パンチラ系妖怪美少女学園での度し難い日々 (蕎麦饂飩)
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全ては神聖なる主の御心のままに

「全ては神聖なる主の御心のままに」

 

 司教様は僕にそう仰られた。

 この命の存在理由、それは邪悪なる魂を遍くこの世から抹殺する事。

 邪悪な魂、それは即ち吸血鬼などを初めとする人では無く人に仇為す化け物。

 即ち――――――(あやし)*1

 

 神を信仰して人を守護する教会*2には相容れない存在だ。

 僕を育て上げた教会の関係者も当然彼らを存在する事すら許しはしないし、

 僕も彼等に容赦する必要は無いと思っている。

 邪悪なる魂は神が造り上げたこの地上に相応しくは無い。

 塵は塵に、灰は灰に還るべきだ。いや、僕が還させてやろう。

 

 僕は(あやし)を絶滅させるためにあらゆる可能性においてその目的が達成できる為の教育を受けてきた。

 その最後の詰めという時になって、僕は司教様直々に呼び出された。

 そしてある事を命じられた。『陽海学園』*3へ行けと。

 

 どういう訳かわからないが僕は御子神典明という男が経営する(あやし)達が集う『陽海学園』に編入する事となった。

 何故、僕が編入できるのか?

 答えは極めてシンプルだ。

 僕は厳密にはホモ・サピエンスでは無い。

 フラスコの中で命を受けた錬金術の到達点、結晶化した魂、人造人間。要するにホムンクルス*4だ。

 

 僕は人造とはいえ人間だ。

 構成物質も構造もそう変わらない。普通の人間と変わらない外見に五感も揃えている。思考能力も感情だってある。

 だが、(あやし)と呼べ無い訳では無い。だからこそあの化け物の園に迎え入れられるのだ。

 人に似た人以外の者であるが故に。

 故に時至らば、我ら銀貨三十神所に投げ込み、荒縄を以って己の素っ首吊り下げよう。

 

 それしか僕に存在理由は無く、それが僕の存在意義であるが故に。

 だからこそ今回の僕の功績を以って大司教に昇進される司教閣下が、命令の結びに云われた神の意志への服従の言葉と同じ言葉を僕も繋げる様に紡ぐ。

 

「全ては神聖なる主の御心のままに」

 

 司教様は満足そうに頷かれるとローブを翻して去って行かれた。

 

 

 これより邪悪なる化け物達がこの世から一切合財の例外なく朽ち果てる序章が始まるのだ。

 僕は己さえ存在しないその美しい世界に夢を馳せながら、少しだけ緩みかけた口元を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2年生として入学した僕は賢石(さといし)(みどり)という名前で自己紹介をした。

 歩き言葉を放つ魔法と称されるホムンクルスに並ぶ賢者の石と僕の眼の色から採った。

 元々僕に名前など無く、化け物、ホムンクルス、人造人間、496号としか呼ばれてこなかった。

 だからこれは特に意味も無い偽名だ。

 

 最初に担任である石神(いしがみ)(ひとみ)*5からはこの学園の趣旨等というどうでも良い事を聞かされた。

 人外の化け物達が人間に偽装して、人間社会に溶け込んで共存する為の学園だそうだ。

 まあ、石神教師自身にもどうでもよさそうな口調で話された事だし、特に気にする必要は無いだろう。

 

 ――(あやし)と人間との共存だなんて、教師でさえ求めてはいない。理事長の統率力も程が知れる。

 第一、この世の穢れである妖怪たちが神に愛された種族である人間と共存など出来ようはずも無い。

 

 話半分に建前を聞き流しながらも気になる事があったので、もしこの学園に人間が入り込んでいたら? と聞いたところ、

 元気そうな者達からはほぼ満場一致で「喰らう」という結論に出た。

 教師さえ建前だけでも止める様子は無い。どうやら校則でこの学園に人間はいてはならない者と決まっているらしい。

 更に見付け次第殺しても良いと。

 その上人間との共存などという矛盾した理念を掲げる。結局は人間に化けて戦闘職聖職者(エクソシスト)にばれない様にしたいだけなのだろうね。

 やはり滅ぶべき種族だ、(あやし)というものは。

 

 僕は己のこの肉体にさしたる興味は無い。(あやし)を絶滅させ尽くした後に神への祈りと共に消滅させるだけの肉体だからだ。

 その様に教育されてきたし、僕自身も己の意志でそれを理解して受け入れている。その事に不満も疑問も存在しない。

 

 クラスの初日の授業は初日という事もあり、各教科の教師たちも雑談の割合が多かった。

 特に僕は学生として教師に期待している事は無い。何故なら僕は完成した生命(ホムンクルス)

 生まれた時には知識を含め全てが既に完成しきっている。それ以上の成長は無い代わりに、成長する事無く完全だ。

 とはいえ、僕にはホムンクルスとして唯一不完全な所がある故に、その部分はいずれ何とかしなければならない。

 まあ、それを含めて問題は何一つない。この周囲の同級生達を教師を含めて血祭りに上げる事さえできるだろう。

 ただ、今がその時では無いと言うだけだ。

 

 2年生として編入した事で、部活に入らなければならないという事は少々面倒であった。

 3年生であれば何とか進学を理由に省く事が出来ただろう。

 とはいえ、元より僕には知識における遅れは考える必要が無い。

 だから部活を通じて周囲の信頼を勝ち取り情報を入手しやすい環境を構築しても良い。

 それか、生徒会や何かしらの委員会に入るのも良いだろう。

 理事長に目を付けられやすくはなるが、懐にはより深く入り込める。

 だが、先ずは生徒の中で僕の価値をある程度アピールしておかなければそこにいきなり転入生が入り込む事は難しいだろう。

 個人的には秩序を重んじると言う公安委員という名の風紀委員が好みではあるが、神の秩序に逆らう(あやし)の分際で正義を騙らせるのには思う所があり過ぎる。

 因みに同じクラスの真面目そうな女子生徒螢糸(けいと)*6も所属しているそうだ。

 

 

 さて、担任の部活である絵画や彫像には特に興味が無いので、他の部活を見回る事にしてみた。

 音楽や絵画などは聞いたことや見た事があれば完全なそのままの状態で再現できる。だからそこに楽しみは感じられない。

 成長の概念に欠ける僕にはとてもむなしいものだったからだ。

 それに僕の記憶の中には絵に残したいような美しい風景というものは無い。あるのは灰色の壁だけだ。

 

 水泳はした事は無いが理屈は理解している。恐らく問題は無いだろう。

 同じ構造をした者よりかは遥かに上手く泳げる。

 …流石に尾びれを持つ(あやし)*7には勝てないだろうけど、それはあくまで泳ぎという一点においてのみだ。

 殺し合いなら無理に泳ぎで相手をする必要は無い。

 少々騒がしくなっていたが、殺し合い奪い合いは(あやし)の低級な精神ではよくある事だろう。

 そう結論付けて素通りする事にした。

 

 ミイラ部とか鍼灸部とかがあったが鍼灸はともかくミイラ部には全く興味がわかなかった。

 科学部には内心では複雑ながらも得意分野中の得意分野と言えたが、正直レベルが低すぎた。

 人間と科学の間に生まれた(あやし)であるホムンクルスにとっては息をする様に行えることを、

 試行錯誤した上に失敗する事もある科学部の者達は無様で哀れでしかなかった。

 

 

 とはいえ、転入した上で部活にも入りませんというキャラクターでは周囲の受けは良くない。

 だから美術部と科学部に在籍しておく事にした。特に興味がある訳では無い。寧ろ無いと言い切ってしまっても良い位だ。

 同じ部の者達が(あやし)として程度の低い者達で友好を深めるメリットは薄いけど、

 だからこそ、此処で成果を出すほど僕が目立つ事が出来る。

 

 そして3年生になる時には委員会か生徒会にでも身を置こう。

 

 

 …そういう計画だったんだが、

 

 

 

「翠君の銀色の髪ってさらさらー」

「翠くんって女の子みたいな顔だよね」

 

 僕にそう言っていた同級生で同じ美術部の女子生徒達が失踪した。

 こう言う騒動はこの学園では少なくないらしい。…秩序を護っているという公安委員も大したものじゃ無さそうだ。

 

 まあ、特に誰が失踪しようと関係無い。関係無いんだけど、一応、そう一応心配であり解決したがっている姿勢を見せるべきだろうと思う。

 無論、この学園の上層部の覚え良くする為の者であり、決して善意でもクラスメイトへの友情でも何でも無い。

 

 そういう訳で調査をしていると、石神教師に呼び止められた。

 彼女は僕の担任で顧問であるから無碍にするわけにもいかない。

 話を聞いてみると僕をモデルに作品を作りたいそうだ。

 

 人工物(ホムンクルス)を元に彫刻を作りたいと言われても、動く石像の石像を造って何が面白いのかと思うけど、それが芸術家というものなのだろうかと納得する事にする。

 

 

 石神教師に誰もいない美術室に併設された保管室に呼び出された僕は、少しだけこのシュチュエーションは不謹慎ではないかと考えたが、その浅ましい考えは捨てるべきだとすぐさま思考から追い払った。

 

 共に部屋に入るなり鍵を閉めて僕に近づいてくる石神教師に先程の想像が鎌首を擡げてくる…という事は無い。

 周囲に存在する布を被せられた丁度女子生徒一人分の大きさの何かが周囲に存在している。

 そして僕の前には蛇の頭を持つメデューサ*8の本性を現した美術教師がいるのだから、これで状況が解らない方がどうかしている。

 

 その頭の蛇の一匹が僕の腕に噛み付いた途端、身体が石化し始めた。

 

 

「君を一目見た時からコレクションにしたいと思っていた。

石になっても感情も残るし泣く事も出来るよ。そしてそのまま永遠に美しく在れるんだ。

君は本当に美しいよ。男子生徒をコレクションにしたいと思った事は今までに無かったが君は特別だ。光栄に思ってくれ」

 

 そういうことらしい。まあ、折角なので取り敢えずそのまま石化してやると、僕を撫で回した後、石神教師は何処かに出て行った。

 

 

 

 バンパイア*9が力、ウェアウルフ*10が速さを誇る様に、ホムンクルスにも得意分野がある。

 それは知識と魔力。自然と人間の狭間にある魔女*11以上に優れた彼女達の上位存在だ。

 自然とは所詮科学に解析されれば全て紐解ける存在に過ぎない。

 ならば理解して分解と構成を行えるなら化学は自然の上位存在として認められるだろう。

 

 速やかに石化を解除すると、今度は隣りの美術室で何かが争い始めた。

 隣りにいる此方にも被害が及べば、石になった被害者たちに取り返しのつかない怪我が及ぶ可能性もある。

 何せ石は衝撃で割れてしまう。

 

 故に急いで周囲の女子生徒たちの石化を解除し終わった瞬間、美術室から何かが飛び込んできた。

 

 

 その飛び込んで来た存在を見て身体中の血液が共鳴する様な何かを感じた。

 彼女の存在は一応知っている。彼女はこの学園でも滅多にいない上位妖怪の一人だからだ。

 その種族はバンパイア、力の大妖とも呼ばれる種族だ。

 ついでに以前水泳部で暴れていた張本人らしい。

 

 

 石神教師は石化が解けた僕達を見て驚いていたが、僕も担任が犯人であった時には少しだけ驚いたんだから構わないだろう。

 正直、本気でやればこの担任を倒す事など難しくは無い。それはこのバンパイア赤夜(あかしや)萌香(もか)と組んででは無く僕単体でだ。

 だが、敢えて力を無駄に披露するよりかはこのバンパイアに花を持たせて、僕の戦闘力を隠匿するのもアリだろう。

 

 そう考えて居た所、水泳部の事件の原因というかまあそんなポジションにいた男子生徒の青野(あおの)月音(つくね)*12が人質にとられていた。

 さて、彼との関係性も含めてその強さの拝見と行こうか、赤夜 萌香(バンパイア)*13

 

 

 人質になった彼は必死に暴れているが、どうやら非力な様で大した抵抗にはなっていない。

 逆に蛇に襲われてどんどん出血箇所が増えていっている。

 青野も早く本性を出せばいい。この学園の生徒なら化け物の類なんだろうから。

 

 でも、彼はそれをしない。…まさかな。いやそれは考えられる可能性としては低い。

 人間であるとすれば此処には居る筈が無いからね。

 それにしても非力だ。助けられる側の青野も、助けようとするバンパイアの赤夜も。

 

 

 だが、非力な彼を助けようとして駆け寄った赤夜のロザリオを、血を流しながら暴れる青野が外した時、状況は一変した。

 ロザリオが外れたと同時にその一瞬前とは溢れ出る力も、容姿もかけ離れたものとなった化け物が其処に居た。

 かなり僕に似た姿になった(・・・・・・・・・・・・)赤夜萌香は、その圧倒的なバンパイアとしての力で石神教師の蛇髪を引き千切った。

 

「よくやった月音」

 

 赤夜はそう言っているが、月音は赤夜を変身、若しくは解放するロザリオを外した程度だ。

 今の赤夜は先程までのか弱そうな印象とは一変して、実に暴虐の化身たる吸血鬼らしく感じる。

 実際よくやっている(・・・・・・・)のは赤夜に見えるのだが、彼女からすれば違うのだろう。

 非力な存在が振り絞った非力なりの全力への称賛か。…下らない。

 

 だが、ここで赤夜の全力では無いだろうが本気が見れた事は僥倖だった。

 そういう意味では僕も青野に良くやったと言ってやってもいいかもしれない。

 彼に花を持たせてやろう。

 

 

 髪の大部分を痛められて発狂した僕の担任は、赤夜から距離を取りその力を恐らく彼女の限界まで高めている。

 石神教師の目の周囲にかなりの魔力が凝縮され始めた。まあメデューサだからね、僕がその立場なら初撃で使っていただろうけれど。

 ――――石化の呪いが掛かった邪視の魔眼だなんて代物は。

 

「青野月音、受け取るが良い」

 

 周囲の材料で生成した大盾の形をした()を彼に向かって投げてやる。

 その盾を持って赤夜の前に躍り出た青野は、メデューサの石化の魔眼を跳ね返した。

 

 哀れ、攻撃に全力を向けたせいで自らの石化の呪いを受けた美術部顧問は彫像になってしまい、この事件は解決した。

 石化が解けるのは一週間くらい先だろうから、それまで反省して貰うとしよう。思考や感情は石になってもあるらしいからね。

 

 

 ただ一つ、この事件の解決に当たり納得が出来ない事がある。

 僕と青野月音は、ヌードモデルのまま石化してそして元の身体に戻った女子生徒に謂れの無い中傷を受けた事だ。計算外だ。

 やはり妖怪という生き物は度し難い。

*1
胸が揺れて、パンツが挨拶するラブコメディである、原作:『ロザリオとバンパイア』では、妖怪のことを妖と書いてあやしと読む

*2
皆さんが想像するとおりの、あの教会。色々と恐いので敢えてそれ以上は触れない。

*3
原作第一部の舞台。妖怪が人間社会に紛れ込む為に、人間に扮して生きる術を学ぶ学園。社会復帰教育機関の様だが、意外にも教育水準はかなり高い。己の妖怪の正体をバラすことは校則違反だが、罰則がないため有名無実となっている。その理念は人間との共存ではあるが、人間が万が一紛れ込んでいたら喰ってもいいという、相反した気風が流れている。

*4
ホムンクルス 近代化されたゴーレムともされる、人によって生み出された人。作成方法は禁忌とされており、現在では教会以外の者には秘匿されている。生まれ持って完成しており、知識においては概ね完全であるが、経験に関してはそうではない。知識と魔力に長けた大妖怪。賢者の石と並ぶ錬金術の奥義によって生み出された成果であり、賢者の石と同じく完成そのものである故に、成長力には欠ける。物質の化合と分解を自在に操る能力を持つ

*5
美術部顧問であり、原作における噛ませオブ噛ませ。陽海学園の教師である以上彼女も当然妖怪である。その正体は…

*6
美脚の公安委員。原作のロザリオとバンパイアでは、本来はバレない様に人間に扮する事を学ぶ場所である、陽海学園の関係者を筆頭に、殆どの妖が名前から正体を推測できるのだが、彼女だけは例外。螢の妖怪ではない。とは言え、糸の方に注目すれば正体は自ずと推測できる。陽海学園は最初に偽名や通名を教えるべきである。

*7
マーメイド よく知られている伽噺の優しいイメージとは異なり、その美しい姿で船を引き寄せては人間を襲う恐ろしい妖

*8
メデューサ 蛇の髪を持った妖。セイレーンと並び、その歴史は非常に古く、始まりは古代の神話まで遡れる。髪の蛇で噛み付くことで石化させる強力な能力を持つ。また、邪視(原作では行わない)により石化させることすら可能

*9
バンパイア 漢字で書くと吸血鬼。原作タイトルにも名前が使われており、大正義メインヒロインの赤夜萌香や、その家族もこの種族。生まれ持って高い妖力を持ち、その妖力を身体能力に変えるというシンプル故に強力な力を持つ。その力から力の大妖の異名を持つ。変身などの様々な特殊能力まで持っていて、作中最も優遇されている種族。英語の綴りでは頭文字がVであるが、ヴァンパイアでは無く、作中ではバンパイアと表記されている。真祖という強力な妖が始まりである。ノーブルレッドやノスフェラトゥとも呼ばれるが、原作でそう呼んだ者はいない。出産以外にも牙から血を与えることで吸血鬼化させて仲間を増やすことも出来る。

*10
ウェアウルフ 格としてはバンパイアと並び、俊足の大妖と呼ばれる。凶暴で野性的な獣の妖。普段は人間の姿をしているが、月夜の晩には狼に変身する……とされているが、人間に化けた妖怪達が学ぶ陽海学園では、全ての登場人物が普段から人間の姿をしているので、人間に化ける事への希少価値はない。原作の主人公である青野月音が所属する新聞部の部長がこの種族である。一説に寄れば吸血鬼よりその歴史は古いと言われるが、原作でそう扱われたことは無い

*11
魔女 妖と人間の狭間の種族であり、両陣営から迫害されてきた歴史を持つ故に、閉鎖的。魔具と呼ばれる杖や魔導書を介して魔法というトンデm…超常の力を操るが、逆に魔具がないとその魔法を満足に行使することは出来ない。原作のメインメンバーにはこの種族が二人もいる時点で優遇されているのは確定的に明らか。ドMな方の魔女である燈条瑠妃は可愛い(確信)

*12
原作の主人公。当初は進学も危ぶまれる上に平凡な見た目だと言われるが、某リボーンの様にどんどんハイスペック美形へとなっていく。元々頑張れば出来る子。最初は唯一の人間である彼が妖怪しかいない学園に行くところから物語は始まる

*13
原作の大正義メインヒロイン。タイトルにもその種族名が使われている。基本的には彼女が全ての主軸である。ロザリオを外すと封印が解けて、髪が銀色に変わり、冷酷な戦闘形態、通称:裏モカへと変わる。



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神は試し、獣は獣でしか無き事を此処に刻むであろう

 例の赤夜と青野が所属したと言う新聞部が朝から校内新聞を配っていた。

 部員の女子生徒に釣られて受け取っている男子生徒が多いが、その新聞の内容にも目を通すぐらいはしてやって欲しいものだ。

 と言っても彼女らとは以前石神教師が女子生徒女子生徒を石化させた罪で無期限定職になった時に、僕の名前を新聞から除外して貰った程度の仲でしかないが。

 

 その後に読むかどうかは置いておいて、新聞の売れ行きは好評の様だ。さぞかし作った買いがあった事だろう。

 それを螢糸が睨むように見ていたのが印象的だった。何やら問題がある行為なのだろうか?

 

 そう思いながら螢糸を見ていると一瞬だけ目が合った。直ぐに視線を逸らして何処かに行ってしまったが。

 …別にそういう視線で見たつもりでは無かったのだけど、誤解されただろうか?

 短いタイトスカートに興味がある訳でも黒髪フェチな訳でもない。

 そう思われていたのなら是非誤解だと言わなければならないが、無理に否定するのも却ってそう思われてしまう気がするから止めておくべきか。

 

 

 その十分後ぐらい後だった。

 公安委員会が勢ぞろいでやって来た。その先頭には委員長である九曜*1。そしてその隣には螢糸がいた。

 …ああ、多分螢糸はあの委員長に惚れているのだろう。先程僕を見た目とは随分違う目で隣を見ている。

 

 極めてどうでもいい思考をしていると、九曜は赤夜に話しかけ始めた。

 うん、凄く紳士的な挨拶をしているが、隣にいる螢糸の感情を配慮してやるべきではないだろうか?

 これだから妖怪というものはデリカシーも持たない屑ばかりだ。

 …それに九曜には別の疑いもある。そっちの本職がありながら公安でも長にまでなって、しっかり仕事をしているなら努力家としては認めてやろう。

 

 そういった視線で九曜を見ていると、いきなり新聞を重ねて置いている机を蹴り飛ばした。紳士的という言葉は撤回しよう。

 恐らくあの机も学校の備品だと思うんだが、そこの所は公安委員会的にはスルー前提らしい。

 

 俺が法律だとでも言いそうな九曜委員長は事前に学校の名前を使った公開配布物には公安委員会の閲覧と許可を受けるべきで、

 それを省略したこの新聞の発行は無効だと主張した。確かに理屈は通っている。彼の言う通りでその事自体には文句は付けられない。

 胸部が大きめな女子生徒が反論しているが、感情論では物事を考えるべきでは無い。

 これは総合して新聞部部長の森丘(もりおか)銀影(ぎんえい)*2の落ち度だろう。今からでも事後的に検閲を受けるべきだ。

 

 そう考えていると、部長の森丘は今回の新聞を廃棄すると宣言した。

 まあ、妥当な判断だろう。今回は諦めて今回の記事をもう一度発行許可を受けて再発行すれば良い。

 初手は外したが、次善の策は出来ているな。

 

 

 そう感心していたのだが、気になって新聞部たちの様子を遠くから見ていると、

 先程感情的に反論した女子生徒がやはり納得がいかず、新聞をそのまま配ると言い出していた。

 

 そしてその様子を僕だけでなく螢糸も見ていたようだ。

 糸を飛ばして新聞を束ねて奪うと、焼却炉に放り込んだ。

 新聞部が超越行為をした証拠を隠蔽してくれている…とは流石に美脚の同級生だからと贔屓目には見られないな。

 

 だって、

 

「公安はね、学園の安全を守る為なら、(あやし)の力を堂々と解放しても良いのよ

――私達は特別な存在ってわけ」

 

 何故なら公安は特別な存在だから。

 それで片付けてしまうのは暴論な気がしないでもない。でも、それを言えば僕だってまた特別な存在だ。

 この場にいる誰よりも強い。そして正しい。遍く(あやし)聖掃(せいそう)する洗礼を施す代行者だ。

 

 

 女郎蜘蛛*3、若しくは絡新婦の本性を現した螢糸が新聞部に襲い掛かった。

 データベースによると糸と火を噴く小蜘蛛を操る(あやし)か。種族傾向として情が深いと聞く。

 喰らおうと狙った男に見逃されて身を引く話が多い。とはいえ、今回は身を引く殊勝さは見受けられない。

 あの公安委員長への熱意と権力の座に座った驕りが彼女をこうさせたのだろう。

 

 新聞部は追い詰められていく。数は新聞部が多いのに戦力は螢糸が上か。

 …まあいいだろう、赤夜が駆けつけてきている。流石にこれで大丈夫だ。バンパイアは伊達では無い。

 今回は赤夜達に手助けはしない。様子見とさせて貰おう。

 

 その様子見の時間は思った以上に短かった。

 

 

 女郎蜘蛛如きでは吸血鬼(バンパイア)には敵わなかったか。

 赤夜のとどめの一撃で吹き飛ぶ螢糸の進行方向に柔らかで弾力性のある蜘蛛の巣状のネットを精製して追加ダメージを局限する。

 同級生の誼だ。それにどうせ纏めて僕自身の手で滅ぼす事になる。

 

 気を失った螢糸を手土産に運びながら公安委員会本部に入ろうとすると、中から声が聞こえてきた。

 今現在停職中の僕の担任と、委員長の九曜が話している。

 どうやら、青野月音は人間らしい。

 

「へえ、良い事を聞いたよ」

 

 つい独り言を漏らしてしまった僕は、螢糸を部屋の前に置くとその場を去りながら考え事をした。

 

 僕にとって人間という種族はこの世界に残すべき存在。

 神が天使に人間をこの世界に残すために働けと命じたように、僕は教会に命じられて人間の為に働いている。

 だから青野君は助けてあげようじゃないかと思う。彼が人間なら。

 

 

 

 それから暫くして、九曜は

 

「うちの螢糸に負傷を負わせた暴行の罪だ。

我々と一緒に着て貰おうか」

 

 と廊下で赤夜に迫った。そういうところは螢糸に見せてやれば喜ぶだろうに。

 見えない所で頑張るのが男らしいと思っているのか、そもそもそういう発想が無いのか…。

 基本的にどちらでも構わない。君たち妖怪よりも、人間の方が大切な存在なのだから。

 

 

 そういう視線で見ている僕にとっては、その後に青野に人間である疑いで連行すると言葉を続けた九曜にそのまま青野を引き渡すわけには行かない。

 

 

「じゃあ、僕が人間だって言ったら規則通りに僕を処刑するのかい?」

 

 そう言って階段を飛び下りて登場した僕に周りがざわつく。

 まあ、文字通り極刑ものの存在だからね、此処での人間は。

 

「お前は…」

 

「賢石翠。やれるものならどうぞ? 公安委員長殿。

その秩序と規則と正義への執着は好ましいけど、化け物は所詮混沌の悪に過ぎない」

 

 本当に、残念だ。

 彼が人間なら青野月音より好ましく、友情を感じられたというのに。

 

 

 己の信念を軽んじられて侮辱された事が許せないのだろうか。

 灼熱の妖気を撒き散らしながら、九曜はその本性を現した。

 その姿は、業火で構築された四つの尾を持つ妖狐。

 プライドに見合うだけの力は持っていそうだ。それにしても沸点が低い。火の属性を持っている事とは関係ないだろうけど。

 

 個人的には裏の顔を持つにしては、表のお仕事に少々本気になり過ぎている気がしないでもないけれど、そういうところも好ましい。

 これが、(あやし)でなく、そして裏の顔を持つ可能性が皆無であれば尚の事だ。

 でも、残念ながら彼は間違いなく、闇の世界に潜む人外だ。

 キツネ狩りをやらなくちゃいけない。所詮獣は人間に刈られる定めを神に命じられた命だ。これはあるべき節理であり必然だ。

 果ての果てに尾が無くなりし狐ならともかく、四尾の野狐程度に後れを取るつもりも無い。

 

 先ずは九曜の周囲の酸素を徹底的に化合させて燃焼の要素を阻害する。

 これだけで延焼された概念性部分の焔以外が簡単に消滅する。残りは彼本体の妖力的な熱量だけだ。

 火の属性に対応するのは水。生憎と僕は背後にいる教会の関係上神に逆らう魔の者を痛めつける聖水の入手には事欠かない。

 欠点は人に造られた故に神に認められていない人間である、僕自身にも効くから取扱いに気を付ける事だ。

 

 それを九曜に撒き掛けつつ、僕はコートの内ポケットの中に隠した三つの瓶を取り出す。

 それぞれの瓶のラベルは炭素、水素、そして硫黄。

 

 その原材料で錬成した物を聖水で火が弱まった九曜に吹きかける。

 極めて強力な臭気を発する液体。その正体は化学式でC6H12S2。つまりアリルプロピルジスルフィド。

 熱により毒性が打ち消されにくい特性を持つタマネギの成分で犬や狐に食べさせてはいけないとされる物質*4である。

 

 身体中のカリウム濃度が急激に上がったのだろう。九曜は先程の威勢は何処に行ったのか無様にのた打ち回っている。

 あの様子では一時的にでも失明をしているのかも知れない。

 視界の端ではアリルプロピルジスルフィドの影響で同じくイヌ科の新聞部部長(ウェアウルフ)も苦しんでいるようだが、まあ気にしないでもいいだろう。

 

 九曜の近くに歩み寄り、その口を足で抉じ開けて先程作った物と同じ成分を再度錬成した物を詰めた瓶を押し込んだ。

 

「公安委員長。今回は学園の正義の代理として人間を見逃す事を了承しませんか?

そうしないと最近貴方が予算に口出しをしたせいで安物にした瓶が割れてしまうかもしれませんね」

 

 そう告げながら、九曜の顎下に爪先を這わせる。蹴り上げれば九曜はお仕舞と言う訳だね。

 

 だが、それでも九曜は命乞いもそれ以外の無様な真似もしなかった。

 ただ僕を睨みつけている。…本当に嫌いじゃないんだよね、こういう人。

 本当に(あやし)でさえなければもっと仲良くなれたのに。

 …本当に、勿体無い。

 

 

「委員長を、九曜様を放せっ!!」

 

 丁度、九曜を踏みにじる様な姿勢を取っている僕に、まだ怪我が治り切っていない螢糸と公安部のお仲間がやって来た。

 仲間からは随分と尊敬されているんだ。立派な事だね。

 

「…で? 九曜を倒して僕が次の秩序になってはいけないのかな?

力こそが正義と言う証明は公安がやって来たことじゃない?」

 

 少し意地が悪い返し方をしてやると、螢糸は僕と九曜を交互に見た後、その場にしゃがみ込んで頭を地面に付けた。

 

「放してください…、お願いします」

 

 後ろの公安の連中も遅れてそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 あーあ、これじゃどちらが悪者かわからないよね。まあ、許可を取らずに行動した新聞部を庇って、秩序を護る公安を痛めつけて、

 人質を取って土下座させた僕が間違いなく悪者に見えるんだろうね。仕方ないよね。

 …だから今回は見逃そう。

 

 僕は九曜の口から瓶を取り上げた。

 

「少し、ヒビが入りかけてるよ。出来れば次の予算案では科学部に多く回してくれるとお互いの為になりそうだね」

 

 

 そう言って解放してあげた僕に一瞥もくれずに、九曜は公安委員会の部下達の下にフラフラと歩いていった。

 

「お前達、悪に屈するとは恥を知れ。我々はこの学園の正義の守護者なのだ――」

 

 

 負け犬というか、負け狐のクセに自分を助けてくれた部下達に随分な言い方だ。

 螢糸達は助けた側なのに、申し訳無さそうに委縮している。やっぱり瓶を咥えさせたまま蹴り上げた方が良かっただろうか?

 いずれ、全ての(あやし)が滅びるのだからそれまでは生かしておいてあげようと思ったのに。

 

「――だが、お前達には助けられた。

…その恩と信頼に応える為にもこの様な失態は二度と見せないと誓おう」

 

 そう言葉を繋げた九曜はふらついたところを、螢糸に肩を貸されて歩いて去って行った。

 

 

 

 さて、この状況は客観的に見てどうだろうか?

 人間疑惑が残ったままの僕と青野。

 僕に関しては人間を自称する魔女と思われている可能性もありそうだ。

 そして横暴なりに正義であろうとした九曜に対して、何でもアリで外道の業で倒した僕。

 うん、完全に僕一人に恐怖とか反感が集まりそうな流れだ。

 

 そもそもは妖怪に生まれた九曜が悪いと言うのに、彼はと言えばやたら脚の綺麗な後輩に甲斐甲斐しく支えられながら退場した。

 そしてタマネギ成分爆弾の影響を受けた森丘は絶対に僕を悪し様に記事に書いてやると言う目をしている。

 僕が新聞部の面々を救ってやったと言うのに、全く以って度し難い。

 これだから(あやし)と言う存在は須らくこの世から消えるべきである。

 実に、度し難い。

*1
原作における噛ませマン。正義という名のエゴをこよなく愛する妖狐である。尻尾は複数あるが、名前の通りの九には全く届いていない。炎を操る事が出来る。

*2
スケベな新聞部長。高位の妖であるウェアウルフ故、そのスペックは高いのだが、第一部では美少女達がメインの為、男である彼の出番は殆ど無い。いっそ不自然さすらある。

*3
蜘蛛の妖。美しい女性に化ける事が出来る…とは言え、ロザリオとバンパイアではそうで無いキャラクターを探す方が難しい。糸を使った技や、火を噴く小蜘蛛を操るという。公安は炎属性が多いのだろうか?

*4
冗談でもしてはいけない。基本的に肉食動物に揮発性の高濃度植物エキスは本当に命に関わる!!



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神を疑うことなく信ずる者は何よりの幸福の中に存在する

 もうすぐ夏休み。

 バカンス、合宿、補習…夏休みの使い方は色々だ。

 そして、その前にはテストというものが待っている。

 そのテスト次第で、夏休みが自由に使えるか、使えないかが決まるのだ。

 とはいえ、僕にとっては満点以外の数字はあり得ないので心配する必要は無い。

 寧ろ、それに一喜一憂する周囲の連中への影響の方が気になるくらいだ。

 寧ろ、部活に精を出したり、部活メンバーに勉強を教えるくらいで僕には丁度良い。

 生まれたときから完全なホムンクルスには成長はない。学ぶことなど必要無いのだから。

 

 テストと言えば、小さな魔女*1の生徒に勝手にライバル宣言されたりもしたが、そもそも学年が違う。

 後輩で青野と同じ学年だったはずだ。

 勝負をしたければ同じ学年まで飛び級してこいと言ったら黙ってしまった。

 元々飛び級で入ってきた生徒なので、難しいことではないのだろうが、今の学年に残りたい理由があるのだろう。

 特に僕が気にかけることではないから、それ以上は何も言わなかった。

 それにお互い満点なのがわかっていれば、勝負というものにもならない。

 それはただの確認作業だ。

 

 人を喰らう野蛮な妖連中の為の学校なので、学力には期待していなかったのだが、以外にもそこで求められるハードルは高い。

 では、一体着いていけない生徒はどうするのか、他にもっと学力の低い受け皿となる学校はあるのかと考えてしまうが、教師陣が積極的な補習等で頑張っているようだ。

 特に籠女李々子という教師は教育熱心だと有名らしい。

 

 僕は籠女李々子*2という教師について少々調べてみた。

 それを何処かの人狼に見つかって、ストーカー扱いされた記事を書かれそうになったので、その該当部分の原稿を破壊させ、人狼にはタマネギ濃縮エキスを投げつけた。

 タマネギはユリ科の植物で、ニンニクと同じく溶血作用があるので人狼は赤夜にも避けられていた。

 やはり、吸血鬼がニンニクを嫌う理由の大本はあの溶血作用成分*3にあるのだろう。

 あくまでその成分が赤夜にはキツいだけなのだろうが、それでも女に、特に見目の良い女に臭いと言われるのは、あの手の連中には中々堪えるだろう。

 …心の中で声を大きくして、良い様だと言わざるを得ない。

 

 何だって? やっていることが九曜達、公安に似ている?

