冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか (その辺の人)
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旅立ち あるいは第0話

タイピングのリハビリとして5000文字にチャレンジ。
いつかの妄想を書き起こしてみた。

異世界で冒険する直前までの話であり。冗長の駄文。

推敲や誤字脱字のチェックもなし。
プロットさえ無し。


 少年はいつか勝ち取った平和を眺めに気楽な旅をしていた。

 いつもと変わらぬ風のように白い軽装、自由と旅を愛する彼はある日、ともに戦ってきた神に異世界を聞かされる。

 新たな世界に躊躇なく一人飛び込む彼の名は、バッツ・クラウザー。

 

 -----

 

 突然のことだった。髭の長い男は言った。

 「そろそろ我々は帰る。もう何度か我が子に顔を出せと呼ばれている者もいることだ、ここにはまた顔を出す。」

 

 バッツは少し驚いた。

 「ちょっと待ってくれよ、お前たち家とか国とか持ってたのか。」

 

 青く冷たい彼女は言った。

 「ない。が、神々のよく集まる世界で私の息子が、我が子と同じ目線で愛を注ぐのだとうるさくてな。そこへ行く。ここも随分平和になったことだし今がいいと決めた。」

 

 新しい世界。バッツはその響きに抗えるほどの使命も心配も執着も無かった。

彼は英雄であったが、名声など明日の飯にもならないどころか、それを知る人に気を遣わせるしがらみだとさえ感じる価値観があった。

そんな彼には知らない場所で1からの冒険がまたできる日が来るとは思ってもいなかった。

 

 「ちょっと待ってくれ。俺も準備するから。あとあいつらにちょっと行ってくるって手紙書かせてくれ」

 

 微笑む2神。決して人には向けないその表情には尋常ならざる経験と理解と絆があった。

 「やはりこいつ付いて来るぞ。シヴァ。」

 「ラムウのいう通りになったが、知ってて話すと決めたじゃないか。私はガネーシャへのいい刺激になるだろうし連れていきたいと思っていた。」

 

 彼の支度は余計な荷物を捨て、手紙を書くのみだった。すでに楽しみで染まり切っていた彼には、かつての長旅に付きまとった必死さと心配などかけらも無かった。

 「じゃ、この手紙出したら行くか。留守はよろしくな。ボコ。」

 クェっと一鳴きしたバッツの相棒は、いつもの放浪癖がまた出ただけだと理解していた。

放っておけば満足げに楽しい話とポーチ一つ分のお土産を持ってふらっと帰って来る。ボコはその笑顔が好きだった。

慣れた様子で首に手紙入りのバッツの荷物を掛け、そそくさと走って行った。

 

 ラムウには一つ心配があった。

 「バッツよ、帰りはどうするのだ」

 

 「連れて帰ってくれないのか?」 

 

 「そんなことだろうと思ったが、向こうで我々は人と同じ目線で生活してみようと思っている。そうガネーシャに誘われたのだ。」

 

 「故に一人でいつでも帰れることはないと思え。タイミングは我々と同じということだ。」

 

 「要は神の力を封印して同じ飯食って生活するってことか。時々お前らは何考えてんだか分かんないな」

 

 「まあ、お前も神と大して差のない力があるし、誰もなし得なかった無からの生還もやってのけた。今更止めることもないさ。」

 

 「ふむ。確かにこやつに心配は似合わんか。いざとなれば我々の真似事でどうとでもなるだろう。」

 

 「じゃ行こう。」

 

 「一つだけ心得よ。バッツ。世界の移動で生身の体は鈍るぞ。だがクリスタルの加護はその程度で消えはせんだろう。」

 

 「そうなのか。わかった。じゃ行こう。」

 

 急かすバッツに背中を押され、彼らはさも当然のように世界をとんだ。

 

 ーーーーー

 

 聞いていた体の鈍りはバッツの想像以上だった。

 「いたっ!」

 

 「出会った頃のような軟弱さじゃないか。」

 

 「ラムウは?」

 

 「好きにさせてもらうと残し、どこかへいってしまった。気にするな。」

 

 「ここどこだ?」

 

 「息子の気配を追って適当に出たが、町は近いようだ」

 

 「家の中とかにしてくれよ」

 

 「盗賊の根城やら牢屋かもしれんのにか?ここのことは何もわからないから仕方なく開けた場所にした。」

 

 「まあ逃げ道は大事だよな」

 

 「そうだな。化け物もいることだし。守ってくれ。」

 

 「いやだ。隠れて逃げるぞ。ちゃんと足で走れよ」

 

 「久しぶりに足で歩いたな…」

 

 「言ってる場合かよ。なんか俺も子供の頃に戻ったみたいだ。ナイフが重い」

 

 慣れた様子で隠れながら談笑する2人は、体の調子を見ながら会話できる現地人を待った。

 

 「む。」

 

 「お?誰か来たか?」

 

 「ああ、息子の気配を感じる。」

 

 「良し、今日の宿は何とかなりそうだな」

 

 皮のカバンを背負った小人と杖持ち、獣顔の斧持ちの3人組。

願わくば追剥出ないことを祈りつつバッツは冒険者一行へ話しかけた。

 

 「なあ、ガネーシャってわかるか?」

 

 「はあ?俺はガネーシャファミリアだが、なんでナイフ一つでダンジョンにいるんだ?」

 

 スムーズに会話の行きそうにない事を悟ったシヴァはバッツの代わりに口を開けた。

 

 「突然だが話を聞いて欲しい。私はシヴァ。ガネーシャは私の子だ。たった今この地にこいつと降りたばかりで道がわからないのだ。助けて欲しい。」

 

 シヴァはできうる限り抑えて神独特の気配を放ちながら話しかけた。

しかし冒険者一行はそのシヴァの非常識な姿に当てられて惚けている。

まるで要領を得ない返事の斧持ちたちからカバンの小人に話し相手を変え、シヴァは再度のお願いをした。

 

 「出口までの地図をくれ。手書きでいい。」

 

 こちらは女性だったからか特に事を詰まらせることもなく。

 「わかりました。少々お待ちください。」

 

 「なあ、名前教えてくれよ。俺はバッツ」

 

 「リリ…リリーナです。」

 

 「リリーナ。あいつらいっつもぼーっとしてるのか?」

 

 「シヴァ様のお姿があまりにも刺激的すぎるんじゃないですか?」

 

 「なるほど」

 

 神を神としか見ていなかったバッツには、せいぜいきれいな人型としか思っていなかったが、改めてシヴァを見た。

今は確かに背も人並みの高さで、あの高圧的な魔力や凍える空気はなかった。普通の人にしか見えない。

 

 「シヴァ。お前綺麗だったんだな」

 

 「!」

  

 「危ないからちゃんと身を守る服ぐらい着ろよ」

 

 「!!」

 

 「何驚いてるんだ?」

 

 「…確かに服を着ていなかったな。これで町へ出て行けるか?」

 

 「無理そうだな。ちょっと腹ごしらえに肉取って、毛皮でも剥ぐから待ってろ」

 

 ようやく意識を戻した斧持ちがまともに話した。

 「顕現なさったばかりなんですよね?ここのモンスターは殺すと消えてしまうことをご存じないのですか?」

 

 バッツは大して驚くことこそなかったが、困ってしまった。

 「魔物しかいないってことか…獣は出ないのか?腹も減ったし一人分服が欲しいんだ」

 

 思わずシヴァを視界に入れた斧持ちはまた正気を手放した。

 「そ、そのお姿も魅力的ですから、も、問題ないかと…」

 

 さすがのシヴァも顔をしかめた。

 「これで往来は歩くわけにはいかない…」

 

 飯も毛皮も手に入らないここで、周りには岩ばかりで植物もないのを確認したバッツは、応急処置だけでガネーシャに会いに行くことを決めた。

 「このマント使ってくれ。今のシヴァなら余裕あるだろ。」

 

 「マント一つか…仕方ないな。ガネーシャへ急ごう」

 

 「地図、写し終わりましたよ」

 

 「ありがとう。町まで歩いてどれくらいかかる?」

 

 「今からまっすぐ戻れば夕方でしょうか」

 

 「君たちも気を付けて」

 

 「ありがとうございます神様」

 

 「じゃあなリリーナ。また会ったらお礼は必ずする。」

 

 「忘れませんよ。さようなら。」

 

 ようやく町へと向かうことになったバッツとシヴァ。

しかし長すぎた休憩はダンジョンに新たなモンスターを吐き出させるには十分だった。

リリーナたちの歩いてきた道だから安全だとタカをくくったバッツは、

真っ先にシヴァを狙うモンスターに面食らった。

 

 「初陣だぞ。守ってくれ。」

 

 「戦えないのか!?」

 

 「このマントの重さで精いっぱいだな。」

 

 「俺だってこのナイフしかないんだ。魔法も魔力が足りない!くそ!ゴブリンの1体くらいさっさとやって隠れるぞ。」

 

 動き出したバッツは速かった。

襲われるシヴァの前へ出ることはなく、迷わず背後からの一突きを選んだ。

シヴァが一歩下がる。それで十分安全な距離であることは彼の戦闘を見守り続けた経験で確信していた。

たとえ今の彼が年相応の少年の身体能力しかなくとも、その淀みない風のような立ち回りは何も変わらなかった。

 

 「さあ行くぞバッツ。」

 

 「お礼くらいしろよ。」

 

 首への一突きに倒れこむゴブリンがふっと消えるのを見て、何かが残ったことに気付いたバッツは、その石を拾ってシヴァの後を追った。

 

 

 -----

 

 「もうこっちのゴブリンには慣れてきたな。魔法使ったり変なパンチはしてこないみたいだ。」

 

 「ここが出口のようだぞ」

 

 「良し、さっさとガネーシャに会おう」

 

 町の中出会った人々にガネーシャ・ファミリアの場所を教えてもらった。

 ここはオラリオ、冒険者の町。魔物の湧き出る世界の大穴。そして神々の寵愛と道楽のるつぼ。

バッツのテンションは岩だらけの穴倉から抜け出しとどまるところを知らなかった。

 

 「シヴァ。ガネーシャに会ったらそこからは好きにしてもいいか?」

 

 「もちろん。死ぬなよ?」

 

 「ああ。まあちょこちょこ会いに行くとは思うから」

 

 「そうか。 ついたぞ…?」

 

 「金の像の股くぐるのか?悪趣味じゃないか?」

 

 シヴァは何をしているのかさっぱり教えてくれなかったが言うことは立派なガネーシャの趣味が、まさかこんなものだとは想像もしていなかった。

まずは本人と会ってから考えようなどと思考を放棄する程度にはシヴァへダメージを与えた。

 

 「待たれよ。ここガネーシャ・ファミリアへ何の用だ」

 

 「ガネーシャにシヴァがその友と来たと伝えてくれ。」

 

 「なあおっちゃん。俺たち丸腰なんだ。この武器預けるから早く入れてくれよ」

 

 「何? おい、お前がガネーシャ様へ伝えてくれ。おれは2人をあらためる」

 

 「分かった。」

 

 「では武器を預かる。他に魔法の触媒や薬もないようだな。次。マントを預かります。…!」

 

 服装についてはもうあきらめた2人だったが、やはり門番は固まってしまった。

 「見せ物ではない。マントを返してもらうぞ。丸腰なのはわかってもらえただろう。」

 

 「腰…」

 

 「おっちゃん!しっかりしてくれ。」

 

 「は!シヴァ。あなたは…」

 

 慣れない男が直視するとまともに話せなくなることを覚えたバッツは代わりに返事した。

 「ガネーシャの親なんだってよ。服はこの世界に来るときに、持って来るのを忘れた。」

 

 「!!シヴァ様!失礼いたしました!」

 

 「よい。あの程度は何も失礼でない。慣れない仕事をよくやってくれた。」

 

 「シヴァ様。感謝いたします。一生の誇りです。」

 

 「裸見て一生の誇りってのもどうなんだ?」

 

 「そのようなつもりはありません!」

 

 「バッツ。からかうのはよせ。」

 

 「ごめんよおっちゃん。お堅いのは嫌いなんだ。だからリラックスしてほしかった。」

 

 「…始めましてなのに気を遣わせたな。バッツ。ありがとう。」

 

 門が空き、向こうからの迎えが見えた。

 「じゃあなおっちゃん。ちゃんと力抜かないと疲れちゃうぞ。」

 

 バッツは案内されながら、この建物を無駄にでかいなと思ったが、冒険者たちが気楽そうにしているのを見かけ、

緊張を抜くために変な建物なのかもしれないなどと妙な考えに至るころにようやく目的の人物が現れた。

 

 勢いよくこちらへ歩き出した金の像をかぶっている男を見て、バッツはああやっぱり変な趣味なだけなんだなと認識を固めた。

口しか見えず正直重くないのかなと聞きたくなった。

 「よく来た!本当によく!来た!」

 

 「私が!ガネーシャだ!」

 

 バッツはこれまであってきたお堅い代表者の挨拶よりもずっといいと思い安心した。

 「俺はバッツ。ここに冒険しに来た。」

 

 「母の友と聞いている!ここまでよく母を守ってくれた!感謝する!」

 

 「そして母よ!会いたかった!」

 

 「元気そうでよかった。まずは服をくれないか。」

 

 部屋にいる周囲の従者が驚きの表情を隠せなかった。しかしさすがガネーシャの母だと全員が思った。

 「!母よ!裸でここまで歩いてきたのか!」

 

 「息子よ。お前はそういうやつだったな。なんでもはっきりと声に出さないと気が済まないか。」

 

 「ああ!服はすぐに用意させる。それと2人共今夜はここでゆっくりしていってくれ。ずっとでも構わないが。」

 

 「俺は明日には出ていくよ。なんでも見て回りたいんだ。」

 

 「バッツ!冒険者志望か!母とともに来たから神かと思ったが。では母の眷属か!」

  

 「あいつは神なんかよりもっと自由で強いさ。それに対等だ。間違っても眷属や家族ではない。前の世界ではともに戦った。」

 

 「なんと!心強いな!だがここに来たからにはレベル1!明日は登録からだな!」

 

 「登録ってなんだ?」

 

 「まあ休んでからでいいだろう!明日は案内をつける。さあ食事だ!皆杯を持て!今日の平和と!母と!その偉大なる友人に!」

 

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手の調子が良ければ、隔週更新の予定です。

正直面白がってやれてはいますが、本当に自己満足のためにやっているので、
指摘、感想の類はつくだけで非常にうれしいです。


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1話 旅人、冒険者になる

気付けば時間がたちすぎていました。
シヴァは基本雄神(インドの神話準拠。ff要素も可能な限り入れたい)で行きます。



旅人、冒険者になる

 

ーーーーー

 

オラリオに着いた翌朝、ガネーシャ・ファミリア本拠地「アイ・アム・ガネーシャ」で目覚めたバッツは、着の身着のまま寝て過ごすことの多かった経験から、快適すぎる寝起きに違和感を覚えた。

 

しかしながらメイドに朝食があると告げられ棚からぼたもちが降ってきたようですぐに気分が晴れた。

 

そそくさと着替えたバッツは寝癖も直さず、この世界へ誘った張本人であるシヴァとその息子ガネーシャと共に朝食を取るためメイドに案内されて食堂に着き、誰だかわからない二人の座っている食卓に案内された。

バッツは心当たりを隠しもせずに挨拶する。

 

「おはよう。もしかしてガネーシャか?」

「おはようバッツ!そうだ!俺がガネーシャだ!父に言われて今だけでも仮面は外すことにした!」

 

仮面をつけることにどんな思いがあるのかなど気にもならなかったバッツはもう一人へ声をかけた。

 

「おはようシヴァ。あってるか?」

「おはよう。存外落ち着いてるな。私が父のシヴァだ。」

「驚いてるさ。でも見た目で間違えるほどもう短い付き合いじゃないだろ」

「この姿をお前に見せるのは初めてのはずだが、つまらないな」

「俺は父の姿の方が見慣れているがな!」

 

よくわからない二人の正体はシヴァとガネーシャだった。

ガネーシャに関しては仮面を外しただけなので特に違和感もなかったが、シヴァの変化にはさすがに旅を連れ添っているバッツも驚いた。

どう見ても男だったのだ。

透き通るような肌やどこまでも落ち着いた目付き、それにいつも纏う独特の乾いた雰囲気は変わらないため間違える事こそなかったが、やはり凄まじい違和感を覚えたバッツは、口を付いて出る言葉を止められなかった。

 

「何で裸なんだ!服を着ろって言ったろ。」

「「!」」

「何で二人とも驚くんだ!」

「「服を着るなんて暑苦しい…」」

「そんな理由かよ!」

「男なら周りを気にせずとも上裸でいられると思ったのだ。」

「こっちは真面目に心配したんだぞ!」

「それはありがとう。」

「…もう食べよう。」

「そうだな!料理を出してくれ!」

 

オラリオに来てからというもの明らかに緊張感のないシヴァにバッツは困惑を隠しきれなかったが、それを察したシヴァが弁明する。

 

「バッツ、私は人と同じ目線で暮らしてみると言っただろう。ここでは私たち神は人と同じ体で過ごすのだ。私は、とてもじゃないがお前のように強くはないから開きなおってみることにした。」

「じゃこの町でパンでも焼いて売るのか。」

「それもいいかもしれないな。」

「ここにいない奴を召喚したらどうなるんだ。」

「呼び掛けには応じないと思うぞ。どうしてもと言うなら来るはずだが。」

「そんなもんか。気分次第ってことだな。」

「バッツ!この世界はお前の故郷に比べてはるかに安定している!この平穏を守ることを我々神々が保証しよう!」

 

この世界の人々が聞けば思わず卒倒するような会話が当たり前のように展開されたが、平和に朝食を終えた。

 

ーーーー

 

朝食を終えて出掛ける支度を済ませたバッツは、ガネーシャに昨晩聞いた冒険者登録についての案内を急かした。

 

「早くギルドってとこに連れてってくれよ」

「まだ朝だぞ!窓口は空いていないのだ!しかもこのまま行っても何の手続きも出来ないだろう!」

「とにかく場所だけでも教えてくれ。早く外を見たいんだ。」

「うむ!わかった!その熱意を妨げる私ではない!すぐにでも私の家族が案内する!ではまた用があればいつでもガネーシャ・ファミリアを頼ってくれ!」

「ああ!ありがとう。」

 

もはや心ここにあらずといった調子のバッツにシヴァは微笑みながら告げた

 

「ここまでよく付き合ってくれた。今からは思うまま過ごしてくれ。」

「ガネーシャ・ファミリアに来ればまた会えるか?」

「しばらくはここに世話になるからな。そのつもりでいてくれ。」

 

その後に世話になったメイド等に挨拶を済ませたバッツは、ガネーシャ・ファミリアの案内と共にギルドへ向かった。

 

「門番のおっちゃんが案内だったのか。」

「お前のことをガネーシャ様から先ほど聞いたが、驚いたぞ。まさかそんな素性だとは。」

「頼むから畏まらないでくれよ。あと尾ひれをつけた噂もしないでくれ。」

「お前のことは気に入ってるんだ。そんなことはしないよ。」

「助かるよ。じゃあ案内よろしくな。」

 

どこまでも期待を隠さない表情で歩き続けるバッツは、街の人々からはよくみる外から来た冒険者としか映らなかったため、特に押し売りのような物もなくギルドの窓口へ着いたが、人の気配がない。

 

「まだあいてないか。」

「俺はここまでだ。餞別って訳じゃないが、ガネーシャ様からだ。大事にしろよ。」

「ここが開いたらどうすればいい?」

「適当に職員を捕まえて登録したいって言えばいいさ。心配するなよ、ここはなんにも知らないやつが最初に来る場所なんだ。」

「ありがとな。じゃあまた。」

 

地図を受け取り案内と別れたバッツは現在地を確認し、すぐに散歩の計画を立てた。

 

「まずは武器と防具か。次は街の外の地図でも探すかな。そのあとギルドで登録。飯と寝床はそんとき考えるか。」

 

最低限の装備だけでも欲しいと思ったバッツは、なんとも大雑把な計画をたて歩きだした。

見知らぬ土地を歩けばどうせ予定など吹き飛ばされると相場が決まっている。そんなことを何度も経験しているから詳細を詰めるバッツではない。

 

早速今居る冒険者通りの武器屋から見ることにしたバッツは、商魂たくましく我先にとまばらに開き始めた商店を見渡す。

剣を描いた旗があがったのを見つけたバッツは、金もないのに店主へ話しかける。

他に人のいない時間ならば冷やかしでも笑顔で対応してくれるかもしれないという打算もあった。

 

「開いてる?」

「いらっしゃい!開いてるよ!」

「昨日ここに着いてさ、いま持ってる武器がナイフ一本なんだ。」

「そいつは心配だな?ここで槍でも弓でも揃えていけよ!」

「それいいな。いつもはどんな人が買ってくんだ?」

「よくぞ聞いてくれた!うちはあのアポロン・ファミリアの団長がお得意様なんだぜ!レベル3の冒険者でも満足の品なんだ。安心して買ってくれよ。」

「なるほどな。団長ってぐらいだし凄そうだ。これ持ってみてもいいか?」

「ああいいぞ。」

 

バッツは一振りのロングソードを手に取り、いくらか素振りした。

今の自分には重たい気がしたが、片手で振り回すには苦労しなかった。無論、買わずに自身の体の調子を確かめるのが目的である。

ロングソードの出来映えはと言うと、切れ味は計りかねたがおおよそ平凡なものと変わらないようであると判断した。しかしバッツは基準を元の世界に合わせて考えたため、この剣は耐久性が優れたお買い得品だと知るよしもなかった。

普通の武器の値段がこんなもんかと確かめたバッツは続いて防具を見ることにした。

 

「ごめんなおっちゃん。実は俺まだ冒険者登録してないからそろそろギルドに行くよ。良い剣だと思ったけど手持ちが足りないから諦める。」

「そうか残念だな。レベルが上がったらまた来いよ!」

 

正直に手持ちがないことを伝えても嫌な顔をされないのは、バッツの興奮冷めやらぬ笑顔など、滲み出る新参者っぷりからであった。バッツ自身も人を選んで話しかけている意識はあったが、この通りがギルド周辺にあるので新参者に優しい店が多いことも要因だった。

 

そんな調子で防具の店やら、昨日来たばかりであると伝えたら、押し売りぎみに試供品などと言って明らかに製品であるポーションをくれた心配性な美形の薬屋やらと会話を楽しんでいるうちに、ふとすれ違った白髪の少年が焦っていることを見逃さなかった。

そう言えばもう何度かすれ違っていたことに気付き、どうせ暇だからこの白髪の迷子でも連れてギルドに行こうと思ったバッツは、もうギルドの受付が開いている時間だと思い出した。

そんなバッツを知ってか知らずか、立ち止まってキョロキョロと辺りを見回し始めた白髪にバッツは声をかけた。

 

「おはよう!何度もここをいったり来たりしてるみたいだけど誰か探してるのか?」

「お、おはようございます!神様を探しています!」

「誰でもいいなら3人知ってるぞ。」

「3人もご存じですか!紹介してください!」

 

バッツはこの少年を家族からはぐれた迷子くらいに思っていたため、その焦りと押しの強さに少し驚いた。

どうやら神なら誰でも良いようなのですぐそこにいる先ほど話した薬屋を紹介する事にした。

 

「それならあそこの女の子に話しかけてるやつが神様だぞ。」

「えっ本当ですか!?神様はもっと偉…いや、それっぽくしてると思いました…」

「まあ神様と話をしたいんだろ?とりあえず聞いてみようぜ。」

 

「おおバッツ、道にでも迷ったか?ギルドはあっちだぞ」

「ミアハ。こいつが話があるってさ。」

「か、神様!僕をファミリアに入れてください!」

「うーん。なるほどな。バッツも一緒に聞いてくれ。」

「わかった。なんの話だ?」

「まずは私の意見だ。君は私のファミリアには入らない方が良いと思う。」

「なんでですか…」

「正直に言うと私のファミリアはいま困窮している。君を迎え入れる余裕はないのだ。さらに君がそんなことを気にしないとしても、私の縮みゆくファミリアに君を加えてしまうことを私自身が許せない。」

「そうですか…」

「では二人に聞いてほしい話を始める。まず二人ともファミリアとは何か分かるか?」

「神様からファルナを頂いた家族の様な仲間のことです!」

「ファルナってなんだ?」

「知らなかったんですか!?すごく落ち着いてるし神様の知り合いも多いから、てっきりベテランの方かと…」

「バッツはここに来てまだ1日だぞ。」

「ファルナとは、この世界で行使できる神々の唯一の力だ。元よりこの世界に住む子らに加護を授ける。具体的には君たちはファルナによって、身体能力の向上や、スキル、アビリティなど超常的な素養を身に付けることができる。」

「よくわかったよ。ありがとう。ようは強くなったり便利なことができるようになるんだな。」

「次だ。ファミリアに入って君たちはどうしたい?」

「俺はファミリアに入らなくとも冒険する予定だけど。」

「バッツさん!僕も冒険者になりたくてここに来ましたけど、ファルナ無しで冒険するなんて危険すぎてできませんよ!」

「二人とも冒険者志望か。ならなおさら私のような冒険者のいない薬屋ファミリアに入るべきではないな。いくらファルナの効果がどの神から授かろうと変わらなかろうが、ダンジョンの中でともに助け合い、アドバイスを授ける仲間が私のファミリアには居ないのだから。」

「仲間は大事だよな。そう言うことなら冒険者のたくさんいるファミリアを探した方が良いって訳か。」

「いくつかのファミリアには当たりを付けてたんですが、門前払いでした…」

「焦っていたのはそういうことだったのか。」

「まあ、仲間なんて探して見つかる訳じゃないし、気楽に行こうぜ。まず一人目の仲間だ。おれはバッツ!よろしくな!」

「ファミリアでなくとも仲間にはなれるぞ!私はミアハ。二人ともよろしく。」

「うっ…本当に良いんですか?こんな迷子の仲間だなんて…」

「大分心細かったようだな。言い方を変えよう。もうこの3人は友達だ。存分に頼ってくれ。そうだ、挨拶代わりにこのポーションも持っていってくれ。」

「ありがとうございます!僕の名前はベル、ベル・クラネルです!」

「よろしくなベル!じゃあ先ずはギルドに行こうぜ。おれは冒険者登録ってのをするつもりだったんだ。」

「おお、行ってらっしゃい二人とも。ベル、もうここで二人も友が出来たんだ、君はツイてるよ。心配は無用さ。もちろんバッツもだ。」

「ああ、これからよろしくなミアハ!じゃあまたな。」

「ファミリアが決まったら必ずお礼に行きます!行ってきます!ミアハ様!」

 

この感動的な出会いによるベルのテンションは、しかしギルドの受付による冷静な説明によって長続きしなかった。

 

「冒険者登録はファミリアに入ってからとなります。ファルナ無き身でのダンジョン探索によるリスクをギルドは見過ごせません。」

「結局ファミリアに入らないといけないわけだ。」

「ファミリア探し、頑張りましょう!バッツさん。」

「そのバッツさんはやめてくれよベル。呼び捨てでいい。」

「じゃ、じゃあ…バッツ。行こっか。」

 

バッツとベルはギルドから出た後に地図を眺めながら、今日をこのファミリア入りで使いきるだろうと覚悟した。

ミアハの説明を聞く限り、ダンジョン探索を行うファミリアでないとそもそも取り合ってすらもらえない可能性が大いにあることは想像に難くない。

さらにはこの二人、いま使える人脈はとても忙しいらしいガネーシャと昨日来たばかりで右も左もわからないシヴァのみなのだ。

正直妙にベテランの風格を感じるバッツがその身体能力をアピールすれば話くらいはどのファミリアでも聞いてもらえるだろうと思ったベルであったが、早速人を頼りにしてしまう自分を浅ましく思った。

暗い表情のベルリンに気付いたバッツは、が声をかける。

 

「おいベル。まずは飯にしようぜ。」

「お金持ってません…」

「実は俺もなんだ。」

「なんですかそれ…どうするつもりだったんですか?」

「行き当たりばったりさ!ほら、ポーションもらえたろ?」

「…そうですね!どこかで水でも頂いて、ひといきつきましょう!」

 

街の冒険者たちには、この白い髪と白い服の二人組が妙にしっくり来てしまった。

これからの期待感を隠さずに道行く人を捕まえまくるこの二人を思わず応援してしまうひともちらほらいた。

一刻もすれば水を手入れた二人は躊躇なく道端に座り込み笑顔で作戦会議を開いていた。

 

「このダイダロスってところは止めておきましょう。」

「そうだな。ファミリアの多いこっちの方からいってみるか。」

「あ、でも大抵いきなり神様とは話をさせてくれないらしいですから、いま神様の間でブームになってるらしいこのお店の前にもよってみましょう!」

「そうだな!じゃあ店があいてるいまのうちに行って、それからホーム巡りだな。」

「はい!」

 

それから夕方まで嫌になるほど同じ温度を感じながら過ごした。

ギルドで先ほど味わったばかりの確かな温度差を。

確かに流行りの店の前で沢山の神々と会うことが出来た。しかし皆一様に邪魔をするなという態度で過ぎ去ってしまう。ミアハやガネーシャのようなどんな話にも向き合ってくれる神はかなりの少数派であることを、ここで二人は知ることとなる。

その後は推して知るべしである。

客観的に見れば二人の見た目は子供なのだ。

童顔にシックなマントは背伸びしているようにしか写らず、隣の白髪はただの子供なのだ。なんなら親の装備を盗んでのごっこ遊びだと言われても信じてしまう人はいるだろう。

バッツがマントを外しても、その白い軽装は髪飾りと相まって新しい演劇の服装かと思われた。

おまけにそれをみた童話好きのベルはツボにはまってしまい、まるであの本の英雄様だ!と騒ぎ始める始末。

結局一日かけても神々には鬱陶しがられるか微笑まれるかで、まともに相手をされなかった。

 

「さすがに腹が減ったな…ベル?」

「はい…もう帰ろうバッツ。」

「俺に帰る家なんて無いんだ。ベル。」

「え…?」

「無いんだよ。今日は野宿だ。」

「もうダメ…動けない。雨もしのげないなんて…」

「「はあ。」」

 

救いの手はどこにでもある。

きまぐれな運命がプー太郎を偶然彼らの前に放り出し、プー太郎が偶然ミアハのように優しい少数派で、しかもそのプー太郎が珍しくプー太郎らしくない積極性を出し生活の糸口を掴むために町を歩き、さらに二人の目の前で我慢の限界に達して愚痴りだし、まして神であることを口に出すなど、それはもう彼らの救いのプー太郎に違いなかった。

 

「プー太郎って呼ぶなあっ!全くっ駄女神呼ばわりまでは心の広いボクだから流してあげたのに!太郎はないだろ!太郎は男の名前だろ!ボクはボクだけど女神なんだよ全く!」

「「神様ぁっ!」」

「!なんだい君たち。もしかしていまの愚痴を聞いてた…?」

「「聞いてましたぁっ!」」

「わ、忘れてくれ!ボクはこれでも一人で立派に生活してる女神なんだ!」

「「プー太郎…」」

「忘れてくれぇっ!」

「「あなたのファミリアに入れてください!」」

「…よく見れば君たちすごく疲れてるようだね?」

 

神が人の状態を見極めるのは容易い。

神という存在として、人の心をある程度見透かすことができる。

そして疲れているのはこの二人だけではなかったが、その慈愛が一度発揮されればこの神、どこまでも芯の通った善神だった。

 

「君たち。ボクにはファミリアがないんだ。当然君たちにあげられるものはファルナとボク自身しかない。」

「なんでもやります。お金も稼ぎます。ご飯も作ります。」

「楽しくやっていくためにこいつは頑張れる。俺からもお願いだ。」

「君たちの心が本当に正直だってことは分かるよ。…ボクも少し寂しかったし。」

 

バッツとベルは顔を見合わせる。

すぐに疲れと寂しさは吹き飛び、二人は笑顔で女神の手を取る。

 

「バッツ・クラウザーだ。よろしくな。」

「ベル・クラネルです!よろしくお願いします!」

「バッツくんにベルくんだね!これから楽しくしていこう!」

「じゃあ、ベルをよろしくな。」

「「ん?」」

「本当によかった。ベルのファミリアが見つかって。」

「待ってよバッツ。」

「待つんだバッツくん。」

「なんだよ二人とも。もういいだろ?手を離してくれ。」

「「嫌だ。」」

「なんだ。俺なんかしたか?」

「「なんで入ってくれないの!」」

「!」

「ここまで一緒に頑張ったじゃないですか!ボクも神様にお願いするから一緒に頑張りましょうよ!」

「君みたいに心の綺麗な子は居ないよ!誰にお願いされなくても君にはボクのファミリアに入ってほしい!」

「そこまで言われると恥ずかしいな。でもいいのか?俺はきっとベルと違ってこれって目標もないんだ。」

「やりたいことなんてファミリアに入ってから決めれば良い!ちょっとお金は稼いでもらうことに、なるかもしれないけど…!」

「むしろそんなもんでいいなら、よろしく頼むよ。そう言えば名前なんだっけ。」

「入ってくれるんだね!よろしくバッツくん!」

「良かった!これからもよろしくバッツ!」

「いけない!名乗り忘れてたね。ボクはヘスティア。竈の女神さ。これから宜しく!ふたりとも!」

 

翌日、早朝から笑顔でお世話になりましたと挨拶して回る新人冒険者の二人組が、ヘスティア・ファミア発足の話題とともに、少しだけ、いくらかの通りを明るくした。

 



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2話 女神の絶望

短く一話を刻んでいきたい。

シヴァはff5から来た女シヴァとインド神話の男シヴァのからだを使い分けられるってことで一つ。アルカナム使用不可のルールに抵触するって?…確かに…

※一部記載もれを修正しました。


女神の絶望

 

ーーーーーーー

 

バッツとベルはめでたく冒険者登録を済ませ、そのまま朗らかに二人で今後の金策を練っていたその日、正確にはその前日の晩から、この空気を壊すまいと微笑みを絶やさなかった女神ヘスティアはその内心、下界に降りたことさえ後悔する程の衝撃を抱えていた。

 

原因はバッツにある。

時は三人が出会ったその日の晩、廃墟の地下の一室であるヘスティア・ファミリアのホームにて起こった。

 

「じゃあ君たち二人にファルナをあげよう。まずは背中の肌を見せて横になるんだ。とりあえずバッツからでいいかな。」

「わかった。」

 

経験に応じて積み上がっていくステータス、実績を積んでレベルが上がることでさらにステータスの限界を押し広げられること、その際特殊な能力を選んで発現出来ることなど、あらかたの説明を済ませた二人は静かにヘスティアの言葉に従った。

横になったバッツの上半身を見てヘスティアが何やらわなわなしていることに気付いたベルはこれから何が起こるのかと固唾を飲んで凝視した。

 

(これはなかなか、すばらしいカラダツキじゃないか…心の底からボクを受け入れてくれてるのも非常にそそ…いけない!ボクは楽しみは後にとっておきたくてバッツを先にしたっていうのに!早く済ませよう…)

 

針で指から血を落とし、バッツの背中にファルナを書き込む。神々の言語で刻まれた模様が出来上がる頃には、ヘスティアの顔が緊張を隠せなくなっていることにベルは気付いた。

 

「どうしたんですか神様?も、もしかして失敗しちゃったとか…?」

「い、いや…たぶん成功したよ。でも少しバッツくんとふたりきりで話がしたいから、ボクが呼ぶまで外にいてくれないかな…」

「わ、分かりました…」

 

神妙なヘスティアの頼みを聞き返すこともなく、心配そうな顔で部屋を出ていくベルを見送ったヘスティアは、すぐさまバッツに質問を始めた。

 

「バッツくん。君は私に会うまでにどんな経験を積んだんだい…?きみが許すなら聞かせてほしい。」

「隠すようなことじゃないから別にいいけど、信じてくれよ?」

「ああ。信じるとも。きみの話が終わったらきみのファルナについて話す。まずは何処からどうやって来たか教えてほしい。」

 

バッツはいたって冷静に自分の過去をまとめて話始めた。

シヴァとラムウに連れてきてもらったこと。

旅人になったきっかけは世界の危機を回避するためにクリスタルを巡ったあの冒険で知り合った人々のその後の顔を見るためだったこと。

その世界の危機について。

神々の力さえ届かない無と、それを生み出す巨悪ごとクリスタルと仲間たちのちからで消し去ったこと。

こんなところで終わってたまるかと無からの脱出と仲間の救出をやってのけたこと。

なにより人々との対立が辛かったこと。

それらを誰に覚えていてほしい訳ではないこと。

聞き終わる頃にはヘスティアの顔は涙を湛えていた。

 

「すべて信じるよ。疑うもんか。話してくれて本当にありがとう…ありがとう。」

「気にすんなよ。今が大事なんだ。昔のことは、まあいいだろ。」

「きみは強いんだね。その通りだよ。僕ら神々もいまを楽しむためにここにいる。じゃあボクの番だね。ボクも隠さずに全て話すよ。」

 

ヘスティアは涙を拭いながら紙にバッツのファルナの内容を翻訳した。

 

「この通り、全てのステータスはゼロ。まあこれは説明した通り、ファルナがついてから何も経験を積んでないんだし当然だよね。見てほしいのはここだ。」

 

ヘスティアが指でなぞったスキルの欄にはすでに二つの項目が完成していた。

 

「一つ目は、きっときみの精神がすでに完成しているから発現したんだと思う。」

 

・超集中(ルート・アライヴ)

 ・集中行為の完全なコントロール権

 ・集中行為による疲労の無効

 ・集中時の完全記憶保管

 

「これどういうことだ?もう試してもいいか?」

「うん。すでに効果は発揮されていると思うよ。例えばボクがいまからやることをちゃんと見ててね。」

 

そう言うが早いかヘスティアは右手をバッツの前へ出し、指をべったり畳んだりした。

 

「なるほどわかった。よくわかんないことに集中すると飽きたりしてたのがなくなったのと、目が固まったりしなくなってる。」

「さすがに飲み込みが早いね。」

「じゃあ、次のスキルを見ようぜ。」

 

・流握閃魂(オーバーボルテージ)

 ・肉体の安定

 ・精神への高負荷時自身の肉体への全補正を強制解除

 ・レベルに応じた自身の周囲の魔力制御権

 

「またわかりずらいな…」

「そうだよね。でも一つ目の効果。これは僕ら神ならみんな分かることが書いてある。」

「じゃあ俺は神様みたいになってるってのか?そんなことないだろ。俺は俺だ。」

「そう。きみはきみだ。それは忘れないでくれ。見てほしいのは肉体の補正ってところだよ。普通の子は自分の体に補正なんてかかってない。」

「そりゃそうだよな。じゃあ俺の体が鈍ってるのがこの補正ってやつなのか。それがそのまま変わらなくなってるかもしれないんだな。」

「ものわかりが良いね。そういうことなんだ。ここの神はみんな子供たちと同じような体に補正して生きてる。きみの体もそうやって押さえつけられてるか作り替えられてるかもしれない。」

「でも解除出来るってことなら、深く考えなくても良いだろ?何が心配なんだ?」

「きみは日常生活じゃあもう年を取れないかもしれないってこと。肉体の成長は擬似的にファルナがやってくれるだろうけど…」

「なるほどな…わかったよ。覚悟はしておく。」

「自分のことなんだぞ!そんな簡単に…!」

「大丈夫だから落ち着いてくれよ。それこそ考える時間はいくらでもあるってことだろ。ヘスティアも付き合ってくれるだろ?」

「もちろんさ!1万年かかっても絶対にきみを見捨てるもんか!」

「だったら今日はこの話はおしまい。他に俺のファルナで言いたいことは?」

「とりあえずはないよ…うん。落ち着いた。ごめんよ、君に諭されるなんてね。これじゃ神失格だよ…」

「今度は気を落としすぎだ!もうベル呼んでくるからな。ベルにはそんな顔すんなよ。」

「…ああ、約束するとも!」

 

その後は疲れと夜風で風邪を引きかけたベルにファルナを授け、特にスキルもなかったのであっさり終わることとなる。

バッツへ不老の呪いをかけてしまった罪悪感を消し去れないヘスティアを残し、明日は朝一で金策を練ることだけ決めたバッツとベルはお休みの挨拶だけしてさっさと眠ってしまった。

 

これが昨晩の顛末である。

ヘスティアはバッツとの約束を律儀に守ってベルの前では罪悪感を出さない。

それに気づかないバッツではなかった。

ベルにちょっと待ってろと告げたあとバッツはヘスティアにある提案をした。

 

「俺をよく知ってる神様って言えばシヴァだ。今は息子のガネーシャファミリアに世話になってるはずだから、あってきてくれよ。俺が心配すんなっていってもそんな顔するんだから同じ神様に相談でもしてスッキリしてきてくれよ。正直これが続くのは辛いからさ。」

「うっ…ごめんよ。今のボクじゃなんにも思い付かないし、きみの言う通りガネーシャファミリアにいってくるとするよ…あ、金策については僕も絶対混ぜてよ!仲間はずれの置物扱いなんて絶対にごめんだからね。」

「わかったわかった。なんか考えとくから、じゃあまた夜な。」

「うん!じゃあベルくん、バッツくん!行ってきます!」

「あ、神様!どちらへ行かれるんですか?」

「ちょっとガネーシャ・ファミリアにね。」

「分かりました!お気をつけて!」

 

こうしてバッツの提案したシヴァとヘスティアの面会が実現した。後にバッツを見守る会結成の日と制定される今日の重大さを、当のバッツは知るよしもない。

 

 



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2.5話 金策に、新作を

バッツの見た目年齢についてばっちり指摘をいただきました。
ありがとうございます。
基本的に見た目はディシディア基準で考えていますが、今後は出来るだけ主観的でなく、設定通りの年相応なものとしてみます。
戦闘スタイルはff5にディシディアを足した形で。
旅の理由はドルガンとの約束では?とか、いろいろあると思います。感想がつくとは思ってなかったです。
読んでくださったかた。本当にありがとう。


金策に、新作を

 

ーーーーー

 

ヘスティアがシヴァへ会いに行ったその後、

金策を練るバッツとベルは現在のサイフ事情を考えながら今後の予定を立てていた。

 

「ベル、どうする?本当に金がないから明日にでも稼がないと。やっぱりダンジョンだよな。」

「でも、まだギルドのエイナさんと事前学習が終わってません。」

「あんなゴブリンくらいなら俺が教えるよ。飯も食えないんじゃ勉強も出来ないだろ。」

「確かにそうですけど。」

「でもまあ色んなことをタダで聞けるのはいいよな。そうだ、ベルが聞いてきて教えてくれよ。俺が先にダンジョンでなんか取ってくるからさ。」

「バッツ!危ないこと言わないで!せめて一回でも講習には顔を出してアドバイスの一つでも聞いてから…」

「わかったよ。そんなに怒るなって。仕方ないからなんか売ってしばらくはしのぐか…」

「その立派なナイフとかですか?大切なものなんじゃ…」

「ベル。こいつが気になるのか。」

「正直に言うとバッツの装備はマントもナイフもすごく高いんじゃないかなって思ってました…」

「確かに丈夫で良いものを装備してるさ。いくらかにはなると思う。でもこのナイフは拾い物だ。無いなら無いでまあ、その時考えれば良いだろ。俺はもう少し長い剣のほうが得意だし。」

「そうなんですか。」

「まあ槍でも杖でも見て覚えれば大丈夫だからな。ベルも出来るさ。」

「そんな簡単に言わないでください。でも…実は僕、ちゃんと戦ったことがないんです。」

「だからあんなに怒ったんだな…怖いのは仕方ないからそれでいいと思う。じゃあ予定にベルの訓練も入れるか!」

「本当ですか!よろしくお願いします!」

「俺が戦ってるの見たこと無いのによく言えるなあ。」

「その体つきでただ者には見えませんよ。」

「そうかもな。ちょっと鍛えてる。」

「じゃあ早速!今日の夜からお願いします!僕を一人前の男にしてください!」

「お!やる気だな。でも武器は何を使うんだ。そんな丸腰で。」

「あはは…それも出来れば見てほしいな…なんて。」

「よしわかった。じゃ好きな武器でいいぞ。」

「えっ?…考えさせてください!」

「夜までに決めとけよ?じゃあ金の話に戻ろうぜ。」

「そうですね…おかねがないと装備も買えないし…」

「そういうこった。で、いま思い付いたんだけど、ミアハみたいに薬売ってみるか。」

「せっかくもらったポーションを売っちゃうのは気が引けますよ…」

「そうだけどさ。これにかめのこうらでも足せば高く売れそうなんだよなー。」

「薬作れるんですか!?」

「まあな。調合しながらじゃないと負けそうな戦いもあったし。仕方なく覚えたんだ。」

「戦いながら!?どんな状況ですか!?」

「まあそれは良いだろ?とにかくこいつに少し足せば良いのが作れそうなんだ。」

「ポーションは二本しかないですけど…」

「作るのはすぐだし、材料は売った金でまた安く集めれば行けるんじゃないか?」

「たしかに!じゃあ講習が終わるまではそれで行きましょう!バッツにはなんだかおんぶにだっこで申し訳ない…」

「子供がなにいってんだ!気にすんなよ!それよりちゃんと講習を覚えてくれよ。俺は勉強なんて飽きて寝ちゃうかも。」

「ちゃんと受けてよバッツ!」

「自分は戦いかたも怪しいのに厳しいなあ。」

「うっ…それはちゃんと考えます…」

「意地悪言ったな。ごめん。じゃあそんな感じでいくか。」

「はい!」

「早速だけどミアハに相談にいくから、一緒に来るか?」

「行きます!そのあとはギルドで講習ですね。」

 

腹をならしながらミアハ・ファミリアのホームである薬屋へついた二人は、受付のナァーザへ自己紹介を済ませてミアハに材料の相談をした。

その際ミアハは二人の空腹を指摘し、体調を蔑ろにするのは許さんと、二人の返事を待つこともなくパンを持ってきた。

助かりますと挨拶する二人であったが、満面の笑みを浮かべるバッツと、申し訳なさそうに顔を赤くするベルが対照的でミアハも思わず微笑んだ。

食事をしながら薬を作って売りたいという相談を切り出したバッツの話し声を受付から聞き逃さなかったナァーザも、混ぜてほしいと寄ってきたため、狭いテーブルを四人で囲む。何故かミアハとナァーザは顔を突きだし、やたら積極的である。

気づけば食いぶちを繋ぐためだけだった相談は、まるで密偵と官僚よろしく、誰が聞いているわけでもないのに密談の様相を呈していた。

 

「さあ、私のポーションをどうしてくれるの。」

「いぃっ、こ、恐いですよ二人とも。」

「まあたいした話じゃないんだ。これをもとにエーテル作ろうかなって。」

「そんなことができるのか!?すぐに書くものを準備するから待っててくれ!」

「この店はいま儲けがないし、新作に悩んでる。閉店の危機。」

「なんですって!?」

「タダで薬を配ってる困った人がいるから。」

「なるほどなー。」

「適当すぎるよバッツ!」

「まあまあ落ち着けって。俺たちも皮算用なんてやる余裕はないんだから。もうやるしかないってことだろ?」

「待たせた!その様子だともうレシピは有るんだろう?」

「ああ、ばっちりだぜ。俺が飽きるほど作ってるクリスタル印のエーテルさ!」

「クリスタル印?なんだかオシャレ。」

「言ってみただけで実はちゃんとしたビンとか無いんだ。大体急ごしらえだったし。」

「作りなれているのは助かる。それでどんな効果なんだ?」

「魔力…こっちでは精神力だっけか?それの回復だな。俺が飲んだ時は大体強い魔法が2回は使えるぐらいだな。」

「驚いたな。まさかファルナ無しで魔法が使えるなど。そんな子に会ったのは初めてだ。いったい君は何者なんだ。」

「バッツは魔法も使えるの!?」

「使うけどまあまあだな。で、強い魔法っていうと、大体立てないくらいの怪我人をまとめて四人は走れるくらいにするのが2回ってとこかな。そんで問題は材料があるかどうかなんだ。」

「そうだな。うちの在庫に有ればすぐにでも試作を頼みたいところだが…」

「正直言って在庫には自信がない。無駄なものは買わないから…」

「でもあると思うぜ。かめのこうらだし。」

「かめのこうら?…そんなものでいいのか!?」

「な?安いもんだろ?生活の知恵ってやつだな。」

「緊急に精神力を回復する生活ってなんなのバッツ…」

「だが、ここにはかめのこうらはない…なぜならそのようなものを使う薬は作ってないからだ…」

「私が持ってる。」

「ナァーザさんが?受付なのに、なんでモンスターの素材を?」

「ベル…私は、元冒険者…」

「まあナァーザの過去は気にしないでくれ。ここを良くしようととても頑張ってくれている。」

「はい…すみません。」

「でもそれ使っていいのか?」

「いいよ。試作品作るくらいしかないけど、そんなに高いものじゃないしどこでも売ってる。」

「さすが冒険者の街だな。じゃあ早速だけど持ってきてくれるか?」

「一個しかないから…大事に使ってね。」

「任せろ。」

 

ナァーザからかめのこうらを受け取ったバッツはポーションを開け調合を行った。

バッツを見ていた3人は、バッツの頭の上に何かが3つきらめいたのをみた気がした。

さっとこうらを削ってポーションの上から振りかけるだけで終わったと言うバッツ。

まともに設備も道具も必要としないそのシンプルな調合法にはさすがのミアハも目を疑った。

 

「ナイフと材料だけでよくやるものだ…感動したぞ…」

「そんなに驚くか?…おれは天才かもしれないな。コツはこのこうらの粉が沈まないように上に層を作ること。あとは量が合ってれば自然と沈んでポーションを吸うから、色が変わってどろどろのエーテルになる。」

「なるほど…ポーションの浸透力を活かしてこうら自体を薬として飲めるよう反応させるのか…実に素晴らしい…」

「混ぜたり温めないで素材の特性だけを使うなんて…逆に新しいアプローチ」

「そうだなナァーザ。これから私たちはなにを作りたいのかではなく、素材を出来るだけ有効に使うにはどうするかという視点も意識しなければな…」

「おーい。ナァーザさーん。ミアハさまー?」

「集中してるな。ベル、俺たちもそろそろギルドに行こう。おい二人とも!」

「はっ!バッツか。すまない。見入ってしまった。」

「で、こいつの効果ならいくらで売れそうだ?」

「ナァーザ、飲んで見てくれ。」

「…うーん。味は、びりびり。」

「俺も美味しくはないと思う。」

「効果は十分だと思う。魔法専門の冒険者にもおすすめできる。」

「相場で見てポーションが1000、かめのこうらが4000…設備も道具も時間も対してかからないから儲けを4割で見ても大体7000…相場のマジック・ポーションが8000以上…これは売れる。」

「やったなベル!上手く行きそうだ。じゃあ作り方書いてくからさ、作って売れたら儲けの半分くれよ。俺たちがダンジョンに入れるようになるまでで良いからさ。」

「ダンジョンに潜れるようになるまでなんてすぐ。あまりにこれは破格の条件。」

「そうだな。これほどの発明がそんな安売りされてはいけない!せめてこれからはダンジョンに潜る前にここへ寄ってくれないか?欲しいだけポーションを持たせて送り出すことを約束しよう!」

「それもなかなかの大安売り。でも妥当なところだと思う。」

「いいんですか!?やったー!バッツ!これで講習と訓練に集中できる!」

「そうだな!ミアハとナァーザ!本当にありがとう!じゃあ売り方とか詳しい話はうちの神様に任せるから、明日の夜にでもまた教えてくれ。」

「感謝するのはこちらの方だぞバッツ!ベル!例え儲からなくても君たちの健康は守って見せるさ。毎日でも来てくれ!」

「いつでも待ってる。本当にありがとう。」

 

これからの生活が上手く行きそうな予感を胸に、二人は足早にギルドへ向かった。

シヴァに会ったヘスティアが帰ってきて、エーテルの話をして、今日の晩御飯はどうなるかなと想像するバッツの顔に、不安の色はなかった。



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3話 ダンジョンへ

あらかた前話までにかいてありますが、バッツはエクスデス及びエヌオー討伐済です。
ジョブはいわゆるすっぴんマスター。
持ち物は置いてきたので無し(現在ミアハのポーションのみ)。
装備はグラディウス一本、エルフのマントのみ。
残りは戦闘力に関係ない衣服となります。



ダンジョンへ

 

ーーーーー

 

冒険者登録を済ませたバッツとベルは、ダンジョンに入る許可を貰うために真面目に学んだ。

無事担当のエイナに許可をもらい喜んだ二人は、ギルドから武器と防具の支給を受ける。

 

「やったよバッツ!はやくダンジョンに行こう!」

「そうだな。でもモンスターがいるのに楽しそうだな。」

「僕はダンジョンが憧れのひとつだったんです。」

「なるほどな。俺も知らないものを見るのは好きだぞ。前に亀をつついて遊んだら怒られたこともあったっけ。」

「モンスターをつついたらダメでしょ!」

「いやそれがな?話すんだよその亀。しかも偉いんだ。」

「そんな亀が…!?」

「まあその話はまた今度な。ダンジョンへ行くったって、その短刀で良いのか?」

「はい。」

「短い刃物は諸刃の方が突き刺しやすいからおすすめなんだけどな。」

「でもタダでくれるんだしわがままは言えませんよ。それにバッツのナイフも片刃じゃないですか。」

「でも拾い物だしわがままは言えませんよ。」

「あ!真似しないでよバッツ!」

「ははっ。こいつは見た目より軽いからかなり使いやすいぞ。そうだ、交換するか!」

「良いんですか?」

「いいぞ?切れ味の悪い武器で変なクセがつくのは良くないっておやじによく言われてな。」

 

武器を交換した二人はダンジョンへ着いた。

まずはゴブリンから。そう決めていたバッツは、以前やたら凄いパンチで襲ってきたゴブリンの事を思い出していた。

ダンジョンへ潜るバッツの頭上で星が3つ煌めいた。

 

「ベル。今日はエイナから一階までしか行くなって言われてるだろ?だから二階まで行こうぜ。」

「どういうことですか!?」

「どうもこうもないさ。知らないものを見たいだろ?冒険だよ。」

 

ベルはその真面目さ故、エイナから聞かされた冒険者は冒険するなと言う教えを思い出したが、いかんせん好奇心の強い男二人組である。

ベルは貴重な教えを飲み込み、気ままなバッツの思い付きに同意した。

そんなベルの体力を無視した皮算用を楽しむうちに、壁のひび割れに気付いたバッツはベルの短刀を左手に構える。

しかしバッツがもらった支給品の片手剣は腰に下げたままで、右手は素手だった。

 

「早速お出ましだな。俺がこの前倒したときは首をひと突きだった。ベル、やれそうか?」

「わ、分かりません。」

 

最下級のモンスターに理性はない。

ぼとっと落ちてきた1体のゴブリンはうなりながらあたりをうろつき始める。

既に冷静でないベルは思わずゴブリンと目を会わせてしまう。

 

「ひっ。」

「目をそらすな!来るぞ!」

 

思わず目をそらしてしまったベルをよそに、ゴブリンは自身に近い位置のバッツへ体を向けなおした。

 

「近いやつから狙うみたいだな。俺が引き付ける。ベル!よく見ろ!」

「は、はい!」

 

ベルが緊張で瞬きすることを忘れていたことに気付くが早いか、まっすぐバッツの顔面へ跳ねたゴブリンの腕は、バッツが右足を下げただけで空を切った。

すかさず突き出されたバッツの右手は伸びきったゴブリンの腕をすり抜け、その細い首に痛打した。

たった一撃だった。

ベルはこの瞬間を鮮烈に焼き付けた。

この日からその強烈な打撃音と、崩れ落ちるゴブリンをよく夢に見ることになる。

 

「名付けてゴブリンパンチってな。おっとこいつ…もうのびてる。」

「す…凄い…」

「なにいってんだベル。お前ならこれくらいすぐだぞ。」

「いや、まずゴブリンのパンチ…どうやって避けたか分からなかったんですけど…避けたんですか?」

「避けたさ。こう…サッ!って感じで!」

「全然伝わりません!」

「元気出たな?いちいち驚いてちゃきりがないぜ。」

「!…ありがとうバッツ。」

「いいんだ。怖いのはいい。でも目をそらすのは絶対ダメ!」

「はい!」

 

あまりにも一瞬の出来事であったこの戦闘はベルに安心感をもたらした。

こんなに強いバッツがいるなら2階層だって平気だと。

しかし、そんな希望は実践派であるバッツの一言で弾ける事となる。

 

「じゃ、ベルが今の出来るようになるまで、俺は下がって他の奴ら相手にするから。まあやられて覚えようぜ。」

 

危なくなったら助けるし、ぶっ倒れても担いで帰るさと付け加えたバッツの表情は心底楽しそうだった。

この晩ベルは、バッツがエイナの教えに同意していたからこそのこの提案だったと気付くのだが、今はおぞましいモンスターに睨まれて縮み上がるばかりである。

 

「さあ、2階まで元気にいくぞ!お腹が鳴り出す前には帰りたいな。」

「そんなあ!うわあ!こっちに来る!」

「よく見ろ!走れ走れ!」

「怖い!怖いよバッツ!」

 

結局ベルは無駄に距離をとって一撃も入れられないまま長い間緊張し続けた結果、走り疲れてしまった。

もうだめだと既に何匹か倒し終わったバッツの元へ逃げ出すためにゴブリンから背を向けてしまうが、足がもつれて転んでしまう。

すかさず追い付いたゴブリンが、ベルの背中をしたたか打ちつけはじめたところで、バッツがベルのナイフでゴブリンへ致命のひと突きをいれた。

ベルを落ち着かせ呼吸を整えさせているうちに、倒れているゴブリンからその核を取り出すと、静かに帰還を宣言する。

 

「ベル、立てるか。さすがに疲れたろ。」

「はい…こわかったです。凄く…」

「怖いのはホームに着くまでって相場が決まってるんだぞ。まだ泣くには早いな。」

「はい。…バッツは凄いや。きっともう二人分は魔石を集めてるよね。」

「お前が叫ぶからよく集まったぞ?探す手間が省けたな。」

「…すみませえん。」

「泣くなよ!ほら俺はこんなに元気だぞ!おぶってやるからさ。二人でこんなに稼いだぞってヘスティアに自慢しようぜ。」

「…はい!…今日の訓練は無しでおねがいします…」

「そうだな…ゆっくり寝よう。」

 

結局ダンジョンを出るまでぐすぐす言うベルをバッツはなだめながらホームに帰った。

ヘスティアは初陣を終えた二人の初めてのステータス更新を、今かとホームで心待ちにしていた。

それだけに擦り傷だらけで背中を真っ赤にしたベルを見たときは思わず目を潤ませ、無傷のバッツに抗議した。

 

「なんで守ってあげなかったの!?君なら余裕だってわかってたよ!」

「守ったさ。でもある程度はベルが強くなるために仕方ないことなんだ。」

「!…そうだよね…でもみるのは辛いな…」

「そうだな。でも男の子ならこの程度平気さ。」

「君がいうなら、信じるよ。…でも!絶対に!ダンジョンでベル君を一人にするなよ!」

「そう怒るなよー。」

「いいややっぱり言わせて貰うけどね!きみはなんだか優柔不断と言うか、なんかそんなところあるよ!上手く言えないけど!そもそも出会ったときにも…がみがみ」

 

初めてのダンジョン探索はとても平和に終わった。

賑やかな晩御飯とベルの成長という楽しみも増え、バッツは満足に一日を終えた。




眠い…眠い…


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2.5-2話 ヘスティア、シヴァと出会う

取りあえず消すのももったいないので投稿

注意、話とか進みません


ヘスティア、シヴァと出会う

ーーーーー

 

この世界についてガネーシャ・ファミリアのホームしか知らないシヴァは街に興味が湧いたため、適当に用事を作ってオラリオを歩き回ることにした。

目をつけたのはオラリオに降りたその日から話し相手となってくれた、ガネーシャの抱える悩みである。

ガネーシャはそのファミリアの長だけあり、構成員がひっきりなしに連絡してくる。

今日も朝からトップクラスの戦闘員が娼婦に捕まって行方不明だの、祭りの準備が云々、何やら忙しいようである。

シヴァはガネーシャの言葉の端々から末端の構成員と意思疏通が取れず困っていることを察し、暇潰しに得意なことから手伝うことにした。

世界にもてあまされていた人ならざる荒くれどもを引き連れて神になったシヴァの過去からすれば、昔とった杵柄とでもいうべきか。

それが言葉のわかる人の子であれば、なおさらのこと簡単であるとシヴァはたかをくくった。

 

「ガネーシャ。お前のファミリアの構成員は何人だったか。多すぎると目が届かないのは必然だな。ここに来るまで我々はちからに頼りすぎていた。工夫を覚えなければ。」

「父よ、その通りだ。はっきりいって我が子たちの方が組織運営や生活の知識は素晴らしく、俺はずっと頼りきりなのだ。何とかしてもっと俺は子供たちの助けになりたい。」

「まあ、私もバッツ達から沢山学んだよ。長としてのあり方から、雨風のしのぎ方までな。」

「さすがは我が母!それは頼もしい!」

「私はここで毎日をおしゃべりだけで過ごすなどあり得んと思っていた。今日から直に外へ行ってガネーシャ・ファミリアについて聞いてくる。私なら顔も割れていまい。」

「俺はあなたに喧嘩を売って首をおとされたあの日から今まで、あなたより強いものを見たことがない。だからこそ言うが絶対に無理はしないでくれ。今じゃせいぜい小細工してもゴブリンといい勝負だ。」

「分かってるさ。私がどれだけ戦えないかはここに来て最初に確かめた。」

「!?…まさか街でなくダンジョンに降りてここまで上がってきたのか?」

「よくわかったな。当然わざとやった。」

「…何がそこまであなたを掻き立てる?」

「生まれもってのサガだよ。いい機会だから覚えておけ。どんなものでも持ってしまったサガは変えられない。神でも、人でも、悪魔でも。」

「よく覚えておく。引き留めて悪かった。案内をつける。」

「それは要らない。一対一で始めましてというのが大事なのだ。ガネーシャ・ファミリアと関係があることも隠したい。地図を寄越せ。お前が行かない場所にいる構成員をいくつか教えろ。」

「分かった。密偵のような事をさせてすまない。不出来な俺をゆるしてほしい。」

「やめろ、言い過ぎだ。私の子が弱気を晒すなどあってはならん。ただの暇潰しにまで気を使うな。どうせ今日だけでは何も進展しない。」

「…そうだな!少し疲れていたことは認めよう!今日は大人しく休む!何時でも帰って来るといい!」

「ああ、行ってくる。」

 

ガネーシャ・ファミリアのホームを出たシヴァは、その入り口で門番が働いているのを見かけ、声をかけた。

 

「ご苦労。ガネーシャは今日は休む。そこに止めている子も面会なら無しだ。」

「そうですか…ご連絡ありがとうございます。あなたを神様とお見受けいたしますが、わたしはあなたを存じ上げません。失礼ですが名前をお教え願います。」

「こらー!ボクも神だぞー!」

「私とバッツの装備を改めておいてそれは悲しいな。」

「!?…もしやシヴァ様?…しかしシヴァ様は女神様では!?」

「あの姿を知る者は少ないのでな。友にも分かるこの姿で過ごすことにした。」

「そうでしたか…!体を変えるとは、流石は神様…神話でしか姿を変えることを知らなかった私が、実際にそれを見ることができるなど…本当に私は幸せ者です!ありがとうございます!」

「それはよかったな。私はこれから…」

「こらー!無視するなー!先に話してたのはボクなんだぞー!」

「おっとそれはすまなかった。では門番、あとは頼むぞ。」

「はっ!どうかご無事で!」

「えっ…ちょっとまっ…あ、いや、何度も通してくれっていったけど、実はシヴァさんに用があったんだ。今のひとがシヴァさんなんだよね?」

「シヴァ様だ!敬意を払え。我がファミリアの長、ガネーシャ様の御尊親なのだぞ。」

「あっ!それでここにいたんだね。じゃあ、僕も行くよ。仕事の邪魔してゴメンね。」

「(もしかして俺は門番向いてないんじゃないか?こんな子供も信じてあげられない。守るべき主のご尊親も間違える…)…もしや本当に神様?」

「むっ!さっきから言ってるだろー!子供扱いして!ボクの名前はヘスティア!よく覚えておくように!」

「しっ失礼しました!」

「いいよ、ボクももっと神っぽくすればよかったんだし。じゃあね!」

 

バッツに勧められシヴァに会いに来たヘスティアは出足をくじかれることとなった。

分かりやすい上裸の神が順調に路地を進むのを、ヘスティアは見た。

見失う焦りから走って追い付こうとするヘスティアは辛そうな表情を隠しもしない。

なにやら事件の臭いを嗅ぎ付けた、無意味に街をぶらつき暇をもて余している顔見知り達の絡みを振りほどき、息を切らして何とか追い付いた。

全くヘスティアに気付く素振りのないシヴァに、ヘスティアは置いていかれるまいと、思わずその腰布を掴み引き止めた。

ついでと言うわけでもないが周囲も止まった。

とりあえず息を整えさせてくれと下を向いて足を止めたヘスティアには前にいるシヴァの状態がどんなものか知るよしもない。

唯一言葉を発することが出来たのはヘスティアに絡んでいた雄神たちのみであった。

 

「「何もハイテナイ…だと!?」」

 

そんな周囲を全く気にとめもしないシヴァは唯一の服を引ったくった犯人に近寄った。

犯人はいまだに息が整っていないようで、うつむいて肩で息をしている。

 

「お前が寒ければくれてやるが、出来ればかえしてくれ。友に服を着ろと頼まれているのでな。」

「ぜぇ…あっ…はいっ…ごめんっ…ぜぇ…はぁ…もう少し…落ち着かせて!」

「こちらからは特にない。好きなだけ休んでいけ。ではな。」

「「全くブレない!」」「「何てクールなんだ!」」

「「誰か!誰かヤツの名を知らないか!?」」

 

周囲の顔をそらしていた人々の主に女性の視線がシヴァに集まり始めた頃、布を取り戻し巻き直したシヴァが再び歩き始める。

ようやく息を整えたヘスティアは目的を思いだした。

バッツについて今オラリオで最も詳しい彼なら助けてくれると信じて走ったのだ。

一刻も早く解決したい一心だったヘスティアは思わず想いのままを口にした。

 

「ボクには君しかいないんだ!シヴァ!話を聞いてくれ!」

「「ヘスティアが告白だと!?」」

 

周囲の温度は氷点下から勘違いを経て沸騰寸前である。

当の二人は片や必死、片や無関心。全く逆の感情であるが、共に周囲を全く気にしていない。

シヴァが何事もなくいつも通りの口調で返事をする。

 

「私に何のようだ?ここで力になれることなどないと思うが…」

「バッツが!バッツを助けたい!」

「「バッツって誰!?」」

「…何があった?」

 

この翌日には伝説となるヘスティア露出告白事件の真実である。

 

当然エンターテイメントを欲する神々が、あのヘスティアの色恋沙汰を聞き逃すはずもない。

飛び火した噂の広がりにつれて、本人を他所にバッツの名前だけが広がっていく。

 

その後二人はアイアム・ガネーシャへ移動し、ヘスティアはバッツをファミリアに迎えたことと彼のファルナについてをシヴァへ隠さず話した。

 

「と、言うことなんだ。ボクは正直、年を取ら無いって言うのは…僕らと同じ苦しみを味わってほしくないから嫌なんだ。独りよがりだとは、分かってるけど…」

「あいつが大丈夫と言ったなら、何も気に病むことはない。そもそも何が起こるかわからないものを、勝手に読み違えてるだけかもしれないのだから。」

「その通りだよ…でも…」

「全く。いいか、バッツを心配するだけ無駄だとわかるまでいくらでもあいつの話をしてやる。まずはだな…」

 

シヴァの語るバッツの笑える自由人っぷりと、襲い掛かる数々の理不尽をすり抜けて決して止まらないその生き方を聞かされたヘスティアは、帰る頃には笑顔を取り戻した。

 

「でもボクだけじゃあ、正直バッツのやることが心配だから、これからシヴァも見守ってよ」

「たった数刻の話で言うようになったじゃないか。そうだな。私も時々そっちにいって話をしよう。ここに来たら世間話と言う物もしてみたかったことだ。」

「あ!神々あるあるだね!近所の人と出会い頭にさ、昨日小指ぶつけちゃってちょっと痛かった話とかして笑ってみたい!ってね。」

「そうだな。今の体ならあれこれ察してしまうこともないし、痛いものは痛い。これはなかなか新鮮で素晴らしい。」

「じゃあ、これから二人でバッツを見守る会だ!」

「会とは言うが、面子は増えそうにないな。」

「細かいことは気にしない!あ、別にこの会じゃなくてもボクを頼ってよ!頼りっぱなしは性に合わないんだ。昼間は大抵じゃがまるくん売ってるから、よろしくね。」

「ここに来てはじめての友と言うわけだ。頼りにさせてもらう。早速引ったくりの相談があるんだが。」

「ああっ!その事は本当にごめん!もうあんなことは絶対にしないから!」

「逆だ。相談したいのはな、犯人がやたら気落ちしてしまっていることでな。大事なことのためならあの程度のことはさっさとやってしまえ、そしていちいち気にするなと伝えたかった。」

「ふふふっ…ありがとう!本当に会えて良かった!」

「ではまたな。ガネーシャにも、時々ここにヘスティアが来る事になったと伝えておく。」

 

こうして、引きこもりのヘスティアには少し大変な一日が終わった。

 

因みに、あの伝説の地から次章を紡ごうと、ヘスティアについて行こうとした者達はシヴァがひとにらみで追い返した。

その目は悪鬼の爪のぎらつきにも、聖なる槍の煌めきにも見えたと言うのは、その場に偶然大量にかめのこうらを買い漁ろうと居合わせた、小さな薬屋の主の談である。



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4話 ベル・クラネルの冒険

ここからダンまち一巻です。

…1巻のプロローグです。


ベル・クラネルの冒険

 

ーーーーー

 

バッツとベルがダンジョンに潜るようになって数日経った。

順調にダンジョンを踏破していく2人はすでに4階層を攻略していた。

ダンジョン初心者のベルがここまで大きなケガもない順調な攻略を進められるのがバッツの力のおかげであることは、ベルも重々承知であった。

しかし、ここ数日の順調さに年相応に調子に乗ったベルは、ホームでの夕食中ついにその一言を発する。

 

「一人でダンジョンに潜りたいです。」

「ダメだよ!いつか言うんじゃないかと思ってたけど、君はまだ子供なんだぜ。バッツも反対だろう?」

「いいんじゃないか?一人でも。」

「うん。ほらバッツもこういうことだし…えっ!バッツ!?」

「武器の使い方は頭では覚えたし、あとは一人でやってみないと身につかないぞ。いい機会だろ。」

「それっぽいこと言って!こればっかりは反対だからね!ベル君はバッツの後ろを歩いてよく覚えるんだよ!本物のゆうし…」

「おっと、手が滑った!」

 

バッツはヘスティアの持って帰ったじゃがまる君を口へ突っ込んだ。

シヴァの助言で素性は明かさないことにしているバッツは、神特有の感情を読み取る能力を鑑みて人のよさそうなヘスティアには素性を明かしたが、英雄好きで素直が過ぎるベルには隠そうと思った。

このファミリアに吹く暖かく穏やかな風を自分の所為で荒らしたくはない。

 

「んぐぐぐっ!」

「神様!?水を!早く!」

「とにかく俺は賛成!じゃあ明日は頑張れよ!ベル。今日はもう遅いし、訓練はやめとくか?」

「やります!よろしくお願いします!」

「よし。じゃあ一本だけな。」

 

すでに日課となりつつあるこの訓練は、ホームの1階、廃墟と化したその柱に適当に魔石灯一つを置いて行っていた。

バッツの持論では、暗がりは相手を見るのに集中できるから良いらしい。

二人は相手の足が暗く見にくい距離まで離れ、互いにギルドの支給品を構えた。バッツは片手剣を軽く突き出し体の力は抜けている。

ベルは短剣を胸の前へ逆手持ちで構えた。すでにそのけん制範囲において大きく差が出ている事を考え、武器の威力を最小の振りで最大限発揮するために体重を乗せた攻撃を選択する。

全力での踏み込みから落ちている石を2つ投げ、バッツに回避を強いる。

バッツはベルの腕の振りだけで顔とへそあたりに飛んでくるとあたりをつけ首をそらした。

同時に空いている左手は腹の前に構えた。石が耳元を通り過ぎる音がする。

直後にバッツは手の中に石が収まる感触を確かめつつ、すでにあと1歩でベルの短剣が届く距離まで近づくのを許した。

バッツの剣先はベルを向いておらず、ベルはこの小細工の成功を確信する。

 

「もらっ…!!」

(甘いよな。)

 

バッツはベルの最後の1歩に合わせて踏み込んだ。

ただ前に強く踏み込み、その細身がベルの視界を覆いつくす距離まで詰める。

ベルは驚き身体が強張る。当然武器を振ろうとするがまるで腕が動かない。

気付けばバッツの右手には武器ではなくベル自身の腕が収まっていた。

 

「武器を捨てるなんて…」

「次はもっと思い切ってこい。力負けするのは勢いが足りないからだ。体つきじゃない。」

「はい!」

「でも俺の顔から目をそらさなかったのはいいぞ!その調子なら明日は余裕だな。」

「えへへ…でもまだバッツからは一本も取れてないや。」

「そう簡単にやるかよ。じゃ、今日はここまでだな。」

「ありがとうございました!」

「ちゃんと寝ろよ!俺も明日は昼から潜るから、行きで俺に追いつかれたら明日のじゃがまる君は俺のものな!」

「ええっ!?が、頑張ります!」

「その支給品が折れたら困るし、明日は俺の短剣ももって行けよ。」

「ありがとうございます!大事に使います!」

 

この後二人はホーム内でぷりぷり怒るヘスティアをなだめ、結局ふて寝してしまうヘスティアを見てから寝た。

翌朝も納得のいかない顔のヘスティアを尻目にバッツ持参の短剣を下げたベルが出かけ、バッツも散歩の一つでもしようかと起き上がった。

 

「まったくベル君も頑固だな…さて、いいタイミングだからバッツには話しておくよ。シヴァと会っていくらか楽になったよ。ありがとう。」

「いいんだ。気が晴れてよかった。」

「そしてごめんね。君の過去をシヴァに聞いたよ。君が話してくれたより詳しくね。」

「そうか。で、どうだった?」

「正直すごく衝撃的でおもしろかったよ!…でも怒らないのかい?勝手に聞いてしまったんだよ?」

「まあシヴァが話したなら良いんだ。あいつは信用してる。」

「…ありがとう。君は心が広いね。」

「なんでむっとしてるんだ?おれがあんまりなんともないから?」

「…ごめん!正直シヴァとの付き合いが長いとはわかっているけど、ボクより仲がいいのが気になっちゃったんだ!ファミリアに入ってくれて僕たちの生活を助けてくれてるのに、ボクはあろうことか嫉妬したんだ…」

「そんな難しく考えるなよ!俺はシヴァと同じぐらい仲良くしてるつもりだけどな。」

「わかるよ!わかってるんだ!君の気持ちも!その素直な性格も!」

「なんだそれ…よし!じゃあ俺のことをもっと知ってもらうために!一つ面白いの見せてやるよ!」

「その光は…噂に聞くジョブチェンジってやつかい!?…なんだいそれは!?おヘソ丸出しじゃないか!そんな恰好はダメだよ!」

 

踊り子へのジョブチェンジを行ったバッツの大胆な服装に思わず顔を赤くするヘスティア。

しかしその刺激に逆らえず、セリフとは裏腹に全身をなめまわすように見てしまう。

 

「そうは言っても面白い顔してるぞ?気に入ったんだろ。一曲踊ろうか…神様?」

 

調子に乗ったバッツの煽情的なしぐさに、その手のことに耐性のないヘスティアは鼻血を垂らしふらついた。

すでに意識がもうろうとしている。

 

「イケナイ…うーん、僕にはベル君が…」

「おっとこれはまずいな…そうだ、ミアハに見せよう。」

 

結局踊り子の恰好のままバッツが運び、ヘスティアはミアハのホームへ運び込まれた。

通りを歩くと、バッツに思わず目を奪われた人々、神々の視線が二人を蜂の巣にした。

 

「これは…!?」

「私なら囲うわね、絶対…」

「ヘスティアはどこでこの男娼を…!?ヘスティアが男娼と一緒だと!?」

「「なんだと!?伝説の第2幕だ!」」

 

何やら付きまとわれていることに気付いたバッツは、早足にミアハのホームへ向かう。

容赦のない神々が徐々に距離を縮めてくる。

バッツはいつの間にやら走り出す羽目になり、ミアハのホームにつく頃には伝説の始まりだという誰かの叫びを聞き付けた人々で背後は人だかりとなっていた。

 

「ミアハ!ヘスティアが倒れた!」

「なんだと!?すぐに見せろ!…なんだ君の恰好は。」

「すごくすてきね…。」

「俺のことは気にするな!じゃああとはよろしく!」

「何!?この人だかりはなんだ!説明してくれないか?」

「いやあ、俺にもよくわからないんだ。伝説の続きとかなんとか。」

「バッツがすてきだからだと思うけど…。」

「そんなわけないだろ。…きっとお客さんじゃないか?とにかくヘスティアをよろしく!」

「確かに稼ぐチャンスね…。」

「そんなことよりヘスティアだ!受付は頼んだぞ。」

「まかせて。」

「「おい!ここにヘスティアと男娼が来なかったか!?」」

「それについて聞きたければ…」

「早くして!今日は彼のお店に決めたのよ!」「伝説をここで途切れさせるわけにはいかんのだ!」

「ここに特製のポーションと新製品のエーテルがあります…」

「「商魂たくましい!言い値で買う!」」

 

ミアハの焦りをよそに借金返済のめどが立ちそうな大繁盛を見せる店内は、受付の顔がとてもいい笑顔だった。

 

バッツはこの格好はどうも人目を引くらしいと気付き、適当なものかげですっぴんに戻ってからホームへの道を歩いた。

屋台のいいにおいとともに腹の虫が昼を告げ、バッツは適当に屋台料理をつまみながらホームに帰った。

そそくさと装備を整え、ホームを出たバッツは、ふと訪れる確かな予感に表情を強張らせた。

 

「風が…急いで行こう。」

 

ダンジョン3Fを一人で行くベル。

バッツがいなくともすでに2対1程度の状況は、問題なく1対1の瞬間を作り急所に一撃入れて突破することができるようになっていた。

一人旅は何より体力が大事だというバッツの教えを忠実に守って、高速戦闘とこまめな休息による5階への到達を目標としていた。一人でバッツの知らないところまで進んで、帰り道で自慢して驚かしてやろうという腹であった。

順調に歩みを進めるベルは、地図を頼りに4階層へも最短ルートで到着する。

ベルはここから、モンスターのいない道をしばらく歩く。

偶然前の冒険者が通ったばかりなのかと楽観視するベルであったが、問題はその余りの順調さに自分の体力を忘れて休憩していないことであった。

結局ろくな戦闘もないまま5階層へ到着する。

僅かな疲労感に少しずつ冷静さを奪われているとも知らず、少し気合を入れて歩みを進めるベル。

新しいモンスターの1匹でも見たら帰ろうと決めたベルは、その目標がすでにうぬぼれている事に気付く由もない。

危険に陥っても誰も助けてはくれないのが一人旅。

未知の危険を注意してくれるパートナーのいないことこそが、ソロで潜る最大の危険だということにベルは気付いていない。

一人でここまで来ただけではだめなのだ。無事に帰らなければ何も残せない。

 

「いたぞ…あれは見たことがない!やった!一人で冒険できたんだ…ん?なんで突然走り出したんだろう…」

 

地響きが始まった。

ベルは足をすくめている自分に気が付いた。

未知への恐怖がベルの頭の中を埋め尽くすのにあらがえず、逃げるか隠れるか迷ってしまった。

もっと思い切ってこいというバッツの教えが脳裏をよぎる。

今のベルには、そんな後悔をする暇などないとわかっていてもこの思考を止められなかった。

 

「どうしよう…!どうしたらいいの?バッツ…神様…助けて。」

 

ベルは地響きが低いうなり声を伴って近寄ってくるのを感じた。

完全に恐怖で混乱したベルはついに叫びだして走る。

 

「誰か!!誰か助けてください!」

 

うなり声の主の息遣いが聞こえた。

背後を見たくないベルは全力で走り出す。

足音は大きくなり、ついにうなり声は叫び声となった。

 

「うわあああ!」

 

か弱い心の芯をへしおられたベルは狂乱した。

 

もつれた足が後悔の波を呼ぶ。

一人で来なければよかった!神様の言う通りだった!僕はなんて弱いんだ!

