンス染めというパーティーの組み方があってにゃ、リーチが長く、ガンスで飛行時の牽制も出来るニャ。一旦、相手を誘い込める場所に入ったらリーチの外から引く、刺すの最低限の動作だけで殺せるから人気のフォーメーションニャ」

 

 かなり戦術面にガチっぽさを感じる。いや、命を懸けて竜と戦っている以上、そういう意味では当然の備えではあるのだと思う。

 

「じゃあ片手剣で龍を殺す奴だっているでしょ」

 

「いる訳ねーみゃ。そんな頭おかしいのお前だけに決まってるんだニャ。良く考えるニャ。リーチが短く、首に突き刺して切断させない限り致命傷を与えられない武器で誰が巨大で理不尽な生命力と力を持った竜と戦おうとするニャ。いねーよ」

 

「ごもっともです」

 

「というか追加注文で何て刀を頼むニャ。両手剣サイズとか片手剣とかとほとんど役割変わらないニャ……」

 

 その言葉に山羊乳を木のコップから飲みつつ、いやぁ、だって、と言葉を置く。

 

「刀は壊れやすい武器だろう」

 

「そうだニャ」

 

「使っていると直ぐに歪む」

 

「まさしくそうだニャ。だから大きくした太刀という武器が生み出されたのだニャ」

 

「逆に言えば使いこなせるようになればそれだけ技量が付いたという事になる」

 

「ん? ニャニャ? ニャ?」

 

「だから実戦形式で刀を使い潰しながら技量を磨くのが生き残るためには一番早い」

 

「ごめんニャ、ちょっと新しい言語を持ち出されると困るニャ」

 

 RPG的な話をすれば、一番最新の狩場で少し前のエリアの装備の熟練度上げを終わらせていないので、それを装備して経験値稼ぎをしている感じだろうか……この後、上位の装備の転換を考えるとそうやってトレーニングしておくのが効率的なので。

 

「やらない……?」

 

「おみゃーの頭のおかしさは解った。なんで死んでないニャ?」

 

「やれるか否か、って話になったらやり遂げた、というのを繰り返す以外では生き残れないから?」

 

 そして先生は精神が宇宙に溶けたような表情を浮かべ。考える事を止めた。自分でも割と頭の悪い事をやっている自覚はある。だけどそれはそれとして、このまま狂った認識で自分を追い詰め、成長を促進させなきゃこの先、あのクソみたいなティガレックスに勝利する道が見えないというのも事実なのだ。

 

 常識に縛られたままでは勝ち筋が見えない。

 

 普通を守っていては普通に殺される。

 

 だから常識を知り、断崖から飛翔するしかないのだ。

 

 その先に道があるのだと信じて、自分から死地へと飛び込む必要がある。だからやるだけなのだ。やらなくてはならないから、やるだけ。

 

 ただ、それだけの話なのだ。




 対策? 食らう前に殺せばいい。喰らったら潔く死ね。身体能力の化け物がいるのなら、同じステージでは戦わず、突き抜けた技量の怪物になる以外に勝てる分野が存在しない。出来る出来ないではなく出来た、だけが許される。

 設備、武器、環境整ったのでここから狩猟本番。今までは出す事なかった飛竜の登場、大型種との本格的な勝負開始。並びに毎年終了時に《箱庭》における全体飛竜生息絶滅カウンタースイッチオンって事で。

 新エリア解禁するのよー。そして絶滅率の上昇=絶種完成率でもある。


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4年目 秋季 対ナルガクルガ

『焦るな……焦るなよ、相棒』

 

「解ってらい、相手方も手段は限られてるからな」

 

 闇の中、木々の間、薄暗い空間を視界では追いきれない速度で走り回る残像が見える。赤い閃光だけを残して闇の中を駆け巡る姿は時折、瞬きをする事でその閃光を消し去り、完全に闇に同化した姿を見せ、駆け抜ける。音もほとんど殺しており、どちらが狩猟に出ているのか解らないぐらい相手が場のリードを取っている事が、自分にも、ラズロにも伝わっていた。狙われている。不用意に飛び出せばその隙を狙われる。

 

 ナルガクルガ。

 

 それが狩猟者の名前だった。

 

 樹海、アオアシラ師匠が意図的にスルーしたのかどうかは不明だが、金冠級のナルガクルガが徘徊しており、その狩猟に出たのはいい―――だが予想外に大きかった個体は素早く、音さえも消し去って闇の中を疾走していた。こいつは蟲毒が始まる前に居た個体だな、というのを理解させる慎重さがあった。確実に、着実に此方が警戒によるストレスで損耗するのを狙う様に待つ。それに相対する様にラズロはブーメランを放つ準備をして、此方は刀を二本構えている。

 

 そう、刀だ。

 

 先に五本だけ、工房長が試作品を打ってくれた。それを全て持ち込んでいる。左手と右手で上下に大きく開ける様に構えながら、二天一流ってこんな感じ? という勝手なイメージでふざけた構えをしているが、迎撃態勢はガチだった。表面上は余裕を取り繕いながら、常に闇の中、気配を消し去って溶け込もうとするナルガクルガの存在感を常に掴んで追っていた。

 

 ナルガクルガもそれを理解しているのか、此方が察している間は絶対に攻勢を仕掛けない様に警戒を続けていた。

 

 警戒を続けるように木々の間を駆け抜け、周囲をぐるぐると走りながら時折、樹海の大木に飛びつき、頭上を飛び越えて姿を一瞬だけ見せる。その瞬間は襲いかかってくるかもしれないので、絶対に警戒を解く事は出来ない。その状況が既に感覚、三十分近く続いており、二本の刀を構える腕が疲れて来る。

 

 少し休みたい―――そう思った瞬間に木々の間から飛翔する物が飛んで来る前に知覚できる。その迎撃範囲を直感的に感知し、空気と風と殺意の流れで、自分に衝突するコースを予知する。そしてそれに合わせ、刀を振るう。扱いが難しい武器で、超特急で作った試作品だから脆い、と工房長猫には注意されている。つまり振り方を間違えれば簡単に曲がってしまうのだ。

 

 故に静かに、とても静かに、しかし素早く刀を振るう。

 

 闇の中を飛翔して来る刃の様な棘、その最低限のものに対して切先を合わせる様にし、速度に合わせて引きながら刀をずらして行き―――払う。

 

 切り払い。アオアシラ師匠で何百と繰り返し練習してきたその技術を投擲物に対して刀で行った。極限まで刀に対する損耗を抑える為に神経を刀の切先にまで注ぎ込む様にしようする。

 

 変態だ。

 

 日本人は変態だ。

 

 本当に変態だ。

 

 これで戦争してたってマジかよあの変態民族。あぁ、俺だ。俺じゃんその変態民族! そもそも工房長も刀を考えた奴は変態だとかぶつぶつ文句言ってたな!

 

 そんな事を思い出しながら適度に力を抜いて、切り払った余韻に両手を下ろした。とはいえ、直ぐに刀を動かせる状態だ。力を抜いているだけで、迎撃は可能。それが解っているからナルガクルガも周辺をぐるぐる回って牽制するだけで、動きを止めずに此方を窺っている。

 

 厄介な相手だ。だけど丁度良い相手でもある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 ナルガクルガというモンスターは恐ろしく速い。ゲーム時代に初めてエンカウントした時、その機敏さには大変驚かされたものだ。パッケージイラストを飾っただけの事はある、と思っている。全体的に速く、同世代のモンスターの中でもかなりのスピードファイターだった。今でも二つ名持ちのナルガクルガは恐ろしい程の速度でハンターを翻弄し、そして狩りに来る。そういう相手だ、ナルガクルガは。ここで目撃する相手の中でも、ナルガクルガという生物はかなりの上位に入る速度を持った生物だ。

 

 逆に言えば、こいつの速度に対応できるなら、大抵の生物の速度には対応できる。そうじゃなくてもこいつの牽制射撃と偶のちょっかいを避けるのには直感、気配読み、先読み、そして殺気を感じ取るという細かい技術が必要になってくる。この数年間の生活でそれを磨いて来たのは事実だが、やはりこうやって死地にいると、それらの技術が益々磨かれて行くのを感じる。

 

 成し遂げなければ死ぬ。

 

 この状況が一番、自分を成長させているのだという事を実感させる。

 

「うーん、困った。ハンターさんたちはこれを相手に突撃して傷を残さずに勝利するのかー。やっぱハンターさんは凄いなー」

 

『お前はどこの魔境の話をしているんだ。魔境のごく一部を常識扱いするの止めろ』

 

 無論、原作。この世界のハンターの事実は自分が知っている裸で高位クエストに突撃して攻撃食らっても生きている様な世界観とは違った。それでもG級の最上位、《称号》持ちのG級ハンターであればそれぐらいは出来るであろうという話だった。

 

 相対するナルガクルガにはかなり年季が入っていると思う。此方が殺す手段を構えているというのに警戒し、一切接近する事無くストレスと疲労の蓄積を狙っている辺りがそうだ。戦術的に動いている事を考えると、油断のならない相手だ。その上で金冠サイズなのだ。ラズロの見立てでは上位の中でも上の方、G級に足を踏み入れている個体だと言っていた。

 

 中々度し難い。

 

 だけど一回刃を首に通せば殺せるのも事実だ。

 

 必要なのは此方から接近する為のチャンスか、或いはナルガクルガに此方へと接近させる事だ。前者は少し難しいが、後者の場合は隙を見せれば間違いなく飛び込んできてくれるだろう。となるとやる事は大体解る。

 

「誘い込むか」

 

『それしかない……か。どうする?』

 

「極上の餌になってやるだけよ」

 

 気配を追うのをやめた。気配を察知するというのは第六感、それを伸ばして感覚を広げるというのに言葉が近い。そのセンサーに相手が引っかかる事で存在を知覚するのだ。そしてそれに引っかかるという感覚は、第六感そのものを鍛えている存在であれば、十分に知覚できる。故に今まではナルガクルガの動きを追うのに使っていた第六感を引っ込め、その方向性を切り替える。

 

 結果、ナルガクルガの動きが完全に見えなくなる。時折瞬く様に見える赤い閃光すらも追えなくなるので、文字通り何も見えない相手が出来上がる。息を浅くしつつ、静かに刀を構え直す。完全にナルガクルガを見失った。だがその視線が真っ直ぐ此方へと突きつけられているのは自覚している。ナルガクルガを追う事を止めた此方を探っているのが理解できる。

 

 襲うか?

 

 誘われている?

 

 乗るか、否か?

 

 ナルガクルガが動きを止める事無くそれを考えているだろう。

 

「んー……そろそろ来るか」

 

『勘か?』

 

「勘」

 

 それ以外にあるもんか。

 

 とはいえ、勘という言葉も馬鹿には出来ない。勘とはすなわち経験から蓄積された膨大なデータにより、感じ取られた瞬間的な判断である。経験もない奴が運任せにする勘というのは信じられない。

 

 だけど自分は様々な竜を見て来た。辿異種を、絶種を、古龍を、絶望を、そしてこの地で必死に生きる竜を。その一部になりかけている自分という存在を含めて、竜という種に対する理解が自分の中にはあった。そしてそれを通して、判断をする事も出来る。考えるのではなく、脳の速さを生かした、経験から来る本能的な判断が勘、或いは直感とでもいうべきものだ。

 

 だから積み重ねて来た四年間の経験で断言する。

 

()()ぜ」

 

 二本の刀を握り、何時でも動けるようにしながら、軽く冷や汗を背筋に感じる。やろうとしている事は中々度し難い。速度においては最上位に位置する存在、ナルガクルガに先手を取らせた状態でカウンターを叩き込んでぶった切ろうとしているのだから、度し難いにもほどがある。

 

 だが一日一歩、確実に、着実に前へと進まなくてはならない。

 

 恐らく、()()()()G()()()()()()()()()()()()()()()だろうと予測されている。上位、そしてそれ以下の竜は全て絶滅するだろう。そしてそのインフレを考えた場合、現時点でG級に片指でもいいから届かせるレベルが無ければ生きて行けないだろうと思って、こんな無茶をしている。

 

 この環境は壮絶だ。

 

 進化、成長をしない奴は死ねと言っている。

 

 運で生き残るなんて不可能だ。

 

 生き残るには昨日よりも強くなるしかない。

 

 ならば選択肢はできた、以外にはないのだ。やればできる。成せば成る。自分はそうでなくては生きて行けないのだ。だったら出来るという結果だけを残す。何度も自分にそう言い聞かせて来た事だし、そうしてきたことでもある。だから呼吸をして、樹海の新鮮な空気を肺の中に送り込み、自分の存在感を抑え込んだ。気配を殺し、強さを殺し、そして何時でも襲い掛かられる状態にし、

 

 自分の直感を、極限まで磨き上げる。研ぎ澄まし、一見、ガードを落としたように見せかけ、ナルガクルガの動きを誘う。さぁ、来い。心の中で呟き、待った。

 

 数秒間、数分間―――そして十数分。

 

 来る。そう直感した直後には動きを作った。背後へと一瞬で振り返りながら踏み込めば、その瞬間にナルガクルガが木々の間から飛び掛かる様に腕を伸ばし、飛び出す姿が見えた。その姿に正面から相対する。

 

 飛び掛かるナルガクルガは驚愕を小さく感じながらも、それでも動きを止めない。ここまで入れば殺しきれると踏んでいたのだろう。それはある意味、正しいと思う。ここで一つ、自分の限界に挑戦して超えない限りはそうなるだろうと思っている。故にとても簡単な話として、ナルガクルガが飛び掛かってくる姿を、

 

 回避しながら斬撃を流し込む事にする。

 

 やる事は難しくはない。正面から来るナルガクルガの腕、体、その肉質の内最も柔らかく、そして切り分ける事で回避できるという肉質を見極め、刃が折れたり曲がったりする前にそれを斬り、反対側まで体を無傷で通す。

 

 それだけだ。故に実行する。

 

 既に先読みは終わっている。後は自分の腕前がイメージに追いつくかだけの話だ。飛び込んでくるナルガクルガの姿がスローに見える程思考を全力で加速させながら、両手で握る刀を放棄しつつ、左手を左腰の鞘へ、右手を柄へと当てて、

 

 一閃、居合抜きを放つ。動きを直感で捉え、先読みで攻撃を置き、そして鍛えて来た精神力で己の力を信じる。揺るがず、ブレず、そして真っ直ぐ。

 

 ナルガクルガの爪に居合が突き刺さり、

 

 それを真っ二つに割り、進んで足の指を割り、手首、肘、翼膜と進んで行く。

 

 そして前足をそのまま、二つに割断した。真っ二つに引き裂かれた両足の断面から新鮮な血液が顔面に飛び散り、体と顔を赤く濡らす。間違いなくそれは、昔の自分であればまず間違いなく不可能と呼べるレベルの行いだっただろう。事実、地球人にこんな芸当が出来る様な人は今の所、思いつかない。それでも、完璧ではない。まだまだ、まだ、人間の可能性はこんなもんじゃない。

 

 抜き打ちで曲がってしまった刀を捨てながら新しく鞘を抜いて片手で掴みながら、もう片手で背後へと転がったナルガクルガへと向けて踏み込みながら次の斬撃を放つ為に柄を掴んだ。

 

 命の危機にナルガクルガが痛みに苦しむよりも早く残された片前足と後ろ脚で一気に跳躍しながら距離を開ける様に尻尾を薙ぎ払ってくる。異様に伸びるナルガクルガの尻尾はそれ自体が凶器であり、そして衝突だけではなく、それ自体は剣山の様な鋭さを備えている。まともに喰らえば体が一撃でズタズタになるのは見えている。

 

 故に体に届く前に切り払う。そのまま切断し、刃の捻りを加えて捻りの入った斬撃で上へと向かって尻尾を斬り飛ばす。尻尾を失ってバランスが崩れたナルガクルガの体が傾きそうになり―――両足に力を込めて踏ん張る。

 

 動きが乱れる手前で止まりそうな瞬間をラズロが見逃さず、力を込めた後ろ脚に向けてブーメランを突き刺した。その衝撃で最後のグリップを失ったナルガクルガの体が一気に傾き、

 

「死ね」

 

 動きが乱れた瞬間に一気に首の裏に接近して、その首に刃を沈めた。

 

 

 

 

 秋季に入った。

 

 夏季にアイルー達と合流してから生活は少々、騒がしいものになった。拠点が本格稼働したのもあるが、何より生活にアイルーという隣人が登場したという事にも一つ、理由があった。今までは独り言でしか生活できなかった環境ではあったが、ここにアイルーという隣人が登場する事で彩が溢れる様になってきた。今まで、思考は悪循環のループを辿り続けるだけだったが、アイルーと生活する事もあり、時折アイルーが叱ってくれるという事実もあるのだ。

 

 無駄にくよくよするな、とか。

 

 地球に居る頃は何て鬱陶しい言葉かと思った。だけどこうやって、構われて初めて、アレはアレで、存在するだけありがたい事なのだ、と気づかされる。そんな生活に入り、アイルーから公用語を学び始めた。と言っても、スペリングやライティングに関してはちょっと難しい部分があるので、

 

 最初はヒアリングだけを鍛え始めた。

 

 言語を学ぶ上で一番簡単なのはヒアリングだ。聞いて覚えるというのは思ったよりも簡単な事だ。英語等を大学で覚えた為、そこら辺のコツは熟知している。単語を一つ一つ覚え、次にそれを簡単な文章で覚える。

 

 後はこれを繰り返すだけだ。これだけ? と思われてしまうが、これを数か月も続ければ言語というのは普通に覚えられる。

 

 ちなみにBA制カリキュラムの大学の多くは学期は二学期で組んである。間の休みが入るとして、一学期六カ月、純粋に講義を受けている時間はこの内、凡そ四カ月になるだろ。このうち、一つの取得授業には単位とは別に、その学期中にクリアしなければいけない授業時間というものがノルマとして設定されている。

 

 それを四カ月のコースの間に学習するというのもので、大学で学習できる言語の基本コースはこの四カ月の間に、基本的な日常会話を覚えるというレベルになる。おはよう、こんにちわ、私は誰々です、これはなんですか? こういう会話を覚えるのが初級コースであり、そこから少し自由に会話が出来るようになるのが中級コース、という風になっている。

 

 まぁ、だがこのコースも基本的には講義が一日一時間から二時間ある事を想定したコースだ。みっちり日常的に生活しながら学ぶとなると、やはり習得速度は違ってくる。これをお互い、リスニングだけに費やした場合、

 

 実は割と、簡単に意思疎通というのは出来るようになるのだ。

 

 何せ、お互いの言語を口にする必要はないのだ。重要なのはお互いの言葉を理解できる、という事なのだけだから。喋る事が出来なくても、お互いの言語を理解できるなら問題はない、という事でリスニングだけ、お互いに勉強した結果、アイルー達と何とかコミュニケーションが通じる様になった。

 

 無論、お互いの世界には存在しない概念や独特な言葉、ニュアンスはお互いに全く理解できないのだが、それを抜きにすれば話が通じるというレベルだ。拠点を増築しながら気を付けたこの四カ月の生活は、快適なコミュニケーションを可能にするようになった。

 

 漸く、誰かと普通にしゃべる事が出来る様になった。

 

 そんな中で、まだまだ、環境に凶悪なモンスターが出現するので、それを積極的に討伐する様になっていた。

 

 丘の方にはイャンクック、ヒプノック、ゲリョスなどの序盤に見られる様な飛竜が多く出現するようになった。逃げる様にやって来た下位個体が居れば、興味心から出現した上位個体もいるし、此方を殺す気で探しに来たオーラ持ち飛竜も出て来る。それを片っ端から殺す夏季の四カ月だった。

 

 結構きついペースで出現するのもあり、数日に一回は確定で狩猟に出る必要があった。今までと比べるとすさまじい出撃回数だった。そしてそれに伴い、出現する竜の強さも着実に上昇していた。

 

 今ではもう、下位個体を見る事もなかった。生まれたばかりの若個体でさえ、そのスペックは上位に最低限で匹敵するものがあるとアイルー達は観測していた。環境に存在する生物のレベルが下限から一気に引き上げられ、強い者だけが生き残れるようになる場所の下地が生み出されていた。

 

 そんな夏季が終わって秋季に入った今、

 

 徐々にだがモンスターの活動傾向は低下していた。

 

 その理由はシンプルであり、春季夏季と繁殖期が終わった所で、次の世代を守る為に冬季の準備をする必要が野生のモンスターたちにもある、というとても簡単な理由だった。人間は蓄えたり加工したりで簡単に越冬の準備を行えるが、モンスターはそうではない。その環境に存在するものを拾うか狩猟するかで食料を得ないと駄目なのだから、モンスターたちは早い段階から冬への準備を進めないと駄目だ。

 

 特に今回に関しては生物が多すぎる。縄張りだけではなく、食料の奪い合いもあるだろう。

 

 雪山のティガレックスの様に、自分以外の全てを食い殺して独占でもしない限りは。そんな冬季、新しい食料をアイルー達が発見する。そして他の生物たちが食料争いをして、微妙にその活動を縮小する中で、

 

 新しい環境を開拓する事となった。

 

 この季節、ついに沼地を超えた先へと向かう事にした。




 ついにG手前を回避カウンターで狩り始める地球人。喰らい合う事で成長するのが蟲毒の性質なら、その影響は間違いなくサバイバー君にもあるのだ。その果てに地球人・絶種にでもなったら笑えるね。

 という訳で秋、開始。次回は沼地を超えて。


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4年目 秋季

『折れたのはまた熔かして打ち直すな。今度はもうちょい長く使ってくれよ。根本的に打ち直す度に総量は減ってくからな』

 

「うっす、どうも工房長。こっちもなるべく長く使おうと頑張るんで」

 

『いや……お前が本気なのは解るけどさ……それでも、弓かボウガン、作ってもいいんだぜ? 今の材料でならそれなりにいい物も作れるしな』

 

「あー……まぁ、今は刀って事で」

 

『それ、最後まで使わない奴の返事だぜ』

 

 工房長猫にそう言われながら愛想笑いを零す。溜息を吐かれながらも、まぁ、しゃーない、と工房長猫も納得してくれる。根本的に、難しいのだ弓やボウガンという武器は。使いこなすには長期の訓練が必要なうえ、弾数に制限があるから長期の利用が難しいのだ。使う本人がメンテナンス用の知識を必要とするし、それに射撃道具は竜を相手する時には必殺の武器にはならない。

 

 何十発叩き込んで漸くダメージとなるレベルで竜の外皮は硬い。貫通弾もゲーム程、万能の貫通力を持っている訳ではないらしい。その為、必殺力では近接武器の方に軍配が上がる……というところで、近接に対する需要や使い手が減らない理由になるのだろう。また、別の話として近接武器に比べ、弓やボウガンは幾つかの機構が盛り込まれている問題として、継戦能力の低さもある。

 

 戦闘を終わらせたらチェック&メンテナンス。これが武器として必須である。その為、研いで、磨いて、それで即座に戦闘に出られる近接武器と比べるとコストのかかり具合がかなり高くなっている。まぁ、複雑で誰にでも利用できるという点を保有しているのだから、しょうがないといえばしょうがないだろう。ただ、まぁ、この《箱庭》環境ではちょっと、それを運用するのは難しいと思う。

 

 いや、まぁ、弓ぐらいはいいかもしれない。最終的に飛んでいる連中を地上に引き落とす必要もあるし、その為の手段を今のうちに用意しておくのも悪くはない。そうなると練習用の弓を用意して貰って、射的の練習をしておく必要があるかもしれない。そうなると、弓を引く筋力の問題が出て来る。

 

 まぁ、昔よりはマシだ。

 

 軽くマガラ化による筋力の向上があるのも事実だ。現在の浸食率は体感、25%程度。内臓系と筋肉が一部、マガラ化によって地球人のそれを超えるスペックを発揮できるようになっている。と言っても依然、筋力に関しては活性化状態に突入しない限りはハンターの下位互換でしかない。やはり、身体能力で戦うというアプローチは間違っている、というのを感じさせる。

 

 どこまでも、技をこの死地で磨かなくてはならない。もっとだ、もっと技量を磨く。戦国時代の人間は日本という狭い環境で蟲毒の如く武を競って磨き上げていたのだ。それと同じ事をすればいい。勝って殺して成長して、自分で自分の流派を生み出す様に殺して殺して技を磨くしかない。

 

『まぁいい。それよりも次は沼地の奥地に向かう予定だったな? こいつを作ったから持っていきな』

 

 工房長猫からゴーグルを受け取る。少し分厚い、メカニカルゴーグル系統のそれは、両目を保護する為の物であり、それと一緒に面頬の様なマスクを受け取る。どうやらこれをセットで装着するらしい。

 

『なんでも最近は沼地の奥の方は毒が空気に混じってるらしいからな。その先の環境が解らない以上、眼口鼻の保護は重要だ』

 

「悪い、助かる」

 

『いいんだよ。それにそれじゃあ毒や睡眠ブレスを防げない程度の代物だしな』

 

 この猫共、アイルー語だとニャニャ言わないんだよなぁ、と思いつつ工房長からゴーグルマスクを受け取り、それを装着してみる。採寸に協力しているし、そのおかげでジャストフィット、という形でゴーグルとマスクを装着出来た。不快感も全く感じない、というか装着している感触が全くない。本当に良く出来ている、と評価できる出来栄えだった。そしてこういうのを作ってもらう度に、改めて本職の技術は侮れないなぁ、と思う。

 

 もう自分で夏休みの工作クラスの物は作れねぇな、とも。

 

「しっかしこれじゃあまるで暗殺者だな、恰好が」

 

『自分より強いヤツの相手をするんだから暗殺するので正しいんだよ。俺ら職人はお前らハンターを生かす事が仕事だ。だから作ったもんをぶっ壊しても文句は言わねぇ。生きて帰ってくればそれでいい、忘れんなよ』

 

「うっす」

 

 工房長に感謝しつつ、工房に設置してある鏡で自分の姿を確認する。メカニクルゴーグルで目の周りを隠し、マスクで鼻と口を覆っている。首元までの完全に隠すインナーはピッチリと体に張り付いて、日本に居た頃とは大違いの鍛えられた肉体に張り付いて強調し、凄まじく筋肉が付いたなぁ、と自覚させられる。ズボンは軽く、そして音を生み出さない素材として認識されているナルガクルガの物を利用した漆黒のものを採用し、両手には複合素材から作成した滑り止めのグローブ、ベルトにはガララアジャラの物を利用しているのは、ベルトの素材としてこいつが一番適しているかららしい。

 

 そして左腰には使い捨てる事も考えた刀が合計三本、鞘と共に納められている。

 

 この上から環境に合わせフード付きのマントを装着する。環境に合わせて、というのは装備するマントの色の種類だ。これで周りの風景と溶け込み、隠れるのだが……割とこのカモフラージュ効果が馬鹿に出来ないのだ。

 

 工房を離れる前に、奥の方へと視線を向ける。

 

 そこには大量の鉱石と竜の素材を前に、刀身を限界まで熱しているあの片手剣の姿が見える。工房長猫の言葉によれば、あの片手剣の本来のスペックはこんなもんじゃないらしい。まだまだ、もっと上の姿がある。そして剣自体がその姿を取り戻す事を求めているらしい。その為には大量の上質な鉱石と、竜の素材が必要となる。

 

 普通ならそれを利用して形作って行くらしいが、工房長猫が言うには理想形は剣自体が知っているらしい。だから熱し、素材も熔かし、それを食わせる様に吸い上げさせていきながら無心で叩き続ければ、剣が望む形に仕上がるらしい。

 

 職人の技量等を無視して完成されるのは、魔剣の特徴とも言えるらしい。恐ろしい程に完成まで時間がかかるらしく、材料も足りず、()()()()()()()()()()()()なのだ、アレは。その材料の一部には共食いさせたほかの武器も使っている。

 

 現状の刀はその余りの部分を使っている、とも言える。贅沢な片手剣だった。

 

「ニャニャ……沼地に行く準備は出来たかニャ?」

 

 工房を出た所で、待ち構えていた先生に捕まった。ばっちりだ、とサムズアップを向けるとニャニャニャ、と声を零した。

 

「偵察気球とニャ―の予測が正しければ、あの沼の向こう側は恐らく砂漠があるニャ。ただそこを遮る山脈はちょっと絶壁すぎるニャ……まるで仕切のようだニャ。たぶん、向こう側に通じる洞窟があると思うニャよ。そこは間違いなくフルフルの巣になっているだろうから、ホットドリンクとクーラードリンク、両方忘れるんじゃないニャよ?」

 

「俺も自殺志願者って訳じゃないから解ってるよ……しかし、砂漠か」

 

 先生がそう言うのならそうなのだろう、と思う。そこらへんの知識や感覚が自分には薄い。この四年間のサバイバルで直感や先読み、隠密や察知に関する技術に関してはそれなりに自信がある。竜の意識の向ける方向、その死角みたいなのはなんとなくだが解る。自分が意識を向ける、というのを相手になって理解するような事だからだ。

 

 ただ、まぁ、生き残る事に知識が特化しているというか、根本や基礎をぶっ飛ばして上級編にぶち込んでいるという状態らしいので、ちょくちょく先生の言語が解る様になった今、ハンターの基本知識に関する授業を行ってくれている。

 

 例えば植物の見分け方とか。

 

 痕跡の探し方、基本的なハンターの仕事とか、役割とか、報酬のレートとか。

 

 後聞いていて楽しいのはドンドルマを中心とした政治の話だ。ギルドや周りの王国がどんな風に関わって発展しているのか、その力関係を聞いたりするのは割と楽しい。ただやはり、状況を考えて先生の教えてくれることは大半がハンターの基礎知識やスキルに関する事が多い。

 

「そんじゃ、出発の準備をするかな」

 

「んにゃ。何か面白い物を見つけたら教えてくれニャ。後無駄に喧嘩は売らないようにニャ」

 

「まるで俺がキチガイかの様に言う……」

 

「自覚のある馬鹿につける薬はないって奴ニャ」

 

 酷いなぁ、と苦笑しながら第二拠点の家に入り、保管室に入る。ゲームに存在した様な万能アイテムボックスなんてものは存在しない。ちゃんとした保管室に直ぐに使えるアイテムなどは保管し、竜の素材等に関しては基本的にギルドが預かり、管理しているらしい。

 

 まぁ、個人であんなものを管理、保有できるだけの土地はねぇよな、と納得する。

 

 それはともあれ、先生の話を聞けば、フルフルの寝床を突破する必要があるとの事だった。となると洞窟対策にホットドリンク、砂漠対策にクーラードリンクをまずは持ったうえで、フルフル対策に《耳栓》を持ち込む必要があるだろう。正確には《最高級対咆哮耳栓》である。

 

 ゲーム時代にはもうちょっと違う名称で《使い捨て高級耳栓》と呼ばれ、課金アイテムとして存在したものだ。

 

 その効果はゲーム時代だと自動消費型のアイテムであり、これを保有していると咆哮、つまりはバインドボイス発生時にスキルである《高級耳栓》と同じ効果を発揮するというものである。モンスターハンターフロンティア的には耳栓系統のスキルは割と必須スキルだった。というか足を止めると即死する。

 

 食いしばりとかも割とメジャーというかガンガン乗せられる。

 

 だけど運営は根性殺しと根性貫通と根性対策をしてきた。

 

 ちなみに耳栓も貫通する。

 

 お前の事だぞグァンゾルム。

 

 インフレするバランスの方向性見失ってない……? と、運営に問いかけたくなるが、実際にそういう糞性能しているキチガイ龍は一部のみなので、そこまで深く心配する必要はない。というかメタを張ってくる運営とはいったい、と言いたくなる惨状は懐かしい……。

 

 だからお前の事だぞグァンゾルム。

 

 マジカル咆哮でクーラー解除するお前も許されないぞミラバルカン。

 

 まぁ、それはともあれ、アイルー達がギルドから持ち込んだ物品の一部である、これは。割とバインドボイス対策というのはハンターの間でも死活問題であり、バインドボイスで耳が死んだ結果反応出来なくなった、とか割とざらに存在したケースらしい。ティガレックスの咆哮なんてものを間近で味わえば、そのまま脳がパーン、と弾けることさえもあるとか。

 

 結構広い範囲で聴覚保護のスキルを付ける事の出来る防具は多いし、自分が遊んでいる頃では三界の護りは必須とも呼べる環境だった。だけど全てのハンターがそう言う風に揃えられる訳ではないので―――用意されたのがこの、耳栓だったらしい。

 

 ゲームの様に使い捨てではなく、そこそこ長持ちするらしい。

 

 耳にフックさせるような形で装着し、イヤホンの中に耳の中に差し込む部分がある。そうやってハンズフリーで使えるこの耳栓は、通常時は普通に音を通す様に設計されており、一定以上の音の周波数を感知した時、それを吸い込んで遮断する、という風に機構が組み込まれているらしい。小さいながら、ハンターズギルドが生み出した大規模なバインドボイスに対する対策だったらしい。

 

 これがあれば高級耳栓スキルが存在しない自分でも、フルフル相手に戦える。

 

 大型飛竜との戦いは基本的に隙を晒さない事が最も大事だ。バインドボイスという長時間動きを封じ込められる相手の拘束に対して、それを無効化できる耳栓の存在は強力だと言ってもいい。何せ、相手の一手を完全に潰す事が出来るのだから。

 

 まぁ、超咆哮クラスには通じないのだが。

 

 グァンゾルムは何時までも許さない。絶対にだ。悪しき前例を許すな。

 

「ま、こんなもんか」

 

 アイルーのおかげで消耗品周りが一気に充実したのは嬉しいと、耳栓を事前に装着しておきながら思う。漢方薬や解毒剤も沼の環境を考えて一応持ち込み―――そして今、活性化する肉体を抑え込める唯一の薬、ウチケシの実を飲み薬にして貰ったそれも、ベルトに装着する。

 

 先生の見立てでは三割ラインを超えた辺りから、狂竜ウィルスの治まりが悪くなってくるだろうから、鎮静の為にはウチケシの実を食べて強制的に押し込むのがベストだ、という判断だった。

 

 そうやって必要な道具を全部揃え終わり、活動用のマントに刀を装着し、フードを被る。

 

 保管室から、家から出てみれば、既に出かける準備を終えたウリ坊の背の上にラズロが乗っていた。

 

『沼地と洞窟を抜けて砂漠だってな、相棒』

 

 流暢なアイルーの言葉でラズロに話しかけられる。格好つけている猫は、それなりに様になっている。まぁ、前線経験はたぶん俺よりも豊富なので、狩猟者として見るなら間違いなく先輩なのだが、その小さな体を見ているととてもそうは思えない。

 

「ももっ! ももっ!」

 

「お前もでっかく育ったよなぁ」

 

 正面から飛び込んでくるウリ坊に轢かれそうになるのではっはっは、と笑いながら飛び込んでくる姿の顔面を掴み、笑顔のまま必死に姿を捕まえて押し込む。こいつ、この前の事なのだがヤオザミに突進したらそのままヤオザミをミンチにしたのを目撃してしまったのだ。ついに自動車並みの破壊力をそのボディに詰め込んでいる、というか状況が状況ならハンターに狩猟依頼を出されそうなぐらい。

 

 たぶん、ドスファンゴぐらいなら正面衝突しつつ跳ね飛ばせるだろうと思う。

 

 やっぱ竜の素材食べさせちゃ駄目だな。

 

 そう思いながら頭に手を置き、そのまま体を持ち上げて背の上に乗った。上から影が差し込むのを見れば、ホルクが見送る様に空を旋回するのが見える。其方へと向かって軽く手を振る。

 

「あんまし、空も安全とは言えないから思いっきり飛ばしてあげられないのがなぁ……ま、しゃーないか。行くよ、ウリ坊」

 

「もっ!」

 

『いざ、未知の浪漫へ』

 

 猫の癖に格好いい事言いやがる。そう思いながら沼地へと向かって歩みを進めた。

 

 

 

 

 あまり、沼地は踏み込むような場所ではない。最近ではキノコを食べられる様になったとはいえ、取れる食材は少なく、そして稲穂は取得してもそれを米にするまでが手間であり、同時に稲を拠点で育てる事が出来ないという理由で、長らく放置されていた場所でもある。また、ここはイビルジョーのメインの狩場となっていて、丘へと侵入しようとする大型竜を確実に仕留め殺すキリングフィールドでもある。入り口でウリ坊を拠点の方へと帰してから降り立つ沼地、さっそく入り口付近で《偏食》のイビルジョーを目撃する。

 

 此方を軽く見てから視線を外し、何かを求める様に沼地の奥へと去って行く。その姿を見て、ラズロがやれやれ、とアイルー語で声を零した。

 

『相変わらず薄気味悪い奴だな』

 

「そうか? ジョーさんかっこいいと思うんだけど」

 

『正気か』

 

「食欲に打ち勝っている辺り、格好よくないか?」

 

『その感覚が解らないな……そこが不気味なんじゃないか』

 

「うーむ……」

 

 イビルジョーと今までどういう接触をしたかという経験の違いから来る言葉だなぁ、とお互いに納得しつつ、イビルジョーの後を追う様に沼地の中へと入って行く。ある程度進んだ先で、いつの間にか黒く変色したショウグンギザミを真っ二つに食いちぎっている《偏食》を発見し、お仕事お疲れ様です、と心の中でだけ伝える事にしてそのまま、沼地の更に奥へと向かう。事前に注意されていた通り、沼地の奥は酷いもんだった。

 

 紫色の泡がゆっくりと大地から浮かび上がり、破裂し、紫に空気を僅かに染めていた。見た目からしてもう既に毒! という感じで溢れていて。余り長くここには留まりたくはない場所だった。根本的に身体がアホみたいに強い竜はともかく、対策していてもこんなところに長時間居れば、弱ってしまう。

 

「さっさと抜けるか」

 

『だな』

 

 ラズロもゴーグルとマスクを装着した状態で答えた。やっぱり可愛い。アイルーは基本、何を着せても可愛い。

 

 そんなコメントを抱きながら毒が足元から浮かび上がる沼の奥へと進む。事前に用意したゴーグルとマスクが無ければ、これは問答無用に毒に犯されていたな、と思いつつも、自分の体内はマガラ化が進んでいる、それを考えたら竜の抵抗力で無視出来るんじゃないか? と思ってしまう所もある。

 

 リスクのある行動はとらない。

 

 危ない所はさっさと突破するのに限る。

 

 サクサクと足を止める事もなく、紫色に染まった毒の沼地を進んで行く―――果たして、一体何が原因で沼地はこんな色に染まってしまったのだろうか? その事実は少々気になる所だった。だがそれを考える事を後回しにして先へと進めば、沼地の最奥で洞窟を発見する事が出来た。

 

「予測は当たってた……ってところかな」

 

『あぁ……まるでそれぞれの環境を小さく纏めて区切ったようだな。確かに《箱庭》という言葉は正しいな……』

 

 ラズロの言葉に頷きつつ、洞窟の中を覗き込む。やはり、一切の光が存在していないのが見える。完全に暗闇に包まれた洞窟は、先へと進むのが大変そうだった。とはいえ、大型竜がこれを通して反対側へと抜けているらしいのだ……中の広さはそれなりだろう。

 

 腰のランプに光を灯し、躊躇なく闇の中へと進んで行く。

 

 少し進んだ所で沼地からの毒の気配が消え、洞窟特有の冷気が溢れ出す。一気に冷え出すその環境の中で、水の気配を感じ始める。川の様な流れる気配ではなく大きく、静かで、そして底の知れない穏やかさだった。この洞窟はどうやら、地底湖に通じているのかもしれない……そう思いつつ、洞窟の中を進んでゆく。

 

 無論、マスクを軽く外してホットドリンクを口にするのを忘れない。

 

 それで体が芯から温まって行くのを感じつつ、洞窟は少しずつ、広がりを見せて行く。

 

『どうやら中心部はそれなりに広いみたいだな』

 

「やっぱ人の手が入ったような構造をしているよな……」

 

『古代文明、か』

 

 何を思ってこんな環境を連中は構築したのだろうか? その答えは古代文明が滅んでしまった以上、永遠に答えの出ない事なのだが、それはそれとして、気になってくる。

 

 そう思いながら洞窟を進んで行く事一時間、

 

 ―――モンスターハウスに迷い込んだ。




 このまま戦闘の方も書こうかなぁ、と思ったけど長引きそうだったので区切る。

 という訳で次回はついに複数の中型、大型とバトル。モンスターハウスというかvsフルフルの巣というか……うん、がんばろう。

 MHFは独自のアイテムが多くて使い捨て耳栓、根性札とか色々あるんだけど、それを出しておきながら環境必須スキルに対するメタ龍を実装するという自分で自分を殺してそれでPCのマゾ力を鍛えるという凄いゲーム。でも、使い捨て耳栓の存在は色んな意味で便利なんだ……。

 スキルが使えないのならなおさら。


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4年目 秋季 対フルフル

 洞窟中部、大広間に入った瞬間に考えた事は一つ、

 

「あっ、やべっ」

 

 素でそんな声を漏らした。ランプが照らす光の外側の空間、見えない闇の中に無数の気配が殺気を向けている事を即座に感知し、知覚した瞬間には大きく前に進む様に飛び出し、洞窟の床を片手で叩き、逆立ちする様に体を飛ばしながら両手を左腰へと伸ばし、そこにある柄を掴んで二刀を放つ迎撃準備を整えていた。そのまま、逆さまの視界の中で先ほどまでの場所に、フルフルが雷を纏い、暗闇を照らしながら落ちて来たのを見た。

 

 そしてその雷に照らされ、洞窟の天井が見えた。

 

 そこには醜悪な、フルフルが何頭も張り付く光景が見えた。

 

 体を丸めてそのまま横に回転しながら両足で着地しつつ、何時でも刀を抜ける状態で、続けて落ちて来た複数のフルフルの姿を目撃した。姿は通常の種と変わりは―――いや、今赤色の亜種が落ちて来た。見た目は変異はしていないが、サイズは立派な金冠と銀冠サイズだった。参った、完全に気配を殺して待ち伏せされていたのを自覚した。

 

『相棒』

 

「光源が足りねぇ」

 

『任せろ』

 

 フルフルに正面から向き合いながらまだ刃を抜く事なく、動きを完全に停止させて睨む。ぼとぼとと上から落ちて来るフルフルはこれで全部で五頭に登る。中々やべぇ数が揃って来たな、と冷や汗を掻きつつ、洞窟の中に光が広がる。片目だけでラズロの動きを追えば、アイルー探検セットから強力な光源を生み出す道具を広間にばら撒く様に設置している最中だった。洞窟内での戦闘を想定し、持ち込んできた道具だった。

 

「うっし、これで戦えるな……」

 

 正面、複数のフルフルが此方を感知し、様子をうかがう様にくねくねと動きながらも近寄る事無く、距離を測っている。その間にフルフルに関する情報を思い出す。

 

 チンコ。

 

 薄い本の常連。

 

 モンハンのリョナ担当。

 

 様々な名前を非公式から得ている、比較的に序盤の方で相手する飛竜だ。昔はもうちょい上位の位置にあったのだが、シリーズの中で強力な飛竜が増えて行く中で、やや置いてけぼりにされているポジションにある。辿異種の実装である程度の地位は回復しているのだが、ゲーム以上に同人誌での活躍のが多い。

 

 モンハンのチンコ担当。なおそう言うタイプの同人は趣味じゃない。可愛いアスール装備ちゃんの本が好き。

 

 違う、そうじゃない。

 

 フルフルは爪、牙、鱗、甲殻という竜種に見られる基本的な要素を一切保有していない、異端の竜種だ。目は退化しており、閃光玉が通じず、その上で発電器官を兼ね備えている為、体内発電で相手を痺れさせたり、それを吐き出す事で有名だ。斬りつけようとしたら電気ガードされた……という経験もプレイヤーの中には多い。しかも咆哮がかなり強い。見た目は不気味だし。

 

 明らかに見た目チンコが公式でネタにされているし。

 

 それでいいのか公式。

 

「まぁ、刃が比較的に通りやすい相手ってのが救いか」

 

 言葉を呟けばフルフルの気配が此方へと向けられる。確か音と匂いで感知するのがフルフルだったか? まぁ、どちらにしろ感知されないまま戦うのは不可能だ。殺意と覇気を体に込めて刃を鞘から抜けば、その気配に反応し、フルフルが息を吸い込んだのが見えた。

 

 直後、音が喪失した。

 

 合唱の様に放たれたフルフルの悲鳴のような咆哮が洞窟内を駆け巡り、反響する。それに反応して耳栓が自動的に音を遮断したのだ。本当に何も聞こえない状態になったのを少しだけ驚きながらも、咆哮している瞬間はフルフルは無防備だ。真っ直ぐ突っ込み、そしてそのまま、先頭の咆哮を響かせているフルフルの頭に刃を叩き込んだ。

 

 刃の面をぶよぶよした、その皮膚に当て、素早く、しかし繊細に武器を押し込みながら引く。それに反応する様に刀の刃がフルフルの頭に沈み込み、そのまま咆哮している途中で頭を真っ二つに割って即死させる。

 

「―――」

 

 良し次、と声を零してもそれが全く聞こえない。悲しいなぁ、と思いながら明かりによって少しずつフルフルの姿がしっかりと見えて来る。殺したフルフルから離れる様に後ろへと体を流せば、その死体を電撃を纏いながら吹っ飛ばすように二体目が後ろから登場した。実に恐ろしい。咆哮が終わって、敵意を感知し、仲間の死を感知したフルフルが体を震わせながら怒りと共に雷を纏い、迫ってくる。

 

 こいつら、クッソめんどくさい。

 

「だが戦国ウォーロード・立花道雪も雷を斬ったんだ、俺だって鍛えれば出来る筈さ」

 

 まずは今度、音の壁を切り裂く事から練習するのが先だが。そう思いながら大きく跳躍し、フルフルから距離を作る様にしながら走り、相手の動きを誘い込む。円の動きでフルフルの側面に距離を開けたまま入り込みながらフルフルからの動きを挑発する。

 

 フルフルは明確に頭と首の肉質が斬撃が通りやすくなっている。鍛えられた己の目はそれ以外にもいくつか急所を見抜いているものの、一番早く殺せるのは首か頭に致命傷を叩き込む事だ。故にフルフルの団子状態の解消と、そして首伸ばしを誘う。

 

 首伸ばし噛みつきだったら簡単にカウンターが取れる。

 

 そういう願いから距離を開けてみたが、

 

 ―――見えたのは一斉に口に雷を溜め込んだフルフルたちの姿だった。

 

「仲良いなぁ!!」

 

 前方の大地に向かって刀を投げ捨て、その先がこてん、と大地を叩いて持ち上がったのを目撃する前に、刀へと向かって跳躍した。瞬間、電撃のブレスが床一面を這うように放たれ、一瞬で足元に安全な場所がなくなる。落下の方が電撃の持続時間よりも早く終わる。予想通り、殺意の高い工夫が施されているフルフルの動きに、本能的に刀を投擲した事を正解と思いつつ、

 

 刀を踏んだ。

 

 そのまま、落下する前に刀を蹴って跳んだ。このコツは難しい。落下する前に体を前に出すのと、落下している時点で重量を落下しているままの状態、踏んでいる空中の物に乗せない様にするのだ。つまり落下している状態のまま上に乗るという矛盾を、体術で行うのだ。結構難しい事ではあるが、

 

 竜の尻尾の上を走ったり、足場に使ったりして回避する事が必要な身としては、自分の武器を足場に使うのは必要で、基本的な技術だった。

 

 アタリハンテイ力学の加護がないのだからしょうがない。疑似、二段跳びで一気にブレスを吐いた後の硬直しているフルフルの内側へと飛び込み、その首に刀を沈めて、振り上げる様に刀を手放しながら空いている片手で居合撃ちをもう一匹に放つ。ブレスを放った直後の硬直を狙われたフルフルが二頭、首を切断されて姿が前のめりに落下する。その姿を蹴って、体を跳躍させて電撃タックルを回避する。

 

 これで連続狩猟三頭目。

 

 刀は二本、手放して残りは一本だ。それを素早く鞘の中へと納刀しながら、残された二頭の内一頭が素早く天井へと飛び上がって張り付き、地上に残った方は発電を解除しながら、此方へと向かって大きく口を開け、咆哮しながら飛び込んでくる。

 

「さーて、ここからが難しい所だな?」

 

 上に居るのは亜種、下に居るのは通常種。天井を素早く移動する亜種は此方の背後へと回り込む様に天井を這い回り、そして此方を追い込む様に残されたフルフルが道を塞ぎ、発電の兆候を見せながら迫ってくる。此方が発電している間は攻め込めないっていうのを今のやり取りで覚えられてしまったのかもしれない。此方が接近しようと動き出す瞬間、フルフルの体を一瞬だけ、電気が通り、此方を牽制する。

 

「道雪超え、狙うか?」

 

 俺も雷切りサバイバー! とか呼ばれてみてぇわ。そう思いながらも、転がっている刀の反射、そして音で背後、数メートルの距離を開けて亜種が挟み込む様に降りてきたのを察する。うーむ、是は中々厄介だぞぉーぅ、と心の中で囁く。電撃時は攻撃が出来ないと理解したフルフルを相手にするのは面倒だ。

 

 ゲームだったら攻撃リーチぎりぎりで差し込めるんだけどなぁ、と、思いつつ、

 

 正面、フルフル通常種の方へと向かって一気に踏み込む。反応したフルフルが咆哮しながら電撃を纏う。それに一切構う事無く身をかがめ、必殺の一閃を叩き込む為に接近し、

 

 爆発がフルフルの顔面に衝突した。

 

 猫タル爆弾だ。それがフルフルの顔面を横から殴りつけ、そのショックでフルフルの発電を停止させた。

 

「ノイズが多すぎて此方が一人と一匹だって忘れちゃったかな? 残念」

 

 電撃の無くなった懐へと踏み込みながら顔を真っ二つに叩き割り、そのまま切断面を空いている手で掴みながら体を持ち上げて、体を一気に上へと投げる。後ろから飛び掛かって来た赤いフルフルが電撃を纏いながらフルフルの姿を殴り飛ばす。空中でそれを眺めながら下へと向かって刀を投げつけた。

 

 頭に切先が浅く刺さる様にバランスを取り、

 

「トゥ!」

 

 その柄の上に着地した。その重量と衝撃で刀が歪みながらフルフルの頭を貫通し、曲がり、口を繋ぎとめる。ゴムが内蔵されているコンバットブーツは刀を通して襲い掛かってくる電流を完全に遮断している。

 

 サンキューゲリョス、フォーエバーゲリョス。

 

 柄を更に深く押し込む様に柄を蹴って転がりながら落ちていた刀を回収する。頭を貫かれた程度ではまだ死ねないフルフルが殺意を濃密に発しながら此方へと首を曲げるが、猫タル爆弾が再び連続でフルフルの顔面、そして首に衝突する。そうやって生み出された隙に一気にフルフルに飛び込み、電撃を発する前にその首を切断して即死させた。

 

『その曲芸は心臓に悪いから止めろ』

 

「ハンターだって乗り攻撃をするんだ。俺だってそれに近い事が出来なきゃな」

 

『理屈は解る。だけどやってる事はおかしい』

 

 まぁ、やれるかなぁ、と思ったら出来たのだからしょうがない。フルフルの頭に突き刺さった刀を軽く観察し、これは打ち直しルート確定ですねぇ……と呟きながら回収する。他の刀はまだ無事だったので、鞘の中に戻しながら軽く息を吐いた。フルフルも五頭をなんとか、連続で狩猟する事が出来た。

 

 だんだん、人間らしくない領域に踏み込んでいるなぁ……。

 

 果たして自分は鍛えれば、どこまで行くのだろうか? どこまで成長できるのだろうか? 自分の限界は? どこまで狩猟出来るのだろうか。その楽しみと疑問が自分の中に湧き上がっているのが解った。

 

 怖いのだが―――同時に、どうしようもなく竜と殺し合っているのが楽しくてしょうがない。自分の中に殺意の悪魔が沸き上がっているのが知覚できた。

 

 戦えば戦う程、技量があり得ない速度で上昇して行く。ありえない程戦意と殺意が沸き上がってくる。竜を見るたびに殺したくなってくる気持ちが湧いてくる。そして殺した相手の血肉を食らえばそれがしばらくの間、満たされて行く。

 

『相棒?』

 

「いや、また工房長に怒られるなぁ、って……」

 

『もう諦めてるよ親方も』

 

 フルフルの死体を軽く見てから、自分の手を見る。

 

 ……少しだけ、皮膚が黒くなってきた……か?

 

 最近は活性させてない筈だった。それでも自分の中の《ナニカ》が活性化しているとすれば、何らかの理由で到底考えられないこの技のキレと動きのキレが上昇しているのだとすれば、それは間違いなく。

 

 今も消えず、強まり続けている《悪魔》と《眠り姫》の気配、その視線、そして心臓を今でも撫で続ける様な感覚によるものなのだろう。どうしようもない事実に、今はそれを忘却に追い込み、

 

「うっし、フルフルが他にもいるかもしれないし、合流される前に抜けよう」

 

 再び、洞窟の奥を目指した。

 

 

 

 

「マジかー」

 

『一つ抜ければ異郷、とでも言うべきなのだろうな』

 

 洞窟を抜けて顔に感じるのは熱風だった。既に秋季に入っているというのに、凄まじいまでの熱量を感じていた。顔にかかる熱風はまさしく、砂漠と呼べる環境のそれだった。そう、一面砂で満たされた砂海、そこは砂漠と呼ぶべき環境だった。所々サボテンが生息しており、遠くには岩場や砂の盛り上がりが見える。また、砂海から突き出たヒレがガレオスやドスガレオスの存在を教えてくれる。ゴーグルにかかる砂粒がこれが偽物ではなく現実であると、本物である事を伝えている。

 

「前のもそうだけど環境、変わりすぎだろ」

 

『《箱庭》の名に相応しいだけの事はあるが……どうするか? 少し探索するか?』

 

「……一応しよう。次回また通る時にフルフルの巣が再生してたとか面倒だしな」

 

『では気を付けよう、ここは隠れる場所が少ないからな』

 

 ラズロの言葉に頷きつつ、砂漠を歩き始める。

 

 その物凄い歩きづらさと足元の不安定さに驚く。砂浜で走るのは慣れているつもりだったのだが……それよりも遥かに安定しない足元を感じさせた。ここで戦うとなると体力との勝負とは別に、足元を慣らす必要があるだろう。とてもじゃないが、長期間走っていられる場所ではない。砂浜よりも遥かに不安定な足場、正直、ここでの戦闘はなるべく避けたい話だった。

 

 そう思いながら砂地に身を隠しながら姿を砂漠を進んで行く。生息生物は洞窟付近から確認する限りは基本的な砂漠の生物で満たされている様な様子だった。これがゲームだとその他にもボルボロス等が登場していた記憶がある。ここでは一体どんな生物が生息しているのだろうか?

 

 まぁ、まだ絶種に辿り着いていないとは思う。雪山の様に食料の制限された環境ではあるが、ここは他の環境と比べると土地が余っているというレベルで広い。とてもだが一日や二日では全体を歩き回れないレベルでの広さを感じる。ガレオスやドスガレオスも、警戒している気配はあるが敵意を振りまいている様な様子はない。

 

「うーん、まだ平和な方……か?」

 

『おいおい、これを見ろよ』

 

 近くの茂みに接近していたラズロがそれにくっついていた物を口の中に放り込み、味を確かめながら此方にも投げて来た。それを受け取りつつ眺めれば、それがイチゴであるのが解った。

 

『熱帯イチゴだ』

 

「ほほー、これが……ん、うめぇ」

 

『こいつを氷結晶と合わせれば即席クーラードリンクの出来上がりだ』

 

「ほえー、そんなレシピがあったのか……。そういやぁサボテンは中に水が詰まってるって話を聞いたな。そっちはどうなんだ?」

 

『さて、それは―――』

 

 ラズロが言葉を放った瞬間、言葉を切り上げて二人で一気に砂の中へと飛び込む様に隠れた。直感的に、何か強大な物が接近している、というのを超本能的に察した結果だった。即座に隠れ、砂を被って体を隠した所で、砂の海の向こう側、砂塵を被りながら戦う三つの姿が見えた。

 

 一つは白亜のモノブロス。一本角が特徴的なモンスターであり、初代モンスターハンターのソロモードにおける大ボスとでも呼べる存在だった。これの通常種をソロで討伐する事が、ココットの英雄としての資格……だったか? だがこのモノブロスのその角はただの角ではなく、まるで剣の様に平べったく、そして鎧の様に甲殻が厚くなっていた。

 

 その次に見えるのは片角が折れているものの、もう片方がその代わりに異常発達したディアブロスだった。それは通常の色ではなく、血を浴びたような斑模様をしており、全身から感じる威圧感のそれは今まで相対した、敵対的な竜の中ではトップに割り込む化け物だった。

 

 最後に見える奴は赤い、ディアブロスに似た姿をしている奴だった。だがこいつは三頭の中では一番、異様とも言える姿をしていた。()()()()()()()()()()()()のだ、熱で。燃え上がりながら溶け出した甲殻がまるでマグマの様に肉体に絡みつき、その飛竜―――ヴァルサブロスに異様な気配を纏わせている。

 

 三頭の異常発展竜。

 

 その全てが赤黒いオーラを纏っていた。

 

『見ろよ連中……食い合ってるぜ……』

 

 《騎士》のモノブロス、《血染め》のディアブロス、そして《溶帝》のヴァルサブロスとでも表現すべきだろうか? 連中はどれも理性を消し飛ばしたかのようなすさまじい殺意と破壊衝動に溢れている。なのにそれを完全なる理性でコントロールしながら、お互いを食い合う様に噛みつき、噛み千切り、そしてそれを呑み込んで自分の力にしようとしていた。

 

 あまりに通常の生態を無視したその理解外の光景は、見る生物全てを恐怖に叩き込みながら、問答無用で逃亡させるだけの迫力があった。先ほどまで存在していた他の生物の気配、その全てが逃亡している。

 

 残されたのは食い合っている近縁種の三頭と、それを観察している自分たちだけだった。

 

『狂ってる……狂ってるぜ、アレ』

 

「絶種ってのはこうやって進化しながら生まれるのか……やべぇな」

 

 噛み千切り、呑み込むたびに赤黒い《悪魔》のオーラが、そいつの中に蓄積されて行く。そのエネルギーが世代交代によって発生する進化を強制的に変異という形で発現させながら、加速させているのだ。五世代かけて発生させるはずの変異をオーラで蓄積させ、その次の世代で更に変異させる。

 

 そうやって絶滅に至るまでの道筋を生み出して行くのだ。

 

 悪意だ。

 

 是には悪意しか存在しない。悪意の居場所しか存在しないのだ。

 

 だけど、それを見ていて思う。俺も同じことをしているじゃないかと。何年、何十年という鍛錬の果てで得る筈の経験、成長、そして技術や奥義。それを短期間で他の命を喰らいながら、啜りながら身に付けている。

 

 あの怪物たちがやっている事と、俺がやっている事とは何の違いもない。そしてそれが正しいのであれば、俺が得ているここ数か月の成長というもの、その根源にあるのは―――。

 

「アレが完成される前にここで殺したい所だな……」

 

『出来るか?』

 

 モノブロス、ディアブロス、そしてヴァルサブロスの三つ巴を見る。本気で殺し合っている三種の動きはどれも、必殺を狙って攻撃の回避と融合を行いつつ、相手の甲殻を噛み千切って力を高め、必殺の瞬間を狙っている。

 

 そして―――ディアブロスが出し抜いた。

 

 ヴァルサブロスの溶甲がモノブロスの口を焼き、そして潰した。それでモノブロスが呼吸を潰された瞬間、ディアブロスがヴァルサブロスの喉元に角を突き刺し、そのまま首を引き千切り、そのまま尻尾をモノブロスの顔面に叩きつけて、頭を吹き飛ばした。

 

 二つの屍の上に君臨した新たな進化を辿り始めるディアブロスが、口や喉を焼きながらもヴァルサブロスとモノブロスの死肉を喰い始めた。

 

「……帰るか」

 

『……そうだな』

 

 うん、帰ろう。砂漠無理。マジ無理。ここ無理だわ。だけどあのディアブロス、今のうちに仕留めないと、数カ月以内に絶種として完成されそうな、その土台が完成してしまったような……そんな気がする。とはいえ、今のままではまだ、ディアブロスを倒せる気はしない。

 

 もっと、もっとだ。

 

 まだまだ、まだだ。

 

 殺さなくてはならない。更に狩らなくてはならない。あの《悪魔》の理が進化を促進させる蟲毒の術であるのなら自分は―――もっと、

 

 更に竜を殺さなくてはならない。

 

「うーん、耳栓だけじゃ風圧対策にならねぇしなぁ……」

 

『ん? なんか思いついたのか?』

 

 いや、簡単な話、

 

「音の壁とか風の壁とか、斬れるようにならないかなぁ、って……」

 

 ラズロが何言ってんだこいつ、という表情を浮かべて来るので、そのまま、大人しく帰る事にした。




 サバイバー君に対する干渉は全部三種類ある。

 一つ目は狂竜ウィルス。これが肉体を解除しつつ、肉体的リミッターを外している。つまりウィルスに任せればどこまでも身体能力が上がり、限界を超えて動いて自壊し死亡する事でゴア・マガラへと転輪する。

 二つ目はメッフィーの視線。推しをスマホの画面に表示させるタイプのオタクのメッフィーは迷う事無く推しに聖杯を全て捧げるタイプでもある。なので一番最初に無理、不可能という考えを脳に生み出させる精神的リミッターを外したのがこれ。同時に存在するオーラを殺す事で蓄積、変異を促す環境を構築したのもこいつ。システム的には本人の悪意に影響された理想へと向かって進化して行く。

 三つ目は眠り姫。現時点ではその干渉内容は不明。ただし強くなるような事、させるような事、何かを変化させるような干渉は一切なし。干渉と言いつつ全社二つの様な事は一切やっていない。

 砂漠も地獄だぜ。というだけで次回、アイルークリスマス。


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4年目 冬

「しっ―――!」

 

 正面、水鉄砲で放たれてくる水流を刀の居合抜きで真っ二つに割く。だがその拡散率が薄く、真っ二つに割かれた部分が広がり切らずに顔面に衝突する。ぐわっぷ、と声を漏らしながら顔を横に振り払い、水滴を落とす。髪をオールバックで流しつつ、再び鞘に刀を戻し、そして正面、水鉄砲を構えたアイルーに向き直る。

 

「もう一本!」

 

「行くニャ」

 

 言葉に合わせて、再び水鉄砲が放たれた。それを居合抜きで真っ二つに割きながら、返しの納刀でも斬撃を発生させ、行きと戻しで二連斬撃を広げる様に放つ。それに合わせ緩いバツ印が水鉄砲を割き、しかしそれから続く水の流れに直ぐに呑み込まれ、割れた個所が消える。連続で放ち続けないと駄目だなぁ、これ、そう思いながら再び強い勢いの水鉄砲を顔面に浴びる。

 

「駄目だニャァ、相棒は」

 

「うっせぇ、咆哮対策を出来るうちにやっとくんだよ」

 

 ラズロに頼んで工房長猫に作って貰った水鉄砲で形のない物を斬る感覚、そのコツを掴む為の協力を頼んでいる。秋季、ちょくちょく先生に頼んで公用語の練習をしてきた事もあり、今では立派に此方の世界の公用語を口にする事が出居た。そしてそれでアイルーの公用語で会話が出来る様になった。アイルー語の時はニャニャ言ってないのに、公用語になった瞬間ニャ、と語尾に付くのだからこの世界の猫は不思議だ。

 

 アイデンティティの問題なのだろうか?

 

 そんな事はともかく、

 

 咆哮対策の練習をしていた。音はある程度、耳栓で防げる。だが超咆哮や貫通咆哮とかいうものがもし、この先、習得した龍が出て来るのなら……というより、ティガレックスの斬咆哮を見ていて、アレは咆哮そのものを斬る事が出来るようにならなければ、対処が不可能であると、そう思ったのだ。そういう理由から開いている時間の鍛錬は今は、形のない物を斬る事を練習している。

 

 音は見えないが波として存在している。風もそうだ。だからそれに最も近い性質の水を斬る事で、無を斬るという事の感覚、コツを掴もうとしているのだ。ただ、これが驚く程難しい。

 

 水を斬るだけならそこまで難しくはない。

 

 水を斬って広げるのもそこまで難しくはない。

 

 だがそれを斬ったままにするのは物理法則に反するから難しい。水を斬れたから音を斬れるようになった、という訳でもない。あくまでも流体を斬るという感覚を掴む為の行いであり、その先にある領域に自分の指を届かせる為の鍛錬だった。とはいえ、これが中々うまくいかない。水を斬るだけならそこまで難しくないのが、その先の領域を目指そうとすると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度には剣の道、理というものが見えて来た。

 

 或いは俺、ちょっとは剣才あるのかもしれないと最近は思ってる。まぁ、完全に才能がないというのはあり得ないと思っている。そうだったら今は生きていない。ある程度の才能があったからこそこうやって生き残っているんだろうと思っている。だけどそれはそれとして、どこか複雑な気持ちだ。

 

 あの快適で、そして安全な国に居る間は開花しなかった才能だと考えるとどうしても気が滅入る。

 

「……今日はここまでにするか」

 

「あいよ。それにしてもこの寒さの中、良く全裸でいられるもんニャ」

 

「慣れた」

 

 頭を振って水滴を弾き飛ばしながら、冷気を肌で感じる。沐浴は大型の狩猟前の儀式としてやっていたし、今でもたまにやってる。それに最近ではそこまで肉体が寒さを気にしなくなってきた。事前にホットドリンクを飲んでいるというのもあるが、マガラ化の影響であるのはまず間違いがなかった。まぁ、この程度であれば何も問題はないのだ……たぶん。

 

 まぁ、濡れる以上全裸の方が過ごしやすいので、今はこれでいいのだ。タオルを受け取りながら髪と体を乾かして行きつつ、ふぅ、と息を吐きながら刀を転がした。予想以上に使い辛い武器だ、これは。まともに切れる様になるのに数か月。壊さない様に振るう様になるまで更に数か月。肉質が弱い所以外を狙おうとすれば、間違いなく折れる。これがそう言う武器だった。

 

 人を斬る為の武器ではあるが、竜を斬る為の武器じゃない。

 

 それが刀と他の近接武器の違いだった。

 

 これを更に竜に特化させたのが太刀なのだろう。今の筋力であればアレを振るう事も出来るだろうが、それにしたって俺にも矜持がある。そう簡単に太刀に手を出す事は出来ない。自分の中で武器は刀か片手剣、大体それで固まっていた。

 

「それにしても音を斬るなんて無茶な事を考えるニャ、相棒は」

 

「無茶じゃないんだよなぁ、これが。俺の居た世界、昔は立花道雪って武人が居て、このおっさん雷をぶった切って下半身不随になってるんだよ」

 

「やべー奴ニャ」

 

「しかも下半身不随になってるのに神輿に乗って出撃して勝ってる」

 

「相棒の世界の人間やべーニャ」

 

 日本の武人は凄い。矢で船を吹っ飛ばすとかやらかしているので根本的にファンタジーじゃね? と思いたくなるがリアルなので頭がおかしくなりそうな時がある。戦国やそれ以前の時代を思い出してはならない。アレは完全に異世界だ。ただ、まぁ、それはともかく、

 

「そういう逸話を聞いてると、明確に俺が肉体的に劣っているとしても、リミッターをぶっ飛ばしていけば、可能性的にはそういう領域に手が届くかもしれないってもんだろ? ならやれることはやっておきたいのさ。風圧と咆哮は俺の体じゃどうにもならないから、な!」

 

 スパ、っと正面の空間を居合抜きで振り払い、風を切って納刀する。風は斬れている。だが継続して、ではない。

 

「この一回の斬撃で、音を完全に割ってその状態を維持できるようにしなきゃならないんだ……これが出来れば耳栓なしでも居合抜きで咆哮と風圧に対処できる」

 

「それもうハンターでも何でもなくて新種の怪物ニャ」

 

 いいや、戦国時代の武人なら出来ただろう。特に剣豪とか呼ばれる連中、人の形をした決戦兵器だったとかいう噂だったし。まぁ、剣の道は遠いものだ。簡単にその理に追いつけるものではない。この道に入ってもまだ、四年しか経過していないのだ。長いようで、一生を剣の道に捧げた人間からすれば余りにも短すぎる。それで神髄に到達しようなんて考えは、余りにもおこがましいのかもしれない。

 

「だがな、ラズロ。強くならなきゃここは生きて行けないんだ。化け物にならなきゃ化け物は殺せないんだよ」

 

「その為の俺達だニャ」

 

 ラズロのその言葉に笑みを零し、タオルを肩に乗せ、川辺から森林拠点へと戻る為に歩き出す。ラズロの言葉は嬉しい―――嬉しいのだが、冷静に考えていた。

 

 無理だな。

 

 数とか作戦とか。そういう範疇で考えている間は絶対に勝てない。

 

 進化し、成長した怪物、絶種が生まれて来る環境では自分も相手を食らって、絶種の様な進化を辿らなくてはどうにもならないのだ。それがここを生き延びる上で最低限の条件なのだ。罠は踏み潰し、作戦は嘲笑って看破する。既にその片鱗は見えていた。少なくとも《斬虐》のティガレックスはそれが出来ていた。観察して学習して、喰らって強くなる。罠も何も通じない、

 

 純粋な力と技量と暴力だけが通じる世界になるのだ。

 

 その最終的なイメージが見えている。

 

 だからどんな優しい言葉で、どんなに微笑ましい言葉で、どんなに頼りになる言葉であろうと、最終的には変わらなかった。俺が怪物にならないと駄目だった。俺が怪物となって他の竜を殺せるようにならないと駄目だった。常識外れの技量を独学で編み出して振るい、それで竜を塵屑の様に斬り殺せるだけの実力を、腕前を付ける必要があった。それこそかつて、剣豪だとか剣聖だとか、そういう風に呼ばれた連中の領域に自分の実力を押し上げないと駄目だった。

 

 それが、生き残る為の最低条件だった。

 

 本当に感覚的なもので、たぶん、正面衝突以外での勝利は見えない。

 

 それを感じる。最終的に求められているのは力なのだと。あの《悪魔》を相手に出来るだけの力。それがここでは育てられているのだ。まぁ、それ以上の事は現状、何も感じ取れないが。それでもこの環境から生物がいなくなるまで三年、

 

 いや―――二年で絶滅、という所だろうか。

 

「時間が足りないなぁー」

 

「その為に俺達がいるんだニャ。探索も開拓もなにもかも、まずは生き残ってからニャ」

 

「おっしゃる通りで」

 

 まずは生き残る。そうしなきゃ何も始まらない……と思った所で、空から何かが降ってくるのが見えた。見上げながら手を伸ばせば、そこに降りて来るものは白く、そして手の中であっさりと溶けて消える物だった。

 

「おー、雪だニャ。やっぱ冬と言えば雪だニャー……相棒?」

 

 溶けた雪を握りしめながら空を見上げつつ、

 

「……ここで三度、冬を過ごしているけどここで降るのは初めてだ……」

 

 呟き、降り注ぐ空を見ながら思った。

 

 そろそろ全裸が辛くなってきた。

 

 

 

 

 冬季。

 

 少し、厄介な事になった。

 

 雪が降り積もり、かつてない程に丘付近が冷え込んだ。ここ四年間で経験する一番寒い状況であり、急遽拠点は冬と雪に対する対策を行う為に更に改造が施され、樹海の木々を一部切り倒してそれを薪にした。一部作業を中断してこの作業を手伝うアイルー達が出て来るレベルで冬は一気に冷え込んだのだ。かつてない冷え込みに一体何事か、と思いもしたが、問題はそこではなかったのだ。

 

 丘が雪に覆われた。

 

 その影響で雪山から《斬虐》が降りて来たのだ。

 

 生物が、まるで丘に近づくような事はなかった。本能的に絶対に勝てない上位捕食者の存在に、全ての生物が怯える様に逃亡した。通常であればこういう連中を真っ先に始末するであろうイビルジョーも―――今回に限っては、近づかなかった。沼地の奥の方へと一時的に避難したのだ。そう、それで発覚してしまったのだ。

 

 あの守護者連中でさえ絶種には勝てない。

 

 だから生まれる前にその可能性を食い殺しているのだ。そして漸く、長年の食性の疑問が解消された。《偏食》のイビルジョーの役割は、率先して絶種に至る可能性のある個体を食い殺して行く事でその可能性を閉ざす事にあったのだ。適度に喰い、恐怖させ、そして進化の道筋を見失わせる。適度なストレスと解放を与える事で今の環境に適応したままにする。だがそれを乗り越えて誕生してしまった種族最強最後の一体に対しては、もはや勝利する方法がなかったらしい。

 

 丘を冬季の間、《斬虐》は支配した。ただそれが丘を出る事がなかった事、高地や沼地、そして岩壁に一切接近する事がなかったのが唯一の救いだった。あの《斬虐》のティガレックスは、その生態を観察する辺り、どうやら雪の存在する範囲から離れる事が出来ないという性質を保有していた。それ故に雪が降るこの季節にしか山を下りる事が出来なかった。

 

 そんな制限がなければ、おそらくは既にほかの環境に乗り込んで()()()()()()()()()()()だろう。少なくともアレはそれを確実にする。それだけの悪意と知性があった。

 

 悪意とは知性によって生み出されるものである。

 

 遊ぶ為だけにアリの巣に水を流し込んで楽しむ残虐性を持ち合わせるのは人間だけだ。逆に言えば人間だけがどうやって効率的に苦しめるのかという事を考えられるという事でもある。

 

 その知性と残虐性、底知れない悪意を得たのがあのティガレックスだった。絶対に近寄ってはならない、接近する時は勝てる時だけ。そしてそれは今の所、欠片も勝機を見出せる事はなかった。ただ一つ、岩壁へと近寄るのを本能的に嫌がっている様な気配だけは感じられた。

 

 岩壁においてある何かに反応しているのだ。

 

 或いはそれは本来の姿を取り戻そうとしている片手剣かもしれない。

 

 その向こう側の火山に居る《悪魔》かもしれない。

 

 それとも俺の狂竜ウィルスから抽出して作った睡蓮を凍らせた、《眠り姫》の気配かもしれない。

 

 どちらにしろ、《斬虐》は絶対に岩壁に近寄る様な事はしなかった。そして同時に、その向こう側へと行こうとする事もなかった。故に対策はシンプルに、丘方面へと出ない、近づかない、雪が解けるのを待つだけだった。観察に気球を飛ばそうものなら、一瞬で飛びついて破壊するだろう。それだけの慎重さもある。

 

 だから冬季、《斬虐》のティガレックスの登場で丘方面への道は完全に塞がれた。空でさえ利用が出来なかった。なので其方は放置するしかなかった。冬が終わった後で残っているものがあるというのを祈りつつ。

 

 その為、迎える場所、範囲が大きく限定される冬が始まり、それと引き換えに拠点改造や装備の改良に集中できるようになった。

 

 その中でも一番大きな成果は、

 

 

 

 

「焼けたぞー」

 

「にゃー! 待ってました!」

 

 指に付いたクリームを舐めて、ちゃんとした甘さがあるのを確認しつつスポンジ状の土台が白く塗られ、そしてフルーツで飾った菓子―――つまりはケーキをテーブルへと運んできた。第二拠点の家は今、冬超えの為に暖炉が全力で稼働しており、空気を温めながらダイニングを暖かい空間にしていた。テーブルの上には様々な料理が並んでおり、合作で色々と作って腐りそうな物を率先して消費している形であり、

 

 ちょっとした、宴になっている。

 

 冬、それはクリスマスの季節だった。少なくとも、地球では。無論、そんな概念が此方の世界にはなく、キリストの生誕を祝う祭りだと言ってもアイルー達がそれを理解する事はない。なんで他人の誕生日をそこまで祝わなきゃいけない? という表情さえ浮かべる。

 

 だけど根本的にお祭り好きな猫だった。

 

 この冬、ティガレックスの存在で環境が封鎖され、自由に動けないストレスを、ちょっとしたパーティーで解消しようという話だった。悪い発想じゃなかった。寧ろ良い。これだけ派手に飲み食いするのはこの星に来てから初めてだった。

 

 テーブルの上にはずらり、とアイルーとの合作料理が広げられている。アイルー達がここに到着してから新しい素材の獲得、高速栽培、そして新しい調味料の発見や精製で生活が凄い豊かになっているものの、それを大量消費するようなイベントは初めてだっただけに、かなり気合を入れてしまった。

 

 アイルーキッチンでおなじみのチーズフォンデュ! 是は地球で食べた事のある奴よりも遥かに美味しい、と言うか次元違いの旨さだった。これだけは完全に負けているな、と敗北感を感じさせるものであり、チーズを作る時にアイルーの秘伝のレシピがあるらしい。それに合わせるのはあの畑で取れた各種野菜に、

 

 この冬、漸く入手する事に成功した、小麦から作ったパンだった。

 

 そう、ついに小麦が生活に入ったのだ。

 

 もう、本格的な農耕生活をしている気分だった。最初は小麦を見つけられなかったのも事実だが、どうやら最近、改めて小麦を発見する事にトレニャー担当が成功したらしく、それを栽培して数を増やす事に成功したのだ。

 

 相変わらず季節感もクソもない。だがそのおかげで美味しいものが今、食べられている。ケーキの材料もそうだし、フォンデュと一緒に食べる為のパンもそうだ。それ以外にもパン粉を作ったので、それを利用してヒプノック肉を揚げた、チキンカツモドキを作る事にも成功した。

 

 これがかなり上手く行き、外はサクサク、中はもう、言葉では表現できないレベルで蕩けそうな程に美味しい。やはりちゃんと下処理を行えばこの世界の素材は、地球を超えるポテンシャルを持ち合わせている。

 

 もっと、早く知りたい所だった。

 

 チキンをダイス状にして混ぜた、トウガラシ交じりのサラダやシリーズお馴染みの骨付き肉、アイルー達が得意とする串焼き料理。それをテーブルの上に広げ、並べ、そして小麦粉や砂糖を使ってお菓子も作って並べている。

 

 蓄えにはある程度今では余裕がある為、一度ぐらいこうやって大量に消費しても問題はないし、何よりこうやって囲んで一緒に食べるというのは一つ、物凄い嬉しい事だった。

 

 一人ではない、というのはそれだけで違うのだ。

 

 寂しく感じたら誰かと手を繋ぐ事が出来る。

 

 悲しいと感じたら誰かに聞いて貰える。

 

 少し機嫌が悪かったらストレスの解消に付き合って貰える。

 

 嬉しく感じたら、それを笑って誰かと分け合う事が出来る。

 

 それは当然の事では? と生きていると思いかねない。一人暮らしをしている一般人がいるとして、それでもネットという環境に繋がる事によって、感情の変化を他人と共有する事が出来る場所があるのだ。

 

 それが今まで、自分にはなかった。そしてアイルーと出会えたことで、それが出来るようになった。自分の中にあった人間性とも呼べるものが少しずつ、ほぐれて本来の形を取り戻すのが日常的に感じられ、笑うという事の本当の意味を今では思い出せる。

 

「ニャー! それはニャーの魚ニャー!」

 

「ニャっふっふっふっふ……早いもの勝ちだニャ」

 

「あぁ、この骨のライン美しいニャ……食べるのが惜しいニャ……」

 

「じゃあ食うニャ」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 料理をキッチンから運びつつ並べ、椅子に座れば騒がしいアイルー達の乱痴気騒ぎが聞こえるし、見える。外の環境は月日が流れる度に更に悪化して行くのに、今では丘で《斬虐》が徘徊しているのに、まるでそんな事を感じさせないだけの楽しさがここにはあった。

 

 地球では味わえない経験だった。

 

 ここに来れて良かった? と聞かれたら少し困る。

 

 ここに来た事で新しい事に挑戦できて、そして色々と出来る様になったが―――それでも、死ぬかもしれないというのは恐ろしい。だから来れて良かった、とは一概には言い辛い。

 

 だけど間違いなく、今が楽しいとは断言出来た。冬、活動を一時的に縮小し、大人しい冬の日常を鍛錬しながら過ごしつつ、クリスマスをアイルー達と楽しむ。作る事に成功した蜂蜜酒や果実酒を片手に、アイルー達が肩を並べ、上機嫌に声を張る。

 

 歌を歌い、酒を飲み、ご馳走を食べる。

 

 一年に一度だけの異文化のお祭りを、一緒に楽しむ―――そんな冬が過ぎて行く。

 

 

 

 

 それは眺めていた。

 

 それは深淵の中で微睡みながら眺めていた。

 

 一挙一動を逃す事無く眺めていた。

 

 それが最初に覚えたのは純粋な興味だった。そして次に抱いたのは愉しみだった。そしてそれはやがて、目覚めを少しずつ感じながら、期待へと変わって行く。少しずつ、少しずつそれの瞳が開いて行く。まだ、完全な覚醒には程遠い、だがその目覚めの段階に合わせ、少しずつだが力が漏れる。何千年と蓄えられたエネルギーが、吸い続けられたエネルギーがその身体から溢れ、環境に溢れ出す。

 

 汚染する様に。

 

 まだ、浅い微睡みの中で、それは最近のお気に入りを見て、笑みを零した。

 

 きっと、今度こそは、と微睡みの淵で思考した。

 

 そしてそれと同時に己の揺り篭となった世界を見た。

 

既に三割の生物が絶滅した揺り篭を。

 

 少しずつ、少しずつ、環境は喰らい合って純化されて行く。拡散された力は喰らい合う事で一つへと収束して行く。それは可能性が一本道へと束ね上げられる様な行いであり、それを通して一つの結末へとたどり着くまでの道しるべだった。

 

 ランポスと呼ばれる種、亜種、その近縁種が全て絶滅した。

 

 ゴゴモア、ババコンガと呼ばれる森に住まう種の亜種も派生種も絶滅した。

 

 ライゼクス、ガムートと呼ばれる種も捕食者に食い尽くされて絶滅した。

 

 感じ取って踏み込んだテオ・テスカトルとナナ・テスカトリは絶種によって始末され、無限に殺されて喰われ続けている。

 

 だがそんな些末な事にそれは目を向けない。牽制するような、可愛らしい視線も意に介さない。

 

 ただ唯一、愉しみを満たすその姿だけを眺め続ける。

 

 微睡みの中―――その目覚めの時まで。

 




 絶滅率30%突入。

 それに伴い下位個体が完全に絶滅。

 環境から小型肉食獣が完全に駆逐されたので中型・大型種がスナック感覚で腹を満たす事が出来ず、飢餓感に後押しされて同種を腹を満たす為に捕食する確率がフィーバーですよこれ。

 という訳で4年目終了。

 次回5年目、古龍でさえ食料となる年が始まる。


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5年目 春季

 異世界漂流五年目。

 

 転生でもなく、原因不明なのでトリップ(旅行)とも言えず、迷い込んだのならそれは漂流と表現するのだろうという考えから異世界漂流。その五年目。ついに五年目か、とも、まだ五年目か、と思いたくなる事がある。もう既に此方で数十年は暮らしている様な濃い密度の人生を送っている気がする。だがそれとは別に、まるで加速する様に時間が過ぎ去って行くのを感じる。必死になっている内に、いつの間にか季節は過ぎ去り、そして新たな季節が一巡してやってくる。

 

 この世界に、星に慣れたのか? それは難しい質問である。根本的な地球人感覚が既に20年も続いたのだ、今更直ぐに切り替えろと言われても難しい。それでもあっさりと刃を振るえる辺り、人間の適応能力という奴は全く馬鹿に出来ない。そんなウルトラハードな環境で過ごしてきた人生、漂流して五年目になる。誕生日が何時だったか忘れたので、経過年数で数えて大体、25歳辺りになった。少し、大人になれたのだろうか? そう考え、無駄な思考だと切り上げるこの頃、

 

 五年目の春季は地獄となって幕を開けた。

 

 飢餓だ。

 

 冬の間に我慢していた事とは別に、春になってもランポス等の小型肉食竜が戻ってくる事はなかった―――どうやら、ついに完全な形で環境から絶滅してしまったらしい。その影響を受けて、一番食べやすい存在が消えた事で慢性的な肉不足の影響が竜種に現れるようになった。つまりは飢餓による狂暴化だった。春季、雪が降るのをやめた辺りから《斬虐》は山へと戻って行った。そして雪が溶け始めた頃には少しずつ丘の生態系が今までのそれに戻り始めていた。

 

 だがそこで目撃出来たのは、イャンクックがイャンクックを食らおうと12頭が乱戦を繰り広げる様子だった。

 

 それは異様すぎる光景だった。基本的に相当好戦的な種族でもない限り、モンスターは同種の間で争う様な事はしない。当たり前だがそれは種族の本能なのだから、争わず、種を繁栄させるために行動する筈なのだ。だからイャンクックは普通は争わない。特に鳥竜種はそこら辺、コミュニティを築く個体が多い。その為、積極的な争いをする姿は外敵以外には目撃しない。

 

 だがこれはどうだろうか? イャンクックが12頭、おそらくは同じコミュニティ。それに属するのが殺意をお互いに向け合い、食料として互いを見ている。それは気持ちの悪い光景だった。

 

 人間社会でカニバリズムは忌避される行いだ。やってはいけない事だと理解している。そして、突然変異でそうする人間が万に一つの可能性として生まれて来る時があるかもしれない。先天性、後天性、どちらであれ、それはそういう存在として現れるだろう。だが根本的な部分として忌避すべきものである、という認識がある。そのおかげで人間が食人性に目覚める事はほぼない。ありえないとも表現できる。それはやってはいけない事だと遺伝子的に理解しているからだ。

 

 だがある日、国単位で住民がカニバリズムに目覚める。唐突に朝マックを食べに行くような気軽さで、料理するよりもそのまま、自分の家族を食べた方が早いじゃないか、と思うようになる。

 

 その異常性が今のイャンクックだった。存在的にありえないのだ、そういう風に習性が行きつくのは。生物としてまるで正しくないと表現も出来る。特異個体でも、辿異種でもない。ただの異常性だ。種全体で異常が発生しているのだ。生態として、或いは生物として発生してはならない事だった。本能や遺伝子、その全てに逆らう様な行いが種族単位で発生しているのだ。他の種を食らう事ならまだいい。

 

 だが当たり前の様に同族を食らい合う光景は、醜悪としか表現が出来なかった。吐き気しか感じられなかった。当然だ、生物的な行いを無視しているのだから。生物として間違っていると断言できる行いを通して成長しているのだから。

 

 殺して、止めなくてはならない。

 

 気が付けば刀を手に、イャンクックの群れを虐殺していた。それ以上、それを見るに堪えられなかった。狂わされ、本能を凌駕するほどの悪意で同種を食らい合うその凄惨で凌辱的な光景を。その果てに待っているのは子を残す為の死姦だったのだろうか? それを考えると更におぞましい。おぞましさしか残らない。だがそうやって殺すことを繰り返せば、更に生息数、生物の数は減って行く。

 

 それでも、殺さなくてはならない。

 

 殺さないと、食い合って更に強い種が生まれる。悪意の泥の中からおぞましい怪物が産声を上げるのだ。それを防ぐ為には生まれる前にその種を根絶やしにして始末するしかないのだ。その為に更に、もっとたくさん、

 

 竜を殺さなくてはならない。

 

 五年目。

 

 生存競争の年が始まった。

 

 

 

 

「これがお前の新装備ニャ!」

 

 そう言って工房長猫が新しい装備を見せてくれた。完成されたのはグローブ、ブーツ、インナー、アウター、そしてマントのセットだった。つまり今まで使っていた装備を全て新しいものに更新する、という形だった。まだ使い始めて数か月しか経過していないので、個人的には物凄く不満、というか勿体なく感じるも、工房長猫はこの季節の猛攻を生き残る上では、最速で最新の技術と最高の素材を使った作成を行うのが一番だと力説していた。

 

 それを否定する言葉が存在しないので、素直にそれに従っている。

 

「インナーと手袋は素材を更新したニャ。この前持って来たばかりの星竜・エストレリアンの素材を使っているニャ。これは此方の大陸で独自の進化を得て生まれて来た竜種だニャ。シュレイドやフォンロンでも見かける事のない竜ニャ。たぶん環境の影響で生まれて来た竜ニャ。その性質も面白いもので装備してちょっと力を籠めるニャ」

 

 言われたまま、装着しているゲリョスのオープンフィンガーグローブからエストレリアンの手袋へと装備を変える。指に吸い付くようなフィット感を感じる。装着した箇所から皮膚に同化するようなピリっとした感触を感じ、軽く力を込めて拳を作れば、まるで手の一部の様に反応する。脱がそうとすれば別に普通に脱げるのに、それを装着し、力を込めればぴったりくっつく。

 

 不思議な素材だった。

 

「うーん、マーベラス」

 

「初めて見る素材だけど実に不思議な特性だニャ。確か星竜は合体する竜なんだニャ?」

 

「あぁ、そうなんだ。星竜エストレリアンは蝶の様な甲虫と共生関係にあって、怒りを覚えると合体するんだよなぁ……」

 

「たぶん素材として使った場合に出てきている影響はそれが原因ニャ。融合、合体、そこら辺の特性が素材としても滲み出ているニャ。だからそれを使うと指を完全に保護した状態のままで細かい作業が行える筈ニャ。手袋を作るには理想的な素材ニャ。耐火性と耐電性も高いニャ、インナー装備を作るならまずこれだと思ったニャ」

 

 その言葉の意味は良く伝わってくる。色合いはオレンジ色に近い色合いに白で文様が入っている。そしてそれに合わせ、コンバットブーツも更新されていた。此方はどうやら、履きやすさを向上させたうえで、足首から下の部分に軽い金属を仕込む様になったらしい。これで龍を踏んだりしても、足を焦がしたりする事はないとか。蹴りによる破壊力の向上を少しだけ、目指した。

 

 それが終わればアウター、つまりはインナーの上に着る服装。砂漠から回収してきた古龍の素材を活用しており、ハンターが装着するような鎧ではなく、シャツとジーンズに近い、動きやすい恰好を工房長猫が言うにはテオ・テスカトルの皮と毛を使って作っていた。恐ろしく軽く、そして黒曜石のナイフを通さない頑丈な素材だった。

 

 個人的には古龍の死体が転がっている砂漠というのが恐ろしかったが。

 

 そして最後に、

 

「これはオオナズチの素材からカメレオンローブだニャ。オオナズチの特性をふんだんに盛り込んだこのローブは周辺の環境に紛れ込む様にその色を軽く変える不思議なローブだニャ。これ一着あれば環境に合わせてマントを選び直す必要はもうないニャ!」

 

 前使っていたマントよりも重く感じるが、装着してみれば、確かに工房長猫の言う通り、軽く色が周辺に合わせて変わり、隠れやすい色に変化する不思議な物だった。スキルは付与出来ないと工房長猫は言っていたが、

 

「こういうのは作れるのか……」

 

「そこまで難しくないニャ。素材の持つ特性を引き出すだけならメゼポルタの職人なら大体誰だって出来るニャ。難しいのはここに、概念的な能力を付与する事にゃ。それには設備が必要ニャ」

 

「成程」

 

 地球人だったら卒倒しそうな話だが、スキルは恐らく自分には意味がないであろう以上、気にしたところでどうしようもない。工房長猫から受け取った装備品、防具の一つ一つを確認しながら装着して行くと、最後に一つの道具を工房長が渡してきた。なんというか……黒ずんだワイヤーと、吸盤? の様な道具だった。

 

「これは」

 

「ニャニャ。新大陸では蟲にワイヤーを打ち込む事で自由な移動を可能にしたらしいのニャ。これはその技術を組んで改良したものニャ。素材は伸縮性に富んだゲリョスの尻尾を使いつつ、フルフルの吸盤を使って作った道具ニャ。試しに上、ちょっと放ってみるニャ」

 

 工房長猫に促され、軽く回転させてから勢いをのせ、上へと向かって放ってみれば、まるでお餅の様に一気に伸びたゴムワイヤーが天井に吸い付き、そしてそのまま反動で縮小する勢いで掴んだ此方の体を引っ張り上げた。

 

「おぉ」

 

 五メートルほどの高さまで一気に引き上げられた所、最短状態に戻ったワイヤーは自動的に吸盤が力を失って外れる。そのまま、下に軽く受け身を取りながら着地する。中々便利な道具を工房長猫は作成してくれたらしい。

 

「それは縮小状態だと外れて、伸びた状態だと吸い付く様にしてあるニャ。高い所に登る時、或いは落ちる時、緊急脱出の時にたぶんニャーが走るよりも早く動けると思うニャ」

 

「ありがたい」

 

 工房長猫に軽く頭を下げて感謝しつつ、新しい装備を装着し、ちょっとしたむふふ状態だった。結局のところ、男の子として新しい装備、という概念に関しては常に笑みが浮かんでしまう性質を持っている。

 

 男だからしゃーない。ただこれで色々と装備や手段が充実してきたのも事実だった。そしてこれをフルに扱えるようになるのが必要なのも、また一つの事実だ。それを踏まえ、どうするか、と悩む所だった。装備を受け取り、着替え、そして出る準備を整えた所で少しだけ困っていた。この装備があれば、今までは行く事をしなかった高地へと様子見に出る事が出来るだろう。

 

 だけど、それとは別にそろそろ水没林の様子を見に行きたい、というのもあるのだ。あちらは辿異エスピナスが入り込んで、その影響で実質封鎖状態になっていた。だが今の環境、とてもだが辿異エスピナスだけが残っている様には思えないのだ。別の所から流れ込んだ種と争って、覇権が移り変わっていそうだ。

 

 だけど高地も高地で、三つ巴の状況がそろそろ終わっていそうな……或いは別所から流れて来た生物によってチャンピオンが別の奴に変わっていそうな気もするのだ。正直、どちらもあまり長い間見てなかっただけに、覗き込むのを恐ろしく感じるのだ。

 

 だが生き残る上で、どちらも最終的には向かって竜をぶち殺す必要がある。

 

「んー……迷う……」

 

 まぁ、ぶっちゃけ、どちらでもいいというのが本音だ。最終的にはどちらも回るのだから。だがその上で考えるのはどっちから回った方がまだ安全か、という話だ。とりあえず、向かう方によっては其方に構っている間に状況が進むかもしれないし、それが原因でもう片方の環境が変化してしまうかもしれない。だがどちらにしろ、最終的には両方回らなくてはならないのだから、

 

 フィーリングで選ぼう。

 

「んー、水没林、かな……?」

 

 高地は後回しにすると決める。というのも、今、ここであの辿異エスピナスが生きていようものなら自分の手で始末しよう、そうしようと決定したからだ。それが決して、楽ではない相手であるというのは誰よりも、自分が理解している。

 

 何せ、エスピナスとは完全なるフロンティア産飛竜、つまりは魔境生まれの竜であり、昔は魔境の看板をしていた竜でもあったのだ。その中でも辿異種となったエスピナスは猛毒、超毒とか言われる解除不可能の糞性能毒を引っ提げてきている。超風圧も持ち込んでいるし、まさに辿異種と呼べるだけの暴力的な能力を保有している存在だ。

 

 だが将来的にはこの辿異種を鼻歌を口ずさみながら狩猟出来るだけの実力に到達しなくてはならない。何故かと言えば、まず間違いなく絶種がそう言うレベルにある存在だから、なのだ。

 

 アレは絶対に戦う日が来る。それは確信している。それも一体や二体では済まないだろう。だから事前に辿異種を殺す事で経験を取得する必要があると思っている。確かに正気を疑うリスキーな行いだが、それと同時に、やらなくてはならない事でもあると思っている。

 

 実際、上位の戦闘になれば成程、何よりも大事なのは経験だと思っている。何と戦ったのではなく、戦闘を通して何を経験したか、という事実がずっと、自分の力となって残ると思っている。最初は剣の振るい方が解らなくても、それを繰り返している内に使い方が解って来た。それと一緒だ。今はまだ経験した事のない事でも、経験する事を繰り返せば、咄嗟の判断でも経験から最適な決断を下す事が出来る様になる。

 

 その為にはまず、辿異の領域に入門しなくてはならないだろう。

 

「……」

 

 ……勝てるのか? 自分に。辿異種に。あのヒプノックはまだ若い個体だった。奇襲染みた攻撃で即死させただけだ。それに今回は刀という武器制限まで存在するのだ。そう簡単に殺せるとは思えない。第一、毒の警戒もしなきゃならないのだから、簡単には終われないだろう。

 

 だが、それでも、

 

 最終的に絶種に勝利する事を考えたらまず間違いなく、ここで勝利する必要はあるだろう。そしてここでの経験を足掛かりに更に上の段階へと進む必要がある。

 

 何時かはやらなくてはならない事でもある。戦いを繰り返す事で無理やり成長を促進させるのがこの《箱庭》……或いは《蟲毒》という環境ならば、戦いを繰り返せば繰り返す程、強くなって行く筈なのだ。実際にランポス相手に地獄を見ていた自分が今ではフルフルを群れ単位で虐殺するだけの力を手にしている。その経緯がどうであれ、

 

 戦いを繰り返す度に、成長を繰り返している。

 

 理想とする自分の姿へと。だからもっと、もっと戦わなければならないのだろう。もっと戦い、そして殺し続けなければあの領域には届かない。

 

「殺るしかないか」

 

 何時もの事だ、と目を閉じて覚悟を決める。

 

出来るか出来ないかじゃない。やる。やり遂げた。やってみせた。それだけが許される。そしてこの先も、それだけが認められる。だから自分は、少しでも長く生き続ける為に―――自分のエゴの為に、殺し続ける選択を選ばなくてはならない。

 

 誰かが困っている訳じゃない。

 

 生きるために必要だからじゃない。

 

 求めているから殺すのではない。

 

 殺す為に殺すのだ。

 

 この環境の、生物たちと何の変わりもなく―――殺す為に殺し、強くなる。

 

 その道を選ばなくてはならない。

 

 だから目を開け、春の空を見た。明るく、そして美しい、大気の汚染の無い綺麗な空が広がっている。空気が美味しい、なんて事を感じる余裕なんて今でもまだない。だけど聞こえてくるアイルー達の喧騒を聞いていれば、少しだけ笑い声が漏れてしまう。寂しかった心を埋める様に作った環境、

 

 それを守るためにも、殺さなくてはならない。

 

 殺さなくては、ならないのだ。

 

 故に狩る―――次の獲物はエスピナス辿異種だ。




 強くなる為に殺す、という究極のエゴイズム。それは果たして生まれようとする悪意の怪物たちと何が違うのか。五年目は楽しくなるぞー。いっぱい戦うぞー。

 それはそれとして、個人的に全シリーズを合わせて一番好きなのは星竜かもしれない。亜種の禍星竜や天星竜合わせてデザインほんと好き。

 次回、対辿異エスピナス戦。もうナスとは笑わせない。


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5年目 春季 対辿異エスピナス

 何時も通り、大型狩猟を行う前には、存在しない神にではなく、自分の強さに対する祈りを捧げ、軽い儀式を終わらせた。装備は工房長猫によって最新式に更新されている。左に三、右に三。メカニカルバインダーによって刀の装着はもっとシステマチックになった。無駄に鞘が揺れなくなった上に、バインダーで連結されており、ワンタッチで鞘を分離する事が出来る代物だ。ベルトから鞘を抜くという手間をこれが解消してくれた。

 

 それに閃光玉、爆薬、投げナイフ、ゴムワイヤー、そして古の秘薬。これの飲み過ぎはどうやら()()()()()()()()()()()()()()()らしいので、飲む回数が制限されている。それが恐らくゲーム内で大量に持ち込む事が出来なかった理由だろう。ただこれに頼る様なレベルの傷を負ったら、おそらくは致命傷だ。なるべく頼りたいとは思えなかった。

 

 解毒薬もエスピナス、それも辿異種が相手であればほとんど意味はない。持ち込むだけ無駄だ。

 

 それ以外にも何を持ち込むのか、良く考えた。自分の中にある熟練のハンターであれば、まず間違いなくハメるだろう。睡眠爆破とかは良くやる手段だ。麻痺させるのも悪くはないだろう。だが現実的に考えて眠らせるのも麻痺らせるのも、短時間でそれを行うのは不可能だ。そもそもどうやってあの激しく動く生物を相手に大タル爆弾を設置するのだ? それに睡眠三倍ダメージなんてものは存在しない。第一そんな簡単に感染しない。

 

 毒とか麻痺とかいきなり睡眠とか、しない。

 

 疲れを癒やす為に戻って眠るなんて事もしない。

 

 ゲームの様な都合の良いチャンスは存在しないのだ。だから結局のところ、どこかで妥協するしかない。そもそも、最終的な相手を考えると道具に頼る様な狩猟では最終的に、全てを封殺されて殺される未来にしか辿り着けないような、そんな気がする。何よりも強くならなきゃいけないのだ、俺自身が。道具で刃向かう、握る剣とそれを振るうだけの腕前で。それだけでなんでも殺せるレベルまで自分を鍛えなくてはならない。その為には必要以上の道具も無駄だ。

 

 必要な道具は最低限のサポート道具と、薬と、武器だ。

 

 これだけでいい。

 

 これが、良い。

 

 覚悟を決め、装備を完了し、祈りも全てを終わらせた。水没林の辿異エスピナスを殺しに行く。そう決めて歩き出そうとしたところで、マント姿のラズロが四足歩行で走って近寄り、溜息を吐いた。

 

「おいおい、俺を忘れてるニャ、相棒」

 

「なんだ、来るのか」

 

「俺抜きで戦うなんて贅沢な事をさせる訳に行かないニャ。辿異種なんて中々会えないからニャ。俺もまた、ニャンターとして一つ上の領域に至る為に相棒を利用させて貰うのニャ」

 

 森林拠点から歩き出しながらそう言うラズロの姿を見て、小さく苦笑を零しながら、しょうがない奴だ、と呟く。それでいいんだニャ、とラズロは笑いながら横を歩く。ゴーグルを装着し、マスクを装着し、遠征する全てを整えて相棒のニャンターと一緒に、森林から樹海へと移動して行く。歩き慣れ、そしてこの五年間で踏み慣れた道を一人と一匹で進んで行く。お互いに、武器はそこまで特別な物ではない。これで辿異種を殺しに行こうという話だから、改めて凄いと思う。

 

 特にゲーム時代での糞性能を知っているのなら。

 

 アレが、リアルになるのだ。今まで殺した事のある相手で一番強い部類に入るだろう。

 

「正直な話をするニャ」

 

「おう」

 

「ちょっとついていけないニャ」

 

 森林から樹海に入り、そこから水没林へと繋がり道を進んで行きながらラズロの話を聞く。その言葉にまぁ、そりゃそうだろうなぁ、と思わなくもない。

 

「俺はこう見えてもG級のオトモとして一緒にクエストに出たりしてた時期もあったニャ。ニャンターとしても上位でソロ狩猟とかもやってたのニャ。まぁ、ニャンターだと上位が限度なんだがニャ」

 

 初めて聞く内容だったが……まぁ、確かに、とは思う。アイルーは摩訶不思議パワーをゲームの時は発揮していたが、これがリアルになると相当難しいだろう。まず、体格差の問題でほとんどの攻撃を大型飛竜に対して通す事が出来ないという問題があるのだ。それなのに上位に居た、というのは相当な腕前を持っていたという事だ。

 

「あぁ、だからサポートが的確なのか」

 

「まぁニャ。G級での戦いはどれだけハンターの動きを自由にするかという所にオトモとしての重要性があるニャ。閃光玉、音爆弾、爆弾、ネット。一流のオトモ、ニャンターは様々な道具を使って常に相手の行動を潰し、或いはハンターの動きをサポートして攻撃のチャンスを作るものニャ」

 

 ラズロと狩猟に出る時、ラズロは常に此方が動きだし、攻撃を仕掛ける時に合わせてサポートを入れている。それは此方が一手届かない時にブーメランで目潰ししたり、或いは戦いやすい様に環境を整える為に光源を生み出したり、或いは此方が閃光玉を抜く事が出来ない状態を察してそれを使用してくれる。

 

 状況に必要な物を常に一歩後ろから観察しつつ、的確なサポートを入れる事で此方の行動を保証するという戦闘の巧さがラズロにはあった。正直、ブーメランとハンマーは物凄い頼りないが、それで殺傷する事を目的としていない事は理解した。

 

「まぁ、だから俺もハンターという連中は良く知ってるニャ。だから相棒はちょっとついていけないニャ」

 

 ラズロは歩きながらそれを口にする。

 

「最初、相棒を見た時はまだまだ、下位から上位に上がった程度のハンターレベルだったニャ。正直、なんで生き残ってるんだこいつ? って疑問を覚えるレベルの弱さだったニャ。だけど生活して、一緒に狩猟する度に絶対に成長して戻ってきているニャ。普通、ハンターが何年もかけて得る筈の成長を圧縮したかのように相棒は成長しているニャ……」

 

 ラズロはそこで一旦言葉を区切る。水没林へと行く道の途中、道路の端っこで蜂の巣を抱えながら転がってシエスタを過ごしているアオアシラ師匠を見つけた。此方が手を振ると、視線を軽く向けてから蜂の巣をちゅーちゅー吸うのに戻っている。物凄く表情が蕩けていて幸せそうな表情をしていた。本当に幸せそうだなぁ……とその姿を眺めてから移動を再開する。

 

「正直、今の相棒はG級入門ぐらいの実力はあるニャ」

 

「そこまで?」

 

「近距離片手武器で必殺出来る様な連中は上位にはいないニャ。いても将来的にG級昇段を受ける様な奴ニャ。そういう領域に相棒は来ているニャ。ありえない成長率と成長速度ニャ。まるで根本的なルールが違うみたいだニャ」

 

 ラズロがそう言った。根本的にルールが違う―――それに関しては、少し思い至る点がある。そもそもこの環境に居る生物として、存在として、自分も少なからず影響を受けているのだから、当然と言えば当然なのだろう。

 

 段々と、水没林に流れる水の音が聞こえて来た。

 

 水没林の異様な景色が見えて来た。水没している木々と、そして足場を形成する木々の姿が見えて来る。水没林に到着しつつ、眼を閉じて耳を澄ませ、気配を探れば木々の上にある大きな気配を感じられる……おそらくは、これが辿異エスピナスなのだろう。ゆっくりと目を開けながら口笛を響かせる。

 

「だけどニャ。同時に俺はワクワクしてもいるんだニャ」

 

 空を見上げれば、旋回しながらホルクが近づくのが見える。最近では古龍素材等を拾う事に成功しているおかげで、益々強靭に育っている姿がある。竜や龍の素材を食わせれば食わせる程強くなって行くペットの姿は、ちょっと楽しい。

 

「相棒は間違いなく希代のハンターになるニャ。間違いなく他のハンターには成し遂げられなかった景色を見せてくれるニャ。何だこいつ、成長がきもいって思っているのは本音ニャ。だけど相棒なら未だかつて、見た事のない景色を見せてくれる―――そこに期待している俺もいるんだニャ」

 

 ラズロのその言葉に小さく笑い声を零し片手でラズロを掴み。引っ張り上げながら片手を上へと向けた。急降下してきたホルクのその足を掴み、一気に空へと舞い上がる様に引き上げられる。昔は滑空するだけで限界だったのに比べれば、大きな成長を遂げていた。それと同じように、俺もまだまだ、成長を続けている。そうやって空に舞い上がり、横から乗り込む様に葉と枝で作る足場の上に着地しつつ、ラズロを下ろし、去って行くホルクに手を振った。

 

「そっか」

 

「うむ、そうニャ」

 

 視線を足場の端から中央へと向ければそこから此方へと向かって、ゆっくりと歩いてくるように接近するエスピナスの姿が見えた。その肥大化した角が特徴的な辿異種の姿をしている。金冠サイズという事もあり、異常なほどの威圧感を持つその個体は、まさしく見える死としても表現できるだろう。

 

 足場は硬く、ここが木の上である事を忘れてしまいそうになる。

 

「さて……」

 

「ニャ」

 

「やるか」

 

「ニャニャ」

 

 刀を二本、バインダーに装着された鞘から抜き放ち、二刀流の状態で両手を下ろしたまま、エスピナスの方へとゆっくり足を進めつつ、ラズロへと言葉を送る。

 

「なんつーか」

 

「ニャ?」

 

「ありがとうな」

 

「妙な奴ニャ。だが嫌いじゃないニャ」

 

 小さく笑いながらさて、と声を零した。再びさて、と声を零した。()()()()()()()()()()()()()()状態だ。この状態で咆哮をまともに聞けば頭がパーン、と弾けるだろう。そうなったらまず間違いなく即死だよなぁ、と心の中で笑いながら、

 

 自分の運命を試す。

 

 もし、俺がここで死ぬべきではない運命であれば―――また一歩、殺戮者に成長しながら乗り越える筈だ、と。このエスピナスという試練を狩猟して勝利するであろうという事に。

 

 歩き、近づき、エスピナスまで100メートルまでの距離に近づいた。足場が所々、薄い所が見える。踏んだらそのまま突き抜けて下に落ちちゃいそうだ。その場合は死ぬだろうなぁ、と思いつつ、エスピナスを見て、足を止めた。同様に辿異種となったエスピナスは、此方を見た。その視線は此方を敵かどうか、判断するものだった。

 

「相棒、近接専門ハンターがG級領域で戦闘出来る時間は1()0()()()()()って言われているニャ。それはハンターのスタミナの事を考慮した話ニャ。それ以上は純粋に体力差で覆されるニャ。それを考慮して相棒の戦闘可能時間は凡そ()()()()()()()ニャ」

 

「まぁ、身体能力が一般的なハンターに劣ってる自覚はあるよ」

 

「そうだニャ。相棒は身体能力だけを見るなら間違いなくハンターでも最弱クラスに入るニャ」

 

 エスピナスの瞳が此方を見つめ、そして敵意に満たされた。どうやら、敵として相応しいレベルであると認定されたらしい。左半身を前に出す様に刀を二本とも構え、エスピナスの先制を待つ。後の先、後の先を取るのだ。相手の動きを誘い込み、そしてカウンターを取る。それだけが自分に使える戦術だ。

 

「だけどニャ」

 

 エスピナスが木々の大地を強く踏んだ。この足場そのものが揺れる感覚と共に、エスピナスが息を吸い込んだ。それを見て、浅く呼吸を整え、心を殺意で満たした。体の奥からふつふつと憎悪と悪意が沸き上がってくるのを感じる。

 

 殺す為に殺す。その機能を果たす為に歯車が回り始める。

 

「そのキチガイ染みた技量は間違いなく俺が知っている狩猟者の中では最強ニャ。それは断言するニャ」

 

 エスピナスが口を開けた。来る、超咆哮が。凄まじい暴風と共に放たれる、生物として上位に立つ存在の咆哮、それだけで生物を殺すだけの破壊力がある。特にエスピナス種のそれは強く、大地を粉砕する程の勢いがある。そして辿異種となったエスピナスのそれは更に凶悪化され、音と風圧の暴力で二重に殺しに来る。それがラズロの言葉の直後に襲い掛かって来た。エスピナスが天を仰ぎながらその口から死の宣告を放った。

 

 それを見て、腕を動かし、振るいながら―――踏み込んだ。

 

「じゃ、自信をもってやってやりますか」

 

