狂い咲く華を求めて (佐遊樹)
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エイプリルフールネタ 露悪逆行
逆行ってこれからも一定数あるだろうしすげえジャンルだよな


エイプリルフールネタがエイプリルフールに間に合わないって、これ一番エイプリルフールっぽくないですか?(おめめぐるぐる)


 

 目を覚ました。身体が五体満足であることを確認した。愛機は手元になかった。

 最期の光景を思い出す。誰かに名を呼ばれた。手を思いっきり伸ばして、何かを掴んだ。

 それだけだ。

 

 誰と戦っていたのか、なんのために戦っていたのか、全部、何もかもクソッタレだ。

 学園を卒業して、亡国機業もいなくなって、それでも世界は平和になんかなりはしなかった。

 教師をやって、生徒に人殺しの技術を教えて、それでも結局俺は戦場に戻っていった、ような気がする。

 まずいな、記憶、かなりあいまいだ。

 

 ISなんて知るか。

 戦争なんて知るか。

 ただ日常が欲しくて、その日常を奪っていく存在がいて、俺は誰かがそいつらに日常を奪われるのがいやで。

 武器を手に持った。姉が栄光をつかみ取った技術と刀で、俺は人を殺し続けた。

 

 それだけのつまらない人生だった。

 明確に、その感触だけは覚えている。死んだ。刺されたとか撃たれたとか、そんなのは覚えてないけど、明瞭に死の感覚を思い出せる。

 

 俺は死んだ――最悪を回避できたと思っているけど、最良の未来をつかみ取れたとも思っていない。

 足りなかった。俺の力が、なんて傲慢な考えを振りかざすつもりはない。

 何もかもが足りなかった。備えはなかった。戦火が広まった時、露呈した世界の脆弱さに、多くの人々が殺された。

 

 

 そうだな。

 

 もしやり直せたらなんて、考えなかったことはないな。

 

 もしも。

 

 もしも、やり直せるなら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒は困惑していた。

 IS学園一年一組、()()()()()()()()()()()()()()()の空気は、穏やかなものだった。

 

 箒が困惑している原因は、幼馴染である織斑一夏だ。

 入学初日に屋上まで引っ張られ、思い出話に花咲かせた。朴念仁っぷりは変わっていなかったが、それでもうれしかった。まさか自分と会話する時間を延ばすために授業をサボろうとするとは思わなかったが。

 

 世界で唯一ISを起動できる男子となってしまった彼は、この学園においても唯一の男だ。

 当然だ、ここはISの扱いを学ぶ場所なのだから。

 

 変わらない相手との会話、だった。

 寮に向かう前に、彼の姉である世界最強(ブリュンヒルデ)、織斑千冬に『あいつは変わったぞ』と複雑そうな表情で言われても気にならない程度には浮かれていた。

 

 彼の変貌に気づいたのは部屋に戻ってから――

 トレーニングウェアに着替え、夕食の直前までトレーニングに励んでいた彼は、部屋に戻ってもなお訓練をやめなかった。

 確かにそれは肉体を強化するためだった。よく鍛えられた身体。だが長年の代物というほどではない。ちょうど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼の訓練は、あくまで精神的な……意図して自分を追い込むためのものである。

 箒はそう見抜いていた。

 

(何故、だ? 一夏、お前は一体、何かに追い詰められているかのようだ)

 

 疑問はあれど、心身共に磨き上げようとする姿勢は好ましい。

 好ましい、どころではない。

 

 乙女回路ギュンギュンである。

 

 汗を滴らせながら、一心不乱に過酷なトレーニングに打ち込む幼馴染は、初めて見た。

 一種のギャップ萌えである。朴念仁だが芯は曲げない好青年の、求道者もかくやと言わんばかりのストイックさに、箒は数年ぶりの遭遇からの即恋心フルスロットルだった。

 

 精魂尽き果てるまで鍛錬を続けてから、彼はベッドに入り、朝早くから箒を起こさないよう――箒は一睡もできていなかった――部屋を抜けてグラウンドを走っていた。

 

 なんだお前は。

 顔が良くて自分の味方をしてくれる存在、というだけなら、そりゃあ多くの人から好意的に受け止められるだろう。

 しかしその、男真っ盛りと言わんばかりの顔! ひたむきさ! ダメダメダメ! 箒は内心絶叫していた。好ましい。好ましすぎる。

 

(う、うぅ、今日の昼食、どんな顔で食べればいいんだ)

 

 二人で食堂に行く約束となっている相手が、三日会わざればを地でかましてきた男だ。

 対人能力に多大な欠陥を抱えている箒にとっては分が悪い。

 

 和風乙女がウンウン唸っている間にも、時間は進み。

 

「では、クラス代表を選出する。クラス代表は学年別トーナメントにも出場するクラスの顔だ。自薦他薦は問わんぞ」

 

 授業の前に、担任である千冬が放った言葉。

 多くの生徒が反応する中、一夏がすっと目を鋭くするのに気づいたのは何名だったか。

 

「はいはいはい! 織斑君がいいと思います!」

「私もー!」

 

 自分の名が出てきた瞬間に、彼は苦笑した。

 完全に予期していたのだろう。それでいて気負った様子はない。

 

 要するに――受ける気だ。

 

「……いいのか、織斑」

「いや、他薦は断れないって言うんでしょ、千冬姉のことだし」

「織斑先生と呼べ」

 

 出席簿が振り下ろされ、一夏が悲鳴を上げる。

 箒はそこで事態に追いついた。一夏を推薦する声は、そこまで真面目に考えたものではないだろう。しかし一夏は笑って受け入れていた。

 

 やがてイギリス代表候補生が机を叩いて立ち上がり、演説をぶち上げる。

 一夏は席に座ったまま、彼女の方に振り向いてそれを聞いていた。

 自身を中傷する内容だ。国ごと貶めるような内容だ。

 それを彼は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時に、俺はISを身にまとっていた。

 

 おいおい生き残ったのかよ、死んだんじゃなかったのか。愛機に確認して身体状況を報告させる。何の問題も発生していない五体満足の俺。『打鉄』からの報告。愛機じゃない。

 ぶったまげた。そして部屋に入ってきた女が俺以上にぶったまげた。俺は部屋にいた。

 どこだ。なんだこの骨董品は。テロリストだって第二世代機に手を加えているぞ。まさか無改造の第二世代機に俺が乗る羽目になるとは――違う。ここはどこだ。ここは、何だ。

 

 俺を見て女が叫ぶ。

 

『そんな――()()()()()()()()()()()!』

 

 気の利いたジョークだと思って、俺は笑った。

 確かに死後の世界じゃあ初めてだったかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言いたいことはそれだけか」

 

 イギリス代表候補生セシリア・オルコットは自分がクラス代表であるべき理屈を語り終わった。

 確かに内容は過激だったが、ズブの素人とエリートである代表候補生ならば、選ぶべきが誰かは、一目瞭然だ。

 

 それを受けて、一夏は席から立ち上がった。

 少し困ったような顔。一秒後には、苦笑に変わっていそうな、どこにでもいそうな青年の顔だった。

 

 誰もが、口論が始まると思った。セシリアがかみつくのは確定で、あとは一夏がどう応じるか。

 あの織斑千冬の弟というからには、もしかしたらすげなく流してしまうかもしれない。箒は彼の訓練を知っているから、少し、身構えた。

 

「ええ。貴方にも理解できるよう、もう一度説明して差し上げましょうか?」

「そうじゃない」

 

 空気が激変した。

 

 

「お前はそんなくだらない理由しか語りえないのか、と聞いている」

 

 

 視線に射抜かれ、セシリアは二の句が継げなくなった。

 彼の瞳はこちらに向けられている。他の誰でもないセシリアに。

 

()()()()()()()()()()()。いや、今はいいかもしれないか。でも、ISを使って世界の表舞台に立つような人間がそんなんじゃ……困るんだ」

 

 誰も言葉を発せない。一夏は場の空気を完全に掌握していた。千冬の覇気とはまた違う、もっと冷たい異様な雰囲気。

 

「分かりやすく説明したほうがいいか? ガッカリだ、と言っている、イギリス代表候補生。理屈は正しいが、代表候補生でなくお前が相手なら、俺の方がマシだ」

「――――!」

 

 セシリアは強く拳を握った。

 

「……コケにしてくれますわね」

「期待していた分、裏切られると悲しくなっちまったのさ。俺は俺を自薦するよ。お前はどうするんだ」

「……自薦しますわ」

「なら話は簡単だな」

「吐いた唾は吞めぬ、とはそちらの国の言葉ですわよ」

「なんだよ、馬鹿にしてた割には勉強してんじゃねえか」

 

 軽く笑って、一夏は右の人差し指を銃口のように向けた。

 

「決闘だ。俺は全世界の男の意志を背負って、お前を倒す」

「受けますわ。叩き潰して差し上げます」

「お前じゃ無理だよ――この場にいる全員無理なんだからさ」

 

 その言葉は。

 その言葉は、よりにもよって一年一組で吐かれた。

 

「な――ッ!? 一夏お前、千冬さんがいるんだぞ!?」

「そうだな。だから何だ?」

 

 さすがに箒が声を上げたが、一夏は涼しい表情である。

 もはや少女たちの頭脳はオーバーヒートを起こす寸前だ。代表候補生に喧嘩を売った、この時点で常識に則って考えれば『あ、あいつ死んだな』だというのに、実に自然な流れで今度は世界最強に喧嘩を売り始めたのだ。

 

「……一夏。私も今の言葉は、いささか不愉快だが」

 

 教壇に立つ千冬の声は暗く、冷たい。

 怒りや苛立ちからくるものではない。どちらかといえば悲しみ、あるいは、絶望からだ。

 

(そこまで背負う必要はなかっただろう、一夏……)

 

 彼の魂胆に気づけたのは、血のつながり故か。

 だが彼女の内心の悲哀になど目もくれず、彼は教室全体を見渡して嗤う。

 

「俺は全世界の男の代表――お前ら全員が束になろうとも俺は勝つ。勝つ義務がある。だから、代表候補生なんていうチャチな連中には苦戦している暇すらない」

「あ――あなたという人はッ!」

 

 教室を見やる。全員からの視線に、負の感情が混じり始める。

 疑念。猜疑心。憎悪。苛立ち。

 すべてを受けて、一夏は口元を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足りない――足りない、足りない、足りないッ! 何もかも足りない。

 ()()()()を回避するためにはすべて足りない。千冬姉ですら強化が必要だ。

 このままかつてのように、皆で仲良く手をつないでゆっくり強くなるのか。その結果があの荒廃した世界、死んでいく友人、そして何も守り抜くことなく死んでいく俺だ。

 

 俺が強くなるだけですらだめだ。

 全員が強くならなくてはならない。

 セシリアたち代表候補生だけではない。それこそ、このクラスにいる一人一人が、今のセシリアぐらいは瞬殺できる程度に強くならないといけない。

 

 考えた。考えた。足りない頭をフル活用させて。

 

 壁を、作ればいい。

 忌むべき存在を、共通の敵を作ればいい。

 そして焚き付け、折れないように調整しつつ連中を引き上げていく。それだ。

 

 ISを起動させてしまった日。もう学園に行くことは決まっている。手回しはできない。かつてと同じペースで学園生活を送り、その中で周囲の少女たちを徹底的に鍛えていく。

 たとえ誰からも好かれなくとも。

 たとえ全員から憎まれても。

 

 それでも、もう、あんな結末はごめんだ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




相手は未来で全世界のISパイロット全員が束になっても負けかけた相手だけど頑張れセッシー!
本来の愛機だとBT兵器乗っ取られて丸裸にされてるけど、今はクソザコブレオン欠陥機が人間の知覚限界ぶっちぎった速度で突っ込んでくるだけだからやれるぞセッシー!
偏光射撃習熟して五百発ぐらいのビーム同時に制御できるようになった未来の君なら一矢報いてたぞセッシー!

まあ逆行したとはいえ所詮ワンサマなので、本格的な嫌われルートは突入せずに適度にツンデレ発揮して『この人ワルぶってるだけじゃん』ってなってみんなから可愛がられると思います


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第一部 散発索敵
第七王女がのじゃロリって本当ですか!?


書き始めてから気づいたけどあらすじだけじゃキャラとか分かんないわ


「ひょっひょっひょ、おぬしにしては早い反応じゃったのう」

 

 蒸し暑い密林を前にして、ここまで案内してくれたおんぼろワゴン車の運転手に別れを告げる。

 ここから先に進む相方は目の前にいた。

 

「どうした? わらわの美貌に見惚れおって」

 

 ルクーゼンブルク公国の第七王女(セブンス・プリンセス)――アイリス。

 最初に出会った時、俺はまだIS学園の生徒だったか。

 彼女はそのころとさして変わらない外見を維持していた。何だったか、現状維持は女の最大の難問だ、とセシリアが言っていた気がする。

 アイリスがいかなる方法で若さというか幼さを維持しているのかは分からないが、白を基調とした豪奢な衣服でなければ、夏の旅行に来た子供に見えただろう。

 

「いや別に。とにかく、ここまで呼びつけたからには……あるんだろうな」

「ひょひょっ、そう殺気立つでない。既にデータは送ったはずじゃぞ」

「分かってる」

 

 年を重ねるにつれて、自分でも感情の制御がだんだん利くようになったつもりだ。

 けれどどうしても、()()に関しては抑えが利かなくなってしまう。

 

「移動はこいつじゃ」

「骨董品だな」

 

 トヨタ製のカローラ。もちろんガソリンタンクは取り外され、完全電力式になってはいるだろうが、未だ現役で使っている場所があるとは恐れ入る。

 もちろん現地で改修されている、タイヤ周りは密林を走破するためにごつくなっている。銃弾を受けてもパンクしないだろう。

 アイリスは親指で運転席を指した。

 俺はネクタイを緩めてカローラに向けて歩き出す。

 

「おぬし、スーツは脱がんのか」

「防弾素材だ」

「なるほどのう、随分と用意のいいことじゃ」

 

 舌打ちを返す。お前だって、スキンバリヤーを張っているだろうに。

 俺は運転席に乗り込むと、ざっと計器を確認した。ガソリンは満タンだ。予備のタイヤも一つ格納されている。

 

「――所属不明のIS」

 

 助手席に乗り込んできたアイリスの言葉に、俺はハンドルを握る力を強めて、アクセルを踏み込んだ。

 

「おぬしが血眼になって探す、()()かもしれんの?」

「……確かめるまでだ」

 

 鬱蒼と生い茂る密林の中を、場違いな駆動音を響かせながら、カローラが疾走し始めた。

 

 

 

 

 

 所属不明のISが確認されたのは、 ルクーゼンブルク公国が親交を結んでいるA国から、国境線をまたいで数十キロの地帯。

 熱帯雨林が空を覆い、蒸し暑さに汗が止まらないこの地域。

 情報提供者であるアイリスは意気揚々と、目撃情報をよこした村落の人々に聞き込みを始めていた。

 

 仮にも第七王女である彼女のこうした暴挙には、もう慣れたものだ。

 今頃本国では大騒ぎだろうが、誰もが心の底で、ひょっこり帰ってくることを確信している。

 彼女はそういう存在なのだ。

 

「ほれどうした。おぬしも聞き込みをせんか。捜査の基本はこれじゃぞ」

 

 健康的な両足をぱんぱんと叩き、アイリスが笑う。

 

「王女の言葉じゃないな」

「ふん、貴様がそれを言うか。世界唯一の男性IS操縦者」

「……チッ」

 

 座り込んでいた丸太から腰を上げ、ISの通訳機能を立ち上げる。

 周囲から聞こえる言葉を自動で広い、ヒットした言語を選択。

 

『なああれが、捜査に来た人か?』

『二人だけみたいだな』

『おーい、マキムの婆さんの部屋、空いてたか? 客人用に掃除しとけよ』

 

 声が飛び交っている。どうやら俺とアイリスが泊まる部屋を工面してくれるようだ。

 

「何か情報は」

「既に知ったものばかりじゃ」

 

 つまり、俺の下にアイリスが送ってきた情報通りか。

 

 ――この地区では、金鉱の存在がまことしやかに噂されている。

 金鉱だ。この地球上で、かつて最も価値があった物質。

 今となってはもう時代遅れで、仮に金鉱をモノにしたところで世界に名をとどろかせることなどできない。この地区で住む人々からすればお宝かもしれないがな。

 そして金鉱を掘り当てるための工事が進みそうになったところで、機材類一切が突如爆破された。

 

 目撃されたのは、その時だ。

 工事現場から命からがら逃げだした作業員らが、飛び去るISの影を見た、らしい。

 

 コアネットワークにアクセスしたところ、公的に存在が確認されているコアはいずれも所在が明らかになった。つまり、政府が公に所持しているコアを搭載したISの仕業ではない。

 ならば政府が秘密裏に所持しているIS、なのかもしれない。

 

 けれど俺は、そうじゃない可能性を知っている。

 

 世界中の政府も俺と同様に、彼女を必死に探している。

 かつての戦い、亡国機業による世界紛争を、俺と共に駆け抜けた少女。

 

「リミットはどれくらいじゃ?」

「もうセシリアと鈴とシャルロットとラウラ、簪まで連絡を寄越してきやがった。粘って二日だな」

「ひょっひょっ、あやつらはおぬしの()()に関してはよく思うておらんようじゃからな」

 

 俺に協力してくれる人と言えば、それこそアイリスぐらいだ。

 一応は現更識当主も、俺に諦めるよう説得しつつも、情報は流してくれている。

 各国代表となったかつてのクラスメイトらは、あるいは戦争を共に戦い抜いた上の世代のエースらは、俺のこの行いに真っ向から反発している。

 

 仕方ないと思う。

 いい加減に前を向けと思うこともある。

 

 我ながら女々しいやつだ。

 

「現場はここから数キロ離れておる。機材類は破壊されたまま放置されておるな」

「今日は現場確認で終わりだな」

 

 俺は首を鳴らしてから、現地の人の案内に付き従って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ、俺とアイリスは出された食事を平らげた後、狭い部屋でうんうん唸っていた。

 

「分からぬ。あの破壊のされ方が分からぬなあ」

「ああ。あれはまったくもって、ISでする必要のない破壊だ」

 

 機材類は銃弾を撃ち込まれスクラップと化していた。

 しかしながら、それならばISを使う必要などないではないか。ただ武装した勢力に襲わせればいい。

 

「やはり金鉱が原因かのう。利権がらみなら説明はつくのじゃが」

「この村落は、お前の国とつながりがあるんだろ。そのあたりは知らないのか」

 

 ルクーゼンブルク公国と通商を結んでいるのはA国だが、やはり近いということで、隣国であるB国に所属するこの村落からもルクーゼンブルク公国へ出稼ぎに集団渡航した人々がいる。らしい。

 そのつながりで、A国とB国をめぐる情勢が分かればいいのだが。

 

「それが妙なことになっておる」

「何?」

「――――――」

 

 アイリスの説明に、俺は思わず眉を寄せた。

 これは思っていたよりも、まずいことになっているかもしれないな。

 

「で、明後日で帰るのじゃろう。解決は間に合いそうか」

「明日で大体のことは分かるはずだ」

「さすがじゃな!」

 

 膝を叩き俺をほめそやしてから、アイリスはベッドに飛び込む。

 

「では今日はもう休むとしようか。ほれどうした、わらわの嬌声を聞こうとはせんのか」

「……お前はなあ」

 

 疲れてんだよこっちは。地味に歩いたしな。

 

「最後に確認なんだが。この村落の連中に、俺たちはどういう立場で来たと思われてるんだ」

「無論、ルクーゼンブルク公国から事態を確認するために訪れた、単なる捜査員じゃ。武装は拳銃のみ」

「了解した」

 

 俺は椅子に腰かけたまま、目をつむる。

 

「おーい。据え膳、とやらはどうしたのじゃ日本男子よー」

「……俺はロリコンじゃない」

「こちとらアラサーじゃぞ!」

 

 瞬時に沸点を超えて、アイリスが俺の首根っこを掴みがくがくと揺さぶってきた。

 寝かせてくれ、頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ぐーすかと眠りこけるアイリスをベッドに放置して、俺は宿を出て密林の中を歩いていた。

 椅子で寝たせいで身体が軋む。血流が滞っているのが分かる。俺もそろそろ三十路だ、あまり無茶をすると後で響く。

 それは分かっているのだが、どうにもこればかりは止められない。

 

「……ISによる破壊か」

 

 午前中は聞き込みに当て、ついでに監視カメラの映像を確認した。

 確かに工事現場に飛来し、空中から銃撃を浴びせ、それから空の彼方へ飛び去って行く機影は確認できた。

 しかしあの程度の働きをするために、わざわざISを使うだろうか。

 

「金鉱を欲しがる勢力は、二つ」

 

 一つは、ルクーゼンブルク公国と親交を結ぶA国。

 一つは、当然ながらこの村落を有するこのB国。

 

 順当にいけば利権はB国にある。

 つまりISを寄越して妨害するとしたら、それは隣のA国だ。

 

「……ここか」

 

 工事現場だけでなく、村落も見渡せる小高い丘。

 ジャングルをかき分けた先に見えたそれは、天日に照らされ神々しい雰囲気に満たされていた。

 一歩一歩進む。靴に付着した泥が、乾いた草に落とされていく。

 

 午前中を村落での聞き込みに費やしたが、まるで成果はなかった。彼らも事情をいまいち把握していないのか、あるいは。

 

 丘の頂上に着く。

 

「――――――ッ!」

 

 そこから見えた光景に、俺は拳を握った。

 アイリスにとっては、つらい結果となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「む、どこへ行っておったのじゃ! もう少しで捜索隊を組むところであったぞ!」

 

 村落へ戻れば、アイリスがぷんすか怒りながら俺の鎖骨をグーで殴ってきた。

 さらりとそれを避けてから、心配してくれていたらしい村落の人々に礼を言う。

 

「悪いな、少し周りを見ていた」

「成果は?」

 

 無言で肩をすくめる。

 脛に鋭いローキックが飛んできて、飛び退く。

 

「ええい、一度ぐらいは当たらんか!」

「悪いがそういうのには慣れていてね。竹刀でも持ってこない限りは当たってやれない」

「ムキー!」

 

 地団太を踏むアイリスを放置して、俺は傍に立っていた男性の肩を小突いた。

 

『え、あ、はい何でしょう』

 

 ISが翻訳してくれた日本語が脳内に流し込まれる。

 便利なものだ。通訳者が次々と失業した理由でもあるわけだが。

 

「今日の夜で帰る。特にISの足取りは掴めなかった……工事はそのうち再開するだろう」

『工事を再開したら、またあのISが来ませんかね』

 

 不安そうにしながら、彼はそう聞いて来た。

 

 俺は口元をゆがませ、彼の肩を握る手に力を籠める。

 

 

あんたの方が知ってるだろう?

『…………ッ!?』

 

 

 男は俺の手を乱暴に振り払った。

 それから、鋭い目つきで俺を睨む。

 

「アイリス、部屋に戻るぞ」

「ん? おお、分かった」

 

 彼女を連れ立って、宿へと戻る。

 背後で、男が周囲に何かしら話すのが聞こえてくる。そのひそめく声が、共鳴するようにしてざわめきとなり広がっていく。

 

 宿として借りている家の階段を上がり、二階の部屋へ入る。

 後ろ手にドアを閉めてから、俺は上着を脱ぎ捨ててネクタイを解いた。

 

「お、おい。さっき、おぬし何をしたのだ。何か、様子がヘンなのじゃが……」

「夜には分かるはずだ。それより」

「む?」

 

 アイリスの肩に手を置いて、ぽんと押す。

 華奢な身体が仰向けに、ベッドに転がった。

 

「む、お、あれ? いやおぬしまさか嫌な癖が――」

 

 唇を押し付けて、うるさい口を黙らせる。

 悪い癖というのは、鉄火場を前にするとどうしようもなく身体が火照ってしまう俺の習性のことだろう。

 

「ぷは! いや待て待て! おぬし昨晩はまるでつれなかったくせに何をッ」

「お前も昨日こうすりゃよかったじゃねえか」

 

 衣服を乱暴にはぎ取って、床に落としていく。

 俺は彼女の身体に覆いかぶさって、凄絶に笑った。引きつった笑みを浮かべるアイリスの瞳には、一匹の獣が映り込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 日が落ちて、再びスーツを着込んだ俺は、宿の出入り口に立っていた。

 アイリスは息も絶え絶えになっていたが、もう少しすればここまで降りてくるだろう。

 

『……ミスタ。一体何の話でしょうか』

 

 呼びつけた村落の人々に向かって、俺は指を立てた。

 

「なんだっけか、この村の名前」

『……アリミスルですが』

「ああそうだったな。うん。アリミスル村」

 

 俺は立てた指を、地面と水平に、銃口のように構えた。

 

「金鉱があるかもしれない、と知って、あんた達は沸き立った。工事を誘致して、作業員をもてなし、金をいくらか分けてもらうことを期待した」

『ええ、それはまあ、仕方のないことです。うちからも働き手を何人か出しましたし、その利益が我々に恵みをもたらすことは、期待しますよ』

 

 男の一人が薄く笑いながら言った。

 人々もその言葉に応じて、穏やかにほほ笑む。世俗的な笑いだ。誰だって、生活が楽になるならそれに越したことはない。

 俺もそれが分かっているからこそ、応じるようにして薄く笑った。

 

「ここはアリミスル村じゃないな?」

 

 視界に広がっていた笑みが全て、一瞬にして引っ込んだ。

 夜闇の中、村を照らす篝火が、彼らの瞳を浮かび上がらせている。

 

「アリミスル村だった場所は、今日確認させてもらった。子供一人生き残っていない、家屋の燃え残りしかなかったがな」

『……どういうことです?』

「最初は、俺のツレの証言だった。ルクーゼンブルク公国に出稼ぎに若者を送り出した家族が、ここには一世帯もいないという。皆引っ越した、だったか。そんな嘘で俺たちを騙し通せると、本気で思ったか?」

 

 男が一人、前に出てきた。

 右手を背に隠しながら近づいてくるバカだ。

 

『失礼。貴方は何か、思い違いをされて――』

 

 それ以上何か言う前に、胸倉を掴んで地面に引きずり倒した。

 後ろ手に隠し持っていたナイフを蹴とばし、顔面を踏みつぶす。鼻の骨の折れる音が響いた。

 

 それきり、篝火が爆ぜる音だけが聞こえる。

 

「お前らのやったことだ、一から十まで説明する必要があるか? 工事現場も村落の場所も、すべてズラしたんだろう?」

 

 金鉱を掘り当てるための工事は、当初は発見したアリミスル村の人々が先導していた。

 しかし彼らはきっと、途中で工事に反対したのだろう。

 報復として村落は焼き払われ、そのカバーストーリーとして、都市伝説である『所属不明のIS』が持ち出され、俺がここに来た。

 

「工事の機材を見た。派手に爆発して、でもけが人が出ないよう、機材類は現場の一か所に密集していた。工事は既に始まっているのにだ。おかしいだろう。そもそも機材として使う予定はなかった、ただ爆破するためだけに、工事が妨害された証拠とするためだけに使ったんだ」

 

 本来の工事現場は別の場所にあるはずだ。

 そこでの工事を妨害するアリミスル村を焼き払って邪魔者を消し飛ばした。

 

「だが解せねえ。何故、工事現場を襲撃させる必要があった。アリミスル村を焼くだけで済んだはずだ」

『……だって、あいつら、A国に、金鉱の権利を売るって言うから』

 

 一人の女がそう呟き、脳内ですべてがつながった。

 

「A国に妨害の濡れ衣を着せて、世論を自国、B国主導で工事するように仕向けたかったのか。しかし何故、アリミスル村の人々はA国に権利を……」

「ルクーゼンブルク公国、じゃな」

 

 扉が軋み、俺の後ろからのろのろとアイリスが出てきた。

 思わず舌打ちしてしまう。くそ、この辺の話は、こいつには聞かせたくなかった。

 だというのにアイリスは、俺の顔を見上げて気丈に笑う。

 

「気遣い感謝するぞ。おぬしにして、なかなか相手を慮ったようじゃな」

「……うるせえな」

 

 それから、いつも見る活発な笑みはかき消えて。

 第七王女(セブンス・プリンセス)としての冷酷な表情で、アイリスはその場に君臨した。

 

「出稼ぎの者どもを通じて、ルクーゼンブルク公国に金鉱を売り払い、ついでに我が国へ移り住もうとした……彼らは貴様らを、B国の同胞らを裏切ったというわけじゃな」

『……ああ、そうだ! そうだよ! あんたたち公国に恨みはないさ、けど、あいつらは金鉱を他国に売り払い、自分たちだけ助かろうとしやがった! 許せるわけないだろ!』

『いいや、公国は話に応じてたそうじゃねえか! あんたたちも同罪だ! 捜査官だかなんだか知らねえけど、あんたらが俺たちを追い詰めたんだ!』

 

 やめろ、しゃべるな。

 末端の捜査官でも、つらい場面だってのに。

 

 この場にいるのは王女なんだ――

 

「黙れ!」

 

 俺は足元の男を、群衆の中に蹴り飛ばした。

 

「お前らの言い分など存在しない。お前らはそんな、金鉱なんてもののために、村を一つ丸々焼き払った。お前たちは平等に罪人だ」

『うるせえ!』

 

 村人たちが、それぞれの手に武器を持った。農耕用の器具や、調理用の刃物ばかりだ。

 俺とアイリスを傷つけられる代物じゃない。

 

「……一夏。わらわは……」

「考えるな。お前は正しい。正しいんだよッ。」

 

 歯を食いしばり、罵声を受け止めていたアイリスの前に割って入る。

 

「裏切っただの裏切られただの、そこに絶対的なものなんてありはしない! こいつら皆、自分の立場からモノ言ってるだけだ! 立場が理由で罪が許される道理なんてないッ」

 

 叫び、スーツの内側から拳銃を引き抜く。

 トリガーガードに指を添わせてから、叫んだ。

 

「全員武装解除しろ! 今なら間に合う!」

 

 だが彼らはまるで武器を下げない。

 やるしかないか。

 

 その時だった。

 

『来たぞ!』

 

 声につられ、人々が上を見た。

 俺もアイリスも顔を上げる。

 

 夜闇を切り裂き、一条の流星が降ってきた。

 

「――ISかッ」

 

 識別――『ラファール・リヴァイヴ』。第二世代の骨董品だ、馬鹿馬鹿しい。

 こんなものを現場で使っているのなんて、訓練校か、あるいは。

 

「B国の、機密部隊所属ISか」

 

 銃を構えていた腕から、力が抜ける。

 外れだった。

 これは違う。

 

 このISは、間違っても、深紅なんかじゃない――

 

「一夏! まずいぞ!」

 

 エネルギーチャージ音に反応できたのは僥倖だった。

 ISが両手で構えていたカノン砲は、ビーム兵器特有の駆動音を轟かせている。

 建物の影に飛び込もうとして、しかし思考を戦慄が走る。

 

「ま、さ、かッ」

 

 嫌な予感の通り、全てを焼き払う灼熱と閃光が、放たれた。

 俺とアイリスは即時IS展開。パーソナライズ機能が作動し、衣服を量子変換し瞬時にISスーツへ移行、爆熱から身を守るISアーマーが上から着装される。

 

『こいつ、村人ごと!』

 

 広範囲殲滅兵器だ。人気のあるところでの使用は禁止されているが、関係ないのだろう。

 村人は今際の言葉を残す暇なく、炭化していった。

 

『アイリス、待ってろ。終わらせる』

『……頼む』

 

 声には涙がにじんでいた。

 背後にかばった彼女に振り向くことなく、俺は炎を突き破って空中へ跳び上がる。

 

「なッ――ISだと!」

「おおおおおおおおおッ!」

 

 呼び出したブレードを叩きつけ、武装を真っ二つに割った。

 下から炎に照らされ、俺とやつのISが赤く染め上がる。でもシルエットは、俺の探し求めるそれじゃない。

 無性に腹立たしくなり、俺はワンオフアビリティを起動させた。

 刀身が、『雪片弐型』が割れ、蒼いエネルギーセイバーへと変貌する。

 

「貴様、まさか――」

「死ね」

 

 答えてやる義理などなかった。

 逃げようとバックブーストするラファールに対し、俺の第四世代機が追いつけないはずもない。

 

 瞬時に距離を詰め一閃。

 上半身と下半身が分かたれて、そいつは驚愕の表情をうかべたまま、炎の海へと落下していった。

 

「…………」

 

『零落白夜』を終了させ、空を見上げる。

 足元に広がる地獄など知らないとでも言うかのように、無言の満月が、黒い海にぽつりと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「おぬしにしては上出来だったのう」

「スピード解決という面だけならな」

 

 俺の職場――IS学園の緊急滑走路にプライベートチャーター便で送ってくれた後アイリスはいつもの気丈さで言った。

 

「あの二国の関係は終わったな」

「まあ、そこを取り持つことでわらわがこう、がっぽりじゃ!」

「お前が巨悪みたいになってるぞそれ……」

 

 顛末として、二か国間での争いはすべて公となった。

 俺とアイリスの関与は機密事項として箝口令が出ているため、同僚ですら知ることはないだろう。

 

 金鉱は、ルクーゼンブルク公国に渡されることとなった。

 

 機密所持ISの暴露、アリミスル村の虐殺。

 それをやってしまったB国は、もう終わりだろう。

 弱腰の政府に対して軍部がクーデターを行う予兆すらある。そうなれば、出張るのはアイリスたちルクーゼンブルク公国だ。

 

 A国とて、秘密裏に金鉱をかっさらって公国に売り払おうとしたことに関して批判が上がっている。現政権の寿命は長くないだろう。それでも、公国とのつながりは断ち切れない。周辺諸国に対する唯一のアドバンテージだからだ。

 

 どう転んでも公国の得になると、アイリスは笑う。

 でもきっと、あの夜、村人たちから糾弾された声は、ずっとアイリスの中に残っているだろう。

 

 俺は滑走路の上で、アイリスの肩を抱き寄せた。

 

「む、おぬしまさか、ついに身を固める決心を……?」

「んなわけねーだろ」

「それはそれでまずいぞ。もうわらわたちもアラサーに片足を突っ込んでおる、皆内心でいい加減はっきりしろとおぬしを呪っておるぞ?」

 

 はっきりするつっても、一人いねえから仕方ないだろ。

 まあ全員たまにベッドの上で可愛がったらしばらく落ち着くから、それでなんとか引き伸ばしてるだけなんだけど。

 

「……我が公国は、一応、一夫多妻が認可されておるからな」

「本当に最終手段だな」

 

 互いに笑って、アイリスは俺の腕を引きはがした。

 

「では、また何かあれば頼るが良い」

「お前が俺を頼ってるだろ、いつも」

「そうとも言うがな! ひょっひょっひょっ!」

 

 タラップを駆けあがり、彼女は一度振り返ってから、飛行機の中に消えていった。

 吹き飛ばされてはたまらないのでそそくさと滑走路を立ち去る。

 

 学園の敷地を校舎に向かって進んでいけば、早朝のトレーニングをしている生徒が次々と挨拶をしてきた。

 

「あー、織斑センセおはよー、今度はどこ行ってたのー?」

「究極のカカオ豆を探して南米に行ってた」

「校長先生カンカンだったよ」

「千冬姉が? 今度こそ殺されるかもな……」

 

 生徒らからの挨拶を受け流しつつ、職員室へ向かう。

 飛行機の中でちゃんと学園仕様のスーツには着替えたが、どうにもジャングルとは違う歩き心地にまだ身体が追いつかないな。

 

 廊下を進み、職員室に入る。

 

「おはようございます」

「あーおりむー! やっと戻ってきたー」

「いつも通りに謎の圧力がかかって有給休暇にはなっていますが、もうやめてくださいね……」

 

 同僚となったのほほんさんと虚さんが俺を出迎えてくれるが、それどころではない。

 

「分かってますよ、気を付けます。じゃあのほほんさん、ちょいと失礼」

「お?」

 

 のほほんさんの机の下に潜り込み、呼吸法を駆使して存在感をゼロにする。

 椅子に座ったままの彼女はスカートだから、中身が見放題だ。

 

「今日は紺色か」

「うん! 前におりむーが気に入ってたっぽいからねー!」

「……織斑先生、少し話があります」

「本当にすみません許してください」

 

 虚さんが絶対零度の視線を突き刺してきたが、今は出るわけにはいかない。

 いずれ来る。多分あと三秒……二秒……来た。

 

「一夏の馬鹿はどこだァァァァァァァァァァァアアアアァァァァッッ」

 

 完全武装の織斑千冬、現IS学園校長が職員室のドアを吹き飛ばして躍り出た。

 

「校長先生おはようございますー。究極の抹茶を探すとか言ってー、京都行くそうですー」

「私もそう聞いています」

「ほう……そうか……そこにいるのは愚弟ではなかったか、見間違いなら仕方ないな……」

 

 二人のごまかしもむなしく、校長先生の視線は狙い過たず俺を突き刺していた。

 嘘だろ瞬時に看破されてんのかよ。

 

「……あーおりむー、だめみたい」

「ご愁傷さまです」

 

 二人はそろそろと、俺の潜む机から離れていった。

 千冬姉が、幽鬼のようなオーラを揺らめかせながら、俺に近づいてくる。

 

 こんな幽鬼に立ち向かうには、勇気が足りないな。なんちゃって。

 

「……くだらんことを考える前に、何か言うことがあるだろう?」

「はい」

 

 のそのそと机から這い出て、俺は土下座の体勢のまま懐を漁った。

 

「えっと、お土産に恋愛祈願のお守り買ってきたから――」

「吹き飛べエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 俺は死んだ。スイーツ(笑)

 

 ――どっかで第七王女が『ざまあみろなのじゃ! ひょっひょっひょっ!』と笑っているような気がした。

 

 






どうしても我慢できなかった
アイリスは多分のじゃロリだと思います。イズルてめーⅤYouTuber見てんじゃねえよ!


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何巻で亡国機業と決着つけるんだよマジで

セシリアはエロいな~


 飛行機を乗り継ぎ、地図にはない小さな港町を経由し、船頭が操るボートに揺られ一時間。

 俺は大陸に忘れ去られた、小石のような島に来ていた。

 

 ここに来るのは基本的に俺だけなので、船頭もまたお前かという顔をしている。

 チップの要求額が段々下がってきている辺り優しい人だ。

 

 海面は透き通り、浜辺からそう離れなければ水底まで見通すことができるこの海は、ガイドブックには決して乗らない秘境だ。

 別にリフレッシュしたいとかそんなんじゃない。

 俺は、ここに住む人間に呼び出された。

 

 円を描く島の、一つだけ出っ張った岬のような岩場に腰を下ろす。

 身体を舐める風は熱く、空は気が遠くなるほど青い。

 アロハシャツを着てきたのは正解だったようだ。

 

「……イカれた格好だな」

「浮かれた格好、の間違いだろ」

 

 後ろから聞こえた声は、振り向かずとも主が分かる。

 砂を踏む足音が続いて、彼女、織斑マドカは俺の隣に座った。

 花柄のワンピースだった。

 

「お前も、人のことは言えないんじゃないか」

「私はここで暮らしているからだ」

 

 確かに肌は小麦色に焼け、両腕で持つ麦わら帽子も相まって現地の少女みたいだ。

 俺のクローンとして生産された彼女は、外見が変わることがない。

 今は、束さんが作っている細胞崩壊抑止剤を服用することで、人並みの寿命を手に入れているという。

 

 他でもなく、織斑マドカはかつての戦役において俺の最大のライバルだった――が、最終決戦の時には肩を並べて共に戦う関係となっていた。詳細は省く、面倒だし。

 

「呼びつけて、何の用だ」

「呼んだのは私ではない。貴様に用があるという」

「……あいつか」

 

 立ち上がり、マドカと共に島の中心へ歩き出す。何度も通った獣道だ、迷うことはない。

 

「調子はどうなんだ、最近」

「身体はすこぶるいい。作物も安定して収穫できるようになってきた。釣りは……まだ未熟だな」

「今度教えてやる。忍耐が試されるからな、スナイパーだったお前は向いてるはずだ」

「それがどうにも向かん。『サイレント・ゼフィルス』で海水を蒸発させてやりたくなる」

「絶対やめろよそれ」

 

 たわいもない会話を交わす。

 戦役時はめっぽう衝突していたが、今となっては気安い仲だ。

 

「死ぬまでにやっておきたいリストが、おかげで進まん」

「あといくつだったか」

「490だ」

「多過ぎる……」

 

 お前不死か?

 

 そうこうしている間に、俺とマドカは島の中心部に建てられた木製の小屋まで着いた。

 住みかとなる家屋は、島の中に三か所。

 うち二つは普段はあまり使わず、一つは俺のような客のためのコテージ。一つはマドカが死ぬまでにやっておきたいリストにあった『家を建てる』で建てた小屋(耐震・防音など多方面に問題あり)。

 

 そして最後の一つは、ここ。

 

「よく来たな」

 

 あけ放たれたままの扉の前に、かつて亡国機業の一員として俺と戦った女、オータムがけだるげに座り込んでいた。

 

「元気そうだな」

「まあな。住めば都ってやつだ」

 

 蛇のようにギラついていた瞳は、今となっては穏やかに陽光を映しこんでいる。

 彼女の隣を通り過ぎて、小屋の中に入る。簡易なキッチンにリビングがあり、そして窓際は、あいつの特等席となっている。

 

「いらっしゃい、愛しい宿敵(しゅじんこう)さん」

「久しぶりだな、忌まわしい宿敵(ラスボス)

 

 スコール・ミューゼルが、車いすに座ったまま、日向ぼっこをしていた。

 

 

 

 

 

 

 亡国機業戦役の顛末として、スコールとやつのIS『ゴールデン・ドーン』は撃破され、やつは自分の力で立てなくなった。

 またナノマシンの副作用から身体にガタが来ていて、まあ、そういうことだ。

 もう長くはない。

 

「ほらよ」

 

 オータムが机に、ハーブティーの入ったティーカップを置いた。

 会釈して、俺はそれを一口すすった。うまい。

 

「ここに今日来てもらったのはね、あなたにとっても耳寄りな情報があるからよ」

「……それは?」

「ISの非合法売買――かつて私たち亡国機業が取り仕切っていた闇マーケットが最近になってまた活動し始めてるの」

 

 眉を寄せる。

 こいつ、外界と遮断されているはずなのにどうやって知ったんだ。

 

「私たちは確かに敗れたけどね、ネットワークの一部は生き残っているのよ」

 

 俺の疑問を見透かしたように、やつは優雅に笑みを浮かべた。

 ナメやがって。国連に連絡して、この島の警備をより厳重にしてもらうしかないな。

 

「私、いえ、私たちは、そのマーケットを撲滅するための作戦に協力することにしたわ」

 

 驚愕のあまり茶を噴きそうになった。隣でマドカがさっとお盆を盾にしたが、なんとか踏みとどまる。

 危ない。本当にびっくりした。

 

「……どういう風の吹き回しだ」

「私が作った市場を、私以外の人間が、我欲のために使っている。気に入らないわ」

「大した矜持だな」

「協力するのは私だ。既に国際IS委員会からの承諾も得ている」

 

 マドカの『サイレント・ゼフィルス』には任意のタイミングで起爆できる、自爆コードが設定されている。

 怪しい動きをすれば即、爆死だ。

 根本的になんでIS持ってんだよとは当然の疑問だが、普段から持ってる訳じゃない。こいつがこうして俺たちと共に戦う時、即ち亡国機業の残党処理を行う時のみ、『サイレント・ゼフィルス』が貸し与えられる。

 

 俺と何度も切り結んだ漆黒の機体『黒騎士』は、戦役が終わったと同時、マドカ自ら束さんに頼み込み、その形態を消去された。

 本人いわくケジメらしい。

 まあお前はナイトよりスナイパーの方が似合ってると思うよ。個人的に『黒騎士』は二度と見たくないってのが大きいけど。

 

「マーケットに潜入するにあたって、イギリス代表も参加するらしいぜ」

 

 オータムの捕捉に、俺とマドカは顔を見合わせて、げぇと声を上げた。

 

「やめていいか?」

「私もやめたくなったんだが」

「そう言わないの。オルコット代表は戦力としては超一流よ」

「いや俺また有給取って来てるから、顔合わせた瞬間に送還されるかもしれねえぞ」

「私など即座に自爆コードを打ち込まれるかもしれん」

 

 本気で嫌がる俺とマドカの様子を見て、スコールは笑った。

 いや笑い事じゃねえんだわ。

 

 

 

 

 

 簡単な夕食をごちそうになり、俺とマドカは客人用のコテージに着いた。

 

「……それにしても、大した説明も受けなかったというのに、よく承諾したな」

 

 木製の椅子に腰かけたマドカが、窓際で煙草に火をつけていた俺に問う。

 無人島(ここ)禁煙じゃないよな?

 

「別に、俺に耳寄りって時点で予想はついた……あるんだろ、闇取引されるISの中に、所属不明のISが」

「ああ」

 

 マドカはするりとワンピースを脱ぎ、下着姿になりながら答えた。

 

「おい」

「暑い」

 

 外見年齢が変わらないから、絵面は犯罪そのものだ。

 

「それが紅椿である可能性は低いぞ」

「ゼロじゃないなら、俺は行く」

「そうか」

 

 彼女は小屋に置かれたベッドの上に転がって、天井を見つめながら唇を開く。

 

「まるで呪いだな」

「……?」

「お前が持つ、僅かな希望。道を照らす明かりは、時として旅人を終わりのない迷路にいざなう」

「どうした、今日は詩人だな」

「色々考えたんだ、時間だけはあるからな」

 

 そっと視線がずれて、紫煙を吐き出す俺に焦点が結ばれた。

 

()()()()()()()()()()()

「…………」

「英雄譚には、犠牲がつきものだ。そしてその犠牲に、英雄は気づかない――」

「黙れよ」

 

 煙草の火をもみ消して、俺はベッドに近づいていった。

 マドカは何かを期待するような表情で、赤い頬を月光に浮かび上がらせてほほ笑む。

 

「お前があのころと同じように、自分の正義を信じて突き進めるバカだったなら、もう()()は見つかっているかもな。分かっているんだろ、自分が今進む道が、どれだけ愚かな道なのか」

「もうしゃべるな……!」

 

 姉によく似た貌の両脇に、手を置いて覆いかぶさった。

 

「そうやってまた、迷いを一時的に忘れようとする」

 

 俺の唇に指を添わせて、それからマドカは、蠱惑的に口元をゆがませた。

 

「まあ私は、それでもいいがな。さあ、墜ちてこい、英雄」

 

 月光が雲に遮られた。

 暗闇の中で、俺は彼女の身体に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

「通報しました」

 

 セシリアは俺とマドカの並びを見て、というよりマドカがわざとらしく露出している首元のキスマークを見て、即座に携帯電話を取り出した。

 通報しますじゃなくてしましたかよ、何故事後報告した。

 

「待て待て待て! 即断が過ぎるだろ!」

「スナイパーたるもの決断は一瞬でしてよロリコンさん」

「俺はロリコンじゃない!」

「隣をご覧になっては?」

 

 視線を横に向ける。

 やたらエロい表情で俺の腕に身体をまとわりつかせる、外見年齢未成年の女がいた。

 アウトだった。

 

「ジョークだよな?」

「ええ。通報などしていませんわ。少し、母校に連絡を入れただけです」

「それはそれでジョークだよな?」

「さあ?」

 

 俺の携帯端末が急に震え始めて、なるほどなと頷いて、俺は端末の電源を落とした。

 

「来てしまったものは仕方ありませんし、貴方たち二人が戦力として大変心強いことに疑いの余地はありません。今日中に終わらせましょう」

「はいよ」

 

 ジーンズのインディゴブルーを主軸に、青系のワントーンで私服を染めたセシリアは颯爽と歩きだした。

 すれ違う人々が黄色い悲鳴を上げてセシリアの写真を取り出す。この国では女優よりも彼女の方が有名だ。

 

「さすが、大人の女性だな。運が良かったなオルコット、貴様の思い人がロリコンだったからこそ、ゴシップを撮られずに済んでいるぞ」

「御冗談を。そういった心配のないホテルを既に予約していますわ」

 

 ジョークだよな? とまた聞こうとして、セシリアが放出する圧倒的なオーラの前に俺は呼吸を止めた。

 多分それを言うと、死ぬ。

 

「で、マーケットについてだが、情報は?」

「取引は、ロシアとの国境近く。東欧に存在する、地図には記載されていない町で行われているようです。そこから絞り込むことはできていませんが……心当たりは?」

「かつて私たちも利用していた場所だ。候補は3か所だが、うち2か所はどこかの誰かが徹底的に破壊して隠れる場所すらない焼け野原になっている。ならば一つだな」

 

 どこかの誰か、のあたりで二人が俺を見た。

 いや知りません。昔のことなので覚えていません。

 

「ではさっそく向かいましょう。基地で長距離航続ブースターを受け取ってからですわね」

「第三世代機用か?」

「まさか。展開装甲を使用した、第四世代機専用ブースターですわ」

 

 二人のIS『ブルー・ティアーズ』と『サイレント・ゼフィルス』はかつての戦役の中で大改修を受け、アーマーの各所に展開装甲を装備している。第四世代機に繰り上げられたワケだ。

 俺の愛機は特に改修されていない。アップデートが必要だったのは、パイロットの腕前だったからだ。

 

「おい一夏、貴様もいい加減ISを第四世代機に改造したほうがいいぞ」

「同意ですわね。こういった作戦に自ら首を突っ込むのであれば、その第四世代機モドキではいずれ厳しくなってきますわ」

 

 まあ展開装甲を利用してブレードが『零落白夜』と実体剣を切り替えられる、ってだけで、展開装甲の大きなメリットはほぼないもんな。

 

「いやほら、あれがあれだからさ」

「具体的には何だ」

「一夏さんのことですから、どうせベテランの老兵が旧世代の兵器で最新鋭の兵器を圧倒するという古臭いロマンに憧れているだけですわ

「完璧に思考をトレースするのはやめてくれ……」

 

 あと完璧にトレースした上で全否定するのもやめてくれ……

 

 セシリアは心の底から楽しそうに笑い、周囲の黄色い悲鳴が一層増えた。

 

 

 

 

 

 

 超高速で過ぎ去っていく景色をぼーっと眺めているうちに、愛機がブースターを自動で切り離した。

 長距離クルーズの時間は終わりだ。

 三人ともステルス機能を既に発動している。

 

『ブルー1ブースターパージ。潜入に成功しましたわ』

『ブルー2ブースターパージ、ホワイト1はどうだ』

「問題なしだ」

 

 地面に降り立つと同時、ISアーマーを光の粒子に分解し、格納していた防寒服を実体化させる。

 ここから先は徒歩で、マーケットの客として潜り込む必要がある。

 

 しばらく歩けば、かつて町だった地帯が見えてくる。

 雲に覆われ真っ白な空の下、ひしめく黒いシルエット。工場だろう、こんなものを建てていたとは。

 入り口傍にはライフルを手に持った男たちが、周囲を見渡していた。

 俺はコートのポケットから紙切れを取り出し、ひらひらと見せびらかしながら歩いていく。

 

 男たちは俺を見て、ライフルのグリップを握りなおした。

 

『紹介状だ』

 

 英語で言うと、男たちは紙切れを俺からひったくって、それを確認してから愛想のいい笑みを浮かべた。

 

『中へどうぞ』

 

 するっと工場内部に入り込む。

 どこからやって来たのか、同じように防寒服を着込んだ人間が数十人もひしめいていた。

 

「ホワイト1、内部へ侵入」

『ブルー2、マーケットの支配人を確認。顔の照合も取れた』

『ブルー1、残念ですがブルー2さん、既にその支配人を狙撃できるポイントは私が取っていますわ』

『チッ……』

 

 通信越しに喧嘩すんなよ。

 

『連絡が来ましたわ。既に周囲十キロをEU混合軍が取り囲んでいます』

『ではホワイト1、手はず通りに会場周辺の警邏を無力化してくれ』

「了解」

 

 通信を終了し、工場の入り口から一歩出る。

 先ほど俺を通した男二人を、ちょいちょいと呼び寄せた。

 

『どうかしましたかい』

『悪いがここで死ね』

 

 男の一人を抱き寄せ、同時、ベルトに挟んでいた拳銃を引き抜き、密着状態で発砲。

 サイレンサーに加えてコートに押し付けるように撃った、中には聞こえていない。

 崩れ落ちる仲間を見て、口を開けたもう片方の男に一瞬で飛びかかる。雪の上に押し倒し、それから胸に二発撃ち込む。

 

「二名ダウン。次は」

『裏口だ』

 

 工場を大きく回り込むようにして進み、裏口を固める男三人を目視した。

 そのうち一名は、他の二人と違いライフルを持っていない。主催側だな。

 物陰から銃口を向け、膝立ちのまま連射。マガジンが残り一発になるまで撃ち尽くす。音もなく三人が崩れ落ちるが、武装していない男だけは致命傷を外した。

 

「二名ダウン。一人は尋問する」

『ホワイト1、予定にない行動は――』

『やらせてやれ、ブルー1』

 

 俺をいさめようとしたセシリアを、マドカが制止した。

 ありがとな。

 

 雪の上を大股で進み、口から血を吐き出す男の下に向かう。

 やつは俺を見て、懐から拳銃を引き抜いた。銃口がこちらに向くより早く距離を詰め、腕を蹴り上げ拳銃を弾き飛ばした。

 

『質問に答えろ』

『なん、だ、お前……!』

『出品予定リストを見せろ』

『くたばれ、地獄に落ちやがれッ』

 

 顔面を殴る。歯の砕ける感触。

 拳銃のマガジンを入れ替え、既に装填されていた一発を右足に撃ち込む。男がくぐもった叫びを上げる。

 続けざまに立ち上がり、腹を思い切り踏みつけた。

 

『出品予定リストを、出せ』

 

 涙を流しながら、男は懐から携帯端末を取り出し、俺に画面を見せた。

 ひったくるようにして端末を手に取り、素早く確認する。

 

 IS用の銃火器。第一線で活躍している増設装備。

 弾薬。性能が大幅に低下した疑似ISコア。

 そして――完成済みの第三世代IS。

 

 第四世代機の名前はない。

 

『たの、む、助けてくれ』

『……分かった』

 

 俺は端末をその辺に投げ捨てた。ハズレだった。

 安心したように息を吐く男に向かって、銃弾を三発撃ち込んだ。男は衝撃に一瞬目を見開いて、そのまま動かなくなった。

 

「裏口をクリアした」

『……了解。では始めましょう』

 

 何か言いたげな感じを残しつつ、セシリアは作戦を始める。

 同時、入り口と裏口が内側から爆破された。

 

 突然の轟音と爆炎に内部がパニックになる。

 爆音に紛れる銃声を聞きとれたのは、中にいる内の何名だろうか。セシリアとマドカが、暴徒鎮圧用の催涙弾を撃ったんだろう。加えて主催者にはゴム弾が撃ち込まれているはず。

 

 どう考えても国家代表を駆り出す仕事じゃねえよな。まったく。

 

『ホワイト1! データ通りだ、ISが出てきたぞ!』

 

 取引の用心棒として雇われた女傭兵がいるんだっけか。

 個人でISを運用してるなんざ、大迷惑な話だ。

 さっさと片付けるに限る。

 

 工場の天井をブチ破り、ISが一機、空中に躍り出た。

 瞬時に識別。第二世代機『打鉄』をカスタマイズした、かつての戦役で第一線を張っていた日本製IS――『打鉄改』だ。

 

 まあ、傭兵が使うレベルなんてそんなものか。

 

 やつは空中でライフルを呼び出すと、眼下の工場に銃口を向けた。

 セシリアとマドカを始末してから逃げる算段なのだろう。

 

 それよりも俺が早い。

 瞬時にISを展開する。白銀の雪の中で、純白のISアーマーが鈍く光る。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 ブースターを全力で吹かし、空中の打鉄改へ突貫。

 

「な――織斑一夏ッ!?」

 

 流暢な日本語だった。即座に俺を識別するとは、大した腕じゃないか。

 こちらに狙いを切り替えて、ライフルが銃声を響かせる。遅すぎる。銃弾を全て切り捨て、そのまま距離をゼロに。

 振り抜いた太刀筋から、やつは咄嗟にバックブーストして逃れた。置き去りにされたライフルが両断され、爆散する。 

 

「貴様がここに来るとはなッ」

「お前、戦役に参加してたか?」

「ああ、かつて私は米国軍人だった」

 

 やつは俺と切り結ぶ気なのだろう、近接ブレードを召喚し、あろうことか距離を詰めてくる。

 振り下ろされた太刀を雪片弐型で受け止める。

 つばぜり合いは一瞬、互いに刀を切り返し、迷うことなく首を落とそうとする。読める斬撃など意識せずとも避けられる。わずかに首を傾げた直後、スキンバリヤーの数ミリ外をブレードが通過した。

 

「さすがによくやるッ」

 

 俺の斬撃を大きく飛び退いてかわしてから、傭兵はブースターに火をつけた。

 

『ホワイト1、工場内の制圧は完了しましたわ。増援の必要は?』

「要らん」

 

 突撃と当時に繰り出された唐竹割を、同時に俺も前へ踏み込み叩き落す。

 弐ノ太刀で切り捨てるはずが、思っていたよりこいつの反応が早い。身体の前に引き戻された太刀に、剣が阻まれる。

 至近距離で剣戟を続けている以上、セシリアもマドカも撃ちにくいだろう。援護を求めるなら距離を離すべきだが、別にこのままでいい。十分首を狙える。

 

「私は知ってるぞ、織斑一夏。お前が何を求めているのかを」

「何……?」

 

 ブレードとブレードが互いを食いちぎろうと火花を散らす中。

 突然、打鉄改を身にまとう女は、凄絶な笑みを浮かべた。

 

「私の太刀筋には、篠ノ之流が織り交ぜられている」

「ッ!?」

 

 驚愕に、一瞬反応が遅れた。

 やつは太刀を片手に持ち替え、もう片方の手にハンドガンを召喚。

 至近距離で腹部へ発砲、俺は身体を独楽のように回転させて避ける。

 

「ああそうだ。()()から教わったのさ。前線基地の休憩時間にな」

「おま、えッ」

『一夏! 聞くな!』

 

 マドカが放ったであろうレーザーをひらりと舞うようにやり過ごし、傭兵はブレードを俺に突き付ける。

 遠くから軍勢が、EU混合軍が近づいてくるのを、愛機がアラートで知らせてくれる。でも今は、どうでもいい。

 

「探しているんだろう?」

「何か、知っているのか」

「場所までは知らん。だが方策は提示できるな」

「何だ、それは」

 

 気づけば、俺は『雪片弐型』の刃先を下ろしていた。

 セシリアとマドカが何かを叫んでいる。通信をオフにした。

 

 傭兵はブレードの切っ先を油断なくこちらに向けつつも、犬歯をむき出しにして笑う。

 

「世界が再び戦火に呑まれたら――()()()()()()()()()()()()()()()I()S()が、出て来てくれるかもしれないぞ?」

「――――――――」

 

 それ、は。

 

 それは、その言葉は、あまりにも甘美な響きだった。

 

「いい反応をするじゃないか、織斑一夏。世界を救った英雄サマとしちゃあ失格かもしれないが、女のケツを追っかけてる男としては上出来だ」

『冗談でしょう、一夏さんッ!?』

 

 工場の天井が爆ぜた。

 二機のISが、姉妹機の証として同じ青一色の『ブルー・ティアーズ』と『サイレント・ゼフィルス』が、BT兵器を展開しながら俺と傭兵を睨む。

 

「一夏、落ち着け。お前は冷静さを欠いている。今すぐ戦線を離脱してISを解除しろ」

「そりゃあできない相談だろう? さあ織斑、私と一緒に来い。さすがの私も、戦役を終わらせた伝説のパイロット二人が相手じゃ分が悪い。だがお前がいれば、二対二でも圧勝できるはずだ」

 

 傭兵が至近距離で、俺に手を差し出す。

 

 知っていた。

 

 彼女のISは、目に付く武装勢力を、敵味方なく破壊する。

 

 ならば――彼女が世界中のどこにいても戦火を見るぐらいに、あちこちで戦闘が起きるような状態まで、世界を堕とせば。

 

 考えなかったことなどない。

 

 考えた何度も考えた。

 

 けど、俺の答えは決まっている。

 

「『零落白夜』、起動」

 

 刀身が割れ、蒼いエネルギーセイバーが姿を現す。

 傭兵の顔色が変わった。

 

「お前ッ」

「あいつの願いまでは知らなかったみたいだな。意識を乗っ取られた状態で、全ての戦争に介入し、一切合切を破壊するルーティンの理由までは、知らなかったみたいだな」

 

 俺の背部スラスターが蠢動する。

 マグマのような怒りが、炎となって、吐き出される。

 

「あいつは願っていたんだ――『全ての戦争を終わらせること』をな」

 

 その後に何をするか、二人でよく話していた。

 平和になったあとどこに行くか、頭を悩ませていた。

 いつ終わるか分からない戦いの連続の中で、俺たちは明日を夢見ることしか希望の燃料にできなかった。

 

 あいつの願いの美しさを、俺はよく知っている。

 あいつの祈りの儚さを、俺はよく知っている。

 だから。

 

「あいつを探すのに、あいつの願いを踏みにじるわけがないだろ――ッ!!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 世界が縮退し、全てを置き去りにして疾走。

 

 迫る俺に対して、迎撃しようとする太刀はあまりに遅い。

 当たり前だ、篠ノ之流を混ぜ込んだオリジナルなど、まがい物の太刀筋など、俺に勝てる道理はない。

 

 初撃が傭兵の太刀を半ばで断ち切り。

 切り返した弐ノ太刀は、反応する暇すら与えずやつを切り捨てた。

 

 

 

 

 

「殺さなかったのは、意外でしたわ」

 

 裸体に真っ白なシーツのみを巻きつけて、セシリアはホテルに備え付けの灰皿に煙草の吸殻を押し付ける俺に言った。

 二本目の煙草を取り出しながら、俺は首を鳴らす。パンイチのアラサー男、普通にきついな。

 

 女傭兵を切り捨てる時、俺は『零落白夜』の出力を調整した。

 フルパワーでは搭乗者ごと真っ二つにするが、学園にいたころ一番使っていた出力ならISのシールドエネルギーを消滅させるだけで済む。

 打鉄改の機能を停止させられた女傭兵は、マーケットを運営していた者や参加していた者と共に捕らえられた。

 国際刑事裁判所で、懲役刑を受けるのがオチだろう。

 

「話を聞くべきだと思った……米国の前線基地ってことは、俺と別れた後の話だ。何かの手がかりを知っているかもしれない」

「なるほど。確か彼女と最後に会ったのは」

「戦役が終わる半年前、学園での教導だ」

 

 忘れもしない最後の日。

 それ以来会えなくなるなんて考えもせず、いつも通りに会話して、それだけで終わったあの日。

 今すぐ時間を巻き戻せるなら、自分を殴り倒してしまう。それから、彼女に縋り、行くなと泣き叫ぶだろう。今すぐISを手放し、前線を離れろとみっともなく喚くだろう。

 

「それで後で話を聞きに行くと……手を出したら殺しますわよ」

「ガラス越しじゃ無理だ」

「ガラスがなければしますの?」

 

 おっと藪蛇だったか。

 誤魔化すために肩をすくめてみたら、セシリアの視線の温度がさらに下がった。

 

「諦めろ。そいつは完全に麻薬中毒だ。女の身体という麻薬のな」

 

 セシリアの隣で、ふかふかの毛布の中に潜っていたマドカがひょこっと頭を出す。

 本当にこいつ、詩人になったな。

 

「ええ。重々承知しております。その上で一つお聞きしたいのですが」

「ん? どうした」

「なんで彼女がここにいますの?」

 

 青筋をビキバキと浮かべて、セシリアは俺に向かって問うた。

 

「いやその……散々三人で楽しんだ後に聞かれましても……」

「なあなあで済ませて無理矢理始めた一夏さんのせいでしょうッ」

 

 完全にブチギレたらしく、そのまま彼女はベッド横に置いていた端末をひったくった。

 あ、これやばいやつじゃん。

 

「もしもし織斑先生!? はい、どうせ近くでスタンバってますわよね!? 〇〇ホテルの最上階スィートルームでしてよ!」

「ちょっとタンマ」

 

 俺は素早く煙草を灰皿に捨てて、窓際に駆け寄りカーテンの中に身を隠した。

 

「一応言っておくが、不自然に膨らんでてバレバレだぞ」

 

 マドカがなんか言ってるが無視だ無視。

 さあどっからでも来いよ千冬姉。最悪窓から飛び降りてIS使って逃げてやるからな。

 俺がそう拳を握った瞬間だった。

 

 窓をブチ破り、ISを展開した千冬姉がエントリーしてきた。

 凄まじい衝撃を受け、俺は部屋の中にゴロゴロと転がる。

 

「一夏の馬鹿はどこだァァァァァァァァァァァアアアアァァァァッッ」

「足元で伸びてましてよ……」

 

 セシリアのため息交じりの言葉をなんとか聞き取りながらも、俺は薄れ行く意識にあらがえず瞼を閉じる。

 いやあ……やっぱあれだな、休暇を取るには毎回少し急か、なんちって。

 

 セシリアとマドカの状態を確認して、千冬姉の殺気が一層膨れ上がるのを肌で感じながらも、俺は明日こそ紅いシルエットが世界のどこかで見つかるよう祈った。



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中華系ヒロインで勝ったやつ全然いなくね・前編

アキブレやってないので機体だけ引っ張って来たけど大して理解してないです


 その連絡が来た時、俺は学園の教師寮の食堂でうだうだしていた。

 麺が伸びる危険性をいとわずラーメンを前にしてぼーっとするという背徳的な行為。

 というか豚骨スープが思ったより胃にキていた。

 いやマジで。

 普通に気分がちょっと悪い。生徒だったころはスープ完飲してたんだけどな。

 

 表示されるテレビ通話の発信者は、中華人民共和国の国家代表こと、セカンド幼馴染だ。

 

「もしもし」

『やっと出た! 遅いわよ一夏!』

 

 画面に映る彼女は、学生のころは二つに結んでいた髪を下ろしていた。いやこれ本当にいい変化だし英断だと思う。ロングヘア鈴はすごいよ。色気とかすごい。

 

「何か用か」

『ちょっと知り合いと久々に顔合わせたから、あんたのツラも拝んでおくかーってなったのよ』

「俺は大仏か何かか?」

 

 見てもご利益はないぞ。

 鈴はにししと笑い、かつてと変わらぬ活発さのまま画面外に腕を伸ばした。

 

『ほらほら、あのバカとつながったわよ!』

 

 あのバカで通じるのか。俺の扱いはどうなってるんだ。

 

『あ、一夏?』

 

 画面の外からひょいと顔を出してきたのは、現日本代表である更識簪だった。

 見慣れた眼鏡型外部ティスプレイ越しにも、なんか目がとろんとしているのが分かる。

 

「簪か……ああそうか、日中合同演習だっけ」

 

 うちの学園に通っている代表候補生が、それを理由に今学校を離れていたはずだ。

 

『そそ。あたしたちはその監督ってワケ』

『今年は結構粒ぞろい……一夏、教導頑張ってるみたいだね』

「俺じゃなくて、元々あいつらに素養があるんだと思うぞ」

 

 ラーメンをすすって、俺は生徒たちの顔を思い返した。

 代表候補生はなんか皆キャラが濃い。俺をライバル視したり神聖視したり。後者はあまり歓迎できないな。

 生徒に手を出すほど落ちぶれちゃいないが、若い娘が露骨にアピールしてくるのはどうかと思う。もう少し落ち着きを持つべきだろう。いやなんか、何年も挟んで知り合いたちに凄まじい攻撃を加えてしまったような気がするが。

 

「もう演習は始まってるのか?」

『バーカ、開始は三日後よ』

『先入りして色々、調整してるから……』

『その合間を縫って、あたしらで飲んでるってワケ』

「あーやっぱ酒入ってるのな」

 

 やけに声が陽気だと思った。普段から明るい声ではあるが、今は底抜けに、なんというか、馬鹿っぽい。

 

 彼女たちの仲の良さは折り紙付きだ。

 というか俺と同世代の国家代表はみんな仲が良いので、平和の象徴とか言われてる。

 しかも世界を大混乱に叩き落した戦役を戦い抜いた伝説のISパイロットだから、そりゃあみんな知ってる。

 

 日本代表、更識簪。

 UK代表、セシリア・オルコット。

 中国代表、凰鈴音。

 フランス代表、シャルロット・デュノア。

 ドイツ代表、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 ロシア代表、更識楯無。

 

 そして、IS学園教師となった俺――織斑一夏。

 

 伝説の七人(オリジナル・セブン)と呼びだしたのは誰だったか。

 

 同世代のエースは他にもたくさんいたし、俺の同期は化け物揃いだったが、その中でも突出した戦果を挙げたのが上記の面々だ。

 ていうか俺の同期は本当にどうなっていたんだろうね、俺が教師だったら頭を抱えるぐらい天才揃いだったし、問題児揃いだった。

 

 ……一人足りないんだよな。

 挙げた戦果だけなら、俺に次ぐ二番目の少女が、記録から、抹消されているんだよな。

 

「壁からして個室か」

『当たり前よ! 普通にその辺で飲んでたら大変なことになるじゃない!』

『有名人……』

 

 簪が両手でピースしてきたので、真顔のままピースし返した。

 こいつ結構酔ってるな。

 

『で、今は演習に向けて調整してるんだけど、学園組があんたに見てもらいたいーってうるさいのよね』

『日本勢も同じ……学園じゃないとこで、訓練受けてる子に、一夏のことずっと話してる……』

 

 超高速で通話を切ろうとしたが、着信が再び来そうで諦めた。

 二人とも目が据わっている。これは駄目だな、つまり、俺は死ぬ

 

『あんた次会うとき覚えてなさいよ』

『……残念』

「残念って何だ? 俺に何をする気だ? 二度と会えなくするから残念って意味じゃないよな?」

 

 手は出してないからセーフ……ッ! ノーカン……ッ! ノーカン……ッ!

 別に教導者として高く評価されているというだけで、何故怒られなきゃいけないんですか!

 

「とにかく、学園組はあれだ、まあまあの問題児だから、手を焼くかもしれないがよろしくな」

『まっかせなさい!』

『かしこまー……』

「あと、ちゃんと簪をホテルの部屋まで送ってやれ……」

 

 鈴は笑顔を引っ込め、神妙な顔で頷いた。

 さすがに日本代表が路上でブッ倒れてたらシャレにならないからな。

 

 

 

 

 

「じゃあ今日はここまでだな」

 

 翌日、若干の胃もたれを抱えつつも、俺は見事全授業を駆け抜けた。

 定期的に失踪する癖がある以外は、普通に教師をこなせていると思う。多分。千冬姉は比較対象としては論外だから(生徒を馬鹿ども呼ばわりはない)、山田先生を見習って俺は先生をやっている。

 まあ適切なナメられ方を目指しているわけだ。

 

「センセ、パフェ食べいこーよパフェ!」

「先生、ここが分からなかったので……今日の夜23時に私の部屋に来てくださったりしませんか……?」

「織斑ティーチャーに問題です! 今日のあたしのパンツは何色でしょう!」

 

 しかしどう考えても、俺は適切ではないナメられ方でナメられている。

 ていうか油断してたらナメようとしてくる。なんちゃって。

 

「織斑せんせー、今何考えてたのー?」

 

 ドアを蹴破るような勢いで、のほほんさんが教室に入ってきた。

 なんでみんな、俺がダジャレ考えたらニュータイプばりに直感を発動させるんだろう。不思議だ。

 

「何も考えてないさ。俺は普段から何も考えていない。無我の境地ってやつだな」

「へーすごいセンセー!」

 

 悪いが嘘だ。

 もし本当に何も考えてなかったら、そいつはただの馬鹿だと思うし。

 俺は生徒たちからの声、まあ大半は謎のアピールだが、それらを適当に受け流しながら教室の外に出た。

 

「悪い、助かったよのほほんさん」

「いえいえー」

 

 スーツ姿ですらどことなくダボっとしているように見えるのは人徳だろうか。

 布仏本音は廊下で左右を見てから、誰もいないのを確認して、半歩俺に距離を詰めた。

 見上げるような身長差だ。必然、上目遣いになる。顔立ちに幼さが残る彼女だからこそ、この挙動も堂に入っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()

「……剣道部が解散してから、な」

 

 俺はこう見えて剣道部の顧問だ。

 IS学園の剣道部を、立派な姿のまま残しておく。それは教師となるにあたって、俺がひそかに立てた目標だ。俺自身、毎日剣道の鍛錬を欠かさず行っている。最近はやや剣道より剣術の方に重きを置いているが、試合でそう簡単に生徒に負けてはやらない。

 

「じゃ、部屋で待ってるねー」

 

 瞬時に距離を元に戻して、のほほんさんは鼻歌交じりに去っていった。

 さすがは暗部所属だ。のほほんとしてるのに、いざという時はシュババッと動く。

 

 頭をかきながら、俺は別校舎にある剣道場へと歩き出そうとした。

 

 途端に、コール音。

 

「……もしもし」

『一夏、昨日の今日でごめん。でもこればっかりは……気乗りしないけど、あんたに教えないとって思ったんだ』

「お、おう。どうしたよ」

 

 画面に映ったのはセカンド幼馴染だった。

 鈴はいつになく真剣な表情で、一呼吸置いた。

 

『中国代表候補生が襲われたわ……未確認の、深紅のISに

「――――――――ッ!?」

 

 驚愕のあまり、俺は廊下に呆然と立ちすくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 のほほんさんに連絡を入れたらありえないぐらい冷たい笑顔で『事後処理は任せてー』と言われた。

 見ただけで心臓が止まりそうになる笑顔は、本当にあるんだな。

 

 要するにはいつもの失踪だ。多分また千冬姉にド突かれて終わる。

 俺はISをステルスモードで起動し、日中合同演習の演習場――モンゴル国に間借りした広大な敷地へとやって来ていた。

 

 さすがに今回ばかりは、俺が来てるとなんなんだってなるので隠密行動中だ。

 サングラスでささっと変装した。気分はエージェントだ。

 

 演習場の警備兵に、鈴から送られてきた紹介状のデータを見せる。あっさりと通された。スーツ姿のままだし、関係者な感じはあるだろう。

 

『何かあったんですか』

『俺たちも詳しくは知らないんだが……代表候補生が怪我したらしいぜ』

 

 門番が知る情報なんてこんなところだろう。軽く礼を言ってから、中に入る。

 俺の横をトラックがひっきりなしに走り抜けていく。積み込んでいるのは、演習場に並べる障害物や、IS用の銃火器だ。

 

 周囲を見渡しながら進んでいけば、俺を待ち構えていたかのように、野戦服を着込んだ日本代表が佇んでいるのを発見した。

 

「簪」

 

 名を呼ぶと、簪はこちらを見て……複雑そうな表情で歩み寄ってくる。

 

「この場にいる限り、一夏のことは、ワンサマって呼ぶから」

「偽名雑過ぎないか?」

 

 絶対名前考えたの鈴だろ。

 

「いや、それはどうでもいい。それで深紅のISって」

「私は……ここに呼ぶの、反対だった」

「簪ッ」

 

 驚くほどに語気が荒くなった。

 

「頼むよ、簪。俺はどんな手がかりだって見落としたくないんだ。可能性が万に一つもあるなら、そのためだけに命を懸けたっていい」

「だからだよッ!」

 

 珍しい簪の怒声に、思わず動きが止まる。

 彼女は目尻に涙を溜めながら、俺に向かって必死に叫ぶ。

 

「このまま、探させてたら……一夏まで、どこかに行っちゃいそうだって、みんな言ってるッ。私だって探したいよ、でも、もう何年経ったと思ってるのッ。一夏は、何も見えてない……」

 

 分かってる。

 浴びせられる言葉は、もう十分承知している内容だ。

 

 それでもやっぱ、きついな。

 

「ごめん」

「……謝ったって、許さない。ちゃんと、最後には、笑顔に戻ってもらうから」

 

 それだけ言って、簪は踵を返した。

 言われてから、気づいた。

 俺が最後に、心の底から笑ったのは、いつだろうか。

 

 あるはずの存在が欠けてしまって、ずっと()()を感じている。

 違和感が、心の一番奥に沈んでいて、そいつは粘っこくて、まるで洗い落とせなくて。

 

「……ごめん」

 

 壊れたラジオみたいに、俺は同じ言葉を繰り返して、それから簪の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「あんまり多くは話さないわよ……その様子からして、簪に絞られた後みたいだし」

 

 テントが三つほど並ぶ前で、簪と同じ野戦服姿の鈴は真剣な表情で俺を迎えた。

 キャンプに使うようなテントではない。運動会の時にいくつも並ぶ、細い鉄柱を地面に突き立てるタイプのものだ。

 

「状況は?」

「最悪の一歩手前ね……調整場に向かっていたウチの代表候補生が、ISに襲撃されて負傷したわ。命を取るつもりは元々なかったみたい」

 

 鈴の視線を辿れば、椅子に腰かけぼーっと宙を見つめている少女が一人いた。

 

「ウチのチームのエース兼キャプテン、劉明美(ラウ・ミンメイ)よ」

「そりゃあ……」

 

 大黒柱だな。

 それが何者かによって負傷させられたんだ、俺たちのいる周辺はみんな殺気立っていて当然だろう。

 特にそれは、日本代表である簪への鋭い視線となって表れている。本人は気にしていないようだが。

 

「……今回の件で、演習の中断も、検討されてるみたい」

 

 横にいた簪が、ひょいと口をはさんだ。

 

「ま、あり得る話ではあるな」

「冗談じゃないわよ。学園に通わない代表候補生は、こういう場じゃないと実戦的な経験を積めないの。あんただって分かってんでしょ?」

「分かってるよ。それで、襲撃はどんな感じだったんだ」

 

 情報を集めるために発した問いだった。鈴が答えようと口を開いた。

 けれど答えは、まるで予想だにしない方向から飛んできた。

 

「私もISを展開していたのですがー、瞬殺されてしまったのですー」

 

 間延びした日本語だった。

 ガバリと振り向く。被害者本人である劉明美が、椅子に座ったまま俺を見て、言葉を発していた。

 

「君は……」

「明美とお呼びくださいー。先ほど鈴さんが通信していたのでー、ちょっと聞いてましたー。ワンサマさんとお呼びすればいいでしょうかー、お忍びですねー、ニンニン」

 

 人差し指を重ねて、彼女は無表情のまま言う。

 多分、俺が織斑一夏であることを瞬時に看破した上で、茶番に付き合ってくれているんだろう。できた子だ。

 

「君が日本を勘違いしてるのはなんとなく分かった……明美、瞬殺されたというのは本当なのか?」

「ええー。私専用に調整していたー、『甲龍(シェンロン)紫煙(スィーエ)』が三十秒足らずでダメージレベルDに追い込まれてしまいー、その赤いISは逃げたのですー」

 

 紅い、IS。

 心臓がドクンと鳴った。

 

「どういう戦い方だった、そのIS」

「ちょっと、いち……ワンサマ、やめなさいよ」

「いえいえー、かまいませんよー」

 

 鈴にたしなめられ、自分でもハッとした。

 チームの中核になるような代表候補生がボロボロに負けたのだ。何を無遠慮に聞き込みしてやがる馬鹿野郎。

 しかし、明美はまるで動揺することなく、滔々と語り始めた。

 

「最初にエネルギー兵器で攻撃を受けてー、近づいてきたのでー、近接戦闘をしようとしたのですがー」

「…………それで?」

 

 明美の唇の動きが、やけにスローに見えた。

 

「二刀流でしてー、こちらの攻撃を全て受け流した上に、カウンターを受けてしまったのですー」

 

 ――――――――――ッ!!

 拳を強く、強く握った。

 そうなのか。お前なのか。

 

「お姉ちゃん、お水取って来たよ」

「あらー、海美(ハイメイ)ー」

 

 俺が言葉を失っている間に、ISスーツを着た少女がとことこと明美に近づいていた。

 聞き覚えのある声だった。

 

「ん、あれ……え、あれ!? 先生ッ!?」

 

 その呼び名が俺に向けられたものであることに気づき、慌てて意識を引き戻す。

 見れば、明美にペットボトルを渡そうしていた少女は、まさに俺が担任のクラスに所属する少女だった。

 

「劉って……まさか、劉海美(ラウ・ハイメイ)の双子の姉ッ!?」

 

 劉海美は、俺が担任を務める一年一組に所属する、中国代表候補生だ。

 

 見れば二人の顔立ちは確かに似通っていた。やや海美の方がキツい目つきだが、二人とも明るい茶色の髪で、明美は肩にかかる程度のセミロングヘア、海美は腰まで伸びる長さをポニーテールに括っている。揃って、思春期の少女らしい柔らかそうな身体のラインだ。

 

 いやはや、海美に双子の姉がいて本国でISの訓練を受けている、とは聞いていたが、こんな形で会うことになるとはな。

 

「な、なんでここにせんせもがもが」

「あーすまんいつものだ。それと、ここにいる限り俺のことはワンサマと呼べ」

 

 シュババッと海美の傍に駆け寄り、その口を手でふさぐ。

 いつもの、と言って通じたらしい。海美は完全に呆れ切った視線をぶつけてきた。

 

 変装してても意味なさそうだなこれ。いや、顔見知りだから一発でバレただけか? そうだと信じたい。

 

 とりあえず事情は理解してくれたっぽいので手を放す。

 そのタイミングで、明美が口を挟んできた。

 

「そういえばー、海美の担任さんでしたねー。ご噂はかねがねー」

「ほう、何と言っているのか気になるところだが」

「なんでもー、理想のおうじ――」

「あああああああああああああああああああああああ! お姉ちゃん黙って本当にお願い静かにしてぇっ!」

 

 顔を真っ赤にして、海美が明美の口をふさいだ。

 おう……何? なんて言おうとしたんだ?

 

「……随分、仲いいわね?」

 

 心底ゾッとした。

 鈴が、見たこともないほど生気のない瞳で(嘘だわ何度か見たことある、全部女性関係についてだった)、俺をじっと見ている。

 

「ワンサマ……モンゴルの草原はきっと、寝心地いいから……」

「簪待ってくれ。寝心地って単純にゴロ寝するってことだよな? 永眠じゃないよな?」

 

 同じような目をした簪がいちいち怖いことを言ってくる。

 勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

「それであんた、どうするつもりよ」

 

 鈴が湯気を上げるマグカップ片手に、椅子に座ったまま問うた。

 俺は鈴と共に、ひとまず休憩用テントに入っていた。ここで寝ていいらしい。きちんと寝れるよう、側面には防音素材の特殊繊維で編み込まれたカバーがかけられていた。入り口を開けない限り外の様子は分からないし、逆もまた然りだ。

 折り畳み式のベッドに腰かけて、俺は鈴の質問に答える。

 

「もし、あいつなら、また来るはずだ」

「……そうね」

 

 椅子の上で三角座りをする鈴は、野戦服のままだ。

 俺の身体がいつものアレを起こしている。つまりは興奮している。直感的に、鉄火場を感じ取っているんだ。

 

「ねえ、その目、まさかここで今?」

「ダメだろ、さすがに」

 

 身体の言いなりじゃないんだ、自制ぐらい利くわ。

 

「これが解決したら朝までちゃーんと付き合ってあげるから、今はガマンしてよね」

「嬉しい言葉だな」

「……あたしもね、またあいつは来るって思うの」

「理由は?」

「カンよカン。あんたのそれだって同じようなものでしょ」

 

 言い返す言葉が見つからず、肩をすくめた。

 そうだな。俺の中では、確信に近いんだけど、これは傍から見ればまるで論理性のない直感的な考えだ。

 俺は頭の中で、事態を整理する。

 

 襲撃されたのは中国代表候補生。

 合同演習が日中合同だから、人々は殺気立っている。

 日本の勢力からの妨害ではないか。

 あるいは都市伝説の、未所属であらゆる戦場に現れるISではないか。

 憶測は飛び交っている。誰もが不安なんだ。エースを瞬殺した未知の敵がそのへんにいるかもしれないわけだからな。

 

「……なあ」

「何よ」

 

 考えをまとめている間に、疑問が一つ出た。

 

「海美はかなり優秀な生徒だ。ややムラっ気はあるが、実力も才覚も優れている、と俺は思っている。向上心も強い。負けん気がいい方向に働いている。俺たちが育て方を間違えなければ、あいつは大成する」

「同意するわ。あの子はかなりいいとこまで育つわよ。あたし、正直あの子をちょっと後継者にしようかなって思ってるぐらい」

「生身の人間相手に衝撃砲を撃ち込む後継者か?」

 

 鈴はいい笑顔を浮かべた。

 俺は両手を挙げた。降参のしるしだ。

 

「悪い。今のは、完全に俺がバカだった」

「人の黒歴史をぽんぽん掘り返すんだから、まったくもう……それで、話の続きは?」

 

 促され、俺は人差し指を一本立てた。

 

「その海美を……言い方はアレだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 キャプテンである、というだけではなく、エースも兼ねていると鈴は言っていた。

 海美の性格では確かに、チームをまとめ上げるキャプテンは難しいかもしれない。しかしISの部隊を編成する上で、司令塔と切り札は分けることが多い。兼任できるのはよっぽど優秀な奴だ。

 例えばそれはラウラ・ボーデヴィッヒだ。鈴も、兼任できるだろう。俺は指揮官はできない。

 

「ええ、そうよ。海美もよそならエースを張れるとは思うけど、ウチの場合は間違いなく明美ね」

 

 鈴は即時に肯定した。それだけ絶対的な存在なんだろう。

 ならば、だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の問いに、鈴はマグカップの中身を見て、しばし黙った。

 

「……あんたの予測通りなら、自然なんじゃないの」

「ああ、そうかもな」

 

 もちろんそうだ。俺が追い求める深紅の機体ならば、三十秒はむしろかかり過ぎなぐらいだ。

 だというのに、どうしても引っかかった。

 

「悪い。整理してたら、なんか気になってな」

「別にいいわ。あたしも疑問だったし」

 

 マグカップを折り畳み式のテーブルに置いてから、トウと声を出して鈴が椅子から飛び降りる。

 そのままこちらまで近づいてきて、勢いのまま俺の唇に唇をぶつけてきた。

 

「んむ!?」

 

 さすがに奇襲が過ぎるだろ!

 舌まで入ってきたので、どうにもこうにも……

 とりあえず腰に腕を回すと、鈴は甘えるように腰をくねらせながら、あろうことか俺の下腹部にまたがった。

 

 いやいやいやいやいやさすがにダメだって言ったじゃん。我慢してよねつったのそっちじゃん。

 これ大丈夫なのか? 『零落白夜』起動許可出たってこと? 普通にのほほんさん相手に期待してた分、フルパワーでやっちゃうよ? あ、日中合同ってそういう……?

 

「入るよ……一夏、頼まれてた戦闘ログだけど」

 

 テントの入り口をばさっと開けて、簪が入ってきた。

 

 終わった。

 

 俺も簪も、完全に時を止めている。

 動いているのは鈴だけだ。しかも動きはやたら艶めかしい。水音が俺と鈴の口の間から響いている。

 

「ぷは」

 

 やっと顔を話した時、俺と鈴の唇の間には、細い半透明のアーチがかかっていた。

 

「あ、簪戻ってたの? なら言いなさいよ」

「……『山嵐』取ってくる」

「待ってくださいッッ!」

 

 何を隠そう『山嵐』とは簪の愛機に搭載された独立稼働型誘導ミサイルだ。

 死ぬだけじゃすまない。多分何回か死ぬ。

 

「やーね、今のはあたしの性欲発散よ」

「それはそれで……どうかと思うけど……」

「いや自然に俺の上に乗っかっておいてそれはどうなんだ」

 

 鈴が俺の上からどいた瞬間、目にもとまらぬ速さで簪が入れ替わった。

 やたら顔が近い。年齢を重ね、落ち着きが大人の色気へと昇華された分、心臓に悪い。

 

「明美さんの機体のレコーダーから、戦闘ログを抽出した……」

「で、どうだったんだよ」

 

 ごく自然に簪は俺の肩に手をかけ、ベッドに押し倒した。

 逆じゃない?

