プリズマ☆イリヤ クロス (-Yamato-)
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第1話 プロローグ

 冬木市。

 日本の自然豊かな地方都市。日本海に面し中央に流れる未遠川を境界線に古くからの町並みを残す深山町と近代的に発展した新都とに分かれている。

 

 この極東の地の一地方都市でしかない場所は、魔術の世界にとってはある意味をもっていた。それは、日本においても有数の霊脈を保有しているということ。冬木と言う場所そのものが、強い力を持っているために、様々な歪みや事象が生じやすい。

 

 そんな冬木市の深山町の上空、真円なる月の下で、時折チカチカと煌めく光があった。

 

 それは二人の少女たちが、織り成す魔術闘争。

 

 一人は猫耳に赤と黒のミニスカート。スカートの淵からは白いフレアが覗いている。マントに似た白く長い襟。黒いブーツ。所々に金色のアクセサリーがあしらわれ、シャープでありながら可愛らしさを残している。

 

 もう一人は、キツネ耳に青と白のミニスカート。袖なしの身体に密着した上着が彼女の女性らしい肢体を強調している。だが、全体的にふんわりとした装飾が施されており、その衣装は女性らしさよりも少女のような可愛さを引き出そうとしている。

 

 どちらも、彼女たちの年齢からすればかなり派手で可愛らしすぎる、どこかのアイドルが着けていてもおかしくはない衣装である。正直、街を歩いていたら色々な意味で注目を浴びることは間違いない。

 

 そんなある意味非常に恥ずかしい格好をした少女たちが、夜の街の空の上で魔術合戦を繰り広げているのである。

 

 青い少女が中央に星がついたステッキを勢いよく横に振る。そのワンアクションで、中空に魔法陣が描かれ、そこから幾つもの白い光球が生み出される。

 

「砲撃!!!」

 

 その一言で、光球の全てが赤い少女へと向かう。

 

「ルビー! 障壁を張って!!」

 

「常に張ってありますけど〜〜」

 

 焦る少女の声に、のんびりとした可愛らしい答えが彼女の持つステッキから返ってくる。

 

「ここまで、強力な砲撃だと相殺しきれませんねぇ」

 

 プスプスと焦げた音を上げる赤い少女。

 

「なんだって、攻撃してくるのよ!! 共同任務ってのを忘れてんじゃないの、あんた!!!」

 

 ぶち切れた赤い少女の怒声に、

 

「オーホホホホホホ!!! この程度の任務、私一人で十分。私の輝かしい未来のために、早々に散りなさい!!!」

 

 金色の縦ロールを風にはためかせ、青い少女が声高に笑い声を上げる。

 

「マスターはひとでなしと評します」

 

 その彼女に、冷ややかな突っ込みを入れるのは彼女の手に握られているステッキ。

 

「あんたが、その気なら、この場で引導を渡してあげる」

 

 赤い少女が、取り出したのは弓使いの図柄のカード。

 

「クラスカードを! ならばこちらも!!」

 

 青い少女も懐から槍使いが描かれたカードを取り出す。

 

「「限定展開!!」」

 

 二人は同時に、それぞれのステッキにカードを当て………………

 

 何も起こらない。

 

「は〜〜、もうお二人には付き合いきれません。大師父がカレイドステッキを貸し与えたのは、お二人が協力して任務を果たすためだったはず。なのに、貴方達はこんなくだらない私闘に私を使おうなんて」

 

「ルビー姉さんの言う通りです。その傍若無人な振る舞い。ルヴィア様はマスターにふさわしくないと判断します」

 

 ステッキは次々と正論を並べ立てた上で、マスターであった二人の少女たちに三行半をつきつけて飛び去って行った。

 

「なあああぁぁぁぁ!!! こんなとこで、転身を解くな、逃げるな!! 落ちるうううう!!!!」

 

 ステッキが離れたとたん、青い少女はやや華美なドレスに、赤い少女はトレーナーにミニスカートという普通の服に変わる。

 

 それと同時に、それまで浮いていた魔力を失い、地面に向かって自由落下を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな彼女たちを観察している人影が二つ。

 

 彼女たちが戦っていた深山町からかなり離れた、未遠川の赤い鉄橋のアーチの天辺。あまりに距離があるため、戦っている彼女たちは見られていたことすら気がついていない。しかし、距離が離れすぎているせいもあり、その場所からではチカチカと光が瞬いているようにしか見えない。

 

 もっとも、彼らにはそんな距離など関係なく、その戦いの詳細を見ることができているようである。

 

「ふむ……どこの世界でも、トオサカリンはトオサカリンというわけか」

 

 影の一つが喉を鳴らして笑う。

 

「どういう意味よ、それ」

 

 発言者の方を睨みつける。気の強さがそこからは伺い知ることができた。

 

「いやいや、他意はないがね」

 

 そう言いながらも含み笑いを隠さないあたり、いい性格をしている。

 

「ま、いいわ。それにしても、こうやって傍から見てるとやっぱり凄いわね。宙に浮いて、宝石魔術数個分の魔力弾を際限なく打ちまくるなんて」

 

「いや〜〜それほどでも、ありますけど」

 

 人影は二つしかないはずなのに、そこに可愛らしいそれでいて何か企んでいそうな3人目の声が混ざる。

 

「さて、これからどうするかね?」

 

 ぶつかり合っていた光が、流れ星のように消え去っていくのを視界に収めながら男性の声が問いかける。

 

「決まってるじゃない。この後の展開を確認するわ。行くわよ、アーチャー」

 

「了解した、マスター」

 

 二つの影は、闇夜の中に消えていき。

 冬木の夜は、いつも通りの穏やかさを取り戻した。

 

 

 

 

 



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第2話 とりあえずは、様子見

 

「……魔法少女かぁ」

 

 私立穂群原学園小等部、校舎の一教室の中でため息を吐き出す白銀の髪の少女が一人。

 

 昨夜、入浴中にヘンテコなステッキが空から降ってきて、あれよあれよという間に魔法少女に変身させられた。

 

 そのあと、唐突に表れた黒髪の高校生くらいの女性に、色々と説明を受けたのだ。

 

 曰く、彼女は遠坂凛といい、魔術協会なる組織から派遣され冬木の町にカードを回収しに来た。このカードというのが、高度な魔術理論で編みあげられた特別なモノらしく、悪用すれば町一つなど簡単に破壊できるとのこと。

 

 そんなカードを回収するために、魔法少女に変身できるカレイドステッキ、ルビーを貸し与えられた。しかし、諸所の事情がありマスター権をステッキ本人からはく奪され、イリヤへと移ってしまったというのだ。

 とにもかくにも、イリヤは魔法少女として危険なカードの回収に協力させられることになったと。

 

「困惑しつつも、実はちょっとワクワクしているんでしょう?」

 

「うん、まぁ……うぇっ!!!」

 

 かばんの隙間からのぞく、羽の生えたステッキ(頭部のみの携帯バージョン)に驚き、思わず奇怪な声が上がる。

 

「どうしたの、イリヤちゃん?」

 

 隣の席の女の子が、心配そうにイリヤに声をかける。

 

「な、なんでもない」

 

 慌ててルビーをかばんの中に押し込みつつ、乾いた笑いを浮かべて答える。

 

 女の子はそれ以上興味を示さず、前に向き直り友人たちとのおしゃべりに戻った。

 

「ちょっと、ルビー。人前では顔出さないでよ」

 

 ヒソヒソとかばんに向かって声をかけるイリヤ。

 

「かばんの中は退屈でして〜〜」

 

 退屈を理由に、平穏な学校生活を脅かされてはたまらない。

 そのあと、しっかり、きっちり、はっきりと学校内で許可なくおしゃべりをしないように言い含めた。ルビーは意外なほどあっさりとそれに頷いたのが、逆に不安を誘ったのだけれど。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 その日の放課後、一通りの魔力の扱い方を練習した後。

 日も暮れて、夜空に星が瞬くような時間帯に、凛から高等部の校庭に呼び出しをくらった。

 呼び出しの文章がある意味、脅迫めいていたような気がしないでもないが。

 

 かくて、ここからイリヤの魔法少女としての非日常が本格的に始まることになる。

 

※※※

 

 

 現代日本では、真夜中になっても明かりが消えることはない。

 

 それでも一地方都市でしかない冬木市の深夜は深夜らしく、人気は全くなくなりシンと静まり返っている。

 こと、学校においてはそれが顕著だ。

 

 昼間は人が絶えることないせいで、余計に真夜中の真っ暗な校舎はヒトではない何かが徘徊していてもおかしくない気配を漂わせている。

 

 そんな学校の校庭で密会している少女が二人。

 

「お、ちゃんと来たわね」

 

 凛が現れたイリヤに声をかける。

 

「というか、なんでもう転身しているのよ?」

 

 凛の言葉通り、すでにイリヤはピンクのフリフリのミニスカートの魔法少女の姿に変身している。イリヤはこれまで、魔力の使い方を練習していたことを凛に明かした。

 

「で、その練習の成果は?」

 

「とりあえず、基本的な魔力弾の射出はできるようになりましたよ」

 

 質問に答えたのは、白い羽らしき飾りをフリフリとはためかせるステッキ。

 その答えに、凛は長くため息を吐き出す。

 

「正直かなり不安ではあるけど、今はあんたに頼るしかないわ。準備はいい?」

 

「うん」

 

 イリヤはステッキを握る手に力を込めて頷く。

 

「カードは、校庭のほぼ中央にあるわ」

 

「……あの〜、何にもないんですけど」

 

 気合を入れたはいいが、凛の説明する場所にはまっ平らなグラウンドがあるのみ。

 

「ここにはないわ。カードがあるのはこっちの世界じゃない。ルビー」

 

「はいは〜い、それじゃいきますよ」

 

 指名を受けたルビーが楽しそうに続ける。

 

「半径2メートルで反射路形成! 鏡界回廊一部反転します」

 

 ルビーの声に反応して、彼女たちを中心に複雑な文様めいた魔法陣が地面に浮かび上がる。

 瞬間、世界が反転した。

 

 

※※※

 

 

 

「ようやく、始まるようね」

 

 彼女たちの様子を校舎の屋上で観戦している少女が呑気に呟く。

 少女の手には、どこかで見たような白い羽のような飾りが頭部についたステッキ。そして、身につける衣装は猫耳に赤を基調にした可愛らしい魔法少女の装い。

 

「リン、手は出さんのかね」

 

「とりあえずは。楽できる時に、楽しておかなきゃ。これまで散々こき使われてきたんだから。それに、私たちの目的はカードの収集じゃないわ」

 

 リンと呼ばれた少女は、肩をすくめて答える。

 

「ふむ。確かに」

 

 答えるアーチャーの口元に浮かぶ微かな笑み。

 

「何よ、アーチャー。文句あるの?」

 

 何か含みのありそうなアーチャーの言に不満を漏らす。

 

「まさか。ただキミがどこまで我慢できるのか、と思ったまでだよ」

 

「人をバトルジャンキーみたいに言わないで」

 

「キミの場合は、戦闘狂というよりどちらかというと……と、どうやら始まったようだぞ」

 

 アーチャーの瞳が獲物を見つけた鷹のように鋭く光る。

 

 彼の言葉通り、眼下では黒く染まった英霊と魔法少女イリヤの戦闘が開始された。

 英霊の方は、長い紫の髪に顔の半分を覆うほどの眼帯が特徴的な姿をしている。欲情的な肢体にピッタリと吸いつくような黒い服は、まるで蛇のような鱗がぬらりと光を放つ。

 

「あれは、ライダーね」

 

 騎兵の英霊は、その脚力を最大限に生かしイリヤをかく乱するように校庭を所狭しと駆け抜ける。

 

 対するイリヤは、ライダーに向けて魔力弾を放ち続ける。その威力は目を見張るものがある。だが、撃ち方には戦略も何もない。初めこそ、ライダーに直撃していたが、すぐにあっさりとかわされるようになってしまう。

 

 彼女のステッキや凛があれこれ指示を出しているが、全てが後手の行き当たりばったり。当然のごとく行き詰まり追い詰められていく。イリヤが放った魔力弾によってつくられた土煙の向こうで、急速に高まるライダーの魔力。

 

「まずいわね。宝具を使うつもりよ」

 

 ちっと舌打ちをするリン。

 

「ここらが潮時だろう。いいかね、マスター」

 

 そう言いつつ、アーチャーはすでにその手の中に艶を消した黒塗りの弓を用意している。

 

「ええ……いえ、ちょっと待って」

 

 首肯しかけたリンだったが、それを取り消し、校庭を見下ろす。

 

「侵入者よ。これは…………っ!」

 

 闇夜の中でも浮かび上がる、青い衣装を身にまとうもう一人の魔法少女。

 彼女は、ステッキに一枚のカードを押し当て、命令を発する。

 

「クラスカード『ランサー』限定展開(インクルード)

 

 固く涼やかな声に応え、手の中のステッキが光を放ち禍々しい赤い呪槍に変換される。そこから、あふれ出る暴力的な魔力。ライダーが宝具を放つ直前、彼女は脚力を強化し一気に距離を詰め、真名を解放する。

 

刺し穿つ死刺の槍(ゲイ・ボルク)!!!」

 

 槍は因果すら捻じ曲げ、もたらすべき結果を提示する。それはすなわち、すでに貫かれたライダーの心臓。

 ライダーは、断末魔の声を上げる暇すらなく、その存在を薄くし、カードへと還った。

 

「やったようね」

 

 校舎の上の観戦者2名は、戦いの終結を確認し緊張を解く。

 

「かなり危ない場面もありましたけどね〜。それにしてもサファイアちゃんまで、主変えをしていたんですね」

 

 リンの持つステッキが、明らかに他人事な発言をする。

 

「……あんまり、ヒトのこと言えないんじゃない?」

 

「え〜〜、私は、主変えしてないじゃないですか。(今のところ)リンさん一筋ですよ?」

 

 自分のステッキの、悪気の欠片もないカッコ付きの不穏当な発言に思わず頭を押さえる。

 

「ホント、こんなのに付きまとわれた、不運を嘆くしかないわね」

 

「ヒドイですね、リンさん。私のおかげで、大師父とも連絡が取れたというのに」

 

「……あなたがいなければ、そもそもこんな事態に巻き込まれることもなかった、とも言えるんだけど」

 

「魔法少女には、こういう突発的な騒動がよく似合うじゃないですか」

 

 微妙に通じていない会話を繰り広げる一人と一本。

 

「それにしても、あの限定展開(インクルード)とは便利な能力だな」

 

 いつまで続くか知れない不毛な会話にアーチャーはため息を吐き出し、会話の方向性をそらすために、話題を提供する。

 

「本当よね。一時的とはいえ、英霊の宝具を借りられるんだから。どうしてこの無能杖はその能力を使えないんだか」

 

 リンはギリギリと、杖頭の羽を思いっきり引きちぎらんばかりの勢いで引っ張る。

 

「仕方ないじゃないですか。あれは、こちらの世界の法則に乗っとって造られた能力です。私たちの世界では、あんな『カード』がないんですから、それに基づいた能力だってありませんよ」

 

 乙女のチャームポイントを引っ張らないで下さいと、涙声で訴えるルビー。

 

「前にも聞いた説明だけど、こうやって能力を目の当たりにすると、悔しさというものがこみ上げてくるのよ」

 

「そんなことよりも、マスター。ちゃっちゃと済ませてしまわないと、鏡面世界が崩壊してしまいますよ?」

 

 ルビーの言葉通り、空や地面にひび割れが走り、仮想空間が崩壊の予兆を見せ始めている。

 下では、ルヴィアと凛が肉体言語で話し合っている最中に、青い魔法少女が魔法陣を展開。この世界からの脱出を図っている。

 

「はいはい。それじゃあ、私もお仕事をしておきますか」

 

 リンが、屋上の中央に立つ。

 

「ルビー。半径3メートルで、架空元素虚数の魔法陣を展開」

 

「了解です。マイマスター!」

 

 リンを中心にして、複雑で規則性のある文様が描かれた真円の魔法陣が浮かび上がる。だが、その魔法陣の形式は、下で展開されている脱出のためのモノとは明らかに異なる様相を呈しいている。下の魔法陣は白く輝いているのに、こちらのものは異様なほど黒く光を放つ。

 

「いくわよ。鏡界エネルギー吸収!」

 

 噴き上がる黒い光が、崩壊していく世界に渦を広げていく。ある一定の場所まで広がった渦は、今度は風を巻き上げて収束していく。その全てのエネルギーは、リンの真正面で黒い球状の塊を形成する。球体は徐々に圧縮されて拇指頭大にまで小さくなり、カランと固い音を立ててコンクリートの上に落ちた。まるで黒曜石のようにどこまでも黒く艶やかなそれは、境界面を形成していた力の一部を結晶化したものだ。

 

「いつも思うんですけど、なんだかこの式をやっている最中って、黒くてすっごく悪役っぽいですよね。魔法少女っぽくなくて、不満です〜〜」

 

「あっそ」

 

 リンはまともに取り合わず、力の結晶を拾い上げる。

 

「さて、用も済んだし、鏡界面が完全に崩壊する前に脱出しましょ」

 

 今度は、脱出用の魔法陣を展開した。

 

 

 



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第3話 展開は、テンプレート

 

 世界がクルリと反転し、元の世界に戻る。校庭の中央で拳で語り合っている時計塔主席候補の魔術師二人がまず視界に飛び込んできた。

 

 屋上の上からその光景を眺める二人の表情には、諦めとか呆れとか嘆きとかそんな複雑なものがある。

 

「ふむ」

 

「何よ」

 

 隣のアーチャーの何やら言いたげな様子に、少しばかり身を引きながらリンが尋ねる。

 

「いや、戦っている女性がどこかで見たことがある気がしてね」

 

 彼が指し示すのは、凛と相対しプロレス技を仕掛ける金髪縦ロールのやたらと目立つ女性。ふわりと裾の広がるドレスで格闘しているのに、優雅さは損なわれていない。むしろ、生き生きとした表情で戦う様は彼女の美しさを引き立ててさえいる。

 

「ああ、ルヴィアね。こっちの世界でも、あいつと張り合ってるのね」

 

 リンは頭痛いとばかりに、額を押さえて呻く。

 

「そんなことよりも、こっちの世界のステッキのマスターですよ」

 

 ルビーからの指摘に、アーチャーが頷く。

 

「ふむ。イリヤスフィールの方は、こちらの世界でも存在しているが、もう一人の方は見たことがないな」

 

 アーチャーが青い魔法少女を視界に収める。黒に近いハシバミ色の瞳と漆黒の髪の少女。整った顔立ちは怜悧

な印象を与え、無表情で佇んでいるため人というより人形のようでさえある。

 

「ええ。それに、イリヤもかなり違っているようだし……」

 

 リンは、ピンク色の衣装を身につけたイリヤを見下ろす。魔法少女の装いをする彼女には、アインツベルンの魔術師の臭いがない。日本人ばなれした白磁の肌や銀の髪はリンたちの知る彼女そのものであるのに、ふわふわとした夢見がちな普通の少女にしか見えない。

 

「凛さんはあんまり変わっていないようですけどね〜〜」

 

 真剣に考え込むリンの横から、ステッキの呑気な突っ込みが入る。

 

「うふふふふふ、一体何を言いたいのかしら、ルビー?」

 

 ルビーの羽かざりの両端を引っ張りながら、すごくいい笑顔で問いかける。

 

「あはははははは、暴力反対だったりするんですけど〜〜」

 

 乾いた笑いを上げて、ルビーはリンの手から逃れようともがいてみたりしている。

 

「彼女たちのことを少し調べるべきではないかね」

 

 アーチャーは一人と一本の毎度のやりとりに付き合わず、今後の活動の方向性について提案する。

 

「そうね。次のクラスカードが出てくるまで、特別やるべきこともないし。その間に向こうのことを調べるっていうのは、悪い手じゃないわね」

 

 ルビーの羽がどこまで伸びるのかを試しながら、その提案を肯定するリン。

 

「探偵めいたことをするなんて……ますます魔法少女から離れていきますね〜〜」

 

 ステッキから発せられた、色々と偏見や誤解を生みだしかねない発言は、当然のごとく綺麗さっぱり無視された。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

———……なんて、テンプレートな展開

 

 それが。黒板の前に立つ少女を見てのイリヤスフィールの感想である。

 

「美遊・エーデルフェイトです」

 

 黒髪、黒い瞳の少女が固い表情でクラスメイトに向かって挨拶をして頭を下げる。

 

 ライバルの魔法少女が出現。翌日には、同じ学校へ転校してくる。

 

 一昔か二昔前の魔法少女モノではありがちな展開。

 確かに、それまで存在していなかった同い年の女の子が、同じ地区で活動することになれば、当然転校してくるのは至極まっとうと言えばまっとうな話なのだが。

 

「席は、窓際一番後ろね」

 

「な!?」

 

 指定された席は、イリヤの真後ろ。いくらなんでも、この展開は行き過ぎではないかと思ってしまう。

 席についた美遊はイリヤをジッと見ている。

 

「あううううう」

 

 痛いほどの視線を感じ、イリヤは硬直し奇声を上げるのであった。

 

 

 

※※※

 

 

「か、完璧超人……」

 

 それが、美遊を観察した結果、抱いたイリヤスフィールの感想である。

 

「いつまでいじけてるんですか」

 

「別にいじけてないよ。ただ才能の差を見せつけられただけだもん」

 

 学校の帰り道、日も沈み始め町が暮れなずむ時間帯。街灯の下でまるでスポットライトを浴びるようにしてしゃがむ少女とそれを慰める羽飾りのついたステッキ。

 

 学問をやらせれば、高校か大学クラスの解答を導き出し、料理を作らせればフライパン一つでフランス料理のフルコースを出し、イリヤにとって一番自信のあった徒競争では1秒以上の差をつけてゴールされ。

 

 その全てが、彼女からすれば出せて当たり前の成果。ゆえに、褒められようが驚かれようが、なぜそんなに称賛されるのか分からないとばかりにキョトンとした顔をする。

 

 人とのコミュニケーションを避ける傾向があるものの、そんなものは些細なことで、転校初日からクラスメートからの注目を浴びるのに十分な存在。

 

 同じ魔法少女との、明確すぎる才能の差にイリヤスフィールが凹むのも無理からぬことだった。

 

「何してるの?」

 

 そこを通りがかった美遊が不思議そうにイリヤに尋ねる。

 

「こ、これはどうもお恥ずかしいとこところを。ミユさんにあられましては、今お帰りのところで」

 

 取りあえず立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げるイリヤはまさに卑屈を絵に書いたような様子であった。

 

「何を卑屈になっているんですか! 美遊さんは同じ魔法少女の仲間です。学校の成績なんて関係ありません」

 

 ルビーが正論を述べつつ、イリヤに発破をかける。

 

「そっか……」

 

 ルビーの言葉に、納得して頷く。

 

「あなたも、ステッキに巻き込まれてカード回収を?」

 

 そんな彼女たちの様子を見ていた美遊が静かに問いかけする。柔らかな夕日に照らされ、ほんの少し赤味を差した彼女の白い肌。黒髪がサラリと流れ、彼女の表情に影を落とす。

 

人形のように無機質で硬質的だと感じられた彼女の表情がほんの少しだけ、人間らしさを取り戻したようにも見えたのは、彼女が初めてイリヤに興味を示したからかもしれない。

 

「うん。成り行き上仕方なくというか、騙されて魔法少女になったというか……」

 

 イリヤにとっては、魔法少女になるまでに至る過程———風呂場での素っ裸での出会いとアレコレ———そのものが赤面モノの過去である。

 

「そう」

 

 美遊はほんの少しだけ俯く。

 

「それじゃあ、あなたはどうして戦うの?」

 

 顔を上げ、真っすぐにイリヤの目を見て問いかける。

 

「どうしてって……」

 

 イリヤは僅かに言いよどむ。自分の理由が少し、子供じみているような気がして。

それでも、美遊は正直に疑問に思うことを聞いてくれているから、イリヤも正直に応えることにした。

 

「ちょっとだけ、こういうのに憧れてたんだ。ホラ、これっていかにもアニメやゲームみたいな状況じゃない」

 

 巻き込まれただけの少女としては、至極正直で当たり前の理由だ。

 

「そう」

 

 けれど、彼女は素っ気なくそれに応じて、イリヤの前から立ち去るように歩を進める。

 

「そんな理由で戦うの? 遊び半分の気持ちで打倒できるとでも?」

 

 ちらりとイリヤを見る彼女の瞳には蔑みにも似た怒りの感情の揺らめきがある。

 

「あなたは戦わなくていい。カードの回収は全部私がやる。せめて、私の邪魔だけはしないで」

 

 それだけを言い置いて、彼女は足早にその場を立ち去った。

 それでも、再び彼女たちはすぐにも相対することになる。

 

 それは、カードの回収のため……

 よりも早く。

 

 イリヤの家の真向かいに一日で移築された豪邸が、彼女の家のようなものだったりしたからだ。

 

 

 

※※※

 

 

「気に食わないわね」

 

 冬木市の新都。ホテルの高層階の一室、憮然とした表情でソファーに座るリン。

 

「一体、何が気に食わないというのかね」

 

 アーチャーは湯気の立つ紅茶の入ったティカップをリンに差し出しながら問いかける。

 

「全部よ、全部」

 

 ティカップを受け取り、不機嫌ながらも優雅な仕草でカップに口をつける。

 

「……カモミールって……私そんなに興奮しているつもりないわよ」

 

「いやいや。そんなつもりで淹れたわけではないさ。単に、もう少ししたら戦闘になるかもしれんから、少しリラックスをしたかっただけだよ」

 

 自分が飲みたかったのだと言って、アーチャーはリンの向かいのソファーに座り紅茶を口にする。

軽く目を閉じ紅茶の感触を楽しんでいる彼の澄ました表情からは、その言葉が嘘か本当かは図りかねる。

 

「それでリン、何が気になるんだ?」

 

 アーチャーが目を開く。色素の薄い彼の灰白色の瞳がリンを見つめる。

 

「今日一日、カレイドステッキのマスターたちの様子を観察していたけれど……そうね、貴方はどう思う?」

 

「ふむ……美遊という少女の方は、その技術や知識が年の割に成熟しすぎているな。だというのに、対人関係に関しては非常に拙い。一体どういう成育歴をたどれば、あのようになるのか」

 

美遊についてはエーデルフェルト家が完全に囲ってしまっている。戸籍や住民票にさえ、魔術師でなければ分からないような偽装工作のあともみられ、経歴が綺麗に洗われているため、何処から来たのかさえ不明であった。

 

「あそこまで徹底して経歴を隠す理由が何かあるのかしら」

 

半日しかない中では、これ以上のことは調べられない。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに関しては偽装が過ぎて逆にあからさまだな」

 

「まったく。何よ、アレ。ゲーム大好き、アニメ大好き、どこまで行っても普通の女の子って、ありえないわよ。何より、家族構成が! 衛宮士郎と血のつながらない兄弟で、一つ屋根の下ってどういうことよ!!」

 

 言葉の最後には額に青筋すら立てて怒りを露わにする。「常に余裕を持って優雅たれ」とはいったいどこの家の家訓なのか。

 

「キミの興味のポイントはそこかね。というか、家族構成に関して私に八つ当たりをされても困るのだが」

 

「まぁ、それは冗談としても」

 

「あんまり冗談にも聞こえませんでしたけど……ブクブクブク」

 

 ルビーが器用にも紅茶を飲みながらの突っ込み。だが、途中でリンが紅茶の海の中へとティースプーンでルビーを押し込んだ。

 

「アインツベルンの性を名乗っているのに、彼女本人はこれまで一切魔術に関わってきた痕跡はない。おかしすぎるわ」

 

 アインツベルン。

 聖杯戦争を始めた御三家の一つ。聖杯を造り、根源へ至ることを至上の命題とし、ただそれだけのために数百年と言う年月を積み重ねてきた魔術の大家。

 

 その性を名乗りながら、彼女は普通の小学生として生活しているのである。

 

平行世界から移動してきた二人にとって、そんなイリヤは違和感の塊でしかない。

 

「確かにこの世界は私たちの世界とは、大きくかけ離れた可能性を有しているわ。この冬木という霊脈で聖杯戦争が存在せず、なのにクラスカードという可能性で英霊が存在している。でも、それにしたって……遠坂はちゃんと魔術を継承して在るのに、アインツベルンが……」

 

 紅茶を飲む手を止め、呟きつつ思索モードに突入していくリン。

彼女の右手は、ティースプーンで紅茶の中から浮き上がったルビーを再び押し戻すという行為を無意識で繰り返していたりする。

 

「リン。思考を止めろとは言わん。だが、憶測も過ぎると判断を誤りかねんぞ」

 

 アーチャーの言葉に、それまで詰まっていた息を吐き出し、ソファーの背もたれに身体を預けてそりかえる。

 

「確かに。現状の情報だけでは、彼女の背景に関して憶測の域は出ないわね」

 

 天井を仰いで唇を尖らせる。

 

「それはそうと、そろそろ時間ですよ〜〜」

 

 ティーカップの淵にようやくよじ登ったルビーが、息を切らせつつ告げるのは戦闘開始時刻が差し迫っているという事実。

 

「あら、本当。もうこんな時間」

 

 壁掛け時計が、あと30分もすれば日付が変わることを示している。

 

「それじゃ、いきましょうか、アーチャー」

 

 ティーカップの中からルビーを引き上げ不敵に笑うリン。

 

「了解した。では、深夜のデートと洒落込もうか」

 

 立ち上がったアーチャーがリンへと恭しく手を差し伸べる。

 

「エスコートはお願いね」

 

 リンは、雅な仕草でアーチャーの手を取った。

 

 



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第4話 変身は、華麗に

 海浜公園。

 

 海を望む冬木市最大の公園であり、バッティングセンターや水族館などがあるため、日中は親子連れやカップルで賑わう観光スポットである。

 

 その冬木大橋の根元近くで、4人の少女たちが緊張と気合の入った面持ちをしてそろっている。

 それを冬木大橋のアーチのてっぺんから見下ろす人影二つ。

 

「リンさん、ホント高いところが好きですね。何とかと煙は高いところが好きって本当ですね」

 

「なんとかって、何よルビー」

 

 背中に怒りの炎を背負って、しかし口調だけは優雅にして冷静に問いかけるリン。

 

「もちろん、魔法少女ですよ。正義の味方もありですけどね」

 

 決まってるじゃないですかと、大真面目に胸(?)を張って答えるルビー。

 

「……ホント、あんたと会話していると馬鹿らしくなってくるわ」

 

 頭痛いと、こめかみに手を当てる。

 

「戦略的見地において、見晴らしの良い場所を陣取るというのは間違ってはいないがね。とくに私のような弓兵は、遮蔽物のある場所ではその威を十全に発揮できん」

 

 こちらはなぜか言い訳じみた発言をするアーチャー。

 

「そういうことにしておきましょうか」

 

 ふふふふふ〜〜と、アーチャーのいじりネタを見つけたルビーは楽しそうに言いながら、取りあえずそこで会話を終わらせる。

 

「さてさて、リンさん。さっそく鏡面界に飛びますか?」

 

「まさか。探査もせずにそんなことをするわけないでしょ」

 

 リンが足場の不安定なアーチの上でも危なげなく真っすぐに立ち、ステッキを構える。

 

「コンパクトフルオープン。鏡界回廊最大展開」

 

 リンの唇が滑らかに呪文を詠唱する。

 

「鏡像転送準備完了(mirrorstatue redirect preparation completion)万華鏡回路解放(kaleidoscope circuit emancipation)!」

 

 ルビーがそれに応じる。

 瞬間、リンの姿が鮮やかな赤い光に包まれる。

それまで身につけていた衣服が、解ける様に消えていき、赤を基調とした金色のアクセサリーのついた派手な衣装へと変わる。

リンの髪飾りは、猫の耳と入れ替わり、お尻には細くしなやかで長い黒い猫の尻尾が生えた。

 

「魔法少女プリズマ・リン。華麗に転身完…ゴブっ!!?」

 

 ちなみに、このセリフはルビーのモノ。そして、そのセリフを吐いた瞬間、鉄骨に杖頭が叩きこまれた。

 

「恥ずかしいセリフ、付け足さない!」

 

 更に、何度もステッキをガンガンと鉄骨にぶつけるリン。

 

「その辺にしておいた方がいいと思うが。向こうに気がつかれる」

 

「そ、そうね」

 

 アーチャーの指摘に、しぶしぶリンは手を止める。

 幸い、川や海の水音にかき消され下にいる凛たちには気がつかれていない様子。もっとも、遠坂凛とルヴィアのいがみ合いに忙しく、余所へ気配を回す余裕はなさそうではあった。

 

「さて、ルビー。鏡面に探査針を打ちこんで」

 

「あうあう。こんなひどい仕打ちをしたうえ、命令まで。なんてステッキ使いの荒いマスターでしょうか」

 

 涙声で訴える。人の姿をしていればその場にうずくまって泣き崩れているところである。

 

「……そう。本当に申し訳なかったわ。そうね、貴方のおかげで、こうして鏡面界に介入できているんですものね。無礼のお詫びに大師父特製のあの箱の中に戻してあげようかしら。それとも、溶鉱炉の方がお好み?」

 

 訳:余計なボケや小芝居はいらないから、さっさと始めなさい。さもないとお仕置きするわよ(かなり本気)

 

「どっちも遠慮させていただきます。わかりましたよ。やりますよ」

 