 踏み込みと共に放った切り払いでそのまま、音と風の壁を切断し、刃を捻りながら叩き上げる事で切り開けた空間の壁をそのまま叩きつける様に広げ、風と風、音と音を斬って叩きつけながら発生源同士で潰し、相殺する様に飛び込む。何百、何千と練習を繰り返してきたものだった。ただ、一度として成功する事もなかった。

 

 だがこうやって、死の宣告を前に相対した瞬間、それは一回目で成功した。使用した両の刀は砕け散り、それを手放しながら左手を左腰のバインダーへ、鞘を掴みながら親指のワンタッチでそれをパージする様に引き抜き、右手を柄に沿える。

 

 一度として、練習している間は成功しなかった。

 

 つまりは()()()()ものなのだろう、と思う。

 

 死の気配。死の舞踏。命の輝きを最も感じる()()()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれない。だとしたら話は簡単だ。前よりも強く、今よりも強く、

 

「カラータイマーが鳴る前に決着、つけようや」

 

 咆哮を中断させるエスピナスより早く、瞬間的な加速の踏み込みで居合斬りを放った。弱肉質の顔面目掛けて放った一撃はエスピナスの角によって阻まれ、刀が僅かに角に食い込むも、そのまま食い込んだまま動きを停止する。その為それを手放し、放たれる毒液を回避しながら突き刺さった刀を蹴ってエスピナスを足場に一気に背中に飛び乗る。新しい刀を引き抜きながらそのまま背中の甲殻を剥がす様に斬撃を放ち、背中を蹴って跳ぶ。

 

 エスピナスが咆哮しながらサマーソルトを放ち、此方を風圧と咆哮で吹き飛ばそうとするのを斬って着地しながら対応する。サマーソルトで落ちて来るエスピナスの頭が下に向いた、毒を爆撃の様に放って自分を中心に広げて来る。

 

 それを後ろへと跳躍しながら回避すれば、エスピナスが木上へと着地する。毒は防げない。その事を理解したエスピナスが毒を上へと吐き、自分の体に毒液を被せてきた。禍々しい猛毒を被りながら紫色にぬめぬめと輝きながらエスピナスは此方を見た。確かに、毒を被っている状態だと接近し辛いのは事実だ。こういう所を見ると遠距離武器で戦えるのは状態に関係なく攻撃を続けられるから便利だな、とは思わなくもない。

 

 が、関係なく踏み込む。狂竜活性はしない。こんな所で足を止める予定はない。こんなところで無駄に浸食値を引き上げる必要はない。最低でもこいつを狂竜ウィルスの力なしで倒せないのなら、この先の強敵は倒せない。

 

 だから引き出す、限界以上の技量を。

 

 自分の限界を超えたその腕前を通常の物として振るう領域に。理想を常にイメージし、それに自分の存在を合わせる。故に四本目の刀を引き抜きながらそのままエスピナスへと向かって飛び込む。その動きは翼を広げ、衝突面積を毒と共に広げる様に見えた。ぶつかれば脅威だろうが、

 

 その姿が接近する前に、小タル爆弾が投げ込まれた。接触範囲ぎりぎり、爆風が此方に届かないぎりぎりのラインで、同時にエスピナスが巨体故に急な停止を行えないと解った動き。

 

 ラズロのサポートだった。人間の拳サイズの爆弾を連続で、広げる様に放ったそのサポートは横からエスピナスを殴り、その動きを揺るがす事は一切なかったが、その爆風が右から左へと、その身にまとった毒液を一気に吹き飛ばして蒸発させた。此方が戦う上で一番面倒な物がなんであるか、それを理解してくれている動きだった。

 

「今日は死ぬには良い日だ―――」

 

 呟き、エスピナスの衝突を体を倒し、前傾姿勢でそのままエスピナスの下を通る様に回避しながら、刀を振るう。適切に弱い肉質を切り裂き、足の腱を裂く。血が舞うのを目撃しながら、浮かび上がったエスピナスの尻尾が眼前に迫ってくるのが見える為、刀を放棄しながら更に早い居合打ちで刀を粉砕しながら前転し、尻尾の切断と共にエスピナスの背後へと抜ける。捨てた刀をその動きの最中、足で引っ掛ける様にそのまま、

 

 蹴り飛ばした。

 

 蹴り飛ばした刀がそのまま、エスピナスの逆の足に突き刺さるのが見えた。

 

 両手で足場を叩き、体を吹き飛ばしながら転がせば直後、空中にジャンプしたエスピナスが逆さまになりながら先ほどまでの場所に毒の爆弾を叩きつけていた。そしてそのまま、浮かび上がったエスピナスが降りる事無く、ホバリングしながら口を開き、毒を一気に口の中に溜めて行く。

 

 走り出しながら刀を口で噛み、両手をバインダーへと動かし、タッチして連結してある空っぽの鞘を外した。走りながら溜め込まれ、空中でチャージされる届きようのない位置にあるエスピナスの姿を見た。発射まで直感、三秒。

 

「けど……!」

 

 鞘を二本投げた。投擲と言っても自分の筋力ではそれでダメージが出る訳もなく、限度がある。だが投擲したのはエスピナスの口の前、チャージしている姿に向かって投擲し、投げつけられた二本の鞘が音を立てて衝突し、発射台である口の前にとんだ。これではまだ、邪魔には不十分だ。

 

 だがそれを後押しする様に爆発が発生した。

 

 ラズロの投擲した爆弾がヒットした鞘を押し込む様に口の中に叩き込み、爆発の勢いで加速して口内に突き刺さった。

 

「死ぬには、良すぎる日だ―――!」

 

 エスピナスがえづいた。流石に直接口内に衝撃を受ける事は苦しかったのかもしれない。その発射タイミングと、角度が狂った。瞬間、一気に反転して体をエスピナスへと向かって加速させ、その後で毒のメテオがエスピナスから放たれる。それが爆発し、毒の霧となって広がるのを目撃せずに、放たれて未だにホバリングするエスピナスへと向けて一気に加速し、放った反動で僅かに硬直するその体、

 

 ―――足に刺さった刀へと向けてゴムワイヤーを放った。

 

 本来であれば届かない距離、跳躍では無理だ。だが工房長猫が作ってくれたそれであれば、一気に距離を埋める事が出来る。フルフルの吸盤で作られた吸いつきが刀に張り付いてロックされる。そのまま、伸びた反動で握った此方の体を引き寄せる様に一気に加速した。

 

 引っ張り寄せられる反動で加速する体は毒メテオで拡散される毒霧よりも早く離脱と接近を許し、ホバリングから緊急着地を行う事で迎撃しようとするエスピナスへと一気に接近する。

 

 勢いを殺さないまま、体が引っ張られる、強化された跳躍、アクションゲームの主人公の様な気分で、手を放して、空中に放り出されながら軽く回転し、勢いを乗せながら居合抜きに構えた。

 

 落下するエスピナスの顔が見える。大口を開け、此方へと噛みついて来ようとする姿だ。そのまま接近すれば食い殺される。故に構えながら空中の勢いのまま、判断する。

 

 肉質関係なくぶった切れるようになればいいのだ、と。

 

 故にそのまま、過剰な連続運動で肉体が疲弊する前に決着をここでつける事にした。エスピナスの噛みつきよりも早く、意識を加速させ、鞘から刀を射出させるように放ち、

 

 口を開けたエスピナスの歯に接触し、

 

 それを切断し、

 

 歯茎に接触し、

 

 それを切断し、

 

 上顎に食い込み、

 

 それを切断し、

 

 ―――肉質を無視して、そのまま口の中から上の頭を斬り飛ばした。

 

 勢いで刀が折れて、空中で前転する様にエスピナスの頭の上を抜けて行き、その背後へと転がる様に着地する。頬に擦り傷を作り、そこから流れる血を拭いながら、背後で音を立てて落下し、即死するエスピナスの気配を感じた。

 

 振り返れば顎からその裏の頭を切断する様に、鼻から目の裏にかけての頭を、まるでプラモデルのパーツの様に分離させられたエスピナスの死体が転がっている。その切断面からシャワーの様に血を噴出させつつ、喉の奥から溜め込まれた毒が吐き出され続け、歯の合間から下の水の中へと流れ込んで行く。

 

 完全に、辿異種エスピナスは死亡していた。

 

「ふぅー……心眼、って呼ぶにはまだまだ、未熟か」

 

 戦闘が終わった直後、戦闘中に後回しにしていたストレスと疲労が一斉に襲い掛かる様に全身から汗が溢れ出す。それと共に息を荒げながら、死亡したエスピナスの姿を再び確認し、自分がまた一つ、殺戮者としての道を歩んだ事を確認する。

 

 そしてその姿を確認してから、樹海とは反対の方角、

 

 水没林の更に奥へと視線を向けた。

 

 水没林には、奥がある。木々が絡み合う事で足場を形成するこの環境、その奥へと進んで行けば木々が少ない、水辺と岩場によって隔離されたような環境に到達する。そしてその隔離された場所には、あるものがある。

 

 そしてそれは、ここからも見えるものだった。

 

 エスピナスの死体の向こう側、まるで門番の様だったその姿の向こう側には、ここからでも見える一つの建造物があった。

 

 ―――それは塔だった。

 

 

 天上が暗雲に覆われ、見えなくなっている塔。それがそこに見えていた。

 

「まだまだ、未熟―――」

 

「だけど勝利だニャ、相棒」

 

「おう」

 

 ラズロが戦闘が終わった所で近づき、飛び上がりながら肉球を出してくるのでハイタッチを決める。また一つ、自分の理想の姿へと近づいた事を確認しつつ、ラズロと共に塔を見上げた。

 

 恐らくここが拠点を中心に、行ける最後の場所だろう。

 

 確かな成長を感じつつも、環境の激化とこれからの敵の強さに果てしない物を感じた。




 心眼(自前)。

 死地に潜っただけで成長するというのは実はおかしなことで、本来の成長とは基礎と鍛錬の積み重ねによって発生するもの。なのでこの環境での敵を殺し、死地を経験すればするほど加速する様に強くなるというルールは異常とも表現できる環境である。それが原因で絶種とかいうものが生まれるけど。

 それはそれとして、次回は塔探索。今年度は季節終了毎に絶滅チェック入るよ。


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5年目 春季 Ⅱ

 エスピナスの殺害に成功した所で、本当は拠点に戻るべきだったのだろう。だが刀を回収し、壊れたものも回収し、鞘も拾い直して無事な物だけかき集めた所で、そのまま、拠点に戻る気はしなかった。なんとなくだがあの時の様に、自分が呼ばれている……そんな気配を塔の方から感じた。拠点に、成功報告の為に戻らなくてはならないのが普通だろうが、

 

「塔、行くか」

 

「正気かニャ?」

 

「応ともよ」

 

「ならしゃーないニャ。付き合ってやるニャ」

 

 それにラズロがあっさりと承諾を出し、このまま、塔へと向かう事が確定した。辿異エスピナス戦で体はそれなりに疲労していたが、それでも動けなくなる程ではない。戦闘があるなら残された刀は一本だからきつい所があるが、それでもやってられないという事はない。そう考えながら木々の天井を足場に、塔へと向かって進んで行く。不思議と生物の気配は一切感じず、しかし、塔に引き寄せられる様な物を感じる。

 

 やはり、誘われている。そう思えるものがこの塔にはあった。

 

 葉と枝の道を進んで行き、水没林を超えて行く。岩場に接岸し、しっかりとした足場の上に乗り、そこから更に、塔へと向かってかつては存在したであろう、石畳の上を歩いて行く。意外とここら辺は保存状態が良く、塔の方も古くなってはいるものの、まだまだしっかりとしており、破損個所は少なく見える。悠久を超えてもなお、その姿が朽ちていないのはどこぞの天廊を思い出させる姿をしているが……アレよりは遥かに短い。

 

 でもアレ、コンテンツ停止したから吹っ飛んだんだよなぁ……。

 

 嫌な事件だった。

 

「……嫌な気配がするニャ。感じるか相棒?」

 

「感じる感じる。俺よりも遥かに上位の生物が上の方に居るな……」

 

 本能的にこいつには勝てないな、と思わせる強い気配が塔の上からは感じる。だけど同時に、それに呼び寄せられている様な物を感じる。こういう誘いはぶっちゃけ、乗るのは余り褒められた行為ではないのだが、この世界に限って塔という場所は本当に特別な意味を持っている。それを考えたら否定する理由はない。そもそも、自分にそこら辺の選択肢はほとんど存在しないのだから。

 

 だから石畳が作る道を踏みしめながら、塔の中へと入って行く。

 

 その中はあの神殿と同じように、黒曜石の様な磨かれた美しい輝きの黒によって構築される空間だった。中央は吹き抜けており、それをぐるりと囲む様に螺旋階段が続いている。天井がある感じ、どうやら何個かフロアに分割されているらしい。天廊の様な複雑な地形をしている様ではない様子。

 

「保存状態が素晴らしいニャ……風化の跡がほとんど見られないニャ……ギルドが調査したがりそうだニャ」

 

「メッフィーが起きた時に地形が残ってる事を祈ってて」

 

「それニャ」

 

 メフィストフェレスという龍がエネルギーを吸収する事が出来、それが本当に火山の中で眠っており、尚且つそのエネルギーを吸収し続けているのであれば、恐らくこの大陸ぐらいなら簡単に吹っ飛ばせるだけの力が溜め込まれているんじゃないかなぁ、とは思っている。ゴグマジオスのコアも大陸を吹き飛ばすだけのエネルギーが込められているという話だったし。それぐらい出来ても不思議はないと思う。だから祈るといい、最終的に大陸が残っている事を。

 

 その前に自分の命の勘定だが。

 

 他に行く場所もないので、

 

「登るか……」

 

「ニャー」

 

 螺旋階段に足をかけ、そして登り始める。体を鍛え、体力もかなり上がったが、それでもこの階段の数はちょっときついかなぁ、と思いながら螺旋階段を上がって行く。壁の方を見れば幾何学模様が刻み込まれており、そこに何らかのメッセージを感じる。だがラズロも自分も、そこに一切の法則性を見いだせず、しかし何らかのメッセージだけは存在するのだと、感じられた。

 

 そのまま、階段を上がって行く。

 

―――……。

 

「音、だニャ」

 

 上から音が聞こえてくる。それは音、というよりは音色だった。

 

「……悲しい音だな」

 

「ニャー……」

 

 だがその音はどこか、悲しみを感じる音色だった。楽器はたぶん……リュート、だろうか? それが塔全体に響く様に悲しい鎮魂歌を響かせていた。そう、これは鎮魂歌だった。何かを悼み、そして悲しんでいる。そういう類の音色だ。だけど人の気配が存在しないこんな領域で流れて来る音色なんて、一体―――と思ったところで、知識からサルベージできた存在があった。

 

「いや、まさか……」

 

「ニャ? どうしたんだ、相棒」

 

「いや……上に行けば解る」

 

 もしかして、いるのか? 《眠り姫》がそうであったように、こいつもそうなのか? そうなのだろうか? そんな疑問を抱きながら少しずつ階段を上って行く。その度に鎮魂歌をより鮮明に、そして強く、感情を揺さぶられる様に感じて行く。

 

―――■■■■……。

 

 音に声が混じる。男の声だった。だがすっきりとした声で、この虚しさに、良く澄み渡る力強い声でもあった。その声は、公用語でもなく、アイルー語でもない、どこかで聞いた事のある言語を口にしていた。だがその言葉の意味は、不思議となぜか伝わってきていた。

 

 その声は、音色と共に悲しい物語を奏でていた。

 

 それは戦争の話だった。禁忌に手を伸ばした人々がいた。それが逆鱗に触れ、龍達との間で、永遠に決別する為の戦争が始まった。人間の終わりのない破壊と冒涜への道、そして龍の進化と破壊の始まり。大陸を燃やし尽くしながら始まった人と龍の戦争は龍が押す形で進んで行く。

 

 だがその中、龍との争いを嫌い、逃げ出した一部が居た。それは海を渡り、国を作り、土地を管理し、戦争から離れた場所で暮らし始めた。戦争に巻き込まれない国は平和に暮らし始め―――戦争に従事した者達が逃げる様に入り込んだ事で、少しずつ狂い始める。龍を殺す為の研究が前線から運び込まれたからだ。

 

 平和だった筈の国は段々と龍への憎悪と殺意に引き込まれる様に染まり始め、そして国家の洛陽が見えて来た。伝染する殺意と狂気は海を隔てても人類を逃がす事はなかった。どこに居ようと、どんな場所であろうと、最終的に病の様な感染力で、人類は龍に敵対した。そして、国は多くの遺産を残して滅ぶ。

 

 滅んだ。

 

 そしてその亡骸の上に、龍の国が出来上がった。

 

 短く、そして言葉の一切解らない物語だった。だが黙って階段を上がっている間に音色と共に入り込んでくる物語は、人間と龍、双方が争う事に対するどこまでも続く虚無感を感じさせるものだった。演奏者の気持ちが伝わってくる引き語りだった。どこまでも愚かな人類だった。そしてまた、龍もどこまでも愚かだった。

 

 絶滅させるまで殺し続けた龍。

 

 絶滅するまで戦い続けた人類。

 

 どちらも、一切救いのない話だった。かつて、龍は人と一緒に暮らしていた時代もあった。その場所もあった。その名残は今でも残っている。だが最終的には一部の狂気が全体に伝染する様に、その理想も楽園も破壊された。

 

 どこまでも救いのない、とある箱庭の物語だった。

 

 魅入られる様に語りを聞き終える頃には塔の頂上に到達していた。地上よりも遥かに空気が少なく、そして遮る壁の存在しない、解放された空間だった。周辺には雲が漂うのが見え、見晴らしの良い空間の中で、まるで決戦場の様に解放された広い、天空の闘技場の中央、

 

 そこには崩れた岩を椅子代わりに座り、足を組み、リュートを奏でる男の姿があった。赤い衣を身に纏った男の気配は異質だった。とてもじゃないが、人間と呼ぶには強大すぎる。強大ではあるが―――凪の様に、静かに強大な気配だった。覗き込めば深淵に引き込まれそうな、そんな凄まじい気配の持ち主は目を閉じ、赤い衣に包まれたままリュートを演奏していた。どこまでも響いてゆく、悲しみの音色は風に乗って《箱庭》へと広がって行く。

 

 その雄大な空の景色をバックにした独奏を無言で見守る。とてもじゃないが、邪魔をする気分にはなれなかった。ただ静かに、流れる音色に耳を澄ませ―――それが終わる。演奏を終えた赤衣の男は伏せていた顔を上げ、眼を開けた。

 

 その瞳はまるで爬虫類の様な目をしていた。

 

「ようこそ、異邦人(フォーリナー)。或いは箱庭の生還者(サバイバー)とでも呼ぶべきか」

 

「やっぱりお前だったのか―――紅龍ミラバルカン」

 

 その言葉にラズロが首を傾げ、そして赤衣の男―――ミラバルカンの化身は笑みを浮かべた。そういえばミラボレアスやその派生の龍に関しては一般的ではなく、ギルドでも可能な限り秘匿する情報だったな、という設定を思い出す。だとしたらラズロでも知らないのかもしれない。ミラバルカンの視線を受け止めながら、そんな情報を思い出す。

 

 だがそんな超特大の上位古龍と対面した所で―――困った。

 

 視線を受け止めながら、片手で頭を抱える。

 

 困った……何を言えばいいのか解らない。

 

 こんな所で出会うなんて思いもしなかったし、そしてなんでここに居るのかさえも解らない。ミラバルカンの化身はあのミラボレアスが存在するシュレイドの崩壊を予告した存在だ。だから本質的には完全な人間の敵対者ではないのだろう……と思う。というかゲーム時代、ハンターとの戦いに対してテンション上げてた覚えがある。

 

 だけど、なんというか、言葉に困った。だから何を言うのか困っていると、ミラバルカンが口を開けた。

 

「かつて、ここは人と龍が暮らす土地だった」

 

 再び、リュートを響かせながらミラバルカンは言葉を続ける。

 

「人と龍の戦争、それに嫌気が刺した者達がこの大陸に逃げ込んできた。他の大陸に比べれば小さい、本当に小さい大陸だ。だがここで人は生きる事にした。今度は、龍達と争わない事を目的として、共存する様に生きようとした」

 

「……」

 

 語り始めるミラバルカンの言葉に、黙り込む。

 

「それに賛同する龍もいた。ここで様々な環境を再現する事によって人と龍が暮らしやすい場所を作る事を目的とした。大陸の醜さを見れば、争う事がどれだけ無益な事なのか、ここに居る人間はそれが良く解っていた。だから手を取り合い、共存の道を探したが―――」

 

 リュートの音色が、深く、暗いものに落ちた。

 

「だがダメだった。大陸の戦火、思想、憎しみは逃げ場を許さなかった。ヒトの思想は伝染病の様に海を越えた。龍の怒りは同族の怠慢を許さなかった。楽園なんてものはその一瞬で汚染されて狂った。平和なだけに一瞬で地獄が生み出され、その憎しみがヒトと龍、双方に対する天敵を生み出した」

 

 ミラバルカンの言葉に、その名前を口に出した。

 

「メフィストフェレス」

 

「そう、悪魔が生まれた。悪魔的であり、何よりも悪魔らしい龍があの時代の悪意の象徴として生み出された。奴は争いの全てを食らう為に生まれた龍だった……あらゆるエネルギーを吸収し、それを溜め込み放出する事の出来る奴は、古龍に対して、そしてヒトに対してもほぼ無敵とも言える力を発揮した」

 

「……」

 

 上位古龍、或いは龍種は上位に近づけば近づく程攻撃はもっとマジカルになるものだが―――共通して、それは属性等の指向性を持ったエネルギーとなるのだ。もし、メフィストフェレスが、あの龍がそれらすら食う事の出来る龍なのなら、

 

 もはや無敵だ。

 

 既存の古龍では勝ち目がない。溜め込み、それを放出するだけでハンターも消し飛ぶ。

 

 勝ち目が存在しない怪物だった。

 

「理想を見失ったヒト、そして怒りと憎しみから逃げられなかった龍。それが消え去った事で悪魔は敵を失い、火山の中に身を沈めて長い眠りについた。だがそれもいよいよ終わりが来る。奴の目覚めは近い。そしてそれを止める事の出来る龍は―――存在しない」

 

 ミラバルカンの演奏が止まった。それに合わせ、口を開く。

 

「―――俺に、奴を倒せ。そう言うのか」

 

「そうだ」

 

「またなんか頭のおかしい奴増えてるニャ……」

 

「俺もこの龍長生きのし過ぎでボケ始めてるんじゃないかって思い始めてた」

 

「!?」

 

 いや、だって、ねぇわって手を横に振る。

 

「G級ぎりぎりの俺が生物兵器とか無理ですやん」

 

「それはこの先の成長を見越した見立てだ」

 

「俺の人権を無視してるじゃねーかこいつ」

 

「やっぱ頭おかしいのが増えたニャ」

 

 ぶっ殺してやろうか、と思っているとにやにやと笑みを浮かべて来るので、これ、割と挑発されているな、と理解して心が一気に冷え込む。はぁ、と溜息を吐きながら片手を頭に当てて、冷静になる。ここで一気に茹だってもしょうがないのだ。理知的に、理性的にならなきゃダメだ。だからとりあえず、冷静になる。冷静になった所で、

 

 思った。

 

「俺を連れて来たのはお前ら、だな?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「帰す事も出来るだろ」

 

「無論」

 

「そしてその気もないな」

 

「今はな」

 

「……」

 

 不思議と、物凄くあっさりと帰れる事実が発覚した事に、まるで心が動く事もなかった。あれほど前までは帰りたいと考えていたのに、今ではまるで望郷の念も感じない。或いはそれすらも削ぎ落としてしまったのか。なんだ、帰れるのか……そんな、ドライであっさりとした感触だけが自分の中に残っていた。そしてそれを感じて、ふとした疑問を思い浮かべた。

 

「俺で一体何人目なんだ?」

 

「さぁ? それなりに同じ様な環境に放り出された者はいるとだけ言っておこう」

 

 あぁ、やはり自分以外にも居たのだろう、同じようにここに放り出された人間が。そしてたぶん、何十人と失敗して、食い殺されているのだろう。自分はあくまでも、運があったに過ぎない、ここまで生き残れたのは。そして、

 

「俺にアレを倒せってのか」

 

「あぁ、そうだ。そして、もし倒せたのなら元の世界に帰そう」

 

「勝手な言い分だな」

 

「それが強者の傲慢だ」

 

 男の背後に、紅龍の姿を幻視した。その雰囲気は言外に、納得しないのなら別に今殺してもいいんだぜ? という意味を含めていた。その態度には腹が立つのだが、しかし、冷静になって考えてみれば……自分にそもそも、選択肢なんて存在していないのだ。

 

 この大陸からの脱出方法は、現状存在しない。

 

 ラヴィエンテは大人しいが、船で遊ぶ悪癖がある。作っている間にそれを取り上げて遊び始めるからダメだ。空はシャンティエンがいるらしく、既にギルドの遠征隊が此方に来ようとして全滅しているらしい。そうなるとこの環境、大陸で生きて行くしかないのだ、脱出できるその時まで。

 

 そしてその為にはあの《悪魔》を殺す必要がある。アレを殺さなきゃ将来的に生き続ける事が出来ない。だからどちらにしろ、自分に選択肢と呼べるものはなかった。この先、生きて文明の光へと届くのなら―――アイツを、殺さなくてはならないのだ。

 

 非常に忌々しい話だが、ミラバルカンの言葉には乗るしかなかった。閉ざしていた目をゆっくり開けながら、ミラバルカンへと常に向けていた警戒心を軽く解く。それを受けて、ミラバルカンがふむ、と演奏を止め、それを別の曲へと切り替えながら口を開いた。

 

「どうやら覚悟を決めたらしいな」

 

「それ以外の選択肢がないからな」

 

「結構、なら当座の指針を助言者として与えよう」

 

 その迫力、正体に見合わない、精密で優しい音色をリュートから奏でながら、ミラバルカンが言葉を紡ぐ。

 

「かつて、この箱庭がまだヒトと龍が共にあった頃の時代―――ヒトと暮らした龍、その末裔は未だに生きている。かつての記録を遺伝子に継承し、子に教え、次世代へと繋げながら自分たちのかつての生活を伝えている。今でも彼らはその頃の誇りを継承し、そしてこの地の番人として生き続けている」

 

 恐らくアオアシラ師匠や《偏食》イビルジョーなどの事だろう。積極的に環境を安定させる為に動き回っていたあの連中だがそうか、そういう背景があったんだな……と、その行動を漸く理解する。あの連中にとってだけは、人間との関係は終わっていなかったのだろう。

 

 となると協力してもらえる、という事なのだろうか? そう思ったが、

 

「まず最初にそれら全員を殺せ」

 

「―――」

 

 思わず、その言葉に絶句する。

 

「《悪魔》を倒す上ではその素材を使った防具が必須になる。それを手に入れる為にも全部殺せ。そうすればこの環境を維持していた抑止力も消える。共食いと殺し合いは更に加速する。今年度中にそれぞれの環境を代表する王者が生まれてくるだろう―――それも全て狩猟する必要がある」

 

 なんてこともなく、この文明がまだ発狂する前の、楽園だった頃の残滓を全て始末しろと告げて来た。

 

 そして、

 

「雪山で待つ幼い姫を殺せ、その毒が一番《悪魔》に通じる」

 

 演奏が終わり、ミラバルカンが真っ直ぐ、燃え滾る様な()()()()()()視線を向けて来た。果てしない怒りを、憎しみではない純粋な怒りを感じさせる瞳で此方を見て来た。その怒りの炎は何をもって燃え上がっているのは理解出来ない。だがそれはミラバルカンそのものを焼く憤怒(ラース)に思えた。

 

 情報と事実で強く殴り飛ばされた吐き気を覚えつつも、ミラバルカンは言葉を続けた。

 

「さぁ、行け。お前に助言は与えた。もう既にこの大陸からは三割以上の竜が消えているぞ。足を止めれば止めるだけお前が狩る事の出来る獲物が減る。殺せ。もっと殺して喰らって強くなれ」

 

 そして悪魔を殺せ。

 

 その怒りが言葉にならずとも、伝わって来た。考える事が多すぎて眩暈を感じつつ頭を押さえ、

 

 今は、ただ、それを呑み込む為の時間が必要だった。殺して殺して、殺し続けて―――全部殺した上で漸く、あの悪魔と戦う資格が生まれるのだと聞いて、

 

 ただ、それを胸に戻る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 その後、道中常に無言で拠点に帰った。

 

 余りにも考える事が多すぎた。どうすればいいのか。どう動けばいいのか。何をすればいいのか。考える事が多すぎて、そしてやるべき事は良く解らなかった。その事に頭を悩ませた結果、拠点に帰るまで、何も口にする事が出来なかった。ラズロも、何も言えずひたすら無言を貫いていた。

 

 そうやって帰って来た森林拠点。

 

 とりあえず、溜息を吐く。

 

「氷室にプリンを入れておいたから、とりあえずそれでも食べて脳を休ませよう」

 

「そうだニャ。そうするニャ」

 

 とりあえず頭を休ませてから、後で考えよう。そう思ったところで、少し前に塔で目撃したはずの姿が、拠点の外のテーブルに座りながらプリンを食べている姿を目撃し、一人と一匹で完全に動きを停止させた。

 

「ん? 帰ってくるのが遅かったな。小腹が空いたからこれは演奏代の代わりに貰っておくぞ。それと困ったらいつでも俺に言え、何度でも助言してやるからな」

 

 そう言って、スプーンを片手にプリンを食べているミラバルカンが拠点に居た。もうこいつここで殺すべきでは? と真剣に悩みながら、プリンを取り返す為に飛び蹴りを叩き込もうとするラズロを両手で必死に抑え込んだ。

 

 そうやって、

 

 新しく無駄に喋る事しかしないくせに一切労働せず、演奏代だけをせびろうとする紅龍(ニート)が住み着いた。




 助けられたし、助かったし、今でも助けられているけど殺せ。

 ミラバルカンのアバターとされる赤衣の男はミラボレアスの出現を歌い、そして人々に警告する。不吉と共に伝える姿は預言者とも助言者とも呼べる。詩人とは何せ伝え、そして広げる者である。詩人という形を取ったアバターは何を伝えたかったのか。避難しろという事か、或いは純粋に龍の怒りを教えに来たのか。

 ヒロインも恩師も殺せば何とかなるぞと教えてくれる姿はまさしくクソトカゲ。

 次回、夏季。マスコット枠が増えたよやったね。


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5年目 夏季

「俺の演奏を聞いたな? 代金を貰おうか」

 

 紅龍ミラバルカン(クソトカゲ)の話をしよう。

 

 ミラバルカンとは黒龍ミラボレアスの亜種だと認識されている龍だ。一時はミラバルカンはミラボレアスが姿を変えた存在である、何て説も存在していたが、その説に関してはミラバルカン本人が否定した為、別の存在として証明された。なお、ミラバルカンの上位的派生存在、ミララースに関してはミラバルカンと同一存在らしく、憤怒が極限まで高まった場合にのみ発生させる変身の様な姿らしい。

 

 そんなミラバルカンは普段は詩人の恰好をしている。ミラボレアスがシュレイド城に留まるのは()()の為であり、人類に常にかつての悲劇を忘れさせない為にある。その為の象徴であるミラボレアスは基本的にシュレイドに留まっている。それと引き換え、赤衣の詩人、つまりミラバルカン・アバターとでも呼ぶべき存在は、警鐘を鳴らし、予告し、そして告げるのを()()としている。

 

 別にそれがミラバルカンの役割ではない。ミラバルカン自体は火災の顕現とでも表現すべき、無印から続くモンスターハンターシリーズのマジカルアタック担当だ。火災竜巻、メテオ召喚等理論不明の超攻撃を行ってくる古龍だ。しかもそれはラース化すると更に悪化する勢いで酷くなる。そんなミラバルカンはどちらかと言えば文明を破壊する存在だ。《マジカル☆ワープ☆パンチ》を繰り出してくるミラボレアスと比べるともうちょっとまとも感のある攻撃を繰り出すが、それでも分類としては天災の類だ。

 

 誰かがモンスターハンターシリーズの上位古龍は、自然災害等の人類が立ち向かわなくてはならない災害を生物という形で表現している、と言った。その場合、ミラバルカンは間違いなく火災、そして破壊を象徴する存在となるだろう。そんなミラバルカンが何故、態々人間に対して警告するような行いをするのだろうか?

 

 もしかして人間の事が好きなのだろうか? とミラバルカンに質問してみた。その質問に対して、ミラバルカンは滅茶苦茶顔を歪めた。

 

「俺が人類を好いているだと? まぁ、確かにその愚かさは見ていて愉快なのは事実だ。だが根本的にヒトという種に対する愛をこの俺が持っている訳がないだろう? まぁ、この俺に挑めるような戦士であれば敬意は抱いてやらんでもない」

 

 それがミラバルカンの答えだった。

 

「俺が何故ヒトに警告したかって? それは簡単な話だ。俺はヒトという種は別にどうでもいいと思っているし、その文明も特に興味はない。だが彼らが生み出した文化は好きだ。見ろ、このアイルーに作らせた楽器を。これは俺達龍では絶対に作れないものだ。細かく、繊細で、そして実に芸術的だ。生まれた美しさではない。これは鍛え、そして生み出す美しさだ。これは俺達には存在しない概念だ」

 

 ミラバルカンという龍は特異な龍だった。ミラバルカンは文明ではなく文化を愛する龍だった。ヒトではなく、その種が生み出したものを楽しむ龍だった。だからこそ詩人なんて恰好をしていた。演奏も、それに伴う技術も完全にミラバルカン本龍が趣味と暇な時間を見つけて練習に練習を重ねた事だった。

 

「ヒトも文明もクソの塊だ。だがそれが生み出す文化の色だけは侮れない。生み出し、積み上げ、そしてそれで奏でるという考え方は自然のままに生きる俺らにはない概念だ。恐らくヒトが生まれなければ俺がこうやって服を着て演奏する事もなかっただろう。今もただの賢い龍として生きるだけだっただろうな」

 

 だからミラバルカンは思う。

 

 ヒトの生み出すものに価値はある。

 

「だがそれはそれとして偶にメゼポルタとか焼き払いたくなる。メテオテロとか起こしてみたらどれだけ騒ぎになるか気にならないか?」

 

「ほんとクソトカゲこいつ」

 

 この一言でミラバルカンの拠点内での呼び名がクソトカゲで統一された。第二候補はミラバルカンから言葉を抜いてバカ、第三候補がクソニートトカゲを略してKNT、つまりはノットだった。だがクソトカゲで通ったので皆でクソトカゲと呼んでいる。クソトカゲは本当に性根がドラゴンなので、根本的に考え方が人類と違っていた。だがその文化に対する愛だけは本物だった。

 

 拠点に居るミラバルカンが口を開いて放った言葉は簡単だった。

 

「俺を迎えるのに華やかさが足りない」

 

 そう言ってアイルーに無理矢理キャンバスを用意させ、どこからか調達した絵の具を使って絵を描き始めた。それだけではなく陶芸セットをどこからともなく持ち込んで、それで陶器などを作り始めた。そうやって生み出される品々はどれもマスターピースとでも呼べるような、上品さを感じさせるものだった。それでいて第一、第二拠点の外観にマッチするような作りをしており、描いた絵は室内等に飾った。芸術という面を見れば、まさにこれ以上ない腕前をしており、それで一瞬で拠点を飾り始めた。

 

 クソトカゲはクソトカゲの癖に芸術家だった。

 

 仕事の一つ一つに対するこだわり、慎重さ、そして楽しむ姿を見ていれば解る。

 

 こいつは人の心をどうとも思わないクソトカゲだ。間違いなくクソだ。春季の間、此方が帰ってくるのを見て、ちょくちょく確認する様に見ては、

 

「なんだ……まだ殺してないのか? 早くしないと他の連中に獲物を奪われるぞ?」

 

 なんて煽ったりもする。ちなみにクソトカゲ本人はこれを一切煽りと認識していない。心の底からそうすべきだ、と思って助言しているつもりだった。根本的にこのクソトカゲに人間の心を理解しているという事はなかった。心の底から人類学を一回勉強して来い、と言いたくなるような酷さがこいつにはあった。

 

 だけどやっぱり、生み出された文化に対する愛だけは本物だと理解できた。

 

 気づけば拠点の広場で常に演奏している姿が目撃出来る。食事をする必要も排泄する必要もない体だからか、暇があれば絵を描くか作品を作るか、或いは何か、新しい曲に挑戦しているのがクソトカゲの日常だった。今の曲は何だったのか、と聞けば、

 

「これか? これは500年ほど前にシュレイド大陸の南部にあるグラマル族という部族のカシンって奴から学んだ音だ。中々良い音だろう? 普通に演奏しただけじゃこの音は出ない。良く聞いておけ」

 

 クソトカゲには人間性が欠片もない。あったとしてもそれは全て創作と芸術性に注がれている。根本の部分で龍であるというのが解る事だ。だけどそれとは別に、クソトカゲ―――紅龍ミラバルカンは嘘をつかないし、偽る様な事を一切しない。それが龍という種には不要である事を理解するのと同時に、

 

 一切の記憶を、忘れない様にしている。

 

「それが俺がヒトという種に対して向ける唯一の敬意と、報酬だ。生物が真に死に絶えるのはそれがもはや忘れられ、生きたという証を失ってからだ。故に俺は永劫忘れず、それを歌として残し続ける。それが俺に文化という彩を教えた愚かな種族に対する最大の賛辞だからだ」

 

 ミラバルカンは誤魔化さないし、嘘をつかない。

 

 その必要性を感じないからだ。

 

 ミラバルカンは龍である。紅龍と呼ばれる天災にも数えられる存在である。ヒトにはヒトの矜持がある。だがそれと同じように、龍にも龍の矜持が存在するのだ。それは圧倒的な強さへの信仰、そして敬意。それに合わせ、自分より下等であり劣等である種族に対して、一切の偽りを行わない、という気高い龍としての誓いだった。故に、ミラバルカンは間違いなく人の心を考えないクソトカゲではあるが、

 

「別段、俺はお前を困らせる為に教えた訳ではない。強制する訳でもない。俺がこうやってお前に顔を見せ、話をしたのはこの劣悪な環境の中、運良く成功したお前の成長と、その強さに対する敬意を見せての行いだ。このまま引っ込んでいても別に良かったのだが、それでは余りにも不誠実ではないか? 最後まで隠れて眺めているだけ等俺の矜持が許さん。故に貴様には俺が助言を与えてやる。()()()()()()()()助言だ」

 

 それをミラバルカンは言う。

 

「だがこれは強制ではない。あくまでも俺や王が見立てた道筋だ。だが確実な道筋だ。貴様があの《悪魔》を殺すに至るまでの、だ。もしそれに反発を覚えるのなら、別にやらなくてもいい。逃げたければ逃げるのも良いだろう。俺は手伝わんが」

 

 逃げてもいいんだよ、別に手伝わないけどな! と断言する辺り、実にクソトカゲだった。

 

 だがそれでも、弱さを考慮して理解する辺り、こいつは人は解らないけど、誇り高い龍ではあったのだ。クソトカゲ、なんて呼ばれても普通に返事し、文句を一切言わないのは強者の矜持、或いは傲慢だった。ミラバルカンは自分が強いと自覚している。自分が超越者だと理解している。そして他の生物は大体弱いのだと知っている。

 

 だから少しぐらい反抗的でも、それを許す。

 

 それが強者の度量だった。

 

 だからこそ、答えは出ない。

 

 

 

 

「……」

 

 夏季。

 

 まだ、迷っていた。森林拠点の端、切り株の椅子に座りながらずっと、春季から悩んでいた。ちょくちょく外に出ては上位、G級竜を殺しつつ経験を溜め込み、ステップアップを図っていた。だが明確な飛躍を感じない。だからこそ、クソトカゲの言葉が真実なのだろう、と悩んでいた。それをずっと春季から、夏季まで引きずる形で悩んでいた。最近、あのクソトカゲの言葉の意味を理解してきていた。

 

 つまり、成長ルートなのだ。

 

 どれを狩猟すれば必要な経験を稼げ、必要な成長を得られるか。それがクソトカゲには見えていた。それとは別に経験値稼ぎと装備作りを平行して行う。成長しつつ、最終装備に向けて一石二鳥の狩猟を行う。そのプランをクソトカゲは提示したのだ。確かに効率的だろう、それに降りかかる葛藤などを考えなければ。今、この環境で一番経験を蓄積している守護者の竜、そして環境を壊滅させる事で生み出される絶種。その両方と属性ではなく、龍の抗体すら意味をなさない《眠り姫》の壊毒。

 

 これを揃える事で、確実に、効率的に《悪魔》を殺す事が出来るという狙いだった。ある意味、成長が保証されるルートでもあると言われるものだ。

 

 保証という概念がラスベガスへと旅立ったこの世界で、その言葉の強さは恐ろしく強い。ダイスを振って3以上の結果を出さないといけない時、この方法であれば絶対に4がでるよ、と保証するような事だった。

 

 それは、物凄い魅力的な言葉に感じられる。なぜなら、安全を確保すればその内、人がいる大陸へと向かう準備を整える事が出来るからだ。シャンティエン、或いはラヴィエンテ対策をする必要はあるかもしれない。だがそれを考慮しても、《悪魔》を討伐した後は、

 

 殺し続ける義務から解放されるのだ。

 

 もう、何かを苦心しながら殺す必要はなくなる。

 

 だからその為に殺す。

 

 何を?

 

 ―――恩師を。

 

 深く、考えれば、考える程ハマるドツボだった。あの守護竜達が生きている間は間違いなく、絶種出現までの時間が伸びる。だがそれを阻止できるわけではない。それでも貴重な時間を稼ぐ事が出来るのだ。その間に生産や鍛錬で自分を鍛えたり、準備を整える事だって出来るだろう。だがこの状況の決壊は、あの竜達が死ぬ事で終わる。

 

 そう、絶種には勝てないのだ。

 

 既に《偏食》イビルジョーが《斬虐》から逃亡しているのを見たのだ。

 

 その内、生息数が減るに連れ、段々と危なくなって来て―――最終的に殺されるのだろう、生まれて来た絶種に。クソトカゲの案はその前に此方で収穫を刈り取るというものだ。効率的であり、勝利の為には最も、間違っていない手段でもある。

 

 だけど、だけどそれは、

 

「……裏切るみたいで、出来ねぇよ」

 

 ここに居る間の生活は、ずっとあの守護竜達に守られての生活だと言えた。近辺の凶暴な大型はイビルジョーが食ってくれた他、定期的にランポスを間引いてくれたおかげで非常に動き回りやすかった。おかげで安全にここら辺を動き回る事が最初の方にはできたのだ。あの草原の三頭、あの三兄弟だって実は争ってはいるが、ちょくちょく変化があるのだ。実はアレで結構、意地っ張りというか、見栄っ張りで、自分の気配を感じると、何時もよりも派手目の動きや技を繰り出そうとして、盛り上がっている時があるのだ。

 

 それでダメージが結構深く入ると、戦闘を焦って止める姿もちょっと目撃した事があった。あの草原の三頭も、結構可愛い連中なのだ。

 

 辿異リオレウスとリオレイアの夫婦は、毎年子供と一緒に空を飛ぶところを春になれば目撃出来るのだ。毎年通常種だったり、ゼルレウスだったり、希少種だったり、そんな風に子供を数匹後ろに連れて飛び回るのを目撃出来るのだ。その姿が去年、海を越えて子供を連れて戻ってこなかった姿に首を傾げたりもしたが、今想えば蟲毒に備えて逃がしたのだろう。地味に山を越えて処理を行っているのは辿異リオレウスがメインだったのだろうなぁ、って今更思う。

 

 そしてアオアシラ師匠は何時も鍛錬の相手をしてくれている。最初は割と恐る恐るだったが、今を見ればアオアシラ師匠がどれだけ手加減してくれていたのかは良く解る。割と、というかかなり愛嬌があるし、蜂蜜を持ってない時でも挨拶をすれば頷きぐらいは返してくれる。一番、鍛錬の相手をしてくれている恩師でもあるのだ。

 

「皆、殺さなきゃならないのか」

 

 だが最終的にはそこに到達しなくてはならないのは既に見えて来た事だった。どちらにしろ、絶種が暴れ出したら全滅するのだ。そうなれば殺すも殺さないも同じだ。だからその前に殺して、その死を独占する。

 

「……っ」

 

 殺す、という考えに素直に至れなかった。いや、違うのだ。

 

 殺そうと思えば今すぐにでも殺しに行ける。

 

 とっくに理解しているのだ。自分の中で躊躇と呼べるようなリミッターが吹っ飛んでいるのは。善悪なんてどうでもいい。恩とかもどうでもいいのだ。それを無視してぶち殺しに行けるぐらい、自分の脳味噌がぶっ飛んでいる事は自覚していた。

 

 だからこそ、動けない。

 

 ここで悩む事を止めて動き出せば……まるであのクソトカゲの様ではないか。

 

「まぁ……倫理観、野生動物並みにがばがばになってるからなぁ」

 

 意識して自分の中の記憶、記録、認識、そして倫理観、それを何とか、つぎはぎで形にしている感覚だった。まぁ、仕方がないと言ってしまえば仕方がないだろう。そうしなくては心が持たなかったのだから。だけどそれはそれとして、

 

 空を子供と一緒に飛ぶレウス夫婦の姿を思い出した。

 

 大地を遊び回る様に戦いはしゃぐ三頭の姿を思い出した。

 

 此方を見てから大物を始末したイビルジョーの姿を思い出した。

 

 蜂蜜を幸せそうに吸っていたアオアシラ師匠の姿を思い出した。

 

「……」

 

 玉座に座っていた、《眠り姫》の姿を思い出した。

 

「可愛かったなあ、あの子」

 

 あの子、というのは少々不敬なのかもしれないが。それでも可愛かったなぁ、と思う。ロリ巨乳ってああいうタイプを言うのだろうか? 地球には存在しないタイプだ。ドラゴンだってことを考えるとお空では有名なロリ巨乳種族についている様な頭のハンドル生えて来るのだろうか?

 

「なに考えてんだか……」

 

 でも、ああいう子が笑ってくれる方がきっと、良い世の中だよな、とは思う。

 

「……結局のところ、選択肢はない……のか」

 

 生きる為。その事だけを考えると選択は他には存在しないのだ。他の手段は延命でしかなく、解決手段ではない。

 

 殺す。それしかない。それが解っている。最終的には殺し尽くす事でしか生き残れないという事実を、誰よりも肌で感じて理解しているのだ。率先して俺が全部を殺して、食らって、その上で狂竜活性を利用して……まだ、可能性が産まれるそう言う領域だって、あの《悪魔》の気配を心臓で感じるから理解しているのだ。

 

 だけどここまで必死になって、殺して回って、自分の関係性を始末する様に戦って。

 

 それで、

 

 ―――何がしたいんだろうか、俺は。

 

「―――」

 

 気づけばやりたい事が何も思い出せない。自分のなりたい未来が見えない。自分のやりたい事が解らない。殺した後で何を目指すのだ? 殺した後で何を求めるのだ? これが全て終わった後で本当に帰りたいのか? 俺は戻ってもいいのか? こんな血に塗れた殺戮者の様な男が戻れるのか?

 

 日常に?

 

 普通の人の生活に?

 

「……」

 

 何もない。自分の中には。生きるために全てを捨て去ったのだから。だけどそうやって全て捨て去った中で残されたものがあるとしたら、そこで思い出せる、唯一価値のある物があるとすれば、

 

 ベルトから、凍り付いた睡蓮を取り出す。太陽の光を受けて小さく煌くそのありえない存在を見て、そして眺める。ありえない存在なのかもしれない。夢ではなかったのかもしれない。でも夢であったかもしれない。深く考えると頭が狂いそうだ。

 

 春季から此方、ずっと悩んでいた。

 

 だが目を閉じて、思い出そうとする。

 

 自分のみた景色、この場所で最も価値のあるもの。

 

 それを一つだけ挙げるのであれば―――。

 

「……ここに来て、一つだけ善行を成し遂げていたな」

 

 それだけには価値があったかもしれない。だとしたらその為に自分の命の全てを捧げるのも、悪くはないのかもしれない。たった一つ、たった一つだけ目的を作る。そしてその為に戦う。

 

 その為にはそれ以外全てを殺す、殺せるようになる必要がある。

 

 始まってしまえば最後―――終わるまで止まれなくなる。心も、体も、自分という存在そのものも。何もかも最後の破局へと向けて全力疾走が始まる。その足を止める事が出来なくなるから。

 

「覚悟は―――もう、出来ていたな」

 

 睡蓮を顔に寄せ、それを抱きしめる様に寄せてからベルトに戻し、一季ぶりに悩みから解放されて、切り株から立ち上がった。

 

 殺す事を決めた。もはやそれは決定事項だった。これから何が相手であろうと、決めた相手は殺して殺し続ける。そしてその果てにこの馬鹿騒ぎを終わらせる。その果てで自分が生き残るかどうかなんて解らない。

 

 それでも一つだけ、成し遂げたい事が出来た。

 

 だとしたら、もう止まる事は出来ない。

 

 ―――箱庭の楽園(エデン)の終わりを始める時が来た。




 楽園ジェノサイダー誕生の瞬間。

 クソトカゲは根本的に生物的に上位なんで、羽虫が自分をどう呼ぼうがそこまで気にしないけど、逆に言えば認めた相手などからの態度に関しては気にするタイプ。それはそれとして、人の心は解らない。龍だからしょうがないね。

 次回から守護竜狩猟ラッシュ開幕。思い出せば思い出すほど辛くなる。


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5年目 夏季 対アオアシラ

「ほぅ―――とうとう覚悟を決めたか」

 

 覚悟した翌日には狩猟の為の準備を整えた。装備は六つの刀から三つへと減らし、ウェイトを軽くした。六つあるからと使い捨てられる余裕を自分の中に残していたら、それが隙になると判断したからだ。ここからは刀を破壊しない事を意識して戦う必要がある。まだ心眼程度で刀を破壊している様なら、かつての剣豪や剣聖と呼ばれた存在には程遠すぎる。彼らの領域を目指す為にも、武器を破壊しない様に必殺のみを叩き込めるようにならなくてはならない。だから武器はこの刀を三つだけ、装備した。

 

 それ以外の武器は無しだ。この三つだけで一頭一頭、殺し尽くす。それを覚悟した。それぐらいの覚悟が必要だった。たった一つ、やりたい事を成し遂げる為に躊躇する事を完全に捨て去った。人間性も、その全てを今、投げ捨てる時が来た。

 

 完全な修羅道に身を堕とす時が来た。それを煽る訳でもなく、クソトカゲは見た。リュートを背負い、赤い衣に包まれた男の姿をしたミラバルカンは、森林拠点で装備に着替えた此方を見て、口を開いた。

 

「良い話と悪い話がある。どちらから聞きたい?」

 

 そうやって切り出すクソトカゲの言葉に少しだけ眉をひそめ、そして悪い方から、とリクエストする。それを受けたクソトカゲは頷いた。

 

「大陸絶滅率が四割を超えた。砂漠でお前が絶種と呼ぶ究極個体が一体完成した。それが理由でそれ以外の生物が砂漠では家畜となった。今の所、砂漠から出られない様に封鎖だけはしておいた」

 

「封鎖? お前がか?」

 

「お前が前に進む覚悟を見せたのなら多少は手伝ってもいいとは思っている。古の継承竜を狩ると決めたんだろう? だったら横槍が入らない程度には手伝ってやる。感謝は必要ない。対価として蜂蜜レモンを貰ったからな」

 

「ほんとクソトカゲ」

 

 個人的にちょっと楽しみにしていたのにこいつ……と思いながらも溜息を吐く。だが砂漠の絶種が完成されてしまった、というのは最悪の一つだった。あの《斬虐》に匹敵する怪物が産み落とされてしまったのだから。一体何の種をベースに生み出されたのか……少々、気になる所でもあった。だがそれはそれとして、とクソトカゲは口にする。

 

「良い方の話をしよう」

 

「少し明るい話題である事を祈る」

 

「良い話というのはお前の境遇に同情した《黒麒麟》が協力してくれるという話だ。高地に陣取って絶種の誕生を抑制してくれるそうだ。喜べ、戦力になる味方だぞ」

 

「まるで戦力にならない味方がいるようだな」

 

 その言葉にクソトカゲが目を反らした。あぁ、テオナナ夫婦の素材やオオナズチの素材が転がっていたのってそういう事なのか……と、妙にクソトカゲのリアクションから察してしまった。いや、まぁ、それでもしょうがないのだろうが……。ただ、黒麒麟、と聞くとあの氷を使う黒いキリン亜種の事だろうか? 戦力的には不安だが、誕生を抑制してくれるというのなら喜んでおく。

 

 というかそもそも、

 

「古龍自体があまり、協力的ではないよな」

 

 それが気になる話だった。マジカル☆ビームとか、マジカル☆パンチとかの魔法を使っているフロンティア産古龍であれば正直、あの《悪魔》をぶっ飛ばせるのではないか? とは思わなくもない。何せ、MHOではラスボス級として降臨していた《悪魔》メフィストフェレスではあるが、根本的にはMHFの超インフレ環境や設定では敗北している部分があるからだ。まぁ、完全にゲームと同じではない、と言うのは理解している所なのだが。

 

 それでも古龍が集まれば普通に倒せるのでは? とは思っている。その言葉に対してクソトカゲはそうだな、と声を零す。

 

「俺達の間でも奴の扱いに関しては二分している」

 

「お前ら派閥とかあるのかよ」

 

 親近感湧くわ。そう思いつつ、クソトカゲの話に耳を傾ける。

 

「俺が属する討伐派、そして《帝征龍》等が属する静観派だ」

 

 これはまた、結構な大物の名前が出て来た。クソトカゲは言葉を続ける。

 

「そもそも《悪魔》の生まれはヒトと龍の間の憎しみ、そして戦争という概念から生み出された、争いに対する死の象徴だ。争いによって生み出される進化、竜大戦という時代そのものに対するアポトーシスとして生まれて来たのが奴だ。だから奴はほぼ全ての龍に対する有利なエネルギー完全吸収等というふざけた性質を保有している」

 

「生まれた以上には意味があるから、と言う事か」

 

「あぁ。生まれたからには意味があるのだろう。だから目覚めたからには手を出さず、静観し、その成り行きに任せる。それがあちらの主張だ」

 

「で、お前らの主張は?」

 

「もっと龍生エンジョイしたい」

 

 草生え散らかすわ。理由が物凄い俗物的だった。というかただ単純に、死にたくないというだけのシンプルな理由だった。もっと、こう、大義とかあるんじゃないか? と一瞬考えたが、クソトカゲの日常的な姿を見て、文化を愛しているだけの姿を見て、趣味で日常を生きるだけの姿を見たら、まぁ、確かに、

 

「それだけで十分な理由かもしれないな……」

 

「だろう? アレに暴れられたら自由に作曲する事も出来んからな」

 

 物凄い自分本位なクソトカゲの発言に、苦笑を零す事しか出来なかった。だけどその傲慢さ、自由さこそが最も彼らしい事でもあると感じられた。ただそれで異世界人数百人単位で使い捨てるのはやめろ。そこだけはマジでキレる。だけど倫理観:ドラゴン相手に何を言った所で無駄だ。大人しく諦めて、強くなったら殴り飛ばす事を考えればいいのだ。

 

 お前全部終わったら絶対殴り飛ばすからな。

 

 此方の考えを理解しているのか、楽しそうにクソトカゲが笑みを浮かべた。

 

「まぁ、その性質上、此方側につくのは若いのかそこまで力がないのか……それぐらいだ。だがそれでも多少の味方はいる。《黒麒麟》もその一人だ。良い知らせはその程度だ。俺と《黒麒麟》が抑え込んでいる間に、なるべく早く狩猟してくるんだな、狩人」

 

 クソトカゲのその言葉に軽く頭を横に振って否定する。

 

「俺は……狩人(ハンター)なんて上等なものじゃねぇよ」

 

 クソトカゲを背に、歩き出す。そこにオトモの姿はない。当然だ。これは儀式だった。一人の男を、人間を、一つ上の次元へと押し上げる為の試練なのだから。これだけは、誰の助けもなく、一人で向き合わなければならない戦いだったからだ。だからラズロには連れて行けない、と事前に伝えてある。だから少し離れた場所で、準備を整え終わり、クソトカゲと会話していた此方の姿をラズロは心配そうに眺めていた。その姿を一瞥し、

 

 紅龍ミラバルカンに告げる。

 

「―――俺はただの生きるだけが能の男(サバイバー)だよ」

 

 言葉を告げて、装備を整え終わり―――最初の試練の為に、樹海へと向かった。

 

 

 

 

 一歩、また一歩と前に踏み出す足は何時もよりも重く感じられた。果たして、これで良かったのだろうか。そう思う事は今でも止められない。悩み、悩み続け、そしてまだ悩んでいる。それでも進む事を選んでしまった以上、止まる事は出来なかった。自分の選んだ選択だけには、真摯であり続けたかった。自分の積み上げて来たものには目を背けたくはなかった。

 

 逃げられない。

 

 自分の心からは逃げられない。

 

 だから、向き合うしかない。

 

 踏みなれた筈の樹海への道は異世界への道路にも感じられた。喉元をせりあがってくる自分という存在への不快感を感じながら樹海へと向かい、

 

 その入り口で、此方を待ち受ける様に立っていた、アオアシラ師匠を、

 

 いや、

 

 ―――《武熊》アオアシラの姿を見つけた。

 

 その体は本来のアオアシラとは大きく違い、大量の鎧の様な甲殻に覆われており、しかしそれが肉体の動きを阻害する事は無く、関節の部分をある程度意図して削ってあるようにも見える。爪は鋭く磨かれたように伸び、全身を鎧に覆われたアオアシラの姿は古の時代の騎士にも見える。正々堂々、覇気を纏わせたアオアシラの姿は両足で立ち、そして此方を待ち構える様にそこに居た。

 

 その両目は此方を捉え、

 

「ヴォ」

 

 短く来い、と言う風に声を零すと、背を向けて歩き出した。

 

 無言のまま、それについて行く。無言のまま、何も言わずにその後ろ姿を辿って行く。既に覇気に満ちたその姿は、何時でも戦える事を証明するような力に溢れており、自分が何のためにここに来たのかを悟っている様な様子だった。故に挟み込める言葉もなく、黙ってついて行く。

 

 そして何事もなく、何かを言われる事もなく、

 

 何時も、アオアシラ師匠と修行するのに使っていた樹海の一角に到着した。そこで軽くアオアシラ師匠は振り返ると。

 

「ヴォ」

 

 そこで待て、と言う風に声を零し、此方を立ち止まらせた。アオアシラ師匠は此方が立ち止まるのを見ると、修行に使っている広場の端へと移動し、そこから蜂の巣を拾ってくると軽くそれを齧って、

 

 まるで最後の晩餐を楽しむ様に蜂蜜を食べた。

 

 その姿を見て、顔を隠す様にゴーグルとマスクを装着した。その様子にとてもじゃないが心が耐えきれそうになかった。だから自分の中の人間性を更に削った。心を削って、何も感じない様に心を押し殺した。殺意で心の欠損を埋め尽くし、力で全身を満たした。アオアシラ師匠が正面、二メートル程の距離で立ち、此方を見て、そして半身を前に出す様に、片腕を素早く繰り出せる姿勢に動きを変えた。

 

 何も、成長し続けていたのは此方だけではない。鍛錬を繰り返す度に、人間の武の概念を此方から見て、学び、それを己に使いやすい形にアオアシラ師匠も改造していた。つまり武芸を身に着けたモンスターなのだ、彼は。故に構えと言う概念が存在し、

 

「……ヴォ」

 

 かかって来い、と気配を満たした。その姿を見て、ゴーグルの内側で流れそうなものを堪え、マントを脱ぎ捨てながら鞘を握り、柄に手を付けた。もう隠れる必要も、する事も出来ない。ここから後戻りはない。戦い続け、そして勝ち続ける事で怪物になる事しか残されていない。

 

 俺自身がこの環境に適応した、生物進化の果てを目指すしかない。

 

 だから深呼吸をした。絶対に勝てない相手だからこそ、心を落ち着かせて、可能性を0から1へ、1から100に引き上げる、生存の為の生命冒涜を行う。

 

 肉体を三割浸食していた狂竜ウィルスを活性化させる。

 

 その浸食率を一気に四割にまで引き上げた。肉体がビキビキと音を立てながら改造され、マガラ化して行く中で、黒い息を口の端から零しながら正面、不思議と一気に落ち着いた心のまま、アオアシラ師匠を見た。

 

さようなら―――師匠(せんせい)っ!

 

 マガラ化で一気に強化された肉体でアオアシラへと向かって加速した。居合抜きを最速、かつてない最高の状態で放った。浸食値四割。それは肉体のほぼ半分がゴア・マガラと、つまりは龍と同じ状態になるという事でもあった。内臓系は既に改造を終え、肉体を支える肉の改造が始まり、未だかつてない膂力が発揮される。だがそれを利用した攻撃は、相手の方が上手だと悟っている。

 

 故に技巧で、筋力の全てを完全に支配して居合を放った。心眼を体得した斬撃はどんな強度であろうと、関係なく技量で切り裂く。故に防御した瞬間には斬り落とされる。その未来を、

 

 アオアシラはその身の鎧で弾いた。

 

 やったことは単純だった。居合に合わせて後出しで鎧で受け、鎧の丸みのかかった外円部で滑らせ、刃を立たせないようにそのまま流し、横に入った刃を弾き、完全に受け流した。

 

 見事、と表現するしかないパリィだった。右腕を覆う鎧、それを盾の様に見立てて完全に受けて流したのだ。

 

 ―――モンスターのやる事じゃねぇ……!

 

 人間の技術を完全に習得してしまった、怪物の姿だった。そして刃を弾いた勢いを利用してそのまま、腕を体を回転させるように加速させながら、一気に薙ぐように爪を放ってくる。弾かれた感触から腕は一瞬の痺れを感じて停止していたが、それが肉体全体に伝播する前に呼吸で硬直を殺し、爪が届く前に体を後ろへと僅かにズラして爪先が僅かに胸を掠る様に回避する。

 

 腕は弾かれて上がったままの状態、

 

 それを攻撃を掠らせた後に振り下ろす。放つ兜割りを、アオアシラが此方がそうやったように、体を僅かにズラす事によって掠らせるだけで回避し、そのままの動きを、勢いを殺す事無く、回避するスウェイの動きを混ぜたコンビネーションパンチを叩き込んでくる。

 

 その切先が、音を超えている気がする。

 

 反応する前に先読みで爪が完全に振るわれる前に素早く刀を鞘から放ち、連続でその動きの起点を破壊する様に居合を連続で放つ。射出し、素早く鞘の中に戻すという作業を、視線を向ける事もなく連続で放ち、斬撃をアオアシラの動きに対して迎撃として放ち続ける。

 

 その動きにアオアシラは体を一瞬たりとも止める事無く、自分の体を覆う鎧を少しずつ震わせながら受け止め、体をずらして滑らせ、常に突き刺さる筈の刃がまともに接触しないように動き、受け流しながらカウンターを放とうとして来る。

 

 それはモンスターとしての筋力を詰め込んだ上に、人間では不可能な、モンスターの超肉体構造でしか行えない、稼働範囲の広い関節を利用した、フリックだった。最小限の動きで関節を半ば外すような形で肘、手首、指の関節を鞭のように放ち、瞬間的に爪先だけを超加速させながら迎撃を放って行く。

 

 衝突する鋼と爪がぶつかる度にがりがり、と音を立てながら銀の粉が宙に舞う。此方が押し負けている。純粋な技量だけなら此方がアオアシラ相手に勝っているのは事実だ。だけどそれとは別に、

 

 ―――純粋な筋力と体格差で負けてる……!

 

 モンスターと同じ土俵で戦ってはならないのは、確実に押し負けるからだ。故に同じ土俵で戦うのを避ける為、技量という人間にのみ許された領域で戦う事を決めていた。だが、このアオアシラに関してはバグとも表現できる此方の技量に匹敵するだけの鍛錬を積んであった。

 

 結果、技量である程度肉薄して来る。

 

 それによって差が潰されれば―――必然、それ以外の要素で押し返される。それに加え、純粋にこの魔境で生き抜いて来た年数に関してはアオアシラの方が圧倒的に上だった。連打を繰り出す度に少しずつ、起点を潰して迎撃する度に刀を抜く手が痺れていくのを感じる。

 

 このまま続ければ不味い、と直感的に理解し、摺り足で一気に後ろへと体を一気に引き下げる。それに合わせアオアシラが強く大地を踏みしめる様に踏みつけ、その周囲を割りながら地面を揺らす。浅く息を吐き、力を一気に練り上げているのが見えた。

 

 本能的に更にもう一歩、逃げる様に横に跳んだ。直後、何かが完全に視線の捉えきれない速度で放たれた。風が粉砕されるような音と共に、その衝撃が空間越しに伝わって、内臓を揺さぶるのを感じた。それを体から逃がす様に衝撃が流れる方へと向かって体を更に飛ばし、二転、三転して衝撃を通り抜けさせながら、片膝をつく様に体を止め、此方へと向き直ったアオアシラが肘を曲げ、半身を振りかぶる様に後ろへと引いた。

 

「五割、持ってけ……!」

 

 狂竜ウィルスを活性化させる。刀を鞘に差し込んだまま、構え、片膝をついた状態で爪を放つ溜めを作ったアオアシラを見る。先ほどの様な一撃が来る。その自覚にウィルスを活性化させ、人間だった部分を更に食わせる。内臓、筋肉、神経に浸食が伝わってくる。神経の鋭敏化により五感が更にはっきりと伝わり、痛みがより強く理解出来る。不快感の全てを精神力で食いちぎって無視し、メリットの部分だけを掴み己のものにする。

 

 ギチギチと肉体が音を立てて行く、変質が進む。それに構わず、呼吸を整えた。

 

「―――ッ!」

 

 全力の一刀を放った、

 

 知覚、先読み、認識、その全てを加速させての一撃がアオアシラの放った爪拳と衝突し合い、爪を三枚斬り落としながら刀が砕け散った。振り抜いた刀と失われた爪、両方が武器を一つ失った。

 

 先に反応したのは、

 

 武器を失い慣れている此方だった。

 

 折れた刃をそのまま、アオアシラの目に突き刺した。だがそれに一切たじろぐ事もなく、アオアシラが爪のある腕で此方を引き裂こうとして来る。素早く柄を手放しながら逃れようとするが、その動きをアオアシラが爪を失った手で捉えた。

 

 鞘を盾代わりに左腕を防御に使う。

 

 嫌な音が体内に響いた。骨が砕ける音に声が漏れそうなのを抑え込み、殴られる方向へと合わせ、体を飛ばしながら転がって威力を何とか殺しつつ起き上がり、動けなくなった左腕を無理やり、マガラの筋力で動かす。骨が折れているのを無視して動かし、激痛に堪えながら鞘を掴んで右手で新しい刀の柄を掴む。

 

 片眼に折れた刀が突き刺さっているアオアシラがそれを掴むと、引き抜いた。それに目玉が付属しているが、気にする事無くそれを投げ捨てた。痛み分け―――と呼ぶには此方のダメージが大きすぎる。刀を抜ける様に即座に構えつつ、痛みを忘却の彼方へと押しやり、濃密な死の予感に息を吐く。

 

 ……次は……避けられそうにない、か?

 

 ダメージが大きすぎて次のは回避する程体がパフォーマンスを発揮できなさそうだ。となると次の接近で確実に仕留める必要がある。

 

「ふぅー……もっと、もっと力を―――」

 

 黒い息を吐き、侵食が更に少しだけ、進む。肉体がウィルスの侵食を受けて、少しずつ龍寄りの存在に変質して行く。人間では後遺症を残すようなダメージでも、治療できる範囲まで肉体の強度と異質さが備わってくる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 心臓がバクバクしている。未だかつてない速度で音を鳴らしている。殺されそうで殺しそうなライン。そこを彷徨っている。死にそう……だが殺せる。削れるものを削って、削りつくして、それを戦意と殺意と、戦う為の全てで満たし、

 

 ―――空になる。

 

「……ヴォ」

 

 来い、と手招きする様にアオアシラが構え、小さく声を零した。だから息を吐き、激痛と体の中が書き換えられてゆく恐怖心の中で、頭も心も、全部空っぽにして異界の師を見た。その瞳を覗き込み、

 

 そこに映る自分自身の姿が見えた。

 

 踏み込み、姿が消える。

 

 対応する様に巨体が動く。

 

 加速を乗せて爪の必殺を放つ。だが瞳の中からヒトの姿が消える。その感覚が、景色が見えた。故に踏み込み、鞘を傾け、刀を傾け、滑る様に鞘から抜き出し、

 

 そして引き抜いた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ―――はぁ―――はぁ―――」

 

 赤い、赤い血が舞った。何時の間にか、刀は振り抜かれていた。師と呼んだ大熊の首に深く食い込み、気道を断ち、そのまま右から左へと、大量の赤を散らしながら抜けた。ほぼ、首を切断するのに等しい致命傷。刀を振り抜いた状態で、体の動きが停止していた。

 

 歪みはなく、ブレはなく、新しく放たれた刀に、乱れは一つも存在しない。

 

 完全に放たれた、美しい一閃だった。

 

 その瞬間、アオアシラの目からその動きを見ていた。そしてそれ故に、どう動くか、どう反応するか、まるで鏡に映して理解するかのように見えた。何を今、したんだ、と一瞬、思考が理解に追いつかなかった。だが振り抜いた後で徐々に理解が追いつき、アオアシラの姿を見た。

 

「……」

 

 どこか、満足そうな、そんな小さな笑みを浮かべていた。その表情に歯が砕けそうな程に歯を食いしばり、声を、漏らした。

 

「ありがとう……ございまし、たっ……!」

 

 涙は流さない。流すのは血だけ。その言葉に応えはなく、姿は立ったまま絶命している。

 

 もう、止まらない。

 

 止められない。

 

 失楽園、ここに開始。

 

 

春季末 絶滅率四割

 

守護竜残り 五騎

 

絶種残り 二騎




 浸食率55%達成にハーフライン突破トロフィーでも送ろう。

 別に古龍も一枚岩じゃないよなぁ、とか思ってたら何時の間にか愉快な事になるクソトカゲ。お前本当にいい加減にせぇよ、とおもいつつまぁ、こいつ人間性ないし……ってかんじで。

 最初はアシラ師匠。次はどいつだ。


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5年目 夏季 Ⅱ

 アスファルトの道路の上に、カウチが置いてある。

 

 そこに座っていた。

 

 周りにはぼやけて良く見えないビルや家、建造物が存在している。本当にそれはあやふやなようで、ぼやけており、見ようとしてもそのイメージが正しく入ってこない。所々道路も、そしてその景色も荒廃しているかのように崩れているのが見える。それを見て、あぁ、成程、と納得するのだ。それは自分に残っている地球のイメージだった。自分の中に、どれだけ全く無関係な、生活と社会に関する地球の事が残されているか、という象徴だった。もう、こうなるまで自分の中の望郷や思い出は崩れてしまったのだ。それを自覚させる景色だった。

 

 だから足を組んで、カウチに座ったまま、背中を預けた。

 

 カウチの周辺、アスファルトを突き破って黒い睡蓮が生えているのが見える。毒々しくも美しい色の睡蓮からは黒い粒子が舞い上がっており、それがこの空間を、景色を幻想的に彩っていた。また、狭間の夢を見ているのか、と自覚する。これで()()()だった。流石に三度も死にかけて迷い込むと、慣れて来る。一体、どっち方面があの世なのだろうか? とちょっと気になり出す事もある。

 

 正面、このフォーカスの合わない世界の中、唯一綺麗に見えるものがある。

 

 体が半分凍り付いたゴア・マガラの存在だった。首から上が無事になっているその姿は、此方をじっと見つめ、音もなく、ただ睨み―――そして待ち続けていた。俺が死ぬ瞬間を。完全にウィルスにその全てを捧げて龍となる瞬間を。狂竜ウィルスは、ゴア・マガラはただその瞬間を凍り付きながら待っていた。その体が半分しか凍っていないのは、体が半分、侵食されたという事なのだろう。

 

 だから待っているのだ、アレは。

 

 完全に浸食され、龍に堕ちる瞬間を。それまでひたすら刃を研いでいる。自分にはそういう風に、その姿が見えた。まぁ、自分の体の事だ。見れば大体解る。だからあぁ、と声を零した。

 

 ……また死にかけてる……。

 

 いや、まぁ、一応はそれで師匠に勝てたのだが。それはそれとして、また死にかけてるのはどうにかならないものか。もうちょっとスマートに勝利するとか。だがおかげで、自分に足りないものが見えてきたのも事実だ。師との戦いとはそんなものだった。そしてクソトカゲが何故、守護竜達と戦う必要があるか、と言うのを理解させられた。戦う度に自分に足りないもの、必要な成長というものが見えて来る。

 

 殺して命を背負う度に、その責任感で押し潰されそうになりながら、鍛えられてゆく。

 

 それは必要な儀式なのだ。

 

 あぁ、何て酷い世の中だろうか。いっそのこと、滅んでしまえばいいのに。心底そう吐き捨てようとして出来なかった。どれだけ世を恨んでも、滅べ、なんてことは言えなかった。その程度には大事なものがあったし、やりたい事もあった。それを成し遂げるまでは絶対に死ねない。自分の中で優先順位が出来上がっていた。だから目を瞑って、思い出し、そして師を殺した瞬間の感触を忘れないようにする。これから何度もこの感覚を繰り返す。そしてこれから覚える感触も更に増える。一頭殺す度にその感触を忘れないように刻む。

 

 忘れてはならない。

 

 自分が殺したという事実を、奪ったという事実を、背負っている命の重みを。

 

 誰かを殺すという事はその命を、ありえた筈の未来を背負うという事を。だから忘れてはならない。自分が何をしているのか。どういう可能性を奪っているのか。何故奪っているのか。そのエゴイズムを忘れてはならない。生きる、というエゴイズムの代償を忘れてはならない。

 

「―――悲しんでいるのか、お前は」

 

 声がした。自分の心の中で。聞き覚えのある声だ。ここにはいない、待ち受けている筈の彼女の声だった。彼女の声を聴いて、やっぱり……と、理解した。横に視線を向けず、正面、虎視眈々と此方の体を奪おうと、飲み込もうとする機会を待ち続けている狂竜ウィルスの顕現―――マガラの意思とでも呼ぶべきそれを眺めている。横から、氷の線が伸び、睡蓮を凍らせながらそれがマガラの意思に繋がり、凍らせている。

 

 だがそれにも終わりが来る。

 

 このまま、戦い続ければ終わりが、来る。

 

「お前は、奪った命を忘れないのだな」

 

 忘れない。忘れてはならない。自分のエゴイズムで殺す必要もなかった命を奪うという事を、忘れてはならない。目を閉じれば蜂蜜を美味しそうに食べていた姿を思い出せるし、何度も何度も殴り飛ばされた時も思い出せる。そして最後に、掴んだ奥義のきっかけも、掴んで離さない。師匠が死ぬ必要はたぶん、欠片もなかった。それでも俺がやりたい事があった。だから殺す事を決めた。

 

 その傲慢さは、一生付き合わなければいけない隣人だ。

 

 後悔をしてはならない。それは過去に対する冒涜だ。

 

 足を止めてはならない。それは現在に対する冒涜だ。

 

 選択肢を覆してはならない。それは未来に対する冒涜だ。

 

 何回同じ場面に出くわそうが、ご都合主義の救済装置が出現しても、この選択も、そして歩みも一切取り換える事はしない。何度生まれ変わったとしても同じ選択をし続ける覚悟で最後まで進み続ける。謝りはしない。ただ忘れず、そして斬り殺した感触を一生背負って、そして進むだけ。それだけだ。涙を流すのは全てが終わった後で。もし、殺した事に対して欠片でも何かできる事があれば―――それは、最後まで走り抜けるという事なのだろう。

 

 これから、全部斬り殺して行く。自分の手でこの楽園だった箱庭を破壊する。

 

 だから、せめての礼儀として、破壊し尽くすその瞬間まで全力で、後戻りを考える事も後悔する事もなく、ただ一つの化け物と堕ちるまで戦い続けるのだ。

 

 それが、きっと―――覚悟というものなのだろう。

 

「そうか―――お前は、忘れないのか」

 

 果たして、彼女の言葉にどんな感情が押し込まれていたのか、それを測る術は常人である自分にはない。だがその色はどこか、安堵した様な、寂しそうな、嬉しそうな、そんなものを感じた。だからきっと、彼女は待ち望んでいるのだろう、と思えた。

 

「待っている」

 

 横から、声がした。

 

「お前を待っている」

 

 声は少しだけ、震えていた。

 

「お前だけを待っている―――」

 

 

 

 

「寂しがりやめ」

 

 目を覚ませば拠点のベッドの上だった。片手で頭を押さえれば、包帯が巻き付けられた自分の腕が良く見えた。あー……なんだっけなー……と、自分の最後の記憶を追いかけてみる。それで思い出せるのはアオアシラ師匠との戦いの後で帰って来て、血を吐いてぶっ倒れた事だった。今思えば師匠のパンチ、あばら骨を折って肺辺りにぶっ刺さっていたんだなぁ、と思う。そうでもなきゃあんなに苦しまない。

 

「しっかし、黒くなったなぁ」

 

 包帯に包まれた手は肌の色が黒くなり始めていた。まだ黒、と言うよりはどちらかと言うと褐色に近い感じの色をしていたが、更に浸食すればこれがゴア・マガラ特有の黒い竜肌へと変貌するのだろう、と思っている。既に包帯に包まれた腕、その隙間から鱗が腕から生えてきているのが見える。それを指先で摘まんで、千切って捨てた。

 

 ベッドから起き上がりつつ、体を軽く捻って動かし、そして呼吸する。

 

「……寧ろ前よりも調子いいな」

 

 恐らく肉体の龍化が進んだことによって回復力や此方の世界の存在として、より近しくなったのだろう。地球だったら緊急手術から後遺症コースだった筈なのだが……まぁ、浸食を上げておいた不幸中の幸い、という奴だろ。

 

 あんまり、こういう形で強くなるのは好きじゃないが。

 

 あんまりというか全く好きじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。だから包帯を外して行く。しゅるしゅると音を立てながら体に巻き付いていた包帯を外して行き、褐色に染まっている肉体を晒す。それが所々、鱗を生やしているのを確認し、一枚一枚、千切って取って行く。腕、首、腹、足、顔についていた鱗を全部剥がした所で、鱗を剥がした所で軽く血を流しているが、それを唾で止めた。

 

「うっし、復活」

 

 それまで全裸だったのでインナーに着替え、部屋の外に出て、そこから家の外に出る。太陽の光が眩しく、熱線を感じるこの暑さは……まだ、夏の日差しだった。片手で日を遮りつつ、少し光が煩わしく感じた。性質的にややマガラ寄りになってきているのかもしれない。考えれば半分以上はゴア・マガラに浸食されているのだから、あちら寄りになるのも当然なのだが。

 

 まぁ、そこは気合と根性で抑え込む。コツだけならだいぶ掴んだし。

 

「太陽が煩わしいわねっ!」

 

「なにいってんだニャ、こいつは……」

 

 一人でごっこ遊びをしていれば、それをラズロに見つかり、ジト目で見つめられた。サムズアップを向ければ、露骨な溜息を返された。うーん、このセメントっぷりよ……と、思いながらそんで、とラズロに言葉を向ける。

 

「どんぐらい寝てた?」

 

「一週間程度ニャ。気持ちよさそうに眠っていたからどうしたもんかと思ったニャ。まぁ、見た目はずいぶん変わっちまったが、中身はまるで変化というか進歩がないようだニャ」

 

「うるせぇわ」

 

 しかし一週間も寝込んだ―――いや、一週間であの骨折と粉砕が治療された、と考えるべきか。やはり、龍の生命力というのは侮れない。この場合、余り嬉しい話でもないが。個人的に分不相応の力に頼って勝利する、というのは余り嬉しくないのだ。なるべくならスーパーな力はいらないのだ。まぁ、それでも今回は無ければリタイアだっただろう。そう思うとある意味、クソトカゲの掌の上なのかもしれない。

 

 まぁ、治ったのなら良い。

 

「さて、リハビリ済ませたら次殺るか」

 

「はぁ……」

 

 此方のその言葉に露骨な溜息をラズロが吐き出した。

 

「そう言うと思って眠っている間にアシラ師匠は運び込んでおいたニャ。一部の素材は既に部位として加工済みだから直ぐにでも使える様にしてあるニャ」

 

「お、悪いな」

 

「ニャ。ハンターを常に万全の状態で戦えるように根回しするのもオトモの仕事ニャ。正式なオトモ契約ではないけどニャ、今の俺のご主人はあんた以外居ないニャ。だから無様に死なせるような事だけは絶対にさせないニャ」

 

 本当に俺には勿体ない優秀なニャンターだった。となるとすぐさま武器の習熟練習をリハビリついでに行う事も出来るだろう。出来るならアオアシラ師匠との戦いで最後に掴んだあの妙な感覚……アレを完全なものとして掌握する事が出来る様になりたいが、まるでその感覚を引っ張り出す事が出来ない。或いは極限状態まで自分を追い込む必要があるのだろうか?

 

 いや、それにしてはもっと違う感覚だった気がする……。

 

「遅い目覚めだったな人間」

 

 と、思考を声によって中断された。振り返れば、テーブルの方で足を組みながら優雅にクソトカゲが茶を飲んでいた。しかも物凄く気品を感じさせる優雅さが気に入らない。気に入らないのだが……まぁ、そこは流しておく。

 

「生憎と古龍(あんたら)程、生物というカテゴリーを卒業した覚えはないんだよ」

 

「幼い姫の牽制があるとはいえ、スキルもなしに精神力だけで狂竜症を完全に抑え込んでいるお前がそれを言うのはどうかと思うが―――なんだ、欠片も腐ってないではないか」

 

 うむ、とクソトカゲはどこか、初めて満足そうな表情を浮かべた。

 

「悪くない」

 

「おめーの評価はどうでもいいんだよ。働け」

 

 ファックユー、と中指を立てながらクソトカゲに突きつければ、何が面白いのか、小さく笑いながら声を零す。

 

「全く、誰のおかげでこの付近が平和だと思っているんだ……まぁいい。お前が眠っている間に発生した状況の変化に関して報告してやろう」

 

 紅茶をクソトカゲがソーサーの上に置き、それをテーブルの上に置いた。どうでもいいが、カップもソーサーも、全てクソトカゲが自前で作成したものだと思うと、物凄く面白い絵面になってくる。

 

「まず絶滅率に変動はない。雪山の生物は大半が死滅したから冬にならない限りは《斬虐》とお前が呼んだ個体が虐殺を起こすような事はない。砂漠の絶種個体も小食だから今は通常のペースで食事をとっている。嵐の前の静けさか……今は緩やかだが秋頃に大きな動きが来るだろう」

 

 砂漠の絶種……そういえばそちらにも絶種が生み出された、と言う話だった筈だ。ぶっちゃけ、

 

「砂漠に生まれた絶種ってどういうのだ?」

 

「ラ・ロ」

 

「え? 聞こえない」

 

「ラ・ロ」

 

「もう一回」

 

「ラ・ロ」

 

 その名前に無言で両手で顔を閉ざした。嘘だろお前。形態変化が七回も存在するクレイジーモンスターが絶種ってどういう事だよお前、と表情をクソトカゲへと向ければ、サムズアップを返された。

 

「道理でテオナナ夫婦が死ぬわけだ……」

 

「アレは恐ろしいぞ。確実にお前を待っている。戦えるその日に備えて悪意と食欲を抑え込んで待ち受けている。おかげで砂漠はそこそこ平和だが……まぁ、何時まで我慢が持つかという話だな。やったな、人気者だぞ」

 

「もっと可愛い子に好かれたい」

 

「頑張れ相棒。終わったらメゼポルタのハンター向け最高級娼館での一夜を奢るニャ」

 

「頑張る……」

 

 ラ・ロ絶種……もうなんか、考えたくもない存在だった。確かに砂漠でエンカウントする生物ではあるのだが……嘘だろう? あのディアブロスを食い殺したのか? どんだけあの砂漠の環境インフレしてるんだ、と戦慄するしかなかった。とはいえ、ラ・ロが絶種として完成された以上、もうそれ以上出現する事はないだろう―――誕生しようものならラ・ロが喰い殺すだろうし。

 

「次だ。今まではあの熊が樹海への侵入を遮断していたから此方にも草原にも到達する個体が出なかったが……その抑えがなくなった。その影響で草原の三竜が活性化している。おそらくは冬季まで放置していれば確実に死ぬだろうな。それまでにお前が狩猟しなければ負けだ」

 

「成程」

 

 やっぱり、次のターゲットはあの三頭にした方がいいのだろう。

 

「だが、あの三頭は火山へと抜けようとする存在への抑えでもある。アレが潰れると悪意に惹かれた個体が火山に近づいて変異が加速と悪化する。確実に一頭、絶種が凄まじい勢いで誕生するだろうな。後その影響で《悪魔》の目覚めも加速する」

 

「そうすれば環境全体のヤバさが上がる、か……」

 

「そうだ。そうだな……冬だ。お前が守護竜を全て、狩猟する気があるのなら、そのタイムリミットは冬になる。到達してしまえば活性化した環境に食い殺されて相手をする事が出来なくなるだろう」

 

 クソトカゲの宣告を受けて、腕を組んで考える。

 

「―――じゃあ今季中に草原の三竜の三枚抜きをしよう。そして可能ならそのまま、夏季の間にレウスとジョーを狩る。遅くても秋季中に」

 

 今年の秋季までに、

 

「守護竜を皆―――狩る」

 

 明確な殺意としてその言葉を口にした。既にアオアシラ師匠を殺している以上、躊躇するもクソもない。他の皆を全員殺して、この楽園を破壊する。破壊して―――自分がやりたい事をする。

 

 そのエゴイズムで殺す。

 

 ……いや、こうやって心の中で理由を付けて自分に言い聞かすのも女々しい、もうやめよう。やると決めたらやる。もうそれだけでいい。

 

「大層な自信だが可能なのか、それは?」

 

 クソトカゲの至極真っ当な疑問に対して、頷きを返す。伊達や酔狂でここに数年間暮らしていた訳じゃない。何度も、何度も何度もあの三頭が戦う姿は目撃してきたのだ。どうやって戦うのか、どうやって倒せばいいのかは解っている。

 

 《白疾風》は速度が早く、時間を与えれば与える程加速するので、最初の交差で絶対に殺す必要がある。そのチャンスを逃せば加速の果てに自分では捉えきれなくなる。だから最初の一太刀で確実に殺す必要がある。

 

 《燼滅刃》はあの熱と斬撃の質量が恐ろしく怖い。だが幸運な事に、マガラ化の影響によって、人間よりは熱に耐性のある肉体になった。ゲームでは火弱点だったゴア・マガラであっても、根本的には人間よりも強くなっている。だから炎で体を焼きながらカウンターで尻尾を斬り落とせば、攻撃手段を奪えるのでそのまま殺せる。

 

 そして……一番面倒なのは《金雷公》だ。明確に付け入る隙が無い。炎はまだ耐えられるが、電撃は体を貫通し、直接神経を焼くからなるべく受けないように動かなくてはならない。だがあの《金雷公》は雷を纏ったまま長期間の戦闘を行えるように体を、感覚を鍛えてある。纏ったり解除したりを繰り返すフルフルとは違い、隙がない。だからこいつは総合力で超えるしかない。真っ当に戦い、真っ当に乗り越える必要がある。だが同時に、それは突出した極技には対応し切れないという事でもある。極限まで磨いた必殺の一太刀を叩き込めば勝機が見える。

 

「弱点とどう動けばいいのかは見えている。だから後はそれを実行するだけだ」

 

「迷いなく言えるのなら俺が他に言う事は何もない。望むがままに殺すと良い」

 

「言われずとも」

 

 肩を軽く回し、拳を握り、自分の体の中を流れる、ウィルスの気配を感じ取る。まだまだ、こいつに体をくれてやるつもりはない。こんなところで足を止める予定はない。漸く、この地でやりたい事を見つけたのだ。

 

 成し遂げるまでは足を止める事は出来ない。

 

 だから顔を上げて、視線を森林の向こう側へ―――雪山の頂上、霊峰の頂点へと向けた。

 

 待っている。彼女はそう言った。《悪魔》を倒す為に生み出され、そして恐らく、自分がどういう果てに行き着くのかを知っている《眠り姫》。彼女は待っている、そう言った。

 

 それが生み出したヒトという存在の義務である、と。

 

「相棒、どうするニャ?」

 

「リハビリに一週間だけ貰って、そうしたら挑みに行くよ」

 

「了解したニャ。とりあえず力の出そうな物をキッチンに頼んでくるニャ」

 

「ついでにジャムが欲しいと伝えて来い」

 

 クソトカゲの発言にラズロが半眼となって睨み、しかし溜息を吐いてキッチンの方へと向かっていった。その景色を見て、視線を霊峰へと戻し、

 

 そこから火山の方へと向けた。

 

 自分の曇った瞳にも、終わりがだいぶ……見えて来た。




 言い訳するのも、覚悟を口にするのも想うのも女々しい。殺すのみ。

 関わって来た守護竜の中でアシラ師匠が一番人間性に溢れているのなら、草原の三頭は一番、人懐っこく見栄っ張り。

 次回、草原の最後。


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5年目 夏季 Ⅲ

 あの草原の三頭は一番気安い。

 

 少なくとも自分が知っているイメージの中ではそうだった。

 

 アオアシラ師匠は線引きをしっかりするタイプだった。孤高なタイプであり、必要以上に慣れ合う事を良しとしなかった。たぶん、ずっと前から自分の役割を理解していたからなのだと今更ながら思う。この環境の生物たちは、モンスター以上に賢い部分がある。古代からの記憶、記録を継承しているアオアシラ師匠は、それが強く出ていた。だから干渉はする。だけど馴れ合わない。蜂蜜好きのナイスベアだった。

 

 イビルジョー兄貴はなんというか……頼れる不良のお兄ちゃん、というイメージだった。関わろうとはしないし、近寄ろうともしないし、干渉する事もなかった。たださりげなく此方を見つけると、大型か中型を食い殺して知らない内に行く場所をクリアリングしてくれたりしていた。思えばランポスを最初に殺した時も、目の前でダイミョウザザミを殺した時も、フルフルを殺した時も、アレは不器用になにか、教えようとしてくれていたのではないか、と思っていた。先に殺しておく事で安全にするのと、その死体を見せてこういう奴がいるぞ、と教えてくれていたんじゃないか、と。

 

 辿異リオレウスとリオレイアの夫婦は、よく空を飛ぶのを見かけるおしどり夫婦だった。ドラゴン相手におしどりと言う表現を使うのもおかしな話だが。そして記憶の限り、リオレウスはそれを自慢に思っているらしく、毎年、空を飛んでは親子で空を翔る姿を見せびらかす様にしていた。正直、イビルジョーと合わせて初期の頃の恐怖の象徴の一つだったが、生活が長くなって怖い相手ではないというのが解ると、毎年空を見上げて確認する親子の飛行はちょっとした楽しみの一つだった。和気あいあいとした家族の飛行シーン、今年も元気に生まれたぜ、と自慢する馬鹿親父の様な姿に、自分には思えた。

 

 今思えば彼らは、設定や見た目以上に遥かに賢かったのだ。本能ではなく、使命を抱きながら、発達した知性で()()()()()()()()()()()()()()()のだろうと思う。この《箱庭》の環境に出て来る竜は根本的に知性を獲得しても、それが悪意の方向へと向かって行く。だけどイビルジョーも、リオレウスも、アオアシラも……根本的に、悪意以外の方向へ、知性を発達させた存在だったのだ。その結果がこんなご近所付き合いだったのだ。

 

 まるで何かをずっと前から感じ取る様に動いている連中だった。実際、何かを知っていたのかもしれない。だからあんな風に動いていたのかもしれない。そんな中で、草原の三頭は少しだけ、妙なポジションにいた。

 

 あの三頭は火山への門番なのだ。

 

 恐らくは、守護竜グループでは一番若いのがあの三頭だった。だからこそ日常的な鍛錬を重ねて、強くなろうとしていた。だけど三頭とも、負けず嫌いの様で、勝ち負けが決まるのを嫌がる様な姿を見せたりもしていた。

 

 初めて見た時は、恐ろしかった。

 

 化け物に等しい戦闘力を持った大型、金冠の竜が殺し合っていたのだから。その戦闘に自分が巻き込まれたらどうなる? 即死するに決まっている。だからびくびくしつつ、隠れて草原を通る事をしていた。だけど今思えば、ナルガクルガもジンオウガも鼻の利く生物なのだ、あの程度の隠形だったらすぐに見つけて襲い掛かる事が出来ただろうし、街の中に隠れても、あの鋭い嗅覚であれば直ぐに狩り出せただろうと思う。

 

 なのに追いかける様な事をしなかった。もう、その時から見逃されていたのだろう。

 

 だけどそれだけじゃなくて、少しだけ、見栄っ張りが格好つけていた。大きく吠えて、雷を放ち、それを上回る様に回避し、そしてダイナミックに尻尾を払い全てを吹っ飛ばす―――なのに致命傷になる傷が三頭の間では一切発生していなかった。簡単な話だ。鍛え、腕を磨き、体をもっと強くしつつ、

 

 三頭はじゃれあっていたのだ。

 

 アレが三頭にとっての娯楽だったのだ。

 

 だから、まぁ、何年か暮らしていれば、段々と三頭の事が解ってくる。気配を殺して様子を窺いに行くともうちょっと地味な戦いをしているとか、それで眺めているのがバレると急にハッスルし出す所とか。結構、お調子者連中だった。

 

 そこには他の連中にはない、若さを感じた。

 

 それが個人的にはちょっと、親近感を抱ける所だった。お調子者で、見栄っ張りで、人懐っこい。何せ、此方がじっと眺めていると、偶に此方を気にする様にチラチラと眺めてくるのだ。これでウリ坊やホルクサイズだったらまだ撫でに行ったのだが、流石に金冠サイズの竜種となると、そう簡単に近寄る事も出来なかった。まだ、心のどこかにちょっとした恐怖を残していたのかもしれない。

 

 そんな、遠い日の思い出。

 

 それを全て燃やし尽くす様に、装備を完了させた。アオアシラ師匠との戦いで破損した防具、武器は全て修復を完了している。その上でアオアシラ師匠の甲殻の一部は、まるでそうなる事を望んだかのように弓に変形するような形であっさりと加工された。その甲殻の大部分は未加工状態で、保存された。工房長猫曰く、

 

『こいつは己の成る姿を決めているニャ。だけどまだその時じゃないようだニャ』

 

 と、言う事で作れたのは弓の一つだけだった。手に良く馴染む、重い弓の感触はマガラ化による肉体強化によって、漸く放てるようになるレベルの代物だった。二つ折りになって背中に背負う事が出来るそれは、三本の刀と合わせた新しい武器だった。それを習熟する為に一週間、生活のほとんどを練習に当てた。

 

 閃光玉を装備し、

 

 古の秘薬を用意し、

 

 自分の手で刃を研いだ。

 

 装備を全て装着し、出る前に少しだけ、蜂蜜のクッキーを食べて準備の全てを完了させた。それだけで準備は完了する。自分の姿を確認した所で、足を止める理由はもう、存在しなかった。

 

「殺るか」

 

「武運を祈るニャ、相棒」

 

「サバイバーニャラ絶対に勝てるニャ。自分の力を信じるニャ」

 

「では心行くまで楽しんで来ると良い」

 

 皆に見送られて、拠点を出て草原へと向かった。ただしクソトカゲのサムズアップだけは許すな。

 

 

 

 

 アオアシラ師匠が消えた事で、樹海には普通のモンスターが出現する様になった。とはいえ、これらが絶種へと至る様な事はないだろう。その最大の理由が拠点に住み着いたミラバルカンの龍の波動が原因であり、あのクソトカゲは根本的に、同格か、それ以上の格を持つ龍である為、メフィストフェレスの干渉を遮断、無効化出来る。そう言う事で森林拠点を中心とした一定範囲はミラバルカンの領地と化しており、あのクソトカゲが存在する限りは《悪魔》による悪意感染、変異、絶種化が発生しない事になっているらしい。それを他の領域に広げる事は出来ないか? という話にも必然的になる。

 

 だがそれが異能、ファンタジックなパワーでやっている以上、範囲を広げすぎるとそのままエネルギーとして吸収されてしまう為、狭い範囲でしか保護が出来ないらしい。その為、樹海、岩壁、川、花畑がぎりぎりの範囲となっているらしい。

 

 その為、樹海にはまだ正気だったモンスターが逃げ込み、そして飢餓と戦いながら獰猛化して徘徊している。樹海に入ってすぐ、獰猛化していたネルスキュラを発見する。

 

 飛び掛かってくる姿を紙一重で回避しながら真っ二つに斬り殺した。樹海に新しく転がるネルスキュラのグロテスクな死体を見て、ここを守っていた熊の姿は本当に消えてしまったんだ、と寂しさを覚え、それを振り払う。ネルスキュラの即死した姿を目撃したか、他の生物が近寄る様な事はなく、遠巻きに眺められる形で樹海の中を進んで行く。前までは歩いていればモスがキノコを探している姿を目撃できたのに……今ではその姿もない。

 

 たぶん、絶滅してしまったのだろう。

 

 生存競争に敗北して。

 

 また一つ、種が消え去ったのだ。どんどんこの《箱庭》の楽園が崩壊して行く。かつて見た風景が少しずつ失われて行く。生活が豊かになればなる程失われて行くその姿―――果たして、俺はここに来て良かったのだろうか? いや、その場合は俺以外の誰かがまた、犠牲になったのだろう。そう言う意味では俺は犠牲の連鎖を止める事が出来たのかもしれない。

 

 それでも解らないことだらけだ。

 

 薄暗い樹海の中、浅く、濃密な空気を肺の中に送り込みながら、思考をクリアにする。うじうじ悩むのは止める。何がどうあれ、自分には進む事しか出来ないのだから。だからたっぷりと深呼吸してからマスクで口元を隠し、フードを被り、ゴーグルを装着した。自分の心を隠すように顔を隠して、樹海の中を抜けて行く。

 

 かつて、クイーンランゴスタの巣があった場所を超えて。

 

 何度も畑の為に野菜を調達する為のルートを通って。

 

 この数年間、自分の足で固めて作った道を進んで行く。

 

 木々が生い茂る樹海の中、その中の奥へと通じるルートを進んで行けば、段々と生えている木々が細くなり、短くなってくる。少しずつ、草原に近づいているのだ。それを理解し、戦闘の為に脳のスイッチを切り替え、ついには樹海を抜けた。

 

 その先に広がっているのはぼろぼろに崩れた草原の姿だった。

 

 悪意に、《悪魔》の気配を感じ取った野生生物たちはそれに導かれ、惹かれる様に火山へと向かう。火山へと通してしまえば、絶種が生まれるだろうとクソトカゲは言っていた。だからそれを止める為の門番が、ここに居る三頭だった。

 

 音速の刃を放つ《白疾風》と、炎で焼き切る《燼滅刃》と、雷で強制停止させる《金雷公》の三頭だ。それぞれがそれぞれ、弱点を抱える竜ではある。だがこの三頭の組み合わせはそれぞれの弱点を補強しながら相手を確実に封じ込め、そして殺す為の組み合わせでもあった。三頭同時に相手をして、それでも勝てるのはそれこそ大型の古龍か、或いはもはや、生物という中では上位に至った、絶種ぐらいだろう。

 

 そんな三頭が悪意の発露以来、ずっと、ここで敵を通さないように守り通していた。

 

 かつては気持ちの良い風が通り過ぎるこの草原も、激しい戦いを繰り返した結果、今では見るも無残な姿をしていた。焼け焦げ、掘り返され、竜の死骸が多数転がっている。竜の戦場の跡だった。

 

 草原に到着した所で、体に多少の裂傷などを抱えながらも、胸を張った三頭の姿が待ち受ける様にそこに居た。

 

 ずっと、ずっと待っていたように背筋を伸ばし、樹海から出て来た此方を見つめ、そして大人しく待っていた。前の様に戦っている様子を見せずに。危ないから火山に近づけないように追い払おうとせずに、

 

 ただ静かに、待っていた。

 

 その姿を見て、少し前に出ながら声を零した。

 

「悪い、待たせたな」

 

 その言葉にディノバルドがふんす、と鼻の穴から息を放った。ちょっと、コミカルな姿に笑い声が漏れそうだった。だけどそれを堪えながら、数歩前に出た所で腰に手を伸ばす。

 

「さ、それじゃ―――」

 

 言葉と共に刀を構えようとしたところで、

 

「ぎゅる」

 

 ナルガクルガが視線をディノバルド、そしてジンオウガへと向けた。その視線を受けて残りの二頭が頷いた。何かを相談しているのか? と思ったらナルガクルガが歩いて近づいて来た。一切、敵意の無い動きに困惑し、刀から手を放しながら近づいて来たナルガクルガの白い姿を見た。

 

「なにを」

 

「ぎゅる」

 

「すぶうぇっちょ」

 

 前足で器用にフードを脱がされてから思いっきり顔面を舐められた。べっとりと涎を顔面に塗りたくられながら、その衝撃に大いによろめいた。

 

「ちょ、おま、ちょ、や、やめっ、やめぇぃ! やめーや!」

 

 反応に困っているとそのまま顔面を舐めてきて、そして困惑している間に背後に回り込んだジンオウガにフードをかぷり、と噛まれてそのまま吊るされる様に体を持ち上げられた。反応する前に持ち上げられると、体を放り投げられ、真っ直ぐ、ディノバルドの頭の上へと放り投げられた。

 

「おま、お前ら! お前ら―――!」

 

 何やってんだ、とディノバルドの頭の上に着地しつつ叫ぼうとするが、それよりも早く―――ディノバルドが頭に此方を乗せたまま、全力疾走し始める。滅茶苦茶揺れるその頭の上で立っていられず、そのまま伏せる様にディノバルドの頭にしがみつくと、横にジンオウガとナルガクルガの並走する姿が見える。

 

「な、なにやってんだよ! 止まれ! ちょ、止ーまーれ―――!」

 

 叫んでも止まらない。それどころか笑うように軽い咆哮が三頭の口から漏れ出す。

 

 ―――こいつら、完全に遊んでやがる……!

 

「あぁ、くそっ……!」

 

 このままここでぶっ殺す、なんて卑怯な真似は出来ない。それは向き合う事に対する矜持が許せないからだ。第一、三頭からは一切の悪意や害意というものが感じられない。純粋な善意、そして遊びたさというものが感じられる。守護竜連中の中で一番若く、そして懐っこいというのは伊達じゃなかった。とはいえ、時と場合を選んで欲しかった。

 

 そう思いながらもディノバルドの頭の上に伏せる様にしがみついていると、やがて草原の主戦場から場所は外れ、まだ草原の無事な場所へとやってくる。あの崩壊した街がある方角とは別の方角であり―――海の方へと向かっている様な気がした。

 

 実際、それで正しいのだろう。頭の上に乗り、半ば諦めながら揺られつつ進んで来れば、やがて草原の向こう側に海が見えてくる。だがその前に広がっている景色は岬とも言えるものであり、岸壁によって遮られた向こう側の空間には海が広がっていた。

 

 そしてその岬にも、花が溢れていた。そこまでやってくると、三頭はブレーキをかけて動きを停止させ、頭から此方を投げ出すように岬の花畑へと投げだしてきた。花畑の中に受け身を取る様に着地しつつ、振り返りながら三頭を見る。

 

「お前らマジキレっぞ!! おい!!」

 

 戦う空気じゃなくなっちまったじゃねぇか! どうしてくれんだよおい! そう叫びながら三頭を睨むが、三頭は此方ではなく、その奥の空間、岬の先へと視線を向けていた。

 

「……そっちになにか、あるのか?」

 

「……」

 

「ぎゅる」

 

「ぐるぅ……」

 

 静かに三頭が頷いた。そして視線を逸らさない。振り返りながらその視線の先を見て、岬の先にある物を見た。岬の花畑、海が見えるその先端には何か、碑石の様な物が存在しているのが見えた。

 

 気持ちの良い風の吹く場所だった、ここは。恐らくこの草原で最も美しく、そして気持ちのいい場所だった。あのフォロクルルのいる花畑同様、不可侵の神域の様に感じられる場所だった。

 

「……これを見せたかったのか?」

 

 もう一度だけ、三頭の方へと振り返り、そして反応がないのを確認しながら岬の先にある碑石を確認する様に近づいて行く。その材質はあの神殿等で目撃した、つなぎ目の存在しない不思議な石の様な金属だった。長い年月を経ているのに、不思議と劣化がまるで存在しない。

 

 これは何なのだろうか? そう思いながら碑石に触れる。

 

 そこには言語らしきものが彫り込まれている。

 

 無論、喋る事だけで今はいっぱいいっぱいだ。それを読む事は出来ない。だけど不思議と、それに込められた想い、気持ち、願いというものは感じられた。触れながら感じられるこの感じは、

 

「墓……なの、か……?」

 

 悼む想いをここには感じられた。

 

「かつて、ここは人と龍が暮らす土地だった」

 

 唐突にそこで、前ミラバルカンがまだ威厳を持っていた珍しい時に、塔で語った内容を思い出した。ここはかつて、ヒトという種が、龍と共に暮らす事を可能としていた場所だったという事実を。そしてそれは大陸からの憎しみの感染によりどうしようもなく、滅んでしまったのだ、と。だけどこの碑石にはそんなものを感じられなかった。安らかで、静かで、神聖で―――。

 

「……そうか、こことあの花畑は墓なのか」

 

「ぐるるるぅぅ……」

 

 だから……不可侵として、平和を保っている? いや、それはおかしい。悪意の増幅によってそこら辺の感覚は狂っている筈だ。そもそも昔から継承し続けている守護竜でもなければそこらへんは解らない筈だ。だとしたら何故、花畑が……ここが、こうも綺麗に残っているのだろうか?

 

「―――メフィストフェレスが不可侵にしてる……?」

 

 あの花畑とこの岬を? だからまるでノータッチで平和なのか? あの悪意の化身が? だとしたら……だとしたら、なにか、まだ知らない事があるのかもしれない。たぶん()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、全く知らない部分があるのかもしれない。あのクソトカゲがそれを口に出す事は恐らく、ありえないだろう。

 

 アレはそういう大事な部分を黙った上で、期待するタイプだ。

 

 本質的に調停者ではなく魔王だ。

 

 だからアレは期待するだけして、失敗するようならのうのうとまぁ、こんなもんだろ……って言って全部台無しにするタイプだ。そして最初からどうにかなる方法を用意している。短い付き合いだが、その程度が解るぐらいにはあのクソトカゲは隠そうともしない。

 

 だからクソトカゲなんだよアイツ。

 

「お前はこれを俺に教えたかったんだな……」

 

「ぐるるる……」

 

 喉を鳴らす獣の顔を軽く抱いてから撫でる。この竜達は俺の解らないところで、何かを察し、そして自分の死期を完全に悟っているのだ。アオアシラ師匠がそうであったように、自分が積み重ねて来たもの、それを受け渡す為の全力を出しているのだ。

 

「そっか、そうだよな……お前らも今まで継承してきたものがあるもんな」

 

 それを、忘れ去られる様になるのは寂しい。戦うのなら、

 

せめて、それを生き残る者に伝えたいよな……。

 

 腕を伸ばして二頭の頭を抱き、そして最後の一頭の頭を撫でた。そして振り返り、墓を見つめた。ここで竜と生きようとして―――彼らは死んでしまった。もはや、その話は古龍のみが知っており、その証だけがその頃、生き延びた竜達の間にのみ残って、継承されて行く。

 

 誰かが、何かが伝えないとそれが次に残らない。だからこの三頭は残したのだ、ここに居た、しかし竜を恨まなかった人たちの痕跡を。確かに存在していた、と言う事を。

 

 こんな風に、本来であれば争い合うはずの竜達だって、一緒に遊べるのだって。一緒に暮らせるんだって、それを証明するものが……ここに、残っていた。

 

 そしてそれを教えられ、俺が今度は継承したのだ。

 

 だから、

 

 ―――この優しく、遊びたがりの三頭を殺さなくてはならないのだ。

 

 それはもう、何があっても変わらない流れだった。




 対策はしたんだから、殺すのは簡単だろう?

