ワンダリング・テンペスト (負け狐)
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暴風雨警報/奴らの名は!!
その1


どこまで好き勝手やっても許されるかのチキンレース


 ガタンゴトン、と馬車は揺れる。荷物を運んでいる商人達はそろそろだと緊張を高め、準備をお願いしますと背後に声を掛けた。

 その言葉に反応したのはポニーテールの少女。ん、と短く返事をすると顔を覆っていた帽子をどけくるりと回した。ついで、その横で読書をしているもう一人へと目を向ける。こんな状態でよく酔わないな、と毎度のことながら思いつつ、彼女はそのもう一人の名を呼んだ。

 

「アン、そういうわけらしいですよ」

「ええ、存じておりますわフラン」

 

 パタンと本を閉じる。傍らにおいてあったカバンにそれを仕舞うと、ようやくですかと体を伸ばした。その拍子に彼女の豊満な胸が振動も合わさり大きく揺れる。ち、と盛大に舌打ちしたフランは、立てかけてあった己の得物を手に取った。

 

「相棒、やっかみはよくねぇぞ」

「うっさいデルフ」

 

 というか今のお前は杖なんだから喋るな。そう言って睨んだフランは、はいはいと沈黙する大剣から視線を再度アンに向ける。クスクスと笑いながら、左右の腰に己の得物である短めの剣杖を付けているところであった。

 さて、とアンは笑う。笑う、と言ったがその表情が本来どんなものであるかはよく分からない。美しい髪とハリのある肌が美人であることを証明してはいるが、その顔自体は上半分が仮面で隠されているのだから。その異様さがまた彼女の美しさを強調しているかのようにも思えた。

 そのまま馬車は進む。準備はしたものの、しかし出番はいつまで経ってもやってこない。どうやら今回は杞憂に終わるのではないかとフランが軽く溜息を吐いた。

 

「まあ、楽な仕事だったと思えば」

「ええ。それに、商人を狙う輩がいなくなったということは、トリステインの治世が上手く行っている証拠。素晴らしいことではないですか」

 

 はいはい、とフランはアンのその言葉を流した。まあでも一応同意だけはしておいてやろうか。そんなことも同時に考えた。

 が、その刹那怒号と悲鳴が響き、二人へと救援の要請が入る。

 

「治世、上手く行ってないみたいですね」

「……ふう。帰ったら騎士団の給金を下げます。グリフォン隊辺りを」

「やめてやってください。ワルド子爵が部下と大臣の板挟みで泣きそうになってました」

「子爵ならエレオノールさんに泣き付けば解決ではないですか」

「そのしわ寄せはこっちにきますよ。最近姉さま仕事忙しいらしいですから。『誰かさん』のせいで」

 

 暫しの沈黙。なら仕方ないですね、と溜息とともに言葉を発したアンは、とりあえず目の前の問題を解決しようと立ち上がった。

 同じように立ち上がったフランは、帽子をカバンに引っ掛けるとジロリと隣の少女を睨む。大体、と呆れたように口を開く。

 

「こういう仕事を残すために敢えて適当な野盗を野放しにしている姫さまが文句を言える筋合いはないです」

「あら? わたくしはアンゼリカ。ただのしがない傭兵メイジですわよ。ねえ、ルイズ」

「……誰ですか? わたしはフラン、これといって特徴のない傭兵メイジのフランドールです」

「ええ、そうねフラン」

「そうですよアン」

 

 そう言ってお互いに顔を見合わせて笑うと、二人は足に力を込め馬車から外へと飛び出した。その動きはとても見目麗しく若い少女のものとは思えず。例えるならばさながら風。商人にとっては救いの、野盗達にとっては絶望を呼び込む風である。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 トリステインのアカデミーの一室。そこで来客の対応をしている女性は呆れたように溜息を吐いた。

 ピンクブロンドの少女は苦笑を浮かべつつ、しかし若干腰が引けている。対するもう一人、簡素ではあるが最高級の気品を纏ったその姿はどう考えてもこんな場所でのんびりと紅茶を飲んでいていい人物ではなかった。

 

「それで、今回は何の御用でしょう」

 

 美しい金髪のその女性は、眼鏡をくいと指で上げながらピンクブロンドではなく気品あふれる少女の方へと問い掛ける。ほっと一息吐いたピンクブロンドの少女の方には、何を安心しているという視線をギロリと向けた。

 

「で、ででででも姉さま、今回わたしはぶっちゃけ関係ないというか」

「明日のあなたの魔法学院入学についての話でしょう?」

「え?」

 

 マジで、と言う表情で隣の少女を見やる。すました顔で紅茶を口にしている姿が見えたので、彼女は思わず中指を立てた。

 

「おちび」

「ひゃい!? ごめんなさい」

 

 底冷えするような声を聞き、少女は姿勢を正し謝罪をしながら前を見る。彼女の姉が真っ直ぐに見詰める中、これは死んだんじゃないかと心の中で自身の人生に諦めをつけた。

 

「……『フラン』と『アン』ならば、今のやり取りはまあ、良しとしましょう。でもね、今のあなたは何?」

「……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」

「そうね。では、隣の方は?」

「アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下です」

 

 ふう、と彼女は息を吐いた。愚妹が失礼致しましたと頭を下げ、空になっていたカップにお茶のお代わりを注ぐ。

 

「わたくしは気にしませんわ。そもそも、いつものやり取りではないですか。エレオノールさんも重々承知でしょう?」

「これまでは、それでも見逃されたでしょう。ですが明日からルイズは魔法学院の生徒。そのような態度では学院の品位、しいてはトリステイン全体の品格の下落に繋がります」

「固いですのね」

「そうでなければ、あなた達はどこまでも暴走しますから」

 

 ふ、と苦笑したエレオノールは、話を元に戻しましょうと二人の対面の椅子に座る。

 先程述べたように、明日はルイズの入学式である。その後学院に慣れるという名目の三日間の後、本格的に授業が始まるのだ。

 それの一体何が問題なのだ、とルイズは首を傾げる。別に自身は成績に問題を抱えているつもりはない。名目上は風のトライアングルということになっているからだ。

 

「おちび。学院はね、魔法や知識を学ぶだけじゃないの」

「? そうですね」

「エレオノールさん。ルイズにそんな遠回しは通用しませんわ」

「分かってるわよ、姫殿下よりもこいつを見ているのだもの」

 

 何だかよく分からないが自分は馬鹿にされている。そうルイズは理解したが、しかし一体全体何をもって貶されたのかが不明である。ヴァリエール公爵家の三女として育てられた彼女は、当然のごとくそれにふさわしい教育をされてきた。両親と眼の前にいる長姉であるエレオノールと、病弱なため魔法が殆ど使えないが誰よりも優しく美しい次姉を筆頭に領内の様々な者達に囲まれ、彼女はのびのびと育った。そこに彼女自身何も問題など見当たらない。

 だが、その、のびのび、というのが目下エレオノールの問題としているところであった。そして領内の様々な人物に囲まれていたのが大問題であった。

 

「ルイズ」

「はい」

「学院は貴族の作法と社交を学ぶ場でもあるわ」

「そうですね」

 

 こめかみを押さえる。こいつ分かってて言ってんじゃねぇだろうなという思いを飲み込み、エレオノールは溜息へと変えた。

 

「あなたは自分が貴族としての作法や社交が出来ているとでも?」

「出来てませんか?」

「出来てないから今こうやって問題にしているんでしょうがぁ!」

 

 吠えた。思わず後ずさったルイズは椅子の背もたれとぶつかりバランスを崩す。危ない、と咄嗟に横にあったデルフリンガーを支えにしてバランスを取った。百歩譲って杖は良いけどつっかえ棒は違うだろ、という文句は聞かなかったことにした。

 

「自身の主君に中指おっ立てる奴のどこに作法や社交が出来ているというのよ! 図書館で作法と社交の意味でも調べてきなさい!」

「ご、ごごごごめんなさい姉さま! でも意味は調べなくても分かってます」

「あのねルイズ。貴女はそれほどまでに出来ていない、という皮肉なのよ」

 

 ゼーゼーと肩で息をしながらエレオノールはアンリエッタの言葉に首を縦に振る。がぁんとショックを受けたルイズを尻目に、さてどうするかと二人は顔を見合わせた。

 正直に言ってしまえば、親しい相手か頭に血が上ることさえなければ問題はないのだ。そうでなければとっくに母親がしばき倒している。

 だが、その条件が非常に厄介であった。何しろこのルイズ、烈風カリンの再来とまことしやかにヴァリエール領内で囁かれているほどなのだ。性格的な意味で、である。頭に血が上りやすく、割と簡単に親しい相手だと認定し懐に入れてしまうのである。その上父親であるヴァリエール公爵に似て一度掴んだ手は離さないときた。

 

「ルイズ。学院では貴族と平民がいるわ」

「公爵領もそうでしたけど」

「あなたにとって公爵領の者は貴族とか平民とか半不老不死とか吸血鬼とかエルフとか魔道具とか関係なく『家族』とか『領民』でしょう?」

「姉さまは違うんですか」

「そうだけど、今はそこじゃないの。学院ではそうではなく、『貴族』と『平民』に分けられているの」

 

 皆が皆、大雑把に見てしまえば同じ位置にいるわけではない。そう言ってエレオノールはルイズを見た。分かってはいるが、腑に落ちない。そんな表情をしている妹を見て、彼女は困ったようにそんな妹の頭をくしゃりと撫でた。

 

「言ってしまえば仕事上の立場のようなものよ。領民だってその区別はあるでしょう?」

「……はい」

「そのことを踏まえれば、さっきの姫殿下への態度についても自ずと分かってもらえると思うのだけれど」

 

 成程、とルイズは頷く。今までのヴァリエール公爵領とは立場が違う、というのはそういう意味合いか。分かりましたと返事をしたルイズを見て、エレオノールはやれやれと肩を竦めた。本質的には聡い娘だ、納得と理解は容易にしてくれる。

 とはいえ、分かっていても実践できるかどうかはまた別である。そういうわけだから、とエレオノールは再度ルイズを真っ直ぐと見た。

 

「付け焼き刃だけれど、ここでもう一度、叩き込むわ」

 

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院の入学式。そこで船を漕いでいるピンクブロンドの少女の姿があった。その二つ隣では退屈そうに欠伸をしている赤毛の少女の姿もある。そんな二人に挟まれた青髪の少女は、我関せずと本を読んでいた。

 ちらり、と赤毛の少女は隣を見る。他の生徒達は大小あれど緊張している面持ちであるが、横の二人はどうもそうではないらしいということに気付いたのだ。まずは読書をしている小柄な眼鏡の少女を見て、何を読んでいるのと声を掛けた。当然のごとく無視をされたので、少しだけムッとした表情で本を取り上げ中身を眺めた。

 何だこりゃ、と顔を顰めた彼女は、興味を失ったのか少女に邪魔したわねと述べ本を返す。何だったんだこいつ、という目で彼女を見る眼鏡の少女を気にすることなく、彼女はもう一つ隣のピンクブロンドの少女を見やった。

 

「よく寝てるわねぇ」

 

 つんつん、と頬を触っても起きる気配のないその少女を見てニンマリと笑みを浮かべた彼女は、段々とちょっかいがエスカレートしていく。最初は指であったが、それが杖に変わり、そして魔法になっていった。

 自身を挟んでそんなことをされては眼鏡の少女も正直鬱陶しいと思っておかしくはない。立ち上がると半ば強引に彼女と席を入れ替えた。案外強引な娘なのね、と赤毛の少女はほんの少しだけ眼鏡の少女の評価を修正し、まあいいやとちょっかいを再開する。しようとした。

 

「……」

「あ、起きた?」

「……ええ、おかげさまで」

 

 ジト目でこちらを睨むピンクブロンドの少女を見て、しかし悪びれることなく赤毛の少女は声を掛ける。無理矢理起こされたことであからさまに不機嫌であった彼女は、そんな少女にぶっきらぼうな返事をした。

 

「あらあら、トリステインはもっと礼節を弁える方だと聞いていたけれど、そうでもないのねぇ」

「そういうあなたも、寝ている相手にちょっかいをかけるだなんて、随分な礼節を持っているようね」

「こんな場所で寝ているのが悪いのではなくて?」

 

 うぐ、と少女は呻く。だってしょうがないじゃないかと小声で呟いた。昨日のスパルタ教育が悪いのだ。姫さまもエレオノール姉さまも無茶苦茶やりやがって。ぶつぶつと何だか危ないことを言い始めたのを聞いた赤毛の少女は、ここは一旦引こうと話を打ち切った。

 そんなやり取りを遠目で見ていた一人の男子生徒は、ふうと安堵の息を吐いた。良かった、入学式で暴力沙汰は免れた。そんなことを考えながら胸を撫で下ろす。

 

「どうしたのよギーシュ」

「ん? ああ、モンモランシー。いや、ちょっとね」

 

 そう言ってくいと指を差す。その方向を見たモンモランシーは、大分酷い顔をしているピンクブロンドの少女を見て顔を引き攣らせた。腰に差しているのが普通の杖なのを確認し、とりあえず最悪は免れるかと息を吐く。

 

「それで? 逃げる準備かしら?」

「いや、とりあえずは大丈夫だと思うよ。あそこの赤毛の彼女は引き下がったみたいだし」

 

 これ以上あの膨らんだ風船を刺激するような輩がいない限りは問題ないだろう。そんなことを続けながらギーシュはモンモランシーへと視線を向けた。そんなことより、と隣の彼女に笑顔を見せた。

 

「これからは毎日君の顔を見られるというのは、幸せだな」

「何言ってるのよ、バカ」

「本心さ。君の顔をこうして、平和に眺めることが出来る。幸せだ」

 

 ザザッと脳裏にピンクブロンドのポニーテールと仮面の美女に連れられる光景を思い出し、いかんいかんと頭を振った。今日から自分は学院の生徒、あんな騒動に巻き込まれる訳にはいかないのだ。

 

「ギーシュ? 顔色悪いわよ?」

「大丈夫、心配いらないさ。……多分、きっと」

 

 出来れば厄介事は二人だけで片付けてくれ。切にそう願いながら、ギーシュは隣にいる幼馴染から、もう一度船を漕ぎ始めるもう一人の幼馴染へと視線を向けた。

 彼の心配するようなことはこの後には起こらず、入学式は無事終了した。ただ、各々の抱いた感想は、決して平和なものではなかったであろうことを記していく。




目標は原作沿い(棒読み)

『原作沿い にしたい』とかいうタグがあったら付けようかな、ネタで


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その2

むしろ原作知ってる人ほど何だこれ状態になる可能性が


 ざわざわと喧騒が聞こえている食堂で、ルイズは一人黄昏れていた。憂いを帯びたその表情は流石公爵令嬢だなどと言われるようなものではあったが、その実体はそんな賞賛とは掛け離れている。

 学院に慣れるため、という猶予期間の三日の内の三分の一がこれで終わる。初日の夕食までの間、ルイズはとにかく大人しく過ごした。理由は多々あるが、一番の理由は寝不足である。ぶっちゃけ眠かったので自室で殆ど寝ていた。

 が、その結果ルイズのイメージは深窓の令嬢的なものに固定されつつあった。トリステインのアンリエッタ姫殿下とも交流があるといわれる彼女は、今日一日誰とも会わずに過ごしていた。それだけで何かしらのゴシップが駆け巡ったのだ。

 当然それはルイズ本人の耳にも入る。なんじゃそら、と顔を顰めたのがつい先程の話だ。

 正直に言ってしまえば、あまりイメージを優先させられるといざ実体を知られた時の失望が半端なく大きくなってしまう。それを彼女は心配していたのだ。

 が、勿論そんなことはお構いなしに生徒達は過ごしている。ルイズの下へとやってくると、初めましてとお辞儀をする者もそれなりにいた。

 

「ええ、よろしく。ルイズ・フランソワーズよ」

 

 人と話す時は出来るだけ相手を見ろ。そうエレオノールに教えられていたルイズは、立ち上がると一人一人の顔を見詰めて挨拶をする。公爵令嬢がわざわざ個人個人に気を掛けているという印象を持った少年少女は、益々ルイズの深窓の令嬢感を高めていった。

 

「……随分と人気ね」

「あ、モンモ――」

 

 モンモンおひさー。そんな軽い調子で挨拶をしようとしたルイズの口をモンモランシーは慌てて塞ぐ。彼女が言葉を飲み込んだのを確認すると、ふうと小さく溜息を吐いた。

 

「ミス・ヴァリエール。お久しぶりですわ」

「……ミス・モンモランシ。お久しぶりですわね」

 

 ぶすぅ、といった表情でモンモランシーに挨拶をするルイズを見て、ああもうこいつはと彼女は心の中で頭を抱えた。しょうがないだろう、ここは魔法学院、その辺で出会って軽く会話するのとは違うのだ。そう叫びたくなるのを必死で押さえつけながら、ちらりと周囲の様子を観察する。

 案の定今までとは一変したルイズの態度を見て、モンモランシーとの関係を邪推し始める輩が現れていた。悪い意味で、である。ヴァリエールとモンモランシ両家の確執がどうとかいうところに発展しかねない勢いであった。早過ぎだろ妄想。

 ギロリ、とモンモランシーは少し離れたところにいる男子生徒を睨む。ああやっぱりかと諦めたように溜息を吐いたその男子生徒は、ゆっくりと二人に歩み寄ると軽く手を上げた。

 

「久しぶりだね、ルイズ」

「――っ! 久しぶりね、ギーシュ」

 

 ぱぁ、と輝かんばかりの笑顔になったルイズはそう言ってギーシュに挨拶を述べた。

 さて、傍から見ていた者はこれを見てどう思ったであろうか。あからさまに違う態度、モンモランシーには不機嫌に、ギーシュには笑顔で。これが意味するところはつまり。

 

「モンモン酷いのよ。何か挨拶も固いし」

「入学初日でそれは駄目でしょうと思ったのよ。というかモンモン呼ぶな。それあのクソサイトの呼び方じゃない」

「相変わらずモンモンは――はいはい、モンモランシーはサイトが嫌いなのね」

「僕は割と気に入っているけどね、彼のこと」

 

 もう出会って二年近く経っているというのに。そんなことを言いながら肩を竦めるルイズとは対照的に、所詮二年も経っていない付き合いじゃないかとモンモランシーは毒づく。まあこの三人と比べれば浅い付き合いなのは間違いないが、しかし。

 

「あれでもちいねえさまの使い魔なんだから、毛嫌いしないであげて」

「……カトレアさんの使い魔だから、この程度で済んでるのよ」

 

 やーいやーいと己をからかう黒髪の少年の姿を思い出し、あの野郎とモンモランシーは顔を歪めた。どうどうとそんな彼女を宥め、まあとりあえず、と彼は辺りを見渡す。

 既に三角関係の構築は済んでいるようであった。ギーシュ・ド・グラモンを中心とし、モンモランシとヴァリエールがそれを取り合う。そんな根も葉もない『事実』が構築されていた。

 

「どうしようかなぁ……」

「どうしたの?」

「周囲の空気で察してくれ」

 

 ん? と周りを見たルイズは、何となく事情を察して顔を顰めた。何でこんなヒラヒラフリルのバラ野郎とそんな関係にならなければいけないのだ、と小声で呟いている姿は生憎近くの二人にしか見られなかったが、そこまで言わなくてもと聞いていた片方は少しだけ傷付いている。

 やれやれ、と肩を竦めたモンモランシーは、とりあえず誤解を解いておこうとギーシュに声を懸けようとした。ルイズと仲良く話しているところでも見せれば大丈夫だろうから、とりあえず離れててくれと伝えようとした。

 

「あらあらぁ? 入学初日から、随分と深い関係を築いているのね」

 

 それよりも、赤毛の少女が三人へ乱入してくる方が早かった。胸元の開いた制服からは惜しげもなく豊満な胸が見せ付けられ、思わず男子生徒はそこに視線を集中させる。

 既に男子生徒を多数誑かしているようなその少女は、ニヤニヤと楽しそうに笑いながらギーシュへと顔を向けた。その動きでたゆんと揺れた二つの果実に、思わず彼の目が釘付けになる。

 

「ギィィィシュゥゥゥ」

「不可抗力であります!」

 

 ギロリとモンモランシーに睨まれ、ギーシュは竜に睨まれた家畜のように震え上がる。対するルイズは相変わらずバカねぇと笑っていた。

 そんな二人を見て、赤毛の少女は何だ詰まらないと溜息を吐く。せっかく三角関係をいじろうと思ったのに。心の中で文句を言いながら、まあいいやと改めて三人に向き直った。

 

「はじめましてお三方。あたしはキュルケ。キュルケ・フォン・ツェルプストーよ」

 

 ツェルプストー。その家名を聞いたルイズの眉がピクリと上がった。が、それだけである。確か昔いざこざがあったゲルマニアの貴族の名前だったな。と、そんな記憶を掘り起こしただけであった。

 だから、彼女はそのまま気にすることなく名乗り返した。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールだと言い放った。

 

「あら? あなたがヴァリエール? あの、お隣さんの?」

 

 キュルケとしては挑発のつもりである。冷静を装っているが、実際はどうだ。そんな思いを込めた一言である。

 ルイズは勿論気にしていないのでそうよと軽く返した。そういえば部屋も隣だったわね、と何てことないように続けた。

 

「……あなた、本当にヴァリエール?」

「どういう意味よ。この髪のことなら母さまの、マイヤール家譲りよ。上の姉のエレオノール姉さまなら美しい金髪だけど」

「そういう意味じゃなくて……んー、何だか調子狂っちゃうわねぇ」

 

 なんのこっちゃと首を傾げるルイズに対し、キュルケはどうにもモヤモヤしたものが残って晴れない。

 一方何となく状況が飲み込めたギーシュとモンモランシーは、ああそういうことかとお互いに顔を見合わせた。

 

「えーっと、ミス・ツェルプストー?」

「なぁに? えっと」

「ギーシュ・ド・グラモン。こちらはモンモランシ家の長子モンモランシーさ、よろしく」

 

 よろしく、と互いに頭を下げる。そうしてから、少しいいだろうかとキュルケに述べた。

 

「ルイズ――彼女の代のヴァリエールは、ええっと、なんて言ったらいいのかな。正確には一つ前からだけれど」

「身も蓋もないことを言ってしまえば、ツェルプストーとの因縁はどうでもよくなっているの」

「は?」

 

 今度はキュルケが目を丸くする番であった。そういえば確かに今までは随分と因縁が合った、ということは聞いていたが、今でも続いているという話は聞いていなかったような気がする。ぼんやりと思い出しながら、だとしても向こうは向こうでツェルプストーを毛嫌いしているという話は聞いていたのだと反論した。

 

「……正直、遠くのツェルプストーより近くの魔女だからなぁ」

「は?」

 

 何の話だ、とキュルケは理解が追い付かない。とりあえず目の前のヴァリエールは思っていたよりもこちらに突っかかって来ないらしいということだけは分かった。が、それ以外は依然不明なままである。

 コホンと咳払いを一つ。話題を変えるように、ところであなた達の得意な系統は、と尋ねた。

 

「ちなみにあたしは火。『微熱』という二つ名もあるのよ」

 

 トライアングルである、ということもついでに述べる。聞き耳を立てていた他の生徒達は、その実力の高さを聞いておおと歓声を上げた。

 それは凄い、とギーシュとモンモランシーも素直に賞賛しながら、自身の二つ名と得意な系統を名乗る。ギーシュは土、二つ名は『青銅』。モンモランシーは水、二つ名は『香水』。共にラインに届かない程度ではあるが、得意技ならば負けないと笑みを浮かべた。

 

「成程。それで――」

 

 ちらりとルイズに視線を向ける。トリを飾るのはお前だ、というその視線を受けた彼女は、面倒臭そうに溜息を吐いた。

 

「わたしは――」

 

 そこでふと止まる。そう言えば自分の二つ名はなんだっけか、と思い返したのだ。ルイズ・フランソワーズとしての二つはなんだっただろうかと考えたのだ。

 

「……ないわ」

 

 ざわり、と周りがざわめく。ないわ、とは一体どういうことだ、と口々に話し始める。何かの聞き間違いだろうかと皆の視線がルイズに集中していった。

 

「……」

 

 ルイズは答えない。否、答えられない。ここで自分の持っている二つ名を口にすることが出来ないのだ。

 なぜならそれは、『ルイズ』の二つ名ではないのだから。

 

「ごめんなさい。わたし、まだ二つ名を持っていないの」

 

 だからルイズはそれを飲み込み、静かにそう述べた。本音を言えばもうぶっちゃけてもいいんじゃないかと思い、危うく口に出しかけた。が、エレオノールとアンリエッタの顔が浮かび、何とか踏みとどまったのだ。悲しそうな姉の顔と楽しそうなおともだちの顔を思い浮かべ、踏みとどまったのだ。

 結果としてどこか影のあるような物言いとなり、生徒達は案外簡単に誤解した。深窓の令嬢はきっと何か事情があって得意系統が分からないのだ。きっと病弱で奥ゆかしいのだ。そんな言葉が口々に囁かれ、彼女のイメージが益々とんでもないことになっていく。

 ちなみにそのイメージを統合すると彼女の下の姉になる。さもありなん。

 

「なら、授業の結果で二つ名を作る、というところかしら。よし、あたしがぴったりのものを考えてあげる」

「気にしないで」

「遠慮しないの! あたし、これでもそういうの得意なんだから」

 

 授業開始が楽しみね。そう言って笑いながら離れていくキュルケを眺めていた三人は、それに伴って注目が薄れていくのを感じながら溜息を吐いた。面倒なことになった、とギーシュとモンモランシーがルイズを見た。

 

「あによ」

「……いや、今の対応は正解だよ」

「そうね。アレを名乗ったらこの学院での平和な生活は終わりでしょうから」

 

 ふう、と二人は溜息を吐く。自分達は協力者として関わることはあるが、当事者と呼ぶには少し弱い。だからその辺りの判断を下すわけにはいかないのだ。

 

「でも、そんなに駄目かしら」

「駄目だね」

「駄目ね」

 

 『フラン』の、正確には『フランドール』と『アンゼリカ』の二つ名は、知っている者にとっては恐怖以外の何物でもないのだから。

 

 

 

 

 

 

 学院に慣れるための猶予期間二日目。既にルイズは学院にいなかった。色々と面倒になって飛び出してきたのである。王都をぶらつきながら馴染みの酒場に顔を出し、適当な料理を注文して机に体を預ける。

 暫くして注文の品が届き、そしてそれを持ってきた給仕の女性が可哀想なものを見る目で彼女を見下ろしていた。

 

「何でそんな目で見てるのよ」

「……入学してもう学院追い出されたのかい?」

「違うわ!」

 

 失礼しちゃうわとその女性を睨むが、彼女はそれならいいんだと安堵したように息を吐き踵を返す。態度はともかく、どうやら本気で心配してくれているのは間違いないようであった。

 そのまま暫し料理を食べていると、一息ついたのか先程の女性がまかないを持ってルイズの対面に腰を下ろす。それで、本当はどうなんだ。そんなことを問い掛けながらパンを齧った。

 

「だーかーら! 学院追い出されてなんかいないわよ。そもそも、わたしこれでも高貴なる深窓の令嬢とか言われてるのよ」

 

 目の前の女性が吹いた。げほげほと咳き込みながら変な場所に入ったミルクとパンを必死で取り除いている。

 どういう意味だこら、と勿論ルイズは食って掛かった。

 

「あ、あんたが深窓の令嬢!? カトレアならともかく! ルイズが、ルイズが!?」

「おいこら笑い過ぎだろ」

 

 実際噂を聞いた本人もこれ限りなくちいねえさまね、とか思っていたりもするのだが、流石にここまで笑われるとカチンと来る。一発ぶん殴ってやろうかと思うくらいには。

 それを察したのか、悪かったと女性は頭を下げた。笑い過ぎた、と述べ、ならば何故こんな場所にいるのかとルイズに問い掛ける。

 

「……深窓の令嬢とか、居心地悪くって」

「駄目だろ」

 

 呆れたように溜息を吐いた女性に向かい、ルイズは頬を膨らませながら彼女の名を呼ぶ。それでマチルダ、そう言いながらルイズは言葉を紡いだ。

 

「何かいい憂さ晴らしの依頼ないかしら」

「素直に深窓の令嬢を辞めなよ」

「出来たらやってるわよ」

「まだ二日目だろう? 傷は浅い内がいいと私は思うけれど」

 

 うー、とルイズは唸る。そんな彼女を見ながら、やれやれと肩を竦めてマチルダは苦笑した。それなら、丁度いいやつがある、と立ち上がりカウンター奥の掲示板から一枚の紙を剥がして持ってきた。

 それを眺め、ふむ、とルイズは頷く。

 

「人さらい? この治世で?」

「らしいね」

 

 そんなバカな、とルイズは顔を顰めた。確かに木っ端な野盗はアンリエッタのストレス解消のために見逃されてはいるが、人攫いとなれば話は別だ。まず間違いなく王女の名の下に討伐されている。

 そんな怪しい依頼書を読み進め、最後に依頼者の名前を目にしたルイズは思わず目を見開いた。そして思い切り顔を上げた。

 

「これ、アンタの個人的な依頼じゃない!」

「あ、バレた」

「バレいでか!」

 

 依頼者の名前はマチルダ。ルイズの前の間で笑っている女性であった。




原作沿いだぞい


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その3

ゼロ魔らしさがゼロ


「それで」

 

 何故わざわざこんな依頼を出したのか。そうルイズに尋ねられたマチルダは、自分に関係しているからだと答えた。酒場での給仕の仕事はいわば副業、彼女の本業は孤児院の経営者である。資金繰りの関係上色々と仕事をしているが、あくまで本来は『マチルダ院長』なのだ。

 そのことを踏まえれば、確かに人攫いがいるという事態を解決したいと思うのは間違いではない。辻褄も合う。

 だが、しかし。

 

「それだけではないのでしょう?」

「うぇ!?」

 

 唐突に横合いから声が掛かった。飛び上がらんばかりに驚いたルイズがそちらに振り向くと、黒いブラウスを着た仮面の少女がクスクスと微笑んでいるのが見える。顔見知りだということを確認したルイズは、いきなり湧かないでくださいと溜息とともにそう告げた。

 

「まるでわたくしが害虫か何かのように聞こえるのですが」

「似たようなものじゃないですか」

「まあ、冗談がお上手ね」

 

 そう言いながら仮面の少女は腰に携えていた剣杖を一本抜き放つ。げ、と顔を顰めたルイズは、しかしやるならやってやると同じように腰の杖に手を添えた。

 

「酒場で暴れるのはやめてもらえるかい?」

「む」

「あら、ごめんあそばせ」

 

 そんな一触即発の空気を、マチルダが霧散させる。仮面の少女は何事もなかったかのように、優雅とも思える仕草でワインに口をつけていた。

 そうしながら、彼女はもう一度先程の言葉を紡ぐ。理由はそれだけではないのだろう、と。

 

「どういう意味ですかアン」

「どういう意味も何も、そのままよフラン」

 

 それが分からないから聞いているのに。そんなことを思いながら頬を膨らませジト目でアンを睨んだルイズは、目の前の彼女が笑顔になるのを見て益々表情を曇らせた。そのまま説明をせずに、ついと彼女は視線をマチルダに向ける。

 

「わざわざフランに依頼をしたのは、早急な解決を望んでいるから、かしら?」

「……ああ、そうだね」

 

 ほぼ口元しか見えないアンが実際にどんな表情をしているのか、ほぼ常に笑みを湛えている口元だけではまるで分からない。ならば『アンゼリカ』でなければ分かるのかと問われれば、王宮の執務室で笑みを湛えたまま謀略を話す姿も見ている以上そう変わらないとしか言えず。

 はぁ、とマチルダは溜息を吐いた。どのみち隠すようなことでもなし、聞かれれば話そうと思っていた程度のことだ。出し惜しみする必要などない。

 

「……実は、シャジャル様が」

「へ?」

 

 その名前に面食らったのはルイズである。どんな理由が、と思っていた矢先、思っても見なかった人物の名前が出たのだ。思わず目を見開き、隣を見る。口元に手を当て、クスクスと笑っている『おともだち』がいた。小さく息を吐くと、とりあえず気にせずに話の続きを聞くことにした。

 マチルダが今述べた人物は、ここトリステインの隣国アルビオンの王族、モード大公の妾であった女性である。とある事情でお家騒動に発展したアルビオンで、あわや処刑される寸前であったシャジャルとその娘を助けたのももう随分と前のことだ。

 とはいえ、命は助かっても地位はどうにもならず。モード大公は今も半ば幽閉状態、大公に仕えていたサウスゴータ家――マチルダの家名はそこで途絶えた。おかげで彼女はアルビオン王家を毛嫌いしている。

 それでも大公家に恩のあった身、今もシャジャルとその娘とは彼女は親交を温めているのだ。ちなみに彼女達は現在ヴァリエール公爵領の住民である。

 

「えっと、何かあったの?」

「いや、最初はこの件を聞いて心配してこちらに来てくださっていたんだけど」

 

 孤児院は問題ない、とマチルダに言われ、子供達と遊びその時は何事もなく公爵領へと帰っていったらしい。

 だが、次に彼女は公爵領まで届いた噂を耳にすると顔を青褪めたのだとか。慌てて手紙を書き、マチルダを心配している旨が実に五枚ほど。そのうち一枚は彼女の娘のものであった。

 

「人さらいの連中に土メイジがいるらしいのさ。それも、腕の立つゴーレム使いが」

「……あー」

「さらに、その土メイジ、女らしい」

「それはそれは」

 

 ご愁傷様、とアンはにこやかにマチルダに述べる。笑い事じゃない、と机を思い切り叩いた彼女は、そういうわけなのですぐさま連中をぶちのめして欲しいと二人に告げた。

 成程、確かに理由は分かった。だが解せない、とルイズは首を傾げる。正直な話、その程度の問題ならば自分でやればいいじゃないか。彼女はそんなことを思ったのである。

 

「ここで私が出張ったらシャジャル様が心労で倒れる。後テファが泣く」

「心配性ね、あの人も」

「これまでのことを考えると、仕方ないでしょう」

 

 ガタリと立ち上がった二人は、マチルダから渡された依頼書を手に取ると、ペンを使いサインを書いた。依頼者の横、依頼を承ったという証拠に。

 視線で問い掛け、それを受けたマチルダはコクリと頷く。酒場の奥へと足を踏み入れ、マチルダの使っている部屋に入ると小さなクローゼットを開いた。

 ぐい、とルイズは口元を拭いルージュを落とす。流していた髪をポニーテールに纏め、水晶のあしらわれたバレッタでパチンと止めた。服装は学院から出てきたのでお忍び用の簡素なものではあるが、これからのことを考えると着替えるべきだろう、と首をコキリと鳴らす。そうしながら、明らかにクローゼットの大きさに見合わない荷物を取り出すと、そこから一本の大剣を引き抜いた。

 

「お、相棒。出番か?」

「ええ。魔法学院生徒のルイズは一旦お休み。今からは――」

 

 アンゼリカと同じ黒いブラウスとベストを纏い、普段のメイジとは少し趣の違う薄緑のマントを羽織る。そして仕上げに、タクト型の杖の代わりに大剣デルフリンガーを背負った。

 

「フランドールの、時間よ」

 

 

 

 

 

 

 ガタゴトと馬車は揺れる。幌で隠されたその荷台の中には、泣きはらした顔の少女が何人も。皆、荷馬車を操っている男達に攫われてきた者であった。

 男達はトリステインの人間ではない。他国で同じようなことを生業に生きてきたならず者だ。顔も割れてきたこともあり、心機一転、別の地で商売を再開しようと思い立ったのだ。どこに向かうか悩んでいた際、トリステインを勧められたのも大きい。

 何でも、ここは現在王が不在。王妃は喪に服し、王女は美しいだけでそれ以外が欠けているのだとか。実際街の小唄で「トリステインの王家には、美貌があっても杖がない」などと揶揄されている始末である。これ幸いと男達はすぐさまトリステインに向かい、早速商売を再開したのだ。

 勿論、この商売を行う際に街の商工会などを通すことなどない。適当に抱き込めそうな木っ端役人を数人掴まえ、鼻薬を嗅がせただけである。町の酒場で情報を集めたり、傭兵や冒険者の依頼を眺めたりなどということも勿論していない。情報提供者の弁があっさりと裏付けられたので、余計な手間を惜しんだのだ。

 ん? と男の一人が空を見上げた。先程まで晴れていた空が、急速に曇りだしている。これはひょっとしたら一雨来るかもしれない。そんなことを思い、どこか雨脚をしのげる場所を探そうと頭目に進言しようとした。

 刹那、風が吹く。猛烈な横風によりバランスを崩した馬車は、横転こそしなかったが道から外れて草むらに落ちていった。暴れる馬を宥めながら、男は突然の自然災害についていないと毒づく。

 そこで、気付いた。こちらに向かってやってくる馬が二頭。今の風によって足止めされてしまった男達は、その追い掛けてくる馬から逃げられない。

 だが、それがどうした。馬が二頭、乗っているのは二人。そもそも自分達に用事かどうかも分からない。そうだとしても、敵対するのだとしても、たった二人で一体何が出来るというのか。

 

「そこの馬車、止まりなさい――って、もう止まってるわね」

 

 馬を止めた二人は男達に向かいそんな声を掛ける。一体何の用だ、と道から外れた馬車をどうやって戻すか考えながらなげやりに声を掛けた彼等は、しかし次の言葉を聞いて身構えた。

 

「決まってるでしょ。そこの、アンタ達がさらった人達を返してもらいに来たの」

 

 瞬時に鋭い目に変わった男達は、各々の武器を取り出す。見たところただの小娘二人、安っぽい正義感とやらに駆られた馬鹿者だろう。そう予想をつけ、怪我しないうちにとっとと帰れと刃物をギラつかせながら脅した。

 そんな男達を見て、少女二人は肩を震わせて笑った。可笑しくてしょうがない、というような笑みを見せた。

 

「ねえ聞いたアン」

「ええ、確かに聞きましたわフラン」

「怪我をしないうちにとっと帰れ、ですって」

「わたくし達が言わなくてはいけない言葉なのに、先に言われてしまいましたね」

 

 そう言って再び笑い始める二人。男達はそんな二人を見て訝しげな顔を浮かべ、次いで怒りで顔を歪ませた。たかが小娘二人が自分達を虚仮にするとは一体どういう了見だ、と。

 男の一人がナイフを構え突っ込んだ。それをちらりと見た少女の片割れ、アンゼリカは素早く腰の剣杖を一本引き抜くと呪文を唱える。杖から生み出された水の鞭がうねるように放たれ、男の胴に巻きついた。手首の動きでそのまま男は自分の意志とは無関係に彼女の眼前に引き寄せられ、そしてもう片方の手に持っていたもう一本の剣杖を喉に叩き込まれる。

 ぐげ、とカエルの引き潰れたような声を上げて、男はそのまま動かなくなった。

 

「アン」

「当然、殺してはいませんわ。フランこそ、きちんと生かすのですよ」

 

 貴女は加減が下手だから、とアンは呆れたように肩を竦める。分かってますよとぶうたれたフランは、今の光景で動きが止まっていたもう一人に向かい疾駆した。風の力を纏った彼女の踏み込みはまさしく神速。そのまま至近距離で風の塊を叩き込まれた男は体を『く』の字に曲げ、吹き飛んでいく。木にぶつかった男は、糸の切れた人形のようにずるずると地面に倒れ伏した。

 次、とフランは周囲を見渡した。この商売を行っている商人達は、メイジとそうでない者が半々。その内二人は今叩きのめしたのだから、残りは。

 

「うひゃぁ!?」

「あら、これは」

 

 糸のようなものが二人へとまとわりつく。彼女等の背後に回ったメイジ二人が呪文を放ったのだ。ゴムのような弾力とネバネバと絡み付く粘着力の両方を備え持つそれは、『蜘蛛の糸』と呼ばれる呪文。相手の動きを拘束するのにはかなり有用である。

 手間かけさせやがって。そんなことを言いながら別の男がナイフを取り出す。手足の腱を斬り、逃げ出せないように仕立て上げた後、運んでいる途中の商品の追加にする。どうやらそういう算段にするよう決まったようであった。大した力もないくせにでしゃばるからだ、と下卑た笑いを浮かべ。

 

「あら、そう。それはごめんなさい」

 

 フランの大剣、彼女の『杖』から生み出された風によって紙くずのように宙を舞った。そのまま錐揉みをし、ぐしゃりと地面に落下する。荷馬車の幌の上だったのが幸いし、命は助かったらしく呻き声を上げている。

 な、と男達は驚愕する。身動きが取れないはずなのに、何故。そんなことを口にしつつ、もはや商品にしようとなど考えなくなったのか取り出したマスケット銃で彼女達に狙いをつけ、引き金を引いた。

 

「何故、も何も。杖を持っているのですから、呪文は唱えられて当然でしょう?」

 

 はぁ、と呆れたような溜息を吐きながらアンが生み出した水の壁は、銃弾を全て受け止め地面に落とした。ついでにそこから飛沫が飛び、銃を濡らして使い物にならなくさせる。

 本人にとってはその程度のつもりであるが、強烈な水飛沫はマスケット銃を穿ち破壊していた。勿論人に当たれば穴が空いていたことであろう。

 

「人に加減がどうとか言っておいて、自分もダメダメじゃないですか」

「サイト殿なら当たっても平気でしょう?」

「あれを基準にしちゃ駄目ですって」

 

 ミノタウロスとか吸血鬼とかインテリジェンスナイフとかと年中ドンパチやっている人間とその辺の連中を一緒にしてはいけない。そんなことを言いながらフランはやれやれと肩を竦めた。ちなみに彼女の大丈夫かそうでないかの基準も今話題に出た彼である。

 ともあれ、メイジではない連中は今の攻撃でほぼ無力化出来たと言ってもいいだろう。そうなると後は先程自分達を拘束したメイジ達と、マチルダの言っていた腕利きの女メイジ。そんなことを思いながら視線をぐるりと見渡すと、杖を構え呪文を唱えようとしているメイジ達の姿が視界に映る。全員が男だ。

 

「いないのかしら」

「いえ、恐らく様子見か、捨て石かのどちらかでしょう」

 

 見る限り貴族崩れの木っ端メイジが数人。普通ならば脅威なのであろうが、生憎フランとアンにはこの程度扱いにしかならない。拘束されているのが丁度いいハンデである。

 

「フラン」

「はい? 『蜘蛛の糸』ならいつでも引き千切る準備は出来てますけど」

「あらそう。では、目の前の相手を倒すまで保留ね」

「……相変わらず性格歪んでますね」

「心外だわ」

 

 拘束されている分、たとえ呪文が使えたとしてもこちらが有利なはず。そう信じているメイジ達に聞こえないようにそんな会話を行ったアンは、地面に腰を下ろしたまま、僅かに動く手首の返しのみで生み出した水の鞭を操った。先程男達がやられたことで多少は分かっていたのか、メイジ達はそんな彼女の呪文を驚きはしたものの食らうことなく避ける。

 その回避地点に叩き込まれた風の槌により一人は真横に吹き飛んだ。

 

「……弱っ」

 

 まさかこんな簡単に当たるとは、とフランもげんなりした表情で吹き飛んでいった方向を見やる。部下がこれでは件の女メイジも噂が独り歩きしているだけなのではないか。そんなこともついでに考えた。

 フランの溜息と、別のメイジが声を張り上げるのが同時。こいつらがどうなってもいいのか、と馬車の荷台で震える少女達に杖を突きつけている男が勝ち誇った顔で二人を見下ろしていた。

 

「何? 人質のつもり?」

 

 フランの問い掛けにメイジは鼻を鳴らすことで返答とする。ちっぽけな正義感でやってきたような貴族など、こうしてしまえば簡単に突き崩せる。そんなことを思い、抵抗をしないよう呼びかけると、まだ動ける仲間の男達に指示を出した。散々手間を掛けさせられたが、これで終わりだ。

 彼が思考出来たのはそこまでである。勝ち誇った笑みを浮かべたまま、あっさりと体は風に吹き飛ばされ意識も飛ばした。二人に近付き始めていた男達も真横で仲間がボロ雑巾と化したのを見て再度動きが止まる。

 

「人質が有効に働くのは、そこに交渉相手が介入出来ないという前提があって初めて成立するもの。目の前であんな隙だらけなことをされても、何の役にも立たないのですが」

「だから聞いたのに。人質のつもり、って」

 

 やれやれと溜息を吐きながら二人は立ち上がる。え、と男達が呆気に取られている中、『蜘蛛の糸』を破壊したフランとアンは己の得物を構えながら動けない男達を見渡した。それで、まだやるつもりか。そう問い掛けると、完全に逃げ腰になったのか情けない悲鳴を上げて後ずさる。

 その最中、男の一人が何かに気付き更なる悲鳴を上げた。まさかそんな。言葉にならない呟きをしながら、フランの姿とアンの姿を交互に見やる。

 ピンクブロンドに水晶のバレッタ。顔の上半分を覆う仮面。黒い服と、薄緑のマント。聞いたことのある特徴を思い出し、男はカタカタと震え始める。

 風の噂だ。何かの作り話のような、しかし実在する脅威とともに語られるその二人組。桁外れの実力を持っているとされる、風のメイジと水のメイジ。

 何故あんな目立つ特徴に気付かなかったのか。荒唐無稽な話だと決め付けて記憶の片隅においていたからか。どちらにせよ、もう遅い。敵対するなと、逃げろと教えられたそれに、向かっていってしまったのだ。

 

「フラン」

「どうしました?」

「どうやらあちらの方はわたくし達を知っているようですわ」

「あら、そう。じゃあ、改めて自己紹介しましょうか」

 

 一歩、踏み出す。気付いた男は悲鳴を上げて後ろに下がった。何だどうした、と他の仲間がそんな逃げる男に視線を向け、そして次いで目の前の少女達から発せられる言葉に顔を青くさせた。

 ピンクブロンドの少女が大剣をくるりと回し地面に突き刺す。仮面の少女が剣杖を二本、左右に持ってくるりと弄ぶ。

 

「万屋メイジ、フランドール。二つ名は『暴風』」

「万屋メイジ、アンゼリカ。二つ名は『豪雨』」

 

 出会ったら、逃げろ。裏の世界でまことしやかに囁かれているその噂のメイジの名前は。

 

「我ら二人で――」

 

 

 

 誰が呼んだか、『暴風雨』。

 

 




よしよし原作沿いだな


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その4

誰とは言わないけれど、彼女は大体OPのサビ辺りの戦闘シーンで主人公と戦うポジション的なやつ


 これは厄介だ、と怯えている部下達を眺めながらその女メイジは呟いた。どうやらマチルダの言っていた件の土メイジがようやくお出ましのようだ。そのことを確認した二人は、しかしその姿を見ると少し顎に手を当て考え込む仕草を取った後肩を竦めた。

 まあこんなもんか。声には出さないが大体そんな感想を抱いたようである。

 

「それで、あなたがこいつらの頭目かしら?」

 

 フランの言葉に、女メイジはああそうさと頷く。だったらどうした、とついでに続けた。

 ぶっちゃけ面倒なので大人しく捕まってくれないかな。そんな言葉が頭を過り、しかしまあ無理だろうなと肩を落とす。そんな交渉に素直に応じるような人物ならそもそも人攫いなどやってない。

 

「わたくし達の二つ名を聞いて部下の方々は戦意喪失してしまったようですので。ここは一つ、貴女も大人しく捕まってみては?」

 

 言うのかよ、とフランは思わずアンを見る。仮面の下がどうなっているかは分からず、変わらぬ笑みを浮かべているようにしか見えない。基本それなので特に何も思うことはないのだろう。そう判断したフランは、女メイジの返答を待った。

 ふざけているのか、と女メイジはアンに返す。そりゃそうだ、と頷いていたフランは、己の『杖』であるデルフリンガーを構え直しながら改めて彼女を見た。となるとやはり無理矢理お縄についてもらうしかないな。思っていたことを口に出しながら、彼女は一歩前へと。

 

「フラン」

「はい?」

「駄目ですよ。彼女はわたくしが倒すのですから」

「……ちょっと何言っているか分からないのですけど」

「あらフラン、脳味噌が死滅したのかしら?」

「何で! そういう結論を出したのか! 意図が分からないんですけど!」

「貴女が倒してしまったらわたくしが暇でしょう?」

「ちょっと何言ってるか分かんないんですけどぉ!」

 

 全力ツッコミ。そこは分かりましょうよ、と呆れたように頭を振るアンを見て、フランは怒りのボルテージを更に上げた。とりあえず先にこいつぶん殴っとこうかな、などと考える始末である。

 対する頭目、当然のごとく馬鹿にされたのだと判断した。正解である。偽物風情が調子に乗るな、などと言いながら周囲の木々よりも巨大なゴーレムを多数生み出していく。

 そんなゴーレムには目もくれず、フランは頭目の言っていた偽物という単語に反応し首を傾げた。あれ、ひょっとして信用されてない? と。

 

「ふむ……どうやら国外の、それも大分離れた場所から遠征してきた方のようですね」

 

 ガリア辺りかしら、とアンは呑気にのたまう。フランもフランで、ふーんと軽い返事をした。

 下っ端は騙されたようだが、そうはいかない。勝ち誇った笑みを浮かべた頭目は、そのまま複数のゴーレムを二人にけしかけた。所詮悪名高いメイジの二つ名と特徴を真似ただけの小娘、この大きさのゴーレムには為す術もない。そんなことを思いつつ、戦意を喪失していた部下達に檄を飛ばす。彼女の言葉に我に返った男達は、不安を払拭する目の前の光景を見て歓声を。

 

「……わたしはアンと違って、こういう時にわざとやられて煽るような趣味はしてないの」

 

 ゴーレムの土手っ腹に風穴が空いていた。真っ直ぐに剣先を突き付けているフラン、彼女のその『杖』の先から放たれた風の塊が、あっさりと土の体を抉ったのだ。ボロボロと崩れていくゴーレムの一体には目もくれず、フランは残りのゴーレムを指折り数える。残りは四体、ギーシュよりしゃっぱいな。そんな感想を抱きながら、彼女は『杖』を頭上に掲げた。

 

「面倒だから一気に行くわよ――ユビキタス・デル・ウィンデ」

 

 瞬間、フランが増えた。全く同じ姿の少女が横一列に四人並んでいる。それぞれ顔を見合わせ頷くと、手にしていた杖を軽く振り、その切っ先をゴーレムへと向けた。一人だけ大剣、残りは剣杖。そんな四人のフランが放った呪文はやはり風。竜巻がゴーレムの巨体を舞い上げ、そして空中ですり潰し粉々に変えた。

 パラパラと砂の粒になったゴーレムが頭上から舞い散る。あまりにもあっさりと倒されたからなのか、沸いていた部下達も、勝ち誇っていた頭目も、何が起きたのか理解出来ずに動きが止まっていた。

 ぐるり、と頭目の口に水の鞭が巻き付く。呼吸を塞がれた頭目はパニックになりながらもがき、杖を振ってどうにかして引き剥がそうとするが、しかし。水の鞭はびくともせず、彼女の腕にも巻き付き杖を粉砕、足を拘束してそのまま地面に転がしてしまった。

 ジタバタと動かない四肢をどうにかせんともがく彼女の頭上に影が差す。先程ふざけたことを言っていた仮面の少女が、二本の剣杖を携えて立っていた。左手の杖からは自身を拘束している水の鞭が、そしてもう片方は『ブレイド』の呪文で鋭く獲物を切り裂けるようになった切っ先が。

 

「駄目ではないですか。相手は二人いるというのに、あちらにばかり集中しては」

 

 にこやかに、鈴を転がすような声で。アンはゆっくりと切っ先を頭目に向ける。おかげでこんなに隙だらけ、おかげでこんなにつまらない。そんなことを言いながら彼女はその切っ先を頭目の喉へと近付けていく。

 そこで頭目はようやく理解した。どうやら間違っていたのは下っ端ではなく、自分であったということに。こんな小娘共があの『暴風雨』のはずがないと、そう高を括っていたことが間違いだったということに。

 そんな目を見たアンは笑う。ええその通り、と笑みを浮かべる。

 

「時には素直に人を信じることも、必要ですわ」

 

 そう言いながら、彼女はひゅんと軽く杖を振るった。

 

 

 

 

 

 

「……倒された」

 

 フラン達から離れた上空にて、風の魔法で視力を強化していた少女はそう呟いた。それに対し、傍らに置いてある人形から、そうかいと簡素な返事が飛ぶ。頭目は仮面のメイジに恐らくトラウマを植え付けられ、二度と悪さは出来ないであろう。それを見ていた下っ端も同じく、である。

 

「色々足りない連中だったから、妥当なところだと思う」

『……そうね。まあいいわ。どうせ父上のお遊びよ』

 

 はぁ、と人形から溜息が聞こえる。それを聞いた少女も同じように溜息を吐いた。それで、どうするの。そう人形に、正確にはそこから放たれている声の主に尋ねると、暫しの沈黙が返ってきた。どうやら少し考える状況らしい。やがて、まあいいか、という投げやりな言葉が呟かれた。

 

『エレーヌ』

「今のわたしはタバサ。シャルロット・エレーヌ・オルレアンは毒で心を壊され、いないはずの双子の妹と入れ替えられた」

『そうね、そうだったわね。……ジョゼットは元気?』

「入学式で赤毛の女生徒にちょっかい掛けられてた」

 

 今回の任務のついで、ということでとある少女の護衛もほんの少しだけ頼まれていた彼女は、その時のことを人形に向かって述べる。まあ向こうは平和そうね、とほんの少しだけ安堵した様子で人形の先にいる相手は言葉を返した。

 

『本当は、あなたが学院に行くはずだったのに』

「気にしないで。わたしはわたしの、やれることをやるだけ」

『……イカれた父親に仕えていると大変ね、お互い』

 

 人形からのその言葉に、タバサはすぐに返事をしない。それが本心ではないと彼女も分かっている。向こうも恐らく同じ思いであるのだと知っている。

 だとしても、大切な家族を侮辱されてはいそうですかと流すわけにはいかない。

 

『……悪かったわ、失言よ』

「大丈夫。イザベラ姉さまこそ、大丈夫?」

『心配いらないわ。これでも、ガリアの王女よ』

 

 明らかに無理をしている。そうタバサは思ったが、それを口に出すことはない。心配するなと彼女は言ったのだ。だから、それを信じなければならない。

 とりあえず監視任務は終わったのだ。一度戻って報告書を書かなくてはならない。そんなことを人形の先にいるイザベラに告げると、タバサは乗っていた風竜に指示を出した。きゅい、と鳴いた風竜はそのまま一気に目的地まで飛んでいく。

 その途中、人形からぽつりと独り言のように声が漏れた。父上も叔父上も、いつになったら正気に戻ってくれるのか、と。

 

「……多分」

『あ、すまないエレーヌ。聞こえてしまったのね』

「ううん。わたしも考えていたから。――それで、多分だけれど」

 

 あの二人の盤上遊戯を壊す輩でもいれば、きっと。そう続け、彼女は既に見えなくなった先程の街道へと視線を向けた。

 何故だか、仮面の女が未だに見詰めているような、そんな錯覚に陥った。

 

 

 

 

 

 

 学院に戻ってきたルイズにかけられた言葉はまず心配であった。何ぞや、と首を傾げていると、お体はもう万全なのですかという言葉が続けられる。話を聞くに、どうやら体調が芳しくないので王都の医者に診てもらいにいったのだ、ということになっているらしい。別段そんな話をした覚えもなく、そういう風に仕向けた様子もギーシュとモンモランシーを見る限りなさそうなので、単純にこの二日で出来たイメージに引っ張られた噂なのであろう。

 

「……ええ。大丈夫、わたしは元気そのものよ」

 

 とりあえず否定も肯定もせず、心配いらないということだけを述べた。マチルダに言われた言葉が頭に過ぎったが、別にいいじゃないかと心の中で打ち消す。たまには自分もお嬢様みたいな扱いをされたいのだ。

 それならばよかった、と安堵の溜息を漏らす生徒達に心配かけてごめんなさいと頭を下げる。公爵令嬢がそんなことをする、ということに生徒達は驚き、そして身分の差を気にせず接してくださる素晴らしい人だとルイズの株が更に上がった。勿論意識してやっているわけではない。ヴァリエール公爵領では普通のことで、エレオノールによる教育の賜物である。礼には礼を返せ、とは母の弁だ。

 そのまま暫し貴族らしい談笑を行っていたルイズは、そういえば聞きましたか、という言葉に首を傾げた。何でもまた出たらしい。そう言って一人の女生徒はずずいと彼女に顔を近付ける。

 

「出た、とは?」

「例のごろつきですよ」

 

 それはまた穏やかではないな。そんなことを思いながら何者なのかと話の続きを促すと、一部の平民は英雄だとか褒め称えていて実にけしからんと別の男子生徒が声を上げた。

 何でも、そのごろつきは二人組で、強力なメイジらしい。だが貴族としての教養や礼儀がまったくなっておらず、恐らく家名を剥奪されたであろうメイジの風上にも置けない連中なのだとか。

 

「そのくせ、気まぐれに野盗を退治したりしてさも自分達が立派な人物だと見せようとしている、不愉快な人間ですわ」

「へ、へー……」

 

 何だか嫌な予感がした。だがまだ結論を出すのは早い。そもそも学院の生徒が噂するようなものではないはずだ。そんなことを思いつつ、ルイズは尚も話を聞く。

 今回そのごろつきが出たのはトリステインの西の外れの街道で、ガリア辺りから遠出してきた人攫いと接触。余所者が気に食わなかったのか、連中を叩きのめし衛兵に押し付けてどこかに行ってしまったらしい。

 

「……そ、それ自体は別に良いことなのでは?」

「お優しいのですねミス・ヴァリエールは。あんなごろつきを評価なさるだなんて」

 

 いやお前の眼の前にいるのがそのごろつきだよ。思わずそう言いかけて慌てて飲み込んだ。駄目だマチルダ、これ絶対バレちゃダメなやつだ。見えないところで冷や汗を掻きつつ、いやまだ完全に自分達だと決まったわけではないと言い聞かせルイズは言葉を紡ぐ。

 

「と、ところで。そのごろつき? の名前や特徴などは分かっているのですか?」

「ええ。何でも一人は仮面をつけた、杖を二本同時に使うらしい怪しいメイジ。もう一人は水晶のバレッタで髪をまとめた、大剣を杖代わりにするメイジの誇りを微塵も持ち合わせていないならず者らしいです」

 

 完全に自分達だ。もうこれは言い逃れ出来ない。心の中で悶えながら、ルイズは表面上は冷静を保ちつつもう少しだけ話を聞いた。ギーシュ達の言っていたことは正しかった、とついでに二人へ感謝の念を送った。

 

「そ、そそのメイジ、名前とかって……」

「そんなごろつきの名前など聞くに値しません。ああ、でも、二つ名は有名らしいです」

 

 『暴風雨』。学院の生徒が非常に不愉快に思っているらしいならず者メイジ二人組の二つ名は、そんな名前だとか。

 そうなんですね、とルイズはどこか片言で返事をし、生徒達との会話を切り上げた。ふらふらと歩きながら、とりあえずギーシュとモンモランシーの姿を探してさまよう。ああやはりまだ体調は優れないのだ、とそんな彼女の様子を見て生徒達は誤解した。

 やがて見付けた二人は、何とも言い難い視線で彼女を迎えた。まあそうなるだろうな、とルイズは覚悟していたので別段驚かない。

 

「……またやらかしたんだね」

「うん」

「入学して二日目よ? 入学式を入れてもまだ三日。……自重しなさいよ」

「うん、今凄く身に沁みた……」

 

 エレオノールの言っていたことはこういうことだったのだな。本人の意図していた意味とは少しズレている忠告を心に刻み、ルイズは溜息とともに肩を落とす。そんな彼女を見ていたギーシュとモンモランシーは顔を見合わせ苦笑した。

 

「まあ、幸い初対面のイメージが強いおかげで正体はバレてないし」

「そうね。とりあえずは暫く『深窓の令嬢ルイズ』を続けなさいな」

「はぁ……やっぱりそれしかないかぁ」

 

 超面倒くさい。そうは思ったが、学院でならず者扱いは流石に勘弁して欲しいので渋々ながらもルイズは頷く。エレオノールも悲しむだろうし、何よりカトレアに余計な心配を掛けさせたくない。そう心の中で呟き、よし、と彼女は拳を握った。

 

「じゃあとりあえず、は……どうすればいいのかしら?」

「暴れなければ大丈夫だよ」

 

 あはは、とギーシュが笑いながらそう述べる。隣ではモンモランシーがそうね、と肩を竦めていた。まあそれが一番大変なのだろうけれど、という言葉は双方飲み込んだ。

 さしあたっては二日後、授業開始してからだ。そんなことを三人で話し合い、これからの方針をおぼろげながらも決めたルイズは、その当面の目標をもう一度反芻した。

 

 

 

 

 

 

「さて、では……誰か、『着火』をやってはくれないかな?」

 

 授業開始の初日は『火』系統の講義であった。担当教諭のコルベールの言葉に、しかし誰も立候補しない。『着火』程度の呪文などやってられるか、という態度が透けて見え、彼は少しだけ眉尻を下げた。

 そんな中、ならわたしが、と立ち上がった少女がいた。言わずもがな、ルイズである。流石は公爵令嬢だ、こういう時こそ率先して前に出るとは。そんな声がどこからか聞こえ、彼女は心の中でガッツポーズを取る。

 モンモランシー曰く、あまり人がやりたがらないことをやることで懐の深さを見せられる、そうすればイメージアップだ。大体そのように言っていたのでとりあえず手を上げてみたが、反応からすると多分あっているのだろう。そんなことを思いながらルイズはとりえず机の上にある枝に向かって杖を振る。

 

「あ」

 

 余計なことを考えていたからであろう。『着火』で盛大に燃え上がった薪は天井まで届くほどの炎を生み出している。ヤバイ、と瞬時に判断したルイズは即座に杖を振り風を唱え、その炎を消し去った。

 そうした後、あ、これやっちまったと錆びた蝶番のような動きで教室を見渡した。深窓の令嬢ルイズが音を立てて崩れていく。そんなことを思い、体がふらりと揺れる。

 

「ああ、ミス・ヴァリエールが!?」

「やはりお体が本調子ではなかったのね!?」

 

 呪文は素晴らしい、だがやはり病弱な体ではそれに耐えられないのか。そんな憶測が飛び交い始める。勿論ああもうダメだ今日から問題児だと心の中で頭を抱えるルイズはそんなことを聞いちゃいない。

 

「……結果オーライ、かな」

「もうそれでいいんじゃないかしら」

 

 下手に教えるとボロが出そうなので、とりあえず暫くあのままにしておこう。二人は失敗しましたと弱々しく頭を下げるルイズを見て、頬杖をつきながらそんな結論を出した。




この辺で区切るところが原作沿いだよね?


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自由騎士録/Edge Doll Girl
その1


Q:ゼロ魔の二次って?

A:ああ!


 ガタゴトと揺れる荷馬車の背に揺られながら、黒髪の少年はのんびりと空を見上げていた。そろそろ目的地かなぁなどと呑気なことを呟きながら、ゆっくりと流れていく雲を見る。

 そんな少年に、荷馬車を操っていた男が声を掛ける。もうすぐ件の町に着くぞ。その言葉を聞いて体を起こした少年は、ありがとうと男に述べた。

 

「しっかし助かったぜ。まさか町に向かう手段がないとは思わなかった」

 

 この荷馬車は商人が荷物を運ぶものであり、本来人を乗せるものではない。ちょうど少年の目的地を通るからということで頼み込んで同行させてもらっていたのだ。

 

「ん? いいじゃねぇかよこれくらい」

 

 誰かに文句を言われたように少年は返す。が、男は何も言っておらず、少年も腰に差している短剣に目を落としているだけで誰もいない。何か思い出したのだろうかと男は考え、別段気にしないことにした。

 

「はいはい、分かったっつの。なあおっちゃん、何であの町、今こんなに避けられてんだ?」

 

 少年の言葉に男は知らないのかと返す。そうは言ったが最初の頼み方からして知らないはずはないだろうと判断し、聞き込みか何かかと結論付け苦笑した。別に大した情報は出せないぞ、そう言うと、あ、やっぱバレたと呑気な声が返される。

 ははは、と笑った男は、咳払いを一つするとまあ知っていることはこのくらいだと語り始めた。

 事の始まりは一ヶ月ほど前、町に一人の貴族がやってきたことが発端となる。町の住人に何かするということもなく、隠居してきたと笑うその貴族に別段悪い印象は持たなかった。連れているメイド達が美しかったのも町の男達には大きかった。

 だが、そんな折に事件が起こる。貴族のメイドが一人、殺された。まるで巨大な獣か何かに襲われたような凄惨な死体であった。美しかったそのメイドがただの挽肉に変わったことを人々は悲しみ、嘆き、そしてその犯人に恐怖した。

 事件は終わらなかった。それから暫くして、町の住人が行方不明になった。そして三日後、やはり何かに襲われてズタズタになった状態で見付かった。犯人は見付からず、新たな事件が起こるのではないかと懸念された。

 予想通り、次いで町の住人が肉片に変えられ、犠牲者はそろそろ十名になろうかとしている。噂が広まるのは早いもので、外からそこにやってくる者はいなくなり、商人も長居せず逃げるように去っていく。次の犠牲者が出る前に、町が干上がってしまう。そんな心配までされるほどだ。

 

「で、事件を解決してくれないかという依頼が届けられた、と」

 

 回り回ってそれが自分のところにきたわけか。まあ大体聞いていた話と変わらないそれを聞いて、確認作業のようなことをしていた少年がよし、と頷く。後は出たとこ勝負だな。そう言ってバチンと拳を掌に打ち付けた。

 

「んだよ。それ以外に方法ないだろ? 文句あんならお前が動けよ」

 

 またもや独り言。まるで誰かと会話しているようなそれに、男は怪訝な表情を浮かべた。が、まあいいと頭を振る。藪をつついて蛇を出してはたまらない。

 そうこうしているうちに町の入口が見えてきた。あれか、と少年は呟き、減速した荷馬車からひらりと飛び降りる。向き直ると、ありがとうと改めてお礼を述べ頭を下げた。

 気にするな、と男は笑う。笑いながら、しかし若いのに冒険者とは大変だなと少年に述べた。

 

「あー、まあね。つっても、俺こう見えて結構やんごとなき人に仕えてるんだぜ」

 

 へえ、と男は目を見開く。それは誰だか聞いてもいいのか、と野次馬根性を出して思わず尋ねた。先程、藪をつついて蛇を出すのはまずいと思ったのに、聞いてしまった。

 対する少年、別にいいぜと笑みを見せた。じゃあ改めて、と持っていた荷物をあさるとそれを取り出した。

 

「フォンティーヌ領主カトレア様に仕える自由騎士、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガと申します。以後、よろしく」

 

 紛うことなきヴァリエール公爵領とフォンティーヌ領双方の紋が入ったマントを纏った少年を見た男は、驚きのまま暫し固まったままであったという。

 

 

 

 

 

 

「何か悪いことしちゃったかな、あのおっちゃんには」

 

 申し訳ない騎士様、と頭を下げられたのを宥めるだけで結構な時間が掛かった。才人としてはただ正体をカッコよく明かしただけだったのだが、あまりこういうジョークは受け入れられないようだ。やれやれ、と彼は肩を竦め溜息を吐く。

 

「あん? いや俺は悪くねぇって。シュヴァリエの称号だってぶっちゃけ活動の手助けに必要だとか言って姫さまに無理矢理押し付けられたんだぜ? ちょっとくらい遊んだって」

 

 そこまで言って、しかし途中で言葉を止めた才人ははいはい俺が悪うございましたとぶっきらぼうに謝罪をした。何勝ち誇ってんだよ、と小声で文句を言うのも忘れない。

 ちなみに彼の横にも目の前にも人はいない。傍から見れば虚空に向かって文句と謝罪をする危ない人間である。

 周囲を見渡す。幸いにしてそれを見て逃げる人物はいないようであったので安堵の溜息を漏らし、よしじゃあ行くかと足を進めた。町の入口まで行くと、どうやら警備らしい二人の男に呼び止められる。事件があった以上何かしら警戒をしているのだろう。はいはいと素直にそれに応じた才人は、そのまま男達の言葉に素直に従った。何か怪しいものを持っていないか確認させていただきたい、というわけである。彼がマントを付けていることから貴族なのだと判断したが、それでも無条件で通すわけにはいかないということらしい。

 

「まあそりゃそうだよな。あ、俺一応フォンティーヌ様からの命でここの調査に派遣されたものだけど」

 

 王都に出した依頼をフォンティーヌの若き領主が承ったという話は聞いている。ならば貴方が例の人物なのか。そんなことを尋ねると、例の人物かどうかは知らんがと前置きし、来たからには全力を尽くすと真っ直ぐ言い放った。その力強さに男は一瞬気圧され、そして笑顔でお願いしますと頭を下げる。

 

「任せろ、ってね。んで、荷物はいいかな?」

 

 そうですね、ともう一人の男が頷く。一応これだけが気になりますと持ち上げたそれは、人形。何やら紙が貼ってあるシンプルなそれは、才人のような少年が持つのはいささか奇妙であった。

 

「あー、それな。一応、俺の、ってか仲間の商売道具みたいなもん、かな」

 

 はぁ、と男は首を傾げる。とりあえず口振りからすると何かしらのマジックアイテムだということは分かった。危険なものではないのならば、とりあえずそのままでいいだろう。そんな判断をし、人形を仕舞うと荷物を返す。

 よし、と才人は荷物を受け取り足を踏み出す。その拍子に腰につけていた刀と短剣がかしゃりと音を立てた。

 

「あ? あー、確かにそうだな」

 

 ふと足を止めた。短剣に目をやると、才人は納得したように頷き、呟く。男達に向き直ると、現場を調べたいから詳しい場所を教えてほしいと述べた。

 はい、と男達はそれぞれの事件現場の位置を地図に記す。一見するだけでは法則性の見当たらないそれは、その実何かしらの意図があるのか、それとも。

 

「新しい場所から順番に行ってみるか。いや、どうせ貴族の人に話聞くなら最初の犠牲者の現場検証と一緒のタイミングだろ?」

 

 何かを尋ねられそれに答えたかのようなその呟きに、男達は首を傾げる。彼は一体誰と喋っているのだろうか、と。彼の視線の先には何もいない。というよりも、自身の腰、短剣辺りを見詰めているようにも見える。

 

「はいはい、分かってるっつの。んじゃ、調査を開始しますね。なるはやで済ませますから」

 

 ひらひらと手を振りながら町に入っていく才人を見ながら、男達はやはりヴァリエール公爵領の住人だけあってどこか変わっているなと失礼なことを考えていた。

 ついでになるはやって何だろうと首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 順に事件現場を辿る。やはり法則性は見られず、気まぐれに、目についた丁度いい獲物を襲い、引き千切ったというのが妥当な様子であった。

 

「んー。だとしても、何だコレ?」

 

 荷物から取り出した書類、事件についての資料を眺め現場と照らし合わせながら才人は首を傾げる。犯人――これが人だと仮定すると明らかに常軌を逸しているのだ。

 かといって、では人でないのならば。獣にしては損壊が激し過ぎる。魔物ならばもう少し証拠が残る。オーク鬼などの野蛮な亜人ならばそもそも定期的に襲われる程度では済まない。

 

「吸血鬼……でもないな。これは食事とは少し違う」

 

 中途半端に残すくらいならば全部飲み干す。自分の知っている吸血鬼ならばそう豪語することに代表するように糧とするのは血である。情報を見る限り血を吸い取られている気配は殆ど無い。

 

「わっかんねぇなぁ。やっぱ貴族の屋敷で聞くしかないか」

 

 ガリガリと頭を掻いた才人は現場から踵を返す。町を少し外れた場所に立っている館を目指し歩みを進めると、一人のメイドが庭の掃除をしているのを見付けた。町で情報収集した時に聞いた話に違わぬ、美しい少女である。その中の一人が最初の犠牲者、成程住人が貴族を容疑者から外すのも無理ないなと彼はぼんやりと思う。

 どちらさまでしょうか、と少女はこちらを見て首を傾げた。そんな可愛らしい仕草に笑みを浮かべながら、才人は依頼書を取り出し少女に見せる。それを見た少女は成程と頷くと、別の場所にいたメイドの少女に声を掛けた。

 主人の下へ案内しますとその少女は頭を下げ、ではこちらにと踵を返す。その拍子にふわりとスカートが翻り、ちらりと薄紅色の下着が見えた。思わず才人が目を見開き、今の光景を忘れてなるものかと気合を入れる。

 

「……あー、はいはい。分かってるっつの。いややめろそういうの、心に来るから」

 

 誰も何も言っていないが、才人はそう言って視線を斜め下に落としながら顔を顰めた。メイドの少女は気にせず、そのまま彼の案内を続ける。

 そんな後ろ姿を見ながら、才人は少し鼻の下を伸ばした。すれ違うメイド達はどれも美少女と言って差し支えない。なんたるうらやまけしからん場所だ。そんなことを思いながら、彼はふりふりとスカートの下で揺れるお尻に視線を向ける。

 

「っつ! おいこら、お前な」

 

 太ももに痛みが走った。どうやら軽い凍傷に掛かっているらしく、手で擦ると微妙に染みる。どうしましたか、と振り返るメイドの少女に何でもないと返しながら、才人は凍傷になった辺り、腰の短剣をジロリと睨んだ。

 そういえば、あの娘胸もでかいな。柔らかそうな二つの果実がこちらを振り向いた際に上下に揺れていたのをしっかりと見ていた才人は、うんうんと何を満足したのか一人で頷いていた。

 

「ったぁ!? だからやめろ! はぁ? いやお前の胸もそりゃでかいっちゃでかいけど、何だよ、見て欲しいのか?」

 

 虚空に向かって謎のセクハラ発言をかます才人は、本日三度目の太ももの凍傷を食らいついにうずくまってしまった。突然のそれに周囲のメイドが何事かと近寄ってくる。屈んで心配してくれる美しい、あるいは可愛らしい少女達の姿は才人にとって癒やしであった。

 ついでにちらりちらりと見える下着が眼福であった。

 そんな彼にとっての痛みを伴う至福の時間を過ごした後、主の部屋へと辿り着く。失礼します、とそこに入ると、彼の想像とは違い随分若い男が一人、こちらに笑みを浮かべていた。

 

「お初にお目にかかります。フォンティーヌ領主カトレア様の命により此度の事件の解決に派遣された自由騎士、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガと申します」

 

 才人の挨拶に貴族の青年はおお貴方があの噂の、と顔を輝かせた。今回は貴方一人なのですか、という問い掛けに、彼はいやぁと頬を掻いた。

 

「今日のところは、といった感じですね。仲間も何かあったらすぐに駆けつけてくれるでしょうから」

 

 そう言いながら、よくご存知ですねと苦笑する。才人のその言葉に、青年は有名ですからねと微笑んだ。

 

「有名、ですか」

 

 ちらりと視線を落とす。ふう、と小さく息を吐くと、そうなると余り迂闊なことは出来ませんねとおどけてみせた。ちょっとした火遊びも出来やしない。そう続けて、貴族の青年に向かいニヤリと笑う。

 その発言の意味に気付いたのか、青年は楽しそうに笑った。成程、確かに貴方は噂通りの人物のようだ。そんなことを言いながら、まずは事件の話をしましょうと姿勢を正す。

 

「ええ。気の抜けた話はその後、ということで」

 

 笑みを浮かべたまま才人はそう述べ、では改めてと聞き取りを開始した。

 青年曰く、事件のあった日は殺されたメイドともう一人で庭掃除をしており、その時は何か変わったことは何もなかったらしい。精々風が強かったくらいだろうか、と少し考え込むようにそう呟いた。

 

「それで、その、もう一人のメイドというのは?」

 

 それはそこにいる彼女です。そう言って青年が指差したのは先程才人を案内した少女である。少し薄めの金髪は肩辺りまで伸ばされ、さらりと流されている。胸は先程彼が確認したように大きく形も良い。目鼻立ちも整っており、貴族の令嬢と言われても頷いてしまうようで。ハリのあるヒップとそれを覆う薄紅色の下着の印象も強い。

 まあつまり、才人にとって割りと好みであった。

 

「ミスタ。よろしければ、彼女から話を聞いても……?」

 

 才人の申し出に、構いませんと青年は頷く。そうしながら、そっと彼に耳打ちするように顔を近付けた。

 もしよろしければ、後で火遊びをしても構いません。思わず鼻の穴を広げてしまった才人を見て、そう述べた青年は少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「いやでも、彼女はその、発見者なのですよね?」

 

 おずおずとそう尋ねると、青年はだからこそですと返す。彼女を癒やしてやって欲しい。そう言って彼は頭を下げた。

 癒す方法がそれでいいんだろうか、と才人は思わないでもなかったが、しかし据え膳喰わぬは男の恥とも言うしなと思い直す。何よりあの体を好きに出来るチャンスを逃すのは流石に思春期真っ只中の少年としてありえない。

 

「分かりました。俺で出来ることは、やってみましょう」

 

 ありがとうございます、と青年は右手を差し出す。それを握り返し、では少し彼女をお借りしますねと才人は立ち上がった。よろしくお願いします、と青年は再度頭を下げる。

 

「じゃあ、その、ちょっと、イイカナ?」

 

 事件の聞き込みをするとは思えない何だか色々と誤魔化したような口調で、才人はメイドの少女の手を取る。少しだけビクリと反応した少女は、しかし照れたように俯くと分かりましたと呟いた。

 では、こちらに。そう言って案内されたのは来客用の部屋である。どうやら事件の調査の間ここを使っていいらしい。至れり尽くせりだな、と机の傍らに荷物を置くと、じゃあ早速とメイドの少女を見た。

 はい、と少女はエプロンに手を掛ける。

 

「いや待った! 早い! 色々段階すっ飛ばしてる!? 俺がまずやらなきゃいけないのは、調査だから」

 

 服を脱ごうとする少女を慌てて押し留め、才人は一息でそう述べると肩を落とした。俺ってそんなにがっついてるように見えるかな。そんなことを呟き、そして同意が返ってきたように溜息を吐いた。

 

「とにかく。まずは事件を進展させなきゃいけない。じゃないと……君も安心出来ないだろう?」

 

 才人の言葉に少女は目をパチクリとさせ、薄く微笑むとありがとうございますと頭を下げた。気にするな、とそんな少女に手をヒラヒラとさせ、じゃあ早速と先程と同じ言葉を述べる。

 

「色々教えてくれよ、助手さん」

 

 はい、と少女は力強く返事を返した。




いやぁ、原作沿いだと話分かっちゃいますよねぇ


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その2

しゅみ に はしった


 メイドの少女に話を聞き、事件が起きる直前までおかしなことはなかったという証言をもらった才人は、ううむと椅子を揺らしながら頭を捻った。これまでの話を総合すると、得体の知れない何かが突如現れ、被害者をズタズタにして消えていく。そう言うしかない状況となっている。

 

「なあ、本当に他に誰もいなかったのか?」

 

 才人の言葉に少女はふるふると首を振る。あの時にいたのは自分と被害者だけである。そうはっきりと言い切られると、彼としても打つ手なしだ。

 キィン、と腰の短剣が何かにぶつかったのか音を立てた、それに反応した才人は視線を落とし、そして難しい顔をしていた状態から一変、更に苦い顔を浮かべる。

 

「わーってるよ! 今の状況で出す結論はそれだってことくらい、俺も。でも」

 

 言いかけた言葉を止める、誰かに反論をされているかのようなその態度を、メイドの少女は不思議そうに眺めていた。

 それから暫し見えない誰かと言い合いをしているような一人芝居を続けていた才人は、成程それは確かにと顎に手を当て、そして少女に向き直った。

 

「さっき誰もいなかったって言ってたけど、同僚のメイドはその辺にいたんじゃないのか?」

 

 え、と少女は目をパチクリさせる。そうですね、と考え込むような仕草を取ると、確かにそうかもしれませんと頷いた。周囲をくまなく捜索していたわけではないので、どこかしらにいた可能性はあります。そう続けた。

 

「うし。となると、他のメイドにも話を聞く必要があるな」

 

 屋敷で出会ったメイド達を思い出す。ポニーテールの娘は小ぶりの胸だがそれがまたいい。ツインテールの女の子はメイド服の胸元少しはだけてたな。ロングのあの娘はたしか眼鏡とタイツで色気が中々に。

 

「あったぁ!? 何しやがる!」

 

 太ももに凍傷が出来ていた。先程のものより大きなそれは、治療をしなくては流石にまずいのではないかと思われるほどで。

 メイドの少女は大丈夫ですかと駆け寄る。が、才人はそんな少女に気にしないでくれと苦笑を返し、これくらいならまあと腰の短剣を抜き構えた。

 

「一応調査は真面目にやってんだろ。一々反応すんなっつの」

 

 何事かをぼやきながら小さくルーンを唱える。それは『水』系統の『治癒』。簡単なものではあるが、それにより彼の太ももの傷はあっさりと塞がった。まあ自分で付けた傷だし自分で治せるわな。どこか皮肉混じりの言葉をナイフに向かって述べると、やれやれと再度それを腰に戻す。

 

「うし、んじゃ」

 

 行きますか。そう言って才人は立ち上がった。メイドの少女に、他のメイド達の場所へ案内して欲しいと笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

「やっべぇ何も情報集まんねぇ……」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら才人は部屋の扉を開ける。聞き込みをした結果、メイド達と火遊び出来そうな関係にはなったものの、肝心の事件の進展はさっぱりという自体に陥っていた。

 

「……しかし、なんていうか」

 

 思い出す。ポニーテールのメイドには座っている状態で太ももに擦り付けられた。ツインテールのメイドは若干はだけた胸を惜しみなく押し付けてきた。ロングのメイドに至っては舌を入れられた。

 なあ、と一緒に行動しているメイドに問い掛ける。なんでしょうと首を傾げる彼女に、ここのメイド何であんなに積極的なのかと問い掛けた。さあ、と再度首を傾げられたが、しかしその後にほんのりと顔を赤くした。

 きっと貴方が魅力的だからではないでしょうか。

 

「い、いやぁ! そうかな!? やっぱ俺って魅力的かな!? 分かっちゃう? 隠せない魅力ってやつが」

 

 才人、調子に乗る。ははははと笑いながら胸を張っていた彼は、しかしメイドの少女が真っ直ぐ自分を見詰めているのに気付いて言葉を止めた。一体どうした、と尋ねると、少女はゆっくりと距離を詰める。

 彼の右手に手を添えると、そのままそれを自身の胸元へと誘導させた。たわわなそれが、むにゅりと押し付けられ才人の掌の中でぐにぐにと形を変えていく。とても柔らかく、そして弾力があった。

 

「ナニゴト!?」

 

 思わず片言になる才人であったが、少女は気にせずもっと欲しいと彼に述べる。誘導される形ではなく、そちらで、して欲しいのだと懇願する。

 それが何を意味しているのか、今の才人に分からないはずもなく。いいのか、と尋ねると、少女はこくんと頷いた。

 ベッドに彼女を運ぶ、ぽすん、と優しく下ろすと、彼は小さく息を吐いた。夕飯は既に終わっている。食後すぐ、というほどでもない。

 今からならば、時間は大丈夫だろう。

 腰につけていた刀を外した。机にそれを立てかけ、そして続いて短剣を取り外す。文句を言われて煩いと言わんばかりの動作を行い顔を顰めたが、そんな仕草をしたのみで何も言わず、布でグルグルと巻くと机の上に放り投げた。

 

「やっぱりなしってのは、聞かないからな」

 

 彼女に覆いかぶさる形になった才人はそう告げる。上気した顔で、少し乱れた息を漏らしながら、少女はコクリと頷いた。

 ガタガタとナイフが揺れる。だが、布にくるまれているおかげかその音は響かず届かない。誰かを罵倒するかのように小刻みに震えていたナイフは、やがてそっぽを向くように刀身を揺らすとそのまま動かなくなった。

 部屋に響くのは、男女の声と、どこか淫靡な水音のみ。ランプに照らされた大きな一つのシルエットが、ゆらりと揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。右足が大分酷いことになっている才人はナイフを掲げながら『治癒』を唱える。うっすらとクマの出来ている目をこすりながら、もう一度現場検証にいこうなどと拳を振り上げていた。

 じっくりと調べるが、やはり何もなし。死体がそこにあった、というだけで、それ以外に手掛かりは何も無い。

 

「どういうことなんだろうなぁ……」

 

 ひょっとして殺されたのはここではなく、後から運ばれたということなのか。昨日のうちに浮かんでいた仮説を呟きながら、一つ一つ事件現場を見回っていく。再度屋敷近くまで来た才人は、ああもうと頭をガリガリ掻いた。

 

「現場が保存されてるってことも殆ど無いから見付からなくてもしょうがないっちゃしょうがないんだが……それにしても」

 

 分からん、と近くにあった木を軽く蹴飛ばした才人は、誰かに何か言われたかのように顔を顰める。別に物に当たってるわけじゃねぇし。そんなことを言いながらその木へともたれかかった。

 

「あー、エルザがいれば痕跡辿れるんだけど――駄目だ、あいつは今休養中。無理はさせられん」

 

 だったら言うな。とでも言われたような反応を示した才人は、もう一度ガリガリ頭を掻くと傍らにいたメイドの少女に向き直った。昨日何度も抱いた相手である。ほんの少しだけ気恥ずかしさが残っているのか、少女は赤い顔を隠すように視線を逸らしどうしましたかと彼に尋ねた。

 もう一度事件の状況を再現したい。そう才人は述べ、当時彼女がどう立っていたか、死体はどこにどんな方向、状態であったのかを細かく問うた。昨日聞いたこと、今日新たに思い付いたこと。とりあえず手当たり次第に問い掛けた。

 そうするうちに、ふと奇妙なことに気付いた。死体と彼女の位置が、近い。昨日はパニックになって近付いたのだと思っていたが、どうやら最初からすぐそこにいたみたいで。

 

「――ああ、分かってる」

 

 表情を真剣なものに変えた。当たり前だ、こういう時の捜査の鉄則なのだ。それが分かっていて、それでも彼はその可能性を口にしなかった。人では無理だから、という理由で、その選択肢を排除していた。

 

「なあ」

 

 ざわざわざと木々が揺れる。はい、と返事をした少女を真っ直ぐ見詰め、その体を上から下までじっくりと観察する。その際昨夜の乱れた姿が頭を過り思考の邪魔をした。

 とてもではないが、人を挽肉に変えるほどの力を持っているようには見えない。

 

「……」

 

 昨日、彼女の主人、ここの館の主についても少し尋ねた。彼は水と土を得意とする少し変わったメイジで、元々研究畑の人間だったらしい。それなりの地位にいたが、研究が行き詰まり、研究自体も上から切り捨てられ。そんな経緯を経て、まだ若いにも拘らずこの町へと隠居してきたのだという。

 その研究が何かは、しっかりと聞けなかった。ただ、実験を必要とするようなものであることは、分かった。

 

「事件の依頼は、ここの主人が出したものじゃ、なかったよな?」

 

 こくんと頷く。それがどうかしたのですかと聞かれると、いや少しなと言葉を濁した。

 次いで、館の主人は事件解決に乗り気なのだろうかと問う。少しだけ考える素振りを見せると、そこまでではないと思いますと返答した。

 非協力的ではないのはここに泊まらせてもらっているのでよく分かる。それだけで十分といえばそうだろうが、しかし、ただそれだけだとも言える。

 ひょっとして、と少女は才人に声を掛けた。ご主人様を疑っているのですか? その問い掛けに、才人はそういうわけではないけどと頬を掻いた。どう考えても、今の質問はそういうわけである。いくら言ったところで取り繕えるはずもなし。

 

「いや、そうは言っても直接犯人だとか思ってるわけじゃなくて、何か隠し事してんじゃないかなとかその程度の――」

 

 言葉を止め振り向いた。刹那、飛来してきた何かが才人の立っていた場所に突き刺さる。その場から飛び退っていた彼は、その飛来してきたものと行った者を視界に収めた。

 町の住人らしき男が、立っていた。屋敷の外れとはいえ、貴族の敷地に勝手に立ち入るなど通常の平民ではありえない。どう考えても何かあったのだ、と才人は刀の鯉口を切る。

 何より、その男が飛ばしてきたのは自分の骨だ。脇腹が中から飛び出してきた骨によって抉られ、まるで刃のように肋骨が突き出ている。そのうちの一本を、飛ばしていた。

 メイドの少女が悲鳴を上げるのと同時、才人は一気に距離を詰めていた。飛び出した肋骨が才人を貫かんと振り上げられるが、構えた日本刀によって受け流され、体勢が崩される。足払いで地面から浮かせると、才人は男の姿を見た。こちらを見ているのか見ていないのか分からない焦点の定まっていない瞳、皮と肉を突き破り武器を抜き放ったかのように飛び出た骨。生きているのだ、と判断するにはあまりにも酷い状態。

 

「悪いな」

 

 ひゅん、と刀を振るった。男の胴と首とを泣き別れさせると、返す刀で体を地面に叩き落とした。ぐしゃりと嫌な音を立てて体が落ち、そして遅れて首が落ちる。

 瞬間、水風船が破裂するかのようにその体は砕け散った。思った以上に大きな音を立てて弾けたそれは、原型をとどめている部分とそうでない部分との落差が激しい。

 

「……ん? なんだこれ」

 

 べしゃりと撒き散らされた体液。それは本来ならば赤黒くなければいけないはずのもの。だというのに、目の前に散らばるのは無色透明。それはさながら、水のようで。

 

「作り物、ってことか。中に詰まっていたのが水ってことは、魔法だとすれば水と」

 