 ふてくされつつ、魔法陣を広げる。

 

「鏡界回廊接続(mirrorworld passageway connection) 探査開始(inquiry start)」

 

 ルビーの詠唱により、リンの五感の一部が鏡界に接続される。リン単体でもこの魔術の行使は可能だが、ルビーを通した方がより正確に状況を把握できる。何より、宝石が節約できるという理由の方が、彼女にしてみれば大きい。

 

「……切断っ!」

 

「了解です」

 

 接続を断ったとたん、リンの全身から冷たい汗が噴き上がる。

 

「なによ、あれ……」

 

 茫然と呟く。

 

「どうだった?」

 

 リンのただならぬ様子にアーチャーが声をかける。

 

「今回の敵はキャスター。相も変わらず、理性が吹っ飛んで黒化しているわ。そのくせ……」

 

 見てきた光景を思い出し、頭を抱えて息を吐き出す。

 

「上空に、魔法陣を多数展開してお客が来るのを準備万端で待っているわ」

 

 相手はキャスター、真名は神代の魔女メディア。

 

 キャスターのクラスは魔力に特化したタイプだが、総合力において全クラスの中では最弱とされている。だからこそ、知略を用い地の利を生かした戦いをする。

 

今回、それを最大限に発揮するためにあらかじめ魔法陣を敷いているというわけだ。鏡面界に入った途端、神代の魔術の一斉砲撃を受けることになる。

しかもありがたいことに、彼女の周囲には魔力指向制御平面が形成されており防御面も堅牢。

彼女に向けて魔力弾を放っても、全て反射されることになる。

 

「ふむ……では、こちらも相応の準備をしなければ……っ、何!?」

 

 アーチャーが険しい顔をして声を上げる。

 

「いくらなんでも、うっかりしすぎよ!」

 

 リンもその事態に気がつき、思わず毒づく。

 海浜公園の芝生の上にいた4人は、キャスターに対しなんら対抗策を練ることもなく、0時きっかりに鏡界へと乗り込んでいってしまったのである。

 

「くっ、ルビー。接界(jump)するわよ!」

 

「了解です。限定次元反射炉形成!(limitation dimension reflectionfurnace formation)鏡界回廊一部反転!(mirrorworld passageway turn over)接界!(jump)」

 

 足元に構築されていく魔法陣。

 そして、二人は鏡界へと降り立った。

 

 

※※※

 

 

 そこでは、すでに一方的な戦いが繰り広げられていた。

 

 黒いローブをまるで羽のように広げ、上空に浮かぶキャスターが周囲に展開させた幾つもの魔法陣から、レーザーのような攻撃魔術を矢継ぎ早に打ち出す。

 

 それをイリヤが魔術障壁を最大限に張って防御。

 

 魔術が切れた一瞬に美遊が最大出力で砲射(シュート)を放つ。

 だが、それはキャスターに届く前に制御面によって全て弾かれた。

 

 キャスターが呪文を詠唱する。それはすでに失われた神言であり、何を言っているのか理解できず、耳に届くのはまるでテープを早回しにした時のような奇妙な音のみ。キャスターのたった一言で、瞬間契約(テンカウント)レベルの魔術が構築された。4人の少女たちを取り囲むように風の壁が形成され、上空には半径3メートルにも及ぶ魔法陣が美しく輝く。

 そこに秘められた膨大な魔力は、彼女たちが作る魔力障壁などあっさりと突き破ってなお余りある威力を誇る。

 

「脱出よ、脱出!!」

 

「てててて撤退ですわ!!」

 

 4人が慌てて、鏡界面からの脱出を図る。

 だが間に合わないと思われた、その時、

 

「かわせ、キャスター!!!」

 

 その言葉とともに、冬木大橋のアーチの上からキャスターに向け一直線に矢が放たれた。

 

 矢は魔力指向制御平面すら貫くが、キャスターはかろうじて攻撃をかわし、魔術の行使をやめようとはしない。崩れた体勢、乱れた集中、欠けた魔法陣の中でも地上に向かって、大砲のような砲撃の照準を合わせる。

 

 キャスターが魔術を打ち出す、その一瞬よりも僅かに早く、赤い衣装の魔法少女が割って入った。

 

「ルビー!! 魔力障壁、最大規模を全力で!!」

 

 ステッキを高らかに掲げ、赤い少女が告げる。

 

「はいは〜い」

 

 赤い少女の手の中のステッキが答え、半円状の障壁を張る。障壁は見事、キャスターからの攻撃を防ぐ。

 

「何やってるのよ!! さっさと離界(jump)しなさい!!」

 

 事の成り行きを茫然と見ているイリヤ達を、赤い少女が叱責する。

 

「あ、はい。鏡界回廊一部反転!」

 

 美遊の持つステッキ、サファイアがそれに応じ、足元に魔法陣を展開する。

 

「アーチャー、早く!!」

 

 赤い少女が、弓矢を放った人物へ呼びかける。

 アーチャーは大橋の鉄骨を蹴り、まるで滑空するようにして彼女たちの場所に着地。

 

「離界!」

 

 ほぼ同時に、彼女たちは世界からの脱出を果たした。

 

 



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第5話 トオサカ リンは、魔法少女

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

 四人の無言の視線を浴びる二人。赤い派手な衣装を身につけた猫耳な魔法少女と、その隣に控える赤い外套に黒い革鎧の騎士。

 

「お礼を言われるために助けたわけではないけれど、この反応はどうかと思うわ」

 

 不機嫌を隠すこともせず、赤い魔法少女は腰に片手を当てため息を吐き出す。

 

「……お礼は言っておきますわ。それで、貴方達は一体何者なのかしら? 魔術協会からは、私たちの他にカレイドステッキを所有している魔法少女がいるなんて聞いていないのですが?」

 

 ルヴィアがまず最初に切り込む。お礼を口にはするものの、そこには警戒心というものがありありと見てとれた。

 

「その辺は、そちらの愉快型自立魔術礼装の方で察しがついているんじゃないかしら」

 

 彼女は自分の持つステッキで、イリヤと美遊のステッキを指し示す。

 

「あ……まさか……」

 

「別の世界の……可能性?」

 

「正解です〜〜」

 

 ステッキ同士が会話するという、かなりシュールな光景が繰り広げらる。

 

「別の世界? どういうこと?」

 

 意味が分からず、イリヤは自身のステッキに疑問を投げかける。

 

「世界は、選択肢の違いにより様々な世界を生み出します。もしもあの時、AではなくBを選んでいたら……、そんな別の可能性を有する平行世界(パラレルワールド)から、彼女たちは来たということです」

 

 ピョコリと羽飾りを立てて、ルビーが解説する。

 

「そんな魔法じみたことを、どうやってやり遂げたのか気になるけど、そんなことよりも!」

 

 凛は、赤い魔法少女を指さす。

 

「なんで、私が、そんな背格好をしているのよ!!!」

 

 派手な魔法少女の非常に恥ずかしいコスプレは、許せないがまだいい。

だが、彼女はよりにもよってイリヤ達と同世代の姿をさらしているのだ。

 

「そんなの決まってるじゃないですか。私がこの年齢に固着化させているからですよ」

 

 答えはリンではなく彼女のステッキによりもたらされた。

 

「はぁ!!!!?」

 

 その答えに素っ頓狂な声を上げたのは、魔法少女リン本人。

 

「何よソレ!? いつになっても元に戻らないと思っていたら、あんたのせいだったの!?」

 

 自分のステッキを両手で鷲掴みにし、必死の形相で問い詰める。

 

「この姿のせいでアーチャーの維持にも苦労してるのよ!! だから、アーチャーも年齢を下げさせて……って、もしかして、アーチャーが元に戻らないでいてくれているのも!?」

 

 怒鳴り散らすリンの隣で、複雑な表情をして頭を押さえるアーチャー。

彼は、白髪に浅黒い肌という日本人離れした10代後半の少年の姿をしている。

 

「もちろん、私の仕事です」

 

 すっぱり、はっきり、きっちりと答えたステッキを、リンは無言で地面にたたきつける。彼女の細い猫の尻尾が、倍以上に太く逆立つ。

 

「戻せ」

 

 ステッキを足蹴にし、短く冷たく命令を発する。

 

「魔法少女は、プレティーン。これが決まりじゃないですか!!」

 

 足の下で、わけのわからない持論で反論をするルビー。

 

「そうですよ。ハイティーンの魔法少女なんて、恥ずかしいだけじゃないですか」

 

 そして、それを擁護するイリヤのステッキ。

 

「そこ!! 余計な口を出すな!!」

 

 リンが指をさしたかと思うと、黒い何かがイリヤの耳のすぐ横を撃ちぬいた。

ちなみに、現在イリヤにはAランクの攻撃すら防御する魔術障壁が張られている。

それをいともあっさり貫くほどの威力が今の攻撃にはあった。

 

それが、ガンドと言われる指さしの呪いの魔術だというのはイリヤには分からなかったが、ルビーに口を開かせてはならない事だけははっきりと理解する。

 

 イリヤはがっちりと杖頭を両手で包み込むようにして握りこんだ。

手の中でルビーがもがき、くぐもった声を上げるが無視。彼女に口を開かせれば自身の命に関わるという直感に従う。

 

「プレティーンだの、ハイティーンだの、どうでもいい。戻せ」

 

 再度、リンが命令を発する。

 

彼女が背負う気配は、これが最終勧告であることを告げている。

 

「ええっと。ぶっちゃけ、もう戻せない、みたいな?」

 

 そんな空気を読んでも、あえてふざけた口調で答えるのがルビーのルビーたるゆえん。

 

「はあ?」

 

 リンはこめかみに青筋を立てグリグリと、ヒールを使いルビーを地面に埋め込む。

 

 不良やヤンキーと同レベルの恫喝である。

 

「正確に言うなら、できますよ。でも、固着の解除ってエネルギーを喰うんですよね。具体的に言うなら、これまで貯めてきたエネルギー全部? みたいな?」

 

 あはははははは〜〜と、呑気に笑うルビー。

 

「………………」

 

 その言葉に、リンが固まる。

 

年齢固着化の解除のためなどに、エネルギーを回すわけにはいかない。

 

その結論が彼女の中であっさりと出てしまったがゆえに。

 

「なんで? エネルギーがあるなら、戻せばいいじゃない」

 

 イリヤが不思議そうに首をかしげ素朴な疑問を抱く。

 

「私たちが集めているエネルギーは、鏡面界の崩壊時に発生するものでね。そうそう収集できるものではないのだよ。しかも、これを無駄遣いすると、元の世界に戻れなくなる」

 

 茫然自失となっているリンに代わり、アーチャーが肩をすくめつつその理由を明かした。

 

「つまり、貴方がたの目的は、元の世界に戻るということ?」

 

 アーチャーの言葉から、凛は彼らの目的を拾い上げる。

 

「おおむね、その通りだ」

 

 アーチャーが頷く。

 

「だから私たちは、クラスカードの収集には興味がない。その後の鏡面界の崩壊時のエネルギーさえ回収できれば、それでいいのだからな」

 

 自身の行動目的を皮肉げな笑みを浮かべながら説明するアーチャー。

 

「でも崩壊させるためには、英霊を倒さなければならない。なら、協力してもいいんじゃない?」

 

「却下よ」

 

 凛の提案に、はっきりと拒否の意志を示したのはリンだった。

 

「前回と今回。貴方達の戦い方を見せてもらったけれど、協力を結ぶに値しないわ」

 

「どういう意味ですの!?」

 

 その言葉にルヴィアが声を荒げる。

 

「そのままの意味よ。特に、今回の戦いはひどすぎたわ」

 

「それは……っ」

 

 ものの見事な大敗。

もしもリンたちが介入しなければ、命すら危うかったかもしれないという事実に、ルヴィアは言葉をなくす。

 

「確かに、魔力を主体に戦う以上キャスターは格上だし、相性は悪い。それでも、無様すぎる。連携も何もなく、ただ相手の攻撃を防いで砲撃するだけ。アレでは、勝てる相手にも勝てない。それに何より、遠坂凛!」

 

 フルネームの名指しで、リンは凛を指差し睨みつける。

 

「なぜ、鏡面界の探査をしなかったの? 第二魔法である平行世界の運営。その到達を命題としている遠坂の魔術を使うのならば、それは可能だったはずよ」

 

「ぐっ……」

 

 リンの指摘に、反論もできずに唸る。

 

「せめて、もう少し貴方達の情報を開示するべきではなくて。どうしてこの世界に来ることになったのか? どうやってこの件に関する情報を入手できたのか? そしてそちらの少年はいったい何者なのか」

 

 正論で追い詰められながらもルヴィアは、矢継ぎ早に質問を投げかける。

 

「それは〜〜」

 

 リンの足の下でルビーが質問に答えようとするが、

 

「それも、却下よ。貴方に、情報を提示する義理も義務もないわ」

 

 リンの取りつく島もない返答に、ルヴィアが歯ぎしりしそうなほどの形相で睨む。リンはそれを無視し地面に半ば埋まっているルビーを取り出し、軽く土を払った。

 

「行きましょう、アーチャー」

 

 言って、リンは足元に魔法陣を開く。

 その魔法陣は、魔術に通じている者が見れば高度な技術で編み込まれた転移のモノであると読みとることができた。

 アーチャーがその魔法陣の上に乗ると同時に、彼らは一瞬にしてそこから姿を消した。

 

 

 

 



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第6話 事の起こりは、うっかりから

「……むかつきますわ! トオサカリン!!!!」

 

 彼らが消え去った後、ルヴィアはまず予備動作もなく、目の前にいる遠坂凛へと殴りかかった。

 

「あれは、私じゃないでしょうが!!!」

 

 その拳をさばき、右足を踏み出し寸勁をルヴィアの胴体部分に向けて打ち出す。

 

「どちらも、トオサカリンに変わりはありませんわ!!!」

 

 腹部に加えられた衝撃。だが、それすら反動として利用しルヴィアは、大きく足を開いて凛の背後へと回る。

 

 そのまま後ろからがっちりとホールド。

 

 バックドロップで凛を頭から地面へと叩きつける。

 

「その屁理屈、気に入らないけど、喧嘩を売ってくれるというのなら、格安で買い取ってあげるわ!!」

 

 頭部が地面に接着する直前に両手を地面に押し当て、身体を捻ってルヴィアのホールドを外す。そして、逆立ちの体勢のまま足を縮め勢いをつけてルヴィアに向けて飛びあがった。

 

 その攻撃をルヴィアは上体を反らせてかろうじてかわし、凛から距離を取る。

 

 凛も体勢を立て直し、二人は真正面から対峙し合う。

 

 不敵に笑いあう二人。高まっていく魔力。懐から取り出される宝石。

 

 魔術大戦勃発直前、二人の後頭部に衝撃が走り、彼女たちは同時に前方へと昏倒した。

 

「お二人とも、喧嘩している場合じゃないでしょう!!」

「今は、キャスターへの傾向と対策を立てるべきだと提案します」

 

 ルビーとサファイアが同時に元マスターたちへと突撃し、倒れ伏した彼女たちに叱責を投げる。

 

「…………結構いい一撃が入ったようなんですけど……」

 

 ピクリとも動かない二人の魔術師の様子に、イリヤは突っ込みを入れるのだった。

 

 

 

※※※

 

「むかつきますけど、確かにあのちんくしゃなトオサカリンの言うとおり、戦略を立てないとキャスターには敵いませんわね」

 

 復活したルヴィアが、腕を組んで考え込む。

 

「ち、ちんくしゃ……、………、そうね。せめて、魔力反射平面だけでもどうにかしないと、攻撃が届かないし」

 

 ルヴィアの刺のある言葉に、色々とぶちまけたいところを我慢して飲み込む凛。

 

「幸い、あれは座標固定型の要塞のようなものです。ですから、空を飛んで魔法陣の上に出られれば、戦いようはあると思います」

 

 ぴょこんと羽を上げて提案するルビー。

 

「あ、そうだよね。飛べばよかったんだ」

 

「でも、いきなり練習もなしに飛ぶなんて……は?」

 

「何?」

 

 ふよふよと宙を浮いているイリヤが首をかしげて凛を見ている。

 

「ちょっ!? なんでいきなり飛んでるのよ!? 私やルヴィアでさえ丸一日練習したのよ!?」

 

「だって、魔法少女って飛ぶものでしょ?」

 

 驚愕の声を上げる凛に対し、不思議に思われている方が理解できない様子のイリヤ。

 

『『なんて、頼もしい思い込みっ!!!』』

 

 この瞬間、ルヴィアと凛の感想は見事に一致した。

 

「負けていられませんわ! ミユ!! あなたも飛んで見せなさない」

 

「人は飛べません」

 

 負けず嫌いのルヴィアの指示に、夢のない返事を返す美遊。

 

「くっ! そんな考えだから飛べないのですわ。帰って特訓です!!」

 

 ルヴィアは美遊を引きずるようにしてその場を立ち去って行った。

 

「ま、とりあえず今日はお開きにするしかないわね」

 

 足早に去って行くルヴィアと美遊を見送りつつ、凛がヤレヤレと息を吐き出す。

 

「私も明日までに、戦略を考えてみるわ。あと、あの二人のことについても調べてみるわね」

 

「そういえば、あのアーチャーって人、どこかで見たことがあるような気が……」

 

 首をひねりながらイリヤの独り言は、凛の耳には届かなかった。

 

 

 

※※※

 

 

「本当にいい性格をしている」

 

 アーチャーがリンをたしなめる。

彼らが本拠地としているホテルに戻ってからも、リンはニマニマとチシャ猫のように笑っている。

 

「んふふふふふふ、見た? あのルヴィアの悔しそうな顔」

 

 堪え切れない笑みがリンの口元を緩ませる。

 リンは天敵であるルヴィアを悔しがらせたいがために、情報の開示を拒否したのだ。

 

「彼女たちがカードを回収し終えた後に、私たちは鏡面界エネルギーを頂くんですから、情報の提供くらいしてもいいと思うんですけどね」

 

 ルビーはアーチャーのそばでピコピコと浮遊して回る。

 

「彼女たちと協力関係を結ぶ必要性は低いもの。なら、余計な情報の提供はしない。それが、魔術師としての常識でしょ」

 

 こうやってあっさりと切り捨てることを選択できるあたりは、魔術師らしい。

 

「完全に見捨てないあたりは、リンらしいと言うことか」

 

 だから助言を与えるようなマネをしたし、次のキャスター戦でも見守ることになるだろう。

 

「わかってるわよ、心の贅肉だって。でも、こんなところで見捨てたら寝覚めが悪いもの」

 

「まぁ、実際のところ、どうしてこの世界に来たか、なんて答えられないですよね〜なにせ、いつものごとく、『うっかり』が原因なんですから〜〜」

 

「う、ぐっ……」

 

 ステッキの指摘に、その通りであるがゆえに、リンは反論もできずに押し黙った。

 そもそもの事の始まりは2週間ほど前まで遡ることになる。

 

 

 

※※※

 

 

 その異常は唐突に起こった。

 

 アーチャーへ供給されているリンの魔力が、激減したのだ。それこそ、このままなら現界が難しい状況になりかねないほどの極々微量にしか流れてこない。

 

「どうした、リン!?」

 

 何かしらの緊急事態が起こっていると判断したアーチャーは、リンの部屋へと飛び込んだ。部屋の中にいたのは、10歳前後の幼い少女。ブカブカの赤い服を着て、青い瞳に涙を貯め、部屋の中に入ってきたアーチャーを見上げる。

 

「ま、まさかとは思うがリン……、ギルガメッシュの宝具を間違えて使ったんだな?」

 

「そ、そうよ! 10年後の姿になって、からかってやろうと思ってたのに、間違えて10歳若がえちゃったのよ! どうせ、うっかりよ!!」

 

 涙目で半ば逆切れしながら、アーチャーの確認の言葉を肯定する。

 

「なるほど、それで供給される魔力量が減少したというわけか」

 

「な!? そういえば、やたらごっそり魔力が持っていかれると思ったら。まずいわよ、このペースで取られたら、あっという間に空っぽよ」

 

 リンが手の中の小瓶から、赤い玉を取り出す。

 

「アーチャー、これを飲みなさい」

 

「…………それは、命令かね?」

 

「そうよ、命令よ」

 

 早く飲めと突き出してくる。

 

「いや、リン。私は」

 

「いいから! 飲みなさい」

 

 アーチャーの言葉にかぶせ、更に命令を重ねる。

 

「……了解した、マスター」

 

 アーチャーは諦めて、若返りの薬を口に含んだ。

 

※※※

 

 

 そんな騒動ののち、アーチャーも若返らせたのだが、それでも。

 

「かなり、負担は軽くなったけど、それでも厳しいわね……宝石を飲んで魔力を底上げしてもいいけど、一時的なモノだし……」

 

 腕を組んで、思索モードへと突入していく。

 

「う……アレにだけは、頼りたくはないのだけれど………けど、背に腹は代えられないし……」

 

 ちらりと見るリンの視線の先には宝石翁ゼルレッチ謹製の宝石箱。その中に詰め込んで封印した『アレ』

 

「あのな、リン」

 

 一応、アーチャーが言葉をかけてはいるが、彼女の耳には聞こえていない。

 

「でも、アレがあれば無制限に魔力の供給が受けられるし……、何より宝石のバックアップだともったいなさすぎるけど、あれならタダ……」

 

 タダ、無料、もとでゼロ。

 『アレ』に手を出すことによりもたらされると考えられる騒動よりも、この時のリンにとってはタダという誘惑の方へと天秤が傾いてしまった。

 

 のちに、彼女がこの時のことを振り返った時、必ず思うことがある。

 

『あれは、気の迷いだった……』

 

と。

 

 

※※※

 

 

 この後に起こったことを、リンは覚えていない。

 

 カレイドステッキルビーに意識を乗っ取られ、変身したのち彼女のノリと勢いで魔法少女らしい騒動と事件を求め、平行次元へとアーチャーもろとも転移させられた。

 

 リンにとって悔しいのは、平行次元への転移という魔法のことを全く覚えていないことだったりする。

 

 のちに彼女は回想する。この時のことを覚えていれば、第二魔法『平行世界の運営』の研究が十年は進んだのにと。

 

 

 

※追記※

 

 

「……リン、一ついいか?」

 

「なによ」

 

「アーチャーのクラスのスキルに単独行動というのがあるのを覚えているかね?」

 

「あぁ!?」

 

「まぁ、つまり。一時的にマスターからの魔力供給がなくとも、活動が可能なのだよ」

 

「そういうことは、早く言いなさいよ!!」

 

「いや、何度も言おうとはしていたのだが……まてっ、八つ当たりに、ルビーで叩くのはやめたまえ」

 

 



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第7話 敵は、アーチャー

「ここって、柳洞寺の裏の沼地?」

 平行次元への転移先は、なぜか見知った冬木市の由緒正しいお寺だった。

 正確な時間は不明だが、空には星が瞬いており周囲を囲む木々は異様なほどの静けさを保っている。

「おかしいですね。このあたりに魔法少女っぽい騒動があると、ルビーちゃんのアンテナにビビッと来たんですけどね」

「……あやしげな黒電波でもキャッチしたんじゃないの」

「いや、そうでもないようだ」

 アーチャーが周囲を警戒している。彼はいつ何が起こってもいいように、魔力を調整し、いつもの黒い革鎧と赤い外套のサイズを現状の身体サイズに合わせていた。

「サーヴァントの気配が感じられる。かなり近い……が、姿は見当たらない。林に隠れているのか……」

 鷹のようにするどい目を周囲に向ける。

「だが、この距離でサーヴァントの姿が見つけられないのはおかしい」

 沼の周りは、林で覆われているとはいえ、その他の場所は比較的見通しがいい。アーチャーの目で見つけられないとなると、何かしらの魔術的な隠ぺいを施している可能性が高い。

 リンは思わず、手の中のステッキを握る力を込める。

「でも、結界らしきものは感じられないわ」

 感覚を広げ、魔力の探査を図るが引っ掛かるものは何もない。

「いえ……何も……ない? そんな馬鹿な?」

 リンが自身の言葉に、驚く。

 

ここは柳洞寺、キャスターの本拠地であり彼女の工房とも言える場所である。

魔術師である彼女は、柳洞寺を魔境にでもしたいのかと思うほど、ありとあらゆる仕掛けを施している。もちろん、一般人にはわからないように。けれど、魔術師の目から見れば、その精緻にして極悪な罠は一目瞭然だった。

 

 しかし、現在。冬木の地において最高の霊脈ゆえの歪みは確かに存在しているが、ここにあるのはソレだけなのだ。

「どういうことよ。サーヴァントの気配があるとするのなら、ここにいるのはキャスターかもしくはアサシン、あるいはその両方のはず。なのに、魔力の痕跡の欠片もないなんて。アーチャー、あなたが感じるサーヴァントの数は?」

「一体だ」

 リンの問いに答えながら、アーチャーは地面に片膝をつけて右手を押し当てる。

「ふむ……リン。この場所は、世界が歪んでいる」

 アーチャーは立ち上がり、手についた土ぼこりを払う。

「世界が、歪む?」

「ああ。まるで、鏡に映したような世界が、重なって存在している」

「あ、あ、あああああああ!!!!」

 唐突に、まるで枕元のプレゼントを見つけた子供のように純粋な歓喜の声がリンの手の中のステッキから上がる。

「本来なら、私が先に気がつかなければならなかったというのに。さすがアーチャーさん、世界の異常にはちょっとアレなほど敏感ですね」

「……それは、どういう意味だ?」

「それじゃ、行きましょうか。いざ、魔法少女の活躍の場を求め!」

 アーチャーの疑問など、綺麗さっぱり無視してルビーは己の欲望に忠実に愛と勇気と傍迷惑を振りまくべく、呪文の詠唱を開始した。

「限定次元反射炉形成!(limitation dimension reflectionfurnace formation)鏡界回廊一部反転!(mirrorworld passageway turn over)接界!(jump)」

 気合が入りまくり、語尾にハートマークや音符マークがつきそうなほど、ウキウキした声音での詠唱。地面に展開される魔法陣。

そして、世界が反転する。

 空がデジタルのように四角く区切られている。おそらくは柳洞寺全域をすべて囲っているであろう、広大な空間。

「……ねぇ、もしかして、私だけ話についていけてない? 一体、何がどうなって、こんなことになっているの?」

「いえいえ〜、そんなことはないですよ。私にも現状はさっぱりですから。ただ、サーヴァントらしきものがいる世界に飛んだだけです。ここは、無限に連なる合わせ鏡、その中の一つ、鏡面そのものの世界です」

 灰色がかった色に覆われ、命の気配がほとんど感じられない、ひどく無機質な世界。

 それをルビーは鏡面界と説明する。

「平行次元とは全くの別物というわけね」

「はい。あれは、一つの分岐から無数に枝分かれしていく世界の総称です。だからこそ、平行次元上の世界にはありとあらゆる可能性が存在しています。魔法少女になってしまったリンさんとか、巻き込まれて、若返りをさせられたアーチャーさんとか」

 彼女本人には、まったくもって悪意のない言葉。だからこそ始末に悪いが、あえて二人は突っ込むマネをない。ここで突っ込んでも話が進むわけではないし、早々に情報を入手しておきたいから。

「けれど、ここは一つを除いてあらゆる可能性が切り捨てられ、ただもとの世界を映すだけの場所です」

「その一つが」

「アレ、というわけか」

 彼女たちの前に現れたのが、もう一人のアーチャー。

 

 煤けた白髪、目は黒ずんだ血に汚れたような布で目隠ししているのに、周囲をはっきりと認識しているようである。

黒い革鎧はなく、包帯のように黒い革が足に巻かれているが裸足を晒している。腰には目隠しと同色の布が巻き付いているが、その裾も焼け焦げてボロボロだ。

 

今にも燃え尽き擦りきれ欠けて砕けてしまいそうな鋼。それが、黒いアーチャー。

 

彼からは感情や理性が欠片も感じられない。まるで、自動人形のように、ただ一つの目的を遂行するためだけの存在。

「………アーチャー、アレは抑止の守護者とかじゃないわね?」

「違う」

 念のためアーチャーに確認すると、彼は即座に断言する。

今必要な確認はそれだけ。

『アレは何か』とか、『なぜ、ここにいるのか』とか、そんな疑問、今は余分だ。

「そ。なら行くわよ」

 言うが早いか、リンはルビーを横なぎに払う。

 細く絞りこまれた砲撃がまるで刃のように『アーチャー』へと向かう。その軌跡を追うようにしてリンが走り込んでいく。

 迎え撃つ黒化した『アーチャー』は、両の手に白と黒の対の中華剣、干将(かんしょう)莫耶(ばくや)を投影。干将(かんしょう)を縦に切りつけ、砲撃を両断。ついで莫耶(ばくや)でリンの刺突を撃ち払う。

「ちぃっ!!」

 舌打ちをして、体勢が悪いままリンが右の中段蹴りを腹部に向かって打ち出す。

だが、所詮は苦し紛れの攻撃。

『アーチャー』はあえて、蹴りを受けつつリンの軸足となっている左足を払い地面に転ばせる。さらに、一緒に倒れ込むように彼女の下腹部に向かって肘を打ちこむ。

「うぐぅぅぅぅ!!!」

 内臓を吐き出しそうなほどの衝撃。実際、ゴボリと咽頭から血が噴き出し、一時的に呼吸もできなくなる。

 リンに止めを刺す絶好の機会。

 

 だが、『アーチャー』は追撃しない。

 ばね仕掛けのように跳ねあがってリンから距離を取り、干将(かんしょう)莫耶(ばくや)を破棄。

即座に黒塗りの弓を投影し、番えた矢をリンに向かって放つ。その矢は、リンの後ろからアーチャーが放った矢の爆発によって消滅した。

「っ、気づかれたってわけね」

 リンは顔をしかめ、口元の血を拭って起き上がる。

彼女が握るステッキには、魔力弾の塊が爆発食前の爆薬のように赤く煌めいていた。

さらに、後ろには弓に矢を番えたアーチャーという二段構えの攻撃を用意していた。

だが、それらを全て読みとったから、『アーチャー』は引いたのだ。

「リン、大丈夫か?」

「大丈夫です。物理防御を展開して、ダメージの軽減を図りましたし、治癒促進(regeneration)をかけていますから、すぐに回復します」

 アーチャーに応えたのはルビー。

「敵になってみて、改めて実感できるわ。読みの速さが尋常じゃない。しかも、近・中・遠距離の攻撃に全て対応できるなんて、厄介すぎるわ」

 

 こちら側は、ルビーがどの程度の性能を発揮するのかすら把握していないうえ、リンとアーチャーの若返りによる弱体化というハンデを背負っている。

 正直なところ、敵と戦う上での自軍の情報が足りなさすぎる。

「撤退を進言するが、どうするかね? リン」

「いい案ね。ここで戦う意味も意義も見出せない。一度引いて、体勢を立て直すのが正しい選択だと思うわ。でもっ!!」

 リンは正眼に構えたステッキにありったけの魔力を込め、砲撃用の魔法陣を開く。

「意志も理性もなく、ただの力として『アーチャー』が存在しているというのが、無性に腹立たしいのよ、私はっ!!!」

 彼女の強い怒りの感情を受け、高い音を放ちながら、魔法陣に膨大な魔力が貯め込まれていく。

「ふむ。確かに、アレは気持のいい存在ではないな。ならば、早々に排除するとしよう」

「あんたねぇ……なんだって、そんなに呑気なのよ」

 横目でアーチャーを見る。彼は自分の鏡のような相手を涼しい表情で見ていた。

「いやいや。腹立たしい状況であるのは間違いないが、君が怒ってくれているからね」

 そのことの方が、重要であるとアーチャーは言う。

「なら、全力で潰すわよ」

 リンは沸騰していく自身の体温を自覚し、アーチャーから顔をそむけ、前に向き直る。

「全力全開!! 砲撃(フォイア)!!!!」

 溜まりに溜まった、高密度の魔力が大砲のごとき勢いで撃ちだされる。赤い閃光が、空間ごと削り取りながら、『アーチャー』へと向かう。

 『アーチャー』は砲撃に向かって右手を突き出し、七枚の花弁を有する盾『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を展開。彼が唯一得意とする防御用の装備を、リンの砲撃は一枚、また一枚と削り取っていく。しかし、残り一枚を残し『アーチャー』にまでは届かない。

「アーチャー!!」

「————I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)」 

 

 アーチャーの詠唱とともに弓から解き放たれる、膨大な魔力を有した投影宝具。それは、狙いを外すことなどありえず、愚直なほど真っすぐに『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』の最後の一枚の花弁を貫き、その後ろの『アーチャー』の胸部を撃ち抜く。

 『アーチャー』は声もなく、一枚のカードを残して消滅した。

 



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第8話 交渉相手は、宝石翁

 

 

「なんだったのよ、アレ」

 脅威が消え去り、はぁと息を吐き出して地面にへたり込むリン。

「今のは英霊の現象、という奴じゃ」

 そこへ、何の前触れもなく現れた一人のリンたちに背を向ける老人。白髪に黒の外套、肩幅が広く筋肉質な体つき。僅かな空気のみだれも起こさず転移してきた彼の存在そのものにこの空間が一瞬にして支配された可能のような錯覚を覚える。