 という訳で継承されるものがあるのなら、それが受け継がれる事もある。覚えている者さえいるのなら、消えたわけではないのだ。本当なら1、2年前に接触の描写入れようかと思ってたけど、心が辛くなりすぎるのでオミットしました。

 次回、草原の終わり。


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5年目 対草原の三竜

 ―――これは、試練だ。

 

 この苦しみも。

 

 こうやって知る事も。

 

 全てが、試練だ。肉体の苦しみだけじゃない。心の苦しみも、全て背負う。それが試練。俺が生き延びなければいけない道。経験しなくてはならない事。知らなくてはならない苦しみ。日本という安寧の中で育った俺が知らなかった事。経験しなかった事。その全てを経験させられていた。友との殉教なんて、経験する日が来るなんて思いもしなかった。思いもしなくていい筈だった。それを自分は経験していた。苦しい。悲しいも虚しいも通り越した。こうなってしまった運命を呪う怒りも通り越した。それで残されたのは自分がこうしなくてはならない苦しみ。

 

 苦しい。心が苦しい。その気持ちだけだった。だけど幸い、それは苦しみだった。苦しいだけならどうにでもなる。それは五年間の生活で学んだことだった。心の奥に苦しみの全てを沈めて、眼を閉ざす。それを見えないようにすればいい。そうすればやがて、苦しみを全て忘れる。苦しみを感じなくなってくる。そうすれば苦しく―――なくなるだろう。

 

 だけどそれを選べなかった。

 

 自分に刻む様に、忘れないように……苦しむ事を選んだ。

 

 その理由も意思も意味も、言葉にするだけで女々しい。

 

 だから苦しみを選んだ。

 

 草原で、最初に相対するのは《白疾風》のナルガクルガ。その前に立った時、居合を放てるように構えながらも、心を無にしない。苦しみを受け入れる。殺意で傷口を埋める。だけどそれが更に自分がこれからする事を伝えてくるようで―――苦しい。ただただ、苦しい。だから何時でも戦えるように、ゴーグルとマスクを装着して顔を隠した。フードを被って顔を隠した。ローブの下に姿を隠し、何時でも斬撃を放てるようにした。

 

「じゃあ……やろうか」

 

「ぎゅる」

 

 短い言葉の返信が来た。それが恐らく、お互いに交わす最後の言葉となる。そしてそうなった。直後、ナルガクルガの姿が白い残光を残して消え去った。明らかに視認できない速度。自分が知覚する事も、動いてから反応する事は出来ない速度。つまりありえない話だが、その攻撃の瞬間を攻撃が間に合うタイミングで読み切って、そして動くよりも早く、その前の行動に自分の攻撃を割り込まなければ、絶対に勝てないという相手だった。

 

 そしてそれだけの速度が出るという事は、それだけの物理的衝撃も発生するという事だった。新幹線に鉄パイプをぶつければどうなるか? 当然、鉄パイプが吹っ飛ぶ。速度の乗った重量と言うのは、鋭さ以前にそれ自体が一つの兵器だ。衝突せずに、斬撃を与えるというだけでもかなりの高等技能だ。そしてそれをナルガクルガは行える、一切の減速を行わずに。

 

 それはある意味、俺よりも技量を持っているという事だ。超高速移動でバランスを崩さず、爪を傷つけないように切り裂く。技術的にはかなり難易度が高いだろう。少なくともロケットエンジンを搭載した人間がティッシュ箱から一枚だけティッシュを抜くような芸当だ。

 

 曲芸の領域に近い。それに完全なカウンターを決めて一撃で仕留めなきゃならない自分も、曲芸師と表現したほうが良いのかもしれない。だけど回数を開ければ開ける程、コンディションは下がって行く。その場合はコンディションを維持する為に狂竜ウィルスを活性化させて、マガラ化を促進させるしかない。それは、まだ出来ない。早すぎる。本命の為にも、まだ取っておく必要がある。

 

 だからここでは、

 

 ―――自力のみで斬る。

 

 斬るしかない。斬り殺すしか―――ない。

 

 「……」

 

 白い残光はもはや影すら残さなくなる。四方八方へと気配すらも完全に消し去って消えて、接近するというタイミングを完全に消し去った。そして此方が完全に準備を整えるのを待っている様な―――そんな、気がした。だから呼吸を浅く吐き、神経を過敏化させ、そして思い出す。

 

 自分の剣技の奥義は全て、斬る事にある。

 

 特別な事はしていない。

 

 百回、千回、万回、億回。そこまで……振るってはいないかもしれない。だけど数えるのが馬鹿らしいほどに繰り返し、素振りをしてきた。それ以外にやれることが解らなかった。無限に繰り返してきた練習、その基礎を固めるだけの時間。そこで掴んだ、自分の振るうタイミング、感覚、そして形。それを自分という肉体に完全に最適化させて、振るう。一閃。一閃だけでいい。

 

 アオアシラを殺した、最後の瞬間を思い出せ。

 

 あの至高の斬撃を―――繰り出す。

 

 超直観的に、踏み込んだ、鞘から射出する様に親指で鍔を弾きながら刀を滑らかに引きずり出した。滑る様に前に出る刃は一切の乱れもブレもなく、肉体に芸術的とも言える程の滑らかさでついて来た。

 

 そして、そのまま振り抜いた。肉を割る感触。体に浴びる暖かい血液の感触。どさり、と背後で倒れる音がした。声がした。

 

 振り返りたい。見たい。治療したい。今すぐにでも駆け寄りたい。なんでそんなに優しくしてくれたんだ畜生。

 

 言葉を押し殺しながら前へと踏み出した。聞こえない。悼むような労う様な背中を押すような声は聞こえない―――聞こえない。

 

 ゴーグルに少し触れて、踏み出した。ディノバルドが前に居た。

 

「殺ろう」

 

 その言葉にディノバルドが大きく後ろへと飛び退き、咆哮で空間を震わせた。それに合わせて抜いた刀で音と風を叩き切り、一気にディノバルドへと向けて飛び込んだ。だが咆哮したままのディノバルドがサマーソルトを放つように大地を抉りながら剣の様なその尻尾を振るい、大地を割って此方へ殴りかかってくる。

 

 まだだ、これじゃない。

 

 息の下でそう吐き出し、受けずに横に転がる様に回避しながら斬撃を回避し、サマーソルトから着地したディノバルドへと中央が割られたので回り込む様に接近する。牽制する様にそれに合わせ、ディノバルドが大地を尻尾で薙ぎ払い、炎と織り交ぜた土砂の壁を作って叩きつけて来る。純粋な炎だけではなく質量を兼ね備えた動きは、

 

 明確に、此方の刀のリーチを理解し、それを使わせない為の動きだった。

 

 入り込ませたら勝機を生む、というのを理解している動きだった。

 

 また同時に、その場合どうやって勝つつもりなのか、と言うのを引き出すような問いかけでもあった。

 

 必要だった―――どうしようもなく、アオアシラとの戦いも、ナルガクルガとの戦いも、このディノバルドとの戦いも、次に行うジンオウガとの戦いも。その次にあるリオレウスも、イビルジョーも……全部、俺に必要な試練だった。クソトカゲの言葉は腹立たしく、そして狂いそうになる。だけど、こうやって戦えば自分の中で、動きと経験と戦術が組み合わさって凄まじい勢いで完成されて行くのが見えて行く。

 

 殺したくもないのに、殺して糧にしようとすれば、それだけで何故必要なのが本能的に理解してしまう。

 

 歯が折れそうな程に食いしばりながら土砂の壁を()()()()()()()()()()()()()()。バランス感覚、肉体の完全操作、そして恐怖の克服。それで障害物として、攻撃として放たれた土砂を足場に、体の表面を焼きながら一切ペースを落とす事もなくディノバルドの方へと接近した。

 

 その様子をどこか嬉しそうに、そして楽しそうにディノバルドは受け入れていた。何故笑うのだろうか。何故、そんなにも楽しそうに向き合えるのだろうか? それが解らなかった。解りたくもなかった。だがディノバルドは楽しそうだった。戦えることが、そしてこういう形で語り合える事が、凄く、楽しそうだった。

 

「―――」

 

 刀を逆の肩の上へと持ち上げる様に振り上げながら熱を切り払い、そのまま踏み込んで後ろへと体を滑らせるように下がったディノバルドを追う。その距離が徐々に、狭まって行く。口から吐き出す炎を横に転がって回避しつつ、起き上がる直前で体を前に飛ばして加速し、

 

 そしてその顔面に尻尾が横薙ぎに振るわれ、迫ってくる。何時の間にか赤熱化していた尻尾は触れれば体を焦がし、そして脆くなった肉体をそのまま一撃でミンチに吹っ飛ばすだろう。

 

 だからこそのチャンスだ。

 

 この横薙ぎが一番斬り払いやすい。アオアシラ戦で身に着けたのは極限状態での体操作の技術と、奥義への一歩目。ナルガクルガ戦で覚えたのは力に頼らない、技量のみで完全に一撃を合わせる繊細さ。そしてこのディノバルドを超えるのに必要なのは、質量に関係なく斬り抜くだけの技量。

 

 正面、迫る尻尾、もはやそれは壁とも表現できる。それを正面から心眼を乗せて、強度、材質関係なく正面から斬り抜いた。考えてみれば簡単な話だった。既にパーツは揃っていたのだ。斬る、払う、体操作、感覚、経験、それらすべてを統合しながら効率的に運用すれば、それが相手の攻撃であれ、そのまま回避する事無く斬り返して破壊する事だって出来る。

 

 それに気づかされ、避ける事を止めて尻尾を斬り飛ばした。ディノバルドの赤熱化した尻尾が切り離され、その衝撃でその巨体のバランスが乱れる。

 

 その隙を逃がす程、甘くはなかった。

 

 乱れた瞬間に飛び込みながら足を切り払い、体が倒れて来る所、首に致命傷を叩き込む様に剣を切り払った。刀には歪みが一つもなく、鮮やかな血の色を浴びて陽光に輝く。殺したという感覚が手の中に届き、斬り抜いた背後で、巨体が倒れる音がした。

 

 振り向かない。

 

 聞こえない。

 

 振り向いてはダメだ。まだ、それを直視する勇気が出ない。

 

 畜生。

 

 ……畜生。それでも、前に進むと決めたのだ。あの子に会わなくてはならないのだ。そう決めたのだ。だからここで止まる訳にはいかなかった。やりたい事を見つけたのだ。だからそのエゴイズムの為にも、その責任に対して貫くためにも、折れてはいけない。申し訳ないと思ってはならない。その死を冒涜してはならない。

 

 だから最後の一頭、ジンオウガへと視線を向けた。

 

「ぐるぅ」

 

「……」

 

 寂しそうな瞳を、ジンオウガは浮かべていた。だけどそれと一緒に、労わる様な視線を此方へと向けていた。止めてくれ、そういうものを向けられる様な男じゃないんだ、俺は。だけどその言葉を口に出さない。ただ殺意だけで全てに答える。それを見てジンオウガが後ろへと少しだけ下がり、

 

「ぐるぅぅぅ……」

 

 小さく、鳴いた。その言葉の意味は……言語が、違っていても解る。だけどそれを聞こえないふりをした。その優しさが痛い。痛すぎた。これならまだアオアシラ師匠の方が楽だった。いや、なら、きっと、これを含めての試練なのかもしれない。この苦行も、きっと、意味があるのだろう。そうやって経験しなきゃ最終的に勝てないのだろう。

 

 そう思わなきゃ狂いそうだった。だけど狂えない。それは逃げだからだ。

 

 現実から逃げちゃいけない。どんな、クソみたいな現状であれ、それがファンタジーみたいな状況であれ、それは現実なのだ。それから逃げちゃいけない。一つ一つを、絶対に自分の糧として、100%自分の中に取り込む為、

 

 ゴーグルの下で涙を流している事を頭の中から完全に忘却して構える。同じようにジンオウガが金色の体毛に雷を纏う。その姿を見て、迷う事無く避ける様に飛び退き、刀を納刀しながらジンオウガの素早い動きを、常に一歩先の動きを先読みする事で回避する事に成功する。そうやってジンオウガの動きを観察しつつ、思考する。

 

 ジンオウガ、この個体の凄い所はその雷だ。常に雷を纏って戦う事が出来る。つまり、常にバリアを張っている様な状態だ。ゲームであれば武器を通して感電する事なんてないので、範囲外から武器を振り下ろせば問題はない。だが現実として、金属系の武器を使えばそのまま、感電して動きを封じられ、そのまま一撃で殺されるだろう。だから常に一歩先、そのリーチの範囲外を先読みで完全に把握しながら、体に纏われる雷電と、その巨体から放たれる爪撃と突進を回避する。

 

 幸い、身体能力はマガラ化によって大きく上昇している―――小さい範囲を回避し続けるだけなら、可能な程度の身体能力になっている。

 

 だから冷静に、最大の敵、天敵とも呼べる触れられない敵を前に、観察をする。どうすれば殺せるか。一撃で殺す隙間を考える。いや、見出す。経験と技術からどうすれば殺せるのか、生物としての弱点を探す。

 

 疲弊する前に、殺す手段を合理的に導きだす。スタミナが高く、巨体で、そして相手を寄せ付けない雷を身に纏っている生物。ハンター達のこういう生物に対する、距離を取って弓やボウガンで蜂の巣にする、という手段と発想は間違っていない。実際、それが一番効率的なのだろう。

 

 だけどそんな戦術、ここでは取れない。

 

 ここに居るのは俺一人だけ。

 

 前に立ってくれる味方はいない。

 

 だから剣を握るしかない。最終的にはそれでしか倒せない。頼れない。だったら唯一使える一つに全てを捧げて昇華させるしかない。どうすればいい? 攻撃を避けながら、体を転がし、回避し、そしてジンオウガの体に流れる雷を見て理解する。

 

 そして理解すれば早い。

 

 正面から飛び込んで来たジンオウガに合わせて、刀を抜いて切り払った。ジンオウガの体から鮮血が浅く溢れ出し、ローブを濡らしながらジンオウガの警戒心を高めさせ、背後で着地させる。痺れていない自分の両手と体を確認し、刀を抜いたまま、ジンオウガを見る。

 

「体全体を常に雷が覆っている訳じゃねぇ。的確に通ってない部分を見極めて、そこだけを状況に関係なく確実に斬り抜く……だけ、か」

 

 殺せる。瞬間的にそれを察した。そしてそれをジンオウガも察した。体に溢れる雷を更に引き上げながら死を悟りつつ、

 

 ジンオウガが飛び込んできた。その姿を見て、歯を食いしばりながら刀を構え直した。

 

―――馬鹿野郎……!

 

 

 

 

 日が、暮れて行く。

 

 夕日が石碑を同じ色に染め上げて行く。気持ちのいい風がこの岬には吹いていた。その端に腰を下ろし、両足を崖から下ろした状態で、その向こう側へ―――海へと視線を向けていた。その向こう側にあるであろう世界へと、その先にどんな景色があるのだろうか、それを夢想しながら眺めていた。

 

 フォトフレームを作る様に両手で形作りながら、夕日色に染まる世界をその手に収めて眺めた。美しい。間違いなく美しい光景だった。だけどそれがこの心に響くような事は、一つもなかった。酷い、本当に酷い話だ。ずっと、心が痛い。殺した感触が手の中から消えない。何故、こんな経験しなくちゃいけないのだろう。その答えがずっと出てこないのだ。

 

 完全に黒く染まった自分の手を見て、息を吐いた。

 

「また無駄な事に力を使ったな」

 

 背後、聞き覚えのある声がした。振り返る事もなく、その言葉に応える。

 

「無駄じゃないさ。あの三匹はここが好きだったんだ……だったらせめて、魂はここで安らげるようにするべきだろう」

 

 草原の三竜―――その死骸をここ、岬の花畑にまで運んできた。一人で。筋力が全く足りなかったので、狂竜ウィルスを活性させて、筋力を一時的に増大させてからちょっと引きずる様に連れてきてしまったのは、我慢して欲しい。クッソ重かったが、マガラの筋力に大分近づいて来た事で引っ張るぐらいなら出来た。かなり疲れたけど。

 

 両手も、皮膚も完全に黒くなってきたけど。

 

 それでも、やるだけの意味はあったと思う。

 

「少なくとも俺はこれで納得できる」

 

 死者は言葉を残さない。だからこそ、墓等の行いは納得するための儀式だ。この後、三竜は素材として活用する為に拠点に持ち帰ることになるだろう。だけどその為に浸食までして花畑に連れて帰った事を、自分は一生後悔しないだろう。

 

 彼らの魂に安らぐ場所があるとすれば、それはここ以外にありえない。だからどうか、ここで、古代から続くものと一緒に安らかに眠っていて欲しい。奪った命、受け継がれた記録、そして殺して手に入れた糧、その全てを自分は忘れない。

 

 だけど、何かあるとすれば、

 

「もっと早く……遊んであげれば、良かったな」

 

 ただ、それだけに尽きた。あれだけ人懐っこかったのだから、たぶん遊ぼうとすればずっと絡んでくれただろうなぁ、と言うのは解る。だからもっと早く会って、遊んであげれば良かった。それだけ本当に思った。そこだけは少し……後悔しているのかもしれない。

 

 走り回って遊んで、疲れたら岬の花畑で夕日が落ちるのを一緒に眺めるのだ。

 

 そんな事も、あったのかもしれない。だがそれももうない。命は失われた。永遠に失われた。殺した命はもう、帰ってこない。帰って来ちゃいけないのだ。

 

 蘇生なんて不可能だし、そんな事もあり得ない。願っちゃいけない。それは死んだ命への冒涜だ。だから出来るのはせめて、安らかに眠り続ける事を祈るだけ。そしてその命を背負い続ける事。

 

 そして奪った事の責任に向き合い続ける事。

 

「酔狂な人間だ。そこまで奪った命に対して真面目なのも珍しい」

 

「俺は真面目な人間で通ってるんだよ」

 

「だからこそ苦しむか」

 

 自分でも解ってる。そんな義務、存在しないのだ。ここまで真面目に背負い込む必要はない。もっと気楽に構えれば自分の心だって守れるかもしれない。だけど―――それが、嫌なのだ。逃げるようで、不真面目なようで。

 

 なんか……忘れたり、眼を反らしたら生きる意味を奪った様で、嫌なんだ。

 

 だから苦しい道を選ぶ。忘れない。痛みを忘れない。自分で受け持つ。苦しい事は苦しいのだと、我慢せずに感じる。そしてそれよりももっと苦しい痛みを味合わせた事を忘れない。

 

 そして、また立ち上がるのだ。

 

「まだ、殺さなきゃいけない奴がいる」

 

 夕日の中、暮れて行く太陽の姿を眺めながら、まだ残された二頭の姿を思い出す。家族を持つリオレウスと、孤高の中、誰よりも働きまわるイビルジョーの姿。あの二頭を殺さなくてはならない。震え、そして爪が伸びて黒く染まる手を見て、拳を作る。髪の毛も真っ直ぐ長く伸び始めたのは代謝が促進されたから、なのだろう。

 

 もう、人よりも竜の部分が多い。それでもまだ、足を止める事は出来なかった。ここまでの行いを無にするのなら、死んだほうがマシだった。だから止まれない。最後まで、貫き通すまでは止まれない。

 

「なぁ、クソトカゲ」

 

「どうした、異邦人」

 

「現実って、優しくないな」

 

「都合の良い現実なんてものはないのさ。それが欲しければ、穴倉の中から出なければいい。だがお前は出る事を選んだ。辛く苦しい現実と戦う事を選んだ。故に―――」

 

「止まれはしない、か」

 

 解っている。

 

 そんな事、解っている。

 

 夜に染まり始める空を見て言葉もなく、殺した命に祈りを捧げた。

 

 

 

 

絶滅率 六割

 

残り守護竜 二騎

 

残り絶種 




 皆好きでしょう? 怪物を殺して強くなるの。その死骸から装備を作るの。

 という訳でおやすみ、良い夢が見れると良いね。きっと素敵な来世があると信じつつ、次の相手へと向けて準備準備。悲しいけどこれ、生存競争なのよね(生まれたてほやほやの三騎目から目を反らしつつ


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5年目 秋季

 少し、寝込んだ。

 

 浸食による肉体改造が本格的な活動を開始した事による、一時的なダウンだった。浸食値七割。つまり、人間としての部分が三割しか残っていない状態の中、本格的にゴア・マガラへと転輪する為の準備を狂竜ウィルスが肉体改造を通して行い始めていた。肉体改造の結果、体を内側から変えて行く支配は体を本来のゴア・マガラの大きさへと変えようと、大量の栄養と肉を求め、そして肉体改造の為に多大な痛みを与えて来た。

 

 激痛で正気を消失させ、発狂させて肉に飛びつかさせ、ひたすら食欲を満たす事で改造に必要な栄養を確保させようとするものだった。つまり、ゲームで出現する段階の、あの狂暴化した感染モンスターと同じ状態になっていた。故にしばらく、体を休める必要があった。精神力で痛みも食欲も全て抑え込み、その上で気合と根性で自分の肉体改造に対して抗う。何時も通りの生活、何時も通りの鍛錬。それを続けるためにも、しばらくの間、誰が体の主かを教える為にも休む必要があった。

 

 夏季の終わりが見えて来た頃、漸く体内のウィルスとの綱引きに勝利する。

 

 ウチケシの実で作った薬を毎日飲みながら精神力で常にウィルスを抑え込み、そして食事を普通の量に制限する。それで肉体の主導権が誰にあるのかを常に教え続けた結果、大人しくなった。恐らく、現段階では体を完全なゴア・マガラに出来るとは思えなくなったのだろう。恐らく今度は完全にウィルスが体に回った時、侵食値が100%になった、その時に完全に龍に堕ちるのだろう。

 

 だが今は乗り越えた。闘病生活の様な物だったが、それでも人間の気合と根性で勝利してやった。アイルー達が狂竜ウィルスに対する特効薬を知らなければ、危ない所だった。既に数年前、シナト山を中心とする狂竜症に関する問題は発生し、そしてその研究でハンター向けの特効薬は出ていたらしい。

 

 となるとシリーズは幾つか消費されているのだろう。

 

 ダラ・アマデュラに勝利したハンターもいる、という事なのだろうか? 興味深いが、今は聞けない事だった。

 

 闘病生活を乗り切った体は完全に、黒くなっていた。褐色の黒ではなく、闇の黒だ。完全に人のする肌の色ではなかった。光さえも吸収してしまいそうな不吉な黒の色に、髪は更に長く伸び、それを切るのが手間になっていた。体の一部は鱗に覆われており、段々と人間から姿がかけ離れて行っていた。それでも、

 

 I am I、私は私である。自分は、人間であると声高らかに宣言する。故に心は折れない。こんなことで膝を折らない。姿は人間から外れてきても、それでもそれがこの心を折る事なんて欠片もない。自分がやるべきことの為に、魂の全てを捧げる事としたのだから、もはや、精神攻撃の類は通じない。

 

 ……通じない。

 

 そんな、少しを無理をしてしまったが故の闘病生活を乗り越えた所で、

 

 拠点に、新しい客人が増えた。

 

 

 

 

「―――失礼します。そして初めまして、異邦の生還者」

 

 夏の終わり、秋が見えて来た頃、空気が少しずつ涼しくなってくる季節。五度目の秋が感じられる頃、その姿は第二拠点の前に、クソトカゲと共にあった。自分の姿の一切を全て、白いローブの中に隠しており、フードも白く、赤い文様が通っている。その隙間からは唇のみが見える―――男か女か、それを感じさせない無性的な響きが声には存在していた。

 

 髪を首の後ろで縛り、マスクとゴーグルは醜い今の顔を隠しつつ、えーと、と白いローブの人物に対して声を向けた。

 

「……一回、会った事がある気がする様な……」

 

 その言葉に、ローブの存在が小さく声を零した。

 

「直接ではありませんが、一度だけ雪山の方で手を出させて頂きました」

 

「ん……? んん?」

 

 いや、待て、と思い出す。雪山での思い出なんか一つだ。《斬虐》に襲われた事ばかりだ。そしてその時に感じた気配、いや、見たものと言えばやはり、

 

「ハルドメルグ?」

 

「えぇ、人界では司銀龍ハルドメルグ等と呼ばれている存在です。このような姿で会うのをどうか、お許しください。実はまだ彼の竜に食われた箇所の再生が追いついていなくて、とてもですがお見せできるような姿をしていなくて……」

 

 司銀龍ハルドメルグ、雪山でエンカウントする事が出来る古龍の一種だ。その特徴は何を言っても、水銀だ。この古龍は水銀を魔法の様に操るのだ。変形させ、バリアの様に動かし、それで根性殺しまで仕掛けて来る、かなり特異な古龍になっている。自然現象ではないものを操るのはフロンティアらしいものだが……その中でもかなりの魔法っぽさのある古龍の一体だった。個人的にはかっこいいと思うが、

 

 問題はそうじゃない。

 

 視線をクソトカゲへと向ける。

 

「クソトカゲお前……」

 

「俺を見て何を思った貴様」

 

「ふふふ……いえ、ミラバルカンに関してはお許しください。寧ろ異端なのは私の方なので」

 

 ハルドメルグのその言葉に首を傾げ、視線を向ければ、

 

「いえ、私達古龍は基本的に長い時を生きるので、時折人の生活に関わる事で時間を潰します。人の営みを眺める事を娯楽としたり、その中にある文化を楽しむことを趣味としています」

 

 ハルドメルグと一緒にクソトカゲへと視線を向ければ、マシュマロを口から吐いた炎で軽く炙りながら食べようとしているクソトカゲの姿が見えた。また大陸の方から私物持ち込んでるこいつ……。ちょくちょく食べたいものが増えると大陸に戻って持ち込んでくるからこいつほんと嫌い。

 

「えぇ、まぁ……ミラバルカンの様にここまで関わってまるで変わらないのも珍しい方ですが。私はこう見えて、人が磨き上げた剣の術理、技術、その美しさに感銘を受けて時折、弟子入りしたり、人の生活の中で生きる事もありましたから。根本的に外面を取り繕う事に関してはミラバルカンよりは上です」

 

 その言葉に視線をミラバルカンへと向ければ、マシュマロを美味しそうに食べながら言葉を返してきた。

 

「そいつが根本的な部分では俺と同類だという事を忘れるなよ」

 

「一切取り繕うとしねぇおめーよりはマシだよ」

 

「王者としての誇りがなぁ……うーむ、そう言えば前、お前がマシュマロとココアの組み合わせが良いとか言ってたな……やるか……」

 

 そう言って去って行くクソトカゲの姿を見て、アイツ本当に交通事故でも起きて死なねぇかなぁ……と、心の中で全力で祈りつつアイツの死を祈った。いや、まぁ、存在するだけで助かるのは事実だ。絶種の誕生と環境絶滅率の推移を理解する事が出来るし。自分が闘病中に、どうやら火山で新しく絶種が誕生したらしいし。アレがいるだけで拠点周りが安全になるのも事実だから、安心して農耕と牧畜を行える。

 

 あのクソトカゲが純粋に美味しいものを食べたいだけという疑惑もあるが。

 

「それはそれとして、ハルドメルグさんには雪山で本当にお世話になりました」

 

「いえいえ、此方もあの段階で貴方を失うと困りましたので。おかげで少々傷の治りが遅くなってしまいましたが」

 

「……」

 

 こうやって人に姿を変える事が出来るハルドメルグでさえ食い殺されるという絶種の存在には、本当に驚くしかない。あいつら、殺せるのかよ……と、ちょっとは思わなくもない。テオナナ夫婦にハルドメルグが既に現段階で死亡しているとか、ちょっと信じたくない話だった。とはいえ、

 

「今回此方へはどういうご用件で?」

 

 いきなり雪山を降りてきてこっちに来た理由が気になった。態々此方に来るほどの理由があるとは思えなかったからだ。だから何故来たのか、と言うのを訪ねれば、ハルドメルグが答えた。

 

「単刀直入に答えましょう、鍛えに来ました」

 

「鍛え、に?」

 

「はい。この楽園の終わりも見えてきました。その気配を感じ取って、既に誕生している絶種は全て、最後の生存競争に向けてエネルギーを蓄え、自分の戦いに備えて今は活動を縮小して大人しくしている状態です。だから私もこうやって隙を見て下山する事が出来るようになりました」

 

 戦い……つまりは自分を待っているのだ、絶種連中は。何故かは解らないが、そのあらん限りの悪意を此方へと向けようとしている。その理由がまるで解らないのだが、きっとそういうものなのだろう、と思っている。いや、違う、《悪魔》の思惑に関しては()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 それはあの草原の三竜が岬の花畑、そこにある石碑を見せてくれたおかげだ。そのおかげで、クソトカゲが語ろうとはしない、この場所の裏側、或いは語られていない部分に関して少しずつだが察し始めている。

 

 ……それでも、やる事に変わりはない。

 

「真面目な話をしますと、変異している肉体の制御と、繊細な技術を必要とする剣術の同時コントロールに困っていませんか?」

 

「……まぁ、それは」

 

 マガラ化する肉体は、大型竜の筋力をベースに肉体を再構築しようとしている。その為、少しずつ、自分の習得した技術と動き、身体能力でブレが出ているのも事実だ。そういう意味でもちょっとしたリハビリ期間を必要としている。少なくとも、夏季の間にリオレウスにもイビルジョーにも会う事は出来ない。肉体の急激な変化から来る感覚の違い、その矯正に場合によっては終秋までかかってしまう可能性さえもある。

 

 だからそれを矯正してくれる、というハルドメルグの言葉は正直、助かった。

 

「出来るんですか?」

 

「古龍で一番、そちら辺りのコントロールに優れている自信はあります。根本的に人の生み出した剣術というのは我々ではなく、弱い肉体を持った存在が振るう為の技術ですからね、同じレベルまで力を抑え込めるようになってから初めて、学べるものでしたから。ですので初秋まで私が叩き込んで見せましょう」

 

「お願いします」

 

 古龍だ―――尊敬できる古龍だ……!

 

 あのクソトカゲとはまるで違う! 本物の古龍だ!

 

 心の中では降って湧いた幸運に喜びつつも、ハルドメルグの神対応に対して、クソトカゲの拠点におけるふてぶてしい態度と活動の全てを比べていた。なんて良い龍なんだ、ハルドメルグは。偉そうにしない。物腰は柔らかいし。これで見た目が美人だったら完璧だったなぁ、と思いつつ、

 

 素直に頭を下げた。

 

 リオレウスとイビルジョーを殺す為の、

 

 守護竜決別の為の最後の準備が始まった。

 

 

 

 

 そうやって始まったのはハルドメルグ主導のリハビリ修行だった。

 

 その内容はシンプルに、完全な肉体のコントロール術である。つまり完全なバランス、制御感覚を体に叩き込むという修行内容だった。アオアシラ師匠で行っていたことはその体から力を引き出す術。それに対して、ハルドメルグのそれは異なる肉体に対する習熟を上げる手段、という物だろう。

 

 ハルドメルグによれば、古龍は大体人の姿へと変身する事が機能の一部として存在するらしい。それは古龍という生物そのものが自然、災害、概念の象徴とも言える存在であり、そして()()()()()()()()()()()()()()()()だからである、との事だった。古龍と言う生物、それはまず最初に人があってこその存在なのだ。それ故に、古龍はヒトと正反対の存在でありながら、最も近しい存在として人に擬態する事が出来る様になっている。

 

 そして古龍の肉体と、人の肉体はまるで違う。初めて人に変身した古龍は、違い過ぎる骨格に戸惑い、立ち上がる事さえ出来ず、四足で体を動かす事さえも出来ないと言っていた。これは純粋に骨格、そして重量、重心の問題であり、今まで使っていた肉体との差異に苦しんでいるのが原因になる。その為、古龍は異なる形の肉体を完全にコントロールできるようにしている。

 

 ハルドメルグの教えてくれる技術というのは、それをベースに、ハルドメルグが人間から学んだ体術を混ぜ込んだ、人間用のプランだった。ハルドメルグはミラバルカンの様に、人間の生み出す文化に興味を持った。その中でもハルドメルグが興味を持ったのは剣術の類だった。弱い、そして短命の種族である人が刹那の間に生み出すその美しき技術の数々、そこに感銘を受けたのだ。そしてそのまま、命と共に消え去って行くのを忍びなく思った。

 

 それ故にハルドメルグはちょくちょく、人の姿に変身しては人里に紛れ込み、弟子入りして剣の術理を学び、それを自分の記憶の中に消えないように保存しているらしい。

 

 それを学んでハルドメルグが強くなる事はあり得ない。

 

 武術、と言うのは元来弱者の物である。弱き者が強き者を倒す為に生み出された存在であり、そもそもからして技術という概念は、圧倒的身体能力を誇ったものが利用したら、その繊細さが失われてしまうものでもあるのだから。故にハルドメルグがそれを学習した所で、一切のメリットはない。だが単純にハルドメルグはその存在そのものを美しいと思ったのだ。

 

『故に私はその一切を記憶し、留めたいと思っただけです。消えて行くには余りにも惜しい……』

 

 そういう話を聞かされると、このハルドメルグという古龍は、根っこの部分ではあのクソトカゲと同一の存在なのだと、理解させられる。何せ、この二人はただ、何に感銘を受けたのかが違っているだけで、結局やっている事は一緒なのだ。人類という種が生み出して来た文化、その中で自分が最も美しく、価値のあると思う物を自分の体に刻み込む様に保存しているだけなのだから。

 

 違うのは表面上、人間として取り繕っているか否か、という点だけだった。

 

 ハルドメルグは人間社会で生活をすることが多いから、表面上は人間らしく振る舞う。

 

 ミラバルカンは王者として傲慢として、人間らしく振る舞う事を拒否する。

 

 ただ単純に、方向性とプライドの問題なだけだった。そこで王者としての自負を持つミラバルカンが、一切人間らしさを見せない傲慢を見せつけてくるのは実に腹立たしいが、同時にクソトカゲらしい、と少しだけ、好感を持てたりする。悔しいが、アイツはクソトカゲだがそういう部分は恰好が良かった。

 

 そういう訳で、少なくとも人間らしさという物を取り繕えるハルドメルグとの短い修行が始まった。期間は初秋まで、それまでに肉体のコントロール術というものを徹底してハルドメルグに叩き込まれることになった。

 

 それで一番最初に叩き込まれたのは、力の抑え込み方だった。古龍が人界で生活する上では一番大事な技術であり、これを誤るとくしゃみした拍子にメテオインパクトしかねないので、最も気を使う場所でもあったらしい。実際、一度祖龍が加減を間違えてくしゃみと共にサンダーストームを発生させたとか。お前ら馬鹿かよ。

 

 だが、同時にこれが一番の近道でもあると理解できた。ゴア・マガラへと肉体が近づいて来たことで、肉体は少なくとも、中身はまるで別物に変質していた。料理された物よりも生きた獲物をそのまま食らいたくなる衝動に偶に襲われ、そして武器を使うよりも両手の爪で引き裂いた方が遥かに早く仕留められるかもしれない、と思わせられるぐらいには肉体が変質していた。身体能力が上がった結果、剣閃が僅かにだが、乱れる様になった。

 

 それは理想と呼べるような領域から、自分が積み上げていた肉体に最適化した動きから身体能力が急激に向上した結果、範囲がズレてしまった事にある。こと、技量と技術という領域の問題においては、身体能力の向上というのは()()()()()()()()というのが真実だった。寧ろある程度の能力があって、それで打ち止めの方がまだまだ、技術というのは伸ばしやすい。

 

 なぜなら技巧とは肉体に最適化された運動だからだ。その最適化される肉体が強化によって変動した場合、その肉体に合わせてまた最適化しなくてはならなくなる。故に身体能力は一定のレベルで成長が止まってくれた方が、遥かに伸ばしやすい。

 

 そしてこの急激な成長はそういう意味では邪魔だった。その為、まず最初にハルドメルグが教えてくれたのは力の抑え方だった。龍種の力をどうやって抑制するかを精神論、そして身体的に同時に教えてくれた上で、ウチケシの実を使った治療で更に、狂竜ウィルスを抑え込んで行く。

 

 ゴア・マガラとしての力の大半はこのウィルスが根本的な原因だ。故にこれを封じ、力を大きく制限する事で、元の身体能力に限りなくまで抑え込んで近づける。

 

 だがそれでも完璧という訳にはいかない。故にそこから続けて、肉体の操作術に移る。

 

 と言っても、やる事はひたすら、体を動かす事だった。此方に関しては対処法はひたすら体を動かし続ける事で、意識が完全に肉体の隅々、神経の先の先にまで届く様にするしかなかった。それ故にひたすら、細かく、しかし体力を全てが吐き出しても体の感覚が解る様に、体力を空っぽにするまで体を動かしたら、その状態で素振りを行って体の感覚を理解させ、休んだら再び体力を空っぽにする、と言うことを繰り返すばかりだった。

 

 ただこれが予想以上にスパルタだった。本格的に誰かに教わるという経験が初めてだった為、これが本物の修行かぁ……と、ちょっと新鮮な経験に驚かされる事もあった。

 

 その内容も、ハルドメルグが水銀で刃を幾つか形成し、それを振るうのをひたすら回避と刀を壊さないように切り払って受け流し続ける、という内容だった。時折、チェーンソーみたいにギザ刃の刃が混じっていて触れると確実に武器を破壊して来るので、それだけ見極めながら回避、体力を全て吐き出しつつ肉体の能力に、感覚を追いつかせる為にひたすら追い込むという内容だった。

 

 そこに、一切の剣術等に関する技術指導は存在しなかった。

 

 魔境環境ではその素材から《剣神》等と呼ばれる剣士用スキルを取得できるハルドメルグであったが、根本的にその技術を誰かに教える事はなく、自分が記録しているという事に悦を覚えるタイプだった。なので、それを自慢するだけで誰かに伝える事はしない。

 

 まともに見えてやっぱり根本はクソトカゲと同類だった。

 

 古龍連中、実は大体クソトカゲ集団なのでは? という疑問が持ち上がってくる。とはいえ、稽古をつけてくれる有難さに、余り文句は言えなかった。

 

 定期的にクソトカゲが大陸に渡って私物品を増やして拠点を飾り始める夏季の終わりごろ、

 

 三竜の狩猟後の無茶の結果、副作用での苦しみが終わり、そして漸く、肉体に対して感覚が追いつく様になって来た。環境は変動し、三竜が消えた結果か、環境に存在する絶種は合計で三騎にまで膨れ上がった。

 

 それぞれがそれぞれを警戒するような形で睨み合うようになり、環境はどこも静かな殺意に満ち始めていた。

 

 その中、初秋、完全に肉体の制御を得た。

 

 五度目の秋。

 

 ―――あの日見た、空を自由に親子で飛んでいたリオレウスを狩る時が来た。




 クソトカゲほんとクソトカゲである意味安心する。

 ハルドメルグのイメージはスキル《剣神》から大体来ている。個人的にも水銀操作とかいう凄いファンタジーな能力は好きだった。ただ今の環境ではなぁー……。まぁ、それはそれとして、インターバル回であった。

 次回、空を自由に飛ぶ夫婦竜。


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5年目 秋季 Ⅱ

 目が覚めた。

 

 すっかり大きくなってしまったウリ坊を枕代わりに背中を預けて眠り、そうやって眠っていた自分の腹の上にはホルクが頭を乗せて眠っていた。秋、少しずつ肌寒くなって来ているこの季節、まだ日差しは暖かく感じる。日当たりの良い場所に出てれば、それで気持ちよく昼寝が出来る程度には気持ちが良く、腹に感じるホルクの体温と、後ろから支えられるウリ坊の温かさにサンドイッチされ、気持ちよく眠れていた。少しだけ感じる肌寒さが、寧ろこの体温の暖かさを感じさせてくれて丁度いい塩梅となっていた。

 

 だけどゆっくりと、目覚めた。未だに挟まれている二匹の姿を見て、平和そうに眠っている姿を見て、軽くその頭を撫でてあげる。小さく寝息を立てながら、幸せそうに眠っている姿を見て、苦笑を零す。何時まで経っても子供だなぁ、と。苦笑しながら周囲を見れば、同じようにエルペやムーファが眠っている姿が見られる。

 

 外では地獄の様な状況が繰り広げられているのを、忘れてしまいそうな景色だった。こいつらは自分の姿がこんなに変わっても、それでもまだ、付き合ってくれる、一緒にこうやって昼寝して、遊ぶことをせがんでくる連中だった。本当に困ったものだ、と苦笑をこらえきれなかった。

 

 ほんと、何の変わりもない連中だった……。

 

「ふぅー……」

 

 ゆっくりと頭を撫でていると、音もなく、先生が近づいてくるのが見えた。先生には今でも共用語の勉強を見て貰ったり、狂竜症への特効薬の調合をして貰ったり、世話になっている。特効薬と言っても、既に変異が始まった状態ではもはや進行を抑える事しか出来ないのだが。とはいえ、先生のおかげで調合、薬周りは大変助かっている。今では調合などの作業は全部先生に任せて、自分の時間は鍛錬に回せている。

 

 アイルー達が来た事で、サバイバル生活が確実に終わりを告げたのは事実だ。文明が漸くここに栄えて、生活は楽になった。連中がそう言う事のプロフェッショナルというのも事実だが。なんというか、

 

 本当に、楽になった。

 

「だから先生とかには本当に感謝してるんだぜ」

 

「遺言の様な言い方は止めるニャ。おみゃーさんには終わったらドンドルマまで直行して貰ってギルド長を締め上げるのに協力して貰うから生きて貰わなきゃ困るニャ」

 

「ギルド長を」

 

「今回の件でもっと予算をふんだくるニャ。ついでに大陸と隔絶環境との連絡手段をどうにかして構築するニャ。開発と研究の為の予算を手に入れたらこういう場所からでも連絡を取る事の出来る手段を構築するのニャ」

 

 そうすれば、と先生が言葉を口にする。

 

「たった一人の人間に全ての業を押し付けるような事をする必要がなくなるニャ」

 

 その言葉に少しだけ、居心地の悪さを感じる。アイルー達も最初はお互いにお互いを利用する事をある程度考えていたが、こうやって一年も一緒に暮らしていれば、友情の一つや二つ、出来上がってくる。今ではこの場所を生き抜く為の大事なパートナーだ。彼らの支援がなければ、自分がここまで生き延びる事はなかっただろう。劣悪な装備と環境から抜け出せたのは、間違いなくアイルー達のおかげだ。

 

 その幸運に、俺は恵まれていた。

 

「いいんだよ、先生はそんな事を気にしなくて。先生からはこの世界の常識とかを教えて貰っているし、ラズロだって最近は戦いについて行けない代わりに、根本的なハンター技能を教えてくれるし。親方や他の皆だって自分が出来る事で最大限の役割を果たしているさ」

 

 それだけで十分だった。自分には、それだけで十分すぎた。アイルー達は本気で、俺を生かす為に出来る事の全てに挑戦しているんだって解っている。ラズロは毎日自分のニャンターとしての技術を熱心に磨いている。先生も毎日、新しい事に挑戦する様に実験している。工房長猫もまだドロドロに溶けて固まらないあの片手剣を一つの形にする為に努力を続けている。

 

 だれも、悪い奴なんていないんだ。

 

 そんな事、ずっと前から解っている。

 

 皆、生きる事に必死なんだって解っている。俺も、アイルーも、古龍も……守護竜も。

 

 皆、必死なんだ。だから恨んでもしょうがない。

 

 お前は別枠だけどな、クソトカゲ。

 

 そう思いながら完全に意識が覚醒したのを感じ取った。連日の修行、そこからの疲れが完全に癒えたのも感じ取れた。定期摂取している薬で狂竜症も今の所は完全に抑え込めている。これ以上浸食するような事が無ければ、体に何か、変化があるような事はないだろう。体は戦う為に完全に整っていた。こうやって昼寝をしているのも、コンディションを整える為の一環であり、

 

 ……肉体的な準備は、全て整ってしまった。仕方がないか、と自分に言い聞かせ、ホルクを起こさないようにゆっくりと頭を退けて、立ち上がる。

 

 秋の日差しを全身で浴びながら立ち上がり、半裸の上半身で太陽の光を漆黒の体で受け止める。日光を煩わしく感じる肉体になって来たが、それでも陽の光を浴びるのは人間としての習性だ。竜の本能を抑え込み、人の理性でそれを慈しみ―――そして準備を、始める事にする。

 

「ニャァ……サバイバーにゃん……」

 

「いいんだ、いいんだよ、先生」

 

 きっと、俺が早々に死んでいれば誰かがこの役割を果たしていただろう。ただ運悪く、俺が成功を続けてしまい、俺にこの役割が回って来たというだけの話だ。だから俺が苦しんでいるだけできっと、どこか、知らない誰かが同じ苦しみを味わっていたかもしれないのだ。だから俺でそれが終わる、と思えばいいのだ。苦しいし、気持ち悪いし、辛いのも事実だ。

 

「だけどね、先生」

 

「ニャ?」

 

「こんな経験がなければ皆と会う事もなかったんだ―――それだけは、良かったと思えるんだ」

 

 どんなに辛く、苦しくても、それでも……この世界に来て、厳しくとも優しい人たちと会えたのだ。俺はそれを誇りに思う。この出会いの全てに感謝している。アイルー達と会えた幸運に感謝している。アオアシラ師匠の生徒であった事に感謝している。三竜に秘密を教えて貰えるだけの友情があった事に感謝している。古龍が計画している裏で、純粋な善意で接してくれている事にも感謝している。

 

 生きている、そしてその出会いに感謝している。

 

 だからこそ―――止まれない。

 

 

 

 

 黒いインナーはもはや、それが素材なのか肌なのか、それが解らないぐらいにはゴア・マガラとしての色に肉体は染められていた。だけど何時もの様にそれを装備し、装着し、そして手袋、ブーツと装着して行く。マスクとゴーグルを装着して人の様には思えない顔を隠して、オオナズチのカメレオンマントを装着して、全身を隠す。長く伸びた髪は切っても切ってもすぐに伸びて来るので、ちょっとオールバックに流しながら首の後ろで紐で纏めている。

 

 ベルトをちゃんと確認し、それで着替えは完了した。全身を隠すような恰好は今更だった。だがこうやってマガラ化してきた姿を完全に隠せるのはちょっとだけ、安心する。少しずつ怪物に姿が変わって行くのはやっぱり……視るのが怖いのだ。だから着替え終わって、姿を完全に隠した格好で、第二拠点の工房へと向かう。

 

 今でも数匹がかりでアイルーがドロドロに溶けているのに蒸発も固まりもせず、広がりもしない溶けた鉄を相手に、その形を作って固めようとしている奮闘する姿が見える。あの片手剣はまだ、自分の振るわれる時を待っている様だった。その姿を視界に収めつつ、工房長猫を見つけた。工房長猫も此方を見つけると、打ち直した刀を一セット三本渡してくる。それを左腰にセットする。

 

 そろそろ、この刀ともお別れの時が近い……そんな気がする。

 

「ついでにこれを持っていくニャ」

 

 そう言ってベルトに装着できるポーチと、そして大幅に軽量化されたライトボウガンらしきものを工房長猫は取り出し、渡してきた。片手で持ち上げる事が出来るレベルのライトボウガンは、折り畳み式の機構を採用しており、前回の守護竜討伐で利用しなかった師匠の弓を更に軽量化して組み込んだものだった。

 

「次の相手はあのリオレウスだと聞いたニャ。あいつを相手するには間違いなく対空手段が必要になるニャ。だがオミャアはそういう飛び道具の類、得意には見えないニャ」

 

 工房長猫の言葉に頷けば、工房長猫が軽量化ライトボウガン―――いや、普通のボウガンとでも説明すべき武器を指さした。

 

「だからそいつには殺傷力はほとんどないニャ。今渡したポーチがあるにゃ? アレの中身は瞬間接着ボルトニャ。接着を感じ取ったらそこからワイヤーを伸ばして垂れ下がるという風に機構を組み込んであるニャ。リオレウスに当てる事が出来れば、リオレウスからぶら下がる為のワイヤーを用意出来るニャ」

 

 後、それとは別に壁に打ち込めば臨時の足場にする事も出来るだろう、と工房長猫が説明した。

 

「従来のライトボウガンじゃちょっと重すぎるし、殺傷力を抜きにして飛んで、当たる事だけを考えればこの程度の重量とサイズで済むニャ。片手で持てるから刀を落とさずに戦えるニャ。後はどう使うかはオミャアに任せるニャ……ただ」

 

 ただ、と工房長猫は付け加えた。

 

「特別なボルトを一本だけ、用意したニャ。二本目はないから気を付けるんだニャ」

 

 ベルトに装着したポーチの中を確認し、その中で輝く一つのボルトを確認し、視線を工房長猫へと戻してから頷きを返した。おそらくは、この一本があのリオレウスを倒す為の、必殺の一本になるだろうと思う。だから改めて工房長猫に感謝を送る。

 

「気にするニャ。感謝するならぶっ壊さず無事に戻ってくればそれでいいニャ」

 

「善処する」

 

 無理なもんは無理なのだ。なので日本流最終奥義、曖昧な返答を送りつつ、工房に背を向けて、拠点の出口へと向かい始める。その前の空間にテーブルで挟む様に座っているハルドメルグと、ミラバルカンの紅白クソトカゲコンビが座っているのが見える。そのテーブルの上にはどこかで嗅いだことのある匂いがする。足を止めて、其方の方へと視線を向ける。

 

「……餡子?」

 

「そうですよ。これでちょっとした東の国の菓子でも作ろうかと思いまして。帰ってくる頃には出来ていますから、一緒に食べましょう」

 

「待て、ハルドメルグ。それでは俺の取り分が減るだろう」

 

「ですがミラバルカン、人間は目に見える褒美を求めて走る生き物ですよ。解りやすい労いを用意した方が最終的な効率は上がりますよ。何時までも奥義を教えようとしない流派とか直ぐに潰れますからね」

 

「成程……だがそれと俺の取り分に関しては関係ないのでは?」

 

「お前らどっちもほんと畜生」

 

 倫理観ドラゴンは伊達じゃない。とはいえ、此方の分をハルドメルグは守ってくれそうなので、それを密かな楽しみにしておく。だから軽く片手を上げて、苦笑を零しながら―――そのまま、拠点の外へと向かった。

 

 目指す場所は山脈。

 

 辿異リオレウスの巣へ。

 

 拠点を出て、中型や大型を寄せ付けない入り組んだ、狭い通路を抜けて、とりあえずは丘に直行で出るルートを辿り、拠点から丘へと出る。ここに居る生物もかなり減った―――絶滅率の事を考えれば、当然とも言える。豊かな環境程生物の絶滅が早く、そして厳しい環境程逃げ隠れが上手い生物が生き残る。

 

 もはやここに、アプトノスの姿は見られなかった。完全に種としての絶滅を迎えてしまっていた。昔はここで食料確保したもんだけどなぁ、と思い出しながら歩き出そうとしたところで、

 

 空に咆哮が轟いた。視線を空へと持ち上げれば、そこに両翼が燃え滾る、炎のリオレウス―――即ち守護竜の辿異リオレウスだった。その姿が地に影を差し、覆う。金冠サイズのその巨体は見上げるだけでも圧倒的な威圧感が存在する。もはや正確な数値やデータ周りの事は忘れても、その体の大きさが何年間、この地で生き、暮らし、そして育ってきたのかを物語っている。

 

 だが威圧感はあっても、敵意や殺意の感じはなかった。どちらかと言えば用事がある、という風に此方を見つけ、空から降りて来る。完全に降りて来るのを風を両手で遮る様に耐えて、そして降りて来た姿を見た。

 

「あー……その、初めまして?」

 

 今まで遠くから見る事はあったが、こうやって近づく事は一切なかった相手だ。これから殺し合うのに、フレンドリーに話かけるなんてどうかしたのか俺は、と思いつつ言葉を放ってみれば、リオレウスが軽く首筋を見せて、顎をクイ、と上へと向けて動かした。そのジェスチャーはなんとなくだが、伝わってくる。

 

「乗れ、って事か?」

 

 二度は言わない、と言わんばかりに首筋を晒している―――この首筋を迷う事無く斬り落とせれば、物凄く楽だろうに。それが出来ない。だから大人しくリオレウスの指示に従い、その首に手を当ててから体を一気に持ち上げる様にリオレウスの首の上に座った。それをリオレウスが首を軽く動かす事で確認してから、

 

 ―――一気に大地を蹴って羽ばたいた。

 

 凄まじい衝撃を、速度を体に感じて、叩きつけられる様にリオレウスの体に張り付きながら、一気に飛び上がったリオレウスの背の上で、普通の人間には見られない、空の世界が一気に広がった。一気に開けた世界の中で、リオレウスの背の上から、周囲の景色を見た。

 

 それは天から見下ろす地上の箱庭の世界だった。

 

 こうやって空から見れば、どれだけ歪な環境をしているのかが伝わってくる。森、丘、川、海、砂漠、火山、氷雪―――それぞれ、バラバラの環境が狭い大陸の中に押し込まれる様に綺麗に揃えられており、複雑な環境が絡み合いながらも、お互いに影響する事なく独立して存在している。多少、となりの環境に影響すると思われそうな場所も、まるでエリアを移動した様な不自然さで環境が区切られており、独立した世界を生み出していた。

 

 本当に不思議な場所だった。

 

 その空の景色を、眺めた。

 

 魅入られる様に、自分では届かない世界を見て、魅入られていた。拠点が、そして第二拠点が見えた。砂漠には黒い影が走り、雪山では悪意が此方をじっと睨む感じがした。火山からは猛る様な闘気を。様々な環境、様々な場所から雑多な、しかし失われて行くものを感じた。

 

「これをお前は何時も見てたのか……」

 

 空の世界から、リオレウスが普段、子供たちと飛んでいた景色を、漸く理解した。不可思議ではあるが、こんな景色を見られたのだろう―――確かに、是は楽しいだろうなぁ、と納得させられる。こんな景色を邪魔されずに、心行くまで飛び続ける事が出来るのなら、どれだけ楽しいのだろうか。

 

 少し、竜という存在が羨ましく思えた。

 

 そうやって空の世界を眺めていると、旋回したリオレウスは一気に、巣のある山の方へと加速しながら降りて行く。何十回も目撃した事のある方角だ。未だに正確な巣の場所は解らなかったが、どうやらリオレウスはここへと招待してくれるつもりだったらしい。空にのみ入り口があるらしい空洞へと、羽ばたきながら、リオレウスが降りて行く。ゆっくりと降りて行く中で、

 

 空の旅は終了し、リオレウスの巣へと到着した。

 

 天上から陽光を呼び込むその巣は、かなり広い空洞となっており、リオレウスがその中を飛び回っても余裕のある空間だった。その端の方、壁の窪みに割れた殻等と一緒にリオレイアがいるのが見えた。どうやら、ここに居る子竜達は既に孵っているらしい。リオレイアは此方を静かに見てから、視線をリオレウスへと向けた。

 

 そのリオレウスの首から降りると、リオレウスに、鼻先で背中を押された。

 

「おわ、とっと……進め、って事か?」

 

「……」

 

 その言葉に、リオレウスは答えない。ただ前に進むのを促す様に、此方の背中を押して来た。

 

「……解ったよ、解ったよ……あるんだろ、俺が知らなきゃ行けない事が」

 

 その為に、リオレウスは俺を態々巣にまで呼び込んだのだ。それだけは確かだった。だけど、この行動そのものに、激しく嫌な予感を感じるのだ。物凄い、嫌な予感が。だから、歩き出すのを躊躇した。だけど後ろから来るリオレウスの圧力に耐えきれず、前へと向かって足を踏み出した。

 

 一歩、二歩、リオレイアのいる巣の方へと。

 

 そして進んだ所で、リオレイアが丸めていた尻尾を解放する様に、広げた。

 

 また一歩、巣の方へと近づき、その目の前に来た所で、漸くそこに何があるのか、それが見えた。それは小さな、小さな命だった。両目を閉じて、短い前足で目に両足を伸ばそうと、頭を掻こうとしている小さな命だった。その体に生える結晶の様なものは、それが純粋なリオレウスではなく、変異から生まれて来た新たな命、ゼルレウスの子竜である事を証明していたが、生まれたばかりに思える命はまだ、翼を満足に広げる事さえも出来ない、幼い姿だった。

 

 リオレイアが尻尾の中で、守る様に抱いていた命だった。

 

 その前にまで、リオレウスに押し出された。その衝撃で軽く膝を折りながら子ゼルレウスの前に膝を突きつつ、視線をリオレイアへと向けた。視線を受け、リオレイアは軽く眼を閉じ、頷いた。それが、自分に子を抱く事を許可した母の様に思え、

 

 ゆっくりと、

 

 殺す事しかなかった、両腕で、促される様に、子レウスの姿を抱き上げた。

 

「きゅっ、きゅぃ、きゅっ、きゅぅ!」

 

 可愛らしい鳴き声を上げながら、すんすん、と鼻を鳴らしながら子レウスは此方へと顔を向け、開かない両目の代わりに此方を判別しようとしていた。軽い。その子レウスの体重は凄く軽く、これがこれから、人を丸呑みに出来るサイズにまで成長する、とは到底思えなかった。

 

「きゅぅー……きゅっ!」

 

 軽く、痒そうにしている額を掻いてあげると、嬉しそうに鳴き、そして頭を此方へと擦り付ける様に声を漏らす。その姿が物凄く普通で、だけど特別に思えて、腕が震えて来る。

 

 今まで拠点でエルペやムーファが子供を産む所を何度も見てきている筈なのに。この子レウスを見ているだけで、心臓が破裂しそうになる程、苦しかった。息が、荒くなる。今、考えた事を脳内から消し去って完全に否定する。今は、駄目だ。そんな事を考えちゃ駄目だ。

 

 駄目だ、考えては。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「きゅぅー」

 

 此方の事を一切察せない子レウスは、甘える様に体を擦りつけながら、ざらざらとした感触の舌で頬を舐めて―――そしてその閉じていた両目を開いた。此方の姿を見て嬉しそうに鳴き、そして甘える様に再び、舐めて来た。呆然とその姿を受け入れた。

 

 この子には悪意がなかった。

 

 この子には悪が解らない。

 

 この子は、危険だという事が解らない。

 

 今のこの状況、無差別な地獄の箱庭の中で、是は奇跡の様な子だった。平和で、のんきで、そして何よりも両親に愛されている竜だった。

 

「―――」

 

 完全に、頭の中が真っ白になった。

 

 その中で、

 

 ―――リオレウスが吠えた。

 

 巣の中の洞窟、それを揺るがす様に咆哮を轟かせたリオレウスへと向かって、ゆっくりと振り返る。腕から落ちた子レウスは何が起きているのか全く理解も出来ずに、こてん、と首を傾げながら遊んでほしそうに足をひっかいてくる。その姿をリオレイアが起き上がり、口で軽く子を摘まむと、安全な場所へと下がる様に連れたまま、巣の外へと飛んで行く。

 

 何が起きようとしているのは、考えずとも明白だった。

 

「やめろ」

 

 リオレウスは咆哮を止め、後ろへと一気に距離を開け、翼を大きく広げる。羽ばたいた翼から炎が舞い上がり、それが巣の床に燃え盛る様に広がって行く。それは炎の決戦場を生み出す動きであり、地上に存在する生物を問答無用で殺す為の舞台の設置だった。

 

 自分の周辺の空間が焼かれて行くのを肌で感じながらも、

 

「やめろ……!」

 

 それしか、言葉が出なかった。泣いてはならない。そう解っているのに、ゴーグルの下で、涙が溢れ出す。リオレウスが何を伝え、何をしようとしているのか、それを理解してしまったからだ。

 

「子供がいるじゃないか……妻がいるんだろう!? そこまでする必要はあるのか!?」

 

 だって―――だって、そうじゃないか。この手の中には、命があったんだ。生まれたばかりの、奇跡の様な命が。それを誰よりも喜んだのは俺じゃない。リオレウスと、リオレイアの方じゃないか。物凄く優しい視線で子供の事を毎年、見ていたじゃないか。さっきも少しだけ心配そうに眺めていたじゃないか。

 

 なのに、なのに―――、

 

「―――グルルゥァァァァ!!」

 

 女々しい、そう言わんばかりに炎帝が吠えた。その覇気に呼応するように炎が一気に燃え上がり、空間から酸素を奪って行く。殺さないのであれば死ね。そういう殺意がその場に満ちていた。本気だった。

 

 本気で、殺しに来ている。

 

 死にたくなければ、殺すしかない。

 

「ほんと、最悪だよお前……」

 

 翼を羽ばたかせ、刀の届かない距離にまで飛翔したリオレウスが見下ろすように、しかし見下す事のない視線を此方へと向けて来る中、ワンハンドボウガンを抜き、そこにクロスボウのボルトをセットして、リオレウスへと向けた。

 

 生きる事とは、戦いである。

 

 だけど、

 

ざけんな! ふざけるなっ! ふざけんなよぉ……!

 

 ―――叫ぶ様に言葉を吐き出しながら、あの幸せな親の姿を殺しに行く。

 

 都合の良い話なんてものは、

 

 ない。




 今まで殺して来た命と違いはない、そうだろう?

 という事で、次回は辿異リオレウス決着編。


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5年目 秋季 対リオレウス

 トリガーを引いた。

 

 かつてない程に、それが重く感じた。

 

 狭い洞窟の中で熱風が渦巻く。リオレウスが翼を動かす度に炎が押し出され、風が追いやられ、空間が炎によってかき乱されて行く。その中をクロスボウボルトが一直線に飛翔し、リオレウスがそれを空中で回避した。流石に、当たってくれる程優しくはないか、と息の下で安堵の声を漏らした。

 

 あぁ、それでも殺さなきゃいけない。

 

 涙を堪えて絶叫を吐き出し、クロスボウに次弾を装填しながら走り出す。リオレウスは空中、目算10メートルほどの高さでホバリングする様に飛翔し、常に此方を付かず離れずという距離を維持しつつ。確実に射程外に自分の存在を置き、維持していた。近寄るつもりは欠片もなさそうだった。呆れるほどに、有効で殺意の高い戦術だ。人間には出来ず竜には可能な戦術。

 

 つまりずっと届かない距離から攻撃し続ける事だった。

 

 クソゲーここに極まる。泣いている余裕とかない。普通に脳の領域を全て殺す事に回さないと何もできずに死亡する案件だった。

 

「ガチにも程があるぞこいつ!」

 

 返答の様に返ってくる咆哮が巣の壁に反響しながら襲い掛かってくるのを風圧諸共、片手で刀を抜いてぶった切って無効化する。脳をそうやって完全に戦闘する方向へと向けてしまえば、少しは悲壮感が頭の中から消え去る。この苦しみは後で受け入れる。だが今は、先に全力で生を掴む。じゃなければ簡単に死ぬのが見えた。

 

 故にまずはリオレウスを地面に落とす必要がある。閃光玉を一つだけ、持ち込んである。リオレウスへと向かって走りながら納刀し、閃光玉を出そうとすれば、リオレウスが片目だけを此方へと向ける様に翼を広げ、横に旋回する様に飛翔する。

 

 その姿は片眼を閃光から守る様な動きでもあった。

 

「対策済み、と」

 

 閃光玉は使うだけ無駄だな、と悟りつつ勝負は刀とクロスボウ、この二つだけでどうにかせねばならない事を悟る。

 

 クソゲー宣言、再び。これがゲームだったらデバッグ必須である。パッチ必須である。

 

「だけどこれは現実なんだよなぁ……」

 

 連射出来ないボウガンの性質故に、リオレウスの動きを先読みし、その動きに合わせて偏差射撃を行う。だが空中戦、そして飛行している竜とのドッグファイトに慣れているのが原因か、あっさりと加速と急停止を繰り返す事で此方の射撃を回避して行く。そうやって回避する度に口から大玉の炎をブレスとして吐き出し、放ってくる。両手を使って装填している瞬間を狙ってくるのが地味ないやらしさだった。

 

「ならやる事は一つだけか―――」

 

 至近距離からぶち込む。それしかない。まずは接近する事の足掛かりを作らなければ、どうにもならない。故にクロスボウを装填した状態で刀を一本抜き、双方を手に握ったままの状態で一気にリオレウスの巨体へと向かって行く。壁際を旋回する様に飛翔するリオレウスはそれを目撃しながらも、警戒する様に距離を開ける様に飛翔する。徹底して此方のレンジに入り込まない姿は臆病ともとれるが―――逆に、此方からすれば唯一の殺害手段を封じられていると解る為、一番取られたくない戦術を取っているというのが解る。

 

 賢い。長く生きているだけあって、確実に殺す手段に長けている。時間をかければそれだけ、酸欠で苦しくなってくる。リオレウスは極論、この状態で逃げ回るだけで勝てるだろう。

 

 それを本人のプライドが許すかどうかは別として。

 

 ―――生き残れるか、対処できるか、試されているのだろう。

 

 瞬間、リオレウスの飛翔先へと向かって偏差射撃を行いつつ、閃光玉を放った。刀を手放す様にオープンになった手で一気に連続で放ったそれは正面、リオレウスの片目の視界を奪いつつ、回避する為の動きを緊急で作らせた。それに合わせ、リオレウスの姿が完全に、ロックされた。

 

 素早く、ポーチからボルトを引き抜きつつ、それを装填してリオレウスへと放った。空中で直感的に回避を行ったリオレウスが打ち込む数発を回避するが、

 

 翼、足、胴体、そこに一発ずつ打ち込む事に成功した。そしてそれがリオレウスに当たるのと同時に、そこから耐熱性のワイヤーが下へと向かってだらりと伸びた。工房長猫の仕込みの結果だろう。どこに収納していたのかは解らないが、かなりの長さを誇り、リオレウスが飛んでいるのに軽く地面を引きずっているのが見える。

 

「とはいえ、ノーダメージのままだ」

 

 数秒の出来事から即座に空中から落下する事もなくリオレウスは回復し、空中で一回転してから翼を広げ、咆哮を放ってくる。挑発するような声だった。こんなもんじゃないだろう、という風にも聞こえた。

 

 故に応える。刀を噛んで掴みながら、クロスボウにボルトを装填して行く。それを素早く射撃しながら今までよりも遥かに早く、体力を削り取る様な速度で一気にリオレウスへと向かって加速する。その速度に反応し、リオレウスが炎を放ってくる。

 

「しゃらくせぇ」

 

 それを素早く刀へと片手を持ち換えた斬撃で切り払い、払い切れなかった部分をそのまま体で受けながら前進した。少なくとも肉体的には竜にだいぶ近くなっている。炎も、ある程度切り払った状態であれば、直撃ではない限りは無事だ。故にダメージ覚悟で炎を切り払い、その動きに一切足を止める事もなく、一気にリオレウスへと接近する。その姿がブレスを吐いた硬直から立ち直った瞬間に飛び上がり、回避に入るも、

 

 それよりも早く、スライドする様にワイヤーの一つを掴んだ。

 

 直後、体が持ち上がった。

 

「ぐっ―――」

 

 勢いよく持ち上げられた体はそのまま、リオレウスの高速軌道に引きずられる様に背後へと流れて揺れ、羽ばたく翼から舞う炎が後ろへと流れて来るため、それを全身で浴びる様に熱波を感じる。火の粉がガンガンとゴーグルとマスクで隠れていない顔面に衝突し、焼いて行く。それに構う事もなく、掴んだワイヤーを握り、手放した刀の代わりにボウガンのストックを口で噛みついて持ち、両手でワイヤーを手繰って体を引っ張り上げて行く。

 

 それを妨害する様にリオレウスが一気に加速する。

 

 超風圧と呼べるような風圧を発生させる事で、振り落とそうとして来るため、必死に堪えながらワイヤーにしがみついていれば、体をいきなり壁に叩きつけられた。

 

 ドリフトする様に、一気に壁まで接近した所を急停止させられた、体が投げ出され、壁に叩きつけられ、

 

 しかし、リオレウスの姿が直ぐ近くに見える。

 

「しっ―――!」

 

 リオレウスが壁から離れるよりも早く、壁を足場に二本目の刀で居合を放ち、飛翔するリオレウスの翼、その付け根の部分に斬撃を叩き込んだ。舞い上がる翼からの炎がそのまま、手首と首筋を焦がす様に焼いてくるのに痛みを感じるも、それを無視して着地、転がればリオレウスが落ちて来る。すぐさま追撃を放とうとするが、リオレウスは翼を大地に叩きつけ、それで炎の爆発を生み出した。

 

 流石にこれは死ぬ……!

 

 本能的な死の感覚に迷う事無く接近を諦めて飛び退きながら刀を鞘に戻し、最速の一撃を放つ準備をしながら爆風に巻き込まれて吹っ飛んだクロスボウの行方を確認する。そしてそのまま、大地の上に立った、辿異リオレウスの姿を見た。

 

 起き上がったリオレウスはその瞳で此方を見ていた。その眼には萎える事のない戦意と覇気で満ちていた。今にも輝きそうな程の命で溢れていた。命の輝き。その尊さ、その重み。

 

 それがリオレウスとの戦いを通して、伝わってくる。

 

 同時に、それを奪わなくてはならない無情さも。

 

「馬鹿だよ……お前ら、全員馬鹿だ……」

 

 言葉にリオレウスは答えない。上手く動かない翼を確かめる様に軽く動かし、そして炎が燃え上がった。傷口を焼いて、無理やり繋げたような感じに満足したのか、咆哮を轟かせた。それに合わせ一気に燃え上がる炎が、天井まで届かんと伸びた。一瞬で視界の全てが炎の中に消え、その中にリオレウスが姿を隠した。翼をかなり深く傷つけた。動かせても、少なくとも飛行不可能な状態には追い込んだ。

 

 それを自覚し、炎の中に突入する様に飛び込んだ。直後、背後へと飛び込んだリオレウスの姿が見えた。

 

 跳べないから、滑空ジャンプで飛び込んできたらしい。

 

 思い切りが良い……!

 

 風圧を切り裂こうとして、それを止めて風圧に押し出されるまま後ろへと下がれば、踏み込むはずだった空間をリオレウスの尻尾が薙ぎ払い、その動きで空間を爆発が薙ぎ払っていた。通常の辿異種にすらない、オリジナルの爆炎戦術とでも呼ぶべき動きをこのリオレウスは行っている。今の飛び込みプレスは()()だ。此方が踏み込んでいればそのまま、全身を燃やし尽くしていた。流石に炎は耐えれても、爆発は無理だ。

 

 四肢が吹っ飛ぶ。そして古龍の様な蘇生、再生力はない。そのまま死ぬ。

 

 故に攻撃の気配を先読みし、あえて風圧に流されて後ろへと下がった。50メートル程暴風によって吹き飛ばされながら、刀を盾にする様に構えて両足で着地する。そのままマスクの下で息を吐く。ゴーグルが無ければ両目を焼かれているし、マスクが無ければ肺を焼かれている。

 

 ちゃんと、装備を整えなきゃ戦う以前の問題、そういうレベルの相手だ。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ―――!」

 

 興奮する。戦闘という行為が、どうしようもなく体を高揚させる。なんていうロクデナシだ。死にたいほどに苦しんでいるのに、それでもこの状況を楽しんでいた。自分が強くなれる瞬間を、そして全力で戦ってくれているリオレウスが、認めてくれているという事を楽しんでいた。

 

 悲しい程に歪んでしまった、己の業だった。

 

 息苦しいのは心の問題だけではなく―――段々、酸素が少なくなって来て、酸欠しそうになっているのだろう。呼吸を切り替え、浅く、長い呼吸へと切り替えた。そのまま両目を開き、正面、此方へとゆっくりと向き直りながら全身を炎で覆う炎帝の姿を見た。その目に敵意はなかった。だが殺意と覇気で満ちている。本気で殺すつもりだ。そして次にその気配からして、大技を繰り出してくるだろう。

 

 考えられるのは恐らく……辿異リオレウス、最強の奥義、火炎竜巻だろう。吸引力を持った火炎の竜巻で吸い込みながら体外を焼き、同時に呑み込んだ相手が呼吸を求めれば体内に侵入し、体内からも焼き尽くす奥義だ。物理法則が死んでいる事で有名なグラビモスの熱線ビームよりも、吸い込んで呑み込む辺り、此方の方が遥かに恐ろしい。

 

 それを放とうとする気配が見える。周りに散らばる炎も、それがリオレウスの方へと向かって揺らめくのが見える。不思議な引力でリオレウスへと向かって、炎と力が吸い寄せられているのを感じる。

 

 来る、大技が。

 

 避けられない大技が来る。このままぶつかればマガラの耐久力でも無理だろう。既に体中、服の下でやけどだらけになっていて不快感を感じるからだ。となると受ける事は出来ない。だが回避は可能か?

 

 刀を横に持ち上げる様に、目元で構える。刃に映る、ゴーグル姿の自分の姿を見た。

 

 ―――なんて、醜い。

 

 心の醜さがそのまま反映されたような気持ち悪さだ。黒い肌、それが焼けて剥がれてきて、その下の変色した肉が露出し始めている。気持ち悪い。完全に人ではない。それでもまだ生きようとする醜さが本当に、気持ち悪い。

 

 このまま、死ねたらどれだけ楽なのだろうか。

 

 だが死ねない。まだ死ねない。死んではならない。そんな逃げを選ぶことは出来ない。有ってはならないのだ、そんな逃避は。託されたものがある。認められたものがある。教えられたことがある。

 

 ―――やりたい事がある。

 

 その為には、生き延びなきゃいけない。死にたくない、それは最も普遍的で溢れかえったエゴイズムだった。だがそれが体を突き動かす。意思を体に与える。死ねない。まだ、まだまだ、死ねない。

 

 だから―――殺す。

 

 刀を引き、抜身のまま、左半身を前に、右半身を軽く引く様に、切先を前にして構える。居合の構えではない。もはやこの領域、最速で抜刀した所でたかが知れている。だから必要なのは100%の技巧だ。自分の肉体、指先、そして武器、それを完全に自分の意思で支配下に置く事だ。それを成し遂げた上で、自分の心を制御する。

 

 現実から目を反らさない。

 

 苦しみを受け入れる。

 

 その上で生きる事を選ぶ。この瞬間に、全神経を全身に回し、自分の経験、技術の全てを一瞬で高めて、引き出す。才能、という言葉は負け犬の言い訳だ。結果を出せなかったから作った言葉だ。だから()()のだ。何時も通り、必要な所で必要な力を、技術を、奥義を引き出す。

 

 何時も通り、ただ、斬るのみ。

 

「俺は―――」

 

 言葉を口にした途端、リオレウスが一気に炎を溜め込む、それを勢いよく吐き出した。正面、中間地点に炎が着弾し、それが暴風と混ぜ合わさる。そこにリオレウスが飛び込んで行く。風と炎の結界。並みの生物であれば近づく事すら出来ない最強の鎧。何も考えずに近づけば、一瞬で体を内外から完全に破壊する悪魔の様な奥義。

 

 それを前に、踏み込んだ。

 

 吸引力に引っ張られるままに前へ、しかし体が持ち上がらないように姿勢は低く、吸引力と反発する暴風で体が引き裂かれないように風を切って一閃、暴風を切り裂いて火炎竜巻に接敵する。その中のリオレウスが咆哮を上げ、接近に対して更に炎の勢いを強めた。

 

 炎に飲まれる刹那の境界の中、刀を握り締め、風を斬り、音を斬る感覚を全身で思い出して感じ取る。肌に感じる熱を感じ、それが肉体を焦がして行く感覚を感じ取る。そして思い出す。

 

 かつて、剣豪と呼ばれた連中は、《空》さえも斬れたという事を。

 

「―――」

 

 少しだけ、紫がかった視界の中で、炎の中に踏み込みながら刀を振るった。見えたのは炎の流れだった。空気と炎の暴圧、その中に存在する流れを見つけた。流れ、その動きそのものを作る部分。

 

 一切、手を緩める事無くそれを刀で断った。

 

 流れが止まった。それで攻撃そのものが死んだわけではない。発生源であるリオレウスが残っている。だがこの一刀が流れを完全に絶ったのは事実であり、

 

 その瞬間、凪ぐ様に、空間が静寂に満たされた。炎も、暴風も、咆哮も完全に消え去った瞬間だった。その反動で、リオレウスの動きも完全に停止していた。致命的、大技によって生み出された潰されたための隙だった。咆哮を上げる様に翼を広げ、天を仰ぐように見上げて放っていた筈の咆哮も、風も、炎も、消え去った。

 

 数瞬後にはそれが蘇る。途切れた所で再びリオレウスに炎と風の気配が漂う。少しだけ待てば、再び暴風と炎で火炎竜巻を生み出すだろう。内側に踏み込んでいる為、この距離でそれをぶつけられれば、一瞬で痛みを感じる事もなく死ねるだろう。

 

 だけどその時間は、

 

 命を繋ぐ為には―――余りにも、短すぎた。

 

 「さようなら……空の王、炎帝のリオレウス。貴方は、俺が比べ物にならない程……偉大だった」

 

 コンマ以下の秒で斬撃を放った。致命傷になる様に首に、そして心臓に。斬撃を放ちながらもう片手で同時に心臓を貫き、確実に死を確定させる。首の皮一枚で首を繋げたままにするのは、慈悲のつもりだった。いや、俺が首を完全に断つという事に、堪えきれないだけだった。だけど殺すという事に手を抜く事はしなかった。

 

 完全に気道を断って炎も声も放てない様にし、心臓を潰して翼を動かす為の力を奪った。

 

 また一つ、殺したくなかった命を奪った。

 

「―――」

 

 それでいい、そんな視線がリオレウスから向けられ、ゆっくりと、安心した様な表情を浮かべてその巨体が倒れて来た。すぐ横に落ちて来たリオレウスの頭、刀を落とし、その頭をゆっくりと、抱いた。

 

「お前ら馬鹿だよ……なんでここまでしなきゃいけないんだ……こんなことする必要なんてないだろ……馬鹿だよ、お前ら……本当に……」

 

 また、殺してしまった。その度に淀みの様な物が心の中に溜まって行くのが解る。これが一体何を意味しているのか……それを、少しだけ、察している。これはある意味、必要な事なのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()事なのだ。

 

 それでもどうしても言いたくなる。

 

「ほんと……馬鹿だよ、死んだら何も出来ねぇじゃねぇか……」

 

 ゴーグルの下で涙を隠しながら、もう二度と動かないリオレウスの亡骸を抱いて、涙を流す。ずっと、泣かないように我慢してきた。だけどこれは流石に、卑怯だった。

 

 だけどリオレウスはもう、動かない。その死は覆らない。簡単に奇跡は起こらないからこそ、奇跡だからだ。命は不可逆。だからこそ、生きている事に意味はある。

 

 体中が痛いのに、それよりも心の方が痛い。ほんと、ふざけている。これが必要だから、という事でそれを認められる程、大人にはなれなかった。だけど、それでも……リオレウスが認めたのだ。

 

 だったら、文句なんて言えない。命を捧げてまでやろうとして、それで満足して逝ったのだ。だったら俺が文句なんて言える筈がない。

 

「……あぁ、本当にふざけてる」

 

 それでも、止まれない。楽園崩壊の音はもう、鳴り響いている。誰もがこの楽園の終わりを予感している。残された守護竜もあのイビルジョー、一体だけになってしまった。もはや、一体だけでこの楽園を維持する事は不可能だろう。これから、この箱庭は更に荒れるであろう事が、目に見えていた。

 

 果たして、リオレウスを失ったリオレイア母子はどうするのだろうか? ここに残るのか? それとも海を越えて逃げるのだろうか? ただ、もう二度と会う事はないだろうと思う。少なくとも、リオレウスを殺した俺に会いに来るとは思えなかった。

 

 だから、光が差し込む天井の穴から外の世界を見上げ、疲れた声を零した。

 

「……まだ……終われ……ない……」

 

 それでも、心は折れない。或いは、折れた心はもう折れない。

 

 

 

 

絶滅まで 残り29

 

残り守護竜 一騎

 

残り絶種 




 散々殺しておいて一つの命で苦しむとか都合良くない?

 とか辛辣な事を言いつつも、まぁ、命の価値と重みを明確に自覚してしまったらそりゃ辛いよな、って話。基本的に辛い部分を直視しつつも逃げないお話となっているのです。

 という訳で次回、秋季最終インターバル。

 残された守護竜は一体のみ。


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5年目 秋季 Ⅲ

 流石に治療が必要だった。

 

 全身大火傷。マガラ化によって頑丈な体になっていても、根本的には人間ベースの肉体なのだ、炎で炙られたらマガラ種が炎に弱いという事もあって、ただじゃすまなかった。全身火傷だらけで皮膚が剥がれ、風に触れるだけで激痛が体中を襲うレベルで全身が爛れた。それをアイルー秘伝の治療薬で治療するのに少々、時間がかかる。直ぐに皮膚の表層は治っても、激しい運動をすればあっさりと剥がれてしまうので、最低でも一カ月は激しい運動を停止させられてしまった。

 

 数日で皮膚を塞ぐ事が出来るのは流石この世界由来の超パワー成分だ、と評価せざるを得ないが、一生後遺症が残るレベルの火傷がこんな短期間で治るというのは、やはり根本的に肉体が変質しているという面もあった。こうやって自分の受けたダメージを確認すると、改めてあのリオレウスは、戦う際に一切の手加減や躊躇を行わず、殺しに来ていたんだな、というのが良く解る。

 

 そんな訳でしばらくは大人しい生活がここで始まる事になる。修行ばっかりだった日常だが、体を強制的に休める必要がある為、体の感覚を鈍らせない程度に運動したら、後は一日中のんびりしている、スローライフモードに強制的に突入した。完全に皮膚が治っていない訳である事を考えれば、当然と言えば当然の処置だったが。だが最近、生き急いでいる感じにも少々、心当たりはあった。

 

 最後の一頭―――イビルジョーを倒さなくてはならない。

 

 それは解っていても、まだ時間は残されていた。だから少しだけ、今は休もう。

 

 そう考えていた。

 

 過去形。

 

 

 

 

「きゅぅー」

 

 膝の上に、ちっこい生物が乗っている。小さく声を零しながら前足で胸を叩いてくるので、何を求めているのかは解る。だから食べやすい様に肉を自分の口の中に放り込んでから、軽く噛んで、それを手に取ってその子の前に持ち上げれば、嬉しそうにそれに噛みついて、飲み込んで行く。美味しそうに……というよりは楽しそうに食べると、次を求める様にきゅぅきゅぅ声を鳴かせてくる。それを見て、どうしたもんかなぁ、と思っていると。

 

「異邦人。そのやり方だと顎が育たたない。狩りに出る時に相手を噛み千切る力が育たないぞ」

 

「そこは心配するニャ。これを見るニャ! Gゲリョスの素材で作った噛みつく玩具ニャ。これを使って遊べばいいんだニャ」

 

「子供のころは寧ろ硬いものを食べさせると喉につまりやすいニャ。だからこうやって食べさせて、徐々に硬くした方がいいニャ。まだ歯も揃い切ってない状態だからこっちの方がいいに決まっているニャ」

 

「軟弱な……それでは軟弱な竜しか育たんぞ! 王すらも超える真なる王を育てる為には、今から英才教育が必要だろう。この俺が世界の理を教える為に、まずは狩りだ。狩りから学ばせるのだ」

 

「誰かこのクソトカゲボッシュートして」

 

 その言葉と共に水銀がクソトカゲを掴んで、無理やり引き剥がして行く。その去って行く姿に安心感を覚えつつ、膝の上でこてん、と首を傾げている子竜に―――子ゼルレウスに食べやすく噛んだ肉を与えた。それを喜んで食べる姿はこの土地の中で、おそらくは最後に生み出された、普通の子。

 

 奇跡の子とでも表現できる子竜だった。

 

 リオレウス、そしてリオレイアの最後の子でもあった。リオレイア自身は海を渡って、この箱庭を去った。だが、この子竜だけは、ミラバルカンを通してここに預けて行ったのだ。その理由をミラバルカンは教えてくれないし、意図は憶測するしか出来ない。ただ、この子竜は、この箱庭を象徴する最後の竜になるのだと思っている。だから、この子は特別な子だ。

 

 愛情で接して、育てるべきなのだ。リオレイアの思惑がどうあれ、自分に出来る事と言えばそれぐらいだった。

 

 こういうのは罪悪感を含めて接すると、寧ろ悪影響が出る。

 

 心の底から命を祝福してあげるのが、一番だ。そういう事で今、箱庭拠点では空前絶後のベビードラゴンブームが発生していた。リオレイアに預けられた楽園最後の子、この子をどうやって育てるか、どうやって面倒を見るのか、そういう事で殴り合いに近い状態に発展していた。意外にもこれに乗り気だったのが、クソトカゲだった。血筋とブランドとしては十分だから育てて部下にするとか言っているアイツほんとクソトカゲと再評価しつつ、色々と騒がしい治療期間になっていた。

 

「はいはい、とんとんしようねー」

 

「きゅっ……けぷっー」

 

「ニャぁ……凄い手馴れてるニャ」

 

 ベビーシッターのアルバイトとか割と、マンション暮らしだとやる機会があるのだ。まぁ、必要になる瞬間まではその事そのものを忘れていたのだが。人間の脳味噌は結構雑に出来ているよなぁ、と思いながらうとうとし出した子竜の様子を見た。その瞼が降りて、眠りにつくのを確認しながら、ラズロにウリ坊を呼んで来て貰う。そしてウリ坊がやって来た所で、そっと、子竜をウリ坊の背中に乗せて、散歩させる。

 

 ウリ坊の歩く時の揺れが、あの子を眠らせ続けるのに丁度いいのだ。直ぐ近くをホルクが飛んでいるし、竜、猪、鷹、とかなり面白い光景になったよな、と思う。拠点を歩き回り始める姿に、画家アイルーがスケッチし始めるのを見て、苦笑する。

 

「あいつのお父さんぶった切ったの俺なんだぜ」

 

「唐突な鬱要素は止めるニャ」

 

「ごめん」

 

 まぁ、引きずっているかどうかで言えば、泣いたぶん、かなりすっきりしたのは事実だ。必要な事を必要な事として自分の中で受け入れた感じがあった。寧ろ、誇りに思う部分はある。あんなすげぇ奴に子供を任されたんだぜ、という自負が。とりあえず、ミラバルカンよりも強く、優しく、人間性たっぷりに育てようとは決めている。あのクソトカゲよりも立派なドラゴンに育って欲しい。マジで。心まで畜生にはなるなよ。

 

「もうちょっと真面目な話……明るい未来の話でもしようか」

 

「ニャニャ、それが一番だニャ」

 

「地図を持ってくるニャ」

 

 先ほどまで子竜に餌付けする為に使っていたテーブルの上を軽く片付けながら、ニャンターとトレニャーでマッピングした、簡易世界地図を広げる。

 

 シュレイドやドンドルマが存在する中央大陸、フォンロン地方が存在する北東大陸、その南部にはシキの国が描かれ、元天廊跡地もある。MHWでおなじみの新大陸も描かれ、最後に、大陸西部、海を挟んで存在する箱庭大陸が存在する。シュレイドやフォンロンと比べれば、かなり小さい大陸ではある様に見える。

 

「何度か確認していると思うけどニャ、ここがニャー達がいる大陸ニャ。言葉を借りるなら《箱庭大陸》か《楽園》とでも表現するニャ」

 

「現状地獄真っただ中だけどニャ。何が楽園ニャ。詐欺じゃねーかニャ」

 

 先生の言葉にラズロがパイプを咥えつつ茶々を加えると、先生がラズロに蹴りを入れた。蹴り飛ばされたラズロが地面を何度かバウンドするのを見てから再び地図に視線を戻した。

 

「結構距離はそこまでないのニャ、大陸間は。問題はこの間がラヴィエンテの縄張りになっているのと、空にシャンティエンがいる事だニャ。何年か前に十隻以上の飛行船が空路を確保しようとして落とされているニャ。空路は確実にアウトニャ。そして海路もラヴィエンテに体当たりされれば船なんて一瞬で沈むから乗れるわけがないニャ」

 

「目の前で見た」

 

 衝撃的だった。投げ飛ばされる船というものは。あのラヴィエンテ、今でもまだ普通にシエスタをあの海岸で過ごしているから凄い。根本的にこの失楽園状態にまるで関与していない。ある意味、羨ましいポジションだった。

 

「海も空もダメ、かぁー……まぁ、クソトカゲが《悪魔》に始末を付けたら交渉して退けるとか言ってたけどな」

 

「それ、自分が封鎖してるって言ってるようなもんニャアレ」

 

 まぁ、実際、ミラバルカン以外に大陸間の封鎖を行おうとするような奴はいないだろう。シャンティエンもそういうカテゴリーだし、あのラヴィエンテも少々理知的だし……古龍グループの仲間だと考えてもいいかもしれない。となると完全にあのクソトカゲの掌で踊っている形になるのだが……まぁ、

 

「アレが隠し事をしているのは今更だ、今更」

 

「まぁ、隠しているという事を隠そうとはしてないからニャ」

 

 クソトカゲの考えに関してはある程度、察しがついている。どういう理由で守護竜と戦うプランを提示したか、それをある程度、朧げにだが察している。そしてそれをたぶん、クソトカゲも理解している。そしてそれを知った上で、守護竜は役割に準じている。

 

 その中で、子竜を此方にリオレイアが押し付けて来たのは、()()()()()()なのだろう。どいつもこいつも、簡単に人に期待を押し付けてくれるもんだな、と呆れてしまう。とはいえ、死にたくないのも事実だ。だとしたら最後の瞬間まで頑張り続けるしかないのだろう。

 

「ま、外に関しては終わってからになるだろうニャ」

 

「寧ろ考えるニャ。ここまで色々とやって、希少素材や発見があるニャ。この成果をギルドへと持ち帰る事が出来れば、ニャー達皆お金持ちになれるニャ。絶種誕生のメカニズムと生態だけで凄い金になるニャ。もし狩猟する事に成功して、その素材を持ち帰れれば億万長者だニャ」

 

 先生のその言葉に、大量のゼニーのある生活を想像する。確かに、それは悪くはないかもしれない。金さえあれば大抵の事はどうにでもなるのだ、もう、二度と剣を握る様な生活をする必要もないだろう。

 

「というか相棒はどうするんだニャ? ここでの戦いが無事に終わったら。元の世界に帰るのか?」

 

「俺か? 今更? 無理無理。体が元の人間に戻った所で帰れる気はしないよ」

 

 もう手に殺す感覚と剣の感触が馴染み過ぎている。今更、日本の通常社会に戻れるような気はしない。日本に戻った所で、あちらの空気に馴染めるとは思えないし、完全に世界から外されている様な気さえもする。まぁ、今では肉体を含めて完全に此方側の住人だろう、と思っている。コラボ先の皆様がどうやって帰還しているのかは解らないが、戻れる気はしない。

 

「無事に終わったら……そうだな、こっちに骨を埋めるよ」

 

「お、ハンターを目指すニャ?」

 

「いや、お金が貰えるってなら飯屋でも開くよ」

 

 こっちの世界の料理は結構大雑把な物で、細かい料理技術に関しては未発展だ。蒸し器、圧力鍋とかは存在していないらしいし。だったらいっそ、今回の件で得たお金を土地と建築、設備や道具に全部投資して、それで此方の世界で地球の料理を再現したり、挑んだりして食わせるのも悪くない、と思う。根本的に料理が上手、という訳じゃない。それでも、一人暮らししている時に色々とレシピは見たし、自分で料理もしている。最近、素材に余裕がある時はアイルー達と一緒に再現レシピにも挑戦しているのは密かな趣味だったりする。

 

 目玉焼きを乗せたチーズハンバーグとか結構美味しく作れたし。まぁ、そんな感じで色々と美味しいものを自分で作って、食べたり食べさせられる平和な暮らしが出来ればなぁ、と思う。まぁ、どうせ完全に平和な日常は無理なんだろうが。だけどこれぐらいの夢、可愛いもんじゃないか? と思う。

 

「ニャァ……相棒、ちゃんと未来の事を考えていたんだニャ」

 

「お前、俺を何だと思ってんだよ」

 

「脳味噌剣術」

 

「せんせー」

 

 スパーン、と先生の蹴りがラズロに叩き込まれ、その姿が吹っ飛んだ。先生、学者肌なのにかなり良い足腰してるよなぁ、と思いつつ吹っ飛んだラズロを見て軽く笑い声を零しながらテーブルに寄り掛かり、地図を見た。

 

 広い世界だなぁ、と思う。

 

 クソトカゲが先に絶滅しねぇかなぁ、とも思う。まぁ、連中は殺しても蘇るので願うだけ無駄なのは良く解っている。だからそれはそれとして、

 

「俺だって死ぬために戦ってる訳じゃないんだ。ちゃんと将来の事を考えて色々と戦っているさ。死にたくないのだってまだまだ、やりたい事がたくさんあるから死にたくないんだしな」

 

「ほほぉー」

 

 興味深げに覗き込んでくる先生の姿に小さく笑い声を零し、そして戻って来たラズロが何をしたいのか、を聞いてくる。だからその言葉に答える。

 

 別に、特に特別な何かを求めている訳じゃないんだ、と。

 

「俺だってまだ25? 26ぐらい? まぁ、たぶんそれぐらいの年齢だし。まだ恋もしたことがないんだぜ? 恋愛の一つぐらいしてみたいもんさ。まだ童貞だから、こう、最高級の女、というのを金に言わせて抱いてみたいもんだし。その前にマイサンが本当に勃つのかどうか確かめないとね……」

 

「凄い切実ニャ」

 

 うん、そこは男として凄く重要な事なのだ。トラウマの結果、役に立たなくなったというケースはまだ聞くし。根本的にここに居る間、エネルギーを全て運動と生存能力につぎ込んでいるのか性欲なんて欠片も感じないし。だけど、まぁ、

 

「ふつーに恋をして、ふつーに誰かを好きになって、ふつーに結婚して……それで夫婦で飯屋を切り盛りしながらなるべく静かに暮らすってのはダメかな? まぁ、独身の間になるべく遊んで回りたいとは思っているけど」

 

 まぁ、自分の願いなんてそんなもんだ。たぶん、この殺しの業からは二度と逃げられないと思う。全てが平和に終わった所で、また剣を握るハメになるだろう。そこまで考えるのはちょっと早いかもしれないけど……それでも、これが終わった後にやりたい事はあるのだ。だからまだ、ここでは死ねない。

 

 まだ、やりたい事も、その後の事もあるのだ。

 

 だからここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

 視線をテーブルの上から、第二拠点内をゆっくり散歩するウリ坊と、その上ですやすやと眠る子竜へと向ける。秋の日差しを浴びながら陽気に眠り続ける子竜をウリ坊が気遣い、ホルクが上から見守っている姿を見て、少なくとも、あの子が大きくなって一人でこの厳しい世界を生きて行けるようになるまでは簡単に死ねないなぁ、と思う。少なくとも預けられた者の責任として、それが最低限のラインだ。

 

「なんだ、雌が抱きたいのか」

 

「こっちはお前のいない平和な未来の話をしてるから速やかに火山に帰れクソトカゲ」

 

「酷い事を言う下等生物だなお前は。だがその未来にお前がいるのか?」

 

「ミラバルカン、少しは取り繕ってください」

 

 そう言ってミラバルカンとハルドメルグが戻って来た。ちなみに近日、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリ、黒麒麟が合流予定となっているらしい。本格的に生物が少なくなってきた今、抑え込んでいる意味もないとの事であった。またこの拠点にド畜生が増えるのかよ……と内心思いつつも、

 

 少しだけ、拠点が賑やかになるのは嬉しかった。

 

 少なくとも相手がド畜生であれ、誰もいなかった、一人ぼっちのサバイバル生活と比べれば、住人が増えるのはそれだけで嬉しい事だった。紅白畜生コンビは戻ってくると、テーブルを囲む様に座り、しかし此方の話題に乗って来た。

 

「終わった後の話か」

 

「まず最初にやる事はお前との縁を切るって決めてるけどな」

 

「ふむ、だがもし終わって、お前が生き残っていた場合の話か……」

 

「暗にこいつ、俺が生き残る可能性見出してねぇって告白したぞ畜生」

 

 やっぱりなー、とアイルー達とクソトカゲの呟きに納得しつつ頷き、しかし此方の言葉を無視して考え込むようなクソトカゲの姿を見てそうだな、と呟くのを聞いた。

 

「もし、お前が最後まで生き残る様な事があれば、俺の思惑が全て超えられた、という事になる」

 

「……」

 

 その内容を、隠しているという事をクソトカゲは隠しもしない。乗り越えられるものなら乗り越えてみろ、と挑発し、期待している様ですらあった。根本的にミラバルカンは強者を好む。挑戦者を好む。だから自分の想定を超えてくれる存在が好きなんだろう、というのは良く解る事だった。そしてこういうタイプは自分の想定を超えた相手に対してめっちゃ甘いのも知ってる。

 

 だけどそうじゃない限りは根本的にクソトカゲだ。火山に帰って欲しい。ついでに大陸封鎖を解いて。

 

 だがそんなクソトカゲは良い事を思いついた、と言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「良し、極上の女が抱きたいと言ったな」

 

「言った」

 

「なら全部終わってお前が生きていたら俺が人間基準でこの世で最も美しいと思える女を攫って来てやろう」

 

「うーん、この倫理観ドラゴン」

 

「なに、遠慮する必要はない。俺からの精いっぱいのプレゼントだ」

 

「爆弾のな」

 

「やっぱこいつ正気じゃねーニャ」

 

「今更の話ニャ」

 

「……?」

 

 そこで首を傾げるからやっぱり、人間と龍は根本的に意思疎通が出来ても、完全な相互理解は無理だよなぁ、と感じさせる。とはいえ、是は話しているのは面白かったりするから困る。策謀にさえ巻き込まれなきゃ、適度に話す相手としては悪くないのだ。畜生っぷりは割と見ているだけなら楽しいし。

 

 見ているだけなら。

 

 関わらないなら。

 

 しかし―――終わった後の話だ。

 

 絶種は全部で四騎、守護竜は残り一騎、霊峰には《眠り姫》が待っていて、火山では《悪魔》が待っている。

 

 全ての決着まであと、合計六、七戦。

 

 それだけ戦い、生き抜けば全てが終わる。

 

 そう思うと、少しだけ寂しさを感じる。そんな、秋だった。




 生きる理由、未来への展望、やりたい事。

 休息と治療にインターバルを挟みつつ、終わった後の事を考え始めるのって余裕があるのか、或いはないからこそ先の事を考えているのかなぁ、ってアレ。だってほら、現実逃避とも言うし。それはそれとして、終始隠れててもいいクソトカゲが表に出ているのは、現状への最大限の敬意だったりする。それが有難いか否かはまた別の話ですけど。

 夢は自分の店でスローライフ。

 次回、最後の守護者。


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5年目 秋季 絶滅

 一カ月もすれば治療の甲斐もあって体が癒えてくる。一週間前までは体が痒くて痒くてしょうがない状態だったが、ここまで来るとそれも引っ込んで、漸く体が落ち着いて来た、というのを実感できる。少なくとも普通の人間の体ではこうもいかない。今回ばかりはこの超神秘的な、七割竜化している自分の肉体に感謝するしかなかった。だからと言って狂竜ウィルスの事を許すつもりは欠片もなかった。お前は全部終わったら完璧に治療して根絶してやる。

 

 そう思いながら漸くドクターから鍛錬再開の許可を貰ったので、イビルジョーに挑むにあたり、急いでコンディションと感覚を肉体に近づける為に素振りをし始める必要があった。

 

 剣術なんて此方の世界に来てから始めたが、これが中々奥が深い。

 

 拠点前の空間、素振りする為の上半身を裸にした状態で、刀を抜いて、ゆっくりと体を動かす様に素振りをするのだが、この時、素早く振らずに体の筋肉、その感覚の一つ一つを意識して行き、筋肉がどの筋肉と連動し、それが体にどうやって繋がっているのか、それを掴む様にゆっくりと体を動かすのだ。その上で切先を、刀そのものをブレさせずに振るうのだ。

 

 斬り、突き、払い。この三動作だけを何回も、何十回も、何百回も。ゆっくりと、確認する様にだ。

 

「ふぅ―――」

 

 ランニングや腕立て伏せ、スクワットなどの軽い運動以外の剣術の鍛錬は、ほとんどがこれだけだった。後は実戦想定して普通に斬る、払う、突くを実戦で繰り出す速度で放つだけだった。それだけが自分に出来る鍛錬だった。何せ、

 

「うーむ、相変わらず見事ですね」

 

 と、椅子に座っているハルドメルグが此方に茶々を出す事もなく、動きを見て評価する。言葉を聞きつつも、動きは一切停止させない。弱っている時程、ゆっくりと肉体の感覚を馴染ませる為にやるのがいいのだ。その後で無機質に反復練習。これが鍛錬の全てだ。強くなる事に王道はあっても近道は存在しない、というのはこの五年間の異世界生活で存分に学んだことだった。

 

 そしてズルは大抵、身を亡ぼすのだ。それも良く解ってる。

 

「基礎に基礎を重ねて最適化された剣術―――色が全く存在しない。ただ斬る、技巧のみで両断する。それだけに特化した剣術。人間を想定したのではなく、竜を相手に想定しているゆえに、細かいフェイント等の剣術本来の技をオミットしている」

 

 ハルドメルグが、何度目かになる此方の技巧、動き、その技術を検分し、評価する。

 

「全神経を物質の強度関係なく綺麗に斬る事だけを考えた技術は、竜を殺す事しか考えていない、竜殺術としか評価しようのない剣ですね」

 

「こうしないと殺せないからな」

 

 ハルドメルグの見立ては正しい。そしてそのものだ。フェイントとか、剣と剣をぶつけた時の対処とか、そんな考えも概念も自分の動きには存在しない。あるのは斬って殺す、斬って殺す。それだけだ。人間を想定した動きなんて一つもないし、最初から最後まで、自分よりも大きな生物を斬り殺す事しか考えていない剣術だ。いや、剣術ですらないだろう。やってることは基本的な動きだけなのだから。

 

 竜を殺すなら最後まで刃を振り抜かないといけない。それが絶対のルールだ。そしてその一撃で最後まで絶対に切断する。これが最低限のラインだ。だから絶対に相手を切り裂く事が出来る技量と、最後まで振り抜く技巧。この二つが重要なのだ。後は分厚い肉に刃を沈めた時、そのまま肉を()()()()()技術だ。これがないと切り裂いている最中に相手の体に剣が刺さるだけで終わる。

 

「私が別の剣術を教えるよりも、徹底して体と感覚の合わせ方を学ぶのが一番でしょう。そこ、体内が僅かに揺れてます」

 

「難しい事を言うなぁ」

 

 体内、内臓、血液、流れ、それを含めた揺れ、というものがある。それも完全にコントロールする。体の揺れは踏み込むときや、体を大きく動かす時に方向に対して慣性を作る為に使う。なので地味に刃の初速にも影響して来るので、気を使う。ボディコントロールを学ぶ上では、体の中の揺れや流れは、大事な一因だ。素振りしつつ、意識を向けるのも忘れない。

 

「斬る。それ以外の全てをオミットしなきゃ勝てる地平線には立てない」

 

「もし、明確に師と呼べる存在がいるとすれば、それはこの楽園だった箱庭、そのものと呼べるでしょうね」

 

 まぁ、確かにそうだろう。必要な事を必要とされる環境で磨いた結果、生み出された竜を殺す為の技術なのだ、この場所に育てられたと言ってもいい。少しずつ、少しずつ強くなっている実感があるのは悪くはないのだ。

 

 悪くはないのだが―――。

 

 刀を握っている手を下ろし、息を吐く。

 

「必殺技とか欲しかった……」

 

「あぁ、狩人たちが使っている鬼刃斬りとかの事ですね」

 

「きゅぅー! きゅ!」

 

 素振りを止めた所に子レウスがパタパタとホルクに見守られながら翼で飛ぼうとするが、失敗し、地面を飛び跳ねる様に近づいてくるので、膝を折れば頭の上に着地する。そのまま立ち上がれば、頭の上で四肢をだらり、と広げた状態で子レウスがぐったりとする。この子、なぜかは解らないがこのポジションが気に入っているらしく、定期的に頭の上に乗ってくるのだ。

 

 まぁ、この状態でもう素振りとかは出来ない。今はこれで切り上げようと決めつつ、ハルドメルグの言った《鬼刃斬り》を思い出す。

 

 アレはハンターが放つ、太刀を使った奥義の様なものだ。威力が高く、そして容赦なく飛竜をぶった切って行く姿は、ゲーム時代で言えば必須の技だ。これを使わない太刀使いは確実にボタンが壊れていると断言できるレベルで。

 

「アレ、かっこいいよな」

 

「気持ちは解ります」

 

 片手をぶんぶん持ち上げて振り回せば、それを真似して子レウスが前足をぶんぶん振り回してくる。

 

「まぁ、ですがアレ、貴方の剣には邪魔になりますね。その特化した純粋さを損ないますよ」

 

「うん……」

 

 知ってた。というか自覚している。どうも、ファンタジー由来のマジカルパワーとは相性が悪いらしい。体がこうなって半歩マジカルワールドに足を突っ込んでいるのだが、それでもまだ、そういう不思議な力に頼る気は全くなかった。今も昔も、ずっと剣を振って、それで斬り殺す事ばかりを考えている。というかそれ以外に出来そうな事がまるでなかった。きっと、最後まで俺がああいう超パワーに手を出す事はないんだろうなぁ、とは思っている。

 

 穿龍棍とか滅茶苦茶興味あったのだが、まぁ、無理だろう。根本的に適性と言えるものがないのだろう。結局のところ、近寄って斬る、それしかコマンドが自分には備わっていないのだ。ボウガンも、結局は接近する為の道具としか使えない。悲しい話、これ以上何か、特別になる様な事はないだろうと思う。

 

 それが才能容量、或いは才能上限と言えるものだ。

 

「でもまぁ」

 

 やってみたいよなぁ、必殺技の一つぐらい。

 

 指鉄砲を作りつつ、そんな事を呟く。

 

「なんか、こうばぁん! と―――」

 

 ばぁん、と言葉を放った瞬間、空が黒く染まって龍属性の大爆発が遠方で発生した。大気を揺るがすほどの衝撃は空気を振動させ、離れた場所なのにぴりぴりと肌を焼く感触をここまで届けさせていた。その感触に、指鉄砲を放った格好のまま、動きを停止させ、自分の指を見て、もう一度、ばぁん、とやってみる。

 

 再び爆発が発生した。一度目よりも更に激しく、そして苛烈なものが。動きを止め、そのまま厨二っぽいポーズをとる。

 

「我が内なる闇より禁じられた力が溢れ出たか……!」

 

「馬鹿な事を言ってないで偵察の準備したほうがいいんじゃないですか?」

 

「せやね」

 

 ハルドメルグの言う通りだった。遊んでいる場合じゃないので、ハルドメルグに子レウスを押し付けて、装備を取りに行こうとしたらラズロが装備を手に、此方に投げ渡して来た。それを受け取って上半身のインナー、刀、ゴーグル、マスク、グローブと装備を装着して素早く準備を整えた。方角的には……高地の方だ。つまりは黒麒麟が抑え込んでいる筈の方面だ。

 

 もしかしてついに消し飛んだのだろうか? だが黒麒麟は古龍カテゴリーの中でも相当な上位に入る存在だ。本当に消し飛んだのだろうか? それに今の感じ、濃密な龍属性だった。俺の様な一般的感性の持ち主でも解るほどに。黒麒麟の使用する属性は氷だ。そして元の属性は雷、龍属性を使用する古龍ではない。

 

 となると、必然的にそれ以外の属性を使える存在になってくる。

 

「ホルク!」

 

 口笛を吹き、ホルクを呼び出す。空にホルクの鳴き声が響き、ここ数年で大きく育ったその姿を確認した。昔は滑空して運ぶのが限度だったが、度重なる竜素材と龍素材の獲得、そしてそれを捕食した事によって、ホルクは今では自分を遥かに超えるサイズにまで成長している。

 

 つまり、此方を持ち上げて運ぶだけのパワーが今は存在している、という事だ。

 

「きぃー!」

 

 頭上で旋回しつつ此方の動きを待つホルクを見て、装備の最終チェックを行いつつ、逃亡用の閃光玉をラズロから何個か投げ渡された。

 

「気を付けるニャ相棒、出来る事なら俺が偵察に行きたい所だけど、今の環境だと足を引っ張るからニャ……武運を祈るニャ」

 

「おう、任せろ。逃げるだけならそこまで難しくはないさ」

 

 今回は空を飛べるホルクを使って移動する予定でもあるし、難しくはない。そう言いながら降りて来るホルクへと向かって足を掴む為に腕を伸ばす。片手でぶら下がりつつホルクに運ばれる予定だった。ゆっくりと降りて来るホルクを見上げていると、

 

「異邦人」

 

 ミラバルカン・アバターの声がした。ホルクから視線を横へと向ければ、腕を組んで此方へと視線を向ける赤衣の姿が見える。珍しく、その視線は真面目な物だった。

 

「どうしたクソトカゲ」

 

「心の準備はしておけ」

 

「ん……?」

 

「それだけだ」

 

 クソトカゲらしくない言葉だった。煽る様な事を言うも、警告するような、覚悟を求める様な言葉を真面目に向けてくるのは、割と初めての事だった。しかもそれを言うだけ言って、そのまま、適当な椅子に座るとリュートを取り出して目を閉じ、演奏を始めてしまった。

 

 ……嫌な予感がする。

 

 先ほどまで続いていたのほほんとした、平和な空間が崩れる感じがした。胸に苦しみを覚えながら、降りて来たホルクの足を掴み―――一気に、体が浮かび上がった。

 

 飛翔する様に浮かび上がったホルクの体に引きずられる様に、体は拠点を出て一気に空へと舞い上がる。少し前までは空そのものが危険だったが、もはや空を自由に支配するような種は存在せず、大半が絶滅してしまっている。環境の王者が決まってしまった為に、空で襲い掛かってくる存在が居なくなってしまった。故に、今となって漸く、ホルクで飛ぶのが安全になった。

 

 故にホルクに引き上げられて浮かび上がった空の視界で、ゴーグルの内側から広げられる光景を見た。

 

 高地の様子は、異常とも表現できた。

 

 まずいたるところに氷柱が存在していた。障害物の様に大量の氷柱が存在し、そしてうっすらと凍り付く様に大地が覆われている。その中に粉砕された地形が存在し、それが数か月に及ぶ黒麒麟と、そしてここに存在していた複数の生物、絶種へと至ろうとした、そして至ってしまった生物との闘争の証である事を証明していた。氷柱という障害物で環境を封じ込められる分、まだ黒麒麟は有利だったのだが、それでも隔離する事は最終的に、生物を環境適応と強制進化を促す様に、生物の凶悪化を促進させてしまっていた。

 

 その結果が凍り付いた高地と、その氷を粉砕する惨状だった。

 

 だが、最も異常だと表現できるのは高地中央、テーブルの様に広がった平たい台地だった。そこは大量の氷柱が地面から突き出した、黒麒麟の戦場だったが、今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。空間そのものに龍属性は帯電、とでも表現すべき現象を起こしており、空間の許容量を超えた龍属性に、空間そのものがその属性に染まって、黒い嵐に包まれたような状況になっている。そしてその中で、氷は全て剥げ、大地は粉々に吹き飛び、まるで核爆弾を叩き込んだかのような状況になっていた。

 

 ―――嫌な、予感がする。

 

「ホルク、近づいたら下ろしてくれ」

 

「きぃ?」

 

「……俺を呼んでる」

 

 なんとなくだが、そんな気がした。高地に存在した、猛烈な悪意がそこにはもはや、感じられなかった。となると絶種が潜伏しているか、或いは死亡……したのか? 黒麒麟が殺したのだろうか? 殺せたのだろうか……?