 飛び出た骨をつまむ。よく見ると人のものではない。動物、魔獣、あるいはオーク鬼やゴブリン。それらの骨を加工し、人間の中にあるそれと同じ形にしてあるだけだ。こんな加工をするには、魔法ならば土を得意としなければならないであろう。

 

「水と、土、ね……」

 

 何かしらの研究の、実験をするとしたら。どちらかといえば田舎の町に移動した方が安心かもしれない。少なくとも自分ならばそう考える。

 そこまで考えた辺りで、先程のメイドの少女の悲鳴を聞いたのか他のメイド達がこちらへとやってきていた。才人の足元で飛び散っている人の形をしていたものを見て、少女と同じように小さい悲鳴を上げた。

 

「見るな。普通の、可愛い女の子達には刺激が強い」

 

 そう言いながらそれとメイドとを遮るように立ち、皆の主人を呼んでくれないかと述べた。どうして、とポニーテールのメイドが尋ねてきたので、ちょっと聞きたいことがあるんだと彼は返す。

 

「この、人の形をした何か――コレの製作者が」

 

 言いながら体をずらした。突き出されたそれを躱すと、それを行った相手を真っ直ぐに見る。

 ポニーテールのメイドの左腕、その服が皮ごと破れ、先程の男と同じように相手を害すための骨が突き出ていた。

 

「……やっぱり、お前らも主人に『創られた』のか」

 

 ゆらりとポニーテールの少女が前に出る。その顔は先程と変わらず、左腕がおぞましいものに変わっていることなどまるで感じられない。

 昨日の続き、したかったのに。そんなことを言いながら、ポニーテールのメイドはその左腕を振り上げる。容易く相手を引き裂ける牙に成り果てたそれを刀で受け止めると、才人はあははと苦笑した。

 

「俺も、出来ることなら、そうしたかったよ」

 

 そのまま滑るように刀をずらすと、とす、とその切っ先を彼女の胸に突き立てた。それをぱちくりと眺めていたポニーテールの少女は、あ、と小さく悲鳴を漏らす。

 ぱぁん、と少女の体は弾けた。刀の刺さった場所、左胸の辺りを起点として破裂し、異形の左腕が宙を舞う。弾けた衝撃で服が破れ、かろうじて残った小ぶりな右胸は瑞々しい美しさでぷるんと揺れた。

 首の皮一枚で繋がっている。その言葉が比喩表現ではなく、ブラブラと千切れかけた首が風に揺れ、そのままがくりと膝から崩れ落ちた。右手が力無く伸ばされ、才人を掴まんと広げられる。

 それを才人は握る。破裂しぐちゃぐちゃになっている少女を抱き寄せると、そのままそっと横たわらせた。昨日自分の足に擦り付けられた彼女の足の付け根、今の衝撃か、それとも先程の言葉通りだったためか、そこが湿っているのをちらりと見て、彼は何とも言えない表情を浮かべる。

 

「違うって! 別にもったいなかったとか思ってないから!」

 

 誰に言い訳をしているのだろうか。才人はそのまま動かなくなったポニーテールの少女から視線を外し、残りのメイド達へと目を向けた。あの反応からすると、中に混ざっているという規模ではないはず。

 そんな彼の予想通り、残りのメイド達も体の一部分から異形の骨を突き出し戦闘態勢に入っている。ツインテールの胸元の開いたあの娘も、舌を入れてきたロングの少女も。

 私達も、とツインテールは呟く。残念だなぁ、とロングはのたまう。そのままなんてことないように、掃除でもするかのように襲い掛かってきた少女達を、才人は刀でいなしながら視線をその奥へと向けた。

 ぺたんと座り込んでいたメイドの少女が、ゆっくりと立ち上がるところであった。この状況から考えれば、まず間違いなく彼女も。

 

「……最初の事件の犯人は、いや」

 

 ひょっとしたら、殺された人間などいなかったのかもしれない。死体は全て、人の形をしているだけで違うものだったのかもしれない。それを才人に確かめる術はないし、もしそうだったとしても今この状況を切り抜ける手段足り得ない。

 今彼が出来ることは、一つ。

 

「……なあ」

 

 腰の短剣に語りかけるように、才人は呟く。もしこのメイド達の製造技術が分かれば、修理出来るのかな。誰に述べたでもないように見えるその一言。

 それに、短剣は小さく溜息を吐くことで返答とした。

 

「恐らく、部品をかき集めればある程度は。ただ、現状予測からは少なくとも一人――誰にするかは、まあ、分かりきっていますけど」

「うっせぇよ。……そうだな、せめて一人は」

 

 ロングの少女の脇腹を薙いだ。あれ。と首を傾げた少女は、そこから胸元まではじけ飛んで二つになった。ぐちゃ、と少女の上半身が落ちるのと同時、ツインテールの少女との距離を詰めゼロにする。

 その開いている胸元、二つの果実の付け根に刀をねじ込んだ。うそ、そんな。急なそれに理解が追いついていないまま、少女はぺたんと腰砕けになる。

 

「大丈夫、な、わけ、ないよな」

 

 当たり前だよ、と唇を尖らせたツインテールの少女の体が破裂した。大きな二つの膨らみは文字通り二つに別れ、べちゃりと肉感的な下半身の横に落ちる。

 それなりに関わりのあったメイド達はこの三人。後は言い方は悪いが思い入れはない。足に力を込めると、一気に加速し斬り裂いていった。美しい少女達は、あっという間に中身を剥き出しにして倒れていく。

 

「――で、ラストは」

 

 この二日、共に調査をしたメイド。昨夜、肌を重ねた少女。恐らく今回の調査で一番深く関わっている相手。

 

「サイト」

「んだよ『地下水』」

「――出来るだけ、残しなさい」

「……善処するさ」

 

 まるでの蜘蛛の足のごとく。背中から節くれ立った白い骨を伸ばしこちらに駆けてくる少女を見た才人は、短剣とそんな会話をしながら刀を構え直した。




ここまで原作沿い


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その3

母さん ゼロの使い魔の原作らしさ どうしたんでせうね?
ええ この話を 書いている途中で 谷底に落としたあのゼロの使い魔ですよ


 攻めあぐねていた。背中から飛び出しているそれは鋭く頑丈で、四対。それらが縦横無尽に襲い掛かってくる。受け流し間合いを詰めようとしても、他の蜘蛛の足骨によって遮られる。

 

「他の娘と強さ違い過ぎねぇか!?」

「彼女が最新型なのか、あるいは、この状態になる前に倒されたのかのどちらかでしょう」

 

 個人的には後者を推しますがね。そう言って短剣は呆れたように溜息を吐く。これは余裕を持って形を残すとかそういうレベルでは無さそうだ。そう続けてゆらゆらと揺れた。

 

「おい『地下水』」

「何ですか? 今回は自分一人でどうにかするとか言ってませんでした?」

「エルザを休ませるっつっただけだ。テメェは考慮してない」

「やれやれ、短剣使いが荒いこと――」

 

 ぶつぶつと文句を言っている『地下水』を引き抜くと、逆手に持って蜘蛛の足骨を防ぐ盾にした。ガリガリと音を立て、次いでぶつかりあった衝撃で火花が飛ぶ。

 ついでに短剣から生娘のような悲鳴が響いた。

 

「何しやがるんですか!?」

「刀だけじゃ防ぎきれなかったからな」

「嘘吐くな! 今確実にあわよくば私をへし折るつもりだったでしょうが!」

「んなわけねぇだろ」

「だったらこっちを見て言え」

 

 それどころじゃないだろ、と誤魔化すように返した才人は右に跳ぶ。盛大な音と共に突き立てられた蜘蛛の足骨は、地面に大きな穴を開けていた。

 それを見た才人は表情を変える。ちらりと別の場所を見て、踵を返すと全力で駆け出した。少女はそれを見ると、待ってください、と普段と変わらないような口調で言葉を発し、彼を追い掛ける。その背中には、八本の蜘蛛の足骨がカシャカシャと音を立てていた。

 

「サイト」

「んだよ」

「心の底から甘ちゃんですね」

「何がだよ」

 

 はぁ、と短剣が再度呆れたように溜息を吐く。先程倒したメイド達の残骸をこれ以上傷付けさせない為に、わざわざ反対方向へと逃げている才人を眺め。説明の必要などないと再度溜息を吐いた。

 

「……まあ、だからこそ私もエルザも今こうしてお前の仲間に」

「ん?」

「何でもありませんよ! そんなことより対策を立てろ!」

 

 分かってる、と才人は先程の場所とはほぼ反対側まで移動し足を止めた。左手に『地下水』右手に刀を構えた状態で、どうして逃げるんですか、とこちらにやってくる少女を見やる。背中の異形さえ見なければ、ポテポテという擬音が似合うような足取りであった。それが返って才人の中では緊張感を高めていく。

 ある程度の距離までやってきた少女の背中の異形が蠢いた。メキメキと音を立て、蜘蛛の足骨は猛烈な勢いで才人に迫る。こなくそ、とそれを横っ飛びで避けた才人は、着地の勢いをそのまま前進する力に変え爆発させた。真っ直ぐ弾丸のように少女へと走る。刀を構え、距離をゼロにすると同時にそれを突き立てる腹積もりだ。

 そうすれば、他のメイドと同じように彼女も破裂し吹き飛ぶはず。その光景を頭に浮かべ、同時に昨日の情事がフラッシュバックする。

 一瞬の迷いであった。これが最初の戦闘だったのならば、恐らくそのまま決まっていた。その迷いは、終わった後の後悔となっていたはずである。だが、交流した他の三人の少女を既に破壊していたことが現状に繋がった。自分に笑顔を向けてくれていた少女達が砕け散るのを見ていたことが、ほんの少しの減速となって現れたのだ。

 

「サイト!?」

 

 カウンター気味に振り下ろされた蜘蛛の足骨をその身に食らい、才人は盛大に吹き飛んだ。ゴロゴロと転がり、館の入り口の壁にぶつかることでようやく止まる。とっさに刀でかばったことが幸いしたのか、骨が折れている様子はない。だが、それでも浅くはないダメージを受けた。服もマントも泥だらけで、口の中には鉄錆の味が広がっている。

 何とか起き上がるが、しかし立ち上がるにはまだ少しだけ時間が必要だ。その少しの時間を、あの蜘蛛の足骨は待ってくれない。それを生やしている少女は大丈夫ですかとこちらに近付き覗き込もうとしているが、それに答える頃には間違いなく大丈夫ではなくなっているだろう。立ち上がれない状態のまま、なんとかして攻撃を防がなくてはならない。

 

「サイト、人形を」

「……手伝わないんじゃなかったのか?」

「バカなこと言ってないで、早く出せ」

 

 へいへい、と腰のポーチから小さな人形を取り出す。町に入る際に衛兵に不思議がられた人形、それ取り出すと、張ってあった札を勢い良く剥がした。その拍子に何かに留められていたのか、赤い液体が染み出し人形に降りかかる。

 そして左手の短剣をその人形に添えると、才人はそれを放り投げた。瞬間、人形が一気に膨れ上がる。小さな人形があっという間に人間大の大きさへと変わり、そして簡素な人型がスラリとした少女の姿に変わっていく。ツーサイドアップにした灰色の長髪、タレ目気味ではあるもののどちらかといえば鋭い目付き、白のリーファージャケットのような服とプリーツスカートにブーツ。添えられていた短剣を握りしめていたその少女の人形は、ふわりと地面に着地するとその拍子にズレていた小さめのプロムナード調の帽子を手で直した。

 ふ、と薄く笑うと、人形であった少女は手にした短剣を振るう。瞬間、生み出された多数の氷柱が、メイドの少女の背中、蜘蛛の足骨へと叩き込まれた。急な衝撃にメイドの少女は後ろに吹き飛びゴロゴロと転がっていく。

 

「ふむ……先程までの相手とは違い、そう簡単には壊れませんか」

 

 やはり何かしら不完全だったのだろう。そんなことを思いながら人形から少女に変わったそれは、『地下水』のボディは才人に向き直る。『治癒』を唱えると、これで立てますかと彼に問うた。

 

「さんきゅ、助かった」

「礼を言う前に啖呵を切っておいてこのザマの自分を恥じなさい」

「うっせぇよ」

 

 言いながら立ち上がった才人は刀を構える。向こうが体勢を立て直す前に、こちらから攻める。そんなことを言いながら足に力を込め。

 目の前に手が突き出された。何だよ、と『地下水』を睨むと、その前にそちらと話すのが先では、と彼の背後を指差す。

 

「あ」

 

 そこに立っていたのは、なんとも言えない表情で頬を掻く、この館の主人であった。

 

 

 

 

 

 

 この事件の犯人。そんな考えが頭の片隅に浮かんでいた才人は、しかし本人を見たことで思考から流した。お人好しと呼ばれるタイプではあるが、その辺りの観察眼はそこそこある。自身の主の影響もあり、まず間違いないだろうと彼は思った。

 そんな結論から、才人は警戒することなく彼に近付いた。

 

「……そんなに無防備に近付いて問題ないのかな?」

 

 そんな館の主人である貴族の青年の言葉に才人はコクリと頷く。まあもし何かされることを警戒するとしたら、と視線を離れた場所にあるメイドの少女達の残骸に向けた。

 

「彼女達を、殺してしまったから、ですかね」

「『殺した』か……。『壊した』ではなく?」

「……俺、割と生命の定義ガバガバなんですよ」

 

 なんせ仲間がアレなんで。そう言ってメイド少女を遠距離攻撃で再度押し返した『地下水』を指差す。何か文句あるのか、という目で睨まれたので、文句なんかあるわけないだろと手をひらひらさせた。

 成程、と青年は頷く。評判通りの人物のようだ。そう述べると、とりあえず心配はいらないと才人が先程見ていた少女達の残骸を見た。

 

「詳しい話はまあ、後々にした方が良いとは思うけれど。体の破損ならば少々の時間は掛かるが修理可能さ。見た限り核は無事のようだからね」

 

 というかそもそもあんな簡単に破損するように出来ていないはずなのだけれど、と青年は顔を顰める。その辺りも踏まえて、やはり何か仕組まれたと見るべきだ。そう続けて視線を戻した。

 

「仕組まれた。ってことは、俺達に襲い掛かってきたのは」

「普通に考えていきなり客人に襲いかかる使用人はおかしいだろう?」

 

 そりゃそうだ、と才人は頷く。青年は黒幕、この事件の真犯人でもない限り、まずありえない。ということは、と彼は背中から異形を生やしているメイドの少女を見やった。

 

「……この事件の発端、最初の犠牲者が彼女だ」

「は?」

「後々、といった割には少し話すけれど。僕はアカデミーで封印棄却されていた資料を読み解き彼女達を作り上げた。そのおかげで王都を離れることにはなったけれどね」

 

 そしてこの町で、邪魔の入らない場所で研究を続けようと思った矢先、彼女が同じタイプの人形に破壊される事件が起きた。さらにはそれを隠す間もなく広められるおまけ付きだ。

 

「始祖の悪戯とでもいえばいいのかな。――この町は、既に実験場になっていたのさ」

 

 息を呑む。話はまだ掛かりますか、という『地下水』の言葉で我に返った二人は、そうだった、巻きでいこうと咳払いをする。

 

「結論から言えば、この事件とされる死体は最初の彼女以外は全て僕の仕業だ」

「……その、紛れ込んでいた『人形』を始末した、ってことですか」

「惜しい。正確には『入れ替わっていた』だ」

 

 才人の目が見開かれる。紛れ込んでいたのではなく、入れ替わっていた、ということはつまり。

 青年は首を縦に振る。本人は、既に死体となっていた。そう言って苦い顔を見せた。

 

「本物の死体もある、人形の残骸もある。この状況で、僕が何を言ったところで無駄だろう。僕が同じタイプの人形を製作出来るのは王都の腹黒い連中に知られているからね」

「え? 姫さま――アンリエッタ姫殿下に?」

「どうしてそこで姫殿下の名前が?」

 

 腹黒い連中、と聞いて真っ先に思い浮かんだからです。そうは思ったが口に出さない。話の腰を折ってしまったと才人は謝り続きを促した。

 

「ああ、うん。だからこの話を聞いて信用してくれる、信用に足る人物が現れるのを待った。……そして、その人物はすぐにやってきてくれた」

 

 君が思った通りの人物で本当に良かった。そう言って青年は口角を上げる。とりあえずの説明はこんなところだから、と視線を才人からその奥へと向けた。

 

「ええっと、ミス・『地下水』?」

「この姿の時は一応――フェイカ、という対外用の名前がありますので、そちらで」

「ああ、申し訳ない。ではミス・フェイカ」

「何でしょう」

「あの娘の足を止められるかい?」

 

 先程から背中の蜘蛛の足骨を使う以外は戦闘らしい戦闘を行わない少女を見る。二人の話が終わるまで押し戻していたが、今度は足止めときたか。人使いが荒いな、と溜息を吐きながら、『地下水』は手にしている短剣、己の本体を構えた。

 暫し目を閉じ、開く。ルーンを素早く唱えると、メイドの少女の足元が瞬時に凍りついた。追撃と言わんばかりに蜘蛛の足骨の先端も氷を打ち込み覆ってしまう。くるりと踵を返し、なんてことのない様子で彼女は青年へと口を開いた。

 

「その後はどうすれば?」

「ありがとう。では――ミスタ・ヒラガ」

「才人でいいです」

「そうか。ではサイト君、彼女を斬ってくれ」

「……もう一度、殺せ、ってことか?」

 

 それ以外に方法がないのならば、と思いながらも若干口調が荒くなる。そんな才人を見ながら、青年は笑みを浮かべながらそうじゃないよと返した。そうやって憤ってくれるからこそ、信用したのだ。そんなことを頭に浮かべつつ、彼はそうじゃないと首を横に振った。

 

「恐らく、内部の擬似体液に何かを仕込まれているはずだ。切り裂くことで中のそれが流れ出れば、そこを起点に正常なものへと交換出来る」

「切り裂くって……さっきの娘達はそれで爆散したんだぞ」

「彼女は最初に破壊された際、僕の気付かない内に何かを直接仕込まれている。他の皆は外部から散布したもので変質した。その違いがある。大丈夫だ、多分」

「多分て」

 

 それで斬り裂いてメイドの少女が爆散したら大分心に来るのだけれど。そうは思ったが、しかし結局そうしなければ事態の沈静化は見込めない。くそう、と悪態をつくと、足を動かせずにもがいているメイドの少女を真っ直ぐに見た。

 刀を構える。大きく息を吸い、吐いた。足に力を込めると、真っ直ぐ一直線に駆け抜ける。一瞬にして彼女との距離をゼロにした才人は、突然目の前に現れたことで驚いている少女を見て苦い顔を浮かべた。

 

「ごめん。ちょっと痛いけど、我慢してくれ」

 

 どこが良い。刀を握る力を強めながら、才人は考える。首、勿論却下。心臓、危険。ならば腹、腕、足辺りか。

 一瞬の迷いが隙を生む。先程もそれでカウンターを食らい吹き飛んだ。だが今回は少し違う。迷いは迷いではあるが、才人は彼女を斬ることを躊躇わない。

 そしてもう一つ。彼女も、彼に斬られることを理解し、許容したからだ。背中の蜘蛛の足骨は、先端が氷で塞がれようとも全く動かせないわけではない。だというのに、彼女はそれを動かさず、ただ才人にされるがまま、じっと立ったままその時を待っていた。

 

「――ああ、そうだ」

 

 刀を振るう。その動作を行いながら、才人は何かを思い出したように少女の顔を見た。どうしました、と小首を傾げる少女を見た。

 

「いや、そういえば俺、名前聞いてなかったな、って思って」

 

 キョトンとした顔を浮かべた少女は、それを聞いて微笑んだ。そういえばそうでしたね、と笑みを浮かべた。これから斬られて、失敗すれば体が砕け散る。そんな状況でも、目の前の相手を、自分の名前すら知らないと言った相手を信頼していると微笑んだ。

 

「とはいっても……ちゃんとした名前は持っていないのです」

 

 ご主人様はその辺りズボラだったので。そう言って微笑みを苦笑に変えた。それでも一応名乗るならば。そう言って、彼女は彼に己のことを話した。館のメイド、全部で十体。その中の末妹だから、自分は。

 

「十号とでも、呼んでください」

「……いいのかよ、それで」

「それはそれで、案外気に入っていたりするので」

 

 ではバッサリと。そう言って笑う少女、十号を見て思わず笑ってしまった才人は、ああ任せろと刀を振るった。

 狙いは左腕。切り裂かれた手首からボタリボタリと液体が溢れる。一瞬顔を歪めたが、他の部位に異常は無し。よし、と才人は後ろを振り向く。任せろ、と青年は既に準備を整えこちらに駆け寄り。

 

「サイト! 前!」

 

 『地下水』が飛び出す。視線をすぐさま元に戻したその先には、いつからそこにいたのか大量の町の住人が。

 否、町の住人を模した人形達が立っていた。




なんたる原作沿い


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その4

こっち仕様の十号が仲間になったり、シェフィールドが随分とアレなことになったり、いやもう何だこれ?
本当にゼロ魔か?


「土台無理なんですよぉ……」

 

 怪しい女がいた。黒と紫を基調としたローブドレスを身にまとい、染めたような黒髪と目の下に傷跡のような化粧を施した顔。日頃その姿で行動しているとはとても思えない格好は、まるで歌劇に出て来る悪役のような出で立ちで。

 否、まるで、ではない。彼女の格好はまさに歌劇の悪役をイメージしたものであった。無論自身の趣味ではない、変装である。主の気まぐれ、あるいは戯れによって決定付けられた彼女の仕事着である。

 そんな悪の女魔術師というような格好の怪しい女は、現在対峙しているであろう相手から隠れるようにしながら半べそをかいていた。見た目とどう考えても釣り合っていない姿である。

 

「大体町の住民を全て入れ替えろって何なんですかもう……まともな人間の考える所業じゃないですって。あ、まともじゃないんだあの人」

 

 ぐすぐすと愚痴を零しながら、まあ結局失敗したからこの有様なんですけどねと自嘲する。勿論自分が、である。主は笑いながらそれを聞いて作戦を変更させた。

 その結果が現状だ。用意していた入れ替えるための人形を使い、敵を始末せよ。要約すればそれだけの話である。当然、彼女の主は別の目的を持っていたが、やることは変わらない。

 

「この戦闘を盤上遊戯に見立てて、遊んでやがるしあの人」

 

 はいはい次の一手はコレですね、と伝えられる指示を実行しながら半泣き状態の女性は溜息を吐く。あの時一瞬でも助けてもらった恩と感動でときめいた自分が馬鹿だった。ああジョゼフ様とか言ってた過去の自分を殴りたい。そんなことを思いながら彼女は向こうで男女二人と戦闘している人形に指示を出していく。

 

『お疲れのようね、シェフィールド』

 

 突如聞こえた新たな声に女性はびくりと跳ね上がる。が、その声の主が知り合いだと分かると胸を撫で下ろし溜息を吐いた。

 

「ええもう。滅茶苦茶疲れてます」

『……状況は?』

「入れ替えは失敗に終わりました。本来ならば撤収でしたが、この事件を調査に来た騎士が件の――『美女と野獣』だったので、ジョゼフ様が一手指すということで現在戦闘中です」

 

 暫しの沈黙、後、溜息が聞こえた。通信用の盤上遊戯の駒を摘み上げると、泣きたいのはこっちですよと零した。ええそうね、と向こうから返ってきたことで、シェフィールドは申し訳なさそうにごめんなさいと頭を下げる。向こうには見えていない。

 

『それで、貴女は無事?』

「今のところは」

『そう。……何かあったら全力で逃げなさい』

「言われなくとも逃げますよぉ……。あ、その時は変装脱ぎ捨ててもいいですよね?」

 

 むしろその格好のまま逃げていたら目立ち過ぎる。そう言われ、彼女はホッと安堵の溜息を吐いた。正直この格好を普段着にしろと言われたら割と本気で自害を考える。

 

『私は貴女の普段の格好もそこまで変わらない気がするのだけれど』

「泣きますよ」

『ごめんなさい、失言だったわ』

 

 それで、いけそうなの。気を取り直すようにそう告げられたことで意識を戦場に戻したシェフィールドは、暫し眺めるとゆっくりと立ち上がった。

 

「無理です。死にます」

『そこまで!?』

「いやだって無理ですって! トリステインの裏事情で製造された技術を解析して再現した自動人形(オートマータ)、あれ意外にコストと戦力のバランスが素晴らしい出来だったんですよ。……それがバッタバッタと薙ぎ倒されてます」

『……そこまで?』

 

 そこまでです、とシェフィールドは再度戦場を見る。現在敵は三人。黒髪の剣士、あれが噂の自由騎士だろう。見覚えのある武器を振るっているところを見るとこの国出身ではないというのは本当なのかもしれない。

 灰髪の女性は額のルーンで解析出来ることから『地下水』だ。意思を持った短剣、インテリジェンスナイフ。その中でも特異な『他者を操り自分の体に出来る』特性を持った存在で、元々他人の体を乗っ取り正体を変えながら傭兵を続けていた魔道具。何の因果なのか、今はあの女性の人形(スキルニル)を己の体として剣士の仲間をしているようだが。というか女性人格だったのか。とどうでもいいことを彼女はついでに思った。

 そして最後は、この状況の発端となった、なってしまった貴族が作った自動人形。技術の根底は己と同じ、そこからの発展が異なるそれは、道具を作るというよりも新たな生命を作るということを目標にしているように思えて。

 

「イザベラ様」

『どうしたの?』

「私、自分が骨の髄まで悪役なんだなってしみじみ思いました」

『シェフィールド、貴女疲れているのよ』

「いやだって! 作戦の邪魔というだけで人殺ししてるんですよ!? 悪役以外の何者でもないじゃないですか!?」

『直接手を下したのは貴族の人形だけでしょう? 入れ替わりは人形が勝手に――』

「そうじゃないんです……そうじゃないんですよぉ……」

 

 あの自動人形は生きている。己に刻まれたルーンがそう教えてくれるのだ。あれはもう、マジックアイテムという枠から外れるのだと。道具などではない、と。

 

「ううぅ……いっそこの『ミョズニトニルン』が発動するだけで自由に魔道具操れるとかなら良かったのに……。解析出来るだけ、使用方法が分かるだけで起動やらなにやらは自分でやらなきゃいけないし」

 

 ああでもそれはそれで心に来るから現状のままでいいや。そう思い直し、彼女はくるりと踵を返した。ジョゼフの指示で動かしていた『駒』も、そろそろチェックメイトの時間である。

 

「どうせ本気で倒そうとしていなかったみたいですし、私はそろそろ逃げます」

『そう。お疲れ様、シェフィールド。無事に帰ってきなさいよ』

「善処します」

 

 通信が終わる。よし、と彼女は気合を入れた。

 

「まずは変装を解いて、と」

 

 何であのイカれた男からあんな女性が生まれるのだろうか。そんなことを思いながら、シェフィールドは見付からないようこっそりと全速力でその場から離脱した。

 

 

 

 

 

 

「しっ」

 

 首をはねる。破裂し中身をぶちまける町の住人だったものを蹴り飛ばし、才人は周囲を見渡した。大分数は減っているが、それでもまだ二桁はいる。恐らく貴族の青年が来なければそのまま入れ替わっていたであろう町の住人を模したその人形は、虚ろな目をしたまま何者かの命令を受けてこちらに攻撃を仕掛けてきている。短く舌打ちをすると、共に戦っている二人に声を掛けた。

 

「『地下水』! 大丈夫だな!?」

「愚問です。自分の心配でもしていなさい」

 

 ふん、と氷の刃で心臓を串刺しにしている少女を見る。彼女の言う通り、別段ダメージらしいものは見当たらず、また疲れている様子もない。戦術はいいのでしょうけれど、戦力が足りていない。そんなことを呟きながら町の住人を次々破裂した肉袋に変えていく。

 そうか、と才人はもう片方を見る。左腕を欠損している少女は、しかし背中に生えている蜘蛛の足骨を使い縦横無尽に戦場を駆けていた。

 

「十号! 無理はするなよ!」

「はい、問題ないのです。取り替えられた擬似体液も今のところ消費は最小限ですので」

 

 ポタリ、と無くなっている左肘の先から水が滴っている。漏れないよう封はしてあるが、それでも完全ではない。そんな状態で動けばいずれは破れ少女の中の擬似体液が溢れ出してしまうだろう。そうなってしまえば、最悪目の前で破裂した町の住人と同じ末路を辿りかねない。

 

「ありがとうございます、サイトさん」

「何がだよ」

「助けてもらいましたから」

 

 自分も、姉妹も。そう言って彼女は笑う。助けてねぇよ、と苦い顔を浮かべる才人を見て、彼女はその笑みを強くした。

 きっと感謝している。最悪が起こる前に、止めてもらえた。ただの自動人形を破壊しただけなのに、心を痛めてくれた。そんな彼だから、感謝している。

 

「あの三人は、特に、ですかね……」

 

 修理された後のことを考えて、十号はほんの少しだけ眉を顰めた。が、すぐに表情を戻す。何をするにしても、まずは目の前の敵を片付けてからだ。

 そうこうしているうちに、段々と勢いも衰えてきた。向こうの指示もなくなってきたのか、敵の動きも単調なものへと変わっていく。その隙を逃さず一気に突っ込んだ才人と『地下水』は、残った町の住人を始末し一息を吐いた。

 

「これで終わりか」

「そのようですね」

 

 ふう、と辺りを見渡す。骨と皮がばら撒かれて酷い有様であった。片付けするだけでも相当時間がかかりそうだ。そんなことを思いながら才人は貴族の青年を見る。同じようなことを思ったのか、引っ越しを考えるべきかと呟いていた。

 

「ありがとう、サイト君、ミス・フェイカ」

 

 気を取り直した青年は二人に視線を向け深々と頭を下げた。そんなお礼を言われるようなことはしていないと手をブンブン振る才人に対し、青年はそんなことはないと首を振る。

 

「事件の解決と、彼女を癒やすこと。両方共に、貴方達のおかげだ」

 

 背中の異形を仕舞い込み簡易修理が施された十号を見る。少し照れたように笑みを浮かべる彼女には、最早憂いは感じられなかった。

 是非お礼をしたい。そんなことを続けながら青年は才人へと近付く。何か自分に出来ることはないだろうか。そう言って彼を真っ直ぐ見た。

 

「とりあえず、彼女達の修理、かな」

「勿論するさ。言われなくともね」

 

 なら、俺からは特にないです。そう言って頭を掻く才人を見て、青年は困ったように笑う。そうなると何も恩返しが出来ないな。そんなことを言いながら才人と同じように頭を掻いた。

 

「んー。あ、じゃあ、こういうのはどうです?」

 

 俺達の仲間になってください。笑みを浮かべ、手を差し出しながら。才人はそう言って笑った。

 青年はそれに一瞬呆気に取られ、そして笑った。才人の笑みが弾けるようなものであるならば、彼の笑みは爆発するかのごとく。肩を震わせ、立っていられないようなほど大笑いをした。

 

「……何か俺変なこと言ったか?」

「言いました。呆れるほどに」

 

 はぁ、と『地下水』が溜息を吐く。これだから無自覚の馬鹿は、と呟きながら、しかし彼女も笑みを浮かべた。

 暫しの後。笑いが収まった彼は、真っ直ぐに才人を見た。本当にいいのかい、と問い掛けた。勿論、と改めて差し出した才人の手を、青年はしっかりと握り返す。これからよろしく、と笑みを見せた。

 後日、青年は館を引き払う。所属をフォンティーヌ領に変え、王都で働くことにした青年に、町の住民は首を傾げた。だが、事件を解決した騎士が彼をスカウトしたという話が広まると、皆一様にそれなら良かったと胸を撫で下ろしたという。

 町はその後、平穏な生活が続いた。

 

 

 

 

 

 

 トリステインの王宮。そこに呼び出された才人と『地下水』は、謁見の間にて眼の前にいる少女に傅いた。この場では彼女は王女であり、自分達はその臣下。ある程度の礼節は持っていなくてはならない。

 

「フォンティーヌ領主配下の自由騎士、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、参りました」

「同じく、フェイカ・M・ライア、参りました」

 

 二人の名乗りを聞いたトリステイン王女、アンリエッタは顔を上げてくださいと述べ、次いで楽にしてくださいと告げる。分かりましたと揃って立ち上がった二人は、それで一体何用ですかと彼女に尋ねた。

 

「いえ、先日の事件の顛末を改めて聞きたかったのです」

「報告書に纏めましたよね?」

「ええ。ですが、直接聞かなくてはならないこともありましたから」

 

 アンリエッタは笑みを崩さない。分かりました、と才人は記憶を辿りながら語り始めた。隣にいる『地下水』にフォローよろしくと頼むのも忘れない。

 何者かが町の住人をまるごと取り替えようとしていたこと。その最中に貴族の青年が隠居と研究を兼ねてやってきたこと。奇しくも青年の研究が自動人形であったことで、目的を達成する前に気付かれてしまったこと。犯人が青年を陥れる為に少女を一体破壊し、仕込みを行い、規模を大きくしたこと。そうして起きた事件を解決するために自分が派遣され、途中までは犯人の思惑取り青年の仕業だとなりかけていたこと。それを看破し、犯人の作戦失敗となったことで襲い掛かってきた偽物を打ち倒し、青年を自身の協力者としたこと。

 

「大体、こんなとこですか」

「成程。分かりました」

 

 報告書はしっかりと纏めていたのですね。そう言って笑うアンリエッタを見て、俺の努力返せよと才人はぼやく。勿論アンリエッタには通用しないので、彼の要望は届かない。

 それで、と彼女は述べる。その青年の処遇ですが、と彼女は続ける。

 

「アカデミー所属、ということになりました」

 

 まあそんなところだろう、と才人は頷く。ああいう研究者タイプならばその方が力を発揮出来る。目の前の彼女の改造でアカデミーの評議会はほぼアンリエッタの関係者でまとまっているため、碌でもない何かをすることはあっても人道に反することはそれほど起きるまい。そう結論付け、文句を述べることもしなかった。

 

「それで、彼は是非ともサイト殿にお礼がしたいと」

「俺に、ですか?」

「ええ。事件を解決した依頼料の上乗せだと思っていただければ」

 

 ふむ、と才人は考える。ここで断るのも向こうに悪いし、何よりわざわざ依頼料の上乗せという体にしたのはこちらが遠慮しないように配慮したためであろう。そこまでしてくれるのだ、受け取らねば失礼に当たる。そう判断し、分かりましたと頷いた。

 隣では何かを感じ取ったのか、『地下水』が呆れたような溜息を吐いている。

 

「分かりました。では――『依頼料』をここに」

 

 アンリエッタの指示に、はい、と控えていた兵士が答える。つかつかと別の扉の前に移動すると、それをゆっくりと開け放った。

 そこから出てきたのは、一人の少女。才人も見覚えのあるその姿は、傷一つない体でゆっくりと彼の前の前まで歩いていった。

 

「では――改めて、これからよろしくお願いします」

「え? ああ、ん?」

 

 どういうこと? と隣を見る。ただでさえ悪い目付きを更に鋭くして彼を睨んでいた。

 前を見る。とてもいい笑顔でこちらを見ていた。

 

「彼女が『依頼料』ですわ」

「いや何となく分かってたけどはっきり言われるとちょっとアレなんですけどぉ!?」

「……迷惑、でしたか?」

「いや迷惑じゃないしちょっと驚いただけだから。大歓迎だよ、これからよろしくな」

「はい! ……良かった……。じゃあ、その――また、抱いて、くれますか?」

 

 空気が凍る。聞いていた兵士はああやっぱりそういうことかと生暖かい目で彼を見る。アンリエッタは可笑しくてたまらないという状態らしく、肩を震わせてそっぽを向いた。

 そして隣である。目付きは既に殺意が混じっているような気さえした。

 

「……何でそんな睨んでんだよ」

「自分の胸に聞けばいいのでは?」

 

 そう言われた才人は暫し考える。今回の事件の時の会話や状況を思い出し、ううむと唸った。

 

「あ、ひょっとしてお前も俺に抱――」

 

 瞬間、才人は氷漬けになった。ついでに壁に貼り付けられた。

 無表情であった。何の躊躇いもなく始末出来る。そんなことをすら考えていないような顔であった。

 

「ってぇな! 冗談に決まってんだろ! 何で俺がお前とそんなことしなきゃ」

「死ね」

 

 追撃の氷柱が才人に突き刺さる。おぶ、とブタを絞めたような声を上げながら彼は再度吹き飛んでいった。それでも軽傷程度で済んでいるのは流石というべきか。

 

「サ、サイトさん!? 大丈夫なのですか?!」

「いつものことですわミス・十号。彼等と共にいるのならば、早めに慣れることをお勧めします」

 

 心底楽しそうにアンリエッタは笑い、十号はただただオロオロするばかりであった。




原作沿いの区切り


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暴風雨警報/宝物庫をぶち壊せ!
その1


気付くとどんどんネタが盛られていくことってありますよね


 わざわざこちらに来てもらって申し訳ない。そう言ってこの部屋の主は頭を垂れた。勿論呼ばれた方であるギーシュとモンモランシーは全力でそんなことはありませんむしろそれが当たり前ですからと恐縮する。何故かといえば理由は一つ。

 二人を呼んだ相手がアンリエッタだからである。

 

「……それで、一体何の用なんですか?」

 

 対する呼ばれたもう一人、ルイズはなんてことないようにそう述べる。実際なんてことないのだ。何せルイズとアンリエッタは『暴風雨』、『フランドール』と『アンゼリカ』なのだから。

 そういう意味ではある程度『暴風雨』と関わっており正体も知っている二人の態度が遠過ぎるのだが。その辺りはやはり普通の感性を持った貴族だから、ということなのだろう。

 それはともかく。アンリエッタはルイズにそう問われ、ふむ、と少しだけ考える仕草をした。それはこの話を言って良いものか迷っているような素振りに見えて。

 勿論素振りだけである。わざとである。いいからさっさと言え、とルイズはそんなアンリエッタに食って掛かった。

 

「ルイズ」

「あによ」

「今の君は深窓の令嬢だろう? あまりそういう態度は頂けないよ」

「う……」

 

 魔法学院で正体がバレたら一発アウトの崖っぷち状態である。今でこそ公爵令嬢として接してもらえているが、『暴風雨』だと分かれば手の平を返すように離れていくだろう。陰口、あるいは罵倒をされてもおかしくない。少なくともルイズはそう思っている。

 コホン、と咳払いを一つ。それで、本題は一体何でしょうと極力棘の無いよう努めて声を抑えた。

 

「ふふっ。……実は、現在国庫が厳しい状態になっています」

 

 その言葉に、誰も何も言わない。というよりも、何を言って良いのか分からない。それは大変ですねとでも言えばいいのだろうか、いいやそんなわけないだろう。グルグルと思考が巡り、しかし答えが出せない。

 それが分かっているのだろう、アンリエッタは三人の返事を待つことなく、次いで言葉を紡いだ。そのために、資金を捻出する方法を考えねばならない、と。

 

「あの、姫さま?」

「どうしましたルイズ?」

「それをわたし達に言ってどうしろと?」

「ルイズはわたくしの『おともだち』、ミスタ・グラモンとミス・モンモランシはルイズの友人でかつての衛士隊三人組の二代目に連なる者。相談相手として相応しいでしょう?」

 

 いや普通にマザリーニ宰相とか財務大臣とかそういう人達の方が相応しいよ。そうは思ったが口に出せない。出したら出したでその後に続く言葉は恐らく退路を塞がれるものであろうからだ。仕方ないので、曖昧な返事をするに留まった。

 そんな三人を見て、アンリエッタは笑みを浮かべる。そんなに緊張することはない、と微笑みかける。これはちょっとした世間話の延長のようなもので、本気で政治をどうこうする会議なのではないのだから。そう言って、紅茶のお代わりを持ってこさせた。

 

「それで、わたくしの持っている資金を一旦国庫に回すことにしたのですが」

「姫様の資金って」

「ええ。その通りよ」

 

 紅茶に口をつけながらそう述べる。現在国の資産が目減りしている理由は『暴風雨』が起こした後始末という部分もある以上、そこで渋る理由などない。口には出さず、アンリエッタは視線だけでそう続けた。

 しかしそうなると今度は自身の首が回らなくなる。国の資産とは別に、アカデミーの研究開発費用や野盗・魔獣討伐の人員確保など、個人投機を行っている事柄も多々あるのだ。これが滞ってしまったら国の運用にも支障が出る。

 

「そこで、どうにかして資産を捻出する術を考えねば、と思ったのですが」

 

 何かないでしょうか。そう言って彼女はカップを置いた。静かな空間にコトリと鳴ったそれが、ギーシュやモンモランシーの緊張を煽る。ビクリと肩を震わせてしまった二人を見て、アンリエッタはそんなに緊張せずともと微笑んだ。

 

「無理です」

「そう?」

 

 どちらの意味なのか。それを問い掛けることはしなかった。どちらの意味でもあっただろうし、どちらでも構わないということでもあったのだろう。アンリエッタはルイズを見ると、再度尋ねた。本当に無理か、と。

 答えはイエス。そんな簡単に解消出来るのならばとっくにやっているだろうと彼女は続ける。やはりどちらの意味にも取れる物言いであった。

 

「そうですか。それでは仕方ありません」

 

 ふう、とアンリエッタは息を吐く。相変わらずその口元は笑みを湛えたまま。それならば仕方ないともう一度小さく呟いた。

 

「少し、強引な手段を、取りましょう」

 

 ひぃ、と後ずさったギーシュとモンモランシーを見て、アンリエッタは心底楽しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 マチルダは心底後悔した。ちょっと協力して欲しいとアンリエッタに頼まれ、まあ世話になっているし余程のことはしないだろうと考え首を縦に振ってしまったことを、である。

 現在の彼女は魔法学院秘書という肩書を持った女性、ロングビルであった。そういう風にアンリエッタが仕立て上げた。表面上は笑顔で応対しているが、心の中は大小様々な罵倒で溢れかえっていた。

 遠目で見ているルイズはそれがよく分かる。なんというかごめんなさい。直接頭を下げるわけにはいかないので心の中で全力の謝罪をした彼女は、さてどうするかと口元に手を当て考え込む。

 これからやらねばならないことは、一言で言ってしまえば犯罪である。擁護することなど何も出来ない完膚無きまでの悪事であった。

 ならばやらねばいいと思うが、そういうわけにもいかない。アンリエッタの懐を暖めなければ、トリステインの国政に暗雲が立ち込めるからだ。

 

「だからといって」

 

 どうされましたか、と学院の生徒に問われ、何でもないと首を振る。今のこの場でのルイズの役目は深窓の令嬢を装い続け容疑者から外れることだ。普段の学院生活を乱さないことだ。それをこなせなければ、まず初手で躓き、ルイズの評価と国の運営が脆くも崩れ去る。

 とりあえず今はマチルダと接触する必要はない、と結論付け、ルイズはそのまま教室へと向かった。今日の授業は何であっただろうか。そんなことを思いながらやってくる教師を待つ。

 ガラリと扉を開けたのは若い男の教師であった。が、その身にまとう雰囲気がどうにも冷たく感じられ、不気味ですらあるほどで。

 そんな男性教師は、ギトーという自身の名前と『疾風』という二つ名、そして風が四系統の中でも優れていることをつらつらと述べると辺りを見渡し溜息を吐いた。今年の新入生はどうにも不作だ。そう言って肩を竦める始末である。

 

「トライアングルは皆無に近い。殆どがドットでラインも一握りか」

 

 これでは教え甲斐がない。そんなことを言いながらまあいいだろうと講義をし、そして続く授業で呪文の実践をするため広場に移動した。評価は変わらずである。講義中の質問にも、きちんと答えられるものはそこまでいなかったからだ。

 では、と基本呪文の『フライ』、『レビテーション』を行わせた。馬鹿にするなと生徒達は容易く行ったが、しかしギトーはふんと鼻を鳴らすのみ。まあドットではその程度だろう、とつまらなさそうにそう述べた。

 

「やーな感じ」

「聞こえるわよジョゼット」

 

 んべぇ、と眼鏡の少女がこっそり舌を出す。それを見ていた同級生の女生徒は苦笑しながらそれを諌めた。ちなみにその女生徒とはモンモランシーである。自分はまあ言われても別に、という気持ちだったのでその辺りは気にしていない。

 そして気にしていたのが数名いた。一人は赤毛の少女、まあ風は得意ではないけどこのくらいは、と他の生徒達とは比べ物にならない動きの飛行を見せる。ほう、とギトーは声を上げ、そういえば彼女はほぼ唯一と言っていいトライアングルであったなと思い返す。

 やはりドットやラインでは駄目か。そんなことを呟いていたギトーは、次の生徒が呪文を唱えるというので視線を向けた。確かヴァリエール公爵の三女で、未だ二つ名を持っていないという話。病弱だとかいう噂もあるが、果たして。

 そんな彼の考えを余所に、ルイズは呪文を唱え一気に加速した。理由は二つ、単純にギトーが気に入らなかったので度肝を抜いてやろうと思ったこと。もう一つは、深窓の令嬢のストレスが無意識に溜まっていたことだ。呪文を唱えて何かをやる分にはある程度深窓の令嬢感は無視される、ということをこの一週間で彼女は学んでいた。

 結果、高速で空を舞う令嬢が完成した。一部の生徒はぽかんと口を開けその光景をただただ見詰め、一部の生徒は流石公爵令嬢だと歓声を上げる。

 

「どうでしょうか?」

 

 ストン、と地面に着地したルイズはギトーに問い掛ける。文句のつけようのない飛行を目にしていた彼は、素晴らしいと短くも最大限の評価を告げた。次いで二つ名を持っていないのならば風を主体としたものがいいだろうと述べる。確かにと生徒達は頷き、そして風の妖精のようだなどと言うものまで現れる。キュルケはキュルケで負けたことに不満げながらも得意属性ならしょうがないかとその二つ名命名に参加しようとしていた。

 が、それに微妙な顔を浮かべたのは当の本人ルイズであった。いやその風関係はちょっと、と俯きながら、控えめにそう述べる。

 どうしてだ、とギトーが尋ねると、ルイズは俯いたまま絞り出すように言葉を紡いだ。わたしの風は、大っぴらに表に出していいものではないので、と。

 そう言われてしまえば皆何も言うことは出来ない。事情があるのだ、得意属性を隠さねばならない理由があるのだ。公爵家の隠された秘密があるのだ。そんなことがざざぁと波のように広がっていく。

 

「何よヴァリエール、そんなに家が怖いの?」

「……そうね、家は怖いわ。でもそれ以上に――」

 

 キュルケの問い掛けに、ルイズはそこで言葉を止め決して口にしてはいけないと頭を振った。深窓の令嬢には何か隠された秘密がある。そう確信させるには十分なものであった。イメージとしては悲劇のヒロイン的な何か、という風に皆考えている。アンリエッタ姫殿下との繋がりに関係するのかもしれない、とも考えられた。

 ちなみに勿論理由は、風が得意属性だと知られ強力な風メイジだと吹聴されると『暴風』の『フランドール』との繋がりがバレると思ったからである。完全なる自身の保身のためであった。ついでに家が怖いのもその辺りである。問題児だと学院で認定された場合、エレオノールが泣くしカリーヌにボコされるからだ。

 ちなみにルイズの勘違いである。実際のカリーヌはどうせルイズのことだから学院で問題児扱いされているのだろうと楽観していた。エレオノールは泣く。

 ともあれ、ルイズの二つ名はまたも保留となった。約一名訝しげな視線を向けていたが、まあいいわと踵を返していった。そんな同級生を眺め胸を撫で下ろしたルイズは、さてでは次の授業だと目立たぬよう移動を開始する。

 

「……」

「……」

 

 そんな彼女を見詰める人物が一人。その隣には何とも言えない表情で立っている友人の姿も見える。見詰める、というよりも睨むと言った方が正しい勢いでこちらを見ているその少女を無視するのは流石にきつい。はぁ、と溜息を吐いたルイズは自分から近付きなにか御用と問い掛けた。

 

「……」

「……え、っと?」

 

 無言で睨んでいる。何か自分はやらかしたのだろうか、と眉がへにゃりと垂れ下がった辺りで、少女はふむ、と頷いた。少し長めの青い髪、小柄な体にあまり合っていない大きな眼鏡。ズレたそれを手で直しながら、少女はビシリと指を突き付けた。

 

「貴女、強いわね」

「へ? ……あ、うん、うん? そう、かしら」

「何よ、はっきりしないのね」

「自分ではよく分からないもの」

 

 半分嘘である。少なくともその辺の木っ端メイジには負けないくらいには強いと自負はしていた。が、強いかどうかと考え上を見ると化物ばかりなので、そういう意味では本当なのである。

 ふうん、と少女は気のない返事をする。まあいいわ、と左手を差し出し笑みを浮かべた。

 

「わたしはジョゼット。よろしければ友人になってくださらない?」

 

 家名を名乗らず名前だけを名乗る。それはつまり何かしらの意味がある。それを察したルイズは特に言及せず、ええ勿論と笑みを見せてその手を取った。右手を出そうとして、すぐさま左手に変えて、である。

 横で見ていたモンモランシーは気が気ではなかった。わざわざ左手を差し出したジョゼットに、である。ルイズは別段気にしていないようであるが、あれは明らかに挑戦を意味していた。お前を倒す、という意志が込められていた。

 理由は知らない。が、恐らく何かあるのだろう。そう考えてこっそりと頭を抱えた。

 

「ねえ、ミス・ヴァリエール」

「何? ミス・ジョゼット。ああ、わたしのことはルイズでいいわ」

「ならわたしもジョゼットと呼んで。それで、貴女、お姉さんはいる?」

 

 へ、と一瞬呆気に取られた表情になる。いきなりそんな質問をされるとは思っていなかった、という表情を浮かべたルイズは、しかし大事で大好きな姉のことを聞かれたのだから答えないわけにはいかぬと笑みを浮かべる。ええ、と頷き、そして姉がどれだけ素晴らしいかをジョゼットに語った。下の姉は自分よりもっと美しくおしとやかである。上の姉は自分よりもっと聡明で強いのだ。そう言って自慢し終わったルイズは、目の前のジョゼットを見て少しだけやっちまったと後悔した。

 

「……お姉さんのこと、大好きなのね」

「ええ。勿論よ」

 

 そうか、とジョゼットは頷く。そして、やはり負けられないと小声で呟いた。自分は栄えあるガリア王家に連なるオルレアン公が次女ジョゼット。いくらトリステインの公爵令嬢が優れていようとも負けられない。

 それが、()()()()()()()()()姉の代わりに呼び戻された自分のやるべきことなのだから。

 

「……わたしも、姉がいるわ」

「あら、そうなの。どんな方なのかしら?」

「魔法の才能に溢れた、素晴らしい人だったわ。きっと、当主になるのは姉さまで間違いない」

 

 そうだ、そうなのだ。オルレアンを継ぐのはシャルロットだ。彼女が戻ってきた時の為に。自分は、それを支えることが出来る力を身に付けるのだ。

 

「だから、わたしは」

 

 真っ直ぐにルイズを見た。その気迫に観客状態のモンモランシーは思わず気圧される。ルイズはそれを受け止め、同じように真っ直ぐジョゼットを見た。

 

「ルイズ、貴女には負けないわ」

「……ええ、望むところよ」

 

 ジョゼットは笑う。ルイズもそれを受けて笑う。そこに一触即発の空気こそあれど、どす黒いものは見当たらない。純然たる挑戦の火花だけがあった。

 ついていけないモンモランシーは遠目で見ていたギーシュを手で呼び寄せると少しだけ離れる。そして、小声で彼に話しかけた。

 

「あの娘、絶対今回の仕事忘れてるわよね?」

「……マチ――ミス・ロングビルを見れば思い出すだろうから、まあ」

 

 どうせその内仮面を被ってあの方も来るだろうし。そう続けるギーシュと顔を合わせ、出来れば被害が来ませんようにとモンモランシーは小さく祈った。




今回は間違いなく原作沿い


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その2

時系列や年齢とかも若干変わっているかもしれません
作中に出すかどうかは未定ですが

あ、いや時系列は変わってない方がおかしいのか


「方法は実に簡単、単純です」

 

 そう言ってアンリエッタは紅茶を一口。猛烈に嫌な予感のしたギーシュとモンモランシーは、しかしそれを表情に乗せるのはマズいと必死で顔を固定させた。ルイズはあからさまに嫌な顔をした。

 

「無いならば、持ってくればいい」

 

 至極当たり前である。わざわざ口にするまでもないことである。だというのに、目の前の彼女がそれを述べたということは。

 まあつまりその方法が真っ当ではない、あるいは無理矢理真っ当にするのかのどちらかなのだろう。色々諦めた二人と一人はとりあえず続きを聞くことにした。

 

「ところで皆さんは、学院に宝物庫があるのはご存知?」

 

 聞くんじゃなかった、とこの時点で後悔した。逃げ出せばよかったとギーシュとモンモランシーは心の底から己を責めた。

 アンリエッタはクスクスと笑う。理解の早い方は大好きです、と柔らかく微笑む。

 

「で」

「何でしょうかルイズ」

「そこから何を盗むんですか?」

「人聞きが悪いわね。あれは国の所有物が保管されているのですよ? つまりは、わたくしのもの」

「でも盗むんですよね?」

「だから人聞きの悪い言い方はやめてくださいな。足りない国庫の資金を所有物を売り払い捻出することのどこに問題が?」

 

 確かに問題はない。国の財政が厳しいのにそんなものを溜め込んで手放さないなどと言い出せばその方が問題だ。貴重な品、他国に渡るのを良しとしないものはその限りではないだろうが、それでも流石に全部ではあるまい。多少なりとも該当するものはあるだろう。

 ならば何故それをしないか、といえば。

 

「普通に宝物庫開けて普通に売り払えばいいじゃないですか」

「許可が降りなかったわ」

「……どうしてですか?」

「『くだらないことにお金をかけているからこうなるのだ、姫殿下の我儘をこの機会に控えていただき、少し税を上げるなどして凌ぎましょう』、とのことです」

 

 静かにそう述べ、そして紅茶をもう一口。お代わりを控えているメイドに頼むと、アンリエッタは分かりましたかと三人を見た。

 ちなみに言ったのは誰だ、とルイズは問う。マザリーニ宰相ではないのは確かだろうけれど、とついでに続けた。

 

「ええ、マザリーニ宰相はそれを聞いて憤慨しておられましたわ。我儘を述べているのはどちらも一緒だ、と」

「結局姫さまも怒られてるじゃないですかそれ」

「いいのよ。わたくしは我儘を言っているのだもの」

 

 ああ分かってるんだ、とギーシュは頷く。モンモランシーもまあそうだろうな、という顔をした。アンリエッタはそれを見ていたが、敢えて何も言わない。事実だからである。

 

「ともあれ、そういうわけですから」

「無理矢理にでも宝物庫の中身を持ち出す必要がある、ですか」

「ええ、理解が早くて助かるわ」

「……恐れ入りますが姫殿下。結論に至るまでが色々と飛んでいるような気がします」

「あらミスタ・グラモン。出来るだけ問題解決は早い方が良い、というただそれだけのことですよ?」

「ほ、他の貴族を、説得とかでは駄目なのですか?」

「ええ、ミス・モンモランシ。駄目なのです。だってあのクソ野郎共は、わたくしの話など聞く耳を持っていないのですもの」

「姫さま、言葉遣い」

「あらごめんなさい。でもルイズに言われるのは心外ですわ」

 

 うふふ、と笑うアンリエッタはとても可憐であったが、しかしそれがどうしようもなく恐ろしかった。そう後にギーシュは語る。モンモランシーは諦めの境地に達した。

 

 

 

 

 

 

 そんな経緯で今回の作戦は実行に移されたのだが、しかしこれといってギーシュとモンモランシーはやることがない。精々何かあった時のフォローである。逆に言えば出番がある時はヤバイ時ということだ。

 現在諜報役はロングビルと名乗っているマチルダの仕事である。正直やる意味あるのかと半ばげんなりしているマチルダを見るたび心苦しくなるが、しかしギーシュは顔に出さない。知り合いだとバレるわけにはいかないからだ。他の男子生徒が新しい学院長秘書は美人だな、という話題にああそうだねと適当に相槌を打つに留める。

 そんな他愛もない会話を続けていると、ラウンジに三人の女生徒がやってきた。二人は彼のよく知るルイズとモンモランシー。そしてもう一人は。

 

「……確か、ガリアの」

 

 ジョゼットという名前の留学生だ、とギーシュは記憶を手繰り寄せた。姫を助ける勇者の話が好きらしく、暇潰しの読書はその手の物語の本をよく読んでいたのを覚えている。入学式もそうやって本を読んで隣のキュルケにからかわれていたが、彼の記憶にはそこまで残っていなかった。

 まあ仲良くなったのだろうとギーシュは三人から視線を外す。余計な詮索をされないように、この場では関わらないでおこうと彼は決めたのだ。

 目論見通り彼の周りの男子生徒はそこに触れることはなかった。が、話題自体はそれに近しいものになっている。公爵令嬢について、だ。

 

「なあギーシュ、お前確かミス・ヴァリエールと仲が良かったよな?」

 

 男子生徒の一人がそんなことを彼に問う。否定することもないので、ああそうだよと返した。彼の父親と彼女の両親が友人なのだ、必然的に会う機会も増える。ただそれだけである。あくまで表面上は。

 

「なら、ひょっとしてお前の恋人は」

「ありえないよ。僕が薔薇だとしたら、彼女は大樹だ。あり方が違う、重なることはない」

 

 自分は誰かを楽しませるのが精一杯、だが、ルイズは誰かの支えになることが出来る。雨や風から護ることも出来る。そんな存在と自分では合わない。

 と、いうのは建前である。顔は可愛い、胸が少し平たいがスタイルもいい、聡明であるし魔法の実力もある。だが人間暴風と付き合うほど彼は命知らずではない、それだけなのだ。そしてぶっちゃけてしまえば彼はモンモランシーが好みなのだ。

 彼の心情は露知らず、男子生徒は口々に勝手なことを言って盛り上がる。どうせ以前告白して振られたんだろうといい出す輩もいる。ははは、とそれを聞いてギーシュは笑った。

 大正解である。幼い頃、モンモランシーに惚れる前の話であった。

 

「そういえば、ミス・ヴァリエールは姫殿下とも仲が良いらしいよな」

 

 誰かがそう呟く。幼い頃遊び相手を務めていたという話もあり、その関係は今でも続いているのだとか。そこまでの話で、皆の視線がギーシュに集まった。どうしたんだい、と尋ねると、それはつまりお前も繋がりがあるのではという疑問が飛んでくる。

 

「まさか。彼女の繋がりは彼女の繋がり、僕とは別のものさ」

 

 大嘘である。そもそも今現在アンリエッタのやらかしに巻き込まれている真っ最中である。覚られないように、平静を装いながらギーシュはそれを乗り切った。

 アンリエッタとギーシュの関係の話題は過ぎたが、変わらず姫殿下の話は続く。なんでももうすぐ使い魔品評会とやらが行われるらしく、二年生の使い魔がどんなものかをアンリエッタ王女も見学に来るらしい。

 

「へ、へぇ……」

 

 そこか、とギーシュは感付いた。実行するタイミングは秘密にされていたが、まず間違いない。使い魔品評会に合わせてアンリエッタがやってくる。宝物庫をどうこうするらならば恐らくそこだ。思わぬところで覚悟を決めるチャンスがやってきたことに彼は内心ガッツポーズを取っていた。

 だがしかし、と彼は思い直す。それを外してやってくる可能性も無きにしもあらずだ。前後も警戒する必要があるだろう。そう結論付け、後でモンモランシーにも伝えようとギーシュはこっそり心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと大正解であった。まあ当然分かってくれると思っていた、と仮面の美少女はギーシュを見てコロコロと笑う。あーはいはいそうですねとぞんざいな返事をしながら、それで何をする気ですかと問い掛けた。

 場所は学院の外れ、外壁付近である。茂みで若干視界が悪いが、見上げれば宝物庫の壁が見える。

 

「宝物庫の鍵は、調達出来ましたか?」

「出来たら苦労しないわ」

 

 はぁ、と物凄くげんなりした表情でマチルダが述べる。もう帰っていいかな、という彼女の言葉に、もう少しだけ待って欲しいと仮面を付けたアンリエッタは――『豪雨』のアンゼリカは返答をした。

 

「今回の事件は、『土くれのフーケ』をでっち上げるのですから」

「あ?」

「マチルダさん、抑えて」

 

 拳に力を込めたマチルダをギーシュが止める。とりあえず続きを言え、という彼女に、アンゼリカはええ勿論と笑みを見せた。

 まず前提として、いい加減そちらの名を捨て去らないといけないだろうとアンゼリカはマチルダに告げる。確かにそうなので、彼女は素直に頷いた。

 

「ですから、宝物庫の中身を頂くついでに、『土くれのフーケ』は消えてもらいます」

「……それをするには、中身を売っぱらってからじゃないと都合が悪いだろう?」

「そうですね。ですから……シャジャル様には、少しだけご心配をお掛けするかもしれません」

「もう今回の騒動に巻き込まれた時点で心配掛けまくってるんだよ! テファとシャジャル様の手紙が一回十枚超えてるんだよ!」

 

 ほぼ大丈夫か、という心配の声である。大丈夫だ問題ないと送っても効果があるかどうか定かではない。

 

「あら、では尚更今回の作戦は成功させなくてはなりませんね。お二人の心配の種が一つ潰えるのですから」

「ぐ……」

 

 入学当初の時の依頼も、元を辿れば『土くれのフーケ』と称してブイブイ言わせていた頃のマチルダを心配したシャジャルとその娘ティファニアの手紙が原因である。その際の心配とはまた違うが、それでも当時の悪名を捨てされるのならば随分と身軽になれるのは確か。はぁ、と溜息を吐くと、仕方ないといった風に彼女は肩を落とした。

 

「それで、何をする気だい?」

「鍵がないのならば仕方ありません。破壊しましょう」

「……は?」

 

 今なんつったこいつ、という目でアンゼリカを見る。一点の曇もない目、かどうかは仮面を被っているので分からないが、とりあえずふざけているわけではない様子で彼女はもう一度こう宣言した。

 開かないのならばぶち壊そう、と。

 

「ひ――ミス・アンゼリカ」

「どうしましたミスタ・グラモン」

「宝物庫壊したらその修理費は国が捻出するのでは?」

「何故です? 学院に賊が侵入、更には建造物の破壊ともなれば、その責任は学院長が負って然るべきでしょう? ましてや姫殿下が訪問する直前ともなれば、尚更」

 

 流石性根が腐ってる。そう思ったが口には出さない。出会った頃には既にこれだったので彼の感想はもっともなのだが、ルイズに言わせれば『染まったから』である。一応性根はギリギリ腐っていないという彼女なりのフォローらしい。

 

「とはいっても、どうやって壊すんだい? 宝物庫というだけあって、強力な『固定化』が掛かってる。上位の土のスクウェアでもいないと解除は無理よ」

「ええ、ですが『固定化』以外魔法は掛かっていない。だからこその破壊なのです」

「無理矢理、ですか」

 

 ギーシュの言葉にええと頷く。そういうわけですから、とこちらに合流した二人を見て口角を上げた。

 

「随分と遅かったのね、フラン」

「しょうがないでしょうアン。ちょっとジョゼットに絡まれてたのだから。勝負だ、って」

「ミス・ツェルプストーも加わってもう大変だったんです。そうこうしてる内にいつの間にかあの二人が勝負することになったんで急いで逃げてきましたけど」

 

 大丈夫かな、とモンモランシーはちらりとその場所だと思われる方を見る。まあ死にはしないでしょうとポニーテールに水晶のバレッタを付けたルイズは――『暴風』のフランドールは軽く流した。

 

「それより、今はこっちよ」

「ええ。仕事は手早く終わらせなくては」

 

 そう言ってフランとアンは宝物庫を見上げる。先程ギーシュやマチルダにしていた説明を再度軽く述べると、そういうわけですからとアンは二本の杖を構えた。そういうわけなのね、とそれに合わせてフランも大剣を構える。

 

「ええと、一応聞きますけど、何をする気なんですか?」

 

 モンモランシーの恐る恐る尋ねたそれに、アンもフランも決まっているでしょうと揃って答えた。アンは二本の杖を交差させ掲げ、フランは両手で大剣を持って掲げる。

 猛烈に嫌な予感がした。ギーシュはモンモランシーの肩を素早く抱き、急いで二人から距離を取る。マチルダはなるようになれと諦めて立っていた。

 

「ねえフラン。どのくらいが適切かしら?」

「全力、は倒壊しそうだし……まあ三割程度でいいんじゃないですか?」

「そうね。では、三つでいきましょう」

 

 そう言いながらアンは呪文を唱える。水と水と水。己の系統を三つ掛け合わせる。

 まあそんなもんか、とフランも目を閉じ呪文を唱える。風と風と風。己の系統を三つ、掛け合わせ剣先に込める。

 

「……ねえ、ギーシュ」

「何だいモンモランシー」

「あれ、何をしようとしてるの?」

「宝物庫を壊すんだろう?」

「……うん、そうよね。でもわたしの聞きたいのはそれじゃないわ」

「知ってるさ。――『ヘクサゴン・スペル』だろうね」

 

 さらっと言ってのけたギーシュにモンモランシーは絶句する。が、すぐにまあそのくらい出来て当然かと思い直した。自分が見ていないだけで、ひょっとしたら彼は既に見ているのかもしれない、とも思った。

 

「一回だけ」

「え?」

「一回だけ見たことがあるよ。『六つ(ヘクサゴン)』じゃなかったけれどね。……アレ以上があるんだよ」

 

 それでもピンピンしていた『烈風』と『魔女』はもう人間とか化物とかそういうのを超越していると思う。そんなことを呟きながら、ギーシュはまあ心配いらないだろうと笑った。

 

「いきますよフラン」

「いつでもどうぞ、アン」

 

 生み出された水の竜巻が六芒星を描く。普通ならば巨大で、当たれば間違いなく城壁も木っ端微塵になるであろうそれは、威力を意図的に抑えられ宝物庫の壁のみを破壊する『鍵』となる。

 

「せー」

「のっ!」

 

 ズガン、と大地が震えた。爆発音のような轟音が響き、宝物庫の壁にヒビが入りパラパラと少しだけ崩れ落ちる。だが、それだけ。敢えて完全に破壊しないように、もう一回別の衝撃を加えれば穴が空くように。そういうようにされた一撃だ。

 ああもう、とマチルダは頭を抱えた。意図は分かっている。つまりそうしろということだ。この野郎覚えてろと毒づきながら、彼女は杖を振り巨大なゴーレムを生み出した。その拳を鋼鉄に変えると、思い切り振りかぶる。

 

「『土くれのフーケ』の、最後の大花火といってやろうじゃないか!」

 

 再度轟音。木々が揺れ、砂埃が舞い上がり。

 宝物庫の壁は、今度こそ完全に崩れ去った。




原作沿ってます


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その3

今回のワルドは常識人枠(予定)


 学院の教師達は頭を抱えた。使い魔品評会が明日に迫るこの時期にまさかこんな事が起きてしまうとは。そんなことを思いつつ、とにかく今は事態の沈静化を図るべきだと随分寂しくなった宝物庫の中で喚いていた。

 

「ううむ」

 

 そんな中、学院長であるオスマンは一人首を傾げる。豪快に壁を破壊し豪快に中身をかっぱらっていったのは確かだが、目録と照らし合わせると被害額はそれほどでもないのだ。勿論普通の貴族では逆立ちしても払えるような金額ではない。が、値段をつけられないほどの一品と謳われるものが鎮座する中、それらに目もくれていないのが気になった。

 

「どうされました? オールド・オスマン」

 

 そんな彼の様子に気付いたのか、教師の一人コルベールが問い掛ける。いや少しな、とお茶を濁すと、オスマンは視線を壁にかけてある杖に向けた。明らかに杖とは呼べないものがその中に混ざっており、どちらかといえば銃、あるいは小型の大砲に似た何かに見えなくもない。

 

「『破壊の杖』は無事、か」

 

 貴重な一品ではあるだろうが、こんなよく分からないものを金に変えようとすれば相当の労力を必要とするだろう。手っ取り早く金を手に入れたいのならば、わざわざこれを選ばない。

 

「いや、そう考えさせるのが目的か……?」

 

 どちらにせよ、この状況でこちらの監督不行き届きを責められてはどうにもならない。なんとしても下手人を捕まえなければいけないのだ。幸いにして誰の犯行かは分かっている、ご丁寧に犯行声明が刻まれていたからだ。

 他の教師達は口々に犯人フーケを罵る。次いでそんな賊を侵入させた衛兵を罵る。誰も彼もが自分は悪くない、と主張していた。そうしていないのは極僅か。多くて三人程度であろうか。

 

「はぁ……。それで、誰か目撃者はおらんのか?」

 

 オスマンの言葉に、コルベールがコクリと頷く。こちらの二人です、と対称的な二人の少女を呼び寄せた。片方は燃えるような赤い髪の色気たっぷりの少女。もう片方は小柄で肩まで伸ばした青い髪を面倒くさそうに弄んでいる伊達眼鏡の少女。

 

「……ゲルマニアのじゃじゃ馬と、ガリアのじゃじゃ馬か」

 

 よりによってこいつらか、とオスマンは溜息を吐く。まあともかく状況説明を、と彼は二人に問い掛けた。

 

「はい、ええっと。確かあたし達で勝負をしようということで広場まで移動したんですけど」

「途中で何だか凄い音がしたから、振り返ったら壁にヒビが入ってて。その後に巨大なゴーレムが出て壁に穴を開けていました。キュルケはその時悲鳴を上げながら逃げて」

「ちょっとジョゼット! 余計なこと言わないの!」

「何よ、本当のことでしょ。偉そうにしてても所詮は小娘ってことね」

「見た目も中身も小娘のあなたに言われたくないわよぉ……」

 

 喧嘩するほど何とやらというやつか。そんなことを思いながら、オスマンはそれで、と話の続きを促した。が、その後ゴーレムは暫し進んだ後土に戻ってしまったらしく、そこで足取りは消えてしまったらしい。

 

「追おうにも手掛かりはなし、というわけか」

 

 お手上げか、とオスマンは肩を落とす。出来ることならばこちらで片を付けたかったが仕方あるまい。そんなことを思いながら、今回の件は王宮に報告をすると皆に告げる。壁の応急処置だけをして、他は調査のためにそのまま保存することにした。

 ああ面倒だ。そんなことを思いながら解散していく教師達の背中を見つつ、オスマンは再度溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 幸いにしてアンリエッタ王女は今回の件について何か咎めることをしなかった。とはいえ、宝物庫の修理は学院でなんとかするようにというお達しをもらい、オスマンとしては中々の出費である。それでも誰かが路頭に迷うということなどなく、フーケの調査は衛士隊により行われることとなり。

 そろそろか、というタイミングでとある万屋メイジが腰を上げることとなる。

 

「フーケの情報は依然掴めないようですわね」

「そりゃそうでしょう」

 

 全員グルなんだもの。もう国外にでも行ってしまったのでしょうと白々しい報告をするトリステイン魔法衛士隊が一つグリフォン隊の隊長を横目で見ながら、ルイズは頬杖をついてそうぼやく。

 お疲れ様、そういって座っている自身の横を歩く隊長に手を振ると、苦笑しながらひらひらと手を振り返された。

 

「さてルイズ。フーケの情報も集まらないことですし」

「はいはい」

「そろそろフーケを殺しましょう」

「はいはい」

 

 何言ってんだこいつ、とツッコミを入れる人物は生憎いない。対面に座っているルイズはやる気なさげに相槌を打つだけである。ちなみにこの場にギーシュとモンモランシーはいない。二人はマチルダと共に学院の監視と後始末を担当している。ほぼ見学で終わると思っていた二人にとっては大迷惑であった。ちなみに証拠隠滅は完璧にこなしてしまい、だからそういう役割を押し付けられるのだとマチルダがこっそりと溜息を吐いているのだが、本人には伝わらない。好き好んで道連れを減らしたくはないのである。

 

「ワルド子爵」

「……何でしょう」

 

 このまま逃げたかった、という顔を隠しもせずにグリフォン隊隊長は振り返る。報告書の変更ですか、と問い掛けた彼に対し、アンリエッタはええその通りですと笑顔を見せる。はぁ、と髭の美丈夫は溜息を吐いて先程提出したものとは違う報告書を取り出した。

 

「あら、準備が早いのですね」

「予想していましたから」

 

 ほれ、と言わんばかりにその報告書を投げ出すワルドを見て、アンリエッタは笑みを強くさせる。流石はトリステインの誇る騎士ですわ。そんなことを言いながら、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「それとも、ヴァリエールの婿殿と言った方がよろしいかしら?」

「よろしくありません」

「あら、子爵は彼女達の誰かと結ばれるのはご不満?」

「現状に不満があったのならば、とうの昔にこの国を裏切り最近勢力を増すレコン・キスタなる反乱軍辺りにでも鞍替えしておりますよ」

 

 再度溜息。もう帰っていいだろうかという表情を浮かべたワルドを見て、まあ仕方ないとアンリエッタは口角を上げる。ちなみにルイズの方はどうなのだ、と彼女は視線を彼から目の前の『おともだち』に動かした。

 

「……わたしでいいの?」

「……その質問は、卑怯だ」

 

 一体誰を思い浮かべたのか。ワルドはルイズのその言葉に苦い顔を浮かべると、くしゃりと彼女の頭を撫で、あまり無茶はするなよと言い残し部屋を出ていった。

 まあそういうわけなので、とルイズはアンリエッタに向き直る。とりあえず話を進めるために新たに置かれた報告書に視線を落とした。

 

「使われていない炭置き小屋、か」

「魔法学院の近くにも似たような廃屋があるようですね。どれにしましょう」

「この辺の遺跡跡とかでいいんじゃないですか?」

 

 ほらこれ、とフーケの隠れ家候補の一つを指差す。勿論ここで候補を本物の隠れ家にするのだ。

 アンリエッタはルイズの提案した物件を一瞥し、ああそれは駄目ですねと一蹴した。あまりにも即決だったので、思わず何でだと尋ねてしまうほどである。

 

「そこはオーク鬼がたまり場にしていますから」

「……何で候補になっているんですか?」

「ついでに始末して欲しかったのでは?」

 

 まず間違いなく自国の姫にやってもらうことではない。そう考えると、その『始末』は一体何に掛かっているのか。そこを深く思考すると頭が痛くなりそうであったのでルイズは考えることをやめた。

 

「心配せずとも、始末されるのはオーク鬼か腹の底まで腐敗した貴族共のどちらかですわ」

「姫さま該当してるじゃないですか」

「ルイズも中々言いますね」

 

 うふふ、と笑いながらアンリエッタは書類を指で弾く。この際だから『暴風雨』の正体を大々的に宣伝するのもいいかもしれないな。そんなようなことを呟きルイズを見た。

 そういうところが腹の底まで腐敗しているに該当する所以だ。そう言いたいが言っても無駄なのでとりあえず頬を突いた。アンリエッタの口からなんとも間抜けな吐息が溢れる。具体的にはぷひゅー、である。

 

「ふっふ」

「……真面目にやりなさい、ルイズ」

「嫌ですよ。というか姫さま、ぶっちゃけもう決めてるんでしょう? 隠れ家」

 

 頬杖をついたルイズのその言葉に、ふくれっ面のアンリエッタはまあそうですけどと返す。やはりここだろう、と指差したそれは、学園からそれほど離れていない森の中の廃屋。今二人のいるここ、王宮からならば馬を使っても半日は掛かる場所であった。

 学院近く、というのが恐らく決めた要因なのであろうが、それでも何故ここなのだろうか、とルイズは首を傾げる。そんな彼女を見たアンリエッタは、単純な話だと指を立てた。

 

「学院近くに潜んでいたのに気が付かなかった、となれば、もう少しオールド・オスマンから吹っ掛けられるでしょう?」

「その場合学院の評判ガタ落ちですけど」

「最近は緩みきっていますから、それくらい危機感を持ってもらった方が丁度いいわ。それに」

 

 貴女の所為で落ちる前に下げておけば安心でしょう。そう言って笑うアンリエッタを見て、ルイズは思った。口には出さないが、心からこう思った。

 本当に駄目だなこの人。

 

 

 

 

 

 

 森の一角に開けた場所がある。そこにぽつんと建っている小屋は、もう既に使われていないのがよく分かるほどボロボロであった。一応建物としての機能は残しているので暮らそうと思えば暮らせるが、きちんとした生活をするならば修理は必須であろう。

 

「まあ、盗賊の隠れ家らしいといえば、らしいか」

 

 ポニーテールに水晶のバレッタ、『フランドール』になったルイズがそう呟く。隣では仮面のメイジ、アンゼリカがええそうねと適当な返事をしていた。

 

「で、ここで何をするんですか?」

「フーケ討伐に決まっているでしょう? いやだわフラン、記憶障害?」

「……もう少し詳しく言います。何をどうするとフーケ討伐になるんですか?」

「フーケの討伐なのよ? フーケを見付けて始末する以外に何があるというの?」

 

 首を傾げて不思議そうにフランにそう述べるアンゼリカを見て、彼女は思わず肩にさげている大剣に手を掛けた。落ち着け相棒、という剣の悲痛な叫びも何のその。そのまま自身の杖である大剣デルフリンガーに精神力を込め始める。

 

「さてフラン。周囲の索敵は済んだかしら?」

「……今やってます」

「え? 何相棒? それ仮面の嬢ちゃん切り刻むためのものじゃねぇの?」

「この程度で一々切り刻んでたらアンの体はとっくに細切れになってるわよ」

 

 割といつもやってるような、という言葉を飲み込んだデルフリンガーは、まあそれならいいやと口を閉じる。暫しそこで目を閉じたフランは、周囲をぐるりと見渡すと息を吐いた。

 周囲に反応なし。フランがそう述べるのを聞いて口角を上げたアンは、では手早く済ませましょうと持ってきた木箱の蓋を開けた。当初から嫌な予感はしていたが、やはりその箱なのか、とフランは彼女が中身を取り出すのをちらりと見る。

 ピクリとも動かない人間大の姿をした何か、というよりも人の死体が出てきた。

 

「…………」

「あら、どうしましたフラン」

 

 まるで荷物でも放り投げるようにその死体を地面に投げ捨てると、さてではどうやって仕立て上げましょうかとアンはそれを見下ろす。そこにフランが求めている感情は何一つ見受けられず、ただただそれを物として扱うだけの少女の姿がそこにあった。

 

「やはり戦闘跡は付けた方がいいわね。ねえフラン、貴女の魔法で――フラン?」

「アン」

 

 静かにフランは彼女の名前を呼ぶ。とりあえず、これの出処を言え。話はそれからだ。そう言って真っ直ぐに眼の前の仮面の少女を見詰めた。

 対するアンはそれを聞いて目をパチクリさせる。仮面を付けているのでその動きはフランに覚られることはなかったが、しかし一瞬動きが止まってしまったのは誤魔化せない。ただ問題なのは、それが動揺からくるものだと勘違いされてしまったことである。

 

「言えないんですか?」

「……そうね。そうだとしたら、貴女はどうするつもり?」

 

 そして、アンがそれを察して敢えて乗ったことである。先程のからかいが少し効いていたようで、今のフランは頭に血が上っている。何かしらで発散させるかして落ち着かせる必要があるだろう。そう判断したことによる行動なのだが、傍から見ている分には更に挑発しているようにしか見えない。実際やっている行動は挑発そのものである。

 

「例えば、わたくしが罪人の死体を今回の件に利用するために保存して持ってきた、と説明したとして。貴女は素直に信じますか?」

「ええ。信じますよ。それが本当ならば」

「そうかしら? わたくしはとてもではないけれどそうは思えないわ。貴女の都合のいい答えが出ない限り、それが真実だとしても貴女はきっと信じない」

「それは、アンがデタラメを言っているからですよ」

「ほら、そうやって人を信じないのだもの。何を言っても無駄でしょう?」

 

 やれやれ、と頭を振り肩を竦めたアンは、フランから視線を外し踵を返す。この調子では今回の仕事は出来そうにない。そんなことを呟きながら一度出直さんと廃屋を後にしようとした。先程投げ捨てた死体はそのままに、である。

 

「片付けないんですか?」

「ええ。気になるなら貴女が適当に始末しておいて頂戴」

 

 アンは振り返らない。手をヒラヒラとさせ、なんてことのない様子でそう述べて足を踏み出した。

 瞬間、彼女の背中に風の塊が撃ち込まれた。ぶつかれば少女の華奢な体など平気でへし折れんばかりの勢いで放たれたそれは、振り返る暇もなくアンへと叩き込まれる。

 

「……本当に、貴女という人は」

 

 それよりも早くアンが腰から引き抜いた剣杖により、くるりと絡め取られ霧散させられた。それをしながら、振り向くこともなく彼女は呟く。本当に分かりやすく、真っ直ぐだ。だからこそ、からかい甲斐があるし、だからこそ。

 

「貴女はわたくしの『おともだち』ですわ」

 

 振り返る。仮面の奥で満面の笑みを浮かべながら、アンはもう片方の剣杖も引き抜くと目の前の相手を見詰め、構えた。右手は順手、左手は逆手に杖を持ち、そして左右別々の呪文をそこに込める。

 

「フラン」

「何です?」

「今の一撃、宣戦布告と受け取っても?」

「お好きなように」

 

 そう言いながらもフランは剣に精神力を込め、呪文を紡ぐ。既に彼女は眼の前の相手を打ち倒す気満々である。ただし、その表情は仏頂面。分かりやすく言えば怒っていた。

 

「まあ、いいわ。少し、踊りましょうかフラン」

「ふん……泣きべそかかせてやるわ!」

「あら怖い。わたくし震えてしまいます」

 

 この野郎、とフランは風の刃を放つ。ほとんど手加減なしのそれは、当たればまず間違いなく真っ二つだ。勿論アンには当たらない。左手の呪文を解放させ、水のヴェールが風を包み込みそよ風に変える。そのまま右手の呪文も解放、水の槍が一直線に伸びヴェールを捲るようにフランの眼前に現れた。

 

「んなっ!?」

 

 咄嗟に横っ飛びで躱す。ゴロゴロと地面を転がりながら怒りのボルテージを更に上げたフランは、立ち上がると同時、爆弾のような風の呪文を次々に撃ち出した。森の中の開けた一角が、みるみるうちに轟音を響かせ広がっていく。

 

「全然当たっていないようですが、どうしたのフラン? 今日は調子が悪いのかしら?」

「あー、もう!」

 

 更に呪文を連発。木々は薙ぎ倒され、地面に大穴は空き。そして廃屋の壁や屋根は見るも無残な状態と化していく。

 当初の目的を完全に失念しているフランは、それがアンに誘導されているのだと気付かない。もう少し冷静であれば、挑発に挑発を重ねられなければ今頃はもう少し意図した行動を取っていたのであろうが、生憎とそれが出来ていない。

 

「当たりなさいよアン!」

「そうしたいのは山々ですが。いかんせんあまりにもフランの呪文がお粗末なもので」

「むきぃー!」

 

 だから、周囲の破壊が『フーケとの戦闘跡を付ける』というものに利用されていることに、気付かない。良いように利用されていることに、気づけない。

 が、アンゼリカが実に楽しそうにフランドールをおちょくっていることには、気付いていた。それでも彼女は止まらない。もう少しだけ、止まらない。




言ってるそばからアンリエッタを切り刻みに行くルイズの図


原作沿い云々はいい加減くどいのでやめ


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その4

ぶっちゃけ前回ので話自体は終わってるので
おまけみたいな蛇足パート


「聞きましたか? ミス・ヴァリエール」

 

 何ぞや、とルイズは首を傾げる。ここのところ何か学院内で話題になるようなものは無かったはずだが。そんなことを思いながら話しかけてきた女生徒の言葉の続きを待つと、土くれのフーケについてだと述べられた。

 

「ついに騎士団があの土くれを討伐したのだとか」

「騎士団が、ですか?」

 

 ええ勿論、と女生徒は自信満々に頷く。学院に賊が入ったという不安はこれで払拭されましたと安堵の表情を見せながら言葉を続けた。

 ふむ、とルイズはそんな女生徒の言葉に少しだけ考え込む仕草を取る。何かおかしなことでもあったのだろうかと尋ねてきた相手に、彼女はそういうわけではないと述べ、他に何か情報はなかっただろうかと聞き返した。例えば、騎士団に協力者がいたとかいないとか。

 

「いえ……特には」

「そう。それならいいの。変なことを聞いてごめんなさい」

 

 いえいえそんな、と手をブンブン振る女生徒を見て薄く微笑んだルイズは、その後少し雑談を続けるとその場を去った。廊下を歩き、寮まで戻り。そして自身の部屋の扉を開け中に入るとドアに背を預けズルズルとへたり込む。

 

「あ~。助かったぁ~」

 

 明らかに深窓の令嬢が発してはいけない声色でそんなことを呟くと、ルイズは天井を見上げ息を吐く。足も床に投げ出し、顔も緩みきり、とてもではないが他人に見せられる状態ではない。今この瞬間、扉が何者かに開かれたが最後、彼女は別の意味で終りを迎えるであろう。

 だが生憎とルイズはその辺りの対策は抜かりない。扉はきちんと鍵が閉めてあるし、『アンロック』の呪文で強制的に解錠するのはこの学院ではご法度である。余程のことがない限り、貴族としてあまりにもなこれを見られることはない。

 だからルイズは気にせずもう一度盛大に、そして例えるならばおっさん臭い溜息を吐いた後、よろよろと立ち上がるとソファーにダイブした。深窓の令嬢どこ行った。

 

「……とりあえず、今回の仕事は終わったってことで、いいのよね」

 

 天井のランプを眺めながらそう呟く。フーケ討伐、それをもって今回のアンリエッタによる宝物庫襲撃作戦は終わりを告げたのだ。

 宝物庫の奪われた宝は戻ってきていない。被害は大きいが、犯人を討伐したことで帳消しとしておけばいいだろう。とりあえず市井の噂ではそんなところだろうか。先程の話を聞く限り、その辺りに触れられていなかったのでそう間違ってはおるまい。

 

「で、とりあえず売っぱらった金は姫さまの懐、っと」

 

 国庫に回した分を補填する額だけ自身のものとし、残りは国の資金として溜めておいた。その辺りは腐っても王女である。

 宝物庫の修理費は学院持ちなのでトリステインの国庫は減らない。ついでに土メイジに仕事が増えて一石二鳥。ルイズとしてはそのくらいしか分からなかったが、アンリエッタはもう少し別の視点も見ているのだろうか。そんな疑問が頭をもたげたが、まあいいやと振って散らした。

 そしてフーケは見事に死んだ。顔は潰れているので身元の確認は出来なかったが、状況証拠から判断して間違いないであろう。そういうことになった。

 以上のことから、アンリエッタの思い付きはここで終了となる。

 

「あー、面倒くさかったぁ」

 

 学院で色々証拠隠滅を行っていたギーシュ、モンモランシー、マチルダの三名も恐らく彼女と同じかそれ以上にその感想を持っているのだろうが、生憎今はルイズ一人である。彼女が一番疲れた感を醸し出していても咎める者はいないのだ。

 

「大体、何であそこで人が通りすがるのよ」

 

 ルイズが先程女生徒に尋ねたのもそれがあったからである。あの時、アンリエッタに呪文をぶち込もうと躍起になっていた時。

 彼女がようやく頭が冷えてきた時。それは起こった。

 

 

 

 

 

 

 何事だ、とやってきたその人影を見て、アンゼリカは仮面の下で珍しく怪訝な表情を浮かべた。アンリエッタの息のかかった連中によってトリステインの者はここに来ないよう手配済みだ。もしやってくるとしたら、フーケ討伐の証人として用意された人物とアンリエッタ子飼いの騎士達のみ。

 だが、この二人はそのどちらにも該当しない。そして見る限り、トリステインの人間でもない。

 

「このような危険な場所に、迷い人ですか?」

 

 ニコリと微笑みながらアンゼリカは問い掛ける。対する二人は思い切り警戒を顕にして一歩下がった。杖に手を掛けているところからすると戦闘も辞さないつもりらしい。

 

「そう怖がらなくとも。わたくしは怪しいものではありません」

「どう見ても怪しいわよぉ!」

 

 二人組の片割れ、赤毛の少女がそう叫ぶ。そうでしょうか、と首を傾げたアンゼリカは、同意を求めるように先程まで森と地面とフーケの死体を破壊していた相方に視線を向けた。

 帽子を深く被ったフランドールは、あからさまに二人と目を合わせないように距離を取っていた。つばの広いそれは、アンゼリカの仮面と同じように口元以外を覆い隠し見にくくさせている。

 

「フラン?」

「……なんですか?」

「わたくし達は怪しくないか、という問い掛けでしたが……。貴女を見る限り怪しいわね」

 

 ううむ、と彼女は腕組みをして考え込む。フランがそんな状態の理由はもう分かっているが、それを解消出来るか否かは話が別。出来ないことはないが、というかそもそもその心配は杞憂のはずであるが、しかしだからこそ実行するのは骨が折れる。

 やれやれ、とアンゼリカはこれまた珍しい溜息を吐く。視線を二人に戻すと、再度微笑みの表情を作り言葉を紡いだ。

 

「見たところ、魔法学院の生徒のようですが。何故、このような場所に?」

 

 先程もした問い掛け。今度はそれに二人の服装を加味し付け加えた。それを聞いた二人はビクリと反応すると、しかしどうやら観念したようで溜息を吐き口を開いた。赤毛の少女はキュルケ、ゲルマニアのツェルプストー伯の娘であり。もう一人の小柄な少女はジョゼット、ガリアのそこそこの位の家の次女であるらしい。そう己の身分を簡単ではあるが名乗ると、ここにやってきた理由は至極単純だと胸を張った。

 