もう死んだ。終わった。ベルは心からそう思った。

しりもちをついた拍子に化け物の顔が見える。

一度顔を見てしまえば未知の恐怖は過ぎ去り、ベルに冷静な死を悟らせた。

 

「あ、ああ…ミノタウロス…」

「ヴゥモオオオオオォォ!」

 

(よくこんな化け物を退治する夢を見たっけ。僕はわき役の戦士にもなれそうにないや。)

 

ベルは開き直った。

最も身近な底の見えない実力者を想像して人生最後の現実逃避を始める。

 

(バッツならこんなときどうするかな?)

(よく見ろ!見るんだ!)

 

「!!」

 

バッツの声が聞こえた気がしたのは、ベルの精神の極限状態が見せた幻覚だろう。

しかしベルには気付け薬として十分だった。

ミノタウロスは今右手を振り上げた。

奴はぎりぎり拳の当たる距離で振りかぶった。十分に遠いと思った。

何とか強張る体を転がして一撃を避けたベルの叫び声に恐怖はなかった。

 

「走れ!動けよ!」

 

腰に下げた短剣を握る。

バッツがついてる!大丈夫だ!よく見たら避けれたじゃないか!

握った短剣を引き抜いて地面に突き刺し立ち上がる。

 

「走れ!走れ!」

(走れ!走れ!)

 

僕は生きてる!生きて帰るんだ!

 

「ヴゥゥゥモオオ!」

 

背を向け全力疾走するベルにミノタウロスは突進した。

余りにもその速度の差は激しく、立ち止まるミノタウロスから離した10Mほどの距離が、次の曲がり角につく頃には消滅した。

勢いよくも曲がりきったベルに対して壁に激突するミノタウロス。

 

「に、逃げ切れない…倒せるはずもない…どうしよう。」

 

ふいにベルを呼ぶ声がした。

 

「ベル!」

 

ベルには希望の光だった。

しかし同じレベル1。

遅すぎる登場に、冷静だったベルはせめて巻き込むまいと大人になった。

 

「バッツ!逃げて!助けをよ…」

「伏せろ!」

「ヴゥモオオ!!」

 

空振りするミノタウロスの拳。

思わず助けてくれたバッツの顔を見たベルは、ミノタウロスから目を離してしまったことに気付いた。

短い人生で最も確かに己の死を悟る。

これはいけない。

感謝を伝えなければ。

唯一の家族で会ったおじいちゃんとのお別れにお礼が言えなかった過ちだけは、もう繰り返さない。

 

「ありがとうバッ…」

「ヴゥオオオォォォ!!」

 

ミノタウロスの無慈悲な角がベルの腹をつらぬいた。

 




長いので5000文字前後でいったん切ります。


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4話 ベル・クラネルの冒険2

なんとかストーリー進行は加速したい…何とか…
すっぴんマスターのバッツがジョブチェンジするのはすっぴんだと基礎能力が足りないと思ったときです。
あとは着替えたいとき。服代が浮きそうで良いですよね。


ーーーーー

 

5階層へたどり着いたバッツの目の前でベルは倒れた。

目の前の化け物が4階層までのモンスターとは明らかに戦闘力が違うことはバッツの経験と、大きな角に引き締まった巨躯が知らせている。

恐らくはレベル1の冒険者では歯が立たないであろうと踏んだバッツは、角に突き刺さったベルを事も無げにこちらへ振り捨てるミノタウロスを努めて冷静に観察した。

ミノタウロスの体にはすでに固まった血がこびり付いている。これが今ベルの撒いた血液でない事を見抜いたバッツは、このミノタウロスが既に複数の戦闘をこなしていることを察した。

5階層にこのような強大なモンスターが出ないことはエイナから叩き込まれている。

ミノタウロスはここまで上がる必要があった。恐らく下の階で行われた戦闘か罠、あるいは圧倒的な力での強制を想像する。

バッツはこの不自然に現れたミノタウロスを誰かの手によって誘導されたものであると断定した。

過去にモンスターをけしかけ、操り、人を襲わせる者達との戦いには経験がある。

バッツはこの状況に悪意の影をみる。ベルはダンジョンでなく、人に殺されかけたのだ。

 

「くそったれ!」

 

怒るバッツの叫びと共に、淡く光る全身がスキルの発動を告げた。

滞りなく体を巡る魔力、思い通りに動く体。

確かめずとも分かる。

この心の叫びが収まるまでに、一刻も早くベルを回復し、その元凶を断たねばなければならないと覚悟した。

イメージする姿は誰よりも速く世界を駆け抜けた、歴史に語られない影の英雄。

その経験に相応しい肉体を取り戻したバッツは、全身に顔さえ隠し尽くす黒装束を身に纏った。

 

「ベル。まだ終われないだろ。」

 

その心の内に癒しの光を秘めてベルに近づく。

光る右手。

深く息を吸うミノタウロス。

 

「アレイズ!」

 

即時発動の魔法はミノタウロスが威嚇する瞬間には発動を完了した。

 

瞬く光がベルの体を駆け回る。すっと光が消えるとベルの腹に空いた穴はふさがっていた。

ベルがまだ生きていられる事を確認したバッツは、今度こそ生きて帰るためにミノタウロスと対峙した。

ベルは浅く息こそしているが、意識がはっきりしていないようだった。バッツはベルを守るため戦闘に入った。

ベルがその体を起き上がらせるまで逃げる道はない。

 

「まずはお前からだ。」

 

ミノタウロスをけしかけた何者かに向けた一言。

ミノタウロスが踏み出すのと同時に、バッツはベルの握っていた自分の短剣を手に取り、まっすぐミノタウロスへ歩き出した。

明確な敵意を感じ取ったミノタウロスはバッツへ攻撃をした。

そのはずだった。

この時ベルは息苦しさと共に意識を取り戻し、その瞬間を目撃した。

ぼやけた視界に映るのは、ベルの血にまみれたミノタウロスが腕を振り上げる様子と、その角越しに背後を取っている一つの人影。

ミノタウロスがその丸太のような腕を振り上げきる頃には、既に鼻から上が真っ二つに裂けていた。

ミノタウロス自身がそのことに気付いたのは、続く全身の切断面を目にしたときだった。

 

「ヴモ?」

 

間抜けな声と共に血飛沫を撒き散らし、ミノタウロスは絶命した。

ベルの視界は顔についた血飛沫を拭った時にようやく晴れた。

直後にベルへ駆け寄った一人が声をかける。

 

「大丈夫?」

 

その少女にベルは心奪われた。

神にも劣らない美しく可憐な容姿。透き通る声さえベルにはこの世のものとは思えなかった。

ベルは2度のまばたきの間見とれると、直後に自分の顔から全身が燃えるような感覚を覚えた。

 

「う、うわあああ!」

 

思わず走り出すベルは弾丸のように速かった。

何か言おうと口を開く少女は、しかし首に突きつけられた刃に気づき戦慄した。

全く気配さえ感じられなかった。

完全に背後をとられた。

少女は脳裏に絶対的な死がちらつき冷静さを失った。

影が話し出す。

 

「あいつを追えば切る。このミノタウロスはお前がけしかけたのか?」

「け、けしかけた訳じゃない…」

「お前は一人か?理由は?」

「パーティーで群れの相手をして…手を抜いて…逃がしました。」

 

影の声に怒気が混じる。

 

「名前を教えろ。」

「…アイズ・ヴァレンシュタイン。」

「アイズ。お遊びで人が死ぬのは仕方ないことか?」

「ひっ。そんなことありません…」

「…信じるぞ。次はないからな。」

 

影の気配が消える。

既にないはずの、冷たく首へ突き立てられた刃の感覚が消えない。

少女は一人、未知の恐怖とダンジョンで手を抜いた後悔に飲まれ、呆然と立ち尽くした。

追い付いて来た仲間達に声をかけられても、しばらくは返事をすることさえままならなかった。

 

この日の探索はここで終わりとなる。

最短ルートで抜けた3階層の入り口でバッツと再会したベルは、バッツが偶然出会ったアイズ・ヴァレンシュタインに助けを求めた事を聞かされ鵜呑みにした。

そのまま定時で閉まりかけたギルドに飛び込んで必死にアイズ・ヴァレンシュタインについて訪ねる二人の姿は、また一目惚れ冒険者かとギルドのロビーに笑いを誘った。

バッツとベルに詰め寄られたエイナは思わず個人情報は教えられませんと叫び、次の瞬間にははっとして、はしたない自分に顔を赤くした。

結局諦めの悪い二人に、彼女がロキ・ファミリア所属であること、レベル5であることなどを教えたところ、ようやく満足した様子で、じゃあ帰るかと言い出すバッツ。

対してまだぐずるベル。

 

「でも、お礼くらいしたいんです。好きなものくらい…」

「とかなんとか言って本当は、その子にホの字じゃないのかい?」

「…うう、バッツ~!」

 

素直過ぎるベルがちょっと可愛くなったエイナは、ついおせっかいを焼き始める。

高嶺の花も良いところだ、それにファミリア間を跨いだ関係は様々な問題を生みやすいから想像より辛いことになるぞと警告すると、ベルはうつむき落ち込みだした。

すかさずバッツが小声でフォローを促す。

完全にお守りの体制である。

 

「おい、ミノタウロスに殺されたばっかりの子供にそこまで言うことないだろ!恋くらい好きにさせろよ!」

「たしかにそうですがバッツさん…?いまなにに殺されたって?殺された?殺されかけたんじゃなくて?」

「やっぱり僕なんかじゃ立派な男にはなれないんだ…」

「ほらエイナ!早く励まさないとベルが不良になっちゃうぞ!」

「え、えーと…一途な男の子は素敵だと思うよ!相手が誰かなんて関係ない!がんばれベル君!」

 

パッと明るくなるベルとバッツ。

 

「そうだぞベル!頑張ればなんにだってなれる!お前ならできる!じゃあ帰ろうぜ!」

「ありがとうバッツ!さようなら!エイナさん大好きー!」

「え、ええっ!?」

 

周囲の人々から好奇の視線が突き刺さるなか、真っ赤な顔でひとり置いてけぼりをくらうエイナ。

彼女はしばらく同僚にこの件でいじられ続けるが、不思議と嫌な感覚は覚えなかった。

 

ホームに戻ったバッツとベルは、待ち構えていたヘスティアによって現実に叩き戻される。

 

「二人とも!よく戻ってきたね!…!?ベル君、なんでそんなボロボロの服なんだい!?体は傷ついて無いようだけれども…」

「それはちょっと転んで…」

「バッツ!正直に話そうよ。…家族に嘘はつきたくないよ。」

「…大丈夫か?ベル。無理に思い出さなくても良いんだ。」

「…君が辛いならボクはいくらでも待つよ!今日じゃなくても良いさ。」

 

思わず恐怖がよみがえり膝を抱えるベル。

気持ちを読み取ったヘスティアは、これは相当なことがあったと察した。

迷わず女神らしく慈愛を溢れさせたヘスティアは、ベルの両の頬に手を当て、静かに震える緋色の目を見つめた。

ベルの顔に強がりと恐怖を見たヘスティアは、そのままベルを抱き締めた。

 

「キミは笑顔で帰ってきた。良いことあったんだろ?その話を聞かせておくれよ。」

「神様…バッツが、僕を守ってくれたんです。そして絶体絶命の僕を、あの人が助けてくれました。」

 

一度話し出したベルはしばらく止まらなかった。

興味津々で話を聞くバッツと、微笑みを絶やさず相づちを打つヘスティア。

ベルはひたすら涙を堪えて、今日覚えた恐怖と希望を吐き出し続けた。

しかし話が終わりに近づきアイズが登場すると、徐々に微笑んでいたヘスティアの顔がひきつり出した。

バッツは当然その変化を見逃さなかったが、既に経験済みのそのヘスティアの変化を、面白そうだと思って見守ることにした。

そんなヘスティアには構わず話を続けるベルは、気付けばアイズの誉め言葉を並べ始める。

あの一時でよくそんなに誉められるなあと内心で感心するバッツと、ついに口を開くヘスティア。

 

「それでですね、大丈夫?って!もう僕は…」

「もういい!もーいい!君の趣味はよーくわかったから!」

「えっ?でもまだここから…」

「うるさーい!いいったらいいの!」

「…分かりました…なんでそんなに怒ってるんですか?」

「それはだな…」

「バッツは黙ってて!ベル君は知らなくていいの!とにかくこの話はおしまい!」

「面白かったぞベル!大変だったな。よし!明日は俺が美味しいものおごってやる!それでまた元気にダンジョンだ!」

「本当!?やったー!」

「良かったねベル君!明日はバッツと楽しんできなよ!」

「はい!楽しみだなあ…」

「お楽しみはもうひとつ!今日の大冒険の結果発表だ!ステータス更新しよう!」

「おっ、すっかり忘れてたな。」

「僕はほとんど逃げ回ってただけですけど…ちょっと楽しみですね!」

 

ヘスティアはこのあと二人の成長に衝撃を受ける。

バッツは先に更新したが、すべてのステータスがGからA評価へ跳ねた事に案の定ヘスティアが衝撃で固まってしまい、初日と同じくベルを外に出しての面談が始まった。

所々かいつまんで話したバッツは、ベルを蘇生したことと、アイズを一方的に脅したことは伏せた。

ミノタウロスの頭を一撃で割ったという戦闘内容に、ヘスティアはさすがは英雄だと誇らしくなったが、こういう人間は街で神々に付け狙われるからできるだけ目立つのは止めること、人前でのジョブチェンジや魔法など、元々持つ力の行使を控えるよう厳命した。

 

次いでベルの更新を行い再度固まる。

ベルのスキルが発現した。

憧れるだけ成長するなど噂できいたこともない。

何より憧れる相手が問題である。

それがバッツならどれ程良かったか。

あのミノタウロスを倒したのがアイズであると疑わないベルが憧れているのは仕方がないと頭でわかってはいる。

しかしヘスティアは正直に、ベル君の心のど真ん中に居座りやがってヴァレン某めと心の中で舌を打った。

スキルを読むほど嫉妬の炎が燃え上がるのを感じたが、しかし今日ベルが体験した辛さを思えば顔に出すのはためらわれた。

とりあえず素直すぎるベルにはこのスキルの発現を黙っておくことにして、その異常なステータスの伸びを成長期の到来で押しきった。

 

あまりにレアスキルばかり発現する二人に、自分の数少ない常識が打ち砕かれる音が聞こえたヘスティアは、もう難しいことは寝てから考える事にした。

ヘスティアが今日は疲れたからと二人へ睡眠を促すと二人は大人しく頷き、皆少し早く就寝した。



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5話 初めての休日

今さらですが不定期投稿です。

すっぴんマスターのバッツは基礎能力もすっぴんの時が一番高いはずでは?
…ff5ではその通りですが、オラリオではすっぴん時はアビリティ何でもありの基礎能力補正無しで行こうと思います。忍者にチェンジで素早さと器用さが上がるよって感じで。
つまりすっぴんは超絶器用になんでもこなせて身体能力は一般冒険者ですね。
 「バッツ は ホーリー を となえた!」
 「しかし MPが たりない!」


初めての休日

 

ーーーーー

 

いつものように朝日のない地下室で起床したベルは、美味しいものをおごって貰えることを思いだし、とりあえずバッツを起こす事にした。

ベルは床で肩当てをはずしたマントを羽織って床に寝ているバッツをつつき起こす。

つついた肩の丈夫な感触を通して、日頃どれだけ自分に合わせて戦ってくれているかベルは察した。

 

「僕の腕はこんなにしっかりしてないもんなあ。本気のバッツってどんななんだろう。」

「俺の本気が気になるのか?」

「うわっ。おはようバッツ。」

「おはようベル。うわってなんだよ。」

「びっくりしただけ。気にしないで。」

「まだヘスティアは寝てるな。」

「うん。早速だけどダンジョンに行きたいんだ。だから美味しいご飯はそのあとで…」

「昨日あんなことがあっただろ?ダンジョン行くのは絶対ヘスティアが怒るぞ…それに怖くないのか?」

「怖いよ。でもやっぱり挑戦したいんだ。せっかくステータス上がったのに…」

「それに昨日装備をボロボロにしたの忘れたのか?新しい防具くらいなんとかしないとな。」

「あっ…そうか…もう僕の武器と防具は無いんだ…」

「武器は俺のを使えよ。防具は買わないとな。」

「うん。さすがに防具無しでダンジョンには潜れないよね。」

「じゃあどれだけ強くなったかは見てやるからさ、とにかく今日は装備を買おう。買い物が楽しみだったんだ。」

「うん。楽しみだけど、今日はダンジョンには潜れないね。代わりに訓練はいつもより多めにしてよバッツ。」

「わかったわかった。とりあえず外出るか。」

 

早朝から訓練を開始するためにそとへ出た二人。

体操を行い戦闘準備を始めるベルに対しバッツの提案は、とりあえず走るというものだった。

単純な競争はベルの身体能力を測り、自覚するのに丁度よいものだというバッツの話になるほどとうなずくベル。

コースはなるべく簡単に、街の壁まで走って先についたほうの勝ちとした。

 

「人が少ない今だからできるよね。…ちょっと楽しそう。」

「やっちゃいけない!って言われたことってやってみたくなるよなー」

「バッツ、お手柔らかにね?」

「お互い本気でやらないと自分の力がどのくらいか測れないぞ。」

「…そうだね。頑張るよ。」

「よし、じゃあこの石を投げるから、落ちたら走るぞ。」

 

よーいドーンなどと高らかに叫び走りだしたバッツは速かった。

ベルはあっという間に最初の曲がり角に消える背中を目で追うことになった。

全力で走るバッツの無駄のない体使いは、この速度差が身体能力だけの差でない事をベルに悟らせた。

 

「装備を付けてる時と全然走り方が違う!」

 

ベルは見よう見まねで大きく腕を振り、顎を引く。

それだけでも今までとまったく違う加速がベルに高揚感を与え、意識を集中させた。

少し走ったベルが軽い息切れを感じ始めた頃、既にバッツの背中は見えなくなっていた。

すっかり集中しきって周囲への警戒が薄れたベルは、不意に横から飛び出た人とぶつかってしまう。

ベルが思わず謝るところから始まったこの出会いは、今日約束していたバッツの奢る店を本人不在のまま決定させた。

ぶつかった少女は居酒屋の店員で、その商魂たくましさによりベルは朝食を受け取った代わりに彼女の店で夕食を食べる約束をしてしまう。

結局これが原因でバッツは壁で待ちぼうけていたが、涙目で焦るベルが持ってきた想定外の朝食であっけなく許した。

2人分には少し足りない朝食を食べ終えた二人は、人の増えた通りを眺めていた。

まずはとバッツが提案する。

 

「ベルの装備で金が要るからさ、ミアハに小遣いもらいに行こうぜ」

「えっ!?もう受け取らないことにしたでしょ?ミアハ様の財布も大変だからって。」

「いやー、昨日ちょっとあってな。もし稼げてたらおこぼれが欲しいなあ、なんてな。まあ行ってみようぜ。」

 

ミアハのホームについた二人は、ミアハがとても珍しいと語るナァーザの満面の笑みで歓迎され、昨日いくらか儲かったことを察したバッツがベルの事情を話せば2人は簡単に装備代を見繕ってくれた。

二人はお礼とミアハの新薬開発を応援すると、返しにバッツの調合品を是非うちで取り扱わせてほしいと熱く口説かれた。

ベルはバッツをみんなに頼られてすごいなあなどとおもったが、バッツはこの街の人をみんな頼ったら助けてくれてすごいなあと思っていた。

二人は通りに出て服を買い始める。

思いがけない朝食といい、今日はいい風が吹いてるなと感じたバッツは、この流れに乗っていい装備を手に入れようと考えた。

ベルに服を選ばせている間にバッツはざっと装備品の店の並びを見渡した。

バッツには無数にある武器、防具の出来と値段がどの店も大して変わらないように思えた。

仕方なく新品を諦めたバッツは、中古品の高額な装備を扱っている店に注目した。

とりあえず一番値の張るこの刻印の剣はどこで手に入れたのかと店の主人に尋ねたところ、ダンジョンで力尽きた冒険者の遺品だという。

店主に面白かったとお礼を言ってベルと合流する。二人はとりあえず一式の装備を整えることにした。

 

「ベル、今中古の剣を見てたんだけどさ、ウン百万ヴァリスだってよ!」

「す、凄い!…とても僕らじゃ買えませんねー…」

 

価格に圧倒されるベルを引き連れ高級な装備を見に行こうとするバッツは、結局この街の最高級店まで見て回った。

バッツが持ち前の積極性と好奇心を発揮しひと騒動あったものの、無事装備の注文と最高級品の見学を済ませた二人は、昼食をとった後、通りを見物しながらヘスティアの職場に顔を出してみることにした。

 

「じゃが丸くん売ってる?」

「バッツ!来てくれたのかい!?サービスはしないよ!」

「神様…しっくり来すぎです…」

「ベル君!ボクをみて落ち込むなんて言語道断だよ!君たちにおんぶにだっこなんて絶対嫌なんだ。生活費位任せておくれよ。」

「良いじゃないかベル。ありがとうな、ヘスティア。…そうだ!」

「バッツ?」

 

そそくさと店の横へ消えたバッツ。

ヘスティアとベルは目を合わせてバッツの奇行を不思議がったが、すっかりベルは慣れていた。

 

「ベル君、バッツとこのあと予定があったんじゃなかったのかい?バッツは行ってしまったよ。」

「神様。実はおやつの時間まで暇なんです。バッツはよくさっと消えてさっと出てくるので待ちます。」

「他のお客さんが来るからこの横でね。もてなせなくてごめんね。」

「いえ、むしろ仕事のジャマをしてしまってごめんなさい!」

「謝ることは無いんだベル君。…じゃあ君も呼び込みやってみるかい?」

「えっ?恥ずかしいですよ…」

「どうせ暇なら売上に貢献してくれよ!ボクのためだと思って!真心を込めて、大きな声で!さん、はい!」

「へい!いらっしゃい!!」

「「!!」」

 

ひょいと顔を出しヘスティアに並んで元気に呼び込みを始めたバッツ。

予想外の大声と共に登場したバッツに驚いたヘスティアとベル。

二人がバッツを見ると満面の笑みで店に馴染みきっていた。

ベテランの風格さえ感じる通りのよい声、その爽やかな顔をもってじゃが丸くんの油っこい匂いなどまるで感じさせない見事な雰囲気が訪れる。

すっかり看板娘となっていたヘスティアさえ呑まれるバッツの存在感は看板息子と呼ばれても全く違和感がない。

しかし、そんなバッツさえ敵わない存在があった。

奥で油を切る音が消えた。音の主が動く。

少し丸い背中が振り向き、左手をぬっと伸ばしたと思うと、バッツの首もとをがっしり掴んだ。

バッツが店頭から消える。

この間僅かにベルの瞬き二回分の出来事である。

 

「商売の邪魔しないでください!」

 

店のおばちゃんである。

バッツを投げたおばちゃんが遊びじゃないのよとばかりにバッツをにらむ。

みるみる落ち込むバッツ。

バッツの大声に店をみた通りすがりの人々には状況がわかるはずもなく、首をかしげる者もいた。

 

「…やっぱり俺じゃダメなのか…」

「おばちゃん!?バッツ!?」

「バッツが出たら消えた…」

「いきなり入ってきたと思ったらなに言い出すんだいこの子は!仕事探しならうちはヘスティアちゃんで足りてるよ!他を当たるんだね!」

 

いろいろすっ飛ばし過ぎたバッツの行為は怒られて当然であった。

ちょっとぐらい手伝いしても良いじゃんと拗ねるバッツ。

ヘスティアは始めてみるバッツの振るまいに思わず口が半開きのままベルを見る。

 

「神様…ボクだってこんなバッツは初めて見ました…」

「…疲れてるのかな?バッツ…」

「…とにかく!おふざけで入ってきちゃいけないよ!」

 

おばちゃんの言葉にヘスティアも顔をひきつらせた。

丁度今ベルの可愛いところ見たさで呼び込みをやらせようとしていたのだから、限りなく灰色の未遂とはいえ、ヘスティアも反省した。

おばちゃんの正論によって冷えきった店頭。

 

「はい…」

「わかったならよし。でもせっかく来てくれたんだしね。はいこれ。持っていきなさい。今度はちゃんと買いに来てください。」

 

じゃが丸くんを手渡されるバッツ。

そのいい匂いに少し気分の戻ったバッツはとぼとぼベルの隣に並ぶ。

 

「…ヘスティアの顔も見たし行くか。」

「…はい。」

「…バッツ!まだ今日は時間があるんだ!ベル君と楽しんで来なよ!」

「ああ!じゃが丸くんありがとうなおばちゃん!」

「神様、お仕事頑張って下さい。行ってきます!」

「…なんだい変な子だと思ったら、いい子達じゃないの。」

「…ああ!自慢の家族さ!」

 

店頭で一騒動終えたバッツとベル。

しばらく見物した後、今までマントで寝ていたバッツの毛布などを買った二人はバベルにむかった。

図らずともおやつを手に入れ、残す用事が装備の受け取りに美味しい食事となった二人は気分が晴れていた。

顔も手元もホクホクである。

 

本日二度目となる装備屋への入店は、一度目と違い二人とも緊張しなかった。

今日の店番である女性がにこやかに迎える。

バッツとベルは彼女に装備品の調達を任せていた。

 

「ツバキ、良いものあったか?」

「バッツ、ベル。よく来た。二人分揃えてあるぞ。」

「ありがとうございます!楽しみだなあ。」

「我がヘファイストス・ファミリア製の装備だ。すべてバベルで揃えたもので、出来合いのものとなっているから、出来る限りの調整をここでさせて貰う。」

「つまり…試し切りだな!」

「そうだ!バッツの美技を見せてくれ!今日一番の楽しみだったんだ!」

 

椿は午前中にバッツが本気で繰り出した技を見ている。

椿自身も、バッツの技が如何に完成していたか一目で見切れるほど戦闘経験を積んでいたため惚れ込むのはあっという間だった。

我慢できずわずかに上気した顔でバッツを見る。

バッツは新しい武器を即実戦で試してきた経験から、安全に試し切りができて注文も付けられるのは新鮮な気持ちだった。

 

「ベル、俺はすぐ終わると思うから、お前先にやって貰えよ。」

「そうだな。私も好きなものは最後に食べる派なんだ。」

「話聞いてたか?」

「僕が先ですね!椿さん、よろしくお願いします!」

「よし、小僧の分はこれだ。」

 

ベルのために用意された装備は、取り回しのよさに加えて冒険者らしく魔石灯を着けたり何かを背負っても戦闘できる用に、背中や腰はベルトを回すのみで防具はない。

防具として身につける胸当てと肩当ては銀色で軽く、わざと防具がひしゃげることで致命傷を避ける作りのため、何度も打ち合って戦えるものではない。

急所への一撃を外した反撃から生き延びる為だけの装備。

バッツは無数のモンスターから逃げ切る為の防具でないことに物足りなさを感じたが、実際にその軽さを確かめると、ベルの戦闘方法に照らして納得した。

しっかり見に着け方を聞いたベルはすんなり一人で着けて見せた。

軽く試供品の鞄を背負えば少年らしくも様になっているようだった。

満面の笑みでお礼を言うベル。

まだ終わってないぞと微笑んだ椿の見立ては正しく、どこか浮いていたり動かしてずれる事もなかったため、長すぎるベルトや紐を切り、防具の引き渡しを終える。

次に椿は武器の説明を始める。

要点をまとめると、利き手は力が乗せやすいわずかに反りのある短刀。

もうひとつは逆手持ちを想定した体重で引き裂くことのできる両刃の短剣。

どちらもバッツの短剣に比べれば細く、短い刀身だった。

試し切りではバッツが軽く持ち方と振り方を教えると、ベルいくらか皮の鎧に打ち込んでみる。

半分ほど刀身が鎧に沈んだところで短剣が動かなくなり焦り出すなど、素人らしい試し切りとなったが、特に武器に問題はなさそうだった。

ベルは満足そうに改めて椿へお礼した。

椿はベルの防具についてかなり安くあがったうえ、二刀流に慣れたらもっと得意な部分を伸ばした武器としっかりした防具に買い換えるべきだと助言した。

 

続くバッツの防具はベルの防具に比べいくらか重いものだった。

薄い革製のシャツに上から急所を守る金属質なベストに手首を守るだけの小手を着る形の防具。

すでに持っている肩当てとマントを着ける前提であったためベストの肩の部分は空いており、動かしやすさにも貢献している。 

ベストも薄いようで、締まったシルエットの通りにある程度なら背中まで手を回すことも出来るほどだった。

革シャツのフィット感やベストの質を確かめ、出来合いの品でここまで選べるのかと感心するバッツ。

これについてはバッツの好感度を稼ぎたい椿の職権濫用が働いていた。

このファミリアではあまり扱わない革製品の試作品作成と称した指示を緊急で部下に飛ばし、図面も椿自身が昼飯返上で一息に書き上げた。

ベストについても同様で、ここまで薄く細かいパーツを作れる職人は多くないため、いかに素材が安くとも、ここまでの精度を出せばバッツの指定した予算では間に合わない質の良さ。

結局小手のみが実際に店売りされていた物であり、付けられていた名前は得手輪(エテマル)と左小手(サルキチ)だった。

到底素人に使わせるのは勿体ないものであったが、バッツが使う防具としては質が悪いと思う椿だった。

椿の過剰なサービス具合であったが、素材の質によって決して防御力の高くない防具に仕上がったこともあってか何も疑わないバッツ。

そのままバッツは満足気にお礼を言って武器の御披露目を急かす。

バレなくて良かったと胸を撫で下ろした椿は片手用にしては長めに見える細い諸刃の剣を取り出した。

 

「100Cある。片手用にしては間違いなく長い。お主の腕を見込んでの武器だ。」

「両手でも使えそうな柄の長さだな。」

「お主は片手が空いてるからな。両手持ちにしては軽すぎる剣が売れ残っていたのでピンときた。」

「よくある形の剣は中途半端な大きさにしたら売れ残るよなー」

「分かるか!だから武器は安くあがったぞ。その分防具はこだわらせてもらった。」

「なるほどな。大事に使わせてもらう。」

「では!試し切りだ!ここになんの変哲もない革の鎧を用意した!」

 

ベルの使用した鎧に比べ明らかに重そうなそれは、バッツの剣技に耐えられるよう用意したそれなりの高級品であった。

無論、バッツの技が見たい椿によるサービスの一環だった。

ちょっとした企みもある。

バッツに渡した武器をこの鎧でそれっぽく傷め、修理の期間だけでも自身で打った武器を使ってほしかったのだ。あわよくばポッキリ折れてずっと私の武器を使ってくれないかとも。

 

「これ切るのは勿体なくないか?」

「気にするな。内張りが腐っていてまともに着れるものではなかったからな。外側だけでも活用させてくれ。」

 

実際鎧の中には安物とはいえくさりかたびらも隠している。

それなりに丈夫そうだと看破しても気にしないバッツ。

 

「そうは見えないけどなー」

「いいから、やるんだバッツ。雑にふって肌に届くほどそいつはヤワじゃないぞ。」

「仕方ないな…本気でやるぞ。怒るなよ?」

 

椿から受け取った剣を何時ものように軽く前に出して構えるバッツ。

直後に訪れる緊張がベルと椿の視線を引き付ける。

一息吐いたバッツは肘を落としながら全身を前のめりに強く一歩踏み込んだ。

 

「だっ!」

 

振りかぶることもなくあっという間に伸びた剣先は、ベルが短剣を刺すことさえままならなかった鎧より倍は頑丈であったはずの鎧を簡単に裂いた。

急所である心臓をめがけた鋭い一撃は紙を突くように突き抜け、背中から突き抜けた剣先のきらめきにベルは絶句した。

 

「…まごうことなき必殺!致命の一撃!美しさすらある…!」

「へへっ。まあ、売れ残りの割に良いもんじゃないか?やるなツバキ。」

「あ、ありがとうバッツ。その調子で使ってくれると武器も喜ぶ。」

 

全くダメージの見えない刀身に、椿はバッツの技量が自身の経験程度では測りきれない事を悟る。

儚くも狙いは突き崩されたが、その技を見れた満足感で笑顔が溢れる。

 

「安あがりが過ぎたな。目の前でこれほどの技を見れるとは。次はミスリルの鎧で頼む。」

「試し切りにそんなものを出すなよ!」

「試し切りじゃないぞ、私の酒の肴に頼む。」

「もっとごめんだ!」

「弟子の小僧はここまで育つかな?」

「えっ?…が、がんばります!」

「弟子なんてとったことないぞ。」

「そうか…引き連れ、技を見せ、面倒見てやるのは師匠と弟子ではないのか?」

「弟子なんて…えへへ…」

「なにいってんだか。よし、かえるぞベル。飯にしようぜ」

「はい!師匠!」

「やめろって!」

「似合ってるぞ師匠。」

「ああ、もう!」

 

装備の新調を終えた二人は食事に向かう。

ホームに寄って荷物を置き、新品を手放したくないらしく武器は腰に下げたままのベルに案内されて今晩の食事処「豊穣の女主人」へ着いた二人。

二人はベルとぶつかり朝食をくれたシルに迎えられ、壁際の二人席へ案内された。

 

「いらっしゃいませ。約束通りですねベルさん!お連れのかたまでいらっしゃるなんて感激です。」

「シルさん。この人はバッツ。僕の師匠です。」

「ベル!それやめろって言ったろ!」

「まあ、師匠さんですか。ここで働かせていただいています。シルです。今後ともご贔屓にしてくださいね。」

「師匠じゃない。バッツだ、よろしくな。高かったらあんまり来ないと思うけど。」

「正直な方ですね。でもきっと納得していただけますよ!」

「じゃあ早速なんかおすすめのやつくれ。あと酒も。」

「僕はお酒は無しで。」

「承知しました。少々お待ち下さい。」

 

気の抜けた注文を終え、バッツとベルはあたりを見回しながら話し出す。

 

「なあ、完全に捕まったって感じだな?ベル。」

「いやあ、断りにくくて…」

「いいさ。出会いは大事にしないとな。」

「そうですよね!出会いは大事だし、旅の醍醐味ですからね!」

 

何やらバッツの一言に触発されたベル。

バッツは止めずにベルの話を聞き続けると、なんとベルは可愛い異性との出会いを求めてオラリオにきたらしい。

それはアイズを見て必死になり、シルに捕まるはずだと納得するバッツ。

いつか海賊の寝顔に一目惚れしかけた経験のあるバッツは、そういう出会いをたくさんしたいと語るベルのロマンとやらを否定できなかった。

しかしミノタウロスを見て目が覚めたとか、あの人に追い付くためにはこれじゃダメだとか言い出すベル。

気分の落ちたまま食事するのはいけないと思ったバッツがベルの気を引こうとした瞬間、香ばしい野菜と肉の香りが図らずしてベルの気分を切り替えた。

なんとも間の良いシルにバッツが笑顔でお礼を言うと、さっとお辞儀をしてそそくさと仕事に戻って行った。

その後は二人仲良く過去の話などを語りだす。俺の剣は親父が教えてくれたんだと語るバッツを目を輝かせて聞き入るベルに、僕のおじいちゃんは女の人が大好きでと話したベルの祖父のいたずら話を聞いてげらげら笑うバッツ。

二人の雰囲気の良さは、なんとも気のいい兄弟みたいだと、荒くれ物の多いこの街では珍しい客であったためか店員の女性たちの癒しとなった。

一部の猫人の店員は体の線をさらすバッツのほろ酔い姿と時々身を乗り出して話を聞くベルの尻ばかり見ていたようだったが、凝視のかいあってかエールを飲み切ったバッツが手を挙げて店員を呼ぶのに気付いた。

今行くにゃと返事をしたところで入り口が開く。

見ればそれなりの人数の冒険者一行であったのを確認した店員たちは、バッツを見ていた猫人も先に水だけでも出すためにと一行を優先して動いた。

手持無沙汰になったバッツ。

ベルを見ると冒険者一行に目が釘付けになっている。

バッツが視線を追うと、一人の冒険者にぶつかった。

小柄で金髪の少女。バッツには見覚えがある。

ベルのいう件のあの人こと、アイズ・ヴァレンシュタインであった。

とすればこの一行はおそらくミノタウロスを逃した例のアイズの仲間かもしれないとバッツは考える。

嫌な予感が胸を覆うバッツ。

バッツはアイズ一行が席に着くのを見た後ベルに視線を戻すと、既に顔を赤くして目の前の料理をじっと見つめている。

とりあえず今日はもう切り上げようと改めて店員を呼ぶバッツに反応したのはシルだった。

 

「お呼びでしょうかバッツさん…もしかしてベルさんにお酒飲ませましたか?」

「…ああ、そうなんだ。ちょっと目を離したすきにこいつを飲んだみたいでさ。だから大事を取って今日はもう…」

「でしたら酔い覚ましにいい一品があります!すぐお水と一緒にお持ちしますね!」

「おい!…話は最後まで聞いてくれ!」

 

仕方なく料理をつまむと、何やらベルがアイズ一行に聞き耳を立てているようだと気付いたバッツは、酔いもあって今の大声がアイズの気を引いてしまったことに気付かなかった。

 

「あの声…」

「アイズ?どうしたんや、あんなんここじゃよくある店員への絡みやろ。なにせここの店員は上玉ぞろいやからな…ぐへへ…って無視せんといて!」

「それでアイズはよ、助けたやつにくっせえ血まみれのトマト顔のまま逃げられたんだとさ!笑えるよなあ!」

「ベート、いい加減にしろ。私たちの落ち度を振りまくなど…」

「お堅いねえまったく。そんで逃げたやつは白髪に紅目でっておい、アイズ…ん?」

「すみません…私たちダ、ダンジョンで会いましたか?」

「なんだ?俺たちはもう帰…」

 

予感の的中に思わず頭を押さえるバッツ。

はたから見れば具合の悪くなった客とそれを介抱する人にしか見えなかったため、無視された。

料理と水を持ったシルがやってきて青い顔で固まっているベルに話しかける。

 

「ベルさん、お水です。これも食べると落ち着きますよ。聞いてますかベルさん?」

「シル、ベルはほっといてくれ。大丈夫だから。」

「いや、こんなに青いのに大丈夫って…」

「とにかくもういいから、ありがとな。」

「…はい。何かあればすぐ呼んでくださいね。」

「あの、私たち…」

「聞こえてたよ。あんたアイズ・ヴァレンシュタインだろ?うちのベルを助けてくれてありがとな。…ほらベル。」

 

ベルが顔を上げると、真っ青だった顔がさっと茹だって赤くなる。

それを見る者の中にも、気分の上がる者が一人。

 

「え?あ!ア…アイ…」

「おう!噂をすればトマト野郎のご登場じゃねえか!アイズもこんなに野菜があんのによく見つけたぜ、笑ってやれよ、ホラ!」

「あ、えっう、うわああぁ!!」

 

あっという間にベルは錯乱した。

椅子を蹴っ飛ばしたかと思ったら入り口に体当たりをかまして飛び出ていくベル。

バッツは一人残され、扉から視線を戻すとアイズと目が合った。

 

「何や、この店で食い逃げとは太いやっちゃなー。」

「ははっ!アイズまた逃げられてやんの!」

「今のはお前の所為だろうベート。全く…」

「…ごめんなさい。私の仲間が…」

 

そのアイズの一言でバッツの気分は落ち込んだ。

自分のミスでないどころか、よりによって他人への被害を笑い話にしたアイズの仲間を心底嫌悪した。

 

「あいつらが、お前と、ミノタウロスを逃がしたんだな?」

「は、はい…」

「なんでベルが笑われなきゃいけないんだ?」

 

黙るアイズ。

酔いの回ったバッツはいつもより少し短気だった。

 

「!!」

「話せないのか。もういい。…おい!シル!」

 

バッツの怒気を帯びた声に恐る恐る返事をするシル。

その顔を見て悪かったと謝り、二人分の金を払うバッツ。

全く動かなくなったアイズをよそに店を出ようとしたバッツが扉に手をかけようとしたその時であった。

 

「なあ、うちのアイズに何したん?」

「あんたこそ誰だ。見てただけで関係ないだろ。」

「ウチはロキ。アイズの保護者や。」

「そうか。じゃあ必死に生きるやつを笑うなってよく教えとけよ。」

 

とげとげしく話しかけてきた細目の雰囲気が落ち着く。

今のバッツに対して、挑発や適当にファミリアの名前をちらつかせて丸め込もうなど、絶対やってはならないと一目で悟ったロキは、これまでの経験と確かな判断力が警鐘を鳴らすなかこの爆弾をどう落ち着かせようか思案した。

この雰囲気は本物だ。レベルだの年齢だのいう問題じゃない。これ以上怒らせるのはまずい。

ロキは、アイズを落ち込ませた奴に一言言ってやろうというだけのちょっとしたイラつきを我慢できなかった自分を責めた。

結局おとなしく謝ることを選択したロキはいまさら緊張に汗をかき始める。

 

「そういうことか…悪かった。」

「ふざけるな。謝るのはお前じゃないだろ。ミノタウロスを逃したあいつらがなんで笑ってる。」

「その通りやな…」

 

いつもなら、ほれ見ろベート、お前の悪口が祟ったで、どうしてくれるんやなどと軽口をたたくところであったが、バッツの視線がロキののどを乾かせそれを許さなかった。

黙って神妙な面持ちでファミリアのメンツを見るロキ。

先ほどから狼人を咎めていたリーダーらしきエルフが立ち上がり、それに首を引っ張られて抵抗しながら立ち上がる、この騒動の原因である狼人。

その横に座っていた小人も一緒に3人でロキのそばに立った。

 

「この冒険者のお兄さんが、さっき飛び出てった子の仲間らしいんや。これだけひどいこと言ったんや。みんな謝ろう。」

「そうだな、こんなくだらないことでファミリアの名声が落ちてもコトだ。」

 

ロキが強張った顔で今の発言をした小人を見る。

なんのために頭を下げさせていると思ってるのか。ファミリアとしての謝罪などでは納得しないからベートを呼んだとなぜわからないかと言いたくなった。

当然全員酒が入っているため、バッツの機微を見て適切に動いてくれるような者はいなかった。

依然としてその目に怒りをにじませたバッツは動かない。

 

「誰が謝るか。雑魚がダンジョンに潜るんじゃねえよ。」

「おい!…本当にすまなかった。こいつにはよく言っておく。どうか許してはくれないか。」

「ごめんなさい…ごめんなさい。」

 

あのロキ・ファミリアが頭下げてるぞ、あの白いの何者だ?と騒然の店内。

この異様な雰囲気に負けじと我が家を守ろうとする店主のミアが口を開こうとしたその時バッツが動いた。

誰もが見ている視線の中心で、バッツの肩が下がったような気がしたのは一部の冒険者。

しっかり目を見開きその体を覆う淡い光と、右手がベートの腹に突き刺さるのを目で追えたのは街でも最上級冒険者であるロキを囲んだ小人とエルフにアイズのみであった。

気を失い倒れこむベート。

ベートの戦闘力を口だけでないと評価していたからこそ絶句するロキ・ファミリア。

既にバッツを包む光は霧散していた。

 

「…もういいだろロキ。お前の仲間はクズだ。」

「…!」

 

ロキは何も言えなかった。

ロキ・ファミリアは何もできなかった。

何が起こったか察したミアは店員たちに何もしないよう目配せする。

シルは足をすくませた。

激怒し、あきれ返っているバッツを見て、自分がこうなるきっかけを作ってしまったと気付く。

あの時バッツは楽しく一日を終わるために全力だったのだと。

水の一杯でも乾いた心は救われるんだとミアに真心を説かれたのはいつだったか。

いつものように笑顔で押し付けたあと一品、あと一杯がこれか。

せめてこの店の不手際は謝罪しなくてはならない。

この場にいる者全員が静まり返り、一歩も動けないなか、シルだけが涙を湛えて動き出す。

 

「バッツさん!ごめんなさい!私が勝手なことをしたから…」

 

シルの涙声で我に返るバッツ。

その顔からは多少の申し訳なさと苦しさを読み取れた。

 

「…シル。お前のせいじゃない。みんな!こんなにして悪かった!」

 

ミアが店の代表として口を開く。

 

「…いいんだよ。今のは見てて大体わかったからね。後始末は全部そこのあほどもにつけとくよ。」

「…じゃあ、俺はこれで。」

 

とぼとぼ歩きながら、ホームに帰ってベルの機嫌を直したらさっさと寝ようと決めたバッツ。

まっすぐホームへ帰るとヘスティアがまっていた。

 

「お帰りバッツ。ベル君とは楽しめたかい?」

「その様子だと…ベルは帰ってないのか?」

「一緒に帰ってきたんじゃ…何があったの?」

「あいつ…どこ行っちまったんだ…」

「バッツ!何があったのか早く教えるんだ!」

 

バッツはヘスティアに事情を話すとホームを飛び出した。

しかしベルが見つかることはなくバッツは一晩中街を走り続けた、もう朝になろうかというところで一度ホームへ戻ると、ヘスティアがダンジョンにいるのではとあたりをつけ、ようやく2階層の入り口でボロボロになって戻ってきたベルと合流した。

ホームでは泣きながら抱き着くヘスティアが落ち着いた後、今日も絶対ダンジョン禁止!と叫んで発布された休日延長のお触れに安心したバッツはあくびを出した。



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5.5話 午前の武器屋にて

例によって消すのがもったいなかったため。

「」ばっかりです。

誤字のご連絡ありがとうございました。


午前の武器屋にて

 

ーーーーーー

 

ベルに服を選ばせている間にバッツはざっと装備品の店の並びを見渡した。

バッツには無数にある武器、防具の出来と値段がどの店も大して変わらないように思えた。

仕方なく新品を諦めたバッツは、中古品の高額な装備を扱っている店に注目した。

とりあえず一番値の張るこの刻印の剣はどこで手に入れたのかと店の主人に尋ねたところ、ダンジョンで力尽きた冒険者の遺品だという。

刻印については、ヘファイストスという神が営むファミリアの製品についているもので、そのファミリアは街で一番大きな装備品専門の工房だということを教えてもらった。

バッツは服を買ったベルが通りに見えたので合流してヘファイストス・ファミリアの人間を探すことにした。

金で買おうと思うととても手が出ないこの上質な装備を、冒険者らしい方法で手に入れたいと思ったバッツは、何かと交換したり、困っていることを解決して少しでも安く売って貰おうと考えたのだった。

 

「ベル、今中古の剣を見てたんだけどさ、ウン百万ヴァリスだってよ!」

「す、凄い!…とても僕らじゃ買えませんねー…」

「だからさ、この際どこまで値引きしてもらえるか試そうぜ!昼まで時間あるんだしさ。」

「え!?こんなレベル1に値引きなんてしてもらえるかな…」

「試してみないとわからないだろ?まずはヘファイストス・ファミリアの人探しだな。」

 

二人は武器・防具に関わらず高額な製品はどこで買えるのか聞き込み、3つほど店を回ったところどの店主も返事は同じだった。

バベルを登れば高級店がある。

二人は緊張しながらもバベルへ向うことにした。

 

「ここが…少し緊張するな…」

「か、帰ろうよ…僕らじゃ不釣り合いすぎるよ…」

「…男は度胸!たのもー!」

「えっ?…こんなところに置いてかないでよー!?」

「何じゃうるさい…客か?」

「おれはバッツ。客になりたいからお願いがあるんだ。聞いてくれ。」

「冷やかしは御免だ。見ればお主らレベルも低かろう?1か2と見た。ここで買い物とは背伸びしすぎだ。」

「だから客になる前にお願いがあるんだって。なんか手伝うからさ、金以外で何とかならないか?」

「ふはっ!こんなところまで来てそんなことをいう奴は初めてだ!やはり冷やかしじゃないか。だがどうにもなるわけなかろう。見ろ、こいつ一本だけでも1000万ヴァリスがはした金だ。」

「そういわずにさ、たのむ!…おい、いつまでぼーっとしてる、ベル。」

「や、やっぱり無理だよバッツ、帰ろう!」

「その小僧の言う通り。バッツ、お主は面白いが身の丈がわかっとらん。」

「むっ!…ベル、俺の本気が見たいとか言ってたよな。」

「なんで今その話をするの?そんなことより早く帰ろうよ…」

「ようし、あんた…名前は何だっけ。」

「椿。」

「ツバキ!よく見てろよ。」

 

バッツはヘスティアの厳命など知ったことかとばかりに、一人つるぎのまいを繰り出した。

直後に椿の目が見開かれる。

その鮮やかさに思わず固まるベルと椿。

2人はバッツの技として完成されたそれをみて、複数の斬撃が、まったく対応できずに完璧な角度で急所に打ち込まれた相手の姿を錯覚した。

 

「…失礼した。バッツ、先ほどの言葉は取り消す。ファルナを授かったばかりというだけで相当な使い手なのだな。私の出会ったなかでは、お主が最高の技術を持っているかもしれん。」

「人は見た目じゃ判断付かないぜ?案外ボケまくりのジジイが世界救ってたりするもんだ。」

「バッツ、今何回切ったの?よくわからなかったよ…」

「3回…いや、4回か?正直目で動きを追えたのに斬ったということしかわからんかった。しかし、手前の技術では絶対受けきれん連携だった。実に見事だ。」

「じゃあなんか俺向きのいい感じのやつ、ない?」

 

場の流れを掌握したバッツの挑戦的な発言で、椿に火が付く。

 

「ふふっいい感じのやつか…あるぞ。手前の新作の試し切りがな。正直お主の腕に適う得物かはわからんが、やるか?」

「やるやる!」

「ぼ、僕もついてっていいですか椿さん!」

「構わん。この達人の連れとあれば断れないさ。さあこっちだ。」

「こいつはベル。成り行きで鍛えてるんだ。実はもうミノタウロスとも戦った!伸びると思うぞ。」

「そうか!それはなかなかやるな小僧。手前の知り合いにもそんな子供がいる。」

「そうなんですか…もしあったらお互い頑張りましょうって伝えておいてください!」

「ははっ、あったこともないのにか。分かった伝えておく。小僧、お前も面白い奴だな。」

「いやあ、なんかあの怖さを知ってる子がいるなんてと思ったら、なんだか親近感がわいちゃいました。」

「そうか…もうあいつもすっかりレベル…おっとついたぞ、ここだ。」

 

ベルは、気付けばバッツのペースでとんとん拍子に話が進んでいることに驚いた。

そんな簡単に他人のお願い事を聞き出せるものだろうか?と考えたベルは、椿がバッツの短剣を凝視していることに気付く。

椿の目は、すっかりはしゃぐ気持ちを抑えきれず輝いていた。

 

「よし、まずはバッツ、…その短剣を見せてほしい!お主が取り出した時からその輝きが気になっていた!」

「ええっ?…ほら。」

 

椿が全身全霊で鑑定する。

 

「こ、これは…なんと見事な…扱いやすい片刃の短剣とはいえ、初めて握るのに妙に手になじむ…このわずかに施された美しい装飾さえ軽量化に貢献しながら全く強度に影響を出していない。…そして先ほどから感じるこの神聖な感覚はなんだ!?」

「それはだな…」

 

バッツの言葉を遮り、ベルも興奮し始めた様子でバッツの代わりに補足した。

 

「あ、それ分かります!バッツが付いてる!って感じしますよね!」

「そうか、これはお主の使いこみによって生まれたものなのか…喜べバッツ!この武器はお主とともに在って最高に喜んでいるぞ!まさに武器と使い手の目指すべき極致を見た!」

 

なんだかよくわからない感想をもらったぞと思ったバッツは話を元に戻そうと試みる。

しかし熱をもってしまった鍛冶師の一途を、一言で収められるはずがなかった。

 

「あー、ありがとう。じゃあ返してくれ。それで試したいのはどれだ?」

「もう新作などどうでもいい!見れば見るほど理想の先を見せてくれるなんて人ではお前が初めてだ!…惚れたぞバッツ。私とともに歩んでほしい。」

「「はあ!?」」

「何を驚く?こんなに素晴らしい人を絶対に離したくないのは当然だ!私の武器がお主と同じだけ輝きを放つときこそ、我が目標の達成だろう!」

 

初めて会ったばかりの人にここまで詰め寄られたバッツは、街の噂になってしまうことを恐れた。自身の自由の保障が最優先であると考えたバッツは、もうとにかく話を切り上げようと詰め寄る椿に抵抗する。

 

「ゴホンッ!話が見えたぞベル。要はこれからこの店とよろしくってことだ。武器を安く買えそうだぞ。」

「えっ?そういう意味なんですか!?てっきり愛の告白かと…」

「愛の告白だとも!何も違わないぞ!」

 

少年らしく口に出してしまったベルの一言によって流れは戻った。

この場の平穏は諦め、ここでのすべてをさっぱり流して帰りたくなったバッツ。

 

「まだここで会って剣を見せただけだろ…お断りさせてもらいます。ほらベル、もう試し切りもないみたいだし残念だけど帰ろう。」

「待て、…待て!一目惚れには違いない!突然のことですまない!だが本気なんだ!だからこちらからお願いする番だ!…今すぐでなくともいい、どうか手前の打った得物でダンジョンに潜ってほしい。注文は何でも聞く。絶対に応えて見せる。」

「うーん。ここまでくると怪しいぞ…こんなレベル1の二人に…」

「わかった!押しが強すぎるのも控えるから…お願いだ…」

「バッツ、そんなにしたらなんだか可哀そうだよ…」

 

天然で人の好意を拾ってしまい勝手に申し訳なさそうにし始めたベル。

お前無関係だろうとバッツは思ったが、ベルと目を合わせてなにか打開のヒントが欲しいと集中すると、逆にベルのような距離感で行けば平和に終われるかもしれないという希望の光をその幼い紅眼に見た。

 

「…よし!ツバキ、お前を信じるよ。まずはお客さんからだ。これからよろしくな!」

「本当か!?ありがとうバッツ!よろしく頼む!」

 

椿はこんな店をやってるわけだし、装備については熟練者だろうと思ったバッツは、適当に時間のかかりそうなお願いをしてこの場を引き上げようと決めた。次会う頃には彼女の熱も冷めるだろうという淡い期待もあった。

 

「早速だけどまずは俺とベル、実は防具持ってないんだよ。だから適当にこの予算で見繕ってほしいんだ。」

「何?17階層程度までの装備なら手前の失敗作の中にだってある。その程度でよければいくらでもタダで用意するが。」

「17階層!?僕たちそんなに潜れないのに!椿さんが身の丈に合ってないって言ったばっかりじゃないですか!」

「装備はなんでもいいものに越したことないだろ。」

「そうだぞ小僧。」

「だからなんで椿さんまで賛成なんですか!?」

 

バッツは内心17階層の凄さがわからなかったので、まあタダでもらえるならと思ったが、今持っているいくらかの金について、その価値を知りたいという探求の心がそれを許さなかった。

 

「俺は今日、買い物を楽しみにしてたんだ。それが貰ってばっかりでしたじゃあ気が引けるし、つまんないだろ。」

「分かった。私はここから離れられないから仕方ない。欲しいものを教えてくれれば、予算一杯で最高の装備を揃えて見せよう。」

 

とりあえず平穏が保たれた確信を得たバッツは、安心して当初の計画通りにあいまいな注文を付ける。

 

「俺はこいつより長い片手用の剣と走り回りやすい防具でよろしく!あとはツバキに任せる。夕方に取りに来るからな。」

「片手剣に軽装と。殆ど私に裁量を任せてくれて嬉しいぞバッツ。小僧はどうだ?」

「僕は…実は短刀と軽い胸当て位しか着けたことがなかったんです。未だに自分に向いているものが分かりません。」

「ふむ。試してみない事には向き不向きなど…向いているものでなく持ちたいものから決めるべきだな。」

「やっぱりそうですか…バッツにも言われました。」

「まあ俺はそのままでもいいと思うけどな。その気があるなら二刀流も…」

「そこまで器用には見えんが…本人次第だな。小僧はどうだ?二刀流。」

「カッコイイですよね!二刀流!僕はやってみたいです!」

「決まりだな。至近距離でやり合うベルには肩当てと最低限の軽装にしてみるが、どうだ?」

「椿さんにお任せします!」

「お前たち…実は似た者同士か?」

「「まさかー」」

「いや似てるな。さて、簡単に採寸したらあとは任せろ。職権濫用も辞さない構えで望む。」

「人に迷惑かけるのは少しだけにしろよ!」

「少しはいいんだねバッツ…」

「冗談だ。しかしバッツの信頼はそれくらい欲しい。」

 

また彼女の熱が上がるのを察したバッツは冷たくあしらって順調な進行に努める。

ついでにバッツは自身のことが噂にならないようお願いすることにした。

 

「俺が信じるって言ったのにそれじゃ足りないのか?」

「ぐ…すまなかった。だがわかってほしい。目の前に人生最大の好機があって必死になるのは道理だろう?」

「…わかったけどさ。俺はそれほどのもんじゃないよ。それと俺、噂されたり目立つのは嫌なんだ。だから俺のことはあまりほかの人に話さないでくれないか?」

「約束しよう。可能な限りバッツのことは話しに出さない。」

「よろしくな。」

 

武器、防具の購入を終えた二人の珍客を見送り、冷静になった椿は顔を赤くしながら内心文句を垂れた。

(我が主神様の言うことには「あなたほどの人が押せば大概の男はなびくんじゃない?」だったか。全く信用出来ない…ちょっと興奮したのは認めるが、引っ込みつかなくなって結局赤っ恥だ。)

 

積極的すぎるのも考え物か?と珍しく反省してしまうほどには内心焦っていたバッツは胸をなでおろしてベルと昼食を食べることにした。

その時ふとヘスティアの厳命であるジョブとアビリティ使用禁止の意味に気付くバッツ。

それを訂正できる仲間が誰もいないことこそ彼の今日一番の失敗だった。

 

「使うとこの街の人が俺に惚れちゃうからかもしれないな…」

「バッツ今なんか言った?」

「いや、気にするな。さあ!飯にしようぜ。」

 

調子を取り戻したバッツの休日は続く。



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6話 憂さ晴らし

バッツは短気じゃないけど怒るときは心の底からちゃんと怒るイメージです。
なのでいろいろ割り切ってる戦闘中や緊急事態よりも日常生活のほうが感情を出すと思ってます。

また進んでません…反省します。


「ヘスティア、ベルを怒らないでやってくれよ。それなりの訳があるから。」

「…バッツがそういうなら。訳も聞かないけど…」

「二人とも、ごめんなさい。」

「そう落ち込むなよベル。昨日は上手い飯も食って、結構な装備も手に入った。結局ダンジョンにも潜ったし、やりたいこと全部やれただろ?」

「でも…また全部壊しちゃった。」

「ベル君、装備なんて生きていればどうでもいいじゃないか…」

「僕、強くなりたいです。」

「…うん。」

 

強くなりたい。ベル・クラネルの悲痛な一言にもう寝るつもりであくびをしていたバッツは目が覚めた。

何かを決めた人の目はたくさん見ている。

それが敵であろうが触れるだけで間違いなくバッツに何かを与えてくれた。

そうだ、俺は心のままに冒険したくてここに来たんだと、バッツはベルの目を見て思い出した。

すっかり小銭を稼いでのんびりベルの面倒を見るのが板についてしまっていたバッツも、自分のやりたいことを我慢しない事に決めた。

 

「俺も、好きにやらせてもらうかな。あんまり変わらないかもしれないけどさ。」

「…うん。バッツにはお願いばっかりだったもんね。君にもやりたいことはあったはずだよね。」

「でも二人とも気は使うなよ?ベルの訓練ももっと厳しく行くからな。」

「はい。よろしくお願いします。」

「じゃあ早速だけどベルのステータス更新しようぜ。」

「「…もう眠いです。」」

 

結局安心して眠った2人は放っておいてバッツは黙ってダンジョンに潜ることにした。

一人で潜る初めてのダンジョンで、バッツは昨日の憂さ晴らしと言わんばかりに力強く下りていく。

一息に6階層まで下りたところで小休憩することにしたバッツは今の自分の強さを見つめなおす。

 

「ここなら神様もいないし魔法も使えると思ったけど、結局精神力不足で斬って殴ってばっかりだ。ウォーシャドウも初めて見たけど早いだけだな。今のステイタスなら見てからよけられた。ヘスティアは上がりすぎって言ってたけど、やっぱり結構違うもんだな。」

「グウォォ」

「近くでなんか湧いたみたいだ…かくれてやりすごそう。」

「ググッゲエォォ」

「カエルか…カエルはいいよな~」

 

モンスターであってもカエルはカエル。

通り過ぎていくフロッグ・シューターにその独特な感性で少し癒されたバッツはさらに深く潜る。

旅で培った効率的な体力温存を心掛け、突如複数現れるモンスターにも囲まれないように一突きで急所のみを攻撃して走り抜ける。

始めて見るモンスターも簡単に使えるライブラと持ち前の集中力でほとんど足を止めることはなかった。

 

「にしても集中しっぱなしで疲れないってのは凄いな。思ったよりずっと快適な戦いができていいぞ。ヘスティアに感謝だな。」

 

バッツは折を見て一人で集中を解くと、体を緩く伸ばす。

それなりに走った疲労感と多少の精神力の擦り減りは感じられたが、まだまともに一撃も貰っていない肉体は、多少火照るばかりで余裕がある。

心の落ち着いている今、平常時の魔法を試すことにしたバッツはモンスターを呼ぶことにした。

先ほど倒したばかりのキラーアントは、首を落としただけではすぐに消えず他のキラーアントが集まってきたことを思い出したバッツは、わざとこの状況を作ることにした。

適当に一撃入れて追いつかれない程度に走るバッツ。

周囲をくまなく観察しながら同じ道を2週ほど走ると、前から曲がり角から這って出てくるキラーアント。

そのまま走って7体まで増えたのを数えたところで、バッツはライブラで減った今の精神力で使える攻撃魔法が効くか試すことにした。

幅5Mほどの路地に出たところで少し間をあけて振りむき、曲がり角に左手を構えるバッツ。

我先にと固まって追いかけてきたキラーアントはどこから来たのか8体まで増えていたが、2Mほどまで寄ってきたところで全て巻き込めると踏んだバッツはファイアを唱えた。

床一面にバッツの腰の高さほどの火の海が広がる。

這って移動するキラーアントの全身を焼くには十分な高さだった炎は始めにその目と足を焼いた。

ぐずぐずと音を立てて体が沈むキラーアントの群れは、焦げ付き崩れ行く足で走り続ける。

拡散させて放ったファイアではバッツの読み通りとはいかず倒しきれなかったが、焦り始めたバッツが下がりながら唱えた2発目のファイアによって、群れはついに全身火だるまとなった。

油断せず距離だけは維持するバッツを追う群れは、足が崩れ去りもはや顔も胴体もわからない状態で路地に転がった。

勢いのままバッツのつま先まで転がったキラーアントはソロの冒険者にとって最も危険であろうフェロモンによる仲間の招集を行ったが、口の奥まで焼けたおかげでまともに働かず、いくらか蠢いたのち魔石を残して消えた。

バッツが見渡せば、他のキラーアントも似たような状況だったらしく死屍累々の状況であったが、すぐに全て消え魔石のみとなり、路地は焼け跡を残して元通りとなった。

思ったよりも生命力があり、足元で蠢く姿を見て冷や汗を流したバッツはようやく人並みの危機感を味わった。

しかし自身が道具をまったく使っていないことなどを鑑みて、ライブラで見た通りの有効な手段を取れば一人でもまだまだ潜れそうだと確信したバッツは、すぐさまケアルで肉体の疲労感を軽減したところで少しふらつく。

精神力の消費が思ったより大きいことに気付いて今日はここが限界だと見切りをつけたバッツは、そそくさと膨れた背袋に詰まっていたゴブリンの魔石とキラーアントの魔石を入れ替え帰路に就いた。

 

地上へ出たバッツは一人魔石の換金を行うためにギルドへ向かう。

差し込む日の光がまぶしく手をかざすバッツ。

それなりに急いで潜ったものの一人ではどうしても全てのことを行う必要がある。

早朝から潜ったとはいえすっかり日はのぼり、昼になっていた。

 

「バッツさん。今日はおひとりですか。随分と早くダンジョンに潜られたようですね。」

「エイナか。今日は稼いだぞ!なんせ初めて倒したモンスターばっかりだからな。」

「へえ、何階層まで行ったんですか?」

「7階層だな。キラーアントは一人じゃ危なかった。」

「…は?」

「だからキラーアントには一人で挑むと危ないんだ。時間かけちゃうと仲間を呼んで増えるんだよ。」

「…ちょっとこちらへ。」

 

エイナの顔に浮かぶ青筋を見たバッツは、いったい自分が何をしたのか見当がつかなかった。

ほとんどまともにダメージを受けず、たくさん魔石を持って帰った俺の何が悪いのか。

机に向かい合って着いた瞬間にそう言おうとしたバッツは、しかしエイナの怒涛の説教でなぜか反省することになった。

エイナの激怒の理由をまとめると、まだ登録して14、5日の経験が浅い人が行っていい階層じゃない、そもそも5階層で大変な目にあったベルのことを知らないとは言わせない、ステータスが人並みにしか伸びてないらしいあなたがそこまでできたのはほかのパーティが運よく先に通っていた後だったから危険が少なかったのだろうというなんとも的確な指摘だった。

エイナがとにかく死んだら元も子もないと続けようとしたところでバッツは遮って一つずつごく自然に発生した誤解を解くことにした。

 

「ちょっといいか。よくわかったから、説明させてくれ。」

「…いいでしょう。どうぞ。」

「まず、ベルが巻き込まれたミノタウロス騒動は、俺が奴とやりあって時間を稼いだ。」

「こちらの報告には、アイズ氏が単独で解決したとありますが。」

「そうだな。でもそのアイズが来るまで時間稼ぎしたんだ。それでステータスもすごく上がった。」

「レベル2でも苦労するミノタウロス相手に?信じられませんね。」

「わかった。ステイタスを見せる。それで信じてくれるか?」

「…そこまで言うなら確認させてもらいます。で、なぜ報告していただけなかったのですか?」

「ヘスティアが、俺がほかの神やファミリアに狙われるのを嫌がって、黙ってたほうがいいって言ったからさ、俺も目立つのは嫌だったからそうした。」

「全く。そういうことなら個室での内密な報告もできますし、公表しないように配慮した対応もできますから。次からはよろしくお願いします。」

「ついでだから先に言っとくけど、ほかのパーティの後ろを歩いたりもしてないぞ。魔石を見てくれれば半日でこれだけ取るのは自分で集めないと無理だってわかるだろ。」

「わかりました。ではステイタスを確認させてください。」

「む。信じてないな…」

「当たり前でしょう。ほかの方にみられるのも困りますからこちらで。」

 

個室へ移動してバッツは上半身裸になって寝そべる。

細くも引き締まったその体につい見とれるエイナの顔が赤いのはバッツからは見えない。

落ち着くために小さく咳払いをしてから背中に刻まれたヘスティアの文字を読んだエイナは言葉をなくした。

レベル1とはいえ評価Aへの成長は早くとも年単位で時間がかかるという常識を壊されたエイナ。

ミノタウロスとどんな戦闘をすればここまで伸びるのか想像もつかなかったエイナは、呆然としたまま視線をおろすとまだ何か記述があるのに気付いた。

おそらくスキル欄であろう場所に興味を抑えきれず読んだエイナは、しかし全く読めない文字列に目を細めた。

結局ヘスティアが他人にファルナを読めないようにと施したプロテクトを、文字の癖が強すぎると勘違いしたエイナは解読を諦めてバッツに服を着るよう促す。

バッツが服を着たあとあらためて話し合った二人は、このステイタスなら7階層程度は問題ないと確認し、バッツの意思を尊重してこれからは内密に報告する約束を交わした。

 

「そういえば、まだ9階層から下については概要しか話してませんでしたね?」

「うっ…また勉強会か?」

「当たり前です!あなたみたいに意外とお調子者って感じの人こそ危ないんです!地理と生息するモンスターの知識だけでもしっかり叩き込んでもらいますから。逃げようとは思わないことですね。」

 

ベルも巻き込もうと即決したバッツは仕方なく勉強会の予定を決め、待ちに待った換金を行う。

想定外に多かった魔石の換金額にバッツは喜んだが、これで何をしようかと使い道を考えることはしなかった。

階層を降りるほど跳ね上がる魔石の換金額が、最上級の装備の価格の妥当性につながって納得したバッツは、この程度の金額では何かの時に全く足りないのではないかと予想した。

実際薬も上質なものになるとそれなりの価格だとエイナに聞いたバッツは、今回稼いだ金は無理に使わずおいておこうと決めた。

 

その後ギルドで長い時間を使ったバッツはもうすぐ夕方になろうという時間に遅めの昼食をとった。

バッツがホームに戻るのと同時にようやく訪れた眠気は強烈で、今度こそ逆らわなかったバッツは翌朝まで心地よく眠れた。



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7話 不穏

何も考えずに書くのがつらくなりました。



パーティーに出たヘスティアを見送ったバッツとベルは、翌日無遠慮に開かれたドアの音に飛び起きた。

強盗かと警戒する二人の目には燃えるような銀髪の雄神が映っていた。

 

「今日から少し世話になるシヴァだ。始めまして、よろしくベル・クラネル。ヘスティアはしばらくかえって来ない。」

 

驚愕に固まるベルをよそに冷静さを取り戻したバッツはシヴァに挨拶を返し、シヴァはここに来た本題である昨晩ロキから頼まれた用事を告げた。

 

「ロキからだ。バッツ、お前と仲良くなりたいからこの後昼食を共にしてほしいと。」

「ロキファミリアが!? バッツ、何したの!?」

 

バッツは少し前に店で喧嘩してしまったことをベルに話した。その原因と内容は伏せて。

特に変なことはしていないはずだと首をかくバッツを見ながら、ベルは自身を落ち着かせるためにも少ない知識と想像力を働かせ状況を見直すことにした。

 

基本的にファミリア間のいざこざで、その長が出るほどの事態は大概緊急か大事のはずだってエイナさんからもヘスティア様からも聞いた。

特に大きなファミリアはその傾向が顕著らしく、ロキ・ファミリアほど有名で大きなファミリアならよほどのことがない限り神ロキ自身が動くことはなさそうだ。飲酒しての喧嘩など見向きもしないように思える。

でなければヘスティア様が何かしたその仕返しのきっかけにバッツが目を付けられた?

小さな小さなこのヘスティア・ファミリアをつぶされたくなかったら…といった感じで脅される?

あるいはバッツの喧嘩を見て、いい冒険者だとバッツに目を付け青田買いするため?