 

 どちらにしろ、

 

 

 呼ばれている。

 

 行かなくてはならない。

 

 そう判断し、動く事にした。徐々に薄まって行く黒い龍属性の嵐の端、そこまで来たところでホルクから身を軽く投げる様に高地に着地し、体を立たせる。軽くホルクに手を振り、先に戻る様に指示を出しながら、ローブのフードを被り、ゴーグルとマスクをしっかりと装着しているのを確認してから―――嵐の中に踏み込んだ。

 

 膨大すぎる龍属性がそのまま環境に吹き荒れて、それが全方位から襲い掛かってくる。それが僅かに肌を刺激するような感じを覚えつつ、体を前へと押し込んで行く。とはいえ、一時的な物らしく、踏み込んで行けば徐々に嵐が収まって行くのを感じる。

 

 そして嵐が引いて行けば、その中心部に立っていた存在が、シルエットが見えて来る。

 

 まず最初に見えたのは、頭部を失い、そしてそのまま胸元まで抉れ、心臓のあるべき場所まで千切られたような姿をしている存在だった。二足歩行で立つ姿は明らかに即死しており、その片腕を失っている。だが残された片腕は指を持った人に近い形をしており、その一つ一つが爪の様な鋭さをしておりながら、()()()()()()()()()()()()()()()()事から、それが恐らくブラキディオスである事が解る。

 

 そしてその身に凝縮された、殺す事に特化した機能美は、生存とは関係ない所で虐殺と殺戮を行う為の機構だった。つまり殺す為に進化した種―――絶種の様に、自分は思えた。だがそれは死亡していた。四騎目のブラキディオス、それはリオレウスの死と共に生み出された存在……の筈だった。

 

 だがそれは死亡していた。どうしようもなく。この龍属性の嵐の中で。

 

 そしてその向こう側に、もう一つ姿を見た。

 

 それは、異常に弱々しく、やせ細っていた。同じように二足で立ちながらも、それだけで限界に近いのか、太い尻尾を地面に押し付ける様に体を支えている。力を使い果たしたように、色素を体から失い、その体色は大分、消えそうな程に薄くなっていた。噛み千切られたように小さな前足を失い、殴り飛ばされたように頭の一部が抉れて焦げていた。顔面がほぼ、半分失われている。

 

 それでも生きていた。

 

 その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――」

 

 言葉を失った。圧倒的悪意と絶望の化身とも呼べる存在を前に、イビルジョーは勝利したのだ。その命を引き換えに。徐々に晴れて行く嵐の中、蒼穹がその背後に見え始める。その中で、疲れ、ぼろぼろになり、そして生命力をほんの小指のひとかけら残しただけの状態で、これから死ぬ事が確定した状態ではあったが―――イビルジョーは、誇り高い勝利を収めたのだ。

 

 ぼろぼろで、死ぬ直前であっても、イビルジョーは此方に残された唯一の瞳を向けて、笑ったような、そんな気がした。

 

 その姿に、言葉もなかった。

 

「―――」

 

 このまま、後数分待てば、イビルジョーは死ぬだろう、治療できる範囲を完全に超えていた。その中に溜め込まれていた力の全てが燃え尽きる様に消え去っているからだ。なんとなくだが、その理由は察した。

 

 自爆テロだ。

 

 何年間、イビルジョーが喰い続けて溜め込んだエネルギー、食欲を制御して、矜持で溜め込んだそれを―――全部、爆弾の様に吐き出したのだ。

 

 その結果がこれだった。何年間も溜め込んだそれを一気に吐き出して、地形諸共、逃げられない距離から自分の身を削りながら吐き出して吹っ飛ばして殺したのだ、悪夢の様な存在を。

 

 完全な、摂理への叛逆だった。勝てない相手への勝利だった。その結果がこれだった。イビルジョーの姿だった。

 

 ミラバルカンの、覚悟をしておけ、という言葉の意味が理解できた。

 

「……お前が、それをする必要はあったのか……?」

 

「……」

 

 その言葉にイビルジョーは答えない。食欲を役目と矜持、その二つだけで抑え込んでいた竜はその言葉に答えない。

 

 思えば、

 

 このイビルジョーは何時だって先回りする形で竜を殺して来た。

 

 初めて目撃した時はランポスだった。適当にランポスを間引いている姿を見るのが初めてだった。その後でもこれが食えるぞ、と教える様にダイミョウザザミを目の前で狩って喰う姿を目撃したし、何時も何時も、先回りする様にゲリョス、辿異フルフル等と始末していた。

 

 そして今回も、先に戦う前に倒してくれた。

 

 本当に、本当に頼りになる奴だった。ずっと、助けられてきた。たぶん、一番俺が知らない所で脅威の排除に尽力していた奴だった。

 

「だけど……」

 

 いきなりの事に、少し、脳味噌が追いつかない。ほんのちょっと前まで、平和だったのに。

 

「だけど……お前が……ここまでする必要は、あったのか……?」

 

 イビルジョーの視線が此方に向けられている。言葉から逃げるつもりはなく、今にも息絶えそうなのに、その瞳から意思の強さは消え去らない。その役割を、最期の役割を果たすその瞬間までは条理を超えてでも生き続けるという意思が見れた。それを知ってしまえば、もはや、送る言葉も見つからない。

 

 だから静かに刀を抜いた。

 

 生命力僅かなイビルジョーへとその切先を向けた。そしてそれから、ゆっくりと構えた。

 

 時に、状況は自分を待ってくれない、というのはこれで痛い程良く解った。そしてそれに遅れた場合の結末というのも、吐き気がするほどに解った。もっと早く、リハビリなんてことを考えずに動き出していればこんなことにならなかったのかもしれない。だけどそれはIFの話だ。

 

 現実はIFではない。

 

 故に覆る事もない。

 

 古龍ではない為、蘇る事もない。だからその矜持に殉じる事しか、出来ない。だから刀を抜いた。平穏の中に身を置いて、遅れてしまった自分が唯一出来る事だった。

 

 泣いて、叫んで、苦しんで―――リオレウスで、全てを吐き出しきった。もう、吐き出す言葉も苦しみもない。ただ、全部受け入れて前へと進むだけだ。姿を見た瞬間、もう、覚悟は出来ていた。

 

 ここまで来て、躊躇をする事はない。

 

 故に終わらせる為に、力のないイビルジョーへと向けて、刀を振るった。

 

「さようなら―――おやすみなさい」

 

 

 

 

絶滅まで残り 

 

残り守護竜 絶滅完了

 

残り絶種 




 お疲れ様、おやすみなさい。

 という訳で守護竜の絶滅は完了。環境もそろそろ、古龍を残して残りは絶種という環境になりそうな所で。色んな殺し方、友情を見せて来たけど果たしてそれに意味はあるのかなぁ、とか思いつつ、見えて来た終わりに向かって走れ走れ。

 敵はもう見えている分しかいないぞ。

 次回、冬。霊峰への準備。


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5年目 秋季~冬季

 ついに全ての楽園の守護者が死亡した。これにより環境維持を行っていた全ての竜が消えてなくなり、絶種の抑え込みが完全に消え去った。残された僅かな竜達はお互いに食らい合い、そして完成された絶種に食い殺されてこの環境からは通常の種が完全に消え去るだろう。ここに楽園の完全崩壊は確定した。もはやそれが元の形に戻るような事はない。

 

 これによって、次の目標を目指す事が出来る様になった。

 

「これで絶種の討伐と、《眠り姫》に会いに行けるな」

 

 全ての守護竜を討伐し終わった所で、緊急会議を拠点で開く事になった。そこには今まで見た事のない姿も増えている。紅白クソトカゲの参加は勿論のこと、今までは砂漠と高地で会う事もなく働き続けていた、三つの新しい顔が拠点のテーブルを囲む様に顔を合わせていた。

 

 まずは黒い、中華風の仙人の様な姿をしている人物がいる。チャイナドレスの様に全体でワンパーツの服装、刺繍が施された一品物、これまた男か女か判別し辛い中性的な容姿の持ち主であり、スリットから覗く足が実に悩ましい人物―――黒麒麟だった。或いはその中性的な容姿は、龍として男とも女とも違う、という意味なのかもしれないが。

 

 そしてその横に座っているのは、貴族風の二人組だった。男と女、上品な服装に身を包んだ二人組は―――子供だった。姿は完全に子供だが、その内なる気配にそれが子供の姿を借りているだけだというのを理解させられる。王冠を被った貴族風の少年と、ティアラを被った貴族風の少女。ロリショタカップルのテオ・テスカトルとナナ・テスカトリだった。見た目の業が深すぎる。

 

 そして未だに死亡して蘇っていないオオナズチ君があの世にいる為、今回の会議には不参加だった。その代わりにオオナズチ人形の首から【僕は古龍の恥晒しです】という看板をぶら下げて椅子に座らせている。

 

 当然の様に、クソトカゲ発案と実行だった。

 

 身内相手ですら一切の容赦がなかった。

 

 だがそんな事で守護竜が全て死滅した今、絶種は何かを感じ取ってか、大人しく、力を蓄える様になった。それをクソトカゲは前、俺を待っているのだ、と言った。その言葉を鵜呑みにする訳ではないが、あれだけ暴れていたのがいきなり大人しくなるのだ、何らかの理由や事情があるのは間違いないのだろう。それ故、これから何をするべきなのか、そして何を知っているのか。

 

 その為の会議だった。何せ、これからの仮想敵は、あの絶種共になるのだから。

 

「とりあえず、後は絶種を始末して《眠り姫》を殺せば―――」

 

「あぁ、確実に《悪魔》を討伐する事が出来るだろうな。お前が生き残れば、という前提になるが」

 

 此方の言葉を肯定する様にクソトカゲが返答した。彼は嘘をつかない。だからそれは間違いのない、確定事項なのだろう。とはいえ、どうやって倒せるのか、という事に関しては一つも説明を入れないからかなり怪しいもんではあるのだが。とはいえ、真実だけが道ではないのはこの生活で良く理解している。

 

「雪山のティガレックス、砂漠のラ・ロ、そして火山のアトラル・カ……だっけ?」

 

「絶種として完成されていた高地のブラキディオスはあのイビルジョーが相打つ形で討伐したからな。故に残された戦いは全てで五度になろう」

 

 答えたのは黒麒麟だった。恐らく、あのブラキディオスに関して一番良く理解しているのはこの黒麒麟だろう。故に死んでしまったが、あのブラキディオスはどういう絶種だったのかを聞く事にする。その質問に黒麒麟が答えてくれる。

 

「アレは異様に目が良い」

 

「目?」

 

 黒麒麟から然り、という言葉が返ってくる。

 

「接近しようものならどんな攻撃を叩き込もうとしても全てを薄皮一枚の距離で回避し、龍、雷、氷の属性から一番通りの良い物で拘束、動けなくなった所を頭と心臓をそれぞれ完全に粉砕する事で確実に殺す事を狙ってくる相手だ。確実に反撃を狙える時以外では絶対に攻撃を行わない、隙を見せない、自分の肉体で受けて耐えるという選択肢を絶対に取らない奴だった」

 

 だからこそ肉体そのものは本来のブラキディオスと比べてやや細身であった、と黒麒麟は説明する。だがその事実が真実なら、俺に対する天敵の様な存在じゃねぇか、と存在そのものに果てしない悪意を感じた。攻撃手段が剣一本である自分にとって、絶対に体で攻撃を受けようとしない、確実な回避とカウンター、回避不能の拘束攻撃を放ってくる相手は天敵中の天敵だ。

 

 リオレウスの時の様に、面制圧攻撃はまぁ、ある程度耐えられるし、切り払える。

 

 だが確実な回避を狙って拘束して来るという奴に関しては、ちょっと対抗手段がない。イビルジョー兄貴がその身と引き換えに、ガンメタ絶種を始末してくれたことを本当に感謝するしかない。情報有りでも自分一人だった場合、勝てる手段のない相手だった。

 

「まぁ、我の場合氷壁や氷柱を生み出して、進路妨害と環境閉鎖を行えばそこまで押し込むのに苦労する相手ではなかった。とはいえ、少しでも接近すると頭を一撃で消し飛ばされるのには困ったがな……」

 

「それを良い思い出の様に語れるお前らの存在が一番困ったわ」

 

 死ぬときは素直に死んでおけよ、と毎度のことながら思う。ギャグ補正でも何でもなく、普通に死亡後蘇生するとはいったい何事だ。生物として間違ってない? としか思えない。助かってるから文句は余り言えないのだが。

 

 ともあれ、一番困ったちゃんのブラキディオスは、イビルジョーが命を引き換えに倒してくれた。これで《悪魔》の覚醒まで一段階進んだ。殺せるという事を証明してくれたんだ、次のも確実に殺すとして、

 

「他の絶種に関しては」

 

「あぁ、僕らが砂漠の奴に関して説明するよ」

 

「妾はもうあ奴を見たくないのじゃ」

 

 のじゃロリ妾貴族ドラゴン。このナナ・テスカトリの属性過多がヤバい。心の中でその衝撃を抑え込みつつ、砂漠の絶種―――つまりはラ・ロの事に関してテオナナ夫婦から話を聞く。

 

「恐らく性能的な意味で《悪魔》に一番近いのは間違いなくこいつだろう。形態の変化を行って、それぞれの属性に対して特化した形態に変化するんだよ、奴は」

 

「妾ら、徹底してメタられた」

 

 あぁ、だから一方的に食事されてしまったのか……と納得してしまう。モンスターハンター世界は、属性は本当に大事だからなぁ、と思うが、それだけじゃないとテオ・テスカトルが口にする。

 

「奴はある程度の時間を操作する」

 

「なんか酷い単語が聞こえてきた」

 

「自分が放った攻撃、自身の肉体限定である程度の現象の逆行、傷の高速再生、瀕死状態からの即座の復帰を行ってくる。故に避けたと思って踏み込めば逆再生された攻撃によって消し飛ぶ」

 

「妾アイツ嫌い」

 

「完全にF産ですねぇ、これ……」

 

 完全なフロンティアマジックの使い手だった。しかし時間―――時間を操る龍、なんてシリーズ中まだ存在した事すらなかった。恐らくシリーズ初ではないだろうか、明確に時間概念に干渉する事の出来る存在は。とはいえ、ラ・ロのフロンティアでの扱い、難易度を考えると飛竜種扱いでありながら、領域的には古龍最上位の部類に突っ込んでいた存在だ。

 

 何が出来てもおかしくはないだろう。ただ、話を聞いている感じ、どうやら複数の属性と現象をコントロールすることに特化した絶種らしい。範囲が異様に広く、そして終わらせた攻撃を再生する事で再び発生させる……事前情報が無ければ即死するタイプの相手ではあるものの、此方はまだ、ブラキディオスよりはやりやすく感じる。接近が出来るという時点で、勝機が残るからだ。

 

 こいつに関しては、ラ・ロそのものの正統派進化の様に感じられる。というか既にインフレして極限に至っていたラ・ロがそのまま、限界を超えた感じだ。確か称号は《刻竜》だったか? それ更に上位の次元に昇華させた個体、

 

 名称するなら《刻帝》、といった所だろうか。ラ・ロという悪魔的な飛竜が到達すべき頂点の姿とも呼べる。魔境出身の最終進化系とか本当に勘弁して欲しい。それでも殺す予定なのだが。ブラキディオスとは違い、此方は戦術面ではなく生物として圧倒的な悪意を孕んでいるタイプだ。

 

「雪山の《斬虐》は……まぁ、解ってるし、この際いいか」

 

 自分でエンカウントしたので、アレがどういう存在なのかはよく理解している。全身が刃の様に発達したティガレックス、それを使って行動、移動、咆哮全てに自分とハルドメルグから学習した剣術で切れ味を伸ばしつつ、徹底して嬲り殺す事に手加減をしない、という奴だった。こいつはブラキディオス同様、戦術面で相手を殺しに行くタイプだ。

 

 学習、対策、そして実行。観察することを忘れず、それで覚えた事を通して最も有効な戦術を選ぶ悪辣さがあのティガレックスには存在する。それが自分にとって有用であれば取り込み、運用する賢さがある。ドドブランゴを使った囮と観察、此方の剣術を盗み見ての転用、

 

 あいつはモンスターと呼ぶには余りにも賢過ぎる。

 

 戦い方がモンスターではなく、ハンターの様な存在に近い。

 

 或いはそうなのかもしれない。モンスター全体、種としての天敵はハンターだ。ハンターが危険なモンスターを狩り殺すのだ。だったら強くなる時、自然と天敵の、怨敵の力を呑み込んで強くなろうとする……それがティガレックスの辿った進化の道だったのかもしれない。

 

 合理性の化身とも呼べる。

 

「んで最後のが火山のアトラル・カ……なんだよな?」

 

「あぁ、一番シンプルで一番面倒な奴だ」

 

 クソトカゲがなんともない様に、つまらなさそうに言う。

 

「通常のそれよりも操れる糸が多く、そしてより強いだけだ。そして操る時、そのスペックを最大まで引きずり出す事が出来る。それだけの生物だ、アレは」

 

「ん……? それだけ?」

 

「あぁ、それだけだ」

 

 クソトカゲのその言葉にやや、拍子抜けする。それなら絶種と呼ぶには少々弱くないか? とは思わなくもない。だが、とクソトカゲが思い出させるように口を開く。

 

「忘れていないか? ここがどういう土地だったのかを」

 

「……うん? んん??」

 

「この大地に何が眠っているのか、何を使って戦った時代があったのか、忘れてはいないか?」

 

「んン!?」

 

 クソトカゲの言葉に、古代の時代の発明と、何をしていたのか、その記録や神殿で見た内容を、思い出す。そして何故文明が滅んだのか、何がこの大地で暴れたのかを思い出す。少し前までは環境生物の楽園だったこの場所も、大昔は戦場になっていたのだ。だとしたら眠っている筈なのだ。

 

「……竜機兵、動かせるのか、その……蟷螂は」

 

「喜べ、一体や二体じゃないぞ」

 

「もしかして一番やべー奴じゃねぇのかそれ」

 

 竜機兵、かつて人と龍が殺し合う事のきっかけとなった兵器。百の竜の素材から生み出される、人工の命。ゴア・マガラのプロトタイプや、《眠り姫》の兄弟たち。それらが戦いで破壊され、この大地では眠っているのだ。ギルドの手が入っていないのだから、当然手付かずのままの状態で眠り続けているのだ。

 

 それを複数同時に操るというのは、ある意味絶種単体よりもやばいと表現できる。

 

「ただ、アトラル・カ自体はそこまで強くはない。その能力を極限まで伸ばす方向に進化したようだな」

 

「つまり斬れば殺せる、か。奇襲で一気に殺すか、物量を回避して斬り込むか……攻略法はどちらか、か」

 

「ま、出来なければ死ぬだけだからな」

 

 簡単に言ってくれる糞トカゲの存在に少しだけイラつきを覚えつつも、その言葉に偽りはないのだから、溜息を吐いて、古龍達から得た情報を並べてみる。死亡している絶種はブラキディオス一体のみ。それ以外は現状、ダメージらしいダメージさえも受けていない。

 

 雪山を根城にする《斬虐》のティガレックス。《狩り》を行う絶種になる。戦闘方法を学習し、そして自分に適応させながら戦闘力を磨いて行く。悪辣さという意味ではこいつが一番上なのかもしれない。ハルドメルグが言うには、こいつは殺す為であれば手段を一切選ばないという性質が存在するらしい。

 

 砂漠に君臨する《刻帝》のラ・ロはより《悪魔》に近しい存在として進化した。様々な属性を操るだけではなく、限定的な時間概念の操作を取得する事によって自分の放った属性攻撃をリプレイとでも表現すべきことを行い、一度の攻撃で複数の行動を割り込ませる事が出来る。相手の弱点を見極めて徹底して手を封じ込める知性がこいつには存在すると言われている。

 

 火山に座す《躯王》とでも呼ぶべき竜ではない、甲虫の王者アトラル・カは自分の特性を更に強める形でラ・ロ同様、正統派の進化を果たした存在だと言える。だが悪意に歪んでいるのは他の連中となんら変わらない。かつてこの地で滅びた竜機兵をその糸で複数同時に、本来のスペックで使役する事が出来る。質と量の暴力で殴りかかってくるのが想像できる。

 

 どれも方向性が違うだけでめんどくさい。

 

 《斬虐》は時間と相手を与えれば際限なく賢くなって行く。《刻帝》は遠距離も近距離も関係なく薙ぎ払って蒸発させて来る。《躯王》はソロ竜大戦という感じだ。どいつもこいつも人類が戦って勝つことをまるで考えずにデザインされたような滅茶苦茶さだ。

 

 だがあえて、最初に挑む相手を選ぶのなら、

 

「ティガレックスから殺しに行くのが無難、か」

 

 お互い、キリングレンジが近接である以上、接近する必要がある。その必要がない他の二体と比べ、《斬虐》のティガレックスが自分から接近してくれるのであれば、まだ勝機が見えて来る。ぶっちゃけ、他の二体に関しては完全に気配を遮断してから奇襲による必殺でしか勝利するイメージがまるで湧いてこない。見る事が出来れば話は変わるかもしれないが現状、勝ち目は薄いとしか言う事が出来ない。

 

 いや……一番()()、と表現するのがこれだろうか。

 

 どちらにしろ、最終的には全部殺す必要がある。そう考えると順番の違いでしかない。それにそろそろ、

 

「幼い姫に会いに行くには《斬虐》が邪魔ではあるな……なら一番最初に殺したい、そうだろう?」

 

 内心を透かされたような言葉に、やはり少しだけクソトカゲにイラっとするが―――その言葉自体、間違いではない。そもそも、

 

 守護竜を倒し終えたら、一番最初に彼女の所へ行こう、と決めていたのだ。あの守護竜達を全員倒せば、それだけの成長を見込める。つまり、絶種と最低限戦えるレベルまで自分が成長している……筈……なのだ。だから雪山の絶種を殺し、その足でそのまま霊峰へと、彼女の居場所へと目指す。

 

 そこで、彼女を―――殺す。

 

 このクソみたいな世界、その役割から解放する。

 

 それが自分に出来る事の全てだと思っている。その為だけに、守護竜を殺した。死にたくないから、彼女を殺してあげないとならないから我慢してきた。そしてそれも漸く、後少し。終わりが見えて来た。だから、

 

「準備が整い次第、雪山に入る」

 

 その言葉を自分の口から放った。それに異論をはさむ存在はいなかった。黒麒麟は納得している様子で、テオナナ夫婦はお互いにクッキーをあーんさせあっていた。ハルドメルグは相変わらずローブの下で何を考えているのかまるで解らなく、

 

 ミラバルカンは、どこか楽しそうだった。楽しそうに此方を見ているのが良く見えた。だから眉をひそめ、そしてなんだよ、と少し、機嫌の悪い声をミラバルカンへと向けた。それを受けミラバルカンがいや、と声を零した。

 

「お前には関係のない事だ。それよりも殺す覚悟は出来ているのか? 躊躇しないのか?」

 

「今更……足を止める事もないだろ」

 

 ミラバルカンが何を求めているのか。それを彼がその口から放つことはないだろう。だけどなんとなく、彼の求めている事は解る。そして彼自身が、その予測を超える様な展開を待ち望んでいる事も、察している。根本的にどうにでもなる、と本人が理解しているからこそ、楽しんでいる余裕だった。

 

 そのにやけ面を絶対にその内、ぶち壊してやるからな、このクソトカゲめ。

 

 心の中でそう呟きながら、対策会議は一旦閉幕した。拠点に新たな住人を増やしながら。それが終わった所で、クソトカゲがオオナズチ人形をテーブルの上に叩きつける様に乗せた。

 

「それはそれとして、古龍の恥晒しをどうするか、このまま追加で会議しないか?」

 

「200年程パシらせればいいだろう」

 

「いや、それじゃ屈辱感が足りない。火口に投げ込もう」

 

「ドンドルマに向けて投げ捨てるのはどうだ。ハンターが蟻の如く群がりそうだ」

 

 やはり古龍は邪悪。それを確信しつつ、絶種討伐の為の準備が進む。




 秋から冬へと変わる頃。実りから終わりの季節へ。騒がしくも世界は静かに。

 ブラキはフルカウンター型。何をどう手段を変えても、剣でしか戦えない以上サバイバー君が永遠に勝利する事の出来ない相手だったので、ジョーニキの特攻は唯一、勝率0%の相手を潰すという結果に。

 戦術学習特化とも言える斬ティガ。F産龍の究極型とも言える刻ラロ。ゲームでは絶対に見ない物量と質に特化したアトラルカ。方向性は全部違っても、究極的に悪魔的に悪意しか込められていない進化、戦闘方法を取ってくるという事で共通している。

 実は修正前段階だとここに《山喰い》オストガロアというヤマツカミの皮を被った陸戦ガロアを登場させる予定だったけどこっそりオミット。コンセプトはある程度カマキリの方に受け継がれたり。

 後1回、準備や確認挟んだら雪山かなー……。


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5年目 冬季

冬季

 

残存環境生存数

 

残り

 

 静寂の冬が始まった。

 

 花畑、海、そして拠点を除いた全環境で残存生物が龍、もしくは絶種のみという状況になった。これに従い、この箱庭大陸からあらゆる生物の気配が途絶えた。ついに、蟲毒の終わりが来た。かつて存在した楽園はもはや生物のサイクルを生み出す事はない。絶望と悪意の孤独の中で、死の徒花が咲いた、

 

 《斬虐》ティガレックス。

 

 《刻帝》ラ・ロ。

 

 《躯王》アトラル・カ。

 

 《眠り姫》ドゥレムディラ。

 

 《悪魔》メフィストフェレス。

 

 それらが生き残った、生存し続けるこの大陸固有の竜と龍の名だった。決して実を結ぶことのない花。故に徒花、竜大戦の為に生み出され、そしてそれを継承する様に育ってしまった存在は、もはやかつての遺産、遺物でしかない。誰も、求めていない存在だった。憎む相手も、恨む相手も、求める敵さえも存在しない時代に咲いてしまった死の徒花だった。この全てを手折る必要があった。そしてこの環境から完全に生物が消え去った所で、

 

 契約は終わる。

 

 竜大戦からの因縁は、それにまるで関係のない異世界人によって終わる。

 

 ―――ほんと、糞である。

 

 そういう事実を頭の中に叩き込みつつ、最初の目標は《斬虐》のティガレックスと確定した。理由はとてもシンプルなもので、霊峰へと向かう道を縄張りとしている奴が邪魔なのが一つ、そしてなるべく早く、個人的な理由から《眠り姫》を殺しに行きたいのが理由の一つだった。だから《斬虐》を攻略し、その足のまま霊峰へと昇って、《眠り姫》に逢いに行くことを決めていた。

 

 その為には、色々と準備が必要であった。その準備を今、冬季に入った所で行っていた。つまりは装備の更新と、技術確認だった。自分の剣術とも呼べるものの対絶種用の仕上げを行う事と、雪山で戦う事を想定した装備への変更を行う必要があるのだ。絶種は今まで相手にしてきた存在とは、次元が違う。

 

 クソトカゲはこう言う。

 

『俺達は自分よりも下等な生物には当然、手加減をする。全力なんて出した日にはプライドだけじゃない。存在意義そのものが危ないからだ。だけど連中にはそれがない。加減をする理由が、必要性が存在しない。だから遠慮も躊躇もなく殺しに来る』

 

 古龍が本気を出せば大都市程度、メテオを無差別に召喚し続けるだけで終わる。空を飛んで、空から攻撃し続けるだけで全部終わらせられるのだ。だがそれをしない。挑戦状を送る様に依頼を送り、誘い出して一対一で戦う様な真似を取る。ハンターも数を集めて対抗する事を許す。その上で逃げ場のない、必殺の攻撃を放ち続けない。常に勝つだけの要素を戦いに残す。

 

 それが古龍のルールなのだ。存在意義にかかわる事らしい。故に竜大戦の時の様な状況でもない限り、古龍は本気で戦う事が出来ない。それが生物として存在する為のルールであった。だが絶種にはその制限が存在しないらしい。最初から最後まで、殺す為だけの攻撃をし続ける事が出来る。

 

 それは絶種が古龍の領域にスペック的に到達しながらも、本質的には竜のままだからだ。

 

 なので、接近から確実に殺せるようになる必要がある。距離を、時間を与えれば古龍格お馴染みの極大魔法っぽい攻撃で一気に消し飛ばされる。その為、接近から殺害まで、ノータイムで確実に行えるようになる必要がある。その為、そろそろまともな武器も必要な事もあって、

 

 いよいよ、

 

 あの片手剣をどうにかする時が来た。

 

 

 

 

「―――で、具合はどうなんだ親方?」

 

「まるでダメだニャ。これ以上は技術以前の問題で無理みたいだニャ」

 

 第二拠点の工房、そこに目撃するのは柄の部分だけが完全に固まり、それ以外の部分全てが溶け切った片手剣の姿だった。その柄の部分は守護竜を殲滅する前には存在しなかったパーツだ。工房長猫が作ろうとしていた柄を飲み込んで、変質させて液状化している刀身と合一しているらしい。猫たちはそれを冷やし、固形化しようとしているが、それが冷える様な事はなかった。

 

 まるで龍に対する憎しみだけで熱を保っている様な物だった。完全に技術でどうにかする、という領域を超越していた。そしてこういう部分で古龍達は手伝ってくれない。クソトカゲは演奏しているし、ハルドメルグは剣術以外は興味を持たないし、黒麒麟は一日中瞑想しているし、テオナナ夫婦はバカップルでクソうざかった。連中に協調性という概念がないのを改めて発見できたのは驚くべき発見だった。

 

 幼稚園児の方がまだ協調性がある。オオナズチ君は古龍会議の結果、火山に放り込まれた。合掌。

 

 それはともあれ、

 

「どう思う?」

 

「柄を自分から出したって事は抜かれる事を望んでいる筈だニャ。間違いなく魔剣の類……正直、手を出すのは危険だと思うニャ。とはいえ、用意されている素材を使って作れる武器の中で、アレがぶっちぎって最強だニャ。恐らくメゼポルタの工房でも同じランクの物は見かけられないと思うニャ」

 

 工房長猫は腕を組んだ。

 

「だからたぶん、引き抜けば完成しそうだニャ。ただ職人の勘として忠告するのなら、こいつには手を出さず、最高品質の武器を作れるだけ作るからそれを持ち込む方が信頼できそうだニャ」

 

「信頼は重い問題だからなぁ」

 

 魔剣とか強力だがデメリットの存在する武器よりも、確実な成果を保証できる武器の方が安定して結果を生み出せる為、安心して運用する事が出来るのだ。わざと信頼性が低い刀をメインウェポンとして破壊しながら運用していたのは、もっとしっかりとした武器を使う時に、それを破壊せずに使い続ける為の技術と技巧を身に着ける為の訓練だった。

 

 実際、今では刀一本で大体なんでもぶった切れる。ハルドメルグの水銀ぐらいなら割と抵抗もなく斬れる。

 

 ただ武器というのは根本的に損耗する事前提で運用する道具なのだ。戦闘中、折れたり盗まれたり無力化されたりする可能性がある。だからなるべく、手に馴染み、そしてなるべく硬い武器が欲しい。それで鋭さがあれば大歓迎だ。

 

「別に、特別な力を持った武器が欲しい訳じゃないんだよなぁ」

 

「なら」

 

 燃える剣とか、電撃を放つ剣とか、真空斬りを放てる剣とか……まぁ、確かにかっこいいし、それはそれでやってみたい感じもあるけど? ぶっちゃけ、純粋な剣術じゃないから切れ味落ちるし。寧ろ耐性に阻まれる可能性があるから邪魔になる。かっこいいのは良いけど、それ以上に邪魔だ。いらねぇ。

 

 理想の武器は硬く、そして適度に鋭い程度でいい。それぐらいで十分だ。

 

 斬撃を伸ばす程度だったら斬圧を伸ばせばいいし。オストガロアやヤマツカミ級のサイズが敵として出て来た時? 素直に死ぬ。残念ながら対処方法がないので素直に死ぬ以外の選択肢が存在しない。

 

 そういう意味では今回、割とラッキーだったのではないかと思う。絶種オストガロアや絶種シェンガオレンとかだったら質量差で勝てるイメージが湧かない。ハンター連中は良くこういうのに勝てるよなぁ、と感心するしかない。

 

 ただ、まぁ、そういう事を踏まえて、

 

「親方の武器に文句はない―――だけどたぶん、折れるぜ」

 

「む……」

 

 片手剣、刀、両手剣。それが自分の使える武器のぎりぎりの範囲だ。これ以上は重すぎて動きが鈍る。そして重くなればなる程、斬撃を圧縮させ辛くなってくる。そうすると切れ味が落ちる。だからなるべく、片手剣サイズの武器を運用したい。そしてこのサイズの武器というのはその形状、質量からある程度強度限界とも言えるものが存在する。同時に、工房で扱える技術の限界も存在するのだ。

 

 だから、工房長猫の武器は悪くない。

 

 だが単純に、リスクを取った方が、生存率が上がると思うのだ。

 

「それに《斬虐》の奴は初めて斬り合った時に、武器を破壊されそうになったからな。親方の技術を悪いと言ってる訳じゃないけど……」

 

「まぁ、古代技術に匹敵するものは生み出せないニャ……技術者としてそこは歯痒い所ニャ」

 

 まぁ、しょうがない話だ。嘆いていても解決はしない。だからすまない、と工房長猫に謝ってから、作業中だった他の弟子猫たちを下げてから、ドロドロに溶けている、剣のプールに沈んでいる柄を見て、近づいた。

 

 いい加減、

 

「出番だぜ、おい」

 

 柄を掴んだ。直後、柄を通して腕に感染し、それが心臓と脳に突き刺さる様に、凄まじい怨念と呪詛を感じた。ははーん、やっぱりこういうタイプだったか。そう思いつつ軽く笑い声を零し、ドロドロに溶けている剣を引き抜く。

 

 不思議な事に、そんなスペースは存在しない筈なのに、プールからは柄と一体化する様に剣の刀身が飛び出して来た。この瞬間、引き抜くのと同時に魔剣が生み出されたのだ。竜を、龍を殺せという古代の滅びた怨念が染みついた魔剣だった。その言葉を完全に無視し、精神汚染も今更おせぇんだよ、と心の中で唾を吐き捨てて否定し、

 

 完全に引き抜いた。

 

 柄、鍔、刀身、その全てが一体化した黒い剣だった。かつては灰色だったが、生まれ変わって今度は黒くなった。ただ、剣全体を赤い幾何学模様の線が走っており、純粋な金属らしさは一切存在しない、未知の道具の様な感じを受ける、片手剣として新生された。

 

 引き抜いたそれを軽く胸元まで持ち上げ、検分する。

 

「……どうだニャ?」

 

「精神汚染しようとして来る以外は大丈夫かな」

 

「図太くなったもんだニャこいつ」

 

 まぁ、守護竜を相手する前ならともかく……連中を自分の手で殺した今、自分は絶対に折れてはならない所に居る。最後まで走り続けなきゃならない。その覚悟で心を染め上げているのだ、精神汚染程度でどうにかなるとは思わないで欲しい。

 

 守護竜(あいつら)はもっと、幸福で美しいものを託したのだ。

 

 それを託された者が、醜い側に染まるかよ。

 

「んー」

 

 軽く片手剣を指で引っ掛ける様に回してから掴み、それを振るいながら刀を使っていたように、斬撃を流し込む様に使おうとして―――まるで腕の一部の様なフィット感に、そこまで感覚を研ぎ澄まさなくても大丈夫そうな事実に、うへぇ、と声を漏らす。

 

「どうしたニャ。欠陥品かニャ?」

 

「いや、逆だ。滅茶苦茶優秀。重くないし。手応えが良いし。俺が扱う為に生まれて来たようなフィット感あるし。こいつなら濡れティッシュを裂くような感覚で竜殺しが出来そうだ」

 

 二手、三手と斬撃をその場で繰り出し、動きを停止させる。

 

「ただ切れ味が鋭すぎるのがあんまり好かない」

 

 もうちょいなまくらの方が叩き込みやすいかなぁ、とは思う。ここまで鋭いと逆に技術で剣を振るう必要をなくしてしまう為、甘えているとそのまま自分の腕前が劣化しそうだ。そこがちと気になる。それに切れ味が鋭すぎて斬撃の時に、その衝撃を拡散させ辛くなるのだから、炎や風を散らしにくくなる。刀はそこら辺、斬るのに技術を必要とする武器だったから大変宜しいバランスだった。

 

「我がままだニャ」

 

「ま、武器ぐらいには拘らないとな……ほい」

 

「ほいさ。採寸して即座に鞘を作るニャ」

 

 魔剣を投げ渡して、それを工房長猫が弟子へと渡して、即座に採寸から素材を確認し、最も適した鞘を作る為の作業に入る。鞘も鞘で、剣と合わせる必要がある為、結構重要なものだ。剣を抜くときにつっかえると困るし、頻繁に剣を抜く必要がある以上ある程度の強度は求めるし、しかし硬すぎると抜きづらくなる……色々と、そこは職人の技術が光る。

 

 特に抜刀用の鞘となると東、《シキの国》と呼ばれる国の技術を必要とするらしい。

 

 まぁ、そこは専門職に任せる話だ。

 

「で、防具はどうだ?」

 

「んー、残念だけど本命の方はちょっと時間がかかりそうだニャ。少なくともあと二か月はかかりそうだニャ」

 

「そうか……」

 

 視線を向けるのは工房内のマネキンの方で、まだ、何も装着されておらず、その周辺に転がっている物は金属や鉱石、そして素材だった。その素材の中心となっているのは、守護竜達のものだ。

 

「不思議なもんニャ。それぞれの素材はそのまま使おうとすればただのその竜の性能しか発揮できないニャ。だけど組み合わせ、折り込み混ぜる事でまるで別次元の素材に変化するニャ。素材自体が生きている様で剣も防具も、まるで手を出している気分になれないニャ」

 

「悪いな」

 

「別にいいニャ。これもいい経験ニャ。ただ一か月後に雪山に向かうのが本気なら間違いなく間に合わないニャ」

 

 工房長猫が腕を組みながらそう宣言するものなので、少し困ってしまう。なるべく早い段階であの雪山を攻略し、《眠り姫》に逢いに行こうと思っているのだ。理由はシンプルなもので、時間を与えれば与える程、生物がいなくなった環境でもあの絶種共が自己鍛錬からの進化を行いそうな可能性がある、という事にある。或いは自分の保有する能力、マジック的なアレ、それの新しい使い方を覚えてしまうかもしれない。

 

 その事を考えたら、殺せる時に殺しに行くのが一番安全に思える。

 

 安全の為に安全を放棄するという矛盾、まさに度し難い。とはいえ、時間との勝負でもある。

 

 視線を工房の外へと向け、岩壁の向こう、空に伸び、そして雲を突き抜けた霊峰の頂へと向ける。

 

「……殺してやらねぇとな」

 

 それだけが、きっと、自分に出来る事なのだろうと思うから。

 

「物騒な話だニャ」

 

 呆れたように工房長猫がそう呟いてくるので、違いない、と苦笑する。視線を工房長猫の方へと戻せば、休憩を入れるつもりか、カウンターからキセルを取り出して、火を付けながらそれを咥えていた。

 

「まぁ、特別な装備に限らないのなら心配する必要はないニャ。お前さんの体が暑さも寒さもほとんど感じないものになったとはいえ、ベストコンディションで戦えるように装備を作るのが職人の仕事だニャ。スパイクブーツ、グリップ性を高めたグローブ、そして雪山に特化したカモフラージュローブも近いうちに完成するニャ」

 

「助かる」

 

 今使っている装備もそれなりに良い物であるのは事実だが、それでも環境に備えて特化させた装備を用意した方がパフォーマンスが高いのは事実だ。それに絶種を相手にするのなら、なるべく勝率を高める手段は多く取りたい。そういう事で、雪山戦闘専用の装備を幾つか頼んでいた。

 

 そしてそれも問題なく完成しそうなのを確認し、工房での確認を全て終えて、工房を出る。

 

 完全に冬に入ったこの楽園は、一気に温度が冷え込んで息を吐けばそれが白く染まる。これを見るたびにあぁ、冬になったんだなぁ……と思わされる。

 

「ふぅー……ふつーの人間に、戻れるのかなぁ、俺……」

 

 完全に黒く染まり、鱗の生えている自分の腕を見る。それを掲げ、そして光さえも吸い込みそうな漆黒の色を見た。完全に人の腕ではない。マガラ化の侵食を気合と根性と精神力と矜持で抑え込んでいる。だが既にウィルスは体全体に及んでいる。次、自分の体に浸食するような事を許せば、そのまま全身を呑み込まれて、今度こそ竜になるだろう、というのは見えていた。

 

「……」

 

 特別になりたい、という願望はそう珍しい物じゃない。誰だって今とは違う自分になりたいという願望や気持ちを持っている。もっと強い自分、もっと特別な自分、もっと……愛される、自分とか。変身願望。それはそう、珍しい話じゃない。もっと凄い存在になりたがるのは、普通の事だ。

 

 だけど、嫌だ。

 

 心がそのままだとしても、龍にはなりたくない。俺は俺である。人間である、という事にここにきて、誇りを持っている。だから別の生き物になりたい、何て願望はないし、願いもない。人のままがいい。だけど体は徐々に、徐々に龍に変わって行く。そしてたぶん、ここまで来たら……。

 

「いや、最後の希望は残しておこう」

 

 なにか、いい感じに進んで、治るかもしれない。その可能性を完全に捨て去ってしまえば、心の中に残るのは絶望だけだ。今でも割とうまくやっているつもりだが、それでも最後の希望ぐらいは……残しておきたい。

 

「ま、どちらにしろ……勝たなきゃどうにもならないかぁー……」

 

 呟いていると、空から何かが落ちて来る。おっとと、と、声を零しながら手を伸ばせば、空から子ゼルレウスが落ちて来た。そのスピードが緩やかな辺り、翼を使ってゆっくり降りる事ぐらいは出来る様になったのだろう。少し前まで飛び跳ねる様に移動する程度の事しか出来なかったのに、成長が早いもんだ、と思う。脇の間に手を入れる様に体を掴んで、持ち上げてみれば楽しそうに翼をぱたぱたさせながらこっちを見ている。

 

「おーしおーし、浮かべる様にはなったのか? 成長が早いなぁ、お前は」

 

「きゅぃ! きゅぃ!」

 

 舌を伸ばして顔を舐めて来る姿を笑って受け入れつつ、頭上を見上げれば、付きっ切りで子レウスの面倒を見てくれているホルクの姿がある。そしてすぐ側では何時でも落下する子レウスを受け止められる様に、大きく育ったウリ坊の姿も見える。

 

 こいつらとの付き合いも長いよなぁ、と思い出す。

 

 まぁ、この地で一番最初に作った家族とも言える存在だ。すっかり文明的な生活をする事に馴染んでしまっているのに笑いは隠せない。ここを去る時が来たら、こいつらも一緒に海を越えて連れて行く必要があるな、と子レウスを頭の上に乗せ、ウリ坊に近づき、降りて来たホルク共々頭を撫でる。

 

「あと少しだ……お互い、頑張ろうな」

 

「ももっ!」

 

「ききっ!」

 

「きゅぃ!」

 

 返事は元気が良い。だけど本当に解っているのだろうか? ……いや、この子達もこの大地で生まれて、蟲毒を逃れる事が出来た子達だ。此方の話を聞き、理解する程度には賢い獣たちだ。たぶん、解ってくれているだろう。

 

 一緒に、この賑やかなまま、メゼポルタへと行けるなら、いいだろうなぁ……。

 

 そう思いながら、冬、

 

 ―――絶対凶者への挑戦が近づく。




 果たして、特別である事に意味はあるのか。

 という訳でニューウェポンを獲得。専用防具は間に合わず。色々と確認や考えたりもするが、確かな殺意を胸に雪山へと進む事を決める。環境に残された、楽園の生き残りは全部で5体。つまり後5戦でこの戦いも終わりになる。

 次回、雪山と絶種。


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5年目 冬季 絶種討伐戦・《斬虐》

「結局、あのフォロクルルってなんだったんだ?」

 

「《墓守》だ。とはいえ、他の守護竜とは違って記録の継承に失敗している。だからなんだかよく解らないが守らなきゃいけなく、そして心地の良い場所……程度にしか感じていないだろうな」

 

「ほーん……」

 

 クソトカゲのその返答は、自分の中に繋がっている情報のピース、それを繋げるには十分すぎるだけの情報だった。だからそうか、と声を零し、片手で軽く頭を掻きつつ、まぁいいか、先の話は生き残る事が出来たら考えればいい、と判断する。たっぷり一カ月かけて新しい幾何学模様の剣の習熟を行って、手と体に動きを馴染ませた。それが終わればもう、引き留める理由はないのだ。クソトカゲから話を聞きつつ、装備を装着した。

 

 ゴーグル、マスク、ブーツ、グローブ、そしてマント。今回はボウガンはなし。ベルトには道具や回復薬の類を複数装着し、左腰に刀を二本、そして片手剣を鞘と共に、刀一本と入れ替える様にセットした。

 

 閃光玉、爆薬、音爆弾、毒煙玉。それらも一応、持ち歩く。それで大体準備は終わる。ホットドリンクを切らさないように、その水筒を二つ用意しておいたのもチェックし、拠点を出る準備を終わらせた。全てが装着されているのを二度チェックしてから、子レウスを頭の上に乗せたウリ坊が近づくので、ウリ坊共々、撫でてあげた。

 

「お前ら、いい子にして待ってるんだぞ? ……よし、素直なのはいいことだ。じゃ、またな」

 

 頭を軽く撫でてからペット達から視線を外し、空を見上げて息を軽く吐き出した。この日の為にコンディションを整え、装備も新調した。これで自分が出来る準備の全てを行ったはずなのだ。

 

 それでも、コールタールの様なへばりついた不安が、胸の内から消えない。何をどう足掻いても、勝てるというビジョンが脳内に浮かばなかった。ここまで、前に踏み出すのを重く感じるのは初めてだった。自分の感じているこれは、決して恐怖ではない。それは既に乗り越えているものだ。だからもっと別の感覚だ。

 

「本能的に勝てないって悟ってるだけだろう、それは」

 

 背後、クソトカゲから言葉を向けられた。だがその言葉を向けられてもやはりそうか、と納得する部分しかない。生物として進化を重ねた存在と、進化を重ねられない、人間という世代交代が必要な種。生物として、どちらが強いのは解り切った構図だ。確かに殺せるか? と言えば殺すイメージはあるが、勝利のイメージが湧かない。

 

「……ま、やれるだけやるさ」

 

「お前にはそれ以外の道はないからな」

 

「お前さぁ……」

 

 煽っておいてその言葉はないだろう、と振り返りながら見る、クソトカゲの表情はどこか、楽しむような、しかし期待するようなものが見えていた。何を期待しているのだろうか? その目的は解っている。こいつが口にしなくても、察せている。そしてそれにある程度乗るしかない事も、解っている。後はその期待を、どれだけ、無理である事から乗り越えるか、だけだ。

 

「期待している。お前の結末を、選択肢を期待して待ってる」

 

「帰ってきたら顔面に一発いいの、ぶち込んでやるから覚悟してろよ」

 

「そうだな……帰ってきたらそれぐらいは許してやろう。お前が覚えていたらな」

 

 おう、

 

 そうか、

 

 それじゃ。

 

 クソトカゲと別れを告げて、拠点を去る為に歩き出す。その動きにラズロが付いて来た。この戦いには、もうついて来れないアイルーだったが、だからこそ教えるという立場に留まり、ハンターとしての技術を叩き込んでくれる狩猟中の相棒だった。横を見れば、ラズロが視線を向けずに、此方についてくる。

 

「現地までは一緒するニャ」

 

「じゃ、そういう事で」

 

 最初の絶望を乗り越える為に、歩き出した。

 

 

 

 

 五年目。この環境に、流れ着いてから凡そ五年の月日が流れた。短く、そして長い五年間だった。正直、これだけ長い時間をこんな環境で過ごしてきたのだ、というのが信じられないレベルだった。だって、誰が異世界でサバイバルをして、そこで自分よりも強いドラゴンを相手に戦ってきたのだ、というのを信じられるのだろうか。まぁ、それを誰かに説明するような事はないだろう。

 

 少なくとも、元の世界に対する未練はなかった。

 

 生まれたのは生きるという覚悟だった。

 

「まぁ、俺も正直ここまで長く生き残れるとは欠片も思わなかったんだけどね」

 

 神殿を超えた、雪山への登山道。そこで足を止めながら、ホットドリンクを飲む。ハンターたちが飲んでいる市販品のそれとは違い、味付けされた、スープの様なテイストのホットドリンクは、スパイスを聞かせたトマトスープの様な味がしていて、飲むと体が温かくなるだけではなく、体内に活力が満ちて来るのを感じられる。

 

「正直、俺も相棒がここまで成長するとは思わなかったニャ。たった一年の事だニャ。だけどもう、相棒はG級ハンターの中でもぶっちぎりの怪物になりつつあるニャ」

 

「お、マジか。それは凄いなぁ」

 

「あっちに行けば相棒もスカウトが殺到するだろうニャ」

 

「まぁ……ハンターには欠片も興味ないから、適当に静かな暮らしでもさせて貰うさ」

 

「贅沢な話ニャ」

 

 そりゃそうさ、とラズロに言葉を返す。

 

「―――もう、一生分の命は殺してるさ」

 

「そうニャ?」

 

「そうなの」

 

「じゃーしゃーないニャ。適当に全部終わらせて、平和に暮らすのが一番ニャ」

 

 うん、まぁ、そういう事だ。もう、これ以上命を背負いたくない。これ以上殺す数を増やすのは嫌だ。だからこの楽園での殺戮を、人生最後の殺戮にしたい。後は適当に瀟洒な喫茶店か料理店でも経営して、静かに珈琲を飲みながら優雅に人生を過ごしたいものだ。

 

 まぁ、生き残れば、という話だが。

 

 雪が降っている。

 

 雪山ではなく、箱庭そのものが。生物が消えた中、静かに、邪魔される事無く雪が降り続ける。静かに、生命の痕跡を全て消し去るかのように。命が何も残っていないというのを証明する様に、ひたすら世界を白銀に染め上げて行く。これが地球だったら、金になる景色だったんだなぁ、と思う。

 

 だけど今では、この景色がなんの価値もない、というのが解る。

 

 これを共有できる、一緒に生きる生命が存在して、初めて価値のある光景なのだ。

 

 ―――だから、奪って殺して根絶やしにして生まれてくるその存在は、認められない。

 

「さぁて、行くか」

 

「幸運を祈るニャ」

 

「おう、じゃあな」

 

 ラズロに別れを告げ、雪山の登山道を登って行く。これで完全に一人になった。だけど道具や装備は、全部アイルー達が頑張って作ってくれたものだ。これを装着している限りは、心細くなるような事はない。皆が本気で俺を助けようとしている。その想いを道具から感じる事が出来る。

 

 だから挑む事に対する恐怖なんてない。

 

 本当に怖いのは、その想いに応えられない事だ。

 

「来たぜ」

 

 雪山に踏み込んだ瞬間、自分に突き刺さる視線と殺意を感じた。縄張りに入り込んだ、それだけで此方の存在を完全に知覚したらしい。ゲームで言えばマップ1に入り込んだ瞬間に、別のマップからこっちを探知した……という感じだろうか? しかも殺意が全方向から刺さってきている。全方位に囲まれている様な、そんな風に殺意を感じてしまい、それを辿ってどこに隠れているのか、というを探す事が出来ない。

 

 いや、或いは霊峰へと繋がるこの雪山そのものに、《斬虐》の殺意が大地にしみこんでしまっているのかもしれない。普通の心であれば、ここに踏み込むだけで相当息苦しさを感じる筈だ。心の弱い生物ならショック死しかねない。そういう強い殺意がこの雪山から感じられる。

 

 だがその向こう側。

 

 雪山の頂上、雲の向こう側。

 

 そこには確かに、此方を待ち構える様な、待ち望んでいる様な気配を感じられる。解っている。彼女はずっと俺を見て来た。ずっと見ていてくれたのだ。だから恥ずかしい事は出来ない。無様な姿を見せたくはない。

 

「じゃ、生存競争を始めようか、《斬虐》のティガレックス」

 

 言葉に応えるように、雪山のどこからか、咆哮が響いて来た。反響に反響を重ねた咆哮は不自然に反響し、そのまま空気をピリ、と震わせながら頬に暖かい感触を生んだ。片手を持ち上げて頬に触れてみれば、そこに浅い斬撃の跡が残されていた。どうやら、咆哮を反響させ、姿を完全に隠したまま狙撃の様な咆哮攻撃を行えるらしい。

 

 つくづく、モンスターの戦い方じゃない。

 

「だが宣戦布告としては丁度いい。行くぜ」

 

 そのまま、雪山に踏み込んだ。途端に風が強くなり、暴風と呼べる勢いで襲い掛かってくる。ゴーグルなしでは視界確保が難しく、そしてマスクなしでは息をするのも難しいだろう。そういう事を考えると、やはり装備を整えて来るのは大事だと思う。ファンタジーではあるが、魔法は存在しないのだ。その事を考えると、環境対策の装備は非常に重要になる。

 

 俺は、仲間に生かされている。

 

 それを忘れてはならない。

 

「お前は……何に生かされたんだ?」

 

 呟きながら左手を剣の柄の上に乗せて、何時でも抜き放てる準備を整えながら雪山の中を進んで行く。暴風に体が流されそうになるも、積み重ねて来た体感覚の訓練は不安定な足場や強風があろうとも、しっかりと体を想定通り動かす事を可能としている。スパイクブーツのおかげで足が滑る事もない。

 

 風や雪が邪魔なのは事実だが、

 

 足の動きを鈍らせる程ではない。

 

 雪山の中へと、逃げ場を自分から封じ込める様に進んで行く。雪山の奥へと―――上へ、上へ進んで行く度に更に雪が深く降り積もって行く。風は加速する様にマントの裾を引っ張り、そして足場が悪路と呼べるものへと変質する。かつては人がこの道を通っていたのかもしれない。だが今では、その痕跡がここでは完全に失われていた。

 

 だが彼女の此方を待つ気配だけで、大体どちらへと進めばいいのかは、解る。

 

 そしてそれを掻き消すように、濃密な殺気を感じる。全方位から此方を見つめる様な、罠へと入り込むのを待ち受ける様な、そんな気配だった。間違いなく此方が逃げ切れない領域に入り込んでくるのを待っているな、というのを理解する。此方が逃げられない、防げない状況、環境を待っている。

 

 確実に殺せるタイミングを待っている。

 

「んー、そろそろ来るか」

 

 段々と酸素が薄くなってきたのを知覚する。少しずつ、上へと昇って行く度に空気が薄く、動きづらく、息し辛くなるのを感じる。だから幾何学模様が刻まれた片手剣を抜き放ち、右手で下げる様に握りつつも、ゆっくりと歩くペースを落とし始めた。常に警戒し続けるのは精神力を消耗する行いである為、警戒と休憩を半分半分で進める技術は地味に、サバイバル生活中に習得している。意識の半分を警戒に送りつつ、もう片方を休めるのだ。それを交代でスイッチさせる。そうする事で常に警戒を続けることができる。故に、そう簡単に隙を見せるつもりはない。

 

 そしてそれが相手にも伝わるのなら、

 

―――……。

 

「……」

 

 暴風に乗る様に、どこからともなく咆哮が聞こえて来た。牽制か、僅かに肌が切れる気配がした。それを無視し、ガードもせず、体で受けて、しかし流しながら頂上を目指し、ペースを落として歩く。

 

 二度、三度咆哮が風に乗って別方向からやってくる。牽制で、囮だと判断する。此方の位置、反応を確かめて出方を窺っている。咆哮を防ぐか。どれだけのダメージならガードに入るか。どれだけの脅威なら反応に入るのか。それを殺意をぶつけ、態と感知させる事で此方の出方を範囲外から窺っている。

 

 モンスターのやり口じゃねぇ。

 

 ハンターが獲物を狩る時のやり口だ。

 

「……」

 

 暴風に紛れる様に斬撃が()()()()()()()()()()()。それを片手剣を振るう事で斬り払って両断し、消滅させる。暴風―――或いは吹雪の中に混ぜ込まれた斬撃は、一見ただの風の様にしか見えない。警戒を怠っていれば、風だと思ってそのまま体を両断されかねない。とはいえ、それを斬り払った事はつまり、識別可能である、という情報を相手に与える事でもある。

 

 殺気が消えた。

 

「……」

 

 ……これは、来るな。

 

 足を止め、吹雪の中、片手剣を構える。脇の下を通す様に、右半身から左半身へと弓を引く様に後ろへと引いた。何時でもそれを射出出来る様に、最速で斬撃を放てるような構えで片手剣を構えた。

 

「さぁて……」

 

 未だに背筋には死の予感が張り付いている。生物的に勝てないと本能が直感している。何故だかそれが強く感じられた。ここまで来て、殺気が消え去ったのに逆に、死の予感は強まっていた。これは根本的にやべぇな、と思いつつも、構えを崩さない。吹雪の中で、雪が体に衝突し、少しずつホットドリンクの効力が薄れて行くのを感じながらも動く事無く、静かに《斬虐》の気配を待つ。

 

 来る、奴は絶対に来る。

 

 奴は賢い。だからこそ絶対に、一度は接近を選んで来る。試さずにはいられない、知性のある生物特有の好奇心を持っているからだ。

 

 そこを、殺す。遠距離、牽制、消耗戦を挑むようであれば無視して奥へと進む。近づいてこない限りはティガレックス種では必殺に至る攻撃を繰り出せないからだ。フロンティア魔法系列の攻撃を行えないなら、無視して頂上を目指せば釣り出せる……筈だ。

 

 だから奴は来る。

 

 もっと学ぶ為に、そして確実な死を確認する為に。

 

「―――」

 

 狩る側から狩られる側へ。自然と考えれば、戦いは狩る側の方が準備を行えるのだから、有利に決まっている。そう考えれば《斬虐》のティガレックスが狩猟という形態をとり込み、技術や知恵を磨くのは当然の結果なのかもしれない。何せ、今の地上を制覇しているのは人類だ。その形式を模倣するのは理に適っている。

 

 故に―――来た。

 

 背後、粉砕する音が聞こえた。地面が砕け、そして雪が吹き飛ぶような轟音だ。質量を感じさせるそれは間違いなく、何か質量のある存在が背後に着地した時に感じる音だ。つまり、重量のある存在が降りて来た証になるが、

 

「前だな―――!」

 

 背後を振り返らず、正面へと視線を向けたまま飛び込めば、背後を飛び越える様に前方10メートル距離に、此方へと向いた状態で、鋼銀の肉体を保有する、刃をその全身に生やした雪山の環境王者、

 

 ―――絶種、《斬虐》のティガレックスがその姿を見せた。

 

 頭を飛び越える様に正面に着地した《斬虐》は笑っていた。此方が見抜いて来た、という事実に楽しさを覚えている様子だった。全身に生える刃は前見た時よりも遥かに鋭く、そして凶悪にのこぎりの刃の様に変質しており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()していた。

 

 その上で咆哮を超至近距離でティガレックスが放った。その居場所を中心に、雪山へと向けて斬撃の咆哮が全身の刃と共鳴する様に広がって行く。雪の中に裂傷が刻まれ、それが真空の刃となって全方向に反響しながら襲い掛かってくる。既に体はティガレックスの着地点を予測し、踏み込んでいる。

 

 先読みできたのは、経験の差だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という考えから導き出した先読みでしかない。逆に言えば相手はこれなら読める、という情報を得た事でもある。ここで殺さなくては、また更に学習される。

 

 故に、

 

「序―――」

 

 流れる様に斬撃を繰り出して音と風と斬撃を殺す。切り伏せながら一切動きを止める事無く、咆哮しつつ移動しようとするティガレックスに接近し、そのまま一切、動きの停止しない、斬撃から斬撃へと全てが構成された動きを作る。相手の方が身体能力は上だが、最初の動きは此方の方が遥かに早い。先読みに成功した分、

 

 殺しの初手は此方が貰った。

 

「破、急―――っ!」

 

 そのまま首に斬撃を通して、斬圧を伸ばす様に通し、首の反対側まで刃を通しながら、抜かないまま、斬撃をそのまま刺突へと切り替えて、首を両断する流れをそのまま、心臓にまで届けてから刃を引き抜き、質量のある肉体を横に転がって抜ける。雪の大地の上を一回転する様に転がり、空いている片手で雪を叩き、体を逆さまになる様に飛ばしながら、着地の為に視線を相手へと向ける。

 

 放ったのは、リズムに乗せたただの三連撃である。ただし、無拍子で極限まで隙を無くし、斬撃から斬撃、そして刺突へと動作の全てを攻撃にする、というこいつら相手に、踏み込んだ時に確殺出来る様に作った、最小限の動作で殺す為の動きだった。それが成功し、首、そして心臓の両方を破壊する事に成功した。

 

 吹雪の中、赤い色が一気に広がる。

 

「クソが、殺し切れてねぇ!」

 

 入れば確実に殺せる。首と心臓を破壊して生きていられる生物はいない。だが生物を超越した生物であれば、そのルールをある程度、歪められる。

 

 古龍ではない。

 

 だがその生命力は竜種を超越している。

 

 人間でさえ、首を斬り落としても数秒は反応する―――なら極限まで生命力の高まった竜なら?

 

「クソ、クソ、クソォ!」

 

 叫ぶしかなかった。雪の上に両足で着地しながら素早く通り過ぎたティガレックスの方へと向かって飛び込もうとするが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が此方を見て、大きく雪を蹴りながら跳躍し、此方が届かない高さで壁に片足を突き刺して、そのまま静かに首と頭を押さえていた。

 

 数秒後、じゅぅ、という音を鳴らしながら胸と首の傷が繋がり始める。

 

「インチキも大概にしろよ!」

 

 閃光玉を片手で投げればティガレックスが雪山の壁を蹴って跳躍し、光る瞬間を背を空中で向ける事で回避しながら雪を舞い上げる様に着地する。それが天然の防壁となり、雪が津波の様に襲い掛かってくる。素早くゴムワイヤーを壁に叩き込んで体を引き、その加速と勢いで跳躍しながら途中で手放し、雪の波を飛び越えながらティガレックスの正面、頭上を取る様に剣を振り下ろす。

 

 だがそれをティガレックスはバックステップで見極めながら回避すれば、そのまま着地の瞬間を狙って体を回転させるように振るい、真空の斬撃を無数に放ってくる。空中で蹴りを繰り出し、タイミングを重心移動でズラしながら斬撃に合わせ、剣を振るって相殺しながら着地する。その一瞬にティガレックスが雪を叩きつけて、津波を放ってくる。津波の向こう側にティガレックスの姿が消え、一面が雪の壁になって見えなくなる。

 

「しゃらくせぇ……!」

 

 その津波へ斬撃を斬り払う。斬り、殴り、叩く。その三動作を一つにまとめ上げて津波を縦に割って、道を破壊する様に開ける。その瞬間、正面に津波に隠れていた真空斬りが飛び込んでくる。それを開いている左手で刀の抜き打ちを放って粉砕し、絶望的な質量を破壊する。

 

「クソ……首を断てば殺せると思った俺の落ち度か……」

 

 津波の向こう側に居た筈のティガレックスの姿がない。刀を戻し、片手剣を握る。息を吐き、乱れそうな呼吸を整え直す。その上でティガレックスの気配を探る。

 

 だが、その存在感そのものが強すぎる影響か、雪山全体にその気配が充満していて、探り当てる事が出来ない。最初に殺し切れなかったことが余りにも惜しい。アレは恐らく()()()()()()()()()()()というのも解る。そして自分では次からは受けきれないと学習したから、接近戦を回避する様に動きだした。

 

「首よりも再生対策に四肢を斬るべき、か……勝って生き残れたら覚えておこう」

 

 呟きながら警戒を上げた中で、ふと、ティガレックスの気配が集約されるのを感じた。いや、見せたのか。それにつられる様に視線を雪山の奥へ、頂上の方へと向けた。

 

 高い台地、突き出た岩場の上に立つティガレックスは見下す様に此方が絶対に届かない距離におり、此方を見下ろしながら笑うように声を零した。それと同時に、雪山全体が軽く、揺れた。揺れ、震動が発生し、そしてそれが轟音となって雪山中に響き始める。

 

「は、はは、はははは……」

 

 雪山の頂上から、何十。何百、何千年と積もって来た大質量の雪が、超えられない規模となって一気に頂上から降り始めて来た。雪の大津波はその高さが軽く30メートルを超えた、ビルの様な高さになって迫ってくる。地形そのものを削りながら削ぎ落とす光景は、どう足掻いても隠れてやり過ごすというのが不可能な領域の規模だった。

 

 その絶望を前に佇む此方を見て、《斬虐》のティガレックスが、歪に笑みを浮かべて、そのまま空へと異常発達した脚力で跳躍し、逃げ出した。

 

 その雪崩から。

 

 絶対的な自然の暴力、脅威。そして理解した。

 

 あの絶種と自分がネーミングした連中は()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そもそも《悪魔》がその経歴から、人類と竜を殺す為に生まれて来た存在だったのだ。そしてその眷属、指先、触覚とも言えるのが絶種という生物。

 

 ()()()()()()()()()()()存在だった。そして同時に()()()()()()()()()なのだ。だからこそ悪意の果て、進化の先、絶望的に絶対的な殺意を孕んだ生物となったのだ。これはどう足掻いても勝てない。それを本能的に、そして超直感的に理解させられる相手だった。

 

 俺がこの世界の住人基準のスペックでも、ハンターであっても、勝てない。そういう存在であるのをこれを目撃して、理解させられる。

 

「ほんと……ふざけてる」

 

 迫ってくる轟音と暴風。絶対的な死が壁となって襲い掛かってくる。これを斬り払おうとすれば質量差で普通に呑み込まれる。飛び越えるには余りにも高すぎる。普通には絶対に攻略できない攻撃だった。いや、自然現象か。どちらにしろ、絶望的な状況だ。

 

 それでも、

 

「託された物があるんだ、まだ死ねないんだ―――死ねないんだよ……!」

 

 あと少しで、そこにたどり着けるのだ。だから……全てを賭ける。

 

 人でも勝てない。竜でも勝てない。

 

 なら答えは一つしかない。

 

 迫り来る暴力の嵐。その前に、黒い吐息を吐き出した。

 

「―――人でも竜でもなければいい

 

 浸食値―――82%、突入。




 死ぬほど頑張ったからと言って報われる訳じゃない。

 という訳で対斬ティガ君前編。即死状態からの条件蘇生、再生力、学習能力、メタ戦術構築能力、囮作成等と非常に賢い。牽制を見えない範囲から行い続けてストレスを与える事でパフォーマンスの低下を狙う事で強敵の弱体化を狙う事もする。殺す為なら考え、一番殺傷性の高い手段を選んでぶんなぐってくる怖い子。

 次回、後編。


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5年目 冬季 絶種討伐戦・《斬虐》 Ⅱ

「《悪魔》と貴様らが呼ぶ古龍―――メフィストフェレスだ」

 

 ミラバルカン・アバターは現身の口でそう語った。第二拠点の野外テーブル、その脇の椅子に腰かけ、リュートを弾きながら言葉を口から放った。それを先生、と呼ばれる学者のアイルーが眉をひそめながら視線を送り、そして応える。

 

「どうしたんだニャ、お爺ちゃん。ボケたかニャ?」

 

「まあ、話を聞け猫」

 

 扱いが雑であろうと、それをミラバルカン・アバターは気にしない。人の姿はアバターでしかない。本体ではない。本体の意識を割いた、人形遊びでしかない。故に人形に何かを言われて怒るか? 虫が何かを囀って、それを気にするか? 言葉がヒトの武器の一つであるのを理解するミラバルカンは、アバターの姿でその概念を楽しんでいた。故に、罵倒程度、笑って受け入れる。それで矜持も誇りも削れることがないと解っているからだ。

 

 故に聞け、と言葉を置く。

 

「メフィストフェレスの誕生は正確に遡れば此方の大陸に戦火が伸びる前の話だ。奴は龍と人の争いを終わらせる、悪意と進化を殺す為の龍として生まれて来た。その為に奴はあらゆる属性を吸収し、そして人の持つ感情や知恵に非常に敏感だった。生物は上位になればなるほどエネルギーを増大させる……」

 

「どんな龍であれ、上位の龍は魔法かと思う様な攻撃を行うニャ。それを吸収するような存在が出てくるなら、それはまさしく悪魔の名に相応しいのニャ」

 

 先生の言葉にミラバルカンがそうだ、と頷いた。まさに悪魔の名に相応しいと付け加える。メフィストフェレスは対エネルギー、対文明と表現できる龍だ。吸い上げたエネルギーを放ち、そのまま返す事が出来る。つまり己の文明によって人は滅びるのだ、メフィストフェレスと相対した場合は。そして龍もそうだ。メフィストフェレスと相対した場合、最大の武器である炎や自然現象が一切通じなくなる。

 

 究極の龍。

 

 龍達の悪夢。

 

 人類に対する悪魔。それがメフィストフェレスという龍になる。

 

「だが奴も始めから悪魔と呼ばれていた訳ではない」

 

「そうなのニャ?」

 

「あぁ……寧ろここでの生活に馴染んでいた」

 

 それをミラバルカンは語る。演奏に乗せて、かつての生活を歌う。人々が龍と、そして竜と一緒だった時代の話を。今では僅かな場所でライダーと呼ばれる存在だけが、その僅かな文化を引き継いでいる。それ以外は完全に絶滅した思想だ。ハンターが主流の世の中、竜との共存は難しい。だがそれが可能だった理想の時代が存在していた。そして戦火が伸びる前までは、まさしく理想郷と呼べる、箱庭の楽園がここには存在していた。それをミラバルカンは()()()()()()()()()()()()()()()のだ。故に彼の弾き語りは、実体験に基づく物だった。

 

 聞く誰もがその光景を思い浮かべ、追体験する様に感じられる。

 

 理想の時代の笑い声を、人々の温かみを、竜の力強さを、異種族の間に育まれた友情と愛を、その演奏に乗せて奏でる事が出来た。

 

「だが―――その全ては燃え去った」

 

 楽園は終わったのだ。

 

「人の生活を教えた師を《悪魔》は自ら殺す事になった。公園で一緒に遊んだ友人を殺す事にもなった。翼の使い方を教えてくれた父にも近い竜を食い千切る事になった。そして……道を教え、人と竜という存在を教えた、兄に近しい存在を自ら殺す事になった」

 

「待つニャ、それは―――」

 

 先生が言葉を止め、そしてミラバルカンがそうだ、と答える。今、この楽園で起きている出来事、

 

「あの異邦人が経験している事は()()()()()()()()()()()だ」

 

 師を殺し、友を殺し、父を殺し、兄を殺す。そして今度は愛さえも殺す。そうやって楽園を自らの手で破壊し、絶滅へと導く。それは《悪魔》の通った道だ、とミラバルカンは口にする。そうやってメフィストフェレスは《悪魔》と呼ばれる様になった。そうやって最凶最悪の龍が生まれた。

 

 絶望と大戦の怨念の中で生まれて育ったのがメフィストフェレスという龍だった。そしてミラバルカンの口から語られた言葉を、先生と呼ばれるアイルーは良く、理解した。ミラバルカンの狙い、その考え、その全てを説明によって理解するに至った。信じられないものを見る様な視線で、ミラバルカンから一歩離れた。

 

「狂ってるニャ! お前は頭がおかしいニャ! そんな事できる筈がないニャ!」

 

「それはどうかな? 古代の怨念、龍化の病。絶望、殺意、敵、そして楽園の破壊。その上に今回は素体が良い。この地獄を潜り抜けて来た人間だ―――その胆力と頑張りは敬意に値する」

 

 ミラバルカンの演奏が停止する。

 

「―――さぞや、絶望的で悪魔的な龍が生まれてくれるだろう」

 

 生まれなければミラバルカン自身がメフィストフェレスを殺す。

 

 生まれればそれをメフィストフェレスにぶつけて殺す。古龍生誕の法則が正しければ、対メフィストフェレスに特化した龍がこのプロセスで生まれて来る筈だ、というのをミラバルカンは良く理解していた。故に成功しても、失敗しても、どちらでもいい。最初からそのように動いている。ただ一つ、どうせなら、

 

「俺の予測を超える様な顛末を楽しみにしているがな―――」

 

 珍しく、ミラバルカンはそう言葉を零し、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 間違いなく、もう戻れない、転落の道を選んだ人間の気配を感じて。

 

 

 

 

な、め、る、なぁ―――!

 

 普段は完全に抑え込んでいたリミッターを完全に解除した。剣がブレるのと、超人的な能力を使いたくないし、それに使えば使う程狂竜症に飲み込まれて行くから使いたくはなかった。だがそんな事はもう、言えない。矜持とか、好き嫌いとか、そういう事を言える状態ではなかった。雪崩に対して絶対に生存できる手段を取る必要があった。生き残る必要があった。あのクソみたいなティガレックスを絶対に殺す必要があった。

 

 殺せ

 

 喰らえ

 

 ぶち殺す。剣に宿った怨念、狂竜症に潜むマガラの意思、そして自分自身の殺意、それらが全て同じ方向を向いていた。あのクソティガレックスを殺せ、絶対に殺せ。殺してやる。その殺意だけで完全に今、統一されていた。身体を超える能力を一瞬で発揮させ、本来ありえない肉体の完全制御を可能とする。口から黒い煙が漏れ出し、そして視界の全てが紫色に染まる。

 

 霊峰まで……頂上まで、《俺》は持てばいい。《眠り姫》を殺す瞬間まで俺は持てばいい。それ以降の事はもう、知った事じゃない。

 

ぶち殺す

 

 大地を蹴り、壁を蹴った。距離が10メートルを超えていたが、八割方狂竜症による浸食を受けた肉体にそんな事は関係がなかった。身体能力は八割方、ゴア・マガラへと置換されていた。即ち爪で生物を引き裂く事が出来、その跳躍力で一気に空へと飛び上がって逃亡するような力強さ。この程度の距離、龍としてのスペックを引き出せば、一瞬で踏破出来る程度には容易い距離だった。

 

 そうやって壁を蹴って、更に高く跳躍する。体中がギチギチと音を立てながら変異して行くのを感じる。空に舞い上がりながら、更に雪山の斜面を、登るのが本来は不可能である壁とも表現できるそれを蹴って、更に蹴り、連続で蹴る様に跳躍し、

 

 雪崩よりも高く飛んだ。それを見ていたティガレックスが咆哮を轟かせ、雪崩を増やしながら風に斬撃を紛れ込ませて飛ばしてくる。

 

直ぐにでも笑えなくしてやる―――

 

 狂竜症によって溢れ出す殺意、凶暴性、殺してやりたいという殺戮衝動に血肉が食べたいという圧倒的飢餓感。それを一切押さえつけない。このクソの塊は人のままでは殺せない。だから龍の力が必要だった。だから更に、もっと、もっと狂竜症を活性化させる。

 

浸食値―――92%

 

 体が更に変異して行く。肌は完全に鱗で覆われ、黒い龍の色をする。背中にむずがゆさと痛みを感じ、そこに新しい器官が備わるのを感じながら、両手の手袋を少しだけ大きく、そして鋭くなって指が破って突き出た。片手剣の柄を更に鋭くなった牙で掴み、壁を蹴って雪崩の頂点を乗り越え、

 

 そのまま、蹴りと爪と口で咥えた剣で迎撃の攻撃を粉砕しながら超える。

 

 落下する体、人間の技術で雪崩の上を蹴り、体を飛ばす様に呑み込まれる前に跳躍し、無事な壁を三角跳びの要領で龍の身体能力を全て引き出しながら、殺意だけで体を支配して一気に飛び込んで行く。ティガレックスがそれに反応している。完全に再生された肉体で、此方と同じように壁から壁へと跳躍し、雪崩の上を駆け抜ける様に斬撃を連続で風に乗せて放ってくる。

 

 壁を蹴る瞬間を巧妙に狙ったそれは、此方が雪崩へと呑み込まれることを狙って放ったものだった。だから来るのが見えている。その斬撃を足場にブーツを破壊し、その下の変異した、爪の生えた足を露出する。スパイクブーツよりも此方の方が遥かに使いやすい。斬撃を蹴って、ブーツを壊し、跳躍し、

 

 雪崩の上を飛び越える様に雪山の斜面、突き出た崖や壁を足場に、ノンストップで追いかけながら殺し合う。

 

 常に動き続け、追いかけながらティガレックスを追跡して殺しに向かう。相手も此方の殺意を完全に感じ取り、真剣に殺す為に移動、足場の確保と同時に斬撃を風に乗せて放ってくる。もはや疑いようもない―――こいつはハルドメルグの水銀操作術を吸収し、それを風で生み出す事を覚えた。故にモーションなんて飾りでしかない。

 

 その気になれば、動きを見切った、と思わせた所で斬撃を発生させて殺しに来ていた。剣だらけの体もその為のブラフ―――徹底した合理の怪物だった。

 

 だが、

 

もっとだ、もっと、早く

 

 更に狂竜症を活性化させて、体を呑み込ませる。髪の毛が抜けて行き、鱗が頭を覆う。体を覆う。甲殻が生まれ、骨格が変わって行く。

 

浸食値―――100%

 

 到達点。完全浸食完了。身体能力が完全に龍の物へと置換される。矜持を投げ捨ててでも得た力、体の周りに狂竜症を生み出す、狂竜ウィルスの鱗粉が出現し始め、風に乗って空が黒く濁り始める。だがそれに気にする事もなく、殺意だけで意思を確保する。精神力だけが自慢なのだ。

 

 故に壁を、雪崩を蹴って、龍のまま、人間に近い形に抑え込み、肉体改造の狭間で人間の技術を駆使し、ティガレックスに肉薄する。

 

らぁぁぁぁ―――!!

 

「グルゥゥァァァッ!」

 

 ついに、追いついた。爪と腕が衝突し―――体格差で当然の様に此方が弾かれる。後ろへと押し出されながら足場を蹴って、再び吹雪の中、ティガレックスと戦闘を演じる為に接近する。化け物め、と吐き捨てる。人間じゃこいつには絶対に勝てない。人間の思考を利用する他、明らかに人間に殺せる範囲にまで自分の存在を下ろそうとしないからだ。

 

 だが竜なら殺せるか? それも難しい。人間という物を観察して得た知識、戦術、それで竜を嵌めて殺す。単純な身体能力の比べ合いなら竜の体で親しんだ技術で押し出す。それだけの知能と鍛錬をこいつは行っている。

 

 だから人でも、竜でも殺せない。

 

 なら龍になるしかない。

 

ぶっ散れ

 

 限界を超えて更に浸食させる。既に完全改造してある肉体でも、更に狂竜症を活性化させて、勝てる肉体にする様に改造を進めさせる。それに喜ぶ様に怨念が、マガラの意思が喰らいついてくる。絶望を、怒りを、殺意を、経験を、そして技術を餌にする様に食らいつきながら、更に肉体の変異が進んで行く。

 

浸食値―――108%

 

 体に力が漲る。ティガレックスの視線が更にきつくなり、殺意がその体から溢れ出すのが見える。体に赤い線が走り、怒りを抱いたような、形態の変化を見せる。それと同時に近くの足場そのものを破壊する様に体で切り裂きつつ、それを弾丸として尻尾で加速させて投げつけて来る。

 

 ノンストップの動きに対して、マントや防具を破壊し、ベルトを千切りながら足場にした。飛んで来る岩石の塊の様なそれを足場に連続で跳躍し、既に人の輪郭を失った肉体で接近する。

 

 そのまま、ティガレックスの顔面に爪を突き込んだ。目玉に手を叩き込んで、貫通させ、その奥にある脳味噌を掴もうとする前に体を暴風と質量が衝突し、目玉を一つしか引き抜けずに吹き飛ばされる。

 

 追撃する様にティガレックスが片目だけの状態で斬撃を纏い落ちて来る。雪崩の過ぎ去った、漂白された雪原の上から飛び退き、何もなくなった舞台の上で、ティガレックスと相対する。その視線は蔑むようなものも、見下すものもなかった。

 

 その瞳は《敵》を映していた。

 

浸食値―――118%

 

殺す、殺す!

 

 咆哮を響かせながら本能に任せ、一気に飛び込んだ。迎撃する様に僅かに体をズラし、爪をティガレックスが放ってくるのを見る。だがそれに人の技術で対応する。僅かなズレを逆に利用し、迫ってくる爪に対して呼吸を切り替え、黒い息を吐き出しながら後ろへと、龍種特有の超発達した神経で体を動かし、衝突せずに歯で咥える剣で爪を受け止め、そのまま空いた両手で腕を掴み、

 

 指を引き千切る。

 

 反撃が来るのを察知して飛び退くが、体に痛みを感じ、紫色のドロドロの血液が体から流れるのを感じた。何故? いや、体が前よりも大きくなっている様な気がする。それで距離感覚が狂ったのだ。即座にその分を修正する。再び激突する為にも一気に飛び込んで行く。同じように飛び込んでくるティガレックスと爪を振るってくる。

 

 剣を口から回収し、振るう。

 

浸食値―――1■■%

 

 すれ違いざまに腕を斬り飛ばしてやった。ついでに斬撃から振り返りながら自分の背中から生えて来た翼を斬り落としてやった。体が軽く感じる。この方が動きやすい。だが剣を振るう時に無駄な力が入るせいでちょっと刃の通りが悪い。クソ竜が、と毒を吐き捨てながらティガレックスが斬撃を結界の様に、風の鎧の様に身に纏ったのが見える。動き出すティガレックスの周辺の空間が切り裂かれ、深い裂傷が雪の大地に刻まれる。

 

 それを見ても、ティガレックスに飛び込む。

 

 限界を超えて強靭となった肉体から血液を流しながら斬撃の鎧に耐えながらそのまま、刃をティガレックスの頭に振り下ろした。回避する様に動かした肩口に刃が突き刺さり、抉りながら肩の周辺の肉を削ぎ落とす。バランスを崩しながらもティガレックスがゼロ距離から咆哮を放つ。

 

 その衝撃に物理的に肉体が吹き飛ばされた。

 

 起き上がりながら、返す様に咆哮を放って迫ってくる刃の咆哮を相殺した。周りの雪が吹き飛びながら散って行く中で、互いの咆哮を相殺させながら再び接近して、拳と爪で殴り合い、そして片腕だけ、人間の様に振るって斬撃をティガレックスの体に刻んで行く。

 

 裂傷が生まれる度にお互いに、体が湯気を生む様に高速で再生していく。

 

 だがそれよりも早く、そして多く、相手の体に傷を刻む。

 

お前は、ここで……死ね!

 

 限界を超えて、ティガレックスを圧倒する。逃げようとする姿を押さえつけ、剣を体に振り下ろして刻んで行く。走ろうとする足を掴んで引き千切る。伸ばす尻尾を掴んで体を引きずり寄せる。残された腕を掴んで引き千切る。

 

 逃げる事も考える事さえも出来ない状態にまで相手の体を少しずつ、少しずつ圧倒的な暴力で蹂躙して制圧する。

 

 是こそが龍の力。

 

 是こそが龍の暴力。

 

 是こそが―――理外の法則。

 

 圧倒的筋力、耐久力、体力、脚力。全てが人間を超越している。そして同時に竜さえも超越している。龍という領域に踏み入れた瞬間、生物という領域を超える。何よりも体に溢れ出す怨念が、殺意が、殺せと叫ぶ意思が、常識では測れない力を漲らせる。

 

 それが腕力でティガレックスの力を引き裂く事を許す。腕を千切り、足を千切り、尻尾を握りつぶし、そして体から生える剣山を一つ一つ叩き折って、背骨を折る。体の中に爪を突き刺し、そのまま骨を引きずり抜いて、オブジェの様にそれを槍代わりに体に突き刺して固定してやる。内臓を引き抜いてそれをデコレートしてやる。心臓を千切って捨て、

 

 それでも究極とも言える生物の生命力で、ティガレックスは死ねない。

 

 だから体を千切る。心臓を引き抜き、残った目玉も握って潰す。煩いから喉を引き裂いて潰し、頭に片手剣を突き刺して固定する。まだ死なない。心臓を丸ごと引っこ抜いて骨に突き刺してやる。

 

 本当の残虐さというものをその身で教えてやる。

 

 故に千切って引き抜いて体をバラバラに引き裂いた。再生し続ける体はまるでティガレックスの生への執着を見せる様だった。だが無駄だった。人である事を捨て去った、矜持もプライドも捨て去って、限界を超えた化け物には、

 

 竜では勝てない。

 

 絶叫と斬咆哮が雪山に響きそうになる。

 

 その度に首を潰して黙らせる。痛みに絶望する姿を嬲る様に少しずつ力を奪って行きながら、飢餓感を満たす様に直接、発達した牙で肉に噛みついて滴る血を飲みながら肉を噛み千切って咀嚼した。人の頃では感じられなかった飢餓感を、竜の血肉が腹を満たして行く感覚に、充足感を感じ、

 

 同時に、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

ちが……う……!

 

 飲み込んだ肉と血を胃の中から吐き出しながら、バラバラに、蘇生も再生も不可能な状態にまで殺されつくしたティガレックスの姿を見て、自分の首を今すぐにでも吊りたい気持ちになった。だがそれを抑え込み、二足で立ち上がり、変異し、更に進化を続けようとする肉体を引きずり、歩き出す。

 

 ティガレックスの死骸を背後に、霊峰へ、その頂上へ。

 

 自分を何年も前からずっと見つめ続けている視線。途切れないそれ。この世界での生活、戦い、ずっと見守って来てくれたそれ。その主が、霊峰で待っている。

 

 待っている。

 

 待っていてくれている。

 

ころさ、な、きゃ……

 

 朦朧とする意識を引きずる様に、龍の本能に引きずられそうな意識を引きずる様に、体を前へ、前へと向かって進んで行く。もはや寒さも、痛みもほとんど通じない肉体になった。そしてそれが心を蝕んでいる。本能を蝕んでいる。

 

 それでも前へ。

 

 俺が《俺》である間に、

 

 彼女を―――殺す為に。




 限界を超えて成し遂げた所で報われる訳でもない。

 花畑がそのままな理由はとてもシンプル。メッフィーもその頃を忘れられないから。故に手つかず、触れられないままに。それはそれとしてクソトカゲ本当にお前。

 という訳で次回、霊峰で眠り姫に。


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5年目 冬季 《眠り姫》

 初めて、彼女を殺さなきゃ、と明確に意識し出したのはアオアシラを殺した後だった。アオアシラ師匠を殺した時、その喪失感の中で、理解したのだ。これがこれから、他の守護竜達が辿る結末なのだ、と。彼女もまた、古代から残る存在―――メフィストフェレスを殺す為だけに生み出され、そしてその役割を果たす為に生き続ける存在。だから最終的には、同じ末路を迎える。

 

 だから、俺が殺さないとならない。

 

 そうする為だけに、ずっと頑張って来た。彼女は重度の寂しがりやで、ずっと、此方を見ていた。それが唯一の娯楽で、それが彼女に許された唯一の自由だったからだ。そしてだからこそ、彼女は手を出してはいけない所で、手を出して助けてしまう。それがミラバルカンの思惑通りであると理解しながら。だからこそ……だからこそ、彼女はあまりにも憐れだった。彼女の生まれから死の全てが、誰かの、他人の都合によって生み出され、継続していた。

 

 だからこそ解放()してあげなきゃならない。

 

 その感情と想いが胸の中でぐるぐる回り続ける。それぐらいしか、自分がこの楽園で出来る事はなさそうだった。最初から、いずれはこの狂竜症に呑み込まれる事は解っていた。だって、どこまで頑張った所で、自分は人間だ。この世界の人間ではない。奇跡によってなんとか、リセットされる事になった。だけど結局のところ、肉体改造によって薬等が通じる様になっていたのだ。

 

 その匙加減が狂竜ウィルス次第であれば?

 

 薬が通じないように肉体が改造されていれば?

 

 感染した時点で、デッドエンドだったのだ。どう足掻いても。最初からこの結末は見えていた。守護竜を殺し、殺し、裏切り、そして殲滅した。その果てで少しずつ、《悪魔》の事を理解する様になってきていた。殺せば殺す程、《悪魔》の事が解ってくる。心臓を掴まれるその感覚を通して、理解する事が出来る。それを通して、ミラバルカンの思惑は大体、察していた。

 

 殺すだけ、《悪魔》に近づいて行く。これはそういう儀式だった。狂竜ウィルスによる感染と肉体改造、それを使って肉体を龍化させて行きながら、怨念と憎しみと、そして殺意を再演する。そうする事で意図的な変異と、環境に合わせた進化を与える。そうする事で第二の《悪魔》を生み出そうとしていた。

 

 直接言われなくても、その言動の端や行動からミラバルカンの思惑は透けて見える。そしてそれをミラバルカンは隠すような事はしなかった。奴もそれは、別に気付かれても問題のない事だと解っていたからだ。そしてアイツは、そういう部分では実に正しかった。実際に、後戻りはできない事だと最初から気付いていた。狂竜症に感染してしまった時点で、他に選択肢はなかったのだ、俺には。精神力で抑え込んでおくのにも、限界がある。

 

 精神力で抑え込んでも、正気を保てるのはどれぐらいだ?

 

 たぶん、五年ぐらいで限界が来る。個人的にはそこら辺が自分の器だと思っている。だから踏み出す必要があった。そして踏み出したら、もはや止まる事は出来なかった。殺したという事実から、逃げられる程心が弱くなかった。だから殺して進み、ミラバルカンの狙った、新たな悪魔の誕生の道を進んで行く必要があった。

 

 解っていながら逃げる事は出来なかった。それに立ち向かうしか自分には許せなかった。それ以外の選択肢は存在する様で、存在していなかった。この楽園からは逃げられない。そして、思うのだ。こうやって俺はこの楽園に呼び出されたのだ、■■■■人目として。きっと、そこには何か、意味がある筈なのだ。

 

 だとしたら、俺はそれを果たすべきなのだ。

 

 それがきっと、選んだ人間としての責任だ。

 

 だから踏み出した。ティガレックスの死骸を背後に。絶対に蘇生出来ないように四肢と首を解体し、その上で骨で大地に縫い付けて、心臓を抉り抜いて内臓を引き抜いた。完全な殺害を行った状態で死骸を放置して、霊峰へと向けて歩き出した。

 

 体が重い。

 

 寒さも、暑さも全く感じない体になった。ゴーグルもマスクも肥大化した肉体に合わせて千切れて雪の中に落ちた。ぎりぎり、インナーだけが伸縮性が高かったので体に張り付くような形で残っている。これはちょっと、頑張って用意して貰ったアイルー達に悪いなぁ、と思いながら重くなった体を引きずる。

 

 剣を口で咥えながら、歩く。体は重くなった。背中にあった翼はバランスが崩れる上に邪魔なので、千切って捨てた。だが今度は尻尾が生えていた。こいつは……大きくなった体、そのバランスを取るのに地味に便利だった。だからそれを使って不慣れな変異した肉体を支えて、霊峰へと向けて吹雪の中を進んで行く。

 

 分厚い暗雲の中に雪山は突っ込み、視界内の世界は完全に闇の中に閉ざされた。酸素は極端に薄くなり、息苦しささえも覚える。だが環境に適応する様に、そして生き残る為に、歯止めが利かなくなった狂竜ウィルスが、限界を超えて肉体を改造し続ける。片手剣に詰まっている、圧縮された怨念が体の中に注ぎ込まれ、それが狂竜ウィルスと反応している。

 

 片手剣も、狂竜ウィルスも、元が神殿遺跡で発掘されたものだ。相性がいいのだろう、混ざり合うように肉体に根付き、それが龍になる肉体を改造し続ける。一歩進むごとに人の姿を少しずつ失い、龍となりながら理性を溶かして行く。人間という意識を蒸発させようと殺しに来る。それを残された精神力の全てで抵抗する。少なくとも、まだ龍に堕ちるつもりはない。

 

 あの子を、彼女を、《眠り姫》を殺すまではまだ、心が人のままでないと駄目だ。だから抵抗する。誇りも矜持も投げ捨てた。それでも心だけは売り渡さない。こいつだけは自分の最後のものだ。

 

 どれだけこの世界で不条理に犯されようとも、

 

 それでも、これだけは俺が俺である、という証であるが故に。

 

 絶対に、渡せない。

 

 だから変異は見過ごす。歩いて行く、暗雲の中を。吹雪が雪だけではなく、雪山の中で凍り付いた雹を肉体に叩きつけ、それが時折、体を刻んでくる。だがティガレックスを食らい、その生命力の一部を取り込んだ体は、今まで以上に命に溢れていた。傷つく体を再生し、更に経験に基づく様に最適化して、新たな龍を生み出そうとしてくる。

 

 竜と龍を殺す為の龍になろうとする。それを放置し、先へと進んで行く。重く感じられた肉体は筋肉と骨格系がしっかりと整ってくると、段々と苦に感じられなくなってきた。足から背骨への流れがしっかりとしてきた証だった。生まれたての赤ん坊の状態だった龍としての肉体が、更に進む変異によってちゃんとした形を戦闘経験に合わせて最適化された事の証でもあった。

 

 また一歩、人から竜から踏み出した。

 

 それでも歩む事を止めない。踏み出し、遥かに大きくなった足で雪の中に跡を刻む。だがそれも、前に進めばやがて、降り注ぐ豪雪の中に消えて行く。それをまるで、自分の人生だと思った。

 

 果たして、頑張る事にどれだけの意味があるのだろうか?

 

 頑張って頑張って、果たしてそれがどれだけの成果を生み出すのだろうか? 知らない誰かの記憶に自分は残れるのか? 歴史に名を残すのか? そんな事はない。誰の記憶にも、あと10年もすれば残らないだろう。ここだけの話じゃない。地球でもそうだ。どれだけ頑張ったとしても、人が一人、ずっと記憶に残るのは難しい。単純な話、人は忘れて生きるのが楽だから、それを選ぶのだ。

 

 自分もそうだ、地球での人生の大半を既に忘れてしまっている。単純にそれが必要だったから、と切り捨てるのは俺の心が弱かっただけの話になる。だけどそうやって切り捨てたのに、誰かの心の中に残りたい、と願うのは女々しいのだろうか?

 

 忘れられたくはない、と思ってしまうのは間違った事なのだろうか?

 

 それが間違い、であるとは思いたくはなかった。格好つける事が間違いではないと思いたい。だから、足は動く。心はまだ死んでいない。限界を超えた狂竜ウィルスと、そして古代から続く怨念。それに抗うだけの力を失いつつも、屈服する事だけはなかった。最後の一線で自分の心を守り続ける事が出来た。

 

 だがそれさえも狂竜ウィルスは利用しようとする。究極の龍殺しを生み出す為に、精神性の強さを盛り込もうとする。狂竜ウィルスは―――長い年月の果てに、弱体化していた。だが自分が感染したこれは、龍と竜を殺す為の初期型。平和な世の中になる前の、退化する前のウィルス。故に邪悪さは現代の、ゴア・マガラを生み出すだけのそれよりも、はるかに極悪である様に感じられた。

 

 心がそれだけ強いのなら、利用すればいい。

 

 普通であれば発狂し、その上で意識を失って死に続けるような痛みや改造でも、堪えられる心なのだから、利用してしまえばいい。そう判断するかのように全身に激痛が走る。脳味噌に直接糸を繋げてバイオリンで演奏を始める様な激痛が脳内を駆け巡り、そして神経を全て剥き出しにした上で燃やすような、電流を流し込んで痛みだけを増幅させたような苦痛を感じる。その上で心に怨念が、憎悪を押し込もうとして来る。

 

 間違いない、このウィルスを作った人間は邪悪だ。ド畜生だ。死んで当然のクソだ。

 

 だけど恨む事は出来ない。もし、恨むものがあるとすれば……それは、これを生み出すことになった時代、そのものだろう。こうやって、龍に堕ちる身で、この世界で暮らし、全力で生きて解った事がある。罪とか罰とか、そういう事を考える事、そのものが馬鹿々々しいのだという話だ。生きていれば誰だって罪の一つや二つを犯す。

 

 だけどそれは生きる為なのだ。

 

 生きる事その事自体に罪はあるのだろうか? ネタで誕生罪、なんて言葉もある。だけどまるで笑えない。生まれた事実そのものが害悪で、そして誰も幸せに存在しない事であっても、生まれる事を誰が否定出来るのか。

 

 命に、生きるという行いそのものは純粋だと思う。

 

 そこに善も悪もない。

 

 故に―――命に、()()()()()()()()()()のだと思う。

 

 段々と、暗雲の切れ間が見えて来た。豪雪が少しずつ、少しずつ、減っていく。体を殴打する様に降り注いでいた雹は、人間のままここに突入していれば相当大怪我をしていたレベルだった。だが龍の肉体を得た今ではその程度で怪我をする事はない。逆に傷つく肉体を超再生する事で、狂竜ウィルスが肉体を更に強靭に、怪物的にするために利用するぐらいだった。故に肉体の変異は留まらない。少しずつ、少しずつ前へと進むたびに、人の形を忘れて行く。

 

 翼を失い、両腕は前足の様な鉤爪に、足は更に太く、全身を支える為に、尻尾でバランスを取り、甲殻と鱗で肉体を守る。顔も、頭も、完全に人の姿を失った異形になる。龍。そういう存在に堕ちる。それを自覚していた。だけど口に咥えるちっぽけな片手剣を放さず、そのまま、雪の中に深い足跡を残しながら進んで行く。

 

 そして漸く、それを抜けた。

 

 暗雲を抜けた先で、光が降り注いできた。どこよりも太陽の光を近くに感じた。だがそれだけではない。一気に空間はあり得ない程に冷え込み、そして美しいオーロラが空にかかるのが見えた。黒い睡蓮が暗雲を抜けた先では咲き誇り、そしてまるで春を思わせるような光景が広がっていた。

 

 自然的にはあり得ない景色だった。育つ環境がでたらめすぎる。そも、自然界に黒い睡蓮なんて存在していない。なのにここには光の粒子が舞い、そして黒い睡蓮が咲き誇る花畑が広がっていた。黒曜石の石柱が存在し、ここだけ、神殿遺跡と同じレベルで綺麗に道が残されていた。

 

 時代の破壊から、取り残されたように。

 

 石柱には龍と人が共に生きる絵が刻まれていた。

 

 まだ、人と龍が一緒だった時代―――その時の遺物、残滓、或いは残響。残されたものがここにはあった。触れてしまえば壊れてしまいそうなそれに視線だけを向け、背後から聞こえる豪雪の音を置き去りにし、前へと進む。

 

 黒曜石のタイル道。その上を歩いて進んで行く。黒い睡蓮の育つ花畑、その中央を抜ける様に道が上へと向かって進んで行く。その中央を進んで行く。

 

 上へと進んで行く道はやがて、緩やかな物へと変わり、完全に旅路の終わりへと到達する。

 

 霊峰の頂点は切り開かれたかのような、テーブル状になっていた。そこに建造物はなく、広がっているのは黒い睡蓮の花畑だけだった。霊峰を抜ける優しい風が睡蓮の花びらを持ち上げ、それを風に乗せて麓へと運んで行く。地上の楽園の様にも思える場所、花畑の奥に、

 

 彼女の姿はあった。

 

 夢で見たように、彼女は人の姿をしていた。ただし、その頭の両側からは彼女が人ではない事を象徴する様に角が上へと向けて、曲がって生えていた。服を一糸も纏わない姿もそのまま、黒い睡蓮の花びらが宙を舞うのに合わせ、彼女の蒼と白に染まるグラデーションの髪も、ふわりと舞っては揺れていた。生活するには余りにも長すぎるその髪は彼女が文明に関わらない野生を表すようでありながら、その姿には気品と高貴さを感じられた。或いはそれは、彼女の内面から来るものなのかもしれない。

 

 姿は子供の様に幼く、それに不釣り合いな肉体の発達をしている。或いはそれも、彼女の経歴を表すものなのかもしれない。生まれて、封じられ、長年何者とも触れる事無く封じ込められ―――幼さと時を混ぜ込んだような、そんな姿を彼女はしていた。

 

 そんな彼女はどこか、

 

「あぁ―――来たか」

 

 安心した様な、―――の様な、表情を、声を零した。その姿に、言葉を届けたかった。だが、喉も、酷く変異している。ちゃんと言葉を出せるかが、解らなかった。それに恐らく、言葉を吐こうとすれば、それがたぶん、最後の言葉になる。それでおそらくは自分はもう、意識を保ってはいられない。だから言葉と共に、

 

 彼女を殺す必要がある。

 

 細胞が、ウィルスが、怨念が、彼女の血肉を食らえと叫んでいる。それが最後のピースだ。それを食らい、毒を手に入れる。それで属性エネルギーに囚われない、龍殺しの完成になる。故に犯す様に食らいつくせ。そう叫んでいる意思を抑え込みながら、自分の最後の気力を振り絞る。

 

 殺すのに必要なのは一つの動作だけだ。

 

 言葉と共に、それを行う。

 

 口から剣を手放し、落ちて来たそれを掴む。そして前へと踏み出した。酷く、重い一歩を。活性化するウィルスを、細胞を、殺意を自分の最後の精神力でねじ伏せながら一歩、また一歩と睡蓮の花びらを宙に舞わせながら踏み出して近づいて行く。その光景を前に、

 

 彼女は一歩も動かない。

 

 それを待ち望む様に彼女は立っていた。姿を龍へと変える事もせずに、()()()()()()()()()()姿()()()()待っている。彼女は逃げないし、避けもしない。おそらくは知っている。ミラバルカンが何を望んでいるのか。そしておそらくは彼女は、人工的に生み出されたが故に、完全な古龍でもない。だから殺しても蘇らない。死は終わりを意味する。彼女にとっては。

 

 それでも彼女はその死を受け止める準備を終わらせていた。

 

 故に一歩も、彼女は結末から逃げようとはしない。

 

 そしてまた一歩、あの夢の時の様に重い体を引きずる様に踏み出した。変形した腕でだらりと剣を握りながら近づき、その範囲に少しずつ、近づいて行く。

 

「そうだ、あと少しだ。ここに居るぞ」

 

 途切れそうな意識を繋げるように彼女の声が道を教えてくれる。紫色に染まる視界の中で、睡蓮と彼女の色だけは、綺麗に見えた。或いはそれが心の中で繋がっていた事による恩恵なのかもしれない。だとすればよかった―――この綺麗な色が最後に見れる色で。この狂竜ウィルスの紫色は見ていて滅入る色なのだ。これを自分が覚えている、最後の色にするなんて嫌に決まっている。

 

 だからその綺麗な色を目指して踏み出す。

 

 元々彼女の体は、小さい。それに対して此方は大人で、更に龍化によって体が肥大化している。近づけばその身長差に、生物の違いを感じさせるものがある。そのまま、倒れ込めば押し潰せそうな、そんな気さえする。だから近づき、そして彼女の前に到達した。

 

 見下ろすように、その姿の前に。

 

「良くここまで来た。貴様は……いや、お前は本当に良く頑張った。本当に……良く、乗り越えてくれた」

 

 見上げる様にその言葉を放ってきた。本当に、誇らしそうに彼女はそう言った。ずっと見ていたのだ。彼女は知っている。ここでの暮らし始め、そしてここでの苦しみを。どれだけ、心の中で戦ってきたのかを。

 

「さあ―――私を喰らえ」

 

 だからこそ彼女はそう言えてしまった。人に生み出され、人に利用される為に生かされてしまった彼女は。殺さなければ、その苦しみと束縛から、彼女を解放する事が出来ない。

 

 殺さなければ救われない子だった。

 

 だから剣を握り締めた。彼女が運命を受け入れる様に、目を瞑った。その姿に向かって一歩踏み込んだ。

 

 ここに来る為の、目的を果たす為に。

 

 成すべき事を成す。

 

「―――」

 

 睡蓮の花びらが動きに合わせて舞い上がった。風に乗って、それが遠くの地へと運ばれて行く。少しだけ花畑を台無しにしながらも、その動きは一つの結果を生み出した。自分の意思の全てを総動員し、狂竜症と怨念を排除した。

 

 そうやって、

 

 ―――剣を捨てて彼女を抱きしめた。

 

「―――え……?」

 

 膝をつき、体を下ろす様に彼女に合わせ、腕を回し、その姿を正面から抱き寄せた。鱗と甲殻で覆われた両腕と体。その向こう側からは、彼女の体の感触を感じられない。ちょっとだけ、硬く苦しい体かもしれないが、こうする事の想いが伝わる事を祈りながら呆けるその姿を抱きしめたまま、最後の気力で言葉を放った。

 

(Alma)

 

 君にはそれがある。助け、愉しみ、苦しみ、共感し、そして誇ってくれた。それだけの心がある君にはきっと……いや、絶対にそれが存在する。古代人によって生み出され、役割を持つとか、そういう事情とか、色々とあるのかもしれない。

 

 それは、俺では理解できないほどに大事な事なのかもしれない。

 

 だけど、自分にはこう感じられたのだ。

 

 ―――寂しそう、だと。

 

 知っている人がもういない。助けてくれる人がいない。兄弟とも呼べる龍もいない。ずっと、誰もいない所で一人だけだった。助けてくれる存在もどこにもいない。ただ解放され、そして使命と役割を果たす為だけに生きる。

 

 その姿が、寂しそうに見えた。

 

 だから伝えたい。そんな風に寂しそうになるのであれば、きっと君には魂があるのだろう。人造の龍ではあるが、それでも長い年月を経て、君は確実にそれを宿した。だから君は生きているのだ。

 

 助けられたのだ。

 

 だったら助け返すのが男という生き物だ。

 

 この為に、頑張って来た。他の全てを切って捨てて、守護竜も殺して。いや……たぶん、俺は不器用だから気付かれていたのかもしれない。皆には。だからこそ手伝ってくれたのかもしれない。

 

 だからこの抱きしめる感触で少しでも暖かさが伝わり、心を救ってくれれば嬉しい。

 

 そしてそれと共に、最後の言葉を贈る。

 

「君は―――愛されてもいいんだ」

 

 体力、気力、精神力、その全てを吐き出して、殺意の全てを抑え込んで言葉を口にした。流暢に、人の言葉で伝える事が出来た。腕の中にある小さな感触を、余り感じられないのが残念だ。

 

 そう思いながら限界はやって来た。少し、言葉足らずだったかもしれないと今更ながら思うが、まぁ、しょうがない。

 

 今度こそ奇跡はあり得ない。もう既にそれは重ねて来たのだから。

 

 だから意識は完全に狂竜症に飲み込まれた。

 

 ―――究極の龍殺しの龍を生み出す為に。

 

 そして自分に残された意識の全てが、紫色に染まった。




 愛でその縛鎖を殺す。

 やりたい事を考えた結果、一番悩みつつも結論を出したのがこれ。楽園に居る間は絶対に戦うし、狂竜症が完治するとは思えない。だとしたら一つ、絶対にやって良かった! そう思える事をしよう。記憶に残る様な、忘れられない事を一つだけしよう、という事を決めていた。

 それがこれだった。エゴイズムマシマシじゃない? 自分勝手すぎない? 相手の事を考えなさすぎではないのか? と季節を超えて大いに悩みつつも、最終的にはきっと、彼女だけでは見えていない事もあると思い決行。

 君は愛されてもいいんだ。それはつまり、自由に生きてもいいんだよ、という意味でもある。男は恰好付けないと死んでしまう生き物故に。


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■年目 ■季 ■

 肉体の主。

 

 即ちサバイバーと自分を名乗る男の意識が狂竜ウィルスに呑み込まれた瞬間、その変異し続ける肉体は今度こそ、完全に狂竜ウィルスを通して顕現するマガラの意思とでも呼ぶべき存在にその制御を奪われた。その瞬間から、完全に肉体の主導権は変化した。これまではずっと、驚異的、或いは異常とも表現できる精神力によって押さえつけられ、尚且つ補助があったために抑え込めていたマガラの意思が完全に肉体の支配を得る事に成功した。

 

 そして、マガラの意思がその肉体を得た事で一番最初に実行したのは、とても簡単な事だった。

 

 即ち、パーツを満たす。自分を龍殺しの龍を殺す為の兵器として完成させる為に必要な最後のパーツにしてピース、即ちエネルギーに頼らない絶対的殺害方法を取得する為の存在を喰らい、取り込む必要があった。

 

 故に抱きしめたまま、圧殺する為に両腕に力を込めた。握り潰し、その肉を咀嚼する。そして取り込んだうえで壊毒の概念を自分の体の中に取り入れる。そうする事で最強の剣を手に入れる事が出来る。その為に生み出され、育ち、そして今、その目的を果たす事が完了する。

 

 する筈―――だった。

 

 マガラの意思が確認するその手の中には、肉を潰す感触がなかった。故に腕を開き、そこから最後のピースの姿が欠けているのを可視した。その姿は潰される寸前に下へと擦り抜け、そして入り口の方へと素早く横を抜けて回避していた。マガラの意思が届く範囲から逃れる様に。それをマガラの意思は理解出来なかった。相手は死を望んでいた筈だった。そしてその為にここで待っている筈だった。故にマガラの意思はそれに疑問を覚えた。

 

 だがそれ以上に最後のピースが、

 

 《眠り姫》ドゥレムディラが―――彼女が一番、困惑していた。

 

「……何故、回避した……?」

 

 それを呟きながら、ドゥレムディラは呆けていた。おかしい、と。彼女自身、それが己の役割だと認めていた。《悪魔》メフィストフェレスを殺す為に生まれて来たのが彼女という存在だった。彼女の父がそう定義したのだ。つまりそれが彼女の生きる理由であり、原初のインプットだった。故に彼女はそれだけを目的に今まで、生きて来た。それだけが彼女の生存、存在理由だった。その重要性を彼女は理解していた。そして同時に、その意味も理解していた。

 

 だから死ぬべきだった。食われ、壊毒を継承させる。そうする事で究極の龍殺しが生まれてくるだろう。サバイバーの剣術を継承し、体操作能力を最大限にまで適応、最適化した龍。その上で再生機能を破壊する毒を入手する。エネルギーによらない戦闘手段を主体とした、絶対的な近接能力と殺傷能力の組み合わせ。完全な龍殺しの龍だった。

 

 龍の生命力で遠距離や属性を乗り越え、接近で確実に殺す。龍にとっての新たな悪夢の誕生になるだろう―――それが見えているのに、

 

「私は……何故……?」

 

 それに困惑する様に、己の両手をドゥレムディラは見た。彼女の中に、死に対する恐怖はなかった。何時でも死ねる。その為に生きて来た。その為に生み出されたのだから、当然ながらそこに一切の恐怖は存在しなかった。だが咄嗟に、彼女が感じたものは死にたくはない、という想いだった。それは不思議な感覚だった。彼女には言い知れない感覚が胸の中に広がっていた。死への恐怖はない。

 

 なのに死にたくはない、という気持ちが胸にあった。

 

 その矛盾に、どうしようもないエラーを起こしていた。

 

 だがその中で、答えの一端を掴む事に成功する。ドゥレムディラが思い出すのは抱きしめられた時に感じた、温かさだった。それは彼女の記憶の中、遠い昔の記憶にあるものと合致する。まだまだ彼女が製造されたばかりの頃、完成を計算のみで把握していたころの事だった。

 

 それと同じ温かみを、彼女は彼女の父から受けた。

 

 父―――つまりは、彼女を生み出した人だ。彼が向けた視線、声、そして言葉。それを思い出し、そして大地に生きる生物たちの営みを思い出した。彼女が封じられていた数千年の間、そこで生まれ育った生物たちの暮らしを見て、彼女が感じた事を思い出し、そして少し前まで肌で感じたものを理解した。

 

「そうか―――これが愛なのか」

 

 その概念をドゥレムディラは初めて、その生の中で実感した。愛という概念は、彼女には遠すぎた。それを一番最初に注いだ親達の頃は、まだまだ意識が薄弱で、彼女が何かを理解するには若すぎた。その後の生活はひたすら封じられた状態で覗き見るだけであり、誰かに何かを教わるという事もなかった。彼女は正真正銘の箱入り龍娘だった。歳だけを重ねて、中身はまるで成長していなかった。ただ役割と、成すべき事。それだけが先行入力されてずっと、残されているだけだった。それだけが彼女の知っている価値観だったのだ。

 

 だがそこに異物が混入した。

 

 たった一度の抱擁だった。彼女には知識があった。知恵があった。だが経験はまるで、何もなかった。知っているようで何も知らない、白痴の娘だった。だがそれが今、本当の意味で世界に触れた。彼女は今まで、誰に触れる事も出来ない孤高の華だった。だがそれがついに穢された。僅かながらの勇気と、愛の色によってその花弁が僅かに、僅かにだが彩られた。

 

 だがそれは、白紙のキャンバス。

 

 そのフレームの外側へと絵を広げる行いだった。

 

「そうか、これが愛だったんだな―――私は愛されていたのだな」

 

 その概念を咀嚼する様に漸く、ドゥレムディラは理解した。数千年を超えて漸く、愛されていた。その言葉の意味と概念を理解した。それは僅かな抱擁、その愛という行動をその身で実感するからこそ、漸く自覚に至る事だった。毒と絶氷の龍、ドゥレムディラ。どんな生物も彼女に触れる事は出来ない。愛を伝える事は出来ない。

 

 その身が破滅でもしない限りは。だがそれが成立してしまった。そしてドゥレムディラはそれを理解した。彼女は愛されていた。愛され、そして望まれて生まれたのだ。その上で滅ぶ事を苦しみながら願われた。その言葉と想いは、彼女の中で繋がった。

 

 数千年を超えた心の雪解けだった。

 

 そしてその一切合切を無視し、蹂躙する様にマガラの意思の剣が振り抜かれた。

 

 変異に変異を重ねた肉体は既に10メートルを超え、今もなお巨大化し続ける異形の龍の姿へと変貌していた。両腕は人間よりも太く、そしてその両腕には()()()()()()()()()()()()()()()があった。既に傷口も骨自体も、超再生能力を駆使して回復しつつあった。喰らったティガレックスから獲得し、学習したそれを通し、もはや未完成でありながらも生物兵器と呼ぶには相応しいだけの異常さをマガラの意思は兼ね備えていた。

 

 故に骨刀で殺す様に薙ぎ払った。鋭く、最短の速度で最適化された()()でドゥレムディラを殺しに行く。回避すればそのまま二の撃で首を断つ動き。音速を超えた刃は正しく、龍のリミッターが存在しない肉体だからこそ放てる人類の限界なんて蹴り飛ばした必殺の一撃。

 

 それをドゥレムディラが蹴りながら跳躍し、相殺する様に受け流した。

 

()()を見続けたのは貴様だけではないぞ」

 

 ()()()()様にその言葉を放ったドゥレムディラの足から血が僅かに流れる。それが完全には受け流しきれず、発生した切り傷であるのをスペックから理解した。単純な接近戦であれば、このまま成長すれば龍種の中でも飛び切り最上位格の存在になりうる可能性をその時点でドゥレムディラは感じ取り―――自分の言動と動きを理解した。

 

 また同時に、化身体(アバター)を捨てるように、本来の龍としての姿を取ろうとする自分自身の反応にも僅かながら、首を傾げた。これはおかしい、と感じる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。纏わりつく冷気と溢れ出す壊毒。それがドゥレムディラの周りを舞い始め、成程、とドゥレムディラは気が付いた。

 

「私はあの男だからこそ全てを認めていたのだな」

 

 それはある意味、愛の告白だった。まだ、目覚めたばかり。まだ、その心は少女のそれと言ってもいい。彼女自身がその愛に自覚しているかどうかは―――別の話だった。だがドゥレムディラは自身が不機嫌である事に気付いた。ここ数年間、自分が常に視線で追い続けていたお気に入りの存在が、こんな醜い怪物ごときになってしまった事が、酷く気に入らなかった。

 

 再び取り戻し、今度はもうちょっと長く抱きしめて欲しいと、思った。

 

 完全に歯車が狂った。

 

 一つの勇気、そして愛が生んだボタンの掛け違いだった。だがそれは一人の少女とも呼べる龍を白痴の世界から救いだした。

 

 それが、決定的に流れを変えた。

 

「成程……()()()()()()()

 

 それは恐らく初めて、ドゥレムディラが明確に自分自身の感情を言葉にした瞬間だった。その言葉と共に体は人の輪郭を失い、四足のドス骨格と呼ばれる龍の姿を取り、とある世界にて《天廊の番人》と呼ばれ、そして恐怖される絶対蹂躙の覇者の姿を取り戻す。戦う為、殺戮を行う為、蹂躙を行う為の姿。

 

 それは戦意を示す姿だった。それを見て、マガラの意思は更に困惑する。何故、ドゥレムディラは抗うのだろうか。彼女は元々死ぬつもりではなかったのか、と。そんな疑問がその口から、異音の鳴き声として漏れ出す。

 

―――?