 それはきっと気のせいだ。僕は神の名の下に行動している正義の代行者だ。

 であれば、僕のやることには何の問題も無い。

 

 調べた結果、幾つかのことがわかった。

 籠女教師は1年4組の担任で数学教師であること。

 男女交友には厳しいにもかかわらず、自身はやたらと無意識にフェロモンを発すること。

 職務に熱心で、職務に非常に適した(・・・・・・・・・)能力を持っていること。

 その種族はラミア*4であること。

 

 そのラミアな教師に、この学校で唯一の人間であろう青野は執着されているということだった。

 データベースに出来ない生徒ほど可愛く思うとでも加えておこう。

 元より、ラミアは愛する自身の子を失ったが余り他者の子供に執着する。

 ラミアの始祖が、呪いにより、愛する子供を自身の手で殺す事になってしまったことが発端だ。

 そして愛する子供を殺すという呪いにより、その愛情故に他者の子供を自身の子供のように思い込み、呪いによって襲ってしまう。

 哀れとしか言いようが無いが、子供を殺すという最後の終着点を除けば教師や保母としては理想的な種族と言わざるを得ない。

 無論、最後の時には妖である以上、絶滅させるが。

 

 青野は残念な事に所謂、勉強が出来ない組の生徒だった。

 調べたところによると、以前の学校でもそうだったらしい。

 素で頭が悪いのか、勉強に今までに真剣さがなかったのかは知らないが、結果としては同じだ。

 現在の彼は間違いなく勉強が出来ない生徒だと断言できる。

 現在は余計なことに現を抜かしている、というか、巻き込まれている以上仕方ないと言えるが、しつこいようだが結果は結果だ。

 所謂僕は出来る生徒なので、籠女教師には教え甲斐がないのかも知れないが、それでも籠女教師は僕を嫌う様子もない。

 その時に滅ぼすのが惜しくはなるが、結局は妖だ。

 青野の生存を優先しようと僕が判断するのは当然の帰結と言えよう。

 

 とはいえ、籠女教師の能力は青野に害を為すものでは無い。

 元より秩序の下においては生徒は教師に従った方が正解である。

 下僕という言葉を使うから籠女教師は悪の側に見えるが、知識を最大効率でインストールする行為は青野の役に立っていると言える。

 …問題は、籠女教師の制御下から外れたときにその蓄積が消失することだ。

 

 それさえ改善すればまさに理想の教師といえた。

 僕も生まれたときから知識を標準で持っているので、知識のインストールと言うことに抵抗感はない。

 精々、本能的な無意識で持つ知識が広がったといえる程度だ。

 

 だが、生徒は卒業して学校という巣を離れる。

 その時に今まで溜め込んだ知識が消えたのでは意味が無い。

 籠女教師は卒業後までは付いてきてくれないのだから。

 

 僕はそれを青野に知識データをインストールしている籠女教師に伝えた。

 能力を改善するか、別のアプローチで青野を鍛えるかした方が良いと。

 すると、籠女教師は己のやり方を批判されたように感じたのか激昂してきた。

 

 とはいえ、元から大凡万物の知識をデータベースとして持つ僕に『教育』を施すつもりはないようで、邪魔をしないでとだけ伝えられた。

 お互いやり方が納得いかなくても理性的に話し合いで解決する。

 流石教師だ。これぞあるべき姿だ。

 そう思っていたのだが…

 

 

「先生、何やってんですか、つくねにひどいことしないでッ」

 

 突如、赤夜が現れた。

 いつか赤夜のことは調査するつもりであったが、別のことをしているときに無理矢理挟まれたくはない。

 シチュエーションとしては青野に執着する感情的になった赤夜という、絶好の調査状況なのだが。

 

「またですか赤夜さん。私は「教育」に自分の全てをかけてるの!

ここ(・・)に土足で踏み込むことなど決して許しません」

 

 眼鏡をかけ直しながらそう告げる籠女教師の理念には感心する。

 しかし、一つ付け加えるなら、籠女教師は男子生徒と女子生徒相手では態度が大きく違う。

 もしかすると僕がそれ程好まれないのも女顔という理由なのかも知れない。

 そこは教師としての要改善事項だと思う。

 

 

 そして、残念な事に大人ではない生徒達は理論よりも感情で動く生き物だと言うことを、嘗て子供であった筈の大人である教師は忘れている。

 このままでは、恐らく籠女教師と赤夜の戦闘力の調査に移行することになるだろう。

 赤夜がノートを籠女教師の顔に投げつけ、それにキレた籠女教師が振り払った尾でノートをバラバラにした。

 

 …もはや、理性的な解決は不可能か。

 ラミアの下半身は蛇。そして蛇が苦手なのは石灰。

 コートのポケットの中にある材料を加工して石灰を生成しようとしたが、思った以上にラミアの尾の伸縮は自在のようで、籠女教師はその場から動くことなく赤夜を壁に叩き付けた。

 

 そこでまさかの青野が意識を取り戻して動き出した。

 籠女教師に操られる人形としてではなく、自分の感情に振り回される人間として。

 どちらかと言えば、己の理性に縛られる人間の方が個人的な好みだが、籠女教師の洗脳を独力で振り抜くということには驚嘆せざるを得ない。

 

 …ここがおさめどころか。

 敢えて籠女教師と赤夜を争わせてもいい。

 だが、青野に恩を売っておくのなら、ここが最良であろう。

 下手に暴れられて青野が巻き込まれては、それこそ不必要な犠牲だ。

 …犠牲というものは、本当に必要なときまで温存する必要がある。

 

 右手には精製した石灰。左手には法儀礼済みの聖水。

 それをそれぞれ中身を開けて女達の足下へとまき散らす。

 

 

 青野に胸元を弄られて白銀の髪を持った僕によく似た姿になった赤夜と、籠女教師は動きを止めた。

 

「暴力は獣のする事だ。妖は獣の側だから問題は無いだろう。

しかし、大事なことを思い出せ。

どちらも青野月音に勉強を教えたかった。そして、そのやり方がお互いに気にくわなかった。

そして引き起こされる体罰とそれに反発する暴力。

実に妖らしくて愚かだ」

 

 僕は教師と生徒に教育してやろうとしたが、どうやら聞いてくれそうにも無い。

 赤夜などは、雑魚が賢しげに説教するなと凄んでいる。

 そして、そう言いながら己に似た僕を警戒して動きを伺っている。

 …結構賢そうだ。

 

「籠女教師は赤夜の愛に免じて、赤夜は籠女教師の理念に免じて矛を引いていただきたい。

結論は青野自身に任せよう。勿論、その結果の責任は青野に取らせよう。

もし、赤夜を選んで補習になった場合、赤夜は一切籠女教師に口を出さない。

…暴力よりもよっぽどフェアだろう。

あと籠女教師は今後は出来る生徒や女子生徒にも気を配るべきだ。贔屓はよくない」

 

 赤夜は「別に表のが勝手にやっているだけで…」とブツブツ言い出し、籠女教師も不満そうながらも反論はしなかった。

 そして、その両者の視線は青野の方を向いていた。

 その青野は結局、

 

「すいません籠女先生。オレ、モカさんと頑張ってみます。でも、それでもわからなかったときはお願いします。

…洗脳以外で」

 

 僕が考える及第点であるコメントを出して場を終結させた。

 意外と頭は回るようだ。

 

 ああ、結末としては、結局青野は補習組どころかかなり良い点数を取ったようだ。

 9割にギリギリ届かないラインだったらしい。

 僕からすれば大したことではないが、幼い魔女が自分のことのように誇らしげに語ってきた。

 1学年に残りたかった理由は青野月音に起因すると考えても良いのだろうか。

 

 青野と言えば、彼は僕とすれ違ったときに礼を言ってきた。

 礼は籠女教師と赤夜に言えと告げて場を去ったが、礼儀を知る人間と会話するのはそう悪い気分でもない。

 

 だが、敢えて悪い気分になったことをいうとすれば、僕が告げた出来る生徒や女子生徒にも気を配れといった言葉を曲解した籠女教師が、僕にもかまえと言ったのだと勘違いしたようでやたらと絡んでくるようになった事だ。

 その影響で、男子生徒や男の教師への受けが悪くなった。

 …つくづく妖という存在は度し難い存在だ。

*1
仙童紫 原作のロリッ子担当その1。学年一の賢さを持つが、対人コミュニティ能力に欠ける。赤夜のおっかけである。何と彼女は最後の最後でヒロインレースから辞退する。

*2
お色気担当の数学教師。正直に言って素敵すぎる。その種族は…

*3
タマネギやニンニクには血液をサラサラにする成分がある。これを溶血作用という

*4
メデューサと並び古い歴史を持つ妖怪。女性のイメージがあるが、男性や性別不明もいるらしい。とは言え、需要がないので多くの作品には女性しか出てこない。原作でもその例に漏れない。



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時よ止まれ、汝は美しい……如何なる理由があろうと悪魔に魂を売るものには制裁を

 正直、公安に対しては今になって考えるとやり過ぎたと思わなくも無い。

 同じ教室のギプスを付けた美脚女子の冷たい視線を感じるたびにそう思った。

 だが、時折ニヤ付くのはあの後九曜と良い事でもあったのだろうか?

 食欲と肉欲以外に考えることはないのか?

 所詮、妖に過ぎないと言うことか。

 神に見捨てられるのも当然だ。

 …これだから穢れた邪悪な闇の生き物たちは。

 

 僕のいた教会は僕を含めて生まれて一度も異性と関わっていない、清らかな肉体の人間だけが集まっていた。

 神の為に生きる者としての信念と言うものだろう。

 だから別に異性関係に潔癖だとか童貞くさいとか嫉妬していると言う訳では無い。

 これは神に誓っても良い。

 

 そんな僕は、石神教師が無期限定職という、実質的な自主退職促し期間中である為に、美術部員として色々と動いていた。

 まあ、あの面の皮の熱そうな教師なら自主退職とは無縁だろうが。

 

 僕が行っていたのは引率の顧問がいない為に恐らく無くなるであろう事になっていた夏休みの部活の合宿。

 持ち物は画材一式で人間界(・・・)の向日葵畑を書くのだそうだ。

 

 我が美術部は成績優秀な者ばかりなので、補習などで行けなくなる可能性を考える必要は無い為、意欲は高かった。

 それは良い。志や意欲が高いのは良い事だ。

 

 で、どうして僕が立案から許可申請まで全て部長の代理をしているのかは解らない。

 どうして部長がそういった管理運営を何もしないのかがさっぱりわからない。

 いや、ひたすら自分の絵に没頭したいのは解る。

 コンクールが近いのも解っている。

 それが、彼女の学園での集大成なのも解っているつもりだ。

 だが、そのしわ寄せを全て僕に押し付けるのは、全くよく解らない。

 

 決して、石神教師の石化が解けた後、彼女のその裸体を見てしまった事を材料に脅されたと言う訳でもない。

 僕はその程度で他者に動かされるような存在では無い。

 

 …あの状況は仕方なかった。不可抗力と言っても良い。

 それで僕が弱みを握られる理由にはならない。カメラの様に全て完全に再現できる僕の技量で部長の裸婦画を校内でバラ撒いてやろうか?

 いや、それをしたら僕が変態扱いを受ける。八方塞がりだ。

 妖怪め、何と言う邪悪な在り方だ。やはり神が地上にその存在を許さないのには確りとした理由があったのだ。

 やはり、主は偉大である。主のなさることに何一つ無駄も間違いも無いのだ。

 

 

 

 そんな、ややこしい問題を僕が、そう、僕だけ(・・・)で片付けて、美術部メンバーと向日葵畑*1に向かう事になった。

 女性しかいない僕以外の部活メンバーは一面に広がる黄色の原に声を漏らして感動しているが、僕に言わせればただのキク科植物の群生地に過ぎない。

 向日葵の絵が欲しければゴッホ作のレプリカでも飾ればいいのだ。

 

 先程まで向日葵よりも黄色い悲鳴で騒いでいた周りが黙々と絵を描き始めたので、僕は場所を変える事にした。

 特に芸術には興味が無い。

 だが、暫く歩いて見晴らしの良い木陰があったので座り込んだ所で、結局他にやりたい事も無かったので僕もバッグから画材を取り出して描いてみる事にした。

 

 

 所詮、僕が描く絵など、撮影と現像に時間がかかるカメラの劣化版に過ぎない。

 ある物をあるがままに写すだけの絵しか描けない。そこに芸術性は存在せず、熱意も情熱も何もない。

 それが解ってはいたが、やはり合宿の帰りにでも何かしら成果を発表させられる可能性があるので処置として必要だから作業を続けた。

 まあ、面白いという感情が全くないと言えば嘘になるかも知れないが、あくまでその程度だ。

 

 気が付くと、三枚ほど向日葵畑を描き上げていた。

 そこでふと気配を感じて視線を絵から外して前を向くと、その先に黒髪の少女がいた。

 美しい。素直にそう思った。

 そして、その言葉が口から洩れていたことを遅れて理解した。

 

 少女の齢は恐らく僕と同じくらいだろう。いきなり美しいとか言い出した僕の言葉で固まってしまっている。

 立場が逆なら僕も似た様なリアクションを取るだろう。

 

 何かしら動こうとした少女に思わず僕は、「動かないでくれ」と言ってしまった。

 もう完全にヤバい人だ。自分でも思う。

 だけど、そのヤバい僕は今描いている絵を取りやめて、新しく絵を描き始めていた。

 その絵の完成図は向日葵畑で微笑む少女の絵だった。

 目の前の彼女はお世辞にも笑顔とは言えないので多少は想像で脚色する。

 

 

 まあ、何時までもどうしていいか判らないで固まっている女性に動くなと言うのは申し訳ない。

 それも初対面なら尚の事だ。大まかなスケッチを終わらせると、記憶野にその画像を登録させて、作業を取りやめる。

 人間と違って、生まれ持って完全な頭脳を持つ僕だからこそ出来る芸当だ。

 

 僕がスケッチを止めたのに気が付いたのか、少女は口を開いた。

 

「早く、此処を去りなさい」

 

 それは警告だった。

 それも、かなり真剣なものの類いなのが声色だけで理解できる。

 それに素直に従うも良いだろう。

 しかし、その警告するに足る危険があっても僕にはどうにか出来てしまう自信…いや、自覚があった。

 

 だが、離れたところで発意される妖気と、妖気に似たまた別の力。

 それらが感じられたことで、僕は彼女の警告はこの事だと理解できた。

 この程度のこと(・・・・・・・)だと理解できてしまった。

 

 万が一、部活メンバーが関わっている可能性もあったので僕はそこへ向かうべきだった。

 というか、人間界(・・・)妖気(・・)を発するなんて部活メンバーである妖以外に見当が付かない。

 だから黒髪の少女に、

 

「お仲間が暴れているようだ。では警告に感謝する」

 

 そう言って去ることにした。

 

 

 向かった先には美術部のメンバーだけで無く、満点しか取らない生徒の片割れである一年生の魔女がいた。

 そして食虫植物と言うには少々大きすぎる植物の妖も。

 

 別に魔女が喰われようと問題は無い。

 何故なら、彼女たち魔女は人間ではないから。敬虔な神の僕ではないから。

 悪魔に魂を売った火あぶりにされるべき、神の敵だ。

 妖が妖を喰らう。人間には利益しかない行為だ。

 とは言え、改宗の機会くらいは与えて、それを蹴って初めて見捨てるべきだろうか?

 それとも、それは甘すぎるのだろうか?

 僕はそれに1秒の内に結論を出した。

 

 

 コートの中の材料を調合して、簡単な即効性の除草剤(・・・・・・・)を製薬する。

 植物のホルモンや代謝を阻害する薬剤だ。即死とはいかなくても硬直させることくらいは容易い。

 これはあくまで、魔女を助ける行為ではない。

 魔女など火あぶりにされて然るべき存在だ。

 ただ単純に、現状の所陽海学園に身を置く以上、顔見知りには恩を売った方が得だという判断だ。

 いずれ有象無象の区別など無く、どの妖も最後の審判の際には主より滅びを賜るのだから。

 

 小さな魔女にはその硬直で、反撃の機会を作るには十分だったようだ。

 見事切り返して、人食い植物を打ち倒してみせた。

 

 ふと上を見れば、先程の黒髪の少女が木の上から小さな魔女を見ていた。

 …そう笑うのか、僕の想像よりも美しかったようだ。

 記憶野に保存した画像を修正しておこう。

 

 

 とはいえ、あそこからここまで離れた距離をこれだけの時間でやってこられると言うことは、彼女もまた真っ当な存在では無いようだ。

 場合によっては滅殺する必要がある。

 それは仕方の無いことだ。

 

 

 僕は、僕が彼女に気が付いていることに気が付かれる前に、姿を消すことにした。

 

 

 

 そして適当な場所でスケッチの続きを行い、部活メンバーとの約束の時間に集合地点に戻ってきた。

 向日葵を背景に慈しむように、求めたものを見付けたように笑う黒髪の少女を描き上げて皆のところに持って行った。

 写実的ではあるが、完成度は二年生の中ではトップといっても良い出来だとの自負はあった。

 

 だが、僕の作品を賞賛すると思っていた部活のメンバーは、モデルの少女と僕の関係について色々と語り始めた。

 そして僕によく解らない色恋沙汰の質問を何度もぶつけてきた。

 …彼女達の頭には、三大欲求のことしかないのだろうか?*2

 神は無償の愛を、理性を人間に与えたもうた。

 しかし、妖はその恩恵にあずかることが出来なかったらしい。

 

 故に、性欲からの派生感情である、性愛だの恋だのと騒ぎ立てる。

 特に部長などはしつこく、この少女のことを僕に詰問してきた。

 部長は、こんなことより自分の作品の完成に気を向けるべきだと思わないのだろうか?

 

 …これだから妖という存在は、全くもって度し難い。

*1
キク科の植物。成長期には太陽の方を向くことで有名。日本では馴染みがないが、海外では休作用に植えられて、蜂蜜の原材料として使われる。日本で言う所のスミレのポジション。

*2
その通りである。そもそもラブコメなのにラブが満ちていないはずがない。



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さあ、愉しい愉しい魔女狩りのお時間です。お祈りしながら待ちましょう。

 絵に描いた少女の件で美術部員からしつこく質問された僕を助け出したのは、陽海学園専属運転手をやっている男だった。

 …つかみ所が無い辺り、強いのか弱いのかも解らないが、それこそが彼の恐ろしさであろう。

 場合によっては、最重要警戒特記対象者となるだろう。

 

 その彼に、『援軍』として依頼を受けた。

 正直に言って、援軍に僕という一人の生徒を使うことには疑問しかわかない。

 教師や、それこそ学園で権力を認められている公安が責任を負うべきだ。

 とはいえ、借りは返しておこう。

 よく解らない人物によくわからない借りを作るのは面倒な結果を生みかねない。

 

 故に、力を貸してやろう。

 これは等価交換の原則に過ぎない。

 決して僕の自発意志などでは無いのだ。

 

 僕は彼らを救うための情報を運転手から聞き出し、敵の情報も運転手から聞き出した。

 これも援軍としての協力の範疇だ。

 それにしてもこれだけの情報を持っている上に、僕が要求した資材も直ぐに用意できるとは、この運転手はただ者では無いな。

 司教様に報告しなくては。

 

 

 

 準備をしている内に、気が付けば夜になってしまった。

 能力で調合は一瞬にして完了するものの、その為の準備やその後にある仕上げには時間がかかる。

 しかし、それをしている間には時間が過ぎる野忘れてしまうのは、僕のよくない癖だ。

 つい没頭してしまう。

 こうしている間に、援軍を差し向ける先の青野達が敵を殺すか、殺されている可能性すらあった。

 …全く、後悔はしても反省は出来ないから悪癖というのだろう。

 

 目的の場所に向かうと、既に戦闘は始まっていた。

 青野達対魔女。

 赤夜は魔女に捕まっているが、それ以外のメンバーは人狼以外全て揃っている。

 一方敵の側には魔女と例の黒髪の少女もいる。

 恐らく黒髪の少女も魔女だろう。

 場合によっては殺さないといけない。いや、殺す。

 人間を滅ぼそうなどと考えるのだ。万死に値する。

 神に選ばれなかった魔女が、神に選ばれた人間を滅する?

 それにはどんな事情があれ許されることは無い。

 人間は神に選ばれて地上の覇者となったのだ。

 魔女如きに、力で覆されて良いはずが無い。

 故に結論は決まっている。

 

 

 ――――鏖殺(みなごろし)だ。

 

 

 まさか、向日葵畑全ての向日葵が擬態した植物の妖という可能性は想定しなかった。

 魔女の分際で大したことをするものだ。

 だから用意した。

 向日葵畑全てを対象に出来るだけの、栄養停止型成長促進剤。

 わかりやすく言えば除草剤の一種は既に準備できている。

 手足となる武器をもがれて、後悔の中滅びていけ。

 

 

 

 

 僕が到達したと同時に魔女の親玉が幻術をかけた。

 周囲には巨大な廃棄施設やゴミが広がっている。

 魔女は呪詛を乗せて言葉を紡ぐ。

 これが人間がこの向日葵の丘に作ろうとしているものだと。

 この様な人間の欲望のために、魔女達は住処を追われて数を減らしたのだと。

 それを聞いた唯一の人間である青野月音は頭を下げて魔女に謝罪をし出した。

 …愚かな、何の意味も無い。

 

 

「青野月音、魔女如きに頭を下げるな」

 

 隣に降り立った僕に彼は驚愕したようだが、頭を下げるのを止める様子は無い。

 …その優しさは悪には無意味だというのに。

 悪には裁き以外の手段しか必要無いのだから。

 

「青野、聞け。

結局の所人が生活していくためには何処かに廃棄施設が必要なのだ。

此処に作らなくても何処かに作る必要がある。それは、理解できるだろう。

人間が必要とするなら、それは必然するのだ」

 

 僕の一切の間違いの無い正論。

 それに対して反応したのは、敵である魔女だけだった。

 響いて欲しい相手(青野)には、理論的な言葉は理解できなかったようだ。

 ならば、感情的に攻めるとするか。

 

「神は人の上に君臨する。

しかし、妖や獣には神はいない。彼らは人間の糧になる以外に価値などないのだ。

青野も神は信じるだろう?

ならば、魔女の言葉に耳を貸すな。神の声のみを聞くが良い。

安心しろ青野。悪い魔女は僕が火あぶりにしてあげる」

 

 そうやって、なるべく優しく微笑む。

 イメージは昼に黒髪の少女が小さな魔女に向けた笑みだ。

 僕であれば、この様に言われれば直ぐに靡く。

 というか、最初からこれぐらいの真実は理解している。

 

 …青野には響かなかったようだ。

 日本人には無神論者が多いと聞いていたが、そのせいだろう。

 いずれ時間をかけて、神の素晴らしさを説いてやろう。

 

 

 それに、成果は零では無かった。

 青野に罪悪感を植え付けようとしていた魔女が、完全に僕個人に敵意を向けた。

 此方の人数が多いときには、相手の注意を一部に引きつけるのは有効。

 

 それを示すように、赤夜の拘束と、彼女への警戒が下がっているのは見えた。

 それを小声で青野に告げる。

 

「選べ、青野。

わかり合う可能性を握るか、惚れた女を救うかを。

赤夜を助けるなら今だ」

 

 そう言って、僕は魔女に注意を完全に固定するために、実際に魔女裁判に使われた(・・・・・・・・・・・・)拷問器具*1を武器として展開して、向けた。

 

「この槍は、魔女という情報を否定して、中にある力を結合崩壊させるものだ。

内部の力は崩壊の結果、持ち主の肉体をも巻き込んで消え去る。

――もしかしたら、お前の親戚の血も吸ったのかも知れないな」

 

 最初から感情的な敵だとは理解していた。そういった敵はいい的になる。

 感情的故に、行動は単純なものに固定される。

 

「今だ、青野ッ!!」

 

 僕が告げたタイミングで、青野は動いた。

 結局の所、知らぬ魔女の過去や苦悩よりも、見知った女が大事なのだ。

 この女が妖で無ければ祝福してやりたいとさえ思うが、残念なことにお相手の赤夜は吸血鬼(バンパイア)だ。

 祝福の花の代わりに十段重ねの儀礼済み聖水でもかけてやりたい。

 

 

 まあ、今からかけるのも似たようなものか。

 ――――――植物の妖にとっては。

 

 

「青野、良い陽動だ。

闇の生き物よ、汝神の声を聞け」

 

 僕に注意を引きつけて、青野が赤夜を救う…此処までが注意の引きつけだ。

 ずっと前から上空に用意した薬剤のシャボン玉が割れて、飛沫が飛び散る。

 シャボン玉の数は数億を超える。

 そしてその薬剤は勿論、法儀礼済みの除草剤だ。

 

 魔女にも、吸血鬼にも殺すまではいかないであろう。

 だが、植物の低級妖怪程度には、これで充分だ。

 

「「「「「「ギェェェェェェ」」」」」」

 

 ははは、化け物どもが苦痛の声を上げている。最高だ。気分が良い。

 神の裁きが雨となって闇を祓う。最高に美しい。

 この光景を記憶野に焼き付けて、後で絵にしなければ。

 タイトルは――『恵みの雨』だ。

 

 

 さあ、どうする。

 配下は全滅したぞ?

 魔女、何が出来る。

 後、何が残されている?

 残されたお前達に何が出来る?

 神はお前達に死以外の救いを与えない。

 さあ、さあ、どうする――――

 

 

 聖なる槍を構え、ゆっくりと近づく僕に魔女は怯えている。

 魔女狩りの時に使われた正装がそんなにも恐ろしいだろうか?

 聖なる言葉で魔女の存在そのものを否定する言葉を衣服にしたこの姿が、そんなにも恐ろしいだろうか?

 

 

「やめてっ!! もうお館様は戦えない。

降参です。だから、もう止めて…」

 

 黒髪の少女は、手を広げ、親玉である魔女の前に立ってそう言うが、これも仕事である。

 必要で無くても、貫く魔女が二人になるだけだ。

 とはいえ、魔女裁判にかけるよりは慈悲深い結末だ。

 

「残念だ。君が人間であれば良かったと思う。

でも、殺害対象が殺害対象を庇ったところで、僕の殺意は揺らがないよ」

 

 また一歩距離を詰める。

 その度に魔女達の怯えが深くなる。

 そうだ、その顔だ。その恐怖だ。

 敬虔なる人間達は、妖にその恐怖を与えられてきた。

 だから今、神罰の代行者たる僕が、彼らに畏れを教える。

 

 

 

「先輩、もう止めてください」

 

 とはいえ、更にその前に青野が出てくると前提は変わる。

 彼は恐らく護るべき人間だからだ。

 全く、敵を庇うために背を向けるなんて愚かだな。

 後ろの魔女が何かしても解らないだろう?

 だからそれを考えなくて良いように、殺してから安堵すれば良いのに。

 

 

 ここが潮時か。

 僕の仕事はあくまで青野の『援軍』。

 決着が付いて、青野自身が戦いを止めるならそれに従おう。

 そうで無ければ僕の神の僕としての責務になってしまう。

 

 それはそれで最大限優先される事項だが、仕事として終わらせないと、借りを返したことにならない(・・・・・・・・・・・・・)

 これで、良いんだろう運転手。

 借りは利子をつけて返したぞ。

 

 

 ふふ、全く。

 …妖を人間が庇うなど、神の教えを今だ知らない人間というのも随分度し難いものだ。

*1
魔女裁判は極めて不確かな証拠で行われた。拷問に耐えれば魔女。耐えられなければそのまま死ぬという死刑しかない二択さえあったという。



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神は人の食するものとして、それ以外の生き物を創りたもうた

 夏休みが終わり、新学期。

 夏休みの後半は、司教様の教えを聞くという素晴らしい時間を過ごしたが、語り尽くせそうに無いので残念だが省略する。

 

 二学期になって、学級委員を決め直すことになった。

 何故か僕に票が集まったが、そもそも公安委員会の螢糸とかの方が適任であると思う。

 僕は美術部の次期部長が決まっているし、科学部では既に前部長に勝手に部長にされた。

 これ以上背負わせられても困る。

 そう思っていたのだが、螢糸の巧みな扇動によって勝手に学級委員長に決められてしまった。

 螢糸は実力行使より、扇動の方が向いているのだとよく解った。

 調子に乗られて多発されても困るので、敢えてそれは本人には告げないが。

 

 学級委員長になって、ルーチン以外の仕事が無ければ良いと思っていた。

 ルーチンワークは苦手では無い。

 いつも通りのことをいつも通りにするだけだ。

 問題は、突発事項だ。こういう無駄な作業は基本的に嫌いだ。

 

 で、そう思っていた一週間後。

 舞い込んできたのは突発事項。

 クラスのサッカー部員が一年生に凍り付けにされたらしい。…軟弱者め。

 しかし、一年生にやられた情けない同級生を馬鹿にするのでは無く、生意気な一年生をしめようと考えるのはクラスの仲がよいと認識して良いのだろうか。

 確かに、そのサッカー部の二人は後輩に優しい良い先輩であったとも聞く。

 本当に、妖怪でさえ無ければ良い友人になれたと思う。残念だ。

 

 一介のクラスメイトならともかく、僕は学級委員長だ。

 クラスをなだめるべきか、それとも一年生一人を犠牲にクラスを団結させるかを決断しなければならない。

 そして、その結論は

 

 

 

 ――――僕がクラスのヘッドとしてお礼参りにいくことだった。

 

 意味がわからないけどそうなった。

 螢糸のやり方は正直ズルいと思った。

 

 クラスは仲良く+リンチは良くない→委員長がタイマンで解決

 

 どう考えてもおかしいのだが、妖には普通に通じてしまったらしい。

 全くもって妖というのは度し難い存在だ。

 

 

 

 

 結局、引き受けるハメになった僕は、対象となった生徒。白雪みぞれ*1を調査することにした。

 種族は雪女*2。そこまでは解った。

 しかし、彼女の謎の隠匿能力と、ストーカースキルの派生による対ストーキングスキルのせいで、多くの情報は手に入らなかった。

 だが、雪女というだけで対処法は幾つかある。

 

 雪女は正体を知られることで弱体化して場を去るという伝承がある。

 白雪はこの性質を警戒しての隠匿体質なのかも知れないが、この作戦は今のところ優先順位は低い。

 今回は可燃性不凍液を使うとしよう。

 雪女にはこれが一番手っ取り早い。

 

 その他に白雪について解ったことは、割と僕のことを嫌っている男性教師小壺を氷付けにしたこと。

 理由があろうが無かろうが、前科一犯だ。

 その教師が私怨で白雪を追放しようとしているようだが、やった事への処罰は必要だ。

 私怨にせよ、そうで無いにしろ、罪は罰で償われるべきだ。

 

 

 対象者白雪みぞれは青野に接触すると何やら会話を始めた。

 その後、泣きながら走り去っていった。…フラれたのだろうか? どうでもいいが。

 

 調査情報によると白雪みぞれは落ち込むと、学園の端にある岬へと行く。

 そこに先回りしていると、意外なことに一連の黒幕は白雪みぞれでは無く、被害者であった筈の小壺教師であった。

 自分の所属する学園の生徒である白雪に襲いかかり、返り討ちにされたのを全て白雪のせいにして追い込んだらしい。

 わざわざ正体を現して自白するなんて、三下の悪党にも程がある。

 実に度し難い。

 

 本性であるクラーケン*3の姿になり、黒幕では無かった白雪を海に引き摺り込もうとする小壺教師*4

 そんな白雪を助けようと、まるでドラマのように登場してはその手を掴む青野月音。

 

 優しい先輩としては、ここらで登場するべきだろう。

 不凍液を分解して、何処にでもあるものに作り替え、それを青野の横から眼下にいる小壺教師に振りかけた。

 

 生命力も知力も高いタコの弱点は意外なことに『純水』*5

 

 思い切り正面から被った小壺教師はまるで酸をかけられたかのように悶絶して、白雪を掴んでいた触手を離して海に落ちた。

 その間に、青野は白雪を引き上げた。

 青野には、思ったより筋力があるようで感心したよ。

 

 

 

「青野、白雪、後は早くクラスに戻って担任に真実を話すと良い。

君たちの仕事はそれで終わりだ」

 

 それを聞いた二人は僕に礼を言って帰って行った。

 …そう、ここからは僕のお仕事だ。

 委員長がタイマンで解決。結局螢糸の言ったとおりになってしまった。

 

 

 

 ――――私怨にせよ、そうで無いにしろ、罪は罰で償われるべきだ。

 そうだろう? 小壺教師。

 

 崖を這い上がってくるクラーケン。

 もはや完全に本性剥き出しで、人間に化けた所なんて残っていない。

 駄目だなあ。化け物が人間に化けて人間らしく振る舞う事を学ぶ学園で教師がその様な振る舞いをしては。

 

 タコの弱点その2、持久力が無い。

 先程より、少しずつではあるが、動きは鈍くなってきている。

 

 タコの弱点その3。ストレスが溜まると回復性能が停止する。

 鈍くなった触手が振るわれるが、簡単に刃物で切断できた。

 そしてその触手は再生されない。

 この程度で、ストレス溜めるなんて向いてないよ。タコにも、教師にもね。

 

 タコの弱点その4。

 食べると旨い。

 

「猫目教師*6、ご足労感謝します」

「教員の不始末は教員が付けないと、ね?」

 

 僕はデビルフィッシュという異名を持つタコを食べる気は無いけど、猫目先生はそうでも無いようですよ。

 担任の生徒の青野と白雪を攻撃されて随分とお怒りのご様子だ。

 普段からそうしていれば教師らしい威厳もあるのだが、それはこの際置いておこう。

 取り敢えず、終わらせよう。

 

 

 

 

「――闇の生き物よ、汝、神の声を聞け」

 

 純水に変えていない可燃性不凍液を小壺教師に振りかけた後、ライターを真下に落とした。

 着火して丸焦げになっても未だ岩にしがみついている小壺教師だったが、猫目教師が噛みつかれ、今度こそダウンして海に落ちた。

 

 

 生徒に舐められても裏で働く教師もいれば、自身の不始末を生徒に押し付ける教師もいる。

 全く、これだから妖という存在は度し難い。

*1
原作ヒロインの一人。ストーカー気質のクール系雪女。口数こそ少ないが、割と大胆で積極的である。

*2
雪女 日本発祥の妖。旅人を凍死させたり、気に入った男を連れ去ったりする。美人だが冷淡な者が多い……ハズなのだが、原作に登場する雪女は結構吹っ飛んだ性格の者が多い。

*3
クラーケン 海に住む妖。本来はイカのイメージだが、ロザリオとバンパイアではタコの妖怪として扱われる。巨大に成長したものは長さ数キロに及ぶと言われるが、作中のクラーケンでそんなに大きいものはいない。

*4
爽やかなフリをした屑教師……とされるが、陽海学園でマトモな教師を探す方が難しい

*5
タコに真水をかけると大ダメージ

*6
猫目静 青野や赤夜の担任であり陽海学園で数少ないマトモな教師……とはいえ、作中では主人公達をほったらかしにして魚を囓っている場面ばかりが出てくる。一体陽海学園の教師の選別基準とは…っ!?