 

ベルはただ仲良くしたいという言葉を信じられるに至るほど良い内容を想像できなかった。

バッツも同じような考えに至ったようで表情は明るくなかった。しかし断ることはしなかった。

バッツは、ベルに今日は一人でダンジョンへ潜るよう伝えて、夕方には戻る約束をした後シヴァとともにホームを出ていった。

ベルはこの前の衝動的一晩耐久武者修行で武器をなくしていたため、バッツの短剣を借りてダンジョンへ向かった。

この街で出来た唯一の人間の家族を心配せずにはいられなかったが、気付けば潜っていたダンジョンで体を動かせば気はまぎれた。

ふと、ホームからここまでの道も随分短くなったことを思った。

バッツに鍛えられ、ヘスティアに見守られるのもすっかり当たり前になった。

ベルは久しぶりに訪れた家族のいない寂しさに、誰にも聞こえない声で独りごちた。

 

「僕さえドジ踏まなきゃ、二人は凄いんだからこのまま上手くやっていけるよね?」




逆に少しだけ話しの先を考えてから書くのは楽しくなりました。


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8話 フィンの見極め 前

バッツはオラリオに来てから初めてシヴァと共に過ごしていた。

朝からここでの生活の話で時間を潰しロキとの面会に向かった二人は静かな店で店員に迎えられ、席には既に笑顔のロキと落ち着き払った小人が一人いた。

バッツはいつも通り来訪者然として振る舞うことも、素性を探られるのも慣れたものであったが、相手はここオラリオでトップクラスの勢力を持つロキとそのファミリアの団長だった。

わずかに緊張した空気の中、お互いにつかめない距離感を固めるべくロキ・ファミリア団長フィンから話を切り出した。

 

「先ずは謝罪させてほしい。酔っていたにしても酷い事を言って済まなかった。」

「なに言ったか覚えてるのか?」

「もちろん。組織の評価なんて下らないものを君の家族より大事だと言って君を怒らせた。…その上でバッツ、話を聞いてほしい。正直に言って僕自信、君を善人と認めるが警戒している。それでもロキと話して決めたんだ。僕らを信用してほしい。そしてそれ以上に、ロキ・ファミリアは君を信用したい。」

「ロキ、お前たちが信用に足るならバッツは素性も実力も話す。だから早くこのつまらん流れを何とかしろ。」

「なんやそれ…怒ってないんか?」

「まあ、酔ってケンカなんてよくある話だろ、何でもいいから早く食べようぜ、奢ってくれてありがとな。二人とも。」

 

シヴァの一言でバッツも食事を楽しむ事にしたらしく組んでいた指を崩し、団長は拍子抜けして水を飲んだ。

ここぞとばかりに調子を取り戻したロキは自己紹介を始めた。

 

「では改めて、ウチはロキ。んでウチのファミリアの団長フィン。」

「お初にお目にかかります神シヴァ。よろしくバッツ。フィン・ディムナだ。これでも君より年齢は上だと思うから、子供扱いはやめてほしい。」

 

フィンが日頃口にしない自分の容姿について触れたのは、ロキの指示で出来るだけ無難な人柄を印象づけるためであった。

ロキは自分達のことは求められたときだけ素直に話し、その他はさっさと切ることにしていた。

 

「はいここまで自己紹介でした!じゃあバッツ君、名前からどうぞ。」

「なんだか馴れ馴れしいぞ…?」

 

自己紹介から調子を崩されたバッツは、それでも美味しい食事と柔和な調子を崩さないロキに警戒を解いた。

自分から余計なことを言わなければ何かされることはないと確信したバッツは父親の死をきっかけに一人で旅をしていることを話し自己紹介とした。

 

「なるほどなー。聞くも涙、語るも涙のええ話やった。聞かせてくれてありがとうなバッツ。」

「誰も泣いてないじゃないか。」

「調子がいいのは、うちの神様の数少ない良いところだからね。楽しいだろう?」

「少し疲れるな。それに胡散臭い。」

「なんやなんや!みんなして冷めた目で見んといて!目覚めてしまいそうになるやん?」

 

この場で無害な軽口を連発できるのはロキだけだったためか、妙な空気が漂った。

フィンはロキなど放っておけばいいという顔でバッツを見ると、お返しにと自分の目的を話し始めた。

 

「僕は英雄になりたいんだ。」

 

バッツはフォークを置いて水を一口飲み、フィンとの話に集中した。

 

「とは言っても、小人という種族の繁栄を最終的には成し遂げたいんだ。だから僕が英雄になるのはその手段の一つなんだけれど。」

「すごい夢だな。でも俺には英雄になることと種族繁栄の関わりが分からないな。」

「君は知らないかもしれないが、ざっくり言えば現在我々小人はこの世界で最も弱い人だと思われている。その状況を何とかしたくて、まずは僕が強い小人代表に成ろうって訳さ。当然あとに続く小人もいないといけない。」

「大きくいい目標だ。実につまらんが。」

 

この話を聞いて何かを思案するようなバッツの表情をロキとフィンは見逃さなかった。

今回共に食事した理由はバッツがロキ・ファミリアへどう影響するかの見極めであった。

ここまでの話でフィンはすでにバッツはファミリアにとって無害だと判断していた。

彼の性格は素直で常に好奇心を持っている。

酒場の一件で情に厚いのは伝わったし、素直に接していればよほどのことがない限り激昂することはない。

仲間を殺されかけるほどのことがなければ確実に良好な関係を築けたことだろう。

しかしフィン自身との相性はよくないとも確信した。

彼に対し俯瞰的な判断をすればきっとそれなりの反発がある。

旅に慣れており、他人との関わり方もかなり経験がありそうで、実際無駄な警戒心や観察をしてくるそぶりも感じられない。

 

既に放っておけば無害であることは明らかなバッツの態度に嘘はないと判断したフィンは目的を達成したが、安心と共にこの白い不思議な格好の旅人がどれ程戦えるか見たいと思った。

よい関係を築けるならそれに越したことはないし、ロキがファミリア構成員に彼との接触禁止令を出した理由がどれ程のものなのか確めたい。

接触禁止の理由としてはバッツに二つ名のない事だった。

つまりレベル1であるにもかかわらずの酒場での一件で見せた彼の力は、種も仕掛けも有ったところで納得出来そうに無いほどであった事がフィンに一歩踏み込ませた。

さらに後押しとしてその後のホームで例の一件で悩む少女の姿を思いだし、バッツを会わせてみたくなった。

フィンはこの旅人を観察すれば、自身が次のレベルへ上がるためのヒントになると思った。

 

「ロキ、僕らのホームでみんなに会わせよう。もちろんバッツが良ければ、だけど。」

「ウチはシヴァと話すのに忙し…なんやって?」

 

シヴァは提案に驚きつつも目を細めた。

ロキがアカンと返そうとしたときに二つ返事で了解を返したバッツにも驚くロキであったが、平和的に解決する確信があったフィンは当然のように明日ホームへ迎えることに決めた。

 

ロキは終始シヴァへ仲良くしようと話しかけたが、全く興味のなさそうなシヴァはよくみる雄神の口説きのようにロキの容姿のみ誉めると、ロキも察して距離を縮めることは諦めたようだった。

お互いの素性を形だけ知り合った四人は、食事を終えるとシヴァを連れてロキが去っていった。

バッツは何だかんだでシヴァの予定を押さえていた辺りロキを抜け目無いと思った。

その後暇潰しにヘスティアでも探そうかと席を立とうとすると、フィンがバッツを引き留めた。

 

「明日のことなんだけど、僕以外にも会って欲しい人がいる。君とベル・クラネル君に謝りたがっていてね。それから、僕とともにダンジョンへ潜ってほしい。これは個人的なお願いだ。」

 

夕方ホームへ戻ったバッツは結局ヘスティアを見つけられなかった。ベルが帰ってくると明日も一人で潜ってくれと頼み、いつものように稽古を始めた。

シヴァが戻ってくる頃には二人とも寝ようとしていたが、ベルは静かにホームを観察するシヴァに緊張してまともに眠る体制に入れなかった。

 

「私のことは気にするな。」

「すみません…ヘスティア様の他に慣れた神様がいないものですから…お許しください。」

「ふむ…だが慣れてくれ。明日はお前と二人きりなのだ。」

「えっ?」

「俺は明日は帰らないんだ。訳は聞かないでくれ。」

「もしかしてロキ・ファミリアの?」

「そうでもないとも言い切れない感じだ。まあ、喧嘩の事は片付いたから問題ないだろ、多分。」

「言い訳が下手だな。」

「うるさい。もう寝るからな。」

 

 

目が覚めたバッツは寝ている二人を起こし朝食を済ませると、ベルをダンジョンへ送った。

道中ベルの日課となっていた寄り道先でシルお手製の昼食を頂戴した後、初めて貸した日からすっかり手放せなくなっているバッツの短剣について、やるから大事にしろよと話すとベルは嫌だと断った。

もう何度目かになるこの会話は、物に執着のないバッツにとって日に日に大声になるほどやきもきしていた。

バッツが見る限り、この世界にきて装備を店でいくら眺めても自分の短剣を超えるものはなかったのである。

ベルの暴走癖や、装備を壊すような戦い方に心配を消しきれないバッツは、ついにバベルへ入る直前でもうお前の剣だから受け取らないぞと押し付けた。

ここ2日ロキ・ファミリアと関わって今日は帰ってこないとまで言ったバッツに押し付けられた短剣は、ベルにとって手切れ金のように思え、目に涙を湛えながらバッツを見つめた。

 

「バッツの分からず屋!」

「そっちこそ!」

 

胸にバッツの短剣を抱えたベルは走ってダンジョンに潜っていった。

絶対に帰って来いよと叫んだバッツの声に返事は無かった。

時間が頭を冷やすだろうとベルの心配をしまい込んだバッツがホームに戻るとシヴァの姿はなく、そのまま戸締りだけ済ませてロキ・ファミリアへ向かった。

 

ロキ・ファミリアの門前にいたのは金髪の少女、バッツが初めてオラリオで本気を出した相手であるアイズ・ヴァレンシュタインであった。

じっと見つめてくるアイズに不思議なものを見る表情で目を合わせたバッツは、ずずっとすり足で近づいてきたアイズに合わせて同じだけ下がった。

 

「…あの時のひとですか。」

「酒場でのことなら謝らないぞ。それにもう流すことにした。」

「そうですか。ありがとうございます。」

「なんで近寄ってくるんだ。」

「それはい…」

「なに見つめ合ってるんですか!?」

 

アイズとバッツの間にエルフの少女が割って入った。

割って入ったとはいえアイズとバッツの距離は7M程度離れていた。

両手を広げ何かを押しのけた様子の少女の腕は空を切っている。

少女の意図がわからず固まるバッツとアイズ。

ふと、アイズが今日の迎えかもしれないと思ったバッツは、フィンに呼ばれていることを伝えようと口を開くと、エルフの少女はアイズに向けて騒ぎ出した。

 

「こんな変な格好の似合う男はあなたにふさわしくありません!そもそも誰なんですかこの人…って白い服に青い靴、細身の茶髪って…接触禁止のあの人じゃないですか!」

「接触禁止ってなんだ?フィンに呼ばれてきたのにおかしいだろ。」

「レフィーヤ、落ち着いて。」

「これが落ち着いていられますか!緊急事態ですよ!」

「ちょっとうるさいぞ。中には入れてくれないのか?」

「案内します。ついてきて。」

 

事態がのみ込めないバッツはとりあえずフィンに合うことを優先した。

アイズはレフィーヤをどうどうと鎮めつつも歩くペースを落とさない。

長い廊下でファミリア構成員が誰もいないのは謎の接触禁止を守っているからかバッツには判然としなかった。

ここですと案内された部屋には酒場で見た狼男、リーダーのようなエルフの女性、そして団長のフィンがいた。

 

「良く来てくれた、バッツ。たとえ警戒していたとしても本当にうれしい。まずは紹介させてもらう。リヴェリアとベートだ。案内してくれたのがアイズとレフィーヤ。二人ともこんな雑用をすまなかったね。」

「団長、私はバッツと話がしたい。」

「アイズと話す時間は取ってくれるはずだ。それで大丈夫かい?バッツ。」

「ああ。レフィーヤが外してくれるならいいぞ。」

「悪い癖が出たか…許してくれ。リヴェリアだ。私も含めてエルフはこう、堅いところがあってな。この前の件はこいつを止めきれなかった私にも責任がある。すまなかった。」

「けっ、名乗るつもりなんてなかったんだ。それにしても剣姫様を侍らせて登場とは、恐れ入るぜ。」

「やめないか。まあ、紹介もこんなところでいいだろう。僕はバッツがいい人だから、そして強いだろうからこうして呼んだ。今日の目的は2つ、率直に君の強さを見せてほしい。バッツには僕らを覚えてほしい。これだけだ。」

「俺は暇つぶしに来たようなもんだしなあ。ベート、お前なんか嫌なことでもあったのか?」

「お前だ!クソっ、もういいだろ、俺は行くぞ。」

「俺は謝らないからな。」

「上等だ、雑魚が。」

「まあ待てベート。バッツ、君はレベル1だったね?」

「ふざけんな。そんなカミサマの冗談なんざ誰が信じるかっての。」

「本当だぞ。ここにきて一月もたってないしな。」

「じゃあ俺は正真正銘の初心者にやられたってのか?…試してやる。」

 

バッツの前に立ったベートは頭のぶつかりそうな距離でにらみつけた。

無表情で見つめ返すバッツの顔に怯えの色はない。

何も反応しないバッツにいら立ちが抑えきれなくなったベートはそのまま右の拳でバッツの腹を突いた。

レベル5の拳であればたやすくレベル1の初心者の意識を刈り取るほどの威力を持つとわかっていながら手加減は無かった。

露骨な酒場の仕返しにフィンとリヴェリアは目を見開き、アイズは静かにバッツの歪む表情を見ていた。

倒れこむバッツの左手が確かにベートの拳を受けていたが、威力は殺しきれず床で悶えた。

絶句するレフィーヤをよそに、ベートのいら立ちはさらに増した。

 

「本気を出せ!舐められっぱなしで納得いくかよ!」

「いい加減にしろベート!」

「放せ!こいつは俺を…クソっ!」

 

扉を蹴飛ばし出ていったベートを一瞥したアイズはバッツに近寄った。

固まったまま動けないレフィーヤに手当の用意を頼んだフィンはバッツをつぶさに観察している。

リヴェリアはバッツを警戒してか、緊張した面持ちでレフィーヤを送りドアを閉めた。

アイズに動けるかと確認されたバッツは静かに立ち上がった。

バッツの怒っていることは誰にも見て取れたが、例の光を放つことはなかった。

フィンはここまでされても落ち着いているバッツにやはり相当な旅の経験が積まれていると判断した。

肉体的な痛みに精神が揺さぶられていない事は、同じだけ痛みに耐えたことのある者にしか理解できない判断基準であり、ゆえに信頼できる。

フィンは酒場でのことを、バッツが酔っていたせいで本気を出したと結論付けた。

 

「…ベートだけがそういうやつだってのはよくわかった。」

「君は…どんな経験を積んでここへ来たんだ?」

「リヴェリア、こんな状況で聞かれてまともに答えられるかい。」

「バッツは私より強い。絶対に。」

「アイズ、そこまで言うのか。バッツと何があった?」

「証拠は、ないけど…」

 

アイズはミノタウロスを取り逃した時のことを話した。

血まみれのベル・クラネルに話しかけたところで背後を取られたこと、倒れていたはずのベル・クラネルは服だけ大穴が空いており、目立った外傷がなく、走って逃げるほど体力があったこと。

その際に聞いた声が、ここにいるバッツに酷似していること。

フィンは目を細めて頭の中で状況を繰り返し想像した。

服に穴が開いていたのは直接傷に手当てをしたから?

ミノタウロスから逃げながら?

アイズに体を見ることさえ許さずに?

ファルナを受けて一月もたっていないのに5階層以降へ一人で潜って救助するほどの余裕が?

考えるほど不可解な状況であった。

 

これまでの常識を覆す何かをバッツは持っている。

絶対にあると確信すると同時に、これ以上詳しく予想するにはあまりに判断材料が足りないような気がした。

リヴェリアと目が合ったフィンは、リヴェリアの表情から同じような結論に達したことを悟った。

近くの椅子に座ったバッツはようやく息が整い、すっかり怒りも収まっていた。

ここまで話が進んでしまったことでバッツは隠してもどうせ付きまとわれると諦めた。

 

「正直に話すと、まあそれは俺だ。」

「…なんでベートに殴られたの?」

「避けたんだ。あれでも全力だった。」

「アイズの話を聞く限りそうは思えないが。…無論、無理には聞かない。」

「隠す気はないさ。魔法が使えるんだ。」

「…そうか。話してくれてありがとう。」

「傷の手当てが終わったら、私と話してくれる?」

「ああ、そうだな。」

「アイズとの話が終わったらまた来てくれ。僕も少し話したい。」

「手当の用意できました!」

「そうだ、フィン、禁止例とかいうの止めてくれよ。団長なんだろ?頼む。」

「…本当に失礼した。ロキの出した禁止令はすぐに取り消す。」

 

レフィーヤの案内に冒険者が来たが、バッツを見るなり近寄るのを躊躇した。

フィンが指示を出すとすぐに落ち着いてまともに歩けないバッツを運び、治療のために部屋を移した。

バッツについてアイズから話を聞き始めたフィンとリヴェリアの二人は、アイズも交えて予想を語った。

少し話が進むと、バッツの魔法についての話になった。

フィンがバッツは父を亡くしてから一人旅をしていることを話すと、リヴェリアはファルナや魔法には経験や種族、考え方、血筋も影響が出る事を踏まえて父親からの特殊な影響があるのかもしれないと予想した。

例として挙げた、魔剣を作成できる能力が血筋で受け継がれていることで有名なクロッゾ一族がその予想の信憑性を後押しした。

 

「人を癒し、人知を超える強さと速さ、仲間のために本気で怒り体を淡く光らせる…そんなものは英雄譚で観るような主人公そのものだろう…まさか。」

「リヴェリア、僕はその予想を本気で信じたいと思っている。小人としても、個人的にもね。神が居たんだ。英雄だって。」

「私も、そう思う。」

「「バッツは、英雄の血筋を引いている…?」」

「となれば、それらしい物語の一つくらいありそうだな。私は今からロキにこの話をする。久しぶりの休みだ、伝説を読み耽るとしよう。」

「この予想は口外禁止だ。ロキを合わせて4人だけの秘密とする。これは命令だ。噂になるだけでも彼へ迷惑がかかるだろう。一方的に足を突っ込んでおいてなんだが、ロキはここまで予想しての接触禁止令を出したように思える。興味がなければ当然何もする必要はない。」

「あの…私もいます。」

「…僕は年甲斐にもなくはしゃいでいたみたいだ。人の素性を探るのにこんなに熱くなるなんて…」

「レフィーヤ、絶対に口外するな。絶対だ。」

 



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9話 フィンの見極め 後

傷の手当てが終わり戻ったバッツはアイズの質問攻めに遭った。

ベル・クラネルが逃げる理由について、いいからとっ捕まえて話せば済むと答えたバッツに一瞬むっとしたアイズは、強さについての主義や定義など、バッツの考えたことのないものについて多く質問した。

いちいち答えるのが面倒になったバッツは稽古で実際に打ち合ってみることを提案し、アイズもそのほうが良いと快諾した。

既に魔法が使えると話したことで開き直り、アビリティの使用を控えるつもりはないバッツは、道具は剣のみを使うという条件で今の力を試すことにした。

相手はレベル5の剣姫。

レベル2と1の差でさえかなりのものだと聞いているバッツは、実際に圧倒的な相手と訓練できることに少しだけ嬉しくなった。

先ほどのフィンとの会話でバッツは人前では力を見せないだろうと予想したアイズは、人のいない適当な部屋へバッツを案内した。

木製の片手剣を取って伸ばした剣の先をぶつけると、互いに一歩下がり構えた。

 

「いつでもどうぞ。」

「いっちょよろしく!行くぞ!」

 

バッツが胸に手を当てると、青い風がその全身を吹き抜けた。

その後特に変化の見られない体を観察したアイズは、バッツと目があった瞬間に視界から彼の剣が消えるのを見落としかけた。

レベル5の圧倒的な身体能力をもって寸での距離で剣の投擲を叩き落とし、視界の端で下がるように消えたつま先を追って顔を上げると、視界からバッツが居ない事に気付く。

いつかの光景を思い出したアイズは緊張し、汗が吹き出た。

初動で置いていかれたアイズは辺りを見回すが、どこかにいる気配だけが感じられた。

無限にも感じられる時間を一人警戒し続けたアイズは集中し直すために剣を下ろすと、首元にあのときと同じ感覚が突きつけられた。

 

「不意打ちで悪いけど負けたくなかったんだ。これで一本、もうこの手は使わない。」

「何をしたかは、秘密ですよね。」

「魔法を使ったら、なげる、かくれる。それだけさ。」

 

こともなげに語るバッツの言葉に、アイズは何一つ納得がいかなかった。

全く気取られず一瞬で姿を消したことと、レベル1の身体能力では不可能に思える異常な速度の投擲。

どれが魔法で技術なのか判別さえ出来なかったアイズは一度頭を振って冷静に努めた。

頭の中を整理するため、理解できそうな部分だけ質問する興奮気味のアイズに対し、バッツは全く冷静だった。

 

「詠唱しない魔法…そんなものがあるなんて。」

「みんなそうじゃないのか?」

「はじめて見た。レベル6の魔法使いも知ってるけど、そんなに早い魔法は見たことない。」

「…マズかったかな。」

「完璧な詰め方だった。何が不味かったのかわからない。」

「…打ち合えば負けるんだ。こんなのズルさ。」

「…構えてください。」

 

再び互いに剣先を当てると一歩引いて構えた。

バッツの見せた技にアイズの油断は完全に消えた。

輝きだしたアイズの瞳はバッツの目から微塵も動かない。

もうはったりは聞かないと覚悟したバッツが瞬きすると同時にアイズは半身のまま踏み込んだ。

一歩下がりながら剣を構えるバッツは防戦一方になることを予期していた。

ふっと軽く息を吐きながら首への一突きを弾くバッツに対し圧倒的な速度差をもってみぞおちへ追撃を叩き込むアイズ。

確かな手ごたえはしかし両手に支えられた刀身が受け止めたもので、アイズはこの速度に2度もついてきたバッツに驚愕を隠せず目を見開いた。

完璧な受け方をしたバッツであったが、正面から打ち付けられたレベル5の力は、床に足が縫い付けられたようだった。

膝が石になったかと錯覚するほどの衝撃は耐えるのが精いっぱいで、手の痺れを感じるまもなく3発目の追撃を見舞おうとするアイズの顔が驚いていることに気付いた。

衝撃に備えようと再度構えて大きく息をしたつもりのバッツは、構えた剣が無かったかのように振りぬかれた無情な横なぎを腹にもらうと、全ての息を吐き出し宙を舞った。

構えなおす剣姫は瞬きせず、バッツは二度三度と床に全身を打ち付け、意識を手放した。

 

吹き飛んだバッツがピクリとも動かないのを見て手加減を忘れていたアイズは我に返った。

彼は死んでしまっただろうかと本気で心配して大声で救助を呼び、再びの手当て部屋でバッツを寝かせると、全速力でフィンの部屋へ向かった。

血相を変えたフィンとともにベッドに横たわるバッツを見つけると、持ち合わせる限り最高級のポーションを使って治療を試みた。

ありえない方向に曲がった手足は元通りになり、しばらくすると息をし始めると同時に青ざめた顔も良くなった。

生きていたことを確認できたアイズとフィンは心底安堵し、フィンはバッツを横目にアイズをじっと見据えた。

 

「君は一体何をしたんだ…」

「ごめんなさい…つい本気で戦ってしまった…」

「レベル1の冒険者相手になんてことを!」

「わかってる…ごめんなさい。」

「謝る相手は僕じゃないだろう。全く…でも、聞いておかなければならないから、ごまかさずに話してくれ。なぜ戦うことになって、なぜ本気を出した。」

 

1度目は訳の分からないまま一本取られてつい本気になったこと、容赦せず打ち込んだ攻撃を2度も躱され3度目にこうなったと語るアイズの言葉に嘘はなかった。

フィンは自分が信じないと話が進まないと分かりつつも、アイズが何を言っているのか理解したくなかった。

圧倒的レベル差に正面から向き合って技術と不意打ちで勝ったこの男は、いったい何を経験している?

どうしてそんな、数歩の距離でにらんだ相手の目の前から姿を消すなどという発想に至るのか。全くの謎だった。

そして自分が目の当たりにしたなら、冷静でいられるだろうか。

本気で打ち込むことはないにしろ、きっとこの男から目が離せなくなるに違いない。

どこに彼の限界があるか試さざるを得ないと感じるのは、心のどこかに存在する強者として見下ろす目線と、冒険者としての未知への欲求と不安が混ざったわがままに他ならなかった。

ようやく少し納得しかけたところで、今晩一緒にダンジョンに潜るお願いに返事をもらっていなかったことを思い出した。

彼が力尽きるのがダンジョンでなくここでよかったと思うと同時に、ロキ・ファミリアはレベル1をいじめる悪いファミリアだと噂が流れる想像をした。

自分の職業病に嫌気がさしたフィンはすっかり冷めた差し入れのコーヒーを一口飲むと、アイズに彼をどう思うか尋ねた。

 

「…間違いなく、魔法のほかに何か秘密がある。その魔法についても目の前で見たのに訳が分からなかった。」

「そうだろうと思う。でも以前君はダンジョンで彼と出会っていて、今回はっきりと相対しているんだ。このファミリアで一番バッツの戦闘に詳しいのは君なんだ。それをよく覚えておいてほしい。僕は今の状況と顛末をロキに報告してくる。」

 

アイズはその後も一人バッツを見守り続けた。

夕焼けに暗くなった部屋が彼の背中の異様な光をアイズに気付かせた。

夕飯を断ったアイズは何もせず、布団がぼんやり光る部屋の中バッツの寝息だけを聞いていると、帰って来たロキの声がした。

ロキを呼びに行こうと立ち上がったアイズを知ってか知らずか、ロキはいの一番に眠り続けるバッツの部屋のドアを開けるとその顔はバッツに近づくうちに歪み、目に涙さえ浮かべた。

バッツの手を握ったロキはアイズを連れて部屋を出て、フィンとリヴェリアの腕をつかむと自室へ連れ込んだ。

 

「ウチは個人的にこの子を応援する。いや、しないといけないんや。」

「…何か知ってるの?私はどうしたらいい?」

「…悲しいけどな。何もしてやれることはない。」

「僕らを呼んだことには意味があるんだろう?」

「それを伝える前にこの質問を聞いてほしい。3人とも、バッツをどう思ってる?」

 

3人は口をそろえて英雄の血を引く冒険者だと答えた。

ロキは一つ頷くと、そんなことよりも大事なことがあると言ってシヴァから興味本位で聞き出した情報を苦しそうに吐露した。

その場にいる全員は始めてみるロキの焦燥と悲しみの表情に困惑した。

 

「バッツは、うちらと同じ異世界人かも知れへん…そんなことよりな、ファルナで死ねなくなっとるかもしれん。押しつけがましいけどな、克服しないとあかん。こんなん呪いと一緒や。何が恩恵や、これじゃあいつと同じ…」

 

死という生者の最も絶対的な運命をファルナで強制的に剥奪される事がどういうことか、3人には想像できなかった。

その異常さは途方もなく、レベルアップで器が広がり神に近づくというファルナの根源的な説を否定するものだった。

神を神たらしめるのはその不滅という特性なのだから、押し付けるように力で強制せずともそこにいるだけで、この世で威厳を保つ事ができている。

人も何百年と変わらずそこに居続けられれば神と変わらない扱いを受けることは間違いないだろう。

死なない人の存在は、フィンに自身の常識を捨てなければならないと覚悟させるには十分だった。

しかし今は、もごもごと声の小さくなっていくロキにフィンが出来ることといえば、正気を取りもどす手伝いくらいだった。

 

「ロキ、何を聞いてきたか知らないが、バッツは生きてる。考える時間はあるはずだ。」

「時間やと?時間なんていくらあってもしょうがないやろ…想像できんのか?目が覚めたらすべてが変わっていて、知ってる人なんてみんな死んでる。そんなん子どもたちの経験していいことと違うやろ!」

「…フィンは八つ当たりには早いと言っているんだ。私はファルナの力を疑ったことはないよ。」

「私、ケガが治ってからバッツの背中がずっと光ってることに気付いたの。きっといいことなんでしょ?」

「うちを、神を信じてくれるんか…ありがとうな。」

 

不意に、4人の部屋へ走りこむ音が近づいてきた。

ドアをノックするとともに快活な少女の声がバッツの部屋がまぶしいと異常を告げた。

急いで駆け付けた4人と、興味本位で集まったロキ・ファミリアの主戦力たちに見守られながら、バッツは背中の光が弱くなるとともに目を覚ました。

思わずのぞき込むアイズは何か言おうとしたが、安心と罪悪感に襲われ言葉が詰まった。

アイズと目が合っても何もない様子のバッツは部屋を見渡すと、その場にいた全員を凍り付かせた。

 

「ここは、どこだ?」

 



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10話 怪物祭 前

何か書くほど酷くなっていくように思えます。


まだ日の昇ったばかりの朝早く、ベルはようやく雑談ができるようになってきたシヴァを見送り、少し寂しくなった。

一人残されたホームでいつも通りにダンジョンへ行こうと支度を済ませ通りへ出ると、豊穣の女主人で見覚えのあると猫人の二人組にシルを探せと頼まれた。

訳を聞けば、シルは今日の怪物祭を楽しむために休暇をとったが、財布を忘れて行ったという。

シルをしっかりものだと思っていたベルは、よほど祭りにうかれていたのだろうと想像した。

猫人に白髪頭と呼ばれてなんとも言えない気持ちのままだったが、日頃のありがたいランチのお礼になればと二つ返事で彼女の捜索を引き受けた。

 

ーーーー

シヴァは必ず来てくれとガネーシャから誘われていた怪物祭を遊ぶ為、ベルへ用事があると告げアイ・アム・ガネーシャへ向かうと暗い顔のロキに待ち伏せされた。

ヘスティア・ファミリアのホームを知らないロキはシヴァが普段ガネーシャ・ファミリアに世話になっていると語ったことを覚えていた。

つてがなく不安を抱えこむしかないと思っていたのかシヴァの顔を見て少しだけ表情が和らいだロキは、バッツの事だと察したシヴァに案内された個室で彼の現状を話した。

驚いたシヴァはまぶたを閉じ自分を落ち着かせると、冷静に、しかし確実に怒気を帯びた声色でバッツの引き取りを申し出た。

ロキはシヴァの言葉と表情に潰されかけながら、誓って危険には会わせないからせめてベルとヘスティアに話を通すまではこちらで預かりたいと懇願した。

他の無情な神々から目をつけられては今のバッツとシヴァではどうしようもないと判断しての事だった。

今すぐヘスティアに会わなければならなくなったシヴァは彼女の行き先にわずかな心当りがあった。

ロキに彼女の一番の友神を聞くとヘファイストスの名が上がり、まだオラリオに顕現して間もない雄神は迷いなく息子との約束を反故にして一人街へ繰り出した。

 

ーーーー

その頃ロキ・ファミリアのホームでは、バッツがあからさまに距離を測りかねている周囲の雰囲気などどこ吹く風と朝食を食べることに集中していた。

アイズは彼が背中でさえ目に入っていては朝食がのどを通らない自分へのダメージを自覚しつつも、心配で目が離せなかった。

仕方なく遠慮など辞書にない様子で質問を浴びせようとするアマゾネスを全力で止める事に集中してごまかすことにしたが、律儀に朝食を共にするレフィーヤの落ち着かない視線に何か返せるほどの余裕は作れなかった。

少し遅く起きたベートは部屋に入るなりバッツを一瞥すると舌打ちし、すかさずリヴェリアの強烈な一睨みに面倒臭そうに黙り込んだ。

 

静かに、しかし誰もバッツへ話しかけられないまま時間は過ぎた。

 

「全く、私しかあの人にあいさつしないってのはやっぱりヘンじゃない?どう見ても元気そうだし。仲良くしようよ?悪い人には見えないよ。」

「ティオナ。詳しくは言えないけど、バッツは大変なの。静かにして。」

「大変なのはバッツじゃなくてあたしたちとしか思えないよー。」

 

ただ一人単純かつ正しい意見を押し込められ不服のティオナ・ヒリュテは姉にわかってくれるよねと視線を送るも、一人静かにフィンの口元へパンを差し出しており気付く様子はまるでなかった。

食べないんですか団長と言いたげな顔がバッツとの間に差し込まれる度にフィンが静かに右手で頬を押してバッツを視界に収め続けると、恍惚の表情で視界の外に追いやられてはバッツを嫉妬の視線で射殺し、我に返ってはまた追いやられている。

 

「自分で食べられるから。」

「団長、あんなひょろいのがなんだっていうんです?恰好からして今日の祭りでなにかする劇団員でも迷い込みましたか。すぐ処理して見せます。」

「ティオネ。詳しくは言えないけど、バッツは大変なんだ。静かにしてくれ。」

「接触禁止は冗談だったんですよね…?」

「レフィーヤ。詳しくは言えな…」

 

リヴェリアがレフィーヤに彼は大変と諭す声は、その大変な本人の全く平和そのものなご馳走様の声でかき消された。

綺麗に朝食を平らげたバッツは、満足気に挨拶を始めた。

 

「何から何までしてもらったみたいで悪いな!改めて俺はバッツ!」

 

記憶喪失は夢であってほしかったという儚い願いは叶わず既に泣きそうなアイズ。

それをなだめるリヴェリアという状況にさすがのベートも大人しく見守ることにしたが、たまの我慢は続いたバッツの台詞にちり紙のごとく吹き飛んだ。

 

「じゃあもう行くけど、心配いらないぜ。旅には慣れてるからな。またどっかであったら…」

「オイ、ふざけるのも大概にしろ!」

「俺は本気だ。ところで近くに鞍の着いたチョコボ見なかったか?相棒なんだ…まさか倒してないよな!?」

 

ベートはこいつはダメだと肩をすくめ、会話を諦め部屋を出ていった。

フィンは5つほど浮かんだ質問をコーヒーと共に飲み込み、既に冷静でなかったアイズはチョコボなる謎の存在にバッツはおかしくなってしまったと涙をこぼした。

珍しく固まるリヴェリアと辺りを見てあたふたするレフィーヤを横目に二人のアマゾネスはきょとんとしている。

三者三様の反応に困惑するバッツは、落ち着いた様子であごひげを撫でているドワーフに近寄った。

 

「チョコボくらいおっさんも知ってるよな?」

「儂はガレス。チョコボなぞ知らんが、お前さんが元気そうで何より。」

「本当に知らない?黄色くて、でかいくちばしで、鳥みたいなくせに全然飛べなくって足が速いあれだよ。」

「初めて聞いたな。お前さんテイマーだったのか。」

「そういうこともできるってだけさ。それにボコとはそういう関係じゃないぜ。友達なんだ。」

「うーむ。要領を得んな。フィン!」

「僕も整理が追い付かない。まさかロキの予想通り知らない世界から来たって言うのか…?いくら何でも…」

「なんだよ、みんなしてヘンだな。よく考えたら俺は荷物を持って…うぐ。」

 

自身のことを考えるようなそぶりを見せたバッツは頭を抱えた。

突如うずくまるバッツに全員は緊張した。

駆け足で戻った様子のロキが部屋の異様さに緊急事態と察すると、予測不能の状況にわずかでも手を打とうと応急班の呼び出しを覚悟した。

張り詰める空気に涙の引いたアイズが頭が痛むのかと心配になって近寄ると、小さくうぐぐぐとうなっている声がして、思わず顔を覗き込んだ。

 

「だ、だいじょう…」

「なにも思い出せない!!」

「「!!」」

「おっと、頭とかは痛くないから大丈夫。安心してくれ!」

「「出来るか!!」」

 

静まり返った部屋に臆することなくティオナは今日はお祭りだからバッツも楽しんだらどうかと提案すると、バッツの目は輝き、ロキの目は虚ろになった。

 

ーーーー

今のシヴァにとって街の状況は最悪だった。

祭りで朝から出店と押し売りが占拠する大通りはすっかり狭くなり、既に人の多い路地は昼には人探しなどままならなくなるだろう事を予感させた。

人探しにヘファイストスのことを道行く冒険者に尋ねると、今日は武器より祭りですよと流され、まともに相手されなかった。

このまま増え行く人に押し流され何もできなくなることを嫌ったシヴァは、ダンジョンに向かう人はいつもより少ないだろうと予想し、身体的自由を求めてバベルへ向かった。

 

ベルがいつもの習慣でダンジョンに潜ろうとするのを捕まえられないかと期待せずにはいられないほど苛ついていたシヴァは、到着したバベルでベルに出会うよりも良い情報を通りすがりの冒険者から耳にした。

この塔にはヘファイストス・ファミリアの店がある。

何度か聞いた武器より祭りとはこの事だったかと、ヘファイストスとの面会へ確実に近付いていたことに安堵したシヴァは、武器店について近くの冒険者へ聞いて回った。

自身で思う以上に弱い肉体はすでに少し疲労していたが、それに気づかないほど必死だったシヴァは無意識に神威を発していたらしく、出会う冒険者は全て恭しく正直に話した。

バベル内部を上れば店があると聞いたシヴァは、適当な冒険者に案内させた自動昇降機を動かし、ひとりごちた。

 

「全くここの人の子と言うものは、正直者ばかりで正気を疑うぞ。バッツに出会った時など事情はあれど有無を言わさず殺しあったものだが、わからんな…ここか?まだ開いていないようだが仕方ない。」

「いらっしゃいませ…ここは戦う人の子のための場所。神様が一体何の用でございましょう。」

「始めまして。シヴァと言う。ヘファイストスの元に我が友神ヘスティアが居ないか聞きに来た。名はなんという?」

「椿・コルブランドと申します。」

 

ーーーー

「はー、せっかくのアイズたんとのデートがあぁ、バッツには悪いけどな、ここ一番の楽しみだったんや…」

「なら俺のことはほっといてさ、二人で楽しんで来いよ。気にすんなって。またいつか会えるさ。」

「そうはいかんねん。だから仕方なく連れてきたんや。頼むから今だけはおとなしく待っといて、な?」

「…ちゃんと後で俺が一人で居ちゃいけない訳を教えてくれるんだよな?」

 

まだ昼には早い時間。

バッツはロキに連れられ、この祭りの中で奇妙な静けさを保つ店の前で放置された。

バッツはふと冷静になり、一人立ち尽くした。

自分は何者なんだ?よくわからない集団に保護され、頼れる相棒はここにはいないようだ。

着の身着のままで荷物もなく、今の景色には妙な既視感があるだけだった。

背中に違和感がある。力の入り切らない肉体の、うわつくような感覚に集中すると、まるでそうでなければならないと何かに操られている錯覚を覚えた。

自分の感覚を掴もうと集中することに恐怖を覚えたバッツは、街の景色を眺めることにした。

頭の中がすっと景色のことだけで埋まるのは心地よく、それがファルナのサポートと天性の集中力によるものだと気付くことはなかった。

僅かに祭りの熱を帯びた風は、寂しさを覚えた心をなつかしさで温めた。

街の景色より風に当たるほうが気持ちいいと気付いたバッツは、目を閉じて風の音を聞いた。

飛び込んできた子どもの鼻歌が、この状況を楽しまないなんて間違ってると語りかけてくるようだった。

しばらくすると、バッツは風の呼ぶままに走り出したい衝動で一杯になって目を開いた。

 

せっかくの祭りなら楽しまないと損だ!

ロキとアイズは出てこない様子だし、少しくらい見にいってもいいよな?

 

「どうせ何にもわかんないんだ。思うままに行く、ぞ…?」

「…~~!」

 

突如として耳に入り込んできた声は遠いものだったが、聞き覚えのあるものだという妙な確信があった。

声のほうへ人を分けて進むと、白髪の少年が周囲を見まわし何かを探しているようだった。

 

「シルフを探してる?声で呼んで出てくるもんかな…ちょっと聞いてみようっと…おーい!そこの白い…うっ!」

「おとなしくしてて…お願いだから。」

「アイズ…まだ何にもしてないのに!」

 

約束は約束と首を引っ張られて店の前へ戻るバッツは、すれ違った女神に見つめられた。

バッツはアイズが目を軽く伏せるのを横目に見ながらも、視線に気付くとそのまま吸い込まれるように女神から目を離せなくなった。

何かに突き動かされているような表情で早足に近づいてくる女神の視線は一歩毎に熱を増し続け、それに合わせてバッツを謎の動悸が支配した。

ついに手の届く距離まで来た女神がうなずくと、バッツはアイズの手を払った。

 

「頭がおかしくなっちまったかな…?」

「いいの、全て私にまかせて…?こんな子がいるなんて、ああ、我慢できるわけない…」

「バッツに何をするの。行こう。…?聞こえてないの?」

「ちょおおおっとまったあぁぁあ!!!」

 

全力で走り込んできたロキは、いつの間にか女神に皆が見とれて時間の止まってしまった往来を切り裂くように現れた。

アイズに向かって真っ直ぐに、勢いは押さえるどころか増しながら突き進むロキが右手を振り上げると、ここから逃げる事を察したアイズはバッツの手を千切れんばかりに引いた。

レベル5の暴力で宙を舞ったバッツは、それでも目をそらさずに、一目で心を埋め尽くした謎の女神が微笑むのを焼き付けようとしたが、アイズが路地を曲がる衝撃に視界は空を写した。

そのまま何処にも視点の合わないバッツは走るアイズに振り回され続けた。

何かに殴られたと気づいて正気を取り戻したのは、いつも遊ぶ子供たちを祭りに取られて静かになった路地裏だった。

現状確認しようとしたバッツは口を押さえられて動揺した。

息を切らしたロキがバッツを覗き込んでいた。

 

「ようバッツ、本気で奴に目をつけられたな。…はぁ、認めるわ、お前は本物やった。」

「なんなんだ一体…」

「名前だけは教えとく。あのクソ色ボケ女神はフレイヤ。近付けば後悔さえさせてくれんまま破滅間違いなしや。絶対に近寄ったらアカン。」

「向こうから近寄って来たんだぞ。」

「自由に生きたいなら逃げるんや。アイツに捕まる位なら牢屋のほうが100万倍マシやで。はたから見ればな…」

「バッツ…大丈夫?」

 

アイズがバッツをつつくと、鋭い痛みが右肩の外れていることを知らせた。

歯を食い縛るバッツは、自由な左手を前に出して見守るよう促すと、そのまま自分で肩をはめて二人を驚かせた。

取り繕った笑顔で気にするなと目を覚ましてくれた二人にアピールしたバッツは、少し離れるよう頼んでジョブチェンジを行った。

バッツがパッと光ったと思えば白いローブ姿で顔まで隠れたいかにもな魔法使いが現れ、ロキとアイズは言葉を失った。

バッツは、フードを取るまで何が起こったかと構えていた二人の混乱が収まるのを待たず肩の治療を行う。

 

「とりあえず、ケアルでも唱えるかな。よっと…これで元通り!」

「…なんや?」

「バッツの魔法は一言もないの。」

「…今の緑のやつが魔法?無詠唱なんてほとんどアルカナムとちゃうんか?」

「ここじゃあそう呼ぶのか。そう言えばここはなんて言うんだ?」

「全く話が噛み合わんな~。この感覚にも慣れてきたで。」

「ロキ、バッツは変なこと言うようになったけど、その…大丈夫なの?」

「心の方は見た感じ大丈夫やで。どうもアイツの言った異世界人ってのも本気らしい。それにしてもウチが釘打ってる最中に堂々と追いかけ始めるとは、全く。」

「…約束だもんな、悪かったよ、ごめん。」

「いや、お前のことやな…そう言えばお前もやな。なんで勝手に歩いたん?」

 

バッツは聞き覚えのある声がして追ったと答えた。

結局アイズに捕まってしまったから、その少年はもうどこに行ったかもわからない。

白髪頭の子供でこんな声だったとものまねすると、あまりにまじめな顔と若すぎる自信なさげな声の差に二人は大笑いした。

 

「器用なやっちゃな~!…オモロイもん見せてくれたし、ウチも知ってること話すわ。その白髪はな、多分お前の家族や。」

「間違いないよ。ベル・クラネルって名前。なにか思い出せる?」

 

バッツはうなってみたものの、なにも思い出せなかった。

家族は自分を残して皆死んでしまったはずだ。

だからこうして一人旅をしているのに、俺に弟が?親父の隠し子なら意外すぎて面白いな。

ベルはまだあんな子供だ、こんな旅に巻き込んじゃいけない。

故郷まで飲み込まれんだぞ。

…世界の危機なのにこんな大きな街で祭り?

 

「こんなことしてる場合じゃなかった!俺はエヌオーを止めて、クリスタルを…!?俺は何を言ってるんだ?」

「バッツ!ここは安全や、大丈夫や。」

「そうじゃない!世界が壊されるかもしれないんだ!だからいんせきで…」

 

ベルを引き金に混乱し、記憶の混濁が見てとれるバッツに慌てた二人は人混みを避けてギルドを目指した。

道中いんせきに乗ってきたから記憶がおかしいのかと、意味不明な理由で自分の混乱に決着をつけようとするバッツの一言一句を、神ゆえにそのむき出しの感情が分かるロキは妄言だと切り捨てずに黙って聞き続けた。



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11話 怪物祭 中

読みやすくなっていると信じて。
既に書いてしまった分は戒めとしておいておきます。
そもそも読み物として酷い事については、謝ることしかできません。もうしわけありません。

楽しんでくれる方には、心からの感謝を。ありがとうございます。


混乱するバッツを連れたロキとアイズはギルドへたどり着いた。

バッツの素性を知られないために冒険者の個人情報保護を求めるなら、頼る先がない場合にギルドへ連れていくのが最も手堅い選択だった。

ロキは自身の繋がりを使う手も考えたが、バッツは存在するだけで未知数の不安要素を生み出していた。

これ以上バッツを知る者を増やしたくないロキは、冒険者の差別をせず事務的に対応するギルドに少しだけ感謝しながら人のいない受付で呼び出しの鈴をならすと、迎えに出て来たのは目を閉じたまま歩く老人だった。

 

「ウラノスの言った通りか。まっていたぞバッツ…ロキが来るとは予想できなんだが。」

ロキは驚きながらも懐かしい顔に緊張を解き、穏やかに挨拶した。

「ラムウ…なんやな。久しぶりや。お前が直接来るなんてよほどのことなんやろ?」

なりふり構わず記憶をたどり続けるバッツは自分の混乱を落ち着かせるために、声に出してでも記憶の整合性を得たがった。

「その声、聞き覚えがあるぞ…ラムウ…ジジイ!生きてたのか!エクスデスは倒したぞ!それで俺はまた一人旅って訳さ。」

ラムウは微動だにせずただバッツを見据えた。長いまつげがわずかに動いたようだった。

「誰かと間違えているぞ。バッツの様子がおかしいようだな…奥で話を聞こう。」

 

祭りで最低限の機能しか働いていないギルドは、いつもの賑わいがなりを潜めていた。

代わりに大きくなった通りの喧騒を反響する廊下で、バッツとラムウを前に少し遅れて歩くロキは顎をなでて何か考え込んでいる。

アイズはある期待を我慢しきれずロキへ質問した。

 

「…ロキ、あの人はまさか…ムーの演劇を?」

「惜しい!いい線やでアイズたん!実はあいつが本物のムー国王その人やで。おとぎ話のなかではな。あんなやけど気は使わんでええよ。」

 

アイズは予想が思わぬ形で返され、思わずラムウを後ろから見つめた。

かつてこの大地に存在し、そこに住む人々は今では仕組みさえ理解出来ない謎の機械を使いこなし、平和で裕福であったという幻の国ムー。その国王が目の前を歩いている。

小人族の女神フィアナが存在しないという事実が広まると同時に存在しなかったことが通説となっていたあの国が、当たり前のようにロキの口から語られた。

神がないと言ったからフィアナは存在しない。

故に有ると聞いてしまったからにはムーの存在は真実に思えた。

実際に目の前を歩いているそれは、長い白髪が床に着かんばかりに伸びており、髪より白い装束はいつか読んだ伝説の姿そのままで威厳に溢れていた。

 

部屋に着くと、どうにも落ち着かない様子のバッツ、すっかり伝説に緊張した面持ちのアイズ、そして落ち着きを取り戻したロキの三人へ、ラムウは僅かに目を開き今の状態を確認した。

 

ラムウはバッツを一方的に叩き伏せて記憶喪失にするほどの力がこの細い体の少女にあるように見えず、真意を問うようにその黄金色の瞳を見つめた。

アイズは目をそらさず正直に話した。

「私、レベル5なんです。バッツはレベル1のようで…それなのに私…ごめんなさい。」

アイズから明らかな力の差を聞かされたラムウは怪訝な表情で見つめ返した。

「お主の強さは何となくだが見れば分かる。その程度の力でどうにかなるものでないから考えているのだ。」

その程度と言い切られたことに驚くアイズはバッツに二度負けていることを思い出した。

狼狽えるアイズに構わずロキが苦い顔で一瞥したバッツは、落ち着いてきた様子でぶつぶつと自分の現状を整理しようとしていた。

ロキの視線に気づくと、俺のことは気にするなと目で返した。

「ファルナに縛られているかも…知れないんや。その調子やとお前もバッツの知り合いなんやろ、協力せえ。ウチらが分かるのはこんなもんや。いい加減そのけったいな疑いを捨てろ。」

改めて全員を見回したラムウは誰も誤魔化していないと見切ったのか納得し、眉を下げ緊張を解いた。

 

部屋の空気が入れ変わった錯覚を覚えたアイズは、いつの間にか消えていた外の賑やかさが心地良く、石造りの天井を仰いで大きく息をした。

生ぬるい空気が胸を満たすと、余裕の出来た頭が今もラムウに信用されていない可能性を告げた。あるいは蚊帳の外に置かれていると言った方が正確かもしれない。

この騒動の原因である自分を誰もとがめないのは何故か。

アイズは現状の異様さに気付きまた息が詰まると同時におい、と上擦る隣の女神の声を聞きバッツを見た。

 

ラムウがバッツに手を伸ばしていた。

無抵抗の額に触れた皺の濃い手からバチっと稲妻が弾けるとバッツは倒れた。

アイズは何をするのと叫びたかったが、あまりの落ち着き払った声に気圧されて黙り込んだ。

「すぐ目を覚ます。その頃には落ち着いているだろう、こいつは風でも当てておけばどうとでもなる。安心して連れ回すがいい。」

ロキはラムウがなにもしてはくれないことを悟って肩を落とした。

「…全く、お前はいつもいきなりすぎるんや。どうせまた子供と遊ぶのに忙しいんやろ。」

アイズは目の前の老人が少しだけ笑ったように見え、見た目より若いのかもしれないと思った。

「コイツとは共に旅した仲でな。これくらいで怒る事はないのさ。それより優先すべきはヤツの置き土産だ。」

やっと本調子やな、とにこやかにロキが揶揄した。

「もうずっとその話し方で頼む。カワええから。」

ロキをみて懐かしむように目を細くしたラムウは一人扉を開けた。

「…癖になったらしい。許せよ。」

去り際に残したその声は確かに笑っていた。

 

ーーーー

バッツは体を軽く打ちつける感覚に気が付くと、見知らぬ男と目があった。

「おはようございます。これで僕もやっとお昼が食べられる…僕は馬車であなたが目覚めるまで街をぐるぐる回るよう神ロキから仰せつかっていました。」

起きようと腕をついた瞬間に石を踏んだ馬車が揺れ、怯んだバッツは思わず言った。

「意味がわからないぞ…」

気の良さそうな馬車の運転手はバッツと同じくらいの年齢に見えた。訳のわからない命令をこうして実行しながらも朗らかな調子を崩さない辺り、神に対する信頼が見て取れた。

「安全のためらしいですよ。僕にも神様の言うことはわかりませんが、確かな御意志があるはずです。」

バッツはアイズとデートしたがるロキを思いだし、何とも言えない気持ちになった。

「あ、ありがとな。おかげで助かったよ。」

「お礼なら神様へしてください。私はお心づけをと多少いただいていますので。それとこの封筒も。内容はわかりません。」

少し膨らんだ財布を見せられて彼の信心深さに納得したバッツは、ここへ来いとばかりに赤い丸のみが書き加えられた地図を貰い馬車を降りると、晴れて一人自由の身となった。

 

まだ日は高く、人の熱を帯びた風が心地よい。

地図の手書きはあまりにも情報不足でバッツの好奇心を確かに刺激したが、寝ぼけた今のバッツには目の前に広がる祭りの活気だけが真実だった。

とりあえず祭りについて何も思い付かなかったバッツが今日の目玉を子供に訪ねると、生で見るモンスターテイムが良いらしい。あんなもの見ちゃ行けませんと親に捕まった子供が人混みに消えるのを手を振って見送ったバッツは、取り敢えずその生テイムとやらを見に行こうと決めた。

 

モンスターと来れば冒険者だと当たりをつけたバッツだったが、通りすがりにいくら声をかけても演劇の呼び込みにしかとられず足も止めてもらえなかった。

仕方なくバッツは、物言わぬ装備たちを往来に広げて座り込み何か言い始めた若者が目に留まり声をかけた。

「あの、今日のテイムってのはどの道を行けばいいか…知らない?」

何やら若者はまた値段下げられちまったなと言葉が途切れない。

「無苦(ノクぼう)、二短刀(ジタン)…ピョンキチが売れないとお前たちは店にも置いてもらえず値段もつかないんだ。でもあいつはあんな棚の隅で店の賑やかしなんてガラじゃない、絶対売れてくれるはずさ…今日の値引きの理由は俺の研磨が甘かったばかりに地味だからだと…だがな!鏡のように輝く必要なんてないんだってわかってくれるだろ!そう、お前たちの良さは俺が一番よく知ってる!」

バッツは話しかけたことを後悔しかけたが、人生何がいい事かなど終わってみなければわからない。せっかくなので思い切って話してみることにした。はたから見ればローブを着た聖職者が施しを与えている様にも見えなくはない。

「おい!悪いけど道を教えてくれ!…酒臭いな…」

赤毛の男は酒をかけられているのか髪が湿っており、服には喧嘩の跡が見られた。男はバッツを生傷のある瞼を押し上げて睨んだ。

「俺は酔ってない!いや、酔った勢いでもいいから買ってくれ!頼む…」

バッツは切り傷の血を拭こうともせず愚痴る男が少し可哀そうになった。落ち着かせるついでに傷を治療し、お礼に道を教わろうと狙う。

「わかった、わかったから、そのクナイも短剣2本も、いい出来じゃないか。俺は金ないけど、誰か買ってくれるって…代わりと言っては何だけどさ、ほら。」

バッツはケアルをかけ、男を治療した。やはり酔っているのか傷が治っても気にもしない様子でバッツの狙いは外れたかに見えた。

「そうやって、誰か誰かって…でもほめてくれてありがとうよ。」

この場では素直な言葉が一番だったらしく、バッツも打算をやめて素直に話した。

「それでな、道が聞きたいんだけど…」

 

テイムの開催地である円形闘技場への通りに入ると、向かい風に乗ってきたイモの揚がる香りにじゃが丸くんなる謎の人物と懐かしさにも似た暖かい感覚を思い起こし、バッツの胸を締め付けた。

しかし記憶喪失の旅人は空腹を煽られ初めて一文無しだと気付き、じゃが丸くんを忘れて早足になった。

いよいよ一芸見せて飯にでもありつこうかと考え出した頃、ようやく触れるところまで来た巨大な壁を見上げた。

大口を開け汗臭い熱を吐き出し人を飲み込むそれは、よく見渡せば弧を描いており大きな囲いだと察することができる。

「でっかいなー!ここが…」

不意に耳をつんざくモンスターの咆哮にバッツの腹の虫はあっけなく吹き飛ばされた。

 

決定的瞬間を見逃すまいとバッツは駆け、沸き立つ客の群れをかき分け一足飛びに観客席へたどり付いたが、テイマーの技に声を上げる人々は、日頃なら目立っているはずの真っ白なローブだろうが目にも入らない。

バッツがいくらもがこうとモンスターの床を蹴る衝撃と客の声しかわからず、我慢できなくなった白魔道士は頭上にパッと三つの星を瞬かせ、どこからともなく現れたとんがり帽子をかぶった。

「これでよしっと。レビテト!」

不意に現れた空飛ぶとんがり帽子に客の目は集中した。

『おっ!空を飛んでる人がいるなあ!』

『凄い…僕もいつかは…』

『あの茶髪…バッツさんなわけないか。』

この場ではどうにも不自由な二足歩行を捨て空を飛ぶことにしたバッツは快適な空からの見物に満足し、空中で頭の後ろに手を組んで足を組み、悠々とくつろいだ。

それを見ていた客は始めこそ驚いていたが、そのうち冷静になって邪魔だとヤジを飛ばすと、バッツは慌ててとんがり帽を押さえながらマントをよろめかせ、客席入り口のアーチへ腰かけ事なきを得た。

バッツの奇行は人目を引いたが、同じ場所に居合わせた家族である白髪の少年と女神にその正体を気付かれることはなかった。

 

そんな特等席で足をぱた付かせる時魔道士を見つめて微笑む女神の姿があった。

「やっぱり来たわね。ふふ…そんなに目立っちゃロキの心遣いが無駄になるわ。」

モンスターの登場口、その暗がりからバッツを見つめる女神フレイヤは右手で何かを指示すると、会場の司会が大きな声で語りだした。

「さあ皆さま、お待ちかねの飛び入り冒険者によるテイムだ!」

右手を頬に添えたフレイヤは誰に聞こえるわけでもない期待をつぶやいた。

「急だったからこんなものしか用意できなかったけど、いい所見せて?」

主催者席で見ていた祭りの主ガネーシャは叫んだ。

「何事だ!これは予定にないぞ!」

会場は沸き立つ客と驚く客が混ざっている。

司会はまるで客など見ていないかのように高らかに続けた。

「今回の挑戦者はあそこ!入口の上に一人座っているぞ!」

バッツはあたりを見まわした。似たような出入り口の上に座る客はいなかった。とんがり帽に片手を添えながら、人差し指で自分の鼻を小突くと司会は大きくうなずいた。

「そう!悠々とこちらを見下ろす2枚目のアナタ!見た感じは仮装して祭りを楽しんでいる普通の若者だが、実力はどうかなー!?」

 




ラムウは9割オリジナルキャラで行きます。
シヴァをこれだけやっといて今さらですね。


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12話 怪物祭 後

とりあえずここまでで1巻分です。ながくなりました。はい。伏線?日本語?視点?状況?ごめんなさい。
書くなら2巻目以降はもっと話を飛ばしぎみにやるかもしれません。



最上階で状況を見守る主催者は付けているゾウの面が外れそうな勢いで立ち上がると声を荒げた。

「どうなっている!」

付き人が把握できている現状を発言しようと前に出たところで冒険者が走り込んできた。察した付き人はより鮮度の高い情報を優先し、冒険者の発言を促した。

「捕らえておいたモンスターが逃げ出したようです!テイムを止めに向かわせた同胞は全て行方がわかりません…」

面を押さえながらガネーシャは戦慄した。何らかの工作を許しただけではない。目の前に広がるのは平穏を保証したはずのバッツが戦いに駆り出される光景。まだ彼は目立って街の噂にもなっていないはずだが、この状況は明らかに彼を試している。

彼の素性を知るからこそ調査は急務だと判断したが、この街最大の民衆の味方は迷わない。

「民の安全を優先しろ!予定外の見せ物になったが捨て置け!飛び入りは絶対的に信頼できる。」

指示を受け飛び出していった冒険者へ街の平和を託し、ガネーシャは面越しに額へ手を当て呟いた。

「彼はどうしても戦わなければならないのか?父よ…サガは変えられずとも、ここは彼の安息の地足り得てほしいのだ。…享楽に浸る我々と同じように。」

 

会場の司会が大きな声で宣言した。

「さあ、モンスターも冒険者も飛び入りで派手に行こう!このまま3体のテイムだ!」

どうにも緊張感のない目をした冒険者が2つの檻を運び込んだ。鉄格子の中から覗く獰猛な目は初めて浴びる太陽の光を気にもしない。

戦闘中に突如モンスターを追加され混乱するガネーシャ・ファミリアのテイマーは今日一番の興奮を見せる民衆を一瞥すると、見せ物としてでなく彼らを守るために戦うことにした。

冒険者の彼女は自身がレベル2なのを鑑みても3対2とモンスターの数が多い現状を重く見て、一つだけ願った。せめて飛び入りが強者でありますように。

「今回の参加者について速報です!なんとレベル1!レベル2が推奨される15階層からのモンスターを相手に如何に立ち回るか!?」

涼しい顔でモンスターとすれ違い、マントをなびかせ出来るだけ客からモンスターを遠ざけるために中央へ走る彼女は、初めてダンジョンの外で死ねるかもしれないと苦笑いを浮かべた。

 

鋭角に曲がれず砂を巻き上げ大きく弧を描いて走るバトルボアをにらむ。

それは単純な突進しかしないため見せ物にはうってつけであったが、他のモンスターに注意しながらとなれば話は違う。力強い踏み込みはレベル2の冒険者でもまともに貰えば怪我を免れないため注意を割かざるをえず、おまけに体力があるため囲まれた場合に最優先で倒すのも時間がかかり望ましくない。

彼女は調教用の軽い棍棒と護身用に携帯するダガーのみではまともな手段では即座にバトルボアを倒しきれないと踏んだ。

バトルボアを避けて飛び入りを待つか、賭けになるがこのあと向き合う瞬間のみ許される致命、ダガーによる魔石への一突きかの二択を悩む。

砂を蹴ってこちらへ向かうとんがり帽子は3つ星を光らせている。

何かありそうだと彼女は期待せずにはいられず、再び猪の突撃を回避することにした。

走りながらマントと帽子を脱いで魔獣使いへジョブチェンジを終え、白い雲と見紛う毛皮を纏って頭に角を生やした姿はさながらヒツジであり、観客を含め見ていた全員はバッツが狩られる側に見えた。

走る魔獣使いが戦闘体制に入るのを待たず一つの檻が解き放たれた。同時に歓声が上がるとモンスターは団子になって勢いよく飛び出した。

テイマーへ向かう大玉は大人ほどの大きさで、砂を巻き上げ真っ直ぐな轍を残し猛進する。

冷静に下がるテイマーは逃げ切れないと悟り体勢を整えるとその場で跳躍し、身を翻して回避した。

真下を通りすぎる団子へすれ違い様に腰のダガーを投げ付けるが、砂を擦る刃のむなしい音が焦りを促す。

大玉はしばらく転がって、壁にぶつかる前に止まり丸めた体を伸ばした。

ハード・アーマードと呼ばれるそのモンスターの特徴はバトルボアをより尖らせたようなもので、ダンジョン上層において最高の硬度を誇る背中の甲殻を丸まって攻防に生かす。反面腹部は柔らかく、彼女のダガーでも易々と刃を通すだろう。

着地に合わせて走り込んできた猪を馴れた手つきでマントを広げ誘導し華麗に避けたが、体当たりをすかされた2つの牙に仕返しとばかりに転がるダガーを弾き飛ばされ舌打ちした。

 

ようやくテイマーに近づいたバッツが代わりにダガーを拾い、腰に携えた小ツボをバトルボアへ構えるがなにも起きない。

「あれ?弱ってないのか?アイツ。」

気の抜けたヒツジの態度に思わず彼女はその短髪を逆立て叫んだ。

「ふざけているの!?」

バッツは二つ目の檻が開かれるのを見逃さなかった。2対2が崩れ、余裕の無くなる状況に魔獣使いは集中した。

司会が消えている。さらには観客の好奇に混じって明らかに自分だけへ注がれる視線がいくつかある事に気付いたが、その集中力故に歯牙にもかけなかった。

「俺もいきなり呼び出されて驚いてる。手を貸してくれ。」

彼女は驚いた。レベル1と聞いていたがこの落ち着きようはなんだ。

とても年下の細身には似合わないその雰囲気は、彼の場違いな仮装も相まって彼女に多大な違和感を与えると同時にその緊張を解いた。

檻から出た一本角のウサギは白く人型で赤目をきょろつかせ、状況把握をしながら歩いている。

檻の上にいた虚ろな表情の冒険者には気付いていないようだ。

テイマーは狂乱寸前のウサギより冷静なヒツジの方が弱そうに見え、バトルボアをバッツに任せることにした。

「…よろしく。バトルボアの体力は折り返しってところかしら。ハード・アーマードはレベル1のあなたには辛いでしょう。今出てきたアルミラージもまとめて私がやる。」

 

バッツは前足で砂を掻く猪と丸まった鎧ネズミがこちらへ来るのを見ながら冷静に返した。

「無理は無しだ。まあ見ててくれよ、団子と猪はこうだ!」

左手を真っ直ぐ伸ばしバトルボアに向けたバッツはその威圧する獣の瞳を見た。

駆け出す猪。合わせるようにネズミが転がりだした。

猪は全力で目のあった獲物へ叫ぼうとした。恐怖を煽り狩る側は俺だとわからせるために。

しかし獲物のはずのヒツジの目は怯えるどころかぎらついた。

圧倒的な獲物からの視線はバトルボアの喉を焼くように固まらせた。恐怖を覚えた猪がまばたき一つを終える頃に獲物は自分だと理解した。

バトルボアは錯乱し、足の止め方をわすれた。

みるみるうちに顔を振り乱し唾液を撒き出したバトルボアへ、魔獣使いは話し掛けるようにはっきりと叫んだ。

「曲がれ!」

突進する獲物は、恐怖の源から距離をとる許しを得て歓喜にも似た悲鳴をあげながらバッツの思う通りに向きを変え、ヒツジへ転がり込むネズミの横っ腹にその牙を突き立てた。

 

猪は刺さった牙を回転する甲殻に引っかけて顔半分が裂け、即死した。

ネズミは横からの衝撃に体勢を崩し、砂を噛み、コマのように回りながらヒツジの横を通り過ぎた。

バッツが目を離さずに行方を追うと2、3転がって勢いを失い、牙が突き刺さったまま自らの回転によって大きく傷口を拡げた。

すぐに猪が魔石を残し死体が消え去ると刺さった牙も消え、裂けた腹から体液を流しのたうつことしか出来なくなった。

一瞬の出来事に口の空いたテイマーは、突然の出来事に混乱した観客とウサギの叫びで我に帰った。

バッツの見せた圧倒的なテイムの実力はそれを生業とする彼女だからこそ理解できた。バケモノの本能を握り潰し、一声で操ってみせる離れ業。

何より目的を達成したことに彼女は安心した。観客への被害はもうありえない。

「アナタ本物ね!」

 

バッツはまだ安心していなかった。彼女の危機はまだ去っていない。

「来るぞ!」

バッツは続けて下がれと指示するつもりがウサギと目があって言葉を詰まらせた。

白髪、紅色の瞳。昼間何かを探していた少年、ベル・クラネルの顔を思いだしヒツジは角の付け根、こめかみを押さえた。

ウサギはバッツとテイマーを見ると近くのテイマーめがけて跳んだ。

 

初動で見切った彼女が腰をおとして踏み込むとウサギの拳は空を切り、掬い上げるように棍棒をそのすねへ叩き込んだ。

石の砕けるような打撃音がウサギの右足はもう機能しないことを告げると同時に、完璧なカウンターを決めたはずの彼女を焦らせた。

折れて飛んで行った棍棒を一瞥する。

振り向けば両手で立とうとするアルミラージ。

彼女は武器も防具もなくこのゼロ距離をしのがねばならない。

大股に5、6歩程の距離にいる彼の腕力はレベル1、その身のこなしからするにもうAはあるかと彼女はテイマーならではの観察眼で評価し、しかしそれでは無傷で切り抜けるには間に合わないと冷静に覚悟した。

 

体勢を整えきれないアルミラージは地面を両手で突き跳ね起きると、そのままモンスターらしく力まかせにテイマーの顔を殴り付ける。飾りをつけた右腕はほとんど素手と変わらず、防御すると自分の骨が折れる音がした。

それでも痛みを顔に出さず、想像を越える衝撃にも意識を手放さなかった彼女は人間の体の弱さを恨んだ。

よろけながらも殺意に赤く燃える瞳がこちらを見据えている。恐怖した彼女はアルミラージの左足を蹴って転ばせるとすぐさまバッツへ助けを求めて走った。

アルミラージは再びバランスを崩しながらも両腕を加えた3つ足で、彼女よりはるかに勢いをつけて跳ねた。追い付こうと駆け出したバッツが踵をかえし逃げて来たテイマーを両手で受け止めると、すぐに似たようなさらに強い衝撃が走った。

息の上がった彼女は背中に突き刺さる痛みに乾いた声で叫んだ。

恐怖した観客も彼女に呼応するかのように叫んでいる。

ずぶずぶとテイマーの肉から角の抜ける音がしてバッツは顔をひきつらせた。

テイマーが弱くとも息を続けていることを確認し寝かせると、狩人は静かにウサギへ近づいた。返り血を全身に浴びて高揚するアルミラージが顔をぬぐい叫ぼうと空を見上げたその瞬間、喉を彼女のダガーで一突きした。

 

猪のものと合わせて二つの魔石が転がり、わずかにもがく鎧ネズミの周囲は体液が波打つほど流れ出している。

バッツが後始末とばかりに腰の小ツボを構え、ハード・アーマードを吸い込んでとらえるが、もはや誰も気にしなかった。

テイマーは血が止まらず息も絶え絶えで、バッツは急いで白魔道士へジョブチェンジしあらん限りの精神力でケアルガを何度も唱える。

観客はこのわずか数分ですっかり冷めきった。半狂乱の客は一部の物好きを残し既に退場し始めている。

例年に無い見せ物の大失敗。しかし物陰で精神力切れにふらつくバッツを見つめるこの事件の元凶、フレイヤは一人満足し興奮の熱を上げ続けていた。

「凄く良かった…何て若さで完成しているのかしら、私もあの瞳に、腕に……」

自身が歩き出していることに気づかないほど衝動にのまれていた女神は、突然肩に走った痛みに熱が引いた。それでもバッツから視線はそらさないままフレイヤは話した。

「ラムウなのね?今だけはあなたに触られたくなかったわ。」

彼女の魅了など微塵も気にしない様子のラムウがバッツへの接触を阻んだ。風もないのに浮く髭は帯電している。苛立ちを隠さない表情で、バッツから目を離そうとしないフレイヤの肩を引いて振り向かせると、そこには無遠慮に発散する彼女にあてられ腰を抜かした冒険者の集団がいた。

彼女は全く罪悪感を感じないままラムウへ言った。

「あら…気付かなかったのよ。」

帯電が全身へ広がり青白く光る。直後に冒険者たちを覆い尽くすように背中から放たれた稲妻が空気を割ると、閃光に包まれた冒険者たちはほとんど同時に倒れた。

通路へ訪れた静寂に老いた声が響き渡る。

「未だ私をどうにも出来ないでバッツへ甘えるのか?変われないというのは度し難いな。」

フレイヤは寂しい心を抉られたように感じ動揺したが、それでも涼しい顔を保ったまま目を開けると、倒れた冒険者の姿しかない。

ラムウへ言い返すことも出来ず、今バッツへ手出し出来ない事を察したフレイヤは元々の用事を思い出し静かに立ち去った。あの子の頑張る姿はきっと私を癒してくれる。

 

ーーーー

「神様!あのとんがり帽子の飛び入り冒険者ってまさか、バッツでした?」

「きっと違う!それに今はその名を出してはいけない!」

ヘスティアは飛び入りの冒険者についてもしやと閃いた瞬間ベルと闘技場を出て、バッツから遠ざかった。

素直が過ぎるベルがバッツの英雄的な一面を見てしまえばヴァレン某へ向けたその一途さが揺らぐ。何よりベルへ素性を明かさないのはバッツ自身の願いなのだ。

生活することさえ右も左もわからなかった自分達を何にも我が儘を言わずに助けてくれる彼の、ささやかな平穏を家族が壊してはならない。

我が家の大黒柱が舞う華やかなテイムとなったろうし、本当はベル君と大声上げて見てみたかったけれど、それはいつかの夢にしておこう。

ヘスティアはベルの目的を出して話をそらす事にした。

「困ってる人を探す方が大事なんだぜ?早く行こう。」

ベルははいと返事するつもりであったが、妙な感覚に足を止めた。

ヘスティアが不思議そうな顔でたずねる。

「どうしたんだい、こんな通りで立ち止まって。」

ベルは祭りの喧騒に混じって聞こえる何かを、感覚的な言葉で素直に話した。

「何だか、嫌な風が吹いてません?」

言い終わった直後に、誰かがモンスターだと叫ぶ声がした。

 

ーーーー

魔法の連発に精神力を吐き出し気絶寸前のバッツは、その甲斐あってほとんど全快したテイマーの背で揺られながら闘技場の廊下を歩いていた。

「なんなのよ、これは…」

バッツを連れてすぐに気絶した冒険者の集団を見つけた彼女は事態の異常さが想像を上回っていたため

、付近のギルド職員を探すのを諦めガネーシャの元へ保護を求めて急いだ。

最上階への階段を登ろうと曲がった廊下では金髪の少女がギルド職員らしきエルフへ話しかけている。

誰でもいい、人違いだろうがこの場で救いを求めないわけにはいかない。

「剣姫なの?…力があるなら助けなさい!」

怒声にびくついたエルフと冷静に状況把握に努めるアイズはテイマーの方を向くと、その背に揺られる顔をみるなりそろって驚きながら近づいてきた。

「「彼に何があったの!?」」

テイマーは詰め寄ってきた二人に面食らった。過剰にバッツが気にされているように感じ彼が何者か気になったものの、今は彼を安全なところへ送ることが第一だった。

「私を助けるためにおそらく精神力を使いすぎたのよ。それよりあっちに冒険者がたくさん倒れているから何とかして!」

バッツの命に別状ないと知ると冷静になったギルド職員のエイナはすぐに冒険者集団は任せるよう言った。

「周囲のギルド職員を集めて対処します。お二人は逃げ出したモンスターの対処をお願いします。では。」

アイズが頷くとエイナは髪を振り乱し走って行った。逃げ出したモンスターを後回しにしたテイマーがバッツを抱え直して階段を登ろうと歩き出すと、アイズが止めた。

「待って。彼をどうするつもり?」

アイズの手を払い歩き続けようとするテイマーの視線は階段へ向いている。

「最上階のガネーシャ様に直接保護して貰うのよ。邪魔しないで。モンスターはよろしく。」

アイズは歩みを止めないテイマーの言うことは最もに思えた。それでも我が儘だと知っていながらバッツを引き取ると申し出た。

アイズは孤独の辛さを知っていた。

きっと彼は記憶も取り戻せないまま知らない人たちにいいように使われる。私にはロキが守ってくれなければそうなっていたに違いない経験がいくつもある。

アイズはガネーシャが彼を守ってくれるのは精神力が満ちるまでだろうと思った。そのあと彼はどうなる?