 

「あぁ、元は死んでやるつもりだった。それが父の願いであり、私の存在理由だからだ。だがそれは貴様の為ではない。あのクソトカゲと呼ばれる龍の為でもない。私が覚えもしていないこの楽園の為でもない―――誰でもない、あの男が生きる事を諦めなかったからだ。その姿を見て、あの男になら殺されても満足できると思った」

 

 なのにこれはなんだ、とドゥレムディラは龍の姿となり、龍言語で語る。

 

「貴様の様な汚物にくれてやる命等ない。あの男を返せ」

 

―――?

 

 その言葉をドゥレムディラは納得しながら吐き出し、マガラの意思は首を傾げた。根本的にそれが一切理解出来なかった―――そしてその必要もない、と理解した。なぜならその意思は龍根絶の意思であり、どうせ目の前の龍も、遠くにいる龍も、その全てを殺し尽くすのが目的なのだから、深く考える必要はない。

 

 全部、殺し尽くせばいい。

 

 シンプルな思考だった。

 

「汚物め。彼を吐き出せ」

 

―――

 

 互いに会話にすらならない言葉を吐き出して―――激突が次の瞬間始まる。一瞬で黒睡蓮の花畑を覆う絶氷の氷と壊毒に対して、体から引き抜いた骨を飛び上がりながら投擲し、ドゥレムディラへと向かってマガラがそれを投げ飛ばした。迷わずぶつかる事をせず、回避し、大地に突き刺さった骨の上に着地したマガラを狙って、壊毒のメテオが頭上から落ちる様に叩きつけられる。

 

 それを翼があった場所から新たな腕を二本生やし、それと共に骨刀を引き抜いて頭上の攻撃を斬り払って完全に受け流した。その技術は間違いなく完全にサバイバーから吸収継承したものだった。続いて発生する氷結現象をシバリングと合わせ、斬咆哮を織り交ぜる事で散らし、足場を確保しながら一瞬でドゥレムディラを殺す為に踏み込んで美しい斬閃を描く。

 

 それがどうしても、ドゥレムディラの逆鱗に触れる。

 

 咆哮と共に絶氷が刃となって足元に出現し、壁と剣の役割を同時に果たしながら、空間そのものを氷結、凍結させるように一瞬で冷凍圧縮する。それを飛び越える様に四本腕のマガラが回避しながら、斬撃を重ねてくるのを大きくアクションを取る事でドゥレムディラが回避する。

 

 天上から彼女の怒りを具現する様に壊毒のメテオが雨の様に降り注ぎ始める。

 

 花畑の周囲を氷が壁の様に、ドームを形成し始め、逃げ場を潰す。そのまま、一気に空間内の温度を絶対零度の領域にまで落として行く。空は黒と紫色に染まり、氷の結晶が空間を舞うように満たす。

 

 それは絶対に逃がさない為の結界だった。同時に初めてドゥレムディラが見せる執着という概念でもあった。知ってしまった以上は、もう二度と白痴だった頃には戻れなかった。ドゥレムディラは人間の手によって、男の手によって知恵の果実を与えられてしまった。それ故に、彼女は己の道を定めた。

 

「吐き出せ。奴を」

 

 それが今―――彼女の世界の中心に現れたものだったからだ。

 

 故にドゥレムディラは絶対に逃がさず、氷漬けにして、完全に呑まれた本来の主を取り戻す為に殺意と機能の全てを解放する。それに対応する様に、食い殺す為だけに新たなマガラが骨刀を握りながら動きを作り出す。

 

 オーロラと、紫と黒く濁った太陽の光が差し込む黒睡蓮の花畑の中で、

 

 自然に生み出されなかった龍の激突が始まる。

 

 

 

 

『おーい、おっきろー』

 

「ヴぉあ!? おぁ……? あー……?」

 

 目が覚めた。装着したボイスチャット用のヘッドセットから友人の声が聞こえる。涎が垂れていた口の端を拭いながら、滅茶苦茶な文字が入力されている自分のPCのスクリーンを見て、キーボードを見た。あ、ちょっと涎が垂れてる。シャツで拭けばいいか、とシャツの端で軽くキーボードを拭きつつ、ヘッドセットのマイクを近づけた。

 

「ごめんごめん、寝落ちしてた」

 

『やけに静かだと思ったわ……』

 

「すまんすまん」

 

 幸い、狩猟中じゃなかった。スクリーンを見ればマイハウスで資料でも漁ってたのか、モンスター図鑑の頁が開きっぱなしの状態になっていた。それを閉じながらコントローラを握って、アバターをマイハウス内で軽く走り回らせる。意味もなくその場くるくる回転させて、遊んでみる。

 

 何故か妙に懐かしく感じた。なんでだろう。

 

「ふぁーあ……」

 

『眠そうだな……もう今夜は落ちるかぁ?』

 

「そうする。結構面白い夢見れたし、その続きを見る為に眠るのも悪くなさそうだ」

 

 眠気に気付いてしまえば、欠伸が口の中から漏れる。あー、駄目だ、このまま遊んでいても凡ミスしそうだ。これで三乙しようものならブラックリスト入りだ。迷惑をかける前にゲームを終了させてしまおう。ログアウトプロセスを起動させつつ、ボイスチャットを続ける。

 

『へぇ、どんな夢だったんだよ?』

 

「いや、良くあるトリップ系の夢だよ。モンハン世界へ。そこで未開拓地に放り込まれてさぁ、サバイバルしつつ強くなるって話よ―――この俺がな!」

 

『ご都合主義乙。一般地球人だったら一週間も経たずに死ぬに決まってんだろ』

 

「でーすーよねー」

 

 俺もそれは思った。必死だったとしてもちょっと、都合の良すぎる夢だった。まぁ、夢はどうせ、夢だ。少し都合の良い方が気持ちよく見れるもんじゃないか、とは思わなくもない。まぁ、夢だから深く考えても意味がないのだが。それはそれとして、

 

「小説サイトで漁り過ぎたかなぁ……」

 

『まぁ、暇つぶしに丁度いいしな。ランキングをスコップしようとして爆死するまでがワンセットで』

 

「もう俺にアレをスコップする気力はねぇよ。まとめサイトから発掘するの安定」

 

 スコッパ―とか言う生物は本当に度し難い。そう思いつつ再び、欠伸が口から漏れ出す。結構眠気が回ってきているのを自覚し、再度欠伸を漏らしてから、

 

「じゃあ寝るわ。お休み」

 

『あぁ―――おやすみ―――ゆっくりと眠れよ……ゆっくりとな……

 

「明日も休日だしなぁ。そんじゃな」

 

 ボイスチャットを切ってPCの電源を落とす。欠伸を漏らしながら歯を磨いたっけ? 遊ぶ前に磨いていた筈だよなぁ、と自分のパンツ一枚の姿を見て思い出し、シャットダウンが終わってから背筋を伸ばす。椅子から立ち上がり、そしてそのまま近くのベッドにダイブして、転がる。

 

 ふぅ、と息を吐き出しながら枕に頭を乗せて、地球製寝具特有の柔らかさと気持ち良さに包まれる。地球製ってなんだよ。火星製でもあるのか。

 

 何言ってんだろ。

 

 ゲームの遊び過ぎか。明日は体でも動かす事にしよう。そう思いながらベッドの上、誰にでもなく、小さく、おやすみなさい、と呟き、

 

 目を閉じた。

 

 今夜は、気持ちよく眠れそうだ。




 残して行くのは勝手だ、だが残された者はどう思う。

 という訳で変異極物理型マガラに成長。眠り姫は漸く色々と自覚する。さぁ、盛り上がってまいりました。一体どこまでがクソトカゲのシナリオのままなのか。

 次回、深淵にて。


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■年目 ■季 Ⅱ

「えーと、大学は……」

 

 思い出そうとして、首を傾げ、

 

今は休講中だった筈……だっけ? ならゲームしつつ軽く引きこもるか……いや、変な夢を見たし、コンビニで立ち読みでもするか」

 

 朝からモンハンで遊ぶというのも中々不健全だ。そう決めたらさっさと着替えて、家の外に出る。今はなぜか親が家にいない為一人で管理しているが、特に大した理由でもないのだろう、ちゃんと鍵をかけたりする事を忘れない。ただ家の掃除とかは果てしなく面倒だった。現実世界にもアイルーが欲しいなぁ、と思いつつ家の鍵をかけた所で、家の前の花壇を見た。

 

 家の前の花壇は母が家を飾る為に育てていた花が植えられている。その世話は母の日課だった筈だが、こうやってなぜか家に居ないのだから、自分が面倒を見るしかないのだろう。だから家を出る前に軽く水やりだけ済ませてしまおうと思って花壇を見た時、そこに見慣れない花が咲いている事に少し、違和感を覚えた。

 

「んー……? ―――黒い睡蓮なんてあったっけ?」

 

 花壇に植えられている花は、黒い睡蓮だった。花壇の中で大輪を咲かせ、花壇を黒く彩っていた。普通の睡蓮は白いから、黒い睡蓮は珍しいなぁ……と思いつつ、ホースに水を通して、さっさと水やりを終わらせてしまう。全く、自分で始めた花壇なのだから息子に仕事を押し付けていないで、ちゃんと最後まで面倒を見て欲しいものだ。軽く憤りつつも黒い睡蓮が濡れて、その花弁に水滴が乗るのを眺めてから、ホースに流れ込む水を止めて、

 

 家の外に出た。

 

 後ろで門が閉じる音を聞きながら、イヤホンを装着し、スマートフォンのスクリーンを操作して、お空で戦う究極の龍との戦いのBGMを流す。モンハンばっかり遊んでいると違うゲームのBGMを作業用に流したくなるよなぁ、と思う。実際、メインBGMをミュートして、その背後でいつもプレイリストを垂れ流しにしているし。

 

 しかし、なんだ、妙にスマートフォンを操作する感触が懐かしい気がする。お前、壊れていなかったっけ? と思いつつ、音楽がイヤホンを通して流れ込んでくるのを感じる。良し、今日はこいつでご機嫌だ。そう思いながら人の少ない道を歩いて、近場のコンビニへと向かう。24時間、何時でもオープンというのは暇潰しをするには丁度よい所でもある。こいつ無くしては文明生活はあり得ないよなぁ、と思いつつ、歩いて行く。

 

 今日が祝日なのかどうかはまぁ、正直考える程でもないしどうでもいいだろう

 

「……?」

 

 足を止めて、首を傾げ、頭を掻く。

 

「まぁ、いっか」

 

 再び歩き出し、人の気配の少ない住宅地を歩いて行き、抜ける。通りの方からは車の音が聞こえる。となると何かの記念日だったかなぁ、と、日付を確認するのもめんどくさく感じ、複雑な事を考えるのを止めてコンビニへと向かった。聞きなれたメロディが自動ドアが開くと流れて来るのをイヤホン越しに聞こえる。

 

「いらっしゃいませー」

 

 その言葉に反応する事もなく、立ち読みコーナーへと進んで、今週の週刊少年誌に手を出す。表紙を見てこれ、前に読んだ事のある奴じゃん……と思いながらも、このまま家に帰るのもちょっと悲しいので、このまま読む事にした。イヤホンから流れ込んでくる音量を上げつつも、少年誌に掲載される漫画を見た。

 

「……」

 

 そして頁をめくって数秒で―――飽きた。

 

「はぁ……なんか、しっくりこねぇ」

 

 それを棚に戻しながら溜息を吐く。なんか、しっくりこない。割と普段からコンビニで立ち読みして時間を潰すのには慣れていた筈なのに……何故かそれがしっくりこない。なんと言うか、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。僅かな違和感で、魚の小骨が喉に突き刺さったような感覚だ。だけどこれはどこか、おかしいという明確な違和感を与える事でもあった。

 

「というかゲーム遊ぶ気分にもなれないんだよなぁ」

 

 寧ろ……こう、体を動かす気分だった。筋トレというか、何故か、

 

 妙に―――剣を振るいたい気分だった。でも、まぁ、日本でそんな事は出来る訳もないし家に帰って寝るか

 

「……いや、まぁ、それはそうなんだけど」

 

 現代日本で剣を振るうなんて不可能だ。やっぱり寝ぼけているのだろうか? それとも夢を真に受けすぎじゃないだろうか? 一世代前の人間はゲームは悪影響! とか叫んでるし、本当に真に受けたら面白いだろうなぁ、と思う。まぁ、常識ではありえないし、不可能な事だ。考えるまでもない。

 

「考えるまでもないよなぁ」

 

 そう呟き、

 

  ―――左薬指を食い千切ってみた。

 

「っぁ―――!」

 

「お客様!?」

 

 食いちぎった途端、凄まじい激痛と共に脳の中がクリアになって行くのを感じた。あ、そうだ、これこれ、この痛みと常に隣り合わせの感覚。これだ、()()()()()()()の筈なのに、何故忘れていたのだろうか。夢なんかじゃなくて、現実として隣り合わせの痛みだった筈なのに。

 

「あー、すっきりした」

 

「あ、あの、お客様!?」

 

「あ、いや、何でもないです。ほら」

 

 指は何時の間にか繋がっていた。食い千切った時の傷は消え、新しく指がそこにある。それを見てカウンターを飛び出した店員は首を傾げながらマジック? と呟きつつカウンターの向こう側へと消えて行く。それを眺めつつ、コンビニの外へと出て行く。そしてそのまま、空を見上げた。

 

「あー……なんで気づかなかったんだこれ……」

 

 空は完全に紫色に染まっていた。赤の混じった紫色だった。片手剣の怨念、そして狂竜ウィルスに内蔵されたマガラの意思、その両方がこの中に流れ込んでいるな、と認識する。今まで半分、催眠状態だったようなものだ。それをたぶん本能と直感と狂気で目覚めたのだ。

 

 ちょっと人間止めてない? と思いつつも、欠伸を漏らす。

 

「うーむ、実に困った」

 

 一度違和感を抱き、それを突破する事に成功すれば、完全に思考がクリアになる。懐かしい様なマガラの意思の、心への干渉を感じるが、完全に意識が覚醒してしまえばそれを跳ね除ける事なんてこの数年間、試練しか経験していない人生ウルトラヘルモードに突入しているサバイバーさんには容易い。心が鍛えられていないと自殺を決行する環境だったからしょうがない。

 

「《眠り姫》ちゃんは無事かなぁ」

 

 言葉を伝えるだけ伝えて、それで自分の意識が完全にマガラの意思に呑まれたのは自覚出来た。それが古代の怨念と混ざって、龍を殺す為に活動し始めたのも知覚出来た。だが自分に解るのはそれまでだった。それ以上の事は流石に解らず、自分が何で、この日常生活を再現した様な空間に居るのかが解らなかった。

 

 いや、これが自分の記憶から再現されたものである、というのは良く解る。見える景色も、漫画の内容も、全部自分の記憶の中にあるものだ。

 

 ただ人間とか、全員能面で顔が存在しないのはそこらへん、もう俺が他の人を覚えていない事に起因するのだろう。ひたすら、見た目が気持ち悪かった。

 

「どうしたもんかなー」

 

 これが現実の世界なら剣を片手にぶち殺せば問題がない。だけどここは恐らく、自分の記憶を使って作った精神世界だ。良く漫画とかでそういう展開があるし、間違いはない。大体闇に呑まれた感覚があったから、これが内側の世界であるのはまず間違いがないのだ。問題はちょっと竜を斬り殺せる事以外は、完全に人間スペックの自分ではこういうファンタジー要素に対する対策や対処法を持ち合わせていない、ということだ。ぶっちゃけ、どうにかなるのならどうにかする。だけどその方法が見えなかった。

 

「ふぁんたじぃー」

 

 口にして呟いてみたが、何の解決にもならない。折角意識が完全覚醒したというのに、心を再び眠らせようとする事以外の干渉が一切なかった。

 

 どうやら、このまま日常の中に埋没させるつもりらしい。

 

「……まぁ、脱出方法がないからなぁ」

 

 禍々しい色の空を見上げてそんな事を呟く。悔しい話だが、現状、意識を覚醒させた所で何かが出来る訳でもない。何せ、ファンタジックでマジカルな力を自分が持っている訳でもないし。それで必殺! 精神斬り! ……とか、できる訳でもない。形としては完全にこの世界に囚われた形になるのだろうか。悔しいが割と真面目に、出来る事が何も思いつかない。

 

 大体の奇跡は起こして来た後なのだから、特に何か、出来そうな事が思いつかない。

 

 せめて、マガラ化した自分をリアルで《眠り姫》が綺麗にぶっ殺してくれればいいなぁ、程度の事しか思いつかない。なにせ、最終的に龍化する結末が見えているのであれば、可愛い子の為になって死ぬのが一番かっこいいと思うからだ。だから私は死ねないぞー! 的なノリでぶっ殺してくれたらいいなぁ、って思ってる。

 

 十分に機会には恵まれていたし、それを蹴ってこの道を選んだのは自分だ。だからここで死んでもいいや、とは思っている。やれることはやり尽くしたし。

 

「しゃーねぇ……家に帰るか……」

 

 呟きながら、コンビニを背に気持ちの悪い街を歩いて行く。

 

 これは、自分の記憶に残されたイメージから再現された、日本の、自分の住んでいる場所の景色だというのを認識する。所々ぼやけていて、フォーカスが合わないのは自分が正確に覚えていないから。人の気配を感じないのはそもそも、俺が他人を記憶していないから。両親が家に居なかったのは多分―――俺がもう、あの人たちの事をまともに覚えていないからだろう。

 

 なのにコンビニ店員の姿は覚えているのだから、日常生活って凄い。

 

 気づいてしまえばこの世界は狂気と怨念で満ちている。龍に対する憎悪が形を作ったように、どことない気持ち悪さが空気に混じっている。空はマガラの色をしている、覗き込んでみる窓の向こう側の景色は血を塗りたくったかのような赤色をしている。適度に見えないフリをしながら歩いた方が、精神衛生的には良さそうだった。

 

 だからそれらを全部スルーする。顔のない人間が通り過ぎながらこんにちわ、と挨拶して来るのを無視し、吠えてくる顔のない犬を無視して、そのまま、普通に家への道を進んで帰って行く。思えば、古代から続く数千年分の怨念と、そしてそれによって生み出された生体兵器が融合したものが作り出した箱庭なのだから、狂気で溢れていても当然だった。

 

「やぁ、怖い怖い。ホラゲー苦手なんだよなぁ」

 

 もうちょっとこれ、どうにかならないのか? そう思いながら家に帰って来た。

 

 そして前庭の花壇、

 

 黒い睡蓮が踏みにじられる様に潰され、千切れ、そして散っていた。

 

「ひっでぇ事をする奴もいるもんだ」

 

 花壇の中で散っている黒い睡蓮を見て、こいつが現実世界であの子を象徴するような形で存在する事を知っている。現実には存在しない花である。しっかりとこの世界の虚構を認識出来る様になると、ブロックされていた情報が脳から届く。

 

 その本物の脳の方は絶賛、支配され中な訳だが。

 

「は、は、は、は―――虚しい」

 

 死ぬなら苦しまずにスパっと死にたかったんだけどなぁ、と思う。何故こんな風に自分の意識は残ってしまったんだろうか、とも思う。溜息を吐きながら、ぐちゃぐちゃにされてしまった睡蓮の後片付けをしようか、と花壇の掃除を開始しようとしたところで、

 

 庭の端、影に隠れるように、一輪だけ無事な睡蓮を見つけた。

 

「……」

 

 帰ってきたら、念入りに潰された睡蓮を見つけた……それはつまり、この睡蓮は狂気と怨念とは関係のない所の存在なのだろうか? 拠点に置いた、凍り付いた睡蓮を思い出す。アレを持っていると、どことなく心が安らいでいた気がする。もしかして、この睡蓮の出自は怨念やマガラとは関係のない所なのかもしれない。

 

 そう思い、睡蓮に手を伸ばし―――触れた。

 

に……げ―――……

 

 ほとんどイメージに近い言葉だった。だが脳髄を突き抜けるような衝撃と共に、それを感じ取った。そして同時に、超直観的に自分自身の危機を予知した。鍛え上げられた反射神経がこの世界でどうやって反応するのかは解らないが、ほぼ反射的に指で睡蓮を摘み上げながら、壁を蹴って跳躍し、三角跳びの要領で後ろに忍び寄っていた気配を回避する。

 

 家の前庭に転がりながら、先ほどまで自分が居た場所を薙ぎ払った姿を見た。

 

 それは蒼い鱗に包まれた、10メートルを超える巨体を持つ存在だった。人間と比べれば遥かに大きく、そして強靭な肉体をしている存在だった。蒼い鱗に体を覆われ、鋭い爪と嘴を持ち、色鮮やかなとさかを頭に持つ、人ならざる存在だった。

 

 ―――ドスランポス、そう呼ばれる存在だった。

 

()()()()()()()()()ぞ」

 

 後ろへと滑る様に下がりながら睡蓮をベルトに入れておく。先ほど聞こえた声はもう聞こえないが、それでもこの襲撃を予告してきた。現状、これを味方と判断しつつ、見覚えのあるドスランポスの姿を見上げた。

 

 それは何年も前に、初めて狩猟した中型、大型種の存在だった。

 

 あの楽園の箱庭で生きる為に敬意をもって最初に殺したドスランポスだった。今利用している第二拠点、そこに住み着く上で必要だった場所、それを奪う為に殺した命。殺して、そして喰らって取り込んだ命だった。それが記憶にある姿そのままで出現していた。

 

「ははは……成程」

 

 剣があればまだ何とかなるのかもしれない。だが左腰には剣も、そして刀もない。片目をドスランポスへと向けたまま、素早く自分の家の前の空間をサーチし、そこにダガーサイズとも呼べるスコップが置いてあるのを見た。

 

 ドスランポスの呼吸が動の流れに入った瞬間、動きを見切って転がりながらスコップに手を伸ばす。

 

 だがそれは手に触れる直前、溶ける様に消え去った。

 

「おい、誰かこのクソゲー止めろ。今すぐデバッ―――っぉっ!」

 

 冗談を口から放つ余裕さえもなく、素早く大地を蹴り、家の門を蹴って跳躍する。身体能力は最後の瞬間と比べれば大きく下がり、通常の人間スペック程度のレベルまで落ちていた。だがそれでも、ハルドメルグによって仕込まれた身体操作術は肉体のスペックをフルで運用する事を可能にする。跳躍、回避、三角跳び、その動きを意思で完全に制御し、ドスランポスの追撃から逃れながら門を飛び越えて転がり、片膝をつくように着地する。

 

 ドスランポスが門を飛び越え、咆哮する。それに合わせて屋根の上、近くの家の窓を破り、ランポス達の姿が出現する。出現する数は12、剣があればどうにでもなる相手だろうが、

 

 武器に使えそうなものが何もない。

 

 素早く後ろへと飛び退きながら立ち上がり、気配を鋭く察知する様に感覚を伸ばし、ランポス達の気配を捉えながら奇襲警戒を行えば、

 

 ヴヴヴヴ、と聞きたくもない音が聞こえて来た。

 

 空へと視線を片目だけ向ければ、そこには人間を超えるサイズの、甲殻を纏った女王蜂の姿が見えた。しかもその背後には見覚えのあるランゴスタの群れを引き連れているのが解る。

 

「地にドスランポス、天にクイーンランゴスタ。この圧倒的にうざい組み合わせよ」

 

 迫ってくる姿に素直に殺されるか、殺されないかどうかを考える。迷いどころだ。こいつらに殺されればもう、面倒な事を考えずに居られるのだろうか? 大体やりたい事はやり終わった後だから未練はないんだよなぁ、というのは事実だった。好き勝手やって満足した結果の賢者タイムだとも言える。

 

 だけどそれはそれとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「俺にもサバイバーとしてのプライドがある。誇りがある。簡単に諦めるのは正直、どうかと思うんだよ―――なっ!」

 

 素早く飛び込んできたランポスの姿を半歩、体をズラすように回避し、すかさずその隙を狙ってきた二頭目のランポスに対して、一頭目のトサカを掴んで引っ張り、二頭目の飛びつき攻撃を一頭目の頭に直撃させ、同士討ちで即死させる。その衝撃で二頭目の動きが止まったらそのまま、一頭目が死亡したショックで大きく開いた口を二頭目の首に叩き込んで、

 

 全力で蹴り上げる。

 

 それで二頭目の首に刃の様な歯が突き刺さり、千切れる。流石ランポスだぜ、序盤の頃はお世話になったわ。そう思いながら死体を有効活用しようとする前に、その死体が溶けて消え始める。

 

「クソめ」

 

 消えて行く死体に向けて中指を付け立てながらバックステップで距離を取る。にじり寄ってくるランポスの群れと、囲もうとして来るランゴスタの群れ。最初の頃の、逃げ回っていたころを思い出す面子に涙が出そうになるが、それは後に回すとする。

 

「気に入らねぇな」

 

 呟き、死んでみるか、という選択肢を自動的に脳内から消し去る。やはりここは逃亡一択か。そう判断した所で、再び脳内に響くような言葉が見えた。

 

逃げ―――こっち―――……

 

 また、睡蓮を通して声が聞こえた。やはり、ここに怨念とマガラ以外にも何かが存在しているようだ。味方となりえる何かが。賭けるか否かを思考し、他に情報が何もないのなら、それに飛び込んだ方がいいだろう、と判断する。

 

「そんじゃ……もう少しだけ、恰好付けてみるか」

 

 呟き、ランゴスタとランポス達の気配を常に感じ取りながら、全力で逃亡する為に道路を蹴り、壁を蹴って塀の上に乗った。そのまま、声に導かれるまま、逃亡を開始する。

 

 声に、導かれるがままに。




 狩猟の記憶。

 終盤でのボスラッシュは王道で基本だよね、ってアレ。ただし武器はねぇから。もうちょい記憶封印状態でうろうろさせてもいいかなぁ、とは思いつつも、これ以上展開を伸ばして読者をやきもきさせるのもアレかと思うし。

 作者視点からすると、盛り上がる部分は変に惜しんで長引かせるように、サクサクと進行したほうが熱を引き継ぎやすく、次の展開に読者を引き込めるからあまり、悩みどころをは作らず流れへ、という感じだ。

 それはそれとして、メンタルが強固ってのもあるけど。

 次回、千年の怨執。狩猟再演。


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■年目 ■季 Ⅲ

「いやぁ、アスレチックでパルクール練習しておいて良かったわ」

 

 何がどう転じるか、解ったもんじゃない。

 

 そう言いながら壁を蹴って跳躍し、屋根の端を掴んで体を投げて、ランゴスタの翅を蹴って墜落させながら掴み、その存在そのものを武器としてランポスに投げつけて突き刺した。これでダブルダウン。翅を失ったランゴスタ程無害なものもない。殺した死体から素材を剥げないのはサバイバーとして中々苦しい部分ではあるものの、ランゴスタが武器として運用できるのは良い事だ。

 

 気分は鍵剣の勇者。近くにある道具も敵も使えるものはどんどん使って殺して行こう。派手に巻き込んで相殺しつつぶっ飛ばせばそれだけ楽に此方が動ける。本来の剣の道、最適解から外れるやり方だが―――剣がないのだからしょうがない。ランゴスタを散らしながら投げつけてダート代わりにし、ランポスを壁にしながら受け流して同士討ちにする。そうやって一匹ずつ接近しすぎた奴を処理する。

 

 逃げる事優先で。

 

 流石に自分から接近したら数の暴力で死ぬ。逃げ続ける限りは受け流して回避しながらカウンターで確実にとって殺せるので、難しくはない。だが殺しても殺しても、まるで虚空から湧いてくるように数が減らないものだった。流石の厳しさに、逃亡を最優先で住宅街の建造物を足場に、パルクールで走りながら移動する。

 

 そう言えばパルクールの配達屋のゲームもあったっけ。

 

 アレも結構派手なアクションしてたなぁ、と思い出しながら飛んできたランポスの頭を足場にしてもう一段階上へと飛ぶ。そのまま屋根を掴んで体を引き挙げる。コツはそこまで難しくはない。複数のアクションを一つの行動として見るから難しいのだ。腕を伸ばす、掴む、引っ張る、跳ぶ、転がる、着地する。それぞれのアクションを分解して管理し、その為の最適な動きを肉体にインプットすればいい。

 

 そうすれば職人の指先の様に体が動きについてくる。

 

 ハルドメルグの鍛錬様様だった。

 

 とはいえ、人間の体力は有限。余り派手に遊ぶと直ぐに限界が来る。体力のペースを維持する為にも全力で動き続けるというのは不可能な事で、いくつかのアクションを挟みながらも動きを緩め、体力の回復を小刻みに狙いつつ動き続ける必要があった。それが一気にランポスやランゴスタと距離を開ける事の出来ない理由でもあった。大体なりふり構わないデッドチェイス化すれば、体力と跳躍力に優れるランポスに簡単に追いつかれる。

 

 ならどうするのか?

 

 適度な速度を維持して、ランポスを団子状に移動させるのだ。常に進路に別のランポスが、そしてランゴスタが邪魔に入る様にする。そうすることで一直線に襲い掛かる事の出来る個体の数を制限する。屋根や塀の上を積極的に足場にするのは侵入数を制限する為の措置でもある。

 

 だから場所を選んで走っている。

 

こっち―――だ―――はや―――く!

 

「こう見えてけっこー急いでるんだよ……!」

 

 睡蓮を通して聞こえるのは男の声だった。どこか必死で、焦っていて、しかし応援するような気持が声に込められている―――頑張っている人間からすれば、非常に気持ちの良い声だった。その声には何せ、邪念の様な物を感じられない、心の底から案じる様なものを感じられるからだ。だから思わず、体に力が入ってしまう。

 

 壁を、屋根を蹴って、フェンスを越えて道路に転がる様に着地する。

 

 と、その瞬間、景色がモノクロに染まってから変わる。住宅街の景色は遊具が設置されている公園へと景色を一瞬で変化させられた。

 

「それはちょっと卑怯じゃありませんかねぇ……」

 

 言葉を放った瞬間、公園の砂場が爆発した。その下から這い出てくるように、モノブロスの頭蓋骨を背負ったダイミョウザザミが這い出てくるのが見えた。今思えばその頭蓋骨、砂漠の方から調達してきたんだろうなぁ、と思う。良くもまぁ、あんな超危険地帯に突入する気になれるわこいつ。

 

 それはそれとして、

 

「食べた事怒ってる? うぉっ、危なっ」

 

 返答の代わりに泡ビームが飛んできた。横に転がって回避しつつ木馬を蹴って、スプリングの反動を利用して跳躍、そのままダイミョウザザミの顔面に蹴りを叩き込み、その反動で頭の上へと登る。

 

 安地、獲得。

 

 ダイミョウザザミが頭蓋骨の上に登った此方に対して攻撃しようとハサミを伸ばしてくるが、そこにまで攻撃が届かない。だが此方が蹴りを叩き込んだ所でダメージが発生した訳でもなかった。やべぇな、と思いながらランポスの鳴き声が聞こえた。超直感的にダイミョウザザミの頂点から跳躍すれば、先ほどまで居た場所をクイーンランゴスタが突撃して薙ぎ払い、

 

 ランゴスタとランポス達が、奥からゆっくりとドスランポスがやって来た。そこにダイミョウザザミが追加され、中々状況が絶望的に見えて来る。

 

「徒手空拳のままってのはやっぱバランスおかしくない?」

 

 モンスターの軍団を前に、禍々しい空模様が絶望を証明する様に色を轟かせている。ダイミョウザザミ美味しく食べたから許せよ、と口にするとキレられた。解せない。どうにもならねぇわ、と軽く笑い声を零しながら後ろへと少しずつ、少しずつ下がる。

 

 だがモンスター軍団がにじり寄ってくる。

 

 背を向けて走り出したら恐らく泡ブレスで狙い撃ち、遊具で躱すには数が少ない。公園は開けた場所が多すぎる。ちょっと、この空間でヒューマンスペックのままチェイスするのは無謀だった。どうしたもんか、そう思った所で再び声が聞こえて来た。

 

睡蓮を手に―――切り抜け―――……

 

「ふむ―――こうかな?」

 

 ベルトに差し込んでいた黒睡蓮を勢いよく引き抜いた―――それが光に飲まれ、一瞬で花びらの装飾を刻んだ、黒い水晶の様な剣になった。その柄も鍔も刃も一つに接合されたような形状、デザインはあの幾何学模様の剣や、片手剣の姿を思い出させる。実際、サイズも一緒だ。軽くそれを持ち上げ、くるくると回転させてから握り直す。

 

 そして飛び込んできたランポスを真っ二つに斬り払いながら、その背後に隠れるように飛び込んできたランポスを斬り殺し、ついでに連鎖して近かったランゴスタも三匹程、纏めて流れで殺しておく。死骸が真っ二つに転がるのを見て、片手剣を漸くまともに握った。

 

「うん、悪くない。寧ろ良い」

 

 適度に重く、癖がなく、特別な力もない。それなりに硬そうだし、悪くない剣だった。何度か回転させてから握り直し、完全に動きを停止させていた集団へと視線を向ける。

 

「……」

 

「……」

 

 剣の切っ先を軍団へと向ければ、相手が緊張するのが解ってくる。その姿を見て、口を開く。

 

「待ってたぜ、この時をよぉ……!」

 

 自分を鼓舞し、尚且つ緊張しすぎないように冗談を飛ばしながら―――一気に踏み込んだ。数の暴力で死ぬ時代は終わった。雑魚は殺す。それを実行する為に殺し間へと向かって一気に踏み込んだ、反応するダイミョウザザミが泡のブレスで対抗して来るが、それを切り裂きながら踏み込んで、剣の腹で反らしながら踏み込み、腕を甲殻関係なく斬り落として顔面に蹴り込んで口を粉砕してやる。

 

 そのまま、飛び掛かってくるランポス諸共ダイミョウザザミを殺す。温い。余りにも温い。ティガレックスの斬咆哮をぶった切るのと比べればなんて軽い事か。空気よりも軽く感じる程に容易く殺せる。

 

「本当中身入っているのかお前ら? スカスカだぜ」

 

 挑発する様に言葉を放ちながら更にダイミョウザザミを割り、その向こう側から飛び込んでくるクイーンランゴスタの姿を見た。尾の針で突撃し、此方を突き殺そうとする姿を見て、迷う事無く正面から斬撃で対応する。飛び出してくる針、それに剣の刃を合わせ、接触し、針を両断―――尾を両断―――そのまま体を真っ二つに切り裂いて即死させる。

 

「勢いだけで押し切るってのには見飽きたもんだ。で、次どうだ?」

 

 ランポス達が明らかな戦闘状況の加速的な変化に動きを停止させ、判断する時間を作ろうとした。なのでその連中を全員纏めて首を飛ばして殺してやる。一瞬で三匹の首を飛ばし、次の呼吸で二匹の体を真っ二つに斬り殺して、その死体を足場に次の塊の中へと飛び込む様に斬り込んで行く。

 

 武器がなく、追いかけられるというストレスから解放された今―――環境に置いて行かれた、絶滅してしまった生物では到底、追いつけない程度には自分も、鍛えられていたのだ。

 

 今更、この程度―――剣さえあれば、絶望でも何でもない。化け物染みた進化も、殺意に特化した悪意も存在しないただの数の暴力など、受け流して同士討ちさせて斬り殺しながら押し付ければいい。そのルーティーンワークを徒手空拳よりも()()()()()()()()()()()()()できる。

 

「という訳で。今度こそちゃんと死んで、思い出になっててくれ」

 

 ランポスの背中を足場に跳躍し、自分よりも大きいドスランポスへと向かう。それが此方の接近に対して逃げる―――事は選ばずに、そのまま、その巨体で飛びついてくる。故に爪を斬り払い、流しながら牙が到達するよりも早く腕を斬り落としながら首を断ち、ドスランポスを足場にその背後へと抜けた。

 

 首を断たれたドスランポスの姿は、どこか満足そうであり、死体は消えて行く。

 

「思えば俺の狩猟の最初の最初はお前から始まったようなもんだったな……ま、ゆっくり死んでてくれ。また殺すのは面倒だから」

 

 ドスランポスは骨格の都合上、首が高い位置にある。その為、相手をして一撃で殺すには此方から首のある高さまで飛び込むか、それか相手が攻撃して来るその瞬間にカウンターを取るしかない。どちらにしろ、面倒な相手だ。相手をしないのが一番賢い選択だろうとは思う。

 

「……さて、やるのか?」

 

 残されたランゴスタとランポスへと視線を向ければ、リーダーを失った雑魚共が虚空の中へと溶ける様に消えて行くのが見える。どうやらリーダーを討伐したから消えてくれるらしい。流石に全部殺すのは骨だから消えてくれるのは助かる。睡蓮の剣を逆手に握り直しながらふぅ、と息を吐く。

 

「助かった、か……」

 

 自分の技量と戦闘能力もマジキチ染みて来たのは自覚しているが、それでも物量戦は消耗させる意味では一番優秀なやり方だから困る……とはいえ、ここは精神世界だ。本当に疲れているのかどうかさえ怪しいのだが。

 

「さーて……どっちだ?」

 

こっち……だ―――早く―――!

 

「あいよ」

 

 剣を逆手に握った状態のまま、歩き出す。流石に走り出して体力を一気に削る様な事はしたくはなかった。だから歩いて公園を抜けてしまえば、再び世界がモノクロに染まり、砂嵐によって視界を奪われる。逆手に握ったままの剣を顔元まで持ち上げ、それをシールド代わりにして砂嵐を耐えれば、再び景色は一変する。

 

 先ほどの広い公園の空間は、更に広い空間へと変質する。

 

 中央には道路と高速道路が走り、その横に乱立するビルや店舗の姿が何個も目撃出来る。銀座や六本木などのオフィス街を思い出させるような景色だった。先ほどよりも色々と高い建造物が存在するが、同時に更に広く、解放された空間でもあった。

 

 そう、大型種が入り込めるレベルで広さを感じる空間だった。

 

「ま……当然来るよな」

 

 空から咆哮が聞こえて来た。見上げれば口の中に炎を溜め込んだイャンクックが赤黒いオーラを纏い、更にその肉体を禍々しく変質させながら此方を見下ろしていた。その姿は空中、30メートルほどの高さで浮かんでおり、ホバリングしている。それを見て、一瞬で絶対に降りて来るつもりねぇなこの糞怪鳥は、と理解させられる。

 

 あの時、数年前の神殿帰りのイャンクック。アレがあそこで死なずに成長した場合……そのIFを辿った姿の様に見える。

 

 そしてそれを目撃するのと同時に、違う方角からも咆哮が聞こえて来た。空間を震わしてビルのガラスを吹き飛ばす咆哮はまさしく超咆哮。逆手に握ったまま最短動作で音を斬り払って到達を阻止しながら視線を向ければ、

 

 いつぞやのヒプノック辿異種が、育ったような体の大きさで街角から出現するのが見えた。此方はイャンクックとは違って地上から離れるつもりはないらしいが、煮えたぎる様な憎悪に身を焦がすのが見えている。

 

 剣を顔元まで持ち上げて構えた状態のまま、ははは、と小さく笑い声を零す。

 

「中々ヘヴィだわ、これ。ところで何か解決手段はある?」

 

ごめん……でもここを抜けた先……そこで……

 

 前よりもはっきりと声が聞こえて来た。どうやらエリアを進むたびに声の主へと近づいているらしい。助けてくれている以上、余り疑う様な事はしたくはないが、それでも待ち受ける様にこうやって辿異級二頭同時、となってくると流石に話が変わってくる。先ほどの雑魚軍団とは違って、知性が高く、そして攻撃する事が不可能な相手が存在するのだ。

 

 ちょっと、やばいかもしれない。

 

 けど、まぁ、

 

「―――やってやりますか」

 

 剣を握ったまま、今度は走り出す。それを追いかけるように空からイャンクックが、地をヒプノックが走ってくる。口から炎を吐き出すイャンクックと、夢見の泡沫を吐き出してくるヒプノックが、走って来た背後の空間を封じ込める様に破壊と夢をばら撒いてくる。どちらも触れれば一瞬で終わりだな、と今どき珍しい電話ボックスを発見する。その壁を蹴って、上に着地して高所の第一段階を取得する。

 

 そのまま、更に跳躍して近くのビルの壁を蹴り、それを蹴ってビルの出っ張りに足を乗せ、壁を走って跳躍と着地を重ねながらその壁をかけ上げる様に走る。

 

「うっし、足場や出っ張りが多いから出来る出来る。木々を足場にするよりは楽だな」

 

 そして当然の様にイャンクックとヒプノックに上下を押さえられた。だがそれでいいと判断する。剣をそのまま逆手で振るって横の壁を切り裂いて粉砕し、そのまま横に転がる様に中に入り込む。どうやら実物としてちゃんと存在しているらしく、中には入り込めるようだった。中はデスクやらコンピューターやらがたくさんある、オフィスの様だった。

 

 こういう時の対処法は決まっている。

 

 狭い地形におびき寄せて各個撃破だ。

 

「大きな体じゃあ入って来れないだろうけどな……!」

 

 ビルの外から咆哮が聞こえ、そして高度を落として来たイャンクックが窓の外から此方を睨み、口を大きく広げた。それに合わせ、再び逆手に握った剣を顔元まで持ち上げる様にしながら、右半身を前に突き出すように、殺しに行くように特異な構えを取った。それに合わせイャンクックが素早く、距離を開ける様にビルから離れた。今のは踏み込めば殺せる距離だっただけに、少し惜しいと感じながら舌打ちした。

 

「ふぅ……行くか」

 

 この場所が原因なのか、或いは体がマガラに呑まれた影響か、自分でも今は割と螺子が吹っ飛んだ状態であるのを自覚する。アクション、言動に一切躊躇を覚えない。極限状態で無理をし続けた結果、脳味噌が一度吹っ飛んだのだろうか?

 

 まぁ、この状況では丁度いいぐらいだ。

 

 そう思いながら窓の方へと視線を向けるのを止め、そのまま睡蓮が導くままに、次のビルへと向かって一気に走り出し、壁を斬り壊して穴をあけて、その穴から飛び出す。斬り飛ばした破片を足場にワンステップ取りながら次のビルへと壁を斬って侵入し、床を転がって着地しながら再び、障害物を乗り越えて隣のビルに着地する。

 

 飛び移るのをイャンクックとヒプノックに目撃された。

 

 次は妨害から先回りされるだろう。スピードに任せた勝負を展開すると相手の方が身体能力が上なのだから、上回られてしまう。となると素直にビル移動するのは止めた方がいいだろう。外にでるか? それとも上に出るか? 屋上から屋上へ―――そうすれば地上のヒプノックが飛んでこない限りは、無視する事が出来る。

 

 そうすればイャンクックの始末にだけ、集中できる。

 

 そう判断した所で、ビルが揺れるのを感じ取った。素早く足を固定し、剣を逆手に構え、気配を読み―――素早く窓を突き破って逃げるように外へと飛び出した。

 

 瞬間、ビル中に電撃が走った。視界の端でビルにとりついた十を超えるフルフルの姿が見えた。そして飛び出した此方を待ち構える様に、黒い残像が飛び掛かってくる。その呼吸を先読みして、襲い掛かってくる姿に対して空中で斬り払いを叩き込み、その勢いを利用して、逆に自分の体を押し上げた。

 

 ナルガクルガの残像を上に押し上げられる様に飛び越え、そうしなければ当たっていたであろうイャンクックの火球を飛び越えて回避する。

 

 そのまま、回転しながら着地し、襲い掛かってくるヒプノックの嘴を体を蹴り飛ばして回避する。

 

「小型の数の暴力で勝てないなら大型の数の暴力だって? まぁ、頭が悪いけど間違った判断じゃねぇのよな……」

 

 冷や汗を垂らしながら吠えるヒプノックの口から泡が溢れ出し、それがふわふわと浮かびながら風に乗って、永眠へと誘う香気を運んで来る。それから逃げるように走り出せば、空からイャンクックが火球で狙撃して来る。迎撃する様に剣を振るって切り分けながら弾き、剣を使用した隙に飛び込もうとするナルガクルガの動きをそれで牽制して、接近を止める。

 

 だがその間にビルに張り付いていたフルフルの群れがビルから飛び降りて、電撃を纏いながらゆっくりと咆哮しつつ近づいてくる。一々音を斬るよりも耳を潰したほうが早いかもしれないなぁ、と思いながら燻る炎の中で音を斬りながら走り、高速道路の下へと、それを支える柱を壁にする様に素早く動きながら、襲い掛かれる状況を制限して移動する。

 

 敵は辿異ヒプノック、オーライャンクック、ナルガクルガ金冠種、そしてフルフルの群れ。

 

ここを抜けた……先で、待ってる……こっちへ……!

 

「簡単に言ってくれるなぁ……マジで骨が折れそうだぞこれは。……文字通りな!」

 

 でも一回は全部殺してるんだ。ならまた殺せるさ。剣を引き上げる様に構えつつ走り、殺し、生き延びるために思考を回す。嫌なほど殺してきて、そして生き延びて来た。

 

 サバイバー、その矜持が自分を生かしている。

 

 そしてそんな状況に放り込まれて生き延びている自分が―――どうしようもなく、楽しい。笑みを浮かべるのを止められない。だから、

 

 生きる為の動きを始めた。




 度重なる理不尽を相手に対抗する力があるとどうなる? 答えは実にシンプルである。キレる。

 つまり大体ブチギレ状態。テンション高かったりするのも大体そろそろいい加減にしろよお前……って状態であることにも原因が。心の中だからそれを取り繕う事が出来ないという部分もあるけど。という訳で今まで殺して来た大型種が集団でサプライズ登場! やったな!

 次回、パンドラの底。


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■年目 ■季 Ⅳ

 まず間違いなく邪魔なのはヒプノックだ。放置していたら昏睡レイプされる可能性が高い。初めて会った時は不意打ちで即殺してやった。子供だし、経験が足りないから奇襲で殺せた。だが育った姿で出てきた今、対接近戦に昏睡効果のある泡を自分の周りに浮かべる事で疑似的なバリアとして稼働させ、攻撃に対する牽制を行っている。つまりあの糞鳥を殺すのであれば、昏睡をどうにかしなければならない。それがこいつを殺す上でネックになっている。

 

 次に面倒なのがイャンクック。絶対に届く距離に降りてこない上に火球を吐き出して狙撃し、尚且つ移動範囲を制限しようとしている。そのクッソ賢い戦術を止めて欲しい。最近流行っているのだろうか、クソゲー戦術。プレイヤーに配慮して勝ち目の残る戦闘方法を取って欲しい。が……究極的にはこいつは放置していい。降りてこないのなら無視して、攻撃の迎撃だけ行えばいいのだから。食い千切った指が再生しているのだから、致命傷じゃない限りは治るのだと思えばいい。だとすれば多少、焦げた所でスペックに影響ないなら問題がない。問題はこいつが遠距離戦を捨てて、近距離に混じった場合だ。その時は先に殺す。

 

 残りはナルガクルガとフルフル。正直、ナルガクルガはそこまで恐ろしくない。奴の攻撃は基本的に物理的なものばかりだ。ブレス攻撃が存在せず、加速による斬撃が必殺手段である以上、接近する必要が奴には出て来る。尻尾の棘での狙撃は拡散する為、回避と受け流しが簡単な上、同士討ちが発生しやすい。なので接近攻撃の瞬間に殺せばいい。だがそれ以上に大きな障害物として優秀でもある。攻撃してきた時に足場として活用するから殺すのは後回しにする。

 

 フルフルは面倒だ。防御の為に電撃を纏うのが解る。その為、下手に接近したら逆に感電から拘束、即死コンボへと連れ込まれる。唯一の救いはフルフルという生物そのものが機敏ではない事になるだろう。その代わりに大地を這う電撃のブレスで牽制して来るし、建物に立てこもろうとすれば張り付いて電撃を流し込み、全体をショックしてくるだろう。面倒な事、この上ない。だが結局のところ、着地点と接近しない事さえ意識していればまだ平気な輩だ。

 

 やはり、ヒプノックが邪魔だ。こいつがいる限り常に昏睡の心配をし続ける必要がある。どうにかして、始末をつける必要がある。

 

 高速道路の下、高速道路を天井にしてイャンクックの頭上からの攻撃を制限し、それを支える柱で背中や側面を常にガードする。必然的にナルガクルガが正面に回り込む様に移動を続け、常にカウンターを放てるように逆手に握った状態、刃を左斜め下へと向ける様に構え続けつつ、移動する。一直線にではない。高速道路の下にも多くの障害物がある。

 

 車、自転車、フェンス、ボックス、現代文明の塵とも言えるものが多く放置されている。記憶の中からもっともらしく再現されたオフィス街は物質で溢れていた。それを武器として扱おうとすれば介入されて消されるだろうが、足場として、障害物として使う分には干渉は発生しなかった。

 

 故にそれを障害物として扱いながら、縦横無尽に駆け抜ける事を選んだ。跳躍は小刻みにして、跳んでいる時間をなるべく短くする事で空中で狙い打たれる時間を制限する。滑空せず、動きで落下する事で加速する。そうやって自分が何かに接触し、加速する時間をなるべく作る。

 

 身体能力で圧倒的に負けている分、動けない間を狙われると絶対に殺される。

 

 その為の技術だった。フリーラン、パルクール技術。ハルドメルグに教わった身体操作術を、アスレチックで練習した移動技術と融合させて組み合わせた動きだ。それにしても現実以上に、体が言う事を聞く。

 

ここは心の世界、心の強さが……君の強さにもなる……

 

「もうちょっと早く教えて欲しかったな!」

 

 心の強さが力となるのなら、無敵じゃねぇか―――いや、無敵ではないが、それでも普段以上の力は出るだろう。じゃあ頑張るか、と破壊された車を掴んで、体をスイングする様に飛ばし、転がし、ナルガクルガをくぐりながらヒプノックへと向かう。

 

 正面から飛び込もうとする姿にヒプノックは睡眠のブレスを吐き出し、薄く広く、昏睡に落とす息を吐き出した。それが広がって行くのを見つつ、剣を回転しながら順手で握り直す。後ろへと刃を流す様に踏み込みつつ、

 

 正面からブレスに突っ込んだ。

 

「眠―――らない!」

 

「!?」

 

 笑いながら正面から踏み込んでブレスを吐くヒプノックの顔面を真っ二つに割った。嘴から眉間の間に刃を通す様に顔面を真っ二つにし、ティガレックスの件で反省しているので、接着出来ないように顔の半分をそのまま横へと斬り飛ばして、間違いようのない即死状態に叩き込んでやった。

 

「悪いな、精神力だけなら負けねぇんだわ」

 

 精神力で堪えられるというのなら話は別だ。これがリアルだったらゴーグルマスクで遮断必須だったろうが、心の強さで乗り切れるというのなら簡単な話だ。

 

 一度殺した事のある相手に心の強さで負ける訳がないだろう。故にヒプノックを殺害する。現実であれば結果は変わったかもしれない。だが精神、心というフィールドでの戦いであれば話は別だ。常に孤独と狂気と戦い、それでもなんとかぎりぎりで正気を保つ生活を何年間も続けて来たのだ。

 

 狂気なんぞに今更負けるものか。ヒプノックを殺し、その瞬間を狙ったフルフルが此方へと電撃を纏いながら飛び掛かってくる。

 

 その姿を迎撃する様に首を跳ね飛ばし、電撃が剣を伝わって体に襲い掛かってくる。心臓ショックで停止しそうになる心臓を気合と根性と気力で動かしつつ、そのまま即死したフルフルの体を蹴って、次のフルフルに感電しながら飛び掛かって殺す。そのあんまりな光景にフルフルが動くのを停止し、後ろへと一歩、下がった。

 

「どうした、痺れさせるんじゃねぇのか」

 

 剣を構え直せば、絶対に勝てないと悟ったフルフルが虚空の中へと溶けて消える。それに合わせ、ナルガクルガが襲い掛かってくるが、その姿を振り向きざまに切り裂いて即死させる。死骸が頭を飛び越えて道路に突進し、車を巻き込んで爆発する姿を見送る事もなく、そのまま高速道路の下を歩き、先を目指して進み始める。

 

「あー……ちょっとびりびりする」

 

 体の末端が僅かに痺れる感覚を残している。次の連中が襲い掛かる前に、この感覚が抜ければいいなぁ……と思いつつ、残されたイャンクックだけを警戒しつつ奥へと向かって進んで行く。

 

 その羽ばたきの音は大きく、そして高速道路の上を飛行しているのだ、というのが聞こえて来る。

 

 だがそれが降りてくるような気配はなかった。どうやら自分が不利となる場所で降りてこようとする事はないらしい。ただなぁ、と呟きながら剣を軽く回してから握りなおし、痺れを指先から抜き取りながら腕を回す。軽くジャンプをし、そして確かめるように開いている手で拳を握ったが、特に握力や身体能力が変わる様なもんじゃなかった。単純に強度が上がる程度か、と心を強く持ってがっかりした。

 

 まぁ、いいや。

 

 あの糞鳥が地上に降りて来た場合、炎に耐えて一発叩き込めばそれで殺せる。それが出来ると解れば十分すぎるだろう。第一、あのマガラ化みたいな反則的なスペックを出して戦うのは、矜持を酷く傷つけるのでこりごりなのだ。もっと、こう、俺の人生は楽になってくれないのだろうか。楽になって欲しい。

 

 誰か、俺の代わりに頑張ってくれ。

 

 もう一生分頑張っている気がするから。

 

その先だ……頑張ってくれ……!

 

「あいあい、頑張ってるさ。必死に」

 

 苦笑しながらついぞ、高速道路の下へと来る事の無かったイャンクックを警戒しつつ、再び視界がモノクロの砂嵐に呑まれる。周りの景色や障害物が全て、砂嵐に呑み込まれて形を失い、前へと踏み出せば別の形と景色が広がり始める。

 

 高層ビルの姿は全てが消え去った。

 

 背の低い数階建ての建造物が広がり、広い道が見えて来る。木々が薄く育ち、整頓されたように伸びている。足元はタイル張りの道路となっており、そして見覚えのある景色が広がった。

 

「……ここ、大学か」

 

 自分が転移してしまう前に通っていた大学だった。相変わらず空は禍々しい色に染まっていて、その色を映した校舎や道路は酷く気味の悪い色をしているが、それでもその姿は覚えのある大学の姿だった。そういえばこんなところに俺も通っていたなぁ、と見て、漸く思い出した。すっかりサバイバル生活が馴染んでしまったせいで全く思い出す事もなかった。懐かしい景色だ。そう思っていると、

 

 鳥竜の羽ばたきが聞こえて来た。

 

 素早く振り返りながら剣を逆手に構えれば、空を飛んでいたイャンクックが咆哮しながら空から降りて来たのを見た。咆哮を響かせるそれを斬り裂き、窓ガラスが連続で破裂して行く。それに合わせ、粉砕の音が聞こえる。反対側へと振り返れば、校舎を粉砕しながら出現する巨体が見えた。

 

 緑色に発達した紫色の角を持った竜―――辿異種エスピナスの姿だった。

 

 その体は既にねっとりと全身に猛毒を被っており、接触すればそれで一生苦痛を味わわせ続けるという地獄めいた鎧を被っている。うそーん、とちょっとその登場に地獄を感じ取っていると、イャンクックが炎を吐き出した。それはイャンクックの背後に一つ、そしてエスピナスの背後に一つ、と吐き出された。

 

 それは両側に着弾すると一瞬で燃え上がり、炎の壁を生み出した。エスピナスとイャンクック、その背後へと抜ける事を禁止する様に。

 

 そして同じようにエスピナスも猛毒を吐いて、それを道路を挟み込む両側の校舎の壁に叩きつけた。半ゲル状になっている猛毒がねっとりと校舎の壁に張り付き、壁を破壊して突破しようものならそれが体にかかるのを防げないように細工してきた。

 

 睡眠は我慢できる。一瞬の眠気を堪えればいいのだから。

 

 電撃も耐えられる。痺れは永続するものではないのだから。

 

 だが猛毒はダメだ。アレはかかったらそれ以降、治療するまではずっと影響を及ぼす。場合によってはエスピナスを始末しても残り続けるかもしれない。いや、というか残るだろうこの悪夢の性質的に考えて。となると逃亡は不可能。今までみたいに地形を利用した攻撃回避は出来ない。

 

 正面からこの二頭を同時討伐するしかない。

 

B棟の研究室にいるから、こっちへ!

 

「状況見えてるだろ! 呼ぶだけじゃなくてなんとか! しろ!」

 

いや、ほら、剣出したしね……?

 

 駄目だこいつ。声がはっきりした上に、どこに行けばいいのかは解った。だが肝心の救いの一手が物凄いポンコツ臭を漂わせている。これ、本当に会いに行っても大丈夫なのか……? と疑いたくもなる。とはいえ、ヒントや助けなしでは100%詰んでいたのも事実だ。そう考えたら最速で、相手の動きを挟み込ませる前にぶち殺す以外に選択肢は存在しない。

 

 そしてそのまま、唯一の味方へと合流、となるだろう。

 

 熱を感じる。命を懸ける一線に本能が磨き上げられてゆくのを感じられる。この数年間の生活で、どうしようもない社会不適合者になってしまったなぁ、と口の端を歪めながら心の中で呟く。左をイャンクックへ、右をエスピナスへと向ける様に、校舎を背後にする様に位置取りをする。両側から挟み込んだ二頭は逃げ場を封じ、此方のアクションに即座に対応できるように炎と毒による牽制を何時でも放てるようにしている。

 

 一度動かしたら殺すまで止まらなくなるな、と予想しつつ、脅威の判定を行う。

 

 怖いのは結果が見えないエスピナスの方だろう、と。炎はまだ斬れるのが解っている分、有情だ。だがあのゲル状になっている毒や、それをもっと斬り辛い液状化させた毒や毒霧を吐けるというのであれば、エスピナスの方が恐ろしい。それにあのエスピナスが本来のモーションを取り入れているのなら、大地に毒を当てて爆発させて広範囲にばら撒くという手段も取れるからだ。

 

 炎は、即死しないと解っているし、多少程度のダメージは回復するのはたぶん、精神力を燃料にしているからだろう。

 

 毒は一度かかってしまえば、永続的に体を焼き続ける。一時的に燃え尽きる程度の炎よりは殺意が高い。そう考えるとエスピナスの方が間違いなく、恐ろしい。

 

 だが此方の剣術に対応する様に毒を被っている姿は対応が難しい。戦うのならこいつ一体に集中して対応したいレベルだ。となると必然的に、最初に始末する相手は決まる。つまりはイャンクックの方だ。空中からだと戦闘に決着がつかないと判断したか、或いはエスピナスと挟撃する形の方が勝率が高いと判断したか。どちらにしろ、地上に降りている間がチャンスだ。

 

 ここで始末する。

 

 殺すと判断した瞬間に()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それに反応しイャンクックが飛び出し、エスピナスが毒を吐いて迎撃に入った。その動きを見て釣られた、と心の中で笑みを浮かべながらそのまま体を前に飛ばさず、地面に剣を突き刺し、前に進む体を突き刺した剣を起点に、大きくスイングしながら回転させ、エスピナス方面へと進むはずだった体をイャンクック方面へと向かって放り投げた。

 

 エスピナスが迎撃で放った毒液は進むはずだった地面に衝突し、霧となってその場所を呑み込み、イャンクックは挟撃の為に踏み込んでいた。それによってエスピナスだけがワンアクション遅れた。

 

「地上戦を求めた時点でお前の負けだよ」

 

 イャンクックが炎を正面へと吐き出しながら迷う事無くタックルをしてくる。その炎を切り分けながら突っ込んできたイャンクックの体を利用する様にタックルで面を作る為に向けて来た翼の防壁に足を乗せ、その上を転がる様に滑る、イャンクックの反対側へと上を転がる様に抜けた。そのまま足を大地に沈め、急ブレーキを掛けながら動きを停止させようとするイャンクックが尻尾を薙ぎ払って距離を開けようとする。

 

 だが遅い。

 

 尻尾を切断する。バランスを崩したイャンクックに踏み込んで逆手の状態で足を斬り落として更に体を崩し胴体から翼までを一直線に切り裂いて解体、そのまま肉を切り分ける様に進んで背後から斜めに切り上げて首を切断、ついでに頭を真っ二つに割って踏み潰す。

 

「手間をかけさせたなお前は」

 

 空にいれば死ぬ事もなかっただろうに。そう思いながらイャンクックの死骸から視線をエスピナスへと向ける。残った障害はこいつだ。そして相方を殺されたのが気に入らないのか、超咆哮を放って校舎を破壊しながら毒を上へと放ち、それを霧のシャワーの様に降り注がせてくる。クソがめんどくせぇ! そう思いながら更に距離を開ける様に後ろへと下がる。紫色の毒霧を纏い、徹底的に此方を相打ちへと追い込むような体制でエスピナスが一歩、また一歩大地を砕きながら踏み込んでくる。

 

「……痛み分け覚悟が必要か?」

 

 こんな時こそ爆弾で援護出来るラズロの存在が恋しくなってくる。あの戦闘をさっくりとクリアできたのは、まず間違いなくラズロが一緒に戦ってくれたおかげだ。こんな時も助けてくれたらいいのになぁ、と、祈る。

 

 そしてその祈りが通じたのか、

 

 ―――音速で飛来した姿が校舎を粉砕しながらエスピナスの上半身を斬り飛ばした。

 

 銀色に近い刃の姿は殺意に溢れ、悪意に溢れ、そして炎も毒も全て真空の斬撃によって解体して吹き飛ばし、挟み込む校舎そのものを切断して粉砕する。瓦礫となった校舎の残骸が巻き上がり、それを礫の様に降り注ぐ姿が―――空中空気の圧縮によって固定された。

 

 そいつの生み出す斬撃の原理は、モーションによって発生する技巧ではなく、超常現象的な、風力操作によるものであり、斬撃は結局の所、ブラフでしかない。本来はもっと自由に扱えるのを此方の固定概念の固定化、そしてそれを利用した必殺の奇襲の為に斬撃という形に付き合わせていただけだ。

 

 それがこの世界では解放されていた。

 

 数トンクラスの校舎の残骸が空中で固定化され、それをメテオの様に構えながら絶種の姿が此方を特大の殺意と敵意で睨んでいた。そこにはもはや侮る様子はない。全力で殺しに来た、という意志が全身を覆うオーラで見えた。

 

「やぁ、《斬虐》くん。数時間ぶり。元気にしてた?」

 

 返答は斬咆哮と共に返ってきた。それと共に発生する空気のダウンバースト、超密度の風が上からプレッシャーの様に落ちて来た。強制的に咆哮で動きを止めた存在を押し殺すそれを一閃で斬り殺して無効化しつつ、彼方を睨む。

 

 雪山で全てを出し尽くした訳じゃなかったのか……と、改めて人類での殺害不可、という意味を理解させられる。どうしたもんか、剣を構え直し、正面にティガレックスの存在を捉えて、

 

「まぁ、やるしかねぇか」

 

 それ以外の選択肢がなかった。突破しなければいけないのであれば、突破するしかない。ただ今回は奴が首を撥ねた程度では死なない事は承知している。だから次は確実に動きを止められる様に手足を斬り落とす事から考えなければならない。

 

 問題はこいつへの接近方法だ。身体能力の面で圧殺される。だからそれを考慮して動かなければならない。突破する為には殺害必須だ、

 

いや、君はこっちへ! そこは任せるんだ!

 

 どうやって殺したもんか、そう悩んだ直後の声だった。エスピナスが突然の登場によって消し飛ばされたように、ティガレックスへと向けて弾丸の如く接近する影が出現した。

 

 だが絶種という超越された生物、その予感を直感的に捉え、動きが決まる前に回避を生み出していた。ティガレックスが飛び退きながら自分が居た場所にメテオを放ち、その動きで真空斬りを生み出し、校舎を切断しながら新たな弾丸を補充する。

 

 奇襲を狙い撃ちにされた姿はしかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()した。

 

 その姿は鎧の様な甲殻に覆われた、見覚えのある姿だった。

 

「アシラ―――」

 

 言葉を放ち終わるよりも早く、連続で校舎の残骸が弾丸として、そして真空斬りが放たれる。だが鎧を纏った熊は、それを拳と体で受け流す様に殴り抜き、粉砕し、受け流し、

 

 そのまま、最後の拳で特大の残骸を欠片も残さず粉砕した。

 

 ―――スーパーベアパンチ、想い出の中でも色褪せず、健在。




 死んでも消えず、色褪せないもの。

 身体能力が落ちた所で、技量的な物は寧ろ取り繕う必要がなくなった分、一周回って雑念とかぶっ飛んだという形でこんな惨状に。それでも遠距離主体には絶対に勝てない、人類という種の限界よ。

 それはそれとして、こういう王道展開、来ると解ってても好きなタイプ。

 次回、古代からの贈り物。


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5年目 ■季 龍創造者

 アオアシラ師匠の拳が一瞬で瓦礫を粉砕して行く。美しいとも表現できる技巧は、アオアシラという種族の筋力をフルに使った上で、鎧の様な甲殻そのものを筋肉の代わりに運用する事で、更なる過重を攻撃に加えるという特殊な戦闘技術から来ているものだった。通常、重いものを装備すればそれだけ動きは鈍り、そしてそれに合わせて動きは初速が遅くなる。だがアオアシラ師匠はその鎧を筋肉として運用している。つまり重量という物を動きにほとんど影響させないまま、動く事が出来た。そしてエクストラウェイトを加算する事で、

 

 拳の破壊力が増大する。

 

 自分よりも遥かに大きい瓦礫の弾丸であろうが、拳一つで粉砕する事が出来る。それだけ恐ろしい鍛錬と工夫を重ねる野生生物だった。もはやお前野生じゃないだろう、とツッコミを入れたくなるレベルで鍛えられている熊だった。そのスーパーベアパンチも、名前はネタの様に思えるが、踏み込み、足から腰への連動、そこから練り上げた力を腕に通し、拳から放つ。その一連の流れを一切の威力のロスをなしに行う奥義とも呼べるものだった。ネタでも何でもなく、物質的強度を無視して破壊するアオアシラ師匠の奥義だった。

 

 その脅威を一瞬で見抜いた絶種ティガレックスが、空気圧の圧縮とダウンバースト、真空斬を同時に繰り出す事で距離を開けながら対応する。接近戦において己の分が悪いと一瞬で判断した結果だった。それ故にアオアシラ師匠が透明の斬撃に対応するも、空気圧に負けそうになり、

 

 それを溶かす様に炎の斬撃が走った。

 

 轟く咆哮と共にディノバルドが出現した。空気圧を尻尾とその炎で斬り飛ばし、見えない砲撃と圧縮撃からアオアシラを解放する。そしてそれに合わせ、跳躍するティガレックスを狙って雷撃が飛翔し、空からリオレウスの炎が放たれた。着弾と同時に生み出される火災台風はティガレックスの生み出す空の兵器を一瞬で呑み込んで蒸発させ、それ以上新しい物を生み出すのを制限する。

 

 そしてそこに、イビルジョーの姿が校舎を飛び越えて出現する。ティガレックスの背後を奪ったイビルジョーは極限まで薄まったその気配で一気に接近すると、ギリギリで気付かれるも、相手の後ろ脚を一本、確実に引き千切って仕事を果たす。

 

「きゅる」

 

 気づけばすぐ横に、白いナルガクルガの姿があった。近づいてくると、舌を伸ばして一気に此方の顔を舐め上げられた。その姿に呆然としながらも、その姿を見て、ティガレックスを数体がかりで追い込もうとする姿を見て、ナルガクルガの首に抱き着いた。

 

「そうか……魂は一緒に居てくれたんだな、お前ら」

 

 答えはないが、それでもその体は温かった。それだけで十分だし、伝えたい事は全部伝わってくる。こうやって、たとえ想い出の中でだろうと―――助けてくれただけで、どういうものか、そういうのは全部伝わる。だからごめんなさい、とは言わない。ナルガクルガ……《白疾風》が頭を下げて下ろすのに合わせ、その首の裏に登り、しがみついた。

 

「ありがとう……運んでくれ、俺を待ってる所へ」

 

 語りかければ、それに応えるようにナルガクルガが頷いた―――そして一気に風となった。大地を蹴り、校舎を蹴り、本当の意味で縦横無尽に大地を駆け巡り、一気に戦場から離れた校舎の前で足を止めてくれた。その余りの速度に目を回しそうになる、ちょっとだけふらつきながらその首から降りて、両足を大地に立たせる。

 

 五ブロック程、ティガレックスとの戦いの場から離れている場所であり、一切の破壊の無い場所だった。この先から呼ばれている……それを自覚し、振り返る。もう既に白い残像だけを残してナルガクルガはその姿を戦場へと戻してしまった。ティガレックスも本気の応戦を始めたのか、炎と空気の爆裂が一切停止する事なく連続で発生しながら、空が暗雲に包まれて雷撃と炎雨が降り続ける。軽く、人間の入り込む隙間の無い地獄めいた景色になりつつあった。

 

 俺の大学ぅ……。

 

 まぁ、これも悪夢なのだが。

 

「さよならは……もう、いらねぇよな」

 

 また何時でも、心の中に居てくれるのなら寂しく思う必要もない。そう思いながら彼らの事を信じて、ティガレックスを任せて―――そのまま、大学の校舎内に進んだ。

 

 そこは外とはまるで別の空間だった。自分の記憶に、今思い出せる大学の姿そのまま、だけど外の世界とは切り離された異界にも感じられる様な、穏やかな場所だった。そう、大学の外は憎悪と殺意と悪意ばかり感じられた。だがこの校内にはそれをまるで感じられなかった。いや、それだけじゃない。

 

「空が青い……」

 

 窓の外を通してみる景色が、蒼かった。狂気に染まらない空の色をしていた。普通の、綺麗な色の空をしていた。そういえば空ってこんな綺麗な色をしていたよな、そう思い出しながら誘われるがままに、声に従って研究室へと向かう。大学内の研究室だ。社会学科だった自分がそこに行くことはなかったが……パンフレット、場所は確認したから知っている。

 

 だから迷う事無く扉の前まで到着し、それを開けるかどうかを一瞬、悩む。

 

 だが外で皆が頑張っている中、自分だけ躊躇するのも間違っているだろう。

 

 信じるのは声じゃない。

 

 助けて会わせようとしてくれた、守護竜の皆の方だ。だから迷う事なく、その扉を開けた。その先に広がっていたのは、片付けられた研究室だった。窓から青空の、太陽の光が健康的に注ぎ込まれる、清潔に保たれた研究室だった。テーブルが整頓される様に端に並べられるその部屋の中、人の気配を数百感じられた。

 

 だが、見える人の姿は一つだけだった。

 

 その男は部屋の奥、机を椅子代わりに座っていた。白衣を着た男だった。蒼髪、それを首の後ろでポニーテールにして結ぶ、髭が少しだけ生えた男。それさえ無ければかなり若く見えただろうと思う。

 

 そんな、男だった。

 

 男は此方を見ると、ゆっくりと口を開いた。

 

生還者(サバイバー)

 

 ゆっくりと、此方を呼んだ。

 

継承者(サクセサー)殺戮者(アニヒレイター)失楽園(パラダイス・ロスト)異邦人(フォーリナー)

 

 複数の、此方を示す名前だった。自分の名前さえ戦いの中で忘れてしまった。だから、此方を示すようなタイトルを示した。自分がどういう存在であるかを教える様な言葉であり、しかしそこに一切の険しさはなかった。どこか、労う様な、お疲れ様……とでも気軽に言うような雰囲気があった。

 

「僕らが君に付けた名前は色々とある―――だけど一つ、ありがとう。そしてこんにちは異世界の人。僕らはずっと、君にそれを伝えたかった」

 

「お前は……」

 

「古代文明」

 

 男が、言葉を遮った。

 

「君からすれば、とても罪深い時代だった。竜機兵の大量製造による古龍との竜大戦の勃発。それによって人類は一度、絶滅する直前にまでその数を縮小した。だけど全ての人間がそれを望んだ訳じゃなかった。再び、龍と人が一緒に暮らせる時を目指した人だっていた。だが最終的にほぼ全ての人間が狂気に感染した。逃げられなかったんだ、大陸を覆う狂気から」

 

 後悔を告解する様に言葉を告げる。

 

「それを伝染病と表現するのを、僕は一番正しいと思う。実際、それは感染する様に人々の間に広がったんだ。昨日までは笑い合っていた竜と次の日には殺し合っていた。ありえない光景だった。だけどそれは病としか表現する事が出来ない。完全に密閉した空間で他人との関わり合いを拒絶する事で汚染を防いだけど―――それでもダメだった。最終的にどう足掻いても、龍への殺意が湧いてしまう。だけどね、その努力は無駄じゃなかったんだ」

 

 うん、と男は呟きながら頷いた。

 

「僕達は竜大戦末期、それでも完全には正気を失わずに居られた。龍達への殺意を抱き、殺す方法を模索しながら、それでも再び遠い未来に、また一緒に暮らす為の夢を見た―――なるべく温和な手段で、今をやり過ごそうとしながら」

 

 改めて名乗ろう、と男が言う。

 

「君が《眠り姫》と呼ぶ彼女を生み出した父親が僕だよ」

 

 衝撃的な事実をぶちまけた。

 

 

 

 

 かつて、人と龍が生きる時代があった。その時、人も竜も争う事はなく、龍も共に暮らしていた。だがそれは伝染病の様に広がる憎悪によって瓦解し、楽園は失墜した。どれだけ対策を施し、どれだけありえない、と自分に言い聞かせてもその憎悪に全ての人が感染した。そして竜もまた感染した。それに唯一囚われなかったのは高位の古龍だけだったと言われている。

 

 だけどその全てが無駄ではなかった。対策に対策を重ね、隔離し、秘密の研究室で正気を保ち続ける。それが瓦解するまでの日は、延長が可能だった。そうやって、僅かに正気を長く保っていた集団が居た。そしてその集団のリーダーこそが、この蒼髪の男であり、《眠り姫》の製作者―――つまり、父親だった。

 

「最後の最後で僕もまた、龍に対するどうしようもない憎悪を抱えてしまった。それでもなんとか、何とかそれを抑え込もうとしたんだ。そしてその結果、自分の思考、その方向性を一つへと絞る事によって、限定する方法を思いついたんだ」

 

「メフィストフェレスを大敵として見る事にしたんだな」

 

 その言葉に男、ドラゴンメイカーは頷いた。

 

「彼も狂ってしまった犠牲者の一人だったよ。僕は龍に対する憎しみそのものを彼を殺して止めないと、という方向性にズラすことで比較的に軽度の汚染で逃れていたんだ。まぁ、最後は君が感染したように、プロトマガラウィルスで発狂死してしまったんだけどね―――ここに居る皆は、そんな僕と同じような仲間だ」

 

 ドラゴンメイカーの言葉に、教室内の気配が僅かにざわめくのを感じた。ドラゴンメイカーの言葉に反応し、挨拶をしている……そんな感じだった。なんというか、片手剣から感じていた憎悪とかそういうのが、一切ない連中だった。

 

「当然だろう? 僕達の最終目標は人と龍が再び、一緒に暮らせる場所を再建する事だったからさ……まぁ、もう不可能なんだけどね。ここに居るのはそうやって、最後まで竜大戦という形に対して抵抗した者達だよ―――最終的には全滅したけど」

 

ドラゴンメイカーは自虐的にそう笑うと、話を戻そうと言う。結局のところ、その存在が良く解らなかった。だから聞く事にする。

 

「お前はなんなんだ?」

 

 良く、解らなかった。情報が断片的すぎて。なんで味方してくれるのか。それが余りにも解らないので、質問をした。だがそれに対するドラゴンメイカーの返答は簡単な物であり、

 

「それは今、大事な事なのかい?」

 

「……」

 

「別に長々と裏話を語るのもやぶさかじゃないよ? だけど君にはもっと、大事な事があるんじゃないか? 気になる子がいるとかさ」

 

 冗談めかす様にドラゴンメイカーは言っているが、本気で問いかけてきているのが解る。その言葉にさて、と呟きながらそうだなぁ、と呟く。まぁ、ここまで頑張って死ぬ前提で走り抜けて来たけど、

 

「まだ、死にたくないなぁ」

 

「気になる子とかいるんじゃないかな?」

 

「……まだ、死にたくないなぁ……?」

 

「気になる! 子とか! いるんじゃないかな!」

 

「押しが強いなぁ!」

 

「だってウチの子可愛くない!? 初めての恋を自覚せずに超頑張ってるんだよ!? 君を取り戻そうって!」

 

 なんだろう、このめんどくさいタイプのモンスターペアレントは。だけどそっか、と窓の外の青空を眺めながら呟く。

 

「……俺を取り戻そうとしてるのか」

 

「うん。君をうっかり殺さないように手加減しなきゃいけないから劣勢だね。時間をかけてしまえば負けてしまうかもしれない」

 

 そう言われると、ちょっと困る。いや、まぁ、最後の最後で体を明け渡したのは自分だ。だから今、自分の変異したリアルの肉体はマガラの意思と古代の怨念が融合した、怪物的な龍殺しによって支配されている。それを今から取り戻すのはちょっと難しい……というか状況的に不可能に思える。

 

 だけど、とは思う。

 

「なら助けてやりたいな」

 

 呟きつつ、そう思った。彼女を助けてあげたい、と。救われず、報われず、生きているだけのあの龍の女が俺を助けようとしてくれるのなら―――それに恥ずかしい姿を向ける事は出来ない。誇れる自分であり続けたいと思う。

 

「その言葉を待っていた」

 

 ドラゴンメイカーはその言葉を聞いて、机の上から立ち上がった。

 

「君をここから脱出させよう」

 

「……出来る、のか?」

 

 ドラゴンメイカーの言葉に、戸惑う様な言葉を投げる。

 

「なんつーか、ここまで完全にクソトカゲの思惑に乗っかったような形になってるし……」

 

「道はあるさ。紅龍(かれ)は確かに人間性が欠片もない上に他人の事情を理解しようとしない上に一切立場を考えない存在としてクソ極まりない古龍だけど、別に、無慈悲って訳じゃないんだ。紅龍(かれ)は憤怒を象徴するという性質上、常に慈悲を持ち合わせなければならない」

 

 解るかい? とドラゴンメイカーは言う。

 

「憤怒と慈悲はワンセットなのさ。終わりがあるからこそそれを状態として認識できる。そして憤怒の終わりは慈悲なのさ。だから紅龍の行動には全て、どこかしら慈悲が混じっているのさ。それは人間基準ではないけど―――それでも間違いなく、抜け道が存在する。意図して用意されているね」

 

 古代でも評価がボロクソな事に変わりのないクソトカゲだった。アイツ、そんな昔からクソトカゲだったのか……と、妙に納得する。

 

 そう言えばアイツ、結局の所一回も表に出て来る必要はない筈なのに、態とヘイトを向ける先になったり、昔の事を説明してくれるよな、と思う。

 

 今思えば、アレがあのクソトカゲ流の《慈悲》というものなのだろう。せめて何かに巻き込まれるとしても、何も知らずのままではあまりにも無慈悲だから……とか、だろうか? その答えは結局の所、本人に聞かない限りは解らないだろうし、それをアレが素直に答えてくれるとは思えない。

 

 ただ、自分に解るのは、

 

「お前が、クソトカゲの慈悲、という事か」

 

「うん。僕は君を外の世界に出す方法を知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

 それは、

 

「―――転輪するんだ」

 

「転輪……?」

 

 ドラゴンメイカーの放った言葉に腕を組んで首を傾げるが、思い至る事があった。

 

「ゴア・マガラからシャガルマガラへの転生か」

 

 頷きが返された。ゲーム時代では有名な話だ。ゴア・マガラはシナト山の禁足地へと、生まれ故郷へと帰る。そしてそこで、脱皮をする様にゴア・マガラからシャガルマガラへと転生する。そうやって幼体だったゴア・マガラから、成体であるシャガルマガラへの成長を完了させる。

 

 そして今度は新たなゴア・マガラを増やす為に、シナト山の風に乗せて狂竜ウィルスを散布するのだ。だけどここはシナト山ではない。本来ゴア・マガラが生まれ変わる為の場所ではない。

 

「だけどここは生まれ故郷だ。そして天に最も近い場所だ。君がゴア・マガラと呼ぶアレは本質的に太陽光を忌避するんだ。ウィルスの問題でね。だから太陽を遮る様に天候を遮断するんだ。だけど進化をするにはその弱点を乗り越える必要がある。だからこそその恵みの強い場所を、そして故郷を求める」

 

 それが転生の条件。

 

「死から生まれ、命を喰らい、苦難の旅路の果て―――生まれ故郷へと戻り、天に最も近い場所で生まれ変わる。それが進化のプロセスだ。それを利用する。ここに居る僕らでそれに介入する。そして君の分の肉体的なリソースを奪取する。転生という形で肉体を分離、君を外に出す」

 

 それがドラゴンメイカーの秘策だった。そして恐らく、クソトカゲが残した最後の抜け道なのだろう。ウィルスも変異も全て捨て、そして転生という形を通して新たな龍となる。そうする事で狂竜症に感染してから始まった、

 

 長い、とても長い旅路が終わるのだろう。

 

 目を閉じて、思い出す。自分の今までの旅路を。

 

 最初はアプトノスを狩る事に苦労をした。罠を用意して、ハメて、徹底して反撃できないように気を付けてから殺した。それから食べられるものと食べられない物を選別して、お腹を壊したりもした。色々と作ったりもした。そして遺跡の発掘とかも結構やったなぁ、と思い出す。

 

 そして……そして、色々と出会った。

 

 《悪魔》の視線、《眠り姫》の慈愛、アイルー達の献身、ミラバルカンの愉悦。

 

 本当に、本当に色々とあった。師匠との戦い、三竜からの警鐘、リオレウスに子供を託され、イビルジョーには最後の最後まで助けられた。一人で何でも出来る様に頑張って来たつもりだった。だが結局のところ、何から何まで、生かされ、助けられ、そしてそうやって、積み重ねて生きてきているのだと理解する。

 

 人間は弱い。誰かの助けがなくては生きて行けない生き物だからだ。

 

「さぁ、時間だ。君を転生させよう。新たな形、新たな命を与えて君を外の世界に送り出そう」

 

 なら竜は……龍は強い生き物なのか?

 

 こうやって彼らの歴史に密着する様に生きて思う―――そんな事はない、と。彼らも彼らで、色々と抱えているのだ。完璧な生き物なんて存在しない。だから結局のところ、どちらかなしでは生きて行けない、共生関係に今でもあるのだ、と。

 

 龍は人なしでは存在する意味がない。

 

 だが龍の恵みがないと人間は生きて行けない。

 

「想像するんだ―――成りたい自分自身を。理想の自分を。その形へ君を導こう。これが竜機兵創造者として僕の、僕達の最後の仕事だ」

 

 だから自分が求める理想は既に決まっている。目を閉じ、理想をイメージし、目を開け、そしてドラゴンメイカーを見た。どこか、嬉しそうに、しかし眩しそうに此方を見ているのが解る。

 

「うん……君のような子に会えて良かった。娘を……あと彼も宜しく頼む。ああ見えて結構寂しがりやなんだ」

 

「後者に関しては善処する。前者に関しては任せろ」

 

 出来る事ならもっと話したかった。もっと色々と話しを聞きたかった。だけど、それが許される状況でも環境でもなく、自分は目覚めなきゃいけない。やりたい事をやったから本当は、もう頑張らなくてもいいんじゃないか? とは思いもしたのだ。

 

 だけど結局のところ、

 

 女が頑張っているのに何もしない男って死ぬほど恰好悪いだろう?

 

 そんな男にはなりたくはない。

 

 なら、やる事は決まっている。

 

「―――外へ」

 

 言葉と共に景色が溶けて行く。視界が白く染まって行く。全てが消え、ドラゴンメイカーの笑みが消え去って行く。その中、理解する。体を、命を奪われた自分が新たに肉体を得ようとする事を。

 

 ―――理想の己へと転生する瞬間を。




 何時でも心の中で会えるのなら寂しさはないよな、て。

 恐らく本編では蛇足になるので此方で。

 ドラゴンメイカーとは。

 つまり竜機兵の作成チーム。数百人から構成される親龍派、最後まで抵抗しながら飲まれて龍殺しに加担したチーム。どうにかしようとして、最後はバイオハザードに飲まれて発狂死した連中。ドゥレムディラの生みの親達であり、蒼髪の男はその代表者、主任。

 元々は竜機兵なんて作るつもりも手伝うつもりなかったが、見えない憎悪に押され、伝染する様に竜機兵を作成し始める。それそのものをもはや自分の意思では止められず、思考ロックと方向性を絞る事である程度の自由を取り戻す。そしてその結末として生み出したのがレムりん。表向きはメッフィーを殺す為に生み出された最後のパーツ。だが愛を込めて生んだ事実から察せる様に事実は違う。コンテナに封じ込めたのも憎悪と狂気が晴れた遠い未来なら、また龍と人が暮らせる時代に解放される事を祈って生まれた子。

 彼は所謂古代の怨念というパンドラの箱の底に残ってた希望、というよりは善性。悪性、憎悪に染まり切れなかった連中。古代の怨念の奥底でずっとレムりんを心配してた奴ら。死んで、時がたって憎悪を抜く事に成功した小さな一部。武器に込められていた怨念と出どころは一緒だったり。

 あんまり細かく本編で語ると蛇足なりそうなんだよなぁ、設定周りとか小話周りとか。個人的にはこういう小話好きだけど。

 所でトリップに転生あるからこれはテンプレ的なSSなのでは……?

 次回、理想の自分。


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5年目 冬季 私の理想

 空間を凍結させる絶氷の冷気をそれは骨刀の一閃で破壊した。

 

 空から襲い掛かる雷速の一撃を先読みで斬り払って無効化する。

 

 壊毒を大地に満たせば素早くティガレックスから学習した風力操作によって風の足場を作り、三次元的な動きによって空中を足場にして回避して来る。それはある種、龍という存在を超える化け物だった。ドゥレムディラという古龍の成りそこないは、間違いなく破壊力と影響力のみを考えれば、古龍格の中でも最上位に食い込む。彼女が大いなる一撃を放たないのは純粋に相手の肉体を消し飛ばさない為の制限であり、それ以外は暴風の様に避けられない筈の攻撃を連続で続けている。これがハンター相手であれば、G級最上位のハンターですら何もできず、知覚する事すらできずに凍り付いて死ぬだろう。

 

 だがそれに怪物は対応していた。腕が四本、足が二本、獣の様な龍の顔をするが、その肉体は黒い鱗に覆われ、体中から骨を生やしている。そこから突き出す骨を引き抜いて武器として使い捨てつつ、凄まじい代謝能力で再生と骨を生み出している。生物としてあまりにも、常識を逸脱していた。その風を圧縮させた操る技術もそうだ。

 

 だが何よりも、体の動かし方があり得ない。

 

 その龍は、体を動かす事に特化していた。

 

 普通、龍という種族は圧倒的なスペックを誇っている。超常的な能力を兼ね備えている。それは水銀を操ったり、風を操ったり、天候を変えたり、科学では到底説明する事の出来ない不思議な現象を巻き起こす事の出来る力だったりする。全ての古龍はそういう能力をどこか、備えている。そして当然、そのマガラも備えていた。ティガレックスから喰らって覚えた、風を自由に変化させる力と、天を遮る天候操作の力だ。それだけでも、古龍としてのラインには割り込める。

 

 だがそれを超えて、肉体を操作する術が異常だった。

 

 古龍には格と誇りがある。故に人類に対する戦いには本気を出さない他、幾つかルールや制限がある。それは存在としての制約だった。例えば体術や武術。それらを古龍が扱う事はない。純粋にそれが古龍には使えない物であるのと同時に、人間から教わるのは良くても、それを使用する事は()()()()()()()()()()()()だからだ。それは古龍という生物の存在意義に関わる。

 

 古龍という生物は、予想よりも遥かに危険なバランスの上で存在している。ルールが存在し、それを守るからこそ不死身と言っても良い生物として存在し続けるのだ。やがて、世界と文明の発達―――現代。そう呼ばれる時代には消え去る運命を背負った生物である。だがこの時代においては無敵とも言える。

 

 だがそのルールやプライドというものがこのマガラには存在しなかった。人間の体から変異した龍だからそういう縛りも存在しなかった。生み出され、成長し、そして至った怪物だった。人間だった頃の記憶と経験を引き継ぐ事で剣術や武術の概念を吸収し、忘れていたメタ知識を引き出す。どの肉質が弱いのかを理解する。どの方向への攻撃が弱いのかを理解している。

 

 その知識を駆使して、徹底したメタと先読みによるハメ殺しを行う。鍛えられた技術で攻撃を切り裂き、無効化し、そして着実に追い詰めて行く。古龍には存在しない概念で、古龍のスペックを利用して追いつめる。

 

 その姿は異形の肉体と合わせ、第二の悪魔に相応しい物をしていた。それがドゥレムディラを着実に蝕み、力を削ぎ落していた。着実に攻撃の一つ一つを見極め、モーションを観察する様に学習して行く。そしてその上で対処し、切り捨て、一歩、また一歩近づいて行く。本来のハンターの動き、サバイバーと名乗る男が理想とする流れを古龍のスペックで行っていた。

 

 手札の一つ一つを丁寧に潰し、そして確実に一撃で殺せるラインまで追い詰める。着実に。

 

 ドゥレムディラがサバイバーの奪還を目的としている以上、本気で地形を消し飛ばすような攻撃を彼女は行えず、常に逃亡を警戒しなくてはならない為、その攻撃は本気のものと比べれば何段階かレベルが下がる。それでも既に人類相手であればオーバーキルと表現できる領域まで出力を上げて放っているのは事実だった。逃れられない、面制圧の攻撃を連続で放ち続けながら高速で移動し、氷を壁や障害物として生み出して行く。

 

『吐き出せ、喰らったものを……!』

 

 言葉とともに壁を生み出し、動きを止めながら雷撃を落とし、そして回避する場所を予測して口から紫電のブレスを薙ぎ払うように放つ。だがそれすら四本の骨刀で斬り払い、道を開け、障害物を足場に多元的な移動を行い、回避と同時に接近の攻撃動作に入る。

 

 ありえない程に柔軟で、そして的確な動きだった。それにドゥレムディラ自身が少しずつ追い込まれているのが自覚出来ていた。逃亡すればまだ何とかなる。それを彼女自身が理解していた。だがそれを手段として択ばないのは、彼女自身が獲得した愛が、恋が、その執着心がここで逃げる事を良しとしないからだった。未熟で、そして目覚めたばかりの少女とも言える古龍は、感情と行動を切り離せる程柔軟ではなかった。

 

 故にそれを理解しつつ理解しないマガラの怪物は、一個一個、ドゥレムディラの技を見切って学習し、そして一歩、殺すのに近づいていく。学習し、経験という糧にする事で自分の次の戦いまでに技術として身に着ける。それを狙うだけの賢さと理論を兼ね備えた、理想の怪物だった。

 

 故にこのまま、戦いが続けばドゥレムディラは順当に戦い―――死ぬ。それは相性差の問題ではなく、純粋にドゥレムディラがマガラに本気で手出しできないという事にあり、()()()()()()()()()()()()()()という事の証でもあった。

 

 だからこのまま戦えば決着はつく。

 

 が―――そうはならない。

 

 戦闘中、不自然にマガラの動きが鈍る。回避動作が僅かに遅れ、雷撃がマガラの表面を焼いた。超活性する肉体は一瞬でその火傷を直すが、その一瞬がマガラの動きを止めた。足を止めた瞬間、その瞬間にドゥレムディラは一気に動きを封じ込める事も出来た。

 

 だが本能的に、違う行動をとった。

 

『―――これだな』

 

 本能に、直感に、そして()()()()()行動だった。龍に呑まれた時取り落とした古代の片手剣、それを龍の姿のまま、尻尾で叩く様に地面を抉って放ち、それを弾丸の様にマガラに突き刺した。

 

 弾丸の様に放たれたそれが一瞬でマガラの肉に食い込み、もはや金冠種の龍と同等のサイズまで巨大化したその肉体の中に突き刺さり、埋まった。そうやって肉の中に沈み込んだ剣は姿が見えなくなり、

 

 マガラの動きが停止した。

 

『……』

 

 その様子をドゥレムディラは足を止め、動きを止め、そして待ち望む様に眺めた。奇跡が起きるのを。彼女に愛というものを教えてくれた存在が再び現れてくれるのを。直感的な行動である故、彼女には何も保証がなかった。ただ、内なる声に従っただけだった。こうすれば、彼は絶対に目覚めると。

 

 だから次に起きた事は、偶然でも奇跡でもない。

 

 必然だった。

 

 全ては最初の出会いから仕込まれている事だった。

 

 古代の怨念、その憎悪を、そしてこの地に眠る者を知る龍が存在した。それに直接関わり、そしてそこに眠る想いを知る龍がいる。彼は思考した。遠い未来となった今でも、人と龍は共に生活する事は出来ない。そして目覚めの時は来ている。トライ&エラーでもいい、失敗前提で繰り返し、最適解を見つける事でこの箱庭を終わらせる必要があるのだ、と。

 

 故に人間性の欠片もない龍は実行した。人権とかいう概念を嗤いながら無視した計画を。だが龍は同時に知っている。人間という生き物はどこまでも愚かで弱いが、それでも時折、龍には絶対届かない領域へと飛翔する事も、まるで理解出来ない現象を起こす事さえもあるのだ、と。

 

 その可能性を紅龍ミラバルカンは忘れない。

 

 その可能性が引き起こすものも忘れない。

 

 そしてその可能性を引き寄せる人間という種の強さを、常に期待している。

 

 故にミラバルカンの計画は最初から最後までが、全て計画通りに進んでいる。一番苦労したのは計画に生き残れる人間を選別する事だった。それを繰り返し、そして不運にも耐え切れる人間が出現した。故にその人間を主軸にミラバルカンは敵を、経験を、環境を、物語を、そして憎しみを与える自分自身を与えた。そしてその上で隠蔽なんてことはせずに、手札を隠そうともしない。

 

 人そのものは嫌いだが、その可能性をミラバルカンは好んでいた。

 

 そこから生み出されるものを、その龍は愛していた。

 

 故に愛するからこそ、どうやって生まれて来るのかを、それは良く理解していた。友と、愛と、試練と、そして覚悟。そのエッセンス、組み合わせ、その配合によって人間は限界を超えた結末を見せてくれる。

 

 そう、()()()()()()()に動いている。

 

 故に、

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一閃だった。

 

 それはマガラの内側から放たれたものであり、内側から外へと向けて放たれた斬撃だった。マガラの体の内側から開け放つように放たれ、体を内側から切開されて毒々しい色の血液をマガラは吐き出した。そしてその隙間から飛び出す姿が見えた。

 

 片手剣は幾何学模様を失い―――夢の中を辿る様に黒睡蓮の水晶剣へと姿を変貌させていた。

 

 それを片手で握り、マガラの胸元から飛び出した影は花畑の中へと両足で立つように着地した。風に乗って運ばれてきた布を掴むとそれを腰に巻き、露出していた裸体を隠しながら、ドゥレムディラの正面に立った。

 

 ()()姿()()()()()()()()()()()()()()

 

 鱗も、強靭な生命力もない。人外染みた腕力も存在しない。尻尾もなければ翼もない。鋭い爪も消えている。特別に目が良いわけでもない。上半身は裸体のままで、このまま長時間ここに居れば凍えて死んでしまいそうだ。肉体だって普通の人間の体で、特別頑丈という訳ではない。前みたいに、モンスターの一撃を喰らえばそれだけミンチになってしまう体だった。

 

 ただ、狂竜症に対する耐性があるだけ。その肉体が昔と比べて違うのはそこだけだった。それ以外の変化は一切存在しない、()()()()()()()()()()()

 

「お前を泣かせるつもりはなかったんだ。悪い」

 

 手を伸ばし、ややぼろぼろになっていたドゥレムディラへと手を伸ばせば、それに従ってドゥレムディラが顔を落とし、手に頬を当てて来る。それを感じ取る様にドゥレムディラは目を閉じ、そして無言でそれを受け入れていた。

 

「俺には特別な力はない。ワンパンで簡単に死ぬし、風邪を引いて拗らせたら死んじゃうかもしれない―――お前が助けてくれなきゃ死んじゃうんだ。俺の事、助けてくれないかな」

 

 黒睡蓮の剣を大地に突き刺し、それを杖代わりに体を支えながらサバイバーが言葉をドゥレムディラへと送った。その視線を受けた龍は言葉もなく、天へと咆哮を向け、それを返答とした。

 

「ありがとう、そしてごめんな」

 

 言葉を送り、ドゥレムディラを背後に、黒睡蓮の剣の柄の上に片手を置いた。そしてサバイバーは、その視線をマガラへと向けた。大きく切開された胸は扉の様に閉まって行き、そして再生して行く。その瞳には理性の色が宿り、同時に殺意をサバイバーへと向けていた。明確に敵であると、そう認識する様に。

 

 だがそれを受けてサバイバーが恐れる様な様子は一切見られなかった。

 

 サバイバーには、特別な力は何もない。あえて挙げるのならその剣術が狂っている程度だろう。それ以外は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 それがサバイバーの選んだ理想だった。

 

「特別ってさ、凄いよな」

 

 マガラを見据えながら、サバイバーはそれを言葉にした。

 

 

 

 

「特別であるってのはさ、それだけで凄いんだよ。なんか力があったり、出来たり、強かったりで」

 

 だけど、同時に思うのだ。

 

 特別である事は―――強い、という事は一人で生きて行けるという事でもある。それをこの世界の生活で実感した。俺は誰かの助け無くしては生きて行けなかった。アオアシラ師匠と出会わなければ剣術の基礎を構築する事が出来なかった。アイルー達と出会わなければ生活が豊かになる事はなかった。ミラバルカンと出会わなければ、自分が向き合う事もなかった。

 

 そして狂竜症に感染し、強くなった所で、ラズロ抜きで戦って……凄く、寂しく感じた。こういう時、アイツが助けてくれれば凄い楽だったのに。そう思う事もあった。だけど強いからその必要がない。

 

 それだけ、たったそれだけで寂しく感じられた。

 

 だから、思うのだ。

 

 別に―――身に余る力とか必要ないだろう?

 

「一人で突っ走って寂しく解決するよりも、俺は並んで歩ける方が好きだ」

 

 強くなる結果が孤独ならば、戦う力なんて自分の丈に合うぐらいで十分だ。強くなっても、何もかも解決出来る様になる訳でもない。だとしたら、別に、特別になる必要もないだろう。まだ見ぬ誰かの、世界にとっての特別になるよりは、たった一人の特別でいたいと思うのは間違っているだろうか?