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信仰と希望と愛は不滅であり、このうち最も尊いものは――

愛です

出典:パウロの手紙


 僕が学級委員長になって暫くして、『裏』の動きが怪しくなった。

 より正確に言うと『裏』の表面上の動きが、だけれど。

 まあ、そんな厳密な定義を言い出すと、この妖の世界自体が人間界から見れば裏になるわけで、いくらでも言葉で弄べる。

 

 それはともかく、僕の本来の標的である組織と表層で関わりのある組織。

 わかりやすい例えをすれば、ヤクザがバックに着いたチンピラのチーム。

 穢れた妖怪の中でも血筋の悪いはぐれ妖という雑種どもを中心とした連中が動き始めた訳だ。

 はぐれ妖*1は扱いは、ペットの雑種と変わらない。血統書付きの純粋種からは見下される妖達だ。

 本来の原種の能力を失ったものも多いが、代わりに明確な弱点も減る。

 寧ろ僕からすればやりにくいが、他ならぬ妖達自身がはぐれ妖を見下しているし、はぐれ妖も劣等感を感じている。

 彼らは見下される劣等感からか、生き延びるためにつるむアウトロー同士で集まる。

 そんな彼らが動き始めた。…厳密には暴走というのだろうが。

 

 暴走して結果を出すこと無く失敗すれば、この手の組織には制裁が待っている。

 逆に成功すれば、お咎め無しどころか組織内での立場が良くなる。

 組織の力も、女も好きに出来るという理屈だ。

 それならば彼らは死に物狂いで頑張るだろう。

 

 

 一度人間の青野月音に負けた小宮砕蔵*2など組織でも居心地が悪いだろう。

 一年生ながら組織入りして同級生に怖がられた不良くんが実は人間疑いがある男よりも弱かった。

 こうなると、青野を倒すか、青野が実は凄い妖だったことにするしか無い。

 どちらにしろ何かしら仕掛けると思っていた。

 

 青野を監視していたところ、小宮と不愉快な仲間達が動き始めた。

 彼らが青野を囲み始めたので割って入ろうかと思ったところで、いきなり青野が切り刻まれた。

 

 

 おびただしい血液が流出していく。

 妖の分際で、人間を殺すとは。

 青野に駆け寄る赤夜を小宮が捕らえた。

 

 赤夜はどうやらピンク色の髪から白銀の髪に変わらないとバンパイアの力を上手く行使できないのか逃げ損ねているようだ。

 

 

 …よし、消すか。

 青野(人間)に手を出した時点で救いは無い。

 そもそも妖に生まれた時点で救いようが無いのだが。

 

 はぐれ妖の弱点などよく解らない。

 明確な2種類の純血種の混じりなら対応できるが、原種が解らないほど混じったはぐれ妖には伝承や元になった動物など意味が無くなる。

 故に、単純な力で潰す。

 

 好みに宿る、妖気とは呼びたくないが、それに類似した力『魔力』で心を折る。

 重圧の様に発したそれのおかげで、はぐれ妖達は無様に這いつくばっている。

 

「ッ!? 鬼畜の賢石ッ!!」

 

 僕のことは知られているとは想定していたが、そんな二つ名は初めて聞いた。

 誰が言い始めたかは後で問いただすとして、その二つ名の通りにしてやろう。

 

 這いつくばったはぐれ妖の身体を蹴り飛ばして一カ所に集めながら、額にゆっくりと一滴一滴聖水を落としてやる。*3

 

 

 

「「「ア”ア”ア”ア”ア”ッッ!!」」」 

 

 

 流石は神への祈りを込めた聖水。正体がわからないはぐれ妖にさえ有効とは、やはり主は偉大である。

 主の慈悲は、主の御偉功は、この様な汚れた地でも遍く存在するのです。

 実に素晴らしい。

 

 額に開いた穴が少しずつ深くなっていく。

 このままいけば脳にまで到達するだろう。

 さて、頭が悪く生命力が売りのはぐれ妖は脳が無くなってもこれまで通り生きていけるだろうか?

 イケそうな気がするから続けてみよう。

 

 人体科学に妖を照らし合わせるのは不快だが、人間なら脳まであと一滴というところで止めておいた。

 どうせこのあと、暴走して勝手に動いて失敗した彼らは組織の恥さらしとして、組織自身に処罰されるのだ。

 敢えてそうさせた方が、より素敵だろう。

 神の意志による死という慈悲よりも、雑種妖同士のつぶし合いの方がお似合いだ。

 そんなことより、人間の青野だ。

 

 

 出血量が多すぎる。

 無理矢理肉体に戻したとしても、遅すぎる。

 助けるのが遅くなってすまない青野。

 君の冥福を祈る。

 

 僕が青野に祈りを捧げていたときだった。

 赤夜が青野に牙を突き立てた。

 …所詮吸血鬼か。仲良しだ、好きだと言ったとしても、血を見れば理性が飛んで啜る衝動に抗えない闇の生物めが。

 ――――いや、違う。

 コイツ、まさかっ!?

 

 自分の血を与えているのか!?

 だとすれば、それは人間の(・・・)青野月音を殺す行為だ。

 青野月音を妖に堕とすつもりかっ!?

 

「止めろ赤夜ッ!! 青野を穢すな」

 

 コートの中の銀で刃の厚さミクロ単位の十字剣を生成するが、赤夜は止めない。

 仕方ない。青野を人間のまま殺してあげるためだ。彼の魂を穢れた闇の生き物の牙から救済するためだ。

 僕は赤夜の首を刎ねて、心臓を突き刺す決意をした。

 その決意は割と簡単だった。

 

 剣を振り上げた僕が首にめがけて下ろそうとしたとき、

 

「やめるですぅっ!!」

 

 声と共に、飛行するタロットカードが何枚も飛んできた。

 無論、全て切り伏せる。

 飛びかかってくる幻術の刃も全て一睨みで消し飛ばし、上空から降り注ぐ氷柱も全て砕ききった。

 

 青野や赤夜とつるんでいた小さな魔女仙童紫、サキュバス*4の黒乃胡夢*5、雪女の白雪みぞれ。

 僕にしてみれば滅ぼすに他愛も無い有象無象だが、僅かな時間稼ぎと言うことには成功したようだ。

 

 その時間稼ぎのおかげをもって青野月音は蘇った。

 …化け物として。

 

 瞳に人間らしい理性が無いのが解る。…屍鬼(グール)*6になったか。成って果ててしまったか。

 

「女達、お前達のせいだ」

 

 僕が言ったとおり、化け物になってしまった青野は、手始めに青野に血と共に生命力や力を与えて半死人のように弱り込んだ赤夜を突き飛ばすと、白雪に襲いかかった。

 ガードをしたにも関わらず一撃でダウンした白雪を見ることも無く、続いては仙童に狙いを定めた。

 仙童は魔法で応戦をしたが、その全てが躱されて叩きのめされて気絶した。

 そしてその次の標的は黒乃だった。

 黒乃は、ガードするのでも無く、攻撃するのでも無く、受け止めるように両手を広げた。

 …正直意外だった。

 

 化け物のくせに無償の愛に類似した行動を取る黒乃。

 僕は決してその姿に心を打たれたわけでは無い。

 あくまで、化け物になってしまった青野を沈静化させるために、青野が黒乃に接触する寸前に合わせて、思い切り魔力の塊をぶつけて昏睡させただけだ。

 

夢魔(サキュバス)。人間で無くなった青野は最早僕の保護対象下では無い。

気絶している間に夢の中でそいつを堕とすなり喰らうなり、引き戻すなり好きにしたまえ」

 

 

 

 あくまで僕は妖如きに感銘を受けるなんてそんな度し難いことはしていない。

 あくまで、妖に堕ちた青野の後始末など、妖に任せて充分だと思ったに過ぎない。

 

 …全く、妖の分際で、無償の愛の真似事をするなんて、実に妖というのは度し難い存在だ。

*1
混血の妖で構成されている。ハーフが構成員に多い反グレと名前を掛けているのは偶然にしてはできすぎてある。

*2
噛ませと言えば彼。力自慢なのにバンパイアである赤夜に力で押し負けた。

*3
現実の某宗教の拷問で、瞼の上に水滴を落とし続けて眠らせず脳を壊させる拷問があったという

*4
サキュバス 女性の夢魔。夢の中に忍び込む力を持ち、相手の精神を揺さぶる攻撃を得意とする。幻覚攻撃は相手に痛みを錯覚させて、本物の怪我を負わせるほど。感情を操るだけでなく、感情に左右されやすい彼女たちの種族は、感情の高鳴り次第でどれだけでも強くなれるし、感情が死ねば消滅してしまうと言う。つまり、恋する乙女は最強という良い事例である。

*5
原作では最初の方に出てくるヒロインの一人。男子生徒に人気がある赤夜に己の方が魅力があると宣戦布告した。逆ハーレムを作るのが当初の目的であったが、本性を剥き出しにした赤夜に反撃されてトドメを刺される直前で青野に庇われて以降は一途な乙女っぷりを見せる様になる。巨乳

*6
グール 一説には邪悪な精霊が宿った死体ともされる。原作ではよくある吸血鬼の眷属としても扱われる。だが、よくあるグールと違ってやたら強く、吸血鬼と保母同等の戦闘力を誇る。原作の第一部では、主人公と第一部のラスボスがこの種族である。



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怒りやすい者の友となるな、激昂に容易い者と関わるな、彼らと親しんでその魂を罠に堕としてはならぬ

つまり仲良くする相手は選びましょうというありがたい教え


 青野を気絶させた僕を監視している視線に気が付いた。

 いや、この場全体を監視していたのだろう。

 だとすれば、はぐれ妖達の動きを知った上での、活動成果を監視していたのか。

 つまりは、はぐれ妖の小宮の上位者か。

 

 変な気を起こされて、人質を取られても困る。ここで、青野達とは友好関係が無いことはアピールしておこう。

 …というわけで赤夜を仙童の方へ向かって蹴り飛ばした。

 

 

 序でに、僕を監視しているやつに向かって、額に穴が開いているものの辛うじて生きている小宮達に刃物で文字を刻んで魔力で監視者の方へ弾き飛ばした。

 書いてある文字を見て憤慨する辺り、そんなに難しい敵でも無さそうだ。

 書いた文字は繋げてみるとこうだ。

 

『有象無象の無価値な雑種ども、処分されたいなら明日の課業後に旧校舎で待つ。賢石翠』

 

 僕個人としては、血統書があっても妖と言うだけで価値などないのだが、彼らは自分には無い血統へのコンプレックスがあるようだ。

 そこを弄ってあげない考えは無い。

 

 

 

 次の日、調べてみると青野と赤夜は朝から出席していないようだった。

 まあ、あの怪我だから仕方ないだろう。

 この陽海学園には経営者が同じ病院もあるということなので、そこにいるのだろう。

 そこにも組織の手が潜んでいるのだろうが、アレだけやったんだから青野や赤夜には目は向かないだろう。

 別に彼らを護ろうとかそう言う意図は無い。

 彼らを標的にして分散されたら纏めて潰せない。面倒になるのが嫌なんだ。

 

 

 

 

 課業が終わって、僕は今は使われていない旧校舎へと向かった。

 色々噂は広まっているようで、みんな僕の方を見てヒソヒソと噂をしている。

 旧校舎に入る前にも大勢のはぐれ妖が待ち構えていた。

 きっと中にはもっといるのだろうし、罠だって仕掛けてあるはずだ。

 …僕だってそうする。

 事前に場所がわかっているなら、僕だって当然そうする。

 

 一番近い位置にいるはぐれ妖に聞いてみる。

 

「ねえ、いつからやるんだい?」

「今からだよッ!!」

 

 僕が聞いたはぐれ妖は人間に化けた姿から、醜い妖怪の姿(本性)を現して凄んできた。

 そう、じゃあスタートだ。

 

 

 旧校舎が突如爆発した。

 中にいるはぐれ妖も、罠も全部これでおしまいだろう。

 法儀礼済みの火薬による、神聖な大爆発だ。

 事前に場所がわかっているなら罠の一つや二つ仕掛けるだろう。――僕だって当然そうする。

 

 

 入り口にいたはぐれ妖達を、聖なる祈りが刻まれた筒と火薬とその筒に詰める弾を生成――、つまり原始的な銃で撃ち抜いていく。

 弱いね。実に弱い。

 その気持ちを、声や態度に存分に表す。

 そうやって、怒らせることで、小者はますます小者らしく単純化してくれる。

 

「所詮お前達妖は、純血だろうが雑種だろうが同じだ。――同様に価値がない」

 

 そう言いながら、無理矢理こじ開けた口に劇薬を突っ込んでは優雅に歩いて行く。

 目指すは爆発した旧校舎でくたばっているであろう、小宮の上司だ。

 

 ボロボロになった旧校舎。

 そこには残念な事に、それなりには未だ辛うじてくたばっていないはぐれ妖達がいた。

 

「こんにちわ、雑種共。そしてさようなら」

 

 取り敢えず近くにいたものを頭から地面に投げ飛ばしたり、関節を逆に折って崩れた頭を踏みつけたりしながら奥へと進んでいく。

 こういったビビらせることで主従を結んでいる組織には、それより恐いものを見せてやるのが効果的だ。

 

 後は勝手に崩壊してくれる……

 

「狼狽えるなッ 敵は一人だ。ビビってんじゃねーぞッ!!」

 

 …訳でも無いか。どうやら彼が小宮達の親玉らしい。

 

「雑種の名前とか覚える気もないから、そこに跪け。

踏み潰して一瞬で気絶させてやるからさ」

 

 わかりやすく挑発すると、妖の本性を剥き出しにしてくる辺り、精々中級管理職程度なのだろうが。

 

「未だ40はいるぞ。一人でこの数に、勝てると思ってるのかよ」

 

 辛うじて動けるやつが校舎内に入ってきてそれで40人。

 戦力としてみると実際には半分以下だろう。雑魚ほど数に拘るものだ。

 それに、爆発した後だから、僕が仕掛けた罠が無いと考えている辺り、やはり中級管理職の中でも下の方なのだろう。

 

 だが、余計な邪魔が入った。

 

「助けに来たわ。これで4対40ね」

「1人当たり10人倒せばいい計算です。全く、感謝しやがれです」

「不本意だが…」

 

 青野の周りにいる黒乃、仙童、白雪か。

 …此処にこいつらがいるということは、青野達は無防備か。

 

「お前達と仲良くする気はない。大好きな青野の所に帰れ」

 

「命令するなです」

 

 仙童、お前はもう少し聡明だと思っていたががっかりだ。

 ここで、僕の側への参戦を表明すれば、治療中の青野達も狙われる。

 敵はそういう奴らなのだというのに。

 

「そうよ、大人しくありがとうって言えば良いの」

 

 黒乃がそういった策謀に向かないのは解っていた。

 

「ひとつ貸しだ」

 

 白雪も全然理解していないようだ。…全く度し難い。

 

 

「お前達、こっちに来い」

 

 仕方ない。こいつら以外の証人の口を全て封じるか。

 

 

 近寄ってきた青野ハーレムの構成員3名と僕の周囲に魔力を流すと、円が発生した。

 この円は、あくまで起動キーだ。

 この旧校舎に、爆発の後に浮き出るように仕掛けた無色透明の溶剤で作った結界がある。

 その結界の効果は単純だ。

 内側の円と外側の円の間のドーナツ状の部分に作用する。

 式の中身は『邪悪、滅ぶべし』

 

 とどのつまり妖であるだけで弱体化していく。元気な妖なら身体が重たく感じる程度だが、弱り傷ついた妖なら滅ぶ。

 爆弾はその為の下準備に過ぎない。

 

 

 存在そのものが浄化されて無へと近づいていくはぐれ妖の悲鳴を聞くのは心地良い。

 

「一言言えば許してあげるよ。降参しますもう二度と悪いことはせず真面目に生きていきます。

少し長いけど、君たちの頭で覚えきれただろうか? 覚えられなければそのまま死ぬといい」

 

 

「鬼畜」

「鬼ですぅ」

「悪魔」

 

 三人娘が何か言っているが、無視する。

 僕は鬼でも吸血鬼でも屍鬼でもない。人造人間だ。

 

 結局ははぐれ妖全員が気絶したところで、結界を解除した。そうしなければ僕たちが出られないというのもある。

 

「君たちは早く青野の所に急げ」

 

 少しだけ真面目な顔でそう告げると、そこで漸く仙童は理解したようで残りの二人を連れて去って行った。

 

 此処に残されたのは僕と気絶したはぐれ妖。

 それと、全てが終わった後に来いと呼び付けた連中。

 

 

 

「九曜、螢糸、待たせたか?」

 

「呼び付けておいてよく言う」

 

 螢糸は一言も発しないし、九曜は常に睨んでいる。

 友好的な感じは一切無い。だが、別にそれで良い。利害関係は友好関係より遙かに強固だ。

 互いに利益がある内であればという限定が付く分強力な関係だ。

 

「君たちは管理を外れて今まで勝手にやってきた不良共を収容し、教育して支配下における――」

 

「――そしてお前は散らかしたゴミ掃除を押し付けられるという訳か」

 

 人聞きが悪い。

 折角、はぐれ妖組織の最上位クラスと、九曜の本職が同じ場所にあると解らないフリをしてあげているというのに。

 ああ、解らないフリをしているから、向こうも恩を感じようが無いのか。それは失敬だった。

 

「これにて、公安の支配の外で諸手を振って暴れるものはいなくなったわけだから喜べば良いのに真面目だね」

 

 そういう所は本当に好ましいとさえ思う。

 妖でさえ無ければ、彼とは親友になれたかも知れない。

 

「我らにとって、一番野放しにしたくない者がそれを言うか」

 

 …僕はこの学園全体で見れば間違いなく秩序は護っている側だ。

 旧校舎の爆破解体であれ、担任を通じての理事長の許可を取得した上でのことだ。

 

 

「僕は正義の名の下に悪を罰しただけだ」

 

公安(こちら)としては、今すぐその正義を執行したいところだ」

 

 

 睨んでくるなよ。僕どころかタマネギにさえ勝てない狐妖怪のくせに。

 

「だからその正義で散らかっているはぐれ妖を収監してあげてくれ。

更なる上位者の任務失敗への制裁から保護してあげれば――尻尾を振ってくれるだろう」

 

 

 僕はそう言ってその場を去ることにした。

 本当は言葉の最後に、油揚げを貰った狐のようにと付け加えたかったが、流石にそこまではしない。

 此処で無意味に怒らせる必要は無い。

 怒らせた方が良い敵は怒らせるが、仮初めとは言え味方に付いた者を怒らせる趣味は無いのだ。

 …気に入った男なだけに、戯れにからかいたくなる部分は無いとは言えないが。

 

 

 それにしても、愛を真似る妖が出たと思えば、今度は妖の分際で、この僕に正義を語る者が居るとは。

 闇の生き物の分際で、ピンポイントで僕を懐柔するつもりなのだろうか?

 …全く、これだから妖という存在は度し難い。



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善を行う者を褒めなさい、悪を行う者を罰しなさい、例えそれが王であろうと

腐ったリンゴは残ったリンゴも駄目にする。
ならば発酵させてリンゴ酒にしてしまいなさい。


 結局あの後、青野達は病院ではぐれ妖の一人に狙われたようだったけど、黒乃達が最初から警戒していたおかげであっさり片が付いたようだ。

 まあ、どんな結末になろうと、青野が人間ではなくなった以上、僕に心配する必要は無いわけだが。

 

 そう言ったことよりも、青野月音が学園祭実行委員会に入ったことの方が大きい。

 その実行委員会には、はぐれ妖などのチームの上にある『反学派(アンチテーゼ)』が紛れている可能性はそれなりにある。

 少なくとも一人、いや三人は紛れているはずだ。

 反学派の更に上というか、裏にも僕が探る組織は関連しているはずだが、取り敢えずこの学園において最大の危険組織はといわれると反学派になるだろう。

 

 それにしても、理事長も人が良くない。

 話したことも会ったこともまだないが、十中八九青野月音は囮だろう。

 敢えて僕を囮にしなかったのは、先日僕が派手にやり過ぎたからだろうか。

 最初から釣り針が見えたエサに食いかかる魚はいないから仕方ない。

 そして僕が青野月音を囮にして、反学派を叩くところまで理事長の計算の内なのは、少々癪だと言わざるを得ない。

 そして、青野を囮にする以上、理事長子飼いの戦力も、青野に釣られてきた敵を叩きに行くだろう。

 そしてきっと青野大好きガールズ達も動くのだろう。

 それさえ含めて理事長の思い通りか。

 なるほど、僕だけを動かすより効果的なわけだ。

 

 それにしても、学園祭如きで組織を食い込ませて、時には殺しをするなんて実に妖らしい。

 いっそのこと学園祭でなくて、堂々と血祭りをすればいい。

 妖の数が減って、主と僕が喜ぶ。

 

 

 話は変わるが、青野は魔封じの鍵(ホーリーロック)という物を理事長に付けられたことで、理性ある屍鬼もとい、人間擬きとして生きているようだ。

 理事長には魔封じの鍵のスペアを作らせた方が良いだろう。

 青野みたいなのは大抵無茶しすぎる。

 具体的には赤夜の危機が迫れば、鍵を外して屍鬼としての力を振るうだろう。

 考えなくても想像に浮かぶ。

 

 さて、その青野から面白い話を聞いた。

 委員長の金城北都がどうやら希に見る善人だという話だった。

 そもそもこの学園にいる時点で善()ではないのだろうが、そうなると一々善妖とか悪妖とか言わないといけないので面倒だ。

 それに妖という時点で、区別無く全て悪だ。

 

 青野は金城に心酔しているが、果たして青野大好きガールズはどんな反応をするだろうか?

 …ああ、これも考えるまでもなかった。

 簡単すぎて実につまらない想定だ。

 嫉妬しないはずがない。

 

 取り敢えずそんなどうでも良いことは置いておいて、ポスターの絡みなどで青野達新聞部と、僕たち美術部は学園祭に向けて協力体制に入る。

 美術部員としては、そちらのことを優先すべきだろう。

 学園の秩序は九曜達に押し付…任せよう。

 

 というわけで、僕は美術部の代表として新聞部にやってきたのだが、やはり青野はいなかった。

 学園祭実行委員の方が忙しいのだろう。

 それはそれで仕方ない。

 

 人狼が僕を見てあからさまに嫌そうな顔をしてたのが不快だったが、それも置いておく。

 

「賢石だ。美術部代表としてきた。

ポスターの掲示位置と内容について調整に来た。

関連する新聞のイラストについては後で調整しよう。

写真部との調整のことも合わせて聞こう。

決まったことは僕が3部の代表として公安に報告に行く。

君たちは公安に顔出すのは嫌だろう?」

 

 自分達が学園の正義だと、力を振るう公安ともめた新聞部が公安を嫌うのは理解できる。

 …だが、公安も公安なりに正義を通そうとしているから、僕ぐらいは顔を立ててやらないとな。

 ああいった手合いは、おだててやると懐を広げるものだ。

 第一、曲がりなりにも独善的だろうが秩序を強いてきた公安が存在しなかった場合、妖しかいない学園がどうなっていたかなど目に見えている。

 それすら解らずに対立するのだから、妖というのは全くもって度し難い。

 

「随分と公安と仲が良い様や無いか」

 

 関西弁の人狼、森丘銀影。

 特に彼は、公安の話をすると冷めた目をする。

 キツネとオオカミ、どっちも同じ犬科の妖だろう。

 タマネギが駄目な種族同士仲良くすれば良いというのに。

 

 森丘とは対照的に感情的なのは種族故なのだろう。サキュバスの黒乃は、青野を独占している委員会の悪口を赤夜に言っている。

 会話をするなら感情的な相手よりかは冷めた相手の方が、僕としては楽で良い。

 

「ああ、理性的で話が通じるのなら妖にしてはマトモだ。

利害と秩序を計算できるなら、それ以上の計算さえしてやれば簡単に付き合える。

…それで、森丘部長、新聞部としての返答は?」

 

「断る理由は無いが…」

 

 実に結構だ。

 濁したことで持たせた含みは、言葉に出来ていない以上無視するとしよう。

 言葉に出したこと、文字に記されたことだけが契約だ。

 

「では、公安への報告は僕が代表するということで決まりだ。

だが、申請の書類には連名で署名して貰う。

では次に、イラストについてだが――――――――――――」

 

 そういった会話を続けていくだけでも、それなりに気分が高揚するのを感じないわけではない。

 学園祭のために、殺しまでするのは理解に苦しむが、ちょっとした熱意が沸き起こるくらいなら理解は十分に示せる。

 

 美術部代表としての交渉結果を美術部に報告した後は、科学部部長としての出し物の調整をしなければならない。

 これも、火や薬物を使い、それを客の前で行う以上、公安への事前報告が必要な代物だ。

 公安を煩うのではなく、上手く利用してやれば向こうも職務に専念できて満足、此方も本来学園に直接報告する手間を省ける。

 それが出来なかったというのだから、これまでの妖達は本当に度し難い。

 

 それにしても、誰も彼も公安を必要以上に煙たがるのは何でだろう。

 自分なりの正義に固執する自己評価と気位の高い狐と、美脚のミニスカートの和風少女のいる素敵な組織だと言えないことも無いのに。

 彼らは妖でさえなければ、本当に友と呼びたい者達だ。

 彼らは、学園祭にやってくる横暴なOBにさえ自分達の正義を通す、彼らなりの(・・・・・)正義を主張する素敵な団体だ。

 はぐれ妖のチームに管理させるより、遙かにマシだろう。

 そんなことになれば、OBの先輩方に在校生の女子生徒を宛がって、卒業後の口利きをして貰うはぐれ妖の姿が目に浮かぶ。

 OBから怪しげなクスリを融通して貰い、学園で広めて売り上げを上納する姿さえ想定できる。

 だから、僕は己の邪魔にならない内だけは、公安を支持しよう。

 

 料理部にお願いしたいなり寿司を手荷物に、公安執行部の部屋へと向かう。

 一般生徒立ち入り禁止の張り紙があったので、ノックをする。

 

 暫くして螢糸がドアを開けたが、僕の顔を見ると露骨に嫌な顔をしてドアを閉めようとした。

 残念だが、ドアの隙間には僕が足を挟んでいたので閉じられなかった様だ。

 

「螢糸、通せ」

「は、はい。九曜様」

 

 物わかりが良い相手は好きだ。

 …九曜、先程から僕の右手にしか視線が向いてないが、まさか匂いにつられて入室を許可したわけでは無いだろうな。

 

「公安の皆様こんにちわ。

今回は、科学部と美術部、新聞部、写真部の三部合同企画についての申請をしに来ました。

先ず、手土産に箱の中に入ったいなり寿司の匂いのタマネギを――――」

「帰れ」

 

 九曜の周囲が少し燃えだした。

 そう言えば、コイツは炎属性の妖だったな。

 

「…冗談も通じないのか。

中身は正真正銘のいなり寿司だ。勿論タマネギが中に入っていることもないから安心してくれ。

それと申請書類には抜けなどないはずだ」

 

 螢糸はあら探しをしたいのか、書面を読み込んでいるが、それが見つかることはないだろう。

 この僕が監修したのだ。万に一つも記載漏れや記入誤りなど無い。

 ミニスカートで派手に貧乏揺すりをしているが、それは精々男を喜ばせる程度の意味しか無い。

 尤も、無自覚な様なので指摘してやる必要も無いが。

 

 

 さて、九曜が先程からいなり寿司の入った箱を見つめたまま、瞬きすらしなくなってしまったのでそろそろ帰るとしよう。

 そんなことを考えながら、僕は部屋を出た。

 

 

 それから三日後、別件で九曜の所に足を運びに行こうとした僕の目の前に、人間でさえいれば好みドストライクの少女が立っていた。

 …そう、向日葵の丘で出会った魔女、瑠妃*1だ。

 

「金城委員長*2が、反学派のボスだった…。

お願い、月音さん達を助けて」 

 

 …折角、人が楽しみにしていた学園祭の準備に向かっていたというのに、学園祭の実行委員長がこの様な形で水を差すとは、

―――――――やはり、妖という存在は度し難い。

*1
燈条瑠妃 ドMな美人の魔女。黒髪ロング+ツインオカピ巻きの激カワ少女。両親を人間に殺された(飲酒運転による事故)事で人間を恨んでいたが、根は寂しがりやな善人。ドMである故に、驚異の耐久力を見せる。

*2
金城北都 第一部のラスボス 眼鏡をかけた好青年風の吐き気を催す系邪悪。元は虐待を受けており、青野達が入学する前の更に治安が悪かったであろう世代で生き抜いた元人間



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第九戒 汝、偽証を立ててはならない

 魔女でさえなければ麗しき少女は、その穢れた血を身体から流しながら壁に手をついて息を切らしながら僕に助けを求めてきた。

 

「…成る程、君が理事長の手の者だったという訳か。

僕が助けに行くと判断したのは理事長か、それとも君か?」

 

 返事をするのも苦しそうだが、僕がそれを気にしてやる必要は無い。

 魔女が一人くたばったところで、人間達に不利益は何一つ無い。

 

「…理事長です」

 

 少し、残念だと思ったわけではない。

 そもそもそう期待する理由も、因果もない。

 

「そうか。その理解の通りで結構だ。

優秀な上司の下で働くのは動きやすい。無能な上司よりは余程ね。

残念な事に、青野から聞く話では敵の上司も優秀なわけだが勝算は付けてあるのか?」

 

「……」

 

 僕の言葉に答えることなく、ただ真摯に見つめ返してくる彼女の瞳は、勝てる気は無くとも、勝つつもりでいることは見て取れた。

 …及第点だ。その返答は決して嫌いじゃない。

 

「速やかに青野達の居場所を答えろ。

後は理事長にこの紙を渡せ」

 

 書き記したメモ帳を千切って彼女に渡した。

 そして青野から場所を聞いた僕はそこへと向かうことにした。

 

 戦いというのは相手の本拠地に向かうより、己の本拠地に引き摺りだした方が良いのだが、いつも理想通りとは行かない。

 ならば、相手の地の利をなし崩しにする手段を考えるのは当然のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 現場に辿り着いた時、青野は金城に独白していた。

 信じていたと、金城は真面目で争いが嫌いだと思っていたと。その理想に自分に近しいものを感じていたと。

 だが、それは所詮独白(・・)に過ぎなかった。

 最初から見ているものも聞いているものも違う金城には届かない事に気が付かなかった様だ。

 金城は今にも憧れは理解から遠いとでも告げそうな表情で、青野如きでは己を理解するには能わないと告げた。

 

 だから僕はそんな可哀想な演者達に現実を教えてやる。

 

「そうだ青野。お前は金城を理解できない。金城もお前を理解できない。

全てを理解できるのは神だけだ。人は己すら理解しきることは出来ない。

だからもっと早く、敵対した時点で切り捨てるべきだった。

さあ、今此処で棄てろ。お前の中から金城北都を」

 

 迷える子羊に道を示すというのは、何時だって気持ちが良いものだ。

 

「賢石翠、やはり来たか」

 

 僕のことは想定済みだった様だ。

 僕が此処に来ることまで理解していたとは侮れないな、金城北都。

 

「コイツらがそんなに心配だったか?」

 

 …まさか、妖が何人死んだところで、僕にはどうでも良いことだ。

 首を振って、金城の戯れ言を否定する。

 

 足場を改変して、蜘蛛の足を逆さにした様に八本の鋭利な柱を造り出して、それを金城に向ける。

 それを避ける金城の着地地点を液状化させることも忘れない。

 

 身体を捻った重心移動で無理矢理飛距離を稼いだ金城は、何とかまともな足場を確保した様だが、その場所は既に計算済みだ。

 コートの中の薬剤を調合して投げつける。

 即席だが、衝撃で発火し、その炎が持続するナパーム弾だ。

 ここらで金城の妖としての正体が見えると思ったが、金城はあくまで身を捻っただけだった。

 

 仕方が無いので、ナパームをコートから出した銃で撃ち抜く。

 広がった火炎が金城を包んだ。

 

「可哀想に、熱そうだね金城。

彼を存分に(・・・)冷やしてやれ白雪。他の者も好きにして良いぞ」

 

 指揮をする様に、周囲の者に指示をする。

 しかし、白雪と仙童以外のものは動かなかった。

 白雪は冷気で、仙童は水を呼び出して炎を消そうとしている。

 …残念な事に、油火災は水で消えるどころか広がるわけだが。

 

 火傷のせいか、金城は悶えながら崩れ落ちた。

 さて、トドメは青野に付けさせてやろうか。

 そう思って青野を見たが、青野はお気に召さなかった様だ。

 

「お願いします。火を消してくださいッ!!」

 

 甘いな、実に甘い。

 どうせなら殺してから、赤夜がお前にした様に眷属にでもすれば良いというのに。

 それではいつか寝首をかかれるだろう。

 救われない末路が、きっとお前を待つだろう。

 神は妖となったお前を救わない。ならばお前自身がお前を救わなくてはならないのだ。

 甘さを捨てなければ、いつかお前は死ぬだろう。

 …妖になった青野が死んだところで、もう僕にはどうでも良いことだが。

 

 それにしても、この期に及んで金城は、一部さえ化け物の姿に戻らない。

 …もしや、彼も…?