「フーケを討伐にきたのよ」

「そういうこと。わたしが主でキュルケはおまけだけど」

「逆よ逆。へっぽこは黙っていなさいな」

「爆発で腰を抜かしていた奴は言うことが違うわね」

 

 はん、と鼻で笑ったジョゼットをキュルケは顔を真っ赤にしながら睨み付ける。そんな視線を受け流し、そういうわけだけれど文句あるかと彼女はアンを見た。

 勿論文句はあるに決まっている。が、現状その文句はここで適用させるものではない。そんなことをおくびにも出さずに、アンゼリカはまず危険を顧みず行動を起こしたことを称賛した。そして、しかし勇気と無謀はまた違うものだとも続ける。

 

「あら、こう見えてあたしはトライアングルよ。その辺の連中には負けやしないわ」

「魔法はまだ修行中だけれど、わたしだって負けるつもりなんてないわよ」

「あら、たのもしい。では――」

 

 手柄をお譲りしましょう。そう言って彼女は視線を背後に向ける。え、と二人が視線を向けると、そこには周囲の木よりも巨大なゴーレムがこちらを見下ろしていた。その巨体で出来た影により、視界が暗くなるほどだ。

 ピクリと反応したフランは素早くアンゼリカの隣に移動するとその視線を彼女に合わせる。ふむ、と頷くと先程彼女が言った通り仕方ない手柄は譲ろうなどとのたまいながらゴーレムから距離を取った。

 

「え? ほ、本気?」

「どうしたのよキュルケ。譲ってもらったのだもの、早く倒してしまいましょう」

 

 背中に担いでいた杖を引き抜くと、ジョゼットはそれを眼前に掲げ真っ直ぐゴーレムを睨む。キュルケも我に返ると同じように胸元にあった杖を引き抜いた。

 ジョゼットの呪文はお世辞にも強力とは言えない。勿論ゴーレムはびくともしない。ならばとキュルケも火炎を放ったが、しかし同じようにゴーレムはびくともしなかった。

 

「中々やるわね」

「じゃないわよぉ! 無理よこんなの!」

「何よ、さっきあんな自信満々だったのに」

「己の力量を弁え訂正する勇気も大事、そして逃げるのも大事なことよ」

 

 はぁ、とジョゼットは肩を竦める。まったくしょうがないやつだ、そういわんばかりのその態度はキュルケの癪に障るものであったが、そこでだったらやってやると再度ゴーレムに向き直るほど彼女は子供でもない。

 

「大体巨大なゴーレムが相手なのは分かってたことでしょう? そのくせ呪文が効かないから逃げるだなんて。この勝負はわたしの勝ちってことで、いいのよね?」

「ああもう! いいわよ! それでいいから、逃げるわよぉ!」

 

 むんずとジョゼットの服を掴むと素早く呪文を唱え一気にゴーレムから距離を取った。その引き際は鮮やかで、アンゼリカは思わず感心してしまう。判断力と思い切りの良さはなるほど、流石はトライアングルだと胸を張るだけはあるのか。彼女の評価を少し上げながら、しかしそうなるとあれを倒すものがいなくなるなと顎に手を当てる。

 

「幸いにしてあの二人は退避はしても撤退はしていない。『証人』にするのも差し支えなし、となれば」

 

 フラン、と彼女は目立たないようにこそこそしていた仲間を呼ぶ。なんですかとちらりと顔をこちらに向け小声で聞いていたフランに向かい、もういいですよと笑みを見せた。

 

「あの二人はどうやらこちらに花を譲ってくださるようですので。フラン、やっておしまいなさい」

「この間、わたしが倒したら暇だから自分がやるとか言ってませんでしたっけ?」

「ええそうね。今回はまだまだ他のことで忙しいから何の関係もない話ですけれど」

「……そうですか」

 

 もっと直球にお前がやれよとか言えば良かったのかな。そんなことを思いながらフランは呪文を唱えるとそれを振りかぶりゴーレム目掛けて叩き込んだ。螺旋を描いていたその風の槍は、巨大なゴーレムを削り取りながら貫き、そしてその巨体を穴だらけへと変えた。体を所々なくしてしまったゴーレムは、そこを起点にボロボロと崩れ落ちていく。ガラガラと、そして途中からは砂が滝のように地面へと降り注いでいった。

 そんな様子をキュルケはポカンとした様子で眺めている。ジョゼットに背中を叩かれたことで正気に戻った彼女は、離していた距離を再度詰めるとアンゼリカに声を掛けた。

 

「何者よ、あなた達」

「あら、これは申し訳ありません。自己紹介が済んでおりませんでしたわね」

 

 スカートの端をつまみ、ペコリと頭を下げる。ひょっとしたらご存知かもしれませんが、とその口元に笑みを浮かべた。

 

「わたくしは『豪雨』のアンゼリカ。しがない万屋メイジです。そして向こうの彼女はフランドール、二つは『暴風』ですわ」

 

 それに反応したのはキュルケ一人。ジョゼットは単純に新たな名前を聞いてそれを反芻しているだけである。

 

「『豪雨』と『暴風』!? ということは、あなた達があの?」

「何? キュルケ、有名なのこの二人?」

「トリステインではかなり有名、ゲルマニアでも一部は知ってるくらいよ。確かついこのあいだ学院でも話題になったわよ。ほら、あの、『暴風雨』」

「ああ、あの強いことは強いけどそれ以外がまるで駄目なメイジ二人のならず者だっていう」

 

 本人の目の前で堂々と言い放つジョゼットは中々に剛の者であろう。キュルケは目を見開き慌てて二人に視線を移す。もしこれでこちらに敵意を向けてきたらすぐさまジョゼットを担いで逃げる。そんな覚悟までしたほどだ。

 

「ふ、ふふふふっ。ミス・ジョゼット、貴女は本当に面白い方ですね」

「別に貴女に笑われるようなことは言ってないわ」

「ふふっ。ご心配なく、これはそういう笑いではありませんもの」

 

 口元に手をやりくすくすと笑い続けたアンゼリカは、ではこのならず者にもう少しお付き合い頂けますかと問い掛けた。別段断る理由はなし、キュルケもジョゼットも首を縦に振る。

 それでは、と彼女は二人を伴いゴーレムの残骸まで足を進める。恐らくこの呪文の詠唱者、フーケは逃げていないのならばこの辺りにいるはず。そう言いながら土を呪文でどかし突き進む。

 そうして暫く進むと、顔のない死体を一つ見付けた。先程のフランの呪文を食らっていたのだろうと思わせる傷が、ゴーレムの製作者であることを、フーケであることを物語っている。

 とはいえ、二人はそんな考察をゆっくりする余裕はあまりない。凄惨な死体が目の前に横たわっているのだ。見慣れていなければ、最悪吐くなり気絶するなりしてもおかしくないだろう。

 

「……それでも意外と、冷静なのね」

「あら、『暴風』の方ね。わたしは一応、こういうの見たことあるもの」

「……意地よぉ」

 

 ジョゼットはともかくキュルケはそれだけで耐えるのか。そんなことを思ったフランは彼女の中でキュルケの評価をぐぐいと上げた。このことをきっかけにすることは出来ないが、今度学院でもう少し深く話でもしよう。そう考えつつ、アン、と仲間の名を呼ぶ。

 

「死体になってしまったけれど、一応これを騎士団に明け渡せば終わりかしら?」

「ええ。……もしよろしければ、お二人も討伐した者の一人として紹介しておきますが」

 

 どうされます、という問い掛けに、キュルケはブンブンと首を横に振った。何もしていないのにもらえない、とジョゼットも頬を膨らませながらその提案を却下する。

 その答えを満足そうに聞いたアンゼリカは、ではその代りと言ってはなんですけれど、と二人の手を取った。

 

「もし何か困ったことがあれば、『暴風雨』を尋ねてください。力になれるのならば、尽力いたします」

 

 何勝手に言ってやがる、と言いたいのをぐっと堪え、しかし表情は隠せず。ところが帽子のおかげで顔を見せることはなく、その視線も気付かれない。キュルケ達もまあ軽い口約束程度だからとそこまで周囲に気を配っていない。

 そのおかげでフランの正体がバレなかったのだから、結果オーライというやつであろう。

 

 

 

 

 

 

「……あの二人、騎士団がフーケを討伐したということになっているのは、別にいいのかしら」

 

 聞くわけにはいかない。ルイズは『フランドール』と接点などなにもない。だからまるでその場にいたかのような質問をすることは出来ない。何も言っていないのだから大丈夫なのだろうと自分を納得させることしか出来ない。

 はぁ、と溜息を吐いてから夕食のために部屋を出る。出来るだけ大人しく、深窓の令嬢感を出せるように気を付けながら廊下を歩く。同じように部屋を出て食堂に向かう生徒達と挨拶を交わし、さて今日はどんなデザートがあるのかなどと考えつつ。

 

「ねえ、ヴァリエール」

「はぇ!?」

 

 背後から声を掛けられ思わず声が裏返った。ついでにちょっと跳ねた。びっくりした、と呟きながら振り返ったルイズは、先程少し気になった相手の片割れがそこに立っているのを見て内心で表情を歪める。

 

「あらツェルプストー。どうかしたのかしら?」

 

 そうルイズが問い掛けても、キュルケは何かを言うことなくじっと彼女を見詰めるのみ。その態度にルイズも思わず硬直し、緊張した面持ちでキュルケの行動が終わるのを待つ。

 ふむ、と少しだけ首を傾げ、顎に手を当てて視線を巡らせた。

 

「ねえ、ヴァリエール」

 

 先程と同じ言葉を、もう一度述べる。なに、と返事をしながら、ルイズももう一度どうかしたのかと問い掛けた。

 

「あなたにお姉さん、いるの?」

「ええ。言わなかったかしら? 上の姉は今王都でアカデミーのお偉いさんをしているわ。下の姉は病弱だから公爵領の土地を少し分けられてそちらの当主をしているけれど」

「双子は?」

「は?」

「双子の姉か妹は?」

 

 そこまでくれば流石にルイズでも分かる。これは疑われているのだ。ルイズが『フランドール』ではないかと、探りを入れているのだ。

 どうする、とルイズは表情に出さずに考える。バレたら間違いなく学院生活は終わりである。どうにかして回避する方法は。いっそ存在しない双子をでっち上げるべきか。

 

「……ごめんなさい。変なこと聞いたわね」

「え? あ、いや、別にわたしは気にしないけれど」

 

 そうしている内にキュルケの方が折れた。そう簡単に口を割るとは思っていないと一旦引き下がったのか、それともこのやり取りでそうではないと結論付けたのか。眼の前の彼女の表情を見る限りでは、ルイズは判断出来ない。

 が、そんなはずないわよね、と呟いているのが聞こえたので恐らく後者なのだろう。よし、と心の中でガッツポーズを取りながら、そのまま二人は食堂までの道を歩く。キュルケはもやもやを晴らした顔で、ルイズはバレなかった安堵の顔で。

 だから、離れた場所でそのやり取りを見ていたもう一人を、ルイズは見逃した。

 

「双子の姉……か」

 

 キュルケは自分でその疑惑を持ったわけではなく、彼女に言われたから気になったのだということを、ルイズは知らなかった。

 ジョゼットは、ルイズの背中を見詰めている。似ているようで似ていない、あの時のメイジの背中と重なり合うかどうかを考えながら。




怪しまれながらも今回は終わり


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自由騎士録/Eine Kleine Alraune
その1


真面目な話を書こうと思っていたんです


 お花は女の子に言いました。

 

「あなたはとってもかわいくて、うらやましいわ。」

 

 ところが、女の子はふしぎそうなかおをしています。

 

「どうして? あなたのほうがわたしよりもずっとすてきよ。」

 

 お花はそれをきいてもうれしくありません。

 

 だってお花は、じぶんがきれいだと思っていなかったのですから。

 

「うそよ。わたしは、みにくいわ。あなたみたいに、かわいくない。」

 

「そんなことはないわ。あなたはとてもきれいよ。」

 

 そう言って、女の子はわらいます。

 

「そうだ。こんど、おきにいりのドレスをもってきてあげる。」

 

「ドレス?」

 

「ええ。それをきて、わたしといっしょにおどりましょう?」

 

 女の子はそう言って、お花の手をにぎりました。

 

 あたたかいその手をにぎり、お花はじぶんの中もぽかぽかしていくのをかんじました。

 

 

 

 

 

 

「こんちゃーっす」

 

 トリステイン王立図書館。そこに入る人物としては凡そ相応しくなさ気なその少年は、顔見知りの女性を見付けると軽く手を上げた。こくりと頷いたその女性は、いつもの用事ですかと少年に尋ねる。勿論とサムズアップをした少年は、女性が小さく溜息を吐くのを見ながらあははと頭を掻いた。

 

「いつもご迷惑おかけします」

「いえ。別にそれは良いのですけど」

 

 正直この少年が普通に読書をするような人間には見えない。変に騒がれたりするよりは、こうしてある程度の節度を持ってここで行動している分迷惑な客よりましであろう。こつん、と杖を軽く振ると、本棚の端にあった壁が静かに開いた。ではどうぞ、という女性の言葉に、ありがとうと彼は返す。

 彼が足を踏み入れたそこは、図書館とはまた違う異質な場所であった。本は確かに並んでいるが、そのどれもが読まれることを拒んでいるような雰囲気を纏っている。が、少年は慣れたものなのか、そんな本の間をすり抜けて机で何かを書いている男性のもとへと歩いていった。

 

「よう」

「……やれやれ」

 

 中性的な顔立ちのその男性、見た目からすれば少年ともいえそうなその人物は、彼を見ると肩を竦めた。何の用だいサイト、と顔と同じく中性的な声色で彼に訪問理由を問い掛ける。

 

「いや、ここに来るんだから理由は基本これだよこれ」

 

 そう言って才人はポーチから手紙を取り出した。そうだろうねと薄く笑った少年は、それを受け取ると机の横に設置してあるポストのようなものに投函する。

 

「三日以内には届けておくよ」

「さんきゅ。……返事は、来てないのか?」

「そこに置いてある箱の中だよ」

 

 これか、と才人は一枚の封筒を手に取る。ハルケギニアで作られたものとは思えないそれを見て、彼は口角を上げつつ封を切った。

 そこに書かれていたのは、こことは違う文字、彼の馴染みのある言語である。日本語で、ボールペンを使い書かれたそれを読んだ才人は、それを丁寧に畳むと封筒に入れ箱に戻した。

 

「いつも思うのだけれど、持って帰らないのかい?」

「……ちゃんと家族に無事を知らせられるだけで十分さ。それに、お前の代価にもなるんだろ?」

「まあね。君の国、日本の手紙はここに浮かんでいる絶筆書籍の糧になる。くれるというのならば遠慮なく貰うだけだ」

 

 薄く笑うと、少年はそれでと才人に尋ねた。用事はこれだけかい? そんな問い掛けに、彼はああそうだよと軽く返す。

 

「これから依頼も入ってるからな。そのついでにって寄ったんだ」

「そうかい。まあ精々気を付けることだね。今回の手紙が最後の手紙にならないように」

「当たり前だっつの。それに、俺一人じゃないしな」

 

 そうだったね、と少年は笑う。君達のおかげでこんな窮屈な場所に押し込められたのだから、とどこか皮肉げに彼は笑う。

 その言葉に才人は当たり前だと返した。俺の主人を生贄にしようとしていたんだからそれでも軽い方だと鼻を鳴らした。

 

「おお怖い。……まあ、いいさ。僕はここで知識を蓄え絶筆書籍を完成させていくよ」

「おう。こっちも別にカトレアさんや仲間達に危害を加えなきゃ協力はするしな」

「そうかい? なら、ついでに少し協力してもらおう」

 

 ニヤリと口角を上げた少年は指を組み肘を机の上に乗せるとそこに顔を寄せた。いかにも何か企んでいますと言わんばかりのその顔に、才人も思わず表情がこわばる。

 

「おいダンプリメ」

「君が今言ったスタンスを崩すことではないよ。ついでのお願いさ」

 

 笑みを浮かべているダンプリメを胡散臭気な目で見つつ、まあいいと彼は手で続きを促した。自分で言ったことだ、ここで断るのも体裁が悪い。

 ふう、と息を吐いたダンプリメは、ところで君は知っているかいと問い掛けた。一体何をだ、と聞き返すと、彼はとある場所の名前を述べる。

 

「『ファンガスの森』というガリアの閉鎖地区だ。そこで合成獣(キメラ)の研究が行われていた」

「キメラ? ヤギとライオンとドラゴンが混ざったあれか?」

「それは恐らくキメラドラゴンと呼ばれるタイプだね。その森の主とも言われている」

 

 ふーん、と返事をしつつ、それがどうしたのだと才人は問い掛けた。まあ話はこれからさ、とダンプリメは笑う。今君が言ったキメラのことだが、口角を上げる。

 

「興味深いとは思わないかい?」

「捕まえてこい、とか言わねぇよな?」

「一部を持ってきてくれるだけでも有用さ」

 

 要は素材の納品か、と若干ゲーム脳的な答えを才人ははじき出す。まあそのくらいならば考えてもいいか、と彼は頷こうとした。自分から行くことはないが、覚えていて、その機会があったら持ってこようと言いかけた。

 が、ダンプリメは首を横に振る。欲しいのはそれだけではない、と指を立てた。

 

「その森にいる合成獣は、凡そ騎士が退治出来る程度のものしかいない。もっとも、既にそこで生態系を確立させているらしく全滅は出来ないみたいだけれどね」

「それがどうしたんだよ」

「おかしいのさ。そこの研究者を殺した、恐らく『喰った』合成獣が、そこにいる気配がない」

「は?」

 

 そこで研究していたメイジはそれなりの数がいた。それらが全て殺され、捕食された。そして、キメラは食らった相手を血肉として更なる進化を遂げるものもいる。だというのに、肝心の森にいる中の頂点は捕食しても大した進化をしていないキメラドラゴンがいるのみだ。

 

「だから僕はこんな予測を立てた。研究者を『喰った』合成獣達は、確固たる意思を手に入れ各地に散らばった」

「……ぞっとしねぇな」

「場合によっては更に何かを『喰って』成長しているかもしれないね」

 

 ははは、とダンプリメは笑う。笑い事じゃねぇと才人は苦い顔を浮かべた。

 しかし、そうなると。彼の言うその依頼は、自分にとってもそう悪いことではないと思えてきてしまった。どこにいるかは分からないその怪物は、場合によっては自分の大切な人達に危害を加えるかもしれない。ならば、その前に。あるいは、そうなった時に。

 

「いやちょっと待て。今『達』っつったか?」

「言ったよ。少なくとも三体はいるんじゃないかな? 研究者も一人ではなかっただろうしね」

 

 まああくまで予想だけれど、とダンプリメは続ける。あの王女が行動していないのだから、間違っているのかもしれないしね、と彼は笑った。

 

「他の国で暴れてるだけだから放置って可能性もあるぜ、姫さまだったらよ」

「ははは、その通りだ。――ところでサイト、君の今回の依頼はなんだったかな?」

「は? 今回は」

 

 トリステインの中でも比較的ガリアに近い位置にある村で、得体の知れないものが村人を襲っているらしい。そんな報告を受けた結果、自由騎士が正体の看破、ないし討伐を命じられた。というものである。

 

「……マジかよ」

「もしそうだったら、依頼の品を忘れないでくれよ」

 

 

 

 

 

 

「……んー。どうなんだろう」

 

 ガタゴトと揺れる馬車の中で、金髪の少女はそう言って首を傾げた。まだ幼いと言っても過言ではないその少女は、猫耳を模したフード付きの外套を纏い、背もたれに体を預け隣に座っている才人を見る。ここに来るまでの話を彼から語られ、意見を求められたのだが、彼女の出せた答えはそんなものでしかなかった。

 

「やっぱ、そうだよなぁ」

「でも、確かに怪しいね」

 

 ううむ、と少女の眉が潜められる。得体の知れないもの、正体の不明の怪物。そんな言葉で片付けられている今回の相手のことを考えた場合、ダンプリメが才人に述べた話が真実味を帯びてきてしまうのだ。

 

「この依頼書によると、村の近くにある森の奥にそれがいるみたいだけど。村そのものが襲われたって話は無いみたい」

「そこに迷い込んだやつだけを襲うってことか?」

「そうだね。……というかこれ、そもそも本当に襲われたかどうかも分からないんじゃ」

 

 どういうことだと才人は依頼書を覗き込む。襲われた被害者は数名、そのどれもが行方不明でしかないのだ。

 

「死体が見付かってない」

「うん。まるごと食べたのか、それとも怪物なんかいなくて攫われただけなのか」

「それか、誰も本気で探していないか、だな」

 

 最後の可能性はまあ、しょうがないと才人は思う。森の奥で姿を消した人間を探しにいけば、高確率でその人物も行方不明者の仲間入りを果たすであろうからだ。

 だが、しかし。才人はどこか腑に落ちないようで難しい顔をしたまま依頼書を眺めていた。

 

「どうしたの? お兄ちゃん」

「ん? いやエルザ、ちょっと気になってな」

 

 どうしてそんな状態で得体の知れない怪物がいるという話になったのか。見る限り森の中の調査は出来ていない。死体も痕跡も探せた様子もない。なのに、何故。

 言われてみれば、とエルザも依頼書を再度眺める。が、それ以上の情報は出てくることはない。仕方ないと肩を竦め、とりあえず現地調査といこうと才人に述べた。

 そうこうしているうちに件の村に到着である。今回は馬車がきちんと用意されていたため、才人も別段困ることなくここまで来たが、問題はこれからだ。とりあえず村長の家へと向かい、依頼書と照らし合わせ状況を尋ねた。

 大体同じことを確認し、新たな情報を手に入れることもなく。二人は用意された宿へと向かいながらどうしたものかと首を捻った。

 

「やっぱり森に突っ込むしかないか」

「んー。確かにそうだけど。もう少し待ってからでもいいんじゃないかな?」

 

 村の中でも何か怪しい痕跡が見付かるかもしれない。そう告げられ、それもそうかと才人はエルザに微笑みかける。それに笑みを返したエルザは、じゃあ行こうかと彼の手を取った。

 村自体はそこまで広いものではなく、気合を入れれば数時間で見て回れる程度の規模だ。日が傾きかけた頃、二人は難しい顔をしながら再び宿へと向かっていた。成果は殆ど無い。

 

「ん?」

 

 そんな中、ふと空を見上げた才人が気になるものを見付けた。小高い丘に建っている屋敷である。そこまで大きなものではないが、村長の家よりも大きなそれは、本来ならば目立たないはずがないもので。

 

「なあエルザ」

「何?」

「あの屋敷の話って、俺達聞いたっけ?」

「え?」

 

 そう言われ、才人の指差す方向をエルザも見る。本当だ、と目をパチクリさせた彼女は、才人に視線を戻すとコクリと頷いた。

 踵を返す。手早く聞き込み調査を行った二人は、しかし手に入った情報を眺め肩を落とした。

 

「外れか」

「んー」

 

 少し前にここに住んでいた豪商の屋敷らしい。貴族ではなかったが、メイジの家系でもあったらしく、一人娘は軽くではあるが魔法も使えたのだとか。

 そして、怪物の噂が現れる頃に夫と妻は殺され、娘は森の中で最初の行方不明者となった。

 

「この夫妻が殺された、ってので怪物の存在を主張してるわけだ」

「死体がどんな状況かは分からなかったけど、まあ、そういうからにはそうなんじゃないかな」

 

 多少の手掛かりではある。が、それが怪物の正体に近付くものかといえば答えは否。村の人間が話さなかった理由も、きっかけとなった最初の事件なのだから当然知っていると思っていたという言われてみれば至極もっともなものであった。

 

「やっぱり森の調査か」

「しか、ないかなぁ……」

 

 ううむと二人で唸りながら宿に向かう。話は聞いていますと宿屋の店主は頷き、ではこちらですと用意された部屋へと案内した。

 部屋は一つである。

 

「ん?」

「え?」

 

 ベッドも当然一つである。何でだと店主に問い掛けると、そういう話でしたからと苦笑するばかり。まあつまり依頼主であるトリステインの仕業らしい。細かく言うならばアンリエッタの手際である。

 

「……んじゃ、俺床で寝るわ」

「え? ……別に、一緒に寝れば、いいでしょ?」

 

 こういうことも初めてじゃないし。と、エルザは少しだけ顔を赤くしながらもじもじと指を動かす。その仕草はとても可愛らしく、その筋の人間ならばあっさりと陥落してしまうであろうことを伺わせた。

 

「いやでも毎回言うけどマズいんだってば色々と」

「わたし、これでもお兄ちゃんより――サイトさんより、年上よ? 貴方が望むなら、そういうことも、叶えるし」

「だから年齢はそうかもしれないけど絵面がアウトデスヨ!? いや、うん、駄目だよ」

 

 むう、と少し頬を膨らませたエルザは、才人へと足を踏み出した。半ば強引に手を引きベッドへと座らせた彼女は、そのまま彼の唇に自分の唇を重ねる。くちゅり、とその最中にほんの少し湿り気のある水音が響いた。

 

「わたしじゃ――駄目? わたしのことは、嫌い?」

「……そんなわけ、ないだろ」

 

 ぐい、とエルザの肩を引き寄せる。きゃ、と可愛らしい悲鳴を上げた彼女を自身の隣に横たわらせると、才人はほんの少し赤い顔で、困ったような笑みを浮かべて、言葉を紡いだ。

 

「まあ、でも。今は、一緒に寝るだけだ」

「ふふ。もう、しょうがないなぁ……」

 

 尚、ここに彼の仲間である喋る短剣がいればこう述べたであろう。毎回アホやってるんじゃないですよ、後サイトは死ね。と。

 

 

 

 

 

 

 女の子はお花とおしゃべりをしています。

 

 けれど、そのかおはどこかかなしそうでした。

 

「どうしたの?」

 

 お花のといかけに、女の子はぽたりぽたりとなみだを落としました。

 

「ごめんなさい。ドレスをもってこられなかったの。」

 

 なんだ、とお花はわらいます。

 

 女の子は、どうしてわらうのとプンプンおこりました。

 

「ドレスなんかいらないわ。わたしは、あなたがいてくれればしあわせだもの。」

 

 そう言って、お花は女の子をだきしめました。

 

 ぽかぽかしたきもちは、お花の中にどんどんと生まれていきます。

 

 ありがとう、と女の子は言いました。

 

「わたしたち、ずっといっしょよ。」

 

 そう言って、女の子もお花をだきしめました。

 

 ふたりのしあわせなじかんは、つづいていきます。

 

 ずっと、ずっと、つづいていくと、ふたりはそう思っていました。

 




当初のプロットから二転三転して出来た話が更に歪んだ


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その2

ファーストキスから始まる恋のヒストリーなど無い


 お花はとてもかなしんでいました。

 

 女の子がやってこないのです。

 

 どうしたんだろう、なにかあったのかな。そう思っても、お花は女の子をさがしにはいけません。

 

 お花は、女の子のいる村にいけば、こわがらせてしまうとしっていたのです。

 

「さみしいよ。さみしいよ。」

 

 お花はぽろぽろとなみだをながします。

 

 きらわれたのかな、おこらせたのかな。そう思っても、お花は森でなくばかり。

 

「さみしいよ。さみしいよ。」

 

 お花はぽろぽろと、なみだをながします。

 

 

 

 

 

 

「んー……。そっちはどうだ?」

 

 森の中をガサガサと掻き分けて進んでいた才人は、少し離れた場所にいるエルザに声を掛けた。が、向こうも特に異常はなしと首を横に振る。

 もう少し深いところなのだろうか。そんなことを言いながら才人へと近付いてきたエルザは、しかしふとそこで動きを止めた。

 

「エルザ?」

「……」

 

 何かを探るように周囲を見渡す。次いで眉を顰めると、何か嫌なものを見たと言わんばかりの顔で才人に向き直った。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「どうした?」

「ここで誰か殺されてる」

 

 は、と才人は間抜けな声を上げた。が、すぐに表情を戻すと、エルザと同じように周囲を見る。彼女と違いその痕跡を見付けられなかった才人は、難しい顔をしたまま説明を求めた。

 

「血が流れた臭いが残っていたの。普通の人間なら気付かないけど、ほら、わたしはね」

「ふむふむ。ん? なんでそれで殺されたって」

「臭いの付き方が、何かの拍子に怪我をしたっていう感じじゃない。誰かが、血を流させたんだ」

 

 成程、と頷いた才人は屈み込むと地面に手で触れる。手についた土を眺め、そして指でこすり合わせた。

 

「もう少し頭を下げないとわたしのパンツは見えないけど」

「さっきまで真面目な話してたよね!?」

 

 まったく、と溜息を吐きながら才人はがくりと項垂れる。地面につくかと思われるほど頭を落とした彼は、それで他に何か分かることはないかとその状態のまま顔を横のエルザへと向けた。

 

「痕跡自体はそこまで古くないよ。例の怪物がやったのかもしれない」

「だとしたら……おかしくねぇか?」

「うん、そうだよね」

 

 二人のいる場所は森の中ではあるが、まだ深いとは言えない位置である。もしここで殺されたのならば、当時はその痕跡を見付けられないはずがない。

 森の捜索を最初から全く行っていない限り。

 

「何か、あるな」

「うん。少なくとも、森を探すだけじゃ駄目だってのは分かったよ」

 

 よし、と才人は立ち上がる。森の探索と村の聞き込み、二手に別れようと彼は述べた。別段反対する理由はないので、エルザはそれに素直に頷く。とりあえず痕跡を見付けられるエルザが先に森の探索、騎士としての身分が役に立ちそうな才人が村の聞き込みとなった。

 そして宿である。今日一日の成果はどうだ、という才人の言葉に、エルザは難しい顔をして頭を振った。

 

「あの場所以外の痕跡は付近にはなかったよ。もっと深い場所か、森以外なんじゃないかな?」

 

 エルザの言葉にどこか引っかかりを覚えたが、才人はそうかととりあえず流す。じゃあこっちの番だなとポーチからメモを取り出した。

 

「予想通り、事件以降森の中に立ち入ったことはないらしい。精々が入口付近、外からでも見える程度だな」

 

 それ以上進むと犠牲者の二の舞になるかもしれないと皆警戒していたらしい。だから比較的浅い場所にあったあの痕跡も当時は辿り着けなかったのだろう。そういう結論になり、才人はボリボリと頭を掻いた。

 

「まあ、正直胡散臭かった」

「そうなんだ」

「いや、聞いた人達は嘘を吐いてるって感じじゃなかったけど、何かどうも、そういう風にされてるのを聞いたからって感じみたいな」

 

 当事者であるはずの村の人間がまた聞きに近い情報しか持っていないように思えた。そう述べ、ただ、と何かを思い返すように視線を上に向ける。指をクルクルと回しながら、これはあくまで勘なんだがと言い訳をするように前置きをし、彼は難しい顔のまま言葉を紡いだ。

 一部の人間は、こちらの質問を避けているフシがある。そう言ってベッドに倒れ込む。

 

「避けてる?」

「おう。何ていうか、欲しい答えと違うものをわざと渡してくるみたいな」

「それは別にそうやって言えば」

「言っても上手くいかなかったんだよ。俺そういうの苦手なんだよなぁ」

 

 そういうポジションはどちらかといえばエルザか、ここにはいないもう一人の担当である。だから明日は任せた、と彼は力無く手をひらひらさせた。

 

 

 

 

 

 

 翌日、今度は森の探索担当になった才人は奥へ奥へと足を進めていた。そこに迷いは見当たらず、情報収集する気すら見受けられない。つまりは何も考えず、とりあえず奥へ行けば何かあるだろうという行き当たりばったりで歩いているのであった。

 

「……」

 

 が、木々に囲まれ周囲が薄暗くなってきた辺りで足を止める。既に森の中心部に近く、何かいるとすれば間違いなくこの付近であるはずだ。だというのに、それらしき気配は全く無い。

 

「やっぱり、村で何かあった、ってことか?」

 

 怪物に見せかけた何かの仕業。そう考えた方がいいのかもしれない。よし、と息を吐くと、才人はとりあえずいっそ向こう側まで突っ切ってみようと足を動かした。最悪全力で元来た道を走れば、自分一人ならば帰ることも出来る。

 そうして再度茂みを掻き分け歩いていた才人は、そこでふと足を止めた。何かが聞こえてくるのだ。得体の知れない怪物の鳴き声、人が食われている音。そういう物騒なものではなく、これは。

 

「歌?」

 

 自分の耳が腐っているのでなければ、これは誰かの歌だ。その方向に当たりをつけ進行方向を変えると、耳に届くその歌声は段々と大きくなる。いきなり飛び出すと警戒されるだろうと考え、途中から静かに移動することにした。

 そうして暫く行くと、ほんの少しだけ開けた空間に、まるでスポットライトに照らされるようなその場所で。切り株に座り地面にギリギリつかないその足をブラブラとさせながら、一人の少女が空を見上げ歌を口ずさんでいた。薄い桃色の髪は彼の主人やその妹とはまた違うが長く美しく、右耳辺りで小さく三つ編みにした髪が一房垂れ、模したのかあるいはそのまま使っているのか鮮やかな花が髪飾りのように左耳より少し上に添えられている。少しフリルの付いたドレスは落ち着いた色合いではあるが華やかで、しかし彼女の美しさを引き立てるのに役立っていた。スタイルも遠目で見る限り整っており、特に胸部の膨らみはとても柔らかそうでふわふわとしたイメージを抱かせる。ぱちりと少し大きめな目はくりくりと可愛らしい、鼻筋もスラリとしており、唇は小さめではあるが瑞々しく。

 

「……おおぅ」

 

 要するに才人の好みであった。暫しその場に佇み、彼は彼女が歌うのをただただ聞いている。立っているのもなんだし、と仕舞いには座り込んでしまった。

 楽しそうに歌っている。最初はそう思っていた才人であったが、しかし聞いている内に何だか違うような気がして視線を彼女の目に向けた。空を見ている少女の目は、そのままを見ているわけではない。空を通して何かを、あるいは誰かを見ているようで。

 寂しいのか。口は出さないが、彼はそんな感想を抱いた。

 歌が止んだ。途中で止めたわけではなく、歌い終わったのだろう。ふう、と息を吐いた少女は、そのままゆっくりと才人に視線を向けた。

 

「だぁれ?」

「え、あー、っと。ごめん、邪魔をするつもりはなかったんだ」

「別に、何も邪魔はしていないわ。邪魔はしなかったでしょ?」

「は? え? ああ、そういうことか。いや、きれいな歌声だったから」

 

 キョトンとした表情で少女は才人の言葉を聞く。ぱちくりと目を瞬かせ、そしてニコリと笑った。褒めてくれたわ、と切り株から立ち上がると、そのまま彼のもとへと駆けてくる。

 ばるんばるんした。

 

「歌、良かったかしら?」

「ああ。よかった」

「えへへ。そっか」

 

 笑いながら少女はくるりと回転する。くるくると回りながら、やったやった、と子供のようにはしゃいでいた。

 そうした後、じゃあ他のことも見て欲しいな、と彼女は才人に述べる。言っている意味がよく分からなかった才人は首を傾げ尋ねると、こっち、と少女は彼の手を取った。

 

「いやだから、何を見て欲しいんだよ」

「他のことよ。歌以外の、わたし」

「意味分かんないんですけど!?」

「分からない? そっか……」

 

 んー、と人差し指を頬に添えて少女は首を傾げる。何て言えばいいんだっけ。そんなことを呟きながら、何かを思い出すように視線を彷徨わせた。

 

「えっと、そう。お料理とか、お洗濯とか、夜の相手とか」

「ああ、そういうことねってちょい待った! 何か最後おかしくなかった!?」

「おかしい? ご飯が美味しいか、服の支度が出来るか、寝る場所はきちんとしているか。あ、そうだ。い、しょく、じゅう」

「……あ、そういうことね」

 

 期待してない、期待なんかしてなかった。小声で歯を食いしばりながらそんなことを呟いた才人は、コホンと咳払いをして少女を見た。どうにも先程から言動が少しおかしい。人とのコミュニケーションに慣れていないというか、人の生活を真似ているだけというか。そんな疑問が頭をもたげたが、しかしニコニコと笑う少女を見ているとどうにもやり辛い。

 これが演技で作戦だったら大成功だな。そう思いつつ、才人は促されるまま少女に引っ張られ森の奥へ入ってく。

 その最中、あ、そうだ、と少女が述べた。そういえば、聞いていなかった、と少女が振り向いた。その顔は笑顔。だが、先程までとは違う、何か別のものに変わってしまったような、そんな雰囲気を纏っていた。

 

「あなたは、人? それとも、餌?」

 

 

 

 

 

 

 思わず腰の刀に手を掛けた。少女はキョトンとした表情で、どうしたのと問い掛けてくる。悪意は感じられず、もしここで己が刀を抜いた場合、悪人なのはどちらかと聞かれれば。

 

「……質問の意味分かんねぇよ」

「え? 何が?」

「何だよ餌って。お前、人を喰うのか?」

 

 才人のその言葉に、少女は何を言っているのと眉を顰めた。唇を尖らせ、心外だとぶうたれる。

 

「人は食べないわ。わたしが食べるのは、餌」

「だからそれの意味が分かんねぇっつってんの!」

「分からない? 餌は餌でしょ。わたしを見て、これをどうにかしてやろうと近寄ってくる奴ら」

 

 これ、と少女は己の体を指差す。その拍子に大きく柔らかそうな膨らみに指が当たり、むにょんと弾力を証明した。

 

「無理矢理犯そうとしたり、お金儲けに使おうとしたり。そういう奴らは人じゃないから、餌」

「極端だなおい」

 

 はぁ、と溜息を吐きつつ、しかしまあそういう連中はある意味仕方ないかと才人も思った。少なくとも今例に挙げたようなことをする輩は、殺す殺さないは別として彼でも普通に斬る。

 が、しかし。今の話を聞く限り、目の前の少女は間違いなく人食いだ。食べる人間を選んでいるとはいえ、人からすれば化物に変わりはない。森の中にいることを踏まえても、彼女が恐らく依頼書にあった村の人間を襲ったという犯人だろう。

 

「……」

「どうしたの? あなたは人でしょ? 人は食べないわ」

 

 心配しないで、と微笑む少女を見ていると、才人の中の決心はえらくあっさり揺らいでしまう。今ここで彼女を斬り殺せば仕事自体は終わりのはずだ。後は首なりなんなりを切り落として証拠として持って帰ればいい。普通の傭兵ならばそうするのが正解だ。

 だが、才人は傭兵ではないのだ。彼は自由騎士、アンリエッタとカトレアから『己の信ずるままに行動する』許可を得ている存在だ。それがたとえ、今受けている依頼に反するとしても。

 

「なあ」

 

 才人は少女に尋ねた。彼女が倒すべき化物なのか、それともそうではないのか。それを確かめようと思ったのだ。

 

「俺は、この森の近くにある村からの依頼で、森に住む正体不明の化物を退治しに来たんだ」

「……そうなの? 大変ね」

「村そのものが襲われてるわけじゃなくてな、森の中に迷い込んだ人が行方不明になっているらしい」

 

 ふーん、と少女は才人の言葉に頷きを返す。それで、とそのまま話の続きを促した。何か聞きたいことがあるのかな、と彼に問い掛けをした。

 

「……村の人間を襲ったのは、お前か?」

「知らない。わたしは村を知らないもの」

「そうか。……じゃあ、質問を変えるぜ」

 

 お前はこの森で何人喰った。静かにそう述べた才人は、思わず唾を飲み込んだ。自分でも思った以上に緊張していたらしい。

 対する少女は、それを聞いて笑みを潜めた。少し考える素振りを見せた後、顔を背け視線を落とした。その一瞬見えた表情は、先程歌っていた姿を見た時に彼が感じたものと同じ。寂しそうで、そして悲しそうで。

 

「人は……ひとりだけ、食べたわ」

「……そうか」

 

 ああもう、と才人は頭を掻いた。本来ならばここで化物の正体はこいつだったのだ、と斬りかかる場面なのだが。

 駄目だ出来ん、と才人は悶える。基本的に彼は美人に弱いが、それ以上にお人好しである。一度決めれば美人だろうが袈裟斬りにする切り替えはあるが、その切っ掛けがなければ動きはとても鈍い。

 早い話が、余程のことがない限りこちらに敵意を向けているか襲ってきていない相手を倒しにいけない性質なのだ。

 

「変な人」

「あ?」

「攻撃してくると思ってた。だって、わたしを殺しにきたのよね?」

「ちげぇよ」

「違うの? 餌ならもっと食べたわよ?」

「分かってるよ。さっきの言い方はそういう感じだった」

 

 才人と会話していく内に調子を取り戻してきたのか、少女の言動からズレが大分消えている。そういう言い方も出来るようになっている。それが分かっているから、才人は尚更迷ったのだ。

 

「……餌、か。あ、ちょっと待て」

「どうしたの?」

 

 ふと気が付いた。先程の少女の言葉を信じるならば、彼女が『餌』と断じた相手は少なくとも善人ではなく、犯罪者かそれに近い人間だ。そして依頼書を鵜呑みにするのならば、森で行方不明になったのは村の住人だ。

 

「お前が食った、その餌? はどんな奴だったんだ?」

 

 ピクリと少女が反応した。今までとは違うあからさまな嫌悪の表情で、そんなことを聞くのかと言わんばかりの表情で。

 それでも才人はそれを聞かなければ納得出来ない。あるいは、答え合わせが出来ない。だから、たとえ少女の機嫌が悪くなろうとも、彼はそれの答えを待つ。

 

「……あいつらは」

 

 そんな彼の思いが伝わったのか、少女は不機嫌な表情のまま、ふんと鼻を鳴らすとそっぽを向いた。そのまま、ぽつりと言葉を零す。

 その声色は、やはりとても寂しそうで、そして無性に悲しそうで。

 

「あいつらは、ニーナを汚した」

「ニーナ?」

「わたしの、友達を! ニーナを! 汚した! 乱暴した! 悲しませた!」

「……」

「だから! 殺した! あんなやつら、全部喰った!」

 

 泣いているように、思えた。

 

 

 

 

 

 

 お花は女の子にあいたくてしかたがありません。

 

 こっそり、見つからないように。お花は森から女の子のいる村に行こうとしました。

 

「そうだわ。」

 

 せっかくなので、お花は女の子にもらったおきにいりのドレスを来ていくことにしました。

 

 女の子と会ったときに、きれいだよとほめてくれると思ったのです。

 

 お花は森をあるきます。

 

 そのとちゅう、お花は女の子が泣いているのを見つけました。

 

「どうしたの? どうして泣いているの?」

 

 女の子はたくさんなみだをながしながら、ごめんなさいとお花に言いました。

 

「もうあえないの。」

 

 そう言って、女の子はわんわんと泣きます。もうすぐここから、ずっと、ずうっとはなれた場所に行かなくてはいけないのです。

 

「どうして? いやだ、いかないで」

 

 お花もなみだをながします。はなれたくない、と女の子をだきしめました。

 

 ごめんなさい、と女の子は言います。泣きながら、たくさんなみだをながしながら、それでもお花におわかれを言います。

 

「そのドレス、とてもすてきだわ。」

 

「うん、あなたがプレゼントしてくれたのだもの」

 

「ありがとう。さいごにそれを見ることができて、よかったわ」

 

 女の子は泣いています。でも、ドレスすがたのお花を見て、うれしそうにそう言いました。




恋バナがないとは言っていない


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その3

四月馬鹿的な何かはありませんよ、念の為


 お花はひとりぼっちで歩いていました。ともだちなんかいません、いっしょにいたやつらは、あばれるばっかりでなかよくなんかなれません。

 

 だからお花はひとりで歩きました。どこかになかよくなれるだれかがいないかな。そんなことを思いながら歩きました。

 

 お花はさびしがりやでした。でも、人のいるところにいくとお花はこわがられてしまうので、こっそりと歩きました。

 

「このあたりならいいかしら。」

 

 お花は森の中にすむことにしました。人もあまりこないので、これならこわがらせることはありません。

 

 でも、人のすむところはちかくにあったので、もしかしてなかよくなれるかもしれない、とわくわくしていました。

 

 ところが、ここでも人はお花をこわがります。ばけものだ、とにげていくのを見て、お花はしょんぼりしてしまいました。

 

 そんなある日、お花がひとりでうたっているところに、女の子がやってきました。

 

「すてきなうたね。」

 

 そう言って女の子は笑います。

 

 お花は、こわくないの、とききました。じぶんはばけものだから、きっと人はこわがらせてしまうだろうと思ったのです。

 

 女の子は、そんなお花を見てふしぎそうな顔をしてこう言いました。

 

「どうして? あなたは、とってもかわいいわ。」

 

 

 

 

 

 

「成程」

 

 うーむ、とエルザは屋敷の門を見て一人唸る。才人の情報収集能力はお世辞にも高いとは言えない。普通程度ではあるが、肝心なところで抜けている彼は重要な部分を見逃すことが多いのだ。

 それを踏まえ、エルザは少々強硬策を取った。半ば無理矢理情報集を行ったのだ。彼の言っていた村人の隠し事、それを抜け道を使って聞き出したのだ。

 その結果が村外れの丘の上の屋敷である。よくよく考えずとも、最初の犠牲者とされる者の住居を調べないという選択肢は普通に考えてありえなかった。

 それを失念していたのは、村人が当たり前だとして気にも止めていなかったこと、そして。

 

「隠し事の中心部、かな」

 

 ゆっくりと扉を開ける。少々渋られたが、依頼を請けてやってきた騎士に逆らうというのがどういうことを意味するのか分かっていた村長は仕方なしに鍵を渡したのだ。

 中に足を踏み入れると、薄暗いものの存外埃臭くないことに気が付いた。既に住人がいなくなっているにも拘らずこの状態ということは、つまり。

 

「んー、と」

 

 一人うろうろと中を見回る。凡そ目ぼしいものは見付からなかった。が、それが逆にエルザの予想を確信に変えさせる。

 そう、化物に殺されたとされる家の中身が、碌に無いのだ。処分する人間など誰もいないはずなのに。

 

「つまり――」

 

 バタン、と扉の閉まる音がした。ん、と視線をそちらに向けると、いつの間にか入り口を施錠され、そしてそこからやってきたガラの悪い男と隠し事をしていたとされる村人達の姿が見える。

 どうしたのかしら、とエルザは問い掛けた。こんな小さな女の子と話をするにしては、随分と物騒ではないか。そんなことを思いつつ、軽く口にもしつつ、それで用件はなんだろうと一人に述べる。

 決まっているだろう、と男は下卑た笑みを浮かべた。騎士のお伴だか何だか知らないが、一人でこんなことをしていてはこうなっても仕方ない。一歩踏み出し、そしてエルザを押し倒し手と足を拘束する。

 

「年端もいかない、と思っていたが、何だ案外いい体をしているな」

「……褒め言葉と受け取っていいのかしら?」

「ああ、そうだな。あの冴えない騎士が抱くのも無理はないか」

「抱ぁっ!?」

 

 いや別に今回はそこまでされていないのだけど、そんなことを思ったが、ついその光景を頭に浮かべてエルザは顔を赤くしてしまう。

 と、そこで彼女は気付いた。今自分を組み伏せている男は、宿屋で見た顔だ。そういうことか、と冷静になったエルザは、それでどうする気なのかと男に問う。

 

「そうだな。とりあえず少しこちらで楽しんで、その後はあの騎士を脅す材料にでもするか」

 

 なあ、と周りの連中に同意を求めると、まあそんなところだろうという答えが返ってきた。そういうわけだから、諦めろ。そう言って男は舌なめずりをする。

 

「もっと成長した女の方がいいんじゃないの?」

「文句を言って機会を逃したら後悔するだろう? 俺ぁあの時学んだんだ」

「あの時?」

「そう、あの時さ。ここの一人娘が、後ろの連中の仲間達に犯されてる時にな」

 

 そういう情報をこれまで隠してきたのだろう。だが、圧倒的優位に立っていると思っている状況では、つい口が軽くなる。男は聞いてもいないのに、ペラペラとその情報を喋りだした。

 ここの主人の持っている金を奪うために、村人の一部が盗賊崩れと手を組み一家を惨殺したこと。一人娘が森に逃げ込み、それを追いかけていった男達は少女を捕まえそこで散々に弄び楽しんだこと。実行犯は盗賊崩れ、根回しのために主人に仕える者達を全て抱き込んで殺しやすくしたのがここにいる村にいた連中だということ。

 

「まあ、俺はあの一人娘が泣き叫ぶのを見て見付かりそうだとつい逃げちまった」

「……だから」

「ん?」

「だから、助かったの?」

 

 主語のないその問い掛けに、男は何となく察しがついた。ああそうだ、と笑いながら答えた。

 結局一人娘を乱暴していた連中はそのまま帰ってこなかった。その後、連中がいたであろう場所をこっそりと確認しに行った他の仲間は、血塗れの木々を見て腰を抜かし慌てて逃げ帰ってきたのだ。

 

「森の化物は噂にはなっていたが、まさか本当にいるとはな」

「ふーん。……それ以外に、森で誰か殺した?」

「あん? まあ怖気付いて自白しようとしていた奴を二・三人連中がそこで殺したって聞いたが、それがどうした?」

「ううん、別に」

 

 成程、とエルザはパズルのピースがはまっていく感覚を得た。あの血の跡はそれほど犯人と関係がない。村での犠牲者もこいつらの関係者で間違いあるまい。まあつまり化物が狙っているのはこの村ではなく、違うもの。

 そして、話を聞く限り、その化物と才人が出会った場合。

 

「……また誑し込んでるのかな」

「何をブツブツ言ってやがる」

「別に? その化物って男なのか女なのかどっちなんだろうって」

「化物に性別なんぞあんのかよ」

「あるわよ」

 

 ふう、とエルザは息を吐く。全身に精霊の力を使い、一時的に惰力を並の人間では太刀打ち出来ないほどまで跳ね上げた。無理矢理立ち上がり男を弾き飛ばすと、念の為、と開けていた外套を被り直した。

 足に力を込める。その拍子に床がひび割れるのを見て、目の前の男達はぎょっとして一歩後ずさった。

 

「だってわたし――化物だもの」

 

 そう言ってエルザが口角を上げる。

 その口元には、人間ではありえないほどに鋭く尖った牙が生えていた。

 

 

 

 

 

 

「……なあ」

「なぁに?」

 

 森の中にあった小さな小屋。そこで所在なさげに座っている才人は、目の前の少女をなんとも言えない表情で見詰めていた。

 森で一番分かりやすい場所、という才人の要望に応えて少女が案内したのがここである。曰く、彼女と友人の場所なのだとか。

 

「俺がここに来てよかったのか?」

「人なら、いいわ。餌は駄目」

 

 ふふん、と少しだけ口角を上げた少女は、ところでお腹空いてないかと彼に問う。まあそこそこ、と返すと、それは良かったとばかりに笑みを見せた。

 ちょっと待っていてと少女は食料庫に置いてあった野菜を取り出し、手慣れた手付きで調理を始めた。その姿を座って見ながら、才人は何だかこれ恋人同士の一幕みたいだなと見当違いのことを考えてしまう。

 暫くして、はいどうぞ、と皿に炒めものが盛り付けられ差し出された。予想外のその一品に、才人は思わず少女の顔をマジマジと見てしまう。

 

「どうしたの?」

「いや、料理出来るんだって」

「ニーナのために覚えたの。……もう、使う必要もなかったんだけど」

 

 そうか、と才人は深く追求するのを避け、とりあえず野菜炒めを口に入れる。予想外に美味く、思わず目を見開いた。

 

「美味しい?」

「ああ。びっくりだ」

「そっか。えへへ、よかった」

 

 対面に座っている少女は無邪気に笑う。その顔を見ながら、才人は先程のやり取りを思い出していた。少女が喰ったとされる連中、その中に恐らく村の住人がいたはずだ。だからこそ、今回の依頼が出された。正体の看破、ないしは討伐。

 今ここで、料理を振る舞ってくれている少女を、こちらに笑みを向けてくれているこの娘を。先程も迷っていた答えを、彼はどうしても出すことが出来ない。

 

「もう、聞かないの?」

 

 そんな彼の様子を感じ取ったのか。少女は不思議そうな顔で才人にそう問い掛けた。一旦落ち着くのも兼ねて、ということで提案された彼の要望には応えた。ならば話の続きをするのではないのか。そう彼女は思ったのだが、目の前の少年は何も言わない。

 

「聞かねぇよ」

 

 だから、彼のその言葉に少女は目を丸くした。どうして、と思わず聞き返す。どうしてもこうしてもねえよ、と才人はぶっきらぼうに返した。

 

「俺の仲間の調査待ちではあるけど、ちょっと聞いただけでもそいつらクソ野郎じゃねぇか。俺の雇い主のア――あー、この国のお偉いさんならきっと、処分する手間が省けたとか言い出すぜきっと」

 

 クスクスと笑う美女を頭に浮かべ、ホント顔とか体は良くても中身がどうしようもないなあの人、と呆れたように溜息を吐いた。

 そうした後、才人はそれに、と少女を見る。

 

「辛い記憶を、そうほじくり返すのは趣味じゃねぇよ」

 

 断片的ではあるが、少女のあの話を聞いて、何となく察した。どうして彼女があの場所で歌っていたのか、どうして人と餌を区別しているのか。何故寂しそうだと感じたのか。

 そして、彼女が唯一食べたという『人』が誰なのか。

 

「……優しいんだ」

「んなことねぇよ。めんどくさがりなだけだ」

 

 バツの悪そうに顔を逸らす。そんな才人を見て、少女は嬉しそうに笑みを浮かべた。こういう人がいるのならば、ひょっとしたら自分も。そんなことを思い始めた。

 ふと、こちらに近付いてくる気配を感じ、少女は立ち上がった。才人も同じように席を立つと、来たか、と呟く。

 

「来た?」

「ああ。この気配は多分俺の仲間だ」

 

 そう言って笑う才人を見て少女は首を傾げる。自分の感覚を信じるならば、こちらにやってくる気配は三つ。そのうち二つは一つに引きずられるような様子なことから残る一つに捕まえられているのだろうと予測出来る。そしてその残る一つは。

 

「人じゃないよ?」

「ああ」

「餌だ、って意味でもないよ?」

「知ってる」

 

 小屋を出て、やってくる気配を待ち構える。途中で気配が二つ置き去りにされたのを少女は感じつつ、その気配の来る方向を才人の横に立ち見詰めている。思わず彼の袖を掴んだ。

 がさり、と音がする。そしてやってきた気配は、そんな二人を見て呆れたように溜息を吐いた。

 

「ほら、また誑し込んだ」

「何の話だよ」

 

 あーあ、と才人を見るその気配――エルザは、それでその隣にいるのが今回の討伐対象なのと尋ねた。ビクリと少女が体を強張らせるのを見て、彼女はその顔を苦いものに変える。

 

「随分と懐かれたね、お兄ちゃん」

「いや、そうか?」

 

 ちらりと横を見る。少女が才人をじっと見詰めた後、その腕にしがみついた。大きく柔らかな二つの膨らみが容赦なく才人の腕を蹂躙する。その至高の感触に、彼の表情はデレデレになった。

 

「……お兄ちゃん」

「いや俺もそんな懐かれるようなことした記憶ないんだって!」

「どうせまた何か優しい言葉掛けたんでしょ?」

「だから記憶にないっつの。俺はいつも通りにしてただけだ」

 

 その何時も通りが問題なのに。そうは思ったが言っても無駄だろうとエルザは言葉を溜息に変えた。人外は、そんな風に何時も通りの優しさで接してくれる相手などまずいないということに、いつになったら気付くのか。心中で呟きつつ、それで、と少女に向き直る。

 

「……何?」

「あれ? わたし警戒されてる?」

「当たり前。だってあなた、人じゃないじゃない」

「うん、そうね。それが?」

 

 なんてことないようにそう述べるエルザを見て、少女は目をパチクリとさせた。隣の才人も別段気にしている様子もない。そのことに気付き、ああつまりそういうことなのかと少女は才人からゆっくり離れた。そういえばこれを仲間だと最初に言っていたな、と彼女は思い出した。

 

「あなたは、もうともだちがいたのね」

「ん? エルザのことか。まあ、そうだな」

「だから、わたしも平気だった」

「んー。そういうことになるのか? 違う気もするが」

 

 正直最初からこんなんだけど、と才人は頬を掻く。出会った当初のことを思い出したのか、エルザも確かにと苦笑していた。

 が、少女はそんな二人のやり取りを聞いていない。そっか、とどこか遠くを見詰めてぼんやりと呟く。

 

「わたしを、見ていてくれたわけじゃ、ないんだ」

「はぁ?」

「その娘がいるから、大丈夫だと思った。それだけ、でしょ。わたしを見て、優しくしてくれたわけじゃない」

「違ぇよ。それははっきりと言ってやる」

 

 即座に否定された。え、と思わず顔を才人に向ける。何言ってんだお前、という表情で彼女を睨んでいた。

 

「そもそも優しくしたんじゃなくて。俺はただお前が――」

 

 叫び声が聞こえた。何だ、と視線を動かすと、二人の男が這いつくばって逃げようと必死で四肢を動かしている。エルザがしまった、という顔でその二人を見た。

 

「結構痛めつけたのに、逃げる気力残ってたの!?」

「おいエルザ、あれ何だよ。片方は宿にいたおっさんじゃねぇか」

「今回の事件の犯人。商人の夫婦を殺して金品を着服したどうしようもない連中の一部だよ。証拠として盗賊崩れと村の犯人を一人ずつ持ってきてたんだけど」

 

 まさかあんな全力で逃げるとは。そう言いながら眉を顰め、こうなればもう少し気合い入れてと足に精霊の力を纏う。

 が、その前にゾクリと殺気を感じ、エルザは思わず視線を動かした。

 

「……ニーナを不幸にした奴ら?」

「あ、おい待て」

 

 才人の言葉など耳に入っていない。少女は縄を木の枝を使い解いて逃げようとする男二人を睨み付ける。瞬間、彼女のスカートから植物の蔓のようなものが這い出て来た。ウネウネと動くそれが数本、茎なのか昆虫の節なのか分からないような構造をしている巨大な鎌が、二本。

 

「死ね」

 

 短いその言葉と共に、蔓と鎌が一斉に男二人に襲い掛かった。まず間違いなく、当たれば肉塊になる。

 ひぃぃ、と男達は情けない声を上げた。化物に襲われる恐怖で情けなく涙を流していた。

 そんな二人の眼の前に、一人の少年が立つ。迫る鎌と蔓を手にした日本刀で弾き、しかし男達に目を向けることも大丈夫かと声を掛けることもしない。したのは、それを行った少女へ言葉を紡ぐこと。

 

「待てっつってんだろ」

「……何で? 邪魔したの?」

「こっちもやりたいことがあるんだよ。そのために、今ここでこいつらを殺されるわけにはいかねぇの」

 

 だから落ち着け。そう述べた才人を、少女は冷ややかな目で見た。さっきはこんな奴ら殺されても仕方ないと言っていたはずなのに、どうして。そんな疑問が頭をもたげ、そしてすぐに結論を弾き出した。

 何だかんだ言っても、結局人と化物を天秤にかけて、人をとったのだ、と。

 

「嘘つき」

「は?」

「嘘つき。……嘘つき! わたしの、味方になってくれると思ったのに!」

「おい、待てよ、俺は――」

「ともだちに、なれると思ったのに!」

 

 悲痛なその叫びとともに、少女の体が変貌していく。下半身がメキメキと音を立て、肉感的だった足が裂けるように巨大な球体へと変わっていく。花の蕾、あるいは球根。そんなものを思わせるそれから、まるで昆虫の足のようなものが六本生えていた。その少し上には先程の蔓のようなものがスカートの装飾のように垂れ下がり、そして巨大な鎌が足の前に、カマキリを思わせる前腕が。

 ガパリ、と球体の前面が裂けた。否、もともとそこは開くようになっていたのだ。巨大な口が、鋭利な牙を携えたそれが大きく開けられた。そこから声が生まれる。少女の部分ではなく、そこから、泣きそうな声が。

 

「馬鹿、馬鹿、馬鹿! 嘘つき嘘つき嘘つき!」

「聞けよ!」

「駄目だよお兄ちゃん。あの状態じゃ、きっと聞こえてない」

 

 逃げようとしていた男達を今度こそ逃げられないよう縛って転がしたエルザは、目の前の怪物と対峙するように拳を握り込んだ。どうやら戦闘を行う気らしい。

 ああもう、と才人も同じように刀を構えた。シャカシャカと、ズルズルと。そんな音を立てながら、少女であった化物は二人を叩き潰さんとその鎌を振り上げる。

 

「死んじゃえ、死んじゃえ! 死ね!」

「死なねぇよ」

 

 鎌を刀で受け止め、弾く。そして一歩踏み出しかち上げた。

 

「でもって、お前も、死なせねぇ」

「……ほんと、こういうところだよ」

 

 あーあ、とエルザが溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 お花はまたひとりぼっちになりました。女の子はもういません。

 

 さみしくて、さみしくて、お花はいつまでも泣いていました。

 

「ともだちが、ほしい。」

 

 女の子はもういません。お花といっしょに笑ってくれるあいてはもういません。

 

 それでも、お花はあきらめませんでした。女の子のことばをおもいだしたからです。

 

「あなたには、きっとすてきなひとが見つかるわ。」

 

「ほんとう?」

 

「ええ。」

 

 お花は、そうだったらいいな、と思いました。女の子は、ぜったいそうよ、と言いました。

 

「じゃあ、わたし、あたらしいおともだちができたら、あなたにつたえに行くわ。」

 

「まあ、ほんとう? うれしい。」

 

 お花のことばに、女の子はにこにこと笑っていました。




凄くどうでもいいけど女の子に擬態する化物っていいですよね


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その4

当初の予定していたオチと物凄く掛け離れた話になってしまったけれども
まあ最初から間違えていた気もするのでいいや


 あれから長い時間がたちました。

 

 お花は今でもひとりぼっちです。

 

 さみしくて、さみしくて、お花は毎日泣いています。

 

 そうしているうちに、お花はだんだんとしおれていきました。

 

 それでもお花は泣いています。さみしい、さみしい、と泣いています。

 

 ついにお花はかれてしまいました。泣きつづけて、かれてしまいました。ひとりぼっちのまま、かれてしまいました。

 

 それからこの森では、だれもいないはずのおくのおくで、ときどきどこからか泣き声が聞こえてくると言われています。

 

 さみしい、さみしい。うそつき、うそつき、と。

 

 めでたし、めで

 

 

 

 

 

 

「だっしゃぁ!?」

 

 振り下ろされる鎌を横っ飛びで躱した才人は、目の前の巨大な口を見ながらどうしたものかとぼやいた。隣では同じように蔓を躱しながら突破口を見出そうとしているエルザがいる。

 

「てか、なんだこれ。花? 虫? どっちだよ!?」

 

 正体を現した少女の今の姿は先程より更に変貌している。花の蕾のような球根のような胴体に昆虫の尾状突起に近い楕円形のパーツが組み合わさり、そこから羽に似たものが生えている。蔓はその下にあり多脚のごとく自在に襲いかかるようで、胴体部のカマキリを思わせる鎌との波状攻撃で本体に近付くことすらままならない。頭部は恐らく胴体とほぼ一体化しているのだろう、眼前で大きく開いている鋭い牙の生えた大口がそれを証明している。

 その頭部と胴体を兼ねている場所の上に、先程の少女の姿をしている上半身が生えていた。動く気配はない。顔は俯いたまま、両手を組み祈るような体勢のままピクリともしない。

 

「どっちも、じゃないかな。……多分、花と虫の合成獣(キメラ)だね」

「ダンプリメの言っていたのがドンピシャかよ」

 

 昆虫型モンスターと植物型モンスターのハイブリッドか。そんなことを考えながら、才人は鎌を受け止め、弾く。そのことを踏まえよく見てみると、成程昆虫の形をしているが、その節は植物の茎にも似ているように思えた。

 

「何ブツブツ言ってるの? 嘘つきはとっとと食われちゃえ!」

「嘘つきじゃねぇっつの! 少なくとも今は!」

 

 大口から発せられる声にそう返しながら、才人は素早く身を屈める。ひゅん、という風切り音と同時、彼の背後の木が横一文字に切り裂かれた。

 ちらりと後ろを見る。身に付けていたマントが四分の一、無くなっていた。

 

「……どうすりゃいいんだよ」

「一番手っ取り早いのは、燃やすことかな」

 

 エルザの言葉に、才人は思わず彼女を見た。本気で言っているような、敢えてそう言い放ったような。そんな表情をしているのが見えて、彼は苦い顔を浮かべる。その顔のまま、それは何も手っ取り早くない、と返した。

 

「俺は、あいつを助ける。そうじゃない方法は、意味ねぇよ」

「あの女の子の姿は、本物じゃないよ。今も動いていないでしょ?」

「だから何だよ」

「きっと、獲物をおびき寄せるための疑似餌。お兄ちゃん――サイトさんが接してた少女は、偽物だよ」

「だから、何だよ。それがどうしたってんだ」

 

 さっきまでの少女の姿が疑似餌だからなんだというのか。今目の前でこちらに襲い掛かってきている化物が正体だったらどうだというのか。

 エルザを見て、そして目の前の蟲華の合成獣を見る。刀を構え直し、真っ直ぐに相手を見詰めた。

 

「俺が助けたいのは眼の前のこいつだ。姿形なんぞ関係ねぇ!」

「……だよね。そういう人だもんね」

「不満か?」

「そんなわけないよ。だからこそ、わたしも『地下水』さんもお兄ちゃんの」

「ん?」

「なんでもない。ほら、じゃあしっかり前を見て」

 

 分かってる、と才人は迫りくる鎌を体をずらすことで回避し、同時に振り下ろされた蔓を掴みその反動を利用して飛び上がった。合成獣は体全体をぐるりと動かし、上空にいる才人を視界に捉えるような動きを取る。

 迎撃せんと突き出された蔓は、当たれば鉄板すら容易く貫けるような勢いを持っていた。当然才人は鉄板よりも脆い。当たれば間違いなく空中で破裂し血と肉がシャワーのように舞い散る。

 

「こなくそぉ!」

 

 勿論、当たれば、である。まるで宙に足場があるかのごとく。才人は空中であるにも拘らず、その場で体勢を立て直し刀で蔓の軌道を逸らした。ギャリギャリと蔓とぶつかり合っているとは思えない音が響く中、彼はそのまま合成獣との間合いを詰める。

 

「な、何で!?」

 

 胴体の大口が驚愕の声を発するが、見ていたエルザは当然だろうと涼しい顔である。さてでは今のうちにアシストの下準備でもしておくかと周囲の精霊との交渉を始めるほどだ。

 彼女は知っているのだ。彼はこういう時、馬鹿みたいに強いことを。彼の左手のルーンが輝いている間、普段より勢いがあることを。

 彼が誰かを護ると決めた時、ルーンは一際輝くことを。

 

 

 

 

 

 

「ようやく、近付けたぜ」

 

 才人は合成獣の懐に潜り込んだ。そう表現したものの、実際は彼の眼前に大口があるという状況である。このままバクリといかれてもおかしくない状況である。

 だが、合成獣はすぐかぶりつける距離に才人がいても、それを実行することはない。それどころか、攻撃を一時止め、信じられないものを見るように少し後ずさる始末である。

 

「少しは、落ち着いたか?」

「来ないで! 来るなぁ! 嘘つき! 嘘つきぃ!」

「……そう、でもないか。分かった分かった、とりあえずこれ以上は近付かん。だから少し話を聞け」

 

 はぁ、と肩を竦めながらそう述べた才人だったが、対する合成獣はそんなこと知らんとばかりにブンブンと体を左右に揺らす。再度蔓を伸ばし彼を追い払おうとそれを振るった。

 

「だから話聞けっての!」

「うるさいうるさい! 嘘つきの話なんか聞くもんか!」

「嘘なんかついてねぇっての。俺はあの連中の味方をした覚えなんざない」

「嘘! だって助けた!」

「助けたわけじゃねぇって。今回の証人というか証拠で一応生きてるのを連れてかなきゃいけないからだ。どうせ姫さまのこったから確認終わったらそのまま処刑だよ」

 

 処理は終わったので食べても構いませんよ。笑顔でそうのたまうアンリエッタを想像し、多分合っているだろうと才人は一人げんなりした表情を浮かべる。若干連れていくのが面倒になったが、連れていなかったらいかなかったで更に面倒になるのは間違いない。まあそういうわけだ、と続けながら、才人は一歩踏み出した。

 

「嘘つき!」

「あん?」

「もう近付かないって言ったのに!」

「あ、悪い」

 

 そこかよ、と思わず才人はツッコミを入れる。そうしながら、少しは話を聞いてくれる気になったのだろうかと安堵の溜息を漏らした。

 その瞬間、合成獣の鎌が迫ってくる。完全なる不意打ちのその一撃は、今の才人に避ける術がない。刀で受け止めるにも、余裕が足りない。

 その鎌に向かい、合成獣のものとは別の蔓が伸びた。グルグルと鎌に巻き付いたそれは、振り下ろすスピードをガリガリと削いでいく。才人の対処が間に合うほどに。

 構えた刀と鎌がぶつかった。威力を減じられていた鎌では、才人の刀受けを突破することが出来ない。どっせい、と鎌を押し返されたことで、合成獣はたたらを踏んだ。

 何が起きた、と周囲を見渡す。蔓が伸びてきた位置は少し離れた木の近く。エルザがそこで、一仕事終えたと息を吐いているところであった。ハルケギニアの魔法は大きく分けて二種類、一つは主にメイジが使う属性魔法。そしてもう一つが、エルフや人外の使用する精霊の力である。周囲の精霊と交渉、契約し、その力の一端を発現し行使する。エルザの使ったのもそれだ。木々と交渉し、その精霊の力を使い蔓を絡ませたのだ。

 

「吸血鬼!?」

「当たり。というか人外なのは分かっていたのに種族分からなかったの?」

「だ、だってだって! 吸血鬼が人と仲良くなんかしてるはずがないじゃない! 最初に、わたしに成った時に『喰った』メイジの知識じゃ、そうなってた!」

「普通は、そうよ? わたしはほんの一握りの特別。サイトさんがいたから、今こうしてるの」

 

 クスクスと笑ったエルザは、そんなことより自分に目を向けていていいのかと合成獣に問い掛ける。え、と視線を元に戻すと、鎌の根本を掴んで立っている才人の姿が映った。

 

「うし、つかまえた」

「ぴぎゃぁ!?」

 

 才人の目の前の大口からなんとも可愛らしい悲鳴が響く。対する才人はそんなこと気にせんとばかりに更に踏み込むとその大口に顔を近付けた。

 その顔は真剣そのもの。ふざけている様子は微塵もない。だからこそ、合成獣も気迫に圧され動きを止めた。奇しくも彼の話を聞く態勢になってしまった。

 

「落ち着いたんなら、俺の話を聞いてもらうぞ」

「お、落ち着いてなんか……! 嘘つきの話なんか!」

「いいから聞いてくれ。俺は嘘をついてたわけじゃない」

 

 少なくとも今回の犯人連中の味方をしていたつもりは毛頭ない。状況が状況ならば、むしろ一緒になって斬り捨てていたくらいだ。そういいながら視線を少し上げる。どこが目なのかよく分からなかったので、とりあえず少女の体の方を、疑似餌部分を視界に入れた。

 

「別に優しくしようとしてたわけじゃないし、エルザがいるから大丈夫だと思ってたとかそういうわけでもない。俺はあれが素だ」

 

 彼はここの住人ではない。異なる場所から召喚された身である。だからだろうか、ハルケギニアに住まう人間よりも人外に対する忌避感が少なかった。才人にとっては、ハルケギニアの人間も人外も等しく『ファンタジーの住人』なのだ。

 だから別段特別優しいというわけでもない。気に入ったか気に入らないか。好きか嫌いか。そういう単純な判定のみで考えているだけだ。

 

「だから」

 

 真っ直ぐに見る。巨大な合成獣を。そして、疑似餌だと、偽りの姿だという少女の部分を。

 

「俺はただ」

「……」

 

 ぴくり、と合成獣が震える。その拍子に、少女の疑似餌の俯いていた顔も動いた気がした。

 

「お前に、笑顔でいて欲しかっただけだ。寂しがっているよりも、悲しんでいるよりも、笑っていて欲しかっただけなんだ」

「ぴぇ!?」

 

 今なんつったこいつ。先程までとは異なる衝撃で、合成獣が思い切り後ずさろうとする。が、鎌を掴まれているので距離を取ることが出来ず、ジタバタともがくだけに留まった。その勢いで才人がブンブンと振り回されるが、幸い吹き飛ぶこともなく合成獣の眼の前に居続ける。

 少し離れた場所では、エルザが完全に呆れた顔で才人を見ていた。

 

「え、ええええええと、それは、その、どういう意味?」

 

 若干パニック状態になった合成獣は、蔓をゆらゆらブンブンと振り回しながら才人に問い掛ける。それに彼はどういう意味もなにも、と何一つふざけることなく返答した。

 そのままの、言葉通りの意味だ、と。

 

「言葉通り!? 言葉通りってことは、それは、それで、そういうこと?」

「は?」

「だから! わたしに、わたしを、その、そうなの?」

「いや何言ってんのか分かんねぇよ」

 

 分かれよ、と合成獣は大口を開け、蔦を振り回し、鎌をゆらゆらと揺らす。そうは言ったものの、それを口にするのは合成獣としては憚られた。はっきりと聞いて、否定されるのが怖かったのだ。孤独であったために、自ら近付くのを恐れたのだ。

 だから才人の言葉を待つ。何か、決定的な一言を言ってくれるのを、合成獣はただ待つ。

 が、才人はそういうのに鈍い。察しない、と言い換えてもいい。交渉事に長けていないような人間が、そんな機微など分かるはずもなく。ガリガリと頭を掻きながら、それでも何か言わなければと言葉を探す。

 そうして出てきたのは、彼らしいなんとも不器用で的外れな言葉。

 

「そっちの質問が何かは分かんねぇけどさ。とりあえず、あれだ」

 

 なあ、と才人は呼びかける。的に当たらなかった言葉は、巡り巡って何かに当たる。

 

「お前がもし良かったら、お前が寂しいって思うなら。――俺と、一緒に行かないか?」

 

 仲間にならないか、友達にならないか。そういう、才人としては極々当たり前の、この戦闘が始まる前であれば少女が望んでいたであろうその言葉。

 が、この状況で、合成獣の発した質問の答えかもしれないという含みをもたせた上でのこの発言は、違う。才人の意図とは違うところに着地してしまう。

 

「……あー、もう」

 

 あっちゃぁ、とエルザは手で顔を覆うと苦い顔を浮かべながら天を仰いだ。駄目だこれは救いようがない、とぼやいた。

 合成獣は動かない。固まった状態のまま、才人を見詰めて。そして、そのままじっと彼を見続けて。

 

「わたし、ばけものだよ?」

「だから何だよ、俺は気にしない」

「他の人は、怖がるよ? 逃げたり、襲ってきたりするよ?」

「そん時は、俺がどうにかするさ。色々手伝ってやる」

「…………その、じゃあ」

「ん?」

 

 やがて、絞り出すように言葉を発した。だってそういうの今まで全く無かったからどうしていいか分からないし。そんなことを頭でグルグルと回しながら、とりあえずとその大口に似つかわしくない小声で言葉を紡いだ。

 

「こ、これから……よろしくお願いいたしましゅ」

 

 その大口で、とてつもない小声で、絞り出すような声で、しかも噛んだ。それでも才人は気にしない。ぶっちゃけてしまえば合成獣がどういう意味でそう言ったのかも分かっていない。

 それでも彼は、笑顔で、よろしくな、と言葉を返した。

 

「はい」

 

 だから合成獣は笑顔を見せる。その大口で、人からすれば笑顔なのか分からないその姿で。眼の前の彼が分かってくれればそれでいいと笑みを見せる。

 何故なら彼は、合成獣の。

 

()()()()()

「…………ん?」

「……ほーら誑し込んだ」

 

 彼女の――アトレシアの、王子様なのだから。

 

 

 

 

 

 

 お花が泣いていたある日、森に一人のおうじさまがやってきました。

 

 おうじさまはお花を見ると、なんとかれんなのだろうと笑顔を見せます。

 

「どうして? わたしはみにくい、ばけものなのに」

 

 そう言ってお花はおうじさまからにげだそうとしました。しかし、おうじさまはそんなお花をだきしめます。

 

「おまえはとてもうつくしい。ぜひぼくのおよめさんになっておくれ」

 

 おうじさまのそのことばに、お花はぽろぽろとなみだをながしました。

 

 かなしいわけではありません。それでもなみだはあふれてきます。

 

「ありがとう、おうじさま」

 

 お花は知りました。なみだは、とてもうれしい時でもあふれてくるのだと。

 

 こうしてお花は、おうじさまといっしょに森を出て、新しいともだちもたくさんできて。

 

 しあわせに、くらしましたとさ。

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 

 少女の疑似餌の姿に戻った合成獣は、才人達と共に森を出た。開けた場所をゆっくりと眺め、もう一度森の奥を見る。あの小屋の裏には、彼女の友人の墓がある。遺体も何もないそこがある場所をもう一度だけ見詰め、ゆっくりと目を閉じた。

 

「ニーナ……わたし、森を出るよ。あなたとの約束、守るから」

 

 自身の血肉となった友人を想い、少女は小さく呟いた。絶対に、沢山のともだちを作るから。そう続け、視線を二人の『仲間』に向けた。

 

「行くぞ、アトレ」

「うん、だんなさま」

「……良かったね、お兄ちゃん」

「何で機嫌悪いんだよエルザ」

「知らない」

 

 二人のやり取りを見てクスクスと笑ったアトレシアは、才人とエルザの手を取る。二人の間に入るように、手を繋ぐ。

 ここが、自分の新しい居場所だ。そう宣言するかのごとく。

 

――よかったね、アトレ

 

「っ!?」

 

 風の音かもしれない。聞き違いかもしれない。それでも彼女は確かに聞いた。大切な、はじめてのともだちの、声を聞いた。

 だから彼女は笑顔で返す。心配いらないと笑顔を見せる。寂しい、悲しいよりも、楽しい、嬉しいのために。

 彼女に胸を張って、返事をするために。

 

「うん!」




チョロイン(化物)爆誕した辺りで話はここまで


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暴風雨警報/噂は気にするな!
その1


これをやればエタるというもっぱらの噂、ギーシュの決闘話


 まいった、と彼は頭を垂れた。眼の前では自分の杖を掲げながら勝ち誇った顔をしている男子生徒が見える。まあ所詮ドットではこんなものか、そう言って踵を返す男子生徒を、彼はぼんやりと眺めていた。

 

「ふう」

 

 パンパンと服についた埃を払う。呪文で取り払ってもいいが、つい先程まで試合をしていた身だ。そんな余力を残していると思われればまた絡まれるかもしれない。そう判断し自分の力のみでそれを行った。

 さて、と彼も踵を返す。周囲には情けないなギーシュ、と野次を飛ばす同級生や頑張ったわねと慰める女子生徒もいるが、彼はそれに一々返事をしながら人混みを抜けていった。律儀ね、とそれを見ていた少女、モンモランシーは肩を竦める。まあだからこそ言ってしまえば無様ともいえる姿を見せたのに彼の評価が落ちないのであろう。

 と、彼を追っていた彼女の視線がピタリと止まる。ギーシュの目の前に立っている一人の女生徒が視界に入ったからだ。仁王立ちし、明らかに不機嫌ですと言わんばかりの表情を見せているそのピンクブロンドの少女は、視線だけで彼を同行させた。

 

「……随分怒ってるわね」

 

 そんな二人の姿を見たモンモランシーがそう漏らすのを聞いていたのかいないのか。周りの生徒達も今の光景について口々に推測を飛ばしていく。ある程度付き合いのある男が情けない敗北を喫したのだから、公爵令嬢として見逃せない。大体そういう結論に皆達しているようではあったが、モンモランシーは違うそうじゃないと苦笑していた。

 まあ仕方ないであろう。彼女はこの学院では『深窓の令嬢』なのだから。

 

「さて」

 

 自分もあれに合流するか。そんなことを思いながら、モンモランシーは人混みから抜け出しギーシュと公爵令嬢、ルイズが向かったであろう場所へと足を進める。学院の職員が主に休憩を取る場所として用意されているラウンジの一つ、学院秘書の普段遣いであるそのテーブルまで向かうと、予想通りギーシュを睨んでいるルイズの姿が目に入った。

 

「ここ、いいかしら」

「やあ、モンモランシー。いいとも」

「あらモンモ――ランシー、どうぞ」

 

 お前またモンモン言いかけたな。そんな感情を視線に込め睨んだモンモランシーは、では遠慮なくとギーシュの隣に腰掛ける。ところでマチルダさんは、と問い掛けると、逃げたという簡潔な一言が返ってきた。さもありなん。

 

「それでルイズ、何怒っているのよ」

 

 彼女のその一言に、そんなのは決まってるだろうと視線をギーシュからジロリと動かす。この野郎負けやがった。一言でまとめるとそういう意味合いの言葉を述べた。

 

「いや仕方ないだろう? 僕はドットだよ? 向こうはラインメイジだ、試合では勝てないに決まってる」

「アンタ何言ってんのよ。それを覆すのがメイジでしょ?」

「それはメイジの仕事じゃないよ。大体、どうして君がそこまで怒るんだい?」

 

 馬鹿にされたのは自分だけで、そちらは関係ない。むしろへっぽことも変わらず接すると深窓の令嬢度を上げるきっかけになったのに。そんなことを続けたギーシュは、次の瞬間ルイズの弾いた指で額を小突かれた。あた、と間抜けな声をあげた彼は、額を擦りながら何をすると彼女を睨む。

 

「わたしが自惚れてるわけじゃなければ、わたしはアンタと友達よ」

「そうだね。もうかれこれ六・七年くらいかな?」

 

 アンリエッタ王女よりも少しだけ短い。確かそのくらいだったと記憶している。そう述べたギーシュに向かい、ルイズはだったら分かるでしょう、と指を突き付ける。

 

「友達馬鹿にされて怒らないわけないでしょうが!」

「姫殿下は笑うんじゃ?」

「あの人はああ見えてそういう部分割と厚いわよ。まあ表面上は笑うけど」

 

 モンモランシーの野次にそう返しながら、ルイズはそういうわけだとギーシュを睨む。対するギーシュは、そう言われてもなと頬を掻いた。

 そうなった理由はちゃんとあるし、そうならない手はなかった以上、こればかりはどうしようもない。あの状況は必然なのだ。立場が悪くならないよう努めただけでも上々といえる。

 

「……むぅ」

「お気に召さなかったみたいだね」

「お気に召さないわよ。というかアンタ、グラモンの家名的にそれでいいわけ?」

「兄さん達が立派に軍人やってるよ。四男の僕はほどほどでいいさ」

「『命を惜しむな、名を惜しめ』の精神は?」

「名が離れないならば、命を惜しんで当然だろう?」

 

 ああ言えばこう言いやがる、とルイズは歯噛みする。モンモランシーはそんなルイズを見てクスクスと笑った。何笑ってやがると矛先が自分に向いたことで笑みを止めた彼女は、しかし別段態度は変えるつもりがないようでだってしょうがないじゃないと言葉を返す。

 

「貴女の方がムキになっちゃって、子供みたい」

「誰が子供だ!」

「そういうところよ、深窓の令嬢さん」

 

 こんちくしょう、とルイズは唇を尖らせた。大きく息を吸い、吐く。少し気分を落ち着けたルイズは、しかし納得はいっていないとばかりに二人を眺めた。学院では随分と窮屈な思いをしている自分の代わりに、せめて二人はのびのびと過ごして欲しいのに。そんなことを思いながら手を付けていなかった紅茶を一口。

 対する二人はそんな彼女の態度を見て顔を見合わせ、そして溜息を吐いた。

 

「貴女の場合は、まあある意味自業自得な部分があるわよね」

「うっさい、知ってる」

「そもそも、僕達は学院でのびのびしているよ。君よりも多分、ずっと」

「……なら、いいのよ」

 

 そう言ってそっぽを向いたルイズを見て、ギーシュとモンモランシーは苦笑した。まったくしょうがないな、と微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて深窓の令嬢である。いい加減一ヶ月以上も続けてくれば慣れてくるもので、ルイズは学院での自分の立ち振舞を意識せずとも出来るようになってきていた。貴族らしい貴族、というむず痒い評価で噂されているのを小耳に挟みつつ、それでも己を曲げない彼女は廊下を歩き、すれ違うメイドに挨拶をする。

 

「ミス・ヴァリエールは、何故メイドに一々挨拶を?」

 

 前から思っていたのだけれど、と女子生徒に問われたことがある。対するルイズはむしろ何故挨拶をしないのだと首を傾げた。彼女達はこの学院で我らを支えてくれる者達だ、相応の誠意敬意を持つのは当たり前だろう。そう言うと、女子生徒達はよく分からないと首を傾げる。

 平民である彼等彼女等が貴族に仕えるのは当たり前のことであり、そこに何か思うことは別段無い。そういう考えを持っている者達には、彼女の話は理解が難しかった。こちらが雇っているからこそ向こうは生活出来るのに、とあくまでこちらが上位であることを主張するものもいた。

 

「まあ、別にこれはわたしの考えよ。皆にそうしろというわけではないから」

 

 そう言ってルイズは笑い、こちらにやってきたメイドに声を掛けた。おはよう、今日も頑張っているわね。そう言われたメイドは、おはようございますと笑顔を見せる。ペコリと頭を下げるメイドにひらひらと手を振り、さて行きましょうと彼女は食堂へと足を進めた。

 そんな彼女を一部の人間は『平民に媚びている』と揶揄していた。が、メイジとして実力を伴っている彼女の前ではその程度の悪評は吹けば飛ぶようなものである。それでも公爵令嬢ともあろうものがあんな下々と一々関わっているとは品が下がると思うものも少なからずおり、潜在的なその連中と揶揄していた表面上のその連中は、段々と一つにまとまり彼女を害そうとする悪意へと変貌しつつあった。

 だが、直接どうにかすることは出来ない。自分達の気に入らないその部分を突いたところで当の本人には何のダメージもないし、こちらの評判が下がるのみだからだ。

 となれば、まず攻めるは彼女の周囲。そう結論付けた連中が選んだのが、彼女と付き合いの長いという二人。ギーシュとモンモランシーだ。別段仲が深いという話を直接聞いたことはないが、しかし少なくとも昨日今日会った人間よりは思い入れがあるであろう。そう判断し、ではどうしてやろうかと考えを巡らせた。

 二人はメイジとしての実力は彼女の足元にも及ばない。となればまず攻めるのはそこからだ。そんなわけで、連中の内の一人がギーシュに試合を申し込んだ。

 試合、というのは決闘がおおっぴらには禁止されていることから出来た軽めの小競り合いの名である。致死性の低い呪文を唱え、相手の杖を取り落とさせるのが優雅な勝利、傷を一つ付ける程度で決着、という文字通り軽いお遊びだ。

 当然、試合を申し込んだラインメイジの男子生徒の呪文に、ギーシュは打ち負けた。手の甲に軽い擦り傷がついたことを理由に降参し、連中の思惑通りやいのやいのと野次が飛ぶ。公爵令嬢ともあろうものが、あんな情けないドットメイジと共にいれば品格が問われる。その野次に紛れ込み、そんな言葉を混ぜ込んで少しずつ種を植え付けていった。

 当の本人であるルイズも彼の醜態には思うことがあったのだろう。不機嫌そうにギーシュを見る彼女の姿を見付け、連中は作戦通りとほくそ笑んだ。

 と、いう策謀のことなどとんと知らず、あるいは知っていても気にせず。ルイズはいつも通りに生活していた。とはいえ、あの日以来彼女はギーシュと会話をしていない。ただ単にタイミングが合わなかっただけの偶然なのだが、周囲の噂を強めるには十分である。

 

「ミス・ヴァリエールは、ミスタ・グラモンと何かあったのでしょうか?」

「は?」

 

 朝食を終え、授業が始まるまでの空き時間をブラブラしていたルイズは、何気なく話しかけたメイドにそんなことを問われ怪訝な表情を浮かべた。同級生達は噂を受けてなるべく触れないようにしていたために、メイドの質問に彼女は目を見開いたのだ。いやまあ何となくそんな気がしてたけど、やっぱりそういう噂か。難しい顔をしながら考え込むルイズを見て、メイドは申し訳ありませんと頭を下げる。

 

「あ、いや、別に怒っているわけじゃないわ。気にしないで」

「しかし」

「違うの。やっぱり皆そう思ってたのかって、ね」

 

 どうなの、とメイドに問い掛けると、恐縮しながら彼女ははいと頷く。おそらく学院のメイド達にもほとんど広がっているだろう。そう聞かされ、これは中々と額を押さえた。

 ほれ見ろギーシュ、お前があんな適当な戦いした所為で変なことになってるじゃないか。心の中で悪態をつきながら、ほんの少し溜息を吐きルイズはメイドに向き直る。そして、別になにもないわよ、と返した。

 

「こないだの試合騒ぎで、ギーシュが負けたじゃない。そのせいで変な噂が立っているの」

「そ、そうだったのですか……」

 

 メイド達はその試合そのものは見ておらず、あくまで聞こえてくる噂を集めただけだ。だから、当事者である彼女の言葉と聞こえてきた噂を比べれば、どうしたって当人の言葉が勝る。何より、彼女はこちらにもきちんと向き合ってくれる貴族であり、『深窓の令嬢』だ。こちらを取らない理由がない。

 その後適当に言葉を交わし、他のメイドにも話しておきますと頭を下げ去っていく彼女を見ながら、ルイズはコキリと首を鳴らした。これはもうどうにかした方がいいかもしれないな。そんなことをついでに考えた。

 授業を受けながら、彼女は何かいいアイデアがないか思考を巡らせる。一番手っ取り早いのはギーシュが試合なり決闘なりを起こして勝つことだが、本人が乗り気ではないので焚き付けても意味がない。では彼が戦わざるを得ない状況に追い込めばいいのだろうか、と考え、それは向こうの担当だろうと頭を振った。体よく虚仮にしていますね、という仮面の少女のイメージを脇に追いやり、やはりなるようにしかならないかと肩を落とす。

 

「あらヴァリエール、何かお悩み?」

「あらツェルプストー。まあ、大したことじゃないわ」

 

 ふうんとキュルケは返すが、しかし何を悩んでいたのかと興味津々である。大したことだろうがなかろうが、聞くまでは納得しないと顔に出ていた。

 聞かれたくないことを無理に聞くのはよろしくないな、とルイズはジト目でキュルケを見る。が、そこまでの事情じゃないでしょうと返されれば彼女としても頷くしかない。何せ自分で大した事ではないと言ってしまったのだから。

 

「ひょっとして二つ名のことかしら?」

「ん?」

「結局いいものが出来ず、未だ無しでしょう? 『名付けられず(ゼロ)』のルイズなんて、一部の連中は囃し立ててるらしいわ」

「あら、そう。……ゼロ、か。ま、それも悪くないわね」

 

 少なくとも『暴風』と関連付けられることはなくなりそうなそれを聞き、ありだな、と彼女は頷く。そんなのだから変な敵を作るのよ、とキュルケは呆れたように溜息を吐いた。

 

「貴女ほどじゃないわ。聞いたわよ、男子生徒を五人も六人も侍らせているって」

「別にいいじゃない。それにあたしは他人の一番は取らないの。所詮はその程度よ」

 

 そんなものかしらね、とルイズは投げやりに返す。そんなものよ、とキュルケは笑みを浮かべた。そうしながら、それで結局何を悩んでいるのだと話を元の軌道に乗せる。

 やはり駄目か、とルイズは肩を竦めた。本当に大したことじゃないわよ、そう前置きすると、頬杖を付きアンニュイな表情を浮かべ視線を適当な場所に向けた。

 

「ギーシュをどうすれば見直させられるか、って」

「……へぇ。あらあらぁ、ふぅん」

 

 キュルケも噂は聞いている。ギーシュが試合で無様な姿を見せたからルイズと仲が悪くなった、という根も葉もないものだ。が、今の言葉を聞くとその噂に別の側面が見えてくる。少なくとも彼女はそう思った。そう判断した。

 

「なによ。あたしにそんなこと言っておきながら、あなたも十分やることやっているじゃなぁい」

「は?」

「ふぅん、ミスタ・グラモンかぁ……。あら、でも彼にはミス・モンモランシが」

 

 そこまで言いかけ、キュルケは言葉を止めた。そうか、そういうことか。彼女の微熱で沸いた脳は瞬時に答えを弾き出し、そして出来上がったピンク色のそれを思い浮かべ一人悦に走る。

 

「ヴァリエール、あなたって案外情熱的なのね」

「さっきから何言ってるの?」

「他の女の一番を手にしようだなんて。ああ、違うのね? 元々彼はあなたのもので、向こうがそれを持っていった。だから取り返そうと」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 燃えるわ、これは恋の情熱なのよ。一人ドン引きしているルイズを尻目に、キュルケはもうこれが決定事項だとばかりに盛り上がっていた。どうにかしてギーシュの評価を上げ、公爵令嬢に相応しい相手に仕立て上げないといけない。そう思っているのだと誤解した。その過程で、恋敵であるモンモランシーを始末せねばならないのだ。若干過激な工程も付け加えた。

 

「とりあえずミス・モンモランシの始末はいつでも出来るでしょうから、さしあたっての問題はミスタ・グラモンの名誉回復ね?」

「え? そ、そうね? ……モンモランシーの始末?」

「彼の強さを見せ付けられればいいのでしょうけど、流石にドットじゃぁねぇ」

「何言ってるのよ。ギーシュの本領はそんなのじゃ測れないわよ」

 

 キュルケの若干馬鹿にするような評価に、ルイズは思わず言い返した。あれは『暴風雨』のサポートを続けていた奇特な人間だ。メイジのレベル程度の物差しで見極められるものではない。

 そんな意味を持った言葉であったが、キュルケにとっては愛する人を貶されたので反論したようにしか見えていない。そうよね、そうなるわよね。目をキラキラさせながら、彼女はずずいと顔を近付けた。

 

「じゃあ、見せ付けてやりましょうよ」

「な、何をよ」

 

 その無駄にでかく揺れてる胸をか。若干頭に過ぎったそれを蹴り飛ばしつつ、ルイズはキュルケの言葉を待つ。キュルケはそれに対し、勿論これだと言わんばかりに胸を張った。

 

「ミスタ・グラモンの実力をよ!」

「……え? あ、うん? そうね?」

 

 よしよしこれだ、拳を握りながら何やら良からぬことを考え始めた眼の前の同級生に、ルイズはついていけなくなり遠い目をしながら溜息を吐いた。

 とりあえず姫さまがいなくてよかった。そんなことを考えながら。




ギーシュはモンモンのものだよ?