 

 俺は、誰かの前を走る存在で居たい訳じゃない。

 

 求めて、愛してくれる誰かの横を一緒に歩きたいのだ。だとしたら、特別な力は必要ない。ぶっちゃけ、愛されるとかあんまり、考えた事はなかった。それでも自分の責任で悲しませ、そして求められる様になったのだ。

 

 だったら死ぬまで背負って面倒見るのが男という生き物だろう。

 

 だから特別な力は必要ない。

 

 龍になる様な事もしない。

 

 俺には矜持がある―――人である、という矜持が。だから龍にはならない。苦しい事も、辛い事もたくさんあった。力が足りず、嘆く事もあるだろう。だがその全てをひっくるめて、自分は人間という存在なのだ。それでいいと思っている。何十、何百、何千回生まれ変わろうともこの選択肢を変える事はないだろうと思う。

 

 我は我(I am I)、それ以上でもそれ以下でもない。誰でもない自分自身なのだから。他の何かに逃げる事は―――しない。

 

 第一だ、

 

「―――人間じゃなきゃ手を繋ぐって夢を叶えられないだろう」

 

 その言葉にマガラは無反応だったが、ドゥレムディラの方がどこか、笑う様な気配を感じさせる。それ以前にどっかで爆笑していそうなクソトカゲもいるが。まぁ、そこはどうでもいいのだ。俺一人じゃ即死するだろうし、どう足掻いても勝てないだろう。

 

「だから、力を貸してくれ。一緒に生きよう」

 

『―――無論、お前の為であれば』

 

 言葉に、今度は言葉で応えた。やっぱり、良い声をしていると思う。落ち着く声だとも思う。もっと聞いていたい声だとも思う。いや、もっとちゃんと、しっかりと話し合いたい。助けてくれたお礼とか、何をしたいとか、何が好きとか。この数年間、まともに話す事が出来ていないのだ、

 

 ゆっくり、話し合う時間が欲しい。

 

 だからこそ―――目の前の敵は邪魔だった。

 

 倒さなければどうにもならない。貧弱な人間と、そしてぼろぼろになっている古龍が一体のコンビだ。それに比べ、傷を全て再生させ、完全に邪魔となる異物がなくなった結果更に変異と進化が進むマガラの怪物が残されていた。腕は更に一本増える様に生やし、骨刀を握る姿が見える。

 

 醜悪で、そして凶悪な姿をしていた。もはや言葉で語るのは難しい姿をしている。だがアレは同時に、自分の強さへの執着の形だと思えた。もっと強くなりたい、純粋にその自分の心の強さにも思えた。

 

 だから大地に突き刺した剣を抜き放ち、肩に乗せて、言葉を紡ぐ。

 

「……俺は弱いまま、一緒に頑張る事を選ぶよ」

 

 前へと踏み出した。

 

「もう、終わりにしよう」

 

 言葉と共に、自分の《強さ》と決別する為に踏み込んだ。合わせてマガラの怪物が飛び込んでくる。風を生み出し、不可視の斬撃と空気の圧縮による広範囲圧殺を生み出そうとする。だがそれを一瞬でドゥレムディラが妨害する。空気の温度を極端に下げる事で収束した風圧をそのまま凍結、砕いて霧散させる。同時に発生する衝撃を氷の壁を生み出す事で防ぐ。

 

 そうやってドゥレムディラによって生み出された道を、睡蓮の花びらが舞う中一気に飛び込んで行く。速度のそれは少し前までの肉体と比べれば、一段遅くなる。実際、マガラの怪物の方が動きが早く、此方が到達するよりも早く相手の方から接近して来る。

 

 異形体から五つの腕が、五つの骨刀を握り、それを隙間なく放ってくる。絶望的なほどの筋力差から放たれてくる超高速の斬撃、質量と物量差を考えれば生存する可能性なんて欠片もないだろう。

 

 だがそれをあっさりと、見極め―――斬撃の重なった瞬間を一閃で全部斬り払った。その動きに心理的な動揺からか、マガラの怪物の動きが一瞬だけ停止する。或いは理解不能から来る現象に脳味噌が追いつかないから、だろう。だがそれに構う事はなく、骨刀を全て纏めて切断しながらそのまま剣を踏み込んで振り上げた。

 

 マガラの怪物が回避に入る、それよりも早くその顔面を真っ二つに割る。即死には至らせないものの、それだけで接近戦における有利不利を叩き込まれたのか逃げるように一気に飛び退いた。

 

 だがそれが致命傷となる。

 

 飛び退いたマガラの体が着地するのと同時に四肢から凍り付き、固定化された。無論、それはドゥレムディラの絶氷によるものだった。逃げる、という行動はマガラが恐らく、戦闘開始から初めて行った行動だったのだろう。それを逃すほど、ドゥレムディラは甘くはない。一瞬で凍らせてマガラの自由を奪い、そして距離を開ける。射線を通す様に自分も一気に飛び退き、そして紫電が一瞬で空気を焦がす程集まるのを目撃した。

 

『塵すら残さん。消えろ』

 

 言葉と共に閃光が放たれた。凍り付いた姿を一瞬で呑み込み、細胞の一欠片さえも残さず、その姿を消し去った。

 

 後に残るのはその衝撃によって舞い上がった睡蓮の花びらだけだった。

 

 やっと終わった、長い、とても長い付き合いとの決別だった。完全に消え去り、ドゥレムディラの破局によって雲は吹き飛ばされ、マガラによって遮られていた青空が再び覗きだした。それを背に、ドゥレムディラへと振り返る。

 

「ただいま」

 

『……おかえり』

 

 ドラゴンメイカー、俺は―――人として龍と一緒に生きてゆくよ。




 さようなら強さ、弱さを愛する事にするよ。一緒に生きるには重すぎるから。

 クソトカゲの想定は最大で3ルート。マガラに飲まれず耐えきった、そのまま怪物を完全制御したルート。飲まれ、転生に失敗した怪物が暴走する形のルート。そして最後に転生に成功し、そこで新たな龍として転生してレムりんと並ぶルート。

 この中に弱さを愛して、何も特別な力のない人のまま龍と並ぶという想定は完全にゼロだったので爆笑している。ここからどうしようと思いつつも大爆笑を止められない。

 飛んできた布はクソトカゲから。

 次回、お前の顔面にドロップキック。


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5年目 冬季 ただいま

 拠点に戻ったら大量のアイルーに飛びつかれた。どうやらクソトカゲによる超不穏実況があった上に、霊峰での戦い、その一部始終が破壊の痕跡として見えてしまったらしく、それが不安を煽ったらしい。そのせいで不安に陥っていたアイルー達が作業を投げ出して飛びついてくるもんだから一瞬で毛だるまのモフモフになって大地の上に倒れてしまう。笑いながらその姿を受け入れ、抱き着いてくるにゃーにゃー言っているモフ溜まりを抱き返す。

 

「ただいま」

 

「お帰りニャ!」

 

「ニャーは死なないと信じていたけどニャ!」

 

「心配せやがってニャ!」

 

「ニャニャニャニャニャ!!」

 

「ニャニャ! ニャ! ニャァ!」

 

 言葉を忘れて喜んでいる奴まで居る。本当に心配させてしまったんだなぁ、と思いつつアイルーを抱えて立ち上がると、ラズロがやって来て、引っ付いているアイルー達を引き剥がし始める。そしてそれと入れ替わる様に、先生と工房長猫が此方に服を渡してくる。それに足と袖を通す。

 

「なんだ、全部ぶっ壊してきたのか……まぁ、前よりもいい面になってるから許すニャ」

 

「良くぞ、良くぞ帰って来たニャ。ゴア・マガラ化の狂竜症最終段階、そこから復帰するのはまさに前人未到だニャ……本当に良く戻って来てくれたニャ」

 

「これが人間の底力、ってやつよおおおおお―――」

 

 ウリ坊に跳ね飛ばされた。そのままホルクにタッチダウンを決められ、そして子レウスに押さえ込まれた。そのままマウントを取られると顔面をべろべろに舐められる。獣だからおそらくはより強く、どうなっていたのかを感じ取ってしまっていたのだろう。そしてそれが完全に解決されてしまった事も。だからその喜びようは凄まじく、全く抜け出せない。

 

「ちょ、ま、やること、ある、ストップ! スタァァップ!!」

 

 止まらない顔へのキッスをどうやって抑え込もうかと思ったが、のしかかるホルクとウリ坊の姿を、持ち上げる姿が見えた。

 

 ドゥレムディラだ。片手でウリ坊を掴んで持ち上げ、もう片手でホルクを掴んで持ち上げる。そしてそれを退かしてから手を伸ばす。その姿は何時の間にかローブを纏っていた。どうやら押し倒されている間にアイルーから受け取ったらしい。

 

「大丈夫か」

 

「ありがと」

 

 引き上げられつつ、べっとりな涎を新しく貰う布で拭いて落とす。苦笑しながら化身体(アバター)のドゥレムディラに感謝し、衣服の乱れを正す。まぁ、上を着て下を履くだけなのでそこまで苦労はない。それにしても予想以上に心配されていたんだなぁ、と態度で解ってくる。まぁ、でも、一年間一緒の空間で暮らして来た仲間なのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。そうやって考えされていると、ハルドメルグのローブ姿が見えた。

 

「ふふふ……どうやらあの憎いド畜生を見事尊厳を破壊しつつ始末したようですね」

 

「そこまでティガ嫌いだったのか……」

 

「えぇ、まぁ、色々と奪われた上で何度も食われましたからね。此方が本気を出せない事を良い事に……」

 

 まぁ、《斬虐》の技や技術、その動きはハルドメルグを喰らいつつ学習した事だ、それを考えるとやっぱりハルドメルグとしては憎しみを覚える相手ではあったんだろうなぁ、と理解できる。それはともかく、ハルドメルグはいいのだ。それよりも文句を言ってやりたい奴がいる。

 

「あのクソトカゲはどこだ」

 

「あそこです」

 

 ハルドメルグが指さしている方角を見る。

 

 そこにはテーブルに向って倒れているクソトカゲ、ミラバルカン・アバターの姿が見える。その姿を確認する為に近づき、力の入っていない体を見て、そして首に触れて確かめた。

 

 脈が止まってる。

 

「し、死んでる……!?」

 

「そいつを今から全力で殴り飛ばす予定ではなかったのか」

 

「いや、そのつもりだったんだけど……」

 

 間違いなく、もう一度脈を確認するが、死んでいる。確実にこいつは今、死んでいる。その事実に困惑が隠せない。答えを求めて視線をハルドメルグの方へと向ければ、ハルドメルグが頭を横に振る。

 

「爆笑しながらマシュマロを食べるから……」

 

「うっそだろお前。古龍がマシュマロで死ぬのかよ」

 

「死ぬらしいです。私も初めて見ました。驚愕の事実ですね。いえ、まぁ、化身体ですからある程度はヒトの機構に沿った生態をするのですが……死亡するのは知ってても、このケースは初めてです……」

 

「……」

 

 ドロップキックでも叩き込むか、顔面に拳の一発でも叩き込んでやろうかと思ったが、止めた。それよりも一生マシュマロに殺された龍としてネタを使って弄り倒してやることにする。たぶんその方がもっとすっきりする。なのでこっそりと、マシュマロで死亡するミラバルカンというパワーワードを心の中にしまっておく。こいつに関しては適切なタイミングで取り出して、ミラバルカンの尊厳を完全破壊するのに使う事にする。

 

 そう思ってクソザコマシュマロトカゲを見下ろしていると、その姿が動くのが見えた。どうやら蘇生したらしい。

 

「む、俺とした事があまりに面白すぎる光景に面白すぎる不注意を……ふふ、駄目だ……俺の死にざまが面白すぎるな……!」

 

「無敵かよこのクソトカゲ」

 

 まるで脅迫材料にならなかった。ただ、まぁ、マシュマロ死とかいう新しすぎる龍の死因が確かに面白すぎるので、ワンパンは勘弁してやろうと思う。事実、一回死亡しているし。これほど命の安い生物も珍しいよな……と思いながら、軽く溜息を吐いて、そしてクソトカゲを見下ろしてやった。

 

「どうよ」

 

 その言葉にミラバルカンは椅子に座り直し、足を組み、そして此方とドゥレムディラを交互に見比べ、小さく笑い声を零しながらそうだな、と声を零した。

 

「完敗だ。俺の予測、予定、或いは計画。それを上回るという意味ではお前の完全勝利だよ」

 

 そう言うミラバルカンの表情は寧ろ晴れやかだった。懐かしさに目を細める様であり、眩しさに目を細める様な、そしてそれを純粋に楽しむ、そんな表情を浮かべた。その瞬間だけ、いつもの人間性が欠片も見当たらない姿ではなく―――遠くを慈しむような、父性の様な物を、ミラバルカンからは感じられた。だがそれも一瞬だけであり、その時にはもう普段のクソトカゲに戻っていた。

 

 そこで、クソトカゲはで、と言葉を置いた。

 

「どうするんだ?」

 

「どうするんだ、とは」

 

「いや、何も強さの無い人間になってどうするんだ。残りの二体、そして残りのメフィストフェレス。その討伐をお前はどうするつもりだ?」

 

 クソトカゲが口にしているのは約束の事だ。こいつと纏めた話はシンプルだ。メフィストフェレスを討伐したら、なんでも願いを叶えられる範囲で叶えるというものだった。当然、地球に帰りたいのなら帰してくれるという約束だ。ここから脱出する事にも、手伝ってくれるという話だった。メフィストフェレスさえ、討伐すれば。それがミラバルカンとの約束であり、契約だった。そして彼は言っている。

 

 俺がこうやって、もはや龍の力を振るえない以上、絶対に他の絶種にもメフィストフェレスにも勝てないのだ、と。

 

「それともどうする―――幼い姫の力を借りるか? 俺はそれでも構わないぞ。元々利用する気だったしな」

 

「む」

 

 ミラバルカンの視線がドゥレムディラへと向けられ、その発言に少しだけ、彼女が怒りを見せるのが解った。だけどそれをまぁまぁ、と片手で制して落ち着かせる。今のは割と態と挑発したよな、と思いつつ、言葉を口にする。

 

「その心配は必要ない。俺に秘策がある」

 

「ほう、それはそれは……で、その秘策とは?」

 

 言葉の続きを求めるミラバルカンに対して、サムズアップを向ける。

 

「―――俺と、一緒に戦おうぜミラバルカン」

 

 サムズアップを浮かべたままその言葉をミラバルカンへと向ければ、その化身体は、完全に予想外の事を告げられたのか、フリーズし、そして確かめるように口を開いた。その姿がなんとなく、面白かった。

 

「貴様は……今、なんと言った」

 

「俺を助けてよ」

 

「何故俺が貴様を助けなければならない」

 

「寧ろお前が助けない理由の方がねぇだろ」

 

 これを始めたのはミラバルカンだ。そして巻き込んできたのもミラバルカンだ。そして静観せずに乗り込んできたのは()()()()()()ミラバルカンだ。だからこそ、ミラバルカンに全ての責任がある。だがこいつはそれを別の方向に歪めて、今のかたちを作った。それも俺が力を全て捨てて、弱い人間として生きるという事を選んだ時点で崩壊している。ミラバルカンから見れば、俺が第二の悪魔か、或いは新龍として戦い、メフィストフェレスを倒す方法は失われた。

 

 リトライするだけの時間はない。

 

 だから結論、ミラバルカン自身が動かなければならない。

 

 まぁ、だが、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 大事な所はもっと別の部分にある。だからいいか、とミラバルカンに言葉を向ける。これはミラバルカンが蒸し返した事であり、そして責任はミラバルカンにあるもんだと思っている。だけど究極的にはそれを背負う必要もないし、そして無視して去って行く事も別に構わない。だから責任放棄するのも別に、いいのだ。

 

 それは一切責めない。

 

 ミラバルカンは全てを放棄してあー、疲れた、と帰ってもいいのだ。そうされたらまぁ、クソトカゲだしなぁ……と思いつつ、ドゥレムディラに別の大陸にまで乗せて貰って俺は逃げる。

 

 だけどこれはそういう話じゃないだろ。

 

「いいか」

 

「なんだ、言ってみろ人間。俺を説得する言葉を」

 

 挑発的に放ってくるミラバルカンに、クソトカゲに言葉を返す。こいつに対して繰り出す理由というのは、とてもシンプルなもんだ。

 

「幸福を祈られたお前の友達の娘じゃねぇか。友達だって思ってるんだったら最後まで面倒見なきゃダメだろ」

 

「―――」

 

 とてもシンプルな話、ドラゴンメイカーと、ミラバルカンは知り合いだった。あの語り口の軽さからは、それなりに親密な―――友人、と呼べるぐらいの関係はあったと思う。なのに利用する形でこうやって引っ張り出したのだ。しかも失敗している。そして今、その子が幸せになろうとする道を見出している。だとしたら、

 

「あの時代、楽園の本当の形を知っている龍の義務だろ、それは」

 

 それを覚え、そして伝えるというのは広まって欲しいから、という願いから来る。

 

 それを言葉に出して話にするというのは、自分が忘れない為の行いだ。

 

 ミラバルカンはどうしようもないクソトカゲだ。人間性は欠片もなく、そして事情なんてものをまるっきり考慮しない。それでいて俺がルールだ、と言わんばかりに暴君として振る舞う。最悪なのはこいつがそれを一切直そうとする事をしないという点だ。最初から最後まで最悪だ。だけどこいつは確かに、文化を愛している。人類は愛していなくても、その生み出した文化を愛しているのだ。

 

 こいつは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 こいつの文化に対する愛の源流はそこなのだ。こいつは人と龍が一緒だった時代に、人から文化というものを学んだ。そしてそれを今も愛し続けているのだ。それがドラゴンメイカーとの会話を通して、漸く解った。欠けていたピースが揃った気分だった。何故、ミラバルカンがする必要もない、こんなことをしたのか。何故、態々こんな面倒な形でミラバルカンが状況を整えたのか。

 

 答えは簡単だ。

 

 期待していたのだ。ありえない結末を。もう二度と戻らないと知りつつ。そしてそれを今、突きつけている。だから言葉がなく、動きを作らない。

 

 だから、と言葉を作る。

 

「お前も一つ、ダチの娘の為に恰好良い姿を見せてみろよ」

 

 少なくとも、ドラゴンメイカーたちは凄く、格好良かった。あの人たちは最後の最後の瞬間まで龍との共存を信じていた。遠い未来に、また人と龍が一緒に暮らせる事を信じていたのだ。そしてそれを信じて、ドゥレムディラという最終竜機兵を生み出した。彼女には凶悪な力が備わっている。だけどそれだけだ。

 

 強烈な悪意や狂気、汚染、殺戮衝動。

 

 生物兵器に必要な要素を全てロストしている。

 

 最初から、それが不要だというようにオミットされている。だからそういう事なのだろう、と思っている。彼女は最初からそうだった。狂気の中で、しかし祈りを込められて生み出された子だったのだと思う。それがミラバルカンの友人、ドラゴンメイカーとも呼べる人、人達の最後の成果であり、夢だった。

 

 それを友人として、未だに忘れない者として、守る義務がミラバルカンにはあると思う。

 

 今更、全部忘れましたで済ませるのは―――余りにも、矜持が無さ過ぎる。

 

「だけどまぁ、それでもまだ不満なら……」

 

 そうだなぁ、と呟く。

 

「その内、全部終わったら飯屋でも開こうと思ってるんだ。そこでただ食いする権利とかどう?」

 

 もちろん、一回当たりの制限は付けるけどな、と言葉を付け加えながら言葉をミラバルカンに放った。どうだろうか、結構推理はロジカルに纏めたので当ってると思うのだが。まぁ、これでダメだったらダメだったで、ドゥレムディラと二人で絶種討伐デートに出なきゃいけなくなる。

 

 デートで心臓が止まりそうな程緊張しそうだ。

 

 文字通り。

 

 そこまで言った所でミラバルカンの反応を待っていると、表情をきょとんとさせていたミラバルカンが片手で顔を覆った。そしてそれに呼応するように空気が震え始めた。その気配にハルドメルグが逃亡し、次にアイルー達とペット達が逃亡し始めた。ドゥレムディラと視線を合わせるが、ドゥレムディラは肩を揺らすだけだった。空気が熱によって震動するのを感じ取りながら、

 

「俺に、責任を取れ、と言うのか」

 

「今ならサービス付きだよ」

 

「責任を果たせと、人間がそう言うのか」

 

「人間だから言ってんだよクソトカゲ。ニートをキメてないで働け」

 

 ミラバルカンの紅い視線が此方を射抜く。嘘は許さない、という威圧感と共に。

 

「お前が、それを俺に言うのか」

 

 まぁ、ミラバルカン自身がそれをどう思っているかは解らないし、それでもお互い、結構馬鹿をしながらここで長い付き合いになって来たんじゃないかなぁ、って思っている。だからサムズアップと一緒に最後の言葉を贈る。

 

「俺達友達だろ」

 

 少なくとも、お互いに遠慮なくクソって言い合える関係は友達になるよな、って思う。自分は少なくとも勝手にそう思っている。人間性を欠片も持たないこのクソトカゲの事を、

 

 俺は、割と嫌いじゃなかった。

 

 その言葉にミラバルカンがくつくつと喉を軽く鳴らし、少しだけ間を置いてから、

 

「く―――はっはっはっはっはっは

 

 大爆笑をし始めた。何が琴線に触れたのか、その一切が理解出来なかったが、まるで世界最高のジョークを聞いてしまったような態度で、ミラバルカンは爆笑し始めた。片手で目を覆い、もう片手で腹を抱える様に爆笑する。その感情を受け取る様に空気が暖かくなり、少しだけ、大地が震える様なものを感じた。その様子をドゥレムディラと二人で並んで、少し引きながら眺めていた。

 

 しばらく、空気と大地を震わせるように笑い続けたミラバルカンは目の端から涙を零しつつ、過呼吸に陥りそうなのを少し整えてから、視線をドゥレムディラへと向けた。

 

「幼き―――いや、もうそうとは呼べないか。確かお前の事をアルマと呼んでいたな」

 

 それは外国語で魂、という言葉の意味なのだが……それをどうやら、ミラバルカンも、頷くドゥレムディラも名前として受け取ってしまったらしい。心の中でうわぁ、と声を零しながらもミラバルカンがドゥレムディラ―――いや、アルマに問いかける。

 

「アルマ。貴様は何を求める」

 

「私は自分の見つけた愛をもう手放したくない。共に居たい。離れたくない。それだけだ」

 

 そう言うとアルマが此方に身を寄せ、片手で此方の腕を掴んでくる。地味に握力ドラゴンなので指が腕に食い込んで痛いのだが、そこは男の子なので涼しい顔をして我慢する。あ、家の方からテオ・テスカトルが解る、って感じで頷いている。

 

「……人と龍、種族が違うぞ」

 

「それでも、私は共に在りたい。私は彼と……この雄と一緒に居たい」

 

 アルマの言葉に、解った、とミラバルカンが頷いた。

 

「お前がそう言うのならもう問うまい。もはや貴様も白痴の姫ではない。外を知り、愛を知り、そして世界を今、知った。もはや白痴のまま、縛られて生きる安寧の時は終わった。お前がそれを望むのであれば、一柱の古龍として俺はそれを認め、そして歓迎しよう―――お前の父の代わりにな」

 

「クソトカゲお前……」

 

 その言葉はほとんど答えの様な物だった。自分の責任を認める、という言葉に近かった。まさか本当に認めるとは、と思いもしなかった。だがその此方の呟きに、ミラバルカンが言葉を挟み込んだ。

 

「―――」

 

 それは人の言語ではなく、古龍達の言葉、龍言語だった。ハルドメルグやミラバルカンが話し合うのに時折聞いたりする、特殊な龍達の言語だった。それを短く、ミラバルカンは此方へと向けてから、もう用事は済ませたと言わんばかりに立ちあがって背を向けた。

 

「俺の名前だ。少なくとも俺の友を名乗るなら人に付けられた名ではなく俺の名を知っておけ……お前も、名が無いんだったら新しく考えておけ」

 

 そう言葉を残し、ミラバルカンは姿を消す様に歩き去った。その背中姿をしばらく、ずっと追いかけるように消えた虚空を眺め続け、

 

「なぁ、アルマ」

 

「どうした」

 

「今のは……どういうことだろ?」

 

「友であるという事に対する答えだろう」

 

 アルマの言葉にそうだよなぁ、と呟きながら、腕を組み、呟く。

 

「伝説の紅龍がツンデレマシュマロ窒息クソトカゲってギルドが知ったらどうなるんだろ……」

 

「止めるニャ。この世の地獄をメゼポルタに生み出そうとするのは止めるニャ。もう既に情報過多で殺せる状態だからそれ以上いけないニャ」

 

 帰って来た先生の突っ込みを受けつつ、首を傾げた。なんというか……滅茶苦茶、意外だった。まさかストレートにデレるとは思いもしなかった。

 

 しかし、悪い気は一切しなかった。




 その龍は、見た事、聞いた事を忘れない。

 ツンデレマシュマロクソトカゲ。

 何故文化を愛しているのか、というのを書かなかった。だけど古代文明の生活に混じっていたというのは書いていた。そう、つまり伏線は既にあったという訳で。クソトカゲが文化を愛した、というのは彼がかつて、龍と人の文明から生み出された文化を愛し、そしてそれを忘れないように自分の中に記録し始めたのが始まりだった。

 一番のロマンチストでリアリスト。こうなったらいいなぁ、と願いながらもあり得ないと解っているので最適解を実行する。

 その結果、馬鹿が龍と生きるとか言い出したので嘘だろお前、と爆笑している。クソトカゲは再び、遠い夢を見た。

 次回、君と俺の名前。


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5年目 冬季 白蒼の湯

 やっと、休める。

 

 長い、とても長い一日だった。絶種ティガレックスと戦い、マガラの意思に呑まれ、怪物になりながら精神世界を駆け抜けて、そして最終的に転生し、人となってドゥレムディラ=アルマと生きると決めて、そしてミラバルカンを説得した。本当に疲れる一日だった。まだ絶種討伐と、そしてメフィストフェレスの事にケリを付けなきゃいけないのは解っているが、それでも本当に疲れる一日だったのだ。

 

 少し、ゆっくりさせて貰っても文句はないだろう。

 

 頭の上に手ぬぐいを乗せながら、肩まで湯船に浸かってゆっくりと体の疲れを癒す。第二拠点には川から水を引いて作った、お風呂がある。アイルー達が頑張って作成してくれたものだ。何やらユクモ村の温泉を参考にしているらしく、ハンター用に疲れを取りやすい様にしてあるらしい。温泉の素みたいなものを先生が調合しているおかげで濁り湯になっており、露天になっている湯には花が浮かんでいる。

 

 このまま、自然の景色を眺めながら浸かれる良い湯になっている。こういうのをサクサクと作成出来てしまうあたり、あのアイルー達が只者……いや、只猫ではないのは明白だ。本当にいてくれて助かった。そう思っている。こんな豪華な風呂、アイルー連中が居なきゃ一生味わう事も出来なかった。

 

「あ゛ー……だけど色々と現実的になって来たなぁ」

 

 風呂のふちに背中を預け、両腕をその上に乗せる様に広げながら、ふぅ、と息を吐いて考える。新しい体はすこぶる好調であり快調、傷が一つも存在しない、ピッチピッチの新品だった。おかげで体に力がみなぎるのを感じられる―――人間の範囲で。ここにマジカルでファンタジーな力は()()()()()()()()()宿()()()()のだ。そう決めたのは自分だ。そういうのを全部、龍に預けると決めたから。

 

 だから体を鍛えるのはいい。

 

 技術を磨くのもいい。

 

 だけどその結果、ハンターの様な特殊な能力に目覚めるような事は永遠にありえない。唯一の抜け道は特殊な武器や防具を装備する事で活用する……ぐらいだろうか。装備品自体が特殊であれば、その力を借りる事も出来る。

 

「そこらへん、どう思う?」

 

 風呂の横の大地に突き刺した黒睡蓮の剣を見た。透き通るような黒い睡蓮を思わせる剣は大地に突き刺さった状態で、実際にその周囲に黒い睡蓮を咲かせていた。不思議なもんで、この剣は突き刺した周辺、或いは引き抜いた状態で握っていると周りに黒い睡蓮を咲かせ、刃を振るうと睡蓮の花びらが舞うのだ。

 

 物凄いファンタジーな武器だった。

 

 ちなみにそれ以上の特殊な能力はない。ただ恐ろしく頑丈で、良く斬れて、そして美しい。それだけの剣だった。もう、この中に古代の怨念も、ドラゴンメイカーたちの魂も残されていない。それらは全て、マガラの怪物と共にアルマが塵の一つすら残さず消し飛ばしたのだから。せめて、来世では楽しく、そして幸せな場所で生まれてきて欲しいと願う。来世の概念がこの世界にあるかは解らないが。

 

 それでも異世界概念は存在するのだから、これぐらいはあり得るのだろうと思う。

 

 ただ、まぁ、

 

「名前……か」

 

 我は我である―――その我、を定義するのが名前というものだ。だから、まぁ、名前とはそれなりに大事なものだ。ミラバルカンの本当の名前を龍言語で聞かされ、それを教えられたという事は認められている事……だと自惚れたい。名をお互いに交換するのは、対等である事を示す為の言葉だったと思いたい。

 

 だから自分も、あのツンデレマシュマロクソトカゲに名前を返さないと駄目だ。

 

「だけどなぁ、俺の名前ってなんだっけ……」

 

 手拭いをずらして、それで両目を覆いながら空を見上げる様に顔を上へと向ける。名前は、大事な事だ。だけどそれを自分は忘れてしまっている。あの精神世界でもそれを思い出す事はなかった。自分が誰であるのか、どういう名前だったのか、どういう存在だったのかが、割と曖昧になっている。だからこそ生き延びる者(サバイバー)、なんて風に名乗っているのだ。

 

 名前が個人を定義するのであれば、そう定義すれば生き延びれるかもしれないから。ただ、まぁ、これから先の事を考えるとナナシのサバイバーと名乗るのも問題はあると思う。街に行った時、何て名乗ればいいのかわからなくなってしまう。なので、ちゃんと名乗れる名前が欲しくなってくる。

 

 ドゥレムディラ……彼女はアルマ、という名前になった。それは外国語の言葉で《魂》を意味する。だがその言葉では終わらない。アルマ・マータ、言葉を最後までつなげる事で《愛》とも《母性》とも意味を変える。それはそれで、素敵な名前だと思う。あの時勢いで投げた言葉が、ちゃんと彼女の名前になったのだから。

 

 彼女は生み出された存在でも、確かに(Alma)がある。

 

 その魂で愛を知って、そして誰かを愛せる母性を持って欲しい。きっと、生まれた時に愛されていた彼女であれば、誰かを愛し、命を慈しむという事が出来る筈だから。まぁ、現状、自分がその愛される対象なのだが。

 

 ロリ巨乳無垢ドラゴン娘だぞ。フェチズムの塊だ。

 

「……いや、まぁ、嬉しいけど」

 

 それ以上に責任感を感じる。解き放った者として、龍と一緒に生きる事を決めた者として、そして人に生み出された龍である彼女の事を考えて。彼女の未来の事を考え、少しだけ、後悔する。果たして自分の様な男で良かったのだろうか、という話だ。だが結局のところ、彼女は俺を愛している、と言ったのだ。だとしたらそれに応えるのが男というものだろう。

 

 今更、見捨てる事なんて出来ない。最後まで面倒を見るしかないだろう。

 

「でも、まぁ、名前か……どう名乗ったもんか」

 

 名前は親が子に与えるものだ。

 

 それが二つ目の、そして尊いものだ。どうやって育って欲しいのか、どういう子に育って欲しいのか。それを願って与えるものだ。命の次に与えられたプレゼントだ。そういう意味ではアルマ、という名前を彼女に与えられたのは良かったのかもしれない。生み出されてもなお魂のある存在、と彼女はなれたのだから。だが問題は自分だ。

 

 どう名乗ればいいのだろうか?

 

 英名か? それとも日本名か? この世界風にすればいいのか? モンスターハンター世界でも名称はかなりごっちゃだ。その事を考えるとネーミングというのは結構、難しい話だ。これからずっと、他人に対して名乗り続ける名前でもあるのだ、何時までもサバイバーと自分を呼ぶ事も出来ない。だとしたら何か、他人に誇れる名を自分に欲しい。

 

 ……だけど他人に誇れる名、とは何だろうか? 歴史上の有名人の名を取ってもちょっと……なんというか自意識過剰だし、だからと言って響きがかっこいいからそういう名前にするのというのは、ちょっと子供っぽすぎないだろうか?

 

 というか他の転生者君たちは恥ずかしさを覚えないのだろうか、自分で俺の名前は神なんとかと名乗るの。俺の場合、そうなったら一生偽名で生きて行く覚悟がある。忘れてはならない、名前は《祝福》なのだから。

 

 名は体を表し、存在を定義し、そして命を祝福する。

 

 だからかっこいいとかじゃなくて、名前は真面目に考えなければならない。自分という存在を定義する言葉―――アイ(I)とか? それは余りにシンプル過ぎるか、と少しだけ悩む。どうしたもんか、

 

 そう思いながら少しだけずれる手ぬぐいの隙間から、黒睡蓮の剣が見えた。

 

「睡蓮……リリーは女の名前だな」

 

 ウォーター・リリーは英語、ニンフェアはイタリア語……此方も音は女の名前だ。ニュンペーもダメ。男らしくない。

 

「睡蓮がダメなんだな、男らしいイメージに届かない……となると男らしい花は……」

 

 記憶を漁り、考える。

 

「あっ、思い出したわ」

 

 Sword Lily、つまりは剣の睡蓮と呼ばれる花が存在した。尖った葉やつぼみが剣の様な花だ。

 

「グラジオラス。まぁ、悪くないんじゃないかな」

 

 此方の世界に存在しているのかどうかは別として、グラディウスという武器から名前が流れを組む花だ。ソード・リリーという名前を持ち、そして剣をモチーフにした花、その名前は睡蓮の剣を持つ自分には相応しいものがある様に思える。グラジオラス、グラジオラス。

 

 何度か、呟く様に繰り返し、馴染ませる。自分の新しい名前だ。花言葉の意味は《勝利》、そういう意味でも相応しい名前ではないだろうか? 勝ち続けなきゃ死んでる人生だし。というか一度人生卒業して龍生に突入したし。まぁ、いい感じの名前だ。

 

「今日から俺はグラジオラス―――うん、悪くない」

 

 家名の方はまだ、考えなくてもいいだろう。ただこれでミラバルカンに返す自分の名前を思いついた。これでちゃんと、ミラバルカンに正面から覚える為の俺の名前を叩きつけられる。その時が地味に楽しみだ。一体どんな表情で迎えてくれるのだろうから。風呂からあがったら早速、叩きつけてやろう。そう計画した所で、

 

「そうか……お前の名前はグラジオラスというのか」

 

「ん? あ……アルマか」

 

「うむ」

 

 聞こえて来たアルマの可愛い声に、どう反応したもんか、と一瞬だけ悩んだが、思えば彼女にはここでの生活をずっと見られているもんだから、今更ながら、焦る必要もないという事に気付き、息を吐きながら手ぬぐいをずらして頭の上に乗せ直した。そのまま風呂の中に肩まで沈めつつ、風呂に片足をちょんちょん、と差し込んでいる裸のアルマの姿を見た。

 

 龍として育ったせいか、裸を晒す事に何の抵抗もないので、胸や恥部が隠れる事無く晒されている。それを見ていると女である、というのは解る。だがその堂々とした姿は、見た目は女でも、中身が龍であるというのを感じさせる。

 

 なんというか、そうである事が自然の様な振る舞いなのだ。

 

 だけどお湯を確かめる湯に足先で確かめている姿は、やっぱり可愛い。湯を足先で触れるとそれに軽く震えて足を引っ込め、此方を見てから、もう一度足先を伸ばす。

 

「……どうしたんだ」

 

「いや、その……これが暖かいという感覚なのか。未知で長時間触れるのが少し……」

 

「可愛い過ぎかよ」

 

「……?」

 

「いや、俺が入っているのを見てるだろう?」

 

「う、うむ。お前がそうなら大丈夫だろう……うむ」

 

 うんうん頷きながら足をちょんちょん、と付けてから意を決し、足を湯船の中に沈めた。目を閉じ、やや体を強張らせる様に震わせながら足先、かかと、足首、そして膝、と少しずつ湯船の中に体を沈めて行く。経験の無さゆえの無知と恐怖、そして未知への体験。恐らく何がどうであるのか、は知っているのだろう。だがそれを体感した事がないからこその恐怖なのだ。

 

 トウガラシが辛いと解っていても、それを食べなきゃ本当にどういう風に辛いのかが解らない。舌が痛くなる、という辛さは経験しない限りは通じないものだ。つまり、今のアルマの状態はそういう状態だ。

 

 ただ、すらりとした幼さを感じるアンバランスな体が湯船に沈んで行くところはどこか艶めかしさを感じる。

 

 そんなアルマは両足を湯船に入れると、肩まで体を沈める。その髪は非常に長く、地面に引きずるような長さをしているのに、一切汚れる事はない、不思議なグラデーションをした色の髪だった。それが風呂の中に入るとふわり、と浮かび上がる。

 

「お、おぉ? おぉ……」

 

 恐らくは人生で初めて、必要のない風呂という龍にとっての娯楽をアルマは味わった。その気になれば汚れる事すらない龍に、風呂はただの娯楽でしかない。それを初めて、体でアルマが理解しているのだろう。湯船に浸かる暖かさと、心地よさ。それに入って数秒してから、目を細める様に緩めるのが見えた。

 

「これは……良いものだな」

 

「だろう? ほら、髪が濡れるからこっちに来い」

 

「うん?」

 

 解っていないようなので、半分ぼぉっとしているアルマを呼び寄せる。広い湯船を軽く泳いでくると、その胸の大きなものが嫌でも強調されてくるのが見える上に、隠さずにそれを寄せる様に正面から近づいて来た。でけぇ、挟むどころか隠れるぐらいあるんじゃないかこれ。

 

 ―――流石ロリ巨乳角種族……!

 

 世界観が違う事を考えつつ、正面からやって来たアルマがその胸を、此方の胸板に押し付けて来た。これは大変宜しくない。色んな意味で。だけどいきなりがっつくのも男として正直、どうかと思う。だからぼーっとしているアルマを掴むと、そのまま反対側へと向けて、此方が開いた股の間に座らせながら、その長い髪を掴んだ。

 

 普通、女は風呂に入る時髪を全部アップに結うらしい。

 

 風呂に入っている間は別に良いらしいが、出た後水気を吸い込み過ぎた髪の毛が体に張り付き、それが気持ち悪いらしい。後、風呂に入っている間に上げてタオルを巻いておけば、その間に髪の毛から水気をだいぶ抜けるという事もあるらしい。

 

「何をしているんだ?」

 

「風呂から上がった時に髪が濡れてたら気持ち悪いだろう? だから濡れないように上げておくんだよ」

 

「その心配をする必要はないぞ。ほら」

 

 そういうとアルマは髪に何かをしたのか、触れてみればそれが全く濡れていないのが解った。任意で汚れないし、そして水気も抜ける。体のコンディションは自由に整えられるのだろう。

 

 ……じゃあなんでマシュマロで死んだんだあのツンデレクソトカゲ。

 

 もしかして古龍マジックに脳味噌回らない程爆笑してたのかアイツ。だとしたら相当大爆笑してたのか、或いは自分の想定を飛び越えられた事がそれだけ嬉しかったのか、そういうレベルで笑っていたんだろうなぁ……。

 

「本当に不思議な生態をしているなぁ、お前らは」

 

「そうか? 私としてはお前の方が不思議に満ちている」

 

 此方に背を押し付ける様に寄り掛かって来ながら、少しだけ此方に振り向きながら、アルマが口を開く。その体温を直に感じる。なんというか……予想よりも、その体は冷たく感じられた。だけどその中には、じんわりとした熱も感じられる。その不思議な体温に、言葉にはしづらい心地よさを感じる。

 

「その脆弱な肉体で、良くもここまで生き残れたものだ。私はそれが不思議でならない。私と比べれば本当に脆く、そして何もできない肉体なのに……こうやって触れると、すごく頼りになるように感じられる。それが……私は不思議ではならない」

 

 更に身を寄せる様に密着してくる。小ぶりな尻が股間に密着するのを感じ、悪い刺激を感じる。だがそれを考慮する事もなく、両手を取ったアルマはそれを自分の手に、抱かせるように回す。

 

「こうやって抱かれると、何よりもの安心感を覚える」

 

「寧ろ俺としてはそこまでお前が気を許している事に驚きだけどな」

 

「私でも不思議だ。だが気付いたらずっとお前を追いかけていた。お前の姿をずっと視線で追いかけていた」

 

 ストーカーかな? と茶化そうと思ったが、雰囲気的に止めた。茶化すような雰囲気でもないし、ちらりと横から見えるアルマの表情は、恋する乙女の様なものをしていたからだ。

 

 ……まぁ、数千年単位で人との交流がなかったのだ。

 

 飢えていたのだろう、誰かとの繋がりに。そしてそれを生き残れたのが俺であり―――彼女に言葉を伝えられたのも俺だけだった。

 

 だから、ある意味必然とも言える結果だった。

 

 ドラゴンメイカーとの事もある、責任は取るべきだろう。

 

「ま、俺に惚れさせた責任は取るから心配するな」

 

「本当か?」

 

「おうよ」

 

「信じていいのだな?」

 

「勿論よ」

 

「そうか」

 

 嬉しそうな声が聞こえた。大人ではあるが、少女だ。知識と記憶だけを与えられ、経験というものが存在しない。だからその言動や発想は大人びていて、だが仕草や反応が少女染みている。

 

 その内面の歪さが、外見に影響しているのだろう。まだ幼い子供の背丈でありながら、アンバランスな発育をしている。その歪みが、こうやって密着していると肌の感触で伝わってくる。肌の冷たさと柔らかさ、その心地よさに姿から来る背徳感というエッセンスが乗り―――実に、そそらせる。

 

 小ぶりな尻に圧迫、挟まれている様な形の逸物が力を持ち始めるのが解る。少しずつ硬度を増して行き、それが尻の下で持ち上がりながらアルマの肌に吸い付く。

 

「……」

 

「……」

 

 それにお互い、無言になる。だが、それも数秒だけだった。少しだけもぞもぞと体を動かして来たアルマが、股の間に逸物を通す様に体を動かして来た。少しだけ体を持ち上げる様に密着し、

 

「交尾、したい……のだろう? うむ、雄はこうなると知っているぞ」

 

 そう言いながら、逸物を掴んできた。そしてそれを自分の秘部へと導く様に腰を浮かばせて向けた。これから何をしようとするのかを即座に察し、その腰を押さえて動きを止める。

 

「待て待て待て! 待て!」

 

「ん? 番いの交尾はこうするのではないのか? 竜共がこうやって交尾していた筈だが」

 

「情緒もクソもない!!」

 

 しまった、本質的に別生物であるという事を完全に忘れていた。見た目はそうだけど中身は別物だよね! そうだよね!

 

 うん……。

 

 少しだけ残念に思いながら腰を少しだけずらす様に下ろして、膝の上で抱える様に支える。体が軽いからか、或いは湯船の中だからか、体は簡単に支えられる。その状態のまま、ちょっと待て、と言葉をかける。

 

「俺も女性経験がある訳じゃないけど流石にこれはない」

 

「ないのか」

 

「うん」

 

「ないのかー……」

 

 しょんぼり、とするアルマの表情を見て、苦笑する。だからという代わりに、彼女を抱く腕を伸ばし、それを彼女の豊満な胸に合わせ、掴んだ。掌に乳首の感触を感じ取り、指で掴む胸の感触に、指先が沈んで行く。ありえないぐらいの肌触りの良さと、心地よさに、これ、溺れそう……と思いつつも、男としてのプライドを保つ為にも、言葉を彼女に届ける。

 

「人には人の交尾の作法があるのさ」

 

「そうなのか?」

 

「そうなの」

 

「そうか」

 

 じゃあ、とアルマが完全に体から力を抜いて、此方に身を預けて来る。

 

「……私に人の交尾の作法をお前が教えてくれ」

 

 女性経験皆無、知識はネット経由で継ぎはぎ―――それでも女に恥をかかせる事は出来ない。

 

 だから彼女の体に獣ではない、人の交尾という物を教える。




 青空の色を知っている、だがそれは思ったよりも青かった。

 無知無垢……良い……とても良い……。知識だけで知っているのは見た事のある、獣や竜の交尾だけ。つまり人間のセックス文化というものは全くご存知ではない。教えて染められる状況……良い、とても良い。

 次回予告とかこの流れでいる???


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5年目 冬季 白蒼の湯 Ⅱ

 女の体は結構デリケートなものだ……らしい。少なくともちゃんと愛撫をして、濡らさないと痛いだけになる。最初の経験が気持ちよくないのは、後のトラウマにも繋がる事を考えたら、なるべく愛撫で体を快楽を受け入れる為の状態にしておきたい。まぁ、いきなり突っ込むドラゴン式セックスの事を考えたらたぶん普通に大丈夫なのだろうが、

 

 それはそれとして、この可愛い子をちょっと蕩けさせてみたい、という願望はある。

 

 だから後ろから掴んで胸を掌全体で感じ取る様に揉み、形を変える。女の胸にこうやって無遠慮に触れるのは初めてだが―――これが女のスタンダードではない事を祈るばかりだった。ありえない程の柔らかさと、そして吸い付くような肌触りが迎えて来た。指が沈み込むという感覚に、まるで呑まれているのではないかという気持ちだった。胸を掴んだらもう離したくなくなるような、そんな感触をしていた。

 

 指に軽く力を込めれば、それに従って形を変えて行く。ここまで女の胸って柔らかくなるのか、とその感触を掌全体で転がす様に揉んで、楽しみながら肌を優しく擦る様に熱を与えて行く。焦る必要はない。最初の愛撫はゆっくりと、性感を高めて行く為にやるのだ。

 

「好きなのか? これ」

 

「それなりに」

 

「そうか……人とは不思議なものだな」

 

 自分の胸が揉まれているのを見て、アルマは不思議そうにしている。愛撫とか前戯の概念はどうやら存在しないらしい。なのでこういう感覚自体初めてなのだろう。そう思いながら左手で胸を揉みつつ、右手をアルマの腹に乗せ、湯の中で腹を撫でる様に動かして行く。

 

 その動きにちょっとだけ、アルマが身じろぐ。

 

「どうした?」

 

「なにか……落ち着く様な、体が熱くなるような、不思議な感じだ」

 

 じゃあこれで間違ってはいないんだろうな、とアルマの胸と、腹を撫でて行き、軽くその首筋に口づけを下ろして行く。首筋に口づけすると明確にアルマが体を震わせ、乳首が勃起し始めるのを感じた。どうやら、首筋が弱いらしい。胸を揉みつつ、右手を今度はもうちょい下へと持って行き、秘部周り、淫核周りの肉をマッサージする様に動かして行きながら首筋を舐め、軽く噛みつきながら口づける。

 

「ん、それは、なんなんだ……?」

 

「唇にするのが普通だけど、人が異性に親愛を伝える一番深い方法?」

 

「成程……なら、唇でしてはダメなのか?」

 

 君のそういう可愛すぎる所ほんと好き。

 

 そう思いながら此方へと軽く顔を向けたアルマの唇に、まずは軽いバードキスを行った。唇と唇を重ねるだけの口づけだ。女の子の柔らかい感触を自分の唇で感じ、たった今、ファーストキスを失ったんだなぁ、と思っていると、アルマが少し、頬を赤くしていた。

 

「不思議だ……唇を重ねただけなのに、こうも胸が熱くなってくるとは。もう一度、いいか?」

 

「何度だっていいさ」

 

 唇をもう一度重ね、もう一度、今度はゆっくりと重ねて、そしてゆっくりと唇を重ねながら、今度は舌を口の中に入れた。驚くものかなぁ、と思ったが、極シンプルに、求める様にアルマも舌を伸ばし、舌先を突っつく様に絡め、そして顔を離した。上気した頬が白い肌に朱を僅かに差し込む。

 

「今のも親愛の表現なのか?」

 

「飛び切り過激な」

 

「そうか……私はこれが好きだな」

 

「俺も好きだよ」

 

 唇を重ね合わせ、舌を伸ばし、それを絡め合いながらお互いの存在を口を通して確かめ合うように重ねる。息継ぎをする様に時折口を僅かに離すも、直ぐに求めてくるようにアルマが口を寄せ、そして唇を重ねて来る。そうやってディープキスを始めると彼女の体が更に熱を持ち、そして興奮する様に感度が上がって行くのが手の中の感触を通して解ってくる。

 

 胸を弄れば彼女の肩が軽く震え、そして陰部周りを触れれば、腰が動く。彼女の体が徐々に、徐々に快楽を受け入れる土台を構築しつつあるのを証明する事だった。

 

「人の交尾の作法か……悪くない」

 

「不慣れで悪いな」

 

「気にするな。私も不慣れだからな。一緒に練習しよう」

 

 唇を重ねる度に、その感触に溺れそうになる心を何とか繋ぎとめる。アルマの匂いが口を通して、脳にまで浸食し、ドロドロに蕩かされそうになる。それを自分の鋼の理性で堪えつつも、完全に発情してきたのが荒くなってくる息遣いから解ってくる。もう、そろそろ、大丈夫だろうか?

 

 そう思いながら秘部周りを弄っていた指を、ゆっくりと、割れ目の上へと動かして行く。口づけしていた口を放しながら、耳元に囁く。

 

「触るぞ?」

 

「この体で、お前に触れられたくない場所なんてものはない。好きなだけ、私を愛してくれ。そして人の交尾(あい)を教えてくれ。私はお前のそれが欲しいんだ」

 

 おねだりするのが上手な奴だ……!

 

 そう思いながら指をゆっくりと、今まで誰にも侵略される事の無かった割れ目の間へと進ませて行き、ぴっちりと閉じていた秘部の中へと、指を滑り込ませて行く。胸を揉んでいた手も名残惜しながら解放し、右中指を秘部―――膣の中へと、片手で腰を抱く様に押さえながら滑り込ませて行く。

 

 湯だけではなく、愛液で濡れているのか簡単に指が中に進んで行く。だがそれ以上に膣の締め付けが指を掴んでくる。その感触にアルマが背筋を腕の中で震わせながら、体全体を小さく揺らし、息を荒げていた。

 

「酷い男だ。私はお前と一つになりたいのに、挿れるのは指なのか」

 

「気持ちよく一つになる為には必要な事らしいからな」

 

 右手の中指を膣の中に滑り込ませながら、左手で淫核を露出させ、それを指の腹で撫でる様に刺激する。その接触に反応して、アルマが此方に倒れ込みながら首筋に顔を押し付け、軽く噛みつく様に首筋を舐めて来る。此方の背筋に快感が走るのと、勃起するのが止まらなくなるのを感じつつも、左手で淫核を、そして右手で膣壁を軽く撫でる様に刺激して行く。直ぐに激しくするのではなくゆっくりと、体を快楽に馴染ませるように、初めての体を開発する様に触れて行く。

 

 たぶん、これで正しい……正しいのだろうか?

 

「ふぅ、ふぅ、体が、変になったみたいだ。興奮して、自分の体じゃないみたいに、熱いぞ」

 

「それを感じてるって言うんだろう」

 

 初めて感じる快楽に、完全に翻弄されている様子を見せている。指で膣壁を軽く弄る度に腰を浮かせてくる。陰核に触れていた指を胸へと戻し、そして乳首を摘まみながら乳房全体を手で揉み解す様に握る。喘ぐような声がアルマの口から漏れ出し、それを押し殺すように、首筋に口を押さえつけ、顔も体も紅潮させながら快楽に体を揺らされていた。

 

 犯しても逸物に触れられてもいないのに、体を押し付けられ、それに触れているというだけでもうどうしようもないほどに気持ちよく、興奮する。これが女という生き物……ではなく、アルマなのだろう。

 

 これだけでこうなのだ、

 

 ……本番に入ったらどうなるのだろうか?

 

「お前なしじゃ生きて行けなくなりそうだよ」

 

「そう、か? そうか……それは、嬉しいなっ、っ」

 

 言葉を放ちながらも、アルマの体を弄るのを止めない。指を動かす度に段々とだが反応が敏感になり、首筋に熱い吐息を強く感じる。喘ぐような声はもはや抑え込めず、完全に感じているアルマは快楽に流され、成すがまま、此方の愛撫を受け入れていた。人よりも圧倒的に強く、そして上位に君臨する存在が指の動きで完全によがっているのを見て、心の中に、獣欲とでも呼ぶべきものが沸き上がってくるのを感じる。

 

 胸を解放し、右中指を膣の奥に、指の根元まで押し込みながら、空いている左手でアルマの頬を掴んで此方へと顔を向けさせた。

 

「こっちを見ろ」

 

「んっ、ちゅ、ん……はぁ、ぁ、ん……」

 

 顔を引き寄せて唇を奪い、舌を絡めながら可愛らしい姿を一方的に蹂躙する。今、彼女という強靭で強大な存在は、完全に自分によって支配されていた。自分の手によって完全に支配されている、その充足感は、言葉にしづらいものがあった。だからこそ更に興奮する。股間の物が痛い程勃起しているのを感じ、我慢できなくなってきた。

 

「アルマ」

 

 耳元に求める様に言葉を呟けば、コクリ、と頷きが返ってくる。息を荒げつつ、アルマが下腹部を軽く撫でる。

 

「先程からずっと、子宮が疼くのが止まらない。お前が、欲しいんだ」

 

「俺もお前を犯したくてしょうがない」

 

 言葉を告げ、湯船からアルマの体を引き挙げる―――予想よりも遥かに、軽い体だった。本来の姿はあんなに大きいのに、今では見た目相応、十代前半の女の子程度の重さしかなかった。だから簡単に持ち上げられ、風呂から出すとその縁に足を腰掛ける様にその姿を転がした。

 

 寝転がる様に、此方が浴槽に浸かったまま犯せるように。

 

 完全に勃起している逸物を湯船の中から露出させ、そしてそれを転がるアルマの腹の上に乗せた。それをアルマは胸を上下させながら期待を込めた視線を向けていた。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ、それが今から私を貫くのか。予想よりもずっと大きいな。挿るかどうか、不安だ」

 

「確かに」

 

 ピッチリと閉ざされたアルマの割れ目は子供のそれの様で、小さく見える。実際、体格は胸を除けば子供のそれだ。入るかどうか不安に思えるサイズ差でもある。とはいえ、完全に発情したアルマの目の中には期待するような視線でハートマークが浮かんでいるのさえ見えそうだった。不安、とか言いつつその言動には期待しか感じられなかった。

 

 それに今も愛液を分泌するその秘部は、どこをどう見ても受け入れるだけの準備を整えていた。だから股間の逸物を片手で掴み、そしてアルマの腰を掴んだ。と、その姿を見て思った。

 

「今から挿れるけど……挿れやすい様に、ちょっと広げる様に押さえられない?」

 

「ん……? こうすればいいのか……?」

 

 両手が開いているアルマが、両側から広げる様に秘肉を広げ、閉ざされていた割れ目の向こう側に隠れている膣を見せつける様に押さえた。自分で何をやっているのか、たぶん全く理解していないのだろう、無知と無垢と快楽の衝撃で。

 

 そこがたまらなく興奮し、そして愛おしい。

 

 そうやって膣を見せつける様に広げている姿に逸物を片手で腰を押さえつつ、一気に奥にまでぶち込んだ。一瞬だけ抵抗を感じるも、アルマ自身からの抵抗は一切なく、逸物は一瞬でその奥の奥まで到達し、その体を貫く様に抑え込んだ。華奢な体を押し倒し、上から抱える様に逸物を根元までその体の中に押し込む。

 

「ぃっ、くっ、ぁっ、っ―――」

 

「やばっ―――」

 

 そして一気に迫りくる逸物を包み込む感触に、思わず果てそうになる。それを我慢しようとして―――無理だった。

 

 気づけば腰を動かしていた。腰を引けばカリにヒダの一つ一つが逃がすまい、とひっかかりながら膣全体が収縮し、包み込みながら絞り上げ、全体から逸物に刺激を常に与え続ける。その感触に思わず呼吸するのさえ忘れて、射精しながら腰を引き、それを再び全力でアルマの奥へと叩き込んだ。その動きにアルマの体が飛び上がる様に跳ね上がり、腹を突き上げるように反応し、口をぱくぱくと酸素を求める様に開け閉めを繰り返しつつ、快楽に蕩け切った瞳を見せていた。

 

 その可愛い姿がもっと見たい。

 

 もっと乱れさせたい。理性よりも本能で貪る様にアルマを犯す。その時に感じられるものを言語化するのであれば、この世ならざる快楽とでも表現するしかないだろう。犯す、のではなく犯してしまった。そういう領域でやばかった。

 

 知ってしまえば戻れなくなるというレベルで、気持ちがいい。

 

 両手で腰を掴みながら、そのまま力任せにアルマを犯して行く。逸物に絡みつく麻薬の様な感触に脳が蕩けて行くのを感じ取りながらも、動きを止められない。

 

 それに応えるようにアルマが両足を腰の裏へと回し、体を逃げられない様に固定しながら更に密着を求めて来る。それに体が喜ぶのを感じながら更に強く、地面に押さえつける様にアルマを押し潰しながら上から圧迫して犯していく。逸物だけではなく、体を包み込む様に犯して、肌と肌を触れ合って感じ合いながら犯す。

 

 彼女の方から伸ばして来た舌に応えるように舌を伸ばし、舌先で軽く触れてから、それを絡め合い、唇を重ねながら互いの舌をなぞる様に絡め合わせて口づけを交わす。

 

 犯す、という行動をお互いにどこまでも強く重ね合いながら、腰を振る動きを一切止めずに更にアルマの中に欲望を解き放つ。アルマの狭い膣内が満たされて行くのを感じ、それにアルマが痙攣する様に体を震わせ、そして目の端から涙を流すのが見える。それでも腰を動かすの止められない。

 

 射精しながらも腰の動きを止められない。

 

 もっと、もっとこの女を貪りたい。犯せば犯すほど、アルマの方から体力が、力が流れ込んでくるように逸物が衰えない。二度、三度と射精してもまだ逸物は一切硬度を失うどころか、犯せば犯すほど淫靡に輝いていくアルマを見て更に興奮と性感が高まって行く。

 

 それはアルマも変わらないようで、自分から積極的に腰を振って、逸物が子宮にまで響く様に貪欲に快楽を貪っている。押し込む様に子宮の奥にまで射精し、膣に精液を擦り込む様に腰を動かして犯しながら、今度はその姿を拾い上げて持ち上げる。

 

「あっ、あっ、はっ、はっ、深い、子宮に、ずんと、来るっ、いい、いいっ、いいっ……!」

 

 持ち上げて、そして落とす様にアルマの姿を立ったまま犯す。首に手を回し、足を腰に回し、掴まる様に繋がりながらアルマの姿が踊る。揺れる乳房を胸板に押し付け、その擦れ合いに快楽を得つつも、深く、落とす勢いで更に深く繋がり、

 

 そのまま、押し込む様に上から押さえつけ、下から押し込んで、逃げ場が一切ない様に奥に再び、射精する。

 

「っ、ぁっ―――!」

 

 吐き出しながらも、まだまだ、まだ足りない。まだこの女を喰らいたいという欲望に突き動かされる。風呂場の縁に腰掛け、対面座位でアルマを迎える。荒れる呼吸を整えながら、対面でつながったままのアルマと口づけを交わす。情熱的に、刺激的に、理性を完全に融かしきりながら口づけを交わし、

 

 今度は立場を入れ替える様に、此方が下に倒れた。

 

「は、は、は、はっ」

 

 マウントを取ったアルマが此方の首を両腕で囲む様に掴み、上半身をぴったりと密着させたまま、本能だけで貪る様に腰を別の生き物の様に強く、全力で動かしてくる。その中に注ぎ込まれたものが溢れるのも構わず、獣の様に腰を振り、快楽を求めた。その姿に応えるように此方も腰を掴んで動かすのを手伝い、唇を貪り、

 

 そのまま、終わりのない快楽にお互いを愛し続けた。果てども果てども終わりの来ない体力と性欲。

 

 そうやってお互いを貪り、愛し、そして快楽に耐え切れず意識が遠のくその瞬間まで、愛し続けた。




 異界の者と異種による人と龍のこの世ならざる快楽。

 つかれた。

 犯せば犯すほど有り余る龍の気が流れ込む。なお、地球人にそれを活用する技術やシステムとして肉体に備わっていないので、貰っても元気になるだけ。つまり相手がダウンしなきゃ終わらない。そして龍の体力は無尽蔵なのだ。24時間で終わりそうもない。

 後グラジオラスは別の国の言葉だとグラドでも通じるので、グラドニキが呼びやすいかもね。

 次回、ドラゴンストップ(ドクターストップ的な意味で)


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5年目 冬季 最後の備え

 意識がある間は常にアルマを犯し、犯されていた。どろどろに犯し続ける結果どっちが上でどっちが下かなんてもうほとんど意識できていない。意識出来ない。ただただ、意識が続く限りはお互いにセックスを続けていた。気持ち良さ過ぎて止まらない。これがセックスの快感なのか、或いはそれともそれが体の相性の良さから来る止まらなさなのか、それを素人として理解する事は出来ないが、ただただ、気持ちが良いという事は脳味噌が蕩ける程に理解できた。

 

 場所は何時の間にか風呂場から拠点のベッドへと移し、そこで互いの快楽を貪り続けている。ベッドにアルマを後ろから押さえつける様に押し倒しながら、ケツを持ち上げさせるように後ろから膣に挿入した。その胸がベッドに押し付けられて形を変えながら潰れるのを眺めつつ、そのまま、後ろから押しつぶすように挿入したまま上に覆い被さった。

 

 アルマが最初に唯一知っていた、獣の様なセックスだ。

 

 後背位で相手を押さえつけながら一方的に犯す、レイプにも近いセックス。押さえつけて、一方的に犯すだけのセックス。体が小さく、そして一部を除けば幼く見えるその姿が一方的に犯され、そして逸物が膣の奥に突き刺さる度に漏れる歓喜と快楽のアルマの声に、姿と声から来る幼さに興奮を感じさせ、更にピストンを加速させる。

 

 犯し、貪り、そして奥に精を放って何度目かになる、数えきれない射精を終える。体力はそれでもまだ尽きない。何時の間にか差し入れられた水と食料を貪る様に飲み込んで、腹を満たしてまたアルマを犯す。

 

 そして偶に、快楽が強すぎて気絶する。

 

 そうすると攻守が逆転する。

 

 気絶から目覚めると今度はアルマが犯す側に変わっている。今度は此方が押し倒されており、逸物を一番奥で咥えながら、体を上下に弾ませて腰を揺らしている。体を動かす度にその豊満な胸が上下に弾み、押し倒されて犯されるも、下から手を伸ばして胸を掴み、それを両手で掴んで愛撫していく。

 

 それに彼女が快楽を感じ、膣を収縮させながら絞り上げに来るのを堪えつつ、犯されるままに犯される。そして限界が近い所で、彼女が一気にスパートをかける様に腰の動きを加速させ、一気に深く、体を弾ませて深く咥え込みながら絶頂し、体を震わせながら子宮の中に精液を注ぎ込む。それで力が抜けて行くアルマの体が倒れ、それを支える。今度は彼女が気絶したので、

 

 抜かず、そのまま倒れたまま、彼女の姿を仰向けに直して犯す。

 

お互いに上を眺める様にベッドに倒れたまま、後ろからアルマの両胸を手に掴みながら、体を前後に揺らす様に犯して行き、背中のすべすべとした感触が犯しながらも体の上を滑る感触を楽しんで行く。まるで全身が性感帯になったような心地よさを感じながら犯す。

 

 犯し、前後不覚になるまで犯し続け、気を失う。

 

 そうしたらバトンタッチし、犯され、アルマが気絶するまで犯され、交代する。

 

 合間に運ばれてくる水や食料を軽く口の中に放り込みつつ、ひたすら時間を忘れて犯し続ける。お互いに体液でドロドロになるのを気にせず、理性の一切合切を捨てて本能と、そして人間にしか出来ない愛撫を織り交ぜたセックスで、ひたすら互いの性感帯をせめて気持ちよくなり続ける。体に触れた事のない場所を作らない様に穴という穴を犯し、お互いに蹂躙し、そして愛し続けた。

 

 何もかも忘れ、ひたすら没頭する様に声を我慢する事もなく、愛を証明する様に犯し、犯し続け、犯して、

 

 

 

 

お前らいい加減にしろよ

 

 超怒られた。

 

 快楽と絶頂の宴はそうやって終わりを告げられた。ミラバルカンによって強制終了。家の扉を蹴破られ、引きずり出され、風呂の中に放り込まれて汗も精液も体液も愛液も全部強制的にアイルー達の強制ウォッシングで洗い流され、セックス三昧の夢見心地から一気に現実へと引き戻された。

 

「別に猿の様に盛るのはいい。お前らはそれだけ頑張った。お前らのその苦労は()()()()()()()()だと俺が思ったからだ。真面目な話をするなら俺も龍と人が再び共にある事に関しては色々と思う事はある―――だからと言って、誰が五日ぶっ通しで愛し合えと言った」

 

 気が付けば五日間も交わってたらしい。時間感覚が吹っ飛んでいたとはいえ、流石にそれには恐怖を覚えた。そしてどうも、ここまでセックスできるのは普通ではないらしい。当然ながら、人にこんな長くセックスするだけの体力はない。つまり大体アルマが原因である。龍との性交はその活力を分け与えられる為、龍の方が止まらない限りは人間の方も止まらなく、

 

 場合によっては快楽で脳味噌が焼き切れてそれで腹上死する場合が昔、あったそうだった。それに龍の肉体は龍の力によって変生する、理想とも言える肉体らしい。無意識であっても美男美女は当然、優れた肉体として顕現するらしく、肉欲で味わえる快楽は極上、それを味わって同族に戻れなくなったのもいるという話だった。それでも五日間というのは少々長いと呆れられる。

 

「お前は今がどういう状況か解ってるんだろうな……」

 

「ほんとごめん」

 

 本当に珍しく、ぐうの音も出ない正論だった。というか体力とかが尽きるのではなく、快楽が強すぎて脳味噌が焼き切れるなんて表現は初めてだった。それまでに龍との性交はヤバいらしい。逆に言えば五日も続けられるのならこれからも、相手をしても問題はないだろうというお墨付きだが。

 

 それはともあれ、五日の間に少しだけ変化があったので、その話を風呂から上がってさっぱりした所で教えて貰える。

 

 まずは、全体の状況だ。

 

 もはやこの楽園に残された敵性生物は残り三体だけとなった。そしてそれが楽園に残された、蟲毒の住人だとも言える。もはやアルマが回収されて拠点の住人となった今、拠点の外で、倒さなければいけない存在は残り三体だけとなったのだ。

 

 つまり《刻帝》ラ・ロと《躯王》アトラル・カに《悪魔》メフィストフェレスだ。

 

 この三体をどうにかしなくてはならない。

 

「まぁ、この俺がお前と一緒に肩を並べて戦うと決めた以上、お前に敗北なんて概念はあり得ないがな。俺に敗北を知らせたいのなら俺を満足させられる飯を持って来い」

 

「なんだこいつ安いぞ」

 

 驚異的な攻略方法だった。逆に言えば物理的より、文化的な攻撃の方がこのマシュマロトカゲには通じるという話だった。考えてみれば、簡単な話だ。こいつらは文化を生み出す事が出来ないのだから、文化を生み出すという行為そのものに弱いのだ。だから暴力ではなく、文化で殴りつけるのが一番だった。そしてそれに乗っかったマシュマロトカゲは現状、無敵に近いテンションだった。

 

 そういう訳で、最後の戦いへと向けた準備が始まる。

 

 第二拠点、工房までやって来た。

 

 そこにラズロ、先生、工房長猫、ミラバルカンと自分が揃っている―――つまりはこの拠点で活動、管理、そして知識を担当するトップの集まりだ。冬である事を含め、この工房で使っている炎のおかげで、ここが一番暖かい。長時間話し合いをするなら、ここが一番になる。

 

 故に全員で集まり、そして状況を再確認する。

 

「これでこの楽園に残されたのは三体だけだ―――残された絶種二頭と、メフィストフェレスだけだ」

 

 その言葉を口にすると、少しだけ火山から気配が此方に向けられるのを感じた。だがそれが完全に此方に来る前に遮断される。今ではメフィストフェレスに匹敵するだけの龍が此方についているのだから、当然と言えば当然のことではある。

 

「この楽園での始末、最後まで続けるつもりなんだな?」

 

「あぁ、そこは最後まで責任を取るつもりだ」

 

「なら全て終わらせた暁には俺が、大陸への道を開けてやろう。今更、元の世界に戻るつもりもないだろう?」

 

「アルマが生きている内はこっちで生きるつもりさ」

 

 それが責任の取り方だし、同時に自分が決めた生き方でもある。どうであれ、彼女と平和な世で暮らす事が、自分に出来る一番の愛し方だと思っている。だからこの世界に残る。彼女を一人にする事は出来ない。死ぬ、その瞬間までは一緒だ。それを言外に伝えれば、ミラバルカンは頷くが、アイルー達の方はどこか、安心した様な様子だった。やっぱり、異世界から来ているのが少し不安だったのだろう。

 

「それにしても相棒は元の世界が恋しくないニャ?」

 

「そりゃあ親父も母さんもまた会えたらいいって思うさ。だけど結局のところ、育てばその内顔を見せなくなって、別々に暮らすってのが大人ってもんだろう? 何時か来る別れさ。俺の場合それが少し唐突なだけで。あと、もっと大事な家族が出来たって話だけだよ」

 

「それを聞いて安心したニャ……ここで全部終わらせてお別れというのも寂しいからニャ」

 

 はんっ、と工房長猫は笑いながら腕を組んだ。

 

「俺の作った物が無駄にならずに済むニャ。折角猫生、最高傑作を生み出したんだニャ、それをここでだけ使って一生戦わないような世界に戻られるのは困るニャ」

 

 いや、ここでの戦いが終わったら飯屋でも開いて平和に生活するつもりなんだけどなぁ、と苦笑しつつ、工房長猫が指をスナップさせた。それに合わせ、弟子アイルー達が《最終装備》と、呼べるものを運んで来る。

 

「これが今、この環境で用意出来る最終装備ニャ。防具に関してはこれで打ち止めニャ。恐らくこれよりも良い素材を用意した所で、これ以上素晴らしい物を作る事は出来ないニャ……いや、おめーに扱える防具で最高の物はこれを超える事はないと確信できるニャ」

 

 そう言って弟子アイルーから上着を受け取る。その服装の形はどちらかと言えば、此方の見覚えのある形状だった。

 

 長袖のパーカージャケットだった。それが上着であり、肘や肩部分に薄いプロテクターの様なアーマーが装着されており、フードが被れる様になっていた。またフード部分にはマスクが内蔵されており、被ったらそのままフードの中から横に滑らせるようにマスクを引き出し、鼻と口を保護する事が出来る様になっている。インナーはシンプルなタイトなインナー型であり、ベルトは腰布みたいなのが設置されており、右と左で別れて中央の無い形をしていた。下衣も膝部分にプロテクターが装着されている。

 

 全体として色は蒼穹を思わせる色合いの中に、見覚えのある色が所々、文様の様に上品に飾られていた。活動的でありながら気品がある。その防具―――というよりは服装だ。所々金属らしいパーツはあっても、それは全体としてみれば、そのまま外に着て行けそうな服装の形をしていた。

 

 持ち上げてみれば恐ろしく軽く、重量なんて感じさせない。金属の様に思えるパーツも、触れてみればそれが金属じゃないのは解る。これが竜の素材を使っている。

 

「こいつは……」

 

「持ち込まれた()()竜達の素材の中で、一番品質が高く魂が籠っている部位を使って作ったニャ。最初はもっと武器とか防具とか作ろうと考えたがニャ……自然と、気付いたらこの形に完成したニャ。こいつら、最初から自分の到達する形というものが見えていて職人の腕の振るいがいがないニャ。まぁ、こっちの方はそれなりに楽しませて貰ったがニャ」

 

 そう言って少しだけ外装部分がごつめのグローブと、しっかりとした作りのバトルブーツを渡して来た。

 

「手袋の方はジンオウガの素材を多めに使う事で磁力みたいな作用を発生させられるニャ。上着の左袖部分と連動しているから、その仕掛けを作動させれば、右手袋の磁力で仕込んでおいたものを引き寄せられるニャ。対となる物を剣の革の下に仕込む予定ニャ」

 

 成程、と呟く。剣が弾かれてもそれを即座に手に引き寄せるための機構だ。こういう仕掛けがあるのは正直、助かる。武器を引き寄せられれば、投げるという選択肢も加わってくるからだ。

 

 そして次に、バトルブーツ。此方はどうやら、リオレウスの素材を使っているらしく、全体的に赤く金色の文様が走っている様に思える。やはり、不思議と自分が持つ分には重量を全く感じない。だがアイルー達はこれらの装備品を物凄く大変そうに扱っていた。使い手を選ぶタイプの装備……なのかもしれない。

 

「そっちは不思議な靴ニャ。炎の上にも水の上にも乗るのニャ」

 

「マジか!? すげぇー!」

 

「原理は本当に不明なのが気に入らない所だがニャ、デザインや履き心地に関してはニャーが作ったから間違いないニャ。その上でそんな不思議機能が付いたのが不思議だがニャ……まぁ、砂の上で走らせてみたら全く足が崩れる事もなかったニャ。おそらくはそのブーツそのものが足場を安定させる、固める力を持っているのかもしれないニャ」

 

「おぉ……ありがてぇ」

 

 砂漠のラ・ロとの戦いでは間違いなく足場の不安定さが問題になるし、火山で戦う時は場合によってはマグマの上を歩かされるかもしれないのだ。このブーツがあれば、そのほとんどの問題を解決する事が可能となるだろう。

 

 基本的に人間の足腰では悪路に対する耐性が竜種よりは劣っていると認めなければいけないのだから。特に砂漠の様な不安定な環境だと、普通に剣を振るおうとして、同じように振るう事が出来なくなる。足への力の入り方が変わってくるからだ。

 

 このブーツはそれを解決してくれる。

 

 これに加え新品のゴーグルで、新しい装備、いや、防具に関しては最終装備だった。触れて、見てしまえば解る。この服の全てには彼らの素材を使っており、その命の残り香、とでもいうべきものが備わっている。ハンターであればそこからスキルでも発動できたのかもしれないだろうが、俺にはそれが無理だった。

 

 だけどその命の鼓動を感じられ、胸の中に魂を感じられる。

 

 その衣を通して、命と楽園の最後の形としての、完全なる継承は完了する。

 

 名づけるとすれば、

 

「《楽園の継承者》……とでも言った所か……ふ、我ながら中々良い名前が出て来たな」

 

 皆で揃って嘘だろこいつ、みたいな視線をミラバルカンへと向ける。一番おいしい所だけを持っていかれた感じだった。その視線を受け、更にドヤ顔を浮かべるマシュマロトカゲの顔面に拳を叩き込みたくなるのを我慢しつつ、アイルー達が運んできた新武装を見た。

 

 此方は形状がどちらかというと、

 

「……ライフルか?」

 

「メゼポルタに居た頃、ちょっと異世界人に現物を見せて貰ったのを再現させて貰ったニャ。とはいえ、弾丸が強力過ぎて打てるのは一定期間に一発だけだがニャ。だからこれは基本的にはサブアームニャ。どうしても距離が足りない時の最終手段ニャ」

 

 受け取った一メートルと少しはある、単発式ライフルを握り、それを構える。想像していたよりも結構腕にずしり、と来る重みがある。これを振り回しながら戦闘するのは俺にはちょっと、難しい。単発式、一発のみの砲台運用というのは悪くないと思う。

 

「引き金を引いて届く射程は最大で15メートルが限界ニャ。放つ弾丸は一つだけ、空気の弾丸ニャ」

 

「ほうほう」

 

 銃を外へと向けて、構える。それだけなら普通のボウガンでも出来そうというか、そういうエフェクトのボウガンあったような気もするのだが、

 

「そして15メートルから着弾で半径5メートルを呑み込む風の斬撃の爆破を起こすニャ。実験した限りはハルドメルグの水銀の盾をシュレッドするぐらいの破壊力は出たニャ」

 

「ほほう、それは良いモンだ」

 

 足りなかった遠距離のパワーを、一発限定とはいえ、これで補える。

「とはいえ、俺が一緒に戦う分にはそんな玩具を使う必要はないだろうがな。お前は剣でも磨いているといい。俺が本当の暴力という物を見せてやろう」

 

「龍と比べられたらなんだって玩具扱いニャ」

 

 まぁ、まぁ、とそこは工房長猫をなだめ、なんか最近はテンションの良いマシュマロトカゲを見た。

 

「まぁ、見ていると良い。俺が本当の死と恐怖と暴力という概念を見せてやる。何故ミラの名が龍の間では特別となっているのか、その真の意味を言葉ではなく魂で理解させてやろう。いいか、娘の婿であるお前だからこそ見せてやるのだからな。で、孫は何時だ」

 

「ハルドさん。ハルドさーん! このお爺ちゃん引き取ってー!」

 

 嫌です、とかいう声が遠くから聞こえて来た。というかアルマはお前の娘じゃねぇから。だけど古龍全体で見れば、娘的なポジションであるのは確かだ。だが、重要なのはこのマシュマロトカゲと家族扱いされたくはないという事実だけだった。

 

「普通、龍は人の子を孕めないが、まぁそこは何とかなるだろう!」

 

「無責任すぎるぞこのトカゲ」

 

「はっはっはっは―――まぁ、見ていろ。お前はこの俺を本気にさせたのだ。その意味は理解しておけ、グラジオラス」

 

「おう。責任はあいつを幸せにして取るから心配するな義兄ちゃん」

 

 兄、その言葉に胸を抑えるミラバルカンの姿に本当に大丈夫かこいつ? キャラ変わってない? 重圧から解放されたから? それとも娘ポジションが生まれた事によって父性でも芽生えた?

 

 そんな事を考えつつも、溜息を吐いた。

 

 失楽園の時は、もうすぐそこまで見えていた。

 

 だが―――そこで全てが終わる訳ではないのも、見えていた。




 テオから父親講座を受け、父性とは何たるかを学んだクソトカゲ。

 セックス! しすぎて精神が溶けてしまったり、脳が焼き切れたり、マジで中毒して止められなくなったり、溺れて戻って来れなくなるのが肉体の黄金美を備えてしまう龍の化身体とのセックス。犯す時は心を強くしよう。

 次回、紅龍という名の意味と本気。


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5年目 冬季 絶種討伐戦・《刻帝》

 インナーからはイビルジョーの力強さを感じた。ブーツからはリオレウスの息吹を。グローブからはジンオウガの荒々しさを。ベルトと腰布からはナルガクルガの軽やかさが。プロテクターからは堅牢なアオアシラとディノバルドの意思を。布全体からは継承された意思を。それらを感じ取れた。継承者の服装に着替えた所で、いよいよ、自分の楽園を舞台とした物語にも終わりが見えて来たのだという事を自覚させられた。長く続いたこの戦いも、終わりが見えて来た。

 

 体が軽い。体力と活力が体中に漲っている。戦いに恐怖はある。それはアルマという幸せを知ってしまった自分の死への恐怖だった。彼女を残してしまうという事の恐怖だった。

 

 目の前の大地に睡蓮の剣を突き刺し、その柄に両手を乗せて立つ。目を閉じる様に、精神統一する様に心を穏やかにする。アルマを一人にする事、この幸福が終わるかもしれない恐怖は確かに存在する。だけど同時に、この道を走り抜けて来たことへの誇りが俺にはあった。辛く、苦しい事がたくさんあった。

 

 キノコを食べて腹をくだして、モスにさえ敗北して、ブルファンゴから逃げて、最初はそんなにひどかった。食べるものさえ解らなかったもんだ。だけどその生活も少しずつ変わってきた。全ての始まりはやっぱり、アプトノスを狩猟出来る様になってからだろう。

 

 それからクイーンランゴスタを狩って、ドスランポスを、ダイミョウザザミを、と、どんどん狩猟しながら出会って、狩って、鍛えて、苦しみながら―――それでも彼女と出会えた。惚れっぽいと言えばそうなのかもしれない。俺は彼女の事が好きだ。愛していると言える。そしてこの先の人生も彼女と一緒に歩みたい。幸せに。そう思うぐらいに愛している。

 

 だからこそ、この戦いは最後まで、どんなに怖くても続けなくてはならないのだと思っている。それは責任だ。始めた人間としての、受け継ぐと決めた人間としての。全てを背負って生きると決めた者としての当然の責任だった。目を反らす事は出来ない。現実から逃げる事は出来ない。

 

 彼女を愛している。

 

 だからそこから目を反らす要素を、原因を、何も残したくはない。

 

 この先、何があろうと俺の人生という物語を、アルマとその後は平和に暮らしました……と、締めくくる事が出来るようにしたい。俺が戦う最大の理由であり、恐怖に打ち勝つための唯一の力だった。

 

 愛、それが今、自分の中にあった。不思議な物だった。愛、と言われても抽象的なイメージしかなかった。愛で強くなる、と言われて意味が良く解らなかった。何もない人間の方が躊躇がなくなるから強いとさえ思っていた。だが違うのだ。誰かを愛している分だけ、タガが外れる。何が何であろうと生き残ろうとする力が湧いてくる。彼女の為ではない。彼女と一緒に、である為に生きたいのだ。だから全部終わらせる必要がある。

 

 それまであと三戦。

 

 いや、ラ・ロを片付ければ休み、アトラル・カからそのままメフィストフェレス降臨だ。そこはノンストップで進めるだろう。連戦である事を考えれば実質、残り二戦としてカウントできる。

 

 それでここでの戦いも終わりだ。

 

「―――遠い、とても遠い所へと来てしまった」

 

 目を開け、黒睡蓮の水晶剣を大地から抜き、それを真っ直ぐ突き出すように振るった。足元に生えていた黒い睡蓮が散り、剣の軌跡に花びらが舞った。幻想的で、非現実的で、しかし同時にドラゴンメイカーが残した、最後のプレゼントだった。

 

 ありえないものを愛する。その形だった。

 

「だけど後悔はない。うん、何も後悔はない」

 

 恐らく、今まで戦ってきた状況の中で、メンタルとフィジカルのコンディションは最高の状態だった。肉体そのものが新生した為、リセットされているという事実も確かにあるだろう。だがそれ以上に活力が魂の奥底から溢れ出しているのが解る。体に自分の魂が満ちているのが解る。自分の意思で、後ろ向きではない、前向きな、

 

 明確に、全てが終わった後の存在する未来を見て生きているという感じがする。今までの様に、捧げる様な、生贄になる様な、犠牲になる事前提で本気を出すのではない。生きて、その先の未来の幸福を得る。その為に生きる。その為に剣を持つのだ。その為のコンディションが、メンタルが、過去最高の状態まで自分を引き上げていた。

 

 軽く言って、愛の力で無敵状態だった。

 

 新しく作って貰った鞘の中に水晶剣を戻しながら、振り返る。そこにアルマの立っている姿が見える。だから近づき、その自分よりも小さい姿を抱きしめた。

 

「私は戦わなくていいのか?」

 

「良いんだよ、お前はもう龍としての義務とかは感じなくて。ただの平和で、愛されるだけの女の子でいていいから。心苦しく思うならアイルー達から料理でも学んでくれ。全部終わったら飯屋を作るつもりだから、二人で一緒に厨房に立とう」

 

 抱きしめながら言葉を返す。彼女の事を好きになったのは一目惚れもあるし、抱いたというのもあるし、哀れんだのもあるし、ドラゴンメイカーとの約束もある。一概に言える程、簡単な問題ではない。だが重要なのは理由ではなく、彼女を愛している、という事実だけだった。そして俺にはそれだけで十分すぎた。

 

 どこの世の中に強いからって戦う必要もない嫁を戦わせる馬鹿が居るんだよ。

 

 戦う必要もねぇのに戦わせるのって馬鹿なのか、恥を知らないのかどちらかだ。

 

 十分苦しんだのだ。強いのは解る。だけど女に隠れて戦う男なんて死んだほうがマシだ。こういうのは男が格好良く、颯爽と終わらせるもんだ。

 

「だから飯でも作って待っててくれ」

 

「ん、解った。なら私はお前の帰る場所として待っているぞ」

 

「あぁ」

 

 少しだけ強く抱きしめてから離れる。そして背を向けて、振り返る事もなく歩き出す。その先にはミラバルカンの姿が見える。ゴーグルを下ろし、フードを被り、マスクを装備しながらミラバルカンへと近づけば、珍しくこの男は楽器を手に持っていなかった。腕を組みながら、此方もやる気を見せていた。

 

「お前も珍しくやる気だな」

 

 龍言語でミラバルカンの名前を呼べば、ニヤリ、とミラバルカンが唇の端を釣り上げた。

 

「俺とて雄寄りだ。状況に感じ入れば滾るものもある。何よりも見たかった夢を目の前で実現させられているのだ。それだけでももはや、俺には本気を出すには十分すぎる」

 

 目の中で炎が燃え上がったのが見えた。本当に今日はとことんやる気で溢れているというのがそれで解った。もはや負ける気は欠片もない。だから拠点のアイルー達を見渡し、軽く手を振って別れを告げて、ミラバルカンと共に拠点の外へと出て行く。

 

 そこに迷いはない。

 

 死への恐怖はあっても、戦いそのものへの恐怖はもう、存在しなかった。

 

 拠点の外、もはや生物が数えられる程しか存在しない中で、惜しげもなく紅龍は化身体を晒し、その姿を炎に包んだ。うねり上がる炎が一瞬で化身体を包み、そして拡大する。その中から熱風を突き破って紅の龍の姿を露出する。紅い鱗と甲殻を持つ龍は登場と共に空を暗雲で遮りながら燃えるような風を発生させた。

 

 翼を羽ばたかせる度に遠くの大地で、誰かがその気配に苦しむような感じさえする。

 

 生物としての次元が違う。

 

 絶対王者。完全強者。上位存在。龍の中の龍。それを示す気配が一瞬で空間を満たし、通常の生物であればその気配だけで圧殺される。滅びの運命をその体に満たした最強種がいよいよ、その姿を隠す事もなく、晒された。

 

『乗れグラジオラス。お前にはその資格がある』

 

「そいつは嬉しい話だ」

 

 言葉に従い、大地を蹴って、背中の突起を足場に一気に駆け上がり、その頭の上へと着地する。片膝を落とす様にしゃがみつつ、片腕でミラバルカンの角を握った。

 

『しっかり掴まっていろ』

 

 そして翼を羽ばたかせた。そのひと振りで大地に熱風が舞い、その熱量で大地が僅かに燃えた。その熱が体に届かないのは果たしてミラバルカンが気遣っているのか、それともこの服装の加護の影響なのだろうか。どちらにしろ、恐ろしい程に熱を感じられても、それが熱い等とは思えなかった。心地よい、動きやすい温度を常に感じ取っていた。

 

 だがそれを深く考える前に羽ばたきの一つで一気に空へと舞い上がった。そのまま大地を俯瞰するような高さで、ミラバルカンがゆっくりと砂漠の方へと向かって進軍する。貫禄さえ感じるその飛翔は生物としての違い、上位者としての余裕さえ感じられ、拠点で目撃するようなマシュマロっぷりは欠片も存在しなかった。

 

 ただのマシュマロトカゲじゃなかったんだ、と思わせる程度には威厳が存在していた。

 

 丘を抜け、

 

 沼を超え、

 

 山脈を越えて、

 

 そして自分を乗せた、ミラバルカンの姿はゆっくりと、翼の動きに熱風と炎を舞い上がらせながら砂漠の上空へと入り込む。その領域へと入り込んだ瞬間、凄まじい絶望の感情と殺意、怨念、憎しみ、織り交ざった吐き気がするほどの負の感情が砂漠に満たされていた。

 

 砂漠そのものが変質していた。

 

 砂色の砂漠はその色を全て変質させていた。

 

 ()()()()()()()()()()のだ。そして砂嵐が発生しており、砂漠全体を黒い砂嵐が覆っている。その中で、時折視界が一瞬だけモノクロに染まり、空間が停止したかと思うと再び普通に時間が動き出す。その僅かな時間の間に、砂漠の方から強い、とても強い敵意を感じられる。

 

 黒い砂嵐の中に、赤い残光が見える。

 

 一瞬だけ、砂嵐が停止し、その中に潜む姿が露出した。

 

 金冠種の体格に、様々な竜を取り込んだかのような、異形に変異した黒い体をしていた。ベースはリオレウスやリオレイアの形状をしているが、エスピナスの様な角を生やし、尻尾はヴァルサブロスやディアブロスを思わせ、翼は四枚にまで増えていた。それでいながら四足歩行という姿をしており、もはや通常のラ・ロとはかけ離れているが、それがラ・ロであるというのを理解させる異形の竜が見えた。

 

 その姿は変形しながら本来のラ・ロの姿へと戻り、此方を見上げながら咆哮を放った。

 

 その咆哮に合わせて砂嵐が()()()()()()()。そしてそれに重なる様に通常の砂嵐が発生する。逆方向に流れる砂嵐が同時に発生し、互いにぶつかり合いながら全ての物質を削ぎ落とす結界を構築した。

 

 こんな環境、突入するだけで即死する。

 

 ハンターを増やすとか、最強のハンターを呼ぶとか、それでも駄目だ。生物が入り込んだ瞬間ミンチになる。()()()()()()()()()()タイプの敵だった。《斬虐》のティガレックスは最初、その実力を隠すような事をしていた。それは此方を確実に殺す為の手段として、手札を隠すという知性を働かせたからだ。

 

 だがこのラ・ロは違う。

 

 即座に戦力差を理解し、最初から全力で殺しに来ている。結界を構築して、ミラバルカンの侵入と、俺の侵入を阻止している。

 

 さて、どうしたもんか。そう思いながら侵入方法をゴーグル越しに結界を眺め、考えていると、

 

『―――この程度の小細工で俺を止めようとは嗤わせるな』

 

 ミラバルカンの憤怒に満ちた声が聞こえた。その頼もし過ぎる声に、小さく笑い声を零した。

 

「行けそうなのか?」

 

『この俺を誰だと思っている。良い機会だ。本当の龍の戦いという物を見せてやろう』

 

 ミラバルカンが言葉と共にその龍の眼光を《刻帝》へと向けた。

 

 それが戦闘開始の合図となった。ミラバルカンの眼光がその存在を捉えるのと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。背筋を登る濃密な死の予感に、ミラバルカンが何かを睨んだ、何かを決めたという事だけは、本能的に理解出来てしまったのだ、或いは龍と近しく生活しているからかもしれない。

 

 そしてそれと同時に、砂漠が炎に包まれた。

 

 黒く染まった砂漠を呑み込む様に一瞬で炎が海の様に溢れ出し、砂嵐を蒸発させた。それと同時に砂漠の各所から火柱が上がる―――否、火柱ではない。良く見ればそれは炎よりももっと質量を持った、ドロリと溶けた液体である。余程それに対する耐性がない限りは、触れる事そのものが致命傷となる流体。

 

 ―――マグマだ。

 

 その眼光で一気にラ・ロの保有する領域を蹂躙し、そしてマグマの噴射と川を生み出す。空は熱と炎の混じった雲によって覆われ始め、それが僅かな火の粉を降らせ始める。それですら、まだミラバルカンは本気を―――憤怒の姿を見せていない。なのにこれだけの力を発揮していた。

 

 まさに次元が違う。生物としてのスペックが根本的に違うのだ。人相手には常に制限されるミラバルカンであっても、相手が竜であるというのなら、その遠慮は一切存在しなかった。

 

 塵を処理するのに遠慮が必要ない様に、

 

消え失せろ塵芥

 

 言葉と共に天から破滅を象徴する隕石を呼び寄せた。赤く轟々と燃え盛る天からの飛来物はその表面が熔ける様に熱されており、天を覆う様に出現した直径50メートルは存在する巨大なフレアメテオを一切の躊躇もなく空から砂漠の大地へと叩き込んだ。どろどろに流れ出す溶岩とフレアメテオが衝突し、それが盛大に吹き上がり、爆裂しながら質量と熱量による面制圧を行い、

 

 この世界の人類では到底なしえない絶対的破壊を巻き起こした。炎と溶岩の巻き上がった暴風が一瞬で空間を呑み込み、赤く視界を染め上げる。その光景を眺め、口をぽかーん、と広げる。

 

「……すげぇな」

 

『この程度ミラの名を抱く龍として当然の嗜みだ。俺の偉大さが良く解ったか? さて―――本番だぞ』

 

 ミラバルカンの誇る様な言葉の中で、巻き上がった炎、溶岩、竜巻、熱、熱風、破壊、その全てが時間を停止させるように動きを止めた。そしてモノクロに世界が染まる中で、それが逆再生して行くようにほどけて行く。

 

 全ての破壊の痕跡を逆再生によって元に戻して行く。

 

 呑み込まれたはずのラ・ロの姿が再生する様に戻って行く。間違いなく致命傷だった姿が本来の竜の形を取り戻しながら、黒い砂漠に降臨する。

 

 そして砂嵐を纏いながら再び、その絶種としての姿をそこに、無傷で証明する。

 

「マジかよ」

 

『時間を与えすぎたな。《理》を得る領域に到達したか。とはいえ、まだまだ俺からすれば赤子だ。意識する暇もなく消し飛ばせばそれで解決するが―――その為にはここら全てを吹き飛ばす必要があるな』

 

「たまったもんじゃねぇや」

 

『だろうな。故に主役は譲るぞ』

 

 言葉と共に、再び砂嵐が焼かれ、薙ぎ払われた。それが焼かれて黒く染まった砂漠が露出して行く中、一気に下へと向かって飛び降り、落下して行く。不思議と、高所落下の恐怖は一切なく、大丈夫である、という自信があった。

 

 それに従い、足から先に砂漠の上へと着地した。着地は綺麗に、衝撃もなく、砂の一粒さえ揺るがす事もなく行えた。まるでそれはナルガクルガの身の軽やかさと、リオレウスの力強い飛翔力を得たような気持ちだった。

 

 そうやって砂漠に着地した所で、ラ・ロが赤い眼光を此方へと向けた。ミラバルカンが上空で、吠えた。その咆哮に応えるように砂漠からマグマが溢れ出し、それが砂嵐と拮抗する様に環境に抵抗し、砂嵐の展開とその再生を阻害する。或いはミラバルカンの言う《理》に対する対抗を行っているのかもしれない。

 

『俺が有利なように抑え込み牽制する。お前が殺せ』

 

「なんだ、美味しい所を貰ってもいいのか。気前がいいじゃないか」

 

 黒い砂漠と溶岩の川が混じって、煉獄の様な光景が広がる。凄まじい熱量が発生する筈なのに、それを一切感じられない。肌に、体に届くような事がなかった。流れて来る溶岩の上をバトルブーツは当たり前の様に上に乗り、安定した足場として活用する事が出来る、不思議な力を発揮していた。

 

 力を感じる。

 

 支えられ、助けられ、導かれ、そして漸く、ここまでやって来た。その長い道のりを、自分の力だけではなく、いろんな力に支えられてやってきた。そして今、支えられてまた、敵の前に立っている。

 

 もう居ない皆の力を借りて。

 

 俺には何も特別な力はないけど―――貸してくれる皆がいるから。

 

 鞘から水晶剣を引き抜き、睡蓮の花びらを纏わせる。それを一回転させてから砂漠と溶岩に突き刺せば、その中から不朽の黒睡蓮が咲き乱れる。ラ・ロが凡そ30メートル離れた距離から、大地を何度か蹴り、威嚇する様に殺気で砂漠を満たしながら此方を睨む。水晶の様な物が生えた肉体は僅かに煌き、戦意と理を無視した力を放つ準備に入っている。

 

 それを見て、両手を柄の上に乗せて、迎える。

 

「さぁ、お前も……もう、疲れただろう。終わらせてあげよう」

 

 言葉に、激怒する様にラ・ロが吠えた。此方の言葉に勝手に憐れむな、という意思を感じる。まぁ、それは正しいのかもしれない。だがその望まれず生み出されてしまった命を、自分にはもはや憐れむ事しか出来ない。

 

 だからその命を終わらせる。

 

 全力で。

 

 それがきっと、この蟲毒によって生み出された悪意への救いだからだ。

 

 絶種討伐戦第二幕―――開始。




 最も理から外れた竜。世界から外れてしまった竜。誕生してはならない命。

 という訳でリピート、再生、逆再生、再現、多重発生。時間と空間を歪める竜。その上でラ・ロ本来の機能を保有しているので、当然ながら強敵。とはいえ、今回は一人じゃない。本気のマシュマロパパクソトカゲの援護もあるのでティガ君よりは遥かに楽かなぁ、と。

 それにしてもクソトカゲ楽しそう。

 次回、絶種討伐戦・後編。


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5年目 冬季 絶種討伐戦・《刻帝》 Ⅱ

 ラ・ロ。

 

 それは様々な骨格の竜の動きを取り入れ、戦う事で有名な竜だった。一番最初に覇種という領域を生み出し、そしてそれを超える至天の領域にまで上り詰めた。究極の破壊王、その一角だった。あらゆる攻撃を行うその動きはその知性を示し、正確に、そして容赦なくハンターを殺し尽くす特殊な竜。狩猟が進んでもなお、ラ・ロの正体を完全に理解する事は不可能に近い。故にその通り名はシンプルに、

 

 《UNKNOWN》。正体不明。その言葉に尽きた。

 

 多種多様の動きで相手を追い詰めながら、最終的に他の生物には真似出来ない独自の領域に到達し、それを通して完全に相手を喰らい殺す漆黒の不明種。それがリオレイアと同じ骨格をしているだけであって、リオレイアと同質の存在であることはあり得ない。飛竜種だとはそれに似ている姿をしているからそう分類されているだけであって、飛竜種ですらない。古龍でもない。

 

 刻竜。これと並ぶ竜はもう一種のUNKNOWNと合わせて、二体だけになる。凶悪にして死しても不明。状態変化を多用させながら地獄を見せてくる、環境すら破壊していく漆黒の化け物。それが至天に登場するラ・ロという竜だ。

 

 端的に言えば化け物。ゲームシステム的には回避できる攻撃を持っているからまだいい。だが無敵も、ガード可能という概念も崩されリアル化されているこの世界では、ラ・ロの攻撃に救いなんてものは存在しない。

 

 オーラ爆破、大地粉砕、回転掃射、超滑空。その全てが無敵時間、というシステム的な概念を利用しなくては生き延びれないような破壊力を持つ動きばかりだ。これがラ・ロという存在が本気を出した時のデフォルトだと言っても良い。逃げ場のない、必殺攻撃の超連続攻撃。全方向へと向けて攻撃し続ける怒涛の爆撃。そうやって、無敵に頼った回避能力でもないと一瞬で体力を奪って行くのがこの竜だ。

 

 その思想は《刻帝》にも間違いなく受け継がれていた。

 

 肉体そのものを変異させるのは様々な骨格の竜を再現するラ・ロの可能性を拡大させた形だ。骨格そのものを変質させる事で全く違う姿や能力を見せる事でパターンハメを阻止する。常に新鮮な動きと概念で相手を殺す為だ。砂嵐は防御と攻撃を同時に行う結界であり、生物が踏み入れた瞬間に千切れる。その上で再生能力によって疑似的に死から蘇る事さえする。環境を元に戻す力を持ち、総合的に人類という生物で戦うことは不可能と呼べるスペックをしているだろう。飛行船? 撃竜槍? G級ハンター? その全てが馬鹿々々しい。そんな小細工が通じないからこそ絶対凶者と呼ばれるのだ。人類による駆逐の可能性を乗り越えたからこその《絶》の名を抱くに相応しいだけの性能を見せるのだ。

 

 だが、このラ・ロはミラバルカンの到来によって、自分の破滅を一瞬で悟った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだ、と。相手にしたら絶対に勝てない。故に勝てる相手を殺すしかない。それだけがラ・ロの中に存在するインプットだった。時間干渉をミラバルカンの牽制によって大幅に削がれながらも、それでもG級ハンターでさえ100回は余裕で殺せるだけの力を秘めている怪物である事に違いはない。

 

 この絶望的な状況に、ラ・ロが取った選択肢は簡単だった。

 

 ()()()()()()()()()()事だった。

 

 本気を出し、限界を超えて覚醒する。今よりも強い自分に、更に強く、勝てる領域まで自分の命をチップに覚醒して強くなる。それだけがラ・ロに残された生存の道であり、そして同時にラ・ロの答えだった。

 

 故に、一瞬で最終形態と呼ばれる、オーラを纏った状態にラ・ロは突入した。爪や棘を赤く染めた状態から―――それが一気に色素を失った。ラ・ロそのものの姿が色を失ったような白と黒、モノクロの色に染まり、煉獄の様な色をしていたオーラが無色、しかし空間を侵食し、歪める様な色をし始めた。

 

 一瞬の変貌だった。周りの空間さえ呑み込んで侵食する変化。一秒さえもそこにはかからなかった。生存戦略。ラ・ロの行った事だった。

 

 そこに―――グラジオラスの姿は刹那を切り裂いて既に飛び込んでいた。

 

 

 

 

「殺し損ねたかッ!」

 

 目の前には()()()()()()()()()()()()()ラ・ロの姿が見えるものの、その動きは回避に入っている。ぎりぎりで脳味噌を気付かずに潰して、死を知覚させずに殺そうとしたが、最後の一瞬、死の予感をラ・ロに本能的に察知されたらしく、その目は此方を捉えておらず、理解してもいないのに体が動いていた。つまり思考とは別の領域で肉体が本能によって動かされていた。それはつまり、それだけ生存と戦いの準備として経験してきた、という事でもある。

 

 馬鹿に出来ない相手だ。

 

 ミラバルカンを前にしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、如何せん初めての事だったため、少しタイミングがズレてしまったかもしれない。あっちゃぁ、と心の中で斬り落としたラ・ロの下顎をそこから生えてきた黒い睡蓮がまるで封印する様に断面から生えるのを横目で見つつ、大きくバックステップで距離を取ったラ・ロが下顎を新たに前の状態へと回帰する事で生やすのを見た。

 

 その視線はもはやミラバルカンではなく、此方を捉えていた。

 

「その目、俺の剣を警戒しているって目だな。俺がお前らの動きを警戒するのと同じような目をしてる。紙一重で見極めて、絶対に当たらない様にするって決めている時の目だ」

 

 見切りに入る為の目だ。此方の剣を見られて生き延びられたのは辛い。まぁ、呼吸と線、その結び方を変えればパターンは無限に変えられる。その為だけにひたすら基礎しかやってこなかったのだから、見切られるのはまずないと思う。

 

 それよりも貴重だったのは敵の覚醒の瞬間だ。

 

 しっかりと、それを見て確認させて貰った。その予兆、時間、意識の空白と変化の瞬間。その間に存在する確かな隙。

 

 ……次、()()()()()()()()()()()()()()な。

 

 自分の中に仕損じた恥と、そして成長への一歩を感じながら、ゆらりと剣を下ろした。そのまま、此方を警戒するラ・ロへと向けて―――瞬間的に跳躍する様に加速した。踏み出す体は異常に軽く、軽やかに感じられる。まるで《白疾風》になったかのような体の軽やかさだった。精神世界で彼の背中に乗った瞬間を思い出す。まるで体が羽になったような軽さと、リオレウスを思い出す力強い加速で、一気に速度を最高速度へと乗せて、障害物、足場関係なく一気にラ・ロへと飛び込んだ。

 

 その速度を見切られた。飛び込みに合わせてカウンターにサマーソルトとバックブレスに爆炎放射を同時に行い、サマーソルトの動きで砂を巻き込む様にそれをショットガンの礫として放たれた。複数の動作を同時に組み合わせた、隙の無いコンビネーションアタックは、此方を絶対に殺すという意思を兼ね備えた動きだった。

 

 だがそれで死ぬわけにはいかない。

 

 突き出される尻尾の先端を斬り、()()()()()()()()のだ。

 

 斬り飛んだ尻尾を足場に跳躍、砂のショットガンが届くよりも早く体を飛ばし、最小限の面積で、砂を服で受けながら、爆炎放射とブレスを同時に割き、その隙間に一気に体をねじり込んだ。再びラ・ロの正面に体を叩き込みつつ、剣を振るう為に音を殺す速度でラ・ロへと刃を到達させる。

 

 だがそれが届く前にラ・ロの体が空に舞い上がった。サマーソルトの動きで斬り落とされた尻尾は既に再生しており、回転する様に浮かび上がりながら極太の熱線ビームを上へと向かって放っており、回転しながら下から薙ぎ払おうとするのが見える。流石に熱線は斬り払えねぇわ、と回避の動きを作ろうとする瞬間、

 

頭 が 高 い

 

 轟くようなミラバルカンの声がラ・ロの飛翔という概念を焼き払った。浮かび上がった筈のラ・ロの姿を一瞬で砂の地面にまで陥没させ、サマーソルト途中だったその姿を顔面から砂の中へと叩き込んだ。飛び上がられたらかなり厄介な事になっていたので、ミラバルカンの援護は実際、助かった。

 

 空中で剣を蹴って急転換しつつ着地し、ジンオウグローブの磁力で足場にして蹴った剣を引き寄せて手に取り、武器を即座に回収する様に立って、砂の中に叩き込まれたラ・ロを追う。

 

 だが砂に叩きつけられた勢いのまま、ラ・ロの姿は一気に砂漠の下へと潜った。

 

「角竜の生態を喰らって覚えたのか」

 

 砂の下で気配が膨れ上がり、大地が震動するのを感じる。空を見上げれば、ミラバルカンが見下ろしているのが解る。

 

「ガチンコ漁って知ってる?」

 

『いいだろう、派手に釣り出してやろう』

 

 言葉と共に空から槍の様な石柱が落ちて来た―――いや、隕石だがその全てがマグマに覆われた、溶岩柱だった。溶岩の癖に岩の様に形を保って固まっている、という不思議な状況だった。

 

 そこに、寸分の狂いもなく、杭をハンマーで叩き込む様に、同じものをミラバルカンが落として叩き込んだ。マグマの杭がそのまま砂漠の内側へと叩き込まれ、それが衝撃となって足の下で爆発を下の方向へと向けながら、大地を軽くウェーブさせるように揺らした。

 

 そしてその衝撃によって()()()()()()()()()()()()()

 

 白、黒、そして白と黒の混ざり合ったラ・ロ。それが三方向から同時に出現した。全てに同じ様な気配、生命力、竜気、殺意、悪意を感じられる。()()()()()だった。

 

「分身とかバグ染みた技はちょっと卑怯じゃないかなぁ?」

 

 言葉を口にするのと同時に空間から色素が奪われて行く。段々とホワイトアウトする様に全てが白く染まって行き、視界が全て、白く変調した。空を見上げればミラバルカンの姿も見えなくなり、

 

 完全に白く染まった空間の中で、赤い瞳が二対、此方を睨みながら高速で移動していた。瞬きをする度にその姿が完全に消失し、姿が捉えられなくなる。これがフロンティア産暗黒滑空の進化系か、と思っていると地形すらどこか、足元で融けて行くような感じさえする。

 

 空間を侵食しつつ不可視の超滑空攻撃を放つ、という感じか、と認識する。

 

「まぁ、生きてるなら斬れるか」

 

 殺意、悪意、気配、その全てを消し去っても、存在そのものを消せる訳ではない。呼吸を、相手の動きと性格からその動きを先読み、その動きに合わせる様に踏み込み、前のめりに倒れ込む様に斬撃を左から右へと、一気に振り抜いた。

 

 そこにありえない程の速度を乗せた体が飛び込んだ。

 

 それを上下に斬り落として即死させながら、背後で衝突音を聞き、続けて出現する第二の滑空攻撃を横へと体を転がしながら剣を振るう。白い不可視の姿が襲い掛かってくるが、その姿を見極めて目から刃を通す様に、脳の上半分を斬り飛ばす様に死を意識させずに即死させた。

 

 二体目のラ・ロを殺した。

 

 だがその動きは不用心だと説明できる。必殺の、勢いが残った一撃とはいえ、それでいきなり接近してくるのは死を選ぶやり方だ。少なくとも近接で負ける気配はない相手に接近を選ぶことはまずありえない。

 

 となると、

 

 ―――囮だな?