 カツンと音をならして黒いステッキで地面を打ち、落ちたカードを拾い上げる。

「何やら騒がしいからと思ってきてみれば、なかなかに面倒な騒動が起こっておるようじゃの」

「……あ、あなたは」

リンの言葉は、喉に引っ掛かりまともに声にならない。それは、ここにいるはずのない、けれどどこにでも現れる可能性を持つ、この世でただ一人の人物。

「大師父……」

 リンの独り言にも似た呼び名に、老人は黒い裾の長い外套を風に揺らしゆっくりと振り返る。彼の者は平行世界に至り、万華鏡、宝石翁などの二つ名を持ち、第二魔法を体現し現存する魔法使いの一人。

「ほぅ。遠坂の直系か。ソレにいいおもちゃにされておるのか」

 くくくと、愉しげに喉を鳴らす。

「あは〜〜、お久しぶりです」

「ふむ。こちらには、すでにお前は存在している。つまりは、平行次元を移動してきたのだな」

 問いかけというより、確認の意味が強いゼルレッチの言葉に「そうですよ〜」と呑気な答えを返すルビー。

「大師父、一体これはどういうことなのでしょうか?」

 リンは立ち上がりゼルレッチと相対する。

「どういうこと……とは?」

 ちらりとリンを流し見るその視線に、身体がびくりと震える。

 魔法使いと言う名はだてではない。

 存在する、それだけで放つ威圧感にリンは緊張に張りつく喉を鳴らす。

 けれど、そんな緊張を全て隠しきってリンは口を開いた。

「面倒な騒動が起こっている、そうおっしゃいましたね。つまり、コレで終わりではないということ。そして、一体何が起こっているか、ある程度は把握していらっしゃるのでしょう?」

 リンの挑発的な言葉。それすらも、愉しいと言いたげに口の端を上げるゼルレッチ。

 

「この世界の冬木市には、聖杯戦争という可能性がない代わりに、コレが存在するんじゃ」

 

 人差し指と中指で先ほど拾ったカードを挟みリンたちに向けて見せる。それには、弓使いが描かれてる。

 

「まぁ、あえて『クラスカード』とでも名付けておこうか。これは、極めて高度な魔術理論で編みあげられたカードでの。これを核にして実在した英雄の力を『座』から引き出すことができるのじゃ」

 

 ゼルレッチの言葉に、リンはアーチャーの方を見る。

 アーチャーは無言で軽く肩をすくめた。

 

 聖杯戦争のために『座』から召喚された彼ではあるが、『座』とはリンクしていない。そのため、あのようなカードにより『座』から力を引き出していたとしても、その情報を入手することはできない。

 

「大師父、もしかしてそのカードは他に六枚存在するんですか?」

 

「それを、説明する前に少しやっておくことがある。そろそろ、この世界も歪みが取り除かれた故に、崩壊しそうじゃ」

 

 その言葉通り、不安定なこの世界に亀裂が生じつつある。

 ゼルレッチは、何気ないしぐさでトンと軽く地面に杖をつく。その一工程(シングル・アクション)で、彼の手に生み出された、黒く小さな球体。

 

「さて、では、元の世界に戻ろうか」

 

 ゼルレッチは、リンたちを置いてさっさと消え去ってしまった。

 

「(まったく、あのくそじじいは、変わりようがないですね)さぁ、リンさん私たちも外に出ましょうか」

 

「……それはいいけど、ルビー。あなた、大師父の前では、彼については何も考えないでちょうだい」

 

 カッコ付きの文章でも、思いっきり声として外にダダ漏れだから。

 

 

 

 

 

 

 元の世界では戦闘の跡は一切残っておらず、柳洞寺は深夜の静寂を変わらず保っていた。

 

「ふむ……このカードを少し解析してみたのだが、どうやら冬木の霊脈の乱れの原因がこれにあるようじゃな」

 

 戻ってきたリンたちに、ゼルレッチは説明を続ける。

 

「そして、お前たちが想像するように、コレと同種のカードがあと六枚この冬木の地に隠されておるようじゃ」

 

「アーチャー感じ取れる?」

 

 同じサーヴァントの気配を感じ取ることができ、実際鏡面界にいた『アーチャー』の気配を感知したアーチャーに確認を取るリン。

 

「リン、私のクラスを忘れたのかね。キャスターならいざ知らず、ただの弓使いにそこまでの能力を期待するのは酷というものだ」

 

「一応、確認しただけじゃない」

 

 アーチャーの皮肉に、上目遣いで彼を睨む。

 

「さて、遠坂の末裔。このカードの危険性くらいは認識できるであろう?」

 

 ゼルレッチが、話の本題に移り始めたことを二人は理解する。

 

「そうですね。英雄を実体化させるカードがあと六枚もあるなんて、危険極まりないということは理解できます」

 

 取りあえず、その事実には首肯する。

 

 『聖杯戦争』

 

 英雄を召喚して戦わせる聖杯の奪い合いに、『戦争』などという大層な名前が付けられているのは、英霊と魔術師たちの戦いによって巻き起こされる騒動が街一つを簡単に滅ぼしかねないほどの影響を持っているからだ。

 

 そんな力が、先ほどの『アーチャー』のように目の前に現れた物を攻撃するだけの存在として7つもある。

 しかも、聖杯戦争のようにルールも神秘の漏えい防止のための策もないまま。このまま放置すれば、クラスカードによる冬木の崩壊や魔術の存在が表の世界に知れ渡る可能性もある。

 それだけならば、まだマシな可能性。

 英雄の力が、手綱もなく放置されている状況に、下手をすればアラヤの守護者が反応することも考えられる。

 

「けれど、平行次元から転移させられてきた私たちには、あまり関係のない話です。世界を救うのは、やはりその世界の住人であるのが妥当でしょう。余計なおせっかいを焼く気はありませんよ」

 

 続けて、リンはこの後に続けられそうな依頼を先に断わっておく。

 

「元の世界に帰るために、コレが必要だとしてもか?」

  

 ゼルレッチは、リンの返答など予想の範囲内であったと、左の手に握っていた黒い球を見せる。それは、鏡面界から脱出する直前に彼が造っていたものに他ならない。

 

「それは?」

 

「鏡面界が崩壊するときに発生したエネルギーを回収したものじゃよ。ルビー、お前は転移のためのエネルギーはもう空になっておるであろう?」

 

「はい。その通りですよ」

 

 それが何か? とでも言いたげなルビーの返答に、リンは言葉をなくす。

 

「つまり、元の世界に帰るための魔力はないということか」

 

 そのリンに変わり、アーチャーが確認する。

 

「ええ。この10年近く(マスターをからかう為だけに)貯め込んでいた転移のための魔力はすっからかんです」

 

「ちょっと待って、ルビー。それじゃあ、あなた元の世界に帰る当てもないのに、ノリと勢いで平行次元への転移なんてやらかしたわけ?」

 

 ステッキを持つリンの手はカタカタと微かに震えている。

 

「はいです」

 

 その答えを聞くか否か。リンは人差し指をステッキの杖頭に人差し指を押し当て、零距離でガントを打ち出した。

 

「全く、乱暴なマスターですね」

 

 だが、ルビーはその攻撃をステッキの柄を器用に曲げて見事に回避する。

 

「ふふふふふ、人を無理やり平行次元に転移させたあんたがソレを言うのね」

 

 口元に浮かぶ笑みは、残酷な楽しさを発見した子供のよう。

 

「ねぇ、ルビーあなた、埋めてほしい? それとも、吊るしてほしい? そうね、焼いてみるのもありかも知れないわね」

 

 ルビーの羽の部分を人差し指と中指で摘んで持ち上げ、笑みを顔に張り付けたまま口にする内容は全て本気である。

 

「リンさん? いいんですか? そんなこと言って」

 

「どういう意味よ、ソレ」

 

「私がいないと、元の世界に帰ることができないんですよ」

 

「そんなもの、自力で何とかしてみせるわよ!」

 

「ゼルレッチ卿。その黒い塊が、平行次元を移動するエネルギーとなるわけか?」

 

 後ろで、ステッキと言いあいをしているリンを捨ておいてアーチャーはさっさと話を進め始める。

 

「そうじゃ。おそらく、7つのつまりはカード全てじゃな。そのエネルギーを集めねばならんだろう」

 

 ゼルレッチの方も、頭に血が上っているリンよりもアーチャーの方が話を進めやすいと判断し彼に説明をする。

 

「鏡面界崩壊時にしか収集できんのじゃよ」

 

「クラスカードを回収し、歪みが修正されれば鏡面界は崩壊する。ということは、実体化された英霊を倒さなければならないということか」

 

 面倒なことになったと、アーチャーは頭を抱える。

 

「そういうことじゃ。何、全てをお前たちに押し付けようという気はない。そのうち増援も送ってよこす。それまで、多少なりともカードを回収しておいてくれると助かる」

 

 被害が表の世界に出て、神秘が露見する可能性を少しでも減らすための予防策に、自分たちを当て馬にしたいという考えが見てとれる。

 だが、元の世界に戻るために、鏡面界のエネルギーを回収する必要があるという現実は変わらない。

 

「リン、その辺にしておけ」

 

 幼いの姿の小さいリンの襟首をつまみあげるようにして、アーチャーは二人の不毛な喧嘩を止める。

 

「取りあえず、増援が来るまではクラスカードの収集をしなければ、ままならんということだが、どうする?」

 

「……わかったわよ。どうせ、他に道はないんだし」

 

 かなり不本意だが、そうでもしなければ元の世界に戻ることができない。

 

「ただし、その増援と組むかどうかはこちらで判断させてもらうわ」

 

 つまり、増援がきたら彼らににクラスカードを片付けさて自分たちは鏡面界のエネルギーだけ頂くが、それでも構わないかと確認しているのだ。

 

「それで構わん。それでは、これは渡しておこうかの。ルビー」

 

 ゼルレッチが無造作に放り投げた黒い塊をルビーは吸収する。

 

「それでは、あとはよろしく頼む」

 

 言って、ゼルレッチは現れた時と同じように、魔力の痕跡すら残さず跡形もなく消えた。

 

「はぁ、まったく面倒事を押しつけられたものね」

 

「ふふ、まさしく魔法少女なバトルの予感ですね」

 

 やれやれと肩を落とす魔法少女と、その手の中でウキウキと浮かれる魔法のステッキがあった。

 

 

 

※※※

 

 

 その後、この世界のことを調べながら、ランサーのカードを入手。カードに関してはルビーでは使い道がないので、魔術協会に送りつけ、ゼルレッチに貸しを作っておくという流れを経て、現在に至っている。

 

「クラスカードはあと4枚。残るのは、キャスター、セイバー、アサシン、そしてバーサーカー……先は長いわね」

 

 リンが指折り数える。そのどれもが強豪で、第5次聖杯戦争の時のことを考えれば、一筋縄ではいかないことが予想できる。

 

「しかも、増援に来た彼らのうち、ステッキのマスターは戦闘に関して、素人とも言える小学生だしな」

 

 さすがに、今回の戦闘での振り返りを元にキャスター再戦時には作戦を立ててくるとは思うが、それでも厳しい戦いになりそうなのは否めない。

 

「まぁね。でも、イリヤが本当にアインツベルンなら戦闘で不利になった途端、隠された真の力を発揮。過程をすっ飛ばして結果だけを導き、わけもわからないうちに勝利、なんて流れもありそうよね」

 

 基は小聖杯であり、そのためだけに調整されたホムンクルス、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 彼女の魔力は大英雄ヘラクレスを狂化させてなお、制御するほどのもの。

 平行世界とはいえ、基は同じモノなのだから、この世界のイリヤにも何らかの裏技なり魔力なりが備わっていてもおかしくはない。

 

「身も蓋もない。が、ありえんと言いきれないところが、やっかいだな」

 

「でしょ」

 

 クスリと小さく笑った後、リンは表情を引き締める。

 

「それに、クラスカードに関して謎が多すぎる。製作者も製作意図も不明。本来の使用目的もわからない。一体、なんなのかしらね。宝石翁の解析でもほとんど何も分からないなんてありえないわ」

 

「深く考えても仕方あるまい。何より、私たちとは文字通り世界が違うのだから」

 

「そうですよ。魔法少女は、敵に向かってリリカルでマジカルにド派手な魔力砲をぶっ放して征けばいいんです。その方が、画面も映えますしね」

 

 アーチャーの言葉にルビーが同意するが、その方向性は一周回りきって、どこか明後日の方向へと暴走しまくっている。

 『いく』が『征く』になっているあたり、彼女の魔法少女観は、かなり間違っているといえるのだが。

 

「なんにしても、まずはキャスターとの再戦ね。もし、それで結果を出せないようなら、彼女たちに見切りをつけて、私たちで勝手に動きましょう」

 

 そんなルビーにあえて突っ込みを入れずして、リンは魔術師らしい顔つきで、はっきりと明言する。

 

「了解だ、マスター」

 

 アーチャーは、その言葉を待っていたとばかりに肯定した。

 

「お二人とも、見事なスルースキルを身につけてしまいましたね。ルビーちゃん寂しいです」

 

 そして、器用にも羽飾りでハンカチを握りしめ一人涙を流すステッキがあった。

 

 



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第9話 魔法少女は、特訓中

 

「んぅぅ、はよう……」

 

 イリヤがフラフラしながら、階段を下りてくる。結局、ベッドに入ったのが早朝とも言える時間帯。睡眠時間が僅か数時間だったため、意識の半分は夢の中だ。

 

「おはよう、イリヤ。随分と眠そうだな。夜更かしでもしたのか?」

 

 焼き上がった鮭の照り焼きをテーブルに並べる士郎。見事な和風善が、テーブルの上には完成している。

 

「あれ、お兄ちゃ………あ、あ、ああああああ!!!」

 

 士郎の顔を見た瞬間、イリヤが素っ頓狂な大声を上げて突進する。

 

「な、なんだよ、イリヤ?」

 

 意味不明な叫び声に、士郎は首をかしげる。

 

「お兄ちゃん! まさか、赤い服着て、髪の毛脱色させて、ガングロになって夜な夜な徘徊してないよね!?」

 

 士郎の腕を掴み、必死の表情で見上げ確認を取る。

 

「なんでさ?」

 

 目を丸くし、キョトンとした顔つきでイリヤを凝視している士郎。

 

「…………って、あれ? そんな似てないような……?」

 

 一瞬、赤い魔法少女リンと一緒にいたアーチャーと士郎がよく似ているような気がしたが、しっかり覚醒した頭で再認識するとあまり似ていない。

 

———アーチャーはカッコつけで、笑ってもなんだか皮肉っぽい。お兄ちゃんは少し無愛想だけど、笑うと可愛い。うん、別人、別人。

  

 アーチャーと士郎の違いを確認し、なぜか安心するイリヤ。

 

「一体なんだよ? ヘンな夢でも見たのか?」

 

 一人で混乱し、一人で納得するイリヤを不思議そうに見る士郎。

 

「うん。夢の話」

 

 にっこりとほほ笑む。

 

「そうか。ほら、早く朝ごはんを食べようか。学校に遅刻しちまう」

 

 ポンとイリヤの背中を軽く押し出し、士郎は朝食の席へと促した。

 

「うん」

 

 イリヤは席につき、士郎謹製の朝食をほおばる。

 こうして、衛宮家の朝は始まった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 学校の裏手の人気のない林の中。

 

 少し歩けば高等部の弓道場があり、そこでは士郎が在籍している弓道部が活動しているはずである。

 だがこの林は、グラウンド一つが収まるくらいの敷地があるものの、整備されていないためあまり人が来ることはない。

 

 そんな場所に、現れたのはピンク色の魔法少女。

 

「魔法少女のわりに地味だよね。林の中で特訓とか」

 

 つい先日も、ライダー戦の前に砲撃の練習をしたことを思い出す。

 さらに、ついでとばかりにルビーに騙され可愛い笑顔とポーズまで取らされたことを思いだしかけ、首を振る。あんな黒歴史は闇に葬り去るべきである。だが、イリヤは知らない。その恥ずかしいポーズの数々はルビーによってしっかりとRECされ、『お宝フォルダ』に保管されていることを。

 

「実際はそんなものです。日々の努力が実を結ぶのですよ」

 

 ルビーが至極正論を述べる。そして当然のことながら、何時なんどき何が起こってもいいように、録画の準備はバッチリのルビーである。

 

「それではまず、飛行をマスターしちゃいましょうか」

 

 そんなことはおくびにも出さず、特訓開始を提案する。

 

「ん、了解。取りあえず、素早く動けるようになればいい?」

 

 その提案に頷きつつ、質問を投げかける。

 

「それもありますが、効率的な魔力の運用が重要です。私は、無制限に魔力を供給できますが、それを発揮するマスターには制限がありますからね」

 

 ピョコンと羽飾りを立てるルビー。

 

「それって、プールの水は大量にあるけど、くみ出せるバケツの大きさは決まっているってこと?」

 

「……魔法少女らしくない、身も蓋もない表現ですが、概ねその通りです」

 

 立てた羽がヘニャリと萎れる。

 

「取りあえず、飛ぼうか」

 

 風が舞い上がり、イリヤの身体が重力から解放され舞い上がる。

 天才魔術師逹が丸一日かけてようやく成し得た神秘をイリヤはいともあっさりやり遂げる。

 しかも、彼女自身はそれがいかに凄いことかを全く理解していない。

 

「ホントに凄いですよね。あっさり、飛ぶなんて。浮くだけでも大抵の人は苦労するというのに」

 

「そんなに凄いことなのかな。魔法少女って飛ぶのが当たり前なんだし」

 

 愉快型魔術礼装を使うのに最も重要なのは強固なイメージ。

 夢と現実の境界が曖昧になりやすい世代というのを抜きにしても、イリヤは魔力を使うことに対し全く抵抗がない。

 

「あ、そうだ。これを預かってきたんだけど、使ってみてもいい?」

 

 そう言って、取り出したのは弓使いが描かれているクラスカード。イリヤ陣営が所有する唯一のカードである。その他のランサー、ライダーはルヴィアたちが所持している。

 

「『アーチャー』のカードですね。いいですよ」

 

「アーチャーって言えば、あの男の子もアーチャーって言われていたよね」

 

 高校生くらいの赤い外套を身にまとった、まるで剣のようなイメージを抱かせる少年。

 彼が魔法少女の方のリンにアーチャーと呼ばれていたことを改めて思い出す。

 

「何か関係あるのかな?」

 

「今の時点では、なんともいえませんね。それより、カードの使い方を説明します。そのカードを私に押し当てて限定展開(インクルード)と唱えてください」

 

「アーチャーと言えば、宝具は弓。一体、どんなのが出てくるのか」

 

 胸を高鳴らせ、イリヤはカードをステッキに押し当て

 

限定展開(インクルード)

 

 ルビーが一瞬だけ赤く瞬き、その姿を艶の消した黒塗りの弓へと姿を変えた。

 

「よし、それじゃぁさっそく試し打ち……アレ? 矢は?」

 

「ありませんよ」

 

 弓の姿になっているルビーが素っ気なく返答する。

 

「ええ〜〜、それじゃあ、役立たずじゃない」

 

 そう言っている間に、ルビーの姿が元に戻る。

 

「はい、時間切れです。一度、カードを使ったらしばらくの間使えなくなるので、注意してください」

 

「注意してくださいも何も、弓だけじゃ使い道がないんだけど……」

 

 ルビーの注意事項の説明に、がっくりと肩を落とす。期待していただけに、がっかり感は大きい。

 

「ねえ、今の弓、アーチャーさんの持っていた弓にそっくりじゃなかった?」

 

「さぁ? もしかしたら、彼は英霊なのかもしれないですけどね」

 

「まさか〜〜」

 

「ですよね〜〜」

 

「「……………………」」

 

 二人はあまり笑えない冗談に、乾いた笑いを上げたあと無言になる。

 

「と、とりあえず特訓しよ」

 

 自分の兄に似ているような気がした人が、英雄。そんな埒のない想像を振り払ってイリヤは飛行の練習を開始した。

 

 

 

※※※ 

 

 

 

「イリヤさん! 上空から質量を伴った物体が落下してきます。回避してください」

 

 飛行訓練をしている最中、何の前触れもなく突然ルビーが危険を知らせる。

 

「うえぇぇえええええ!?」

 

 イリヤが慌ててその場から離脱を図るのと、何かが上空から降ってきたのはほぼ同時。避けられたのはほとんど偶然のようなもの。

 

 落下地点には、小さいながらもクレーターができているところからして、かなりの衝撃が加わったことが分かる。

 

「何? 攻撃?」

 

「違うみたいですね〜〜」

 

 慌てるイリヤに、ノンビリ答えるルビー。

  

「全魔力を物理保護に変換しました。お怪我はありませんか?」

 

 クレーターの中心部から聞き覚えのある抑揚の少ない冷静な少女の声がする。

 

「なんとか……」

 

 ステッキに手をかけ、かろうじて立ち上がる青い魔法少女美遊。

 

「ミユさん……なんで空から? 特訓? 必殺技?」

 

 中空に回避していたイリヤが、疑問符だらけの顔で問いかける。

 

「空を飛ぶためだと、ルヴィア様が……」

 

「なるほど、上空から突き落としたってことですね」

 

 言いよどみながらも説明するサファイアの言葉で、大体の事情を察するルビー。

 

「…………飛んでる」

 

 イリヤが空を飛んでいる様子を見て、美遊がポツリとつぶやく。

 

「はい、見事に飛んでらっしゃいますね。……美遊さま」

 

 サファイアの促しに、美遊は小さく頷く。

 

「……その、昨日の今日で言えたことじゃないんだけど……空が飛べなくちゃ戦えないから」

 

 俯き、頬を赤らめて、少し瞳を潤ませ、美遊は先を続ける。

 

「その……教えてほしい、飛び方……」

 

「っ……かっ……」

 

 イリヤにとっては、否という答えなどありえるはずもない。

 何より、美遊が劇的に

 

———っ……可愛い

 

 普段、まるで人形のように感情の表出が少ない、知的な美少女という彼女。

 それが身の置き所がない様子で上目遣いに見つめてくるのだ。

 危うく、ヘンなスイッチが入って抱きついてしまいそうになるほど、可愛すぎた。

 

「イリヤさん? どうしたんですか?」

 

 ルビーにステッキの柄をくるりと回して問いかけられ、イリヤは我に帰る。

 

「ええっと、教えると言われても、ええっと……」

 

 自分でもどうやって飛んでいるのかよくわかってないのだ。教えてほしいと言われても、何をどう教えればいいのか戸惑う。

 

「イリヤ様は『魔法少女は飛ぶもの』とおっしゃっていました。そのイメージの元になったモノがあるのでは?」

 

「元って、……うん。……あははははははは」

  

 イリヤは乾いた笑いを浮かべた。

 

 

※※※

 

 

 イリヤの秘密を見せるため、帰路についている最中。

 

「あら、偶然ね」

 

 赤いフードパーカーに黒いスカートという出で立ちの少女が声をかけてきた。

 

「ええっと、リンさん?」

 

 イリヤの戸惑い混じりに言葉にリンが笑顔で頷き、二人に並ぶ。

 端から見れば、同級生の集まりにしか見えない。

 

「あの、アーチャーさんは?」

 

 美遊が警戒心を隠さずに問いかける。

 

「あっちよ」

 

 それを気にする風もなく、リンは新都の方に視線を向ける。

 正確に言うなら、ここからでも見える高いビルの屋上を指している。

 

「あんなところで何を?」

「正義の味方は高いところが好きなのよ」

 

 美遊の質問に、リンは本人が聞いていないのを良いことに好きなことを言う。

 

「それは、どういう意味ですか?」

 

 生真面目な美遊は、誤魔化されまいと更に質問を重ねた。

 

「言葉通りの意味よ。正義の味方は、世間の異常に敏感でないとね」

 

 ふざけた答えを返すリンに美遊は息を吐く。この質問に関してまともな答えは得られないと諦めたようだ。

 

「正義の味方なんて、お兄ちゃんみたい」

 

 イリヤはアーチャーがいるというビルを見る。どれほど目を細めてもアーチャーの姿は捉えられない。けれど、赤い外套をビル風にはためかせながら、街を見下ろす様子は容易に想像できた。

 

「それで、あなたたちは何をしているの?」

「えっと、空を飛ぶ特訓です。キャスターは空にいるから、そこに近づくために」

 

 素直にイリヤが答える。

 その対応に美遊が眉を寄せ、肘でつつく。

 

「ん?」

 

 意図が分からず、首を傾げる。

 

「この人を信用、するの?」

 

 こそりと耳打ちする美遊。

 

「しないの?」

 

 逆に不思議そうに問い返す。

 

「だって……」

 

 隠し事をしている相手を簡単に信用はできないと、さすがに本人を目の前に口にしないが、美遊の目が雄弁に語る。

 

「だって、リンさんだもん。騙すことは……するかもだけど、悪いようにはしないよ、きっと」

「……そう」

 

 それ以上を美遊は言わなかった。

 ただ、ほんの少し羨ましそうに見るだけ。

 

「あの、リンさん」

「何?」

 

 思いきって口を開いたイリヤ。その言葉を聞く姿勢を見せるリン。

 

「リンさんたちも、カードをどうにかしたいんですよね。なら、協力できないんですか」

「昨日も言ったように、私たちはカードに関しては基本的にどうなっても構わないと思っているわ。ただ、エネルギー回収に必要だから対処しているだけよ」

「それなら、」

「昨日の繰り返しになるけれど」

 

 続くイリヤの言葉を言わせないタイミングで続ける。

 

「足手まといは必要ない。それに、私たちはそちらに全く協力していないわけではないのよ」

 

 二人を指差す。

 

「あなた逹が持っているアーチャーとランサーのカード。それを回収したのは私たちよ」

 

 ランサーのカードについては魔術協会と協力はしたが、作戦の主体となったのはリン逹だ。

 

「残りのカードも私たちが取り返して、そちらに流すわ」

 

 もう戦わなくてもいい。そう言うリンへイリヤが返答するよりも早く。

 

「いいえ。回収は私がします」

 

 まっすぐに切り返す美遊。

 

「私が……します」

 

 触れれば切れそうなほどに痛々しく頑なな美遊の態度。

 

「ふうん。どうしてそこまで思い詰めているのかしら。まるで、今回の騒動はあなたのせいみたいに」

 

 探るように見つめるリン。それを真っ向から見返しつつ、口を引き結ぶ美遊。

 その両者に挟まれ、二人を交互に見るイリヤ。

 

「あ、あの。お二人は飛べるんですか?」

 

 最初に耐えきれなくなったのは、当然のごとくイリヤだった。

 強引な話題の転換を図る。

 

「私は、飛べるわよ」

 

 美遊から視線を切り、さらりと答える。

 

「さて、これ以上は特訓の邪魔になるわね」

 

 気がつけば、衛宮邸の前についていた。

 

「それじゃ、特訓がんばってね」

 

 ヒラヒラと手を振ってリンは歩き去った。

 

「……なんの用だったんだろうね」

 

 リンの後ろ姿を見送りながらイリヤは首を傾げる。

 

「たぶん、」

 私を探るため。

 

 美遊の小さな呟きが聞こえたがイリヤは追求しないことにした。

 少しお話しできるようになった美遊と、もっと仲良くなりたかったから。

 

 

※※※

 

 

 ピンク色の髪を一つに結いあげた少女は、二本のステッキを両の手に構える。

 彼女がいるのは、雲の上。逆巻く魔力が雲すら巻き上げ、残像を残しながら滑るように空を飛ぶ。

 

「ここが決戦の場よ。この空で散りなさい!!!」

 

 叫びながら、彼女はステッキを振りかざした———

 

 

 

※※※

 

 

 

「…………コレは……」

 

 ぽかんと口を開いて、美遊はテレビ画面を凝視する。

 

「恥ずかしながら、これが魔法少女のイメージの元かな〜〜?」

 

 あはははは〜〜と笑いつつ、頬をカリカリと掻くイリヤ。

 

「あ、ありえない。航空力学も、重力も、慣性の法則も、全部無視して……物理的な法則も何もない、ありえない動き…………」

 

「いや、そこはアニメなんで、深く考えない方がよいかと……」

 

 アニメをここまで真面目に捉えられてしまうと、なんだか逆に恥ずかしい。

 

「これを全部見れば、美遊様は飛べるようになるのでしょうか……」

 

「ううん。たぶん、無理」

 

 サファイアの問いに、美遊は俯き首を横に振る。

 

「飛ぶのは揚力じゃなくて浮力なのは理解できる。でも、浮力と言うのはただ浮くだけ。そこから移動するためには、別の力を加える必要がある。もしくは……」

 

 どこまでも理論で考えようとする美遊。彼女の切羽詰まった表情からかなり煮詰まっていることが読みとれた。

 

「ルビーデコピン!!!!!」

 

 ぺシンと軽い音とともに、ルビーが美遊のおでこを叩く。常の美遊ならばいざ知らず、この時の彼女は自身の考えに没頭していたため、避けられなかった。

 

「そんな、コチコチの頭では、いつまで経っても飛べませんよ。イリヤさんを見てください。理屈や工程をすっ飛ばして、結果だけイメージする。それくらい能天気で即物的な方が魔法少女に向いているんです」

 

「ね、それ、褒めてないよね、褒めてないよね?」

 

「そうですね、美遊さんにはこの言葉を送りましょう」

 

 相も変わらず、我が道を行くルビーはイリヤの突っ込みなど聞いていない。

 

「『人が空想できること全ては、起こりうる魔法事象』わたしたちの創造主である魔法使いの言葉です」

 

「ん〜〜つまり、アレでしょ。考えるな、空想しろ! って……うわ〜〜全然納得してない顔だね」

 

 ルビーとイリヤの言葉に、げっそりと疲れた顔を向ける美遊。

 

「……あまり、参考にはならなかったけど、少し考え方は分かって気がする」

 

 美遊は立ち上がり、部屋を出ていく。

 

「また、今夜」

 

 その言葉を、素っ気なく残して。

 

 

 そして深夜。

 キャスターとの再戦が始まる—————

 

 



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第10話 再戦は、空の上で

 

 濃紺の空に星が瞬く。

 半月よりも僅かに膨らみを残す月が夜空で儚げな光を白く放つ。

 いつもと変わり映えのない、夜の空の下。

 ひどくギスギスとした空気を纏う少女たちがいた。

 

「トオサカリン、探査はしたんでしょうね」

 

 両腕を組み、真向かいに立つ凛にルヴィアが問いかける。

 

「もちろんよ。キャスターは、前回と同様に準備万端、いつでもどうぞとばかりに待ち構えていたわ」

 

 凛は、ルヴィアの挑発的な問いかけに対し、逃げる気はない。だが、前回の失態があるので、棘や皮肉を織り交ぜることなく告げる。

 二人の間で、敵意という名の目に見えない火花が何度も散っている。

 

「……ええっと、これから戦う相手はキャスターなんだよね」

 

 イリヤが自信なさげに問いかける。

 

「そうよ。でも、アイツのことだからどさくさにまぎれて、何をしてくるか分からないから、注意しなさい」

 

 ルヴィア陣営に対する注意を怠るなと凛が告げる。

 

「ふ、そちらこそ。美遊、なんでしたらやられる前に、やってしまっても構わないわよ」

 

「それは、ちょっと……」

 

 さすがに、ルヴィアの無茶苦茶な指示には頷けない美遊。

 

「まぁ、冗談はこのくらいにして、今回の戦いの作戦を伝えるわ」

 

 まったくもって冗談に聞こえなかった会話を取りあえず切り上げた凛は、今回の戦いの作戦の説明を始める。

 

「複雑な作戦を立てても混乱するだけだろうから、役割を単純化するわ。接界したら、すぐにキャスターの魔法陣の上に出て。その後は、小回りのきくイリヤが陽動とかく乱を担当。突破力のある美遊は本命の攻撃担当。挟撃の形を保ちつつ、なるべくイリヤ側の弾幕を厚くして、そうしてイリヤ側に敵の意識が向いたら、ランサーのクラスカードで勝負をつけて」

 

「あの人たち、来るのかな……」

 

 イリヤは独り言のようにポツリとつぶやく。

 瞬間、空気が凍った。

 とくに、凛からは冷気のようなモノが噴きあげてきている気さえする。

 

「ふふふふふ、あいつらの目的が鏡界面の崩壊エネルギーだっていうのなら、来るでしょ。というかもう来ていて、その辺で高みの見物をしているかもしれないわね」

 

 俯いて口元だけで笑っている凛は正直、怖い。

 

「どうせ、認識阻害の結界でも張ってこちらに悟らせない程度のことはやっているだろうし、取りあえず邪魔はしてこないはずだから、放っておきなさい」

 

 凛はひどく冷ややかで口調は固い。だからこそ、余計に彼女がどれほど煮えたぎらんばかりの感情を抱いているかが伝わってくる。そうやって、冷静にと言い聞かせていなければ、爆発してもおかしくないほど導火線に火のついた爆弾を抱え込んでいるのだ。

 

「ええっと、あのアーチャーって人。もしかしたら、英霊なのかも……」

 

 イリヤは正直、そんな凛に声をかけるのは怖かったが、昼間に気がついたことを報告しておくことにした。

 

「英霊? 一体なんの根拠があるの、イリヤ?」

 

「んーと」

 

 言葉にするよりも、見せた方が早い。

 イリヤは預かっていたクラスカードを取り出し、ルビーに押し当てる。

 

限定展開(インクルード)

 

 ステッキが黒塗りの弓に変わる。

 

「これって、英霊の武器なんでしょ? アーチャーさんが持っていた弓に似てない?」

 