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その2

ギーシュの戦闘スタイルをどちらにしようか少し考え、パターンBを採用することに

どんなのかはここでは語りませんよ?


「ははははっ!」

「笑い事じゃありません!」

 

 今となっては思い出の片隅になってしまった頃の話である。ギーシュはズタボロにされた姿のまま父親の前でふてくされていた。それを見ていた彼の父親は一体どうしたのだと尋ね、そして経緯を聞いた結果大笑いをしたのである。勿論ギーシュは面白くない。

 

「笑い事さ。サンドリオンとカリンの娘にボコボコにされたとか……はははははっ!」

 

 何が面白いのか、彼の父親は自身をこんな目に遭わせた相手の両親のことを呟きながら笑い続ける。いくら昔馴染だからといっても、息子をこんな状態にする相手の親だ、抗議の一つや二つしてもいいはずなのに。そんなことを思いながらギーシュは父親を睨んだ。

 

「ギーシュ。お前は何か勘違いをしている」

「何をですか」

「まず一つ。本来は今回の遊園会で暴れること自体を咎めるのが先だ。それをしないのは、お前が今そうなっているからだ」

「……うっ」

「二つ。そもそもお前が先に向こうに喧嘩をふっかけたのだろう? 真っ向勝負して負けたからと向こうに文句を言いにいくなど、恥以外の何物でもない」

「……」

「三つ。……お前な、好きな相手にはちゃんと好意を示せ。ちょっかいをかけたり意地悪をしたりしても気は引けんぞ」

「なにをおっしゃっているのでせう!?」

 

 見りゃ分かる、と彼の父親、グラモン元帥は笑う。女の口説き方はまだ教えていなかったな、と口角を上げながら、彼はギーシュの頭を撫でた。

 色々と暴露されたギーシュは勿論面白くない。ふてくされた表情のまま、半ば強引に頭を撫でている手を振り払った。

 

「それで? お前はどうする気だ?」

 

 くくく、と笑みを消さずにグラモン元帥はギーシュに問い掛ける。それはリベンジをするためのこれからを問い掛けるものであり、あるいは彼の初恋をどうにかするための問い掛けでもあった。

 ギーシュは暫し口を噤むと、表情は変わらずふてくされたまま返答をする。そんなものは決まっていると口を開く。

 

「僕は、ルイズに参ったと言わせるんだ!」

「そうかそうか。……ならまずは、魔法の特訓からだな」

「え?」

 

 何がどうなってそうなるのか。そんな顔で父親を見詰めたギーシュであったが、ニヤニヤと笑っているのを見て色々と察した。勘違いするなよ、と続けるグラモン元帥を見て答えを間違えたのだと確信した。

 

「あの娘、いやもうカリンそっくりだからな。そのくせサンドリオンの気質も持ってるときた。全体的に鍛えるなり自分なりの一点特化を作るなりしないと、とてもじゃないがついていけないぞ」

「え、いや、ついていくって僕は別にあいつにぎゃふんと言わせられればそれで」

 

 ぽん、とギーシュの肩に手を置かれた。だからだ、と言い切られた。

 

「関わるなら、絶対に巻き込まれるぞ。私はそうだった」

 

 はっはっは、というグラモン元帥の笑いは、ルイズがやらかしたことを謝罪ついでの雑談に来た彼女の両親がうるさいナルシスと小突くまで続いたそうな。

 

 

 

 

 

 

「おかしい」

 

 ギーシュは訝しんだ。この状況は明らかに変だ、と確信した。

 何せ大量の男子生徒が自分を睨み付けてくるのである。まったくもって身に覚えがないのに目の敵にされるのはどうにも居心地が悪い。尚、理由が分かっていればいいのか、という問い掛けをされれば、彼はそうだねと頷く。『暴風雨』のアシスタントをしていれば必然的にそうなるのだ。

 そんなわけで、彼はやれやれと肩を竦めると近くにいる男子生徒三人に声を掛けた。そのうちの一人である小太りの少年は、ギーシュからの質問を聞くとギロリと目を細め鼻を鳴らす。

 

「何を言ってるんだ。この女たらし」

「は? いやまあ僕が女誑しかと言われれば確かにそうだけれども少なくともそんな軽蔑されるほど何かをした覚えはないよ!?」

「白を切るのか!? 昨日からミス・ツェルプストーがお前のことを聞き歩いてるんだぞ」

「は?」

 

 初耳である。そもそも彼女との接点は殆ど無い。唐突に興味を持たれても彼としては困惑しかない。男として美人に興味を持たれるのは悪くはないが、どうにも納得がいかなかった。

 

「なあ、マリコルヌ」

「何だ男の敵」

「彼女はどうして僕に直接アプローチを掛けないんだい?」

「はぁ? そんなの決まっているだろう。彼女はな、奥ゆかしいんだよ」

「奥ゆかしいという言葉と対極にいそうな気がするけど」

 

 適当な男に粉かけて侍らせてなかったっけか彼女。そんなことを思いながらギーシュはマリコルヌに言葉を返したが、彼は聞いちゃいない。確実にお前を手にれるために情報を集めているのだと鼻息荒く言われ、ああそうかいと投げやりに述べる。

 

「よし次。ギムリ」

「何だ男の敵」

「君もか」

 

 駄目だこいつら話にならない。そんなことを思いながら溜息を吐いたギーシュであったが、ギムリは意外にマリコルヌの発言をバッサリと斬り捨てた。

 が、その後に述べた言葉は新しく連れ歩く男の情報集めだろうという彼より酷い答えであった。その表情は愛憎入り交じったなんとも微妙な顔である。

 

「……何かあったのかい?」

「ギムリはね、ついこの間ミス・ツェルプストーに振られたんだよ」

「あ、てめぇレイナール! 余計なこと言うな!」

 

 ギャーギャーと騒ぐギムリを生暖かい目で見ながら、ギーシュは最後の一人に目を向けた。レイナール、と彼の名を呼び、先程と同じ質問をする。そうだね、と少し考え込んだレイナールは、苦笑しながら言葉を紡いだ。

 

「あくまで予想だから、本気にしないでおくれよ」

「少なくともさっきの二人よりマシならなんでもいいさ」

「ははっ。……実はこの間、ミス・ツェルプストーとミス・ヴァリエールが話しているのを見たんだ」

 

 あの二人が、とギーシュは訝しげな顔になる。まあ確かにルイズはツェルプストーに対する嫌悪は持ち合わせていないし、この間のフーケの事件に巻き込ませたこともあって少し興味を持ってもいたようであるが。ふむ、と短く頷き、とりあえず彼はレイナールの話の続きを聞くことにした。

 

「ぼくもはっきりとは聞けなかったけれど。ミス・ヴァリエールが君のことについて彼女に話していたみたいだったんだ」

「ルイズが?」

 

 まあ確かに彼女とは付き合いも長いし、話題に出すのもおかしくはない。そうは思ったが、しかしそこでどうにも嫌な予感が頭を過る。思い出すのは、あの時のラウンジでした会話。自身が負けたことで、馬鹿にされたことで、まるで自分のことのように怒っていたあの顔。

 

「ふむ。それはきっとあれだね。ギーシュに愛想を尽かしたと宣言していたんだろう。だからミス・ツェルプストーはお前を手に入れようと……けっ」

「自分で妄想して勝手に目の敵にするのはやめてくれマリコルヌ」

「そうだぞ。きっと彼女は、ミス・ヴァリエールがお前のことを話しているのでつい欲しくなったとかそういうやつだろう。何だお前、深窓の令嬢と微熱の美女の二人から狙われてるのか? 死ねよ」

「だから自分で勝手に結論付けて僕を憎むのはやめてくれ」

 

 大体自分にはもう好きな人がいるのだから。口には出さずにそう続け溜息を吐いたギーシュは、とりあえず今回のキュルケの行動にはルイズが関わっているらしいということだけがかろうじて判明したのを理解した。ちなみにレイナールの情報のみである。

 

「仕方ない、ルイズに聞いてくるか」

「あ、おいお前何でそう気軽に彼女に話し掛けるとか言い出せるんだよ」

 

 ガシリとギーシュの肩を掴んだギムリが無理矢理自分の方へと体を向かせる。力任せのその動きで軋んだ体の痛みに顔を顰めつつ、何でもなにも、とギーシュは肩を竦めた。

 

「これでも付き合いが長いからね。少なくとも君達よりは気軽に接せられるよ」

「何だ自慢か? 自慢なのか? おしとやかで可愛い深窓の令嬢と仲が良いんです~とか自慢のつもりかぁぁ!」

「何でだよ!? 大体僕と彼女はそんな関係じゃないって何度も言ってるだろう!」

 

 後あいつは絶対おしとやかじゃない。口には出せないので心の中だけで思い切り叫んだギーシュは、猛烈な勢いで迫ってくるマリコルヌを押し退け、そのまま振り向かずに三人の下から去っていった。これ以上こいつらと話していると疲れるからだ。レイナール以外。

 そんなわけで時々突き刺さるような男子生徒の視線を感じつつ、ギーシュはお目当ての人物の姿を探した。ここで件の微熱メイジが一緒にいたのならば出直そうと思っていたのだが、幸いテーブルで紅茶を嗜みながら読書をしているルイズと絡んでいる相手は誰もいない。

 どうでもいいが物凄く似合わないな。そんな感想を持ちながら、ギーシュはやあルイズと彼女に声を掛けた。

 

「あらギーシュ、どうしたの?」

 

 生徒達がいるので現在の彼女は猫かぶりモードである。別段それを気にすることもなく、彼はまあちょっとねと苦笑しながら対面に座った。

 視線を動かし、聞き耳を立てている者がとりあえずいないことを確認。よし、とギーシュは少し声を潜め彼女に述べる。

 

「実は、ミス・ツェルプストーのことなんだけど」

「……何かあったの?」

 

 名前を出した途端彼女の顔が曇った。加えて聞き返した言葉がこれである。間違いなくルイズは何かを知っている。確信を持ったギーシュは、とはいえ自分も何が何だか分からないという前置きと共に現状の説明を行った。

 

「何をやってるのよあいつは……」

「いや本当に何をやっているんだい彼女は?」

「んー。わたしもはっきりとは分からないわ。でも、多分、アンタの実力を知らしめようとしているんだと思う」

「ごめん、何を言っているかよく分からない」

 

 そうよね、とルイズは溜息と共に経緯を語る。それを聞いたギーシュの顔が傍目でも分かるくらいに苦いものになった。頭痛を堪えるように頭を押さえながら、今のこの場にいないもう一人の幼馴染の顔を思い浮かべる。

 これ、モンモランシーが知ったらどうなるんだろう。頭の中でシミュレーションした最悪の結果に頭を抱えると、これは早急にどうにかしないといけないと顔を上げた。

 

「どうにかするって、どうする気?」

「……とりあえず誤解を解こう」

「今のツェルプストーは頭沸いてるから無理だと思うわよ」

「なら、周囲の誤解を」

「どうやって解くのよ。アンタが本気で戦えばとりあえず済むだろうけど」

「だから僕はこないだのも本気だって言っているだろう? 後それは状況によってはミス・ツェルプストーが納得するだけで周囲の男子生徒の誤解は加速するんじゃ」

 

 そうよね、とルイズは溜息を零す。こういう時悪魔的外道を発揮してくれるべき相手は生憎学院に所属していない。そもそもいたらいたで恐らく事態を拗れる方向に持っていくであろうことは想像に難くないので却下である。

 そうは思ったのだが、ギーシュはそれでもアイデアを貰いたいと呟いた。碌な結果にならないわよ、とルイズはそんな彼を見て溜息を吐いた。

 

「まあ、とりあえずモンモンと合流して相談してからにしましょうか」

「そうだね、そうしよう」

 

 よし、と二人揃って席を立つとそのまま二人で移動していく。聞き耳を立てているわけではなかったが様子を窺っていた周囲の生徒達は、そんなルイズとギーシュを見てどう思ったであろうか。

 二人は知る由もないが、この時の姿が噂となって広まり、ギーシュはルイズを誘って遠乗りに出掛けたと話が広がっていく。ギーシュは二股を掛けている、という付加価値もついでに生まれた。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ!」

 

 派手に転がったギーシュは土まみれの顔をゴシゴシと手で拭った。そうしながら、目の前の相手を睨み付ける。まあこんなものか、と不敵に笑っているのは彼の父親であった。

 

「ギーシュ。お前は……いや、まあ、その年ならこんなものか? 後五・六年もすれば学院に入るだろうし、その頃にはもう少し」

「言いたいことははっきり言ってください」

「我が息子ながら弱い。ドットなのはまあいいとして、精神力の使い方や込め方、魔法の唱え方諸々が全くなっちゃいない」

 

 やれやれ、とグラモン元帥は肩を竦める。これはサンドリオンとカリンの娘に負けるわけだと盛大に笑った。

 ボロクソに言われたギーシュは完全にふてくされている。だから特訓なんか嫌だったんだ、とブツブツ文句を言いながら、しかしそれでも逃げ出すことだけはしない。彼も心の底では分かっているのだ。このままでは彼女に追いつくことなど出来ないのだと。

 

「父さん」

「ん?」

「じゃあ、その諸々を教えてください」

 

 真っ直ぐにそう述べたギーシュを見て、グラモン元帥は目を瞬かせた。そうした後、先程よりも更に大きな笑い声を上げる。そうかそうか、とギーシュの頭を少し乱暴に撫でると、彼の隣に立ち杖を構えた。

 

「思えば、お前の兄達にもこうして色々教えたものだ」

「そうなんですか?」

「ああ。……まあ、あいつらは元々優秀だったからな。ここまでやることはなかった」

「落ちこぼれですいませんね!」

「腐るな腐るな。その方がいい。それくらいの方が、昔を思い出して、楽しくなる」

 

 グラモン元帥が思い出すのは若い頃の日々。美少女に仕えるのが夢だとか言い出す馬鹿と、やる気の無い捻くれ者の王国最強のブレイド使いと、見た目は極上だが中身は猪突猛進暴走台風と、元々は敵対していたはずの腹黒外道不老不死。そんな連中と一緒にいれば、嫌でも強くなる。どうやっても特別になる。だからこそ、今の自分がある。

 

「ギーシュ。お前の得意分野は何だ?」

「え? そう言われても、僕はまだ大したことのない魔法しか使えないし」

「そうか、じゃあ質問を変えよう。お前は、何を得意にしたい?」

 

 自身の父親のその言葉に、ギーシュはそれなら決まっていますと答えた。迷うことなく、即答した。自分が一番近くで見てきた、自分が最も偉大だと思っているメイジの得意呪文。どうせ鍛えるのならば、それに決まっている。

 

「ゴーレムを、鍛えたいです」

「…………ふっ、はははははっ! そうかそうか、ゴーレムか」

 

 杖を振る。黄金に輝く貴婦人のゴーレムを生み出したグラモン元帥は、まあとりあえずこのくらいはやれるようにならないとなと口角を上げた。

 え、とギーシュは隣の父親を見る。彼の知る限り、眼の前に出現したこのゴーレムはスクウェアクラスである。未だドットであるギーシュにとって、これが『とりあえず』などと言われれば絶望しか無い。

 そんな彼の心境を覚ったのだろう。何を勘違いしているんだ、とグラモン元帥は笑った。

 

「材質はともかく、ゴーレムの呪文自体はドットでも問題ないスペルだぞ」

「え、でも」

「いいかギーシュ。『ナルシスのゴーレム』は、材質や大きさを重視しない。必要なのは、どれだけ精密に呪文を練られるかだ」

「精密に……?」

 

 ああそうだ、とグラモン元帥は笑う。普段使わないからこれはとっておきだぞ、と先程生み出したゴーレムを下がらせると、彼は再度杖を振り上げた。

 

「よく見ておけギーシュ。これがお前の目指すゴーレムの完成形だ。……久々に登場してもらうぞ、ボクの、『ゴールド・レディ』!」

 

 ギーシュの目の前に現れた『それ』は、まだ幼い彼にとってはとてつもない衝撃であった。これが、自分の目指す場所だと見せ付けられた。すぐそこに立っているゴーレムは、成程間違いなく『とりあえず』だと納得できるものであった。

 そして同時に、それが途方も無い道程なのだということも実感させられた。先程の絶望よりも更に遙か先に目的地があるように感じられた。

 それでも。

 

「どうだギーシュ。お前は、これを目指せるか?」

「……分かりません。でも――」

 

 真っ直ぐにギーシュは前を見る。自身の父親と、そして父親の生み出した『目的地(ゴールド・レディ)』を見る。

 

「やります。やって、みせます!」

 

 良い返事だ。そう言ってグラモン元帥は、軍人でもなく父親でもなく、『ナルシス』としての笑みを浮かべた。




※小さな勇者を読んでいた人向けのメモ
 ギーシュとモンモンは前回のキュルケ達ポジ(予定)


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その3

一連のセリフをなるべく原作通りにする目論見


「そのままの方が面白いことになるのでは?」

「ほらやっぱり」

 

 謁見の予定を取り付け、そのくせいつものように執務室でお茶を飲みながら今回のことを相談した結果がこれである。アンリエッタの言葉に、ルイズは予想通りだと溜息を吐いた。

 が、彼女は彼女で心外ですねと口角を上げる。何もただ面白がってそう言っているわけではない、と言葉を続けた。

 

「今面白いことになるから放置って言いましたよね?」

「ええ。それが?」

「面白がって言ってますよね?」

「ルイズ、わたくしの話を聞いていたの? わたくしは、ただ面白がって言っているわけではないと、そう言ったのよ?」

「つまり面白がって言ってるんですよね?」

「そこはそれ以外の理由を聞くところでは?」

 

 聞いても無駄ですし、とルイズは言い放つ。あらそう、とそれを流したアンリエッタは、視線を残りの二人に向けた。何を意味するかはギーシュもモンモランシーも分かっている。が、それを聞いて何になるのか。二人の意見はそれであった。ルイズと同じである。

 はぁ、とアンリエッタは呆れたように息を吐く。わざわざここまで来ておいてそんな反応をする意味がどこにあるのか。わざとらしくそんなことを言いながら、彼女は視線をギーシュに向けた。

 

「ミスタ・グラモン」

「はい?」

「貴方は現状をどう思っているのかしら?」

「え? ……正直に言ってしまえば、面倒だ、と」

 

 成程、とアンリエッタは笑う。それならば益々もって現状維持が最適解だろうと言葉を続けた。今の答えでどうしてそれが最適解なのか、という疑問は、彼女の笑顔の前では恐らく無意味であろう。

 

「ミス・モンモランシ」

「は、はい!?」

「ミスタのケアを、よろしくお願いします」

「はい。それはもう、言われずとも」

 

 唐突に話題を振られたことでびくりと震えたモンモランシーであったが、アンリエッタの言葉には迷うことなくそう述べる。ではこれで問題なしですね、と話を締めにかかったアンリエッタは、謁見の残り時間は雑談でもしましょうと紅茶に口を付けた。

 

「そもそも謁見のはずが普通に執務室でお茶会してる時点で」

「いつものことでしょう? それにわたくしは所詮王位も継いでいない小娘、空位の王座を誰かが奪えばあっさりと蹴落とされる程度のか弱い存在です」

「その奪った誰か、糸で操られていませんかね……」

「怖いことをおっしゃるのね。わたくし震え上がってしまいますわ」

 

 喜びでですか? と口に出来るほどギーシュもモンモランシーも命知らずではない。そういうのはルイズの役目だ、と視線を彼女へと向けた。知るか、と視線を逸らされた。

 

「それで、姫さま。何か面白い話題でもあったんですか?」

「あら、聞いてくれるの? 実はフォンティーヌ領に新しい住人が増えたのだけど」

「知ってますよ! 自分の故郷なんですから! あいつは何でまた」

「……ルイズ、何がどうしたんだい?」

 

 ギーシュの問い掛けに、アンリエッタは笑顔で、ルイズは呆れたように肩を竦めた。自身の故郷、ヴァリエール公爵領の一部、姉の治める地に増えた存在を口にする。

 

合成獣(キメラ)がちいねえさまの自由騎士に加わったわ」

「もはや魔物の軍勢ね……」

 

 インテリジェンスナイフ、吸血鬼、自動人形(オートマータ)、合成獣、ミノタウロス。傍から見ればどう考えてもこちら側ではないその面々を思い出し、ルイズもギーシュもモンモランシーも揃って溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 疲れ切っていた。具体的には、周囲の視線の変化にダメージを追っていた。

 あの後、アンリエッタの意見と言えるのかどうか分からないそれにより経過観察となったギーシュであったが、日が経つにつれ視線の種類が増えていくことに気付いた。三日もせずに、彼は色々と苦労を背負い込むことになる。

 まずはキュルケがフラフラしていることによる嫉妬の視線。これは彼女の取り巻き、ないしは限定恋人からのやっかみなので最初から別段変わることなく、ちまちまと文句を言われるという程度で済んでいる。これだけならば別段問題ない、とはいえずとも気にしないでおく程度には出来た。

 だが問題はもう一つだ。男女問わず、何やら妙な、それでいて鋭い視線を感じるのである。その原因を探ろうにも、何故か皆揃ってそのことについては彼に語ることはない。ただ、好意からくるものではないのだけは確かであった。

 

「大丈夫? ギーシュ」

「一応ね。もう一つの方の理由さえ分かればどうにでもなるんだけど」

 

 うーむ、と彼は首を捻る。モンモランシーはそんなギーシュを見て苦笑し、とりあえずこれを、と小瓶を差し出した。

 

「疲労回復効果のあるアロマよ。頭が回らないと碌な答えも出せないでしょう?」

「ああ、ありがとうモンモランシー。君のその思いさえあれば僕は一個師団にも突入してみせるさ」

「大袈裟よ。あ、後役に立つかは分からないのだけど」

 

 さっき妙なことを言われた、とモンモランシーは眉を顰めた。ギーシュが続きを促すと、彼女は顎に手を当て視線を上に向ける。どうにも意味が分からないのだけど、と言葉を続けた。

 

「負けちゃ駄目よ、って」

「……誰に?」

「クラスメイトに言われたわ」

「いや、そうじゃなくて。誰に負けるなという応援なんだい?」

「分かってたらこんな顔してないわよ」

 

 まあそうか、とギーシュは頬を掻く。何故そんな会話になったのかを尋ねると、モンモランシーは彼の持っている小瓶を指差し、それを渡しに行くと言ったらと話した。

 そのことから予想するに、ギーシュに絡んでいるのは間違いない。だからこそ彼女がここで話したのであろうし、相手はともかく対象が誰なのかは凡そ予想が付けられる。

 

「僕絡みで、誰かに負ける可能性のある何か?」

「……順当に考えれば、ミス・ツェルプストー、かしらね」

 

 自分で言って少し恥ずかしかったのかモンモランシーはそっぽを向く。その名前を出し、勝ち負けという意味合いで考えた場合、つまりはそういうことになるからだ。早い話、ギーシュを恋人にするか否か。

 

「……僕は、君を愛しているよ」

「ここでそう言うのはズルいわ。それに、説得力も薄くなる」

「そうか、それは残念だ」

「ついでに言うなら」

 

 ルイズのいる場所で宣言しなければ駄目だ。そう言ってモンモランシーは彼の口に人差し指をちょんと付けた。む、とその言葉に苦い顔を浮かべたギーシュは、まだそこを拘っているのかと肩を落とす。

 そんな彼に、当たり前でしょと彼女は口角を上げた。

 

「あなたの初恋、今のギーシュになったきっかけ。それらを全部吹っ切ってくれなきゃ、わたしは応えられないわ」

「自分ではもうとっくに振り切ったつもりだけどね」

「わたしが納得するまでは、だーめ。どのみち幼馴染だもの、いくらでも待ってあげるわよ」

「愛しているから?」

「自分で考えなさいな」

 

 残念、とギーシュは肩を竦める。ふん、と鼻で笑ったモンモランシーは、それじゃあまた後でと手をひらひらさせ去っていった。その後ろ姿からでも彼女の耳がほんのり赤くなっているのが見え、ギーシュは思わず破顔する。ああやっぱりモンモランシーは可愛いな、そんなことを思いつつ、では授業にでも行こうと足を進めた。

 流石に講義中に何かをされることもなく、滞りなく昼食までの時間は過ぎていく。さてでは、と食堂に向かったギーシュは、そこで友人三人と合流し食事を済ませデザートを食べていた。

 その最中、そういえば、と三人の内の一人、レイナールがギーシュに問い掛ける。噂は本当なのかい、というその言葉に、ギーシュは何のことやらと首を傾げた。

 

「何だお前、知らないのか? 自分のことなのに」

 

 三人の内の一人、ギムリが呆れたような表情で彼に述べた。そう言われてもと頬を掻くギーシュに向かい、もう一人、マリコルヌが明らかに侮蔑の表情で彼を睨んでくる。どうでもいいがマリコルヌがこの顔をするのはいつものことなので、誰も気にしていない。

 

「あーあー、おモテになる人は違いますねぇ。自分の噂は気にもとめないってか?」

「いや、本気で分からないんだけど」

「それが調子乗ってるってことなんだよぉ!」

「マリコルヌ、落ち着け」

 

 ギムリに窘められ、ふーふーと鼻息を荒くしながらも彼はとりあえず席に座り直した。それを横目で見ながら、ギムリはギムリでまあこいつの言うことも間違いじゃないとギーシュを睨む。

 

「お前、あれだけ騒がれてるんだから知ってなきゃおかしいだろ」

「そう言われても……ひょっとして僕が城下町に行っている間に何かあったのかな?」

「そうだね……それが原因といえば、そうかもね」

 

 レイナールが苦笑し、これはつまりそういうことかと何となく察した。そもそも当事者にそのことを話す人物がいない限り伝わらないものなのかもしれない、と同時に思った。

 

「ギーシュ、ミス・ヴァリエールと行っただろう?」

「それはそうさ。そうでなければ僕が姫殿下に会う用事なんか出来るわけないだろう?」

「理由や内容はこの際置いておくけれど。まあつまりそういうわけだよ」

 

 どういうわけだ、とギーシュは眉を顰める。レイナールの口振りからするとこれだけでもう全てが分かるだろうと言わんばかりなのだが、生憎ギーシュにはよく分からない。

 その表情で何か察したレイナールは身近だと分からないものなのかな、と呟き、ギムリは羨ましいなとぼやく。マリコルヌは問答無用で殴りかかった。

 

「何をする!?」

「うるさい全世界の敵! お前が深窓の令嬢と城下町にデートに行ったから皆が嫉妬に燃えてるんだ!」

「は?」

 

 落ち着け、とギムリが彼の肩を押さえ、レイナールが座らせる。手慣れた動きでマリコルヌを黙らせると、まあつまりそういうわけだと二人はギーシュを見た。

 そういうわけだ、と言われても。一瞬そう思ったが、しかしこれまでの行動と今回の騒動を組み合わせれば何となく理由は見えてくる。モンモランシーが負けるなと応援されたのもつまりはそういうわけだと予想も出来た。

 

「君達がこの間言ってたね、そういえば」

 

 深窓の令嬢と微熱の美女が取り合っている。この三人との馬鹿話の戯言であったはずのそれが、いつの間にか噂の『真実』であると他の皆にも広まったのだろう。成程そう考えれば視線が増えたのも納得がいく。キュルケから好意を向けられたことによる嫉妬の視線と、ルイズから好意を向けられていると思った連中による嫉妬の視線。そして双方からの好意を受けてデレデレしていると受け取った者達の嫉妬あるいは侮蔑の視線だ。

 

「何でそんなことに」

 

 何が現状維持が最適解だ、余計酷くなってるぞ。自国の主君をさり気なく罵倒しながら、ギーシュは痛む頭を押さえつつ誤解だと述べる。勿論マリコルヌは嘘つけと返した。

 

「美女二人からモテモテが誤解だぁ? 何だ嫌味か? 自慢か?」

「そもそもその根底がだね」

 

 駄目だこいつ聞いちゃいねぇ。説明をしながらもそれを覚ったギーシュは、しかしどうにもならないと表情を曇らせていく。朝よりも更に疲れていくような気さえした。

 そんな彼を見ていたギムリは、それなら、とマリコルヌの口を塞ぎながら彼に述べる。誤解だというのならば、聞こうじゃないか。そう言ってニヤリと口角を上げた。

 

「なあギーシュ。お前、今は誰と付き合っているんだ?」

「は?」

 

 二人のどちらかと既に、あるいは別の相手がいて、更に。そんなことを思いつつ、ギムリはギーシュに言葉を投げかけた。マリコルヌはそれを聞いて一旦黙り、彼の答えを待っている。レイナールはとりあえず様子を見守る方向でいくらしい。

 そうは言われても、とギーシュは言葉に詰まった。好きな人はいる、言えと言うならば宣言してやる。が、付き合っているかと言われれば答えは否なのだ。向こうが了承してくれない。

 だから、ギーシュとしてはこう答えるしか無い。誰と付き合っているかと言われれば。

 

「付き合う……。いや、僕にそんな特定の女性はいないよ」

 

 何言ってんだこいつ、と言う目でマリコルヌはギーシュを見た。そんな目をしてもいないものはいないのだからしょうがない。ここで誤魔化すために自分は薔薇だから沢山の人を楽しませるものさ、などと言えば再度襲い掛かってくるのは想像に難くないので自重し、まあそういうわけだからと逃げに徹する。

 

「本当かよ?」

「本当だよ。僕に恋人はいな――」

 

 ぽろり、と瓶がポケットから転がり落ちた。おっと、とそれを掴んだギーシュは、中身が無事なことを確認し大切そうに仕舞い込む。そうした後、言いかけた言葉を再度述べた。僕に恋人はいないよ、と。

 見ていた三人組は結論付けた。あ、こいつ嘘吐いてやがる、と。

 

「だったら何でその小瓶を愛おしそうに抱えたぁ!」

「は? これは大事なものだから」

「恋人から貰った大事なものなんですね分かりますぅ! はぁ!? 何だお前!?」

「ギムリ、マリコルヌ、落ち着いてくれ。これはただ」

「それ、ミス・モンモランシが香水を入れるのに使っている瓶じゃないかい?」

 

 レイナールがぽつりと呟く。それに反応したギムリとマリコルヌは、ああそうかそういうことかとギーシュを睨んだ。つまりお前はそういうことだったのか、と。全てを理解した、とそんな表情を浮かべながら、思わずその場で身を乗り出す。

 

「つまりあれか? お前はミス・モンモランシと付き合っていながら、ミス・ヴァリエールと城下町にデートに行った、と」

「何でそうなる!?」

「二股かお前! それでもってミス・ツェルプストーもお前を? はぁ!? 何だお前!?」

「何でそうなる!?」

 

 レイナールどうにかしてくれ、と視線を向けたギーシュは、もうこれは無理だなと匙を投げている彼の姿を見た。孤立無援なのだと理解し、しかしここで認めるわけにはいかないと思考を巡らせる。ここを乗り切るためモンモランシーと付き合っていることにしてもいいが、そうすると確実に彼女に嫌われるので選ばない。

 さてどうする、と彼が言葉に詰まっていると、どうやら騒ぎを聞いていたらしい他の男子生徒達がこちらに歩みを進めてきた。その顔は一様にニヤニヤと笑っていて、明らかにこちらを見下しているのが分かる。

 

「まったく、貴族の集まるこの学院で随分と低俗なやり取りをしているのだね」

 

 その中の一人が小馬鹿にするように肩を竦めながらそう述べた。何だと、とギムリとマリコルヌが反応するが、ギーシュとレイナールはその通りだから仕方ないと肩を落とす。

 男子生徒はそんな四人から一人だけに視線を集中させた。この話題の中心はお前だろうと言わんばかりのそれに、まあしかし事実だからとギーシュは頬を掻く。

 

「申し訳ない。少し自重するよ」

「ああ、そうしてくれたまえよ。二股の噂に、更に尾ひれが付く前にな」

 

 はっはっは、と男子生徒達が笑った。なんだこいつら、という目でギムリ達は見ているが、ギーシュは抑えろと手で告げ、そうだねと短く述べた。

 そうした後、ただ、と彼は言葉を続ける。

 

「僕は別にいいんだ。ただ、ルイズやモンモランシーを巻き込むのはやめてくれないかい?」

「どういう意味かな?」

「二股をかけられている、という噂の相手にされてしまうのは彼女達に申し訳ない。何か小馬鹿にしたいのならば、僕だけにしてくれ」

 

 その言葉を聞いて言葉を止めた男子生徒は、しかし次の瞬間に笑い出した。これは傑作だ、と笑みを浮かべた。

 

「……何か僕は変なことを言ったかな?」

「それはもう。取り繕うが上手だな、と感心したのさ。まあ確かに、公爵令嬢ともあろう方が男を取られたとなると名誉に関わるだろうからな」

 

 ギーシュは気付いた。こいつらのターゲットは自分ではない。正確には、自分だけではない。自分を使い、モンモランシーを使い、ルイズを罵倒したいのだ。

 

「僕の言った言葉が聞こえなかったのかな?」

「聞こえたとも。だから称賛しているのさ。公爵令嬢の恋人を、ゲルマニアの美女が興味を抱いている隙にドットメイジの没落貴族の娘がかっさらっていったという『事実』に、真っ向から立ち向かい罪を被ろうとしている君をね!」

 

 これみよがしに声を張り上げ、男子生徒は食堂に聞こえるようにそう述べる。彼の周囲だけでなく、恐らくグルであったのだろう生徒達が口々にそれに賛同するように声を上げていく。そうして『噂』は、この場で純然たる『真実』に変貌した。

 深窓の令嬢は、地位の低い相手に恋人を寝取られた。そんなスキャンダルをその場に振りまいたのだ。

 ギーシュは視線を巡らせた。大勢の前で恋人を寝取った貧乏貴族の娘扱いにされたモンモランシーは、周囲の視線を受け居心地の悪そうに縮こまっている。ここで逃げ出せば、完全に固まってしまう。そう判断しているのは間違いないが、平気というわけではないのだろう。

 ルイズには視線を向けなかった。ここで文句を言うためにでしゃばってくれば彼女のメッキが剥がれてしまう。今は耐えているが、もし自分が彼女を見たら、それがきっかけになりかねない。だから、向こうがこちらを見ていることを前提に小さく手を上げた。

 

「……ふう。先程の僕らも決して褒められたものではないが」

「ん?」

「君も、貴族としての礼を知らないようだね」

 

 男子生徒の表情が固まった。どういう意味かな、と笑みを潜め彼に問い掛ける。

 その言葉に分からなかったのかと返したギーシュは、やれやれ、と立ち上がるとその男子生徒を真っ直ぐに睨んだ。

 

「もし分からないであれば。よければ、僕が君に礼儀を教えてあげるよ?」

 

 ちょうどいい腹ごなしだ。そう言って、ギーシュは口角を上げた。あからさまなその挑発は、男子生徒のプライドを傷付けるには十分で。

 ドット風情が偉そうに、と男子生徒は彼を睨み返す。いいだろう、と鼻を鳴らすと踵を返した。その礼儀を教えるには、ここは場所が悪いだろうと言い放った。

 

「そうだね。では、どこでやろうか?」

「ヴェストリの広場が丁度いいだろう」

 

 ついてこい、と言う男子生徒に従い。ギーシュも同じように食堂を出ていく。一連のやり取りを見ていたギムリ、マリコルヌ、レイナールはそれを追うように食堂から飛び出し、それをきっかけに自分達もと目的地に向かう。

 それを横目で見ながら、ルイズはこっそりとモンモランシーに近付いた。

 

「どうするの?」

「行くわよ。ああもう、あのバカ」

 

 そうは言いつつ、モンモランシーの口元は上がっていた。まったくもう、とそんな彼女を見つつ、ルイズも笑みを浮かべながら皆より少し遅れて食堂から広場へ向かう。

 それで、どう思う。道すがら、ルイズはモンモランシーに問い掛けた。

 

「ギーシュは勝つかしら」

「負けないでしょう。だって今回は、これまでと違うもの」

「そうよね。うん、よし」

 

 結果的に思った通りの方向に進んでいることにご満悦のルイズを見ながら、ああつまりそういうことだったのかモンモランシーは溜息を吐いた。まあでも確かに、と王宮の執務室で彼女が言っていたことを思い出す。

 

「面白いことには、なりそうね」




次回、ギーシュの決闘
おお、何か凄くテンプレっぽい響き


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その4

ボツ案:ワルキューレを使ってチェスのように相手を追い詰める軍師タイプ
ボツ理由:地味。頭脳派は作品上姫様の下位互換になってしまう。何かギーシュっぽくない

そんなわけで物凄くやりたい放題やったギーシュの決闘開始




 魔法学院の学院長室、そこで書類仕事をしているマチルダに、学院長であるオスマンは水煙管を吹かしながら声を掛けた。

 

「考え直しては、くれんか?」

「申し出はありがたいのですが」

 

 最後まで言うことはなかったが、それは断りの返事である。彼女の今の地位、学院長秘書は臨時のものであり、宝物庫騒ぎでドタバタしていたものの、滞りなく任期が過ぎようとしていた。だからこそ、オスマンは任期の延長、ないしは常在秘書となってくれないかどうかと打診していた。

 だが、マチルダはそれに首を縦に振ることはない。そもそもここにやってきたのはアンリエッタの謀略の一環である。給金はそれなりにもらえるのであろうが、それでもここで働き続けるといつかはボロが出るし、本業に支障が出てしまう。

 

「そうか、うむ。まあ、仕方ないのぅ」

 

 孤児院も忙しいだろうからな。そう言って髭を撫でているオスマンの言葉に、マチルダはピクリと反応をした。が、それを表に出すことなく、そして今の言葉に別段触れることなく会話を流す。

 

「のう、ミス・マチルダ」

「どなたかと勘違いなされているのでは?」

「そうか。いや、すまんかったの」

 

 オスマンもそこで会話を流し、そのまま書類仕事に戻っていく。マチルダは表情こそ変わらないものの、内心は非常に面倒だと舌打ちしていた。場合によってはアンリエッタの力を借りて始末しなければいけないかもしれない。そんなことまで考える始末である。

 そんな二人のいる部屋に、一人の教師が慌てて駆け込んできた。一体どうしたとオスマンが尋ねると、ヴェストリの広場で騒ぎが起きていると捲し立てる。

 

「それで?」

「宝物庫の『眠りの鐘』の使用許可を頂きたいのです」

「事情も分からず許可は出せんよ。何があった?」

「試合が、いえ、決闘騒ぎが起きています」

 

 ほう、とオスマンは髭を撫でる。呆れたような顔をし、どうせただの喧嘩だろうと溜息を吐いた。

 

「それで、喧嘩をしている馬鹿者はどこのどいつじゃ?」

 

 その言葉に、教師は当事者は複数だと告げた。一方は一年のラインメイジを中心とした男子生徒の集まり、そして対するは。

 

「一年生の、ギーシュ・ド・グラモン」

「ほう」

 

 ちらり、とオスマンはマチルダを見た。涼しい顔をしているが、一瞬その名前を聞いて反応したのを彼は見逃していない。のう、ミス・ロングビル。そう言って彼女に呼びかけ、一つ質問があると述べた。

 

「この騒ぎで、怪我をするとしたらどっちじゃ?」

「はて。私は生徒の詳しい事情はとんと知りませんので分かりかねますが」

「そうかそうか。ならば、問題はなかろう」

 

 は、と訝しげな顔を浮かべた教師に向かい、その程度で宝物庫の品を使うことなどないと返した。精々監督役でもやっておけと教師を追い払うと、彼は楽しそうに部屋の片隅に置いてあったマジックアイテム『遠見の鏡』を取り出す。

 

「よろしいのですか? オールド・オスマン」

「大丈夫じゃろう。ほれ、君も言ったではないか」

「私が?」

「本当に何も知らないのならば、普通は一人の方が怪我をすると考えるじゃろう?」

 

 だというのに、知らん分からんとトボけた理由は。口にせずにそう続け口角を上げたオスマンを見たマチルダは、彼の見えないところで小さく舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

 ヴェストリの広場には騒動を聞いていた生徒達で溢れかえっていた。その中でも、中心に近い位置にいる生徒達は立ち位置が二つに分かれている。片方はこの騒ぎに加担したラインメイジの生徒の仲間とそれに賛同した野次馬。調子に乗るな気障野郎、と野次を飛ばしている者もおり、ギーシュからすれば大分貴族らしくない。

 もう片方はギムリ、マリコルヌ、レイナールを中心としたどちらかと言えばギーシュ寄りの野次馬連中である。なんかムカつくからあいつらぶっ倒せ、というギムリの野次に、ああこっちの味方も別段貴族らしくなかったとギーシュは溜息を吐いた。

 

「さて、と」

 

 ギーシュは観客の中心部、広場の真ん中で眼の前にいる相手を睨む。先程直接こちらに絡んできた生徒は五名。その内の一人がラインメイジであるのは分かっているが、残りはどの程度かは分からない。試合をしたことのあるのが一人しかいなかったためだ。

 そこまで考えを巡らせ、成程つまりそういうわけかと彼は頷いた。あの時の試合も、今回と似たような理由だったのだ。そう理解し、ああこれはルイズの怒りはもっともだったと苦笑する。

 

「始める前に、一ついいかな?」

「どうした? あれだけ大口を叩いたんだ、今更怖気づいたとは言わないよな?」

「それは勿論。ただ、これは『試合』か、それとも『決闘』か。どちらだと言えばいいのだろうか、とね」

 

 ギーシュの言葉に男子生徒は笑う。そんな事を気にしている余裕があるのか、と見下した目で彼を眺めた。

 

「ははははっ、何だ、本当に怖気づいたか。試合と言っておけば怪我が軽く済むとそういう算段かな? 生憎、これは『決闘』だ、多少の酷い怪我は覚悟しないといけない」

 

 勿論するのはお前だ。そういう意味合いを込めたその言葉に、ギーシュはああそうかいと軽く流すことで返答とした。それならば丁度いい、と少しだけ口角を上げた。

 

「いや、実は僕もそう思っていたところでね。君達を矯正するには、多少酷い目に遭ってもらわなければ無理だろうと」

 

 あからさまなその挑発に、しかし男子生徒は鼻で笑った。ドットが生意気なことを言っている、と馬鹿にしたような目で彼を見た。

 それでは始めるか、と男子生徒は一歩前に出る。それを横で見ていた取り巻きは、いやいや君が先に出てはかわいそうだろうと笑った。少しでも勝ちの目を上げさせてやろうじゃないか。そんなことを言いながら、別の男子生徒が前に出た。

 

「……つまり、ミスタと戦うには君達を倒さなくてはいけない、と」

「何だ、まさかここにいる五人全員と戦って勝つつもりか?」

「そうしなければ納得してくれない人がいるんでね」

 

 傍から見ていれば到底無理でしかないことを言いながら、ギーシュは肩を竦めマントを翻す。普段使っている薔薇の造花を使って作った杖とは違う、騎士が使うような剣杖が腰の後ろに携えられているのを見て、男子生徒達は怪訝な表情を浮かべた。

 

「さて、じゃあ始めようか」

 

 その剣杖を抜き放つ。普段遣いの杖と同じように薔薇の装飾が施されているそれを掲げ、胸に添えていた薔薇の造花を放り投げた。

 呪文を唱え、杖を振る。薔薇の造花、彼の普段遣いの杖はその呪文により一本の巨大な剣となり地面に突き立てられた。身の丈ほどもあるそれが彼の隣にあることで、一種の威圧感が生まれる。

 が、それも一瞬。男子生徒達はそれを見て笑い出した。まさかその『錬金』がお前の本気か。大剣を指差しながら、メイジらしくないのはどっちだと馬鹿にするように肩を震わせる。

 その笑いが止んだのはそのまた次の瞬間であった。大剣の影に何かがいる、と観衆が声を上げたのだ。ん、とそこに注目すると、剣の柄を握りしめる小さな手が見える。そのままそれを引き抜いたその影は、観客達にその姿を現した。

 可憐な少女であった。ゴシックドレスを纏ったその少女は、無表情のまま自身の身の丈程もある剣を掲げ、そしてゆっくりと構えている。

 

「誰だ?」

 

 観客のその言葉に答える者は誰もいない。先程まで存在すらしていなかったその少女は一体何者なのか。疑問が波及しざわざわと声が上がっていく。

 それに動じなかったのは三人。ルイズとモンモランシー、そして『遠目の鏡』で監視していたオスマンの横にいたマチルダである。

 

「ミスタ・グラモン。一体どういうことかな? 決闘に第三者を、それも可憐な少女を巻き込むとは」

「ふむ、これはお褒め頂き恐悦至極」

「何を言っている!? ぼくらは君のその礼節を教えるとか言いながら少女を戦場に出す貴族らしからぬ行動の非難を――」

 

 そこまで言いかけ、男子生徒は何かがおかしいと言葉を止めた。そもそも彼は呪文を軽く唱えただけだ。それでどこからか少女を呼び出すなどドットでは到底不可能。ならばあれは。

 

「僕の行動に何か問題があったかな? 決闘だというから、僕は自分の得意呪文を唱えただけだけれど」

 

 何を言っている。そう言いかけた男子生徒は、もう一度少女を見た。何を考えているのか分からないその無表情の美貌は、まるでよく出来た彫像のようで。

 まさか、と誰かが呟いた。彼の二つ名、そして得意呪文を知っている者は、嘘だろうと目を見開いた。

 

「ゴーレム……なのか?」

「それ以外の何に見えるというのだい?」

 

 ねえ、とギーシュは少女に目を向ける。こてん、と首を傾げる少女の姿はとても可愛らしく、とてもではないが呪文で作り上げたゴーレムには見えなかった。

 何せ、少女のゴシックドレスのスカートは風ではためき、その背中まで掛かる青緑の髪は同じように風になびいている。頭のリボンもゆらゆらと揺れ、とても金属や土で出来ているようには思えない。

 

「何をふざけたことを!」

「本気だよ。これが僕のゴーレム『ワルキューレ』。自分の込められる精神力や呪文の精度の練り上げ方を最大限細心の注意を払うことで作り上げた、グラモン秘伝の『クリエイト・ゴーレム』さ」

 

 このドレスも、髪も、装飾の細部に至るまで呪文で練り上げた青銅で出来ている。そう言って少女の頭を軽く撫でると、説明はもういいかなとギーシュは前を見た。

 対する男子生徒は思わず後ずさった。ドットだと聞いていたし、あの時の試合も大した呪文を使っていなかった。だというのに、目の前のこれはなんなのだ。得体の知れない恐怖で、これまであった勢いが急速に削がれていくのを感じていた。

 が、リーダーのラインメイジは深呼吸を一つすると、騙されるなと仲間に述べる。ゴーレムの生成はドットでも使える呪文だ。材質も青銅であるし、大きさも本来のトライアングル以上のものと比べて小さい。見た目だけに拘った、ただの虚勢だ。そう皆に言い聞かせるように叫ぶと、そうだろうとギーシュを見る。

 

「まあ、そうだね。確かに僕の呪文で生み出したこの『ワルキューレ』はドットスペルでしかない。トライアングルやスクウェアのそれと比べれば間違いなく違うだろうね」

「そうだろう? まったく、驚かせるんじゃない。……ああ、そうか! 君はその見た目を重視した呪文でこちらに負けを認めさせようとしたのか」

「ん? 負けを認めてくれるのかい?」

「まさか。さっきも言っただろう? これは『決闘』だ。『試合』のように呪文を見せ合うわけじゃない。そんな見た目だけの呪文ではあっさりとバラバラにされるのが落ちさ」

 

 可憐な少女の姿をしていようが、こちらは手心を加えない。そう言って仲間の男子生徒の肩を叩いた。それにより落ち着きを取り戻した彼の仲間は、よし、と再度足を踏み出す。改めて、始めようかと声を張り上げる向こうの男子生徒達を一瞥し、ギーシュは別に構わないと言い放った。

 

「では、名乗りを上げておこうか。『青銅』のギーシュだ。僕のゴーレム、『ワルキューレ』がお相手しよう」

 

 剣杖を真っ直ぐ前に掲げる。見た目だけを取り繕ったと嘲笑っている男子生徒達は、同じように軽く礼と名乗りを上げるとそのまま呪文を唱え放った。ドットスペルではあるが、火の呪文ならばあの程度のゴーレムは容易く燃やせるだろうと笑みを崩さない。

 火球が少女に激突する。そのまま熱で溶解すると思われたそれは、しかし手にした大剣を盾にして防ぐと、何事もなかったかのように歩みを進めた。

 

「え?」

 

 一歩、二歩。それだけで一気に相手との距離をゼロにした少女は、そのまま大剣を横に振るう。剣の腹でぶっ叩かれた相手は、そのまま吹き飛び観客へと突っ込んでいった。

 その衝撃に、誰もが声を発せられない。一体何が起きたんだ、と眼の前の光景が理解出来ない。

 

「なんだよ。もう終わりかい?」

 

 立ちすくんでいる四人に向い、ギーシュはそう言って笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 残りの三人の動きは酷いものであった。ゴーレムが対処出来なければ術者を、とギーシュを狙うも、少女によって防がれ大剣で地に伏せられる。あっという間にリーダーであるラインメイジ一人になってしまい、彼は焦ったように声を上げていた。

 

「へぇ……成程、ヴァリエールの言う通りね」

 

 そんなギーシュを見て、キュルケは面白そうに笑う。これはひょっとするとひょっとするかも、と自分の新しい恋人候補に名前を書き加えた。

 そんなキュルケを見て、ジョゼットは呆れたように溜息を吐いた。この万年発情期め、そう呟くと、それでどうなのかと彼女に問い掛ける。

 

「何が?」

「あいつ、強いの?」

「そうねぇ……呪文自体はへっぽこね。ドットメイジでしかないわ」

「その割には四人を相手にして平然としてるけれど」

「あれは呪文の使い方が上手いのよ。精神力や己のメイジのレベルに任せた力押しじゃない、効率を突き詰めて呪文を唱えているわねぇ」

「へぇ……」

「ジョゼット。あなたの参考になるんじゃない?」

「かも」

 

 じっと戦いを見詰めるジョゼットを見て口角を上げたキュルケは、さてではここから先はどうなるかと視線を戻す。彼等のリーダーは、ギリギリと音が聞こえてきそうなほどの歯ぎしりをしながら杖を構えていた。

 

「ドット風情が嘗めるな!」

「嘗めてなどいないよ。僕は真面目だ」

 

 ギーシュとその横に立つ少女はそこで揃って己の得物を前に掲げる。二つの切っ先を見たリーダーは、しかしプライドと怒りで怯えることなく杖を構えた。

 唱えた呪文は風。ラインである彼のその呪文は、本来ならばドットであるギーシュ程度は簡単に吹き飛ばせてしまうものである。だが、彼はそれを見て至極冷静に隣の少女に指示を出した。こくりと無表情のまま少女は頷き、先程と同じように剣を前に構えギーシュをかばうように立つ。

 その大剣を振るい、空気の流れを素早く変えた。それにより乱された気流は、本来真っ直ぐ飛ぶはずであった風の槌をあらぬ方向に曲げてしまう。ギーシュの横の地面が抉れ、おお怖いと彼は呟いた。

 

「でもまあ、彼女達の風や水より全然マシだね」

 

 あれは食らうと五回は死ぬ。はぁ、とその時を思い出し溜息を吐きながら、ギーシュは眼の前の『ワルキューレ』に指示を出した。今度はこっちの攻撃だ、と笑みを浮かべた。

 少女が足に力を込めると同時、爆発するように前進した。地面にはブーツの跡が残り、わざわざ靴底まで作ってあるのかと凄くどうでもいい部分に感心するキュルケを除いて少女がリーダーメイジに接近するのを目で追っている。

 ぐるんと体を回転させ、少女はそのまま蹴りを放った。リーダーメイジの腹に叩き込まれたそれは、向こうの肺の空気を一気に押し出し呼吸を出来なくさせる。わあ凄い下着まで精巧に出来てる、とはしゃぐキュルケをジョゼットはうんざりした目で一瞥した。

 

「か、は……」

「まだ続けるかい?」

「き、さ……」

 

 よろめく体を支え、リーダーメイジは杖を振ろうと腕を振り上げる。が、それよりも早く少女の蹴り上げで杖が飛ぶ。そのまま回転を利用し、持っていた剣をリーダーメイジへと振り上げた。

 地面に転がった状態で、ひぃ、と小さく呻く。目をつぶり体を縮こませていた彼は、何かが突き立てられる音を聞き恐る恐る目を開けた。彼の真横に、大剣は突き刺さっていた。

 

「さて。……続けるかい?」

 

 心底怯えた表情のまま、リーダーメイジは必死で首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 さてでは、とボコボコにされた連中をギーシュは眺める。皆一様に小さく悲鳴を上げたのを見て、まあいいかと肩を竦めた。

 

「とりあえず、皆の誤解を解いてもらおうか」

 

 彼の言葉に男子生徒達はコクコクと首を縦に振る。散り散りに今回の件の釈明に向かうのを見て、ギーシュは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「凄いじゃないかギーシュ!」

「驚いたな」

「ギーシュ、ちょっとこの娘触ってもいいかい?」

 

 やいのやいのとギムリ達がやってくる。あははと笑みを浮かべたギーシュは、まあ今回は特別だったけれどね、と述べた。これはまだ目的地に辿り着いていない、自慢出来るものではないのだ。だから、こう堂々と見せるのをあまり彼は良しとしない。

 それでも、ギーシュはそれを見せた。そんな己のちっぽけなプライドよりも優先するものがあったからだ。

 とりあえずスカートを捲ったり胸を揉もうとしていたりするマリコルヌを『ワルキューレ』で一発殴ってから、ギーシュは三人から少し離れた場所で笑っている二人に視線を動かした。彼の視線に気付くと、片方は優しく微笑み、もう片方は親指を立ててウィンクをする。どうやらご期待には応えられたようだ、とギーシュは再度笑みを浮かべた。

 

「それにしても」

 

 レイナールが彼に問う。どうしてこんな派手な騒ぎを起こしたのか。敢えてこの状況に持っていったのだろうと思っていた彼はそれをギーシュに尋ねたが、そんなもの決まっているとあっさり返されて目を瞬かせた。

 

「彼等の行動のおかげで、二人のレディの名誉が傷付いた。ならばそれを払拭しなければいけないだろう?」

「それが理由かい?」

「それ以外に何があるのさ」

 

 そう言ってギーシュは楽しそうに笑った。己が命を懸けるのは、いつだってそのためだと笑みを浮かべた。

 なにせ、グラモンの家訓は。己の父の信条は。

 

「『(じぶん)を惜しむな、(かのじょ)を惜しめ』。だからね」




ギーシュ△したところでとりあえずここまで


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暴風雨警報/ウェールズ様どいてそいつ殺せない!
その1


何だかわけわからんものが始まる


 トリステインの執務室、近衛の騎士ですら入ることが許されぬ状態になったそこには、三人の男女だけがテーブルを囲んで着席していた。一人は太后マリアンヌ、もう一人は宰相マザリーニ。そして最後の一人は王女アンリエッタである。

 この三人だけで一体何を話すのか。部屋の外、扉の前で警備をしている騎士はそんなことを考えていた。事情を知らない人間からすれば、この集まりに下衆な勘繰りをしてしまうほどだ。太后と王女をいいように宰相が操り、国の実権を握っている。市井ではそう噂されることすらある。『鳥の骨』などと揶揄されつつもその地位に就き続けているのがその証拠だ、とも。

 勿論警備を行っている騎士は本当を知っているので、その噂や街で流行っている小唄のことなど鼻で笑う。そしてマザリーニに同情する。

 何を話すかは分からない。が、今この部屋の中では、また枢機卿が胃を痛めているのであろう。そんなことを考え、とりあえず部屋から追い出されて良かったと騎士は安堵の溜息を吐いた。

 さてその部屋の中であるが。騎士達の予想通り、マザリーニは今胃痛の真っ最中であった。これが疲労からくるものであればどれだけ楽か。そんなことを思いつつ、彼は目の前の光景を改めて見る。

 

「それで、もう一度おっしゃってくれませんか?」

「あら、聞こえなかったのかしら?」

 

 うふふ、とアンリエッタとマリアンヌが微笑みを浮かべている。傍から見れば仲睦まじい母娘の姿であろうが、生憎実態はそんな美しいものではない。

 

「結婚なさい、アンリエッタ」

「嫌です」

 

 相変わらずの笑みである。が、その空気は尋常じゃないほどに冷え切っていた。アンリエッタは言わずもがな、マリアンヌもこの歳の娘がいるとは思えないほどに美しく若々しい。古い友人のおかげだというそれにより、ともすれば姉妹に見えてしまうほどの姿を保っている彼女と、その美しさが今真っ盛りの娘。その二人の笑みが、よもやここまで恐ろしいものであるとは。マザリーニはそっと二人から視線をそらし、懐に忍ばせてある胃薬を一気飲みした。ストックはまだある。

 

「望まぬ結婚が嫌というのならば、即位なさい」

「嫌です。そもそも、王位が空座であることが問題ならば、母さまが即位なさればよろしいでしょう?」

「わたくしは王ではありません。王の妻であり、王女の母。となれば、おのずとその座につくものは決まってくるでしょう?」

「ええ。子供のような我儘をおっしゃる方を一人、座らせれば事足ります」

「そうね。子供のように駄々をこねている者を一人、座らせれば事足ります」

 

 そう言ってまた柔らかく笑い合う二人。勿論空気は微塵も良くなっていない。マザリーニは二本目の胃薬に手を伸ばした。

 ふう、とマリアンヌは息を吐く。先程の空気を霧散させると、やれやれといった風に頭を振った。

 

「アンリエッタ。一体何が不満なのです?」

「全てですが」

「我儘を許しているのは、貴女がこの国に害を及ぼしていないからです。もし国を衰退させるようなことをするのならば、こちらも全力を持って貴女を止めなければなりません」

「ならばまずは御自分をどうにかなさっては? 喪に服していると言っておけば万人が納得するとでも思ったら大間違いです」

「言うようになりましたね」

「貴女の娘ですから」

 

 緊張再び。何とかして止めたいが、止めたら死ぬ。そんな確信を持ったマザリーニは、とりあえず嵐が過ぎてからどうにかしようと心に決めて逃げた。胃薬は三本目である。

 そうして笑い合っていた二人であったが、今度はアンリエッタが肩を竦める事で空気を霧散させた。いい加減宰相が限界そうなので、と視線をマザリーニに向け、マリアンヌもあらそうですね、と同じように彼を見る。

 

「ではここからはある程度普通に進めましょうか」

「はい、母さま。……それで、何故結婚話を?」

 

 会話の内容は先程と同じ。だが、マリアンヌが述べたように、その雰囲気は明らかに先程と違っていた。最初からそういう風に会話してくれ、と思わずマザリーニは叫びたくなるが、言っても無駄なので口を噤む。四本目にはまだ至らなかった。

 

「最近、諸外国のきな臭い動きがあるのは知っているでしょう?」

「ええ勿論。そういえば、この間他国からきた人攫いを一つ潰しましたね」

 

 さらりとアンリエッタは述べ、マリアンヌはそうでしたねと流す。これが王女と太后の会話なのだから、この国は別の意味でどうしようもない。マザリーニとしてはそう思うが、それ以外では何の問題もなく国が動いているのを考えるとそれも間違いなのかと血迷いかけてしまう。市井の噂や街の小唄の実態は、この二人のやることを取り繕う宰相の姿ばかりが目立つからである。実際の働きは太后と王女の方が彼よりも大きい。

 尚、フォローを考えると噂通り、彼が殆ど担っている。

 

「最近はレコン・キスタとかいう輩がアルビオンを転覆させようとしているとか」

「あら怖い。……まあ、あの一件以降こちらとは折り合いも悪いので何も出来ませんが」

 

 さらりと言ってのけるアンリエッタをマザリーニはギョッとした目で見る。対するマリアンヌはふむ、と彼女を見て口角を上げた。あれはまた何か企んでいる顔だな。そんなことを思いつつ、凡そのあたりを付け口を開く。

 

「……アンリエッタ。もし、結婚相手を、貴女が自分で決めていいと言ったら?」

「是非」

「そのために必要なことは?」

「今のアルビオンをどうにかすれば。さしあたっての予定としては、レコン・キスタが現王家を打倒する辺りでわたくしは意中の方を頂いていくつもりですが」

 

 アンリエッタの言う意中の相手、というのはアルビオンの皇太子ウェールズ・テューダーのことである。現状、正攻法ではトリステインとアルビオンの友好が芳しくないために不可能な相手である。そのため、彼女は国の混乱に乗じて掻っ攫い自分の伴侶にする腹積もりらしい。控えめに言って外道である。勿論マザリーニは四本目の胃薬を一気飲みした。

 

「あらアンリエッタ。貴女はレコン・キスタがアルビオンを打倒すると?」

「今のままでは、おそらく。烏合の衆というわけではなく、どこかがバックについているようですので」

「流石はわたくしの娘。では、それを防げば向こうに多大な恩が売れるということも、当然分かっているのでしょう? 何故王家が倒れる方を選んだの?」

「分かりきっていることを尋ねないでください。アルビオンが残っていては、ウェールズ様をこちらに迎えられないでしょう?」

「テファをアルビオンの王にすればいいではないですか」

「御冗談を。ジェームズ陛下がお許しになりませんわ。それにシャジャル様も」

「ふむ。確かにシャジャルはそういうところは頑固ですものね」

 

 若い頃、あの四人と一人を伴い彼女絡みの問題に首を突っ込んだことを思い出す。思えばあれをきっかけに魔女の知恵を積極的に吸収するようになったのだから、そういう意味では彼女は恩人、その意志を尊重せねばなるまい。後で説得でもしに行くかと予定を決め、マリアンヌはひとまず保留と話を止めた。

 

「しかしアンリエッタ。貴女はレコン・キスタの背後の正体を掴んでいないというのですか?」

「ガリアであろうとあたりは付けていますが、まだ確証は」

「成程。では、アルビオンとガリアがこれまで以上に親交を深めようとしているのは知っているかしら?」

「……レコン・キスタとアルビオン王家、双方と結びつき全てをガリアのものに、というところでしょうか」

「恐らくそうでしょう。とはいえ、明確な証拠はない以上、それを公にするにはもう少し深く調査する必要があります」

 

 ニヤリ、とマリアンヌは笑う。何のつもりだ、とアンリエッタが眉を顰めるのを気にせず、彼女はそのまま言葉を紡いだ。そこで、アルビオンの調査に丁度いい催しがあるのだ、と自分の娘にとっての爆弾をその場に投げ落とした。

 

「実は今度ウェールズ皇太子の婚約のお祝いに行くの」

「――は?」

 

 

 

 

 

 

 こんな彼女を見るのは何時ぶりだろうか。ルイズは幽鬼のような目でガリガリと書類にペンを走らせるアンリエッタを見てそんな感想を抱いた。ギーシュとモンモランシーはこれはもう絶対に関わってはいけないやつだ、でもどうしようもないと諦めの境地に達している。

 

「ひ、姫さま?」

「何ですか」

 

 ギロリ、とアンリエッタはルイズを見る。うわ、と思わず引いた彼女であったが、しかしこのままでは話が進まないので、溜息と共にアンリエッタの頭を軽く小突いた。あいた、と彼女らしからぬ間抜けな声が漏れ、そして目に生気が戻ってくる。

 

「わたくしとしたことが。少し動転していたようですね」

「まあ姫さまがおかしいのは今に始まったことじゃないですから」

 

 自国の主君をボロクソに言いながら、ルイズはそれで一体何があったのだと問い掛けた。アンリエッタも彼女のその軽口など今更なので気にせず流し、ええ実はと口を開く。

 アルビオンでの遊園会。そこでレコン・キスタなりその裏のガリアなりの暗躍の証拠を掴みたい。要約すればそういう話である。マリアンヌのお伴として『暴風雨』で向かう、ということである。

 

「ですから、今回はミスタ・グラモンとミス・モンモランシも調査に参加していただきたいのですが」

「役に立ちますか? 僕ら」

「ええそれは勿論」

 

 力強く断言されれば、ギーシュもモンモランシーも首を横には触れない。まあ仕方ないか、と肩を竦め分かりましたと頭を垂れた。ここで何だかんだで了承してしまう辺り、二人も大分染まってるな、とルイズは思う。口には出さない。

 

「それで、一体何の催しなんですか?」

 

 他国の人間を招くほどの遊園会を開くとなれば、それなりの理由があるはずだ。そんなことを思ったルイズがアンリエッタに尋ねたが、それを聞いた彼女の目が急速に死んでいくのを見てしまったと顔を顰めた。ついでに、どうやら先程の状態になったのはそれが理由らしいと感付いた。

 

「……婚約を、祝うらしいのです」

「婚約、ですか……。え? アルビオンの、だ、れが」

 

 言いかけて気が付いた。わざわざアルビオンで行うのだから、アルビオンの王家の誰かであろう。そして今現在婚約をするような、それを祝われるような人物は一人しかいない。

 ギーシュもモンモランシーもそれを察し、おいマジかよと顔を引き攣らせている。ここにいる三人は知っているのだ。アンリエッタの想い人が誰なのかを。

 何せ、二年前のラグドリアン湖でのプロポーズ大作戦に駆り出されたのは他でもないこの三人なのだから。

 

「……ウェールズ様が、婚約、するらしいの」

 

 ぽつりぽつりとアンリエッタは言葉を紡ぐ。それは決して現実であって欲しくないという願望も混じっているのだろう。発せられた声は、少し震えていた。

 ギーシュとモンモランシーは何も言えない。好きな相手が、自分の想い人が他の誰かと婚約する。そうなったときの胸の痛みは一体どれほどのものであろうか。分からないし、分かりたいとも思えない。ギーシュは少なくとも今モンモランシーが他の男と婚約したらそのまま生きる気力を失うだろうと自信を持って断言できる。

 そんな二人とは違い、ルイズは泣きそうな顔をしているアンリエッタの肩を優しく叩いた。大丈夫です、と笑みを浮かべた。

 

「そもそも姫さまフラレてるじゃないですか」

「振られてない! わたくしは振られてなどいません!」

「いやだって、あの湖の誓い。姫さまは愛を誓って、ウェールズ殿下は再会を誓った。ほらもう完膚無きまでにフラレてますよ」

「おだまりっ!」

 

 言いやがったこいつ、という目でギーシュとモンモランシーはルイズを見た。それを考えないように、綺麗な思いを表面に出していたのに。はぁ、とモンモランシーは溜息を吐き、さてどうしようかとギーシュを見る。いやどうしようもないだろうと肩を竦めるのを見て、そうよねと傍観に徹することにした。

 

「ウェールズ殿下としても、普通に考えてこんなのよりもっとちゃんとした女性と婚約したいと思うでしょうし」

「わたくしのどこがいけないというのよ!?」

「見た目以外全部でしょう。あのですね姫さま、こんな中身が酷い人を好きになる奇特な男性はいませんよ」

 

 はぁ、と溜息と共にルイズは述べる。もはやフォローする気など欠片もなく、そして相手が王女であるということをこれっぽっちも考慮していない。ここまでくるといっそ清々しかった。

 アンリエッタはぐぬぬと顔を顰める。ルイズのその態度については別段怒ることはないが、言われた言葉は純粋にムカついた。が、自分でもその辺りは自覚しているので普段ならばともかくこの場で否定することは出来なかった。改めるつもりはない。

 

「……でも、烈風カリンはきちんと結婚して子供も生んでいるではないですか」

「あれはたまたま近くに中身が酷い人を好きになる奇特な人間がいたから成立した奇跡です。というか女性に不自由しなかったくせに惚れた相手がノワールおばさまと母さまとか、むしろ父さまの方が頭おかしいレベルですし」

「自分の父親ボロクソだな……」

「母親に対しても無茶苦茶言ってるわねあれ」

 

 とはいえ、自身の親からその辺りは散々聞かされている上に現在進行系で色々やらかしている人物なので、そこのフォローはしない。ついでに今会話に参加したらとばっちりがくるのでやめておこうと二人は更に一歩下がった。

 

「ともかく! わたくしは振られていませんし、ウェールズ様に近付いたその女性はまず間違いなくレコン・キスタなりガリアなりの刺客です」

「姫さま、きちんと現実見ましょうよ」

「後半部分は真面目に話しています。今回母さまがこちらに話を持ってきたのも、恐らくそのためでしょうから」

 

 唇を尖らせているものの、その表情は普段のアンリエッタのそれである。そのことを理解したルイズは態度を元に戻し、それで一体どうすればいいと彼女に問い掛けた。

 そこは最初に言った通り。そう言って口角を上げたアンリエッタは、ルイズを見て、ギーシュを見て、モンモランシーを見た。

 

「マリアンヌ太后の雇われメイジとして、『暴風雨』が同行します。目的は先程も言った通り、暗躍の証拠集め」

 

 そこで言葉を一旦止め、アンリエッタは視線を落とした。三人に表情が見えないように、顔を隠した。クスクスクス、というどこか怪しい笑い声だけが彼女の表情を推察出来る唯一の情報である。

 

「まあそれはそれとして、ウェールズ様の婚約は関係なくぶち壊しましょう」

「結局それなんじゃないですか……」

 

 はぁ、とルイズは呆れたように溜息を吐いた。ここで止めないのが、彼女がアンリエッタの『おともだち』である所以である。




着地地点にちゃんと落ちるんだろうかこれ


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その2

今回の姫さまのポジションは悪役令嬢


 ジェームズ一世との挨拶を終えたマリアンヌは、ふうと小さく息を吐いた。一応名目上は義妹である彼女との会話は和やかであったが、しかし現在の国同士の関係を鑑みれば笑い合ってなどいられない。マリアンヌは別段笑い合っても良かったが、向こうはそうはいかないのだ。モード大公の一件はジェームズにとって消し去りたい汚点であり、そしてそれを残し突き付けてくるトリステインとは友好など考えたくもない。現状の彼の腹の中はそういう具合である。

 まあ分かってはいたから問題ない、とマリアンヌはそんなアルビオンの空気を受け流し、少し離れていた場所で待機していた四人のもとへと歩みを進めた。義兄への挨拶は終わったので、今度は甥の婚約を祝いに行きましょうか。そう言って微笑むと、明らかに挑発するかのようにその四人の内の一人の顔を見た。

 普段常に余裕の表情を仮面の下で浮かべているはずのその人物、アンリエッタこと『豪雨』のアンゼリカはそんなマリアンヌの挑発にあからさまに不機嫌のオーラを醸し出し舌打ちをする。太后と護衛のメイジの関係としては明らかに失格であった。

 

「アン、抑えてください」

「……分かっていますわ」

 

 隣のフランドールがそう宥めるが、アンにはあまり効果がない様子である。まあ仕方ないと肩を竦めたフランは、大人しく太后に付き従うよう残りの二人に促した。

 ふう、と息を吐くと調子を取り繕ったアンもそれに続き、マリアンヌと共に件の人物のいる場所へと歩みを進める。この遊園会の主役であるウェールズは、当然のように多数の貴族に囲まれ祝いの言葉を送られていた。

 

「こんにちは、ウェールズ」

「おお、これはマリアンヌ様。お久しぶりです」

「ええ。暫く見ない内に立派になりましたね」

「マリアンヌ様は以前とお変わりなくお美しいままで」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 クスクスと笑ったマリアンヌは、婚約の祝いの言葉を送り、暫しの雑談に興じる。ウェールズも自身の叔母である彼女とは付き合いもそれなりあるため、他の貴族と比べても割く時間は長いようであった。

 あまり長話をしていると他の方にも迷惑が掛かる。ある程度のところでそう述べ会話を打ち切ったマリアンヌは、それではと彼から離れようとする。はい、とウェールズもそれに返し、しかしその前に少しだけ疑問に思っていたことを口にした。近衛の騎士ではなく、護衛を私兵と思われるメイジにさせているのはどうしてなのですか、と。普通はこのような場では、国の代表でもある太后がお忍びにも見えかねない状態になるのは好ましくないはず。それを勿論向こうも承知で行っているとしたら、とそこが彼は引っかかっていたのである。

 対するマリアンヌは、わざとらしく苦笑するとそれは仕方ありませんと彼に述べた。

 

「トリステインの騎士をあまり堂々と連れ回すと、こちらの空気が悪くなるでしょう?」

「……それは」

「ごめんなさい、折角の空気に水を差してしましました。……まあ、お忍びというのもある意味間違いではないもの、気にしないで」

「間違いではない、ですか?」

「ええ。だってほら、わたくし一人だけでしょう? トリステイン太后としてではなく、貴方の叔母としてやってきた。そういうことにして頂戴」

 

 成程、とウェールズは微笑む。そういうことなら仕方ありませんね、と頬を掻いた。ある程度事情を汲んだ彼は、ならば護衛の彼女達にも挨拶をしなくてはと四人に向き直る。

 

「改めて。アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

 彼のその名乗りに、『暴風雨』の面々も姿勢を正し頭を下げる。次いで、名乗り返さねば失礼に当たると口を開いた。

 

「はじめまして皇太子殿下。わたしはフランドールと申します。よろしければ、お見知りおきを」

 

 ピンクブロンドのポニーテールの少女、フランは帽子を取り礼を返す。水晶のバレッタが光できらめき、彼女の溌剌さを引き立てていた。

 

「お初にお目にかかりますわ。わたくし、アンゼリカ、と申します」

 

 その隣には綺麗な栗色の髪をした美しい、しかし顔の上半分を仮面で覆った少女がスカートの裾をつまみ恭しく礼をする。その仮面にウェールズは一瞬目を見開いたが、すぐに表情を元に戻し笑みを浮かべた。

 黒いブラウスとベストを纏っていた二人とは違い、残り二人の服装はバラバラである。その片方、白いブレザーを着ている少女が、おずおずと言った調子で頭を下げ言葉を紡いだ。

 

「……マリーゴールド、と申します。こちらは妹分のカレンデュラ」

 

 軽くウェーブの掛かった髪を編み込み左右に垂らしているその少女は、前髪で目元が隠れているため表情が分かりにくい。が、その隣もそれに輪をかけていた。

 紹介されたので自分では言葉を発さず頭だけを下げたその少女は、可憐ではあったもののどうにも不思議な印象を受けた。布地を減らし動きやすさを優先したらしいゴシックドレスと、前に垂れている髪こそ先端で少し纏めているものの、腰に届かんばかりの長い髪はサラリと流されたまま。そしてその顔は、何を考えているのか分からない無表情ともいえるもので。

 挨拶を済ませ、それではとマリアンヌが去っていった後も、ウェールズはその四人がどうにも印象に残っていた。総じてどこか不思議な少女達だった、と何かが気になった。

 

「……まったく、今この場で、他の女性のことを考え続けるとはね」

 

 いかんいかん、と彼は頭を振り、再度貴族との挨拶回りへと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 挨拶も終わり、遊園会をぶらりと回る状態になったマリアンヌは、近くのテーブルにあるスコーンを一つ摘み口に入れる。そうしながら、ではどうかしらと後ろに控える四人に問うた。

 

「どう、とは?」

 

 それに返したのはアンゼリカ。質問の答となるようなものを片っ端から言えばいいのか。そんな思いを込めたその一言を聞き、マリアンヌはそうね、と微笑んだ。

 

「ウェールズは、幸せそうだったかしら?」

「……」

 

 このクソババア、とアンの仮面に覆われていない口元が歪む。当然口には出さず、しかしそれに答える口など持ち合わせておらんとばかりに彼女は沈黙を貫いた。そんなアンを笑顔で見詰めていたマリアンヌは、では同じ質問を、と残りの三人に目を向ける。

 わざわざこちらにもそれを振る、ということは何かしらの意味がある。それを察したフラン達は、そうですねと暫し考え込む動作を取った。同様に、渋々といった風ではあるもののアンも表情を戻し答えを選ぶ。

 

「幸せそう、ではありましたね」

 

 まあこれ以上気を使っても仕方ないとフランは思ったことをそのまま述べる。まあ確かにそうね、とマリーゴールドも頷いた。こくり、と言葉は発しないがその隣の少女も首を縦に振る。

 だが、それがどうしたのだ。そんなことを思ったフランは、残る一人、アンの出す答えを聞こうと目を向けた。何だか若干やさぐれているのを確認し、これ大丈夫だろうかと眉を顰めた。

 

「……少なくとも、ウェールズ様はある程度この婚約を許容している、ということです」

「いやでも、流石にこの場であからさまに態度に出さないでしょう?」

「マリアンヌ太后の前で、そしてわたくし達の前での姿からそう感じたのですから、取り繕っている表面上を感じたわけではないわ」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらアンはそう続けた。せめて乗り気でなかったのならばもう少し全力で邪魔をするのに。そんなことを呟きながら彼女が肩を落とすのを見て、マリアンヌはクスクスと笑う。同様に、フランも思わず苦笑した。

 

「……幸せそうならば邪魔しないんですね」

「マリー、それはどういう意味でしょう?」

「問答無用で邪魔する雰囲気だったからですよ」

 

 ひ、とその眼力に引き気味になったマリーゴールドに代わり、フランが彼女の言葉を継いだ。ふん、とそっぽを向いたアンは、それよりもと視線を戻さず話を戻す。

 

「暗躍の証拠は、どうやって調査を行いましょうか?」

 

 一番手っ取り早いのは例の婚約者に接触しボロを出すのを待つことだろう。アンは自分でそう述べたものの、その意見にあまり乗り気ではなさそうであった。普段の彼女であれば、あるいは今回の意気込んでいた彼女であれば、そこで迷うことはありえない。にも拘らずその選択肢に消極的である理由は。

 

「ウェールズ殿下に嫌われるかもしれないから、ですか」

「悪い?」

「いや、なんというか。乙女だなぁって……」

 

 ここに来る前に婚約ぶち壊そうと高笑いを上げていた時と同一人物とは思えない。いざ実際にその目で想い人が幸せそうな光景を見てしまえば身を引いてしまう。そんな奥ゆかしさがまさか目の前の人間にあったことを驚きつつ、ではどうするかとフランは腕組みをし首を捻る。

 

「周囲」

「ん?」

 

 そんな彼女の耳に声が届く。なんぞや、と視線を動かすと、相も変わらずぼうっとした何を考えているのか分からない表情のまま、カレンデュラがこちらを見詰めていた。

 

「ワルキ――じゃない、カレン、どうしたの?」

「提案」

「ふみ」

「周囲」

「うん」

「探索」

「……んーっと、周囲、探索……ああ、本人が駄目なら周りを調べろってことね」

「ん」

 

 コクリと頷く。まあ確かに妥当ではあるが、まさか他の誰でもない彼女に言われるとは。そんなことを思いながらまじまじとカレンデュラを見ていたフランは、ちらりと視線をマリーに動かした。いや自分関係ないし、といった様子で首を左右を振るのを見て、どうやら正真正銘彼女が考えた意見だと納得した。

 

「あ、でもギーシュからの連絡とか」

「マスター」

「そうそう」

「無関係」

「……そう。つまり完全にアンタの意見ってわけね。へえ、成長してるじゃない」

 

 ぶい、と無表情のままカレンデュラがピースサインをする。そんな彼女をマリーはよしよしと撫で、他に意見はないかしらと視線を動かした。フランは元より無し、アンもとりあえず取るには妥当だろうと反対意見は出さない。

 ではそれでいこう、と『暴風雨』の最初の行動はそれに決まった。

 

「ではマリアンヌ様、少し席を外させていただきます」

「ええ。好きに動いて頂戴」

 

 マリアンヌは笑みを崩さない。少なくともこの場で突如暗殺されることはないであろうと予想を立てていること、もしそうなった場合トリステイン以外の立場を悪くさせる算段は出来ていることがその理由だ。とはいえ流石に一人だけというのも問題があるだろう、と視線をカレンデュラにちらりと向ける。

 

「連絡?」

「ええ。貴女の創造主(マスター)に、暫く護衛を頼んで欲しいわ」

「了承」

 

 ペコリと頭を下げたカレンデュラは、視線を中空に動かした。その体勢のまま暫し固まっていた彼女は、再度視線を戻しマリアンヌを見て頷く。

 これでよし、と『暴風雨』の四人は彼女から離れていった。まずはガリアの貴族達だ。そんなことを思いながら、該当する人物のいる場所へと歩いていく。

 それと入れ違いに、一人の少年がマリアンヌの下へとやってきた。お待たせしました、と礼をする少年に、いいえ大丈夫ですと彼女は笑みを見せる。

 

「しかし、ミスタ・グラモン」

「は、はい」

「貴方の『ワルキューレ(カレンデュラ)』は、随分と成長していますね」

「……まだ、父には遠く及びません」

「当然でしょう。あれでもナルシスの『ゴールド・レディ』は、今を生きる『伝説』の一つなのですから」

 

 結婚してから使うと浮気を疑われるので頻度がめっきり下がったけれど、と笑うマリアンヌに、ギーシュは苦笑するしかない。

 そのまま暫し昔話に花を咲かせつつ、マリアンヌはギーシュをからかって暇でも潰すかと口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 ううむ、とフランは唸った。隣ではアンがじっと立ったまま動かず、その人物を見詰めている。

 少し薄めの栗毛は背中に当たる程度に伸ばされており、艶もある。パチリと開かれた目は快活さと優しさを感じさせるもので、見るものにとっては癒やしにもなるであろう。スタイルも悪くなく、その立ち姿は少なくとも皇太子と並び立っていても絵になるであろう。

 輝かんばかりの皇太子に付き添う月。言うなれば、そんなところであろうか。

 

「アン」

「何かしら?」

「早いとこ仕事済ませて帰りましょう」

「どういう意味ですか」

 

 ジロリと仮面の少女はフランを睨み付ける。言わなきゃ分かりませんか、とそんなアンに彼女は言葉を返した。

 

「分かりませんよ。ええ分かりませんとも。言っておきますが、わたくしはこの場で婚約をぶち壊すのを一時保留したに過ぎません。そもそも、たとえ彼女がどんな女性であっても婚約者として相応しくはないのです。何故なら、あの方の隣に立つのはただ一人と決まっていますので。そう、ウェールズ皇太子がアンリエッタ姫殿下と結ばれるのは必! 然! ですから」

 

 ビシィ、と音がせんばかりにフランに指を突きつける。本当に何でこの人自分の色恋沙汰になるとここまでポンコツになるんだろうな。溜息と共にそんなことを思いつつ、はいはい分かりましたよと彼女はそれを軽く流した。

 

「勝負」

「ん?」

「決着」

「着いていないと言っているでしょう!」

 

 がぁ、とカレンの言葉にそう返し、もう知らんとアンは踵を返しその場から離れていってしまった。ああもう、とそんな彼女を目で追っていたマリーは咎めるようにカレンへ視線を動かした。相も変わらずの何も考えていなさそうな無表情である。

 

「わざと」

「はい?」

「単独」

 

 なんのこっちゃ、と首を傾げるマリーであったが、フランはまあそうよねと肩を竦めた。要はアンは適当に理由をつけて一人になったのである。どう見ても普通に挑発に乗っていたような気がするけれど、と頬を掻いたマリーに対し、そこは本気だったわねとフランは返した。

 

「さて、じゃあわたし達はどうする?」

「どうするも何も、元々あの婚約者以外から調査をしようって話だったじゃない」

「彼女が黒幕の一味だと仮定して、の場合はね」

「……利用されている、ってこと?」

 

 ちらりと参加している貴族と談笑している少女を見た。あれが演技で、裏で色々と暗躍しているとすれば相当のやり手であろう。フランはその辺りはさっぱりなので、とりあえず見た印象から彼女は違うと判断した。マリーもその意見に異議を唱えられるほどの自信はない。

 

「カレン」

「ん?」

「貴女はどう?」

「不明」

「……そうよね」

 

 こういう時に一番頼れるのはアンなのであるが、先程の状態だとまともな判断はしておるまい。はぁ、と溜息を吐いたマリーは、それでどうするのとフランに問うた。

 

「だからそれを今聞いたのに」

「分かってるわよ。……どうしましょうか」

「突貫」

「……まあ、それしかないか」

 

 ううむ、と迷っている二人に対し、カレンは迷わなかった。搦め手は今頃アンがやっているでしょう、とフランは肩を竦め、だといいけれどとマリーは肩を落とす。

 

「ああもう……わたし本当にいる意味あるの?」

「当然でしょ。頼りにしてるわよ」

 

 フランにそう言って肩を叩かれたマリーゴールド――モンモランシーは、再度盛大に溜息を吐きながら例のウェールズの婚約者へと足を進めた。




キャァァァシャベッタァァァァァ!