 

 自覚するのと同時に、吸い込まれる様にホワイトアウトされた世界が一つの方向へと向かって食い尽くされた。視線を向ければ、膨張したラ・ロの口元に先ほどまでの不安定で全てが融けたような白い世界が食い尽くされ、それが炎と混じりながら吐き出される寸前にまで圧縮されていた。

 

 回避は間に合わない。故に素早く、背に装着していた最後の武装を引き抜いた。

 

「吠えろ殺戮者(アニヒレイター)

 

 絶種ライフルの照準を雑にラ・ロへと向けるのと同時に、ラ・ロの口から時の咆哮が放たれた。意識するよりも早く、体が引き金を引いた。

 

 左腕が千切れそうな衝撃を感じた。

 

「がっ、ぐっ」

 

 凄まじい衝撃と共に《斬虐》の咆哮が銃口から放たれ、聞こえた。不可知の風の斬弾は一瞬で時の咆哮と衝突し、その言葉の通り、衝突と同時に爆裂する様に一気に解放された。暴風斬撃と時の咆哮が衝突と同時に互いを喰らいあいながら殺し合って行く。これが普通の特殊な銃機構であればあっさりと此方が負けただろうが、

 

 あの工房長猫、一発限定ではあるが()()()()()()()()()()()()()()のだ。一発しか打てないという制約はこのクオリティを再現、維持する為の制限だったのだろう。《斬虐》の宝玉でも心臓部に組みこんだのだろうか? どちらにしろ、

 

 イカレてやがる。

 

 納得の反動だった。左肩が軽く脱臼した様な感覚を得るが、それを無理やりはめ込みながら銃を背負い直した。咆哮と咆哮が喰らい合う様にぶつかり合った結果、中間点で大爆発を起こしながら、時の粒子が光の欠片の様に降り注ぎながら砂漠を黒と白に染めて行く。

 

 ぐにゃり、と空間が歪みながら時間に亀裂が走る。

 

 前へと踏み出すラ・ロが横へと10メートル程、ズレていた。じじじ、と音を立ててテレビで見た、あの白黒の砂嵐が視界を覆って行く。本物の砂嵐ではなく、脳に直接叩き込まれる様なノイズだ。これは無視できる。

 

 だが瞬きをするたびにラ・ロの居場所がランダムに切り替わっている。

 

 テレビのチャンネルを切り替える様に場面が変わっているのだ。瞳を開けていてもいきなり視界が切り替わる。動き出してもそれが変化する。その度にラ・ロとの距離が縮まり、距離感覚が狂って行く。第六感が完全に潰されるのを知覚し、距離感覚が蹂躙されるのを感じる。成程、是は厄介だ。

 

「じゃあ頼む」

 

 燃 え 散 れ

 

 ミラバルカンに支援要請を行えば、即座に楽しそうな声と共に炎が舞った。それが一瞬で空間に満たされていたノイズを焼き払いながら、目の前まで時の壁の中に隠れて進軍していたラ・ロの姿を炙り出した。距離感覚が狂っている間に殺す気だったのか、と即座に回避動作を生みながらラ・ロの翼撃を回避しながら足場にし、翼の爪を切り飛ばしながら斬り飛ばしたそれを二段階目の足場にして、地面への着地を回避する。

 

 直後、バックステップブレスによって地面が炎によって薙ぎ払われ、炎の道が着地するべき場所に出来ていた。

 

『手を貸すか?』

 

「冗談……丁度楽しくなってきた所だ」

 

 足場から跳躍して無事な大地へと着地しつつ、ラ・ロが側面へと滑り込む様に大地を引き裂きながら飛び込むのが見える。一瞬とも見える速度は間違いなく、ありえない不自然な加速を伴った動きだった。此方が振り向くよりもその動きは速い。

 

 先手を奪われた。

 

 時間加速による神速の薙ぎ払いが放たれるのを、片足を立たせたまま、膝で体を曲げて、片足で支える様に体をほぼフラットに倒しつつ、体の上を攻撃が抜けて行く様に回避する。そしてその終わり部分に、

 

 足を引っかけた。

 

 振り抜かれた動きに体が引きずられ、そして振り抜いた動作に慣性が体に乗り、そのまま上へと向かって引き揚げられた。ラ・ロが対処するよりも早く、意識するよりも早く、翼に引っ掛けた体からそのまま一気に体を掴んで登り、

 

 その背の上に乗った。

 

「お前らの攻撃はさ、()()()()()()()()()()()んだよな。だから読むのが楽なんだわ」

 

 《斬虐》も《刻帝》も、攻撃を行う時は全て()()()()()()()()()()()になっているのだ。そこに武術や剣術における削り、押し込み、牽制、そういう概念が動きには存在しない。それは当然だ。こいつらは竜で、そして存在そのものが必殺だと表現してもいいのだから、下手な小細工を入れない方が強いに決まっている。人間の武道を利用するよりも、それを圧倒的なスペックで踏み潰す方が強い。

 

 どんな究極の武芸を習得しても、範囲を薙ぎ払う炎砲には勝てない。

 

 今回はそれをミラバルカンで封じ込めたからこそどうにかなっているが、そうでなければ勝機さえ存在しなかっただろう。だからラ・ロの取った動きは実は正しい。だがそれは同時に、必殺し続けるという動きでもある。

 

 全てが必殺であるという事は全てが即死攻撃。そこには無駄な要素はなく、綺麗に最適化された、最短で最速で殺す動きだ。

 

 ()()()()()()()()()になるのだ。

 

 それが、恐ろしい程に読みやすい。だから近接戦に入り込んだ瞬間、

 

 斬殺が確定する。

 

 時と炎を纏おうとするがそれよりも早く首の裏を断って意識を遮断する。それによってモーションの全てをキャンセルし、次の流れで動く為の翼を斬り飛ばした。逆再生の始まるラ・ロが再び巻き戻りながら蘇るのを前に、

 

 斬殺を続ける。

 

 時間が巻き戻る中で足を斬り落としながら繋がる翼を両断して、取り戻す意識を遮断する様に脳味噌を切り抜いて飛ばす。そのまま下顎を斬り落としながら首を削ぎ落して翼を再び斬りながら再生していた足を纏めて斬り落とす。

 

 再生する。

 

 それよりも早く斬殺して、斬り飛ばす。

 

 斬り飛ばした部位から睡蓮が生え、再生を阻害する。

 

「さぁ、死に続けるよりも早く蘇れるか? お前は」

 

 ラ・ロの無限殺しと抵抗が始まる。

 

 ブレスを吐くのを首を削いで停止する。此方の姿を捉えようとする目を抉り斬る。立ち上がろうとする足を斬り飛ばす。羽ばたいて逃げようとする翼を両断して封じる。砂を巻き上げて投げつけようとする尻尾を切断する。体を転がして潰そうとする動きを心臓を切り抜いて潰す。噛みつこうとする顔面を半分に斬り落とす。時間を巻き戻して自分を遠ざけようとする動きをミラバルカンが燃やして消し去る。

 

 全ての動作を斬るか燃やす。

 

 それを何十、何百と繰り返す。

 

 ラ・ロが諦めない限り、それを繰り返し、繰り返し、繰り返して無限に殺し続ける。

 

 やがて、その時を戻す力が限界点に到達し、二度と体の形を戻せなくなるその瞬間まで。そしてそうやって、ラ・ロの肉体が再生限界点へと到達した所で、

 

 二体目の絶種の討伐が完了する。

 

 溢れ出す返り血で真っ赤に世界を染め上げながら、空を見上げる。どれだけ赤く大地を染め上げても、それでも空は蒼く、それを支配するミラバルカンは仕事を果たした、とどこか楽しそうな気配を満たしていた。

 

 これでまた、生物が―――一つ、楽園から消え去った。

 

失楽園まで 残り




 死なない? なら死ぬまで殺せ。

 大技のほとんどはミラバルカンが封印、おかげで残されたのは回避可能な即死技オンリー。これなら人類でも勝てるよ、やったね。なおマシュマロコボンノウトカゲがいなけりゃあ討伐不可能でした。なんだかんだで古龍最強格なんだよなぁ、アイツ。

 覚醒するなら覚醒する瞬間を狙って殺すのだ。進化の瞬間でさえ殺せる間と認識する連中。

 次回、春。残り2騎。


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6年目 春季 最後の安らぎ・猫

 冬が終わった。

 

 寒い、心まで凍るような季節が終わった。

 

 五年間の生活の中で最も苦しく、そして最大の変化と激動の五年目が終わった。

 

 冬、それは寒さの中に全てが凍りつく季節だった。あらゆる生物が耐え忍び、そしてやってくる次の季節に備えて潜む季節でもある。冬の間は生物にとっては死の季節だとも言える。故にここまで苦しく、辛く、そして絶望的な季節になったのは、ある意味では必然だったのかもしれない。耐え忍ぶ季節に苦痛が待ち受けていた。だがそれを乗り越えれば、

 

 春がやってくる。

 

 絶望によって凝り固められていた世界が解放され、その凍土に覆われて隠れていた希望が芽を見せる。漸く、長く辛い時を冬と共に終わらせた、という感慨があった。五年間の苦しみが春の到来と共に終わりを告げたような、そんな気さえあった。漸く、苦しみの中でもがき続ける時間が終わったのだ。

 

 もはや、終わりが見えている。

 

 クライマックスは近い。冬が終わり、クライマックスの季節がやってくる。そう、耐え忍ぶ時間はもう終わりを告げた。叛逆の時が来た。今までの苦しみ、その全てを力に変えて、唯一無二のエンディングへと向けた構築が終わった。もはや、この戦いは終わりが見えたのだ。確実に、終わりが迫っている。それをもはや誰も否定する事は出来なかった。

 

 冬は終わった。

 

 苦しみに満ちた五年間だった。探し、失敗し、死んで、蘇り、悪意に殺され続けた五年間だった。だがそれは貴重な五年間でもあった。その五年間という時間がグラジオラスという一人の男を育て上げた。楽園がその崩壊と引き換えに生み出した、完全なる怪物的な只人だった。この五年間、その苦しみが本当の意味で、形として昇華される時が来たのだ。

 

 故に失楽園、それはもはやこの冬で終わる。

 

 あらゆる生物が死に絶えた。かつて、楽園を彩っていた数々の生物たちはもはやこの世には存在しない。或いは大陸でさえ見かけないような生物もいたのかもしれないし、大陸ではありえない環境やコミュニティを構築していたのかもしれない。だがそれはもはや無駄な話だった。その生物はもはや存在しない。あらゆる命は食らい尽くされ、一つの形へと昇華され、そしてそれすら絶望を乗り越えた人間の手によって、龍と力を合わせる事で終焉を迎えた。

 

 絶望さえも希望の前では終焉を迎える。そして楽園が失墜した今、春がやってきた。

 

 ―――六年目、最後の年。

 

 春。

 

 楽園、最後の季節。

 

 もはや楽園に属する生物と呼べる存在は、火山に存在する番人と、その楔によって眠り続ける最後の悪魔だけとなってしまった。その他は全て死ぬか、或いは楽園の運命から逃れてしまった。故に終わりは近い。次の戦いこそが全ての最後となる。この失われた楽園を終わらせ、そこから飛び出す為の戦いになる。

 

 楽園追放(キャスト・フロム・エデン)

 

 楽園を去る為の最後の年が、最後の季節が始まる。

 

 

 

 

 冬が終わって、漸く体の動かしやすい季節がやって来た。そう言えば冬だったよなぁ、と忘れるぐらい去年の冬は凄かった。最終的には砂漠では溶岩の川が流れる様になっていたし、その事を考えると環境破壊のし過ぎじゃねぇか? とは思わなくもない。ただ、漸く冬が終わった。

 

 最後の季節だと思っている。

 

 この春の間に《躯王》アトラル・カと、《悪魔》メフィストフェレスと決着をつけてしまおうと思っている。そうすればすべてにケリが付く。もはやここに残るだけの理由も、する事もない。楽園を去り、そして大陸で情報や希少素材を売却し、先生やラズロのコネでメゼポルタに定食屋でも開いて平和に暮らす。いや、メゼポルタだとハンターに関わりそうだし、もっと田舎に移動してもいい。とりあえず、この場所を去るのだ。

 

 苦しい記憶と悲しい思い出を墓標に残して。

 

 だからこれが最後の季節だ、と決めている。

 

 そしてこれが最後の安息にもなる。この春、最後の準備と安らぎを終えて、最高のコンディションに到達した時、それが最後の戦いを始める時になる。それが始まれば、もはや足を止める事は出来ない。最初から最後まで、駆け抜けるまで戦い続けるだろう。アトラル・カを倒し、そのままメフィストフェレスまで攻め込んで戦いを終わらせる。故に、アトラル・カと戦うまでが、最後の休息になった。

 

 工房長猫は持ち帰ったラ・ロの素材をライフルに組み込む事にした。《刻帝》の時の咆哮を完全に再現する砲撃を組み込む為の改造らしい。《斬虐》の時と同じように、絶種の心臓部とも呼べるパーツを総部品加工し、それを内蔵式のバッテリーとしてライフルに組み込む。そうする事によって内蔵されたエネルギーを消費し、それぞれ一発限りの完全再現咆哮を放つことが出来る様になる。

 

 ……らしい。少なくとも工房長猫はそれを確信していた。素材が殺した所まで生きている、とは工房長猫の言葉だった。本体は死亡しているのに、それはそれとして素材が生きている為、そのまま特性を失わずに組み込めばその程度の事は出来るであろうとの事だった。

 

 それを作る為の技術は一部、古龍から提供されているらしい。

 

 つまり現代と古龍の技術の結晶だった。とてもだが表沙汰に出来る兵器ではなかった。故に一生表の世界に晒される事がないであろうその技術は工房長猫の胸の中に封印されるとして、最後の戦いへと赴く為の装備は工房長猫とその弟子猫達に任せていた。

 

 そしてその間、

 

「―――じゃ、勉強するニャ」

 

 森林拠点、外のテーブルを挟んで椅子に座りながら、反対側にラズロと先生を置いて勉強していた。

 

 社会勉強だった。楽園から追放された後の事を考えて、先生とラズロは色々と教えてくれるようになった。ここでの生活が終わった後で、この世界で生きて行く事で、社会生活の中で困らない様にするための知識を教えてくれる。明確に、終わった後の事を考えてくれる猫達だった。

 

 彼らは、俺が勝つと信じて疑わない。だから終わった後の事を教えてくれる。

 

「今まで話したことの復習をするニャ。グラドはとりあえず、解っているギルドの歴史と社会を説明してみるニャ」

 

 先生の言葉に頷きながらえーと、と声を零す。

 

「ギルドの成り立ちそのものはかなり近代的なもので元々はギルドという形ではなく互助会という形が近かった」

 

 先生から学んだギルドの歴史を思い出す。元々のモンスターの狩猟は国の管轄だった。そして普通の狩人が個人の利益や目的で武器を片手に戦いを挑み、狩猟していた。これが最も原始的で基本とも言える状態だった。

 

 そこに初代《ココットの英雄》の様に突出した英雄と、そして狩猟による犠牲者が開拓によって目立ってきた。狩猟者の中で特に目立った実力や志のある者が援助する様になり、その姿に感銘を受けた者が資金を提供するパトロンとなった。それがハンターズギルドの前身となる組織、ハンター互助会とも呼べるものになる。

 

 だがこれに目を付けたのが国家だ。そして同時に、将来的な事を見据え出した。ハンターとしての活躍が広がるのは良い。だがそれが広がった結果、モンスターの生息数が減ったり、竜大戦の様な絶望のトリガーを引く可能性がある。それぞれの国はそういう事に関する記録はある程度残していたらしい。

 

 それ故にパトロンは国家規模へと変わり、予算が組まれ、そして中立的な国境を越える、《ハンターズギルド》という組織が生まれ、互助会から資金提供によってパワーアップした。これが今のシステムに近い。

 

 ハンターズギルド、通称ギルドの目的はハンターの活動援助、開拓、そしてモンスターの守護になる。無節操な狩猟を行い続ければかつての竜大戦の様な状況を巻き起こしかねない為、ギルドはハンター達による狩猟が行き過ぎない事を管理する為の組織である。つまり今までは個人規模だった狩猟に組織を紹介し、それに管理させる事で狩猟という行いそのものに首輪をつけたのだ。

 

 今ではギルドの支援なしで狩猟する、というのはちょっと考えられないぐらいには快適な狩猟生活がギルドによって送ることができる。それでもまだ国家の影響力はかなり強いが、今の社会はギルド社会、と呼ばれるレベルでギルドの影響力が各種に広がっている。

 

 実際に開拓船、飛行船、開拓団、護衛団、解析班、観測所、この世界における文明と技術の発展、その最先端は常にギルドと共に在るのだと判断してもいい。故に一番権力を、力を持ち合わせている存在はギルドという組織そのものだと考えてもいいらしい。だから現在を生きる上では、ギルド社会という物を良く知るのが賢く生きて行く為に大事な事になる。

 

 一般的な生活にギルドが関わるのか? と言われればYES、になる。

 

 今はギルドによるハンターの、大狩猟時代なのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを忘れてはならない。ファンタジーな漫画やゲームである、企業国家の様な存在があるが、現在の大陸事情はそれに近いと言える。最終的に人vs人という領域で軍隊を保有するのが国家である為に、力の均衡は国家の方が上だろう。その為権威では国家が上回っているが、生活の豊かさではギルド管轄地の方が上になっている。

 

「うむ、良く覚えているニャね? だからグラドが豊かに暮らそうと思えば、確実にギルド管轄領域で生活するのが一番だニャ」

 

 此方の言葉を纏めつつ、先生が続ける。

 

「ぶっちゃけ、ギルドが関わると関わらないは文明が一段階近く違うニャ。今ではギルド出身の技術者が国家に派遣されて技術指導を行う程だからニャ。まぁ、こういう技術指導に関してはパトロンする代わりの見返りの一つだから当然と言えば当然なんだがニャ……じゃ、話を進めるニャ」

 

「おう、狩猟区に関する話をしてみろよ相棒」

 

「おー」

 

 狩猟区、或いは猟区。それはつまりハンターが狩猟する事が許される区域である。これは全部で三種類存在し、ハンターの狩猟が許される狩猟区、ハンターの立ち入りそのものが禁止されている禁猟区、そして開拓されていない為に、何の制限も存在しない未開拓地だ。

 

 この内、基本的にハンターが依頼を受けて向かうのが狩猟区になる。ネコタクもここへと繋がる様になっており、ハンターに対するギルドの支援が届く範囲でもある。禁猟区はそもそも繋がる様な道はないし、支援もなく、ネコタクもない。これは未開拓地も一緒である。

 

 だが未開拓地と禁猟区とは大きな違いがある。

 

「それは()()()()()()()だニャ」

 

 禁猟区は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言っても良い。ギルドの理念の一つのモンスターの守護、コントロール、生息管理。その為にはモンスターを狩らない領域が必要になってくる。これがつまりは禁猟区に当たる。ここで狩猟を行う様な奴は()()()()()()()()()様な処罰を受ける。また野生のままのモンスターを観測する為の場所でもある。

 

 通常のハンターは入れないが、それでも密猟者を狩る為にギルドナイトが出入りする事はある。

 

 そんな禁猟区と違って、未開拓地、未開拓区は純粋にギルドが手を付けていない領域であり、国家にも属していない領域になる。つまり土地の利権がどの組織にも存在しない、完全にフリーな領域となっている。つまりそこを自分の土地だと主張し、確保し、守る事が出来るのならそこを自分の土地として保有する事だって出来る。それが未開拓区である。

 

 ただし、未開拓地の狩猟は制限がなく、そしてギルドの支援が一切存在しない。

 

 この未開拓地への支援がギルドより行われるのは、ギルドより発信したギルド発の開拓団により街開きを行う時であり、それ以外の時でギルドが未開拓地の狩猟を支援する事はない。何せそこはギルドの管轄外なのだから()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 その代わりの完全な自由狩猟である。

 

 未開拓の領域で狩猟者は自分の用意した装備、道具で好きに開拓し、狩猟を行う事が出来る。当然、ネコタクはないので狩猟してもそれをギルドが運んでくれるわけではないし、古龍や乱入の警告もない。多くのギルド支援が機能しない状態になる。

 

 その代わり、そこで狩猟した物に関しては《完全に全てが狩猟者の所持品》として管理されるのだ。つまりギルドに確認する必要も、ギルドに提供する必要も、素材の一部を取られる事もない。全てを自分で取得する事が出来る。

 

 《楽園》での狩猟は未開拓地での狩猟にカテゴライズされる。

 

「まぁ、だから解ってるかもしれニャーけど、ここであった事、経験したことを()()()()()()()()()()()()()ニャ。ついでに言えば水晶剣も守護衣も絶種銃も()()()()()()()()()()()()()()()()()のだニャ」

 

 これらはこの楽園での取得物である以上、個人の資産として管理され、そしてその事は特攻アイルー開拓団によって保障されている。アイルー開拓団の扱いは特殊過ぎて、ギルドで直接管理している組織、管理出来ている組織でもないのでギルドのルールからは半歩踏み出した所に存在している。

 

「ただ、まぁ、この大陸の情報に関しては恐ろしい程金になるニャ。特に狂竜ウィルスの初期型の症状等に関しては古龍観測所が凄まじい程金を出してくれるだろうニャ。相棒がここを出た後暮らす事を考えるなら、何を売るのか、どうやって収入を得るのか、それを真面目に考えておく必要があるニャ」

 

「まぁ、そこは嫁やマシュマロと相談するよ。俺一人の問題じゃないし」

 

「もはやトカゲ扱いすらされない」

 

 最近、マシュマロココアにハマっているからアイツ。ただその美味しさの魅力は良く解るのだ。解るけど何時窒息するのかハラハラするから笑いながら食べるのほんと止めろ。

 

 まぁ、それはそれとして、

 

「ハンターか……」

 

「まぁ、ここを出た後での相棒の選ぶ道は二つあるニャ。一つは完全に縛られない自由の道ニャ。この場合はギルドとは関係のない国家で生活する事になるニャ」

 

 そしてもう一つは、とラズロが言う。

 

「メゼポルタやドンドルマ等の()()()()()環境で暮らす事だニャ。異世界人という事を考えたら、仮にギルドの職員として登録して、ギルド員としての生活支援を受けてメゼポルタやドンドルマ等の大都市で暮らすのが恐らく一番になるだろうニャ。正直、ギルドの影響のある場所とない場所では生活の利便性がまるで変わってくるからニャ」

 

「後はそうだニャ……飲食店をやりたいんだったよニャ? だったらグラドはメゼポルタ辺りに腰を落ち着けるのがいいニャ。あそこは商業の最大中央の地だからあらゆる食材や技術が入り込んでくるニャ。豊かな生活を望むのならあそこが一番だろうニャ」

 

「うーむ……」

 

 ラズロや先生には、色々と考えさせられる。

 

 漠然としていた《飯屋を開いて生活する》というビジョン。それを社会という形を説明し、今の構造や生活様式を説明する事で、それを現実的に捉える方法を教えてくれるのだ。

 

 これがラズロと先生との、楽園終末の過ごし方だった。

 

「うーん、でもやっぱり色々と必要な物を考えるとどう足掻いてもギルドの力を頼る必要が出て来るのか……」

 

「まぁ、飯屋を開くには土地、道具、スタッフが必要になるニャね。その事を考えるニャら、間違いなく個人の力で揃えるのは難しいニャ。ギルドに何らかの形で恩を売りつけて譲歩を引き出すのが正解だと思うニャ」

 

「特に一等地に関してはそれなりに金のかかる話でもあるからニャ」

 

「飯屋を経営する……ってのも結構、大変そうな話だなぁ」

 

「頑張るニャ、グラド」

 

「夢の前に妥協は甘えだぜ相棒」

 

「まぁ、そうだな」

 

 肘をテーブルの上に乗せながら苦笑し、ラズロや先生と夢を現実にする為の方法を考えて話し合う。お金はこうして集めるんだ、こうやって人は募集する、こういう友達がいるから終わったら頼ってみるか? とか。

 

 希望のある話をしていると、

 

「グーラードっ!」

 

「おっと」

 

 ずっとアイルー達と話し合いをしていたからか、アルマが飛びついて来た。座ったままその姿を受け止め、抱きしめ、身を寄せ合って一つの椅子に座る。

 

「私はお前がいるのなら、どこだっていいぞ。グラドの飯は美味しくて好きだし」

 

「なんだ、聞いてたのか」

 

「私の耳は良いからな。浮気は聞き逃さないぞ?」

 

「ばぁか、お前以外に俺を好きになる様な酔狂な龍もいないだろ」

 

「どうかなぁ……お前は私が知っている限り最も恰好良い雄だからなぁ」

 

 そう言って笑い合っていると、ラズロと先生も、苦笑しながら冷やかしてくる。少しだけ先の未来を考えた話をしていた。

 

 この戦いが終われば、そういう未来もきっと現実になるだろうと信じて。




 その猫たちのの仕事は常に未来を探す事だった。

 最初からずっと今まで、アイルー達の仕事は未来を探す事と未来を創る事だったりする。なので連中にとっては終わりが近くても、やる事は変わらない。常に先を見据え、そしてその後の未来の事を考え、備え、用意するのが仕事だったりする。

 なので今回もそれは変わらない。教え、作り、そして未来に備える。

 次回、最後の安らぎ龍組。


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6年目 春季 最後の安らぎ・龍

「お初に目にかかる。人が口にする我が名は天翔龍・シャンティエン。汝の活躍はここ数年間、楽しませて貰った。語りたい言葉は多くとも、今は見事。その一言に我が感じた全てを込めさせて貰いたい」

 

「おう、ども」

 

 そう言って天翔龍シャンティエンの化身体は此方の背中をバンバンと叩いて来た。古龍としてはかなり気安い部類に入る奴だった。どうやら最終決戦が近い事もあり、もう空域封鎖をする必要のなくなったシャンティエンが合流したらしい。そして挨拶をしてきた。シャンティエンも古龍特有の不思議な気配を纏っており、体にピッチリと張り付いて割れた腹筋の形が見える上半身の赤いインナー、下半身は余裕のあるズボンに腰帯、髪の毛はかなりふっさりとしており伸びているが、それを首裏で紐を使って纏めている、ラフな白髪だった。

 

 そして糸目。かなりの美男子。古龍はどいつもこいつもビジュアルは凄まじく良い。

 

 その代わりに中身が面白いのはここの付き合いで良く理解している。ハルドメルグとは違うが、シャンティエンには中華系、大陸系の武芸者の様な恰好が似合っている雰囲気、姿をしていた。実際、化身体でも相当やれそうな気配はしている。そしてそんなシャンティエンとは別に、

 

十字架に張り付けにされている糞雑魚古龍の姿があった。

 

 姿は紫色のローブにつばの広い大きな帽子―――そう、イメージは紫色の魔法使い。いや、女だから魔女だ。片目にモノクルを装着したそんな魔女が十字架に縛られ、足元でミラバルカンとテオ・テスカトルの炎で焼かれ、魔女裁判ごっこに興じていた。シャンティエンと握手を交わしつつ、魔女裁判ごっこをしながら()()()()()()()()()()糞雑魚古龍こと、オオナズチ君を見た。

 

「アレ」

 

「古龍の恥さらし」

 

「そう……」

 

 古龍の恥さらしという言葉の意味、説明の必要もなくその概念で理解出来てしまった。そうか……確かにこれは恥さらしだよなぁ、と。そう思うしかなかった。そして一生触れたくはない問題だった。俺とは関係のない世界でゆっくりしていてくれ……それだけが願いだった。

 

 まぁ、そんな訳で、

 

 拠点には今回、お世話になった、或いは活躍した、一緒に働いた古龍達が勢ぞろいしていた。ラブラブバカップルテオナナ夫婦、中性チャイナ黒麒麟、魔女裁判放火中ドMオオナズチ、糸目シャンティエン、未だに全身ローブハルドメルグ師匠、そしてマシュマロコボンノウトカゲのミラバルカン。

 

 許せる濃さのレベルにも限度がある。

 

 これで人類を超えている上位種なのが嫌になってくる。古龍という種族が大体これが種族ベースだったとしたら、古龍全体が個性の嵐となるので、正直ストレスで死ねると思う。いや、まぁ、うん、見ている分には楽しいには楽しいのだが。

 

 シャンティエンを引き連れて、第二拠点の外にある椅子に座り、魔女裁判ごっこ中のテオ・テスカトルとミラバルカンを見た。実に楽しそうに同胞を燃やしているのがポイントだった。

 

 無論、関わりたくないポイントである。

 

「古龍かぁ……」

 

「まぁ、待て汝よ。アレが全体だと思われては困る。ミラバルカンを始めとする一派が個性の塊をしているだけで、大体の古龍は寧ろここまで個性を持たぬ」

 

「あぁ、良かった……いや、本当に。古龍連中が大体こんなノリだったら首を吊る所だったわ」

 

「気持ちは痛い程解る」

 

 シャンティエンが此方の言葉に苦笑する。その姿を眺める。シャンティエンは他の古龍と比べたら対応が普通だよなぁ、と。言動はちょっと古めかしいが。そう思いながらそうだ、と思いついた事を口にする。

 

「しかし……」

 

 と、シャンティエンが此方を見ながら呟く。

 

「まさか龍を娶る人が再び出てくるとは我でさえ思わなかった。始めはあそこまで弱弱しかった人がまさか龍を殺すに至るまでの技巧を手にするとはな」

 

「昔はいたのか?」

 

「数は多くはないが、いたな」

 

 懐かしむ様にシャンティエンは呟く。そう言えばミラバルカンの話を思い出す。シャンティエンはこの楽園へと続く空域の封鎖に協力して貰っていた龍だったらしい。それも自分がここに来る前から。そんなミラバルカンの無茶ぶりに付き合っていた龍なのだから、色々と見て来たのだろう、と思う。俺の他のサバイバーたちの事だけではなく、

 

 もっと昔、人と龍が共存していた時代の事も。糸目のシャンティエンはそうだな、と呟く。

 

「余りこう言うのは我は好かぬが、あの頃は良かった。人と龍が隣人であり、手を取りあい、そして共に暮らしていた。我も化身体ではなく、龍の姿のまま語り合い、笑い、遊び、そして一緒に生きる事が出来る時代であった……まさしくあれこそ黄金期。その名に相応しいであろうと思う」

 

 懐かしむ様に、思いを馳せる様にシャンティエンはそう言葉を口にした。

 

 それだけでこいつがミラバルカンの同志である、というのが良く理解出来た。

 

「まぁ、王を始めとした無関心、静観を決め込んでいる連中は絶対にそれを言う事はないし、認めようともしないだろう。だがあの時代は良かった、と全ての龍が認めるであろう。生まれた存在理由ではなく、自分の意思で生きる事の出来る時代だった」

 

「……」

 

 黄金の時代。龍と人がまだ一緒にあった時代だ。その頃、龍と人は平等な存在として共に暮らしていた。確かに、それを良かった……と言うのは、現代の否定にも繋がってしまうのだろう。だからそれを簡単に口にする事は出来ない。それを口にすることが許されるのはある意味、それを取り戻そうと動いた連中だけ―――つまりはここにいる連中だけだろう。

 

 まぁ、もう戻らない世の話だとシャンティエンは言う。

 

「なにはどうあれ、過ぎ去った物を取り戻す事は出来ない。出来るのはその先を見据える事だ。失った事を嘆くよりも、失ったものを通して未来を構築して行く。我々はその道を選んだ。それがミラバルカンを筆頭とした派閥の目的だ」

 

 過去では止まらず、その先へ。先へと進もうとする意志がミラバルカンにはある。それは彼があの時代を理想とし、しかしそれでは終わらせようとはしない事にある。彼はその先、共存と生活の中にある平穏を見たいと思っているのだ。だからこそ、こんなことをした。そしてこうやって、今も手伝っている。

 

 無理だと思いながら、一番望んでいた馬鹿野郎なのだろう、アレは。

 

「まぁ、俺にはあんまり関係のない話か」

 

「何を言っている。龍と親縁になるのだから、こっちの社会にがっつり組み込まれるに決まってるだろう」

 

「俺、人間で居たいんだけど」

 

「技量が人間卒業している奴が何を言う」

 

 自覚していたが、やっぱり剣術だけなら人間卒業していたらしい。余り直視したくない現実だったんだけどなぁ、と片手で顔を覆う。それにしても六年で剣の技量ってこの領域にまで突入できるんだなぁ、と驚かされる。まぁ、環境と現代では絶対に開花する事の無かった才能である事を考えれば……まぁ、あり得るのかもしれないが。

 

「これが終われば龍の間では間違いなく有名人だ。色々とあるだろうから、我ら古龍の事は事前に知っておけ。まず最初に知るべきなのはアレが全体だとは思わない事だ」

 

 燃えているオオナズチの姿を指さし、その姿に頷く。どうやらミラバルカンもテオ・テスカトルも燃やすのに飽きて、炎を付けたまま放置したらしい。身内で放火殺人が許されるとか恐ろしいもんだ。絶対にお近づきになりたくない。なお、それを楽しんでいるオオナズチ君は一生違う酸素を吸って頂きたい。

 

 同じ星の生物だと思いたくない。

 

「……と、そう言えば、奥方はどうした」

 

「アルマ? あいつならナナとお勉強だよ」

 

 龍であるアルマも、色々と古龍の社会に関するあれこれを覚える必要があるし、それとは別に、人間らしい女性の生き方、女性という存在の生き方とかを学ぶ必要があるので、それをナナ・テスカトリから学んでいる。

 

 普通、古龍には男女の性差が存在しないらしい。超自然的で概念的な化身の存在である為、そこに性別という形が入る事はないらしい。だが精神性の問題、或いは好みによって男か女に偏る事もある。番いとして生まれたテオナナ夫婦はこの中でも特に、男女意識の強い古龍らしい。

 

 そういう訳で、女としてのイロハをナナ・テスカトリからアルマは教わっている。少なくともそれは、アイルーから学べる事ではないからだ。アルマは事の善悪は分かるし、事前に知識も与えられている。何をどうすればいいのかも知っているが、それが経験や知恵としてリンクされていない。

 

 だから()()()()()が必要なのだ。いや、彼女が龍である事を考えれば龍生の教師だろうか。

 

「彼女の両親は知識は与えたが、知恵は与えなかった。だから誰かが生き方を教えなきゃいけない。俺は男だから女の事は解らないしなぁー」

 

「成程」

 

 シャンティエンが此方の言葉に頷くと、拠点扉が開かれ、そこからアルマの姿が飛び出して来た。その服装は最近見かける様になった、彼女が着始めたシンプルな村娘の服装というか、装飾性のない服装ではなく、大量のフリルがついた白と青のゴシック&ロリータなドレスだった。

 

「た、助けてくれグラド! グラドぉ! ナナの奴が私に変な服ばかりを着せるんだ!」

 

「ここまで素材が良いのにそれを放置する等許せる訳が無かろうて。妾が龍の名に相応しい姿へと着飾らせてやろう! やはりコサージュも必要か!」

 

「グラドぉ……」

 

 助けを求める様なアルマの声に彼女を見て、そしてナナ・テスカトリへと視線を向け、助かった、と表情に希望の色を見せた所で、ナナ・テスカトリに続きのゴーサインを出す為にサムズアップを向けた。それを見たアルマの表情が一瞬で絶望に満たされた。サムズアップを向けたまま、アルマが助けを呼んで薄情者、と叫ぶ姿を眺めつつ、可愛らしい服装の彼女に大いに満足感を感じた。

 

 今夜はゴスロリ衣装だな、と心の中で決めつつ。

 

「いいのか、助けなくて」

 

「良いんだよ。色々と経験したほうがいいし、嫁が可愛い方が個人的には非常に嬉しいし。それに本気で嫌がってるなら氷漬けにして逃げ出しているだろうし」

 

 そうしていない時点でアルマ自身が興味を持っているのだという証拠にもなっている。願わくば、彼女が平和な世の中で堪能出来る趣味や楽しみに目覚めてほしい。流石に趣味がセックスだけだと俺の体というか理性が続かない。なのでお着替えでも、料理でも、買い物でも、歌でも、なんでもいいから文化的な趣味に目覚めてくれると嬉しい。

 

 ナナ・テスカトリの強引なお着替え遊びはそういう事の一環だと解釈している。

 

 ある種の()()()()だとも言える。フェミニズムを知恵として学んでいる。

 

 まぁ、そこら辺は本当に、自分は手出しのしようがないので、ナナ・テスカトリに任せるしかない。だがそういう所以外では、

 

「テオ・テスカトルに龍の生態とか、彼女との生活で気を付けなきゃいけない事とかも色々教わってるんだよなぁー。あの夫婦には頭が上がらん」

 

 男女の差だけではなく、人と龍の違い、生物としての違いが存在する。それは単純に力が強いとか寿命が長いとか、そういう問題でもない。もっと別の、鳥が空を飛ぶ様に、魚は水の中を泳ぐ。そういう生物としての違いの話でもある。

 

 たとえば、発情期。

 

 本来龍には性別の概念が存在しない。超自然的な概念の象徴である為だ。なので男も女も本来の龍、古龍と呼ばれる種族には存在しない。なので化身体を作った時、中性的な容姿を取るのが一番ニュートラルな状態でもある。そしてその姿には男性器も女性器も存在しない。つまりは生殖を必要としない生物である。

 

 黒麒麟が良い例だろう。黒麒麟には男にある筈のものがないし、女性にある筈のものもない。究極的に男でも女でも、どちらでもない。中性で無性、龍という存在が人の形に変化している、化身として形を借りているだけの状態だ。古龍という種族全体を見て、七割から八割がこのタイプになる。

 

 当然、発情もしなければ性的な興奮を覚える事もない。なぜなら生殖という機能そのものがオミットされているからだ。

 

 だが逆に、性差を取り入れる古龍が存在する。それらがテオナナ夫婦や、ミラバルカン、アルマ等になる。こいつらには性別が存在する。だから性差から発生する欲求が存在している。

 

 つまり、性欲だ。人間という形に近ければ近い程、この欲求が強くなるとも言える。ミラバルカンはそこら辺、人間性を全てクソにして吐き出しているので感じないらしいが、テオ・テスカトルやナナ・テスカトリの夫婦龍は性別と夫婦という生物としての側面が強い龍である。

 

 その為、性欲が存在する。

 

 そしてこういう性欲の存在する龍には定期的に発情期が来るらしい。()()()()()()()()()()()()のだが、性別が生まれた、生物に近しい形になった影響からそういう風に生殖行為に対する適正と欲求が生まれるらしい。なのでまず第一に注意しなくてはいけないのは発情期。これが始まると動けないレベルで発情し、一回収めても数時間後にはまた発情し出す程酷いらしい。

 

 古龍という生物が本来、性欲を持たない、無性の生物である事に原因があるらしく、どうしようもないとの事だった。本来存在しない生態を形として取り入れた事による変化が原因とも。

 

 後それとは別に、古龍は定期的な戦闘を求める。それは龍種としての本能的な物らしい。古龍として上位であれば上位程、そのスパンは長くなるが、それでも闘争を求める傾向にあるらしい。

 

 その為、定期的にストレスを発散させる意味でも戦闘をさせる必要があるのだとか。別にその相手がハンターである必要も、人間である必要もない。大型モンスター相手に暴れるのでも全然問題はない。だが戦わせる必要がある。

 

 そんな風に、龍は人とはまるで違う生物だ。生物としての肉体構造そのものが違うし、生きる上で必要なものもまるで違う。それが二人、一緒に暮らそうというのは外国人と結婚する国際結婚よりも遥かに難しい話だ。国際結婚であれば同じ人が相手だ。だが此方は異種結婚をするのだ。

 

 違う生物と一緒に生きる事を決めたのだ。

 

 知らなきゃいけない事が多い。自分の為に、そして彼女の為に。

 

「なんだかんだ、大変だけど充実している事は間違いがないんだよな……」

 

「ふ、そうか……なら我から特別言うような事はないな」

 

 シャンティエンは腕を組みながらふ、と息を零す。

 

「ただ……お前の目指す道は我らの力を借りたとしても、かなり険しい道だと覚えておくと良い」

 

 シャンティエンの言葉に頷く。それは理解している。今知っているだけでも多くの違いがある。好きな事、嫌いな事、生物として、寿命が、食べる事、生きるのに必要な事、そしてその他にも多くの問題が来るだろう。社会生活の中でアルマの正体を隠し通せるのかどうか、というのも一つだし……他の古龍が本当に暮らしていけるのか、それを確かめに来るだろうというのもある。

 

 まだ、彼女との生活は始まってすらいない。

 

 だがその先にある困難は多く見えていた。それでも、と言い訳させて貰うのなら、

 

 彼女が好きになってしまった。惚れたら負け、という奴だった。この先の人生、彼女と一緒ならきっと楽しく生きて行けるもんだと思っている。だから、まぁ、問題の数々もそれはそれとして楽しんで行こうという気持ちになっていた。

 

「まぁ、世の中色々あるだろうけど、それを一緒に乗り越えて行きたいと思える嫁に出会えたんだ、龍との付き合いも悪くはない」

 

 そう呟き、息を吐くと、後ろから背中を叩かれた。振り向けばそこにミラバルカンとテオ・テスカトルの姿が見え、両脇を占領する様に座ってきた。

 

「何の話をしている? 無論、俺が話題に混ざる以上、その話題は俺が混ざるだけの価値のある話ではないとならない」

 

「いきなり割り込んで何を言っているこの暴君は」

 

「なぁに、気にするな。そんな事よりも暇潰しに王や帝が犯したかつての大失敗を暴露してやろう。今でも話題に出すと本気で殺しに来る類の話だ。面白いぞ」

 

「ほんとクソトカゲだなこいつ」

 

 まぁ、だけどそのクソっぷりには大いに救われている部分がある。これからも先、自分の人生にこういう連中が残っているのだと思うと、

 

 少し、この先の異世界暮らしが楽しく思えて来た。




 一生忘れる事はないからまぁ、気楽に生きればいい。

 ついに公開されてしまった秘密兵器にしたかった古龍。ついにみられてしまった……。隠れているのではない、隠されていたのだ……。魔女っ子ドMステルス龍とかいう属性過多。雑に扱われるのを楽しんでいたとか。テオナナの仕事は夫婦としての形を教える事だったりする。

 次回、最後の安らぎ・終。


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6年目 春季 最後の安らぎ・終

 星が綺麗だと思った。

 

 夜空を見上げている。

 

 背にはウリ坊が。左隣にはホルクが。膝の上には子レウスが。そして右隣にはアルマがいる。ここは花畑だった。かつて、龍と人が一緒に居た時代、それを最後まで貫こうとして、それに失敗した人たちの墓標がどこかに存在する場所。ここの主のフォロクルルはそれを忘れてしまっている。記憶を継承する中で、大事な部分が抜け落ちてしまったからだ。だからここを守るという事を忘れてしまっている。

 

 だけど彼らは完全に忘れた訳ではない。何故か、この花畑を心地よく感じるのだ。何故か、ここは良い場所だと思えてしまうのだ。何故か、ここは穏やかであるべき場所だとフォロクルルは思う。記憶はない。意味は知らない。だがその本能は覚えているのだ。

 

 遠い昔の安らぎを。

 

 だからフォロクルルは《墓守》である。フォロクルルは穏やかで、臆病な竜である。戦闘を挑まなければ襲い掛かってくるような事はしない。花畑を乱すような事をしなければフォロクルルは静かに眠り、花の蜜を吸い、この場所を維持する為だけに生き続ける。次の世代へ交代しながら。ここは聖域だったのだ、あのメフィストフェレスでさえ触れない。そして古龍達が寄りつこうとしない。

 

 ここは聖域であり、墓場であり、触れざる場所だった。古代の理想に殉じた人たちが永劫、安らかに眠り続ける為の場所だった。だからこそ、メフィストフェレスでさえここに触れる事はなかったのだ。

 

 まるで、ここだけ楽園から切り離されている様だった。

 

 或いはここが楽園の死角だったのかもしれない。そんな楽園の死角の中、三匹と二人で身を寄せ合うように、春の夜風を浴びながら空を見上げていた。静かに、風や小鳥、昆虫たちの声を聴き、それで夜の時間を過ごしていた。今、この両手と背中に居る全てが、自分のこの世界における家族だった。

 

 安いかもしれないが、幸福だった。一緒に居られるという事そのものが幸福だった。一緒の時間を過ごして、そして空を見上げ、それを共有する。それだけでも十分に幸福だった。

 

「安くなったもんだ……」

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 アルマが、ナナ・テスカトリに着せられた白と青のゴスロリ姿で、身を預けながら此方の呟きに反応した。だからいやな、と言葉を呟いた。

 

「昔……つっても俺が自分の世界に居た頃の話よ。幸福ってのはもうちょい高いもんだったんだよ」

 

「高い?」

 

「あぁ……金がかかるんだよ、幸福ってのは」

 

 それが現代日本での常識だった。何をするにしても金がかかる。まず最初に学校を出て、勉強して、教養をつけて、社会に対して低姿勢になって、それで雇われて、就職して、ストレスを受ける社会の中で生活しながら金銭を稼いで……そしてそれを消費する事で幸せを得る事が出来る。それが消費する事がベースとなった社会での幸福の得方だった。

 

 根本的に生活に金銭が必要となってくる。それは当たり前の話でもあるが、それに数多くの義務などが存在し、ストレートに幸せになれる訳じゃない。誰か幸せを分け合える相手を迎えるだけでも色々と大変だ。何せ家庭、収入、趣味、人種、言語、その壁を乗り越えていく必要があるのだから。

 

 一般的な幸福のイメージは家族があって、一緒に生活する事だろう。だけどそこには常に資産という基準が入る。

 

 つまり日本での価値観では金のない奴は幸せになる権利はないって形になる。その上で金を使わない、足りないとか騒いでいるので世も末だった。一人の幸福よりも社会の動きを重視した結果、なのかもしれないが、

 

 そこには個人の色は存在せず、個人の歯車しか存在しなかった。

 

 まぁ、それでも普通に暮らしていればそこそこ満足感のある世界だった。ソシャゲで課金して、レアなキャラを当てればそれで他人に自慢できるし、俺は0.1%の壁を乗り越えたぜ、と優越感に浸る事だってできるのだ。そりゃあソシャゲに没頭するのも当然だ。現代社会において他人の上を、マウントを取る方法は少ないのだ、だけどその中で簡単に相手の上を取る事が出来る、それを数字として証明する事の出来るソーシャルゲームという形は実に簡単に満足感をユーザーに与える手段でもある。

 

 相手より優れている。

 

 相手よりも強い。

 

 相手よりも自分の方が凄い。

 

 その認識はシンプルではあるが、満足感を与えてくれる。例えばレースで自分が圧勝する、或いは接戦で勝利する。それだけでも多大な満足感を感じる事が出来る、何故なら対戦相手もそれなりにリソースを消費して入れ込んでいるのだから、それに対して自分は勝利したのだという感覚があるのだ。

 

 だが、それは満足である。

 

 幸福ではない。金を使って美味しい物を食べでもしなければ幸せを感じられない。だが人の中にはそれが幸せだと感じない人もいる。そういうのは別の所で趣味や金銭の消費によって幸せを覚える。

 

 結局のところ、どこであっても金という問題が常に付きまとう。

 

 だけど自分はどうだ? 無一文で、社会的立場も存在せず、職業もなく、そして未来でさえ不透明だ。だけどこんなにも可愛らしく、そして頼りになる家族に囲まれている。ここまで来るのはかなり苦労したし、そして大変だった。誰もが出来る事ではなかったというのは良く理解している。だからこそ俺じゃなければ到達出来なかった結末だと思いたい。

 

 だからこうやって、何もしない、一緒の時間を過ごすだけで、

 

「幸せを感じられるんだ」

 

 不思議なものだった。日本にいる間は大変で、勉強をして、ゲームを遊んでも幸せか? と言われたらうーん、と首を傾げるしかなかった。少なくとも美味しい物を食べればその間は幸せでも、それは長続きする事も、毎回できる事でもなかった。だからこれだけ、一緒に集まって、身を寄せ合って、そして星を眺めているだけで幸せになれるというのは、

 

 とても不思議で、そして素敵な事の様に思えた。金も、社会の居場所も、地位も必要ない。高度に発達した国家も余分だった。

 

 こうやって、身を寄せ合うのに必要なのは出会いだけだった。ないない尽くしで物騒な場所だった。ここには現代社会に必要な物がまるで何も揃ってはいない。なのに、ここで感じられる幸福はあの世界には無いような物の様に感じられた。それがとても不思議で、しかし特別である様に感じられたのだ。

 

「当然だ。お前が頑張って幸福なのだ。他の誰かが真似出来る様な事でもない。お前がそれを幸福に思うのは当然の事だ、グラド」

 

 そう言ってアルマは密着する様に体を寄せる。その体温を感じる。冷たさの中に、生命の暖かさを感じられる不思議な体温をしていた。肌に触れれば冷たく感じられるのに、その奥には熱が広がっている様に感じるのだ。だがそれが自分には心地よかった。魅入られたのか、それとも普通に惚れたのか。そのどちらかは解らないが……どちらにしろ、彼女には惚れてしまった。愛してしまった。この時間が幸福であると感じられる様になってしまった。

 

 あぁ……自分は、変わってしまったんだなぁ、と思ってしまう。

 

 もうあの頃の、勉強を頑張って、先行きも見えない社会に向かって、少しでも良い職業を取って漠然とした《見えない幸福》を追いかける生活には戻れない、と思う。自分の居場所をここに見つけてしまったから、もうここから離れる事が出来ない。

 

「ほんと魔性の女だよ、お前は」

 

「だったら嬉しいな。お前の様な雄を惹きつけられたのは、私の一生の誇りだ」

 

「褒めるとつけ上がるからやめて」

 

 そう言って肩を寄せ合い、笑い声を零す。膝の上に座る子レウスの頭を撫でて、全員が種族が違う、というちょっとした混沌とした家族だった。ただ、まぁ、こんな形の家族も悪くはないと思っている。それでも少し気になるのは、

 

 地球の、自分を生んだ両親の事だった。果たして、あの人たちは突然消えた息子の事をどう考えているのだろうか? 結果はどうあれ、生んで、そして学費を出してくれた親を裏切るような形で自分は今、この大地に居るのだ。頑張ってお金を稼ぐ、そして平和に生きるという事の意味、その価値を今は良く理解している。

 

 だから申し訳なさがある。頑張って育ててくれたのに、しかし恩を仇で返す様な事をしている。もはや顔も声も思い出せないのも事実だ、だけど老後の心配をしてくれる息子がいなくなって可哀想だなぁ、と、申し訳ないとも。

 

 だけどもう、あの世界、国には戻らないと決めたのだ。向こうで築き上げた全てを捨てて此方で生きる事を決めた。もう、アルマを捨てるという事は俺には出来なかった。最期の瞬間までこの子と一緒の人生を歩みたい、と本気で思ってしまった。だからここを離れる事はないだろう。

 

 地球に戻る事は絶対にないだろう。

 

 あの世界に対する執着はもはや、存在しない。だからあの世界に戻れるようなことはない。あの世界に対する此方の想いとも呼べる縁が完全に途切れるからだ。心の底からさようならを。そう思えば道が途切れる程、帰還は簡単になくなる。

 

「なぁ、アルマ」

 

「なんだ、グラド」

 

「これが終わったらお前は何をしたいんだ」

 

「私か? そうだな……」

 

 アルマは少し考えるような仕草を作る。そうだな、と言葉を置きながら、うん、と呟いた。

 

「私は世界を見たいな」

 

「世界をか?」

 

 アルマが肩の上に頭を乗せながらぁ、と呟く。

 

「この世界は私が想像するよりも遥かに広いとナナが言っていた。私が知っている世界はこの狭い箱庭の楽園だけだ。だけどこの外の世界はこの何百倍も広く、そして歩き尽くす事が出来ないほどに広いと言われている……私はその果てがみたい」

 

「世界の果て、か」

 

 一瞬、世界の果てで凍り付く龍の存在を思い出す。そう言えばアレも氷系だったなぁ、と。しかしそうか……アルマが世界をみたいというのなら、それに付き合って世界を歩き回るのも確かに、楽しいのかもしれない。個人的にはどこかに落ち着いて生活するのが理想なのだが、彼女がそれを求めるのであれば……此方に否はない。彼女に付き合い、この世界を回ってみるのもきっと、楽しいだろうと思う。

 

「あぁ、世界を回ってみて、そしてその果てを知りたいが―――」

 

 だけど、それよりも、とアルマは言う。

 

「お前と一緒の時間を過ごせるのなら、別に、どこでもいい。結局の所私にとっての世界はお前のいる場所だ」

 

「……」

 

「世界のどこであろうと、お前と一緒に居られる場所だったら私はどこでもいい。だから別に、世界を回る必要なんてない。腰を落ち着けたいというのならそのまま、街でも森の中でも、そこで暮らそう。私は、お前との日常が欲しいんだ」

 

 だから、とアルマは言葉を呟きながら、此方の腰に手を回した。彼女も、ずっと温もりを求めていたのだろう。それが良く解る。

 

 俺もたった数年だけ、人から隔離された環境だった。

 

 それでも誰かと触れ合う事がここまで心落ち着くとは思いもしなかった。それを数百倍以上の単位でアルマは過ごしていたのだ―――考えられない程、寂しかっただろう。

 

 ただ、それを憐れむのは良くないと思う。

 

 俺は彼女が好き。彼女は俺が好き。故に我ら、種族は違っても対等である。だから傷をなめ合うのではなく、支え合いたいと思う。これから、お互い、一緒に生きて行くパートナーとして、支え合って生きて行くのだ。だから同情したり、憐れむのではない。

 

 これからの人生を、今までの寂しさを埋める様に幸福で満たそうと考えるのだ。

 

 それがグラジオラス流の幸福論だった。過去の為に幸せになるのではなく、これからを更に楽しく生きるために、前よりももっと良い未来を、幸福な未来を目指すのだ。だから、まぁ、

 

 結構、というかかなり嬉しい。

 

 うん、素直に顔を見るのがちょっと難しい程度には嬉しい。だからウリ坊を枕代わりに頭の後ろに預け、夜空を見上げながら小さく息を吐く。

 

 故郷(地球)で見た星空はここまで美しくはなかった。排気ガスによって常に空が薄い層に覆われて濁って見えていた。この世界にはまだ、産業革命が発生していない。

 

 宙の理が解明されていない。

 

 夜空の向こう側に広がっているのは、幻想と神秘による信仰の宙だ。

 

 そこが真空であるとか、太陽系とか、そういう概念は存在しない世界なのだ。そこに果ての無いロマンと、謎と、そして古龍達による幻想が眠っている。だけどなんと言うべきか―――そう、究極的には同じなのだ、この宙と故郷の空は。違う様で、しかし結局のところ同じ空を抱いている。世界が変わっただけなのだ。

 

 世界という枠組みの中で、生きているという事実に変わりはない。

 

「俺さ」

 

「あぁ」

 

「食べる、って幸せだと思うんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「うん」

 

 思い出すのはここでの生活がまだ、苦しかった時の話だ。あの頃はほとんど何でも食べる状態だった。毒以外であれば、なんでもいい。そう言う勢いで片っ端から食えるものを探しては食っていた。それが活きる為に必要であると言えばそれは当然、そうだった。食事は生きる上で必要なものだ。食事をしなければ栄養が足りず、餓死するだろう。それを簡単に乗り越えられる程人間という生き物は凄くはないのだから。

 

 だけど、食べるだけじゃ生きて行けないのだ。

 

 それを理解したのは、初めて肉を焼いて食べた時だった。

 

「不味かったよ。血抜きちゃんと出来てないし。味付けもないし。こんなもの食えるかよって思ったよ。だけど今まで食ってたもんよりも遥かに文化的、文明的で、そして美味しかったんだよ。焼いて食う、それだけでも泣きそうな程味がしたんだよ」

 

 それから、生活水準は少しずつ、上昇した。そしてアイルー達がやってくることで生活は劇的に改善された。それまでの狩猟民族の様な生活はそれで、終わったのだ。そして明確に施設と呼べるような物の建築が始まり、ちゃんとしたキッチンが生み出された。そしてそれでアイルー達が保存されている食料を使って料理をしてくれた。

 

 雑だった。

 

 こう、焼いて味付けして完成! って感じの雑さだ。進んだ技術研究によって美味しく調理する方法が丁寧に、何百年と続いて来た地球の食文化と比べる方がおかしいのかもしれないが、料理する姿はそれで料理できちゃうの!? と驚くぐらいに雑だった。

 

「だけどね、凄く美味しかったんだ」

 

 ぶっちゃけると泣きながら食べてしまった。ちょっと恥ずかしい……というかかなり恥ずかしいからその事実はアイルー達に黙ってて貰っている。お菓子の地球式食文化で殴る事で黙らせたのだ。

 

 だけど、その自分では出せなかった食材の味、それをちゃんとした下処理と工夫で美味しくするようにしたアイルー達の手際と料理を見て、自分は思ったのだ。

 

「これが一番の幸せの魔法なんだろうなぁ、って」

 

「幸せの魔法、か」

 

「うん。どんな破壊力のある魔法よりもよっぽど価値のあるもんに見えたよ、俺には」

 

 体を強くし、剣から衝撃波を放ち、隕石を呼ぶ魔法が使えるとするだろう。それで敵を殺し、少し時間をかけて、遠回しに笑みを作る事は出来るだろう。だけど美味しい料理を作って、それを与える事は即座に誰かの心を幸福で満たす事が出来る。

 

 それはどんな凄い攻撃等よりも、ずっと素敵な物だと思えるのだ。

 

 だからこそ、

 

「一緒に飯屋をどっかで開きたいな、って思ってたんだよ」

 

 だから、美味しい料理は幸福の証だと思っている。誰かに美味しい物を食べさせることは《幸せのおすそ分け》だと思っている。それが特別な意味を持っている訳でも、美味しい料理を作って何かをしたい、という訳でもないのだ。

 

 ただ単純に、ここでの生活を通して、美味しい物を作って食べれる人生は幸せだろうな、というイメージがあるのだ。

 

 だからそんな景色の中に、

 

「君と二人で居られたらとても幸せだろうな、って思っただけなんだ。そう大した話でもないんだけどな」

 

 苦笑しながら星空を見上げる。澄み渡る夜空に浮かぶ星々は、灯の類を持ち込まなくても十分すぎる程の輝きで地上を照らしていた。美しい空だと思う。この夜空を、星空をまた、こうやって家族と一緒に眺めたいと思う。これだけの事で十分、幸せを感じられる安い男なのだから。

 

 そこに特別な事はない。特別な事をしている訳ではない。家族で身を寄せ合い、そして一緒に星空を眺めているだけなのだから、誰にだってこれぐらいは出来る。だけど、それでもこれを特別だと思えるのは―――俺が、どうしようもなくこの時間に幸福を感じているからだと思うのだ。

 

「いや、私はそれは凄く素敵な考えだと思う。うん、だとしたら妻として私も支えなくてはな。この場合は……料理を覚えなくてはならないか」

 

「そこは、まぁ、俺が教えるよ。謳い文句はここでしか食べられない異世界文化! ……って感じでね。ただ開店と同時にマシュマロ龍が居座りそうなんだよなぁ……」

 

「確かにそれが容易に想像できるな……逆に店内で演奏できる舞台でも用意すればどうだ? おだてれば演奏ぐらいしてくれそうだが」

 

 おだてた程度で演奏するアイツを嘆けばいいのか、それともおだてなければ絶対に働きもせずに居座ろうとするアイツを嘆けばいいのか、自分には解らなかった。

 

 ただ、きっとこの先の未来は今まで以上に愉しく、忙しく、そして幸せだろうなぁ、というのは良く解っていた。未来の話を口にし、考え、相談するだけでも楽しかったのだ。きっと未来はもっと素晴らしいものになるに違いないと、希望を持たせる為には十分だった。

 

 だから話し合い、小さく笑い、小さな家族の頭を撫でて、身を寄せ合う。

 

 少しずつ口数は減って行き、眠気に身を任せて体を預け合いながら目を閉じ眠る。

 

 決戦の朝は近い。過去の清算が近づく。もはや楽園の終わりは見えている。そして積み上げられてきた因縁を終わらせる時が来る。だけどそれが戦う理由ではない。憎しみとか、復讐とか、義務とか、義理ではない。

 

 もっと先の未来の、そこにある幸せのために戦う。それは自分からやってくることはない。自分でつかみ取らなければ存在しないものだ。

 

 だから戦うのだ―――その後の、穏やかで幸せな未来の為に。

 

 ―――そして、決戦の朝が来る。




 一緒に並んで朝食を作る、そこに幸せの形があった。

 幸福と満足感は混同しやすく、満足しているから幸福であると間違いやすいもの。だけど一時的な満足感でそれを満たす事も可能である。そう考えると幸せはなんだ? と考えてしまう。だけどそれを突き詰めた結果、特別でもなんでもなく、日常的な生活に混じっている何でもない事である……というのが独自の解釈。

 それがグラドにとっては美味しい物を食べる、それで笑みを作る事だった。食べるものに不自由したからこその結論だった。だから好きな人と美味しい物を食べたい、作りたい。

 それはグラドにとっての幸せのおすそ分けだった。グラジオラス流の幸福論だった。そこには強さも、特別な力も、凄い使命も、地位も権力も何も必要がない。言ってしまえば店である必要もない。ただそこにある当たり前こそが一番の幸いである、という話だった。

 次回、決戦、朝、最後の絶種。


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6年目 春季 失楽園最終連戦 前戦 《躯王》

 ブーツに足を通す。

 

 ブーツストラップをきつく締め、捲っていた裾を下ろす。座っていた椅子から立ち上がり、軽く踵と爪先で地面を蹴って、ブーツの調子を確かめ、確かな手応えに良し、と声を零す。それからベルトに装備を装着して行く。

 

 黒睡蓮の水晶剣を鞘に入れたままベルトに装着する。ベルトポーチをセットし、その中にオオナズチの宝玉を使って作った《幻影玉》、シャンティエンの宝玉から作った《翔気玉》を一個ずつセットする。ナイフをセット出来る所には黒麒麟の角から作った凍角のダガーをセットする。ベルトにテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの毛を使って作られた腰帯はそのまま尻尾の様に伸びて、陽炎の如く揺れている。

 

 それらは今回の最終決戦に向けて古龍達が用意した、秘密兵器とでも呼べるものだった。力を一番溜め込んだ部位を使って作ったそれは概念クラスの装備品となっており、一回使えば壊れるものの、確実にメフィストフェレスに対抗する事の出来る装備品と道具だった。この時の為に無駄に力を使わない様に溜め込み、そしてそれを圧縮させて作った装備品だった。

 

 最後に、ハルドメルグが作った水銀の鎖をベルトから下げ、古龍達からの贈り物は全て装備を完了させる。上半身のインナーを装備し、上着を着て、グローブを装着し、ゴーグルを頭にセットする。最後に背に最終強化を施された絶種銃を背負う。

 

 軽く鏡で自分の姿を確認し、今日もどこに出しても恥ずかしくないイケメンである事を確認する。こんなイケメンが死んだら世の損失だ―――絶対、生きて帰ってくる。

 

 胸のポケットに入っているアルマの逆鱗が入ったお守りを軽く触れてから、自分の準備を全て完了させる。拳を開け閉めして、その感覚を確認し、メンタル、ボディ、どちらのコンディションも最高潮の状態にあるのを確認する。これ以上、待つ事も待たせる事も出来なかった。ここで出来なきゃ一生出来ない。

 

 逃げる事は出来ないし、逃げようとも思わない。

 

 現実は常にそこにある。後は向き合うだけの問題なのだから。だから準備を迷う事無く、整えた。そこに恐れがないというのは嘘だが、それはそれとして、全ての始末をつけるのは、俺に託された一つの役割だった。

 

 他の皆が役割を果たした所で、俺だけ逃げる訳にもいかない。だから今日という日に全てを終わらせる。そう言う覚悟を抱いていた。それを言葉にする必要はないし、解っていればそれでいいと思っている。だから言葉ではなく、行動で全てを示す。完全武装と最終装備の装着を終えて、第一拠点の扉の向こう側に出る。

 

 そこにはこの数年間、ここでの生活、戦い、生存、その全てに関わってきた皆の姿があった。アイルー達が、家族が、古龍が、全員の姿がそこには揃っていた。力を使い込んで古龍達は一時的に力を失っているのを証明する様に背が縮んで子供らしい姿になっており、それでちょっと緊張感が薄れてしまい、苦笑が漏れる。

 

 唯一、力を放出する事無く溜め込んでいるミラバルカンだけは何の変化もなく―――いや、普段以上に覇気を高めつつあるのが解っている。これから行うであろう戦いに対して昂り、そして同時に期待しているとも言える状態だった。ミラバルカンに対する言葉は必要なかった。アイルー達も、古龍達も―――そしてアルマも、此方を見ていた。

 

 だからその姿を見て、片手をあげた。

 

「そんじゃ、いってきます」

 

「あぁ、帰りを待っている。帰ってくるときには私の料理で迎えよう」

 

 自信満々に胸を張るアルマの姿を見て、苦笑した此方へと近づいて来たミラバルカンと視線を合わせ、頷き、歩き出す前に一回だけ振り返ってから言葉を零す。アルマの料理はまだまだ始めたばかりでどこか焦げていたり、生焼けだったり、形がちょっとおかしかったりするものだ。特別美味しいという訳でもなく、普通の味だ。

 

 だけど、

 

 うん、

 

「楽しみにして待ってるよ」

 

 本当に心の底からそう思いながらミラバルカンと肩を並べて、樹海の方へと歩き出した。特に緊張する事もなく、人と古龍の化身体で肩を並べて戦いへと向かう。果たして、ギルドや古代の人間がこの光景を見たらなんて思うのだろうか……どういう風に驚いてくれるだろうか。それはちょっとした疑問だった。とはいえ、

 

 ここで起きる戦いを誰かに伝えるような事はないだろう。

 

 ここで起きた出来事を誰かが知る様な事はないだろう。

 

 少なくとも、俺はそれでいいと思っている。ここに関わった連中だけの秘密の戦い。誰も知る事のない、世界を救う訳でもない戦い。

 

 誰も知らない、生きる為の戦いだ。まぁ、そんなもんでいいよな、とは思う。誰かに語るには余りにも恥ずかしすぎる内容で溢れているし。それに自分たちでこうやって一緒に生きる道を選べたのだ、きっと、二度目も自然と生み出されるだろうと思っている。だから森林を出て、樹海へと入って、草原へと通じる歩き慣れたルートを進んで行く。

 

 虫の気配はあっても、そこに獣や竜の気配は存在しなかった。

 

 命の気配が極限まで薄い世界―――もはや、この楽園は滅びを迎えていた。

 

「なぁ、グラジオラス」

 

「なんだよ」

 

「……いや、なんでもない」

 

 そう言って横を歩くミラバルカンはふ、と笑みを零した。歩きながら、赤い衣を揺らしながらミラバルカンは滾る戦意と覇気を抑え込みながら、口の端から僅かに炎を漏らしつつ言葉を零して行く。

 

「色々と、お前には言うべき言葉が俺にはあるのだろうと思った」

 

「おう」

 

「それは俺がお前を共に歩む隣人だと認めたから俺が思った事だ」

 

「……おう」

 

「だけど今更になって、こうやって歩む様になり、その言葉の数々が無粋であると気が付いた」

 

 ミラバルカンの言葉に、小さな笑い声を零す。今更の話かよ、と。だけど、まぁ、ミラバルカンの言いたい事は解る。

 

 自分もこうやって歩きながら死地へと向かう中で、何て言葉をかけようとするのかをずっと考えていた。だけど言葉を作る前に、それを別に伝える必要はないな、と自分の中で結論してしまう。言ってしまえばミラバルカンと一緒だ。その言葉が無粋の様に感じるのだ。

 

 ここまで来て、色々とお互いにあったのは事実だ。

 

 だけどそれはそれ、全てを流したわけではないが、それでもこうやって、一緒に歩き、同じ方向を見て、同じ目的のために名を呼んで戦う事を決めているのだ。

 

 龍と、人が、だ。ありえない組み合わせだ。特に古龍という生き物は絶対に人と一緒に居られない存在であるのは、元となったモンスターハンターシリーズと、その設定と、そしてこの世界が証明していた。

 

 だけどそんなものはクソだ。

 

 原作という言葉も、設定も、全部忘れてしまえ。

 

 ()()()()()()()()のだから。自分の見ているものが現実で、自分の経験していることが事実だ。それが大事な事であり、変える事の出来ない真実でもあるのだ。だから、余計な言葉はもういらないと思う。

 

 同じ方向を向いているのなら、もうそりゃあ仲間だと言ってもいいのだから。

 

 だからそのまま、どこか、笑いを零してしまいそうな沈黙の中、それ以降言葉を交わす事もなく樹海を抜けてしまい、

 

 ―――草原へと到着した。

 

 そしてそこに待ち構える様に、悪意と絶望の気配を―――絶種の気配を感じた。火山ではない、この草原の奥からだ。どうやら、此方を迎えるためにアトラル・カの方が火山から草原へと降りてきてくれたらしい。

 

 故に樹海を抜けた、草原の入り口に立った所で足を止め、ゴーグルを装着し、フードとマスクを被った。それで毒や粉塵対策を行いつつ、視線を悪意の源泉へと向けた。まだ見えない草原の奥、火山の前におそらくは陣取るアトラル・カの気配が浸透する様に草原全体に広がっている。その領域を支配する様に。

 

 静かに水晶剣を引き抜きながら、睡蓮の花びらを舞わせる。そしてそれがゆっくりと風に吹き飛ばされて行く中で、

 

 ミラバルカンが口を開いた。

 

「来るぞ」

 

 その言葉と共に大地が震えた。ゆっくりと草原全体が鳴動し始め、次に見えるのは草原のその大地がひっくり返る光景だった。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと地中から巨体が出現し始める。不可視の想念の糸によって紡がれた人形劇は大地に眠っていた存在をこの草原へと引き寄せ、()()()()()()()()()()()()()、その存在を確実に手繰り寄せた。

 

 それによって蘇るのはこの箱庭の楽園、その大陸の全土に眠り続けていた者達の帰還だった。

 

「おぉ―――」

 

 大気そのものが震えるような声がした。だがそれは一つで終わらなかった。

 

「待っていたぞ、待っていたぞ……!」

 

「この時を、幾星霜と待ち望んできたか!」

 

「滅びだ、ついに我らは滅べるのだ!」

 

「この無念を清算する時が来たのだ!」

 

「我らの罪を洗い流し、そして新たな理想へと繋げる時が来た……!」

 

 最初に出現するのは10メートルを超える、体から機械の部品が突き出た、継ぎはぎだらけの竜だった。だがその背後に30メートルを超える、見た事のない美しい竜が出現し、その横に体が完全に機械に覆われた竜の姿が出現した。これは5メートル程度しか存在しなかった。

 

 だが冥界からの呼び声が草原に溢れ出す。一、三、十、二十、とそれは一気に数を増して行く。大地を突き破りながら冥界帰りの竜達は歓喜と嘆きの声を大気に張り裂けんばかりに叫ばせていた。

 

「戦いだ! 最後の戦いだ!」

 

「憎悪ではない我らの戦いだ!」

 

「我らの末妹に足りるかどうかを確かめよう!」

 

「未来へと進むというのであれば嘗ての過ちを新しさと共に乗り越えて行け!」

 

 歓喜の咆哮が草原中に轟く。アトラル・カの呼びかけに対して、()()()()()()()()()()のだ。或いはこの瞬間をずっと待ち望んでいたのかもしれない。暗き黄泉の世界から、本当に理想を継げるかどうかを確かめられる、その瞬間を待ち望んでいたのかもしれない。

 

 千年を超える時間はアルマに心を与えた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 生まれた瞬間から罪であるとされていた。生み出される事が禁忌とされてきた。それでも遠い理想とその形を知り、そして唯一それから解放される姿を知る。故にアトラル・カの呼びかけに対して喜んで応える事が出来る。彼らは生まれそのものが罪だとされていた。実際、それが人と龍の間に戦争を呼び起こした。

 

 ()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「我ら、生まれそのものが禁忌とされるもの」

 

「我ら、生まれによって禁忌を生むもの」

 

「我ら、覆す事の出来ない絶対悪にして過去の負債」

 

「過去を背負い、進むのであれば我らを超えよ―――!」

 

 大地に剣を突き刺して、片手を柄の上に乗せた状態で、そうやって決戦に参じる大量の姿を見て、ミラバルカンと並んで爆笑していた。どいつもこいつも、最高にいいノリをしていた。大地を揺らし、それをひっくり返しながら新たな躯が全盛期の姿を取り戻そうとして行き、大小、一切統一感の存在しない大量の軍団が生み出されつつあった。

 

 それを爆笑しながら笑う。

 

 ノリが良すぎるだろう、お前らと。楽しそうに冥界から蘇った竜達はこれから滅び行く運命の前に、笑っていた。自分たちに一切正義は存在しない。

 

 だけど()()()()()()()()()()()という事を覚悟し、誇りを胸に立ち上がっていた。生まれが罪であり、それが禁忌であるからといって、()()()()()()()()()()()()()()()様だった。

 

 自らを礎に、生まれが罪であり、それが禁忌であり、過去にその全ての存在を否定され、滅ぼされ、葬られようとも、それでも何か、未来に繋ぐことがあるのかもしれない。未来に繋げられるものがあるのかもしれない。

 

 それを彼らは試練という形で見い出していた。

 

 全力で来い。

 

 遠慮なんてするな。

 

 人と龍の組み合わせ、それが見せる可能性を見せつけろ。

 

 つまりはそういう事だった。

 

「は―――はっはっはっはっはっは! 愉快だ! 実に愉快だ! 面白いぞ! 最高だ! なんて馬鹿々々しくも雄々しい!」

 

「ご機嫌だな」

 

「これを見て機嫌がよくならない理由がないだろう。お前もそうだろう?」

 

「……おう」

 

 剣を引き抜き、それを肩の上に乗せながら、正面を見た。そうやって広がる草原の大地は敵によって埋め尽くされていた。もはやその数は数えられないほどに多く存在し、殺す数を数える事さえ億劫になる。たぶん、百ぐらいだろうなぁ、とは思っている。どちらにしろ、普通に考えれば絶望的な数だ。

 

 なにせ、

 

そこに広がっているのは竜機兵の軍団なのだから。

 

「旦那としては嫁が愛されているという事実は実に嬉しい話なんだけどな。とはいえ、ご家族のモンペ? な感じはいかんともしがたい。ここは旦那と義兄姉軍団、どちらのが上なのかを決めるしかないなぁ!」

 

「お前も中々面白い事を言うではないか。では現在の保護者として物理的に最強な保護者が誰なのかを示す必要があるか……」

 

 物理的に最強な保護者ってなんだ……?

 

 相変わらず龍の文化は異文化だった。保護者として物理的な強さが求められるとは、やっぱり物騒な世界だなぁ、と笑いながら―――笑みを、浮かべ続ける。うっし、と息を吐きながら戦列が揃った竜機兵軍団へと視線を向けて、そして息をもう一度、吐く。

 

「逝かせる時に気持ちよく逝かせたいからな、笑みを忘れちゃならんよな、笑みを」

 

「こうか」

 

「泣いている赤ん坊がショック死しそうな捕食スマイルを止めろ」

 

「どこからどう見ても雌が一瞬で発情しそうな笑みではないか」

 

「それ、生存本能刺激されてるんじゃねぇか」

 

 くだらないやり取りをしつつ、よし、と呟き一歩、前に踏み出した。それと共に左半身を前に出して、何時でも踏み込めるという状態に体を移行させつつ、ミラバルカンが炎を纏って自分の身を焼いた。炎は一瞬で竜巻へと変貌し、その中から紅の鱗に身を包んだ紅龍ミラボレアス、即ちミラバルカンの姿が出現した。

 

 それを見て、竜機兵たちが吠える。

 

 それは或いは自分たちの怨敵が姿を現した事に対する兵器としての歓喜かもしれない。

 

 或いは漸く、善行を罪として生まれた存在として成し遂げられる事に対する歓喜かもしれない。

 

 それを、その咆哮から読み取るには、余りにも感情が複雑に混じり過ぎていた。ただ解るのは、彼らの死を乗り越えて、アトラル・カを殺さなくてはならない事。

 

 そしてそれでこの戦いが終わる訳ではない、という事実だった。そう、この戦いが終わったらそのまま、メフィストフェレスの所まで駆け上がるのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。だから消耗も、損耗も出来ず、駆け抜ける様に終わらせなくてはならない。その後の戦いに備えるためにも。故に戦闘態勢を整え、準備を完了させ、

 

「おう」

 

『それでは』

 

 始めよう。

 

失楽園最終連戦 前戦

対絶種最終個体 《躯王》アトラル・カ

開幕




 最後に向けて雄々しく、そして派手に。

 モンスターペアレンツ(複数形)参上。ある意味でこのルートではないと出なかった敵というか、テンションが上がった結果黄泉からバク転しながら上がって来たとかそういう勢い。お前ら……。

 次回、竜大戦・再。

 


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6年目 春季 失楽園最終連戦 前戦 《躯王》 Ⅱ

 開戦の号砲は竜機兵達のブレスによって放たれた。

 

 音波。大瀑布。轟雷。雷炎。氷絶。風極。酸。毒。

 

 何十種類という混ざり合ったブレスが一斉に超質量となって襲い掛かって来た。もはやそれを表現するならば壁という言葉が近しい。閃光と音量によって一瞬で空間が満たされて、白い光だけが目の前の空間に満たされた。物凄いレベルの大歓迎だった。これでもか、と言わんばかりの歓迎のブレスだった。

 

 属性のバリエーションなブレス、その大合唱にはまともに受けようとすれば目が潰れ、耳が潰れる音量と質量があった。ブレスそのものが届く前に脳味噌が吹っ飛ぶ、そういう非物質的な攻撃が衝撃の前に迫っていた。

 

『はっはっはっはっはっは―――!』

 

 笑いながらミラバルカンが口からブレスを放ち、熱線―――或いはビームと表現できるそれが融合ブレスを正面からぶち破りながら大地を融解し、融かした次の瞬間にはそれを蒸発させて固め、そして再び融かす。そのプロセスを無限に繰り返しながら概念的な熱量でブレスによる被害を蒸発させ、一直線に放たれたその射線、大地からマグマのカーテンを生み出した。笑いながら放たれたミラバルカンのブレスはかなり気合の入った一撃であり、それが本人の今のモチベーションやテンションを簡単に証明していた。テンション高い連中ばかりだなぁ、

 

 と思いながらも既に剣は振るわれ、音も閃光も切り裂いて敵陣へと飛び込んでいた。まぁ、テンションが高いのは連中ばかりではない。

 

「はーっはっはっは、せめて派手に逝かせてやるぜ……!」

 

「では一番槍を頂こうッ!」

 

 自分も間違いなく、連中の高揚に引きずられて、テンションを上げていた。いや、この状況でテンションを上げられない理由がなかった。

 

 アルマは恨まれていなかった。彼女の生みの親だけではなく、その兄姉たちも彼女を恨まず、愛していた。彼女は愛されて生きてきた子なのだ。

 

 だから自分の行いに―――過ちなんてなかった。

 

 それを胸を張って証明できるという事が嬉しく、そして誇らしく、笑みを浮かべずにいられなかった。それがミラバルカンにも解っているのだろう、お互いにテンションが、気力が既に限界を超えている状態だった。超物量を前に、一切怯むことなく飛び込みながら一番前に飛び込んできた小型の竜機兵を前に、

 

 何時も通り、複数の斬撃、それを一つに束ねて一閃で振るう。幾千幾万と振るって紡いできた軌跡が一振りへと昇華され、回避も防御も出来ない意識の虚を突きながら物理的な強度を無視する様に()()()()()()()()()()一撃で容赦なく、

 

 一切の慈悲もなく10メートルの巨体を斬圧を伸ばす様に流し込みながら一撃で両断する。

 

「見事! 冥府より活躍を見守ろう……!」

 

 両断された竜機兵が満足げな声を放ちながら真っ二つに切り裂かれ、その肉体から魂が抜け落ちた。だがそれが消えるのと同時に、アトラル・カの不可知の思念の糸が伸びて、それが死体を繋ぎとめた。

 

 両断した筈の竜機兵の断面がくっつき、そして再び動き出そうとする。だが動き出す前にその肉体が塵になって崩れた。

 

『殺したのは蘇らない様に俺が葬ろう。貴様は思うがままに振るえ。お前の戦いだ』

 

「サンキュー」

 

 ミラバルカンの咆哮によってアトラル・カの糸が蒸発する。それを合図に、一気に竜機兵へと向かって飛び込んで行く。使える武器はこの剣一本、故に一切止まる事は出来ずに、前へと踏み込んで、体術と剣術の全てで自分よりも体の大きい竜機兵たちを再殺する為に踏み込んで行く。

 

 自分よりも遥かに早く、重く、そして巨大な肉体から放たれる音速を超える拳を斬り払いながら起点として利用し、剣で受けながら斬って、その衝撃で体を浮かべ、攻撃してきた竜機兵の上に乗る。そこに自分の力は極限まで使わず、腕を動かす筋力程度の力しか使わない。後は技巧で全部、受け流して体を上へと押し上げる。そうやって竜機兵の上に着地しながら首を一刀で斬り払い、殺しながら塵になる前に竜機兵から竜機兵へと飛び移りながら殺して回る為に移動する。

 

 それしか出来ないし、それをやるしかない。

 

 なら何時も通り、やるのだ。

 

 ブレスを吐こうとする姿を直感すれば他の竜機兵を盾にし、それで射線を遮りながら殺して素早く跳躍しながら連続で移動する。これが草原の中に十数体、という規模である程度散開していたのであれば捉えられたのかもしれない。だが密集した状態で百近い集団が襲い掛かって来れば、誤射を気にして攻撃を放つことが出来ない。

 

 いや、《躯王》ならそんな事気にせず、自爆攻撃を連続で指示するだろう。

 

 だがその操作をミラバルカンが干渉合戦の果てに無効化している。そのおかげで命を繋いでいる状態にすぎない。余裕であると考えたり、慢心する事なんて出来ない。アトラル・カの干渉が存在しない内に、

 

 斬り殺せるだけ斬り殺す。

 

 跳躍と斬撃を同時に行い、斬り払いながらそれを推進力に変えて、巨体から巨体へと飛び移って行く。斬り殺した竜機兵が背後でミラバルカンの追撃によって即座に塵に変わって行く。その度に言葉が残されて行く。

 

「人に狩られる竜として終われた事に感謝を」

 

「その道行に幸いを」

 

「我らの末妹を頼むぞ」

 

 言葉を積み重ねられる度におう、と小さく答えながら跳躍し、そして竜機兵を同じように足場にしながら接近して来る姿が見えた。従来の姿よりも更に小型化させ、その色は色素を抜いたような灰色をしており、その姿は素早い動きや派手な攻撃の裏に隠れ、瞬きをすれば即座に見失ってしまいそうな程存在感が希薄だった。

 

 或いは()()()()()()とでも表現できる。そう、それだ。

 

 ()()()()()()()()()()()んだ。見ても動きが理解できない。攻撃の矛先を理解する事が出来ない。攻撃の前兆を感じ取れない。それは当然の事だ。《躯王》アトラル・カは()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そして死んだ状態のまま成長し、そして狂化されているのだ。

 

 生きている生物との戦いの経験の通用しない相手だと、一目見た瞬間に理解できた。竜機兵を足場に連続で跳躍しながら接近する小柄なアトラル・カの鎌は合計で四つ、どれも禍々しい形に曲がりくねりながらのこぎりの様な、苦痛を与える為だけの刃をしている。水晶剣が恐ろしく頑丈だから斬り負けるとは思わないが、

 

 それでも触れたくはない形状の刃だった。

 

「忘れては困るな!」

 

「我らを忘れれば足元を掬われるぞ!」

 

 竜機兵を足場に連続で跳躍しながらも、足場にしようとする竜機兵が高速で仲間に体当たりを叩き込む事で、着地先をズラし、足場を無くす。お前ら、割とノリとテンションで束縛を抜けている癖にきっちりアトラル・カと連携取ってくるよなぁ! と心の中で叫びつつ、着地する筈だった竜機兵の代わりに空中で剣を足場にし、

 

 それで空中二段跳びをしながらグローブで剣を引き寄せる。回転しながら引き寄せられる剣を素早く手に取りながら、方向転換と共に竜機兵の顔面に着地し、その頭をスライスしつつ、

 

 その向こう側にアトラル・カの顔面を見た。

 

「おっと危ない」

 

 振るわれてくる四連続の斬撃を皮一枚をぎりぎり切れない様に回避しながら、塵になる竜機兵を足場に、跳躍しながら連続で斬撃を詰めてくる姿を回避する。その体に生気が存在しない。つまり生物として発する方向性、気配というものが喪失している。故に動きが読めない。

 

 アトラル・カ自体は。

 

 だが動けば風が揺れる。音が生まれる。動きが発生する。

 

 普段は呼吸と気配、そして殺意を読み取って攻撃を回避している。それが喪失する相手にはちゃんと、対処法を考えている。故に跳躍し、足元で歓喜しながら暴れ、アトラル・カに合わせて攻撃を放とうと殴り、体当たりして来る竜機兵の軍団を斬り流しながら推進力に変えて進みつつ、

 

 アトラル・カと竜機兵の上を戦場に切り結んで行く。理解の出来ない斬撃がうねる様に四方から連続で襲い掛かってくる。タイミングを絶妙に乱しながら放たれる連撃は斬り返す動きが絶妙に届かない速度、距離を選んでいる斬撃だった。絶対に一閃で斬り払える攻撃を選ばない様にアトラル・カは()()()()()()()()()()鎌で襲い掛かって来ていた。

 

 その体―――自分自身に糸を絡ませる事で肉体を超える限界駆動を行っていた。剣を迫ってくる姿に通そうとすれば、ありえない軌道で動きが回避に入る。つまり空中で直角に曲がる様な動きによって斬撃の到達を阻むのだ。

 

 ちょっと、困った。

 

 苦手なタイプだ。

 

 打開策を求めて視線をミラバルカンへと片目だけ向けてみれば、

 

 スーパーミラバルカンパンチで竜機兵の上半身が火山の中へと向かってシュートされていた。しかも見事、火口の方へとホールインワンしている様にも見える。それを繰り出し、そして受けながら、竜機兵もミラバルカンも両方共、楽しそうにしている。

 

 もう何をやっても楽しいんじゃないかなぁ、この馬鹿ドラゴンども。

 

 だけど、まぁ、

 

「送るなら、泣いていかにも悲しんでます、ってよりみんな笑っている方が気持ちいいよな」

 

 なにせ―――死者は文句を言えない。

 

 こんな現象、ズルでしかない。だけど元々、葬式なんて()()()()()()()()の為の行いなのだから。そこに不謹慎やらなんやらって付けるのは結局のところ、個人としてのモラルと主張の問題なのだから。だから自分は思うのだ。

 

 いかにも悲しんでます、という風に執るよりは、笑って、お前との時間は楽しかったぜ、と言ってやる方が百倍健全だと。百倍、想い出が輝いて見えるのだと。

 

 だから笑う。

 

 アトラル・カがクソの中のクソ性能しているという事は間違いのない事実だが、それはそれとして、この竜機兵連中は良い奴らばかり。その生まれを恨む事は誰にだって出来る。親を選ぶ事は誰にも出来ない。だけど自分がどういう存在になるかを選ぶ事は、誰にだって出来る。

 

 生まれがそうだから、残りの人生までそうである必要はどこにもないのだ。

 

 生き方は、自分で選ぶものだ。

 

 そしてこの竜機兵たちはそうある事を望んだ。

 

 故に果たす。

 

 そこには同情は一切いらない。

 

「大体見切ったぜ」

 

 言葉と共に竜機兵の頭の上で足を止め、迫ってくる無限軌道のアトラル・カを相手に、三段先の動きを予測し、それに合わせて斬撃を通す。予測されたようにアトラル・カの鎌が二本、剣に接触しそうになり、それを鋭角に捻じ曲げて素早くアトラル・カが回避するのに入る。それに合わせ、無限に軌道を捻じ曲げるその動きに合わせ、

 

 常に先手を取り続ける事でアトラル・カの斬撃を全て、それが完全な加速に乗る前に押しつぶす。足元の竜機兵が口を開き、ブレスで薙ぎ払おうとしてくるのを蹴り飛ばして逃げれば、その姿をミラバルカンが殴り飛ばして塵に返した。

 

 ここまでまともに戦おうとする古龍も珍しい。態々殴り合う必要すらないだろうに、それでも殴り合って倒す、というのは一種のミラバルカン流の敬意の見せ方なのかもしれない。

 

 どいつもこいつも、喋り、対等な目線で話し合ってみれば面白かったりいい奴だったりする。

 

 必要なのは自分から歩み寄ろうとする事なのかもしれない。

 

 ―――それでもどう足掻いても受け入れられない相手はいるのだが。

 

逃亡する様に竜機兵を足場に跳躍する。何度目にもなる落下と跳躍、受け流しによる反動での加速。繰り返せば繰り返すほど勢いが乗って行くが、同時にがりがりと体力が削られて行く。人間としてのスペックは全て技量に極振りされている以上、身体のベースは日本人で、自分がそう望んだ。だから長期戦なんて出来ない。

 

 だから刃の方向性を見せない、捉えられない、知覚が極限まで難しいアトラル・カの存在は天敵とも言える。

 

 ただ、まぁ、慣れてしまえば楽だ。

 

 スペックを人間以上、高速飛行できる存在、慣性無視、そして人類では不可能な方向性から斬撃を飛ばしてくる相手だと想定すればいい。読みも生体ベースではなく、ハルドメルグの水銀を相手にした時の様な無機質の多重稼働ベースに切り替えれば。

 

 生物だと思わずに殺せばいいのだ。

 

 吠える竜機兵たちの戦場で、足を止め、斬撃を通す。無限軌道の先を予測し、そしてアトラル・カの回避が不可能な、知覚を超える斬撃を放つ。

 

 それが飛び込んできたアトラル・カの姿を真っ二つにした。だがそれで終わらせず、十字になる様に斬撃を刻んで、竜機兵の上にアトラル・カの躯を晒し、

 

 次の瞬間には躯がくっつくのが見えた。

 

『なんだ、蒸発させられないのか? 人間は脆弱だなぁ』

 

「お前は黙って親戚筋と殴り合ってろ」

 

 言葉と共に跳躍し、襲い掛かってくる翼撃を回避し、そのまま足場にする。数が多すぎて全てを相手しているとやはり、時間も体力も足りない。となると竜機兵を足場に、アトラル・カを始末するのが一番早い。だが勝てないと踏んだのか、アトラル・カがその姿を竜機兵の合間に隠し、身をくらませた。逃げたか? と一瞬だけ考え、否定する。

 

 となると、大体何をしようとするのか解ってくる。

 

 足場を殺して跳躍しながら、ミラバルカンの背へと飛び乗る。

 

 それに合わせ、大地が鳴動を開始する。それに合わせ、ぼろぼろと冥府より帰ってきていた竜機兵たちが崩れ始める。

 

「ここまでか」

 

「だが満足だ、実に満足であった」

 

「実に良き闘争であった」

 

「楽しかった、ありがとう」

 

「我らと向き合い、忘れようとせずにいてくれてありがとう」

 

「最後まで戦えない事だけは惜しいが、託そう」

 

「良き時間であったから故に……」

 

 竜機兵たちが朽ちる。その光景をミラバルカンの頭の上から眺める。呼び出され、そして歓喜に吠えた姿が朽ちて、塵となって風に吸い込まれ、それが草原に散らばりながら消えて行く。かつての残滓さえ、もはやこの楽園には残されない。

 

 未来へと進む上では不要だ。

 

 だからこの結末は当然のものだ。

 

 そしてその塵の中から、巨大な機構が出現する。かつて、ゲームのスクリーン内で目撃した要塞の様な姿よりも更に大きく、禍々しく、そして何個も撃竜槍を背負った、異形の巨大機構の姿が出現する。大地を揺らしながら出現する姿は、

 

 それこそ、ミラバルカンよりも巨大だった。

 

 全長凡そ70……いや、80を超えているかもしれない。そんな巨大な姿がいくつもの鋼の足を持ち、そして糸によって吊るされる十数の撃竜槍を浮かべ、そして旧戦艦らしき砲塔を何十も備えた、陸上戦艦とでも呼べるような巨大な姿に変貌した。

 

「いやぁ……大陸のハンターはアレと殴り合うって噂ほんと? 人間やめてんな」

 

『安心しろ、違う意味でお前程は止めてはいない―――掴まっていろ!』

 

 片膝をつく様にしつつミラバルカンの角を掴み、口から炎を吐き出しながらミラバルカンが吠えた。

 

 それに合わせ、要塞化アトラル・カの全身から蒸気が溢れ出し、それが空気を汚染し、溶かし始める。成程、こいつは文明が生んだ悪意を凝縮させたようなやつだな、とその姿を見て思う。

 

 死者の利用。

 

 環境の汚染。

 

 殺してもその死骸を使う。

 

 壊して作って壊して作り直す。

 

 人間が行って来た悪事、それを形にした様な性質の絶種だった。人と戦う際に振るうのは人類が生み出した文明という、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。積み上げて来た文明によって滅ぶ。人間が積み上げて来た努力が、その象徴を奪われ、それによって滅ぼされるのだ。

 

 これ以上ない屈辱である。

 

『まぁ、俺には関係ないがな』

 

「やっちまえ」

 

 言葉と共にミラバルカンが踏み出した。その姿の二倍以上の巨体を誇る要塞がその巨体の質量をぶつける様に突進してきた。

 

 草原の大地の上で、ミラバルカンと要塞が正面から組み合った。その衝撃で周辺の大地が吹き飛び、クレーター状に大地が剥がれながら陥没し、ひび割れが草原全体に広がって行きながら爆裂する様に吹き上がって行く。此方へと来るものだけをミラバルカンがどうやら、きっちりと殺してくれているらしくミラバルカンの頭の上はかなり快適だった。

 

『愉快だ! この程度で俺を仕留められると思った貴様の態度が愉快だ……!』

 

 組みついた要塞をそのままに、逆にミラバルカンが一歩、火山へと向けて推し進めた。それに対抗する様に撃竜槍が空から弾丸の様に射出され、それがミラバルカンを狙ってくる。

 

「おっと、悪いがおさわりは禁止だ」

 

 手を出すまでもないだろう。だが落ちて来る撃竜槍を切り裂き、そしてお互いにぶつける様に衝突させ合い、それが綺麗にミラバルカンを中心とした周囲に落ちてくるように剣を振るって叩き落す。これが液体や流体であれば面倒だし切り分けるのが無理に近いのだが、

 

 質量を持った物質的な攻撃であれば、力加減と技巧だけでどうにかなる。相手が50メートル以上になったら質量差で難しいが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 切り裂いて無力化し、相手の次の行動の前にミラバルカンが要塞に噛みついた。

 

 そして噛みついたまま、ブレスを放った。

 

 マグマの熱線が鋼鉄を一瞬で噛み千切りながら炎を貫く様に吐き出し、大穴を開けて地面を穿ちながらそれを上へと持って行き、大地に線を引きながらそのまま空へと向かって、傷口を再生できない様に熔かして天へと持って行くように、真っ二つにした。火山まで届くブレスはそのまま、火山の火口まで繋がる溶岩流の道を生み出していた。

 

 くすぶる炎を口の端から吐き出しつつ、ミラバルカンは口の端を持ち上げる様に笑った。

 

『成程、まだ死ねないか』

 

 真っ二つに融解させ、マグマが侵食する中でもアトラル・カは滅べずにいた。否、既に死亡している。そしてその上で動いているのだ。故に存在としての活動そのものがあやふやなのだ。

 

 死んでも動ける。生きているのに死んでいる。死んでいるからこそ生きている。

 

 だからどれだけ致命傷を叩き込んだ所で、死を迎える事がない。

 

 或いはその存在そのものを全て、綺麗に消し飛ばしでもしない限りは。

 

 融解するアトラル・カはその姿を再構築しようと融解した部分をオミットし、その姿をもっと強力な要塞へと変化させようとしている。ミラバルカンに対応してもっと巨大で、もっと破壊をまき散らす姿へと変化しようとしているのだろう。これ以上大きくなると流石に、始末するのが手間になるだろう。

 

「だけど俺、一緒に戦ってくれる古龍は一人じゃないんでな」

 

 素早く、ベルトに装着していたダガーを投擲する。それが要塞を再生させようとするアトラル・カの内部へと取り込まれ、そして埋まった。姿形を変え、撃竜槍を更にアトラル・カが増やそうとする。今度は近距離でも使える刃と圧倒的質量のウォーハンマーを、兵器を更に生み出して纏おうとして、

 

 その動きが停止した。

 

 ミラバルカンが羽ばたき、空へと舞い上がる。追いかけようとしても、要塞の動きは鈍く、徐々にその姿に氷が覆って行くのが見える。足を、体を、要塞から抜け出そうとしたアトラル・カの本体そのものを覆って行く。

 

 投擲されたのは黒麒麟のダガー。

 

 力を使い果たすレベルで力が注ぎ込まれた、二本目も二回目も存在しない、一度だけの武器。それを使っただけだった。そしてそれを呑み込んだ結果、アトラル・カはその姿が完全に動けずに凍り付いた。

 

 その姿を、天から災厄を呼び寄せたミラバルカンが一撃で呑み込み、細胞も塵も何も残さないように、概念すら滅び去る様に消し飛ばした。

 

 その後には融解し、滅び去った草原の姿だけが残った。

 

 アレだけ楽しそうにしていた竜機兵たちも、アトラル・カの姿も、もはやそこには残されていない。この楽園そのものの未来を示唆する様に、滅び去って、美しかった景色が消え去っていた。

 

 その景色を、たっぷりと眺めた。

 

「次で最後、か」

 

『あぁ。そして今みたいな俺の攻撃では倒せない相手だ』

 

 《悪魔》メフィストフェレス。

 

 それは無限にエネルギーを吸収し、それを吐き出す事で完全なカウンターを放つ事が出来る生物。ミラバルカンが本気を出せばどうにかなるのだろうが、今度は、完全に消し飛ばすような攻撃は出来ない。それをしない。アトラル・カはそうしなければ殺しきれない相手だった。だが次は違う。()()()()()()()()()相手だ。

 

 つまり、必然的に俺が倒す必要がある。

 

 ―――漸く、ここまで来てしまった、という言葉が頭をよぎった。

 

 だから口を開いた。

 

「行こう、友よ。いい加減、楽園を伝説として終わらせよう」

 

『あぁ、行こう。最後の戦いだ』

 

 言葉と共に、前哨戦を終わらせ―――最終戦へと向け、火山へと飛んだ。




 頼る事に恥ずかしさはない、それが助け合うという事であるが故に。

 倒せないなら頼る。その為に手を取り合うという。拙者、終盤で託された装備、アイテム、それを一つずつ使い潰しながら戦い、最後に進んで行くという流れ大好き侍。場面の一つ一つで丁度良く道具が命を救って先に進むというシーンが解っていても大好きで御座る。

 友情感強いよね。

 次回、悪魔の目覚め。


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6年目 春季 失楽園 前

 ミラバルカンがゆっくりと高度を下げていく。

 

 焦土と化した草原を後にして、火山へとそのまま、進んだ。体力の消耗はそれなりのもので、結構派手に体を動かしただけに、そこそこ息を荒げている。自分の持てるスペックを100%発揮する為には、その動きの全てを自分の肉体と脳、その両方で管理する必要がある。その感覚を極限まで擦り合わせるからこそ、イメージした理想の動きというのは行えるのだ。だから肉体が疲労し、そして脳が熱を持っている。竜機兵から竜機兵へと飛び回るのに体力を使ったのと、

 

 何手も先を読んで、自分が生存できるルートを考え続ける事に脳が軽く疲れたからだ。一瞬でも考える事を止めれば即死出来る相手だっただけに、これは必要経費であったとして割り切るしかなかった。短い休み、最後の休み、そのまま火山へと向かい、

 

 熱と炎の燃える大地へとやって来た。

 

 ゴーグルとマスクが無ければ、まともにここで呼吸したり目を開ける事も出来なかっただろう。先ほどのミラバルカンの熱線もそうだが、根本的に火山そのものが活性化し、熱が一気に溢れ出していた。守護衣がその熱を遮断し、快適な状態に自分の周りだけ、空間を保っている。そのおかげで自分はまだ平気だった。だが見れば、溶岩の川や湖があちこちに点在しており、炎の嵐が一部では渦巻いている。とてもだが普通とは呼べない様な景色が繰り広げられている。

 

 だがそれに関わる事無く、奥へと向かう。地形を無視する様に更に奥へ、火口付近へと向かって近づいて行き、火口へと続く道のルートの様な所で、ミラバルカンが高度を下げる。飛び降りて着地しながら、火口へと繋がる一本道へと従い、進んで行く。

 

 どうやら決戦場は火口の中になるらしい。そこへと続く道へと、進んで行く。見た事もない鉱石、原石、宝石が地下の岩にはゴロゴロと転がっている。サバイバル生活の癖で、それを掘り出しそうになる自分の欲望を抑え込みつつ苦笑し、今更何やってんだ、と変わらない自分らしさを笑った。

 

 そして、火山の火口へと繋がる道の終点。

 

 そこで待ち受ける様に岩の上に座る姿を見つけた。

 

 片膝を抱く様に座る姿は、男の姿に見えた。黒い、くすんだ色のローブは昔は様々な色に染まっていたのだろうと思わせるような装飾が施されていたが、それでも数えきれない年月の間に憎しみと怨嗟を吸い込み続けた結果、黒くくすんだ、濁ったような色合いに変化していた。それを首の下から覆い隠す様に着ている青年は、片側だけ存在する眼鏡を装着していた。

 

 その姿は此方を見て、

 

 そして疲れたような、待ち焦がれたような、恐れる様な、嬉しそうな、悲しそうな―――申し訳なさそうな、そんな表情を浮かべていた。

 

 その表情を見て、誰よりも驚いていたのは、龍の姿のまま、歩いて来たミラバルカンの姿だった。

 

『貴様……正気を保っていたのか』

 

「うん。今だけ。最後だけは。この瞬間だけは……なんとか。あははは……参っちゃうね? 僕も僕でここでなんて言おうかと思ってたの、全部頭から吹っ飛んじゃったよ……あはは……」

 

 どこにでもいる様な、疲れ切った青年の声でそいつは笑っていた。渇いた笑い声は、誰よりも自分自身という存在そのものに絶望しているようで、生まれた事、そのものを後悔している様にさえ感じさせられた。だからその存在が余りにも憐れで、余りにもどうしようもなく、そして余りにも救いがなかった。

 

 そいつは、どうしようもなく、救いがなかった。

 

「うん」

 

 ミラバルカンの言葉に応え、彼は此方へと向けた。

 

「はじめまして」

 

 そう言った。

 

「僕が―――ラスボス。この物語の最後に出て来る倒されるべき悪の龍。ハッピーエンディング最後の試練、君が絶対に倒さなければいけない絶対的な敵性存在」

 

 そう、つまりは、彼こそが、

 

「―――メフィストフェレス。君は僕をそう呼んだ。だから僕はそう名乗ろう。僕が《悪魔》だ」

 

 悪魔を名乗った龍は、悪魔と呼ぶには余りにも―――余りにも―――普通、だった。まるで覇気がない。まるでやる気が見えない。まるで……まるで悪魔のようではなかった。宿題や勉強に疲れた青年だと言ってしまえば、その方がまだ納得できる。だけど何故だろうか、

 

 妙に、イメージと人物像がマッチングした。確かに彼は悪魔なのだろう、そう思わせるものがこの化身の姿にはあった。だけど言葉を失った。

 

 こいつに、何て言葉を送ればいいのか、それを失ってしまった。

 

 恨みでも怒りでもなく、こいつになんて言葉を送ればいいのだろうか……それに凄く、困っていた。

 

「きっと、お前を見た時は口汚く罵ると俺は思っていた」

 

「うん」

 

「お前のせいでどれだけ俺の人生が歪められたと思ってるんだ。どれだけ苦しんで、どれだけ地獄を味わって来たのか。誰がここまで苦しんで感謝なんてするもんか。たとえ、その果てで得難い友人と、そして愛しい人を得られたとしても、それで悪行が清算される訳じゃない」

 

「うん、まさにその通りだ」

 

 アルマと出会え、そして愛せる様になった事は間違いなく、幸福だ。だからと言って、その出会いをこいつに感謝する事はあり得ない。出会わなくても、どうせ日本の社会でなあなあの日常を過ごしていたのだから。ここで苦しんでから幸せになったから、感謝してもいいよ、と言われたら顔面を殴り飛ばして殺してやるだけの殺意がある。

 

 だけど、なんというか、

 

「憐れだ。お前に対して俺が絞り出せる言葉は、それだけだよ……」

 

 それ以外にこの古龍に対する言葉が見つからなかった。今、正気を保っている事さえ、おそらくは罰に近い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、メフィストフェレスは困った表情を浮かべて、そして息を吐いてしまった。

 

「あぁ……本当に君は優秀だなぁ。ネタばらしの必要がなくなっちゃったよ」

 

 楽しそうにそう言って笑った。だがその笑みにも力が入っていない。メフィストフェレスがふと、力を抜いた瞬間には怒りと憎しみと殺意が破滅の運命となって漏れ出ていた。もはや限界は通り越している。そしてそれが爆発する寸前にまでやってきているのだ。その爆発する前の収縮する、その凪の状態だったのだ、この悪魔は。

 

 最後の正気、最後の理性。

 

 だけど皮肉にも、その時間の間に、こいつに向ける言葉が何も自分には見つけられなかった。言いたい事はいっぱいあったが、こいつを前にした所で、それを言う必要が一切なかった、という事に気付かされた。恨んでいた筈だし、感謝していた筈でもある。だけど同時に、それを口にするべきでもないという事も解る。究極的に言えばこいつは加害者であり、被害者だ。

 

 だからと言って、何かを想わなければいけないという訳ではない。

 

 だけど、それでも、こいつに何かあるとすれば、

 

 ……こいつは、壁だ。乗り越えなくてはならない壁なのだろう。過去という壁。かつての繁栄、夢、その理想の最後の残滓だ。こいつが旧楽園の破壊者であるのは違いない。だが同時に、その黄金時代の象徴とも呼べる存在だ。こいつが生きている限りは、過去の栄光でしかない。

 

 古きものを受け継ぎ、そして前に進むのならこいつも乗り越えなくてはならないのだ。だからあるとすれば、乗り越えてやるという覚悟と意思だけだ。そしてそれは口にするものでもない。言わなければ伝わらない事もあるだろう。だが口にしなくても伝わるものがある。覚悟とは、そういうものだった。口にすればするほど取り繕っている様に見える。

 

 ひけらかさない。口にしない。解っていればそれでいい。覚悟とは誰かに問うものでもないし、誰かに伝えるものでもないのだから。

 

 だから自分が送る事の出来る言葉は少ないと解る。

 

「お前を殺すよ、俺は。俺の女が帰りを待ってるんだ。泣かせられないから、ぶった切って終わらせて帰らせて貰うよ」

 

 それだけだった。それだけが、俺がメフィストフェレスに向ける事の出来る言葉だった。同情も、怒りも、感謝も、その全てはこの古龍には不釣り合い、似合わない。必要なのは確認と、そしてその意思だけだった。ここに来てもう、問う必要のある事は何もなかった。だから腕を組み、伝えるのだ。

 

 お前の時代を終わらせる、と。

 

 その言葉に、メフィストフェレスは小さく息を吐いた。

 

「そうか……そうかぁー……」

 

 敵意も、悪意も、憎しみも、殺意もない。ただ純粋に、未来へと進むという事を伝える。それを受けたメフィストフェレスはどこか悲しそうに、しかし、自分の運命を―――自分の結末を受け入れた様な、そんな声を出して言葉を口にしていた。そして、納得する様に頷く。

 

「うん……そうだね。君みたいな人が現れたのなら、もう、僕も滅ぶべきなのだろう。いや、僕みたいな過去の遺物はもはや、存在しているだけでもこの時代に対する害悪なんだ。消え去るべきなんだ。ずっと、ずっとそれを求めてきた。そして漸く、今日、この日、僕は終焉に達する事が出来る様になった」

 

 そう言ってメフィストフェレスは立ち上がった。

 

 立ち上がりながら―――その姿は黒く染まった。

 

 肌、髪、ボロマント、その全てが一つのパーツで構築されたような黒一色、光さえも吸収してしまいそうな程黒い色に飲み込まれた。顔も解らず、色も存在しない。ただただ、存在するだけの黒。あらゆる(エネルギー)を無限に吸収し続ける存在だった、それは。

 

 そうやって立ち上がった黒一色の悪魔は、

 

 その目があるべき場所に、燃える眼を宿していた。枯れ枝の様な気配はもはやない。体から殺意と敵意と悪意が溢れ出す。殺す。絶対に殺す。人類という種に対する絶対的な殺意がその黒から溢れ出し、それだけで周囲の光景が色褪せて行く。その存在だけで世界は機能を停止して行く。

 

 自然、文明、それらを滅ぼす存在として奴は世に命を受けた。

 

「我は命に厄を与える者。我は全ての生物を平等に呪う悪意。我は憎しみの代弁者。我は悪意の実行者。我は……かつての絶頂を消し去る荒厄の龍。我は《悪魔》。かつて存在した楽園を破壊した悪魔。破壊し、その残滓に縋りつく、絶対悪」

 

 後ろへと、メフィストフェレスが歩いて下がって行く。後ろ向きに歩き、そして火口の入り口、その端へと到達した。火口から吹き上げて来る熱風が火災旋風となって火口から天高く伸びて―――それが分解されてゆく。

 

 全てのエネルギーが分解され、それがメフィストフェレスへと吸収されて行く。超自然のエネルギーや、最強と呼ばれる人類が克服できない自然災厄、それさえも飲みこんで力としてしまう、生物という存在に対する絶対的天敵だった。

 

 それは―――禁忌のモンスターと呼ばれる。

 

 轟々と目が燃えている。

 

「我は竜大戦という呪いから生まれた龍。もはや、それは過去のもの。消え去りし過去の残影。僅かな記録でしか残されない呪い―――その呪いから生み出された我が身はもはや、転生を経て蘇る事はないだろう」

 

 龍は概念としての存在に近い。生物という枠からはみ出している。

 

 故にその概念が存在し続ける限りは無敵だ。人類がその概念を克服すれば、それだけ古龍は弱まり、最終的には消え去る運命にある。それは彼らが、大自然の、人類が超えるべき試練を龍という形にした存在だからだ。だから彼らは何時かは消え去る運命に存在している。

 

 そしてそのデッドエンドにメフィストフェレスは到達している。

 

 竜大戦という名前の呪いからこいつは生まれた。

 

 だがそれは遠い昔の話だ。もう、竜大戦は終わった。人と竜、そして龍は今でも戦っている。だがそれは生存競争であり、戦争なんてものではない。もう既に、命を求めて殺し合うだけの戦いは終わった。竜大戦は終焉したのだ。そしてそれがメフィストフェレスを構築する概念であるのならば、

 

 もはや、それは終わった事だ。

 

 メフィストフェレスがここで死ねば、永遠に死に続ける。

 

 蘇る事はない。その存在を構築する、最大のピースが既に終焉しているからだ。故にメフィストフェレスは最後の目覚めを迎えた。これが最後の会話だった。最後の人との交流だった。最後の加害者であり、被害者としての役割だった。

 

 もう、終わる時なのだ。

 

「我が名はメフィストフェレス。楽園破壊の悪魔」

 

 言葉と共にメフィストフェレスは最後の一歩を後ろへと向かって進み―――火口の中へと落ちた。だがそれで終わりである訳がない。終わる筈がない。先ほどまで凝縮されていた気配が何百倍という規模で膨れ上がるのを感じながら、声が聞こえた。

 

『新たな時代を迎える者よ』

 

 メフィストフェレスの声が大地に響く。

 

『汝、安寧と平穏を望むのであれば―――』

 

 前へと進む。先ほどまでメフィストフェレスが立っていた火口の淵にまで移動し、そしてその中に広がる決戦場へと視線を向けた。火口の中、マグマは固まって足場を形成していた。余りにも広すぎるその火口内部の決戦場、その奥には龍の姿が見えた。

 

 命の気配を失ったような灰白色の古龍だった。

 

 翼や甲殻は禍々しい形に曲がり、そして不吉な色の水晶を胸に埋め込まれていた。それが怪しげに輝き、見る者を魅了し、逃れられない絶対的な破滅へと導く気配がするのを、意思の力で拒絶しながら乗り越える。

 

『過去を踏破し、未来へと辿り着け』

 

 火口の奥、火山のエネルギーを吸い上げて、その活動を停止に追い込み、マグマから熱を奪って、それによって自身を強化しながら決戦場という舞台をメフィストフェレスは生み出していた。その奥で、エネルギーを吸い上げながら静かに待ち続ける姿を眺め、

 

 鞘から水晶剣を抜いた。

 

 睡蓮の花びらが舞い、それが熱風に乗って運ばれて行く。

 

「いよいよ最終決戦、という訳か……お前は話す事、あったんじゃないか?」

 

『それも今更だろう』

 

 ミラバルカンはその大きな頭を軽く横に振った。

 

『貴様は人と龍が共に生きる道を求め、それを歩き出した。それと同じように俺も、人と共に生きる道を再び歩み出した。誰よりも最初にその道を踏み出したのはこの俺だ。だとすれば俺が規範を見せずしてどうする。俺が始めた戦いだ。なら俺に語る言葉はない』

 

 そうか、と小さく声を零して頷く。こいつもこいつで、思う事があるのは当然の話だった。ただそれも、これで終わりだ。これで最後の戦いだ。被害者も加害者も、ここからはどんなクソもない。

 

 関係なく、ただ前へと進む為に屠る。

 

 その為の戦いとなるのだ。これですべてが終わる。そう思うと一種の感慨深さが胸に満たされ始める。だがそれに浸るのは全てが終わった後でも何の問題もない。

 

 今はただ、自分が果たすべき事を果たすだけだ。

 

 いくつもの屍を踏み抜いて来た。いくつもの願いを背負って来た。

 

 過去を見て、知って、それでいてもなお、それを受け止めて前へと向かって進む事を決めたのだ。もはや、止まれない。

 

 明日へと向かって突き進む事を諦めない。

 

 だから剣を抜いた。それを握っている。物凄く、物凄く怖い。こうやって向き合う事が、戦う事が、恐ろしく感じる。それでも、幸せな未来が欲しいのだ。だったら戦わなくてはならない。戦わなくては、生き残れないのだ。

 

 だから剣を握っている。

 

「さて―――最後の戦いを始めようか」

 

『あぁ、終わらせよう』

 

 言葉と共にメフィストフェレスが待ち構える火口の決戦場の中へと飛び込んだ。もはや逃げる事は出来ない。倒すまで脱出する事は出来ない。風を受けて落下しながらも、視線はメフィストフェレスを捉え、マグマからエネルギーが失われて作られた、その足場の上へと衝撃を失って着地した。

 

 それに続き、ミラバルカンがゆっくりと、ゆっくりと、翼を羽ばたかせながら背後に降りて来た。

 

 これによって最後の役者が揃った。

 

 もはや、止める者は何もない。

 

 メフィストフェレスの瞳から、その心が消え去った。底なしの憎悪だけが、そこに残された。人類塵殺、その意思が究極の龍の全身に漲った。

 

 そして始まる。

 

楽園最後の戦いが。

 

楽園、その最後の龍との戦いが。

 

六年という年月を経て、異郷で繰り広げられた戦いの最終幕。

 

―――ここに開幕。




 もう、語る言葉もない。

 良く擬人化では女性かパターンを目撃する。まぁ、女の子の方が華があってハーレム化もしやすいし、それはそれで解るとは思うけど……それでもコンセプト的に、人と龍との異種的な愛を表現するのであれば、無駄に女性を増やすよりは無性、中性ベースにして女性龍、つまりはヒロインをを一枠に絞った方が見栄えがいいな、という形に。

 何よりメッフィーが女性ってのは性質的には余り考えられないもんで。敬礼、やった事を考えると失敗してしまった支配者、という感じのいめーが強かった。

 まぁ、諸々の解説などは完結後のあとがきで。

 まぁ、各々決戦BGMでも用意しつつ。

 次回、失楽園・最終戦。


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6年目 春季 失楽園 後

怒りは大地を燃やした

 

一瞬で憎しみで燃え上がり、命を溶かした

 

 言葉と共にマグマが活性化し、火口の壁がマグマで満たされる。それが流れを作り、壁に沿う様に火口内部で回転を始めながら、一気に熱を上昇させつつ、発生するエネルギーがメフィストフェレスへと吸収されていきつつも、増幅し続ける。火山を活性化させてエネルギーを生み出しつつ、それを無限にメフィストフェレスが吸収していた。

 

 永久機関。

 

 この怪物にエネルギー切れという概念は存在しなかった。一度、稼働の為のエネルギーを確保すれば後は勝手にそれを無限増殖させながら無限に吸収し続けられる。自分一人で無限に強くなり続ける事の出来る呪われた生物だった。だがその影響で大地や文明が死にゆく。

 

 まさに戦争そのものだ。命を喰らい、吸い上げ、それで強化され、更に高めながら喰らい合い強くなる。そしてその行いで全てを滅ぼす。まさに戦争という呪いが具現化した様な存在、そのものとしか表現できない姿であり、能力だった。そしてそれによって一瞬で火口内部から酸素が消滅して行く。マグマ、そして空気が蒸発しながらエネルギーとして分解され、それで窒息させようとエネルギー吸収の余波だけで殺しに来ている。攻撃をやめさせなければ死ぬ。だがそれが届く前に酸素が枯渇するだろう。

 

「早速使うぞシャン!」

 

 ポーチから素早くシャンティエンの翔気玉を取り出し、それを足場へと叩きつけた。圧縮された水分と空気と雷気が混ぜ込まれた莫大な翔気の固まりが一瞬で火口内部に満たされ、それが減り続ける酸素を無限に供給し始めた。少しだけ、溢れ出す水分で呼吸が重く感じられるも、それを肉体的な動きに対応させ、補正を自分の脳内で構築し、即座に慣れる。そしてその間に、

 

 ミラバルカンの体が赤く、燃え上がって変質した。

 

 赤は紅に、更に鮮やかな炎の色に変質し、マグマを被ったような甲殻を纏い、姿を変質させた。

 

 その姿は、何のためらいもなく、最強の古龍の一角、ミラバルカンの真なる姿、ミララースへと変貌した。

 

『開戦の号砲だ、受けとれ―――!』

 

 ノータイムで放たれたマグマブレスは超絶温、温度という概念で表示するのが生ぬるい確定焦熱による破壊。ミララースとしての本気のブレスが一瞬で吐き出され、触れる全てを触れる前に蒸発させながらメフィストフェレスへと向かって直進し―――触れる前にその姿に、エネルギーとして還元され、分解されて行く。それが炎の勢いを加速させ、そして燃え上がらせる。

 

 だがエネルギーという概念をミララースはそのブレスで遮断する様に蒸発させた。猛り狂う炎の動きを蒸発させる事で停止させ、自身のエネルギーを吸われる事と引き換えにエネルギー吸収による酸素蒸発運動を完全停止させた。

 

 それが解らない間柄でもない。

 

 ミララースがブレスを吐き出した瞬間には既に前へと飛び出している。呼吸を整え、全身の筋肉を連動させ、足ではなく、肉体そのものをスプリントさせる様に発射台にし、前へと進む運動に対して常に落下するという動きを続けることで()()()()()()()()()()のだ。それによって瞬間的に加速している様に見せ、距離を一瞬で詰めるように自分の体を押し出す。

 

「もう、過去の呪いは終わりにしよう……!」

 

 炎を吸い込んだメフィストフェレスへと飛び込んだ。その熱量はすさまじく感じるも、熱気を翔気が一時的に調和する事によって抑え込んでおり、メフィストフェレスの足元へと到達する事を許す。肩まで持ち上げた黒睡蓮の水晶剣が振るわれる。

 

 黒い残像が睡蓮の花びらを軌跡に描きながら切っ先が音速を超えて振るわれる。

 

 残像が振るい終わった後で追いつく様に発生するような中で、斬撃はメフィストフェレスの片足をその足首から切断し、姿をズラす。巨体に支えられた姿が支えを失った事によって倒れて、

 

 ―――その傷口から溶岩が噴出する。

 

 胸部のクリスタルが、赤く輝いている。

 

「っ―――!」

 

 剣で斬る事の出来ない物は二つ存在する。

 

 ()()()()だ。これだけは剣で斬ってもすぐに繋がるか、或いは斬る行いそのものが無駄と言える存在である。特に溶岩は質量が多い。斬り払った所で固まって、広がらない。故に必要なのは叩くという斬芸からは程遠い行いになる。

 

 だが溶岩は違う。

 

 ()()()()()()()()()

 

 一瞬、判断をする瞬間には、

 

戯けがッッ! 炎と憤怒は俺の権能だ!