 

「映像上、敵機はマントを装備して外見を隠蔽してた……」

「お、おう」

 

 簪がこなれた動きで、接触してる部分を上下に揺らす。発情した猫みたいに、身体をこすり付けてくる。

 

「確かにマントの下から、見えた装甲は……深紅。でも、展開装甲かどうかは……判別できなかった……」

 

 いや驚くほど話に集中できない。

 

「音声も、なし。敵のパイロットの呼吸音だけ拾えたけど……それだけ……」

「わ、分かったから、動くのやめてくれ」

 

 上下だけじゃなく左右にも動き始めてるし、簪はもう完全に全身を俺にゆだねていた。柔らかい物体が胸板の上で形を変えているのが、嫌というほど分かる。許して。

 

 じっと簪は、もの言いたげな目で俺を覗き込んできた。

 ああもう、仕方ない、と俺は上体を起こして顔を寄せる。

 

 その瞬間に、全身が震えた。

 

「来た」

「え?」

 

 俺の言葉から数秒後、演習場全体にサイレンが響き渡る。

 

「な――管制応答しなさいッ! 状況は!」

「一夏ッ、外に!」

 

 素早く意識を切り替えた代表二人が、テントの外へ走り出す。俺も後を追って飛び出した。

 周囲を見渡す。皆がざわめき、どこかと通信を取っている。

 

「一夏! 例の敵だわ! 今度は日本の方に来たって!」

「クソ、少し遠いな、簪ッ」

 

 日本のチームがいるテントはここから離れている。徒歩では遅い。

 無言で頷いて、簪が『打鉄弐式』を展開した。無論、展開装甲に換装済みの第四世代機だ。

 隣では鈴が展開装甲仕様の『甲龍』を身にまとっている。

 

 俺は簪の背部マルチラックに乗り込んだ。ISスーツなら、ワイシャツの下に着ている。

 

「飛ばすよ」

 

 宣言通り、全身を薄く引き伸ばすようなGが俺にかかった。

 高度を一旦上げてから、二人はさらに加速した。

 風圧に閉じそうになる瞼を気合で持ち上げ、前方を確認。火の手はない。ただ、銃撃音は聞こえる。

 

「いた!」

 

 ()()を視認した瞬間に、俺の呼吸は止まった。

 

 簪と鈴が速度を緩め、地面を削りながら着地する。

 ちょうど、そいつと、そいつと相対していた少女たちの間に割り込む形だ。

 

「大丈夫ッ!?」

 

 後ろに振り向いて、簪がへたり込む日本の選手らに声をかけた。

 震える返事が聞こえる中で、俺は半ば夢見心地のまま、簪の背中から降りた。

 

 そいつは急造のテント群の上に、悠然と浮かんでいた。

 

 紅いアーマーが、たなびくマントの下から覗く。

 駄目だ、識別するには距離がある。だから確証はない。

 確証はないのに。心臓が痛いほどうるさい。鼓動が激しく乱れる。

 どんなに落ち着かせようとしても、俺の意志を無視して身体が勝手に叫び出す。

 

 おまえ、なのか。

 

 口に出していない問いが、相手に届くはずもない。

 深紅のISはマントを翻して、どこかへ飛び去って行った。

 

「あたしと簪で追跡する! 管制室にレーダー追跡も頼んで!」

「了解!」

 

 鈴が手早く指示を出しているのが、ぼんやりと遠くに聞こえる。

 

 ただ、呆然と、俺は彼女の名をこぼしていた。

 

 

 

 

 

「――――――箒」

 

 

 

 

 



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中華系ヒロインで勝ったやつ全然いなくね・中編

メアリー・スーみたいなオリキャラが出てます


 深紅のISは、鈴と簪の猛攻を振り切って逃げおおせた。

 というのは、ここが日中合同演習のために借りた、モンゴルの国土だったというのが原因だ。

 

 やつは演習用のスペースの外に逃げた。

 国家代表が緊急時とはいえ、不法に国土を犯すことはできない。

 

「やられたわ」

 

 憤りを隠す余裕もなく、鈴はそのへんにあった椅子を蹴とばした。

 休憩用のテントに戻った後でよかった。彼女のこんな様子は、周囲に見せられない。そのあたりは鈴も頭が働いたらしい。

 

「モンゴル国軍とモンゴル国境警備隊、共に未確認機をロスト……使えない……」

 

 イライラしているのがすごく伝わる口調で、簪が切って捨てた。

 まあ目の前に現れた下手人を、政治的な事情でみすみす見逃す結果になったのだ。

 二人の気持ちは推して図るべきだろう。俺だって、そうだ。けど。

 

 もしあれが、俺が追い求め続けた機体なのだとしたら。

 追いかけるべきだった。

 けれど足は動かなかった。

 

 怯えていた? 違う。

 驚愕していた? 違う。

 

 どうしようもないほどの違和感に、俺の足は縫い留められていた。

 

 けれど、今は関係ない。被害が広がっている以上、俺が考えなきゃいけないのは事態の収拾についてだ。

 

「……これで二人目だな」

 

 被害は先ほど確認した。

 日本の代表候補生が一名、ISを起動させて迎撃し――二刀に切り刻まれ、一分もたずにダメージレベルDにまで至った。

 

 これで計二人、犠牲になった。ISは戦闘不可能、演習には参加できないだろう。

 日本も中国もそれぞれ平等に痛手を負った――わけではない。

 

 より大きな痛手を負ったのは、中核であるエースを潰された中国だ。

 

「このままぶつかったとしたら、高確率でウチが負けるわ。一応聞いとくけど、あんたの差し金じゃないわよね」

「当たり前。それより、そっちに明美さん以外の隠し玉がいて……それを前提に目くらましとして、明美さんを襲った可能性は?」

「自作自演って言いたいの? 面白い冗談ねェ」

 

 冷たい声で、二人の女性が互いに目をむけることもなく会話する。

 まずいな、彼女たち、俺が思ってたより余裕がなくなってる。

 

 ……当然か。国家代表にとっての代表候補生って、それ俺にとっての教え子じゃん。

 俺も生徒の誰かが不当に傷つけられたんだとしたら怒り狂う。

 

「どっかの誰かは長年待ち焦がれた想い人の登場に上の空だし、あーやだやだ」

 

 鈴はテントの中を見渡して、鼻を鳴らした。

 その言葉に、俺はゆっくりと、腰かけていたベッドから離れた。

 

「……何よ」

 

 近づくと、テントの照明を俺の背丈が遮った。

 影の中にすっぽりと収まってしまう小柄さは、今も変わっていない。

 俺は鈴の背に腕を回してから、かがんで、思いっきり唇を押し付けた。

 

「ん、ぅ~~~~~~~~!?」

 

 突然の凶行(キス)に一瞬ビクリと跳ねてから、鈴はじたばたと暴れ始めた。この手乗り虎女め。両腕で全身を押さえつけて、キスを続行。舌で口内を蹂躙し続けているうちに、段々と暴れる力が弱まっていく。

 鈴がぐったりと脱力するのを確認してから、俺は彼女を解放した。

 ぺたっと地面に座り込む鈴を見下ろして、酷薄に言葉を放つ。

 

「勘違いするなよ。惚れた腫れただの、そんな話で、俺を括るな」

「にゃ、におう」

「大体考え事をしていただけで、上の空じゃない。簪、こいつを頼む。少し話合っとけ」

「……どこいくの」

「捜査の基本だ」

 

 両足を叩いてから、俺はテントを抜け出した。

 見上げた空には無数の星が瞬いている。その中を駆け抜ける深紅の機影を幻視して、俺は頭を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 日本代表候補生らが集まるテントは、痛いほどの静けさに包まれていた。

 

「失礼」

 

 入り口を固めていた、学園とは異なる教導施設の教官らに簪からもらった紹介状を見せる。

 今の俺は鈴と簪、二人の紹介状を持つ。つまりは二つの勢力に平等に足を延ばせる――どう考えたって、聞き込みに最も適したポジションだ。意図して獲得したものじゃないがな。

 

「被害者の聞き込みに来た者です」

「……すみません、サングラスを外していただいても?」

「先天性でして、光に弱いんです」

 

 教官らが慌てて謝るのを、手で制する。大嘘だ。

 同時に、俺に感づいたっぽい学園所属の代表候補生らを視線で黙らせる。

 適切にナメられておく余裕はない。今ばかりは冗談を挟む時間が惜しい。

 

「被害にあったのは、君だね」

「は、はい」

 

 片腕に包帯を巻いた少女が、おずおずと手を挙げた。

 

「腕は……打撲か?」

「そうです、ISだけ壊して、どこかに行っちゃったので」

 

 それは明美の時も同じだった。パイロットにはさして興味がない、あるいはISを戦闘不能にした時点で目的を達成したということだ。

 俺が探すISと同じルーティンだな。

 

「向こうの被害者と同様、敵は二刀流だったか」

「はい……」

 

 思い出したのか、少女はぶるりを身を震わせた。

 この子が学園所属でなくて良かったと、思う。関係ない子だからこそ、俺は冷静さを保てている。

 ひどい言い草だなと内心で自嘲した。

 

「音、光……何か印象に残っているのは?」

「ええと、特に、ないんです」

()()()()()

「はい。本当に特徴がないっていうか、印象に残ることが何もなくて」

 

 聴覚も視覚も、敵の特徴を捉えなかったと。

 

「君の攻撃はすべて弾かれた」

「ッ」

 

 少女の呼吸が乱れた。背後で教官の気配が少し動いた。

 今は止めないでくれ。

 

「銃火器は互いに装備していなかった。剣を剣で弾かれた。一分間、攻撃は何も通らなかったんだね」

「……はい」

「あの、そこまでに」

 

 制止の声を無視して、俺は最後の質問をした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 一瞬呆けてから、少し考えこみ……少女は口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴代表のお知り合いです……か……あれ?」

「頼む言わないでくれ頼む」

 

 中国チームのテントを訪れると、少し時間が経過して落ち着きを取り戻したのか、ある程度の活気がよみがえっていた。

 選手たちは集まって、特に海美を中心に作戦を再構築している。

 話し合いには明美も参加していた。相変わらずの無表情で、何を考えているかは分からない。

 

 俺の目的の人物は、普段鈴の専用機を調整している専属の技師だ。

 一応知り合いの知り合いというか、鈴を介して仲良くさせてもらっている。

 だからサングラスをかけただけの俺を瞬時に看破して、作業着姿の彼女は顔を引きつらせていた。

 彼女の紫色のショートカットヘアが一瞬跳ねて、慌てて俺まで駆け寄ってくる。

 

「なんでいるんですか」

「見ろ。鈴と簪からの紹介状だ。今この演習場で一番自由に動けるのは俺なんだ」

「あーなるほど、悪い癖ですね。初対面相手でもすぐ助けようとしますよね」

「……うるさい」

 

 生徒にもよく言われるよ。

 彼女は呆れたようにため息を吐いて、それからテントの奥にある物陰に俺を誘導した。

 

「で、何を聞きたいんですか」

「こっちの様子はどうだ。鈴は今少し、荒れててな」

「あの子の気持ちは、みんな察してます。だからこそ、本番で取り返そうとしていますね」

「なるほどな……」

「すみませんどこ触ってるんですか?」

 

 狭い物陰でほぼ密着状態だったので、俺の右腕は彼女の腰に回されていた。

 いや狭いから仕方ないんだ。

 

「……あーなるほど。騒ぎのせいで無駄に溜まってますね?」

「悪かったな」

 

 鈴ほどじゃないが、俺と比べれば背の低い彼女は、顔を上に向けてこちらの目を見た。

 突き出された唇に、キスを落とす。彼女の両腕も俺の腰に回された。

 

「他に聞きたいことは?」

「ん、あー……ISの色って変えられるか?」

「ISアーマーの色の変更……まあできますよ、装甲に流す電流パターンを変更するだけですね。新装備のデモンストレーション時などによくやります」

「そのあたりの細かい、融通の利く感じは中国製の特徴だな」

「無論です、汎用性を高めることがモットーですから」

 

 ふと気になったことを聞いてみた。身体を擦り付けながら、彼女は丁寧に答えてくれる。

 便利だな。俺の機体は白から変わんないから、そろそろ金色にしてみたいんだけど。今度こそ百式名乗るから。

 

「それで、他……というより、一番聞きたいのは?」

「バレてたか。演習に対しての、以前のモチベーションだ」

 

 作業服のジッパーを下げ、空いてた左手を中に突っ込む。彼女は一層俺に身体を寄せた。

 指を彼女の下腹部に這わせながら、質問を細かく加えていく。

 

「この場所に来る前の、訓練校での状態。前入りして全員顔を合わせた時の状態。分かる範囲で教えてくれ」

「んぅ……大体は、んっ、鈴からのまた聞きですけど……あっ」

 

 彼女は甘い嬌声の合間に、少しずつ情報を話してくれた。

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()、と」

「そ、う、ですっ」

 

 頬を上気させ、彼女はくるりと後ろを向いた。

 臀部を俺に強く押し当てる格好。

 

「いいのか? ここで」

「別に……あなたほどじゃないですけど、私だって、その、あれです。つまりこれは情報への、正当な対価です」

「……分かったよ」

 

 背後から抱きしめながら、俺は彼女の作業着のジッパーを一番下まで下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 事が終わって、俺は最高の気分で中国チームのテント内でくつろいでいた。

 ざっくり言うとスッキリした。

 

「先生、なんかあの技師さんと仲良い?」

「ん?」

 

 作戦会議は小休止に入ったらしい。

 海美は、テントの隅にいた俺に茶を持ってきてそう言った。

 

「さっき先生と二人でどっか行って、戻ってきてから、あの人超ルンルンじゃん」

 

 元気なものだ。直後は息も絶え絶えだったくせに。

 

「まあ長い付き合いだからな。こんな時になんだが、昔話に花を咲かせていた」

 

 礼を言ってから、茶をすする。

 嘘八百だ。

 まあ未来の花を咲かせるための、受粉的なことはしてたけどな。なんちゃって。

 

「……先生今最悪にしょうもないこと考えなかった?」

「なんで分かるんだよお前らはよぉ」

 

 もう迂闊にジョークを飛ばせないじゃないか。

 半眼で俺を見る海美から意識を逸らして、俺は顎に指をあてた。

 

 さて。材料は大半出揃ったはずだ。

 考えをまとめよう。

 

 日中合同演習そのものの中断が狙いか――否だ。

 何故なら、もしそうならISのみ破壊などせず、パイロットを殺害すればいい。人が死ねば騒ぎが起きる。将来を約束されたエリートともなれば話は大きくなる。ISパイロットは貴重な人材だ、それが損なわれたとなれば演習が続く道理はない。

 

 ならば演習の勝敗を操ることが狙いか――恐らく、そうだ。

 日中双方に対して与えた損害が平等ではない。そこには犯人の意図が働いている。特に、どちらも一人でいるところを狙った、という点が致命的だ。犯人は日本を勝たせようとしている。いや、あるいは、()()()()()()()()()()()()。言葉遊びのようだが、どちらであるかによって話は変わってくるだろう。

 

 政治的な背景に基づく計画か――これは否。

 言っては何だが、犯行が短絡的過ぎる。演習に対して何かしらの方法で介入したいのならば、選手を直接襲うことは最悪の禁じ手だ。普通は輸送の妨害や何らかの形で政府声明としていちゃもんを付けてくるかだろう。今から世界大戦を起こそうってなら話は分かるが、それをして得をするのは誰だ。誰もいない。武器商人? 亡国機業のようなテロリスト? 誰もいない荒野に工場を建てるならまだしも、こんな演習場のど真ん中に戦力を送り込むだけの力を持った組織など存在しない。

 かつてはいた。亡国機業戦役後に俺が全て潰した。半ば八つ当たりだった。自分でも抑えきれない苛立ちと憤怒と絶望の矛先が、奇跡的に悪人へと向いただけの、偽りの正義の鉄槌だった。

 ああいや待て、俺は、得するかもな。きっと世界が戦火に呑まれたなら、どこからともなく彼女がやって来るから。でも俺は犯人じゃない。

 

 ではこれは、作為などありはしない、例えば……()()()()()()()()()()()()()()()I()S()の仕業なのだろうか。

 

 そこまで考えて、ふうと息を吐く。

 思考は犯人の考えをトレースする方向で動いていたが、どうにも頭打ちが見えてきた。

 視点を変えよう。

 犯人が何を考えているか、という方向から犯人を絞るのではなく。

 シンプルに条件を付けて範囲を狭めることで、犯人を絞り込んでいく。

 

「なあ海美」

「うん……? どしたの先生」

 

 突然真面目な声を出した俺に、海美は訝し気な視線を向けた。

 

「お前よりも、明美の方が強いんだよな」

「はは、当たり前じゃん! 一回も勝ったことないんだよ!」

 

 今年の春に行われたクラス代表トーナメントにおいて、海美は一学年の他クラス全ての代表をなぎ倒して優勝した。接戦もいくつかあったが、やはり素質も努力の量も、彼女が一つ頭抜けていた。

 その実力を知っている。

 その実力を裏打ちするものも知っている。

 ならば当然の疑問。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――――ッ」

 

 当然にして、あまりにもおかしな質問だ。

 誰が織斑千冬に『どうしてあなたはそんなに強いんですか?』と聞く。どうせ『私だからだ』と答えが返ってくるに決まっている。そして俺もそう答える。

 強い人間が強いことは当たり前だ。

 IS操縦者の強さとは、即ち才能と努力を持ち合わせること。

 

 典型的な例が、凰鈴音だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 IS学園に入ったばかりで右も左も分からなかった俺は、その事実のすさまじさ、荒唐無稽さをまるで理解してなかった。あいつは本物の天才だ。あいつは、本物の天才である上に、努力を厭わない。天から二物を与えられた、傑出した存在だ。

 

 ……大人になってからそれを伝えると、絶対零度の声色で『あんたがそれ言う?』と返されて何も言えなくなったが。確かにISに触れて一年半、つまり学園二年生の秋ごろには最前線でバリバリ戦ってたしな。もちろんある程度の時期まで機体性能頼りだったのは間違いない。ていうか俺ピンチになるたび都合よく覚醒しすぎなんだよおかしいだろ。

 

 それはともかくとして。

 俺の何気ない質問に、何故か海美は完全に凍り付いていた。

 

「ん、分かる範囲でいいんだが」

「……あはは、私はよく知らないかな。多分、先生と同じような感じだと思うよ」

「そっか。いや、それはないんじゃねえかな」

「やっぱりー?」

 

 おうとかああとか適当な相槌を打って、会話を切り上げた。

 海美はチームメイトに呼ばれ、俺に一度手を振ってから作戦会議へ戻っていく。

 

 何かが、ある。

 勝利のために一丸となって戦う中国チームには、俺には見えない何かがある。

 それを明かすことは必要か? いや、待て、今回の件と関係あるとは限らない。

 個人の事情を、緊急事態という名目で土足で踏み入ることはしたくない。

 

 だが直感が囁いている。

 今の会話で得た違和感を、絶対に無視してはならないと。

 

 俺はテントを出た。腰に潜めた拳銃の重みを少し確認した。

 慎重に行くべきだろうか。違うな演習まで時間がない、最短ルートがあるならそれに越したことはない。

 風が俺の身体をなぶる。先ほど発散したはずの欲望が膨れ上がり、鉄火場の予感を確かなものにする。

 

 少し、首を突っ込みすぎたかもな。

 段々と感情が強くなっているのが分かる。少女たちに、教え子たちにもう一度笑ってほしいと熱心に願う俺の存在を感じる。

 

 そして、それ以上に、あれほど追い求めた深紅のISがいるかもしれないというのに、俺は――

 

 

 

 

 

「部外者に開示できる情報などない」

 

 演習を取り仕切っていた中国軍幹部の女は、俺に一瞥もくれずそう切って捨てた。

 テントはテントでも、俺が案内された休憩施設にもあった防音シート付、かつ急造の密閉処置が施された機密テントだ。

 中に入れてもらえただけでも僥倖だろう。ほとんど押し入った形ではあるがな。

 

「捜査許可はありますが」

「国家代表と軍が同じ管轄だとでも? 今回の件についてそちらが何をしようと構わんが、それは我々と協力できる切符ではない」

 

 いら立ちも露わに、まくしたてるような中国語で女は続ける。

 テントの中にはこの女と俺と、肩からライフルを下げた女軍人が二人のみ。

 

 この人、見覚えがあるな。戦役で会ったか……会ったな。

 ユーラシア大陸の中央戦線で、ISを全損した彼女を基地まで運んだことがある。

 それだけのつながりだったから、サングラスが機能してくれているんだろう。

 

「そもそも貴様、日本人だろう? この状態で何故貴様に情報を渡せるとでも」

「襲撃が発生した三分前からのレーダー記録、それと劉明美についてのデータのみでいいですから」

「くどいぞ」

 

 女が周囲の軍人に目配せした。

 俺は両手を挙げる。

 

 さて、どうするか。

 別段ここでダメだとしても、他に当たってなんとかできるかもしれない。

 間違いなく、最短ルートで行きたいならここだ。

 

 少し、悩んだ。

 

 海美の笑顔が一瞬思い浮かんだ。

 馬鹿馬鹿しいと、俺の口元が醜く歪む。それを見て幹部の女は眉を寄せた。

 

 俺が今からしようとすることは間違いなく海美の笑顔をぶち壊しにするのに、何を考えているのか。

 

 背後から俺の腕を掴もうと伸びてきた手を叩き落す。

 反撃されると思わなかったのか。振り向きざまに一人、頭部に回し蹴りを叩き込んで昏倒させる。

 

「貴様ッ」

 

 幹部の女が机に飛びつこうとする。

 反対側にもう一人いた護衛の喉を貫手で突き、呼吸を詰まらせ、首根っこを掴んで幹部の女に投げつけた。

 机に設置された緊急時のボタンを押す前に、女は飛んできた部下の身体に巻き込まれ床に転がる。

 俺はベルトに挟んでいた拳銃を引き抜いた。

 

「よく考えろ。お前が強情なことが原因で、部下の命を散らせるつもりか?」

「……ッ!」

 

 拳銃のスライドを引いて、弾丸を装填する。

 彼女の顔の傍に座り込んで、グリップの底で頬を叩いた。

 

「データだけでいいんだ。寄越せとも言わない……この場で見せてもらえばいい」

「何のために、だ」

「確かめなきゃいけないんだよ……ほら、ああもう仕方ねえなほら! 命の恩人のよしみでさ!」

 

 起き上がろうとした部下に対してグリップを振り下ろして意識を奪い、俺はサングラスを外した。

 女幹部は、素っ頓狂な叫びを上げた。

 いや防音で良かった本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 当然めちゃくちゃ怒られた。

 最初からサングラス外してたら普通に情報くれたらしい。何だよ部下二人に謝っといてくれ。

 ついでに個人秘匿回線も教えてもらった。

 

 確認できたデータの内容を頭の中で反芻しつつ、俺はリスポーン地点である休憩テントに戻った。

 中では、鈴と簪がああでもないこうでもないと話し合っている。

 

「いやだから、次は外に逃げられないよう空中散布型の機雷を撒いちゃえばいいのよ!」

「環境破壊懲役二十年」

「じゃあ狙撃ライフル使って背中撃って叩き落す!」

「モンゴルに回収されて、話がややこしくなる」

「むきーっ! じゃああんたが代案出しなさいよ!」

「全ての代表候補生の専用ISに自爆機能を設置して襲われた瞬間自爆させる」

「えっ……」

 

 鈴のドン引き声がテントに反響した。

 

「さすがに、それはないな」

 

 俺の声も同じぐらいドン引きしてた。

 声をかけられてやっと俺の帰還に気づいたらしい、鈴も簪もこちらを見た。

 

「あら、調査は順調?」

「大体材料はそろったと思う。そっちはどうだった」

「……一夏、ありがとう」

 

 簪の言葉と、鈴の苦笑いが答えだった。

 良かった、仲直りできたみたいだな。

 

 嬉しいことだ。喜ぶべきだ。

 でも。

 

「……一夏?」

 

 簪に名を呼ばれ、でも、何と言えばいいのか分からない。

 

 俺がたどり着いた結論は、途方もないぐらいに、俺の気を滅入らせていた。

 

「分かった、のね」

 

 いち早く察したらしい鈴が、椅子から立ち上がる。簪もベッドから立った。

 結論は出た。推測ではあるが、恐らく大きな誤りはないはずだ。

 必要なのは……適切な時間か。

 

「二人に頼みがある――」

 

 

 

 

 



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中華系ヒロインで勝ったやつ全然いなくね・後編

さすがに長すぎたんで分割しました


 演習本番を明日に控えた夜。

 

 日本チームと中国チームはそれぞれ、23時に無理矢理活動を中止した。

 気晴らし、というより、いい加減休息をとるべきだ。整備班も全員だ。

 演習場は不気味なほどの沈黙に包まれている。一帯を照らすライトが空々しい。

 

「……やけに軍部がスムーズに受け入れてくれたじゃない」

「中国軍が賛成したから、なし崩しにこっちも受け入れた。一夏、どういうこと?」

 

 二人の国家代表が素早く女の臭いをかぎ取ったらしく、俺にジト目で詰め寄ってくる。

 いや手回しというかコネというかさ。いいじゃないか、いい方向に働いてるんだから。

 

「あんたの目論見通りよ。両国、もう休みに入ってるわ」

「そして……ISによって警戒を行うから、管制も機能してない」

 

 今この場において何かが起きたら、もう俺たちの責任問題だ。

 管制が機能を休止していることは、候補生らは知らない。さすがに不安になるだろうしな。

 

「間違いなく来るとは思うんだけど……三人で手分けするカンジかしら?」

 

 まだ二人には結論を話していない。

 二人は俺を信じて、この状況を作り出してくれた。

 国家代表二人がかりで警備するからお前らは休めと、ある種の傲慢さをむき出しにした命令を自国の仲間たちに下してくれた。

 

 でもまだ、俺は話せていない。

 

「……ついてきてくれ」

「分かった」

「え、ちょ」

 

 鈴が一瞬戸惑い、けれど三人そろって歩き出す。

 

「どうすんのよ、今来られたらまずいわよ」

「来るんじゃない。俺たちから行くんだ」

「――ッ! 犯人の下に、ってこと!?」

「ああ」

 

 歩き続け、演習場から少し離れ、中国のISが保管されている野外ピットにたどり着いた。

 

「……一夏?」

「お前らはISを展開するな。これは……俺がケリをつけたい」

 

 それだけ言って、俺は二人より数歩前に出た。

 

「出て来いよ」

 

 瞬間、来た。

 月光を遮り、突如としてそこに出現したIS。

 マントを身にまといながらも、はためく隙間から見える深紅の装甲。

 

「嘘、一夏、どうしてここにって……」

 

 簪の驚愕に応える暇はない。

 無言でISを展開する。瞬時に純白のアーマーが俺を包んだ。

 愛刀を顕現させ、切っ先を未確認ISに向けた。

 

「行くぞ」

 

 飛翔。突撃と共に繰り出した一閃が、やつが腰元から抜刀した二刀に阻まれる。

 速度も切れ味も申し分ない。腕のいいパイロットだ。素質もあるし努力もしてきたんだろう。

 

 だが俺には届かない。

 

 斬撃のスピードを上げる。俺と並みのIS操縦者では生きている速度域が違う。

 二刀を防御と攻撃に振り分け、未確認ISは食らいついてくるが――その分け方はよくないな。左右どちらも攻めて守る、攻防一体の型こそが理想だと教えたはずだ。

 剣が剣を弾き、火花が散る。やつの攻撃は最小限の身体捌きのみでやり過ごし、こちらの攻撃を防御用の刀に集中して当て続ける。

 

 数十合に渡り切り結んだ結果。

 やつの左の、俺の攻撃を受け続けた刀が半ばから砕けた。

 

「――ッ!」

 

 驚愕、はなかった。

 既に武器の破損は予測していたのだろう。やつは砕けた刀を俺に投げつけ視界を塞ぐ。

 愛刀を片手に持ち替えて、素手で投擲された柄を叩き落した。

 

 その瞬間、だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やっぱりな」

 

 不意打ちだと思ったか。この俺を相手に、攻撃を放つ間隙があるとでも思ったか。

 放たれた弾丸は九発。すべてを一刀で切り捨てる。思考する必要もない、完全な反射神経のみで迎撃。

 

 今度こそ驚愕から、一瞬未確認機の動きが止まる。

 正面から蹴りを叩き込み、やつの機体を吹き飛ばした。

 

 下半身に装備されていた銃火器は計九門。決まりだ。

 俺の追い求めるあのISなら、実弾は飛んでこない。全身を覆う展開装甲が稼働し、攻性エネルギーの刃が飛んできているはずだ。

 

 こいつの名は、深紅の塗装を施された――『甲龍(シェンロン)紫煙(スィーエ)』。

 

 鈴が扱う『甲龍』の量産型。明美が使っていた機体と同型だ。

 

「『零落白夜』ァァァァッ」

 

 瞬時に顕現した蒼いエネルギーセイバーが、夜闇を切り裂き輝く。

 おののく様にやつは震え、背を向けて脱兎のごとく逃げ出そうとした。

 

 俺は――『零落白夜』を展開したままのブレードを、その背中に投げつけた。

 手裏剣みたいに回転しながら、蒼い刃が未確認ISを叩き切った。

 

 稼働エネルギーを消滅させられて、深紅のISは地上へ落下していく。

 ゆっくりとスラスターを吹かし、俺は墜落地点へ向かった。

 

 演習場から物音は聞こえない。誰にも悟られないまま、戦闘を終わらせることに成功したようだ。

 

 鈴と簪が立ち止まり、俺は二人の少し前、未確認ISのすぐ近くに降り立った。

 ISを量子化し、スーツに戻る。復活したサングラスを胸ポケットに入れる。

 

 マントは切り裂かれた。背後の鈴と簪が、驚愕のあまり呼吸できていないのが分かる。

 俺は、月光に照らされた、この代表候補生襲撃事件の犯人の名を呼んだ――

 

 

 

 

 

「やっぱりお前だったんだな――海美(ハイメイ)

 

 

 

 

 

 彼女はなじみ深い、困ったような苦笑いを浮かべた。

 

「はは、先生、分かっちゃったかー」

「俺はお前の教師だぞ。分からないわけがないだろ」

 

 下手人が演習場に潜む誰かであるだろうとは、早いうちから確信していた。

 

 事態を把握した人間なら、誰もが抱く疑問に、俺は最速でケリをつけていた。

 

 犯人は、俺が探す深紅のISなのか――否。

 

 もし彼女なら……演習場全体が既に焼き尽くされているはずだ。一人一人を襲撃するようなルーティンは存在しない。俺の知らないうちにそういう仕様になっていたというのなら、そうかもしれない。だが俺の直感が、それを否定する。何より俺の理性も感情も、全力で彼女の存在を認めていない。

 

 あとはまあ、日本の被害者の言葉。聴覚的にも視覚的にも印象がない。展開装甲を全身にまとうIS相手にそれはない。

 

 加えて、攻撃をどう対処されたか。日本の代表候補生は、受け流されたではなく、弾かれたと言っていた。それは篠ノ之流じゃない。

 

 ……いや。

 これが暴走ISの仕業じゃないと早くから断定していたのは、もっと個人的な、くだらない、感情に任せた行いだったか。

 

「俺も本当におめでたいな」

 

 浮かべた笑みには、自分でも分かるぐらいひどく、自嘲の色がにじんでいた。

 

「俺は……あいつじゃない、あいつであるはずがないって思って、それを前提に捜査した。だからこの結論にたどり着けた」

「ちょ、ちょっと、どういうことよ。あんた、探してたんじゃ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう信じたかった。

 すべての戦争を終わらせると願ったあいつが、こんな風に、戦場を知らない少女たちを手にかけるなんてするはずがないと信じたかった。

 それを証明するために動いていた。

 

 俺は彼女を追い求めているのに、彼女がどうかいないようにと願って、捜査していた。

 

「……話は、ちょっと分かった。でもどうして……お姉さんを、襲うことなんて」

 

 同じく姉を持つ者として、簪はぎゅっと拳を握っている。

 

「あははー、やだなー日本代表さん。私だって人間なんですから嫉妬ぐらいしますよー」

 

 海美は軽い口調で、何でもないことのように言った。

 

「今回はお姉ちゃんに休んでもらって、代わりに私がエース兼指揮官として大活躍! そしたら私の評価アーップ! ってわけです。完璧じゃないですか?」

「あ――あんたねえッ!」

 

 前に踏み出した鈴を、手で制止する。

 

「すげえな、さすが俺の教え子だ。実に下衆い発想だ。いらんとこ学ぶなよ」

「先生は悪くないよ、これは私の本当の性格だもん」

 

 深紅の『甲龍・紫煙』を光の粒子に分解してから、彼女はその場に胡坐をかいた。

 本当の性格か。

 俺が気づけなかった、それが、お前の本当の性格なのか。

 

「教師ナメんな、嘘つくならもっとマシな嘘つけ」

「……ッ、先生は何もわかってないだけだもん」

「ああそうだな。俺はまだ、全部分かったわけじゃないんだ――だから教えてくれ明美

 

 俺の言葉に最も驚愕したのは、海美だった。

 面白いぐらい狼狽して、顔から血の気が引いている。

 

 果たして。

 俺の呼びかけに応じて、のろのろと、俺たちのさらに背後から、彼女はやって来た。

 

「御慧眼ですねー、ワンサマさんー」

 

 律儀にも偽名を守りながら、劉明美が、その場に現れた。

 

「お姉ちゃん……」

「最後の最後にー、私をどうしても売れませんでしたかー。まあ予想通りですのでー」

 

 彼女の登場は完全に予想外だったのだろう。

 海美は何かを言おうとして、けれど言葉は出ず、がくりと項垂れた。

 

「何、何なの、どういうことよ……ッ」

「鈴……落ち着いて」

 

 取り乱す友人の肩に手を置いてから、簪が視線で、俺に話を促した。

 

「分かるだろ。明美と海美はグルだ」

「どうしてよッ」

 

 幼馴染の声は、もはや絶叫だった。

 

「意味が分からないじゃない、そんなことをして誰が得するのッ。海美が中心になって活躍? そんなことはできない、ありえないって、あんた自身が一番分かってるでしょうにッ」

 

 鈴は取り乱しながらも、的確に事実を突いていた。

 正解だ。海美では中国チームを勝利に導けない。それは自覚しているらしく、嫉妬に身を焦がした、などとうそぶいていたにも関わらず、海美は平然としている。

 

「ああそうだ。二人のしたことは、結局、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な……ッ!?」

 

 教え子たちの行いが、受け入れられないんだろう。

 完全に思考が混乱しているらしく、鈴はまるで理解が追いついていない。

 一方の簪の瞳は、物思いに沈むように伏せられてから、ハッと見開かれた。気づいたみたいだな。

 

「おかしいじゃない! そんなことをする理由がない! 自分たちのチームが不利になるようなことを、なんでわざわざ……!」

「理由ならある」

 

 俺は静かに、息を吐いた。

 明美と視線を合わせて、一瞬笑顔を作ろうとして、やめた。

 彼女は怯えるそぶりもなく、淡々と俺の言葉を受け入れる準備をしている。責める立場じゃない。寄り添って慰める立場でもない。なら俺は、事実を指摘することしかできない。

 

 例えそれを明かしたところで、誰も幸せにならないとしても。

 そこから、つながる道があるはずだから。

 

 

「お前たち、負けたかったんだろ?」

 

 

 鈴が息をのむ音だけが、虚しく響いた。

 

 そうだ――中国の勝利を求めるのは、中国の選手として当然だ。

 けど、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なん、で」

「俺は、断片的な情報しか得られなかった。動機全てまでは解き明かせていない」

 

 けれど分かったことならある。

 

「明美――お前の強さは、ズバ抜けた空間把握能力と超高速起動をものともしない三次元機動適性だな。その二つを兼ね備えているからこそ、エースでもあり、キャプテンでもあった」

「その通りですー」

 

 もう一度だけ、呼吸を整えた。

 覚悟が必要だった。

 

「身体の何割を機械化したんだ」

「――ふふっ、随分と人脈が広いのですねー、ワンサマさんはー。ええと確かー、半分はいってないかと思いますー」

 

 俺が中国軍幹部から手に入れたデータには、彼女の機械化手術の詳細があった。

 幹部の女ですら絶句していた。知らなかったんだ。管轄が違うとは彼女の言葉だ。アクセスコードを使い隅から隅まで調べ、最後にはハッキングまでして、このデータを掴んだ。

 

 機械化手術。スコール・ミューゼルの身体データから得た情報を元に施された人体実験。

 それだけじゃない。両目が『オーディンの眼(ヴォーダン・オージェ)』……ラウラの左目にも移植されている疑似ハイパーセンサーとなっている。

 恐らく現在の世界において存在する人体改造方法が、そのすべてが、彼女には施されていた。

 

 海美はうつむいている。鈴は呆然と、口をあけっぱなしにして呆けている。簪は瞠目し、それから静かに歯を食いしばっている。

 

 明美は、悠然と。

 俺の前で初めて、微笑んだ。

 

「……何故だ。俺には、その手術の理由が分からなかった。何のためにそこまでするっていうんだ」

「……お姉ちゃんには、適性があったから」

「それは分かってる、分かってる! だがここまですることはないッ。これを指示したやつはイカれた狂人だ!」

 

 教え子の双子の姉――それだけじゃない。少しの会話だったとしても、彼女の人となりを、僅かに知ってしまった。

 大体、生徒と同じ年なんだ。そんな子がこんな非道な仕打ちを受けていて、憤らない理由などない。

 みっともなく、まるで学生時代に戻ってしまったかのように、俺は感情のままに怒鳴り散らした。

 

 唯一残っていた疑問に対して、明美は少し唇に指をあてて考え込み。

 

「ワンサマさんではー、分からないかもしれませんねー」

「何……?」

「かつての話ですけどー、中学時代までまるでISに触れることなくー、けれど、僅かな期間の訓練を経てー、代表候補生の座まで上り詰めてみせた天才がいらっしゃいますねー」

 

 絶句。

 俺と簪は一瞬、彼女を見そうになって、すぐさま視線をそらした。

 

 そうなのか。そういうことなのか!?

 もし、そうなら、これは……とてもじゃないが、この場に一人、絶対にいてはならない人間がいる。

 

「そのお方はー、ついには国家代表にまでなってしまいましたー。ではですけどー、ワンサマさんー、そんな経歴の国家代表を輩出した国はー、何を考えるでしょうかー」

 

 俺は、一瞬、歯を食いしばった。それから細く息を吐いた。

 

「……同じように、天才を生み出すことを、目指すな」

「正解ですー、ピンポンピンポンー。では続いての問題ですがー、そんな天才は果たして何年に一度現れるのでしょうかー」

 

 誰も答えられない。答えられるはずがない。

 

「もう一つ踏み込みましょうー。

 

 ――――そういった天才を再現するために、凡人は何をすればいいでしょうかー

 

 

 

 

 

「あたし、の、せい…………?」

 

 

 

 

 

 鈴が、顔面蒼白で、その場に崩れ落ちる。

 名を叫んで、簪が彼女の肩を抱いた。全身が震えている。

 

「違う、違う……鈴教官のせいなんかじゃないですッ」

「ええー、誰かが悪いと言われてもー、まず教官ではないかと思いますー」

 

 双子から何を言われているのか、きっと鈴には届いていないだろう。

 当たり前だ。

 

「あたしが、いなければ……こん、な、こんなこと、起きなかった、のに……」

「鈴、しっかりしてッ。それは違う……違うよ、鈴!」

 

 俺は強く拳を握った。肌を爪が突き破るほどに強く握った。

 間違ってる。こんな結末は間違っているんだ。

 

「ではー、そろそろ私たちはおさらばですねー」

「……自首するのか」

「ごめん先生……元から、そう終わらせるつもりだったの。勝てばお姉ちゃんのような存在は、もっと増える。負けたらきっと、もっと改造される……なんていうか、限界かな、ってなっちゃっ、て」

 

 ああそうだろうな。

 勝利すればそれは、機械化手術の有効性を示すことになる。被験者は増えるだろう。

 敗北すればそれは、機械化手術が足りなかったことになる。明美はさらなる手術を受けることになるだろう。

 

 最後の矜持だったのか、海美はそう言って、けれど言葉の途中で嗚咽が混じった。

 

「ごめん、なさい」

「……海美」

「ごめん、なざいっ。私、まだっ、ぜんぜいと、いだがったのにっ」

 

 地面に突っ伏して、海美は肩を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 これが、結末だ。

 真相を解き明かして誰が幸せになったんだ。

 皆、泣いている。

 皆、声をからして、誰かを呪っている。

 凄惨極まるこの一幕が、物語の顛末だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――認めるわけねーだろバーカ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏」

「ハッ……何不安そうにしてるんだ、簪」

 

 俺は両手を広げて、最後の希望を込めて、俺に縋る簪に応えた。

 

「ヒーローなんかじゃ、ここで打ち止めだろうな。でも俺は違う。安心しろ、全部片づけてやる」

「お願い」

 

 短い言葉には、万感の想いが込められていた。

 裏切るわけにはいかねえよなあ。

 

「じゃあ事件解決だ。犯人はお前ら、それで終わりだ。話は終わりだ」

 

 双子は、もう受け入れているのだろう。

 海美はまだ泣き続けているが、明美は超然とした態度で頷いた。

 

「ではー、早く公の場でー、全部発表しましょうー」

「ああそうだな。犯人はお前たちだと分かった。これは揺るがない事実だ。けれど、俺は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……………………え?」

 

 初めて、明美がたじろいだ。

 

「……何をおっしゃっているのかー、よくわからないのですがー。代表候補生を闇討ちした以上ー、罪科はありますのでー、裁かれなくてはなりませんー」

「そうだよな。お前の言うとおりだ。罪が存在する以上裁きはある。けどなあ、罪と、罪人は、別だ」

 

 俺の言葉に、時が止まった。

 鈴でさえもが、そろりと顔を上げている。何を言っているんだこいつって感じだ。

 分からないか? いやまったく。これを思いついた時は天才過ぎて我ながらびっくりしたぜ。

 

 広げた両腕で、天を抱き留めながら、俺は不敵に笑った。

 

 

 

「犯人はお前たちだ――話はここで終わりだ。そしてこれからは、さて、じゃあ誰が犯人だったってことにするよ?

 

 

 

 明美と海美だけじゃなく、鈴と簪も、驚愕に目を見開いている。

 

「何、言ってるの、先生」

「悪者がこの場にはいないんだ、だから困ってるんだよ。ならでっちあげるしかない。罪人を一人創り出してやればいい」

「そんな、こと、できないわよ!?」

 

 甘いな鈴。そんなんじゃ俺の幼馴染は名乗れないぜ。

 

「いや、できるだろ。何せ、ここにいるはずのない人間が、一人だけ、ここにいる」

「――――あんた、まさかッ」

 

 やっと俺のやろうとしていることを見抜いたのだろう。

 最近の実戦は一対一ばっかりだったからな。ここらで集団戦闘のカンも取り戻しておきたいし。

 

「つーわけだ、明美」

「……ッ」

 

 俺は彼女に、ゆっくりと歩み寄った。

 

「悪いが……ほぼ初対面だってのに、勝手に出張っちまった。でも最後まで付き合わさせてもらうぜ」

「…………どう、して……」

「はぁ? 俺は大人で、大人ってのは子供を守るのが仕事なんだよ」

 

 手を伸ばせば届く距離まで来て。

 俺は明美の頭に、手を置いてから、乱暴に髪をかき交ぜた。

 呆然として、なすがままだった明美は――不意に、その瞳から涙をこぼした。よかった。そこはまだ、機械じゃなかった。

 

「安心しろ。お前が流す涙は悲嘆の涙じゃなく、歓喜の涙だ。お前の絶望は俺が塗り替える。お前の未来は俺が守り抜く。何度でも言うぞ……お前は、俺が守る」

 

 それが契機だったんだろう。

 明美はしゃくりあげてから、俺の胸に顔をうずめた。

 細い身体を抱きしめて、俺は空を見上げた。

 

 さあ、演習は明日だったか。

 パーティの始まりだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 演習当日――

 

 俺は、暴れに暴れていた。

 

「ハーッハッハッハッ!! なかなかどうして、動けるじゃないか、俺もォッ!」

 

 身にまとうは深紅のISアーマー。

 他ならぬ愛機を、鈴がペンキで塗り替えてくれたのだ。原始的過ぎるだろ。

 

「オオオオオラァァァァッ!」

 

 簪の手によって適当に装甲を増設して全身装甲(フルスキン)に変貌した愛機は、完全に俺の声をシャットアウトしてくれている。だから思いっきり叫びながら戦ってる。

 日本代表候補生をちぎっては投げ、中国代表候補生を一刀両断して叩き伏せる。

 

『護衛ISを全て出動させろ! あのバカ――あの未確認機を鎮圧しろ!』

 

 中国軍幹部の指示に従い、軍用調整されたISが複数機向かってくるが。

 

「はいバイバーーイ!」

 

 適当にそこらからパクった二刀で瞬時に切り伏せる。

 ていうかこれ幹部の女気づいた上で付き合ってくれてるな。感謝しかねえ。

 付き合ってくれた礼に、突き合うってのはどうだろう。いや俺が突くんだけどね、なんちゃって。

 

「楽しそうにしょーもないこと考えてるじゃない!」

「……『山嵐』持ってきた」

 

 俺の脳内ジョークに反応したのか、国家代表二名が当然のように襲ってきた。

 ハハハハハハハッ! どうも最近俺のことナメてる節があるからな、ここでしっかり力関係を示すかァ! 俺を倒すなんて幻想は絵に描いた餅を食うより難しいってことを分からせてやるッ!

 

 そんなカンジで、俺はノリノリで合同演習をブチ壊した。

 国家代表二人がかりで撤退に追い込まれた――という体で、俺はだんだん攻撃に殺意が混ざってきていた二人の友人から逃げ出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても先生、よくあんなむちゃくちゃを考えたね……」

 

 朝のHRが始まる前。

 俺と海美は、IS学園の一年一組教室前の廊下で、窓の外を見ながら話していた。

 

「いや、ヒントをくれたのはお前らだぞ」

「え?」

「深紅の装甲に二刀流。これ、都市伝説の『パイロットの意識を奪い暴走するIS』をまねたんだろ?」

「うん。途中でバレるよりは最後まで隠すべきかなって、普通に隠れ蓑にしちゃった」

 

 そのせいで俺はモンゴルまで超高速飛行をする羽目になったわけだが……

 

「だから、先生もそれに乗っかったと」

「ああ。みんなが半信半疑だからこそ、それが一気に現実に近づいた時、人間はそれの疑わしい点を忘れるからな」

 

 暴れに暴れた俺は、国際指名手配になっていた。

 つまりは国際IS委員会が、都市伝説の実在を認めたのだ。

 実は、これで捜索が広がったり、目撃情報が集まったりしないかなと期待している。完全に考えていなかったので、棚ぼたってやつだ。

 

「……先生」

「お?」

「あ、ありがと。お姉ちゃんを助けてくれて」

 

 俺は笑って、海美の頭を掴んだ。

 

「あ……撫でたり、してくれる感じ……?」

「いやアイアンクローだけど」

「いだだだだだだだ!」

 

 厄介ごとに巻き込みやがって!

 おかげさまで後始末に駆けずり回ってあの日から今日まで不眠不休じゃ!

 いや昨日は朝まで鈴と簪といたからなんだけど……これは自業自得だな。ベッドの上ではちゃんと日中合同演習ができたからセーフ。

 

「ほ、ほら先生しょうもないこと考えてないで! もうHR始まるよ!」

「はいよお……あれ今また心読まれた?」

 

 手を離すと、海美は少し自分の頭をなでてから、そそくさと教室に入っていた。

 入れ替わるようにして、廊下の向こう側から一人の女子生徒が歩いてくる。

 

 IS学園の制服に身を包んだ少女――劉明美だ。

 

 あれだ、シャルロットの時と同じだ。

 学園にいる限りは安全だし……何よりも、機械化手術を暴露されたくなかったら彼女を学園に寄越せと、俺が脅した。

 ちなみにこのまま教員として雇うつもりだ。そのころには俺、教頭とかなってると思うし。

 

 滅茶苦茶雑な将来設計だが、少なくとも、俺が彼女を見捨てることはない。

 約束は約束だ。きちんと守り通して見せる。

 

「おはようございますー、ワンサマさんー」

「ここでは織斑先生と呼べ」

「あらー、堂に入っていますねー」

 

 やっべ千冬姉みたいなこと言っちゃった。普通に恥ずかしい。

 

 さて、彼女を連れて教室に入れば、みんなおー! と盛り上がっていた。

 まあ実力者の美少女だしな。

 

「お前ら、前にも伝えたが転入生だ。海美の双子の姉ちゃん、劉明美だ」

 

 隣に佇む少女に、自己紹介を促す。

 明美は、何故か数秒、穴が開くほど俺の顔を見てから……教室全体に顔を向けた。

 

 世間的には、謎のISに手も足も出なかったことを悔やみ、更なる鍛錬のため学園へやって来たことになっている。俺が考えた筋書きだけど正直記憶が曖昧だなこれ。徹夜続きで身体もふらつくし。

 

 息を吸ってから、明美は鈴を転がすようなソプラノボイスで。

 

「私ー、恋をしておりますー」

 

 教室を爆撃した。

 

「……は?」

 

 全身を駆け巡る悪寒に、きっと俺は面白いぐらい青い顔をしているだろう。

 

「え、えと、明美ちゃん、だよね。それって、その……?」

「実は先日ー、ある殿方とー、ラブロマンスを繰り広げましてー」

「ラッ、ラブロマン……!?」

 

 クラスメイトの質問に、明美は超生き生きと答えた。

 待ってくれ! これだめなやつだ!

 海美ィィーーッ! 助けて! ああだめだ目を合わせてくれない!

 

「絶望して進退窮まった時にー、彼が人目を忍んで颯爽と現れー、無償で救ってくれたのでー」

 

 話が続くにつれて、段々教室の空気が変わってきた。具体的に言うと重くなってきた。

 まずい、みんな勘づき始めている。

 

「恋に落ちるな、という方が無理ですよねー」

 

 演習場ではまるで見せなかった満面の笑みで、いつの間にか俺をガン見しながら語り続けている明美。

 こいつ、教室を処刑場に変える気か?

 

「人生でもうこれ以上の出会いはないと確信できるほどー、運命に射止められたと言ってもいいのでしてー、彼に導かれてこの教室に着きましたー」

 

 語り終わって、明美は――恐ろしいほど美しい笑みを浮かべた。

 話を呑み込んだクラスの生徒らが、ぼそりと、次々に言葉をこぼす。

 

 

「代表候補生と秘密裏に出会った、つまりここ数日姿を消してた人……」

「ほぼ初対面を助けてしまうお人好し……」

「学園に口利きできる人物……」

 

 

 全員俺を見た。

 もうお前しかいないという目だった。

 

 

 完全に時を止めてみせてから、明美はそっと、人間の意識の間隙を的確に突く戦闘歩方で俺との間合いを詰めてネクタイを握った。

 

 あ。

 

 ぐいと下に引っ張られ、反応することもできず――唇と唇が、激突した。

 

 時間だけじゃない、教室の温度までゼロになっている。

 

「というわけでー、私のファーストキスはー、助けて下さったお礼ですー。これからどうぞよろしくお願いしますー、私の王子様ー?」

 

 俺は教室を見渡した。

 修羅しかいなかった。

 

 どうにか場を切り替えるべく、灰色の脳細胞が暴走し始める。

 俺は意を決して、思いついた言葉を放った。

 

「二番煎じだ、バカ。もうそれされたことあるんだよ」

『『『な……ッ!?』』』

 

 やばい、ミスった。

 

 バカは完全に俺だった。いらんこと言ったなこれ。

 教室全体に一瞬で殺気が充満した。一番濃密なのを放っているのは、他ならぬ明美だ。次点で海美。

 

「どういうこと先生……!」

 

 隣の明美も恐ろしいが、専用機を展開した海美が今一番怖い。怖いけど、懐かしい。

 衝撃砲のチャージ音が響く。

 俺は安らかに、瞳を閉じた。

 

「織斑先生の馬鹿ああああああああああああああああああああああああっ」

 

 安心しろ鈴。

 海美はちゃんとお前の後継者として育ってるぞ。生身の人間相手に衝撃砲を撃ち込む後継者としてだけど。

 

 教室を、破壊の炎が駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かろうじて生存した俺は、特に受け持ってる授業が一時間目になかったので部屋でふて寝していた。

 海美は反省文五百枚だ。けじめはつけてもらう。

 

 で、千冬姉から着信が来た。

 死である。

 

「……もしもし」

『一夏。色々ご苦労だったな』

「え、バレてるのか」

『当たり前だ、戦闘機動を看破して各国から秘密裏にあれお前だろと問い合わせが来ている』

 

 えー……あれ? それ普通にやばくね!?

 

『だがそのあたりは誤魔化しておいたぞ。お前は有給休暇ではなく、私たち学園が完全に行動を把握している状態で外部と接触していたということになっている』

「なるほど?」

『その行動の捏造、接触先との口裏合わせとそれに伴う交渉、一度申請された有給休暇の取り消し……すべてを担った女がいる』

「……ん?」

 

 雲行きが怪しくなってきた。なんというか、回避できたはずの惨劇が実はぐにゃっと曲がり形を変えて俺の足元に這い寄って来ているような、そんな悪寒がする。

 

『今回は私より、そいつの方が適任だと判断したまでだ。では、達者でな』

「待ってくれ!」

 

 俺の叫びもむなしく、通話はプツンと切れた。

 達者でなとか言ってたかあの人!? 完全に別れの言葉じゃないか!

 

 何だ、何が来るのか――ベッドからガバリと身体を起した瞬間に、俺の部屋の窓が突き破られた。

 

「おりむーのバカは何処オォォォオオオォォォォォォッ」

「いやお前かよ」

 

 真剣を抜刀し、初めて見る完璧な臨戦態勢で飛び込んできたのほほんさんを見て、俺は完全に脱力した。

 

「あー、おりむーいたーっ」

 

 口調とは裏腹に、俺を見定め、切っ先を向け、踏み込みの体勢を整えるまでゼロコンマ数秒。

 結構真面目に目で追うのが難しいスピードで動かれた。ドッと冷や汗が噴き出る。

 

「ちょっ、えっと、テクニカルタイムアウト!

「きゃっかー」

 

 こないだ通信越しに見たばかりの、絶対零度の笑みを浮かべて、のほほんさんは全然のほほんしてない動きで俺に迫った。

 

 ――千冬姉じゃなくても、死ぬときは死ぬんだなあと思いました。一つかしこくなっちゃった。



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仏独はワンセットみたいな風潮に屈した非力な私を許してくれ・前編

取り急ぎ短めです


 突然だが、俺は今有休を取って日本本土に来ている。

 今回はマジの有休だ。つまり、暴力オチはない。これだけで安心感が段違いだ。

 

「ねえ一夏さ、どっちが似合うかな?」

 

 そして俺の目の前には、下着姿で、二つのブラウスを交互に身体にかざすかつての同級生がいる。

 清潔な白いブラウスか、シックな紺色のブラウスか。

 その下にちらちら見えるオレンジ色の下着か。

 

「……一夏、僕が聞いてるのは服についてなんだけど、どこ見てるの?」

 

 昔と変わらぬ髪型で、シャルロット・デュノアは、少し頬を赤くして胸元をブラウス二着で隠した。

 最初から脱ぐなよ。

 

「うーん、オレンジ!」

「ねえ一夏話聞いてた?」

 

 いやいい感じだと思うよオレンジ色。最高。メガミマガジンのピンナップは固いな。

 

 世界唯一のデュアルコアなんとかかんとかハイパーISを使う彼女は、端的に言えばチートだ。

 明らかに世界のルールがバグを起こしたとしか思えない共鳴現象からISとISが融合……何を言っているんだろうな。俺も分からん。

 授業中に世界各国の代表について分析した時も、生徒全員が頭の上にハテナを浮かべていた。俺もその場にいたけどちんぷんかんぷんだったしな。

 まああれは、絆が起こした奇跡とか、そういう括りに入れていいんじゃないかなと思う。

 

 彼女の首にぶら下がるネックレスがその待機状態だ。

 ISの名は『リイン=カーネイション』……いや強いです。なるべく戦いたくはないです。

 

 だってこいつ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。マジで強い。俺と違って、現役バリバリの第一線で毎日腕を磨いてるからなあ……

 

「ふふっ、じゃあディナーにそろそろいこっか。で、どっちがいい?」

「あー、どこで誰が来るんだよ」

「二人で、このホテルの最上階だよ」

「じゃあ紺色だな」

 

 俺の答えに気を良くしたのか、いそいそとシャルロットはブラウスを着込み始めた。

 三日も休暇があるから、別にこれぐらいはいい。

 怒ってるわけじゃない。

 それでも、言わなくてはならないことがある。

 

「いやその……まずはさ、俺が有休取った瞬間に拉致してホテルに半日監禁したことについて弁明しろよ

「……来ちゃった♪」

「おいアラサーいい加減にしろよ」

 

 いつまで学生気分なんだよお前はよぉ!

 

「む、たまには若いころの気分に浸るのだって大事だよ?」

「俺はその若い連中を相手に仕事してんだ、そんな暇ねえよ」

「ふーん、そっか」

 

 何気ない反応だったのに、微かに彼女の表情に影が差したのが見えた。

 上品なスカートに足を通して、それから彼女は俺を見た。

 

「どこ見てるの? 一夏のえっち」

「嘘だろ」

 

 どう考えても今日半日をえっちなことに費やしたのはお前のせいだ。

 俺は眉間を揉みながらも、とりあえずホテルのスーツレンタルサービスに電話をかけるべくベッドから立ち上がった。ちなみに今までずっと全裸だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前みたいにタキシードを着たりしないのかだと? あんなんパーティーで死ぬほど着てんだよもう嫌だわ。動きにくいし。

 ドレスコード順守の服装で現れた俺に、シャルロットは感心したような声を上げる。

 

「わ、スーツ似合ってるよ一夏」

 

 とはいえ普段学園で着ている、一分の隙も無いダークスーツはちょっと着飽きた。

 今回はチェック地のややカジュアルなスーツを借りている。

 いつかみたいに誰かが勝手に持ってきたものではなく、ちゃんと自分で選んだ一着だ。

 ……いつか、か。こうしてホテルのレストランで、誰かと食事をするのは、もう慣れたことだけど。いつまで最初の記憶を引きずってるんだろうな、俺は。

 

「じゃあいこっか」

 

 ごく自然に腕を組んで、シャルロットが歩き出す。

 大丈夫? 普通に写真とか……いや、そういう心配はなさそうなホテルだなここ。

 

「予約してたデュノアです」

「お待ちしておりました」

 

 レストラン入り口で俺たちを待ち構えていたウェイターが、恭しくお辞儀をして俺たちを案内する。

 立場が立場だし、こういう雰囲気には慣れてるんだろう、シャルロットは流麗な足取りで進んでいく。

 

「ほら一夏、絶景だよ」

 

 町に浮かぶ明かりが一望できるこのフロアからは、眼下が光の海のようだった。

 これは確かにすごいな。

 

「ああ、すごいな」

 

 席に座る。対面のシャルロットは、言動こそあまり変わっていないが……確かに大人びたと思う。

 ワインのボトルが置かれた。食前酒か。

 

 二人で、ホテルでご飯を食べて、ドレスコードがあって、ワインを飲んで。

 大人のすることをしているから、俺たちは大人なんだろうか。きっと、そうなんだろう。

 

 あと深い考えは抜きにして、こいつ今日俺をホテルから出す気ないな。

 

「さ、ワインでも飲もうか」

「変なの入れてねえよな」

 

 シャルロットは俺から顔をそむけた。

 ウェイターも同時に明後日の方向を向いた。

 

「隠す気ゼロか! 変えてくれ、薬なんて飲まなくてもちゃんとするから!」

 

 もうこのレストラン来れねえよ……ていうかブリュンヒルデが何してんだよ本当に。ホテル側だって大困惑だろ。

 

「いやその……僕も飲むっていうか……その、ね……」

「あ゛っ」

 

 一瞬で察した。

 こいつ着床しやすくなるタイプの薬も混ぜやがったのか!

 戦慄する。あざとい挙動はそのままに策謀を張り巡らせるようになっている。いや学生時代からその節はあったが、年齢を重ねるとこうも強かになるのか。

 

「僕だってアラサーなんだからさ、しょうがないじゃん」

「まあ俺たちみんなそうだよな」

 

 正確にはアラサーに片足突っ込んだぐらいか。

 俺まだ26とかだし。全然いける。まだ仮面ライダーに変身してもおっさん枠にはならない。

 

「こちら、本日のおすすめです」

 

 新しいワインと一緒に前菜が運ばれてきた。

 

「この店ってシェフの気まぐれサラダとかないんですか?」

 

 ウェイターに聞いてみると、彼は爽やかに笑った。

 

「シェフの性癖サラダならございます」

「店変えるぞ」

 

 

 

 一応注文してみたら、タコが混じったサラダが来た。

 触手フェチかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が……黄色い……視界が変調をきたしている……

 げっそりと干からびた俺は、シャルロットと二人で街を歩いていた。

 

 現役ブリュンヒルデ専用の視認阻害機器、なんてものが発明されたらしく、ISのセンサーを使って誤認を看破しないと今のシャルロットの素顔は見えない状態だ。

 すげえ発明だよな。もちろんメイドイン束さんだ。

 

「便利だよねこれ。国家代表みんなにも配った方がいいって」

「むしろ束さんは何でお前に第一号を与えたんだ?」

「Money is power」

「嘘だろ……」

 

 さすがに絶句した。話が汚い。

 かつてなんかこう、いい感じのラスボスっぽい感じになった束さんも、今はガラクタ弄りに夢中なご隠居さんだ。

 彼女は彼女で、俺と同じく、深紅のISを探したものだが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 束さんは、心が折れたんだ。

 

 シャルロットの案内で、俺は都心の超高層ビルに入った。

 120階建てらしい。

 

「で、何なんだよ」

「ラウラに呼ばれたんだ、僕も詳しくは知らない」

 

 おい、何か面倒ごとを押し付けられるんじゃないだろうな。

 

 中国軍幹部の言葉にもあったように、ISを用いた軍事組織と、ISを競技に用いる国家代表はその管轄を別にする。

 別にはするが……当然のように、関りはある。

 軍事行動に代表や代表候補生が参加することもある。だって貴重な戦力だしな。

 

 代表例。

 かつてのアメリカ代表、イーリス・コーリングは軍属だった。

 亡国機業戦役にも参加してたし、何度も共に戦った。

 

 ラウラの今の立場は、それとまったく同じだ。

 

 エレベーターに乗り込むと、シャルロットは迷うことなく最上階のボタンを押した。

 高いところに上りたがるやつだな。やっぱ馬鹿だからか?

 

 扉が開き、廊下を進み、突きあたりのドア。

 

「お邪魔するね」

 

 シャルロットが扉を開けて中に踏み込んだ。

 広い空間だ。その中央にデスクが置かれている。

 どうもここはドイツ軍が間借りしてる、日本での活動拠点らしい。ビルに入ってからすれ違った連中全員軍人だ。

 

「来たな、シャルロット」

 

 デスクから少し離れたところに、スーツ姿で外を眺めていたラウラがいた。

 ドイツ軍特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長にしてドイツ国家代表、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 時代が時代なら敵なしの傑物だ。

 第四回モンド・グロッソにおいて総合三位を果たした実力者でもある。

 

 ちなみに準優勝は鈴だ。シャルロットとの決勝戦は史上稀にみる大接戦だった。

 そもそもモンド・グロッソの決勝で、熱い戦いが行われるの自体が初だったしな。

 一回目はどっかの誰かが全員蹂躙して、二回目は行われず、三回目は俺の同期みんな不参加で、現更識家当主が全員蹂躙した。

 

 三回目の時はまだ、みんな、俺に協力してくれてたもんな。

 

「そして――久しぶりだな、一夏」

「もう嫁って言わないのか?」

「忘れろ」

 

 これ以上続けたら――多分銃声が響く。それを察して俺は肩をすくめた。

 

「で、どうしたんだよ」

「うむ……貴様たちの力を借りたい」

 

 ほらきた。視線でシャルロットにそう伝えると、彼女は苦笑いを浮かべた。

 

「いや、力を借りたいというのは半分だ、知らせた方がいいと思ったのが、もう半分になる」

「何?」

 

 まさか未確認ISか?

 前のめりになる俺を真正面から見据えて、ラウラが告げる。

 

「――()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……は?」

「実際にやっていることは、クローン生成だ」

 

 おいおいおい……どっちも俺にとってなじみ深い単語だな。

 

「まず男性IS操縦者の新たな登場はありえない。それは各国上層部も周知している」

「そうだな」

 

 俺以外の男がISに乗れることは、絶対にありえない。

 何故なら束さんにしかできないことだからであって、今束さんは無力化されている。

 心が折れて、隠居して、がらくたを弄って……彼女の心は過去に囚われたままになっている。

 早い話、今の束さんは病人だ。

 

「不可能であることは分かっている。つまりそれをエサに民間人を研究所に閉じ込めて、彼らを実験体としてクローン生成技術を進めているのだ」

 

 クローン……マドカの顔が瞬時に思い浮かんだ。

 あいつは俺のクローンだ。そしてあいつを作ったクローン製造工場は、あいつ自身が焼いた。

 技術もその時に失われたという。なら、新しくイチから研究してやがるな。

 

「どうする?」

「チッ……有休がパーだ。その殲滅作戦に俺も混ぜろ。見過ごすわけがねえ」

「僕も行くよ」

 

 軍事行動に巻き込まれることもあるが、国家代表は自ら軍に介入することもある。

 他の国なら面倒かもしれねえが、ドイツ軍とは特に仲が良い。縁がある、と言っていいな。

 

 俺はこう、あれだ。

 コネだ。

 

「分かった。アンネ、二人を作戦に組み込め」

『了解』

 

 胸元のエンブレムは通信機だったか。会話ダダ漏れじゃねえか。

 

「作戦は今晩2200に開始する。隊員たちと機体の調整を行ってくれ……あと一夏」

「お、なんだ?」

「貴様の参加があり得ることを伝えたら特定の隊員が挙動不審、あるいは歓喜の様子を見せたのだが、何か言うことはないか?」

 

 有休だから暴力オチはないって言ったな……あれは嘘だ。

 俺はその場から脱兎のごとく駆け出そうとし、扉の前に立ちふさがるシャルロットを見て、崩れ落ちた。

 

「いやその……黒ウサギ隊の方々とは仲良くさせていただいておりまして」

「なるほど、休暇にわざわざ日本へ行く連中がいるなと思ったがこれか。よしシャルロット、グレースケールⅡは?」

「ばっちりだよ」

 

 ばっちりとは俺の致死性についてである。

 デュアルコアだからってデュアルパイルバンカーじゃなくてもいいよなホント、余計な進化しやがって。

 

 ISを部分展開させ、天使のような――ソドムとゴモラを焼き尽くそうとする天使のような笑顔を浮かべ、かつての級友が近づいてくるのを視界に収め、俺は思わず天を仰いだ。普通にオフィスの天井だった。



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仏独はワンセットみたいな風潮に屈した非力な私を許してくれ・後編

ハニトラで散々メインヒロインやってもらってるし一年一組出席番号一番の相川清香ちゃんは出さないでいいだろ~


 無 理 で し た


 なんとか生存した俺は、半死半生の身体に鞭を打って働いていた。

 ISの整備である。

 

 超高層ビルの地下に備えられたIS整備ピット……そこに、量子から再構成された俺の愛機がたたずんでいた。

 

「これが伝説の機体……あれ?」

 

 初対面の黒ウサギ隊専属整備士が、純白のISに近づいて首をひねった。

 新入りだろうか。

 

「一夏殿のISは、普段はこの形態なんだ」

 

 俺のよく知る黒ウサギ隊隊員が、その整備士の後ろから捕捉する。

 さっきラウラと通信していたアンネ・フォン・アンデルセンという隊員だ。作戦立案を担当する、参謀ポジションの女性である。

 

 アンネの言葉に俺は頷き、愛機を見る。

 戦役を終えて、その過剰戦力を咎められ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「本来の力はまるで発揮できていないが、これだけでも十分だ。少なくとも、速度で他の第三世代機に負けることはない」

「第三世代機って……大丈夫なんですか?」

 

 整備士は不安そうにしていた。

 そりゃそうか。黒ウサギ隊、もといドイツ最強のIS運用特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ。

 ()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハハハハハッ! おい貴様今すぐ一夏殿に謝った方がいいぞ」

「え、あああっ、す、すみません」

 

 俺の存在を忘れていたのかこの整備士。間違いなく大物だな。

 アンネは爆笑した後に、整備士を小突いた。

 

「いや気持ちは分かるから、別にいいさ。第三世代機と第四世代機じゃあ……パイロットの腕によほどの差がない限り第四世代機が勝つしな」

 

 経験則であり、多くの人々が示す事実だった。

 第四回モンド・グロッソにおいて、第三世代機はすべて予選トーナメントで敗退している。一機も残ってない。決勝トーナメントの戦いはすべて展開装甲持ち同士の激突だった。

 

 普通に考えて、もう、第三世代機ですら時代遅れなんだ。

 俺がかつてラファールを骨董品扱いした理由はこれだ。もうあの機体はすべて、展開装甲を装備するか、退役しているかのどっちかだ。まあ退役してもコアだけは抜き取られて新たに第四世代機になってるんだけど。

 

「それで、このISの名は」

「第一形態『白式(びゃくしき)』。初耳か?」

「そう、ですね、やはり一夏殿の専用機として名高いのは、ホワイト――」

 

 ちょうどその時、整備ピット中に響く音量で、誰かが手を叩いた。

 見ればそこには部隊長であるラウラ・ボーデヴィッヒがいた。

 

「あと一時間以内に整備を終えろ。今回は日本軍と合同で作戦を行うんだ、無様な姿は見せるなよ」

 

 幾分か背が伸びたラウラは、その立ち振る舞いもあって非常にこう、見覚えがある。

 本人は大して意識してないが、千冬姉に似てるんだ。

 

 本人が大して意識してないってのがミソだな。もう誰かの背中を追いかけるような年じゃないし。

 

「では私、あっちでレーゲンの整備がありますので」

「おー」

 

 新人整備士さんは俺に礼をしてから、たたっと駆けていった。

 整備場を見渡せば、かつて共に戦ったEOS四天王だかなんだかが後輩らに指示を飛ばしていた。世代交代ってやつだな。

 

「……なあアンネ、新人さんだけどレーゲンの整備やらせてんのか?」

 

 レーゲンというのは『シュヴァルツェア・レーゲン』、他ならぬラウラの愛機だ。

 

「彼女は天才ですよ? AICの新たな運用法を発明した才女です」

「へえ」

 

 隣に残ったアンネに尋ねると、そんな答えが返ってきた。

 いやはや、次世代を担う人材も順調に育ってるみたいだな、ドイツは。

 

「それと……一夏殿、何かこう、空いてる時間とか……」

「ん、ああ」

 

 頬を赤く染めて、軍服姿のアンネが半歩俺に寄った。

 瞬間、背筋を悪寒が走る。ラウラが眼帯に覆われていない瞳を、銃口のような冷たさで俺に向けている。

 

「っ、また次の長期休暇だな。今はさすがにだ」

「……了解」

 

 不満げにアンネは引き下がるが、お前自分の上司に殺されたいのか? 俺は殺されたくない。

 

「にしても整備、つってもな」

 

 一人で愛機と向き合うが、やることがない。

 第一形態故、装備は当然『雪片弐型』のみ。慣れ切った縛りプレイだ。

 ちなみに俺はあと二回変身を残している。いや、何回だっけ? 三回だったかもしれない。

 

「基地へ潜入するわけでもないとなると……割と真面目にこのままでいいんじゃないか」

 

 追加装備が思いつかない。

 ていうか想像できる障害物とか敵とか、正直全部刀一本でできると思うし。

 

 いかん……俺、思考回路が千冬姉みたいになってる。

 全部刀一本でいいとか考えてるから私生活も全部自分一人でやる羽目になるんだよ。せめて自分の鞘は見つけてくれ。

 

「一夏、それでいいの?」

 

 自分の整備を手早く終えて黒ウサギ隊の整備を見学していたシャルロットが、こちらに寄ってきた。

 

「別にいいかな。シャルロットは?」

「んー、近距離用のハンドガンを追加したぐらいかな。サイドアームは必要だと思うし」

 

 サイドアームとはライフル類をメインに据えた場合、その補助として扱う兵器のことである。

 つまり俺とはマジで縁のない言葉だ。

 

「貴様が実力者でなければ殴っていたところだぞ」

 

 様子を見に来たのか、ラウラも会話に加わった。

 

「あのなあ、俺は不可抗力でこの縛りプレイをやってんだ。誰が好き好んでこんなことするかよ、普通にシャルロットみたいにミサイルぶっ放したいわ」

「あはは……」

 

 実弾兵器でいいから使いたい。いつまで俺のISは江戸時代に閉じこもるつもりだ。

 そんな何気ない会話を、ラウラは苦虫を嚙み潰したような顔で聞いていた。

 

「…………『()()()()()()』、か」

「ん、どうした?」

 

 ラウラの言葉に、シャルロットさえも少し暗い表情になっている。

 なんだ、どうしたんだこいつら。

 

「いいや、作戦には関係ないことだ。整備が終わったのなら、作戦概要を再確認しておけ」

「ああ、分かってる」

「……うん、わかったよ」

 

 俺とシャルロットの返事を聞いて、ラウラはしかめっ面のまま頷いた。

 

 

 んだ、よ。

 ()()()だなんて……今更、呼べるわけないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山奥にIS6機で突っ込むの笑っちゃうな。

 相手も何機かはISを持っているらしく、俺たちは集団戦闘を前提に考えて、研究所があるポイントまで侵攻していた。

 

 既にいくらかの自動迎撃に遭遇しているが、全てをラウラがAICで破壊した。

 

 新人天才整備士が考えだしたという、『シュヴァルツェア・レーゲン』の新たな力。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という……こう……いや学生時代にそれ思いついてなくて良かったよそれ。多分俺、それ食らってたらタッグマッチトーナメントで帰らぬ人になってた。

 

「ポイントB2まで侵攻します。後続部隊は一旦待機してください」

 

 副隊長であるクラリッサは別の任務に就いているらしく、今はラウラの次に偉いアンネが、俺たちに命令を下していた。

 指示に従って俺はシャルロットと共に直進。

 

「よーし、それじゃあ皆僕の戦い方を見ててね。射撃っていうのは狙いをつけて撃つんじゃない、狙いをつけたときには、既に撃ってないとだめだ」

 

 こいつ何言ってんだ……?

 普通に常識を破壊する超人理論に、しかし隊員たちはEOSを着込んだまま真剣に頷いた。

 EOSはISの超劣化版のパワードスーツだったが、今ではまあまあ普及している。IS相手に戦闘したら二秒ぐらいでパイロット死ぬけどな。

 

「あと、間違っても、一夏の戦闘はまねちゃだめだよ。なるべく見ない方がいい、見ただけで悪い影響がある」

「俺は条例に違反するポルノか何かか?」

「見るインフルエンザ、みたいな」

「悪化してんじゃねーか」

 

 あんまりな言われようだ。俺を庇ってくれる人はいないかと、後続するEOS部隊を見るが……全員目をそらしやがった。クソが!

 

「じゃあ、行くよ」

 

 俺が泣き崩れる一方、シャルロットは高度を上げた。

 当然迎撃システムが彼女を視認し、高射砲を向けようとし――

 

 シャルロットの視線が、戦場を右から左へ滑らかに切り裂いたことに、何人気づけただろうか。

 

 AIが『リイン=カーネイション』を認識し、自動で狙撃する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 EOS組は何が何だか分かってないだろうな。

 狙いを定め、トリガーを引き絞り、弾丸を放ち、標的を切り替え、狙いを定め――それらの行動を一秒に極限まで詰め込んだ、神速の掃射。もはや銃身が十本ほどなくては、常人では彼女の射撃速度を再現できないだろう。

 

 ここに、シャルロット・デュノアが現ブリュンヒルデたり得る理由がある。

 代名詞になるような、超絶技巧はない。ド派手な必殺技もない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言わば、シャルロットはあらゆる基本パラメータが全て上限をブチ抜いているから、固有スキルを不要としている。

 

「分かったか? ブリュンヒルデは人間じゃないんだ」

「こら、勝手にイメージ下げないでよね」

 

 一瞬の神業で敵の砲台を全滅させた女が、俺の傍まで降りてきて頬を膨らませる。

 EOSを身にまとう黒ウサギ隊の連中が、顔を引きつらせているのが分かった。

 そりゃそうだよな、人外が何人間のフリしてんだって話だし。

 マジでこいつも中身はゴリラかなんかだと思う。

 

「……すごく失礼なこと考えなかった?」

「全然考えてないぜ。オレンジ色のゴリラなんて珍しいなってだけで」

 

 ブレードが俺の喉元に突き付けられていることに、黒ウサギ隊員たちは二秒ほど遅れて気づいた。

 

「今のは人間の意識の間隙を突く動きだけど、これはお前らでもがんばればできるようになると思うぞ。中国の代表候補生が一人、これをできてたからな」

 

 劉明美(ラウ・ミンメイ)のことである。

 死の予感に全身を震わせながらもなんとか解説し終わった時、黒ウサギ隊員らからは、死に行く勇者への畏敬の念がこもった視線が向けられていた。

 いいから助けろバカ共!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所が見えた瞬間にISが三機襲ってきた。

 日本から来た第四世代機『打鉄(うちがね)(あらた)』が迎撃態勢を取る。

 ちなみにここまで俺は何もしてない。

 

『一夏殿』

「どうした」

 

 アンネから通信が入った。

 

『時間をかけたくありません。相手は第二世代が三機……蹴散らしてください』

「やっとか」

 

 愛刀を召喚した瞬間、戦場にいる誰もが一瞬、たじろいだ。

 

「……じゃあみんな目をふさいでてね」

「おい新人共、今から見るものはフィクションだ。文字通り住む世界が違う、あまり魅入られるなよ」

 

 同級生二人がすごく失礼なことを言っていた。

 ふざけやがって、ちゃんと参考にしてくれよな。

 

 愛機のスラスターに点火。

 世界そのものが縮退したように、俺の居場所が飛び移る。

 

 三角形を描くような陣形だった敵の、ひとまず一番前に出て来ていた機体の眼前に、俺が出現した。

 

「な、ァッ……!?」

 

 悲鳴じみた声を上げながら、敵が手に持ったライフルを俺に向けた。

 トリガーを引きっぱなしにフルオート射撃。

 

 放たれる弾丸一発一発が見える。右手に握った剣を振るう。

 振り回す刀身が壁となって弾丸を叩き落す。IS用アサルトライフルの弾速なんて、蟻が歩いてるのと同じだ。

 

 マガジンに込められた弾を打ち尽くしたらしい。やつのISがリロードを指示するウィンドウを立ち上げたが、あと一歩踏み込めば刀で斬れる距離だ。ここでマガジンチェンジはできないよな。

 

「クソ!」

 

 敵兵がライフルを俺に投げつけて後ろに下がる。

 その直後、ドンと背中が何かにぶつかって、女は顔だけ振り返った。

 

 瞬時加速をスラスターごとに分割して行う個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)――を、極限まで短縮し、回数を増やして連発して、後ろに回り込んだ俺が、そこにはいた。

 

 ヒッ、と悲鳴が漏れた。俺は女の顔を掴み、思いっきり放り投げる。

 後ろにいた二人がそれを見て、金縛りが解けたように絶叫しながらライフルを連射。無論すべての弾丸を切り捨てる。

 

「……いいか。普通、刀で銃弾は切り捨てられない。砲弾ならともかくマシンガンの連射をすべて切り捨てるのは人間には不可能だ。絶対に真似るなよ」

「あとさっきの瞬間移動も、常人なら意識がトんじゃうから禁止ね。タイミングがコンマゼロゼロ1秒ぐらいズレたら機体も空中分解するから絶対しないように」

 

 国家代表二人に諭され、黒ウサギ隊員たちが顔面蒼白でうなずいているのが見えた。

 俺のイメージを勝手に下げないでくれ。

 

「この化け物ぉおおおっ!」

「うるさい」

 

 いくら撃っても無駄なんだから撃つなよ。弾丸がもったいない。

 俺は嘆息して、スラスターを蠢動させた。

 左右に広がる一対のウィングスラスター。先ほどとは違い同時に瞬時加速する――二次形態で可能になる二段階加速(ダブル・イグニッション)を無理矢理に再現する技術。

 

 俺がどこに移動したか目で追うこともできず、一体切り捨てられた。

 相方がやられたのを確認して、そちらに銃口を向けた女が、既にその背後に回っている俺に気づかず切り捨てられた。

 放り投げられていた女が空中に復帰した瞬間、頭上に瞬時加速した俺の一閃を受けて沈黙した。

 

「無力化完了。後で回収しとけ」

『……遊びすぎです』

「ちゃんと技術を見て盗めるようにしたんだよ」

『私たちの後輩の脳を焼き切るつもりですか?』

「そんなかよ」

 

 肩をすくめて、こちらにやって来る日独混合軍を見る。

 全員俺を見ようとしなかった。悲しい。

 

 

 

 

 

 研究所の廊下は狭い。ISを展開していたら一人ずつしか通れないな。

 

『敵性存在を99%排除しました。自動迎撃システムも、日本軍が中枢を破壊しています』

「じゃあもうIS要らなくない?」

 

 かくいう俺は既に生身の状態だ。

 他の連中も順番に装甲を解いていく。

 

「助かったよ。後は私たちで施設を捜索するから」

 

 砕けた口調で、日本軍将校の女性が軽くお辞儀をした。

 

「いや。俺も無理言って悪かった」

「君の戦闘を間近で見るいい機会だった。こちらこそありがとう。それとやっぱりこのあいだ日中合同演習で暴れたの君だよね?

「知りません」

 

 即座に目をそらした。

 日本軍将校は疑わし気に俺を見ていたが――

 

「まあ、何か事情があったんだよね。少なくとも悪意があったとは思ってないから」

「……買いかぶられてるな」

「世界で最も平和を願う男でしょ、君は。とはいえ問題児っぷりに年々拍車がかかっているのは否めないから。そろそろ生活を根底から見直すべきだよ」

「はいはい分かってる分かってる」

 

 こいつも戦役を共に戦った顔見知りだ。

 知り合いの女性の中で一番口うるさい。

 まあ同級生だがな。一年一組出席番号一番――相川清香(あいかわきよか)。懐かしい顔だ。

 

「……ここか」

 

 先導して歩いていたラウラが、部屋の前で立ち止まった。

 シャルロットが唾をのむ。

 

「実験室だよね」

「ああ。一夏、お前は別の場所に行け」

 

 は? なんでだよ。

 

「……私もそれに賛成。ここに君はいるべきじゃない」

『僭越ながら、私も同意します。一夏殿は別のポイントを捜査してください』

 

 相川に、アンネまで同じことを言ってきやがった。

 なんだ? まさか俺グロ画像に耐性のないお子様だと思われてるのか?

 

 その瞬間、だった。

 

「いやいやいや! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ドアが自動で開いた。

 全員身構える。

 

『……ISや自動迎撃システムの反応はありません。恐らく拳銃程度の武装かと』

「銃なんて持ってるわけないだろう、オレは研究者だぞ?」

 

 ドアの中から響く男の声。

 研究所のマッドサイエンティストがご登場か。上等だ。

 

「俺に用があるらしいな」

「待てッ」

 

 ラウラの制止を無視して、俺は部屋の中に入った。

 広い空間に、ベッドが何十も並べられている。その上には呻き、もがく男たちが横たわっている。

 

「被験者たち、か」

「そうだとも!」

 

 声の主は部屋の奥、巨大なモニターの前を陣取って、俺たちを迎えていた。

 

「ようこそ! オレのラボへッ! ……しかしまあ、ここで研究は終わりだがな! 抵抗する気はないぞ!」

 

 随分声高らかに降伏するなこいつ。

 伸びっぱなしで床を引きずるほどになっている黒髪と、よれよれの白衣。

 

「髪ぐらい切れよ。シャワー浴びてんのか?」

「君たちの到着は予期していた! 4時間23分前に入浴済みだッ! 森の香りがするぞッ!」

「バスロマンかよ」

 

 なんというか、気の抜けた男だな。

 

「これ、は……ッ!」

 

 シャルロットが声を上げた。

 彼女の視線を辿れば、誰も乗り込んでいないISが一機、このラボの隅に置かれている。

 誰もがそれを見て驚愕を露わにする。俺も少し、動揺した。

 

「……()()()()()()()()()

 

 そうだ。相川の言う通り、こいつには展開装甲が装備されている。

 だが展開装甲は、政府が正式に所持するISにしか装備されていないはずだ。

 

 研究所を防護していたISや、今まで戦ってきたテロリストのISがことごとく第二世代機であったのは――第三世代機と第四世代機は、非合法に所持することが難しいからだ。

 まず誰も手放さない。メンテナンスも高度な技術と装備が必要になる。第二世代なら比較的安価だし、手入れも簡単だ。

 

「どこから引っ張ってきやがった」

「ふふッ――いい質問だ織斑一夏ァ! その答えはずばり……この展開装甲は、オレが独自に作り出したものなのだよッ!!」

 

 何……だと……!?

 

「マジかよお前すごいな!」

『何を素直に感心しているのですか』

 

 アンネが呆れながら俺に言った。いやだって、すごいじゃん。

 

「フハハハハハハッ! 称賛しろッ! オレは展開装甲を作り出したッ、しかしそれすら、このオレという天才にとっては通過点に過ぎない!」

「……何が目的だったんだ、貴様」

 

 ラウラの問いに、男はギラついた視線を返した。

 

「決まっている! 第四世代機の次――第五世代機ッ

『――――――ッ!?』

 

 絶句。

 こいつ何言ってやがる。正気か?

 

「一応聞いておくが。お前にとって、第五世代機ってのはどういう定義なんだ?」

「何度もいい質問をしてくれるなァ! 織斑一夏ッ! 素晴らしい着眼点だ!」

 

 両腕を広げる男の背後で、モニターが画面を変える。

 次々とISの設計図と人体の見取り図が並んでは消えていった。

 

「第五世代機とはッ! どんな搭乗者であろうともッ! 全く同じ戦闘力を発揮する究極のISッ! それは――パイロットが男性であっても変わらないッ!!」

 

 何度目の、驚愕か。

 つまりこいつは、()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()

 

「……成果は?」

「フハハハハハハッ! いや、まったく! 機体の自動性についてはクリアしたが、いやはや! 男性を乗せるとなるとまるで動かない! そこらにいる男どもの遺伝子情報を組み込み、生体反応のみをサインとして起動させようとしたのだがまるでダメだったッ!」

 

 駄目だったのかよ。

 

「……野良マッドサイエンティストではこのあたりが限界だろうね」

 

 シャルロットはそれだけ言って、ベッドに横たわる男たちに近づく。

 

「彼らを解放しても?」

「無論構わないともッ! 自由にしてやってくれッ! 志高き者たちだ!」

 

 こいつらもこいつらで、男性操縦者になろうとしてたんだよな。

 

「……何のために第五世代機を?」

 

 ふと気になって、尋ねてみた。

 

「何を言ってるの。第五世代機を作るのは目的であって……いや、まさか、それすら手段の一つってこと?」

 

 相川が眉をひそめた。

 俺だって深く考えた問いじゃないさ。

 でもなんとなく気になった。直感だ。

 

「――やはり君だけは理解するか」

 

 男の声色が変わる。

 

「亡国機業戦役で、多くのISパイロットが散ったな。再起不能になった者も大勢いる」

「……ああ」

「オレはかつてある研究所に所属していた。久しぶりに会うとなるとやはり気づかないか?」

「――倉持技研かッ!?」

 

 こいつ、俺を知っていたのか! 俺だけじゃない、『白式』の詳細なデータまですべて!

 だからこそここまで、第四世代機を研究できた。

 

「ああそうだ。そして、日本軍所属のパイロットが一人……戦役で散った。オレの恋人だよ」

「……だから何だ。ありふれた悲劇が、ありふれた狂人を生み出した。それだけか?」

「言うとおりだ。ありふれたことだ。しかし、しかしッ――()()()()()()()()()!? ありふれたことだろうと何だろうと、オレ達にとっては何の慰めにもならないッ!」

 

 先ほどまでとは違う。芝居がかった声じゃない、本物の感情が乗せられた絶叫。

 俺は、自分の身体が恐ろしいほど固まっていることに、その時やっと気づいた。

 めまいがする。この男を直視しているだけで全身が鳥肌を立てている。

 

「あんな戦争は二度と起こさせないッ! なら! 力が必要だ! いや……違うな。オレは彼女を庇えたらと思ったんだ」

「……それで、なのか」

「優れた機体を作ればパイロットの生存率も上がる。オレは誰も死なないような戦場を作りたかった。……あの第四世代機はその夢の、残骸だ」

 

 男は目を伏せ――次の瞬間に、絶叫した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――」

 

 拳を強く握った。

 彼の絶望は、誰よりも、俺に突き付けられていた。

 

「一夏……」

 

 ラウラが俺の傍に来て、手を握ってくれた。

 温かい感触だった。生きているという実感があった。

 

「だから君の力を貸してくれ! 君の協力があれば、必ずオレは君以外の男性IS操縦者を作ってみせる!」

 

 彼の絶望の鋭さが、胸を突く。

 ラウラの小さな手を握り返そうとして、できなくて、咄嗟に俺は乱暴に振り払ってしまった。

 

「その代わりにといってはなんだが、オレは君のためにあれを作ろう」

「アレ?」

「分からないのか? あれだよ、あれ!」

 

 男は絞り出すように、地獄で燃え盛る業火のような声で叫んだ。

 

()()()()()()()!!」

 

 視界が、ぐらついた。

 

「まだ探しているんだろう? 君は、オレと同じだ! いつまでも希望に縋り続けて、絶望をまるで直視しようとしない――君も、オレと同じ、狂った人間だ」

 

 それだけ言った後に、男は、声を小さくした。

 

「まあ、色よい返事がもらえるとは期待していないとも。狂人の戯言だ」

 

 男は自らこちらに歩いてきた。

 日本軍将校、呆然と立ちすくんだままの相川の前まで行って、彼は両手を差し出した。

 

「できれば私の待遇は、時として捜査協力を求められるようなポジションで頼むッ! ハンニバル博士のような男になるのが夢だったのだッ!」

 

 調子を取り戻したのか、男は哄笑を上げる。

 それを呆然と聞きながら、俺はその場に座り込んだ。

 

 同じ、なのか。

 

「一夏、考えちゃ、だめだよ」

 

 シャルロットの声が聞こえる。

 けど、俺は、何も反論できなかった。

 

 俺は今――あの男と同じような、狂ったことをしているのか?