ちなみにどうでもいいことですが、姫さまの「分かりませんよ。ええ分かりま~」の下りはめっちゃ早口で言ってそうみたいなイメージで読んでもらえるといい感じだと思います。


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その3

地味

そしてサブタイトルの割に姫さまが相手を殺さない


「駄目だ」

 

 フランは溜息を吐いた。そして悟った。敗北を、である。隣ではマリーがなんとも言えない表情で視線を地面に落としている。

 そんな中、カレンは無表情のままうーむと少しだけ首を傾げた。ちらりと向こう側、先程会話をしたウェールズの婚約者を見て、そしてどこぞに何かをしに行ったのであろうアンリエッタがいるかもしれない方向を見る。

 

「拮抗」

「いや絶対姫さまの負けだから」

「そこ即答しちゃうんだ……」

 

 敢えて口にしないが、しかしマリーも凡そ似たような意見である。だからこそ、カレンがそんな判定を出したことが不思議ではあった。まだこういう機微は疎いのだろうか、と思わないでもなかったが、彼女の創造主はあのギーシュである。親に似ることも十分考えられるのだから、そう考えるのも早計だろう。

 

「ねえカレン。貴女はどうしてそう思ったの?」

 

 マリーの質問に、カレンはこてんと首を傾げる。何か変なことを言ったのだろうかと同じように首を傾げたマリーと共に、二人揃って首を傾げたまま、しかし彼女は答えを述べた。

 

「魅力」

「え? いやどう考えてもあの婚約者の人の方が」

 

 普通に考えて、状況に応じて笑顔で人を拷問に掛けながら金勘定するような姫に魅力は感じられない。その手の倒錯的な趣味がない限りは、である。そしてウェールズにそんな趣味はないはずだ。

 そんなフランに向かい、カレンは指を突き付けるとずずいと顔を近付けた。

 

「身近」

「はい?」

「近過ぎるから正確に判断出来てないってこと?」

「ん」

 

 えへん、と胸を張るカレンを見ながら、これはギーシュ教育間違えたなとフランは思った。マリーは視線を逸らすことで返答とした。

 まあその辺はどうでもいいや、と二人は表情を戻す。とりあえず自分達のやることはウェールズと彼女の婚約をぶち壊しアンリエッタとくっつけることではないのだ。彼女とウェールズが結び付くことで起こる何かしらを対処するのが本題である。

 

「とはいっても」

 

 やはり、というべきか。婚約者の女性からはそれらしき雰囲気が微塵も感じられなかった。ここでアンがいれば隠された何かを暴いてくれたかもしれないが、先程どこかに行ってしまったので分からず、それもあくまで平時の話だ。

 

「やっぱり、周囲の連中なのかしらね」

 

 フランの呟きに、マリーもそうかもしれないと頷く。そもそも、この場で早々尻尾を出すほど向こうも間抜けではないのではなかろうか。そんなことまで頭をもたげた。

 そうなると後々になるまで事態は尾を引くことになるし、そうなる頃には手遅れの可能性もあり得るわけで。出来るだけ早急に証拠を掴み、水際で阻止することが重要になるであろうことは間違いない。何より、時間が掛かればウェールズは婚約から結婚にステップアップしてしまう。その場合、間違いなくアンリエッタがおかしくなる。

 普段からおかしいが、別ベクトルで、である。

 

「でも情報を集めるったって」

「そうよねぇ。この場で噂話の収集なんか出来るかしら」

 

 会場を見渡す。着飾った貴族達が各々社交話をしている光景が目に映るが、ここでその作戦を実行しようとするならば話術と社交術の二つが必要であろう。フランは持ち合わせていない。

 

「一度、戻りましょうか」

 

 マリーの言葉に、フランはええそうねと頷いた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、おかえり」

 

 マリアンヌの護衛をしていたギーシュが三人を見てそう述べる。一人足りないみたいだけれど、と問い掛けたが、フランとマリーが揃って肩を竦めたのでそうかと流した。

 

「マスター」

「何だい?」

「褒美」

 

 ん、とギーシュに一歩寄る。そんなカレンを見て苦笑した彼は、よく頑張ったと頭を撫でた。無表情のままであるが、発するオーラが輝いているように見えた。そしてそんな光景をマリアンヌは楽しそうに見やる。

 

「思い出すわ。昔、そうやって『ゴールド・レディ』と仲良くやっていたナルシスを見て、丁度サンドリオンと喧嘩をしていて機嫌を損ねていたカリンが彼に向かって言っていたのよね。この()――」

「いきなりギーシュの父親をダシにして人の母親の恥部暴露するのやめていただけませんか!?」

「後、太后ともあろう方がその言葉を口にするのはどうかと……」

「大丈夫よ。その後ナルシスとカリンの壮絶なる決闘が始まったのだもの。素敵だったわ、カリン……」

「何一つ大丈夫じゃない……」

 

 フランががくりと膝を付き項垂れる中、カレンの耳を塞いでいたギーシュは手を離すと溜息を吐いた。それで、調査はどうなっているんだい、と彼がマリーに尋ねると、ええそうねと彼女は顎に手を当てる。

 そうして彼女が語ったのは、少なくとも婚約者本人は暗躍に関わっていないであろうということであった。

 

「後は、うん……幸せそうだったわ」

「そうか」

 

 マリーの言葉にギーシュは短く返す。そこに込められた意味を感じ取り、ほんの少しだけ躊躇した。だが、それでもやらないわけにはいなかない。自国と自身を犠牲にしてまでよく知りもしない他人を幸せにするほど、自分は聖人君子ではないのだから。

 ではこの場でのこれからはどうするのか。そんな彼の言葉にマリーは視線を逸らし頬を掻いた。この場で必要なのは話術と謀略なのだが、生憎そこに長けている人物が今回あまり役に立っていない。

 

「成程。それは困ったね」

「あら、どうされたのですか?」

 

 うわ、と思わず横に飛び退った。随分な反応ですね、と声を掛けた人物、アンゼリカは口角を上げる。先程までのポンコツぶりは鳴りを潜め、普段通りの彼女であるかのように見えた。

 

「あら、アン。もう大丈夫なんですか?」

「何が大丈夫かは知らないけれど。わたくしは平気です」

 

 こほん、と咳払いを一つすると、アンはそのまま視線を動かす。途中からしか聞こえなかったので、とフランとマリーに再度婚約者についての情報提供を乞うた。渋る必要もないのでそのままそれを述べ、そして一応と先程ギーシュに言ったように彼女は幸せそうだったと続ける。

 ちらり、と彼女を見ると、予想に反して平然と立っていた。

 

「あ、あれ? アン? どうしたんですか?」

「どうした、とは?」

「いや、さっきまでの状態だと何かこう、奇声を発しながら杖を抜いたりとかしそうだなって」

「フランじゃあるまいし、何故わたくしがそんなことを」

「わたしもしないわそんなこと!」

 

 ギーシュとマリーは無言を貫いた。ここで何かを言ったらとばっちりが来る。そう察したのだ。だから何か言おうとしたカレンの口も塞いだ。

 さて、とアンは視線を動かす。マリアンヌは変わらずの笑みで、彼女の行動を眺めている。それを面白く無さそうに一瞥し鼻を鳴らすと、ではこちらの番ですねと視線を戻した。

 

「彼女はウェールズ様と元々繋がりがあった人物ではありません」

「そうですね。確か本人もそう言ってました」

 

 彼女自体は元々彼に憧れを持っていたので、この婚約話は渡りに船だと喜んだ。そんな話をしていたのを思い出す。物語みたいで素敵よね、という感想を持ったのをマリーは口にせず飲み込んだ。

 それがどうしたのだ、というフランの問い掛けに、アンは笑みを返すことで軽い返答とした。そうしながら、では、と指を一本立てる。

 

「どこからこの婚約話は出てきたのでしょう?」

「へ? そりゃぁ、向こうの国……ガリアからなんじゃ?」

「アルビオンです」

 

 え、と思わず聞き返す。何の繋がりもない状態で、アルビオン側が唐突にそんな話を持ってきたのか。そう尋ねると、アンはコクリと頷いた。

 

「話自体は、古くから王家に仕えている貴族の打診であったそうですが。ジェームズ陛下としても、信頼ある相手からの話だからと特に疑うことなく進めたそうです」

「……それだけ聞くと、別に問題ない気がしますけど」

「ええ、そうね。ウェールズ様にも、そういう相手がいてしかるべき年齢だもの。話自体はおかしくないわ」

 

 その貴族がガリアと繋がりを持っていて、そこから見出された女性が、偶然ウェールズに憧れていた少女であった。成程絵に描いたような物語である。そうして少女は王子と幸せになり、悪役令嬢たる隣国の姫は物語から姿を消すのだ。

 

「……やっぱり諦めたんですか?」

「やっぱりとは? 後フラン、貴女今碌でもない想像をしましたね?」

 

 ギロリと仮面の下からでも分かるその眼光を受けたフランはいえいえと首を振る。そこで平然としていられるのは付き合いの長さかなぁとマリーは思いながら、視線の外から話の続きを促した。

 ふう、と息を吐く。そうして雰囲気を戻したアンは、問題は一つ、と先程と同じように指を一本立て、そしてクルクルと回した。

 

「その貴族が、既に死んでいること」

「……は?」

 

 どういう意味だ、と首を傾げる。そうして、つまりは婚約話を持ちかけた後口封じのために始末されたのだという結論に達した。それは益々黒幕の暗躍を探るのが難しくなりそうだ、と眉を顰めた。

 そんな一行に、アンはいいえ違いますと口角を上げる。件の貴族は今日もここで談笑をしていますと軽く述べた。

 

「……は?」

「婚約話を持ちかけたアルビオンの件の貴族は、既に死んでいます。ですが、先程向こうでワインを嗜んでいらっしゃったわ」

「ちょっと何言ってるか分からないんですけど」

 

 頭上に無数のはてなマークが浮いているかのような状態でフランはそう返す。マリーも同じように脳が理解を拒んでいるかのような表情を浮かべていた。ギーシュは何かを考え込むような仕草を取っているが、カレンにみっともない姿を見せられないという意地なだけであろうとそんな状態でも二人は察した。

 

「何か今の言葉に分からない単語でも混じっていたかしら?」

「いやそういう意味じゃなくて」

「アン。それは、死亡したという噂が流れていた、あるいはそれが真実だとされていたがそうではなかった。という意味では、ないのですか?」

 

 ギーシュの言葉に、フランは思わず目を見開いた。え、さっきのあれポーズじゃなかったの、という顔で彼を見る。アンは笑みを浮かべたまま、その返答が来ないと話が進まなかったという顔で彼を見た。

 

「ええ、勿論。もっとも、表向きにはそういう風になっているのでしょうけれど」

 

 後は分かるな、と視線をギーシュからフランとマリーに向けた。分かるかボケ、という顔を浮かべたフランを見て、まあ予想通りだとアンは笑みを強くさせる。

 

「ええっと。では、死亡している貴族と今この場にいる貴族は別人、ということですか? 成り代わり、とか」

「そうですね。少し裏を考えるとそういう結論を出すでしょう」

 

 そういうわけだ、とマリーの意見にそう返しながら再度アンはフランを見た。何言ってるか分からん、という顔のままであるのを見て、うんうんと彼女は満足そうに微笑んだ。

 

「復活?」

「あら」

 

 カレンの呟き。それを聞いたアンは少し驚いたように彼女を見た。こてん、と首を傾げながら、彼女は今の会話を聞いて自分なりの意見を出したらしく、拙い会話機能を駆使して言葉を紡ぐ。

 

「死体」

「ええ」

「再生」

「はい」

「魔法?」

「ええ、その通り。カレンデュラ、貴女の思考能力は既にフランを超えているわ」

「ちょっと待て」

 

 いくらなんでもゴーレム以下はないだろう。そうは思ったが、しかし実際彼女だけ何かしら意見も出せなかったので、フランはぐぬぬと唸るだけに留まった。マリアンヌはそんなフランを見てクスクスと笑う。ああいうところは本当にカリンにそっくり、と漏らした。

 誤解なきように言っておくが、マリアンヌはフラン――ルイズの母親であるカリンことカリーヌの親友であり、彼女が大好きである。

 

「それで! ええっと、カレンの言葉を総合すると……既に死んでいるその貴族が、何かしらの魔法で復活した?」

「……フラン」

「しょ、しょうがないじゃない! というか今の会話そういうことでしょ!?」

 

 カレンを見て、そしてアンを見る。コクコクと頷くカレンと、ええその通りと微笑むアンを見て、ふうと彼女は安堵の溜息を吐いた。

 が、だからといってそれが理解出来るかと言えば話は別である。普通に考えれば一度死んだ人間が再度動き出すのはまずありえない。魔法というものが存在するここハルケギニアでも、それは同じなのだ。

 ただそれは一般の人間の持ちうる反応である。フラン、マリー、そしてギーシュの三名は、その結論を出すことで一つの心当たりを見付けることが出来るのだ。

 

「アン、一つ、いいですか?」

「ええ、どうぞ」

「つまり、『そういうこと』なんですか?」

 

 フランの言葉には先程よりも真剣味が加わっていた。それに対し、アンもふざけた様子を控え、しかし笑みを湛えたままゆっくりと首を振る。それは違う、と断言をした。

 

「ああ、いえ。恐らくもの自体は近しいのでしょう、ですが、少なくとも『師匠(せんせい)』のそれとは違います」

「魔女の仕業ではない、ということですよね?」

「ええ。それはわたくしが断言いたします。そして恐らく」

 

 ちらりと視線をマリアンヌに向けた。変わらず微笑んでいた彼女は、アンの視線を受けて小さく頷く。今の彼女が愛しい人(サンドリオン)悪友(カリン)をこういう形で謀ることはありえない。そう力強く言葉にした。

 

「……水の精霊そのものが関係することはない、と見ていいですが。彼の姿を見る限り何かしらの力が関わっているのは間違いないでしょう」

「あ、もう見てきたんですね」

「ええ勿論。まるで生きているかのような、とても生気に溢れた死体だったわ」

 

 矛盾しているその言葉に、しかし何かを言うことなくフランもマリーも顔を歪めた。ギーシュだけは表情を変えることはなかったが、何かを考えるように隣に立っているカレンデュラを眺めている。

 

「マスター」

「何だい?」

「生命」

「うん」

「曖昧?」

「……そんなことはないよ。僕の友人、彼に言わせればね。彼女がああ言ったのだから、少なくとも今回の相手は『死体』だ」

「確定?」

「ああ、そうだ」

 

 そして、君は。口には出さずに、ギーシュはカレンデュラの頭をそっと撫でた。

 愛の語らいは終わりましたか、とアンはギーシュにそう述べる。そういうのではありません、とマリーを横目で見ながらそう返した彼は、それで一体どうするのですかと彼女に問うた。問題点が分かったとして、黒幕暗躍の証拠を掴めなければ結局は向こうの作戦が進んでいくだけなのだ。

 

「ええ、確かに今の状況では向こうを引きずり出すのは難しいわ」

 

 でも、と彼女は自身の仮面をそっと撫でる。口角を上げながら、何も出来ないというわけではないでしょうと言葉を続けた。

 

「少なくとも、この婚約話を白紙にすることは可能よ!」

「あ、結局そこなんだ……」

 

 フランの呆れたような呟きは、アンの耳には届かなかった。




ルイズ→フランドール
アンリエッタ→アンゼリカ
モンモランシー→マリーゴールド
ギーシュ→ギーシュ
ワルキューレ→カレンデュラ

ギーシュ「おかしいよね!?」


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その4

巻きで


 代わりとしての価値を見出された。それ以外には何も評価されなかった。独学で、必死で覚えた魔法の腕も。平民に墜ちても失わなかった誇りも。

 母親が付けてくれた名前も、自分自身の顔さえも。

 妾の娘として私を放り出したその家の、本妻の娘が死んだ。跡取りの無くなった当主は、そこでかつて捨てた人間を拾い上げた。でもそれは、私を跡取りにするわけではなく、死んだ娘の代わりに仕立て上げることだった。

 そうして体を拾い上げられた私は、それ以外を捨てさせられた。死んだ本妻の娘と同じ顔、同じ名前にさせられた。わたしは、私じゃなくなった。

 死んだのだ。私は、もう死んだ人間だ。なら、わたしは生きているのか? 違う、わたしは、死体だ。死んだ人間だ。私だろうと、わたしだろうと。もう既に死んでいるのだ。

 死んでいるのに生きている。都合でただただ、生かされている。そんな生活に嫌気が差しても、自分から死体に戻ることは出来はしない。怖いのだ、死んでいるなどと強がったところで、結局本当に死ぬのは嫌なのだ。だから、希望も無いのに、ただただ日々を過ごしているのだ。

 そんな死体に、婚約話が舞い込んだ。わたしはそれに答えを出す権利はない。現当主の言葉一つで、好きに動かされるのだ。

 話を持ってきたのはアルビオンの貴族らしい。当主と付き合いのある家系なのだろうけれど、わたしは知らない。死体にそんな考える力など必要ないからだ。

 それでも、わざわざこんな死体に話を持ってくるなどとは随分物好きだ。まあ話を聞く限りアルビオンとガリアを繋ぐための体のいい生贄らしいから、所詮そんな程度の相手なのだろう。

 アルビオン。そういえば、まだわたしが私であった頃に、一度だけあの国の皇太子と顔を合わせたことがあった。あの時はまだ私が生きていて、でも、ただの町娘で。

 落とした時計を拾ってくれて、笑顔を向けてくれた。こんな自分に、あんな素敵な人が。

 ウェールズ、という名前が聞こえた。はっとしてそちらを向くと、先程の貴族が当主と話しているのが見える。どういうことだろう、と耳を澄ませると、わたしを婚約者とするのはかのウェールズ・テューダー皇太子殿下だという。

 どうして、とわたしは目を見開いた。当主は当然だと髭を触りながら自慢げに笑っている。家柄だけは立派なここは、当主の言う通りアルビオンとの架け橋に足る血筋なのだろう。別にどうでもいい、わたしは所詮死体だ。威張るなら勝手に威張ってくれ。

 でも。

 

「わたしが、ウェールズ殿下の……婚約者……」

 

 わたしは所詮、役割を満たすためだけに生きている死体だ。だから望まない、望んではいけない。かの皇太子殿下の婚約者になれというのならば、首を横に振ってはいけない。

 だから、わたしなんかが、あの方の婚約者になってしまう。憧れていた人の婚約者に、なれてしまう。

 決して忘れることのなかった、二度と会うこともないと思っていた。あの人の、隣に。

 

 

 

 

 

 

 馬鹿馬鹿しい、とジェームズはマリアンヌの言葉を斬って捨てた。ただでさえあの事件で信用を失っているのに、更にそんなことを言い出すようでは。口には出さずに彼はそう結論付け、本格的にトリステインを決別しガリアと同盟を結ぶべきだと思考を巡らせた。そういう意味では今回の婚約は実にいい機会であった。一人小さく口角を上げると、ジェームズはマリアンヌを下がらせんと手を動かす。ついでだ、このまま退場してもらうのも一興だなどとも考えた。

 

「……分かりました。では、わたくしは御暇させていただきましょう」

 

 小さく頭を下げると、彼女はそのまま踵を返す。その顔には聞き入れられなかったことについて何か思うことも無さそうであり、普段どおりの平然としたもののようであった。

 そのまま離れていくマリアンヌであったが、ふと思い出したように立ち止まる。振り返ることなく、そういえばお義兄さま、となんてことのないように口を開いた。

 

「そこにおられるミスタは、随分と我慢強い方なのですね」

 

 何、と怪訝な表情を浮かべたジェームズは彼女の述べた人物を見る。先程、既に死体であるなどと中傷を受けた彼の息子に婚約者を紹介した立役者でもあるその貴族へと振り向く。

 何かあったのですか、と不思議そうに自分を見ているその貴族の右手首が、千切れ掛かりプラプラと揺れていた。

 にわかに騒がしくなる。一体どういうことだ、と周囲の貴族達が慌てて件の男へと手を伸ばした。その拍子に、皮一枚で繋がっていた右手がぼとりと落ちる。誰かの悲鳴が辺りに響いた。

 

「どうした!?」

 

 騒ぎが聞こえていたのだろう。ウェールズが婚約者を伴いこちらへと駆けてきた。当事者である彼にはまだ聞かせられない、とこの場には呼んでいなかったのが幸いし、あの光景を目にすることは避けられたらしい。もっとも、視線を動かせばすぐにそれは分かってしまう程度のものではあるのだが。

 

「おおウェールズ殿下。いや、今は少し離れていたほうがよろしいかと」

 

 そんな彼を一人の男性が押し留める。聖職者の姿をしてはいるものの、物腰が軽くあまりそれらしい雰囲気の見られないその男は、二人の視線を遮るように立つと踵を返すよう勧めた。その行動に怪訝な表情を浮かべたウェールズは、しかし状況も分からないまま立ち去ることは出来ないと男に述べる。

 

「いや全くその通り。しかし、これが私もよく分からぬのです」

「どういうことですかな、クロムウェル司教」

 

 クロムウェルと呼ばれた男は、眉を顰めるウェールズに対し苦笑しながら丸帽ごと頭を掻く。

 曰く、トリステインのマリアンヌ太后が、今回の婚約話を持ってきた貴族はとうに死んでおり動く死体としていいように操られているだけに過ぎないとジェームズに述べたのだという。得体の知れない何者かが操る死体の提案する婚約を続けるもよし、少し考えを改めるもよし。それはお任せしますと、そう言ったとも。

 

「死体?」

「ええ。何を馬鹿なことを、とジェームズ陛下はまともに取り合いませんでした。機嫌を悪くされ、マリアンヌ太后を追い払ってしまいましたが」

 

 まさか本当に死体だとは。苦い顔を浮かべ、クロムウェルはゆっくりと頭を振った。

 その言葉に面食らったのはウェールズである。本当とはどういうことだ、と思わず彼に詰め寄った。落ち着いてください、と隣の婚約者の少女に言われ、彼はすまないと一歩下がる。

 

「いえいえ、当然の反応ですとも。……その貴族の方ですが、右手が取れかかっておりましてな」

 

 その光景を想像したのか、ウェールズの隣で小さく悲鳴が聞こえた。失礼、とクロムウェルは謝罪し、しかしそのまま話を続ける。慌てて駆け寄った他の貴族の前で、その手首は地面に落ちた。それでも男は平然としており、その異様な光景を見た女性は恐怖で悲鳴を上げながら逃げていった、と。

 

「そうして会場にも騒ぎが広がってしまい、今に至るというわけなのです」

「それなら尚更私は行かねばならぬだろうに」

「よろしいのですか? 婚約者様にはいささか刺激が強いと思われますが」

 

 向こうは誰が死体で誰が生者なのかで阿鼻叫喚に陥っている。だからこそ自分もここまで避難してきたのだ。そう言って苦笑したクロムウェルは、止めはしましたよと言い残すとここから立ち去ろうと足を動かした。

 引き止めて申し訳なかった、とその背中に述べたウェールズは、隣の少女に少し待っていてくれないかと告げる。先程彼が言ったように、恐らくこの先の光景は彼女に見せられるものではない。そう考え、自分一人で向かおうと思ったのだ。

 だが少女は首を横に振る。わたしは貴方の婚約者ですから、と彼を真っ直ぐに見る。

 

「貴方の隣に、いさせてください」

「……分かった。離れないでくれ」

 

 はい、と少女は笑みを見せる。そんな彼女を見て苦笑したウェールズは、では行こうと足を動かした。

 その場は成程クロムウェルの言う通り酷い有様であった。生きている人間と同じように動く死体が紛れ込んでいる。その事実があるだけで、周囲の人間が全て死体に見えているかのように皆が疑心暗鬼になっている。

 

「父上」

 

 老体のためか椅子に座ったまま周囲の貴族に指示を出しているジェームズへと駆け寄ったウェールズは、この状況の大まかな説明を聞いたことを伝え自分に出来ることはないかと尋ねた。そんな息子をジェームズはゆっくりと眺めると、その隣の少女に視線を動かす。そして、静かな口調で彼に問うた。

 その少女は、死体か?

 

「……彼女を侮辱する気ですか?」

「そうではない。ただ、この話を持ってきた男が動く死体であった以上、当人である彼女を疑うのは仕方あるまい」

 

 ジェームズの表情に嘘はない。それが分かったからこそウェールズは苦い顔を浮かべたまま、しかしはっきりと否定の言葉を口にした。彼女はそんなものではない、と。

 

「ウェールズ様……」

「君が死体などではないことは、私が一番よく知っている」

 

 真っ直ぐにそう述べると、彼は彼女の肩を抱く。そして、その唇に小さく口づけをした。

 

「これが、その証拠――」

「あぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!」

 

 突如悲鳴が木霊した。何事だ、とジェームズ達がその方向へと振り向くと、驚愕の表情を浮かべていると思われる仮面の少女がウェールズを見て固まっている。かたかたと小さく震えており、傍から見る限り何か恐ろしい光景でも見たかのようで。

 あれは確かマリアンヌ太后の護衛だと言っていたメイジの一人だ。そんなことを思い出し、おそらく動く死体にショックを受けたのだろうとウェールズは考えた。

 

「ウェールズ様が、ウェールズ様が! キスした! わたくしじゃない相手と、キスしたぁ!」

「……は?」

「申し訳ありませんウェールズ殿下。この人今ちょっと頭がアレなのです」

 

 隣に立っていたポニーテールの少女が深々と頭を下げる。とりあえず現状に恐れをなしているわけではないので、と続けると、彼女は仮面の少女を思い切りどついた。

 

「何をするのですか!」

「文句があるならまず正気に戻ってください」

 

 え、と周囲を見渡した仮面の少女は、コホンと咳払いをすると何事もなかったかのように笑みを浮かべる。それで状況はどうなのですか、とポニーテールの少女に問い掛けた。

 

「まずは死体とそうでないのとを分ける必要がありますね」

「分かりました。フラン、貴女がやるの?」

「まあ、アンのやり口よりは被害少ないですし」

 

 そんなことを言いながら、フランは背中に背負っていた大剣を抜き放つと頭上に掲げる。瞬間、彼女の背後から小さな光が伸び、周囲の者達へと絡み付いた。パチン、と何かが弾ける音が響き、先程まで騒乱状態であった連中がバタバタと倒れ伏す。

 一体何をした、というジェームズの護衛のメイジの言葉に、フランはなんてことないように『ライトニング・クラウド』を唱えたのだと言い放った。

 

「威力を極限まで抑え、衝撃で気絶する程度にしてあります。生きているのならば、ですが」

 

 はっとそこにいたメイジ達が辺りを見渡す。言い争っていた貴族達がほとんど倒れている中で、先程の電撃を食らっても問題なく動いている数人がいた。その内の一人はこの騒ぎの発端となった、既に死体だと分かっている右手の取れた男。そしてその貴族の従者をしていたメイジ達が二人。

 そして、恐怖で怯えていたはずの若い女性貴族と、そのメイド達だ。

 

「余程電撃に耐性があるのですね。それとも、飛ばす意識など最初から持ち合わせていなかったのかしら?」

 

 クスクスとアンが笑う。先程の醜態をなかったことにせんがごときのその余裕の態度を見てフランは小さく溜息を吐いた。そうしながら、さてどうするかと顎に手を当てる。

 そのタイミングで叫び声。どうするもこうするもない。そんなことを言いながら会場を見回っていたマリーとギーシュ達がこちらへと駆けてくるところであった。

 

「結構紛れ込んでいたよ、死体」

「マリアンヌ様を含めたみんなの避難、終わったわ」

 

 ついでに引っ張ってきた、と視線を背後に向ける。マリー特製、水の精霊石を少量混ぜ込んだ誘蛾香だ。『死体』の仕組みを知っている彼女達だからこそ出来る芸当である。難点はまだ試作品のため水系統を扱えるメイジであれば生きていても誘われてしまう点だろうか。

 ともあれ、こちらにぞろぞろとやってくる死体達を合わせるとその数は十を余裕で超える。その光景を見たジェームズは何ということだと頭を抱えた。

 そんな彼を死体から守るように、フラン達が立ち塞がる。何のつもりだ、というジェームズの問い掛けに、あははと頬を掻くことで彼女は返答とした。

 

「……マリアンヌ太后が場を荒らし回るだけ荒らして後は知らんとばかりに去っていったので、こちらで尻拭いを、と」

 

 誰を思ったのか、仮面のまま鼻で笑いながらアンがそう述べる。ですからお気になさらずと言葉を続け、腰の双剣杖を取り出した。

 そんなアンに続くように、フランも下げていた大剣を再度構え直す。合流したマリーも杖を取り出し構えた。ギーシュも剣杖を取り出し、巨大な十字の形をした盾と剣を混ぜたようなそれを持つカレンデュラの横に立つ。

 

「ジェームズ陛下」

 

 視線を死体から外さぬまま、フランは彼に問い掛けた。あの動く死体は、こちらで思うように処理してしまっても構わないか、と。

 元よりこのような異常事態、そちらで対処出来るのならば任せてしまうのが手っ取り早い。そう判断したジェームズは、マリアンヌの、トリステインの者であるのが癪だが渋々頷くことにした。

 

「感謝いたします」

 

 こちらに振り向き一礼したアンは、では早速、と呪文を唱えると水の鞭をしならせる。鞭、というよりもカミソリのように細く鋭利なそれは、死体の一体に纏わりつくとそのまま全身をスライスしていった。細く切り刻まれた体はそれでも尚ピクピクと動いていたが、出来ることはもうそれしかない。脅威では無くなったのを確認すると、では次、と彼女は視線を別の死体に動かした。

 風の螺旋が死体をミキサーにでもかけたように挽肉に変えていくところであった。まあこんなものでしょ、と呪文を放ったフランが剣を軽く振るのを見ながら、アンはやれやれと肩を竦める。

 

「もう少し周囲の被害を考えなさいな」

「考えてますよ。ほら、別に周り吹っ飛んでないでしょ?」

「あら本当。珍しいわ」

 

 何だと、とアンを睨むフラン。その眼光を涼しい顔で受け流すアン。

 そしてそんなこと知るかとこちらに迫り来る死体達。

 

「ワルキューレ!」

 

 ギーシュが剣を掲げる。こくりと頷いたカレンデュラは、十字型の武器の中心の取っ手を使いクルクルと風車のように回しながら一気に駆けた。以前学院の決闘騒ぎでギーシュが喚び出した時よりも更に早いその踏み込みは、すれ違いざまに死体を微塵切りにするほどである。

 キュ、と音を立てブレーキを掛けると、カレンデュラはダッシュのベクトルを変え別の死体を細切れにする。その動きはさながら音速のごとし。

 あの面々と比べると本当に地味だな。そんなことを考えながら、マリーはマリーで死体の処理をしていくのであった。

 

「はぁ……っと」

 

 マントの下に仕込んであるポーションを投げつける。死体に当たるとたちまち魔法反応を起こしグシャリと溶けた。本当に地味だ、と彼女はもう一度溜息を吐いた。




どうでもいい設定解説

今回のカレンデュラ
『ワルキューレ・ソニックフォーム』
武器はクルスブーメラン
速さマシマシだよ!


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その5

これで二巻のアルビオン編もこなしたな、と言い張る。


 いやはや、と避難した先でクロムウェルは苦笑する。これはまた盛大にやらかしましたね。そんなことを呟きながら、騎士の誘導に従って会場を後にした。

 そのまま他のアルビオン貴族達と情報交換をしながら、己が乗ってきた馬車へと乗り込み、出発させる。一斉に逃げ出せばそれはそれで二次被害に繋がるだろうと、彼は周囲を確認しながら人が少なくなるのを暫し待った。

 

「それで、どうなりました?」

 

 馬車にいるのは彼一人ではない。同乗していたメイド服の女性に視線を向けると、彼はそんなことを問い掛けた。

 対するメイドは、編み込みアップにしたその髪をガリガリと掻きながら泣きそうな顔で彼を睨む。目付きは鋭いが、苦労人と小動物加減が混じり合い微塵も怖くなかった。

 

「どうしたもこうしたもあるかぁ!」

「落ち着いてください、シェフィールドさん」

「ここで落ち着いていたら何とかなるんですかね!? なるんだったらいくらでも落ち着いてやるわ!」

 

 シェフィールド、と呼ばれたメイドはそんなことを叫びながらクロムウェルの胸元を掴みガクガクと揺らした。見た目通りの立場ならば、まず間違いなく首が飛ぶ。が、当の本人はそれをされても苦笑するだけで文句を言うこともない。まあまあ落ち着いて、ともう一度彼女を宥めるように言葉を紡いだ。

 

「少なくとも、こちらの『レコン・キスタ』との繋がりを示す証拠はありません」

「そりゃそうでしょうとも。私が駆けずり回って消したし」

 

 ジロリとクロムウェルを睨む。ありがとうございます、と頭を下げた彼を見て舌打ちをした彼女は、大きな溜息を吐いて馬車の背もたれに体を預けた。

 

「それで、陛下の方は?」

「あの人が一々指示出すわけないでしょう……。もうこの場の屍兵を使い潰して撤退ですよ撤退!」

「私としては構いませんが……よろしいのですかな?」

 

 このままではガリアが疑われるのではないか。そんなことを問い掛けたクロムウェルを見て、シェフィールドはもう一度溜息を吐いた。別に構いはしないでしょうと言葉を続けた。

 

「それくらいの方が丁度いいハンデだとか言い出しますよあのクソ髭親父」

「その物言いは……貴女は一応陛下に恩があったのでは?」

「命一回助けてもらった代わりに十回以上命なくしかけてますけどぉ!?」

 

 ざっけんなちくしょう、とシェフィールドは叫ぶ。その拍子に片目に掛かるほどの前髪で隠されていた額のルーンが薄く光った。あ、出番だ、と表情を元に戻した彼女は、置いてあったカバンから一体の人形を引っ掴む。

 

「それは?」

「クソ髭親父からの追加指令ですよ。……あー、ほんっと、私悪役ですね」

「どうしました?」

「ガリアがしらばっくれるためには、件の婚約者が邪魔だそうです」

「彼女は何も知りませんよ? そもそも、あの名前も顔も彼女本人のものではありませんし」

 

 確か追い出した妾の娘を拾い上げて死んだ娘に仕立て上げていたはず。そんなことを述べるクロムウェルに、知ってますよとシェフィールドは返す。その表情は無、完全に目が死んでいた。

 

「別にジョゼフ様はどうでも良かったみたいですけど。……向こうが乗り気らしいんですよ、切り捨てるのに」

「所詮代替品、全部の罪を彼女に引っ被って貰おうと言うわけですか。いやはや」

 

 それで、どうするのですか。そう尋ねた彼は、シェフィールドが表情を変えないのを見て察した。死んだ目のままなのを見て、はははと苦笑した。

 

「屍兵に通達――」

 

 額のルーンが光る。人形の首にはめられている指輪の宝石が、それをきっかけにゆらりと揺らめいた。

 

「――ウェールズ皇太子を、殺せ」

 

 

 

 

 

 

「これで死体は全部!?」

「と、思うわよ。一応避難させてからアロマ焚いたし」

「最終確認もしたからね」

 

 ちらり、とギーシュが重なって転がっている人の山を見る。誘導してきた者の内、間違って誘われた生きた人間を選り分けるため気絶させた結果であった。基本的に死体は気絶しないので、あそこに倒れているのは生者ということになる。

 そして気絶をしなかった連中は、正体を看破されたことで任務が変更されたのかこちらに襲いかかり、そしてそうした者は例外なく肉塊に変えられた。

 フランが周囲を見渡す。こちらに襲い掛かってくる死体は既にない。ふう、と息を吐いた彼女は、大剣を一振りすると己の背中の鞘に仕舞い込んだ。同じようにマリーも杖と劇薬を片付け始め、ギーシュはカレンデュラをお疲れ様と撫でている。

 そしてアンも、双剣杖をくるりと一回転させ、どうだと言わんばかりに振り向きアピールせんとウェールズを見た。そして仮面の下で目を見開き、全力で足に力を込めた。

 ジェームズの護衛をしていた騎士の一人、先程こちらを怪訝な目で見ていたそのメイジの隣。その男が杖を引き抜きウェールズへと駆けていくところであった。杖の先には『エア・ニードル』の呪文が掛けられており、突き出せば容易く人の胸など貫けるだろう。そして、その切っ先の先には状況を把握するのに一歩遅れ退避出来ていないウェールズが。

 

「ウェールズ様!」

 

 叫ぶ。自身と彼の距離はそこそこ離れており、杖を引き抜き呪文を唱える、全力で駆けつけ相手を突き飛ばす。それらを行うには間に合わない。このままでは、ウェールズが、アンの想い人が眼の前で死ぬ。そんな光景が頭を過り、それでも彼女は全力で走った。己の身よりも、彼のことを考え、足を動かした。

 そんな彼女と同じように、頭で考えるよりも先に体が動いていた者がいた。彼の胸にその切っ先が届く寸前、ウェールズとメイジの間に割り込んだ少女は、己の体を盾にして凶刃から彼を守る。

 ずぶり、と肉を貫く音がした。杖が三分の一ほど彼女の胸にえぐり込み、その小さな口から鮮血が溢れ出す。着ていたドレスはあっという間に赤く染まり、その華奢な体はゆっくりと膝から崩れ落ちた。

 彼女の血で真っ赤になった杖を引き抜いたメイジは、邪魔が入ったとばかりにそれを再度ウェールズに突き立てようとする。

 

「失礼、ウェールズ様」

 

 とん、とウェールズは軽く突き飛ばされた。たたらを踏んだ彼と入れ替わるように立ったアンは、いつの間にか抜き放っていた双剣杖を交差させ眼の前のメイジに振りかぶる。

 

「死ね。……ああ、既に死んでいるのでしたね」

 

 ひゅん、と双剣杖がきらめくと同時、メイジは果物を食べやすくスライスされるがごとく輪切りにされた。そのままグシャリと落ちることすら許さんとばかりにアンは再度双剣杖を振るい、輪切りになった体をかなり遠くまで吹き飛ばす。血が流れないから汚れなくていい、と彼女は鼻を鳴らしながら呟いた。

 

「ウェールズ様、ご無事ですか?」

 

 振り向き彼に問う。ああ勿論だ、と頷いた彼は、しゃがみ込み動かない少女を抱きしめていた。彼女が、庇ってくれたから。絞り出すように、そう述べた。

 

「……ウェ、ールズ……さま」

「喋るな、傷に障る」

「いえ……もう、助かり、ませ、んよ」

「そんなことはない! 助かる! 大丈夫だ!」

「ふ、ふふ……」

 

 血まみれの口元に、笑みが浮かぶ。何が嬉しいのか、彼女は微笑み、そして力なく手を上げた。ウェールズの手に触れると、ほんの僅か指を動かし、絡める。これだけは、離さない、と最後の力を込める。

 

「嬉しい。な……。ウェールズ様、が……わたしのために、泣いてくれているなんて」

「何を、何を言っているんだ! 君は僕の婚約者だろう!? 大切な人だ! 当たり前だ!」

「……婚約、者……。ああ、そうか。私、貴方と、結婚……でき、る、んだ」

 

 夢みたい、と彼女は笑う。既に見えていない視界で、真っ直ぐにウェールズの顔を見る。

 

「ウェールズ、様……私、しあわせです」

「……ああ」

「大好、きな……貴方を、守れた、から」

「ああ……君のおかげだ。だから、だから――!」

 

 死ぬな。そう続けようとしたウェールズの眼の前で、彼の手を握っていた彼女の手から力が抜けぱたりと落ちた。表情は笑顔のまま、しかしそのままピクリとも動かない。

 ウェールズは彼女の名前を呼ぶ。だが、彼女は何の反応も示さない。微かに動いていた胸も、吐息も、何も感じられない。抱きしめている腕から、ぬくもりが消えていくのがよく分かった。

 

「アルシェ! アルシェ! 死ぬな! 駄目だ、死ぬな!」

 

 ウェールズの悲痛な叫びが木霊する。が、それに反応をするものはいない。ジェームズも、近衛の騎士も。その悲劇的な結末を見て動けない。

 す、とその場にしゃがみ込んだ者がいた。動かなくなった少女を仮面越しに眺めると、振り向くことなく口を開いた。マリー、と彼女の名前を呼んだ。

 

「は、はい!?」

「彼女の治療を」

 

 出来るだろう、という確信を持った言葉であった。振り向くことなく、彼女の顔を見ることなく。ただ淡々と、そう述べた。

 何を言っている、とジェームズも近衛の騎士も表情を歪めた。彼女は既に死んでいる、治療することなど出来はしない。口はしない、出来ないが、皆一様にそんなこと思い仮面の少女を思わず睨む。

 が、そう要請された当の本人、マリーは分かりましたと少女の遺体に駆け寄った。ウェールズから半ば強引に彼女を受け取ると、手首を触り、首筋に触れる。そのぬくもりが失われているのを確認するとああもう、と苦い表情を浮かべた。

 ばさり、とマントを翻した。そこに仕込まれているポーションを右手で掴み取ると、迷うことなく少女の遺体にぶちまける。

 

「まずは血が足りない。でもって、傷が深いから、これ!」

 

 次いで取り出したポーションの中身を彼女の胸に垂らした。粘性の高いそれは、穿たれた穴を塞ぐように垂れて留まる。

 最後は気付け、と最初の二つより毒々しい色をした瓶を掴み取った。それを無理矢理口の中に流し込むと、左手に水の秘薬らしき瓶、右手に杖を取り出し呪文を唱える。キラキラと瓶の中身の液体が輝き、そしてそれを振りかけることで少女の体にも光が移る。

 

「あれは……?」

 

 ウェールズはその光景を真っ直ぐに見詰める。行っていることは一見すると水メイジの治療と変わらないように見える。だが、使用している秘薬らしきものは明らかにそれとは違う。得体の知れないそれは治療というよりも、実験。ジェームズも近衛の騎士も止めさせた方がいいのではないかとウェールズを見た。だが、彼は動かない。それで彼女が助かるのならば、と余計な手を出すこともない。

 

「ご安心を」

 

 彼の隣に立っているアンがそう述べ、微笑む。彼女の治療術はこちらが保証します、と笑みを見せた。

 

「あの程度の死にたてならば、問題なく完治するでしょう」

「あの程度、か……」

 

 どう見ても死に体であった。為す術がないように思えた。それでも彼女は諦めず、即座に治療に踏み切った。そうすることが出来るという自負と、仲間への信頼があったのだ。

 君達は、何者だ。思わず彼はそう問い掛けていた。それを聞いたアンは少しだけ考える仕草を取ると、まあいいかと口角を上げる。

 

「改めて自己紹介を。わたくしはアンゼリカ、二つ名は『豪雨』と申します」

「……『豪雨』?」

 

 怪訝な表情を浮かべた。それは聞いたことのある二つ名だ。アルビオンにも聞こえてくる、トリステインの悪名高き万屋メイジ。確かそのチーム名は。

 

「あちらのポニーテールは『暴風』のフランドール。そして治療をしている彼女が」

 

 クスクスと笑いながら、アンはマリーを指差した。ウェールズが驚愕の表情を浮かべているのを気にせずに、笑みを浮かべてその名を口にした。

 

「『暴風雨』のサブメンバー、『洪水』のマリーゴールドですわ」

「御大層な二つ名付けてなし崩し的に巻き込むのやめてください!」

 

 こふ、と口内に溜まっていた血を吐き出し息を吹き返した少女を抱えながら、マリーはアンに向かって悲痛な抗議の叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ふう、と手鏡を仕舞い込むと、シェフィールドは力を抜いた。ガタゴトと走る馬車の中、もう知らんとばかりに椅子の背もたれに体を預け天井を見やる。

 そんな彼女を見て、クロムウェルは苦笑した。失敗しましたか、と彼女に問うた。

 

「こちらの予想通りにウェールズ皇太子を庇って刺されたけれど、その後『暴風雨』の一人に治療されて助かったそうです」

「それはそれは……良かったですな」

 

 そう言って彼は笑う。よくない、と返しながら、しかしシェフィールドは安堵したように口角を上げた。

 

「まあ作戦は失敗ということで。……私はもう知らん」

「そうですね。それがいいでしょう」

 

 では戻る前に少しこちらで休憩なさっては、というクロムウェルの提案に、彼女は軽く手を上げることで返答とした。

 馬車は揺れる。悪役になりそこねた彼女を乗せて、ガタゴトと。

 

 

 

 

 

 

「……生き、てる」

 

 意識を取り戻したアルシェは、ゆっくりと体を起こした。自身の胸に触れると、その感触に違和感がある。服を捲ってみると、消えきっていない傷跡が見えた。

 

「今はその状態ですが、治療を繰り返せばおのずと消えていきます」

「っ!?」

 

 弾かれたように顔を動かす。彼女が寝かされていたベッドの横に座り本を読んでいたらしい仮面の少女が、パタンとそれを閉じるところであった。貴女は確か、と自身の記憶を探りながら呟くと、ええそうですと彼女が微笑む。

 

「それで、気分は如何ですか?」

「……問題、ないです」

 

 それは良かったと微笑むアンを見て、アルシェはその表情を歪める。生きている、生き残っている。それが、彼女にとっては良いことには思えなかった。

 どうして、と口にする。どうして助けたのだ、と問い掛ける。どうして助けてしまったのか、と詰問する。

 その彼女の言葉を、アンは鼻で笑うことで返答とした。何を勘違いしているのだ、と言い放った。

 

「わたくしは、ウェールズ様が貴女を助けたいと思っていたから。だから治療をマリーに頼んだ、それだけです。貴女の意思など知ったことではありません」

「なっ……!?」

「当然でしょう。わたくしにとって貴女は、愛しい愛しいウェールズ様を奪った憎き婚約者なのですから」

 

 何を言っているのだ、とアルシェは怪訝な表情を浮かべた。まるで自分の方がウェールズに相応しいと思っているかのような。そんなことを思い、それを思わず口にする。

 その問い掛けに、アンはまたも鼻で笑うことで返答とした。

 

「それを決めるのはウェールズ様です。……もっとも、わたくしは既に一度振られていますけれど」

「え?」

 

 何を言っているのだ、とアルシェは目を見開いた。その口ぶりは、ウェールズととても近しい間柄であるかのようで。太后の護衛のメイジといえど、そこまでの地位があるとはとても思えない。

 口にはしていないが顔に出ていたのだろう。そうですね、と口角を上げたアンは、特別ですよとその顔の上半分を覆っていた仮面に手を掛けた。

 

「――なっ!?」

 

 顕になった素顔を見て、アルシェは驚愕の表情を浮かべる。かつて平民に墜ちていた彼女ですら知っているその顔は、トリステインの白百合と呼ばれているその人物は。

 

「アンリエッタ……王女」

「ええ。勿論代替で作られた顔などではありませんよ。正真正銘、本人です」

 

 この仮面は特別なマジックアイテムで、正体を隠蔽する効果があるのだ。そんなことを続けながら、アンリエッタは改めてとアルシェを眺める。突然のことに頭がついていっていないのか、呆然としていたので落ち着くまで暫し待った。

 

「どうして……」

「貴女を助けた理由は先程述べました。変装してこんな荒事をやっている理由は、秘密です」

 

 クスクスと笑い、アンリエッタは立ち上がる。目覚めたことを、ウェールズ様に報告せねば。そんなことを言いながら、手に持っていた仮面を再度装着した。

 踵を返したアンリエッタの背中を、アルシェはじっと見詰めている。偽りだらけの自分を助けた、出鱈目だらけの王女を見やる。

 ふと、彼女が立ち止まった。振り返ることはなく、しかしその言葉はアルシェに向けたもので。

 

「もし自分が偽物だと、死体だと思っているのなら。それは大きな間違いです」

「……え?」

「だってそうでしょう? 悔しいけれど、貴女もウェールズ様を愛する気持ちが、とても大きいもの。その一点だけで、貴女は本物であるし、生者よ」

 

 今はその位置を預けておいてやるが、絶対に奪い取ってやる。そんなことを続けて述べ、アンリエッタは部屋から出ていった。

 パタン、と扉が閉まる音を聞きながら、アルシェは彼女の言葉を反芻する。愛する気持ちがあるから、自分は本物であるし、生きている。ぎゅ、と拳を握り、そして目を瞑った。先程の王女の顔を思い出し、その美しさに挫けそうになりながら。

 

「……負けない」

 

 この騒ぎで婚約が解消されるかもしれない。ここから追い出され、家からも追い立てられ、再度平民に堕ちるかもしれない。それでも、自分が死体でないのならば。偽物でないのならば。

 

「アンリエッタ王女。貴女にウェールズ様は、渡さない!」

 

 この思いを、決してなくさない。そう心に決め、彼女は真っ直ぐに前を見る。

 さしあたっては、今からやってくる愛しい婚約者と口付けでも交わそう。迷いを断ち切ったアルシェは、そんなことを思いながら笑みを浮かべた。




姫さまが悪役令嬢ムーブをしてくれたところで今回は終わり。


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台風の目

単行本の巻末おまけみたいなやつ。
時系列とかを気にしては駄目、みたいな


ごめんなさい、好き勝手書きたかっただけです。


 トリステイン、ヴァリエール公爵領。そこの一部を分け与えられフォンティーヌ領とされたその場所の一角、練兵場を兼ねたその広場にて、二人の少年が対峙していた。

 一人は金髪に少々派手な装飾のついた服を着た貴族の少年。マントの下に普段隠しているらしい剣杖を抜き放ち、その切っ先を眼の前の相手に向けている。

 もう一人はこの辺りでは珍しい黒髪で、これまたこの辺りでは見ないような服装をした少年。やはりこの辺りでは見ない片刃の剣を構え、目の前の相手を真っ直ぐに見ていた。

 

「準備はいいかい? サイト」

「いつでもいいぜギーシュ」

 

 ふん、とお互い不敵に笑うと同時、一気に間合いを詰めた。互いの距離が一瞬にしてゼロになり、そしてお互いの得物がぶつかりあう。刀と剣杖が甲高い音を広場に響かせた。

 

「魔法でブーストしても出遅れるのか!? 本当に人間かね君は!」

「っていうか何だそのブースト!? 一瞬だけどカレンデュラのソニックフォーム並みの速度出てたぞ!」

 

 ギリギリと剣をぶつけながらお互いに悪態をつく。それぞれ剣から足に込める力を変えると、揃ったように間合いをとった。

 もう一丁、と才人は姿勢を低くして駆ける。カウンターの剣戟は恐らく横薙ぎ、そう判断しての動きであった。が、ギーシュもそんなことは重々承知、素早く剣杖を翻すと、そのままそれを地面に突き立てた。

 

「げ」

「貫け!」

 

 錬金の呪文により地面に生成された青銅の刃が地を這うように才人に迫る。自身のスピードとの相乗効果で、このまま進めば綺麗に真っ二つになることであろう。

 こなくそ、と踏み出した足を全力で地面に叩き付けた。土埃を上げながら急ブレーキを掛けた才人は、そのまま両足で地面を踏みしめ思い切り跳び上がる。数瞬後に、青銅の刃がそこを通り過ぎた。

 空中で体を捻る。回転の勢いをそのまま落下地点にいるギーシュに叩き込む腹積もりだ。身体能力を魔法によりある程度増すことは出来るといえども、あくまでそれなり。眼の前の一撃を食らえば、間違いなく当たった位置を起点に中身を撒き散らす。そう判断したギーシュの行動は素早かった。自身の足に『レビテーション』を掛けると同時に後ろに飛び退る。自身の重さをゼロにしたそのバックステップは、あっという間に才人の攻撃範囲から離れていった。

 ズドン、と地面に大穴が開く。もうもうと舞い上がる土砂を見ながら、ギーシュは思わず頬を引き攣らせた。

 

「殺す気か!?」

「テメェが先にやったんじゃねぇか! あの刃、滅茶苦茶鋭かったぞ!」

「刃引きしたら構わず突っ込むじゃないか」

「限度があるだろ。……何で鍛錬で死ななきゃならねぇんだよ」

 

 はぁ、と才人は肩を落とす。そうは言いつつも、これまでのことを考えると割と鍛錬は死ぬものだと認識していた。彼の戦闘術の師匠はギーシュや『暴風雨』の師匠でもあるトリステインの生きる伝説の面々である。基本的に手加減を知らない面々である。

 あれで手加減している、と彼の主人の妹が死んだ目で呟いたこともあったが、それは彼の記憶から抹消した。

 

「はぁ……まあいいや。んで、これはどっちの勝ちだ?」

 

 そうギーシュに問い掛ける。ふむ、と顎に手を当てた彼は、まあ順当に考えれば僕だろうとのたまった。

 

「何でそうなるのか理由を聞いてもよろしいですかね『静穏』さんよ」

「やめろ」

 

 あからさまに顔を引き攣らせたギーシュは、ギロリと才人を睨むと溜息を吐いた。まだ大々的には名が知られていないのだから、最低限この状態を維持したい。そんなことを思いながらそれで何の話だったかと表情を戻す。

 

「ん? ラウルさんは大変ですねって話だろ」

「その話はしていない!」

 

 『静穏』のラウル。『暴風雨』のサブメンバーとして一部で認識されているカレンデュラの『飼い主(マスター)』である何者かの名前だ。その正体は未だ謎とされており、人によっては『暴風雨』を支援している大貴族の後ろ盾なのではないかとも噂される。トリステイン王家なのではないか、実は『鳥の骨』なのではないか、などと言われる始末だ。

 全く関係ないマザリーニはこの噂を聞くたびに胃を痛めている。関係はしていないが『暴風雨』の正体を知っているからだ。

 

「で、その実態は何の地位もない四男坊か」

「バレにくいからその方がいいんだよ。実際、もし僕がそれを名乗っても、使いの者であるとされるだろうしね」

「あー、なる。動きやすいのか」

 

 本音はついていくのが大変だからである。なんでこいつはあの無茶ぶりを笑ってこなすのだろう、とギーシュはジト目で彼を見た。

 まあそんなことより、とギーシュは話を戻す。結局どちらの勝ちだったのか。それを改めて決めようと才人に言い放った。

 

「ぶっちゃけもうどうでもよくね?」

「まあきちんと判定すれば君の負けだからね」

「んなわけねぇだろ。俺の勝ちだよ」

「僕だ」

「俺だ」

 

 あぁん? とメンチを切りながら一歩踏み出した二人であったが、そこでふと気付いて視線を動かした。そういや観客がいたんだったな。そんなことを思い出しながらその人物を視界に入れる。

 

「アトレシア」

「カレンデュラ」

 

 ん? とのんびり観戦していた合成獣(キメラ)の少女は首を傾げる。ん、と適当に観戦していたゴーレムの少女は軽く頷く。

 

『どっちの勝ちだ!?』

「だんなさま」

「マスター」

 

 即答であった。というよりも、まあそうだろうなと思える回答であった。そのまま、同タイミングで隣にいる相手に視線を移し、暫し目をパチクリとさせる。

 ああこれはこじれるやつだ。わざわざ聞いておきながら才人とギーシュはそう思った。理由は自分達のせいなのだが、大分他人事である。

 

「あの後多分だんなさまの追撃入ってギーシュ君真っ二つでしょ?」

「さらっと真っ二つとかいうのやめてくれますかね……」

「反撃。確定。才人。爆散」

「珍しく一気に捲し立てたと思ったら爆散て」

 

 とりあえず両方共に次の一手で相手を殺していたのだと譲らない。いやそこは譲って、と思ったが男性陣は口にしなかった。

 

「……めんどくさいなぁ」

「単純」

「生憎蟲と華ですからね。喰ったほうが早いのよ!」

 

 ぞわり、とアトレシアのスカートの下からカマキリの鎌が生えた。眼の前のカレンデュラを両断せんと振り下ろされたそれを、才人とギーシュは驚愕の表情で眺めている。何やってんのこいつら、という顔である。

 

「鈍足」

「む」

 

 鎌が地面を抉る。カレンデュラが立っていた場所は、既に誰もいなかった。視線を横に動かすと、クルスブーメランを回転させている少女の姿が確認出来た。ふん、とスカートの下から追加で取り出した蔓で突っ込んでくるカレンデュラを貫こうとする。

 姿勢を低く取ると、カレンデュラは足に力を込めた。急ブレーキを掛けた彼女は、そのまま思い切り跳び上がる。空中で体を捻り、その回転の勢いをそのまま威力に変えんとばかりに手にしていたブーメランを投擲した。自身の回転と武器の回転、その二つの螺旋が強烈な殺傷能力を生み出しアトレシアに迫る。当たれば間違いなく彼女の美しい上半身と下半身とが泣き別れするであろう。

 

「ちっ」

 

 がくり、とアトレシアの体から力が抜ける。同時にスカートの下、彼女の下半身がミチミチと音を立て裂けていった。球根と虫の胴体とが混ざったような本体が出現し、疑似餌の状態で生み出していたものとは大きさと鋭さ頑丈さが桁外れの鎌が飛来するブーメランを受け止める。ぐばぁ、と開かれた鋭い牙の見える大口が、不機嫌ですと言わんばかりに歪められていた。

 

「勝利」

「何で!? 今から追撃でカレン粉々にしてやるし!」

「変身」

「そっちだってソニックフォームじゃない。通常形態じゃないでしょ、それ」

「弁解」

「言い訳じゃないし。そもそもわたしはこれが通常だもの」

 

 ちらり、とカレンデュラは才人を見た。こっち見んな、と顔を顰めた才人は、しかし言わんとすることは分かったらしく肩を落とす。

 同じようにアトレシアもギーシュを見ていた。あ、これダメなやつだ。そうは思ったが何も言えないので才人と顔を合わせて溜息を吐いた。

 

「反則」

「反則でしょ?」

『こっちに振るな!』

 

 そもそもこうなった原因はお前達が話を振ったからだよ。そう言ってくれる第三者は生憎この場にはいないのである。

 当然のごとくその反応に不満げな表情を浮かべた二人は、そのままずずいと才人とギーシュに迫りよる。どうでもいいが、不満げな表情とはいったものの、片方は雰囲気がそうなだけで無表情、もう片方は虫と球根のボディについている口だけである。

 

「マスター」

「だんなさま」

 

 う、と冷や汗をかいていたギーシュは一歩下がる。あはは、と引きつった笑みを浮かべていた才人も一歩下がる。

 

『判定』

『引き分けで!』

 

 最初からそうすりゃ良かったんだよ。だからもうどうでもいいって言ったんだ。そんなことを頭に浮かべながら、才人とギーシュは全力で二人を宥めにかかった。

 

 

 

 

 

 

「えらい目にあった」

「自業自得でしょう?」

 

 フォンティーヌ自由騎士団、俗称『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。その詰め所扱いとなっている館の中をトボトボと歩く才人に向かい、そんな声がかかった。ん、と視線を動かすと、呆れたような顔でこちらを見ている灰髪の少女の姿が見える。

 

「んだよ『地下水』」

 

 なんか文句あるのか。そんな目で彼女を見たが、当の本人は呆れるように溜息を吐くだけで何も言わずに踵を返す。その態度が才人には癪に障った。

 

「言いたいことあるなら言えよ」

「もう言いました」

「……あ、そ」

 

 今の自分の状態を自業自得だとわざわざ言うためだけにここに来たらしい。相変わらずくっそムカつく奴だな。そんなことを思いながら彼も同じように彼女から視線を外す。せっかくギーシュが遊びに来ているのだ、こんなところでこんな奴の顔を見ている暇などない。

 ふん、と鼻を鳴らしてその場を後にした才人は、遊びに来る連中の半ば私室と化している部屋の一室の扉を軽く叩いた。開いているよ、というギーシュの声を聞きじゃあ遠慮なくと扉を開けると、そこには何かを悩んでいる様子で真っ直ぐに見詰めている彼の姿があった。

 何を見ているか? 半裸のカレンデュラを、である。

 

「やあサイト、ちょうどいい」

「何が!? 何が丁度いいの!? カレンデュラもこういう時は胸隠して!?」

 

 ゴーレムのくせに人間の少女としか思えない瑞々しい肌である。柔らかそうなその胸は先程まで一緒にいたアトレシアと比べると見劣りするが、しかし少なくとも彼女の主の妹よりは確実にあるであろう。

 頭の中ではそんな冷静に最低なことを考えつつ、才人はぐりんと顔を背けてカレンデュラから視界を外した。

 その先で、椅子に座り足をブラブラとさせながら不満そうにこちらを睨むアトレシアの姿が。

 

「……アトレ」

「今気付いた?」

 

 いやだって扉開けたら可憐な少女がおっぱい丸出しだよ? 普通はそこに目が釘付けだよね? 頭ではそんな言い訳が浮かんだが、言ったら間違いなく彼女の養分になる。そう確信した才人はごめんなさいと土下座した。

 いやそこまでしなくても、といきなりのそれにアトレシアは若干引く。そもそも彼女は親友との誓いがある以上、感情に任せて人を食らうことはないのだ。カレンデュラはゴーレムなのでノーカウントらしい。

 

「……で、何をしてたんだ?」

 

 じゃあ罰として、と才人はアトレシアの隣に座らさせられ、向こうを見ないようにしながら話を元に戻そうとした。華をベースにしているからか、隣の彼女の香りが甘い。

 

「ああ、今の『ワルキューレ』は二パターンだから、もう一つ増やしたいな、と」

「お、新フォーム?」

「父さんみたいに別人を創り出せれば良かったんだけどね」

「不満?」

 

 むう、と少し唇を尖らせたような気がする雰囲気でカレンデュラがギーシュに問う。そんな彼女を見て、彼は笑いながらワシワシと頭を撫でた。

 

「そんなことないさ。僕は僕の、『ゴールド・レディ』とは違う『ワルキューレ』で、あの人に追い付いてみせる」

「ん」

 

 ほんの少しだけ、常に無表情のカレンデュラの口元が上がった。それを見てギーシュもその笑みを強くさせる。

 さて、と視線を才人に動かす。そういうわけだから、新しいアイデアは何かないかな。そう述べて、彼の反応を待った。

 

「いや、そう言われてもな……」

「『ブレイブフォーム』、『ソニックフォーム』。どちらも君のアイデアから生まれたものだろう?」

「いや俺はただ変身魔法少女バトルアニメってのがあるって軽口叩いただけなんだけど」

「それはきっかけだろう? 構造の部分のことさ」

 

 向こうで見ていたプラモアニメの受け売りでしたよ。そんなことを思ったが、まあそれで役に立っているのだからまあいいやと才人は割り切った。

 そうしながら、才人は言われた通り暫し考える。自分のサブカル知識辺りで何かいいものでもあれば、と思ったのだ。他の部分から持ってこいと言ってはいけない。現在の彼の立場はファンタジー転移、サブカルそのものなのだ。

 

「遠距離はどうだ?」

「遠距離?」

「通常モード、速度モードとくれば、やっぱそれじゃねぇかな」

「ふむ」

 

 とりあえずアイデアの取っ掛かりさえあれば良かったギーシュにとって、彼のその言葉はまさに天啓である。そういう考えがあるのか、と道筋を決めれば、後は自分でそれらを組み立てていけばいい。

 素体は既にここにある。外装を新たに錬金で生み出し、素体に組み立てる。そうすることで一体のグラモン式ゴーレムでも複数のバリエーションを作り出せるのだ。

 

「サイト」

「ん?」

「その形態は、いうなれば?」

「え? ……『シューティングフォーム』、かな?」

 

 よし、とギーシュは杖を振る。半裸のカレンデュラに光が集まり、その素体にパーツが組み立てられていく。

 マントのような白いローブを纏い、足の露出した短いズボンとハイヒールのブーツ。髪は素体の状態より長くなりソニックフォーム以上の膝辺りまで伸び、肩の辺りから三つ編みにされたそれが尻尾のように揺れている。そして頭には一本のアホ毛。

 

「とりあえず、こんなところかな」

 

 自分の姿をクルクルと回りながら見ているカレンデュラを眺めながら、ギーシュは満足そうに微笑む。そしてそんな彼を見ながら、ルイズや姫さま、後モンモンもぶっ飛んでるがこいつも大概だな、と一人小さく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、だんなさま」

 

 ギーシュとのシューティングフォーム談義も終わり、部屋に戻る途中のことである。アトレシアが才人に寄り添いながら言葉を紡いだ。むに、と大きく柔らかなそれが腕に当たるのを感じながら、どうした、と才人は彼女に声を掛ける。

 

「大丈夫? おっぱい揉む?」

「ぶふぅ!?」

 

 吹いた。いきなり何言い出してるのこいつ、と目を見開きながら彼女を見る。別段何か無理をしている、というわけでもなさそうであったが、しかしその唐突さは不自然であった。

 

「な、何でいきなり!?」

「カレンデュラのおっぱい見て発情してた、から?」

「発情て」

 

 流石蟲と華、言葉に飾りがない。そんなことを思ったが、似たような言葉で自分を罵倒する短剣を思い出し別に関係ないのかと思い直した。

 こほんと咳払い。ダイジョウブデス、とものすごい片言でゆっくり彼女を引き剥がした。

 

「……むう」

「いや何でそんな不満そうなんですかね」

「これが疑似餌だから駄目なの? ちゃんと女として機能するよ?」

「そういうんじゃないです! 後まだ明るいからそういうのやめて!?」

「じゃあ、夜ならいいの?」

 

 押し黙った。才人もここに来て早二年、『そういうこと』も現代日本にいた頃と比べると天と地の差もあるほどに経験している。そもそも詰め所にいる自動人形(オートマータ)十号は出会いの時点でヤッてしまっているわけで。

 

「わたしが、あなたをだんなさまって呼んでいる意味、分かる? よね?」

「…………今日は、ギーシュがいるんで」

 

 はいはい、とアトレシアは微笑む。蟲も華も、獲物はじっくりと溶かす主義だ。まあとりあえず今度に期待しよう。そんなことを思いながら、彼女は才人の隣を歩く。

 そうして部屋に戻る途中、ああそうだった、と才人が素っ頓狂な声を上げた。

 

「どうしたの?」

「いや、『地下水』に用事があったんだった」

 

 今日の練兵場の補修依頼書である。早めに渡しておかないとまた文句を言われるからな、と才人は執務室に寄り道し、そのままの足で『地下水』に割り当てたられた部屋へと向かった。

 

「『地下水』、入るぞ」

 

 ノックもなしに、別段書類を渡すだけだから、と何の確認もせずに扉を開ける。幸か不幸か鍵がかかっておらず、ドアノブは簡単に回りゆっくりと扉は開かれた。

 

「…………」

 

 下着姿であった。どうやら着替えている最中であったらしい。突然のその状況に動けずにいる『地下水』を一瞥すると、才人はなんてことのないように手に持っていた書類をヒラヒラとさせ、はいこれ、と半裸の彼女に手渡す。

 

「んじゃ」

 

 そしてそのまま何事もなかったかのように去っていった。隣にいたアトレシアがどうなってるの、と終始不思議そうな顔をしていたのが印象に残る。

 が、しかし。

 

「クソサイトぉぉぉぉぉ!」

「うぉ、なんだぁ!?」

 

 それよりも何よりも、彼女にとっては無反応の彼の態度の方が大事であった。あのクソ野郎ぶっ殺してやる。そんなことを思いながら素早く着替えると扉を蹴破らん勢いで開き帰ろうとしている才人に叫ぶ。

 何が何だか分からない、という顔をしているのを見て、彼女は怒りのボルテージを更に上げた。

 

「……人って、不思議ね」

 

 アトレシア、あれを参考にしてはいけない。




ラブでコメる話なんか無いんだよ!


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自由騎士録/Canary and Monster
その1


そこまで長くならないような気がする


 やっぱり慣れないな、と才人は窮屈な襟元を指で広げる。普段の彼の服装はここに喚ばれた時に着ていたパーカーか、それに近い動きやすさを重視した服である。自由騎士の証であるマントさえあれば服装はある程度無視される平時と違い、今回はそちらも重視されるため、彼は正装に身を包んでいた。

 主人に恥をかかせてはならぬ。そう言われてしまえば、彼としても反対することなど出来はしない。

 

「ふう……」

 

 とはいえ、現在彼の出番はない。今回の舞踏会、才人の主人であるカトレアの挨拶回りに付き従っているのは別の人物だからだ。新人の顔見せか何かだっけか、そんなことを思いながら、テーブルに置いてあるワインに口を付けた。

 

「あ、こんなところにいた」

 

 ん、と視線を動かすと、可愛らしいドレスに身を包んだエルザの姿が見える。舞踏会は夕方から夜にかけて、それも屋内で行われるため、今回日除けの外套は身に付けていない。そんな小柄な少女の顔は膨れっ面。どうしたんだと尋ねると、もう挨拶は終わったよと返された。

 マジか、と才人は目を見開く。こうしちゃいられないとワインを置くと、今はどこにいるのかとエルザに問うた。もう、と溜息を吐いたエルザは、こっちだよと彼の手を引っ張る。

 そのまま連れられて足を進めると、そこにはドレスを着た美しい女性が四人。

 

「あらサイトさん。おかえりなさい」

「カトレア様。そこはきちんと叱責してやってください」

 

 あらあら、と頬に手を当てながら才人の主人、カトレアは微笑む。その笑みは慈愛に満ちていて、包容力の塊のようなその姿は見るもの全てを癒してしまうほどだ。病弱のために魔法が使えない、という貴族としてメイジとして致命的な欠陥を抱えているが、それを感じさせない、あるいは補って余りある。

 それに対して、と才人はその隣でこちらを睨んでいる灰髪の少女を見た。こいつは本当に見ても癒やされないな。そんなことを思いながら、とりあえずは謝罪が先だと視線を戻した。

 

「ごめんなさい、カトレアさん」

「気にしないで。わたしも別に何かあったわけでもないから」

「何もなくとも傍にいるのが護衛騎士です。そもそもこいつは貴女の使い魔なのですから、余計にいなければなりません」

「お前は一々口煩いな。カトレアさんがいいっつってんだからいいじゃねぇか」

「開き直るな。その言葉を口にしていいのはカトレア様か第三者です。お前が言ってどうする」

 

 ああ言えばこう言う。顔を突き合わせ睨み合う才人と『地下水』であったが、それを見ていたカトレアは相変わらず仲が良くていいわね、と微笑んだ。

 え、とその言葉に反応したその場にいた残り女性陣の一人、ドレスに身を包んだアトレシアが思わずそちらを見る。その顔は明らかにこいつ何言ってんの、という表情であった。その横ではあははと苦笑している同じくドレス姿の十号も見える。

 

「この二人は、昔からこんな感じよ。もう、二年近くかしら」

 

 二人の表情に気付いたのか、カトレアがアトレシアと十号の方を向きそう述べる。こんな感じなのは普段から見ているので知っている、と頷いた二人は、問題はそこじゃないと頬を掻いた。仲が良い、という判断の話である。

 

「仲良しでしょう? だって、ほら。サイトさんもフェイカさんも、お互いのこと大好きだもの」

『どこが!?』

 

 お互いを指差し、カトレアの方を見て否定の言葉を叫ぶ。それが全く同タイミングで行われるのを見て、ほらやっぱりと彼女は微笑んだ。

 そんな光景を繰り広げた二人は、真似をするな、とこれまた同タイミングで互いを罵倒する。クスクスとカトレアはそれを見て笑った。

 

「二人共息ぴったり。わたしも、そんな風に言い合えるお友達が欲しいわ」

「あ、じゃあわたし、お友達になる!」

「アトレさん!?」

 

 はいはい、と手を上げたアトレシアを、十号は呆気にとられた表情で見やる。カトレアは気にせず、ありがとう、と微笑んだ。

 

「というか、自由騎士団の面々は、皆カトレアさんの友人みたいなものだろ? そんな寂しいこと言わないでくださいよ」

 

 『地下水』との言い争いを止めた才人がそう述べる。それを聞いたカトレアはそうねと嬉しそうに微笑み、そして他の面々も何か文句を言うこともなくしょうがないなと苦笑した。

 

「サイト、だからといってズボラでいいというわけではありませんよ」

「わーってるよ。だからこそ、しっかり守るさ」

 

 彼の言葉に満足そうに口角を上げた『地下水』は、ではこれからどうしますかとカトレアに問うた。挨拶回りも終わっているので、後はダンスの誘いが来るのを待つか、あるいはどこかの社交に混ざるかだ。

 そうね、と彼女は少し考え込む仕草を取る。が、それもほんの僅か。ならここで少しお喋りをしましょうと一行を見渡して柔らかく微笑んだ。

 

「他の貴族との社交は良いのですか?」

「挨拶回りは終わっているもの。こんな病弱で魔法も使えない女を誘う方もいないわ」

「そういう奴らは節穴だよ」

「そうですね。この馬鹿の言う通りです」

 

 エルザも十号もアトレシアも同じようにうんうんと頷いている。それを見て少しだけ下げていた眉を笑みに戻したカトレアは、ともあれそういうわけだからと言葉を紡いだ。

 

「こうしてみんなとゆっくりするもの久しぶりでしょう? せっかくだから、色々聞かせて頂戴」

 

 主人である、ということを差し引いても。彼女のそのお願いに首を横に振る理由は何処にもなかった。

 

 

 

 

 

 

 少しよろしいですかな。そんな声が掛かったのは、丁度この間の騒動の話が終わったタイミングである。偶然なのか、計ったのか。ともあれ、カトレアはそちらに顔を向け、あら、と頬に手を当てた。先程挨拶をした貴族の一人であり、地位は今この場にいる者の中でも頭一つ高い。今回の舞踏会の主催者、クルデンホルフ大公であった。

 

「どうなさいました?」

 

 カトレアの問い掛けに、いや何、と苦笑しながら頭を掻く。随分と楽しそうに話しているので、少し混ぜてもらおうかと。そんなことを言いながら、彼はちらりと皆を見渡した。別段断る理由もなし、何よりカトレアが断らないのならばこちらは何も言うまい。そう判断し、自由騎士団は彼女の答えを待つ。当然ながら、わたし達でよろしければと笑顔で頷いた。

 それで何の話をしていたのですかな、という質問には、カトレアは隠すことなく彼等彼女等の冒険譚だと口にする。流石はフォンティーヌの自由騎士ですな、とクルデンホルフ大公は楽しそうに笑った。

 

「娘もあの一件以来随分と我儘が鳴りを潜めましてな」

 

 そう言うとワインに口を付ける。色々知識を身に付けようと勉強も気合を入れているようで、これから楽しみだと彼は述べる。

 まあ死にかけたんだし当然だろう、と才人は思ったが口にしない。テファは友達が出来たって喜んでいたし良しとしようと自分に言い聞かせ、クルデンホルフ大公の娘の件はなかったことにした。

 他愛もない雑談である。当然ながら話題も色々な方向に飛ぶ。大公の娘の話から、話題は騎士団へと変わっていった。

 クルデンホルフ大公国は、トリステインから名目上とはいえ独立をしている場所である。その資金、軍事力は小国といえども侮れない。特に軍事、自前の竜騎士団は『空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)』と呼ばれ、規模も戦力も群を抜いていた。当然大公もそれを誇りに思っており、自信を持っていた。とある事件が起きるまでは、である。現在の大公は上には上がいるということをきっちりと理解し、堅実さを増したことで戦力そのものは増強されていた。

 とはいえ、一度記憶に刻まれたことはそうそう消すことは出来ない。今でも彼はトリステインには勝てる気がしないと笑うのだ。

 

「新人騎士はその辺りをまだ知らぬので、もしよろしければ今度叩き込んでくれませぬか?」

「そんな。鍛錬でしたら、言ってくださればいつでも――大丈夫かしら?」

 

 ちらりと才人達を見る。全然オッケー、とサムズアップをする才人を見て、カトレアは改めて大公に向き直り自分達でよろしいのならば、と微笑んだ。

 それは良かったと大公も微笑む。大公の護衛で付き添っていた騎士の一人は、それを聞いてお手柔らかにと苦笑した。

 そんな彼女達の会話を聞いていたのだろう。おやおや、と大仰な声と身振りで一人の貴族の男がこちらに向かって歩いてきていた。

 

「おや、貴方は」

 

 大公の眉がピクリと動く。招待客の一人、ゲルマニアの伯爵であるその男性は、ハルケギニアに誇る竜騎士団が随分と情けないことを仰っているのですねと笑った。その口ぶりは明らかに見下しており、相手を馬鹿にする本音が透けて見える。

 仮にも主催者に対して随分な物言いだな、と才人は思ったが、ここで自分が口を出してもしょうがない。そう考えとりあえず傍観を貫く。言い方は悪いが、そこまで入れ込むほどの相手ではないという判断のためだ。

 ゲルマニアの伯爵は、どうやら自前の親衛隊を持っているらしく、今は新たに竜騎士を増設しようかと画策しているとのこと。そのために『空中装甲騎士団』の協力を仰げればと考えたのだが、その様子では必要ないかもしれない。そう言いながら肩を揺らしてはっはっはと笑った。

 これはお恥ずかしい、と大公は笑う。その態度は向こうの挑発染みた言葉に乗る様子も見られず、適当に受け流そうというのがありありと分かった。一昔前ならば貴族のプライドを傷付けられたと機嫌を悪くさせたところだが、今の彼はこの程度では揺らがない。

 そんな大公の腹を知らない伯爵は、これは本当に腑抜けてしまったのかと肩を竦めた。その錆びついた騎士団では、我が親衛隊に手も足も出ないのではないか。そう言って見下した態度を隠さなくなった伯爵は口角を上げる。

 流石にそれは言い過ぎだろう。大公も笑みを消すことなくそのような返しを、なるべく角の立たないように述べたが、伯爵は所詮負け犬の遠吠えだと歯牙にも掛けない。大公を見て、護衛の騎士を見て。

 

「まあ、そのような騎士とも呼べぬような連中を鍛錬相手に選ぶのですから、底が見えるというものですな」

 

 ふん、と鼻で笑うようにカトレアと、そして才人達を見て述べた。冴えない若い男が一人、後は小さな少女と若い女が四人。これで騎士団と名乗れるのだから、トリステインは楽でいい。完全に馬鹿にした態度で、そんな言葉を口にした。

 カトレアを見て、そう言ってのけた。

 

「そう思うんだった――」

「そう思うのでしたら、ご自身で確かめてみては?」

 

 一歩踏見出し、伯爵を睨む。そしてその言葉を口にする、という直前、同じように一歩踏み出していた『地下水』により才人のそれは遮られた。が、彼はそれに文句を言うことなくむしろ嬉しそうに笑っている。だから同じこと考えてるんじゃねぇよ。そんなことを思いつつ、ちらりと横を見た。同じように才人を見て、ふふん、と笑みを浮かべている彼女がそこにいる。

 

「ほら、わたしの言った通り、仲良しでしょう?」

 

 そんな二人を見て、罵倒された張本人であるカトレアは楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 舞踏会の翌日。会場はクルデンホルフ大公国であったために招待客は一泊し、そして各々の時間を過ごす。そんな中、この場に留まり何やら練兵場を使用しようとしている者達がいた。

 片方はゲルマニアの伯爵。舞踏会にて自身の親衛隊を自慢し、クルデンホルフ大公の騎士団とカトレアの自由騎士をこき下ろした貴族である。

 そしてもう片方は、カトレア率いる自由騎士団。才人達御一行であった。売られた喧嘩は買う、とばかりにやる気満々の才人と『地下水』。その二人を筆頭に、何だかんだで割と乗り気の残り三人も続いた。

 まさか本当にあの五人だけで戦うつもりか、と伯爵は呆れたように笑う。向こうの集まりに大公と『空中装甲騎士団』の連中もいるものの、どうやら観客と審判をするに留まるらしい。助っ人として混ざることすらしない。

 所詮は口だけ噂だけの集団だったのだろう、だからこういう場で出てくることすらしない。実力があればのし上がれるゲルマニアと違い、トリステインは伝統と血筋で凝り固まった見栄っ張り。いやはや救いようがないな、と伯爵は同情さえした。

 そんなことを向こうが思っているとは露知らず。カトレア側はではどうやってぶちのめすか、と色々細かいことを投げ捨て戦うことだけを考えていた。怪我をしないでね、というカトレアの言葉に、分かりましたと皆力強く頷く。

 大公はそんな彼等彼女等を見ながら、横にいる騎士団長に声を掛けた。分かっていますと彼は頷き、先日の騒動を聞いて血気盛んになっている新人騎士達に向かい言葉を紡ぐ。お前達のこれからに必ず役に立つであろうから、まずはこの戦いを見ておけ、と。

 聞いてはいるが見てはいない新人騎士達の判断としては向こうの伯爵とそう変わりはない。本当にどうにかなるのかと半信半疑で才人達を見詰めている。

 そんな折、一人の少女が練兵場にやってきた。そこそこに可愛らしいツインテールのその少女は、何でこんな場所に、とここまで連れてきたらしい従者に文句を言っている。

 が、そこに立っている面々を見てその表情を即座に変えた。

 

「ひっ!」

「いや顔見てその反応は正直どうなの?」

 

 ちょっと傷付く、と才人は眉尻を下げる。対する少女は当たり前だと言わんばかりに顔を顰めた。お前らわたしに何やったか覚えてるのかと叫んだ。

 

「トドメさしたのはテファじゃん」

「そう仕向けたのは紛れもなくアンタらでしょ!? ああやめてやめてその斧はオーク鬼を切り刻むもので人を切るものじゃないのっていうか斬ったら原型残らないからやめてやめろやめろこのウシチチぃぃぃ!?」

「あ、トラウマ思い出した」

 

 ああああ、と叫びながら頭を押さえ蹲る少女。大丈夫ですかベアトリス様、と新人騎士は慌てて駆け寄り、もう慣れている騎士は大丈夫ですよベアトリス様と彼女を宥めた。

 ふう、と息を吐いた少女、ベアトリスはゆっくりと立ち上がり、そしてぐるりと周囲を見渡す。他に誰もいないのを確認すると、大きく安堵の溜息を吐いた。

 

「で、何でわたしは呼ばれたの?」

「いや俺達知らねぇし」

 

 お父様、とベアトリスは大公を睨み付ける。大公はその視線を涼しい顔で受け流し、向こうの新人がいたので顔見せが必要だろうと言い放った。だったら昨日言えという彼女の抗議は、お前が近付かなかったから出来なかったのだと肩を竦めながら返された。

 

「曲がりなりにもお前は自由騎士団の准団員だろう?」

「わたしはなった覚えはありません!」

 

 こっちこーい、と手招きしている脳内のアホ面の少女二人を振り払い、彼女はそう言って父親を睨む。分かった分かったと明らかに娘の言葉を聞き入れていない返事をし、大公はともかく見学していけと彼女を自身の横に座らせた。

 

「……まあ、見る分には面白いけれど」

 

 ぶうたれながらベアトリスは才人達を見る。どうせやるなら派手にやりなさいよ、と述べると、拳を握りそれを突き出した。

 はいはい、と才人は笑う。んじゃいっちょ行きますかとカトレアへと顔を向けた。

 

「ではご主人様。ご命令を」

 

 ふふ、とカトレアは笑う。才人を見て、『地下水』を見て、エルザを見て、十号を見て、アトレシアを見る。

 さっきも言ったけれど、怪我はしないようにお願いね。まずはそう告げ、そして向こう側で準備万端のゲルマニアの伯爵が率いる親衛隊を見た。

 

「では、『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。いってらっしゃい」

『了解!』

 

 彼女の言葉で、檻が開く。解き放たれた、魔獣が、行く。




まあ蹂躙だよ?


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その2

ピンチが欠片もない!