 

 だとすれば、殺しは良くない。

 彼がやったことは、妖である陽海学園の生徒を傷つけただけだ。

 彼が人間であるなら、一人たりとも人間を傷つけてはいない。

 化け物を成敗しただけだ。

 …これでは善行ではないか。

 

 仕方ない、助けなくては。

 

 燃えている金城に触れ、燃焼している油を不燃性素材に変換する。

 僕が少々火傷するのは仕方ない。

 人間を傷つけた罰だ。報いは受けなくては。

 

 

「金城北都、まさか君は――――人間か?」

 

「……だったら何だと言うんだ」

 

 ああ、何と言うことだ。

 こんなことがあるのだろうか。

 

 

 そんなに睨まないでくれ金城。

 居心地が悪くなってしまうじゃないか。

 

「…君が最初にそう言っていれば、僕は君の側についていたかも知れない。

僕は神のしもべ。妖の敵で人間の味方だ」

 

 金城も青野も、妖共も戸惑った顔をしているが、寧ろその認識に戸惑いそうになるのは此方の方だ。

 妖如きが、正義の味方となって賛同されるとでも思っていたのだろうか。

 僕が人間を必要も無く見捨てるとでも思ったのだろうか?

 それこそ解せない。

 

 

「金城、君は僕が保護してあげよう」

「いや、その必要は無い。彼はこちらで引き継ごう」

 

 

 振り返るとそこには、僕には見慣れた十字を首から提げ、白いローブに身を包んだ男がいた。

 

「理事長!!!」

 

 青野が叫んだ。

 なるほど、彼が理事長か。

 胸の十字架からして、彼も教会(此方)側か?

 真っ当な人間には見えないが、僕も人のことは言えない。

 何せ、十字架を愛する者に悪いものはいない。

 

「君には期待していたのに残念だよ北都くん」

 

 白々しくも聞こえる言葉を紡ぎながら、理事長は火傷を負った人間である金城に向かって封印結界を発生させた。

 これでは金城が可哀想だ。

 

 

「くっ、くひひっ…くひっ…くはっくははっ、はひひひ、はひっはひっはひほひひひーーっひっひっひっ」

 だが、封印された金城を僕が助けてやろうと考えた矢先に、金城は狂笑しだした。

 

 笑いが最高潮を迎えると同時に結界を破砕した金城は瞬時に近寄って、理事長を幾重にも別れ、その全てが鋭く尖った化け物の(・・・・)腕に変化させた腕で貫いた。

 それを見た青野の絶叫が響き渡る。

 

「ああ…待っていた。この時をずっと待っていたよ。

弱ったフリをしたのも、封印されたのもわざとだ」

 

 そう言いながら、倒れている理事長が身に付けていた神聖の象徴、十字架を奪い取った。

 

 ………。なんだ、君もそうだったのか。

 君も、化け物だったのか。

 人間のフリをしておいて、結局は邪悪な闇の生き物だったのか。

 邪悪な闇の生き物の分際で人間を騙り、この僕を瞞したのか。

 …全く、妖という存在は実に度し難い。



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主は全てを愛する。故にその教えを知るものよ、隣人を愛しなさい。

「――オレはいよいよこの学園を破滅させるとしよう」

 

 金城は理事長の持っていたロザリオを手で弄びながら、高らかに宣言する。

 少女達は残らず、金城が結界を破壊した余波で弾き飛ばされ、種族柄感情的な黒乃などは己の無力さと無知さに這いつくばって涙を流していた。

 …まあ、妖が涙を見せたところで心動かされる奴など青野ぐらいだろう。

 

 そう思ったと同時に、青野は怒りの余り金城を殴り飛ばしていた。

 ……単純なのは知っていたが、少し予想通り過ぎないか?

 

 

 僕が予想していなかったのは、激昂したと思っていた青野が涙を流していたことくらいだ。

 余程金城に憧れていたと見える。

 

「あなたにはもう……もう、誰も傷つけて欲しくなかったんだ…

だから―――――――北斗さん、オレがあなたを倒します」

 

 自身の想いに決着を付けると共に、仲間をこれ以上傷つけたくないからこそのその言葉。

 まるでお伽噺(フェアリーテイル)の勇者様じゃないか。

 …人間を止めた者()の分際で、烏滸がましいぞ。

 

「くくく、今、このオレを『倒す』…確かに、そう聞こえたが…

図に乗るなよ、お前にオレが倒せるかカスがぁ」

 

 金城とは理由は違うが、その奢りに笑いたくなるのには不本意ながら同意したい。

 

「ははっ、図に乗るなよ金城。

妖が正義を倒せるものか」

 

 僕が広げたコートの中に揃えられているのは無数の薄い十字剣とデリンジャー。

 剣も銃弾も全て洗礼済みだ。

 

「…教会の犬が、覚悟は出来ているんだろうな」

 

「…ウジ虫のいる水槽に薬剤を撒くのに覚悟など必要か?」

 

 教会の犬、か。褒め言葉だ。

 お礼に、なるべく惨めに殺虫してやろう。

 

「青野、君は彼女たちを護っていると良い。

余波で死んでくれては後で逆恨みされても困る」

 

「ありがとうございます。やっぱり優しいんですね、でも北斗さんはオレが――――」

 

 この僕が優しい? 妖に対して?

 確かに金城の言うとおり青野は図に乗っている。

 

「勘違いするな、いずれ主の御名の下一掃してやろう。

ただ、この場では君たちより先に浄化すべき邪悪が目の前にいるというだけだ。

邪魔だから下がれ、そう言っている事くらいは理解しろ」

 

 

 少し本気で凄んでやると固まった青野を魔力で弾き飛ばす。

 丁度青野が黒乃達の所に吹き飛んだところで、金城が黒乃達に仕掛けた結界が発動した。

 理事長が金城にかけた結界を、今度は金城が理事長のロザリオ型の魔具で仕掛けたわけだ。

 …尤も、そこまでは想定通りだ。

 

 

「翠くん、北都を止めろ。奴は結界を破壊するつもりだ」

 

 …実に白々しい。僕が司教様からお聞きした話の通りならば、この程度でくたばる筈もない理事長が、息も絶え絶えといった風に人間界と妖の世界を隔てる結界をを北都が破壊しようとしていると告げてくる。

 だから、瞞されたフリをしてやる代わりに、幼くない方の魔女に例の物を渡すようにと告げると、理事長はそれを渡した。

 

 理事長が曰く、敵の目的は、人間と妖とを隔てる結界だという。

 金城北都が、先程の狂笑()みをおさめて、その通りだと、頷きながらそれを肯定した。

 頼まれなくてもやるつもりだったが、頼まれたのなら仕方が無い。

 理事長に貸しを作るのは悪いことではないし、そもそも結界を破壊するのは――――まだ(・・)早すぎる。

 

 

「境界を無くし、妖も人間も混じり合って殺し合うべきなのさ。

さあ、先ずはオレ達が殺し合おう賢石翠」

 

「知恵比べと行こうか、金城北都」

 

 此方の主要武器は、先程コートの内側にあるのを見せた銃と剣。

 他にも見せていない武器はあるが、先ずはそれで良い。

 

 伸びてくる金城の刃に変形した腕を剣で切り落とし、金城を撃つ。

 それを想定して接近しながら躱す金城を視界におさめつつ、背後から僕に襲いかかる切り落とされた金城の腕を想定して、剣を投げて地面に縫い止める。

 思惑が外れたのを理解しつつも再生させた腕で殴りかかる金城の機動から一瞬後の未来を想定して、身を沈めて殴りに見せかけた掴みを躱しつつ足払いをかける。

 金城もそれを想定して掴みかかる勢いを利用して宙で前転し、かかと落としを繰り出してきたが、そこまでは既に想定済み(・・・・)だ。

 

 足払いの初動と同じ動きで身体を捻る動作を大きくし、軸ごと移し替えて金城の足の関節に裏側から剣を突き刺す。

 金城は咄嗟に足を化け物のそれに変えたが、神聖な剣の物理以外の部分がその脚を切り刻んだ。

 

 

 

 

「何よあれ、知恵比べとか言って、思いっきり肉弾戦じゃない」

「いや、アレは非常に高度な読み合いだ。私でなければ見逃していただろうな」

 

 いつの間にか僕に似た姿である本性(ヴァンパイア)の貌をとった赤夜が現れていた。

 結界を叩き壊すと、理解が及んでいない黒乃に説明をしていた様だ。

 

 

 (ホムンクルス)吸血鬼(ヴァンパイア)

 お前には予断も油断も許しはしない。万に一つも勝ち目は無いぞ。

 …さあ、お前の奥の手を見せてみろ。高々今まで見せたこと程度でクーデターを企みはしないだろう。

 僕が期待(・・)したのは、この程度で終わるお前ではない。

 

 

「オレには理由がある。自分の存在の全てをかけて学園を壊す理由が」

 

 脚を押さえながら立ち上がり、そう呟いた金城は理事長のロザリオを媒介に、転移術を行使した。

 僕たち全員を巻き込んでその転移術は発動した。

 

 

 ここは、予想通り金城の計画の最終決行地点。

 この場所において、一手を打つだけで金城の勝利が決まり、一手を打てなければ敗北となる。

 ここが何処かは未だ良く解らないが、問題ない。

 とにかく、僕が最初から望んでいた(・・・・・)場所に来られたわけだ。

 この為に金城をわざわざここまで逃げ延びることを許した。

 この戦い、僕と司教様の勝利だ。

 

 金城は祭壇の上に立っている。

 

「ここは学園の地下に位置する『常闇の祭壇』。陽海学園の心臓部だよ」

 

 金城北都、説明には感謝しよう。

 なるほど、此処は学園の地下なのか。

 そうやって余裕げに話すという時点で後は起動キー、恐らく理事長のロザリオを発動させるだけなのだろう。

 そうで無ければあそこまでの余裕はない。

 先程、僕一人に痛めつけられたのだ。実力の差は理解しているだろう。

 

 北都が何やら語り始めたが、僕はそれを無視して割り込む様に告げた。

 

「先程理由があるといったね。

正直に言って、お前の理由なんてどうでも良いんだ。

きっととても悲しくて辛かった過去があるんだろう。

でも、それはどうでも良いんだ。

そうしなければ生きられなかったとか、切実な理由があるんだろう。

でも、それもどうでも良いんだ。

神に背くなら―――――――死ねば良かった。

そうすれば、その魂は祝福されるだろう」

 

 僕が正しい道理を教えてやる。

 最早、というか化け物である時点で救われぬ魂だが、最後くらい説教してあげるのも一興だ。

 僕の言葉に、金城の顔が憤怒に染まっている。

 話の中に心当たりがあったのだろう。

 だが、神に背くことに比べるならば、それはどうでも良いことだ。

 

 そして、金城は失敗した。

 長々と説明をする余裕なんて、最初から金城にはなかったのだ。

 

 瑠妃に位置情報をマーキングした、瑠妃の育ての親である魔女が金城の後ろにいた。

 転移術の一つや二つ、老獪な魔女には知らぬはずもなかったからね。

 

 魔法で弾き飛ばされる金城。

 吹き飛ばされて尚、ロザリオは手放さないのは流石だが、ロザリオを持つ金城が祭壇にいることが脅威なのであって、祭壇から離れたロザリオを持った金城には決定打など無い。

 再び祭壇に駆け寄らなければ、勝利はないのだ。

 

 余裕がなくなった金城は、最早余裕がないままで、戦うしかない。

 

「さあ、ここまで読めていたか金城北都。

僕はこの先まで読んでいるけれど、まだ降参しないか」

 

 それは質問ではなく確認だった。

 ここまで大それた事をした金城であるならば、ここで退く様なことはしない。

 その程度の覚悟では、ここまでのことは出来ない。

 

「畜生ッ!!

クソックソックソクソクソクソクソ」

 

「どうした、頭を使え、身体を使え、妖力を使え。

お前にはまだ何かがあるだろう。きっと何かあるだろう。

それとも――――――本当に何もないのか?

何にも…無くなってしまったのか?」

 

 彼の最後の手札を、この場で使わせるために敢えて挑発する。

 相手の手札を全て使わせた後であれば、此方の手札を少しずつ切っていくだけで追い詰めてしまえる。

 これが戦いというものだ。

 教会の歴史は闘争の歴史。

 異教徒や妖共と戦い続けた果てに今の教会がある。

 高々数年生きただけの、努力家な天才程度に出し抜けるものでは無い。

 さあ、金城北都。最後の悪あがきを見せてみろ。そして――――――死ね。

 

「赦さない。絶対に赦すものか。

オレは、オレを人間でいられなくしたこの学園に復讐するッ!!」

 

 そう叫んだ金城は、己の上着を剥ぎ取り、青野が付けているのと同じ魔封じの鍵(ホーリーロック)を付けた左腕を見せつけた。

 そして、――――強引に剥ぎ取った。

 

 あの魔封じの鍵(ホーリーロック)は、二度と使い物にならないだろう。

 魔封じの鍵(ホーリーロック)は、妖の力を押さえつけるものだと聞いている。

 アレは、司教様と学園の理事長が古い昔に共同で開発したものだ。

 それを剥がし取ったと言うことは、つまりそういう事だろう。

 

 彼は、元は人間であり、そして化け物になった。

 化け物の血が身体を冒し尽くすと、僅かに残った人間らしさ、人間のフリを出来る部分が失われる。

 それを押さえるために、理事長から魔封じの鍵を授けられた。

 …青野と同じように。

 

 そして今、人間の部分を永久に失う決断をしたのだ。

 彼が言っていた、つまらない悲しい過去とはきっとそこに至るまでの、どうでも良いことの羅列だろう。

 その、どうでも良い、けれども大切だったはずの日々を、彼は此処で切り捨てたのだ。

 

 

「だから滅ぼす。これはオレの人生を賭けた復讐なのだ。

誰にも邪魔はさせん!!!」

 

 そう吼える金城の姿は、骨で出来た(ドラクル)の姿へと変貌していた。

 

 全身が刃となった、鋼の竜。

 それが今の金城北都。

 …少々挑発しすぎたかも知れない。

 

「君たちは足止めをしろ。僕がケリを付ける」

 

 この場で一番効率の良い方法を青野達に教えてやった。

 しかし、青野の反応は、素直では無かった。

 

 

「殺すつもりですか。でしたら――――」

 

「僕はケリを付けると言った。二度も説明させるな」

 

 僕の瞳をまっすぐと見返してきた青野は、「わかりました」といって笑った。

 最初からそうしていれば良かったんだ。

 

 

 青野が、吸血鬼が、夢魔が、雪女が、幼い魔女と老いた魔女が、身体を切り刻まれながらも前進して、金城を止める(・・・)

 …上等だ。僕の予想以上に動いてくれる。

 

 

 動きが止まった金城と、僕の間には鴉の様な翼で宙に浮かぶ美しい魔女がいた。

 僕は瑠妃からある物(・・・)を受け取り、彼女の背の翼を足場にして、僅かに残った金城の生身の部分へと肉薄する。

 

 そして――――――

 

 

「覚えておくといい、こういうのを奥の手と言うんだ」

 

 青野の魔封じの鍵(ホーリーロック)が破損したときのために保持していた、予備の魔封じの鍵(ホーリーロック)を金城の四肢へと結びつける。

 今の金城は巨大な竜だ。

 小回りはきかず、剥き出しの生身を護る術など無かった。

 

「開閉機能は破棄しておいた。

今後お前が自らの意志で外す事は能わない」

 

 元々は無茶しがちな青野が魔封じの鍵(ホーリーロック)を開く様な事態に陥ったとして、鍵と一緒に錠を渡してしまえば直ぐに開くであろうという予想からだ。

 魔封じの鍵(ホーリーロック)のマスターキーは、司教様か理事長しか作ることは出来ない。

 そのどちらも、金城に解錠を許すことはないだろう。

 

 魔封じの鍵(ホーリーロック)に妖の力を四重に封印された金城は、まるで只の人間の様に無力に崩れ落ちた。

 

 力を失った金城の元へと歩み、蹴り飛ばしてその腕を踏みつけて十字架(ロザリオ)を奪い取った。

 …やはりロザリオは教徒にこそ相応しい。

 ただ十字の形をしているだけで価値があるロザリオに仕掛けられた無粋な仕掛けを調べながらもそう思う。

 

「何故だ、何故…」

 

 金城はそう呟くが、神の正義が邪悪に勝つことなど、当然すぎる理屈だ。

 最早理屈と言うよりは、摂理と言うべきだろう。

 

 ロザリオを奪い取った上に、無力化した金城には僕にはもう用事は無い。

 青野の方に魔力で弾き飛ばした。

 ()人間同士、話すことくらいあるだろう。

 

 

 

 

 僕は祭壇を調べるフリをして、仕掛けを施した(・・・・・・・)後、先にその場を去ることにした。

 その時だった。

 

 

「あのっ、先輩は悪い人のフリをした良い人でした。

北斗さんは、良い人のフリをした悪い人でした。

でもオレは、先輩の悪い部分も良い部分も、北斗さんの悪い部分も良い部分も、全部本当にある一部なんだと思います。

だから、もし良ければ――――――」

 

 青野め、全く五月蠅い奴だ。声がデカい。

 

「勝手に決めつけるのは良いが、それを大声で語るな。

妖から発せられる言葉など吐き気がする。

ここから先は僕の必要の範囲外だ。

妖同士殺し合うなり助け合うなり好きにしろ」

 

 そう言って、この場を今度こそ去ろうと思ったが、一つ青野に前から言おうと思っていたことを思い出した。

 振り向くことなく、それを告げる。

 

 

「…青野」

 

「はいっ」

 

 

「『チリンの鈴』という童話を知っているか?」

 

「…みんな、知ってる?」

 

 青野も周囲の者も識らぬ様らしい。無知な連中だ。

 ならば教えてやっても良いだろう。

 

「夢を叶えるために、化け物の力を求めた子羊が、遂には化け物そのものになってしまった話だ。

化け物になった羊は、もう羊の世界では暮らせない。

青野月音、今お前の周りにいる化け物達だけが、お前を許す世界だ。

精々、大切にすると良い」

 

 言いたいことだけ言って今度こそ去ることにした。

 先程注意したばかりだというのに、背後から聞こえる青野の五月蠅い声での礼など、耳に残す気にもなれない。

 

 

 

 学園に救う裏組織の情報を掴み、理事長に貸しを作り、祭壇に仕掛けを施した。

 僕はひとまず、この学園に来た最重要目的は達成できた。

 だが、他にもきっと未だ為していないことがあるだろうから、任務期間延長の申請をしておくとしよう。

 取り敢えずは、学園祭に美術部の交渉担当と、科学部部長としてやるべき事がある。

 今回の件を無かったことにして、金城を無理矢理実行委員長として働かせるのも良いかも知れない。

 というか、そうしなければ僕に実行委員長が回ってくる予測がつく。

 金城がいなくなれば、青野辺りが僕を推薦するだろう。

 全く迷惑な奴だ。

 

 

 

 

 

 此処は陽海学園。

 妖怪が、人のフリをして戯れる偽りの園。

 妖怪如きが、人間の様に、泣き、怒り、笑い、傷つけ合い、手を取り合うなど、……全くもって度し難い。




ここで第一部完です。
この後は、第二部へ移行します。
先ずはここまでお読みいただきありがとうございました。


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神は民を見放すことなく、民は神への感謝を忘れてはならぬ

 僕は魔女の瑠妃と紅茶を飲みながら休憩していた。

 時間を共にする用事は無いが、彼女の方から話があると言ってきたので、仕方なくだ。

 

「それで、話とは何だ」

 

「金城北都が脱走(休校)したわ」

 

 

 

 金城北都ォォッ!!

 思わず茶を吹き出しそうになったが、類い希な精神力でそれを押さえつけた。

 

「…そ、そうか。彼のプライドの高さからして居づらいのは理解していた」

 

「ええ。そう言って貰えると嬉しいわ。それで…なんだけれど」

 

 

 ああ、聞きたくないし聞く必要も無いな。

 つまり、僕はここで席を立って帰るべきだと感じた。

 

「次の授業の準備…、予習とか色々しないといけないから話は今度聞こう」

 

「あなたなら予習も必要無いと信じてるわ。ところで――――」

 

 下らない。実に下らない。

 

 

「――――実行委員長を引き継いで貰いたいの」

 

 やはり、か。だが…

 

「僕は二年生だ。こういうのは最上級生がやるべきだろう」

 

 正論をぶつけておく。正論とは正義であり、通すべき筋だ。

 

「…前委員長の書き置きであなたを推薦したいと。

そして、委員の一人である月音さんも賛同しているわ」

 

 あいつらに優しくしたのが間違いだった。

 恩を仇で返すとは、実に度し難い。

 

「勿論、急遽のことであるし私も最大限協力するわ」

 

 …まあ、少なくともそれくらいはしてもらわなければ困る。

 その可能性もあると想定して、なった時のための準備はしてきた。

 こうなった以上、それが正道だろう。

 だが、納得はできない。

 

 

「協力するというのなら、この後の僕が受ける授業の担当に賢石は休むと伝えてくれ」

 

「何をするつもり?」

 

 聡明で正しい僕の行動は、無知で邪悪な妖には理解できないだろうから、わかりやすく事実だけを教えてやろう。

 

 

「――――忘れ物を取りに行く」

 

 

 

 

 

 

 僕はあの戦いの時、金城に仕掛けを施した。

 厳密には、魔封じの鍵(ホーリーロック)にだ。

 一定時間の間だけ、術式を起動すれば僕にだけ解る匂いというか、波長の様な物を出す仕組みだ。

 

 それを追って追いかければ、金城の居場所は知れた。

 吉井霧亜*1と共に、妖の世界から抜け出そうとしていた。

 人間程度の力しか無いならばこの世界で生き抜くのは難しいだろうから仕方ないと言えなくも無い。

 吉井は元から妖故に、抜け出る問題は無いだろうが、それだけ金城を気に入ったのだろう。

 まあ、そんなことはどうでも良い。

 

「待て、金城北都」

 

「……賢石翠、実行委員長の仕事を放っておいて良いのか?」

 

 

「学園祭実行委員長はお前だろう金城。

せめてやり遂げてから消え失せろ」

 

 僕に仕事を押し付けるなんて論外だ。

 

「ふふっ、無茶を言う。オレがあの学園に何をしたのか忘れたか?」

 

「だからこそだ。

妖が邪悪なのは当然だ。神に滅ぼされるべき闇の生き物だ。

だから、学園を壊す程度の邪悪など、妖としては不思議とは思わない。

存在するだけで罪な者が、幾ら罪を重ねようと変わらない。

…第一、前任者に汚された実行委員長の椅子などに座れるか。

お前の自尊心や羞恥心を汚してでも拭き取りに来い」

 

 吉井はニヤニヤとした目で此方を見ている。

 だが、その瞳の奥が冷えているのが僅かに解る。

 コイツも邪悪な妖に過ぎない。

 人間が大切だと思うことがつまらなくて、悍ましい絶望を好む天邪鬼なのだろう。

 案外、そこら辺の妖怪かも知れない。

 そして、僕がこの学園で最も警戒すべき相手だった。

 

 九曜と同様に、例の組織に所属している可能性が非常に高い。

 僕にとって、滅ぼすか調査をしなければならない対象だった。

 尤も、その対象だと知ったのは金城を倒す少し前であったが。

 もし、青野達を見捨てて吉井に迫っていれば、その招待を確定できていたと思う。

 …今となっては意味の無い過程だが。

 

「それとも、お前の自尊心や羞恥心など実は大した理由でなくて、お伽噺(・・・)に出る様な悪の組織から帰還を命じられたのか?」

 

 金城の表情が消え、逆に吉井の眼に今度こそ笑みが灯った。

 

「…何処でそれを知ったんだい?」

 

 距離を詰めてくる吉井に対して、僕は憮然とした態度は崩さない。

 

「前提が違う。

それを探るためにこの学園に来たんだ」

 

「へえ…、それは面白いけど、なら尚のこと学園に戻るなんてあり得ないと思わないかい? ねえ、北都」

 

 吉井はまるでキツネの様に嗤うが、キツネと言えば本物の妖狐である九曜の方が真面目な顔をしていると思う。

 

「いや、帰るぞ霧亜」

 

 そう答えた金城に、吉井は少し驚いた様だ。

 無言の内に、理由を説明しろと視線で金城に訴えていた。

 

下級生(賢石)に見下されたまま、消えるというのも気に食わないからな」

 

「そういうことにしておくよ、金城先輩」

 

 ああ、青野が言っていた悪いところも良いところも金城北都の一部とはこういうことか。

 偽りの姿とは言え、彼なりに実行委員長ではあった、と。

 青野の洞察眼を上方修正しなくてはならないかも知れないな。

 

 

 

 さて、これで僕は科学部と美術部に専念できるというわけだ。

 そう言えば石神教師は未だ自主退職してない様だが、つまり美術部顧問として動いてくれるのだろうか?

 そうで無ければ僕が色々手配をしなければならない。

 石神教師がどうしても出てこないというなら、最大限協力すると言った魔女でも臨時顧問に押し付けるとしよう。

 …ああ、誰も彼も僕に面倒を押し付けようとする。

 妖という存在は、全くもって度し難い。

*1
吉井霧亜 金城北都と行動を共にする妖。その正体は金城北都に血を与えてグールにした張本人であり、金城北都が青野月音と対照するのであれば、彼は赤夜萌香と対になる存在である。その正体は…



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神は自ら助く者を助く

「久しいな御子神」

 

「ああ、久し振りだな我が友マックス」

 

 

「…その名で呼ぶなと言っただろう」

 

 陽海学園理事長の御子神典明と、神聖教会司教のマクシミリアンは学園の一番高い部屋から、賑やかな学園祭の運営明け暮れる生徒達を見ていた。

 彼らは嘗て、無二の親友であり、そしてその袂を分かった。

 

 若き日のマクシミリアンは、人間と妖の共存の夢を妖怪である御子神に熱く語り、その実現に向けて日夜邁進し続けた。

 御子神典明がエクソシストの格好をして、十字架の魔具を使うのも、その名残であるし、魔封じの鍵(ホーリーロック)も本来は魔封じが目的ではなく、人間と妖怪の狭間を埋める手段であった。

 しかし、両親のいないマクシミリアンが世話をしていた最愛の妹が妖によって殺害されてから全ては変わった。

 

 マクシミリアンは教会の過激派の最先鋒として、妖の絶滅を主張し続けるようになった。

 そんな彼がこの度、妖であるホムンクルスをこの学園に送り込むと聞いたとき、御子神は柄にもなく喜んだ。

 

 しかし、ホムンクルスに滞在延長許可を出しに来たという名目で学園に訪れたマクシミリアンが妖である生徒達を見る目は憎しみそのものだった。

 失望と後悔と僅かな希望を心に浮かべながら御子神は嘗ての愛称で親友に語りかけるが、相手にとって御子神は()親友に過ぎなかった。

 

「…あのホムンクルスは、上手く動けているか」

 

「少々癖はあるが、翠くんは友達と上手くやっている様だ」

 

 彼らの視点の先には、化学調味料喫茶を切り盛りしている少年の姿があった。

 

「そういう事を聞いたのでは……いや、いい」

 

 極めてどうでも良さそうに言うが、どこかホッとした様子である友の姿に、己の生徒である賢石翠との繋がりを御子神は見た。

 

「忘れていたが大司教就任決定おめでとう」

 

「…喜ぶな。神の組織で上位の位階にお前達を滅ぼす男が座ったのだ」

 

 

「ああ、わかっている。だが、祝わせて貰おう」

 

「…後で後悔するがいい」

 

 益荒男の様な笑みを浮かべる理事長の横で、大司教となる男は僅かに口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「部長、サッカリンが足りません」

 

「では、そこのアントラニル酸を化合しろ。…ああ、そっちじゃない、それだ」

 

 美術部の方は展示がメインであるし、折角なので今年卒業する部長に押し付け……任せた。

 金城は委員会で謝ったのか力で脅したのかは知らないが、この学園祭が終わるまで在校する様だ。

 石神教師は探しても出てこないので、魔女を臨時顧問としてかり出した。

 当初、部員にのせられて、彼女をヌードモデルとしてデッサン会をイベントとして出すとか言い始めたので、公共風俗を害すると九曜達公安の名前を出して企画を潰させた。

 しかし、あの時の部長の意味深な笑いは気に食わなかったので、美術部のイベント運営では部長の負担を極端に引き上げた。

 …まあ、部員に協力させてはいけないとも決めていないので、何とかなるだろう。薄情な部員達ではないからね。

 

 だから僕は作品だけ描き上げて、科学部の方で運営を頑張っているわけだ。

 科学部がどいつもこいつもコミュニケーション能力が不足した連中ばかりだ。

 恥ずかしがり屋で陰気くさいのに妙にプライドが高い。

 そんな彼らだけに接客業など任せてもおけない。

 もっと、人付き合いの得意そうな部員はいなかったのかと本当に思う。

 

「いらっしゃいませ。…おい、美人が来たからと言って緊張するな。練習したとおりにやれ」

 

 そして女に免疫がない男子部員の比率が高すぎる。

 緊張してビクビクしてるくせに、かっこ悪いところ見せたくないとか一体どんな考えだ。

 まともにやる正道が一番素敵だと理解すべきだ。

 

「あら、あなたが賢石さんかしら。娘から話は伺っておりますわ」

 

 クールな雰囲気の和服の美女。

 いや、クールというか、気温的な意味でクールを通り越してコールドだ。

 周囲の客や部員が震えだしている。

 もしかしなくても、

 

「白雪さんの親御さんですね、ご注文は何でしょうか」

 

 営業に切り替えて話を終わらせる。

 

「青野さんという男の子を娘に注文したいのですけれど…」

 

 あっさり、しっかり、業務を乗り越えてくるこのマイペースさ。

 間違いなく親子と言えよう。

 

「でしたら、新聞部のブースをご覧になってはいかがでしょうか、それと此方の不凍氷点下ジュースなどがお客様にお勧めです。

お持ち帰りも出来ますので、いかがでしょうか」

 

 和服美女は用件は済んだとばかりに、マイナス3度で凍らないジュースを持って去って行った。

 これで、少し休めるかな。

 

「君が賢石くん? 話以上に綺麗な顔をしてるわね」

 

 今度はフェロモン全開の美女がやってきた。

 僕にばかりこの様な客が来て、嫉妬で睨んでいる部員達には言いたい。

 君たちなら緊張で動かなくなってるから接客できていないだろうと。

 

 濃厚な男を呼び込む色気……サキュバスとかその辺りか。

 

「間違えでしたら申し訳ありませんが、黒乃さんのお姉様ですか?」

 

 その女は、僕の言葉を聞くと、暫くニヤついた後に答えた。

 

「あら、お上手ね。でも残念、くるむの母よ」

 

 周囲の者達は驚いているが、正直に言うと面倒以外の感情は僕にはなかった。

 年若い姉よりも、老獪な母親の方が対処が面倒だと思ったのだ。

 

「…目的は、青野ではありませんか?」

 

「ええ、でもその前に君のことも見ておこうと思って」

 

 やっぱり面倒だと思う。

 恋とか愛とか感情を糧にして生きている種族だけ会って、理性的とはほど遠い。

 魔女の方が未だマシとさえ思う。

 

「そうですか、ではご注文をどうぞ。

大人の方用にアルコールも合成できます。オレンジ、パイン、グレープフルーツ、グレナデンのカクテルなどどうでしょうか?」

 

「あら、雌猫という名の酒(プッシーキャット)なんて酷いと思うわ。でもそれ、頂こうかしら…お持ち帰りで」

 

 お持ち帰りの部分だけやけに色気を込めていうから性質は悪い。

 何故この様な愉快犯の親から、直情的な黒乃が生まれたのか理解に苦しむ。

 もしかして父親は恐ろしいほどの堅物なのだろうか。

 

 かくして二度目の面倒な客が帰った。

 

「すみません、注文宜しいですか」

 

 次に僕に声をかけてきたのはとんがり三角帽子を被った容姿の整った影の薄い女性。

 とはいえ、その魔女ルックは十分以上にキャラクターとして濃すぎるが。

 

「仙童さんのお母様ですね」

 

 もうこのパターンは読めた。

 

「あら、どうして解ったのかしら。もしかしてあなたも魔法使い?」

 

 その格好で解らないはずがないのだと何故理解できないのか。

 実に度し難い。

 

「いえ、ホムンクルスです。

ところで、青野や娘さんのいる新聞部でしたら向こうです。

では、メニューは此方ですが、何にされますか?」

 

「コーヒーをお願いします」

 

 マトモだ。

 凄くマトモ過ぎて驚いた。

 だが、驚いてばかりもいられない。

 化学調味料で、カフェイン抜きのコーヒーを再現して出すことにした。

 

「ごちそうさまでした」

 

 会計をするときさえ、普通にマトモだった。

 何故前の二人はこれが出来なかったのだろう。

 

 暫くして瑠妃がやってきた。

 

「忙しそうね」

 

「…、臨時顧問ほどではないさ」

 

 

「先程、くるむさん達のお母さんに会ったの…」

 

 会話はそこで止まった。

 ああ、そう言えば彼女の両親は人間界で交通事故で亡くなっていたな。

 

「そうか、仙童の母以外は大変な客だった」とでも軽口を叩くのも出来そうにない。

 …どうしてくれる燈条瑠妃。

 お前のせいで部室の空気が固まっている。部員や客達も此方を見るな。

 主よ、いや、主でも誰でも良いのでお救いください。

 そう願うほか無い。

 

「席は空いているか」

 

 救いは来た。

 

「お館様っ!?」

 

「はい、あちらの席が空いていますが、相席となってしまうのですが、宜しいでしょうか?」

 

「構わない」

 

 

「だそうなので、燈条臨時顧問もそちらでお座りください」

 

「はいっ」

 

 彼女の満面の笑みは向日葵を幻視させた。

 概ね、そこの魔女と共に向日葵の丘で僕が戦った記憶がそう思わせたのだろう。

 