「私が彼を連れていく。あなたはいい人だってわかるけれど、私を信じて。」

テイマーはアイズを無視して進んだ。バッツはもう目を閉じて声さえ出さなくなっている。

バッツが離れていく恐怖にアイズは怒った。ここで彼を渡しては後悔する。それが同情か母性かなど、若すぎる彼女にはどうでも良かった。

「力ずくでも連れていきます。」

テイマーは走り出した。剣姫のレベルは知っている。どうか追ってくれるなという願いはたった2、3M進んだだけで断たれた。アイズの力に逆らえずバッツを剥がされたテイマーは叫んだ。

「彼に何かあってみなさい、私は絶対に許さない!」

アイズはバッツを背負おうとして怯んだ。

バッツの記憶を奪いこの状況に追い込んだのは誰だ。彼の人生をかき乱し続けているのは誰だ。

泣きそうになってなにも言えないアイズはそれでもバッツを抱えて走った。

 

闘技場前にいたロキは、状況を聞いてきただけのはずが想定外の土産をもってきたアイズに頭を抱えた。

「ロキ、バッツが精神力を使いすぎてるみたい。」

アイズはなにか動揺している。ロキは慰めつつ指示を出して落ち着かせようとした。

「とりあえずここまで連れてきたのは正解やで。ほれ、割高な薬の押し売りがその辺にいるやろ。」

「買ってくる。まってて。」

バッツを置いて飛んでいったアイズが道を見渡すと、ロキの思っていたより強引に、道行く冒険者へ何か言ったあとあせる表情をごまかさずつぶらな瞳で実に少女らしく顔を見つめると薬を買い取った。薬を安く譲ってくれた商人でない普通の冒険者へ挨拶もせずに戻ったアイズはロキを急かす。

「お願いしたら譲ってくれた。早くバッツにこれを。」

ロキは立派な交渉やったなと薬を受け取りアイズの頭を撫でると苦笑いした。

 

そのまま封を切った黄色い薬をバッツの口に突っ込みこぼさないよう押さえると、半分ほど飲んだところで息が詰まって苦しそうに動き出した。

「まだ残ってるで。」

ロキはごぼごぼ言い出したバッツが元気になったとわかると、薬瓶の中身を飲み切るまでさらに強く押さえこんだ。

「ごぶっ…殺す気か!」

笑顔のロキが訂正する。

「なにいっとるんや。生き返す気かの間違いやん。」

アイズが割って入るとバッツの表情も落ち着いた。

「薬…効いた?」

「おう、二人ともありがとな!」

笑顔でお礼を言うバッツに、アイズは表情が明るくなった。

 

バッツの調子が元通りなのを確認したロキは、アイズへ逃げ出したモンスターを倒すよう指示して別れると、二人で歩き出した。

すっかりみんな避難して人のいない路地で、ロキはバッツの早着替えに興味が押さえきれなかった。

「なあ、あのぱって光るやつ、あれなんなん?」

何か思い付いたバッツは両手を広げ聞き返した。

「ジョブチェンジか?助けてくれたお礼になるかわかんないけどさ、好きな服装、教えてくれよ。」

彼女の細い目が揺れた。きっと何が起こっても面白いであろうという予感を無駄にしたくないのはもはや本能であった。

ロキは全身全霊でバッツが着たことの無さそうな服を考えるとにやけながら言った。

「占い師や!」

バッツは風水士へチェンジしようと決めた。

「よっと!」

3つ星が光り、緑に橙の線が入った手織りの生地を見に纏う。細身はだぶついた生地で隠れ、緩い帽子のせいで背の高さも分かりずらい。腰に下げた風水盤を持ち上げると妖しい目付きでロキを見つめた。

「カミサマを占うのも、初めてじゃないんだぜ?」

驚き目を輝かせるロキが次はあれやなと呟いている間、バッツの脳裏にクリスタルの欠片を拾ったいつかの瞬間が駆け抜け、懐かしい気持ちになった。

「決めた!次はウチも本でしか知らないんや、サムライなんて初めて聞くやろ!?」

忘れていた記憶を思い出せるかもしれないと感じたジョブチェンジに楽しくなってきたバッツは、ひとつ頷くと侍へチェンジした。湧き出る記憶に揺さぶられても不思議とわずかに首もとが痺れるような感覚があるだけで混乱は起こらなかった。

「鎧ってのはほんとはもっと重いらしいんだけどな、特注品さ。」

すっかりバッツの七変化に楽しくなった女神は祭りにはしゃぐ子供と変わらなかった。

「続けて…忍者!」

「あいよっ!」

「泥棒!」

「ほっ!」

「修行僧!」

「えいっ!」

「昔ながらの騎士なんてどうや!」

「任せろって…?」

ナイトに変身したバッツは違和感を覚えた。首の痺れが収まらない。とめどなく思い出されるのは父親との鍛練の日々。人生の最も多くを共に過ごした笑顔。全ての恐ろしいものから今も守ってくれるあまりにも大きく温かい背中。

突如うつむくバッツの心が大きく揺れるのを感じたロキはまたあの悲しみを振り撒くような発作が出るかと心配になって拳を震わせる彼の手を包むように両手をそえた。

「ありがとう…でも、俺は、寂しいよ…」

バッツのそれは天涯孤独の身であることを改めて受け入れようと、溢れ出してぶつける相手のいない我が儘を目の前の現実で噛み殺す心の叫びであった。

長い時間をかけて受け止めたはずの孤独を一度に呑み込もうとする彼を、壊れてしまうのではないかと焦ったロキは、しかし彼にファルナが不死の運命を刻み付けてしまった事を思いだし言葉をなくした。

涙の出てきた女神は彼を癒すためには家族が必要だと思った。

殺しに娯楽しか見いだせなかった自分の愚かさに気付かせてくれた子供たちなら。

共に有限の時間を燃やし、その火で心を暖め会える家族なら。あるいはあらゆる可能性を宿した人の子ならば。

「バッツ…家族と共に過ごすんや。ベル・クラネルなら、ヘスティア・ファミリアならきっと…」

バッツはロキの哀しみがただの同情でないと察したが理解できなかった。それでも温かい手のひらに包まれたおかげで少し冷静になれた。

「あんた本当にいいやつだな。」

ファルナの事がある、神を簡単に許すなと心の中で願いつつも、ロキは今の彼をこれ以上落ち込ませないために明るく話すと決めた。

「ヘスティアっちゅうのがいてな?なんともいけすかんのや、乳ばっかりデカくてすぐウチを殴る。しかもどんくさいものぐさで…それでもな…ちょっとやで?善神らしさは認めてる。本神には絶対に言うなよ。」

バッツは少しずつ気楽に話を聞けるようになっていた。ロキのあんまりな物言いに思わず苦笑いで聞いた。

「誰なんだよ、そのヘスティアって。」

女神はすっかりもとの調子で何か考え込んでいる。

「まあ、会えばわかるから。楽しみにしとくんや。それでな、ヘスティア・ファミリアのホーム。ウチは検討もつかん。」

バッツはここまで大事にしてくれるロキにいつか恩を返すと誓った。

「じゃあ、ここまでだな。俺は家族とやらをさがしに行くよ。」

 

細い目がさらに伸びて達者でなと手を振る姿に手を振り返すと、突如大きな地鳴りと共にロキは地面から大きく伸び上がった蛇にはね飛ばされた。

バッツの目が見開かれると同時にその背中はまばゆく光りだす。

バッツは今の自分が思い出の中と同じように軽い体で、力がみなぎるのを感じた。壁に叩き付けられる寸前のロキを見据えると、この街を吹き抜けるどんな風より疾く駆け、そのか細い体を砕く衝撃全てをかばった。

「おい、平気か?」

バッツに抱き止められてようやく自分の状況を理解したロキは体が軋む痛みに負けず笑顔で答えた。

「お陰さまで生きてる。さ、仕返しは頼むで。」

バッツはロキを寝かせ、任せろと言うが早いか

両手を天に突き出し、大きく一息すると雄々しく叫んだ。

「漆黒の光閃き、大気の震えとなれ!」

女神は世界がこじ開けられたのを感じ驚愕した。目の前の騎士が激怒している事から彼が全力を出しているのは間違いない。

ロキはこの規格外の魔法を止めようとしたがあまりの威圧感に声が出ない。

全てを切り裂く無慈悲の召喚が路地へ響き渡る。

「斬鉄剣! オーディン!」

目の前の蛇は頭を空へ向けその先端を花のように開いた瞬間、空から降ってきた巨大な剣が轟音と共に石畳を割り、蛇の化物はつぶれるように消えた。

 

ロキは目を覆いたくなる現実を必死に受け入れようとした。目の前の騎士はあろうことか神を喚んだ。

有り得るのか?何よりこの世は神の力の行使を禁じられている。バッツは記憶喪失でそんなこと知るはずもないため呼びかけるだけなら分かる。が、声が響くだけで天から返事があってはならないのだ。

それが今落ちてきたこの巨大な剣。黒い刀身に白く光る神聖文字の癖はまさしく…

「蛇っころなんぞバッツがこじ開けた外から落とすだけで十分っちゅう事か…そんなんグレーやろ。いや、一度だけだぞってわざわざ書かんでも。やっぱアウトやで、兄貴。」

黒い剣はバッツが手を下ろすと共に溶けだし霧のように消えた。

 

すっかり落ち着いて体の光もおさまったバッツがロキへ近寄ると、ナイトからすっぴんへ戻りケアルを唱えた。

元気になった二人は改めて互いに別れる。

「ベルたちも危ないかもしれないからもう行くよ。…それと、家族がっていうけど、姉さんがいたらこんな感じなんだろうなって思ったよ。」

ロキは頬をほのかに赤くしながら別れの言葉を返した。

「…必ず元気になるんやで!」

笑顔で別の方向に歩き出した二人はすぐに飛び散ったレンガを見て冷静になり、大きく裂けた路地をモンスターのせいにするように小走りで別れた。

 

一人広場で空を見上げるバッツは仰々しい金の冠をきらめかせ、その予言によって付近のモンスターを探そうとしていた。

周囲に人がいない事を確認した予言士はまだ見つけていないモンスター目掛けてその未来を頭にうかんだまま口にする。

「白猿よ、汝いたずらに女神を追えば双牙に裂かれその身を滅ぼすであろう。」

幸運なことに焦るベルと何故か笑顔の女神がつぎはぎの壁に挟まれた道で追われている姿がまぶたに映った。覚えのない景色だがこの街のなかではあるだろう。

バッツはレビテトを使い宙に浮くと、空からあの特徴的な屋根の密集を探した。

 

ーーーー

ベル・クラネルは岐路に立っていた。

逃げ切ったかと足を止めた瞬間に屋根から降ってきた大猿はベルとヘスティアを分断するように着地した。

守るべき女神は今やモンスターの向こう側で立ちすくんでいる。

目の前のそれはエイナからの知識によると出現階層15以降。白い毛皮に丸太のような腕、その背丈もベルの倍は優にある猿のモンスター、シルバーバックが低く唸りながら女神を狙っている。

先ほどから追われ続けてその速さと力は把握している。先に女神へ走られてしまえばベルの足で距離を詰める事は出来ない相手だった。

腹を決めたベルはいつかのミノタウロスのように殺される恐怖を祖父から受け継いだ信条と正義感で押し返した。

「ここで逃げるなんて無いだろ!女の子が危ないんだぞ!」

素手で防具もないままゴブリンを殴り飛ばしたバッツを思い出す。組み合えば必ず負けるような化け物相手でもどうにか勝つ方法をバッツは教えてくれた。

 

まずは走ることだ。絶対に止まらないこと。

「ワアアアァ!」

ベルはシルバーバックへこっちを向けと必死に叫んだ。わずかでもこちらが危険なのだと感じてくれれば女神の危険は減る。

足を止めたシルバーバックの耳が確かにこちらを向こうと左に動いた瞬間にベルは走り込んだ。

2歩、3歩。まだやつは動かない。

腰の短剣を右手でつかんだ。あのわからず屋に必ず返してやるつもりだけど、壊しても怒らないよね。それと…僕たちを守って。

もうやつが腕を伸ばせば僕へ届いてしまう。

ここからは目をそらさないこと。好機を掴むためには瞬きだって我慢しないといけない。

振り向き様に白猿の肩が浮いた。きっと振り払うだろうと思ったベルが膝まで頭を下げると飛んできた拳が空を切った。

拳の勢いのまま振り向く猿の背中側を通り抜けるように踏み込むと、すかした拳に少し遅れてついてきた風がその暴力の凄まじさを見せつける。

風にあおられるベルはそれでも目を閉じなかった。シルバーバックの首もとを、今なら。

「うおおお!」

全力で跳ねたベルは背中同士を擦り付けるように体をひねり勢いを増すと、左手を添えた逆手持ちの短剣を突き刺した。

 

ボクの家族が命を賭けている。

目の前でアイツが大きく叫んで背中の短剣にしがみつく彼がぼとりと落ちた。そのままゴミでも捨てるように拾って彼を壁に投げつけると、アイツの深い息だけが響いた。

血が滴る短剣はアイツの右肩に浅く刺さっている。

ベルくんは人間だ。体を失うだけのボクたちとは違う。逃げてくれ、生きるんだ。

そんな所でうなだれている場合じゃないだろう!

「何で動かないんだ!ベルくん!」

歯を食いしばりながら顔だけはこっちを向けて逃げてと訴えてくる。君のためのこれだってまだ渡していないんだ。

再び耳をつんざく雄叫びに思わず目を閉じてしまった。ボクから離れるような足音がする。

止めろと叫びたいのに口が動いていない。身代わりになってあげることさえ出来ないのか。

…わかっていたけど、ボクは無力なんだ。

この目が開いたら、ボクの一番恐ろしいことを見ないといけない。

足音が止まった。

 

「聞こえてたよ」

 

声の後、何かが潰れる音がした。

恐る恐る目を開いたヘスティアは涙を浮かべてあるがままを見つめると、血を吹き出す団子が猿の右手を潰していた。

間を置かず影になっている壁際からベルを担いで白い雲が飛び出し、ようやく瞬きを思い出した女神は息を吸って涙を拭うと震える声で精一杯叫んだ。

「バッツ!!」

シルバーバックを睨みつける雲はよく見れば角が生えている。その背中で気が付いたベルは白い毛皮と二本角しか見えず、モンスターの背に揺られているのかと飛び起きた。バッツは混乱するベルをなだめることもせずヘスティアとの逃走を促す。

「目が覚めたな。アイツと走れるか?」

モンスターらしき背中越しで聞こえるやたらと落ち着いた声に聞き覚えがあるベルは、安心感と共に現状を思い出す。

「神様!」

ヘスティアはいつものように強気な顔で親指を立て、自身の無事を知らせた。バッツがベルを下ろすと、右腕の肘から先がひしゃげたシルバーバックが団子の殻の裂け目を左で殴り、ハード・アーマードにとどめを刺した。

バッツはヘスティアの名が出てこないままだったが状況を考え直感的に浮かんだ名前で指示した。

「あそこの…なんだ、じゃが丸くんは任せたぞ。」

こんな状況にもかかわらず、バッツが初めてヘスティアをふざけた名前で呼んだことにベルは驚きの声をあげた。

「え?」

焦りだしたバッツは目を丸くするベルの背中を叩きながらヘスティアへ走らせる。

「もう来るぞ!走れ!」

押し出されるままヘスティアの顔を見たベルは、はっとして表情が変わった。女神の目の回りはうっすら赤く、涙のあとが見て取れる。

「神様とホームで待ってるから!」

ベルは迷いなくヘスティアの手を取って走り出した。バッツはシルバーバックの注意を引くために大声を出す。

「こっちを見ろ!…って、え?」

シルバーバックはヒツジなど眼中になく路地を曲がった二人を追い始めた。バッツはホームの場所もわからずモンスターの注意も引けていない。割って入ったはいいものの、蚊帳の外であった。

白い背中を追ったバッツがいくつか路地を曲がると誰の姿もなく、反響する足音からはどこへ消えたのか判断できなかった。

最後に見たシルバーバックの背中を思い出す。アイツの背中はすっかり止まりかけていた血で濡れていた。その傷口には見覚えのある短剣が刺さっていたような。

「俺のグラディウス?」

バッツはわずかに首がしびれた気がした。

 

ーーーー

シルバーバックの雄叫びが近づいてくる気がした。バッツは同じレベル1だし、ヘスティアだけを狙っていると知らないせいで追い付けなかったと判断したベルは、ヘスティアを抱えて走っていた。

いりくんだ道の分かれ道、ここの住人のほかにあった妙な視線を気にしないことにしたベルは、こんなときでも抱えられて嬉しそうなヘスティアをおろして苦しそうに言った。

「今なら見られていません。ここで別れたら一人で逃げてください。もう家族をなくし…」

ヘスティアは何一つ納得のいかない気持ちを隠そうともしなかった。二人で生きて帰らなければ何にもならないと首を振り、必死に思いを絞り出すベルの言葉を遮った。

「諦めるには早すぎるぜ。どうせ追い付かれるなら、倒せばいいんだ。」

ベルは戦いにもなっていなかった少し前の一刺しを思い出した。

今しかないと踏み込んだ一撃は致命のはずで、実際は高さも威力も足りていなかった。さらには反撃ですらない叫びを鼻の先程度の距離で聞いただけで軽く気を失う始末。

みるみるうちに自信をなくすベルの表情を見てもヘスティアの意見は変わらなかった。

「誰かを犠牲にしたってしょうがないんだよ。バッツにホームでって約束したのは、ほかでもない君じゃないか。」

ベルは小さなカバンだけで、どうしようもないと手を広げながら言った。

「でも、こんな…武器もないんですよ。」

ヘスティアは下がらない。

「いいかい?君はまともに向き合って1発も貰っていない。でもこっちは一突き出来たんだ。つまりベルくんは、勝てるのさ。」

絶対的な自信を見せる主神に乗せられてベルはわずかに奮い立った。心が落ち着き始めたベルへもう一押しとばかりに何か取り出すヘスティア。

「それにね。武器ならここにもあるんだぜ。」

ベルは素直に驚いた。ヘスティアが武器をもっているなんて。

「どこから、そんなものを?」

出所なんて気にするなよと手渡された黒い短剣は、バッツの短剣とは真逆のシンプルなもので、黒い刀身に黒い柄。装飾のように見える文字はびっしりと刀身へ刻まれていて、受け取ったベルが握ると光りだした。

「さ、早くステイタスも更新しよう!絶対に僕が勝たせる。」

 

少し行って開けた路地を決戦の地と決めると、地面から少しづつ大きくなる足音に緊張するベルを励ます余裕もないヘスティアは、必死にステイタスの更新を行った。

「この足音…もう、来ます。」

「今終わるよ…!」

走りこんできたシルバーバックが路地を曲がろうと足を止める。

ベルと目があった。その後ヘスティアを見つけて息を荒くし、短剣の刺さった肩やひしゃげた右手を痛がるそぶりはない。白猿は幾度かの確かなダメージに油断の色を消していた。

ヘスティアがベルの背中を軽くたたくと同時にシルバーバックは吠え、ベルは剣の柄で壁を叩いた。

先手を打つつもりのベルは拳ほどの大きさの石を壁から取り出し、ヘスティアへささやいた。

「勇気を下さい。それと…」

頷く彼女は微塵も恐怖を見せない。この場においては間違いなく勝利の女神であった。

「行くんだ!」

女神の一声でベルは走り出した。呼応するようにシルバーバックも石畳を蹴る。

一息もしない間にベルの視界が巨体で埋まっていく。踏み込む度に気付かされるステイタスの上昇はベル自身の想像を上回っていた。

右腕をぶらつかせ走るシルバーバックは肩が上がると速度を落とした。既に何度か見た吠える予兆に合わせ直感的に加速したベルは口へめがけてつぶてを放ると、きっと石を払うシルバーバックの手の影になるように駆け込んだ。

予兆に合わせて小さく先手を打つ。バッツに散々叩き込まれた駆け引きの基本。

顔を守ろうと左手で石を落としたシルバーバックは頭を下ろして叫ぶ瞬間、視界に誰もいないことに気付く。直後に喉を突き刺されて声の代わりに血を吐いた。

よろめくシルバーバックの脇から壊れて動かない右腕に取りついたベルは、強くなった腕力だけで背中の剣まで移動し、勢いまかせに引き抜いて着地すると叫んだ。

「神様!!」

息を吸って準備の終わっていたヘスティアはシルバーバックを見つめて大声で呼びかけた。

「さあおいで!抱きしめてあげるよ!」

女神が白猿の本能に応えた。腕を広げて待っているその姿は、止めどない流血によって絶命の警鐘が鳴り響くシルバーバックの頭を幸福感で真っ白に埋めつくした。

命を狙う敵の存在など無かったかのように恍惚の表情で女神へ歩き出す。その足は重く、すでに体力の底が見えるようだった。ひゅうとしか鳴らない雄叫びは寝息のようで既に覇気はない。ダンジョンに生まれ落ちて初めて味わう幸福がもうすぐそこにある。

肘から先の使えない右腕さえも痛みを忘れて女神へかざし、ついに流血する喉からも手を離し両手で抱き締めようと大きく一歩踏み出すと、女神が同じだけ下がる。

これが何事か理解できない白猿はしかしもうすぐそこなのだと一歩一歩を必死に踏みしめる。背中に何かくっついたようだが気にならない。

ついに女神が壁を背に当てた。

ようやく幸せを手にできると確信した瞬間女神が白く細い腕を静かに下ろして呟いた。

「ごめんね。」

直後に背中を大きく裂かれる強烈な痛みで我に返ったシルバーバックに、死の直感が駆け抜けた。

 

膝から崩れるように伏せて倒れたシルバーバック。

その背中は大きく裂け、傷の中央では身体中真っ赤に濡れて前も見えないベルが両手にそれぞれ握った白と黒の短剣を深く突き刺している。

ベルが剣を抜き石の砕ける音がすると、周囲を塗りつぶした赤は何もなかったかのように消え去り、白猿は影も形も残さず霧散した。

シルバーバックの撒き散らした血液を追い、遅れて走り込んで来たバッツがベルを見つけて安堵の表情で近付く。

「やったんだな。」

振り向くベルとヘスティアはバッツにもうモンスターは居ないことを告げられると緊張の糸が切れた。

「「た、助かった…」」

ぱたぱたとなにか開き始めた音がする。バッツが音の出所を見ると窓を開けた住人と目があった。この迷路について尋ねると、ダイダロス通りと呼ばれるこの地区はアリアドネなる迷路の出口へ続く壁の線があるようだった。

アリアドネを頼りにホームへ戻る道中、疲れて眠るヘスティアを背負ったベルの表情は暗い。

ベルの不安な表情が歪むのを見ていたバッツがその理由に気付いた。

「ああ、今さら怖くなったんだろ。過ぎたことにもしもはないんだぜ、考えるなよ。それより本当によくやったな!」

ベルは褒められた喜びに顔をあげると背中のヘスティアを落としそうになった。

 

ーーーー

「あの子、やっぱり素敵じゃない…格好良かったわね。バッツの影響かしら、なんでもありって風に頭を使って、女神まで使うなんて、本当に可愛いわ…」

ダイダロス通りを見渡す屋上で風になびく銀の髪を軽く払い、フレイヤは一人微笑んだ。

 

ーーーー

ロキはアイズと合流していた。

蛇の化け物は建物より高く伸び上がり、それを目印に追いかけるだけで簡単にアイズを見つけられた。

アイズの剣閃が化け物を両断するとロキはひとつ頷き戦闘終了を告げた。

モンスターの討伐報告が人伝いに流れる中、家路を行くアイズとロキは逃げ出したあるモンスターについて話す冒険者へ思わず詰め寄った。

「シルバーバックなんだがよ、やられそうになった所を白い冒険者に助けられた白髪の少年がな?そのあと一人で倒したんだってよ!」

「ちょっと!詳しく!聞かせてくれん?」

「うおっ!あ、あんたらは…!」

「ウチらのことは置いといて、その話、はよ続けてーな。」

「あ、ああ…あっという間にシルバーバックをすり抜けると、シルバーバックがよろめき出してな?背中からバッサリいったんだってよ!しかも子供なのにしっかり短剣二本を使いこなしてたらしいぜ。」

「ふーん…ありがと!」

そんな噂になっているとは露知らず、人混みを進む男の声。

「通してくれー!」

大変そうな声とはまるで噛み合わない速さで、器用に人混みを抜けていく冒険者の白い服がアイズの目に留まった。その右手首に繋がれるのは小さな左手。次いで少年の白髪が見えると、アイズはシルバーバックを倒したのがベルだと確信した。

 

再び帰路に着いたロキとアイズの顔は少し明るかった。

ベル・クラネルがシルバーバックを倒したことは意外だったが、バッツの実力を垣間見たアイズとロキは、彼の教育があれば身体能力の差程度どうということは無いだろうと盛大に過大評価した。

同時にアイズは、ベルをささやかに祝福しながらもバッツに鍛えられていることを羨ましく思った。

 

ーーーー

道中シルを見つけたベルは鞄に入れっぱなしの彼女のサイフを思い出すと急いで駆け寄り手渡した。サイフもシルも無事で安心したベルは彼女に見ていたと言われ、格好良かったと誉められたが、疲れからかお礼をいうとそそくさと別れた。

別れ際にバッツはシルと目があったが、その瞬間彼女が少し暗い表情になった理由は分からなかった。

 

ホームでヘスティアを寝かせるとベルは今朝バッツから押し付けられた短剣を返そうとした。

「これ、やっぱりバッツが持ってないと駄目だと思う。僕は神様からこれを貰ったし、今日はモンスターに刺してそのままなくしそうになったんだ。」

見覚えのある短剣を受け取り握るとやはりしっくり来たバッツは、しかしいつ贈ったものか思い出せなかった。

「なあ、俺がいつこれをおまえにあげたのか教えてくれ。覚えていないんだ。」

ベルはからかわれていると思った。

「そうやって受け取らないつもりなんだ?僕だって折れないからね。絶対それはバッツが使ってよ。」

バッツは顔をしかめた。

「悪いけど、本気でいってるんだ。俺はここでどうしてたんだ。」

ベルは焦りだす。まるで近所の子供でも相手取るようなバッツをみて、祖父がいない朝のさびしさが突如思い出され首を振った。

「そういうふざけ方はダメ!僕だって怒るよ!」

何を言われようと黙って目を合わせるバッツの表情が少しずつ暗くなるのに合わせてベルの目には涙がたまる。

「嘘だって言ってよ…ほら、あの神様の名前は?」

指差された先で幸せそうに寝息を立てるヘスティアを見たバッツは、ただ分からないとだけ呟いた。

 

ベルの疑いは確信に変わり、叫んだ。

「何で…なんで!?」

一つ一つ記憶を確かめるごとにバッツはことごとく首を横に振り、ベルの声は震えを増した。

出会ったあの日ベルを受け入れるファミリアを探して一緒に走り回った事から始まり、ベルに短剣を押し付けて別れた事を話す頃には、ベルは大粒の涙を流していた。

「僕を置いていかないでよ。おじいちゃんもバッツも…いつもなんにも言わないで!」

その時の自分を思い出せないバッツは、空虚な自分を否定するようにベルを諭した。

「それは違う!…と、思う。俺が武器をあげたのは、お前がもう一人でも大丈夫だからだ…多分。」

この場で最も孤独なバッツへ、ベルは子供らしく当たった。

「自分の事だって分からないのに!僕の事なんてわかるわけないよ!」

こんな寂しさは経験するものじゃない。バッツは自分の事を後回しにした。

「でも今日はちゃんと家族を守ったじゃないか!神様だってもう面倒見ないといけない子供だなんて思っちゃいないさ。」

あの時バッツがシルバーバックから遠ざけてくれなければどうなっていたか。少年は少し怖くなった。

「バッツも元気じゃないとダメなんだ…」

ベルの素直さはぼんやりと思い出せる幼い頃の自分と良く似ていた。誰かが寄り添えばきっと真っ直ぐ育っていくだろう。ふと、親父ならどうするかと考えた。俺はあんなに男らしく家族をまとめていけるだろうか。結論は簡単にだせそうになかった。

バッツは男同士の付き合いならやれそうだと感じ、これからは正直に自分の事を話したいと思った。

「おじいちゃんのことは知らないけどさ、俺は元気だから…大丈夫だ。信じてくれよ。」

「…ちょっと風にあたってくる…」

ベルはホームを出ると、本当なら今から訓練するはずだったいつもの柱のそばで泣いた。

バッツは小さく寝息を立てるヘスティアが涙を流している事に気づき、ベルの代わりに戻ってきた寂しさを眠って誤魔化した。

 

静かな夜がヘスティア・ファミリアの始まりに幕を下ろした。

誰にも先などわかりはしない。だがひとつだけ確かな事がある。

バッツはここで無二の家族を得るのだ。

かつて田舎で慎ましく暮らした青春とは真逆の、世界の中心で大騒ぎとともに。




宣告はシルバーバックが遠くにいてバッツと顔を会わせていなかったためカウントダウンがかなりのびているイメージ。

オーディンは例によって1分しか空いていない程多忙なので無理をおして5秒だけ働きました。
結果剣に殴り書きして落とすだけになりました。


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疑問と我慢と噂と変身

意欲はあるので続けます。
書き方は勉強と思って変えていきます。ご容赦ください。

やっぱり会話書いちゃう。おかげで5000文字なんてあっという間。どうしよう。


ベルは、一人ダンジョンを攻略していた。

目的はヘスティアにもらった新たな得物、真っ黒なナイフの試し切りを兼ねた生活費稼ぎ。

今日は片手にナイフ、もう片手に得物は持たず、石ころ、薬瓶、魔石灯、使えるものを必要に応じてころころ使い分けている。

本当は両手にそれぞれ短剣が欲しかったベルは、休憩を行う。

ふと、この前まで使っていたバッツの短剣が如何に出来が良かったか気付いた。

この街で恐らく最も有名で、多くの高名な鍛治師を抱えるヘファイストス・ファミリア。その銘が彫られたこの黒い剣は、はじめて握ったあの時から既に使い古したかのように馴染んでいた。それはとてもよい剣だということだと思う。

だが違うのだ。

あの短剣、バッツはグラディウスと呼んでいたあの剣は、何か厳かな、寝起きに浴びる朝日のような、そんな奇妙な感覚を帯びていた。それにベルにとってはバッツが付いてくれているような安心感があった。

正直グラディウスの切れ味はこの神様の短剣と比べてもかなり良かった。その頑強な刀身はどれほど強く壁に打ち付けてしまっても刃こぼれひとつなかったし、なんなら防御につかっても全く傷つかず平気な程。

シルバーバックと戦った時も、刺せば刺さると踏んで武器に頼った結果、自分の技術不足で中途半端に状況を悪化させたように思う。

ベルは握った黒いナイフが間違いなく凄い武器であると疑わなかったが、バッツの短剣が全く別のものに思えた。

まるでこの世のものでないような…。

バッツはグラディウスを拾ったと言っていたが、ベルには信じられなかった。

ベルはバッツの事をそれほど知らない事に気付き、考えた。今頃バッツは神様とどんな話をしているだろうか。

忘れたと言うことは、ステイタスもゼロに戻るのか?バッツへの疑問は尽きないが、その本人が最も困っているのだ。支えてあげるしかない。僕がバッツの分まで強くなるんだとベルは覚悟を改めて潜った。

 

「7階層!?」

ベルは戦利品を換金しにギルドへ行くとエイナに危機感その他もろもろが足りないと怒られた。

ベルは威圧に耐えて悲鳴をこらえながら、バッツに教わったあれこれと、エイナの知識に、観察を徹底すると問題なく7階層を攻略出来たことをアピールした。

「基本を守ってるんです。ほら、怪我ひとつないでしょ?」

エイナはベルを不用心だと思いさらに勢いを増して叱りつけた。

「怪我してからじゃ遅すぎるの!あなたはこの前!どんな思いをしたんだっけ!?」

ベルはバッツの事を誰にも口外しないようヘスティアから口止めされていた。バッツへの心配からか適当に答えるベル。

「シルバーバックに…」

エイナはついに周囲の職員も振り向くほどの大声を上げ少年の話を遮った。

「その前!殺されかけてるでしょ!?くちごたえなの!?と言うかシルバーバック!?」

「す、すいません…」

ベルは思わず謝ったが、説教が再教育の授業に変わる前に、ステイタスが到達階層に対して妥当であると主張した。

「でも、僕だってステイタスがDまで来たんです!」

ベルが本気で言っているように聞こえ、怒気を押さえて聞き返すエイナ。

「本当に?」

この後エイナは、まだ日の落ちていない時間に不安そうな子供を小部屋へ連れ込む様を同僚に見られ、ステイタス覗きの誤魔化しに忙しく過ごした。

 

ーーーー

時は少し戻って。

ベルが一人でダンジョンへ向かった頃。バッツは強気なヘスティアに再び厳命された。

「ジョブチェンジ及び魔法及び魔物が飛び出すツボとか、それっぽい目立つ特技とか、空飛ぶのも禁止!」

「えー。」

「えー。じゃない!あの騒ぎはもうどうしようもないよ!」

バッツが飛び入りとしてテイムを行ったあの一件は、以前ミアハの店に押しかけた神々の一部がヘスティア下界伝説の外伝と称し現実離れした尾ひれを山ほどつけ、噂話として蒸し返していた。

今日もじゃが丸くんの屋台にて労働予定であったヘスティアが顔を出すまでもなく、今日はお前に会いたいという人が多すぎて仕事にならないから店に来るなという旨の速達が届いている。

まだ部屋から出ていない二人は知る由もないが、噂の内容は要約するとこうだ。

 

かつて男娼としてヘスティアに遊ばれたあの男は実は神に恋したせいで非業の死をとげた勇者の末裔。

自分の血筋など知らない彼は真の力を発揮しないまま慎ましく過ごしていた。

ある日の事。ほとんど裸で街を闊歩しても誰もものが言えないほどの権力者がヘスティアに惚れた。彼はそのときヘスティアの側にいたことで俺より美しい男など許さんと目の敵にされてしまう。

その後、怪物祭を利用し無理やり戦いを強要されると、仕方なくその力を振るった。

 

意味不明である。

しかし、街の状況は推して知るべしとでも言いたげな内容の手紙は店がヘスティアを守ってくれている証拠であり、バッツも街に出れば様々な危険が待つことは想像に難くない。

そんな面倒事の危険を感じる二人は廃墟地下の狭い部屋から、往来を歩く自由を得るために必死に会議していた。

実際は二人の想像より騒ぎの規模はずっと小さく、ごく一部の街の噂好きが鮮度の良い世間話のために本気で駆けずり回っただけである。

 

外に出れないまま、延々と禁止事項を並べたヘスティアにうんざりしたバッツは立ちあがって言った。

「要はここでならジョブチェンジも魔法もありなんだろ?」

ヘスティアはすかさず言い忘れていた大事なことを付け加えた。

「ベルくんの前でするのも禁止!今なら良いけど…」

バッツはヘスティアが言い終わる前にパッと光るとすっぴんから三つ星を携えて大きな帽子とローブを身に纏った。顔は帽子の影になって全く見えず、長い襟を立てると横顔の輪郭さえ伺えない。

「これでどうだ!」

ヘスティアは相変わらずの妙技に思わずベッドから立ち上がった。

「おお~、いいね!」

言い終わってから思いついたヘスティアは、ぱんと一つ手を叩くとそのまま続けた。

「そうだ、ここで魔法でも何でも使って変装して、買い物ついでにシヴァに会いにいこうか。」

バッツはラムウ以外の知りあいがこの街にいることを知って、今日初めて笑った。

 

ヘスティアとともにガネーシャ・ファミリアへ向かう道中は快適だった。

ヘスティアは折角だから魔法でよろしく頼むよとバッツにねだり、ミニマムをかけられると小人族の子供にしか見えない姿になってとてもはしゃいだ。

ローブの大人が幼女に引きずられる光景は、さしずめ理屈の効かない子供に連れ回される魔法使いの親といったところか。二人とすれ違った人々は思わず微笑んだ。

 

本物の子供より子供らしく、跳ねるように前を歩くヘスティアへ、バッツが聞いた。

「シヴァの他に誰がこの街にいるんだ?」

ヘスティアの声は日頃より幼くなっている。見た目に合わせてか、元気良く返した。

「わかんない!」

バッツは拍子抜けした。街の落ち着いた様子に、ホームでの会議が杞憂だと感じ、気だるそうに言った。

「外、思ったより平和そうだぞ。やっぱり心配しすぎたな。」

ヘスティアは子供になって浮かれていても、実際バッツと似たようなことを考えていた。我に返って少し落ち着いた歩き方になったが、振り向かなかった。街がどうだろうとバッツが心配だった。

「…しすぎてない!」

少し歩いて、バッツはヘスティアに合わせるのが面倒になった。

「変身解くか。この帽子暑いし。」

いつか言うと思っていたセリフへの対抗策として無視を決め込んだヘスティアは、駄々をこねる子供よろしく言いっぱなした。

「ダメー!」

言うが早いか走り出したヘスティアに驚いたバッツが追いかける。通りを抜けて広場を曲がると、目の前には大きな象が現れた。ガネーシャ・ファミリアのホームである。

ヘスティアは門番に近づいて話しかけた。

「お久しぶりというほどでもないかな?お勤めご苦労様です!」

門番は初めて見る顔に、素直に返した。

「んん?君とは初めましてだね?その年で言葉遣いがしっかりしていて偉いじゃないか。」

えへんと胸を張る子供の後ろに近づいてきた大きな帽子に門番は警戒した。のっそりと、気だるそうな歩き方で近づく帽子が暑さに負けて外され、汗にまみれたバッツの顔が見えると、門番の顔は明るくなった。

「ここにシヴァはいるか?」

案内した門番は、いつかのように気さくでないバッツに違和感を覚えた。しかし急ぎの用事故の余裕のなさだろうと考え彼の異変に気付くことはなかった。

ヘスティアはバッツの子供ですと言い張ってほとんど無理やり付いて行った。おそらくオラリオ広しといえどもそんな適当な理由でホームの門を開けるのはガネーシャ・ファミリアだけだろう。

 

シヴァの部屋に付いたバッツとヘスティアは、読み物を止めたシヴァに座るよう促された。

シヴァはヘスティアの酔狂な変装を一瞥するだけで看破し、すかさず椅子を引くローブの男へ視線を動かす。

バッツは、シヴァと机を挟んで向かい合って座るなり、挨拶もなく睨みつけられた。

「バッツ。どの面下げて私に会おうなどと考えた?」

ヘスティアはシヴァの本気に固まった。もとより強面の切れた目つきがさらに目尻を釣り上げ、燃えるような灰色の髪が体の震えに合わせて炎を思わせる。彼を神と知っていても悪魔に違いないと思ってしまいかねない形相だった。

バッツは気圧されながらもはっきりと答えた。

「俺の知り合いはラムウとお前しかいないんだ!見た目は変わっても俺にはわかるぞ!聞きたいことがあるんだ。」

シヴァは閉じた本を机に投げて言った。

「お前はこの期に及んでシラを切るのか…」

ヘスティアはバッツを守るために自分を奮い立たせ、神威を発しながら目の前の悪魔へ正直に伝えた。

「バッツは…今記憶がめちゃくちゃでね。落ち着いてよ。シヴァのことを覚えていたのも運が良かったんだよ。」

シヴァは素直に驚愕した。ヘスティアの素直さは、身内の事となれば尚更であることは知っていた。その言葉は怒る彼の心にすんなり受け入れられた。

 

しばらくの静寂のなか、シヴァは怒りを少しずつ収えた。

「すまなかったな。二人とも。私はどうにも怒りが抑えられない質でな。大変な時に状況を悪くさせてしまうところだった。」

バッツはシヴァが男に変わっている事より現状の理解を求めた。

「なんでもいい。教えてくれ。仲間たちは無事なのか?」

シヴァがかいつまんで過去を伝える。まるで神話のようなその内容はバッツの脳裏を過ぎる超常の数々を肯定するものだった。

最後に、仲間と世界の安否を聞き、安堵した表情のバッツを見たシヴァはようやく柔らかい表情を見せた。

「お前が変わっていないようで何よりだ。だが、怒っていたのはまさにそこでな。お前なら祭りがあのような惨事になる前に終わらせられる。面倒なら竜王でもなんでも呼んでしまえばそれで十分だった。」

竜王の2文字がさらっと飛び出し固まったヘスティアをよそに、バッツは頭を掻きながら答えた。

「アイツ山くらいでかいんだぞ。街が滅ぶだろそんなの…冗談はさておき、俺もなんのこっちゃわからないまま街を歩いてたもんだからさ。体の調子もずっとおかしいし。寝起きみたいに力が入らなかったり、昔を思い出すと首が痺れたり。」

シヴァは顎を撫でながら言った。

「体のことはきっと良くなる。気楽にしていろ。それと、お前にもう何度目かわからんが通り過ぎようとしている春があったことも覚えてはいないか。」

ヘスティアは竜王など忘れて浮足立った。初めて聞く、戦いばかりであったバッツのうわついた話である。

「その話詳しく!!」

シヴァは微笑んで返した。

「詳しくはお前の新たな職場の取締役にでも聞けばいいだろう。やたら値札にゼロの多いあの武具屋だ。そういえばお前もたくさんゼロを抱えていたな。」

ヘスティアは苦い顔をした。

「ぐぐ…そんなとこまで知っているのかい…?でも、バッツのあれこれは聞かせてもらうよ!会の一員として、絶対ね!」

バッツが割って入った。

「春って?」

二神は呆れながら口をそろえて言った。

「「惚れられているんだよ。バッツ。」」

バッツは、持ち前の好奇心に珍しく、惚れてきた相手とやらに興味を示さなかった。

「ふーん。それよりその本、何が書いてあるんだ?」

シヴァは本の表紙をなぞった。神々の文字でウォリアーズ・オブ・ライトと書かれている。

「ラムウの書いた戦う人々の話だ。まあ人でない主人公もいるが。実は無断で拝借しているのだ、今の話は忘れろ。…さて、お前が何をするかわからん危険人物になった以上、何かの備え程度はするか。ではな。」

結局現状に変わりはなかったが、バッツは仲間が平気だと分かり心がすこぶる晴れた。

皮肉が出る程度にはストレスを溜め込んでいたらしいシヴァに、危険人物でないと訂正を入れるヘスティアをなだめながら別れを告げ、街へ出ると、日差しと空腹がすっぴんにもどったバッツに昼を過ぎている事をしらせた。

 

「じゃあ僕は新しいバイト先に行かないと。今日だけはまっすぐ帰っておとなしくするんだよ!」

一方的に言い終わると走り出してしまったヘスティアは、この後ミニマムの解けていない体でヘファイストスを閉口させた。無論、武器も持ち上げられない腕力では、仕事がまともにこなせるはずもなく、追い返されることとなった。

 

ヘスティアと別れたバッツは、街の構造をすっかり忘れていたことを思い出した。

怪物祭の日にもらった地図の存在を思い出し、開くと丸がついている。意味の分からないこの丸に興味を引かれたバッツは、まっすぐ帰る言いつけなど放り投げて駆けだした。

 



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一人気ままに潜ってみれば

不定期投稿です。
余裕のあるバッツがやりたい放題やるとこうなる。
次回からは普通にセリフあります。


地図の丸印はバベルの入り口から少し外れた所にあった。

駆け出し冒険者にしては立派に思える装備をホームで身に付け、ベルに返してもらったグラディウスを腰に差す。新品の装備を慣らしながら、バッツはバベルを目の前にダンジョンへ向かわず、壁や石畳を注意深く見つめていた。

通りの人混みに比べれば少ない数の冒険者やその見送りが雑談しているなか、丸印の場所へ着いたバッツは思うままに周囲を調べ始める。

なんの躊躇もなく人を割って歩き回るバッツは冒険者たちの視線を少しだけ集めた。

 

集中して探したかいがあってか、バッツは安全な街中にもかかわらずわずかに床から魔力の痕跡を感じることに成功した。そのまま魔力を追うと、地面に変わった石が埋まっているのを見つけた。

石は他の路地と変わらず踏まれた跡があり、数日は誰にも気付かれていない様子だった。

バッツが近づけば、昼間の明るさに負けながらも足の陰でわかる程度わずかに光だしたそれは、拳くらいの大きさだった。

期待に笑顔を隠せないバッツがよく見てみれば、いくつかの石が組み合わせてある石細工。手に取ってみても、淡く光るのみでうんともすんとも言わない。

地図のお宝はこれだろうと思ったバッツは、自身の奇行が人目を引いていることに気付き、石細工の謎は一旦置いてこの場を後にするにした。

 

丸印にばつをつけた地図を石細工と共に円筒の鞄へしまいこんだバッツは、ベルやヘスティアにおとなしくしていろと言われた事を思い出したが、従う気はなかった。

次の瞬間にはバッツの心も体もバベルへ向かっていた。

一人魔物と戦う子供がここでの家族なるものだと思うと、彼のたたかう姿を見たいと思った。

それに子供の行ける場所なら問題ないだろうと自分に言い訳をつけると、ベルに合流するべくそのままダンジョンへ潜った。

 

二刀流でダンジョンに潜ったバッツは、すぐに不思議な顔でモンスターと見つめあった。

初めて見るはずの、この世界のゴブリンについての記憶が鮮明に残っている。

間抜けなバッツの顔に精一杯威嚇するゴブリンがついに拳を振り上げた。それに合わせて記憶のままに右手の長剣を突き出すバッツ。

剣先へ吸い込まれるかのように飛び付いて来たゴブリンを、細い刀身が抵抗なく貫く。核を壊されたゴブリンはだらりとうなだれると膝をつく間もなく霧散した。

ダンジョンの構造も記憶とほとんど変わらない。

わずかに光る背中のファルナに気付くことがないまま潜るバッツは、まっすぐ次の階層へと進み続け、気付けば4階層を抜け5階層へ辿り着いた。

 

ここでバッツは、ようやく深い階層ほど強いモンスターが現れる傾向に気付き、それと同時に首をおさえて壁にもたれた。

5階層の階段から見る景色はバッツに倒れるベルと血まみれの大角、怯えるアイズの首を押さえる記憶をよみがえらせた。

バッツは周囲にモンスターが居ないことを確かめ、落ち着くまで一息入れる間にアイズについての記憶を探った。

 

祭りの日には朝から心配してくれたアイズを既に友人だと思っていたバッツは、よく思い出せばどこかの部屋で彼女から木刀を強く打ち付けられ、目から火がでた覚えがあった。

バッツは整理して、どうもここ5階層でアイズに何かしてしまったその仕返しに、強烈な一発をもらったと結論付けた。

次にあったらちゃんと謝らなければならないと思ったバッツはすっかり落ち着き、さらに深くへ向かって歩き出す。

 

そのままバッツが進むと見覚えのない階層へ突入した。

8階層だった。

バッツは5階層に比べ少し道も広がっている印象を受け、一度足を止めて息を整えた。

未知の敵、地図もない。これまでとは段違いに危険を感じる状況。未だベルにも会えていない。

記憶を失ったバッツにとって初めての冒険だった。一人旅の恐ろしさは行きすぎて気づけば詰んでいることだと心の中でくりかえす。思い出した父の教えに油断は抜け、それでも緊張はしなかった。興味の向くまま一人で網羅的に歩いて迷うことを嫌ったバッツは、人の足跡が多い道を抜けることにした。

地図を書きながら一人歩くバッツの姿をみた冒険者は、調子にのって前知識もなく踏み込んだ初心者だと思った。

見知らぬ土地を行くのが当然の旅路を重ねてきたバッツにとって、獣の巣を緊張感のない顔で歩くほうがおかしかった。

 

それでも壁が割れ、天井から不定期に落ちてくるモンスターの数々に、バッツは観察を捨て先制攻撃を仕掛けた。

この階層では未だ武器の切れ味とバッツ自身の剣術に対応できるモンスターがいないと見切ったバッツは、たとえ空を飛ぶモンスター相手でも短剣の投擲で先制した。

この戦法の何より優秀な点は、発生したてのモンスターは両手を床についていたりと、バッツの攻撃にに体制を整えられずなし崩しに致命の短剣まで連携をつなげられる事だった。

壁の軋みに他の冒険者とは比較にならないほど素早く反応するバッツは、難なく8階層を突破した。

 

一人で汗の一つもなく立ち回り、現れるモンスターがことごとく障害にならないバッツは、すれ違う冒険者にレベル2だと勘違いされることも多かった。

思わず足を止めたバッツの目の前には霧が立ち込めていた。10階層だった。

風もなく、突然現れた霧が晴れることはなさそうだと諦めたバッツは、この霧へ踏み込む冒険者を見て毒はなさそうだと判断した。それでももう他人の足跡を追うのはあまりいい手に思えず、ここでモンスターの強さを見極めつつ適当に金になりそうなものを拾ってから帰ろうと決めた。

10階層を今日のゴールと決めたバッツは押しとどめていた好奇心を解き放った。

走って霧に紛れれば遅いモンスターは撒ける。魔法を使うところも他人に見られない。これ以上ないほど今のバッツには都合のいい場所だった。

 

ヘイストをかけつつコウモリ型のモンスター、バッドバットへグラビデをぶつけると思いがけず2体のコウモリが落下した。のどがつぶれて得意の超音波を発せなくなったコウモリを、長剣で間髪入れずに2体とも突き刺しとどめを刺し魔石を回収する。

この階層からは同時に複数モンスターが現れることを察したバッツの戦い方はより鋭くなった。

オークを見かければ、静かに背後から首を落としにかかり、他の冒険者へ向かうモンスターを見つければここぞとばかりに背後からライブラで観察した。

知恵のついたゴブリンのようなインプは群れて湧きがちなことに気付いてからは、一体見かける度に、いつか教わった誘惑の歌を口ずさんで混乱を誘い、モンスターの共食いを静かに見守った。

 

これは使えるぞと気付いたバッツが気分よく歌い続けると、ソロで調子に乗る冒険者へのお仕置きとばかりに壁がぼろぼろと落ち始めた。

バッツを中心に起こったモンスターの大量発生は、止むことのない歌によってすぐに大混乱の地獄絵図になった。バッツが空腹を合図に歌を止めると、周囲には一人の冒険者に対して異常な量の魔石と死体、同士討ちの嵐にふらつくオークを残すのみだった。

 

バッツは帰り際、女二人に斧持ちの男がリーダーらしい冒険者のパーティへ、せっかくだからあの辺に落ちてる魔石とドロップアイテムは拾いきれないから持っていけと伝えると、感謝されつつもその惨状を見た3人に血の気の引いた顔で見つめられた。

すぐさま修羅だの無双だのとあだ名をつけられたが、バッツはどのあだ名も知らない言葉で意味がわからなかった。

何かお礼がしたいといわれたが、特に思いつかなかったバッツは、ヘスティアファミリアとは仲良くしてくれとだけ残して別れた。

 

大暴れした割に意外と消耗しなかったと感じたバッツは、しかし進むも戻るも霧で道がわからなくなってしまったので、鞄へぱんぱんに詰め込んだ魔石とドロップアイテムを土産にテレポした。

 

ダンジョン出口、バベル1階に跳んだバッツは、結局ベルに会えなかったことを思い出した。ベルの実力はどんなものだろう、10階層は突破できているだろうか。

ここで待っていれば帰り際の彼に会えるだろうかとバッツが待っていると冒険者たちの活気づいた話が嫌でも耳に入ってくる。

17階層にモンスターレックスでなくレアモンスターが居ると噂が聞こえる。本の見た目で壁に張り付いており、石を投げても電撃で打ち落としてしまうらしい。バッツは本と戦った経験が有ることを思い出し一瞬首が痺れた。

 

モンスターレックスについてはもちろん、レアモンスターとは何かわからないバッツは、それらについて今晩ベルに聞いてみようと決めた。

結局ベルに会えずじまいのバッツは、ホームへ向かう道すがら適当な店で魔石を売ろうとしたが、換金はギルドでやれと断られた。

 

 

バッツがホームに帰ると、ミニマムの解けていないヘスティアが夕飯の支度をしていた。

バッツの顔をみるなり仕事させてもらえなかったと子供の顔でぷんすか言いながら怒っている。

ミニマムを解くと丁度ベルが帰り、今の魔法が見られていないかと少し焦ったヘスティアは、それを確かめるためにベルの顔を見続けた。

ベルは自身のステイタスを人にバラした事がもう気付かれていると思って冷や汗を流す。

この調子ならバッツの魔法は見られていないだろうとヘスティアは安心したが、今度はベルの態度が気になり出した。

 

むむむと唸りながらベルを見つめたヘスティアはその心から焦りを感じ取った。

あくびをしながら状況を見守るバッツを横目に、ヘスティアはベルへ詰め寄った。思わずベルは白状しかけるが、エイナとの約束を思いだし間一髪でごまかした。

ヘスティアは納得いかないながらも、ベルが今日は初めて7階層を探索したと成長ぶりを見せるように話しを続けるとおとなしく流されて相づちを打った。

バッツは今日のダンジョン攻略でベルを置いて先行していた事実を知り、その事からベルはシルバーバックなど当たり前に相手取れる実力では到底ない事に気付いた。

バッツは、しっかりベルの実力を伸ばしておかなければ、一人ではそれまでとは攻略方法が大きく異なる10階層の踏破はかなり危険だと判断した。

ベルをあえて危ない目に遭わせる事もないと思ったバッツは、今度のダンジョン攻略はついでに訓練もしようと伝え、二つ返事でベルの同意を得た。

 

バッツがベルとヘスティアからオラリオについて様々な話を聞きながら夕食を終えると、日課となりつつあるステイタス更新をしたベルが次はバッツの番だねと言う。

バッツがなんだそれと聞いたヘスティアは、静かに視線を落とした。

不穏な空気にベルは着替えながら二人の顔を見た。気の抜けた顔で食べ過ぎた腹をさするバッツに対してうつむくヘスティア。

少しあって、ヘスティアはステイタスを見たくないと言う。およそまともな返事になっていなかった。

もしステイタスがゼロに戻っていたら認めないといけない、諦めないといけないんだよ、と続けたヘスティアの震える声が狭い部屋に響く。

ベルはステイタスが戻るということがどういう意味か分かり顔をひきつらせた。ファルナの絶対的な評価を改めて理解し、思わず僕は諦めたくないと呟いた。

怯える二人をよそに、バッツ自身は大して恐れていなかった。とりあえずやってみよう、やらなきゃわからないままだという提案にヘスティアは分かりたくないと返し、結局ステイタスは更新しなかった。

 

自分のせいで落ち込ませたのが嫌だったバッツは、とりあえず10階層まで潜ったぞと鞄いっぱいの魔石を見せた。

これが裏目に出てしまい、二人の不安が弾けるように口から飛び出し、バッツに説教の雨が降り注いだ。しかしバッツは負けじと笑い返し、二人に心配要らないと無傷の防具と体を見せた。

二人にとってこの笑顔の説得力は力強く、バッツが戦いに苦しむ姿など想像させなかった。

ようやくバッツの強さを思いだし、心配しすぎもよくないと気付いた二人に合わせてホームが静かになると、すぐに皆暖かい気持ちと疲れで心地よく眠りに着いた。

 

バッツは眠りに落ちるなか、今日は覚えているなかで生まれて初めてもう戦わなくていいと止められた事に気付いた。不思議な気持ちだったが、悪い気はしなかった。



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助け合う薬師

なんか雰囲気がゆったりしてて好きなミアハファミリア。
かめのこうら編、最終章になります。


「重たっ…行ってきます!」

「換金した金は好きに使って良いからなー」

 

エイナへ会いに行くと言うベルへ10階層の戦利品を渡し見送ったバッツは、今日はダンジョンに潜らず知り合いに会いに行こうと決めた。

まずは最も馴染みのあるミアハ・ファミリアが良いとベルに教わり、バイトへ向かうヘスティアを送るついでにその小さな薬屋兼ホームへ向かった。

ヘスティアによればミアハ・ファミリアは冒険者をサポートする仕事をしているので、朝早くから活動しているらしくこの時間に訪ねても営業時間外だが問題ないとのことだった。

 

「やってるかー?」

バッツの呼び声にミアハ・ファミリアのホーム、店名青の薬舗は直ぐに扉を開いた。

「いらっしゃいバッツ。せいがでるわね。」

ファミリア唯一の構成員であるナァーザの出迎えに、バッツは悪気を感じながらも言い放った。

「えっと…悪いけど名前から教えてくれ!」

 

ナァーザは眠そうな表情のままバッツを迎え入れると、奥のミアハを呼び出しに行った。

バッツに背を向け、歩きだした彼女は、少しずつ速度を上げた。

彼女は過去のトラウマから心身共にリハビリの知識には詳しかった。徐々に冒険者特有の病気や怪我の症状、薬の副作用が頭を駆け巡りはじめ、ゆっくりで良いぞと背後できこえるバッツの声は無視した。

いつものように売り込みで外に出ようと支度するミアハへ、血相を変えたナァーザが扉を押し開くと、緊急を察したミアハによるバッツの診断が行われた。

 

問診だけでも十分だと、ミアハは神独特の視点と深い見識から結論づけた。

「二人とも、いや、バッツは心配してないようだが…心配は要らない。記憶はどうなるかわからない。だがトラウマや精神的ショックは無いだろう。私の長年の経験で保証させてもらう。相変わらず年に似合わず清みきった心だ。初めて出会ったあの日から何もかわっていない。」

バッツは誉められて喜んだが、すぐに何も持たずにホームを出たことを思い出し苦い顔をした。

「ありがとうミアハ、でも俺はそんなにできた性格じゃないぜ。それに、診てもらって悪いけど金が無いんだ。」

安心した表情のナァーザがミアハを一瞥し、共にうなずく。

「おかねは、とらないわ。」

微笑むミアハが続ける。

「世話になりっぱなしで何も返せていないのはこちらなのだ。どんな苦しみだろうと、乗り越える手助けにお代など…」

ナァーザの表情は変わらなかったが、珍しく被せるように言った。

「そう、その知恵を、かしてくれればいいのよ…」

「そうだ知恵を…そうではない!ナァーザ、流石に病人にまでそう対応するとは思わなかったぞ、改めなさい。」

思わず視線を合わせ、頭を撫でて諭してくるミアハにすこし体温を上げたナァーザは、いたって元気そうなバッツへ向き直って言った。

「あなたは、へいきよね?」

バッツは笑顔で返した。

「ああ!俺に出来ることなら頼ってくれ!初めてちゃんと診てもらって、安心したからな。お代がわりさ。」

 

軽く頭を抱えるミアハの表情は明るかった。

「全く、ナァーザの方が私よりしっかりバッツを見ているようだ。本人がそのつもりなら、頼らせて貰おう!」

ミアハの言い終わるまえに立ち上がったナァーザは、最低限の準備だけ整えて、早速バッツ直伝のエーテルを調合して見せた。

「お、エーテルだな!上手くつくるなあ。」

記憶にない様子のバッツの態度に、二人の表情は微塵も揺らがなかった。病人に不安な態度を見せるほど素人ではない。

「ふふ、あなたにおしえてもらったのよ。でも、みてほしいのはここから…」

ナァーザがミアハにエーテルを渡す。ミアハが用意していたかめのこうらを削って加え続けると、エーテルは黒く色を変え、固まってしまった。

「ここまで加え続けると、どうも精神回復の効果が傷薬に戻ってしまう。単純に効果を強くしたくとも濃度をあげればよいというものでないのは分かるのだが、これがなんなのかバッツには分かるか?」

バッツは深くうなずいた。

「それなら簡単だな!混ざったこうらとポーションがまた別れてるだけだ。少しとって水にでも入れれば分かりやすいんじゃないか。それよりも、もしかして二人はかめのこうら初心者?」

かめのこうらが薬として活用されることのなかったオラリオでは、その素材としての特性は防具や家具などに使う場合のみ研究されてきた。

故にこの世界のどんな書物にも存在しないのだが、金欠で書物を買い漁れないミアハとナァーザは調べきれていないだけだと思っている。

 

正直にうなずく二人に乗せられ、安価な調合薬の新作がバッツの自慢げな調子に合わせてさらっともたらされた。

「エーテルまで作ったら、実は続きがあるんだ。まあ、傷薬に戻るのはミアハの言うとおりなんだけどな。」

ナァーザは実践派の彼が何かするなら、また新薬だろうと期待した。バッツは不思議と無理に思い出すようなことはせずとも、体に染み付いた手順で小気味良く続けることができた。

「今度はこうするんだ。ほら、黒くならないだろ?これが効くんだぜ、どんな怪我でもすぐ治るんだ!」

実践して見せたバッツの薬は黒くならず綺麗なエメラルド色に安定した。目を見開きわずかでもこの瞬間を見逃すまいとかじりついたままのミアハが質問した。

「ほ、他に材料は要らないのか?道具も?火も?」

バッツは当然だと言わんばかりの表情で答えた。

「要らないぞ、そもそもこれは戦闘中にとっさに作るものだしな。」

ナァーザはバッツの洗練した技術に驚愕した。冒険者たちがこれほどの精度でダンジョン内でも調合出来れば、こんな腕をこさえる事になるような修羅場もずいぶんと減るだろう。

これを習得すれば自分のトラウマに打ち勝てる気さえした。

 

ナァーザは目を輝かせた。新薬の完成は希望に溢れていて、最も好きな瞬間の一つだった。

期待からくる緊張感を声に乗せてバッツに聞いた。

「ききめは、どのくらい…?」

バッツは胸をはって言った。

「この一瓶でほとんど死にかけからでもすぐ走り回れるぞ!体が半分潰れてても、全身を焼かれてても元通りさ!」

ナァーザは目に涙を浮かばせてバッツの手を握った。

「ウソでも…うれしい!」

驚いたバッツは、気恥ずかしさから顔を赤くして少しふざけた。

「大げさだ!そんなに商品が少ないの気にしてたのか…よし、これが調合出来たら、かめのこうらマスターの称号を授けよう!」

ミアハはゆっくりと顔を振り、ナァーザとバッツの手を取る。

「その心からすると、今の素晴らしい効果は大げさではないな。そしてナァーザの涙も、大げさではないのだ、バッツ。彼女は治らぬ怪我を負ってしまっていてな、その分人の苦しみをよくわかってあげられるのだ。」

バッツは握ったナァーザの右手が冷たい事に気付いた。

「この手が…そうだったのか。薬屋なんて、ピッタリじゃないか。この薬が役に立つならいくらでも教えるよ。コツでも、何でも聞いてくれ。」

涙を拭いたナァーザは、すっかりもとの調子だった。

「いっぱいきくから…ちゃんとおもいだしてね?」

ミアハも既に期待を隠せない表情でバッツを見つめた。

「ああ、すぐこの調子だ…許してくれ、バッツ。では、早速…」

メモをとり始めた二人は、バッツの感覚的な発言だらけの調合法を頑張ってまとめていくのだった。

 

新薬に熱中していた3人はおやつ時にようやくミアハおすすめの美味しい昼食を取り、バッツは夕方にミアハ・ファミリアを後にした。

 

 

バッツにエクスポーションと呼ばれたそれは、何週間かの習練を積んだ二人が自信をつけると、ミアハ得意の親切な押し付けで中位以上の冒険者へ配られた。

一度その出来の良さに気付いた冒険者が店まで足を運ぶようになるといよいよ毎日の限定商品として売り出した。

傷薬としては最高の効果、品質と言って良く、保存がきかないことを差し引いても相場の4割ほど低く設定された破壊的安価を目玉に少しずつ売れ始める。

それでも材料はポーションとかめのこうらのみのため、利率は90%以上という暴利を叩き出した。

これを機にナァーザが様々な意味で笑顔を増やしたのは言うまでもない。

それを見た客が密かに彼女のファンになり、固定客が増えたのも想像に難くない。

全ては基本となるポーションが潤った予算とファミリアの努力で品質を上げたことによって成り立っているのは、商売敵ディアンケヒトも納得の事実である。

 

無論、ミアハがこの画期的な知識を親切心から世間に広めようとしたが、かめのこうらを独占的に使える現状をナァーザが手放すはずもなかった。

借金から解放されたあかつきには冒険者向けにかめのこうら調合塾でも開こうと提案しミアハを口止めしつつ、ナァーザは更なる稼ぎの算段を煮詰めながら一人受付で笑みを浮かべるのだった。



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(会話のみ)無意識の苛立ち

特に進みません。会話を並べてみたい衝動に駆られてしまったのでバッツの1日を書いてみました。
それでもよろしければどうぞ。


「良い格好だな!似合ってるぞ。」

「ありがとうバッツ!見てよこれ、エイナさんが選んでくれたんだ!」

「それは?」

「見たままの前腕用プロテクターなんだけど、こうするとナイフが内側に挿しておけるんだ。僕はすぐ武器をダメにしちゃうから、今日は予備のナイフを入れておくんだ。」

「へぇー、便利なもんだな。俺も使ってみようか。」

「えっ?マネしないでよ!」

「もうお気に入りか。じゃあそいつを壊さないように腕を上げないといけないな。」

「うん。でも僕だって少しは強くなったんだ。色々忘れてるバッツになら一本取っちゃうかもよ?」

「俺は負けず嫌いだからぜったい譲ってやらない!」

「…変わってないみたいでよかった。」

「なんだ?聞き取れないぞ。」

「なんでもない!」

「そうか。それじゃあ…」

「「いってきます!」」

「いってらっふぁ~。ぐぅ…」

 

ーーーー

 

「あれは…おはようございます!シヴァ様。」

「おはようシヴァ。」

「いい朝だな二人とも。突然で悪いがベル、バッツを貸せ。」

「なんだって?ダンジョンに行くからそのあとじゃダメか?」

「ダメだ。彼女は忙しく、朝が最も都合がいい。」

「誰か待たせてるのか。それにしても、服が湿ってるな。いつから外にいるんだ。」

「なに、朝日が出るころ着いたから、ほんの一刻ほどだ。」

「早いですよ…どうしたんですか本当に。」

 

「察しが付くとは思うがバッツは興味のない問題を放置するからな。」

「この前の俺は何をしたんだ…」

「バッツに限って悪いことはしないから、きっとちょっとした勘違いとか、何かのお礼だよ。」

「ベル。お前はもう低い階層なら問題ないのだろう?ヘスティアが自慢していたぞ。ガネーシャに尋ねたがお前の攻略は事実ならとんでもなく早いと言っていた。」

「そうなんですか!?へへっなんか恥ずかしいけど、嬉しいなあ…」

「良かったな、褒めてもらえて。じゃあ悪いけど先に行っててくれ。できるだけ急ぐよ。」

「わかった。今日は7階層まで行くから、早く来てよ!」

 

「…行ったか。やはり子供は乗せやすくて良い。」

「そういうの、どこで覚えるんだ?」

「お前だよ。」

「なんだって?」

「気にするな。さて、ヘファイストス・ファミリアの工房へ行くぞ。」

 

ーーーー

 

「バッツ!会いたかったぞ!」

「なんだこいつ…こんな暑い部屋で元気すぎる…」

「…そうだな、ここは少々暑い。」

「無視するな!このまえ詰め寄ったことは本当に反省している!だが神シヴァの巡り合せでまたこうして顔を見れたのだから喜ぶなというほうが無理という話だ。」

「そうなのか…俺はバッツ!悪いけど名前から教えてくれ!」

「…その冗談は少し堪えるな…」

「悪いことに冗談ではない。それにお前を嫌って言っている訳ではない。」

「神シヴァ…では、バッツは?」

「ああ、オラリオでの生活どころか人生の記憶もおそらく虫食いだ。だからこうして顔を見せておこうと思ってな。」

「そういうことなんだ!まあその感じだと、俺と仲は良かったんだろ?俺はあんたになんかしちゃったらしいな。」

「…ああ!私は椿。正直に言えば我がファミリアで装備を買ってくれて、剣術を披露してくれたというだけだ。」

「ほう、どうだった?」

「それは筆舌に尽くしがたい素晴らしさだった!剣舞など切り口を見るまで戦闘用だと信じられなかったほど華麗なものだった。さらにその後上等な鎧を安物で刃こぼれ一つなく貫いて見せた。彼は本物、少なくとも私が見たなかでは一等腕が良い。」

「そんなことしてたのか。ひとごとに感じるよ。」

 

「椿、そこまで見たなら、お前が正気を保つためにもバッツはあらゆる意味で類を見ない人間だということを覚えておくべきだな。それで、この状況、私はお前がこいつに不利益なことをしなければ干渉しないでいるつもりでいる。」

「…どういう意味か具体的に教えていただきたい。」

「なあ、俺はどうすればいいんだ?」

「…たとえほかの女が卑怯というようなことをしても止めず、そしてその後どのような結果になっても私とヘファイストスはお前の味方だと言うことだ。安心して臨むといい。」

「なんと…これ以上慣れないことをして恥ずかしい思いをするのは、突然で覚悟が…」

「なあ!俺は何すれば…」

「まあ待て。椿、このまま黙りこんでしまえば好機のはずが悪くなるばかりだぞ?」

 

「ええい!バッツ、私はお前の剣に惚れた!まずは専属契約から始めてくれないか!」

「はあ、専属契約ってなんだ?」

「私が、お前の装備を作りたい!だからこれからは私が作る専用の装備だけをつかって冒険してほしい!そういう約束だ。」

「嫌だ。」

「!」

「なんでも気になるものは着けてみたいし、俺は拾い物の装備でも十分だ。今はこいつもあるしな。」

「くっ、だがその防具は、私が作ったものだ!」

「そうなのか!よく出来てるよ。動きやすいし、見た目より軽い。」

「光栄なことだが、その姿を見るにダンジョンへは潜ってないのだろう?」

「とりあえず道がわからなくなって帰ったけど、一人で10階層までは行けたぞ。」

「!?」

「なんだその顔、信じてないな?」

「…こちらを見るな。バッツが嘘を言っているようには見えん。」

「…無傷じゃないか。」

「まあ、無駄にやられることないだろ。」

 

「神シヴァ。バッツがここにきてからどのくらいたったかご存知か?」

「半月ほどになるか。私と同時にオラリオに来たのだ。それまでは当然ファルナなどないが、まあ問題ないだろう。」

「大ありだ!10階層を踏破できるものは9階層に比べパーティーでさえ目に見えて減るほど危険だ!剣の腕だけでは到底安心できない!」

「一通りのモンスターは倒したけど、あのくらいなら何回潜っても大丈夫だ。次潜るときは地図を買って、12階層までは行きたいな。」

「冗談じゃない。なんと言おうがそんな無駄死には許さない!」

「なんだよ!今までもそうやって生きてきたんだ!知らない事を知るのが危ないのは当たり前!それでいいだろ!」

「!…いったいどんな経験を積めばそんなことが言える?」

「過去の詮索は無しだ。結局はみな過去の話をせずにいられないのか。無理はないが、ここまでだな。」

 

「待ってくれ!どうしても潜るなら私の防具を着てくれ!バッツには生きて帰ってきてほしい。」

「…別に死にに行くつもりはないけど、そんなにいいものなのか?」

「ああ、今使える上等な素材はミスリルしかないが、下層の攻略には十分だろう。」

「ミスリルか。高そうだしやめとくよ。そんなに金を持ってないんだ。」

「金など取らない。いつか私の鍛えた得物で技を見せてくれればそれでいい。」

 

「なんか目が怖いんだよな…素直に受け取りづらいんだ。狙いがあるんだろ。」

「一目惚れなんだ!諦める気は毛頭ない!」

「お、おう…」

「…お前もこっちをみるな。好きにするがよかろう。」

「あ、あー…興味が、持てないな…じゃあまた、会うことがあれば…」

「帰るのか!?」

「酷いことになったな。笑い話にしかならん。では椿よ、義理は果たしたぞ。」

「あ、ああ…感謝する。」

「ああそれと、ヘファイストスによろしく。」

「…諦めないぞ!今度はこちらから遊びにいかせてもらう!」

「ああ、いつでも良いぞ。でも今みたいに押しつけるのはナシで頼む!」

 

ーーーー

 

「…こうも何もないとは思わなかった。お前というやつは、伊達に王族の椅子を蹴っていないな。」

「まあ、怖かったからな。顔が。もっと普通にしてれば良いのに。」

「だがバッツ、これでお前もこの街で一人きりでない事ははっきりしただろう。心置きなく人を頼ることだ。」

「最初からそれが言いたかったのか。わざわざありがとう、元気が出たぜ。」

「ヘスティアに似たか?」

「そんなこと、あるかもしれないな。」

「ふっ…楽しんでいるようだな。」

「ああ!思い出せないってのもこれはこれで新鮮な感じだ!じゃあ俺はダンジョンへ行くよ。」

「さらばだ。」

 

ーーーー

 

「さて、7階層だって言ってたし、この辺にいるかな。」

「ベル様凄いです!あそこにもキラーアントが!」

「…ベル様?モテるのかあいつ、やるなあ。」

「ふう。これで一通りかな。」

「ケガはないな、俺もやるぞ。」

「バッツ!待ってたよ!」

「!…噂の師匠様ですね!お初にお目にかかります!リリです!」

「始めまして。バッツだ。多分俺はその師匠とやらじゃない。」

「僕が師匠だって紹介したんだ。それであの天井のキラーアント、どうしようか…。」

「任せろ、よっと。」

「凄い投擲ですね!さすがです!」

 

「お前はなんか、子供っぽくないな。」

「…申し訳ありません。」

「なんてこと言うのバッツ!」

「そもそも子供が当たり前な顔でモンスターの腹を開けて稼いでるのはどうなんだ。うちは3人しかいないから、仕方ないと思ったけど…みんなそうなのか?」

「ベル様は、3人で暮らしているのですね…」

「そうなんだ。バッツと神様に拾ってもらって、3人で暮らしてる。そういえば、リリはどうしてサポーターを?」

「サポーター?冒険者と違うのか?」

「リリも冒険者ですよ。しかし、戦闘がまともにこなせないリリは荷物持ちしか能がない癖に、そうしないと生きていけないんです。だからベル様のように強い冒険者様のお手伝いをしています。こうして少しだけ分け前を頂くのがサポーターです。」

 

「そういうことか。ならはっきり言っておくぞ。二人ともふざけるな。」

「「!?」」

「荷物持ちだって?ベルは生き残るための道具を持ってない。それでリリは戦えないとくれば、ちょっとはぐれただけで二人とも生きて帰れないってことだろ。実際ベルは腰の薬以外全部リリに持たせてるんじゃないのか?」

「そうだけど…でも…」

「もしもの時はでもじゃ済まないってわからないのか?仲間の命がかかってるんだぞ。」

「!!」

「リリはもうダンジョンには慣れたって顔してる癖に声を出してただけに見えたぞ。そうやって口だけで仲間に思いやりのない態度を続けるなら許さないからな。」

「「…ごめんなさい」」

 

「よし!とりあえず説教終わり!元気に帰るためにいろいろ言うから、まずは言う通りにしてくれ。そんなんじゃ見ちゃいられない。気持ちが落ち着くまでここで持ち物の整理からやるぞ。」

「あの、リリは…」

「良いから聞け!俺たちはみんなで帰るって決めたんだ。一緒に潜るのがたとえ今日だけでも、助け合えないとだめだ。ベルもリリも、友達が目の前でやられるのは我慢できないだろ。」

「友達…ベル様、リリは友達なのでしょうか。」

「僕は明日も一緒にダンジョンに潜ってもいいかもって考えてるよ?仲間で友達だって、思いたいな。」

「そういうことだ。顔見ればわかるさ。じゃあリリ、カバン開けてくれ。」

「…はい!」

 

ーーーー

 

「リリ!敵が増えた!ここから忙しいぞ!」

「前衛が崩れないように薬の準備!とっさにモンスターの注意を引く方法を常に考えておく、ですね!」

「もっとベルに寄っておけ!お互い囲まれないようにせめて1体は注意を引け!」

「はい!」

「バッツ!リリのほうが汗がすごいんだけど!?」

「文句も心配もなしだ!ベルは追いすぎて離れるな!リリの後ろでモンスターが出たら間に合わないぞ!」

「はい!」

「ふっ!」

「あっ…」

「これで俺が倒したのが3体目だな。言わんこっちゃない。休憩するかー?」

「「はい!今すぐ!!」」

 

ーーーー

 

「バッツが3回倒したってことは…」

「本当ならリリたちは3回危険な目に遭っていたということです。でもベル様は声をかけずとも、何度も私の近くのモンスターに気付いて頂けました。背中を預けるというのはこういうことなのでしょうか…」

「僕は人の安全を意識して戦うのがこんなにつかれるとは思わなかったよ。ごめんねリリ。もっと僕たちは安全に進まないといけなかったね。」

「こちらこそ足を引っ張ってしまい申し訳ありません。それどころか貴重な連携の訓練をさせていただいてしまって、こんな見ず知らずの私に…それにしても…」

「うん。見張りをしてくれてるはずなんだけど、バッツがナイフを壁に投げると魔石が落ちてきて、それを拾ってるだけって、どういうことなんだろうね…」

 

「なんでしょうね…さすがとしか言いようがないです…よろしければ教えてください。お師匠様のレベルはおいくつなのですか?」

「…僕と同じレベル1だよ。ファルナを授かったのも同じ日なんだ。」

「!?」

「そういう顔をすると思った。僕も初めてバッツが戦ったあの時を、まだ夢に見るんだ。ゴブリンをね、こう、殴り返して倒したんだよ。」

「!?」

「リリもそんな人見たことないでしょ?」

「は、はい。なんというか、ものすごい人なんですね…だからベル様もお強いんですね!」

「あはは…バッツに比べればまだまだだけどね。何度か危ない目に合ってるところは見てたでしょ?」

 

「まあ…しかしおひとりでその強さは素晴らしいものですよ。そういえばベル様、黒いナイフは初めて見ました。駆け出し冒険者のベル様は、その立派な武器をどう手に入れたのですか?」

「やっぱり僕には不釣り合いに見えるよね…これは僕の主神様が無茶して用意してくれたんだ。一生の宝ものだよ。」

「それは…素敵なことですね。」

「バッツの持ってる剣もすごいんだよ?とんでもなくいいものだって、ヘファイストス・ファミリアの人も驚いてた。丁度今投げられてるあれなんだけど、あの程度じゃキズもつかないんだ。」

「へえ…私にも見せてもらえますかね?」

「頼めば見せてくれると思うよ?」

 

「お、元気出たか?二人とも。」

「うん!見張ってくれてありがとうバッツ!」

「お気遣いありがとうございます!おかげさまで、また頑張れますよー!」

「俺、実はこうやって一から教えるの初めてなんだ。二人にはつい声かけすぎちゃって…やりづらいよな。ごめん!」

「バッツ様!リリはこんなに親切に教えてもらったことはありませんでした…感謝しかありませんよ。」

「そうだよバッツ!…もしかして僕たち、心配させちゃってる?」

「!…いいや、二人がこの調子で行けば、あっという間に100階層さ!さあ続けるぞ。」

 

ーーーー

 