 親衛隊との距離も大分近くなり、後はいざ接敵、というところまで来かけた辺りで才人はふと足を止めた。隣の『地下水』を眺め、そしてエルザを見やる。ふむ、と頷き残りの二人、十号とアトレシアを見た。

 

「……えー、重大なお知らせがあります」

 

 何ぞや、と四人が才人を見る。ポリポリと頬を掻きながら、やべぇすっかり忘れてたと彼は呟いた。

 

「はい、じゃあ向こうに声がまだ聞こえないこの位置で最終確認。全員種族を述べよ、俺異世界人」

「ナイフですよ。何を今更――あ」

「吸血鬼だよ――あー」

自動人形(オートマータ)です」

「蟲華の合成獣(キメラ)ー」

 

 同じように十号とアトレシアを見た『地下水』とエルザが難しい顔をする。自分達は承知の上だったので完全に失念していた、と才人と同じように首を捻った。

 どうしたの、とアトレシアは首を傾げる。十号も何かあったのでしょうかと不思議そうな顔をする。

 

「大公の『空中装甲騎士団』なら別に問題なかったけど、相手はゲルマニアでこっちのこと何も知らないやつだからなぁ」

「だから、どうしたの?」

「何か問題があったのですか?」

 

 おうあるある、と才人は軽く述べる。さっき気合い入れたところ悪いんだけど、と彼は二人を見て苦笑する。

 

「正体見せるの禁止な」

「はい?」

「……む」

 

 よく分からない、と首を傾げる十号と、言葉の意味を理解したのか顔を顰めるアトレシア。前者はともかく、後者は事情次第では暴れるとその目が述べていた。

 はぁ、と溜息を吐き、頭をガリガリと掻く。とりあえず十号は悪いが後回し、と視線をアトレシアに向けた才人は、一歩踏み出すと彼女の顔に自分の顔を近付けた。

 

「あの時の約束を忘れたわけじゃねぇって」

「……じゃあ、何で?」

「別に見せびらかすもんでもないだろ? ……カトレアさんはさっきの口ぶりからすると全く気にしてないっぽかったけど」

「だったら……ん、違うか。そうね、少しくらい窮屈なのも分かってて、こっちに来たものね」

 

 少し唇を尖らせながら、しかしまあしょうがないなと眉尻を下げ。なるべく頑張ると彼女は笑った。がばりと才人に抱きつくと、頑張るけど、と言葉を続けた。

 

「もしもの時は、助けてね、だんなさま」

「当たり前だろ。それに、俺だけじゃない、みんなもさ」

 

 うん、とはにかむとアトレシアは才人から離れた。よしじゃあ正体隠したままどれだけ頑張れるか勝負だ、と隣の十号に指を突き付けた。なんだか良く分からないけれど分かりました、と彼女は頷く。

 そのまま軽い説明で十号も納得してくれたので、では改めてと一行は足を踏み出した。お待たせしました、と向こうの親衛隊に頭を下げる。

 戦力差は軽く見て十倍。あくまで人数で見た場合である。騎士も地上で杖を構えるものから騎獣を持つものまでバリエーション豊かに並んでいた。

 隊長らしき騎士は、そんな彼等を見て苦笑する。本当にやる気なのかな、とまるで子供をあやすように言葉を紡いだ。

 

「ええ。ご心配なく。こちらも軽く流しますから」

 

 昨日はセリフ取られたから今度は俺の番だ。そう言いたげな表情で才人は隊長にそう言ってのけた。ピクリと彼の眉が上がり、そういうことなら仕方ありませんなと鼻を鳴らす。向こうも騎士としての自信がある。眼の前の若造に馬鹿にされて尚笑っていられるほど寛容ではないのだ。そうなった原因は自分が相手を潜在的に見下していたから、という前提を頭から追い出して、である。

 ではいくぞ、と隊長は部下に声を掛ける。才人も同じように、じゃあいきますか、と軽い調子で四人に声を掛けた。

 審判役である『空中装甲騎士団』の団長と部下二人がぐるりと一団を見渡し、それでは、と持っている旗を掲げる。

 始め、という叫びと同時、親衛隊は一斉に呪文を放った。たかが五人、それも若い男が一人と残りは女。特に何か起きることもなく、これで勝負は決まりだと何も疑わなかった。

 その呪文の雨が、五人に掠りもしなかったことを目にするまでは。

 

「十号! アトレ! 調子は!?」

「は、はい。今ので問題ないのならば、大丈夫なのです」

「窮屈だけど、こういうのにも慣れないといけないのよね?」

 

 才人達の仲間に、自由騎士団になってから基本的に暴れる際は正体を見せても問題なかった。が、これからはきっとこういう場面も増えていくのだろう。そんなことを考えながら、アトレシアはよし頑張るぞと拳を握る。トン、とその横に着地した十号も、そうですねと笑みを浮かべた。

 

「むー。でも『地下す――フェイカはその辺は自由そうでいいなぁ」

「あの人は、戦い方自体は普通のメイジと変わらないですからね」

 

 そんなことを言いながら、アトレシアはテクテクと、十号はポテポテと。そんな擬音でもするような足取りで前へと足を進める。

 嘗めるな、と騎士の一人はそんな二人に呪文を放った。殺傷能力こそ高くないものの、当たれば当然普通の人間ならただでは済まない。十号は体を捻りそれを躱すと更に一歩踏み出した。体に仕込まれている武器を使うことは出来ないので、身体能力だけでどうにかせねばいけないのだが、素の状態では彼女は可愛らしい少女でしかない。どうしよう、と首を捻っているその横では、呪文を思い切り食らって転がるアトレシアの姿があった。

 

「アトレさん!?」

「どうしようか考えてたら当たっちゃった」

 

 失敗失敗、と頭を掻きながら立ち上がる。その姿は別段ダメージを受けている様子は見受けられず、呪文を放ったメイジもそんな彼女を見て思わず動きが止まる。

 あ、今ならばバレないかも。そう思った十号は左手の手首から先を捻った。グルリと回転したそこから展開したそれは、露出を抑えているので遠目で確認するのは難しい。内部骨格を基調としたその異形の拳で、十号はメイジの後頭部をぶん殴った。一瞬にして白目を剥いたメイジは、何かを叫ぶことなく、何が起こったのかも分からないまま倒れ伏し昏倒した。

 

「あ、十号それ反則」

「……駄目でしたか」

 

 ぶうぶう、と文句を言うアトレシアを見て、ごめんなさいと十号は頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 ワイワイとある意味楽しそうな向こうの状況と比べて、こちらは雰囲気がまるで違った。親衛隊のメイジ達は皆一様に驚愕の顔を浮かべ、一部はパニックになりながら呪文をひたすら撃ち続ける。

 それらをことごとく躱しながら、黒髪の剣士は軽い調子で一人一人意識を刈り取っていった。

 

「あー、やっぱヌルいわ」

「『空中装甲騎士団』と比べて、部隊の練度もまるで足りていませんね」

 

 才人のボヤキに同意しつつ、『地下水』は竜騎士を一人撃ち落とした。自分自身であるナイフは太腿のホルダーに仕舞い込み、別の短剣杖で呪文を唱えている。適当な量産品であるそれを使っているという時点で、相手の実力がどの程度なのかを物語っていた。

 

「んー。何がいけないんだろう。一人一人はそこまで悪くないと思うんだけど」

 

 近接戦闘に切り替えた騎士の剣杖を首の動きだけで躱し、その手首を掴んだエルザはぐいと相手の体を引っ張る。小柄な、子供と言っても差し支えないほどの少女に片手で引き寄せられたという驚愕と、次いで至近距離で眺めた少女の可愛らしさに思わず動きが止まり、その騎士は返す拳で顎を撃ち抜かれ失神した。

 

「この人なんか、わたしが相手なのに思い切り倒す気で攻撃してきたよ。相手がどんな見た目でも全力を尽くそうとするって、そうそう出来ないし」

「そうそう。何かちょくちょくいい動きする人いるんだよな」

「その割に、全体で見るとボロボロ。……指揮官が悪いのでしょうか」

 

 ちらり、と練兵場の奥にいるゲルマニアの伯爵を見る。彼を指揮官と考えればまず間違いなくそうであろうと思えるが、しかしあれはあくまで主人でしかない。そもそもその考えでいけば自分達の指揮官はカトレアということになる。

 

「……あ、じゃあ間違ってないのか?」

「こちらは特例でしょうに。だからお前はアホなんですよ」

「うっせぇよ。……んじゃ、あれか」

 

 あれ、と才人が指差したのは後方に下がった隊長である。最初にこちらを見下したあの男は、最初の攻撃を躱されたのを見るやいなや慌てて退避していった。自分を守ることは一級品だよな、と才人はぼやき、それも踏まえて三流ですよと『地下水』が返す。

 

「でも、そうなると。むしろもっと酷いことになりそうな気がするんだけど」

 

 そう呟きながらエルザはこちらに突っ込んでくる騎士三人組を見る。あの隊長の指示ならば、恐らくこの攻撃はしない。自身を守るように部下を固め、絨毯爆撃でもするかのように呪文を撃って距離を取らせるであろうと予想したのだ。

 杖を構える騎士達は、皆こちらを睨み一挙一動を見逃さんという気迫が感じられる。明らかに別の何者かのアドバイスを受けたか、そういう指導をされてきた者達だ。

 

「……いいねぇ。俺、こういう人達好きだぜ」

 

 足に力を込め、才人は一気に距離を詰めた。ぐ、と顔を歪めた騎士の一人は、杖を突きから払いに変え、込めていた呪文を素早く変える。近接用の呪文を、遠距離用の呪文へと敢えて変化させた。才人と騎士の間に生まれた風の刃は、真っ直ぐ切り込む相手にはカウンターとして機能する。当たれば無事では済まない。

 が、才人はそれを地面に体が着くほど姿勢を低くすることで躱しきった。崩れた体勢を片手で支え、独楽のように回転することで騎士の足を払い転ばせる。

 

「ちょっと長さが足りてないな。空も地面もどっちも避けられる状況だと、次の迎撃が遅れるぜ」

 

 あのバカは全力でぶっ殺しに来やがったからこっちも殺す気で攻撃したけど、実際は迎撃可能だっただろうし。いつぞやの鍛錬を思い出しながら次いでそんなことを呟き、才人は騎士に一撃を叩き込み戦闘不能にした。

 その横では『地下水』が手に持っていた短剣杖を相手の『ブレイド』で切り裂かれるところであった。む、と顔を顰めた彼女は、仕方がないと腰に差していた別の短剣を取り出す。

 

「手合わせの最中申し訳ありませんが、この指示を出した人物が誰か教えて頂けますか?」

 

 追撃の突きを短剣の腹で受け流し、『地下水』は目の前の騎士に問い掛けた。ついでに薄く微笑む。目付きこそ悪いものの、彼女のそのボディとしている顔は十分に整っており、体つきも踏まえ絶世の美女とはいかずとも男性を魅了するだけの力は持ち合わせている。

 ぐ、と騎士は少しだけ踏みとどまった。一歩下がると、まあそれくらいなら、と咳払いを一つして後方にいる隊長の横で東奔西走している短髪の騎士を指差した。

 ありがとうございます、と笑顔を見せた『地下水』から顔を逸らす。ちょっと待ってくれ、と手で彼女を制すと、深呼吸をして再び向き直った。

 

「……女性経験なさ過ぎでは?」

 

 ほっといてくれ、と悲痛な叫びを上げた騎士は、しかし動きが鈍ることなく彼女を打倒さんと杖を構え呪文を唱えた。が、それよりも早く『地下水』の呪文により四肢を凍らされ、地面に転がされ喉元に短剣を突き付けられた。降参だ、と言う声にコクリと頷いた『地下水』は、それでどうしますと才人に向き直る。

 

「んー。エルザ、そっちはどうだ?」

「ちょ、っと、待って」

 

 この人思ったより強い。そんなことをぼやきながら、エルザは呪文と近接の波状攻撃を躱しきる。向こうの攻撃の途切れたその隙を突き、するりと相手の背後に回るとその膝裏を蹴り飛ばした。がくりとバランスを崩した騎士の後頭部に肘打ちを叩き込むと、よし、とエルザは息を吐く。『地下水』に凍らされていた騎士の横に相手を寝かせると、じゃあ後はよろしくと彼女はヒラヒラと手を振った。

 

「あの人を狙うの?」

「何だかんだで向こうの数多いしなぁ」

「勝敗を決めるには丁度いいでしょう」

 

 練兵場を駆け巡る。目標が決まった以上、後はひたすらそこに向かうのみだ。呪文を躱し、あるいは弾き、彼等はそこまで真っ直ぐ向かう。

 その途中、十号とアトラシアがこちらへと駆けてきた。どうしたの、というアトレシアの問い掛けに、そろそろ決着付けようと思ったんだと才人は返す。

 

「どうやって?」

「あそこ」

 

 指差した先は隊長、の横にいる騎士。ん? とそれを見たアトレシアは、ふーんと気のない返事をした。

 そうこうしているうちに、五人は隊長のいる場所へと近付いていく。隊長は口泡を飛ばしながら奴らを近付けるなと叫び、横にいた短髪の騎士は分かっていますと言葉を返す。

 周りの騎士をすぐさま下がらせ、短髪の騎士は射線上に味方を消した。

 

「あ、やっぱこの人だな」

 

 おっとっと。そんな言葉を言いながら、才人は飛来してくる火球を躱す。当たれば大怪我は免れないが、それでも敢えて使用したのはそうでもしなければ通用しないという判断からだろう。事実アトレシアは火球が掠り熱がっていた。

 

「熱い熱い! だんなさまぁ! 熱いぃ!」

「んな大げさな……」

「熱いものは熱いの! ほら当たったとこ撫でて!」

「いや待ってそこフトモモってか尻じゃん」

「いいから、撫でて」

 

 ね、と才人に詰め寄るアトレシアを見て、騎士達は殺意の籠もった目を彼に向けた。何だあいつぶっ殺そう。そんな言葉がどこからか聞こえてくるような気さえした。

 

「……曲がりなりにもゲルマニアの、それも伯爵の親衛隊でしょう? 抱くための女など簡単に用意出来る立場でしょうに」

 

 はぁ、と呆れたように『地下水』が溜息を吐く。それを聞いた短髪の騎士は、苦笑しながら頭を押さえた。ちらりと隊長を見たことから、一口に親衛隊と言っても一枚岩ではないらしいことが察せられる。

 

「わたし達が言うことじゃないと思うけど、そこの、多分副隊長さん? と部下の人達、仕える人考えた方がいいと思うな……」

 

 あはは、と頬を掻いたエルザは、まあそれはそれとして、と姿勢を少しだけ低くした。そうだな、と才人も刀を構え直し、『地下水』はそんな才人を短剣で一発どついてからその切っ先を前に向けた。

 

「アトレさん、わたし達はどうします?」

「うう、お尻チリチリする……から、仕返し、する!」

 

 ギロリ、と相手を睨んだアトレシアの下半身がぞわりと震える。あ、いけない、と少し蠢いたスカートの中を押さえ、彼女は改めてと駆け出した。待ってください、と十号もそれに続いて足を踏み出す。

 遠距離を続けていた騎士達は、距離が近付くと各々役割を変更させた。中距離で援護をする者と、近距離で相手を受け止める者。それらの動きは乱れがなく、向こうで為す術なく倒された騎獣の騎士達とは一線を画すほどで。

 

「やっぱ転職考えたほうがいいって」

 

 近距離の相手の担当は三人。才人が受け止め、剣杖を叩き切る。エルザが剣杖を持っている相手の手首を掴み、捻る。アトレシアはとりあえずぶつかって力任せに相手を押し潰した。

 最後の一人は少しだけ幸せそうであった。

 

「というよりは、あちらの隊長が問題なのでは?」

 

 中距離担当は『地下水』と十号。『地下水』は飛来する呪文を氷の盾で防ぐことだけを行い。十号はまあ少しだけなら、という皆の許可のもと、左手がメキメキと内部骨格の動きで中身が露出し伸びていく。鞭のように伸ばされたそれは、騎士の襟首を掴むとそのまま先端の分銅代わりに振り回された。横に薙ぎ倒されていく騎士達は、皆慌ててその場から離脱。待ってましたと才人達によって一人一人始末されていく。

 半数が崩壊した辺りで、エルザの言ったように副隊長であったらしい短髪の騎士は降参した。距離を取っている隊長がそんな彼を罵倒し、慌ててそこから離れていく。残った騎士達、隊長の派閥であろう者達と悪あがきをするらしい。

 

「どうする?」

 

 ちらりと『地下水』を見る。その視線の意図に気付いたらしい彼女はジロリと才人を睨むと、ふんと鼻を鳴らし短剣を腰に仕舞った。スカートを捲り太腿の短剣を取り出すと、貸し一つ、と短く彼に述べる。

 

「はいはい。うし、んじゃ撤収ー。あ、副隊長さん、倒れた人達避難させといてくれ」

 

 何を、と副隊長が尋ねようとした矢先、強烈な冷気が彼の肌を刺した。慌てて視線を向けると、灰髪の少女の構えている短剣から猛烈な吹雪が生み出されているところで。

 

「『アイス・ストーム』」

 

 何とかしろ、と悲鳴のような叫びを上げる隊長へ向かって突き進んだその氷の竜巻は、逃げ遅れた騎士もろとも目標を盛大に打ち上げた。

 これは勝負ありだな。どしゃりと倒れた隊長を見ながら、副隊長は溜息混じりでそう呟いた。首を横に振る部下は、いなかった。




次回、ベアトリス死す!(死なない)


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その3

冷静に考えると前作(小さな勇者)で一番チートだったのベアトリスなんじゃ


 カトレアとゲルマニアの伯爵、そしてクルデンホルフ大公を交えた感想戦――約一名は目の前の現実についていけずに若干燃え尽きていたが――も終わり、練兵場の整備と才人達の再準備も終わったことから、次を始めようかという話になった。次、とは勿論昨日に話していた、『空中装甲騎士団』の新人をしばき倒すというものである。

 ずらずらと練兵場に向かう新人達は、しかしその顔は一様に暗い。ちらちらと才人と『地下水』を眺め、あれと勝負するのかと顔を引き攣らせている。先程の模擬戦で分かりやすく暴れていたのはその二人である。新人の騎士達はどうしてもそちらに目が行ってしまうのだろう。

 それを見ていたカトレアは、少しだけ考え込むような仕草を取った。ねえサイトさん、と彼を呼ぶと、ちょっとお願いがあるのと言葉を続ける。

 

「何ですか? 俺に出来ることなら極力やりますよ」

「ふふ、ありがとう。じゃあ、申し訳ないのだけれど」

 

 二人は見学に回ってくれないかしら。そう言って才人と、そして『地下水』を見た。ん? と良く分かっていない顔を浮かべる才人に対し、『地下水』はまあそうでしょうねと肩を竦める。

 

「まあ、新人同士の対決、ということでいいのでは?」

「あ、じゃあわたしも見学?」

 

 『地下水』の言葉にエルザが口を出す。それでもいいでしょうね、と返すと、彼女は向こう側を見た。『空中装甲騎士団』の団長は難しい顔をしているが、その辺りの判断は自分には出来ないと大公に伺いを立てる。

 そうだな、と呟いた大公は、向こうで果実水を飲んでいるベアトリスに声を掛けた。

 

「お前も出なさい」

「ちょっと何言ってるか分からないんですけど!?」

 

 ぶふ、と飲んでいた果実水を吹き出し、ベアトリスは全力で父親に食って掛かる。対する大公は簡単な話だと口角を上げた。

 

「丁度いいから、お前の鍛錬の成果を見せてみなさい」

「死ぬ! 死にますよ!? お父様はわたしに死ねと!?」

 

 ベアトリスの悲痛な叫びを聞き、大公ははっはっはと笑う。どう思うかね、と視線を彼女から別の方向に向けるが、そこで彼女と似たような表情をしているのは極一部であった。『空中装甲騎士団』の新人達である。団長以下古株の面々は、皆一様に視線を逸らした。

 そしてカトレアは、あらあらと笑顔。才人達は別の意味で難しい顔をして何かを考えている様子である。

 

「ベアトリス混ぜるのかよ……エルザ、やっぱ出とく?」

「わたしで大丈夫かなぁ……」

「私でもサイトでも大して変わりはしませんよ」

 

 ついていけないのは十号とアトレシアである。あの人何か凄いのだろうか、と二人揃って首を傾げていた。

 そうこうしている内に、話は無理矢理纏められたらしい。嫌だ出たくない離せ逃げるんだ、と叫ぶベアトリスを小脇に抱え、困惑する新人騎士は大丈夫です自分達で姫殿下はお守りしますからと精一杯の励ましを述べた。

 

「……言っておくけれど。あんた達で相手になるものじゃないわ」

 

 観念したのか諦めたのか。はあ、と息を吐いたベアトリスは騎士を振り払うと自分で立った。ちらりとこちらの相手となる三人を見て、あー逃げたい、と小さくぼやく。

 新人騎士はそんな彼女を見て、大丈夫ですよと力強く頷いた。あの二人はとんでもなかったが、あっちの二人は先程の模擬戦ではそこまで活躍していない。そう続け、あの程度ならばこちらの勝利は揺るぎないでしょうと口角を上げる。

 ベアトリスはそんな新人騎士を眺め、そして『空中装甲騎士団』団長を見た。こくりと頷くのを見て、物凄くげんなりした表情で視線を戻す。

 

「……ヤバイヤバイヤバイ。エルザは知ってるからまだいいとして、何よあれ。というかどっちも人じゃないじゃないの。何であの騎士団はそういうのばっかり」

 

 お前もその一員だぞ、と笑顔でサムズアップする金髪エルフと金髪着物娘のイメージを振り払い、ベアトリスは死んだ目で周囲を見渡す。駄目だ、逃げられない。そう結論付け、そして先程の一幕を思い出し一縷の望みを掛けた。

 

「ちょっと」

「ん?」

「そっちの二人……条件は、さっきと同じなのよね?」

「ん?」

 

 何いってんだこいつ、という目で才人はベアトリスを見る。その顔が無性にムカついたので彼女は顔を歪ませ中指をおっ立てた。彼女達と関わるようになってから覚えた罵倒のジェスチャーである。

 勿論才人は上流階級でもなんでもないただの異世界人なので、それの意味を知っている。そういうことしちゃうんだ、と目を細めた彼は、ニヤリと口角を上げると十号とアトレシアに向き直った。

 

「さっきは色々制限あったし、今度はその制限無しで行くか」

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 大公の娘、という非常に高貴な身分の少女の非常に汚らしい悲鳴が練兵場に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 では双方準備はいいかな、と団長が互いを見やる。『空中装甲騎士団』の新人騎士は今回十五人。対する自由騎士はエルザと十号、アトレシアの三名である。

 先程のことを考えると決して楽観視出来ない、と新人騎士達は緊張をしているものの、しかしそれでも規格外と思える二人がいないので幾分か楽だと思っていた。

 ベアトリスは泣きそうである。

 

「団長。さっき勝手に決めちゃったけど、良かったんですかね?」

 

 同じように審判役をしている才人が問い掛ける。その質問に、まあいいだろうと団長は苦笑した。むしろそうでなければこちらの鍛錬にならない。そう言って苦笑を笑みに変える。

 

「心に傷を負っても責任は取りませんよ」

 

 同じく審判の『地下水』が述べる。まあその程度で折れるようではどのみち先はないでしょうけれど、と続け、団長は手厳しいなと頭を掻いた。

 改めて、と団長は声を張り上げる。お互いに武器を構えるよう告げ、持っていた旗を頭上に掲げた。

 始め、そんな声とともに旗が振り下ろされ、空気が一瞬で張り詰める。切り替えはきちんとしているんだな、と才人は感心したように頷いた。

 

「あの二人、というかアトレはその辺がなぁ……」

 

 呑気に突っ立っているアトレシアを見ながら才人が溜息を吐く。新人騎士達はそんな彼女を見てやはり評判倒れだと判断した。

 大体、あんな少女が騎士団で前線に出てくるというのがいけないのだ。美しく、胸が大きく、天真爛漫。そんな少女は、むしろ騎士の帰りを待つべきなのだ。そんなことをついでに思った。

 

「……何でこうヤバイ奴は美人で胸がでかくて天真爛漫なのかしら」

 

 ベアトリスがぼやく。が、新人騎士はそれを聞き逃した。あるいは聞いていても意味が分からなかったので流した。とにかくあの少女を組み伏せるなりなんなりして戦闘不能にしなければ、と息巻いていた。

 そんな騎士達へと一歩近付く少女が一人。先程の模擬戦を終え、メイド服に着替えた十号である。やっぱりこちらの方がしっくりくると微笑みながら、では参りますと頭を下げた。

 これまた美しい少女である。アップにした髪はうなじが強調されどこか幼さの残る顔立ちと色気が混在している。胸は向こうの彼女ほどではなくともボリュームは十分。そして見る限り大人しく礼儀正しい。服装も踏まえ、やはり騎士団などやらずに屋敷のメイドとして働いたほうが絶対にいいだろうと彼等は思った。

 が、次の瞬間。バリバリと音を立て少女の左腕が服ごと裂け骨のような異形な腕に変わったことで顔色を変えた。先程の乱戦で十号の最後のそれはよく見えていなかったらしい。突如少女が化物に変わったことで騎士達は悲鳴を上げた。

 鞭のように伸びた腕が新人騎士を襲う。必死でそれを避けた彼等は、しかしその腕の先、手の部分が鉤爪のように地面に突き刺さるのを見て目を見開いた。それを起点に、伸縮した腕を使って十号が一気にこちらへと飛び込んでくる。

 少女の背中から音を立てて蜘蛛の足のような爪のようなものが六本生えた。次いで右腕も左と同じように伸縮する鉤爪のようなものに変わる。背中と両腕、八本のそれを使い、周囲にいる新人騎士へと襲い掛かった。

 勿論阿鼻叫喚である。

 

「だから言わんこっちゃない! あぁぁぁぁ!? 来るなぁぁぁ!」

 

 情けない悲鳴を上げながらベアトリスはしゃがみ込む。その上を蜘蛛の足骨が通過し、そのまま右にカサカサと逃げた途端先程いた場所に左腕が突き刺さった。新人騎士は三人が戦闘不能となった。尚、残りも戦闘続行可能かと言われると疑問が残る。

 ずるり、と伸びた腕を戻した十号は、目をパチクリとさせると後ろに向き直った。どういうことでしょうか、とエルザに尋ねると、まあそういうことだよと返される。

 

「どうしたの?」

 

 アトレシアが首を傾げる。十号はそんな彼女にあははと苦笑で返すと、とりあえず自分で試せば分かりますよと続けた。

 

「試す?」

「私は一旦下がるので、次はアトレさんにお任せするのです」

「んー」

 

 はいはい、と十号の代わりに前に出てきたアトレシアは、化物が離れたことでほんの少し落ち着きを取り戻した騎士達に微笑みかける。よろしくね、と小さく手も振った。

 可愛らしい少女の腕が異形に変わるのを見ていたにも拘らず、騎士達はそんなアトレシアを見てドキリとしてしまう。先程のイメージがもう一度頭をもたげかけるほどだ。

 

「じゃ、行くよー」

 

 が、次の瞬間それは崩壊した。少女のスカートの中がもぞもぞと動いたかと思うと、そこからカマキリの鎌のようなものが生えてきたからだ。捲れ上がったスカートの中身を確認している余裕など勿論無い。もっとも、もし見ていたのならば、少女の下半身から鎌と蔓が生えているのを目視して場合によっては発狂していたかもしれない。

 ちなみに才人はそれを見てエロいな、と感想を述べた。剛の者である。

 カマキリの鎌が地面を切り裂く。伸びた蔓が周囲を薙ぎ払う。あっという間に五人が戦闘不能となった。が、アトレシアは不思議そうに一人の少女を眺めている。

 

「な、何よ……!? 何でわたし見てるのよ!? やめてよ死ぬわよ死ぬって!」

 

 ひぃい、と悲鳴を上げながらベアトリスは逃げ惑う。鎌は彼女の横の地面を切り裂き、蔓は背後で空を切った。

 む、とアトレシアの表情が変わった。あ、ちょっと待て、という才人の声を聞くことなく、ガクリと少女の体から力が抜けスカートの中の下半身がミチミチと裂ける。巨大な球根と昆虫の胴体が合わさったような彼女の本体が姿を現し、人など簡単に噛み砕ける牙を持った大口がガバリと開いた。

 咆哮が練兵場に響く。言い方は厳かだが、実際はアトレシアが「がおー」と叫んだだけである。見た目だけで恐怖がうなぎ登りであった。残った新人騎士はガクガクと足を震わせながらへたり込み、泣き叫びながら腰が抜けて動かない足を引きずり逃げ惑う。

 

「……ごめんなさい」

 

 才人は団長に深々と頭を下げた。いやまさかここまでとは、と冷や汗を流している団長は、まあこれもいい経験だろうと思い直し模擬戦を続行させる。いいのかよ、という才人のツッコミは風に流された。

 

「よし、じゃあ、行くよ」

「何をよ!?」

 

 てい、と正体を現したことで鋭さ頑丈さ大きさが段違いとなったカマキリの鎌を振り下ろす。間違いなく当たれば死ぬ。当然彼女もそれは分かっているので、自分の予想が間違っているなら、当たるのならば止めようと思っていた。

 あひゃぁ、と何だか分からない叫び声を上げてそれを躱すベアトリスを見たアトレシアは、その表情を輝かせた。怪物部分の大口が主なので分かる人にしか分からないが。

 

「凄い凄い! あ、じゃあこれは?」

「何がぁぁぁ!?」

 

 明らかに少女ではない悲鳴と共にベアトリスは手足をわさわさ動かしゴキブリのような動きで練兵場を這い回る。傍から見ているとどう見てもアトレシアが彼女を嬲っているようにしか見えない状況であるが、楽しそうであったアトレシアの表情が段々と曇っていくのがそうではないことを物語っていた。

 

「何で当たらないの?」

「知るかぁ!」

 

 ベアトリスは必死である。ただただ自分が助かることだけを考えて動いている。考えているだけである。答えは出していない。

 

「だんなさまぁ」

「ん?」

「どういうこと?」

 

 本人から納得行く答えが出なかったので、アトレシアは別の誰かに聞くことにしたらしい。十号も同じ疑問を持っていたが、エルザに一応説明されたことでとりあえず理解はした。が、それでも信じられないものを見る目でベアトリスを見詰めていた。

 

「ん? ああ、そいつ一定以上のダメージを食らう攻撃絶対避けるぞ」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 軽い口調でそう述べた才人を、アトレシアは怪訝な表情で見やる。いくらだんなさまでも、こういう時は真面目に答えて欲しい。そんなことを言いながら、ズルリズルリと距離を詰めた。残っていた新人騎士は皆降参していた。

 

「いや、本当の話なんだって。テファには前に会ったことあったよな、ベアトリスはテファと一戦やらかして」

「……え? あれと戦ったの? 人が?」

 

 ズズ、とベアトリスに向き直る。涙目でブンブンと首を振る彼女は、どう見ても強そうには見えなかった。視線を体ごと戻すと、彼女は体ごと首を傾げた。

 

「人って接木で増えたっけ?」

「いや死んでねぇし木っ端微塵にもなってねぇから。ちゃんと五体満足で帰ってったんだよそいつ」

 

 その時をきっかけに、彼女は何故か大怪我をしなくなった。人は極限まで追い詰められると潜在能力を開花させるという話だが、恐らくベアトリスがその体現者なのだろう。そう続け、才人は話を締めた。

 

「だから自由騎士団の准団員ということなのですか?」

 

 もう戦闘は終わりだろうとこちらにやってきた十号がそう問う。まあそんなとこ、と才人は返し、同意を求めるようにベアトリスに向き直る。

 大公の娘としては完全に駄目な顔をしていた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったまま、ふざけんなと彼女は叫んだ。

 

「わたしは! 平穏に! 生きたいの!」

「いやテファの友達な時点で無理じゃないかな」

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁ!」

 

 頭を抱え膝から崩れ落ちるベアトリスを見て、才人も十号もアトレシアもあははと苦笑するのであった。

 

「……それでも友達なのは否定しないんだよね」

「だからこそ、こちらの准団員に推されているのでしょう」

 

 あはは、とエルザは笑い、『地下水』は小さく口角を上げた。




十号(Ver.自由騎士)
イメージ参考:ガンダムヴァサーゴ・チェストブレイク


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自由騎士録/Lady for Vendetta
その1


今回登場キャラの名前が名前なだけにもう一人の新キャラの口調が若干引っ張られた


 どさり、と音を立て倒れた男は、そこで二度と動かなくなった。それを行った相手はそんな男を一瞥し、ふんと鼻を鳴らす。その顔には死体となったその男に何の興味も示していなかった。

 邪魔をしなければ少しは生きていたのにな。もう聞こえていない相手にそう呟くと、その人影は歩みを進めていく。背後には、死体。

 

「ちょっとアニエース、一人で行くんじゃなーい」

「あ?」

 

 アニエス、と呼ばれたその女性の人影は足を止め振り向く。フードを被った二人組が彼女の下へと駆けてくるところであった。アニエスはそんな二人を見ると、何の用だとそっけなく述べた。

 

「いや何の用も何も。一応これ三人の仕事だから」

 

 黒いフードを被った人物がそう述べる。顔は良く見えないが、声からすれば女性、それも少女と言っても差し支えない年齢であろうと予想された。

 アニエスはそんな少女の言葉を聞き鼻で笑った。知るか、と言い放った。

 

「元々わたしはこいつらを殺すためだけにここにいる。用事がない時だけ協力をする、という契約だったはずだ」

「それはそれ。今回の相手はこっちの仕事も兼ねているのだから、ワタシ達が協力するのも必然デショ? ほらほらー、成功率上がるよー」

 

 先程彼女を呼び止めた赤いフードのもう一人、こちらも女性らしいその人物はそうやってニシシと笑った。アニエスはそれを聞き、面白くなさそうにそっぽを向く。それがどうした、と言いつつも、二人の視線を受け小さく舌打ちをした。

 

「邪魔はするな」

「協力するって言ってるじゃない」

「ホント、人の話を聞かない人だネー」

 

 黒いフードの少女はやれやれと頭を振り、赤いフードの女性はケラケラと笑う。そうしながら、騒ぎを聞きつけたらしい衛兵がこちらにやってくるのを見た。

 今彼女達が騒いでいる場所はとある貴族の屋敷の中庭である。先程の死体は当然屋敷の衛兵であり、そして今こちらを捕縛ないしは討伐しようとしている屋敷の衛兵も当然。

 

「ハルナ」

「はいはい」

 

 す、と黒いフードの少女は懐から何かを取り出す。それを衛兵達に向かって投げ付けると、軽く指をぱちんと鳴らした。

 瞬間、衛兵達の周囲が爆発する。悲鳴は爆発音に掻き消され、煙が晴れた頃にはすでに人は見当たらない。地面に倒れている人の形をしたものは、ほぼ例外なく事切れていた。

 

「たーまやー」

「何か爆発微妙じゃなかった?」

「暗殺用よ。試作小型毒ガス爆弾」

 

 まだ今の一点物だけだが、すぐに効果も消える辺りがいい感じに暗殺用なのだ。そう自慢げに述べる少女を見て、赤いフードの女性はやれやれと肩を竦めた。随分と染まってしまったことで、そう呟くと、少女は当たり前でしょうと口角を上げる。

 

「こちとらここに迷い込んでもう二年よ。いい加減日本人の感覚も薄れてくるわよ」

「その代りに手に入れたのがそれとか、救えないネー」

「うるさいわね。手に入れたくて入れたわけじゃないわよ。慣れちゃったのよ、人が死ぬのに。思っちゃったのよ、こんな世界じゃ当たり前だって」

「……あ、そ」

 

 笑みを消して短くそう述べた赤いフードの女性は、しかしすぐに笑顔を戻すとまあそれならしょうがないと彼女の肩を叩いた。じゃあ精々壊れきらないようにしないと、と言葉を続けた。

 

「ああなっちゃうと、取り返しつかないからネー」

「……そうね」

 

 衛兵が少女によって殲滅されたことで道が出来たと目標まで駆け抜けていったアニエスを見ながら、二人はそんなことを呟いた。時々悲鳴が聞こえてくるのは、彼女が進行の邪魔になった人間を殺している音だろう。老若男女、その悲鳴に区別はない。

 

「で、私達はどうするんだったっけ」

「ハルナー、忘れたの? 資源の回収よ、カイシュー」

「ああ、そうだったわね。で、ベル。どうやって回収するの?」

 

 これこれ、と背後に置いてある箱を指差す。ここに投げ込めば向こうに届くから、と言う説明に、ハルナは流石ファンタジーと溜息を吐いた。

 

「それで、どのくらい回収すればいいのよ」

「ンー。とりあえず、アニエスがぶち殺したのは全回収しとく?」

「どんだけよそれ……」

 

 うげぇ、とフードの下で顔を顰めるハルナに、ベルはまあまあとその肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 エレオノールは心中で顔を顰め、可能な限りの罵倒を繰り返した。勿論顔には出さず、態度にも表さない。護衛と称して何故か同行させられたワルドはそんな彼女の心中を的確に見抜いたので、同意するようにそっと目を伏せた。

 彼女達の対面には、話があると呼び出してきたとある貴族の男がいる。名をリッシュモン。トリステインの高等法院の長にして、現王家を快く思わない人物の一人だ。とはいえ国を思ってということでは決してなく、自身の懐を暖める邪魔であるという点のみである。当然ながらアンリエッタも彼をそのうち始末しようと画策していた。

 

「しかし、あのアンリエッタ姫殿下が、あそこまでご立派になられるとは」

 

 ははは、とリッシュモンは嬉しそうに笑う。エレオノールはそれに同意しながら、どの口がほざいてやがると腹の中で舌打ちをした。いや姫殿下も同じようなものだろう、というワルドの視線は見なかったことにした。

 そんなとりとめのない――あくまで表面上はそうである――話をしつつ、いい加減本題に入らねばとリッシュモンは咳払いをひとつした。表情を真剣なものに変えると、知っていますかな、と言葉を紡ぐ。

 

「ここのところ、貴族の屋敷を狙った賊が横行しているらしいのですが」

「……賊、ですか。姫殿下の政策でその手の輩はまとめて排斥されていたはずですが」

「ええ。ですが討ち漏らしでもあったのでしょう。まあ、姫殿下のこれからを考えれば、その程度で済んで行幸といったところでしょうか」

「高等法院長がこうして見守っていてくださるからでしょう」

「はははは。次期アカデミー評議会長と噂されるだけのことはありますな、老人を持ち上げるのがお上手だ」

 

 そうしてひとしきり笑ったリッシュモンは、その賊についての情報を話し始めた。何でも、貴族の屋敷に住んでいたものは皆殺し、仕えていたものも八割以上が殺されているのだとか。

 

「とはいっても、憶測でしかありませんがな」

「それは、どういう?」

「死体が残っているのが珍しいのです。そこに住んでいた人物はほぼ全て死体も残さず消えてしまった、という件もあります」

 

 惨殺されている主人ないしはそれに連なる者の死体が数体残っていることもあったが、それだけである。エレオノールの表情が変わるのを見たリッシュモンは、少々女性には刺激が強かったかもしれませんなと苦笑した。

 

「いえ、そういうわけではありません。それで、そういう件もある、ということは」

「ふむ、流石察しが良いですな。……屋敷がまるごと爆破された、という話もあります」

 

 そこに屋敷があったことも分からないほど盛大に吹き飛んだらしい。当然ながらそこに死体の確認など出来るはずもない。

 そんなわけで、この事件は死体が殆ど無いまま事態が掴めず動いているのだ、とリッシュモンは語った。

 

「このことを、姫殿下は」

「まだお若い姫殿下には衝撃が大きいでしょうからな。こちらで内密に済ませたいと思っているのですよ」

 

 物は言いようだな、とエレオノールは思う。まあつまりこの事件はこちらで解決させて向こうの立場を崩す手に使おうとでも考えているのだ。まあいかにも考えそうなことだと内心溜息を吐きつつ、それでわたしは何をしたら良いのでしょうかと問い掛ける。

 リッシュモンはそれを聞き口角を上げた。大したことではないのですがな、と前置きし、一枚の書類を取り出した。

 

「ヴァリエールの子飼いの騎士団を、少しこちらの協力者に出来ないか、と」

 

 

 

 

 

 

「で、俺達か」

 

 アカデミーの一室、エレオノールの専用研究所である。そこに集められた、『少し向こうの協力者に回すヴァリエールの子飼いの騎士団』の面々は話を聞いて肩を竦めた。

 

「融通が利いて、いざとなったら向こうを殲滅出来るとなれば、あなた達が一番的役でしょう?」

「ええ。それはエレオノール様の言う通りです」

 

 同意を求めるように灰髪の少女は隣の猫耳を模したフード付きの外套を纏った少女を見る。そうだね、と頷き、最初にぼやいた黒髪の少年を見た。

 

「いやそりゃそうだけど。まあ、ヴァリエールの騎士団動かしたらそれはそれで厄介だしなぁ」

 

 はぁ、と少年は溜息を吐く。こちとら自由騎士、名は体を表すというが、その名の通り自由が売り。こういう厄介事は真っ先にお鉢が回ってくる。

 

「というか、エレオノールさん。何でそんな話を受けたんですか?」

 

 少年の言葉にエレオノールはジロリと目を向けた。わたしだって受けたくはなかった、と肩を落とした。

 

「でもね、使い魔サイト。あの話し合いの場が何故作られたかを考えれば、自ずと答えは出てくるでしょう?」

「……あ、はい。すいませんでした」

 

 つまりはそういうことなのだ。脳内で高笑いを上げるトリステインの姫殿下を横に置きつつ、これはもう受けるしか無いなと頬を掻く。

 そもそも向こうとしてもグリフォン隊隊長が傍に付いている時点で察する事柄である。が、彼はそれよりもヴァリエールの婚約者というレッテルが大きく宣伝されていたことでリッシュモンは見誤った。

 元々ヴァリエール公爵はトリステインの政治に関わろうとしない。傍から見れば中立を貫いている、あるいは現王家に反発しているようにも見える。リッシュモンもそこを踏まえ、ワルドは王家の派閥でないと判断した。そして、だからこそ、彼はヴァリエールの騎士団を自らの協力者に求めたのである。

 ちなみに実態は、何で唯一の良心が消え去ったあの伏魔殿に進んで足を踏み入れねばいかんのだ、という諦めと投げやりの精神である。尚公爵夫人であるカリーヌは、政治とか知らんから太后と姫殿下と後クソムカつくあいつに任せておけば安心だろう、という丸投げの信頼を持っていた。揃ってマザリーニには同情していた。

 

「心配しなくても、きちんとカトレアの許可は取ってあるわ」

「いや、そこの心配はしていませんよ」

 

 ヴァリエールの良心、と一部で称されるこの人が妹に許可も取らずにやるわけがない。そんな絶対的な信頼を才人は持っていた。隣にいる『地下水』もエルザも同様である。

 それで、その『事件』はどういうものなのか。話がまとまったところで改めてそう尋ねると、エレオノールは溜息と共に書類の束を机に置いた。

 

「これは?」

「調査書よ」

「さっきの話を聞く限り、実態は掴めていないみたいなことを言ってなかったっけ?」

 

 ペラペラと書類を捲りながらアトレシアが首を傾げる。それを聞き、エレオノールは再度溜息を吐き、ええそうね、と述べた。

 

「リッシュモン高等法院側は、そう言っていたわ」

「…………」

 

 アトレシアはそっと書類を机に戻した。この国ひょっとしてヤバイんじゃないの、と言う目で才人を見た。ああそうだな、と才人は同意するように頷く。

 

「……ご主人様は、無事なのでしょうか……」

「あなたの製作者なら、最近は自動騎獣を作るように言われていたわよ。活き活きしていたから、多分大丈夫でしょう」

 

 十号の呟きにエレオノールはそう答える。まあ国が滅ぶことはないでしょうから気にしない方がいい、と話を締め、話題を元に戻すように書類を数枚手に取った。

 犠牲者のプロフィールの記されているそれを眺め、ほれ、と才人達に手渡す。どれどれとそれらを回し読みした一行は、何かを考え込むように視線を動かした。

 

「これ、何か共通点あったりするんじゃ」

「あら、察しが良いわねエルザ。これよ」

 

 プロフィールの数枚の次、犠牲者の裏の顔とでも呼ぶようなそれをヒラヒラとさせたエレオノールは、まあ十中八九これでしょうねと肩を竦める。

 アカデミー実験小隊。かつて実験と称して様々なことに手を染めていた連中と、それらを手引きしていた貴族達。もうここに存在しない、技術を確かなものにするために結成された汚れ仕事の専門家。

 

「色々とやっていたみたいだから、恨みも買っていたのでしょう」

「……エレオノールさん」

「そんな目で見ないの。大丈夫、今のアカデミーには関係ないわ」

 

 子供のくせに一丁前に心配するな、と才人の頭をくしゃりと撫でたエレオノールは、表情を元に戻すと更に別の書類を捲った。手引きをしていた貴族共はいい、メイジといえど所詮碌な実戦経験もない連中だ。問題は、小隊の隊員であった者だ。多少衰えたとはいえ、『そういう仕事』をしていたメイジが為す術もなく殺されるとは考えにくい。まず間違いなく抵抗をしたはずだ。

 

「縁を切った、といっても、風の噂で古い仲間が殺されたと知ることもあるでしょうし」

「事実、この高等法院の依頼で向かう場所がそういう準備を行っている貴族ですからね」

 

 エレオノールの言葉に『地下水』が続ける。以前も同じように傭兵や騎士を雇い、襲撃者を迎撃しようとしたはずだ。

 それが、全員、襲撃されれば例外なく殺されている。

 

「あなた達なら」

 

 エレオノールが呟く。今回のような場合、それは可能か。そう問い掛けた彼女を見て、才人は少しだけ考え込む仕草を取った。

 

「いやまあ、出来るか出来ないかっつったら、出来るかもしれないけど」

「けれど?」

「皆殺しは、無理です。俺はこれでも、出来るだけ人殺したくないんで」

 

 エレオノールはそんな才人を見て目を瞬かせる。ふ、と小さく笑うと、変わらないなこのクソガキは、と彼の額を軽く小突いた。

 視線を動かすと、『地下水』もエルザも、そして十号もアトレシアも。才人のその言葉を聞いて、笑みを浮かべ同意するように頷いていた。

 

「そこの馬鹿がそう言うからには、私も仕方なく、ですね」

「元々そういう生活していたけど、うん、お兄ちゃんが言うからには、余計にね」

「サイトさんがそうだからこそ、私は今ここにいるのですから」

「人は食べないし、だんなさまに嫌われたくないから、出来るだけ殺さないもの」

 

 はいはい、とエレオノールは笑う。こいつは本当に、と才人を軽く睨むと、表情を元に戻し書類を戻した。

 

「……現状、あなた達と似通った連中が相手の可能性がある、ということになるわね」

 

 書類の最後の一枚にも、万全を期すならば『暴風雨』で、という記述があった。お前らが暴れたいだけだろう、と最初は思っていたが、しかし冷静に考えるとあながち間違いでもない気がしてくるのだ。

 となればエレオノールが取れる選択肢は一つしか無い。『暴風雨』をヴァリエールの騎士団と偽るのは無理である以上、派遣する連中はこいつらしかいない。

 

「では、アカデミー主席エレオノールが依頼します」

 

 真っ直ぐに彼ら彼女らを見る。才人を、『地下水』を、エルザを、十号を、アトレシアを。

 五人共に任せろ、という顔をしているのを見て、エレオノールは微笑んだ。その笑みは、どこか才人の主人であるカトレアに通じるものがあって。

 

「襲撃者の撃退と――そして何より、無事で戻ってくることを」

 

 カトレアもルイズも悲しむから。そう言ってそっぽを向いたエレオノールに向かい、才人達は力強く返事をした。




原作で味方だったキャラを敵にするのは大丈夫なのかとちょっと心配


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その2

キャラの名前の命名がおもっくそ被ってた時の絶望感


 血塗られた剣を一振りしたアニエスは、そこでようやく視線に気付いた。正確には、視線を気にすることにした。ふん、と鼻を鳴らした彼女は振り向き、今しがた屍にした男の血に塗れたそれを突き付ける。

 

「随分と好戦的ね」

 

 そうして目にした相手を見たアニエスは思わず動きを止めた。怪訝な表情で、そこに立っている五人の中心人物を見やる。

 明らかにこんな血なまぐさい場所にいるはずのない姿であった。動きやすく誂えられているものの、纏っているドレスはそういう知識のないアニエスから見ても最高級品だと分かるほどで。そして着ているものと同じくらい、纏っている雰囲気が木っ端貴族ではありえない。

 何より、その髪の色。余程世情に疎いものでなければ知っている、青みがかったその髪色は。ガリアの青、と呼ばれる、その髪は。

 

「……何の用だ?」

 

 それでもアニエスは態度を崩さなかった。相手がガリアの王族だから何だというのだ。自分には何の関係もないことだ。必要なのは、復讐を遂げること。そのための知識、情報、実力。それ以外は、不要なのだ。

 そんなアニエスを見て、相手は困ったように笑みを浮かべた。そう言われても、と頬を掻くと、助言を求めるように左右に立っている人物に視線を動かす。小柄で眼鏡を掛けた少女は少し考え込むように顎に手を当てたが、首をゆっくり横に振り、ブルネットの長髪で片目を隠した女性はこちらに聞くなと言わんばかりの涙目で返す。まあそうか、と溜息を吐いた相手は、仕方ないとアニエスに視線を戻した。

 

「まずは自己紹介からいきましょうか。わたしはイザベラ。ガリアの王、ジョゼフ一世の娘よ」

 

 確信が確定に変わっただけだ、とアニエスは思う。それで、その王女殿下が何用だ。態度を変えることなく、彼女はもう一度そう問うた。

 

「……そうね、じゃあ率直に言いましょう。わたしに協力しなさい」

「断る」

 

 即答。ガリアの姫に仕えるというのは名誉なのであろうが、アニエスにとってそんなものは何の意味もない。復讐の邪魔になる、とまで考えた。

 イザベラはそれを聞いてまあそうでしょうねと肩を落とす。予想していたのか、彼女は別段機嫌を損ねるでもなく、しかしならば帰るということもなかった。では、交渉と行きましょう。そんなことを言って一歩彼女に踏み出す。

 

「断ると言ったはずだが?」

「ええ。でも、わたしも出来ればここで逃したくはないの。……父上の戯言ではあったけれど、それを感謝するくらいには」

 

 真っ直ぐにイザベラはアニエスを見る。今ここで剣を振れば簡単に首を刎ねてしまえるような小娘に、彼女はほんの少しだけ気圧された。

 

「貴女の目的は、復讐よね?」

「それが? そちらには何の関係もないだろう」

「ええ、そうね。だからこその交渉よ」

 

 復讐の手助けをしてあげる。そう言ってイザベラは微笑んだ。ぴくりとアニエスの眉が動いたのを確認し、彼女はそのまま言葉を続けた。今回のその相手が何人目かは知らないが、しかしまだそう多くはないであろう。このまま同じような行動を続けていれば、時間も掛かるし成功率も落ちる。

 

「復讐相手が何人いるかも分からない今の状況よりも、明確に情報を手に入れた方がいいでしょう?」

「……どこまで知っている」

 

 下げていた剣を突き付けた。それを見て思わずのけぞった彼女は、しかしこほんと咳払いをすると自分も教えられた情報しか持っていないと返す。アニエスが『ダングルテールの虐殺』の生き残りで、その実行犯と命令を下した者に復讐をすることを生き甲斐としている。そうとしか知らないと述べた。

 

「大体は知っているというんだ、それは」

 

 舌打ちをすると、アニエスは剣を振るった。殺しはしない、だが、交渉など出来ない体にはしてやる。そう思いながら繰り出した一撃であった。

 が、それは横合いから伸びてきた杖と短刀により弾かれた。一瞬動きを止めたアニエスは、一歩下がるとイザベラへの攻撃を防いだ二人を睨み付ける。片方は先程イザベラが助けを求めていた小柄な眼鏡の少女。そしてもう一人は、赤いフードを被った女性。

 

「させない」

「いきなり斬りかかるなんて、随分と好戦的ネー」

 

 アニエスの眼光を受けても微動だにしないその二人を見て、彼女は鼻を鳴らし剣を下ろした。二人の背後では先程イザベラが助けを求めていたもう一人と、黒いフードを被った少女も何かしら行動を起こそうとしているのが分かる。無意味に暴れても不利になるだけだと判断し、彼女は仕方なく話の続きを促した。

 

「続き、といっても。こちらの条件は先程提示した通りよ。貴女の復讐の手助けをしてあげる代わりに、こちらの協力もして欲しい。それだけよ」

 

 どうかしら、とイザベラはアニエスに問い掛ける。殺しで高ぶっていた感情が少し落ち着いてきたのか、彼女は息を吐くと暫し目を閉じた。どうするべきか、とほんの少しだけ逡巡する。

 彼女の奥から、受けておいた方が損はないな、という声が聞こえた。それに同意しつつ、アニエスはだがそれだけでは駄目だと彼女の奥に反論をした。

 

「条件がある」

「あら、先程のものだけでは足りないの?」

「復讐を優先させろ。そうでない時は、協力してやる」

 

 なんとも身勝手な条件ではあるが、しかしイザベラはそれを聞いて笑顔を浮かべた。ええ、ではそれでお願いするわ。そう言って彼女に手を差し出した。

 アニエスはそれをゆっくりと握り返す。いつまでいるかは知らんが、馴れ合うつもりもない。そんな余計な言葉も続けた。

 

「ええ、今はそれで十分よ。――じゃあ、改めて自己紹介といきましょう」

 

 イザベラはそう述べ、彼女の周囲に立っていた四人に視線を移す。ふう、と息を吐いた小柄な眼鏡の少女は、その体に見合わない杖をくるりと回すとアニエスを見た。

 

「タバサ」

 

 短く簡潔な一言。あはは、とそんなタバサを見て頬を掻いた前髪で片目の隠れた女性は、この人は口数少ないだけなのでとフォローをした。

 

「あ、私はシェフィールド、と呼んでくれればいいですよ」

 

 あはは、と苦笑し、視線を動かす。じゃあ次か、と黒いフードの少女は肩を竦めた。

 

「高凪春奈。多分こっちだと色々不都合あるし、春奈でいいわ」

 

 ハルナ・タカナギとかの方がいいのかなやっぱり、などと呟きつつ、ほれ次、と赤いフードの女性の肩を叩く。

 

「ラスト。ワタシは、ヴェルメーリヨデース。気軽にベルって呼んでネー」

 

 そう言ってケラケラと笑うと、彼女はイザベラより一歩下がる。残りの四人も同じようにし、改めてイザベラを中心に据えた。

 

「よろしく、アニエス。そして、ようこそ『北花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)』へ」

 

 

 

 

 

 

 才人達がやってきた時、既に屋敷は厳重な警備がされていた。何人たりとも通さんとばかりのその光景に、彼等は凡そ状況を察する。

 

「次に狙われるのは自分だ、って分かってる感じか?」

「どうでしょうか。ただ単に不安になっているだけなのでは?」

 

 才人の言葉に『地下水』が返す。どちらの言い分も特に根拠があるわけでもなかったので、そこで会話は止まった。話題は変わり、ここの貴族はどちらだったのかと才人が述べる。

 どちらか、というのは、実行者か命令者か、である。どちらにせよ狙われたら殺されている以上大して変わりはないが、知っていれば対処の方法も少しは変わる。

 

「隊員ではないようですね」

「となると、完全な足手まといだな」

 

 相手の実力は未知数だが、少なくとも手練であることは確か。そういう相手に対し、逃げ方を知っているかどうかは重要である。どっしり構えて倒せ倒せと命令するだけであった場合、最悪即殺される可能性もあるからだ。

 

「ま、とりあえずは会ってからだな」

 

 才人の言葉に同意した一行は屋敷の中へ向かう。そして主人と面通しを終えた後、割り当てられた部屋に入り。

 

「駄目じゃないかな?」

 

 エルザのその言葉に首を横に振る者はいなかった。護衛対象となる貴族は才人達を見て、噂のヴァリエールの騎士団も所詮尾ひれの付いた戯言だったのか、と落胆していたからである。話が違う、と苛立ち混じりで誰かに手紙を書いていたのが印象深い。

 

「こんな連中とか言ってたね。やな感じ」

「……いや、まあ。知らない人からすれば仕方ない気もするのです」

 

 アトレシアと十号の言葉に双方同意をしつつ、まあでも、と才人は頬を掻いた。確かに平民の若造と女子供の集団にしか見えないし、知らない貴族は見下すのもしょうがない。

 

「でもさ、こう言っちゃなんだけど。『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』の噂を知ってて、でもあの態度だろ?」

「どこまで噂を知っているかにもよりますが」

「何か聞いたことある、程度なら姫さまから遠いか情報収集能力がないってことだし」

「内容をしっかり知っていてあれだと……まあ、でも生きるか死ぬかの状態だし、悲観的になっているのかも」

 

 ううむ、と才人も『地下水』もエルザも考え込む。が、そうしていても仕方がないととりあえず行動を起こすことにした。どちらにせよ、敵を倒せば解決である。非常にシンプルで分かりやすく、頭の悪い解法であった。

 ではさっそく、と自分達の担当を尋ねに向かう。警備の中心となっている子飼いの騎士に話を聞きに行くと、お前達はここだと屋敷の見取り図を広げ指差した。

 裏でもなく表でもなく。かといって警備が手薄な場所でもない。有象無象が担当する、ないしは本命の騎士達に適当に紛れる。そんな場所であった。

 

「駄目じゃないかな?」

 

 担当の場所へ向かい、そして風に揺れる木々を見ながらエルザが再度そう述べた。やはり否定するものはいなかった。今度は誰もフォローをしない。

 

「まあ、つっても思いがけない場所から来るって可能性もあるし。気を抜いていいってわけじゃないけどな」

 

 それは分かっていると皆頷く。とりあえず真面目に警備をしよう、と一行は担当区域の見回りを始めた。

 

 

 

 

 

 

 初日は何もなし。二日目も、襲撃とは無縁の一日であった。そして三日、四日経ち、本当にここに来るのだろうかと才人達も思い始めた頃。

 聞いたか、と同じ場所を担当していたメイジが才人に声を掛けた。

 

「何かあったのか?」

 

 ああ、とメイジは頷く。三日前に別の屋敷が襲撃され、一部を除いて死体も残さず消されたらしい。そう述べると、いよいよ次はここかもしれないなと顔を青褪めさせた。

 メイジの話によると、向こうもここと同じように警備を厳重にしていたらしいが結果はその惨状なのだとか。それはいよいよヤバイな、と才人は呟き、自由騎士団の面々に顔を向けた。皆怯えている様子はない。気合を入れ直している、という状態が近いだろう。

 

「一応言っとくが、忘れんなよ。エレオノールさんの依頼は撃退より何より」

「無事で帰ってくること、でしょ」

 

 エルザの言葉にああそうだと頷く。そんなことは先刻承知だと残りの面々も頷き、だからこそ気合を入れ直したのだと笑みを浮かべる。

 そうだな、と笑みを返した才人は、よしならば来るなら来い、と頬を張った。

 そうして更に二日経った。ひょっとして別の場所が襲撃されているのだろうか。そんなことを思い、ほんの少しだけ気が緩み始めた頃である。

 

「だんなさま」

「ん?」

 

 最初に反応したのはアトレシアだった。くんくんと匂いを嗅ぐような仕草を取ると、おもむろにスカートを捲り上げる。

 太腿を顕にした彼女は、そこから伸ばした根を地面に走らせた。

 

「何か変なのが向かって――何見てるの?」

「いや、だって。男なら見るじゃん……」

 

 姿勢を低くさせている才人を見て、ああうんそうだね、と別段嫌な顔をすることなく頷いたアトレシアは、視線を同じにして才人を抱き締めた。彼の顔を胸で圧迫しつつ、クスクスと楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「でも、今から何か来そうだから……それが終わったら、ね」

「お、おう。……ってちょっと待てそれは駄目だ。いや別の意味で、死亡フラグっぽいから!」

「また頭の悪いことを言ってますねこの馬鹿は……」

 

 はぁ、と溜息を吐いた『地下水』は、アトレシアの言葉を反芻し周囲の気配に気を配る。ちらりと隣のエルザを見ると、アトレシアと同じように『何か』を感じ取り顔を顰めていた。

 

「エルザ。何か分かりましたか?」

「アトレさんほどじゃないけど。……何かが、来る」

 

 ざ、と十号が臨戦態勢を取る。才人達のその様子を見ていた同じ担当場所のメイジは、高まる緊張に思わずゴクリと唾を飲み込む。ひょっとしたら、今から死ぬかもしれない。そんなことが頭をもたげた。

 悲鳴が聞こえた。次いで、爆発音が響いた。何だ、と視線を動かすと、屋敷の反対側から煙が上がっているのが見える。悲鳴と爆発音が更に響いているのを聞く限り、襲撃者が現れたことは明白であった。

 

「あっちか!?」

 

 ち、と才人が駆け出そうとする。だが、『地下水』はそんな才人の肩を掴むと視線を無理矢理戻させた。自分達の担当はここだ、勝手に動くな。そんなことを言いながら、彼女は腰の短剣を抜き放つ。

 

「今そんなこと言ってる場合じゃ――」

「ええ、言っている場合じゃないんですよ」

 

 振り向いた才人は言葉を止めた。気付くとメイジが数人、倒れている。彼等の近くにいたメイジは、二日前に襲撃のことを教えてくれたメイジは幸いにして無事であったが、あまり関わっていなかった者達であったその数人は、既に助からない状態になっていた。

 

「ン? 何か普段とは違うのがいるネー」

 

 赤いフードを被ったその女性は、軽い足取りでこちらへとやってきている。ケラケラと笑いながら、爪のように構えた短刀を素早く投擲した。気付いた時には、既にその爪は喉元へと突き刺さっている。それほどの一撃。

 

「っぶねぇ!?」

 

 それを才人は寸でのところで躱した。おお、と楽しげな声を上げるその女性を横目で見つつ、他の面々が無事かどうか声を張り上げる。

 大丈夫だ、と四人全員からの声が聞こえた。だが、それは決して言葉通りではないことも声色で分かった。

 

「急所は外しましたが……危険ですね」

 

 ち、と『地下水』は苦々しい顔を浮かべる。彼女の周囲には胸を短刀で切り裂かれたメイジの姿が。赤いフードの女性の一撃を避けきれなかった者達であった。出来る限りカバーをしたものの、全員無事とまではいかなかったのだ。

 

「サイト」

「分かってる! 十号、お前も治療に回ってくれ」

「は、はい!」

 

 『地下水』の言葉にそう返し、才人は一気に距離を詰めた。これ以上やらせるか。そんなことを叫びつつ、彼は刀を振りかぶる。

 

「助けるのはいいケド。他の場所も似たような状態ヨ?」

「んなこた分かってんだよ! 俺達が出来るのは目に見える場所を助けることくらいなんだ」

「……真っ直ぐネ。羨ましいくらい」

 

 目を瞬かせた女性は、笑みを浮かべると才人を殴り飛ばす。女とは思えないその威力で吹き飛ばされた才人は、しかし素早く受け身を取ると再度突っ込んだ。

 待った待った、とそれに追随するようにエルザとアトレシアも飛び出していく。

 

「ぱぱっと倒せば、他も助けられるよね、だんなさま」

「一人よりも、三人。一気に行くよ、お兄ちゃん」

「うげ。それはちょっとないんじゃナイカナー」

 

 おっとっと、とその場を離脱した女性は、しかし逃げることなく構えを取った。まあどのみちターゲットを始末するのはアニエスの役目だ。厄介な奴が向かわないようにここで足止め出来るのならば丁度いい。そんなことを考えつつ、じゃあ行きますかと指の間に爪のように短刀を挟み、姿勢を低くする。

 

「さて、じゃあ……『赤頭巾(レッドキャップ)』、行きますヨー」

 

 ついでに、ニヤリと大きく口を開けた。鋭い牙の見える、その口を。




ライバル軍団初お目見え


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その3

犬耳とか猫耳はどこら辺に付けるとしっくりくるのか……


 周囲に人がいなくなったのを確認すると、春奈はふうと息を吐いた。手にしていた爆弾を仕舞い込み、手を振り上げ伸びをする。

 

「何か拍子抜け。やっぱりそろそろ知られてきたのかな」

 

 あれだけ派手に殺して回っているのだ、そうでない方がおかしい。そうだよなぁ、と呑気に呟くと、彼女は暫し考え込むように視線を巡らせた。これからどうしようか、そんなことを考えた。

 

「アニエスはまあ、このままターゲットをぶっ殺して帰ってくるだろうし」

 

 彼女の方に行ってもしょうがない。春奈はそう結論付け、ならば選択肢は一つだと頭を掻いた。

 

「ベルのとこ行こう。あっちも終わってるだろうし、どっか適当な場所でアニエス待とうかな」

 

 ぶらぶらと春奈は歩き出す。道中、邪魔だと瓦礫と死体を蹴り飛ばしながら。そんなものはあって当たり前だと顔色一つ変えずに。

 ヴェルメーリヨがいるのは春奈のほぼ反対側。歩いていくのは面倒だな、とぼやきつつ彼女は足を動かしていたが、ある程度の場所まで来ると逃げていない衛兵達の姿を目にするようになった。

 

「あー、流石にこの辺はまだいるかぁ」

 

 どうしよう、と春奈は少しだけ考えたが、隠れるのも逃げるのも面倒だとそのまま歩みを止めずに進んだ。当然黒いフードにブレザーの学生服という怪しい出で立ちの彼女は衛兵の目に留まる。貴様が例の賊か、と各々武器を構え突き付けた。

 

「私は別にそっちからしかけなきゃ何もしないわよ、今は。向こう行くだけだから、気にしないでちょうだい」

 

 手をひらひらさせながらそう言って衛兵の目の前を通り過ぎようとする。ふざけるな、と当然のことながら衛兵達は春奈を捕縛せんと武器を振り上げた。向こう側の騒ぎも当然耳にしている。ここで取り逃がすわけにはいかない、と叫んだ。

 

「そ。じゃあしょうがないわね」

 

 一歩踏み出した衛兵の一人が爆発した。地面ごと吹き飛んだ男は破片を撒き散らし、同じように春奈へと攻撃をしようとしていた衛兵に降りかかる。眼の前の光景を理解するのに時間がかかったのか、そのまま彼等は動きを止めてしまった。

 

「そうそう。そうやって動かないでくれれば私も無駄に起爆させないのよ。安心して、ここからいなくなったらモーションセンサーを解除してあげるから」

 

 じゃあね、と再度手をひらひらさせ、春奈はその場から去っていく。先程の光景も、言っている意味も、何一つ理解出来なかった衛兵達は、しかし動いたら死ぬという一点はこれ以上なく理解出来た。

 彼等はそのまま、震える体を必死で抑えながら彼女が見えなくなるのをひたすら待った。そしてそのまま精神をすり減らし、二度とこの仕事には就けなかった。

 

 

 

 

 

 

「っだぁ!」

 

 金属同士がぶつかる音が継続的に響く。才人の刀とヴェルメーリヨの短刀、それらがどちらも決定打を与えることの出来ない証拠の音であった。く、と才人はバックステップで距離を取り、同じく一歩下がって息を吐いたヴェルメーリヨを睨む。

 

「何だあんた!? 賊にしちゃ強過ぎねぇか!?」

「それは、こっちのセリフだヨ。何キミ? ただの貴族じゃないよネー」

 

 ぶらぶらと短刀をさせながら、それにそっちの二人も、と彼女はエルザとアトレシアを見る。所々切り傷が出来ているエルザが、不満げにヴェルメーリヨを睨んでいた。アトレシアはボロボロである。切り刻まれたことで服ははだけ下着が丸見えであった。

 

「……そもそも、そっちの二人。本気じゃないデショ? なーんかワケアリ?」

「まあ、少し」

「後ろの治療が終わったら! 終わったら吠え面かかせてやるから!」

 

 あはは、と頬を掻くエルザに対し、アトレシアは物凄く悔しそうだ。現状のままではほとんど彼女らしいことが何も出来ていないのが原因であろう。

 別に今すぐ見せてくれてもいいんだけれど、とヴェルメーリヨは笑う。ぴきり、とアトレシアの頬がひくつき、こいつぶっ殺すとほぼ丸見えの下半身からカマキリの鎌が生まれた。

 その異常な光景に目を見開いたのはヴェルメーリヨである。なんじゃありゃ、と驚愕の叫びを上げながらカマキリの鎌の振り下ろしを跳んで避けた。

 

「明らかに人間の使える攻撃じゃないヨネ!? え、何!? ひょっとして彼女と同じなの?」

「同じ?」

 

 まあ反応としてはもう慣れたもの、と思っていたアトレシアは、彼女のその言葉に引っ掛かりを覚え攻撃を止める。どういうことだと叫んだが、向こうは向こうでわざわざ敵に教えることはないと突っぱねた。

 

「いや、最初に言い出したのそっちじゃねぇか」

「うぐぅ」

 

 才人の追撃。いやまあそうなんだけど、とヴェルメーリヨは頬を掻いた。わざとらしく視線を逸らし、こほんと咳払いを一つ。

 さて、では行きますかと表情を真面目なものに変え、これまでの発言をなかったことにした。

 

「あんた意外とポンコツだな」

「ガーン!?」

「サイト、お前が言えた義理ですか?」

「お前はどっちの味方だよ!」

「……楽しそうな仲間だネー」

「その目やめろ、心に来る」

 

 はぁ、と肩を落とした才人であったが、しかしその視線は眼の前の彼女を真っ直ぐに見ている。どうやら自分相手では油断してくれないようだ、と判断したヴェルメーリヨは、誤魔化すためではなく本気で気持ちを切り替え相手を睨んだ。

 

「お兄ちゃん」

「だんなさま」

「ああ、分かってる」

 

 才人の目の前で姿勢を低くした彼女は、地面を蹴る音と共に姿が掻き消えた。な、と目を見開いたアトレシアは、次の瞬間自分の左腕が千切れ飛んでいるのを確認し慌てて振り向く。

 

「とりあえず、キミが要注意だってのは分かったからネ。さっさと始末するヨー」

 

 くるくると舞い上がっている左腕、それを目で追うことはせず。しかし眼前で短刀ではなく、鋭利な爪を振りかぶっているヴェルメーリヨを視界に入れ。

 横一線。彼女の手の動きの後、アトレシアの首がずるりとズレた。

 

 

 

 

 

 

 ごとり、とアトレシアの首が地面に落ちる。残った体は膝から崩れ落ち、どさりと地面に倒れ伏した。そのまま動く気配はない。首を切断されたのだ、()()()生きている方がおかしい。

 

「まずは、一人」

 

 ふう、と息を吐き次の獲物に視線を動かす。その一瞬の間に、別の影がヴェルメーリヨに接近していた。彼女と同じように鋭い爪を身に付けたその影は、相手を八つ裂きにせんと振り下ろす。

 ち、と彼女の左腕と相手の爪がぶつかりあった。ヴェルメーリヨのそれとは違い、目の前の相手、エルザの爪は腕に石を纏い爪へと変化させたものだ。単純な耐久度はやはり向こうが勝る。

 

「精霊の力……成程、吸血鬼」

「当たり」

 

 す、とぶつかりあっていた腕を引いた。拮抗が崩れたことでたたらを踏んだヴェルメーリヨの腹に、エルザは回し蹴りを叩き込む。小柄な少女から繰り出されたとは思えないその重い一撃は、彼女を後方へと盛大に吹き飛ばした。ゴロゴロと転がり、背後にあった木に激突する。キャン、と甲高い悲鳴が響いた。

 

「……そういう貴女は」

 

 痛い、と体についた砂を払いながら立ち上がったヴェルメーリヨは、エルザの表情を見てしまったと頭に手をやる。被っていた赤いフードは吹き飛ばされた拍子に外れ、彼女の顔を顕にさせていた。

 少し癖のある茶髪のロングヘアー、喋りの割には鋭い目、猛獣を思わせる牙。そして、人間の耳のある場所よりも少し上にピンと立っている、狼の耳。

 

「あー……っちゃぁ。バレちゃったカー」

 

 じゃあもういいや、と彼女はロングスカートを翻す。その拍子に、隠されていたらしい太い狼の尻尾が現れた。同時に、先程振るっていた左腕が人寄りから獣寄りに変わっていく。

 

「え? 何? 人狼? ハルケギニア(ここ)ってそんなんいたの?」

「うん。でも、わたしもあの手の獣人を見るのは初めてかな」

 

 翼人のように集落を作っているわけでもない獣人は、そもそもとして人と関わることがない。あったとしても極一部、こうして巡り合うのは奇跡に近いだろう。

 

「まあ、ワタシとしてもここまで人と関わる気は無かったんだケド。ま、これも星々の巡り合わせよネー。気取った連中の言い方からすれば、大いなる意思がどうとかいうやつ?」

 

 そう言ってケラケラと笑ったヴェルメーリヨは、じゃあこれからは遠慮なくいかせてもらうと舌なめずりをした。狼の牙がギラリと光り、左腕の爪は獲物を引き裂く時を今か今かと待ち構えている。

 

「……遠慮なく、か」

「ん? ああ、ごめんネ。キミの恋人? 危険な香りがしたからすぐ殺しちゃったケド」

 

 ぽつりと呟き刀を構えた才人を見て、彼女はそう判断した。だからそんな言葉だけの謝罪を行い、それはそれとしてと彼を睨む。当然ながら挑発も兼ねている。これで相手が冷静さを欠いてくれれば儲けものだ。

 ふう、と息を吐いた。それが挑発なのは分かっている。分かっているが、それで乗らないというのも才人の中では負けた気がして嫌だった。何より、仲間を傷付けられたのだ、怒らないほうがおかしい。

 

「サイト」

「わーってるよ!」

 

 『地下水』の言葉にそれだけを返し、才人は一気に距離を詰めた。狙いは獣人らしさをこれ以上なく体現した左腕。先程エルザの石の爪とぶつかり合っている以上、強度もそれなりにあると思っていいはずだ。そんなことを思いつつ彼は刀を振るう。

 予想通り、明らかに肉体とぶつかったとは思えない音が響いた。ギリギリと刃は止まり、切り裂けない。が、対する向こうも才人の刀とぶつかりあったことで目を見開いていた。

 

「な、硬い!? なにそれ!? 普通の剣ジャナイ!?」

「……まあな。父さんがこっち来る時に渡してくれた、平賀家自慢の業物だ。そう簡単に、ぶつかり負けるかよぉ!」

 

 裂帛の気合とともに力を込めた才人のその一撃は、切り裂くことこそ出来なかったが、ヴェルメーリヨの左腕を弾き飛ばし体勢を崩すことには成功していた。もういっちょう、と振り抜いた勢いをそのまま次の斬撃に変えた才人は、バランスを崩している彼女の胴へとそれを叩き込む。斬、と切り裂かれたヴェルメーリヨは、後方へと吹き飛びバウンドした。

 二度目のそれで受け身を取った彼女は二本の足でしっかりと地面を踏みしめる。痛い、と切り裂かれた胸をさすり、ちらりとその手の平を見た。

 

「ナンジャコリャー!?」

「余裕だなおい」

 

 割と本気でぶった斬ったのに。内心で冷や汗をかきながら才人は目の前の彼女を見る。ざっくりと切り裂かれたのはほぼ服のみで、肌自体には軽い切り傷しかついていない。それでも多少血は流れたので、ヴェルメーリヨの手には赤い液体が付着している。

 ついでに、正体を隠すためにゆったりとした服を着ていたおかげで分からなかったが、顕になったそれはぷるんと揺れていた。

 

「うゥゥ。痛いしおっぱい出ちゃうし、もう嫌になるヨー」

「いやお前達から攻めてきたんだろうが」

 

 ジト目で彼女を見やる。まあそうなんだけど、と頬を掻いた彼女は、だからこそそう簡単に退却も出来ないと再度構え直した。左腕は獣の爪、右腕は短刀を。今度は二人同時かな、と両手に石の爪を装備したエルザを牽制するのも忘れない。

 

「じゃあ、リクエストにお答えして」

 

 才人が一足飛びで駆ける。それを追い越すように、エルザが跳躍しヴェルメーリヨの頭上を取った。そのどちらも、防がないという選択は出来ない一撃。片方さえ止めればもう片方は敢えて受けても構わない、そんな行動は出来ない一撃。

 ぎり、と歯を噛み締めたヴェルメーリヨは、遠吠えをすると左腕を振り上げた。エルザの石の爪をそれで掴むと、着地位置をずらし、前に踏み込む。才人の刀が目前に迫る中、右腕の短刀で切っ先を逸らそうと目論んだ。

 ギャリギャリと音を立てるが、彼女の短刀が押し負け砕けた。斬撃は逸らせていない、勢いも殺しきれていない。ならば取る方法は一つ。

 

「げ」

 

 刃に噛み付いた。少し切り裂かれた口内から血が流れるが、完全なダメージにはなっていない。口を開け刃を離すと同時、才人の腹に肘打ちを叩き込んだ。吹き飛ぶことこそしなかったが、一瞬たたらを踏み動きが止まる。

 その時にはエルザが二撃目を放とうとしているところであった。が、ヴェルメーリヨにとってそれは先程よりは驚異ではない。左腕をガードに回し、当たる直前に自ら跳ぶことでダメージを軽減する。再度距離を取ることになったが、それでも向こうの攻撃を捌き切る成果としては十分である。

 

「は、っはー。痛い。凄く痛い」

 

 それでもダメージは少なくない。戦闘不能ではないが、このまま戦いたくもない。対する向こうはダメージの蓄積は似たようなものでも、戦闘に対するモチベーションが違う。

 

「これは、ちょっとマズい、カナー」

 

 まあそろそろアニエスがターゲットを始末する頃だ。それさえ終われば全力で逃げて仕事は終了。後少し頑張るか、と息を吐いたヴェルメーリヨは別の短刀を取り出し右手に構えた。

 それを合図にするように、才人は姿勢を低くしたまま滑るように駆けてくる。あれを迎撃するには振り下ろすしかない、と右手を動かした彼女は、そこにエルザが待ち構えているのを見て目を見開いた。

 

「集中、ちょっと途切れたね」

「し、ま――」

 

 がしり、と右腕を掴んだエルザは、そのままぐるりと彼女を投げる。空中で一回転した状態に体勢を崩されたヴェルメーリヨでは、才人の斬撃を避けるすべがない。

 

「終わりだぜ、美人の人狼さんよぉ!」

 

 居合の構えを取っていた才人の刀が煌めく。当たれば間違いなく、彼女の胴は切り裂かれる。

 そのタイミングで、才人の刀とヴェルメーリヨの胴の間に円筒形の物体が割り込んだ。

 

「ふェ!?」

「なっ!? スタングレネード!? 何でこんな――」

 

 ガツン、と刃と円筒がぶつかる。瞬間、炸裂音と閃光、そして舞い散る細かな粉塵により彼の斬撃は目標を見失った。向こうは空中で回っているのだからこのまま振り切れば、とやってみたものの、斬撃は虚しく空を切るのみ。

 どういうことだ、と光の収まった視界で見渡すと、網に絡められたヴェルメーリヨが新たな人影の足元に転がされていた。まったく、と呆れたようにその人物は溜息を吐く。

 

「仕方ないジャナイ。あっちの二人が予想以上に強かったんだヨー」

「はいはい。……あっちの二人、ね」

 

 黒いフードを被ったその人物は才人の方へと振り向く。スカートを履いていることから女性だと分かった才人は、しかしその服装を見てどこか引っ掛かりを覚えた。

 

「さて、どうするの? こちらとしては見逃してくれれば助かるけど」

 

 いやそれはどうなの、とヴェルメーリヨが抗議を述べるが、少女は聞く耳を持たない。アニエスならもうぶっ殺している頃でしょ、と足元に転がっている彼女に告げると、そういうわけよと再度視線を才人達に向けた。

 

「そっちの仕事はここの主人の護衛でしょ? もう失敗したんだから、私達と戦う理由もないはずよ」

「そこではいそうですかと言えるほど俺は物分りがよくねぇんだよ!」

 

 こっちはこっちで仲間傷付けられたんだ、と刀を構え直して才人は叫ぶ。まあそうなるか、と溜息を吐いた春奈は、仕方ないと両手に小さな炸裂爆弾を数個握り込んだ。

 

「ここの転がってる馬鹿と違って、私は適当なところで逃げるから」

「逃さねぇっつってんだろうが!」

「まったく……ケチね、平賀くん」

 

 よ、と春奈は左手の爆弾を投げ付ける。連続で爆発したそれは、才人の視界を塞ぎ、そして細かいダメージを刻んでいく。こなくそ、と構わず突っ込んだ彼は、しかしその場に既に相手がいないことを確認し目を見開いた。

 

「ぼーっと突っ立ってるわけないじゃない。――って、あぶなっ」

 

 やれやれ、と肩を竦めた春奈の目前には、既に二撃目を放つ才人の姿があった。慌てて回避した春奈は、肩で息をしながら網から開放したヴェルメーリヨを睨む。

 

「ちょっと、向こう無茶苦茶強いじゃないの」

「ワタシがこうなってる時点で気付けヨ!」

 

 そう簡単には逃げられないか、と春奈は溜息を吐く。そう簡単に逃がすかよ、と才人は息を吐く。

 お互い、既に目的は関係なくなっていることを感じつつ、それでもまだ、止まらない。




アトレの首ってどこよ?


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その4

多分何かアイス好きな赤いメダルのあれっぽいビジュアルの右腕


 ごとり、と首が落ちた。それを見てつまらなさそうに鼻を鳴らしたアニエスは、他に誰もいないことを確認して息を吐く。どうやら家族は逃してあったようだな、という自身の奥から響く声に、別段興味もないと返答した。

 

「わたしが必要なのは犯人の命だけだ。家族などついでに過ぎん」

 

 剣を鞘に収める。さて、と右手をゆっくり床に転がる首に向けた。今回は当たりだといいのだがな。そんなことも呟いた。

 

「大体、姫殿下もあれだけ豪語しておいて隊長の名前が分からんとは」

 

 呆れたように溜息を吐く。本来ならばそれで契約破棄してもおかしくはなかったのだが、何故か彼女は未だに『北花壇騎士団(シュバリエ・ド・ノールパルテル)』に所属している。

 何だかんだ口で言っていても、結局寄る辺が欲しかったんじゃねぇか。己の内のその言葉に、アニエスはうるさいと叫んだ。

 

「いいからさっさっと喰え。そして、こいつの記憶を読み取れ」

 

 グシャリ、とアニエスの右手が変貌を遂げた。猛禽類の爪を思わせるその異形の赤い腕は、床の頭部を引っ掴むと鳥の嘴に変貌し咀嚼する。ガリゴリと骨を砕く音が響き、そして右手が食べ終わったのを証明するかのごとくゲップをした。腕は再度猛禽類の爪のような異形に変貌する。

 

「――あぁ、こりゃ、外れだ」

「ちっ」

 

 今持っている情報と大して変わらないものがアニエスの頭に流れ込んでくる。追加の情報など何一つ無いことを確認すると、彼女は忌々しげに残っていた首のない体を蹴り飛ばした。

 アニエスはそのまま踵を返す。もうここに用はない。部屋の扉を開け、廊下を見渡した彼女は、こちらを攻撃するものが何一つ無いことを確認して歩みを進めた。窓から飛べばいいじゃねぇか、という己の右腕の言葉は無視をした。

 

「わたしは、貴様に取り込まれるつもりはない」

「分かってる。お前が俺様の一部にならないことなんざ、とっくにな」

「それでも、今のわたしは貴様の力が必要だ」

「分かってる。俺様は臆病で小心者だ。脅されたら逆らえねぇ」

 

 ふん、とアニエスは鼻を鳴らした。ククク、と右腕は笑い声を上げた。

 それで、どうする、と右腕は問う。決まっているだろう、とアニエスは返す。

 

「あの馬鹿共を回収して、帰るさ」

「おう、そうだな。仲間は大事だな」

 

 面白くなさそうに舌打ちをしたアニエスは、壁に右腕を叩きつけるとその形を元に戻し、静かになったのを確認してから無言で歩き出した。内から響いてくる文句は意図的に切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 ふう、と『地下水』は息を吐く。向こうで才人達が戦っている間負傷者の治療に専念していたが、とりあえず持ち直すことが出来たからだ。隣では十号が疲れたのかへたり込んでいるのが見える。

 

「お疲れ様です」

「あ、いえ。『地下水』さんの方がよっぽどじゃないですか」

「その辺りは慣れですね。あの馬鹿といると必然的にこうなりますよ」

 

 あはは、と十号は苦笑する。そうは言いつつも、『地下水』の表情はそれほど嫌そうには見えなかったのだ。以前カトレアの言っていた、あの二人は仲良し、という意味はやっぱりこういうところなのだろうか、とぼんやり考えた。

 

「それで、どうしましょう」

「向こうの援護は……まあ、必要ないでしょう」

「いいんですか?」

「必要ならあの馬鹿はとっくにアクションを起こしています」

 

 よ、と負傷者を呪文で運びながら、『地下水』は才人の方を見ることなく移動を始めた。そんな彼女をぱちくりと見ていた十号も、そういうことならと同じように負傷者の運搬を始める。とりあえず戦闘域から離れさせた二人は、では改めて、と向こうを見た。

 首が落ちている。何処か悔しそうな表情のまま活動を止めてしまったその少女の首を見て、十号は思わず目を見開いた。

 

「アトレさん!?」

「の、首ですね。あっちには左腕と残りの体が落ちてますよ」

 

 ほれ、と指差した先には体から離れた左腕と、残った体。倒れたままピクリとも動かない。人間ならばまず間違いなく死体である。ちょうど最初の襲撃で助からなかった衛兵達と全く同じ結末を辿っているように見えた。

 

「……」

「どうしました十号?」

 

 仲間の死体を目にしている割にはやけに冷静だ。そんなことを思った十号は、嘆き悲しもうとした思考を止めて周囲を見た。才人は向こうを逃さんと戦っているが、それは仲間が殺されたからというよりも、負けず嫌いの延長線上のような、あまり負の理由とは違うように感じられる。エルザも同じ、どちらかといえば彼女は才人が戦っているから程度の理由しか持っていないと思えるほどで。

 少なくとも、ああやって彼を慕っていた少女が眼の前で殺されたのならば、絶対にあんな風にはならない。

 

「サイト!」

「あいよ」

 

 十号の思考をよそに、『地下水』は才人へと声を掛けていた。飛来してきた爆弾を蹴り飛ばし再度距離を取ると、エルザを伴って彼女達の方へと駆けてくる。終わったか、という彼の質問に、彼女はええ勿論、と返した。

 

「まあ、『洪水』の秘薬は無くなりましたが」

「マジかー。今度モンモンに発注しとく」

 

 出費が痛い、と顔を顰めた才人は、そこで十号が難しい顔をしているのに気付いた。どうしたんだと彼が視線を向けると、彼女はなんと言っていいのか分からずあははと頬を掻く。その理由が分からず、才人はエルザに視線を動かした。

 

「多分、そこに転がってるアトレさんについて、じゃないかな」

 

 声量を落とし、向こうに聞こえないようにしながらエルザは才人に耳打ちする。美少女の声が耳をくすぐりちょっとビクリとした才人は、とりあえずその辺を脇に置いて彼女の言葉を心の中で反芻した。

 ふむ、と視線をアトレの首と体に動かす。そのまま向こうでもう来ないなら帰りたいんだけどとぼやいている相手を見た。

 よし、と才人は刀を構える。それを見て嫌そうな顔をした春奈は、ヴェルメーリヨをちらりと見て、仕方ないと溜息を吐いた。

 

「ねえ平賀くん、私帰っちゃ駄目?」

「だからそのやり取り何度目だっつの」

「というか今ワタシを見てからそのセリフ言ったナ!? 思いっきり見捨てる気だったよネ!?」

 

 ふふ、とヴェルメーリヨに笑いかけた春奈は、まあそういうわけなのよと才人を見た。どういうわけだよ、と呆れたように彼は肩を竦めた。

 

「ねえベル、貴女どのくらい殺した?」

「は? そこに転がってる衛兵数人と、あの少年の恋人? の女の子くらい、カナ? 向こうの人達助かったみたいだし」

「成程。平賀くん、これを差し出すから私は逃げるわね」

「ザッケンナコラー!」

 

 ヴェルメーリヨが吠える。隣の春奈に掴みかかると、お前はそれでも仲間なのかと首をがくがく揺らした。されるがままになっていた彼女は、だってしょうがないでしょうとそのまま微笑む。

 

「平賀くんの女を殺した、ってことは、許してもらうには女を差し出すしか無い」

「他に選択肢あるよネ!? そもそも、女を差し出すも何もソレやったらワタシ普通に毛皮のコートにされるだけなんデスケド!?」

 

 もうこなったら死なばもろとも、とヴェルメーリヨは春奈を離さんとばかりに思い切り掴み上げた。体勢だけを見るならば、相手を羽交い締めにして止めを刺させようとしている風に見えなくもない。

 

「……じゃあ遠慮なく二人まとめて」

「え? ちょっと待って平賀くん、私そっちには何もしてないでしょ!? ぶっ殺すならここのケモミミでしょ!?」

「うるさい黙レ! ワタシが死ぬならお前も一緒だ!」

 

 ジタバタと暴れる春奈と、ギリギリと締め上げるヴェルメーリヨ。傍から見ているととても見苦しい光景であった。ほんの少し前まではもっと緊張感のある空気だったのになぁ。そんなことを思いながら、どうしたものかと才人は思わず刀を下ろす。

 

「仕方ない。ここはそうだな、当事者に決めてもらおう」

 

 は、と二人は素っ頓狂な声を上げる。当事者とは何のことだ、そんなことを思い才人を見たが、彼は視線を首のない少女の体に向けていた。

 

「キミの恋人の死体? ソレが一体」

 

 地面が揺れた。猛烈な勢いで伸びた蔦が、あっという間に二人を檻のように包み込み閉じ込めてしまったのだ。争いを止めた二人は何だこれはと蔓を動かそうとするが、太く硬いそれはびくともしない。

 ヴェルメーリヨが諦められるかとガンガンその檻を叩く中、春奈は才人の見ていた少女の死体に視線を動かす。死体だと思っていたその少女の下半身から、地面に根のような蔓のようなものが伸びていた。

 

「痛かった」

 

 どこからか少女の声が聞こえる。その声にびくりと動きを止めたヴェルメーリヨは、ギギギと錆びた蝶番のような動きで転がっている生首を見た。口は動いていない、そこから声が出たのではない。

 

「すっごく、痛かった」

 

 ミチミチと地面に倒れていた首のない少女の下半身が裂ける。昆虫と植物の混ざりあった怪物がその巨体を顕にし、ガバリと大口を開け牙がきらめいた。

 

「アヒャァァァァァ!」

「ベル、うるさいわよ」

「いや叫ぶに決まってるデショ! 同じじゃないジャン!」

「何の話か知らないけど、まあそうでしょうね」

 

 ズリズリと蟲華の合成獣(キメラ)が才人の隣に立つ。大丈夫か、という彼の声に、大丈夫だけど大丈夫じゃない、とむくれた声を出した。

 

「疑似餌の腕と首が取れちゃった。……あ、だんなさま、使う?」

「首と手を何に使えってんだよ!」

 

 そうは言いつつ、ほんの少しだけ使用用途を想像した才人は顔を逸らした。そんなことより、と話題を変えるように閉じ込めた二人を指差し問い掛ける。どうする。そう言ってアトレシアの大口に視線を戻した。

 

「順当に考えれば、餌、かなぁ?」

「グッバイベル、貴女のことはなるべく忘れないわ」

「ハァ!? ここに捕まってるってことはソッチもデザートになる運命でしょうが! あとそこはしっかり覚えとけヨ!」

「いやよ、私はまだ死にたくないもの。……いや本当に、私は貴女に何もしてないわよ? だから食べるのは考え直して? ね?」

「コンチクショウメー!」

 

 ドタバタと再度仲間割れを始めた春奈とヴェルメーリヨを見たアトレシアは、その大口で小さな溜息を吐くと、ゆっくりと才人に顔を向けた。

 

「……何か、もう、いいかな……」

 

 怒る気失せちゃった。げんなりした口調でそう述べる彼女を見て、才人はあははと頬を掻き苦笑した。

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 その瞬間、別の気配を感じ才人はすぐさま剣を構え直した。醜い争いを続けている二人ではなく、そこから離れた場所に視線を動かし、睨み付ける。

 

「……何をやっているお前ら」

 

 剣士の出で立ちをした金髪の女性であった。ショートボブに切られたその髪は、単純に動くのに邪魔だからそうしたといったふうで。その切れ長の青い目が、呆れたように春奈とヴェルメーリヨを見詰めていた。

 こいつが悪い、とお互いを指し示すのを見て溜息を吐いたその女性――アニエスは、才人達に向き直るとゆっくりと剣を抜いた。こんなのでも一応同僚なのでな。そんなことを言いつつ、ゆっくりと一歩足を踏み出す。

 

「解放してくれるのならばそれでよし。そうでないのならば」

「無理矢理、か」

 

 アトレシアを庇うように才人も一歩踏み出す。向こうの攻撃に対処出来るように集中しているが、しかし即座に距離を詰められたことで思わず動きが止まってしまった。

 

「だんなさま!?」

 

 才人の刀とアトレシアの鎌が繰り出された剣とぶつかり合う。ギリギリと音を立てていたそれは、彼女がバックステップで下がったことで終りを迎えた。

 

「もう一度だけ、聞こう。解放してくれるのならば、それでよし」

「……あんたが来なけりゃ、もうやる気なくして撤収するとこだったよ」

「そうか。それは済まなかった」

 

 ならばこれでいいか、と彼女は剣をしまう。緊張を霧散させるように溜息を吐いた才人は、アトレシアにごめんと頭を下げた。謝ることは何もないよ、と蔓と鎌をブンブンさせたアトレシアは、そのまま二人を閉じ込めていた檻も解体した。

 それを見ていたアニエスは怪訝な表情を浮かべて彼等を見る。まさか本当にやるとは、と思わず口に出た。

 

「非常に不本意ですが、我ら騎士団の団長はそこの馬鹿なので」

「まあ、染まっちゃった、かな」

「サイトさんがそうなのですから、私もそうするだけなのです」

 

 『地下水』、エルザ、十号もそんな彼の行動を咎めることはない。それが当たり前だ、と言わんばかりの態度を取ったことで、アニエスもほんの少しだけ空気を緩めた。

 

「ん?」

 

 さてでは帰るか、と二人と合流した彼女は、しかし自身の右腕を見て眉を顰める。それは本当かと呟き、向き直ると明らかに人ではない植物と昆虫の混ざりあったそれを見やる。

 

「成程確かに……。しかしまさか、お前以外にも取り憑いているのがいるとはな」

 

 違うという反応を受けたらしいアニエスが目を細める。別に彼女にとってそんなことはどうでもいいのだ。自分のように寄生させて命を繋いでいようと、それそのものであったとしても。彼女に関わらないのだから、どうでもいいのだ。

 しかし、それでも。

 

「一応、聞いておこうか。お前達は何者だ?」

「フォンティーヌ自由騎士団、俗称『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』」

 

 サイトのその言葉に、アニエスの眉がピクリと動く。『北花壇騎士団』に加入してから身に付けた知識にあったそれは、中々面白いとガリアの王が評価している連中の名前だ。事実、ヴェルメーリヨはマジカヨとげんなりした顔を浮かべているし、春奈も彼女ほどではないが面倒そうな顔をしている。

 これから色々と大変だな。そんな己の内の言葉にうるさいと返しつつ、こちらも名乗りが必要かと問い掛けた。

 

「まあ、本名は名乗れないがな。『復讐者(ヴェンデッタ)』と、呼ばれている」

「さっきも言ったような気もするケド、『赤頭巾(レッドキャップ)』だヨ」

「……『爆弾魔(ボマー)』」

 

 出来ればもう顔を合わせたくはないな。そう締めると、三人はそのままこの場を離れていってしまった。撤収した、ということは。つまりは、ここの主人は殺されたということに他ならない。迎撃が成功した、ということはないだろう。才人達がここまで苦戦したのだ、他の衛兵であのアニエスを止められるとは思えない。

 ふう、と才人は地面に座り込んだ。正直あのまま戦っていたら勝てなかったであろう、と彼は判断したのだ。万全ならばその限りではないが、現状では間違いなく倒された。

 

「あー……エレオノールさんになんて報告しよう……」

 