 先程は、妖の分際で人間の様に落ち込んでいたが、君にも身内はいるじゃ無いか。

 少しくらい休憩したところで美術部員達も文句は言わないだろう。

 彼女たちは心が広い。…僕以外にはね。

 そもそも石神教師が行方を眩ませなければ僕も彼女も苦労しなかったと言えるのに。

 一体何処へ行ったんだ。

 

 

 そう言いながら何気なく外を見ると、いた。

 石神教師がいた。

 百鬼夜行の様な化け物の軍勢を連れて、進軍を命ずる王の様に振る舞っていた。

 

 

「石神教師……お前というやつは、僕たち美術部がこんなに忙しいというのに、随分と愉しそうな顔をしている(・・・・・・・・・・・)じゃないか」

 

 部室を出て行く僕を、部員達が恐ろしいモノを見る様な顔で見ていたけれど、そんなことの理由解明などどうでも良い。

 妖須く死すべし。特に僕に迷惑をかける妖は率先して死すべし。

 

 

 

 本性を剥き出しにした妖の大行進を指揮する石神教師は僕の姿を確認すると、待ち望んだ様に手を広げていった。

 

「見たかい、賢石翠。これが私のアートだ――――――」

 

 全て言い切る前に、レシニフェラトキシンの詰まった瓶の中身を全力でぶちまけた。

 レシニフェラトキシンとは、とどのつまり、究極的に辛い劇物である。

 

「うぉぉぉっっっ、眼がぁ、私の眼がぁっ!!」

 

 のたうち回っている石神教師を防護マスクを被ったまま、美術部の部室へと引き摺っていく。

 この後は九曜達公安が事態の沈静化に頑張ることになる。

 ここで頑張らなければ、公安の存在意義が疑われることになる。

 丁度更生中の不良共という兵隊もいるし、数は足りるだろう。

 僕だけでなく、九曜にも面倒をかけさせるのだから、石神教師には色々、仕事させないと割に合わない。

 痛みに悶えている石神教師を部室に放り投げると僕は無慈悲に宣告した。

 

「この後、自由参加の彫像体験を実施します。

持ち込んだ物を石へと変えて、それを題材に彫刻を作って貰うというイベントで、担当は石神教師が一人でやってくれるそうです。

それと、書道教室も同時開催してくださるとは。

いやはや、その為に今日まで準備されていたとは、生徒として頭の下がる思いですね」

 

 石神教師に付着したレシニフェラトキシンを分解してやると、僕は先程思いついた自分の作品を作り上げることにした。

 それに加えて、部員の一人に九曜に人員誘導の依頼を言付けした。 

 それと、こんなところで貸しが精算されるのも癪だが、理事長にも別件を伝える様に言付けした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭はかくして盛況の中終わり、石神教師は理事長から指導を受けた後復職する流れとなった。

 そして、去ることが決まっていた二人は、学園祭終了と共に、門を潜ろうとしていた。

 きっと彼らはそのままこっそり消えることが出来る。

 そう考えているのだろうが甘い。

 つい先日、知恵比べで負けたくせに、何故僕を出し抜けると思っているのだろうか。

 

「待て、金城」

 

 去ろうとする金城を引き留めた。

 金城は嫌な奴にあったとでも言う様な顔をしているが、そんなことは気にしない。

 元より僕は嫌な奴だ。

 

「どうした、役目は終えたぞ」

 

「ああ、だから君に渡しておく物がある」

 

 胡乱げな目で此方を見るが、お前程度の浅はかな思考では今から何を押し付けるかも想像はつくまい。

 

「少し早くなったが卒業証書だ。理事長がお前の成績なら飛び級で卒業してもかまわないと言ったからな。仕方なく代理で渡してやろう。

それと、お前の絵を描いた。選別だ。ああ、それと――――――この度ハプニングもあったが、無事学園祭は成功したと言って良い。

実行委員長を勤め上げた功績で妖共(やつら)がどうしても表彰状を渡したいそうだ。……全く、物好きな奴らで度し難い」

 

 

 

  学 園 祭 実 行 委 員 長 お 疲 れ 様 で し た

 

 そう書かれた墨字が、大きく掲げられている。

 

「見ろ北都、あの長の字は青野が書いたんだ。実に汚い字だとは思わないか」

 

「……ああ、本当だ」

 

 

 

 それ以後、話すことはなかった。

 

 二人は在校生に見送られ、学園を去って行った。

 

 

 ……本当に、物好きな奴らばかりだ。

 全くもって、妖という存在は度し難い。



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無垢な羊よ、先導する者を信じなさい

タイトル変えました。


 慌ただしくも度し難い一年が過ぎて、いよいよ新学期。

 主目的は達成したが、延長申請により僕は陽海学園における最終学年たる三年生として過ごすことになった。

 九曜も卒業し、螢糸が後を継ぐことになった、公安も新体制を迎えることになった。

 

 青野月音は周りの女どもと現を抜かして、馬鹿騒ぎに巻き込まれるのは確認するまでもない。

 そもそも、あの馬鹿騒ぎを巻き起こしているのが、自分だということに自覚を持たないのは全くもって度し難い。

 まるでラブコメディの主役の様だ*1

 

 僕はと言えば、生徒会長に推薦され、推薦された以上は努めて見せようと、新学期が始まって直ぐにある選挙へと準備を進めているところだった。

 一つ下の学年からは赤夜辺りがまつり上げられるのだろう。

 赤夜の信奉者な仙童がまつり上げる図が考えずとも浮かぶ。

 まあ、勝負には勝たせて貰う。その前提は崩さない。

 

 僕を推薦した者、そして推薦された僕を後押ししようとする者達のためにも、僕には勝つ意義がある。

 推薦人はまた同じクラスになった螢糸だった。

 公安に好意的な者が生徒会長になった方が、秩序維持において都合が良いという理由らしい。

 彼女自身が立候補しない理由は、裏で糸を操る方が性に合っていると言うことだった。

 …流石に女郎蜘蛛の妖が言うと、説得力がありすぎて恐れ入る。

 

 イメージチェンジというわけでもないが、眼鏡をかけてみることにした。

 眼鏡をかけた方が、何となく頭がよく見えるからだ……という頭が悪い理由にしてある。

 この眼鏡は貰い物で、何か仕掛けがあるわけでもないごく普通の眼鏡だ。

 伊達眼鏡をかけていた知り合いが、プレゼントの返礼に他にものが無いからと言って押し付けてきたもので、愛着があるわけでも無い。

 …白雪はともかく、黒乃あたりは邪推してきそうだが、威圧すれば余計なお喋りはしないだろう。

 

 

 生徒会役員選挙も大切だが、入学式前の新入学生を連れた学園付近の地域の紹介もこの後に控えている。

 こちらの方も、しっかりやる必要がある。

 …勿論、頼りになる最上級生として、一年生からの票をしっかりと固めておくためだ。

 これがあるから選挙は二年生より三年生の方が、圧倒的なアドバンテージを取れる。

 此方が票を稼いでいる間に、二年生は二年生だけで特別実習に参加している。

 同級生の票をここで稼いでおくことは出来なくもないが、同級生からの票など、既に稼いでおくのが選挙戦の基本だ。

 同級生で新聞部の森丘が、此方に着く様子はないので広報活動は不利だが、宣伝手段は新聞だけではない。

 ポスターの完成度なら学年トップクラスの集団である美術部。

 その部長である僕には、部員達による最高のイメージ戦略が約束されている。

 …この戦い、僕達の勝利だ。

 

 

 さて、時間だ。可愛い後輩達とのデート(票稼ぎ)といこうか。

 僕はクラスメイトの積極的な協力により、新入生エスコート要員に充てられた。

 他にも安全管理要員や、衛生支援要員などの係があるが、尤も新入生に良い印象を持たれ易いのは共に行動するエスコートの係だ。

 …とはいえ、安全管理とか衛生支援という言葉がある通り、この妖が通う学園の周辺探索には危険が伴うことも多い。

 

 エスコート係に任命された者は、幾つか区分けされた班と共に行動しながら、入学式も終えていない新入生を警護する必要がある。

 ある意味、周辺の危険な知性の低い怪物達から、新入生(地に疎く不慣れで弱いエサ)を護るという、難易度と責任が最も高い役割だ。

 

 

 僕が任された班が集まっているところに歩いて行くと、新入生達はお行儀良く待っていた。

 よく見ると、皆生真面目そうな感じ…ではなく、一人の新入生の少女がリーダーシップを取って纏まっている様だった。

 …ふむ、此方としては他にリーダーを張るに値する者が居ると、票稼ぎには邪魔になるが、仕事が楽にはなりそうだ。

 後は実力不足なのに、良いところを見せようと身の程を弁えず危険にはしらなければそれで良い。

 

「待たせたようだね。三年生の賢石翠だ。今日は一緒に行動させて貰うから宜しく」

 

 あまり下手に出て威厳を汚す事無く、されど面倒だと疎まれることも無い塩梅で薄く笑いを湛えて話しかけた。

 担当する新入生に、一人一人簡単な自己紹介をさせる為に、一人だけ覇気の強い少女に最初に話を振った。

 

「君の名前は――――」

「…おねえさま?」

 僕が名を聞こうとする前に、その少女はいきなり僕の妹を名乗りだした。

 僕は女性でもないし、君の姉でもないと伝えようとした時、

 

「……じゃなかった。ごめんね…じゃなくてごめんなさい。

だって、あんまりにも似てたから。あたしのおねえさまに」

 

 ……僕と似ている人物……まさかね。

 

「あたしは、朱染心愛*2。宜しくお願いします」

 

 

 …朱染*3

 偶然か? この学園に朱染の関係者が二人も?

 朱染は何か企んでいるのか。

 ならば、見極めねばならないだろう。

 

「こちらこそ宜しく。

僕は君の姉ではないが、上級生として兄の様に頼ってくれると助かるよ」

 

 内心は、闇の生き物たる妖、それも吸血鬼の兄などとは業腹モノだが、それはこの際置いておく。

 そしてさりげなく性別が男である事を主張する。

 なおかつなるべく余裕をもって警戒させない表情を作りながら、疑いの本性を隠す。

 そう難しいことでも無い。

 彼女に続く残りの新入生の名前や話し方などから特徴を割り出しながら、データベースに保管することにした。

 万が一名前を間違えて、敢えて印象を悪くする下手を打つつもりもない。

 そういった思惑を知られなければ、青野辺りのお花畑な連中ならきっと「良い先輩やってますね」などと巫山戯たことをのたまうだろうが。

 まあ、そもそもな事を言えば、そんなことに思考のソースを割くこと自体が無駄だ。

 

 

 笑顔を貼り付けて、闇の生き物である妖と下らない世間話を交わしながら、くどくならない程度によく利用するであろう施設や場所だけを簡易に説明する。

 合わせてさりげなく美術や科学に興味がある生徒がいないかも探っておくのは、部長としての役目だ。

 あくまでさりげなくと言うのがポイントだ。

 他の部活に睨まれても僕は困らないが、部員達がやっかみを受けるのは御免被る。

 それに、自分の所属する部活を贔屓すると思われては、生徒会長選挙に良くない心証を持たれて臨むことになる。

 それは頂けない。

 

 知性の無い野良妖怪も問題だが、悪意を持った知性ある妖の方が性質が悪い。

 主は教えを知らずに悪にはしる者よりも、教えを知って尚背く者を強く罰する。

 そんな救い難い連中に新入生を傷つけさせないために、我々最上級生がエスコート班として付き添っているのだ。

 それ自体には不満を持つ余地はない。

 命じられた範囲で、拡大解釈した余地を持ち、活動して成果を上げるのが優れた先導者の条件だ。

 もしかしたらこんなこともあるかも知れないという可能性に備えて、幾つかのシミュレーションは既に終えてある。

 自分が想定した範囲を超えたからと言って、自分は悪くないというのは愚か者の言うことだ。

 世にブラックな環境などというものはそうそう無く、ただその環境をブラックに感じる能力や努力が至らない者が居るだけだ。

 故に、独断行動をして、勝手に管理下から離れようとする新入生がいると言う可能性を想定していないなど、僕に限ってあるわけがなかった。

 

「…朱染くん。向こうに、何か気になるものでも?」

 

 無意識かどうかまでは解らないが、少し気茂みの方を気にし始めた朱染に予め声をかけておく。

 牽制のつもりであったが、彼女は馬鹿正直に答えてきた。

 

「少し、不穏な気配が向こうからした様な気がして…」

 

 

 …流石吸血鬼、牙だけで無く勘が鋭い。

 何かに気が付いたのだろう。僕が懸念するべき事態である可能性もある。

 全くの見当外れと言うこともあるだろうが、ここは万全を図るべきだろう。

 だが――――

 

「向こうに行ってみて良い?

あたし、結構強いんだけど」

 

 それを認めるわけにはいかない。

 その独断を許して、彼女が危険にさらされて、僕が動かざるを得なくなった時、更に別動している残された新入生を狙う者がいないとも限らない。

 

「それには及ばない。一応三年にも腕に覚えがある者は多くてね、彼らに事態の終結を図らせよう。

警告には感謝する。流石の勘の鋭さだね」

 

 動きを制じた代わりに、心にもない褒め言葉でフォローしておくのは、あくまで選挙があるからだ。

 妖如きに優しさなど向ける意味も無い。

 

 

 僕たちから少し離れたところで待機している、安全管理班の危険排除要員である宮本*4に指と視線で合図を送る。

 …反応が無い。先程からずっと此方を凝視していたから、僕の合図に気が付いているのだとは思っていたが、違う様だ。

 ロリコン疑惑がある彼のことだ。

 僕と会話している幼い吸血鬼のことしか見ていなかった可能性がある。

 だとしたら全くもって使えない。

 仕方ないので、宮本が朱染を見る視線を遮る様に移動して、再度合図を送ってやった。

 当初、少し腹立てた様な顔をしたのは、彼が本当にロリコンで、幼女を視界から奪ったからなのかも知れない。

 だが、そうだとしても、その幼女が傷つけられる結果は彼も望まないはずだ。

 実際、行動を開始してくれた。

 その能力はしっかりと期待させて貰うとするよ。空手部部長、宮本灰次。

 

 

 

 それから暫くして、何かを突き抜ける様な衝撃音が発生した。

 アレは、恐らく宮本の技だろう。

 僕の机にまちがって忘れ物をした宮本に、忘れ物を渡してやるために空手部に顔を出した時に、一度その技を見たことがある。

 相手に触れることなく、その拳の風圧を相手に叩き込む正拳。

 恐らく、宮本もかなり高位の種族であるはずだ。

 種族というか、血が大きな強さの因子をしめる妖の特徴からして間違いない。

 その上で、武道にも精通した宮本を倒せる者はそうはいないはずだ。

 そしてあの技は、相手が成人した妖と言えど対処できる者などそうはいない。

 高威力、低コスト、短発生時ロス、連打可能、そして何より――――不可視。

 相手の妖がかなり武術に優れているか、宮本の妖としてのスペックに武道を兼ね備えた強さを蹂躙できるほどの高位の妖である必要がある。

 それだけ、彼の必殺技は、文字通りの必殺技だ。

 

 そしてその音が、再度聞こえてくると言うことは、一撃で相手を倒せなかったか、他にも敵に仲間がいたかだ。

 新入生を傷つける可能性がある敵、それも複数であるか強力な敵である可能性。

 その事実を理解した同級生達に、一斉に緊張がはしる。

 僕は受け持ち班の新入生に、この辺りには空手の練習をする上級生がいて、その打撃の練習音だと説明する。

 しかし、他の班には動揺を隠しきれていないエスコート役もいる。

 視線で動揺を隠せと合図を送ると、なりを潜めたが、未だ未だ未熟としか言えない。

 

 その後は、僕の班を含めて、新入生のオリエンテーリングは人通りが多く、安全な場所ばかりを周ることにした。

 

 

 

 一先ず、それでイベントは終了した。

 無事新入生に好印象を与えて、学園の紹介は終わった。

 そして、ここからは、――――陽海学園最上級生(我々)の時間だ。

 

 集まった三年生の皆に、逃げられたと済まなそうにする宮本に、ここから取り返すぞとフォローの形を取った渇を入れる。

 それ以外に何も言葉に出すこと無く、無言で突き出した僕の拳に、宮本も拳をぶつけてきた。

 …願わくば加減をして貰いたかったが、周囲の目がある故に、そんな軟弱なことも言えないのはストレスが溜まらなくもない。

 この些細なストレスは、敵にぶつけるとしよう。

 

 

 

 

 大切な新入生(選挙の票)を傷つけられて赦せる者か。

 ここは、陽海学園。

 烏滸がましくも人間に扮した妖共が学ぶ、闇の生き物の園。

 

 何処の誰かは知らないが、我々に喧嘩を売るとは、全くもって度し難い。

*1
青野月音 原作のラブコメ『ロザリオとバンパイア』の主役である

*2
朱染心愛 赤夜萌香の異母妹。茶髪でアニメではよくあるが、現実では結構レアなツインテール&ニーソックスの装いで、マスコットのバケコウモリを連れた、原作曰くそれっぽい要素を詰め込んだ萌えキャラ。萌香の本性である裏モカが大好き。ロリ担当要員その2。母親が繋がった姉が一人いる。

*3
朱染 殺しを生業とする吸血鬼の一族。萌香と心愛の実家

*4
宮本灰次 鴉天狗の妖。正拳突きで見えない衝撃を起こすハイスペックな空手部部長。空手馬鹿だが悪い奴ではない。だがロリコン。超ロリコン。犯罪者。原作ではまさか最後にあのロリと付き合うことになるとは…



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信じることは疑うことより難しい。しかし、信じることは疑うことよりも価値があるだろう。

 三年生である同級生が集まり、学園に仇なす者を倒すことに向けて、話し合いを始めようとした時だった。

 

「賢石くん、ところでさぁ…」

 

 そう言って近づいてきた、特に特徴も無い地味な顔の同級生。

 彼に違和感を覚えた直後、身体に熱いのか冷たいのか判らない感覚がはしった。

 咄嗟に翻した身体から、血液が漏れる。

 

「あーあ浅かったかなぁ。残念だな」

 

 目の前で、僕の身体を薄く切り裂き、赤く染まった刃物を持った男がいる。

 そもそも同級生と言えど、奴らは妖に過ぎない。

 そんな彼らに気を許したつもりはない。

 そのつもりだったのだが、この僕にあるまじき警戒の薄さだった。

 …いや、そうじゃない。

 そもそもが、前提が違うのだ。

 

「お前は誰だ」

 

 コイツは、僕のクラスメイトではない。

 僕は常に、全てのクラスメイトを潜在的な敵だと思っている。

 だからこそその情報を収集している。

 勿論決して、同級生の姿に油断したわけでも、友誼があるから見分けたわけでもない。

 ただ、僕の洞察力と警戒心が見分けただけだ。

 彼は、僕の知るクラスメイトの姿をした、別の何者かだと。

 

 

「ボクかい? まさか一年間一緒にいたのに覚えてなかったのかなぁ? 幾ら印象が薄いっても傷つくよ。ボクは――――」

 

「誰に断って、その姿に化けている。

断りを入れるべき本物は、今何処にいるのか答えるんだ」

 

 

「何を、言ってるのかさっぱりだよぉ。

酷いな、確かにボクって、影が薄いかも知れないけど――――」

 

「クドい。二度も言わせないでくれ」

 

 傷口を速やかに修復しつつ、空気中の水分を凝固させて極端に刃が長い剣を造り出し、偽物(・・)の目の前に突き付ける。

 

「ちょっとあんまりじゃないか。そりゃあないよ」

 

 しらばっくれる偽物に、氷の刃より鋭い、決定的な答え合わせを突き付ける。

 

「確かに本物とは、それ程会話したこともないかもしれない。

だが、同級生が何の妖かくらいは理解していたつもりだ。

今、ナイフを舐めようとしただろう?

本物なら、そんなことはしない。彼が人工的な治水の象徴でもある金属を舐めるなんて、フリでもするはずが無い。

ましてや、直ぐに自分から正体をバラしてしまう同級生が多い中で、己の正体を努めて秘匿してこようとしてきたつもりであろう堅実な彼が、そんな軽率なことをするわけが無い」

 

 彼が本物の河童*1である同級生ならば、金属を顔に近づける事すらするはずが無いし、水が凍っただけの氷など、恐いとも思わないはずだ。

 河童には、堕ちた水神の系譜には、氷に状態変化しただけの水程度に、冷や汗をかくはずもない。

 

 この偽物が、本物の身体に憑依したのか、本物の身体を全てコピーしたのか、見た目だけコピーしたのかは判らない。

 今判断できるのは、普段クラスを共にしている相手ではないと言うことだけ。

 だが、それで今は充分だ。

 詳しいことは幾らでも後で尋問できる。

 肉体を傷つけず、精神だけを焦燥させるやり方なんて、教会の歴史には幾らでもあるのだから。

 

「クソッ!!」

 

 そんな僕の余裕が見て取れたのか、偽物は悪態を付くと逃げ始めた。

 途中で、同級生達に触ってはその姿を変え続けて…。

 

 

 データベースに、該当する妖が幾つかあるが、おおよそ一つに絞り込めた。

 『ドッペルゲンガー』*2。対象の姿を写し取る妖。姿を写し取られた者は死ぬという伝説もあるという。

 ………妖の同級生など、どうでも良い。

 闇の生き物であるし、重要監視対象でもない。

 だが、これはまたとない機会だ。

 敵に捕まった同級生を、僕の指揮の下救い出せば、三年生の票はますます固まるのだ。

 そして同級生を救った僕に、周囲は気を許し油断する。

 そして最後の審判の折には、僕に弱みを調べ尽くされた妖達はあっけなく倒れるだろう。

 そう、僕はその為にこそ動くのだから。

 

 

「聞いてくれ。現時点をもって、敵をドッペルゲンガーだと断定する。

宮本の情報に寄れば、敵は複数いたという。

これら全てが別人に変身した同一人物である可能性もあるが、仲間がいるという前提で動く様に。

そして、この中にも未だ別のドッペルゲンガーがいる可能性もある。

先程、ドッペルゲンガーは触れる度に姿を変えていた。

フェイクなのかも知れないが、追い詰めた手前その余裕はなかっただろう事から、今の段階では触れることが変身条件だと判断する。

戦闘に自信が無いものは、複数の相手と互いに手を重ね合わせるようにしてくれ。

流石に一度に複数の身体には化けることも出来ないだろう。

戦闘に自信がある者は――――――――僕に付いてこい。仲間を取り返すぞっ!!」

 

 嘆願、咆哮、歓声、絶叫。

 演説から一呼吸の後、湧き上がる様に様々な形で行われるのは、僕に対する賛同。

 彼らを操ることなど容易い。

 何の熱もこもってもいない僕の演説に、簡単に熱を乗せてしまう。

 実に愚かな生き物だ。

 ああ、実に度し難い。

 

 

 

 作戦は極めて簡単だ。

 先ず、予め捜索範囲を決めておく。

 仲間は無し。捜索部隊はそれぞれ決められた範囲内で単独で戦う。

 一年生と二年生には校舎から出ない様にして、全ての学園の出入り口には鍵を掛けた。

 つまり、自分以外で出会う者が全て偽物と判断できる。

 どうしても勝てない時には信号弾を打ち上げることにした。

 我が科学部の精鋭が作ったもので、犯罪者共に作れる様なものでは無い。

 姿形はコピーできても、持ち物までは真似できない。

 もし、助けに行った時に、負傷した捜索者が二人(・・)いた場合には、速やかに合い言葉を言った方が本物だとする。

 そして万が一、合い言葉が漏れていた場合は、捜索者は自ら渡してある眠り薬で昏睡する。昏睡して行動できない方が本物だ。

 眠り薬。これも科学部が用意したものだ。

 仮に偽物がこれを奪って昏睡したとしても、昏睡しているなら最早問題は無い。

 

 極めてシンプルな手法だが、シンプル故に有効だ。

 僕が各々に捜索位置を割り振ったところで、下級生達を校舎に封じ込める係の者が叫んだ。

 

「賢石さんっ、新入生の朱染心愛ちゃんがいませんっ!!

あっ、心愛ちゃんは茶髪でツインテールで――――」

「知っている。スカートは短いくせに、靴下だけはしっかりと長い新入生だろう。

僕が学園案内を担当していたから把握している」

 

 少々元気がありそうだとは思っていたが、己の力を過信したか。

 いや、吸血鬼には己の力を過信するだけの実力は事実としてあるだろう。

 だが、新入生だ。

 僕が最上級生というのは、助けに行くにして当然の理由だ。

 …あくまで新入生の票を確保するために、という前提の元でね。

 

 心愛の名前に反応したのは、姉の赤夜萌香が所属する新聞部の部長である森丘銀影。そしてロリコン疑惑がある宮本灰次。

 妖の分際で、一丁前に情を持ったフリでもするのか。…実に愚かしい。

 

「森丘、宮本。もし朱染を見付けたら視認される前に速やかに気絶させるんだ。

それが結果的に、本物の朱染を助ける一番正確な方法だ」

 

 だから彼らには手を緩めぬ様に釘を刺しておく。

 朱染が本物なら、ちょっとしたお仕置きになるし、偽物であるなら気絶すれば正体も解けるだろう。

 朱染は吸血鬼という強力な種族だが、森丘や宮本には手を抜きさえしなければそれが出来ると計算して(信じて)いる。

 視認を許さぬ俊足のウェアウルフに、不可視の気弾を放つ鴉天狗。

 最上級生である彼らには、その程度は出来ないはずがないのだから。

 

 そして、僕の命令に頷く彼らは、僕の意図を理解できる程度には頭は悪くない。

 犯罪者め、誰に喧嘩を売ったのかよく理解させてやる。

 

 

 

 公安には、この時だからこそしっかりと活躍して貰う。

 一つは、学舎に残った下級生達を閉じ込めて、外に出ない様にしっかりと留めさせること。

 嫌われようが、脅してでも学舎からは外に出さない。

 力で脅し、それにより嫌われることを恐れない公安委員達にはまさに適役だ。

 もう一つは、実力行使部隊としての戦闘活動だ。

 力こそが正義。

 前公安委員長の考える秩序だ。

 それを引き継いだ苛烈な独善は、以前捕らえたはぐれ妖を徹底して調教した。

 暴れることしか脳の無い不良共に、社会奉仕のやり方を叩き込んだわけだ。

 彼らは今、こうして前線部隊として立っている。

 流石は螢糸、良い調教結果だ。

 

「御堂楔*3、クズの流儀ってものを教えてやれ」

 

「…命令すんじゃねえよ」

 

 表面上は真面目に出席日数を稼いでいた薬丸*4とは違い、留年して同級生になった男が吼えている。

 何にせよ、粋がる程度に自信があるのは良いことだ。

 その方が、送り出すにしても心配しなくて良い。

 

 

 悪意には上回る悪意を持って臨む。

 ここは妖怪の園。

 邪悪な闇の生き物たち(ダークストーカーズ)の群れだ。

 

 こんな言葉を聞いたことがあるだろうか?

 『光と闇が両方備わり最強に見える』

 教会の聖なる教えを知る僕という指導者と、闇の軍勢である彼らが組むとはまさしくそういう事だ。

 実際には不浄な闇の勢力など無くとも、美しき主の光だけで十分に過ぎるだろうけどね。

 闇の生き物など、所詮世界の不純物だ。精々、ゴミ同士で殺し合わせてやる。

 

 あくまで今回は先により悪に近い妖を潰すだけだ。

 その結果、同級生も下級生達も減ることなく安堵する日常が戻るだけのこと。

 

「なあ、いつもの口上(アレ)、言わんでええんか?」

 

 タマネギが嫌いな関西弁の人狼が何か言ってきたが、言うまでも無いから言わないだけのことだ。

 未だ本物の同級生(河童)は帰ってきていない。

 彼は、数少ない男性の水泳部員として、遅くまでプール掃除をしたり、教室の後ろにある水槽を掃除したりする男だった。

 水槽の金魚を猫目教師から守ったこともあった。

 目立つ男ではないが、堅実故にクラス運営には確実な労働力として計上できる駒だった。

 その奴が浚われて帰ってこない。度し難いなどと言うまでも無いことだ。

 それなのにわざわざ聞いてくるなんて、森丘の頭を少々買いかぶりすぎただろうか。

 

「言わないと理解できないか?

…全く、実に度し難い連中だ」

*1
河童 その系譜を遡ると、旧き水神へと辿り着ける。金属を嫌い、キュウリと美しい淡水をこよなく愛する。銅山などで川を汚すと祟りを起こしたともされている。力持ちで相撲を好むという。純粋で騙されやすく、相撲の前にお互いに礼をしたときに、力の元となる頭上に貯めた水分を零して弱体化したところで負けた逸話もある。原作のロザリオとバンパイアには登場しない。

*2
ドッペルゲンガー 相手そっくりな姿をする妖。元の姿の身体能力は大したことは無いが、変身した種族の身体能力や特殊能力までコピーできるため、武術を学び身体操作に優れたものが多い。何故なら身体能力が同等ならば、上手く肉体を駆使した方が勝つからだ。右手で触れた者の姿を、左手で触れた者に写すことが出来る。つまり、己以外のものの姿も変えることが出来る。見たものは数日以内に死んでしまうという話もある。もしかしたらあなたの隣にいる人も、ドッペルゲンガーなのかも知れない…

*3
御堂楔 はぐれ妖であり、生まれ育ちの悪いはぐれ妖を見下す純血の妖を心から憎んでおり、力で上回ることでその劣等感を掻き消そうとしていた。力に関しては非常に強い上に、罠を仕掛ける小賢しさもあった。

*4
薬丸麻子 はぐれ妖のチームの元構成員。針の様に変形させた指で体液を注射した相手を自在に操ることが出来る。裏モカに倒された



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闇のものは時に姿を変え、声を変え、あなたを追い詰めるだろう。しかし案ずることはない。あなたには真実を見通す神の加護があるのだから。

 捜索開始から数時間が経過。

 公安が用意した地図上で、最も怪しいとされる場所には僕が踏み込むことにした。

 その怪しさを判断する基準は、今までに追い詰められた異教徒の群衆が一番最後まで逃げ切れたパターンの採用だ。

 つまり、想定の中では相手には一定以上に知能を認めていると言って良い。

 

 行き着いた先は、嘗て使われたとされる地下牢獄。

 …凶暴で残忍な妖の集う学園だ。牢の一つや二つ無かったらおかしな事だからね。

 その存在に疑いを持つことはない。

 捕らえられた者を逃がしにくい様な構造である、入り組んではいるが一本道の地下牢の奥深くへと進んでいく。

 

 

 

「キャァアアアッッ!!!!」

 

 それから暫くすると、甲高い少女の悲鳴の様なものが響いてきた。

 なるほど、やはり僕がビンゴか。

 

 足音をさせない様に、それでいて急ぎながら向かうと、牛の頭をした巨大な妖が此方の方を向いて、棍棒を構えて仁王立ちしていた。

 そして倒れた少女も。

 まるで幼い子供を閉じ込めた迷宮*1のお伽噺の様だ。

 確かクレタ島辺りの伝説だった筈だ。

 

「しかし、怪物ミノタウロス*2は英雄に倒されてしまうのだった」

 

 ダンテの神曲では異教徒に責苦を味合わせる怪物であったから、種族としてはそう嫌いで無かったがこればかりは仕方ない。

 僕の同級生と下級生に手を出した。

 そう、もうこれは仕方ないんだ。

 

 曲がり角ごしに話しかけた僕に彼が気が付いた様だが、それは最早遅い。

 僕がこの様に声だけで意識を傾けさせる。

 この時点で勝負は決まっていた。

 元々牛というのは視力はよくない。

 それでもこの一本道であれば、自ずと視界に頼る様になるだろう。

 聴力と、視力に意識を傾けさせて、本来鋭敏な嗅覚への反応を少しだけ鈍らせる。

 その僅かな意識の逸れだけで十分だった。

 空気中に薄く散布したのは牛に有効な興奮物質。スペインの一部では今も飛躍として使われているものだ。

 

 そして曲がり角からゆっくり歩いてきた僕が持っていたのは、蛍光性の揺らめく布。

 薄暗いこの地下では、良い目印にはなるだろう。

 カポーテ*3と、又は――カッパと呼ばれる。

 偶然にも一致する名前だ。意趣返しとしては丁度良い。

 

 興奮物質に、揺らめく布。

 此処まで来れば、僕がやりたいことなど一つしか無い。

 『闘牛』。

 近年では動物愛護団体が反対をしていると言うが、家畜に神はいないのだから問題など無い。

 ましてや闇に生きる化け物の牛などに、愛護をかける意味など考える必要すら無い。

 

 突っ込んできた怪牛は、僕に回避行動を取らせない様に、低い姿勢で両腕を広げてダブルラリアットの如く突進してきた。

 僕の手に収まった剣に刺さろうと、牛がその勢いのまま衝突すれば、僕もタダでは済まない。

 故に僕が回避しようとすることで、僕の攻撃機会も奪うことが出来る。

 そんな風に、頭を使ったのだろう。

 

 だが、牛の頭は突撃するためのものであっても、考えるためのものでは無い。

 少なくとも、僕の思考には到底届かない。

 彼が踏み込む位置の地面を改変させることで足場を崩し、加えて僕の背後、彼にとっては正面になる壁を操作して巨大な剣を壁から突き出す様に構成する。

 僕の手に持った剣はフェイクで、この串刺しにする巨大な剣こそが致命傷だ。

 その勢いのまま突き刺されば絶死。

 無理をしてでも勢いを止めようとする。

 その全てに全力を込めて、彼は踏みとどまろうとした。

 …だが、それもフェイクだ。

 

 全力の突進を無理矢理踏み留めようとした余りにも大きな隙。

 手に持った剣で刺し抜くには、実に丁度良い。

 

「hore de verdad――――まさに、真実の瞬間だ」*4

 

 死にはしない程度に深く剣を差し込んだ。

 これで、暫く活動は出来ないだろう。

 

 僕は俯せ(・・)になって倒れている朱染心愛に近づくと、白衣の中にある瓶の中身を彼女に振りまいた。

 瓶のラベルは『聖水』。

 

 そう、先程の牛男の持っていたのは棍棒。

 そして、俯せに倒れる朱染心愛。

 倒れる向きからして、背後から叩かれたのが当然だとみるだろう。

 そうであるならば、それは不意打ちに他ならない。

 それならば、叫ぶ余裕など無い筈だ。

 

 勿論彼女が怖じ気づいて背を見せて逃げたところで背後から殴られた可能性もあるだろうが、一人でこの様なところに挑む蛮勇な少女にそれは実に似合わない。

 

 証拠は他にもある。

 最初から此方の方を向いていた先程のミノタウロス。

 僕が侵入することを予見していたに違いない。

 恐らくは監視カメラの様な手段があったのだろう。

 それで僕が入った時から、それを認識していた。

 

「ア”ア”亜“阿”ァ“ァ”ッッッッ!!!!」

 

 その証明は、叫んで姿を崩しながら急いで変身を解くドッペルゲンガー自身が行ってくれた。

 やはり、闇の生き物を滅するには神の祝福を受けた聖水が良い。

 妖の絶叫と共に、神の福音が聞こえる様だ。

 

「何故だ、何故判った」

 

 そう叫ぶドッペルゲンガーに種明かしをするつもりはない。

 勝手に無駄に叫ばせておく。

 僕は手を差し出しながら、大人しく降伏をしろと勧めた。

 

 ドッペルゲンガーは最後の足掻きとばかりに、僕の手を掴むと僕に変身した。

 そして僕の姿と能力を奪った。

 

 だが、それこそ僕の仕掛けた最後の罠だ。

 獲物を追い詰める時には、敢えて逃げやすい方向を作っておく。

 獲物がその逃げ道を自分で見付けたと判断した時、獲物は既に猟師の仕掛けた罠にかかっているのだ。

 

 …僕の能力には、一つだけ制限がある。

 万物の科学知識が無ければ、物質の化合・分解・状態変化・形質操作は行えないと言うことだ。

 生まれ持ってそれが完成してある僕であれば何の問題も無い。

 これが、僕が最も敵がいる可能性が高い場所に自分を割り当てた理由だ。

 同級生の河童に化けたにも関わらず、金属の恐ろしさを理解せず、水が変化した氷を恐れる時点で知識は受け継げていないのは明白。

 ならば、こうなることは僕が戦いを決めた時には決まっていた。

 勿論、これらの判断が、相手が僕に課した逃げ道(・・・)の可能性があるので、奥の手もあったが、それは特に問題ないだろう。

 

 そして、ドッペルゲンガーは僕のあらゆる持ち物は真似できていない。

 幾種もの法儀礼済みの武器や聖水。

 僕の最大の力は、能力でも妖力でも無い。

 ごく普通の人間にさえ宿る、さりとて強力な力。

 それは――――――――――――いと尊き主への信仰心だ。

 

 俯いて倒れている間に、準備はさせて貰った。

 

 

「主よ、穢れを打ち祓い、魂に永久の安寧を――――」

 

 彼の頭上に仕掛けた、洗礼済みの銀で作られた時限式チャフグレネード。*5

 神聖(悪質)なブービートラップが発動する。

 

 

「――――まことかくあれかし(AMEN)*6

 

 

 倒れたドッペルゲンガーを放置して、僕は更に奥へと進んだ。

 牢屋があり、そこには同級生と朱染が閉じ込められていた。

 その前には男が立っている。

 朱染の方は判らないが、少なくとも同級生の方は偽物では無い。

 理由…?