「もうこれでかばんも一杯か。ベル、リリを帰したらもう少し鍛えて帰るか?」

「うん!まだ帰るには早いよね。」

「…そんな、この量ですよ!まずはみんなで換金額を見てみませんか?」

「むむっ、そう言われると、気になるな…どうやって換金するんだ…?」

「っっ!…そうだねリリ。みんなで行って、バベルで換金してみようか。」

「バッツ様、換金方ほ…」

「リリ!そうと決まれば早く上がろう!!」

「は、はい!帰りの道案内は私におまかせください!お二人に武器は抜かせませ…」

「ほいっと。なんだって?」

「…すみません。早速一匹仕留めていただき、ありがとうございます。」

「悪かった!そう冷や汗かくなよ。油断はナシってだけだ、道案内よろしくな!」

 

ーーーー

 

「へぇーこうなってるんですねえ。こうして持っているだけで分かる特別な感覚!でも名前はグラディウスって、普通の名前なんですね。」

「その感覚ってのはな…」

「使い込んで武器が喜んでるとそうなるんだって!」

「それはそれは…おっと、もうバベルに出ますね。」

「凄いな!歩いてもあっという間だった!もう道案内で食っていけるんじゃないか?」

「本当に武器を使わずに上がってこれたね…!ちょっと感動だよ!」

「ありがとうございます!運が良かっただけですよ。では早速、あちらの換金所へ行きましょう!」

 

「…!!」

「ベル様、どうしました?」

「…いや、最近妙な視線を感じるんだよね。」

「俺はいっつも誰かにみられてるから、気にしなくなったぞ!何でだろうな?」

「バッツ様の戦闘ははた目からみても凄いものですから、仕方ないと思いますよ。」

「うーん、普通のことをしてるんだけどな。」

「精度が異常なんですよ。初めてバッツ様の戦闘を見たときは、私がみた冒険者の中でも一番強いのではないかと思ってしまいました!」

「へへっ、ありがとな!」

「あっ!今の笑いかた、僕のマネしたでしょ!」

「ベルが俺のマネしてるんじゃないのかー?」

「…ほんとうに仲がよろしいようで。」

 

「リリ、明日もベルと組むんだろ?いまのうちに言いたいこと言っとけよ。もっと私を大事にして?とか!」

「なっ!バッツ様!」

「バッツ!ヘンな言い方しないでよ!」

「やっと二人とも子供らしい顔になったな。…それじゃあ…」

「なんでしょう?」

「様はやめてくれ。そう言うのは王様とかお姫様に言うもんだぞ。」

「もしかして、止めないと怒りますか?」

「そうだな…友達にはなれないな。」

「…」

「弱いフリするの、癖にしてるだろ。いちいち怖がってるのわかってるぞ。」

「バッツ、リリにも訳が…」

「あったらなんだ。俺はリリに死んでほしくないから言ってるんだ。みんな命がけってときにこういうやつに荷物を任せられるか?」

「…今日はここまでにしてください。お疲れさまでした。」

「リリ!僕は明日…」

「リリはいつでもバベルに居ますから、では。」

「また明日な。」

「…っ!お疲れさまでした。」

「…いけないな、俺は…」

「いけないことなんてないよ。気持ちは良くわかったもん。でもきっとリリは、僕より辛い思いをしてるような気がするから…」

「この街でも、そういう子供はわりと居るってことか…」

「次の方!」

 

ーーーー

 

「待たせてごめん!それと僕はこれからちょっと探し物するから、荷物お願い!先に帰ってて!」

「ああ!…この中でベルにいったい何が…入ってみようっと。」

「本日相談のお相手をさせていただきます、エイナです。バッツさん、お久しぶりですね!」

「前にもここであってたっけ?」

「いえ、そういえばギルドの外でお話しするのはこれが…初めてですね。怪物祭では大丈夫でしたか?」

「…ギルドか…」

「はい?…聞こえてますか?」

 

「まあいいか!俺、この前ちょっと喧嘩でやられて、いろいろ忘れちゃってさ!」

「はい…はい?」

「もう大体忘れた!さっきも魔石の換金がわからなくてベルに聞いちゃったんだ。」

「!?」

「だからごめんな、なんか面白そうだと思って入ったけど、相談なんて特に無いんだ。」

「そんな状況で相談ナシ!?」

「ああ!逆にエイナから聞いてくれた方が良いかもしれないな!」

「な、なるほど…では、装備の付け方はちゃんとしてますか?」

「そこまでバカじゃないぞ!今着てるこれで潜ったんだけど…あれ、武器が…ああ、リリに渡しっぱなしだ。」

「ふふっ、こんなこと言うのもなんですけど、さっきベル君は武器をなくしたって慌ててました…お二人はなんだかにてますね。」

「そうか?一緒に住んでるからかな。あ、ひとつ相談思いついたんだけどさ、子供に教えるコツ。教えてくれないか?」

「…承知しました。その他にも色々言っておかなければなりませんので、いまから時間を取ります。お覚悟を。」

 

ーーーー

 

「こちらは業物すぎてきっといわくつきだろうから禍根になっても困るし、こちらはなまくらすぎて値がつかないからどちらも引き取れない…?そんな冗談ありますか…?」

「そこのあなた。今の2本をどこで手に入れましたか?」

「ちょっと、リュー?」

「シルは下がっていてください。…その白刃と黒刃のナイフはどちらも私の知人のものにみえました。確認させて下さい。」

「…!何かの間違いでしょう。」

「早くしろ。こちらも暇ではない。」

「っっっ!…」

 

ーーーー

 

「ほんっとうに!!ありがとうございます!」

「それと、これはバッツさんのものですね?」

「あれ?間違いないですけど…ありがとうございます。バッツに渡しておきますね。…バッツも落としたの?」

「…っ!」

「リリ、どうしたの?汗が凄いけど、まだ痛むなら…」

「リリのことは気にしないで下さい…」

「…2本ともに、小人の男性が持っていました。私が追いきれず逃がしてしまいましたが…」

「なるほど…バッツが盗まれるなんて、あるのか。」

 

ーーーー

 

「全くクラネルさんと同感です、バッツさんともあろう方がどうしてあのような見事な武器を手放すのか…」

「バッツさんか…ベルさんにはいつも通りにしてほしいって言われたけど。良く武器の見分けがついたね?」

「バッツさんの武器からは触れずとも仄かに感じられる特殊な力があります。魔力に親しいエルフならば間違えることはないでしょう。」

「へえ…凄いんだね。私にはちょっとオシャレなナイフにしか見えなかったよ。」

「それはそうと、あの人と言えば私が圧倒されて見ていることしか出来ないほどだったあの喧嘩沙汰を思い出す…少々気が重いですね。」

「あの時ベルさんは居なかったんだよね…バッツさんが黙ってるなら、私たちも言わないでおいた方がいいよね?」

「はい、私たちは居合わせただけの他人ですから。」

「他人、か…」

「クラネルさんとの関係が進んでいれば話は別ですが。」

「なにいってるのリュー!?見たまんまだよ!」

 

ーーーー

 

「もうこんな時間か、エイナ…要注意だな。それにしてもグラディウスの代わりに投げる武器ってないんだな。飛んでる敵には手裏剣でも一杯買っといて投げるか?金がないのにそれはないか…魔法が使えたらなあ。」

「リュー、あそこ!」

「なんと…間の良い方ですね。バッツさん。こんばんは。」

「…悪いけどあんたらに覚えがないんだ。何か用か?」

「お、覚えてないんですね…あんなことがあったのに。それでも言わせてください。あの時はごめんなさい。」

「…?」

「…リューと申します。こちらはシル。私たちを覚えていないのは無理もありません。何度か来ていただいた酒場の一店員というだけですから。あなたとクラネルさんの武器を拾い、先ほどクラネルさんへ渡した帰り道だったので、声をおかけしました。」

「お、ありがとうな!ベルの探し物はみつかったか。」

 

「二人揃って武器をなくすとは、何か事件でもありましたか?」

「別にないぞ?俺は貸したまま返してもらい忘れたってだけだ。」

「貸したのですか?それにしてもあなたの得物に見合う使い手はそういないと思いますが…子供に見せびらかした覚えは?」

「よくわかったな!かっこいいから見せろっていう子に貸したまま忘れちゃって、明日にでも返してもらおうと思ってたところさ。」

「明日?…その子供には十分注意し、可能ならもう会わないほうがいい。」

「何か知ってるって感じだな。ベルもその子はつらい思いをしてるって言ってた。」

「クラネルさんは犯人を知っていた…?すみません、詮索はやめます。クラネルさんにも他人への同情は無用だとお伝えください。この街で貸した物が戻ってくるのは珍しく、子供であろうが他人の境遇などは尚更知るべきでない。これは冒険者の中では常識です。」

「そうなのか。ぞっとしないな、覚えとくよ。」

 

「…では私はこれで。」

「今度お礼に食べに行くからさ、店の名前はなんて言うんだ?」

「…豊穣の女主人です。必ず覚えておいてほしい。あなたの財布に私たちの生活がかかっているので。」

「おう!優しいリューが働いてるって覚えたから忘れないさ。じゃあまた!」

「ふっ…はい、おまちしております。」

 

「優しいリューだってさ?」

「止めてください。私は褒められるべき人間ではない。」

「自分のことになるとすぐ出るそれ、やめないとダメだよ。褒めてくれたバッツさんにも失礼だし。」

「…シルがそう言うなら。甘んじて受けいれます。」

「今はそれでいいよ、少しずつ変わっていこう。」

 

ーーーー

 

「お前も今戻ったんだな!リューに会って聞いたぞ、武器を落とし…」

「ああ!!お願いバッツ!今からホームに入っても神様には言わないで!」

「さては後ろめたいんだな?しっかり取り返したんだし怒られないさ。」

「そうかな?…そうだよね!」

「安心しろって。そういえば俺のも持ってるだろ?」

「うん。はいこれ。いつ握ってもいい気分だよね。」

「ほしいか?それ。」

「いらない!バッツが持っててよ!絶対に他の人にあげちゃダメだからね!」

「わかったよ。俺も帰り道に代わりの武器が見つからなくって困ってたしな。」

 

「「ただいま!」」

「おかえりなさーい。」

「そういえばそれって握ると光るよな!」

「不思議だよね、どうなってるんだろ。」

「おお!そこに目をつけるとはわかってるね!!」

「ヘスティア、なにか知ってる顔だ!」

「そのナイフはね!僕のもう溢れんばかりの愛が込められているのさ!いや、込めすぎて溢れたから光るのさ!!」

「「なんか良くわからないけどスゴイ!」」

「ふふん!そうだろう?…本当はバッツの分も作りたかったんだけどね。」

「気にするなよ。一本だけのほうがスゴそうな感じするからな!」

「神様、本当にありがとうございます!」

 

「さ、じゃあそろそろ食べようか。なんとミアハから日頃のお礼にって色々貰ったから、今日は豪華だよ!」

「ありがたいですね!今度買い物に行ったらお礼を忘れないようにしないと。」

「お礼と言えばリューの店も行かないとな。」

「うん?リューってのは、女の子かい?」

「そうですけど…」

「きっと美人なんだろうね。」

「そうだな…俺が見た限りでは…アイズといい勝負だな。」

「!!…ベル君!」

「はいっ!?」

「うつつを抜かしちゃだめだよ!ボクがいるというのにこれ以上手を広げる必要はないだろう!」

「何言ってるんです!?」

 

「ああ…リューはベルを何とも思っちゃいないみたいだぞ?」

「なんだって?…そういうことは早く行ってくれよバッツー。」

「まさか怒り出すとは思わなかったからなあ。」

「そうですよ神様。びっくりしました。」

「まあまあ、今のは流してくれよ二人とも。で、店って?」

「いつか行ったことがある酒場だってさ。」

「ちょっとしますけど、量もあっておいしいですよ!早く行きたいね。」

「そうだな。ヘスティアも連れてみんなでいこう。」

「ボクも良いのかい!楽しみだなあ。」

 

「それじゃあどっかで武器屋のバイトを休まないとな。」

「いつでも良いよ!ボクくらいになれば好きに休むくらいわけないのさ!」

「…神様、ただのサボりじゃあないですよね?」

「なんてこと言うんだい?これはあれだよ、絶対にクビにならないからこそ使えるあれ、無限の労働力としての信用から繰り出す必殺の…」

「ひらきなおり!おれも良くやる!」

「ほら!バッツもやるなんてさすがだなぁ!ね?ベルくん、バッツのお墨付きだよ?大丈夫なんだよ!」

「…わかりませんけど!わかりました。」

 

ーーーー

 

「さ、寝るか。ベルは明日も早いんだろ?リリを待たせないようにしないとな。」

「また女の子だ!!」

「神様!?」

「じゃ、おやすみ二人とも。」

「おやすみバッツ。さあベル君、包み隠さず話すんだ…夜はまだ始まったばかりだよ…」

「ひぃっ…」




長!しかし楽しくかけたので仕方ないですね。


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迷わずわめいて、迷って黙る

PS4のスパイダーマンが面白い。


「おい、見守る会ってなんや!ウチを誘わないなんて不利益かつ隠蔽体質かつナンセンスが過ぎるで!」

 

ロキはすっかり接触を避けられているシヴァの散歩という回避行動に先手を打つべく朝から閑静なアイアム・ガネーシャの廊下をずんずん進み、案内の制止を無視してシヴァの部屋に押し入った。全てはバッツの情報を聞き出す為である。

 

先日あまりにしつこい質問の数々によって露見した見守る会なる謎の組織。その存在にバッツへの糸口をつかんだ確信を得たロキは、今日初めて話すにも関わらずさっきの話の続きとでも言わんばかりに捲し立てる。

既に足蹴に断り続けているのにプライドがないのかと眉をしかめて見つめるシヴァ。無言でなじられた女神は、むっとした顔でお姉ちゃんが見守らないでどうするんやと騒ぎだした。

 

バッツがついにロキの兄弟として神に格上げされる憂き目に会っているのかと想像したシヴァの目付きが険しくなる。勝手に押し掛けてきて勝手に騒ぐ女神の振る舞いも当然気分を害する後押しとなっていた。

 

神特有の我が儘を押し付ける発作的な行為で人から死を奪うなど、シヴァには到底許せるものではなかったが、そこでここがオラリオだと思い出す。神はファルナでない力の行使を禁じられており、そこまでの暴挙はあり得ないと気付き落ち着いた。

 

となればロキの私はお姉ちゃん発言とは、ヘスティア・ファミリアに神が加入したということなのか?

シヴァは神妙な顔になった。神にファルナを刻むなど滑稽に感じた。目の前のぐずぐず言う糸目が切れ者だとわかっているため、尚更であった。

 

シヴァはこれまでの経験でまともに相手をすると良いようにされると確信しているため、既にロキの話を聞く気がない。ゆえに、こうして怒ってみたり不思議がってと下らない想像を駆使してまで暇を潰し、彼女が諦めて帰るのを待っている。

 

それからロキが見守る会について一方的に想像を語ることかれこれ1時間。

シヴァは無言のロキいじりもネタが尽き、ついに口を開いた。

ロキの粘り勝ちである。

 

「まずお姉ちゃんとはなんだ。」

「それが聞きたければ…」

「今迎えを呼ぶ。二度と接触してくれるな。」

「冗談!冗談やんかー。やっとこさスタートラインに立てたんやからこれくらいサービスや、話したる。」

「…。」

「バッツはな、怪物祭でデートしたウチをお姉ちゃんと呼んだんや。ぐふふ。ウラヤマシイやろ。」

「…なるほど。こんな下らない自慢のために1時間わめき散らしたというのか。」

「なんやなんや!先をいかれた悔しさは隠さんでもええんやで?…とりあえずラムウの坊やが新しい遊びを始めたみたいや。続き?ここまでが、サービスや。さ、見守る会について教えてーな。」

「…こうして気ままにバッツを気にしながら少し話すだけの集まりだ。お前の想像ほどの計画性や目的はない。」

「へえ…ステキやん?」

 

ーーーー

 

「いやあ、俺が魔法を使えれば、1個や2個で足りないなら10個でも100個でも使いこなしてやるんだけどなあ。」

寝起きで注意が緩くなっていたせいか唐突に魔法を語りだしたバッツに、同じく寝ぼけていたヘスティアの目は覚めた。

なにか言いたそうにするヘスティアを横目に、魔法へ憧れるベルはそんなに使えたらいいけど、それは不可能だと返した。

「バッツ、スロットって覚えてる?」

 

当然さまざまな事を忘れているのを差し置いても、既に複数の魔法を使いこなしているバッツはそのような枠の存在など理解できなかった。

ベルの言うには、スロットとは一人あたりいくつか決まっていて、その数しか魔法を覚えられないらしい。

過去の勇者達の姿、振る舞い、技を受け継いだバッツには、自分のスロットなるものがどう働いているのか分からなかった。忍者になって使う白魔法とか、そういうもののことかもしれないと想像したが、すぐに空腹でどうでも良くなった。

 

バッツは知らないと返事しようとしたが、一人あたふたするヘスティアの必死のごまかしによって無駄に不穏な空気の漂う朝となった。

 

しかしながらヘスティアの必死さは当然で、バッツはなんの冗談でもなく魔法を使いこなしている事実を身をもって知っていた故である。

バッツが包み隠さず話せばその内容はベルは勿論、この世界の人の子はおろか降りてきている神々にも刺激が強すぎるので口止めしているが、事実であることは彼がその気になればすぐに見せつけることも出来てしまうだろうと思いその場でごまかすしかなかった。

無論、ベルの憧れがあいまいになり、ステイタスの伸びを悪くすることを嫌がってのごまかしでもある。

 

何より飛び起きざるを得なかったのは、魔法を100個使いこなすと言うのが冗談に聞こえなかった為だった。

 

ーーーー

 

ダンジョン7階層、バッツは一人ベルを待ちながら素手での攻略に励む。

武器無しでもこの階層の相手ならば問題なく、モンクへのジョブチェンジも必要なかった。適当に足をちぎって放置されたキラーアントの出すフェロモンで増えつづける群れを、文字通りちぎっては投げている。

すれ違い様に手をのばしては甲殻の隙間から剥がすようにちぎる。そのまま掴んだ固い殻を元気なキラーアントへ叩きつけそのアゴを砕いてはまた隙間から頭をちぎり投げて止めを刺す。

おおよそ普段のバッツの戦闘からは想像もつかない荒々しさは昨日見たベルの戦闘スタイルを試そうとした結果だった。

動機は同じ経験をしてみるのはおすすめですと言うエイナの教え。

よって今日のバッツはほとんど防御に役立つ装備を着けず、回避に重点を置いている。白羽取りの構えを崩さず、グラディウスと共にこの世界へ持ち込んだ防具であるエルフのマントをひらめかせ強引に立ち回る。

こんなやり方で潜るなんてベルも器用なやつだなあとのんびり思考するほどバッツには余裕があったが、通りすがりの冒険者は時おり三人に分身して見えるバッツの格闘戦に目を疑った。

 

少し疲れて最後のキラーアントに止めを刺すと例のごとく魔石のお裾分けを始めたバッツは、またも例の3人組に出会う。

戦闘を見ていたのか既に緊張の面持ちで、またも修羅だのとよくわからない言葉を呟く斧持ちにバッツは近づいた。

 

「よう、この前もあったよな?」

「ああ、また会ったな…いつも一人なのか?」

「もうすぐ仲間が来るはずなんだけどなあ。あ!そうだ、10階層の地図!ここの魔石全部やるから、持ってたらくれよ。みせてくれるだけでもいいからさ。」

「お安いご用だが…良いのか?」

「ああ、稼ぐのは仲間と一緒にやるし、これは準備みたいなもんだ。」

「これが…準備?」

 

目を瞬かせる斧持ち、その肩越しにバッツを見る二人の女性は、警戒と感謝が混じりつつも完全に引いており、何とも言えない顔をしている。

前回荒らされた10階層の有り様を思い出しているのは明らかだった。

 

バッツは地図を受けとり挨拶を交わすと7階層の入り口へ戻った。キラーアントとの戦闘を思い出しながらベルやリリの装備ではどう立ち回るのがよかったか考えるのはバッツには難しかったが、降りて来るはずのベルを待つ暇潰しにはちょうどよかった。

 

ーーーー

 

「…本日もよろしくお願いします。」

「やっぱり来たな。よろしくリリ。」

「ベル様、バッツ様は物忘れが激しいのでしょうか?」

「えっ?…突然なに?そんなことないよ。ここまでに出てくるモンスター全部の魔石を狙って壊せるんだよ?」

「おい、いきなりひどいぞ!おれは面白いものを覚えるのは得意なんだ。」

「みんな面白いものは覚えてると思うけど…」

「ははっ、確かにな!じゃあ始めるか。」

「その前に一つだけ。リリをちゃんと雇って潜ることにしたんだ。だから、リリも仲間だと思ってやっていこうよ。」

「約束したから仲間ってのはなんか違うんだよな。この前はああいったけど、リリが俺たちに安心してくれないと仕方ないんだ。でもまあ、リーダーがそう言うならいくらでも付き合うよ。」

「リーダー!?それはバッツでしょ!」

「俺は…影のリーダーだ!」

「「よくわからないです。」」

 

バッツの実戦指導は危なげなく終わった。

リリの大きなかばんがいっぱいになるまで続いた戦闘は、小さな体のリリを中心に据えた専用の立ち回りとして前回より洗練されていた。部外者で他人の自分を、守るべき仲間として見てくれている暖かさがあった。

 

バッツがヘスティアを拾って帰るといって別れたあと、リリルカ・アーデはバッツのお前次第だという言葉を思い出しながらモンスターの居ない帰り道を慣れた調子で選んでいく。

繰り返し思い知らされる不遇を日々飲み込んできた人生に、初めて出会った瞬間からこれほど真っ直ぐ向き合ってくれた人が一人でもいただろうか。

心のなかでは彼らに裏があると疑い、騙してでも剣を盗んで大金を手にしたい自分がいる。あいつらはやり返せる力があるから何だって言えるんだといつだって高らかに叫んでいるが、あまりに素直なベルの前では自然となりをひそめた。

 

稼ぎが想像以上で喜ぶわりに分け前はしっかり二分してしまう無欲なベルにリリは思わず変なのと呟きつつも、上機嫌なベルに連れられて豊穣の女主人の看板を見せられるまで、自分が彼らに安心できるのかリリは反芻し続けた。

 

ーーーー

 

「ヘスティア、ちょっと助けてほしいんだ。」

「!!すぐに仕事を切り上げるよ。」

「いや、おれも手伝うからそのあとでいい。急いではいないんだ。」

「本当かい?助かるよ!じゃあここのみんなに挨拶からね…」

 

「おかげでいつもより早くあがれた!まさかバッツがあんなに売り込み得意とは…」

「はは、まあ武器と防具なんて大抵の種類は使ったことがあるし、相手の事を良く見れば、ちょうどいいものをおすすめ出来るだろ。そうやって仲間と旅してきたからな。まだ全部は思い出せないけど。」

「…そうだよね。それだけの経験は積んでるんだって、たまに忘れそうになるなぁ。」

「気にするなよ。じゃあ、歩きながらで悪いけど聞いてくれ。一緒にこいつの謎を解いて欲しいんだ。多分魔法が関わってて、こういうものはベルには見せない方がいいんだよな?」

「なんだい、その石細工は…はっ!」

「どうしたんだ、なにか知ってるのか?」

「こ、この気配は…」

「なんだ、気になるぞ!」

「…ベル君!」

「へっ?」

 

走り出したヘスティアを追うとベルが子供と手を繋いでいる。子供が少女とわかると3秒前に聞いていたバッツの頼みなど霧散し、ヘスティアは茫然自失となった。

バッツがあれが噂のリリだと指差すと同時に、愛すべき我らが少年の少女との逢瀬によほどの衝撃を受けたのか、無闇にベルから距離をとろうと走り出した。驚いたバッツが追いつく頃には涙目で呑むぞ呑んでやるとわめきちらす有り様だった。

 

調合練習中だったミアハを連れ出し酒場でヘスティアによる一方的な愚痴やら愛の告白を聞いているうちにその日は終わってしまった。

ヘスティアが何を言おうとも絶対に暗い顔を見せなかったうえ、喜んで全額支払ってくれたミアハにバッツは同じ男として尊敬を覚え、それを見習って放り投げられた謎解きは大人しくまた今度頼み直すことにした。



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気付けの一本

ビール飲んで書くからこうなる。


左手で取り出した石細工を眺めるバッツはヘスティアに折られてへの字になった口を治すために昼間からエールを煽る。

路上に無造作に置かれた大小様々な樽を椅子と机がわりに使うこの店は、バッツが暇潰しにシヴァへ会いに行く道すがら通りがかり、面白がって座ってみただけのはずだった。

バッツは景色を楽しんだらすぐにまた歩きだすつもりであったが、何を思ったか店主らしきドワーフから目の前に叩きつけられるように置かれたのもこれまた人の顔ほど大きい樽。無論バッツはここを見つけてからいまだ何も言葉を発していない。

蓋を抜いてあるだけのそれは髪がそよぐ風にも負けず麦の香りをバッツの鼻まで届けた。中身は強く置かれたせいで激しく泡をたてるエールだった。

興味深くゆっくり手に取ったバッツは両手で持ち上げると一気に半分ほど飲んだ。日差しの強い昼に飲むには良い爽やかさだったが、同時に独特の刺激からこれが酒だと気付いた。酒といえばと朝から二日酔いのヘスティアにはとても石細工の謎など聞いてもらえないことを思いだし今に至る。

ヘスティアの看病はベルが買って出たためまかせた。

 

樽と石畳に青空の景色を眺めながら気分の上がったバッツが大声で店主を呼べども応対は案の定で、店主はいつの間にか小さなカウンターに突っ伏して昼寝をしている。

この際食事も済ませてしまおうと決めたバッツが店主を起こして注文するため開けっぱなしの扉から店内へ入ると、窓際でバッツのものより大きな樽で顔を隠した髭の濃いドワーフが一人。

気持ちのいいのみっぷりをバッツがみていると、髭にこぼれたエールの泡を乗せたまま、掴んだ肉を頬張ったところで目があった。

しっかり焼けた固そうな干し肉をなんの苦もなく食べてみせた大口が空になると、やはりエールを拭うことはせず笑顔で話しかけてきた。

 

「おお、バッツ。それはここの一番の自慢でな。美味いだろう。」

「ああ!すぐ行くつもりだったけど、おかげでいい気晴らしになった!」

「そいつは良かったな。そこで寝てるのが勝手にやったんだ。金も要らんだろうよ。」

「このまま飯でも食っていこうと思ったんだけど、起こしてもいいかな?」

「止めておけ、どうせ起きんからな。それにここは昼寝のために開けっ放しているだけで、営業は夜だしのう。」

「じゃあガレスはなぜここに?」

「こいつがのみたくてな!ついでにここの引っ越しの手伝い。」

「そうだったのか。邪魔しちゃったな。起きたら美味かったって伝えておいてくれ。」

「まあ待て。飲み残して行くなど許せんのう。」

「おっと!そうだな。ちゃんと飲みきってから行くよ。」

「ついでにあいつが起きるまで儂の話し相手になってくれんか。」

「うーん、どうせ暇だしいいぞ。」

 

酒場らしきここはロキがシヴァに張り付く時間を稼ぐためのもので、バッツの好奇心を刺激して足止めするためだけに用意されたくだらない仕掛けの一つである。

そこに酒をあさりに来たガレスがいたのは偶然にほかならない。しかし怪物祭の日、目覚めたばかりで混乱するバッツを見ていた面子では最も落ち着いていたのをロキはしっかり覚えていた。

ロキは彼を対バッツの懐柔役として評価していたため、バッツに会った時には聞いておきたいことを伝えてある。

明日にはこの状況が見守る会でロキによって過剰に膨らませたうえ大きな尾ひれがついて発表されるのを察するのはバッツには不可能といっても過言ではなかった。

 

「…でな、アイズはお主に何か聞きたがってはいたんじゃが、どうにもはぐらかされてのう。今度会ってやれんか?」

「ああ!祭の日には助けてもらったし、おれもアイズには謝らなきゃいけないんだ。何を謝るかは思い出せないんだけど…」

「そうか、難儀しとるのう。女は何で怒るか分からん生き物、あまり気にすることはない。」

「うーん、何か大事な事だったと思うんだよなあ。」

「大事なことなら尚更勝手に出てくると相場で決まっとる。それよりほれ、お主は今どうしとるんじゃ?」

「どうって?」

「ボコとやらは元気か?あの時は旅に出るようなこと言っておったが、その相棒の。」

「元気にやってるってさ。シヴァって神様に聞いた。それで俺はヘスティアの所に居させてもらってダンジョンに潜ってる。取りあえずは全部思い出せるまでのんびりやるつもりさ。」

「ヘスティアとやらも神か。」

「ああ、ファルナをくれたんだけど、ちっとも見てくれないんだよ。今日も二日酔いでまともに話せないし。」

「…すまんの、話を変えるか。ロキから魔法が得意と聞いたが、わしゃあまるで魔法なんぞとは縁がなくてのう、やはり使えると楽しいか。」

「いざってときには頼りになるけど、そんなもんさ。なければ代わりを考えるしな。」

「はっは、親御さんはいい育て方をしたな。アイズが習いたいと言うのもよう分かる。」

「親父から魔法は習ってないぞ。」

「そういう意味ではないが、では、剣の腕が立つと聞いたがそっちか。」

「ああ。でもアイズにはやられちゃったよ。なんでもありならきっと勝てたけどな!」

「負けず嫌いじゃのう、あの子はあれでこの街でも指折りで腕がたつ、一本とられるのも仕方あるまい。」

「そうなのか?あいつ凄いやつなんだな。」

「お主はなんと言うか、何にも隠さんで素直だのう。今時珍しい。魔法は何が出来るんじゃ?」

「うーん、説明しづらいけど、まあ100と少しくらいはあるし、見せようか。」

「抜かせ、魔法がわからん儂にも常識くらいあるわい!一人2つもあれば上等も上等だろうに。」

「むっ…ファイア、ブリザド、サンダー!」

「!!」

「嘘じゃないって、わかったか?」

「なんと…酔ってるせいでそう見えたんじゃろう?」

「この!」

「はっはっは!悪かった!お主は凄いのう。でもまだ100唱えるまでは信じてやらんぞ。」

「さすがに疲れるから止めとくよ。暇潰しにいろいろ見たいだけなんだろ。」

「バレたか!とても面白かったぞ!ふむ…その若さで、凄まじいのう。見ず知らずのジジイに付き合ってくれてありがとう。」

「俺を助けてくれただろ。他人じゃないさ。もう良いのか?」

「ああ、お主もそれを飲み終わったろう。」

「そうだな、じゃあ行くよ。またな。」

 

「冒険者にしては良い子が過ぎる…アイズといい、最近の若いのはどうなっとるんかのう。」

 

ーーーー

 

バッツはガレスと別れホームへ戻った。既におやつ時は過ぎ、昼食とシヴァへの面会を諦め、ちょうど良いから豊穣の女主人へ愛すべき二人をつれて早めに夕食へ行こうと決める。

年下の女になやみ始めた弟分と、もはやどちらが保護者か判然としない二日酔いの二人を置き去りにして遊び回ったお詫びに今晩はご馳走しようと台詞を準備し、笑顔で地下へ降りればベルが一人にやけた面で装備を手入れしている。

ヘスティアに至っては今朝は立ち上がれないほど頭痛を訴える調子だったのに姿がない。

 

「ベル、ヘスティアは?」

「お帰りバッツ。神様は飛び出していっちゃったんだ。6時にアモールの広場で会う約束をしたよ。おいしいごはんを食べに行こうって…あ。」

「なんだ?」

(神様と二人きりでって約束しちゃったけど、バッツのことわすれてたなあ…でもこの前みんなで食べに行こうって話したし、大丈夫だよね。)

「いや、そう言うことだからバッツも行こうよ。」

「おう!じゃその前に、成長を見せてもらおうかな。」

「よし、今準備するよ。…バッツ、腰が光ってるよ!魔石灯のつけっぱなしはもったいないから消さないと。」

「おお?ほんとだ、けっこう光ってるな…これが何か分かるのか?」

「あ…そうか。魔石灯はこう使うんだよ。ちょっとかして…あれ、僕の知ってる魔石灯じゃない…」

「ベルもよく分かんないか。でも、俺が見つけたお宝だからな。あげないぞ。」

「拾ってきたの?人のものじゃないと良いけど…」

「まあ床に埋まってたし、大丈夫だろう。これは置いといて、さあ、やるか!」

「まあ、バッツが良いなら良いけど。」

 

2時間程度行われた組手は、休憩をいれながらもベルの詰みが早かったため10本にのぼった。ベルが短い木刀での二刀流に対してバッツはベルの目指す一撃離脱を見せるため素手で相手をした。

 

武器をとらないことに挑発されたと勘違いしたベルはむっとして素直に踏み込んだものの、先制の甘い振りをしらはどりに流されて我に帰る。はっとしてつい見たバッツの顔はわずかに笑っていた。何が起こったか理解するまもなく、ほとんど全ての勢いを床へ流されて崩れた体に、一方的な打撃を叩き込まれた。

初めてただ武器を持つだけでは有利な立場にたてない事を知ったベルは、体術で勝てない相手に対しての大きな課題に立ち向かうこととなった。

短刀一本分の小さなリーチで取れる有利を生かすのは難しく、その空間が貴重なことを意識し始めたが、自分の距離というものを維持できるほど技術の無い自分に腹が立った。

5本を数えた辺りで悔しいかと声をかけられれば始めに調子にのっていた自分の甘さに気づいて頬を張った。

8本目で初めてバッツの拳がどこまで届くか見ようとしたが、下げる歩幅に対して踏み込みの鋭さで負けてただ殴られるだけに終わった。しかしバッツは初めて相手に合わせようとした事をほめた。ベルはいかに自分が安全に相手の嫌がる事を出来るかが大事で、武器の有無などそのうちの一つでしかない事を知った。

 

10本目、時間と体力は限界を迎えつつある。

息が上がったままでもベルは目をそらすことだけはしなかった。倒れる度にちらつく憧れのやまない少女の背中へ近付くために必死に考え続けた。

ようやくベルはバッツの徹底している事に気付く。基本的にあの受け流しはバッツが余裕のある体制でしか構えず、その他は決してこちらが構えを崩さないでいる内は攻めてこない。

思い返せば木刀を振るのはどこかしら体に届きそうな気がする距離に詰まった時。つまりバッツの距離を握っているのがバッツであることを崩せない以上この受け身な戦いかたは勝ち目がない。逆に目の前の相手は素手であるにも関わらず身を守ることが勝機に直結している。

 

初めてベルはバッツの足を狙った。手前の足に向かって2、3突くように詰める身長の差を生かした低い攻撃にバッツは下がる他なかったが、防御を捨て大きく踏み込んだベルはこれ以上深く詰めきれる体制ではなくなった。

ベルの狙いはここからにあった。歩幅こそ小さいが、勢いのままにさらに踏み込む。バッツは好機とばかりに腰を落としそなえた。

激しく息を吐く音が重なる。

ベルは自分から踏み込んでおいて自分の急所の前へ向けて腕を振った。反撃に伸びる腕を切ろうと後の先を取る。完璧なタイミング、距離を掴んだ一閃にバッツは驚いた。

しかし次の瞬間膝をついたのはベル。バッツは無傷だった。

ベルは空振って転がり、無傷で近寄ってくるバッツにショックを受け、仰向けになって無言で肩を喘がせた。

笑顔で覗き込むバッツ。放心しているベルを立ち上がらせた後、大きくはっきり告げられた一言にベルは息が止まった。

 

「まいった!」

「…へ?」

「あんなカウンターされちゃあ、攻める手がないぜ。」

 

ベルは言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

まさかバッツを負かした?僕が?

まいったか、の聞き間違いじゃあないよね?

ベルは二度ぱちくりと目を丸くしてバッツの台詞を飲み込むことに成功すると、やったと呟き涙ぐんだ。

 

ベルはその日寝る前にバッツもカウンターを狙っていたので空振ったと気付く。あんなことを刃物の切っ先に対して素手でやっていたバッツにベルは震えた。

さらに思い出すと恐ろしい。隙という隙にするすると、首へみぞおちへ伸びてくるバッツの拳。触れるのを許すと間違いなくおまけの二発目が付いてきた。

不定期な踏み込みは距離を掴ませず、決して視線を外してこないバッツと目を合わせれば底の知れなさに拍車がかかり反撃の意欲が失せる。

どんなお父さんならあんな殺人拳なんて息子に仕込むんだろう。

ベルはドルガンが心底怖くなった。

 

ーーーー

 

夕食についてはアモールの広場に着いた瞬間、ヘスティアをつけてきたらしい女神の群れに追われることとなった。

なぜかほとんどの女神に目をつけられたバッツは二人の身代わりに一人で一晩中逃げ回ることとなった。

夜中、街にはヘスティア下界伝説の新たな幕開けだと触れ回る酔っ払いの神々。

いくらで寝てくれるのと叫ぶ踊り子のバッツを覚えていた神々。

遮二無二走っていればこんな時間でも妙に明るい通りに差し掛かり、そこからは何故かアマゾネスの群れも加わった黄色い声で騒ぎ通しだった。

 

何とか追っ手をまきホームに戻ったバッツは、二人の穏やかな寝顔に安心して腹を鳴らしながら寝た。



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好きこそものの上手なれ

閑話です。

ギャグというものをやってみたくなったので。
いつもより流し読みでお願いします。




この街一番の高いところ。バベルの一室から喧騒を見渡しながら思案にふける女神が一人。興奮のあまり護衛を全ての部屋から追い出しじっと彼女が見つめ続ける先には空き地で組み合う二人の新米冒険者。

結局そのまま見続けて一晩過ごした。二人のうち一人の彼が全力疾走で歓楽街を縦断し姿をくらますまで見飽きることはなかった。

一方的に熱にうかれるこの瞬間が最も楽しいかもしれない自覚はあるが、いま消えた彼、名を探ればバッツと呼ばれる彼の心は見えない結晶のような殻を被ってみえる。

今が最高潮かもしれないからこそ自分をごまかすことはしない。どうしてもバッツ手に入れたい衝動が絶えず渦巻いていた。

まぶたを閉じれば焼き付いている彼の心は殻さえこれまで見てきた心たちより遥かに強く輝いている。直接見たあのときに感じた素質についても並ぶ者がいるのかもわからないほど優れているだろうことは間違いなかった。

今だけは素直にヘスティアに嫉妬した。

無色不定形な心のままで期待を裏切ってくれる子供の兎は見るたび成長しており心が踊るが、隣の輝きによるものが大きいことは間違いない。出会う人々に強く吹き付けるようで、触れても未だに掴めない風は時折3つ星さえきらめいて見える。

どうしようもないほどこの二人組は魅力的だった。

 

しかしバッツへちょっかいをかけることでラムウの逆鱗を撫でることになるのはつまらない。

まずラムウをどうにかするべきか?彼は既に魅了されているはずだが他に手段はあるだろうか。ただ理性を全く失わなかっただけの彼に。摂理に反したその精神はかつてこの地に降りた神々によってもたらされた物であるゆえに、恐らくアルカナム無しで壊す方法も存在しないだろう。無視こそ最短経路か。

バッツへのアプローチは偶然を装うことにでもしよう。

 

まずは兎の背中をつついて走らせてみようか。魔法など良いかもしれない。

 

思案を終えた女神フレイヤは動くことを決め、魔本を手に取った。

 

ーーーー

 

数日後…

 

「なあ、あの本俺も読んでみたかったんだけど。」

「僕読んだけど寝ちゃうほど難しくて読みきれそうにないし、もうすぐ返すから忘れて!それより魔法だよ!僕も今日から魔法が使えるんだ!」

「魔本だったか…?じゃあベルのものまねでもして楽しむかな。」

「何それ、ごっこ遊び?」

「うーんたしかこう…わたしーの名前、バッツ!もーのまねー、名人よー」

「僕の話を無視してよくわかんない自己紹介しないで!」

 

夜中、ダンジョンに行くと言い出したベルに起こされて付き添うことにしたバッツはゴゴの名前がなかなか出てこないもどかしさに頭をかきながらダンジョンに着いた。

 

「着いたよバッツ。何が起こるかわからないから構えて。」

「では、俺も世界を救うという、ものまねをしてみるとしよう。」

「は?」

「いまのは絶対違う。なんだろうな。凄いしっくりくるんだけれど。」

「何か思い出したの?」

「何でもない、見てるからやってくれ。」

「はあ…よしっ…ファイアボルト!」

 

ベルの伸ばした右手から白炎が迸る。狙ったゴブリンへ向かって伸びる筒を乱反射するような軌跡を残し、瞬く間にその全身を焼いた。

バッツが閃光に細くした目を開くと床の焦げが伸びた先には真っ黒の人形が橙色の炎を灯している。倒れた死体が散るとベルの小さな笑い声が響いた。

 

「どうかな!?」

「凄いぞ!かっこいいな!」

 

それからしばらくは有頂天のベルによる放火大会が始まった。やっていることはいつもバッツの行うナイフ投げと変わらないが、今が昼かと勘違いするほど明るい視界に加え、ごっと鳴らしてぼうぼう燃える音の派手さはベルの気持ちをこれ以上無いほど表しているように見えた。

 

バッツは黙ってみていたがそのうちベルは120点のの笑顔と白炎をばらまきながら、ふらつき始める。

非効率きわまりないその乱発ぶりにまあこうなるだろうとは思っていたため落ち着いていたが、バッツは予想した倍以上の回数を唱えられたこの魔法の燃費の良さに感動した。

 

いよいよ倒れたベルの目が覚めるまでものまねによるファイアボルトを試しはじめたバッツは、壁の裏にいようがピンポイントで焼け、かつ複数を相手取ることも可能なファイアより使い勝手が悪いと思った。

しかしその威力は明らかにファイラと比べた方が良いほど強力。手から伸びるからといって相手に届くまでの時間は考慮が必要ないほど一瞬で、何より閃光と残炎が格好良いと思った。

 

本気でファイアボルトをモノにしてみたくなったバッツが思い付いた習得方法は、ベルに何度か焼いてもらい感覚的に魔法の理解を試みることだった。

あまりに常軌を逸し、はたから見れば狂人と違わないバッツの発想は、しかしその自由さを持って確かな活路を切り開いてきた。機械に全身全霊であいのうたを叫んでみたり、自らを非力な小人と化して敵の攻撃を避け続けたりと、上げればキリがない。

 

そうと決まればヘスティアに禁止されている魔法の使用を何とかしなければならないと思っていたところに駆け寄ってきたのは、美しい金髪と緑色の鮮やかな髪を揺らす二人組。

 

「何を考え込んでいる、バッツ。その子はどうしたんだ。」

「えーと、リヴェリアだな。それとアイズ。こいつは魔法の使いすぎでぶっ倒れた。笑って見逃してくれ。」

「絶対笑わないよ。手伝えること、ある?」

「どうしたんだ。貸しならないだろ?気にしなくていいぞ。」

「申し訳ないが、山ほど大きなものがある。本当に申し訳ない。」

「リヴェリア…また混乱させちゃうから…」

「あ、ああ…」

「なんなんだいったい。謝りたいのは俺なんだ、アイズ。」

「…?」

「ちょっと思い出したんだけどさ。いつかこんな場所で、俺は本気で怒ってて怖がらせたろ?それでそのあとは本気で俺を叩くほどだったし、かなり怒らせちゃったんだよな。悪かった。」

「それは…ち、違うの、全然違う、そうじゃない。もっと大事なことを思い出して。悪いのは私。あと少しベート。」

「少し落ち着け二人とも。ベートは間違いなく悪いがそれよりこの少年を何とかしなければ。」

「寝てればなおるだろ。そんな大事じゃない。」

「私は、この子に償わないといけない。」

「「おおげさな…」」

「…?」

 

アイズはどうしても残るというのでベルを任せリヴェリアとバッツはダンジョンの外へ向かう。

他の冒険者の気配がなくなると、足こそ止めなかったがリヴェリアは言いたくなければいいと断ってから話し出した。

 

「詠唱がいらない魔法をいくつか使うと聞いたが、本当か?」

「そんなことか?本当だぞ。にたようなことをガレスにも話したし、やって見せたよ。」

「ほう…戻ったら聞いてみるとするよ。次、アイズが君のほうがずっと強いと言って曲げないんだ。それは相当なことなんだが、どこで技を身につけた?」

「親父と鍛えてたからだな。あとは旅の途中でいろんな人たちと。うーん。今日も凄い技を教えてくれた人の名前が思い出せなくてさ、ちょっと悲しいな。」

「私にも何か思い出す手伝いが出来るかもしれない。その技というのを見せてくれないか。」

「いいけど、これと言ってやる何かはないんだ。ものまねだから。」

「それは何を真似るんだ。」

「何でもだな。魔法だろうが料理のしかただろうが何でも。目に焼き付けてどうにか自分の体で繰り返すんだ。」

「魔法でも?…これだけ話してくれたんだ。ひとついまから壁に向かって私がやるのを真似してみてくれ。」

「おう。いつでもどうぞ。」

「…間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火。汝は業火の化身なり。尽くを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ」

「間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火。汝は業火の化身なり。尽くを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ…うう」

「おい、大丈夫か?」

「なんだこれ…ずいぶん疲れるんだな…」

「君の技の凄さはよく分かった。君のそれは絶技と呼ぶにふさわしい。始めて見ただけのはずが精神の流しかた、発動まで完璧な詠唱だった。」

「少しふらつく。ベルのこと笑えないな…そうだちょっと手を貸してくれ。」

「申し訳ないが…!!」

「ふぅ。楽になった。」

「…何をした?もう手を離しても?」

「もう少し…」

「…も、もういいか…」

「ありがとう、いやあ精神力があるんだな、リヴェリアは。」

「…吸ったのか?」

「俺もなんか出来ると思ってはじめてやったけどさ、うまくいって良かった!」

「初めて…私が…」

「助かったよ。今度エーテル差し入れるから、それで許してくれ。」

「エーテル?…まあくれるというならありがたく頂戴する。あと別に怒っては…いない。」

「そういう顔ってことか?」

「…失礼なやつだな。」

「綺麗さ。安心しろって。」

「全く。今のでエーテル分だ。」

「今度は俺が魔法教えてやるよ。」

「私は君のように真似するのは得意ではないが…楽しみにしておく。」

 

こうしてファルナによる周囲の魔力行使を覚えたバッツであった。

地上へ出た二人は別れて帰路へ着いた。

 

ーーーー

 

ロキ・ファミリアのホームに戻ったリヴェリアはロキに待ち伏せされていた。

 

「おかえり!さあ今日こそその立派な…何や珍しく呆けた顔して。何かあったんか。」

「ああ、バッツに会った。」

「おおっ!あの子はええやつやろ?腫れ物扱いもしたけどこれからは仲良くしたってや。」

「ああ、早速と言うわけでもないが、色々話してるうちにな…一緒にしたんだ。」

「な、なにを…?」

「それで手を握って…吸われた。初めてだったけど、不思議と、悪くなかったんだ…」

「ウ、ウチの…よりにもよって一番ないと思ってた女大将と出会い頭にちゅっちゅやと!!…お姉ちゃんは、そんな子に育てた覚えはないでえええ!!」

「…どうしたんだ、そんなに叫んで。」

「こっちの台詞や!!」

「…そうかもしれないな…おやすみ。」

「…いかん、あたまがおかしなりそうや…リヴェリアがあの手の冗談言うとは思えんしな…仕方ない、現実は酒と一緒に飲み込むんや。ウチなら出来る。ううう、出来るんや…そしたらお赤飯炊いたるからな…それからあれも…」

 



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実演、実践による後天的習得のススメ

映像つきff5サントラ、震えて待ちます。

内容は閑話のつもりです。


早朝、バッツは浮かない顔のベルに起こされて早めに支度を済ませると、バベル手前でロキにつかまった。

もはやバッツは何事もなくダンジョンへ潜れる日のほうが少ない。

ロキは神威を放ちベルを圧しながらバッツの手を取る。立ち止まることさえ無かった。

 

「あ、あの…」

「おいガキ、こちとら昨日から一秒も寝てないから要点だけ聞け、バッツ借りるけど文句言わんといてな。冷静に考えればちゅっちゅなんてあり得んけど、これは身から出たサビっちゅうやつなんやから。じゃ!あ、一応迷惑かけてるからな、これやるから感謝しい!」

「寝てない…ちゅっちゅ…あり得ない…?お赤飯?」

 

バッツは馬車へ押し込まれた。ロキ・ファミリアのホームへはこれで移動するようだった。

 

「朝から何なんだ。」

「お前はいつでも神威を無視するんやな。本当に人なん?」

「シヴァとかオーディンの本気のやつを良く浴びてたからな、慣れた。」

「そりゃ…この程度なんてことないなあ。当たり前やなあ!それはどんな状況なんや!」

「落ち着けよ、元気そうで何よりだ。」

「こちらこそや!うちの女大将に手ぇ出すなんてちょっと見境なしの有り余り過ぎとちゃうか。」

「なんの話だ。リヴェリアの事なら確かに手は握ったけどさ。」

「本当ならそれだって当たり前やない、高貴なおててなんや。」

「ああ、王女様って感じだよな。わかるよ。」

「んん、知ってたんか?」

「実は俺さ、お姫様と王様連れて結構旅したんだよ。だから雰囲気でな。」

「は?すぐ話インフレすんの止めてくれる?」

「インフレって?」

「もういい!全くわからんことが良くわかった!」

「俺もなんにもわからないぞ!」

「とりあえずリヴェリアに会ってくれ。あいつ昨日から調子がおかしいんや。」

「分かった。」

 

こんな状況になったのはベル・クラネル介抱後の帰り道、バッツを軽く試すつもりが自分の魔法を完璧に唱えられた衝撃で呆けているリヴェリアによる、要点を一つも押さえていない報告のせいである。

一晩寝たのにまだ妄言さえ呟く彼女から事情聴取するのをあきらめたロキは、一応緊急事態と判断してバッツと接触することにした。

 

それなりの事情がないとバッツに会わないよう対外的な面を考慮して心に線を引いていたが、内心ではちょうどいい理由が出来たと喜ぶロキであった。そのため速やかにバッツの拉致は完了した。

 

ロキは速やかに正面玄関を開け放つと待たせていたリヴェリアを確保して廊下に消えた。

事件の臭いを嗅ぎ付けた数名の野次馬へ言い残すようにロキの大声が反響していた。

 

「おいお前ら。今からお姉ちゃんとママで三者面談やから絶対邪魔するな!盗み聞きなんてしたら打ち首や!」

 

たどり着いたロキの私室であくびするバッツとその顔を見て目が覚めたのか頭が回り始めた始めた様子のリヴェリアが揃い三者面談は始まった。

とりあえず起こったことを話すバッツ。

信じられずに目の前でさせてみれば、ものまねで神威を発してさえ見せた。

ロキは完全な模倣という神秘もいいところの技術に常識を壊されたが、オーディンへ一方的に呼び掛けて働かせたあの時に信じるしかないことを思い知らされていたので頭を抱えた。

 

人による神の召喚に加えファルナをはじめとした個人にしか理解できない魔法や技の再現など、人ひとりで十分思うように世界を変えてしまう事が出来る。その危機感に気絶しかけたのはこの場においてロキしかいない。

 

「それくらいしかなかったぞ。」

「それくらいってレベルの話で終われるわけないやん…どないすんねんこれ…」

「精神力の制御も完璧だった。やはり彼は異常だ。」

「リヴェリア、うちはもうダメや…落ち着いたんなら好きにはなしい。」

 

リヴェリアに精気が戻っている。その目は珍しく興味に光り、もはや自分の欲求さえ満たせればバッツの事を根掘り葉掘りしてもいいとさえ言い出しかねない。

 

「魔法を教えてくれ、バッツ。」

「やめーや!一番触れちゃいけないとこやんか!」

「約束だからな、いいぞ!あ、そうだこれも。魔法使ったら飲んでくれ。」

「ああ、エーテルとは薬だったか。ありがとう。」

「なんなん君ら…ちゃっかりお勉強デートまで予定組んどったんか…」

 

ロキに追い討ちをかけるようにドアが開かれた。ロキはあれほどいったのにとわめきかけたが、勇気ある野次馬はぬっと顔を出した少女二人だけだと分かるとドアが閉まるまでは我慢した。

 

「バッツが居るって。」

「おう!おはようアイズ。」

「デ、デデ…」

「レフィーヤ、挨拶くらいしないか。」

「デートの予定ってど、どういうことですか!」

「ああもう!こう見えてわりと今ギリギリなんや!ちょっとした世界の危機くらいの!分かって?」

「お、なんか事件なら手を貸すぞ。」

「お前のことやぁバッツゥゥ!!」

「続けて。大丈夫、邪魔も盗み聞きもしないから。」

「居直ればええなんて事あるわけないやろアイズたん!?ママもなんか言って。」

「そう呼ぶのは止めろといつも言っているだろう。」

「ママなのか。すごいな!」

「そんなわけないじゃないですか!部外者は帰ってください!」

「バッツと話すための今なんや!落ち着きレフィーヤ!」

「まあ俺の事は心配すんなって!こんな話なら馬車のなかでも十分だったのにわざわざありがとうな!リヴェリア、どっか丁度良いところないか?少しは広い方がいい。」

「ロキの話は終わり?私もついていっていい?」

「バッツが構わないなら好きにするといい。行こうか。」

「来いよ二人とも。ロキも来るか?」

「行く…いや結構!もうお姉ちゃん知らんよ!噂もみ消す位しかしてやらんからね!」

「なんで私もなんですか!お姉ちゃんってなんですか!?部外者のくせ…」

「レフィーヤ、バッツには教わった方がいいよ、きっと為になる。あと本当に嫌なら文句言わないで帰って。」

「そ、そこまで言うなら…」

 

ーーーー

 

バッツは移動したこの部屋を知っている気がした。練習用の備品も見覚えがある。アイズは部屋に入る前から気まずそうだった。

 

「構えて。」

「!!」

「誰かにそう言われた気がする。」

「バッツ…ここでお前が記憶を落とした。」

「うーん。あんまりわからないな。」

「…そうか。仕方ない、あまり暗くなるなアイズ。」

「…うん。バッツ、魔法を見せて下さい。」

 

バッツは歩きながら何をしようか考える。

リヴェリアの魔法が攻撃用だと察しており、教えるなら詠唱のサポートになるものが良いと思った。

 

アイズが踏み込んでも触られるまでに一言くらいは発せる程度の距離を空け、手をかざすとその先にいたリヴェリアの全身を半透明な壁が覆った。

レフィーヤはいつ発動したのかさえ分からず、混乱しかけながらも始めて見る魔法に見入っている。アイズは黄金色の風を押し固めたような美しさを気に入った。

一人離れているバッツの声が響く。

 

「アイズ、ちょっと本気でリヴェリアを叩いてくれ!」

「「!?」」

 

エルフ二人はよりによって一番の弱点である打たれ弱さをアイズ相手に見せてみろと言われ驚いた。

リヴェリアは自分に何が起こっているのかも把握できていなかったが、バッツからは敵意も詮索の意思も感じられないため素直に構えた。

さすがに気合が入るがまだ好奇心のほうが強く、微笑みながらも怪我を覚悟した。

すでにアイズはバッツのとなりで構えている。

この程度の距離ならば高レベル同士だと普段の話し声でも聞き取れてしまう。あまり大声を出さないアイズには都合がよかった。

 

「…いいの?リヴェリア。」

「いつでも来い。」

 

木刀を握ったアイズがふっと一息吐くと床に衝撃が走る。

常人なら反応してから構える頃には真っ二つになるであろう速度。本人も十分に本気と言っていい威力を持って胴をないだ。

つもりだった。

 

「!!」

「ほう、これは…」

「受け止めきれてますよ!流石です!」

 

アイズは泥を殴っているような感覚を覚えた。おおよそ剣を振る感触とは似ても似つかない。

明らかに壁が殺した勢いは大きい。どれ程のものだろう。アイズはこの魔法を気に入った。

 

「アイズ相手にこれは…かなりのものだぞ。」

「どれくらい軽くなった?」

「半分といったところか。はっきり言ってこれがあれば、私なら50階層でいくらか叩かれながらでも詠唱できる。」

「と言うことはこれからは全力で訓練できるね。」

「止めろアイズ…頼むから止めろ。それに私はまだこれを習得さえ出来ていない。」

 

次は魔法を使うと言って構えたアイズをみんなで落ち着かせ、バッツは改めてリヴェリアへプロテスの伝授を試みる。しかしいつか魔法屋で行ったはずのあれこれが思い出せない。もしかすれば本を読むだけの習得だったかもしれないが、それさえ判然としない。

唸るバッツの姿に冷静にさせられた三人は、仕方ないので感覚的なコツだけを聞くとアイズから質問が上がった。

 

「なんでこの魔法にしたの?この前の速くなる魔法のほうが便利そうだけど。」

 

バッツはヘイストを見せたことがあったのか思いだせなかった。リヴェリアとレフィーヤはアイズの発言の内容を噛み砕こうと静かになった。

少しあってレフィーヤが恐る恐る口を開いた。

 

「私と同じ…」

 

レフィーヤへ手をかざし口を止めたリヴェリアが代わりに発言する。バッツがあまりにも自然に魔法を披露してから、雰囲気に飲まれていたレフィーヤは自分の情報を見せる必要はないと気付かされた。本来なら他人に無償で魔法を見せびらかすなどあり得ない事なのだ。

それにロキの狼狽ぶりを思い返せば、未だバッツが未知の危険であることは明らかだった。

 

「私は昨日も言ったが、これを覚えられる自信がない。普通の知識のように、魔法は誰かに聞けば使える類いのものではないだろう。」

「まあ、まずはやってみようぜ。俺もそうやってたくさん覚えたんだ。それに、リヴェリアなら出来るさ。」

 

バッツは人を待たせているのでダンジョンへ向かわなければならない事を話し、解散することになった。

またいつか続きを見せろと約束を取り付け見送ったリヴェリアは上機嫌だった。レフィーヤは隣でその明るい表情につられ、胸に渦巻く感動をつい吐き出した。

 

「あの、私詠唱のない魔法なんて初めて見ました!練習、するんですよね?」

「練習による習得か…詠唱さえない魔法はどう練習すればいい…原初の儀式的な精神力の変換を手をかざすだけにまで集約、簡略化しているのか?そんなものがたくさんある?馬鹿な…しかし素養さえあればファルナ無しで使える魔法…控えめに言って人生をかけられるほど面白い…」

「…あ、あの!ご思案中のところ申し訳ありません!」

「ん、もう一度頼む、聞いていなかった。」

「私、感覚的なものなのですが…あの人が言っていたコツ、わかる気がするんです。」

「ほう…時間がかかるとは思うが、お前もこの研究を手伝ってくれないか?当然バッツとは何度も会うことになってしまうが。」

「こ、光栄です!でも、私なんかでお役にたてるのでしょうか…」

「感覚的に何かを掴めるというのは稀有なことだ。自信を持て、素質は私よりもあるだろう。それより気負わずに頼むぞ、バッツも感覚的な人間のようだった。その性格も大いに紐解く手がかりとなることだろう、つまり…」

「そう言っていただけると凄く嬉しいです!!…?もう聞いてないんですね…」

 

記憶の戻らないバッツに引きずり出された罪悪感ですっかり落ち込んだアイズは、ロキへ犯行現場を見せても彼の記憶が戻らないことを伝えた。

想定外だったのはアイズの落ち込み具合だったようで、深いため息の後に仕方がないから買い物ついでに彼を送ってこいと指示を出す。静かにうなずいたアイズは飛び出した。

 

その後、ロキはバッツの魔法が後天的な習得の賜物で、その上レフィーヤ程の素質があれば見ただけでも習得出来てしまう可能性が十分に有ることを聞かされ、今度こそ耐えきれずベッドへ倒れた。




こうみるとバッツの魔法はほとんど同じモーションから出てくるし相手にはノーヒントだ…しょうかんに詠唱をつけてみたり、分かりやすくしていきたいです。


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前だけ見てろ

嘘予告 
これまでの蟻喰い
ー 謎の冒険者バッツにあるときは焼かれ、あるときは投げ捨てられ、いじめられ続けたキラーアントたち。しかしその牙は折れていなかった!
家族を殺され復讐にとり憑かれた仲間たちが次々と集結する。過去類をみない団結力と数をもって7階層の最大勢力となった彼らは、悪魔となることを決意した…彼らは全てを飲み込み、ダンジョンで黙示録をなぞる。 ー




ダンジョン9階層。バッツはベルを探しさまよっていた。

装備はいまだ無傷の軽鎧を着込み、いつものナイフにマント。多少マントが仰々しいが日頃の格好に比べればそれなりに冒険者らしく見える。

途中で小人の子供を見たら教えろと言われ、リリを想像したが口には出さなかった。

流石に10階は危険過ぎるためまず潜らないだろうと踏んだバッツは、戻った9階入口の階段でさっきみた顔と鉢合わせた。

 

「アイズ!どうしたんだ。」

「ベル・クラネルとあなたが危険だからよろしくってギルドでお願いされたの。」

「じゃあベルが危ないのか…上から探してみたけどベルはみてないんだ。」

「もう一度ここから探そう。」

 

ーーーー

 

「おい、もう10階層だぞ、どこまで潜ったんだあいつら。」

「さすがにここを抜けるのは難しいと思う、きっとこの辺にいるよ。」

「ここで人探しは骨が折れるな。アイズ、離れない方がいい。声が聞こえたら教えてくれ。」

「うん。…あっちかな。」

 

レベル1のバッツには聞き取れない遠くの声を拾ったアイズによれば戦闘が行われているようだが、霧が濃く姿が見えない。

真っ直ぐ進むアイズは、姿が見えたモンスターを雄叫びのひとつも許すことなく一刀の下に切り伏せる。

バッツは何度かアイズの前に出ようとしたが、意地でも戦わせないつもりか、すぐに距離を空けられてしまう。

 

「俺だって戦えるぞ!心配するなって。」

「頼まれたから、我慢して。」

「…女の子に守られるってのも久しぶりだな。」

「任せて。」

「おう、ベルを見つけるまでよろしくな。」

 

ほとんど駆け足で進むなか、ベルの方へ向かっているであろうモンスターの影は少しずつ増えている。

その流れに逆らって飛び出した影が1つ。子供くらいの背丈で大きな団子がついている。リリを知っているバッツには常識はずれな大きさの袋を背負っているようにも見えた。

ベルはある程度戦闘をこなせるため、ひとりだった今の影がリリなら先に合流すべきがどちらかは明らかだった。

目を細めたバッツへアイズが話しかける。

 

「もう着いたよ、多分あの辺りだと思う。」

「ようっし、早速だけど解散!」

「残念だけど、私もこの辺の敵を倒しておきます。気を付けて。」

「ああ。お礼って訳じゃないけど、リジェネ!」

「これは?」

「小さい傷が治り続けるんだ。薬代くらいにはなるだろう。」

「ありがとう。またね。」

 

ーーーー

 

バッツは駆け込んだ先で確かに馴染みのある声を聞いた。

即座に戦闘体勢に入ったバッツがベルへ近寄るオークの背中に取りついて急所を一突きする。

声もなく霧散するまえに飛び降りたバッツは状況確認を行う。

 

「邪魔だァァ!」

「ベル!こっちだ!」

「バッツ!ここがわかったの?」

「リリはどうした?」

「一人で行っちゃったんだ…もう少し疑ったほうがいいって言われた!リリだって一人じゃ危ないくせに!」

「落ち着け!…ナイフはどうしたんだ?」

「リリが持ってる!」

「そうか。俺はリリを助けにもう行く!すぐにこの辺の敵は片付くから追ってこい!」

「分かった!って、倒してくれないの!?」

 

ベルが振り向くと既にバッツの姿はない。すぐに片付くという言葉の意味がわからないままバッツを追うが結局モンスター達を振りきれず、戦闘に戻らざるをえなかった。しかしリリへの心配は随分と軽くなり、余裕も出たため集中力を増した。

 

ーーーー

 

バッツはリリを探すために一切の戦闘を無視してダンジョンを駆ける。一人で無理はしないリリの性格を考えて大きな道や上階への最短経路を走ったバッツは、少女の叫び声を聞きついに足を止めた。

打撃音の響く方へ向かうと倒れたリリが冒険者に凄まれているのが見える。さらに手前にいる冒険者はリリを襲っている冒険者と揉め始めた。

ただ事ではない雰囲気にバッツはリリ以外の冒険者を敵とみなし、踏み込むことにした。

 

「お前たち!…!?」

 

手前にいる冒険者の手には痛め付けられたキラーアントが見える。床に転がる物も消滅しないところを見ると死にかけているのは一匹ではなかった。嫌でも聞こえる独特の足音は増え続け、フェロモンの効果で増援が湧き始めたのをこの場の全員に知らせていた。

 

バッツは迷わず近くの冒険者が持つキラーアントへ止めを刺しに突撃した。

 

「チッ!早くしろゲド!邪魔が入った!」

「何様のつもりだカヌゥ!」

 

バッツはゲドへ叫ぶカヌゥと切り結ぶ。

キラーアントめがけて真っ直ぐ伸びるバッツの剣は恐ろしく速い。カヌゥは思わず蟻を落とし、両手で支えた剣で受ける。邪魔しやがってと睨み付けるが、気合い負けしたのはカヌゥだった。

バッツの視線は全くそれず、未だキラーアントへ注がれている。一度落ちた勢いを気にもせず、体重をのせて擦るように振り抜いたバッツは残った威力だけでカヌゥの剣を叩き折った。

 

あまりの実力差にカヌゥの表情は歪み、自ら呼んだキラーアントの鳴き声に死期を悟らされる。

転がる蟻の頭に向かうバッツを横目に力無く腰を落とすと、すぐにその歪んだ精神は走馬灯に背中を押され、すべてを投げ出す決断を下した。瞬き一つの時間だった。

 

「クソックソッ…クソッ!どうせならお前ら道連れだ!」

 

連れの冒険者二人もカヌゥがあれでは逃げ切れないことを悟る。

死にかけたキラーアントの頭を割って回るバッツから目をそらすように振り向けば、逃げ道は黒く塗りつぶされるように埋まっていく。

既にキラーアントは見える通路すべてで群れを成しつつあった。初めて見る数の群れに焦り、熱は冷め、絶望にのまれる。結局カヌゥと同じように諦めた顔で手当たり次第にキラーアントを痛め付け始め、状況は転がり落ちる様に悪化した。

 

蟻の相手を諦めたバッツはリリを手にかけようとするゲドへ走り込む。

ゲドはリリを人質にしようと首をつかんで持ち上げた。もう片手でリリの首へ刃物を押し当てようとするが、手が動かない。

見れば肘から手首にかけてざっくりとナイフが突き刺さっている。痛みを感じる前に本能が現状理解を求め、目の前に迫る白い冒険者を見た。

彼の両手は空いており、カヌゥを叩き伏せた短い得物が消えている。

 

「これがそうか。どおりで痛い…し、死にたくない…!」

 

ゲドは錯乱し始めた直後、まともに声もでないまま意識を無くした。一心に速度を上げ続けたバッツの膝がリリのフードをかすめてゲドの顎を砕いていた。

 

「悪いとは思わないぞ!早くキラーアントを何とかしないと!リリ、立てるか!」

「ぅげほっ…は…?」

 

目を白黒させているリリは視界の奥が蠢く何かで真っ黒に埋め尽くされていく恐怖に加え、痛みに耐え呼吸を思い出すのにパニック寸前だった。

バッツはリリを落ち着かせるために少し放って置くことにした。

 

ゲドの腕から短剣を抜くと最も遠い冒険者の背中に容赦なく投げつける。剣で突き刺したキラーアントの足を踏み折ってフェロモンの発散を促すカヌゥの連れは、腰でずぶと音をたてる短剣を深く受け入れ、汚い叫びを上げて倒れた。

倒れる様をみる前に走り出していたバッツは、今更死ぬのが怖くなったか逃げようともがくもう一人のカヌゥの連れへ手を伸ばすと、ポーションの入ったベルトのホルダーを盗んだ。

 

「こいつらみんな巻き込みたいだけか!おい、はやくこれを使え!」

 

リリは投げ込まれたポーションに気付きはするも痛みを忘れるほどの感情なのか蟻を食い止め続けるバッツへ弁解を始める。不思議と苦しみの見えない表情だった。

 

「もういいんです。これで誰かが私を許してくれるなら。許されなくてもここで終わりで十分です。強い人たちが逃げ切って私はおいていかれておしまい。よくある話で終われるなんてリリにはもったいないほどです。出来れば死に目ははやく忘れてくださいね、ありが…」

 

バッツはリリを抱き上げると、走りながら器用にポーションを使いリリを治療した。四方に群れるキラーアントは抵抗を続ける冒険者を押し退けながら確実に二人へ距離を詰めていく。

 

「そら、まだ痛いだろうけど、もう立てるよな。このくらいで俺たち三人がやられるわけないだろ?」

「三人?」

「ファイアボルトォォ!」

 

ファイアボルトの閃光がリリの視界を埋める。

直後に通りすぎた白髪に驚く間もなくバッツが声をかけてくる。

熱こそ帯びていたが諭すように落ち着いていた。

 

「あんなやつらに好き勝手やらせていいのか?」

「リリに…リリに今更どうしろって言うんです!?」

「俺とベルがいる!どうとでもなるだろ!」

「私は悪い子…」

「説教は後!」

「…全部に!全部やり返したい!」

「よし!そうと決まれば、前だけ見てろ!」

「うっ…うあぁぁぁん!」

「今は頑張れ!行くぞ!」

 

作戦など何一つ決めていなかったが誰も迷う事はなかった。リリは歩き出すと全力で前を跳ね回るベルの隙へ襲いかかろうとするキラーアントの注意を引いた。バッツはすぐに二人から離れたが自然と互いが互いを視界の端に確認できる。

確かな信頼を持った3人はリリを支えるように連携を完成した。

 

リリは心で叫んだ。

私の居場所はここだ!ここが良い!あの人たちみたいになりたい!

恨むだけの自分なんていらない。仕返しに全部笑い飛ばしてやる!

 

涙を拭えばベルと目が合い、足に力が入る。

ここまでされないと人を信じられない自分だが、謝る暇はない。今は進もう、白い炎が希望だ。

まだにじむ視界でも、あまりの群れに踏み出す場所が見当たらなくても、まぶしい光を追えばいい。声のする方へ、暖かい方へ進めばいい。

キラーアントの気を引いてベルを守るには、非力な石つぶてだけで十分だった。

 

ベルは振り返らない。目の前の蟻どもをとにかく倒す事こそが役目だと理解していた。

リリを守るには数を減らすこと。みるみる増えていく自分の傷を気にしていられる余裕はない。離れ過ぎなければ背後の心配はいらないというだけで上等だ。

僕たちの後ろはバッツが守ってくれる。

 

ベルとリリは初めてすべてが噛み合ったパーティの強さを体感する。自分が身を守ることしかできずともすぐに仲間が埒を空ける。前を向いて進むことが出来る。

 

二人の必死な戦いがこうも上手く行くのは、決して折れない柱があってのことだった。

二人と変わらず本気の表情を見せるバッツは、しかしそこからは想像もつかないほど冷静に戦っていた。既にリリの背後に群がるキラーアントは無防備な冒険者たちさえ無視してほとんどがバッツへ攻撃を集めている。

 

支配的な効き目のてきよせはこの場で子供二人を守るには最適だが、ギルドで口酸っぱく言われる最も危険な状況に違いなかった。

しかし一人窮地を抱え込んでおきながら、この場で唯一余裕を失っていない。

広く視界を取ったバッツは、3人笑顔で帰る光景を見据えた。等身大の大立ち回りを演じる二人の手綱を、わずかに口角を上げ自信溢れる表情で握っている。

バッツは武器を投げてしまい素手だが、勝てる確信があった。

いちいち相手をしていては1匹倒す間に5匹増えるような状況に見えても、このまま蟻を引き付け続ければいい。

ベルは一度必死になれば疲れたからと手を抜くことは絶対にない。いつか群れを焼ききってくれる。

 

キラーアントは仲間を投げつけてくるバッツに恨みでも覚えるのか、やたらぎいぎいとうるさい。

これだけの数で鳴らされるとさすがに無視できない不快を感じながらも、バッツは時折離れて行く不届き者へ漏れなく手元の蟻を投げつけながら、リリとは付かず離れずの距離を器用に保ってその時を待った。

 

リリが信じた勝利は視界が清んだと同時により明るさを増した。

人を守れる距離を体に叩き込んでいるベルはすでに自分のペースを確立出来ている。蟻の数はベルとリリの思うよりずっと早く減っていく。

バッツはベルの倒し漏れに向かって走り回り、ベルの構えに合わせて投げ込む。死にかけのキラーアントは仲間を呼ぶ間もなくファイアボルトの熱線に焼かれていった。

それをみたリリも生きているのがやっとの焼け残りを処理しはじめると一転突破で逃げ切るのが最善に思えた状況は逆転、キラーアントの全滅へ向かって終息を始めた。

一人群れを抜けたベルがバッツに続く群れへきびすを返して外周から切り込む。リリも群れを抜け、ようやく冒険者の腰からバッツの剣を回収する。

 

剣を投げ渡したリリは追い風に吹かれた気がした。

前を見れば瞬く間に攻勢を整えた二人の苛烈な連携に息を飲んだ。石細工を光らせながら波打つ黒い闇の群れを押し返し、閃光の後には温もりとわずかな明かりだけが残った。

目の前の光景がリリの心の中と重なる。飛び散る魔石が閃光を乱反射して眩しかったが、決して目を閉じることはなかった。

 

リリは勝利を確信する。そこから敵の全滅に時間はかからなかった。

蓋を開けてみればベルの体力次第だった。誰も逃げようとしなかったのはギルドの言うところの冒険行為だったが、だれも負ける気がなかったのだから仕方がない。

それもこれもバッツの異常な判断速度と耐久なくしては成り立たなかった。ベルとリリは何となくバッツが一番大変そうだと察する程度だったが、本人は多少息が荒い程度で特に怪我も無かった。

あげく落ち着いた今は目の前であくびをしているので実はさぼっていたんじゃないかと言いかけたのを二人そろって飲み込んだ。

 

リリは冒険者に蹴られて腹の骨が折れていたりと最も辛い怪我を負っているように見えたが、取り返した薬を使ってからは晴れやかな表情でベルの疲れを気にしている。

少し経って道具の確認を終えたリリはうつむいたままバッツに近寄った。

 

「あ、あの…」

「俺もそいつらの道具を盗んだからな、説教なんて出来ないさ。…ベルには黙っててくれよ。」

「はいっ。」

「何話してるの…二人とも…」

「「なんでもありませんっ。」」

 

緊張が切れてぐったりしたベルの回復を待ってから三人で静かに帰還した。

 

かろうじて生きている様子だったリリの追っ手四人は、帰り道、現場に散らばる無数の魔石を報酬に適当な冒険者へ救助を依頼しておいた。

 

ーーーー

 

戦闘を避けるために道案内をするリリは、いつもの調子で話す二人をみて心に罪悪感が広がった。こんな感情に流されてはダメ、幸せを掴むためにも前向きでいたい。自分を落ち着かせるためにどうでもいい話をしようと思った。

バッツの腰に光る石細工を値打ちのありそうな骨董品と見て興味本意で聞いてみる。

 

「先程の戦闘では、途中からそれを光らせてくださったお陰でバッツさんを見失わずにすみました。しかし、普通の魔石灯とは違うようですね。今もかなり強く光ってます。」

「お、また光ってるな。実は気付いたら光っててほっとけば消えるんだ。…取るなよ。」

「取りませんよ!…ええ、二度と取りません。」

「バッツ!その冗談はひどいよ!早くあやまって。」

「すまん!言い過ぎた!それよりほら、ベルの事はこれからどう呼ぶんだ?」

「ベル様はベル様です。まんざらでもなさそうなので変えません。」

「がーん。僕らは結構近づけた気がしてたのに…」

「リリもそう思いますよ?でもそれはそれ、これはこれと言うことで。」

「あ!ベルって呼び捨てるの恥ずかしくなったんだろ!」

「…!!ち、ちがいます!これはその…」

「そう言うことかー。嬉しいよリリ。」

「ちがうんですー!まだ抜けきってないだけです!」

「うん。そう言うことにしておくよ。」

「なあんでそういうところだけ大人なんですか…」

 

ーーーー

 

地上でリリと別れたその直後、遠くで聞こえたのはよくある往来の売り込みだったが、ベルが子供らしく引っ掛かった。

「新しい英雄譚だって!僕は古いのしか知らないから読んでみたいなあ。作者のムーって誰なんだろう。」

「さあな。なんて本だって?」

「もう一回聞こえるまで待ってみようよ。」

 

「さあ待ちに待った新たな英雄たちの伝説が何と!これまた伝説の編さん者、あのムーによる執筆でコイネーに翻訳された新刊!さる古株の神々に伺うと、実に500年ぶりとなるムーの新作だとのことで、これは期待せざるを得ない!」

 

「なかなか引っ張るな…」

「まあ気長に聞こうよ。」

 

「…新たに轟くその名は!…暁の四戦士!!」

 

「!?」

「バッツ!大丈夫!?」

 

首を押さえ唸るバッツが落ち着つくまではそれなりに時間がかかったが、その後はいつも通りの調子だった。

 

翌朝、ベルとヘスティアが目を覚ますとバッツの姿は無かった。




バッツをこきつかおうと思ったらこうなりました。だらけた展開でしたが後悔はしてません。

次回から修行、ミノタウロス編です。


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ベル、から回る

不定期更新です。

が、とりあえず暇がなくなるため次回は年内には厳しいかもしれません宣言を置いておきます。




「おにーさん、そこの白髪のおにーさん!」

「リリいた!バッツが居なくなったんだ!顔赤くしてる場合じゃないよ!風邪なら送っていくけど!?」

「えへへ、へ、ええ!?」

 

感動のなんちゃらなどない。家族の行方と仲間であることの再確認など、どちらが大事かは考えるまでもなかった。以前彼が帰ってこなかったときは記憶を無くしたのだ。まして今度はその記憶喪失のまま消えた。心配しないわけがなかった。

 

しかしいざ探そうと決めたもののまごついた二人。バッツの行きそうな場所に当たりがつかなかったのだ。ベルはよく神様に捕まるバッツの交流関係が全く想像もつかず、寝食を共にしておきながらあまり彼について知らないことに改めて落ち込んだ。

リリに励まされながらさまようもギルドやら武具屋の最近行った場所には顔を出していないようだった。

 

結局進展のないまま腹の虫に昼を告げられ、廃墟地下のホームへ帰ってきていないかと淡い期待を抱いてとぼとぼ帰る道すがらミアハに声をかけられた。

彼は相変わらず初心者口説き、もとい新米への親切極まる押し付け、もとい薬舗の宣伝を続けているようだった。既に試供品ポーションの効果は以前に比べて押し付けるには勿体なさを感じるほどだが、それを全く気にしないお人好しのすぎる性格によって胡散臭さを通り越して静かに評判をあげているらしい。

そう言えばミアハの所には行って無かったと気付いたベルへようやく吉報が舞い込む。

 

「ベル!良いところに会った。隣の子は初めましてだな。私はミアハ、薬屋を営んでいる。簡単な自己紹介ですまないが、いち早く聞いてほしいことがあるのだ。バッツは我が家で預かっている。」

「バッツはどうしたんですか!?」

「…何かあったんですか?」

「落ちつけ二人とも、よく聞くのだ。バッツは寝込んでいてな。夢にうなされているようだ。良くなったらすぐにヘスティアのもとへ返すので誰もこちらへ顔を出さないでほしい。今の彼に会うには君たちが危険だ。」

「そんな…大丈夫なんですか?」

「彼は強い。すぐに目を覚ますだろう。それから彼は今朝日が昇る前、めまいをこらえて薬を求めて来た。無論手は尽くした。今のところ疲労ではなく、命の危険もないだろうということは伝えておく。」

「…ヘスティア様には伝えておきます。」

「よろしく頼む。先ほどそちらへ伺ったが、こんな時にもいびきをかいていたからな…もっとも、それほど図太くなければファミリアの長は勤まらないか。」

「に、二度寝したんだ…起こしたのに…」

 

バッツがいないと気付いてすぐに飛び出したベルの言葉は、寝ぼけたヘスティアには小鳥のさえずりと大差なかったに違いない。

ミアハは最後にと言ってベルだけに聞こえるよう耳元でささやいた。

 

「ベル、バッツが繰り返していたのだが…しぬな、けあるが…とは何かわかるか?」

「し、死ぬなって…」

「バッツにしかわからないことか。伝えておいてなんだが、深く想像をしないほうがいい。他言は無用だ。」

「はい。絶対に秘密にします。」

 

バッツの居場所と安全がわかってひと安心した二人はミアハと別れた。

 

ベルは付き合わせたお礼にリリへ食事をご馳走することにした。バッツの心配を誤魔化すように適当な店を選ぶ中、リリは待ちきれない様子で足を止めると前を行くベルを呼んだ。その顔は微笑んでいるが目が笑っていない。

 

「これからもリリがベル様にお供するには、実は準備が必要なんです。」

「え?」

「リリはこれから死にます。」

「!?」

 

バッツのうわごとを聞かされたばかりのベルにとって、追い打ちのように飛び込んできたリリの告白はそれなりの衝撃だった。思わず聞き返すベル。

 

「冗談だよね…?」

「本気です。絶対に今日中には死にます。そして消えるんです。」

 

少女は淀みなく言ってのけた。まっすぐ見つめ返してくる瞳のなんと澄んだことだろう。ベルにはリリから覚悟の決まった者にしか出せない独特の脱力感が確かに感じられた。本気で何かをする時のバッツの表情を思い出したベルは、完全に凍り付いた。

すぐに一歩近寄って待っててくださいねと畳みかけるリリ。

もはや言葉も忘れ震えるベルは、まったく余裕のなくなった脳内に言いたいことだけが駆け抜けた。

まさかお化けになって一生とり憑くのを、お供すると呼ぶのか。

…昨日あんなに必死で助けたのに!