 『ランサー』のカードによってゲイ・ボルグという槍が現れるように、『アーチャー』のカードでも弓が現れる。それは、英霊が愛用していた宝具でもある。

 

「確かに、似ていると言われれば、そうかも知れませんわね。それで、この武器の真名は?」

 

 ルヴィアが凛に問いかける。宝具は真名を唱えることで、その威を発揮する。そして、宝具の名前がわかれば、英霊の氏素性もはっきりしてくる。

 

「…………ないわ」

 

「は?」

 

 口元に手を当て考え込んでいた凛の答えに、ルヴィアが間の抜けた声を上げる。

 

「まさか、調べていないとでも?」

 

「調べたわよ。でも、この弓にはなんの神秘も込められていない、ただ頑丈なだけの弓なのよ」

 

「弓の英霊なのに、使っていた武器が宝具でもなんでもないただの弓だなんて、ありえませんわ」

 

 苛立たしげに爪を噛むルヴィア。

 

「そうでもないわよ。アーチャーのクラスに必要なのは、武器を射出する能力だもの。もしかしたらこの『アーチャー』の英霊は、弓ではなく矢となるもの、もしくは射出する技能の方が宝具だったのかもしれないわ」

 

 それは、すでに考察していたことだったのだろう。凛は淀みなく自身の考えを述べる。

 

「アーチャーのクラスカードで得られる武器が単体では使い物にならないから、取りあえず英雄の正体は置いていたんだけど。こうなったからには調べないといけないかもしれないわね」

 

 そこで、凛は息を一つ吐き出す。

 

「イリヤ、他に何か気がついたことはある?」

 

「あ、ううん。とくには……」

 

 ふるふると首を横に振るイリヤ。

 

「そう、美遊の方は?」

 

 話を振られた美遊も、イリヤと同様に首を横に振った。

 

「それじゃ、この話はこれでお終い。接界しましょ」

 

 結局、イリヤはあのアーチャーと呼ばれていた少年が、自分の兄衛宮士郎と少しだけ似ているような気がしたことを口には出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛とルヴィアは戦い邪魔にならないように、鏡面界に入った直後から爆撃の有効圏外である冬木大橋の橋の下へと避難した。

 

「それで、あの子は空を飛べるようになったの?」

 

 凛は、今回の戦いでの一番の懸念を口にする。

 前回の戦い後、空を飛べなければ戦いにならないという結論が出たが、美遊という少女は空を飛ぶということに対し、具体的なイメージを持つのが難しそうであった。

 

「もちろんですわよ。美遊! 見せて差し上げなさい」

 

 ルヴィアの言葉に軽く頷いて見せた美遊は、地面を蹴って空へと駆け上がる。

 

「あれは飛ぶというより、跳ぶじゃない。なるほど、魔力で足場を作り、強化した脚力で蹴りあがるというわけね」

 

 凛は一目で美遊の飛行方法を看破する。

 

「ふ、結果的には空中戦ができるのですから、問題はありませんわ。それに、魔力の総合運用という点からみても非常に効率的ですのよ」

 

 ルヴィアはまるで、自分のことのように自慢する。

 

「ええ、本当に凄いわね」

 

「な!?」

 

 凛があっさりとそれを認めたことに、ルヴィアは非常に驚く。

 

「……あんた、私のことをどう思っているのよ。ルヴィアとあの子は別人だし、今回の戦いに必要な技能をきちんと身につけてきたのは、評価すべきでしょ」

 

 凛は戦いから目をそらさずに、ルヴィアに言う。少しルヴィアは悔しがっているようではあったが、凛としてはこんなことで彼女との勝負をつける気はないので、それ以上は何も言わない。

 

 戦いの方は、作戦通り進んでいた。

 イリヤが散弾を放ち、キャスターを釘づけにする。そして背後から、美遊が迫る。

 

「行ける。タイミングばっちり!」

 

「やっておしまいなさい、美遊!!!」

 

 上空にいる彼女たちには聞こえていないと知りつつ、彼女たちは拳を固めて声を上げる。

 だが、美遊がゲイ・ボルグを限定召喚する直前、キャスターの姿が掻き消えた。

 

「な!?」

 

 一体何が起こったのか、凛たちが理解するよりも早く、キャスターの姿は美遊の背後に唐突に出現し、その無防備な背中に杖を振り下ろした。防御行動を取る間もなく、美遊は地上へと墜落する。

 

「なんて奴。転移魔術を、呪文の詠唱もなしにやってのけるなんて……ほとんど魔法の領域じゃない」

 

 予想しえない事態に、凛は唇を噛む。

 

「美遊、早くそこから離脱しなさい! そこはっ!!!」

 

 そこは、キャスターが上空に展開している設置型魔法陣の有効爆撃範囲内。ルヴィアの言葉のうちにも、魔法陣は敵を探知(サーチ)しレーザーのように、その照準を美遊に合わせる。その数は10を超える。

 

「くっ! このままではっ!!」

 

 あんな数の砲撃を受ければ、間違いなく障壁ごと吹き飛ばされる。ルヴィアは、宝石を握りこみ凛が止めるのも聞かずに美遊に向かって走り出す。

 美遊が砲撃の雨にさらされる直前、彼女を掻っ攫うようにして飛び込んできたのはイリヤだった。イリヤは、美遊を抱きかかえたまま空へと昇る。

 

「か、間一髪でしたわ……わわわわわ!!!!!」

 

 設置型の魔法陣は、有効爆撃圏内に無防備に入り込んできたルヴィアに照準を合わせてきた。

 逃げ惑いつつ、なんとか橋の下まで戻ってきたルヴィアの息は上がっており、ドレスは所々が焼け焦げていたりした。

 

「それにしても、転移魔術はやっかいね」

 

 プスプスと煙を上げるルヴィアを欠片も心配せず、凛は考え込む。

 

「一度、あの子たちを戻して作戦を立て直し————!?」

 

 見上げた空の上、幼い魔法少女たちは戦闘を続行していた。しかも、初めの作戦を無視してイリヤがオフェンスを担当するように前に出て杖を振りかざしている。

 

「「んなーーーー!!!!?」」

 

 じれったいとばかりに、頭を抱えて絶叫を上げるルヴィアと凛。

 

「あの馬鹿!! せめて役割分担くらい、守れ!!」

 

 凛がイリヤを叱咤する。

 

「どっちにしても無意味ですわ! また転移で逃げられるだけなのですから!!」

 

 自分たちが戦えれば他にも手があるというのに、と地団駄を踏むルヴィア。

 下で騒ぐ彼女たちの予想通り、キャスターは攻撃の直前に転移する。

 逃げられてもイリヤは構わず誰もいない方向に向かって、極大の散弾を放った。散弾は、魔力反射平面に跳ね返り、さらに広範囲に攻撃が散る。

 

「うまい!」

 

 凛の歓声が上がる。

 ただでさえ、イリヤの散弾は範囲が広い。それが、反射平面を利用することで、空域の大半に攻撃が広がる。

 結果、攻撃は転移先のキャスターすら捕える。もちろん、これだけ広範囲に散ってしまった魔力弾では攻撃力はほぼ皆無。それでも、キャスターの動きは一時的に停止する。

 その一瞬さえあれば———

 

「やっておしまいなさい! 美遊!!!」

 

 ルヴィアが、聞こえていないことを知りつつも手を振り美遊に攻撃を命じる。

 美遊はステッキを真っすぐにキャスターに向け照準を合わせる。

 

「弾速最大!! 狙射(シュート)!!」

 

 細く穿つような砲撃。キャスターの転移は間に合わず、地面に向かって墜落していく。だが、威力よりも速さに重点を置いた攻撃では、キャスターに止めを刺し切れていない。

 咄嗟に、凛とルヴィアは宝石を取り出し、魔術回路を起動させる。

 凛が握るのは5大宝石の一つサファイア。ルヴィアが握るのは同じく5大宝石のルビー。

それぞれが、風と炎を司る。そこに秘められた魔力の全てを一気に解放。

 

「轟風弾五連!!!」

「爆炎弾七連!!!」

 

 青と赤の魔力が、一つとなる。風は炎の力を増強させ、炎の力は風に乗り更に周囲へと威力を拡大させる。それぞれが、互いの力を相乗させその威力は単体での発動の数倍。半径数メートルのも範囲を焦土へと還るほどの威力を誇る。

 魔術は、完全にキャスターを捕えた。例え、英霊であろうと無事では済まされない。

 

「やりましたわ!」

「まだよ!!!」

 

 勝利を確信し歓声を上げたルヴィア。だが、凛はまだ警戒を解かない。油断も隙も見せてはいけない。キャスターより誰より、『自分自身に』。

 だから、凛は己の魔力を空間全体に広げ、そして感知する。

 

「っ!!」

 

 居た。

 あれほどの攻撃を受けてなお、キャスターはまだ息があった。鏡面界の端にまで転移して、空に浮いている。彼女はもう、虫の息だ。自身が存在するための魔力も、まともに残っていない。そのまま放置しておいても、消える運命は変わらない。

 けれど、その中でも彼女はまだ生きているのだ。ただ、目の前の敵をせん滅する存在として。

 だから、彼女の選択は一つ。己の存在すらも魔力に変換させ、空間ごと焼き尽くし敵を殺しつくすこと。

 

 キャスターの周囲に浮かぶ、強大な魔法陣。地上から、空にまで届くほどの円周が眩いほど輝く。おそらくは、始めからそこに設置してあったのだろう。そうでなければ、いくらキャスターといえど、空間を焼き尽くすほどの魔力を即座に起動できるはずはない。起動の鍵は、自身の命。

 

「ダメ!! 美遊!!!」

 

 美遊もまた、キャスターが終わったと思っていなかったのだろう。だから、キャスターの転移に気付くと同時に、止めを刺すべくキャスターへと空を蹴る。

 けれど、下にいたからこそ凛は気づいた。美遊がどれほど速く跳べたとしても、彼女単体ではキャスターの攻撃には、ほんの僅か間に合わないと。

 

 凛の叫びは遅すぎた。例え、美遊が動くのと同時に声を上げていたとしても、彼女は走り出してしまった。もう、攻撃も脱出も間に合わない。だから、全滅————

 

「乗って!!!!!」

 

 イリヤは弾速最大にした魔力砲を打ち出す。それが、運命を捻じ曲げた一手。

 美遊はイリヤの魔力弾を足場にし、僅かに足りなかった速度を得た。手の中のステッキは、彼女の意に応え赤き呪槍へと姿を変える。

 光よりもなお早く彼女は因果すら覆す槍を手に、破滅へと導こうとする魔女へと最期の一撃を放った。

 

 

 

 

 



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第11話 馴れ合いは、お断り

 

 

「お、終わった〜〜〜」

 

 すっかり気の抜けたイリヤは、地上へとフラフラしながら降りていく。そのイリヤを迎えたのは、両目を釣り上げたルヴィアだった。

 

「美遊に向かって、魔力砲を討つとは、なんてことをしますの!!!!」

 

 イリヤのこめかみにグリグリと拳をねじりこむ。

 

「いだだだだだだ!!!!」

 

 イリヤは涙目で、ルヴィアから逃れようとする。

 

「はいはい。子供をいじめない」

 

 ルヴィアの襟首を掴んで、その行為を止める凛。

 

「こいつの相手なんてしなくていいから。よくやったわね、イリヤ。美遊を迎えに行ってあげて」

 

「あ、うん」

 

 凛に言われ、イリヤは飛び立っていった。

 

「さて、どうせ見ているんでしょ。それとも、引きずり出されたい?」

 

 体よくイリヤをその場から離したあと、凛は誰もいない中空に向かって声を上げた。

 

「引きずり出すとはまた、穏やかじゃないわね」

 

 返答は、上空から聞こえた。

 

 冬木大橋の赤い鉄骨のアーチの頂上にいる、赤い衣装の少年と少女。

 彼らは、先ほどからずっとそこにいた。

 けれど、結界を用い己の存在を認識しづらくしていた。

 凛たちが彼らへと意識を向け、彼らもまた結界を解いたことで、そこに在ると認められるものとなった。

 

 少年が少女の腰に手を添え、そこから当たり前のように飛び降りる。

 常人であれば、まず間違いなく死へのダイビングになる。

 だが、少年は全く危なげなく落下の衝撃を殺し切り、凛たちのそばへと降り立つ。

 少年の手から、少女が軽い足音を立てて地面に降りた。

 

「高みの見物とは、またご苦労なことで」

 

 ルヴィアが両腕を組みこれ以上ない冷笑を浮かべて、皮肉を口にする。馴れ合うつもりもないし、彼女がトオサカ リンであるかぎり、ルヴィアにとっては警戒すべき敵である。

 

「ええ、本当に。とてもハラハラさせられたわ」

 

 リンもまた皮肉で応酬する。ルヴィアの敵意が混じる視線も当たり前と受け止める。

 

「でしょうね。本来なら、そちらのアーチャーの一撃で片がつくところを、全部こちらに押し付けてきたんですもの」

 

 白銀の髪と浅黒い肌の少年を見る凛。彼がこんな分かりやすい誘導に引っ掛かるわけはないとわかりつつも水を向ける。

 

「そうでもないわよ。今のアーチャーでは、一撃でキャスターを倒すのは難しいもの」

 

 答えたのは、アーチャーではなくリンの方だった。しかも、凛の予想に反して情報を開示する。

 

「あら、あれほど情報を提供することを出し渋っていたというのに、ずいぶんとあっさり教えてくださること」

 

 ルヴィアが丁寧な言葉を嫌味な口調に載せる。 

 

「これからも、こんなことがあるたびに、私たちが手を出せればすぐに終わったと言われるのはごめんだわ」

 

 腰に手を当て、息を吐き出す。

 リンはあえて、相手の神経を逆なでするような動作と言葉を選ぶ。 

 

「『アーチャー』の英霊は、キャスターの英霊に勝てないってことね」 

 

 凛の挑発的な言葉に、リンは目を細めた。

 

「……ふぅん。ま、その通りよ。彼は、アーチャーの英霊。現象なんかじゃなく、きっちり召喚されている存在よ」 

 

 凛の言葉がキャスターとの勝負うんぬんではなく、アーチャーの正体を探ろうとしてのものであることをきっちりと理解したうえで、リンは明言した。 

 

「てっきり、隠すかと思ったわ」 

 

 これには、さすがに驚きを隠せなかった凛が目を丸くする。

 

「まさか。そんな無駄なことはしないわ。キャスター戦前の会話の内容も聞かせてもらっていたし」 

 

 単なる確認作業でしかないこの会話をわざわざ引き延ばすつもりはない。 

 

「それで、わざわざ私たちを呼びつけたのは何の用? 暇じゃないんだから……」 

 

 早々に本題に入ろうとするリン。だが、それ以上の言葉を続けられなかった。

 

「リン!!! 避けろ!!!」

 

 それまで黙っていたアーチャーがいきなり声を上げ、リンを突き飛ばす。

 

 他の誰一人、何が起こっているのか理解できなかった。

 だから、初動が遅れる。

 

 唯一気がついたアーチャーだけが対処することになる。

 

 凛とルヴィアたちに向かって、振り下ろされる真っ黒な刃。

 

 それを、アーチャーは投影した白と黒の夫婦剣を交差させて真っ向から受け止める。しかし本来のアーチャーならばいざ知らず、若返りによって弱体化している彼では、彼女の剣を真正面から受け止めきることなど不可能。

 

 純粋な力勝負に押し負け、アーチャーは右の肩から袈裟がけに切りつけられる。

 

 赤い血が、吹き出る。

 身体が崩れ落ちていく。

 それでもなお、アーチャーは現れた敵に戦意を向けることをやめはしない。

 左腕を上げ剣の切っ先を敵に向けるが、右腕はどうしたって上がらない。

 

「っ!! アーチャー!!!!」

 

 リンは咄嗟にステッキをアーチャーへと向ける。

 他の動作を取るべきだったのかもしれない。

 現れた敵にステッキを向けて攻撃をすれば違う未来を迎えられたのかもしれない。

 けれど、この時の彼女には他の選択肢はなかった。

 こうしなければ、アーチャーが消滅する。

 

 そんなこと、絶対にさせるわけにはいかない。

 

 リンの意志に応え、ルビーはアーチャーの周囲に魔法陣を開く。

 今のリンにできる全魔力を注ぎ込んだ魔法陣が淡く輝き、彼女の願いを叶えアーチャーがそこから消え去る。

 

 だが、全ての魔力を注ぎ込んだがゆえにリンが一瞬完全に無防備になる。

 そんな隙を見逃すほど、敵は甘くはない。

 ためらいなど欠片もなく、リンに向かって振り下ろされる漆黒の刃の軌跡。

 咄嗟にステッキを縦にするが、筋力が圧倒的に足りない。

 

「きゃああああああ!!!!」

  

 リンの小さな体はまるでゴムボールのように鏡面界の端まで吹き飛ばされる。

 衝撃に、リンの手からステッキが零れおちた。

 

「リンさん! リンさん! しっかりしてください!!!」

 

 ルビーが地面に転がりながら、リンの名を繰り返し呼ぶ。

 けれど、変身が解け地面にうつ伏せに倒れるリンはピクリとも動かない。

 ジワリと、地面に広がっていく赤い血のシミ。

 

 誰もリンを助けに行くこともできない。

 

 敵は、再び凛とルヴィアにも剣を振り下ろす。

 

 顔の半分を覆い尽くす、まるで仮面のようなバイザー。

 血の気のない白い肌と、真っ黒なドレスにはアーチャーの返り血を浴びながらも、全く意に介していない。

 黒い剣を握り、それを振りかざすのは少女の姿をした英霊セイバー。

 

 魔術師たちは手持ちの宝石で障壁を張るが、そんなものは彼女にとっては障害にもなりえず、紙に等しい。

  

 黒い聖剣が障壁ごと二人の少女を切りつける。

 護符が反応し、直撃を辛うじて避けた。だが、攻撃の余波が二人を襲う。

 

 ————

 

 そして、イリヤ達が事態に気がついた時には、3人の少女たちが血まみれで地に伏し、黒い甲冑のセイバーが、ゆるりと首を巡らせ新たな標的として魔法少女たちを認識していた。

 

 

 

 



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第12話 夜は、終わる

 真っ暗な意識に少しずつ光が戻り始める。

 それと同時に、全身を駆け巡る強烈な痛みと、内臓をミキサーで粉々にして無理やり元に位置に戻したような感覚が襲いかかる。

 

「っ……ぐぅ……がはっ、ごほっ!!」

 

 喉をせり上がる嘔気に、堪え切れず吐き出す。

 吐くという行為一つ取るだけでも、全身がバラバラになりそうなほどの痛みが襲う。

 こんな痛みを味わうくらいならば、吐きたくなどないけれど、吐き気を押しとどめることもできない。

 涙で滲む視界に入る吐瀉物は、血の塊。

 想像通り、内臓を傷つけられているらしい。

 

「———さん……ンさん……、リンさん、大丈夫ですか!?」

 

 嘔吐がようやく一段落したころ、ようやく外界の情報を脳が認識できるようになってくれた。そして、一番最初に飛び込んできたのは、その必死な呼びかけ。

 

「っ……あ、あんたか……、一体……」

 

 自分が血まみれで倒れていた所から少し離れている場所に、カレイドステッキのルビーが転がっていた。

 

「説明は、後でします。ですから、早く私を手に取ってくださいまし。そうすれば、治癒促進(regeneration)できますから!!」

 

 いつも、お気楽呑気なルビーが必死の口調で呼びかけている。

 そんな彼女の声を聞いて、リンはようやく自分が死の落とし穴に片足を突っ込んでいるんだと自覚する。

 

 とにかく立ち上がろうとして、右足に上手く力が入らないことに気がつく。左手も地面に付くだけで激痛を訴えている。

 

 仕方なく、身体を引きずって前に進む。

 ほんの2・3メートルの距離がやけに遠い。

 ようやく、ルビーを手に取った時には息も絶え絶えだった。

 

「全魔力を治癒に回します。すぐには、完全回復できませんが、多少動くことができる程度には……」

 

「そ……んなことより、ぐっ……状況を説明して」

 

 手をついて上体を起こし、少しでも得られる情報を増やそうと視点を上げながら、リンはルビーに問う。

 

「セイバーの英霊が出現しました。魔力砲も魔術もすべて無効化。遠距離にも近距離にも対応してくる、王道ど真ん中の最強の敵です」

 

「でしょうね。あの子が黒化したら、手がつけられないもの」

 

 かなり呼吸が楽になった。

 痛みも引いてきている。

 取りあえず、動くことだけはできそうだ。

 

「リンさん! まだ、動かないでください」

 

「そうも言ってられないでしょう。さっさと、続きを説明しなさい」

 

 ルビーは立ち上がり歩き始めたリンを止める。

 けれどリンは聞く耳持たず話の先を促す。

 

「イリヤさんや美遊さんでは、彼女に対抗できず凛さんとルヴィアさんにカレイドステッキを渡して選手交代。現状は……」

 

 ようやく、戦いが見える場所にまでたどり着いた。

 戦況は凛がルビーを使って、高密度で編まれた刃を造り接近戦を挑んでいる。

 その隙に、ルヴィアが魔力を貯め、空に6つの魔法陣を描く。

 

「…………それでも……」

 

 リンが苦々しい口調で吐き出す。

 セイバーが、彼女の知っている『セイバー』で。無制限の魔力を供給され、黒化しているというのなら———

 

「足りない」

 

 6回分の魔力砲。

 それだけの威力があれば、セイバーの対魔力を貫く可能性はある。

 

 けれど、それだけ。

 

 彼女を倒すには、足りない。

 

 膨れ上がる、セイバーの魔力。解放される聖剣の真名。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』その名の通り、それを放つからには勝利は約束されたモノとなる。

 

 刃は堕ちた太陽のごとく、どこまでも黒く深く極光を放つ。

 圧倒的なまでの暴力は、二人の魔術師を飲み込み、世界すら切断する。

 あれこそが、セイバーの真髄。

 どんな力すらも凌駕しつくす、強大すぎる力。

 それは、希望を断ち切り絶望だけを敵に与える。

 

「は……はははは……」

 

 リンは力なく笑う。

 あの宝具だけは撃たせてはならなかったのだ。

 宝具の魔力が過ぎ去った後には、えぐられた地面と割れた空以外何も残っていない。凛やルヴィアの生存の可能性は、半々。

 

 自分だけならば、逃げることはできる。今すぐにでも、離界すればいい。

 でも、そんなのは

 

「遠坂凛じゃない」

 

 ギチリと音が鳴るほどにステッキの柄を握りこむ。体力は半分も回復していない。それでも、立てる。戦う魔力はある。ならば、戦いようはある。

 

「な!? リンさん! ここは、逃げるべきです」

 

「逃げる? 馬鹿言わないで。鏡面界が半ば壊されたのよ。ここで逃げたら、あのセイバーが外に出るじゃない」

 

 ルビーの進言は却下。

 地面に広げる魔法陣は転移の法。

 行く先は、セイバーの背後。

 

「覚悟を決めなさい、ルビー!!」

 

 返事も待たず、リンは空間を跳ぶ。

 おそらくは、リンに可能な唯一の奇襲にして、わずかな攻撃の可能性。

 

「とった!!」

 

 セイバーの背後、首筋が無防備に見てとれる位置。セイバーは宝具を出した直後で硬直中。だから例え未来予知とすらいえる、直感を持ってしてもこの攻撃は確実に当たる。

ゆえに、リンが選択した攻撃方法は愚直にして単純。自身の防御を無視し、全魔力を攻撃に込めること。

 

「喰らいなさい!!」

 

 凛がやっていたように、魔力を研ぎ澄まして刃となし、セイバーの後頭部にむけて思い切り振り下ろす。

 それはセイバーの対魔力を貫くが、彼女の反射神経を甘く見ていた。

 

 上体を反らせてかわされ、セイバーのバイザーを弾き飛ばすだけで終わってしまった。

 仮面のようなバイザーが外れ、彼女の無機質な金色の瞳と目が合う。

 感情も何も込められていない、ただ敵を映すだけの金色の瞳に自身が映るのを見る。

 

 もしも、リンが元の年齢であれば彼女に攻撃は通ったかもしれない。

 あるいは、攻撃をかわされても、第二撃を放つことができたかもしれない。

 10年後の身体能力と魔力の放出量があれば、セイバーの回避行動など関係なくダメージを与えられていた。

 けれど、そんなものは無意味な仮定。

 

 セイバーは振り向きざま、リンの顔を横殴りにする。

 間合いが近すぎるゆえに、剣が振るえず、また宝具の解放直後であったために、その一撃はセイバーにとっては凡庸以下の威力しかない。

 

 それでもリンは未遠川の半ばあたりまで弾き飛ばされる。

 リンは空中で体勢を立て直し左手を水面につけながら魔力で形成した足場に着地。だが勢いを殺しきれずに滑り、水しぶきがあがる。

 

「ったいわね!!」

 

 水浸しになりながらもすぐさま顔を上げ、追撃に入ろうとしてリンの動きが止まった。

 セイバーと対峙している誰かがいる。

 

「アーチャー?」

 

 そんなはずはない。彼は彼女の手で、すでに離界させている。

 ならばセイバーを挟んで反対側にいる、あの赤い外套を身にまとって人物は誰なのか。あの、ねじれて膨らんでいく魔力を発しているのは誰なのか。

 

 アーチャーにしては体格は華奢で小さい。銀色の長い髪は、動きの邪魔にならないよう一つにまとめられている。外套の色や形はアーチャーと同じものだが、黒の革鎧は胸部だけを覆うものになっている。

 

 あれは————

 

「イリヤスフィール」

 

 イリヤが、アーチャーの力をその身に写し取り、自身の存在に上書きさせた擬似召喚している。

 

「まさか、あれがクラスカードの本当の使い方……」

 

 英霊の座へとアクセスし、英霊になるための召喚の儀式を圧縮させたもの。それが、クラスカード。

 

 イリヤは、そんなカードの意味も使用方法も知らず、ただ自身の圧倒的な魔力のみでクラスカードを媒介に無理やり結果だけを実現させたのだ。

 

 彼女は両の手に武器を投影し、セイバーへと迫る。その戦い方までもが、まさにアーチャーそのもの。

弓に、剣にと次々と武器を投影し中距離から、あるいは近距離からと変幻自在の攻撃を繰り出す。

 追い詰められていくセイバーが取った手は、宝具。

 

「な!?」

 

 リンの声が上がる。その声はセイバーに対してではない。

 イリヤが、セイバーの宝具を見て投影したから。

それは星が鍛えた究極の幻想。例えアーチャーがその武器を投影したとしても、本来のモノよりはどうしてもランクが下がってしまうはずのモノ。

 

 だというのに、今イリヤが構える白く輝く『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は、黒化しているセイバーのそれを完全に凌駕している。

 

 二人の宝具は同時に真名を解放する。

 ぶつかり合う宝具の絶大なエネルギーにより、地上に二つの双極の光の巨大な羽が生み出される。均衡を保ったのは僅か一瞬。

 白は黒を飲み込み、セイバーを完全に消し去った。

 

 こうして、全てが終わった。

 イリヤの英霊化は解け、セイバーはクラスカードに戻り。

 謎を残したまま、夜は終わる——————

 

 



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第13話 交渉は、等価交換で

 凛が遠坂邸に戻る頃には、空が白み始めていた。

 

「今回は、危なかった……」

 

 魔術に携わる以上、死は常に身近にあり、それがいつか自分の身にも降りかかってくるかもしれない。そんなものはとうの昔に覚悟を決めている。

 

 だが、ほんの十数分前までの戦いは、そんな自分の覚悟がいかに甘いものであったかを思い知らせてくれた。

 

 セイバーという強大な暴力。

彼女の身に宿した神秘に、押しつぶされていてもおかしくはなかった。

今回は、かろうじて生き残ったが、それもたまたま。

 

 物理防御を最大限にし、地中に難を逃れなければセイバーの宝具にのまれ、跡形もなく消え去っていたかもしれない。

 

「それにしても……」

 

 遠坂邸の玄関のドアノブに手をかけながら、考え込む。

 状況からすると、セイバーを倒したのは美遊だろう。イリヤのステッキであるルビーは、戦闘で負傷した凛やルヴィアの保護をしていたし、リンは否定していた。

となると、セイバーと対峙できたのは、手元にサファイアが戻っていた美遊だけ。

 

 だが、美遊は最後までどうやってセイバーを倒したのかを明かさなかった。それが、非常に気になる。

 そんな考え事をしながらも、凛が遠坂邸の結界を解除する手並みには淀みがない。

 カチリと小さく脳裏に音が響く。結界は問題なく解除され、屋敷は主を迎え入れる。

 

 『ただいま』などとは言わない。

 両親とはすでに死別しており、家族は誰もいない。ガランとした冷たい空気が、凛を迎え入れる。

 だが、その空気がいつもとほんの少し違う。何がどう違うのかは、わからない。ただ、凛の直感が『違う』ことを伝えてくる。

 

「—————」

 

 全身に緊張が走る。

 ここは、魔術師の工房にして遠坂の本拠地。他人が侵入すれば、ありとあらゆる罠が襲いかかる。だが、結界には異常はなかった。罠にも動作した痕跡はない。

 だから、侵入者は考えられない。

 

 けれど、違和感は確かにある。この原因をはっきりさせるまでは、警戒を解くことはできない。魔術回路の回転数を軽く上げ魔術を発動できる状態にして、屋敷の中を進む。

 

 一番入ってほしくないのは研究の工房があり、魔術の秘跡が山と積まれている地下。

 そこへ行くためには、まず居間に入らなければならない。

 ドアノブに右手をかける。左手の人差し指を立て、ガントをいつでも放てる状態にする。

 呼吸を整え、ためらいなく凛はドアを開いて……言葉を失った。

 

 居間の中央のソファーに、赤い外套を纏った少年がまるで部屋の主のように堂々と腰をおろしていたのだから。

 

「リン、サーヴァントを戦場から遠ざけるとは何を考えている」

 

 少年は首をめぐらせ、凛を灰白色の瞳で捕える。静かな口調だが、そこには怒りが滲んでいた。だが凛を見た瞬間、少年から怒りが消えた。ふぅと小さく息を吐き出す。

 

「すまん。気配が同じだから、間違えてしまった」

 

 そう言って、力を抜き瞑想するように目を閉じる。

 ひどく疲れている少年の様子に、凛は彼が自分を庇って怪我を負ったことを思い出す。だが、それと魔術師の工房に入り込んだこととは別物だ。

 

「あなた。わかっているの? ここは魔術師の本拠地よ」

 

 両手を腰に当て、相手を挑むように睨む。

 

「そうだな」

 

 けれど少年はそんなもの全く意に介さず、相も変わらず目を閉じたまま王様のようにふんぞり返っていた。

 その態度に腹が立った凛は、足音を立て少年の真正面に立つ。

 

「人様の家に無断で入り込んでおいて、その態度は何よ?」

 

 長かった夜の疲れや苛立ちもあり、凛の怒りの沸点は非常に下がっている。これで、まともな回答が得られなければ、あっさりと爆発するのは間違いない。

 

「それは、こちらとしてもどうしようもない状況でね。この屋敷に侵入する結果となったことに私の意志は介入していない。リン……ああ、私のマスターのことだが、彼女がここに無理やり転移してくれたのだよ」

 

 やれやれと肩をすくめる。

 

「な!? なんでよ!」

 

「ここが、冬木でも有数の霊脈だからだろう」

 

 確かに彼の回復を望むのならば、遠坂の霊脈は最適だ。

 

「でも、私の意志一つでこの部屋に設置されている罠が全てあなたに向かうのよ!? なのに、なんであなたはそんなにも無防備なのよ!!」

 

 凛にとって、そこが一番納得がいかないのだ。少年は、さも当然のようにここにいる。凛が戻ってきても、逃げるそぶりの一つも見せない。

 

 リンの言葉に、少年はゆっくりと目を開く。色素の薄い瞳が真っすぐに凛を見つめる。

 

「遠坂凛は、そんなことをしない」

 

 たった一言、少年が口にする。

 

「っ……そ、そんなの……彼女は、そうかもしれないけど、私がそうだとは限らないでしょう!!」 

 

 反論する凛を、アーチャーは無言のまま目をそらさずに見つめる。戦闘時は近寄りがたい敵を射抜く鷹のような鋭い瞳をしていたというのに、今の彼のソレにはどこか懐かしさを含んだような柔らかい光を宿している。

 

 そんな彼の視線を受けて、凛は顔が赤くなっていくのを自覚する。けれど、彼から目を反らすこともできず、ここまで動揺する自分に理由が見いだせないまま、頭が真っ白になってしまった。

 

「アーチャー……あなたってホントに……」

 

 その凛の背後から、多分に呆れが混じった女の子の声がした。

 

「リン、戻ったか」

 

 アーチャーはあっさりと凛から視線を外す。凛も釣られて、自分の後ろを振り返った。そこにいたのは、10歳前後の幼い自分。

 

「悪かったわね。アーチャーの悪ふざけに突き合わせちゃって」

 

 軽い調子で謝罪するリン。

 

「む。別に、悪ふざけというわけではないのだが」

 

「うっさい。アレが、本気だというのならなお悪い」

 

 どう見ても女の子を口説き落としているようにしか見えなかった。

 

「いやいや、少々からかってみたまでだ」

 

 そんなリンの様子にアーチャーは喉を鳴らして笑う。

 

「それを、悪ふざけというのよ!!」

 

 小さなリンが起こる様子は、まるで毛を逆立てた子猫のようだった。

 

「だが、ウソをついたつもりはない」

 

 笑いを納めたアーチャーの真剣な表情を認めたとたん、リンは言葉に詰まり先ほどまでの凛と同じくらい顔を赤くする。

 

「…………なんでしょうね、このお熱い空気。バカップルどもめ!! という感想を抱かざるをえません」

 

 リンの手の中のステッキが、冷静に率直な感想を述べる。

 

「うるさい、ルビー。アーチャー、状況の方はどう?」

 

 ルビーの突っ込みで、自分を取り戻したリンが凛の横を通り過ぎアーチャーへと歩み寄る。

 

「ふむ。取りあえず、現界には支障はない。が、戦闘はしばらく難しいな」

 

 アーチャーの答えを聞きながら、リンはアーチャーの手を取って額に当て目を閉じる。

 

「かなりまずい状態じゃない。地下の方が霊脈の恩恵を受けられるんだし、そっちに行ってたらよかったのに」

 

 予想以上に深刻な状況にリンの唇からため息が零れた。

 

「ちょっと、待ちなさいよ。黙って聞いていたら、ここをまるで自分の家みたいに! だいたい、なんであなたまで勝手に入ってこれるのよ!!」

 

 凛がリンに向かって強い口調で攻める。

 

「なんでって、この家が『遠坂凛』を拒むわけがないでしょ」

 

 振り返りざま、キョトンとした顔で答えるリン。

 

「……それは、そうだけど……でも、無断で霊脈を使うのは、魔術師としての常識から外れているんじゃないのかしら?」

 

 言い負かされまいと、凛は更に言いつのる。

 

「緊急的措置よ。本来なら、私だってここに来るつもりはなかった。けれど、あのまま放置していたらアーチャーが消えていたんだもの」

 

 それとも、とリンは小さく笑みを浮かべて先を続ける。

 

「命の恩人であるアーチャーを追い出すつもり?」

 

 幼い姿をしていても、彼女は確かに『あかいあくま』に違いはない。そして、彼女は相手が例え自分であっても容赦しない。

 

「そうね。わかった。滞在を許可するわ。ただし、条件付きよ」

 

 凛は仕方なしに折れるが、それでも抑えるべき場所についてはきっちりと抑えてくる。

 

「……条件?」

 

 リンが、微かに渋い顔をする。

 

「そ。情報の開示と、クラスカード収集の協力。等価交換としては、妥当なところだと思わない?」

 

 予想通りの条件に、リンの言葉が詰まる。

 

「そうだな。それで構わない」

 

「アーチャー!」

 

 返答を迷うリンよりも早く、アーチャーが返答してしまう。

 

「この件については、こちらが折れるべきだ。それに、キミらも疲れている。一度話を切り上げ、休むべきだと提案する」

 

 凛とアーチャーからの至極まっとうな言い分。

 

「わかったわよ。でも、事情を説明するのは、明日にしましょう。今日は疲れたから、寝るわ。適当な部屋を借りるわね」

 

 言い負かされる形になってしまったリンは、それだけ言い置いて部屋を出て行きながら内心ため息を吐き出す。

情報の開示をするということは、この次元に転移するために至った原因が自身の『うっかり』にあったと説明しなければならない。できるだけ、その部分を誤魔化して説明するために寝るまで頭を悩ませなければならなさそうだった。

 



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第14話 モーニングティは、ローズマリー

 

 凛が起きた時、時間はすでに昼を回っていた。

 

「…眠い……」

 

 だが、さすがに寝てばかりもいられない。

 もぞもぞとベットから這い出すようにして、起きる。

 さすがに、夜中の疲れは取りきれていないため、身体が鈍いし頭も上手く働いていない。

あくびを噛み殺しながら、服に着替え、眠い目をこすって一階に下りる。

 

 ————牛乳でも飲んで、少し目を覚まそう。

 

 それだけを考えつつ、居間のドアを開く。

 部屋に入った途端、フワリと温かい香りが凛を迎え入れる。

 

「ああ、凛。ようやく起きたか。随分とだらしがないんだな。もう少し遅かったら、起しに行こうかと思っていたところだ」

 

 そんなことを言いつつ、ティカップが差し出された。

 

「ありがとう」

 

 寝ぼけた頭のまま、温かいハーブティが入ったカップを反射的に受け取り口をつける。

銘柄は『ローズマリー』

花の香りとすっきりとした味わいにほぅと小さく息をつく。

 

「……おいしい……」

 

 モーニングティには最適とされている茶葉で、ここまで丁寧に葉のうま味を引き出されると『おいしい』以外に表現がなくなってしまう。

 

「……って。アレ?」

 

 これは、誰が淹れてくれたのだろうか?