 ………なんとなくだ。だが、間違いは無いはずだ。

 そして彼の横にいる朱染が偽物なら、彼は正直にそれを僕に告げただろう。

 例え、同じ檻に入った朱染に化けた偽物に脅されていたとしても。

 会話した回数は多くはなかったが、それくらいには彼を観察してきた。

 …いずれ滅ぼすべき妖の特徴を調べ上げるのは当然のことだからな。

 

 牢屋の前にいる男は、鍵を見せびらかして命乞いをしてきた。

 ボスはお前がここに来たと言うことは既に倒された。大人しく鍵を渡すから見逃してくれ――――と。

 

 僕は、白衣の裏側から瓶を取り出すと、それを同級生にぶちまけた。

 瓶のラベルは聖水。しかし、今度はその中身は――――――――ただの川の水だ。

 

 水を浴びた同級生は本来の力を取り戻し、鍵のかかった扉を無理矢理蹴り飛ばした。

 鍵を強引に壊して。

 扉が激突した監視の男は気絶していた。

 よく見ると、鍵を持っていない方の手にはナイフを隠し持っていた。……借りが出来たな。

 

 元が水神の系譜を持つ河童である彼は、水さえあればその力は凄まじく高い。

 純朴な力持ちを地で行く男だ。

 加えて、水流操作にも長けている。

 今後は、この地下迷宮は近くの川の水を曳かせて水没させてしまう事を、監視の男*7を片手で引き摺る同級生と話しながら来た道を戻ると、気絶させたはずの二人がいなかった。

 

 …不味いが、一先ず目的であった救出に関しては成功した。

 二人にも後に残りそうな怪我はない。

 ひとまずはこれで良しとしよう。

 

 

 

 そう思いながら地下牢獄の出入り口付近に近づき、太陽の光が見えてくる様になった時、出入り口に浮かんでいる男達を発見した。

 男達の向こうにいる、逆光を受けた影が僕に告げた。

 

「あなたの事だから、一番危険で怪しい場所に自分が行くのは皆、判っていたわ。

だから、捜索が終わった人員で、あなたの救援に来ることは決めていたのよ。

結果はこの通り。

蜘蛛の巣で罠を仕掛けていたら、逃げてきた彼らは捕らえられてしまったの」

 

 先頭で笑う螢糸、そして他の同級生達。

 …ああ、実に屈辱だ。

 この僕が妖如きに動きを読まれていたのだとは。

 彼女たちの笑みに合わせる様に、一見自然に浮かんできたこの表情はきっと自嘲による苦笑いだ。

 神の信者たる僕を謀るとは。

 …全く、妖という存在は、実に度し難い。

*1
勘違いされがちだが、迷宮は本来一本道。偽物の道が複数あるのは厳密には迷路と呼ぶ。

*2
ミノタウロス ギリシャ神話に端を発する妖。力と気配遮断に優れた怪物。また、異端審問のシンボルとして、己と異なる立場にある弱き者に対しては、何をしても構わないという、正常だと自己を認識する暴走した一般人の暗喩にも使われる。

*3
闘牛で使われる布。実は牛は赤色を認識していない。故に今回は光の反射を認識しやすい蛍光とした。

*4
hore de verdad 直訳では真実の瞬間。つまり、トドメである

*5
チャフグレネード ヒラヒラした金属片などを周囲に撒く。本来であれば、レーダーの電磁波などを乱反射させて無効化するためのもの

*6
AMENとはAMENである。良く使われるヘブライ語である。

*7
原作では土蜘蛛の正体を現したが、本作ではその機会さえなかった



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神は裁きと共に許しを人に与えた。人の子よ、寛容を旨とし、許しを知ることから学びなさい。

 前回学園を賑わせた侵入者は、強盗団であった様だ。

 判決は死刑ではなく、施設での厚生と言うことらしい。随分と甘いものだと思う。

 新聞部には、選挙の為にもこの僕の活躍を宣伝して貰おうと思ったが、出来上がった新聞は、肩を貸すにも身長が合わない心愛を担いで出た写真が使われており、ロリコン疑惑が出そうだったので写真の差し替えを依頼したが、既に申請は下りた後だった。

 ロリコン疑惑こそ出なかったが、暫く宮本にキツい視線を受ける様になった。

 最早彼のロリコンは疑惑ではなく確定にしてよいと判断することにしよう。

 

 赤夜には不必要なほどの感謝を受けたが、これはこれでよい。

 赤夜が頭を下げる光景を見た下級生が多ければ、『僕>赤夜』という立場を理解することだろう。

 仙童が赤夜を神輿にしたとしても、この事実は後に尾を引く。

 …というか、最近になって、そもそも赤夜が会長に推薦されない可能性も出てきた。

 

 こうなると、僕以外の候補者無くして当選と言うことになる。

 それはそれで困る。

 何故なら、選挙で選ばれたという事実が、学園の生徒が責任を持って選んだという投票者である生徒への枷になる。

 枷になる故に、僕の命令に従う義務を負うわけだ。

 しかし、選挙無しで当選した場合、自分達が投票したという意思の希薄さが、僕の立場の根拠を弱めることになる。

 丁度良い対抗馬が螢糸辺りしか本格的にいない上に、その螢糸は会長に付く気が無いという。

 

 それならそれでよいだろう。

 そうなった場合には何も出来ませんという僕ではない。

 選挙で勝ったという事実で権威を持つことが出来ないのであれば、他の所から権威を確保すれば良いだけだ。

 それくらいのことはしっかりやってやろう。

 卒業までにあと一年近くもあるのだから。

 

 

 

 では、会長選挙のことは置いておき、部長としてのイベントをこなす必要がある。

 即ち、新入部員の勧誘だ。

 水泳部辺りは水着に身を包んだその肢体で誘惑して人数を稼ぐのだろう。

 あの部は、一見清楚な女性が多いが、アレで河童以外肉食系*1だから後で後悔することになるだろう。

 それと、精気を吸うにしても問題にならない程度の手柔らかさを持つ様に釘を刺しておこう。*2

 

 ミイラ部は最早医療技術研究部と化して、将来医学の道を目指す者達が明確な意志でやってくるから勧誘が要らないのは羨ましい。*3

 先日の騒動で、怪我人を手当した実績もある。

 というか、されたのは僕だ。

 既に傷口は塞いだというのに、お節介な連中だった。

 

 新聞部はと言うと、露出の多いチアガールの格好で呼び込みをしていた。

 他にも際どい格好で呼び込みしている部活もあるので、新聞部だけを責めるつもりは無い。

 また、美術部の補佐に勧誘したが断った燈条瑠妃は、新聞部の顧問補佐になった様だ。

 彼女がダントツでスカートの丈が危うい。

 顧問補佐としての自覚がある様にはとても見えない。螢糸辺りに伝えておかねば。

 …それにしても新聞部は女の色香で勧誘か。

 数は稼げても、質は期待できそうにないな。

 マンパワーが必要故に、人数合わせでも充分だと言うことなら言うことは特にないが。

 

 我が美術部と科学部はと言うと、

 美術部は作品で勝負する職人スタイルで行くつもりだ。

 そう。これこそが、正統派部員勧誘。

 素晴らしい。流石は我が部だ。

 

「部長、ちょっと良いですか」

 

「どうかしたか?」

 

 部の後輩に話しかけられて内容を聞くと、どうやら彼女たちは積極的な呼び込みをしてみたいらしい。

 …わざわざ部長である僕の許可を取りに来たことだし、それ自体を否定はしない旨を伝えると、彼女たちはいきなり制服を脱ぎだした。

 まて、僕は男だと解っているのか?

 顔で判断するな、僕は男だ。

 汝姦淫するなかれ、色欲に惑うことなかれ。

 

 …。

 ………。

 何だ、下に着ていたのか。

 

「部長もしかして、期待…してました?」

 

 そんなわけがないだろう。

 全く、僕をなんだと思っている。

 

 

 光が透けないタイプのレオタードを着た彼女たちは、自分達の白いレオタードをキャンバスにしていた。

 各々が描いた絵を自らが纏うその姿は、一種のボディーアートとも言えなくは無い。

 相手も身体ではなく、描かれた絵を見ていると答えられる逃げ道まで用意してある。

 …意外と着痩せしていた身体は、少々キャンバスにしては立体的すぎるが、敢えて何も言うまいと判断する。

 前の部長の妹である後輩がニヤニヤしているのだから、きっとそれを言ったら良くない結果がある事は計算しなくてもわかる。

 

 割とギリギリの勧誘方法なので、後で螢糸に話を通すために公安委員会へと足を運ぶことにする。

 勿論、僕の趣味では一切無いという大前提と共にだ。

 

 

 

 一方、科学部の方は…。

「部長、偶然ですが惚れ薬が出来ました。デモンストレーションに使って良いですか」

 

「却下」

 

 

 

「部長、これ多分恐らく幼児化薬*4なのかも知れないんですけど、部の成果として…」

 

「解毒剤は?」

 

「無いです」

 

「却下」

 

 

 

「部長、この眼鏡を見てください。眼鏡を通してみると、衣服が全部透けて見えるんです。

しかも、視野が大きく広く見えて、ブルーライトもカット。しかもまちがって上から座って壊れないメイドインジャパン素材」

 

「却下」

 

 科学というよりは、最早魔女の秘薬の領分に足を突っ込んだものをいつの間にか開発した優秀な部員達。

 だが、優秀ではあるが、倫理観が少々足りない連中である様だ。

 

「一応火気申請や飲食の申請は取ってきたので、花火でも、炎色反応でも出来る。

ところで僕も案を考えてきた。少し聞いて欲しい」

 

 不満そうな部員達から目を逸らし、僕が用意した案を披露する。

 キナ油の入ったノンアルコールカクテル*5を、ブラックライトで光らせて配る。

 以前、化学調味料バーもやったので、接客には少しくらい慣れただろうという見込みと、こういうイベントでもなければ女子生徒と話すのが苦手という部員に、接客というお題目を与えてやるという心意気だ。

 しっかりとシャワーで身体を、特に髪を清潔にしてスーツで包んでやれば、ある程度は様になる筈だろう。

 …そして、部費も稼ぐことが出来る。科学部は金食い虫で、予算が足りないのが基本なのだ。

 無論、勧誘が目的なので、新入生には少しだけ安くしようとは思うが。

 

 

 

 結局、美術部は作品展示会とボディースーツペイント展示。

 公安には、レオタードキャンバスは割とギリギリだと言われたが、無事通った。

 科学部は、ライトカクテルバー(ノンアルコール)となった。

 スーツを着たり、拘束の範囲内で眉毛を細くして髪を染めさせたりした部員は、冷やかされたりもしたがどことなく楽しそうだと言えた。

 

 両部とも、部の紹介は常に全員で行うのではなく、半数は自由行動。半数は勧誘として時間を分けることにした。

 

 

 

 それによって僕は今、各部活を回り歩いているわけだ。

 

 宮本が部長をしている空手部は、瓦割りの要領で墓石を何枚割れるかとかやっていた。*6

 一回千円で、成功すれば賞金があるのだという。

 難しいことでもない。

 僕は、水分を強力に吸着して化合する液剤と、高濃度の玉水と呼ばれる酸性の劇薬を、墓石を十一枚並べさせた上からガッツリと振りかけた。

 暫く待った後、手の周りを薄く妖力でコーティングして、殴り抜けた。

 

 …元から殆どボロボロになっていた墓石*7は、当然の様に割れた。

 

「これで賞金は貰って良いか?」

 

「良いわけ無いでしょっ!!」

 

 受付にそう言われてしまっては仕方ない…と諦めたくはないが、墓石割りを科学と拳の融合成果だと思ったのは僕だけだった様で、他の見学者もアレは無しだと言う様な顔をしていた。

 こうなっては、最早何も言えない。

 大人しく、次の部活へと回るとしよう。

 

 裁縫部のブースを見た時には、良く解らないコスプレ*8をさせられた。

 …コスプレというか、完全に女装だった。

 未来の会長になんてことをさせるつもりだ。全く…度し難い奴らだ。

 

 モアイ研究会や式神研究同好会はメンバーが少なかったが、内容は濃くて面白かった。

 誰も残らなくなる程に争い奪う程の力の歴史*9や、相似する例えによって疑似生命を世界に容認させる技術。*10

 少数精鋭の活動は十分に時間を使うに足るものだった。

 そう、色香ではなくこういう正統派こそ、部活動紹介のあるべき姿なのだと思う。

 

 吹奏楽部はラッパの音で新入生を操り入部させようとしていたので釘を刺しておいた。*11

 声楽部は打って変わって真っ当にコンサートをしていた。

 今の部長は人魚なのに水泳部に入らなかったことで色々あったと聞いているが、是非頑張ってほしいものだ。*12

 

 

 野生動物調理部は実際に生き物を捕獲して血抜きや燻製などを展示するというので見に行くことにした。

 場所は外にある森の方だったので、行ってみると丁度料理が出来上がったところだったので分けて貰えた。

 手がナイフの様に鋭く変化した生徒が、狂気染みた目で肉を切り刻んでいた。

 肉を火で炙りながら、高速で切り刻んでは歌いながらドネルケバブを豪快勝つ丁寧に盛り付けていく。

 時折無駄なフェイントを入れて、客を苛つかせながらも楽しませる。

 部長である彼はどう見ても日本人ではないし、日本語の歌でもないし、しかも異教徒みたいだが、敢えてここでは目を瞑ろう。

 どうせこの学園全てが罪深い妖の園なのだから。

 …ケバブは旨かったし、ねっとりとしたデザートのアイスは完璧だった。

 

 

 腹を満たして帰ろうとしていると、何やら闘争が始まっていた。

 空手部でもあまり熱心でない連中と……、幼女?

 そう、幼女達が暴れていた。

 幼女に蹂躙される空手部員共。

 そして何より、幼女達は新聞部員に似ていた。

 というか、何らかの自己で幼児化した新聞部員達だった。

 赤夜萌香、黒乃胡夢、白雪みぞれ、仙童紫、燈条瑠妃、後は唯一幼女化していない、未だ部員ではないはずの朱染心愛がいた。

 

 様子を聞いてやってきたらしい空手部部長の宮本灰次が、精神、肉体共に不甲斐ない部員共にケジメ付けていると、朱染心愛が勝手に宮本をラスボス扱いし始めた。

 確かに空手部の主将故にラスボスではあるだろうが、間違いなくこの騒ぎを望んではいなかったのは間違いない。

 宮本灰次はその様な男ではない。

 ……だが、今まさに幼女連合に襲いかかられそうになって喜んで鼻の下を伸ばしている男の顔を見ているとフォローする気も失せる。

 とはいえ、ここで幕を引くべきだろう。

 

 幼女達と宮本の間に割って入ることにしよう。

 

 

「これ以上は無益だ。止めるべきだろう」

 

 幼女達は止まった。

 彼女たちが怒りのぶつけ先を無くして少し残念そうな顔をするのは見逃そう。

 だが、幼女の怒りのぶつけ先である事を失って残念そうな顔をしている宮本は、後でロリコン厚生プログラムだ。

 

「朱染心愛くん。このメンバーでは肉体的には君が一番年上なのだろうと言うことで代表として聞こう。何があった」

 

 

 僕の問いかけに、朱染は説明を始めた。

 最初に僕も挑戦した墓石割りの参加を断られたので、仙童の開発した『すくすくドロップ』*13という魔法アイテムで成長した姿で墓石割りに参加して成功。

 その際に部員として勧誘されたが断ったために逆恨みされた。

 それを赤夜達が助けに来たのだという。

 赤夜達が幼い姿になっているのは、すくすくドロップの反作用で成長後の姿になった後、12分13秒経過後、今度は逆にしばらくの間幼くなってしまっているのだという。

 何で赤夜達がすくすくドロップを食べたのかはどうでも良いし、面倒そうなことになっていそうだ。*14

 科学部には余計なアイテムを開発させなくて本当に良かったと思う。

 必要な部分の事情は理解した。

 

「宮本空手部長。申し開きはあるかな」

 

 

 

「無い。部長として全ての責任はオレにある」

 

 そう、コイツはこういう奴だった。

 いっそのこと無理矢理幼女連合に暴力を振るわせて解決させておいた方が、有耶無耶に終わらせられただろう。*15

 

「そうか、ならいい。

新聞部、空手部長もこう言っているので、正式に今年起こった学生間の事案第一号として正式に空手部への処分を審議に掛ける」

 

 宮本の表情は動かない。

 寧ろ、宮本にのされた部員達が慌てた顔をしているのが腹立たしい。

 一体誰のせいで宮本がこうなったと思っているのか理解していない様だ。

 申し訳なさそうな顔をしている新聞部の方も見当違いだ。

 だが、被害者である以上、見当違いな罪悪感を持っていることは寧ろ美徳に映る程度だろう。

 

「赤夜萌香、解決方法がある。

お前達の誰かが生徒会長に立候補するがいい。

僕が生徒会長になれば正当な処分を下すだろう。

正しき輝きは過ちを許容しない。

眩しすぎる光から闇を守りたければ、お前達が対立候補として僕を下して見せればいいさ」

 

 

 それだけを一方的に告げて、帰ることにした。

 対立候補が出来た以上、挨拶回りをする手間が必要になる。

 

 この選挙の結果がどうであれ、一年間は空手部は新聞部に頭が上がらなくなるだろう。

 朱染は恐らく姉のいる新聞部に入る。

 そうなると、新聞部にいる朱染に先に手を出した空手部が、新聞部の赤夜に庇われるという結果が残る。

 唯一の失策はこれにより、新聞部と空手部からの票が期待できないことだが、それ以外の票をかき集めれば良い。

 実に簡単なことだ。

 僕は世界中の人々の心を染め上げた宗教に育てられて今まで生きてきた。

 扇動も先導もお手の物だ。

 寧ろ僕は、選挙戦によって対立候補という共通の敵に勝利したという陶酔を、支持者達に与えることが出来る事を喜んでいるほどだ。

 

「私達、絶対に負けませんから」

 

 だと言うのに、その僕に対して赤夜は宣戦布告をしてきた。

 本当に愚かだ。事象の把握も戦力格差も出来ていないらしい。

 僕は振り向くことなく手を振って、「精々頑張るが言いさ」とだけ告げた。

 ここまで予想通りだと、一周回って笑いが出てくるじゃないか。ああ、背中を向けていて良かった。

 まさか予想通りに、自分を傷つけた者を庇うとは人間の物真似が上手くなったものだ。

 …全く、妖という存在は実に度し難い。

*1
食事的な意味で肉食系なマーメイド達

*2
青野達が一年生の時はプールで鼻の下を伸ばしていた生徒が精気を吸い取られて老けた

*3
保健の先生がミイラなのだ

*4
もしかしなくても飲用すると殺人事件に遭遇しやすくなる

*5
オーロラ・ジャングル・ジュース トニック成分がブラックライトで光る

*6
原作同様に空手部の兄弟が元締め。空手部側は割れやすい墓石。挑戦者は極めて硬い墓石を使って多く墓石を割った方が勝ち。参加費は千円で挑戦者が勝てば賞金もある。

*7
石の水分を奪った上で酸性の液体を掛けると効果的に侵食するが、実は本当はかなり時間がかからないと出来ないので、この様にはならないのだ。

*8
原作ではコスプレしたゲーム部員が原作のゲームへの感謝を書いたカンペを持っていた

*9
イースター島には嘗ては人が住んでいたが、互いに権威の象徴であるモアイを作りながら、相手側のモアイを破壊する闘争に明け暮れて島民は全滅した。

*10
日本の呪術は例えを利用したものが多い

*11
元ネタはハーメルンの笛吹き

*12
セイレーンが新聞部だったこともある

*13
一定時間成長した姿になる代わりに、その後幼児化する。仙道紫が開発したが元ネタは間違いなく…

*14
原作では子供扱いされてキレた心愛と和解するために、新聞部は自分達も子供になった。

*15
原作ではそうなった。



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自身に落ち度が何一つ無いものだけが石を投げる権利がある。しかし、それを肯定するものには嘘という落ち度があるだろう。

 愚衆を相手にするのならば、選挙とはとどのつまり人気取り合戦だ。

 自分が好かれる。相手が嫌われる。

 このどちらかに成功すれば、選挙における勝利というものは成り立つ。

 

 人は信じたいものを信じる。

 信じたいことは真実よりも勇敢に吼える。

 だから欲しい言葉を相手の耳に与えてやる。

 耳障りの良い言葉を与えてやれば、相手はその優しい空想に溺れていく。

 

 若しくは、相手に見付けさせたものを真実だと思わせる。

 相手が気が付くギリギリの隠蔽を行い、それに気が付いた自己を賞賛する気持ちを煽ってやる。

 

 前者は己のイメージアップに、後者は相手のイメージダウンに使える戦術だ。

 

 

 …今回僕は赤夜達のイメージを虚飾で落とす様なことはするつもりはない。

 やろうと思えばそう難しいことでは無いのだけど。

 まず一つに、既に有利な状態である僕が、敢えてバレると己にもダメージを負うリスクを負う必要は無いからだ。

 そして、政党同士の戦いとは違い、僕は彼女たちを下した場合、己の生徒会に彼女たちの一部を組み込む考えもある。

 その時に悪い印象を持たれても困るからだ。

 あくまでその様な理由だ。

 

 都合の良い言葉で有権者の耳目を塞いでいるうちに、実際に着実な成果を積み上げておけば、それは即ち大成功だと言えよう。

 その為には、新聞部というメディアは僕の手に落ちる必要がある。

 

 後はイメージ戦略の手段についてだ。

 新聞部は赤夜達の手の中にある。

 そうなると、此方の広報手段は美術部のポスターと、放送部の伝手を利用するのは当然の帰結だった。

 

 

 映像や音声というものは、つまらなく堅実な実益よりも、抽象的な熱意と夢で扇動する方が効果的だ。

 余計な公約は、政策を限定させる。

 それに、具体的な実行目標を細かく言ったところで、それを全て覚えているものはいない。

 どうせ聞き流されて忘れ去られるに決まっている。

 言葉というのは、具体的な数字よりも印象を残すことにこそ向いている。

 

 …故に、新聞という文字に残るメディアは、具体的な政策を生徒の一人一人に理解させるためには、是非とも手中に収めたかった。

 姿と声による印象操作と、文字による理解。

 この二つがあれば、きっと上手く学園を操ることが出来るはずだ。

 幸せな夢を見せている間に、幸せな現実を構築しておけば、文句など誰も持たないだろう。

 そして、僕にはそれが出来る。

 ――――少なくとも、この学園にいる他の誰よりも。

 

 

 

 

 正直に言ってしまうと、僕は扇動の武器の片割れを、相手側が持った上で戦うこの状況に、些か新鮮味を感じている。

 負けたとしても、僕本来の職務に致命的な問題は発生しない故に、縛るものは無い。

 勿論、勝った時には僕の仕事へと、その状況を存分に利用させては貰うが。

 

 失うものが無い状況で、ある程度拮抗した相手の陣営と全力を振るって競う。

 今までに縁の無かった事だ。

 教会としては労力を割く意味も無い、無駄な戦いだと言えよう。

 だが、この際敢えて言ってしまおう――――――悪くない、と。

 あの金城も、何処かではそう思っていたのだと思う。

 

 

 

『この学園を愛する賢石翠に清き一票を』

 

 そんな心にもない事を述べた、当たり障りのない自分のポスターを横目に見ながら、選挙戦における仲間という名前の配下達から報告を聞く。

 

「選挙の対立候補の件ですが…」

 

 

 僕はそれを聞いて、まさかとも、そしてどこかでやはりとも思った。

 …面白い。それでこそだ新聞部。

 それでこそ倒しがいがある。

 

 誰もが敵陣営の立候補は赤夜萌香だと思っていた。

 まさか、君だったとは…青野月音。

 

 思えばいつも君の周辺に起きた事件の終着は、君の無謀な蛮勇で終わっていた。

 新聞部の大半を占める女子生徒も、青野を通じて繋がっている。

 新聞部の中という世界で話し合いをするなら赤夜よりも、青野という結論に行き着くだろう。

 その可能性は僕も想定していた。

 だが、その上で言おう。

 

「まさかそう来るとはね…」

 

「賢石さん?」

 

 

「いや、何でも無い。ただの独り言だ。

それより、今言いかけていたことをそのまま続けてくれ。

話の腰を折ったことについては謝罪しよう」

 

 選挙についての情報を取得しながら、僕は並列的に複数の事象を想定する。

 この状況がそのまま推移した場合の、票の取得率や、起こりうる変化事項。

 加えてそれらへの対応想定。

 話し合いが終わった後も、僕は校内を挨拶回りを兼ねて散歩しながら、先程の思考を纏める。

 

 

 生徒の人気を考えるなら本来最も重要視すべきは赤夜。

 実際に旗頭となった青野を軽視するのも論外だ。

 教師側でありながら向こうに着くであろう燈条にも警戒すべきだ。

 やらないとは思うが、黒乃の誘惑(チャーム)も票取り合戦には有効すぎる。

 白雪が実際に小壺教師から青野に救われた事実は、宣伝に使えば青野の株を上げるに容易い。

 一年生の中でも目立つ赤夜の妹の影響力を侮る気もない。

 …しかし、僕が最も考慮すべきなのは敵陣営のブレイン、仙童紫だ。

 客観的に魅力的な女性陣と、彼女たちを纏める青野月音。

 それら全てを操る黒幕の思考さえ、読むか、潰してしまえば対応は大幅に制限できる。

 それは、勿論僕が理解しているように、仙童自身も自覚があるだろう。

 

 ……とはいえ、それが小宮とその仲間と険悪な空気になっている仙童を見捨てることには繋がらない。

 気配を隠してゆっくりと近づきながら事情を把握していく。

 どうやら話の内容からして、仙童の種族である魔女*1を馬鹿にしたはぐれ妖の一年に仙童が噛み付き、そこに小宮がやってきたようだ。

 仙童を馬鹿にした一年生のはぐれ妖に対し、感情を制御するに拙く、しかし頭と口が回る仙童は論破し続けたのだろう。

 しかし、論破されて、はい負けましたなんて不良などそうそういない。

 

 数と力の威圧に今度は仙童が追い詰められたものの、強がってはぐれ妖達*2に言ってはいけない言葉を言ってしまった。

 流石に後輩達のまえではぐれ妖を馬鹿にするような言葉を吐かれては、小宮は止まるわけにはいかない。

 このまま放っておけば、敵陣営のブレインはしばらくその活動を強制的に停止するだろう。

 それでいいのか?

 …否、そこには秩序も法も摂理もない。

 

「そこまでだ」

 

「なんだァ?」

 

 デビューしたての一年生が僕にイキり出すが仕方ない。

 去年僕がはぐれ妖のチームを蹂躙した過去を知らないのだろう。

 はぐれ妖の先輩達も、そんな不名誉な事実など話さないだろうしね。

 

 それにしても、入学して未だ少しの間だというのに、小宮は一年生のはぐれ妖達を従えている。

 元々の繋がりがあったかどうかまでは知るよしもないが、慕われているようだ。

 後輩のこういった一面を見るのは嫌いではない。

 

「小宮、ここは僕に免じて後輩を押さえてくれ。それと幾つか言わせて欲しい。

はぐれ妖達、魔女とは仲良くしたまえ。

異なる妖と妖に生まれた不遇に立ち向かう君たちが、人と妖の狭間に生まれた魔女を嗤うとはそれこそ笑いの種だ。

仙童も口を慎め。

一説には魔女は悪魔の血が混じった人間という説もあるんだ。『NGワード(濁った血)』と嗤うのは自虐にもならない。

僕の言葉に賛同するなら今度の会長選挙で僕に一票を入れたまえ。」

 

 

 敢えて、鬱陶しい正論論者を気取って言いたいことだけを言い抜ける。

 僕の恐ろしさを知る小宮はともかく、知らない一年生達は怒気を強め始めた。

 汗腺の開きに伴う二酸化炭素の増大も観測できているから間違いは無いだろう。

 

「もし、もし完全な秩序による支配が気に食わないなら、そこの魔女とせいぜい仲良く団結したまえ。

彼女は僕の対立候補の頭脳だ。

…どちらにしろ、全ては僕の支配下になるから時間の問題に過ぎないが」

 

 小宮を見込んで目配せをすると、どうやら僕の意図に気が付いたようだ。

 そういった空気の読む力が、後輩に慕われているところなのかも知れないな。

 

「ああ、気にくわねえな。

オレ達はお前みたいな自分が正しいみたいな面した奴に自由を奪われる気はサラサラねえ。

仙童、さっきの言葉を取り消すなら青野側についてやる。いいな」

 

「…え…は、はいですぅ

こちらこそごめんなさい」

 

 小宮はこれでいいのかと言うような顔を一瞬見せてきたが、十分だ。

 それでいて、自分の側は謝罪をしていない辺り、面子の守り方が強かだと評価も出来る。

 例え人数が少なくはないはぐれ妖が敵についても、大局は変わらないという奢りなどはない。

 選挙そのものへは真摯に望む。

 だが、前提が違う。

 

 現況で不利な青野達は、まずは選挙に勝つことが当面の目標だが、僕は違う。

 学生の一部を嫌われ者の生け贄の山羊(スケープゴート)にして団結を図るつもりなどない。

 上司が部下に嫌われても仕事は回るが、部下同士がいがみ合っても上手く運営は回らないことを理解している。

 だから、僕は選挙に勝った後のことも考えてある。

 主が全ての迷える羊(ストレイシープ)を救うように、信徒の僕も又、目指すべきはそこだ。

 

 ……仙童が僕に救われた事に複雑そうな顔をしていたので、全力で挑め、そしてあっさり潰した後に部下として使わせて貰うと言ったら、漸く顔に元気が戻ってきたようだ。

 対立候補に救われる形になったことに気が付いているからこその申し訳なさか。

 実に下らない。敵への負い目のために味方の足を引っ張る人材には、僕の部下となる前に、早々に修正して貰いたいものだ。

 下らない情に縛られて、行うべき事に手心を加えるなどとは、妖というものは、全くもって度し難い。

*1
魔女は妖としても人間としても中途半端だと蔑まれた歴史がある為、排他的な気風がある

*2
混血のはぐれ妖にも又、純血種に蔑まれて来た歴史があるため攻撃的



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汝神を欺く事なかれ、汝己を欺く事なかれ、汝隣人を暴く事なかれ

「司法取引というのは好きじゃない。咎人の罪は神への服従か死を以てのみ認められる。

だけど、お前がどうしてもと言うならば使ってやろうじゃないか、ドッペルゲンガー」

 

 司教様の口添えで緩しを得たドッペルゲンガーの強盗一味は、ある事を条件にその刑期を大幅に短縮されることとなった。

 僕は罪を見逃された咎人の顔を見るために、そして取引の結果を伝えるために彼らに会いに行った。

 取り繕った余裕さでニヒルに嗤う強盗団長とその一味が封じられた地下へ、敢えて足音を響かせながら、段差を残り三段残した階段に立って告げる。

 

「酷いな、正義の味方気取り様は。神に仕える奴にしては、悪魔のような取引だ。

その取引内容で刑期が1年になると言ったって、代わりに死んだら意味ねーだろうが。

一種の死刑宣告だぜ、御伽の国(・・・・)への潜入工作とはよ」

 

「そう言うな。何にでも変われる者(ドッペルゲンガー)*1には、似合いの奉仕じゃないか。

喜べ、工作資金まで付けてやる。良いニュースが二つある。

先ずは一つ目だ。

――200万。少々血が付いていたから洗浄したが、未だ匂う。

似合いの金で、仕事に役立てろ」

 

 この200万は、銀行強盗団である彼らが奪った資産の一部のその又一部だ。

 遠回しでもない言い方だったので、それは彼らにも伝わったと思う。

 

「…強盗が盗んだ金を、自分達の工作に回すか。

その上、ネコババした金はこれが全てでは無いんだろう?