 

 憤怒の王の言葉によってマグマという形のエネルギーは一瞬で消滅した。その上位権能を保有するミララースがそれによる害意を()()()()()からだ。故に見えた即死ルートがその一瞬で、目の前から消滅した。

 

 がら空きのメフィストフェレスの姿が見えた。

 

「っぇぁあ!!」

 

 溶岩迎撃の斬撃を即座に切り替え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。刀身で絡めた斬撃は翔気という形を得て、走る斬撃としてメフィストフェレスの体を迸った。翔気の斬撃はそのまま前面を両断し、胸の水晶を割断しながら頭を真っ二つに引き裂いた。

 

「殺せたか!?」

 

『まだだ!』

 

 ミララースの言葉が音速を超えて、そのまま拳と共に放たれた。決定的な死がメフィストフェレスには届いていない。水晶から溢れ出した無限に近いエネルギーをミララースの拳が蒸発させるように殴り抜き、消滅させ―――しかし、全てを消滅させるには程遠く、

 

 拳のダメージがメフィストフェレスに届く前に、その姿が黒い霞となって消え去った。

 

『古龍の肉体はエネルギーと概念によって形作られる。殺すにはその概念が保有する全てを叩き出さなくてはならんぞ』

 

「つまり一度や二度殺した程度では殺せそうにはない、か」

 

 上位者ってほんとクソだな、と思っていると、一気に温度が冷え込んだ。迷う事無く暖を取る為にミララースの背の上に飛び移り、ミララースに背中を向ける様に、その背の上に乗る。先ほどまでは汗さえも蒸発してしまいそうなほどに熱かったのに、

 

 今ではその真逆の温度へと急転し始めていた。火口内部の壁が凍り付き、そしてブリザードが発生し始める。足場は氷に覆われ、そして熱が失われて行く。

 

全ての者の心が凍てついた

 

殺さなくてはならないその義務感に

 

殺さなくてはならない、その殺意に未来を閉ざした

 

「うるせぇ! こっちはなぁ!」

 

『その閉ざされた未来を解かしに来たぞ!』

 

 ミララースが吼えた。それと同時にミララースの足元からマグマが溢れ出し、それが冷気とぶつかり合いながら蒸気爆発を連続で発生させながらブリザードを粉砕させて行く。だがそれが一定以上の距離を離れると、エネルギーが吸収されて凍り付いて行く。

 

『そこか』

 

 ミララースの睨みが天から破滅的招来を生み出した。宇宙から引っ張り出されたメテオストライクはそのままブリザードを貫通しながらその中に潜伏していたメフィストフェレスの無傷の姿を晒す。

 

 その胸部のクリスタルは蒼く輝いている。つまりは、アレをぶち抜いてエネルギーを放出、それをミララースに吹っ飛ばさせれば次のフェイズ……という所だろう。

 

「近寄れるか?」

 

『干からびる。吹雪の相殺を止めていいのなら構わんぞ』

 

「しゃーない、飛ばしてくれ!」

 

 メフィストフェレスの方へと向かって軽く跳躍すれば―――その足の裏をミララースの爪先が捉えて、弾いた。

 

 射出される様に一気に体を飛ばされ、勢いよくメフィストフェレスへと向かって飛ぶ。それを察知したメフィストフェレスが小さく、ではなく大きな動きで距離を開けながら空中に数百の氷柱を浮かべ、それをガトリングの如く射出させて来る。

 

 斬って進められる―――そう判断し、回避する事を選んだ。

 

 罠だな、これ。

 

 剣を足場にしながらそれを引き寄せる事で空中二段跳びを行い、上から落ちて来る氷柱よりも早く、安全な領域へと体を飛び込ませた。案の定、空気そのものが凍り付いており、切り裂こうとすれば唯一の武器が持っていかれただろう。

 

 特殊な剣だし、花を咲かせるし、花びらを無限に生み出すし、そして折れないし、切れ味も鋭い。

 

 だが()()()()の剣でもある。普通に叩き落とせば無力化される武器でもある。凍らせたら間違いなく使えなくなる。故にこれは触れてはならない。迷う事無く回避し、空中で二段目を踏みながら、次の動きに困る。剣を引き寄せるアクションが入れば間違いなく、次の氷柱乱舞に追いつかれる。だが武器は手になければ意味がない。故にほぼ反射的に武器を引き寄せ、

 

 落ちて来る氷柱をブーツの裏で受け止めた。

 

 体が押し潰されそうに、落下する。ブーツを侵食する様に凍り付いて行くような感覚に、

 

 テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの腰帯が燃え尽きた。命が宿る様にリオレウスの素材を使って作ったブーツに命が宿る。凍り付く浸食を焼き払いながら、足を自由に動かす。それを利用して氷柱を蹴り、体を跳躍させる。

 

 やる事は竜機兵の時の連続跳躍でコツを掴んでいる。跳躍する時だけ上に移動し、跳躍している間は落下する事で加速する。これを無限に繰り返す事で高度を維持しながら加速を行い、障害物を足場に連続で移動し続ける。

 

 そしてそのまま前へ、メフィストフェレスの前へと飛び出す。その姿を見て笑う。

 

「どうよ―――俺には心強い味方が多いだろう?」

 

 一気に飛び込みながら接近した所で無数の氷柱が滑りながら突進して来る。同時にブリザードが更に分厚くなり、呼吸を困難にするように加速して来る。氷の粒がそのまま、凶器となって襲い掛かってくる。

 

『煩わしいッ!』

 

 ミララースの咆哮がエネルギーが吸収されながらも、逃げ場のない攻撃を停止させる。その瞬間に、飛び上がってメフィストフェレスの胸元まで接近した。

 

「閃ッ!」

 

 横一文字の斬撃を放ち、水晶を真っ二つに割りながら着地した。凄まじいエネルギーの奔流がメフィストフェレスから溢れ出し、しかしそれが素早く閉ざされて行く。そうなる前にミララースが接近をする為に踏み込み、

 

 エネルギーが奪われた。

 

 分子が運動を止め、運動の概念が完全停止した。

 

 そしてそれは、ミララースの時さえも遮断する。ミララースの空間だけが切り取られたように停止する中で、

 

小 賢 し い わ

 

 叫び声と共に停止した時間を粉砕し、その巨体でメフィストフェレスへと再接近した。氷の刃と剣とハンマーが一瞬でミララースの巨体を殴りつけ続けるも、それによるダメージを全て無視してメフィストフェレスへと接近し、

 

 放出されているエネルギーを引き抜く様に殴り壊した。

 

 水晶から蒼い色を失ったメフィストフェレスが悲鳴の様な声を響かせながら姿を消し去る。そして再び、待機する様にミララースの上へと素早く移動する。

 

 そのマグマの様な輝きをする肉体は、二度目のメフィストフェレスへの接近の影響か、少しだけ、くすみ始めている様にも見えた。その事に言及しようかと思い―――やめた。今更、お互い、命を懸ける覚悟出来ているのだし、大丈夫か否か、という事を語る程でもない。それよりも、

 

「予想外に攻撃がみみっちぃか? この程度ならまだ絶種と同程度にしか思えないが」

 

『まだ前哨戦だ。そろそろ本気で来るぞ』

 

 言葉と共に大気が本来の熱を取り戻し、それと入れ替わる様に空間が帯電し始めて行く。スパークが目撃出来、そして空間全体が電気を帯びて行くのが見えた。強い風が流れ始め、それがスパークと合わさって雷撃が溢れ出し始める。

 

 あ、これ無理だ。死ぬ。

 

 ()()()()()()()()()()だった。

 

『ふんっ!』

 

 電撃が空間全体を満たす前にミララースが翼を大きく広げて薙ぎ払いつつ、此方を上へと投げた。それによって決戦場を囲んでいた壁を一部吹き飛ばしつつ、外への道を生み出した。そして同時に、そこに自分を投げ入れた。逃げ場へと転がり込みながら、完全に雷で満たされた空間へと視線を向けた。

 

 決戦場は暴風と雷によって満たされていた。流石にどんな防具であっても絶対に耐えられないレベルのそれだ、剣を振るうなんて不可能な規模の領域。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 これは混ざれないな、と理解する。

 

連鎖する様に広がり、伝わる

 

伝えたいものほど伝わらず、誰もが目を曇らせる

 

風に乗り、伝播し、憎しみは途絶えない

 

 ミララースの体を雷が常に感電し続ける。暴風がそのまま斬撃となって常にミララースの体に衝突し続ける。その上で雷が槍となって何度も何度も衝突し、それが爆発を生み出しながら空間内のミララースを休むことなく襲い続けていた。その破壊力は一切衰える事もなく、加速する様に強化され続ける。

 

 だがその嵐の中をミララースは止まる事無く、おそらくは彼には見えているであろうメフィストフェレスへと向かって踏み込んだ。

 

『―――は』

 

 笑い声を軽く零し、

 

『は―――はっはっはっはっはっははは! 数千年の間で! 今! 最高の絶頂期にある! この俺を! その程度で! 止められると思うのか!』

 

 メフィストフェレスの妨害を知ったものか、とミララースが己の力を覚醒させた。常に発生し続けるエネルギー吸収、その速度を超える勢いで力を覚醒させ、くすみはじめていた肉体に再び鮮やかな破滅の色を宿した。そして同時に、超熱量による自分に襲い掛かる攻撃の数々を蒸発させながら、

 

 薙ぎ払う様に熱線を放った。

 

 暴風を貫通する熱線は反対側の壁を貫通し、融解する事無くそのまま完全消滅しながら反対側の大地を駆け抜け、その向こう側にある海さえも蒸発させて連続爆発をまき散らしながら、メフィストフェレスの方へと向かって捻じ曲げられた。僅かに曲がる様な動作を見せた熱線は全てを消滅させながらメフィストフェレスへと向かって行く。それが無限のエネルギー吸収によって威力を弱められ、消え去っていくも、

 

『舐めるな……!』

 

 吸収速度を超えるエネルギーを溜め込み、熱線の太さを街を一つ呑み込む規模にまで膨れ上がらせて、対抗した。

 

 究極的な脳筋的解決方法。

 

 エネルギーを吸収されるなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけの話だ。

 

 これがミララースのファイナルプラン。全てが失敗した場合の最終解決策。

 

 超越する能力を更に超越する暴力で上から殴り殺す。シンプルである故に解決策が存在しない、超脳筋的解決方法。それはその存在がミララースというこの世界に存在する古龍の中でも最強格だからこそ許される方法。能力だの相性だのを語るのは女々しいし煩わしい。

 

 真の覇者は単純な暴力によって全てを滅ぼす。それだけの暴力的な力がミララースには存在する。

 

 とはいえ、それがファイナルプランなのには無論、理由が存在する。

 

 火山内部を消し飛ばして風穴を開け、それを横へと薙ぎ払って舞台を広げながらメフィストフェレスを巻き込んだミララースは消耗し始める。当然ながら力は無尽蔵ではない。そしてエネルギー吸収という天敵とも呼べる存在を前には本気を出しても、相性の悪さから力を吸い取られ続け、やがて接戦というラインまで落とされる。

 

 同時に、不必要な無差別な破壊がその余波によって生み出され続ける。

 

 それを戦場の横から眺めた。

 

 ミララースは死んでも蘇る。それが古龍という存在であり、憤怒の化身であるこの龍には実質、死の概念が存在しない。とはいえ、それでもこの行いは苦行である事に違いはない。

 

 ほとんど、血を吐き出しながら戦う様な行いだ。このような戦いを続ければどれだけ弱るかもわからないし、或いはそれこそしばらくは復活出来ないほどに深く、死亡するかもしれない。

 

 血反吐を吐き出すような熱線を放ち、そして隕石を召喚し、それが豪雨の様に大地に叩きつけられ、連続で物理的な衝撃と爆裂を発生させながら吸収の速度を超えて、メフィストフェレスを打ち付ける。

 

 だがメフィストフェレスも最強格の古龍の一角。それに負ける事無く吠える。風に巻き上げられ、破壊された岩が持ち上げられ、熱され、叩かれ、そして金属として精錬されて行く。深く、大地に埋め込まれたかつての武器―――封龍剣や龍特攻の武器を眠っていた状態から引き起こし、エネルギーを注ぎ込む事でそれを超活性化させる。

 

 それが雷撃と豪風に乗ってミララースを切り裂く。

 

 メフィストフェレスとミララース、二大古龍の身を削る戦いの中、ミララースが超熱量を纏いながら吸収されるのを恐れずに踏み込み、

 

 ―――拳でメフィストフェレスを殴り飛ばした。

 

 空中、50メートル程高く殴り上げられた姿に追撃しようとするが、それよりも早くメフィストフェレスが翼を広げ、骨の様な翼の間に黄色と緑の翼膜を広げた。そこから一気に集約されたエネルギーが水晶から大いなる破局として放たれ、ミララースを頭上から穿つ。

 

 それに飲み込まれ、傷つきながらも上を向き、ミララースが熱線を吐き返した。

 

 憤怒の紅龍、龍の中の龍の一撃が破局を打ち破りながらメフィストフェレスを貫いた。

 

 空に集っていた雷雲を吹き飛ばしながらメフィストフェレスの肉体が四散する。

 

『ふんっ! この程度生ぬるい!』

 

 覇気と共に崩壊した決戦場の中に集っていた雷と風を消し飛ばしながら、傷だらけの姿をミララースは見せた。どの口でそんな事を言ってるんだか……と、苦笑しながら登っていた場所から降りて、決戦場へと降りる。

 

 そうやって戦場へと戻ってくるのと同時に、空が黒く覆われた。

 

 見上げれば、吹き飛ばされた雷雲に入れ変わる様に、分厚い暗雲―――雨雲が空を閉ざしていた。

 

 ぽつぽつ、水滴が空から落ち始め、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――それは酸性雨。

 

やがて全ては激情に流される

 

誰も失ったものを理解しない

 

誰もそれを気に留めない

 

命も、想いも、理想も、溶けて流され消え行く

 

 酸性の豪雨が降り注ぎ始める。文字通り、全てを融かす致死性の雨。素早くミララースへと身を寄せれば、ミララースが翼を広げて此方を守ってくれる。その下で豪雨を回避しながらも、破壊された決戦場に酸がどんどん、溢れて行くのが見える。このブーツであれば水の上に立てるのは事実だったが、

 

 これが津波として襲い掛かってきた場合を、想像したくない。

 

 そして同時に、メフィストフェレスの姿が見えない。

 

「どうすんだこれ」

 

『奴の気配がこの酸そのものと同化しているな』

 

 つまりこの酸性雨、それその物がメフィストフェレスである、という事だ。化身体に変化出来るのは知っているが、まさか自然現象にまで変身できるとは思いもしなかった。あぁ、いや、良く考えれば神や龍は自然の化身として姿を現すのが神話ではメジャーなのだ。

 

 そう思えば、一種の原点回帰なのかもしれない。

 

「蒸発できるか?」

 

『ここら一帯全てを吹き飛ばすつもりでやれば可能だな』

 

「つまりは無理、と」

 

 段々酸性雨が激しくなり始める。降り注ぐ雨は段々と強くなり、そこに風が混ざって横からも襲い掛かってくる。ミララースが熱で襲い掛かってくる酸性雨を蒸発させても、決戦場に降り注いだそれは徐々に水面を上昇させて行き、もう既に足場を完全に酸で満たしていた。既にその水深は10cmには届きそうになっていた。

 

 これ以上のんびりしている時間はない。恐らく後数分もあれば十数メートルの深さに達するだろう。

 

 だったら、と決意する。

 

「使い時だな―――!」

 

 アルマのお守りを懐から引き抜く。アルマの逆鱗が収められたそれを指で弾き、宙に舞わせる。

 

 そしてそれに向けて水晶剣の切っ先を向けた。

 

 逆鱗を先端で軽く貫きながら、

 

 逆鱗と水晶剣をそのまま酸の中に沈め、まだ届く決戦場の大地に突き刺した。

 

「お前を殺す為の武器だ、存分に味わい咲き誇れ……!」

 

 答えは全て、用意されている。

 

 積み重ねられた出会い、成長、喜び、想い。そこに全ての攻略法が残されている。

 

 逆鱗とは力の込められた一枚の鱗。極限まで性質を込められた力のある一枚。それを水晶剣の唯一の機能、睡蓮の華を咲き誇らせるという機能を使って、無尽蔵のメフィストフェレスのエネルギーを利用して咲きほこらせる。

 

 酸性の海の中から、黒い、睡蓮が咲き始める。

 

 黒い、毒の滴る睡蓮。

 

 ()()()()()だ。

 

 メフィストフェレスを殺す最強の武器にして最終の手段として生み出されたアルマ―――ドゥレムディラの壊毒。それが親の生み出した最後の作品、睡蓮の剣を通してリンクし、完成された睡蓮の姿を咲き誇らせる。

 

 メフィストフェレスを殺す為だけの花畑が酸を吸い上げながら決戦場に咲き乱れる。栄養、エネルギー、その全てはメフィストフェレスが化身と化した酸から吸い上げる。花開く壊毒の睡蓮はその力を吸い上げながら、メフィストフェレスの肉体、その機能を毒物として浸食し、そして再結合が不可能なように破壊して行く。

 

 免疫、治療、命、肉体、その全てを破壊して蹂躙し、完全に粉砕する地獄の毒、壊毒。

 

 メフィストフェレスを殺す為の華がその役割を今、ここに果たした。

 

 壊毒の花畑が酸を吸い上げた決戦場の大地に広がり、そしてそれでも尽きないエネルギーが壊毒の華を決戦場を超えて火山全体に咲き誇らせ始める。毒々しい紫色の花がメフィストフェレスを殺す為だけに咲き誇って、紫色の燐光を散らしながら空間を支配する。それがメフィストフェレスの力を蝕んで破壊した。

 

 雨雲が壊毒に融けた。

 

 酸が睡蓮に吸い上げられた。

 

 酸性雨として化身していた姿が解除され、絶叫の咆哮と共に花びらを舞い上げながら、その中で、

 

 ―――その胸の水晶が、最後の色を刻んだ。

 

 メフィストフェレスの全身から莫大なエネルギーの波動が溢れ出す。それ自体が濃密な、物理的な障壁となってメフィストフェレスを覆った。その気配に押され、片腕で顔元をかばう様に構えながらミララースと並んで、メフィストフェレスの声を聴いた。

 

そして全ては無に帰った

 

希望、絶望、愛、憎しみ、怒り

 

全ては一時の狂気でしかなかった

 

だが知るが良い

 

全てはそこで終わらない

 

次の命へと繋がり続ける限り終わりはない

 

死 と 破 壊 の 物 語 は

 

 悲しい程の慟哭だった。成程、確かに呪いから生まれたのだろう、と理解させられる魂の叫びだった。そして同時に、これが本当にメフィストフェレスであれば、こんな事を言わなかっただろうと確信できる言葉だった。語られる怨念の物語にはもはや、あの疲れていたけどどこか、嬉しそうだった龍の青年の気配が欠片も存在しなかった。

 

 そこにはもう、呪いしか残されていなかった。

 

 メフィストフェレスという悪魔の躯を、呪いが被って動かし続けていたのだ。

 

 花びらが舞う中、それを確信し、そして最後の命を終わらせるために左手で古龍道具、幻影玉を取り出し、ベルトに装着されている水銀の鎖に軽く触れ、右手で剣を構え直した。お互いに、構えど、それでも動き出さない。メフィストフェレスは力を高め、そしてミララースはそれを見極め、此方は刹那の勝機を掴むために構えた。

 

 次だ。

 

()()()()()()()()()()()()()だろう』

 

 ミララースの言葉が聞こえる。

 

『俺はそれを全力で迎撃する。お前はそれを潜り抜けて、奴の元へとたどり着け』

 

 コクリ、と頷く。次の攻防が恐らく最後になる予感が伝わりながらも、背筋をかつてないレベルの悪寒が走っている。残されたのは古龍二体分のアイテムだ。これを活用して、あの水晶を砕き、そして殺しきる。既に四度、エネルギーを吐き出させながら消滅させて、殺している。

 

 その度に使用する属性が変化し、新たな属性を使っている。

 

 それは恐らく、もはやその属性を扱うエネルギーを保有していないからなのだろう。

 

 そして全てを吐き出した所で残されるのは純粋な龍属性。全ての龍が最初から保有するエネルギー、自分自身の生命力。

 

 それだけが今、メフィストフェレスに残されている。そしてそれが一番でたらめな力なのは、古龍という種族を知っていれば解る。一番油断できず、そして一番恐ろしい攻撃が来る。

 

 悪魔。

 

 その名に相応しい災厄がやってくる。

 

『壊毒は?』

 

「刃にたっぷり残ってる」

 

 アルマの逆鱗を貫いた切っ先から刀身は壊毒を吸い上げたような紫色に染まっていた。おそらくは一時的にその性質をセーブしているのだろう。こいつで斬れば恐らく、壊毒を直接体内にぶち込んで殺す事が出来るだろう。

 

 今度こそ、あの水晶を完全破壊し、メフィストフェレスを終わらせられる。もはや、それだけがあの憐れな龍に残された慈悲だろう。

 

「―――」

 

 言葉を殺し、精神統一を終わらせ、最後の戦いの為に力を練り上げる。静かに、音もなく、最後の瞬間を目指して自分の中にあるすべての才能と精神力と、そしてそれらを全て剣に込めて、振るう準備を完了させる。

 

 そのまま数秒間、停止する。

 

 更に数秒間が経過し、

 

 ―――風の流れが変わった。

 

 直感した瞬間、飛び出した。それと同時に空が輝いた。

 

 宇宙より大地を滅ぼす災厄が雨となって降り注いでくる。巨大な隕石が一つや二つではない、十数を超える数で一気に降り注ぎ、逃げ場を殺す様に全てを滅ぼしにかかってくる。それと同時に時間が逆行を開始した。かつて存在した極上の悪意を過去の残像から呼び出して再現する。絶種の雄叫びが過去から鳴り響きその災厄が再びここに再現される。災厄を見据える龍の瞳が終焉を見た。

 

 時の咆哮、不可知の斬咆哮、龍殺しの撃龍槍、無数の隕石、そしてそれを回避できないという運命が一瞬で確定された。吹き荒れる龍風圧が全ての行動を抑制し、封じ込めてくる。呪われた古龍の存在が幸運という可能性すら踏みにじって概念的な逃げ場を封じる。

 

 物理的に、精神的に、そして概念的に。

 

 三方向から逃げ場を封じ、確殺の陣を敷いて来た。踏み込みすら出来ない。体が動き出せないのを、

 

『おぉ、おぉ―――ォォ!』

 

 ミララースが古龍の力で粉砕しながら動き出した。あらゆる締め付けをその咆哮と気配で粉砕し、同時に天へと向けて首を持ち上げ―――ブレスを放った。

 

 空から降り注ぐ巨大隕石群を薙ぎ払う様に吹き飛ばしながら、成層圏を突き抜けて月にさえ届きそうな程の熱線を繰り出して粉砕し、空からの災厄を粉砕した。

 

『行け……! そして終わった後で俺に飯を作れ!』

 

「疲れてなかったらな!」

 

 宇宙にさえ届く光を見ながら、踏み込んだ前へと向かって、終わりへと向かって。龍風圧を切り裂き、絶望と災厄の運命を見えずとも、踏破する。片手で剣を握り、もう片手で幻影玉を握り砕いた。

 

 それが砕け散るのと同時に、姿がかすれて消える。

 

 そして同時に、体を撃龍槍が触れる事無く擦り抜けて背後へと抜けた。そのぞっとするような性能の高さに、本体同様性能まで恥知らずだなぁ! と心の中で評価する。ただのドM玉じゃなかったわ。

 

 半分笑いながら空いた手で絶種銃を取り出す。

 

 歯には歯を、目には目を。

 

 二連射、引き金を引いた。

 

 時の咆哮と時の咆哮が、不可知の風爆と風爆が衝突し、互いに食らい合いながら道を作る。そして出来た道をミララースが切り開く様に大地を薙ぎ払って安定させた。二連続の射撃で外れた肩を痛みを堪えて戻しつつ、銃口が破裂してもう二度と使い物にならなくなったそれを捨てた。

 

 一直線、メフィストフェレスまでの道は出来ていた。

 

 崩れた決戦場に睡蓮が溢れ、そしてメフィストフェレスまでの道が舗装されていた。

 

 思えば、ずっと自分の戦いとはこういうものだったと思った。

 

 誰かに、何かに頼って、そして掴み取った何かを消費しながら戦い続ける様な旅路だと思った。メフィストフェレスへと最終的に繋がる未知は、大量の犠牲と、そしてそれまでの積み重ねによるものだった。

 

 食べ物を間違えて苦しんだことも、物を作り上げた事も、初めて殺した時に抱いた感情も、敬意も、その後で覚えた殺意も、出会いも、死骸から作った装備も、その後で感じた苦しみも、別れも、

 

 何もかも、無駄じゃなかった。

 

 今、この瞬間、古龍達の力で最後の道を切り開いたように、ここに至るまでの道もまた、それまでの積み重ねによって切り開いて来たものだった。

 

『―――』

 

 紫色に水晶を輝かせるメフィストフェレスが接近を感知し、逃げる様に飛び上がった。だがそれに追いつく様にベルトの鎖を引き抜きながら伸ばした。ハルドメルグの水銀で作られたそれは自在に姿を変えて伸び、飛び立とうとするメフィストフェレスの足に絡みついた。そして手首につなげた状態で、

 

 メフィストフェレスが飛び上がった。

 

 水銀によって繋がった体を引き上げる様に。

 

 そして一気に伸縮する水銀が体を飛び上がったメフィストフェレスの下にまで引き寄せ、

 

 水銀が外れて落ちるのと同時に、メフィストフェレスの足を掴んだ。

 

 一気に決戦場の上空に飛び上がり、そのまま雲の高さにまで飛び上がった。引きはがす様に飛翔を開始するメフィストフェレスは空中で体を捻り、回転し、加速する様に体を動かしながら勢いを乗せ、引きはがそうとして来る。

 

 そこに自傷に繋がる光景が来ないのは、恐らくそこから復帰できるだけの力が残されていないのかもしれない。

 

 だからここを乗り越えれば、終わりだ。

 

 ゴーグルの下に保護されている瞳で足を掴んだまま、メフィストフェレスを見上げ、

 

「終わりに、しよう……!」

 

 剣を、足に突き刺した。

 

 空にメフィストフェレスの悲鳴が広がり、龍エネルギーが空中に帯電する様に放たれた。黒い雷の様なエネルギーが空間を震わせ、痺れさせ、そして体内を突き抜けるような感覚に吐きそうになる。

 

 だがその刺突で、メフィストフェレスの抵抗が弱まった。体を支え直しながら剣を引き抜き、足から付け根まで体を引き上げながら、

 

 もう一度、剣を突き刺した。

 

 二度目、龍属性のエネルギーが解放される様にその体から溢れ出し、全身を焼いた。だが守護衣がダメージを可能な限り排除するために、全力を尽くしている。おかげで体が痺れる事はあっても、そこから感覚が喪失する事はない。悲鳴を上げて体を更に乱暴に振るうメフィストフェレスに、足から腹へと体を移動し、

 

 三度目、突き刺した。

 

 龍属性のエネルギーが腹の傷から溢れ出し、手を貫通しながら焼いて行く。それに気にする事無く引き剥がされそうな体を必死に抑え込んで、メフィストフェレスを掴む指さしが甲殻の隙間に食い込む様に固定しつつ、

 

 胸元の水晶に到達する。

 

「っ―――!」

 

 水晶に、剣を突き刺した。かつてない絶叫と共に抵抗を感じた。メフィストフェレスの生命力が胸元から命と共に放出されて行くのを感じる。だが抵抗している。故に剣を引き抜き、体をエネルギーに焼かれつつ、

 

 もう一度、水晶に突き刺した。それを開く様に逆手で握りながらぐりぐりと傷口を抉り、エネルギーが拡散しやすい様に広げて行く。その対価に体が焼かれて行くが、終わったらアイルーか古龍秘伝の薬で全部治るのを信じよう。

 

 信じよう。

 

 だから三度目、胸に突き刺した。

 

 四度目、胸に突き刺した。

 

 五度目、突き刺した握力が解けていくのを感じた。

 

 だから六度目、柄に噛みついて突き刺して、落下した。落ちる前に体を捻って、更に奥深く、剣を蹴り込む事を忘れない。逆さまに落下し始める姿のまま、空で動きを止めたメフィストフェレスの姿を見た。

 

 その姿は落下する事無く、翼を羽ばたかせる事もなく、動きを停止させていた。

 

 壊毒が回る様にその体は徐々に、色素を失って行く様に変色して行く。そしてやがて、その体の末端から塵になって崩れて行く。色素を失い、崩壊して行くように広い空の中、

 

 楽園の空にその灰を降り注がせるように、故郷の風になる様に、散って行く。その瞳から全ての憎悪と怒りと呪いが消えて行き、そして瞳に理性的な色が戻って行く。

 

 落下しながら、それを見た。

 

『―――』

 

 音にならない、言葉にならない声を聴いた。それに小さく笑い声を零し、聞こえて来る羽ばたきに目を閉じた。

 

「あぁ……お休み、メフィストフェレス。悪夢は終わりだな……お互いに……」

 

 激痛と、重度の疲労から解放される為に意識を閉ざす。

 

 きっと、起きたらちょっと心配されるだろうが、そのまま、アルマのご飯を食べようと。まだ練習し始めたばかりで、実はちょっとコメントに困る味なのだ。なんというか、余りにも普通過ぎる。美味しい訳でも不味い訳でもない。本当に、特に特徴のない、普通な味なのだ。

 

 だけどその普通こそが幸いなのだと思っている。

 

 特別である必要はない。

 

 そうでなくても、幸せなんてそこら辺にあるのだから。

 

 だから、これで特別な事は終わりだ。目覚めたら普通の飯を食って笑う。

 

 そんな日常が待っているのだと信じて意識を完全に閉ざした。




 こうして楽園は終わりを告げた。

 悪魔と異邦人の物語は閉じた。

 次回、エピローグ。


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8年目 メゼポルタ そこにある日常

 ―――扉を開けた。

 

 それと共に外から日光が注ぎ込んでくる。それを全身で浴びる様に体を大きく伸ばしながら感じ取り、視線を空へと向けた。其方へと視線を向ければ、旋回する様に空を飛ぶホルクの姿が見える。此方が準備オーケイである事を確認すると足で掴んでいた荷物を手放し、それを落としてくる。落ちて来たそれを受け取りながら、裏手へと回って行く姿を見た。

 

「んー……やっぱり繁殖期だから護衛が多めだな。となると弁当販売をぼちぼち始めるか」

 

 ホルクが落としていった荷物―――つまりはギルドのハンター向け、最新の依頼書を確認した。それを店内へと持って行こうとすると、此方へと向かって走ってくる姿が見えた。ウリ坊と、その背中に乗っている子レウスの姿だった。その後ろのカートには新鮮な野菜等が乗っているのが見える。

 

 どうやら朝のお使いを終わらせてきてくれたらしい。近寄って来たところを二人とも抱いて、軽く頭を撫でてから後ろへと回る様に指示を出し、扉をくぐって中へと戻って行く。店内の清掃は既に進んでおり、テーブルの上に片付けられていた椅子は下ろされ、モップ掛けもほとんど終わっている。バケツを横に、片手にモップを持ったラズロが額の汗をぬぐっていた。

 

「お、新しい依頼のリストが到着したニャ?」

 

「おう。つってもウチは等級低い依頼しか置けないけどな。それでも護衛系が多めだな」

 

「繁殖期だからニャァ……。この季節はランポス達が縄張りを無視して範囲を拡大するニャ。だから街道のキャラバン護衛とかも割と増える依頼だニャ」

 

「ランポス……お前……絶滅してないのか……」

 

 その言葉にラズロが溜息を吐き、小さく笑いながらモップを動かして言葉を続ける。

 

「相棒、あそこが常識だと思うニャよ」

 

「冗談に決まってんだろ。ラカン辺りがランポス肉の味に目覚めたら話は別だけど」

 

「ありうる」

 

 メゼポルタに舞い降りた赤い衣のカリスマ吟遊詩人の姿を二人で思い出し、頭の中からその存在を追い出す。アイツ、唐突に本場の蕎麦が食べたいとか言って数日前にシキの国へと旅立ってしまった。本格的にグルメになってしまったのは、どこか、自分の影響もあるなぁ、と思いながらギルドからホルクに運んで来て貰った依頼書を店内の掲示板に一つ一つ、画鋲で張り付けていく。

 

 その数はそんな多くはない。全部で10程度だ。そしてこれが今週のノルマになる。問題はキャラバンの護衛依頼は最低で数日の拘束期間が発生するから、同じハンターに連続で仕事を取らせる事が出来ないという事実。もう少し、ここで依頼を受けてくれる専業ハンターを探した方がいいのかもしれないなぁと思いつつも、あまり店の雰囲気を壊したくない為、まだまだ、ハンターは増やせないでいた。

 

 依頼を掲示板に張り付け、それを纏めたリストをカウンターの向こう側に仕舞っておく。

 

 窓を大きく開けて、新鮮な朝の空気を取り入れて行く。徐々に活性化していくメゼポルタの姿が見える。ハンターたちの朝は早いようで……微妙だ。仕事熱心な新人は一番いい依頼を探すために朝早くから酒場から酒場へと回り、少しでも割合の良い仕事を探して回っている為、この時間から広場を駆け巡っているのが見える。

 

 逆にベテランはある程度、依頼のキープが出来る為、出勤は遅い。

 

 覚醒しつつあるハンターの都メゼポルタ。

 

 ―――ここに来てからもう、二年になる。

 

 

 

 

 メフィストフェレスの死によって、楽園の箱庭における全ての戦いは終わった。残されたのは花畑のフォロクルルにエルペ等の拠点で育てていた家畜ばかりで、それ以外の野生生物は絶滅してしまった。もはや楽園に残る様な理由は一切なかった。

 

 となると、ついに楽園を出る時が来た。

 

 空路を封鎖していたシャンティエンは地上に降りた。そしてラヴィエンテも古龍が睨めば道を開けてくれる。楽園からの脱出は後は、船を建造すればそれで解決するだけの問題だった。そうしなくても古龍に乗って移動すれば、海の一つや二つ、簡単に飛び越える事だってできる。

 

 それにハンターズギルドへと戻った時の土産の準備にも余念がなかった。なんだかんだで未知の鉱石や技術、そして大量の古の時代の記録がここには残されている。少なくとも本土では龍と人間が一緒に生活していた、何て記録は残されていないらしい。それ故にそういう文化があった、というのが特に龍暦院からのラブコールが凄まじく、大金になるという話だった。此方が狩猟に出たり修行している間、考古学アイルーチームが調べたり発掘したり纏めたり、と金にする為の準備を密かに進めていたらしい。

 

 そうやって楽園を去る準備が整って行く中で、ミラバルカンが口を開いた。

 

「どうせなら派手に帰還せんか?」

 

「それニャ」

 

 馬鹿と馬鹿が種族を超えて理解し合ってしまった瞬間だった。折角ここまで派手に暴れたのに、なのに帰りが普通なんてのは余りにもつまらない、と主張する一部の古龍とアイルーの会話の結果、

 

 ラヴィエンテに乗ってタンジア港へと乗り込む形で帰ろうという結論が下された。

 

 そこから始まる龍とラヴィエンテの交渉。昼寝しながらずっと見過ごしてたんだから少しは働けよ、とガンを飛ばす古龍の言葉に渋々とラヴィエンテが従い、そしてラヴィエンテが牽引できるような船をアイルー達がせっせと建造する。そこに楽園大陸の宝を積み込んで行き、航海用の食料やらなにやらを全部ぶち込んで、

 

 楽園を一緒に去りたいという家畜と家族を連れて、楽園を去った。

 

 ラヴィエンテに引っ張られて。

 

 数日後、ラヴィエンテとかいう常識を乗り越えたどころか母の胎に常識を忘れてしまったスーパーエンジンを搭載した船は見事タンジア港に到着した。そしてダブルラヴィエンテ襲来という意味不明なイベントにタンジアの住民全員を恐怖に叩き込み、G級ハンターを出動させる大事態に発展させ、そして何事もなくラヴィエンテ達は帰って行った。

 

 当然、その後で問答無用でギルドに捕縛された記憶はまだ、新しい。

 

 まぁ、その後でアイルー達生きていたのか! とか、何故ラヴィエンテ!? とか色々と拘束されて質問されたりもした。だが驚くほどにホワイトというか、クリーンな組織だったらしく、暴力を振るわれる様な事や尋問、拷問される様な事は一切なかった。寧ろアイルー達の奇行に巻き込まれて大変じゃなかった? 美味しいもの食べる? とかと心配されるぐらいだった。

 

 違う意味で連中は前科者だった。

 

 まぁ、楽園に関する物語はここで終わりを迎える。

 

 ここからはその後の話になる。

 

 そうやって何とか本土に戻った所で、アイルー達がせっせと集めた情報、持ち帰った素材等をギルドに提供する事で莫大な金利を得る事に成功した。活動収縮に伴い、金銭だけは使いどころがなくて余っていた、というのもギルドの羽振りの良い所の理由の一つだったらしい。それを受け取ったアイルー達はその一部を此方へと渡してくれて、それで生活のあれこれの手伝いをしてくれた。

 

 どこの土地を購入するのがいいとか、大工は俺がやるとか、素材を購入するならここがいい、とか。

 

 そうやってあーだこーだやっている内に、いつの間にかハンター達の最重要拠点、世界中のハンターが集まる最大規模のハンター用区画、つまりは超一等地に私有地をこさえる事に成功したのだ。

 

 そこに住む為の家と一体化した店を持つことに成功し、ラズロが従業員として残ると言って、他のアイルー達はそれぞれの生活へと戻って行った。

 

 ウリ坊、ホルク、子レウスの扱いは少々荒れるかと思ったが、モンスターを飼う文化はどうやら少数だがライダーも存在するらしく、そこまで困惑するような事ではなかった。まぁ、それが原因でまた龍暦院からのラブコールが凄い事になるのはまた別の話になる。

 

 そんな訳で、幸せな生活を築く程度の資産と居場所をこの異世界に手にする事に出来た。とはいえ、これで飯屋を経営出来るという訳ではない。資格は必要ないが、現代風の料理を再現しようとすると材料やら器具やらが足りなく、また知識も足りなくなってくる。時折、赤い服装の男が別に伝授してしまっても構わんのだろう? とか言いながら厨房にやってくるおかげで勉強させて貰いつつ、工房の親方に頼んで料理用の器具を作って貰い、別の赤い男にストロベリーサンデーを出してみたりもした。

 

 そんなこんなで、

 

 最初に確保した資産はあっけなく底をついた。

 

 借金生活、開始だった。

 

 お金には気を付けていたが、それでも素材や器具の事を考え、クオリティベースで飯を作ろうとすれば、必然的にお金はかかる。工房での器具や道具の発注もハンターじゃないと割引がかからない。そして新しいお店に客は中々来ない。特に、それが異世界人による経営されている飲食店で、特にハンターに対してバフの様な効果を発揮しないと解ると人が来ない。

 

 その為、面白い様に資産を溶かして、借金生活に突入した。

 

 とはいえ、そこはそこ、救済手段がアイルー達から蹴りと共に送られてきた。

 

 ハンターズギルドの組織加盟店として登録する事だった。ハンターに対して食事を割り引き、ギルドの下請けとして依頼を斡旋し、一部業務を負担する。

 

 そう―――つまりは酒場の役割を果たせば返済を手伝ってやる、という話だった。

 

 

 

 

「ふぅ、世の中ままならんものだわ」

 

「相棒の金遣いの荒さが悪いニャ」

 

「いや、だって珈琲豆が手に入るってなら投資するっしょ……!」

 

 輸入もタダじゃないんだよなぁ、とぼやきながら店の最後の準備を整えて、外にある看板をひっくり返して現地で開店の文字を見せた。看板は工房長猫に頼んで作って貰ったもので、黒い睡蓮が描かれているものだ。ウチの、ちょっとした自慢の看板だった。くすんでいないのを確認してから軽く背筋を伸ばし、活気づくメゼポルタを眺めた。

 

「……うっし、借金返済目指して今日も頑張りますか」

 

 ぼやきながら店内へと戻って行く。まだ、何時もの常連客がやってくるまでは時間がある。それまでは開店準備を終わらせたので、朝食の時間だった。店内に戻れば、カウンターの向こう側に白いブラウスに紺色のスカート、というシンプルな恰好のアルマがカウンターの向こう側に居るのが見える。服装にはそこまで凝ってはいない。それに反して店内は落ち着いた雰囲気を見せるために少し暗い色をメインに採用しており、落ち着いて食べられる飯屋という形になっている。

 

 そこにシンプルながら、美貌を見せるアルマの姿はマッチしている。

 

 我が嫁は、飾らなくても美しく、可愛く、そして素敵なのだ。寧ろ、余計な装飾は邪魔でしかない。

 

「朝ご飯を作ったぞ。今日のは中々の自信作だ」

 

「ほほう? じゃあ堪能させて貰おうか。俺の採点は厳しいぞぉ」

 

「ふん、嫁だからと採点基準を甘くされても困る。龍の力を見せてやろう」

 

 料理にドラゴンパワー関係あったっけ? と思いながらもカウンターを超えて、自分用の椅子に座ってからカウンターに並べられた料理を見る。出ているものはシンプルで、スクランブルエッグにトーストとサラダに自家製ドレッシングをかけたものと、ベーコンにスープだった。

 

 それを少しずつ取って口の中に放り込んで行き、そして味わってチェックして行く。

 

 食べている間、直ぐ横で此方を覗き込んでくるアルマの様子を見て可愛いなぁ、と思いつつ、朝食のコメントをする。

 

「ふつー」

 

「普通」

 

「……どれどれニャ」

 

 ラズロが確認したいと言ってくるので、朝食の一部をラズロへと食わせてみる。それをゆっくりと舌の上で転がす様にしてから食べて、飲み込み、ラズロが腕を組む。アルマの視線を受け止め、頷いた。

 

「ふつーだニャ」

 

「普通……二年間頑張って来たのに普通……」

 

 ショックを受けたようにカウンターに突っ伏すアルマの姿を見て、苦笑する。楽園を出てからこの二年間、メインで厨房に立つ事はなくても、ずっと料理の手伝いと勉強はしてきたのだ。

 

 彼女の作る料理は、特別美味しい訳でも、特別不味い訳でもない。その間、普通。いや、この二年間で少し成長しているから普通に美味しい、と言えるレベルだ。だがそれでも手放しに美味しいと呼べる訳じゃない。

 

 本当に、どこにでもある様な普通の味だ。二年前からもそう評価されているだけに、成長を感じられずにアルマが項垂れていた。

 

 その姿を見て、小さく声を零す。

 

「まぁ、俺はこの味が好きだけどね」

 

 そう言いながら朝食を食べて行く。

 

 俺はこの、どこにでもある様なアルマの料理が好きだった。特別美味しい訳でもなく、不味い訳でもない、どこにでもある様な味付けの料理だ。口の中に入れてそれが特別記憶に残る訳でもない。

 

 だけどこの普通さが自分は好きだった。愛していると言っても良い。このどこにでもある様な味が自分はたまらなく好きだった。特別である、という事に一種のアレルギーを見せているのかもしれないが、

 

 このどうしようもない、普通の味の料理からは、()()の気配がするのだ。

 

 毎日食べる為の普通の料理。その存在がたまらなく愛おしいのだ。だから俺はこの味が好きだった。客商売をしないのであればこのままでいいんじゃないかなぁ、と思う程度には。ただ、まぁ、客商売をしているのだし、良くあるハンター向けの力を与える飯を作っている訳でもなく、大量に安く喰える食堂でもない。

 

 異世界の……地球の料理をクオリティを高く、一回の食事で満足を得る事を目的とした、美味しい料理を食べるお店を目指しているのだ。まぁ、おもっくそ主流から外れたタイプの飲食店である事は自覚しているが、そういうのを目指しているのだ。腕前は上達して貰わないと困る。

 

 まぁ、時間はある。

 

「お互い、離れる事もねぇんだ。ゆっくり上達すればいいさ」

 

「グラド……」

 

「まぁ、その前に借金返済しなきゃ場所が消えるけどニャ」

 

 ラズロの鋭い言葉に胸を抑える。いや、まぁ、そうなんだけどさぁ! と心の中で叫びつつ、平和な朝に小さく息を吐く。

 

 何時も通りの朝、何時も通りの時間。

 

 そこには生きるために力を磨く必要も、殺す為に覚悟を固める必要もない、普通の生活の中だった。借金だってあるし、完全な自由という訳でもなかった。だけどアルマを見れば、彼女も視線を返してくれる。そうやって視線を合わせれば、なんとなく幸せで、なんとなく、面白くて、小さく笑い声がこみあげてしまう。

 

 それで自分は今、漸く安らげる場所を得たんだ、というのを理解させられる。

 

 そうやって落ち着き、完全に自覚するまで七、八年もかかってしまった。

 

 だけどもう、生きるために戦う必要はない。殺す為に剣を抜いて戦う必要はこの生活にはどこにもなかった。飯を作って、どうやって客を呼び込むかを一緒に考えて、レシピを確認し、増やし、偶にやってくる困った異世界のお客さんの要望に応えたメニューを出したりして、

 

 そんな、何でもない日常を生きている。

 

 勇者でも英雄でもないし、何らかの使命がある訳でもない。世界を救う訳じゃないし、これから世界を救いに行くわけでもない。

 

 それでも、これが俺の物語の、人生のエンディングに突入したのだと思っている。だって、こんなにも幸せなのだから。これ以上、事件や何やらが続く必要は無いと思う。

 

 ゆっくり、何でもない日常を彼女とこのまま過ごしたい―――許される最期の瞬間まで。

 

「―――店長! 助けて店長―――!」

 

 客が来るまで、安らかな朝を過ごしていようかと思えば、それを台無しにする少年の声が朝の空気に響いた。心安らかだった時を邪魔され、少しだけイラっと来るが、仕方がないか、と笑みを零し、視線を店の入り口へと向ける。

 

 そこから、まだ十五にも満たない少年の姿が店内に飛び込んできた。訓練場で貸し出しているビギナー用防具セットを最低限だけ装備した少年は腰に片手剣をぶら下げており、腰の裏に盾を背負っている。

 

 つまりは、ハンター訓練所に通い、そして学んでいる見習いハンターになる。

 

 少年はカウンターまでやってくると、両手をカウンターに叩きつけて来る。

 

「店長! 助けて店長! マジやばいんだって今度は!」

 

「あー、はいはい」

 

 ……とはいえ、厄介ごとは何時もどこからやってくる。どれだけ平穏を望んだ所で、人生にイベントは欠かさない。それでも、そういう理不尽をひっくるめてもまた、生きる事の一部だと思っている。

 

「帰って来たぞグラジオラス! 俺の為に宴を開け!」

 

「店長! ランポス狩猟しなきゃいけないんですよ!? いきなりランポスですよ!」

 

「おーい、もう開いてるか? この前食べたストロベリーサンデーというのが食べたいんだが……」

 

「なんだ、朝から騒がしいな」

 

 一人が店にやって来れば、二人目がやってくる。穏やかだったはずの朝がいきなり崩壊するも、そうやって乱される時間を悪くは思えなかった。ただ、こんなバカな勢いの日常がこれからも続く事を祈り、アルマと視線を合わせ、視線を店の客へと向けた。

 

「―――いらっしゃい。まずは飯を頼め。話はそれからだ」

 

 今日もまた、少し騒がしいけど何でもない日常が始まる―――この異世界で。




 日常と書いて幸いと読む。

 グラジオラスが求める幸福は何でもない日常の中にある。だから特別を求める様な事はしないし、特に上昇志向を持つ事もない。家族と、そして店と、その日常さえあれば彼は何時だって幸せでいられる。

 グラジオラスの異世界における、壮絶な物語はこれにより閉じた。

 是にて、物語を完結。次回、あとがき。

 質問があれば大きなものは纏めてあとがきで答える予定なので感想にでもどうぞ。


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あとがき

 2か月の間、お疲れ様でした。

 

 まぁ、途中で疲れたので休憩入れたけどそれまで一カ月の間エロが実質1回しかなかったのに良くもまぁ、週間日間月間四半期のトップ独占出来たよね、ってたまげたわ。これもエロではなくシナリオメインのお話の需要かなぁ、と思いつつえぇ、楽しかったですよそりゃあ。楽しくない訳でないでしょう。

 

 という訳でどうも、てんぞーです。

 

 あとがきの時間です。これを書いている時、隣の部屋のインド人が旧支配者のキャロルを歌ってるのが印象的でした。お前どうした。そういえば偶に爆音で旧支配者のキャロルかけてたなお前。

 

 忘れよう。

 

 という訳でモンサバ完結ですよ……?

 

 2か月続いたこの作品は元々MHW、つまりはモンスターハンターワールドのリアル化されたシステムを目撃した所で、『あ、これ小説に取り入れたら面白いだろうなぁ……』と思った事が発端でした。

 

 というか大体執筆する為のネタを探している中でMHWのブームが大体来ていたころなので、汚くも『この需要に乗って執筆すればウケるな? 良し、やろう』という判断から生まれたのがモンサバでした。読者を増やし、調教するのであれば常に()()()()()()をチェックしないとならないのだ。

 

 まぁ、つまり自分の書きたいものだけじゃなくて周りの需要を見て読みたいものをある程度意識して書く事、が重要なのかと。

 

 まぁ、MHWというブームもあってモンハンブーム、こりゃあ面白い物を書ければ読者が釣れる、と確信したのでその『面白い』を考える事にした。

 

 何をすれば面白くなるのか?

 

 どうすれば読者は読みたくなる?

 

 俺が思う面白い。読者が思う面白い。その二つをマッチングさせる方法は?

 

 冒険! 名誉! 勝利! 爽快感! 暴力! SEX!

 

 まぁ、大体こんなもんじゃろ、と思いながらMHWの新要素を確認しつつ考えたところ、なんかMHWには環境生物なる探索要素があるのではないか。しかも受付ジョーとかいう野生化する人物まで居るではないか。野生化するヒューマン……。

 

 そうだ、サバイバルしよう。

 

 そういう訳でモンサバの原型は生まれましたよ。えぇ、たぶん。後はそこに自分の好みの要素を加えて行きながらツイッターを通した宣伝っすな。

 

 ぶっちゃけ、完全に秘匿するよりはある程度ツイッターで情報をチラ見させた方が読者の気を引けるし、そうじゃなくてもつながりのある人であればそれを通して話題に出したり、頭の片隅に残して興味をもったりするので。所謂CM効果って奴っすな。ちょっと先行公開しておくことでその続きを期待させるやり方です。

 

 実際、プロットの一部を公開してチラ見せするやり方は『ほほう、そういう事をやるんだ』、とか『この先アレが出てくるのは解るけどどういう風に?』、とかちょくちょく興味を引く手段になるんですよねー。まぁ、やり過ぎるとただのネタバレになるので、やるなら表層的な情報だけに留めろって話になるんですけど。

 

 そういう訳で完成した大体の方向性の一本のテーマを決める事に。

 

 何を伝えるのか、何をするのか、何を見せたいのか。何かストレートに伝える事の出来るテーマをベースに話を構築したいなぁ、と考えて、そして決めた事が、

 

 特別への否定。アンチチート。アンチ転生。最強の否定。

 

 いっそのこと1回、全て終わったら力をポイ捨てして日常で暮らせるような、そういう主人公を作ろうと決めた。よく見る話は強くなって、栄誉を得て、有名になって、それによって立場を縛られ、やる事が増えて、そして更に試練が降りかかる事ばかり。強くなればなるほど困難と向き合って不幸ばかり、

 

 まるで幸せには遠い。

 

 じゃあ、特別である事を全部否定すればいいんじゃね?

 

 俺達基準の普通にまで落ちれば、特に大きなイベントもなしに毎日が普通だろう? 普通である事が幸せなら、俺達レベルまで全部捨てる事の出来る主人公を描こう。どれだけ強くなっても傲慢にならない。得たものを捨てて日常を選べるキャラクターにしよう。

 

 弱い、という事実を認めて助けを求められる奴にしよう。

 

 そこから生まれたのがグラジオラスという主人公になりました。え!? 一般人!? と言いたくなるようなスペックだけど、実際、人間の限界というものはまだ観測されてないし……あとそう、

 

 マジでご都合完全ゼロだと物語にさえならないので。

 

 一般人じゃねぇじゃん……と突っ込むようならもう、SS読むのにはあまりにも向いてないとしか言いようがないかなぁ、と。

 

 苦しみ、適応し、強くなり、成長し、そして男は問われる。

 

 幸せとはなんだ? 強くなる事か? 女を多く抱く事か? 栄誉を集う事か? 地位を得る事か? 或いは誰かに認められる事なのか?

 

 違う、そうじゃないだろう。

 

 毎日が必死で、そして苦しい中で、美味しい物を食べてお腹が膨れるだけで幸せを感じられる。どこにでも幸せは存在しているのだ。その存在を生存競争の中に身を投げたからこそグラジオラスは感じられた。

 

 そして狂竜症に蝕まれ、命の先がないからこそ、必要以上を求めない。

 

 あの狂竜症の時、実の所グラジオラスは既にある程度、最終的な生存を諦めていたので、一種の悟りにあった、という訳になります。

 

 どれだけ強く求めようとも、最終的に命は終わる。死ぬ事で物語は完結する。その前にはどれだけ、物質的に満たされていても意味はない。だとしたら自分が得られる小さな幸福を最大限に噛みしめる事こそが一番の幸せなのではないか?

 

 アイルー達の渾身の料理を食べた時の幸せと、人生で一度しか行けない超高級店で食べた時の幸せと、そこに違いはあるのか?

 

 幸せは幸せだろう。()()()()()()()()()()()()()。まぁ、グラジオラスの中にはそんな考えが出来ていたんですね。だからもっと、もっと、と求める事はなかった。

 

 それよりもいつかは目の前にある物も壊れて行くのだろう。だとしたらそれを何よりも大事にすべきだ、という考えの方が勝った。だから彼は欲望というものには強く惹かれる様な事はなかった。当たり前の幸福さえ得られれば、それを大事にする事が一番重要だという考えにたどり着いた。

 

 そして、そんなグラジオラスの胸の中を占めていたのがアルマの存在でした。

 

 悲しく、憐れで、そして寂しい龍。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という事実。男の子としてのプライド。そして純然たる一目惚れ。

 

 まぁ、つまり根本的にマシュマロトカゲはそういう意味ではジャックポットを引いていた訳でした。ダリフラ、いいよね……。

 

 それでまぁ、死への諦めと悟り、グラジオラス流の幸福論と合わさり、最終的に彼の考えは、『まぁ、別に強い事が幸福につながる訳じゃないし、そう考えると力なんて邪魔だよな?』という考え方を決め始める。

 

 そもそも、グラジオラスの生活は支え、そして支え合うものだったからだ。

 

 グラジオラスがこの世界に転移してきてから完全に一人で生きて行く事はなかった。

 

 彼は大地の恵みで腹を満たした。

 

 殺して喰らった竜の肉で力を付けた。

 

 殺して奪った爪で武装し、皮で体を守った。

 

 言葉の通じない守護者たちは離れた場所から見守っていた。

 

 やって来たアイルー達を守り、そして生活を助けられた。

 

 少しずつその形は変わってきている。だけど、それでもグラジオラスの旅路とは、誰かに助けられて生かされるものだった。だったらいいじゃないか、弱くても。別にそれは悪い事じゃない。問題は弱いから出来ない事があるだけであり、それが出来ないからこそ悪いのだ。

 

 だったら何時も通り、頼ればいいんだ。自分一人で何でもかんでもやろうとする事がそもそもの間違いなのだ。

 

 自分は英雄でもないし、勇者でもないし、選ばれた人間でもない。そうである事をグラジオラスは信じないし、思わない。だから自分で解決しようとはしないし、突っ走る様な事はしない。

 

 困ったら力のある奴に頼むのだ。じゃあ助けてくれよ、と。

 

 それがマシュマロ死に繋がる。

 

 まぁ、全体としてみればある程度のツッコミどころは存在するも、一種の英雄症候群へのアンチテーゼ的な部分も。()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですな。

 

 作中で言われている通り、サブプランは存在する。

 

 グラジオラスが失敗し、死亡した所で世界が終わる訳じゃない。マシュマロが後を引き継いで、全部を終わらせたでしょう。え? 主人公がオンリーでどうにかできる専用能力持ちの場合の話? 状況が違い過ぎるのでどうとも言えない。

 

 後それとは完全に別に最近めきめきと読者が絶望耐性取得して行くからそろそろ殺すかぁ……的な感じで言葉の通じない、異種族間の友情を築いてそれを抹殺してみた。

 

 いやぁ、破壊力高いっすね(吐血

 

 この手の展開は基本自爆テロよ、自爆テロ。必要経費と割り切るかどうかは個人の考え方次第だけど。完全に苦しめなくなったら個人的にはおしまいかなぁ、と思っている。

 

 キャラクターは愛する前提で書くべきなので、何がどうあれ、殺害するのであればそれは間違いなく作者として苦しむべきかなぁ、と。やっぱつれぇわ……。

 

 まぁ、そんな訳でこの物語は全体的に幸福論、そして特別性の否定によって構築されていました。それがこの話の根底の部分です。自分でやる事は必要ない。辛いなら助けを求める。苦しいなら助けを求める。誰かの力を借りて、一緒にやればいい。苦労して我慢しなくても、別に幸せは簡単に手に入るのだから。

 

 という風に、グラジオラスの物語は完結する。

 

 彼は腕前を劣化させるつもりはないから定期的に運動して体を鍛え続けているし、剣の素振りも止めていないので超人的な剣術もそのまま。それでハンターにでもなれば確かに、凄く儲かるかもしれないけど、そこに魅力的なものを彼は感じない。

 

 だから借金しながらなんとか店舗経営しているのだ。

 

 なおマシュマロはマジで前の約束を有言実行して、1000倍濃縮古龍用媚薬を祖龍に盛って拉致ってきたりして、嫁一筋なので拒否って追い返したらそれにマシュマロが爆笑したりとか、そんなイベントもあったりします。仕方ないね。まぁ、そんな日常をしていると剣術の腕前がバレて弟子入りしようとする新人ハンターとか、こいつ只者じゃねぇと看破したベテランハンターとかがちょくちょく、寄り付く様になりつつ、平和な日常を過ごしています。あと偶にハァ……ハァ……いいながら丸太もってる人が入店して来る。別に、古龍を狩っても構わんのだろう? ストロベリーサンデーを食べつつ。前々からちょくちょくヒントは出してましたけど、

 

 コラボ連中は大体いる。定期的にこの世界に来る。もう何も怖くない。魔法ゴリラまどかマギカを忘れるな。

 

 本来、この物語は三部構成で、

 

 一部がサバイバル、二部が借金返済しつつ新種の古龍を探す。

 

 そしてラスト三部、竜大戦へと導いた《憎しみ》の概念の古龍との決着。

 

 という三段構成だったりする。まぁ、だけど一部を途中まで書いていて、これ間違いなく下手に物語を伸ばすよりはアルマと二人でお店を維持しながら幸せに暮らしました……ENDにするのが一番綺麗に物語が閉じるだろうなぁ、という判断からここで終わらせる決意をしました。

 

 時には、話を無駄に長くせずにスパっと完結させる事も勇気の一つ。

 

 完全無欠のハッピーエンド! そう、それでいいじゃないか。

 

 名残惜しいのも解るけど、それでも物語を終わらせてあげる事もまた大事なのでは? という話で。そうじゃないとメッフィーみたいにずるずる生き延びてしまった、という事になってしまうので。

 

 えーと、他に何かあったかなぁ、と思いつつあぁ、そうだった、と手元の設定まとめを見て思い出す。

 

 最終的にはグラドニキとアルマの間には子供が生まれたりします。本来古龍と人の間には生まれないけど、そこはそれ、アルマは人造龍、つまりは古龍でありながら竜機兵、人の子を孕めるようにパッパが事前にデザインしていた訳ですね。

 

 なので数年後、子供も出来てもちっと、生物最強格のマシュマロ叔父さんとか生物最強格の媚薬盛られた叔母さんとかが遊びに来るようになります。フットワーク軽い。

 

 それで物語はおしまい。

 

 おしまいと言ったらおしまい。

 

 しばらくは次回作のプロットを練っている時間になりますけど、たぶん禁断症状で執筆する事が止められないので一週間以内には何かしら、更新している事でしょう。

 

 だけどグラジオラスの冒険と生き残る為の戦いはここで終わり。

 

 この先の生活がどんなものか、それは皆さんがこれまでの活躍を思い出しながら想像してください。ここまで読み切ってくれた読者の皆さんであれば、きっとグラジオラスの決断や幸せを壊すような想像をしないだろうと信じられるので。

 

 それでは短いようで長いようで、微妙な2か月でしたが。

 

 ここまでお付き合い、ありがとうございました。

 

 それではまた近いうちに新作でお会いしましょう。更新、進捗などは常にツイッターで呟いているので、其方でも。

 

 それではさようなら、さようなら……。



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冬の宴

「はい、確かに代金の受け取りを確認しました! これにて今年度分は支払いが終了です。グラジオラスさん、お疲れ様でした」

 

「いや、そっちもお疲れミレー」

 

 ギルドで今月、そして今年度の借金の支払い分を行う。本当ならもうちょっと早いタイミングで払いたかったのだが、少し前までクソトカゲに連れられて出張していたのが原因で、メゼポルタ周辺には居なかった。その為、こんなギリギリのタイミングまで支払いがズレ込んでしまった。とはいえ、遅れる事はない様にアルマに支払いの方法は教えてあるし、到着が間に合わなかった場合はアルマが支払ってくれていただろう。

 

 ギルドの受付嬢をやっているミレーは完了のハンコを押しながら、控えの方を此方へと渡してくる。

 

「今月はギリギリになりましたねー?」

 

「ちょっと新メニュー開発用に出張してたからね」

 

「あ、知ってます! あのラカンさんと一緒にメゼポルタを出ていましたからね!」

 

 まぁ、うん。

 

 新メニュー開発とかだとあのクソトカゲ、割とフットワークが軽いのだ。今回は新しい豆を発掘する為にちょっと離れた山まで二人で遠征してきたのだ。結構良いものを見つけたが、メゼポルタの気候では育てるのが難しい為、店での提供は難しいから自分とクソトカゲの二人で楽しむ分だけで終わらせてしまったが。まぁ、それでもそこそこ楽しい遠征にはなった。

 

 しかしこうやって他人からクソトカゲの名前を聞くと、人間性ゼロではあるけどアイツ、人気のある詩人なんだなぁ、というのを理解させられる。

 

 やっぱり納得いかねぇ。

 

「ほっほっほ、借金返済の方は順調のようじゃの」

 

「あ、ギルド長お疲れ様です」

 

「こんばんわ爺さん」

 

 頭にサンタ帽子をかぶった小柄な老人―――このメゼポルタのギルドの長がパイプを片手にギルドの奥の方からやって来た。いかにもメリークリスマス、と言いそうな帽子をかぶっているが生憎とこのメゼポルタにクリスマスなんて文化は元々存在していない。そりゃあこっちの世界に地球の最大宗教なんてものはないのだから当然だ。

 

 だから偶にやってくる異世界の連中がそういうお祭りを此方で教えているのだ。

 

 そしてこの世界の連中は、そういうお祭りとか騒ぎは大好きだ。自然と、冬の日に騒ぐ事を目的としたお祭りが出来上がった。元々が何であったのかを考えると中々面白い話だが、まぁ、細かい事は別にどうでもいいだろう。ただ単純に飲んで、食って、騒いで遊ぶ。それだけのお祭りがあっても。

 

「うむ、うむ。中々に良いペースで支払い出来ているようじゃの。これなら後数年内には返済されてしまいそうじゃ。このままハンターなりギルドナイトとして就職してくれればよかったんじゃがのぉ」

 

「そうですよ! 今からでも遅くないですよ!」

 

 受付嬢は目を輝かせながら拳を握る。

 

「前だってメゼポルタに襲撃したレビディオラとルコディオラのコンビを相手に一人で追い返したじゃないですか! グラジオラスさんならG級もいけますよ!」

 

「止めてくれ、本当に。もう必要もないのに戦うのはこりごりなんだ……」

 

 1年ほど前にメゼポルタからG級ハンターが留守にしている時に、ルコディオラとレビディオラの姉妹が強襲した―――のではなく、化身体になるのを忘れてそのままメゼポルタへとやって来てしまったのだ。その目的はアルマと会う事だったのだが、古龍の姿としてやってくるもんだから当然、ギルドはこれを襲撃として処理。ハンターたちに襲われてしまった極龍姉妹、当然のように迎撃し、それをいったん追い払う為に自分が出たのだ。

 

 剣を担いで切り殺しながら追い返して、また後日人の姿になってから来て貰った。ちょっとうっかり属性が凄まじいだけで、性根の方は普通のクソトカゲだった。ただ、まぁ、それで実力の一端というものが見られてしまった訳で、

 

 こういう風に、偶に勧誘されるのが面倒だ。

 

「こうやって売れない飯屋の店主をやっている方が性に合うんだ」

 

「まぁ、解らなくもないわい。無駄に地位を持つとそれだけ気苦労が増えるからのぉ。別に強く此方の道は進めはせんよ。人材不足がほんと辛いんじゃけどな」

 

 そう言うとパイプを口に咥えたまま、ギルド長がぶつぶつと新人をどうやって増やすか、というのを困った様子で呟き始めていた。ギルドもギルド側で、拡大する未探索領域等で常に人材不足に陥っているとの事だった。その事を考えると、ギルドがこの惑星を完全に踏破する時が来るのはまだまだ遠い未来になるであろうことが解る。

 

「ギルド長もお仕事は程ほどに」

 

「ん? おぉ、そうじゃの。そろそろ仕事を今夜は切り上げてどこかで飲むかのぉ……今夜は開いとるか?」

 

 ギルド長の言葉に悪い、と手を振る。

 

「今夜は身内の集まりで貸し切りだよ」

 

 

 

 

 誘い等を断ってギルドから自分の店まで戻ってくる。入口からは光が見え、軽い喧騒も聞こえて来る。既に俺なしで盛り上がっているんだろうなぁ、というのが容易に想像でき、苦笑しながら店の扉を開けて戻ってきた。暖炉だけではなく、炎系の古龍が混ざっている事もあって冬だというのに店内は全体的に暖かく、扉を開けただけでもわっとした熱気がかかってくる。

 

 そしてまず最初に出迎えたのは演奏だった。

 

 静かだけど明るい。気分を盛り上げてくれるようなリュートによる演奏。店内に設置されたステージの方へと視線を向ければ、何時も通りの格好で足を組みながらリュートを手に演奏しているクソトカゲ―――ミラバルカンの化身の姿が見える。戻って来たのを察した奴が片目を開けて此方を見てから、再び演奏に戻る。

 

 それ以外にもそれなりの人数の人外共が店内には溢れている。普段はそれなりにテーブルなどを並べているのだが、その大半を撤去し、中央に集め、それにテーブルクロスをかぶせる事で一つの大きなテーブルに変えて料理を並べている。ハンター基準でも山盛りと呼べるような大量のロースト料理やツマミの類はここに集まっている身内連中と一緒に食べて飲んで騒ぐために用意されているものだが、

 

 既にその3分の1が消し飛んでいた。この消費ペースを考えると途中で一回厨房に抜けて追加で作る必要も出て来るかもしれない。そんな事を考えながら近づいてきたアルマの姿を見つけた。数年店を手伝ってきたという事もあって、今では厨房に入って下ごしらえ程度だったら任せても良い、とラズロから評価を彼女は受けている。その為、恰好も普段着にしているようなドレスではなく、シンプルなワンピースの上からエプロンを装着している。

 

「お帰り。その内足りなくなると思ったから準備出来るものは既に準備しておいたぞ」

 

「お、それは助かる」

 

 近づいてきたアルマに合わせるように、軽く頭を下げてキスする。それを受けたアルマが得意げに、嬉しそうな表情を零しながらスカートの下から尻尾を伸ばし、ぶんぶんと振っているのが見える。

 

「見たかしら?」

 

「見たわよ」

 

「まるで犬ね」

 

「でも龍よ」

 

「つまり犬龍よ」

 

「私達は犬龍だったのね」

 

「わんわん」

 

「わおーん」

 

「おい、極龍姉妹が謎の世界へと旅立ったぞ」

 

「何時もの事だから放っておけ。おい、テーブルが低くなっているぞ。もうちょっと気合入れろよ」

 

 テーブルがちょっと持ち上がった。軽くかがんでテーブルの下を見れば、テーブルの代わりに下から板を持ち上げて柱の役割を果たすオオナズチの姿が見えた。あのドM、また自分から苦行に飛び込んでる……見なかった事にしよう。即座に立ち上がってオオナズチの存在を見なかった事にする。

 

 視線を反らせば店の隅で小皿を手に、テオナナ夫妻がお互いに食べっ子させている姿が見られる。姿が幼いだけに、中身はともかく、仲睦まじい姿はどことなく和やかなものがある。

 

 視線を違う方へと向ければ、シャンティエンと黒麒麟が上半身半裸で舞踊に興じていた。それを眺めるハルドメルグが時折合いの手を入れて煽っている。

 

 今、この店に集まっている戦力を知ったらメゼポルタ吹っ飛ぶだろうなぁ……と、大半が《楽園》出身の連中であるのを再認識しつつ、笑い声を零した。

 

 あの楽園が終焉してから数年。

 

 俺達は未だにこうやって、良く遊んでいた。

 

 カウンター席に腰掛けると、厨房の方からアイルーがやってきた。

 

「相棒、支払いは終わったかニャ? ほれ、揚げたてのツマミと酒ニャ」

 

「お、悪いな。それにしても結構盛り上がってるな」

 

「そうだニャ。だけどまだあとから来るって話だから既に追加の分も作り始めてるニャ」

 

「マジかよ……って何か来たな」

 

 アイルー、ラズロが運んできたワンタン揚げを口の中に放り込みつつ、店の入り口へと視線を向ければ扉を開けて入ってくる一団の姿が見える。

 

「我が! 来た!!」

 

「うるせぇぞ黄金。さっさと入れや」

 

「王、此方へどうぞ」

 

「えぇ」

 

 一番目立つのは髪が黄金、黄金のサングラス、黄金のスーツ、黄金の靴という趣味の悪い恰好をしている奴だった。所々に見える結晶の様な意図やアクセサリーから、恐らくこいつが金塵龍ガルバダオラ。次に入ってくるのはどことなくチンピラちっくな気配をしている、オールバックに銀髪、シャツとスラックスを着崩している男。流石にこいつは見た目では良く解らない。その次は解りやすく、男か女かは解りづらいが、髪も格好白く、そしてヒレの様な意図のあるユクモ風の着物を着ている奴だった。たぶんこいつはアマツマガツチ。

 

 そして最後、その低い子供の様な白い姫とでも呼べそうな姿をした存在。彼女だけは知っている。

 

 店の中に入ってくると、カウンターに座っている此方の姿を見つけて軽く手を振ってくる。

 

「ふふ、遊びに来たわよ継承者」

 

「いらっしゃいアン。クソトカゲならそこにいるから俺の代わりに脛を蹴っておいて」

 

「アレには蹴る価値もないわ」

 

「ふ、値段が付けられないほどに偉大という事か……!」

 

「あのポジティブさだけは見習いたいものニャ」

 

「ほんとね」

 

 ミラアンセス―――祖龍ミラボレアスも同意する様な言葉を零しながらミラバルカンの姿を見ている。だが個人的に一番すごいと思っているのはラズロだ。このアイルー、普通にこの空間に混じって古龍達相手に喋っていられるのだから。

 

 まぁ、だけどそうか。

 

 日常的にミラバルカンが入り浸っているのだからそりゃあ慣れるか。忘れそうになるが、こいつも最強種の一角を司る存在だった。最近ではただの美食龍になってしまっているが。それでも一応はこの地上で片手の指で数えられる程の戦闘力を持った存在なのだろう。

 

 視線を改めてミラバルカンへと向ける。

 

「ふぅー……ふぅー……見ていろマシュマロめ、今宵の勝利は頂く……!」

 

 マシュマロと格闘している姿を見ているとアレ本当に古龍? とか思ってしまう。

 

「そうか、テメェが継承者か……」

 

 チンピラ風の古龍がそこで、完全に流れをぶった切るようにミラアンセスの横を抜け、前へとやってくる。両手をポケットに突っ込んだ状態でずいっと顔を寄せて来ると、ガンを飛ばす様に睨んでくる。それにちょっと気圧されながら、口を開く。

 

「あー、初めまして?」

 

「……」

 

 しばらく銀髪オールバックのチンピラは睨んでから後ろへと下がる。

 

「人間は俺をバルファルクって呼んでる」

 

 そう言うとガルバダオラに一発蹴りを入れてからテーブルの方へと向かう。足を蹴られたガルバダオラが足を軽くさすりながら前に出てきた。

 

「すまないね騎士君! 彼もまぁ、複雑な心境なのだよ! 許してやって欲しい! 我の良すぎる顔に免じてな! この! ガルバダオラの! 良すぎる顔の造形に免じてな!」

 

 ガルバダオラのスマイルが炸裂する。こいつに関してはMHF時代に結晶風で嫌な思いをした想い出しかない。

 

 しかし、

 

「騎士?」

 

 カウンターに背を預けるように椅子に座った状態のまま、ガルバダオラの言葉を繰り返す。それにガルバダオラがそうだとも、と口を開く。

 

「幼い姫の為に身を挺し、共に歩み、守る! その姿こそまさに龍の騎士の名に相応しい……!」

 

「余り気にしないでください。黄金……ガルバダオラは観劇とかを好んでいるので、勝手な世界観を構築してしまうんです。今夜は王の随伴に預かりました、アマツマガツチと呼ばれる者です。宜しくお願いします、継承者」

 

 そう言うとアマツマガツチがガルバダオラを引っ張って行く。ゴールデンな古龍はそのままずるずると引きずられ、テーブルの方へと去って行く。それをミラアンセスと共に眺め、ぽつりと声を零す。

 

「最初は《楽園》組だけでやってたパーティーだけど、参加者が増えたなぁ」

 

「増えもするわ。貴方は私達に古い夢を再び見させてくれる希望だもの。ありえない。そう思っていた夢を私達ではなく、人間が拾い上げてくれたもの。興味を抱くのは当然の事よ? 今までは半信半疑だったけどね。これからはもっと顔を出すと思うわ」

 

「売り上げにさえ貢献してくれれば文句は言わないよ」

 

 ミラバルカンはそこらへん、前にタダ飯にしてやると約束してしまったから全く売り上げに貢献してくれないし。だから、ここに来るにしたって売り上げにさえ貢献すれば文句は何も言わない。

 

「好きなだけ遊びに来ればいいよ。友達に閉める扉はない」

 

 そう思っている。少なくとも古龍連中にも社会や個性というものがあり、個別の生物としてこの大地で生きている。そしてこうやって話し合えて、笑い合えるのならそれ以上はいらない。笑って話せるのならもう、そりゃあ友人という奴だろう。少なくとも友になるためのハードルはそんなに高くはないと思う。

 

「だからいつでも遊びに来なよ。適当に珈琲か紅茶、好きなのを淹れて待っているから」

 

「……」

 

 その言葉にミラアンセスは少しだけ呆けてから笑みを浮かべ、

 

 求めるように手を前に出し、

 

 ―――アルマがサイドステップで割り込んできた。

 

 此方を掴もうとするミラアンセスの手を見事な拳のパリィで弾き、そのまま容赦のない拳のブローを叩き込んだ。

 

「う゛っ」

 

 鈍い声を漏らしながらミラアンセスが腹を抱えて倒れた。その姿をアルマが見下ろしながら座っている此方の膝の上に乗ってきた。

 

「雌臭いぞアン。こいつは私のものだ。誰にも渡さないし分けるつもりもない」

 

 ふんっ、と鼻を鳴らしながらも、それでも不安なのか此方に抱き着いてくる。ふと、こういう風に不安な所を抱き着いて解消しようとする嫁の姿が本当に可愛くて好きだ。とはいえ、

 

「いきなりパリィは駄目だろ」

 

「駄目か」

 

「流石にな……」

 

 ミラアンセス、腹を抑えて倒れている姿を他の古龍が見て拝んでいる。本当にこいつらフリーダムすぎるわ。

 

 そう思っていると

 

 ドンっ! という音が響いた。

 

 音源である店内ステージの方へと視線を向ければ、そこの様子が大きく変わっていた。

 

「ヘイ! オールドドラゴンズ! 元気にしてるぅー?」

 

 マイクを片手に、キラキラと雪の結晶を生み出す小さな炎の光で反射させながら煌めき、近くに待機するアイルー達に反射板を持たせて映りを良くしているキャラの濃すぎる古龍が居た。衣装もどことなく、アイドルチックな服装のそいつは、白髪をサイドテールに纏めながらウィンクしてくる。

 

 その背後ではギターを持つミラバルカン、ドラムを背に乗せたウリ坊、スティックの代わりに尻尾を構える子レウス、翼を構えるホルク、そしてベースを手にしているラズロの姿が見えた。

 

「何やってんのお前ら」

 

「ちっちっちっち、継承者君ノリが悪いよー! そんな子には私が世界の果てで思いついた新曲を披露してあげないよッ!」

 

 ウィンクウィンク。完全にノリがアイドルだった。というか世界の果てって事はもしかしてこいつ、ディスフィロアなのか? マジで? このアーパーが?

 

 そう思っていると物凄い軽快さでウリ坊たちがドラムを叩いた。何時の間にそんな芸を。あ、いや、ミラバルカンが物凄いドヤ顔を見せている。知らない内に仕込んだなこいつ。

 

「じゃ! フィロちゃん、新曲一発目行きます! 猫も! 竜も、鳥も、獣も、龍も、人も! 皆みーんな、飲んで騒いではしゃいで笑って冬を過ごす為の曲だよ!」

 

 ミラバルカンとラズロが演奏を開始し、マイクに向かってディスフィロアが声を放つ。

 

「タイトルは今夜、ミラボレアス呼ぶのめんどくさくて止めました、行きます!」

 

 ディスフィロアの恐ろしすぎる宣告の次の瞬間、この大陸が僅かに揺れた気がした。遠くからブチギレたような視線がメゼポルタへと向けられたような気がしたのは、間違いではなかった筈だ。それを一切気にする事もなくクソトカゲは演奏を始めていた。そしてアルマは首を傾げる。

 

「ん? 何か高速で此方へと向かって飛行してないか?」

 

「完全に飛び入り参加するつもりの呼ばれてないご本人様じゃん! なんで呼ばなかったんだよ! ウチは参加自由だぞお前!」

 

「いや、ボレアスさんってほら。真っ黒で私のイメージと会わないから。こう……見た目の全てが邪魔?」

 

「あ、ペースアップした」

 

「こんなことが理由でメゼポルタが亡ぶかもしれないっていうのは本当にやめて? まだ借金残ってるから店を滅ぼさせる訳にはいかないんだよ……!」

 

 なんで古龍って見た目は良いのに全員揃って中身が完全に畜生なんだろうか。そんな事を考えながら膝の上に座るアルマを少しだけ抱きしめる。この賑やかだが飽きることのない冬の夜は、

 

 これからも、何度も続きそうだ。

 

 この愛しい人ではない嫁と居る人生は―――どうも、飽きそうにない。




 2018年年末特別企画。メゼポルタのクリスマス。


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愛の日

「―――ケーキ、プディング、フォンダンショコラにクッキー。コーティングした果物も良し。これだけ数を揃えれば良いだろう。とりあえずはこれを冷蔵庫に入れて……っと」

 

 朝の仕込みを終える。数日前から少しずつ準備してただけあって当日、やる事は少なかった。温めてはならないタイプのものを特注の大型冷蔵庫の中に入れて冷やしておく。これで客が入るまでは放置で良い。ホットチョコレートとかはその場で作る奴だし、後のメニューも準備は完了している。

 

 バレンタインメニューの準備が大体完了だ。大体、というのがミソだ。

 

「あとはゆっくりできるな」

 

「お前は……もぐもぐ―――朝から忙しくは働かないんだな」

 

「普段ならともかく特別な日ぐらいはゆっくりしたいだろう? それに夜からは予約入ってるんだから、その分朝はゆっくりしないとな」

 

 既に予約の分の収入は得ているから、実はそこまで張り切る必要はない。そう教えながら振り向くと、赤い衣の吟遊詩人がケーキを一切れ、手掴みで食べていた。満足げに頷いて食べている様子はどこからどう見ても威厳の存在しないプロの盗み食い犯なのだが、これでも中身は紅龍ミラバルカン、この世界に存在する最上位の古龍なのだから世の中は狂っている。まぁ、元々はミラバルカン―――ラカンに食わせる為に切り分けたケーキを置いておいたのだ、それを食われた所でどうという事はない。

 

 この食い意地の張った友龍は適度に摘まめる食べ物を用意しておけば、大体満足している。必要のなくなった道具を片付け始めると、今度は別のチョコレートに手を出し始めるラカンが声をかけてくる。

 

「しかしこれでバレンタインも5度目か。お前もだいぶ、上達したな」

 

「作らないくせに口は達者だよな」

 

「ふっ、俺ほど味にうるさい龍もおるまい」

 

 今、お前なんで誇らしそうに言ったの? 別に欠片も褒めてないんだが?

 

 元々そういうのを期待している訳じゃないが。それにしても食い意地の汚さに関しては楽園(エデン)の頃から何も変わらない。こいつ、あそこにいた頃はちょくちょく作っては楽しみにしてたお菓子を盗み食いしてたんだよなぁ、と思い出す。今では良い思い出―――過去の出来事だ。それから季節は6度の巡りを見せている。即ちメゼポルタ生活6年目。ココでの生活も完全に馴染んだ。近隣のお店ともある程度お話する仲だし、ギルドの重役とかにはウチの特殊な状況に対してある程度の認知をしてもらっている。

 

 借金も減ったり増えたりを繰り返しているが―――それでも、まぁ、黒字で生活できている。最初の最初の頃はほんと、アレこれやりたい揃えたいで相場も解らずにあった金を使い込んでしまった借金生活だったのだが。それでも今はだいぶマシになった。

 

 最初の頃はギルドに作った借金で依頼の委託とかもしなくてはならなかったりで大変だった。今ではもう、そこらへんは脱却できてやる必要もない。とはいえ、それが縁で通ってくれているハンターもいる。まぁ、懐かしい失敗の一つだ。何もかも過ぎ去って思い出に代わって行く。そうやって巡りに巡り、再びバレンタインがやってきた。

 

 最初はバレンタインという文化が存在しなかったメゼポルタも、すっかり異世界から持ち込まれた未知の文化に侵略されてバレンタイン一色に染まっている。元の世界にみたいに押せ押せの商業タイムだからそういう訳ではなく、純粋にメゼポルタというかこの世界の人たちがお祭り騒ぎが好きなだけである。何かしら季節や特別な日、乗じる事が出来るイベントさえあるなら直ぐにそれに乗っかる。

 

 バレンタインも気づけば街全体で盛り上がる祭りになっていた。

 

 とはいえ、まともにその概要を知っているのは自分だけだろう。

 

 メゼポルタでは基本的にハートとかで街を飾り付けて、飲んで騒いで異性のハンターと出会いを求めて狩猟に出てチョコレートでできた武器を作成して、それで更にモンスターを狩るという祭りになってしまったいる。

 

 奇祭としてのレベルが高すぎる。

 

 そういう訳で、本来の……というのもおかしいが、一般的なバレンタインの形は自分ぐらいだろう、やっているのは。そしてそれを知っているのもギルドの組合員だけだ。だから静かに普通のバレンタインを過ごしてみたい人はこっそりと夜にここの予約を取って、食事をとって行く。バレンタインなので、メニューもそれに合わせたものに合わせている。とはいえ、入る客の数は知れている。この数年でちょっとした知名度を得ているが、それでもそれは店の方面ではない。

 

 恐ろしく強い店主が存在するという方面だ。

 

 ぶっちゃけそっちで有名になってもハンター勧誘が増えるだけで面倒でしかない。

 

 今でさえ、若い上位ハンターが弟子入りさせてくれと煩いのだから。もっと、店の美味しさとか雰囲気とか、そういう所で有名になりたかった。世の中、そう上手く行かないらしい。

 

 だからこそ生きているのはそれだけで楽しいのだが。

 

「ほれ」

 

「んむ……マカロンか。悪くないドラログに書いておこう」

 

「食べ歩きレポートとか本格的に食道楽極まった感じがあるなこいつ……」

 

 まぁ、食べる事を趣味に追加させてしまったのは実質俺が悪い部分ある。作っては食わせて、改良させては食わせて、意見を聞いては食わせて。たまには秘境に食材を調達しに、或いは新大陸までラカンに乗って直行して素材ハンティング。そうやってひたすら素材や料理を狙って食わせているのだから、ラカンの食い意地も悪くなるものだ。

 

「うっし、洗いも終わりっと。軽く一息入れて―――」

 

「夫よ、いるか?」

 

 軽くコーヒーでも淹れようかと思った所で、愛しい声が聞こえた。厨房から出て店内を見れば、そこに―――ドゥレムディラと呼ばれる人造の古龍、その人の化身体をする妻の姿が見えた。美しい白と蒼の髪色にまだ幼さの残る体つきに発達した肉付きはまさに神秘的なバランスだ。普通の人ではありえない美しさと肉体の黄金律を兼ね備えている。

 

 愛しい、自慢の妻だ。ワンピース姿はこちらにいる時の普段着だ。

 

「アルマ、どうしたんだ?」

 

 世界を知らなかった箱入り令嬢とも言えた彼女はこっちに移ってきていろんなことを学び、いろんなことに手を出し、そして少しずつ古龍には存在しない人間性を獲得した。良く笑い、良く怒り、そして良く寂しがる。ころころと表情は変わる姿は実に可愛らしく、永遠に見ていられるものだ。自分がこの世界に流れ着いて、そして戦ってきた事に対する最大の報酬でもある。

 

 アルマに近づき、何事かと聞こうかと思ったら、店の扉が開く。

 

「悪いけどまだ―――」

 

 開いてないぞ、と口にしようとして言葉に詰まる。店に入ってくる姿を見たからだ。続いてくるのは姿が幼い二人組。片方は髪から衣服までが白い、古龍を束ねる一角。もう片方は世話になったことのある、夫婦古龍の片割れ。そして最後に入ってくるのはフリルのあしらわれた私服姿でやってくる、赤と白の二色のトーンを持った髪の古龍―――全員、化身体だ。古龍のフルコース、相変わらず戦力過多な集団。既に一国どころか大陸さえ滅ぼしそうな集団がやってきた。

 

「アレ、今日は来客があるって聞いてないんだけど」

 

「うむ、言ってないからな」

 

 事前に来るというのなら教えて欲しかったなぁと思っていると、アルマが腕を組んで頷いた。

 

「……」

 

 こちらへと向けられる笑顔に、嫌な予感を覚えた。

 

 

 

 

「えぇ……追い出されたわ……」

 

 店の前で立ち尽くしていると、そこに更に追加で投げ出される姿が出てきた。一回地面にバウンドしながらしりもちをつくのはアイルーの姿だ。自分と一緒に店を盛り上げる事を手伝ってくれているアイルー、ラズロもどうやら店の中から追い出されたらしい。

 

 その直後、窓からラカンが投げ捨てられた。私怨でも込められているのでは? と言いたくなる勢いで地面に叩きつけられて転がった。アイツ、古龍側からはいつも扱いが雑だよな。

 

「んっ―――まぁ、なんで追い出されたは大体察しがつくけどな」

 

 背筋を伸ばし、体を捻って伸ばす。朝の新鮮な空気を肺の中へと送り込みながらまぁ、いいか……と呟く。庭の方で日向ぼっこしていたうりぼうが背中にまだまだ大きく育っていない子レウスとホルクを乗せてやってくる。手を前に出すとホルクが腕を飛び移り、子レウスも頭の上へと飛び乗ってくる。これがかなり重い。こいつらも結構大きくなってきた。まぁ、あの頃と比べてちゃんと栄養も取れてるのだから重く、大きく育つのも当然の事か。そう自分の中で納得させつつ寄ってきたうりぼうの頭を撫でる。

 

「仕方がない、一、二時間ぐらい外を回って時間を潰してくるか。ナナさんがいるしおかしなことにはならんだろ……」

 

 ナナ・テスカトリは流石夫婦の古龍だけあって、そこら辺のスキルが高い。彼女がいるなら変な事にはならないだろうと思っておく。約一名……いや、二名程不安になる存在がいるのは事実だが。それでも、

 

「今日はバレンタインだしな……見てないほうが都合良いだろう。おーい、ラカン。市場に行こうぜー。掘り出し物でも漁ってみよう」

 

「まぁ、待て。今、祖龍にどうやり返すか考えている所だからな」

 

「お前ら仲良いのか悪いのかはっきりさせろよ。ほら、行こうぜ」

 

 再び窓の向こう側からチョコレートの甘い匂いが漂ってくる。戻ってくる頃には完成しているだろうという期待を込めて、

 

 朝のメゼポルタへと、しばらく時間を潰しに出た。

 

 

 

 

「―――良し、点呼!」

 

「いーち!」

 

「2だ!」

 

「3です」

 

「4……えぇ、全員揃っているわね? 今日は人間どもが生み出したバレンタインという文化……人類が楽しんでいるのに私たち古龍が出来ないわけがないわ―――ならやるしかないでしょ!」

 

 その時、ナナ・テスカトリは心底恐怖を覚えていた。古龍としては最上位、王とも姫とも祖とも呼ばれる彼女、ミラアンセス。普段であれば威厳のある彼女が、非常にポンコツになっていた事実に対して。そもそも龍に、古龍に人間性なんてものはない。故に人類が生み出した文化を楽しむ様なものもない。ミラアンセスは祖龍と呼ばれる存在。故にだれよりも古龍らしい存在として君臨しているはずが、近年は大きな事件もあり、人類側に非常に興味を持っている。その結果がこれだった。バレンタインという文化に興味を持ち、ついには我慢できずに飛びついてしまった。

 

 今まで、そんな事を一度もしてこない完全な消費者側のミラアンセスが。

 

 もうこの時点でナナ・テスカトリは完全に嫌な予感を覚えていた。

 

 そこに世界の果て出身のディスフィロアが面白そうという理由だけで便乗、事情を欠片も知らないアルマが快諾してしまった。そう、全体の事情と状況と惨状を理解しているのはナナ・テスカトリ、一人だけだった。普段はやや幼い化身体の姿を成人の姿にまで成長させた状態で、ナナ・テスカトリは決心していた。

 

 ―――わ、妾が守護らねばならぬ……!

 

 この店を、そしてアルマを。それを唯一守れるのは自分だけであるとナナ・テスカトリは確信していた。ほぼ何も人間らしい事をやってこなかった古龍のトップ、そしてアイドル道に目覚めた世界の果て出身で目立ちたがり屋の古龍。この壊滅ツインズの組み合わせを野放しにしてはならない。野放しにした瞬間、何が起こるかは解らない。揃ってしまった事実に、心底恐怖しか感じていなかった。こういう時、他にも生贄になってくれる身内がいてくれればいいのにと思ったが、全員逃げ出してしまった為にナナはこの地獄に一人で挑む事となってしまった。

 

「それじゃ」

 

 そう言ってアンが右手に白雷を纏った。

 

「―――バレンタインは、その名前の人物を狩って拷問する日だって聞いたわ。同名の人間は既に把握してるわよね?」

 

「違う、そうではなかろう!」

 

 いったいどこでそんな与太を聞いたのかは解らないが、とりあえず否定する。アルマはそれを冗談だと思っているのか、小さく笑っている。

 

「面白いことを言うな、アンは。バレンタインは親しき者や愛しい者にチョコレートを贈る日だぞ。私もグラドから色々教わっているからな。任せると良い! 手順もちゃーんと覚えている! 道具もほら、この通りな」

 

 アルマが案内する厨房にはチョコレートを作る為の道具や、材料となるカカオマスが置いてある。これは事前にグラジオラスがアルマが使える様に余分に用意したものだ。何を言わなくても何をしようとするのか解っている辺り、ちゃんと妻を理解している部分がある。その手際の良さと理解力にナナは満足感を感じていた。今ではもう唯一の人と龍の夫婦だが、心配が必要な事は何もなさそうだった。

 

「それじゃあ早速チョコを作っていこーか!」

 

 キラ、と物理的に見える星のエフェクトを浮かべながらフィロがポーズを決めた。

 

「というか貴様はなんで来たので」

 

「え、私? 実は今夜メゼポルタの歌姫とのライブバトルがあるんだけど」

 

「ライブバトル」

 

「その時にファンのみんなにチョコでも配ろうかと思ってねぇー。こういう地味なプレゼント企画がファンと絆を築くのよっ!」

 

「軽そうに見えて行動がガチよね」

 

「そもそも妾、こやつがここまでやってるとは知らなかったんだが」

 

「偶に新大陸までライブ遠征もしてるからよろしくねっ」

 

 そのバイタリティはどこから来るんだろうか? 一瞬その事実を考えこむナナだったが、古龍という存在は寿命が実質的に存在しない。自ら死を選び、新生しない限りは。生きている間は全てが暇つぶしの様なものだ。故に古龍は趣味に生きる。ただそれでも、世俗に関わらず、秘して生き続けるのがほとんどの古龍であった。それが近年活発的になったのは―――やはり、グラジオラスとアルマという夫婦が現れた事に意味があるのだろう。

 

 そういう意味ではラカンの働きが凄かった。あの紅龍が今の古龍の在り方を変えたのだ。

 

 それはともあれ、

 

「それではチョコレートを作るが……あまり、複雑なものは作らんぞ? 妾だけなら問題ないが、簡単であっても初心者にはお勧めできぬからな」

 

「任せなさい。この龍の祖たる私の実力を見せてあげるわ」

 

「私は去年もやっているからな」

 

「初めてだからよろしくねナナさん」

 

「……うむ」

 

 とりあえずは手順の確認。カカオマス、ココアバターは既にグラジオラスが予備のものを含めて余分に用意してあるので問題はない。これをそれぞれ湯せんで溶かし、砂糖等を加えながら混ぜる。最後に温度を調整し、調整が終わったら型にはめて冷やして固まらせれば完成となる。

 

「一番簡単な手順となるとこうなるな。最後、型に流す時にドライフルーツやマシュマロを入れる事でただのチョコではなくアレンジしたものが簡単に作れて良いぞ。グラドはここから更に色々やっていたが、手順が段々と複雑になるから推奨できんな」

 

「成程、ならとりあえずは一番簡単なチョコから作ってみましょうか。失敗しても大丈夫なぐらい材料があるみたいだし」

 

「妾、それ全部使い切って良いものだと思わんのだが―――」

 

「大丈夫大丈夫、後で使用料払えば良いでしょ。彼と私の仲だし」

 

「妾が覚えている限り特にそんな特別な仲でもない筈なんじゃが」

 

「ほら、アンって耄碌してるし」

 

 フィロからのストレートな罵倒をアンは気にしない。そんな神経を龍は持ち合わせていないからだ。そしてそれを一切気にしないアンがココアバターとカカオマスの入ったボウルを両手に取った。

 

「まずは溶かすのよね?」

 

 アンの言葉にナナは頷いた。

 

「うむ、まずは湯―――」

 

「めんどくさいから電圧で溶かしちゃえ」

 

「あ、バカやめ―――」

 

 

 

 

 朝のメゼポルタに落雷の落ちる音がした。物凄い嫌な予感に振り返る。僅かに空が焦げる気配に、白い雷がわずかに空に帯電しているのが見えた。白雷がわずかに帯電している地域、その真下に自分の店があるのを自覚し、冷や汗を流す。朝の散歩中のギルド長も足を止めて、物凄い不安そうな表情で我が家の方を見ている。

 

「……大丈夫じゃよな?」

 

「まだローン残ってるんだけど」

 

「もっと大きく立て直す準備はしておけ」

 

 ラカンの無常な言葉に項垂れた。

 

 

 

 

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ―――街を消し飛ばすつもりか!?」

 

「ちょっとした冗談よ、冗談。それに壊したら宝玉を出すし」

 

「そういう問題じゃない」

 

 半分キレたナナの声に押されてアンがやや反省していると、フィロがもぉ、と言う。

 

「電気なんて危なすぎるわよー。私が溶かすわね」

 

 アンの失敗を軽く笑いながらフィロがそう言うと、空が赤紫色に染まった。

 

「お前もやめんかぁ―――!!」

 

 

 

 

 空が赤紫に染まり、白く巨大な月が今にも落ちてきそうに見えたが、まるで幻だったかのようにその景色は消え去った。まだメゼポルタの朝早い時間であったのが功を奏したのか、見ている者達は少ないだろう……少ないだろうが、それでも見ていた者達は間違いなく何らかの古龍が暴れ出したんだろうなぁ、と思うだろう。両手で顔を覆った。

 

「……」

 

「……」

 

「メゼポルタの次はどこに移住するか決めたか?」

 

 ラカンの笑い声に、ギルド長は散歩を切り上げてギルドへと戻って行った。

 

 

 

 

 フィロがアルマの氷によって凍り付いていた。厨房の一角で氷の彫像となったフィロを放置して、アルマがチョコを溶かし始める。流石経験者だけあって、アルマの手順に間違いや戸惑いはなかった。それを横でアンが覗き込みながら見ていた。

 

「へぇ……一気に溶かしちゃダメなのね?」

 

「料理のコツはじっくりと、らしいぞ。強火でやると味が変わったり素材をダメにしてしまうとかで」

 

「成程ね。繊細で面倒……人間が好むものね」

 

 そこで間髪入れず人類に対するディスを入れるのが古龍クオリティ。今、人類のその面倒な事をお前やってるんだぞ? と突っ込みを入れられる存在はここにいなかった。ただナナは、アルマが慣れている様子で安心していた。炎でフィロを氷の中から救出しつつアルマに任せておけば大丈夫だろうと判断していた。

 

 実際、危なっかしさもなく、ふつうに料理を彼女は日常的にこなしていた。

 

 アルマは古龍である。

 

 しかし最新の。

 

 彼女は人の愛に触れ、想いに触れ、そして愛を返すようになった。ただ愛されるだけではなく、自分が出来る事をしようと頑張れる子だった。自分の唯一の愛するべき番である人間、グラジオラスを。それを古龍たちは微笑ましいものとして見守っている。言ってしまえば、孫と祖父母の関係に近い。そこで一番親面をしているのが、古代の楽園に深く関わっていた紅龍だった。この場所が、人も猫も龍も関係なく受け入れている心地よさが存在するのも事実だが、

 

 遠き過去に見た理想、それが今も変わらずに続いている事実があの紅龍を何よりも引き付けていた。

 

 その愛おしさに関して、ナナは夫婦龍という性質上良く理解していた。だからこそ、ナナ、そしてその番であるテオ・テスカトル、そして紅龍ミラバルカンはついついこの店に足を運んでは構ってしまう。最近では暇をしている古龍が姿を変えては良く足を運んでいる。

 

 人と龍が、その存在を気にする事なく交流できる、唯一の聖域とこの場所はなっていた。

 

「むぅ……地味だ」

 

「地味だが大事な事だ」

 

「混ぜて混ぜて」

 

「こら、氷を撒き散らすな」

 

 呆れそうになる騒がしの中で、ようやくまともにバレンタインチョコレート作りが進む。慣れているアルマとナナはあっさりとチョコを作るが、そもそも初経験のフィロとアンはそうもいかない。道具を使うという概念すら薄いアンに限っては、そのまま道具を握りつぶしそうになるのを、力加減を調整する所から始まる。

 

 だがそうやって作業に集中し始めると、最初の騒がしさは消えて、楽し気な雰囲気へと変わる。

 

 最初はどうなるかと不安だったナナも、これなら何とか大丈夫だ、と安堵の息を零し、

 

 フィロの冷気を操る力でチョコを冷やし、最初の試作品を完成させる。

 

 見事に完成されたアルマ作、星型のチョコレート。ナナが作ったのはデフォルメされたテオのチョコレート。フィロが作ったものはちょっと不格好で、

 

「なんで?」

 

 アンの手の中には、白い宝玉型チョコが出来上がっていた。というより宝玉だった。うっすらと白い雷を纏ってさえいる。

 

「なんで、だろうな……」

 

「アンちゃんふっしぎ系ー」

 

「いや、不思議で片付く問題ではなかろうこれ……まぁ、まだ材料はあるしまだ試せるからやり直そう……」

 

「ふむ……次はクッキーに挑戦してみるか」

 

「大丈夫かアルマ?」

 

「ん……大丈夫だ。自分で挑戦しなきゃ成長もしないしな」

 

 そう言って新しいことに挑戦するアルマの姿は微笑ましかった。彼女には、自分の努力がどうあれ、絶対にグラジオラスに喜ばれるというイメージがあるのだろう。だから彼女は失敗する事を恐れずに、挑戦出来ていた。自分が出来る物が何であれ、それを喜んでくれるだろう。だけどいつも以上に成功すれば、その分驚いて更に喜んでくれるだろう。それがアルマにとっては何よりもの楽しみだった。

 

 極論、アルマにとって失敗か成功は重要ではなかった。

 

 ただこうやっているのは、純粋に喜んでもらいたい事。そして自分の成長を見せたいという気持ちがそこにあった。

 

 初めて料理に挑戦した頃には、普通と彼女の腕前は評価されていた。普通に美味しい。だけど言ってしまえばそれだけだ。誰だってそれぐらいは出来る。重要なのは唸らせるような声と、そして笑みを引き出す事だった。そして自分も厨房に立ち、料理をするグラジオラスの横に並んで一緒に料理するのがアルマの目標の一つでもあった。

 

 だからこうやって、バレンタインのチョコを作るのは一つのチャレンジ。

 

 自分の心と成長を送り出すイベント。

 

 だからチョコを作るだけでは満足しない。見本とも呼べるものは、既にグラジオラスが前々から繰り返して作っている。それを見て、アルマはしっかりと覚えていた。ナナという手伝いはいるものの、これを作る事が出来るのなら一つの成長を示せる。

 

 それが出来た時が、楽しみだ。

 

 美味しい、と笑みを彼から引き出せることが。

 

「ねぇ、ナナ。今度はチョコが出来たんだけどこれ、帯電してるんだけど……」

 

「どうして」

 

「でっでーん! 氷漬けチョコー!」

 

「食べ物で遊ぶな」

 

「遊んでないよ! 急速冷却しすぎただけだよ」

 

「食べ物で遊ぶなっ!」

 

 騒がしさの中、アルマは笑みを零した。彼女はこの騒がしさを通して、自分がもう一人ではない事を実感していた。もう二度とあの孤独に戻る事はないし、戻れないだろう。戻ろうとしてもそれをどうにかしてくれる素敵な人と、友がいっぱい増えたのだから。

 

 だからこの日常は、ひたすら愛で溢れていた。

 

 今日という日にハッピーバレンタイン、愛を素直に語る日は一年に一度あれば良い。それぐらいが適度に恥ずかしがらずに済む。

 

 そう思いながらアルマは、とびっきりの愛をこめてチョコを混ぜて、練った。

 

 この気持ちが彼の体を満たしてくれる事を祈って。




 ハッピーバレンタイン(遅刻)


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楽園の漂流者 試し読み版

 

【挿絵表示】

 

 

 一年目 初秋

 

 ―――生きる、という事を考える。

 

 高校を卒業して大学に入ってからはどれだけ勉強して、そして良い所に就職して、安定した生活を送る。その漠然とした流れが社会で生きて行く事なんじゃないか、と思っていた。だが最近の生活を経て、それが決して全てでもないよなぁ、という事実を想う様になってきた。だってそうだろう?

 

 そうでもなければランポスの爪をナイフ代わりに狩猟に出たりなんてしない。

 

 季節はおそらく初秋―――木々が少しずつ紅葉し始めるこの時期は、青々しい木々の葉が様々な色彩を帯び始めている。近頃は少しずつだが肌寒さを感じ始める頃ではあるものの、上着は脱いで、まだ葉の濃い茂みの中に体を隠していた。未だにターゲットには気づかれてはいない。いや、そもそも脅威に思われてもいないから近づいた所で逃げられないだろう。ここに存在する人類はおそらく自分ひとりだけだ。未だに狩猟を成功したことが無いのだから、そもそも肉食だとさえ認識されていないかもしれない。

 

 それでもこうやって茂みの中に体を隠すのは、そういう癖を自分に作る為だ。息を潜め、隠れる為の技術を磨く。そうすることで少しでもいいから自分が生き残るための手段を増やし、そして成長させて行く。ステータスみたいな数値が存在している訳じゃないから、自分がどれだけできるかなんて感覚的なものだ。だから妥協してはならない。技術は実践しない限りは身につかないのだから。

 

「ふぅ―――……」

 

 小さく息を吐き、茂みの向こう側をゆっくりと歩くステゴサウルスに似たフォルムを持つ生物を見る。その姿はあまりにも現実的ではない。これが日本社会であれば発表するだけで世間が大賑わいするだろう。だが生憎と、ここはたぶん日本ではない。それどころか地球ですらないだろう。だからこそ、ステゴサウルスの様な竜が―――草食竜・アプトノスが存在している。

 

 基本的に群れを形成して生きるアプトノス達は直ぐに逃げ出せる河辺近くに生息し、草を食べてゆるりと生きている。生命力を感じさせるその巨大な姿は本物であり、そして何よりもリアルだ。ポリゴンでもドットでも、CGでもない―――本物だ。現実として存在するリアルな生物。それが茂みの向こう側で生きていた。恐らくは自分が今、狙われているという事も知らずに。

 

 ぐっ、とランポスの爪を握る手に力を籠める。肉食の鳥竜種であるランポスの爪と牙がたやすくアプトノス等の草食竜の皮と肉を断つことができるのは、その生態から良く理解している事だった。だからこの爪のナイフも、ちゃんと扱う事が出来ればアプトノスを裂く事が出来る……、筈だ。自信がないのは事実だ。それでも生きる為にはやらなくてはならない。

 そう、この狩猟は生きる為の行い。

 

 これから初めて、動物……、と呼ぶには聊かファンタジックな存在ではあるが。それを殺す事になる。

 

 無論、アプトノスも殺されることを待つ訳じゃない。攻撃したら反撃するし、逃げ出しもするだろう。記憶にある初心者ハンター達でさえ、鉄製の武器を使って一撃で殺せる訳ではない。だからしっかりと、確実に殺せるように傷をつけないといけない。

 

「……良し、群れが動く前にやるか」

 

 狙うのは小型のアプトノス―――子竜だ。まだ育っておらず、肉も薄いだろう。だがそれは逆に言えば狩りやすいという事でもある。最初に狩猟する相手としては申し分ない。肉が柔らかく、そして小さな体は裂きやすくもある。狙うべき箇所は首だ。一気に掻っ切り、呼吸を乱しつつ致命傷を与える。アプトノスは習性として攻撃を受けて逃げ出す時に真っ先に川の中へと逃げ込む。勝負はそこまで逃げ込むまでにどれだけ血を流せさせられるか、になる。

 

 無論、理想は一撃で殺す事だ。だが自分の実力から言って、それは難しい。

 

 だからまずは確実に首を裂く。その感触を覚える。失敗しても良い……、訳ではない。理想は一発で成功させることだ。だが成功すると思ってはいけない。この二律背反を胸に抱えて挑戦しないといけない。そうしなければ、

 

 生きていけないから。

 

 秋が終われば冬がやってくる。その前に、備蓄しなくちゃいけないのだから。

 

「大丈夫だ、俺は、出来る。大丈夫……、大丈夫」

 

 ランポスの爪を逆手に握り、もう片手で事前に用意したネットを握る。《ツタの葉》と《ネンチャク草》を絡め合わせて作ったネットは酷く絡みつきやすいもので、小型のアプトノスぐらいならすっぽりと捕まえられると思う。ここに運んでくるまでにちょっと絡まってしまったが、それでも投げつければまだまだ全然使える。次はこれを現地で作成して設置する方向性で使わないとなぁ、と心の中で軽く反省しつつ、

 

 足元の相棒を軽く撫でた。

 

「良し―――頼んだぞピーター」

 

「きゅっ」

 

 小さい鳴き声を零し、摩訶不思議なピンク色の兎は言葉を理解するように反応した。ピンク色の兎、ミチビキウサギと呼ばれる環境生物であるピーターは此方の指示に従って素早く茂みから飛び出すとアプトノスの群れへと向かって走って行く。

 

 小さくすばしっこい体はそれこそアプトノスに踏みつぶされても気づかれなさそうな不安さを持っているが、一切のブレもなく駆け出すピーターは狙っていた子アプトノスへと接近し、その顔面に飛びついた。ピーターが顔面に張り付いたことでアプトノスの視界が奪われる。

 

 今こそ、飛び出す時。

 

 踏み出す勇気を胸に抱えて一気に茂みの背後から飛び出し、片手で引きずり上げるネットを前に投げようとして、ひっかる。後ろへと視線を向ければ作成したネットが茂みにひっかかり、絡まっている。材料に利用した《ネンチャク草》が引っかかってしまったのだ。それを強く引っ張って引きはがそうにも、作成されたネットはまるで動こうともしない。

 

「あぁ、クソ! 折角作ったのに!」

 

 結構時間かかったんだぞバカ! 心の中で叫びながらネットの使用を諦めて、そのままアプトノスへと向かって走って行く。順手にナイフを握りなおしながら両手で柄部分を掴む。掌に食い込む痛みを感じながらも両手でしっかりとつかんだナイフはブレない。叫ばないように必死に唇を結んで口を閉ざしながら一気に走ってアプトノスへと駆け寄り、

 

 ピーターが目を塞いだアプトノスの首に、両手で握るそのナイフを深々と突き刺した。

 

 悲鳴。

 

 アプトノスの口から悲鳴が溢れ出した。痛みに暴れ出しながらその尻尾を大きく振るう。防具がない―――いや、防具があってもあのハンターたちの様な超人的な身体能力なんてものはない。どんな生物であれ、一度でも攻撃を受ければ致命傷になってしまう。だから防具は装備するだけ無意味だ。だからこそ機動性を重視して上着は脱いでインナーだけで来ている。

 

 だから必死にしがみつく様に首に更にナイフを押し込み、それを左右へと押し広げる。傷口を開く様に、ただの傷が致命傷となる様に。出血と断面を増やす。そんな此方を引きはがそうとアプトノスが体を大きく振る。ピーターが飛び降り、それから逃げる様にナイフを引き抜きながら後ろへと下がる。それによって塞げられていた傷口が開放され、一気に血があふれ出し体を汚す。一気に出血量が増えたアプトノスはふらつきながらもしっぽを振り上げ、威嚇してくる。

 

 その姿をナイフを両手で握って迎える。狙うなら逆側だ。傷口を広げる。胴体は肉が厚いからダメだ。狙うなら首以外はダメだ。確実に、そして速やかに急所だけを狙って攻撃しなくちゃいけない。それだけが自分の勝てる手段だ。

 

「あっ」

 

 アプトノスが逃げ出す。戦う事よりも逃げる事を優先するアプトノスが川へと向かおうとして振り返るも、その顔面に再びピーターが飛びついて視界を塞いだ。それによってバランスを崩したアプトノスが転ぶ。その姿にすかさず飛びつく様にナイフを突き立てる。

 

 寸分も狂いなく、そのがら空きの首へ。

 

 飛竜種の様に甲殻もなければ鱗もない。

 

 鳥竜種の様に倒れて暴れても体を傷つける爪もない。

 

 アプトノスという竜は、まさしく狩られる側、食物連鎖の最底辺にある。だがそんな相手でも一撃を喰らえば致命傷になりかねないほどに、人の身は脆く、弱い。

 

 だから油断も慢心も捨て去る。最底辺にあるって事は自覚している。その為にも全力を尽くすのだ。今の自分はチャレンジャー側にあるのだから。故に見つけた隙は逃さない。今、この瞬間に殺せるチャンスがあるのだから。生き延びる為にも、

 

 全力で突き刺す。

 

 何度も突き刺すようなことをするのではない。

 

 突き刺して、傷口を広げる。やたら突き刺せばそれだけ傷が増える。こいつは殺した後で色々と利用するのだから、なるべく綺麗に殺したいという欲もある。だから首だけに限定して刺し、広げる。裂く。

 

 大地に倒れ伏したアプトノスが起き上がろうと体を跳ねさせるが、それから離れないように首の付け根に足を置きながら両手で握ったナイフを突き刺す。

 

 首から流れる血が大地を濡らすまで。

 

 やがて血を流し過ぎたアプトノスの動きが止まる。その姿から数歩引いて、片手でナイフを握りながら初の狩猟の成果を眺める。

 

 周りでは血の匂いにアプノトスたちが一斉に逃げ出しているが、それを気にすることなく地面に倒れ伏したアプトノスの姿を息を切らしながら眺めていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これが、初めての成果だ。

 

「勝てた……」

 

 狩猟できる存在の中では、最底辺だとさえも言える存在だ。だがそれでも初めて殺した。初めて勝利したという事実は心の中に言葉にもできない達成感と充足感を満たしてくれた。それが抑えきれずに両手を握りしめ、胸を抱きしめる様に数秒間動きを固まらせ、

 

「きゅっきゅっ」

 

「そうだ、早く血抜きをしないと」

 

 ピーターの鳴き声で正気に戻る。ゆっくりしている余裕も、時間もない。まずはアプトノスから血を抜いて、それを河辺で洗わないとならない。ここに肉食の竜が来るのを今まで見た事はないが、それでもやってくるだけの可能性は十分にある。その前にここを撤収しなくてはならないのだから、のんびり浸っている時間はない。ナイフのグリップを軽く確かめる様に握力を込め、アプトノスの首に近づく。片手でその首を抑えながらナイフを振り上げる。

 

「このままじゃ持ち運べないし―――なっ!」

 

 勢いよくナイフを振り下ろした。




 本になるともうちょっとフォーマットが変わってきますが、これは現在BOOTHの方で出させて貰っているモンサバのBOOTH版、電子版、或いは同人版、その冒頭部分になります。

 ここ、ハーメルン版の1話目と比べてみると解りますが、全文書き直しております。

 圧巻の421ページの1巻、R18から全年齢へと規格を変えて現在販売中! 何のためのR18? いらなかったのでは? 全年齢じゃないから布教できなかった! という貴方へ。是非是非、検討を。

 MHW、MHW:Iも導入、新イベント、時系列の変化、新キャラクター、もしかして結末まで変わるかもしれない? どうなるかは是非この1巻目を購入して確認を!

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