 ティカップから顔を上げる。

 

「………、は?」

 

 まだ、夢でも見ているのだろうか?

 ありえない現実が、目の前に提示されている。

 

 紅茶を差し出した人物は、赤い外套に白い髪、灰白色の瞳の少年だ。けた外れの魔力を帯びた者が、茶坊主よろしくお茶を淹れてくれている。

 

「な、なななななな」

 

 動揺のあまり、まともに言葉が綴れない。

 

「なんか、自分の寝ぼけ具合をこうやって傍から見せられると恥ずかしいわね」

 

 アーチャーの後ろにあるソファーに座って、優雅に紅茶を飲みながらのたまう、小学生くらいの自分。

 

 ようやく寝ぼけていた頭が再起動し始める。早朝、彼女たちに屋敷に入り込まれなし崩し的に滞在を許可したのだ。

 

「なんで、あんたら、そんなにリラックスしているのよ……」

 

「勝手知ったる、なんとやら。ついでだから、掃除もしておいたし」

 

「リン、掃除をしたのは私なのだが?」

 

「ええ。頑張ったわね、アーチャー」

 

 機嫌良く笑うリンに、疲れたとばかりに息を吐くアーチャー。

 これでは誰がこの家の主なのか分かったものではない。

 

「勝手なことをしないでちょうだい。茶坊主が欲しいわけじゃないし、貴方達も頼みもしないことをする必要なんてないわよ」

 

 主導権を取り戻すべく凛がそう言うと、アーチャーは愉しげに笑いリンの方をちらりと横目で見る。見られているリンは、バツが悪そうに顔をしかめた。

 

「何よ」

 

 二人の反応の意味が分からず、凛が首をかしげる。

 

「いや。彼女に召喚された時のことを思い出してね」

 

 喉を鳴らして皮肉げな笑みを見せるアーチャー。

 

「アーチャー」

 

 リンはがちゃんと音を立てて、ティカップをテーブルに置く。それで、この会話はお終いということだろう。

 

「向こうもそろそろ体調が回復する頃だろうし、様子を見てくるわ。アーチャーはお留守番よろしくね」

 

 テーブルの上で優雅にお茶を啜っているルビーを有無を言わさずに取り、リンは立ち上がった。

 

  

 

※※※ 

 

「彼女、どこへ行ったの?」

 

 去って行ったリンの行き先を残ったアーチャーに尋ねる。

 

「イリヤスフィールのところだ」

 

 アーチャーはテーブルの上のティセットを片付けながら答える。

 

「なんで?」

 

「…………凛、キミはまだ寝ぼけているのか?」

 

 凛の素朴な疑問に、アーチャーは手を止める。

 

「カレイドステッキの補助もなく、彼女はセイバーを倒したのだ。確認すべきことは多々あるだろう」

 

「……………………え?」

 

————セイバーをイリヤが倒した?

 彼は、間違いなくそう言っている。しかも、カレイドステッキなしで。

 

「一体、どうやって?」

 

「だから、それを調べるために……まさか、知らなかったのか?」

 

 アーチャーは「しまった」という顔をして、目をそむける。

 

「アーチャー?」

 

「なにかね? 凛」

 

 アーチャーは動揺を押さえて凛に向き合うが時すでに遅し。

 

「話して、くれるわよね?」

 

 鮮やかすぎる笑顔を向けてくる凛に対し、アーチャーには否と言う答えは残されてはいなかった。

 

 

 

※※※ 

 

 

「イリヤ、お見舞いに、」

 

 言葉を途中で切り、リンはパタンと部屋のドアを閉めた。

 

「……今のは何?」

 

「決まってるじゃないですか。メイドさんとのそういうプレイですよ」

 

 懐の内側から、ぴょこんと出てきたルビーが断言。

 メイド服を着た美遊とイリヤがじゃれあっていた。それだけならば、納得はできないが許せる。だが、そのイリヤの着衣がパンツ一枚のみとなれば、意味はかなり変わってくる。

 

「さすが、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。平行世界でも侮れないわ」

 

「ああっ!! 違う。違うんです」

「なんか、ものすごい勘違いされてる! しかもなぜか、感心されてる!」

「向こうの世界のリンさんも、面白い人ですね〜」

 

 ドアの隙間からのぞく少女たちをあえて思考から追い出して、リンはここからお暇する術を真剣に検討し始めていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 色々と取り乱したりもしたが、なんとか落ち着きを取り戻した魔法少女3人組。

 だが、イリヤと美遊は突然の訪問者であるリンをじっと無言で見ている。

 

「あら、もしかして、警戒されてる?」

 

「一体、何の用で来たんですか?」

 

 美游からしてみれば、リンは正体の知れない相手である。警戒しない方がおかしい。

 

「イリヤが風邪を引いたって聞いたからお見舞い。と言っても、それだけ元気ならお見舞いもいらなかったかもしれないわね。もう、身体の方はなんともないの?」

 

「あ、はい。もともと風邪でもなんでもないんだし。身体はぜんぜん元気です」

 

 リンの真剣な様子に気がつき、イリヤは正直に答える。

 

「そう。ホントに何ともないみたいね。……も感じられないし」

 

「え?」

 

 リンの小さなつぶやきを聞き逃したイリヤが首をかしげるが、「なんでもない」と笑顔で返されてしまった。

 

「美遊も……その……お見舞い?」

 

 リンの言葉には、『なんでメイドさんでお見舞いなの?』という意味合いが含まれている。

 

「はい。イリヤの……あ、でもこの服は……ルヴィアさんに無理やり着せられて……」

 

 顔を赤らめて、涙ぐんだ目で上目づかいをするメイド姿の美少女。

 

「これは……イリヤにヘンなスイッチ入るのわかるわ……」

 

 普段は冷淡な対応をする女の子が、恥ずかしさに悶えている姿は、なかなかにそそられるモノがあるかもしれない。

 

現に、ベッドの上に腰をおろしているイリヤが、やたらキラキラした眼差しで隣の美遊を見ている。リンがここに来る前にもひと騒動があったらしく、かろうじてイリヤは行動に出るのを押さえていた。

 

「それにしても、ルヴィアの奴……小さい子にメイド服を着せて、あんなことやこんなことをさせてるんじゃないでしょうね」

 

「あ、いえ、大丈夫です。他に行くところがなかった私を、ルヴィアさんが拾ってくれて。生活の保護をしてもらう代わりに、メイドやカードの回収の手伝いをしているんです」

 

 リンのルヴィアに対する勘違いに気付いた美遊が、慌てて自分の置かれている立場を説明する。

 

「そう。でも、ヘンなことをされたら言いなさいよ。きっちりアイツに言い聞かせてやるから」

 

「そちらの世界でも、お二人は仲が悪いんですか?」

 

「逆に、あいつと私が仲よくしている世界なんてあると思う?」

 

 問い返され、美遊は言葉を詰まらせる。

 

「でも、貴方達は仲がいいわね」

 

 リンがイリヤと美遊に目を細める。

 

「うん。友達だから」

 

 大きく頷くイリヤと、頬を染めて小さく首肯する美遊。

 

「ところでリンさんはなんでこの世界に来たんですか?」

 

 リンと話すことに慣れてきたイリヤは、ずっと不思議に思っていた素朴な疑問を口にする。

 

「……ルビーとか、悪ふざけとか、うっかりとか、ノリと勢いとか、その辺の単語で察していただけると助かるんだけど」

 

 なんとなく、どういういきさつがあったのか、察しがついた二人はこの件についてこれ以上突っ込まないことを決めた。

 

「そういえば、ルビーたちは?」

 

 ルビーの名前が出てきて、美遊はあの傍迷惑なステッキが近くにいないことに気がつく。

 

「ああ。あいつらなら、あっちよ。向こうは向こうで、結構楽しそうに…………」

 

「…………楽しそうっていうか……」

 

 外のベランダでサファイアとルビーたちが何やらコードでつながっている。

それは、いい。あのカレイドステッキ達は、無線モードだのテレビ電話だの、無駄に多機能だから今さらどんな機能がついていようが、驚きはしない。

だが、コードでつながっているルビーたちが身悶えているのはなんなのか。

 

「「「……………………」」」

 

 3人は言葉もなく、やたらと楽しそうなルビーと冷たい反応を返すサファイアを生温かい視線で見守ってしまう。

 

 どうやら、彼女たちのお楽しみは終了したらしい。

 3人の視線に気がつき、二本のルビーが全く同じ動作でフリフリと愛想よく羽飾りを振っている。

 ガラスの向こうで何を言っているのか聞こえないが、どうせたいしたことではないだろう。

 

「なんか、あんなステッキに振り回されている私って、かなり切ないかも……」

 

 振り回されてきた過去を思い返し、涙を流す二人の少女の姿と、なんと声をかけていいか分からず戸惑うメイドさんがいたりした。

 

 

 



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第15話 鳥は、一羽空を行く

「リンさんってば、ちゃんとそちらの皆さんの気を引いてくれてなきゃダメじゃないですか」

 

 フリフリと羽を振りつつ、自身のマスターに苦言を呈する。もっとも、部屋の中にまで声は届いていないのだが。

 

「それで、お二人の意見をお伺いしたいのですが」

 

 サファイアはそれまであれほど熱の入った反応を返してきていた姉たちに対し、冷淡に問いかける。

 

「ん〜〜まずは、驚きですね。イリヤさん、ほぼ完全に英霊と同化しているようです。おそらくはこれが本来のカードの使い方なんでしょうね。まぁ、イリヤさん本人はこの時のことを全く覚えてないんですけどね」

 

 サファイアとの記憶同期(シンクロ)で見せてもらったセイバーとイリヤの戦闘について意見を述べるルビー。

 

「アレが、カードの正しい使い方であるという点については、私やリンさんも同意見です。残念ながらアーチャーさんは座とリンクしていないので、そちらからの情報は得られませんでしたけど」

 

 別世界のルビーの方は、イリヤがカードを使用した時は戦闘の真っ最中であったため、詳しい状況が分からなかった。だから、そばで見ていたサファイアから情報を収集し、仮定をより正確なモノにするために来たのだ。

 

「でも、協会ですら解析できなかったカードの使い方を、イリヤ様がどうやって……」

 

「もしかして、手順をすっとばして結果だけを導いたとか?」

 

「それは、イリヤ様の能力なんでしょうか?」

 

「この家に魔術師はいないみたいだし、イリヤさんはずっと普通の子として育てられてきたはず。だから、一種の先天的な才能なのかもしれません」

 

「まぁ、アインツベルンですからね。そういうのもありじゃないですか?」

 

 彼女たちの話を聞いていたルビーがうんうんと羽を組んで頷く。

 

「は?」「え?」

 

 別世界のルビーの方を向いて、疑問符を浮かべるステッキ二つ。

 

「イリヤさんはアインツベルンの家の子ですからね。魔力や異能の一つや二つあっても不思議じゃないでしょう。今日、ここにリンさんが来たのも、その辺を探るためですし」

 

 説明するが、2本は全くと言っていいほど反応を返せない。

 

「あれ? もしかして、気がついてなかったとか?」

 

 ポリポリと羽で、てっぺんの部分を掻くルビー。

 

「気がつくもなにも、アインツベルンであれば何か問題があるんでしょうか?」

 

サファイアが首を傾げるように羽を振る。

 

「んん? どうやら認識の齟齬があるようですね。アインツベルンは、千年続く古い魔術の家系ですよ」

 

 向こうの世界のルビーの言葉に、こちらの世界のステッキたちは顔を見合わせるような動きを取る。

 

「まぁ、こんなごく普通の家庭に魔術の大家のアインツベルンがいるなんて、誰も思いもしないでしょうし。その上で確認しますけど、本当にイリヤさんは普通なんですか?」

 

「ええ。普通ですよ。魔術の『ま』の字も知らない普通の子です。今回の一件まで魔力を発現したこともないようです。ご両親にはまだ合ったことはないですけど、特に異常を感知したことはないですしね」

 

 羽を器用に組んで、これまでの自分のマスターのことを思い出しつつ答える。

 

「そうですか。つまりは、彼女は何かしら隠された力がある、と…………」

 

 ふつふつと込み上げてくるモノに、ルビーたちは耐えきれなくなり含み笑いをし始める。

 

「「なんて、魔法少女らしい展開なんでしょう!!」」

 

 二本のルビーが完全に同期して、クルクルと空を舞う。見つけたおもちゃが思っていた以上に高スペックであったことに、感激している。

 

「とりあえずは、ルヴィア様たちにはそのことは秘密にしておいた方がよいかと」

 

 そんな姉たちのハイテンションに構わずサファイアが静かに提案する。

 

「あ〜〜その件なんですけど……」

 

 ルビーがピタリと止まる。

 

「なんとなく、凛さんにはバレてる気がするんですよね」

 

 あはははは〜〜と呑気に笑うルビーだった。

 

 

 

※※※ 

 

  

 

「その、アインツベルンというのは聞いたことがないけれど、魔術師なんてありえないわ」

 

 アーチャーから説明を聞き、凛が首を振る。

 

「だって、あの子からは魔力の欠片も感じられなかったし、あの家にだって結界の一つも張られていないのよ」

 

 だから、イリヤは魔術とは関係のない一般人だとずっと思っていた。それが、魔術の大家アインツベルンだというのだ。すぐには信じられるはずもない。

 

「私たちの世界では、彼女は聖杯戦争のマスターとしてバーサーカーをサーヴァントにしていた。さらには、彼女の心臓こそが小聖杯だ」

 

「な!? それじゃ、そっちの世界じゃ彼女はホムンクルスってこと?」

 

 アーチャーの僅かな説明からイリヤがホムンクルスであることを推察する。

 

「ああ。だから、リンは彼女を調べるために行ったのだ」

 

 アーチャーから聖杯戦争も含めて説明を受けたが、凛は頭の整理が追いつかない。

 

 願いを叶える万能の釜、聖杯を奪い合う聖杯戦争。7人の魔術師と召喚された7人の英雄とで争い合い、最後の一組に与えられる奇跡。その奇跡を降ろすためだけに調整されたホムンクルス。

 

 アーチャー達の世界のことについて、得られた情報。平行世界の別人とはいえ、基は同一人物である。ならば、この世界のイリヤは……

 

「だが、セイバーを打倒するほどの魔力を保有していながら、それまで誰にも気づかれなかった。つまりそれは、精緻にして堅牢な封印が施されていたからだと予測できる」

 

 煮詰まっている凛にアーチャーは更に言葉を続ける。

 

「……つまりは、その辺も含めて彼女は確認しに行ったということね」

 

「そういうことだ」

 

 凛の出した答えに、アーチャーの口元に思わず笑みがこぼれる。それは、昨夜リンが出したのと同じ結論だからだ。

 

「あとは、リンが戻ってきたら聞いてみるといい。他に質問は?」

 

「あなたの真名は?」

 

 即座に、質問する凛。

 

「それに、答えると思うか?」

 

 意地の悪い笑みで返すアーチャー。

 

「あ、やっぱり」

 

 凛も答えてもらえるとは思っていない。ただ……

 

「どっかで見たことがあるっていうか……誰かに似てる気がするのよね」

 

 口元に手を当て、眉間にしわを寄せて考え込んではみるが、答えは出てきそうもなかった。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「イリヤ。大丈夫か?」

 

 ノックの後、イリヤの自室に入ってきたのは赤毛の少年だった。

 

「友達が来ていたのか」

 

 士郎は部屋の中にイリヤ以外に二人の少女がいることに気づく。

 

「お見舞いに来てくれて、ありがとう」

 

 少年がまるで自分のことのように話す、その優しくて、どこか孤独な声音。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 美遊はただただ、茫然と士郎を見上げ震える声で呟く。そこには、驚きや戸惑いといった複雑な表情が見え隠れする。

 

「えっと……イリヤの兄ですけど?」

 

 士郎が答えるが、美優は反応を返さない。返すことができない。

 

「初めて見るけど、キミは? イリヤの友達?」

 

 美遊の反応に戸惑いながら、士郎は言葉を続ける。その言葉に、美遊から表情が一切消え去った。

 

「はい……イリヤのクラスメイトの美遊といいます」

 

 立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。 

 

「はじめまして、俺は衛宮士郎。苗字は違うけど、イリヤの兄だよ」

 

 ようやく言葉を返してくれたことに安堵した士郎は、柔らかい笑みを見せる。

 

「その……失礼しました。わたしの兄に似ていたもので」

 

 美遊は白くなるほど、自身の手を固く握り締める。

 

「そっか。君にもお兄さんが……」

 

 士郎の言葉のうちに、美遊は彼に倒れるようにして寄りかかり、服を掴む。本当に一瞬だけ、離したくないと願うように。けれど、掴んだ手はあっさりと美遊から離される。

 

「失礼します」

 

 再び頭を下げ、美優はイリヤの部屋から出て行ってしまった。

 

「……えっと……?」

 

 戸惑う士郎に、なぜか無性にむかつき腹部にひじ打ちを入れてみるイリヤ。

 

「クスクスクス、仲がいい御兄妹ですね」

 

 彼らの微笑ましい様子に思わずリンの口元に笑みがこぼれる。

 

「ごめん。ええっと、キミは?」

 

「はじめまして衛宮くん」

 

 リンは優雅にお辞儀する。

 

「あ、もしかして遠坂の妹かな?」

 

「………姉をご存じなんですか?」

 

 姉という言葉が出てくるまで、微妙な間があったりするのだが、当然のごとく士郎は気がつかずに話を続ける。

 

「ああ。同じ学校だからね。クラスは違うけど、彼女たちは目立つから。学校でも結構人気あるみたいだよ」

 

 それを素で言った途端、再びなんとなくという理由からイリヤにひじ打ちを受ける士郎。

 

「こっちの世界でも、士郎は士郎というわけね……」

 

リンは能天気な士郎の様子に深く息を吐き出した。

 

「ん?」

 

 リンの独り言に士郎が首をかしげる。

 

「なんでもありません。私もそろそろ帰りますね」

 

 立ち上がり、猫を被った笑顔を見せるリン。

 

「あ、送るよ」

 

 半ば反射的に申し出る士郎。

 

「いえ、一人で…………いえ、そうですね。

やはり、お願いしてもかまいませんか?」

 

 首を横に振りかけたリンだったが、考え直し彼の申し出を受けることにした。

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「そうですか。ご両親は健在なんですね」

 

「ああ。二人とも海外で頑張っているんだってさ」

 

 二人は遠坂邸に向かって手をつないで歩きながら、そんな会話をする。

 

「俺は縁があって親父に拾われたし、本当の家族の顔も覚えちゃいないけど、今の家族は大切にしなくちゃいけないと思っている」

 

 リンの手を握る少年の手に僅かに力がこもる。

 

「親父みたいになるのが、俺の夢だから」

 

「夢?」

 

「そう。正義の味方になるのが、俺の夢だ」

 

 迷いもなくはっきりと告げる、その少年の瞳は。ひどく孤独で優しい決意の色を宿している。

 

「…………そっか。士郎が士郎なのは、変わらないのね」

 

 リンがほんの少し悲しそうに、でも眩しそうにそんな士郎を見上げる。

 

「つまんないだろ、こんな話。悪かったな。一人で勝手にしゃべっちゃって」

 

 謝る士郎へリンが首を横に振る。

 

「そんなこと、ないわ」

 

 そこで、一端会話が途切れる。茜色に染まる空の遠くを一羽の鳥が弧を描いて飛んでいく。少年と少女が何も言わず、その鳥を見上げながら歩を進める。

 穏やかな空気の中、それ以上の会話もなく坂の上に遠坂邸が見える交差点に辿り着いた。

 

「いつみても遠坂の家はでかいな」

 

 士郎が、遠坂邸を見上げる。

 

「ここまででいいです。どうもありがとう」

 

 リンは送ってくれた士郎に感謝の言葉を述べる。

 

「……衛宮くん?」

 

 だが、彼は心ここに在らず取った様子で遠坂邸の方を見ていた。

 

「あ、いや……誰かに見られているような気がしたんだけど、気のせいだったみたいだ」

 

 リンに名を呼ばれ、士郎は小さく首を振って答える。

 

「それじゃ、遠坂によろしく言っておいてくれ」

 

 それで、二人は別れる。

 士郎が交差点の向こうに行ったことを見届け、リンは士郎が見ていた場所を見上げる。

 

「アーチャー……」

 

 呟く名前には複雑な響きが込められてた。

 



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第16話 今は、君のサーヴァントで

「ただいま」

 

 扉を開けたリンの前に、仁王立ちになっている凛がいた。

 

「……お帰りなさい」

 

 向けられる満面の笑顔。

 

だが、リンは彼女が『凛』であるからこそ理解できる。その笑顔は僅かな刺激でも与えれば、爆発する可能性が高いダイナマイトであることを。

 

「……色々と聞かせてもらったわ」

 

 凛のその言葉に、小さく舌打ちをするリン。

 

「色々が、どこまでを指しているのか確認しなければならないところだけれど、その様子だと、昨日の戦いの真相あたりまでは聞いているみたいね」

 

「ええ。なぜ、隠すような真似をしたのか、ぜひ伺いたいものね」

 

「あら、私は聞かれた質問に答えただけよ」

 

 セイバーとの戦闘後、アレを倒したのはあなたか? と問われリンは違うと答えた。それだけだ。

 

「そうね。私の聞き方が間違っていたのよね。なら、改めて聞くわ。あの時、一体何が起こったの?」

 

 ウソや誤魔化しなど一切通用しないし、させないわよと凛が無言の圧力をかけてくる。

 

「そのあたりは、アーチャーにも同席してもらって説明するわ。だから、こんな玄関先なんかじゃなく、居間でゆっくり腰を落ち着けない?」

 

 アーチャーにはイリヤが英霊の力を自身に降ろして、セイバーと戦い打倒したとしか伝えていない。だからこれからの話には彼にも同席してもらう必要があった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

ソファーに座って向かい合う凛とリン。リンの後ろで二人に背を向け、ソファーに寄りかかるようにして立ち、腕を組んで目を閉じているアーチャー。そして、リンの肩の上で携帯バージョンになって寛ぐルビー。それが、この会合の参加メンバーだ。

 

「回りくどいのは好きじゃないでしょ? だから、はっきり言うけどイリヤスフィールがアーチャーを降ろしてセイバーを倒したということしか、昨日の時点ではわからなかった。そんな曖昧な情報であなたを振り回したくなかったから、話さなかったのよ」

 

 より正確に言うならば、もしもアーチャーが口を滑らせてさえいなければ、この時点でも彼女にそのことを話すつもりはなかった。あまりにも不確定すぎている上に、論拠の一部が平行次元上の別世界の話になってしまうからだ。

 

「そして、話す前の前提として理解してほしいのは、アーチャーは確かに英霊だけれど、サーヴァントとして召喚されている今、座とは直接つながっていない。だから、イリヤスフィールが彼の座から力を降ろしても彼にはその情報は伝わってこないわ」

 

「了解」

 

 凛は素っ気なく頷く。

 

「一つ確認したいのだけど、ルヴィアには話を聞かせなくてもいいのかしら?」

 

 リンが念のため確認を取ると、彼女は顔をしかめる。

 

「……あいつには、話すべきだと判断したら説明するわ」

 

 ルヴィアとは協力関係と言う名の敵同士。必要があれば背中を預けるが、そうでなければ背中を狙い合う関係なのだ。ならば、余計な情報は提供したくはない。そんな思惑がありありと見てとれる。

 

「ですよね。せっかく、凛さんが有利になれる状況ですもん。利用しない手はないですよね」

 

 その辺の思考をしっかり理解したうえで、あえて両者の関係を悪化させるようなモノ言いをするルビー。

 

「そっちのルビーも、性格悪いのね」

 

「まぁ。私はただ、面白ければそれでいいだけですよ?」

 

 快楽主義のどこが悪いのかと、のたまうルビー。

 

「なんで大師父、こんな礼装を造ったのかしら……」

「それは、永遠の謎ね」

 

 そして、それと付き合わなければならないことに頭を抑える少女が二人。

 

「お二人とも失礼ですね。そう思いませんか、アーチャーさん」

 

「私に意見を求めるのか、ルビー」

 

 目を閉じたまま、疲れたように息を吐き出すアーチャー。彼もまたルビーの快楽主義の被害者なのだ。

 

「とにかく、こいつのことは取りあえず基本無視で話を進めましょう」

 

「そうね」

 

 そう決意しあった後、リンがまず切り出す。

 

「結果から話すと、イリヤスフィールについては、何も分からなかったわ。彼女本人が全く何も知らないし、魔力の封印さえ感知させないほどに、高度な隠ぺいが施されている。ごくわずかに魔力の残り香があった程度。それがなければ、夜のアレは夢だったんじゃないかって思ってしまったところよ」

 

「そう」

 

 頷く凛の方には、がっかりしている様子はない。その結果は予想の範囲内だ。凛自身が、イリヤの魔力について全く気づかなかったのだから。

 

「これで私は彼女に関する詮索は諦めるわ」

 

「どうして?」

 

 不思議そうに凛は首をかしげる。

 

「彼女にはご両親がいる。義兄もいるし、家族がある。そこには魔術師には望めない平凡な平和があるわ。そして、その平和を守るために封印を施しているのなら、それを暴いてまで平和を乱すつもりはないわよ」

 

 自分たちの世界のイリヤスフィールは、聖杯のために調整された特別なホムンクルスで短命を約束されている。父親はなく、自分の義兄すら殺してしまおうとするほど歪んだ感情を抱いていた。

 

 けれど、この世界ではそんな彼女が望むことさえ許されなかった平凡な平和がある。

 

 だから、それを壊したくはない。

 

 ちらりとリンはアーチャーの方へと視線を向ける。相変わらず背中を向けたままだったが、彼も同意見だとその穏やかな気配が言っているような気がした。

 

「もっとも、この地のセカンドオーナーである貴方を止める権利なんて私にはないし」

 

 調べるならば好きにすればいいと。でも、それに協力はしないとリンははっきりと言葉にする。

 

「……私だって無理やり人の秘密を暴く趣味はないわ」

 

 凛もまた同意する。別世界のイリヤスフィールがどんな運命をたどるかなど、彼女は知る気はない。それでも、イリヤスフィールがホムンクルスであると聞いた時点で在る程度の予想は付く。

 だからこそ、これ以上イリヤスフィールの生活を乱すことを良しとしたくはない。

 

「魔法少女騒動に巻き込んでおいて、今さら……ゴガっ!!!」

 

 リンは、ルビーにみなまで言わせず、テーブルの上に叩きつける。木製のアンティークのテーブルにのめり込むほどの勢いで。

 

「それを、あなたが言うのは、お門違いじゃないかしら?」

 

「それは、こっちの世界のルビーであって、私じゃ……ああ、リンさん御無体な……そこは……責められると……っ……ぁん…………ぃやぁ……」

 

「気色悪い声をあげるな!!」

 

 今度は凛が、手近にあったナイフでルビーをテーブルに縫いつける。

 

「…………だんだん、容赦がなくなっているな」

 

 そう感想は漏らすものの、全く同情する気も助ける気もないアーチャーが冷淡な感想を述べた。

 

「さて、次に確認できたことだけど」

 

 リンは何事もなかったかのように話を先に進める。

 

「想像通り、こっちの世界のサーヴァントはある意味で弱いわ」

 

「弱い? あのセイバーが?」

 

 夜の戦いを思い返す。アーチャーは一撃で倒れ、魔法少女に変身した凛やルヴィアでも一蹴するような化け物のどこが弱いというのか。

 

「いえ。セイバーだけじゃなく、サーヴァントが相対的に弱いのよ。マスター不在でも地脈から無制限に供給されている魔力がある。逆にいえばそれだけだというのが、昨日の戦いではっきりしたわ」

 

魔力による力押しで攻められれば、状況によってはアーチでも敗退することになる。昨日の戦いがまさにそれだ。

若年化による弱体もさることながら後ろに無防備な少女たちがいたので、回避行動が取れなかった。結果、真正面からセイバーの剣を受けることになり、彼女の魔力放出に押し負けてしまった。

 

だが、今回の結果だけを見てクラスカードから現界したサーヴァントが強いとはならない。

「どういうこと?」

 

 リンの言い分に、疑問符しか出てこない凛。

 

「セイバーはね、アーチャーを降ろしたイリヤスフィールと同じ宝具で撃ちあい負けたのよ」

 

 それが、絶対的にして確かな証拠であるとリンは言う。

 

「ふむ。なるほどな」

 

 凛が何か言う前に、アーチャー自身が納得して頷く。

彼は宝具ですら投影可能だが、投影品は本物よりワンランク下がってしまう。神造兵器である、エクスカリバーであればなおさら同質のものなどアーチャーでも無理だ。そんな投影品で撃ちあい勝った。つまり英霊の象徴たる宝具の格が落ちているということ。