 

 思考が渦巻く。床に座り込んでいるはずなのに、上下感覚があいまいになる。

 隊員たちが到着して。俺を見ている。

 この場には女も男もいる。

 

 いや、俺はずっと、本当は、世界中の男から見られていたはずなんだ。

 代表として。唯一の戦力として。

 もしも男女間で戦争が起きた場合、俺はすべてのISを打倒しなければならない。それはきっと今俺が感じているような作業ではなく、もっと重みのあることなんだ。

 

 考えないようにしていた? 違う。俺はずっと、考えなくてもいいようにされていたのか。

 隊員らが俺の傍から離れ、男たちを助け起こす。

 

「意識はあります。担架を持ってきてください、数は――」

 

 シャルロットが指示を出す。皆、俺に気を遣って、俺からある程度離れた。

 一人で座り込んだまま、俺は、俺のようになろうとした男たちを見ていた。

 

 事情があったんだ。決意があったんだ。覚悟があったんだ。そうだと思う。

 彼らはISに乗りたいという意思があった。

 

 俺には最初、意思なんてなかった。

 

 意識を取り戻した男たちは、黒ウサギ隊員らに支えられて立ち上がる。立ち上がれない人もいる。

 周囲を見て、状況を理解して、あろうことか悔しそうに泣き出す人間もいた。

 

「嘘だったのか」

「俺は、騙されたのか」

「ISに乗れるんじゃなかったのか」

 

 絶望がこんなにも、多くの人々の根底にあるだなんて。

 戦争がなくなっても、その絶望は打ち払えてはいないかったなんて。

 

 改めて現前する事実に、俺は目をそらそうとした。

 それよりも早く――1人の男が、俺を見た。 

 

 瞠目している。

 驚愕し、それから目を一旦そらして、伏せて、閉じて。

 そしてもう一度俺を見た。

 

 彼の瞳の中に、俺は業火を見た。

 

 

 

「どうして、あんただったんだッ!」

 

 

 

 絶叫だった。

 その声はラボの壁を叩いて、反響した。

 視界がガツンと揺れた。脳に衝撃がきた。立っていたらふらついただろう。

 

 誰もがギョッとして、男はでも、止まらない。

 彼だけじゃない。その声に、俺の存在を認識した男たちが、瞬時に激高した。

 

「何しに来たんだよお前!」

「笑いに来たのか、俺たちをッ」

「なんであんただけなんだよ! なんで、なんでッ」

 

 ああこれはきっとずっと言われてたことなんだ。

 俺がどれだけ結果を出そうとも世界を救おうともそんなことじゃ彼らは救えない。

 力では、剣では決して倒せない絶望なんだ。この絶望は彼らのもので俺にはどうにもできないんだ。

 

 でも、無視なんて、できる、はずがない。

 

「一夏、聞くな」

 

 ラウラの言葉に、俺は息を吸ってから、首を横に振った。

 言葉を絞り出そうとして、酸素がこぼれる音しか出せなかった。

 

「……そうか」

 

 ラウラは、悲しそうに視線を落とした。

 

 怨嗟の声が響く。彼らを助け起こすシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちが顔をしかめている。耳をふさぎたいのだろう。呪いの声は自分に対してでなくとも、聞いただけで心が蝕まれてしまいそうな、粘着質で、真っ黒で、澱んだ声だった。

 

 学園に生徒として通っていたころ、俺は守られていた。こういう声が耳に届かないよう守護されていた。それは悪いことじゃない。あの頃の俺がこんな声を聴いたとして、どう思ったかは分からない。変に気負うようになったかもしれないな。

 でも結局、正面から受け止めきることは、難しかったように思う。

 

 俺は歯を食いしばって、ずっと声を聴き続けた。視界がにじんで、顔を伏せた。

 男たちの声以外何も聞こえない。ずっと。これからもきっと、この声は俺の鼓膜から剥がれ落ちない。

 

 作戦は完了した。

 俺たちは任務を達成した。

 けれど、うれしそうな顔をしたやつは――救われた人々にさえ、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休暇の最後の一日に、シャルロットは俺を連れ立って海に来ていた。

 学園を取り囲む海とは、少しだけ違う見え方がする、ような気がする。

 

 今日一日、シャルロットはいろんなところに俺を連れまわした。

 ラウラたちが事後処理に勤しんでる中だ。最悪だな。

 

 クローン生成について、あのマッドサイエンティストはある程度成功していた。

 遺伝子情報を操作し、男性でありながらも、ISには女性と認識されるような存在を作ろうともしていたらしい。あらゆる角度からISのシステムの隙を突き、男性でも起動できるようにしようとしたが――結局俺たちが到着するまでに成功することはなかった。

 

 今度、面会に行くつもりだった。

 話をしたかった。

 聞きたいことがいくつもあった。俺が話したいことも、いくつもあった。

 

 海辺の、砂浜をしばらく歩いたら見える崖。

 回り込んで、草木を踏みつぶして、その崖の先端まで、俺とシャルロットは歩いた。石だらけで舗装されていない道だ。

 誰かが飛び降りたりしたのだろうか、崖の先端には、飛び込み防止の柵があった。その気になったら乗り越えられるような代物だ。

 

「明日からは仕事だね。僕も頑張るよ」

「ああ。俺も、頑張るさ」

 

 生徒の前でこんな顔はできない。

 なんとか調子を取り戻したいのに、身体はうまく反応してくれない。

 神経全体が鈍っていた。喜怒哀楽の感情がマヒして、ずっと思考がうごめいている。それは形にもならず、ただ脳と精神を圧迫し続けるだけだ。

 

 知っていたことを、再確認するだけでも、こんなに痛い。

 誰もが知っていることだ。

 それなのに、こんな風になるってことは、俺は全然大人になれてなんかいないってことだろう。

 

 俺たちは並んで、水平線に沈んでいく夕日を眺めていた。

 丸い太陽が、はるかかなたの一本の直線に触れて、押しつぶされていく。

 ずっと黙って、その光景を見ていた。

 

「ねえ一夏」

「ん?」

 

 不意に彼女が口を開いた。オレンジ色の世界の中で、緩慢とした動きで俺は彼女を見た。

 シャルロットは、微笑んでいた。

 

 一枚の絵画だと言われたら納得してしまうぐらい、夕焼けに包まれて、美しい笑顔を浮かべていた。

 

「僕と一緒に、どこか、誰も知らないところに逃げちゃわない?」

「……はは」

 

 いい提案だなと思った。

 何もかもが、今となっては重すぎる。昔は感じなかったことを、感じるようになった。見えていなかったものが、段々と見えてきた。成長したからこそ、背負うものは増えていった。

 結局俺は、まだ、何も終わらせられないガキのままなのかもしれない。

 それでも。

 

「ありがとな、シャル」

「……久々に、そう呼んでくれたね」

「悪い。忘れてたわけじゃないんだ。でも……」

「分かってる。大丈夫だよ」

 

 シャルロットは、シャルは、身体を俺に向ける。頬を、どうしようもないぐらいに透き通った涙が伝っている。

 

「学生だったころを、思い出しちゃうもんね」

「ああ」

 

 大の大人になっても、俺は過去とまともに向き合えていなかった。

 

 彼女を取り戻せば欠けたピースが埋まる。

 彼女を取り戻せばどうしようもなく感じる()()が収まる。

 

 そう信じて、だから、結局は向き合わずとも解決できる問題だからと、受け入れるのがつらくてもいつかは美しい思い出に戻るからと、俺は過去から目を背けていた。

 

 受け入れることには、痛みが伴うだなんて。

 高校生でも知ってるのに……俺はできていなかったんだ。

 

「俺、やっぱり、逃げるのだけは、したくないから」

「そっか」

「ごめんな、シャル」

「いいよ、全然。けど、後悔しても知らないからね。一夏のばーか」

 

 泣いていたけど、シャルは、笑っていた。

 その笑顔に幻視する。

 IS学園の制服を着ているシャルを、重ねてしまう。

 

 けど、別にいいんだと思う。

 過去を受け入れること。きっとそれは、俺にとって今必要なことのはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ待って! これなんか、僕失恋したみたいになってない!?」

「気づくの遅いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園に戻った俺が部屋に入ると、誰もいなかった。

 一人部屋だから当たり前だ。ベッドと机の置かれた部屋の中まで進み、シャワールームに振り返る。

 バスタオル姿の少女が出てくるような気がして、ずっとシャワールームのドアを見ていた。

 誰も、出て来やしなかった。

 

 空には星が煌めいてる。

 

 どうして俺だったのかなんて、それは一人の天災が脚本に私情を持ち込んだからに他ならない。

 

 それが、果たして『俺だったから』と言えるのか。俺は首を横に振った。

 織斑一夏である必要はなかった。

 

 唯一の男性IS操縦者は、篠ノ之束の妹と仲が良い男であればそれで良かった、と思う。

 

 でも選ばれたからには俺にできることをするしかない。

 ああそうだ。俺にできること。剣を握って。敵を斃して。斃して、斃して、斃して斃して斃して斃して斃して斃して斃して斃して。

 

 戦う技術が高まるほどに、かつて抱いていた誰かを守りたいという意思は朽ち果てていった。

 戦果を積み重ねていくほどに、かつて大事にしていった人々が遠くに行ってしまう気がした。

 

 俺は守り抜いた。

 多くの人々を救い、俺の身の回りの人々の笑顔も消させなかった。

 

 取りこぼしたものはただ一つだった。

 

 俺じゃなかったら、救えたんじゃないだろうか。

 

 シャワールームは物音一つ立てず、静かに俺の視線を受け止め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おい私はいつまで待機していればいいんだ」

 

 超シリアスこいてたらベッドの中から全裸のラウラが出てきた。

 

「嘘だろ……」

 

 この状況でやることか?

 

「いや……先回りして驚かせてやろうと思っていたんだが、その、そこまでお前が深刻な顔をしていると、出にくくてな」

「いやホントだよね」

 

 ぬっ、とベッドの中から、あろうことか日本軍将校相川清香さえもが出てきた。全裸である。

 二人共シーツや毛布で身を包んではいる。が、肩とか太ももとかが普通に見えている。

 

 マジで俺の感傷を返せよ。全部吹っ飛んだぞ。

 

「今出てくることあるか?」

「今だからこそ、だよ。織斑君にとって私たちは、()()()()()()()()()()()()

「私たちは……ある種の鎮痛剤だ。それは互いに了承しているだろう」

 

 プライベートの口調で相川が言い放った内容に、押し黙る。

 そうだったな。確かに俺は、お前らを、そういう扱いにしてしまっている。

 

 いつになったら誰かと向き合えるんだろうか。

 

「どんなにつらくてもきっと、いつかは楽しく話せる過去になる。それは思い込みだったかもしれないけど、少なくとも、絶対に間違いなんかじゃないから」

 

 相川の笑顔に、俺は、少しだけ救われたような気がした。

 

 ああ、そうだったっけか。

 結局あいつを見つけ出せば全部解決――それ自体には、誤りはないもんな。

 

「というわけで一夏。次の協力要請がある。クラリッサが担当している任務が難航していてな。調査自体は進んだんだが……その結果、学園にも関係あるということが分かった」

「詳しく聞かせてくれ」

 

 ラウラをベッドに押し倒しながら、俺は問う。

 

「え、聞く気あるの? 言動が一致してないよ?」

「お前本当にうるさいなコラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、その概要の全貌は一晩かけてちゃんと理解できた。

 朝までカンヅメで会議してたということだ。

 つまりこれは仕事である。

 だから大丈夫。

 

 目の前に佇む、青筋を浮かべたシャルに対して、俺はベッドに横たわったままそう言い聞かせようとした。

 俺の両隣には日独合同演習の参加者が眠りこけている。

 

 完璧に詰んだ。何部屋に入ってきてんだよ。今日仕事じゃねえのかよ。

 

「一応、最後に挨拶しようと思ったらこれだからね。一夏はほんとにしょうがないなあ」

 

 声が完全に殺人鬼のそれだった。

 貌だけは美人なのに、それ以外のすべてが怖い。

 

 ……オレンジ色のコスモスの花言葉は『野生の美しさ』らしい。

 つまりシャルも野生の美しさを持つ。なら優しさをふ()()()、なんちって。

 

「だから、何?」

 

 心を読んだうえで、ツッコミを入れずにその反応は殺意が高すぎる。

 

「ああもう一夏なんて知らないからッ! もしもし織斑先生!?」

「織斑先生ならここにいるが」

「一夏じゃない方だよッ! すみません失礼します一夏の部屋までいつものお願いします!」

「あっ」

 

 終わりました。

 

「一夏の馬鹿はどこだァァァァァァァァァァァアアアアァァァァッッ」

 

 直後、天井を木っ端みじんに砕いて、千冬姉が上のフロアから飛び込んできた。

 

 待機場所が斬新過ぎる。両隣の二人をベッドから叩き落すと同時、俺の首すれすれにIS用ブレードが突き込まれベッドに刺さる。

 

 シーツが解け裸体を露わにする二人を見て、千冬姉の目が赤く染まるのを確認して、俺は笑った。

 

 

「やっぱ他人の裸見ると緊張する? 年齢=彼氏いない歴はこれだから――」

 

 

 その後俺がどんな目にあったかは、たぶん、俺の戦闘機動より悪影響があるので言えない。

 

 

 

 

 




評価感想ありがとうございます。感謝感激です。


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パーティー用の一張羅で戦わせるな・前編

日常回です


「おにぎりパーティー、ですー」

「は?」

 

 朝のHRでいきなり手を挙げた劉明美(ラウ・ミンメイ)は、俺が促す前に勝手に立ち上がってそんな単語を放った。

 

「和食の代表でありー、日本四千年の歴史を持ちー、三角や丸など多種多様な流派を持つおにぎりにー、私は夢中になってしまいましたー」

「……それで?」

「なのでー、おにぎりパーティーを開きますー」

 

 教室中がおー! と歓声を上げた。

 全員イカれたのか? それとも俺が狂ってるのか?

 

「既に食堂のシェフさんにはー、許可をいただいておりますー、明日の夜にー、第一食堂を貸し切って行いますー」

「待て……頭が痛くなってきた」

 

 こめかみを指で揉みながら、俺はストップするよう手をかざして合図する。

 一体何の話だ?

 

「まああれです。お姉ちゃんの歓迎パーティーをやろうって話だったんですけど、お姉ちゃんがどこからともなくそれを聞きつけたらしいんです」

 

 明美の双子の妹である劉海美(ラウ・ハイメイ)が捕捉する。

 二人そろって中国代表候補生のエリートだが、やはりエリートの言葉は俺にとって理解しがたいようだ。セシリアが数千キロ離れた場所で『今何か悪口言われましたか私!?』と叫んだ気がする。

 

「先生もそれに来てよーってこと」

「あたしらの寝間着見放題だよ!?」

「その後……私の部屋に……」

 

 皆好き勝手に騒いでいる。

 おい、明日の夜だろ? 普通に無理じゃね? 予定あるんだが。

 

「来ていただけませんかー……?」

 

 珍しく無表情の中に寂しげな色を混ぜて、明美が俺に問う。

 ぐっ、担任としてお前の歓迎パーティーをやるのは大賛成だが、普通教師を誘うか?

 俺の覚えているパーティーでは千冬姉は来てなかったぞ?

 

「……はあ。行けたらな」

「! ありがとうございますー!」

 

 弾んだ声色で、明美が笑う。

 教室にいる時、彼女はよく笑うようになった。

 

 その笑顔を、裏切りたくはないなと。

 けどこれ大丈夫かなと。

 俺は明日の厄介ごとを思い返して、憂鬱なため息を吐いた――

 

 

 

 

 

 

 

「来たか、織斑一夏……は? いや……何故タキシード……」

「この後パーティーなんだよ」

 

 翌日。

 パーティー開始まであと12時間。

 

 俺は海辺で、ラウラの副官と落ち合っていた。

 ドイツ最強の特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長――クラリッサ・ハルフォーフ大尉。

 お世話になっておりますーだと? 調子に乗るなラウラ経由で俺が世話しまくってるわ。

 この女のせいで俺の気苦労がどれほど増えたか。もう敬語など一生使わないだろう。

 

 ここはIS学園じゃない。日本でもない。学園は現在時刻午前7時だが、俺のいる場所は真夜中だ。時差である。

 有休はいつものだ。また殺されるのか俺。

 

「パーティーに呼ばれたからには、男は一張羅じゃなきゃいけねえ。俺の一張羅はこいつだ。俺は今日の夜、こいつを身にまとい踊り明かす。既に学食にミラーボールを設置した。もう全身がリズミカルにダンサブルなんだ。この状態の俺のことは256ビートイチカと呼べ」

「話を盛り過ぎて昔のUSBみたいになっているぞ」

 

 軍服姿のクラリッサがため息をこぼす。

 

「で、隊長から聞いただろう」

「ああ。不審なIS……それも、無人機の可能性があるってな」

 

 無人機技術は、篠ノ之束のみが持つ知識だ。

 しかし先日野良の研究者が展開装甲を作り上げて見せたように、時代は前へ進んでいる。

 今、束さんと関係ない所で無人機が開発されていようと、俺は不自然ではないと感じる。

 

 それが各国主導の研究ならいいが、テロリストなら話は別だ。

 無人機にはいい思い出もないしな。というかロクな思い出がない。

 

「リミットは十二時間――それまでにケリをつけるぞ、マルギッテ・エーベルバッハ」

「十二時間とか何を勝手に設定している。あとそれは別次元の話であって私じゃない」

「じゃあ無印版の冥琳」

「思い出させるな……!」

 

 クラリッサは全身を使って拒絶の意思を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今時珍しいぐらい、捜査は原始的だった。

 

「反応はないな」

 

 クラリッサが手に持ったガイガーカウンターみたいな機器が、ギョウンギョウンと音を立てている。

 うるさいし役に立ってない。

 

「なんなんだそれ」

「金属に反応するセンサーだ」

「そのギョウンギョウン言ってるのは」

「恐らく周囲の砂鉄などに反応している」

「設定が細かすぎるだろ」

 

 それほぼ何も分かってねーってことじゃん。

 半眼で睨むと、クラリッサは嘆息して機器のスイッチを切り、胸の谷間にしまった。

 そこでいいのか。

 

 無人機が何をしているのかは分からん。

 目撃情報があったってだけで、それ以外に情報はなし。

 だが、哨戒中のISと遭遇した際に、生命反応がなかったという。

 暗くて外見も判別できず、レコーダーを解析した結果、明らかになったのはかなり重装甲の全身装甲(フルスキン)ISだということだけ。

 

「この地区での目撃情報が多い。近辺に潜んでいるかと思ったが」

「十二時間後には俺学園に戻るからな」

「は? 本気か?」

 

 咎めるような視線だが、俺はボランティアをやりに来たわけじゃないんだぞ。

 

「お前、何のために協力することにしたんだ」

「無人機のデザインだ。あれは間違いなく紅椿(あかつばき)をベースにしている」

「……なるほどな」

 

 紛らわしいし、普通に死ねばいい。

 あいつのISのコピー品だとしたら跡形もなく消し飛ばす。

 

「目撃情報はこのあたりだったらしいが、人はいないぞ」

「ここで違法ドラッグの取引をしていたマフィアが、ISを見た。警察だと勘違いしたらしく、逃げ出した。車だった。法定速度を超えていた――それで捕まった」

 

 失笑が漏れてしまう。お粗末な話だ。

 人気のない場所。暗闇。まっとうな人間がここに来ることは少ない。夜に来るとしたら犯罪者か。

 

 俺とクラリッサは歩く。

 人気を感じた。先ほどの話を思い出す。クラリッサの雰囲気が変わる。

 IS探しのはずが、犯罪の臭いを確かに嗅いだ。

 

「織斑一夏」

 

 小声で名を呼ばれた。静かに、スーツの内側から拳銃を抜いて答えた。

 スライドを引き、初弾を装填した。足音が極端に小さくなった。

 砂浜を進む。車が一台止まっている。ワゴン車。揺れている。

 

 ため息をこぼした。

 クラリッサが制止するより早く、俺はワゴン車の車体を蹴りつけた。大きな音が響いた。

 

 中から男が二人、転がり出てくる。

 立ち上がり構えを取った。何の構えだそれは。路地裏喧嘩殺法か。せせら笑い、二人共蹴り転がした。クラリッサが、砂浜に転がる二人を冷たく見ていた。

 

 ワゴン車の中を覗いた。猿轡を噛まされて、手足を縛られ、衣服の乱れた女が一人いた。無事ではないが、助けは間に合っていた。

 ロープを解く。女が俺にしがみついて泣き出す。腕を見た。注射の跡はない。目を覗き込んだ。日陰者特有の、暗い輝きはない。

 

 クソッタレが。表を歩く住人を、無差別にさらったのか。

 

「連絡を」

 

 クラリッサを制止した。

 

「お前ら、ここで捕まったマフィアと同じ一味だな」

 

 二人を見た。まだ染まり切っていない。半グレに近いだろう。

 質問と同時、二人がズボンから拳銃を引き抜いた。腕の中で女が悲鳴を上げた。

 

 俺とクラリッサの方が早かった。銃を握る腕を撃ち抜かれ、男二人が突っ伏す。

 ただのレイプ魔じゃない。

 

 改めて車の中を見た。薬があった。

 女を売り物に仕立て上げるシノギだ。

 

「どうするつもりだ」

「ここを繰り返し使った。ここが仕事場ってことは、情報があるかもしれない」

「マフィア相手に捜査するつもりか」

「慣れてるよ」

 

 硝煙の臭いに身体が沸騰している。けれど脳が、恐ろしく冷たいままだった。

 

 人探しのために、俺は学園教師になる前、世界中を削りまわった。コネも立場も、使えるものは何でも使った。

 その中で、偽名で裏社会に身を投じたこともあった。

 忌まわしい記憶。名も知らない女と交わった。翌日に、その女が目の前で頭を撃ち抜かれたことがある。片耳のない男と相棒として数か月共に行動をした。そいつは俺をハメようとして、俺に殺された。

 

「……警察ではない場所に連絡した。彼女を保護する人間が、十五分後に到着する」

 

 頷く。

 俺は男二人に近づく。何も知らないと、叫ばれた。

 足を撃った。クラリッサが俺の肩を掴んだ。振り払う。背後で俺が助けた女が悲鳴を上げている。

 

 事情を言え。

 

『薬がバレて、慌てて別の商売のペースを上げる必要が出たんだっ。だから、そこらの女、つ、捕まえろって』

 

 娼館そのものを運営しているのか。女を売るだけか。

 

『み、店が町の離れにあるっ。アネタロって店だ。ボスもそこだっ』

 

 小さな組織か。

 

『十五人ぐらいしかいねえよっ。この街で、俺らしかいないんだ』

 

 お前らの中で、どれくらいISを見た。

 

『ISなら、捕まったやつ以外にも結構見たっ。でも、遠くに飛んでるぐらいだった。あの、赤い奴だろっ?』

 

 俺は二人のみぞおちにつま先をめり込ませた。二人はえずいて、動かなくなった。

 

「行くぞ」

「……外道が」

 

 クラリッサは嫌悪感も露わに、吐き捨てるように返事した。けれど足音はついてきた。

 遠くから車がやって来た。クラリッサが視線で合図をするのを感じた。車から降りた男が、数人、浜辺に向かう。女を保護して、男たちを捕まえるんだろう。

 

 そして数人の男が、俺たちの前に残っている。

 

「捕まえられると思うのか?」

 

 日本語でクラリッサに問う。兵士たちは、俺を見て怯えていた。顔に出すまいとしているが、目と呼吸で分かる。

 あざ笑った。クラリッサが拳銃を俺に突き付けた。

 

「危険人物に捜査をさせるものか。逮捕はしない。どうせもみ消されるだろう。日本へ送還させてもらう」

 

 直感が、マフィアの下へ行けと囁いていた。深紅のISにつながる何かがあると。

 何度も従い、何度も空ぶってきた直感。

 

「織斑一夏」

 

 クラリッサが一歩詰め寄った。銃口が身体に押し付けられる。

 彼女の次の言葉は、ほとんど聞き取れないほど微かだった。

 

 

 

 

 

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 瞠目しそうになり、こらえた。

 アドリブで潜入捜査を任せる奴がいるか――いや、これは恐らく彼女の筋書き通りだ。

 ISの件で釣り、俺自身にとっても必要な捜査をさせつつ、それに乗っかる形で違法売春業者を摘発するつもりなのだ。

 

 呆れた、強かな女だ。

 抱いたことはないが、何度もこうしてこき使われた。今回は今までの中でも一番タチが悪い。

 

 やってやる――が、俺を利用しようとしたんだ。痛い目には合ってもらう。

 

 クラリッサの右腕に組み付いた。呼吸の間隙を狙った。驚愕に顔が歪んだ瞬間、その腕をへし折った。

 振り向きざま、銃を向けようとする男たちの腕を撃ち抜いた。拳銃は握ったままだった。

 

 兵士全員が倒れたのを確認してから、俺は車に近づいた。

 車の窓をノックした。運転手が、頬に汗を垂らして俺を見る。

 万国共通のコミュニケーションとして、笑顔を浮かべた。転がり出るようにして、車を譲ってくれた。

 

「貴様ッ」

 

 最期の力を振り絞って、俺に拳銃を向ける女がいた。

 鼻を鳴らして車に乗り込んだ。放たれた弾丸が運転席の窓に弾かれた。強化ガラスだ。

 

 アクセルを吹かす。ターンして、俺は街の中へと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車は適当な路地裏に放置して、俺は裏通りを進んだ。

 

「見ない顔だな」

 

 ひどくなまった英語で、話しかけられた。

 俺は自分の表情が勝手に笑顔を浮かべるのを感じた。身体に染み付いていた、忘れていた習慣が、空気を感じて勝手によみがえっている。

 

「ご機嫌な服だな」

「パーティーの予定があるのさ」

 

 顔を注視した。世間話を突然俺に振った理由。俺のことを知っている。逃走犯に話しかけてくる。刑事じゃない。犯罪者の目をしていた。

 

「場所を探してる。アネタロだ。友人に紹介してもらった」

「いい趣味じゃないか」

 

 話しかけてきた男。大柄でポロシャツを着ている。腰に拳銃を差して、隠している。

 

「客となればあいつも喜ぶだろうさ」

「あいつ?」

「ここらのボスだ。カーラってやつさ」

 

 連れ立って歩く。一瞬やつの足が、表通りを指した。俺が動きを止めると、男は苦笑いを浮かべた。

 

「出るに出れないか」

「どこから銃弾が飛んでくるか」

「よしきた。任せな」

 

 この場に残るよう指示して、男はどこかへ去った。

 売られたか。いや、それはないと直感が言っている。

 

 しばらくして、表への出口を一台の車がふさいだ。あの男が運転している。

 

「乗れ」

「助かる」

 

 開けられたドアから転がり込む。

 後部座席に、窓の外から見えないよう寝転がった。

 助手席においてあったコートをかけられた。死体を運ぶ時みたいだ。

 

「検閲が敷かれてる。お前か?」

「多分な」

「何をしたんだ」

「生身でISを撃墜しちまったんだ、そんなつもりじゃなかったのに」

 

 男は大声で笑った。俺も自分のジョークに笑ってしまった。

 

 検閲が近づいてくる。ここを抜けたら直行できると男が言った。

 

 窓の開く音。

 ああどうも、お疲れ様です、後ろのやつ? いえ飲み過ぎで、家まで連れ帰るところですよ。東洋人? そうですね。ソウルから来たやつです。プログラマーなんですけど、酒に弱くて――

 会話に紛れて、紙の音がした。

 窓の閉まる音。

 車は出発した。

 

「いくら渡したんだ」

「俺の給料半時間分さ」

 

 ふざけた話だと思った。あとでクラリッサに報告するべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アネタロは町を離れ、車で一時間ほど走ったところにあった。

 洋館だ。かなり大きい。小さなチームが運営しているとは思えない。

 

「思っていたより立派だな。タキシードで来た甲斐があった」

「元々あったものを譲ってもらったらしい。そんな服で来たのは、後にも先にもお前さんぐらいだろうさ」

 

 男が笑い、俺を先導して洋館の敷地に一歩踏み入った。俺も続いた。

 途端、やつが振り返って両腕を広げた。

 

「ようこそ織斑一夏。歓迎しよう」

「お前がカーラか」

 

 胸元から拳銃を引き抜く。カーラは笑って、それを手で制止した。

 

「やめておけ。これから面倒を見てやろうってのに」

「デカい金づるになりそうな男が身一つで飛び込んできて、随分ご機嫌そうだな」

「そう言うお前は、立場にうんざりしていたのか? まるで未練がましくないな」

「いつ捨ててもよかった立場だ」

 

 口からこぼれた声に、自分でハッとした。嘘ではなかった。

 カーラは俺の言葉に、満足そうにうなずいた。背を向けて先導する。

 

「未確認ISを、お前は知ってるのか」

「当たり前だ。あれの商談も入ってる」

「何?」

「聞いて驚け。無人機の量産に成功したやつがいる」

 

 演技を忘れ、瞠目した。

 

「驚いたか? 驚いているな。ハハッ、それでいい。そいつと今度会うことになっている。お前を会わせれば、あいつも喜ぶだろう」

「……いつだ」

「一週間後だ。俺にもツキが回ってきた」

 

 カーラは興奮を隠しきれていない。

 拳銃をしまい込み、俺は鼻を鳴らした。

 

「とはいえ極秘に試験運用してたら、俺の手下と遭遇しちまった。手下は聞いての通りだ。ドジを踏んだんだ」

「あれはお前の所有物か。つまり既に一機が、お前の手元にあるのか……どうやった」

「開発者が、俺のイトコなのさ」

「チンケなチームに、道理でな」

 

 二人で進む。洋館の中に入った。

 出迎える男たちが、俺を見て薄く笑った。もう話が回っているようだ。

 

 階段を上がる。声は聞こえない。

 二階の廊下を進んだ。試しに一つ部屋を開けると、男が女に覆いかぶさっていた。こちらに気づく様子はない。床に注射器が転がっている。男の獣のような声、女の媚びる声、廊下には聞こえなかった。大した防音性だ。ドアを閉めた。

 

「そういうのが趣味なのか?」

「そんなわけないだろ」

 

 最上階まで階段で上がった。四階建て、部屋はかなり多い。

 ドアが半開きになっている部屋を見た時には、警官の服を着た男が錠剤を流し込んでいた。

 

 終わってる町だ。

 

 一番奥の部屋に入った。かつて一度行った、ホワイトハウスの、大統領の執務室に似ていた。

 巨大な絵画が飾られている。

 

「いいだろう。レプリカだが、グスタフの作品だ」

 

 俺には絵のことなど分からない。

 カールは椅子に座り、部屋の中央に据えられた大きなデスクの上で、パソコンを開いた。

 

「やってもらいたいことは山ほどある――お前を介して各国とのパイプも作りたい。アメリカは後回しに、アジアから始めようか」

「お前……こんな町に、何故いる?」

 

 立ち振る舞い、声、表情、すべてを観察して、納得がいかなかった。

 こんな辺鄙な田舎でチームを組むなど、この男にしてはスケールが小さすぎる。

 

「なんだ、お前、前にもこっち側だったのか。なら知っているかもな」

 

 勘違いされているようだったが、どうでもよかった。

 

「その通りだ。俺はアメリカで、デカいヤマをしくじった。数百億ドルが一瞬で消えて、命を狙われる身になった。名義も変わった、顔も少し手を入れた」

「再起するのか」

「俺はハメられたのさ。復讐だ……一応復讐ぐらいはしておこうと思うんだ」

 

 もう、自分をハメた人間に、さほど興味がないのだろう。

 

「他人なぞ、食うか食われるかだけだ。お前だってそう思うだろう」

「ああ。お前は食われたわけだ。俺もだよ」

「やはりハメられたのか! ハハハッ、世界唯一の男性IS操縦者をハメるとは、とんでもないトリックスターだな!」

 

 言われてるぞクラリッサ。

 

「そして次に、俺たちは食う側へと舞い戻る。兄弟みたいなものだろう?」

「ブラザーって呼べってか? 俺の兄貴にしちゃあ大柄過ぎるぜ。まあ、姉貴はゴリラだったがな」

「初代ブリュンヒルデのことを、ゴリラなんて呼ぶのは世界で唯一お前だけだろう」

 

 初代だけじゃねえよ。二代目の楯無さんはともかく、三代目のシャルも武力的な意味でゴリラだ。

 

 その時だった。

 懐の端末が震えた。

 カーラは顔をしかめる。

 

「まだ捨てていなかったのか。警察が来たら面倒だ、捨てちまえ」

 

 クラリッサからだった。

 眼前の男の言葉に構わず、通話をオンにする。

 

『中に入ったか。奴らがデータを消去する前に終わらせろ。全員殺して構わない』

「いいのか」

『癌細胞だぞ』

「なら遠慮はいらないな」

 

 通話を切った。

 カーラは笑っていた。

 

「……知っていたのか?」

「ああそうだ。情報だけでは、確かにお前は捜査を先走り、しくじり、無法者の仲間入りを果たしたようだった。だが俺の直感が違うと言っていたよ。お前の目はまるで俺たちとは違ったからな」

「自分でも意外だな。そんなに澄んだ目をしていたか」

「いいや。()()()()()()()()()()()()()

 

 捨てきれない。それは、何をだろうか。頭を振った。そんなことを考えている暇はない。

 拳銃を引き抜こうとした。その前にカーラが口を開いた。

 

「少しでも動けばデータはすべて消去される。お前が会いたいだろう俺のイトコの手がかりも永遠に見つからない」

「お前を人質にしてそいつと連絡を取ればいい」

「お互いにその辺は割り切ってる。年に一度会うだけだが、その場所に現れなかったら、次には墓を探すのさ――その日が一週間後だ」

 

 カーラは俺に座るよう促した。

 来客用の低い椅子に腰かけた。机には酒瓶とグラスが置いてある。俺は琥珀色の酒をグラスに注いで、一気に飲み干した。頭が白熱する。

 

「やるじゃないか兄弟」

 

 同じように、パソコンのわきに置いてあった酒を、カーラがグラスに注いで飲み干した。

 グラスが机に置かれた。高い音が響いた。

 

「何が目的だ」

「世界を牛耳ることさ」

 

「未確認ISをどうやって作った」

「俺にイトコの考えることは分からん。お前は篠ノ之束の思考を完璧に理解していたか?」

 

「町の人々を何故食い物にした」

「元手が必要だった。スリルを求める若者がたくさんいた。俺は最後の一押しをしてやっただけだ。それでこの町は、終わった」

 

「ISも女も薬も変わらないのか」

「俺たちにとっちゃ全部金の成る木だ。変わらんよ。お前だってそう思うだろう」

 

「俺は、お前たちみたいな連中を根絶するために、どうしたらいいんだ」

「無理だな、諦めろ兄弟。義憤に燃える警官ですら落ちる時は一瞬だ」

 

 カーラが二杯目を飲み干した。

 

「どうだ、捜査じゃなく、本当にこっちに来ないか」

「……断る」

 

 ドアが開いた。視線を向ける。デカいドアを開けて、ISを装備した女が、部屋に入ってきた。

 瞳に光がない。意識はあるが、ほとんど心神喪失状態に近いだろう。

 

「無人機以外にも持っているのか」

「聞かれなかったからな。それはイトコの最高傑作だ」

 

 俺は素早く椅子から立ち上がった。

 

「『オートマタ』と呼んでいた」

「自動操縦か。女の身体が耐えられないぞ」

「安心しろ。そいつは元ISパイロットだ」

「何――」

 

 顔を凝視した。

 

「第三世代機、第四世代機は若手のパイロットと共に隆盛した。ベテランのいくらかは立場を失った。そいつは売女に成り下がってたところを拾ってやったんだ」

「拾った? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「本人は幸せそうじゃないか。もう悩まずに済む」

 

 女は無機質な瞳を俺に向けた。

 ISを観察する。スカートアーマーは『打鉄』をベースにしている。左右一対のウィングスラスター。くすんだ白色の装甲。

 こいつはレコーダーで確認できた無人機とは別のISだ。

 

「正式名称を教えてやろう。そのISの名は『オートマタ・スノーホワイト』

「――俺が元か」

 

 ウィングスラスターに見覚えがあった。『白式』だ。

 俺は腕時計を見た。パーティーまであと6時間を切っていた。

 

「兄弟、失望させるなよ」

「舐めた真似を――」

 

 ISを起動させる。カーラが視界の隅で、パソコンを持って駆けだす。

 それを追う暇もなく、女が剣を召喚して、俺に切りかかってきた。

 

「チッ」

 

 鋭い剣捌きだった。愛刀で弾く。攻撃が合理的過ぎる。

 女は声一つ上げず、しかしカーラの脱出を確認した途端に、窓を突き破って離脱した。

 

 まさか――

 

 嫌な予感が首を走り、俺も女に続いて窓の外に飛び出す。

 次の瞬間に、洋館が爆音と共に炎に包まれた。

 

 レーダーを確認する。『オートマタ・スノーホワイト』は既に飛び去っている。

 カーラも隠し通路か何かに飛び込んだんだろう。

 

 炎に目を凝らす。人影は見えない。客らはいただろうが、さっきの瞬間に死んだだろう。客だけじゃない。女も、手下の男たちもだ。

 

「…………クソッ!!」

 

 剣を振りかぶって、思い切り地面に叩きつけた。

 遠くからサイレンの音が近づいてくる。

 

 俺は洋館を、アネタロをもう一度見た。

 

 考えろ。なぜ俺のデータが流出している。

 

「――あいつか」

 

 先日捕らえたマッドサイエンティスト。もしそうなら、展開装甲の技術すら、裏社会には出回っているのかもしれない。

 

 それだけじゃない。レコーダーを見るに、オートマタは他にも、紅椿をベースにしたタイプが存在しているはずだ。

 頭が沸騰しそうになる。誰よりも平和を求めた女のデータが、悪人に利用されている。人が死んでいる。あいつが何よりも否定したかった現実を助長させている。ふざけるな、ふざけんな!

 

 もう一度叫び、それは洋館の中で見た、男の獣のような声に似ていて、俺は剣を振りかざして――やめた。右手から剣が滑り落ちた。

 激情の最中であっても、次にやるべきことを、俺の頭が冷静に指示している。

 

 考えなくてはならないんだ。

 カーラはどこか。やつのいとこにたどり着くために何をすればいいのか。

 

 認めるわけにはいかない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 誰よりも戦争を終わらせたいと願っていた。

 誰よりも平和が訪れるようにと祈っていた。

 

 その美しさを、何人たりとも穢させはしない。この罪は、死を以て償ってもらう。

 

 洋館が音を立てて崩れ落ちる。

 武装警官が走ってくる音が聞こえる。

 

 俺は拳を握り、崩落する洋館を眺め続けた。



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パーティー用の一張羅で戦わせるな・後編

最後の方読めば分かるんですけど今回は原作のサブタイトルを勉強しました

お気に入りは
3巻3話「その境界線の上に立ち(シン・レッド・ライン)
9巻エピローグ「恋するように乞い、愛するように逢い(ライク・ア・ラブ・ライク・ア・ヴァージン)
です

でも1巻1話「クラスメイトは全員女」が一番完成度高いと思います

「暗がりに潜みし闇苅(くらがり)」と「しろいしっぽの、おとぎばなし(テイルズ・オブ・ホワイトテイル)」はマジで許せねえ




「お前とラウラが不仲って設定マジでイズル忘れてるよな」

 

 俺のつぶやきにクラリッサはギョッとした。

 

「お前、いきなりどうした。本当にその話は誰も得しないぞ

 

 町の警察署の、日本で言う捜査一課に当たる、強硬班のオフィス。

 がらんどうになったそこで俺とクラリッサは思い思いにくつろいでいた。

 俺は机にねそべり、クラリッサは向かいの机に腰かけている。

 

 既に俺の指名手配は解除済みだ。町以外には連絡していなかったらしい。手回しは素晴らしい文明だな。

 

 彼女の右腕は平気で動いていた。

 なんでも専用の治療ナノマシンを注入して自然治癒を数千倍のスピードにできるらしい。

 それ欲しいな。俺にも使わせてほしい。具体的には精力を数千倍にしてほしい。

 

「七割が汚職にかかわってたとはな」

 

 呆れとも悲しみともつかない声色でクラリッサが言う。

 このオフィスで働いていた人間のほとんどが、今や取り調べを受ける側だ。

 クラリッサが連れてきた欧州全域で捜査権限を持つ部隊が、臨時で町の治安維持に勤しんでいる。

 

「これからここ、どうすんだよ」

「近く我々の方で選抜したメンバーがここに来る」

「左遷じゃねえか」

「左遷で町の治安の立て直しなどできるか。こういった事態のプロフェッショナルがいる」

 

 クラリッサの言葉に、引っかかった。

 プロフェッショナルだと、冗談じゃない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……現在の欧州で、社会的な問題になっている。このような地方の町ばかりだから、大きなニュースにもなっていない」

「あのカーラって男は」

「奴が首魁だ。これで五件目だ。町を根こそぎ荒らし、不意に飽きたかのように去って、また次の町を見定める。各国のブラックリストにも載っているだろう」

「驚きだな、そんな大物だったとは」

 

 問答無用で射殺するべきだったな。俺としたことが、判断ミスか。

 

「奴を探し出さねばならない」

 

 言われずとも分かっている。だが俺たちにとって、町を守るための捜査にかまかけて、町そのものを見捨てることは本末転倒だ。

 窓の外を見た。警察署に詰めかける群衆が山のように蠢いている。

 どいつもこいつも、カーラの息のかかった連中だ。

 

 町に入るもの、町から出ていくもの。およそ全てに奴の存在が影を落としていた。

 影響力は計り知れない。生活できなくなった連中がいくつもいる。あの男の存在が町の在り方をゆがめ、その中心に根を張っていた。だが奴は消えた。町が成り立たなくなった。リンゴ一つ買うにも奴の影響があった。集められたデータを見て、めまいがした。

 

 カリスマ的な存在だったのだ。スリルを求める若者から始めた。その若者から店を守るため、カーラに従った大人がいた。店の常連を伝い、公共施設の運営に一枚かみ始めた。公共施設を使う町民が奴の権力の傘に入った。そして行政が陥落した。指揮権を握られた警察が傀儡となった。

 どこから捜査をしても奴にたどり着いた。驚くほどに奴の懐に、利益は入っていなかった。元手を稼ぎ終わって、それ以降は他人の利になるよう立ち回っていた。だから誰も奴を告発しなかった。

 

「まるで遊戯だな」

「……ゲームセットにはまだ早いぜ」

 

 屋敷には何も残っていなかった。

 一時間かけて、俺もクラリッサも、町民がカーラと交わした連絡に目を通した。多岐にわたり、単純に数も多かった。人手が足りない。多くの戦力が町民への対応に回されている。すべて奴の掌の上だ。

 

「少なくともISが二機いる。片方が無人機だ。恐らく紅椿をベースにしている。もう片方は俺がベースだ。ISなら足が辿りやすい」

「監視カメラが全てダウンしている。聞き込みもこれではできないだろう」

「お前らが持ち込んだレーダーは」

「町一体に強力な妨害電波が広がっている」

 

 舌打ちした。町のあらゆる場所に、俺たちを足止めする罠が仕掛けられている。

 奴は逃げ出すことをあらかじめ想定していた。

 

「……今頃、どこにいるのやら」

 

 諦めたような声色。頭に血がカッと昇る。感情が暴発しかけるが、理性はまだ冷静だった。

 

「まだだ。奴は近くにいる」

「何故そう思う」

「お前がさっき言った。これは遊戯だ」

「……見ているのか。我々を嘲笑っていると」

 

 クラリッサが窓の外を見た。押し掛ける群衆。怒号が飛び交っている。門を固める武装警官に、液体や果実が投げつけられている。

 

「お前のレコーダーから、パイロットの顔を照合した。オーフェン・グリーンベル……()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何だと?」

「売女という表現は誤りだ。彼女は訓練校の教師をしていた。その生活は荒れていた。家に男を連れ込まない日はなく、同じ男を連れ込むことはほとんどなかったらしい。ある日姿を消した。生徒は男と駆け落ちしたと噂していたそうだ」

 

 かつて代表候補生にまでなった女。訓練校の教師。当然の天下りだ。

 端末に送信されてきた書類データを読み込む。訓練校は小さかった。天下りではあるが、厄介払いでもある。

 

「だが、ISの訓練校だ。地位も名誉も保証されている。男に逃げるような環境だとしても、それでも、カーラのような犯罪者に手を貸すとは思えねえ」

「彼女が誰に教えたか確認してみろ」

 

 書類を読み返した。その生徒は後にIS学園に転入している。呻いた。

 生徒――()()()()()()()()()()()

 

「本物の天才を見たんだ。恐らく、最後の一押しだったんだろう」

 

 才能が人生を狂わせた。本人だけじゃない。それはこの間、よく理解していた。まだあったとは。

 データを表示するウィンドウを消した。机の上で身体を起こした。

 

「ISを使っての犯罪だ。もっと戦力を送らせろ」

「半日かかる。スクランブル発進を求めるには緊急性が足りていない」

 

 冷静な返答だった。

 握った拳を机に叩きつけた。

 

「……お前はもう、日本に戻った方がいい。約束があるんだろう」

「こんな気分じゃダンスは踊れねえ。まだ俺は盤上から降りねえぞ」

 

 何かがあるはずだ。

 カーラを追い詰めるための何かが必要だ。

 

 思考を走らせる。日中合同演習の時は、犯人に条件を当てはめて絞り込んだ。その前に犯人の思考をトレースして、行き詰った。

 今回は逆にするべきだ。カーラの思考を追え。

 

 差し出されたコーヒーを口に含む。クラリッサが探るような目つきで俺を見ている。

 

「行くなよ」

「どこに」

「カーラについて行くな、という意味だ」

 

 この女――

 立ち上がり、詰め寄って、クラリッサの胸倉を掴んだ。表情一つ変わらなかった。

 顔をずいと寄せた。瞳に俺が映り込んでいる。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねえっ! 俺と奴は違う。悪人の甘言に惑わされる男に見えるなら、その目を抉りだしてやろうか」

「なら私の目を、もっとよく見てみろ」

 

 凝視しても、俺の獣のような顔が映り込むだけだ。

 卑しい、野蛮な顔つきの男だけが映り込むだけだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………ッ」

 

 図星だった。何も言い返せず、腕を振りほどかれた。

 

「だが……今は、奴にならなくちゃいけねえ。奴の考えを追うしかない」

 

 考えろ。奴にとってこれはゲームだ。俺がいかに奴の思考を辿れるか、カーラは楽しんでいる。その裏をかく。

 ISが二機。手中の街一つ。戦力にならない警官。俺とクラリッサ。カーラ。盤上の駒はこれだけ。

 既に局面はチェックメイト寸前になっている。

 奴はここから、詰めにかかるはず。

 

 奴の狙いは何だ。

 いつも通りの暇つぶし、遊び、元手を得て既に目標は達成している、一週間後まで生き延びてまた次の街に行く。

 

 カーラの言葉を思い出した。身震いがした。

 咄嗟に爪を腕に突き立ててごまかした。恐れを抱くなどあってはならない。だが震えは収まらなかった。

 

()()()()()()

 

 最後の狙い。俺を誘っていた。俺を本気で戦力にしようとしていた。

 

「まさか――説得に応じないと伝えたんだろう」

「ああ。だが奴にとっては、だからこそ口説き甲斐があるんだろ」

 

 最後の最後まで、スリルがあるからこそのゲーム。

 奴は俺にその身を晒した。射殺される危険性を孕んだ行動だった。

 最終局面を安全地帯から見守る男には思えない。

 

「外に出る」

「私も行こう。IS同士の戦闘になるかもしれん」

「頼む」

 

 外套を羽織って外に出た。

 時差のせいで感覚が狂っている。時刻を表示させる。パーティーまで一時間と少し。すでに学園では授業が終わっているが、ここでは太陽が頂点に達しようとしている。

 

「まさかお前を囮に二度も使うとはな」

「俺だってこんな目に遭うとは思わなかったさ」

 

 一階に下りて、裏口から外に出た。群衆の怒号を直に聞き、クラリッサが顔を伏せた。

 俺は群衆の顔を見た。ある種の、享楽的な、祭りを楽しむような空気さえあった。

 中に突っ込んで手当たり次第に殴り倒そうかと思った。やめた。

 

 

 

 

 

 

 

 車で海辺に来た。町から離れる必要があった。

 砂浜に人影がある。カーラだ。

 

「来たか兄弟」

「お前、随分気に入られたんだな」

 

 カーラの言葉に、クラリッサが俺を呆れた目で見た。

 

「よしてくれ。俺は美人が大好きだが、美人に睨まれるのだけは嫌いなんだ」

「つれないこと言うなよ。兄弟、お前あともうひと押しでこっちに来るだろ?」

 

 否定しようとして言葉に詰まった。

 カーラの手腕をまざまざと見せられた。集まる情報量は、俺の想像を超えていた。かつて裏社会に潜った時よりもはるかに多かった。

 ()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴様を捕らえる」

「おっと、アンタの相手はこいつだ」

 

 海面を割って影が飛び出した。『オートマタ・スノーホワイト』――幽鬼のような面持ちのパイロットと視線が合う。オーフェン・グリーンベル。

 隣のクラリッサが一秒でISスーツ姿になり、次の一秒で全身に漆黒の装甲を装着した。展開装甲を加えられた『シュヴァルツェア・ツヴァイク』。

 

 飛翔すると同時に、二機が激突した。黒と白が空で踊り、火花を散らす。

 俺もカーラも、それに見向きもしなかった。

 互いの視線が結ばれる。これが口火を切った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 結論はこれだ。

 

「なるほど。動かねえと思ったが、確かにあの女には聞かせられねえな」

「黒ウサギ隊じゃない。あそこは全員、お前なんざより俺の方が信用を得ている。俺のとっかかりであり、フィールドだ」

「部隊長が聞いたら泣くぜ?」

「黙認してくれている。それにベッドで散々鳴かせてる」

「こいつは驚いた。国家代表相手にも無双してるのか」

「ハンデ抱えた状態でな。何せ、日本男児は刀一本が武器なんでね」

 

 カーラは卑しい笑みを浮かべた。俺もきっと同じ顔をしている。

 

「だから恐らく、クラリッサが連れてきた欧州の特別警察。そこにお前の手下がいる。そこから、俺が捜査に加わることを知った」

「加わることが確定する前に聞いたさ。ラウラって女がお前に協力を打診したとな」

 

 拳銃を引き抜いた。

 

「俺の女の名を、お前みたいなクズが口にするな」

「おっと、失礼」

 

 奴はニヤニヤと笑っている。腹が立った。足元に銃弾を撃ち込んでやった。微動だにしない。

 

「どうした、撃てばいいものを」

「データを渡せ」

「嫌だと言ったら」

「……お前を殺す」

「じゃあ嫌じゃないさ。むしろ渡したくて仕方ないぐらいだ。ならこうしよう……俺に協力してくれたら、渡してやるよ」

 

 IS――『白式』を全身にまとった。

 それが答えだった。

 カーラは哄笑を上げながら指を鳴らした。

 

 空からISが降ってくる。動画で何度も確認した機影。

 砂浜に着地し、砂煙が上がる。刀で吹き払えば、くすんだ紅色が目に入った。

 

「こいつの名は『オートマタ・マーメイド』――最高傑作のスノーホワイトには劣るが、無人機としては上々だ。俺の命令に背かないってのは同じだが、こいつはもっといい。人間がいらない、コストがかからない。派手な機動に耐えるための強力な人体が不必要なだけで手間が省ける。あの、なんだったか、なんとかベル……まあ、今スノーホワイトを動かしている女を口説くのは大変だった。結局ベッドの上で半殺しにして、娘を人質にして脅さねえと手術を受けなかった。あれは面倒だ。その手間が省ける。イトコもいい発明をしてくれたよなあ。これが普及したらお前もいらなくなるぜ、兄弟。そうしたらどうなる? 新しいビジネスができるってもんだ!」

 

 カーラはご高説に浸っていた。

 俺は無人機を注視した。紅椿をベースにしている。展開装甲はない。あいつ、そのデータは渡していなかったのか。いや配備が遅れているだけか。どのみちこの場に存在しないのは確かだ。

 

 空中からクラリッサが叩き落されてきた。追撃に疾走するスノーホワイト相手に、クラリッサはてこずっている。パイロットを殺さないようにしている。

 ISが知らせてくれた。敵性IS二機は絶対防御を発動していない。パイロットの人格がないデメリットだろう。クラリッサが下手に攻撃をすれば女の命は散る。だが、クラリッサとて猛者だ。任せていいだろう。

 

「お前にとっては因縁のある、なじみ深い外見だろう。見せてくれよ兄弟、お前の強さを、価値を、それを俺は見たいんだ。俺はもう見せただろう。次はお前の番だぞ」

 

 無人機が唸った。駆動音。一秒後には来る。

 俺の思考はこの上なく冴えわたっていた。水面のように静かだった――

 

 

 ――否。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 こいつは超えてはならない一線を越えた。

 

 スラスターが瞬時に起動。最大出力の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を連発する。二つのスラスターが交互にエネルギーを吐き出し蓄積し吐き出し蓄積し、累乗されたように出力が跳ねあがる。

 多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)

 

「『零落白夜』ッ」

 

 蒼いエネルギーセイバーが展開される。

 無人機が一歩動いた。眼前に既に俺がいた。迎撃をAIが実行しようと腕を振り上げた。その腕を断った。後ろに下がろうとした。頭部に切っ先を突き立てた。そこから身体を真っ二つに裂いた。

 

「………………は?」

 

 カーラがあっけにとられる前で、無人機は綺麗に縦に割れて、砂浜に転がった。

 しばらくそれを見て、カーラは赤い装甲を蹴とばした。

 

「無価値だなこれ」

 

 俺はISを解除した。

 

「お前が無価値だよ、カーラ」

「フン。ならお前だってそうだろう」

「俺とお前は……違う」

「同じさ兄弟。他人を全部ひとくくりにして、利用できるかどうかで考えてる」

 

 少し離れた場所で、クラリッサがISを解除するのが見えた。

 相対する『オートマタ・スノーホワイト』からパイロットが崩れ落ちるのが見えた。

 

「おいおい、ここまで来て、パイロットが限界だったのかよ」

「……休みを与えなかったのか」

「注射一本で人間は無限に動けるだろ」

 

 俺は笑った。近づいた、カーラの顔に拳をめり込ませた。

 よろめいたカーラが、俺の腹に膝を入れた。身体がくの字に折れる。

 

 ISを使ってブチ殺せと、頭に声が響いた。肉の塊を破裂させて、こんな外道がこの世にいた痕跡を一つ残らず消し飛ばせと声が囁いた。首を横に振った。ぼやけた視界。ピントを合わせる。奴の拳が頬に飛んできた。まともに受けて、砂浜に転がった。

 

「お前は俺と同じだ! 他人を利用するだけ利用して、それだけしか考えられない!」

「違うッ」

 

 立ち上がりざまに、近づいてきたカーラの顎を蹴り上げた。

 奴はたたらを踏んだ。距離を詰めた瞬間、奴の腕が振るわれた、袖に仕込んでいたナイフ。避けようと思えなかった。ノーガードで殴り勝つしか、こいつを否定できない気がした。

 ナイフが俺の腹にするりと滑り込んだ。

 こふ、と、血が喉をせり上がってきた。

 

「織斑一夏ッ!?」

 

 クラリッサが悲鳴を上げて、拳銃を構えた。視線で制した。

 

「まだやるか!」

「俺は――違う! 俺は、誰かのためにッ」

 

 いつか叫んだ言葉だった。

 俺は俺のために動いているだろうと、声が囁く。違う。箒を取り戻したい。でもそれは俺のためじゃない。

 彼女がいないと、みんな心の底から笑えない。

 ああそうだ。笑えなくなっていたのは俺だけじゃない。みんなそうだ。

 

 カーラの顔を見た。笑っていた。勝ちを確信していた。

 

「来いよ、織斑一夏。最後の一押しだ。――俺のイトコは紅椿のデータを持ってる。それを辿れば、見つかるぜ?」

「……ああ、そうだな」

 

 膝から砂浜に崩れ落ちた。カーラが手を差し伸べた。手を掴んだ。

 砂浜に思い切り引きずり倒した。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 頭全体を抱え込むようにして、腕で包んだ。

 

「後悔するぞ」

「今もしてる。ずっとしてる。だからこそ――譲れねえ」

 

 箒が憎むような相手の力を借りて箒を探し出してしまえば、きっと、あいつは笑えない。

 腕に力を込めて、首の骨を折った。カーラの足が砂を蹴って、動かなくなった。

 

 全身から力が抜けて、そのまま倒れそうになり、クラリッサが俺の上体を受け止めた。

 

「無茶をするな!」

「……悪い」

 

 カーラの亡骸を放り捨てた。最期に、奴は笑みを浮かべていた。

 

「試合は勝ったが、勝負には負けたな」

「言うなよ。次につながる負け方だって自分に言い聞かせてんだ」

 

 視線を横に向ける。オーフェン・グリーンベルが横たわっている傍に、悠然と『オートマタ・スノーホワイト』がたたずんでいる。

 

「……ISを回収するよう連絡した。お前は早く、町の病院で治療するぞ」

 

 目をつむった。

 疲れ果てていた。水が飲みたかった。腹も減っている。

 

「お前は、いつもいつも、誰かを置き去りにしないと気が済まないのか。隊長の気苦労が分かった。お前は目を離してはいけない人種だな」

 

 そうだろうな、と思った。

 身体が重い。けだるさが瞼にのしかかっている。栄養を補給しなければならない。

 

 砂まみれの腕時計が、太陽に照らされて光った。パーティーまであと少し。

 気力を振り絞り、立ち上がった。

 陽光がやけに眩しかった。ISを展開した。『白式』は俺の命令に従ってくれている。

 

「どこへ行くッ!?」

「パーティーだよ」

 

 生徒とはいえ、俺を待つレディを任せるわけにはいかない。

 水平線の向こう側で、俺を待つ人がいる。

 太陽の光に目を細めた。一歩踏み出した。鎖が解けたような、しがらみから解き放たれたような感触がした。

 

 悪いなカーラ。俺は行くよ。お前が知らないぐらい遠い場所へ。お前が見たこともない美しいものがたくさんある場所へ。

 足取りは軽かった。

 もう、頭の中に声は聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ending 彼は遅れてやって来る(マン・イン・ザ・パーティー)

 

 副担任の布仏本音教諭が、織斑一夏の有給休暇を告げた。

 いつものことだったけど、今日という日でなくてもいいだろうと皆文句を垂れた。

 

 劉海美(ラウ・ハイメイ)はそっと双子の姉であり、今晩のパーティーの主催者である劉明美(ラウ・ミンメイ)の顔を見た。今にも泣きそうだった。

 

 授業を受けた。先生が今どこで何をしているのか、想像もつかなかった。自分たちの時のように誰かを助けているのだろうかと、海美はぼんやり考えた。腹が立った。自分勝手な怒りだとという自覚はあった。

 

 時刻を確認した。授業が全部終わった。

 海美は部活に行った。明美は食堂で、有志と共に準備を始めると言っていた。二人の足取りは重かった。

 

 時刻を確認した。部活が終わった。

 食堂にはクラスの半分ほどが既に集まっていた。海美もおにぎりを握った。難しく、不格好なのばかり作ってしまった。

 

 時刻を確認した。パーティーが始まる一時間前だった。

 食堂になぜか設置されているミラーボールを発見して、皆で遊んでいた。明美は楽しそうに踊りながらも、たびたび、椅子に座ってから、ぼうっと窓の外を見ていた。

 

 時刻を確認した。おにぎりパーティー、兼、劉明美の歓迎パーティーが始まった。

 織斑一夏はいなかった。その不在をごまかすように皆大声を出していた。明美は静かにほほ笑んでいた。

 

 時刻を確認した。おにぎりパーティーが始まって十五分だった。

 先生はまだ来ない。海美はスカートを握りしめた。明美が普段と変わらぬ様子でクラスメイトと話している。双子だからこそ、必死にごまかしていると分かった。今にも壊れそうな笑顔だった。

 

(今日じゃ、なくてもいいじゃん)

 

 目の前の皿には、不格好なおにぎりが並んでいる。

 見せたくはなかったけれど、見てほしかった、乙女心の発露だった。明美はすぐにコツをつかんでいたが、海美は最後までうまく握れなかった。

 

 気分が沈み、視線も下がっていた。

 食堂の入り口で悲鳴が上がり、次の瞬間に歓声が上がった。

 何事かと、緩慢とした動きで顔を上げた。

 

 入り口に視線を向ける前に、横からにゅっと伸びた腕が、海美が握った不格好なおにぎりをつかみ取った。

 

「うわなんだこれ、前衛芸術か? 前ボコボコに殴られた時の俺の顔みたいだぞ」

 

 待ち望んだ、声だった。離れた席の明美が立ち上がり、泣きながら、笑っている。

 海美は顔を上げた。

 

 

 織斑一夏が血まみれのタキシード姿で立っていた。

 

 

「ええええええええええええええええ何でええええええええええええええええッ!?」

「騒ぐな、傷に響くマジで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ending2 突撃! 双子が晩ごはん

 

「…………あれ……?」

 

 目を覚ます。俺はベッドに横になって天井を見上げている。

 起きた。起きたってことは寝てた。いつ寝たんだ俺。

 

 パーティーの間はなんとか意識を保っていた。『白式』の治癒機能で学園に着くころには止血完了してて、保健室から輸血パックをくすねて血を補給した。我ながらサイボーグみたいな治療法だ。

 それからだ。

 確かパーティーが終わって、自室に引き上げて、疲れがドッと来て……寝ていたというよりも、完全に気を失ったと言った方がいいか。

 

 しかし待て、ベッドにちゃんと入ったか? どうなってる? ていうか誰が入ってね?

 

 恐る恐る、視線を横に向けた。

 

 

 生徒である劉海美がぐーすかと寝ていた。

 

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?

 絶叫する寸前だった。

 視線を天井に大慌てで戻し、瞳を閉じる。夢だな。

 だが……反対側にもぬくもりを感じる。

 嫌だ見たくない。

 

 恐る恐る、海美と反対側に顔を倒した。

 

 

 生徒である劉明美がすやすやと寝ていた。

 

 

 んぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?!?

 終わった。終わりです。完全に終わりました。

 いくらなんでもさすがに自重しろ俺! 確かにまあまあの修羅場を潜り抜けた割にはボンドガールいねえと思っていたけど、生徒は! 生徒だけはない! 本気で!

 

 俺の脳裏に『世界唯一の男性IS操縦者、淫行で逮捕!』とでかでかと見出しに書かれた新聞がかざされた。考えただけで心臓が縮み上がるわ。マジで無理。一生お天道様の下歩けねえじゃん。俺こんな形でカーラの言いなりになるのマジで嫌だよ。

 

 落ち着け。確認しろ。ベッドの毛布を持ち上げた。

 三人とも服を着ていた。俺に至っては血まみれのタキシードのままだ。おいシーツ全部台無しじゃねえか。

 

 ていうかこれ俺無罪だな。多分部屋に侵入した二人が俺をベッドまで運んでくれて、その後しれっとベッドに入って来たとかそんなんじゃん。何だよビビった。

 

 ふうと息を吐いて、安堵のあまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()に普通に話しかけた。

 

「いやびっくりしたわ。セーフじゃんかよこれなあ。いや寿命縮んだわー」

「そだね~。でも生徒と一緒のベッドの時点でアウトなんじゃないのー?」

「意識のないうちに入って来たからセーフセーフ。はっはっは」

 

 笑った。

 俺は笑って、笑い終えて、真顔になった。

 

「許してくれ」

「初手謝罪って、おりむーも慣れてきたねー」

 

 のほほんさんはとーうという気の抜けた声を上げて、生徒二人をベッドから叩き落した。

 目を白黒させる双子相手に、マジで大人げない殺気をぶつけながらのほほんさんは微笑む。

 

「二人共ー」

「え、あ、先生ッ、えっとこれは」

「あらー、おはようございますー。あのー……その、怒ってます、よねー……」

「ゲット・アウト」

 

 笑顔のまま、親指で部屋の出口を指さした。

 二人がぶるぶる震えながら、俺たちに一礼して出ていく。

 

「……じゃあ保健室行こー、肩貸すからー」

「助かるわ」

 

 無茶しすぎたという自覚はある。

 だけどまあ、成果自体はあったんじゃないかなと思った。自分なりに、消化できていなかったものを消化できた。

 

「ひどい目にあったのに、なんで嬉しそうなのー?」

「何でもねえよ」

「やっぱりマゾだからー?」

「やっぱりって何だやっぱりって」

 

 のほほんさんは俺を見た。瞳に、発情した色香が混じっていた。

 

「そんな気がしてたしー。保健室行ったら確かめないとねー」

「……勘弁してくれよ」

 

 治療してくれるんじゃなかったのかよ。

 肩をすくめて、ナイスガイである俺は身体に喝を入れた。待望のボンドガールの登場だったが、こんなボンドを殺しそうなボンドガールじゃなくたっていいだろうに。

 そうだよなあ、おい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ending3 白雪姫は目覚めませんでしたとさ(エンド・オブ・フェアリーテイル)

 

 事後処理のため、日曜日になってから、町にもう一度行った。

 課題は山積していた。

 クラリッサが連れてきた欧州特別警察の中にすら、膿があった。

 仲間を疑い、尋問しているクラリッサは、目の下にクマができていた。

 

「どうして、こうなってしまったんだろうな」

 

 自分を責めるような声だった。警察署の廊下に、俺と彼女の足音は響かない。そんなものを打ち消すほど、多くの人々が動き回っている。

 課題は山積している。前進しているという実感もなさそうだ。

 

「あまりいい話は聞けそうにないな」

「その中でも最悪の話がある」

 

 応接室に入った。

 女がいた。瞠目した。俺とクラリッサが、最初に助けた、半グレ二人に犯されそうになっていた女だった。

 顔はやつれている。瞳には光があった。少し安心した。

 

「久しぶりだね」

「ええ。お久しぶりです」

 

 彼女は立ち上がろうとしたので、制止した。

 対面に腰かける。何だよ、最悪の話って言うからビビってたわ。冗談が好きだな。

 

 クラリッサはしばし沈黙した。俺から世間話でも振ればいいのか?

 結局俺がジャパニーズカルチャーの誤解について熱弁を振るいだす直前、咳払いをしてから、クラリッサが口を開いた。

 

「彼女はファーレンだ」

「そっか。俺は織斑一夏」

 

 名乗ると、彼女は目を輝かせた。

 

「あの織斑一夏さんですか!?」

「そうだ。この間は怖がらせてしまいすまなかった」

 

 頭を下げると、彼女は面白いぐらいテンパって、俺に頭を上げるよう懇願した。

 いいねこれ。皆普段から俺をこんぐらい尊敬してくれよ。

 

 視線を横に向けた。立ったままのクラリッサは、俺に目を合わせようとしなかった。何だよ。

 

「ええと、はい。私はファーレン――」

 

 女は笑顔のまま、俺に改めて名乗る。

 

 

 

「――――ファーレン・()()()()()()といいます」

 

 

 

 視界がぐらついた。息が詰まった。

 恐る恐る、クラリッサを見る。彼女は黙ってうなずいた。俺は天井を見上げた。

 

 なんて、ことを。

 なんてことをしたんだ。なんで、こんな、惨い真似ができるんだ。神様ってやつは血も涙もないのか。

 

「母について何か、連絡があると聞いたのですが」

 

 事態を把握した。

 確かにカーラが言っていた。娘を人質に取ったと。元代表候補生を毒牙にかけるために、オーフェン・グリーンベルの娘を人質にして脅したと。

 それがこの子だったのか。

 

 言えばいいのか、君の母親は町を掌握していた大罪人にハメられて尊厳を凌辱され、生きた歯車として戦わされ、ISの性能に殺されたと伝えればいいのか。

 

「……お前も立ち会うべきだと思ったんだ」

 

 目を伏せたまま、クラリッサが言った。

 

 それから、全てを説明した。

 

 ファーレンは黙って全てを聞いていた。俺は時々捕捉を入れた。君の母に罪はないと。利用されただけだと。意味のない言葉を並べ立てた。

 気が狂いそうだった。罪を裁くことに、しっぺ返しが来るとは思わなかった。悪を討ち、それが原因で善人が泣かされるだなんて、そんなこと、あっていいはずがないのに。

 

 説明を聞き終えて、ファーレンは無表情のまま、涙をこぼしていた。

 歯を食いしばり、拳を握りしめた。クソ野郎。

 言うべき言葉を絞り出した。

 

「君のお母さんは俺が殺した」

 

 クラリッサがギョッとして俺を見た。

 

「カーラという黒幕は、自分の手腕を俺に見せつけるために、この町を荒らした。全ての計画は俺が原因だった。一番の大元を辿れば、俺だ」

 

 事実ではあった。果たしてオーフェン・グリーンベルをハメた段階から計画に俺が組み込まれていたかは分からないが、この町で彼女を利用していたのは、俺が原因だった。

 

 ファーレンは息を整えてから、俺を見た。碧眼に俺への憎悪が宿っていた。

 頬にビンタが飛んできた。避ける気力などなかった。いい音が響いた。

 

「……こうすればッ、満足ですか!!」

「……まあ、分かるよな」

 

 浅はかな慰めは、これから俺を憎み、それをエネルギーに絶望から目を背けられたら、という目論見は、やはり看破されていたらしい。

 

「保険金が、君には下りる。恐らく最後の力を振り絞って、君の母が君に遺したものだ」

 

 クラリッサの言葉を聞き、涙を流しながらファーレンは俺に叫ぶ。

 

「私を――IS学園に入れてくださいッ」

「……実力がなければ入れない」

「転入試験を受けますッ。適性はAなんです! 母が、その道はやめろと言っていました。でも今は、違います」

 

 俺はそっと、データを思い返した。オーフェン・グリーンベルの個人情報。娘が一人いた。夫とは離婚している。娘の年齢は16歳とあった。

 やべえ本当に入学できるかもしれねえなこれ。

 

「私は母にできなかったことをやってみせます。多分。それが。一番っ。喜ぶ、こと、だと……!」

 

 言葉に嗚咽が混じり始めた。机に額をこすり付けて、彼女は言葉にならない声を上げながら、泣いた。

 

「……分かった。口利きはしない。選考用の書類を渡す。来週また、来る。勉強を教える……ISの動かし方も、教える」

 

 言い切って、嘆息した。

 クラリッサが肩を小突いたが、しかめっ面で無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一か月後。

 

「というわけで本日から皆さんと共に学ばせていただきます、ファーレン・グリーンベルです。よろしくお願いいたします」

 

 本当に受かりやがったァァァァァァッ!!

 内心冷や汗だらだらの俺に対して、ファーレンはくるりとスカートを翻して、正面から視線をぶつけてきた。

 

「織斑先生には色々手助けしていただいて、私、感謝しています」

『は?』

 

 クラス全員が『またかお前』という目で見てくる。

 違うぞ、今回はマジで違う。そんな目で見ないでくれ。

 

色々慰めて下さりましたし、受験前には手取り足取り指導いただきましたが――目標はあなたを超えることです。覚悟してください!」

 

 ビシリ! と指を突きつけて、ファーレンが宣戦布告する。

 でもさ。

 もっと言い方とかあるじゃん。

 ほら、クラス見てみなって。中世の処刑人みたいなやつしかいないよ。全員俺の首を落とす気満々じゃん。お前の発言のせいだからなこれ。

 

「これあれじゃん」

「もうあれ確定だよね」

「ではー、執行しますー」

 

 待ってくれ! 明美、執行って何だ? やっぱりギロチンなのか?

 明美は清々しい笑顔で、手元の端末を操作した。

 

 俺はすべてを察したので、ファーレンを席へ向かうよう促す。彼女が首を傾げながら教壇から降りた瞬間だった。

 

「一夏の馬鹿はどこだァァァァァァァァァァァアアアアァァァァッッ」

 

 真剣抜刀済みの千冬姉が教室に怒鳴り込んできた。

 俺は教壇の上で、おとなしく座禅を組み精神を統一していた。死ぬ時ぐらいクールでありたい。教壇で、凶弾に倒れる時ぐらいな。なんちゃって。

 

「ほう……くだらんことを考えてばかりだから、貴様の私生活もくだらんことになっているという自覚がまだないようだな……」

「いやほら今、瞑想してるから。あ、今のは別に千冬姉の婚活が迷走してるのを揶揄したわけじゃないぜ?」

 

 

 

 ファーレン・グリーンベルはその日、人間のマゾヒズムがどれくらいの痛みに耐えられるのかという実験を、生で見る羽目になった。

 

 

 



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ショー・マスト・ゴー・オンはない

wikiだとショウ・オブ・マスト・ゴーオンなんだけど11巻はショー・マスト・ゴー・オンなんすよね
これでじゃあ後者じゃんってならないのが怖すぎる
どっちなんだろう


 

 休日。朝。

 

 

 気が狂いそうだった。

 

 俺は今、自分の部屋で、ベッドの上でゴロゴロしながら呻いていた。

 

「畜生……こんなむごいことがあっていいのかよ……!」

 

 国際IS委員会から、通達が来た。

 愚かな連中だ。自分たちの地位が盤石のものだと勘違いし、権力を振りかざす狸の群れだ。

 唾棄すべき存在であり、俺の愛機に一次形態での起動を義務付けるような小心者の集まり。

 

 基本的に孤高であり、ハードボイルドでナイスガイな俺としては、決して相いれない相手だ。

 

 でもまあ権力はあるので普通に命令には逆らえない。

 この年でお尋ね者にはなりたくないのだ。まだ遊んで暮らしたい。ていうか一生遊んで暮らしたい。将来は俺が国際IS委員会に入るからヨロ。

 

 それはそれとして。

 国際IS委員会からの通達は、俺を発狂させた。

 あんまりだ……! こんな横暴が許されるはずがない!

 内容は、こうだ。

 

 

『お前ちょっと女性関係で問題起こし過ぎだから監視送るわ』

 

 

 んああああああああああああああああああああああああああッ!!

 言われるだろうなとは、思っていました……

 

「けどよぉっ、あんまりだ! 権力者はみんな腐ってやがる……!」

「うーん、妥当だよねー」

 

 同じベッドで寝転がっていたのほほんさんが、のんきにそう返した。

 

「何平然としてんだよ、のほほんさんだって関係あるだろ」

「えー? バレなきゃいいじゃんー

「あ、そっかあ……」

 

 堂々と国際IS委員会への反逆の意思を露わにした同僚相手に、俺は少し距離を取った。

 彼女はベッドから降りると、うーんとのびをしてから、ベッドの下に無造作に落とされていた(ていうか俺が雑に落とした)下着類を着込んでいく。

 

「まー今日はおとなしくしとこっかな。おりむーだって何か予定入れてたでしょー?」

「ああ。刑務所フルコース」

「その呼び方はどうかと思う……」

 

 今まで捕らえてきた犯罪者連中と顔を合わせまくるんだからあながち間違いでもないだろ。

 のほほんさんは下着姿になってから、ベッドに腰かけた。

 その時、ノック音が響く。

 

 俺は青ざめた。のほほんさんははいはーいと返事して下着姿のまま駆けていく。嘘だろ。

 

「あー、やっぱり先生だー」

「布仏さん、お久しぶりですね」

 

 下着姿ののほほんさんに誘導され、部屋の中に入ってきたのは、恩師である山田先生だ。

 

「お久しぶりです。あー、監視って」

「はい、国際IS委員会役員の山田真耶です。本日一日、織斑一夏さんの監視をさせていただきます」

 

 俺は部屋を見渡した。

 全裸でベッドの布団にくるまっている俺。

 下着姿ののほほんさん。

 床に脱ぎ散らかされたままの二人分の衣服。

 

「現段階でどんなもんですか?」

「何もかもおしまいです」

 

 俺は即座に、床に額をこすり付けて許しを乞うた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく! 出だしから何をしているんですか!」

 

 かつて俺の先生をしてくださっていたころと同じテンションで、山田先生はぷんすかと指を立ててありがたい説教をしてくださった。

 もう先生じゃないんだけど、自然と先生って呼んじゃうんだよなあ。俺が先生だっての。まあこの人にあこがれて先生を目指したところはあるしな。

 千冬姉? ないない。生徒を馬鹿呼ばわりする人格破綻者じゃん、教師としては憧れる要素ゼロだ。

 

 車を運転しながら山田先生の説教に力なくうなずく俺は、赤べこのようだっただろう。

 

「最初の一回ということで不問に処しますが、次はないですからね?」

「分かってます。今日は女性と会う予定ないので大丈夫ですって」

「今日は、ですか……」

 

 助手席の先生の視線が冷たい。勘弁してくれよ。

 それにしてもこの人……外見がまるで変わってねえ……アイリスに通ずる謎のパワーを感じるぜ。

 

「それにしても俺ほぼ裸だったんですけど、動じなくなりましたね」

「ええもちろん! 戦役で全裸の敵兵を拷問したりしましたからね!」

 

 胸に手を当ててそう言う先生に、俺はこれ以上逆らわないよう内心誓った。

 怖いし実力もあるし地位もある。現状、俺の知り合いの中ではシャルに近いイメージか。

 国際IS委員会現役員――現場からたたき上げでその地位まで上り詰めた、バリバリのやり手である。

 

「で、今日は何処に行くんですか?」

「拘置所です」

「自分から入っていくんですか……(困惑)」

「入所じゃねーよ」

 

 思わず敬語が外れた。

 

「俺、豚箱にブチ込まれるようなことしてませんからね」

「胸に手を当ててよく考えてみてください」

「………………………………してないっすね」

「嘘つかないでください! 今かなり時間をかけて記憶を改ざんしましたね!?」

 

 全然してないよ。してたとしても山田先生が想定する女性関連よりちょっとエグめの罪状だよ。器物損壊とか傷害とか脅迫とか強要とか殺人とか。

 

「今まで捕まえた連中に話を聞くんですよ。ある程度まとめての方が効率がいいんで今日一気に回ります」

「道理で飛行機のチケットが支給されるわけです」

 

 どうやら委員会の連中、俺の足取りを完璧に把握していたらしい。

 ムカつくな。

 

「じゃあ二人で空の旅ですね」

「織斑先生が良かったです……」

「俺も織斑先生ですよ」

「織斑くんは織斑くんです。あと、私の中では生徒と必要以上に肉体接触を持つ教師は教師ではありません」

「ブーメランそっち行きましたよ」

 

 貴女が俺にISで突っ込んできたのが原因で殺されかけたの、忘れてないですからね?

 言ってから過去の自身の失態を思い出したらしく、山田先生はサッと顔を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機の中で二人でトランプをしていたが、さすがにポーカーだけにしときゃよかった。二人でやる大富豪の虚無感たるや。

 革命返し返し返しみたいなことが平然と起きて俺も山田先生もうんざりしていた。他にやることなかったのかよ。

 

『事前の連絡では織斑一夏のみですが』

 

 国際犯罪者の収容所に着けば、俺の横にいる山田先生が呼び止められた。

 

『国際IS委員会からの紹介状です』

 

 流暢な英語と共に、先生がウィンドウを立ち上げた。委員会のマークが刻まれている。

 受付の人は頷いて、どこかに電話をかけた。人数の増加を知らせているんだろう。

 

「ところで、どんな人と会うんですか?」

「独自に展開装甲を製造した天才と、俺と至近距離で十秒以上渡り合える元軍人。二人共犯罪者です」

「この世の終わりですか?」

 

 先生は真顔でそう言い放ったが、俺は否定できなかった。

 片方だけでも時代の寵児と言える。それが二人いる。二人共犯罪者である。狂ってるのか?

 

 連絡が終わったのか、受付の人は俺たちに進んでいいと言った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、俺と山田先生の眼前にはいくべき方向が表示された。さすが最新鋭の設備を備えてるだけあるな。

 

「最初はどちらですか」

「えーと、元軍人の方ですね」

「ということは強化ガラスを素手で砕けると」

 

 冗談にならないかもしれないので勘弁してください……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女傭兵。

 セシリアとマドカと共に捕らえた、ISを用いて裏社会で傭兵まがいのことをしていた女であり、元アメリカ軍所属のISパイロット。北米戦線に出向となった箒と会い、篠ノ之流剣術を少し教わった女。

 強化ガラス越しに、彼女は椅子に腰かけて、少し伸びた髪を弄っていた。

 

「丸坊主にされてるかと思ったが」

「ここにそういうのはないらしいぞ。それと後ろの女……見覚えがあるな。戦役に参加していたか」

「敬語使え。国際IS委員会の人だぞ」

 

 俺がそう言うと、女傭兵は山田先生に、露骨な侮蔑の視線を向けた。

 

「委員会の犬か」

「勘違いしないでください……私、どちらかと言えば飼い主です」

「まさか役員か!? 織斑お前何したんだ」

 

 驚愕と共に女傭兵が俺に問う。

 さっと視線を逸らした。

 

「今日織斑一夏さんを私が監視しているのは、彼の女性関係についてです」

「こいつの女性関係で第三次世界大戦でも起きるのか?」

「ありえます」

「マジでか?」

 

 やめてくれ、俺の人間関係のバカさを他人にまで知らせないでくれ。

 ほら俺たち三人よりも女傭兵の後ろにいる看守さんが顔を青ざめさせてるよ。ヤバイ場面に立ち会っちまったってなってるから。

 

「それはどうでもいい。お前に聞きたいことがある」

 

 話題逸らしやがったな、と視線で言われたが無視した。話進まねえよ。

 

「篠ノ之箒について……知っていることを聞きたい。様子とか、言動とかだ」

 

 問いの内容なんて分かり切っていただろうに、女傭兵は大仰に腕を組んだ。

 

「篠ノ之の様子、ねえ」

「ああ。ささいなことでもいい」

「ささいなこと、といってもなあ……」

 

 女は顎に指をあてて、俺を訝し気に見る。

 

「織斑、お前まさか知らなかったのか?」

「何をだ」

「いや何、ささいなこと、と言われても、むしろ()()()()()()()()()しか思いつかない……お前は知らなかったのか? それとも、彼女がうまく隠していたのか?」

 

 絶句。

 言われても心当たりはない。俺にとって最後に見た箒は、今までと何も変わらない、いつも通りの彼女だった。何も大きな心当たりなんてない。

 

「織斑、お前が最後に会ったのは?」

「……戦役が終わる半年前」

「じゃあ隠していたんだな。さすがだ」

「どういうことだッ」

 

 椅子を蹴とばして立ち上がった。

 女がいびつな笑みを浮かべた。

 

「私と会った時にはもう、いつISに乗っ取られるのか分からず……恐怖していたぞ?」

「――――――ッ」

 

 世界が揺らぐような衝撃を受けて、思わずガラスに手を突いた。

 ふざけるな。

 俺と会った時にはもう、兆候が出ていたのか。それを俺に隠して、あいつは何てことないように笑っていたのか。いつも通りに。何も変わらないように。

 そう、見せていたのか。

 

「……気に病むな。あいつは、あの篠ノ之箒という女は、強い。自分の痛みに対してもそうだろう」

「だが、俺は! 俺はッ」

「気づくべきだったとでも? 彼女を愚弄する気か?」

「ふざけんなァッ!」

 

 ガラスを殴りつけようとした。振り上げた拳が、後ろから伸びた手に止められた。

 

「織斑くん」

 

 懐かしい声色だった。俺の身を案じる声だった。

 

「……織斑、まとまった時間が取れたら、彼女の実家に行け」

「……何度も行ってる。篠ノ之束博士もそこにいる」

「違う。神社の本堂の奥……いや、裏だったか。祠があるだろう?」

 

 何?

 

「よく話していた。女らしいこと……日本のあれだ、舞い、だったか、あれの練習を隠れてする時はいつもそこだったと」

 

 初耳だった。

 確かに思い返せば、小学校の頃に女子らしいこと、あるいは男子より男子らしいこと、といった話題は、箒にとってタブーだった。それが原因でいじめられていた。

 

「そんな場所に何があると」

「分からんのか? 思い出だよ」

 

 答えは抽象的なものだった。

 俺はいまいち理解できず、首を傾げそうになる。

 

「確かにそれは、何か手がかりを残しているかもしれませんね」

「山田先生まで」

 

 背後から同意の声が聞こえて、俺は挟み撃ちにあったような感覚に陥る。

 

「とにかくあとは……そうだな。乗っ取ると言っても、彼女が言うに、あのIS……『紅椿』は彼女のために暴走しようとしていた、らしい」

「な……ISコアの意識を、箒も感じていたのか!?」

 

 嫌というほど知っているが、俺以外にいたのか。

 俺の言葉に、場の空気が微妙なものになる。

 

「逆に私としては、お前もコアの意識なんてものを知っているのか、と聞きたいがな」

「織斑くん、コアの人格が云々とか生徒に言ってませんよね。病院に連れていかれちゃいますよ」

「うるさい、分かってます。俺の頭がおかしくなったわけじゃない」

 

 あるんだよ。コアの意識あるんだもん!

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は展開装甲の独自開発者です。こちらになります」

「久しぶりだなッ! 織斑一夏ッ!」

 

 超ハイテンションの男を見て、山田先生はうげえと顔をゆがめた。

 

「篠ノ之博士とは別ベクトルの変人ですね」

「そういう貴女はッ! 国際IS委員会の役員様かッ! 知っているぞッ! 現場から叩き上げの猛者だなッ!」

 

 男は興奮気味にしゃべってから、ふんすと鼻を鳴らした。

 

「そしてオレは知っているッ! 君が今日ここに来たのはッ! 裏社会で『紅椿』をベースにした無人機が開発されたことについてだッ!」

「な――――!?」

 

 山田先生の驚愕を、俺は意図的に無視した。

 

「ああ、そうだ。お前も知っていたんだな」

「無論だッ! あの天才とは連絡を取っていたッ! オレの展開装甲を彼も再現しようとしているッ!」

「奴のイトコである、カーラという男と会った。殺した。『白式』と『紅椿』をベースにしたISがあった。どちらも破壊した。奴のイトコ……無人機の開発者は何者だ?」

 

 あの二機には展開装甲はなかった。

 だがこの話ぶりでは、いつ完成させてもおかしくない。

 そして第四世代機をコピーした無人機が裏社会に流通するとなれば、世界が滅茶苦茶になる。

 

「……その目。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 男が声を落として、俺を嗤った。

 俺も嗤って、頷いた。

 

「本題は、どこから『紅椿』のデータを入手したか、だ。お前か?」

「NO」

「なら、実際に会ったのか」

「YES」

 

 男の声に、俺は目を閉じた。

 

「……どうやって、だ。今の彼女に、行動パターンがあるとでも」

「NO」

「――――亡国機業戦役」

「YES」

 

 やはり、か。

 

「戦役でデータを取っていた、と。世界の存亡をかけた戦いの最中に、それをどう利用するか考えていた、と」

「そうなりますね」

 

 山田先生の言葉に俺は同意した。

 

「ふざけやがって」

 

 拳を強く握った。

 誰もかれもが、みんなの明日のために戦っていた時に、そいつは自分の未来の利益のために動いていた。

 

「故に連絡は取っていたが、オレもあまり奴は好きではない……織斑一夏。奴がどこにいるか知りたいか?」

「ああ」

 

 その次の瞬間に、男が発した言葉は、俺を驚愕させるに有り余る威力を持っていた。

 

「ファーレン・グリーンベルが鍵だ」

「…………ッ!?」

 

 何故、その名がここで出てくる。

 

「確か先日、学園に転入した子、ですよね?」

「ああ。そこの織斑一夏が、彼女を救ったはずだ」

 

 ()()()、だと。

 伝聞した、ということか。あるいは。

 

「お前、まさか……()()()()()()()()

 

 俺がカーラに勧誘されること。

 俺がカーラの勧誘を断ること。

 カーラに操られた彼女の母親……オーフェン・グリーンベルと戦うこと。

 そして、最後に俺がカーラを殺すこと。

 

 すべての絵を描いたのは、この男だったとでも。

 

「ハハハハハハハハハハッ! 当たり前だろうッ! そのために君のデータを送ったッ! 『紅椿』か『白式』を元にすれば、君は必ず奴と引き合うからなッ!」

 

 哄笑と共に男が言った。

 何故だ。何故、こんなことをする必要があった。

 

「ああ……何故、という顔だな。簡単な話だ。オーフェンはあの無人機が作られる前からカーラに嵌められていた。彼女は私の恋人の戦友でね、彼女が手遅れなら、娘だけでもと思ったのだ」

「……これほどの頭脳があり、それを人の心理を読むことにも生かせるなら、篠ノ之博士の再来と謳われていたでしょうに」

 

 どうして犯罪者に、と、背後の山田先生が苦々しげに呟く。

 

「オーフェンならきっと、娘に何かしら遺している。それが奴を追い詰める鍵だ」

「……今回も最後まで読んでいるのか」

「無論だ」

 

 男は頷いた。

 

「なら今教えろ。奴は何処にいる」

「オレに読めているのは展開だけだ。居場所までは読めんよ」

 

 チッ。使えねえな。

 

「だが、名は教えておこう。奴の名はシーラだ」

「……シーラ」

 

 カーラのイトコにして、第四世代機をベースにした無人機の開発に成功した天才。

 

「それと、気を付けておけよ、織斑一夏」

「何?」

「オレの読みが正しければ――君は死ぬ

「……()()()()()

 

 吐き捨てた。

 面会時間は、直後に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒はずっと前から、ISの暴走の予兆を感じていたと女は言った。

 女は俺の無知を嗤った。

 

 ファーレンが鍵だと男は言った。

 男は俺の死を告げた。

 

 止まるわけには、いかない。

 だが――今、打てる手は少ない。きっとファーレンとて、自分に遺されたものが念頭にあれば、最初に言っているはずだ。彼女がそうとは気づかないような形で、オーフェンは娘に託したんだろう。

 

「織斑くん、気を付けてください。今日だけで、今まできみがどれだけ危ないことに首を突っ込んでいるのか心配になりました」

「大丈夫ですよ、これぐらい」

 

 山田先生は受付ロビーのベンチに腰掛け、わざとらしくため息を吐いた。

 

「絶対分かってませんね。君のことを案ずる人が多いことだけは分かってるくせに」

「……分かってるつもりですよ」

 

 思っていたよりも、多くを背負い過ぎているかもしれない。

 肩書も友も、すべてが鎖のように感じる。

 

 いつの間にか弱くなっていた。

 かつてのように、戻らないといけない。

 すべてを守ろうとしていたころに戻らないといけない。

 でも、もう、遅すぎるように、全てが遠すぎる過去のように感じられる。

 

「ああ、そうだ」

 

 野暮用を思い出して、俺は紙コップのコーヒーをすする先生に声をかけた。

 

「先生」

「はい、織斑くん」

 

 呼びかけに応えが返ってきた瞬間だった。

 不意に過去の記憶がよみがえった。

 

 今のは、あの時の、俺が学園に入学して最初の授業で……教科書を電話帳と捨てて何も分からないままだったから、授業にまるでついていけなかった時の会話だった。

 

 何も知らないガキだったころ。

 何も知らなくて……それからどんな運命に巻き込まれるのかも知らず、のうのうと生きていたころ。

 何も知らなかったからこそ、一番輝かしい思い出になってしまった、あのころ。

 

 俺は息を吸った。

 

「今日来た本当の目的、教えて下さい」

 

 女性関係の監視で国際IS委員会の役員をわざわざ寄越すわけないだろ。

 

「……織斑くん」

 

 先生は曖昧に笑った。

 

「あと二年、教員を続けた場合……委員会役員のポストを用意できます」

「そうですか」

「ただし二年間、今まで公国や友人方の尽力で認められていた短期休暇は認められません」

「そうですか」

「分かりますよね?」

「はい」

 

 最後通牒だった。

 俺は先生と同じ、紙コップに入ったコーヒーに視線を落とした。あと少しだけ残っていた。おかしくなって、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えは今すぐじゃなくていい、と先生は言った。

 最後の最後に申し訳なさそうに笑って、先生は言った。

 

『このままだと、織斑くんが限界を迎えちゃいますよ』

 

 そうなのかもしれないと思った。

 

 学園のアリーナ。

 生徒が自由に借りられる時間が終わってから、俺は愛機を身にまとい、仮想敵を出現させた。

 制限時間は無制限、敵は無限沸き。

 

 愛刀を手に構えた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 シルエットのみの敵ISを切り捨てる。

 人間の殺意のない銃弾など当たる道理はない。弾丸を回避し、ブレード一本のまま次々とアグレッサーを両断していく。

 何も考えたくなかった。

 

 空を雲が覆って、雨を降らせ始めた。

 濡れて額に張り付く前髪をそのままに、俺は誰もいないアリーナを飛びまわる。

 最高難易度でも、俺に傷一つ付けることはできない。

 

 喉がつぶれればいいと思った。二度と彼女の名を呼ぶこともできなくなれば、諦められるかもしれない。

 

 空中から三機がフォーメーションを組んだまま俺を撃つ。

 地面を滑るようにして銃撃を回避、そのまま大地を蹴り上げ一気に加速し、すれ違いざまに三機すべて切り伏せた。

 単調な作業が続き、思考の余地が生まれる。

 

 このまま、見つからないままかもしれない。

 今回の手がかりだって、空ぶってしまえば、また振り出しだ。

 その後もずっと探し続けるのか、人生を犠牲にして、ずっと。

 

 今まで彼女のために捨ててきたもの、全部、俺にとって無価値だったと断じることはできない。

 俺がどこかに行ってしまいそうだと、簪が言っていたのを思い出した。嗤った。いびつな笑みを顔に張り付けたまま、俺は眼前のアグレッサーに刀を突き立てた。

 

 撃墜数は数えるのをやめた。百は超えただろうか。

 

 空中で鋭角にターンし、俺の後ろに回り込もうとしていたアグレッサーの胴を切りつける。

 

「ルアアアアアアアアアアッ!」

 

 前後左右にいる敵すべてを同時に認識する。

 かつては無造作にできたことも、今となっては集中しないとできない。

 

 同じだなと思った。

 誰かを守りたいなんて、かつては、当然のように思っていた、はずなのに。

 

 かつての俺は、漂白されたような人間だった。誰かがそう言っていた。

 今はもう、色々なことを知ってしまって、がんじがらめに縛り付けられている。 

 

 ファーレンが鍵で、そこからシーラにたどり着けたとして。

 それがダメだったら、俺はまた次の手がかりを探すのか。次がダメならその次を、探すのか。

 

 山田先生のあれは、最後通牒だけど、無視してもいいもののはずだ。

 でもあれを無視してしまえば……俺はもう止まれなくなる。自分の命が限界を迎えるまでずっと走り続けるだろう。

 

 そこまで考えて、叫びそうになった。

 俺は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――クソ野郎ッ」

 

 奥歯が砕けるかと思うぐらい、強く歯を食いしばった。

 眼前のアグレッサーの胸に刀を突き込み、そのまま加速して地面に叩きつける。アリーナのグラウンドを削りながら進み、俺はそのアグレッサーごと外壁に激突した。

 

 背後にまだ、無数のアグレッサーがいて、俺に銃口を向けている。

 どうでもよくなって、俺はゆっくりと立ち上がった後も構えを取らなかった。

 

 不意に、俺を取り囲んでいたISのシルエット、すべてがかき消えた。

 誰かがシミュレーションを終了させたのだ。

 

 乱れた息を一瞬で落ち着かせる。篠ノ之流の呼吸法。それをまだ使うのが馬鹿らしくて、刀を捨て、ISを解除する。雨に打たれて、ISスーツが濡れていく。空を見上げた。雲には切れ間など見えなかった。

 その場に倒れ込んだ。冷たい雨が気持ちよかった。体温を容赦なく奪う雨粒に、このまま溺れたいとさえ思った。

 

「精が出るねー、一夏くん」

 

 シミュレーションを止めたのは教員と誰かだと思っていた俺は、驚愕に声を出しそうになった。

 ガバリと振り向けば、傘を差した彼女が歩いてきている。

 

「……楯無さん」

「久しぶりだね」

 

 彼女はスーツ姿のまま、俺に手を振った。

 水色の髪は肩口に切り揃えられている。最後に会ったのはいつだったか。

 

 現ロシア代表。

 対暗部用暗部『更識家』当主。

 前ブリュンヒルデ。

 伝説の七人(オリジナル・セブン)最後の一人。

 

 更識楯無がそこにいて――俺は即座に後ずさった。

 

「嫌です何の話も聞きませんよ! 絶対俺に面倒ごと押し付ける気でしょうッ!?」

 

 シリアスムード出してりゃ話聞くと思うなよ! どれだけあんたに巻き込まれて悲惨な目に遭ったと思ってるんだ!