 

「必ず僕が守るから!そんなこと言わないでよ!」

「!?」

「なんなのその顔!一度で足りないなら一生守るよ!」

「えぅ…ちょ、ちょっと…」

「僕じゃダメなの?声をかけてくれたあの時を僕はちゃんと覚え…」

「あーんもう!!こっちへ!」

 

リリはベルの手を取るとがむしゃらに走った。往来の熱はベルとリリへもれなく注がれている。ここまでのものは天然記念物だの、将来きっと大物になるだの、熱くて溶けそうだの、私もされたいだの、脳を焼くような言葉が次々と飛んでくる。

リリはフードをかぶっていても間違いなく人生史上最も目立っていた。確かに明るく幸せになると誓ったが、こういうことでは断じてないはずだ。現状はいつか捨てた乙女らしい夢の光景そのものではあるはずなのだけれども。

 

人の減った路地裏。ベルは元よりリリも混乱していた。当然少し脅かしてやろうと悪い言葉を選んだリリが悪い。それをわかっているためベルを責められない。それどころか何度静まれと念じても頭の中で響くベルの声に熱が上がるばかりだった。

手を引かれ走り続けたベルは自分が爆破した現状を理解できていないので、とりあえずリリの肩をつかんで説得の続きを試みる。ベルの不安そうな顔を見たリリは突然の告白が自殺を止めるための必死の説得であると分かり、一気に汗が引き始める。

 

「ふええ…」

「大丈夫、僕は絶対にいなくなったりしない。だから死ぬなんて…」

「も、もう大丈夫ですから…死にませんから…変なこと言ってごめんなさい…」

 

リリは瞬間冷凍された気分に追いつかない真っ赤な顔でようやく事情を説明した。

まとめると、これまで食い物にした、またはされた人々から付け狙われることの無いよう足跡を消し、社会的に死んだことにすることでようやくベルたちに迷惑をかけずに冒険できるということだった。

話を理解してようやく落ち着いたベルは無理やり納得することにした。危険を避ける為というよリも覚悟の表明のようなものに思え、否定する気にはなれないからだった。

 

リリの時間が押していたらしいので、応援する気にこそなれないものの、無事に終わることを祈りつつ腹を空かせたまま別れた。

ホームへ戻らずじゃが丸くんの屋台へ向かったベルは、満面の笑みで迎えて来たヘスティアに苦笑いしながら出来立てを2つ注文し、ヘスティアへ今すぐ少し時間が欲しいと伝えた。

 

ベルの表情から察したヘスティアはすぐに出てきた。湯気をたてながら大口で頬張り、一気に空腹を満たしたベルがバッツの現状を伝えると、ヘスティアはただ静かにうなずいた。

ベルにはこのヘスティアの反応は意外だった。

 

「バッツが大変なんですよ。なんでそんなに落ち着いてられるんですか。」

「まあまあ。考えてもみなよ、ボクたちから見て、バッツが大変なことをして無い時って、あんまりなかったよなあ。」

「言われてみれば…で、でも倒れたんですよ?」

「記憶がなくても帰ってきてくれたバッツが今さら倒れた位でなんだい。ミアハを信じるんだ。心配しないわけ無いけど、大丈夫だよ。」

「…そうですよね!よし、今日は暗い雰囲気にならないように、ごはん食べに行きましょう!」

「えっ。」

「ど、どうかしましたか。」

「バイトが…あるんだ…この前、黙って休んだろ?結構…言われたのさ…」

「ああ…」

「笑ってくれよ。暗いのは嫌だろう?」

「あはは、この際働くのやめてもらって、毎日ホームで待っててくれませんか?寂しいし、お金にも最近は困ってないどころか順調に増えてます。」

「関白宣言だとう!?…なんて、なんて甘美な誘惑なんだ!それでも、ボクはバイトを止めない!分かっておくれ!神にはやらなきゃならない時ってのがあるんだ…」

「わ、分かりました…カンパクセンゲンってなんですか?」

「ああ、取り乱したんだ。気にしないでおくれ。」

「じゃあ、ダンジョンに潜る気にはならないので、今日は僕が待ってますね。」

「楽しみにしてるから、おかえりは笑顔で頼むぜ?」

 

大丈夫と笑うのも、バッツがよくやっていたと思い出すベルとヘスティアだった。

 

戻ったホームで装備の手入れをしていても、一からやり方を教えてくれたバッツを思い出す。

 

「僕もしっかり腕に巻いてから小手をしようかな。なんかかっこいいし。似合うかな…へへ。」

 

ベルは少し暖まった気分で気付けばバッツへの気持ちを考えていた。

これは憧れなんだろうか。何時だって背中を押してくれるし、かっこいいところもたくさんあるけど、あんな風になりたいとはあんまり。どうせならあの人みたいに、シュッときてズバッて、颯爽と背中で語るって感じで…バッツは受けてたつって感じかな?

でも、いつかあの人を守ろうと思ったら、あんな風にどっしりやれないといけないよね。

死ぬなって、守れなかったのかな…あんなに強くても…駄目だ!これは考えないようにしないと。

そうだよ、どんなに辛くても、僕と神様でバッツを守るんだ。…あたらしい家族に出会えるなんて、こんな奇跡もう二度とないんだから。

 

そうと決まれば訓練だと表へ出たベルの顔を夕日が染める。冷えてきた風は心を引き締めるようだった。

ベルは独り、記憶喪失の暗闇を行くバッツに必ず暁を見せると改めて誓った。

 



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ざわめく女神

不定期更新です。


バベル。人々が見上げてやまない大穴のフタにしてこの街で最も高い建物。世界一大きな石造りの円筒。その一室で、ロキは一人の女神を待っていた。

呼び出された女神は約束の時間から少し遅れて降りてくる。ここの最上階に住む彼女にとってはこの部屋でさえ日頃から見下ろしているものの一部だった。

 

窓辺のロキは開かれたドアの方へ目をやると、目的の女神の姿が見えた。

誰が使うわけでもないこの部屋は、信仰のあつい人々から納められた最高級の家具がいつでも使えるよう配置されている。そのそれぞれが風格を持ち落ち着いていながらも、気品のある彫刻の模様やオラリオの外で作られた民芸品など、静かに部屋を飾りたてる一つ一つを見れば人の温もりを感じさせる。対して床には敷物こそないが、いつか住む主の為にほこり一つ無い清潔さが保たれている。

そして全体を何となく見れば、全てがよく磨かれ、そして整いすぎており無機質ささえ覚える。だが、神が住むとあれば、そこまで贅沢に作り込むのも人からすると妥当なのかもしれない。

 

年季の入った床の赤い木板はきしむことはなく、女神の軽い足音だけが鈍く鳴った。ロキが肘をつく窓はチェス盤を優に置けるほど広いが何もなく、3Mほどの一枚扉が上開きに外側へ引かれて開いている。女神はロキの反対側まで着くと木の質を確かめるように軽く手をつく。互いに風の吹きこむ方角を一瞥すると、どちらからともなく視線を交わした。

怪物祭の時は、食事を取るなか外の景色に気を取られて飛び出したかと思うと、そのまま往来で人の子を誘惑さえ始めた女神フレイヤ。ロキはその気が散らないよう、たった数分会うためだけにここを用意したのだった。

「待たせたかしら。これで、おあいこね。」

 

フレイヤは、目をわずかに細くして、街中に向けた視線を泳がせて始める。顔を少し上げたロキはそれを見てひとつ舌を打ち、また外を見た。ここから外を見下ろすと、足元を押し上げられる感覚がある。石造りの巨搭に立っているはずが、死人が積み上がってこんな高さになっていると錯覚しそうになり、気分が悪くなる。

この一階から下へと続く大穴に飲み込まれていく帽子や兜たちは、いつでも出てくる方が少ない。ロキ自身の家族も例外ではなかった。

 

ロキは手に顎をのせたまま深く息を吐くと、街を囲う大壁とその向こうに広がる草原へ視線を上げ、目の前の女神が視界に入ると口火を切った。

「ありもしない本の宣伝なんて、明らかに売りたい客は一人や。」

言い終わる前に机のふちを人差し指でなぞって歩き出したフレイヤは、一呼吸してからロキの後ろ姿に返した。

「本当にないのかしら。回りくどいのは私の趣味じゃないのだけれど、今は楽しくて仕方がないの。」

雲一つない外の景色は平穏そのもの。ここまで高いと街の喧騒も聞こえてこない。ロキは後ろに束ねた朱色の髪を風に流されている。街を眺める顔の笑みは消え、その目尻は普段より伸び、正面に見える通りでも特に大きく目立つギルドを見つめている。

「ムーまで巻き込んだならもう行くとこまで行くってことや。ふざけんな。ご近所メイワクや。」

明らかに怒気を帯びた声だった。フレイヤは足を止め、即座に口を開く。いつもと変わらずゆったりと、淀みない声だった。

「私は好きにする。あなたたちもそうするといいわ。どうあれあの子は貰うもの。」

 

ロキは目を閉じ、すでに話の通じる段階を越えてしまっていた事を落ち着いて飲み込んだ。やがて風が落ち着いてくると、懐かしむような目で神話の英雄を模した顔の彫像を眺めるフレイヤとすれ違い出口へ向かう。目を合わせる素振りは互いに無かった。

「これだけは覚えとき。次シヴァやらうちに火の粉がかかれば実力行使。絶対にとめる。」

フレイヤは風に流された細い髪を軽やかに遊ばせ、払うこともしない。くすぐるような返事は弱った風に乗せるように優しかった。

「お姉さんの手間はとらせないわ。」

ドアに手を掛けようとしたロキは怪物祭でみたバッツの寂しい顔を思い出した。

「…次その呼び方をしても許さんからな。」

 

フレイヤは右手を口に添え、この部屋へ来たときのように意識をバッツへ向けた。口こそ動いていたが、言葉に意味はなかった。

「そこまで大事だなんて、妬けてしまいそう。」

わずかな音も立てずにゆっくりと開いたドアを押すロキは、ここ数日で何度も唱えていた言葉を再び反芻した。

(お前はなんもわかってない。バッツは人の子、神を、使う側や。)

 

ーーーー

 

バベル内、ヘファイストス・ファミリアの店で昼の休憩がてら可愛い新人たちへ送る物品を漁っていた次期団長候補ラウルは、唐突に首をひっつかまれ、同時に周囲にはわからない程度の神威をあてられ腰を抜かしかけた。

「おい、こんなとこでなにやっとるん。」

神威に耐性のない大勢の人間の一人であったラウルは本能的にどうしようもなくなり、力なく振り向いた。仕える主神の、見目麗しき怒れる顔がそこにあった。

「うおっ、え、神様、なぜ怒ってイラッシャイマスカ?」

 

突然首を捕まれて無茶をやらされるのは慣れたものだったが、普段とは明らかに雰囲気が違う。神威を発している時点で結構な事態である。きっと何かあったに違いない。八つ当たりされているのだとしてもすでに冷や汗が止められない。

「うるさい。まあなんでもええ。今からさっさと団長に英雄譚を探して持ってこいと伝えろ。誰よりも早くムーの新作を押さえろって言えばフィンもすっ飛んでいくやろ。」

ラウルは困惑した。ロキの雰囲気と発言の内容が一致しない。それほどこの前1日だけ大声で宣伝しまくられたらしい、あの話題の新作の初版が大事なのだろうか。ロキ・ファミリア全霊の、深層攻略を行う大遠征が近いと言うのに。

「こ、このあと遠征の準備が…」

 

すでに最後の抵抗として大義を掲げるしか出来ないラウルへ、ロキはその首を押さえる握力を強めた。非力な女性でもだとしても神である。人に対する威圧としてはそれで十二分に働いた。

「はよ行け。ウチは今、かなりきてる。」

ラウルが顔中の汗か涙かわからなくなった液体を拭うことなく駆け出す。見送るロキの笑顔に気付くことはなかった。

「いつまでたっても素直なのは、ホントええとこや。さて、うちも仕事仕事。ラウルばっかり走らせとったらまた兄貴の剣が降ってくる。」

 

ロキはラウルの選び終わっていた分を買い取り、搬送も頼むと早足にバベルを後にした。

 

ーーーー

 

シヴァは自室で少し早い昼食を終え読書中。

いまだに丈夫でないものを見付けては手早く取り替えさせている、飾らない淡白な部屋。門番へお願いして拝借した、何十年も歴代の門番の休憩に使われつづけた、丈夫さが取り柄の無骨な木椅子をきしませて、その目は閉じかけている。脇机には興味の向くままに取ってきた4、5冊の本。

 

ちなみに今の門番はシヴァが使うはずだったものを賜り、ファミリア内でちょっとした有名人となっている。グリーン・ドラゴンの美しく光る苔色の革が張られ、真っ黒な木材にミスリル金具の上品な、手足を伸ばして寝られるほど大きなソファー。外に置かれて異様に目立つこのソファーの耐久性は抜群、雨が降れば汚れが落ちてむしろ都合がよいほどだが、身の丈に合わない代物をほとばしる緊張の顔で律儀に使いつづける姿に、最近仲間からの差し入れが増えたらしい。

 

こんな静かな昼のシヴァへ聞こえてくるものと言えば、お気に入りのこの椅子のきしみと本をめくる音だけだったが、あくびを噛み殺すと同時に風と共に唸る声が舞い込み、心地よいまどろみに浸ることは許されなかった。その穏やかでない声色に目は冴え、本を閉じると同時にドアが叩かれる。唸り声の主である女神は使用人がドアを開くなりすでに十分響いていた音量を更に上げた。

 

「シヴァ~、バッツが大変なんだぁ。」

「ヘスティア、平常心というものを知らないのか。」

「それはベル君にあげた!いいから聞いておくれよぉ。愛しの我が家を黙って飛び出して、ミアハの所の、ふかふかの!ベッドで寝てるんだってさ。しかも今は会えないって。」

「ふむ…その調子ではどうせやれることはない。諦めろ。」

「さっぱりとひどい!」

 

使用人がシヴァへ入室の許可を取ったのち、紅茶が運ばれてくる。ヘスティアは大規模なファミリアの神の扱いを改めて思い知り、家族と離れて過ごすのは嫌だと思った。すぐにベルの神を一方的に崇める態度も思い出し、彼とファミリアが順調に成長すれば将来は目の前の光景に重なるだろうと思うと気分は落ち込んだ。

目の前で女神が顔をあげたり下げたりするのを見ていたシヴァは、しかしそれを気にしなかった。

 

「会えないのだろう?そして我々には金も策も無い。ならば鍛えて構えろ。降りてきた神々でも肉体はともかく心は鍛えられる。そうなると誓えばだが。」

「…ごもっとも、だなあ。」

「なんだ。私も仮暮らしの身だ、なにもやれるものはない。」

「いや、こういう話を聞いてくれるだけでよかったのさ。ありがとう…アリガトウ。」

「…癒しか。言い過ぎたな。悪かったが、その類いは苦手だ。」

「気付いてくれただけでも才能あると思うぜ…」

「そうか、では最後に見たヤツの話でもしよう。」

「うん。よろしく頼むよ。」

「今のは人並みの冗談というやつだ。一般的らしいものにならうと、まだ死んでないから止めろと言うところだぞ。」

「え?故人を偲んでってこと?…ヒドイ!」

「遅すぎる。…この前朝からバベルへ向かうバッツを捕まえたのだが…」

「話は本当にあるんかい!」

「今のは良かった。笑えるぞ。」

「顔が笑ってないんだけど!」

「顔のことはいうな。生まれつきだ。」

「そういう意味じゃないんだ!もう、分かって言ってるな。」

「ああ、ガネーシャに冗談は素晴らしい文化だと毒されてな。お前も覚えるといい。」

「ボクだってバカじゃない、少しくらい言えるさ。けど、そんなことよりバッツの話を続けて!」

「大した話ではないが、時間は大丈夫か?」

「今日は空けてきたよ…やっぱり仕事は手につかなかったから。」

 

全く平気そうなシヴァの考えることは分からなかったが、少しずつ人を気にする事もある性格だと分かってきたヘスティア。

こちらもお返しにとバッツに色々教わっている様子のベルの話も交え話は盛り上がった。無事を祈るばかりのヘスティアに対してシヴァは戦うことにも関心があるようだった。

ヘスティアは安心したのか、はたまた貧乏性が抜けないのか紅茶と茶菓子のお代わりをしっかりと要求し、昼食がわりに腹一杯になるまで日頃手の届かない高級品を堪能すると満足してホームへ帰った。

 

ーーーー

 

これで世界は大丈夫なはずだ。もう無を使えるやつはいない。でもあとは帰るだけだっていうのに、みんないなくなった。もうどれくらいたったかもわからない…ここは何も感じない。でも、誰かいるような気がする。

 

「いつまでもこんなところに居るんじゃない。」

(…親父?)

「気合い入れろよ、のんびりあくびなんぞしているのはお前だけだったぞ…」

(なあ聞いてくれよ…あれ?)

「行くのだ!」

 

声がでない。息も出来ないけど苦しくはない。

不意に風にふかれたような気がした。体が重くなる。落ちるような感じがして、親父の気配が遠ざかっていく。

…なれない臭いだ。ちょっとまぶしい気もする。

ということは、ここは無じゃあないのか?

 

 



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目覚めて

寝る前に眠気をこらえて書くのが楽しい。
寝起きに書くのは苦痛。


「うう…」

目を覚ましたバッツは感覚と視界が噛み合わず、立ちあがれないほどの目眩がした。

足音がする。視界は歪んだままだがドアの開く音に警戒心は強くなる。

 

こんな状況でも戦闘体勢をとるのは、経験した中で最も厳しい戦いの記憶にのまれていたからだった。

蘇生した直後だろうと剣を構えられなければ切り抜けられない。

ここがどこかも分からず、敵に捕まった経験も何度かあったことを思い出していたバッツは目を回しながらも考える。

 

歪む天井を見ていても仕方がない。握った手を止まらぬ汗で濡らしながら柔らかい布地に肘を突き、起き上がるのに邪魔な毛皮をなんとか足の方へ押しやると、顔を音のする方へ向けた。その目は鋭く、穏やかな昼下がりの街にあってはならない戦士のそれだった。

ドアを開けた直後に強い眼差しで刺された男の足は止まり、次に全身の震えがみてとれた。

 

互いに静止する。窓のカーテンが風にはためき、小鳥のさえずりが聞こえる。二度目のまばたきでふらついたバッツに男は思わず駆け寄った。まだ震える手は、それでもまっすぐ伸びてバッツの背中を支えた。

「落ち着くまで楽にするといい。ここは安全だ。」

近くで見えた長い髪と端整なはずの顔は波打つように歪んでいるが見間違えずに済んだ。

「…ミアハか。じゃあここは薬屋。」

男神の声はささやくようで落ち着いていたが頭に響いた。手で顔を押さえ、光やにおいを遮って悪い気分をこらえる。ミアハにはおびえているように見え、刺激しないことにした。

 

再び仰向けになり、胸に何か詰まったように浅い呼吸をするバッツが落ち着くまで無言の時間が続いた。経験の賜物か、ミアハは誰が言わずとも話せる状況になったのを見計らい、今確認できる明らかな異常について聞かずにはいられなかった。

「体が光っているが、問題ないのか?」

バッツには自身の状況が理解できず、それでも何か言わなければならない気がした。

「わからない。夢で昔を思い出したんだ。俺は強がってわがままばっかりでさ。さよならも言えなかった…」

「もういい。状況は分かった…出来ればだが、楽しいことを考えるといい。それか、ベルやヘスティアのことを。だめなら呼吸を深く、大きくすることに集中するのだ。」

 

水を取りに部屋を出るミアハを首だけ向けて見送ったバッツは、そのうち焦点が合いはじめ、目が回らない程度に余裕ができた。自身の精神力が問題ないことにも気付くとケアルガ、エスナ、ディスペルと手当たり次第に唱え回復を図る。部屋はバッツを中心に様々な色の輝きで溢れ、それぞれがほんの数秒で何もなかったかのように消えた。ファルナの影響が消えている今ならこの程度の魔法は大して疲れる事はなかった。

 

混乱が解け、めまいは収まり、意識がはっきりする。それでも記憶が完全でない違和感に加え、体の光は収まらない。ディスペルで解除出来ないならば、この光は装備品に付いている魔法効果のように、制御の効かない類いのものなのだろうか。

「どうなってるんだ?おれの体。」

冷静になりつつある自分に合わせて光が収まっていく。体が何かにとりつかれていくようなだるさが訪れ、夢の終わりを思い出させる。抗えない倦怠感がゆっくり全身に広がると共に光は収まった。魔法も先程のように何度も唱えられそうにない。

ケガに気付いてから痛いと感じるようなものでまだ調子が悪いのかもしれないと思い、大人しく疑問を振り払って息をすることに集中した。

両手を布団の外にさらせば、汗を拭うような風がここち良かった。

 

床のきしむ音がする。近づく足音にはもう警戒しない。しかし入ってきたミアハはまた一瞬足を止め、目を見開いた。

「待たせたな。…驚いたぞ、もうそんなに落ち着いているとは。薬は今からお前にあわせて調合する。」

バッツは起き上がりベッドに腰掛け、丸い小さなテーブルに置かれた水をすぐに一口飲むと空腹と渇きを自覚し、倒れた時のことを思い出した。

「そうか、俺は倒れたんだな。助けてくれてありがとう。」

 

既にある程度健康な状態であることを薬師は見切った。それでも少しこけたほほや、目元に寝不足が見られ、ヘスティアの元へ帰そうとは思えなかった。

「なに、気にするな。食事はとれそうか?」

心配する声に対してバッツの返事は早い。

「うーん、この水だけでいい。」

薬師の表情が厳しくなる。気力さえ見せればすぐにでも食事を口へ押し込んできそうだった。

 

「…一応言っておくが、体のためにも遠慮は絶対に…」

バッツは案の定念を押され苦笑した。ミアハの言い終わる前に立ち上がって見せたバッツは体は問題ないと動かして見せる。

「助かるよ。それじゃあ、薬を貰ったら帰ろうかな。」

この男神は、ちからわざで納得してくれるほど生半可なお人好しではない。

「駄目だ、せめて食事がとれるまではここで休め。ヘスティアとベルにもお前が元気になったら返すと伝えてある。」

 

二人の名前を出されたことで黙ってホームを出た事を思い出す。反省するバッツの視界を遮るように手をかざして自分へと注意を向けさせたミアハは、その後眉間を少し押さえ考えた。

「気持ちはわかるが…」

覚悟を決めると、バッツの右手を両手で包むように押さえ、冷静に告げた。

「…手遅れだ。お前は2日も目を覚まさなかったのだ。」

バッツの表情は驚愕に染まる。軽く顔を振ってから再び見たミアハの様子から、いまの言葉は嘘でないと察し、深くうなだれた。

 

落ち込む姿を見てふっと漏れた男神の息は弾むようった。慈悲に溢れた微笑みと共に言葉が続いた。

「深く考えても過ぎたことだ。お前がこうして目をさまし、大して酷くなかった事が、私には本当に嬉しい。」

バッツは目が覚めて初めて喜ばれた。気持ちが何となく晴れる。どうしてこんなに暗くなる必要があるのだろうと思った。あんなにひどかった症状も収まり、悪いことなど特に無い。

「よーし、じゃあなんか手伝わせてくれ。飯もナァーザと三人で食べよう。」

「切り替えが早くて何よりだ!では私と共に考えながら自分用の薬でも調合してみようではないか。嫌な刺激臭などあれば、すぐ代わろう。」

少し早口で、研究者然とした喜び方で話す神の姿がバッツには新鮮だった。

 

結局夜の食事はあまり入らなかったが、つい数時間前までうなされていたのが嘘のようにぐっすりと寝付いてしまった。あっさりいつもの調子へ戻ったのを見たナァーザは、これほど冒険者向きの気質は見たことがないと驚いた。

 

ーーーー

 

翌日、バッツは午前も終わろうかと言う時間に目覚めた。痩せた体は仕方ないものの顔色はほとんど元通りだった。

 

強烈な空腹感をのぞいて気分は良く、ミアハの気づかいで朝食がわりに置いてあったいくつかの果物に気付くとあっという間にまるかじりで平らげた。あまりの飢えに皮も種もヘタも、爽やかな香りの他には何も残らなかった。

少し落ち着いて頭が働き始めると窓を開けた。昨日はやろうとさえ思わなかった柔軟から始め、体の調子を掴んでいく。ファルナの支えがあってか、倒れる前に比べてあまり力が落ちていない。寝すぎて固まった体がほぐれると無性に体を動かしたくなってくる。ミアハから外で倒れても知らないと強く忠告されているので、室内で迷惑をかけない運動を考える。素振りは危ない。踊りならどうだろう。

 

「ナァーザ、おはよう!それと、俺はちょっと部屋で踊ってるから、何かあったら呼んでくれ。」

「おはようバッツ…え?」

 

ちらっと店のカウンターへ顔をだして言うだけ言いっ放したあと、戻ってベッドの隣で早速ステップを踏む。四角く踏んで回ればそれほど場所も必要ない。何を踊るか決めると、全身の神経へ意識を行き渡らせ、観客のいない部屋で吹き込んだ風と踊る。下ろしたまぶたの裏に映すのは、いつかクリスタルが見せてくれた勇者。一心不乱にあらゆる場所で希望を表現し続け、後世へつないで見せた普遍の舞踏。

徐々に増す高揚感に身を任せることなく、淡々と沸き上がる熱を指先まで流す。踏み込む足は柔らかく、つもった落ち葉の上を歩くように静かで力強い。

一曲踊り終わり、爽やかな汗が額にうっすら浮いた。起こるはずのない拍手が聞こえる。

 

(良い感じだ。まともに食べてなかったのに体が動く…不思議だ。)

ドアは開いていた。集中しきっていて一人の観客に気付かなかったことに驚いた。この時間なら眠そうな顔をしているはずが、ほんの少し上気しているのが見てとれる。

「本当に良かった…とっても素敵なワルツだった。」

「ありがとうナァーザ。演奏がないのにわかるんだな。」

 

その辺にあった背もたれのない小さな丸椅子を並べてすわる。受付はどうせ客が来ないから放っておいてもいいらしい。

「上手だから、誰にだって伝わるよ。冒険者の前は薬師でダンサー?」

答えるのは簡単だが、具体的なことは、いろんな意味でとても説明しづらかった。

「旅人さ。ちゃんとやった仕事は、ないかもしれない…」

 

恥ずかしそうに髪をかく姿にナァーザは経験の深さを見る。

普通の冒険者は平穏に生きる人に対してこれほど自然に対等ではいられない。いくら年を取っても危険をくぐった分だけ、心のどこかで敬われるべきだと思っており、隠してもどこか態度に出る。少なくとも薬を買いに来る客の一定数はそういう考えを口にする。

命を助けるのが使命のお前らが立派に金をとるんだなと言いがかりをつけるのは、探せばこの街のどこでも見つけられる光景だった。

ナァーザはこれを職業病だと片付けており気にならなくなっていたが、素直に感心した。

 

「まあ…すごい経験。どおりで丈夫…」

バッツは歯切れの悪い言葉が眠気から来るものではないと、薄茶色のまつげがぱちぱちと良く動くまぶたに合わせて跳ねるのを見てはっきりわかった。

「気になるか?踊りは昔の人に教えてもらったんだ。それでいつでもどこでもたくさん踊った。勇気をもらったよ。」

 

ナァーザはバッツが手のひらを見つめ想起するのに気付き、ミアハの忠告を思い出した。

(いつかちゃんと旅の話を聞きたいけど、昔話はちょっとで良いって言われてるし、今はこれでおしまい…悪い思い出じゃなくて良かった。)

 

「そろそろお昼にしましょう。」

「ああ、俺も果物しか食べてないんだ。ミアハは?」

「そろそろポーション10本をタダで…タダで配って、もうかえって来るはず」

「それって仕事なのか?」

「ここだけのはなし…9割は趣味。」

 

その後は刺激物こそさけたが子供一人前の量を食べきり、皆でポーションの在庫確保にいそしんだ。

夜にはミアハと同じだけの夕食を、時間こそかかったが残らず食べきって見せると、もう大丈夫だとお墨付きをもらった。

 

妙に重い体のせいで、自分の限界を出しきれないもどかしさに負けじと元気に振る舞っていたバッツは、自分の体の弱さを改めて思い知らされた。

こんな調子では人より丈夫と言われてもそれと同じだけ心配されるのも当たり前だと気付き、襲ってきた首のしびれをこらえながら、すぐに納得出来た。

母が目の前で倒れた日を思い出す。たった3人の家から一人消えたあの時、ベルくらいだった自分はどれ程辛かったか。

そうと決まれば早く寝なければ。不安で頭を埋め尽くさないように思考を断つ。旅のなかで身に付けたルーチンでさっさと頭を空っぽにしたバッツが最後に考えていたことは、ベルをもっと鍛え、自分の調子を早く元に戻すことだった。

 

ーーーー

 

ミアハ・ファミリアのホーム、青の薬舗に倒れこんで4日目の朝。晴れて今日バッツは帰宅する。

 

「ありがとう二人とも!もう帰るけど、いつでも呼んでくれ!お金でも素材でも、どこからだって必ず取ってくるからな!」

「友の危険に貸し借りなどないだろう。また元気な顔を見せてくれれば良い。無事を祈っている。」

「また踊るときは教えてね。必ず見に行くから。」

「ああ!またな!」

言うが早いか、バッツは全力疾走で風を切って消えた。

 

「ナァーザよ、バッツは踊るのか。」

「とっても上手。その辺の踊り子よりずっと良かった。」

「大人しくするよう言ったではないか。」

「まだ健康が気になるの?じゃあ私一人で見に行きます。」

「…意地悪を言うな。私も誘うのだぞ。絶対だぞ。」

 

ーーーー

 

丁度日が高くなる頃、すっかり馴染んだ廃墟地下のホームへ降りる。出来るだけ明るく、素直に声を張る。

「ただいま!心配させてすまん!」

「バッツ!」

「ベル、ボロボロじゃないか!?」

 

心配されるはずの病み上がりへ笑顔を見せる弟分はあざだらけだった。一瞬にして状況はあべこべになってしまい、バッツは頭をかき、ベルの笑顔は苦くなる。

「朝からどうしたんだ?」

「それが、聞いてよ!ア、アイズさんと修行することになったんだ!」

「おお!やるな。仲良くなれたか?」

「そ、そう言うことじゃ…でもダメダメな所も言われたけど、最後まで目を閉じないのをほめられたよ。」

「良いぞ!俺の教えも無駄じゃなかった…」

「なに言ってるの!バッツがいなかったら今頃壁から蹴っ飛ばされて落ちてたよ!」

「厳しいんだな、アイズは。」

「どちらかといえば…いや、それよりアイズさんもバッツに会いたがってたよ。そっちこそ、どこでそんなに仲良くなったの?」

「怪物祭の時に会ったんだ。ロキに連れられて3人で少し一緒に回った。」

「そこでまたなんかやったんだ。」

「やってない!…多分!」

「それは明日の朝、直接聞いてみようかな。」

「俺も行く。明日が楽しみだな。」

「うん。それと、体が大丈夫なら、今からリリとダンジョン行くけど…」

「行くぞ!すぐ準備するからな!」

 



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イノシシ戦姫

猪年なので。


久しぶりの壁への競争は、ほとんど同着の結果だった。

ベルが高らかに拳を突き上げて喜ぶと、バッツは年の差を感じさせないほど地団駄を踏んだ。

「俺も短剣だけならこーんなに離してたはずさ!」

「ふふっ大人げないよバッツ。もう足の早さに差なんてないもんね。」

 

バッツの装備は、ベルには初めて見せる、というより昨日初めて買った安物の盾と長剣だった。

普段より速度を落とし耐えるための装備に見えるが、その予想に反して身に付けている防具は少なかった。いつもの深い海のように青く鮮やかな布を巻き付けた上から噛ませるようにのせた同じ色の小さな小手に靴、そして如何にも何かの物語に出てきそうなのに寝具代わりにさえされていたマント程度。アイズと打ち合い、耐える気があるのか無いのかわかり辛い不思議な取り合わせ。

ベルはどうせバッツもレベル差の暴力で剣の一つも振らせてもらえないだろうと思い、その中途半端に見える装備に不思議そうな顔をした。

 

「そろそろ来るか?」

「そのはずだけど…なんでそんな装備で来たの。」

「まだ受け方は見せてなかったと思ってさ。アイズ相手に上手くいくかわからないけど。もちろん今までみたいに当たらないのが一番だな。」

「僕は相手の剣を目で追うのもまだ出来てないんだ…」

「早い動きは広く見るんだ。肩から腰がいつも見えるように。いちいち端から端まで見てたら追い付かな…」

「おはよう。」

 

挨拶と同時に聞こえた軽やかな着地の音に合わせて跳ねるベルとそれを笑うバッツ。良く見れば口角が上がっているようにも見えなくもないアイズの足音は聞こえなかった。驚かせようとひとっ跳びで遠くから来たようだ。

「バッツも来たんだね。よろしくお願いします。」

「よろしくな!それでちょっと…こっち来てくれ。」

なんとも慣れたようにアイズの手を握り少し歩く。当然ベルから憧れと嫉妬の視線が注がれるが二人は無視した。

「ベルには俺が魔法を使えるって話してないんだ。隠してくれ。頼む。」

「…なんで?」

「あいつ魔法覚えたばっかりなんだ。拗ねたら嫌だろ?それに神様からも隠しとけって怒られてる。」

「…分かった。代わりにってわけじゃないけど…私の練習にも付き合って下さい。」

「ありがとう。じゃあまずはベルからだな!」

 

バッツはやるぞと呼んだベルからとんでくる痛いほどの無言の訴えに、思わずたじろいだ。

「き、今日は本気だすってさ。なあアイズ。」

ベルの顔が凍りつく。我ながら上手くごまかせたと思った。振り替えればつぶらな金色の瞳が、良いの?と聞き返してくる。戦姫が天然だと気付いたのはこの時だった。

(分かったって、今、言っただろ!)

さっと目を会わせ、冷や汗がにじみそうになるバッツのひきつった頬を見たアイズがぽんと手を打つ。

「大丈夫、本気でやるのはバッツだけ。」

(そうじゃないんだよなあ)

「バ、バッツも病み上がりだから、優しくしてください…?」

 

ーーーー

 

ベルの今日初めてのダウンは、見るものすべてがあわれに思ってしまうほどゆったりとしていた。

はじめの2、3振りは姿勢を下げたり前に踏み込んで初動を防いだものの、顔をあげる間も無く、軸足のひざを押すように蹴られて体勢が崩れるともう下がるほか術はなかった。そこからは肘を伸ばした戦姫の長い剣にリーチの差を押し付けられ、下がりに下がって追い詰められる。最後には壁に気付かず尻を自ら押し付けた瞬間、きれいにへそを蹴りつけられ、意識を手放した。

 

涼しい顔でバッツに振り向くアイズの髪はまっすぐ背中におりて微動だにしない。心なしか胸を張って見えた。

「今日はすごく上手に手を抜けたと思う。」

「あれでか!?とどめはいらなかっただろ!」

「…確かに。踏み込まれるとは思わなかったからつい。それよりバッツの番。」

「いや、ベルが目を覚まさないぞ…」

「いつもの事だから大丈夫だよ。昨日もずっとそうだった。」

「え…?」

「早く。私も時間はそんなに無いの。」

(これは…がんばれベル!!)

 

右手を下ろし軽く剣を握ったバッツの左手には、胴がまるごと隠せる幅を持つ中盾。脇を閉め、真っ直ぐ立てて構えるのはさながら儀礼的な騎士のそれだった。まさか絵本でしか見たことのないポーズをとられるとは思わなかったアイズは、明らかに見せ物を楽しむようにテンションを上げた。

「かっこいいね。行きます。」

「こい!」

 

踏み込むアイズに合わせて半身に構え剣を隠す。

反撃を分かっていながら減速しない戦姫の選択は、盾を掴むことだった。

肩をこするようにかえった盾が力なくはね飛ばされる。不意をついて体勢を崩そうとしたが上手くいった気がしない。レベル差とは微妙に違う力のかかり方に違和感を感じとったアイズは咄嗟に盾の方へ頭を落として脇を抜けた。

金色の髪がわずかな風圧に跳ね、輝きを散らす。

騎士の短く突きだした剣が、どこに避けると分かっていたかのようにまっすぐアイズに向かっていた。速度が足りずに空を切った剣を目で追った戦姫は、自ら踏み込んだはずの相手に威圧され、自分から手を着いた。

盾が床を削って跳ねる。

想定外の精度で繰り出された突きは十分な脅威だった。圧倒的技量と、反応しきれないはずの速度に盾を捨てる選択をして見せた駆け引きの幅は、アイズ自信負けていると感じざるを得なかった。

 

間を置かず騎士は後ろに跳ねた。防戦一方を決め込んだ一手。戦姫は剣を突きだそうとすかさず踏み込むが、目の前にはゆっくり伸びてくる切っ先。長い剣を生かした置いておくだけのけん制。戦姫が盾と同じように弾き飛ばそうと振り払えば、転がる盾の回収が間に合ってしまった。

 

落ちた剣のけたたましい金属音と共に騎士が構えを変える。力が抜け、軽く背を曲げ腰を落とし、格式高い雰囲気は影も形もなくなった。自由となった右手は風に波打つマントもあってやはり隠れて見えず、失ったリーチの代わりに速度と精度を生かす狙いが見える。力強いまなざしが盾の上から覗き、耳障りなほど深く息を吐く様は闘士と呼ぶのがしっくりくる。

 

「付き合ってやる。遠慮はいらないぞ!」

覇気の込められた声は戦姫を笑顔にした。

バッツは床の砕ける音を合図に、下げた右足の膝をおろし、盾を出す。3Mはあった距離が瞬く間に詰まる。あまりにも低いすねへの一閃を目で追わず対応し、絶妙なタイミングで盾を引きながら全力でふんばった。

鋭い音、呼応する低いうなり声。がりがりと、じり貧を音に出して両足で耐える。華奢な体と剣に見合わぬ余りに重い一撃は盾を床に引っ掛け、かかる力を上に流してやっと耐えることが出来た。

以前、似たような一撃をもらった事がある気がしたが、今は押し潰されそうで痛む左手さえ気にする余裕は無い。ここで盾を失うのは詰みを意味する。

 

再び伸びる戦姫の手は、見えずとも経験が教えてくれた。右手のひらを思い切り盾の裏から叩きつけ、細い打開の糸を手繰り寄せる。やはり全く速度を落とす気のない戦姫の左手は、バッツが薙ぎ払いの衝撃を逃がしきる前に伸びていた。

 

アイズは親指が盾のふちにかすり、はっとした。飛び出た盾は下がるのみという直感に従い勢いよく伸ばした手はバッツの首元まで突き抜け、盾は下がるどころか打撃音と共に突き出てきた。全力で詰め、前傾姿勢の自分はもうほんの数Cしかない距離では突っ込むしかない。勢いを利用され、完全に好機を潰された。いよいよやれることといったら目をつぶるしかなかった。

 

ごんっと鈍い音。

「むぎゅ」

力なく、潰れた小ぶりの鼻から気の抜けた声。

 

騎士の構えからここまで15秒。全く無駄のない誘導から繰り出されたまもりとカウンターが2度アイズの攻勢を制した。

詰める駆け引きの負けを認めイノシシのごとく盾へ顔を突っ込む姿は、アイズの懇願によってバッツの胸の内だけに永久保管されることとなった。

 

ーーーー

 

「どうして盾をはがすってわかったの?最後のは誘われたって、今なら分かるけど。」

「決め手はカンだけど、始めっから目が向いてたからなあ。」

「…私、わかりやすいですか。」

「ああ、全部顔に出てる。俺と同じだな。」

「私はバッツの考え、読めなかった。」

「仕方ないさ。人間の相手はあんまりやってないんだろ?」

「うん。今も、顔に出てた?」

「そんなに強いのに、無理に足をねらって動けなくしようなんてのは、俺をモンスターみたいに見てたってことだろ。」

「…その辺のモンスターよりずっと怖いよ。」

「…人の相手はこれがつらいよな。」

「…盾受けの弱いところ、教えて下さい。」

「ああ。右手しか動かないから、もう全力はやめてくれ。」

「うん。」

「まずは片手が盾で使えないってことだな…」

 

珍しく口数が増え、顔が赤いのは恥じらいもあったかもしれない。

 

ーーーー

 

絹のように繊細で白い肌。そのおでこに真っ直ぐ盾の十字をつけ、頭を4分割されたアイズの顔に、気が付いたベルの目は吸い寄せられた。その後真っ赤になったバッツの左手に気付き、バッツが一矢むくいたのだと気付く。崩れたレンガを枕に寝ていたのはとてももったいなかったかもしれない。

 

「ウサギくんのお目覚め。」

「アイズさん…バッツ!変なこと教えないで!」

「ちょうど怪物祭でアルミラージと戦った話をしてたんだ。怒るなよ。」

「そういうことなら。もう…え、あの時バッツも戦ってたの?」

「変に呼んでしまって、ごめんなさい。」

「い、いえいえいえ僕のほうこそしょうもない事ですみません本当は呼んでもらえるだけで僕は…」

「落ち着けベル。もう俺の手も動くようになってきたし、みんな動けるなら続きにしよう。」

「はい!その前に、アイズさん、その顔…」

「気にしないで。」

「ははっ!やっぱり気に…」

「バッツも。気にしないで。」

 

手甲を外し、ぐしぐしと十字をこすり、気にしていることを全く隠せていないアイズに笑いをこらえきれなかった二人。

逆鱗に触れたベルの組み手は、3秒かからず決着した。バッツもかろうじて始めは受けきれたものの、すぐに執拗に打ち込まれ盾を完全に壊されてしまい、両手を上げて苦笑するほかなかった。

 

ーーーー

 

ベルの指導は、バッツがそこまでと止めることでより効率的に行われた。

時折日差しが邪魔になりはじめる。日が上がってきたようで、ベルとバッツの疲労をも考え休憩に入った。ベルは息があがっていたが、バッツの方が動いていた時間が多かったのにも関わらず平気そうだった。

アイズのテンションは落ち着かない。

「どうせなにもしてこないから、壊れる盾は壊してしまえばいい。勉強になりました。」

((それって余計面倒だ。やっぱりズレてるよなあ。))

「お前はちゃんと離れるか、盾ごと蹴っ飛ばすとかするんだぞ…」

「うん。そうするよ…」

「…こそこそ話さないで。」

「「はい!」」

 

ベルがバッツのまもりを実際に見れなかったのは、むしろ心を折らずに済んで良かったかもしれないとアイズは思った。

自分と比較しても正確な技量の差がまだ把握できていない。さっき盾で防いだ一撃も、並の冒険者なら盾をダメにしてはね飛ばされてもおかしくない衝撃だったはずだ。

 

本当にレベル1なのか、不思議で仕方がない。もし同じステイタスだったなら、彼を相手に私はどれだけやれるのだろう。

昨日から今日で見る限り、こちらの動きを良く見て励んでいるように見えるベルでさえ、横に並ぶライバルとしてはあまりにも。

そもそもファルナがないまま、この前ギルドで職員に調べさせても全く情報のなかったチョコボなるモンスターをテイムし、世界を一人でまわっていたと言うだけでも常軌を逸してあまりある。実際に実力を見せられては信じたくなるのがより現実感を薄れさせた。

 

不意に立ち上がったバッツの両手に目を奪われる。

なくした盾の代わりにベルの黒い短刀を握り、右手は長剣。上級冒険者でも緊急時以外は進んで選ばない武器と構え。ベルにこれくらいは出来るだろうと語るその目は淀みなく、信頼を感じる。

「でもすこしずつだな。今日は右手が重いときのごまかしかただけ。」

思った通りで納得がいったが、まともに二刀流などしないので新鮮だった。これは見ておきたい。

型や技は分かりやすく、やる気が出る。不意に目があった少年の輝く瞳には、似たような顔をする自分が映っていた。

 

ーーーー

 

気が付けば日も昇った。解散の時間だった。

バッツはこんなもんだろうと片付けはじめ、壊れた盾を肩にかついでいる。練習用に買ったので弁償は要らないらしい。

 

「時間が足りない…」

口に出したのはベルでなくアイズだった。直感的な言葉で話すバッツから吸収するには組手が一番のはずなのに、煽られるがままにバッツの体力を残せない自分の実力不足を悔しがっての一言だった。

「あ、あの!僕の覚えが悪いのはあなたのせいじゃ…」

「アイズだってまだまだ覚えたいことがあるんだもんな。ベルは今朝みたいに、もうちょっと自信もってくれよ。」

「うん。君は頑張ってると思うよ。今度教えてもらった技、見せてね。」

「は、はい!?」

「俺もふたりに置いていかれないように頑張るから、よろしくな!」

「「置いていかれる…?」」

「なんか変なこと言ったか?」

「「ううん…?」」

 

最後の最後に噛み合わない3人は、それなりの満足感と共に解散した。

 

ーーーー

 

夜、アイズは帰ったホームで興奮冷めやらぬまま早足に廊下を進む。フィンとの約束通りバッツの情報共有をしようと彼の部屋を訪ねた。

遅い時間にも関わらずもぬけの殻な私室に落胆し、屋敷を歩き回ると難しい顔をしたのティオナとレフィーヤを見つけ、誰でもいいから話を聞いて欲しかったので二人を捕まえることにした。

 

「何してるの?」

「アイズ!良いところにきたよ!この本読める?」

何やら難しい本を読んでいるようだ。コイネーに訳されているようだが、文法があまりに古く、使われている単語も分かりにくい。そんなことよりほかに話したいことがある。

「分からない。私も聞いてほしいことがあるんだけどいいかな。」

ばたんと本が閉じられる。タイトルは、ヒエログリフと共にその直訳で光の戦士たちと書かれている。迷いなく閉じたのはこめかみを押さえたレフィーヤだった。

「こんな物語なんて読んでも仕方ありません!そもそも何なんですかこの第三巻、この玉ねぎ帽子の勇者の子、私より若いのに物分かりがよすぎます!文章も難しくて読めませんし…」

「でもでも、リヴェリアの宿題なんでしょ?サボって良いのー?」

「ううー…アイズさんのお願いに勝るものはありません!」

「みたいだよ、よかったねアイズ。」

「うん。」

 

ようやく話すことができるようになったアイズはゆっくり息を吸い、前のめりに話し出す。

「今日はバッツが盾で耐えたの。すごかった。」

言いたいことは言えた。満足した。

短く、意味の分からない言葉からは熱だけが伝わった。

 

目を合わせた三人の沈黙は、アイズがすんと鼻を一つならすまで続いた。

「…おしまい?」

「うん。」

「な、何を耐えたんですか?」

2、3質問に答えると話が伝わったようで、アマゾネスの少女はアイズから強者の匂いがしたのか、健康的な腕を組み、にやついている。対して丁寧に編んだ髪を左右に振り回すエルフの少女は、アイズの剣が通じないなど信じないと、本人を目の前に頑として謎の意地を張っていた。



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曇りのち

不定期投稿です。


ベルの修行は、4日目にしてアイズとバッツが稽古する時間を上回った。

 

5日目。天気が悪い。風を追って見上げれば流れの早い曇り空。

組手する時間が増えると共に、ベルは精神的な負荷にまいっていた。日に日に減っていたバッツの笑顔が消えていた。

あまりに冷静な眼差しで意識を手放す直前まで追い込み続け、いよいよアイズの攻撃よりも、そこまでと止めてくれるバッツの声がしないことに恐怖を覚えはじめた。

死にものぐるいで食らいつき、自分の限界が自分より良くみえているらしい二人にしっかり限界まで疲労を背負わされる。倒れた直後に惜しみ無くポーションを使って治療されるのも精神的にきつい。

 

市壁の上は特に風が強い。余裕が出れば時折真横になびく黄金色に目を奪われつつ、みえない背中に近付いていると信じて襲いかかる圧倒的な技術の数々を体に叩き込まれていく。

何本か毎に交代し、癖をつけないためにバッツとも手合わせする。

アイズが下がったあと倒れている暇はくれず、行けるなと声をかけてきたかと思えば手を取られて立ち上がらせて来る。いざ一本取り合ってみれば似たような身体能力のはずなのに、特に隙も見出だせないまま、しばらく続くと突然剣を突きつけられる。

日頃の特訓と違うのは、いつもの明確なアドバイスが無いことと、視線や表情や掛け声の類いが全く無い事。

ベルは初めて敵として立ちふさがったバッツの冷徹さに泣きそうだった。

 

アイズの視線はバッツの詰ませ方に注がれている。ベルが恐怖していることはこの場の誰もが察していたが、本人を含め冒険者の矜持がそれを口に出させなかった。

(ダンジョンのモンスターってこういう雰囲気であってたよな?なんというか、ただ容赦なく襲ってくる感じ。雰囲気にのまれるなよ、ベル。)

(あの踏み込みは脅し。見えていない剣がもう首に届いてる。…あの距離で構えた剣先は相手に合わせて少し動かすだけで勝手に刺さる。私も引っ掛かった。先に振る時も相手の腰が下がる癖に合わせてるから避けても体勢が悪い。この調子じゃあ反撃なんて絶対届かない。バッツは一回も直接触れないまま詰ませてる。なにがしたいんだろう。)

(アイズさんとは全然違う。目で追えるのに僕の体が急所をさらしてたり、言われるまで詰んでるのに全然気付かなかったり。疲れのせいなんかじゃない。何がどうなってるんだ?)

 

ついに下がるだけになったベル。戦意が折れたことを察したバッツは武器を腰の鞘にしまった。

体の細い線が出ている白い服に鞘の位置、武器種とその持ち方までアイズと同じで違うのは体格程度。ここまで似通っていながら全く感覚の異なる戦闘にベルの頭は理解が追い付かなかった。

「ベル。勝つって決めたら、勝つんだ。逃げるのは、そうするって決めたときと、作戦があるときだ。わからないからって、止まるのが一番いけない。」

 

アイズは合点がいった。バッツはベルが危険を犯して何かを試すのを待っていた。好意的に取れば勇気は冒険者にとって命綱を無限に太く長く出来るということだろう。結局のところ死ぬまで立ち続けるには冒険が必要で、それが生き残りにつながる。

 

心が落ち着かないまま、それでも素直に考えはじめるベルに、バッツは構えた。驚いて飛び退いたのを気にもせず続け、一つ宣言する。

「考えすぎても仕方ないさ、どうせ答え合わせなんて出来ないんだ…今度はさっきと逆に、俺は一度だけ。振るのは一度だけだ。」

アイズは、これからバッツが気合いを当てると確信した。死線を越えた経験が、少年が修羅場に呑まれると告げた。

 

ベルは顔を歪めた。いざとなって何も思い付かない自分を責めてしまう。

じり、とすり寄ってくる音のひとつで一気に張りつめた。もう始まっている。

バッツは半身とまで行かない程度に引いた体を前に傾け腰を落とした。右足と共に前に出た右手はへその前あたりで柔らかく遊び、左手は剣の収まった鞘へ軽く添えられている。およそ回避は考えられていない。アイズもこの構えは全くの初見だった。

 

気付けば二人の距離は半分まで縮まっている。得物の長さを考えれば、なにかが起こるまでの猶予は3Mを切った。

ベルは動かなければと目に見えて焦り、とりあえず下がりはじめる。忠告を受けたばかりでも、本能が体を後ろへ動かしてしまった。

 

見守るアイズから見た二人の状況は全く変わらないままだった。

ただ異常なのは、動いてこそいるが足音の数がやたらと聞き取りづらく、少ないこと。そして上級冒険者の耳をもってしてもバッツの呼吸の深さ、リズムが追えなかったこと。何が起こるかはわかっても、それがいつなのかは全く予想出来なかった。

しばらくするとベルが足を止める。少年の背中に少し壁が近付いただけだった。

 

風向きが変わる。追い風に頭を押されながら、ベルは目を細めた。

頭をわずかに下げ、靴が石を噛み、ゆっくりと右手が柄に向かうのが見える。音がしてからでは間に合わないと悟った。

今の空と似たような、終わりの見えない思考の雲が吹き飛ぶ。気付けばあらんかぎりの叫びと共に、短い黒刀を震える両手で押さえながら前へ出ていた。

瞬間、風が刺さるように鋭くなった気がした。

真一文字だった口が開かれる。

「必殺!」

短い大声で、自分の叫びがかき消されてしまう。きっ、と。眼光に撃ち抜かれて時間が止まる。

膝が固まり、すぐに崩れるのがわかる。

頭のなかは、全て終わったという真実で押し潰された。

 

「そこまで。」

力なく両手を床につき、下がりきった視線を上げれば、抜かれるはずの武器を強く押さえた厳しい表情のアイズが立っている。

「うう…」

「…ベルなら大丈…」

「そんなのは駄目!…人にやっていい強さじゃあ、無かったよ。」

 

ベルは緊張の糸が切れ、うずくまって声もなく泣き出した。バッツは自分が何をしたか気付き、あわてはじめた。

ひたすら謝る師匠に肩を震わせ泣き続ける弟子を、アイズは見ていられなかった。

バッツをある程度離れるまで引き剥がすと、反省する目を見つめながら言った。

「バッツ…今日はおかしいよ。」

「そう、だな…信じてくれとは言わないけど、聞いてくれ。」

 

元より嘘をつく性格ではないと思っていたが、突拍子もないことを言い出すのもバッツだ。しかし本気で語っているのは十分わかる。まっすぐ合わせてくる目には、焦りのようなものも混ざっているように見えた。

「ここ三日、寝ても覚めても嫌な風が吹いてるんだ。」

「風が…?」

「いつもそうなんだ。なにか起こるときは風に呼ばれる。今俺たちは三人で暮らしてて、ベルは家族がいなくなったから、ここで冒険者になったんだ。また誰かがいなくなったら…きっとみんな耐えられない。」

自分が冒険者になった時の事を思い出した。両親がいなくなり、覚えた怒りと喪失感の波は未だに心を揺らし、凪いではくれない。泣きじゃくる少年もそうなのだろうか。

 

「嫌な予感がするから、急いでベルを鍛えるの?」

「ああ。俺がいつも付いていられる訳じゃない。それに、あいつ良く言うんだ。強くなりたいって。」

「それでも…」

「わかってる。やり過ぎた。加減できなかったなんて、言い訳だ。」

「…どうしようか。」

「俺は今日までにする。明日から、ベルをよろしくな。あいつも俺も、休んだ方が良いかもしれない。」

「私こそ、ためになりました。」

「よせよ。こんな有り様だ。」

「誰でも失敗する。ベルも許してくれる。」

「そう…だといいな。」

「また、必ず。」

 

アイズの約束に返事は無かった。

顔をあげない少年に、目を会わせないまま一言かけて去っていくバッツの足取りは重く、あれほど吹いていた風は止んでいた。

 

ーーーー

 

「どうしようもないほど怖いことのあとって、どうやって立ち直るのかな。」

「具体的に言ってあげられないけど、やれることをひたすらやるかな。」

「この前階層主を倒したのでは足りなかったか?」

「…何となく、気になったの。」

「んなやつ、もう死んでるだろ。気にするだけ無駄だっつの。」

「コラー!寒いこと言うなら犬小屋で寝てろ!」

「うるせえ!この…!」

「あいつら…怖いことは、生きてさえいれば時間が流してくれるじゃろう。逃げるのも悪くはないと思うがのう。」

「そのとおりだね。受け売りだけど、勝てない戦いはしなくてもいい。冒険者でないなら。」

「なんだ。真に受けてはやらないが、チェスに負け続けてやるつもりもないぞ。」

「…」

「僕はなにも止めないし、ロキにも言わないよ。」

「…顔に出てた?」

「面白いことを言うね。どう思う?リヴェリア。」

「冗談を言えるようになった、とは思えないが。それほど顔に出てはいないな。」

「というわけだ。でも僕らからみれば、ある程度は分かるだろうね。」

「何で?」

「短い付き合いでもないし、やっぱり分かりやすいからかな。」

「…良くわからない。」

「顔をつまんでも可愛いだけじゃな。」

「悪は去った…!」

「ティオナ、良くやった。」

「うん!楽しそうなアイズの邪魔はさせないよ!」

「私、楽しそう?」

「昨日もそうだけど、こんなに考えて話したがるなんて、楽しいからでしょ。やっぱりバッツのことが気になるの?」

「「ほう…」」

「さすがにそれは見過ごせないな。団長として。」

「今日の話は、バッツの事じゃない。」

「ありゃ、外しちゃった。これしかないって思ったんだけどなー。」

(関係ないわけじゃ、ないけど。)

 

ーーーー

 

「神様、僕はどうしたらいいんでしょう。」

「よし、話してごらん。ボクが全身全霊をもってなんとかしてみせる。」

「…バッツが、すごく…怖かった…まだ、怖いんです。」

(バッツ、本気でベル君の相手をしたのか。君はいったい、何を焦って…)

「…誤魔化していられるほど余裕もないから正直に聞かせてくれ。もしかして、殺されかけたのかい?」

「そんなこと、あるわけないですよね?仲間なんだから…」

(理由はあるはずだ。きっとそれは、ベル君が強くならないといけないこと。…冒険が、あるんだ。)

「ああ!そんなわけあるか!一応直接、訳ぐらいは聞いてみるけど。」

「今日は帰ってこないって…どこにいくかも聞いてません。」

「…ほらおいで。今日はもう寝よう。たまにはこっちの布団で寝ようじゃないか。大丈夫、悪い夢は見ないよ。なんたって女神の加護付きさ。」

 

ーーーー

 

(女の子に男の子だぞ。俺がしっかりしないでどうする…ボコならもっと上手いことやるだろう…何となく通りをまっすぐ歩いて、ダンジョンなんか来てみたけど、何もする気になれないな。)

「おお!その背中は、バッツ!」

「ツバキ。こんな時間に、そんな武器だらけでどうしたんだ?」

「黙って試し振りをするにはこんな時間でないとな。安い素材にこだわってみたが、改心の出来だ!」

「良かったな。じゃあな。」

「待て!待たんか!」

「なんだ。悪いけど今は気分が良くないんだ。」

「そうか。ここまで来たならもっと潜るんじゃろう?一緒に行こうではないか。」

「他のファミリアと絡むのは良くな…」

「構うか。行くぞ。お主ほどしみったれた顔が似合わん奴は見たことない。」

「…10階層までな。俺だってレベル1なんだ。」

「そういえばそうだったな!儂なんかよりよっぽどやれそうなくせに。」

「そんなことないさ。」

「こいつを使え。見たところ素手、鞄もなし。死ににいくのは見過ごせん。」

「そんな話し方だったか?」

「あ、あれは忘れろ。それなりに緊張してたんじゃ。」

「緊張って?」

「気にするなと言っておる。ほれ、はよう歩かんか。」

 

「着いたな。気を付けて行けよ。」

「おう!…って行くと思ったか。儂もここでやる。駄賃の分は働いてもらうぞ。」

「どうすればいいんだ。」

「その剣。少しくらい遠くても良い、モンスターが出たら振ってみい。」

「オークか…ふっ。」

「ギャァァァ…!!」

「なんか出たぞ。これお前が作ったのか、凄いな!」

「…まだまだじゃな。ほれ、もうこんなヒビが入っておる。」

「え?悪い!なんにもぶつけてないつもりだったのに!」

「ああ、そういうものだから気にするな。使えばそのうち、いやすぐに壊れる。」

「そうか…良かったのか?こんなところで使っちゃって。」

「お主の腕は、こんな魔剣ほど安くはないんだがのう?」

「…みんな買い被りすぎなんだ。」

(おっと、詮索はしたくない。が、ダンジョンでは存分に奮ってもらわねばのう。)

「こんどはこれで頼む。魔剣ではない。心置きなく見せてくれ。」

「ようし、凄いの見せてくれたし、俺のも見てくれ。今のでやりたくなったことがある。」

(よし!元より期待するなと言うのが無理な話。見せてもらう。)

「ふっ!」

「ギャァァァ!!」

(…間違えて魔剣を渡したわけでは、ないな…詠唱もない。あの小手が魔法道具?)

「どうだ!その剣ほどじゃないけどな。」

「それを返せ。…何も変わり無い。温度くらいか。あれほどの熱なら刃がおかしくなってもいいはず…」

「どうしたんだ?武器は平気なはずだけど。」

「何をした!」

「魔法剣さ。聞いたことないか?」

「魔法なのか!?信じて良いのか!?」

(しまった!俺が魔法使えるの知らなかったのか。)

「今日はもうやらない。疲れるんだ。」

「あ、ああ。こちらこそ良いものを見せてもらった。…所で今の振り方だが…ええい邪魔!」

「ギ…!」

 

「やっぱり俺いらないだろ。」

「そんなことあるか!切れ味なんぞよりお主の技を見たかったから連れてきた!」

「…ありがとう、気を使わせちゃったな。」

「礼は技で返せ!次は好きに選ぶといい。」

「俺が使ったこと無いのは…ないな。」

「なんだと?剣だけじゃないのか?」

「まあ、使うだけならな。」

(底が見えん…我ながら下手な手を打ってとんでもない逸材を逃しかけてしまった…絶対に放すものか。)

「時間は大丈夫か?」

「無理でもお主に合わせる。」

「俺は、特に何も考えてなかったんだ。」

「それは好都合!寝かさんから覚悟しろ。」

「…助かるよ。」

「言うのう!ここからはお主がどこまで持つかじゃ。腐ってもレベル5の儂に気遣いはいらん。」

 

ーーーー

 

「ただいま。」

「おかえり。」

「外はまだ真っ暗だぞ。ちゃんと寝られたか?」

「ううん。でも、神様がついててくれたから。」

「ごめんなベル。俺はお前がまた危ない目に会うんじゃないかって焦ってたんだ。」

「また?…思い出したの?」

「なんか、そんな気がしたんだ。やっぱりそうか。」

「そうだよ、僕…何でもない。」

「辛いことばっかりさせて悪かった。今日からはまた、アイズと二人でがんばれ。」

「そんな…僕は…」

「俺がいて、やれるか?」

「うっ…うう…」

「ベルはベルさ。自分の出来ることを信じれば何とかなるんだ。」

「僕に出来ること…」

「…ちょっとだけ、俺の昔話を聞いてくれ。」

「…」

「おっきな船がモンスターに乗っ取られて壊されそうになったのを止めたことがある。そいつ、馬なんか丸飲みしそうな炎の塊で、形を変えて動くんだ。」

「炎のモンスター…」

「いざ目の前に立ってもただの炎の塊にしか見えなかった。仕方ないから真ん中を切ってみたんだ。」

「危ないよ。」

「なにもしなかったら船が壊されて街が火事になるだけだったしな。時間稼ぎだけでもやらなくちゃいけないって思ったんだ。仲間もいたから頑張れた。」

「…」

「でな、効いたんだ。炎が弱くなるところがあった。それでやっと勝てるかもしれないって思ったんだ。」

「剣が刺さってもまだ倒せないの?」

「ああ、渦を巻いたり、手みたいになったりした。やっぱり俺もすぐ体が燃えはじめて、本当に熱かった。でも、倒せるって分かったから、ここで勝つって決めたんだ。そこからは自分の体を燃やしてせっかくの傷を治したりするもんだから、炎を作らせないように…」

「そんなことしたの!?じゃ、じゃあみんな引っ張られて…」

「…良く効いてた氷が効かなくなったんだ!しかも…」

「んんー、うるさいぞぉ。」

「おはようございます。今良いところなんです。」

「おはよう。それで街で買っておいたのを思い出して…」

「んん?バッツとベル君が仲良く話してる…なんて素敵な夢なんだ…ぐぅ…」

 



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夜風に呼ばれて

高い白壁の続く17階層の一部屋。嘆きの大壁と呼ばれる18階層への降り口に差し掛かり、フレイヤの駒は足を止めた。

常人には気付けない見た目のそれは、景色に慣れを感じる程度にはダンジョンへ潜っていたこの男も初めてみるものであった。

 

壁を見上げると、白い本がこぶのように張り付いている。

明らかに人工的な見た目であり、良くみればわずかに表紙が開いたり閉じたりしている。何か模様が見えるが、磨かれた大理石のように天井の明かりを反射し、うまく読み取れない。

嘆きの大壁には入っておらず、あくまで部屋の外から上級冒険者の視力をもって観察していた。それでもこちらに気付いたのか、本は元から小さかった動きを完全に止めた。

本というのが引っ掛かる。我が主が笑いをこらえきれず話したイタズラの内容は、新しい英雄譚が出ると言う話ではなかったか。

(あの御方を一目で釘付けにした男…今は図らずともこちらと同じ狙いが見える動きをしている、らしいが…焚き付けたか、そこまで折り込み済みか。)

 

見る限り、あれはモンスターか魔法道具。モンスターが人工物の姿をとるのは珍しく、階層主専用の発生場所である嘆きの大壁で発生したとあればその亜種と見る他無いが、本来ゴライアスと呼ばれるそれは巨大な骸骨である。あまりに特徴が違う。

その他の場所で発生し、この仮初めの安全地帯に居座った可能性は有るが、それでさえ覚えにない出来事。

やはり魔法道具としての線が濃い。誰が設置した。いつからある。目的は。効果は。すべてが全くの謎だった。

 

歩いて近寄ってみる。真下に立ち、見上げた先に本がある。やはり何も起こらない。何かを鍵に動くのか。この場所の特性から考えるに階層主の発生が引き金か。であるなら先ほど動いていたのは何なのか。

 

ここまで来て無害ならば、もう四角い石と見分けのつかないあれをどうする気もない。

(今は目的を果たすのみ。襲い来るなら、相手をしても良かったが。)

前例のない事態には違いなかったが、ここは常識の外、ダンジョンである。無数の謎をいちいち調べあげるのは変わり者だけだ。

危害がなければ用はなく、ギルドへ報告するつもりもない。強いて言えば、未だ浮かれ続けている主への、土産話の一つくらいにはなったかもしれない。

 

これ以上は時間の無駄と割りきった男は踵を返し、何事もなかったかのように歩き出した。

はるか格下の駆け出し冒険者が女神の寵愛に相応しいか、試す。それだけの為に。

 

ーーーー

 

昼寝しすぎたバッツは夕方目が覚めた。暇潰しに心配しているかもしれないシヴァへ顔を見せるために街へ出ると、すぐに襲ってきた空腹に耐えきれずリューの店へ行く約束を思い出し、寄ることにした。

 

(つい出てきたやつの声が聞こえちゃったけど…かわいい女の子がいっぱいだから人気って、この店怪しくないか?)

「あ!バッツさんすみません!助けてください!」

「どうした!?」

 

((ロキ・ファミリアを黙らせた人だ…シル、なんてやつを連れて来た…))

「なあ、何で俺がこんなこと…」

「暇って言ったじゃないですか!今さら文句は言いっこ無しですよ!」

「よろしくニャ、イケメンなら売られた少年の身代わりだろうとむしろウェルカムニャ。あいつらびびってるけど無視でいいニャ。」

「仕方ない、これもベルの訓練のためだ。」

「お前たち!おしゃべりが増えたんじゃ余計邪魔なだけだよ!」

「ミア!今日はよろしくな。」

((よ、呼び捨てだと…!?))

「ほう、お前さん、骨がありそうだね。シル、良い子を連れてきたじゃないか。」

((気に入られてる…))

「こいつには力仕事から押し付けな!他に手が足りなきゃ教えればこなせるだろう、あたしが言うんだ。容赦は無しだよ!」

((何者なんだ?))