 

それは、クラスカードを核にして呼び出されている『セイバー』が、サーヴァントシステムで呼び出されるセイバーよりも弱いという明確な証拠となる。

 

 だが、アーチャーの武器が投影であることを知らない凛は、宝具の打ち合いの結果だけを持って弱いという結論に達するのか首をかしげる。

 

「英霊同士の同じ宝具の打ち合いというだけでどうして弱いという結論に…………ってちょっと待って?」

 

 言葉の途中で凛が息をのんで身を乗り出す。

 

「同じ宝具? 弓の英霊がエクスカリバーを使った? アーチャーあなた一体……何の英霊なのよ……」

 

 アーチャーの正体。それが、未来の英霊でありイリヤスフィールの義兄であるエミヤシロウであるなど、どこの誰が想像しえよう。

 

「その質問に答えると思う? いくら、協力関係を結んだとはいえ、その情報は等価交換の範囲外になるわよ」

 

 そして当然のごとく、リンは彼の正体を明かす気などない。

 

「そうね。もし、あっさり答えるようならそれは、さすがに幻滅ものよ」

 

 音を立てて、ソファーに倒れ込むようにして力を抜く凛。

 

「それにしても、あのセイバーやライダーで『弱い』なんて。聖杯戦争はどんな化け物同士で戦っているのよ」

 

 そして、若返って弱体化しているとはいえ、その化け物が目の前に存在しているのだ。

 

「あくまで私たちの世界のサーヴァントと比較してというだけの話で、脅威であることには変わりないのだけれど」

 

「確かに。だが、彼らにはまだ不利な点がある。彼らは自身の意志で戦うフィールドを選べない。たとえば、ライダー。彼女ならば、あのような広いグラウンドではなくもっと遮蔽物の多い場所で戦う方が有利だろう。そして、向こうから攻めてくることができない。そういう意味では、この戦いは我々にとってかなり有利に進められると言える」

 

 アーチャーが冷静に戦略的な意見を述べる。

 

「そうね。それに、こちらには3本もカレイドステッキがあるし」

 

「そのカレイドステッキを非常に雑に扱っているのは、どこのどなたでしょうか?」

 

 テーブルに縫いつけられたままルビーが哀れっぽく声を上げる。

 

「あら? マスターをマスターとも思っていないステッキがいたような気がしたけれど、気のせいかしら?」

 

「気のせいに決まってます」

 

 ためらいの欠片もなく、ルビーは断言する。

 

「単に遊んでいるだけですから」

 

「救いようがないわね、この馬鹿ステッキは」

 

 クラスカードよりもむしろ、この傍迷惑なステッキを先にどうにかすべきなのではないだろうかという考えがリンの脳裏をよぎる。

 

「それをするときには、呼んでちょうだい。ぜひ、協力させてもらうから」

 

 リンが口にしなかった考えを、凛は正確に読み取る。

同じ『凛』なのだから、思考過程から考えを読み取るなど造作もない。

そして、凛もまたカレイドステッキの被害者の一人なのだ。

 

「あら〜? もしかして、ルビーちゃん、ちょっとピンチですか?」

 

 罪の意識など、まったくもって感じていないルビーの呑気な言葉。

 

「まぁ、今すぐ、というわけではないが、それなりの脅威があるというのは確かだろう」

 

 アーチャーが肩をすくめる。重ねて明言するが、彼はルビーを助けるつもりなどさらさらない。

 

「私はただ、リンさんの有り余る(コメディーの)才能を活用したいと思っているだけなんですよ。しかも、そんな才能を持った方がお二人もここにいらっしゃるんです。ああ、もう……これは、楽しむしかないじゃないですか!!!」

 

 ルビーは身悶え、可愛らしい声で力説する。まったくもって人の話を一つも聞いてはいない。縫い付けていたナイフを自力で抜いて、くるりと回りステッキの姿に戻って、二人の凛の周りをクルクル踊る。

 

「私、間違えてた。こいつと契約するべきじゃなかった。分かってたのに、なんであの日の私は、こいつと契約してしまったんだろう」

 

 まさしく呪いとも言うべき契約をかわしてしまったリンが、後悔の念に囚われてしまっても、誰も言葉をかけられなかった。

 

「いいかげんにしろ」

 

 アーチャーが飛びまわるステッキを掴んで、疲れた息を吐き出す。

 

「二人とも時間が迫ってきている」

 

 彼の言葉通り、柱の壁時計がそろそろ出発を考え始めなければらなない時間を指していた。

 

「そうね。もう他に確認すべきことはないかしら?」

 

 凛が立ち上がり、二人に視線を向ける。

 

「一つだけ。あなた、美遊について何か知っていることはない?」

 

 リンが、凛を見上げ問いかける。

 

「美遊? なぜ、そんなことを聞くの? 彼女もそちらの世界ではホムンクルスだとか?」

 

 凛は質問の意図が掴めず、逆に問い返す。

 

「いいえ。向こうの世界で、私は会ったことがなかったから。あなたは知っているかなと思っただけよ」

 

 リンは別に特別な意図があって質問したわけではない。ただ知っているか、知らないかの確認をしたかっただけだ。

 

「それと、今回の戦いだけど。アーチャーは置いていくわ」

 

「な?」

 

 これに、声を上げたのはアーチャーだった。

 

「賛成よ」

 

 そして、凛がそれに同意する。

 

「アーチャーほどの戦力が抜けるのは確かに痛いけれど、昨日の今日で回復していないのでしょう」

 

 凛にもわかる。アーチャーが外側をどう取り繕おうと、おそらく5割程度にしか回復していないだろう。

 

「……戦闘からサーヴァントを外すなど、正気の沙汰ではない」

 

「アーチャー。これは、聖杯戦争じゃない。さっきも言ったように、クラスカードから呼び出される彼らは本来のサーヴァントよりも弱いし、こちらにはステッキが3本ある。戦力的には十分よ。今日は今日は休みなさい。マスターとしての命令よ」

 

 二人の『凛』からの言葉の上に、マスターとしての命令が重ねられアーチャーは頷かざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「アーチャー。やっぱりここにいたのね」

 

 遠坂邸の屋根の上で、どこか遠くを強い眼光で睨みつけているアーチャーの姿を認めたリンが声をかける。

 

「リン。何を考えている?」

 

 屋根に上がってくるリンの姿を認め、アーチャーは視線を彼女の方へと移す。

 

「何よ、今日の戦いはお留守番だと言われたことがそんなに悔しいの?」

 

 仕方ないじゃない。かなり回復したとはいえ、戦闘行動は難しいでしょう、とリンは言葉を続ける。

 

「もちろん、それもある。だが、それよりも……エミヤシロウとなぜコンタクトを取った」

 

「嫉妬?」

 

 隣のアーチャーを意地悪く笑いながら見上げる。

 

「リン」

 

 諌める響きを込めたアーチャーの声音に、リンは苦笑する。

 

「別に、あなたが思うような意図があったわけじゃないわ」 

 

「では、なぜだ?」

 

 アーチャーは回りくどいことをせず、率直な問いを放つ。

 

「気になるからよ」

 

 イリヤスフィールを含め、自分たちの世界とは明らかに異なる歴史を歩んでいる彼らのことが気にならないわけはない。例え、平行次元上の別世界であっても、彼らはイリヤスフィールであり、衛宮士郎なのだから。

 

 リンのその答えに納得したのか、していないのか。アーチャーは無表情で遠くを見つめている。

 

「アーチャー、美遊のことは知っていた?」

「質問の意図は?」

 

視線をリンへと戻す。

 

 

「衛宮くん、彼女については知らないようだった」

 

アーチャーが無言で話の続きを促す。

 

「でも……あの子、衛宮くんに会った時、過剰に反応していたのよ。感情の表出の乏しい子が、明らかに動揺していたわ。たぶん、何か関係があるのよ」

 

 カード回収以外に強い興味を示さない彼女が、ほんの一瞬とはいえ、士郎に執着を見せた。二度と会えないと思っていた人に会ったかのような反応だったが、対する士郎には心当たりはないようだった。

 

もしも、この件について知ろうとするのならば、美遊に直接聞かなければならない。だが、それは彼女の心の傷を抉ることにもなりうる。

 

「結局は、現時点では美遊は正体不明の美少女というところだけれど」

 

 リンは息を吐き出し、そう結論付けるしかなかった。

 

「さて、そろそろ魔法少女しに行ってくるわ。留守番はよろしくね、アーチャー」

 

 言って、リンは屋根の端まで歩いていく。

 

「そうだ」

 

 ふと気がついたように、振り返りアーチャーを見る。アーチャーは真っすぐにリンを見守っていた。

 

「あのね、今日ほんの少し話しただけだけれど、彼はやっぱり、歪だった。でも………」

 

 リンが言葉に詰まる。どう表現すれば戸惑うように。

 

「好ましかったわ」

 

 そしてリンは、はっきりと告げて屋根から軽やかに飛び降りた。

 

「全く……そう心配せずとも、今はキミのサーヴァントでいるさ」

 

 視界から消えてしまったリンに聞こえないと知りつつ、アーチャーは静かに告げて薄く笑った。

 

 



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第17話 現実は、拒絶される

 深夜。

 

 郊外の森の中。

 フクロウの静かに啼く声が響く。

 

月明かり以外に光源がほとんどないため、深い森の中に一歩入ってしまえば辺りはひどく暗い。

 

「さすがに、この暗さは厄介ですわね」

 

 周囲に宝石の欠片を置き、魔術で明りを灯すルヴィア。

 明かりの中に浮かぶのは5人の少女たち。

 

「今回は、最初から姿を見せてくださるのね」

 

 ルヴィアが小さな赤い魔法少女へ向けて、天使のような悪魔の笑みを見せる。

 

「ええ。前回の戦いでアーチャーが傷を負ってしまったので、色々と状況が変わったモノですから」

 

 対するリンは全く怯むことなく笑顔で皮肉を返す。

 

「…………その、アーチャーはいらっしゃらないのですか」

 

 ルヴィアは応戦するかと思いきや、きょろきょろと落ち着きなく周囲に視線を巡らせ始める。

 

「アーチャーなら置いてきたわよ。前回の傷がまだ癒えてないから」

 

「そうですの……」

 

 リンの説明に、ルヴィアが心の底から残念そうに呟き唇を軽く噛む。

 

「ふぅん。アーチャーに伝言があるなら、伝えておくけど?」

 

 リンはルヴィアへ意味ありげな視線を向ける。

 

「な!? べ、別にあの時のお詫びやお礼を言おうなんて思ったわけではなくってよ」

 

 慌てた様子で早口にまくしたて、つんと顎を反らせて明後日の方を向くルヴィア。

 

「了解したわ。お詫びとお礼をアーチャーに伝えておくから。それとも自分で言いたい?」

 

 リンはにま〜と、意地の悪い笑みを作ってルヴィアに問いかける。

 

「だ、だから、そういうことではないと言っているでしょう」

 

「あっそ。じゃあ、そういうことじゃないと伝えておけばいいのね」

 

「っく……ま、まぁ、助けていただいた方にお礼の一つもしないというのも、レディとしては不義に当たりますもの。後日、正式に私の方から言わせていただきますわ」

 

 ルヴィアが顔を赤くして、落ち着きなく手を振り精一杯の強がりを見せる。

 

「次回はちゃんとアーチャーを連れてくるから、せいぜい頑張ることね」

 

 そのルヴィアにしっかりとプレッシャーをかけることを忘れないリン。

 

「容赦ないです」

「あらま、明日が楽しみですね」

「ツンデレぶりが堪能できそうです」

 

 彼女たちの話を聞きながら好き勝手なことを言いあうのは、カレイドステッキたち。

 

「ほらほら、遊んでないで。さっさと始めましょう。とりあえず、鏡面界の探査をしてみるから」

 

 凛が話を進めるために、懐から宝石を取りだす。

 

「ここは私がやるわ。宝石がもったいないでしょう?」

 

 魔術を行使し始める前に、リンがそれを止める。

 

「本当に? 助かるわ」

 

 しっかり経済観念が植え付けられている者どうしだ。リンの申し出を快く受け入れる。

 

「あら? 別に宝石を1・2個使う程度のことでしょう?」

 

 その二人のやりとりを上品に、けれど確実にあざ笑う『きんのけもの』が一人。

 

「宝石魔術の使い手が宝石を出し渋らなくてはならないなんて、大変ですこと」

 

「使う必要のない場面で、必要のないモノを使うほど、無能ではないですから」

「まぁ、自分の才能をモノで補わなくてはならないような人は、そういうわけにもいかないでしょうけど」

 

 ルヴィアに対抗心を燃やしてやり返す『あかいあくま』二人。彼女たちの背後で目に見えない炎が盛大に燃え盛っている気がするのは、決して気のせいではない。

 

「……なんていうか」

「面倒な人が増えただけのような気がします」

 

 年少組の二人が同時にため息を吐き出した。

 

「ほらほら、喧嘩しないで。早く片づけちゃいましょう」

 

 リンのステッキが、正論で話の先を進めるよう促す。

 

「その通りなんだけど……あんたに正論を言われるとなんだかムカつくわね」

 

 むぅと小さく唸りつつも、リンはステッキを構える。

 

「鏡界回廊接続(mirrorworld passageway connection) 探査開始(inquiry start)」

 

 ルビーの呪文により、リンの足元に魔法陣が開く。

 探査自体はさして時間もかけずに終了し、陣は音もなく閉じられた。

 だが、探査を終えたリンは納得のいかない顔で唸る。

 

「————何も……探知できなかったわ」

 

 眉根を寄せ、リンが口元に手を当て考え込みながら半ば独り言のように告げる。

 

「どういうこと?」

 

 凛は失敗したのかとは聞かない。今の術式には何の問題もみられなかったし、何より『遠坂凛』がこの程度のことで失敗をするとは思えない。

 

「残っているクラスは、バーサーカーとアサシンでしょう。バーサーカーに自身の気配を隠すなどという芸当ができるわけもありませんわ。ならば、今回の敵がアサシン。それなら、気配遮断を使ってくるでしょうから、探査に引っ掛からなかっただけではありませんの?」

 

 ルヴィアが自身の推論を述べる。

 

「あのアサシンに限って、それはないわ」

 

 だが、それはないとリンが断言する。

 

「まるで、アサシンが誰か知っているような言い方ですわね」

 

「今までのパターンからすると、次のアサシンは私たちの世界での聖杯戦争で召喚されていた佐々木小次郎がその正体よ」

 

「誰ですの? それ?」

 

 首をかしげるルヴィア。それも当然だ。佐々木小次郎は極東でしか知られていない人物である。

 

「日本ではそれなりに有名な剣豪。でも、実在したかどうかについては諸説あるわ」

 

 リンはルヴィアに簡単に佐々木小次郎について説明する。

 

「佐々木小次郎って物語上においては主人公の引き立て役でしょう? そんな人物が英霊になれるの?」

 

 続く凛の言葉。

 佐々木小次郎は、ただ宮本武蔵を引き立てるためだけに用意された登場人物だ。

それが、英霊などになりうるのかという当然の疑問が凛に沸く。

 

「普通なら、佐々木小次郎は召喚されることはなかったわ。でも彼はイレギュラーだったのよ。ここでは関係ないから詳細の説明は省くけれど。とにかくアサシンとして召喚された彼は、隠密には非常に不向きな性格をしていたわ。敵に対して、自ら姿を現し真名をばらしちゃうんだから」

 

 戦うならば正々堂々と。佐々木小次郎を名乗ったアサシンはそれを信条にしていた。

 

「……ここで議論していてもはじまりませんわ。とにかく、乗り込んでみましょう」

 

「そうね」

 

 小さく息を吐きして、ルヴィアの言葉にリンは応じる。

なんにしても、これ以上は論議しても無意味だ。実際に中に入って確認するより他に方法はない。

 

「向こうに繋げる前に、一つ伝えておくわ。アーチャーへ魔力供給分があるから、今回の私の出力は5〜6割程度。だから、戦闘では後方支援に回るわ」

 

 他の面々が頷いたことを確認し、リンは接界のための魔法陣を開いた。

 

 

 

※※※ 

 

 

 

「誰もいないし……本当にアサシンがいるの?」

 

 イリヤが戸惑ったように周囲を見回す。生命の気配が全くしない無機質な灰色の森。

自分たち以外に動くモノは何もない。

 

「ええ。もともと鏡面界は単なる世界の境界。クラスカードの存在による歪みが原因で生じた世界。それがこうして存在している以上、必ずどこかに原因であるカードがあるはずよ」

 

 凛がはっきりと断言する。

 

「む〜」

 

「どうしたのよ」

 

 きょろきょろしていたイリヤが、難しい顔をして空を見上げた。モノクロの空にはデジタルのような四角い区切りが見える。

 そんなイリヤに気がつき、彼女の隣に並んだリンが問いかけた。

 

「あ、うん。なんか、前より空間が狭いような気がする。天井も低いし」

 

「カードが回収されるごとに、歪みが減っている証拠よ。最初の頃なんて、柳洞寺のお山をすっぽり覆うくらいの広さがあったわ」

 

 実際にそこで戦ってアーチャーのカードを回収したリンが説明する。

 

「ほわぁ……」

 

 ただ感心するばかりのイリヤだ。正直、アサシンの英霊にそんな広域な空間で隠れられてしまったら探しようがない。

 

 とはいえ、狭くなっているとはいえちょっとした公園くらいの広さのあるこの場所をあてどなく探すのもかなりの労力がかかりそうである。

 

「この中からアサシンを探すんですか」

「なんとも地味な話になりそうです」

「どうせなら、こう広範囲にド派手な魔力弾をババ〜〜ンと行きたいですよね」

「それ、いいですね。やっぱり魔法少女は一面焦土に変えるくらいのリリカルさがなければ」

「「ですよね。ということで、ぜひ!!」」

 

 リンとイリヤのステッキであるルビーたちは突っ込みどころがありすぎて、どこから突っ込めばいいのかわからない会話の後、物騒な方法を勧めてくる。

 

「「却下」」

 

 二人の魔法少女は声を揃えて、ルビーのありえない提案を当然拒絶する。

 

「それにしてもどう考えてもやっぱりおかしいわ。どうして、アサシンは姿を見せないのかしら……」

 

 強者と戦いたいという想いも強かったが、女好きという面も否定できない佐々木小次郎(アサシン)が、影も形も現さない。

他のクラスカードによって限界していたサーヴァントと同じように、単に黒化の影響で理性などなくアサシンとしてのクラス特性を最大限に生かして攻撃してくるつもりなのかもしれないが、違和感は拭いきれない。

 

「もしかして、その佐々木小次郎じゃないのかな?」

 

 ポツリとリンの隣で呟かれた言葉。

 

「え?」

 

 リンは思わずイリヤに聞き返す。

 

「あ、なんとなくそう思っただけで……」

 

 だが、リンはもうイリヤの言葉を聞いていない。

そんな余裕はなかった。

 視界の隅に映った黒い影。

 

「避けなさい! イリヤ!!」

 

 そう叫びを上げるのと、リンの身体が動いたのは同時。イリヤを押し倒し、その背中に彼女を庇うようにして立つ。

 

「美遊!!!」

 

 ルヴィアの声に応え、咄嗟に美遊がステッキを振って砲撃を攻撃のあったと思わしき方角へと放つ。

うっそうとした木々をなぎ払い魔術弾が通過するが、手ごたえはまったくなし。

 

「リ……リンさん……血が……」

 

 リンの後ろでイリヤが震える声を上げる。彼女の視線の先、黒く塗られた短剣(ダーク)が左の二の腕に刺さり、白い肌に赤い血が流れる。

 

「っく……ったいわね。物理保護が薄くなってるのね」

 

 リンが苦々しそうに舌打ちしダークを勢いよく引きぬくと、赤い血の軌跡を描きながら、散った。

  

「方陣を組むわ! 全方位を警戒!!」

 

 凛の指示。

手傷を負ったリンを庇い、全員が戦闘態勢に移行する。一か所に密集し、どこから攻撃されても対応できるように対処する。

それは、戦略として正しい。

しかし、この場においては、無意味だった。

 

 灰色の世界の中で、不気味なほど白く浮き上がる骸骨の仮面。それが、彼女たちの視界を埋め尽くすようにして現れる。総数は50以上。

 

まさに、軍勢。

 

そんなものに、いくらカレイドステッキがあるからといって、たった5人が立ち向かうなど無謀に等しい。

 

「っ……体勢を立て直しましょう。一点集中で、包囲網を突破するわよ!!」

 

 凛とルヴィアが宝石を取り出し、美遊とイリヤがステッキを構えてかけ出す。

 だが、リンだけが動けずにその場で膝をつく。

 

「今の短剣(ダーク)に……毒……」

 

 どす黒く変色している左の二の腕を抑えリンが呻く。魔力の循環に淀みが生じている上、全身が痺れ膝をついて上体を保つのがやっと。

 

 だが、敵は容赦なく弱っているリンを責めるべく、一斉に短剣(ダーク)を投げつける。

その数は有に百を超える。

 

 誰も、リンの助けに入ることはできない。

 その現実を拒絶するただ一人を除いて。

 

「ぃやあああああああああああああ!!!!」

 

 自分を助けたせいで、人が死ぬ。

 その現実を目の当たりにさせられ、イリヤの感情の箍が外れた。

空間すら跳躍し、リンの元に跳ぶ。

 

 灰色の世界。

 黒い短剣(ダーク)

 無感動な白い仮面。

 むせ返るほどの死の気配。

 

 イリヤが認識する現実は、生き残る術などないと訴えてくる。

 

 だからこそ、イリヤは単純にして明快な”正解”を導き出す。

 それは、奇しくもルビーたちが言っていたこと。

 

 ガチンとイリヤの脳裏に重たい音が響く。

 鍵が外れる音。

 鎖が解き放たれ、ジャラジャラと音を立てる。

 

 あとは、簡単。

 ただ、目の前の現実を拒絶すればいいだけ。

 

 その願いを叶えるべく、発動する魔力。

 

 それは、純粋に魔力を爆発させただけ。だが、それは無色の力として発揮され、鏡面界を内側から破壊しかねないほどの威力を見せる。

 

 世界に反響する音と、衝撃。

 それらが、収まり視界が回復するまでしばしの時間が必要だった。

 

 風が吹く。

 動くモノがない淀む世界の中で風が吹くのは、もうすぐ世界が崩壊する証拠。世界を構成していた力が消滅へと向かうために、風が流れる。

 

 そして現れる、結果。

 

 イリヤを中心として、抉れる地面。鬱蒼と生い茂っていた

 周囲を囲んでいたアサシンの群れは、全て消滅していた。

 

 だが、被害はそれだけに及ばない。

 アサシンたちの包囲網の内側にいた凛とルヴィア、そして美遊。かろうじて、美遊が魔力防御を張っていたが、それでもイリヤの爆発の威力を無効化することができなかった。

 

 肌が避け、あちこちから血が出ている。傷自体は浅く、大したことはないようだったが、彼女たちがイリヤに向ける視線には、驚愕があった。

 

「あ……わ、私……」

 

 傷つけた。

 その事実に、イリヤが茫然とする。

 

「な、なんなの……どうして? どうして私が……こんなこと……」

 

 血が、赤い色が、イリヤを責め立てる。

 鏡面界までもを破壊する威力の魔力。

 そんなものが、なぜ自身にあるのか分からない。

 

 分からない。

 分からない。

 分からない。

 分からない。

 

「もうイヤ!!!!!!」

 

 叫びだけを残し、イリヤは世界から離脱した。

 



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第18話 ツンデレは、誰がため

「………大丈夫、ですか?」

 

 イリヤが残して行った様々な驚愕から立ち直った美遊がリンに声をかける。

 リンはイリヤのそばにいたため、彼女が起こした爆発の直撃を受けることはなかったが、アサシンから受けた毒で、立ち上がることができない。

 

「……ぃじょうぶよ」

 

 かすれる声で答え、リンはステッキを掲げる。ただそれだけの動作すら辛いのか、全身に冷や汗をかき、伸ばした腕は震えている。

 

「ルビー……魔法陣を開きなさい」

 

 かすれる声で、はっきりと命じる。

 

「な!? 無茶です。今のリンさんは、魔力の循環が淀んでいるんですよ! せめてもう少し回復してからでないと」

 

「いいから、さっさとする!!」

 

 焦りを隠すこともせず、リンが声を荒げる。ルビーの治癒は、現状満足に進んでいない。それは、リン自身の魔力循環が滞っているせいで、治癒への魔力が適正に働かないからだ。

 まともに魔術が使えるようになるのを待っていては、今も崩壊が進む鏡面界のエネルギーが吸収できない。

 

「…………っ わかりました」

 

 それ以上口論しても無駄だと悟ったルビーが、リンの淀んでいる魔力を無理やり引きだし、架空元素虚数の黒い魔法陣を開く。

 

「鏡界エネルギー、吸収!」

 

 リンの前に崩壊していく鏡面界のエネルギーの一部が収集され、黒い球体を形成する。

 そして、鏡面界のエネルギーを集め終えたとたん、リンは意識を失ってその場に倒れてしまった。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「全く、無茶をするわね」

 

 倒れたリンに呆れかる凛。

 血の気のない真っ青な顔色。毒のせいで、障害が生じている魔術回路に無理やり魔力を流したのだ。おそらくは、神経を引きちぎられるほどの痛みを味わったはず。だというのに、彼女は魔術を行使したのだ。倒れるのは当然の結果。

 

「なぜ、彼女はあんな無茶を……」

 

 ルヴィアが、茫然と呟く。

 

「たぶん、イリヤのためよ。自分じゃ絶対に認めないでしょうけど」

 

 倒れる少女を凛が抱き上げる。小さくて、軽い少女の身体。

 

 もしも、鏡面界のエネルギーを回収せずに事が終わってしまえば、イリヤは自身を責めるだろう。自分を庇ったせいで、リンが目的を果たせなかったと。

 そうさせないために、無理を押して魔術を使ったのだ。

  

 ある意味、自分自身のことだから凛にはソレがわかる。

 

「全く、面倒な性格をしていますわね」

 

 憎まれ口をきくルヴィアだが、そこに嫌味なモノはない。

むしろ、好ましいと思っているようですらある。彼女もまた、自分さえよければいいという魔術師から見れば異端なのだ。

 

「美遊、もうすぐ鏡界は崩壊しますわ。さっさとこんな場所から出ましょう」

 

「……はい」

 

 年長組のやり取りを見ていた美遊はその言葉に応じ、美遊は離界のための白い魔法陣を展開した。

 

 

※※※ 

 

 

 

 鬱蒼とした、森には変化はない。

 鏡面界で起こったことなどまるで幻だったかのように、静かな夜を見せる。転移前に残したルヴィアの明かりだけが幻想的に灯っていた。

 

「やはり、無茶をやらかしていたようだな」

 

 元の世界に戻ってきた途端にかけられた男性の言葉に驚き、全員が振り返る。

 そこには、赤い外套を纏った少年が不機嫌に腕を組んで立っていた。

 

「魔力の循環がかなり淀んでいるな。魔術回路にも、ダメージが感じられる」

 

 サーヴァントとマスターの繋がりは、命の危険はないがかなりのダメージを負ったことを伝えてくる。

 

「どうして、ここに?」

 

 ルヴィアの問いには答えず、アーチャーは凛から自分のマスターを受け取ろうと手を差し出す。

 

「待ってアーチャー。取りあえず、ここでできる応急処置をするから」

 

 そのアーチャーの手を止め、凛はリンを地面に下ろす。

 そして、リンの額と下腹部に手を置く。

 

「彼女の魔術回路に、私の魔力を流して淀みを押し流すわ。そうすれば、ルビーの治癒の効率も上がるはずよ」

 

「はい。その通りです」

 

 ルビーが凛の言葉を肯定する。

 

「普通ならば他人の魔力を魔術回路に流すなんてマネすれば、拒絶反応を起こすだけですけれど、貴方たちは別次元上の同一人物で、魔力の性質も同一ですものね」

 

 その方法に間違いはないとルヴィアも認め、頷く。

 

「ということで、始めるわよ」

 

 うっすらと、凛の左腕が輝きを放つ。遠坂の家に代々伝えられてきた魔術刻印が、凛の意志に応えて起動する。

 

「……っ……くぅ……」

 

 リンの身体が意識もないまま、流しこまれる魔力に反応し微かに苦痛の声を漏らす。歯を食いしばり、苦痛から逃れようと嫌々をするように首を横に振る。若年化しているせいもあり、それは余計に小さな子供のようで痛々しい。

 やがて、凛が両手をリンの身体から離す。

 

「これで、取りあえずは大丈夫でしょ」

 

 凛はふぅと小さく息をつき、アーチャーへ声をかけた。その言葉を示すように、リンの顔色には赤味がさし、苦痛も軽減したようで呼吸も穏やかなモノになっている。

 

「あ、あの……アーチャー」

 

 治療が一段落ついたところで、ルヴィアはアーチャーに恐る恐る、けれど思い切った様子で声をかけた。

 

「ん? どうした」

 

 小首をかしげて、ルヴィアを見返る。

 

「その……先日は、助けていただいて……感謝していますわ!」

 

 ルヴィアは、アーチャーへ感謝の言葉を口にはするが、その態度は胸を反らせ腰に手を当てているというまさに居丈高そのもの。

 

「いや。私が勝手にしたことだ。気にする必要はない」

 

 だが、アーチャーはそんなルヴィアの態度に気を悪くした風もない。

それどころか、自分のしたことなど大したことではないと肩をすくめる。

しかも、それは振りやルヴィアへの気遣いなどではなく、彼自身の本心であると彼女は即座に解した。

 

「あなたは! 私が感謝を述べているというのに、それを徒為なものだとおっしゃるおつもり!?」

 

 あまりにも素っ気ない、そして自身を全く顧みることのないアーチャーの言葉にルヴィアはブチ切れた。

 大股でアーチャーのところまで歩み寄りる。

身長はアーチャーの方がほんの少しだけ高いが、ほとんど同じ。だから、自然と二人は、真正面で対峙することになる。

 

「そういうつもりで言ったわけではない。結局は撤退することになった身。ゆえに、君たちを危険の中に置き去りにしたようなものだ」

 

 アーチャーは、ルヴィアに気圧されることもなく静かに淡々と事実のみを話す。

 

「それでも、ですわ。私があなたに助けられたという事実に変わりはありません」

 

 対するルヴィアは、絶対に引く気はないという強い意志を込めた視線でアーチャーを睨みつける。

 

「わかりましたわ! 後日、きっちり私の気持を受け取っていただきますから!!!」

 

 まるで、決闘状でも叩きつけるかのような態度なのだが、台詞はなぜか告白のソレになっている。

 

「ふむ」

 

 口元に笑みを浮かべながら、それ以上表情を変えることも動揺することもなくルヴィアのセリフを受けるアーチャー。

むしろ、ルヴィアの反応を楽しんでいるようにも見える。

 

「…………随分と捻くれてるわね……」

 

 ぼそりと、そんな二人のやりとりを眺めていた凛が呟いた言葉は、一体どちらに対する感想なのか。

 

「…………サファイア、ルヴィアさんはお礼をしているんだよね?」

 

 そしてこちらでも美遊が、まるで喧嘩をしているような雰囲気に、こそりと他には聞こえないようステッキに話しかける。

 

「そのようです」

 

 サファイアも声をひそめて答える。

 

「なんで、あんなに険悪な雰囲気になるんだろう?」

 

 心底不思議だという顔で、二人のやりとりを見ている。

 

「単に、ルヴィア様が照れているだけだと思われますよ」

 

「?」

 

 美優は説明されても全く理解できずに首をかしげるばかり。

 

「覚えなさい、アーチャー!! 行きますわよ、美遊」

 

 ルヴィアは捨て台詞を残して、首を傾げたままの美遊の襟首を引きずってその場から立ち去って行った。

 

「ったく、アイツは捨て台詞を吐かないと立ち去れないのか。さてと、私たちも戻りましょう、アーチャー」

 

「そうだな」

 

 アーチャーはリンを抱えて立ち上がり答えた。

 

 

 



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第19話 衛宮士郎は、絶対絶命

 

 私立穂群原学園高等部。

 そのグラウンドでは、2クラス合同の体育の授業が行われている。

 競技はサッカー。

2面を使って、男女それぞれで試合が行われ、賑やかで健康的な歓声が上がる。

 その体育の授業を『体調不良』を理由に見学している少女が二名。

夜のために体力を温存したいという目的もあるが、それ以上にこの時間を利用して密談をするためである。

 

 二人は木陰で木の幹に寄りかかり、両腕を組んでグラウンドの方を向いているが試合は全く見ていない。

 彼女たちは、互いに視線を合わせないまま密談を始めた。

「一体、あのイリヤスフィールという子は何者ですの?」

 ルヴィアは直球勝負で凛に問いを放つ。

 会話の内容は、このまま進めば一般人に聞かれたくない内容になることは予測されるため、当然のことながら簡易的な結界を張ってある。

 

結界の作用により、彼女たちを注視する人はいない。

体育の授業でそれぞれのクラスを応援したり、休憩中に中の良い人たちと会話を楽しんでいる他の学友たちは、学校でも目立つ存在の二人が真剣な表情で会話をしていることに気がついてもいない。

「フルネームは、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンはあっちの世界では、魔術の大家だったそうよ」