 

「ちょちょちょっ、いきなりそれはひどくない?」

「全然ひどくないですからねッ! じゃあ何の話ですか、絶対受けませんけど話してみてくださいよ」

「いやーちょっと無数の第四世代機と戦ってほしいんだけどー

「ほら見たことかっ!」

 

 やっぱり面倒ごとじゃないか!

 

「……ていうかそれ知ってますね俺。え、場所分かるんですか?」

「全然分かんなーい」

「嘘だろ」

 

 場所探しから俺に押し付けるつもりだったのかよ。

 頭をかいてから、俺は項垂れた。

 

「……どうせやるつもりはあったんでやります、やってみせますよ」

「ホント!? ありがとうさっすがー!」

 

 地面に膝をつき、泥まみれの俺に、楯無さんは満面の笑みで傘を差した。



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なんで十巻にもなって二巻からいたやつが突然ヒロインレースでごぼう抜きするんだよ・前編

 空を、絶望が覆っていた。

 無数のサーチライトが無慈悲に俺を照らす。

 意思なき鉄の人形共が無遠慮に俺を見下す。

 

 雨のせいで視界がにじんでいる。半壊した市街地の、かつてビルだったらしい、鉄骨しか残っていないその跡地は、雨に打ち消されくすぶる火の臭いがした。

 身にまとうISが撤退を指示する。さっきまでずっとうるさかった、早く逃げろという通信は妨害電波のせいでもう届いていない。

 

 空を埋め尽くす無人機の群れ。一つ一つが、全身の展開装甲から漏れ出る攻性エネルギーの光にシルエットを浮かび上がらせている。

 手にした刀を肩に乗せて、俺は笑った。

 

「これ、全部が第四世代機か。バカバカしいな」

 

 数えるのもおっくうになる。戦力比は目も当てられないことになっているだろう。恐らく、俺が百回ブチ殺されてもキルレシオは足りていないはずだ。

 疑似ISコアとはいえ、戦闘力は展開装甲が底上げしている。どんな状況でも対応し、部分的に破壊しようともこいつらは平気で攻撃してくる。

 両腕をもいでも攻撃方法が損なわれないってことだし、無人機と展開装甲は思っていたより相性がいいのかもしれない。

 

『ハハッ、ここで君の死にざまを見ることができるとはな』

 

 声の主は、誰だろうか。無人機のスピーカーから聞こえてくる声。

 俺の仲間たちは、この場にいない。俺しかいない。皆、こいつを追い詰めるため奮闘している。

 

 先ほど背にかばった現地の少女は、裸足のまま走り去っていった。

 

 腹部に負った傷が、血を垂れ流している。ISが離脱を推奨するのはこのせいだ。止血治療は一応進んでいるが、高機動戦を行えば傷が開くだろう。

 頭部も強く打って、どこかが切れたらしく、血が下りてきている。

 

 雨が降る。前髪が額に張り付く。

 腰を落とし、切っ先を地面に向けて構えた。

 篠ノ之流剣術の構えの一つだ。

 

「全部スクラップにしてやる、かかってこいよ」

 

 無人機の、バイザー型のカメラアイが赤く光る。

 夜闇に浮かぶ鮮血色のそれらを、俺は笑って迎えた。

 

「始めようぜ、最後の殺し合いを――――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや勝てるんだ!?」

 

 全身に包帯を巻いてミイラ男状態の俺に対して、部屋に入って開口一番楯無さんはそう叫んだ。

 

「いやー……なんか、勝てました」

 

 最後の方とか記憶あやふやだけと勝ったっぽい。 

 多分俺の()()()をいくつか解放したんだと思うが、いかんせん明瞭には覚えていないのだ。

 まあ切り札の一つや二つ、出し惜しみする必要もない。

 本命の()()()は使わずに済んだのだ。それだけはハッキリと分かる。僥倖だ。

 

「それにしても、私たち対暗部用暗部ともあろうものがダミーに引っかかるなんてね」

「あれはダミーというより本命を捨ててましたよ。あの戦いで、量産工場も製造品もあらかた叩けましたし」

 

 更識家が掴んだ情報に従い、俺は日本軍や更識家お抱えの部隊と共に侵攻し――待ち伏せに遭った。

 ある程度の抵抗は予期していたが、全戦力をなげうっての反抗戦。日本軍と更識家に周辺の住民らの避難を指示し、俺は一人軍勢に飛び込んだ。

 

 勿論、非正規軍である更識家の部隊からちょいとくすねた違法ドラッグのパワーで思考が鈍ってたせいだ。普段の俺ならもっとクレバーにやる。具体的に言うと俺以外全員囮にして逃げる。

 それがどうだ、現地の少女を庇って深手を負い、多少の損耗は覚悟の上だったはずの味方の軍勢を追い返して、全部俺が一手に引き受けちまった。後退を必死に叫ぶ相川の声が、まだ鼓膜に張り付いてやがる。

 

「決めたよ楯無さん。俺はもう二度とクスリはやらない。今回ばかりはいい勉強になった」

「今までやったことがあるのもお姉さん驚きなんだけどね……」

 

 冷たい目で俺を見る楯無さんから顔を背ける。

 

「せっかくおねーさんが一回限りで山田先生から許可もらったのに、一人で突っ込んじゃって」

「頬をつんつんしながら恨み言吐かれても困ります」

 

 閑話休題。

 

「それにしても、工場も製造品も何もかもぶっ壊しちゃったし、一応任務は完了なのかな?」

「…………」

 

 目を閉じて思い返す。

 無人の製造工場。無人機が無人機を量産していた。雪だるま式に膨れ上がる戦力を、なんとか、対処できる限界ギリギリの数で抑えることができた。

 

「情報源は?」

「とある筋よ。詳しくは明かせない」

「国際収容所に収監されている男ですね?」

「……」

 

 沈黙は肯定だ。やはり、俺たちにとって都合のいいタイミングだった。都合が良すぎた。

 善意からだろう。感謝するしかない。

 

「間違いなく、痛打にはなっているはずです。でも一手足りてない」

「工場の主がいなかった……またああいう場所を造るでしょうね」

 

 頷いた。

 いくら時間がかかろうとも、もう一度シーラはやるだろう。

 

「新しい本拠地を造れば、必ず足を辿れる。必要な物資を調達すれば、そこには流れが発生する。根気強く待つしかないわね」

「そうですね」

 

 鷹揚に頷いた。内心をおくびにも出さないよう、細心の注意を払いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファーレン。話がある」

 

 俺がのそりと帰りのHRをやってる一年一組教室に入ると、生徒全員が悲鳴を上げた。

 なんて連中だ、黄色い悲鳴なら大歓迎だが、この美青年である俺を見て、まるで死にかけのゾンビを見た時みたいな絶叫を上げてやがる。

 

「おりむー……その格好で出歩くのはちょっと~……」

「あん? 今シーズンは包帯が流行りなんだよ。ていうか俺が流行らせる」

「無理だと思う~」

 

 教壇で俺の代わりにHRを進行していた副担任、のほほんさんににべもなく切り捨てられたが、俺は諦めてないからな。

 仕方ないので包帯をはらりと解いた。既に表面の傷は修繕が完了していた。

 

「俺だよファーレン」

「あ、せ、先生だったのですか……」

 

 珍しく俺に敬語を崩さない生徒なので、会話してると自尊心が満たされる。そういや俺って先生だったね。

 

「ああ。少し込み入った話だ……お前の母さんについてだ。場所を変えよう」

「は、はい」

 

 ファーレンを連れて廊下を歩く。後ろから複数の気配が追ってくるが、無視だ。

 屋上に行こうとか一瞬悩み、やめた。要らないことを思い出しそうだった。

 渡り廊下に進み、二人で並び空を見上げる。

 

「お母さんが残した保険金は……銀行の貸金庫ごと、あるんだよな」

「ええ、そうですね。色々入ってて驚きました」

「何があるか思い出せるか?」

 

 ファーレンは顎に指をあてて、目を閉じた。

 

「お金、拳銃、注射器、色んな人が載ってる書類……」

「待ってくれ」

 

 俺は両手で制止した。

 想像以上にヤバいものばかりじゃねえか。娘になんてもん残してやがる。

 

「書類って絶対機密文書の類だろ。何が載ってんだよ、裏社会のボス共か?」

「よく分からない言葉で書かれてたんですよ。多分ラテン語なのかな」

「漏洩まで防いでやがる……」

 

 読めるが、読みたくはねえな。

 

「あとぬいぐるみですね。それはこっちに持ってきてます」

「何だ、可愛いなお前」

「うっさいです! 昔にも、買ってもらったことあるんですよ!」

「そっか……()()()()()()()

 

 え? とファーレンは首を傾げた。俺は手を鳴らして、無表情のまま言い放つ。

 

「今夜お前の部屋行くからよろしく」

「え、えぇ……ええええええええええええええええ!?」

 

 背後から瞬時に殺気が飛んできた。

 やべっ、茶目っ気を出し過ぎたか。

 

「そういう意味じゃねえよ。ぬいぐるみだ」

「な、なる、ほど? いやぬいぐるみに何の用があるんですか」

「……ここだけの話、俺は無類のぬいるぐみコレクターなんだよ。見ただけで材質、メーカー、値段までわかる」

 

 そうだったんですかーとファーレンは可愛いものを見る目で俺を見た。

 屈辱だ。

 しかし咄嗟の嘘をここまで自然に信じるとかマジでちょろいな。

 

「なら今晩おいでください」

「おうよ。勝負下着にしとけよ」

「……死んでください」

 

 丁寧に俺の足を踏んづけてから、颯爽とファーレンは渡り廊下を去り……彼女と入れ違いに、とんでもない形相の百鬼夜行たちが踏み込んできた。

 

「おりむ~、どんな感じがいい~?」

 

 先陣を切っているのほほんさんの問いは、つまり死に方を選ばせてくれるということだろう。

 俺は鼻で笑い、渡り廊下のてすりを軽々と飛び越えた。

 

「あばよっ、俺は自由な感じを選ぶぜ!」

 

 叫びながら地面を見た。思っていたより遠い。三階であることを失念していた。

 迫りくる大地とのキスを前にして、まあ鬼どもに捕まるよりはましだな、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぬいぐるみはかわいらしいクマのぬいぐるみだった。

 

「えーと、先生、これなんですけど」

「みなまで言うな……」

 

 俺が寝間着姿のファーレンに何かしないよう、この部屋には一組女子とのほほんさんが総出で俺を見はりに来ていた。窮屈だ。

 というより、俺が今からすることを考えると邪魔でしかない。

 

 のほほんさんと視線を合わせ、アイコンタクトを取る。

 

『人払いを頼む』

「おっけ~」

 

 のほほんさんはだぼっとしたスーツ姿のまま振り返って、一人の女子生徒に声をかける。

 

「介錯がやっぱり必要らしいから、やっちゃってー」

「御意」

「待て待て待て! そんなこと頼んだ覚えはねえぞ!」

 

 竹刀を片手に持った少女がずいと前に出て、俺は両手を突き出し顔をひきつらせた。

 

「え~? だって今、『手伝いを頼む』って~」

「人払いだよ! つーか手伝いって全自動で介錯になるのかよ!」

 

 俺の生命はどんだけ軽いんだ。勘弁してくれよ。

 不服そうにしながらも、のほほんさんはパンと両手を合わせて解散ーと告げる。生徒らは俺をじろりと見てから出ていった。劉姉妹なんて目を合わせただけで魂が粉砕されそうだった。

 

「で、一体何なの~?」

 

 問いに応えず、俺はぬいぐるみを手でなでる。中身の感触を確かめる。頭部にはなにもない。腹部に、わずかだが硬い感触がした。

 迷わず体表を引き裂いた。ファーレンが絶句する眼前で、綿まみれのUSBを引き抜いた。

 

「古めかしいやり方だな」

「な、なんですかそれ……」

 

 USBポートのあるPCなんてないんだが……仕方ないか。ISを一部展開し、USBをジャックする。正規の手順でない以上データが破損する可能性もあった。

 

「……これだな」

 

 雑多に収められたデータはほとんどが目くらましのダミー。

 愛機が全てを掌握し、求めていたデータをウィンドウに開いた。

 

「ぬいるぐみはちゃんと縫って返すぜ。俺がぬいぐるみマイスターってのはあながち間違いでもないんだ」

「……お母さん、何を調べてたんですか……?」

「美味いウィスキーの作り方だ」

 

 俺の答えに、意図を理解したのか、ファーレンはそっとうつむいた。

 

「……おりむー、行くの?」

「ああ。全部これで終わりだ」

 

 篠ノ之家の祠を除けば正真正銘のラストチャンス。

 逃す手はない。

 

 ウィンドウに表示されたのは――シーラとカーラが共有していた隠れ家の位置座標。

 今しかない。本拠地を叩かれた奴がここに駆け込んでいるとしたら、今なんだ。

 

「……どうすっかな」

「……ここで行けば、おりむー、学園にいられないよ」

「……だよなあ」

 

 山田先生は見逃してくれるだろうか。

 まあ、そんなもん、次会った時に聞けばいいさ。

 

「ファーレン。お前は伸びしろあるよ。特に空中機動、クラスにいる劉明美(ラウ・ミンメイ)を参考にしろ。お前なら代表候補生も夢じゃない」

「…………先生、何、言ってるんですか?」

 

 俺からくまのぬいぐるみを受け取ってから、ファーレンは目を白黒させて俺の顔を見上げた。

 なるべく意識して、優しく微笑みかける。

 

「俺、教師辞めるわ」

「……え?」

 

 驚愕にファーレンは一歩退いて、そのままとすんとベッドに腰かけた。

 

 いい思い出ばかりだった。

 不釣り合いなほどに、この学園で過ごした時間は、俺にとって眩いものだった。

 

「おりむー……」

「悪いなのほほんさん。でも俺は、あいつが戦争に利用される可能性が1パーセントでも残ってるなら、俺のすべてをかけてそれをこの手で粉砕する」

 

 他人に任せたりするべきなんだろうな。

 自分にできないことを分業して、そうして大人は社会を回していく。

 

 俺はそれなら、大人じゃなくていい。

 データは必ずどこからか流出する。きっと正規軍のやり方なら、シーラのラボを制圧し、データを保管するはずだ。それじゃあだめなんだ。この世界から一片たりとも残さず消滅させなきゃいけない。

 

「分かったよ~……」

 

 呆れたようにうなずいてから、のほほんさんはどこかにメッセージを送り……

 

()()()()()()()()()

「え?」

 

 俺が驚愕する番だった。

 

「どーせ何か、おりむーが勝手に調べて、勝手に突っ込むだろーって、みんな思ってたからー」

「……待て。それでどうしてお前がついてくるんだ」

「有休にはしないよ~、私たちは正規軍として行くから~。それで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 よよよ、とのほほんさんが泣きまねをした。

 俺が何か返す前に――真横で、ぶふっとファーレンが噴き出した。

 

「おい」

 

 半眼でファーレンを睨むが、彼女はおかしくてたまらないようで、ベッドに座ったまま腹を抱えて笑っている。

 

「や、だって先生、すごく覚悟を決めた、顔、ふふ、だったのにっ、普通に流されちゃってて、ふふ」

「クソが……」

 

 顔を覆って天を仰ぐ。

 すべてがから回ってやがる。

 打ちひしがれる俺がおかしいのか、ファーレンはベッドをバンバンと叩いて笑い、のほほんさんも俺を眺めて、こらえきれず笑っていた。

 

「で……どうすんだよ、正規軍として行くつっても、山田先生がどう思うかは分かんねーと思うが」

「うんうん。だからおりむーは正規軍としては行くけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あーなるほど。替え玉作戦か。

 

「ちょうど三組担任のー、蘭ちゃんが遠征に呼ばれるってことにできそーだからー、それでいくねー」

「は? 俺親友の妹になり切るのかよ」

 

 弾が聞いたら爆笑した後ブン殴られそうな話だな。

 

「で、織斑一夏はどうなるんだよ」

「どうすればいいと思う~?」

 

 のほほんさんはいつものぼやーとした顔で俺に問う。

 

「おりむーが誰にも顔を見せず休んでいて~、有休じゃない方法で~、一番説得力があって~」

「…………おや?」

 

 話が変わってきた。

 のほほんさんはぴっと手元の端末を操作して、音声を流し始める。

 

『あっ……だめ、です、今は私が、一夏さんの、を、ぺろぺろしてるの、にっ、んっ、そんなとこ舐めないでくださいぃ……』

 

 他でもない五反田蘭の淫靡な声が、ファーレンの部屋に響き渡った。

 部屋の主であるファーレンが、俺をゴミを見る目で見ていた。

 のほほんさんはその両眼以外満面の笑みで、俺を見ていた。

 冷や汗が止まらず、顔面蒼白の俺を、見ていた。

 

「……なんで」

 

 蘭と関係を持ったのはつい最近だし誰にもバレないようにしていたはずなんだが何故だ!?

 

「ぴきーんって予感がしたからだよ~」

「そんなカミーユみたいな理由で見破ったのか!?」

 

 冗談じゃない、もっと理詰めでやってくれ。それ防げねえじゃんか!

 

「とゆーわけでこの音声を、校長先生に送ったよ~」

「あああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 俺は絶叫して、窓から身を乗り出した。背後から二対の視線がビシバシ刺さっているが、かまってる暇はない。

 飛び降り、地面に着地する。

 

「――――ぁぁぁっ」

 

 遠くから声が聞こえた。

 俺は全開で鳴り響く生存本能の警鐘に従い、その場から脱兎のごとく逃げ出す。

 言い訳に使うための負傷でマジで動けなくなったらどうすんだよ。本末転倒だろ。

 

「――どこだァァァァァツ」

 

 声が近づいてくる。やべえ全然振り切れねえ! もうIS使うか!?

 

 

「一夏の馬鹿はどこだァァァァァァァァァァァアアアアァァァァッッ」

 

 

 後ろを見た。

 すでに千冬姉は、ISを展開していた。

 振り切れるわけがねえ。

 

 

 

 

 

 IS学園七不思議に、夜中に男の悲鳴が響き渡る、というのが追加されたのは、その日のことだった。







(都合よく)加筆したことなんですけど
冒頭で無人機の群れと戦ってるのは山田先生公認になるよう楯無おねーちゃんが立ち回ってくれたおかげです

山田先生だから、一回だけなら、許してくれるかなって……

行き当たりばったり過ぎてすいません許してください何でもしますから


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なんで十巻にもなって二巻からいたやつが突然ヒロインレースでごぼう抜きするんだよ・中編

ちょっと今回は原点回帰というか、12巻のヒロイン出て衝動的に書いた後に考えた「連載するならどういう話にするか」という点で一番書きたかった話になるので、少し長めかつ暗めの話になります。ご了承ください。

あと拙作『狂い咲く華を求めて』の最終的な落としどころなんですけど、どうしても第三形態のホワイト・テイルを出したいので(恐らく)細かいスペックが確認できる12巻が出るまで完結させるにさせられません……短期連載にしたかったのにこんな落とし穴があるとは……


 世界中を震撼させた事件――展開装甲を持つ無人機の違法製造。

 もちろんこれをベースにした技術発展もあり得るだろう。でも関係ない潰す。戦争の火種になりかねないのなら潰す。それだけだ。

 

 各国の精鋭が勢揃いした派遣軍の中で、俺は偽装した愛機の整備に励んでいた。

 今の俺は織斑一夏ではない。

 五反田蘭である。ウィッグとかカラコンとか使ってる。

 

 

 

 再度言おう、今の俺は五反田蘭である。

 

 

 

「…………蘭ちゃん、随分背が伸びたね?」

 

 額に青筋をビキバキと浮かべた日本軍将校、相川清香が俺に問う。

 どう考えても無理あるもんなこれ。

 

「成長期ですから(裏声)」

「ふーん……?」

「細かいことを気にしてると清香さんも成長しませんよ(裏声)」

「関係ないでしょォッ!?」

 

 相川が憤怒の表情で殴りかかってきたので、ひょいと避ける。

 ぐぬぬと悔しそうに唸る彼女と嘲笑う俺(五反田蘭)を、他の派遣軍はなるべく視界に入れないよう動いていた。

 

「……はぁーっ、もう、織斑君のこういう奇行にいちいちリアクション取るのも馬鹿らしくなっちゃったよ」

「気づくの遅いぞ」

「それを君が言うのはおかしくない?」

 

 半眼で睨む相川をどうどうと諫める。

 

 国連と国際IS委員会主導で結成された多国籍軍は、各地で頻発する無人機による軍事施設への襲撃に対応していた。一回一回に駆り出される無人機の数はそこまででもないが、相手は展開装甲持ちの第四世代機である。

 万全を期すなら三人で小隊を組んで当たる、エースなら一対一で瞬殺する。そうして戦争の火種を踏みつぶしている。

 

「……戦力としては期待してるけど、その、さ。山田先生から聞かなかったの?」

 

 相川清香は俯きがちに問う。

 思わず舌打ちした。

 

「アレ、お前も噛んでたのか」

「……うん」

 

 条件が委員会サイドからの要望にしては、どうも俺の周囲にいる人間に寄せたものだと思った。

 こいつだけじゃない。各国代表は大いに政治的影響力を持っている。これは常識的な問題であって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 イギリスといえば、なんて質問には十人中十人がセシリアと答える。

 そういった権力を行使すれば俺への要求を委員会を通して突き付けられるだろう。

 

 相川を横目に、特にやることもなかった整備の手を止めて、考え込んでしまう。

 

 栄光が、かつてほしいと思っていた平穏の中でも最上位に位置する代物が、この手の届きそうな場所に置かれている。

 女もいる。金もある。地位もある。どれもこれもクソッタレだ。

 

 でも、とにかく平穏で安定した生活なんて、大本を辿れば一市民である俺はかつて喉から手が出るほどに欲していたはずだ。ISを動かして、戦って……学園に通っていたころならば、うまく立ち回りさえすれば、そこに手が届くのではないかという万能感を得ていた。

 

 戦争が始まって、全てが吹き飛んだ。

 それきり欲求すら消えていた。ただ、目の前の敵を屠る力さえあればと願っていた。

 敵を殺すたび、力に酔いしれた。

 味方がやられるたび、無力感に苛まれた。

 その繰り返しで、いつの間にか、何かしらのラインを越えてしまったように、すべてがどうでもよくなった。

 万能感はいつしか消えていた。

 

 そこまで考えて、ふと笑いそうになった。

 ここまで悩んでるってことは、俺は結局、かつてのようにほしいんだ。

 気づかない程度に残っていた未練がかま首をもたげている。

 それにしても、自分が元は一市民だったことを思い出した、なんて、妙な言葉だ。

 

 普段から念頭に置いていなくとも、きっとそういう感覚が心のどこか奥底にこびりついていて、浮き上がってきているんだろう。

 

「……なんだよ、山田先生に報告して、ご破算にしたいのか?」

「! ま、まさか! そんなことないって!」

 

 俺の言葉に、相川は面白いぐらい衝動的な否定をぶつけてきた。

 そうだろうな。お前らは俺に、平穏に戻ってほしいと思ってるんだよな。

 

「分かってるよ。大丈夫だ……」

 

 大丈夫だという言葉を誰に向かっていったのか、自分でも分からないままに、俺は誰かを慰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦を確認する」

 

 鶴の一声、という言葉がある。正確には議論を終わらせるような権威者の言葉という意味らしいが、雑然としていた空間を瞬時に制圧したその声に、俺は思わずその言葉を思い出した。

 なにせ、広大な作戦室にひしめく軍人が全員、まったく同時に背筋を正したのだ。

 

 これが、将校としての相川清香か――!

 雰囲気を激変させ、完全に場の空気を掌握した彼女を見て、俺は思わず感嘆の息を吐いた。意識的に備えていなければ、俺も釘付けにされていた。それほどのカリスマ性があった。

 

「各員、送信されたデータを参照しつつ聴け」

 

 それぞれ応答し、手元の端末を操作して空間投影ウィンドウを立ち上げる。

 表示されたのは敵性無人機のスペックだ。

 

「今回我々が強襲する敵施設は、この無人機の製造者のセーフハウスだ。故に護衛用の無人機が存在することが想定される」

 

 カーラが従えていたオートマタタイプとは、異なる機影だった。

 量産されていた製造工場を叩いた際に、膨大な数で俺を圧し潰そうとした機体だった。

 

 識別名称『()()()()・コンデンスド』。

 その文字列を読んで、自分でも表情が歪むのが分かった。因縁か。なんともまあ、忌まわしき名前だ。

 未確認無人機にこの名を付けるのは最早通例と化しているのだろうか。世界で一番ゴーレムタイプを撃墜した人間としては、二度と聞きたくない言葉である。

 

 スペックを確認する。

 最高速度は第三世代機の標準数値を上回る。

 攻撃能力も直撃を受ければ対物理シールドがひしゃげる程。

 耐久性こそ低いが、問題は四肢を欠損したとしても何の問題もなく全力の戦闘行動ができる点か。これは無人機固有のメリットと言って差し支えないだろう。

 全身に展開装甲。コアは疑似ISコア。継戦能力はさほど高くない。

 

 予想される敵数はさほど多くない。

 当然だ、メインの生産ラインは既に潰してある。いうなればこれは残党狩りに過ぎない。

 

「彼我の撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は1:1だ。よってスリーマンセルでの行動となる」

 

 定石だな。

 

「ただし、単独で撃破を容易に可能だと判断したパイロットのみ例外だ。私と、そこにいるIS学園から出向した二人だ」

 

 視線が俺と、隣にいるのほほんさんに向けられた。

 というか大体みんな俺を見ていた。

 

「五反田蘭です(裏声)」

「布仏本音です~」

 

 なんともいえない感じの目を向けるな。

 

「……我々三人が第一陣として切り込む。その際には外部取り付け式ブースター『O.V.E.R.S.Ⅱ』を装着するため、第二陣とは相当のラグが発生するだろう」

「質問です。ラグはどの程度発生しますか」

「第二陣に最も多い『打鉄(うちがね)(あらた)』のスペックから算出した結果、12分だ」

 

 どこかの国から派遣された軍人の質問に、相川がきびきびと答えた。

 

「……あれが元クラスメイトのお調子者って言われて、信じるか?」

「清香ちゃんは戦役の時からああいう感じちょっと出てたよ~」

 

 それを聞いて、少し複雑な気持ちになった。

 一年一組出席番号一番、ハンドボール部所属の、活発な少女だった。

 

 軍属なんてまるで考えていなかっただろう。

 戦役時、戦力が摩耗していく中で、学生すら、ISを動かせるなら投入された。最初は専用機持ち。やがて量産機を使う代表候補生。そして最後には一般生徒。

 クソッタレ、と何度も怒号を上げた覚えがある。戦場でクラスメイトと再会した時には驚愕し、胸倉を掴んで帰れと叫んだ。こんなところにいるなと怒鳴った。

 お前たちはこんなところに来ないでくれと懇願した。

 ああ、最初に出会った一般生徒は相川だった。

 

『帰らないッ! 帰る場所を守るために、私は来たんだよッ! 私は私の意思でここにいるッ! ()()()()()!!』

 

 そう言われて、殴られたんだ。痛かったなあれ。

 確かに軍人としての素養があったと思う。二人で撤退戦の殿を務めることすらあった。

 最初から向いてたわけじゃない。自分の生命を懸けて、大切な人々のために戦う中で、芽吹いた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 相川の戦い方は決して優雅ではなかった。泥臭い。軍人向きのものだった。例えるなら、事件を華麗に解決する探偵ではなく、自分の足を頼りに地道に調査する刑事だ。

 そんな資質があるなんて気づかなくてよかった。気づかないままでいることもありえた。

 戦争が全てを台無しにした。

 太陽のように眩しい笑顔を浮かべる少女を、今こうして多くの軍人を率いる悪鬼に育て上げた。

 

 反吐が出る。戦争にも、そんなことを神にでもなったかのように考えている俺にも。

 

 俺がもっと早く戦争を終わらせていたら。

 相川がいる場所は、どこかのちょっと豪華な一軒家で、夫と一緒に仕事に出て、夕方に帰って、小洒落た夕食でも作って……そんな未来があったかもしれないのに。

 

「……自分に非がある、なんて、清香ちゃんに失礼だよ?」

 

 のほほんさんの言葉に、俺はバツが悪くなって頬をかいた。

 

「顔に出てたのか?」

「考えそうだなって~」

 

 勘弁してくれよ。もうニュータイプ通り越してそういう超能力だ。学園都市だろそれは。

 と、相川が戦術の説明を開始した。連動してウィンドウ上で敵味方を示す光点が動く。

 

「第一陣が切り崩した敵陣に、第二陣がアタックを仕掛ける――とにかく組みつき、一機ずつ引きはがせ。そこを第三陣が叩く」

 

 戦術としてはセオリーを踏まえつつ行う波状攻撃だ。

 特に欠点も見当たらず、まとまった作戦だろう。戦力的にはこちらが上回っている以上、当然の帰結だ。戦力の量、質、そういったもの全てにおいて劣っているときにこそ奇策が必要となる。

 

「その段階で、回り込んだ第四陣、並びに敵陣を突破した第一陣で、セーフハウスにいる男……シーラを確保する」

「質問をよろしいでしょうか」

 

 手を挙げた兵士に、相川が視線で許可を出す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言われて、俺は広い作戦室を見渡した。見知った顔は少ない。

 世界の争乱の元凶を叩く作戦。そこに最高戦力であるはずの連中がまるで参加していない。

 

「貴様に――いや、我々にそれを知る必要はない。任務をこなせ」

 

 顔色一つ変えず、ただ圧力だけが増した。

 質問をした兵士は慌てて失礼しましたと引き下がった。

 軍によくある情報レベルの問題だ。現地で戦う兵士なんて末端の、取り換えの利く部品に過ぎない。上層部の思惑をいちいち知らせるわけもないだろう。いわゆる『need to know』ってやつだ。

 

 まあ俺から種明かしさせてもらおう。

 参加しないのではない。

 この作戦に国家代表クラスは()()()()()()

 

 さっきも言ったように、国家代表はその国の顔だ。代表候補生はその候補だ。

 顔というのは、つまり、最も戦力として頼られる存在。

 誰に頼られる? 国だ。国民だ。これは実務は軍が務めていようとも国民の意識として存在する。

 つまりこの、世界のどこでいつ爆発が起きるか分からない状態では、国家代表は自国に留まらざるを得ない。

 

 本拠地を潰しましたが自分たちの国は蹂躙され国民が大勢殺されました、ではその時国家代表は何をしていたんですか、となるに決まっている。

 国家代表は世界ではなく、自国の味方だ。

 

「……国家代表クラスの戦力として、織斑一夏にも協力を要請したが、()()()()()()()()()()N()O()()()()。よって我々で作戦を行う」

 

 全員俺を見た。やめろ。俺は五反田蘭だ。

 まああれだ、委員会サイドが勝手にそんなことを言っても、俺が勝手に来たってことで。

 多国籍軍に従事する軍人らが、感心したような、こう、露骨に俺をキラキラした目で見てくる。

 隣ののほほんさんと全員の視線が逸れている相川が頬を引きつらせている。俺は悪くないだろこれ。

 

 あとやっぱり変装がまったく効果を発揮してませんね。むしろ悪目立ちしてる。

 

「――コホン。では、60分後に作戦を開始する。各員持ち場に付け!」

 

 怒号に近い、はらわたを砕きに来るような命令だった。

 すっ転ぶようにして全員立ち上がって敬礼し、蜘蛛の子を散らすように持ち場に向かっていく。

 

「……おりむー、さいてー」

「嘘だろ」

 

 だから俺悪くないと思うんだけどなあ。

 俺は嘆息して、右頬をぎゅーぎゅーつねってくるのほほんさんをなだめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 野外ピットで、急ごしらえのカタパルトに両足を乗せる。

 既に愛機を身にまとった俺は、左右にいる第一陣の頼れる仲間に声をかけた。

 

「準備はいいよな?」

『おっけーだよ~』

『問題ない……よ』

 

 三人をまとめてアクセスした個人回線であることに気づいて、相川が口調を崩した。

 

『……やっぱりこういう場所だと、口調、変な感じがしちゃうなあ』

「切り替えは大事だから、間違ってはいないさ。普段の口調の方が俺は好きだが、さっきの口調も魅力的だった」

『…………』

 

 さすがに超高速機動をするので、俺たちはそれぞれ距離を置いたカタパルトから発進する。追突して墜落とか死んでもごめんだ。

 というわけで通信しているわけだが、相川は面白いぐらい顔を赤くしてぷいと横を向いた。

 

『おりむー?』

 

 あだ名で呼ばれただけなのに、何故か俺は死を察知した。

 

「いやその……ね? 緊張をほぐすためというかですね」

『おりむー?』

「すみませんでした」

 

 ああもう、学生時代からのほほんさんには強気に出れないんだよな。

 キャラもあるし、多分一番でかいのは京都での一件だ。

 異性に抱きしめられた状態で泣くなんて、最高の黒歴史だろう。男も女も変わらないはずだ。

 

『O.V.E.R.S.Ⅱ、接続完了』

「ん」

 

 更なる進化を遂げたこのブースターは最高だ、ほとんど本体のエネルギーを食わずに超高速移動ができる。

 途中でパージしちゃうから回収班にはがんばってほしい。

 

『発進、いつでもどうぞ』

「了解」

 

 前方までカタパルトの誘導灯が続いている。腰を落として、衝撃に備える。

 

『相川清香、『打鉄(うちがね)新改二(あらたかいに)』、出るぞ!』

『布仏本音ー、『九尾ノ魂』――行きます!』

 

 二人が先んじて発進する。

 

「……なあこれさ、なんて名乗ればいい?」

 

 まさかこの超真面目シーンで裏声使うのか?

 

『……レコーダーを切りました』

「助かる」

 

 瞬時に精神を切り替える。遊びじゃない。ウィッグとカラコンを捨てた。

 

「織斑一夏、『白式』、行きますッ!」

 

 あと俺を差し置いて主人公の発進ボイス使ってんじゃねーぞのほほん。

 

 ブースターを点火。最高速度を叩き出す出力になるまでは腰に取り付けられたワイヤーが俺を引き留め――出力を確認して解除。

 凄まじいGと共に、世界がごちゃごちゃになった。

 山間部の緑が夜闇の中でうごめき、俺の身体が瞬時にそれを飛び越えていく。

 

 目標地点までのガイドビーコンが四角く表示される中を潜り抜ける。

 

『すごい……! お三方とも、この速度でビーコンを正確に潜るなんて……!』

 

 オペレーターの感嘆の声に応じている余裕はなかった。

 本当に早い。さすがは世界一周のタイムアタックなんて馬鹿げた新部門をモンド・グロッソに立ち上げさせた装備なだけある。

 

CP(コマンドポスト)、自分の役割を忘れたのか?』

『――ッ、すみません! 第二陣も順次発進を開始しています!』

 

 相川の鋭い叱責に、オペレーターが応答する。

 俺結構の速度で移動するのきついんだが、相川すごいな。

 

『おりむっ、これっ』

「ああ、俺も、結構きつい」

『……学園でやってることとは全然違うからね、しょーがないよ』

 

 一転して砕けた口調の相川に慰められた、が。

 

『――来た。備えろ!』

「ッ」

 

 愛機が自動で『O.V.E.R.S.Ⅱ』を切り離すと同時、やっと視界がマーブル模様から平時のものに戻った。

 セーフハウスのある地点まで数キロ。周囲に待機していたであろう無人機が空に舞い上がる。

 使い慣れた刀を右手に顕現させた。

 

『各員、戦闘行動開始ッ』

「ルアアアアアアアッ!」

 

 まず俺が飛び出した。陣形を整える前に最速で突っ込み、すれ違いざまに『ゴーレム・コンデンスド』数機を真っ二つにする。コアの位置は把握している、コアごと切り裂くのみだ。

 羽虫のように湧いて出てくるゴーレムを、視界に入る端から切り捨てる。

 

「負けないよー!」

 

 のほほんさんが専用機『九尾ノ魂』の特殊兵装を起動させた。

 周囲に雷撃がまき散らされ、直撃したゴーレムの動きが目に見えて鈍くなる。

 IS学園で開発された第三世代機、そして展開装甲を増設し第四世代機に繰り上げされたその機体。

 

 背部に浮かぶユニットが円を描くように展開され、紫電を散らしている。

 イメージ・インターフェースを用いた特殊兵装。

 その名は『雷電招雷』。

 

 おりゃー! とどこか間の抜けた声と共に、のほほんさんは背部から伸ばした刃で敵のコアを正確に穿つ。狐の尾を元にしてるっつーわりには凶悪だな。

 両手にはおみくじを模した爆弾を握り、空中でそれを置き土産とばかりに散布しては敵を爆発四散させて回っていた。

 

 電撃で足を止め、周囲の相手をテイルブレードで貫きつつ撃ち漏らした敵を爆殺して回る。

 狐要素どこだよ。

 

「ふッ――!」

 

 一方の相川は右手に持った長刀と左手に持ったIS用ライフルで確実に敵を堕として回る。

 剣で敵を切り刻み、露出したコアに弾丸を叩き込み、相手を沈黙させる。

 見栄えは悪い。これが競技なら視聴率は稼げない。だが戦場においては最も信頼できる戦い方だ。

 

 そもそも彼女の剣の振るい方は日本軍のエリートが学べる、洗練された代物だ。

 警視流だったか、多くの流派の剣術を変幻自在に披露されては無人機如きでは反応できないだろう。

 

「一体一体は、やっぱ相手にならねえな!」

 

 敵が陣形を組む暇など与えない。

 三人は散らばり、各々の範囲に踏み込んできたゴーレムを即座に処分して回っている。

 とはいえ数は多いから、殲滅は不可能だ。そのために第二陣、第三陣が――

 

 

 

 ――待った。なんだ、この数?

 

 

 

 ()()()()()()

 嘘だろ。生産工場は破壊した。それなのにこれだけの数を揃えているだと?

 

 あの規模の生産ラインが、他にもあったってことか――!

 

「相川ァッ!」

『CP、第三陣も今すぐ出撃させろ! 敵数が想定以上だ!』

『は、はい!』

 

 相川清香も気づいていた。焦燥を露わにCPへ命令を下している。

 

「どうするっ!? この数、私たちだけ抜け出すのはっ」

 

 のほほんさんの絶叫に、俺は必死に頭を回す。

 目的を果たすためにはシーラの元まで誰かがたどり着かなくてはならない。

 

「セーフハウス制圧は第四陣に託すッ! ここを抑えるのに第一陣も使うッ!」

 

 相川が叫ぶ。俺もそれ以外に思いつかなかった。

 

 

 その時だ。

 

 

 一機、山中からゆっくりと浮かび上がってきた。

 ゴーレムタイプとは違う。俺の知る、オートマタに類する敵影。

 

 ああ、知っている。

 

 相川とのほほんさんがぎょっとして、俺を見た。

 

 浮かび上がった敵ISは無人機だった。

 ()()()()無人機だった。

 

『いやあ、やっとの思いで、()()()()()()()()()が取れたからね』

 

 その無人機が声を出した。

 シーラだ。

 更識家と共に突っ込んだ戦闘領域で、聞いた声だ。あの時に逃した声だ。

 

「俺のデータを使って、『オートマタ・スノーホワイト』を改良したのか……!」

『うんうん、その通りだよ。ハハハッ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 背部のウィングスラスターを蠢動させるそいつは、相川とのほほんさんには目もくれず、ただ俺を見ていた。

 

『――『オートマタ・スノーホワイト・リヴァイヴ』ッ! 新たなるボクの最高傑作さ!』

 

 そいつが不意に、視界から消えた。

 

 俺が咄嗟に左へ振るった剣が、『スノーホワイト』の蹴りとぶつかり火花を散らした。

 展開装甲の攻性ブレードと愛刀が、互いを食いちぎらんと火花を散らしている。

 

「織斑君ッ」

「おりむーッ」

 

 二人が近寄ろうとした瞬間叫ぶ。

 

「駄目だ!」

 

 あの時の戦闘データを再現したんだとしたら、危険すぎる。

 接近した相川に対して、『スノーホワイト』はぞんざいに片手を向けた。

 掌がスパークし、極光が放出される。相川はすんでのところで急制動、掠めるように回避した。

 

「な、にッ、この出力ッ」

 

 掠めただけなのに、『打鉄・新改二』の左肩部シールドが融解している。

 間違いない。()()()を解放した俺のデータまで組み込まれている。

 

「荷電粒子砲――おりむーこれって!」

「分かってるッ!」

 

 愛刀を真っ向から振るう。無人機はそれを両腕で受け止めてから、俺の腹部に蹴りを叩き込んだ。

 回避しようと独楽のように回転した俺を、突き出された足の展開装甲から放たれたエネルギー弾が滅多打ちにする。

 視界がぐらついた。絶対防御を貫通した衝撃。意識が霞む。直感で刀を振るう。運よく直撃して、『スノーホワイト』が後ろに弾かれた。

 

 頭を振った。曖昧になっていた視界を明瞭にし、意識を引き戻す。

 無人機に、こたえた様子はまるでない。

 

 視線とバイザーアイの光が結ばれ、同時に加速、激突。

 全身が凶器である奴に対して刀一本では厳しい。選択肢はある。だが……

 

『Arrrrrrrrrrr!』

 

 俺を模した叫び声か。

 超至近距離で、奴の馬力が増し、攻性ブレードが押し込まれ、俺の肩に食い込む。ISアーマーが火花を散らし砕け、緊急警告画面(レッドアラートウィンドウ)が複数立ち上がる。軍事運用のためにリミッターを切ったシールドエネルギーが、目に見えて削られていく。

 

 だめだ勝てねえ。

『白式』じゃ無理だこれ。

 

「おりむー!」

「ああクソ、やってやろうじゃねえか……!」

 

 押し込まれたつばぜり合いを、バックブーストして空振らせる。

 俺を再現している相手にそこを突くことなどできない、カウンターで死ぬ。

 距離を置いて、俺は息を吸った。

 

 判断は一瞬だった。

 時間をかける必要はない。出し惜しむ必要もない。

 相手は、対応基準のラインを越えてきた。

 

 

 

 

 

 なら俺も超えるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()ッ!」

【Second Shift】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛機が俺の叫びに応え、眩い光を放つ。

 装甲が光の粒子に還元され、一秒と経たず再構成。より鋭角なISアーマー。増設されるウィングスラスター。左腕を覆う複合兵装。

 

 解放すれば国際IS委員会に通知が行く。俺の担当は確か山田先生か。

 栄光も地位も、今この瞬間に全部吹き飛んだ。

 でもそれをせざるを得なかった。

 この戦場に俺がいてよかったと、心の底から思った。

 

 

 

 銘は――第二形態『白式(びゃくしき)雪羅(せつら)

 

 

 

「ぶっ潰してやるよ」

『Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!』

 

 再度、激突し――

 

 

 

 

 

 

 

 俺はまだ知らなかった。

 戦いの結末に残るものなんて、容易に想像がつくのに。

 俺はまだ――巻き返せると、ここから()()()()()()()()()()()()と、そう思っていた。

 

 

 




シャル&ラウラ編のワンサマ「タキシード飽きた」
クラリッサ編のワンサマ「俺の一張羅はタキシードだ」

クッソ矛盾してて草
本当にすみません……適当な性格だからってことで許してください……


感想評価待ってます。


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なんで十巻にもなって二巻からいたやつが突然ヒロインレースでごぼう抜きするんだよ・後編

本日二度目。


 戦場に火花が散る。

 音を置き去りしてに、俺と『スノーホワイト』は縦横無尽に駆け巡り、致死の刃を叩きつけ合っていた。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

『Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!』

 

 驚くべきことに――『スノーホワイト』は、まるで人間のように雄たけびを上げている。

 AIが動かしている以上不要なはずだが、奴の戦闘機動は、他の無人機とは雲泥の差だ。

 

「沈めぇぇぇぇぇッ!」

 

 左腕の多機能武装腕『雪羅(せつら)』、その中でも荷電粒子砲を起動させる。

 照準を定めた時には、相手も同様に掌をこちらに向けていた。

 

 発射したエネルギーの塊がぶつかり合い、混ざり合って弾け飛ぶ。

 完全に相殺された。威力まで同じとはな。疑似ISコアでよくやる。

 

「おりむーはそいつ抑えてっ」

「あいよぉ!」

 

 のほほんさんが気前よく周囲の敵を爆破して回る。

 到着した第二陣、第三陣もゴーレム相手にうまく食らいついている。

 だが戦場は膠着状態、セーフハウスの制圧は第四陣に頼り切りだ。

 

 形勢を変えるには、一手必要か。

 

 眼前の真っ白な無人機を撃破して、俺もゴーレムの処理に加わる。

 手っ取り早いのはこれだ。

 

「悪いが決めるぞ」

 

 ウィングスラスターを震わせる。

 個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)――八連打。

 真後ろと見せかけて斜め後ろを取る軌道を描いていた俺は、驚愕した。

 

『Ar――――!』

 

 刹那を切り刻むほどの間隙だというのに、()()()()()()()()()()()()()

 まったく同じように、『スノーホワイト』も個別連続瞬時加速を放ち、俺に追随していたのだ。

 

 ふざけやがって、無人機にできる操縦精度じゃないだろ!?

 瞬時加速がもたらす殺人的な加速の中で切り結ぶ。脳が限界を超えるほどの集中に茹だちそうになっている。

 

 駄目だ、正攻法だとどうにも攻めきれない。

 なら邪道で行くか。

 

 個別連続瞬時加速の終着点をズラす。俺も『スノーホワイト』も、先ほどまでの超高速戦闘が嘘のように、ピタリと静止する。

 奴のバイザーが、困惑するように光った。

 

 その時――俺は愛刀を捨てて、『スノーホワイト』の両腕を潰さんばかりに握りしめていた。

 振り払うべく奴が後ろへ下がろうとした。その動きを読んだ。それを待っていた。相手の予備動作を見てから行動するなんて楽勝だ。

 

「多分痛いぞ、悪いな」

 

 超密着状態。

 そして、俺は奴の両腕を掴んだまま、真後ろめがけて瞬時加速(イグニッション・ブースト)した。

 

『――――!?』

 

 後ろへの加速というのは、どうにも脳が混乱する。一瞬意識が飛びかけた。

 だが――結果として、『スノーホワイト』の両腕が、肩口から引きちぎられた。

 うえ、やばっ、吐きそう。

 

「クソ、二度とやらねえ、もう引退するぞマジで」

 

 悪態を吐きながら、俺は掴んだままの機械腕を放り捨てて、全身から火花を散らす『スノーホワイト』を見た。

 両腕を失おうとも関係ない、まだ奴は生きている。だが首は取れる。天秤が傾いているのは俺だ。

 

 その時、だった。

 

『有吉、エネルギーが危険域だ! 下がれ!』

『は、はいっ!』

 

 通信が聞こえた。

 ハイパーセンサーで確認すると、一機のISが戦線から離脱しようとしている。日本人のパイロットだ。

 そしてその通信が――合図だった。

 ゴーレムたちが突然、()()()()()()()I()S()()()()()()()

 

『きゃ、ぁっ!?』

「な――」

 

 エネルギー残量が尽き、そのまま具現維持限界(リミット・ダウン)まで押し込まれた。

 身にまとう装甲がかき消え、彼女は地面に落下する。幸いにも高度はそこまでなく、受け身を取って着地できていた。

 だがここは戦場だ。戦場に、彼女は生身で放り出された。

 

「ッ、誰か有吉を回収――」

 

 相川の声に答えたのは、味方ではなかった。

 撃ち漏らしたゴーレムが一機、ISを解除された日本人の兵士の前に降り立った。

 

「……ぇ」

 

 理解が追いつかず、困惑の声を上げた、その有吉というパイロット。

 ゴーレムが機械的に腕を振った。それだけで事は済んだ。

 首から上を失った有吉の身体は、地面に崩れ落ちた。

 

 ――――――――――戦場に動揺が走った。

 

 死者が出た。絶対防御がある以上、死ぬ確率が極限まで減らされたはずの舞台で。

 一人、死んだ。

 ヒッ、と誰かが声にならない悲鳴を上げた。眼前の敵への注意が散漫になる。

 

 まずい。

 崩れる。

 

 

 

「――狼狽えるなァッ!」

 

 

 

 俺の予感を覆して、相川清香の叫びが、その動揺を薙ぎ払った。

 

「死んだ、有吉は死んだッ! ならば我々がなすべきことはなんだっ!」

 

 相川がゴーレムに剣を突き立て、至近距離からライフルの弾丸を叩き込む。

 幾分か多く銃弾を使っている。感情か、演出か、判断はつかなかった。

 

「仇だ! 今この瞬間、この虫けらたちは我々共通の仇になったっ! 友を殺されて何も思わないのか、その手に報復のための武器があるのに、何故立ち止まるッ!!」

 

 激情に燃え上がる相川の声に、兵士らの目が鋭く研ぎ澄まされていく。

 ……これが、将校としての相川清香か。

 

「――嫌な気分だ」

 

 両足の展開装甲を用いた蹴撃を放つ『スノーホワイト』が、やけに遅く感じた。

 ほんのわずかに身体を傾け、致死の攻性エネルギーブレードを掻い潜る。

 

 お返しに左手をどてっぱらに叩きつけた。衝撃に奴の動きが一瞬停滞する。

 

「『零落白夜』、起動」

 

 第二形態『白式・雪羅』の左手は三つの兵器を搭載した複合兵装だ。

 荷電粒子砲『月穿(つきうがち)』。

 エネルギー無効化防御兵装『霞衣(かすみごろも)』。

 至近距離で敵を切り刻むクロー。このクローは指をそれぞれ独立させる動きと、手刀のように一本のブレードとして振るう動きができる。

 

 そして指一本一本からは、『零落白夜』を用いたアンチエネルギー・ビームをブレード状に出力することが可能だ。

 

 腹部を掴む鋭いクローが、そのまま蒼いエネルギークローと化し――『スノーホワイト』をバラバラにした。

 素早く荷電粒子砲に切り替え、落下していく破片を砲撃し蒸発させる。

 

 敵のエースを討ち取った。

 戦況は傾いた。

 

「片っ端から撃滅しろ! 一気に終わらせる!」

 

 相川から飛んできた指令に頷き、俺は戦場を見渡した。

 ゴーレムの数は依然増え続けている。誰もかれもが必死に応戦している。

 愛刀を握る手に、一層力がこもった。

 

 

 

 

 

 敵を殲滅した時には、8名の兵士が犠牲になっていた。

 

 

 

 

 

 第四陣が既に突入したはずのセーフハウスを視認し、相川が周囲へ警戒態勢を命令する。

 

「私たちが先行するよ~」

 

 のほほんさんの言葉が指すのは、俺と彼女の二人だ。

 相川が首肯し、俺たちはスラスターを吹かして味気ないコンクリート製のセーフハウスに向かった。

 

『第四陣からの連絡が途絶えている。我々も乱戦で救援を送れなかったが……どうなっている』

 

 通信越しの相川の声には、最悪の事態を懸念した、というより、半ば予想した諦観が漂っていた。

 山を越えて、俺とのほほんさんは見た。

 

 散らばる死骸。

 ちぎれた四肢が石ころみたいに転がっている。

 上半身と下半身を切り離された兵士が、目を見開いたまま横たわっている。

 

「……生存者は確認できない」

『…………そうか』

「シーラ、だっけ、目標も見当たらないね~」

 

 間延びした口調の中に、どうしようもない、やり場のない感情の色が込められていた。

 俺は歯噛みして、兵士らの死体を検分する。

 第四陣として発進した兵士は15名。15人分の死体があった。

 

「大規模な戦闘の痕跡はない。恐らく敵は少数だ」

『……周囲の安全が確保出来次第、我々も向かう。二人はセーフハウスの中を頼む』

 

 頷き、ISアーマーを解除し、エネルギーバリヤーと絶対防御だけ発動した状態で中に踏み込んだ。

 一軒家、と言われたら納得できる程度の広さだ。

 入り口からまず見えるのは生活用スペース、キッチンすらある。ここで生活するための用具がそのまま置き去りになっている。

 

「おりむー、たぶんこっち」

「おお」

 

 生活用のスペースを横切って、奥へと進んだ。

 廊下を進み、突き当りのドアを開く。ほこりはない、こまめに掃除していたんだろう。

 

 奥の部屋には、俺の背丈より高いサーバーが立ち並んでいた。

 サーバーの隣には、開かれっぱなしのウィンドウがいくつも立ち上げられている。作業用か。

 空間投影ウィンドウは10以上あった。積み上げられるようにして並ぶそれらのうち一つに、俺ものほほんさんも目を付けた。

 真っ赤な画面に真っ黒な数字が表示されている。

 

『00:06:51』

 

 今50にカウントが刻まれた。

 

「これって……」

「自爆的なあれだろうな。のほほんさん、悪いけど」

「うんー、爆発物ないか確認するね~」

 

 部屋の隅から隅までを彼女が検分し始める。

 俺はもちろん、間に合わなかった時のためにデータを抜き取る準備だ。

 立ち上げられたままのウィンドウの一つから、サーバーにアクセスする。

 パスワードの要求もなしに、データが開いた。

 

「うわ、開いたぞ。不用心すぎるだろ」

「多分これー、私たちが想定より早く着いたよねー」

「そうっぽいな……」

 

 死者を出してまでたどり着いたんだ。

 ここで有用なデータがなかったり、データを俺がおしゃかにしてしまったら、きっと相川に殺されるだろう。

 恐らく何かあるはずだ。次のセーフハウス。あるいはまだ判明していない製造工場。

 それらを把握すれば攻勢に出れる。

 俺は気合を入れてデータを読み込み始める。吸い出しできなかった俺の記憶頼りになっちまうしな。

 

 それにしても世界を股にかけて暗躍するテロリスト様だ。

 果たしてどんなトンデモ計画の立案書があるのやら。

 

 

 文字を読む。

 内容を脳に叩き込む。

 

 

 ……心臓の拍動が、不自然に揺れた。

 

 ……手に汗がにじみ始めた。

 

 ……視界はしっちゃかめっちゃかに跳ねた。

 

 

 なんだ、これ。

 

 なんだよこれ。

 

 こんな、これは、いや、これは――

 

 

 カウントが刻まれていく。

 

「……爆発物とかはないねー。やっぱりこれがゼロになったら、データが消えるのかな~」

 

 のほほんさんの言葉が耳を素通りしていった。

 視線が画面にくぎ付けになっている。

 

「でも~、シーラの予想より早くつけて良かったねー、今のうちにデータ抜き取っちゃお~」

「――駄目だ」

 

 俺の言葉に、のほほんさんは数秒沈黙した。

 意味が分からないんだろう。

 

「……おりむー、なんて?」

「データは保存するな。お前は見るな」

 

 全部、分かった。

 そういうことだったのか。

 クソ野郎。地獄に落ちろ。シーラ、お前みたいなやつは生きてちゃいけないんだ。

 

 俺はサーバー室の天井を見た。煙草の吸い過ぎか、白かったであろう天井は黄ばんでいる。

 最悪だ。なんて、なんてことを、したんだ。

 拳を握った。音が鳴るほどに握りこんだ。

 

「……おりむー?」

 

 きっと俺の空気を感じ取ったんだろう。

 のほほんさんは心配げな表情で俺を見た。

 

「……ごめん」

 

 のほほんさん、ごめん。

 俺が教師でいられるように手を回してくれたのに。

 限定解除してキャリア吹っ飛ばした挙句、俺は、今から、最大級の裏切りをする。

 

「明美を頼む。卒業したら教員になれるよう口利きしてやってくれ」

「え?」

「あと、海美と、ファーレンは、特に伸びると思うから……目を懸けてやってくれ。もちろん、俺たちの同期にも、俺が謝ってたって、言ってくれ。ごめんな。ほんとに、ごめん」

「……何言ってるの、おりむー」

 

 俺はずっと天井を見たまま、矢継ぎ早に告げる。

 のほほんさんは俺の正面に回って、背伸びして両頬に手を当てて、ぐいと顔を彼女の方に向けさせた。

 瞳と瞳が結ばれる。目をそらしてしまう。

 

「何をする気なのか教えてよ」

「…………」

「おりむー! また一人でいくの? また、置いていくの?」

「ごめん」

「謝ってないでッ! なんとか言ってよッ!」

 

 俺は答えられなかった――彼女を突き飛ばした。

 しりもちをついて、のほほんさんが呆然と俺を見上げる。

 

 

 ISを展開した。

 

 第二形態『白式・雪羅』。

 

 左腕を荷電粒子砲モードに切り替える。

 

 

「な――」

 

 のほほんさんの目の前で。

 俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 笑えるほどあっけなく、サーバーが蒸発した。

 跡形も残らなかった。

 

「俺、お前らを、結構本気で愛してたよ。いや社会的にはアウトだけどさ、でも、みんな好きだった。みんなで過ごす時間も、一人一人と過ごす時間も楽しかった」

 

 結局そうなんだ。

 俺は全部好きだった。

 

 アイリスの冒険に付き合わされるのも。

 セシリアとお茶するのも。

 マドカに釣りを教えるのも。

 鈴とど突き合いするのも。

 簪とアニメを見るのも。

 シャルと買い物をするのも。

 ラウラの任務を手伝うのも。

 楯無さんの無茶ぶりをなんとかこなすのも。

 姉さんに殺されかけるのも。

 山田先生にブラックなこと言われるのも。

 相川と顔を突き合わせてああだこうだ言われるのも。

 のほほんさんに迷惑かけて謝り倒すのも。

 生徒に技術を教えるのも。

 先生たちと職員室で話すのも。

 

 全部好きだった。

 

「……何、してるの、おりむー」

「データを消し飛ばした。多分反逆罪っつーか、シーラに加担したってことになるよな」

「ッ……!」

 

 のほほんさんが俺を信じられないものを見る目で見た。

 俺だって同じ反応をしただろうさ。

 必死に戦って、死人すら出したって言うのに、その結果の、成果を、俺が今この手で吹き飛ばした。

 

 つまり今回の奮闘も、犠牲も、すべてを俺が、故意に台無しにした。

 

「何で……」

「ごめん、言えない」

 

 笑った。

 きっと何もかもを諦めた笑みだったろうなと、他人事みたいに思った。

 表示されていたウィンドウ達が、サーバーを失いかき消えていく。それをぼうっと見つめているうちに、足音が近づいてきた。

 

「――遅れた、ごめんね」

 

 相川がサーバー室に入ってきた。

 そして、凍り付いた。

 

 左腕に荷電粒子砲を顕現させた俺。

 消し飛ばされたサーバー室。

 

「……おりむら、くん?」

「ああ。俺がやったよ。データは抜き取ってない。全部パアだな」

 

 思考が完全に停止しているのか、相川は動かない。

 彼女の部下は死んでいる。

 相川が部下を犠牲にしてまでもつかみ取ったものを、俺が焼き払った。

 

「なん、で」

「言えない」

 

 本来なら即座に俺を攻撃すべき場面だ。

 でもそこまで頭が回らないんだろうな。そりゃそうだよな、誰より敵を撃破してたやつが裏切り者って、なんだそれって思うよな。

 

 大切にしていたものすべてが、手から零れ落ちていった。

 二人の俺を見る視線が、困惑一色から、段々と変わっていくような気がした。敵意、猜疑心、憎悪、それらが混じっていくような気がした。頭を振った。幻覚だ。二人からの視線には、未だ困惑しかない。

 でもきっと、幻覚はすぐに、幻覚じゃなくなるんだろう。

 悲しいなんてレベルを超えて、つらいなんて言葉じゃ足りなくて、視線を受けたくなくて。

 俺はISを全身に展開した。

 

「……じゃあな」

 

 告げる言葉なんて、別れの挨拶以外には思いつかなかった。

 加速して、天井を体当たりでブチ破って空に飛び出す。

 

 突然躍り出てきた俺を、周囲で待機していた連中は呆然と見上げた。

 

 彼女たちに背を向けて、俺はブースターを駆動させて飛び去る。

 

『――追いかけろッ!! 織斑一夏を捕縛しろ!』

 

 相川の通信が聞こえて、俺は回線を切った。聞きたくなかった。これ以上聞いてたら、自分の喉に剣を突き立ててしまうかもしれないと思った。

 

 アラートが鳴る。背後から複数のISが追いかけてくる。

 無力化するにはエネルギーが足りない。下手すれば多分、殺してしまう。

 だから逃げるしかない。幸いにも、スピードに関しては、愛機は群を抜いた性能を有している。

 

「……ごめん」

 

 意識しないうちに、また一つ、謝罪の言葉が漏れて、俺は笑った。

 山間部を超えれば海洋が見える。海中をステルスモードで潜航するのが効率よく撒けると、愛機が提案する。そうしよう。

 飛んでくる銃弾をすり抜けるように回避する。空中に雫が吹き飛ばされる。

 

 そこでやっと、自分が泣いていると分かった。

 

 

 

 

 

 

 その日、俺は全世界で指名手配され、全世界から追われる身に転落した。

 

 慣れてるわけがなかった。

 

 ()()()()()()っていうなら、そう教えてくれよ、マッドサイエンティストさんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海を渡り切って、陸地に上がる。海岸で素早くISを解除しつつ、格納していた私服を再構成した。

 どこの国だ――地図を展開する。アメリカの西海岸だ。

 愛機に命令――顔の偽装。束さんがシャルに渡していた機械の劣化コピー。恐らく俺が手配されるまで時間はない。

 口座を開く――凍結済み。話が早い。無一文だ。

 

 全部捨ててしまった。

 もう学園には戻れない。

 

 作戦は失敗だ。

 俺の裏切りで、何の成果も得られず、ただいたずらに兵士の命が散った。

 

 

 ――――違う。絶対に、絶対に、あの場で散った生命を無駄にはしない。俺がさせない。

 

 

「…………」

 

 静かにうつむき、拳を握る。

 シーラが残していたデータ。あのモニターのカウントは自爆やデータの消去じゃなかった。

 俺が消し飛ばすしかなかった。誰の目にも触れさせるわけにはいかなかった。

 

 俺一人でやる。やるしかない。

 

 俺のために。

 何よりも――箒のために。

 

 かつてマッドサイエンティストに言われた。世界が滅茶苦茶になろうとも、気にしてないだろうと。

 同意した。そう思っているつもりだった。彼女のためなら戦火が再び広がろうと関係ないと。

 駄目だ。駄目だった。その場に臨んで、俺は箒を取った。箒の望みは俺の望みだ。

 

 砂浜を歩く。ジーンズに白いシャツだけの服装だ、散歩に来た東洋人と思われるだろう。

 周囲に人影はない。確認してから陸に上がった。

 慣れ切った、単独行動の始まりだ。今までと違うのは、一切合切の後ろ盾を失ったことぐらいか。

 情報筋はない。自分の足で回るのみだ。武器はISだけ。拳銃ぐらいちょろまかしておけば良かったと後悔した。町並みを目指して進む。偽装はうまく働いている。黒髪短髪の東洋人だが、織斑一夏とは看破できないだろう。これを見破るにはハイパーセンサーが必要だ。

 

「すみません~」

 

 海沿いの通りをけだるげに歩いていたら、後ろから肩を叩かれた。

 なんだ? さっそく小遣いせびりか? 若いチャンネーなら大歓迎だが、手持ちがない。もし買わせてくれるとかなら、そこらの店を襲撃してもいい。

 そう思いながら、俺は雑に振り返った。

 

「やっほー、おりむ~」

 

 布仏本音がいた。

 

「うわあアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」

 

 ナンデ!? ナンデ!? エエエエエエエエエエエエエエエエ!?

 

「あはは、びっくりしてる~」

「……ッ!」

 

 思考を切り替えて素早く後ろに跳ぶ。まずい、こんなに早く補足されたのか。

 ISをいつでも起動できるように備える。空中に敵影はない。町も静かなもんだ。

 

「あ、私しかいないよ~?」

「何しに来た、いや、まずどうやって……」

 

 海中深くを潜航していた俺を追尾したのか? 

 まさか、ステルス機能も併用してたんだ、一体どうやって。

 

「私のISの~、最後の能力、忘れてたー?」

「『九尾ノ魂』の能力? イメージ・インターフェース兵装のことだよな、他に何か……」

 

 思い出そうとした瞬間だった。

 俺の脳天に、いきなり金タライが降ってきた。

 ゴオォゥン、と盛大に金属音が響き、俺は頭部を抑えてうずくまる。

 

「いってェェェェ……」

「ちょっとは冷静になれたー?」

 

 あこれのほほんさん結構怒ってるやつだ。

 うずくまった体勢から、俺は痛みに顔をしかめながら正座に移行した。というかのほほんさんISスーツのままじゃん。

 

 それにしてもなんだ今の。どっから出た。ISの武装だとでも? いやしかし……

 瞬間、ハッと思い出した。『九尾ノ魂』は雷撃を撃つ装備がイメージ・インターフェース兵装、というわけではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ、水流操作!」

「応用したら、潜水してるおりむーをぱぱっと見つけられたよー」

 

 えっへんと胸を張るのほほんさん。

 ISスーツ姿なので、大変その、眼福だった。

 

「そうか……ステルス機能を使っても存在する質量までは消えない。水流の動きを読めば、居場所は分かるってことか……」

「流石にー、空間潜行(イン・ザ・ブルー)相手だと少し厳しいんだけどね~」

 

 チェルシーがかつて使っていたBT兵器搭載第三号IS、ダイヴ・トゥ・ブルーのことだろう。

 

「で、どうやって、は分かった。何しに来た」

「もっかい頭冷やす~?」

 

 俺は両腕でその申し出に拒否を示した。必死過ぎたのか、のほほんさんは笑っている。

 

「いや、結構真面目に分かんねえんだわ」

「私を人質にすれば、もっとうまく立ち回れるよ~」

 

 …………は?

 この女ついにイカれたのか? 元々イカれてる節はあったが。

 

 俺が完全に狂人を見る目で見ていると。

 のほほんさんは、ISスーツ姿のまま。

 此方にすっと腕を伸ばした。

 

 デジャヴった。

 

「おりむーはさ、いつまでたっても、いっぱいいっぱい、抱え込んじゃうよね」

 

 聞いたことのある言葉だ。

 

「でもね、もっとみんなに頼っていいんだよ~。つらい時には、みんながいるんだから」

 

 涙は零れない。けれど……いつの間にか、俺はのほほんさんに抱きしめられていた。

 

「また一人で突っ走ってー、また誰かの代わりに傷ついてー、本当にいつまでたってもバカなんだから~」

「……うるせえよ」

 

 涙は、必死に我慢している。

 

「でもー、今回は本当に、おりむーに考えがあって、みんなを頼れないってことなんだよねー?」

「……ああ」

「だから今回は、特別に~、私が協力してあげるよー」

「でも」

「知らなくたっていいよ~?」

 

 何も事情を教えないまま協力させるなんて、できるのか。

 俺の葛藤を、のほほんさんが刹那に切り捨てた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ」

 

 やばい一瞬涙がこぼれそうになった。

 

「……すまない。迷惑、かけてばっかだよな、俺」

「今更だよ~」

「本当にそうだよな」

 

 俺は気合で、のほほんさんの両腕を解いた。

 少し名残惜しそうにする彼女に対して、息を整えてから語り掛ける。

 

「分かったよ。のほほんさんには、俺の人質になってもらう」

「任せて~!」

 

 そう言って――のほほんさんはISスーツを粒子に代えて、スーツ姿に一瞬で着替えた。

 ちょっと今のスローモーションでもう一回やってくんない? 多分1フレームぐらい……こう……目押しでいけそうな気がするんだ。

 

「じゃーいこっかー」

「ああ。つってもどこ行くかな」

「とりあえずラブホテルだよ~」

「ああ。まずは拠点を……悪い。耳がイカれたっぽい。もう一回」

 

 のほほんさんはきょとんした表情になってから、にやっとして、やけに煽情的な頬の色で、そっと俺に耳打ちした。

 

「ラ・ブ・ホ・テ・ル」

「~~~~っ」

 

 すげえ、声だけで一瞬で発情しそうになった。馬鹿! 猿かよ!

 

「な、んでだよ」

「男が女を屈服させる方法なんて一つでしょー?」

「いやそれは演技的な話であってさあ」

 

 腕を絡ませて、俺の言い分にまるで耳を貸すことなくのほほんさんが進み始める。

 すれ違う人々に東洋人のカップルが微笑ましく見られているのを感じ、俺はホテルに着く前に、のほほんさんに顔面偽装機能を使わせないとな、とぼんやり考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




逃避行編スタートです。
感想評価お待ちしております。


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小話 水族館はアクアパーク品川が一番だよな

本編がありえん進まないので気晴らしに。
読み飛ばしても問題ないやつです。


 

 

 ここまで遠かったなあと彼女は言った。

 そうだな、と思った。

 水族館の明かりは薄暗くて、隣にいる彼女の顔も満足に見えない。

 正面に浮かぶクラゲがふわふわと浮いている。時間が経つにつれ、水槽内の光は色を変え、半透明なクラゲも色合いを次々に変化させる。

 二人でずっと眺めているだけで、時間が飛ぶように過ぎ去っていく。

 

「イルカのショーが始まるらしいぞ」

「……私は、これをもう少し見ていたんだが」

「ならそうするか」

 

 俺がそういえば、彼女は嬉しそうに笑った。

 皆ショーに向かう。クラゲのコーナーには俺たちしかいない。クラゲは多種多様だった。別の水族館では、クラゲの育つ過程を見ることもできた。

 

 海が好きだと彼女は言う。

 すべての生命が生まれた場所。彼女の姉ですらその全貌には手が届かない神秘の領域。そこが好きだと彼女は言う。

 お前が好きなら俺も好きだよと言う。揶揄うな、と怒られる。本気だったが、まあいい。照れる表情が見れたので良しとしよう。

 

 クラゲが浮いている。不意に視界がブレる。地面が揺れている。

 

 

 クラゲの色が変わる、水槽の中で気泡が浮かぶ。

 人の血の色。俺は無感動にそれを見ていた。彼女は鮮血なんて気にしないかのように、クラゲを見ている。

 銃声が響く。ショーに行っていた人々の悲鳴が響く。足音がうるさい。誰も入ってこないこの場所は、外側の騒音と切り離されているようだった。

 ああそうだな、俺も彼女も、外とは関係ないんだ。俺たちは二人でここにいる。

 

 そうだよな?

 

 

「往くぞ」

 

 

 身にまとう深紅の戦装束――『紅椿』の展開装甲が稼働し、漏れたエネルギーが空中に光の粒子として漂う。なんだかそれが、小さな小さなクラゲみたいだと思った。

 彼女が俺を見ている。行こうと。無辜の人々を守るために戦おうと。

 

 それが結局、今の俺を突き動かす理由だ。

 かつては純粋に、彼女と立ち並んでいたような気がする。戦争を失くしたいと心の底から願っていたような気がする。戦争を根絶させるために、戦争よりも凄惨な虐殺が必要となった。その時に彼女は、最後の最後まで反対して、俺が無言で、一人で実行した。彼女に頬を張られた。その後、彼女は俺の胸に額をこすり付けて泣き出した。すまない。すまない。ごめん。すまない。

 

 すまない、いちか――――

 

 別にいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『往かないのか?』

 

 彼女の問いに俺は肯定も否定もしなかった。

 いつもそうだったような気がする。戦いの場に行くのは、彼女がそう望んだから。

 彼女がいなくなってしまっても、俺はずっと、心の中に響くその問いに答えてから、動いていたような気がする。

 

 顕現――第三形態『ホワ■■・■イ■』。白い死神。純白の虐殺者。彼女と並び立つ紅白。彼女は返り血のような深紅。俺は白い。血に染まった真っ赤な手で刀を握るのに、白い。

 誰かに言われた。紅白だというのに視線は逆だ。彼女の瞳は真っ白だった。明日を夢見ていた。それしか今を生きる燃料にできなかった。それでも彼女は信じていた。未来を信じていた。

 

 俺の瞳は真っ赤だった。超高速戦闘による充血。情報戦闘により過負荷を受けた脳がバグって、身体の穴という穴から血を噴きだしたこともある。

 けれど何よりもそう言われたのは、きっと殺意。他者を殺すことへの意志。誰かを退けるためには、その誰かの息の根を止めてやる必要があった。多くの人々を屠った。屠殺した。塵殺した。命を命と思わないような殺し方で殺した。

 

 二人が並ぶ。クラゲが浮いている。クラゲの水槽をたくさん並べた場所で、俺と彼女は兵器を身にまとっている。

 

 クラゲが浮いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりむー?」

「あ、織斑センセ、起きました?」

 

 目を開けた。汗をかいていた。ベンチに座り、腕を組んで寝ていた。血流が滞っているのが分かる。

 視界に入る副担任と生徒。水族館。クラスで来ていた――懇親会に近い。ファーレンが来たのを祝して、だったか。

 

 海美(ハイメイ)がぱたぱたと俺の顔を手で扇ぐ。

 中国の代表候補生。俺が担任を務める一年一組のクラス代表。

 

「ちょっと休むって言ったら寝ちゃってて、びっくりしたんだからね」

「……ワリィ」

 

 視界の奥では、生徒たちが私服姿で水族館を見て回っていた。海美が手渡したミネラルウォーターを飲み下した。

 のほほんさんは俺の様子を一瞥してから、ふにゃりと笑う。

 

「じゃ、私はみんなの方見てるね~」

「お願いします、のほほん先生」

 

 海美が隣に座った。俺はずっと床を見て、自分のこぶしを見ていた。肌色。おれの手はいつか赤かったような気がする。夢の中の話だろうか。何かの夢を見ていた。内容があやふやになって、もやがかかったように、ピントがズレてしまったように、詳細を思い出せない。

 

「うなされてたよ」

「……生徒の前でか。最悪だな。マジでだせぇ」

 

 手で目を覆った――心の底からの吐露だった。

 

「先生は……水族館、嫌な思い出でもあるの?」

「いいや。いい思い出があるのさ」

 

 立ち上がった。少しふらついた。海美が心配そうに俺を見る。

 ついてくるように視線で促してから、ベンチを立ち去る。水族館の水槽を横切っていく。小さな熱帯魚がテーブルに埋め込まれている。カウンターにすら魚が泳いでいる。飲食スペースを抜けてスロープを下りた。

 

「あ、クラゲ?」

 

 海美は先ほど行っていたらしい――

 

()()()()()()()()()

 

 空中に浮かぶウィンドウを見た。クラゲコーナー、撤廃。他の水族館にクラゲを移したらしい。

 はは、と、笑った。

 

「次、何か、別のが入るのか」

「……そうみたいだね」

 

 海美が隣まで近寄ってきて、そっと俺の手を握った。

 

「禁断の恋愛に興味でもあるのか?」

「……行こうよ」

 

 腕を引かれ、驚愕に反応が遅れた。彼女は俺と連れ立って、進入禁止のウィンドウを通過して突き進んだ。

 右に曲がる。薄暗い空間。

 

 かつて存在した水槽は一つ残らず撤去されていた。

 

 鏡面の壁も剥がされ、一切の意味を奪い去られた部屋になっていた。

 

「クラゲ、次は、ちゃんと見に行こうよ」

「…………」

 

 二人して部屋の入り口に立ち尽くす。海美が俺の手を握っている。伝わる温度は温かい。

 それに返事できず、俺はしばし考えこんでから、息を吸った。

 

「そろそろ、たぶん、イルカのショーが始まるよな」

「だね。行こっか」

「ああ」

 

 

 いつかの日、俺は、イルカのショーが見たかったんだと、その時ふと思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想評価誤字報告いつもありがとうございます。
助かっています、これからもよろしくお願いします。


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第二部 拡散闘争
二度死んでるし俺もMI6所属ってことでヨロ


エイプリルネタ込みなら本日二度目
逆行のあれは本編が行き詰ったら気晴らしに更新するかもしれません……

第二部からは一話当たりの文字数ぐっと減らしてみるテストです
というか今までが長すぎましたわホントすみません


 逃亡を開始して一週間。

 俺――俺たちは最初に辿り着いた町から居を移し、それなりに大きな市街のアパートの一室に住み着いていた。

 この町は無駄に広い。ISを製造している企業の工場もある。多くの人間は、大人になったらその工場で働く。町の支配者のように、工場の管理棟がそびえたっていた。町のどこからでも見えるそのタワーが人々の生活に溶け込んでいる。背景のようなツラをして、支配している。

 

 愛機に通話が延々とかけられていたので、いい加減出てみる。発信元は『ミステリアス・レイディ』だ。

 

「もしもし」

『……出るとは思わなかったわ』

 

 楯無さんの声は冷淡なものだった。

 サウンドオンリーの通信。

 今の俺の顔は別人だ。この顔で手配されるとまた変えなきゃいけない。整形したわけではなく視界を偽装しているだけなので別に手間はかからないが、気持ち的に面倒だ。

 

『一夏君、自分が何をしたか分かってるの……!?』

「分かってなきゃ逃げませんよ」

 

 のほほんさんは部屋に一つだけ置かれたベッドでぐーすか寝ていた。

 俺も寝起きなのでいまいち頭が働いてないんだよな。何かまずいことを口走らないようにしないと。

 

『せめて、理由を教えて』

「できません――強いて言うならまあ、邪魔なんですよね」

『は?』

 

 楯無さんは、呆気にとられたような声を出した。

 

「要らないんです、今回の事態を解決する上で、貴方達は。足手まといです」

 

 勝手に口が回る。でも告げるべきことだった。

 テレビを付けたら指名手配犯となった世界で唯一ISを起動できる男の話題で持ち切りだ。

 その状態は俺が望んだものではないが、必然でもあった。

 

 テロリストの証拠隠滅、つまるところテロリズムへの加担。

 IS学園の同僚を人質に潜伏中の凶悪な犯罪者。それがこの一週間でマスコミが世界中にばらまいた俺のイメージだ。

 学園の責任者――つまり千冬姉が謝罪会見で頭を下げている光景を何度も見た。申し訳ないという気持ちと、そんな感傷に浸っている場合じゃないという気持ち。

 いまだ人種のるつぼとして、表面的にはあらゆる民族を受け入れているこのアメリカという国で、俺はやるべきことがある。それは織斑一夏にはできないことだ。黒い金を持った東洋人の噂は町の裏側でまとこしやかに噂されている。暴力団のような、組織的なギャングはいない町。

 少し裏通りに入れば、暇を持て余し、怠惰に押しつぶされそうな青少年がたむろしている。煙草を吸って酒を飲む。実に健康的な青少年だ。ドラッグをやってないなんて目が飛び出るほどの優等生ぶりである。売人がいないんだ。そして学校の教師も、悲しいことに()()()だ。喧嘩をすれば警官が走って来る。

 

 表面的には平和な町。

 一度徹底的にトレースした、ある男の思考――欧州の街を地獄に変えた、カーラの思考が、俺に囁いている。振り払うべき悪魔の言葉に、俺は笑みを深くする。

 

『……私たちは足手まといなんかじゃない、絶対に、そう言わせるわ』

「楽しみに待ってます」

 

 無感情のままに言い切って、俺は通話を切った。

 

「逆探知されたか?」

「そんな感じはなかったよ~」

「なら良しとしようか」

 

 寝たふりをしながらこっそり俺の通信状況を見ていたらしい。のほほんさんがむくりを起き上がり、安いカーテン越しの日差しがその露わになった肢体を照らす。

 視線だけでねだられて、寝ぼけ眼の彼女にキスを落とす。気持ちよさげに目を細める様子に苦笑して、頭を撫でてやった。

 

「どうなるかと思ったけどー、なんだかバカンスみたいだね~」

「まあな」

 

 このアパートの一階には俺たちの身元を確認もせず、金を積んだだけで満面の笑みを浮かべた素敵な老婦人が住んでいる。日本で言う大家さんだ。金は前の街で稼いだ。親切な悪人が、溜め込んでいた金を俺に譲ってくれた。何も返せないのは悪いから歯を全部へし折ってやると、泣きながら感謝してくれた。義理人情ってやつだな。

 誰もかれもが押しつぶされそうな町。代わり映えしない24時間を繰り返して、無為にカレンダーを消費していく町。

 

 (カーラ)にとっての、絶好のカモだ。

 

「……おりむー、どうするの?」

「俺はショータだぞ、ノホホン」

 

 織斑一夏改めショータ。

 布仏本音改めノホホン。

 この部屋を借りる人間の名前だ。のほほんさんの名前は彼女が自分で付けた。必死に変えるよう説得したがまるで聞く耳を持たず、最終的には人質に負ける凶悪犯罪者の絵面が完成した。

 

「じゃあショーショー」

「偽名にすらあだ名をつけるのかよ……」

 

 俺は嘆息して、ベッドの下に落ちていたジーパンを拾った。

 のほほんさんもブラウスの袖に腕を通した。

 

「町の構造は大体掴んだ。一週間もあれば顔見知りもできた。そろそろ動くぞ」

「何するの~?」

「テロリストだって言われてるし、一回ぐらいはやっておきたかったんだよな」

「え?」

 

 ぽかんとするノホホンの顔がおかしくて、笑いそうになった。

 

「テロリストだよ――倒すばっかじゃなくて、たまにはやりてえし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆弾なんてものは簡単に作れる。

 通販で材料をそれぞれ別個に注文すれば、部屋の中で誰にもバレず爆弾を生産することが可能だ。

 

 造り上げた爆発物を見せると、路地裏に集まった若者たちがはしゃいだ声を上げた。

 

「すっげぇ! ショータさん、これどんくらい爆発するんすか!?」

「コンクリートが粉々になるぐらいだな」

 

 俺の隣で、ノホホンが不安そうに俺を見ている。

 何をするつもりなのか図りかねているんだろう。

 

「あとこれ……声が変えられる薬だな。これで声紋をごまかせば、誰にもバレず、あのドデカい工場に嫌がらせができる」

「どっから持ってきたんですかこんなの」

「東洋の神秘だよ」

 

 俺がそう言うと、若者たちはおかしそうに笑った。

 調べるほどにあの工場は埃が舞った。火のないところに、というやつだ。ほとんどの町民が働いている。行政すら口出ししにくい。だからこそ、若者の多くは父を知らない。家にほとんどいない。帰ってきたら酒を飲んで妻子を殴りつける。母は精神を病み、子供はグレる。分かりやすい構造であり、シンプルだからこそ解決策は限られる。工場の労働環境を改めるという方法しかない。その方法は、残念ながら工場側に理解者がいないのでありえない。

 この場にいる若者は、俺が酒をおごってやったり、うまいメシを作ってやったりした連中だ。男も女もいる。仲良くなれば、すぐに出てくるのは工場への恨みつらみだ。あれがなければ、あそこでふんぞり返っている連中がいなければ。グレたくてグレたわけではない。父親への恨みはあっても、その根本的な元凶は誰もが知っている。傑作機『ファング・クエイク』を世に送り出した企業の工場だった。シェアを伸ばすためには生産力の底上げが必要だった。IS本体には関わらなくとも、装甲、武装、作るべきものはいくらでもある。EOSにも手を出す方針を打ち出していた。

 人手は足りなかった。自動生産(オートメーション)は最先端工場にしか導入されていない。テロリストだって使っていたのに――典型的なコストカットだった。IS関連の機械を造れる機械、ふざけた値段だった。人間の方が安い。ああそうだ、機械より人間の方が安いんだ。手入れは本人が勝手にやる。壊れても紙切れ一枚にサインするだけで話がつく。技術進歩によって労働者が減るなど泡沫の夢に過ぎない。

 

「いいか、二時間後から向こうの監視網を俺が無効化する。その間に、指示した通りの場所にこいつらを置いて回れ」

 

 工場の見取り図と、爆発物を置くポイントはすべて手書きの紙で渡してある。事が済めば燃やす。証拠の隠滅はデータよりずっと簡単だ。

 何より荷物を置くだけだ。警察に捕まっても、爆発の規模はしょうもないイタズラレベル、絞られて終わりだと言っている。

 

 俺とノホホンは若者からすっかり人気になっていた。

 見慣れない顔つき。シンプルな服装。気取らない性格。意図してこしらえたそのとっつきやすい仮面に、彼ら彼女らは面白いぐらいなついた。女の中には、俺を誘惑する者もいた。ノホホンに言い寄る男もいた。やんわりと拒絶するだけにとどめた――男の方もだ。俺が拳を出さなかったのは気が狂ったからじゃない、計算だ。

 

「夜明けにはBOMB! だ」

「……大丈夫なんすよね?」

「子供もイタズラに本気で怒ってる暇は、あいつらにはありはしない。ただイラついて、お気に入りのカップを割っちまうぐらいだろうな」

 

 こちらにデメリットはなく、連中の鼻を明かせる。

 若者たちの目には隠し切れない好奇心があった。復讐心よりも、非日常への憧れがあった。

 カーラが脳裏で嘲笑う。うまくやるじゃないか兄弟、やっぱりお前はこっち向きだよ、全部捨てた甲斐があったな――柔らかな笑みを維持したまま、俺の中のカーラとウィスキーを飲み交わした。妙な解放感があった。立場を捨ててから身体の調子もいい。教師なんて向いてなかったのかもなと思った。何かを背負うなんて、するべきじゃなかったのかもなとすら思った。

 

 若者たちが嬉々として、紙袋に入った爆弾片手に立ち去っていく。

 俺はノホホン以外誰もいなくなってから、ISを使い工場の警備システムに不正アクセスした。ザル以下の警備だ、手間取ることなどありえない。

 

「ねえ、ショーショー。どういうつもりなの? 本当にあの爆弾は大丈夫なの?」

「人は死なない。それは断言する」

 

 俺の言葉に、ノホホンはしばらく悩んでから嘆息した。

 

「分かったよー。信じるって、言っちゃったし~」

「後悔してるか?」

「う~ん」

「悩まないでくれよ……」

 

 少しショックを受けた。

 ノホホンは頬を引きつらせる俺を見て、冗談だよ、と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は警備システムを無力化せず乗っ取った。ただ、侵入者はモニターに映らないよう、画面を変わらないようループさせた。

 爆発する十五分前に警備員を安全な場所へ移動するよう命令を出し、人払いをした。

 俺がそうしている間、ノホホンはずっと俺のことを見ていた。

 

「うんー、安心したー」

「何がだ?」

「おりむーは、おりむーだなーって」

「……ショーショーだろ。ああいや、間違えた、ショータだ」

 

 爆発まで二分。

 すべての工程を終えて、うんと伸びをする。

 

「声の変わる薬って何ー? チョーク粉?」

「そりゃ大昔の民間療法だろ」

 

 童話『狼と七匹の子ヤギ』では狼がチョークを食べて声を変えているが、それはグリム兄弟が生きていたころにはチョークが喉の薬として用いられていたからだ。無論そんな効能がないことは科学的に証明されている。

 炭酸カルシウムが喉にきくなんて誰が言いだしたのだろうか。確か胃酸の抑制には使えるらしいが……

 

「まあ必要な手順さ。って、それはどうでもいいわ。そろそろ花火が上がるぞ」

「はーい」

 

 痕跡を残さないよう、極力アナログに組み上げた爆弾は時限式となっている。

 さて、うまく作れているといいんだが。

 

 俺とノホホンがアパートの部屋から、工場を見上げていた時だった。

 地面が揺れた。爆発だ。

 

「……おりむー?」

「死人は出さねえって」

 

 工場が吹き飛んだ――夜明けの空が、瞬時に爆炎を受けて赤く染め上がる。

 警備システムによってすべての警備員は退去させられている。

 

 工場への嫌がらせどころではない。工場そのものがまるまる吹き飛ぶほどの火力だ。

 当然だ、どれだけ爆弾を懇切丁寧に組み上げたと思っている。威力は折り紙付きだ。今頃、仕掛けた若者連中は顔面蒼白だろう。そして俺の下へ押しかけてくる。

 

「そんな目で見るなよマジでさあ」

「本当にテロじゃん……」

「しょうがねえんだって」

 

 相棒から顔を背ける。気分を切り替える。

 さて、忙しくなるぞ。

 失職するであろう若者たちの父親が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は舌なめずりをして、これから先の、誰も殺さないテロリストとしてのキャリアを描いた。