とんだ悪党だぜ。

…で、二つ目は」

 

 強盗団に悪党と言われる日が来るとは思わなかった。

 先ずは己が身を恥じろ、恥を知らない妖どもめ。…ああ、やはり度し難い。

 

 

「君たちが承諾するより少しだけ早く、()を外れるようにして欲しいという咎人がいてね、彼が君たちの道案内をしてくれるそうだ。

もし彼らが裏切ることがあり、それを止めるなり報告するなりしてくれれば褒美も考えている」

 

「…道案内?

馬鹿を言え、罪人同士で監視しあえって事だろ。

そういうのは、悪いニュースって言うんだ」

 

 好きに言えば良い。

 僕はそういう意図を込めて、そこで黙り込み背中を向けた。

 そして手を弾くように叩くと同時に、牢屋の鍵を後ろに投げ込むように転がした。

 

 後は、元来た階段を上って帰るだけだ。

 その後に、囚人がどうなるかなんて、僕は見ていないし、想像もしない。

 神の信徒である僕が、閉じ込められた咎人に鍵を与えるなんて行うわけが無い。

 あくまで、その後のことは僕は一切存じない。

 

 丁度十段を昇り終えて上の階に出たところで、絞首紐の代わりに用意した案内役達が待っていた。

 

「…彼らが裏切ったら容赦なく殺せ。彼らにも同じ事を言ってある」

 

「オレ達が同時に裏切ったりしたら破綻だな。その計画は」

 

 

「…そんな見え透いた簡単な抜け道は絶対に使わない。

抜け道を使うなら、もっと華麗に脱出するだろう、君たちなら」

 

「……ふっ、当たり前だ」

 

「ああ、その方が面白い(・・・)からね」

 

 

 

 …全く、代わりなさ過ぎて新鮮味が無い奴らだ。

 裏組織の御伽の国で幹部の位置にいる二人なら、裏切りの危険さを十分理解しているだろう。

 少なくとも青野達よりは遙かに頭が回る事は知っている。

 特に謀略に掛けては青野達では足下にも及ばないだろう。

 だが、それすらも自負と愉悦で乗りこなすつもりなのは想像に難くない。

 どちらにしろ、此方の最低限の目的を果たしてくれるなら、特に大きな問題は無いのだから。

 

 彼ら二人の間を割って抜けるように歩いて行った僕に、案内役の片割れが告げた。

 

「――――――その眼鏡、似合ってないな」

 

「前の持ち主の眼鏡選びのセンスが悪かったんだろう――――――」

 

 

 ……これでも学園の女子生徒には似合っていると言われるのだから、これはただのやっかみに過ぎない。

 嫉妬は七大罪の一つだぞ。

 ――――――ああ、全く以て度し難い男だ。

 

 

 

 

 ……実は本当に眼鏡が似合っていないとか、そんなことは無い筈だ。

 うん、そうだったら僕のセンスがおかしいことになる。

 今度、燈条と茶会――――という名の司教様と理事長の代理人としての会議があるから、その時には外しておくべきだろうか?

 ……いや、僕は僕のセンスを信じよう。

 それにそもそも、仮に似合っていなかったとしても、燈条と会議をするのに格好を気にする必要など微塵も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆ー☆→☆←☆ー☆

 

 

「瑠妃さん達、結構良い雰囲気ですぅ」

 

「そうね、普段澄まし顔のあの男も心なしか柔らかい表情(かお)してる」

 

「お互いにさりげなくお洒落してきているな」

 

「…こういうのって、良くないんじゃないかな」

 

「ちょっと、後ろめたいような…」

 

「…お姉ちゃんも月音さんも、ここに隠れてる時点で同罪じゃない?」

 

 紫、胡夢、みぞれ、萌香、月音、心愛。

 彼女たちはいずれも学園から離れたところで、密談という形にはなっているが、喫茶店で談笑している、どう見てもデートにしか見えない翠と瑠妃を遠巻きに眺めていた。

 

「そもそも胡夢はどうやってこの情報を掴んだんだ?」

 

 最初にこのデートみたいな密談という、実質的なデートの情報を掴んだのは胡夢だった。

 その情報を入手できた理由についてみぞれが訪ねると、胡夢は少々興奮気味に答えた。

 

「いやあ、瑠妃さんがオススメの香水とか聞いてくるものだから、これは何かあるなって」

 

「でも、やっぱりこうやって眺めてるのは…」

 

 萌香は一見良識的な態度を取るが、視線はデート中の二人をガン見しているし、少々テンションが上がっている。

 尤も、女の子は恋バナが大好物だから仕方ないと言えば仕方ないのかも知れないが。

 

 みぞれは、これで瑠妃が月音争奪戦に入ることは無くなったかと、一見冷静に打算的なことを真正直に言っているが、先程から「くそ、ここからじゃ声まで聞こえないな」などと、割と楽しんでいるようだ。

 

 しかし、この中で最も瑠妃達にイケイケと念じているのは、間違いなく仙童紫だった。

 

 

 故に彼女は禁断の選択をした。

 

「賢石翠、早くその飲み物に口を付けるですぅ」

 

 

 一同は、紫の口から漏れたその発言で大凡のことを理解した。

 

「………何か盛った?」

 

 代表として月音がそう聞くと、マジカルアイテム『ほれほれくん・改』を出しながら紫はテヘッと笑った。

 マジカルアイテム『ほれほれくん』*2

 使われた者は正直になり過ぎてしまう禁断のアイテムであり、以前はそれを不用意に使ったせいで月音たちは散々な目に遭ったのだが、懲りない紫である。

 おまけに、現在制作中のマジックアイテム*3への繋ぎとして、惚れると言うよりはとにかく精神が露出する…それこそ理論上は本人さえ知らない深層意識さえ露わにさせる禁断のアイテムである。

 

 割と面倒な物を面倒な者に使えば、どうなるかなど考えることすら恐ろしい。

 以前やらかしたというのに、依然として反省が見られない紫は、今まさに胡夢にとっちめられているが、仙童紫は飛び級で今の学年にいるだけで、本来は見た目の通り、未だ十代前半である。

 少々子供っぽいところがあったとしても仕方は無い。

 

 仕方は無い……のだが、使う物と使う相手が悪すぎた。

 割と正直な燈条瑠妃はともかく、問題は普段から素直そうな取り澄ました表情とは裏腹に、欠片の素直さも無い賢石翠である。

 雪女の里で予言の精霊*4に翠のことを警告されたことを踏まえなくても、十分に自体は良くない。

 とは言え、そんな相手の本音が見たくないかと言えば、一同揃って嘘つきになるが、それ以上にやったら色々取り返しが付かないことになりそうなのは目に見えていた。

 

 

「ヤバいな…、止めないと」

 

 月音がそういった時、翠は既にカップに口を付けていた。

 

 

 あっ、終わった。

 月音達はこの後にどんな惨状が沸き起こるのか想像も出来なかったが、とにかくもう手遅れである事だけは理解した。

 

 

 

 翠は瑠妃の向かい側の椅子から、おもむろに立ち上がると、瑠妃の隣に座った。

 そしてなにやら話しかけた後、瑠妃の頬に手を添えて顔を近づけ――――――――――――その首筋に牙を突き立てた。

 

 

 

「キスいったぁぁっっ」

 

「よく見ろ、あれは吸血だ。でもあいつは吸血鬼では無い筈だが…」

 

 遂にキスしたと興奮する胡夢を、冷静にキスでは無く吸血行為では無いのかと、みぞれが修正した。

 

 

 

 そんな中、心愛が顔を真っ赤にしていた。

 確かにキスならそうなるのはわかるが、吸血鬼が吸血を見て赤面したことにみぞれがツッコむと、

 

 

「うわぁっ、あの吸血はえっちぃやつだ…」

 

 心愛は、独り言のようにそう漏らした。

 

「それってどういうこと?」

 

 胡夢は反射的にそう聞いた。

 それに対して、心愛は言いにくそうに答えた。

 

「その、ほら、求愛的な意味を含んだ血の吸い方って言うか、その…そんな感じ…」

 

 ………。

 少しだけ空気が淀んでしまったが、その淀んだ空気を吹き飛ばすような発言を胡夢がした。

 

「でも、モカがつくねにやってる吸血って、いつもあんな感じじゃない? ………えっ? それってどういうことなんだろ…」

 

 自分で気が付いたのに結論に思考が追いつかない胡夢とは対照的に、みぞれは萌香の肩をがっちり掴んで、「後でしっかり話し合おうか」と言い含めた。

 

 

 

「ちょっと待って」

 

 その空気を誤魔化すように、月音が指を指した方向には、恍惚とした瑠妃を片手で抱きしめながら、もう片方の手で頭を押さえている翠の姿があった。

 瑠妃を優しく椅子の背もたれに預けさせると、両手で己の頭を押さえつけ――――そして首を振っていつもの澄まし顔に戻った。

 

 いや、澄まし顔のように見えるが、少しどころでは無い怒気が漏れている。

 

「……マジックアイテムの類か。…燈条、君の仕業…ではないようだね。

ああ、そうか」

 

 そう言って、周囲を見渡した翠はある一点に視線を固定した。

 

 

 そしてそのままゆっくりと歩みを進めていく。

 視線の先に隠れている者達は揃って、絶望という言葉の意味を理解したが最早遅い。

 もっと早く反省と後悔と自重という言葉の意味を調べるべきだったのだ。

 

 

 

「………隠れる必要は無い。さあ、早く出てくるんだ」

 

 その中性的な、しかしガラスの刃のような鋭さを持った声は確かに月音たちの方へと向けられていた。

 

 

 

「まったく、つけ回した上に薬まで盛るとは。

君たちという妖は―――――――――――――――全くもって度し難い」

 

 この後めちゃくちゃ爆発した。

*1
ドッペルゲンガー 触れた者の姿と能力をコピーすることが出来る妖

*2
ほれほれくん 原作第二部の最序盤で登場。仙童紫が制作した。己の心の内に格下欲望に忠実にさせる惚れ薬の一種

*3
原作で登場したマジックアイテム『以心伝心』のこと

*4
原作に登場した未来予知が可能 雪の巫女のエクトプラズムでジャックフロストという名である



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王権は主より与えられたものであり、王は神にのみ責任を負い、王は神にのみ裁かれる

 最悪だ。

 僕の身分は陽海学園の学生だ。

 そして、燈条瑠妃は講師補佐。

 

 先日の行為は生徒と教師による淫行疑惑と捉えられてもおかしくは無い。

 …場合によっては会長選を辞退しなくては。

 

 信仰と法と秩序に生きる僕がまさかこの様なことを…。

 最悪だ…。

 

 燈条の身内である仙童の仕業とは言え、僕が燈条に襲いかかったのは事実だ。

 ハメられたという気持ちが全くないかと言えば嘘になるが、罪を犯したのはこちら側だ。

 言い訳するどころか、相手に責任を押し付けるわけにも行かない。

 

 僕は謝罪の為に燈条瑠妃の所へ訪れた。

 職員室へ行って、燈条に話があると言って外に連れ出すと、先日のことを詫びるつもりだった。

 

 しかし、何やらソワソワとしだした燈条は、やたらと話をはぐらかす。

 僕が謝ろうとしているにも関わらずだ。

 …いや、謝罪する側がこの様な態度というのもよろしくは無い。

 落ち着くのだ、賢石翠。

 

 

 髪の毛を指でクルクルと巻きながら視線と話題を逸らす燈条。

 彼女の鴉の濡羽の様な艶のある髪は、指から逃げるように弾けては元のストレートに戻ろうとして、その際に見え隠れするうなじが――――

 否、賢石翠、今お前は何を考えた?

 

 ―――――――――――――馬鹿な、あり得ない。

 僕が燈条の首筋を美味しそう(・・・・・)だと思うだなんて…。

 先日のことは青野から聞いた。

 僕は燈条の首筋に歯を突き立てたそうだ。…まるで吸血鬼のように。

 思えば、身体の中の薬や魔力を分解していく中で、口の中に血の味が残っていたような記憶もある。

 僕が一体何者なのかわからなくなってきた…。

 

 

 ……いや、それは僕をホムンクルスだと教えてくださった司教様…いや、大司教様への疑いになる。

 その様な不敬は許されるはずもない。

 以後、この考えは破棄しておこう。

 

 その様な事よりも、先ずは謝罪だ。

 許されるかどうかでは無い。先ずは謝罪の意を伝えることが全ての優先事項だ。

 

「燈条、聞いて欲しい」

 

「えっ、あっ、そのですね…私は別に嫌じゃ無かったので…」

 

 両肩に手を置いて、彼女の意識を此方に向けさせて謝罪しようとしたが、顔まで真っ赤にした燈条はまたしても話を逸らした。

 ……ここまで動揺させる何かをしたのは間違いないのだから、謝罪は遂行しなければならない。

 

 

「燈条、君の気持ちや尊厳を相当に傷つけるようなことをしたようだ。

怖がらせてしまうのも無理は無い。

記憶が確かでは無いが、それを言い訳にはしない。

君が望むなら会長選挙も辞退する。それと―――――――

もう二度と不用意に君に近づくつもりも無い。本当に済まなかった」

 

 彼女の肩に手を置いたまま頭を下げた。

 ビクンとその肩が跳ねたが、それ以降反応も返答も無かった。

 

「燈条…?」

 

 顔を上げて反応を伺うと、その顔には困惑と不安とまた別の何かが溢れた表情があった。

 少なくとも怒りやその類いの感情でない事だけは理解できた。

 

「どうして…」

 

「…」

 

 何かを言いかけた彼女に返す言葉が見つからない。

 

「どうして、そんな結論を出すんですか…?」

 

「……燈条…………?」

 

 

 

「…失礼します。先日のこと()本当に恨むつもりはありませんから。では」

 

 そう言い残すと、燈条は去って行った。

 …かなり不愉快な思いをさせたようだ。

 

 

 

 

 

 

 燈条のことは気がかりではあった。

 しかし、傷つけた彼女にまた近づいたところで、これ以上傷つけることになるだろう。

 彼女も許すと言った以上、これ以上関わって欲しくないという可能性もある。

 それを汲み取れないほど僕は子供でも無い。

 

 燈条は、選挙のことには触れなかった。

 これ幸いと嬉々として選挙に臨むというつもりはない。

 しかし、僕には背負っている期待もあるし、教会のために最善を尽くす義務もある。

 だからといって燈条へ与えた危害を無視するわけでは無いが、結果としてはそれに似た行動は取らざるをえない。

 

 

 罪滅ぼしと言うつもりで選挙に臨むつもりも無い。

 ただ、教会のために、信仰途方と秩序のためにこそ、そして期待に応えてやるという僕自身の望みによって、僕は会長の座を目指す。

 だから、今までの体裁を整える方向性も含めた上での本気ではなく、僕自身の望む方向性での本気に切り替える。

 少しだけ、少しだけ素直で正直に戦い方を変える。

 結果としてハンデになるだろうが、それ以上に本気を向ける。

 それをもって、一つの謝罪とさせて貰う。

 もし、それが青野を倒すことになり、…青野を支える燈条をも纏めて倒すこととなったとしても――――だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、選挙の日は来た。

 青野が先にスピーチをした。

 緊張して詰まる所はあったし、具体的な施行示唆は無いが、やりたい方向性はシンプルに伝わっていたと思う。

 人間社会と妖社会の共存・融和に向けた教育機関であるという陽海学園の建前(・・)を本気で語っていた。

 一人一人の力を束ねて、みんなでそれを目指していこう――――と。

 …理事長が入れ込む理由も、青野を代表にさせるように誘導させたであろう理由も理解できた。

 

 対して僕は真っ向から成功と栄光というエサが付いた針をぶら下げた。

 

 

「諸君、僕に従え。

…今、僕に反感を持った者もいるだろう。

全て従えという、僕のやり方が強引なのは理解している。

君たちが無能な上官を背後から撃ちたくなる判断をしたくなるのは理解しよう。

しかし、その判断が無能でないと誰が言い切れる?

安心したまえ、私は誰よりも優秀な上官だ。

信用しろ、信頼しろ、信仰せよ。

故にこそ、その力を僕に貸すべきなのだ。

もう一度言おう。諸君、僕に従え。

対価には、勝利と繁栄を約束しよう」

 

 

 演説当初は一年と二年の一部にブーイング染みたものも聞こえたが、演説が終わった後に残ったのは絶叫と熱狂の歓声。

 何処までも強く、何処までも賢く、何処までも美しい理想のリーダー。

 民衆が求める独裁者(英雄)を見事に遂行し尽くした。

 ナポレオン(英雄)は民衆に迎えられて皇帝(独裁者)になった。

 宣誓において臣下への借りを否定した徳川家光は徳川家を盤石にした。

 本来は選挙の間だけは腰の低く、票を稼ぎやすいスタイルで行くつもりだったが、そのやり方は土壇場で変えた。

 勿論、選挙対策チームと話し合いはした。

 その上で、納得もして貰った。

 

 僕は、僕たちは、強そうでは無いがリーダーを掴みやすい環境では無く、リーダーになった後に学園を掴み取れる強いリーダーである事を選んだ。

 誰かに助けられてリーダーの椅子に座ったのでは、その椅子の実権は自分には無い。

 自分の力で手に入れた、少なくともそう見られるリーダーになり、従える必要があった。

 腰の低い有力者が、腰の低い一般人に負けることは無い。

 人材の発想力にも勝る大企業が、人材の発想力で勝負する中小企業に負けるはずも無い。

 だが、高い視点だからこそ広く見据える有力者の存在を、正統派で勝負する大企業の引き起こす成果というものを、この学園の生徒には知って欲しいのだ。

 陽海学園系列には大学は無い。

 それは即ち、神学を志す場合には、大学は人間の世界の大学を選ばせる事を意味している。

 そして人間の世界で就職をする。

 

 大抵の場合、資産力に余裕のある大手ほど待遇は良い。

 そして大抵の場合、大手は優秀な者を優先して上から採用していく。

 就職活動でも、数十社受けても内定が取れない者もいれば、受けた会社の殆どで内定が決まっている者もいる。

 動物の社会で全く配偶者を持たないオスがいたり、優秀な遺伝子を持ちハーレムを囲うオスがいるのと同じだ。

 実行力においても、発想力においても優秀な者は、大手に入るか自分で会社を立ち上げることで優れた環境に身を置く事が出来る。

 僕は彼らにそうなって欲しいとも思っている。

 将来性も無く、いつか状況が良くなるかも知れないという希望的な観測だけで沈んでいく船の形をした板の集まりに乗船させたくは無い。

 

 ブラック企業というものは無く、その企業をブラックに感じる能力不足のブラック人材がいるだけだとも思う。

 しかし、確実に労働費用対効果の差は企業ごとに存在する。

 人の来ない観光地で特色の無い宿*1など、一時の夢でも行うべきで無いし、それならば株や為替や土地などの直接投資で、中間を介さずに金で金を生み出す効率的で純粋なマネーゲームを行うべきだと思う。

 …勿論、それが出来るかどうかと言う前提はあるが。

 

 全ての生徒をハーバードやオックスフォードや東大に入学させるなんて事は出来ない。

 それに教育は本来は教師の仕事だ。

 だが、全ての生徒が互いを見捨てること無く、しかし競い合うように向上する。

 その効率を少しでも引き上げることは生徒間であれど行えるはずだ。

 その信念を正直な信念の発露だけで終わらせる青野には、未だ未熟としか言えない。

 学生にそれを求めるのは酷だが、今の段階で上に立てる器では無い。

 故に、僕はせめてその信念の形を遂行してやる程度はしてやろう。

 

 

 故に、ギリシャの政治家や第三帝国の煽動者のように事を進める。

 他の生徒に交じって一緒では、それは不可能だ。

 度し難い妖共と同じ轡を並べては、周囲の者が僕の指揮の妨げとなる。

 僕一人が彼らの前へ、彼らの上に立ってその方向性を示してやる。

 現在、投票が中間発表となっているが、聞こえてくるのは我らの側に聞こえの良い報告ばかりだ。

 

 

 

 集計を担当している公安委員長の螢糸が最終報告を持ってきたようだ。

 無論、不正などはするはずも無いだろう。

 そんなことをする必要さえ無いのだから。

 

 青野月音、君のことは嫌いでは無いが、今の段階では僕に指導者として勝とうなどと実に度し難いにも程があったな。

 ――――――生徒会長選挙は(この戦い)、我々の勝利だ。

*1
原作ご承知の方のご想像通り、経営難の某宿です。海の家か宿かよくわからない、あの宿です。小さい天使の出てくるあの宿です。後数話したら出てきます。



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恋にも戦争にも取り決めが必要だ。しかし決して縛られることの無い唯一のもの――――――それは信仰である。

 選挙の結果は僕の圧勝だった。

 民衆に望まれる独裁者の誕生だ。

 そもそも独裁者を作り出すのは往々にして民主主義なのだ。

 カエサルもナポレオンもヒトラーもスターリンも全て王侯主義では無く民主主義から生み出された怪物だ。

 民衆の意思が選んだ代表という事実こそが、民衆に反対の意思を許さない。

 独裁者達は勝てば英雄として、負ければ悪の象徴として名が残るっているだけの話に過ぎない。

 

 

 僕は会長就任の演説として、選挙戦で語ったとおりであるとだけ延べ、詳しいことは新聞部(・・・)の記事に載せると告げた。

 手に入れた権力は行使して初めて生きるものだ。

 そして僕は、会長権限で全校生徒の前で副会長や書記を任命することにした。

 

 副会長は、青野月音。

 

「彼は未熟だ。故に僕に敗北した――――」

 

 対抗馬を副会長に指名しておきながら扱き下ろすような冒頭。

 しかしこれはあくまで掴みに過ぎない。

 

 

「――――しかし未熟というのは成長の可能性の証でもある。

だから僕がしっかり鍛えてやろう。

青野、君を一人前の男にしてやろう。

僕の下でしっかり学ぶが良い」

 

 何故か、青野に対する指名は女子生徒の謎の黄色い歓声で迎えられたが、好評そうなのは何よりだ。

 

 

 書記筆頭には小宮砕蔵を指名した。

 彼とは元々打ち合わせは出来ていたので、問題なく了承して貰った。

 彼はある意味、青野以上に重要な役割だ。

 彼は在校のはぐれ妖の次代のリーダー格だ。

 

 僕の望む秩序に真っ向から対立するであろう組織の頭だ。

 故に、取り込む。

 …これはそんなに短絡的な話では無い。

 先ずは、反秩序側のコメンテーターとしての役割。

 秩序に意見を差し出せない不良共の代表者。

 そして、はぐれ妖というのは、悪い言い方をすれば生まれ持っての落ちこぼれだ。

 純血種同士以外での婚姻の社会的デメリットを計算できない両親や、無理にでもその結婚を止めることをしなかった両一族の社会的地位が所謂名家でないことは想像に難くない。

 だからそういった家庭で生まれ育った子供というのは、学業や地位の重要さに対する理解が相対的に低い傾向がある。

 彼らは放っておけばドロップアウトしやすい人種だ。

 社会に背を向ける厚顔無恥さ。自分なりの価値観を優先させる我が儘さ。

 その熱の方向性を上手く制御できるのなら、彼らだってきっと成功できる。

 僕と小宮で成功させる。

 そういった狙いは既に小宮に語ってある。

 そして小宮はそれを受け入れた。

 だからこそ、表面上では僕の下に付くことを受け入れた。

 裏で僕のことを配下に愚痴っていたとしても、僕はそれを知らぬ存じぬでいよう。

 それが互いの為だ。

 

 

 さて、生徒会としての最初の活動は、夏休み後に控えた体育祭の実行委員の立ち上げと、委員長の任命などだ。

 尤もその前に、夏休みに向けた学生らしい節度を持つ事への注意勧告といった事も必要だ。

 夏休みを楽しめる者には足下をすくわれぬように、夏休みを楽しめぬ者には生徒会として何か出来ないかを模索する。

 無論、望まないイベントは自由時間を奪うだけの負担にしかならないから、やり過ぎるというのも良くないので塩梅は必要だ。

 

 …後は、夏休み前のテストで赤点を取らぬようにしっかりと生徒達に釘を刺すことだ。

 教師も忙しくて手が回らないようなら、教育予習(リハーサル)を見せて理事長に許可して貰い、僕たちが勉強会を行ってもいい。

 それこそ、小宮配下のドロップアウトコースな連中に限定してもいい。

 現在勉強に付いていけない者は、理解できない授業など面白くない。

 故に授業中に勉強以外のことにはしる傾向があるが、僕が同級生に付いていけるレベルまで引き上げてやり自信を付けてやれば、授業に復帰できるだろう。

 青野を推した理事長も、僕に敗北した事実こそが正解だったと理解するに違いない。

 そうなれば、大司教様(我々)の勝利だ。

 監督者として、小壺教師辺りが適当だろうね。

 不良相手には暴力教師ぐらいで丁度良い。

 

 自信をなくして脱落した者に自信を与えると言えば、最近の青野は赤夜(裏)に修行を付けて貰っているそうだ。

 …修行なのかデートなのかは傍目には良く解らないが、青野も赤夜(裏)も修行と言っている以上は修行なのだろう。

 とはいえ、被教育対象の青野のプライドは、そろそろ底値になる事だろう。

 このままでは修行に対する必要意識が消えるはずだ。……まあ、僕がどうこうする義務なんて何処にも無いが。

 

 

 

 色々と、夏休みの前にも行う事があるので、更にその為の予算申請と場所の確保を理事長に貰いに行くと、許可はあっさりと出た。

 フードで顔が隠れているにも関わらず、口元だけで妙にニヤニヤしているのは癪だったが。

 理事長の隣にいた燈条とは一切会話が無かったが、そもそも理事長と僕が話すところに燈条が入り込む余地も無いので、問題にする必要も無いのだろう。

 …少々気まずい空気が無かったかと言えば否定のしようも無いが。

 

 僕が主催する学生間の定期勉強会も無事承認が下りた。

 教師の株を奪わない程度に、しっかりやっていこう程度の自負はあった。

 当初は、参加しておかないといけないのか? と自身の主体性の無い生徒が多かった印象を受けた。

 悪い言い方をすれば、ここで真面目アピールをした方が良いのかなと考えていた学生達だ。

 逆に、体裁を気にしない当初の目的層は参加者はまさかの一人だけだった。

 寧ろ生徒会側として、最初の一人として足を運んだ小宮がレアケースなのかも知れない。

 だとしても、手を抜くつもりは無い。

 ドロップアウト組に合わせた教育資料を小宮に渡して、良かったら周りにも見せてくれとだけ伝えた。

 

 部長としての仕事も多くある。

 夏休みに向けた合宿の準備や、夏休みの明けた後の実験器具や材料の購入予約などだ。

 今年の美術部の合宿は、理事長の強い要望で人間界の海に決まった。

 …何かしらを僕にさせようという意図をガッツリと感じるが、それならそうしてやるだけのことだ。

 起こりうる状況をパターン化したシミュレートをしておいて、対応すれば良いだけだ。

 造作も無い。

 

 

 第二回目の勉強会は、内申にも関係ない事が伝わったのか、参加者は減ってしまった。

 しかし、小宮のグループの女子生徒が参加するようになった。

 …代わりに小宮は参加していなかったが。

 最初は少々角がある生徒だったが、本人のプライドを傷つけない程度に、わかる部分にまでハードルを落として少しずつ基礎を固めさせていくことにした。

 終わる頃には、少しばかりの信用を得た――――様な気もする。

 

 

 夏休み前最後となる第三回目の勉強会。

 小宮グループからまた何人か来るようになった。

 以前来ていた黒髪の女子生徒も来ていたが、やはり小宮は来ていなかった…。

 …と思ったが、途中からやってきた。

 授業と違い開始時間も終了時間も無いので問題は無い。

 

 他の生徒に教えながら、黒髪の女子生徒に以前教えた部分を復習させると、理解できていたように思える。

 とはいえ、薄ぼんやりとした感じではあったので、少しずつ基礎を固めることとしよう。

 数式の究極とは基礎だ。

 複雑多岐にわたる難解な計算式も、極論すればただの基礎の集合式に過ぎない。

 あらゆる基礎をマスターして、それをつなぎ合わせる機転が利くのならば、数学者としての必要充分を満たす。

 

 

 つまり、基礎を固めれば応用式を学ぶ他の生徒にも追いつくことは不可能では無いという事だ。

 それを女子生徒に自信を付けさせる意味もあったが、僕自身本気でそう思っているのでそれを伝えると、

 

「ふ~ん。瑠妃さんを弄んでおいて良い身分だね生徒会長」

 

「しかも、また黒髪か」

 

 黒乃と白雪が何か言い出した。

 何故そこで燈条の名前が出るのかはわからない。

 それに、自分達から進んで青野に何股もかけさせている君たち青野ハーレムメンバーが言っても説得力皆無なんだけれど。

 

 そう思って無視していたら、件の女子生徒*1が、

 

「結局あなた達は何が言いたいの!?」

 

 立ち上がって二人を一喝した。

 まさか、彼女に庇われるとは思ってもいなかった。

 大声を出した彼女に周囲が注目しているが、流石に小宮のグループだけあって肝が据わっている。

 小揺るぎもしない。

 

「私も薬丸先輩*2のように看護師になろうと思ったけど、姉さんみたいに頭良くないから勉強に付いていけなかった。

そんな私に勉強を教えてくれるさと…会長の何が悪いのか馬鹿な私にわかる言葉でハッキリ言いなさいよ」

 

 

 …うん、これ以上やると亀裂が生まれるだろう。

 それは良くない。

 

 

「僕を庇ってくれたのは嬉しい。

しかし、相手も誤解していただけかも知れない。

君の正義感が発露したように、何かしらの誤解から彼女たちの正義感が発露した可能性もある。

僕と燈条…教師の間には何も無いんだ。

何も、無かったんだ」

 

 僕に肩に手を置かれて、ビクッとして此方を振り向いた女子生徒は、僕の顔を見て少しだけ悲しそうな顔をした。

 その理由まではわからない。

 わからないが、それを問うのは無粋だと言うことはわかる。

 

「……悪かったわ」

「…すまない」

 

 黒白コンビも頭を下げたところで、僕はこの話を強引に打ち切った。

 

 

 後日、例の女学生は美術部に入部してきた。

 理由まではわからない。

 

「私、負けませんから」

 

 部長として彼女に付き添って共に理事長と燈条の元へ提出した時の、彼女の入部の決意表明も、全く理解できないものだった。

 全く、妖というのは気性が激しく、心を抑えられない者が多すぎる。

 己の心を隠しきる自信の無いものが、妖怪の姿を隠し通して人間界に出るなどとは夢のまた夢だ。

 同じく知性と理性の信奉者である魔女の燈条も何か言ってやれ、…いや、面倒なことになるから喋るな。

 そう、思っていたのだが――――。

 

 

「私も、負けませんから」

 

 何か良く解らない戦いを始めたようだ。

 理事長の方に視線を逸らせば、この男もニタニタしていた。

 …何のつもりかはわからないが無性に腹が立つ。

 全く、これだから妖という生き物は実に度し難い。

*1
オリジナルキャラ 原作には未登場のアニメ版のみ登場した鬼山とん子という、巫山戯た名前のくせに黒髪サラッサラの美少女の妹という設定

*2
原作に登場した半グレ組織の一員の薬丸麻子 田舎くさそうな表情も悪女の顔も出来る一粒で二度美味しい美女



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迷える羊はただ羊飼いの声のみに耳を傾けよ。声を疑うことなく、ただ目を閉じて頭を垂れるのだ。

 我らが美術部と新聞部は故あって、…主に理事長の意向があって、今年も同じ場所で合宿という名を借りた、夏休みを楽しむイベントを設けることになった。

 折角の合同合宿。

 絵の美術、文の新聞。

 何かしら合同で作業することは、今までも少なくは無かった。

 あまり、合同に拘りすぎてもお互いの行動の枷とはなるが、敢えて枷の負担や利便性を学生のうちに知るというのも悪くは無いだろう。

 出来る事なら、科学部も合同合宿にぶち込んであげたかったが、それには強引すぎる理由以外が見当たらなかったために断念した。

 美術部には僕以外男はいないし、新聞部には青野と森丘以外に男はいない。

 新たな出逢いというものが生まれる余地は無いだろう。

 …手が早い森丘には気をつけておこう。

 瞬速の大妖をこういう所で発揮させるわけにもいかない。

 僕には部長として、部員を守る義務がある。

 

 

 さて、夏と言えば海とは誰が言い出したかはわからないが、僕たちは近代化が進み元の色を失いつつある海辺の観光地へとやってきた。

 日本にある妖怪の学園ならば、夏と言えば陰湿な怪談なのだろうが、そうでは無いのがこの陽海学園だ。

 余りにもオープンな発想だと思う。

 妖怪というのはもっとジメジメしたものだと思っていたのだが、入学していこう印象は塗り替えられてばかりだ。

 最近入部した鬼山(妹)*1の様に、日本人らしい黒髪和風少女もいるにはいるが、日本人離れした少女達の方が圧倒的に多い。

 西洋の妖怪も多くいる陽海学園生が日本人離れしていないはずも無いのだろうが。

 更に言えば、人間に化ける時には大抵美しく化けるために、更に目立つことになる。

 僕も含めて西洋系が多数を含む美形揃いの集団。

 …平凡な青野は若干浮いているが、それでも以前と比べて、最近それなりに整った顔になってきているのは赤夜由来の吸血鬼の血による影響か、それとも修羅場を超えてきた内面からの変化だろうか。

 元は相手の親には好かれそうな純朴さはあるが、同年代の異性には魅力的に映らなさそうな男だったが、化けたものだ。

 