 ここまで状況が進み、イリヤの異常性が明確化しているため隠す必要性は薄い。

むしろ、下手に隠すことでルヴィアが勝手に物事を進め始める方が厄介だと判断し、その真実を明かす。

 

「アインツベルン?」

 

 聞き覚えのない名前に首を傾げるルヴィア

 

だが、ここまで来てアインツベルンが魔術とは無縁などとは考えられない。

 

「向こうのイリヤは間違いなくアインツベルンだったそうよ」

 前を睨んだまま、凛は明言する。

 

 さすがに、聖杯戦争やホムンクルスのことをルヴィアに説明する気はない。

 

それに、ルヴィアならば、その言葉だけでこの世界のイリヤもアインツベルンである可能性が高いことを理解できる。

「一体、どういうことですの……」

 とはいえ、もたらされた情報をルヴィアはどう処理していいのか分からない。

 

 魔術の大家と考えられるアインツベルンがなぜ、こんな極東の辺境にいるのか。

 今回の件にアインツベルンの本家は直接介入しているのか。

 あるいは、クラスカードそのものが実はアインツベルンの何らかの策略である可能性もあるかもしれない。

 ルヴィアは様々な疑問や可能性を思考する。

 

「貴方は彼女がアインツベルンだと知っていて、ルビーのマスターに据えたのかしら?」

 

「まさか。マスター権の委譲はルビーが勝手にやったことよ。それに、イリヤに魔術のことを簡単に説明した時も、前知識は全くないようだったわ。今回の件と向こうの世界の情報がなければ、彼女が魔術の大家の名を名乗るものだなんて、気がつきもしなかったでしょうね」

 

 イリヤについては、ルビーのマスターとなった時点で後関係も含めて調査している。

 

 両親は入籍しておらず、現在は二人とも海外赴任中。

イリヤは母方の姓を名乗っている。

養子が一人おり、そちらはこの私立穂群原学園に在籍中。

 

 隣のクラスなので念のため観察していたが、そちらは魔術に関わっている形跡はない。

ちなみに、彼は現在グラウンドで汗を流しながら果敢に敵ゴールに攻め入っているところである。

 

名前を衛宮士郎。

 

苗字がイリヤと違うのは父方の姓を名乗っているため。

 

 他に同居人が二人。そのどちらも、血縁関係はなく使用人と言う立場らしい。

 つまり、全く血の繋がっていない面々が一つ屋根の下で暮らしていることになる。

 

 複雑極まりない家族関係だが、いくら洗い出しても魔術的な要因は一切なかった。

だからこそ、凛は早々にイリヤが魔術師であるなどという可能性は捨てた。

 

「あれだけの魔力を内包させていながら、私たちに一切気がつかせないほどに精緻にして機密性の高い封印を施す。本人も、あんなけた外れな魔力を持っていることを知らないようでしたし……本家の方から探りを入れてみてもよいかもしれませんわね」

 

 アインツベルンは、あれほどの魔力を持つイリヤをまるで隠すように封印している。

 

 その目的や意図が全く見えてこない。

 

 ルヴィアは、エーデルフェイト家の直系。

遠坂以上に長い歴史を持つ魔術の家系であり、西欧が本拠地。アインツベルンについて、より詳しく調べられる可能性が高い。

 

「……藪をつついて蛇を出す可能性もあるし、それは勧めないわよ。それに、おそらく昨日の一件でイリヤはクラスカードの回収から……たぶん手を引くでしょうしね」

 

 クラスカードは残すはバーサーカーの一枚のみ。例え、アインツベルンが何かを企んでいたとしても、それで終わりになる。そして、イリヤが手を引くとなれば、アインツベルンに探りを入れる意味は薄い。

 

「そうですわね……と、授業が終わったようですわ」

 

 授業終了の合図である鐘が校内に響く。

 生徒たちは解散し、体操着を着替えに校舎に入る者や、汗を流すために外に設置されている水道に向かう者など、それぞれ動き始める。

 

「私たちも、教室に戻り……」

 

 生徒たちの流れに乗って、校舎に戻ろうとした凛の動きが止まる。

 

「どういたし……」

 

 その凛を訝しみ、声をかけつつ彼女の視線を追いかけ、ルヴィアも動きが止まる。

 二人の視線の先で、一人の男子生徒が水道の蛇口を勢いよく開き、頭から水をかぶる。顔を上げ、赤毛を振ると水しぶきが跳ぶ。首にかけていた、タオルで顔と頭を拭う。

 

「「ぁぁぁああああああああああ!!!!!!」」

 

 二人が同時に声を上げ、その男子生徒に突進していく。

 ギョッとして他の生徒たちが彼女たちを注視するが、無視。

 赤毛の男子生徒を両脇からがっちりホールドし、二人はそのまま彼をどこかへと引きずって行った。

 

 一体何が起こっているのか、さっぱり理解できないクラスメイトたち。だが、その脳裏に浮かぶ思いだけは、一つになっていた。

 

『触らぬあくまに祟りなし』

 

 ということで、心の中で誘拐されていった少年に合掌した。

 

 

※※※

 

 

 

「衛宮くん!!」

「シェロ!!!」

 

 衛宮士郎は、いまだに濡れている髪から水を滴らせつつ、校内でも有数の美女二人に詰め寄られている。

だが、誰が見てもこの光景を羨ましいと思う人はいないだろう。

 校舎裏に引きずり込まれ親の仇を前にしたかのような二人の迫力に士郎は後退り、あっさりと壁際に追い込まれてしまった。

 

「えっと、二人とも……どうしたんだよ?」

 

 こうなっては、二人をできるだけ刺激しない以外に、士郎には取る手はない。だが、一体何がどうなってこんな状況にまで追いつめられることになったのかを知りたかった。

 

「どうしたもこうしたもないわよ!!」

 

 凛が音を立てて士郎の横の壁に手をついて、彼に迫る。

 

「き、気を落ち着けて、遠坂」

 

「これが、落ち着いていられるわけ、ないでしょう!!」

 

 最初から全力全開。ギアがトップに入っている凛には話が通じそうもない。

 

「なぁ、一体何があったのか説明してくれよ」

 

 だから、ルヴィアの方へと話しかける。

 

「むしろ、私たちの方が説明してもらいたいくらいですわ」

 

 両手を組んで仁王立ちするルヴィアの背後には、目に見えない気炎が立ちあがっている。

 

「ええっと……俺が何か悪いことをしたっていうのなら、謝るけど……」

 

 とは言うものの、士郎には全く思い当たることはない。もっとも彼自身、自分が鈍いことは自覚している。だから、自分が気がつかない間に何かしているのかもしれないと考える。

 

「その、髪よ!!」

 

「髪?」

 

 いつもは額に下ろしている前髪だが、今は濡れているため後ろにかきあげている。

 

 白銀と赤という色の違いはあるものの、彼女たちが知る人物の髪型と同じになっていた。

 

「髪というより、髪型ですわね。そうやって髪を上げていると、本当に印象が変わりますわ。私たちが、まだ穏やかなうちにお話しすることをお勧めしますわ。そうでもないと……何をするか分かりませんもの」

 

 金髪縦ロールのお嬢様が、見惚れるほどの笑みを浮かべる。艶やかな黒髪をツインテールにしている少女が、壁に手をついたまま鮮やかに微笑む。

 

 校舎裏で美女二人に迫られるという、字面だけみれば、世の男性から羨ましがられそうなシチュエーション。

 

だというのに、なぜ士郎の脳裏にはバットエンドだとか胴着に竹刀を構えたトラの姿がよぎるのか。

 

「ねぇ、衛宮くん? 彼とは一体、どういう関係?」

 

 口調だけは、取りあえず落ち着きを取り戻した凛。

だが士郎には何を聞かれているかさっぱり分からない。

 

「彼って、誰のことだ?」

 

「アーチャーのことよ」

 

 それだけで分かるでしょうとばかりに、余計な説明もせずに凛が答える。

 

「アーチャーって、弓使い? まぁ、確かに俺は弓をやっているけど……」

 

 だが、聞かれていることは明らかにそういうことではない。

 

「面白いわね、ソレ。あんまり、すっとぼけた答えを返されると、いくら温厚な私でも、切れちゃいそうになるわ」

 

 二人ともうふふふふと、口元だけで笑うが目は座っている。

彼女たちはまるで銃のように指先を立てていたりする。

その指先に致死ではないが、無傷で済まない何かを宿しているのは、決して士郎の気のせいではない。

 

「せめて、そのアーチャーっていう奴の名前を教えてくれないと俺だって答えようがないだろ」

 

 目の前の二人は、表面上だけは冷静さを取り戻しているようにも見えるが、ソレだけの話。だから、士郎はできるだけ静かに騒ぎ立てずに話をする。

 

 士郎の質問に、二人が言葉を詰まらせる。

 二人とも、彼についてはアーチャーというクラス名以外、真名を知らないのだ。

 

「質問を変えますわ。そうですわね……あなたの先祖に、弓使いの高名な方はいらっしゃいまして?」

 

 アーチャーが英霊だというのならば、士郎がその子孫かもしれないと考えてのルヴィアの質問。

 

「先祖も何も……俺は、本当の両親の顔も覚えてないから、そんなの分かるわけないだろ」

 

 今までの質問と全く関連性を見いだせないといだったが、士郎は正直に応える。

 

とはいえ、幼いころに両親を亡くした士郎には、『わからない』以外に応えようがない。

 

「っ……埒が明かないわね。こうなったら、本人たちを問い詰めて白状させてやるわ」

「彼らがどこにいるか、当てはあるのかしら?」

「私の家よ」

「……色々と気に食わない点もありますが、今は不問にいたしましょう。何よりも優先すべきことがありますもの」

 

 二人はさっさと話を決め、士郎から背を向けてずんずんと歩き出す。

 

「あの、二人とも、学校は?」

 

 あまりの変わり身の早さについていけない士郎が、かろうじて彼女たちの背中に声をかける。

 

「早退よ(ですわ)!!」

 

 振り返りこともせずに、二人は足早に校舎裏から立ち去ってしまった。

 一人取り残された士郎は、茫然と二人が居なくなった方向を見ながら

 

「なんでさ」

 

 と呟く。

 答えるモノは何もなく、ただ空しく一陣の風が吹くだけだった。

 

 



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第20話 アーチャーは、何者?

 

「いくら、家主がいないからといってもだらけすぎだぞ」

 

 ソファーで寝そべっているマスターに苦言を呈するのは、すっかり茶坊主役が板についてしまっているアーチャーである。

 

「さすがに、昨日はきつかったし。今日中にやっておきたいことはあるけど、ソレにしたってまだ動くのは早いから」

 

 あくびをしながら両腕を伸ばすさまは、まさに子猫のようだ。昨日受けた毒の影響はほとんど感じられない。

 そのリンが、ピタリと動きを止める。

 

「ん? 家主が帰ってきたみたいね。随分慌てている様子だけど、何かあったのかしら。しかも、一人じゃないみたいだし」

 

 いまだ玄関先にいるであろう、この家の本来の住人の様子を感知する。遠坂邸の結界をすでに掌握したリンだからこそできることである。

本来なら、他人の結界を掌握するというのはひどく、特に『遠坂凛』のような一流の技術を持つ魔術師の結界の掌握など、不可能とも言えるような真似ごと。それができるのは、平行次元上の同一人物が作った結界だから。

 もちろん、凛本人には結界を掌握したことは内緒にしている。

 

 とにかく、結界から感じ取れる家主の様子はかなり慌てふためいており、なにがしかの緊急事態が発生していることが予想される。

 リンは表情を引き締めて、ソファーに座りなおす。少なくとも、心づもりだけは何が起こってもすぐに対応できるようにする。

 

 凛たちが居間に飛び込んでくる。

彼女たちは体育の授業を抜け出して来たのだろう。制服にも着替えず、体操着のままである。

 

「随分と慌てているようだけれど、一体何があったの?」

 

 彼女たちが、衣服に気を回す余裕もなかったということは、よほどのことなのだろう。

リンは気を引き締めた上で、ソファーから身を乗り出し状況確認のための質問をする。

 

 だが、彼女たちはそれには答えず、一直線にアーチャーへと迫る。鬼気とした迫力に、アーチャーが僅かに身じろぐが、そんなものを無視しルヴィアが彼の頭を鷲掴みにして、その髪をワシャワシャと乱暴に乱す。

 

「……一体、何をしたいのかね」

 

 彼女たちの行動の意図が全く読めず、しかし生命の危険を感じるものはなかったので取りあえず、されるがままにしているアーチャー。

もっとも、身の危険に関してはヒシヒシと感じ取っている。

しかし、下手に抵抗すると散々な目にあわされることを骨の髄まで理解させられているから、されるがままになっているとも言えなくもない。

 

「やっぱり、そっくりですわ……」

 

 アーチャーの前髪を額に下ろしたルヴィアが、マジマジとその顔を見る。

 目の前にいる、英霊として呼び出されたという少年は、同じ学校の同級生に髪や皮膚、瞳の色の違いを除けは、これ以上ないほど外見はそっくりなのだ。

人を喰ったような捻くれた態度や、戦闘時の敵を射抜く鷹のような瞳などの、雰囲気とでも呼ぶべきものは似ても似つかない。

だからこそ、外観がそっくりであるのが余計に違和感として強調される。

 

「なんで、アーチャーが衛宮くんに似ているのよ!?」

 

 リンの方へと向き直り、疑問を真っ向からぶつける。

 

「そうね。似てるわね」

 

 対するリンは、なんだそんなことかと言わんばかりの様子で、ソファーに背を預ける。

実際、彼女たちが屋敷に飛び込んできたときには、一体どんな緊急事態が起こったのかと内心焦っていたが、蓋を開けてみればこの程度のことなのだ。

 

「今回ばかりは、納得のいく答えを聞かせてもらうわよ」

「そうですわね。なぜ英霊であるアーチャーとシェロがここまでそっくりなのか。少なくともただの偶然とは思えませんもの」

 

だが、ルヴィアと凛にとっては、『この程度のこと』などでは済まされない。だからこそ、普段はいがみ合う二人が息もぴったりに問い詰める。

 

「なら聞くけど、貴方がたが『納得する答え』ってどんなもの?」

 

 意気込む二人に、リンが逆に問い返す。

 

「衛宮くんがアーチャーの生まれ変わり、彼の先祖がアーチャー、あるいはやっぱりたんなる偶然。それとも、彼がアーチャー本人って答えの方が納得できる?」

 

 リンは、組んだ足の上で両手を絡ませクスクスと笑う。

小さな子供の大人びた仕草。それはまるで夢の国に迷い込んだアリスをからかって遊ぶ猫のよう。

 

「ふ、ふざけないでくださる!?」

 

 テーブルを感情のままに叩きつけるルヴィア。

 

「別にふざけてないわよ。だって、どう答えても納得なんてしないでしょ? 何より、私からは絶対に、アーチャーの真名を明かす気はないわよ。まぁ、貴方達が調べるというのなら、それを止めようもないけど」

 

 リンの余裕を見せつけるような態度は揺るがない。

 アーチャーの真名を絶対に見破られないという自信がそこにはありありと見てとれる。

 

「くっ……わかりましたわ!! そこまでおっしゃられるというのならば、絶対にアーチャーの正体を暴いてみせますわよ!! 覚えてらっしゃい!!」

 

 ルヴィアはアーチャーとリンに向かって、人さし指をつきつけ高らかに宣言をした後、肩で風を切って遠坂邸を出て行った。

 

「まったく、アイツは……」

 

 リンはルヴィアの分かりやすい態度に苦笑をもらす。彼女の負けず嫌いな性格は平行世界でも全く変わらない。

 

「私だって売られた喧嘩は、きっちり買う主義だもの。そんな態度を取ったことを後悔させてあげるわ」

 

 ルヴィアほど逆上してはいないが、凛の方もきっちりとアーチャーの正体についてこれからも詮索を続けることを明言する。

 

「構わないわよ。それより、少し前に電話があったわ」

 

 リンが伝えるのは、凛と契約している魔法少女イリヤから来た電話の内容。

ただ、放課後に会いたいと言われただけ。

けれど、凛はそれだけでイリヤが何を目的として自分と会おうとしているのかを理解する。

 

「そう、わかったわ」

 

 凛は短く答え、振り返らずに外へ出て行った。

 

「なるほどね。こうやってうっかりは発生するんだ」

 

 閉じられたドアを眺めつつリンが呟く。

 凛は、体操着のまま着替えもせずに出て行ってしまった。

おそらくは、あの恰好のままイリヤと話すことになるだろう。

 

「止めないキミもキミだと思うがね」

 

「あら、あなたも止めなかったのだから、共犯よ」

 

 クスクスと笑い合う、ひねくれ者二人。

 

「さぁて、私もそろそろ動こうかな」

 

 ひとしきり笑った後、リンは立ち上がり、腕を上げて背筋を伸ばす。

 

「一体何をしでかす気なのやら」

 

 アーチャーが前髪をかきあげながら、一応釘をさしておく。

 

「人聞きの悪い。別に大したことをするつもりはないわよ」

 

 片眉を上げ、アーチャーを軽く睨み返す。

 

「ということで、行ってくるわ」

 

 リンはアーチャーの返事も待たずに立ち上がった。

 

 

 

※※※

 

 

「ただいま」

 

 イリヤは全く覇気のない声で、帰宅を告げる。

  

「おかえりなさい、イリヤさん」

 

 リズが顔を見せ、何か話しかけるがイリヤの意識には全く入ってこない。

 つい先ほど凛と話し合いをして、魔法少女としてクラスカードの回収の手伝いをしなくてもいいことになった。

そうしてイリヤは自分の望み通り、いつもの平凡な日常に帰って来たというのに、その日常を受け入れる心の余裕はどこにもない。

 そのまま、リズを無視する形で二階に上がり自室のドアを開ける。

 

 そして、その姿勢のまま固まった。

 目の前にあるのは、見慣れた自室の光景。フローリングの床、寝乱れたままにしてあるベッド。その脇には勉強机が置いてある。

 それはいい。そこまでは、自分が出かけた時のままだ。

 

 問題は

 

「お邪魔してるわよ」

 

 と、ベッドの上に腰をおろしている少女だ。ヒラヒラと手を振り、帰ってきたイリヤに無邪気な笑顔を向けている。

 

「ななななななななな!!!!?」

 

 満足に言葉にもならない絶叫がイリヤの口に上る。

 

「ちゃんと、おうちの方には断ってるのに、そんなに驚かれるとは心外ね」

 

 クスクスと笑いながら肩をすくめる。

 そういえば、とイリヤは思い出す。

2階に上がる時にリズが何かを言っていたような気がする。

 

聞き流していたので、何と言われたのかまで覚えていなかったが、リンを部屋に通したことを言っていたのだろう。

 

「一体……何の用ですか?」

 

 後ろ手でドアを閉めるイリヤ。

 

 リンは聞いたのかもしれない。

今後のクラスカードの回収についてイリヤがもう関わらないことを。そのことを責めに来たのだろうか。

 その考えが表に出たせいで、表情や口調は硬いものになる。

 

「なんか、勘違いされているみたいね」

 

 軽く勢いをつけて、ベッドから立ち上がる。リンの背の高さは、イリヤとほとんど同じ。

だから、二人は真正面から見つめ合うことになる。

 

「責める気なんてサラサラないわよ。むしろ、私は貴方が戦いから外れることに賛成しているんだし」

 

「え?」

 

 リンの言葉に、イリヤが間の抜けた声を上げる。

 

 戦いから逃げ出したのだ。

 まだ、最後の一枚のカードが残っている。これまでの戦いからすれば、相手は強敵であることは間違いない。

 

 なのに、カレイドステッキを持つ戦力が一人抜けるというのが、戦況にどれだけ影響を及ぼすことになるのか、理解できる。

 

 でも、もう戦いたくはなかった。

 

 魔法少女なんていっても、やってきたことは命がけの戦い。何度か死にかけていたのに、そんなことにも気がついていなかった。

 

こんな状況になってから初めて、美遊の言う「覚悟」の言葉の意味を少しだけ理解する。

戦うだけの理由も覚悟もなくただ、興味本位に面白そうだからという理由だけで、魔法少女をやっていた。

 

 戦いに赴いても、それはどこか夢の中の他人事のように捉えていた。美遊に「戦わなくてもいい」と拒絶されても当然だ。

  

 逃げたことを怒られるかもしれない。あるいは、覚悟もなく魔法少女をやっていたことを責められるかもしれない。

 

 凛、ルヴィア、そして美遊に嫌われても仕方ないと思っている。

 

 なのに、目の前のリンは戦いから外れても構わないと言っているのだ。

 

「確かに、カレイドステッキに一抜けされるのは結構厳しいわよ。残るカードは、バーサーカーなんだし」

 

 はぁと、リンは息を吐き出す。

彼女の脳裏に浮かぶのは、第5次聖杯戦争のバーサーカー。

イリヤスフィールのサーヴァント、ヘラクレス。

もちろん、先のアサシンの例もあるから、クラスカードのバーサーカーから顕現する英霊がヘラクレスとは限らない。

 

 けれど、リンにとって第5次聖杯戦争のヘラクレスの印象は強烈過ぎた。

全てを圧倒する大英雄ヘラクレス。多くの逸話を残し、圧倒的な身体能力と反則的な宝具を有する最強のサーヴァント。

彼の宝具「十二の試練(ゴッドハンド)」は、一定ランク以下の攻撃を完全に無効化するうえ、代替生命のストック11を有する。さらに既知のダメージに対して耐性を持たせるため、一度殺した攻撃で再び殺されることはなくなる。

 

 次の相手がそのヘラクレスであるならば、勝ちを拾うのはかなり厳しいと言わざるを得ない。

 

「それでも、普通の子どもがこういう魔術の世界に関わりを持つべきじゃないわ」

 

 ヘラクレスの宝具を攻略するためには、Aランクを上回る破壊力で攻撃し続けること。

そして、その手段ができる限り多彩である必要がある。そういう意味でも一人欠けることは、単純に攻撃手段の減少を示すことになってしまう。

 それでも、リンはイリヤが戦いを望まないのならそれでもいいと断じる。

 

「ま、実を言うとルビーはこっち側に戻ってくることを期待していたんだけど」

 

 リンの言葉に、イリヤのかばんからチョコッと顔を出すルビー。

 

「イリヤさんは私が決めたマスターですからね。それに正直、クラスカードの回収なんてどうでもいいことですし」

 

「魔法少女っぽいマスターで遊べれば、満足ですよね」

 

 返事をするのは、リンのルビー。

 

「さすが、平行世界の私。話がわかります」

 

「あんたら、一回死んで生まれ変わってこい」

 

 呆れるより他にないルビーたちの言葉に、ついリンから本音というか、むしろ願望が口をついて出る。

 

「生まれ変わっても、この性格だけは変わらない気が……」

 

 そして、事の本質を見事についたイリヤの突っ込み。このルビーたちは、例え別世界に生まれ変わろうとも、他人に傍迷惑を振りまく素敵な性格は変わらないだろう。

 

「とにかく、私が来たのは責めるためでも、戦いに出るように説得するためでもないわ」

 

 脱線しかけた話をリンは表情と口調を引き締め、無理やり元に戻す。

 

「それじゃあ、なんで?」

 

「お礼を言うためよ」

 

「え?」

 

 イリヤは本気で、何を言われているのか分からないという顔をする。まるで、聞いたことのない外国の言葉を聞いた時のような反応だ。

 

 無理やり人をサーヴァント扱いし、英霊に突撃させた凛の言葉とは思えない。

もちろん、イリヤはサーヴァント扱いした凛と、今ここにいるリンが別だとは理解している。

けれど、平行次元上の同一人物ということだけあり、彼女たちは背格好以外はそっくり。

だから、つい凛と重ねてみてしまう。そのためイリヤにとって、リンがお礼を言うなどという珍事は、想像の範囲外だった。

 

「なんか、すっごい失礼なことを考えられたような気がするけど、まぁいいわ。アサシンの攻撃から、助けてくれてありがとう」

 

 柔らかく微笑むリン。

 リンの背格好がイリヤと同世代であるため忘れがちになってしまうが、本来の年齢は10代後半。それを、彼女の大人びた笑みを見て初めて実感した。

 

「あなたがいなければ、今頃私はここにいなかった。感謝している」

 

 真っすぐな感謝の言葉が、イリヤの沈んでいた心にじんわりとしみ込む。

 

「次の戦いに勝っても負けても貴方に会えるのはこれが最後になる。だから、どうしてもお礼を言いたかったのよ」

 

 勝てば、平行次元を移動し元の世界に還ることになる。そして、負ければ—————死ぬかもしれない。

 

「それじゃあね、イリヤ。さようなら」

 

 リンは振り向きもせずに部屋を出て行った。

 その後ろ姿を、イリヤは何も言えずに見送った。

 痛みを訴える胸を抑えて。

 

  



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第21話 撤退は、しない

 

 

 

 最悪。

 

 現状を現すには、その言葉以外に適切なモノはなかった。

 ビル一つを丸々囲う鏡面界、その狭い範囲で見境なく猛攻を振るう狂戦士。その名は猛勇ヘラクレス。神話で、何度も狂戦士となっている彼にとってバーサーカーとしての親和性が高かった。

  

 クラスカードによる英霊の現象であり、サーヴァントシステムにより呼び出されたモノに比べてランクは落ちている。

 だが、その高い攻撃力と防御力、そして蘇生能力は健在。

 ただの腕の振り一つが、カレイドステッキによる物理障壁すら貫く攻撃になり、全力の砲撃でも傷一つ与えられない。

 

「あんなの化け物を一体どうやって倒せって言うのよ………」

 

 凛が頭を抱えて呻く。

 取りあえず別の区画に退避したが、ここもいつバーサーカーに襲われるか知れない。

 

「っ……く……、まだ戦えます」

 

 血まみれになりながら、ルヴィアの腕の中で美遊が呻く。

 バーサーカーにゲイボルグを直撃させはしたが、直後に蘇生したバーサーカーの攻撃を受けた。ただの腕を振り回すだけの一撃で、美優は立ち上がれないほどの傷を負う。サファイアが治癒をしているが、今も完治には至っていない。

 

「馬鹿言わないで。ここは撤退しますわよ。一度体勢を立て直さなくては」

 

「ったく、こんなときにあいつらどこに消えたのよ」

 

 あいつらとは言うまでもなくリンとアーチャーの二人のこと。彼らはバーサーカーの情報を話してくれたが、その後別行動を取ると言って、鏡面界に入った途端どこかに行ってしまったのだ。

 おかげで、こちらの戦力は実質美遊一人。

 

「とにかく一度、離界しましょう」

 

 凛が提案する。幸い、鏡面界自体には損傷はない。ここで一度離脱しても、現実世界には影響が及ばない。

 

「そうですわね。美遊」

 

 ルヴィアの指示。だが、美優はソレに応じない。

 だから、サファイアが離脱のための魔法陣を展開する。

 そして、離界する一瞬に美遊は立ち上がり魔法陣の外に出た。

 

 ルヴィアが美優に何かを言ったが、もう聞き取れない。聞き返すこともできないし、その必要もない。彼女たちは、鏡面界の外に出てしまった。そして、カレイドステッキがなければここに入ってくることもできない。

 

「————やっと、一人になれた」

 

「み、美遊さま?」

 

 サファイアにも、美遊が何を考えているのか分からない。

 圧倒的すぎる戦力差、一撃で瀕死の重傷を受けてしまうような相手に一人で立ち向かう。その意味が分からない。

 

「戻りましょう。いくら私でも、死んでしまっては助けられません」

 

 先ほどは、たまたま生きていた。

 でも、次が生きていられるとは限らない。むしろ、死んでしまう可能性の方が高い。

 

「逃げるのは、なし」

 

 美遊がスルリと、手の中に出したのは『セイバー』のカード。

 それを床において、その上に杖の柄の部分を押し当てる。

 

「告げる!!!」

 

 美遊の言葉に応え、カードが光を放つ。光は、円を作り幾何学的な模様を浮かび上がらせる。それは、英霊召喚の魔法陣。

 

「汝の身は我に。

 汝の剣は我が手に。

 聖杯のよるべに従い、この理に従うならば、応えよ!!」

 

 天井が突き破られる。

 上階から降ってくるのは、強大な力を有するバーサーカー。理性を失い、狂気のみで思考を染められた彼は、ただ真っすぐに敵と見定めたモノへと向かう。

 

「誓いをここに。

 我は常世全ての善となる者。

 我は常世全ての悪を敷く者。」

 

 けれど、美優は動かない。

 召喚の呪を紡ぎ続ける。

  

「汝、三大の言霊を纏う七天。

 抑止の輪より来たれ

 天秤の守り手!!」

 

 バーサーカーはその柱のように太い腕を振り上げる。

 それを振り下ろせば、目の前の脆弱な生命は叩き潰され、ひき肉へと変えることができる。理性はなくとも、それを本能で解する。

 そして、彼は良心を失っている。例え、目の前にいるのが愛する我が子ですらその拳を振り下ろすだろう。狂気に囚われ、自身の子を火の海に投げ込んだ神話のように。

 

夢幻召喚(インストール)!!!」

 

 けれど、それはならなかった。

 振り下ろされた拳は、星が造りし聖剣に止められる。振り抜かれた聖剣に押し返され、バーサーカーは廊下の端にまで弾き飛ばされる。

 

「撤退はしない。全ての力を持って——————」

 

 少女は、変わっていた。

 その身に、アーサー王の英霊を降ろし、蒼いドレスと白銀の甲冑を纏う姿に。

 

「今日ここで、戦いを終わらせる」

 

 聖剣を真っすぐにバーサーカーに向け、高らかに宣言した。

 

 

 

※※※

 

 

 

 振りかぶる拳の下を剣を盾にしてすべり込む。

 懐のうちに入り込み、水月へと刃を深く突き立てる。

 筋をブチブチと切り裂き、内臓をズブリと貫く感触が、剣を通して全身に伝わった。

 

 完全な致命傷。しかし、そこからでもバーサーカーは蘇生する。

 

 それを理解している美優は、すぐさま剣をバーサーカーの身体から引き抜き、後方へと下がって距離を取る。

 

 引く剣にべっとりと付着した赤い血液。それを振り払って、隙を見せないようバーサーカーを睨みつける。

 

 一挙手一投足がまるで、自分の身体ではないようだった。他の誰かが、自分を操っているような感覚。剣が身体の一部となり、卓越した剣技を振るう。

 

「み、美優さま……これは?」

 

 聖剣から声が困惑する声が発せられる。

 

「驚いた。その状態になってもしゃべれるんだね、サファイア」

 

 ヘラクレスから視線を外さぬままサファイアに答える。

 

「まさか、英霊をその身に……」

 

「そう。クラスカードを介した英霊の座への間接的なアクセス。クラスに応じた英霊の力の一端を写し取り、自身の身に上書きする。それが、クラスカードの本当の使い方」

 

 説明している間にも、バーサーカーに与えた傷はまるで逆再生のようにふさがり蘇生していく。

 

「話はお終い。行くよ」

 

「無茶です! 蘇生を繰り返す相手と真っ向からやりあうなんて!!」

 

 制止の声を上げるが、美優は聞かない。

 バーサーカーが蘇生しきる前に、次の一撃を与えるべく走り出す。

 

 姿勢は低く。

 

 魔力放出を使って、跳ぶように一足でバーサーカーの間合いの内側にすべり込む。

そして、全身をバネにして胴をなぎ払う。

 

 しかし、今度の手ごたえは先ほどのモノと全く違った。

まるで、鋼鉄でも叩いたかのような衝撃が剣を握る手に返ってくる。

 

 かろうじて、手から剣を取りこぼさずにはすんだけれど、痺れるような感覚に一瞬身体の動きが止まる。

 

 そこに、振り回されるバーサーカーの拳の直撃。

 受身を取ることもできず地面をみっともなく転がる。

 

「刃が通らない……まさか!?」

 

 全身ががくがくと震えるのは、身体の痛みのせいだけではない。

 

 こちらの攻撃に対する耐性をつけたことを身にしみて理解させられたから。

サファイアによる治癒は効いている。だから、あちこちを傷つけたとはいえ、まだ身体は動く。

 

「セイバーの宝具さえ、耐性の対象になるなんて。こんな怪物、倒しようがありません!! 美優さま、撤退を」

 

 ゆえに、サファイアは撤退をしきりにすすめる。

 

このまま戦い続ければ、治癒が追いつかなくなり、美優は動けなくなってしまう。

そうなれば、逃げることさえ不可能になる。

 

「撤退は……しない」

 

 けれど、美優はそれを頑として受け入れない。

 立ち上がり、剣に魔力を込める。剣は、美優の意志に答え白く輝きを放ち始める。

 

「美遊さま、どうしてそこまで…………」

 

 自身のマスターが理解できず、サファイアが茫然と声を上げる。

 

「ここで撤退したら、次はイリヤが呼ばれる」

 

 今まで優しい世界で生きてきて、戦いなんて知らなかったイリヤ。

 

「イリヤは戦いなんて、もう望んでない」

 

 こんなにも痛い。

 こんなにも苦しい。

 こんなにも怖い。

 

 こんな戦いをイリヤは望まない。

 

「イリヤは……って私を初めて呼んでくれた人だから」

 

 満面の笑みで、手を差し伸べてくれた白銀の少女。

 

「だから、友達を守る!!!!」

 

 振りかぶるは、勝利を約束する剣。エクスカリバー。

 美遊の強い思いを反映し、刃はどこまでも凄烈な輝きを放つ。剣は、貪欲なほど美遊の魔力を喰らい尽していく。

 

—————すべての力をここに込める!!!