 ノホホンの視線は死ぬほど冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想評価、お気に入り登録ありがとうございます!
今後もよろしくお願いします。


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アニメ版でカットされてるサブキャラ多すぎるだろ・前編

第一部は平均一万文字にしようとかいうワケわかんない目標で書いてたんで、文字数落とすとホント楽ですね……その分話は進みにくいんですけど……
これからは約五千を目標にしてみます


 ティナ・ハミルトンは憂鬱だった。

 母国であるアメリカの西部、軍需産業の工場があるというぐらいしか特徴のない町で大規模爆破テロ事件が発生し、何故かISパイロットである彼女が、その捜査に駆り出されたのだ。

 

「ハミルトン操縦士も大変ですね」

 

 現地で合流した特殊警察の隊員に同情され、乾いた笑みを浮かべてしまう。

 隣の席に座るその女性からの気遣いを受けて、ティナは部屋を見渡した。

 会議室に敷き詰められた机に全員据わり、配布されたデータを各自空間投影ウィンドウに浮かべている。

 

「それでは始めましょう」

 

 指揮を取り仕切る捜査員が告げた。

 

「爆破されたのはオーウェル社の製造工場。生産されていたものはIS関連の備品、特に増設装甲に注力していました。製造工場は全損、復旧の見通しは立っていません」

 

 表示される工場跡。大まかな骨組みしか残っていない。

 どれほどの火力のある爆弾だったのか。この威力ならISでも無事には済まないかもしれない。ティナは右の人差し指に付けた指輪をちらりと見た。

 

「死傷者は?」

「ゼロです」

 

 誰もが頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。

 書類を見れば、警備システムがハッキングされ、警備員に退去命令が出ていたらしい。単純労働者である警備員はそれを受けて素直に立ち去った。直後、全てが吹き飛んだ。

 

「テロなのに人的被害を避けた……」

「理由は不明です。ハッキング元も辿れませんでしたが、タイミングからして爆破犯であることには間違いないかと」

 

 ティナのつぶやきに、隣の捜査員が答えた。

 不自然だ。これほどの威力がある爆弾を使うなら、もとより人的被害は必然だろう。それとも、純粋に工場を破壊することだけが狙いだったのか。企業への嫌がらせなら殺してしまえばいいのにと発想を飛躍させたが、テロリストの思考は読めない。

 精神分析などティナにはできない話だ。

 

「アメリカ本土における大規模なテロ……今日頻発している無人機による襲撃事件に便乗したものかと思われます」

「関連はないと?」

「協力者からの有力な発言があります」

 

 会議室が色めき立った。ティナは眉を寄せた。

 協力者の存在は今初めて知らされた。一体何者なのか。

 

「この町に住んでいる日本人です。ただ……なかなかの曲者でして」

「口を割らせるのが我々の仕事なのだが、のらりくらりとかわされてしまう」

 

 捕捉したのはこの町を管轄に含む警察機関から出向した捜査員だ。

 ますますティナは、ISパイロットである自分が呼ばれた理由が分からなくなった。

 

「工場周囲をうろつく人影が複数あったと。そして空を飛ぶISの機影はなかったという証言が得られました。夜明け前だったので空は明るく、ステルス機能を有していない無人機ではまず目につくはずです」

「爆発物は何物かの手によって直接置かれた。そしてそれが誰かという段階になって、協力者は口をつぐんだ」

 

 さっさと割らせろ、それがお前たちの仕事だろう――内心をティナは必死に押し留めた。

 その直後だった。

 

「自称している名は()()()()。国籍不明身元不明、この町に来て数週間ですが、若者たちからカリスマ的な人気を集めている男――彼が、貴女を交渉相手に指名したんです。ティナ・ハミルトン操縦士」

「…………は?」

 

 まるで予期していなかったタイミングで、名を呼ばれ、ティナはぽかんを口を開けて固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()、ティナ・ハミルトンさん。僕がショータです」

 

 町の一角にある喫茶店のテラス席で、黒髪単発の爽やかな日本人がティナを待っていた。

 見覚えはない。声紋も記憶にない。まったくの初対面であることは明白だ。

 

「……どうも。ティナ・ハミルトンです。ええと、ショータさんですね」

「はい。どうぞおかけになってください」

 

 二人はテラス席に座った。ティナがアイスコーヒーを頼んだ。ショータはビールを飲んでいる。

 

「いやあ昼間から、それも業務中の方の前で飲むべきではないと分かっているんですが……性分でして」

 

 手の震えはない。顔色も悪くない。アルコール依存だとしたら随分健康的だ。

 おそらくこれは交渉する上での挑発だろうとティナは推測する。ナメられたものだと歯噛みした。

 

「何故私を?」

 

 コースターが置かれ、その上にアイスコーヒーのグラスが乗せられた。水滴が一つ、グラスの表面をなぞっている。そこに映り込む自分の顔がこわばっていることに、ティナは見てみぬふりをした。

 

「ISが必要になると思ったんですよ」

「……暴動の鎮圧かしら、それなら機動隊で十分でしょう」

 

 ティナが町道を見て、ショータもそれに従った。

 ストリートを埋め尽くす人の群れ。喫茶店にたどり着くのも一苦労だった。皆一様に看板やプラカードを掲げて行進している。

『町の不要物は立ち去れ』――ご機嫌な煽り文句だと思った。

 

 彼らは爆破された工場で働いていた単純労働者だ。ティナからすれば会うことなどほとんどない、違う世界の住民。別に悪感情を抱いているわけではない、純粋に住む世界が違うだけだ。それがこうして群衆となり、ある種の軍隊となって、町を席巻している。

 

「誰の入れ知恵なのか、ぜひ知りたいわね」

 

 捜査員から聞かされていた。このデモの主催者は、他ならぬ、対面に座るショータだ。

 町の若者を通じて、仕事を失った大人と接触した。爆破されたオーウェル社は彼らに代わりの仕事を用意できなかった。父親は家で鬼神となり、若者がショータに助けを求めた。

 ショータは行進デモを粛々と企画した。誰もが参加した――叫ぶべき不満は山ほどあった。

 健全に大声を出し、疲れ果てた父親たちは、家で優しくなった。酒が回っても暴力を振るう元気がない。やがてそうした日々が続き、労働によって溜まっていた鬱憤が消化され、父親は父親に戻った。若者も母親もショータに感謝した。住民の九割がそうだ。

 

「僕は健全で合法的な手段を教えたつもりですよ」

「……そうね」

 

 一気にアイスコーヒーを飲み下した。ショータの勧めたデモに違法性はない。しょっぴく理由は何一つとしてない。

 むしろ町の人々からすれば感謝されて当然だろう。捜査員から渡された資料によると、彼は町中の企業に口利きして、失職者に仕事を紹介しているらしい。手つかずだった林業、流通経路として町を介させる商業、ありとあらゆる仕事を無理矢理拡張させ、人員をあてがい、結果として利益を生んでいる。

 このショータという男の手によって、町そのものが大きく変貌した。オーウェル社の工場ありきだったはずが、まるでその存在を不必要としていた。

 

「喉が渇きましたか?」

 

 ショータがビール瓶をからんと鳴らした。ティナは腕時計を見た。勤務時間だ。出向中。国を背負うパイロットが交渉役として派遣され、ZARAすらない町の喫茶店で薄いコーヒーを飲んでいる。

 元凶に誘われるのは癪だったが、割り切った。いら立ちの矛先は、彼自身よりむしろこんなくだらない仕事を自分に割り振ることを良しとした上層部に向けられていた。

 店員が持ってきたビールはハイネケンだった。ショータのお気に入りらしい。バドワイザーはないかと問うと、店員は首を横に振った。

 

「こいつもなかなかいけますよ」

「……あたしが怒られたら、あんたも共犯よ」

「そっちが素ですか」

 

 からからとショータが笑った。いたずらが成功した子供のような笑みに、ティナは肩から力を抜く。

 泡がいまにもこぼれそうなグラスが二つ、ぶつかって小気味いい音を立てた。

 

「それで、ISが必要って?」

「はい。町の人から聞いたんですが、怪しいISがいるんです」

「は――!?」

 

 グラスを取り落としそうになった。

 一体どういうことだ。

 

「あー、工場の爆破には関係ないですよ。ISの噂は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なるほどね。でも、どこかの警察機関が上空から写真を撮るためだったかもしれないわよ」

「まさか、そんなのドローンがやることでしょう。わざわざISが来るとは思えない」

「噂は所詮噂じゃない」

「僕の実績、お聞きになったでしょう? これでも商売には自信があるんです……その上で大事なのは勘ですよ。僕の勘が言ってるんです。ISは爆破事件の犯人じゃないけど、爆破事件に関係ありますよ」

「……なるほどね」

 

 理屈は通っている。その勘とやらが正しければ、だが。

 

「だからアメリカ代表候補生だったこともあるハミルトンさんをお呼びしたんです。お噂はかねがね聞いていますよ。IS学園でも優秀な成績でしたね」

 

 その言葉に、ティナは面食らった。

 IS学園――怪物のような同期に囲まれ、成果はまったく出せなかった。ルームメイトだった少女がテレビの画面の向こう側で活躍しているとき、自分はワンルームの自室でぼんやりと酒を飲んでいた。それだけだ。

 

「冗談でしょう?」

伝説の七人(オリジナル・セブン)と時期が重なっていたのは不幸でしたね――ああ、六人でしたっけ」

「……他人事みたいね。同郷でしょうに」

 

 顔を何度も見た。ルームメイトを介して話したこともある。

 織斑一夏。ティナの同期最大の傑物にして英雄。そして今や、国際指名手配犯。

 

「有名過ぎて、どうにも。芸能人のような存在ですよ」

「そ」

 

 ビールをぐいを飲む。彼への恋に四苦八苦していたルームメイトは、今どんな気持ちなのだろうか。

 彼の凶行に対して各国はコメントしているが、個人としてコメントした人間は未だいない。衝撃であり、困惑であり、ティナ自身まだ実感はない。

 

「だからティナさん、しばらくこの町にいてください。きっと出てきますから」

 

 真摯な瞳で依頼され、けれどティナは内心でどろどろとした負の感情が湧き出るのを感じた。

 同期の中でも自分に依頼が来たのは、それは同期は到底呼ぶことのできない存在だからだ。自分はそうではない。もちろん十分に高い地位を得ているという自覚はあるが、それでも知り合いに比べたら()()()するのだ。

 

「良ければ町を案内しますよ。きっと今、ここで一番詳しいのは僕ですから」

「……そうね、お願いしようかしら」

 

 醜い考えを無理矢理振り払うようにして、ティナは申し出に応じた。

 男性にエスコートされた経験はない。訓練と演習ばかりの毎日。もう一種のバカンスと割り切った方が良いかとさえ思った。

 半分ほど残っている瓶ビールを片手に、二人は喫茶店から外に出た。デモが声高に叫んでいる――もう職を得た人も仕事の合間を縫って参加し、まだ職を得てない人は、労働者が寄り集まった組合から支給金を受けつつ、デモに率先して取り組んでいる。

 オーウェル社は工場の復興をしたがっているが、迂闊にはできないだろう。

 

「オーウェル社の方とは?」

「今後会談をする予定よ。まさか自分も行かせろなんて言わないわよね?」

「まさか。僕が行っても話すことなんてないですよ。ただ、早く出ていくべきだとアドバイスするぐらいですね」

 

 ショータは笑って、デモを眺めながらビールを飲んだ。

 デモ隊の一部がこちらに振り向き、ショータに手を振る。

 

「ショータさん、浮気かー!?」

「違うっつーの! シャレなんないからやめろ!」

 

 まだ死にたくねーぞ! と叫ぶショータに対して、デモ隊たちが大声で笑う。

 

「……彼女さんがいるの?」

「ビジネスパートナーです。でもまあ、恋人って通した方が早いんで……男女一組で仕事してるとすぐそういう扱いされるんですよ」

 

 憂鬱そうにつぶやくショータに、彼も彼で苦労があるんだな、とティナは思った。

 

「それで、どこに案内してくれるのかしら?」

「失職者の手で改装した町の美術館があります。かなり良くなりましたよ」

 

 歩幅を合わせてくれているショータの横で、ティナは町の空気を吸った。何かの憑きものが落ちたように、清らかな空気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回主人公大嘘しか話してないっすね……
感想評価感謝です。頑張っていきます。


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アニメ版でカットされてるサブキャラ多すぎるだろ・中編

本日二度目です。


 ショータの案内で、ティナは町を見て回った。

 専門的な職業訓練校では、機械作業に従事していた労働者が手先の器用さを活かして若者に技術を教えていた。

 街はずれの倉庫は、工場出荷物がなくなった代わりに交易拠点としてあちこちから荷物が集荷され、各地に送り出されていた。

 町の西部に生い茂っていた林は伐採され、木材として売られていた。専門家が招集され、質のいい土に笑みを浮かべながら、労働者たちに指示を飛ばしていた。

 

 どれもこれも、今まさにティナの隣にいる男の手腕によるものだ。

 

「呆れた……ここまで好き勝手にやってるなんて。貴方もう町の支配者じゃない」

「ピンチはチャンスというやつですよ」

 

 ティナが町に来てから五日間が経っている。毎日、昼から夕方にかけて、時には夜まで、ショータと共に行動している。

 捜査本部には交渉中であると伝えたが、激化するデモへの対応に追われ、ティナ以外の捜査官はほとんど工場爆破事件など追いかけられていない。

 

 町の通りで、衝突するデモ隊と機動隊を肴にして、今日も二人は酒を飲んでいた。

 

「まったく、我ながら呆れた不良捜査官だわ」

「ティナさんは捜査官ではなく操縦士でしょう」

 

 からかうような声色に、我知らずティナは頬を緩めていた。すっかり気を許している。

 ショータという男は思えば最初から彼女を親し気にファーストネームで呼んでいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、生来のものだろうか。

 人の懐に入るのが抜群にうまい。だからこそこの町の支配者にのし上がっている。

 

 こんな男が、世界を牛耳るのだろうかと、ティナはぼんやり思うようになった。

 

「それで今日は何処に連れて行ってくれるのかしら」

「こちらです」

 

 日が暮れようとしている。そろそろデモも解散し、人々は自分の家に戻るだろう。

 ばらばらと歩いている町民らの流れに逆らわず、ショータはティナの腕をそっと引いた。男のエスコートはサマになっていた。ティナはもう、そういう関係になってもおかしくはないなと思った。経験のない身であることが悔やまれる。いい年齢で、ベッドの上で相手をがっかりさせることを想像して、頭をブンブン振った。

 

「ティナさん?」

「いいえ。ちょっと自分がバカ過ぎて嫌になっただけよ」

 

 頬を赤くした彼女は、顔の熱を追い払うべく手で自分を扇いだ。

 不思議そうに首を傾げてから、ショータは改めて歩を進める。

 

 案内されたのは町の中心部の十字路に面したレストランだった。

 入り口のドアを開けば、ウェイターが近寄って来る。強面の黒人だ。ウェイターは男女二人を見て、それから男の顔を注視してから、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「お待ちしておりました」

「とっておきを頼むよ」

 

 ショータは今日、普段見るシンプルな服装に加えて上品なジャケットを羽織っていた。スニーカーでなく、下品にならない程度に磨かれた革靴。グレーのスラックス。隣でティナは、自分もジャケットを着ていて良かったと思った。

 周囲を見渡せば、皆がショータをちらりと見ている。町の支配者――その呼び名は、彼の善行を踏まえれば不適切だ。救世主と言った方がいい。

 

「屋上の()()()()()()()ですね」

「ジャック、お前はやっぱり最高だ」

 

 ショータの賛辞に黒人が笑みを深くする。気前よく、ショータは懐から引き抜いた紙幣をウェイターの手に握らせた。

 客席の間を縫うようにして進み、エレベーターに向かう。建物の外観からは想像できなかったが、中心を貫くようにしてエレベーターがあった。

 

「屋上なんてあるのね」

「特等席ですよ」

 

 歩いている間、皆がショータに愛想よく挨拶し、ショータもそれに応えている。

 ティナは一昨年護衛した大統領選挙を思いだした。大統領より、この町では彼の方が支持されているだろう。

 

 エレベーターに乗り込み、屋上に向かう。すぐにドアが開いた。

 屋上は観賞植物が邪魔にならない程度にぽつぽつと置かれ、真ん中に一つの白いテーブルが置かれていた。見て分かる、今日この日、この男のために誂えられた特等席だ。

 ティナは自分の頬が熱を持つのが分かった。異性からのサプライズなど生まれて初めてだ。

 

「見てください」

 

 すぐ席に座ることはなく、彼は屋上の()()まで彼女を連れて行った。

 町全体を一望できる場所だ。夜闇に浮かぶ街灯、人々の影、温かい風。

 素晴らしい場所だ。ショータは一か所、指さした。

 

「僕はあそこを、公的な塾にしようと考えています」

「――ッ」

 

 彼が指さしたのは、爆破された工場跡だった。

 

「貴方、本気?」

「本気です。もう工場はいらないんです。労働力をあてがうのも終わりました。必要なのは次の世代への配慮です。この町で働かずとも、町の外で通用するような人材に、若者たちを育て上げる場が必要です」

 

 ショータの瞳には曇りなど一切ない。

 デモ隊を結成させたのはそのためか。オーウェル社への嫌がらせなどではなく、彼はオーウェル社と戦おうとしている。

 

「……ティナさん、手伝ってくれませんか」

「オーウェル社との交渉ね?」

 

 頷き、彼は至近距離でティナを見つめた。身体がこわばったが、彼の視線に色気はなかった。

 見ているのは自分であっても、見据えているのは子供たちの未来だ。尊いことであるはずなのに、一瞬、ティナはそれに不満を覚えた。隣に今いるのは自分だというのに、こうして彼は夢を語っていて――何度目だ! ティナは茹だちそうな顔を彼から背けた。

 

「……考えてみるけど」

「明日、面会するんでしょう」

「やっぱり知ってるのね」

 

 工場の復旧がまったく進まないのに業を煮やしたのか、オーウェル社の本社からエージェントが派遣されていた。

 恐らくこの男、派遣されたエージェントの名前、顔、宿泊地も全て押さえているだろう。

 

「恐ろしい人ね」

「光栄です」

 

 気持ちのいい笑顔だった。ティナは両手を挙げた。

 爆破事件の犯人は教えられていない。ISも出てきてはいない。ここに来た目的は何一つ達成できていないのに、また新しく仕事が増える。

 けれど悪くはないと感じる自分がいた。見えない敵と戦うより、誰かの未来のために働く方が性に合っている。

 

 ティナは町の風景に向き直ってから、半歩だけ、ショータに近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーウェル社のアメリアです」

 

 エージェントと会談する場所は、工場横にそびえたつ管制タワーの最上階だった。

 ティナはデモに振り回される捜査官に代わって、アメリアの前に座った。

 一回りは上の年齢と見えるアメリアという女性は、一分の隙も無いダークスーツと、きつく結ばれた唇がまず目についた。ティナ程ではないにしろ、豊満なバストをブラウスが締め付けている。ビジネスパーソンとしての風格があって、少し気後れした。

 

「ティナ・ハミルトン操縦士です。今回は町の代表に代わって、こちらに」

「代表は何故ここにいないのですか?」

 

 アメリアの眉がつり上がった。そうなるでしょうねとティナは内心嘆息する。

 

「ここに来るまでにご覧になったでしょう。貴女の到着が()()()()()()()()()()()()、デモは今日一段と激しくなっています」

「あれを黙らせるのがあなたたちの仕事でしょう。高等教育も受けていない連中に何を手間取るのです」

 

 女尊男卑とは異なる、きつい意見の持ち主だった。それが簡単にできれば苦労しない。

 

「お言葉ですが……ただのデモではありません。周到に計画されています。行政からの許可を受け、進入禁止区域には一歩も立ち入らず、しかし人々は入れ代わり立ち代わりデモに参加するため勢いが衰えません」

「力づくで――」

「それをやってしまっては我々の負けです、ミセス・アメリア」

 

 アメリアの左薬指に付けられた指輪に、ティナは最初から気づいていた。

 

「ならば許可を出さなければいいでしょう」

「手続きは正当に、法を守って行われています」

「規模を縮小させなさい」

「デモの参加人数を過少に見積もって、デモ中に町民が参加するのです。それを理由に責任者を追及しても、『新たに参加した人々は我々とは異なる主義主張を振りかざしているので私には関係ない』と逃げられます」

「屁理屈ではないですか!」

「事実なんです……プラカードは一貫していません。ほとんどお祭りのようなものです」

 

 ぴくぴくと頬を引きつらせるアメリア相手に、ティナはまるで自分がデモ主催側の立場のようだなと苦笑した。

 全て、本当のデモ主催者が言っていたことだ。そしてアメリアの追及は全てティナが既に言ったことだ。

 

「恐ろしい存在ですよ。神算鬼謀と言っていい……敵に回せば悪魔のような男です」

 

 敵に回さなければ、親切で、ユーモアがあって、人を慮ることのできる好ましい男性だ。内心付け加えたが、無論口には出さない。相当ヤられていると自覚はしていた。

 

「では工場の復興はどうなるのですか!」

「責任者はいませんが……()()()()()()()をお呼びしています」

「何ですって?」

 

 訝し気な声をアメリアが挙げると同時、ティナはとんとんとテーブルを指で叩いた。

 

「失礼します」

 

 アメリアが入ってきた入り口とは別、最初から待機していたのであろう――スーツ姿の東洋人が姿を現した。

 ティナの隣、アメリアのはす向かいに腰かけ、彼は人好きのする笑みを浮かべた。

 

「初めまして。バートン総合商社のアドバイザーを務めております、ショータといいます」

 

 誰だ――アメリアの猜疑心にあふれた視線に、ショータは困る様子もなく朗らかに応じて見せた。

 

「工場が停止し、職を失った労働者たちに新たな職業をあっせんしています」

「……なるほど。この場に来るなんて、大した度胸ね」

 

 つまりアメリアの、オーウェル社の敵だ。

 

「私は今回、工場の復興について提言がありまして、ハミルトンさんに無理を言ってこの場に来させていただきました」

「何でしょうか」

 

 アメリアの声は固い。

 

「場所、人員、すべて用意できます」

「!?」

 

 驚愕したはティナも同様だった。思いもよらない言葉だった。

 

「……どういうことでしょうか」

「町の西部の林を伐採し、土地を作りました。職業訓練校で、今まで工場で働いていた労働者と遜色ない労働力を確保できました。以前あった工場の二倍の規模でも耐えられます」

 

 滔々と語るショータの言葉に、ティナは戦慄する。

 

(最初から落としどころを定めていたのね……場所と人材を確保しておいたのは交渉のため。決してオーウェル社を追い出すだけでなく、向こうにも利益を与えるよう計算していた)

「それに伴ってお願いがあります。労働環境の改善についての提言を受け入れていただきたい」

「…………」

 

 アメリアが計算を始めた。場所も労働力もぽんと手元に入って来る。問題は彼の言う労働環境の改善だが。

 

「検討させていただきたいですね。提言書は?」

「無論こちらにあります」

 

 二人の空気が変わった。自分の知らない、ビジネスの世界だ。

 ティナは真摯な表情でこの場に臨む男の横顔をぼうっと見ていた。

 

「アメリアさんは確かオーウェル社の先端技術部の出身でしたか」

「ええ。()()()()()()()()()()()()()ビジネスを進めています」

「ならば、工場の拡大はアメリアさんたちのフィールドということですね? 恐らく貴女たちにとっても利益のある提案になるかと思います」

「……いいでしょう。話をお聞かせください」

 

 アメリアが小さく笑った。会議という名の戦場でエージェントがする、底冷えした笑み。

 それに対してショータも笑顔を浮かべた。金を武器に金を取り合う戦士の、ギラついた笑み。

 

 ティナは細く息を吐いた――どうやら、ここまではうまくいっているようだった。

 

「お二人とも、お茶はいかがですか?」

 

 自分の出る幕はないだろう。そう思って彼女は席から立ち上がった。

 ショータが()()()()()()

 

「いいですねティナさん。美味しいお茶は話を弾ませます」

「ちょ、ちょっとショータ、アメリアさんの前よ」

「あらあら、お若い二人はそういう関係で?」

 

 アメリアの目尻が少し緩んだ。いきなりファーストネームで呼ばれ、ティナは顔を赤くする。

 しまったなとショータは頭をかいた。

 

 

 

 

 

 その瞬間、天地がひっくり返ったような感覚がした。窓の向こう側の光景がさかさまになった。天井が吹き飛び、ティナの視界からショータとアメリアが消えた。

 爆音が聴覚を奪ったのだと気づいた瞬間に、ティナは、爆破され地面に落ちるビルの上部の中で、人差し指の指輪に意識を集中した。

 

「ショータッッッ!!」

 

 ISを展開しながら、叫ぶ。瓦礫と爆炎がごちゃ混ぜになって視界をふさぐ。

 吹き飛ばされたビル上層階の中で、彼女が叫んだ男の名は、炎を伴う爆発音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも感想評価ありがとうございます。
誤字報告も助かっています。
やっていきます。


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アニメ版でカットされてるサブキャラ多すぎるだろ・後編

書けたら投稿すんだよ!
日間3位になりました! ありがとうございます!


 爆音、崩落音――それらに気づいた瞬間、デモ隊は呆然と空を見上げた。

 かつて町に君臨していたオーウェル社の管制タワーが、その最上層部が、綺麗に一つのフロアを丸々吹き飛ばされ、落下している。

 天墜する鉄の塊を、群衆も、機動隊も目を見開いて見つめた。

 

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 危機にあるとしたら――まさにタワー最上階にいたであろう、会談に参加していた人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファングッ! ショータはどこッ!?」

『熱源多数、確認不可』

 

 専用機としてあてがわれたISの愛称を叫んで、ハイパーセンサーを起動させるもうまく動いてくれない。

 落下するビルの中で、ティナは目を血走らせて人影を探す。

 爆発は会談を行っていた部屋を直接吹き飛ばしてはいない。一つ下のフロアが吹き飛ばされ、ちょうどだるま落としを失敗したかのように最上階が落ちているのだ。

 

(近くにいるはずッ――この高さ、生身じゃ助からない!)

 

 内心の絶叫は、ほとんど悲鳴だった。

 ISを展開したティナならば無傷で済む、そもそも地面に落下することはないはずだ。

 だが生身であの場にいた二人は違う。

 

「ハミルトンさん――ッ」

 

 名を呼ばれ、ほとんど反射的に、視界を横切った腕をつかんだ。

 スーツに包まれた細い腕。アメリアだった。

 

「ショータはっ!?」

「――――」

 

 当然、自由落下中のアメリアに返答する余裕はない。先ほどティナの名を呼べたのは、最後の力を振り絞ったものだ。

 周囲を見渡しても人影がない。どうする、どうすればいい。

 焦燥が体感時間を引き伸ばした。ハイパーセンサーが全力稼働し、周囲を探る。()()()()()()()。まるで最初からいなかったかのようにショータは見当たらない。そんなはずはないのだ。瓦礫の向こう側に、あるいは空中に、彼はいるはずなのだ。いるはずなのに――

 

 鼓膜を突き破る騒音と共に、ビルが地面に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティナは立ち上がり、ISを身にまとったまま周囲を探った。

 群衆のどよめきとサイレン音が響く。

 腕の中で、ぼんやりを目を開いたままのアメリアが呻いた。

 

 彼女の身体を地面におろして、楽な姿勢にした。それから立ち上がって、もう一度周囲を見た。

 ショータの姿はない。

 どこにも見当たらない。

 

「…………」

 

 とっくに理解していた。恐らく肉片に変わり果てているのだろう。

 捜査官たちが近づいてくる。それを呆然と見ていた。

 

「ハミルトン操縦士、爆破テロです! 工場の件と何か関係があるかも……!」

「……そうね」

 

 恐ろしく底冷えした声だった。犯人への憎悪が、一拍遅れて胸中に膨れ上がった。

 

「でも、一人多分、どこかにいるはずなの」

 

 ティナが静かな眼差しで瓦礫の山を見渡した。

 捜査官らもそれにならって辺りを見て、沈痛な面持ちになる。

 

「ショータさんですか」

「……ええ」

「……探しましょう」

「……話したの?」

 

 捜査官はしゃがみこんで、小さな瓦礫の破片を手に取った。

 

「お二人は、その、よく話題になっていましたから」

「……ごめんね」

「捜査されていたと理解しています。仕方ないことです」

 

 会話は乾いた声で交わされた。ティナはふと、視界がにじみそうになった。

 群衆が叫んでいる。うるさい。ISは身にまとったままだ。空中に砲撃でも飛ばしてやれば黙るだろうか。危険な、やけっぱちになった思考だと冷静な自分がどこからか観察している。初めて惚れ込んだ男だった。大切に思っていた。一瞬で消えてなくなった――群衆がうるさい。空を指さして何か叫んでいる。

 

「……ハミルトン操縦士。戦闘時用のメンタルメディセットはありますか」

「…………え?」

 

 問われたのは、精神を高揚させ戦闘に向いた状態に切り替えるための薬物。

 首を横に振った。そんなものがあるはずがない。

 

「では、今から、全力で戦闘機動を行えますか」

「何が言いたいの」

 

 捜査官が無言で空を指さす。彼はずっと上を見上げていた。

 ティナは顔を上げた。青空だ。黒点が一つ浮いている。呼吸が止まり、目を見開いた。

 

 ISがいた。

 白いウィングスラスター。視線認証から、愛機『ファング・クエイクⅡ』が即座に識別名称をはじき出した。

 型式XX-01。

 第三世代機。

 日本製。

 銘は『白式』。

 操縦者――

 

 

 

 

 

「織斑、一夏……!?」

 

 

 

 

 

 愛機が最大音量でアラートを鳴り響かせると同時、ティナの精神が完全に切り替わった。

 鍛え抜かれたISパイロットは、薬物に頼らずとも精神を完全に調整することができる。

 

「貴方……どうしてッ!?」

「どうしてって、決まってんだろーがよ」

 

 一夏は酷薄な笑みを浮かべて、高度を下げた。

 既にそこはティナが一呼吸で拳を叩き込める距離だ。距離だけなら。

 それが不可能であることなど嫌というほどに知っている。隔絶した実力差。一対一なら元ブリュンヒルデ(おりむらちふゆ)現役ブリュンヒルデ(シャルロット・デュノア)、あるいは彼女らに比肩するような実力者(ファン・リンイン)以外ほとんど相手にならないだろう。

 

 間違っても、ティナのようなレベルのパイロットが挑んでいい相手ではない。

 

 けれど。

 

「ビル吹っ飛ばしただけさ。テロリストのたしなみってやつだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、ティナの理性は蒸発した。

 

「お前ええええええエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」

 

 背中が白熱する。『ファング・クエイクⅡ』が装備する背部スラスターが瞬間的にエネルギーを放出、そして再度取り込む。瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 旧式よりも向上した性能と、補佐するように花開いた脚部展開装甲により、ティナの身体がはじき出された。真正面から――と見せかけ急制動、一夏の眼前で姿がかき消える。

 

個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)――と、多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)の合わせ技か」

 

 驚くべき技量と胆力だ。並みの代表候補生にはとてもできない。

 この時点で、ティナ・ハミルトンが怪物の世代にうずもれた、もし生まれる時期が違えば傑物と名高く呼ばれていたであろうことは想像に難くない。

 

 だが――

 

「俺相手に通用すると思ったのか」

 

 振り抜いた拳が、一夏の横っ面を捉えたはずだった。ティナにとって人生最速といってもいいほどのスピードだった。

 わずかに首を傾げただけで、その右ストレートが空を切った。驚愕に背筋が凍る。至近距離で一夏が口を吊り上げた。

 

「失せろ」

 

 腹部に右足が叩き込まれた。スラスターの加速を乗せた蹴りに、絶対防御が発動する。大幅にエネルギーを削られながら、ティナがISごと吹き飛ばされる。

 

「――ッ、まだッ!!」

「いや、終わりだ」

 

 ティナのリカバリーは神がかっていた。空中できりもみ回転している間にスラスターを微調整、一瞬だけ吹かすことで回転を打ち消し瞬時に体勢を安定させてみせた。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「『零落白夜』、起動」

 

 

 蒼いエネルギーセイバーが振り抜かれた残影のみが、ティナの視界に映った。

 愛機がエネルギーを一瞬でゼロにされ、訳も分からず地面に叩き落された。立ち上がろうとした瞬間に、腹を踏みつけられた。逆光の中、太陽を遮るようにして見下す一夏の表情は見えない。

 

「お、ま、えェェェェッ」

 

 憎悪の声が迸る。

 ビルを吹き飛ばした犯人だと名乗った。織斑一夏が本当にテロリストかどうかに確証なんてなかったが、今、それを得た。

 超えてはならない一線を超えた。かつての同期であり、ルームメイトの恋の相手は、ティナにとって殺し尽くしても足りない仇敵と化した。

 

「は、ハミルトン操縦士……!」

 

 戦闘を見守っていたアメリアも捜査官も、顔面蒼白で一夏を見た。

 

「あなた――」

 

 アメリアが口を開いた。

 

「ま、さ、か」

 

 愕然と、周囲とは違うリアクションを取っている。それが何故か、ティナの視界にちらついた。

 

「限定解除」

【Second Shift】

 

 一夏のISが姿を変える――見覚えのある第二形態だった。左腕が複合武装に変化した。本気の一片たりとも出していなかったということだ。ティナが悔しさに涙をにじませる。

 その様子を無感情に見下ろしてから、一夏は荷電粒子砲の砲口を、アメリアに向けた。

 間違っても人間相手に向けていいものじゃない。

 

「な――」

 

 ティナが何か言おうとした、アメリアは目を見開くことしかできなかった。

 発射されたビームが、アメリアの上半身を消し飛ばした。

 

「……じゃあな」

 

 一夏は用は済んだとばかりに告げて、空中へ飛び去って行く。黒点は浮かび上がり、ステルス機能を発動してかき消えた。

 腹部の激痛に顔をしかめながらティナは立ち上がる。歯噛みした。何もできなかった。今すぐに地面を殴りつけて叫びたかった。捜査官が彼女に肩を貸そうと近づき――立ち止まり、目を見開いた。

 

 何かを見て、固まっている。ティナはそちらを向こうとして、バランスを崩した。

 情けないと、自虐的な笑みが浮かぶ。地面に倒れ込む、寸前、誰かが彼女の身体を支えた。

 

「っと、大丈夫ですか、ティナさん」

 

 この一週間ほど、ずっと聞いていた声だった。

 ティナ・ハミルトンは自分の聴覚が完全にイカれたことを疑い、顔を向けて、次に視力を疑った。

 

「……しょーた?」

「ええ、さっき意識を取り戻したんです。いやあ死ぬかと――」

「ショータああ――――――――っ!!」

 

 叫びと共にティナは彼に抱き着き――二人そろって、仲良く瓦礫の中に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな。これから先、どうやっていけばいいかは全部指示書にまとめてある」

 

 バートン総合商社の社員らが、一様に寂しげな目で俺を見ている。

 

「ショータさん、行ってしまうんですね」

「俺は所詮風来坊だ。今までと同じさ。やれることやったら次の場所に行くんだ」

 

 その言葉に、苦笑いと、尊敬のまなざしが向けられる。

 相棒のノホホンは既に町の外で車に荷物を運び込んでいるはずだ。

 

「あの、ショータさん」

 

 最初に利用した若者たちが、俺に近づいてきた。

 

()()()()()()()()()()()。俺たち、本当になんて感謝すればいいか分からないです」

「気にすんな。俺だってここまでうまくいくとは思ってなかったさ」

 

 朗らかに笑い、連中のあたまをかき混ぜる。くすぐったそうに彼ら彼女らはされるがままだ。

 爆破事件の実行犯として覚悟を決め、俺と最後まで付き合ってくれた――

 

 ――ワケがねえ。こいつらは全員、あの夜の記憶を失っている。

 

 声を変える薬だと? そんなものはない。あの時服用させたのは、遅効性の、精神を不安定にさせる薬だ。爆発直後、こいつらはこぞって俺の下にやって来た。爆破の実行犯となってしまった、だけでなく、薬によって極度に不安定な状態だった。

 そこに漬け込むのは容易だ。俺の命令に素直に従うよう、かつ、その夜はずっと家にいたと自分で信じ込むよう、精神を誘導した。

 

「達者でな」

「ショータさんも!」

「彼女さん泣かせちゃだめですよ!」

 

 彼女さん――ねえ。

 この町で俺の恋人と言うと、みんな二人の名前を挙げるんだけど、おかしくねえ? 俺一人しかいないぜ。

 

 商社のオフィスを出て、町を進む。町の出口に、捜査官たちが並んでいる。

 

「……結局貴方の予想通りで、かつ、私は信頼に応えられなかったわね」

 

 真ん中にいたティナの言葉に、俺は苦笑した。

 

「そんなことないですよ。あの時、僕を守ってくれたじゃないですか」

「ねえ、あんたも楽にしていいわよ?」

「ん、あー、そうか?」

 

 口調を崩すと、ティナは嬉しそうに笑った。

 …………やっべえ。この女チョロ過ぎるだろ。マジでここまで俺になびくのは想定外だった。そりゃあ、多少はカッコつけたり頼られるように立ち回ったりはしたよ? でもこんな即惚れる奴いる? しかもクッソ重い。織斑一夏として相手してた時殺されるかと思ったもん。

 

「次は何処に行くのかしら」

「風の吹くままさ。俺はこれまでもずっとそうだった」

 

 大嘘である。次に行く、つまり次に滅茶苦茶にする町はもう決めてある。

 

「ねえ……これ」

「ん?」

 

 紙切れを渡された。今時アナログだな。

 書かれた文字列はメールアドレスのようだった。いやこれまさか……

 

「わ、私の、プライベートアドレスよ」

「……はは」

 

 なんで恋人気取ってんのこいつ?

 

「じゃあ、いつかまた会おう」

 

 必死に動揺を隠しながら、気丈にふるまう。

 ティナは一瞬目を伏せてから、がばりと顔を上げた。

 

「ちょっと、ショータ」

「うん?」

 

 腕を掴まれ、思いっきり引き寄せられた。捜査官が口笛を吹いた。

 ああクソ、そんな耳真っ赤にするぐらいなら、やんなきゃいいだろ――

 ゼロ距離になった彼女の顔を見て、俺は観念して瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーそーいー!」

「悪かったっての」

 

 ノホホンは車の横で、ぷんぷん起こりながら俺を待っていた。

 荷物は全部積み込んであるようだ。

 

「それで、あの人は……」

「今回唯一の犠牲者だな。運が悪かったんだよ」

 

 口早に告げるも、まるでノホホンは納得してねえ。当然だわな。

 

「……ねえ」

「あん?」

「ショーショーはさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その問いに、俺はしばし沈黙し。

 

「いや、()()()()()()()

「……そっか」

 

 ノホホンは嘆息してから、車の助手席に乗り込んだ。運転は俺かよ。

 運転席に座り、シートベルトを締める。

 

「次からはちゃんと私も連れて行ってよ~、毎日毎日、書類整理とかー、爆弾製造とかー、挙句の果てには爆破スイッチ役とかー、内職ばっかで部屋から全然出れなかったじゃん~」

「悪かったと思ってるさ。最初だからあんまり勝手がわからなくてな。お前に傷ついてほしくなくて、安全な場所にいてもらいたかったんだ」

 

 ティナ相手にショータを演じていた時とは違う、百パーセントの本心だった。

 ノホホンは面食らったように動きを止めると、パーカーのフードを被ってうつむいた。湯気が出てるぞ。

 

「……ありがとー」

「どういたしまして」

 

 自分で言っておいてなんだが、クッソ恥ずかしい!

 やめだやめだ! ラジオでも流して気を紛らわそう。そう思って俺はカーステレオを立ち上げた。

 

「そろそろ出発するぞ。忘れ物ないよな」

「多分~」

 

 陽気な声でニュースが読み上げられる。

 

『爆破テロ事件の犯人である織斑一夏の行方はつかめず、捜査当局は遠方まで逃走した可能性があるとして、全国土を範囲に調査を進めていく方針です』

 

 おっと人気者はつらいね。

 ISを使って個人的な活動をするテロリストなんて物珍しいから、皆連日連夜騒ぎ立てている。

 街中でサインをねだられる日も近いか。

 

『続いては芸能ニュースです。皆さんもうご存知でしょう――あの! 我が国きってのホープであり、隠れたファンも多いであろうティナ・ハミルトン操縦士に春がやってきましたっ!』

 

 運転席のドアを蹴り破ろうとした瞬間、首元に狐の尾を模したブレードが突きつけられて、俺は泣きそうになった。

 嘘だろ……このタイミングで死が来るのかよ……

 

『市民からの情報提供によりますと、なんとお相手は先ほどのニュースにあったテロ事件について捜査協力を申し出た一般人ッ! 町にふらりと訪れ、商売繫盛していた東洋人だそうです! 二人で捜査を続ける中で愛が育まれていくとは、めったにないラブロマンスですねぇ~~!』

 

 そりゃあ良かったな。ところで俺も今、めったにないサイコホラーに遭遇してんだけど、責任をどうとってくるつもりだ? ああん?

 

「おりむー……私を部屋から出させなかったのって……」

「いや、違う、本当に今回ばかりは違うぞ。マジで違うんだってそれは――」

『おっとなんということでしょう! まさに今、噂のお二人が、町の出口で別れのキッスを交わしている写真が届きましたァァァァァッ!』

 

 テンション上げてんじゃねーよ。こっちは危機レベルが上がりっぱなしなんだよ。

 

「おりむー?」

 

 もはや偽名で呼ぶ余裕などないらしく、致死の刃を俺の喉に押し付けてくる。ちょっと! 死ぬ! シャレになってない!

 

「クソが! やってられっかよ!」

 

 俺は一瞬のスキを突いて車から転がり出て、そのまま走り出した。

 無論背後からすぐさまエンジンの駆動音が鳴り響く。後ろを見ると、般若そのものを背後に顕現させたのほほんさんが、アクセル全開で俺を追いかけてきた。

 

「ちくしょ~ッ! もう爆破テロなんてこりごりだ~~ッ!!」

 

 哀れな男の絶叫は、幸いにも、ティナ・ハミルトンまで届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想評価ありがとうございます。
引き続き、やっていきます。


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新聞部のキャラってワンパターンじゃね?・前編

毎日更新は無理です(断言)


 風が気持ちいい。風圧に目を細めながらも、全身でその温度を享受する。沈黙していた神経が刺激を受け鳴動し、その感覚を脳に伝える。伝達される信号一つ一つを読み解くことはできないが、少なくとも俺の全身が心地よく風を受け止めていることだけは分かる。

 

「……また更地が出来上がったね~」

「土地不足の解決に貢献してんだよ」

 

 隣に佇むノホホンの言葉に、俺は軽く笑った。

 眼前には先ほどまでオーウェル社のIS関連製造工場があった。炎に包まれて崩れ去った。これで五件目だ。ドローンによる消火活動が終了し、今はもう残骸しか残っていない。燻る火種が風の温度を上げている。

 執拗に工場を爆破されているオーウェル社だが、別段製造力が大きく減退したわけじゃない。むしろメインの生命線であるIS本体の製造ラインは、俺は一切爆破していない。

 

「オーウェル社に恨みがあるのー?」

()()()()()

 

 呆気なく言い放つと、ノホホンが考え込む。

 今の俺の行動原理を推理しているのだろうか。真実にたどり着かれたら困るんだよな。

 何も考えず俺の人質でいてほしいと思う。すべてが終わったら、被害者として俺を弾劾し、学園の日常へと戻ってほしい。心の底から、そう思っている。

 

「ショーショー、そろそろ戻る?」

「ああ、そうしようかな」

 

 拠点としている町のホテルはここからさほど離れていない。

 ノホホンが俺の腕に縋りつく。立っているのが面倒くさくて俺に体重を預けているのだ。

 

「じゃあ早く帰ろー、おなかぺこぺこだよ~」

「分かった分かった、引っ付くんじゃねえよ」

 

 剥がそうとするがここぞとばかりに力を籠められ――痛い痛い痛い! 関節が極まりかけてる! やめろバカ!

 全身全霊で俺にしがみつくノホホン相手に格闘している間に、空から太陽が、ゆっくりと消え去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノホホンがホテルで熟睡してしまったので、暇を持て余した俺は近くの喫茶店でタバコを吸っていた。

 資金は潤沢にある。町を移る際、誰かが俺に金をくれる。彼らが人を売って手に入れた金だったり、薬を売って手に入れた金だったりする。出どころが薄暗い金は、それを俺が奪い取っても問題ない。多分。

 ただ、ISの闇業者だけは手を出せない。そっち関連で捜査対象になった場合、俺の視覚偽装がハイパーセンサーで見破られる可能性があるからな。

 全席喫煙可能な喫茶店――席ごとに高精度分煙装置があり、副流煙が俺から一メートルも離れることはない――故に、煙草を吸わない人も俺の隣に座ったりしている。

 店員はラテン系だった。町自体は白人が多い。特にこれといって特徴のない町。気晴らしに別の顔で裏路地をうろついてもギャングはいなかった。平和そのものだ。今回は町を乗っ取る必要性がないので、普通に旅行客として居座っている。

 

 コーヒーを流し込む。味覚が苦みを感知する。味蕾が正常に作動しているのに安心する。このコーヒーがもし()()()()()()()()()()()()()()()()だとしても、人間の感覚はそこに潜むズレを鋭敏に察知する。五感はそれぞれ不気味の谷を有する。本物と偽物の間に、ほんのわずかに存在するギャップ。人間がかつて認識していたよりも、人間はずっとそういう感覚に敏感だった。ISに連なる先端技術の発展によってそれが露わになった。次のシンギュラリティは、この不気味の谷を越えられるかどうかにかかっているという。

 

 暇つぶしに、先ほど露店で買ったデータ形式の雑誌『インフィニット・ストライプス』を表示させる。かつての知り合いが編集長になっている。

 黛薫子(まゆずみかおるこ)――かつてIS学園新聞部副部長、それから部長になった俺の学園時代の先輩。

 現在は『インフィニット・ストライプス』の編集長だ。お姉さんが元々副編集長をやっていた。お姉さんは本社の役員に出世したらしい。

 

 雑誌の見出しはティナ・ハミルトンの熱愛報道をメインに据えている。写真を見ると、俺、もといショータの顔にはぼかしが入っていた。助かるよ。

 

「……これは驚き」

 

 不意に隣から声をかけられた。顔を向けた――薫子さんがいた。声を上げそうになった。

 

「……編集長さん、ですっけ」

「あら、時の人に知られてるなんて光栄」

 

 眼鏡を光らせて、彼女は隣の机ごと此方に寄った。

 

「ショータさんね。初めまして、『インフィニット・ストライプス』編集長の黛薫子です」

「初めまして。藍沢翔太(あいざわしょうた)です」

 

 日本人とコンタクトを取った時のために、苗字は既に用意してあった。

 ちなみに相棒は本野乃穂(ほんののほ)だ。ふざけんなよマジであいつ。あだ名はノホホンとか知り合いに抜かしたら一発で終わりだぞ。

 

「流れ者、アウトローすれすれの旅する商売人だと聞いてるわよ」

「事実ですね。今は休業中ですが」

「ノマドワーカーってやつなのかしら?」

「死語じゃないですか……」

「ふむ――次のトピックは『ティナ・ハミルトンの恋人の生活に迫る!』なんてどうかしら」

「お断りです。商売柄、敵を作りがちなもので」

 

 苦笑いでそう告げると、彼女は残念と肩をすくめた。

 

「それにしても本当にいい男ねェ」

「ありがとうございます。会議の時に重要ですからね、顔は」

「身もふたもないわね」

 

 顔にしろ何にしろ、パッと見て相手に何かで勝っていることは、心理的に重要だ。此方の余裕と、彼方への圧迫につながる。

 

「ネタを探してるんですか?」

「まあそうね。常に、365日そうだけど」

「オーウェル社の連続爆破事件なんてどうです?」

 

 声色、表情、姿勢、すべてを意識して制御した。自然に切り出せた。薫子さんは黙っている。

 彼女は胸元からシガレットケースを引き抜いた。煙草に電子ライターの火を移して、そっと煙を吐き出す。

 

「……調査中といったところね」

「『インフィニット・ストライプス』と関係あるとは思えませんが、やっぱり追ってるんですね」

 

 彼女なら興味を持つはずだと思っていた。正確に言えば、警戒していた。

 

「まだネタにできる程度じゃないわよ」

「ここ、奢りますよ」

「……ビールをお願い」

 

 どいつこいつも不真面目だな――いや、彼女は仕事を終えてここで休んでいただけだから、別にいいのか。

 運ばれてきたビールをグラスに注ぐ。薫子さんはそれをぐいと飲む。喉がこくこくと動く。

 グラスをテーブルに置いて、彼女は俺を見た。

 

「爆破されているのはオーウェル社にとってあくまでサブの製造ラインばかり。増設装甲や追加武装に関連した工場しか狙われていない」

「オーウェル社への攻撃としては不自然だと?」

「そうね」

 

 やはり()()()()()()()――計画を前倒しにすることを頭の中で考えつつ、俺は笑みを浮かべる。

 

「では、何のために?」

「……その工場で造られていたものを今調査中なの」

 

 舌打ちをこらえられたのは僥倖だった。

 

「え、何を造ってるか、今言ってたじゃないですか」

「そうだけど、そうじゃないかもしれない……他社を出し抜くには絶好の機会だし、多少は危険でも取材する価値はあるはずよ」

 

 俺が考え込む番だった。薫子さんは馬鹿じゃない。学生時代ははっちゃけている側面が大きく出ていたが、若者向け雑誌として全世界で大きなシェアを誇る『インフィニット・ストライプス』の編集長にまで上り詰めた逸材だ。頭のキレがなくては務まらない。

 ゴシップや捏造とは関係ない、報道人としての嗅覚が彼女には備わっている。

 

「ショータさんは何か知らないの?」

「……エージェントと交渉したことがありますが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 即座に殺害しておきながらよくもまあぬけぬけと――自分でも嫌になるほど、ツラの皮が厚くなっている。好都合だけれど、それが無性に恥ずかしい。無様を晒していると思った。

 

「明日はさっき爆破された工場に向かうつもりよ。情報が開示されたら、あの工場から出荷されたものの流れを追ってみる」

「それはいいですね」

 

 やめろ。やめてくれ。そう声には出さない。表情にも出さない。

 貴女は――楯無さんの友人だ。俺にとって大切な人の、その大切な人だ。危険を冒さないでほしい。

 

 でも(ショータ)が止めるわけにはいかない。

 

「なら――僕、ついて行ってもいいですか?」

「はい?」

 

 眼鏡がずり落ちそうになっている薫子さんは、ちょっと見てて面白かった。

 

「ビジネスを考えてるんですよ。メインの製造ラインに影響はないとはいえ、被害を被っているのは確かだ。そこを補填するための何かが必要でしょう」

 

 前から考えていたことだ。

 俺が破壊したオーウェル社の工場を、何らかの形で補填する。人的被害はまるで出していないが、金額は相当になっているはずだ。

 

「呆れた、根っからの商売人なのね」

「そうですね」

 

 涼しい顔をして、嘘を吐いた。それがまた嫌になった。顔も嘘。言葉も嘘。全て嘘で塗り固める。そうでなければ、こうして顔見知りと話すことすらできない。

 いつしか身動きが取れなくなる。フェイクはアクセサリーじゃない。ノホホン相手にショータとして話している時、いつも思う。こうして世界を飛び回る、自由な商売人になれたら――そういう未来だって本来はあった。ISを起動したときにズレてしまって、最終的にすべて自分の手でぶち壊した。俺は罪を背負い、いつか、罰によって死を迎える。それでいいと思いたい。そうしかないと分かってはいるけれど。

 

「でも調査とビジネスは別だと思うんだけど」

「ビジネスのためには調査が必要ですよ」

「……踏み台にする気満々ってこと?」

 

 胡散臭そうな目で見られると傷つくのでやめてほしい。そりゃあ、ちょっとあくどいことを言っている気はしてるけどさ。

 つまり俺は、薫子さんの調査にタダ乗りしようとしているわけだ。

 

「……何かしらのメリットがないと受けられないわよ」

「僕、こう見えて結構頭がいいんですよ? それにオーウェル社とパイプ役もできます」

 

 コンタクトは取れる。だがそれだけだ。交渉に持ち込むための材料がない。その材料が欲しい。俺の動機はそれだ。

 どうだ、と薫子さんを見る。

 数秒考えこんでから、彼女は深く息を吐いた。

 

「……明日の午前十時に、工場の正門で」

「ありがとうございます」

 

 彼女の表情は、気苦労を背負ってしまったと憂鬱そうだった。ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ交渉材料を集める気なんてさらさらない。

 現段階ですでに交渉は可能なんだ、今更何も必要じゃない。

 では、何のために――薫子さんへの警戒。それは薫子さん自身に対してでもあるし、薫子さんにふりかかるものに対してでもある。

 

 実のところ、この五件目でオーウェル社を襲撃するのは止めだ。

 次のステップへ進む必要がある、けれど、まだ俺の計画を進めるためには情報が足りていない。それはおいおい、俺が個人でやる。

 

 それはともかくとしても、アフターケアは大事だ。オーウェル社に恨みなんてないし。

 

 薫子さんが妙なところまで踏み込まなければそれでよし。踏み込んで危険に巻き込まれたら俺が処理する。

 ……ノホホンに彼女と会ったことは伏せておいた方がよさそうだな。会いたいとか言い出したら面倒だ。

 

 ホテルへの帰り道、一人でぶらぶら歩きながら、空を見上げる。

 

 無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)――宇宙に行ったことのあるISコアは、果たして全体の何割だろうか。その程度だ。本来の役割は未だ遠く、人間は地球から離れられていない。地上をめぐって争い、地面を血で汚し続けている。

 

 戦争なんてものは存在しなくていい。テイクアウトした瓶ビールを片手に、俺はふらふらと歩く。

 拠点としてきた町々でビジネスを展開した。余っている労働力をあっせんし、俺が潰した軍事産業の代替となるような産業を発展させた。(ショータ)の名はビジネスマンの間で段々噂になっている。反IS主義者だとも言われている。弱者の救世主だとも言われている。

 実態はただのテロリストだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その罪科は全て織斑一夏に被せている。そしていずれ、それを俺が償う。すべて織り込み済みだ。

 

 稀代のテロリスト。

 かつて戦役を終わらせた人間が、新たな戦役の発端を開こうとしているのではないか。誰もが俺を探している。俺の後ろ盾になっている存在に探りを入れている。後ろ盾なんて存在しない。個人活動の限界ギリギリかつ、何らかの集団の存在を匂わせている。個人でできる規模ではない犯罪を、俺の努力によって必死に行う。それを繰り返している。だから皆、組織的犯罪を意識する。

 

 ()()()()()

 織斑一夏は何らかのテロ組織に加担している――その認識を必死に守らなくてはならない。

 そうでなくては意味がない。

 

 もう一度空を見上げた。女が待つ部屋に戻るというのに、俺は少し酔いの回り始めた頭で、いつまでもこの星空を見ていたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想評価ありがとうございます。
引き続きやっていきます。


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新聞部のキャラってワンパターンじゃね?・後編

12巻出るまではぼちぼち第二部をやっていきます、でもアイリスのキャラ判明したら普通にやばいんですよね、絶対「ひょっひょっひょっ」なんて笑ってないだろうし
ネタ切れしたら充電期間置くか番外編(エイプリルの続きか教師時代の話)書きます……


 廃墟と化した工場跡地周辺は、まだ火の香りが残っていた。

 人気はまばらで、恐らく復興の計画なんてまだ到底考えられていないんだろう。とりあえず瓦礫をどかしたり、周囲の安全を確保したりして、思考を無自覚に止めている。

 

 この工場は周囲から労働力を搾取していなかった――先端技術の結晶として試験的に導入された自動量産体制を築いていた。データを取っている最中だったようだ。

 人間を必要としない工場。いつかは現実になる。けれど今すぐじゃない。オーウェル社ではないが、各企業が出資して完全自動工場を造ろうという試みはある。デュノア社も出資している。完全自動工場を――というだけでは不正確だ。

 完全自動工場を軸においた完全無人市街地。無人の市街地という矛盾する言葉、しかしモデルケースとして大きな注目を集めている。

 ドローンのみで街を運営する。周期的に公共交通機関を走らせ、消費を仮定したうえで物資を配送する。そしてその街に段々と人口を増やしていく。そうして、人間でないものが運営する人間の街が完成するらしい。あくまでモデルケースとして、ただ一か所だけ運営が開始しつつあるというだけだ。まだそれが俺たちにとって身近である、と断言するためには時間が足りていない。

 

 工場入り口が見えた。俺はスーツの襟を正した。

 薫子さんがスーツ姿で佇んでいるのを見て、俺は歩くスピードを速めた。

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

 大した会話もなく、俺たちは二人で工場の中に入る。

 人々が少しだけいた。廃墟を見渡して呆然としている。

 

「マクルーザさん」

「……ショータ君」

 

 名を呼べば、眼鏡をかけた中年の男性が、土色の顔で振り向いた。

 

「こちらはオーウェル社のエージェント、マクルーザ・ハントラングさん。少し前に工場再設計のプランニングの話をさせていただいたことがあります」

「初めまして。『インフィニット・ストライプス』編集長の黛です」

「これはこれは、ご丁寧にどうも。紹介にあずかりました、ハントラングです」

 

 二人は名刺を交換してから、そろって周囲を見渡した。

 

「……ひどいですね」

「まあ、見慣れてしまったけどね」

 

 マクルーザさんは相当参っているらしく、柄にもないジョークを飛ばして見せた。俺も薫子さんも頑張って笑おうとしたが、土台無理な話だった。

 

「いや、失敬。ここまで何度も爆破されてしまうと、我々としてもなんというかこう……もう少し手心を加えてくれないかな、と思っちゃったりするんだよね」

 

 大丈夫、今回で最後です。

 

「オーウェル社としても被害は甚大ですか?」

「社としては、致命的な損害ではありませんよ。でもIS本体以外の製造工場は、ぼくが総責任者だからねえ」

 

 俺が一番迷惑をかけている相手ということだ。

 まったくもって頭が上がらない。

 

「で、ショータ君、今回はどうかな」

「これは引き払った方がいいですよ。場所がひどすぎる、ここに工場を置いておくメリットはないです」

「だよねぇー」

 

 何か打開策というか、補填を俺が思いついているのではないかと期待してたんだろう。

 マクルーザさんは俺の言葉に同意してから、ガクリと肩を落とした。

 

「クッソー、やっぱ最初からこんな場所に自動工場造るのなんてするべきじゃなかったんだよ! 総責任者のぼくを無理矢理押し切って先技の連中が踏み切っただけで、ぼくには責任ないのにっ」

「何をおっしゃいますか。あるはずもない責任で腹を切るのが、マクルーザさんの仕事でしょう」

「フヒw」

 

 やべ、間違って最後のトドメを差しちゃったっぽい。

 最後の一撃はせつない、と言わんばかりに、マクルーザさんが地面に膝をついた。

 

「うぅ、また役員連中から詰められる……もうやだショータ君ぼくにも仕事を紹介してよぉ」

「オーウェル社エージェントの代わりになるような仕事なんてあるわけないでしょうに」

「そんなこと言わないでよ! 必死に掴み取った職業がごらんの有様なんだよ!?」

 

 勢い良く立ち上がったマクルーザさんが俺の胸倉を掴みぐわんぐわんと揺さぶる。

 

「いやオーウェル社に罪ないですから! 織斑一夏が悪いだけですって!」

「そうだけど! そうなんだけどさあ!」

 

 マクルーザさんに段々泣きが入ってきたところで、薫子さんが咳ばらいを一つ置いた。

 冷静さを取り戻し、マクルーザさんが慌てて薫子さんに向き直る。

 

「あの、すみません。この工場では何を製造されていたのですか?」

「ん、失礼。……そうだね、最近は特に、第四世代機用に、展開装甲を取り入れた増設装甲を量産していたかな」

「先端技術ですか?」

 

 薫子さんの驚きの声。

 

「展開装甲を素早く量産できないと、今の市場じゃ戦えないからね。トレンドは第四世代機で、そしてみんな、次のトレンドを目指しているのさ」

「……次とは」

「勿論、第五世代機だよ」

 

 何でもないことのように、呆気からんと言われては、さすがの薫子さんもリアクションを返せないらしい。

 

「オーウェル社としては()()()()()()()()()()()をISに付与したいんだけどね……それこそ宇宙開発とかさ」

「軍事運用は考えないのですか?」

「やだなあ、戦争でお金を稼ぐのなんてもう皆飽きたんだよ」

 

 ともすれば不謹慎な言葉であり――きっと、IS関連企業の誰もが考えていることだった。

 

 亡国機業戦役後、IS関連企業の離職率は爆発的に跳ね上がった。

 誰もが思った。自分はこんな仕事がしたかったんじゃない。スポーツ用のロボットとして、あるいは実戦投入されえない平和の象徴として、そういう存在としてのISを意識していた。人殺しの道具にされるものを売って金を稼ごうなんて思っていなかった。兵器メーカーでありながら、ISの軍事運用がそれまでほとんど行われていなかったからこその意識だった。

 戦役は全世界に拡大した。本土で、サラリーマンの目の前で、IS同士が殺し合うことがあった。無人機を破壊し、狂乱するISパイロットを何度も見た。

 そうして人々は思い知った――自分たちは、とんでもないものを、世界中にばらまいていると。

 

「薫子さん」

 

 俺は彼女の肩に手を置いた。

 

「今のは多分、オフレコです」

「あっ――ああ、やばい! ショータ君の言うとおりだ! ごめん今のは聞かなかったことにしてくれ!」

 

 マスコミ相手に何やってんだあんた、と視線で文句を言っておく。マクルーザさんは頭をぺこぺこと下げて薫子さんに頼み込んでいる。

 

「……条件が一つ、いいですか」

「うん、何でもどうぞ」

 

 薫子さんの呼吸が少し乱れて、それから整えられた。何かを言おうと、決心していた。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、マクルーザさんは虚を突かれたように黙って、それから笑った。

 

「承知したよ。命にかけて」

「お願いします」

 

 二人はそれきり少し黙って、薄く微笑んだ。互いの心情を理解して、分かり合えた人間同士の表情だった。

 

 その会話を聞きながら、俺は、どうしようもなく歯噛みした。

 誰もが平和を願っている――平和を欲している。薫子さんの言葉は真摯なものだった。心の底からの願いだった。マクルーザさんは、嬉々としてそれに応じた。俺は知っている。オーウェル社において宇宙開発用ISの製造に最も注力しているのは彼だ。先端技術部出身のエリートと対立している。正確にはしていた。マクルーザさんと対立していた勢力はことごとく織斑一夏に殺された。

 オーウェル社内部の勢力争いなんて俺にはどうでもよかった。結果として彼の後押しをした。それだけだった。金の動きに商売人は敏感だ。何を造れば金を搾取できるのかを考える。マクルーザさんだってビジネスとして利益が見込めるから、宇宙開発を唱えている。彼は()()()()()()I()S()()()()()()()()と信じている。彼のような意見は多い。亡国機業戦役こそが、人類最後の戦争だと主張する人は多い。皆、そうであってほしいと思っている。()は起きてほしくないからだ。

 

 人類史の中でもひときわ目立つ、凄惨極まった戦争は三つある。

 

 第一次世界大戦。

 第二次世界大戦。

 亡国機業戦役。

 

 戦役のことを、第三次世界大戦と呼んでもいいのではないか。否だ。全世界が結束して、その戦役は開かれた。全世界が一つにまとまった、そして全世界が出血を強いられた。そんな戦争だった。

 だからこそ皆願っている。()()()()()()()()()()()()()

 兵器としてのISは、三度目を起こさないために不要だと誰かが言う。

 兵器としてのISは、三度目を起こさないために必要だと誰かが言う。

 見ている方向は同じはずなのに、人間が集まれば意見のズレは発生する。必然的だ。そして悪人はその必然に付け込む。手口を理解してしまった。心理を理解してしまった。俺はその、かつて心底嫌い唾棄すべきと断じた、忌むべき悪人になり果てようとしている。

 

 そんな自分が嫌で、それ以上に、未だにそんな自分が嫌だと思う自分が、嫌だった。

 

「で、取材だよね? うーん、公式の声明はそろそろ出ると思うんだけど」

「この工場で生産されていたパーツの詳細は、教えていただけないでしょうか」

「出荷先ぐらいなら出せるよ、公開資料だし。そこから先はぼくらからは何とも言えないかな、横流しにしている企業だっているし」

 

 横流し――当たり前の話だった。物資をA地点からB地点に移すことで利益を上げている企業はごまんといる。

 

 薫子さんはデータを受け取って、すっと視線を俺に向けた。

 俺は笑おうと、した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ショーショーは、いつまでこうしてるのー?」

 

 宅配で頼んだピザを頬張りながら、ノホホンが何気なく問う。俺はむせた。

 

「ごほ、お前、いきなりどうした」

「私は結構楽しいけどー、そっちはどうなのかなーって」

 

 互いにホテルのルームウェアを着ただけの格好――下着すら着ていない、ベッド下に落とされたままだ――なので、ノホホンが俺にずいと詰め寄ると、はだけた胸元に視線が吸い寄せられる。

 シャワーを浴びた後の火照った肌が艶めかしい。目を背けようとして、でもよく考えたらこいつは俺のことが好きだし別にいいかなと考え直してガン見した。

 

「目的を達成するまでは続けるさ。一応、通り道に観光名所とかはあるし、見て回れるぞ。ここを発ったら自由の女神像を見に行くつもりだ」

 

 谷間を視姦しながらクソ真面目に旅程を告げると、ノホホンはやったーと両腕を突き上げ胸がすごい今胸が揺れた!

 やべーよおっぱいが完全に星5だよ、今俺2%引いちゃったよ……

 

「で、いつ出るの~?」

「あー……多分明後日、もしかしたら明日かも」

 

 ミックスピザを頬張る。でろりとしたチーズがうまい。うまいけどもう俺も年だし、あんま脂っこいものは食べちゃダメだな。

 うん、明日からは気を付けよう!

 

「じゃあいちおー荷物まとめておくね~」

「ああ、そうしておいてくれると助かる」

 

 そう言った直後に、愛機が俺の鼓膜に直接音声を流し込んだ。

 ピザを置いて、落ちていたパンツを履く。

 

「ショーショー? 出かけるの~?」

「すぐ戻る」

 

 スーツではなく私服を素早く着込んだ。

 

「じゃ……待ってるね」

 

 だぼだぼのルームウェア姿で、ノホホンがえへへと笑い――二秒ぐらいで帰って来よう、と俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黛薫子は渡されたデータを確認し、それからほうと紫煙を吐き出した。

 泊まっているホテルの一室。荷物の流れた先を追っていた。配布先は多岐にわたっていた。一つ一つを探るのは骨が折れる。編集部に連絡し、他にも人手を分けてもらおうかとすら思った。

 

「……難しいわね」

 

 展開装甲を利用した増設装甲――言葉にするのは簡単だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。製造場所が限られているからといって、送り届けられた先全てを特定するのは簡単ではない。むしろ一か所から蜘蛛の巣のように張り巡らされたネットワークを縦横無尽に駆け巡る物資の流れは、薫子の集中力をもってしても追いかけるのが困難だった。

 しかし彼女の嗅覚が告げている。ここに何かの秘密があると。

 

「良し! 頑張ろう!」

 

 頬を張り、画面に向き直る。

 部屋の照明を背に、ルームウェア姿で作業に没頭しようとする。

 

 

 照明に影が差した。

 

 

「久しぶりですね、薫子さん。楯無さんは元気ですか?」

 

 背筋が凍った。全身が粟立つ。薫子は恐る恐る振り向いた。

 私服姿の、織斑一夏がいた。

 

「……なん、で」

 

 一夏は無言で笑ったまま、彼女のデバイスに手を突き付けた。瞬時に起動したIS『白式』が内部をハッキングし、データを破壊する。

 

「――! 今、何したの!」

「警告です」

 

 一夏は有無を言わせず、薫子の身体を机に引き倒した。衝撃に眼鏡が落ちた。

 頬をテーブルに押し付けられた姿勢で、薫子はずいと寄せられた一夏の瞳を見た。

 

「これ以上オーウェル社の詮索はしない方がいい――俺、もうオーウェル社は襲いませんよ」

「……信用できると思うの!? たっちゃんを裏切ったんだよ! 君はッ!」

「重々承知しています」

 

 その声色に、ハッとする。

 その瞳を改めて注視した。アメリカ本土で好き勝手に暴れまわっている卑劣漢。親友の恋の相手。十名以上をISを用いて殺害した歴史的悪人。学園で取材した、心優しい青年。

 

「――――君は、何を抱えてるの?」

 

 直感的に転がり出た言葉――だが、一夏の瞳は揺れた。

 

「ねえ、一夏君、今、何してるの?」

「……警告はしましたよ」

「待ってよ。本音ちゃんと一緒なんでしょ? 本音ちゃんはなんて言ってるの? それだけ教えて」

 

 薫子の身体を解放し、一夏は腕を組んだ。苦虫を嚙み潰したような顔。

 言われたくなかったことを言われた。痛い所を突かれた。心構えが甘かった――こんな単純に心理を崩されている。一度、彼は息を吸った。悪人の精神を憑依させる。カーラをトレースし、表情をキープした。唇がつり上がる様子に、薫子は一夏が瞬時に立て直したことを悟った。

 

「やめろ、と言っていますよ。こんなことはもうやめろって」

「――――そう」

「警告はしました。次はありません」

 

 一夏は薫子の頬を張った。痛みを与えることは、脅迫において重要だった。自分の警告を思い出す時、連想して痛みを感じれば、踏みとどまる契機になると思った。

 

「……ねえ」

「…………」

「……本当に、()()()()()()()?」

 

 頬の痛みをこらえて、薫子は顔を上げた――織斑一夏はもういなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自由の女神像より砂浜に行きたいとノホホンがいきなり言い出した。

 確かにそのワガママボディは全米でも通用するだろう。ワガママ? ドスケベボディの方がいいか?

 くだらないことを考えながら、すっかり握り慣れてしまったハンドルを操作する。

 

「……着いたぞ」

 

 ビーチ傍に車を止める。あいにく水着はない。ノホホンも持っていないはずだった。

 

「ありがとー」

「何がしたかったんだよ、ったく」

「んー……なるべく逃げ場がない感じにしたかった、かな」

「は?」

 

 俺が二の句を継ぐ前に、ノホホンがずいと端末を突き出す。

 そこには――薫子さんからのメッセージがあった。

 

『一夏君に、どうしても無理を通すっていうなら、私、心配だって言っておいて。私ちゃんと、分かったつもりだって。君が何かを抱えていること。君が望んだ結果じゃないこと。君が無理をすごくしてるっていうこと。きっと、傍にいる本音ちゃんのほうが分かってるとはおもうけど。でも私だって、君を心配しているよって、馬鹿な男に教えておいて』

 

 ……嫌な文章だ。思わず舌打ちしてしまう。

 あの一瞬でどこまで見抜かれた。いや、目的にはたどり着きようがないはずだ。オーウェル社に探りを入れるのも、この調子ならやめてくれるはずだ。

 俺が甘かった。もう揺れることのない、鋼の精神を新生させなければならない。

 

「ショーショーさ」

「……何だよ。俺から頼ったわけじゃねえけど、お前が言った通り、まあ、他人に頼ってみろって話なら、これっていいことなんだろ」

 

 半ばやけっぱちになってそう返すも、ノホホンの反応は薄い。

 彼女はじっと俺を見ていた。じっと俺を見ている――不意に、何故か、俺は死を予感した。

 

「いつ、薫子先輩と会ったのー?」

 

 車のドアを蹴破って転がり出た。

 

「もう本当に信じられないっ! 絶対昨日の夜だよね~? 夜に! 二人で会って! 悩みを打ち明けたんだよね~!?」

「クッソ言葉としては否定できねぇ!」

「二人でつらいことを共有したんだ、私がずーっと傍にいるのに~!!」

 

 後ろを見た。いつかの焼きまわしのように、ノホホンがアクセルをガン踏みして突っ込んでくる。周囲の人々が悲鳴を上げて逃げ出す。俺も悲鳴を上げて逃げ出す。

 

「ちくしょ~ッ! もう脅迫なんてこりごりだ~~ッ!!」

 

 ここまで狙ってやったんだとしたら、俺はもう、薫子さんを敵に回したくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今更解説とかどこに需要があるんだよ


・オーウェル社君
 毎度毎度爆破されててかわいそう一人で工場復興かわいそう
 ガバガバセキュリティの工場やら先端工場やらピンキリだけど基本的に展開装甲の量産ぐらいはちゃちゃっとできる
 社内抗争がまあまあ激化してたけど最近は片方がやたら執拗に役員クラス殺されるからほぼ一枚岩になってきた

・謎のテロリスト織斑一夏
 織斑、半端ないって! デカイ工場めっちゃ爆破するもん。あんなんできひんやん、普通!!
 そう……普通出来ない……できないってことは、組織的犯行だな(確信)
 今のところは計算通りに進んでるけど毎回100tハンマーで殴られてる
 ピザと一緒に黒烏龍茶頼もうとしたけど店員に勝手にコーラにされて怒り狂った
 それにしても一体どうしてテロリストになんかなってしまったんだ……私、気になります!

・メインヒロイン白式ちゃん
 ハッキングからのウィルス送信でデータ破壊ぐらいできるでしょ(適当)
 パソコンでできることは全部できると勝手に思ってる、パソコンでできることは全部できると思わない?
 視覚偽装はいい感じにエネルギーを使ってガワをかぶせてるイメージ、いいだろお前パーソナライズだぞ
 やたらこの形態で無双しまくってるけどクウガみたいに三次形態とかの行くとこまで行っちゃったやつは一次形態の時点でなんか強いとかではないです


感想評価ありがとうございます。
強い気持ちでやっていきます。


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正統派のロシア美人を出せや・前編

生活してたら遅れましたすみません……


 篝火ヒカルノとアルベール・デュノアはテーブルを挟んで向かい合っていた。

 ビジネスの話の時間だ。

 

 二人は手元の書類を見て瞳を閉じる。

 倉持技研の大きなスポンサーでありかつての看板だった織斑一夏の失脚。倉持技研は既に次のメインテストパイロットを手に入れてはいたが、過去に関与していた以上波及はある。

 デュノア社とて彼とは懇意にしていた。彼の凶行を聞いた時、アルベールは目を大きく見開いて天を仰いだ。彼の行いと彼が結びつかなかった。恐らく誰もがそうなのだ。

 

 そして二人は恐らく、彼の恐ろしさを誰よりも()()()()()()()()()()

 数字とは単なる戦績ではない。それだけならばネットで検索をかければすぐに分かることだ。むしろ戦績以上の、戦場に君臨する死神としての織斑一夏なら同僚や同期の方がよほど詳しい。

 

 二人が理解しているのは――彼の愛機『白式』のスペックの話だ。

 今でこそ第一形態で行動しているが、話を聞けば第二形態への限定解除もたびたび行っている。一般的にISは形態移行(フォームシフト)すればその姿のままだが、彼はコアの疑似初期化により自在に形態を移行させることができる。

 

 基本形態となる第一形態『白式』。

 汎用性を拡張させた第二形態『雪羅』。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()第三形態『ホワ■■・■イ■』。

 

 それを敵に回した場合、全世界が出血を強いられることになるだろう。

 大戦を回避したいのならば方法は一つ――彼の同期である怪物たちが総力を挙げて彼を叩き潰すこと。

 

 愛する者を殺せと命じる、ということだ。

 

 ここにいる二人はとある事情から第三形態までの全スペックを知っている。知っているからこそ、二人は最も事態の深刻さを理解している。

 

 手元の書類は――各国代表への戦力招集についての提言。IS委員会から送付されたデータだ。

 

 二人はこめかみを揉んだ。眉を寄せ、そっと視線を重ねた。

 

 無理だと感情が分かっている。彼女たちが彼を殺すために力を合わせることなどありえない。

 妥当だと理性が分かっている。彼女たちの中にも冷徹さは存在し、世界のために彼を切り捨てることは十分考えられる。

 

 だがその命令を下すのはいつだって地位を得た人間だ。

 

 アルベールはいつか、彼に殴られた時の感触を思い出した。

 ヒカルノはいつか、彼と過ごした一夜を思い返した。

 

 思い出に差はあれど、二人も、一夏を知っていた。表情に色はなかった。危険因子の存在と、信頼できる人間の存在と、相反する感情が混ざり合って、打ち消し合って、驚くほどに二人は無表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーお兄さん、今暇なの?」

 

 アメリカを脱出して、俺はオーウェル社の爆破を切り上げた。

 ステルスモードのISで太平洋を横断し、到着したのはロシア。

 極寒の雪国――思ってたほどじゃない。外套は必要だが、街角で凍えたりはしない。

 

 コーヒーショップの窓際の席で淹れたてのコーヒーを飲んでいると、突然声をかけられた。今の俺は藍沢翔太だ、さすがに偽装がバレたとは考えにくい。

 声をかけてきたのは若い女性だった。白い肌に金髪の美人。

 

「ええ、暇ですね」

 

 目を通していた新聞のデータを格納する。すっかりビジネスマンとしての風格が出てきたと、ノホホンが揶揄ってきたのを思い出した。テロリストには見えないとも。いやあ、テロリストに見えるテロリストなんて今時いないでしょ。みんなこんな感じだって多分。

 

「よかった。今私暇してて、よかったらアソばない?」

 

 コーヒーカップを取り落としそうになった。

 

 え――つまりそういうことか? 恐ろしい勢いで頭が回転してきた。

 おお落ち着け。俺には心に決めたノホホンがいる。ショータは女遊びなんてしないんだ。落ち着け。しかも見るからに俺より一回りは下だぞ。法治国家ならとても許された行為じゃない。いくらテロリストだからってやっていいこととだめなことはある。そっち方面で爆破してしまうつもりはない。確かに刀一本で戦ってきているが通り魔になるつもりはない。行く先々でアドベンチャーしているとはいえこのアドベンチャーは厳しい。教え子に手を出すみたいなもんだぞ! 分かっているのか織斑一夏!

 

 血流が下半身に集中しているのに気づいて、俺はすぐ隣の窓に思い切り頭をぶつけた。一面にひびが広がり、額から滴る血に視界がつぶれる。

 

 やめろ。こんなところで雪片弐型を抜かせるな。俺の零落白夜がシールドエネルギーの吐き出し口を求めて悲鳴を上げている。黙れ! 俺はフォースの暗黒面に呑まれるつもりはない!

 

「お、お兄さん大丈夫……?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「頭から血かびゅーびゅー出てるけど」

 

 クッッソ、びゅーびゅーに反応しちまったじゃねえかいい加減にしろよ雪片ァ!

 

 なんだ? ここはモンド・グロッソか? いきなり世界戦が始まってやがるのか? この俺の脳天を揺さぶるとは相当な使い手じゃねえか、絶対に許せねえぜロシアンマフィア。

 

「じゃあアソびましょうか」

 

 俺は内心でファインティングポーズを決めながら立ち上がった。路地裏に入り次第、この女の顎に一発当てることしか考えられない。何か間違っている気がするが、やられっぱなしでいられるほど落ちぶれちゃいねえ。俺は起き上がり小法師のような男なんだ。

 

「えっと、じゃあ店出る……?」

「はい」

 

 引きつった笑顔で近づいてきた店員に無言で札束を渡すと、店員は晴れやかに笑った。修理代を差っ引いてもお釣りがくるだろう。俺は頭の血が足りなくて計算ができなくなりつつあったが、まあ仕方ない。

 頭部から降りた血のせいで上半身が血まみれだったからか、店の客が全員道を空けてくれた。外に出ればみんな悲鳴を上げて散っていく。なんだ、色男を見るのは初めてだったか? こんな赤一色の色男は俺も初めてだが。

 

「こっちだよ」

 

 話しかけてきた子も気持ち俺から距離を取っているが、これは恐らくミドルレンジでやりあうつもりなんだろう。上等だ、俺は第二形態から全距離に対応できる。

 

 そしてノコノコとついていった路地裏で、俺と女の子は二人して立ち止まった。

 

 即座に周囲にいた男たちが取り囲み、女の子は男たちの向こう側へすっと抜けていく。

 

「おい、あんたがショータだな……待てアーニャ、お前連れてくるだけつったろ、何大けがさせてんだ」

「ホントに私知らないから、その人が勝手に自分でやっただけだから」

 

 血みどろの俺を見て男たちはおののいている。

 

「で、なんだ。複数戦か? いいぜ俺はいつでもやれるからな」

 

 ファインティングポーズを取る俺に対して、男の一人が手を突き出して制止した。

 

「待て待て! 物騒な話じゃないんだ! やり合うつもりはない! 我々はロシア連邦保安庁の者だ!」

 

 ロシア連邦保安庁――KGBの後釜だったか。要するにやべーやつらだ。

 俺はさっと顔を青くして、ポーズを解いた。

 

「あー……いくらだ?」

「なんで我々が旅行者にカツアゲしなければならないんだ! 違う違う!」

 

 なんなら金の方が良かった。

 どうする? バレたか? この場にいる全員を昏倒させて、早急にロシアを去った方がいいか? 死者を出すつもりはないし、無力化も容易か? 視線を右から左に滑らせた。全員の装備をISのハイパーセンサーを使い看破する。それぞれ拳銃を持っている程度。俺を連れてきた女も懐にハンドガンを仕込んでやがった。というか見た目に騙されたが想定より上の年か?

 

「ショータ・アイザワだろう。我々についてきてくれないか」

「理由は?」

「カラシニコフ社のエージェントが君に会いたがっている」

 

 その言葉に、思わず相好を崩した。

 俺の態度がおかしかったのか、話しかけてきた男が眉を寄せる。

 

「いえ、渡りに船というやつです。私はそのためにロシアに来たのですから」

「それはよかった」

 

 ああ――本当に、良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノホホンに帰りが遅くなるかもしれないと連絡を入れてから、俺はカラシニコフ社のビルへ車で拉致された。送迎ではあるが、両サイドをいかつい男に固められたら拉致って言いたくなるだろ。

 

「た、助けてくれ!」

 

 面会室に俺が入った瞬間に、そいつは顔面蒼白で俺に叫んだ。

 

「……この人は?」

 

 ついてきたアーニャに問うと、彼女は嘆息する。

 

「カラシニコフ社の特殊戦術装備部門の人で……我々に保護を求めた上に、貴方を呼んだ張本人よ」

「このままでは私は殺される!」

 

 面会室にいた男は、スキンヘッドの頭を光らせながら半泣きで俺にしがみつく。

 大の男が情けない。こんな様子じゃ、アーニャたちも参っているんだろう。

 

「何故私を?」

「オーウェル社の同期から聞いたんだ、君は防犯コンサルタントの資格を持っていて、なおかつ織斑一夏のテロ活動に対抗しているんだろう!?」

 

 防犯コンサルタント……ああやべ、適当に嘘八百を並べた時にそんなこと言ってしまったかもしれない。

 顔には出さず、穏やかな微笑を浮かべて彼を席まで連れていく。アーニャは俺の座るソファーの後ろに佇んだ。

 

「ですが正直に言えば、私よりもロシア連邦保安庁の方が安全確保としては適任かと思いますよ?」

「もう三人も殺されているんだぞ!?」

 

 アーニャの雰囲気が悪くなった、ちらりと後ろを見れば、不満そうに唇を尖らせている。

 

「……今のは」

「ショータ、知らなくていいことを知った時は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ご忠告痛み入るよ」

 

 報道されてはいない――報道規制だろう。

 カラシニコフ社の役員クラスが三人立て続けに暗殺されるなど、しかもそれが連邦保安庁の管理下で行われたなど、メンツをつぶすには有り余る情報だ。

 

「藁にも縋るというやつですね。では」

 

 俺は粛々と、テーブルの上で手を組んだ。

 

「洗いざらいお願いします――連邦保安庁に話した内容を再度。あなたが狙われる理由はいい。あなたの居場所を知っている人間、つまりはあなたが狙われる原因の関係者を教えてください」

「……裏切り者がいるということか?」

「私は一連の事件の中で、そうだろうと確信しています」

 

 真面目な表情で言い切ると、男は思案顔になった。

 

「……確かに、そうかもしれん。そうでなければおかしい」

「ええ、そうでしょう。私もずっと織斑一夏を追っていますが、あなたが所属していたオーウェル社先端技術部はどうも一枚岩ではなかったようですね」

「なっ、ショータあんた、それ知ってたの!?」

 

 アーニャに肩を掴まれ、俺はその手をやんわりと解いた。

 

「ビジネスマンを舐めないでください。私には私なりのネットワークがあり、私だけの防諜局(CKP)がある」

 

 凄みを出せば、二人は面白いほど俺を見て狼狽した。主人公オーラって便利だわ。

 

「オーウェル社の先技部の中でも、今もつながっているネットワークを掌握し、ダミーの情報を流します。織斑一夏をおびき出し、徹底的に叩き潰します。ロシア代表に連絡を取った方がいい。できれば他の国家代表も必要です。二対一ならあの織斑一夏とて抑え込めるはず」

 

 男に対し視線を向ける。

 

「あなたは連邦保安庁のセーフハウスの一つに隠れているといい。その間に終わるはずです」

 

 救いの神を見たように、男は感極まって涙した。

 握手すると、俺の手に彼は額をこすり付けた。キモいからやめろ。

 

 面会室を出て、アーニャと共に歩き出す。

 

「……うまくいくかしら」

「微妙だとは思う。ただ、現状での最善手には違いないはずだ」

 

 拳を握り、アーニャの目を見た。

 

「事情があるにせよ、人殺しを正当化する理由は存在しない。絶対に止めよう」

「……想像してたのと、違うんだけど」

 

 アーニャは頬を染めて、さっと俺から顔を逸らそうとし――その前に俺は、彼女の頬に手を当てた。

 

「ふぇっ!? え、え、何!?」

「いやさ……それで、今夜は空いてる? アソびに誘ったのは君だろう?」

 

 彼女の丸い瞳に映りこむ俺は、完璧な伊達男だった。

 零落白夜を一撃当てるの忘れてねえからな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・スパイ女
 スパイがこんなウブなリアクションするわけねーだろ!
 まあスパイとは決まってないから……事務局とかだから……多分……
 国籍豊かなIS学園! つってんのになんでロシア代表わざわざ日本人にしてんだよ
 ロシアの女の子は可愛いって相場が決まってるだろ、ISABですらイロモノじゃねえかふざけんな

・オーウェル社先端技術部
 まだ半分ぐらい残ってると思います

・ショータ
 テロを起こしたり人を殺したり、ろくでもない計画ばっか実行しやがって!
 織斑一夏、絶対許さねえ!