 僕と森丘と青野には周囲から羨望と欲望と敬遠と嫉妬の色を帯びた視線が集まるが、誰も気にしてはいない。

 青野は自分が新聞部のハーレムの中心である自覚が薄い。

 僕は自分に自信がある故に周囲の評価に怯えるつもりは無い。

 軽薄な森丘は、何も考えていなさそうだ。

 …少なくとも本人的にはそう見せているのだろう。

 彼が真面目に女性と向き合って恋愛するなんて想像も出来ないが。

 

 部の女性達に、「美しい君たちが砂浜の主役になるのだろうけど、口が上手い悪い男には気をつけてね」と、事実というリップサービスで褒めつつ、慣れぬ人間界での賞賛で舞い上がって危険に巻き込まれないようにと注意する僕も、何も知らない観客から見れば森丘と似たようなものなのかも知れない。

 美形比率が人間界基準だとおかしな陽海学園では、作品では無く自身を褒められることの少なかった彼女たちには賞賛の誘惑は強すぎる。

 そういう意味では、僕が軟派な男だと思われてでもそれを止める必要はある。

 

「うわー、あの綺麗な女性、王子様みたいなこと言ってる~~」

 

 

 ふむ、軟派男とは思われていなかったようだ。

 そもそも男とも思われていなかったようだけど。

 

 

 

 

 納得のいくような、納得のいかないような結果のせいで、本日のファッションのスキニーパンツと、ホルターネックジレの組み合わせはメンズっぽく無かっただろうかという疑問に頭を悩まされてしまった。

 その間にどうやら青野と赤夜は姿を眩ませたようだ。

 それも青春だ。色々と伝えたいことはあるだろう。

 成功すれば、この夏の合宿は素敵な思い出に。

 失敗すれば……まあ、あの二人ならそれは無いだろう。

 寧ろ問題は成功した時の他の新聞部員の反応だろうが、それは森丘にでも任せよう。

 新聞部のことは新聞部に任せるべきだと思う。

 ……別に面倒を丸投げするわけでは無い。

 

 

 

 

 

 さて、その様に考えていたのだが、結果としては間違っていた。

 目を離した隙に二人でしけ込んでいた青野と赤夜。

 そして目を離した隙に赤夜は悪い男に誘拐されたようだ。

 背後から襲われて、無様に気絶させられた青野から話を聞くに、犯行に及んだのは口が上手いタイプでは無く、実力行使型だった。

 

 直ぐに助けに行こうと血気盛んな新聞部達。

 しかし、僕たちを人間界に輸送したバスの運転手が、彼女たちに人間界で妖が人間に暴力を振るうのは御法度だと釘を刺した。

 人間界で何かしても良いのは人間だけだから、と。

 そもそもそういったことに詳しく、人間界と妖の世界を自由に行き来する権利と能力を持った彼は何者かはわからないが、この際それはどうでも良い。

 

 打つ手無し――――そんな空気が新聞部に広がって僕が一言話そうかと思った時、燈条が解決法(・・・)を話し出した。

 それは、人間(・・)でもある青野が単独で赤夜を救い出すこと。

 むざむざ赤夜を浚われた青野が救い出すのはマッチポンプだが、赤夜にはお姫様を救いに来た騎士様のように映るのだろう。

 まるで、ラブコメディのようだ。*2

 そう考えると、まだ赤夜を救い出してもいないのに気が緩んでしまいそうになる。

 故に、選別の言葉だけを贈るに留めることにした。

 

 

「――青野、好きにやれ。

何が起ころうと(・・・・・・・)教会が隠蔽してやる」

 

 例えば魔術戦争が起ころうと、ただのガス爆発事故でしかなかったことにする程度の事なら大司教様に掛け合えば可能だ。*3

 それを大司教様にお頼みすることには、僕には非常に心苦しいという大問題がある程度でしか無い。

 言外に新聞部の全戦力を投入しようと、人間界に妖が力を振るった痕跡は残らないと言った僕の意図に気が付いたのは約半数だけだった。

 言葉の裏をいち早く理解して、それを説明しようとした仙童を、次に気が付いた燈条が仙童の口を押さえながら意味ありげな視線を此方に向けて目礼してきた。

 燈条が何を言いたいのかは此方でくみ取ってやるつもりは無いが、そろそろ酸欠で名前の通り顔色が紫になっている仙童の危機くらいは感じ取れた。

 …そして、気が付いている内の一人でありながら、何食わぬ顔で笑っている運転手。

 恐らく、彼はただ者では無い。

 特に今考慮する話でも無いのだろうが。

 

 

 

 とにかく赤夜の問題はある程度解決したようなものだ。

 …解決しなかった時は――――――いや、僕がそこまでしてやる義理も義務も無い。

 そう思いながら、国際電話番号の下にある発信ボタンを押すのを止めて画面の電源を落とした。

 

 

 

 結果から言うと、青野は無事に単独でジャパニーズマフィア*4の事務所を襲撃して赤夜を救い出した。

 …青野達が去った後、青野の痕跡を全て消すのには苦労させられた。

 青野の両親は人間界で生活を営んでいる。

 青野の痕跡が何処からか発覚すれば、ジャパニーズマフィアの元締めに、お礼(・・)があるかも知れない。

 青野は大丈夫でも、青野の両親はただの人間に過ぎない。

 勿論、青野の痕跡が発覚しない、人間の規格を超えた青野の行動が証明できない。

 そういった可能性もあるが、それでも何もしないで終わらせるのは詰めが甘いとしか言えないな。

 …実に世話の焼ける連中だが、生徒会長たるもの少しなら世話を焼いてやらねばなるまい。

 

 

 

 世話を焼かねばならぬ事は他にもある。

 

「ホテル・ロイヤルセイレンですか?

ええ、私は本日予約していた陽海学園美術部の代表、賢石というものですが――――――」

 

 今回美術部が泊まる、この地域で一番高いホテルに入り、代表として受付を行う。

 すると、丁寧な挨拶の後に、確認しておりますと言う返答が返ってきた。

 故に、こちらも丁寧に応対する。

 

「――――ええ、同じ妖の睦(・・・・・)で予定より遅いチェックインでも構いませんか?

そちらの親会社が差し出した(お伽噺に操られた)マフィアのおかげで、手間を取ったものでして」

 

 

 受付の言葉が凍った。

 しかし、既に予約したホテルなのだから、今更変えるつもりも無い。

 故に丁寧に扱っていただくつもりだ。

 

 

「…気にする必要は無いのですよ。

此方としては、客として最大限プロフェッショナルな対応をして頂ければ、それ以上何もありませんから」

 

 例え、悪の組織のフロント会社の一つだろうと、実際にそこで働いて生計を立てている妖達がいる。

 それ自体は陽海学園の生徒にとっては良い知らせでもある。

 妖達が妖達だけで人間界で生活できている。

 偶々その後ろに秘密結社がいたというだけのことだ。

 ならば、その秘密結社に我々が取って代われば、問題など何処にも無い。

 無論、黒幕が保有していた圧倒的な財力を資本にした基盤があったとしてもだ。

 

 ワインに罪は無く、ワインで罪を犯す者がいると大司教様はおっしゃられていたが、まさしくその通りだ。

 海辺と言うこともあり、水泳部に多い人魚たちには良い就職先になりそうだと思う。

 人を惑わすほどに美しく、本能的に海に詳しい彼女たちには向いているだろう。

 だからこそ 関係をここで悪くしておくよりは、コネを、あわよくば貸しを作っておくのが上策。

 とは言え、濁った海に後輩たちを送り込むつもりも無いから、我々による浄化活動が終わった後の話だが。

 

 

「何を考えてるんですか部長」

 

 

 鬼山の言葉で思考の海からあがった僕は、「今後の予定とかだ」と答えておいた。

 嘘はついてはいない。

 

 

 まずは各人に部屋を割り振ることにした。

 僕だけ一人部屋だが、それは僕だけ男なのだから仕方ない。

 現在敵地であるこのホテルで、不純異性交遊などと疑われるような余計な弱みなど見せられるものか。

 

 

「食事が終わった後、部屋に行っても良いですか」

 

「抜け駆けかな~?

よーし、みんなで部長の部屋に突撃ね。

部長も居留守は禁止ー!!」

 

 …勿論、僕が注意しても、勝手に弱みの方からやってくることもある。

 

 

 学生では到底口にすることも無い、海鮮をメインとした豪華な料理を楽しんだ後、僕の部屋でめちゃくちゃ女子会が続いた。

 

 

 

 

 

 早朝、僕の部屋で眠っている女子生徒たちを起こさぬように(無論いかがわしいことは一切していない)、一人で朝風呂に向かった僕に着いてきた者が居た。

 

「後ろからコソコソと、何のようだ?」

 

「いやあ、女子全員部屋に泊めるなんて、見かけによらずお盛んだね。

オレは椿六郎*5――――御伽の国(フェアリーテイル)のスカウトマンだ」

 

 

「あらぬ誤解があるようだが、僕は賢石翠。

字は予約帳に書いた名前の通りだ。

何の用だ――――なんてスカウトマンに聞くのも野暮な話か」

 

「流石、話が早い。

頼むよ、オレ達の仲間になってくれ賢石翠」

 

 

 

 彼も中々に話が早いほうだろう。

 ド直球にも程がある。

 そういうタイプは嫌いじゃ無い。

 だが――――――――

 

「断る」

 

「いきなり即答? ちょっとくらい考えても良いんじゃ無い?」

 

 

「君にもノルマがあるだろうが、僕の知った事でも無い。

人間社会を敵として転覆を狙う組織に入るなんて、神の僕として考慮にも値しない」

 

 故に、返答はノータイムだ。

 

「いや、ノルマなんて無いんだ。

でも、賢石翠には是非こちらに付いて欲しい」

 

 

 理由など考えるまでも無い。

 僕が優秀だからだろう。それに尽きる。

 そう言い切れるだけの自負はある。

 

「ノルマが無い営業とは、今頃珍しいホワイトさだね」

 

「ああ、だからこそ本気(マジ)でオススメ。

神谷さんはノルマも競争も出さない、やる気を信じてくれる素晴らしい上司だ」

 

 

 神谷、ね。

 ドッペルゲンガーから話は聞いている。

 部下には恵まれているという話通りだ。

 ドッペルゲンガーからの情報の信憑性はそこそこあるようで安心した。

 ここで間違っていたら、彼からの情報を今後一切使わないつもりだったから。

 

 部下に慕われている上司。

 上司を慕う部下。

 仕事への熱意。

 …そこから付け入る隙はある。

 

 

 

「そうか、ノルマも競争も無い営業なんて、何もしなくてもお金が貰えるだけの生活保護と同じだろう」

 

「…取り消さないとキレちゃうよ」

 

 

「キレてから言うセリフじゃ無いね。言葉で踊らせる前に踊らされるなんて、スカウトマン失格じゃ無い?」

 

 妖の本性を現した椿。

 しかし彼は再び人間の姿に戻った。

 そして、スピーカーを取り出して此方に向けた。

 

 ドッペルゲンガーの情報が正しければ、これは神谷の『歌』を録音した兵器だろう。

 故に、僕は楽器を取り出した。

 

 

 其は、宙に浮かぶ銀盤。

 其は、指でなぞる吹奏楽器。

 其は、音の無い世界に響く光。

 其は、鼓膜無き者にも染み込む調べ。

 其は、屍音を奏でる命。

 其は、音の中に生まれ、音の中に潜み、音の中より来たる音。

 其は、教会の誇る四十七の禁忌。

 其は、音界を拓く鍵

 

 其は――――――教具『ゼアライア(xalight)*6

 

 外典に記された禁断の地に封じられていた、トゥルナンバー(Trunembra)*7と並ぶ闇の音の片割れの名を冠した究極の楽器。

 それを作るために、美しい歌声と姿を持った天使に似た妖が生きたまま腑分けにされて、継ぎ直されたという。

 

 勝敗は一瞬にして付いた。

 

「…みませ…ん。…みや…さん」

 

 

 

 音の恐怖で発狂する前に、本能が意識を停止させて倒れた椿。

 倒れる間際の言葉は神谷への謝罪だった。

 …兄弟が多くて貧乏な家庭だった椿は、定職を持っていなかったところ神谷に拾われて以来の片腕だとドッペルゲンガーから聞いている。

 故に、神谷に狂信的に従っているとも。

 敵で無ければ、この様な手段を使う気は無かった。

 本当に彼みたいに上司に忠実なタイプは嫌いでは無いんだ。

 迷える羊は正しき羊飼いに導かれて王国へと至るべきなのだから。

 とはいえ、妖怪(黒き羊)は滅せられるべきだろう。

 

 妖怪でありながら、潰すには勿体ないと僕の気を惑わせようだなんて全く、度し難い連中だ。

 

 

 

 

 僕は楽器を仕舞うと、暖簾をしっかりと確認してから潜った。

 夜と朝で男女の浴槽が入れ替わるそうなので、確認しなくては大問題だ。

 

 脱衣所に入ると、既に鍵が外れたロッカーがあった。どうやら先客がいるらしい。

 …実を言うと、一人で湯に浸かりたかった。

 大浴場を一人で独占するなんて、実に贅沢で良いじゃ無いか――――いや、その思考は清貧と友愛を旨とする教義に反してしまうかも知れないな。

 

 故に、僕は先客の存在を心広く赦そうと思う。

 

 

 

 ガラガラと音もしない、滑りの良い戸を開けて中に入ると湯煙の向こうに先客の姿があった。

 日本ではかけ湯をしてさえしまえば、そのまま浴槽には言って良いとも聞くが、僕はしっかり身体を洗ってから湯に入るべきだと考えている。

 この温泉は露天風呂しか存在しないので、いきなり屋外だ。

 故に風が冷たいが、それは仕方ない。

 

 寒いな。

 そう思った直後に風が吹いた。

 寒さが身に染みる。

 

 そして――――――――湯煙が、晴れた。

 

 

 

「……鬼山ッ!?」

「ぶっ部長っ!?  キャァ「落ち着くんだ鬼山」」

 

 僕は目を背けながら、接近して鬼山の口があった部分に手を当てて押さえ、冷静にここは男湯だと解くが、鬼山はパニックになって聞き入れない。

 因みに、僕は鬼山の顔を確認してからその方向を一切視認していない。*8

 

 だと言うのに、落ち着いた後も、鬼山は何やら僕に問い詰めようとする。

 いや、それは不味いだろうと思うのだが、折角その後距離を取ったのに、どんどん鬼山の声の距離は近くなるし、声に不機嫌さが増して来ている。

 此方は努めて冷静に対処することに努めているというのにだ。

 

 結局は、鬼山もここが男湯である事を理解して、柵を飛び越えて女湯へと移った。

 その後僕は着替えを男の脱衣所に置き忘れた事を思い出した鬼山から鍵を借り受け、金木犀の香水の香りがほのかにする着替え類を柵越しに放り渡した。

 僕は着替えを取る際に、着替えの一番上に浴衣が置いてあったので、その浴衣で包むようにしてそれ以外は見ないようにした。

 実に紳士的であるといえよう。

 だと言うのに、着替えを渡した時に、下着とか見ましたよねと聞かれたので、そういうものに興味も無いと答えると、更に不機嫌になった。

 いや、普通に考えて異性が自分の下着まじまじと見てましたとか嫌だと理解できる僕は、マトモだと思えるのだが、そんなマトモな僕が責められる側などとは納得できない。

 しかし、これ以上言うとある事無いこと言われてしまっては、僕が社会的に抹殺されてしまうかも知れない。

 夜と朝で暖簾が変わっていたのを確認しなかったのは鬼山で、脱衣所に着替えを置いてきたのも鬼山だ。

 

 それなのに、僕だけが責められるとは、全く妖という存在は実に度し難い。

*1
オリジナルキャラ 姉は原作のアニメ版にいる

*2
はい、ラブコメディです

*3
もしかしなくてもアレです

*4
『や』の付く自由業

*5
椿六郎 原作に登場した御伽の国(フェアリーテイル)のスカウトマン。原作では森丘をスカウトしていた。神谷の歌声を録音したスピーカーを使う。自分より強い相手には媚びて、弱い相手にはイキる。

*6
原作にそんなものはないです。オリジナルの魔具 元ネタはクトゥルフ

*7
原作にそんなものはないです。オリジナルの魔具 元ネタはクトゥルフ

*8
口とは言え、湯煙の中で一瞬だけ見えた姿を頼りに裸の女の子の身体に触れるのは驚異的な記憶力と身体能力があって出来る事。普通の人は止めよう。



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あいは誠実に、ただ誠実にありなさい。天は全てを見ています。しかし天だけでなくあなた自身の心がそれを見ているのだから。

 朝から色々面倒な事はあったが、気を取り直して新聞部と合流するために、僕たち美術部は砂浜へと向かった。

 何故、新聞部が此方に出向くのでは無く、僕たちから新聞部の方へと出向くかというと、絵を描くスポットとしては青野達が泊まっている場所の方が都合が良いのが一つ。

 …と言う建前と、新聞部が泊まっている軽食屋な海の家、兼、民宿の『まりん』*1の方が、僕たちの泊まっているホテルより遊ぶに都合が良いという事だ。

 うん、わかってる。

 合宿を建前にして遊ぶだけと言うだけではいけないと言うことも十分わかっている。

 しかし、少しくらい解放させて楽しませてやるというのも、管理方法として間違っていないと思うんだ。

 

「部長、私と(あい)*2ちゃんの水着どうですか?」

「……ああ、似合ってるよ。素直に美しいと思う」

 

 今日の朝のことがあったので、鬼山とは視線を合わせづらい所はあったが、副部長*3の強引な押しに無言というわけにもいくまい。

 後、至近距離で押し付けるように見せつけてくるのは、少々開放的すぎるのでは無いかと思う。

 鬼山にも何とか言って欲しいが、伏せ目気味に此方を伺う彼女に、仮にそれを言っても不機嫌になるだけだろう。

 燈条と比べると胸は控えめだが、浅葱色のパレオが細身で儚げな肩幅の彼女には似合っている。

 

 …いや、副部長の先代部長であった姉譲りのメリハリのありすぎる身体の前では、大抵の者が控えめなスタイルと評されるだろう。

 

「うーん、反応が芳しくないですね。

もしかして部長って、清楚系が好きなんですか?

あっ、ちょっと待っててくださいね」

 

 

 取り残された僕と鬼山だが、今朝のことがあって会話が続かない。

 誠に不本意だが、此方から折れることにした。

 

「ああ、そのだな、今朝は悪かった」

 

「……別に良かったんですが」

 

 いや、どういう意味かは解らないが、別に良いことは無いだろう。

 もう少し鬼山は自分を大切にすべきだと言おうとした時、副部長が帰ってきた。

 

 

 透けたレースのパーカーを羽織ってきただけだが、それだけで大人しそうな印象を与え、美術部で外に出ることが少ないためか、日焼けしていない白い肌がレースから透けて見え、それがかえって視線を呼び込む。

 更に言うなれば、上半身だけにガードを重ねることで、視線をガードの無い下半身に誘導しやすいあざとさも備えている。

 とはいえ、一般的には清楚の枠に収まる水着であり、言葉に詰まる僕の前で何時ものドヤ顔さえ見せていなければ、立派なお嬢様だ。

 ドヤ顔が少し崩れて、頬が赤いのは夏の日差しのせいなのかも知れない。

 

「部長、どうですか両手に花の気分は?」

 

 明後日の方を向きながら元気にはしゃぐ副部長は、鬼山の右腕と僕の左腕を強引に組ませると、自分は僕の右腕に腕を絡めた。

 腕にどのような感触があるかは、敢えて触れることはしない。

 

 因みに、誰にも需要が無いが、僕は今薄手の黒字の服をボタンで留めずに下端を結ぶようにして、ホットパンツでいる。

 そういう格好のために、両腕を搦めて歩くと、偶に太ももが彼女たちとすれる。

 無言の鬼山も、触れた時に言葉が一瞬詰まる副部長の御召茶も絶対気にしてるのはわかってるんだが、僕としてはわかっているなら腕を解いて欲しいと思う。

 流石に女子相手に此方から振り払うわけにはいかないし。

 

 …ただ、御召茶が「部長の白い肌が焼けたら大変なので日焼け止め塗ってあげましょうか?」と聞いてきた時には強引に振りほどいてやろうかと思ったけどね。

 

 

 森丘のように役得だと割り切るか、青野のように興奮で思考を停止させてしまえば楽なのだろうが、この僕の高すぎる理性が逆に辛い。

 そう考えていると、青野達新聞部と合流できた。

 

 森丘は意味ありげにニヤニヤしているし、青野は何も考えずに手を振っている。

 赤夜、黒乃、白雪、仙童は燈条を見ているし、燈条は………いや、そんな表情をされても困る。

 というか、そもそも燈条の過激すぎる紐水着に誰もツッコミを入れなかったのか?

 その水着のせいで、全部持って行かれそうなんだけど。

 

 というか、今すぐ着替えてきて欲しい。

 本当に、切実に。

 周囲の注目が腹立た………鬱陶しい。

 

「燈条、君は仮にも引率補佐なのだから服装を考えてくれ」

「……変でしたか?」

 

 変というか、危険だ。

 僕は極めて普通の事を言ったはずなのに、赤夜たちが批難するような目で此方を見てくるのは全く理解できない。

 鬼山たちまで似たような視線を送ってきた。

 

「…部長は清楚系がお好きみたいだから」

 

 副部長は全く良く解らないフォローを入れてきた。

 全然、僕へのフォローにはなっていなかった。

 燈条が仙童と共に無言で海の家に帰ってから、黒乃と白雪などはあからさまに聞こえるように、「流石に有罪」「乙女の敵」などと言ってきた。

 公共風俗的に間違っているのは相手側なのに、理不尽に此方が悪いと認めなければならない状況は、今朝から含めて二度目だ。

 今日は厄日というものなのでは無いだろうか。

 

 

 

 しばらくして、仙童がドヤ顔で燈条を連れてきた。

 どうやら仙童の魔法で水着を変えたらしい。

 赤い和服の切れ端で作ったような身を巻くタイプの水着だった。

 先程より、露出度は落ちてきているのに、何故か先程より恥ずかしそうに此方を見てくる燈条の思考は一切わからない。

 いや、わかる必要も無いのだろうけど。

 

 僕が無言で燈条を見つめていたのは時間にして約、九秒と少し程だったと思う。

 鬼山と御召茶に両端から抓られたことで、それは終わった。

 いや、無言が続いたからと言って抓って状況を進めさせようという手段については、妖の凶暴性と理不尽さを感じさせられた。

 

「先輩ってラブコメの主人公みたいですね」と青野が全然良く解らないタイミングで言ってきたが、彼にだけは言われたくないと本気で思う。

 

 

 

 

「ああ、本日来ると言っていた方ですね。

取り敢えず中へどうぞ」

 

 ラブコメど真ん中の自覚の無い青野へドン引きしていた僕に声を掛けてきたのは、青野達が泊まっており、しばらく日中にお世話になる民宿『まりん』のオーナー、川本まりん*4だった。

 

 案内されて中に入ったは良いものの、恐らく青野達以外に宿泊者はいないようだ。

 日中だから出かけているのか、偶々連泊が無かったのか、青野達、というか陽海学園が貸し切った可能性も高い。

 しかし、全体的に人が多く使っている痕跡が、少なくともここ最近では感じられない。

 …だから安く泊まれるここを選んだのか?

 

 それは不要な思考であるし、そもそもここの経営状況がどうであろうと僕には関係ない。

 そう思っていると、

 

 

「オイ!! このグズがァ!!

てめェ食器ひとつ満足に運べねェのか!!!!」

 

 

 奥から怒声が聞こえてきた。

 従業員を叱るのは良いが、客に嫌な思いをさせないように、見えないところ、聞こえないところでしてほしいものだ。

 …こういった従業員しか雇えない程度に困窮しているとは、つくづく経営が傾いていそうだな。

 そう思って呆れていたのだが、周囲の反応は違った。

 少々心配そうにしているようだ。

 それはこの宿の問題で、僕たちが口を挟むことでは無いのだが。

 しかし、流石にその後にも続いていた罵声には僕も黙っていることは厳しかった。

 

 

「どうせてめェは喋れねェし、接客できねェ!!

てめェみたいなカス、ウチにゃ要らねェんだよ!!!!」

 

 罵声だけで無く、何か柔らかいものを壁に叩き付けたような音も聞こえてきた。

 

 教会は弱者の寄り部として成長してきた側面を持つ。

 権力者に虐げられる大勢の弱者にいい顔をして信者を獲得してきた。

 故に、これを見過ごすのは教会の者として良くないのだろう。

 …断じて、僕が勘違いした偽善者だから被害者を救いたいという義憤をアピールするつもりでは一切無い。

 

 

 立ち上がろうとした青野を視線で止める。

 無理な姿勢で固まっている青野だが、それに構うつもりは無い。

 どちらかというと、一瞬殺気が臨界値を振り切った森丘の方こそ気になるところだ。

 瞬間的な振れ幅だったせいで、赤夜姉妹しかそれに気が付いてはいないようだ。

 僕が動いたのは、森丘を動かさないために、先んじて僕が動いた側面もある。

 

 厨房に向かうと、職場体験に来た中学生のように小柄な少女の髪を掴んで壁に押し付ける、柄の悪い男がいた。

 彼は僕に気が付くこと無く、教育的指導と言うには少々度が過ぎた行為を続けている。

 身体が小さく、言葉で反論できない相手には、酷だと思う。

 

「障害者雇用に先進的な職場で、まさかこの様なことが行われているとは。

イメージダウンをさせる君の働きより、彼女に対する社会保証金の方が高いんじゃ無いか?」

 

 

 なるべく、冷静にそう話しかけたが、男は真っ青になっている。

 恐らく後ろから付いてきた森丘のせいだ。

 彼が女性には優しいことは知っていたが、幾らブ男と美幼女がいがみ合っているからと言って、そこまで男に殺気を向けるとは。

 今までの彼の様子から見てロリコンと言うことも無いだろうし、単純に男に冷たいだけだとしても、ここまで区別するのには笑えてくる。

 

 大妖の殺気を直接向けられたことで、殺気を感じられないにしても本能的に恐怖を感じたのか、学生たちを前に男は逃げていった。

 …逃げてしまっては仕事が出来ないから、幼女に仕事が出来ないカスと罵った事がギャグとしか思えないな。

 

 僕は、当初森丘は男か女かだけで物事を判断していると思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

 「大丈夫ですか」といつもとは打って変わって紳士的に少女に対して気遣っている。

 その目は先程男に向けた凍り付くような視線とは真逆のものだった。

 

 後からやってきた青野達に、少女――――音無燦*5が実は喋れる上に、森丘が新入生の頃の新聞部の部長だと言うことを聞いて、態度の理由に納得はした。

 納得はした、が――――

 

 

 

 

「…あの反応、彼女(・・)こそが本命と言うことか?

キープにされた子達が可哀想だね」

 

「…本命とかキープとかそんなんないわボケ」

 

 青野達を先に返した後で、残った森丘にそれとなく話を振ってみたが、随分とつっけんどんに返された。

 …そういうところがわかりやすいのだが。

 これでも二年間一緒に学んできた者として、応援くらいはしてあげようと思ったのに、そういう態度を取られてはどうしようも無い。

 どちらにせよ、こういったことは自分から動けないくせに介入を嫌いそうな彼のことだから手を出してかき乱すつもりも無いけどね。

 …ああ、全く、夏の海というのは恋が転がっている場所なのだろうか?

 僕はその青春を送る彼らの傍観者として、精々楽しませて貰うこととしよう。

 夏にかまけて、本業を怠るような度し難いことは許すつもりもないけど。

 

 

 

 

 

 さて、僕たちは合宿に来ている。

 故に、この後は何処で絵を描くか、そういった話し合いをするはずだった。

 

 …………あのブ男が、資金をもって逃走したことが発覚するまでは。

 そんな店側の内情を漏らして客に嫌な思いをさせる音無卒業生も音無卒業生だとは思うが、それを指摘して周りに嫌な思いをさせるほど僕は無能では無い。

 だが、店の困窮具合には一切関係ないので、其れまで通りの予定を実行するはずだった。

 …黒乃達が、この店を何とかしようとか言い出すまでは。

 

 

 それを言い出した黒乃に反論すれば、僕が悪者になるのは目に見えている。

 直情的な単純サキュバスめ、…実にやっかいだ。

 それに、森丘の「何とかしてくれるんだろ」という風な目線が腹立たしい。

 そのくせ、森丘は用事があるとふらりと何処かへと去ってしまった。

 大凡、何をしに行ったかの見当は付く。

 彼が何を僕に望み、何を自分で行おうとしているかを理解できる程度には、同じ時を過ごした事実もまた、僕をイライラさせてくれる。

 

 

 まあ、僕をイライラさせる要因は他にもあるのだが。

 

「私達が水着になって、客寄せすれば良いんだよ」

「そっかぁっ!!」

 

 お前たちのそういう所だよ、赤夜&黒乃。

 

 完全に海外のモデルにしか見えない赤夜や、グラビアアイドルになったら成功間違いなしな黒乃、色白に関しては他の追随を許さない白雪、ロリ担当の朱染や仙童。

 …そして、白い砂浜に映える黒髪を風に靡かせて、惜しげも無く水着を晒す燈条。

 全く何を考えているのだか、特に燈条は止める立場だと言うのに。

 美術部の面々、特に数名は何故か落ち込んだりしているし、全くこの状況が理解できない。

 挙げ句に僕にまで、当初支援を頼もうとしてきた青野は頭おかしいんじゃ無いかと思う。

 

 結局僕も、先日の反省を元に、どう見ても男に見えるウェイターの格好で、調理担当に専念することにした。

 食材の配合や加工は、錬金術と重なるところも多く、僕には造作も無い。

 肉を炙りながらナイフで切り跳ねさせつつ、そのまま皿に盛り付けられるように着地させ、無駄の無い動きで出来るカクテルシェイクに、完全な物理演算による大道芸的なパフォーマンスを加えて、客を楽しませることにした。

 

 

 途中、女性客が集まったところで、燈条や鬼山たちが休憩と称して僕の正面の席に座りに来た事が邪魔になったり、

 燈条の水着にかかった魔法が解けて、元の紐水着に戻った時は、急いで僕の上着を掛けたりハプニングは色々あった。

 何故か、あれだけ最初自分で選んだ紐水着に平然としていた燈条が恥ずかしがったり、上着を掛ける際に足を取られた燈条に押し倒されたり、実に度し難いことはあったが、何はともあれ大盛況に終わった。

 食材が無くなりかけるという機会を失いかけたことは、僕が事前に予測して発注をかけたため問題なく対処できた。

 オーナーは、当初食材が無くなる辺りで今日は閉めようと思っていたようで、僕が余計に学生たちを働かせてしまったことについては、反省が必要だろう。

 

 二度目の再発注は敢えて行わず、その食材が切れたところで、お開きとなった。

 今日は、女性目当てに人が集まったが、今後も同じ戦略というのは厳しいし、取るべきで無い。

 綺麗な女性という名目で有名になると、そういう目的を持った客層に固定されて、身体を触られるなどと言った性的なトラブルリスクを抱えることになる。

 それに、そういったやり方は他の店に不満を持たれやすい上に、真似されやすい。

 第一、赤夜たちは今後もずっとこの場所で働くことは無い。

 故に、オーナーの川本と音無とその他の従業員で回る運営を構築する必要がある。

 

 

 そもそも、この観光地全体に来る客の総量というものがある。

 それが確保できないと、観光地自体に人が来ないのに、まりんだけには人が来るなんてあまり、考えられない。

 あとは大切なのは、ストーリー性、オリジナリティ、知名度、後は交通利便性とコストパフォーマンス。

 温泉や料理などを写真でアップすると共に、その紹介に見合う実力も備えて貰う。

 ネットの民宿への口コミ対策*6や、宣伝サイトとの提携、ホームページの作成。

 やってないことの方が多すぎる。

 …今までどうやって存続してきたのかが謎なくらいだ。

 

 僕たち美術部は、暗くなる前に自分達のホテルに帰ることにした。

 僕はそこで、パソコンと携帯電話を駆使しながら、案をわかりやすい書式に纏めたりなどしていたのだが、そこで部屋に鬼山が訪ねてきた。

 

「精が出ますね」

 

「あそこで働いている音無さんという者は、僕たち陽海学園の卒業生だそうだ。

アフターフォローというヤツだよ」

 

 其れで納得してくれれば良かったのだが、

 

 

「燈条先生の為、ですよね」

 

 見当違いな事を言って来た。

 

「――――どういうことだ?」

 

「…自覚が無いんですか? 本当に?

…いえ、いいんです」

 

 そう言って、鬼山は部屋を出て行った。

 何を責められているのか、実に理解しがたい。

 だが、彼女がいいというのなら、それでいいのだろう。

 僕はしばしの間、その猶予に感謝することにした。

 

 

 余計な考え事をしていたせいか、いつの間にか僕が制作していたホームページは招き猫が光ながら回転したり、文字が点滅する古い時代のフラッシュ系*7の様になっていたので、次の日に作り直すことにした。

 全く、僕に余計な事を煩わせるとは、全く妖というものは実に度し難い。 

*1
原作に登場する宿兼軽食屋。オーナーは川本まりん。恐らく名付けは故人である夫。

*2
下の名前は決めていなかったので、鬼山の下の名前は藍にしてみました。関係ありませんが、藍色と、橙色(ルビー色)と翠色を足すと光の三原色理論で色が消えます。…特に意味はありませんが。

*3
先代部長の妹 オリジナルキャラ 名字は御召茶にしてみた。

*4
原作に登場。亡き夫と始めた『まりん』のオーナー。昔は夫をセイレーンに殺されて酒に溺れていたが、音無燦と出逢い立ち直った。音無さんを娘のように思っている。

*5
原作キャラ。原作でも最強クラスの戦力である見た目幼女。種族はセイレーン。声を出さないのは己の声に宿る強大な力に怯えている為。原作では最後に大活躍した。恐らく森丘の初恋の人。川本まりんを母の様に慕っているがその正体を隠している

*6
じゃ●んなどで掲載すると共に、お客様の口コミに真摯に答えるとイメージアップかも。しかし宿のミスを客のせいにすればをすれば大炎上待ったなし。

*7
是非、『伝説のホームページ 魚拓』でググってみて下さい。



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