 依頼は失敗である。結局護衛の仕事は全く果たすことが出来なかった。ここ以外の被害がどうなっているかは定かではないが、無事ではかろう。

 す、とそんな才人の隣に『地下水』が立つ。まったく、と呆れたように溜息を吐いた彼女は、腕組みをしたたまその人差し指だけを彼に向けた。

 

「別に、そのまま言えばいいでしょう」

「つってもなぁ……」

「彼女が言っていたではないですか。依頼内容は、何より無事に帰ってくること、と」

 

 う、と才人の言葉が止まる。アトレシアの疑似餌部分が破損したが、それ以外は概ね無事と言っていいだろう。彼女自体も、あの口ぶりでは修復はそう難しくなさそうだ。

 そんな状況を確認し、ああもう、と才人は頭を掻いた。別段向こうは慰めようとしていたわけではないだろう。普段通りの会話で、普段通りに思ったことを述べただけだ。

 それでもまあ、迷いがなくなったのだ。才人にとって、それは丁度欲しかった言葉だったのは間違いない。

 

「さんきゅ、『地下水』」

「ええ、どういたしまして」

 

 ふふ、と『地下水』は柔らかい笑みを浮かべた。それがほんのちょっとだけ可愛く見えたが、才人は決して認めない。




依頼失敗した辺りでとりあえずここまで



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暴風雨警報/閃光のように!
その1


二巻は終わったって前に言った気がしたけど、気のせいだな


「隊長!」

 

 そう言ってこちらに駆け寄ってくる若い騎士見習いに、ワルドは一瞬げんなりした顔を浮かべた。それでも頭を掻きながら表情を元に戻し、一体どうしたと騎士に問い掛ける。

 

「はい! 隊長にご指南頂きたいと思い」

「……私は今から書類を片付けなければいけないのでな。悪いが――」

「では! 自分も僅かばかりの助力をさせて頂きたく!」

 

 ずずい、と騎士はワルドに述べる。顔を逸らし、ああもうやってらんね、と言う表情になったワルドは、コホンと咳払いするとその必要はないと告げようとした。

 

「隊長のためならば、どれほどの量であろうと突き進む覚悟です!」

「……そうか。では、少し手伝ってもらおうか」

 

 言えなかった。物凄くキラキラした目でこちらを見つめる若い騎士にそんなことを言えるはずもなかった。はい、とズビシィと音でもせんばかりの敬礼をした騎士を伴い、ワルドはグリフォン隊の執務室へと歩いていく。道中、他の隊員から生暖かい視線を向けられたので、後でまとめてしばいてやると彼は心に誓った。

 どうしてこうなった、とワルドは考える。考える、が、そんなことをせずとも答えは一瞬で出るし、元凶が何かも分かっている。

 仮面を付けた何者かが高笑いを上げている姿が頭に浮かび、姫じゃなければぶん殴っているのにと拳を握った。

 執務室の扉を開け、机の上の書類を眺める。確かにこれは一人では面倒な量ではある。が、果たして新人の見習い騎士に任せてもいい仕事なのかと言われれば当然不安が残るわけで。

 

「あまり重要でない案件を担当してもらうか」

「はいっ! 全力で務めさせていただきます!」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらワルドは重要案件ではないものをより分け渡していく。それらを一枚一枚真剣に見ながら、騎士はミスのないようにこなしていった。それを横目で見ていたワルドは、思いがけない活躍に思わず口角を上げる。意外とやれるものだな、と呟くと、騎士は顔を輝かせながら彼を見た。

 

「ありがとうございます! 隊長のそのお言葉が、何よりの報酬であります!」

「お、おう……」

 

 ほんのちょっとした軽口程度でここまで喜ばれると正直めんどい。そんなことを思ったが、流石に口に出すことはしない。勿論顔にも出さない。何だかんだ言っても、こうして部下が慕ってくれているのは彼にとっても不快ではないのだ。

 ただ、不満があるとすれば。

 

「隊長!」

 

 物凄くグイグイ来ることだ。

 

 

 

 

 

 

「助けてくれ」

「……何を言っているの?」

 

 アカデミーの研究室。そこでげんなりした表情で机に突っ伏すグリフォン隊隊長が一人。色々限界を迎えていそうなその姿を見た部屋の主であるエレオノールは、とりあえず紅茶を出しながら彼の話を聞いてみた。

 が、彼女はそれを聞いても別段打開策は何も出なかった。というより、別に問題ないだろうと結論付けたのだ。

 

「聞いている分には、後見ている分にはそうかもしれん。だがな、四六時中べったりで常に尊敬の眼差しを向けてくるんだぞ? 気の休まる暇がないんだ」

「魔法衛士隊の誇るグリフォン隊のトップが何を言ってるのよ。それくらい当たり前じゃ」

「休みが無い。本気でだ」

 

 は、とエレオノールが怪訝な表情を浮かべた。どういう意味だと尋ねると、突っ伏したままのワルドは言葉通りだと溜息と共に吐き出した。

 

「勤務以外でも何かにつけてこっちに来るんだ。鍛錬の相手とか、騎獣や魔法の知識を聞いてきたり、後は執務や書類仕事もだな」

「熱心ね。次の隊長候補にいいじゃない」

「俺だってたまには休みたいんだ……。姫殿下の無茶振りと、通常の仕事と、あいつの面倒。疲れるんだ……」

 

 はぁ、と溜息を再度零す。完全に動かなくなっているワルドを見て、エレオノールはやれやれと肩を竦めた。だったらいっそこういう姿を見せたらどうなの、と彼の額を軽く小突きながら述べた。

 

「馬鹿言え。俺なんかに憧れている貴重な騎士だ。幻滅させてしまうのは」

「真面目ねぇ、あなた」

 

 そういう性分だ、とぼやいたワルドは、少しだけ声のトーンを落とした。それに、と心なしか更にげんなりした口調で言葉を続けた。

 

「それを見せたら、今度は私生活にまで突っ込んできかねん」

 

 隊長のフォローは任せてください。ズビシィと敬礼をしながら部屋に乗り込んでくる騎士の姿を思い浮かべ、勘弁してくれと顔を顰めた。

 そんなワルドを見てしょうがないな、とエレオノールは息を吐く。とはいっても、こちらはアカデミー、向こうは魔法衛士隊。出来ることは限られてくる。精々こうして彼の逃げ場になってやることくらいだろうか。

 りん、と鈴が鳴った。来客を知らせるその音を聞き、エレオノールは研究室の入り口へと向かう。何の用件かしら、と扉越しに尋ねると、こちらにワルド隊長がいらっしゃるとお聞きしたのでという声が聞こえた。

 その声にワルドはびくりと反応し、そしてエレオノールはその声質を聞き目を細める。

 

「いたらどうだというの? 確か彼は今休暇中でしょう?」

「あ、はい、申し訳ございません。ですが、先程火急の書類が一枚届いたので、取り急ぎ確認だけでもと思い、つい」

 

 ふむ、とエレオノールは考える。先程までの話を聞く限り、それが本当にそこまで火急かどうかは定かではない。が、完全なる嘘というわけでもあるまい。とりあえず確認程度ならいいだろうかと視線でワルドに尋ねると、仕方ないと姿勢を正し雰囲気を整えている彼の姿が目に入った。

 やれやれ、と肩を竦めたエレオノールは、分かったわと扉を開ける。

 

「ありがとうございます。大変失礼致しましたミス・ヴァリエール!」

「……」

「……あ、あの。わたしに何か?」

「いいえ。まずは仕事を済ませなさい」

「はい!」

 

 そう言って騎士はワルドに駆け寄ると、これですと封筒から書類を取り出し彼に手渡した。それを読み、ああそういうことかと溜息を吐いたワルドは、書類を返すと騎士に向かって指示を出す。

 

「私の方は了承した。後は副隊長の判断で進めても構わない。そう伝えておいてくれ」

「はい! 了解しました!」

 

 ズビシィ、と音でも出ているような敬礼をした騎士は、そのままエレオノールにも礼をし部屋を出ていく。パタン、とドアが閉まったのを見て再度力を抜いたワルドは、そのままの状態で彼女を見た。

 

「……ど、どうした?」

「ねえ、ジャン」

 

 一歩踏み出す。その動きにビクリと震えたワルドは、今のやり取りに一体何があったのかと思考を巡らせた。先程述べた通りのことが起きただけで、正直彼女がこの状態になる理由が分からない。

 

「わたし、そう、わたしが失念していたの」

「な、何をだ?」

「あの見習い騎士なのだけど」

「あ、ああ……『彼女』が、どうかしたか?」

 

 はぁ、と盛大に溜息を吐いた。この野郎、と一瞬思い、しかしまあ本気で悩んでいるのだから保留だと飲み込んだ。

 

「女の子だとは、聞いてなかったわ」

「……あ、ああ。そうか……言ってなかったか」

 

 疲れたようにそうとだけ述べたワルドを見て、エレオノールは呆れたように溜息を吐いた。本気で余裕がなくなるまで誰にも頼らないなんて、と息を吐いた。

 

「あなたって、本当に馬鹿ね」

「……お前だけだ、俺をそう評価するのは」

 

 

 

 

 

 

「心外です」

 

 アンリエッタは真っ向から否定した。今回の事態に自分は関わっていない、と言い切った。エレオノールはそんな彼女を真っ直ぐに見詰める。目を逸らさず、真っ直ぐに見つめ返すのを見た彼女は、申し訳ありませんと頭を下げた。

 

「そこまでされるとわたくしも恐縮してしまうので、顔を上げてください」

「いえ、主君を疑うというのは恥ずべき行為ですから」

「……ここではアンリエッタでもアンゼリカでもない、ただのアンでいたい。わたくしはそう思っているのです。ですから、いつも通りに」

 

 そこまで言われて態度を変えないわけにはいかない。分かりましたと息を吐いたエレオノールは、今度は軽い調子で謝罪をした。それでいいのです、と満足そうにその謝罪を受け取ったアンリエッタは、それで、と話を元に戻す。

 

「ワルド子爵を慕う女騎士、ですか」

 

 そんな面白い案件があれば知らないはずがないのだが、とアンリエッタは首を傾げた。情報が入ってこなかったのは、何者かがその辺りを統制していたのかもしれない。ついでにそこまで考えた。

 

「ただ単に姫さまの仕業だって皆思ってたせいで報告しなかったんじゃ」

「当の本人であるジャンもそう言ってましたからね」

「……心外です」

 

 確かにそういう部分はあるかもしれないが。そう続けつつ、ぶすう、と頬を膨らませてアンリエッタは紅茶を呑む。そんな彼女をあははと見ていたルイズは、でもそうなると、と視線を巡らせた。

 

「一体誰がこんなことを?」

「……わたくしが知らない、そしてわたくしに情報が届いていない。そうなれば犯人は自ずと絞られます」

 

 カリン曰くあの方は二十代から姿が変わってない、と称されるその人物。正直自身の母親も三人生んでるくせに三十代前半くらいにしか見えないのだからとエレオノールが若干思考を脱線させつつ、とりあえず思い付いたその人物の名前を三人揃って口にした。

 アンリエッタの母親にして、トリステインの王宮を伏魔殿にしている主因。夫を偲ぶというのが本当なのか嘘なのか誰も分かっていない太后。

 『魔女』の一番弟子、マリアンヌ。

 

「……そうなると、その件の女騎士も何かあるのかしら」

「わたしもほんの少し会話しただけだから何とも言えないけれど」

 

 ルイズの呟きに、エレオノールは記憶をたぐる。濃いブラウンの髪は長く、騎士というよりはどこぞの令嬢のように整えられていた。背はあまり高くなく、ワルドと並ぶと小動物のようなイメージすら抱いてしまうほどで。目はパチリとしており、真っ直ぐな性格を表すかのようであった。少々童顔だが、その辺りの貴族の令嬢よりも頭一つ抜けているだろう。

 そして何より。

 

「……」

「どうしたんですか姉さま、自分の胸なんか見て」

「多分その女騎士の胸が大きかったのでは?」

「女の価値はそこにはないの!」

 

 尚、ハルケギニアで貧乳の需要は少ない。貧乳だけに。

 ともかく、とエレオノールは自身の見た彼女の印象を述べつつ、悪巧みの片棒を担ぐような人物には見えなかったと語った。アンリエッタもルイズも、そんなエレオノールの言葉に異議を唱えることはない。彼女がそう判断したのならば、余程のことがない限り間違いはないだろう。

 

「ということは」

「ただ単に、母さまが面白がっているだけ……だと、いいのだけれど」

 

 ううむとアンリエッタは首を捻る。確かに面白い。もし自分が同じ立場ならば間違いなくやる、そう確信を持って言える。ルイズも傍から見ている分には面白そうだな、と思わないでもなかったのでその辺りは否定しない。

 だが、しかし。相手は自身の母親にして外道姫と呼ばれるアンリエッタの上をいく外道太后マリアンヌである。これだけで終わるとは思えない。

 

「いや、そう考えさせることが目的……?」

「そこまで来るとなんでもありになっちゃいますよ姫さま」

 

 そうだけど、とアンリエッタは唇を尖らせる。どちらにせよ、ここで悩んでいても事態は進まない。そんなことを思いつつ、彼女はすらりと席を立った。

 行動するのならば、どこからだ。選択肢を作りつつ、アンリエッタはルイズを見た。学院の授業は大丈夫か、と彼女に尋ねた。

 

「え? まあ、こないだのアルビオンは王宮でとりなしてくれたので今のところ問題ないですけど」

「それはよかった。エレオノールさん、許可を頂いても?」

「……まあ、わたしから頼んだことですから」

 

 そう言って苦笑したエレオノールは、視線をアンリエッタからルイズに向けた。何か怒られるのだろうか、と体を固くしたルイズの頭を、彼女は優しく撫でる。

 

「悪いわね、変なこと頼んじゃって」

「え、あ、姉さま」

「頼んだわよ、ルイズ」

「は、はい!」

 

 何か色々な意味が込められていませんかね、とアンリエッタは思ったが、そこを指摘するほど彼女は無粋ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「あら、もう来たのね」

「やはり最初からそのつもりでしたか」

 

 クスクスと笑うマリアンヌを見て、アンリエッタは歯噛みする。このクソババアはいつか絶対泣かせてやる。そう心で誓いつつ、では用件も分かっているのですねと彼女は問う。

 

「ええ勿論。……実は、アンリエッタをアルビオンに向かわせようと思っていたの」

「またですか」

「おかしなことを言うのね。貴女はここ数年、アルビオンに行ってなどいないでしょう?」

 

 ふふ、とマリアンヌは笑う。その笑みがどうしようもなく黒いものに思えたルイズは、そっと彼女から目を逸らした。流石に本人ほどではないが、十分この人もアレに片足突っ込んでる。そんなことをついでに思った。

 

「――ええ、そうでした。()()()()()()はアルビオンに行っていませんでしたね。……と、いうことは」

「先程も言ったでしょう? アンリエッタを、アルビオンに向かわせようと思っていたの」

 

 ちらりとアンリエッタはルイズを見る。その視線の意味を理解した彼女は、しかしどないせいっちゅーねんという顔で見詰め返した。今の話を聞く限り、『暴風雨』はお呼びではないのだ。

 

「アンリエッタ。そのための護衛ですけれど、こちらはグリフォン隊から選出しようと思っているの」

 

 知ってた。両方同時に内心頷きつつ、マリアンヌの言葉を聞き少人数で行動することを確認する。現状アンリエッタとグリフォン隊から二名、後は身の回りの世話をする従者。

 姫の移動にしては少な過ぎる、とルイズは思う。わざわざアンリエッタとして行動させるというのに、それではまるで意味がない。

 そんな彼女の不安を知っていたかのように、マリアンヌは大丈夫ですよと微笑んだ。

 

「お忍びの行動、ということになっています。行き先はアルビオンですもの、この間のわたくしと同じく、といったところね」

 

 だから、とマリアンヌは笑みを崩さない。自分と同じ、という部分をやけに強調しながら、アンリエッタを見て、ルイズを見た。

 

「アンリエッタ、貴女も自分の護衛を用意してらっしゃい」

「……はい。そうさせてもらいます」

 

 クスリ、とアンリエッタは笑った。ええ、とマリアンヌは笑みを湛えた。

 そして、とりあえず自前の護衛として確実に編成されるであろう自分のこの先を考え、ルイズはこっそりと溜息を吐いた。ついでに、これから巻き込まれるであろう幼馴染に祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

「へっくしょん!」

「くしゅん!」

 

 同時刻、トリステイン魔法学院。フリルのついた改造制服を着た男子生徒と、縦ロールの女生徒が同時にくしゃみをしていたとかいなかったとか。

 

「風邪?」

「いや、なんというか……悪寒?」

「そうね、何か良くないことに巻き込まれるような」

「心配」

 

 無表情のまま雰囲気だけしゅん、とした可憐な少女の頭を、男子生徒は大丈夫だと優しく撫でた。どうせ多分あの二人絡みだから、と諦めたように呟いた。隣の女生徒もうんうんと頷き、少女の頭を同じように軽く撫でた。

 

「さて、じゃあ準備をしますか」

「そうね」

「了承」

 

 大分慣れきっているな、とここにマチルダがいればツッコミの一つでも入れたのだろうが、生憎彼女はもう既に学院にいない。




何かワルドがモテるとかやっていいのか? と若干思う。


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その2

思った以上に変なキャラになった気がする


 主君を疑ったことを謝罪したワルドをアンリエッタは快く許した。傍から見ているとそういう風に見えているので、実際がどうであっても特に問題はあるまい。そんな予定調和を過ごした後、マリアンヌの言っていた予定の日付となった。

 太后によって派遣されるアンリエッタがアルビオンに向かうための馬車であるはずのそれは、本当に貴族の、それも王族が乗っているようなものとは思えない。従者は最低限、護衛は数えるほど。加えるならば、正式な魔法衛士隊はグリフォン隊から派遣された二人のみである。

 

「隊長、あの、これは大丈夫なのですか?」

「ん? ああ、大丈夫だ、問題ない」

 

 その派遣された二人、その内の一人が派遣されたもう一人であり隊長であるワルドに問い掛ける。が、彼はそんな彼女の言葉になんてことないような返事をした。不安を覚えているのならば、そんな軽い言葉で納得など出来るはずもない。

 

「そうですか。隊長が大丈夫というのならば、わたしはそれを信じるまでです!」

「……いや、少しは疑え」

「嘘なのですか!?」

「いや、大丈夫だというのは本当だが……」

「ならば問題ないではないですか。流石は隊長です」

 

 何が流石なんだよ。そう叫びたい気持ちをぐっと堪え、ワルドは溜息と共に返事をし、改めて挨拶に向かおうと彼女を伴い足を踏み出した。自身で用意した『護衛のメイジ』と打ち合わせをしていたアンリエッタは、そんな二人を見て振り返る。

 

「よろしくお願いしますね、グリフォン隊のお二方」

 

 アンリエッタのその言葉に、ワルドは会釈で、新人騎士は気合を込めた言葉で返す。元気がいいのね、と微笑んだアンリエッタは、彼女の名前を聞いていないことを思い出し尋ねた。

 

「これは失礼致しました! ノエル・モルゲン・ル・マレーと申します!」

 

 ズビシィ、という騎士の礼と共にそう述べた新人騎士――ノエルを見たアンリエッタは、楽しそうに笑みを浮かべ、立派な騎士が部下になったのですねとワルドを見た。無表情のまま、ワルドはおっしゃる通りですと返した。

 ここで話していても時間が過ぎるだけだ、ということで、挨拶は適度に済ませ各々馬車へと乗り込んでいく。アンリエッタの馬車には護衛を二人乗せ、従者はその後ろの馬車へ乗り込む。ワルドとノエル、そして護衛の残りは馬で馬車を囲むように追従していくこととなった。

 馬車自体がそれほど大きいものではなく、馬が左右についていても邪魔になるほどでもない。それが護衛をしやすい利点と見るべきか、王女が乗るものではないと否定するべきか。ワルドは一瞬だけ迷ったが、どちらも該当しないとその思考を投げ捨てた。

 

「お疲れのようね」

 

 ポニーテールのメイジがそんなワルドに声を掛ける。ああ、と溜息混じりにそう返したワルドは、君が外なのかと彼女に尋ねた。質問の意味をよく理解している彼女は、先程の彼と同じように溜息を吐き別にいいじゃないと零す。

 

「馬車にはマリーとカレンがいるわ。もしあの二人が護衛の役目を果たせずにぶっ倒される事態になったら、まず間違いなく伝説級の何かが相手よ」

 

 それに、と彼女は、フランドールはワルドを見る。貴方もいることだし、問題ないでしょ。そう言ってウィンクをした彼女は、少し速度を緩めて後方にいる青年の隣へと移動していった。

 やれやれ、とワルドは肩を竦める。顔は苦笑気味であったが、ほんの少しだけ肩の荷が下りた気分であった。

 

「隊長、あの方はお知り合いですか?」

 

 そんなやり取りを見ていたノエルが不思議そうに首を傾げていた。隊長の会話に口を挟んではいけない、と横で待機していたのだが、どうやらもう話は終わったようだと判断したらしい。

 

「ん? ああ、そうだな。……古い知り合いだ」

「隊長の知己ということは、彼女も立派なメイジなのですね」

「……どういう判断基準だ。だが、まあ、そうだな」

 

 ふむ、と暫し考える。評判は間違いなく悪い。『暴風雨』筆頭、『暴風』のフランドールの名は彼女の正体を知らないトリステインの貴族の間では悪名でしかないのだ。もちろんそれが誤解であることをワルドはよく知っている。噂ではなく、実際に悪人であり、碌でもない連中なのだ。主に、今ここにいないことになっている『豪雨』のアンゼリカが、だが。

 

「……実力は、確かだ」

「隊長がそう言うとなると、彼女達はやはりトライアングルですか」

「いや、彼女はスク――ああ、そうだな、風のトライアングルだ」

 

 成程、と頷いているノエルを横目で見ながら、ワルドは危うく口を滑らしかけたことで内心冷や汗をかいていた。隣の彼女、そして後方の彼女達。この連中といるとどうも自分のペースが崩されてしまう。そんなことを思い、彼はもう一度溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 アルビオンへと向かうフネの停泊する港町ラ・ロシェールへは馬で二日は掛かる。当然ながら馬車で向かうのならば同じだけの時間が必要だ。道中の町の宿屋で一泊することになったアンリエッタ一行は、しかしなるべく大事にしないよう住人に言い聞かせていた。あくまでお忍びの事情があるのだ。ということになっているからだ。

 それでもある程度の従者と護衛がいる貴族という扱いにはなってしまう。宿を一軒ほぼ貸し切り状態にし、そこに全員を押し込むことでなんとか事なきを得た。

 アンリエッタの計らいにより夕食後の一時が自由時間となった一行は、思い思いのことをして過ごす。従者の中でも夕食や軽く酒を飲んでいる者もいる。

 そして護衛一行は、大きなテーブル一つを囲んでダラダラとしていた。

 

「こういう時はきちんと姫殿下なのね、あの人は」

 

 今頃自室にいるであろうアンリエッタを思いながらそう呟くマリーゴールド。それに対し、まあそうじゃなきゃあんなのにはならないわよ、とフランドールは軽く返した。

 

「しかし、なんというか」

 

 はぁ、と髪をオールバックにした眼鏡の青年は溜息を零す。普段、彼がギーシュとして生活している時とは違い、装飾の少ない、それでいて地味でもないコートを纏っているその姿は、『静穏』のラウルらしい装いといえた。本人とは見なされなくとも、その代理人としてラウルを名乗っても遜色はない。

 

「マスター。疲労?」

「まあね。……姫殿下の護衛となると、どうも」

 

 正直護衛の必要あるのか、と思ってしまう。が、そんな言葉は飲み込んだ。この場にいる皆の共通認識だからである。何せ、『豪雨』のアンゼリカは。

 

「やあ、ここ、いいかな?」

 

 そんな四人へと声が掛かった。視線を向けると、着替えたワルドとノエルがカップを持って立っている。席は空いているのでどうぞ、と皆はスペースを空け二人を歓迎した。

 今日は疲れたかい、と彼は開口一番皆に問う。まあそりゃそうだ、と言わんばかりの反応をした四人を見て苦笑したワルドは、持っていたエールを煽り息を吐いた。

 

「やはり隊長のお知り合いのメイジと言っても、姫殿下の護衛は疲労するものなのですか?」

 

 横合いから声。ふむ、と何かを考え込むような仕草をしていたノエルが、皆にそんなことを問い掛けていた。まあね、と返したフランドールは、そういえばあまり話せていなかったわねと彼女へ続ける。

 

「いえ、わたしはまだ若輩者ですので。任務中にそこまで余裕は持てないです」

 

 あはは、と頭を掻きながら苦笑した。その姿は飾らない真っ直ぐさで、思わず皆が口角を上げるほどだ。

 

「いい部下じゃない」

「……否定はしない」

 

 他の最近ちょっと隊長嘗めてんじゃないだろうかと思う連中よりはずっといい。ただし、グイグイ来るのを除けば、である。その時の光景を見て、それだけ見目麗しい女性が迫ってくるのだから羨ましい限りですね隊長、とか抜かしやがった副隊長はやっぱり帰ったらしばこうとワルドは心に誓った。

 

「あ、そうだ。ミス・マレー、気になっていたのだけれど」

「はい、どうされましたミス・マリーゴールド」

「ル・マレーって確か、水の精霊の」

「はい。現在の水の精霊との交渉役を務めさせて頂いております」

 

 よくご存知ですね、とノエルは笑顔でマリーゴールドへと詰め寄る。近い、と少し彼女を押し戻しながら、じゃあ少し頼みがあると言葉を続けた。

 

「水の精霊石を用立てて欲しいの」

「水の精霊石、というと、精霊の涙ですか。それはまた何故?」

「ポーションの材料に必要なのよ。この間ウェールズ殿下の婚約者様の治療で手持ち使っちゃって、『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』に回す分が作れないの」

 

 はぁ、と溜息混じりにそう述べたマリーゴールドを見たノエルは目を見開く。今彼女は何と言ったのだ。ウェールズ皇太子の婚約者の治療、そして『美女と野獣』。どちらも聞いたことがない、などというトリステインの貴族はまずいない。

 

「み、ミス・マリーゴールドはそんなご立派な方だったのですか!?」

「へ?」

「アルビオンの王族の治療、そしてかの有名なラ・ヴァリエールの自由騎士への物資補給! 流石は隊長のお知り合いなだけはあります!」

「あ、うん。そんな御大層なものじゃないわよ? 後声大きい」

 

 ずずいと迫られるマリーゴールドを横目で見ながら、ああ成程とフランドールは肩を竦めた。これを毎日やられてたら確かに疲れる。ちらりとワルドを見ると、分かってくれたかと視線で返された。

 

「まあ今のはマリーが喋り過ぎたのが原因だろうね」

「自爆」

「いや助けてあげなさいよ。恋人でしょうが」

 

 そうは言っても、別に何か危害が加えられているわけでもないし、とラウルは頬を掻く。隣ではカレンデュラがうんうんと頷いていた。

 

「それに僕はまだ彼女から返事もらえていないからね」

「保留中」

 

 そういうとこだぞ、とフランドールは思った。ワルドは無言で視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 二日目。この調子ならば夜にはラ・ロシェールに辿り着けるであろうと各々が考えていた時である。街もうっすらと見えてきて、後はこの峡谷沿いの道を行くだけだと馬車を操る従者はほんの少しだけ気を抜いていた。

 

「ん?」

 

 風が変わる気配を感じたワルドは視線を上げる。そこにはこちらに投げ入れらた松明が視界一杯に映っていた。それを見て舌打ちをしたワルドはすぐさま剣杖を引き抜き迎撃しようとする。が、その時には同じように視線を向けていたフランドールが背中から大剣を引き抜きルーンを唱えていた。

 

「ざっけんなこの野郎!」

 

 叫びと共に生まれた風は松明を纏めて弾き飛ばし、崖の上にいるのであろう襲撃者へと逆に降り掛かった。姿は見えないが悲鳴は聞こえる、そんな状態で一旦馬車を止めた一行は、とっとと片付けると述べ馬から降りて崖を駆け上っていった。

 目を見開いたのは襲撃者達である。呪文のブーストにより猛スピードで跳んできたポニーテールの少女が、手にした大剣から竜巻を生み出し数人纏めて薙ぎ払ったからだ。聞いてないぞ、と叫ぶ襲撃者の一人の言葉を聞きフランドールは怪訝な表情を浮かべたが、まあ倒してからでいいだろうと頭を切り替える。

 

「単純」

「うっさい」

 

 そのタイミングで己の力で崖を駆け上がってきたカレンデュラの呟きが届いた。ブレイブフォームの彼女は、大剣を盾代わりに相手の矢を弾き飛ばすと、そのまま切っ先を地面に突き立て独楽のように回転し回し蹴りで吹き飛ばす。何とは言わないが、ピンクであった。

 

「ふむ、これはこちらの出番はないかな?」

「流石は隊長のお知り合いです」

 

 遅れて『フライ』でやってきたワルドがそう述べ、ノエルが頷く。では倒れた連中を捕縛しましょうと彼女は適当な縄を呪文で作り縛り始めた。その間でもフランドールとカレンデュラが襲撃者達を襲撃していく。もはやどちらが襲い掛かってきたのか分からない有様となっていた。

 程なくして全滅した襲撃者は、皆一様に縛られ転がされた。意識のないものは一箇所に集められ、話が出来そうな連中はアンリエッタの前に引きずり出される。ズタボロになったその連中を見たアンリエッタは、なんて痛ましい姿なのでしょうと俯いた。

 見えないその状態で、彼女は思い切り笑っていた。ノエル以外は知っていた。

 

「さて、ではお聞きします」

 

 再度顔を上げたアンリエッタは、笑みを浮かべることなく襲撃者へと問い掛ける。一体お前達は何者だ、と。その質問に、連中はただの物取りである、と答えた。

 

「そうですか」

 

 ここでアンリエッタは笑顔を見せた。それならば仕方ありませんね、と縛られている連中へと告げた。

 くるりと踵を返した。では行きましょうかと彼女は告げた。

 

「え? あの、姫殿下、差し出がましいとは思いますが、よろしいでしょうか?」

「あら、ミス・マレー。どうしました?」

「放っておくのですか? 物取りだというのならば、この先のラ・ロシェールの衛兵へ突き出すべきかと」

 

 姿勢を正し、騎士の礼をズビシィと取りながら。しかし臆することなく意見を述べるノエルを見て、アンリエッタは嬉しそうに笑みを浮かべた。貴女のような騎士がまだトリステインにいるのですね、と微笑んだ。

 

「汚れのない、真っ直ぐな瞳。眩しいくらい」

「姫さまが浄化されそうですね」

「何か言ったかしらミス・フランドール」

「いいえ、何も」

 

 まあ、あの毒沼が腐ったような性格が治るとは思えないけれど。そんなことを心の中で続けつつ、それでどうしますかとフランドールはアンリエッタに問う。ノエルの意見を聞いて尚、自分の意見を押し通すのか。そう彼女に問い掛ける。

 

「ええ、勿論」

「ですよね」

 

 はぁ、とフランドールは溜息を吐いた。ちらりと視線を動かし、ラウルと目が合ったのでならもうこいつでいいやと彼の肩を引っ掴む。む、とマリーゴールドの眉が顰められるのは見逃した。

 では行きましょうかとアンリエッタは改めて告げた。従者達は何も言わずにそれに従う。マリーゴールドとカレンデュラはひらひらと二人に手を振りアンリエッタに付き従い馬車へと乗り込んだ。

 何かを言いたげなノエルであったが、ワルドが行くぞ、と言ったので素直にそれに従った。そうだ、隊長が何も言わないということは、きっと何か考えがあるのだ。彼女はそう判断したのだ。

 そのまま馬車はラ・ロシェールへと向かう。特に何も問題はなく、街の入り口へと辿り着いた。

 そしてそこでノエルは気付いた。あれ、馬が二頭いない、と。

 

「隊長!」

「どうした?」

「ミス・フランドールとミスタ・ラウルがいないようですが」

「……大丈夫だ、問題ない」

 

 どう考えても問題あるだろう、とワルドは思った。思ったにも拘らず、そう述べた。流石にこれは彼女も何かしら言うだろう。そう思いながら言葉を紡いだ。

 

「分かりました。隊長がそう仰るならば、大丈夫ですね!」

 

 何でだよ! 思い切り叫びたかったが、彼は必死で飲み込んだ。

 心なしか、胃が痛みを訴えた気がした。




名有りオリキャラも多くなってきた


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その3

どっかで見た展開


 縛られ放置されていた襲撃者は、近付いてくる気配を感じて身構えた。視線を動かし、一体何が来たのかとその気配の主を見ると、別行動を取っていた仲間の姿が見え胸を撫で下ろす。大丈夫か、という言葉に頷くと、とりあえず縄をほどいてくれと頼み込んだ。

 物取りである、という自分達の言葉をあのトリステインの王女は信じたらしく、しかも衛兵に突き出すことすらせずにこのまま放置していった。聞きしに勝るほどのお花畑だ、と襲撃者の一人は思う。宰相が一人上に立ち国を回しているという噂に違わぬ無能ぶりに、男は安堵の溜息を吐いた。

 

「本当に、嫌になるわよね」

 

 ぶつり、と一人の縄を切ったあたりでそんな声を掛けられた。何だ、と視線を動かすと、放置して去っていったはずの王女の護衛のうち二人がそこに立っているのが見える。ポニーテールの少女とオールバックの少年。そのどちらもが、面倒くさいという雰囲気を隠すことなく醸し出していた。

 何故ここに、と男は目を見開く。対して二人は、何故も何も、と肩を竦めた。

 

「だってアンタら囮だもの。生かして放置しておけば、仲間がいるなら救出に来るでしょう?」

 

 だから敢えてそのままなのだ、と少女は、フランドールは述べる。このまま来ないで放置されていればどのみち野垂れ死ぬし、まあどちらでも良かったんでしょうけれど。そんな物騒な言葉をさらりと続けた。

 

「さて、と。じゃあ改めて聞きましょうか。貴方達は本当に、ただの物取り?」

 

 大剣を抜き放ち、フランドールは口角を上げた。そんなだから二人まとめて悪名高いなんて言われるんだ、とラウルは呆れたように溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 アルビオンに到着し、首都ロンディニウムに向かったアンリエッタ一行は、そこですぐに宮殿に向かわず、市井の情報収集を優先した。従者はそれに驚きもせず、淡々と彼女の世話を続けている。ワルドも諦めたようにアンリエッタの護衛に徹した。ノエルはワルドがそうである限り文句も言わず指示に従っている。

 そうして簡単ではあるが集まった噂を聞いたアンリエッタは天を仰いだ。いや知ってたけど、でもショックなのだと嘆いた。

 

「仲が……よろしいのね」

「いやそりゃそうでしょ」

 

 がくりと項垂れるアンリエッタをフランドールは冷めた目で見る。大体あの時の光景見てれば嫌でも分かるだろう、と思わないでもなかったがそれを承知で言っているのだろうからと一応追い打ちは自重した。

 

「……助けなければ、良かったんじゃないですか?」

「それは駄目よ。ウェールズ様が悲しんだに決まっているもの」

「いやどうしても手に入れたいならそこを突きましょうよ」

「時々わたくしより物騒よね、フラン」

「姫さまには負けます」

 

 はぁ、と途中からノエルに聞こえないような会話を始めた二人は、しかしそこで言葉を止めるとこっそりとサイレントを掛けた。二人だけにしか声が届かない状態にした後、アンリエッタはルイズに向かってならば質問、と指を立てた。

 

「貴女だったら、同じ状況なら、見捨てた?」

「助けるに決まってるじゃないですか」

「そういうことよ、ルイズ」

 

 ね、と微笑んだアンリエッタは、そこでサイレントを解き息を吐いた。まあ再確認をしたので、覚悟を決めて宮殿に向かおう。そう述べ、従者達に指示を出す。

 そうして馬車はハヴィランド宮殿へと辿り着く。門番にアンリエッタが顔を見せ一言二言会話をし、そして問題なく中へと案内されていった。

 ジェームズ一世とアンリエッタは謁見を行う。本来の目的はそれではないが、しかし立場上、そして伯父と姪という関係上、全く出会わないということはありえないわけで。勿論ジェームズ一世はあまり良い顔をしなかった。マリアンヌ相手の時もそうだったのだ、アンリエッタ相手ならば変わるとかといえば答えは否。とはいえ、この間の一件のおかげか、あからさまに邪険にされることはなかった。彼女の護衛も、そのまま宮殿の一室を使わせてもらえるらしい。

 そんな謁見も終わり、アンリエッタは本来の目的であるウェールズの下へと向かう。従者は彼女に用意された部屋の準備で別行動、現在は騎士二人と護衛四人が付き従うのみだ。

 ノックをし、返事の後扉を開ける。ウェールズのいるその部屋に入ると、彼は笑みを浮かべ久しぶりだねとアンリエッタに述べた。

 

「ええ。お久しぶりです、ウェールズ様」

 

 普段の胡散臭いそれとは違う、実に少女らしい笑みを浮かべたアンリエッタがウェールズへと一歩踏み出す。そのまま抱きつこうとした彼女は、しかしウェールズがやんわりと拒否したことで頬を膨らませた。

 

「もうあの時とは違うだろう。……それに」

 

 ちらり、とウェールズは視線を動かす。彼の少し後ろでじっとその姿を見詰めていた少女が、その視線に気付き口角を上げた。

 アンリエッタはウェールズから彼女に視線を向ける。失礼、とウェールズから離れ、少女へと一歩踏み出した。

 

「貴女がウェールズ様の婚約者ですか。()()()()()()、アンリエッタ・ド・トリステインと申しますわ」

 

 気品を溢れさせながら礼をしたアンリエッタを見て、少女はほんの少しだけ眉を顰め頬をひくつかせた。が、そこで踏みとどまり、息を吐くと別段何もなかったかのように笑みを浮かべる。

 

「ええ、()()()()()()。アルシェ・ヴィルヘルミナ・ローゼンブラドです」

 

 よろしく、と左手を差し出す。それを見てほんの少しだけ目を細めたアンリエッタは、にこやかに微笑み左手で握り返した。傍から見る限り、なんてことのない光景である。

 そんな挨拶を終えたアンリエッタは、ところで少し気になる噂を聞いたのですがとウェールズに向き直った。気になる噂、という部分に思い当たる節が合ったのか、彼は少しだけ顔を曇らせる。

 

「お二人の婚約が、上手く行っていない、というのは?」

「……根も葉もない噂だ。と、言いたいところだが」

 

 やはり君は知っていたか、とウェールズは溜息を吐く。今回こちらに来たのはそれ絡みなのかい、と苦笑しながら彼女に尋ねた。

 アンリエッタは首を横に振る。今回の発案者はマリアンヌ太后、向こうが何か思惑を持っていたとしても、こちらには聞かされていない以上ここに来た用事はそれではない。そう言い放った。

 

「ですが、ウェールズ様が困っているというのならば」

 

 当然、力になります。そう言って彼女は微笑んだ。その顔は恋する乙女のそれで、アルシェは勿論そこに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

「それで。起きている問題というのは、そちらのミス・ローゼンブラドが原因ということで間違いないでしょうか」

「彼女自体に非はない。向こうの貴族が問題なんだ」

 

 椅子に座り、紅茶を飲みながらウェールズは溜息を零す。そうしながら、多分君のことだから知っているとは思うが、と続けた。

 

「アルシェの家名は、以前と異なっている」

「ええ。母さまに、太后から聞いた名前とは異なっていたので少し驚きました」

 

 嘘つけ、とフランドールとマリーゴールドとラウルとワルド、そしてアルシェは思ったが口にはしない。前者は大人しくアンリエッタの傍らに控え、後者は大人しく紅茶を飲みながら二人の話を聞いている。

 

「今の彼女は、アルビオンの最も信頼出来る忠臣の義娘ということになっている。元来のガリアの家とは縁を切った」

「それは、何故?」

「君も知っているとは思うが、この間起きた屍兵の事件、それをアルシェが原因であると言ってきたのさ」

 

 そんなことあるはずがない、とウェールズは語気を強める。なにせ彼女は自身の命をかけてこの身を救ってくれたのだから。そんなことを思いつつ、そこで彼は何かに気付き顔を上げた。

 

「ミス・マリーゴールド!?」

「え?」

 

 急に話を振られたマリーゴールドは素っ頓狂な声を上げる。何だ何だ、と落ち着く前に、ウェールズが立ち上がると彼女の手を取り深く頭を下げた。勿論彼女はパニックである。

 

「君のおかげで、アルシェは助かった。気付くのが遅れて申し訳ない。そして、ありがとう、いくら感謝しても足りないくらいだ」

「え? あ、いや、その。頭を上げてください。わたしはそんな、ただ、やれることをやっただけですので」

 

 彼女は実際本気で言っている。だが、ウェールズはそれを謙遜と取った。ありがとうともう一度深く頭を下げ、君達のようなメイジがいるからトリステインは素晴らしいのだと笑みを見せた。

 

「……いや、しかし、そうすると。また再び君達に頼ってしまうことになるのか」

 

 ううむと難しい顔をし始めたウェールズの手にアンリエッタはそっと手を重ねる。お気になさらないでくださいと微笑む。

 

「もし、それでも気に病むのでしたら、わたくしだけでもウェールズ様のお力になります」

「アンリエッタ……」

 

 ありがとう、と彼は微笑んだ。いつもいつも君に頼りっぱなしだと苦笑した。

 それでは、と言葉を続けようとしたウェールズを、アルシェがやんわり押し止める。そもそもの問題は自分だ、だから頼むのならば自分からでなければいけない。そう言って彼に微笑みかけた。

 

「ですから、ウェールズ様はウェールズ様のやれることをなさってください」

「アルシェ……」

 

 目を閉じ、俯く。自分の周りには、こんなに素晴らしい人達がいる。それがたまらなく幸せだ、と彼は実感したのだ。思わず流れそうになった涙をぐっと堪え、分かった、と彼は席を立つ。

 

「こちらはこちらで事態の解決を進めているんだ。アンリエッタ、僕を助けてくれ」

「ええ勿論」

 

 差し当たっては彼女から話を聞いて動けばいいのでしょうか、とアンリエッタは彼に問う。申し訳ないがそうしてくれと頷いたウェールズは、アルシェが言ったように別行動をすると席を離れた。こちらの報告はまた後でする。真剣な表情でそう述べたウェールズを見て、アンリエッタはうっとりしていた。

 パタン、と扉が閉まる。名残惜しそうにそこを見ていたアンリエッタは、小さく息を吐くと話を続けましょうとアルシェを見た。

 

「……ええ」

「不満そうですね」

「出来ることなら、貴女に頼りたくなかったもの」

「それはそれは」

 

 順調にアルビオンに染まっているようですね、とアンリエッタは笑う。それが皮肉だと理解したアルシェは顔を顰め、絶対こいつとは仲良くなれないと心中で思った。

 

「どのみち、世界に絶対は存在しません。どうしてもなってしまう、ということだってあるものよ?」

「……何の話?」

「さて、何でしょうね」

 

 クスクスとアンリエッタは笑う。アルシェは益々顔を曇らせたが、息を吐くと気持ちを整えた。話を続けましょう。アンリエッタが先程述べた言葉を自身でも紡ぎ、真っ直ぐに彼女を見た。

 

「貴女とウェールズ様の婚約は、本来ガリアとの関係強化も含んでいたはず」

「……ええ。だから今の私は、ガリアにとってもアルビオンの一部にとっても邪魔な存在なの」

「アルビオンとガリア、互いに繋がりが欲しい者達には確かに邪魔でしょうね。それこそ、始末したいくらいには」

 

 そうならないようにウェールズが色々と策を練っているらしいが、あの様子では芳しくはないのだろう。そんなことを思いながら、アンリエッタはちらりと後方を見た。待機している彼女の護衛の面々を眺め、まあどうとでもなるかと一人頷いた。

 

「それで、ミス・ローゼンブラド」

「何ですか」

「ウェールズ様は、どういう大義名分を用意するつもりなのかしら」

「……アルビオンの忠臣の義娘という立場にすることで、とりあえずアルビオン側からの危害は防いだみたい。勿論それだけでは婚約者という立場を続けるには弱いのは承知の上でしょうけれど」

 

 妾ならともかく、正妻となると厳しいのは間違いないだろう。加えてモード大公の一件が尾を引いている可能性もある。最悪妾にすらなれないかもしれない。

 そのために、転げ落ちないために現状必要なのは、何はともあれ肩書きである。

 

「領主になればひとまずは、とウェールズ様は仰っていたけれど」

「難しいでしょうね。いきなり小娘が領主になったところで、はいそうですかと納得する貴族はあまりいないでしょう。最悪、日和見であった者達が王家に反発、レコン・キスタの一員に、という可能性もあります」

 

 さらりとそんなことを言ってのけたアンリエッタを、アルシェは難しい顔で眺める。やはりあんな仮面を被って色々やらかしているだけはある。ふう、と息を吐いた彼女は、アンリエッタを真っ直ぐに見た。

 

「どうすれば、私はウェールズ様の婚約者でいられるの?」

「……それを、わたくしに聞くのね」

「ええ。アンリエッタ王女だからこそ、聞くの」

 

 アンリエッタの吸い込まれるような瞳から、アルシェは目を逸らさない。決して引かない、という思いを込めて、彼女はそう言い切った。自分から愛しい人を奪おうとしている相手に、助けを求めた。

 ふう、とアンリエッタは溜息を吐いた。彼女の方から目を逸らし、仕方ないとばかりに頭を振る。ただその前に、とアンリエッタはもう一度後ろへ振り向いた。

 

「今から少し無茶をしますが、ついてきてくれますか?」

 

 命令ではない。あくまで彼女のほんの少しのわがままなお願いだ。恐らくここで首を横に振っても普段とは違い別段何もしないであろう。それが分かってしまうほどの、飾りのない言葉であった。

 そうなると答えは一つしかない。はぁ、と盛大に溜息を吐いたフランドールは、ガリガリと頭を掻いて控えていた位置から一歩踏み出す。

 

「今更です。ついていかない理由はないんですよ」

「ありがとう、フラン」

 

 そう言ってアンリエッタが微笑んだのを合図にするように、しょうがないとマリーゴールドとラウルが一歩を踏み出す。カレンデュラは元々ついていかないという選択を取る気がなかったのでそのままボーッと突っ立っていた。

 これでいつもの面々の確認は済んだから、とアンリエッタは再度アルシェに向き直る。その背中に、お待ち下さい姫殿下、という声が掛かり彼女は動きを止めた。

 

「ここまで来て、まさか私は待機ということもありますまい」

「……ワルド子爵、いいのですか?」

「ルイ――ミス・フランドールも言っていたでしょう。今更です、姫殿下」

「隊長が行くのならば、このノエル、どこまでも同行する覚悟です!」

 

 ワルドが肩を竦め、その隣でノエルがズビシィと騎士の礼をする。そんな二人を見て顔を綻ばせたアンリエッタは、ならば問題なくいけるわ、と改めてアルシェへと向き直った。

 

「ミス・ローゼンブラド」

「何ですか?」

「わたくしに助けを求めるということは、トリステインと繋がるということよ。それでも貴女は」

「ええ。あの人の隣にいるためならば、私は悪魔とだって契約するわ」

 

 よろしい、とアンリエッタは微笑んだ。悪魔、と称されたことなどまるで気にしないようで、ゆっくりと立ち上がり彼女に手を差し出した。

 アルシェは立ち上がりそれを握り返す。では行きましょう、というアンリエッタの言葉に、こくりと頷いた。

 

「それで、一体何をするの?」

「ふふっ。何、簡単なことですわ」

 

 そう言ってアンリエッタは傍らにいる彼女の騎士達に混ざり込んだ。アルシェに見せつけるように、これが一時お前の武器となるのだと大きく手を広げ。

 

「貴女には今から、英雄になっていただきます」

「……は?」

「さあ、行きましょう『アルシェ』」

 

 実に楽しそうに、アンリエッタは笑った。




負け狐のお約束:メイン回だっつったのにそのキャラの出番が少ない


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その4

あ、これもう姫さまとウェールズ王子くっつかねぇや。


「おや、今日は随分落ち着いておられるのですな」

 

 すれ違ったウェールズを見た一人の司教はそんなことを述べる。それに対し、彼はええまあと苦笑した。

 

「そのご様子ですと、問題は解決に向かっている、と?」

「……それは、分かりません。が、まあ」

 

 彼女が宣言したのだから、それを信じるまでだ。そう続け、ウェールズは頬を掻く。ふむ、と頷いた司教は、もしよろしければと視線を横に向けた。紅茶でも飲みながらその辺りのお話を聞かせていただきたい。そうウェールズに提案した。

 構わないと二人はメイドに紅茶を頼み、談話室で会話に花を咲かせる。といってもウェールズの話に司教が相槌を打つだけであったが、それでもお互いの空気は和やかなものであった。

 

「それでは、ウェールズ殿下はアンリエッタ姫殿下が何をするかは定かではないのですか」

「事が済むまで秘密らしいのでね。もっとも、今朝早くアルシェと共にどこかへ出掛けたから、そう遠くないうちには分かるはずですよ」

「信頼なさっているのですね」

 

 勿論、とウェールズは頷く。そうしながら、もっとも父上はトリステインをあまり良く思ってはいないがね、と苦笑した。

 

「あの事件を鑑みれば、ジェームズ陛下のお気持ちはもっともかと」

「そうかもしれない。だが、私は……っと、これ以上は軽々しく口には出来ないな」

「ははは。ならばいっそ殿下が早めに王位については如何ですかな?」

「冗談はよしてくれクロムウェル司教。第一まだ私は自身の婚約者も守れていない若輩者だよ」

「しかしこれからは守れるのでしょう?」

「……アンリエッタがいてこそさ」

 

 ほんの少しの悔しさを滲ませながら、ウェールズはそこで言葉を止めて紅茶を飲んだ。そんな彼を見て、クロムウェルは何かを考え込むように口元に手をやった。そのまま暫し時は過ぎ、失礼ですがというクロムウェルの言葉で再度会話が始まる。

 

「殿下は、アンリエッタ姫殿下のことをどうお考えですか?」

「どう、とは?」

「……ご気分を害されたのならば申し訳ない。いえ、殿下が姫殿下のことを語るその時のお顔は、まるで」

「恋人を、自慢するようだった……か?」

 

 ジロリとウェールズはクロムウェルを見た。そこまでではありませんが、と眉尻を下げたクロムウェルは、出過ぎた話をして申し訳ありませんでしたと頭を下げた。

 いや、とウェールズはそんな彼の謝罪を手で制す。謝るのはこちらの方だと逆に頭を下げた。

 

「司教がそう思うのも無理はない。……以前、彼女に想いを打ち明けられたこともある」

「ほう」

 

 眼の前にいるのは司教。ある意味これも懺悔かもしれない。そんなことを思いながら、彼はゆっくりと口を開く。自分は、その時彼女の想いに応えなかった、と。

 

「彼女は私を一人の男性として見ていたんだ。だが、僕は……彼女に憧れていた。揺るぎない『自分』を持っている彼女の姿に、憧れたんだ。英雄を、幻視した」

 

 だから、とウェールズは言葉を紡ぐ。彼女が自分を同じ立場で、男女の関係で有りたいという告白に、応えることが出来なかった。自分は『自分』を持っていない。そんな人間が、彼女の隣に立つなどおこがましい。そう思ってしまったのだ。

 

「結局その後も僕は『自分』を持てなかった。皇太子の立場がそれをさせなかった、と言えば聞こえがいいけれど、彼女は王女でありながらそれをやってのけていたんだ。敵わない、と思ったね」

 

 でも、と彼は続ける。今は違う、違ってみせる。そう言いながら、視線を再度クロムウェルに向けた。

 

「きっかけは違った。立場の上で、言われるがままに婚約者を貰った。……そして、言われるがままに婚約を破棄するはずだった。……違う、と思わず叫んでいたよ。私は、自分で選ぶんだ、彼女を、アルシェを妻にするんだ。そう言って父上に啖呵を切ったんだ」

「直接は見られませんでしたが、その時は中々に痛快な現場であった、と聞いています」

「ははは、からかわないでくれ。……まあ、結局はこうして力及ばず彼女の助力を仰いでいるのが現状だがね」

「いやいや。己の意志を持って踏み出した結果ではないですか。誇りこそすれ、嘆くことなど何もないでしょう」

 

 ありがとう、とウェールズは笑った。クロムウェルも笑い返し、残っている紅茶に口を付けた。

 そうして空になったカップにお代わりを貰い、ついでに会話を少し切り替える。これ以上は誰かに聞かれ続けると少々まずいかもしれない、とお互いに顔を見合わせたのだ。

 

「実は、今少し盤上遊戯を嗜んでおりましてな」

「ほう、私も少しアンリエッタとやったことがあるな。結果は惨敗だったがね」

「姫殿下は相当の腕のようですな、うらやましい。私はこれがさっぱりで、今回もまずは牽制と動かした駒を見事に相手に見切られ、そのまま自陣に入り込まれる始末でして」

「ははは。いやしかし、それは相手が強かった、ということでは?」

「そうかもしれませんな。恐らくあの指し手は私の知り合いである強力な指し手とも対等にやりあえるかもしれませんし」

 

 とりあえずはもう一回戦ってみてからですかね。そう言って笑ったクロムウェルを見て、ウェールズはほどほどにな、と苦笑した。

 

 

 

 

 

 

「さて、では」

「待って」

 

 がしりとアンリエッタの肩を掴む。どうしました、と振り返った彼女を、アルシェは全力で睨みつけた。

 

「何をする気よ!?」

「貴女を英雄にします。言ったでしょう?」

「言ったわね、聞いたわ。じゃあその過程は!?」

「とりあえずこの街をレコン・キスタから解放しましょう」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 にこやかに返されたことでアルシェはがくりと崩れ落ちる。自分が悪いのだろうか、そんなことを思いながら、一縷の望みを掛けて周りにいる者達へと視線を向けた。

 皆一様にうちの姫様がすいませんという顔をしていたので、ああよかったおかしいのはあれだけなのだと胸を撫で下ろした。

 

「分かりませんでしたか? 貴女に必要なのは実績。賊軍に奪われた街を取り返したという箔が付けば、少なくともアルビオンの連中を表立って黙らせる札になるでしょう?」

「……そうかもしれないけれど」

「勿論裏で何をされるかは分かりませんから、その後も継続的に色々と行動を起こす必要はありますが」

 

 そこまで聞いて、アルシェは合点がいった。つまりこいつは、自分を傀儡にするつもりなのだ、と。アルビオンで思い通りに動かすための駒を作る、そういう意図があるのだ。そう彼女は理解したのだ。

 

「勘違いしてもらっては困ります。わたくしがそんなことを考えているとでも?」

 

 が、返ってきた言葉は否定。次いで、別にそんなことをせずともその気になればアルビオンなどレコン・キスタよりも先に落とせる、と言い切った。

 

「だったらどうして? 戦場で婚約者の私が死ねば空いたそこに自分が入り込めるとかそういうこと?」

「それこそまさか。わたくしはウェールズ様に頼まれたのです。どうして期待を裏切らなければいけないの?」

 

 やれやれ、とアンリエッタは肩を竦める。それが気に障ったアルシェは、ならばどういう意味なのだと彼女に詰め寄った。そんなアルシェを見て、アンリエッタは最初から言っているでしょうと口角を上げる。

 

「貴女を英雄にして、ウェールズ様の婚約者として相応しいよう仕立て上げにきたのよ」

「……意味分かんない」

「それならそれで結構よ」

 

 さて、とアンリエッタは視線を動かす。少数精鋭、といえば聞こえがいいが、要は彼女が連れてきた連中がそのままそこにいるだけだ。まあ仕方ない、と腹を括ってはいるものの、やる気満々なのは一人しかいない。

 

「隊長! お似合いです」

「……ああ、そうか」

 

 キラキラとした目で仮面の男を見るノエル。対するその仮面の男、ワルドは明らかにげんなりした口調で短く返した。ぶっちゃけ嬉しくない。が、それを彼女に直接言うのは駄目だろうというなけなしの良心が押し留めた。

 ちなみに理由は、トリステインで仮面のメイジといえば『豪雨』だからである。アレと同視されるのは勘弁願いたかった。

 そんな二人とはまた別。アンゼリカを除いた『暴風雨』はとっとと済ませようとアンリエッタに提案していた。もうやることやって早く帰ろうぜ、である。決してやる気があるわけではない。

 

「アルシェが中々納得してくれなかったのだもの、しょうがないじゃない」

「普通は納得しないんですよ、普通は」

 

 いきなり腕引っ掴んで賊軍に占領された街にやってきてここ取り返そうぜ、と笑顔で言われて分かったと返せる者はそういない。溜息混じりでアンリエッタに返したフランドールでも、該当する人物はパッと思いついても六人しかいないのだ。

 

「それで、どうします?」

 

 ラウルのその言葉に、アンリエッタはそうねと考える仕草を取った。アルシェに視線を向け、ここの総指揮は貴女だからと手を差し出す。

 勿論ふざけんな、と返された。

 

「わたくしは大真面目よ」

「尚悪い! ……けど、そうしなければウェールズ様の隣にいられないのなら、やってやるわよ」

「覚悟を決めたのね」

「ええ。アンリエッタ王女、私にその英雄とやらを叩き込んで」

 

 アンリエッタは笑顔で返答とする。ではまず、と簡単に現状の説明を行うと、どうすればよいのかを彼女に告げた。

 ここはかつてモード大公が治めていた地の一部。例の騒動から統治者がいなくなり、そこの隙を突いてレコン・キスタが占領を始めたのだ。

 

「それはつまり、トリステインがこの状況の引き金を引いたってこと?」

「人聞きの悪い。騒動自体はこちらが何もせずとも起きていました。わたくし達がシャジャル様とテファを救出しなければ、二人共殺され、サウスゴータ家もモード大公も処刑されていたでしょう」

 

 死んでいるのと生きているのでは住民の心象もまるで違う。レコン・キスタから取り戻しても歓迎されないということはあるまい。そうアンリエッタは述べ、心配することはないのだと続けた。

 

「欲を言えばシティ・オブ・サウスゴータを取り戻したかったのだけれど。何はともあれ地道な一歩が大切ですからね」

「はいはい。それでアンリエッタ王女、私は何を」

「基本は状況判断と、適切な指示。まあ、最初ですから、わたくしが色々教えます」

 

 幸いここにいる面々は指示を一つ二つ間違えたところで死にはしない。安心して間違えなさいとアンリエッタは微笑んだ。

 では行きましょう、とレコン・キスタが駐屯している街の入り口へと目を向ける。了解、とフランドール達は頷いた。

 

「ああ、そうそう」

「どうしたのよ」

「王女、とか姫殿下、とか。そういう呼び方をすれば向こうに正体が看破されてしまいますから、呼び捨てで呼んで頂戴」

「……分かったわ、アンリエッタ」

「ええ、行きましょうアルシェ」

 

 嬉しそうだな、とフランドールは彼女の横顔を見てぼんやりと思った。

 

 

 

 

 

 

 内容を一々語るのも馬鹿らしい、とワルドが後々振り返るほど圧倒的な戦果であった。当然だろう、アンゼリカを除いた『暴風雨』とグリフォン隊隊長、そして若くして花形の魔法衛士隊のそれもグリフォン隊に入隊出来た才女だ。反王家という旗を掲げただけの有象無象と傭兵崩れが相手取れるような存在ではない。

 事実、最初の数合でああこれは全員不殺の縛りを入れてもどうにかなるなと判断したほどだ。振り返りアンリエッタに述べると、最初からそのつもりでしたよと笑顔で返されたのも彼の記憶に残っている。

 ともあれ、アルシェはそんな所謂チュートリアルな戦場で目に入ってくる情報を処理しきれずパンクしていた。

 

「アルシェ、この程度で音を上げては」

「分かってるわよ! アンリエッタ、ミス・フランドールと交戦した相手は?」

「向こうに積んであります」

「じゃあミス・マレーの場所へ」

「ええ。フラン、聞いての通りよ」

 

 はいはい、とフランドールは駆ける。この場で実戦経験が乏しいのは間違いなく彼女だ。アンリエッタからの手ほどきを受けているとはいえ、それをきちんと処理しているのは成程中々見る目があるかもしれない。そんなことを思いつつ、いや待て向こうにはワルドいるんじゃないのかと足を止めた。

 

「ワルド子しゃ――ミスタ・ワルドならミスタ・ラウルとコンビを組んでもらっているわよ!」

「あ、そうなの? 了解」

 

 もう既にフランを超えたのね、というアンリエッタの呟きを意図的に無視しながら、フランドールはノエルの隣に立った。大丈夫、という問い掛けに、はいと勢いよく返される。

 

「ですが……ちょっとその、これらは」

「ん?」

 

 気絶させた兵士達の後方。そこにはレコン・キスタの秘密兵器と言わんばかりにオーク鬼とトロール鬼の小隊が武器を構えていた。視線を動かすと、どうやら既に他の場所では決着がつき始めているらしくドサドサと兵士の山が出来ているところであった。

 

「つまりこいつらを倒せば勝負有り、ってことね」

「行けるのですか!?」

「ん? まあこの程度なら」

 

 そもそもこいつら故郷に住んでいるハーフエルフにとってはただの食料だし。革命級の胸を揺らしながら今日の晩御飯だと鼻歌交じりにオーク鬼を狩る少女を思い出し、どうしてあんなんになっちゃったんだろうとフランドールは肩を落とした。

 

「ま、まあ気を取り直して。行くわよミス・マレー」

「は、はい!」

 

 フランドールが駆ける。まずは掃除、と気絶している兵士を呪文で持ち上げると、向こうで山を積んでいるマリーゴールドとカレンデュラに向かって投擲した。兵士の一体がカレンデュラに当たり、まとめて吹っ飛んだ。

 

「あ」

「ちょっとフラン!」

「ごめん、カレン大丈夫?」

「理不尽」

 

 無表情のまま不満げに呟いたカレンデュラは、覆い被さっている兵士を持ち上げると山に投げ入れた。そうした後、振り向き両手でバツ印を作る。駄目だったらしい。後で埋め合わせするから、とフランドールは頭を下げた。

 そうこうしている間に接敵である。オーク鬼が棍棒を振り上げているのを視界に入れると、フランドールは素早く呪文を作り上げ横に跳んだ。

 

「ステーキの材料にしてやるわ!」

 

 真空の刃がオーク鬼を両断する。彼女の宣言通り料理に適したサイズまで切り刻まれたそれは、地面にボトボトと落ちながら絶命した。

 勿論アンリエッタは文句を述べた。不殺だと言ったではないか、と。

 

「え? こいつらも!?」

「当然でしょう? これだからフランは」

「でもこいつらイノシシとか野鳥とかその辺と同じ扱いでしょう!?」

「テファの基準で物事を考えないで」

 

 これだからヴァリエールの人間は。アンリエッタは呆れたようにフランドールを見やると、アルシェにやっぱりあいつ後方待機でと提案した。

 言われた方はよく分からないがとりあえずそうなると代わりのフォローがいるだろうと視線を動かし、仮面の男を視界に入れる。隊長と隊員、丁度いい。そう判断しワルドを視線に向かわせた。

 

「隊長が共に戦ってくださるのですね! ならばこのノエル、オーク鬼であろうとトロール鬼であろうと、見事打倒してみせましょう!」

「……不殺、だからな」

 

 内容を語るのも馬鹿らしい。ワルドはこの戦闘の話題になるたびにまずはそう前置きするのだ。

 

 

 

 

 

 

「まあ、無理でしょうね」

 

 あっはっは、とクロムウェルは笑う。笑い事じゃない、と彼の対面に置かれている盤上遊戯の駒の一つから怒号が飛んだ。

 そうは言っても仕方がない。そう言って彼は帽子の上から頭を掻く。そもそも最初の襲撃をいなされた時点で勝負は決まっていたようなものだ。物取りだと嘘をついた襲撃者をわざわざ放置し増援をおびき寄せ、纏めて撃退し雇い主を吐かせる。ここでもう向こうは今回のシナリオを組み立てていたに違いない。

 

「まあ、婚約者様の肩身も少しはマシになるでしょう」

『そこを喜んでどうする!?』

 

 まあまあ、とクロムウェルは駒から届く声の主を宥める。でも心配だったでしょう、という彼の言葉に、声の主はぐぬぬと黙った。

 

「どのみち、レコン・キスタはあの方の盤上遊戯の駒の一つに過ぎませんからな。楽しげな指し手を見付けることが出来たのだから機嫌を損ねることもありますまい」

『……それは、そうかもしれないけれど』

 

 それはそれでジョゼフ様から理不尽な指令が届くから面倒くさい。溜息混じりにそう述べた声の主へ、クロムウェルはお疲れ様ですシェフィールドさんと返した。

 

『いや本当にお疲れなのよ!? そっちはそっちでこの現状だし、こっちはこっちでベルがボロボロで帰ってくるし』

「ん? 彼女が倒されたのですか?」

『この間のアニエスが襲撃した屋敷に『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』がいたらしいわ。ふざけんなあの化物、って喚いてる』

「文句を言えるのならば大丈夫ですな」

 

 色々とやかましい獣人の女性を思い出し、はははとクロムウェルは笑う。まあそれは確かにね、と返したシェフィールドは、色々とどうでもよくなったらしく再度溜息を吐いた。

 

『ああもう全部投げ出して逃げたい』

「逃げればいいのでは?」

『イザベラ様が倒れるじゃない。ジョゼフ様とシャルル様はどうでもいいけど、あの方だけは』

「難儀な性格ですな」

 

 やかましい、と叫ぶシェフィールドを宥めつつ、クロムウェルは楽しそうに笑った。まあ、こちらも少しは助けになれるよう頑張りますよ、と駒の向こうの彼女に述べた。




クロムウェルが死にそうにないと確信した辺りで今回はここまで


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ワンダリング・テンペスト/ヴァリエールのエルフ
その1


どこかの次元では『ほっそりとした体格と柔らかく上品な顔立ちを持った優雅な立ち振舞のエルフの癒し手』が素手でちょっとしたドラゴンとかワームとかに殴り勝てるんだから問題ないよね?


 ヴァリエール公爵領。広大な土地を有しているそこは、人の立ち入らない場所も当然存在する。街もなく自然の広がるそこには、豊富な資源が蓄えられていた。植物然り、動物然り。

 当然それを狙い、人でないものも闊歩する。人里に被害があるのならば当然討伐されるが、そうでなければ野放しであった。弱肉強食の自然界は、ある意味公爵領と重なる部分もあったからだ。

 だからであろう。そんな自然へ食材を取りに向かう者も当然のごとく現れる。鼻歌交じりに山菜や果物を籠に入れながら、今日の夕飯はどうしようかなとその人物はご機嫌に歩いていた。

 年の頃は十代中盤。美しい金髪と華奢でほっそりとした体、可愛らしくそれでいて上品さも兼ね備えているその顔立ち。何よりその体躯に見合わない豊満な胸。その全てが彼女の魅力であり、万人を魅了せんばかりであった。こんな場所で山菜採りに興じている姿は一見不釣り合いで、しかし森の妖精と称してしまえば納得してしまいそうな神秘性も持ち合わせている。

 

「こんなところかしら」

 

 少女は呟く。籠いっぱいに入っているそれらを見て、満足そうに頷いた。欲を言えば何かお肉も欲しかったけれど。そんなことを考えつつ、彼女は籠を背負い森から出ようとする。

 がさり、と音がした。振り向くと、何やら大きなものがこちらに向かってくるのが見える。何だろうとそれを眺めていると、周囲の木々を薙ぎ倒し棍棒を持ったオーク鬼が姿を現した。その見た目は二足歩行となった豚であり、その体長は目の前の彼女を遥かに超える。そして見た目に違わず凶暴で、人間を食料にすることもあるくらいだ。

 オーク鬼は少女を見付けると、その豚の鼻を鳴らし笑った。珍しい餌にありつけた。そんな意味合いをもっているかのような笑いだった。棍棒を振り上げ、叩き潰し、柔らかくしてから食ってやろう。そう言わんばかりに、鳴いた。

 

「あら」

 

 棍棒が振り下ろされる。ガツン、と何かにぶつかった音が森に響き、オーク鬼は獲物を仕留めたのだと笑った。

 が、それも一瞬。その先を視界に入れたオーク鬼は驚愕の鳴き声を上げた。振り下ろしたその先で、微動だにせずこちらを見詰めている少女の姿があったからだ。

 

「丁度いいわ。お肉が足らないと思っていたところだったの」

 

 ぽん、と彼女は手を叩く。棍棒は確かに少女に命中していたが、しかしそれだけ。押し潰すことも吹き飛ばすことも出来ずに、ただ当たっただけであった。まるで邪魔な小枝をどかすかのように、彼女が頭に当たっている棍棒を手で払うと、それだけでオーク鬼の腕が弾かれた。

 思わずたたらを踏んだオーク鬼は、自身のプライドを傷付けられたようで唸り声を上げながら少女へと襲いかかる。潰すのはやめだ、このまま食らってやる。そんなことを思いつつ、オーク鬼は突進し。

 

「よ、っと」

 

 少女の細腕一本で受け止められ、押し戻された。ごろり、と転がったオーク鬼は、何が起こったのか分からず、しかし虚仮にされていると立ち上がり再度襲いかかろうと前を見る。

 少女が足元に落ちているそれを片足で蹴り上げ宙に飛ばした。オーク鬼の持っている棍棒の優に二倍の質量はあるかと思われる巨大な斧を、彼女はまるで小石を蹴り上げるように跳ね上げさせたのだ。

 クルクルと回るそれを片手で掴んだ少女は、今度は自身の腕でクルクルと弄びながらオーク鬼を見る。その目が何であるか、オーク鬼はよく知っている。自分自身がいつもしている目であるから、よく分かっている。

 

「シチューがいいかしら。それとも豪快に、ステーキかな」

 

 何を言っているかオーク鬼には分からない。だが、恐らくその材料が自分自身であることだけは、本能的に理解した。

 森の中で、豚を〆たような声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 マザリーニは死にそうであった。『鳥の骨』と揶揄されたが、実際まだ骨には至っていなかったのだなと現実逃避をした。

 

「それで、ミスタ・ビダーシャル」

「何かな?」

「本当にそちらがシャジャルを――我が友人を害さぬというのであれば、貴方の頼みに従うのも吝かではないのですが」

「無論だ。こちらに争いの意志はない。今回こちらに訪れたのも、それ以外の他意はない」

 

 それならばよいのです、とマリアンヌは微笑む。その笑みを見たビダーシャルは、何かを見透かされているような気分になり思わず眉を顰めた。彼の種族は大多数がこちらの人間を蛮人と見下しているが、これは修正が必要やもしれぬと心中で呟く。

 元々彼がこちらに来たのは自身の故郷のとある場所を不干渉にさせるための交渉役としてであった。まず一番近いガリアを見て回り保留、ロマリアは論外だと離れ、アルビオンとゲルマニアには現状その役目は担えないと却下。そうして訪れた最後の国が、トリステイン。市井の噂を聞く限り、王不在で太后と王女は座を継がず宰相に任せきりというどうしようもないものであったが、しかし。

 ここはガリアに負けず劣らず、王族が狂っている。彼の抱いた感想がそれであった。そして同時に、向こうと違い交渉の余地はある程度残っていると判断した。では交渉を、と考えていた矢先、彼の耳に飛び込んできたのは驚愕の話。

 トリステインにはエルフが暮らしている。その真偽を確かめるまでは、交渉などしていられない。もし本当で、そしてきちんと融和が出来ているのならば。交渉などせずとも、手を取り合うことも。

 

「ミスタ・ビダーシャル」

「……何かな?」

 

 横合いから声が掛かる。太后マリアンヌの一人娘だという王女アンリエッタ。その瞳が彼を真っ直ぐに見詰めていた。

 

「もしシャジャル様に会いに行くのならば、案内役が必要ではありませんか?」

「不要だ、と言いたいところではあるが、確かに。しかし私の案内をするような物好きの蛮人がいるのか?」

「ええ、勿論。とっておきの人物に心当たりがありますの」

 

 ねえ母さま、とアンリエッタはマリアンヌを見る。その視線の意味をとうに気付いていた彼女は、ええそうですねと微笑んだ。マザリーニは遠い目をしていた。

 

「『暴風雨』と、『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。そのどちらもが、貴方達エルフを恐れず、何の含みもなく接してくれるはずですわ」

「……ほう」

 

 ビダーシャルは目を細める。彼の種族、エルフはハルケギニアの人間にとって恐怖の対象だ。普通であればまず近付こうとも思わない。だが、件の連中はその事をまるで気にしないという。

 これでも彼は各国を回ってきた身である。大小様々な噂や情報もその際に集めていた。その中に、それらの名前を聞いたこともある。聞く限り、彼女の言ったような相手であることは間違いなさそうではあるが。

 暫し考えたビダーシャルは、他に選択肢もないだろうとその提案を飲むことにした。それはよかった、とアンリエッタが嬉しそうに笑い、マリアンヌも微笑みを崩さない。

 マザリーニが崩れ落ちたことに誰も気にしないのを見て、ビダーシャルは一人だけ怪訝な顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「おい」

「どうされました?」

 

 ビダーシャルは頭を抱えた。案内役に最適だとマリアンヌとアンリエッタの二人に紹介された『暴風雨』と『美女と野獣』。後者はヴァリエール領の自由騎士であるため現地で合流するということでまずは『暴風雨』と顔合わせをしたのだが。

 

「何をしているのだ、アンリエッタ王女」

「あら、流石はエルフの実力者。この仮面の能力は効きませんか」

 

 クスクスと笑うアンリエッタ――『豪雨』のアンゼリカを眺め、ビダーシャルは溜息を吐く。その横では本当にすいませんとピンクブロンドの少女が頭を下げていた。

 ふう、と息を吐いたビダーシャルは切り替える。『暴風雨』はこちらを恐れない、その意味が目の前の彼女で図らずとも証明された形になった。内心はどうであろうとも、などと考えていたが、この様子では表面上だけでもないのだろう。

 

「しかし」

 

 視線を巡らせる。彼にとって蛮人、古くはマギ族と呼ばれた者達の顔を一人一人眺め、実力を計るように目を細め。

 

「アンリエッタ王女」

「アンゼリカです。お間違えの無きよう」

「……アンゼリカ。ここにいる者達は蛮人の平均値なのだろうか?」

「ええ」

 

 んなわけねぇだろとラウルとマリーゴールドがアンゼリカを見た。自分達はともかく、お前らは規格外だろうが。そんな思いを視線に乗せた。

 ビダーシャルもその辺りは理解したらしい。成程と言いつつも、全く信じる様子もなく更に視線を動かす。

 

「ん?」

「……」

「凝視?」

「……」

「疑問?」

 

 こてん、と首を傾げる可憐な少女。の姿をしたゴーレム、呪文名ワルキューレ個体名カレンデュラを見て、頭痛を堪えるように頭を押さえた。

 ここのところサハラとこちらとの交流が滞っており、情報もあまり仕入れなかった。とはいえ蛮人の国がそう変わることもないだろうと彼等の大半は高を括っていたのだが。

 

「彼女の魔法技術と同じものは少なくとも二十年以上前には既に確立していましたわ」

「……そうか」

 

 アンゼリカの追い打ち。盛大に溜息を吐いたビダーシャルは、自身の上司であるテュリュークに出来るだけ穏便に事を進めるよう進言することを心に誓った。

 面通しも終わったので出発しましょう、というアンゼリカの言葉に皆頷き、一行はヴァリエール領に向けて馬を走らせる。出来るだけ取り回しのいい方が良い、ということで、馬車は小さいものが一つのみであった。ビダーシャルが常駐、状況に応じて残りの面々が逐次交代、という仕組みだ。

 

「一つ、いいだろうか」

「どうしました?」

 

 その道中、現在の馬車組はフランドールとマリーゴールド。外で護衛をするアンゼリカをちらりと見たビダーシャルは、二人に向かって問い掛けた。あれは、いいのか、と。

 

「何か問題がありましたか?」

「……彼女はこの国の王女ではなかったのか?」

「今は『豪雨』のアンゼリカですので」

 

 さらりと言ってのけたフランドールを見て、ビダーシャルは目を瞬かせた。こちらの国を回った中で手に入れた知識は、王族は敬われるものであり、臣民はそれのために尽くすものだということだ。『貴族』と『平民』の差、そして『王族』。それらは覆せないものだと理解していたのだが。

 

「こんな関係なのはトリステインのごく一部ですから。というかフラン達くらいですから」

「なによ。マリーだってアンの扱いは似たようなものでしょ」

「だってもうあれだけ無茶されればどうでもよくなるじゃない」

 

 同じなのだな、とビダーシャルは一人頷いた。変わり者の集団、悪く言ってしまえば狂人の集まり。そういうものなのだと彼は納得した。

 しかしそうなると、と彼の中に疑問が浮かぶ。『暴風雨』がこの有様であれば、『美女と野獣』は一体どのような連中なのか、と。いやしかし流石にこの連中よりも不可思議な集まりではないだろうと思い直し、彼は尋ねるのを留まった。

 代わりに、ヴァリエール公爵領というのは一体どんな場所なのかと二人に問い掛ける。それを聞いた二人は顔を見合わせ、とりあえず王都から大体二日程度の距離であると述べた。その地を治めているヴァリエール公爵は身分だけ種族だけで判断をするような人物ではなく、そこで暮らす者はその精神を常に忘れぬよう生きている。

 

「成程。だからこそ、エルフもそこで暮らしていけるのだな」

「……はい、それは間違いありません」

 

 たしかにそれは間違いない。間違いないが、それだけではあの公爵領の説明の半分である。語っていいのかどうなのか迷うもう半分が残っている。

 そもそもトリステインの生きる『英雄』が夫婦で治めている地である。あのアンリエッタが頭おかしいと称する連中の集まる地である。

 

「フラン、そろそろ交代しましょう」

「あ、はい」

 

 アンゼリカが馬車へと声を掛ける。それに返事をしたフランドールは、よ、と飛び降りると彼女の乗っていた馬上で入れ替わった。同じようにラウルと交代したマリーゴールドは、じゃあフォローよろしくと彼の肩をポンと叩く。

 馬車から離れた二人は、そこで顔を見合わせ息を吐いた。

 

「ねえマリー」

「どうしたのよフラン」

「ミスタ・ビダーシャル、勘違いしてるわよね」

「してるでしょうね」

 

 彼が言うには、サハラでもエウメネスというこちらの人間と交流をしている場所はあるらしい。が、それはその街が元々流刑地であったから、あくまで生きるために仕方なく行っていたものであり、件のヴァリエール公爵領のようなものとはまた違う。

 どこか嬉しそうに口角を上げてそう語っていたビダーシャルの顔を思い浮かべ、二人はげんなりした表情になった。

 

「いやまあ、間違ってはいないと思うのよ」

「そうね」

「生きるために仕方なく、とか、屈辱に耐えて、とか。そういうのはなしで交流はしているから、騙したわけではないのよ」

「そうね」

 

 そこでフランドールは言葉を止めた。確かにそうなのだが、だがしかし。

 エルフとマギ族が暮らしている。それだけではあの場所を語るには不十分である。

 

「……ねえ、マリー」

「何?」

「公爵領に着いたら、ラルカス診療所に行くの?」

「ええ。ミス・マレーから精霊の涙も貰ったし、ポーション生成に最適だから」

 

 どうせ向こうに行ったら『美女と野獣』も合流するのだ、一人二人いなくなったところで問題あるまい。そんなことを思いながらフランドールに述べたマリーゴールドは、それがどうしたのよと彼女に尋ねた。

 

「……ミスタ・ビダーシャルがついてきたらどうする?」

「困るわね」

「というか! そもそも『美女と野獣』に会わせたらマズいでしょうが! あの集団なんて説明すればいいのよ!?」

「いや、でも……ある意味公爵領を体現しているのだから、丁度いいじゃない」

「他人事だと思いやがってぇぇぇ!」

 

 今現在はフランドールとして行動しているが、公爵領に着いた時点で彼女はルイズに戻る手筈になっている。ヴァリエール側の代表者として、ヤバいやつ二人(カリンとノワール)を抑える役目を任されたのだ。

 

「エレオノールさんに頼まれたってことは、それだけ貴女がしっかりしてきた証拠でしょ? 胸を張りなさいよ」

「あれ絶対もうどうにでもなれって顔だったわ……」

 

 せめてちい姉さまだけでも守らなくては。そんな決意を胸に抱き、フランドールは前を向いた。空は突き抜けるほどの青さであった。

 そして彼女達は忘れていた。公爵領の人間がどうとかいうよりも、当の本人であるエルフの母娘が大問題な状態になっていることを。




巨大な斧を使う超パワー系おっぱいはとてもいいと思うのです


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その2

相手が相手なだけにルイズがまるでザコ敵


 ヴァリエール公爵領に到着したフランは、そこでこほんと咳払いをすると帽子を脱ぎバレッタを外した。それでいいのか、というマリーゴールドの顔を見なかったことにしながら、彼女はルイズとして改めてビダーシャルに挨拶を述べる。

 勿論それを聞いたビダーシャルは溜息を吐いた。まあつまり『暴風雨』とはそういう集まりなのだと理解した。この国は大概おかしい。そう結論付けた。

 

「……呆れているところ申し訳ないのですが」

 

 ん、と彼はルイズを見る。その顔はもうやってらんねぇという表情で、つまり彼女をもってしてもこれからが更に問題なのだということが見て取れる。

 

「公爵の屋敷に件の人物――シャジャル様とティファニアは向かっているはずですので、まずはそちらに向かうことになります」

「そうか。面倒をかける」

「いやまあそれはいいんですけど」

 

 はぁ、と溜息を吐いた。まだもう少し時間的余裕はあるだろうと当たりをつけ、彼女は改めて言葉を紡ぐ。

 

「これからフォンテーヌ自由騎士団に合流するわけです、が」

「ああ」

「……取り乱さないよう、お願いします」

 

 それだけ言うとルイズは会話を終了し馬に飛び乗った。言われた方は言われた方で言葉の意味を理解出来ない。何がどうなるとこれからやってくる連中を見て取り乱すのか。そんなことを考え、そして改めて『暴風雨』を見た。

 ああつまりこういうのが追加で増えるのか。そう納得したビダーシャルは、今更だと小さく息を吐く。王女と公爵の娘が変装し荒事を行い、しかも自分に勝るとも劣らない実力の持ち主。これ以上蛮人の国で驚くことなどないだろう。そう彼は苦笑した。

 そのまま馬車は進む。とりあえず合流場所とされている宿場に向かう。

 ここですね、というルイズの言葉に馬車は止まり、一行はそれぞれ馬から降りた。もう来ててもおかしくないのだが、と辺りを見渡すルイズの視界に、この二年で見慣れた黒髪の少年が映る。

 

「あ、サイト」

「おう、お久しぶり妹様」

「やめろっつてんでしょ。もう」

 

 頬を膨らませながらそんな文句を言ったルイズは、それで他の皆はと彼に尋ねた。向こうで待ってるぜ、という彼の言葉を聞いた彼女は、そういうわけですと振り返る。アンゼリカもマリーゴールドも、ラウルも当然カレンデュラも。それに別段何も言うことはなく、そのまま才人の先導に従い歩みを進める。ビダーシャルも勿論不満を述べず、歩き出した。

 宿と酒場を兼業しているそこの扉を開けると、机でのんびりとしている四人の少女が目に入った。来ましたか、という灰髪の少女の言葉に、おうよと才人は言葉を返す。

 

「まあ、自分で言ったからにはキチンとやってもらわないと困りますし」

「いくらなんでも迎えくらい出来るっつの」

 

 そうして軽口を叩きあった二人は、じゃあ改めてと立ち上がった残り三人と共にルイズ一行の前に立つ。ここできちんと挨拶をせねばならない相手は一人のみ。残りは顔見知りだ、言ってしまえば適当でも構わない。

 

「はじめま――」

「お初にお目にかかります。私達はヴァリエール公爵が次女カトレア様に仕えるフォンティーヌ自由騎士団、通称『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。こちらが便宜上団長となっているサイト。そして私はフェイカと申します」

「おい『地下水』、俺のセリフ取んなよ」

「お前では挨拶ついでに何か碌でもないことを言いそうだったので」

「こんな場面で言うわけねぇだろ」

 

 どうだか、と鼻で笑った『地下水』は、では残りの面々の紹介もせねばなりませんねと視線を動かす。尚も文句を言おうとしていた才人も、まあ確かにそれはそうだなと息を吐いた。

 

「あ、はい。じゃあわたしは」

「待て」

 

 エルザが名乗ろうとしていたのをビダーシャルが手で止める。その前に、まず一つ尋ねたいことがある、と眼の前の五人を、正確には才人を除いた四人の少女を見た。

 

「お前達は、蛮人……か?」

「俺は一応そうかな?」

「ナイフです」

「吸血鬼ですよ」

「お、自動人形(オートマータ)なのです」

合成獣(キメラ)ぁ~」

 

 視線をルイズに向けた。そういうことです、と何かを諦めたように頷いていたので、そのまま彼女からアンゼリカに目を向けた。

 物凄くいい笑顔であった。ああこれが見たかった、と言わんばかりであった。

 ビダーシャルは目を閉じる。先程ルイズに言われていたことを守らんと息を吸い、吐いた。

 

「すまなかった。改めて、名を教えてくれ」

「はい。エルザといいます」

「十号なのです」

「アトレシアだよ。よろしくエルフのおじさん」

 

 おじさん、という一言に一瞬だけ顔を強張らせ、しかしこれまでのインパクトと比べれば何てことないと思い直し。

 ああそういえば、と。さっきまで道中を共にした一人が既にゴーレムだったということに気付いた。

 

 

 

 

 

 

「やっほーカレン、元気してた?」

「ん」

 

 べしべし、とアトレシアがカレンデュラの肩を叩く。それをされるがままになっていたカレンデュラであるが、しかし避ける素振りを見せないところから本人としても嫌ではないのだろう。

 そんな彼女を見て、ラウルはうんうんと口角を上げる。

 

「何か嬉しいことでもあったのですか?」

「ん? ああ、そうだね。なんというか……娘の成長を喜ぶ親の気持ち、というか」

「この間ご主人様も似たようなことを言っていました。何でもわたしに友人が出来たのが喜ばしい、とか」

 

 そんなものでしょうか、という十号に、そんなものだよ、とラウルは返す。ここ最近はずっとワルキューレを顕現しっぱなしであったが、自分にとっては色々と成長するきっかけになっていたらしい。そんなこともついでに思った。

 

「ラウルさんが父親なら、マリーさんは母親?」

「何よ唐突に……。まだあいつとはそういう関係じゃないの」

「まだ?」

「……まだ」

 

 ふうん、というエルザの呟きに、マリーゴールドはそっぽを向く。クスクスと笑う彼女を見て、マリーゴールドは何よもうと唇を尖らせた。

 そんな面々を見ていたビダーシャルは溜息を吐く。異形と異形が、あるいは人とそうでないものが。仲良く会話し、笑い合っている。自分の思っていたものの斜め上を遥かに超えるその光景に、彼はただただ溜息を零すしかない。

 

「どうされました? ミスタ・ビダーシャル」

「分かっているだろうに。……ここは、魔境か?」

 

 彼のその問いに、アンゼリカは楽しそうに笑う。エルフの実力者にまでそう呼称されるとは、いよいよもってここも極まってきたなと一人呟く。

 

「ぱっと見そう思うかもしれないけれど、ここはいい場所だぜ、ビダーシャルさん」

 

 そんなアンゼリカに代わって答えたのは才人。きちんと皆を受け入れてくれる場所だから、とどこか誇らしげに彼は続けた。

 その一言を聞き、ビダーシャルは表情を変える。皆を受け入れてくれる場所、ただ言葉にされるだけでは信じられなかったそれが、今この姿を見せられてしまえば一気に真実味を帯びてくる。エルフとマギ族が共に暮す、というこちらにとっての難題ですら、ほんの入口に思えてきてしまう。

 

「……まあ、魔境というのも間違ってはいないけど」

 

 ハァ、とルイズが溜息を吐く。現在向かっている場所、才人達が用意していた竜籠で一気に飛んでいるその先は。ついこの間まで住んでいた彼女ですら否定の出来ない、紛れもない魔境だ。種族のバリエーションはフォンティーヌ領の方が多いが、ヴァリエールの屋敷はそれを補って余りある化け物がいる。

 

「どうしました妹様、顔色が優れませんが」

「……ねえ『地下水』。ちいねえさまは屋敷にいるの?」

「それは勿論。そもそも、カトレア様がいない状態でこの面子を集めたら間違いなく」

 

 間違いなくどうなるかは言わなかった。ルイズも分かっているので促さなかった。二人の会話が聞こえていたビダーシャルは気にはなったが、聞くと取り返しのつかないことになりそうであったので自重した。

 そんな一部にとっては気が重い談笑をしている間に、竜籠はヴァリエールの屋敷に到着する。屋敷というより城であるそれは、ルイズにとっては見慣れた、それでいて今この瞬間はあまり見たくなった場所である。出来ればもう少しどうでもいい理由で帰ってきたかった、そんなことをついでに思った。

 広場に着地した竜籠から降りた一行は、何はともあれ挨拶をしなければと歩みを進める。今この状況で何用だと問い掛ける者もおらず、計十一名は屋敷の主人が待っているであろう場所へと足を踏みいれた。

 

「おかえりなさいルイズ。そして、ようこそエルフのお客人」

「……あれ?」

 

 そこに待っていたのは少し白くなった金髪で髭を生やした男性、ではなく、ルイズによく似たピンクブロンドをギブソンタックにした女性が一人。年の頃は三十前半であろうか、何も知らない人が見ればそんなことを思わせるその女性の鋭い目がルイズ見て、そしてビダーシャルを見た。

 

「あ、あの……母さま」

「どうしましたルイズ。客人の前です、もう少し落ち着いては」

「いやいやいや! だって父さま! 父さまいないじゃないですか!?」

 