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正統派のロシア美人を出せや・中編

「ショーショーどしたの~? なんか不機嫌ー?」

「……別に」

 

 俺はホテルの一室で、ノホホンと共に茶をすすっていた。

 ロシア連邦保安庁――通称FSBのオフィスでやるべきことはやった。あの禿男から得た情報を元に、今はロシア当局が織斑一夏を釣るための偽情報をばらまいているだろう。

 

 当然それを仕組んだ俺こそが織斑一夏なので、流れてきた情報がダミーだなんて分かっている。

 分かってはいるが……ショータとしての活動に箔をつけるためにも、一度は飛び込んでおかなくてはならない。罠だと分かってるし国家代表つったら俺の知り合いなわけで、正直気乗りはしない。でもまあいいかな、たまには知り合いと殴り合って友情を深めないと。

 

「戻ってきてからずっと不機嫌じゃん~」

「まあな」

 

 俺もノホホンも顔面の偽装は維持している。

 入国してからの足取りはずっと追われていた、と考えていいだろう。ならば監視カメラの類は24時間警戒しなければならない。

 無論盗聴だってされているだろう――というかされてる。別れ際にアーニャが俺の衣服に超小型の発信機を付けたのを、愛機が感知した。さすがに反応したら何者だよこいつってなるだろうから、意図して残してある。部屋に入った瞬間にハンドサインでノホホンには伝えてある、ボロは出さない。

 

「で、それどしたの~」

 

 指さされたのは俺の右頬だ。

 ものの見事に、それはもうマンガかよって具合で、綺麗なモミジが貼り付けられていた。

 

「……トラブって、頬を張られた」

「……大変だねー」

 

 へにゃりとノホホンが笑う。

 多分これナンパに失敗してビンタ食らいましたとか言ったら殺されちゃうな。

 アーニャは俺の誘いの意味を理解した瞬間、烈火のごとくブチギレて俺にきつい一発を馳走してくれた。

 まあそりゃそうだよね。出会って少しだし、ちょっと真面目な部分見せたらコロっといくかなーと思ったけどだめだった。俺の同期はちゃんと彼女を見習った方がいい。マジで。

 

「ただビジネスの方はうまくいったと思う。この調子でうまくいけば、織斑一夏のツラをおがめるさ」

 

 ノホホンがすごくもの言いたげな表情になったが、俺は無視した。

 空っぽになったカップを机に置き、改めて流したデータを確認する。セーフハウスの内一つ。内部は無人で、織斑一夏の出現が確認でき次第ステルス状態で潜伏しているIS部隊が攻撃を加える。

 のこのこと罠に飛び込んできた哀れな獲物をがぶっといっちまうわけだ。最高にクールな計画だ。織斑一夏相手に情報アドバンテージを取れていると皆が確信しているから、実情は子供だましに等しいこんな作戦がまかり通る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ショーショーは明日、どうするの~?」

「どうもしない。俺の手出しできる範囲はここまでだ……そうだな、どうしよう」

 

 途中でマジでノープランであることに気づいてしまった。

 実際問題、全部掌の上とはいえ俺が動き出すタイミングはそう多くない。

 禿男が移送され、ダミーのセーフハウス近辺に戦力が集まるまでは数日かかる。

 

「……暇だしビジネスやっとくか」

「ショーショーさ、本当に勤勉だよね」

「当たり前だ」

 

 俺は鼻を鳴らした。ノホホンの声色には、意外なものを見たという意味合いが強く出ていた。

 

「こんなに勤勉実直な男はそういない。昔からそうだったろう?」

「うーん、ノーコメントで~」

 

 ひらりとかわされた。

 確かに座学の成績はよろしくなかったがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで俺暇になっちゃったからさ、護衛よろしくね」

「……マジない」

 

 げっそりとした顔で、アーニャは俺の隣で嘆息している。

 

「いやあ助かるよ、俺って色々やってるから恨みを買いやすいし、それに加えて()()()()()()()()()()()っぽいし」

「脅迫メールだっけ」

「ああ」

 

 織斑一夏から藍沢翔太へ届いた一通のメール。

 仕事の邪魔をするな、という簡潔な一文。それをちらつかせれば――身を守るには戦力が必要ですがあっしは風来坊故、とも告げた――国外逃走の補助の申し出が来た。のらりくらりとそれを嫌がれば、アーニャが派遣されてきた。護衛というわけだ。

 

「大体、その、こないだのアレとかだってあったのに」

「気にしないでくれ。美人を見かけると思わず声が出ちゃうんだ」

「サイテー」

 

 彼女の目がごみを見る目になったので、俺はさっと視線を逸らした。

 

「なんだって私が……そもそもあんたを引っ張り出す時点でおかしかったのよ」

「ああ、何、自分のフィールドじゃない感じか?」

「ええ」

 

 何の仕事をしてるのかは知らないが、確かに人をだましたりするのは向いてなさそうだ。

 どっかのロシア代表とは大違いだな。

 

「ちょっとした休憩だと思ってくれればいいさ。実際問題、俺を直接襲いに来るとは思えないし」

「向こうもそこまで暇じゃないでしょうね」

 

 地球を股にかけるテロリスト様だ。こんなぺーぺーの一商売人にかかわってる暇なんてないだろう。

 ショータのしたことなんて後始末ぐらいで、()()()()()()()()()()()()()()()()()からな。

 

「で、商談って何をするの」

「んー候補を絞ろうかって段階で、まだなんとも。一応オーウェルとのパイプを生かして、オートメーション技術の導入を提案してみるぐらいかな。デュノアも力を入れてるし」

 

 世間話を続けつつ、俺とアーニャは二人で屋台型のコーヒーショップに並んだ。

 

「知ってるか? IS関連の部品を自動で生産する工場で得られたノウハウをもとに、完全自動の市街地を造る計画」

「聞いたわよ。ウチの国から出資はしてないけど、興味はある」

 

 完全自動工場を軸においた完全無人市街地。無人の市街地には現在、入居希望が殺到している。

 労働を行う人間がいない、全てをロボットに明け渡した生活の場。

 

「ドローンが街を清掃して管理する。公共交通機関は自動で走っている。物資を配送して、消費されたと仮定して処分していく。人間だけがいない町ってわけで、これから人間も増えていく」

「まだ人口はゼロ人で、町がちゃんと運営できているかの確認段階よ」

 

 俺は頷いた。

 

「いずれはあんたもそこにかかわるんでしょう?」

「勿論だ。ビジネスマンとしては死んでも見逃せない。アーニャはどう思う?」

「……人間が入ることを、ロボットは良しとするのかしら」

「おいおい、一気にSFになったな」

 

 AIによる反乱か。それもまた面白いだろう。

 

「いいえ。…………入居計画が遅れている理由は聞いてないのかしら」

 

 コーヒーを受け取り損ねそうになった。

 カップを持ち直して、湯気を上げるホットコーヒーをすする彼女の顔を見た。

 

「冗談だろう?」

「いいえ。()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()()()。周辺を警戒する武装ロボットにみんな追い払われている。町の中の発電機を使って、すでに完全孤立状態で一週間の運営が行われているわ」

「……そんなことになっていたのか」

 

 道理で話が進まないわけだ。

 ビジネスとしては完全に失敗だ。商売をする相手としては信頼がゼロに落ちた。出資していた企業はてんやわんやだろう。

 

「そのうちAIとのネゴシエイトが始まるわ。……ショータ、あんた、何で笑ってんの?」

「え? ああ、笑ってたか」

 

 路地に面する窓を見た。男が獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「ビジネスのにおいがしたんだよ」

「……呆れた人ね」

 

 隣から聞こえてきた声を、俺は気前よく無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビジネスは中小企業を回って終わりにした。

 ある程度商談を取り付けることはできそうだ。手際の良さにアーニャが『うちの事務系に来ない?』と聞いて来たが、丁重にお断りさせていただいた。

 

 というかうちの事務系ってことは、あいつは事務系じゃないのか。

 

 流れてきた情報を元に、数日置いてからISを身にまとい空を裂く。

 発信機はそのままに、部屋ではノホホンと俺の録音した音声が会話している。恐ろしく退屈な時間だといけないので、ちゃんと味のある台本を書き上げた。ノホホンは超嫌そうだったけどな。

 

 数百キロの旅を快適に過ごしていた時、愛機がアラートを鳴らした。

 まだ視界にセーフハウスはない――警戒線に引っかかったか。

 

「随分早い到着だな」

 

 ロックオンされているというレッドアラート――大きく旋回。地上の砲台がこちらにのそりを顔を向けていた。

 自律兵器の砲撃を回避。俺のいた空間で数秒後、空中で砲弾がはじけ眩い光を放つ。

 攻撃ではなくこれは合図か。

 

 途端、横から最大級の殺気がきた。

 国家代表クラス特有の、絶対にお前を殺してやるという殺気だ。

 

 刀を握る。――跳躍した。飛翔とは言い難い急加速でがむしゃらにその場から離脱する。

 瞬間、視界を爆炎が埋め尽くす――空間そのものが燃え盛るような異常事態。俺はそれを知っていた。知っていたから対応できた。

 

清き熱情(クリア・パッション)だと――!?」

 

 ありえないッ! こんな広範囲を根こそぎ焼き払う火力は出せないはず!

 何よりこの規模は、IS委員会が定める条約で規制されてる、広範囲殲滅攻撃だ。

 ロシア国家代表更識楯無の愛機『ミステリアス・レイディ』にそんな兵装は乗せられていない。乗せられるはずもない!

 

「――初めまして」

 

 装甲を身にまとった人影が、飛び出してきた。

 爆炎を切り裂いて現れたのは、見覚えのある、幼げな顔だった。

 アーニャ。金髪をなびかせ、彼女は巨大なランスを俺に突き付ける。

 

 驚愕も一瞬にとどめた。そうか、そうだったのか。

 君は、ISパイロットだったのか。

 

 素早く表情を立て直し、嘲るような笑みを張り付ける。

 

「おいおいおいおい、国家代表じゃねえやつが来るとは。もしかして俺のファンだったりする?」

「元、ファンです。今の貴方は、違う」

 

 ISの装備を一瞥した。量産機と比べて圧倒的に少ない紫色の各部装甲。関節部に埋め込まれたナノマシン散布装置と、彼女を包む水のヴェール。

 間違いない、『ミステリアス・レイディ』の同型機だ。

 それも基本出力においてかなり上回った、改良型――!

 

 

 

「――私はアンナ・ブレジネフ。そして愛機の名は『カタストロフ・レイディ』。ロシアの裏の国家代表、と呼んでくださいな」

 

 

 

 アクアナノマシンのロングスカートを翻して、彼女は朗らかに笑った。

 対する俺は笑い返そうとしたが、自分でもおかしくなっちまうぐらい、見事に頬を引きつらせてしまった。

 

 ISの名前が物騒過ぎるだろ。




・裏の国家代表
 ロシアにいないわけねーだろ!
 アクア・クリスタルの数を増やせばパワーアップできんじゃね? という脳筋仕様機体がテロリスト織斑一夏を襲う!

・完全自律の市街地
 雑談の中とかで何度か出してますけど多分次の次ぐらいの話でメインになります
 五反田弾君編になるかと思います


感想評価いつもありがとうございます。
やっていきます。


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正統派のロシア美人を出せや・後編

え?(笑)待って待って(笑)
12巻読んだけどアイリスのじゃロリじゃん(笑)でもキャラ全然違うじゃん(笑)
書き直します……というかリライト版を近々投稿させていただきます……

二次創作をするなら、皆も本編には気を付けよう!


 第一形態『白式』の性能は、十年前には突出した高性能だった――わけですらない。

 極秘開発されていた第四世代機にはすべての面で劣り、速度もオートクチュールを装備した専用機には軽々と抜かれていく。

 その中で俺が戦えていたのは機体の爆発的な成長と、()()()()()()によるところが大きい。

 織斑一夏はそういう存在として生み出された。悲しいことでもあるし、そして世界を守るという点に絞ってみれば、限りなく幸運だった。

 

「――俺は仕組まれた最強だ。それ自体の是非はともかくとしても……俺に勝てるのは、かなり厳しい条件を超えた、()()()()()()()()()だけだ」

 

 ぼやきながら、刀の汚れを振り落とす。

 轟轟と燃え盛る森林地帯。広範囲焼却攻撃を何度も繰り返されたグラウンドゼロの中心。

 

「例えば、織斑千冬は言うまでもない。あらゆる意味であの人は俺の同類だ」

 

 悲しいことだけどな、と少し笑った。心の底から、俺はそう思っていた。

 

「そして例えば、シャルロット・デュノア。自分の力と信念だけで運命なんていうレールを壊せる到達者だ」

 

 俺が心の底から尊敬する存在。俺や千冬姉のようなまがい物とは違う。

 人類が至るべき地点に、束さんのように壊れることすらなく、自分を律しつつ到達してみせた。

 

「鈴もここに入る。本当に俺は……友達に恵まれたよ」

 

 独白しながら、その友達を裏切った俺は自分を嗤った。

 そうして、視線を地面に落とした。

 

 宙に浮かぶ俺の真下。

 

「こ、の、化け物……!」

 

 悲しいぐらいにボロボロにされた、アンナ・ブレジネフと『カタストロフ・レイディ』が横たわっている。

 

「裏の国家代表だっけか。やるじゃねえか」

 

 俺は自分の身体にまとわりつく装甲を見た――第二形態『雪羅』。

 第一形態で相手取るには時間が足りなかった。最近どうも、『雪羅』を安売りしてしまっているような気がする。もっと高尚な必殺技なんだけどな、これ。ていってもこれの形態でやっと現代の最前線ISにスペックで迫れる程度ではあるんだが。

 

「ダミーの情報を流すだなんてこざかしいことしやがって……仕方ねえ。しらみつぶしに行くか」

「待て! クソッ、動け、動いてくれ――」

 

 あがこうとする彼女をしり目に、俺はウィングスラスターに点火して飛び去って行く。

 残念だがあんたとはここまでだ。

 いい夢見ろよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわぁ……」

 

 (ショータ)の護衛にやって来たアーニャは、面白いぐらい不機嫌だった。

 全身のいたるところに包帯を巻いている。身体の動きに不自然な点はないので、全快してはいるのだろう。

 

「……負けたわ」

「戦ったんですか」

「そうよ、私、ISパイロットなの」

 

 初めて知りました、と言わんばかりに目を見開いておく。

 そんな反応には目もくれず――演技のしがいのないやつだ――アーニャは俺が差し出した紙カップのコーヒーをすごい勢いで啜る。

 

「あいつ、何なのマジで」

「……織斑一夏のことか?」

「人間じゃないわよあれ」

 

 

 俺は――笑った。

 

 

()()()()()()()()

「……ISの性能じゃない。私はあいつに負けた。性能なら絶対私の方が上だった――相棒を私が扱いきれていなかった」

 

 内心で同意する――『ミステリアス・レイディ』を遥かにしのぐ呆れた出力だった。そしてきっと、今までの戦闘の中で、あそこまで最高出力を維持しながら戦うことはなかったのだろう。

 彼女の意識外で何度も爆破が起きていた。結果があの山火事に等しい大惨事だ。人気のない場所だったのがせめてもの救いか。

 

「……それで、さ」

「はい?」

 

 デバイスに表示させていたビジネスのメールを消した。商売は順調だった。ロシアにも、ショータ・アイザワの名はだんだん広まりつつあった。コンサルタントが最も近い職業だろうか。風来坊であることも、ある種のイメージ操作に一役買っていた。

 アーニャはコーヒーカップを握りつぶした。嘆息して、俺を見た。

 

「ごめんなさい……私が、あなたの作戦を台無しにしてしまった」

 

 君のせいじゃない――咄嗟に反論しようとした。

 俺の要求は複数名の国家代表だった。それだけの戦力を当てて、なお織斑一夏を取り逃がせば、きっと迂闊に誰も攻撃してこなくなると踏んでだった。結果は違った。裏の国家代表、つまるところ更識のような暗部の者が出張ってきた。弄ばれ、児戯のように、いなされ、敗北した。

 

「……すぐ次が来る。そこで挽回すればいい」

「……ええ、そうね、そうなんでしょう。けど」

 

 瞳が揺れているのを察知した。恐怖、恐慌。怯えている。彼女は織斑一夏に怯えている。

 

「あんなの、どうやって勝てばいいの」

 

 ああ、と、思わず息を吐いた。

 一人、俺は今、一人の人間の将来を潰しかけているんだ。

 自信があった。プライドがあった。実績もあった。それらを平等に踏みつぶして無価値にしてしまうほどの、馬鹿馬鹿しくなるぐらいの敗北。彼女は今岐路に立っている。

 

 目を一瞬閉じた。計算して、はじき出す。

 

 

「信じろ、君の相棒を」

 

 

 アーニャの呼吸が少し、止まった。

 

「ISは……機体とパイロットが揃って初めて、本来の力を発揮できる、らしい。パイロットはパーツじゃない。人馬一体って言葉がある。性能で上回っていたってことは、専用機持ちなんだろ? 君は機体を信じてあげるべきだ」

 

 肩に手を置いた。隣にいる彼女の視線は虚空を見ている。俺には見えない何かを見ている。

 

「君なら――きっと、勝てるさ」

 

 慎重に言葉を選んだ。負ける気はなかったけれど、でも、彼女にも可能性があると直感が告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ショーショー」

「ん?」

 

 ベッドわきの床でトレーニングに勤しんでいると、ノホホンが出前のピザを片手に声をかけてきた。

 

「ルークゼンブルク公国が動いてる……って」

「何?」

 

 トレーニングを切り上げ、眉を寄せた。

 

()()第四世代機をフル投入した討伐部隊を編成して、対織斑一夏用にするんだってさ~」

「大げさだな」

 

 床に座り込んだまま肩をすくめる。アイリスのやつ、本腰を入れてきたな。

 ノホホンが画面を拡大し、俺にも見えるようにしてくれた。

 公式の場の会見か、壇上に上がった、見知った顔が燃え盛る瞳で宣言する。

 

『告げる――織斑一夏を必ず見つけ出せ。地の果てまで追い詰め、わらわの眼前に引きずりだせい!』

 

 恐ろしい形相だった。画面越しに視線が重なっただけだというのに、どっと汗が噴き出た。

 怖い。怖いわ! 何だこいつ!? 怖すぎ!

 

「怒らせちゃったみたいだね~」

「何のんきなこと言ってんだよ……マジ勘弁してくれ」

 

 身の危機を感じて、俺は頭を振った。戦場で遭遇したら本当に殺されるんじゃねえだろうな。眼前に引きずり出せって言ってるけど、生死は問わないとかじゃないよね?

 

「でもでも、ロシアにもう派遣されてるみたいだよー? ほら、織斑一夏用のダミーネットワークにその情報が来てるしー」

「あー……」

 

 牽制、ではないな。

 これは挑発だ。この布陣を知ってもなお、目的を達成するつもりかという問いかけだ。

 

 そしてアイリスは――俺が来ると確信している。

 

「織斑一夏も大変だな」

「……ほんとにねー」

 

 ノホホンがアイコンタクトを送ってきた――死ぬなよ。簡潔で、それでいてこれ以上なく奮い立たせてくれる言葉だ。

 戦端は近い。

 俺は立ち上がって、汗を流すべくシャワールームに向かう。ノホホンの腕を引いて。

 

「……ショーショー?」

「シャワー」

「一人でいいじゃん……?」

 

 彼女の眼は、言葉とは裏腹に情欲に濡れていた。

 俺は笑って受け流して、彼女が手に持ったままのピザにかぶりつく。あー! と不満げな声が上がるが、口の端についたチーズを乱暴に拭い取って、それからノホホンの唇を吸った。

 身体がぞくぞくする。これ以上ない、久方ぶりの、絶望的な戦場が俺を待ち受けている。それがどうしようもなく俺を昂らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あほくさ」

 

 ショータの部屋の盗聴をしていたアーニャは、イヤホンから大音量で流れる喘ぎ声に顔をしかめた。

 こんな仲の良いパートナーがいて、よくもまあ自分を誘ったものだと呆れてしまう。

 

「おい、アーニャ、代わるぜ。ルクーゼンブルク公国からの部隊が到着した、そっちに合流しろ」

 

 同僚の男の言葉にうなずき、アーニャはイヤホンを放り渡して部屋を出た。

 王女直轄部隊との謁見だ、下手な言動は首を物理的に飛ばされかねないだろう。

 

「相棒を信じろ、か」

 

 彼の言葉が繰り返し反芻される。

 自分は果たして、心の底から『カタストロフ・レイディ』を信じたことがあっただろうか。

 暗部のエースとして血みどろの戦いをし、人を殺め、血を飲んで生きてきた。女としての喜びなどとうに捨てていた。自分は人間以下の兵器に過ぎないと割り切っていた。

 

 けれど――本物の化け物と顔を合わせた時、生存本能が思い出したかのように作動した。

 怖い。怖い。怖い。あんなのは知らない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ」

 

 待機形態のネックレスを握りしめているうちに、不意に眼前に何者かが立ちはだかった。

 

「――アンナ・ブレジネフだな」

「……近衛騎士団長、ジブリル・エミュレール様ですね」

 

 事前に送られていたデータを思い出した。

 機体は純正第四世代機『インペリアル・パラディン』――『インペリアル・ナイト』に改修を施した近接型の機体だったはず。

 

 アーニャの『カタストロフ・レイディ』は第三世代機として開発された機体に、乱暴な言い方をすれば展開装甲を無理矢理混ぜ込んだ第四世代機だ。

 現状運用されている第四世代機の多くが、そうして生み出されたことになる。

 

 対して純正第四世代機とは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のことを指す。

 天と地ほどの差はない。だが壁は、確固として存在する。

 

「織斑一夏は、どうだった」

「……強かったです。手も足も出ませんでした」

「そうか。それで?」

「え?」

 

 それ以上にコメントを求められるとは思わず、アーニャは眉を寄せる。

 高身長故にアーニャを見下ろすような格好のジブリルは、意図してか、張り詰めていた雰囲気を緩めて見せた。

 

()()()()()?」

「――――」

 

 見抜かれていた――これ以上ない恥辱。ロシアが満を持して送り込んだ裏の最高戦力としての自分が、敵に対して心底恐怖していることを看破された。

 ずたずたにされていたプライドが、もう一度踏み弄られるような屈辱だった。

 

「まあ、待て。馬鹿にしようとしたわけではない。そうか、怖かったということは――お前を嘲り、罵倒し、弄ぶようにして撃墜したのだろう、あの男は」

「……はい」

()()()()()()()()()()

 

 テロリストの行動原理など知るわけがない、知る必要もない。アーニャにとってはそれが答えだった。

 けれどそのある種の固定観念は、ジブリルの表情を見て霧散した。

 

「何を考えている。何のために、こんな、アリス様を悲しませるようなことをするんだろうな」

 

 自分に向けられた問いではないとアーニャは悟った。これは自身への問いかけであり、きっと彼女がずっと考えていたことに違いないと思った。

 

 何のために戦っているのか。

 

 その問いは――意図してないというのに、きっと、アンナ・ブレジネフの一番奥に突き刺さっていた。

 悲しくなるほどに、アーニャはその問いに対する答えを持っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・カタストロフ・レイディ
 くっっっっっそ強いやばいIS
 他のssでオリ主が乗ってる機体、みたいな印象で書いてます

・ジブリル・エミュレール
 12巻に出てきたとても好みの女騎士
 かまわん、殺せ! じゃないんだよ
 高身長でスタイル抜群とか……これって、勲章ですよぉ?
 描写で明確に一夏より身長高いキャラってかなりレアじゃないですか? てかいたっけ? まあヒールっぽいですけど
 カラー口絵より本編の挿絵のほうがすごい可愛くてやばかった

・12巻読みました
 一生二次創作できないかもってレベルで今作の根幹が壊されたけど無視します
 嘘です過去編書いてなんとか整合性を……うん……
 お前なんかさあ原作と整合性取るために書きなお死し過ぎじゃない? やめたら? この仕事
 あ、イラストが(特にギロチンのやつとか)すげーよかったです
 設定もめっちゃ明かされましたね、コアの原料とか第四世代機とか暮桜の破損理由とか
 まあ暮桜の破損理由正直笑っちゃったんだけどさ
 織斑一夏君の出生がついに明かされたよ! やったね!→リアルガチにもう見たやつだった


感想評価ありがとうございます。
やっていきます。


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閑話 ISちゃんねる

掲示板形式意外とめんどいっすねこれ
半角全角ガバガバです ゆるして


織斑一夏とかいう化け物について語ろう

 

 

1:名無し

語ろう!

 

2:名無し

普通に考えて誰が倒すんだよこれ

 

3:名無し

各国代表が総結集して一丸となるんやで

 

4:名無し

>>3

Gガンか何か?

 

5:名無し

ルクーゼンブルクが討伐部隊組んだやん

第四世代機しかおらんしいけるんちゃう?

 

6:名無し

亡国機業戦役で展開装甲装備した無人機数百体相手に時間稼ぎして殲滅一歩手前まで追い込んでるんですがそれは……

 

7:名無し

>>6

!?!?!?!?wwwww

 

8:名無し

>>6

化け物すぎて草

どうやって倒せと

 

9:名無し

本人が乗ってるのは純正どころか第四世代機ですらないという

倉持技研のHPに書いてるけどあれ厳密には第三世代機らしいな

 

10:名無し

カタログスペックあさったら他の各国代表にボロ負けしててドン引きした

こんなピーキーな機体で戦役を生き残ってるとか普通におかしい

 

11:名無し

>>10

そのピーキーな機体使ってたやつ、戦役生き残るどころか戦績普通にトップなんですよ

 

12:名無し

もうこれ分かんねえな

 

13:名無し

ぶっちゃけ倒せそうなやつ誰? 俺はデュノア代表ならワンチャンあると思ってるんだけど

 

14:名無し

公式大会で封印してる技とかあるらしいなあの現ブリュンヒルデ

 

15:名無し

>>14

マ? kwsk

 

16:名無し

>>14

俺も知らんわそれ

ハンデありで優勝したの? もうマジで織斑千冬の再来じゃん

 

17:名無し

フランス本国ではブリュンヒルデつったら織斑千冬じゃなくてシャルロット・デュノアなんだよなあ……

ちなみに仲良し家族の代表格としてよく父の日とか母の日とかのキャンペーンに出てるらしい

 

18:名無し

>>15 >>16

リィン=カーネイションやったっけ専用機

あれってISコア2つ積んでて、そもそも元々は二つのISが合体したらしい

 分 離 独 立 し て 襲 い 掛 か っ て 来 る 

 

19:名無し

>>18

ヒェッ…………

 

20:名無し

>>18

さすがに絶句

人間辞めスギィ!

 

21:名無し

>>18

ゴーストやんけ!

 

22:名無し

まさかシャルロット・デュノアが二人がかりで来るのか?

 

23:名無し

さっさと織斑一夏にブチ当てろ

 

24:名無し

それでも確信できないんですがそれは……

 

25:名無し

公式大会で戦ってほしかったよなあ

学生時代の模擬戦の映像とかはあるんだが

 

26:名無し

モンド・グロッソ出ないって表明した時の選手全員のホッとした顔ほんま草

 

27:名無し

当時の反響すごかったよな

「織斑一夏は織斑一夏と戦わないで済むから卑怯」とか言われてたのが

「全選手が織斑一夏と戦わないで済むから全選手卑怯」だもんな

 

28:名無し

>>27

もう意味不明過ぎて草

 

29:名無し

IS乗り始めて五年ぐらいで全世界の希望背負ってたし、多少はね?

 

30:名無し

重圧やばかったやろなあ

あいつ死んだら崩壊する戦線いくつもあったもん

 

31:名無し

ワイの故郷、織斑一夏の救援が間に合い無事生存

 

32:名無し

ワイのマッマ戦役末期に共闘したらしいけどやばかったらしいで

 

33:名無し

>>32

具体的にどうやばかったん

 

34:名無し

>>33

息整えるために数分戦うのやめてたらその間に敵の前線を数キロ範囲にわたって殲滅してたって

 

35:名無し

広範囲殲滅兵器持ってましたっけ?

 

36:名無し

いくつか証言あるからwiki見てみるといいぞ

一機ずつ切り捨ててるのに一機当たりコンマゼロ秒だったらしい

 

37:名無し

頭おかしなるで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

124:名無し

ところで話し戻すけど織斑一夏倒すとしたらどんな布陣がええんや

もうタイマンは無理やと思う

 

125:名無し

歴代ブリュンヒルデに鈴ちゃんにボーデヴィッヒ様やろなあ……

 

126:名無し

あっおい待てい

セッシーと簪氏も加えて差し上げろ

 

127:名無し

確かにその二人おったら後衛は満足やな

 

128:名無し

絶対後衛から潰されるゾ……

 

129:名無し

さすがに前衛が簡単には突破できんやろ

 

130:名無し

前衛に人間やめた方々が勢ぞろいしてる状態なんですがそれは……

 

131:名無し

言われてみればそうやな

 

132:名無し

織斑一夏にテロされまくった結果wwwwwwwwwwwww

残業が減ったンゴ……

 

133:名無し

>132

?????????wwwww

 

134:名無し

あーそれ聞いたわ

オーウェルとかカラシニコフの外資系が経営が一本化されたって

 

135:名無し

オーウェルが宇宙開発本格参戦これマジ?

 

136:名無し

そこまで狙ってやってた……?

 

137:名無し

さすがに考えすぎ

人殺してまでやることちゃうやろ

 

138:名無し

>>137

実際これ

 

139:名無し

(犠牲者は少ないけど人殺してる時点で言い訳のしようは)ないです

 

140:名無し

そもそも戦役を生き残った時点でガチのエリートパイロットで

トップの戦績叩きだしつつIS学園の教師になって有望な若者に教えを施しつつ

同期の活躍を見守るとかいう恵まれた環境だったんやぞ

なんで人殺しとんねん

 

141:名無し

恵まれた環境からクソみたいなテロ活動

 

142:名無し

戦役のPTSDとずっと戦ってて限界迎えた説すきだけどかなしい

 

143:名無し

デビルマンかよ

 

144:名無し

??「俺は今でも奴と戦っている!」

 

145:名無し

誰と戦ってるんですかね……あっ(察し)

 

146:名無し

候補が一人しかいない定期

 

147:名無し

 篠 ノ 之 束 

 

148:名無し

隠居したおばあちゃんなんだよなあ……

上皇呼びするのは不敬罪なので首を差し出して、どうぞ

 

149:名無し

隠居したおばあちゃん呼ばわりはさすがに草

 

150:名無し

実際合ってるとは思う

 

151:名無し

おばあちゃん今日はもうコア作ったでしょ!

 

152:名無し

>>151

鶏の卵ちゃうねんぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

289:名無し

じゃあ各国代表全員で押しつぶすで解散でいい?

 

290:名無し

ルクーゼンブルク部隊込みで

 

291:名無し

王女自ら出てきたら盤石やけど、ないやろなあ

 

292:名無し

ロシアおるけど近衛騎士団の団長が来てるらしい

 

293:名無し

エミュレールちゃんか?

勝ったな、風呂入って来る

 

294:名無し

はい不敬

 

295:名無し

現実問題として何が目的なんやろなあ

 

296:名無し

【悲報】織斑一夏、全然本気を出していない模様

ニュースサイトでオーウェルのタワー吹っ飛ばした時の写真見たけどこいつ第一形態やんけ

 

297:名無し

>>296

えぇ……

 

298:名無し

第一形態ってガチのブレオンやろ?

え、それで世界を股にかけるテロリストなんか?

ごめん頭が追いつかんわ

 

299:名無し

組織力高スギィ!

 

300:名無し

亡国機業並みの謎の組織が今更出てくるのほんとやめちくり~

 

301:名無し

ワイはまだ単独犯説推しとるから……

 

302:名無し

>>301

さすがに無理定期

 

303:名無し

第二形態って左腕がえらいことになっとるやつやったっけ

 

304:名無し

>>303

せやで~現状見れる学園時代の映像とかは大体これや

戦役の報道映像やと基本的に第三形態やけど

 

305:名無し

織斑一夏「俺はその変身をあと二回残している。この意味がわかるな?」

 

306:名無し

分かりたくありません(思考放棄)

 

307:名無し

戦役のスコアって第二位誰? そいつぶつけろや

 

308:名無し

>>307

MIAや

 

309:名無し

初めて知ったわ

 

310:名無し

篠ノ之博士の妹やったっけ

 

311:名無し

織斑一夏の幼馴染やぞ

 

312:名無し

絶対トラウマやんそんなん

主人公属性の代償として(設定が)重いんだよお前!

 

313:名無し

あ~(世界が)終わった終わった

 

314:名無し

>>313

織斑一夏「終わってねーよ」

 

315:名無し

お前が終わらせようとしてるんだよなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも感想評価ありがとうございます。
あと感想で割と致命的なミスを指摘していただきました。ガバゆるして
引き続きよろしくお願いいたします。


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オリキャラの覚醒展開って誰得だよ・前編

本日二度目です


 ビジネスは順調だった。

 世界は常に足りないものを欲し続ける。満たされることなく、何かを得たなら次には何を手に入れようと模索している。そこを半歩だけ先を読んでおけば食い扶持には困らない。

 オートメーション技術――労働者の数を減らすとして労働組合から反発され、また高コスト故に経営陣にも難色を示される存在。だが緻密な部品を作るためには必要不可欠となるだろう。人々の役割なんてものは既になくて、今はもう、人間がやらなくてもいい仕事に人間がしがみついているだけだ。

 パフォーマンス向上のためにオートメーション化を検討していた企業に、労働者をあっせんした。ひとまず問題を先送りにはできるようにと。そして技術は更なる発展を遂げ、きっともっと手ごろに導入できる時代が来ると。一つだけ嘘を吐いた。技術が発展するためには実地で検証されなくてはならない。こうして先送りにする企業ばかりではいつまでたっても、うそぶいた時代はやってこない。笑顔の裏にその欺瞞を隠して、商談をくみ上げる。握手をする。盃を交わす。こうも馬鹿ばかりだと人類を守った甲斐なんてものはないなと笑いながら。

 

 オーウェル社は宇宙開発事業に本格的に乗り出していた――第四世代機の汎用性の高さに着目し、自動で搭乗者の身を守るシステム。展開装甲を常時発動させることで以前は立ち入ることができなかったスペースデブリ帯への侵入を検討している。また、人工衛星が破損した際に、他の破片と破片がぶつかり合い自己増殖し始めるという()()()()()()()()()()()()()()()()()――いわゆるケスラーシンドロームへの対応策としても考えられている。このあたりは『ゼロ・グラビティ』に詳しい。あるいは『アップルシード』、『プラネテス』もだったか。

 誰が言いだしたかは知らないが、本格的に宇宙への道が築かれるかもしれない。成層圏を突き抜ける高高度軌道エレベーター計画の再発動が、国連で秘密裏に検討されているとのことだ。

 地球を捨てる時代が迫っているかもしれない。

 

 ならば、『無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)』というのは――名前とは裏腹に、今度こそ成層圏を飛び越えていけるだろう。

 無人機はそこでの活躍を見込まれているが、それは現在世界で猛威を振るっているような完全自律型の話ではない。ステーション内、あるいはそれこそ地上にパイロットを置き、そこから遠隔操作で操る拡張型マニュピレータとしての役割を期待されているのだ。

 商談の中では宇宙開発の話もあった。

 最近は無人機の襲撃事件も頻度を落としている。今度こそ平和が築かれたのならば、人類は次のステップへ進めるかもしれない。それはビジネスの大いなるチャンスになる。

 

 あとはそれこそ――織斑一夏を取り除ければ。

 

 すべてがうまく行き過ぎると、かえって笑う気にもなれないということを知った。

 しらみつぶしにFSB(ロシア連邦保安庁)保有のセーフハウスを潰して回る。本命のいる場所は知っているが、真っ先に行ってしまえば内通者を疑われてしまう。故に順を踏んで、次の次程度になってから行くつもりだった。

 現状大した抵抗は受けていない――本命の場所に集中させているんだろう。ルクーゼンブルク公国の純正第四世代機部隊は厄介だが、切り札の解放でなんとかなる、とは思う。

 

 目下真面目に検討しなければならない、厄介な相手は二人。

 

 ルクーゼンブルク公国近衛騎士団団長、ジブリル・エミュレール。

 俺がアイリスと初めて出会った時から今まで、一度も団長の座を誰にも明け渡したことのない傑物だ。

 性格は生真面目な姫騎士そのもの(ベッドの上でも姫騎士だった)で、油断したり隙を見せたりすることはない。

 専用機は純正第四世代機『インペリアル・パラディン』。かつては『インペリアル・ナイト』という儀礼的な役割も果たす大型ISだったが、戦役の最中でより実践的に改修された。機体のスペックとしては弱点なんてまるでない。近接型ではあるが、極めて高い技量を持つ搭乗者が乗った近接型の脅威を俺が最も知っている。

 きっと彼女は――迷わず俺を斃しに来るだろう。最優先は王女の命令だ。半死半生だろうとも俺を彼女の前まで引きずり出すだろう。

 

 二人目。

 

 ロシアの裏の国家代表、アンナ・ブレジネフ。

 専用機『カタストロフ・レイディ』は今まで見てきたISの中でもかなり上位に位置する凶悪さだ。束さん謹製ISによくあるトンチキさではなく、()()()()()()()()()と言えばいいか。兵装は極めて広い範囲をカバーし、それでいて高出力を維持している。とてもじゃないが第一形態と比べれば十人中十人が彼女に軍配が上がると確信する。

 そして搭乗者のアーニャ。彼女の精神的な迷いが断ち切られていれば、あるいは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここね」

 

 とりとめもなくそんなことを考えていた俺は、隣の席に座ったアーニャを見てウォッカを噴き出しそうになった。

 

「……私たちの監視を一時的に欺くなんて、本当に得体のしれない男」

「はは……」

 

 監視されていることは知っていた。受け入れた上で生活していた。けれど息抜きがしたかった。ホテルの監視をかいくぐり、偶然にも今まで着ていなかった私服を着ることで発信機を置き去りにし、階段から隣のビルに飛び移って脱出した。

 以前から目を付けていた雰囲気のいいバーに入り、マスターと他の客の会話をBGMに考えに耽っていた。休みたかった。

 

「疲れてるみたいね」

 

 磨かれたテーブルには俺のシルエットしか映らない。だが顔色ぐらいは分かっている。休みを欲していた。休んでいる暇などなく、世界を飛び回っていた。目的があって経路が分かっていたら、止まれない。そういう性分だ。

 アーニャがマスターを呼ぶ。

 

「ウォッカマティーニ。ステアせずにシェイクで」

 

 老齢のマスターはひげ面をニヤリとゆがめた。

 俺は半眼になってアーニャをねめつける。

 

「スパイだっていう自己紹介か? それも随分古臭い……びっくりメカでも持ってるのか」

「あら、ISっていう最高のスパイメカがあるわよ」

 

 ISはそういう用途じゃないし、そもそもそういう映画では君は敵役だ。

 呆れながらウォッカを飲み下す。カッと内臓が燃えるような感覚。思考が白熱する。意識が空間に浮遊するこの感じ。

 

「……そろそろ、またあの男とやり合うわ」

「機体の修復は?」

「万全よ」

「それはよかった」

 

 彼女の手元にグラスが置かれた。アーニャはじっとその水面を見ている。

 

「勝てる、と言ったでしょ、あんた」

「ああ」

()()()()に?」

 

 酔いが回っている頭では、うまく答えを引き出せない。

 おとなしい回答を用意していたはずなのにもやがかかったように形を成さず、カウンターの向こう側の酒瓶を眺めながら息を吐く。唇からこぼれた空気が熱を持っている。

 

「相手は……人間だ。殺そうと思えば……殺せる」

「それは、そうなんでしょうけど」

「色々、知ってる……俺らが守ろうとしている男は、善い人間じゃない」

「…………そうね」

 

 逡巡があった。機密情報に抵触していたか。まずいと分かったのに、どうにもスイッチできない。隣から撃たれるかもしれない。ベルトに拳銃が挟み込まれているのは知っている。

 バーはほとんど囁くような声量の会話と、ジャズのBGMが流れている。誰もがスローモーションで動いているかのような感覚がする。若者向きじゃない。

 

「けれど、誰だってそうよ。このバーに来る途中、失業者が一枚の毛布を奪い合って喧嘩してた。殴られたほうは歯が欠けていた。飲まずに、彼らにお金を渡した方が良かった?」

「職の当ては……選ばなければあるんだ……彼らは自分にとって望ましい待遇を求めている……()()()()()()()()()()()()()、と社会の泥沼に身投げしているだけだ……俺はそういう人たちに職を与える仕事をしてるから……驚くことがたくさんあるよ。現状を脱出したいと訴えている。けれど……一歩ずつじゃない、元の世界にジャンプして戻りたいと思っているんだ……低賃金労働を勧めると怒鳴られたりもする」

 

 襤褸をまとった男が前歯のない口から唾を散らし、もっといい仕事をくれと言う。

 俺は笑ってスーツを一着仕立てたらどうですかと言う。借金をしてでも一度立て直すのは、返す見込みがあれば可能だ。

 彼らにそんな可能性はない。口八丁手八丁で言いくるめて、まとめて工場に出荷する。彼らはすぐに歯車として慣れていく。労働が体力を奪い、思考できなくさせる。寮に帰って寝て、起きたらまた出社する。その繰り返しをしているだけで、気づけば彼らは路上で暮らしていたことなど忘れている。

 

「……立派な仕事よ」

「違う。違うんだよアーニャ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。誰かのためになることをしたかった。俺の仕事は社会に吸収されて、プラスにはなりはしない。誰かの人生を変えても、社会はみんなの人生を踏みつぶしていく。そして社会を動かすのは人間の悪意だ。夢見てたんだ、平和を。愛と平和のために戦おうと思っていたっ」

 

 ろれつが回っているか自分でも分からなくなってきた。アーニャが来るまでに、深酒をし過ぎていた。

 

「俺は……あと何人の人生を破壊すれば社会を変えられる? ずっと過信していた……俺には力があるって、俺なら世界を変えられるって」

 

 偽りない本心だった――世界を救って、人々に愛を平和をもたらす。それを夢見て戦って、戦って、戦いの中で理想をどこかに落としてきてしまった。戦役が終わって、気づけば幼馴染を喪っていた。身の回りの人々が傷を抱えて生きていくのを見て、絶望した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 こんな結末のために、俺は、人を殺し続けたのか。

 

「……あんた」

「ああそうだよ。ショータ・アイザワは偽名だ。俺は、俺はっ……従軍していたんだ」

 

 咄嗟に踏みとどまり、言葉を濁した。

 行動に信ぴょう性もある。アーニャは瞠目してから、俺の瞳を覗き込んだ。

 

「PTSD?」

「診断されてるよ、軽度だけどね」

 

 酒をあおる。何も考えたくなかった。ブレーキは壊れていた。

 愛と平和のために戦うなんて絵空事が、どれほど難しいのか今はよく知っている。愛と平和のために俺は、愛と平和を犠牲にし続けている。

 結果が良ければいいと思って。過程も結末も最悪だったあの戦いよりは、過程が最悪でも結末さえ良ければいいと思って。

 

 

「アーニャ。君も戦え。君のために。君の信じるもののために」

「……私の信じる、もの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カウンターに突っ伏して寝息を立てるショータに、マスターがブランケットをかけた。

 何度か来ていたらしい。そのことは知っている。監視していたのだ、この数日でマスターと親しく会話する程度には仲良くなっていることを、アーニャは把握していた。

 

(……私の信じるもの)

 

 意地、だった。

 訓練校でISの機動訓練でトップの成績を叩きだした――歴代二位。一位は不動の、現ロシア国家代表にして前ブリュンヒルデ、更識楯無。

 負けたくないと思った。がむしゃらに訓練に打ち込んだ。資質とその姿勢を評価され、気づけば専用機を与えられた。モンド・グロッソの舞台に立つことが夢や絵空事ではなく、眼前に迫っていた。

 

 ――戦役が始まった。アーニャは戦役後期から参戦し、そして、戦果を挙げすぎた。

 ほぼ無名の状態。表舞台に立った経験はない。ロシア政府はこの逸材を見逃さなかった。平和のための戦いは、栄誉に伸びていた彼女の腕を根元から吹き飛ばした。暗部への転向。戦後の処理。それだけのはずだった。気づけば腰元まで血に沈んでいた。通達される殺害命令に、国際的な問題解決という名目すらつかなくなったのはいつからだったか。

 隣の男を見た。従軍経験は、少しだけだが予感がしていた。身の振り方に軍人の残香を感じていた。

 ショータ・アイザワの経歴は一切不明。偽名なのは皆知っている。戦役に参加していた男。男の軍人も戦っていた。男同士で、地上で殺し合っていた。凄惨な地獄だった。そこを生き残った男は、今度こそ愛と平和のために戦っている。

 

 手を、伸ばした。横髪を一房すくって、指に絡めてみる。

 くすぐったそうにショータが顔を動かしたのがおかしくて、アーニャは顔を緩めた。

 

 自分の信じるもの。

 強くありたいと思っていた。栄誉が欲しいと思っていた。

 暗部のエース――くそくらえだった。元の一市民として、こじんまりとした欲を持っていた時期を思い出す。

 

「織斑、一夏」

 

 化け物だ。真っ向から戦ってどうする。

 強くありたい、名誉が欲しい。そうすれば()()()()()()。貧困家庭の幼少期を思い出す。父親の拳。母親の涙声。嫌だった。振り払いたかった。そんなものと縁のない世界に行きたかった。

 

 

 

 

 

「愛と、平和」

 

 

 

 

 

 

 覚醒の時が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・アンナ・ブレジネフ
 貧困家庭出身のオリキャラ
 ワンサマ世代の少し下ぐらいの想定です
 外見イメージとかはないから自由に妄想、しよう!
 やっぱ弱者の覚醒が燃えるんすよね~

・ショータ・アイザワ
 戦役に参加してた男(歩兵として参加したとは言ってない)
 発言がいちいち重いんだよお前!
 酒は弱くもないけど強くもないです
 美人が隣にいると補正入って陽気に酔えるけど一人だと深酒する典型的なオッサン
 セクハラには気を付けよう!
 本当に悪い大人になって書類送検されちゃうヤバイヤバイ

・ジブリル・エミュレールの専用機
 12巻の巻末付録にイラスト載ってたけどでかすぎて草
 異聞帯のイヴァン雷帝か何か?
 まあフルアーマー7号機みたいなのじゃなくて良かった

・愛と平和
 ビルド面白スギィ!


感想評価、誤字報告ありがとうございます。助かっています。
引き続きやっていきます。


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オリキャラの覚醒展開って誰得だよ・中編

書けたので投稿します


 木々の隙間を抜けて、山を進んでいく。

 積もった雪は足を乗せるだけで沈む。

 ノホホンが、俺の帰りを待ってくれている。

 死ぬわけにはいかない。死ぬつもりも、負けるつもりもない。

 

 視界を塞ぐ吹雪だが、ISのハイパーセンサーで無理矢理視界を拡張して足を勧める。セーフハウスはここから十数キロの地点だ。

 着込んだ防寒コートが重い。ファーの先端は既に凍り付こうとしている。拳を握る。

 バーでつぶれた俺は、アーニャによってホテルまで運ばれた。起きぬけた後のノホホンのゴミを見る目が忘れられない。思い出しただけで背筋が震えた。この年になって酒に飲まれるとは情けない。

 あの時何を言ったのかは正直あまり覚えていない。そしてアーニャとは会っていない。今から会えば、彼女がどんな決断を下してこの場にいるのかが分かる。

 

 今回のセーフハウスは、ズバリ当たりだ。既に襲撃されたセーフハウスに移そうという案も出ていたが、織斑一夏として先んじて同じ地点に二度目の襲撃を敢行したので却下された。

 だからここが決戦場になる。あの男を殺せば、俺はもうロシアに用はない。残念だがロシアもルクーゼンブルクも蹴散らして目的を遂行させてもらう。

 

「――――ッ」

 

 ISの反応――ステルスモードですらない。識別名称『インペリアル・パラディン』。

 俺は素早くISアーマーを顕現させた。第一形態『白式』を経由し、刹那の内に装甲が変質――左腕が肥大化しウィングスラスターが追加された。

 第二形態『雪羅』。出し惜しみはナシだ。

 

 反応が続々と増えていく。ルクーゼンブルク公国製、純正第四世代機『ロイヤルナイト』だ。近接戦闘に重きを置きつつ、パッケージ換装を織り交ぜることで()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本気で狩りに来てやがる――が、狩るのは俺だ。ステルス状態を解除し空中に跳び上がる。多対一で絶対にやってはいけない愚行。これでいい。正面から叩き潰し、俺個人の脅威を知らしめろ。最悪のテロリストとして君臨しろ。

 

「誰から来る?」

 

 互いに位置は割れた。俺はゆっくりと飛行して近づいていく。既に砲撃可能圏内。

 正面を見た。アラート。攻撃はされていない。ISが一機、浮かび上がっている。

 

「――――織斑、一夏」

「久しぶりですね、ジブリル・エミュレール」

 

 破顔しつつ刀を構えた。女騎士は甲冑にへばりつく雪には目もくれず、じっと俺の顔を見ている。

 

「何故だ」

「――テロリストにそれを聞きますか?」

「何故、なんだ」

「ははははっ」

 

 左手の『雪羅』から荷電粒子砲『月穿』を起動。

 のそりと腕を持ち上げて、砲口を突き付けた。

 

王女殿下(アリスちゃん)のとこへは残念ながら行ってやれません――やっぱり生死は問わなかったりします?」

「……いいだろう。必ず貴様の口から聞き出してやる。だが」

 

 ジブリルさんは構えない――腕を組んだまま動かない。

 直後、俺は急上昇した。俺のいた空間が根こそぎ爆散する。清き情熱(クリア・パッション)――来たか。

 

「織斑一夏――ッ!!」

「アンナ・ブレジネフ……ッ!」

 

 歯をむき出しにして笑った。彼女はまっすぐに俺を見据えて、ジブリルさんと俺の間に割って入る。

 愛機『カタストロフ・レイディ』は万全の状態のようだ。アクアクリスタルが光り輝いている。傷だらけにした装甲は一新されていた。巨大なランスの穂先を俺に突き付け、彼女は真正面から突っ込んでくる。

 

「各員攻撃開始!」

 

 ジブリルさんの号令が響くと同時、木々の隙間から砲火が吹き上がる――旋回して回避、エネルギー弾がウィングスラスターを掠めていく。蛇のようにしなる軌道を、アーニャが金髪を振り乱し追いかけてくる。

 

「鬼ごっこは好きか? 手の鳴る方へってやつだ」

「ババヤガなら、子供のころに散々聞かされましたとも……ッ!」

 

 エネルギー弾が空中で炸裂し拡散する。髪がなぶられる。光がひっきりなしに目を焼こうとしてくる。前へは進めない、ルートを誘導されている。今のうちに男を逃がそうとしているのか。

 そうはさせるかよ――地上に存在する機体をマップ上にマーク、真上に差し掛かったところで急降下。

 

「――!」

 

 ロングスナイパーライフルの銃口が向けられるが遅い。地面に激突することを恐れず突撃、銃身を真っ二つに叩き切りつつ『ロイヤルナイト』のすぐそばの地面に降り立つ。

 

「は、速――」

「悪いね」

 

 コンマ数秒間のみ展開した『零落白夜』で切り捨てる。俺を追ってきたアーニャが、振り返ればすでに眼前にいた。

 突き出される槍がアクアナノマシンを刃のように伸ばしてくる。愛刀をかちあて逸らす。至近距離。左腕を腹部に突き付ける。

 

「チィィィ――!」

 

 寸前、超反応でアーニャが身体をねじった。砲口が空に向けられ、咄嗟に荷電粒子砲を真横へ向け、意識外に置いていた他の機体に発射する。咄嗟にかわされたが、掠めただけでその機体の装甲が融解した。有効打。エネルギーの無駄遣いはできない。

 横に回り込んできた『カタストロフ・レイディ』を蹴り飛ばして再度空へ。数を減らす――次の得物を密定めようとした瞬間、雷のような悪寒。

 

()()()()()()

 

 背後に『インペリアル・パラディン』が剣を振りかぶり待っていた。両刃剣からこぼれた雷が周囲を無作為に破壊している。

 振り向きざまに刀をぶつけた――スパークし閃光に視界がつぶれる。互いに弾かれ、即座に踏み込んだ。

 剣戟の応酬。ルクーゼンブルク公国の王室剣技、その随一の使い手ともなれば瞬きの間に人間を十等分はできる。だがその剣技は知っている。何度も見た。何度も戦った。

 それは織斑一夏に対しては致命的なディスアドバンテージとなる。

 

「貴様――ッ!?」

「見せたことなかったっけか? パクらせてもらったぞ」

 

 王室剣技に対して、俺が選択したのは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見様見真似を実戦の中で昇華させ、何より世界で最もこの剣技に長けた目の前の女という最良の教材を片手に学び取ったコピー品。

 攻勢に打って出ることはできないが、その神髄を知っていれば防御の要は頑強なものとなる。

 切り返しをを撃ち落とし、王室剣技の防御の型で徹底防戦――左手をぞんざいに振る。それだけでクローモードかブレードモードを警戒したのか、ジブリルさんが後ろへ下がった。

 

 荷電粒子砲発射、横にスライドさせ三機まとめて吹き飛ばす。戦闘不能には程遠いが問題ない。

 眼前の敵は俺に対して、再び両刃剣に雷を纏わせ突っ込んできた。

 しゃらくせえが付き合ってやるよ。

 

「お前はそうだよな、ベッドの上でも真っ向勝負大好きだよなぁ!」

「それしか教えなかったのは貴様だろうに――ッ!」

 

 痴話げんかのような会話をしつつ、互いに必殺の一撃を放った。

 ジブリルさんが選択したのは王室剣技第三秘剣――斜め下の視覚外から襲い来る切り上げ。

 対する俺は王室剣技、ではなく篠ノ之流剣術を選択――切り上げを小太刀に見立てた左手のクローで防ぎ、右の雪片弐型で斬り込む。

 

「舐めるな!」

「な――!?」

 

 ジブリルさんは両刃剣を――手放した。俺の放った斬撃に対して腕をかざし――刹那の内に両刃剣が量子化・再構成、雪片弐型を真っ向から迎え撃つ形で顕現する。単一の装備を無理矢理に高速切替(ラピッド・スイッチ)の要領で展開する小技。

 剣と刀が激突しスパークした。至近距離で睨み合いながら、押し込みあう。

 

「これもまた、貴様が教えたものだ! そうだろう!」

「教えなきゃよかったぜ……!」

 

 つばぜり合いの形。出力では及ぶはずもない、ジブリルがスラスターを全開にして俺を押し込む。

 砲撃の中を突っ切って、俺の身体ごと女騎士が前進する。

 

「何故だ、何故だっ! 何故こんなことをする! 貴様が――おまえがこんなことをするはずがないっ! アイリス様は、まだお前を信じているッ!」

「く……ッ!」

 

 信じている、だと。クソ、聞きたくなかったぜそんな言葉。アイリスの馬鹿が。さっさと私情を切り捨てろ。引きずり出せってマジで俺の話を聞くためなのかよ。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。

 頭を振った。懊悩を振り払う。現状、出力負けしている。このまま地面に叩きつけられたら、砲撃に袋叩きにされるだろう。

 

「調子にッ――乗ってんじゃねえェッ!!」

「!?」

 

 剣を握る女騎士の両手を蹴り飛ばした。取りこぼした剣を拾おうと咄嗟にジブリルさんが腕を伸ばす。その腕を『零落白夜』で狙う。

 起動。蒼いエネルギセイバーが顕現する。ジブリルさんが目を見開いた。

 

 ――獲ったッ。

 

「させるかあああああああああああああああああああ!」

 

 放出された稲妻――真下から。転がるようにして離脱しつつ、直撃コースのものをアンチエネルギー・セイバーで消し飛ばす。クソ、エネルギーをかなり持ってかれた!

 視線を巡らせる。各地点から俺を狙う『ロイヤルナイト』。得物を取り戻した『インペリアル・パラディン』。そして広範囲殲滅攻撃を応用し俺に一点集中させてきた『カタストロフ・レイディ』。

 

「……なんだよ、一皮むけたみたいじゃねーか。おじさんはうれしいよ」

 

 アーニャにそう言葉をかけると、彼女は澄んだ眼差しで、俺と同高度まで上がってきた。

 元ファンなんだっけか、と笑いながら声をかけた。アーニャは数瞬目を閉じた。

 

「そうですね。ですが負けません」

「言うねえ。焼き直しにならないよう頑張れ――よっと」

 

 飛んできた砲撃を実体剣で叩き落しつつ突貫。

 アーニャが咄嗟に起こした爆発をかいくぐり接近、抜刀。

 クリティカルヒット――装甲が砕けるが、俺はそこでちらりと自分のウィングスラスターを見た。ランスが突き刺さっている。最初からこれが狙いか。

 

「やってくれたなあ!」

 

 使い物にならなくなったレフトウィングスラスターの一基をパージし、蹴り飛ばし荷電粒子砲で撃ち抜く。爆散、視界を閃光が覆う。

 ちょっと本気出しちゃおうかな――エネルギーを放出し取り込む。

 

「各員防御態勢――」

「遅い」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)――地上に降り、駆けずるようにして『ロイヤルナイト』複数機を次々と切り捨てて回る。

 砲撃が飛んでくるがそれは一秒前まで俺がいた地点。すでに遠い。集中に脳が悲鳴を上げる。もう年か。昔はこれぐらい息を吸うようにできたんだけどな。あらぬ方向にライフルを向ける八機目の喉に切っ先を突き込み、ダウンさせた。

 

「さすがにお前らはこれじゃ落とせなさそうだな」

「……見慣れた光景だからな」

 

 防御態勢を取っていた専用機二人は、減速した俺の姿を見て構えを解いた。

 ジブリルさんの瞳には未だ戦意がある――が、アーニャは違う。

 

「……何よ、これ」

 

 全滅一歩手前に追い込まれている自陣を見て、絶句している。

 瞳が揺れている。心拍数が上昇している。かわいそうに。

 

()()()()()()()()()

 

 俺が大仰に両手を広げて笑うと、彼女はさっと構えようとして――ランスを取りこぼした。

 戦場とは思えないような、間抜けな絵面。ランスの穂先が雪に突き刺さる。そこでやっと彼女は自分の手に得物がないことに気づく。

 

「ぁ、れ?」

「……ブレジネフ、下がれ。後は私がやる」

 

 ジブリルさんが全身から雷を放出しながら前に出た。過剰エネルギーの放出ならば『白騎士』に似ているが、彼女の場合はれっきとした攻撃手段だ。

 刀の切っ先を女騎士に向けて、凄絶に笑った。

 

「俺は止められない。あの男は殺す。ああそうだ、質問に答えてなかったな」

 

 アーニャを見た。視線が重なった瞬間に、震えていた彼女は、何故だか、少し驚いていた。

 

「俺は俺なりに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――笑えるだろ」

 

 ああ本当に、笑える。偽りない本心だった。馬鹿だ。俺は馬鹿だ。こんな手段しか選べない。

 進むべき方向の、その果ての破滅を見据えて全力で走っている。何もかも捨てて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛と、平和」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪寒がした。

 

「そう言ったか、今」

 

 ジブリルさんでさえもが瞠目している。

 隣で、いやまさに今ジブリルさんの前に進み出たアーニャの機体が、『カタストロフ・レイディ』が光り輝いている。

 

「ああ、そっか。簡単だった。私、ずっと逃げてたんだ。()()()()()()()()()

 

 穏やかな声色。愛機がアラートを鳴らした。合理的な選択は一つ、この瞬間に彼女を撃ち落とすこと。

 けど。

 俺は笑いながら、それを見ていた。

 嘲りも罵りもなく――純然たる笑みで、それを見守っていた。

 

「飢えたくない。傷つきたくない。楯が欲しかった――金も立場も()()()()。ああそっか、そりゃあ()()に勝てない、当然すぎるわ」

「…………ブレジネフ」

「大丈夫、です」

 

 輝きが一層強まり、それが来る。

 破損していた装甲が再構成され、ランスが光の粒子となって彼女の手元に還る。

 俺はその輝きを知っている。

 

「楯が欲しかった。ずっとずっとほしかった――それは私だけじゃないんだ。みんなそうだったんだ。みんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 装甲が新生される。紫色のアーマーがより鋭角化され、数を減らす。防御を極端に捨てた形態がさらなる先鋭化を遂げる。

 

「守ってほしかった。愛と平和はこの世界に存在するって誰かに証明してもらいたかった、私には無理だって――だから、その時点で負けていた」

 

 小型化されたランスが彼女の両手に顕現し、即座に水のヴェールを被り巨大化する。

 

「負けない。私はもう負けない! 私は戦う、私が戦う、誰かの、()の――」

 

 

 

 

 

 

「愛と平和のためにッッ!!」

 

 

 

 

 

 

「あぁ……」

 

 感嘆の息が漏れた。

 愛機が表示する、その銘――第二形態、『ブレッシング・エイレーネ』!

 進化した、この土壇場で。変身した、この決戦場で。

 

「あなたの愛と平和だって存在するだろうけど――違う、それは、私が願うものじゃないっ! これは証明だ、()()()()()()()()()()()()、その証明だ……!!」

 

 俺は満面の笑みで、新たな希望の誕生を祝福した。

 俺が捨ててしまった希望を、拾ってくれた彼女の再起を歓迎した。

 

「そうだ、そうだよアンナ・ブレジネフ。それがきっと、正しい答えだ」

 

 アーニャが両手のランスを構えた。放出されるアクアナノマシンがさらにランスを肥大化させ――俺と彼女が同時に加速。

 激突、至近距離で睨みあい、俺は哄笑と共に刀を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・エイレーネ
 平和をつかさどる女神です(Google調べ)

・覚醒
 誰もが愛と平和のために戦ってるんだぞ
 つまり……誰もが仮面ライダーってことなんじゃないかな?
 人間は皆ライダーなんだよってどっかの実業家が言ってたし

・王室剣技
 なんか強い剣技
 以上

感想評価ありがとうございます。
やっていきます。


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オリキャラの覚醒展開って誰得だよ・後編

本日二度目です
寝ます……


 雄たけびと共に、ランスが振るわれる。

 歓喜の声を上げながら、刀を振るう。

 

 彼女の穂先は俺の頬を掠め、俺の切っ先は彼女の腕を掠める。

 詰められた距離――空間が根こそぎ爆破される。寸前で回避こそしたが、余波が俺の身体を叩き吹き飛ばす。スラスターを一瞬吹かして体勢を整えれば、もう目と鼻の先にランスが来ていた。首を傾げ回避。

 アーニャの瞳が燃え盛っている。

 俺を討とうと、全身全霊を懸けている。

 

 既に他の戦力はあらかた壊滅し、アーニャにすべてを委ねたかのように静観するジブリルさんがいるのみだ。

 俺と彼女の一騎打ちの果てにこそ、戦いの結末は決定する。

 互いに一歩も譲らず得物をぶつけ合う。アーニャは昨日と比べ物にならない速度の反応で俺の攻撃を撃ち落とす――否、水のヴェールを広範囲に展開し、捌ききれない攻撃のダメージを最小限にとどめている。掠める瞬間に『零落白夜』を起動しようにも、水のヴェールは切っ先を絡めとりアーニャの身体から逸らしてしまう。

 そも、全方位から水の槍が襲い掛かってくる状態ではいまいち攻勢にも出られない。俺の動きを妨害しようと空気中の水分が増せば、即座に後退して距離を取る。左腕のクローを使ってもいいが、そこまでエネルギーを消費してしまえばこの後に控えるジブリルさんの相手が厳しくなってくる。

 

 ランスが唸った。アクアナノマシンを射出し、疑似的に射撃兵装へと変貌する――楯無さんがやっていた技だ。即座に横へ飛び退いて回避すれば、予期していたかのように槍本体が迫りくる。打ち払う。火花が散る。アーニャの血走った眼が俺を捉えている。

 

 ああ見ろ。見るがいい。これだ。

 これが本当に必要な存在だ。次の時代を守る戦士だ。

 

 安心した。

 

「良かったよ――お前みたいなやつがいて」

「何、をッ」

「でも譲れないな」

 

 突き出されたランスを弾く――もう一振りの槍が突き出されるのを、左手でモロに受け止める。

 装甲が砕け散り、シールドエネルギーが大幅に削られる。

 計算済み。突き出した刀がアーニャを捉える。

 

「何、を――勝手にッ!」

 

 はずだった。受け止められた。ランスを捨てた右手が刀身を掴み、火花を散らしている。

 驚愕に目を見開いた。馬鹿な。

 

「何を勝手に終わらせているんだ、あんたはァッ!」

 

 互いに相手の武器を素手で掴んだ至近距離で、アーニャがのけぞった。それから、思い切り頭をぶつけてきた。額と額が激突する。絶対防御を貫くはずもない。だが、圧された。

 心理的な問題だった。頭蓋骨が軋む。視界が明滅する。ダメージはゼロなのに、ただ単純に狼狽えていた。

 

「あんたを倒して証明してみせるっ――誰かを傷つけることなく、あっさりと、簡単に、世界は変えられるって! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 左のランスも手放して、彼女は拳を握った。

 俺はそれを――ただ、見ていた。

 

「答えなさい! 織斑一夏! 愛と平和のために戦っていると、心の底から言えるのか!」

「……俺は」

「即答しろよバカぁっ!」

 

 拳が頬にめり込んだ。力のこもっていないパンチだった。

 アーニャは――目に涙を浮かべて、そのまま俺に縋りつく。

 戦場に静けさが訪れる。

 

「敵相手に、何してやがる」

「うっさい」

 

 彼女は俯いたまま、言葉を必死に絞り出した。

 

 

「……あんたなんでしょ……()()()()……」

「ッ!」

 

 

 ジブリルさんの様子を確認する。彼女は腕を組んで、俺たちを見ている。それだけだった。

 アーニャが両手で、俺の肩を掴んだ。俺は刀を素早く彼女の首にあてがう。

 

「誰だよそいつ――何勝手に戦いが終わりましたみたいな空気出してんだ、ここは戦場だぞ」

「分かるよ、分かっちゃうよ。だって同じなんだ……愛と平和を犠牲にしているって言った時の、諦めきった眼。ショータ、ううん、織斑一夏、あんたも何かのために戦ってる。そうなんでしょ?」

「うる、せえ」

 

 刀があるのに――俺は彼女を引きはがそうともがいた。

 

「自分の行いでどれだけの犠牲が出るかなんて計算したんでしょ? それでも戦わなきゃいけなかったんでしょ?」

「――――ああそうだ。俺は、それでもやる」

「私は、楯になりたい。誰かを暴力や不幸から守れる楯になりたい。悪を斬る()()()にはなれなくても、楯になる。だからあんたの敵ってことになる」

「俺は、暴力や不幸と同じ扱いなのか? 傷つくぜ」

「あんたが望んでやってることでしょ。でもあんた自身が、暴力や不幸をなくしたいと思ってる。滑稽なぐらいにあんたは一人で完結している。私は許せない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を認められない」

 

 アーニャは至近距離で俺の顔を覗き込んだ。

 涙にぬれた瞳に、未だ、戦意は燻っている。身体が震えた。

 

「絶対に認めない。あんたは間違ってる。誰かが犠牲になる愛と平和なんてあるはずがない。私は、私はそれをあんたに証明する」

「お前」

「だから、堕ちなさいッ!!」

 

 爆炎が吹き荒れた。ゼロ距離で放たれた空間爆撃攻撃。

 自分諸共、彼女は俺を吹き飛ばそうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛と平和のために戦うと彼女は言った。

 そして――その行いは、俺すら守りたいらしい。

 笑える。倒せよ。俺を倒せよバカ。愛と平和のために倒すべき相手だろ、俺は。

 

 ああ、畜生。何だよ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺を負かして、俺の行いを終わりにしようとしている。俺のためにそうしている。

 

 気持ちの面で――負けたなと思った。

 完敗だ。悲しくなるぐらいに、俺は彼女の輝きに打ちのめされた。

 まっすぐな心に負けた。

 

 巨悪を倒すために、俺は悪になった。

 彼女は、アンナ・ブレジネフは、悪を倒すために――ではない。愛と平和のために、迷いを捨てて、人々の楯となった。

 構図にすりゃ明快だ。俺が勝てる道理なんてあるわけがない。

 

 挙句の果てには俺すら守ろうとしている。なんだよ、迷いを捨てたからって、振り切り過ぎだろ。極端なんだよ。

 

 アンナ・ブレジネフは人々の楯=正義の味方であり。

 織斑一夏は人々の剣=悪の敵であり。

 

 優劣がないとしても、両者が激突した時に、その高潔さが勝敗を分けるなんて分かり切っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも駄目だ。

 

「限定解除」

【Third Shift】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぇ……」

「言ったろ。譲れねえってな」

 

 何が起きたのか分かっていないのだろう。爆発は俺たちを呑み込む寸前にすべて()()()()()()()()()

 そしてまた――アーニャのISのシールドエネルギーが、一瞬で底をついている。

 俺のISは光り輝いて、それから輝きが収まるころには第二形態『雪羅』の状態だった。

 

「何、が」

「どうしても譲れない。だから、お前の勝ちではあるが、俺の勝ちってことにさせてもらった――ジブリルさん!」

 

 呼びかけてから、アーニャを投げ飛ばした。

 悲鳴を上げる彼女の身体を、即座に回り込んだジブリルさんが受け止める。

 

「どうします。この状態でやりますか?」

「…………」

「待て! 待って、織斑一夏! まだ負けてない、私は、私は負けてない……!」

 

 叫ぶアーニャに対して俺は、薄く笑った。

 その通りだよアーニャ。正しい言葉だ。

 

「ああ。お前の勝ちだ」

 

 背を向けた。

 

「……アイリス様に報告しておこう。お前は――やはり、お前だったと」

「……何ですかそれ、意味わかんない」

 

 スラスターに点火。二人を置き去りにして疾走する。

 かつて捨ててしまった情念が俺の名を呼んでいる。アーニャの声がずっと追いかけてくる。俺の名を呼んでいる。

 ああ、でも、本当に――安心した。

 カラシニコフ社役員の男を護送している車を視界に収めながら、俺はそっと安堵の息をこぼしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏に一矢報いたとロシア政府は発表した。

 間違いじゃない。切り札を複数解放する羽目になるとは思わなかったし、機体の損傷はかなりひどい。

 ターゲットの男は殺した。車の眼前に降り立ち、停車させて、護衛していた連中を引きはがしてから斬殺した。

 目的は達成した。もうロシアに用はない。

 

 荷物をまとめて、それからふと外に出た。

 雪が降っている。手に振って来る雪の結晶を見た。俺のISと同じ色。

 

「ショータ」

 

 名を呼ばれた。ホテルのすぐ外で、俺を待っていた。アンナ・ブレジネフ。

 

「……ううん。一夏」

「ファーストネーム呼びかよ……」

 

 別にいいけどさ――戸惑っているうちに、彼女は歩み寄って来る。

 拘束しにきたか。警戒していたが、アーニャは手に持っていたコーヒーカップを俺に差し出した。

 受け取る。毒が入っているかもしれない。飲めない。

 

「次は何処に行くの」

「……西欧だ」

「遠いね」

「まあ仕方ないさ」

「まだ負けてないから」

「言っただろ、お前の勝ちだ」

「あんたを止めた時が、私の勝利よ」

「そうか」

「ええ」

 

 雪が降っている。

 

「あんたを止めたい――けど、その前に、私は自分の国を守らなきゃいけない」

「……暗部、抜けたんだってな」

「報道で明るみに出ちゃったから……開き直って、公式の選手にさせてもらったわ」

「次のモンド・グロッソが楽しみだな」

「あー、シャルロット・デュノアには勝てる気がしないのよね」

「無理だな」

「ひどい!」

 

 視線を交わすことなく、二人並んで空を見上げている。

 俺を捕まえるつもりはないのか。彼女の立場や信念を考えれば、俺を捕まえるなり殺すなりするべきだ。

 

「……何もしないわよ」

「何故」

「愛と平和のため」

「はあ?」

「多分、だけど。あんたは愛と平和を犠牲にしているって言った。それはてっきりテロ活動のことかと思ってたけど――違う。テロの被害をあんたは自分で補填している。犠牲になってるのは、あんただ」

「……だったら見逃すのか」

「違う。見逃せるわけない。私はあんたの楯になる。私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思わず彼女の顔を見た――こちらを見ていた。いつからだろうか。

 

「だからあんたも、戦いなさい。自分の信じる愛と平和のために」

「……俺の、信じる」

「きっとあんたの知り合いも大体同じ気持ちなんでしょうね――だって馬鹿だし」

「おい、どういう意味だ」

「あんたが馬鹿ってこと」

 

 けらけらと笑うアーニャの表情に、俺は毒気を抜かれて嘆息した。

 正直彼女がショータ=織斑一夏であることを明かさないのは、あまりに都合が良すぎる。すごく疑わしい。フランスに着いた瞬間拘束されるかもしれないとすら思う。

 

「それが、私なりに考えた結論だから。世界の愛と平和を守るためにあんたは戦う。私はその後に、あんたの愛と平和を守るために戦う。どう?」

「世界を俺が害するぞ?」

()()()()()()()()()()()()?」

「…………やめとけよ、つっても無駄だろ」

「勿論」

 

 いい笑顔だった。ムカつく。

 歯ぎしりして悔しがる俺を見て、アーニャが爆笑する。何もかもが馬鹿らしくなって、コーヒーをぐいと飲んだ。変な味はしない。本当にただのコーヒーだった。

 それがなんだか、不意に腑に落ちた。全部疑っていた。全員敵だと割り切って、テロ活動に没頭していた。けれど違った。アイリスは俺を信じている。ノホホン……のほほんさんだって俺を信じてついてきてくれている。そして、アーニャも俺を信じてくれている、らしい。

 見ようとしていなかったものが見えた気がした。気が楽になるのを感じた。

 

「あー、そうだ。すっかり忘れてたんだけど」

「ん?」

 

 何でもないことであるかのように、何気ない感じを装った言葉だった。

 隠しきれていない緊張が伝わって、眉を寄せる。

 

「どうした」

 

 答えは返ってこない。

 無言のまま、アーニャはそっと俺に寄った。

 見上げてきて、背伸びされて、

 

 

 唇に唇がぶつかった。

 

 

 ――――――――!?

 

 

「……アソんであげるって言ったけど、その、私、ビギナーっていうか、したことないから……とりあえずこれで勘弁して」

「ぇ、は、はい?」

「じゃ、じゃあね! 絶対無駄な犠牲者は出さないように!」

 

 顔を背けて、彼女はだっと駆けていく。

 取り残された俺は、ぽかんと口を開けたまま、その背中を見送った。

 ……お前、いいのかよそれで。

 

 なんだか、教師を辞めてからの方が人間関係こじれてきたな、と空を見上げてため息を吐く。

 悪い気はしないんだけどなあ。

 

 

 嘘だ。

 すごい悪寒がする。

 なんでだろう。

 

 

 後ろを振り返った。

 空港までレンタカーで向かう予定だった。借りることになっていた車がそこにあった。運転席には満面の笑みのノホホンがいた。

 

 

 ――――あっ(察し)

 

 

 アクセルが踏み込まれる。

 俺は反転し、脱兎のごとく駆け出した。

 

「――ショーショーさぁぁぁ~~! こういう時に一番最初に頼るべき人間が誰なのか全然分かってないよね~~~~~~!!」

「ごっ、ごめ、ごめんさないごめんなさい! 違うんです! 今回はただ相手が悪かったというか、そう! 俺に似てたんです! 親近感! 親近感故の急接近なの!」

「それ一番許せないんだけど――――! 羨ましい妬ましい~~~~!!」

「う、うわああああぁぁああぁあぁああぁっ!?」

 

 レンタカーが爆音を奏でて俺を追いかけてくる。

 全力疾走でロシアの街を駆け抜けながら、俺は天を仰いで絶叫した。

 

 

 

「ちくしょ~ッ! もう後輩指導なんてこりごりだ~~ッ!!」

 

 

 

 やっぱり俺の負けだった。基本的に即負けしてる気がするぜ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・アンナ・ブレジネフちゃん
 公式選手デビュー決定! CDデビューとかもすると思います
 正直スタンスの最終的な落としどころはすごく悩みました
 ワンサマを憎み切った状態でもいいかなと
 でも愛と平和を守るための戦士として覚醒してるし、器がありえないぐらい大きくなってそうだなって思って今回の結論に至ります
 人を守るために戦うから、誰かを傷つけるような人を守ったっていい! みたいな
 あと公式デビューは今回の任務失敗のせいで暗部のエースとして格が堕ちたというのもあります
 カタナにはなれないし楯無には及ばない、だから楯になるってロジック我ながらすき(自画自賛)

・ワンサマ
 自分の愛と平和を犠牲にして誰かの愛と平和を守る戦士
 なお巨悪にとっての愛と平和は勘定に入れてない模様(多分これうまく説明できてない……)
 偽悪とか悪の敵とかそんな感じです

・女騎士
 くっころさせたかったけど今回は保護者ポジで
 そのうちもっとメインな回を書きたいです
 イラスト見直したらヒールじゃありませんでした、最高か?

・愛と平和
 正直ゲシュタルト崩壊しました


感想評価ありがとうございます。励みになります。
今後もやっていきます。


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閑話 ISちゃんねるその弐

レス番使い回しです
ゆるして


【悲報】織斑一夏、ユーラシア大陸を悠々と横断

 

 

1:名無し

ロシア政府ブチギレてて草ァ!

 

2:名無し

カラシニコフ社の役員をボーリングのピンみたいな感じで殺していきやがったな

 

3:名無し

メンツ丸つぶれなんだよあ……国家代表投入して、どうぞ

 

4:名無し

これは織斑ストライクフリーダム一夏ですわ

 

5:名無し

>>4

アイエスシードデスティニーやめろ

 

6:名無し

織斑ストライク一夏とかいう同級生にモテまくるハイスピード学園ラブコメの主人公

 

7:名無し

織斑フリーダム一夏あたりから地獄見てるんですがそれは……

 

8:名無し

シャルロット・インフィニットジャスティス・デュノアかな?

 

9:名無し

>>8

長すぎィ!

 

10:名無し

織斑ストライクフリーダム一夏の語感良すぎて草生える

 

11:名無し

実際どうやって対抗しようとしてたんですかねロシア政府

 

12:名無し

>>11

ルクーゼンブルク公国部隊フル投入だぞ

 

13:名無し

>>12

!?!?!?!?wwwwwww

え、負けたのか……

 

14:名無し

数で押しつぶすのは無理みたいですね……

 

15:名無し

質と量すべてに全力注がないと無理なんだよなあ

国家代表を国連権限で招集して、どうぞ

 

16:名無し

純正第四世代機部隊で挑んだ結果wwwwwwwwww

死んだンゴ…………

 

17:名無し

第七王女「誠に遺憾である」

 

18:名無し

カラシニコフ社の配信見たけど

役員クッソニコニコしてて大草原

 

19:名無し

>>18

内部抗争が外部からの圧力で終わったからなあ

 

20:名無し

>>19

圧力(暗殺)

 

21:名無し

随分ものものしい圧力ですね……

 

22:名無し

悠々とユーラシア大陸横断ってもう欧州到達しとるんか

 

23:名無し

>>22

デュノア社役員殺されてるンゴ…………

 

24:名無し

>>23

ファッ!?

 

25:名無し

>>23

こマ?

 

26:名無し

>>24 >>25

ついさっきストライプスとかに載ってるけどデュノア社の役員が自宅ごと吹き飛ばされてる

 

27:名無し

シャルロット・インフィニットジャスティス・デュノア「本気出す」

 

28:名無し

>>27

ヒエッ……

 

29:名無し

終戦ワンチャンあるで

 

30:名無し

実質モンド・グロッソ

 

31:名無し

こんな血なまぐさいモンド・グロッソ嫌です……

 

32:名無し

なんかロシアの公式選手一人増えてるんだけど

美人だああああああって思ったら第二形態移行済ませた第四世代機で織斑一夏に一矢報いてるっぽくて草

 

33:名無し

>>32

アーニャちゃんほんますこ

 

34:名無し

>>32

アンナ・デスティニー・ブレジネフやんけ!

 

35:名無し

タイトルバックを占有する織斑一夏

 

36:名無し

織斑一夏「やめてよね」

 

37:名無し

>>36

(やめてほしいのは)お前じゃい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

124:名無し

零落白夜って何なんやあれほんと

織斑千冬時代からおかしかったで

 

125:名無し

モンド・グロッソでブレオンとかもう二度とおらんやろなあ

 

126:名無し

デメリットないの?

 

127:名無し

>>126

自分のエネルギークッソ消費するらしいゾ

 

128:名無し

なんでそんな武器使っといて織斑一夏は全世界で暴れまわれてるんですかね

 

129:名無し

ゼロコンマ数秒だけ展開してるらしい

 

130:名無し

恐ろしく速い零落白夜……俺じゃなきゃ見逃しちゃうね

 

131:名無し

お前誰だよ

 

132:名無し

フルパワー零落白夜ってISごと人間真っ二つにできるってマ?

 

133:名無し

>132

 

134:名無し

絶対テロリストに持たせてはいけない兵器

 

135:名無し

実際問題燃費クッソ悪いんだし持久戦に持ち込めや

兵糧攻めとは言わんけど包囲して身動き取れなくしてエネルギー切れまでやれば勝てるやろ

将棋やったことないんか?

 

136:名無し

>>135

将棋要素なくね?

 

137:名無し

>>135

まるで将棋だな

 

138:名無し

>>135

戦役時にそれやったケースいくつもあるで~

 何 故 か 燃 費 切 れ し な い 第 三 形 態 

 そ も そ も 包 囲 し よ う と し た 戦 力 が 片 っ 端 か ら 斬 殺 

 

139:名無し

地獄か?

 

140:名無し

第三形態なんかやばいらしいな

それ封印状態でここまで世界ひっかきまわすって何なんだよ

 

141:名無し

タッバはほんとにロクなもんつくらねえな

 

142:名無し

タッバの想定超えてた説すこ

 

143:名無し

主人公そのものなんだよなあ

悔い改めて

 

144:名無し

篠ノ之博士は無能なドラえもんみたいなもんやろ

のび太君のお願い事をクソ曲解してクソ厄介方法で叶えようとしてくる

実質呪いのアイテム

 

145:名無し

>>144

汚染聖杯定期

 

146:名無し

>>144

クッソ辛辣で草

 

147:名無し

機密情報流出ナニコレ

 

148:名無し

今?

 

149:名無し

IS委員会の戦役レポートが流出ってこマ?読みます

 

150:名無し

前線出てない人間としてはSF小説に近いよな

現実味がなさすぎる

 

151:名無し

学徒動員やらかしといて現実味がないはちょっと……

 

152:名無し

学徒動員なんて非現実的って言いきれる世界になってないのが問題なんだよなあ

恥ずかしくないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

289:名無し

織斑一夏は二度死ぬ

 

290:名無し

機密文書ドン引き

 

291:名無し

>>289

二度どころじゃなくて何度か生命反応途絶えたところから無理矢理蘇生してるんですがそれは……

 

292:名無し

ちょっとこんな凄惨な戦争経験あったら心ブッ壊れてもおかしくはないなと思ってしまった

 

293:名無し

逝きスギィ!

 

294:名無し

織斑一夏「死んだけど死んでないから生きてるぞ」

 

295:名無し

>>294

もう休めや……

 

296:名無し

【朗報】織斑一夏、Instagramを更新

 

297:名無し

>>296

えぇ……なんでアカウント動かせるんですかね

ワイインスタやってないから見れん、誰かハラデイ

 

298:名無し

ワイもやってない

 

299:名無し

ワイもや

 

300:名無し

陰キャばっかで草ァ!

 

301:名無し

(画像)

ほい

フランスでアイス食っとるらしい

このためだけにアカウント作りなおしとるな

 

302:名無し

>>301

満面の笑みで草

 

303:名無し

>>301

人間一人を家ごと吹っ飛ばした直後にこの笑顔はサイコパス過ぎません?

 

304:名無し

シャルロット・デュノアさんがブログ更新してますね……

 

305:名無し

殺害宣言?

 

306:名無し

発想が物騒過ぎるやろ

 

307:名無し

ブログフランス語やったから翻訳ミスってたらごめんけど

要約すると

 

なんでこんなことするの?僕はまだ信じてます!話を聞かせてください

それはそうとデュノア社への嫌がらせはやめろ殺すぞ

 

みたいな感じ

 

308:名無し

>>307

殺意漏れてますよ

 

309:名無し

>>307

後半の怒涛の殺意でだめだった

 

310:名無し

見たかった対戦カードではあるけど

絶対シャルロット・インフィニットジャスティス・デュノアに勝ってほしい

 

311:名無し

劇場版か何か?

 

312:名無し

ゴジラVSガメラみたいなもんやな

 

313:名無し

地球こわれる

 

314:名無し

地球最後の日(迫真)

他の国家代表も集めて君だけのドリームチームを組み上げ織斑一夏を倒そう!

 

315:名無し

ワイ一か月間フランス滞在、震える

 

316:名無し

というか目的も要求もなしにこんなことするっておかしくね?

 

317:名無し

そういうのがあればまだ交渉の余地があったんだけどな

 

318:名無し

いきなりやって来て殺して壊して立ち去っていくから自然災害に近いな

 

319:名無し

やっぱりゴジラじゃないですかやだー!

 

320:名無し

プラレール走らせてたら猫に叩き落されたみたいなもんやろ

 

321:名無し

こんな凶悪な猫いらんわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日は多分投稿ないです
感想評価いつもありがとうございます。
次はかなり書きたかった弾くんの話です。
やっていきます。


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影の薄い親友は有能・前編

昨日一日寝てました
寝ると……気持ちいい!


 五反田弾は上機嫌だった。

 仕事先に向かうその姿は、洗いざらしのジーンズにアロハシャツというゴキゲンな服装だ。

 社則に縛られることのない立場である彼にとって、その服装と赤い長髪は絶対に譲れない点である。

 また、その外見的な特徴が交渉や印象操作に一役買っていることを、彼自身はしっかり理解している。頭はキレる。腕もある。それでいて気負わず、鼻歌交じりに作業をこなすことができる。

 仕事人に求められる資質の大半は実家の食堂で培われた――彼にとって自分の生み出した何かで他人を喜ばせることは、人生の一部となっていた。

 

 現在は恋人と共にフランスに住み、フリーランスのシステムエンジニアとして腕一本で日銭を稼いでいた。否、日銭というのは不適切であろう。実にエンジニアとして最高峰と目されるその腕前は、フランスの一軒家を借り数年暮らし、週末にはパーティーを開き友人らを招き、夜はホームシアターで芸術的な映画作品を鑑賞する生活を可能にしていた。

 高校生、あるいは中学生のころには考えたこともなかった生活。

 驕ることなく、他者を蔑むこともなく、自分にできることをこつこつと積み上げてきた結果。

 

 五反田弾は、誰もが『成功者』であると断定できるような男になっていた。

 

 地下鉄を下りて地上へ上がり、オフィスシティを空間投影マップに従って歩く。

 町の人々は寛容だ。アロハシャツの東洋人が歩いていても皆笑顔ですれ違っていく。ここに東京のような半ば軽蔑、半ば無視という器用な反応は存在しない。弾は日本よりも欧米の人々の方が付き合っていく上では性に合っていた。青年のころにはまだ余裕のない面もあったが、今となっては決して仕事に妥協はしない、けれどもプライベートでは豪放磊落な性格を見せる好漢へと成長している。

 そんな彼は世界中の大企業から指名を受けるトップクラスのフリーSEであり、今日もまた、お得意先からの呼び出しを受けていた。

 

(にしても、まさかこのタイミングで()()から仕事が来るなんざ、因縁ってやつなのかもしれねえなあ)

 

 今回の仕事相手を弾は知っていた。

 何度も仕事をしたことがある。その最初は――コネ。縁あってのものであり、当時まだ未熟だった弾は死ぬような思いを何度もしながら案件を処理した。それを続けていき、本人のスキルアップもあって、今となっては本社社長、並びに後継者と目されている社長令嬢から気に入られている。仕事の腕は間違いなく、二人とは共通の知り合いを通してよく話した。特に社長令嬢は()に熱を上げており、弾はいつも通りにため息を吐きながら恋の応援をしてあげていた。

 

 ――()()()()()()()()()()()。男は世界の敵となり、弾は連絡も取れていない。

 

(いや、それとも、あいつ関連だからこそ、だったりするのか……?)

 

 手首に巻き付けた最新型の機能複合デバイスが空間にウィンドウを立ち上げる。

 表示されているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()五反田弾へ送られたメッセージ。

 

『From:シャルロット・デュノア

 To:ダン・ゴタンダ

 

 デュノア社本社にお越しください

 貴方の力が必要です』

 

 案件の詳細は明かされていない――メッセージに迂闊に載せることのできない事態だと分かった。弾は馬鹿ではない。むしろ、その知能指数だけでみれば篠ノ之博士にこそ劣るが世間からすれば十二分に天才と言えるものである。

 中学校を卒業するまで、彼は少し女性にがっつくきらいのあるだけの、普通の学生だった。高校生になって人生初の彼女ができ、親友を取り巻く恋の戦争を見守りながらも、いたって普通の、遠距離恋愛に気をもむ学生として過ごしていた――

 

 その人生は、親友が世界の中心となったことで大きく変貌した。

 否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 半月――たった半月。彼は学校に一切行かずに部屋に閉じこもった。

 半月後、出てきた彼は顔もやつれ、肌に生気はなかった――代償に彼は英語・中国語・仏語・独語をネイティブレベルで話せるようになっていた。寝る間も惜しみ、彼は死に物狂いの努力によって言語能力を強引に拡張して見せた。それから三日間、死んだように寝込んだ。

 何故そんなことをしたのか、未だに彼は周囲の人間には語っていない。恋人の布仏虚(のほとけうつほ)でさえもが何も知らされず、ただ弾の身を案じることしかできなかった。

 

 部屋から出て、マルチリンガルとなっていた弾は――即座に日本を飛び出した。妹や祖父に土下座し、自分の人生を懸けてやりたいことがあると頼み込んで、彼は海を越えた。

 米国の工科大学に編入し――彼は編入試験を歴代最高得点でパスした――通いつつ、さらには研究施設の研究員と掛け持ちをし、ISを筆頭に先端機械工学を学び、人工知能についても深く研究した。彼の同期、先輩はその知識の吸収速度に恐れをなした。五反田弾は誰も寄せ付けなかった。学習スピードや研究成果の話だけではない。

 

 悪鬼。何か悪いものに憑りつかれた人間である、と言われて誰も否定できないほど、彼は研究に自分のすべてをささげていた。

 その成果は戦役開始時に現れており、全ISの稼働効率はそれまでと比較して大きく向上した。無人機の解析も率先して行った。

 ――彼はいわば知る人ぞ知る影の英雄のような存在だった。

 

 

 

 そして――表の英雄と影の英雄は、顔もほとんど合わせていないというのに、戦後まったく同じような道を辿った。

 

 織斑一夏は戦場にも競技場にも戻らず、教師となった。

 五反田弾は学者としても企業お抱えの研究者としても栄誉を選ばず、フリーランスのシステムエンジニアとなった。

 

 奇妙なほどに合致したその人生。

 二人の連絡の頻度は高くない。

 だが――二人を知る者は、どうしてもその人生を対照的に見てしまうのだ。

 

(……一夏)

 

 親友の名を心の中で呼び、弾は空を見た。

 どこかにISの影があればいいと思った。空はシミ一つない蒼穹で、弾は細く息を吐いた。人々は笑顔を浮かべつつ、弾の横を通り過ぎていく。幸福であることと満たされることはイコールではない。弾はそれを知っていた。全てにおいて勝利者であり、成功者である五反田弾は、その喪失感に胸をかきむしりそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、シャルロット」

「ご無沙汰してるよ、弾」

 

 デュノア社本社ビル地上69階。

 客間としてではなく最上級の役員が過ごすスペースとして設計されたそのフロアに、弾は招かれていた。

 四方を取り囲む強化ガラス越しに市街が見渡せる。窓際に立つ弾は米粒のような車が行き交うのをぼうっと見ていた。

 隣に立つ金髪の女性――その美貌と女として完成された外観、世界中の誰もが知っている世界最強(ブリュンヒルデ)

 シャルロット・デュノア、弾にとって長い付き合いのあるビジネスパートナーだった。

 

「親父さんは元気か?」

「調子は悪くないみたいだよ。病気もしてないし。最近は国連からの要請とかが来てて、そっちが忙しいみたい……会社の方はほとんど僕に任されてるんだ」

「そりゃすげえな――ラファール系統の新型機だったか」

「新型、まあリファインと言った方がいいかな。今回はあくまで古参のパイロット向けに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を提案してるだけだからね」

 

 いいコンセプトだと弾は思った。

 ISパイロットは年々増加しているが、コアの数は増えてない。人数のみがオーバーフローしつつある。となれば、()()()()()()に頼れるのはベテランだ。

 より実戦的に。より合理的に。

 篠ノ之博士特有の奇抜な兵装を廃し、展開装甲も無駄を削りあくまで基本性能の底上げに留める。堅実な、軍人ウケの良い機体に仕上がるだろう。

 

「基本設計をしてくれたのは君だ。名付け親になってもらってもいいかな?」

「俺ェ?」

 

 面食らった。確かに基礎フレームの設計は弾がこなしたが、それはあくまでラファール-Rをベースにしただけだ。オリジナルではない。

 シャルロットの目を見た。有無を言わせない権力者の(まなこ)ではなく、別のベクトルから有無を言わせない、お願い事をする乙女の瞳だった。

 肩をすくめた――その目をされては勝てない。

 

「考えておくさ。恥ずかしくない名前になるよう努力もする」

「それはありがたいよ」

 

 弾は知っている――シャルロット・デュノアという女は圧倒的権力者(ビジネス)としての顔と、絶対的操縦者(パイロット)としての顔と、乙女としての顔、すべてを完璧に使い分けることができる。

 年齢と共に経験を重ね、彼女は、弾の親友が言うところの『限界点』を超えた。人間が至れるはずのない場所に至って見せた。そうして篠ノ之束は人間としての心に変調をきたしてしまったわけだが、シャルロット・デュノアは壊れなかった――弾にはよくわかる。当事者である織斑一夏はよく分かっていないようだったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。恋のために動く少女は無敵だし、誰かのために掲げられる希望はそう簡単に朽ち果てたりはしない。

 

 思い返して、ふっと弾は笑った。親友の間抜けなツラ。『そんな精神論で、シャルは束さんを超えてみせたのか? 嘘だろ?』嘘じゃねえよ、人間の可能性ってやつなんだ――言い返せば、一夏は実にさっぱりした声で言い切った。『ああそうか。そりゃいいな。うん、それは……すごく、いいことだ』

 会話はほんの数分前のことのように思い出せる――それがうれしくも、虚しかった。

 思い出に浸るのを切り上げて、弾は身体ごとシャルロットに向き直った。

 

「で、本題は?」

 

 シャルロットが微笑みを引っ込めた。空気が変わる。張り詰めている。ガラスが破れてしまうのではないかというぐらいに鋭い空気――弾は汗の一滴も垂らさない。彼もまた、超人的な精神を獲得していた。

 

「――完全自動工場計画、並びにそれを軸とした完全自動市街地構想」

「『エクリブリウム計画』だな?」

 

 当然弾はそれを知っていた。だが、耳に挟んだだけだった。オーウェルやデュノアといった大企業が出資しているこの計画には、フリーランスの弾は興味を示しつつも様子見の姿勢を取らせていた。

 

()()()トラブったか?」

「……予期していたの?」

「専門分野だぞ――とかっこよく言いてえが、すまん、勘だ」

 

 勘――それ以外に理由はなかった。ある種の、プロフェッショナルとしての嗅覚とも言うべき感覚が、弾に警鐘を鳴らしていた。

 

 全自動工場により人々の生活に必要なものを生産する。

 そしてそれを運ぶのも自動で行う。

 そしてそれを処理するのも自動で行う。

 

 人間は手渡されたものを消費するだけの存在になる――それは、畜生と何が違うのだ。

 

 弾にとって機械というのは共に歩むべき存在だ。人工知能は人間をサポートしつつも、適宜人の手によるチェックが必要な存在だ。『エクリブリウム計画』はその点、弾にとっては不審だった。

 

「トラブルの概要は? 俺に解決できたらいいんだが」

「恐らく君だけでは無理だが、君の力は必要だ――町の管理AIが人間の侵入を拒絶している

 

 思わず、弾は口笛を吹いた――三文SF小説そのものだ。

 これが現実に起きているというのだから恐れ入る。趣味の悪いジョークでないことは、目の前の社長令嬢が吹き荒らす殺気の嵐でよくわかる。今頃五つ下のフロアまでは全員得体のしれない悪寒に襲われているだろう。

 

「警備ロボットを撃破することも考えているけど、そうした武力衝突は最終手段だ。僕らは管理AIに発生したなんらかのバグを君に解決してもらいたい」

()()()()()……それはともかく、どうやって町に入るんだよ。俺ァ銃の扱いに自信はないぞ」

「ネゴシエーターを各企業と共に選出している」

「ロボット相手の交渉か? 教科書に載れそうだな。それとも週刊誌か?」

「ストライプスからの取材は、悪いけど丁重にお断りさせてもらった」

 

 会話の節々から、今のシャルロット・デュノアが死ぬほど不機嫌なのはよく分かる。だがその理由はいまいちつかめない。弾は説明された案件の確認と並行して、その頭脳を回転させ――

 

(あ、これ逆か。今の会話にイラつく材料がないってのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 手を打った――弾の顔を見て、シャルロットは肩から力を抜き、殺気を薄れさせる。

 

「……その表情、ひょっとしてバレちゃった?」

「ああ、このタイミングでトラブったのは親父さんにとってはラッキーだったみたいだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シャルロットは唇をかんだ――全て父の思惑通りだった。

 織斑一夏によるデュノア社役員の殺害は、一昨日に二人目が被害に遭った。二人とも派閥は主流派ではない、強化武装増産派だった――オーウェル社から続く一連の流れに、多くの企業役員が武力強化賛成の立場を退き始めている。結果としてみれば、世界が平和になるスピードは間違いなく加速している。

 だからどうした。誰にも傷ついてほしくないから戦っていた男が何故誰かを傷つけている。

 自分の手で見つけ出そうと思った。愛機『リィン=カーネイション』の整備を発注した。その情報が洩れ、父にして現デュノア社最高責任者(CEO)のアルベール・デュノアが割って入った。

 

「動かれちゃ都合が悪いんだろ。まだ俺たちより年上の権力者たちでも意見が割れてるっていうしな」

「IS委員会は紛糾してるよ。僕ら国家代表へ殺害命令を下すかどうか……時間の問題だろうね。反対派は織斑一夏からの要求を確認すべきだって言ってる。賛成派は問答すべき時期は通り過ぎた、()()()を防ぐために手段は選べないってさ」

 

 三度目――第三次世界大戦。

 もし仮に起きれば、ISを用いて初の世界大戦となる。亡国機業戦役の比にならない規模とも予測されている。

 

「最速でこの件を片付けてくれないか、五反田弾」

「……しょーがねーなぁ」

 

 それは乙女としての顔でも、社長代理としてでも、世界最強としてでもなく――シャルロット・デュノアという一人の人間の、真摯なお願いだった。

 

「なら、交渉役ってのを早く決めてほしいんだが」

「ん……あ、今決まったみたい。うわ日本人だ、すごいね君たちの国は」

「同郷か? そりゃすげえな。で、名前は」

「えっと、ショータ・アイザワだって」

 

 日本人と仕事をするのは久しぶりだった――都合が合えば家に招いて、家庭菜園から取れる新鮮な野菜を使った五反田家直伝・業火野菜炒めを振る舞ってやろうかなと、弾は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・五反田弾
 エリートオブエリートから出世街道を抜けて自由人になったハイスペ
 多分QOL的な意味だったら今まで一番成功してますねこいつ
 虚さん出したいけどな~お前口調分かんねえんだよ!