「バッツだ。みんな、よろしくな!」

(鎖骨から大胸筋にかけてはだけている…)

(健康的な腕…)

(太もも…尻のラインは見えそうで見えないニャ…)

「…ふん。バッツ、悪いけど着替えとくれ。」

((余計なことを…))

「え?何で。」

「お前のせいじゃないが、厨房じゃ油も飛ぶ。あっちで頼むよ。」

((適当な理由つけやがって…))

(ナイトで良いか。防具は外しておこう。)

「こんなんでいいか?」

((早い!のぞく暇がなかった…))

「良いじゃないか。その服どうしたんだい。」

「とっておきさ。気にしないでくれ。じゃあ早速、掃除からでいいか?」

「…ああ。シル、あとは頼んだよ。」

「お任せください!」

 

ーーーー

 

夜。

知らぬ間にバッツを犠牲にしてホームへ戻ったベルの顔は、呆けていた。

誰に話しかけたわけでもないが、動揺が口をついて出た。

「アイズ・ヴァレンシュタイン、レベル6…」

 

装備を置いたベルは、3人で使うには小さいテーブルを見て、こうしてそろって夕食を囲めるというだけで気分がやわらいだ。

我ながらなんとも言えない大雑把な盛り付けの野菜はいつも通りによく水気を切った。誰が見てもかろうじてじゃが丸くんを受け止めるためのものであると分かるはずだ。早い者勝ちではいつもバッツが一人で半分食べてしまうため、ちゃんと数を決めたのはいつだったろう。

ヘスティアは今日とてバイト詰め。すぐにいつもの匂いとともに帰ってくるだろう。

 

(…バッツはきっとたくさん失敗してきたんだろうけど、そうは見えないよ。あの人も…)

雲の上を行く黄金色の輝きを思うと、自然と訓練を反芻してしまう。体の使い方を気にしていたアイズと違い、バッツから見て足りないのは精神的なもののようだ。心の鍛え方なんて、ファミリア入団のあの日と同じくらい、大きな壁かもしれない。

 

肌寒い風が香ばしい匂いを運んで来た。地下にあるこの部屋は、入り口が開かれると光が入ったり、風が入って分かりやすい。この時間に開けるのは、我が家の主だけだ。

「ただいま!」

「おかえりなさい!」

「今日はいつものと、新作の実験でミートベリー味も貰った!」

「初めてのいい匂いだ…」

「確かに、昨日までハズレ続きだった…苦節10日、ようやく心を一つにしたお店のみんなで頑張ったのさ!これはじゃが丸くん史上類を見ない、高級路線の傑作になるだろうね!」

(意外と短い苦節だ…あとはシルさんが健康志向極まるあの味付けを止めてくれれば…いや、これで釣り合いが取れてると思っておこう。うん。)

 

神様は小さく柔らかそうな手で、ガサツな日頃とは違い優しく盛り付けていく。やはりおばちゃんの指導が染み付いているのだろうか。

「どうしたんだい、ベル君。そんなにじっと見つめられると、僕の手は穴が開いちゃうぜ。」

「僕とは違って、動きに無駄がないですね。」

 

神様はふうと一息すると、じゃが丸くんを取り出し終えた袋をたたみ、立ち上がってこちらを見下ろした。低い身長のせいで顎を引いただけにしか見えなかったが。

「ボクが神様だって忘れてないかい?」

「神様はいつだって神様です。」

隣に座られた。肩を捕まれ、逃げられない所にずいっと顔を寄せてくる。自分の顔が赤くなってくるのが分かる。

「よろしい。ではベル君。悩みを打ち明けたまえ。」

 

ただでさえ落ちていく気分を自覚しているのに切り込まれては息さえ詰まる。憧れのアイズ・ヴァレンシュタインどころか、寝食を共にする同期との差が激しすぎるなど、誰もが分かりきっているだろう。相談し辛い。

「調子悪いのはずっと伝わってたからね。そろそろちゃんと助けさせて欲しいんだよ。今が神様らしくかっこつけるチャンスなのさ。」

わかって聞いてきているのかが分からない。バッツには同じように相談させず、ステイタスを未だ更新しないのは意味深に感じてきた。

それでも多くを見通しているのだろうと信じて思いの丈を話すことにし、思わず頭を掻いた。

「正直、背中も見えないんです…あの人も、この人も、僕には遠すぎます。」

 

口角が上がる神様からは、それとなくズレた余裕を感じる。

「良くできた兄弟をもつとそれはそれで苦労するって訳かい?ボクも似たようなもんで、天界ではそんな状況にあぐらをかいてぐうたらし放題だったさ。それはそれは心地よかった。君もそうしてみたらどうだい?」

思った通りだが、休めと言うのは正しいのだろう。神様の兄弟というのは、人間と同じと思ってはいけない気がする。

 

これ以上神様とバッツの心配事を増やしたくない。でも、元気に振る舞ってくれる二人には早く恩返ししたいから、今は頑張って正直に。

「僕は、自分に自信が持てないんです…」

神様は安心した表情で肩を上げた。

「ふうん。思った通りだ。」

ここ数日、心の中に大軍勢でなだれ込んできた貧弱の2文字が笑い飛ばされた。それなりに気にしていたので流されても困る。思わず相手にしてもらえないのかと深い息を吐くと、笑顔で両肩に手を置かれた。

「いいね、よーくきくんだ!…」

 

ーーーー

 

一応の夕食を振る舞われ、タダ働きを終えて豊穣の女主人を後にしようとしたバッツは、シルとリューに見送られながら開いたドアの向こうで再び捕まった。

手を小さく動かし、他に誰も分からないような仕草で器用に挨拶してきた小人と目を会わせると、わずかに表情を明るくして寄ってきた。

「やっと見つけた。毎日通ったかいがあったよ。元気にしていたかな。」

「フィン。どうしたんだ。」

「約束を、もう一度と思ってね。」

 

未だここに来てからのことをはっきりと思い出せてはいない。事情は知っているはずの相手なので誤魔化すことはしない。

アイズの話ではこの男が団長らしい。ベルのように若い団長というのは、そんなに珍しくないのだろうか。

「約束?悪いけど覚えてないんだ。」

「ダンジョンに潜らないか。僕たちロキ・ファミリアはこれから50階層より深く、みんなで遠征に行くんだ。僕だけ先に道を見ておこうと思うんだけど、途中まで一緒にどうかな。」

 

同時に何十人もの冒険者が息を合わせて進むなど想像がつかない。これが未知の領域を開拓する正しいやり方なのだろう。深層と呼ばれる程なら何十日もかかるかもしれない。分からないものだらけで人の生きていけるところではなさそうだ。興味をそそられ、食後の眠気は来そうになかった。

「俺は10階層までしか行ったことないぞ。地図だけなら持ってるけどな。」

「じゃあ18階層かな。レベル1なら絶対行くべきではない所だけど、君がアイズの言う通りなら問題なく地下の町までたどり着けるだろう。」

 

レベル1での18階層入りなど自殺行為であるとエイナから大声で聞かされてはいるが、フィンがいるなら問題ないだろう。なにせアイズが言う自分より強い人のうちの一人らしい。

そんなことよりエイナの語る18階層を想像すると楽しそうでしかたがなかったのを思い出した。

「聞いたぞ、ダンジョンの中に町があるんだよな!…よし、ベルも明日の訓練が終わったら休まないといけないし、それまでに帰ればいいか。」

「ふふっ、決まりだね。僕も槍のひとつは持っておきたいし、バベルをのぼって軽く装備を調える。そのとき話したいこともある。」

「分かった。じゃあまた!」

 

全力で駆け出した白い背中はあっという間に通りの暗闇へ消えた。自分のレベル2の団員と比べても遜色ない加速は逆に違和感がある。

(快諾だ。あまりにアイズの言う通りで思わず笑ってしまった。全く躊躇しないな、彼は。…妙に必死だったラウルにロキの指示を聞かされてから指も少し疼くし、遠征前で動けるのは今しかない。あとは暁の4戦士の尻尾さえ掴めれば上々か。)

 

ーーーー

 

急いで戻ったホームで、ダンジョンに潜る約束があったので今から行って戻るのは明日だと伝えた。薬と地図を入れた鞄を背負い、唯一のおしゃれかもしれない石細工の魔石灯を腰に下げる。帰りを待っていたとはいえ状況に追い付けず固まる二人には目もくれず、あっという間に支度は終わった。

「と言うわけで、行ってくる!」

 

熟練の早支度を思わずぽかんと見守っていたヘスティアは慌てて立ち上がった。

「夜は危ないんだ!ただでさえ病み上がりなのに、そんなの許すと思うのかい!?」

「頼む!もうバベルで待たせてるんだ。」

やたらと大人しく見つめてくるベルは、潤んだ目で口をぱくぱくとしてまごついている。夜の安全より気になることがあるらしい。

「も、もしかして、ア、アイズさん?」

「おしい!お前とおんなじ、子供の団長さんだ。」

 

潤んだ目は瞬きする度に落ち着いていった。

「おしい?団長?…勇者フィン・ディムナ!?」

「へえ、ロキのとこの団長も子供なのか…」

「違います!レベル6だし、小人だけど子供なんかじゃないですよ!」

(ベル君がいるから話せないし、向こうの団長が直接接触してきた。良いことなはずがない。…今から下手に邪魔しても悪い方にしか行かないか。仕方ない、バッツを送り出して、明日あいつの顔をひっぱたいてでも狙いを聞き出してやる。)

 

「子供にしか見えなかったけどなー。」

「絶対本人に言わないでよ!今からでも怒らせないように断った方が…」

「うーん。そんなに凄い人がついてるならいいか。とりあえず、ファミリア間での揉め事だけは厳禁!それだけは忘れないように!」

「神様!?なんで見送ろうとしてるんですか!?」

「分かってくれたか、ありがとう。」

「分からないよ!なんでそんなことになるのさ!」

「楽しそうだから!フィンのことなら、忘れたからわからん。」

「あ…」

「気にするなって。それより約束を破って怒らせるのはまずいんだろ?」

「…気を付けてね。絶対無理しないでよ。」

「ああ、いってきます!」

部屋が広くなり、残された二人はまたこの光景かと思った。そして彼の危機の前兆だと認めたくはなかった。

 

バッツを見送って静まり返ったホームは、珍しくベルの希望で魔石灯の弱い明かりをつけっぱなしていた。

明日、訓練の最終日にそなえてなんとか寝ようと奮闘するベルを、心配慣れし始めたヘスティアは静かに見つめて可愛がっている。

ついに閉じ続けていたまぶたをぱっちりと開いてしまったベルに話しかける。

「なあベル君。バッツは何階層まで行くと思う?」

「嫌なこときかないでください…ああ、お腹いたくなってきた…」

「さあほら、僕の胸でお眠り。」

「ごめんなさい。ここでいいです。バッツの布団で。」

「…バッツにはかなわないなあ。」

「そんなつもりじゃ…ごめんなさい。」

「良いんだよ。ボクもそっち行くから。」

「…はい。」

(最近のバッツはベル君とのスキンシップを増やしてくれるから感謝してたけど、これはやり過ぎだ。思い出したら全部吐いてもらうからね。)

 

 




不定期更新です。


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冒険、観察、遭遇

時間が空いてしまった。
この時期はいつもそう。


朝。寝ずに進み続けたダンジョン14階層にて、互いに集中力を切らさないまま進行をつづける。

ここがどこか分かった上で、未知の何かをとりあえずつんつんして遊ぶことすらはしゃいでやってのける男を、フィンは見飽きることがなかった。

 

(探求心がある、興味が尽きないのか。そのわりに勉強は好きではないと言っていたし、知識欲に取りつかれているわけでも無いらしい。ああ、その草の根は抜くと臭うぞ…こっちに持ってこないでくれ。)

「くさい!どうすればいいんだ?」

「水で洗うだけでいい。途中で香草でも拾っていこう。」

「水か。次はどこで汲める?実は18階まであと少しだから飲んじゃったんだ。」

「君ばかり戦っているから喉も乾くだろうね…僕のを使ってくれ。」

「よし!」

「何をしてる?手を洗うんだ。」

「え?根っこ食べたかったんだよ。エイナが非常食に食べられるって。」

「君というやつは…」

「おっと、あそこ割れるぞ。ベルもどきだ!」

(こういうのは僕より鋭い。と言うより良く見ている。ダンジョンの中なのに今日は良い風が吹いているとか言っていたのは、この親指と似たようなものだろう。全く、僕でないと妄言甚だしい仮定だ。)

 

「俺がやる。犬が生まれて来たら下がるからな!」

音を殺して走り出したバッツが短剣を抜くと、突如バックアタックだ!と叫んだ。これをした時の急襲成功率は十割からぶれる気配がなく、それはこのアルミラージも例外ではなかった。

見ていただけでは忍びない、せめてこれくらいはと魔石を砕いて死骸の処理を終えたフィンにその掛け声はなんだと聞かれると、バッツは、よくやられて危なかったから知らせるのが癖になっていると返した。やられていたはやっていたの間違いではないのかと聞き返そうとしたがモンスターの発生で邪魔され、微妙に気になるまま16階層へと降りた。

 

(あの武器はアイズのデスペレートより高価かもしれない。本当に勇者の遺品と言われても信じられる。こんな階層のモンスターなんてあの技量と切れ味を合わせれば身体能力の差なんて無いようなものだ。光っていなくとも余裕か、なんの参考にもならない。)

一度魔石の位置を覚えてしまえば人より大きなライガーファングにさえ有無を言わさず急所を突くことは容易く、この階層でもバッツの立ち回りはこれまでより速度をあげれば問題にならなかった。

徹底した先制攻撃によって囲まれる危険を排除し立ち止まることなく行われる戦闘は、フィンの予想の3割ほど早い攻略速度を叩き出している。

モンスターの発生を見て、それを構えて数えるだけの冒険者とは考え方と練度が違う。鼻の良さに頼っているベートや脊髄反射で動くアマゾネス姉妹にも一流としてこういう立ち回りを覚えてほしいとフィンは思った。

 

いざというときの連携は驚くほど滑らかで、バッツが引き付けてモンスターを走らせる流れをつくり、囲まれるようであればフィンがなぎ払って即座に包囲を回避する。もっとも、1対1での戦闘が全く問題ないバッツにフィンが手を出したのはそんな状況だけで、正確には大量発生に巻き込まれた2回を数えるのみだった。

1対多の状況も多少はこなした。心配といいながらも、ふたを開ければ腱を切られたり目に泥を被ってくらやみに慌てたモンスターが順序良く相手取られ、砂を噛んでいく。相手に合わせた無力化の手段の多彩さと実行の早さをフィンは惜しまず称賛した。

実際に土や石、現地の植物を使う戦い方は文字通り泥臭く、現代の冒険者には見下されがちで、それはギルドでは指南書の角に補足で載る程度の原始的な戦い方だったが、道具など最低限の薬しか持たない身軽さであった事もあり良く機能した。元より探索で汚れまくったバッツの手がこれ以上泥を掴もうが誰も気にしないどころか、フィンはこの汚れながら進む姿こそ冒険者の本来の姿なのだと思った。ここまでの道すがら、小綺麗な人が多すぎるとバッツが語っていたのにも合点がいった。

 

そんな二人は余裕からか、弱いはずのバッツを先駆けにフィンが後を追って進んでいく。16階層半ばへ差し掛かり、初めて見るものには残らず何か言うバッツがなにも言わずに足を止めた。

フィンは親指が疼き、警戒を強めながら前を向くと、大きな角と筋骨隆々の巨体に威圧されるのを自覚した。

(僕らが彼を怒らせた原因にして、彼の家族にトラウマを植え付けたモンスター…なにか思い出すかもしれない。)

「フィン!あいつ見た目より動きが速いから交代だ!」

「ああ。」

(その見解は正しい。だがアイズの言う通りなら、そしてこれまでの動きを見る限り彼は一人でも勝てるんじゃないのか。普通なら消耗を避けていると見るべきだが…)

「それに、見てると嫌な感じがするんだよな。」

「…何か思い出したのかい?」

「何も!」

目を会わせることもなく、モンスターを遠目に、ほんの数秒の会話だった。それでもこれ以上時間をかけるのは危険なだけと判断したフィンは、ひとっ跳びで3M先のバッツの頭上を飛び越えた。素直に穂先を狙う先へ構えると、そのまま矢のようにまっすぐ伸びた切っ先が紙を切る程度の小さな音をたて、ごぼっと血を吹き出させながらミノタウロスの頭を串刺しにした。

ずしんと重く床に沈む音が、消滅を待つのみとなった巨体の声なき断末魔だったが、二人は気にも止めずそれぞれの視界に他のモンスターがいないか見回す。

鼻先から角の間をまっすぐ貫きぴくりともしない両肩を足場に着地したフィンは、すぐにミノタウロスの魔石を突き砕くと振り向いた。至近距離で浴びた血を滴らせる槍は、血振りをせずとも消滅する体に伴い何もなかったかのように鏡のような刃を取り戻していく。

(やはりまだ疼いている。こんなものが原因であるはずがない。)

「低いけど、ジャンプするんだな。きれいに決まった。」

「高さはあれで十分だろう?」

「そうか?やっぱり、うんと高くないとな。」

「…君は、君より強いミノタウロスをこんなにした僕をなんとも思っていない。」

「俺だってあんなのに負ける気はないけどな。頼りにしてるぜ!」

「それは、同じ人間だから?」

「仲間だからさ。」

「…そうかい。じゃあ次は一人でやって見せてくれ。」

「仕方ないな。信じてないなら見せてやる。」

 

そうこう言っているうちに再びミノタウロスの足音を聞き付けたフィンに案内され、向かった先は目と鼻の先まで迫っていた17階層。嘆きの大壁までたどり着けば晴れて18階層までの往路はロキ・ファミリアが予定通り安全に過ごせることになる。

しかし、遠くでミノタウロスのたてる音を追うフィンの親指はより強く疼き出し、すぐに聞こえる音は異常な足踏みに加え怒声のような咆哮ばかりとなった。

未確認の問題は回避できない。遠征のために安全を確保するのが独断で行動している自分の出来るわずかばかりの貢献なのだから。

「バッツ。正直に言うとこの先のミノタウロスは、なにかおかしい。連れてきておいてなんだけど、亜種ならば僕が殺す。」

「ちょっと強いだけだろ?オメガがオメガ改になったからって…それはマズいかもしれない。」

「オメガ?なんだいそれは。」

「一人で動く機械さ。めちゃくちゃ危ないからちょっと前に壊した。」

(魔法道具の延長にあるものと思っていいのか?いまのオラリオにそんなものを作れる人がいるだろうか。昔話の賢者ならあるいは…本当ならそんなとてつもなく価値のあるものを二つも壊したのか。デタラメだとは思えないなんて、アイズに感化されたかな。)

 

「ここを曲がる。あとは真っ直ぐ行けばミノタウロスがいる…だろ…」

今度言葉をなくし足を止めたのはフィンだった。

(おかしい…この音は人の武器だ。それがなぜミノタウロスの足音に合わせて床を擦り続ける?)

フィンは自然に冒険者の武器が奪われた可能性を想像する。つまりはこの先に散らかった死体があり、ミノタウロスが今も吠えるほどの興奮状態であることを考えると、つい先程殺された可能性が高い。人の武器を理解するミノタウロスなど、やはり逸脱した個体、亜種と考えるのが道理だった。

「先に行く。君は追って…!?」

明らかな異音の中にはっきりと混ざる人の声はミノタウロスを圧倒しつつも十分に理性を感じさせる。

先にあるのは事故ではなく狙って作られた環境に違いないと考えを改めた。弱りだしたミノタウロスの声から察するにもう終わりが近い。これ以上踏み込むべきではない。

「どうした!」

「いや、もう帰ろう。テイムの最中らしい。」

「お!俺見てみたいな。」

「止めるんだ!」

突如慌て出すフィンに制止され、つられて声を大きくしたバッツは、軽く捕まれたはずの腕が全く動かせず驚いた。

瞠目するレベル1を気に止めないままレベル6は続ける。

「今声が聞こえた…オッタルなんだ…この街で最強と名高い、レベル7の猛者の声だ。」

 

(僕がこんなところにいるのは向こうも気付いているかもしれない…なによりフレイヤ・ファミリアとバッツが接触するのは避けなくては。追われれば確実に速度では追い付かれる。オッタルがなぜこんなところに居るのか考えている場合でもない、いっそ担いで走る方がほうが早く戻れるか?)

「なに黙ってるんだよ…誰でもいいけど話せばわかって通してくれるだろ。回り道したっていい。もう少しで帰るのはもったいない。」

前を行こうとしたところで巨木にでも絡まったかのような頑強さで固定された腕を千切るわけもなく、歩くふりだけしてしつこくアピールしている。

担ぐのを諦めたフィンは説得して帰ることにした。

「先に進みたいが、君一人では危ない。オッタルについて話す。まず、僕より耳がいいだろうからさっきの大声を聞かれてるかもしれないことと、あちらは僕たちロキ・ファミリアと仲の悪いフレイヤ・ファミリアだって事が不味い。」

「フレイヤ…ああ、俺を狙ってるっていう神様の仲間なのか。」

そうこうしている間にもモンスターの発生が有りそうなものだが、運が良いのか悪いのか全くその気配はなく、気付けばこの道で音をたてるのはこの二人だけとなった。説得するなら今しかない。

 

この男は出会った人々の中でも最も素直。よって正直に話すのが一番効くだろうと考えた。フィンがしっと一息歯を通して鳴らすと、二人の声はより小さくなる。

「現状ロキの考えでは、君は三大討伐対象、黒竜並の重要度だと聞かされた。だから今から、絶対に街へ返す。」

「黒竜?それってどれくらい重要?」

「…軽くこの国が滅ぶくらいってことさ。」

「俺はそんなことできない。」

「気持ちの問題じゃない。わかってくれとは言わないが、僕らはそういう目で君を見ている。」

少しがなる道徳心に胸を痛めながら、淡々とロキ・ファミリアの意向を告げる。ロキの考えを持ち出した時点で1対1の話ではなくなり、互いの顔が曇るのは分かりきっていた。

「腫れ物扱いは嫌だな…」

「すまない、君を善人だとは思っている。それは信じてほしい…」

バッツは暗い顔をしたのもつかの間、フィンの肩に手を置いて真っ直ぐ見つめると僅かに広角を上げ、冷静に意見する。

「仲間なんだ。俺がお前を怪しいって考えてたらここまで来てないって分かってるだろ?どうしたんだよ。」

最後の確認だった。全く悩みのない瞳を見て、フィンは思わず二人ならこのままオッタルを何とか出来るかもしれないと、根拠のない自信がわいた。自信は予感となって心に広がったがすぐに経験と理性が否定した。結局この事態の緊急性を納得させる返事は出来そうになく、さらに黙ってしまった。

遠くのミノタウロスの声も消え、フィンはいいから帰るんだと言いかけ、らしくない自分に気付く。

それを見たバッツは大きなため息を一つして散漫になっているフィンの気を引いた。

「…うーん、分かった!帰ろう。楽しかったし、18階の街はいつかベルと見に行くよ。」

「助かるよ…そうと決まれば…」

 

「決まればどうする。フィン・ディムナ。」

「「!?」」

低い声がすぐそこの曲がり角から聞こえた。

音もなく気取られずにこの距離まで詰められ、身体能力の差を見せつけられたようだった。

既にこの間合いで逃げるのは悪手。腹を括った二人は武器を構えた。

「オッタル。ロキ・ファミリアはこれから遠征なんだ。邪魔をしないでくれるかな。」

赤く染まった拳から肩が見え、すぐにその大柄な全身を確認できた。血なまぐさい臭いを纏う全身は、魔石を割らずに死骸の山を作ったか、あるいはわざと殺さずに生かしているからか。

武器は無く、道具らしい物もほとんど身に付けていない。威圧感にひりつくのは見た目のせいでないのは確かだった。

「横に新参者を連れていればそうは見えんが。」

見下ろす視線と目を合わせたバッツが前に出る。この場においてはフィンの頭が冷静になればそれでいいと思っての時間稼ぎだった。

「18階層に行きたいんだ。このままなにもしないってのはどうだ?」

「見過ごすことは出来ん。我が主より、お前は…ほう。」

 

互いの空気をうち壊す一歩に猛者の目が輝く。

バッツが迷い無くさらに前へ出た。軽く突きだされ明かりを反射するグラディウスの切っ先は、オッタルの胸に向いている。

戦慄したフィンは更に混乱し、バッツの狙いからは遠ざかっていく。

「やるならこっちにも考えがある。」

(その手はない!ファミリア間のもめ事になると考えないのか!)

「見せてみろ。と言いたいが…フィン・ディムナ、お前は好きにするといい。」

この場では誰も流されない。ロキ・ファミリア団長は勇敢な新参者の横に並び、熱くなる頭を自覚しながらも帰路を断つと決めた。

「彼が狙いなら、退くつもりはない。」

「そうか、ならば嘆きの大壁を調べろ。何もなければ俺も去るとしよう。」

(最悪だ。ムーの本まで嗅ぎ付けられている…はじめからこれがフレイヤの狙いだろう。一歩行かれていたのを知っていてロキは僕を使った。状況は分かるが、さすがにオッタルまで出るなら先に教えてくれ。)

「それって、進んでも良いってことか?」

あっさりと武器をしまい、戦闘体勢を解いてしまったバッツの言葉はこれ以上ないほど率直だった。目をつぶったオッタルの表情はわずかに口角が下がっていた。

「…ああ。」

「よし!行こうぜフィン。壁を調べるだけならいいだろ。あそこはモンスターもいないらしいし。」

「階層主の事を忘れてないかい?まあ今日は確かに何もいないだろうけど。」

 

 

ーーーー

 

 

オラリオ最強ファミリアのトップ二人が謎の冒険者を中心に歩く。冒険者が見れば漏れなく仰天するにちがいないこの即席パーティは、謎の冒険者バッツの緩んだ空気でどうにか正気を保っていた。

「どうするかなー。おみやげ買って帰れるかな。」

(…あの御方の睡眠時間を奪い続けるのがこんなやつとは…)

(胃が痛くなっても仕方がないな、これは…あとでロキには必ずつけを払わせる…)

一人を除きほとんど無言のままたどり着いた嘆きの大壁。オッタルの視線に合わせて壁の中央を天井につかんばかりに見上げればそれは大口を開けるようにゆっくりと開いた。

(明らかにあれじゃないか。ああ…バッツの腰の魔石灯もやたらまぶしい…)

開いたページがめくられて止まる。ゆっくりと目のような紫の紋章が浮き出て、ぐるりとぎょろついた瞳が石細工を見据えた。

(来たか。聞こえるか、持ち主よ。)

「ラムウ!」

(…バッツか。)

「がっかりするなよ。おれもそれなりに大変なんだぞ。見えてるなら早くオッタルを何とかするの手伝ってくれよ。」

「む…」

名指しで厄介者扱いを受けたオッタルは目を細めた。これほど堂々と格下に邪魔者と言われるのは珍事だ。しかも唐突に一人で話始め、今は光る石細工を顔の前へ持ち上げて楽しそうにしている。

「声がするのかい?バッツ。」

(オッタルが何物か知らんが、まあなんとかなるじゃろう。バッツ、危ないからどっか行っとりなさい。)

「え?いま何処に居るんだ!」

(ワシはようやく安全な所に着いたから気にするな。あとできっと会える。それより、もう忘れ事は平気か?)

「ここにいないのか!?じゃあ…うわっ!」

 

本が壁から音もなく離れ、ばたんと大きな音をたてて髪を巻き上げるほどの風圧とともにバッツの目の前へ落下した。近くで見るとやはり大きな本で、そのまま両手で持ちあげると前が見えないほどだった。

「これは、背負って帰らないとな…」

「「その手間はいらない。」」

同時に発した二人が視線を交わす。この巨大な本がバッツの元に落ちてきたことで、互いに使命を悟っていた。

「この場に置いて去れ。二度は言わん。」

「引けない。君もどうせ似たような流れで焚き付けられた口だろう。」

「…ならば…」

(早う逃げんか!もう遅いぞ!)

「え?遅いって?」

抱えるバッツへ本から電撃が走る。不意の攻撃は手を離し尻餅をつかせるには十分だった。目を白黒させるバッツに構わずすぐに本は開き、ページが風をたててめくられていく。

ほとんど白紙に見えたページの数々に、魔法が使われていることがバッツには感じられた。

(ダンジョンだから、誰彼構わず相手取るようにできとる。それよりも…)

「みんな逃げろ!」

叫び声と同時に風とめくれる音がやむ。ページが見開かれた。全員の言葉は途切れ、本に集中している。

白紙にゆっくりと動く模様が浮かぶ。狼の顔と紋章、青く清んだ空気に、吹き付ける風。それらが何を意味するか、バッツにははっきりと理解できた。

「親父…!ガラフ!ゼザ!ケルガー!」

((父だと…!))

(本当はただの動く絵本が作りたかったんじゃ。それがちょっと本気でやり過ぎ…おっと、そいつももう魔力切れか、せっかくじゃ、あとで使いをやる。)

それぞれの模様が浮き上がり、狼の顔を残して消えた。

 

模様は黒く広がり、一人の人形が空に浮き彫りにされた。継ぎ目が金に光る黒い鎧と腰に巻かれた緋色の布、細く前に突き出た角の頭飾りがはっきりと形になっていく。

(これが暁の四戦士なのか?…それよりも痺れているバッツが優先だ。)

「面白い。英雄を模した魔法道具と手合わせできるなど…玩具で終わってくれるな。」

オッタルが徒手空拳で構える。垂れ流される殺気で空気が重くなるのに合わせたフィンは、右手に持った剣を構える狼人の向こう、バッツをめがけて走り出した。

回り込むように離れたフィンを無視してオッタルは黒い狼を睨む。鋭い眼光を帰してくる狼人は影のように音もなく動き出した。うなずく程度に頭が沈んだのを合図に踏み込もうとしたオッタルの笑みが消え、それに気づいたフィンが更に大回りで離れようとする。

「ケルガーは速…」

叫びは間に合わなかった。

ほんと一言の間で、離れたはずのフィンが膝をつき、オッタルは食いしばりながらケルガーの剣を左腕に突き刺している。

 

バッツは目を見開いた。

それは見た事のある技だった。老いて、病に倒れる直前でさえ失われなかった必殺の剣。親父の姿に照らせばおそらく全盛期の姿であろう狼人がそれを振るうならどうなるか、理解できているのはきっと自分だけだった。

幸い装備だけの傷で平気な様子のフィンは放っておき、オッタルの援護を考える。

素手の左腕が剣の貫通を許さないのはどういうことか、ケルガーが装備を含め本物より明らかに弱いのは分かるが、もしかしたらオッタルはベヒーモス並の硬い体をしているらしい。

楽しそうな顔をしているし、見切れてはいないが反応出来ている。盾にするのが良いか。

オッタルにリジェネをかける間に、自分が一撃耐えればそれで形勢は逆転できる。

迷うことはない。左手で取り出したポーションを咥えながら、猛者へ右手をかざす。ケルガーが剣を引き抜き顔を動かすと、開いた傷から血が出るより早く目が合った。

 

余所見する英雄に殴り返すオッタルの体が光をおびて、フィンがまっすぐ走り込んでくる。

最低限体を反らしたケルガーは迫る拳に合わせて刃を向けながら足に力を込めた。鎧の上からでもわかる筋肉の盛り上がりは直感通りの威力を発揮し、拳は刃を避けるわずかな減速のおかげで脇腹をかすめた。光を発散し、傷の治り始めを自覚した猛者が追撃の一手を伸ばすが、既にケルガーの姿勢は低い。

予感できても体が追い付かないバッツは迫る緋色のはためきを追い、急所を守ることだけで精一杯だった。

あっという間に詰められて残り6M、目を閉じることだけはなく、最後の瞬間までいつか見切った経験を生かそうとケルガーの生命線である脚を見る。

 

バッツを見ていたフィンは、最後の抵抗である視線の動きをしっかり把握し、槍を握り直した。

(奴のつぎの一歩で合わせる。)

剣の届かない一方的な距離、真横から走るまま腕力に任せて薙ぐように繰り出した脚への一撃。一番の武器である機動力を奪うためにバッツとの距離を材料にした一瞬の駆け引き。

「フィン!止まるな!突き抜けろ!」

徐々に叫び声が荒いで聞こえる。当てた感触はない。鮮やかな緋色が伸びる。少なくともバッツとの間に割って入れるはずが腰布を裂くだけに終わった。

確かに奴の脚が着いた瞬間に合わせたはずだ。それなのに奴は半歩遠ざかっただけで無傷。床の足跡が深い。それだけ強く、そして速く踏んでいる。

 

ケルガーのステップは変幻自在だった。狼人独特の、柔らかく、一見たたらを踏むような動きは、しかし減速もなく静かに方向転換を可能にする一流の技術。槍を使うフィンの得意とする間合いは、より短い得物である剣を使うにもかかわらずケルガーの最も得意な追い込みの間合いだった。

 

フィンは声に従ってすかされた槍を引き、そのままバッツの元へ加速する。

首を守るバッツの胸へ容赦なく伸びる剣が突然ぶれ、切っ先が落ちる。致命の刃を落とす横槍が間に合ったが、それでも脇腹へ食い込み、完全に切り払うことは出来なかった。椿の鎧がひしゃげて刃を反らす。防具がなければ間違いなく体を裂かれていた。激しい金属音に次いで猛者の右手が伸び、ケルガーの背後から裂けた腰布を掴む。

現れて目があってから10秒もなかった戦闘は、オッタルの圧倒的腕力に捕まれたケルガーが抗えなかったことで勝敗を決した。

(鎧を着込んでおきながらなんて初速だ!僕どころかオッタルが置いていかれるなんて規格外もいいところじゃないか…魔法道具でありながらゴライアスなんて赤子同然。これほどの技術、ムーが賢者なのかもしれない。)

残り1Mを切った目と鼻の先にいる狼人へ、バッツは話しかけた。

「ルパインアタックはどうした?」

「…今は第3章だ。知りたければ第2章を見ろ。」

低く唸るようで落ち着いた、群れの長を思わせる声だった。まさかの返事に驚くフィンを置いてケルガーの肩を引き、振り向かせたオッタルが口を開く。明らかにその目はこの戦いが物足りないと訴えていた。

「死ぬまで戦う定めならば、見せてみろ。」

手を離すオッタルを見て警戒した二人に反し、ケルガーは静かだった。ただ、先程までとは違い、視線が猛者だけを見据えている。

バッツの安全を悟ったフィンが本へ手を触れるとケルガーが話し始めた。

「これは唯一の初版だ。始めに触った者を覚える特別な本。つまりバッツ・クラウザーでなければ読めず、そして他人に見せることあたわず。」

「なぜだ。書とは知識の共有こそが本分だろう。」

「遊びだからだ。気づいた者だけに教え、そしてその者の思い出とともに消える。知りたくば読んだ者に聞くか、第2版を待て。」

(遊び、か…)

「行くが良い。もう用はない。」

言うが早いか、地響きの後に叫ぶ声が部屋全体を震わせる。

呼応して吼えるケルガーに安堵した二人はもう電気を帯びていない本を閉じた。

「帰ろうバッツ。本は僕が持つ。」

「18階層が…仕方ないな。」

ポーションをしまったバッツは剣を収めた。

 

 

ーーーー

 

 

背中の本で上半身がまるごと隠れた小人とバッツが全力疾走する。

明らかにお宝といった雰囲気を隠しきれないフィンの背中のそれは、見た目の奇妙さから見るものを釘付けにした。

(不味いな。噂にされる。この本よりもバッツが隣にいるのが不味い。)

可能な限り人の少ない道を選び上がっていくフィンだが、それでも冒険者との遭遇を全く無くすことは出来なかった。

(仕方がないことはあとで考えよう。無事に帰れるし、目的の獲物はいただいた。暁の4戦士、ケルガーとの戦闘後に気が変わって追いかけてくるかもしれないが、フレイヤへの恨み節が悪化しているイシュタル・ファミリアが彼を探していた。いい時間稼ぎだ。彼女達は昂るオッタル相手に無事ではすまないだろうが、知ったことではない…)

 

「アイツには気を付けろ。この前通路を蟻だらけにして子供の荷物を奪ってたんだ。」

「あそこの3人組かい?なら避けていこう。こっちだ。」

「ありがとう。」

「事情は聞かないよ。」

7階層を無事に抜けると。ひとまず安心した二人は人目を避けて休憩を取ることにした。

「それでこの本だけど、僕らの所に預けてもらえないだろうか。」

「よろしくな。」

「あっさりだね。頼んでおいてなんだが、いいのかい?」

「ああ、全部思い出してから読むよ。それにうちは狭いんだ。気になるなら、先に読んでもいいぜ。」

「見れないらしいが、試してみるよ。それより、君のお父さんが出るらしいけど。」

「そうだな。みんな強くてかっこいいんだぜ。特にオススメはガラフ!」

「…そうかい。」

「親父の事は一番近くで見てたからそれで良いんだ。」

「…少しはその素性を隠すんだ。」

「いっけね!もう何回も言われてるんだ、それ。秘密にしといてくれよ。な?」

「…ああ、誰にも言わないよ…はは…」

(ここに来て信憑性が落ちてきたな、なんて。ムーとグルでも信じられる。そうなら騙されても笑えるほどの演劇だ。もう元をとった気分だよ。)

 

 

 

ーーーー

 

 

時は数時間戻って戻ってベルの訓練最終日。

壁の上で挨拶したアイズは、ベルに魔法の行使を許可した。

 

 



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素質

やっとここまで。
スピード感が欲しい。


「今日は、魔法を使っても、良いよ。」

「え?」

「きっともうできる。左手の魔法と右手のナイフ。」

「え、え?」

「…守るのは、煮詰まった。」

「あぁ…」

「君は、攻撃の当て方に集中した方がいい。」

「ありがとうございます?」

「煮詰まったって言うのは、今の君の体をいっぱいに使ってるってこと。言うことなしだよ。」

「ありがとうございます!!」

「…でも、バッツの真似はダメだよ。あれはバッツにしか出来ない。」

「はい。身に染みてます。」

「あれは私にも無理だから。」

「え?」

「むしろ教えてほしい。」

「ん?」

「…なにかおかしなこと言った?」

「え?…え?」

「…え?」

「「え?」」

「「なんだかごめんなさい。」」

「「…ふふふ。」」

「私、バッツみたいになりたい。秘密にしてね。」

「…理由を、聞いてもいいですか?」

「空を飛んでるみたいで、強くて。…真っ直ぐ見ててくれる。」

「見ててくれるんですか。」

「うん。」

「僕は、ちょっと怒ってるんです。すぐどっか行っちゃうし、危ないことしてみんなを心配させるから。」

「…そうだね。ごめんなさい。」

「あ、ああ、もうあのミノタウロスのことは良いですから!忘れてください!ね?怒ってないです!なんならゆ、ゆるし…」

「そうじゃないの。それもだけど…ごめんなさい。」

「…はい。」

「…はじめよう。教わったこと、全部見せてね。」

「はい!」

 

 

ーーーー

 

 

「その切り払いは、当てないつもりで軽く振った方がいい。自分から疲れちゃうと負けるから。」

「…はい。」

「そのあとのファイアボルトは必ず当てるつもりでね。」

「あれは一応本命でした…はは。」

(ここにはバッツがいる。お互いどうしても意識してる。理由はきっと違うけど。それにしても…)

アイズは、初日に比べてベルにずいぶんと剣が届かなくなったとしみじみ思った。高速で動く剣先を追わず、気後れせずに根元から反らす事を覚え、短刀の握りも力が抜けた。叩き込んだ基本がここに来て体に合ってきたようだ。

こちらの肩を見て合わせようとする必死さは速度の差を埋める熟練者の発想で、バッツの入れ知恵に違いない。故に過剰に集中しているとすぐフェイントに引っ掛かるのも明確な改善点だったが、今教えても酷なことだ。恐らく既に同年代で追い付ける者はいない成長を見せているのだから。十分限界を越え続けている。

 

少年の魔力の回復を待つ小休止中、目を閉じて思う。

本気で進み続ける彼に、我流の剣で教え込んで良いのか。

バッツはなんだって経験だと言っていたが、私だって教わりたいくらいなのだ。それがどうしてリヴェリアと約束を。なんなら嫌がるレフィーヤさえ乗ってしまいそうだった。

なぜなのか。あの腕で魔法の方が得意なのか。私の無愛想が招いた結果か。いや、私はバッツと似ているらしい。これはフィンでも分からなかった事だ。きっと良い事だ。では私は同じようなものしかあげられないから求められないのか。訂正しよう、似ているのは悪い事だ。

そうじゃない。分かっている。

「私が怪我をさせたから…」

目を開くと、覗き込んでいた少年の目が見開かれた。

「え…?」

自制が効かない。吐露する口を押さえる気にすらならない。

「私が、バッツを…」

「と、突然何を…」

私はだめだ。許しより、罰が欲しい。

「君を見てるの、思ったより辛いね。」

「そんな、もっと頑張りますから。」

「じゃあ、聞いて。」

少年は察したようだった。こらえる準備が見てとれる。自分でも何が起こるかはもうわからない。

「「…」」

「君にしたことと同じくらい、すごく悪いことをしたの。」

「や、止めてください。」

喉がつまる。怯える顔を見てやはり辛くなった。それでも、伝えなければ。この遠征で最前線に立つ以上、無事に終われる保証はないのだから。

「私がバッツの記憶を壊した。」

震える声が弾けた。

「止めてよ!!」

立ち上がる顔を追って見上げる。風に流された少年の涙を頬で受け止めた。

「私は…」

「僕なんかに教えてくれるのは!そういうことだったんだ!」

これでいい。彼は知らなくてはならず、私は罰されなければならない。それでも、別れの予感に悲しみが溢れてしまう。

「必ず償うから…」

自分が涙している事には気付けなかった。私が彼の立場なら、ずるいと思う。少年は一歩下がって歯を食いしばった。

「ご、ごめんなさい…」

「いいの。…君は、正しい。」

「そんな…あたるつもりは…僕は…!」

「君には知って欲しかった。」

「う、うう…」

他にやれることと言えば、応援だけだ。この二人を相手に、後悔だけはしたくない。

「…強くいてほしい。」

「っ!」

「バッツには止められてたけど、これが私の気持ち。」

「何で…」

「秘密には、しなくてもいいよ。」

「「…」」

「…許します。」

「…何で。」

「似合いませんよ。悲しいのは。」

「止めて。」

「約束します。僕は強くなります。だから振り向かないでください。」

(私は怒ってるからこうしてここにいられるの。そんなこと言わないで。)

 

少年の目が立ち上がれと訴えてくる。答えなければならない。ゆっくり下がると同時に私は構えた。

「信じさせて。」

「…いきます。」

 

その日、戻ったバッツをベルは笑顔で迎えた。

 

 

ーーーー

 

 

翌日。

「行ってきます!」

「ちょっと!まだ途中…ふう。」

元気になったみたいで良かった。耐久がやたらと上がっちゃって。それに器用も。敏捷より高いってことは、君はやられた数以上の技術を盗んだわけだ。…より過激に憧れちゃったりもしちゃってるみたいだけど!

 

でも、気を付けるんだよ。嫌な予感がするんだ。

…バッツはボクより先にこれを感じ取っていたから君を…そういえばバッツは?

昨日は皆一緒におやすみって…あれ?

「また一人で抜け出して!もう許さないぞ!」

 

 

ーーーー

 

 

「で、どうして誰にも秘密で連れてきたんだ。」

ギルドの地下、街を守る為に祈祷を捧げるギルドの長ウラノスの目の前で、バッツは珍しく苛ついていた。

腕を組み、爪先で床を鳴らす。返事は真っ黒な人の形のローブからする、生き物かも判然としない乾いた声だった。

「すまない。ここにつれてくる必要はあったが、今である必要はなかったかもしれない。だが私の悲願を叶えられると分かったら、いてもたっても、いられなかった。」

「俺はラムウと話したいんだ。お前は誰なんだ。」

「そうだな、すまない。私はフェルズ。愚者を名乗っている。ラムウ殿は現在充電中だ。」

「充電?」

「食事だ。自分でそう言っていたのでな。」

「そうか。じゃあ仕方ないな。また来るよ。」

「待ってほしい。」

「今日はベルといるって決めてるんだ。次にしてくれよ。今頃気付いて二人とも怒ってる。」

「すまなかった。ひとつだけ教えてくれ。モンスターの友がいるのは本当か?」

「ああ。ボコにシルドラ、他にもいる。」

「迷わず答えてくれて助かった。希望が沸いてくるよ。」

「…なんだかわからないけど、頑張れ。」

「ああ…出口はこっちだ。」

「ところでウラノスってこの話聞こえてるのか?もしかして寝てる?」

「…ウラノス神は祈っているのだ。気にせずとも良い。」

「そうか。またな。ラムウを頼むよ。」

「…任された。」

「お!今喋ったぞ!聞いたか?」

「静かにしないか。」

 

「ではこの先が外だ。一方的で悪いが、また用があれば私が行く。」

「そうか。つぎは暇なときにしてくれよな。って、消えた…入り口も消えた。凄い!秘密基地か!」

「おお良いところに!フィンに聞いてるやろ、うちらは今日から遠征!でな、もう色々思うと胸が張り裂けそうなんや…!心細いから一緒に見送って!そのあとは絵本の読み聞かせなんてええなあ。」

「もう!帰してくれよ!」

 

 

ーーーー

 

 

ダンジョン9階層。ベルは強化された体を確かめるように全身の感覚を意識しながら草を散らし、岩を蹴る。リリから見たその動きは、短刀のリーチなど気にならないほどで、気付けば魔石を壁際に集め、いちいち側に戻って来ては目を会わせる余裕さえあった。

(インプって、こんなに遅かったかな…それに、気づいたら踏み込んでる。なんで大丈夫って思ったんだろう。怖い感じがしないから?)

「ベル様凄いです!目で追えません!」

バッツから教わった剣技が少しは上手くいっているらしい。からだの動きを囮に視覚を揺さぶり、調子をつかませない先制攻撃。単純でも相手が本能的なら、思い通りとはいかずとも有利に働いてくれる。

 

ほどなく群れを突破し、初めて上達を実感した。あの二人のしごきは自分が無力に感じていけない。厳しすぎたと今さら気付いたが、感謝の方が強い。

「同じレベルのバッツともとんでもない差がある。あの人はどれだけ遠いかな…」

「どうかしましたか?」

リリはそそくさと魔石を回収し、安全を確認すると健気に駆け寄ってきた。低いステイタスでこの立ち回りを癖になるほど身に付けているのは本当に凄いと思った。経験と知識、リリもお手本にして追い越さなければならない。

「僕はいま、どのくらい強くなったんだろうって。」

「十分な上達だと思いますが…バッツさんはここに来るまでの旅の経験が凄まじいのでしょう、比べても仕方がありません。リリも全力でお力添えします。」

今さらだが、キラーアントの群から助けたあの日以来、彼女は道具の買い出しからこうした戦闘後の気遣いまで何かと積極的だ。だがまた見捨てられるのを恐れてのことだとは思えない。事実深くかぶっていたフードを浅くして、可愛らしいくりっとした目を隠すことは無くなっている。

「ありがとう。じゃあこのくらいは、ファイアボルト無しで頑張らないとね。」

「使えるものは、使った方がよいのでは?」

「そう思う?精神疲労を気にしすぎかな。大丈夫、無理はしないよ。」

「ベル様は、バッツさんのようになりたいのですか。」

「うーん。目標は別。でも、何でもやらないと、絶対たどり着けないから。」

「…お聞きしても良いでしょうか。」

「どうしたの改まって…!?」

 

地鳴りを感じ、反射的に体が固まった。

この感覚、忘れるはずもない。

僕の顔をみたリリの体が強ばる。彼女を守るんだ。息の仕方を思い出せ。すくんだ足を動かさなければ。

走れ。もうすぐそこだ。僕を殺しに来る。

あの日、初めてだった冒険の終わりを告げた、蹄の重い音が響いてきた。

「ま、また死ぬのは嫌だ。」

「…?」

「リリ。…ミノタウロスだ。」

 

きっと勝てない。目標はリリを無事に返して、生きて帰ること。

どうする。足が動かない。心臓は破裂しそうだ。このまま行けばあの日と同じ。本当に終わってしまう。

息をしろ。息を!

「えいっ!」

ぱんと頬が鳴って視界が揺れる。自然と肩が開いて空気が喉を通った。

「何を…」

「逃げるんです!」

守らなければいけない少女に背中を押されていたら話にならない。足の震えも止まってくれた。蹄の音は近い。ならばやることは一つ。

「ありがとう。でももう近すぎるみたいだ。…リリは早く行って。」

「嫌です!リリがいないと息も出来ないような人を放って置けませんよ…!」

「…じゃあ、矢とポーションをありったけ使う準備だ。僕はいつもよりずっと離れるけど、投げて届く?」

「任せてください。地の果てまで届けます…死ぬときは一緒ですよ?」

「ありがとう。でもそれだけはナシ!」

 

突き当たりから重く踏み締める音が響く。大きな角が見える。全身に血管の浮いた巨体が当然のようにこちらへ向き、血走った目で僕をにらんだ。

僕は胸を膨ませ、あいつは顎を上げた。

あの日とは違う。もう絶対に目は反らさない。

 

ふたつの咆哮が、ここを修羅場に定めた。

 



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ベル・クラネルとリリルカ・アーデの冒険

ミノタウロスとの戦闘です。



暴風にも似たあまりの怒号にリリは尻餅をついた。

僕の声は聞こえただろうか。

大きな武器を持ってようが関係ない。行くぞ。

 

「平気なところまで下がるんだ!」

リリに気を使う余裕はない。奴と距離を詰める。どうせあの巨体だ。格闘しても勝てるわけがない。それでも目と鼻を潰せば逃げられる。

勝ち目はある。

次の一歩であいつの距離。長さを考えれば剣が来るか。

顔を上げた。吠えるなら手はある。一歩でも近くへ。

「ファイアボルト!」

大口を開けたミノタウロスの顔に左手を向け、思い切り叫んだ。

大きくなるはずの唸り声が炎にかき消され、顔を炎に包まれる。一歩下がって大剣を床に擦りつけると頭を振った。何が起こったのか分かっていない様だ。

目は焼けていない。今ならあの剣を落とせる。

 

「リリ!狙うなら顔!」

「はい!」

叫ぶと同時に踏み込んだ。矢の威力には期待していない。目に当たればもうけもの。何より鬱陶しいはず。今みたいな隙を作るんだ。

リリの準備が出来たらしい。ひとつ目が角にあたるとがちがちと次の矢を構える音がする。

神様のナイフを僕の足より太い手首に突き立てる。この距離ならすぐ背中を抜けて離れればむしろ安全なはず。骨のような手応えを感じたところで刃が止まった。傷口から熱い血が吹き出し視界が真っ赤に染まる。

 

これじゃ何も見えない!突然の事態に焦ってしまい、闇雲に力を入れて剣を抜こうと踏ん張った。

「抜けない…!」

衝撃が左肩から走る。宙に浮いて、全身を打ち付ける感覚。唯一守れた頭を起こしなんとか動く右手で血を拭うと、あいつは右手の大剣を落とすどころか両手で無理矢理上げていた。

なぜ僕へ向いていない。

 

声が出ない。

空を裂く重い音。

走りだして跳んだリリは避けきれずに柄を腹にめり込ませ吹き飛んだ。

土を掘る大剣の音だけが聞こえる。リリは顔を土まみれにしてぴくりとも動かない。

無意識に伸ばした右手に当たる硬い感触にはっとする。

ポーションだった。このために避けきれなかった。僕のために。

「まだ…!」

振り返って来たミノタウロスをにらみ返しながら飲み干す。

左手は上がらないけど少しは走れる。元から付けていた腰のポーションは割れてもうない。

抜け落ちたらしい神様のナイフを拾って突き出す。

ここからだ。僕は生きてるぞ。無意識でも受け身をとれていた。強くなったんだ。

向こうのリリに手を出すなら殺してやる。次はこの刃を絶対に通してやる。

 

今刺したばかりの傷の流血がおさまりかけている。ふざけた頑強さだ。歩み出ると返すように顔を突きだして口を開いてくる。

やってみろ。どうせ避ける余裕なんてないんだ。

怒号に耳鳴りがするが、それだけだ。掠れた咆哮だった。無駄な賭けだったが、ひとつ確かめられた。あいつの喉は焼けている。

 

リリが視界の端でもがき出すのが見える。もう十分だ。望みが繋がった喜びはすっと心に広がり、冷静さを取り戻させてくれた。

 

ただ攻撃しても全力の突きであの程度。考え直した方がいい。他のことをなんでもやるんだ。

ミノタウロスとは視線を合わせたままでナイフをしまって下がる。

下がる。更に下がる。あいつはこっちに寄ってくる。目を合わせていれば必ず来る。徐々に速度をあげて来た。思った通りだ。

まだ下がれる。まだだ。もう一歩。振ってこい。来い。振りかぶったな!

「ファイアボルト!」

視界を埋め尽くす白。あいつは目を合わせれば必ず追ってくる。そういう習性。そういう性格。

自ら目を閉じて見失ったあいつがでたらめに暴れる脇を抜け、全力でリリの鞄へ走る。

中身は一緒に入れ方を決めておいた通りになっていたおかげで迷うことはなかった。ポーションふたつをリリへ投げ、厚い生地の巾着袋を取り出す。

 

怒って僕しか見えないんだろ。叩きつけてやる。

3足で乱暴に床を蹴り、全力で走り出したミノタウロスへ袋を構える。

ナイフで裂いた口を使い捨てのグローブで押さえて投げつける。猛進する避ける気のない角へ刺さった袋が、大口を開いてパープルモスの毒粉を顔中に吐き散らした。

この毒が効くかは知らないが、これで見えないはずだ。左手だけでは真っ直ぐ進めないだろう。案の定傷をおった右手を庇って妙なリズムの足音で曲がり始めた。

万が一踏みつけられないよう、鞄を抱えて曲がった方と反対へ転がる。

 

今だ。まだ上手く動けないリリへ走る。

「今助けるから。さあ飲んで。」

素直に瓶の口を咥えたリリは、飲み込めずに半分こぼしながらもなんとか回復した。

「だ、大丈夫です。あとは一人で飲めます。」

「また引き付けるから。頑張って。そうしたら…逃げよう。」

「…分の悪いことは止めませんか?」

「え?」

 

「この際です…倒しましょう…!」

リリの言う意味が分からない。困惑しつつ自分もポーションを飲み干す。左肩がようやく上がるようになった。リリの表情は自信に満ちている。

「ベル様、逃げるのは嫌ではありませんか?初めから震えていたのは、リリにはただの臆病には見えませんでした。」

そんな顔なのか。嫌なのか、逃げるのが。

…違う。怖いのか。そうだ。草に顔を擦り付けるあいつから視線を外せないのは、怖いから。背を向ければきっと突き殺されるとあの日の記憶が叫んでいるから。

全然冷静じゃなかった。きっとこのまま逃げたら、最悪を繰り返した。本当にリリはよく見てる。いい加減向き合わなくちゃ。二人なら出来るに決まってる。

「…あの日僕は死んだんだ…!」

「今何と?」

「倒すよ。それで本当に生き返るんだ!」

「はい!生きて帰りましょう!」

 

血走った真っ赤な瞳を取り戻したミノタウロスがついに立ち上がった。その顔は自らの乱雑な蹄の擦り傷で荒れ果て、息はこれまでになく荒らげている。

怖いけど、体は軽い。僕には希望があった。

跳ねるように走り出した体には確かな熱を感じる。僕だけの魔法、僕だけの剣、僕だけの仲間。みんなが助けてくれる感覚があった。

僕がなんでもやらなくちゃなんて背伸びしすぎてた。もらってばかりの僕なんて恩返しで精一杯なんだ。

「ひとつひとつだ!お前を倒して!あの人に分かってもらって!バッツに思い出させる!」

 

叫んだものの、これまでの訓練の日々が冷静を促す。全力の一撃しか通さないあの皮膚だ、狙うなら手足をもう一本。あるいは目鼻を潰したい。

「ファイアボルトォ!」

先制の一撃は視界を塞いでの低い位置の足狙い。

全速力で近寄っての魔法は確かにミノタウロスの顔を覆い尽くした。速度を落とさず右手に逆手で構えた神様のナイフを左手で押し込むように、当て身の要領で全ての力を込めて突く。今出せる最大威力の刺突。これなら骨だろうと通るはずだ。

 

これでもかと重心を下げて懐へ飛び込んだ僕は、視界が一転し、気付けば草を噛んでいた。見上げれば3M先にミノタウロスの背中。

背中?あいつは暴れるだけじゃないのか?下がって避けることを覚えた?

今頃あいつの視界にはリリしか映っていないはず。リリの方へ進むならもう一度足を。それで終わりだ。

やはりそのまま前進した。同じ要領で右手を前に速度をあげる。どこかで感じた寒気が走る。何かおかしくないか?

前足を付いた。突進の体勢だ。走り出すよりも僕の方が早く突けるはずだ。なのに嫌な感じ。

あいつの頭が落ちる。腰を落とさない?何故?

「避けて!」

「!!」

既に殆ど腰ほど低い体勢からナイフで床を突き、体を捻って無理矢理体をそらすと、突如真っ暗になって全身を殴り付けられた。

 

壁にでもぶつかったのかと錯覚しそうな衝撃にひるみつつ顔を拭うと、土の味がして理解できた。

「後ろを蹴ったのか、来ると分かって…」

こちらも観察されている。最も辛い展開かもしれない。

立ち上がるミノタウロスに隠されていたリリはあいつに投げつけられた無骨な銀の大剣を引きずっている。

確かに拾われても困るが、無防備な顔へ矢を当てるチャンスだった。 

惜しむ時間が惜しい。リリとの間へ出て再び相対し睨み合う。始めに刺した手首の血は止まっている。それでも床に付かなかった辺りダメージは残った。まだ魔法は撃てる。だが目眩ましは読まれた。口から体の中を焼けば確かなダメージがあるし、無駄には使えない。

どうする。

「どうしよう…」

 

「リリが射ちます!行って!」

背中に当たる声は強い。

再装填はそれなりにかかる。大事な一手。今こそバッツにだって通用したあれだ。リリと二人でなら。やってみせる。

射出音は僕の踏み込んだ後に鳴った。それに合わせて急ブレーキを踏む。あいつは頭を下げて矢を避けながら横なぎに腕を払ってきた。

ここだ。止められない初動は空振らせる。

ミノタウロスの目が見開かれる。来ると思ったんだろう。僕は目眩ましなんて撃たないぞ。

ぐっと力を込めて腕を越えるように跳び、ゼロ距離へ。ファイアボルトは、これ以上ないほど当てるつもりで。鼻を掴んで叫ぶ。

「ファイアボルト!ファイアボルトォ!!」

全力で顔に掴まり、そのまま無心に連発する。顔中を焼かれ、口から火を漏らしながら声にならない悲鳴を上げてふらつくミノタウロスが僕を叩き落としたのは、永遠に感じたがきっとすぐだった。

 

横殴りにされて息を吐き切る。手足を伸ばせ。あの人に何度蹴飛ばされたと思ってる。左手から着地して目を閉じないまま一回転。あいつは下がっている。受身こそ取れたが胸当てが壊れて着けていると苦しい。リリの合図で投げ込まれたポーションを飲みながらとっくに壊れていたすね当てと共に外す。

「もうないですからね!あんな無茶は無しです!」

「行けると思ったんだ!」

まだあいつは膝もつかない、不死身かと勘違いしそうだ。

冷静になれ。火が思ったよりも外に漏れたか。いまので結構消費した。そうだ。ダメージはあるはずだ。あいつは声もでなくなって、まともに突進も出来ない。毒だって効いてるかも。

 

背後でがちっと鳴り始める。まだか。

ずしんと踏み込むミノタウロスがこちらを見据える。

「リリ、もっと下がって。」

「嫌です。リリも戦います。ここなら、ここからなら絶対に当てます。」

「言うことを…」

「もう決めました!」

3足で走り込むミノタウロス。避けるには既にギリギリの距離だった。ナイフを構え、腕を伸ばす。

がちゃん。

まだか。リリに向かってさがるしかない自分に焦る。

チチチキ…

足音が2つ、3つ。汗の吹き出すのを自覚した。もう僕が庇うしかない。はやく!

バツン。射撃音と肩越しに抜けた鋭い鉄矢の煌めき。

片目を貫いて吹き上がる血飛沫が3本目の角の様だった。

 

「ファイアボルト!!」

もう何度目かの白炎の目眩まし。ふらつく三本角。

やることはやった。効いてることを祈って僕は全力でリリの元へ駆ける。背中を見せようが知ったことか。リリを何とか突き飛ばすんだ。

大きく息を吐く音と四つ目の足音がする。ふざけるな、その手は使えないんじゃないのか。これでは追い付かれる。

またなのか。いや、リリだけは助ける。

「ここを!」

 

リリ?そんなところ、穴にしたって足くらいしか入らないじゃないか。あいつもきっとつまずかないよ。いいからどくんだ。

 

足元から異常な金属音。反射的に体がリリの元へ跳ねた。

思い切り二人で踏みつけた穴には大剣の柄。

生きて帰るんだ。

 

リリを抱き締め、力いっぱい走る。

背後で皮を裂き、肉を押しのけ骨を砕く金属音。地震と轟音が土を掘りかえしながら近寄ってくるのを全身で感じる。

真っ直ぐ猛進してきたあいつは、うまく走れずにリリを投げ出して転んだ僕の背中を小突いてついにその足を止めた。

 

「やりました!!やりましたよ!!」

振り向けば、残った片目でじっと僕を見る真っ赤な瞳。僕が一つまばたきすると返すようにまばたきをして塵になった。

残っているのはめくれあがった床、あいつの大角と柄が突き刺さって天を突く銀の大剣。そして散らばるアイテムの残骸だった。

 

 

僕はもうわけわかんなくて涙が出てきたのに、なんでそんなに笑顔なんだい?リリ。



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家路

「ありがとな。あのままロキに閉じ込められるところだった。」

「あり得る…かも。どういたしまして。」

狼人のはどうほうのごとき攻撃的な視線を後頭部に受けながら全く意に介さず先頭でアイズと談笑するバッツは足を止めた。

「見つけた!ベルのとこまでって約束だからな。ここまで…だ、大丈夫か!?」

 

座って談笑するベルとリリは全身が汚れきっており、まともな状態ではないのは誰の目にも明らかだった。

バッツの声に反応した二人は大きく手を振ってこたえる。

アイズは駆け寄るバッツを追い越し、周囲の状況を把握するとすぐさまベルへ近づいて顔を見つめる。瞬く間に詰めたその顔と顔の距離約30C。とたんに顔を赤くし始めたベルをみたリリは言葉にならない危機感をひしひしと覚えた。

「…やったね。」

「は、はい!リリと一緒に!」

「あなたがリリ?」

「はい。私が、ベル様のお供です。」

「すごいと思う。おめでとう。」

「あ…ありがとうございます…」

(ぐぐ…大人の対応です…ここは負けを認めざるをえません…)

 

追い付いたバッツは放置されたリリの鞄をそそくさと回収しつつ周囲の荒れ果てた惨状がダンジョンの生理現象によって元に戻りつつあることを確認した。安全らしく安心して目を向けたベルとリリの側には何か置かれている。その黒ずんだ塊には見覚えがあった。

「その角、ミノタウロスか!」

「はい!バッツさんもお元気なようで安心しました。」

「一緒に行けなくて悪かった。怖かっただろう。」

「えへへ、少しだけです。でも私よりベル様の方が怖がってたんですよ?」

「このガキ二人がミノタウロスを?こんなあっせえ階層で?人様の角を盗んだだけじゃねえのか。」

「5階層まで走らせた私たちの言えたことか、馬鹿者。」

「けっ…雑魚にかまって遅れるなんてあり得ねえ。先行ってるぜ。イカれ劇団員はさっさとそいつら拾って帰りやがれ。」

 

ロキ・ファミリアの主力が次々と追い付いてくる。流石に異常な事態だと認識したリリから笑顔が消えた。

ベルはと言えば全身から蒸気を発しながら、しどろもどろに事のあらましを語っている。それを黙って聞くアイズは僅かずつ下がるベルとしっかり距離を維持するため相変わらず顔が近い。

先を行くと言ったベートはそれに気づいて第二射をベルの後頭部へぶつけたが、やはり無視され一人苛立って早足に消えた。

 

「すまない。通りすぎるだけだ。アイズが彼に近づいた理由はわからないが…」

「一緒に教えたんだもんな!そりゃあ気になるさ。」

行ってしまったベートとそれを見過ごせず付いていったガレスを除いた全員が静まり返る。

フィンがなるほど、と一言呟いたのを合図にわなわなと震え出す数人。

ぽかんとするバッツ。血の気が引くベル。もう隠すことはないと自慢げにゆっくりうなずくアイズ。

 

「なんだ?みんな知らなかったのか?」

「ああ…二人はバッツと同じ団員なのか。」

「そうだ。ベルはうちの団長だぞ。」

「「!?」」

(その扱いは本当に嬉しいですが、リリは違うファミリア、とは、言いにくい雰囲気ですね…)

「な?俺と一緒に入ったもんな。」

「う、うん…ちょっと恥ずかしくなってきたよ。バッツ。」

「なに言ってるんだ。ミノタウロスなんて凄いぞ。胸を張って帰ろうぜ。」

「よく頑張ったね。」

「うぇ!?えへへへ…」

((彼もバッツの様に特殊に違いない…))

 

バッツに振り回される空気を割って、アイズを下げながら軽い笑顔を見せるフィンがベルに手をさし出す。

「君のいま成し遂げたミノタウロス殺しは偉業と呼ぶにふさわしいだろう。同じ冒険者として敬意を評する。おめでとう。」

「あ、ありがとうございます!!」

困惑しながらも握手に応じたベルの手を見てフィンの表情は落ち着き、再び目を会わせた。唾を飲むベル。言わなければならないことは、ここかららしい。

「…それと謝らせて欲しい、バッツには本当に世話になっていることと、団長殿に挨拶もなしに行ったこれまでの事の数々、本当に申し訳なかった。」

「いえ、その…バッツのことは聞きました。」

フィンはアイズを一瞥する。アイズはただ真っ直ぐ見つめ返し、揺るがぬ意思を伝えた。

 

蒸し返すフィンの言葉にバッツは自分の鞄から必要な薬をリリの鞄へ分けるのを切り上げた。自分のことで、しかもどうしようもなさそうな事をこうも引きずられるのは性に合わない。まして今は喜ぶベルとリリに水をさしたくなかった。

「今は俺のことは…」

リヴェリアも消え行く状況の異常さに興味を持ったのか抉られたいくつもの跡を追って視線を走らせていた。顔をあげたバッツへ同情しつつも言葉を遮るのは親切心以上に私情も含んでいた。

「まあそう言うな。たまには心配させるのも年長者のつとめだ。」

「俺はそんなに年食ってないぞ。」

「そういうことでは…」

「お前も俺とあんまり変わらないくせに。」

「むっ。」

わずかに眉をしかめたエルフの横からちょこんと顔をのぞかせたアマゾネスの少女は、バッツの顔をまじまじと観察している。それを気にもせず鞄を閉じ、リヴェリアへ目を合わせたバッツは、申し訳なさそうにするわけでもなく続けた。

「なんか間違えたか?まあ何歳でも良いさ。」

「良かったね。若くていくつでも良いって。」

「む…」

 

眉が下がったのを見た二人が微笑む。敵わないなと呟くリヴェリアを押しのけ出てきたティオナの顔から、バッツは怪物祭の事を思い出した。

「お前のおかげで家に帰れた。ありがとう。」

「話は少し聞いてる。まだ調子悪いんでしょ?アイズが心配してたよ。」

「もう大丈夫だ。」

「ふーん。でも、バッツはなんかもっと、ばーっとなれる気がする。」

「何でわかるんだ?」

「アマゾネスだからね。」

バッツにはアマゾネスといえばなにかと視線を向けて来る印象がある。なにもしていないのに所属ファミリアを聞いてきたり、神々と似て場所や雰囲気に構わず興奮に身を任せがちで、突然世間話を切り上げて寄ってきたりする。正直意味がわからないし少し怖い。

ティオナからはそういう雰囲気は感じないが、何か感じたらしいし、アマゾネスとは特殊な感性があるのだろう。この子は怖くならないで欲しいと思った。

「なんだかわからないけど、凄いんだな。」

「でもアタシより強い所、そのうち見せてくれないと疑っちゃうかも。」

「そう言うなよ。前にティオナくらいの女の子に喧嘩で負けたことあるんだ。俺なんてそんなものさ。」

「ええっ!?あ、アイズでしょ!」

「ここに来る前の話さ。」

「思い出したの?」

「ここに来てからの事は全然だ。」

「そっか。」

 

ぱんと一つ手が鳴るのが聞こえ、皆の注目が集まった。

「そろそろ行こう。アイズも満足したみたいだ。あの大剣はミノタウロスの得物だったらしい。他におかしな所もない。この件はクラネル団長がキルドヘ責任もって報告するだろう。」

「クラネル団長!そうこなくっちゃ!」

バッツはクラネル団長の響きに感銘を受け勢いよく持ち上げたリリの鞄は思いのほか大きかった。アイテムを99個づつ持っているのが当たり前だった以前はどうだったか、考えないほうがいい気がした。

頭を振る劇団員を指差しここぞとばかりにフィンへ歩み寄るアマゾネス。その目は例の怖いあれだった。

「そんな小物のことはどうでも良いでしょう団長。そろそろホームからずっとこの男の臭いがする理由を教えていただけませんか。」

「…いい加減その話はやめてくれ。もう10回はした。」

見慣れた光景なのかロキ・ファミリアの皆は全く無視していた。カバンまるーいと呟くとなりのティオナにバッツが目を向けると、嫌そうな苦笑を浮かべた。

「あいつはなに考えてるんだ?」

「お姉ちゃんはずっとあんな感じなんだ。愛がどうって。よく嫌われないよね。」

歩き出したフィンに合わせて皆が自然と踏み出す。雰囲気にのまれたベルは見送る視線を外せなかった。

「ではな。しばらくの別れだ。魔法の調べに進展があれば手紙でも送る。」

「アイズさんは渡しません。さようなら。」

「バイバイ!元気になったら稽古つけてね!」

「またなみんな!」

 

皆真っ直ぐに進む中、黄金色の長い髪が横に跳ねる。レフィーヤの制止を振り切って一人踵を返し見つめる先には新たに憧れた一人の冒険者。

「バッツ。」

「おう、頑張れよ。」

「もっと強くなるから。今度は本気出させる。」

「もう十分だろう。」

「次は、必ず。」

「…ああ。」

 

颯爽と歩き出すアイズを見送る。

決意の瞳には熱があった。バッツは本気の顔が好きだった。誰だってそういう瞬間を見せるものだが、面と向かって叩きつけられるのはそうあることではない。大事な約束が増え、じっとしてはいられなくなった。

あの大男との約束がよぎる。あいつは今頃どこを歩いているだろう。

 

「バッツ。帰ろう。」

「ああ。俺たちもアイズたちに負けてられないな。クラネル団長!」

「や、やめてよ!」

「リリもお供しますよ。クラネル団長?」

「もう!」

「二人ともぼろぼろだけど、体は大丈夫か?」

「「はい!」」

「よし!帰りは任せた!リリ!」

「お任せください!ゴブリンの一匹も見せはしません!」

「そこはバッツが頑張るんじゃないの!?」

 

 

前を行く身軽な少女は鞄が無く、ダンジョンの中ではいつもよりさらにか弱い印象が強い。

ミノタウロスの恐怖を上回る覚悟を付けてくれた感謝を胸にする少年の凛々しい顔の意味をバッツは理解できなかったが、それより気になることがあった。

「なあ、リリ、変わったよな。」

「どういうこと?」

「子供なのにお母ちゃんって感じだ。」

「ええ…?そうかな。」

「遅いですよ二人とも!早く帰りましょう!今日の換金が楽しみです!」

「財布握りたがるしな。」

「それはいつものことじゃない。」

 

地上はすっかり暗く、酒と飯のにおいがどこからともなく漂う通りは開いた窓という窓から喧騒が聞こえる。

呼び込みに忙しい食事処の店員は主に換金を終え帰るだけの冒険者に狙いを定めるが、汚れ切った子供二人とその保護者は歯牙にもかけなかった。3人が思いつきで寄った店はすっかり通りからも外れていたおかげで客層も違っておりむしろ汚れるから入らないでほしいという視線を隠し応対した。

 

3人そろって帰ってくるのを見るのが初めてだったヘスティアは安心と喜びに涙ぐむのを神らしく振舞いたいと必死にこらえたが、気恥ずかしそうにベルが差し出した小さな花束と言葉にあえなく突き崩されてしまった。

「いつも心配してくれる神様へ、こんなものじゃまるで足りないけど…」

「た、だりないもんかぁ!ありがどぉ!」

ベルは汚れも気にせず抱き着いたヘスティアを抱きとめ、花を持たない片手は無意識にその頭を撫でた。

あまりに喜ぶ姿にバッツは頭をかく。

「いつもすぐ消えちゃってごめんなさ…」

「いい…んぐすっ…元気に帰ってくればそれで大丈夫さ。リリ君も二人を助けてくれてありがとう!」

「こちらのセリフです。こんな私までお気遣い下さってありがとうございます。」

「じゃあ遅いけど飯にするか。みんなでミアの店に行こう。」

「お酒は一杯だけですよ?」

「な?」

「うん。うるさくなってるかも。」

「それはいいねえ、でも…ぐへへ、もうちょっとこのまま…」

「そこは私の場所でもあるんです!もういいでしょう!」

「ほう…詳しく聞かせてくれよ?ベル君。」

「と、とりあえず離れてください!」

 

(大人になるのって早いんだなあ。みんな本気で生きてる。ボクものんびりできないけど…まあ明日起きてからでいっか!)

その後、やはり一杯で我慢できなかったヘスティアは幸せに溺れるように泥酔した。高らかに家族の無事を叫び散らし始めてミアに叩き出されたところでしつこくバッツを追いかけてきたロキと遭遇、高ぶった感情を怒りに変えて問答無用でキャットファイトを開始し、リリを送ったベルが戻るまで路上で混乱をまき散らした。

無論、ヘスティアに振り回されるバッツの酔ったぬるい微笑み姿と共に、新たな不名誉伝説の1ページを刻むこととなった。



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レベルアップ

不定期投稿です。


ある日の朝、ベル・クラネルの個人情報を容赦なく叫んだギルド職員がいた。

 

オラリオ史上最速レベルアップ記録更新の情報が響き渡った瞬間である。

 

その後の詳細なベルの報告に、叫んだばかりのエイナの精神はさらに揺さぶられることとなる。

 

「エイナさんもわからなかったみたいですけど、幸運にします!」

「うん!それがいいと思うよ。」

「バッツの方はどうだった?」

「アイズの特訓が良かったみたいだ。」

「と、言うことは…」

「レベルアップだ!」

「やったあ!一緒にレベルが上がるなんてすごいや!」

「君たちは本当に良くやってるよ。じゃあベル君、横になって。」

いつもの調子で背中に血を垂らし、新たに加護を刻む。少年の背中に馬乗りになって無駄にさすりまくり、無駄にゆったりと作業する女神の表情は喜びに満ちていた。

 

つつがなく終え、紙に書き記した新しいステイタスをベルに渡すヘスティア。バッツの方はヘスティアの配慮でベルがエイナと話に行っていた最中に既に行っている。

「運が良くなったってことは、必ずエレメントアタックが出せるようになるかな。」

「なにそれ。」

「いい風が吹いてるとな…」

「バッツ!」

「おっと!」

「ふたりとも、どうしたの?」

「今のは無し。秘密だったんだ。」

「いつかね。いつか話せるようになるから。今のは無しだようん。最近とっても口が緩いみたいだから、バッツはもっと気を付けるんだ。」

「いったい何を…」

「続けよう!君には念願の!ふ、いや、一つ目の!スキルが!」

「え!?」

「これを読みたまえ!」

「アルゴノゥト…」

ベルは新たなスキルを声に出して読み上げた。

当然喜んだがそれもつかの間、英雄願望の名をつぶやくバッツとあふれる微笑みを隠しもしないヘスティアの表情で悟ってしまう。

あまりに突然の、あけすけ極まる少年心の露出。あっという間に赤くなったベルは逃げるように飛び込んだ部屋の隅で膝を抱えた。

 

バッツはベルがやっと顔を上げたところを見計らってこぼした。

「英雄か…俺もやってみたいな。どんなアビリティだろう。」

ズレた発言に思わず二人は目を丸くする。

「「どういう感想なの…?バッツ…」」

「ヒーローなんてジョブ、やってみたいだろ。やっぱりボコが言ってたみたいに光を飛ばしてダッシュとかキックで戦うんだろうな。」

ベルはあやしてくれたヘスティアの手を押しのけ、思わず立ち上がった。

「仕事じゃないんだ!もっと、頑張ったら気付いたら呼ばれる感じの、こう…」

「でも、想像したろ?マスクが似合ってて、でっかいマント!」

「うっ。た、確かに…光る剣、空を飛んだり…」

「あっという間に流されたねベル君…」

もうベルの顔は赤くない。手持ちぶさたに空を遊ぶ手を眺めながら男の子ってこんなもんなのかとヘスティアは思った。

 

「うう…」

「いじめるつもりはなかったんだ。ただな、俺もいろんな人に教わったけど、みんなかっこよかった。」

ベルの目が期待に光る。旅の話を聞くのはここ最近の楽しみの中でも特にお気に入りだった。

ヘスティアは爆弾発言のカウントダウンに自慢の黒髪を震わせる。

「うん、そうだよね。」

「それにな、そんないいものじゃないかもしれないぞ。」

「え?」

「バッツ!」

「おっと!」

「またそれ!?」

「気を付けてよ!本当に大事なことなんだから。」

 

日の高さが分からずとも昼を告げる腹の虫が鳴く。こんなに大きな音を出すのは一人しかいない。

バッツは二人の視線に恥ずかしがる素振りもなかった。

「そろそろ昼か。用事があるんだろ?」

「もうそんな時間かあ。しょうもない集まりだけどね。二人のためにボクは頑張るよ。」

「ただの名付け会だろ?楽しそうじゃないか。そんなに緊張するなよ。」

「何ですか?名付け会って。」

ヘスティアはこれから参加するデミトゥスについて簡単に説明した。

主に神々が顔を会わせるだけの集まりだが、ファミリア代表同士の交流としての面も強いためいくつかのイベントも行われる。その中のひとつにレベルが上がった者の二つ名を決める会議があり、冒険者が身内でなければとことん他人事だと思っている神々を中心に盛り上がる企画らしい。

「僕も冒険者らしくなれる!」

「いまでも立派にやれてるさ。」

「それでもなの!醍醐味だよ!特別な名前!神様、僕はどんな名前でも一生大事にします!」

「うっ…全身全霊でいい名前を勝ち取ってくるよ…!」

「俺のも頑張れ。でもまずはベルのに全力で頼む。」

(馬鹿言うんじゃない!緊張の原因のほとんどは君が目立たないかどうかなんだ!)