 

 この戦いの最期を決めるために。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!!!」

 

 解き放たれる真実の名前。

 振り下ろされる輝きは、全てを白く染め上げていく。

 バーカーカーを殺し、ビルの壁を破壊し、鏡面界の一部を貫く。

 

「っ………くぅぅぅ」

 

 美優の胸から、『セイバー』のクラスカードが弾ける様に飛び出す。彼女の魔力が切れ、セイバーが強制送還される。

 ステッキを取り落とし、膝から崩れ落ちていく。

 

「くっ、サファイア。もう一度、召喚を……」

 

 美遊が手を伸ばすが、ステッキを取ることは叶わなかった。彼女が、ステッキを拾うよりも早く、バーサーカーの黒い足がステッキを踏みつぶす。

 

 腹の底にまで響くような音を上げ、バーサーカーが迫る。狂気を宿す瞳が、美遊を見下ろしている。

 

—————まずい、まずい、まずい、まずい、まずい

 

 思考はその言葉にだけ支配され、打開策を考えることすら叶わない。

 

 助けは、ない。

 

 凛やルヴィアは自分の手で逃がしている。

 だから、終わり———

 

「全く、予想外な展開になってるわね」

 

 そんな声が、どこからか聞こえた。

 

 



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第22話 彼は、瓦礫の王にしてただ一振りの剣

 美優の目の前に幾つもの剣がつきたてられる。

まるで、美遊をバーサーカーから守る盾のように。

 

 次の瞬間、美優は誰かに抱えあげられその場から離脱。

それから、ほんのわずかに遅れ剣が爆発した。

 その衝撃に、床が抜け落ちバーサーカーが下の階まで落ちていく。

 

「適当にバーサーカーの命数を削ったら、撤退すると思っていたのに、無茶をしたものね」

 

 美遊を脇に抱え、飛翔するのは赤い魔法少女リン。軽く音を立て床に降り、美遊を立たせる。

 

「全くだ。あんな化け物に、真正面から一人で対抗しているとは思ってもみなかった」

 

 赤い外套を身にまとう少年、アーチャー。彼の手には、カレイドステッキがある。

 

「どうして、ここに……」

 

 彼女たちが、この場面で介入してくるとは思っていなかった。

 

「色々と罠を仕込んでいたのよ。化け物を相手にするんだもの。せめて地の利くらいは生かしたくてね。とはいっても、あなたの宝具のおかげで大半が無駄になってしまったのだけれど」

 

 美優の宝具はビルを半壊させるほどの威力があった。それゆえに、アーチャー達が仕掛けていた罠はほとんど役に立たないものとなっている。

 

「よく頑張ったわね。ここからは、任せなさい」

 

 美優の肩に手を乗せて、鮮やかな笑みをみせる。

 

「これは、キミに返そう」

 

 アーチャーは美遊にサファイアを差し出す。

 

「美遊さま!! 大丈夫ですか!?」

 

 美優の手に戻ったサファイアが、心配に声を上げる。

 

「私は、平気」

 

「平気じゃないでしょう」

 

 美優を見て、呆れた声を上げるリン。

 

 美優は度重なるバーサーカーの攻撃を受けたせいで、打撲だらけ。

肋骨も数本折れているし、左腕が上がらないから下手をすれば鎖骨を痛めたのかもしれない。ガンガンと頭を内側から打ち付けられるような痛みが走っているのは、魔力を酷使しすぎたせいか、物理的な損傷のせいか。

 

「さてと。本来は、こんなところで隠し玉を見せたくなんてなかったけれど、仕方ない。アーチャー」

 

「構わんのかね? おそらくはキミの魔力をすべて持っていくことになるぞ」

 

「構わないわよ。ガツンとやってみせて」

 

 拳を握って、それを振り上げるリン。

 

「了解した、マスター。期待に応えてみせるとしよう」

 

 アーチャーは一歩前に進み出る。

 美優は、アーチャーの背中をまっすぐに見つめる。

 

「……ぁ……」

 

 その背中に、美優は記憶の片隅の何かを刺激された気がしたが、それは霞のようにとらえどころがなくあっさりと消えてしまった。

 

「—————— I am the bone of my sword.」

 

 アーチャーが静かに呪を唱え始める。

 それは、外界に働きかけるモノではない。

 

「Steel is my body, and fire is my blood.」

 

 彼自身の内面へと働きかけるモノ。

 

「I have created over a thousand blades.」

 

 だから、彼は目を閉じ外界の情報の全てを断ち切り、己が世界に深く深く潜っていく。

 

「Unknown to Death.

 Nor known to Life.」

 

 穴の空いた床。そこに黒く太い腕がかけられる。

 牙をむき出しにし、吠え猛る半神半人の狂人。彼が視界に納めるのは、赤い外套を纏う少年。

 

「Have withstood pain to create many weapons.」

 

 彼はただ一人、その狂気の眼差しを受けながら怯むことなく真っすぐに立つ。

 

「Yet, those hands will never hold anything.」

 

 ゆるりと瞼を押し上げる。焼けついた灰白色の瞳が、世界を捉える。

 そこに、恐怖の感情はない。

 なぜなら—————

 

「So as I pray, unlimited blade works.」

 

 彼はこの世界の王にして、ただ一振りの剣なのだから。

 

 

 

※※※

 

 

 

 炎が走る。

 咄嗟に、美優は腕を上げ顔を庇う。

 いつまでも、熱は襲ってこない。

 恐る恐る、腕を外し周囲を見回す。

 

 そこは、ビルの中ではなかった。

 

 地平線の果てまでも見渡せる赤茶けた大地。

 

 赤く焼けた空に浮かぶのはギシギシときしみを上げながら回り続ける巨大な歯車。

 数え切れないほどに夥しい数の剣が大地に突きたてられている。それはまるで主を喪った剣の廃棄場。

 

 その瓦礫の王国の中心で、赤い外套を纏う騎士が君臨していた。

 

「え?」

 

 思わず呆けた声が美優の口から零れる。

 つい先ほどまで、彼は10代の少年だったはず。同年代の少年たちからすれば、決して高いとは言えない身長の少年が。

 

 今は、180を超える長身に変わっていた。

いや、元に戻ったと表現するべきか。

引き締まり、鍛え上げられた筋肉はまるで鋼のよう。こちらに背を向け真っすぐに敵と対峙する姿は、まさに守護者だった。

 

 ここは、アーチャーの心象風景を世界へと侵食させた魔法に最も近いといわれる禁断の魔術。世界を塗り替えたそこには、何もなく、全てがある。ゆえに、この世界は彼の元の姿を思い出す。

 

「ギリシャの大英雄よ。我がマスターの命に従い、打ち倒させてもらおう。貴様が挑む無限の剣は、12の試練をしのぐぞ」

 

 アーチャーが掲げた手。

 それに応えるようにして、剣の丘から引き抜かれた無数の剣群が宙に浮き、切っ先をバーサーカーへと向ける。その様はまるで、号令を待つ兵士のよう。

 

 勢いよく振り下ろされるアーチャーの腕。

 それを合図にして、全ての剣がバーサーカーへと突撃を開始する。

 

「■■■■■——————!!!!!!」

 

 凶暴な声を上げ、バーサーカーはそれらを全て、振り払い撃ち落としていく。

 

「そら、懐がガラ空きだ」

 

 いつの間にか、アーチャーがバーサーカーの脇に回り込んでいた。射出直前の弓矢のように構えられる細身の長剣。

 

 まるで、攻撃できることが当たり前のようにすら見える、平凡な攻撃。

しかし、それは突撃をかけた武器のタイミング、角度、威力、敵の反応の全てを読み切った練達の極地にあるもの。

 

 姿勢を低く、腰を落とす。

ギリギリまで引き絞られた全身の筋肉を解放。

真の姿に戻ったアーチャーが放つ、渾身の一撃。細身の長剣は、バーサーカーの根元まで深々と埋まった。

 

 すぐさま、バーサーカーの懐の内から離脱。

 同時に、

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!」

 

 細身の剣に秘められていた、神秘の全てを内側から破壊する。

さらに、アーチャーは剣群の第2陣の照準をすでにバーサーカーへと合わせている。

剣群は、今か今かと王の命を待つ。

 

「行け」

 

 低く呟かれた命令。

 剣の雨が、バーサーカーへと降り注ぐ。

 爆炎と、折り重なる金属音。それは、勇壮なる音楽を奏でる様。世界すら揺るがしてただ高らかになり響く。

 

 セイバーを降ろした美遊を圧倒していたバーサーカーはただ一人の赤き騎士に、打ち倒されんとしていた。

 

 

※※※

 

 

 戦士は、悟った。

 このままでは勝てないと、理性をなくし知性を失っているからこそ、本能でそのことを知る。

 

 彼の者は、蛮勇にして勇猛なる勇者。

 彼の者は、神話で讃えられる強者。

 彼の者は、不可能な十二の試練を乗り越えし英雄。

 

 だからこそ、誰もが諦めてしまうようなこの窮地の状況で、勝利の手を引き寄せる。

 

「■■■■■——————!!!!!!」

 

 それは、他の平行世界の聖杯戦争で彼をこの世に呼び寄せる寄り代となったもの。

 

 ただ、石から削り出しただけの巨大な武器。だが、それが千を超える年月を重ねた神殿から切り出されたものとなれば、それだけで宝具と比肩するほどの重みを持つ。

例え、真名がなくとも、彼が振るえばそれだけで真名を唱えられた宝具と遜色のない威力を誇る。

 

 ただの一振り。

 

 それだけで、周囲を埋め尽くしていた剣群の全てをなぎ払い、爆炎を払いのける。

 

 巌のような巨躯が構えるのは、黒い巨大なだけの戦斧。刃の部分は、ただ岩を叩いて割っただけ。峰や握りの部分は僅かに人の手が入ってはいるが、ひどく武骨。だからこそ、狂化した彼が振るうにふさわしい。

 

 左の即腹部は、先ほどのアーチャーの攻撃のせいで今だ欠損しており、血を流している。身体のあちこちには、剣が突き立てられている。

 その中でなお、

 

「■■■■■——————!!!!!!」

 

 全てをひれ伏せされる、咆哮を喉が張り裂けんばかりに上げた。

 

 



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第23話 そして闇は、払われる

「……武器を呼んだか。ヒュドラの弓でないだけ、まだましか」

 

 軽口を叩くアーチャー。

 だが、その表情は険しい。

 バーサーカーが巨躯に似合わぬ素早さで、アーチャーへと迫る。

 

「ちぃ!!」

 

 舌打ちとともに、腕を振るう。

 その動きに合わせるように、地面の無数の剣が一斉にバーサーカーへと疾駆する。

 

「■■■■■——————!!!!!!」

 

 咆哮とともに、撃ち払われた戦斧。その一振りだけで、全ての剣は地へと堕ちる。

 

「くっ……!!」

 

 戦斧を持ったバーサーカーはまさに嵐そのもの。技も何もない凶暴な力は、そばに寄るだけで破滅を約定される。

 

 だが、アーチャーはその中でなお、前に出た。

 後ろには下がるわけにはいかない。

 

守るべき少女がいる。

 

何より、彼女が言ったのだ。アレを倒せと。

ならば、それを果たしてこそのサーヴァント。

 

 両の手に黒塗りの弓とただの矢を投影。

呼気とともに、矢が真っすぐにバーサーカーの眉間に向かい放たれる。だが、神秘の欠片も宿していない矢などバーサーカーという名の嵐の前では、そよ風にも等しい。

 

 矢は、バーサーカーの眼前で音を立てて破裂した。バーサーカーへのダメージにはなりはしない。ただ、ほんの一瞬彼の目をくらませただけ。

 その一瞬の隙に、アーチャーはバーサーカーの背後へと回る。

 すでに次の矢は番えられている。その矢は、剣の丘から呼び寄せた彼が信頼する武器の一つ。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグII)!!!」

 

 狙うは人体の急所の一つである、後頸部。アーチャーの内ではすでに矢が中るイメージは確定されている。そうであれば、それが的中するのは当然のこと。

 

「■■■■■——————!!!!!!」

 

 だが、ギリシャの大英雄にはそんなもの関係はない。的中しようがしまいが、どうでもいい。振るうべき武器と、打ち倒すべき敵さえいればそれで完結する。

 

 戦斧を振り下ろす。

 

 それだけの凡庸な一撃。

しかし、それがこれまでの戦局をひっくり返す。バーサーカーの一撃は、アーチャーの防御行動すら無視して、彼と彼の世界に致命的ともいえるダメージを与えた。

 

 

※※※

 

 

 

「アーチャー!!!!」

 

 リンは悲鳴に似た声を上げながら、地面に膝をつく。

 一瞬にして大量に魔力が、持っていかれる。

 

 いくらカレイドステッキによって、大量の魔力が供給されているとはいえ、10に満たないその体では、引き出せる魔力に限界がある。

  

 アーチャーが傷を負った今、彼女に強いられるのは固有結界を維持するための魔力に加え、彼の回復のための魔力。それは、明らかに彼女の限界を超えている。

 

 弱々しい赤い光が弾けるようにしてリンの変身が解ける。

 限界を超えた魔力の行使に、魔術回路が焼きつきかけ、ブレーカーが落ちるように歯止めがかかった。

 

 そして、リンからの魔力の供給の減退とともに、固有結界が音を立てて崩れ落ち始める。

 

「■■■■■——————!!!!!!」

 

 空が砕け、地面が割れ、終焉を迎えようとしている世界の中で、絶対たる破壊者がさらにアーチャーに止めを刺すべく走る。

  

 変身の解けたリンや、深手を負った美遊。それでもカレイドステッキのマスターである彼女たちよりも、アーチャーの方が脅威であるとバーサーカーは本能で感じ取っていた。

 

 アーチャーはすでに死に体。

 

 左腕は折れて感覚はない。魔力で応急処置をしたが、内臓の3割はまともに機能を果たしていない。

 

「っああああああああああ!!!!!」

 

 その中で、なおアーチャーは立つ。

 灰色の瞳は、ただ敵を見据える。そこに絶望はない。一筋の勝利の光明を探し続ける、怜悧な光がある。

 

 だが、それは必滅を約束された運命。

 バーサーカーという名の暴力は、この場にいる全ての者達に破滅をもたらすだけ。

 例え、どんな奇跡を彼らが起こそうともそれが覆されることはない。

 

 

 

 

 

 

 ——————侵入者の存在さえ、なければ。

 

 

 

 

 

 崩壊し始める固有結界。

 無限の剣の世界に、3人の少女たちが降り立った。

 

「ようやく、中に入れましたわね」

「ちょ!? 何ここ? ビルじゃなかったの!?」

「いいから、イリヤはさっさと美優たちのフォローへ行け!!」

 

 やたらと姦しく登場した3人はすぐさま、行動を始める。

 イリヤは凛に蹴り飛ばされながら、真っすぐに美優の場所まで飛んでいき、凛とルヴィアは宝石をヘラクレスへ向けて投げつける。

 

獣縛の六枷(グレイプニル)!!!!」

 

 発動させた魔術は、緊縛のためのもの。正六面体の小結界の中にヘラクレスを閉じ込める。

 

「通った!! 瞬間契約(テンカウント)レベルの魔術なら通用しますわ!!」

 

「おかげで、大赤字だわ!! コンチクショー!!!!」

 

 金髪を掻きあげ優雅に微笑むルヴィアの隣で、やけっぱちになって叫び倒す凛。

 

「イリヤ、どうしてここに?」

 

「ごめんなさい」

 

 問いかけた美遊に、イリヤが深々と頭を下げる。

 

「私、馬鹿だった。何の覚悟もないまま、戦ってた。戦ってても、他人事だった。こんな戦いは、現実じゃないって……なのに……」

 

 ぽたりと、俯くイリヤから透明な雫が地面に落ちていく。

 

「ウソみたいな力が、自分にもあるってわかって……急に全部が怖くなって……」

 

 乱暴に袖で涙をぬぐう。

 

「でも、『力』そのものに言いも悪いもないって気付いたの。恐れる必要なんてないんだって。それに、本当に馬鹿だったのは……」

 

 ステッキを握るイリヤの拳に力がこもる。魔力の高まりに呼応し、ステッキが淡い桃色の光を放つ。

 

「逃げだしたこと! 友達を見捨てたままじゃ、前には進めないから!!!」

 

 イリヤがステッキを振りかざす。

 美優の持つステッキが引きずられる。

 交差する美優のステッキとイリヤのステッキ。ステッキ同士が共振し、澄んだ音を響かせる。交差するステッキの中心には、セイバーのクラスカード。

 

「できるよ、二人なら」

 

 確信に満ちたイリヤの表情にはもう涙はない。

 

「終わらせよう。そして——————」

 

 クラスカードが眩い光を放ち、力を発現させる。

 

「前に進もう!!」

 

 それは、獣を縛る結界が砕けたのと同時だった。

 解き放たれた黄金の輝き。閉ざされた世界を照らし出す光はまるで万華鏡。セイバーの宝具、約束された勝利の剣が燦然と輝きを放ちながら、二人の少女たちの間で万華鏡のように何本も映し出される。

 

 振り下ろされる聖剣。

 どこまでも鮮烈な光が黒いバーサーカーを飲み込まんと迸る。

 

「■■■■■——————!!!!!!」

 

 戒めを解かれた黒い狂人が、黄金の光に戦斧を手に真っ向から立ち向かう。

 白い光は、バーサーカーを飲み込み切れず、バーサーカーは白い光を撃ち払うことができず。

 状況は完全に拮抗していた。

 

 あるいは、バーサーカーが武器を取っていなければ勝負はすでについていたはず。

 だが、そんなもしもを語っても意味はない。

 現状、間違いなく千日手の様相を呈し始めている。

 

 否。

 

 このままでは、負けてしまう。

 

 カレイドステッキが魔力を供給するとはいえ、それを行使するのは幼い少女。未発達な彼らには、現状の威力を維持し続けるのは難しい。そうなれば、先のリンと同じように、強制的に変身が解けてしまう可能性が高い。

 そして、黒化しているバーサーカーは無制限に魔力が供給され、その体力は底なし。

 

 ゆえに、このままでは少女たちの敗北は決する。

 

「アーチャー……」

 

 それを悟ったリンは、カレイドステッキを握る手に力を込めた。

 

「無茶です、リンさん。今のあなたの魔術回路は先ほどの過負荷によって、焼きつきかけているんですよ! これ以上、アーチャーさんへの魔力供給をすれば……!!」

 

「うるさい! さっさと、協力しなさい、ルビー!」

 

 ルビーに最後まで言わせず、リンは命令を叩きつける。

 

「魔術師なら、魔術師らしく。手段がないのなら、あるところから持ってこればいいというのに」

 

 不意に背後から声をかけられ、リンは振り返る。

 そこには、平行次元上の同一人物である凛がいる。

 

「私とあなたの魔術回路は同一。なら、できるでしょ」

 

 主語を省いた凛の言葉。

 リンはその言葉の意味を十全に理解し、不敵に笑った。

 

「私に、できないと思う?」

 

「思うわけないわよ。私の魔術回路も、魔力も預けるわ」

 

 凛の左手が、リンの左手を取る。

 

 遠坂の家が連綿と伝えてきた魔術刻印が自動的に回り始める。遠坂の魔術は流動と転換を得意とする。

そして、彼女たちは同位体の存在。ならば、凛の魔力と魔術回路をリンが使えないはずはない。

 

 向かい合わせで、立つ二人の『凛』

 

 高まる魔力は、相乗しあい昇りつめていく。可視化できるほどに高まる魔力の光は、見る者を引きつけてやまない鮮やかな赤。

 

「アーチャー!! きっちり片をつけて見せて!!」

 

 純度の高い、極上の魔力の本流がアーチャーへと流れ込んでいく。その魔力は、深手を負ったアーチャーの傷を瞬く間に癒していく。

 

「了解した。剣製の極致を尽くし、アレを倒してみせよう」

 

 この無限の剣製の、無数にある複製された宝具の中で、最高峰ともいえる一振り。それは、まるでそこにあるのが当然のごとく、アーチャーの目の前に突き立てられていた。蒼い意匠を凝らした柄と、白銀の刀身を持つ清廉な剣は主に引きぬかれるのを待っている。その様は、まさしく選定の剣。

 

 アーチャーが柄に手をかける。剣は、まるで意志を持つかのようにスルリと抜け、アーチャーの手に収まる。

 

「さぁ、行こう」

 

 懐かしくも優しい瞳で囁くように告げられた言葉は、彼の記憶の残滓が言わせたものだったかもしれない。次の瞬間には戦う騎士の眼差で、敵を睥睨する。

 剣は真っすぐ正眼に構える。柄が吸いつくように手になじむ。どこまでも伸びやかで真っすぐな剣は、真の主の気性を思い起こさせる。

 金色の髪、青い瞳。まるで、清流のように高潔な魂を抱く騎士王。彼女の力が今ここで、真名とともに解放される。

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!!」

 

 イリヤと美遊が放つ「約束された勝利の剣」に勝るとも劣らない黄金の輝き。

 拮抗していた力は、ただ一振りの剣で覆る。

 勝利を約定された黄金の光は、黒い闇を貫き。

 

 そして——————

 

 



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第24話 ひとつの終わりは、新しい始まり

 一枚のカードがヒラリヒラリ舞い落ちる。

 それと同時に、無限の剣の世界が鏡面界へと入れ替わるように音もなく消えていく。

 

「って、なんでアーチャーまで、元に戻っているのよ!?」

 

 固有結界を展開していた時は、かつてのアーチャーの姿を取り戻していたというのに、鏡面界に戻った途端、アーチャーは再び少年の姿になっている。

 リンに詰め寄られ、アーチャーは肩をすくめつつ、彼女の手に握られているステッキを見る。

 

「また、あんたの仕業ね?」

 

 まるで、地の底からのうめき声のような声音でルビーに問い詰める。

 

「それは、誤解です。先ほどまでのアーチャーさんは元に戻ったというよりも、思い出した夢のようなもの。夢が終われば元通り、というわけですよ」

 

 ピコピコと羽飾りを動かして解説する。

 

「はぁ。ま、いいけど。どうせ、これで鏡面界のエネルギーの回収も終わりだしね。ほら、ルビー。さっさと、魔法陣を展開しなさい」

 

「はいは〜い。了解しました」

 

 ルビーが底抜けに明るい声をあげて、崩壊しつつある鏡面界のエネルギーを回収するため、黒い魔法陣を開く。

 

「はぁ〜、これでようやく面倒な騒動も終わったというわけね」

 

 そんな、平行次元移動組を横目で見つつ凛がバーサーカーのクラスカードを拾い上げる。

 

「…………? ルヴィア、どうしたのよ?」

 

 普段のルヴィアならば、手柄の横取り目当てでクラスカードを奪いに来るはずだと警戒していたというのに、その気配は全くない。

 不思議に思い、思わず声をかけてしまう凛。

 

「なんでもありませんわ!」

 

 アーチャーの姿を捉えつつ、もの思いにふけっていたルヴィアは、凛の言葉で我に返る。

 

「あんた……」

 

「さて、こっちは終了。早く、元の世界に戻りましょう」

 

 凛がルヴィアに問いかけるよりも早く、リンが離界のための魔法陣を展開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元の世界では、東の空から少しずつ白み始めていた。星は太陽の光に解けていき、暗い夜空は青い色を取り戻しつつある。

 

「これで、この世界ともお別れってことね。途中、どうなることかと思ったけど、無事ことが済んで良かったわ」

 

「さんざん引っかきまわしてくれて、よく言うわよ」

 

 凛が呆れて、息を吐き出す。

 

「そうですわね。あなたがいなくなってくれるというのなら、清々するというものですわ」

 

 ルヴィアも、さっさと行ってしまえとばかりに手を振る。

 

「少しヒドイ気が」

 

 余韻も何もない、素っ気ないやり取りに思わず美遊が感想を漏らす。

 

「気にしなくていい。あれは、彼女たち流の照れかくし。アレが別れの挨拶のようなものだ」

 

「「「聞こえてるわよ、アーチャー!」」」

 

 三人から同時に突っ込みが入り、アーチャーは涼しい顔で肩を竦める。

 

「なんて言ったらいいのかわからないけど……私が、前に進めたのはリンさんのおかげだから。あの時、お礼を言ってくれたから、私ちゃんと自分の力に向き合おうと思えたの。だから、本当にありがとう」

 

 ペコリとイリヤがリンに頭を下げる。

 

「あ〜、私的には、本当にアレで戦いから身を引いて欲しいと思っていたんだけど」

 

 気まずそうにリンがガリガリと頭をかく。

 

「でも、今の戦い。あなたが来なかったら、こうしていられなかったのは事実よ。頑張って前に進んできなさい」

 

 イリヤを抱きしめ、リンが激励の言葉を贈る。

 

「うん」

 

 イリヤが素直に頷く。

 

「美遊も、今回のことでは、あなたは本当によくやったわ。イリヤと頑張んなさい」

 

 そういって、今度は美優を抱きとめる。

 美優は、耳まで赤くしながら小さく頷いた。

 

「アーチャー」

「ん?」

 

 マスターと少女たちのやり取りを見ているアーチャーにルヴィアが声をかける。

 

「あなたに思い知らせてやれなくて、それだけが少しばかり残念ですわ」

 

「————ああ、助けた時の礼の話か」

 

 少し間を開けてからの返事は、思い出すのに時間が必要だったから。忘れていたというより、本当に気にかけていないというべきだろう。

 

「あなたという人は、本当に…………」

 

 はぁと息を吐き出し、俯いて目を閉じる。

 ルヴィアの瞼の裏に映るのは、つい先ほどまでいた彼の固有結界の世界。心象風景を写すあの場所は、焼けた空と乾いた赤土と剣だけしかない世界。それが、彼そのものだとするのなら、なんて寂しいのだろう。

 

「あなたが、私のサーヴァントでしたら…………」

 

「あげないわよ」

 

 ルヴィアの言葉にかぶせて言い放ったのは、いつの間にか二人の話を聞き咎めていたリンだ。

 

「アーチャーは私のなんだからね」

 

 アーチャーの腕にしがみつくリンは幼い容姿も相まって、余計に子供じみて愛らしく、第三者が介入する余地がないことを見せつけている。

 

「ならば、しっかりおやりなさい」

 

「言われなくても」

 

 自信満々で、言い切るリンの口元に浮かぶのは不敵な笑み。

 

「全く……私は、物ではないのだが」

 

 はぁと疲れた息を吐き出すアーチャー。

 

「頑張って。一応、あんなんでも私なんだし。よろしく頼むわよ、アーチャー」

 

 そのアーチャーの肩をポンポンと慰めるように叩く凛。

 

「さあてと。それじゃ、そろそろこの世界からお暇させてもらいましょうか」

 

 アーチャーの腕から離れ、リンはルビーを構える。

 

「ルビー、私たちを元の世界に戻してちょうだい」

 

「できませんよ」

 

 ルビーの答えに、瞬間時間が凍りついた。

 

「………………………………………………………、ルビー、よく聞こえなかったから、もう一度言ってちょうだい」

 

「だから、できないって言ったんですよ」

 

 何を当たり前のことをと、不思議そうな声で言うルビー。

 

「なんでよ? ちゃんと、クラスカードを倒すたびに毎回、鏡面界のエネルギーを回収していたでしょう」

 

「はい。そうですね」

 

 リンの確認に、肯定するルビー。

 

「なら、なんで、できないのよ」

 

 怒鳴り散らしたいのをかろうじて堪え、単語を一つずつ区切って問いかける。

 

「エネルギーの回収回数が足りなかったからですよ」

 

「は? だって、アーチャー戦の時から全部回収………あ!」

 

 リンは自分の言葉の途中で気がつく。

 

「はい、そうです。キャスター戦のあと、セイバーとの連戦になりましたからね。キャスターの鏡面界のエネルギーを回収できなかったんですよ」

 

「んなぁぁあああああああああああ!!!!!!!」

 

 朝日が昇る、冬木の街に赤い魔法少女の絶叫が轟いた。

 

 

 

 

 付け加えて。

 

 魔術協会のあるイギリスへと凛とルヴィアが戻る途中。互いに、クラスカード回収の手柄を奪い合い、宝石魔術の応酬となり。冬木市の片隅で、ちょっとした魔術大戦が勃発した。

 そのため、大師父から「日本に一年留学して、性格を矯正してこい」と言い渡されることになった。

 

 

   

 結局、なんだかんだで、全員が日本在留。

 このややこしくも騒がしい関係は、まだまだ続いていくことになりそうである。

 

 

 

 



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おまけ

ここまで、読んでいただきありがとうございます。

 

ここからは、あとがきがわりに思い付くままに書いていきたいと思います

 

 

◎ 若年化

 魔法少女といえば、小学校中学年から中学生くらいまでが決まりです。

 たまに、高校生で魔法少女をしている人を見かけますが、恥ずかしくないんですか?

 

 そんな、こだわりからですが作者はロリではありません。

 

 若年化しとかないと、負けたときに言い訳できないじゃないですか。

 俺tueeeeも好きですが、そればっかだと書いてて飽きてしまいます。

 やはり、ない知恵をしぼって一発逆転とか読んでて楽しいと思いますが。

 

 アーチャーが無双しているのが好きな人には申し訳ないなと思いつつ書いています。

 

◎ 書き足し

 エクストラのもそうですが、こっちの作品も別なサイトからの転載です。

 ですが、読みなおすと書き直したくなるもの。

 ということで、細かく書いたり消したりしています。

 一度、話数間違えたりダブってあげてしまったりしましたが、書き直しているうちに間違えてしまったのです。

 

 書き直しは、描写の追記や変更・削除「てにをは」の修正など細かいのをあげるとキリがありませんが。

 分かりやすいところで上げると、こちらの世界でのアインツベルンの扱いについて。

 そして、第9話の魔法少女は、特訓中。クロスしている二次創作なのに転移組が一切でないのはどうかと考えて、リンの出番がマシマシになりました。

 

◎ ランサー戦

 描写してませんが、薄ぼんやりと考えているのはバゼットさんと共闘して倒したということです。

 そのうち書くかもしれないので、どういう手順で倒したかは秘密にしときます。

 

 

◎ セイバー戦

 アーチャー弱すぎとご意見をいただきました。

 ですよねー

 物語の都合で撤退していただいたようなものですから。

 

 作中でもフォローはしていますが、凛たちをかばっていた+セイバーの魔力放出で押されたということでご勘弁を。

 

 

 

 物語の都合を書きましたが、アーチャーが撤退しないとどうなるか。

 

 アーチャーが撤退しないということは、彼がセイバー戦では前衛となりメインで戦う形になります。彼の戦闘スタイルは防衛主体であり、セイバーに魔力放出があっても戦えます。

 アーチャーが時間を稼いでいる間に他のメンバーが態勢を建て直し、魔術師組が攻略法を構築。

 魔術師組がテンカウントの魔術でセイバーを縛った上で、魔法少女組で魔力砲を放つ。それで

足りなければゲイ・ボルク。

 

 キャスター戦で消耗していても、勝ててしまうんです。

 

 勝ててしまうと、物語の流れが大きく変わります。

 まず、イリヤの封印が解ける場面を作れない。夢幻召喚しない。

 そしてアーチャーはセイバー戦で大ケガを負うこともないので、次のアサシン戦に参戦してしまうんです。

 アーチャーは白兵戦を好んでますが、大軍相手でも剣群で対処できるのでアサシン戦でピンチにならない。

 イリヤが魔法少女引退する理由ができない。

 

 などなど。

 軽く書いただけでも、色々と支障が出てくるのがわかります。

 

 

◎ アサシン戦

 転移組であるリンのみの参戦ですが、彼女一人では原作から大きく流れを変えられませんでした。

 とはいえ、ここで重要なのはリンと凛の間の魔力の融通が容易であるということですね。

 本来は、ほら、体液の交換とか特殊な術式が必要ですから。

 自分同士の体液の交換とか…………もうすでに、原作でされてましたね。

 

 

◎ バーサーカー戦

アサシン戦後のため、凛は本調子ではなくアーチャーも完全に回復していない中の戦闘となりました。

 

そのため、罠を張ってみたり固有結界を使うことも視野に入れての別行動をとってみたりしています。

 

しかし、この辺りはどうにも分かりにくかったようで反省です。

 

そして、固有結界を使いバーサーカーを追い詰めるアーチャー。

バーサーカーは防戦一方となり、命の残数もあと僅かというところまで持っていきます。

この辺りで黒化サーヴァントの弱さを出しつつ、でもこれで終わったらヘラクレスじゃないと考えての逆転劇。

 

あの斧を持ち出すバーサーカー。

結果、バーサーカーに固有結界を半壊するところにまで追い詰められる。

 

本来ならばそこで終わりというところですが、固有結界が壊れかけたことで外部からの侵入者が。

 

もっとも、これも愉快型礼装あっての裏ワザ。本来なら、中に入ることも出来なかったのでは。

 

そして、結末は魔法少女たちとアーチャーの合わせ技でした。

 

◎ 衛宮士郎

 ゲストとして、チラチラ顔見せしております。

 ツヴァイ編に突入したら、もう少し出番が増えますよ。

 衛宮士郎が視界にチラチラすると未熟な思想に我慢できないアーチャーが怖いんですよね。

 

◎ ツヴァイ編

 途中までしか書いてないんですよね、あれ……

 



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