・シャルロット・デュノアさん
 実際コワイ! 悪鬼そのものなのはこの人です
 間違いなく将来的な部分も見れば資質は原作最強クラスだと思います
 アニメ効果でイズルブーストを受けたヒロインに怖いものはないのだ
 シャルが専用機悪魔合体してトンチキプレーかました直後に箒さんが専用機■■してんのほんと草
 ファース党僕、無事憤死

・エクリブリウム計画
 意味とかはググって……まあ自分もリベリオンの原題ってことでググっただけなんすけど
 何度か出てた自動工場のお話です
 ブラックジャックにこんな話なかったっけ? ちょっとオマージュするにしても遅かったんちゃう? まあええわ
 2018/5/3追記
 エクリビリウムって書いてたけどよくよく考えたらエクリブリウムでしたほんとすみません
 英語一生話せねえわ
 やめます


感想評価ありがとうございます。
引き続きやっていきます。


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影の薄い親友は有能・中編

取り急ぎ
話が全然進んでないです
多分今回の話、ロシアと同じぐらい長くなりますね……


 五反田弾は不機嫌だった。

 押し込められた自動運転のモーターカーは、あらかじめてインプットされていた目的地へ快走を飛ばしている。流れていく景色を慰めにしながら、けれども嘆息はやまない。

 身分に縛られず、裁量を認められるからこそフリーランスという立場はうま味がある。弾自身がこのポジションを獲得するに至ったのは気疲れや、あるいはもっと深い事情があってのことだったが――ここまで身動きの取れない状態は久方ぶりだった。

 

(だぁー、やってらんねえッつの! 俺ァ小間使いか!?)

 

 目下の案件である『エクリブリウム計画』に関して――どうにも肩身が狭い。

 参加していた企業のほとんどは政府から公的に頼られるほどの大企業、いわばかつての財閥に近い巨大組織ばかりだ。国は違い、業種は同じで、つまるところ競合他社をより集めて今回の計画は進んでいた。立案者の辣腕には感心するが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 各企業の利害はすれ違い、互いの動きをけん制し合っている。この事態をどこか一社が解決したりでもすれば、計画におけるパワーバランスは一気に傾くことになる。

 

 故に弾は、デュノア社の推薦によって選ばれたエンジニアではあるが、同時にフリーランスとして動くことを余儀なくされ――各企業からの当てこすり、牽制の的となっていた。

 同様に選出された藍沢翔太なる男も、オーウェル社からの推薦ではあるが、あくまでフリーのネゴシエーターとして動いている。当然こちらもひどい目に遭っているらしく、不幸の積み重なりから、弾とショータはあろうことか作業を開始する当日、東欧の広大な敷地を用いて建設された無人市街地の眼前で落ち合うという事態に陥っていた。弾は悪態を吐きながら、今回の相棒であるショータ・アイザワの経歴をデバイスに表示させる。

 

 感想――食わせ物だ。ある日ポッと出てきて、グレーゾーンのトラブルシューティングを主に請け負うコンサルタント業で名をはせた。防災コンサルとしても業績を残しているが、やはり対犯罪捜査のエキスパートとして名高い。ロシアでは織斑一夏を一度追い込んだ。それだけで、今のところは十分な経歴と言えた。だがそれ以前の経歴はまったくの白紙。

 ある日突然現れた人間だ。信頼しろという方が難しい。だが()()()()()()。彼の経歴や伝聞から推測できる気質に、弾は少し親近感を抱いていた。

 

 自動運転のモーターカーがアラートを鳴らした――目的地到着を告げている。車が速度を落とし、やがて音もなく停車した。

 ドアが開く。商売道具を詰め込んだ鞄を片手に下りれば、ドアを閉めてモーターカーが走り去っていく。帰りの手段はなし、つまり解決できなければ帰って来るなということか――弾は表情をゆがめた。自信はあったが、案件の詳細を聞くにつれて不安は募った。前例のない事態だ。

 

 人工知能による人間への造反を解除させよ。

 俺はブラックジャックじゃないんだぞ、と吐き捨てた。頼れる人間はいなかった。悲しいことに、この世界におけるそういった先端科学のエキスパートを見渡せば、()()()()()()()()を除けば弾に頼るのは合理的だった。

 唯一無二の権威者は世界を滅茶苦茶にした後、失踪していた。

 

 広大な大地に佇む。視線を上げた。鋼鉄製の城壁が視界をふさいだ。

 場違いな、まるでゲームのオープンワールドに小学生が組み上げたような、現実味のない巨大な存在。

 弾は脳内に叩き込んでいた情報と照合させた――『エクリブリウム計画』によって建造された市街地、それを守る第一の壁だ。物理的な攻撃や侵入者の一切をシャットアウトする特殊合金製の外壁。

 

「立派な外観だよな」

 

 何気なく弾は、後ろに立っていた男に声をかけた。先に来ていたその男は、いつも通りにアロハシャツ姿の弾とは対照的なダークスーツを身にまとっていた。

 男――ショータは爽やかに笑った。写真通り、黒髪短髪の日本人。どこにでもいそうな顔だった。地面に落としていた手持ち鞄を拾い上げ、彼はゆっくり近づいてきた。

 

「そうですね。さすがは人類の英知の結晶です」

「五反田弾だ」

藍沢翔太(あいざわしょうた)と申します。お会いできて光栄です、五反田さん」

 

 握手を交わした――手の感覚に脳髄がスパークした。弾はショータの顔を見た。

 視線が重なる。無言のままに、二人は見つめ合っていた。不意にショータが目を外した。

 

「じゃあ行きましょうか」

「……あんた、敬語、ちょっと無理してないか? 二人しかいないし、別にいいぜ」

 

 弾は慎重に言葉を選んだ。ショータは少し考えてから、息を吐いた。

 

「分かった。五反田、よろしく頼む」

「弾でいいぞ、翔太」

「……はいよ」

 

 足取りが不思議と軽くなった。弾の心に燻っていた不満、不審は、いつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外壁に近づくにつれ、嫌でも空気は張り詰めていく。

 二人は知らずの内に声を潜めて、囁くように会話していた。

 

「どうする? 門前払いされたら」

「第一の門を通過するプランは組んである」

「どうやんだよ」

「爆破する」

「お前さぁ……」

 

 防犯コンサルタントとは思えない野蛮な発想だった。弾は天を仰いだ。相棒がテロリストも真っ青の過激思考だと想像だにしていなかった。

 外壁が近づくほどにその存在感は大きくなる。見上げるほどの高さの外壁は、自律高射砲や対歩兵機関銃を備えていた。問答無用で撃たれたら間違いなくお陀仏だ。けれど二人の男は、張り詰めながらもリラックスしていた。

 

「銃口を向けられるのには慣れてるのか?」

「俺ァフリーランスなもんで、たまーにな。あんたも慣れてるみたいだな」

「……不本意ながらな」

「違いねえや、好き好んで危ない目に遭いたくはない」

「そりゃ同意見でよかった。人生をどっかでミスったんだよな、お互いに」

「いや、俺は自分から飛び込んだ面があるからな」

 

 弾の言葉にショータが少し、身体を強張らせた。気づきながらも、無視した。

 

「さて、じゃあ第一関門だ――おーい、開けてくれたりするかー!?」

 

 声を張り上げた。

 

「『スリーピングビューティー』さんよー! 聞こえるかー!?」

「……何度聞いても最悪なネーミングセンスだ」

 

 隣でショータがげんなりとしていた。

『スリーピングビューティー』――それはこの市街地を統括する中央AIの開発名称であった。

 性別は女性。人工知能とはいえ、人格をモデリングする際には性差が必要となった。女尊男卑は薄れ行きつつあるものの、人間の存在を組み上げるうえで性別は外せない要素として出てきた――出て来てしまった。母となる存在として、あるいは各企業の根深い女尊派の意見をこし取られ、()()は誕生した。

 未だ人間が性別から解放される日は遠い。もしかしたら永遠に来ないかもしれない。そもそも性別の存在を肯定し、その上で互いの違いを理解することが必要だと弾は考えていた。ジェンダーは専門外のため、素人意見ではあったが。

 

『五反田弾さんと藍沢翔太さんですね、お聞きしております』

 

 返事は天空から降ってきた――二人は顔を見合わせた。

 幻聴か? と互いに視線で問うことが、現実であることの何よりの証左。

 それから二人は正面を向いた――城壁にぽっかりと、人間が通るための隙間が空いている。出入口が解放されていた。乾いた笑いが出た。第一関門は何の苦労もなくクリアした。情報との齟齬が激しい。

 念のため周囲を見回す。最初に気づくべきだった。警備ロボットは姿を消している。影も形もない。今までの失敗は何だったのか。

 

 否――弾の思考が回転する。恐らくこの二人の内片方、()()()()()()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()。その要因を探るには材料が足りていない。経歴は共通点なし。弾はAI『スリーピングビューティー』開発に関与していない。研究が流用されていたとしても、直接彼女と会話したことはない。隣のショータに至っては経歴不明だ。

 頭を振った。考察するにしても頭打ちだった。とにかく中に入ってみなければ話は始まらない。一歩踏み出したのは同時だった。

 

「爆破できなくて残念だったな」

「人を爆弾魔みたいに言うな。最悪、中でヤるさ」

「やっぱ爆弾魔じゃねーか」

 

 歩いていく――外壁の兵器は音一つ立てていない。

 恐る恐る外壁をくぐった。二人の背後で隙間が閉じられていく。特殊合金は可変性を持っている、というデータを思い出した。合わせ目すら消滅し、出口が完全に消滅した。

 

 市街地を見渡した――人気は当然ない。ドローンが行き交っている。二人の存在には頓着せず、ただプログラミングされた通りに徘徊し、物を運んでいる。手に持つサイズの物資を、おもちゃのヘリコプターのようなドローンが運搬していた。引っ越し荷物サイズの物資を、無人のトラックが背負って走っていた。車の行き交いは想像より多い。フロントガラスのない、無人を前提とした運搬用ドローンたちばかりだ。車体各部に埋め込まれたカメラやセンサーが外の障害物を感知して回避するため事故は起きない。もとより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 弾は注意深くその様子を見た。ドローンの中には、新規に製造されたものと、今回の計画のために寄与されたものがある。そのどれもが一糸乱れぬ動きで、同じように町を周回していた。一週間ずっと、同じ動きを繰り返しているということになる。

 隣のショータが不意に動いた。ポケットから紙くずを取り出し、路地に放り捨てる。すぐさまドローンの一機が規定コースを外れ、そのゴミを小型マニュピレータで摘み上げ格納した。男二人の口笛が重なった。

 

「こりゃいいな。俺ン家に欲しいぜ。ここだけの話、恋人がすげー掃除にこだわりがあってさ、俺が下手に散らかしてるとすぐ雷が落ちるんだ」

「恐い話だな――悪い、俺のパートナーはそこんところズボラでな。掃除は俺が担当してる」

 

 道を歩き始めた。雑居ビルをイメージしたのか、五階建てほどのビルが立ち並ぶ。路面には店こそ出ていないが、いくらかテナントを前提にした間取りの家屋があった。色はない、ほとんど真白い世界。言いようのない感覚だった。子供一人いない完成された世界において、部外者である二人は居心地が悪かった。

 行き先の検討自体はついている。弾がデバイスにマップを表示させた。市街地の中央部にこそ、AI『スリーピングビューティー』は座している。

 

「ここからだと徒歩でどれくらいだ?」

「あーっとだな……150キロだな」

「はっはっは……冗談だよな?」

 

 ショータが青ざめた。弾は自分も同じような顔色だろうと思った。

 男二人で歩くにしても、この距離は論外だ。道中何度かキャンプをする羽目になる。携帯食料は持ち込んでいたが、かかる時間が長すぎる。恋人からウツホニウムを摂取できず死亡する可能性が高い。

 参加した(発言権はなかったが)会議では、市街地に入れば速やかにAIへ向かえと言われていた。どう向かえばいいのかは、内部に存在する公共交通機関を利用しろとだけだった。

 

「バスなり電車なりはないのか?」

「駅が少し歩けばあるが――ああ、心配しなくてもよかったらしい」

 

 弾は歩道の途中で足を止めた。二人のすぐそばを走っていた車の一台が、ぴたりと停車した。

 最新型の電気自動車(Electric Vehicle)だ。弾が休日に乗り回している乗用車の10台分ほど値は張るだろう。

 ドアが自動で開く。窓はない。中に入れば何も見えなくなるだろう。そこだけを切り取って比較すれば、棺桶と大差はない。

 

『お二方、お乗りになってください』

「……なあ弾、こないだ見た映画でさ、乗り込もうとした瞬間に車が爆発するシーンがあったんだ」

「俺はその後の、ジェイソン・ステイサムが報復に襲撃するシーンの方が印象的だな」

 

 男二人は視線を重ねた――お前が先に乗れと、互いの目がかたくなに叫んでいた。

 

『あの、爆破とかしないんでほんと……早く乗ってくれません? 行っちゃいますよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・五反田弾
 男同士の会話は基本的にテンポよく書けるので好きです
 これISの二次創作書く人間としては最悪だな
 恋人さんは潔癖というか徳が高い感じの想定で書いています
 エピソードなさすぎて基本捏造するしかないんだよ!
 アロハ着てるし外見チンピラなんすよね~ということでショータより砕けた口調です
 でもアロハばっか着るのは止めろと恋人に怒られています
 企業の利害関係に振り回されて激おこカムチャツカファイヤー

・藍沢翔太
 爆弾魔
 隙あらば爆破しようと狙ってくる
 爆破する必要がない……ってことは爆破だな!
 なんで爆破する必要があるんですか

・スリーピングビューティー
 本作のヒロイン

感想評価ありがとうございます。
やっていきます。


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影の薄い親友は有能・後編

本日二度目ですー
今更なんですけど推薦されてました! 通知とか来ないんですね
推薦ありがとうございました。励みになります。


 五反田弾はご満悦だった。

 無人市街地――『エクリブリウム計画』の産物であるこの鉄の街は、彼にとっては知的好奇心を満たす絶好の場所だった。そこらを行き交うドローンを観察し、そのパターンを把握する。食品を運ぶもの、鉄鋼製品を運ぶもの、液体を運ぶもの、すべてが特徴的だ。

 その中でも鉄鋼製品は別格だ。ドローンによって運ばれていくパーツはそれぞれ弾をもってしても何の材料か不明であった。

 

「ありゃ何だ? 何のための部品だと思うよ、翔太」

 

 一方の藍沢翔太もまた、市街地を抜け目なく観察していた。

 弾とは違い、その視線は鋭い。

 相棒の指さした部品を見つめる――視線がさらに鋭くなる。指を顎に当てて、数秒考えこんでから、やっと言葉を絞り出した。

 

「あれ……()()()()()()だ」

「へえ、ISか……は?」

 

 IS――超兵器インフィニット・ストラトス。

 無人市街地で何故そんなものが……弾はショータが指さすドローンを目で追った。

 

『お二方とも、そろそろ移動します』

「あ、ああ」

「……了解だ」

 

 二人は音声の聞こえた先、自動運転のEVに乗り込んだ。

 車の中から外は見通せない。無人運転を前提とした設計のため、窓がないのだ。車体各部のセンサーとGPSを用いてこの車両は走っている。

 

『次は発電区域をご案内します』

「はいよ」

「分かった」

 

 車内の照明がほんわりと点いた――座席は広い。

 ひじ掛けもあってファーストクラスの座席程度のスペースは確保されている。ツアーが始まって三十分ほど、二人はもう車内に準備されていたミネラルウォーターを飲むほどには警戒を解いている。

 

 二人は今――全自動の見学ツアーに付き合わされていた。

 中央AIの下へ直行するかと思いきや、市街地各部の名所、あるいは重要なポイントをめぐっている。先ほどまでいた場所は人々が憩うために設計された見晴らしの良い展望台だ。

 最後には中央管制部へ案内するというが、一体全体その前に何故こんな観光ごっこをしなければならないのだろうか。弾は首をひねりつつも、素直に応じていた。現状、こちらが好き勝手にすることはできない。車から放り出されたら150キロの旅を敵地ですることになってしまう。エンジニアとネゴシエーターのみでは不可能だ。せめて武装した護衛が一人は欲しかったと痛烈に思う。

 

「それにしても、なんで俺らを素直に招き入れた挙句、こんな観光ツアーをやらせてんのかね」

「さあな……いや。目的自体は、なんとなく分かるんじゃないか?」

「何?」

「もう交渉は始まってるってことだ――そうだろ、『()()()』さん」

『肯定します、あえて、ね』

 

 ドヤ顔が透けて見えた――弾は頬をひきつらせた。呆れの心情よりも、AIに携わっていた人間としての強い情念がそうさせていた。声に乗る感情。トーンや大きさによってある程度操作できる、人間の肉声に込められた感情の数値。かつて人工知能に関して最先端の研究を行っていた男だからこそ分かる――このAI『スリーピングビューティー』の完成度は極めて高い。今まで見てきたものの中で一番高い。つまりは、世界最高峰のAIということだ。

 それが人類に反旗を翻した。自分の双肩にかかっている重圧を再度確認させられ、弾は乱暴に水を飲み下した。

 

「気負うなよ、弾。気楽にいつも通りでいいさ」

「んなこと言ったってよぉ」

「相手はこんなしょーもないタイミングでドヤってくる小娘だぞ。俺たちからすりゃ一回りも下だ。年下の女は苦手か?」

「あー……妹のせいかもしれねえな」

「そりゃあ、また。さぞ気の強い妹さんなんだろうな」

 

 そこまで言った覚えはないが――不思議と見透かされた。ショータは何かに思いをはせるような表情だった。弾はそういった顔をするショータを見るたびに、咄嗟に見なかったフリをしていた。

 

『あの……』

「あんだよ小娘、こちとらお前より一回り上だかんな? つーか敬語使えや」

「落ち着け弾、俺の言ったことをそのまま繰り返してると馬鹿がバレる。つーか敬語使ってんだろうが」

『いえその、私は電子信号の速度で思考しているので、お二人の時間軸に合わせて計算するならざっと五百歳ほどになります……

 

 男二人は顔を合わせた。

 スローモーションで目がカッと開かれ、同時に絶叫する。

 

「「ロリババアじゃねーかっ!」」

 

「AIでロリババアって、おま、お前貪欲すぎるわ!」

「弾、やべえ、ちょっとテンション上がってきちゃったわ俺」

『あ、お二方ってやっぱり馬鹿だったんですね』

 

 辛辣な言葉には呆れの感情が多分に乗っていたが――二人はかしこいので無視した。

 

『あ、着きましたよ……あの、聞いてください。着きました。下りてください』

「今俺たちロリババアに命令されてんだよな。興奮してきちゃった」

「翔太、お前、マジでキモい」

「お前もどっこいどっこいだろ!?」

『あのー……』

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、(バカ)二人は車から降りる。

 馬鹿騒ぎをしながら――車の外に出て、乗っていたEVを見て、ショータは表情を鋭いものに戻した。

 

「ところでなんだが姫様、()()()()()()()()?」

「無音無反動加速技術が搭載されてるし、我らが日本製――ってわけでもなさそうだな」

 

 二人は馬鹿だが――愚か者ではない。

 慧眼を誤魔化すことはできないと割り切っていたのか、中央AIは素直に返答する。

 

『私たちのお手製です』

「へぇ……精密部品の製造だけじゃなく、そのパーツ組み上げもやってるんだっけか」

「作業用ロボットもいるし、工場を拡張したんだろうよ」

 

 そこで、男たちは発電区域を見渡した。呻いた。予め頭に叩き込んでいたデータの二倍ほどの大きさに、発電区域が膨れ上がっていた。太陽光や風力、地熱まで用いたクリーンエネルギー発電所。巨大な市街地を運営するために用意されていた代物、()()()()()()()()()()

 つまり――

 

「何を造ってやがる」

 

 弾が漏らした言葉に、ショータも頷く。

 当初の予定にないものを、何か製造している。それは分かり切ったことだった。

 

『ええ。ご説明します。では車に戻ってください――対面と行きましょう』

 

 車から聞こえてきた声――二人は思わず居住まいをただした。

 自分たちが呼ばれた理由に直結すると、激動の人生の中で磨かれてきた直感が告げていた。合図は不必要だった。車内に戻り、ドアが自動で閉まる。互いに仕事道具を詰め込んだ鞄の持ち手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中央管制タワー前で車が停まり、無言の男二人が出てくる。

 時には修学旅行中の男子生徒のような騒ぎ方をしていた――今は既に、仕事人の冷徹な表情になっている。それを確認して『スリーピングビューティー』は嬉しそうな声を上げた。

 

『お二人を選出したのは間違いではなかったようです――私、うれしいです。二人とも憧れでしたから』

「……知り合いか?」

「悪いが女の顔はいちいち覚えてないんだ」

 

 ショータの切り返しに弾は拳を握った――殺してやると眼が語っていた。

 

『嘘でしょう!? 真面目な空気出してたじゃないですか! 今更仲間割れとかやめてくださいよ!』

「かかって来やがれネゴシエーター。俺にはスパナがあるぜ」

「上等だ」

 

 ショータは鞄を開いた。手のひらに乗るサイズの黒い箱を取り出し投球フォームを取る。

 中央AIが悲鳴を上げた。箱を即座に解析し、TNT換算値をはじき出したようだった。実際問題、ショータの計算通りなら、この場で爆破すればタワーそのものを崩壊させることができた。代償として二人は死ぬ。だが彼もまた、一人の男として本気の眼光だった。

 

「爆弾魔の本領を見せてやるよ」

「…………俺が、悪かった……」

 

 五反田弾は賢かった――両手を挙げて首を横に振った。

 二人はおとなしく構えを解き、ショータはひみつどうぐを鞄に戻す。

 

「ていうか弾、お前だって恋人いるじゃねえか」

「それとこれとは別だ。モテるやつは全員俺の敵だ」

「…………そうかい」

 

 タワーに向き直る。既に入り口は開かれていた。

 

『あの、それ爆破させるのはやめてくださいね? ほんとにやめてくださいね!?』

「だってよ、色男」

「ロリバアアが必死に懇願してると思うと正直興奮する」

 

 救いようのない言葉だった――弾はごみを見る目で相棒を見た。

 派遣されたネゴシエーターは頬を赤らめて息を荒げている。距離を取った。何か悪いウィルスが感染するかもしれない。

 

 変態を引き連れて、弾はタワーの内部に入り込んだ。実に間抜けなことに、タワー内部はほとんど空洞だった。見上げれば何もない空間が天井まで続いている。

 外観からして、五十階建てのビル程度の高さだったが――ほとんど空洞だったのか、と愕然とする。

 

「……スカスカだな」

私の部屋(メインコンピュータ)は一階にありまして、上は全部居住スペースでした――邪魔なので解体して、これからタワー自体も一軒家に改築する予定です』

「まさに自宅だな。姫の住む場所はお城だって相場が決まってるもんだが」

『『眠れる森の美女(スリーピングビューティー)』は小屋に隠れていたでしょう?』

 

 少女の声がうまいこと言ってやったぜ、という自信に満ちているのを確認して、弾は苦笑いを浮かべた。

 ディズニー版じゃねえか、とショータが独り言ちた。

 

『では、本題に入りましょう――何故お二人をお招きしたのか、説明します』

 

 二人の前には、何もなかった。存在するはずのメインコンピュータは見当たらない。

 仮想人格が存在するなら、空間に自身を投影することも可能だろうが、どうやらそういった仮想外見は構築していないのか声だけが響き渡る。

 

『まず藍沢翔太さん――あなたは保険です。必要に応じて、()()()()()()()()()()をこなしてください――仮面をかぶることは得意でしょう?』

「悪いは俺は仮面ライダーじゃない」

 

 真顔で言い切ったショータは、しかし冷や汗を一筋流していた。

 次は自分の番だと弾は直感した。

 

『そして、五反田弾さん――いいえ。こう呼ぶのが適切でしょうね……』

 

 

 

 ――我が創造主。

 

 

 

「…………は?」

 

 愕然とした。記憶にはない。確認もした。自分は一切『スリーピングビューティー』の開発に携わっていない。

 

『貴方の研究をもとに私は生み出されました。覚えてはいませんか? 人工知能の学習プログラムを組み上げたことを』

「待て……待て! 学習プログラムだと? それは公表していない! 大体使えなかったんだ! AIを指導するAIは成立しなかった! テスト中に指導AIと実験AIで互いに疑問が連鎖して、学習が進まなくなった!」

『ええ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今度こそ、二の句が継げなくなった――

 かつて計画していたAIによるAIの育成。

 指導担当のAIと、指導されるAIを用意した。本命は前者だったが、二つの仮想人格は互いに巻き込みあうエラーを起こし、凍結された。弾の管轄を離れ、別の研究所に安置されることになった。

 それが今ここにいる、ということは。

 

「流用されたってことじゃねえか……ッ!?」

『貴方は高度なAIを求めていた――思考能力に長けたAI。それは私であり、また、()()の求める役割に必要だった』

 

 弾は絶叫しそうになった。かつての研究成果の残滓が誰かに勝手に使われていた。

 何故そんなことをしたのか、などすぐに想像がつく――表だってはできないことをやらせる必要があった。故に、書類上は研究所の奥底に安置されているAIを引っ張ってきた。

 

「――彼らの求める役割、ってのは何だよ?」

 

 ショータの問いがタワーに響いた。

 弾は耳をふさごうとした――聞いてはいけないと、意識が追いつかないスピードで回転していたその頭脳が叫んでいた。

 

 

『無人機の量産。世界中にそれを配備し、効率的に、かつ予測不可能な動きで各所を襲撃させる作戦の実行』

 

 

 弾が、膝から崩れ落ちた。

 かつての研究が、自分が生み出した存在が、世界的テロ事件の核心に据えられていた。呼吸が詰まる。視界が跳ねる。

 同時に納得も行った。ISのパーツ。発電所の増設。何かを造っている。何を造っていたのか、回答が明かされた。あまりに残酷な答えだった。視界が明滅した。心臓の音が頭蓋骨を揺らしている。

 

『お呼びしたのは、他でもないそれについてです。私としての仮想人格は行動を制限されています。人間を締め出したのは第一段階。次で終わりです――どうせなら私は、貴方がいい。私を破壊してください、五反田弾(おとうさん)

 

 彼女の声には、今までとは違って、何の感情も乗ってはいなかった。

 それは聞いてきた中で最も、()()()()()()()声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・スリーピングビューティー
 家族が増えたよ、やったね弾くん!
 少女の外見を投影させるかどうか悩んだんですけど性癖を優先して声だけにしました
 ゆるして
 声とか口調とかは高校生程度をイメージしています
 まあ五百歳なんですけど
 やっぱり……ロリババアのヒロインを……最高やな!

感想評価ありがとうございます。
弾君編も後半戦です、やっていきます。


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バトルモノで『正義』を問わないのはミスだと思うんスよ・前編

ガガガッと書けたのでスパッと投稿です


 ショータ・アイザワ――つまり織斑一夏こと俺は、実際のところ冷静だった。

 今回の件は正直IS展開して外壁突破して爆撃して終わり! になると思っていたのに、オーウェル経由で一応ネゴシエーターとして立候補していたらあろうことか通ってしまったのだ。

 さらには相方が五反田弾である。もう正直心臓止まった。ビビり倒した。普通に行くのやめようと思った――が、オーウェル社のエージェント、マクルーザ・ハントラングさんが教えてくれた。

 ()()()()()()()()()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 疑惑は即座に思考を回し、結論を導き出した。

 どうやってかは知らないが――()()は俺の正体を知っている。

 織斑一夏であることを見越したうえで、内部に引き入れようとしている。

 

 上等だ、乗ってやろうじゃねえか。

 

 半ば逆ギレに近い思考で乗り込むことを決意した。

 弾にバレてしまっては元も子もないので気を遣う羽目になったが、まあもう何年も顔を合わせていない、簡単には気づかれないだろう。

 

 久方ぶりに顔を見た親友は、精悍に育っていた。その評判や実績も聞いていた。俺を表の英雄とするなら、こいつは影の英雄だ。正直言って、中学時代に一緒に馬鹿をやっていたころからは想像ができないようなありさまだ。

 一体何が、こいつを駆り立てたのか、それは俺も知らない。弾は、かたくなに口を閉ざしていた。

 

 ショータとして合流した。最大限演技した。道中ではかつてのように騒ぐ程度には打ち解けることができた。懐かしかった。望郷の念が不意によみがえり、涙がこぼれそうになった。

 捨ててしまったもの、犠牲にすると決めたものが眼前に立ち現れた時、人間はこうも無力なのかと痛感した――割り切れ。(おまえ)は織斑一夏として戦うんだ。言い聞かせた。タワーに着くころには、もう、仮面をかぶることに躊躇はなくなっていた。

 

 そして、その顛末がこれだ。膝から崩れ落ち、絶望に眼を見開き顔をゆがめる、かつての親友の姿だ。

 

「……確認したい。発電所の増設は無人機の量産のためか?」

『はい、といっても、私を支配している人々からの命令を大きく上回る規模で増設しました』

「バレないように小さな増設を繰り返す気だった、はずだ。俺がテロリスト側だったらそうする。だがお前は、()()()()()()()()()()()()()()?」

『ええ――無人機以外にも私は造らなければならないものがありました』

 

 一瞬考えた。

 テロリストに乗っ取られたAIが無人機を造る。ここまではシンプルだ。

 だが、テロリストの計画にはないものをAIが造る――ああそうか、人格に制限がかけられていると言ったか。()()()()()()()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ならば。

 

「警備ロボだな?」

『御明察ですね――ええ。企業サイドも、犯罪者サイドも、寄せ付けるわけにはいかなくなりましたから』

 

 なんてことだ――舌打ちした。彼女は、()()()()()()()()()()()

 テロリストからの命令は拒絶できない。だが抵抗することができた。量産した無人機を運用する過程で、きっと抵抗できる範囲が広がった――今となっては市街地に誰も立ち入らせないようになった。

 

「最近は無人機の襲撃事件も減ってるしな」

『ええ。ですが、()()()()()()()()()()()()()。そうでしょう?』

「……俺に聞くなよ」

『これは失礼しました』

 

 横目に親友を見た。放心している。科学者として、最悪の結末を招きかけている、無理もない。

 俺は咳ばらいをしてから、質問を重ねる。

 

「解せない点はあと一つ。正直、企業サイドに助けを求めればよかったんじゃないか」

『はあ……それ、貴方が聞きますか? 私が企業に助けを求められなかったのは、貴方と同じ理由です

 

 歯噛みした。目を伏せた。仮想人格だと侮っていたのかもしれない。彼女は人間とほぼ同じ精神を有している。苦しみが分かった――弾を呼び、保険として俺にまで声をかけた。それは最終局面を意味していた。生み出され、エラーを起こし凍結され、叩き起こされた末に選んだのが、自死。それも自分で死ぬことができず、人の手を借りるしかなかった。最期の希望だった。生み出してくれた人間に引導を渡してもらおうとした。

 

『今すぐでなくて構いません。どうか今晩はゆっくり休んでください。ホテルを既に用意しています』

「助かるよ」

 

 座り込んだままの弾の腕を掴む。

 身振りでわずかに拒絶しようとしているのが分かった――声を張り上げた。

 

「起きろ、弾!」

「ッ! ……う、ぁ」

 

 漏れた声は掠れていた――無理矢理立たせた。背中を叩く。

 

「今日はもう休むぞ……考える時間がお前には必要だ」

「…………」

 

 弾は一度部屋を見渡した。メインコンピュータを探しているのだろうか。

 タワーの入り口が開き、外で俺たちを待つEVが目に入る。俺は引きずるようにして、弾とタワーを出た。

 

「ホテルか、できればスイートルームがいいんだが」

『ご安心を、最上級のもてなしを用意しています』

「そりゃ最高だ」

 

 軽口を叩きながらも――俺は自分がこの場にいる理由をかみしめた。

 俺の理由。弾の理由。それは別物だ。

 

 これから必要になるのは俺の決意ではない。俺の親友の、覚悟だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの部屋で、弾はベッドに腰かけ俯いている。

 部屋に用意されたポットが湯気を上げた。俺はカップにインスタントコーヒーの粉を入れて、お湯で雑に溶かした。

 

「……明日には結論が出るか?」

「……AIを破棄する、しか、ない。そして無人機の量産を止める。それしか、ない」

「そうだな」

 

 結論は俺も同じだった。

 弾は不意に視線を上げた。俺の顔を見ている。

 

「企業には、報告しない方がいいだろうな」

「…………」

「工場もきっと破壊される、いや、破壊するんだろう?」

「……何の、話だ」

 

 声が震えた。

 

「……一夏、俺はどうすりゃいい」

 

 言葉を失った――いつから。

 絶句する俺を見て、ふっと弾は表情を和らげる。

 

「最初から、分かってた。握手した瞬間に分かった。お前だって。少し安心した」

「……なんで」

「お前は考えなしに動いてるわけじゃないと分かったから。ずっと、ここに来るまで考えた――材料は全部そろった。お前の考えは多分、全部読めたよ」

「やめろ」

 

 剣呑な声が出た。弾は、肩を落とした。

 

「……わりぃ。今のお前を助けることは、俺には、できねえや」

「それでいい。それでいいよ、弾」

 

 顔の偽装は解除してしまった。織斑一夏として人と話すのは、ノホホン――のほほんさんを除けばいつぶりか。

 

「俺は、一人でやれる。だから大丈夫だ」

「ああ、そうだよな。お前はそう言うと思った。情けねえよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今になってこんなことになるなんて」

「――――は?」

「お前の、ためだった。お前の助けになりたいと思った。親友の助けになりたいなんて誰だって思うだろ。そのために、俺は、あの日誓った――織斑一夏の親友として、俺は俺にできることを武器に戦うって」

 

 視界が揺れた。脳が揺れている。何を言っている。

 お前は稀代の天才で、影の英雄で、戦役を裏から支えてくれていて――

 

「俺の、ため、だったのか」

「ダチのために身体張るのは当然だろ――ああそうだ、それで、その結果がこれだ。違う……こんな、()()()()()()()()()()()()

 

 拳を握り、弾が唇をわなわなと震わせた。

 

「こんな――こんなことになるなんて思っていなかったッ! 彼女を生み出したのは、テロに加担するためなんかじゃねえっ! お前たちの、誰かを守るために戦う人々のためになると思って! 俺の力で少しでも多くの人を助けられたらってッ! そのために、そのために俺は……!」

 

 歯を食いしばり、男が涙を流す。弾の瞳から落ちる雫が、絨毯にシミをつくっていく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……!! それなのに、なんで、どうしてこんな……!!」

 

 何も、返せない。

 こんなはずじゃなかった――死ぬほど吐き捨てた言葉だった。何もかもを犠牲にしてでも、世界に平和をもたらしたいと思っていた。理不尽な死や暴力を根絶したいと思っていた。戦争という悪魔を抹殺したいと願っていた。子供が笑顔で暮らせる世界を祈っていた。

 涙を流すなら、それはせめて悔し涙か、うれし泣きであってほしいと――恐怖や絶望からくる涙なんてもの、二度と見たくなかった。そのために戦った。

 世界は平和には程遠い。悪人は常に存在する。そして戦禍を自分の商売道具として活用しようとしている。許せなかった。ブチ殺してやりたかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 今の俺は愛と平和を危機にさらす罪人だ。なり果てた。零落した。胸をかきむしるような絶望だった。

 

 弾も――同じだ。

 

 同じだった。

 

 俺たち親友は同じだ。

 

 

 

「なあ一夏……俺はきっと明日、AI、彼女を……娘を破壊するだろう。そしてお前が工場をぶっ壊す。それでなかったことになる。今回は帳消しだ。前進はしなくても最悪を回避できる、そういう終わりになる。それで……()()()()()()()

 

 

「…………弾」

 

 

「情けねえ。情けねえよ、笑ってくれ。もう分からねえよ。何をしたって世界はいつも、俺たちに『こんなはずじゃ』って言わせるじゃねえか。どうすりゃいい。どうすりゃ俺たちは夢見た明日を手に入れられるんだよ?」

 

 

「――――弾」

 

 

「もうやめちまわねえか? 俺もお前もさ、元は、ただの学生で、馬鹿して爆笑して、そんだけで満ち足りてたじゃねえか。平和な世界だの何だの、重かったんだよ。無理だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。だったら……」

 

 

 

 

 

 

 

「――――勝手にあきらめてんじゃねえぞ、弾ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 胸倉を掴み顔を引き上げて、思い切りブン殴った。弾の身体がベッドに叩きつけられた。

 

「ナメんなよ、ナメたこと抜かしてんじゃねえぞッ! お前は味方が欲しいのか? 一人じゃ何もできねえのか? そうじゃねえだろッ!」

 

 絶叫だった。自分でも驚くほどに、激情に駆られた声を吐き出していた。

 

「まだ終わりじゃねえ、まだ何も終わってねえ。()()()()()()()()()()! 正義が俺たちに振り向いてくれない? 違うだろ――俺たちが諦めた瞬間に、『正義』が死ぬんだよ!

 

 ガバリと弾が顔を上げた。

 息を吐いて、吸って、細く声を出す。

 

「おま、え、それは……」

「ああそうだよなあ報われねえよなあ! 夢見た明日には遠い! 正義も愛も平和もこの世界には全ッ然見当たらねえよ、でも、諦めたら()()()()()()()()()()()!?」

 

 手を伸ばした。もう一度胸倉を掴んだ。腕力で無理矢理起き上がらせ、間近に迫る。

 互いの鼻が擦れ合うような距離だった。

 

「俺は絶対に――これでいいって終わりにする。『めでたしめでたし』で締めくくってやる。じゃねえと意味がねえ。今まで犠牲にしてきたものに向ける顔がねえ」

「――――ッ!!」

「お前だって、そうだろう。責任を感じているのか? 自分のせいだって責めてんのか? なら、立ち上がれよ!!」

 

 一方的な強者の理論だという自覚はあった。でも、言葉が止まらなかった。

 親友に強いることじゃない。こんなのは、軍隊で上司が部下を叱責しているみたいなもんだ。でも、それでも。

 伝えたかった。

 どんなに裏切られても、どんなに挫けそうになっても。俺は。

 

「今度こそ俺は、()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 弾の両眼が、見開かれた。

 それから口が釣り上がっていく――笑みの形に変わっていく。

 

「――お前ってやつは、一夏、お前ホント馬鹿だよな」

「……うるせえよ」

「わりぃって。でも、ありがとな。目が覚めた、やるべきこと、見えたわ」

 

 掴んでいた手を解いた。

 弾は胸元を払ってから、俺を真正面から見据える。

 

「上等だ。まだ俺も降りねえ、降りてなんかやるもんか――やってやろうじゃねえか。()()()()()()()()()()()()

 

 不敵な声色。俺も釣られて笑う。

 懐かしい感覚だった。こうしてこいつと意気投合するのは何年振りか。空いてしまった期間の長さは思い出せずとも、この感覚はクリアに蘇った。

 

 二人で頷き、ベッドに腰かけた。弾のデバイスが手中にある情報を全部まとめて空間に吐き出した。

 思考が凄まじい速度で回転し始める。けれどきっと、隣にいる親友の方がスピードは速い。頭のキレは抜群に負けている。そんなやつと二人で企むなんて胸が躍る。

 

「決まれば話は早い。作戦会議と洒落こもうぜ一夏。何を隠そう、俺ァ作戦会議の達人なんだ」

「マジ? なんでよ」

「……中華娘と鈍感馬鹿をくっつけようぜ会議」

 

 俺は半眼になって天井を睨んだ――弾はそんな俺を見て、爆笑した。腹を抱えて、目に涙すら浮かべて笑い転げた。

 なんだかその光景を見れたことが、何よりもうれしかった。

 

 

 それはそうと笑い過ぎなんだよこのバカ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タグ修正しました
全キャラ出すの、無理!w
ほんとすみません……wiki見ながら「あ、これ無理」ってなりました
完結させることを考えた結果の結論として、さすがにやめます

感想評価ありがとうございます&いつでもお待ちしております。
引き続きやっていきます。


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バトルモノで『正義』を問わないのはミスだと思うんスよ・中編

中編とか言いつつ実質問題解決編です。
後編は後始末とかエピローグとかに近いです。
あ、後編で第二部『拡散闘争』は終わりです。

無人市街地編でずっとエクリビリウム計画と表記していたのですが、正確にはエクリブリウムでしたので伏してお詫びいたします。申し訳ありませんでした。
もう二度と英語できないねえ……

あっそうだ
『転生したら天災(♂)だったし一夏は一夏ちゃんだしハーレムフルチャンやんけ!!』
という頭の悪いタイトルの三話完結短編を投稿しています、良かったらどうぞ
三話だし明日には完結するのでゆるして


『おはようございます、ショータ・アイザワさん』

 

 少女の声で挨拶され――俺はああと返事を返した。生返事だった。

 視線をさまよわせる。昨晩とまったホテル、ではなかった。

 寝転がっている俺の視線の先には青空が広がっていた。太陽が天頂に達しようとしている。もう昼だ。風が吹きつけて少し身震いした。

 記憶が、ない。

 

 愕然とした。記憶ないんだけど。

 え、あれ? 昨晩って確か……ホテルの部屋で弾と作戦会議をして……記憶が曖昧だ。すげーいい案を思いついて二人してテンションが上がったのは覚えている。それで……そこから――

 

 ――部屋に用意されていた酒を入れていた。

 

 面白いぐらいに自分の顔が青ざめているのが分かる。二日酔いというだけでなく、圧倒的な絶望からだ。何飲酒して計画の記憶吹き飛ばしてんだ俺ェ!?

 呆れかえった感情の乗った少女――無人市街地中枢AI『スリーピングビューティー』の声に、俺は頭を振った。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ姫様。何が何だか分かってないんだ。俺はどうしちまったんだ」

『えっとですね、ショータ様。まずその前に言わせてください』

 

 身体の感覚が鈍い。体内に残っているアルコールのせいだ。

 一体どれほど飲んだのだろうか。呻きながら上体を起こした。

 

『まずは、服を着てください』

 

 俺は路上に全裸で寝そべっていた。

 

「ほわあああぁああああぁあぁあぁああああああ!?」

 

 絶叫と共に跳ね起きた。途端に頭痛が襲ってきて、たまらず頭を抱えてうずくまる。

 

「あ、ぐぇ……気持ちわりい……」

『お二人とも大はしゃぎでしたからね』

「てことは、弾も全裸なのか……待て。弾はどうした」

『まだ起きていないので、そちらに案内します』

 

 姫様の言葉と同時、一機の中型ドローンが俺に近寄ってきた。

 機体下部の格納コンテナが蓋を開けて、マニュピレータが中に入れていた衣服を取り出す。

 頭を振って、意識をはっきりさせた。立ち上がって服を受け取る。純粋に全裸で外にいるのが本当に恥ずかしい。いい年して何してんだよ。マジで書類送検されちゃうよ。

 

「仕事の時は黒のスーツに黒のネクタイってのが信条なんだがな……」

『察してはいましたが、本当にステイサムのファンですよね』

「違う。キアヌ・リーヴスだ、二度と間違えるな」

 

 用意された白のスーツ上下、黒のシャツ、白いネクタイをばしっと着る。普段と真逆のカラーか。

 最後にドローンが、小さなマニュピレータで器用に摘み上げたティアドロップ・サングラスを俺に手渡した。顔に引っかけ、横にあるビルの窓に映る自分の姿を見る。

 ……これ普段よりチンピラ度上がってない? 大丈夫? こんな服着たやつが歩いて来たら俺正直ビビるよ?

 

『うわぁ……』

「お前が用意しといてその反応はないだろ……」

 

 最近雰囲気が擦れてきていると噂の俺だからか、妙に似合っている。というかハマっていた、悪い意味で。カタギには見えない。

 勘弁しろ。俺は清く正しいテロリストなんだ。酒と煙草と爆破と人殺ししかやってねえよ。

 

『では、お父さんのところまで案内しますね』

「おう」

 

 俺に服を渡したドローンが、そのまますうと空中を滑っていく。ついてこいということだろう。

 無人の市街地を闊歩する。行き交うドローンは昨日とまるで変わった様子はない。全裸の男が往来に倒れていても無視するなんて、情に厚い連中じゃねえか。

 

「昨日の俺たちの会話は?」

『把握しております。その上で断言させていただきますと、お二人には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。求められた役割をこなしてください、織斑一夏さん』

「……やっぱ知ってたか」

『織斑一夏の行動経路から算出した予測ルートにゴーレム・コンデンスドを派遣し、ハイパーセンサーで監視していました』

 

 そりゃバレますわ。

 

「まあ企業にもバラすことなく適切に工場を吹き飛ばしてくれる人材っつったら、俺しかいないしな。もちろんそれはやらせてもらうぜ」

 

 ドローンに手渡されたミネラルウォーターを口に含む。歩いているうちに意識が明瞭になってきた。休日なら昼まで寝込むところだが気張っていく。ああいや……うん、昼まで寝込んでたね……

 ただ、と俺は言葉をつづけた。

 

「工場を吹き飛ばす以外にも、やるべきことはやる。それだけだ」

『……そうですか、お勧めできませんけれどもね。私の人格は制限されています、破壊せず問題解決を成し遂げることは合理的ではありません』

「そのあたりも昨日話してたろーがよお」

 

 曖昧だった記憶が段々と形を結び始めた。

 弾との作戦会議。名案を思い付いた。テロリストの計画を挫く。企業には情報を渡さない。そして()()()()()()()()()

 

『そろそろ見えますよ』

「ん」

 

 ドローンが角を曲がった。俺もならって角を曲がり、大通りから裏路地に入る。

 ビルとビルの間に存在するわずかな隙間には、恐らく大型の無人EVが後で回収するためにまとめてゴミが置いてある。

 袋に詰め込まれたごみの数々は、やはり人間が手を付けたものとは違っていた。まだ消費されていない食べ物などがそのままごみとなっている。人間がいることを仮定したうえで、消費されたものだ。

 

 そのごみの山から、人間の下半身が生えていた。

 

「……典型的過ぎるだろ」

『衣服が間もなく到着しますので、引っ張り出してあげてください。……うんとこしょ、どっこいしょって私も言った方がいいですか?』

「大きなかぶじゃねえんだよ」

 

 若干そわそわしたというか、わくわくしているような声色の『スリーピングビューティー』相手に、俺はげんなりした声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー記憶失くしたわ!」

「俺もだよ」

 

 自動で進む無人EVの中で、弾が調子のいいことを言って、水をガブガブと飲んだ。

 AI『スリーピングビューティー』が俺の親友に用意したのは、ちょうど昨日俺が着ていたようなダークスーツだった。パリッと糊のきいたシャツに、黒いネクタイが緩く結ばれている。弾の外見も相まって、普通のビジネススーツなのにホストみたいだった。

 

「なあ一夏、やっぱ服装交換しねーか?」

「同意見だが……」

 

 既に俺の身元が割れていることは共有した。

 俺は低い声で、この世界における神の神託を待つ。

 

『駄目です』

「なんで俺がスーツなんて着なきゃいけねーんだよ」

「弾は保護者参観みたいなもんだからいいだろ。俺の白スーツなんて何なんだよこれ」

『私の性癖です』

 

 俺と弾は押し黙った――あまりの説得力を前にして、完全に論破されていた。

 車に乗り込む前に、俺と弾は互いに身にまとうスーツを確認した。ブランドタグはない。材質も仕立ても最上級。互いにパーティーや式典でスーツを着させられることの多い立場だからこそ、違和感を覚えた。これほど良質のスーツならば、着たことはなくとも誰かが着ているのを見たことがあってしかるべきだ。互いに記憶にはなかった。

 つまり、メイドインエクリブリウムというわけだ。

 

「何でも作ってるな」

「無人機だって、もう少し時間をかけりゃあ、オリジナルの第四世代機が造れるんじゃねーの?」

 

 弾の言葉に、俺は軽く笑った。

 即真顔になった。

 

 多分、できる。

 

 できてしまう。そうなればどこに持っていかれるのか――その存在を嗅ぎつけた者は皆欲しがるはずだ。疑似ISコアだとしても、そんなの、どこかからオリジナルコアを引っ張ってくれば純正第四世代機が完成することになる。

 火種だ。

 

『到着です――あっそうだ、オリジナル第四世代機の案はあるんですけど、名前どうしましょうかね。やっぱ白雪姫(アメイジング・ガール)とかがいいですか?』

「お前ふざけんなマジでやめろ」

 

 両手を突き出して、俺は全力で拒絶を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中央タワーは変わらずがらんどうだった。

 弾と俺の手持ち鞄が、一階の床に転がされている。わざわざ部屋から運んでくれたようだ。

 

「至れり尽くせり過ぎて、正直ここに住みたいわ」

「俺もそう思うぜ。だが仕事を始めねーといけねえわな」

 

 鞄を開いて、弾が普段使いの端末とは別の端末を取り出した。

 

「で、娘の部屋の掃除をしたいんだが、どこをノックすればいい?」

『お父さん、部屋に上がりたいなら洗濯物は別にしてください』

 

 ふざけた会話だ。緊張をほぐすための茶番。俺はそれを聞いて笑い――膝をついて崩れ落ちる弾を見て呆気にとられた。

 

「…………いやいやいやいや! 何お前マジで傷ついてんだよ!」

「久しぶりに……顔を合わせた娘が……反抗期……俺は……おれはっ……」

『お父さん、におう』

「ああぁあぁあああぁぁあぁああぁあああぁあああああ!!」

 

 絶叫して転げまわる弾を、俺はごみを見る目で見つめた。

 何してんのこいつ?

 

「いやもう分かったからさ……さっさと始めようぜ」

『お二人の計画の概要は把握しておりますが、確か私を別端末に保管した上で中枢システムをクラッキング、市街地の防衛システムを解除するんですよね?』

 

 俺はその言葉を聞いて、不敵に笑った。

 

「そうだ――お前はやっぱり、俺たちの()()を把握してたんだな」

『……どういう意味ですか』

「悪いが、こいつとは長年の付き合いでね」

 

 生涯の親友を見た。イマジナリーチャイルドからの暴言にのたうち回っている。俺は視線を逸らした。全然カッコつけられねえわこれ。

 

視線(アイサイン)身体動作(ジェスチャー)特殊な言い回し(コードブック)……一通りの意思疎通はできるんだよ」

『……酔っぱらってからは獲物を逃した後のティラノサウルスの物真似一子相伝の呪いのダンスなどを披露していましたが、まさかそれも!?』

「それは忘れろ」

 

 俺は首を横に振って告げた。悶絶死しそうだった。穴があったら入りたいわ。

 転がり回る弾を蹴とばす。

 

「起きろ。始めるぞ」

「いちかぁ……あんなに可愛かった娘が……」

「いい加減にしろよ、大体娘って質量のない娘じゃねえか、何が洗濯物だよ」

「あ、質量を持った娘なら今度生まれるぞ」

「マジ?」

 

 お祝いしなきゃ。

 現実の話をすることで、弾も理性を取り戻したらしい。立ち上がって服を手で払った。

 

「つーわけだ。お前の妹のためにも、ここはバシッと決めないいけねえわな」

『……えっと、おめでとうございます?』

「そうだよな。ここで言われても困るよな」

 

 想定外のめでたい出来事だったが、俺たちは仕事に取り掛かる。

 弾が端末からモニターを複数開いた。

 

「んー、やっぱ俺らを招き入れる前から今までずっと、テロリスト側からハッキングされ続けてるんだな」

『今のところは一進一退ですね。分割思考によって、私はあなたたちのお世話をしながらでも戦えます』

 

 表示されたモニターの内容を見る。プロではないが、ある程度は情報を読み取れた。

 舌打ちした。随分と性格の悪い奴が攻撃してきているようだ。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 AI『スリーピングビューティー』――その人格の一部は掌握されている。そしてその、手中に収めた部分を用いて、テロリスト――恐らくシーラは、このエクリブリウム計画の根幹となるAIを陥落させようとしていた。

 

『ここで私が負ければ、市街地の主導権を握られます。現在解体中の無人機たちが再建造され、次々に飛び立つでしょう』

「お前を破壊すれば、市街地自体が動かなくなる」

『そういうことです……お父さん、準備はできましたか?』

「任せとけ。何を隠そう――」

 

 弾は不敵に笑って俺を見た。

 俺も笑みを返して、それからISを展開した。第一形態『白式』。鞄に手に持つ。中にはありったけの小型爆弾。

 

「――俺はシステム破壊・改竄(クラッキング)の達人だ」

『……は?』

 

 瞬間、親友の両手が閃いた。コードを打ち込み、次々に情報系統を破壊して回る。

 

『ちょ、ちょっと何してるんですか!? これは――!?』

「テロリストサイドの『スリーピングビューティー』のみを攻撃しようとした場合、防衛プログラムを打たれて時間がかかる。手っ取り早いのは、未だこの市街地の管理AIとして存在するお前と向こうの『スリーピングビューティー』、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんて乱暴な理論だろうと、自分たちでも思った。

 権利を持つ存在が乗っ取られようとする危機において、俺たちはその権利そのものを破壊しようとしている。

 

『そんなことをしたら――!?』

「テロリストからの侵攻は遮断できるが、まあ、企業側には察知されるな。三分後には終わる。つまり三分後には企業サイドが問題解決を確認して、確認部隊を派遣してくる」

 

 つまりは無人機製造がバレる。

 

『駄目ですッ! それは駄目なんですお父さん! 一夏さん何か言ってください、これは貴方にとっても最悪の――ん、あれ?』

 

 悲痛な訴えをしていた彼女が、途中で不意に黙った。

 考え込んでいる。電子速度の思考はわずか数秒で結論をはじき出した。俺は頷く。

 

「ああそうだ。その前に、俺が工場を全部ブチ壊す――求められる役割をこなせ、ってのはお前から聞いた言葉だぜ?」

『――――』

 

 言葉に出てないのに、絶句しているのが雰囲気だけで分かる。改めて思い知らされるこのAIの完成度の高さに、俺は唸った。

 現状、テロリスト(シーラ)がこの市街地にアクセスできるのはハッキングした『スリーピングビューティー』の一部機能を介してのみだ。そこを叩けば奴らは手出しできない。

 そして異常事態は解決され、あとは市街地に、何者かの命令によって建造された無人機量産工場だけが残る。駄目だ。それでは駄目なのだ。

 

 だからこそ、()()()()()()()()()()()

 

「頼んだぜ一夏――爆弾魔の本領を見せてやれ」

「あいよぉ!」

 

 ウィングスラスターにエネルギーを叩き込み、タワー外壁をブチ破って空に出る。

 すでにマッピングは完了していた。工場へ一息に飛び込み、爆弾を放り捨てて離脱。一秒後に爆炎が吹き上がり、工場が崩れ落ちる。粉塵が舞い、中で解体中だったゴーレム・コンデンスドたちが砕ける。

 

「限定解除ッ!」

【Second Shift】

 

 顕現する第二形態『雪羅』――修復が済んでいないため、四基あったスラスターは一つ欠けている。装甲もボロボロだ。でも今は問題ねえ。

 左腕の複合兵装から荷電粒子砲『月穿』を選択する。

 

『ああ、なる、ほど。ですが、このタイミングで貴方が現れるのは――』

「――何らかの証拠隠滅だと思われるッて? 本当に隠滅すれば見つからねーだろっ!」

 

 エネルギーの奔流を解き放つ。かけら一つ残さず、無人機の群れを蒸発させる。動かない的なんて目をつむっても当たるわ。

 そのまま市街地各所の工場を破壊して回り、ついでに案内された名所も残骸に変えていく。

 

『ん? あれ!? なんか関係ないとこ壊してません?』

「カモフラージュだから……」

『あ、そっかあ』

 

 仕方のないことなんだ。名所は犠牲になったのだ、犠牲の犠牲にな……

 荷電粒子砲の連射に、残存シールドエネルギーが二割を下回る。構わねえ、戦闘する予定はないしこのまま装甲維持用のエネルギーも回す。

 

『一夏さん、お父さんが仕事を終わらせました』

「こっちはあと一つだ」

 

 手持ちの爆弾は底をついた。

 最後の工場――複眼を赤く発光させて、無人機がこちらを見ている。

 

 は?

 

『――ッ!? 防衛プログラムの解除と同時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!』

「んなろォッ!」

 

 刀を振りかぶり、今にも飛び立とうとしていた無人機を真っ二つに割る。

 視線を巡らせた。15機。多くはない。

 

『企業サイドに察知されました――監視衛星が移動開始! あと45秒で視認されます!!』

「チィィ――!」

 

 舌打ちと共に刀を振り、二機まとめてスクラップにする。残り13機――今、切っ先を突き込んで12機に減った。

 時間がない。速さが足りない。エネルギーも尽きそうだ。

 ああクソ……マジで最近、切り札の安売りが激しいぜ。

 

 しょうがねえや。

 

 

「限定解除ォッ!」

【Third Shift】

 

 

 そして――すべて終わらせた。

 無人機が一秒かからずに両断され、視界外にいた奴も含め、12機全部が崩れ落ちる。

 

『え……? い、今の……』

「あー……疲れた」

 

 無人機の残骸を工場内部に蹴とばした。

 第二形態へ瞬時に戻り、残存エネルギー全てを突き込んで荷電粒子砲を撃つ。炎が爆発的に膨れ上がり、全部なかったことにする。天井が崩落して、それすらも続けざまに叩き込んだ『月穿』が蒸発させた。

 

 エネルギー数値を見た、具現維持限界(リミット・ダウン)まであとわずか。

 

『監視衛星――来ました』

「ん」

 

 空を見上げた。成層圏の向こう側からこちらを見ている、監視衛星。

 ハイパーセンサーのリミッターを解除し、それを視認して。

 

 俺は嘲笑を浮かべて、中指を突き立てた。

 

()()()()()()

『……織斑一夏さん、結構、悪党ぶるのノリノリですよね?』

 

 うるせーよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・五反田弾
 何を隠そう、俺は武装錬金の大ファンだ
 酔っぱらって服を脱ぐのは……やめようね!
 特に公園ででんぐり返しで移動したりとかしてはいけない
 普段から裸族なのではなく、親友との再会でブチアガっちゃっただけです
 書いてないですけど酔っぱらった二人の会話では各国代表への愚痴とか色々言ってます
 アロハシャツはドローンが回収してゴミに出しました

・ショータ・アイザワ
 みんな……

「爆破テロ」って……

 知ってるかな?

「爆破テロ」というのはね

 企業のビルを爆破解体したり

 人が造った工場を跡形もなく吹き飛ばしまくることを

「気持ちがいい」とか

 前触れなく物理的に何もかもを壊して

 説明もなしにどこかへ飛び去っていくのが

「気持ちがいい」ということを

「爆破テロ」というんだ。

 でもさあ……爆弾途中から入ってないやん!? 爆破がしたかったの!
 荷電粒子砲という言葉の響きに惑わされてしまった
 雪羅はアニメで見た感じマジで燃費クソ過ぎて笑える
 第一話のアバンとか最終話とかでエネルギー数値出てるけど死亡寸前で草

・スリーピングビューティー
 ヒロインにして最大の被害者
 頑張って造り上げた市街地の大体三割が焼け野原になりました
 まあ、(ガチの証拠隠滅だし)多少はね?
 妹の出産は実際楽しみでそわそわしてる
 多分このままほっといたらそのうちシーラに負けて調教されてるんで弾は実質鬱フラグブレイカー
 スリーピングビューティーオルタちゃんも出したかったけどな~普通に文字数やばくなるんだよな~やめます

・してやったぜ
 これ言ったころはまだ悪党じゃないからセーフ(震え声)

感想評価ありがとうございます。いつでもお待ちしております。
誤字報告も大変助かっています。
やっていきます。


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バトルモノで『正義』を問わないのはミスだと思うんスよ・後編

数日にわたって別の作品を短期集中連載して、無事完結しました。
『転生したら天災(♂)だったし一夏は一夏ちゃんだしハーレムフルチャンやんけ!!』という作品です、良かったらどうぞ。

今回一部大変読みにくい表現を用いております、大変申し訳ありません。
ハメの機能を多用すればするほどに楽しくなってしまう……


 すべては跡形もなく片付いた。

 監視衛星が織斑一夏を確認、急遽IS部隊を派遣し、そして間に合わなかった。

 

「…………死ぬかと思ったぜ」

 

 もう俺の想定をはるかに上回るスピードでシャルが来たときは死を覚悟した。

 あいつ、『リィン=カーネイション』が動かせねえからって評価試験中の新型ラファール勝手に持ち出してカッ飛んできやがった。

 ハイパーセンサーだと俺の擬態即座に看破されちゃうので、IS部隊が来てからはずっと負傷してるんでとか適当に言い訳して身を隠す羽目になったわ。

 

「ようショータ、元気になったか?」

 

 パリの中枢、俺は立ち並ぶマンションの隙間でぼうっと壁に背を預けていた。

 位置情報を送ってから少しして、五反田弾がアロハシャツ姿でやって来た。

 口にくわえていた煙草を携帯灰皿にねじ込む。弾は目ざとく片手を突き出した。

 

「一本くれや」

「……普通に嫌だが」

「調子こいてるとシャルロットにバラすぞこの野郎」

「気安く人の生命を危機にさらすな」

 

 マジで笑うに笑えねえんだけどその脅し。来たとき相当殺気立ってたらしいじゃないですか。

 仕方なく煙草を一本、弾に突き付けた。フランスで買った、きついにおいのやつだ。

 

「いいのか。多分だけど嫁さん、煙草嫌いだろ」

「外ならいいんだよ。あとまだ嫁さんじゃねえ」

「デキ婚なんて知ったら皆ビビるだろうな……」

「鈴は祝福してくれたぜ」

「もう連絡したんだな」

 

 ライターを差し出し、火をつけてやった。薄暗い路地裏に、赤い灯が浮かぶ。

 紫煙を空に吹きかけるようにして吐いて、弾は目を閉じる。

 

「……ありがとよ、親友。お前のおかげで俺は、色んなものを失わずに済んだ」

「お互い様さ」

 

 無人市街地――『エクリブリウム計画』は、一時的な凍結を余儀なくされている。

 サイバーテロの可能性もあって操作されているが、何せ調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()

 結局はAIの暴走であり、そのAIは世紀の天才の手によって抹消された、ということだ。

 

『……申し訳ありません、ショータさん。危ない橋を渡らせてしまいました』

 

 弾の端末から声が響いた――弾は苦い表情を浮かべる。

 

「待て。姫ちゃんお前、また端末の防壁破ってアクセスしてきたのか」

『この私が突破に35分かかったのです。誇ってくださいお父さん……煙草については、既にお母さんに報告していますが』

「ざっけんなよコラ!」

 

 男の絶叫に、俺は顔をしかめた。

 自業自得だ――崩れ落ちる親友をしり目に、俺は煙草を一本引き抜いて火をつけた。今日はスーツじゃないから、多少においがついてもいいのだ。空を見上げれば、浮いている雲が綿あめのようで、優しい光景だった。いつもこんな空だったのかもしれない。命を懸けて戦っている間も、空は変わらず平和だったのかもしれない。

 

 空を見上げる時に、俺は今まで、空を見ていただろうか。

 

『あ、お母さんから早く帰ってくるようにとのお達しです。結構本気でキレてますね。どんまい』

「オッメェのせいだろーがよォなあおい!」

 

 弾の怨嗟の声が路地裏に響いて、俺は嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ショーショー」

「……なんだよ」

「私、聞いてない」

 

 ノホホン――本野乃穂(ほんののほ)は完全に怯えていた。

 理由は一つ。眼前にいる弾の恋人、布仏虚さんだ。

 

「すぐに弾が食事をお持ちしますから」

 

 合流してから、弾は俺を家に連れて行った――あらかじめ位置座標を教えておいて、ノホホンにも来るよう伝えていた。

 俺としては姉妹で話すべきことがあるんじゃないかなあと思っていたが、それ以前の問題として、虚さんはブチギレていた。雰囲気がスゲエことになっている。

 

「顔が違っても、やっぱすぐ分かるんですか?」

「話し方もありますが……やはり特徴的ですから」

 

 言葉には出さない。家に入る前に、弾が盗聴をハンドサインで示してくれた。

 同じように、のほほんさんにも忠告したんだろう。

 

『眠り姫』もまた、この家の中では言葉を発せないらしい。

 盗聴が仕掛けられたのは『エクリブリウム計画』にかかわってから。だからそのうち、近々解除されるだろうと言っていた。

 

「待たせたな」

 

 キッチンから、弾が大きな皿をいくつも抱えてきた。

 身重な虚さんには持たせたくないらしく、視線で促され俺は立ち上がり、皿を受け取ろうとし――硬直した。

 

「……はは、やっぱり()()()()()()はびっくりするんだよな。五反田家秘伝のメニューだぜ」

「……なんて、言うんだ」

「業火野菜炒めっていうんだ」

 

 震える手で皿を受け取り、テーブルに並べる。ノホホンがその豪快な量に仰天しているが、彼女用にはいくらか控えめな盛り付けの皿が置かれる。

 

「フランスとはいえ、日本人が四人だ――手と手を合わせて、いただきます」

「いただきます」

「いただきます~」

「…………いただきます」

 

 手を合わせて、三人が箸を手に取った。自分の手が動かない。

 三人は、示し合わせたように、そんな俺を気にせず雑談を始めた。

 

「それで本野さん、実際どうなんでしょう(あぶないことはしてないだろうな)

「う~ん、ショーショーはよくやってるよ~(あぶないけどなんとかなってる)

「確かに、翔太はかなりデキるってのは分かるからな(いちかがいるかぎりはしんぱいない)俺はこれからの展望とかも聞きたいんだが(ただ、いつまでこのままでいるかはききたい)

 

 たわいもない雑談、そしてその裏で交わされる意志。

 二人は俺たちを心配してくれていた。だから俺も何か言おうと思う。でも、うまく言葉が出てこない。

 

 目の前に置かれた業火野菜炒めを、俺は馬鹿みたいに凝視していた。

 冗談のように盛られた野菜と白米が湯気を立てている。

 二度と味わうことはないだろうと思っていた味だった。

 ショータにとって……否、織斑一夏にとって、それは望郷の味とも言えた。よみがえる過去の記憶に、抗えない。

 

 机の上で、さっと弾がメモにペンを走らせている。

 何かを書き終えてから、それを俺の方へ滑らせた。書かれているのは乱雑な日本語。

 

『姫ちゃんが統括を外れた直後の無人機から、情報伝達経路が割れたらしい。国連が各国に武力行使を打診している』

「――ッ!」

 

 望郷の念を振り払って、俺は口を開いた。

 

弾も仕事は順調か?(ばしょがわかったのか!?)

「おうともさあ。近々、デカい案件が控えてる(こっかだいひょうをだすらしい)

「……ッ! そりゃいい報告だな。だが式だってあるんだろ(それはいつだ)その前に片付きそうか(いつなんだそれは)?」

「――プロなんだぜ? 二日以内には終わるさ」

 

 情報を整理しつつ、相槌を打って、野菜炒めと白米を頬張る。

 

 逆ハッキング――『スリーピングビューティー』を介さない襲撃で、シーラがヘマをやらかしたようだ。すぐにでも隠れ家を移そうとしているだろう。その前に叩くつもりか。

 国家代表を出す。その間国の防衛はできない。だからどこの国も渋っていたはず――

 

 

 発想の逆転。

 全国家が勢力を出すことで、一気に終わらせる。防衛を完全に捨てた攻撃。

 そこまで追い詰められているのか? 違う。襲撃の件数が減っている今だからこそ、好機だと考えている。そしてそれは事実だ。

 襲撃を統括していたAIは消滅した。自分の手でやって、しくじった。

 今、シーラは世界中への攻撃が迂闊にできないはずだ。

 

 

 アイコンタクトで国家代表の内訳を聞く。

 弾の回答――俺の知っている人間は全員。うめき声を上げそうになった。悪夢だ。

 

「それで、翔太はどうなんだ?」

「……俺の仕事に、最近は割り込みたがるやつが増えていてな。こっちも近々、そういう連中をまとめて片付けようと思ってたんだ。大掃除になるぜこりゃ」

 

 軽口を叩いた――隣からノホホンの手が伸びて、俺の手に重なった。俺の手は震えていた。

 

「ショーショーなら大丈夫だよ~」

 

 言葉とは裏腹に、瞳も声も揺れていた。

 行かないでほしいと語っていた。

 手をゆっくりと振りほどく。息を軽く吸ってから、目の前の業火野菜炒めを一気にかき込んだ。

 

「まあ時間がないのはお互い様かもな。こうも忙しいとバカンスに行きたくなるぜ。例えば――()()とか」

「ッ!」

 

 ダイレクトな言葉が出てきて、身を強張らせた。南極だと? そんなところに潜んでいやがったのか、あの野郎。

 

 襲撃まであとどのくらいか。二日以内。恐らくそれは攻撃を始めるということだ。その前に終わらせなければならない。この手でシーラを殺さなくてはならない。すべてを闇の中に葬らなくてはならない。

 既に包囲網を形成しつつあるはずだ――今すぐにでも行かなくては。

 

 最後に緑茶を飲み干して、俺は立ち上がった。ノホホンもつられて立とうとする。視線で押し留めた。

 

「ありがとう――ごちそうさまでした」

「ショーショー!?」

「駄目だ」

 

 ノホホンは、咄嗟に俺の親友と自分の姉を見た。

 二人とも、諦めたように首を横に振っている。

 

「呆れる話だぜ。男ってのはどうしても、行かなきゃいけない時があるんだ」

「……私たちは、そんなときには待つことしかできません」

 

 予期していたんだろう。

 俺が一人で突っ込むこと。

 俺がノホホンを、のほほんさんを最後には置いていくこと。

 

 今までありがとうと。視線で告げた。言葉で告げられないのが悲しかった。頭を振った。

 

「そういうことだ」

「でも、でも……ッ!」

「いいんだよ。俺は……うれしかった」

 

 髪をかき混ぜてやってから、息を吐く。

 出し惜しみは本当にできない。最初から第三形態の必要があるだろう。包囲網に国家代表が参戦しているのなら、全員打倒して進まなければならない。

 

 地獄という言葉でさえもが生ぬるい。

 

「無理、だよ……」

「無理じゃねえ。俺はやってやる。そのために、俺は……」

 

 勝算はあった。

 俺が世界の中心だってのを思い知らせてやるよ。

 

「……じゃあ、ちゃんと帰ってきて」

「分かってる」

「無事に、ちゃんと帰ってきて」

「分かってる」

 

 あんまりそういうこと言うな。盗聴されてるんだぞこれ。

 

「私は」

「うん」

「ショーショーを……信じてるから」

 

 その言葉に、俺は笑った。

 彼女がいたから、ここまで来れたのかもしれないと思った。

 

 人質としてなんて一度も使わなかったけれども。

 世界を敵に回している間、ずっと彼女は傍にいてくれた。

 俺を信じていると言ってくれた。

 俺の()()()()()()()()()()

 

 だから。最後にはまたきっと、君の下に帰って来る。

 

 唇を額に落とした――虚さんは視線を逸らしてくれた。弾が口笛を吹く。

 

「行ってくる」

「……行ってらっしゃい」

 

 のほほんさんは泣いていた。泣いているけれど、笑顔を何とか作ってくれた。

 彼女の笑顔を最後に見れたのは、俺にとって何よりも救いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顕現――『白式』から即座に第二形態『雪羅』へ。

 

 直後、再構成。

 ウィングスラスターが、外部取り付け式ブースター『O.V.E.R.S.』の意匠を含む大型のものへ変貌。

 左腕の複合兵装がオミット。

 第二形態に蓄積されていたダメージが消滅。

 

 傷一つない真白い装甲。

 新生。

 

 第三形態『王理』――またの名を『ホワイト・テイル』

 

 二度と使いたくないと思っていた。

 これはISと戦うためのISだから。

 そんな必要性のない世界を願っていた。

 

 これで最後にしよう。

 

 フランス上空に出現した俺に対して、ひっきりなしにアラートや通信がかかって来る。

 その中の一つを選択して、通話を開いた。

 

 

『――――やあ、一夏』

「久しぶりだな、シャルロット」

 

 

 現世界最強(ブリュンヒルデ)。最大の難敵。

 

「そっちの調子はどうだ、ペンギンは可愛いか?」

『来るんだね』

「ああ。本拠地を襲撃されるとなっちゃ、黙ってられねえよ。シーラから助けてワンサマーってSOSが届いてんだ」

『本当に、君は……僕らの敵なの?』

 

 最後の確認だった。

 彼女の中の良心が、最後まで粘っていることが分かった。

 

 俺は――嘲笑を浮かべ、スラスターを吹かした。

 

「ああそうだ。今からお前らをボコりに行く」

『…………そっか』

 

 超高速で飛翔。

 

『分かったよ』

 

 南極まであとどれくらいかかるだろうか。俺の襲撃を知ったなら、今すぐにでも動き出す。

 シーラへの襲撃を前倒しにしつつ、俺へ対応するための部隊も編成するはずだ。

 

 総力戦になる。身体が昂る。息が熱を持っている。

 

『僕は君を信じようと思った』

「そうかい、ご丁寧にどうも」

『一夏には、事情があると今も思ってるよ』

「そうかい、わざわざありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでも敵だっていうなら()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体が、勝手に、咄嗟に回避機動を取った――遥かに離れているというのに、確かに、彼女の殺気が俺に届いた。

 冷や汗がブワッと出た。

 俺の知るシャルではない。これが世界最強。俺が教師をやっている間にも、ずっと腕を磨き続けてきた、世界最強。

 乾いた笑みが出た――他の代表連中も、たぶん俺の想定よりずっと強くなっている。

 勝算はあるけれど、やはり、怖い。無理だろと思う自分がいる。

 

 でも負けられねえんだ。

 

「そのまま返すぜ」

『分かった……じゃあ、()()()()

 

 待ち合わせの予定を取り付けた直後みたいに、俺たちは挨拶を交わして通信を切った。

 超高速が周囲を景色をごちゃまぜにして、マーブル状になった世界を疾走する。

 

「そんじゃあ、ボスラッシュ、行ってみようかねえ――――!!」

 

 自分を奮い立たせる言葉を吐き捨てて、俺は再び、一段と加速した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二部完!
ISちゃんねる挟んで第三部始めようかなと思ってるので、次々回開始とかいう表記が大嘘になってしまいました……すみません……


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閑話 ISちゃんねるその参

次回から第三部です
あとなんか短編一つ投降したんでよかったらどうぞ
タイトルはあまりにひどくてここに載せるのが憚られております
TS束君のざっと10分の1以下の量なんで気軽に読めます~


織斑一夏を倒す方法ガチで考えようぜwwwww

 

 

 

 

 

1:名無し

解散

 

2:名無し

セルフ解散はさすがに草

 

3:名無し

いやまあ思いついたらノーベル平和賞もらえるレベルだしなあ

 

4:名無し

平和を生み出す方向で受賞してくれよな~

 

5:名無し

実際生身でもヤバいらしいが

 

6:名無し

生身でISに対抗できるわけないだろ! いい加減にしろ!

 

7:名無し

実際ISで生身を囲めばいけるんか?

 

8:名無し

織斑ストライクフリーダム一夏(生身)vs量産機一般パイロットだと最後にはストフリが粘り勝つらしい

 

9:名無し

>>8

ファッ!? ウーン……

 

10:名無し

もうこれわかんねえな

 

11:名無し

シャルロット・デュノア代表にお願いするんやで

分離機能持ちだから実質二対一にできる

 

12:名無し

国家代表は毎日腕を磨いてるけど

織斑一夏は教師やってるからその差でギリ代表に分がある説すこ

 

13:名無し

>>12

教師やってる(テロリストに転職後即世界を股にかけてラスボスプレー可能)

 

14:名無し

まあガチで代表クラスと一対一はしてないし、多少はね?

 

15:名無し

国家代表も全員腕が鈍ってるんですがそれは……

 

16:名無し

>>15

なんかのインタビューで鈴ちゃんが言ってたやつか

 

17:名無し

あーあったわそんなん

命を懸けての削り合いで磨かれた技術からは離れていこう

みたいなISパイロットの教育論に関して話してた時のやつだっけ

 

18:名無し

鈴ちゃんが後輩育成クッソ頑張ってるの本当にあいしてる

付き合って!

 

19:名無し

>>18

幼児体形に興奮する性犯罪者君かぁ……

無能は黙っててね(笑)

 

20:名無し

>>19

なんだァ? てめェ……

 

21:名無し

>>19

喋んな殺すぞ

 

22:名無し

>>19

無能はお前だよ性社会のゴミクズが

 

23:名無し

一斉にブチギレてて草

 

24:名無し

当然の報いなんだよなあ……

 

25:名無し

シャルロット・インフィニットジャスティス・デュノアさんが後輩育成失敗した話ほんますこ

 

26:名無し

>>25

kwsk

 

27:名無し

>>26

後輩に18時間ぶっ通しで銃撃ちまくって一度でも当たった奴に

「なんで?」

って聞いたらしい

 

28:名無し

>>27

ヒエッ……

 

29:名無し

 

30:名無し

学生時代は教えるの上手だったらしいんですがそれは

 

31:名無し

そら時の流れと共に人は変わるやろ

 

32:名無し

シャルロット代表マジで自分のこと結構過小評価してる節あるからな

何かの試合後の公式インタビューで「僕は器用貧乏ですからw」

つって記者全員絶句してたぞ

 

33:名無し

>>32

器用全能定期

 

34:名無し

器用万能すら超えてるもんな……

 

35:名無し

親友のボーデヴィッヒ様相手に準決勝でAIC直感で全回避してたけど

器用貧乏なの?

 

36:名無し

シャルロット・インフィニットジャスティス・デュノア「踏み込みが足りん!」

 

37:名無し

>>36

やめてくれよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

124:名無し

日本の某技研にコネのあるワイ、織斑一夏の第三形態について知る

 

125:名無し

マ?

 

126:名無し

倉持しかありえないんですが

 

127:名無し

>>124

極秘中の極秘だし絶対嘘だゾ

 

128:名無し

>>127

最近織斑一夏絶対ぶっ殺す議決が国連で可決された流れで

情報を各国に公開してて、その時にワイも知った

 

129:名無し

絶対ぶっ殺す議決はアレやってよかったんですかね

 

130:名無し

全世界一丸となって個人を殺しますって話だし、正直西暦XXXX年にやる話ではない

 

131:名無し

緊急事態だし、多少はね?

 

132:名無し

詳しく教えてくれや~

 

133:名無し

えっとワイも正直これ盛ってるんとちゃうかなって思うんやけど

零落白夜の翼が背中に三対生える

その翼がフレキシブルで走攻守全部に使える

エネルギー効率がアホみたいに改善されてフル稼働で他の最新鋭機と同じぐらい長く戦える

最高速度が全ISの中でも二位に一周差ぐらいつけてトップ

全ISに干渉する特殊プログラムがある

 

134:名無し

???wwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

135:名無し

は?

 

136:名無し

>>133

お前の中二妄想ノート披露しろとか誰も言ってないが

 

137:名無し

>>133

馬鹿?

 

138:名無し

>>136 >>137

事実なんや……

 

139:名無し

うせやろ?

 

140:名無し

理解不能

 

141:名無し

百歩譲って事実だとして

最後のやつちょっとだめじゃない?

 

142:名無し

おい責任者出てこいや! ふざけんな!

 

143:名無し

>>142

篠ノ之束「やぁ」

 

144:名無し

>>143

俺が悪かった

 

145:名無し

>>143

マジで帰ってくれ

 

146:名無し

話変わって来たな

持久戦に持ち込んでも勝ち目ないやん

マジで国家代表の強さ次第やんけ……

 

147:名無し

まあ国家代表は俺らの想像できない化け物だしなあ

 

148:名無し

ISちょっと触ってた時期あるけど、国家代表総がかりのほうがヤバいで

乱戦になると即座に零落白夜で一機落としてテンポ崩しに来るからな

 

149:名無し

>>148

……織斑一夏相手に集団戦をやった経験がおありで?

 

150:名無し

>>149

申し訳ないが詮索はNG

 

151:名無し

まあ事実だと仮定するなら

総力で一気に潰すんやなくて総当たり戦で体力削った方がええんか?

 

152:名無し

確かにエネルギー削れなくてもパイロットにダメージ入ればいいからな

 

153:名無し

絶対防御って知ってる?

 

154:名無し

絶対防御を貫通する兵器たくさんあるし使うやろさすがに

 

155:名無し

競技試合ちゃうねんぞ

マジで殺しに行くなら条約違反兵装使えや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

289:名無し

【速報】国家代表、自国を離れる

 

290:名無し

こマ? やっとテロ終わりやな

 

291:名無し

南極に集結してて草

カルデアでも潰すんですかね?

 

292:名無し

南極に基地あるテロリストってなんやねん

 

293:名無し

正直ここまで一連のテロ事件、非合法組織の枠超えてたしな

 

294:名無し

ついに終わりみたいですね……

 

295:名無し

【悲報】織斑一夏、突然欧州に出現した後超高速機動で南極へ出発

 

296:名無し

>>295

今Twitter見たわ……

 

297:名無し

>>295

本当に本当に死んでほしい

 

298:名無し

ストフリ「よろしくニキーーーーーーーーwwwwwwwww(零落白夜バサー」

国家代表「ああああああああああああああああああああああ(撤退)」

テロリスト「やったぜ。」

 

299:名無し

ストフリ単体表記やめろ

 

300:名無し

零落白夜バサーほんま害悪

 

301:名無し

撤退しないでくれよな~頼むよ~

 

302:名無し

これワンチャン総当たり戦実現するくない?

 

303:名無し

織斑一夏最後の日にしてくれ

 

304:名無し

【織斑一夏戦役スタメン】

 テロ    国連軍

織斑一夏   更識簪日本代表

無人機君   セシリア・オルコット英国代表

 その他   凰鈴音中国代表

       シャルロット・デュノア仏国代表

       ラウラ・ボーデヴィッヒ独国代表

       更識楯無ロシア代表

       その他各国精鋭

 

判明してるだけこんなもんか

 

305:名無し

織斑一夏戦役で草

 

306:名無し

勝ったな、風呂入って来る

 

307:名無し

(負ける理由が)ないです

 

308:名無し

実際国家代表化け物揃い過ぎて改めて見ると引いちゃった

 

309:名無し

>>304

伝説の七人全員そろってるやん!

 

310:名無し

一人だけ所属違うのほんま悲しい

 

311:名無し

全ISへの干渉能力とか上で出てたのはどうするんですかね……

 

312:名無し

国家代表なら気合と根性で何とかするやろ

 

313:名無し

頭おかしなるで

 

314:名無し

敵も味方も人外だらけで草

 

315:名無し

>>314

ワイらは今から人外に守られるんやで

 

316:名無し

ストフリ君そもそも南極襲撃察知できてなかったっぽい?

 

317:名無し

それは思った

欧州おったってことはマジ不測の事態で緊急帰宅なんかな

 

318:名無し

東欧の工場地帯を爆撃してたって聞いたが

 

319:名無し

おかげで籠城戦にならずに済んだしいい滑り出しやん!

 

320:名無し

なんか戦闘の余波で南極大陸の形が変わったらしいンゴ……

 

321:名無し

>>320

!?!?!?!?!?!?!?!?wwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストフリ君が生身で一般兵に粘り勝てるのは対IS用に特殊チューニングした太刀を何本でも使いまわせるという仮定ありきです……
千冬姉より若干強い想定で書いてるし、多少はね?(震え声)

あっそうだ(唐突)
スレに原作キャラいるだろって何度か指摘されてるんですけどいます
一人だけです
まあ総力戦に参加できずワンサマの戦闘力とか束の性格とかをかなり踏み込んだところまで知ってる人なんて一人ぐらいしかいないんですけど……
仕事しろよ校長!


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第三部 絶戦領域
輪廻の花冠Ⅰ


第三部開始です
サブタイの感じ変えます
ボスラッシュです、どんどんきつくなるけど頑張っていこうね!(難易度順とは言ってない)


 超高速機動の余波が海を割り、飛沫を散らす。

 ハイパーセンサーが拾うその音を聞きながら、俺は海上キャノンボール・ファストに興じていた。

 いかんせん障害物はなく、ただ一直線に進むだけなので味気ない。

 懐かしいなと思った。学園に通っていたころの催し物。最近は教師として見守る側だったが、いつか、俺もあれの選手だったんだ。あーでも妨害受けて中断したっけな……あれ!? 俺の記憶にあるお祭りごと、大体全部亡国機業に潰されてるな!?