送りだしてくれる二人のなんと素敵な笑顔だろう。この期待には答えなければならないと靴を舐める覚悟を決めたヘスティアだった。

 

「ベル、英雄の本好きだったよな。話してくれよ。」

「…今、丁度思い出したんだ。僕のスキルと同じアルゴノゥトっていうんだけど…」

 

ーーーー

 

「今回はうち、ロキが進行するで。早速やけど近況報告や!ハイそこのキミ!」

「ソーマ君ギルドに趣味没収されて今は部屋の隅で死にそうらしいよ!」

「あれがなくなるのは残念過ぎるのでみんなで救ってあげましょう。じゃあ次や。そこの。」

「ラキア、また攻めてくる準備してるぞ。」

「外の連中な。ウラノスには言っとく。はい次!無いな?じゃ、命名式いくで。」

「なんかあいつの進行凄く早くない?ヘファイストス。嫌な予感がするよ。」

「私にどんでん返しは期待しないでね。一柱分は味方するから。」

「ありがとう。」

 

一人目からあんまりにあんまりな名前が付き、ヘスティアは握った両手に汗が滲む。3人目が終わる頃には水さえ喉を通らなくなった。

友であるタケミカヅチが先に膝を付く。お気の毒様としか言いようがない。

その後も順調に名付けは進み、気づけば死屍累々の有り様である。アイズ・ヴァレンシュタインのレベル6達成の報告では盛り上がったが、ロキの一喝で新たに二つ名が付くことは無かった。力あるファミリアならではの立ち回りをヘスティアは少し羨ましく思った。

 

問題が起こったのはその後だった。名付けとは別の話になるのは分かっていたが、ヘスティアに言い訳など用意出来ているはずもない。

更なる追い討ちもしっかり用意されていた。ロキの読み上げた名前に、隣のヘファイストスも手で口を押さえた。

最後の生け贄のごとく名を上げられたのは、ベル・クラネルとバッツ・クラウザー。

…おかしい。バッツのことはギルドに報告していないはずだ。というよりそんな事をする間がなかった。今朝判明して、すぐにレベルを上げてしまったのだから。

写しの顔に何を思ったか露骨に舌なめずりする音が周囲でいくつも聞こえ、不快でしかたがない。そんな中で堂々とロキに叩きつけられる疑問は、全会一致の興味の的だった。

 

「どんな手を使って1ヶ月そこらでやってのけた?常軌を逸して余りあるやろ。こんなん。」

ヘスティアはわずかばかり働く脳みその隅を必死に回転させた。

黙秘に走って家族がおもちゃにされるのは論外だ。しかしあっという間に全体へ広がった不正を疑う罵倒染みた言葉の数々に睨み返すしかできない。それでも容赦なく近寄って来たロキはついに胸ぐらをつかんで来た。

あっという間に訪れた最高潮、いつものやつだ、待ってましたと声をあげる神々。歓声とともに強くなる動悸が無抵抗な自分を殴っているようだった。

「バッツのことは任せえ。あとは知らん。」

「えっ?」

隣に座るヘファイストスでさえ聞きとれない小さな声だった。皆に聞かせるように音量をあげたロキが続ける。

「この期に及んでまだシラを…」

 

「醜いわよ。そこまでにしておきなさい。」

落ち着いた一声はうるさいくらいだった部屋を撫でるように伸びて静まり返らせる。男神たちは姿勢すら正したが、その視線だけは色気に泳いでいた。

部屋の中心を定義したフレイヤはただ近寄り、ただ微笑んだ。

「暇神が。」

舌を打って離れるロキ。

 

突如訪れた静寂に突き抜ける怒気混じりの鋭い声。

「友であるヘスティアと共に誓う。」

声の主に視線が集まり神々はざわついた。ファミリアを持たない門外漢であるシヴァの横やりなど大多数が想定していなかった。一部はさすが破壊神と逆に称えた。

理解の追い付かないヘスティアが必死に取り戻した一呼吸の間に部外者は引っ込んでろとヤジが聞こえ始めた。シヴァは立ち上がると全く臆することなく続ける。

「ガネーシャとヘファイストスにミアハと…傷心らしいタケミカヅチも付ける。」

「あら、何の誓いかしら。」

「無論、アルカナムの不行使だ。それとギルドへの虚偽報告の可能性、その他搦め手もだ。」

「…根拠を聞かせえ。」

「そこに載っているバッツは私が認めてここへ連れてきた。ガネーシャへ事前に達人だと認めさせた上でオラリオへ入れた。もとよりレベルなどというもので測れる器ではない。」

「のろけ話を聞かせて欲しい訳ではないのだけれど。」

「ふむ。お前は黙ってくれるな、ロキ。ヘスティアへ泥をかけるのは許さん。」

「…フィンとアイズたんが本気で稽古を着けてやってたって話か。」

ヘスティアが口をパクつかせ、ざわつきが文句から驚愕へと変わる。オラリオ最上位の戦闘力を誇る二人が冒険者登録1ヶ月の新米に仕込むことなどあり得るのか。再び爆発するように盛り上がった神々。ロキは自分へも突き刺さり始めたヤジを受けて、苛立ちを隠さないまま極めて申し訳程度に申し訳無さそうに弁解した。

「冗談にしか聞こえんかったんや。当たり前やろ、色々ある。何よりそこのドチビも含め何もかも駆け出しの連中なんや。」

誰かが俺たちの嫁に男がと言ったところでロキの睨みが男神達を一閃し、再び静寂が訪れた。

「バッツのことはそれで文句はないわ。」

女神達が信じるのかと異議を口にする。男神の無駄に艶やかな声が揃って信じますと返す。それを上回る全くずれのないため息の音を最後にもう何度目か分からない無言。

 

ばんっと鳴らされて視線が集中する先にはロキの持ち上げる幼い顔の模写。

「じゃもう一人や。このガキはどうなんや。まだなんかあるかシヴァ。」

「無い。どうせ叩いても埃ひとつ出ないだろう。」

「叩けばわかる。なあ。ドチビ。」

娯楽に餓えた諦めの悪い連中がそうだそうだとはやし立てる。ヘファイストスに背中を叩かれて正気になったヘスティアには極寒の部屋だった。

「あ、ああ…アルカナムなんて使うわけない。ボクは子供たちに誓うよ。」

「もうその話はええ。お前の所の話なのに聞いてなかったんか?お友達に失礼ちゃうんか?」

「八つ当たりなんてさっきより酷いわね。あなたこそ私の話を聞いてたのかしら。」

「いい加減にしろ。口を挟んだからにはお前にも何かあるのだろう、フレイヤ。」

「ふふ、もう少し楽しみたかったのに、つれないわね。…強いて言えばだけど、ギルドの把握するミノタウロスの情緒とこの子の経験は時期が一致するとは思わない?」

 

もう何もかもが流されるままだった。すっかり命名のことまで気が回らなくなったヘスティアの頭の中は、バッツとベルの身の安全を守る事ばかりだった。

それからは色ボケの神々にキレっぱなしだった。あの剣姫をなびかせるバッツとは何者か。体を売っているのは本当か。いくらで買えるのかと聞き捨てならない質問の嵐を必死に捌いている間に気付けば決定した名前が響き渡ってしまう。

宥めてくれた味方の神々に見送られる背中はいつにも増して小さく、丸かった。

 

ーーーー

 

ヘスティアのいないホーム。英雄好きの語りに染められた部屋で、別世界の真実が紡がれるのを止める者はなかった。

「戦ってたってなんとなく分かってたけど、ちゃんと知ったのは一人旅を初めてからだった。」

机に肘を付き真っ直ぐ何もない壁を見つめるバッツ。ベルはすっかり緊張し、しぐさの一つさえ目が離せなくなっていた。

「…最後は家で倒れたんだ。病気だった。そのあとの旅で親父の友達や仲間とも会った。けど、病気だったことすら知ってるのは俺だけだった。」

目を閉じ、静かに一息してバッツは続けた。

「遠い国では親父が英雄と呼ばれてたんだ。若かったころ、そこの王様たちと一緒に戦ったからってな。でも、親父の仲間だった王様達は親父を一人で置き去りにして戦わせたことを気にしてた。」

ベルは旅暮らしを想像出来なかった。苦しむでもなく、世の中に流されているわけでもない生活。同じ小さな田舎の村の出身だと聞いて身近に感じていたはずの目の前の人が、戦いの場以外でも遠いと感じてしまった。

 

「そのくせ最後は一人でみんなを守って死んじまった。自分の国だけじゃない、世界中の人を助けたんだ。本当は王様たちには生きてて欲しかったよ。もっと親父のことも聞いてみたかった。」

「…なんて言ったらいいか…」

「そのあとも結局みんなで戦ったんだ。守ってもらったみんなで。海でも山でもずっと戦った。野宿なんて当たり前さ。最後は魔物を追いつめて、平和になったよ。みんなで石を積んだりして町を直すのも楽しかった。」

「良かった…」

「ああ。それで今はみんなが元気にしてるか見るために旅してまわってる途中だってことを思い出したんだけど、こんな状況なんだよな。不思議だ。」

「…」

(もしかしたらまだちょっとした寄り道なんて思ってる?…そんなわけないよね。)

「ん?どうせみんな元気にやってるから気にしなくて大丈夫だぞ。俺の仲間は助け合ってるし強いんだ。」

「心配にならないの?」

「全然だな。むしろ顔を見るのが楽しみなんだ。でも、今はここのみんなのほうが気になるし、ダンジョンのことももっと知りたい。」

(ここに来てからのことを思い出したら、気が変わったりするのかな。)

「どうだ、ベル。やっぱり空を飛んで目から光線出してるほうが良いだろ?」

「そんなことないよ…でも、本に書いてあるよりもずっと大変そう。」

「俺も王様って大変なんだなって思ってる。これで話は終わり!疲れたよな。」

「ちょっとだけ。正直に言うと、大変そうで寂しくって、良く分からなかった。」

「俺も親父に聞かされた話は良くわかんなかったな。まあそんなもんさ。」

「…うん。」

 

「喉乾いただろ、果物食べちゃおうぜ。」

「うん。」

「そのあとは、どうするかなー。」

「うん。」

(…なんか凄いこと聞いちゃった気がする…なんでこんな大事なことを話してくれたんだろう…)

 

ーーーー

 

突如としてホームのドアが開け放たれる。舞い込む砂など気にもせず、転がり込んだ勢いのままベッドへ飛び込んだヘスティアは、驚く二人へ唇を噛みながら一瞥すると枕に顔を押し付けて叫んだ。

「ボクは無能の馬鹿神だー!」

「名付け会はダメだったみたいだな。」

ゆっくりと起き上がった女神は枕を強く抱き締めて何か言いたげな目をふらつかせている。次の言葉を待つ二人は揃ってまばたきをするばかりで何も言わなかった。

頭のなかで整理がついたのか枕を置いたヘスティアは口を開いた。

「…ベル君は上々な無難さで、君のはまあ、致命的ではなかったよ。」

さらっと手書きしてそれぞれに渡された紙には、リトル・ルーキーと白突風の文字。

「これなんて読むんだ?」

「アクティヴタイムブリンカーだってさ。」

「かっこいい!」

「ベル君…いや、そういうことにしておこう、うん。」

「アクティ…なんだって?」

「一応説明すると、いつもいろんなところで現れては消えるからついた名前だよ。君の目撃情報は嘘も含めて凄いことになってたんだ…」

「ふーん。全然冒険者っぽくないな。」

「残念だけど、冒険者らしい名前なんてものは本当に万が一に付くかも怪しいよ。」

「じゃ、ベルはやっぱり幸運が効いてるんだな!」

「ありがとうございます!神様!」

 

彼らの心の平穏が保たれたことに安堵したヘスティアは、苦い顔をしながら頭の中でフレイヤへ律儀に感謝の一礼をし、そして遠慮無く噛み殺した。

 



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バッツの洗礼

「腹が減ったよ。早く入ろうぜ。」

片手をあげただけで足を止めないバッツがさっと見渡し、唯一樽を足がわりにしていたテーブルをえらぶ。流されるように続いた3人がテーブルを囲んだ。

ベルはスカウトじみたことをするのは初めてだったので、普通に人を紹介し普通に話すのは普通に落ち着かない様子で全員の顔を眺めるのに忙しい。

話の中心にいる赤髪の男はバッツの顔を見るなりあごをなで目を閉じた。

 

ドワーフのマスターがバッツへ低い声でまたエールでいいかと確認してくる。真っ昼間からの酒は止しておけと全員に止められたバッツが仕方なく水と適当な食べ物をたのみ、眉尻を下げたマスターが下がった。

ベルは何から話すか慌て始め、リリはじっと男に疑いの視線を投げ続ける。

早速訪れた沈黙に男はやれやれと呟き、集まる視線のうち最も好奇心を感じるものへ向けて続けた。

「あんたはどっかで見たきがするんだ。」

「うーん?気のせいじゃないか?」

「そうかもな…だが、気が合いそうだ。」

「おう!」

「なに通じあってるんです。」

一度口を開いてしまえばあとは簡単だった。男は自身で話を進め、レベルアップしたいことやベルの協力は取り付けていることを淀みなく伝えていく。

 

料理が運ばれて来たのに合わせてバッツが視線を投げ、きちんと受け取ってこほんとぎこちなくのどを鳴らしたベルへ注目が集まる。形だけでも団長らしくあるところを見たいのはリリも同じだった。

「…と、言うわけで!専属の鍛冶師になってくれたヴェルフ・クロッゾさんです。」

「俺はバッツ!よろしくな!」

「リリです。ベル様、レベルアップするまでパーティーに入れるなんて、すでにいいように使われてるではありませんか!」

「お前の言えたことじゃないだろう。信じてやれよ。」

うぐっと口をつまらせるリリへ自分の水を渡し、おかわりを取りにバッツは席を立つ。

ヴェルフは焼きたてで瑞々しい肉のローストを切り落としてつつき、次に野菜、肉、野菜と器用に一串にすると満足そうに頬張った。ベルがその手があったかと真似すると、自分の口の小ささを忘れたか肉汁に溺れ出す。

 

思わず笑ったヴェルフはバッツへこいつの分もたのむと合図し、愉快に震えた口調で話した。

「くくっ、あのバッツが頭って感じか。それにしてもお前は素直だな。覚えが早そうだ。」

無理矢理水で流し込んだベルは、深呼吸を挟んでようやく落ち着いた。リリはまた怪しい表情でにらむ仕事に戻っている。バッツのおごりとあってしっかり肉を頬張っていたので緊張感の欠けた表情をしている自覚はなかった。

「なんでも大丈夫って言うから、ちょっと心配だけどね。すぐどっか行っちゃうし。」

「…私だからわかるんです!とにかくこういうとんとん拍子の話は怪しいんです!」

戻ったバッツがなみなみ入った水さしを置く。街の明るさで眩しい水面は、たこのあるごつごつした手がさっさと注いでしまって見えなくなった。

「こういうやつなんだ。怒らないでくれ。」

「ああ、反抗期ってやつだな。」

広場の子供相手のぬるい視線がリリを囲む。はっとしたかと思えばまたむっとしているが、今度の訴えは全方位に発している。

「そういう目でみないでください。泣きますよ?」

「ずるだな。」

「ああ、ずるだ。」

「ずるはいけないよ、リリ。」

「ああっ、もう!」

簡単に落ち込むのを許すバッツではなかった。真一文字が崩れ小さく開いた口にすかさず次の肉を差し込む。リリは貧乏性が災いして食べることに集中してしまいなにも言えず、眉こそつり上がっているがすぐにその味に幸福感を覚え小言も一緒に飲み込んでしまう。

ベルはリリと話し合うときは食事しながらにしてこうすれば良いと思った。無論それがヘスティアの怒りを買うとは知る由もない。

食事を終える頃にはレベルアップ用の作戦を何となく詰め、買い物を済ませるとダンジョンへ向かった。

 

ーーーー

 

快音が響くダンジョン11階層。

「ほら、こいつを使ってくれ。」

「うん。終わったらすぐ返すからね。」

バッツが指差した方向の壁にはヒビが入っている。音を立てて壁が崩れると同時に腰を落としたベルは両手で全員を制止した。

大きな甲殻がどすんと音を立てる。ぎこちなく歩みだしたハード・アーマードは獲物の兎が身を屈めているのを視界に捕らえ、その身を丸めるために跳ねたところで見失った。

自慢の甲殻をものともしない白刃の刺突が脇から突き刺さる。体制を崩し体を開くと、一緒にくっついてきた兎がほとんど零距離で赤い瞳で覗き込んでくる。

声を発する間もなく上がった喉に黒い刀身が突き立てられ、次の瞬間には崩れ行く体のそばで兎がその血を振り捨てた。

 

「やっぱり俺が教えただけあるな。覚えてないけど。」

「お前が…って、覚えてないのかよ!」

「何ふざけてるんです!次が来ますよ!」

 

任せろと言うが早いか大きな刀身を担ぎ上げ、大上段に構えたヴェルフの怒号にオークが応える。重く駆け出し、肘を引き、肩を巻き込みながら床へ投げるように叩き付けた片刃は殴りかかるオークの肘から先を紙のように裂き、残った勢いに任せて切っ先で足をはねた。

右の手足を失ったオークは叫び散らしながら倒れ伏し、土を噛む。

ヴェルフはもがく巨体へ冷静に歩み寄って吐き捨てた。

「おう、ちゃんと歯を食いしばってるな。」

二度目の叩き下ろしで首を落とすと、大きな体が風に消え魔石が残った。

 

前衛と言うよりは切り込み隊長となった少年の足には揃って三人とも舌を巻いた。電光石火の一突きは、この辺りのモンスター相手では後手に動いたベルが先手をさしきった様に見えるほどだった。

バッツはいつも通りの動きで淡々とベルの討ち漏らしと増援を潰し、ヴェルフへ少しずつ敵を流す。不動の距離感で構え、前衛にも関わらず広げた視界を生かして優々リリへの危険を遠ざけた。

がむしゃらに動くヴェルフはリリに叩きつけられる薬を贅沢に浴びてひたすら一対一をこなした。その顔はバッツから両手持ちの指導を受けたおかげか自信が覗いている。

(それにしてもあいつらは構えてから倒すまでがはやいな…これがレベル2の世界なのか?)

(ヴェルフは強そうに見えてベルよりは普通みたいだ…)

(バッツがやり過ぎないように見てないと…)

(人に投げつけるのってちょっと楽しいですね…)

 

ーーーー

 

ヴェルフは数十分続けたところで、違和感を覚えた。こいつらは休憩をするつもりがないのか?後ろのチビスケさえ汗はかいてもへばる気配はない。ろくに見る余裕がなかったがベルのやつも始めほど走り回ってはいないようだ。何よりも静かになった。掛け声が減っているのは疲れてるからじゃないのか。

それにしてはこっちに来る敵の数は変わらない。気を使わせているのだろうか。

「よし、俺たち馴染んできたな!ベルもそろそろ調子出てきたか?」

「やっと思った通りに体が動いてくれたよ!」

「良いですね!では、インプを縛り上げてペースを上げましょう!」

予感に応えるように不穏な言葉が並びはじめる。この陣形を崩さないのが作戦の肝であったはずだ。だれか強がってないで疲れてるって言えよ。いま手ににじんだこの汗はオークをぶったぎったからだ。間違いない。

それでも、それでも一応聞いておかなければ。「は?ちょっと、お前らまてよ。まさかここからが本番とか言うんじゃないよな?」

「良くわかってるな!心配しなくともお前がちゃんとレベルを上げきるまで行くさ。」

満面の笑みと来た。そうだ、この剣が痛んできたからここまでだ。と提案するつもりが、振り向けば何故かバッツが背負ってきていた銀の大剣。ベルのレベルアップの記念品らしい。

「使える人に使ってもらった方がいいよ。」

「くそっ…正直に言う!もう割と限界…」

「薬ならまだあります!ベル様の装備品のお礼ではありませんが、今回は奢りですよ?」

(何が気が合いそうだ!バッツ!お前爽やかな面して死ぬほどキツいじゃねえか!こいつらも大概だ!)

 

数十分で終わるかと思われた狩りは数時間に及び、ヴェルフに二回膝をつかせたところで終わった。

「お疲れ様。僕が周りを見てるから、しっかり休んでね。」

(もう目が潰れたオークやらのどが潰れたシルバーバックやらは一生見たくねえ…俺が切ったそばからひたすら蹴り込むやつがあるか。くそっ。化け物どもの死に物狂いの最後っ屁をしのぎ続けるなんて…我ながら良くやっただろ。今日は。)

身を投げ出し、息も絶え絶えに天井の灯りを仰ぐヴェルフの目の前では、壁を掘ったバッツが床に集めていた魔石の山をみて腕を組んでいる。

持ち帰れない魔石の処理に困っているようだ。リリも荷物をまとめ、バッツと共に腕を組みどうしようかと話し合い始める。捨て置いてただでくれてやる気にはならないらしい。

 

「よし、休んでる間にこの魔石で薬買おうぜ!」

ヴェルフは言葉にならない叫びをあげようと口を開けたが、疲れと驚きで咳き込んだ。思い付きの方向性が最悪だった。

(せめて予備の袋を買って持って帰るとかあるだろう?俺を見ろ。この顔で薬じゃあ擦り減ったこころは治らないと気付いてくれ…無視するなよ…)

「良いですね!物欲しそうに見ていた冒険者もちらほらいましたし、結構な道具を使いましたからね。リリは賛成です。」

「まあ、足元見られてもどうせおいていくしかない魔石だから良いよね。まだまともにもらったダメージもないし。」

「頼むから…頼む…止め、ごほっ…」

「ヴェルフ様…仕方ないですね。もう一本いっときますか!」

 

ヴェルフは切り続けた。ひたすら死の恐怖とモンスターをまとめて両断するだけの、人生で一番長い戦闘でただ濃くなる生を噛み締めた。帰路につく頃には一言も発しなくなり、唯一別れぎわに発したあばよの台詞だけははっきりと明るかった。

 

ーーーー

 

「お帰りなさい。レベルを上げたのね。ヘスティアから聞いてるわ。」

戻ったへファイストス・ファミリアのホームで、珍しく主神へファイストスに微笑みとともに迎えられる。女神の笑顔に安堵し、大きなファミリアであるにもかかわらず今回はすぐにステイタスの更新をしてくれるようだ。終わり良ければなんとやら、日中のことは心の深くにしまっておこうと決めたヴェルフは深呼吸とともに背中をさらした。

 

「ヘスティアの所の子は最速記録も当然なくらい過激な戦いらしいけど…さすがに疲れきっているわね。」

「ああ…昼から夜まで薬漬けでぶっ通し…」

「それは…ヘスティアへキツく言っておきます。でもそれについていけるなんて凄いじゃない。」

静かに手早く背中をなぞられる最中、心配そうに今日の事を聞いてくるへファイストスに、半分愚痴るように答える。ほとんど恐怖との戦いだった事はわずかに残っていた男の意地が口にさせなかった。

 

ぽんと背中を叩かれ終わりを知らされる。聞かずともわかる。レベルアップしたに決まっている。でなければ死んでやる。

「良くやったわ!」

「鍛冶のスキルは?」

「ええもちろん。これでレベルアップは完了。それよりも大切なことを頼みたいの。」

レベルアップを確認してのお願い。これは待遇向上につながる試験のようなものかもしれない。ベルには悪いが集中させてもらう。これをこなしてこそ今日の辛さも帳消しに出来るというものだ。

 

「あなたが!恋のキューピッドよ!」

差し込んだ陽光がみるみる暗雲に遮られる。我らが主神様は何を仰られているのか。ここには人だけです。天使はいません。振り返るとちらっと歯が見えるほどの笑みに思わず見とれる。しかし理性も本能も警鐘を鳴らして止まず、次の瞬間には安心を求めてファルナをなぞろうとしていた後ろ手さえ拳を握った。

「決まってるじゃない!背の高い方の!最速記録保持者にお熱の!椿の援護よ!」

突然横っ面を叩かれた気分だった。もうまともな言葉などほとんど出てこない。きっと顔も歪んでいることだろう。

「気のせいだろう?なあ、俺はまだ正気か?」

「しっかりしてちょうだい。確かに私は恋を司ってはいないわ。それでも女のカンが叫ぶのよ!」

 

両手を合わせ高らかに語り始めた主神は、心が擦りきれていたヴェルフには狂って感じられた。俺には一言誉めるだけの価値しかないのか。無邪気な笑顔の前では大事にしていた何もかもが矮小に思え、かといって目をつぶれば巨大化したバッツがモンスターを投げつけてくる。死の恐怖に狂った自分が見ている幻覚なのかもしれない。

逃げなければ。

何かしなければ。

絞り出した感謝の挨拶とともに震えだした全身へ精一杯力を込めて走りだす。暗い夜道を駆け抜け、酔っぱらいをはね飛ばし、気づけば見慣れた小さな工房の真ん中で立ち尽くしていた。息も上がり、ふらつくままに工具棚へ手を掛ければ、愛する仕事道具たちが語りかけてくる。

お帰り、さあ仕事だ。言われるがままに掴んだノミが脈打ち、確信が胸を貫く。

どこに何があるかなど見なくとも分かる。明かりなど無くとも火を起こすのは造作もない。がちっと鳴らせば弾けるまばゆい希望を炉にくべる。大きく深い息を優しく吹き込み、かえってくる温かさに涙がにじむ。

込み上げる安心と満足。優しくふいごを踏み話しかければ元気良く返事する炉の風を腹が焼けるほど目一杯に吸い込み、天を仰ぎ、袖で汗を拭き捨て叫んだ。

ああ!ここが俺の居場所!ここが天国だ!

 

一心不乱に鎚を鳴らす姿は一切の迷いがなく、一晩かけて鍛え直された銀の大剣はもはや別物と呼ぶに相応しい改心の出来だった。

 

翌日、ヴェルフは風邪で寝込んだ。



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エイナの受難

「申し訳ないがこの報告の一切はこちらで処理する。」

「え…」

「言いたいことは分かるが、レベル1で剣姫から一本取るやら自衛が精一杯な戦闘力のサポーターを庇いながらミノタウロスを倒すなど正気の沙汰ではない。理解してくれ。」

「…はい。」

「実を言えば俺も状況が全くわからん。不透明極まる事柄が多すぎるんだ、主に上からの指示がな。特にこの、バッツ・クラウザーは専門の担当をお前の代わりに立てるほどらしい。今後の接触は最低限に押さえておくべきだろう。」

「え?」

 

報告には彼が買い物すら危ういほどの記憶喪失であったことを全くのせていない。そう、もしかしたら彼はここに来てからの記憶無しに剣姫を相手取れたことになる。

レベル毎の強さなど知識しかなく、その全力を見たことは当然ないが、6ともなれば建物をひとっとびで越えてしまうような超人であってもおかしくない。それを常人に毛が生えたレベル1がなど。

彼がなにも隠していないなどあり得ないのは明らかだった。神秘を抱え込み、記憶を消さなければならないほどの窮地に至ってしまったのか。

それでも思い起こされる彼の顔は、生活を楽しんでいたのだ。なにか裏があるとはとても思えないほど素直に、生き生きとしていた。

 

現状を上に、いや神々にさえ知られてしまえばどうなるか。彼の人生のためにも担当は代えられてはならない。ギルドでこれを知るのはおそらく私だけ。私にしか守れないのかもしれない。

「どうすれば…」

「情がうつったか?」

口をついて出た言葉をすかさず上司にひろわれる。現状の整理に頭の大半を使ってしまっている今、黙秘する事しか思い付かない。

「…すみません。」

「この件について情報を隠すのはかなりまずい雰囲気があるということは知っておけ。その上で今のは色恋沙汰だという事にしておく。ギルドの職員には良くあることだ。」

「あ、ありがとうございます。」

全くお見通しらしい。それでもここまで好きにさせてくれるのはきっと今日だけだ。日頃稼いだ得点を全部つかってしまったかもしれない。

 

「覇気がないな。…それから、これは独り言だが、シヴァ様はバッツの事だといえば誰にでも時間を作ってくれるらしい。」

想定外の助け船。どうしようもなさに飲まれた所で目の前に垂らされた可能性。すがる思いがつい顔に出る。素直にゆっくり頭を下げたところで、なぜシヴァを紹介したか、その意図が親切ではないかもしれないことを察する。喜んでしまった顔は、はっきり見られただろう。大人しく勢いのまま続けるしかない。

「…ありがとうございます!」

「辛くなったら言え。ここの誰でもいい。出来れば口の固いやつにするのが無難だが。もし多少上の者を希望するなら根回しはする。」

どうせこの人も上から言われてやっているだけなのだ。心配してくれているのはきっと本当だ。だからこそ甘えておくなら今しかない。明らかに踏み込みすぎている自覚はあるが、死ぬわけでもないし、やれるだけやって、後悔はそれからだ。

「…今日は午後から休みをいただいてもよろしいでしょうか。」

「…ああ、青ざめているな。今すぐしかるべき書類を書いて真っ直ぐもってこい。それとバッツ・クラウザー関連の書類もしばらくは全てこちらで預かる。」

深く息を吐いて、ぐっと表情を締める。いつもの自分の顔を取り戻さなければ。少なくともここの職員の誰にも悟られてはならない。

「この恩は必ず…」

「いい。どこまでも頑固者だな。」

「すみません。」

 

昼の休憩に入り次第ギルドを飛び出したエイナは汗も拭かずにガネーシャ・ファミリアの門を叩いた。

すぐ景観に似合わない光の反射に気付き、見てみれば緑の美しいソファが門の向こう、すぐそこで日にさらされている。

やたら目立つその輝きを見れば、座らされるように門番らしい格好でソファに腰かけていた男が当然目につく。男の表情は他に腰かけられる物もないと分かっていて使わざるをえないのが明らかな、ぎこちないものだった。不思議そうに見るエイナに気付いた男は丁寧に立ち上がった。

「その服装は、ギルドの方ですね。どのようなご用件でしょう。」

「か、神シヴァへ、バッツのことで話がありますとお伝えください。」

「少々お待ちください。いまシヴァ様へ確認して参ります。お疲れの様子ですのでそれまであれでおくつろぎを。とはいえ、あれしかありませんが。」

「ありがとうございます。正直助かります。」

「シヴァ様が下さったのですよ。丈夫で柔らかいからと。私の身にはすぎたものです。あなたのような女性に使ってもらわねば。」

「私にもこれは余りに…」

 

触れた艶のある革は日差しを無視するかのように冷たく、汗が吸われるでもないようですっと消えていく。触るほど不思議で心地良かった。いったい何ヴァリスの価値かは考えてはならないと察し、慎重に座ると想像以上だった。

あっさりと全身の力を抜かれ、くつろぎたい衝動が一息で頭を埋め尽くした。深呼吸をすれば背もたれに沈む頭が軽く空を向き、人前であるとわかっていても半開きになった口の端から唾液が垂れそうになる。もう立ち上がれない。今の私にも、無論立ちっぱなしの門番にはより良いものだろう。

ある意味悪いかもしれない。神シヴァは見た目より質に拘るのだろうか。全く見た目と用途を切り分けている辺り、上等な物だからと門番に使わせたかったのか。

あるいはその滑稽な姿を笑うために与えたか。手を胸に当て、もうほとんど落ち着いた息を整えながら前者であることを祈る。

 

ついに我慢しきれずゆっくりまぶたが落ちる。

これで頼れない類いの神であったなら、ギルドに隠れて深入りしすぎた私はきっとお払い箱。そうなったら責任押し付けてヘスティア様の元に置いてもらおうか。ギルドで待たされない裏技くらいは教えられるだろう。あとは財布の管理とか、料理も、少しは、嗜む程度に。何を出してもあの人たちは笑顔で食べてくれそうだ。おっと、案外悪くないのでは。あのお騒がせな二人の安全を祈るのはいまと変わらないわけだし。

「あの…」

「それにちょっと癖になるとひそかに人気の、ハスキーな二人の声を聞き放題なのは中々…」

「シヴァ様がお待ちです!」

 

何か言われた気がする。たまには良いじゃない。今日はもう仕事はないの。

「うーん、あと五分…」

「起きてください!」

手を握られる感触。慣れないごつごつとした感覚に反射的に目が開く。上りきった日の光が眩しい。視界と一緒に脳内もまっさらに弾けた。

「はい!?」

「半分寝てましたよ。それでもソファにはお似合いでしたが。」

そういう門番さんは無表情じゃないですか。私は熱くなった頬を撫で、不快な感触に口角を下げた。

思いっきり端からこぼれていたものを伸ばしてしまった。やってしまった。こんな往来で。派手に人目を引く場所で。妙な想像をしながら。あわててハンカチを出す右手の素早さといったらきっと相当なものだった。

「止めてください。すいません。すぐ行きます。はい。案内をお願いします。…ああ恥ずかしい。」

「分かります。あれは気を強く持たないと心地よすぎて持っていかれてしまう。」

「…」

「それと、二人の声を聞き放題とは一体なんでしょう。」

口にさえ出ていた。このソファ!

にらんでも返事などあるはずもなく。これのことは一生忘れないだろう。門番へはお願いすることしかできないが必死に頭を下げた。

「忘れて下さい!」

「盗み聞きの算段であれば見逃せません。」

仕事熱心め。ただの妄想などとは口が裂けても言いたくない。こちらの仕事の話はしたくないが仕方がない。ベルくんとバッツさんもこれくらいは許してくれるだろう。悪いことは言ってないんだし。

「その二人が冒険者で、私の担当なんです!お願いですから他言無用でお願いします!」

「そうでしたか。ではこちらへ。近頃のシヴァ様は嘘、誤魔化しと遠回しな話を極端に嫌われます。そしてとても、とっても!気の短い様子ですので、くれぐれもご注意を。」

門番さんの無表情の原因はこれか。今日は虫の居所が悪いなんて、本当についてない。一瞬で恥ずかしさなどどこかへ消えた。歩きだした門番さんの儀礼じみた所作を見れば何も言えなくなるほど気を張っているのが伝わる。出来るだけ手早く済ませて明日のことをまとめないと。

 

神に怒られた経験などないエイナは自身の置かれた状況も相まってさらに緊張した。

一度中へ入れば綺麗に手入れされた広い廊下と高い天井、喧騒から切り離され澄んだ空気に背筋を正される。外見だけでなく中もファミリアの大きさ、豊かさを誇示するようであったが、汚れた冒険者が柔らかい表情で出入りしているのが民衆第一を掲げるファミリアらしい。

同じオラリオに住むものの為の組織であるギルドは隠し事だらけで、その差を感じざるを得ない。やはり裏方は日陰者たる理由を抱えており、主神の性格もそれを後押ししているのは明らかだった。

 

「こちらの部屋です。帰りは別の者が案内するかと。それでは開けます。」

開かれた部屋は、質素と呼ぶのが最もそれらしい物の少ない空間だった。そもそも部屋自体もそれほど広くない。神ガネーシャに客として迎えられているにしては狭すぎる印象。

その部屋の奥、窓のそばに置かれた机に肘を突き、男神は外を眺めていた。ゆっくりと鋭い目がこちらへ向き、眉間には、いかにもあえて寄せたしわが見て取れる。

「門番、遅かったな。」

「申し訳ありません。何でも少し癖になる声を聞き放題だとかで。」

神は明らかに怒っている。門番の汗は服装のせいだけではないと思わせるには十分な迫力だった。エイナは冷静を欠き、わずかに顔を覗かせた親切心を考えなしに口にした。

「も、申し訳ありません。門番さんは私の話に付き合わせてしまい…」

「挨拶は無しだ。用件を短く話せ。言い訳しか出来なかった門番への処罰は後にする。覚悟を決めておけ。」

「…はっ。」

緊張感に呑まれた空間でエイナは吐き気を覚えた。もう助からないのだろう。バッツも、この血も涙もない神にとらわれて良いように使われるのだ。

「…もう、よろしいでしょうか。」

門番の退出をせがむ声は弱く、今のエイナには助ける術などない。

ここから一人で、この神とまともに会話出来る自信はない。うつむいた視線の先に、敷物のコーヒー染みらしいものが目につく。こんなに神経質な神がこんな派手な汚れを許すだろうか。もしかしたら、殴った人の血が染みついていて、戒めとして使用人たちに見せつけているのでは。長すぎる沈黙があってはならない想像ばかりを膨張させていく。

 

ついにエイナが沈黙を破り、肩を震わせて深呼吸をすると、シヴァは立ち上がった。

「すまない。ああ、からかいすぎた。エイナはお前ほど気が強くはないらしい。」

「良かった!エイナさん、しっかり。」

門番に肩をさすられてはっとする。無意識に涙がにじみ、ほんの一歩だけにもかかわらず歩いた神を見て息が詰まった。

「始めにお伝えしたあれは、驚かせたくて私とシヴァ様で考えた、ええ、いわゆるドッキリです。申し訳ありません。」

「ひっ…え?」

 

私は頑張った。上擦った声ですら良く出たものだと思う。もう何がなんだか理解が追い付かない。

「今の件は嘘です。私は処罰などいただきません。」

この人は何をいっているのだ。私がどれだけ必死に助けを求めてここへ来たか。それをおふざけで済むと思うのか。どっきりって?

「すまなかった。まさか隣のものを適当に叱るだけでこれ程とは。私は自分の威圧感というものがわかっていなかった。許してほしい。」

震える私を見て代わりに門番さんが返す。

「シヴァ様。私はこうして崩れる人をこれまでに10人は数えました。もう冗談について実践で学ぶのはお止め下さい。」

「む。相手によって加減できない冗談など笑えないからな。私は不器用だから数をこなすしかないのだ。」

また話が弾み出す。何を始めるのだこの二人は。もうこの二人が口を開くだけで怖い。

「それによって折られる人の心についても、何とぞ…」

「…そうだな。謝れば許してもらえるなどと、虫がよすぎた。ついに涙を流す者まで現れてしまってはな。もう止めることにする。」

「え?」

本当に終わり?帰って良いのですか?なんで門番さんは未だに無表情なんですか?

「ありがとうございます。」

「これまで良く付き合ってくれた。褒美に椅子と変わらぬ質の物見小屋を建てよう。」

「えっ…」

初めて門番さんに表情が出た。すごく嫌そう。ちょっとスッとした。ああ、落ち着いてきたかもしれない。

「あのような椅子だけではもの足りなかっだろう。番兵たるもの、日頃は体をいたわるものだ。」

「い、いえ!私にはすでに過ぎたものです!これ以上は…」

きっとこれ以上の環境は仕事にならないからだ。あれ以上居心地がよすぎるなど、人の身では二度と家に帰ることすら危うい。

「気にするな。そうだな。ミノタウロスの突進くらいでは傷もつかない程度で作るとしよう。怪物祭で街に出てしまったモンスターを考えるに、それで十分であろう。なに、ガネーシャの奢りだ。以上だ、下がれ。」

 

門番の去った部屋で、神シヴァは椅子の背をつかんで引き、私へ座れと促す。本当に礼儀を気にしないらしい。あとは私の気が動転しなければ大丈夫。きっと。疲れたので帰りますと口にするだけだ。

「あの…」

「大丈夫か?椅子がきつければベッドもある。ゆっくりしていくと良い。」

「はい!すみません。取り乱してしまいました。」

何をいっているのだ私は、冷静になれ、聡明なエルフの血が少しは流れているだろう。断れ私。でも何か忘れている気がする。

 

「とって食ったりはしない。先ほどの通り、皆とは気楽に接しているつもりでな。バッツとのようにはいかないのがもどかしい位だ。」

「あ、そうです。そのバッツさんのことで。」

思い出した。何のためにここまで来たんだか。神にからかわれるとここまで混乱するとは想像以上だった。

神シヴァが再び座るのに合わせて机を挟んで座る。先ほどまでの剣幕は見事に消え失せていた。それでも目を会わせれば鋭い目付きに見透かされるようだった。給仕が扉を叩き、瞬く間にコーヒーとサンドイッチを机に並べ終わると、感謝する神シヴァに苦い顔を隠すことなくお辞儀して返すとそそくさと消えた。あの人も被害者だ。間違いない。

「好きに食べると良い。バッツはある城の塔でくつろぐ私と出会うなり、私の挑発にのって袋叩きにしてきてな。それ以来連れられるままに世界中をまわっていたが、今回は逆に私がガネーシャへ会うついでにここへ連れてきた。」 

どんな顔をすれば良い。どんな出会いだ。突然あった人間に袋叩きにされる神がどこにいる。冗談か、何かの隠喩なのか。こうも淡々と語られてはなにも掴めない。私には流すしか出来ない。

「そ、そうでしたか。では、彼の記憶喪失についてもご存じですか。」

「無論だ。だが、ただの事故らしい。気にするな。」

あっさりと決着した。正直神ヘスティアよりはるかにバッツさんへの信頼感が見える。だが、ここからは私しか知らないこと。コーヒーを一口すると、これもまた格式高い香りが鼻を抜け、高まりすぎた緊張がすっと抜けていく。さんざん振り回された高級品に今日初めての感謝をしつつ、努めて慎重に伝える。

「それに合わせてお伝えしたいことが。ギルドで彼の情報秘匿が始まっています。私が…申し遅れました。エイナ・チュールです。ギルドにて冒険者バッツさんのサポートを担当しています。」

「ヘスティアには悪い虫と言う風に聞いている。まあ、気にしない事にする。続きを。」

 

「…以上です。正直に言います。私は、バッツさんが神々の…」

「遊び道具にされるのは我慢ならないか。全く同意見だが、心配はいらないだろう。」

まただ。この神々の力と厄介さを歯牙にもかけない物言い。明らかにバッツさんには何かある。

「それです!その根拠がきっと…」

「悪いがこれは詳しく話せない。経験則とあいつの実力を照らした結果とでもしておこうか。」

やはり聞いてみても教えてはくれない。普通に断る辺り、やはり積み重ねた信頼が大きいのか。そう言えば、なぜバッツさんはヘスティア・ファミリアに居るのだろう。ここまで仲の良い神が居るなら、普通はその神のファミリアに所属する。しかしシヴァ・ファミリアというのは記憶にないので、ファミリアを持たない神なのだろう。

今日の私は堂々と情報共有が目的といっているようなものだし、当然悪意はない。たとえ何かを感じ取られても、流れのままに、素直に聞けば、何かつかめるかもしれない。少なくとも怒らせることはないだろう。もうネタはないが、こちらからは話を終わらせず続けることにする。

「経験、ですか。」

「語れない理由はある。お前はどうやって私へたどり着いたのか思い出せ、ギルドの案内があったのだろう?」

その通りだ。私はギルドの使いだと、あるいは知らぬまま使われている、そう思われてもおかしくない。私自身もその懸念を払うことができないでいるが足掻くしかないと決めた。本部へ戻ったら拘束されるなど、あるのだろうか。

「…はい。私にはもう、手遅れなのでしょうか。」

「手はあるぞ。ガネーシャの力ならギルドの中枢へ食い込める。お前はバッツの担当を外れない事が最も優先する目標だったな。私もあのいつ寝ているか分からぬお前の主神へ話を通している。だからここへこれたのだろう。」

話が早い。無駄が嫌いというのは本当だったようだ。

 

それにしても、冷めきったコーヒーに初めて手を付けたかと思えば一気飲みとは。これ程の品でその飲み方は勿体なくて私にはできない。

「はい。これまでのように一般的な冒険者然とした生活が続くことが可能なら、私はそれを望みます。」

「これまでのようなというのは難しい。バッツがただ穴に潜り続けるだけの生活など出来るはずがない。そういうサガだ。それに、あいつはすでにロキとフレイヤには目をつけられていて、私も関係者として嗅ぎ回られている。」

私は内心頭を抱え直した。やはり想像以上に大ごとなようだ。オラリオのほとんど最高の戦力に目をつけられていては、当然これまでのようにとは行かないだろう。実際、バッツさんは、最近ギルドに姿を見せる頻度がかなり落ちている。

 

「それに、折角なので一波立つことも覚えておけ。共にこの街へ来た友が行方をくらませた。いや、安全なところにいると嘘を付いていた。私とバッツの、共通の友だ。これを手伝えとは言わないが、邪魔はするな。」

これ以上は抱えきれない。それでもこの神は取り合ってくれるのが救いだ。何か、何でもいい。話を続けなければ。私が折れることだけはあってはならない。

「行方不明人の捜索はギルドにて受け付けております。もちろんダンジョン内に限らず、オラリオの地上全域を捜索します。」

「まともにファミリアのホームもあらためられない組織が良く言う。私は自分がロキとフレイヤの抗争の火種となろうが気にせずやると言っている。」

私の顔は今きっとひきつっている。誤魔化しが嫌いなのも本当か。我ながら気付くのが遅すぎた。門番さんはほとんど嘘は正直だった。それと少しわかった。まだ、この神は怒っていない。

「すみません。私にはバッツさんを取り巻く状況が想像しきれません。」

「そうだろう。まあ本人も私も、わかってはいない。その程度の事だとも言える。」

「…ご友人の無事を祈ります。」

「どうせ、もうろくした振りでもしてその辺を歩き回っているだけだ。そのようなことに気を揉むな。目的の為に邁進しろ。それが叶わぬと知ってからでも選べる道はある。」

「いいえ。おせっかいが生き甲斐ですので。」

また私は。気を使わせたにも関わらず普通に張り合ってしまった。このひとには、なにか真実を語らせる力が働いているような錯覚を覚える。

 

はっきり言い返したのに気を悪くするどころか目の前の神はむしろ微笑みさえ見せた。私がここまで真っ直ぐ誤魔化さずに話し、それをこの神は認めてくれた。初めから私が素直になって疑うのを止めるだけで良かった。それだけのことなのに。

「何度も言わせるな。気にするな。私は不器用だ。」

「はいっ!ありがとうございます。すっきりしました。」

空腹に気付き、落とした視線を追われたのか皿を押されて少し恥ずかしくなる。寄ってきたサンドイッチのなんと香ばしいこと。表面だけしっかりとついた格子の焼き目は私がおっかなびっくり二本指でつまみ上げてもしっかり形を保つのを助けた。口にすればサクッと音をたてたパンが口の中でほぐれる。次の瞬間には丁寧に水気を抑えられていた野菜とハムが主張を始め、最後にハーブと香辛料が爽やかに鼻を抜ける。コーヒーに負けない素晴らしい出来だった。

「美味しい…」

「いくらでも食べるといい。元は私と門番が悪いのだから。」

「その通りです。死んだかと思いました。もちろんこの素晴らしいサンドイッチはすべていただきます。」

無言で差し出すようにずずっと皿を押し出される。

縁を押す二本指はそこだけ見れば男に見えないほど艶やかだった。どうせ美肌の決め手はと聞いても、何もしていないと返されるだろう。

何か付いているかと指を擦り合わせる神に私は首を振り、両手で支えたサンドイッチを口へ運び続けた。

 

私の態度の変わりように声を出して笑った神は、そのままで聞けと言って始めた。

「最後だ。バッツの記憶喪失は上司とやらに明かしても良い。」

「…その理由をお聞かせください。」

「おそらくそれを知ろうがギルドは何もしないからだ。ひとつは剣姫とある程度戦えてしまっていること。一目でレベル3程度の戦闘力では力量も分からず追い返されるのが妥当なところだと、大きなファミリアの神や武神の類なら分かることだろう。ひとつはロキが街の情報のほとんどに目を光らせているらしいこと。これはロキ自身が勝手に宣誓した。ある程度だが信用していいだろう。ダンジョン内では、分からないが。」

推測すると、彼の記憶喪失という事態は彼の価値からすると大したことではないか、記憶喪失の度合いを把握できているほど監視の目があり、故にオラリオから出せない。

そして少なくとも、バッツ擁護派もしくはヘスティア・ファミリア、ロキ・ファミリア、フレイヤ・ファミリア、ギルドが動いている。

 

私程度の末端職員では何もできない可能性は否定されなかった。それでも足掻けというこの神には、希望があるということか。

彼がなにかすれば上には気取られる。今の状況は分かった。しかし彼は大人しくしないだろうと。ならば私に出来ることは。これからいくつ規則を破るかを思うと、ヘスティア・ファミリア入団が現実味を帯びてきた。

「お前にはお前の戦いがあるだろう。参考程度にしておけ。」

「助かりました。ありがとうございます。」

「…ふむ。お前はバッツに惚れているのか?」

「いえ…えっ!?」

「仕事の付き合いなら命をかけるほどではない。違うか。」

「乗りかかった船と言うか…状況を甘く見ていたら成り行きで…」

「それだけでか。気が強いな。一応だが、バッツの身が危険であっても、捕まえておくのはほとんど不可能だと思え。これを忘れると皆痛い目を見る。案外、バッツより気がはやる者の方が多いがな。」

「…はい。よく覚えておきます。」

 

「では、ギルドへはガネーシャから伝えておく。実際に我々へ手を出したフレイヤの猛者がどうなったか見てみろと。」

「お、オッタルが…?」

もう事は始まっているように聞こえましたが!それはついでに言うことじゃ、ないんじゃあないですか!

「ああ、あの馬鹿どもはバッツへ手を出したらしい。ロキが腹を抱えて過呼吸になりながら話した事だ。きっと先ほどの誓いなどより信用できる。」

「うわ…」

何も言うことはない。このひとは間違いなく血が流れてから本番だとか言い出すタイプだ。つつくたびに過激な話が出てくるのもいたずらなのかは怖すぎて聞けない。

「お前はせいぜいここでの話を聞き出されないよう徹底することだ。」

まずはあの上司の探りを避けないと。

 

それよりも…

 

「美味しいサンドイッチもあと半分ですね。コーヒーのおかわりをお願いします。」

「素晴らしい。私を顎で使えなければバッツの伴侶はつとまらない。」

「違います。助けたいだけです。」

「私も人の気はすこしくらいわかる。」

「今はもう一人の冒険者の事を考えてました。」

「ほう…二兎を追うとは。」

「そうじゃありません!まったく…」

「子兎とその兄兎と言ったところか?」

「…もう。」

「すねるな。正直者。この程度で揺さぶられていてはこれからどうする。」

 

…どうしようかな?

はあ…あ、これもおいしい。

 



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黒い夜風

いつも通りの夕食。

すり傷だらけの僕とひどい汚れを洗ったらきれいに無傷だったバッツは夕飯の支度をさっさと済ませ、この部屋の中くらい対等にしてくれと僕を見て不満そうにする神様へ大盛りの野菜に塩漬け肉の切り落としを乗せてささげる。

今日は初めてダンジョンに潜った日と同じくらい凄かった。新しい僕の力は、初めてのレアモンスター、インファントドラゴンに使うことになった。凄い威力だった。その分疲れたけど、凄かった。

 

ヴェルフさんには当然誰も詳しくなかった。でもへファイストス・ファミリアで働いている神様いわく、彼は魔剣を打てるちからがあって、でもわざと打たなかったりして評判が悪いらしい。

だからどうしたんだとバッツが切り捨てると、神様は、いい男はこんなふうに秘密ごと受け入れられないといけないと言った。

すかさずベルは立派だろう、とバッツ。例えば俺よりと語り始めたところで神様は昔話は禁止と言ってすぱっとこの話を終わらせてしまった。

 

僕はもう少し、ヴェルフさんの話の前にしていた、インファントドラゴンを倒したときの話をしたかった。

それはすごいぞって、二人とも喜んでくれたけどさ。やっぱり二人は、いや、バッツは、思い出してるけどなにか隠してる。

少し、寂しい。

 

それから、ご飯を食べ終わったら拾い物の魔石灯を拭いていたバッツが夜風にあたりたいと言い出して、神様はそれをすごく怒った。

手を引いて座らせようとする神様は、最後は泣きそうなほどだった。

ただ外に出るだけじゃないのを感じ取ったんだと思う。

あんまり言われて弱ったバッツは大人しく寝たけど、神様は朝まで見張るつもりだ。色々考えてしまって寝られない僕よりも先に船を漕いでしまっているけど。

 

バッツは本当にすぐいなくなるからなあ。これさえなければこんなに頼もしい人もいないのに。

 

部屋を暗くしてからしばらくたつ。

バッツと仲間たちが魔物に燃やされた船で戦う話を思い出していた。そりゃあゴブリンくらい殴って倒せちゃうよなあ。

僕はリリに背中を押されてやっとだった。また、こういう話をしてくれないかな。

ふと、顔を向けた方ではバッツが苦しそうに歯軋りしながらうなり、寝返りをうった。

それで楽になったのか静かになる。

おかしい。息の音さえしなくなっている。

違和感に目を凝らすと、暗くて良く見えなかったのに、こっちを向いて目を開けているのが何故かはっきりわかった。

 

「まだ起きていたか。」

「悪い夢でもみた?僕はちょっと寝れないだけ。なんだかまだ冷めきらなくて。」

「…そのまま大人しく…していろ。」

 

ぐしゃっと、布団ごと押し潰されるような空気の重圧が突然僕の息を詰まらせた。

何が起こったのか理解できないまま、苦しさから逃れようともがく。

「聞こえ、なかったか。」

再び踏み潰されるような圧力。胸を膨らませるどころか潰れた胃袋から溢れ上がってきた食べ物を吐くことすら出来ない。

苦しみは増すばかりで首もまともに動かせなくなる。必死に目で追った先で起き上がる影は、人とは思えなかった。いままでに見てきたものとは、比べ物にならない。モンスターさえかすむほど、おぞましいものだった。

まとわりついた板のような布団のなかで、訳もわからないまま全身を締め上げられている。

夢なのかも分からない。声が出せない。出口が見えているのか、ふらつきながらもまっすぐ遠ざかって行く足音が消えるまで、生唾のたまった喉が縮みっぱなしだった。

 

「んぐっ、ごほっ…!?」

「うーん、ベル君?静かにしてくれよ。」

「がふっ…ひゅっ、うぅ、はぁ…」

「ベル君!?」

 

ーーーー

 

重力から自由になったベルは立ち上がれなかった。顔は真っ青に血が引き、目はひどく充血して真っ赤な瞳がどこを向いているかもよく分からない。

ヘスティアは冷静に振る舞った。

ベルを締め付けるぺしゃんこになった布団が木の皮のように固いのを手当たり次第にものを差し込みなんとかはがし、ベルの不自然に伸びきった指の手触りに何を触ったか分からなくなりながら体を横に向けて空気を入れさせる。

いつもの場所へ当たりをつけ、目暗に手を伸ばす。何かにぶつかる痛みを気にもせず振り回し、やっとつかんだ鞄から手触りで魔石灯を取り出し、明かりをつけながらふりかえる。まばゆく照らされ押し潰された全身が嫌でも目に焼き付き絶句する。それでも動き続けた手は鞄からポーションを開けるとベルの全身へ撒き散らし、次から次へと瓶を空にしていった。

 

悲惨に伸びきって木の根のようだった全身は元の細い小柄に形を戻した。顔色こそ精神的なダメージのせいでまだ青いが、呼吸が安定した所でひとまず肩を貸してベッドへ移す。

「もう、大丈夫です…あとは自分で」

「何が大丈夫なんだ!…ちゃんとこっちを見るんだ。」

ぼうっと視線を泳がせているベルは足にちからを入れているようだが、明らかにまだ空気が足りていない。

ヘスティアは立ち上がったベルを簡単にベッドへ押し倒せてしまい困惑した。まだ薬はなかったと思い再び鞄を開け、中をひっくり返す。

 

ベルから流れ出す意思には、恐怖と同じくらい心配の色があった。相変わらずの自分の体をいたわらない性格にいてもたってもいられなくなる。

「大丈夫です。足りてます。もう少し待ってください…」

「そ、そうかい?なんでも言ってくれ。」

「バッツは…」

そんなに冷静そうに人の心配など間違っている。子供がしていい態度じゃない。喉まで上がってきたやるせなさを誤魔化すために散らばった道具を鞄に詰め込み始める。

「…知るか。居ないよ。」

「神様、僕が潰れている間、何か感じませんでしたか?」

「何も。君が苦しむ声で起きたんだ。ボクも意味が分からない。」

ヘスティアはうつむくベルに自分のゆがんだ顔が見られないよう、水を汲みに立ち上がった。外に出たがるバッツの顔がちらつき、覚悟を決めて静かに息を吸ったものの、せめて消したかった声の震えは残ったままだった。

「バッツが、やった。…って、そういうことかい?」

「そんなわけ…」

返る言葉は弱い。それでも否定する意志が満ちていた。コップを机に叩きつけて優しすぎるから代わりに言ってやるとばかりに吐き出す。

「ないわけない。ぶん殴ってやる。」

「バッツはそんなことしない!」

今度こそ立ち上がった少年の足は震えている。恐怖が抜けきっていないのが伝わって来るからこそ、言葉が止まらなかった。

「じゃあ、バッツの偽物が?それとも誰かに操られて?」

「操られて…そうに決まってる。それなら本で…」

 

「物語と一緒にするな!」

ヘスティアはついにベルへ掴みかかった。狭い部屋で壁に背中を打ち、両肩をきしむほど押さえつけられたベルは、冷めた暗い顔で、そらすことなく目を合わせた。

「神様…」

肩を引き、額をぶつけ、されるがままのベルへ叫ぶ。

「君は滅茶苦茶にされてまだそんな…」

「神様。」

少年の色は何も変わらなかった。これ以上自分の並べる言葉が何であろうと無駄。力ずくで怒るだけでは間違っていると悟らざるを得なかった。

 

ヘスティアは少年の目に映る顔の醜さに罪悪感を覚えた。ゆっくり力を抜いた手をそのまま背中へ回し、抱き締めてベルの恐怖が薄くなるのを待つ。

無限にも思えた沈黙のあと、ベルの気分が落ち着いたのを見て、水を渡す。

「ごめん。ボクが信じてあげないでどうするんだ…」「気持ちのやり場が無いですよね。」

言い当てられてはっとしたヘスティアも叩きつけて半分こぼれたコップを煽った。ベルが立ち向かう覚悟を決めたなら、家族の長として、戦女神でなくともそれらしく歩いて見せる。

「セリフを取ったな。でも以心伝心だ。嬉しいね。」

「大丈夫だって、言ってたけど、やっぱりバッツは無理してるんだ。それがこうなったんだ。」

「訳が分からないまま因果とか運命とか言うなよベル君。ボクたちで何とかしようじゃないか。だからまずはバッツと話して考えよう。」

 

今は何時か気になるほどには余裕が出たヘスティアは、残しておいたじゃが丸くんを袋から取り出し半分に分けるとベルへ渡した。

「ありがとうございます。そうだ、もし僕とバッツが喧嘩しても、止めないでくださいね。」

がむしゃらに明るくしていたせいですっかり切れかけた魔石灯を前に肩を寄せ、薄暗い部屋でじゃが丸くんを頬張る。ベルはヘスティアの腕についた青あざに顔をしかめ、さすってくれよと言われるがままに優しく手を添えた。

 

「君が喧嘩?あり得ないね。」

「たぶん、顔をみたら怒っちゃうと思います。なんで隠すんだ、心配させるなって。」

さする手を握り、目を合わせる。互いに落ち着いた表情で、ヘスティアの声色は柔らかかった。

「バッツが昔の事を隠すのはボクの命令さ。怒るならボクにしてくれ。」

「うっ…」

喉をつまらせるベルの背中を叩きながら続ける。

「露骨だなあ。ベル君に叱られてみたいんだ。おかしいかい?」

「神様を叱るなんて考えもしませんでした。」

「あー、痛むなあー。手当てしてあげたのにお願いも聞いてくれないなんて。」

 

ベルはどうしても叱る気はないらしい。じっと見つめて何かしてくれる期待をこれでもかと注ぐ。

目をそらしたベルは再びあざを押さえると、もう片手で人差し指をたて、くるっと回して空へ投げた。

「…いたいのいたいの、とんでけー。」

言い終わったベルが上目遣いでヘスティアを見上げる。すべて吹き飛んだ。互いに赤面し、なにも言わないまま数秒、女神はこらえきれず徐々に口角をあげた。

「うへへ、やるじゃないか。へへ…」

「それは、良かったです。」

「ああ…最高だよ…」

「じゃ、バッツ…」

「もう少し噛み締めさせてくれ…あ、手は離さないで。」

「いや、さっきから神様が自分で掴んでます。引っ張らないで下さい…」

 

「ふう。良し、じゃあ外にいこうか。財布だけで良いよ。武器はいらないぜ。」

「…はい。」

 

ーーーー

 

外はまだ明かり無しでは歩けない。

よいどれた大人をそれなりに見かけ、日を跨いで少し位かとベルが当たりをつけた。

「なんで時間を予想できるんだい!夜遊びは禁止だったはずだよ!」

「遊びじゃなくて、ダンジョン…」

「言い訳はナシだ!何だかんだでボクを放っておいてメスを見つけて来るじゃないか。じゃああのへんから聞いていこう!」

「メスって…」

すでにいくつかの店を覗き、今から飲み始めそうな冒険者へとにかく怖い人や悲鳴の類いに覚えはなかったか聞いて回っている。これで2つ目の通りへ聞き込むことになる。

 

先を行っていたベルは初めて追い越されたヘスティアから果物の芳醇な香りが漂ってくるのに気付いた。みれば後ろ手には、鮮やかな色の液体が残り少ない小瓶が握られていた。

「ちょっと!なに飲んでるんですか!?」

「良いだろう?愛する人とお酒はいくらあっても良い!」

「おじいちゃんみたいなこと言わないでくださいよ。探す気有るんですか。」

歩みを止めることなく言い争っているうちに飲み干した空き瓶と小銭を露店の飲み屋へ手渡しして奪うように次の小さい樽を仕入れる。振り向いたヘスティアは赤い顔で小樽を飲み、ベルはこんなときでなければ良い笑顔なのに、と叫びたくなる気持ちを飲み込んだ。

「さすが!ボクの事は何でもわかってる!あんなやつクソ真面目になんて探してやるもんか。ボクは君と一緒にいられれば良いんだ!」

「…もう帰りましょう。僕たちは頭を冷やして、また朝からリリにも手伝ってもらいます。あと、シルさんたちと、ミアハ様たちにも。それから…」

「これだけ探したんだ。どうせいつでもほっとけば帰ってくるのがバッツさ!だから遊んで帰ろう!」

「話を聞いて下さい!」

「固いことは言いっこなしさ!」

 

「誰か助けてくれ!」

「バッツだ…!見てきます!」

「何が聞こえたんだベル君!?待ってくれ!」

 

ーーーー

 

聞こえなくなった悲鳴の方へ右左と曲がるうちに迷い混んだ小道。人の姿はなく、さっきまで追っていたはずの小さな足の深い踏み込みの跡すらいつの間にか見当たらなくなった。まだ通りから大して離れていないはずだが、酔ったヘスティアには引き返す選択肢はなかった。

「はあ…どこ行ったんだ!ベル君!」

「ちいと、付き合っとくれんか。神ヘスティア。」

響く叫びに返ったのはしわがれた男の声。声の方には民家にはまず取り付けられないであろう鉄の扉があり、わずかに開いている。

違和感など感じることなくヘスティアは顔の見えない男へ再び叫んだ。

「ボクは今忙しいんだ!ごめんねおじいちゃん!夜は危ないよ!」

扉の縁が光って動く。走り出したヘスティアの後ろ髪をつかむように、突如答えは突きつけられた。

「バッツじゃろう?わしを探すために街へ出たんじゃ。」

「今、何だって…?」

見えた姿は足元まで伸びた長いひげに真っ白のローブの老人だった。杖は持ってこそいるが突いているわけでもなく、暗い路地で長いまつげの影になった目は鋭く青白い光をたたえていた。

「ムーと申します。お初にお目にかかります。以後よしなに。…年は忘れたがまだ呆けてはいない。さあ中へ。」

 

ーーーー

 

レベルアップでよくなった聴力は叫びの主をいくつか聞き当てた。これまで見つけた数人はほとんど歩いて帰る途中のようで、遠目に恐ろしい人影を見たと指で示される。

「大事には、なってないみたいだ…」

「ーーー!」

これまでにない大きな悲鳴。迷いなく飛び込んだ見知らぬ路地でベルはうずくまる人を見つけた。

「はぁ…誰か…」

「しっかりして下さい!」

背中をさすられた男がベルの足へすがり付く。ほとんど開いていない目でうつ向いて、衣服に傷はなく、痛みを訴える様子もない。ひたすらに気分だけを狂わされていることがベルにははっきり理解できた。

「なんであんな化け物がうろついてるんだ…」

「気をしっかり。怪我はないです。なにもされてませんよね?」

「え?おれが勝手に腰を抜かしただけなのか?」

ようやく自分の格好に気付いた男は財布も荒らされていないのを確認して壁にもたれ掛かる。

ベルは自分の上がった息を整える間もとらず尋ねた。

「落ち着いて。どっちに行ったか分かりますか。」

男の頭が上がり、表情が一変する。開ききった目は血走って、絞り出した声が訴える。

「思い出させるな!止めろ!」

思わず後ろずさるベル。すぐに目をそらしたが、恐怖が移ってくるのに気付き更に下がった。

「ごめんなさい…大通りはあっちです。」

互いに冷や汗をかき、浅くなる呼吸をどちらともなく落ち着かせる。立ち上がった男に先ほどまでの狂気はなかった。

「助かった…とにかくお前も帰れ。あれは子供が…人が見るもんじゃない。」

 

男が大通りの方へ曲がるのを見送り冷静になったベルは自分の通った道を思い返す。ここからどちらへ通ったか考えるのに使えるかもしれない。

「人の多いところは通ってなさそう。ここは多分ミアハ様の薬屋が近い。この向きなら進めば壁だ。町の端っこになにかあるのか。外に向かってるのかな…」

「あの怪物か?」

 

声は後ろからだった。黒いローブで顔と腕は見えない。わずかにのぞく足の防具は店売りされていない形で、上等な品であることは分かる。

上級冒険者であると思ったベルは、相手が冷静にバッツを見ることが出来たのではないかと期待した。

「見かけたんですか?どこへ…」

「あの御方があれを気にかけられるのは分かるが、お前も、というのは納得がいかない。」

返事は押し付けられるような愚痴だった。明らかな苛立ちに見下す色が混じった声。

眉を寄せたベルに舌を打ったローブは半身に構えた。

「試してやる。」

「…通して下さい。僕は追わなくちゃ行けないんだ。」

「ここで死んでもか?」

バッツに出会うことへの警告には微塵も感じられない。うらみを買ったことがあるとすれば、リリを助けた時くらいだろうか。

バッツが殺す気で構えたときはこんなものではなかった。ベルは実力で劣ることを悟りつつとも引く事を考えず、構える事すらせず叫んだ。

「あなたには関係ないでしょう!?邪魔をしないで下さい!」

聞く耳を持たず、這うように音もなく詰めてきた影は目で追うのがやっとだった。ファイアボルトすら間に合わないと思ったベルは空振りでも仕方がないと急所を狙う一撃をはね除けるために勘で腕を振る。

勢いがついた拳に確かな感触。しかしそのまま振りきれることはなく、胸の前で止まった。

「逃げの一手か。」

捕まれた腕を引かれる。体が浮く。一方的な身体能力差の前に防御すら許されない。

投げ捨てられてひっくり返る景色は見慣れている。壁に手を付き、辛うじて顔を守りながら着地すると、見上げた正面には、何もない。

脇腹に打ち付けられる衝撃。真横から伸びた拳は見えもしなかった。

打撃を逃がすことさえ許さない壁への殴り潰し。無抵抗に折れる音が体内で響く。よろめき、痛みに膝を付く。

「置いていかないでよ…」

「なんの素質も感じられない。何なんだ?お前は。」

足を蹴られ、力なく倒れ、組伏せられる。頭はろくに動かせず、見下す顔を見返す事はかなわない。ベルは叫んだ。

「…家族だ!」

「…」

「僕はどうなってもいい!バッツを助けてよ!誰か!」

拘束がとける。きつく絞められていた腕は痺れてまともに動かせない。

もがく事しか出来ないベルは離れたローブの背中が見えると、白く霞んでいく視界に最後の力を振り絞った。

「なんだってする…!お願いだから…」

「その覚悟が本物なら、…に見せてみるんだな。」

「なん、て…?」

 

 

近付いてくる足音が聞こえる。

倒れ伏した子供に気付いた足音がこちらに向きを変えた。

「何があった。」

「ヘスティアの子ではないか…」

「とりあえず家へ。すぐそこだから。」

 

ーーーー

 

細くて強い背中で、揺られている。手足の感覚はない。下を向いた顔は後ろからではうかがえず、彼の深い息づかいを聞くのはかなり珍しい。

 

「まただめだったの?」

誰が話しているのかはわからない。自分かもしれないし、彼かもしれない。他に見えない誰かがいて、その声かもしれない。

「だめなもんか。思い出せなかっただけだ。」

「元気だしてよ。」

ずしんと沈んで揺れが止まる。もう進まないのだろうか。振り返るように顔をあげた彼には、何もなかった。目も鼻も口もない。吐き出し続ける深い息と声だけは変わらず耳をくすぐるようだった。

「ずっと思い出せなければ、それがいいんじゃないか。」

上を向いている。雲で風を読むように。何もないこの道の終わりが待ち遠しいようだった。

「何を言ってるの?」

「心配に縛られて、弱るだろう?そうしたら何時までも好きに出来るってことさ。」

「意味がわからないよ。」

「お前が苦しんでいる間にも、俺たちは増える。」

「俺達?」

何もない顔が近寄ってくる。ぶつかっているのか通りすぎたのかわからないほど近くで聞いた息の音は、大きくはっきりと別のなにかの集まりに聞こえた。

「ファファファ…」

 

ーーーー

 

「お前は誰だ!」

掛けられた毛布に激しく動かした手足を絡め取られる。転げ落ちた床であわてふためくのを起こすでもなくただ覗き込んで話しかけてきたのは、上裸の神だった。

「運び込んですぐに起きたかと思えば戦闘する気とは。治療は済んでいる。何を見た。話せ。」

「え?シヴァ様…」

ミアハ・ファミリアのホーム。ベルは入ったことのない薬屋の奥の部屋で目覚めた。

 

倒れるまでの説明を終えたベルには力が入っていない。バッツの行方はわからず、何もできずに道端へ転がされ、ヘスティアも置いてきてしまったと口にしてはっきり形どられた無力感を拭える何かはなかった。

腕を組み、目を閉じて思案するミアハに顎を撫でるシヴァ。紅茶を並べるナァザは普段より目が大きく開かれ、いつもの眠そうな雰囲気がまるで感じられない。

部屋にはシヴァが作り出す雰囲気とは別の緊張感があった。

「よく話してくれた。…そろそろ、ヘスティア用に胃薬を調合しておくべきか。」

「武器も持たずに襲撃者へ啖呵を切るとは。やるな。」

「危険なことをほめるのはよせ。…それにしてもまた、出歩いたか。バッツの場合、精神的に狂っているとは思えん。あるいは私が見誤ったか…?」

 

「とりつかれたんじゃないかって…思うんです。」

言い終わってから、首を振って恐怖を払うベルを二人の神は無視した。

「そんなことがあるのか?モンスターが人に?」

ナァザはベルの手を取り、落ち着いた表情でもう思い出さなくていい、とささやいた。

湯気のたつ紅茶を一口で流し込んだシヴァは、空にした器をソーサーを避けて机に置いて鳴らした。

「思い当たることはある。」

「教えて、ください。」

顔をあげてすぐさま懇願したベルにうなずき、シヴァは続けた。手をほどかれたナァザの顔が曇る。

「ただの怨念。どこにでもある死霊やうらみの類い。」

「そんなもの…」

ベルは否定しようと口を開いたものの、しっくり来てしまった。それによって更に増す無力感。もう何も手がないんじゃないかと誰かが呟いた気がした。

「よく覚えておけ。幽霊のたぐいは確かにある。ミアハ、お前にも覚えの一つくらいあるだろう?」

「ある…確かに説明も付くが…」

息を深くして動かないミアハは言い淀む。シヴァは続きを待たなかった。

「とりつくほどなら自らが戦えば良かろうと言いたいのか?」

「いや、ここでは見たことがないのだ。力がないから気づかないだけかもしれんが。」

「ここの人々は、はっきり言って弱い。証拠に英雄譚は嘘ばかりで架空の神まで作っている。それだけのことだろう。」

「フィアナ伝説か。では、バッツはそんなものに取りつかれる男だと?」

 

否定したがるミアハにナァザは同調したが、シヴァとベルの表情は固くなる。バッツが長い旅を続けられた理由を垣間見た二人には確信があった。

「強さの問題ではない。サガなのだ。宝箱なら罠だろうと残さず開き、見知らぬ場所ならたとえあの世でも世界の端まで触って回る。心を閉じることを知らない。そういう奴だ。」

「バッツは神様の命令で、誰にも、僕にも言いたいことがあっても言わないようにしていたんです。ひとりぼっちで、ずっと我慢してた。」

誰かの声にもならない息を最後に張り詰めていく空気。ミアハは眉間を撫でて鼻でゆっくり息を吸い込んだ。

「体を明け渡す程か。ケガならなんとでもしてやれるが…悔しいな。」

「あの部屋で目覚めたあと、私に気づかないくらい淡々と、踊っていたの。あの頃からもう始まっていたのかもしれない。」

 

何が手掛かりとなるかは誰にもわからない。霧に突っ込んだ感覚に包まれた部屋は明確な答えを求めていた。この場でもっともバッツを知る神を除いて。

「それが兆候かなど、どうでも良い。だが怪我人がお前しかないのは、今も戦いが続いている証拠だ。おい、落ち着いたなら支度しろ。」

驚く二人を置いて迷いなくうなずいたベルは立ち上がり、やれるだけの身支度を始める。余計な荷物を置き、ズボンの裾を整えて子供には大きすぎる足首のブーツを丁寧に履き直しながら低い声で聞いた。

「一応…教えて下さい。正気に戻るには?」

 

「怨霊に取りつかれた者の最後は、いつもひとつだ…」

言い終わって首を振ったミアハが目を閉じた。続きは立ち上がって同じく支度を始めたシヴァが日頃と何も変わらない調子で続けた。

「もったいぶるな。殺す他ない。」

息をのむナァザ。ベルは背を向け日頃からやりなれた身支度の動きを止めた。その表情は誰にも見えない。

冷めたポットの紅茶を注ぎ直し再び一気に飲み干し、シヴァはミアハの腕を持ち立ち上がらせながら音量をあげた。

「だが、それは弱き者の話。バッツが勝てるなら話は別だ。そういうときは経験上気合いが入れば何でも良い。気力の問題だ。」

「そんな…」

 

魔法でも道具でも良い。何かを求めるベルの呟きはナァザにすら察する事ができた。

すでにもう二度倒れ付した体で進むことだけは止めない少年をみるシヴァの表情は固い。

「…バッツは父親のことを話したか?」

「少しだけ。英雄だったって。」

「ああ、病に倒れ魂となれども、今回のような怨念を退け子供らの背中を押した。だが人が生きる限り怨念も絶えない。」

最大限の励ましだった。それを聞いたミアハはとりかけた上着を戻した。

「その部屋でな。死ぬな、と…父親のことか?」

言い終わると、神威が鋭く部屋を満たした。その中心から飛んだ腹を両断するような一睨みにミアハは後ずさる。

「いい加減にしろ。もう出るぞ。」

「すまない。」

すっと空気が清んでいく。神の一喝を至近距離で浴びた二人は我を失っていたが、ミアハの上着の音と共に動き出した。

「ベル。家族はお前だけだ。行け。」

「私も行きます。」

「そうしなさい。倒れた人のために、薬草酒とポーションを持っていきなさい。酒は悪い気分を誤魔化して帰らせるために大きく一口だけ飲ませること。」

 

ーーーー

 

夜道へ駆け出した小さな二人の影はほんの一度またたく間に見えなくなった。それを見送る眼差しに揺れはない。

「良いのか?」

「ベルを止めるなどおこがましい。お前こそ良いのか、ナァザはバッツがまともに動けるなら手も足も出ないだろう。」

「一人より二人だ。きっと祈りは届く。」

「そう言うことだ。」

「そうか。そうだな。」

 

夜風が見送った二人を追うように首を撫でて通りすぎる。震えるほどではないが、ミアハには一度断られた提案を蒸し返すには都合が良かった。

「…これからまだ冷える。これを羽織るといい。」

「わざと着ていない。鬱陶しいものを寄越すな。」

「しかし婦女子だけにとどまらず視線がな…」

「気にしない。」

無味乾燥の拒否に行き場をなくした上着は、ほらこうすると暖かいぞなどと着込んでみせたミアハの体をそのまま蒸す事になった。

 

誰がみても足して割ればいいのにと言わずにはいられない不格好で歩く二人は、あれこそ神だと酔った神に言われながら酒場を縫っていった。

「あの言われようではどうせ酔いつぶれて誰かをかかしに、わめいているだろう。」

「忘れるな。ヘスティアはついでだ。」

「ああ。いざとなれば止める。」

「逆だ。あの手紙のとおり、暁の四戦士は家族の居ないあの馬鹿の手には余る。取り上げるぞ。」

 



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