 ぶんぶんと手を振りながら母親に詰め寄ったルイズは、呆れたような溜息と共にチョップを脳天に食らい撃沈した。相も変わらず貴族らしさが足りませんね、そんなことを告げられ、だってと涙目で母親を見る。

 

「父さまいなかったら……誰が収拾つけるんですか?」

「何を言っているのか分かりませんが、ルイズ、母を馬鹿にするとはいい度胸です」

「分かってるじゃないですかぁ!?」

 

 ルイズが飛んだ。一瞬彼女の母親の右腕がぶれ、そして次の瞬間に握られていた杖から生み出された風で、ルイズは紙吹雪のように宙を舞った。尚、この場にいた誰一人として、彼女が杖を抜く瞬間から呪文を唱えた後までの動きが見えなかった。勿論ビダーシャルもである。

 ふぎゃ、と床に落ちたルイズは、そのまま引き潰れたカエルのような体勢でプルプルと震えていた。理不尽、と小さく呟いているところをみると、今の言動について反省することはないらしい。

 

「……いくらなんでも客人の前で堂々と母親を馬鹿にしては駄目よ、ルイズ」

「どの口が……っ」

 

 あらあら、と微笑みながらそう述べたアンゼリカを睨みながら立ち上がったルイズは、服を手でパンパンと払う仕草を取ると再度自身の母親を見た。それを一瞥したルイズの母親は、まずその前に、と視線をビダーシャルに移す。思わず身構えた彼を見て苦笑した彼女は、貴族の礼を取りながらヴァリエール公爵の妻カリーヌだと名を名乗った。

 

「今所用で夫が、公爵が不在ですので、わたしが代理としてここの主としての対応をさせていただきます」

「あ、ああ……。すまない、迷惑をかける」

 

 会話をする限り、話の分からない相手ではない。それは彼もよく分かった。ならば取るべき行動は一つである。

 やはり敵対はするべきではない。ビダーシャルは改めて確信した。というか何だこいつ、鉄血団結党辺りは片手間に倒せるんじゃないか。そんな余計なことを考え、どうにかして強硬派を抑え込む、ないしは切り捨てる算段を立てんと思考を巡らせる。

 

「それで、今回の目的ですが」

 

 カリーヌの言葉に我に返る。何はともあれ、今回はこちら側の国に溶け込んでいるというエルフの母娘を見に来たのだ。マギ族とエルフが打算なく共に手を取り合えることを確認しに来たのだ。

 

「シャジャルとティファニア、両名は今別室にいます。こちらに呼んでも?」

「いや、それには及ばない。出来ることならば、こちらから会いに行きたいと思っている」

 

 成程、とカリーヌは頷き、では案内させましょうと視線を動かす。視線を向けられたルイズは思わず後ずさり、追撃が飛んでこないことを確認して安堵の溜息を零す。

 

「ルイズ」

「は、はい!?」

「……貴女はそこまでわたしに吹き飛ばされる覚えがあるの?」

「え? いや……どっちかというと、姫さまとか太后の方が、母さまにぶん殴られるようなことをしているような」

「でしょうね。今ピエールは確認作業中です」

 

 ビクリとアンゼリカの肩が震える。仮面の裏で視線を動かしながら、最近何やったっけかと記憶を掘り起こしていた。そして自身の母親が全部悪いと結論付けた。似た者同士である。

 

「まあそれはそれとして。客人の案内を頼むわ」

「あ、はい。テファ達はいつもの場所ですか?」

「ええ。カトレアもいるはずだから、安心して行きなさい」

「はい!」

 

 カトレアがいる、というその言葉を聞いたルイズは目に見えて元気になった。それでは行きましょう、と踵を返しビダーシャルを伴って部屋を出る。残りの面々はそんな彼女を追いかけるように、それでは失礼しますとカリーヌに一礼をした後続いた。

 パタンと扉が閉まる。と、同時、ふひぃ、と誰かが息を吐いた。

 

「だんなさまぁ」

「ん?」

「やっぱあの人絶対人間じゃないって」

「それは思ってても口に出してはいけないやつだ」

 

 ヴァリエール公爵領の最強の一角にして絶対恐怖の象徴でもあるカリーヌ――『烈風』カリンは彼がこの世界に来てからの師匠の一人でもある。だから当然アトレシアの言っている意味もよく分かる。とはいえ、勿論それだけではないということも知っているわけで。

 まああれでも意外とお茶目なところあるし。そう言ってアトレシアの頭を撫でた才人は、じゃあ行きますかと足を踏み出した。既にビダーシャルを連れたルイズとアンゼリカは先行している。マリーゴールドは挨拶も終わったからこちらの用事を済ませるとこの場から去っていった。残る五人は、才人に続くように歩みを進める。

 

「……気のせいだろうか」

「どうしました?」

「いや、何というか……」

 

 自分でも何言っているか分からないのだけれど。そう言ってラウルは頬を掻いた。そうしながら、どこか遠い目をする。

 

「これから何かありそうな気がする」

「予言?」

「そんな大層なものではないよ」

「……でも、そうだね。確かに何かありそうな」

 

 精霊がざわついている感じがする、とエルザは眉を顰める。ビダーシャルがいるからだ、と言ってしまえばそれだけかもしれないが、しかし。

 どうにも胸騒ぎがするのだ。

 

「えっと、その場合、どうすれば……?」

 

 十号の言葉に、ラウルもエルザもさっと視線を逸した。つまりはそういうことなのだ、と態度で示した。

 

「とりあえずサイトを生贄にして逃げましょう」

 

 よし、と名案だと言わんばかりに拳を握りしめた『地下水』を見て、ああこれは絶対マズいやつだと十号は大きく溜息を吐いた。

 シャジャルとティファニア、そしてカトレアがいるという部屋まで、後少し。




あかんビダーシャルが死ぬぅ(比喩表現)


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その3

自由騎士(ワンダリング)()暴風雨(テンペスト)が揃ったのでこの物語でのちちくらべwithティファニア

アトレシア(ビオランテ状態)>テファ>アトレシア(疑似餌)>アンリエッタ>『地下水』(ボディ)>十号≧カレンデュラ>モンモランシー>エルザ≧ルイズ>『地下水』(ナイフ)


 ヴァリエール領とその領内の一部を切り取り作られたフォンティーヌ領。その境界に建っている一軒の診療所に、モンモランシーはやってきていた。仕事も終わった、ということでおさげを縦ロールに戻し、前髪で隠していた目を顕にし、マリーゴールドから元に戻ったのである。

 こんにちは、と診療所の扉を開ける。訪れている者は丁度いなかったらしく、中には人が見当たらなかった。

 

「あら? ……留守かしら?」

「たまたまだ」

 

 モンモランシーの呟きに部屋の奥から男性の声が届く。最近皆が健康でいいことだが、と続けながら、その声の主はゆっくりとこちらに歩いてきていた。

 のそり、と巨体が現れる。成人男性を優に超えるその体躯をもったその人影は、フードで覆った頭を掻きながらモンモランシーを見て笑った。よくきたな、と微笑んだ。

 

「それで、どうしたのかね? 確か今日はティファニア嬢をエルフと会わせるのだとか聞いていたが」

「公爵の城に辿り着いたので、もうわたしの出番は終わったと思って」

 

 ふむ、とフードの男性は少し考え込む仕草を取る。まあいいかと呟くと、彼は改めて用事を聞いた。

 これです、とモンモランシーは手に持っていたカバンを机に置く。それを開くと、中から出てきたのは薬草を主とした様々な触媒。一見しただけでは良くわからないそれを見た男性は、しかし成程と納得したように頷いた。

 

「いいだろう。こちらの部屋を使いなさい」

「ありがとうございますラルカスさん」

「気にするな。それより、何故そんなに大量に材料を?」

「……何か、最近消費が激しくて……」

「ヴァリエール領は平和なものだが、他はそんなに死人が出るのかね」

 

 彼女が作ろうとしているものは、被害者の状況や術者の力量にもよるが死にたてほやほや程度ならば呼び戻す効能を持った秘薬である。始祖ブリミルを祀る宗教国家ロマリア辺りが見れば間違いなく異端認定であろうそれを躊躇うことなく大量生産しようとしているモンモランシーを見たラルカスは、ほんの少しだけ怪訝な表情で問い掛けた。それがそこまで必要な状況というのはそう多くはない。

 そして真っ先に思いつくのは、戦争だ。それも、国同士でぶつかり合う規模のもの。

 

「いや、そんな大した理由じゃないんです。あー、でも何だか厄介事に首を突っ込んでいるのは確かなのかしら……」

「まあルイズ嬢やアンリエッタ姫殿下と共に行動していては嫌でもそうなるだろう」

 

 はっはっは、と笑うラルカスをジロリと睨みつけたモンモランシーは、笑い事じゃないですから、と全力で抗議の声を上げた。今回の話も一歩間違えばかなり酷いことになるのは間違いないのだから。

 

「今のところは大丈夫なのかね?」

「……作ったら、戻ります」

「大丈夫ではないのだな……」

 

 即使うことにならなくてはいいがな、というラルカスの言葉を聞き、モンモランシーは猛烈に嫌な予感を覚えつつ、それでも当たり前ですと返した。

 

 

 

 

 

 

「ルイズ!」

 

 扉の開く音に反応しそちらを振り向いた少女は、ルイズを見て顔を輝かせた。わぁ、と立ち上がり彼女の下へと駆けていく。

 立ち上がる時と走る時、彼女の胸部は物凄く上下に揺れていた。敢えて言うならば、ばるんばるんである。

 

「大げさね。まだちょっとしか経ってないじゃない」

「三ヶ月も経ってるわ! それまではしょっちゅう会ってたのに」

「はいはい。って、そうか。もう三ヶ月経ってたんだ……」

 

 サイトもあんな反応なわけだ。そんなことを思いながら頬を掻いたルイズは、まあそれはそれとして、と視線を隣にいるビダーシャルへと向けた。彼女が例のエルフとマギ族の娘である。そう伝えようとしたのだ。

 ビダーシャルは二人を見て思わず動きを止めていた。ハーフとはいえエルフの娘と、エルフを恐れあるいは嫌っているマギ族の貴族の娘が、ここまで親しげに接せられるものなのか。そんなことを思い、彼の中の価値観の修正とこれからの展望を思い浮かべたのだ。

 

「ミスタ・ビダーシャル?」

「ああ、すまない」

 

 ルイズの言葉に我に返った彼は、ティファニアにネフテスのビダーシャルだと名乗り、今回の訪問の理由を述べる。そうしながら、件のもう一人の姿を探した。

 ティファニアが先程まで座っていたテーブル席で、二人の女性がこちらを見て微笑んでいる。一人は隣にいるルイズに良く似た女性。そしてもう一人はその横にいるティファニアによく似た耳の尖った女性だ。となれば予想は簡単に出来る。ビダーシャルはルイズに一言述べ、二人の方へと歩みを進めた。

 

「失礼する。私はネフテスのビダーシャルという。貴女がこちらで暮らしているというエルフで間違いないか?」

「……ええ。シャジャル、と申します」

 

 ビダーシャル卿の名前は聞いたことがある、とシャジャルは微笑んだ。その笑みは美しく、万人を癒す大らかさがあった。見た目も若く、美しい。綺麗な金髪は肩口で切り揃えられ、少々垂れ目気味の瞳はパチリと大きく、それでいて唇は大人の色気を醸し出している。言われなければティファニアとは姉妹に見えるであろう。

 とはいえ、それはエルフ特有の長寿のためである。現在傍観者に徹しているアンゼリカの、アンリエッタの母親であるマリアンヌやルイズの母親カリーヌなどはそういう種族特性とは別の力で見た目が若い。

 

「……成程」

「どうされました?」

「いや、何」

 

 ふう、とビダーシャルは息を吐く。トリステインを訪れてからここに来るまで、自身の常識を完膚なきまでに叩き壊された気がしていたが、しかし。

 こうして幸せそうな母娘を見ると、それも全て正しいことではなかったのかと思えてしまう。そんなことを考え、彼はどこか楽しそうに笑った。

 

「アンリエッタ王女」

「アンゼリカです、ミスタ・ビダーシャル」

「ああ、すまない。……感謝する。私はこの国に来て、本当に良かった」

「それは何より」

 

 アンゼリカはそう言って微笑む。自分の国を好きになってもらえるのならばとても喜ばしいことだ、と彼女は笑う。ルイズはそんな彼女の笑みに何も含むことがないのを感じ取り、同じように笑った。良かった良かった、と微笑んだ。

 

「どうしたの? ルイズもアンリ――アンも、何か嬉しそう」

「まあね。ちょっと嬉しいことがあったのよ」

「そうなんだ」

「そうよ。……無茶して、良かったなぁって」

 

 無茶苦茶だ、とあの時は思った。そんなことをしていいわけがない、と考えた。結局殺されそうになっている二人を見て真っ先に飛び出したのはフランドールことルイズであったが、それでもあの時はやり過ぎたと反省を重ねていた。

 そのしこりは、ビダーシャルの笑みで、感謝で、洗い流された。自分勝手でも、二人の母娘を救って、そしてエルフに認められた。だからいいのだと、開き直れるようになった。

 

「ルイズは考え過ぎなのよ」

「アンは悩まなさ過ぎなんです」

「二人とも、難しいことを考え過ぎよ」

『テファは色々考えなさ過ぎ』

「酷い!?」

 

 がぁん、という擬音でも出ているかのごとくショックを受けたティファニアはおよよとへたり込む。いやいつものことじゃん、と追い付いた才人達、正確にはアトレシアの追撃を受け、半べそかきながらシャジャルへと駆けていった。

 

「サイト」

「どうしたラウル」

「……相変わらず凄いな」

「ああ、凄い」

 

 そしてそんなティファニアが走る際に激しく上下に揺れる物体をガン見する男が二人。というかもう別に変装解いてもよくね、という才人の言葉に、ラウル――ギーシュはまあそうだねと視線をアンゼリカに向けた。お好きなように、と返ってきたので、彼はオールバックにしていた髪を手櫛で戻し服を手早くフリル付きのものへと着替える。

 

「お前ホント趣味悪いよな」

「君には言われたくないよ!?」

 

 パーカーとジーンズに貴族のマントという出で立ちの才人も確かに大概である。そしてこの二人にツッコミを入れるべき人物のモンモランシーは不在であり、『地下水』は十号やエルザと共にカトレアの下へと行ってしまっている。

 

「ねえカレン……これじゃあ駄目かな?」

「十分」

 

 ぽよんぽよんと自分の胸を下から弾くアトレシア。そしてそれを見て自分もやってみるかと無表情のままむにむにと胸を揉むカレンデュラ。残ったこの二人では彼等の馬鹿話を止められないのである。

 つまりは本題に関わらないということになるのだが、それが致命的になるのを彼等は知らない。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたところで自己紹介を。カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌと申します」

「ああ、ネフテスのビダーシャルだ。……カトレア? フォンティーヌ?」

 

 ん、と怪訝な表情を浮かべたビダーシャルは、彼女の後ろに付き従うように『地下水』とエルザ、十号が立っていることに気付き納得のいったように頷いた。成程、彼女があの連中の主なのか。そんなことを思いつつ、しかしそれにしてはと首を傾げる。

 

「どうされました?」

「いや、なに。あの騎士団を纏めているにしては、随分と穏やかな女性だと思ってな」

「ふふっ、ありがとうございます。でも、纏めているというのは買い被りですわ。『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』は皆さん優しく立派な方々で、わたしはいつも彼等に頼ってばかりなのです」

 

 思わずルイズを見る。無言で首を縦に振っていたので、ああそういうことかと納得した。つまりそういう人物なのだ、と理解した。

 しかし、とビダーシャルは心中で疑問を浮かべる。彼女は少々大らか過ぎるところはあるだろうが、少なくとも悪人ではない。間違いなく善人の部類に入るであろう。加えて、エルフに恐れることなく、こうして手を取り合い笑い合う貴族の領主。エルフどころか吸血鬼や魔道具、自動人形(オートマータ)合成獣(キメラ)も懐に入れてしまう慈愛の持ち主だ。こちらとしては何一つ嫌う要素はない。

 だというのに、無性に湧き上がるこの嫌な感情は何なのだ。彼女を認めてはいけない、と『何か』が発し続けている。

 

「どうしました?」

「……いや、何でもない」

 

 仕事も終わったのでもういいだろう、と他の『暴風雨』の面々と同じようにアンゼリカからアンリエッタに戻った彼女の言葉にビダーシャルはそう返す。そうですか、とアンリエッタは述べたが、明らかに流す気はないと目が語っていた。

 

「ミスタ・ビダーシャル」

「何だ?」

「顔色が優れないようですが」

「長旅で気が抜けたのかもしれんな」

 

 ふむ、とアンリエッタは頷く。完全に嘘ではないだろう。そもそも顔色が悪くなるようなことをこちらでやらかしたのだから、そうなるのは半ば当然だ。そうは思いつつ、しかしそれとは別の理由が大半を占めていると判断した彼女は、紅茶に口をつけながらその理由に当たりをつけ始めた。

 コトリ、とカップを置く。少しだけ考える仕草を取ると、カトレアへと視線を向けた。

 

「カトレアさん」

「どうしました?」

「今日は体調はよろしいのですか?」

「ええ。最近は呪文を使うこともないから、症状も安定しているわ」

 

 それはよかった、とアンリエッタは微笑む。その笑みに何か嫌な予感を覚えたルイズは、おいこらちいねえさまに何かしたらぶっ殺すぞという視線を彼女に向けた。それに分かっていますと同じく視線で返したアンリエッタは、小さく息を吐くと話題を変えようと視線を動かした。

 どうやら才人とギーシュはアトレシアとカレンデュラにティファニアも加えて馬鹿話をしているらしい。時々才人は三人の、ギーシュはカレンデュラ以外の胸部に目をやっているのは男の性というものであろうか。

 

「そういえば、テファは最近どうなのでしょう」

「変わりありませんよ」

 

 アンリエッタの疑問にシャジャルが返す。この間も森で立派なお肉を取ってきてくれた、と彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 カトレアはシャジャルと同じように微笑んでいる。そしてルイズは引きつった笑いを浮かべた。

 

「ん? 彼女は狩猟をするのか」

「食いついちゃ駄目ぇ!」

 

 ルイズが悲痛な叫びを上げる。アンリエッタは無言で視線を逸した。他の面々には見えないが、そこには藪蛇だったか、と少し眉を顰めている顔が浮かんでいる。

 どうでもいいことかもしれないが、シャジャルとカトレアは良く似ていた。包み込むような色気も、ある意味大らか過ぎる性格も、である。

 

「ええ。立派なオーク鬼を捌いてきてくれました」

「……は?」

 

 あっちゃぁ、とルイズは頭を抱える。そうだそういえばこれがあったんだった、と苦い顔をがっつりと浮かべた。アンリエッタは我関せずを貫く所存らしい。

 

「姫さま」

「なるようにしかなりません」

「いやだって」

「ルイズ。あの二人に何を言っても無駄です」

 

 ゆるふわを存在で体現しているシャジャルとカトレア。真面目な場面であればもう少し違ったであろうが、この空間では無理である。事実、シャジャルは嬉しそうに娘の武勇伝をビダーシャルに語ってしまっている。

 

「素手で、イノシシや熊を……?」

「武器を使うと毛皮が傷付くから、ですって。……昔は屋敷の外にも出られず窮屈な思いをさせてしまったけれど。今こうして好きなように外を駆けられるティファニアを見ていると、私もここに来て良かったと思えるのです」

「そ、そうか……」

 

 自分がおかしいのだろうか、とビダーシャルはルイズを見た。同じような何とも言えない表情をしているのを確認し、ああよかったと安堵の溜息を零す。

 

「しかし……ティファニアはハーフとはいえエルフだろう? 己の惰力を使うのは結構だが、精霊の力を使うことも少しは覚えては」

「いえ、あの娘は魔法が使えないのです」

 

 エルフと貴族の間に生まれた子供であるにも拘らず、ティファニアは魔法も精霊の力も使うことが出来なかった。精霊との契約は会話にならず、魔法は爆発に変換される。そんな体質なため、トリステインの英雄総出で己の力のみで何でも出来るよう鍛え上げられたのだ。三年ほど前の話ではあるが、どこか懐かしむようにシャジャルはそうビダーシャルに語った。

 それを聞いて表情を変えたのはビダーシャルである。魔法が爆発に変換される、というのもそうだが、精霊との契約にまで至れないという状況に覚えがあったのだ。自分の記憶が正しければ、あれは。

 

「実は、わたしも病気のせいで同じ状況だったのです。サイトさんを喚んでからは少し改善されたけれど、呪文もコモンマジック以外は爆発か少し不思議なものしか成功しなくて」

 

 そう言ってカトレアが微笑む。ビダーシャルはカチリとパズルのピースがはまったような感覚を得て、目の前の女性と少し離れた場所にいるハーフエルフの少女を見た。アンリエッタは珍しく頭痛を堪えるように額を押さえている。ルイズはそんな彼女を見て、あ、これ絶対にヤバイやつだと確信を持った。

 違う、とアンリエッタはルイズの表情を見て心中で叫ぶ。自分が頭を抱えている理由は。

 

「シャイターン……お前達は、悪魔の力の、末裔だったのか!?」

「あ?」

 

 カトレアを見て、カトレアを指差して。驚愕と、苦々しいものを見るような顔で、ビダーシャルは何と言った。その後に、小声で何と続けた。

 ルイズの耳に届いた、討ち滅ぼさねばならない相手なのか、という一言の意味は。

 

「ちいねえさまを……悪魔呼ばわり?」

「ルイズ!」

「わたしの、大事な、ちいねえさまを……!」

「待て、私は……」

「ちいねえさまを! 討ち滅ぼすだぁ!?」

「ルイズ! ステイ!」

 

 デルフ、とルイズが叫ぶ。あいよ、と鞘から抜き放たれたデルフリンガーが投げやりに返事をする。そうして大剣を構えた彼女の目はエルフの客人を見る目ではない。

 こいつぶっ殺す、という狂犬の目である。




イイハナシダッタノニナー

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その4

vsルイズ(バーサーカー)


 響く爆発音を耳にしたカリーヌはピクリと眉を動かした。紅茶を淹れていたメイドは、あー久しぶりにやらかした、と呑気な声を上げている。

 

「ダルシニ」

「どうしました奥様」

 

 ダルシニ、と呼ばれたメイドは笑みを浮かべたまま。分かっているだろう、と言わんばかりのその表情を見たカリーヌは肩を竦めた。まあそうね、と呟いた。

 大変です、と部屋に飛び込んでくるメイドと衛兵を視界に入れる。何者かの襲撃だの怪物が現れただのと捲し立てている連中を見て、ああそういえばこいつらはまだ新人だったかと溜息を吐いた。

 

「ジェローム」

 

 傍らにいる執事を呼ぶ。それだけでかしこまりましたと頭を下げたその執事は、まったくと少々呆れたような顔でその新人達を部屋の外へと連れ出した。

 

「ここで働く割には心配性なのね、あの人達」

「……そうね」

 

 ダルシニの呟きを聞き、カリーヌはジロリと彼女を見た。今でこそ色々あっても平然としているが、彼女も出会った当初は酷いものであった。そのことを思い浮かべ、このやろうと目を細める。

 

「まあまあ。それで、どうするのカリンさん」

「さっき表情で察したんじゃなかったの?」

「一応は。でも、『ヴァリエール公爵様の奥方』としての意見と、『烈風』カリンの意見は違うかもしれないでしょう?」

「同じよ同じ。……あの面々が揃っていて、テファもいる。うちのバカ娘一人暴走したところで、わたしが出る必要はないわ」

「あ、ルイズちゃんだけって確信しているのね」

 

 ふーん、と笑うダルシニを見たカリーヌは、わざと言ってんだろお前と言わんばかりの表情で彼女を睨んだ。普通の人間はそれだけで竦み上がるが、長い付き合いでもある彼女は平然とそれを受け流す。

 コツコツと机を指で叩きながら、カリーヌは息を吸い、吐いた。

 

「あの状況で他にやらかすのがいるとでも?」

「アトレちゃんとかはやりそう?」

「あの娘は意外と礼節を弁えているの」

「……合成獣(キメラ)以下の信頼かぁ」

 

 自分の娘の評価としてどうなのだろう。そうは思ったが、幼い頃から世話をしてきた身としては頷けてしまうので、ダルシニはあははと頬を掻くだけで留めた。

 

 

 

 

 

 

「ミスタ! 大丈夫ですか!?」

 

 アンリエッタが背後に声を掛ける。現在の場所は先程まで談笑していた部屋ではなく、そこからかなり離れた練兵場の一角である。ルイズの一撃で吹き飛ばされた彼女達は、追撃を防ぎつつ戦いやすい場所まで誘導を行っていた。口から煙を出さんばかりに暴走しているルイズは、そこを気にすることなくされるがままに移動させられている。

 

「……済まない。不用意な発言だった」

「いえ。……確かに不用意ではありましたが、こちらがそのことを予め伝えていなかったのが遠因です」

 

 ヨロヨロと背後でふらつくビダーシャルを一瞥し、アンリエッタは気合を込め双剣杖を抜き放った。普段の喧嘩とはまた違う。あれを相手取るならば、こちらも真面目にいかねばならない。

 

「ミスタ、恐らくお気付きでしょうが、今の貴方は足手まといです」

「そのようだな。……随分と好かれているのだな、あの娘達は」

 

 精霊の契約は全て拒否をされた。ルイズとカトレア、ティファニアを辱めたやつに何故力を貸さねばならんと一蹴されたのだ。部外者とはいえ、まさか精霊と縁深いエルフが縁遠いはずのマギ族に負けるとは。そんなことを思いはしたが、逆に考えればここの人間達はエルフに勝るとも劣らない精霊との信頼関係を築けているという見方も出来る。喜んでいいのか嘆けばいいのか、なんとも微妙な状況であった。

 

「簡単な力は行使出来るが……通用はせんだろうな」

「ええ。……こういう時絶対にヴァリエールの味方をするのはどうなのよ精霊!」

 

 ルイズとアンリエッタの喧嘩の際、ルイズのホームであるヴァリエール領での戦闘時は毎度毎度こうであった。向こうからすればこれもいつもの喧嘩の延長線上でしかないのだろうが、だからといって。

 嘆いてもしょうがない、とアンリエッタは気持ちを切り替える。精霊が喧嘩程度に考えているのならば、こちらとしてもそういう戦いをすればいいだけだ。

 

「こちらの戦力は?」

 

 周囲を見渡す。同行しているのは『地下水』、エルザ、十号の三人だ。会話に参加していなかった才人とギーシュ、アトレシアとカレンデュラは出遅れたのかこちらに来ていない。

 まあいい、とアンリエッタは前を見た。ズシンズシンとこちらに歩いてくるルイズを眺め、では行きますかと双剣杖をくるりと回す。

 瞬間、横に跳んだ。ガリガリと竜巻がアンリエッタのいた場所を削り、抉る。デルフリンガーを振り上げた体勢となったルイズが、ギロリとアンリエッタを捉えていた。

 

「姫さん、避けろ!」

「言われずとも……っ!」

 

 刃の竜巻。当たれば恐らくズタズタに引き裂かれていたであろうそれを左手の剣杖から放った水で無理矢理体を反らし躱したアンリエッタは、右手の剣杖に留めていた水の鞭を解き放ちルイズへと叩き込む。

 ふん、と鼻を鳴らしたルイズは、デルフリンガーを一振りしそれを吸収した。

 

「デルフ! 少しは抵抗しろ!」

「やかましい『地下水』! 俺っちだって必死だわ!」

 

 べしゃ、と地面に落ちたアンリエッタに代わるように『地下水』が疾駆する。ナイフから生み出した氷柱を連続で撃ち出しながら距離を詰めていったが、そんなことは織り込み済みと言わんばかりに地面から打ち出された風の槌で天高く舞い上がった。

 

「『地下水』さん!?」

「私はいいから!」

 

 十号の叫びに吹き飛びながら彼女は返す。分かりましたと異形の腕を伸ばしルイズに叩き込んだ十号は、そのまま追撃と背中から蜘蛛の足骨を伸ばして。

 

「邪魔、すんなぁ!」

 

 がしり、とそれを掴まれたことで驚愕の表情を浮かべた。呪文で身体強化を施しているのか、それとも他の方法か。ともあれそのまま十号を引き寄せたルイズは、デルフリンガーから風の塊を生み出し彼女へと撃ち込んだ。ぐしゃり、と少女の体が曲がってはいけない方向に捻じれ、そのまま地面をバウンドし練兵場の外にある木に激突する。

 そのタイミングで、ルイズの腕を掴んだエルザが彼女を投げ飛ばしていた。

 

「ちぃ!」

 

 空中で体勢を崩されたルイズは、それでも呪文を放とうとデルフリンガーを振り上げたが、それよりも早くエルザがその手を捻り軌道を逸らした。明らかに当たればただでは済まない竜巻が明後日の方向に飛んでいき、彼女は思わず冷や汗を垂らす。

 

「これで――」

「これで、何よ」

 

 その一連で、ルイズは地面に着地した。握られている右手を振りほどこうともせずに、そのまま彼女は回し蹴りをエルザの腹に叩き込む。ミチミチという音が、彼女の腹とルイズの腕の両方から聞こえた。

 

「嘗めんじゃないわよ。魔法と近接、両方出来て一人前のメイジよ」

 

 絶対に間違ってる。口から胃液を出しながら、エルザは心の中でそう叫んだ。そのまま力任せにルイズは腕の拘束を振りほどき、トドメとばかりにえずいているエルザに呪文を撃ち込んだ。だらりと彼女の右腕が投げ出され、そして十号と同じように木に激突したエルザは動かなくなる。

 

「二人を犠牲に、腕一本、ですか」

「無事ですか、姫殿下」

「あの二人よりは余程。そちらは?」

「あの二人よりはマシかと」

 

 余波でボロボロになったドレスの袖を引き千切りながらアンリエッタはぼやく。攻撃で泥だらけになった髪と帽子を整えながら『地下水』は溜息を吐く。

 ゴキン、という音が響いた。外れていた肩を強引に戻したルイズが、再度口から煙を吐かんばかりの表情で吠える。

 

「……今なら」

 

 アンリエッタが呪文を放つ。一歩踏み出しながらそれをデルフリンガーで受け止めたルイズは、そのまま平然と歩みを進めた。微塵も効いていない様子であるにも拘らず、アンリエッタはそれを止めない。成程、と頷いた『地下水』も、同じように呪文を放ち始めた。

 ルイズは止まらない。一歩、また一歩と前に踏み出す。デルフリンガーで呪文を打ち消しつつ、邪魔者にトドメを刺さんと足を動かす。

 

「――ん?」

 

 その歩みが鈍くなった。自分の意志とは無関係に足が止まった。どういうことだ、と二人を見ようとしたが、首も動かない。無理矢理ねじ込んだ右腕はともかく、無事なはずの左腕も動かない。

 

「……デルフリンガー。お疲れ様です」

「いやまあ俺っちも二人の意図に気付いたから良かったけど。もし気付かなかったら」

「その時はこっちで叫んでましたよ。当たり前でしょうボロ剣」

 

 ルイズの体は動かない。何をした、と唯一動く口と思考でそう叫んだ彼女であったが、しかし即座に答えを導き出した。二人と一振りの会話から、己がどうなっているのかを理解した。

 

「デルフ……アンタ、裏切ったわね」

「いきなり暴走して客人ぶち殺そうとする奴の味方するわけねぇだろ!?」

「ちいねえさまを傷付けようとしてるのに!」

「落ち着けよ! 話聞けよ!」

 

 ルイズがフランドールである時に使っている喋る魔剣、デルフリンガーには主に三つの能力が備わっている。一つが呪文を吸収する力、もう一つがそれを使い使用者の身体能力を底上げする力。最後の一つが、吸収した力で使用者を動かす力である。元々は『使い手』限定であったらしいが、鍛え上げられる過程で己に適応すれば問題なくなったとは本人の弁だ。

 ともあれ、アンリエッタと『地下水』の魔法を吸い込んだデルフリンガーはルイズの動きを止めることに成功した。もっとも、吸い込んだ魔法が尽きるまで、の話だが。

 

「とりあえず、眠らせましょう」

「そうですね。何はともあれ、落ち着かせることが先決でしょうし」

 

 『地下水』の言葉にアンリエッタも頷く。早くしてくれ、というデルフリンガーの声を聞きつつ、では早速とアンリエッタが呪文を唱え。

 

「――ユビキタス」

「っ!?」

 

 ルイズの動かせるのは口と、思考だけ。だが、それさえあれば、呪文は唱えられる。杖を、デルフリンガーを向けることは出来ないが、それがどうした。

 

「デル」

「姫殿下! 急いで!」

 

 そんなものは関係ない呪文を唱えれば、いいだけだ。

 

「しまっ――」

「ウィンデ!」

 

 ルイズの持っていたデルフリンガーが、横合いから現れたルイズによって蹴り飛ばされた。それによって自由を取り戻したルイズは、すぐさま呪文を放とうとしているアンリエッタに肉薄しその杖を奪い取る。ついでに顎に掌底を叩き込み、脳を揺らした。

 がくりと膝から崩れ落ちるアンリエッタの杖を使い、ルイズは残る一人、『地下水』へと呪文を唱える。周囲には『遍在』により増えたルイズが三人、同じように杖を構えている。

 恐らく手加減はない。流石に四人のルイズから呪文を叩き込まれれば間違いなくどうにかなってしまうだろう。抵抗しようにも、そんな隙は既に無い。

 四方八方から竜巻が迫る。本体であるナイフはともかく、この肉体も出来れば形が残っているといいな。そんなことを彼女はぼんやりと考えた。

 

 

 

 

 

 

 四つの竜巻が地面に巨大なクレーターを作り上げ、そこに何があったのか分からないほどにズタボロになったその場所で、四人のルイズはゆっくりと視線を動かした。

 

「っぶねぇ……。おい、大丈夫か『地下水』!?」

「――屈辱です」

「助けてやったのに何たる言い草!?」

 

 尚、現在『地下水』は才人にお姫様抱っこされている。彼女の言う屈辱、は恐らくここに掛かっているのだろうと思われるが、生憎才人には分かっておらず、そして彼女自身もそれを口にはしない。

 いや顔真っ赤で何言ってんだよ、と才人と同じく到着したギーシュは一人心の中でツッコミを入れた。

 

「姫さまの回収も終わったよー」

 

 ずるり、と蔦に巻かれた状態のアンリエッタがゆらゆらと揺れている。カレンデュラが持ってきた十号とエルザの横にそんなアンリエッタを置くと、では改めてと相手を見た。

 

「……うわぁ」

「地獄」

「そうだね……」

 

 殺意マシマシでこちらを見るルイズ×四。常人であればすぐさま逃げること請け合いである。

 そんな三人の横に、『地下水』を抱きかかえた才人が並ぶ。そして同じような感想を呟き、それでもやるしかないと前を睨んだ。お姫様抱っこをしていた彼女を下ろし、ゆっくりと刀を抜き放つ。

 

「一人一ルイズか」

「無理だね」

「無理じゃないかな」

「無理」

 

 デルフリンガー装備ではないので、一応マシではある。呪文も通用するであろう。

 だからどうした、である。生きる英雄を抜けば、彼女は間違いなくトリステインで一二を争うスクウェアメイジなのだから。ちなみに三位以下はぶっちぎりで突き放されている。

 

「それでも、やるしかないだろ!」

 

 足に力を込め、一気に突っ込んだ。アンリエッタの剣杖を持っているルイズ本体へと肉薄した才人は、そのまま全力で刀を振り抜く。風の刃と剣杖とでそれを受け止めたルイズは、お返しだと杖から呪文を放った。

 体をずらしてそれを躱した才人は、頬にざっくりと切り傷が出来たことも気にせず、横一文字に刀を振るう。

 

「ああもう! 遍在だけど、久々に喧嘩させてもらうよルイズ!」

 

 ギーシュも突っ込む。『錬金』で生み出した刃を地面から這わせながら、なるべく相手に広範囲の呪文を唱えさせないよう立ち回る。

 

「カレン!」

「ん」

 

 アトレシアとカレンデュラも飛び込んだ。こちらの二人は現在力任せが一番得意な状態である。己の耐久力を盾にアトレシアがルイズに一撃を叩き込み、それをフォローするようにカレンデュラが追撃を行う。二対二ではあるが、ルイズとルイズのコンビネーションのそれより、二人の動きが勝っていた。

 そうしてルイズ四人との戦闘は、先程よりも拮抗した。これはルイズが万全ではなくなったことが多分に大きい。デルフリンガーに操られている状態で無理矢理遍在を唱えたことで、数は増えたが精神力が大幅に削られたからだ。

 とはいえ、平時ならばともかくこれで暴走しているルイズを止められるかといえば答えは否。己の限界など知らんとばかりに暴れる彼女をどうにかするには、それを叩き潰すほどの攻撃をするしかない。最も手っ取り早いのは『烈風』の一撃であるが、現在カリーヌは傍観を貫いている。そして、才人達四人ではそれに届かない。『地下水』の治療によりなんとか動ける程度に回復している十号やエルザ、意識を取り戻したアンリエッタを加えても駄目である。

 せめて全員万全であれば。そんなことを思いつつ、アンリエッタはどうするか思考を巡らせる。自身の全力を叩き込もうにも、剣杖を奪われている現状威力は半減。残りの面々は先程の通り。となれば。

 

「ルイズ!」

 

 ん、とアンリエッタは視線を動かした。そこには、大きくたわわなそれを揺らしながらこちらへと駆けてくる一人の少女が。どうやら事態を察したはいいが駆けつけるのが大幅に遅れたらしい。

 

「テファ……」

 

 少女の名を呟き、そしてこれから彼女が何をしようとしているのかに気付いてアンリエッタは目を見開いた。ティファニアは右の拳を握り込み、地面を踏みしめ力を込めている。

 そこから導き出せるのは、一つ。

 

「ルイズ! 何やってるのよ!」

「テファこそ、何言ってるの? ちいねえさまが、傷付けられるのよ?」

「カトレアさんはそんなこと言ってなかったわ! 落ち着いて!」

 

 そう思ってはいたが、どうやらまずは対話らしい。ほっと一息を吐いたアンリエッタであったが、しかし暴走状態であるルイズはティファニアの言葉など聞く耳を持っていない。彼女が来たことで距離を取った才人達と戦っていた遍在を全てティファニアに向けると、邪魔するならお前もぶっ飛ばすとルイズは睨んだ。

 あ、ヤバイ。瞬時に皆はそう判断すると、それを聞いて再度拳を握り足に力を込めたティファニアに向かって声を張り上げた。

 

「ルイズの――」

「テファ! 駄目ぇ!」

「馬鹿ぁぁぁぁ!」

 

 恵まれた肢体から繰り出されたその拳は、遍在の呪文ごとルイズの腹を抉る。まるで大砲か何かでも叩き込まれたような炸裂音が辺りに響き、そして体を『く』の字に曲げたルイズは猛烈な勢いで吹き飛んでいった。

 練兵場を飛び出し、周囲の木々を薙ぎ倒しながら、ルイズは吹き飛ぶ。そうして木々を抜けた先、ヴァリエールの城へと舞い戻ったルイズは中庭の池へと落ちた。ぼちゃん、と石を投げ入れたような音と共に、彼女は池の藻屑となる。

 

「……死んだんじゃない?」

「ルイズぅぅぅぅ!」

 

 アトレシアの色々諦めたような呟きと、アンリエッタの叫びが練兵場に木霊した。

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

 飛び起きた。何がどうなったんだ、と辺りを見渡すと、ボロボロの仲間達が目に入った。

 

「……どうしたのよ、みんな」

「お前がやったんだよ!」

 

 代表して才人が叫ぶ。うんうんと頷く他の面々を見て、そうだったっけかとルイズは首を傾げた。

 記憶を辿る。が、どうにも思い出せない。何かあったような気もするが、それが何か出てこないのだ。

 

「んー」

「思い出せないならいいわよ。うん、本当に」

「あ、モンモランシー。帰ってきてたのね」

「おかげさまで!」

 

 まさか戻ってきて早速特製秘薬使うとは思ってなかった。ガリガリと頭を掻きながらモンモランシーは一人ぼやく。

 

「ミス・モンモランシ」

「どうしました姫殿下」

「ルイズの記憶が曖昧なのは」

「……まあ、あれだけ吹き飛べば記憶も飛ぶんじゃ」

 

 練兵場から中庭の池まで新しい道が出来た、と言えばその威力は分かってもらえるのだろう。実際その光景を見たモンモランシーはまずルイズの原型が残っているかの確認から始めた。

 結果として腹に青痣が出来ているだけで身体自体は無事であったルイズを、全力で向こう側から引き戻して今に至るのである。

 

「ごめんなさい……」

「いや、まあ、うん。テファは、悪くない、こともないけど」

 

 しゅん、と項垂れるティファニアを見て、どうしたものかと才人は溜息を吐いた。実際問題、あれがなければルイズは止まらなかったので、彼女の行動は正解とも言える。

 しかし城の城壁をも容易く砕く拳を少女の腹に全力で打ち込むのは如何なものか。

 

「……まあ、ルイズだしいいか」

「ちょっとサイト、アンタ今何か変なこと考えたでしょ!」

「気のせいだよ妹様」

 

 むう、と膨れるルイズの頭を撫でた才人は、とりあえずこれで一件落着かな、とアンリエッタを見た。まあ一応はそうですね、と珍しく苦笑気味に彼女は返した。

 ビダーシャルはこの一件を不問とした。元々は自分の失言が招いた事態である。何より、かつての悪魔の力を正しく使えるかもしれない相手を前にしてそんな行動はありえない。ということで、これらも踏まえて一度サハラに帰り彼の上司と相談を行うことにしたらしい。出来るだけ友好を結びたい、とは彼の弁だ。

 そういう意味では確かに一件落着と言えるであろう。周囲の被害を顧みなければ、の話であるが。

 

「ルイズが元気に走り回ってくれたから、いいと思うわ」

「……カトレアさんが良いなら」

 

 しょうがないな、と頭を掻きながら苦笑する才人を見て、カトレアは優しく微笑んだ。

 尚、それはそれとして勿論友人達を傷付けたことでルイズはカトレアに怒られ、そしてお前が暴走してどうするとエレオノールに説教され。

 

「人を散々言っておいて、自分はそれですか」

「……ご、ごごごごごめんなさい、母さまぁぁぁぁ!」

 

 全快した後、彼女は再度カリーヌにより宙を舞った。




ティファニアブロー
巨乳で美人のハーフエルフがおっぱいを揺らしながらぶん殴る
相手は死ぬ。


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暴風雨警報/お前がママになるんだよ!
その1


サブタイトルから溢れ出る真面目感


「成程、それは災難だったね」

「災難だったね、じゃねぇよ!」

 

 トリステイン王立図書館秘密書庫。そこでダンプリメが呑気に感想を述べたことで、才人はざっけんなと叫びをあげた。

 一方のダンプリメは涼しい顔である。一体何をそんなに怒っているのだと彼に問い掛ける。それに対する才人の返答は机を思い切りぶっ叩くことであった。

 

「乱暴に扱わないでおくれよ」

「やかましい! 誰のせいでこうなったと思ってんだ!?」

「ヴァリエールの三女が原因だろう? それとも、アンリエッタ姫殿下かな?」

「お前だよ! テメェがカトレアさんを本に閉じ込めて特別な力を奪い取るとかやらかしてなきゃルイズもあんな過剰反応しなかったんだよ!」

「どちらにせよ彼女の短気が原因じゃないか。僕は悪くない」

「この野郎……」

 

 確かにルイズの短気が原因なのは間違いない。ビダーシャルの態度を見ればカトレアに危害を加えるか否かは判断出来たはずだからだ。それは才人も分かっている。

 が、それはそれとしてこいつの態度は気に入らない。彼の出した結論はこれであった。

 

「では、この手紙は要らないのだね?」

「いるに決まってんだろ」

 

 才人の両親からの手紙をヒラヒラとさせたダンプリメを見て歯ぎしりをした才人は、ひったくるようにそれを奪うと封を切った。向こうも変わらず元気でいるようだ、ということを確認すると、それを絶筆書籍の糧にすべく箱に仕舞い込む。そうした後、親指を立てた拳を天から地にひっくり返した。

 

「地獄に落ちろ」

「とっくに落ちているよ。それで、今回の手紙は?」

「ん? ああ、これだ」

 

 よろしく、とポストに投函すると、才人はそのまま椅子の背もたれに体を預けた。今日は珍しく長居するのかとダンプリメが首を傾げていたが、彼は気にせんとばかりにそこでだらける。

 

「サボりかな?」

「休みだよ」

 

 ほう、とダンプリメが声を上げた。それは珍しいと頬杖をついたままずずいと才人に顔を寄せる。それを手で押し戻し、才人は小さく溜息を吐いた。

 

「エルザと十号が今戦えないから、暫く自由騎士は休業なんだよ」

「ルイズ嬢に殺されかけたんだったかな?」

「そこまでじゃねぇよ。まあエルザはラルカスのおっさんとこで療養中だし、十号は今全身メンテ中だから、間違ってるとも言い切れないけど」

 

 才人が王都にいる理由もこれである。十号のオーバーホールは製作者の技術が必須のため、彼のいるアカデミーを訪ねてきていたのだ。そして才人本人は別段やることもないので手紙を出すついでにここにいるのである。

 

「向こうにいればいいじゃないか」

「俺あそこにいる女の子前に全員一回ぶっ殺してるんで気まずい」

 

 はぁ、とダンプリメが呆れたような溜息を吐いた。うっせぇ、と才人がそんな彼に文句を述べた。

 そのまま暫し無言で時が過ぎる。ダンプリメは絶筆書籍の完成のための執筆を続けているし、才人は秘密書庫の本を適当に取り出しペラペラと捲っている。

 そうしながら、ところで、とダンプリメが彼の方を見ずに言葉を紡いだ。

 

「自由騎士の依頼はどうしているんだい?」

「ん?」

「休み、で済まない仕事もあるだろう? それらの対処は?」

「あー……それなら」

 

 パタン、と本を閉じた才人は、少し遠くを見た。ここではないどこかを見ながら、小さく溜息を吐いた。

 

「代理が、多分、ちゃんと、やってくれてる、と、いいなぁ……」

「成程ね」

 

 

 

 

 

 

 トリステインの北西に位置する港町、そこにやってきた二人の少女は、手にした依頼書を眺めながら溜息を吐いていた。正確にはその片割れ、ピンクブロンドをポニーテールにした帽子の少女が、である。

 

「ここね……。そんなに大きな場所じゃないみたいだけど」

「ええ。この港町は移動に使う船は殆ど出ていませんから。漁師の使う小規模の帆船が大半でしょう」

 

 ポニーテールの少女の言葉に、仮面をつけた少女が返す。そうなんですねと相槌を打ったポニーテールの少女は、ところでアン、とその仮面の少女へと向き直った。

 

「わたしの罰みたいなものですし、わざわざ来なくてもよかったんですよ?」

「いいえフラン。わたくしも、あの一件は根回しを怠っていました。罰を受けるというのならば、こちらも同様です」

 

 そう言ってアンゼリカは薄く微笑む。そういうことなら、とそれ以上突っ込むことを止めたフランドールは、改めて依頼書を見た。今回の依頼は『暴風雨』に来たものではない、フォンティーヌ自由騎士団向けの依頼である。

 言い換えれば、暴力馬鹿と腹黒馬鹿には少々荷が重いかもしれない一件なのである。

 

「……『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』が担当するってことは、原因をぶっ倒して終了、ってわけにはいかないかもしれない依頼ってことですよね?」

「ええ。わたくしもざっと目を通しましたが、原因の排除、という達成条件は難しいでしょう」

 

 町の空き家に何かがいる。言ってしまえばただそれだけの話である。が、小さな港町ではそれを確かめに行く余裕などなく、かといって被害があるわけでもない状態で貴族が率先して動くこともない。町の住民が近くの領主に嘆願書を出しに行くこともない。

 そうなると頼れるのは何でも屋である。が、出された依頼は大して金になるものでもなかった。当然受ける傭兵メイジはおらず、どうしたものかと王国騎士に話が持ち掛けられ。

 マリアンヌとアンリエッタがそれを見て、これは自由騎士向きだと依頼をヴァリエール領へと流したのであった。

 

「まさか自分自身でやることになるとは思ってもみませんでしたが」

「その言い方だと、アンでは解決が難しいってことですか?」

「そういうわけではありませんが、まあ、あちらよりは恐らく面倒になるでしょう」

 

 はぁ、と珍しく溜息を吐いたアンを見て、フランドールの表情が曇る。これはひょっとして時間が掛るのでは。そんなこともついでに思った。

 何はともあれ、とりあえず依頼を出した相手の場所へと向かわねば。二人は町の代表者のいる場所まで歩みを進め、依頼書と説明を照らし合わせる。凡そ変わることもなく、町外れの空き家に何かがいるというとてつもなく曖昧な情報のみを持たされ代表者の家を後にすることとなった。

 

「もう直接見に行きません?」

「この様子だと他に情報も集まらなさそうではありますね」

 

 フランドールの提案にアンゼリカもそう返す。が、それはそれとして話は聞くぞと彼女は足を動かした。ここで自分は別行動、とするほどフランドールも考えなしではない。今回は特に、自身の暴走で周りに迷惑をかけた反省も踏まえた状態である。『暴風』の二つ名にあるまじき大人しさであった。

 ともあれ、そんなこんなで町の住人に話を聞いて回った結果、新たな情報がちらほらと手に入った。何か、と言われているが、その片方はどうやら人であるということ。何か、と言われているが、その片方はどうやら人語を介するということ。

 そして。

 

「子守唄……?」

「空き家で、子守唄ですか。順当に考えれば、何者かがこっそりと住んでいる、ということになりますが」

 

 そんな簡単な結論ではないだろう、とアンゼリカは半ば確信を持っていた。自身が見た際の情報もそうであるし、何よりあのマリアンヌが衛士隊でもなく『暴風雨』でもなく『美女と野獣』へ持っていったのだ。

 

「フラン」

「はい?」

「子守唄を歌う『何か』に心当たりは?」

「ざっくり過ぎです」

 

 大体そういう質問をする時、目の前の彼女は答えをもう持っている。それが分かっているから、フランドールとしてもわざわざ考えて何かを言いたくないのだ。それはそれで駄目だろうとここにはいない縦ロールの少女の幻影が溜息を吐いているが、生憎今回は彼女も同じようなことを言う彼もいない。

 

「で、何がいるんです?」

「さあ?」

「アン」

「本当のことです。何がいるかは、わたくしも分かりません」

 

 その言葉に嘘はない。それが分かったのでフランドールとしても文句を言うことはなかった。あくまでその件に関しては、である。

 それ以外で何か分かっていることがあるだろう。そんな目で彼女はアンゼリカを睨んだ。当然のごとく通じず、ともかく現場に向かいましょうと流されるのみである。

 

「あ、でも子守唄ってことは、夜なんじゃ」

「昼にはいない、とフランは考えるわけですね」

「そうじゃなきゃ、とっくに確認されてません?」

 

 フランドールの言葉にアンゼリカは答えない。口元に笑みを浮かべたまま、目的地へと歩みを進めるのみである。

 そうして歩くこと三十分。件の場所に辿り着いたフランドールは、アンゼリカの意図に気付いて肩を落とした。

 

「空き家っていうから、普通の平民が暮らす建物を想像してたわ……」

「でしょうね」

「知ってたんですね」

「勿論」

 

 所々朽ちてはいるが、二人の目の前にあったのは家というよりも屋敷であった。恐らく住人は既にいなくなって久しいであろうそこに『何か』がいるとするならば、町の住人ならばまず間違いなく近付かない。夜だろうと、昼だろうと。

 

「貴族の屋敷、ですかね」

「以前ここに一人のメイジが住んでいた、という記録はありました」

「……一人?」

 

 屋敷を見る。使用人を含めればそれなりの人数にはなるであろうことを考えても、一人で住むには少し広い気がした。家族か、あるいは別の何かと共に暮らすことを想定している作りなのだ。

 

「さて、ではどうします?」

「いや、行くしかないと思うんですけど……」

 

 確認は済んだので夜になってから行こう。それもまた一つの手であろうが、得体の知れない何かがいるかもしれない場所にそれはいささか無謀過ぎる。いや別にルイズなら平気だろうとここにはいないフリルシャツの青年の幻影が呆れていたが、先程も言ったように彼はおらず似たようなことを言ってくれる彼女もいない。

 

「この屋敷を御覧なさい」

「はえ?」

 

 そんなフランドールの言葉と全く関係がないような言葉をアンゼリカが零す。間抜けな相槌を打ったフランドールを見て微笑んだ彼女は、よく見ろと言わんばかりに屋敷の朽ちている部分を指差した。黒く、煤けているその部分を。

 

「……あれっ、て。燃えた跡?」

「火事で、ここの館は無人の空き家になったそうよ」

「……」

 

 それはつまりそういうことか。言葉にはせずに、フランドールはガリガリと自身の頭を掻く。全焼しなかっただけマシであろうと思うべきか、主を失ったのに形が残ってしまったのかと嘆くべきか。そのどちらも、今口にするのは相応しくないように思えた。

 

「そして、原因は不明」

「……は?」

「調査をする者もいませんでしたから。この館で何があったのか知る術はありません」

 

 そこまで言って微笑んだアンゼリカは、頬に右手を当てると左手でその肘を支える。結果として胸が強調される腕組みのようなポーズを取りつつ、その仮面の下の視線をフランドールへと向けた。

 そうして、再度彼女に問うた。

 

「さて、ではどうします?」

「……行くしかないでしょうが!」

「意見は変わらなかったようで、大変喜ばしいことです」

 

 こんちくしょう、とフランドールはアンゼリカを睨む。場合によっては人が殺せそうなその視線を受け流し、アンゼリカは一歩前に踏み出した。その提案を採用しましょう、とばかりに歩き始めた。

 一拍遅れてフランドールもそれに続く。並んで屋敷の入り口まで進み、そしてまだ外と中を隔てているその扉にゆっくりと手を掛けた。

 静かな町外れに、きしんだ扉の擦れる音が響く。思った以上のその音に思わずビクリとなったフランドールは、それを誤魔化すように咳払いをすると屋敷の中に頭を突っ込んだ。

 

「何も、ない、ですね」

「ええ、そのようですね」

 

 埃っぽい、というのが第一印象であった。手入れをしていないのがよく分かる。火事で所々朽ちているおかげか湿気でカビが生えていることこそ無かったが、エントランスの床はひび割れ歩くごとにジャリジャリと音が鳴る。正面の階段も手すりはボロボロ、二階部分は穴だらけだ。

 

「確か、片方は人、でしたっけ?」

「そもそもその『何か』が複数、というのが本当かどうかでしょう?」

「アンが疑っていないということは、本当ですよね」

「あら、信頼してくれているのね」

「そういう部分は」

 

 そんなやりとりを行いながら、人がいるならば生活感のある場所を探ることが出来ると一階の奥へと足を踏み入れる。部屋もガラスが割れていたり、カーテンの残骸が落ちていたりと放置されている状態が殆どであった。

 

「ということは、二階……?」

「ええ、その可能性も――」

 

 アンゼリカが途中で言葉を止めた。どうしました、と尋ねようとしたフランドールも、彼女が動きを止めた原因を察知して言葉を飲み込む。

 何かが聞こえてくる。人の声のような、違うような。ささやくような、叫ぶような。そんな何かが、耳に届く。

 どこだ、と視線を動かした。横方向に一致するような気配はない。ならばやはり縦方向、と首を動かすと、それらしき音の方向に反応出来る。

 

「二階」

「ですね」

 

 エントランスに戻り、ボロボロの階段を上がる。穴の空いた床を進もうかと足を踏み出し、いや違うと踵を返した。こちらには移動した跡がない。

 反対側の廊下を見た。向こうと比べ、明らかに何かが移動した痕跡がある。顔を見合わせ、コクリと頷くと、二人はその方向へと歩いていく。

 聞こえてくるそれは段々と大きくなる。一体何だったのかが明確になってくる。集めた噂の通りだ、と思わず喉が鳴る。

 

「子守、唄……?」

「聞いたことのない子守唄ですね。ガリアのものでもゲルマニアのものでもない……ロマリア? いえ、それも違う」

 

 アンゼリカが顎に手を当て思考を巡らせる。だが、彼女の知識に聞こえてくるそれと合致するものはない。伝わっているものではないのだ。歌っている者が考えたものなのか、それとも、その家特有の子守唄なのか。

 どちらにせよ、確認すれば分かる。ゆっくりとそこへ向かった二人は、外れかけた扉の先、部屋の一角に明かりがあるのを見付けた。『サイレント』の呪文を強めに掛けると、二人はその場所へと足を踏み出す。

 

「――っ!?」

「……これは」

 

 そこにいたのは、確かに片方は人であった。どうやら子守唄を歌われている方で、こちらからは顔がよく見えないがまだ年端もいかない年齢であることが分かる。

 そしてもう片方。子守唄を歌っている方は。髪の長い女性の形をしたそれは、その口から子供をあやすように歌を紡ぎ続ける。安らかな寝息を立てるまで、優しく、ゆっくりと歌を奏で続けている。一部分だけを見れば、それは何の変哲もない、優しい女性が子供を寝かしつけている光景であった。

 その光景をおかしくさせているのは二つ。一つはここが火事で朽ちかけた屋敷であること。そしてもう一つは。

 

「スキュア……」

 

 その女性の下半身が、タコを思わせる異形であったことだ。




アニメにスキュア出てきてたっけ?


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その2

原作のスキュアの描写一行しか無いんで大分弄った結果かけ離れたものに……

まあ、いつものことか


「……どうしましょうか」

「そうですね」

 

 部屋から一旦離れ、『サイレント』で音を消している状態のまま二人は顔を寄せ合って相談をする。現状の把握は出来た。後はどう解決するか、であるのだが。

 結局フランドールの呟いた一言が全てだ。何をどうすればいいのか分からない、というわけである。

 

「これが有象無象の連中であれば」

 

 アンゼリカが口にする。自分の、アンリエッタの息の掛かっていないような者達であればこの状況をどう解決するかを口にする。

 

「あれらを片付けて依頼終了、でしょうね」

「片付ける、か……」

 

 スキュアは見た目こそ人に近いが、実際は亜人でもない魔獣に分類されるものである。使い魔の召喚でも喚ばれることがあるくらいだ。人に似た形をした上半身を持つ海洋生物、と言った方が正しいのだろう。とはいえ、その殆どがあくまで『似ている』という程度でしかないのだが。

 

「あれ、相当成長していましたよね?」

「ええ。下半身をスカートか何かで隠せば人だと言い張っても通じるくらいには」

 

 フランドール達もウネウネと動くタコの下半身を目にしたことでスキュアだと理解したくらい、向こうの部屋で子守唄を歌っている存在は人に限りなく近かった。どれほど成長すれば普段目にするスキュアがああなるのだろうか。そんなことまで考えるほどである。

 

「人によっては、捕獲し好事家に売り払うということも視野に入れるかもしれません」

「どっちにしろ、わたし達はやりませんけどね」

「やらないのですか?」

「むしろ何でやらなきゃいけないんですか」

 

 そうね、とアンゼリカは笑う。その笑みが気に入らなかったフランドールは小さく舌打ちすると、それでどうするのかと再度問うた。その問いに少しだけ迷う素振りを見せた彼女は、見えている口元を三日月に歪める。

 

「サイトさん達ならば」

「アイツ等なら何だってんですか」

「『助ける』といったところでしょうか」

「悪さをしてないなら、でしょうけど」

 

 ちらりと部屋の方を見る。あの様子では自身の言葉に該当はしないだろう。そんなことを考えた。

 が、アンゼリカは同意しない。ならばもう一つ質問だと指を一本立てた。悪さをしていないというのならば、どう説明するのかと問い掛けた。

 

「あの少女は?」

「……」

「スキュアが攫ってきた、と考えることは出来ませんか?」

 

 出来ない、とは言えなかった。碌に調べもしない状態で断言するのは、それこそ向こうの思う壺。何より、その意見に自分自身が自信を持てない。

 ふう、とアンゼリカが溜息を吐いた。その辺りも踏まえ、調査が更に必要だろうと述べた。

 そう言いながら、再度部屋へと足を踏み出していた。

 

「アン」

「どうしましたフラン。まさか貴女が一度出直すという選択をするはずが無いわよね?」

「何でですか。わたしだってこういう場合一回戻ろうって考えますよ」

 

 そうは言いつつ、フランドールはアンゼリカの横に立つ。クスクスと笑う彼女の隣で、ぶうたれたような表情を見せている。

 

「でも、そうしたところで進展は見込めない」

「……分かってますよ」

 

 町の情報があれ以上引き出せるはずもないのはフランドールも分かっていた。今見た光景を踏まえたところで、一体どれだけ追加の情報を手に入れられるかと予想を立てても出てくるのは芳しくない結果だけだ。

 ならば、いっそ向こうの『当事者』とコンタクトを取った方が余程いい。

 

「話が通じるんですかね?」

「そこは信じるしかないでしょう。……多少無理を言っても、アトレシアは連れてくるべきだったかしら」

「あー、アトレなら確かに会話出来そうですもんね」

 

 何か誰かが無茶振りしてる、とラルカス診療所でエルザに飲み物を用意していたアトレシアがぼやいていたとかいないとか。そんなことがあったらしいが二人は知る由もない。

 ともあれ、進むしかないと結論付けた二人は、先程の部屋まで再度向かう。今度は『サイレント』を解いた上で、だ。

 ある程度進んだ辺りで子守唄が止まった。どうやら向こうもこちらを認識したようだ。そう二人が判断したのと同時、部屋からタコの下半身を持った女性が突っ込んでくる。

 

「フラン!」

「いやどうしろっていうんですか!?」

 

 タコの触手が廊下を薙ぎ払うが、二人はそれをステップで躱す。こちらがするのは戦闘ではない。武器を抜くのは論外だ。

 

「……」

 

 ズリズリと八本のそれを動かしながら、女性はジロリと侵入者を見た。杖を構える様子すらないメイジを見た。こちらを害するという意思は感じられないが、だからといって油断は出来ない。いつ何時、相手が牙を剥くかなど分かったものではないからだ。

 

「アン」

「どうしました?」

「……サイトがここに来ていたら、どうなってたと思います?」

「『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』の隊舎にメイドでも増えていたのでは?」

 

 少し癖のある亜麻色のロングの髪も、今でこそ敵意を剥き出しにしているがどこか眠そうな垂れ目も、魔獣であるから気にしていないとばかりに丸出しのそれなりに大きく形のいい乳房も。ある意味でカトレアの使い魔らしいあの人外誑しには大層魅力的に映っただろう、そう二人は顔を見合わせ頷いた。

 何でもかんでも口説いてるみたいに言うな、と抗議をする黒髪の青年の幻影を振り払いつつ、では自分達もそれに習いますかと息を吐いた。両手を上げ、敵対の意思など無いと口にした。

 

「……?」

「通じてない?」

「いえ、信用出来ない、という感じでしょう」

 

 ズリ、とスキュアは距離を取る。いつでも離脱、ないしは反撃が出来るように警戒しながら、しかし一応攻撃の手を止めてはくれるようであった。それは良かったと笑みを浮かべたアンゼリカは、まずは自己紹介だろうかと視線を隣に動かす。

 

「わたくしはアンゼリカ、こちらはフランドール。ここにいる『住人』の調査にやってきたものです」

「……っ!」

「待って待って! 別に貴女をどうこうするってわけじゃないのよ!?」

「……イ」

 

 ブンブンと手を振りながら必死で弁明するフランドールを見たスキュアは、しかしアンゼリカを見て顔を顰めた。仮面に覆われている笑みを見て、ゆっくりと口を開いた。

 

「デキ……ナイ」

「へ?」

「信ジ、ラレ……ナイ」

「あ、やっぱり? ってうわ喋った!?」

 

 マジかよ、と思わずフランドールが目を見開く。対するアンゼリカは別段変わった様子はない。会話が出来るならば話は早いですねと言わんばかりの口元である。

 更に下がった。ちらりと視線だけを背後に動かし、何かを守るようにスキュアはその場に仁王立ちする。

 

「そう警戒なさらないで。先程も言ったように、わたくし達は排除をしにきたわけではありません。もし、可能ならば」

 

 そこでアンゼリカは一度言葉を止めた。視線を眼の前のスキュアから、背後の明かりのある部屋へと動かした。

 

「そちらの少女の『事情』を、解決することも出来るやもしれません」

 

 その言葉に思わずスキュアは振り返る。が、そこには誰もいない。慌てて視線を元に戻すと、先程から一歩も動いていないアンゼリカが目に入った。

 

「何がしたいんですかアン」

「ちょっとした確認ですよ」

 

 姿勢を低くして再度敵意剥き出しになったスキュアを見て、フランドールは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 暫しの睨み合いの後、スキュアが小さく溜息を吐いた。ちらりとフランドールを見て、視線を外すと踵を返す。先程とは違い、歩いているかのような動きで部屋に戻っていくのを見ながら、二人はゆっくりと後を追った。

 明かりのある部屋へと足を踏み入れる。火事で朽ちた屋敷の中でも、この部屋は特に薄暗い。そうでなければ見付かってしまうということなのかもしれないし、あるいは他にこの部屋がいい理由があるのかもしれない。

 ともあれ、その部屋の中で椅子に座ってスキュアの帰りを待っていたらしい少女は、彼女が頭を撫でたことで笑顔を見せた。

 

「あ、お母さん」

 

 少女の言葉に、スキュアは嬉しそうな、胸が締め付けられるような表情を浮かべる。アンゼリカはその表情を見て何かを考えるように顎に手を当て、フランドールは少女の言葉に目をパチクリとさせた。

 思わず口に仕掛けた言葉を飲み込み、フランドールはアンゼリカを見る。こういう時はそっちの出番だろうという視線を受けた彼女は、笑みを浮かべて少女へと足を踏み出した。スキュアが警戒するように間に割って入ったが、分かっているとばかりにアンゼリカが途中で足を止める。

 

「はじめまして。わたくし、アンゼリカ、と申します。後ろにはもう一人いまして、彼女はフランドールと言います」

「……え?」

 

 キョロキョロと顔を動かした少女は、目の前にいるアンゼリカに視線を合わせられず、声の方向からこの辺りだと予想を立てた方を向く。スキュアがそんな少女の手を取り、あっちだと指し示していた。

 

「あ、ご、ごめんなさい」

「いいえ、お気になさらず。それで、お話は大丈夫ですか?」

「あ、は、はい。……何でしょうか?」

 

 不安げな表情と声色。それを見て聞いたフランドールは眉尻を下げ、アンゼリカが何か余計なことを言い出したらぶん殴ろうと拳を握り込んだ。アンゼリカはアンゼリカで、ちらりと彼女を見ると大丈夫だと言わんばかりに口角を上げる。

 

「貴女は、何故こんなところに?」

「こんなところ、ですか?」

 

 言っている意味が分からないと少女は首を傾げる。この家に何かおかしなところがあっただろうかとスキュアの方に顔を向けた。スキュアはそんな彼女を優しく撫でる。

 ぐい、とアンゼリカの襟を引っ張った。ぐえ、と姫殿下にあるまじき悲鳴を上げた彼女は、しかし文句を言うことなくそれをしたフランドールの方を見る。

 

「アン。彼女は」

「分かっています。……目が、見えていませんね」

 

 少女の目は閉じられており、会話の際時折開く瞳には光がない。二人へ視線を合わせられないのも道理であろう。

 そして、だからこそなのか。少女はスキュアを母と呼んだ。

 

「分かってるのにあんな質問したんですか」

「目が見えていないことと、現状を把握しているかどうかは別問題でしょう?」

「いやそりゃそうでしょうけど」

 

 もう少し人間らしい心を持ってくれないかな。そんなことを思いながら、選手交代だとばかりにフランドールは前に出た。さっき紹介されたけど、と前置きをし、彼女は自身の名を名乗る。

 

「それで、貴女の名前は?」

「……コレット、です」

 

 少女はそう言うと、不安げに顔を動かした。眼の前にいる相手がどんな顔をしていて、どんな表情をしているか。それが分からない以上、彼女にとって安心出来ることなど何もない。横にいる『母』の手をしっかりと握ることでしか、彼女の不安は取り除けない。

 先程から質問の意図もよく分からないのだ。何故こんな場所にいるのかだなんて、そんなものは決まっている。

 

「ここは、貴女の家なの?」

「はい」

 

 そうだ、ここは自分の家だ。『母』の住んでいる家だ。だから、何故も何も、ここに住んでいるのは当たり前ではないか。

 そんな彼女の思考が伝わったのか、フランドールは小さく息を吐くとスキュアに視線を向けた。本来はもっと穏やかな目をしているのだろうその表情は、一向に晴れない。まあそうだろうな、と肩を竦め、アンゼリカに向き直った。

 

「……どうしましょう」

「ここが彼女の家だというのならば、彼女の母親が恐らく――母親?」

 

 ん? と眉を顰めたアンゼリカは、一歩前に出るとスキュアを見た。余計なことを言ったら殺すと言わんばかりの瞳を見て、分かっていますと彼女は微笑む。杖を一本抜き、再度『サイレント』の呪文を唱えた。

 

「どうしたんですか?」

「ここの屋敷の主人の話は先程しましたね」

「ええ。それが?」

「屋敷の主人は男性よ」

 

 フランドールの動きが止まる。ここに住んでいたのは男性で、今眼の前にいる少女はここが家だと言った。普通に考えれば、彼女はその男性の娘ということになる。

 そして、彼女は隣にいるスキュアを、『母』だと言った。

 

「……え? え!?」

「フランが何を想像したのか手に取るように分かりますが、多分違います」

「は?」

「サイトさんじゃないのですよ? 人外と愛を育むのはトリステインの貴族には無理です」

 

 例外がいないとは言わないが、少なくとも彼女は人とスキュアの混血であるなどという希少な存在ではあるまい。そう続け、彼女はやれやれと頭を振った。

 

「スキュアはメイジの使い魔として喚ばれることもあります。……恐らく、彼女はここの主人の使い魔だったのでしょう」

「ご主人様が火事で亡くなったから、娘の『母』をしている、ってこと?」

 

 こくりとアンゼリカは頷く。が、フランドールは怪訝な表情を変えることはない。いやそれおかしいだろと言わんばかりに、彼女に向かって指を突き付けた。

 もしスキュアがここの主人の使い魔ならば、娘はとうの昔に正体を知っているはずだ、と。

 

「彼女の目は、それ以前から見えていないのでしょう」

「いや、流石にそれは……」

「わたくし達は『彼女』が喚ばれた時期を知らないわ。何度目の使い魔か、ということも」

 

 言葉を飲み込む。それは一体どういう意味だ。そう言いかけたが、アンゼリカの口元がふざけているようには見えず、思わず言葉を止めてしまう。

 ちらりとスキュアを見た。少女を見る目は慈愛に満ちていて、それは紛れもなく『母』だ。少女を大切に思う気持ちは偽りではなく、そして植え付けられたものでもないのだろう。

 

「まあ、あくまで予想よ。火事のショックで記憶と視力を失っているという可能性も十分にあるわ」

「どっちかというとそっちの方が高いんじゃないですか……?」

 

 どちらにせよ、今回の依頼を達成するにはこの二人をここから連れ出さなければならない。そのために出来ることは何か、と問われれば。

 『サイレント』を解いた。スキュアの方に向き直ると、少しいいでしょうかとアンゼリカは問い掛ける。怪訝な表情を浮かべたスキュアは、しかし言ってみろとタコの触手を動かし続きを促した。

 

「コレット嬢の目を治せば、こちらについてきて頂けますか?」

 

 え、とコレットは声を上げた。唐突に聞こえたその言葉に、思わず隣にいる『母』の手を強く握ってしまう。それに答えるようにコレットの頭を優しく撫でたスキュアは、射殺さんばかりの視線でアンゼリカを睨み付けた。余計なことを言うな、そう目が物語っていた。

 

「貴女は、それでいいの?」

 

 だからなのか。思わずフランドールが言葉を紡いでいた。大切な『娘』が、コレットの目が見えないままでもいいのか、と述べていた。

 

「ここで生活するのも大変なんでしょう? いや、そりゃ、わたしなんかがそんなことを言ってもいいわけがないし、そんな権利もないけど……。彼女の『母』なら、もっと、見せてあげて。世界を、味あわせてあげて」

「……」

 

 知った風な口を聞くな、とスキュアはフランドールを睨む。だが、彼女は眉尻を下げたまま、怯むことも引き下がることもなく、真っ直ぐにスキュアを見詰めている。

 そのままどれだけの時間が経ったのだろうか。ほんの少しかもしれないし、かなり長かったのかもしれない。火事で朽ちた屋敷を沈黙が包み込み、明かりが揺らめく音だけが微かに聞こえるその空間で、ぽつりと、水滴が落ちるように言葉が紡がれた。

 

「見えるように……なるんですか?」

「……っ!?」

 

 スキュアがコレットを見る。目を開き、光のない瞳を真っ直ぐに、声の主がいるであろう場所へと向けている彼女を、見る。

 

「わたしの目、見えるように、なるんですか?」

「断言は出来ません。ですが、全力を尽くします」

 

 アンゼリカはそう告げた。ここで勿論だと言うのは簡単だが、彼女はそれをしない。自身よりも幾分か年下の少女であろうとも、相手が本気ならばこちらも真面目に応えるべきだ。そうすることが、最適解だと知っているのだ。

 

「……もし、目が治れば」

 

 お母さんを見ることも出来ますよね。そう言って儚げにコレットは笑う。それが出来るのならば、自分は差し出された手を取ってやる。出会ったばかりだけれど、この二人ならば騙すようなことはしない、だから。そんな確信を持って、彼女はそれを口にした。

 

「……」

 

 アンゼリカは答えない。それを答えていいのか、ほんの少しだけ迷ったからだ。

 

「ええ。貴女をずっと見守ってくれていた『お母さん』に、目が治ったら目一杯甘えてやりなさい」

「……フラン、貴女は……」

 

 だから、それを迷うことなく笑顔で述べたフランドールを見て、彼女は呆れたように溜息を吐いた。そういう考えなしが、ついこの間どうなったのかをもう忘れたのかと頭を押さえた。

 彼女の目の前では、コレットの隣では。

 

「…………」

 

 今にも泣きそうな顔をした、スキュアの姿があった。とても喜んでいるようには思えない、彼女の姿があった。

 日が、傾き始めていた。




ルイズは考えなしに突っ込むか考えすぎて突っ走るかの二択しか無いのをどうにかした方がいいと思う


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その3

もうちょい円満に解決する予定だった(過去形)


 今日いきなりは流石に無理があろう。ということで、治療云々は後日ということになった。フランドール達は夜を明かす場所を探そうと踵を返したが、コレットがそれならばここに泊まっていってくださいと二人に述べる。

 

「いきなり泊まるわけにもいかないわよ。気持ちだけありがたく頂いておくわ」

「ええ。……それに、わたくし達はまだ少しやることがあるので」

 

 彼女の提案にそう返すと、二人は朽ちた屋敷を出る。とっさの言い訳としては及第点ですねと告げたアンゼリカの横で、フランドールは不思議そうな顔をした。

 

「本気で言っていましたか」

「高級な宿屋でもないと泊まれない、なんて言うほど贅沢な身分でもないですし」

 

 フランドール――ルイズは公爵令嬢である。紛うことなき贅沢な身分である。そしてまあそうですけどね、と軽く述べているアンゼリカは正体がアンリエッタ、王女であり更に贅沢な身分である。

 が、そこを指摘する面々は生憎不在であった。会話として軽く流され、二人はそのまま町へと戻っていく。

 

「あ、じゃあまだやることがあるってのは方便だったんですか?」

「いいえ? 確認作業をしようと思っています」

 

 何を確認するんだ、とフランドールは首を傾げた。そんな彼女を見て、アンゼリカは分かっていましたとばかりに笑みを浮かべる。

 

「あの娘、あの屋敷がボロボロであることを承知で先程の言葉を言ったのかしら?」

「へ? ……んー、人が住めないことはないって思ってるんじゃ」

 

 フランドールの言葉に成程とだけ述べたアンゼリカは、ではもう一つと指を立てる。笑みは変わらず、彼女はそのまま言葉を紡いだ。

 食事はどうしているのか、と。

 

「……え?」

「あの屋敷の状態で、どうやってまともに食事をしているの?」

「そりゃ、あの、スキュアが、食事を?」

「自分で言いながら不安になるのはやめなさいな」

 

 はぁ、と溜息を吐いたアンゼリカは、しかしまあそうでしょうと彼女に返した。食事の用意を盲目のコレットが出来ないのならば、『母』であるスキュアがやるしかない。あの状況を思い浮かべればまず出てくるのはそれであろう。

 

「町での噂が『怪しい何かがいる』でしかない以上、材料は手ずから調達でもしているのでしょう」

「無駄に生活能力高くないですか……?」

「ええ、そうね。()()()()()()()、無茶な話ね」

 

 立てていた指をクルクルと回しながら、アンゼリカはそう告げた。思い浮かぶ選択肢は、実現可能かどうかを抜きにしなければ妥当ではない。そう言いながらも、彼女はそれを荒唐無稽と切って捨てずに留めている。

 

「アン。絶対何か隠してるでしょう」

「人聞きが悪いわね。わたくしは、市井に知られている情報は貴女に教えたわ」

「知られてない情報は?」

「わたくしの胸の中」

「ぶっ飛ばずぞ」

 

 ギリリと拳を握ったフランドールを見て、ああ怖いと微笑んだ彼女はほんの少しだけ前に出る。では、何を聞きたいのかしら。そう言いながら、促すようにフランドールに手を差し出した。

 

「…………へ?」

「貴女の知りたい情報は何? わたくしの知っていることならば、教えましょう」

「え、えっと、じ、事件の真相……?」

「事件とはどの事件を指しているのかしら」

「どの事件!? どの事件って、何がどれ!?」

 

 やれやれとアンゼリカは肩を竦めた。ほらこれだから話していないのだと言わんばかりの態度であった。勿論フランドールとしては文句を言いたい。言いたいが、自分自身で証明してしまった以上何も言えずぐぬぬと唸るのみである。

 ニコリと口角を上げたアンゼリカは、では行きましょうと足を踏み出した。文句を言いたくても言えないフランドールは、それに不満げな表情のまま付き従う。

 

「でも」

「はい?」

「分かっているなら、きちんと解決出来るんですよね?」

「……それは、どうでしょうか」

 

 からかいはなかった。ぽつりと零したその言葉は、ふざけている様子もなく、飾り気のない言葉。そんなアンゼリカの言葉を聞いたからだろうか、フランドールは彼女の肩を思わず掴む。

 

「真相を伝えればそれでいいものと、分かっていたところで解決出来ないものがあるわ。今回は、後者」

「何で? どういうことですか?」

 

 ふぅ、とアンゼリカは息を吐く。そうしながら、ねえフラン、と隣の彼女に声を掛けた。

 

「貴女は虎の巣穴に子猫を投げ入れた経験はあるかしら?」

「あったら頭おかしいでしょう!?」

「あらそう。では、それをした場合、子猫はどうなるかご存知?」

「どうなるかって、そりゃ……殺されるんじゃ」

 

 縄張りに侵入した異物だ。狩られてしまうのが残当であろう。そんなことを思いつつ、若干眉尻を下げながらフランドールはそう返した。

 が、アンゼリカは首を横に振る。勿論そうなることもあるでしょうけれど、と前置きをし、少しだけ空を見上げながら言葉を紡いだ。

 

「虎は、子猫を育てるそうよ」

「……へぇ。たとえ猛獣でも、やっぱり子供は可愛いものなんですかね」

「そうかもしれないわ。――例え憎い男の娘でも、自分を好き勝手にした相手の子供でも。『母』と呼んで慕ってきたのならば、情が湧いてくる」

 

 フランドールの動きが止まった。今こいつは何と言った。そんなことを考えながら、暫し目を瞬かせる。彼女とて基本的には凡愚ではない。アンゼリカの言葉の意味が何なのか、何を指しているのか分からないわけではない。

 

「……アン」

「はい」

「あの屋敷、何で燃えたんですか?」

「原因は不明、と言ったはずですが」

「調査する人がいないから分からない、でしたよね。じゃあ、調査すれば」

「その必要はないわ。調査をする者がいない、というのが既に調査結果も同様だもの」

 

 へ、とフランドールは首を傾げる。そんな彼女を見ることなく、アンゼリカは考えてもご覧なさいと手の平を天に向けた。

 

「貴族の屋敷が燃えたのよ。誰にも知られていなかったのならばともかく、周知されていたのに調査がされないなどということがあるはずがないわ」

「でも、実際にされてないんじゃ」

「ええ。されなかったのでしょう。真相を明らかにしてはいけなかったのでしょう」

 

 それは、貴族の名誉に関わる。ことトリステインはそのような体面には特に敏感だ。貴族の不祥事をわざわざ表に出すことは誰も得をしない。だから、そのような場合は往々にして原因不明で片付ける。

 

「……自分で、屋敷を?」

「気が触れてしまった貴族、などという不名誉な称号は無かったことにするに限りますから」

 

 やれやれ、と肩を竦めたアンゼリカを見て、フランドールは眉を顰める。屋敷には男性のメイジが一人で住んでいた。最初に伝えられたその情報がまるで意味をなさないものになった気がしたからだ。

 

「使用人は最初はいたのでしょう。厳密には完全に一人ではなかったのでしょうね」

「それは別にまあいいんですけど」

「いつからか、それとも最初からか。屋敷の主人はおかしくなった。使い魔を喚んでは使い潰し、娘はいないものとされた」

「何度目かの使い魔か分からないっていうのは」

 

 適当ぶっこいていたんじゃなかったのか。そんなことを考えつつ、フランドールは溜息と共に拳を一発アンゼリカに叩き込んだ。ごん、と小気味いい音がして少女は可愛らしい悲鳴をあげる。

 

「今日のやり取りの半分以上が無駄じゃないですか」

「そうでもないわ。これらは今日、あの娘とスキュアに会ったからこそ繋がった事柄よ」

「使い魔を使い潰してたとか、娘が放置されてたとかが、ですか?」

「ええ。気が触れたメイジがやっていたことなど、調査の書類にならないもの」

 

 それもそうか、とフランドールは頷く。まあだとしても引っ叩いたことは間違っていないと彼女は流した。

 

「で、あのスキュアがあんな姿まで成長しているのも」

「何をやっていたのかは、既に闇の中。どのみち知ったところで、母さまが笑いながら握り潰して終わりよ」

 

 あるいは、もうとっくに『魔女』の既知であるのかもしれない。どちらにせよそこに踏み込む意味はない。

 何より、本来ここにいるべき者は『美女と野獣(ラ・ベル・エ・ラ・ベート)』。彼等がそれをするわけがない。

 

「さてフラン。わたくしの言った言葉の意味、分かってもらえたかしら?」

「……あー、成程。背景分かったけどだから何だってなりますね」

 

 あの二人をどうにかするのに、屋敷の真相は役に立たない。恐らく火事の影響でその辺りの記憶が飛んでいるコレットを説得する材料にならない。そして何より、スキュアにとってはそれを告げるだけで彼女の逆鱗に触れかねない。

 

「ん? だったらあの娘の目の治療しても解決にならないんじゃ」

「ええ。とりあえずこの屋敷から移動させる、という一時凌ぎです」

 

 フォンティーヌ領に住まわせればそのうち染まっていくだろう。彼女らしからぬ割と投げっぱなしの結論を聞き、フランドールは駄目じゃんと溜息を吐いた。

 尚、ならば貴女はどうなのと問われた彼女が出した結論も同じであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、アンゼリカの言っていた確認作業を終えた後、二人は再度朽ちた屋敷へと向かっていた。やることは昨日と変わりない。とりあえずコレットとスキュアをここから引っ越しさせるのだ。

 

「ん?」

 

 その道中、フランドールが数人のメイジの集まりを見付けた。こんな場所に何で、と首を傾げながら、とりあえず自分達とは関わりないだろうと足を進める。

 が、そのメイジの集団も彼女達と同じ方向へと向かっていた。

 

「失礼。そちらはこの先にどんな御用でしょうか?」

 

 そうなるとフランドールが口を出すのは時間の問題。そう判断したアンゼリカは、先んじて声を掛けることにした。メイジ達は仮面の少女を見て一瞬怪訝な表情を浮かべたが、まあいいと彼女の質問に答える。

 曰く、この先にある屋敷の廃墟に巣食っているらしい魔獣退治だ、と。

 

「ちょっと待った。あの屋敷にいる何かの調査はこっちで既に依頼されてるわ」

 

 ずずいとフランドールが口を出す。結局出したわね、と肩を竦めたアンゼリカのことなど気にせず、彼女は王宮からの依頼であることを書類を交えながら説明し、こちらでもう対処は済んでいるので問題ないと締めた。

 

「では何故今から現場へ?」

 

 メイジの一人がそう問う。しつこいな、と思いながらそれに答えようとしたフランドールであったが、ぐい、と襟を引っ張られたことで鶏を絞めたような声を上げた。

 

「何すんですか」

「フランでは余計なことを言いそうだったから」

 

 しれっとそう述べ、アンゼリカが前に出る。フランドールが述べたように、この依頼は王宮管轄であり、ヴァリエール公爵の騎士団代理である自分達が既に対処済み。何より屋敷にいたのは魔獣などではなく人であったのだ。そこまで伝えると、彼女はニコリと笑みを浮かべる。

 

「わたくし達が今から向かうのは、その人物をヴァリエール公爵領へと引っ越しさせるためです。昨日は交渉で遅くなってしまったので、日を改めてということになりました」

 

 ふむ、とメイジは頷く。そういうことならば仕方ないかと呟くと、残りの面々にも意見を聞こうと振り返った。ヴァリエール公爵の名前は効果的であったようで、同じように引き下がろうという意見があげられていた。

 が、納得していない者も当然いる。こちらで確認せねばいけない、と二人についていくことを提案していた。

 

「それは構いませんが、何故そこまで?」

 

 アンゼリカの言葉に、不満を述べたメイジは当たり前だろうと返した。領主から命じられたのだから、はいそうですかと帰れない。そう続けた。

 

「へ? 何で今領主が?」

「確か、そちらにはこの話は嘆願されていないということでしたが」

 

 二人の疑問に、メイジ達は顔を見合わせた。あまり言いたくはないが、と小声になると二人に顔を近付ける。

 

「実は領主の息子が今回の件を小耳に挟んだらしくてな。ちょっとした箔をつけるとかなんとかで無理矢理依頼にしたんだ」

 

 不満を述べていたのは領主の息子の子飼いのメイジで、帰ろうとしていたのはそれ以外。成程分かりやすいと苦笑したフランドールは、そうなると面倒だなと顎に手を当てる。

 

「とはいえ、王宮の依頼を掠め取るのはあまり賢いやり口とは思えませんが」

「その辺りの情報収集を怠っていたんだろう。言っちゃ悪いがあまり有能でないからな」

 

 やれやれ、とメイジは肩を竦めた。そのくせ出しゃばりだから、と続けるのと同時、彼の後方から怒号が飛ぶ。

 

「貴様、誰のことを言っているのだ?」

「いえ、この間の傭兵が随分と無能で使えなかった、という話をしていたのです」

 

 あれがその無能な息子か。そんなことを思いながらメイジを罵倒し自身の取り巻きへと戻っていく男を見る。先程見当たらなかったのはたまたま別行動でもしていたらしい。ああやって無駄に動き回るから始末が悪いとぼやくメイジに、貴方も大変なのねとフランドールは述べた。

 

「ははは。まあこの間よりはマシだがな。件の貴族殺しの討伐に駆り出された時は死にかけた」

 

 あいつらがいなければ実際死んでいたからな、とメイジは笑う。そうしながら、そう言えば、と何かを思い出したように二人を見た。

 

「君達はヴァリエール公爵の手の者だと言っていたな。なら、フォンティーヌ自由騎士団は知っているかい? 随分と不思議な面々なんだが」

「へ? ええ、よく知ってるけれど」

「そうか。では今度会ったなら命を助けてくれて感謝していると伝えてくれ」

 

 彼等のおかげで色々と世界も変わった、とメイジは笑う。そんな彼の言葉を聞きながら、フランドールは本当に色々やらかしてるわねアイツ等と心中でぼやいた。

 隣ではこちらも似たようなものよ、と読心したアンゼリカが彼女を生暖かい目で見詰めていた。

 そうこうしているうちに屋敷に辿り着く。では、と扉に向かおうとしたアンゼリカとフランドールを制した領主の息子は、先に行くのはこちらだと息巻いた。

 

「話は既に付けてある、と先程申し上げたはずですが」

「ふん、貴様達のような得体の知れないメイジの言葉など信用なるか。私が自分の目で確かめる」

 

 行くぞ、と取り巻きを連れて扉を開ける。ボロボロの室内を見て顔を顰めた領主の息子は、一歩足を踏み入れると声を張り上げた。自身の名前を名乗り、ここにやってきた理由を叫んだ。

 

「出てこい、魔獣よ! この私が退治してくれる!」

「いやだから話済んでるって言ってんじゃないですか。そもそも魔獣じゃないし」

 

 フランドールの言葉は勿論聞いちゃいない。臆病者め、と鼻を鳴らすと、取り巻きと共に屋敷に突入、一階の家探しを始めた。その行動はどう見ても荒らし回っているとしか思えず、ここに住んでいる者からすれば見過ごせるはずもない。

 

「……とんでもないクソ野郎ですね」

「アンが言っちゃうんだ」

「何か?」

「いえ、珍しく率直に罵倒したな、と」

 

 皮肉を言う時間も惜しい。そう吐き捨てるように述べたアンゼリカは、フランド