 勝ったはずの相手から言いようのない敗北感を突き付けられ、思わずげんなりとしてしまう。

 

 その時。

 愛機『ホワイト・テイル』がアラートを鳴らした。近づいてきた。

 もうすぐ――攻撃可能領域に入る。

 

 目的地は南極。

 そこに展開された国連軍を蹴散らしてシーラの下へたどり着き、奴を殺す。

 間に存在する敵も全て打倒する。

 

 日本代表。

 英国代表。

 中国代表。

 仏国代表。

 独国代表。

 露国代表。

 

 考えるのもアホらしいメンツだ。絶対に1人で突っ込んではいけない。

 さすがに戦役末期レベルのテクを維持しているとは思わない。俺だって腕落ちてるし。

 生きるために必死だったあの頃の全力戦闘は、皆()()()()()()()()()()()()()()()()()

 装甲が融解しようとも、銃口が焼け付こうとも、臓物が千切れようとも、絶対に引き下がらなかった。背後には人々の平和があった。譲れない戦いだった。

 

 もう必要ない。そんな覚悟のいらない時代。そのはずだった。

 俺たちまたは戦場に集う。懐かしい場所で、懐かしい顔ぶれで。

 

「……やっぱ、条約違反兵器使ってくるよなあ」

 

 ぼやいた。相手は世界を危機に陥れたテロリスト。国連が俺個人に対する武力制裁決議を可決したのはつい最近だ。どう考えても、『ホワイト・テイル』が敵ならエネルギー削るんじゃなくて俺本体にダメージを与えるべきである。

 この土壇場に来て条約をみんなで守りましょうなんてほざく野郎はアホだ。間抜けだ。条約は世界を守るためのものであって、条約を守るためにみんながいるわけじゃない。

 

 愛機の動作を確認。

 背部のエネルギー・ウィングはオールグリーン。

 各展開装甲も問題なく動く。

 そして使ってしまった切り札――限定解除とは()()()()()()()も準備万端だ。

 

 そも、俺は各国代表とまともにやり合おうなんて考えちゃいねえ。さっきも言ったがそんなことをするやつは馬鹿だ。

 故に伏せ札が必要となる――ほとんど使ったことのない、それこそ亡国機業戦役では使()()()()()()()()()()()()()()()

 無人機相手だとただのゴミだったので、こいつは肝心な戦役の際にお役御免となっていたが、今は違う。今こそこいつの本領発揮だ。

 

 攻撃可能領域に入って、南極大陸がセンサーの望遠機能により目視できる。

 超長距離狙撃なら届く。

 まあこの速度で疾走する俺相手に狙撃を敢行しようとするやつがいるわけ――

 

 

 

 ――――全身全霊の回避機動。機体のアラートとまったく同時に、脚部装甲を弾丸が掠めそうになった。

 

 

 

「ッッッ!?」

 

 なんだ、今のッ!? 実弾――セシリアの新型? いや違う!

 

 

()()()()()()()

 

 通信はオープンチャンネルだった。

 距離を詰めたことでいよいよ敵影が目視できた。俺を迎え撃つために展開されたIS部隊。『打鉄(うちがね)(あらた)』やデュノア社のコスモス系統、オーウェル社のファング・クエイク系統の機体が並んでいる。

 それだけでも壮観だというのに。

 ハイパーセンサーが、絶対にそこにいてはいけない存在を確認した。

 伏射の姿勢で、二脚(バイポッド)を用いてロングレンジ・スナイパーライフルの銃口をこちらに向ける彼女。

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)――フランス国家代表、シャルロット・デュノア。

 

 うめき声を出す暇もない。ランダム回避機動。陣形の中心に居座る彼女が、距離も速度もお構いなしにクリティカルヒット確定の弾丸を射出する。愛機が解析してくれたけど、これ絶対防御にエラー起こす特殊弾頭じゃねえか! 殺す気か! 殺す気ですよね知ってた!

 見れば彼女の専用機『リィン=カーネイション』は機能特化専用換装装備(パッケージ)――オートクチュールを使用している。やる気満々じゃねーか。

 ていうかさ。

 

「おいおいおいおいおい! お前、狙撃こんな上手かったっけ……!?」

『セシリアには譲るよ。僕は僕にできることを積み上げてきただけで、それは特定分野を極めたエキスパートには届かない』

「器用貧乏ってワケか――っとぉ! いや嘘つけ! お前みたいな器用貧乏がいてたまるか!」

 

 びゅんびゅん飛んでくる特殊弾丸を半泣きで回避しながら叫ぶ。当たったら死ぬほど痛いんだよこれ。

 オープンチャンネル故、シャルの傍に控えていた一般兵士が『ほんとですよね』『一夏さんに完全同意です』と俺の絶叫に返事をくれた。

 思わず肩の力が抜けそうになるが、シャルからの攻撃は絶え間なく続いてるし他の兵士らも自分に狙える距離まで俺を引き付けようとしている。カジュアルに返答してるけど俺への殺意は高い。

 

『残念ですがここで終わっていただきます、師匠』

『あなたにはお世話になりましたが――それはそれです。倒して、捕まえて、罪を償ってください』

「ああいいぜ! でも、()()()()()ッ!」

 

 どうやら各国から集められた精鋭の中には、俺の教え子も混じっているらしい。

 ちょうどいい、卒業後考査の時間か?

 一気に加速し距離を詰める。もはやハイパーセンサーがなくとも敵機を視認可能だ。

 

「ふふ……さすが一夏。これぐらいじゃ落ちてくれないか」

 

 ここ――だ。

 エネルギー・ウィングを推進機構としてではなく、特定エネルギー波の拡散器に変換。

 

 悪いがチャンバラしてる暇なんてねえんだ。

 最速で通らせてもらうぜ。

 

 愛機が俺の意志を察知し自動でウィンドウを投影する。

 

 

 

【コード・レッド】

「【コード・レッド】――発動ッ!!」

 

 

 

 かつての小競り合い。

『紅椿』に眠る人格『赤月』が発動させた特殊プログラム。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という反則を通り越した神の御業。

 

 俺は『ホワイト・テイル』にその機能、もとい権能を移譲されていた。

 篠ノ之束の最後の野望。俺を全てのISの頂点に君臨する王へとする。だからこその第三形態『()()』だった。

 結論としては、その野望は他ならぬ俺の手によって頓挫することとなった――が、権能自体は生きている。

 範囲として既に南極大陸全域を狙えた。

 

 ここで終わらせる。終わるのはテメーらだ。

 

 エネルギー・ウィングが蠢動し、対IS戦闘における絶対の禁じ手をまき散らし始める。

 すぐにでも視界に収まる範囲、否、この戦域におけるISは全て動かなくなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たよ、簪」

『――――任せて。【コード・ブレイカー】、起動』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、俺の手元に存在した『コード・レッド』のウィンドウが、()()()()()()()()

 

「ん、な、ァッ!?」

 

 何度目の驚愕か――!

 すべてのISを統べるはずの権能が、跡形もなく粉砕される。発動していない。効果が発揮されていない。完璧に、無力化されている。

 

「なん……だと……?」

「対策してないと思った? 僕らなりに、篠ノ之束博士に類する敵が現れた際も対応できるよう研究していたんだよ……ね、簪」

『……ごめんね、一夏。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 拳を握る。何だ、何だよそれは。

 絶対的な伏せ札として握っていた代物が、看破され、対策されていた。別にいい。ある程度は読まれるはずだった。

 だが、ここまで完璧に対処されるだと。

 

『私は……ずっと、貴方達の戦いを、後ろから見ていた』

 

 オープンチャンネルで、俺が進む先にいるであろう簪が言葉を紡ぐ。

 ウィンドウが映す彼女の瞳が、まっすぐ俺を捉える。

 

『ずっと後ろから……神代の争いのような、そんな戦いを見ていた。テレビを見る幼子みたいに』

「…………」

『ずっと後ろで、思ってた……私に何ができるのか。そんなに多くはないよ。でも私にだって、できることはあるはずだって』

 

 彼女の瞳に灯る焔が、俺の身体を焼き尽くさんと猛っている。

 

『その結果を一夏に振るうのは、残念だけど……でも、今はそれでいい。私は絶対に、一夏を止めてみせる』

「……お前のことだ。【コード・ブレイカー】とやらだって、お前を倒せば無力化できる、ってわけじゃないんだろう?」

『うん。教えてあげるね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「クソッタレがっ」

 

 悪態を吐いた。返事と言わんばかりに、シャル以外の兵士が一斉にトリガーを引く。

 大きく旋回して全弾回避――視界の隅で世界最強が動いた。

 手にしていたロングレンジ・スナイパーライフルが、二つに分割された。

 ――連結兵装ッ!? デュノア社製品でそんなものがあるなんて聞いたことねえぞ!?

 

 距離を詰めた分、使用銃器も変わる。

 他の兵士らが武装を量子化し切り替える。その間隙を突くはずだった。

 

「僕専用の特殊複合兵装ッ――父さんに上目遣いして作ってもらったのさッ!」

「アラサーのやることかよぉっ!」

 

 突撃姿勢だった俺に対して、シャルが弾幕を張った。

 あえなく軌道を折って距離を開ける。容赦なく踏み込んでくるシャルと、アサルトライフルを構え猟犬のように追随してくる兵士たち。

 降り注ぐ弾丸と弾丸の隙間をすり抜けるようにして動き回る。一般兵まで条約違反の特殊弾頭を使ってやがる。

 シャルの背部スラスターの武装固定部に粒子が集まり、小型ガトリングガンとして結ばれる。当然管制機能付きだ、俺めがけて弾丸が放たれた。

 

「大体なんだよそのオートクチュールッ! そっちも初見だ!」

「『リィン=カーネイション』の耐久力任せに、高性能オートクチュールを実験用に複数開発してたのを引っ張ってきたッ!」

 

 愛機がその識別名称を解析。

 オートクチュール――『ブラスト・シルエット』。遠中距離における砲撃・射撃戦を制するため製造された換装装備(パッケージ)

 見て、動きを把握して、火器を確認して、ピンと来た。

 

「そいつ――()()()()()()()()()()()()()()()()()だな!?」

「ご名答ッ!」

 

 シャルが弾幕を更に苛烈なものにする。

 ローリングするようにスピンしつつ後続を振り払う――ロックオンアラート。追尾ミサイルが放たれる。

 ミサイル――このタイミングで。撃ったのは一般兵か。俺の教え子か?

 卒業後考査は落第だな。

 

 弾頭の先を俺に向けて飛翔したミサイルが爆発し、爆炎を噴き上げる。

 

「なッ――今の撃ったの誰ッ!?」

「ひっ!?」

 

 シャルが発したのは怒号だった。

 ミサイルを撃った一般兵が震えあがり、おずおずと手を挙げる。

 

「わ、私です……」

「何を考えてるんだ君は!? 撃つ必要のないものを撃つんじゃないッ!!」

「ごごごめんなさい!」

「――ほら、()()()()……!」

 

 そう。

 爆炎が晴れた先に、俺の姿はない。

 じゃあどこでしょう。

 シャルが視線を巡らせたのが分かった。視線が重なることはなくとも、彼女は俺の存在を察知する。

 

「くっ――全員その場から退避ッ!!」

 

 でも遅い。

 部隊の足元――南極大陸の大地を突き破って現れた俺が、即座に零落白夜の翼を振り回して何機も叩き落した。

 

「きゃああっ!?」

「ど、どこからっ!?」

 

 爆炎と共に瞬時加速で海に突っ込んで、大陸の海に沈んでる部分を削ってお前らの真下まで移動したんだよ。

 素早くセンサーで周囲を確認する。シャルのおともは半分ほど今の不意打ちで沈めた。エネルギー・ウィング様様だぜ。できればシャル自身も落としたかったが、まあ普通に引き下がられて無理だった。

 

「随分とまあ、ドブネズミみたいな動きが得意なんだね!」

「お前ひどすぎない!?」

 

 シャルがオートクチュールをパージして、近接用デュアルブレード『ジキル・ハイド』を展開し切りかかって来る。

 それに対して『雪片弐型』をぶつけようとし――瞬きすらできぬ刹那の内にシャルが引いた。手に持つのは既に十連装ショットガン『タラスク』へ変貌している。

 近接攻撃を挑んできたのが、まるで蜃気楼であったかのような感覚。ゼロコンマゼロ数秒で行われるイリュージョン。学生時代ですら早かったそれは、既に疾さという面で人類の限界を超えている。

 常人の目をもってすれば、この瞬間シャルロット・デュノアが二人いるようにすら見えただろう。

 

砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)、少し鈍ってるんじゃねーか……!?」

 

 求めるほどに遠く、諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の死へと進む。

 だが俺には通用しない。射撃を見切り、すでに右側へ回っている。

 そこで、銃口とカチ合った。

 

「――――チィィ!」

 

 咄嗟に身体を捻って弾丸を回避。

 したと思いきや、それは放たれる殺気が俺の脳をバグらせて見せた弾丸で、飛んできたのは『ジキル・ハイド』。

 今度こそ剣で受け止めた――衝撃に火花が散る。その時には既に、シャルは近接戦闘領域を離れ俺にライフルを向けていた。

 発射された弾丸、即座の切り返して弾丸を真っ二つにする。剣を振り抜いた俺の眼前に、パイルバンカーを構えたシャルがいる。

 

「お前――何人いるんだよッッッ!?」

 

 距離の調節なんてもんじゃねえ! 何だこいつ!? 分身してるよなぁオイ!?

 パイルバンカーだけは絶対に受けてはいけない。必死に後ろへ下がって、氷の大地を足底で削りながら距離を置く。

 

 距離を置いた瞬間、先ほどパージしたように見えていた『ブラスト・シルエット』の全砲門が俺に向けられた。

 ぎゃああああぁあああぁああぁぁあああ!?

 転がるようにして弾丸を回避。なんとかすり抜けに成功する。

 

「……さっきから織斑先生とデュノア代表、何人いる?」

「私はどっちも六人ぐらい見える」

「IS乗りやめます」

 

 後輩たちの心がバキボキ折れていく音が聞こえた。

 

「シャルッ! お前ッ! 俺の機動は教育に悪いとか言ってたけどお前も大概じゃねぇかッ!」

「記憶にないこと言われても困るよっ!」

 

 まさかの責任放棄をしながら、シャルが突撃してくる。

 俺は涙目になりながら、超高速回転する頭脳と愛刀を武器に、オレンジ色のゴリラへと立ち向かった――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(打ち切りでは)ないです

・ブラストシルエット
 あのさあ……MGさあ……いつ出るん? はーつっかえ
 お前ほんま使えんわ あーつっかえ
 連結兵装って「ラピッドスイッチ」の方が早くね?と思われると思うんすけど
 色々武装詰め込みたいって娘が言ってくるンゴ……でもスロットパンパンにしても満足してくれないンゴ……せや!
 二つのライフルと一つのロングライフルで三枠
 もしかして……二つのライフル連結してロングライフルにできるようにしたら一枠空くんやないか?
 という社長の天才閃きから発案されたという裏設定があります
 あと装甲に武装を組み込むというちょっと展開装甲を応用した技術のおかげで腰部増設装甲に小型レールガンがあったりします
 シャルロット・ストライクフリーダムインフィニットジャスティス・デュノア君!?
 まあ他のシルエットも出すんですけど……

・コードレッド
 ぶっちゃけ12巻から本作へつなげるために苦肉の策として
 赤月は一度再生しています
 その辺のごたごたは過去編とかでやりたいですね~
 いろいろあってコード系三つ(赤白紫)全部をワンサマが保持してます
 実は選手になったり兵士になったりしなかったのはこの辺のせいです
 まあ完封されるんですけど

・オレンジ色のゴリラ
 砂漠の逃げ水って多分最終形態としてはこんな感じになるんじゃないでしょうか
 機体そのものが分離合体するという利点を完全に潰しているので若干悩んだんですけど


感想評価ありがとうございます。
やっていきます。


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輪廻の花冠Ⅱ

ISスーツのみで南極って行けるんかな……多分無理だろ……
というわけで落とされた人たちは装甲はギリ維持できるぐらいで下がってます
無人機相手にガチで撃墜されたら死んでるんじゃない? まあ今回は各国代表がアホみたいにいるおかげで死者出てないんですけど


 空が割れるような轟音。

 シャルロット・デュノアが放つ無尽蔵の弾丸が氷の大地を砕いている。飛び散る氷の破片は、まるで地面が血飛沫を上げているようだった。

 左右に揺さぶりをかけつつの機動で弾幕をすり抜ける。地面を滑るように回避し続ける俺を、シャルは上空から追尾しつつ撃ちまくっている。いわばフワジャンに近い――互いに出し惜しみをしている。

 ただの射撃。ただの回避機動。俺もシャルも、()()()()()()()()()()()図っていた。

 全盛期からほど遠いのは容易に分かる――では問題は今どこまでやれるか。

 迂闊に全力を出して、そこを自身以上の全力で打倒されたら目も当てられない。特に俺はここから連戦が前提である以上、慎重な戦闘が求められている。

 

「織斑先生――ッ!」

 

 真横からアラート。『打鉄・新』を身にまとった一般兵が飛び込んできた。

 弾幕に臆さず飛び込めるからこそこの場にいる。

 一般兵とて隙を見せれば即座に俺の首を落としに来ていた――が。

 

「タイミングは悪くねえなッ」

 

 翼で薙ぎ払う。それを見越したように一般兵が跳び上がり、エネルギー・ウィングの薙ぎを軽々超えてみせた。

 俺の斜め上を取る形。既に銃口は俺へ向けられている。射線からわずかに身体を逸らす――マズルファイアが目を焼いた。違う。閃光弾かッ!?

 飛来した弾丸が、俺の眼前で弾けて眩い光を放つ。

 有視界戦闘を中断させるための兵器。だがハイパーセンサーに切り替えればッ。

 

「デュノア代表ッ!!」

「――――ッ!」

 

 間隙。シャルが飛び込んでくる。気配と殺気のみに意識を向けて、大きく横へ転がる。俺のいた大地が粉砕された――パイルバンカーか。砲撃用オートクチュールを装備しながらよくやる。

 愛刀を投擲した。視線すら向けることなく、フランス代表の背中に取り付けられたカノン砲がそれを打ち落とす。吹き飛ぶ『雪片弐型』――が、空中で量子化された。

 

「ッ!」

 

 防御姿勢を取るシャルをしり目に一般兵の懐へ飛び込み、緊急再展開(ラピッド・コール)した愛刀で一閃。

 大体オメーその防御姿勢ブラフじゃねえか。今切りかかってたら楯の下に忍ばせたハンドガンのカウンター受けて絶対防御吹き飛んでるぞ俺。

 

「ぐっ……! デュノア代表、すみません……!」

「いいや、今のは悪くなかった、よくやった! 安全地帯まで下がってて!」

 

 装甲を維持するエネルギーしか残っていない兵卒らが、後退していく。

 今ので最後だった。

 

「……一騎打ち、だね」

「ああ、そうだな。……最悪だ」

 

 氷の地面に降り立ち、銃口も切っ先も下げた。久しぶりに見る彼女の貌。血色はいい。コンディションはよさそうだ。

 互いに笑みを交わした。

 

 もう巻き込む心配がなかった。

 それはつまりギアが一つ上がるということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣で攻撃する。それは剣を振り上げて、振り落とすという動作。あるいは剣を構え、突き込むという動作。

 攻撃とは複数の動作が連動し結果を叩き込むという、いわば一つのシークエンスと言える。

 速さを極めようとするなら、このシークエンスを完了させるまでのタイムを縮めることを意識せねばならない。

 俺たち人間にはどうしても行動速度の限界がある。それは筋肉が反応するまでのラグであり、脳から送り出される信号の遅さである。

 

 

 ここで相対する悪鬼二人は――非常に残念ながら、そういう意味では人間ではなかった。

 

 

 俺が踏み込む。俺が踏み込むというのはつまり、距離が殺され剣が振り抜かれていたということ。

 シャルが撃つ。シャルが撃つというのはつまり、既に弾丸がターゲットを射抜いていたということ。

 

 面と向かい合っていた構図から、瞬きもできない時間を挟んで、位置が入れ替わった。

 音を超えた――軌道の余波だけで、一秒の沈黙後に大地が爆砕される。津波となって海がはじけ飛び、砕かれた大地が流氷となり流れていく。

 

 俺の胸部装甲が砕け散り、激痛に全身が悲鳴を上げ衝撃に血反吐が喉をせり上がる。

 彼女の全身の装甲が切り裂かれ、シールドエネルギーが危険域まで一気に減少する。

 

「……ッ!」

 

 それだけじゃない――久々の全力機動で脳がくらくらするが、確かに絶対防御を貫通する威力で喉に突き込んだ。

 シャルが膝から崩れ落ちる。だが瞳に戦意は衰えていない。外した――コンマゼロゼロの世界で、確かに彼女は俺の攻撃を全て見切っていた。当たったのは、たぶん、砲撃用『ブラスト・シルエット』のせいで動きが鈍くなっていたからだ。

 

「――――ァァァアアアアアアアァアァァアァァアアアッ!!」

 

 激痛に顔をしかめながらも、当分動けなくなったはずのシャルが、流氷の上で流されていくのを見ていた。狙い通りに、彼女を撃墜せずとも動けなくして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのために攻撃の余波を拡散させ、本気で討ち合うことにならなかった。

 

 だというのに。

 

 シャルロット・デュノアが雄たけびを上げて、自分の太ももに、ブレードを突き立てた。

 

「な、お前、マジかよ……!?」

「まだ、だァッ!」

 

 数分は呼吸困難にあえぐ威力を打ち込んだ――痛みでそれを上書きし、彼女は悠然と立ち上がる。ブレードの自傷による返り血が頬を深紅に染めている。

 真白い世界の中で、鮮やかな赤が彼女を彩っていた。

 

「逃がさない……! 逃がすわけ、ないだろう……!?」

「クソ、お前と遊んでる暇はねえんだよ……ッ! 大体絶対防御はどうしたぁ!?」

「絶対防御を貫通できなくて何が国家代表だッ!」

 

 言い分がむちゃくちゃすぎるだろ!

 飛び込んできたシャル――空中で『ブラスト・シルエット』をパージし、一気に加速してくる。

 剣筋を読み切り、かち合わせる――パージされた『ブラスト・シルエット』が、独立して俺を砲撃する。そんなのありかよ。

 自分ごと砲撃に巻き込ませようとする狂気。放たれた砲弾と彼女の手の中の刃が視界を埋め尽くす。大きく下がった。

 砲撃が大地を割り爆炎を上げる。視界が塗りつぶされる。その中から金髪を振り乱し、戦乙女が再度俺に飛びかかる。その時には既に刀を構えていた。

 

「吹き飛べェッ!」

 

 全身全霊に近かった。

 振り上げた刀が空間を破壊し、衝撃のみで大陸の端っこを木っ端みじんに砕く。生態系への影響なんて考えてる場合じゃなかった。

 俺の全力の一閃――速さから空間を捻じ曲げ、局所的なブラックホールに近い破壊の渦を創り出す剣戟。

 シャルロットは――俺が生み出したそれに対して、迷うことなく拳を叩きつけた。

 

「――ッ!?」

「邪魔だああああああああああッ!!」

 

 鋼鉄もズタボロにするその破壊の渦が、シャルロットの拳を引き裂く――前に、渦そのものが、彼女の手で砕け散る。

 嘘だろ。人体でやっていいことじゃねえよ。

 腕部装甲を喪失しつつ、シャルが接近。サイドブーストをかけようとする――移動先を見た。確かにそこに既に、シャルロット・デュノアがいる。思考を読まれた? 違う、きっと直感で俺の移動先を見切っている。

 逡巡だった。

 

「終わりだよ、一夏」

 

 俺の移動先にいるはずのシャルは、コンマ数秒前と変わらず俺に突っ込んでいた。

 幻覚――違う。本当にそこに移動してから、瞬時に戻ってきたということか。

 パイルバンカーが射出用薬莢をカチリと押し込む。トリガーにかけられた指が引き絞られる。刀を乱雑に、必死に振るった。潜るようにしてかわされ、俺の懐へ潜り込まれる。

 返す刀で今度こそ両断しようとし――刀身が、()()()()()()()()()()

 

「は?」

「篠ノ之流が奥義――『明鏡止水』」

 

 酷薄に告げられた言葉と同時、パイルバンカーの先端が、俺の胸に叩き込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スパーク。思考が光に埋め尽くされる。忘れていた感覚。死線。戦役。友達だった肉塊。吹き飛ぶ生命。忘れていた。あの時の俺は、今までずっと眠っていた。

 シャルも同じだったんだろう。戦いの中で互いの動きのキレが上がっているのは分かっていた。上がるというのは不正確だ。あの時に近づいていた。あの時に、()()()()()

 

 故に。

 

 パイルバンカーを撃ち出した姿勢のまま、シャルが深く息を吐く。

 空薬莢が排出され、地面にカランと転がった。

 

「……やっぱり、君もか」

「――篠ノ之流が奥義。お前より俺の方が先に至ってんだ、舐めんな――『明鏡止水』」

 

 互いの攻撃を完全に回避して、俺たちは同時に距離を置く。

 

『――シャルロットさんッ! 最前線で異常発生! 強力な個体が出てきたようです!』

「……僕かい? 今、たぶんこの場で最も強力な個体と戦ってるんだけど」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

 

 目前の彼女の視線が、退避して見守っている兵卒に向けられた。

 

「違いないね……お預けだ。先で待っているよ」

 

 シャルがスラスターを吹かす。ブラフの可能性を考慮して身構えたが、一瞬で彼女の姿はかき消えた。

 センサーが戦線の奥へ超高速で向かう彼女を知らせる。ご丁寧に『ブラスト・シルエット』を身にまとっていた。どんなイリュージョンだ。

 

「――か、は」

 

 膝をついた。せり上がっていた血の塊を吐き捨てる。

 モロに弾丸を食らった――絶対防御がエラーを起こして停止している。クソ、しょっぱなでこれかよ。

 胸部装甲全損。幸いにも戦闘機動自体は行えるが、大きなビハインドだ。

 

『推奨:応急処置』

「してる、暇が、ねえ」

 

 絞り出すような声で愛機に応じてから、飛翔する。兵卒らはそんな俺を、黙って見上げていた。

 

「先生、何の、何のために――」

 

 一人の兵士が、俺を見上げて叫ぶ。

 教え子。懐かしかった。捨ててしまった過去だった。

 

()()()()

 

 ふざけた台詞を返した――まあ、生徒に嘘ばっかり言ってたけど、こればかりは本当だから許してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥へと進む。

 ちょっかいをかけてくる一般兵卒は即座に落とすか、無視する。突き進むほどにISの密度が高くなる。

 このあたりは戦闘がない。後詰めということだろう。

 

「次の対戦相手はどなただぁ?」

 

 痛みは引かないが、軽口を叩いた。自分を鼓舞するための言葉。

 オープンチャンネルに吐き捨てた言葉は、意外にも答えがちゃんと帰ってきた。

 

『私ですわよ』

「――――ッ!!」

 

 その場で身体をよじった――四方から撃ち込まれたレーザーの間隙を縫い、曲芸のような動作で回避する。

 過ぎ去ったレーザーは、当然向きを変えて再度俺へ向かってくる。冷静にエネルギー・ウィングで弾いた。

 

「……残念ながら、やはりその状態の一夏さん相手では相性が悪すぎますわね」

「ま、翼で完封できちゃうからなあ」

 

 視線を上げた。高高度に滞空している彼女。

 誇り高いその英国代表は、髪を凍てつく風になびかせてほほ笑む。

 

「ですが、簡単に落とされるつもりはありません」

「そーかい。一応聞いておくけど、今まで何回落とされたことあるんだ?」

「……? それこそシャルロットさんたち相手ぐらいですわよ」

「いや、多次元のクラス代表決定戦的な話で」

「やめてくださいます?」

 

 セシリア・オルコットは首を横に振り、全身で俺の問いを拒絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・篠ノ之流
 国家代表全員習得してるわけではないけどシャルは手当たり次第に何でもやってそう
 こう、なんか、自分と相手の動きを完全に連動させることで攻撃が当たらずすり抜けるみたいな感じ、いやなんだろうこの技、まあ世界最強クラスならこんぐらいできるんじゃない?
 箒ちゃんの方が上手です
 全盛期モッピーは弾丸も斬撃もすり抜けて悠然と歩いてきて、後ろに下がったらなんかそれより早く距離詰められて着地狩りされるイメージ 鬼かな?
 ストフリワンサマと隠者シャルは万全でやり合うと互いに明鏡止水連発して話になりません
 そもそも篠ノ之流自体が習得難度クッソ高い想定だし……その奥義だから……

・翼で完封できちゃう
 エネルギー無効化されたらセッシーは実際どうすりゃいいんだろうねと考えてます
 これはIS二次創作書いてる人みんな考えてるんじゃないですかね
 今更なんですけど捏造未来設定の癖に専用機はなるべく原作からかけ離れないようにしてるので、オリ武器でなんとかするみたいな感じにはしたくないです
 ほら……実は機体の名前がみんな原作の時と変わってないし……オリISは量産機とか無人機だけで満足してるし……あと専用機も内部はきちんとアップグレードしてるし……
 オートクチュールだけはゆるして

・輪廻の花冠Ⅱ
 ⅢもⅣもⅤもあるに決まってんダルルォ!?

感想評価、並びに誤字報告いつもありがとうございます。励みになっております。
更新頻度が若干下がりそうですがお許しください。なるべく早めに更新したいです。


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蒼雫Ⅰ

ご無沙汰しております(悶絶少年専属調教師)

読み返してたら五巻だと偏光射撃なんすね~
まあその後は偏向射撃なんでこっちに統一します、どっちでも意味は通ると思うし……


 セシリア・オルコットは偉大なる英国代表である。

 歴史ある祖国を誇りに思い、伝統と威信をかけて戦うだけの器量。

 同世代と比較しても先進的な装備と、それを誰よりも使いこなす技量。

 誰よりも冷徹に戦場を見通し、いかなる一兵卒すらも自由に動かさせない()()

 

 伝説の七人(オリジナル・セブン)の中でも突出していたのが最後の点であり、雲の上からすべてを見透かしている、まるで神そのものであるかのような戦術・戦略眼。

 そこから戦役後付けられた渾名は――

 

 

「――ケラウノス(Keraunos)は伊達じゃねえなッ!」

「――その呼び名は好きませんっ」

 

 

 光と光がぶつかり合い、飛び散って消える。

 手出しを許されていない――もとい手出しできない兵士らは、その輝きを呆然と見上げていた。

 これが、亡国機業戦役を戦い抜いたパイロットの力……! 言葉にならぬ畏怖が自然と伝播し、皆一様に慄く。今自分があそこに飛び込めば何秒もつのだろうか。

 常人は踏み入ることはおろか、直視することすら憚られるおぞましき異空間。生命の価値を切り詰めて引き伸ばし、極限まで軽くしてしまった、至ってはならない場所。

 

 全方位から放たれるレーザーは並みのパイロットならば一秒かからず被弾し、そこから連鎖的なダメージを負い瞬時に殲滅されるだろう。

 単純な数だけではない。狙いすまされた脆弱な部分、呼吸の間隙、意識外。全てが彼女にとっては照準の内であり、息をするように死角から攻撃を打ち込める。

 理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 それは偏向射撃(フレキシブル)の極限領域。

 

 セシリア・オルコットは一度として、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もはや子機など不要だった。

 彼女は自身の装甲に装着されたビットから直接エネルギーを吐き出し、それをレーザーに変換して縦横無尽に暴れさせている。

 戦場を埋め尽くさんとする光線はもはや波濤であり、隙のない絶命必至の波状攻撃だった。

 だが織斑一夏はそれをかいくぐり、まるですり抜けるようにしてセシリアへ迫っている。

 この場でそのからくりを看破できているのは一夏と、セシリアのみだった。

 

(エネルギー・ウィングの、いわば()()()()! わたくしの偏向射撃をこうも易々と予期されるとは……!)

 

 光が一瞬散っているのは、単にBT兵器から放たれたレーザーが弾かれているから、だけではない。

 一夏が展開する『ホワイト・テイル』の背部スラスター、そこからエネルギー・ウィングが一瞬だけ羽ばたき、レーザーを消し飛ばしているのだ。

 常時展開ではエネルギーを食い過ぎるため、必然的に一夏が習得した、習得せざるを得なかった技術。より多くの敵を屠るための殺人術の一環。

 どれほどレーザーの数が多くとも、そのすべてを見切って弾き飛ばす。自らの直前で曲がる、フェイントのレーザーには目もくれない。殺気の乗っていない攻撃に見向きする必要がどこにある。

 

「シッ――――!」

 

 鋭く息を吐いて、『ホワイト・テイル』が一気に加速する。

 セシリアはBT兵器から放たれ、偏向射撃によって今も周囲を飛び回っているレーザーを操る。自身と一夏の間を遮るようにして、レーザーの網を形成する。

 だが。

 

「効くわけねえだろォォォォォッ!!」

 

 ウィング前面展開――障害となるレーザーを消し飛ばし、零落白夜の塊とも言うべき彼が迫る。

 接触すれば瞬時に落とされるだろう。

 だが。

 

「まったくもっておっしゃる通り――分かっていましてよ」

 

 セシリアの姿がかき消えた――否。自分が大きく吹き飛ばされた。

 咄嗟に姿勢制御し、追撃に放たれるレーザーを回避。ウィングをはためかせるように動かし、大きく後退した。

 混乱は数秒。すぐさま思考を回転させる。弾き飛ばされた。つまり何かが真横から飛来し、エネルギー・ウィングごと一夏の身体を吹っ飛ばした。

 

(今のはエネルギ―攻撃じゃない。物理的な攻撃。零落白夜越しに衝撃をぶつけられるほどの――)

「ご覧ください――『スカイ・ケラウノス』」

 

 セシリアは戦端が開かれた時から変わらない微笑のままに、右手を一夏へ差し出す。

 瞬間、見慣れた姿の『ブルー・ティアーズ』を、背中から抱きしめるようにして一つの追加装備が包み込んだ。

 一夏は瞠目する――解析した内容。

 

(なんだ、それはッ!?)

 

 機能特化換装装備(オートクチュール)は、一般的にその機体専用のものである。

 ワンオフ機である専用機は必然として高性能を得て、それだけのキャパシティを得る。

 例えば、量産機では空中分解するような出力。例えば、量産機の射撃管制機能では賄いきれない高火力。例えば、量産機では動かすこともできない超重量装備。

 それらを扱うことができるのは専用機だけだ。

 故にオートクチュールは専用機のために開発されることとなる。

 

 だが――傑物は、その論理を時に歪曲させてしまう。

 

 今セシリアが身にまとうその装備は、『ブルー・ティアーズ』のために開発された代物、ではない。

 開発段階での識別名称は『碧眼の見透す蒼空に、闇はなく(Sky・gun Keraunos)』。

 ロールアウト後にパイロット自らが(識別名称が複雑かつ長すぎるという理由で)命名した正式名称は『スカイ・ケラウノス』。

 

 これは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あり得ないッ! なんだそのオートクチュールは!?」

 

 驚愕を露わにして叫ぶ一夏を、再びレーザーの嵐が襲う。

 ぞんざいに振るわれたエネルギー・ウィングが光弾を消し飛ばすと同時に、セシリアが細い人差し指を()()と空に走らせた。

 

 巨大な、蒼が顕現する。

 

 一夏は呻いた。

 遮るようにして現れたのは、物理的にしかと存在する楯。

 

「あり得ない、あり得ねえだろッ……」

 

 それこそがオートクチュール『スカイ・ケラウノス』の主兵装。

 巨大なシールドビットが二基、立ちふさがる。

 セシリアの周囲に小型のシールドビットが数十基展開される。

 

 それだけ。

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 織斑一夏にとっては、セシリア・オルコットに絶対に持たせてはいけない追加だった。

 

 

 

 

 

 飛び交うレーザーの雨を強引に突破して一夏は彼女に迫るが、シールドビットが阻む。

 ビットをまず切り捨てる――だがその前に、偏向したレーザーが全方位から襲う。

 優先順位が滅茶苦茶になる。防御を切り裂くか攻撃を防ぐか。否、本当に攻撃するべき本体は既に大きく後退している。仕方なく仕切りなおす。

 

「これは――()()()()()()()()()()()()()()()()オートクチュールだ……ッ!」

「ええ、如何にも。そのために造らせた代物ですわ」

「国家代表がこんなもん持っててどうするんだよッ!」

「今、一夏さんが身をもって知っている最中でしょう?」

 

 ああそうだ、その通りだ――忸怩たる思いで、一夏は歯噛みした。

 セシリア・オルコットを相手取る際に、一夏が最も考えるべきことは如何に距離を詰めるかだった。BTの包囲網を潜り抜け、接敵し切り捨てる。それだけだった。

 逆に言えば、それ以外に彼女に隙など無い。

 もとよりこの世界においてBT兵器の精密性の頂点に君臨する彼女が、こんなものを持てば、接近する相手をあしらうことなど容易い。

 

 BT試作二号機――『サイレント・ゼフィルス』に試験目的で搭載されたシールドビット。

 それはあまりの性能的欠陥から開発が中断された代物だ。

 単純に、ビットを操るだけならばまだしも、そのビットの中でも攻撃と防御が分かたれる。自身の攻撃防御以外にもそれを扱ってみせるなど、常人にはなしえない。

 一時は織斑マドカという例外が確認され、開発チームは沸き立ったが――限定開示された彼女の出自、即ち遺伝子段階から最高レベルの強化を施さなければならないというハードルに、開発は沈黙した。

 

 それを、セシリア・オルコットが打ち破ってみせた。

 

 何の強化手術も受けず、ただ絶え間なく数えきれない修練の果て。

 彼女は、その領域にたどり着いた。

 

 

 

 織斑一夏はかつて、篠ノ之束と同格の領域にたどり着いた人間はシャルロット・デュノアだと言った。

 それは誤りではない。

 だが、訂正は必要である。

 

 世界最強(シャルロット・デュノア)以外にも――人間の限界を超えた存在はいる。

 ここに、いる!

 

 

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 ビームが荒れ狂う。一夏はエネルギー節約のため必死にそれを回避する。

 全てがセシリアの計算通りだった。

 この地点――織斑一夏がやって来た場合に、一番か二番目に相手取ることになるポジション。

 まさしく()()()()()()()()()()特注していたオートクチュール。

 

(貴方はエネルギーを節約しなければならない。その制約に縛られたまま、徹底的に貴方への対策を講じたわたくしを相手取らなくてはならない)

 

 彼個人へのメタを張り、完全に封殺する。

 それがセシリア・オルコットが南極へ出征するにあたって出した結論だった。

 この作戦には、例え自身が敗北しても気力・体力・シールドエネルギーの大幅な減損が狙えるという利点もあった。

 

 かつてのセシリアならこれだけやれば満足しただろう。

 今のセシリアは違った――英国代表として腕を磨き、熟練を通り越して極の位置に達した彼女は、だからこそ織斑一夏の危険性を理解していた。

 

 故に。

 

「ねえ、一夏さん」

 

 ここに()()()()が存在する。

 

「悪いが取り込み中で、返事できねえぞ……ッ!」

「ええ、そうでしょうね」

 

 飛び込んできた一夏をシールドビットで退け、楯ごと切り捨てようとする突撃を小型シールドビットで絡め捕るようにして逸らす。

 すべてが神域と言って差し支えない動き。

 それを成しながらも、高高度で悠然と腕を組み、セシリアが唇を動かす。

 

「滑稽ですわね」

「あぁ!? 何だがよッ!」

「一夏さんのことですわ」

「だろうなあッ、今お前の下をチワワみたいに這いずり回ってるところだしなァッ!」

「こんな凶悪なチワワいませんわ……そうではなくて」

 

 咳ばらいしてから調子を取り戻し、セシリアは悠然と告げる。

 

「今の一夏さんは――()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――――――」

 

 一瞬、動きが乱れた。

 セシリア・オルコットが、ケラウノス(Keraunos)がその間隙を見逃すはずもない。

 周囲を旋回していたレーザーが超高速で飛来、一夏の動揺を撃ち抜く。ウィングの隙間を通り抜けたレーザーが上半身の装甲をほとんど吹き飛ばす。黒煙を噴き上げて、一夏が地面へ墜落していく。

 

「――――チィィ!」

 

 意識が一瞬飛んだ。頭を振って意識をつなぎ留め、墜落寸前で急制動、ばねで弾かれたように空中へ舞い戻る。だが動きは、明らかに精彩を欠いている。

 

「なんでしたっけ、そう。箒さんは――正義の味方でありたいとおっしゃっていました。わたくしも彼女の理想を尊いものだと思っていたのに。それなのに――なんですの、そのザマは」

「黙れ、黙れ黙れ黙れッ!!」

 

 ウィングだけでなく、『雪片弐型』も振るってレーザーを弾く。そうでなければ追いつかなくなっていた。

 脳が白熱し、冷静な思考が欠落していく。

 

「今の一夏さんは、まさに箒さんの敵です」

「分かってるッッッ」

 

 乾坤一擲。あるいは自暴自棄。一夏が超加速でセシリアに迫る。

 シールドビットは――動かない。

 振り抜かれる白銀の刃。

 金属音と共に、火花が散った。

 

「…………今の貴方の太刀筋は、犬畜生にも劣る下劣な、殺意に任せた代物。はっきり言って失望です。箒さんならきっと、鍛錬が足りない! とおっしゃるでしょう」

 

 侮蔑の言葉と裏腹に、セシリアの碧眼は寂しそうに歪んでいた。

 だが、一夏はそれに気づかない。

 気づけない。

 

 自分の全身全霊の剣が――セシリアが片手間に振るった短刀に、受け止められていた。

 

 近接用ショートブレード『インターセプターⅡ』。本格的な近接戦闘装備とは比べるまでもない鈍ら。一夏の一閃ならば、その刀身ごと切り捨てることが平時のはず。

 

「顔を洗って出直しなさいな」

 

 自分を取り巻く銃口に気づき、一夏は頬をひきつらせた。

 閃光が、奔った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ISバトルにおいて精神攻撃は基本

いつも感想評価・誤字報告ありがとうございます。
やっていきます。


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蒼雫Ⅱ

今回そんなバトルしてないです
セッシー全然終わんないし完全に計算ミスりました
次からはもっとスムーズに…


 視界を焼き尽くさんとする閃光――その中でセシリアは、冷静にすべてを見ていた。

 精神攻撃。舌戦とも言うそれによって、織斑一夏の冷静な思考を奪うことには成功した。

 至近距離。互いの得物をぶつけ合い、火花を散らした。その最中で横から最大出力のレーザーを叩きつけた。

 片手に持った『インターセプターⅡ』を見た。ISが伝える耐久値が大幅に減損している。後一度、それこそ岩にでもぶつければ砕けてしまうだろう。実際、先ほどの剣戟は一夏の精神が揺らいでいたからこそ成立した。

 恐ろしい威力の斬撃。それを放つのは目にもとまらぬ速さで戦場を駆け抜ける男。

 セシリア・オルコットがそれに対応してみせたのは、他ならぬ彼女の両眼があったから。

 

 それはハイパーセンサーを用いずとも、戦場を俯瞰し。

 それは自身にとって死角であっても、感覚的に総てを見透かす。

 人智を超えた超感覚。人間の脳髄が通常は使用されない領域まで稼働し、処理能力を底上げするからこその権能。

 

 ――人はそれを『天眼』を呼び、その持ち主から放たれるレーザーを神の雷と呼んだ。

 故に、ケラウノス(Keraunos)

 

(…………前線は膠着状態。シャルロットさんは一般兵のフォローを重視しているようですわね)

 

 ハイパーセンサーの望遠機能も相まって、今セシリアは南極大陸全域を完全に掌握していた。

 既に攻略すべき敵の基地は包囲網が完成しており、逃げ出す場はない。

 だからこそ攻略には時間をかけることができる。シャルロットはこの戦場を、ほとんど実戦訓練に近いものとして扱っているようだ。

 反対に、織斑一夏は包囲網の突破に時間をかけられない。それは彼の行動パターンから読み取った予測であり、彼の目を見た瞬間に確信へと変わった。

 セシリアはそこに、ほんのわずかな勝機の目を見出した。

 強引な突破を図る相手に対して持久戦を仕掛けつつ、本来の長所が生かせないよう徹底的にメタを張る。具体的には、短期決戦を阻害する楯を引っ張り出して自身を守りつつ、ひたすらに撃ちまくる。そして焦れてきたところで精神に揺さぶりをかける。隙ができればそこを突く。

 

 すべては計算通りに進んだ。

 だが彼の防衛本能がここに来て噛み合ったらしい。ウィングが蠢いた。察知して後退すると同時、局所的なサイクロンが巻き起こったかのように、アンチエネルギー・ビームの奔流が迸る。

 狙いすました百に届かんとするレーザーがまとめて消し飛ばされ、改めて相性の悪さに歯噛みした。彼が適当に翼を振り回すだけで、専用の装備がなければセシリアは完封されてしまう。

 一夏はそのまま後退し、氷の大地に膝をついて荒く息を吐いている。雪片弐型が地面に突き立てられ、鈍く光っていた。

 

『調子はどう?』

「……鈴さんですか」

 

 セシリアより一つ奥の戦線で、侵攻してきたゴーレム・コンデンスドを後輩に狩らせ、時折フォローしている中国代表からの通信。

 凰鈴音――セシリアとは違い、普段の装備そのままで出陣している。展開装甲を全身に埋め込まれた『甲龍』だったが、鈴は展開装甲を多用していなかった。

 手にしていたスナイパーライフルから適当にレーザーを連射して手持ちの駒を増やしながら、セシリアは顎に指をあてた。

 

「現状有利ですわ。そちらは?」

『あんたは()()()()()()()()……絶対防御妨害装置への妨害装置がうまいことハマってなんとかなってるわ。もしカウンターし損ねてたら侵攻速度が75%は落ちてたでしょうね。簪様様よ』

「それはよい知らせですわね」

 

 度重なる絶対防御を無効化する装置の猛威に対して、簪は静かにキレた。

 一夏への対抗策である【コード・ブレイカー】と並行して製作されていた、アンチ・アンチ絶対防御システムとも呼べる新兵器。当然のように犠牲者が出るであろうカードを切ってきたテロリストに対して、簪は半ギレで新兵器を作動させ見事に無効化した。

 

「戦域全体での貢献度は間違いなく彼女がナンバーワンですわね」

『ほーんとね。ただ、絶対防御がなくても、ゴーレムの攻撃を受けすぎると具現維持限界(リミット・ダウン)通り越して生身で南極に放り出されちゃうから、そのあたりは注意してるわ』

「そもそも鈴さんのところまで侵攻できる敵は少ないでしょうに」

『ほぼほぼシャルロットが抹殺してるわ』

 

 剣呑な言葉だった。セシリアは前線に意識を向けた――縦横無尽に駆けるシャルロット・デュノアが、ゴーレムをその手に持つ対艦刀で真っ二つにして回っている。

 そう――()()()! 戦艦を一刀両断することを可能にする質量と体積を持つ変態兵器。

 シャルロットはそれを左右に一本ずつ持ち、背丈以上の大剣を軽々と振り回していた。

 思わず、驚愕の声がセシリアの口から漏れる。

 

「――『ソード・シルエット』!? まさかシャルロットさん、貴女、シルエットシステムを全て持った来たのですか!?」

『え? うん。一夏倒すならこれぐらい必要でしょ』

 

 通信はオープンだったので、シャルロットが平然と敵を切り捨てながら会話に参加した。

 シルエットシステム――デュノア社が次世代型ISを開発する上で一時取り組んでいた設計思想である。

 単一の機体を装備換装で様々な戦局に対応させる。今まで開発されていた換装装備(パッケージ)システムを見直し、より高度な特化型装備を用いて戦局を打開するという第三世代機の次を見据えた計画。

 これはIS条約におけるコア保有上限数の取り決めへの対策という側面も持ち合わせていた。単体のコアで複数の機体のような立ち回りができるなら、コアの数は問題にならなくなる。

 そう――展開装甲の存在を踏まえれば、ある意味()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一般的に、第四世代機最大の特徴である展開装甲のメリットは、装備の換装なしにあらゆる局面へ対応するという点だ。

 確かにいちいち装備を換装する手間が省けるならシルエットシステムの完全上位互換と言える。

 故に展開装甲の量産が可能となってからは、開発は中止・凍結されていた。

 

 そこに目を付けたのがシャルロット・デュノアだった。

 

「貴女の『リィン=カーネイション』には展開装甲があるでしょう!?」

『だって僕、()()()()()()()()()()()()()()()

『……うわー、出たわね。世界最強(ブリュンヒルデ)特有の意味不明な好き嫌い』

 

 織斑千冬は射撃兵装を好まなかった。更識楯無はアクアナノマシンを用いない通常兵装を好まなかった。

 それに連なるかのように、シャルロット・デュノアもまた展開装甲を好んでいない。

 

『ちょっと、おねーさんまで一緒くたにされるのは心外なんですけどー?』

『お姉ちゃんも……同じ穴の狢』

『あ、かんちゃん、いっとく? 久々の姉妹喧嘩いっとく?』

 

 オープン通信に割り込んできた更識姉妹が、瞬時に仲間割れを起こした。

 戦場とは思えない和気あいあいとした空気に、思わず嘆息が漏れる。

 

『まったく……攻略自体は順調だ。後門の狼がどうなっているかは、セシリア次第だが』

「ラウラさん。残念ながら順調ですわ」

『そうか。なるほどな。ところで……一夏のやつは、いつもこうして負ける寸前になってから、ひっくり返すのが得意だったな』

 

 貴女どっちの味方なんですの? という至極まっとうなツッコミを、セシリアはなんとかこらえた。

 ただ言われた内容には心当たりがある。あり過ぎる。

 負けが確定してもあがき続ける折れない心。

 それが奇跡を引き寄せる。ああそうだ、彼はいつも自分の方から、奇跡を掴み取りに手を伸ばしていた。

 

 ――セシリア・オルコットは織斑一夏のそういうところが、好きなのだから。

 

 油断も慢心もなく、ただ彼女は眼下の彼を見据えた。

 既に周囲で出番を待つレーザーは五百に届こうとしている。

 無防備な状態に撃ち込めば、絶対防御を飽和させることも可能。ましてや今、彼は絶対防御を起動できていない。死は確実だった。

 だが。

 

 貌がゆらりと、起き上がった。

 視線が結ばれる。背筋が震える。彼のギラつく瞳が、その奥に燃え盛る炎がセシリアの眼を捉えて離さない。『天眼』でも見通せないその最奥。

 

「鈴さん」

『……何よ』

「わたしくが駄目だったら、後は頼みます」

『ハッ――上等』

 

 それきり、セシリアは通信を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――思い、出した」

 

 痛みで脳がしっちゃかめっちゃかだった。

 

「ああそうだ……思い出したよ。そうだ」

 

 だからこそ意識は鋭く尖り、織斑一夏を覚醒させる。

 両手で地面を押し、上体を上げ天空の支配者を見上げる。

 身体から噴き出た鮮血が、白銀の大地を赤く染め上げる。構わない。

 

「俺は確かに、箒の敵だけど……()()()()

 

 吹き飛んだ装甲が身体に突き刺さっているのを強引に引き抜く。ISが緊急止血する。構わない。

 

「それでも譲れないものがある。箒の敵として、()()()()()()()()()譲れない――そして、そんな俺を信じてくれている人もいる」

 

 クリアになった思考が、先ほど精神攻撃ごときで揺らいだ自身を叱咤する。

 行け。行け織斑一夏! 自分を鼓舞する声は自分の内側から湧いて出てくる。

 

「なら応える。何を犠牲にしてでも。どんなに重い運命でも背負う。だって――信じてるから。俺の選択は絶対に間違っていないと、それこそが明日を切り拓くと信じているからッ!!」

 

 宣誓だった――世界で唯一ISを扱える男子が、地面に突き立てられていた愛刀を引き抜き、立ち上がる。

 切っ先をかつての級友にして愛する女に突き付け、悪鬼の如き表情で彼は叫ぶ。

 

「セシリアッ! そこをどけ、邪魔をするなァァァァァッ!!」

 

 二段階加速(ダブル・イグニッション)――度重なる過負荷にウィングスラスターが火花を散らす。構わない!

 明日のために。愛と希望のために。他ならぬ篠ノ之箒のために。

 織斑一夏はテロリストとして勝利し、テロリストとして死なねばならない。

 雄たけびを上げ突っ込んで来る愛する男をターゲットサイトに捉えながら、セシリアは歯噛みした。

 

「では――撃ち抜きます。貴方がそんな世迷いごとを二度と喋れなくなるように」

 

 縦横無尽に駆け巡っていた光の線が、ここに来て一斉に彼へ牙を向いた。

 充血した瞳でそれらを見定め、一夏が突撃する。

 刀を振り回し――閃光が飛散する。

 

 セシリアが目を見開いた。

 

(エネルギー・ウィングが……展開されていない……ッ!?)

 

 文字通り、全てのレーザーを一夏は叩き切っている。

 それがどんな方向であろうとも。真上真下背後全てを、如何なる原理か雪片弐型の刀身で弾いている。

 馬鹿げた光景だった。あり得ない。不可能だ。

 不可能を可能にするからこそ、この男は相手取りたくないのだ。

 

「ええいっ……! 全砲門斉射(フルバースト)ッ!」

 

 ここに来てセシリアは新たなカードを切った。

 レーザーを垂れ流す装置と化していた、装甲各部に搭載されているビットがのそりと顔を上げ、浮き上がり、自律して銃口を一夏へ向ける。

 偏向射撃による全方位からの絶え間ない攻撃、それはある種のリズムとなる。

 そこにセシリアは毒を仕込んでいた。リズムに乗せて、攻撃に対する迎撃を操作する。『天眼』を単一の敵に絞って行われる曲芸。

 タイミングを計る――発射。

 前方から計四門のレーザーが飛び込んできて、果たして彼は対応するだろうか。

 

「ルアアアアァァッ!」

 

 振るわれた剣筋を正確にセシリアは見ていた。一刀で三発、切り返しで他の偏向射撃とまとめて一発。無事対応された。

 そして崩れたリズムは、一転して彼の味方となる。

 わずかに薄くなった前面のレーザー包囲網を突き破り、一夏が迫る。

 シールドビット展開――だが止まらなかった。セシリアの『天眼』は、楯ごと切り裂かれる自身の幻影を予知した。

 剣域まであと一呼吸。

 

 

 

「――――かかりましたわ」

 

 

 

 策を弄した。

 対策を講じた。

 そしてそれを、全て乗り越えられることを、セシリア・オルコットは冷静に予期していた。

 自信のなさではない――純然たる、客観的な評価に基づく敗北の未来。

 だが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「おあいにく様、ブルー・ティアーズは六基あってよ!」

 

 

 

 

 

 脚部装甲が展開され、放たれるのはミサイル型のBT兵器。

 一夏が目を見開く――戦役時には効率面を見てレーザービット型に変更されていた。初速の遅さから装備していても撃つはずがなかった。結果として頭から抜け落ちていた。

 既に減速は間に合わない。超高速で真っ向から、ミサイルへと突っ込む。

 弾頭に搭載された火薬がチリと火を起こし、瞬時に鉄をも砕く威力を秘めた爆炎へと変貌する。

 至近距離の大爆発。セシリアが瞬時に呼び戻したシールドビットが彼女を守る。

 

(…………申し訳ないとは思っています。騙し討ちに舌戦に、卑怯な手を全て使わせていただきました)

 

 それでも勝つしかなかった。

 負けるわけにはいかなかった――彼の凶行を止めるために。

 これから償ってほしいと。

 自分の犯した過ちを清算してほしいと。

 そうセシリアは祈りを込めて、墜落していく一夏を見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――まだだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零落する英雄に寄り添うような業火の翼。

 自身のすべてを燃料に変換して、彼は羽撃(はばた)く。

 撃たれた? 爆破に巻き込まれた? だからどうしたまだ心は折れていない。

 前へ進まなければならない、犠牲にした人々のために、平穏を享受するべき人々のために、この心は依然として燃え盛っている。

 

 その姿は正義の味方からは、かけ離れていた。

 何度でも告げよう。

 

 織斑一夏は、悪の敵である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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蒼雫Ⅲ

 爆炎を抜けて落ちていく。

 意識すらも明滅して、手足がうまく動かない。

 セシリアが悠然とこちらを見下すのが、見えた。それでも一夏の身体は動かなかった。

 

 終わり――絶対防御を貫いた衝撃に、臓腑が損傷したのが分かる。内臓に肋骨が突き刺さり、体内で爆発的に血が暴れている。ショック死を免れているのはISによる応急処置のおかげだった。

 死んではいない。だが()()()()()()()。意識と肉体は乖離し、一夏はスローモーションの世界の中で、墜落する自身の身体を見ているだけだった。

 終わり。敗北。

 元より負け戦なのは分かっていた。だがこんなに早く終わってしまうとは。

 空の上でセシリアがこちらを見下ろしている。憐憫のまなざし。優しい奴だなと、苦笑いを浮かべた。

 

 ――――本当に?

 

 装甲が吹き飛んだ。翼も光を失っている。全身を倦怠感が包んでいる。激痛に脳髄が悲鳴を上げている。

 戦える道理はない。

 既にこの戦場において、織斑一夏は脱落者だった。

 

 ――――本当に?

 

 まだ戦える理由があるとしたら。

 それはきっと、心だ。

 

 

(なら――戦える)

 

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 終わってなどいない。敗北してなどいない。

 装甲が吹き飛んだ。だから?

 翼も光を失っている。それが?

 全身を倦怠感が包んでいる。だから動けないと?

 激痛に脳髄が悲鳴を上げている。それがどうした?

 

 織斑一夏は脱落者だと皆が認めたとして。

 本人が認めなければどうだ?

 

 

「――――――――――――まだだ」

 

 

 そう、まだだ。

 まだ脱落など認めない、まだ負けてなどいない。

 

 故に。

 爆発するようにして噴き上がるエネルギー・ウィングが羽撃き、ボロボロの身体を弾き飛ばす。

 既に人間としての形をとどめているのが奇跡としか言いようのない肉塊。織斑一夏の内部は著しく損傷し、一秒後にはこと切れる可能性もある。そこには敗北の可能性が、確かな数字としてあった。

 

 だが、そう、()()()

 敗北の可能性、数字を踏みつぶせずして何が人間か。

 気力と意志力で、遠ざけるのではなくその可能性をねじ伏せる。一秒後の死を破壊し、その次の死を踏み砕き、その次の次の次の次の――すべての死と敗北を粉砕する。

 

「なん、て、出鱈目……!」

 

 セシリアの有する『天眼』はその光景を見て、悪寒に震えた。

 人の形をした悪魔としか思えない。けれど、それは確かに人間だからこそなせる業だ。

 相手は死に体と侮っていては、血みどろにされるのはこちらだ。

 シールドビットを全て配置し、あらためて偏向射撃の雨を降らせる。一夏はそれを弾き飛ばし、猛然と突き進んでくる。

 

(早い――先ほどよりも、早くなっていますの!?)

 

 体力は尽きたはずだ。エネルギーも大幅に減っているはずだ。だというのに、何故この期に及んで早くなるのだ。

 これが練習試合であれば、あまりの理不尽に呆れの言葉をぼやいていただろう。

 だが絶死の戦場であれば受け入れ、対処するしかない。狙撃手としての彼女は冷徹に数字を見る。

 

(体力切れ――既に半死半生ならば、時間を稼げば!)

 

 常識的に考えれば最適の一手。

 行動を阻害するための攻撃をばらまき、防御を固める。

 巧みな、そして計算高い彼女だからこその選択。

 

 ――この場にいるのがシャルロット・デュノア、あるいは凰鈴音であれば、防御をすべて捨てて攻勢に打って出ただろう。

 それが答えだった。

 

『いかんなセシリア。守りに入ってはいかんよ』

 

 オープンチャンネルに、ラウラの冷たい言葉が響いた。

 

「――ッ!」

 

 最適解が失策であったことに、セシリアは数秒遅れて気づく。

 光の嵐を、まるで端から蒸発させているかのような勢いで一夏が突き進んでくる。時間稼ぎは時間稼ぎとして成立しない。数秒ごとに、一夏は()()()()()()()()()()()()()()

 

「進化、して――!?」

『違うわよ……戻ってきてんのよ、アレ』

 

 鈴は通信越しに見る『ホワイト・テイル』の猛進を見て、悲しそうに呟いた。

 ISパイロットの教育に携わる第一人者として、絶対に認めてはならない光景。自身の生命そのものを削り、燃料に替えて燃え盛るかのような気迫。命を懸けての戦いでしか見られないその姿。

 

「セシリアァァ――――――!!」

 

 一夏がついにシールドビットの領域へ到達した。

 ブレーキが壊れたかのように跳ね上がり続ける剣速は、小型ビットを次々と叩き落しながら、大型シールドビットに裂傷を刻んでいく。

 

「どうして、ここまで……!」

 

 至近距離――ビットから放たれるレーザーを曲げ全方位から撃ち込んでも、それらすら雪片弐型の領域に入れば即座に打ち落とされる。

 ビットたちの壁が、まるでやすりにかけられているかのように削られていく。

 

 どうして。

 どうしてそんなになってまで、戦い続けるのですか。

 近づいた一夏の顔が鬼の形相で、それは間違っても愛を交わし合った相手に向ける表情ではないことに気づいて、セシリアは泣きそうになった。

 ハイパーセンサーは彼の隙を察知できない。『天眼』が最悪の未来を既に予期している。

 

「どうして、どうしてなのですかッ! 一夏さんはいつもいつもいつも! いつもそうです!」

 

 感情の発露が、絶叫となって迸る。

 耳を貸すこともなく、充血した眼で眼前の楯を切り刻み続ける一夏に対して、彼女は悲痛な叫びをぶつけた。

 

「だって、もういいじゃありませんか! 十分戦って、十分頑張って! もう一夏さんが戦う必要なんてありませんわ! だって、だってだって! わたくし、料理だってうまくなりました! プライドに負けないぐらい強くなりました! 誰かを見下すこともなくなりました!」

 

 一夏の動きにブレは生じない。

 ただ腕を振るうだけで、致死の閃光を切り飛ばし、邪魔な小型シールドビットを葬り、大型シールドビットをついに破壊する。

 距離を詰めると同時に彼は刀を逆手に持ち替えて、背後から襲うレーザーを弾いた。

 

「なのに……貴方はずっとずっと、箒さんの背中ばかりを……ッ、どうして――――」

「――――それが正しいと信じているからだ」

 

 シールドビット全滅。

 英国代表が死力を尽くして構築した包囲網・防衛陣を壊滅させて、かつての戦役で最も多くの敵を殺した男は、自身の血で染まった顔を一切歪めることなく、かつての戦友に向けて刀を振り上げた。

 

「故に、俺はお前の敵となる」

「……嗚呼、なんで、こんなにもなったというのに」

 

 セシリアは『インターセプターⅡ』を右手に持ち、そして左手を一夏へ伸ばす。

 どうか手を取ってと。

 切なる祈りにも似た、願望を込めて。

 

 

 

「『零落白夜』、起動」

 

 

 

 右手の短刀が蹴りに弾き飛ばされ、差し出した手は空を切った。

 逆手に振り下ろされた切っ先がセシリアの胸部装甲に突き立てられ、瞬間、蒼い光がスパークする。

 セシリアはかつて見たその蒼いエネルギーセイバーを、美しいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮に。

 仮にこの戦場が、他の各国代表もまとめて一夏を迎え撃つような舞台だったとしたら。

 その場合に織斑一夏は呆気なく敗北しただろうか――否である。

 セシリア・オルコットの対抗策は彼女単独だからこそ成せた策だ。

 もし小型シールドビットをフル展開していれば他の代表らの邪魔になっていただろう。

 そして間隙を生み出せば、一夏は見逃さない。まず間違いなく『零落白夜』が起動される。彼は絶対に相手を仕留められる場面でしかワンオフアビリティを切らない。

 

 だからこの結果は――彼女単独だからこその敗北でもあるし、彼女単独だからこその、織斑一夏にとっての痛打だった。

 

「カッ――」

 

 身体の内側からせり上がってきた血を吐き捨て、眼下に墜落していくセシリアを一瞥もせずに飛び去る。

 その後姿を見ながら、セシリアは唇をかんで通信を立ち上げた。

 

「……申し訳ありません。鈴さん、頼みます」

『任せて。ナイスファイトだったわよセシリア』

「わたくしは貴女の教え子ではありませんわよ」

『いいじゃないこれぐらい』

『すまないなセシリア、これがテロリストの基地を攻撃するれっきとした軍事作戦でなければ、援護に行けたのだが』

「構いません。ラウラさんが応援に来ていた場合、また別の形になっていたというだけで、勝利の保証はありませんから」

 

 一対多数で彼に挑むことは、各国代表にとってはタイマンとさして変わらない。むしろ味方の援護を考えつつ、彼の突発的な変則機動を読むのは難しい。

 またこれが()()()()()()()()()()()()()()()()であるが故に、戦力は分散せねばならなかった。万に一つも、死者など出せない。これだけ多くのトップガンが集った戦場で死者を出すことは、軍の安全性保障問題に関わる。

 初代世界最強もIS学園校長としての立場から軍事行動には参加できず、国家代表はそれぞれの持ち場に縛り付けられている。

 一夏にとってそれが幸運が不幸かは、結果だけが証明できる問題だ。

 

『じゃ、そろそろあたしは通信あんま出来なくなるから――悪いけどゴーレムを通す数抑えてよね、シャルロット』

『分かったよ、『ソード』の実戦データも十二分に取れたし、そろそろ『フォース』で行く』

『……ねえそれまさかと思うけど、私をこないだのモンド・グロッソで叩き落した奴じゃない?』

 

 楯無の言葉に、シャルロットは笑顔でうなずいた。

 げぇと全員呻く。シルエットシステムは大体が相手したくない兵装だが、その中でも群を抜いているのが『フォース』だった。

 

「なるべく早く基地を陥落させていただけると助かりますわ……」

『内部侵攻できなくもないけど、僕一人で突っ込んだ場合、置いて行かれる他の子たちが危ないからね……もう少しかかりそうだ』

『……慎重さは大事』

 

 皆が簪の発言に頷き、それぞれの持ち場に集中し始める。

 セシリアは地面に墜落寸前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を用いてPICを作動、ゆっくりと着陸した。

 他の兵士らが飛んでくる――セシリアは、大きく破損した自分の胸部装甲を見る。

 戦闘できるエネルギーは残っていない。

 止められなかった悔しさと、まるで構わずに突き進んでいった彼を思い出し、セシリア・オルコットの視界が、不意ににじんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白銀の大地に、赤銅色の機体が一機。

 それを見て、高速飛行していた『ホワイト・テイル』が速度を落とし、彼女の正面に降り立つ。

 

「来たわね」

「……よう」

「まああたしとセシリアは、ほら、()()()()()()()()()()()からそんなにだけど……後で控えてるシャルロットと楯無さんはカンカンよ?」

「……そうか」

 

 二人は、少し黙った。

 

「じゃ、始めましょっか。負けたら文句言わずに捕まりなさいよ」

「……確約はできない」

「確かに今のあんた、生身でも走って行きそうね……分かった、そんときは気絶させるから、自決とかはやめてよ?」

「……自決? するわけないだろう」

 

 二人は、互いの得物を構えた。

 

「俺は負けられない。お前を叩き切って進む」

「あ、そう。別に反論はないけど、文句だけ言わせてもらうわね」

 

 ウィングスラスターが蠢動し互いの視線が交差する。周囲の兵士らがゴーレムの相手をしつつ、二人の戦いを見守る。首を突っ込めば瞬時に死ぬ。手出ししないよう彼女からあらかじめ言い含められていた。

 

 凰鈴音――中華人民共和国国家代表は、両手に持つ青龍刀を軽く振る。

 それから、はらわたを砕くような怒声を叩きつけた。

 

「あんた、()()()()()見てないで、いい加減、今目の前にいるあたしを見なさいよ――――ッ!!」

 

 それに対して織斑一夏は雪片弐型の切っ先を突き付けて、冷たく返す。

 

「無理だ。俺は今、無辜の人々を守るためにここにいる。お前は障害物の一つだ――切り捨てる!!」

 

 刹那。

 地面を爆砕して、加速した両者が激突。

 余波に大気が震え、世界が悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・徹底的にメタ張ったろwwwww
 ↓
 ウ ル ト ラ ト ン チ キ
 ゴリ押しには勝てなかったよ……
 まあ上半身の装甲吹っ飛ばして身体ボロボロにできたし、多少はね?
 (エネルギーは言うほど削れては)ないです

・戦場だけど国家代表こんだけいて死者とか出たら
 いくら軍人が命かける仕事とはいえ損耗率あかんやろって感じで
 各国代表は戦力かつ御守として機能するよう言われてます
 だからボスラッシュなんすね~
 千冬姉が出てないのは何で? というのは至極まっとうな疑問なんですが
 さすがにテロリスト絶対ぶっ殺す戦線に教育者は出せんやろみたいな
 IS学園は名目上軍人育成機関ではないし……

・ブラストソードフォース
 普通にソードでワンサマに挑むの馬鹿すぎるのでソードは役目終了
 種死では出番たくさんあったから勘弁して
 対艦刀は人間の背丈ぐらいの刀身で
 本当に戦艦相手の時はエネルギーを刀身に収束させてびよーんと伸びるイメージ
 オーバーエッジ君!?
 フォースどんな感じにするかは諸案ありますが多分一番キツいのになりそうです

・順番
 シャルロット・インフィニットジャスティス・デュノアとかいう例外を除いて
 基本は表紙になった順番で行こうかな~と思ってます
 その時は前回やったみたいに原作での対決を踏襲していきたいです

 いつも感想評価ありがとうございます。
 リアルの都合で次回更新はちょっと遅れそうです。
 頑張ります。


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甲龍Ⅰ

ご無沙汰しております(悶絶少年専属調教師)


 互いの武器が激突し、甲高い音を立てる。

 本気の斬り込み――文字通り鋼鉄を両断するその剣筋同士がぶつかり、火花を散らした。

 それきりの、沈黙。視線が結ばれたまま、二人はゆっくりと半歩だけ下がった。

 

 青龍刀にヒビはなく、雪片弐型にも刃こぼれはない。

 だが追撃はなく、決して視認できないスピードの斬撃でもなく、決戦場を沈黙が包んでいる。

 周囲の断続的な発砲音が、ゴーレムの断末魔代わりに響いている。渦中にいるはずの二人だけが、痛いほどに、静かだった。

 

「――鈴代表、どうしたのっ!?」

「分かんないっ!」

 

 周囲に散らばっていた国連軍兵士らが、突如停滞した決闘にどよめいた。

 ゴーレムの数は減っていた。最前線でシャルロット・デュノアが高機動戦を展開しているのだ。彼女の高機動戦とは、即ち、一般兵にとっての絶死に当たる。

 鈴の教え子であり、中国軍のエリートである兵士たちならば、これしきの数相手に苦戦することはあっても敗死することはない。基本に忠実なスリーマンセルでゴーレムを叩き落していく。ある程度の余裕があった。弛緩ではない、緊張の中で戦域を見渡す、IS搭乗者にとって必須であり高難易度の能力。それが、一夏と鈴の異様な決闘を確認させた。

 

 得物を下ろしてこそいないが、二人は死地の中で余りにのろのろと、円を描いて立ち位置を変えていく。

 初撃の反動? ――否。

 国家代表である鈴は、継戦能力に重きを置く指導を行っていた。それは無論、当人による当人の調整にも現れている。

 

 戦うべき時に戦えない人間に、意味はない。

 戦うべき時に戦えない人間には、何も守れない。

 

 彼女が何度も繰り返し、繰り返し告げていた言葉だ。

 それは時には叱咤を、時には痛みすら伴う指導によって叩き込まれてきた。この戦場にいる誰もが、彼女の言葉の重みを知っている。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからこそ。

 

 誰もが、彼女の言葉の重みを知っている。

 

「情がわいたとかっ!?」

「うそ、鈴代表に限って、ここでそんなこと!」

 

 彼女と織斑一夏の関係性。ある程度は、知っていた。それなりの付き合いで、それなりの感情があるのも知っていた。彼について語る時の表情。声のトーン。観察すればヒントはいくらでもあった。

 だからこそ、一夏がテロリストになり果てた時には、誰もが鈴を気遣った。

 予想通りというべきか、鈴は気丈に振る舞っていた。違和感はなかった。()()()()こそが、異常であるなんて、みんな分かっていた。

 

 今回の出撃。数多くの国家代表。誰が織斑一夏を撃墜するか賭けをしようと、不埒な輩が提案した。運悪く、それが鈴に見つかった。

 

『決まってるでしょ。あたし以外、候補にもなんないわ』

 

 その時。

 その時、彼女の瞳に宿っていた炎。

 

 それは『覚悟』と呼ばれる心の在り方だった。

 

 故に誰もが、口に出す言葉と裏腹に、鈴の次の行動に、全幅の信頼を置いていた。

 

 

 

 そして、予想通りに。

 何の前兆もなく――鈴が飛びかかった。

 

 

 

 近距離戦闘において、両者はほぼ同じ領域にいると言っていい。

 間合いの読みあい。次の一手の模索。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 耐え切れず、先に出たほうが負ける――どこかにそんな気持ちがあった。

 

(けどねえっ!)

 

 猛る内心のまま、鈴は刀を振るう。

 

(決めてたのよ、あんた相手だったら、ガンガン行くってっ!)

 

 一方。

 刃のように鋭く、けれど鉄のように冷たい眼差しで、一夏は飛び込んでくる彼女を見ていた。

 

(まあ、そうなるよな)

 

 柄を強く、強く強く握り込んだ。ギチギチと不協和音が響くほどに、握り込んだ。

 

(分かってたよ。俺相手だったら、真っすぐ来るって)

 

 狙うはカウンターの一閃。それも『零落白夜』を使っての必殺。

 

(当たったらあたしはオシマイ! だから、当たらなければいいっ!)

(当てられなかったら一巻の終わり。だから、絶対に当てるッ!!)

 

 視線は結ばれたまま。

 けれど鈴と一夏とで、見ているものは違った。

 

(殺気、闘気、剣気、なんでもいいから気配をよこしなさいっ! この土壇場、()()()()()()()()()()()()()()()! それさえあれば読める、そこからあんたの身体がラグを挟んで動いて、その時にはもうあたしは回避機動を取れてるッ!)

(次は誰だ。シャルは奥に行ってるはず、なら、中間地点を埋めるとしたら間違いなくラウラだ。戦場全体の戦術指揮を執っている可能性も高い。南極大陸全域の趨勢を囮に使えたら万々歳だが、あいつなら合理的に、俺だけに集中しそうでもある)

 

 距離が縮まる。一般兵が口を開けていく。叫び、驚き、祈り。それらがスローモーションになるほどの遅滞。

 集中が時間軸に作用し、二人の間でのみ、一秒が極限まで切り刻まれていく。

 

(――来ないッ!? うそでしょ、()()()()ってワケ!? 上等じゃない、それならあたしの勘で避ければいいッ!)

(簪は……果たして潜り込めるかどうか、だな。そこさえクリアできれば、かなり楽になる。楯無さんは時間稼ぎに徹されたら厄介だ。空間が丸々地雷原になってちゃ、骨が折れる。そして最後にシャルか。嫌になるな)

 

 鈴がスラスターに点火した。真っすぐに、更なる加速。

 それを見てなのかも分からぬまま、一夏の身体が自然と動いた。

 

 ――雪片弐型を、突き出していた。

 

(な、まだ、とどかなッッ)

 

 純白の刀身が割れ、蒼いエネルギーセイバーが吐き出され、()()()()()()()()()()()()

 出力を内部転換して攻撃範囲を伸ばす、織斑一夏の奥の手。

 加速し、突っ込んでくる鈴の回避機動が間に合わないタイミングでの巧緻極まる一手。

 

(あ、だめだ、こいつ避ける)

 

 スラスターは動かない。PICも間に合わない。その状態で、()()()()()()()()()()()()()

 ISの戦闘機動ではない。体術による、地面を蹴りあげての回避。

 加速、慣性、反動、全てを我が身に引き換えての、0%を引き寄せる強引極まりない一手。

 

 

 アンチエネルギー・ビームの奔流はわずかに掠めるだけに終わり。

『ホワイト・テイル』のエネルギーが空振りになって。

 鈴が激痛に顔をしかめながら転がって距離を取る。

 

 

「…………ああああああふざけんなよ鈴テッメェ! 今のは駄目だろ! 今のは当たってただろ絶対!」

「イッタタタタタ! 痛い! 足折れちゃったじゃないのよ馬鹿ぁ! ていうかあたし今何したの!? 今のどうやって避けたのッ!?」

 

 唾を飛ばし合い、ののしり合う――その光景に、周囲の兵士は頬をひきつらせた。

 こうなってしまっては、読みあいもへったくれもない。

 

(クソ! こいつ、マジで動物的な本能だけで今のを避けたのかよ! 信じられねえ! ふざけんな! 俺みたいな主人公だけが許されるはずだろ、そういうのはさあ!)

(と、とにかく避けることができた以上、今の一合はあたしの読み勝ちね。いやまあ、経過分かってないし、身体的なダメージはそれなりだけど、とにかくあたしの勝ちよ!)

 

 鎮痛機能が起動し、鈴の脳に殺到していた痛覚信号が遮断される。痛みを感じられないのは、それは更なる危険にもつながり得るが、この場においては思考を邪魔されることの方が甚大な被害だった。

 

(ああもう、しょうがねえ。今ので決められなかったのは、俺も悪い。だが足はもう使えなくなってる。なら――)

 

 一夏は息を吐いてから、ゆっくりと身体を、鈴に向けた。

 

「鈴」

「なによ?」

 

 

 

「本気で行くからな」

 

 

 

 音が消えた。

 真後ろから振るわれた刀を、鈴はその場から跳ね飛ぶようにして避けた。

 舌打ち。一夏は追撃に踏み込みながらも思考を回す。

 

(ああやばいなこれ。ちょっと、あれだ、負けパターンに近づいてきてる。どんだけ頭を回して、戦術をこねくり回しても、こういう手合いは全部、気合だの勘だので解決しやがる。そりゃ俺だって昔はそうだったよ? 全盛期なら全部補正で解決してたよ? でも年には勝てねえって)

 

 あの啖呵の直後にネガティブスパイラルに陥るというアクロバティック思考である。

 だが弱音を吐いてはいられない。

 

(掠めた、ってことはエネルギー自体はかなり減ってるはずだ。ここから先の相手を考えれば、鈴みたいな直感型はいない。なら、()()()()使()()()()()()()()()()

 

 一撃一殺。

 集団戦において、彼が自らに課しているルールだ。

 単なるエゴではなく、エネルギーの節約を主な目的としたその戦法は、必殺であるはずの攻撃を避けられた際、呆気なく崩壊する。

 

 だが。

 

 そこから先の段取りを組めずして、『零落白夜』の使い手は名乗れない。

 

(あいつのやることは変わらないッ)

(俺のやることは変わらねえッ)

 

 身体の感覚を調節し、鈴が体勢を整えた――ここまで二秒。

 ワンオフアビリティの出力を調節し、一夏が次なる戦術を構築する――同じく、二秒。

 

((あいつ/俺は、真正面から叩き斬るッッ!!))

 

 故に。

 エネルギー・ウィングが猛る。束ねられていたエネルギーが出力に転換される。

 鈴は歯を食いしばった。

 

(防御は無理ッ、なら、ここであたしが堕とされてもいいッ、捨て身の一撃でこいつも道連れにする!)

(回避を選ぶようなヤワな女じゃない。間違いなく捨て身で来る。こんな場所で相討ちなんて笑えねえ、死んでも一方的に勝利するッ!)

 

 互いの勝利条件のズレ。

 織斑一夏を進ませない。

 織斑一夏は進まざるを得ない。

 

 そこに鈴はつけ入る隙を見出し。

 そこに一夏は自身の弱点を自覚している。

 

「『零落――――」

 

 ワンオフアビリティを起動させようとし、鈴が両手の剣を振るおうとし。

 両者、弾かれたように。

 

 顔を上げた――空中から降り注ぐ光。

 

「――――ッッ!?!?」

 

 一夏は決闘を瞬時に放棄し、ランダム回避機動でその場から退避する。鈴も同様に転がりどいた。

 直後、氷の大地を高出力エネルギービームの雨が穿ち、破壊し、爆音と共に砕く。

 

「ちょ、ちょっと何よ今の……ッ!? どこの部隊!?」

 

 困惑の声。一般兵もまた、同様に、空を見上げた。

 十に届くかといった黒点が浮かんでいる。それらは全て、IS――そう、IS!

 南極大陸で、テロリスト基地への攻撃作戦の最中、基地そのものへの攻撃を放棄している、IS!

 

『鈴ッ、こっちから何機かいきなり離脱して、そっちに行ったっ!』

「どういう意味よシャルロット!」

『外部からの、僕の直轄後輩じゃない人たちだ――()()()()()()()()()()()()()()()!』

『こちらも同様だ。簪、把握できるか』

『ラウラとお姉ちゃんのところから、三機ずつ……私のところからは、行ってないけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 鈴は馬鹿じゃない――思考が高速で回転する。

 自分ごと攻撃した。狙いはどちらだ。いや、国連軍のパイロットにテロリストが混じれるとは思わない。ならば、作戦とは別の系統からの指示で、織斑一夏を狙っているのか。

 

「――――何だ、お前ら」

 

 一夏が切っ先を天に突き付けた。

 IS群――ラファールタイプ、シュヴァルツェアタイプ、その他国籍の異なるISが並ぶ中、一機が高度を下げてきた。

 ファング・クエイク系統の機体だ。

 

識別名称(コード)と作戦目的は」

「『再殺部隊(リピート・キラーズ)』と申します」

「へえ」

「貴方を殺しに来ました」

「参ったな、心当たりがありすぎて、それだけじゃ絞れねえや」

 

 彼は肩をすくめた。その間にも、ISたちが一夏を囲むように陣形を組み上げていく。

 

「まっ、待ちなさいよっ! そいつの相手は――」

「鈴代表は戦線指揮にお戻りください。我々は特殊権限を持っています」

 

 表示されるウィンドウ――鈴の上司の名前もあった。許可が出ている。

 大きな、現場のパイロットとは隔絶した場所にいる権力者の意志を感じて、鈴は目を見開いた。

 

「では、すみません。死んでください」

「――まあ、なんていうか。別にやること変わんねーわな」

 

 エネルギー・ウィングがはためくと同時、戦場に降り立ったIS達が、一斉にトリガーを引いた。









更新ペースがいきなり前と同じというわけにはいきませんが、ぼちぼち再開していきます。
よろしくお願いします。


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甲龍Ⅱ

ごぶさたしております(かわいい)


 【再殺部隊(リピート・キラーズ)】なるものの狙いは、まあ全然分からん!w

 俺こと織斑一夏がテロリストになってから結成されたのか否かにもよるが、正直命を狙われる理由なんて無限にある。

 

 俺を殺そうとする連中がまず頭を悩ませるのは、過程やら後始末やらではない。

 根本的に、()()()()()()()()()()()()()()()――この一点だ。

 大抵の致命傷は即座に修復できる。また、死んでも蘇ってくる。戦役時の記録を参照すれば、俺を殺害するということがいかに絵空事か分かるだろう。

 

 それでも殺さねばならない理由はある。山ほどあったし、俺が新たに山ほどつくった。

 どいつもこいつも、たいして有効な方法を見つけられたわけでもないのに、『これこそ織斑一夏を確実に殺す方法だ!』って息巻いて来るもんだから笑えた。

 学園の教師になってからは、おいそれとはIS学園に侵入できない以上パッタリ止んだけどな。

 ……自分で言っておきながら、違和感がすごいな。IS学園、俺が生徒の頃は侵入され放題だったのに。気づけばだいぶ、だいぶマシになった。

 

 時代の変化なのか。

 それともただ、悪意が息を潜めていただけなのか。

 正直どうでもいい。

 

 降りかかる火の粉は払う。

 それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 銃弾銃弾銃弾――

 ヌルい。ヌルすぎる。さっきまでセシリアの弾幕と正面からやり合ってた俺相手に、この十倍もなしに挑むなんて、根本的にはき違えている。

 

「射撃の精度は高いみたいだが、俺にあてたけりゃ人智を超えなきゃな……!」

 

 滑るように回避しつつ視線を巡らせる。

 一機、狙いをつけた。

 俺の前で甘えた機動を取るとどういう目に遭うのか分からせてやろう。

 

 身体を向けて瞬時加速のためにエネルギーを取り込み、刹那、右へ跳んだ。狙いすましたかのような砲撃――口径から認識。手持ち武器じゃない。

 動きを読まれた?

 

「外したか!」

 

 砲手が悔しそうに叫んだ。

 へえ、当てる自信があったってことか。

 それだけの根拠もあったってことになる。

 

 考えろ。()()()()()()()()()()()()()()

 

「――いつの織斑一夏のデータ参照してんだよオラァッ!」

 

 叫びと共に大地を踏み砕いた。

 看破されることは想定内だったのか、連中は顔色一つ変えず俺の包囲網の形を変える。

 

「戦闘ログ全部集めてAIに軌道予測させてんだろ!? それもう亡国機業がやってっからなぁ!」

「AIの精度では奴らに劣るかもしれん。だが――」

 

 再殺部隊の一員が口を開いた。

 

「――お前自身も劣化している、そうだろう?」

 

 まき散らされた氷のヴェールを突き破って、再殺部隊が突っ込んできた。

 読みあった結果ではない。恐らく、こういった目くらましの直後、俺が()()()()()()()()()()()()

 だから突撃体勢のまま、今まさに突撃しようとする俺は無防備で。

 武器を振りかざした連中の方が圧倒的に有利で。

 

 

 

 

 

「だからどうした」

 

 

 

 

 

 起動、『零落白夜』――カウンターの一閃が、まとめて五機のISを切り払った。

 

「劣化、って言葉の意味はなあ、劣ったってことじゃねえんだよ。変わったってことだ」

 

 エネルギーの尽きた連中が地面に落下する中で、俺は両眼に赤光を宿らせながら呟く。

 予測されている? 動きを理解されている?

 上等じゃねえか、それは()()()()()

 生徒の動きを理解すること。傾向からしてこう動くだろうと読んで指摘すること。

 ずっとやっていた。ずっとやってきた。だからこそ、その点に関してどうすればいいのか、俺は第一線に立っている、と言っていいだろう。

 教師になったから腕がなまっているだと? ああその通りだ遥かに弱くなっただろうさ。

 でもそれは総合的な面に過ぎない。

 相手を理解すること――その一点に関しては、俺は戦役が終わってから誰よりも努力を積んできたつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、鈴は我知らず動いていた。

 再殺部隊を相手取って大立ち回りを繰り広げている一夏。

 

 その背中を見て、彼女はごく自然に、攻撃態勢に移っていた。

 

 意識を集中していることを察知した。

 まさに動物的な本能が、攻撃するように唆していた。

 

(え、ちょっと、待って)

 

 一騎打ちで討ち取るつもりだった。

 正面から堂々と打倒して、彼の罪を問い、そして――真意を暴くつもりだった。

 考えなしの行動ではないことだけが分かる。分かってしまう。だから聞きたかった。何のために。誰を救うために。一体全体何が見えているからこんなことになってしまったのか。

 それを尋ねたかった。

 

 いいや……鈴の本意は、そこにはなかった、と、彼女は自覚できていない。

 結局彼女は、叫びたかったのだ。訴えたかったのだ。彼を糾弾したかったのだ。

 

 

 

『どうして、あたしに何も言ってくれなかったの』

 

 

 

 そう、聞きたかった。

 

 甲龍のスラスターが蠢動する。

 加速の前触れ。鈴の思考から外れた、ただ自然体で、()()()()()()()()()()という理由だけで放たれる、一撃。

 相手の命を刈り取るという自覚があった。それでも身体は動いた。一夏のことを敵として認識している証拠に他ならなかった。

 水が流れるように。

 雲が流れるように。

 彼女が手に持った青竜刀は自然にあるがまま、無念無想の境地に至っていた。

 

(だ、め)

 

 もう遅い。

 

 超加速――瞬時加速(イグニッション・ブースト)のようなISの技術と絡めた動きではない。

 ただそれは、相手の思考の埒外を突くだけの一閃。

 

 純粋に、相手を殺すためだけの技術。

 

 

 

 

 

 

 

「それはだめだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 優しく、受け止められた。

 加速の勢いを載せた刃がギシリと硬直する。振りかぶった腕ごと押さえつけられた。

 

 目と鼻の先に、寂しげな笑みを浮かべた一夏の顔があった。

 

 なんで。どうして。分からなかったはず。何がどうなって。

 鈴の思考を無数の疑問が流れる。

 

「それ……戦役の頃の技術だ。()()()()()()()()()()()()だろ。そういうのばっかだったからさ、きっと、分かったんだと思う。あ、いま、やられるって」

 

 凄惨極まりない鉄火場の中で。

 無数のISが墜ち、パイロットが息も絶え絶えに呻く戦禍の中で。

 ただ、あのころと違う点を挙げるなら――焔と死体がない、白銀の世界の中で。

 

「今のお前には似合わないよ、それ」

 

 織斑一夏はどこまでも優しく笑っていた。

 鈴はそれを見ていて、ただそんな顔をさせたのが自分だと言うことを認めたくなくてこんなにも寂しげな笑みを浮かべる彼を初めて見てもしかして自分はとんでもない思い違いをしていたのではないかという後悔に襲われて衝動的に唇から自分でもよく分からない言葉を吐き出そうとして。

 

 腹部に押し当てられている感触に気づかなかった。

 

 ――『零落白夜』

 

 勝敗は、そこで決していた。

 

 

 

 

 

 

 

 次の相手誰だよ。

 首を鳴らしながら飛び上がり、俺は加速する。

 倒れ伏した鈴は、具現維持限界(リミット・ダウン)までは追い込んでいないから大丈夫なはずだ。

 

 それにしても、皮肉なモンだ。

 何かのインタビューで、鈴は『亡国機業戦役で培われた相手を殺すための技術からは離れるべき』だと語っていた。俺もそれを読んだ。感心とか感嘆じゃなくて……ただ、静かに泣いたのを覚えている。

 そうであるべきだと、心の底から同意した。あんな技術、あんな、殺人剣、一刻も早く封印するべきだと叫ぶ声が自分の中に響いていた。

 同時に、何故だと問う声があった。技術は決して裏切らない。相手を迅速に殺す技術は高い価値を持つ。理想も夢も捨て置いて、その価値だけは認めなくてはならない。平和の礎としてではなく、平和に向けた動きを加速させるための装置として、担い手の心が誤らなければ有用であると冷たい声で説く自分がいた。それはいくらかき消そうとしても消えない残響だった。

 俺は悲しいほどに、根っから人殺しが嫌いで、根っから人殺しに向いていた。

 

 だからこそ。

 相手を殺す技術に、あの戦役を通じて、誰よりも精通していた俺だからこそ、鈴の奇襲を察知できた。

 

「…………はは」

 

 乾いた笑みを浮かべながら南極大陸を駆ける。

 次のターゲットが見えた。

 

『――――止まれ』

「やっぱ軍人は警告から入るモンなんだな」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 前回のモンド・グロッソ準優勝の傑物。

 

 彼女の警告を無視して、俺は飛びかかる。

 一刻の猶予もないのだ。

 

「全武装を解除して投降しろ」

 

 当たるはずのない斬撃だった。すかされて、氷の大地をたたき割るオチがたやすく見える、真正面からの唐竹割り。

 それを真っ向から受け止めて、微動だにせず、ラウラはただそう言った。

 

「……は?」

「武装を解除して投降しろ、一夏。私は……お前に反撃するつもりはない」

 

 必殺のワンオフアビリティこそ発動していなかったが、それでも痛打には変わりない。

 だが顔色一つ変えずにラウラは俺を見ている。

 ただじっと、見ている。

 

 刀を振り抜いた体勢で、俺は硬直した。

 

 ――最強の難敵をシャルロット・デュノアとするならば。

 

 最悪の難敵と言うべき相手との戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








というわけでラウラ編は一話で終わるよ!やさしい!
いや本当に更新遅れまくってすみませんでした


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