天星剣王の一人旅 (木板騙矢)
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雷鳴が止まない国
「んー、今日こそはいるかなー。それにしても、この国、いつもいつも雷が鳴ってるなー」
とある男が、ファータ・グランデの東端の島に降り立った。
剣の使い手ならば、彼のことを知らない者はいないと言われているほどの人間である。
それを最初に言った人間が誰なのか、今となっては定かではない。しかし、この言葉は彼にぴったりなのである。
普段はどこか飄々としているのにも関わらず、いざという時は本気を見せる自他共に認める『やる時はやる男』。
それが彼、十天衆の頭目にして天星剣王のシエテである。
彼が降り立ったのは、数日前の騒動を乗り越えたばかりで、未だに慌ただしいレヴィオン王国の領土である。
何故、彼がここへ来たのか?
それはたった一つの簡単な理由……彼が誰よりも剣を愛し、誰よりも剣に愛されているからである。
「今日こそは『天雷剣』の剣拓を取れるといいんだけど……彼、忙しいだろうしなー」
シエテは腕組みをしながら、雷鳴轟く暗雲の空を仰ぎ見る。
形は違えど、同じ団長として団員を纏めることの大変さについては、彼もよく理解しているつもりだった。
「いや……俺ほど忙しくなくて、人望ない団長も珍しいかなー?」
などと、シエテは自虐めいた発言をしながら、振り返ってから視線の先にあるサントレザン城へと赴くのだった。
ちなみに、アポを取っているわけもない。目的の彼が居なかったらまたいつか来るだけ。ただそれだけのことである。
そんな気まぐれで行動をされると普通は困るが、彼の団に関しては例外だった。何故なら、全員が己の意思で行動しているからである。
何しろ、団員が全員集まる方が珍しいくらいだ。挙げ句の果てには、シエテが呼びかけても団にいる団員は、基本的には自分の都合を優先する始末である。
だから彼自身は気にしてなどいないのだ。強いて言うならば構って欲しいだけ。
とにもかくにも、彼は城門の警備を務める兵士に声をかけるのだった。
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サントレザン城の一角。
レヴィオン騎士団団長にして、通称『雷迅卿』の通り名を持つアルベールは、今日もデスクワークに追われていた。
端正な顔立ちに、切り揃えられた金色の髪。一方で、相対するように情熱を感じさせる赤みがかった瞳。
そして何よりも、団員からの人望が厚く剣の腕が立つので、二十五で団長の地位に付くだけのことはある。
そんな彼も、疲れは溜まるものだ。
「ふぅ……これで終わりか、マイム」
「いえ、まだこちらの書類が」
「本当か? やれやれ、当分の間は離れられそうにないな」
アルベールは、机に積み重ねられた始末書や事の顛末を報告する為の書類を見て、大きく肩を落とした。
とにかく、山積みにされた膨大な紙を一枚一枚、懇切丁寧に目を通す必要があるので今日はほとんど座りっぱなしなのだ。
そんな彼を見て、部屋の中央にある紅茶を飲みながら、優雅に微笑む男性が口を開いた。
彼の名はユリウス。アルベールの親友である。
「全く、団長殿も大変だな」
「ユリウス……。元はと言えばお前の責任なんだぞ」
「だからこうして私も手伝っているのだが。おお、怖い怖い」
二人は休憩がてらに談笑をする。
今回レヴィオン騎士団を中心とした王国で起こった出来事は、ほとんどが彼ら、アルベールとユリウスが中心だったのだから、後処理で拘束されるのも無理はない。
だが、ずっと座りっぱなしでは肩も凝る。今まさに立ち上がろうとしたアルベールに、朗報が舞い込んできた。
「マイム姉、大変大変!」
ドアが勢い良く開け放たれたと思ったら、マイムの部下であり、姉妹でもあるミイムとメイムが飛び込んできた。何事かと思っていると、
「十天衆の頭目さんがいらっしゃったみたいなんですけど……どうしますぅ?」
などと言って、扉から顔を覗かせる二人の間をすり抜け、鼻歌混じりのシエテが入ってきた。
必然的に一番見やすい位置関係のアルベールと目が合う。
同じ金髪だが、整っているアルベールとは対称的に髪がとっ散らかっていると言っても過言ではない自由さ。そして身構える彼に対して、一見して隙だらけにしか見えない雰囲気。
ある意味、部屋の雰囲気はそれぞれの思惑が入り混じり、ぐちゃぐちゃになっている。
そんな中で、最初に切り出したのは椅子に座ったままのアルベールだった。
「十天衆と言えば、俺も噂ぐらいは耳にしたことがある。伝説の騎空団、だったか。その頭目がなぜこんな辺境な地に?」
アルベールは、シエテに対して探るように問いかけてみる。しかし返答は率直なものだった。
「別にあれこれ言いに来たんじゃないよー? 単に、君が持つ剣の剣拓が欲しいってわけ!」
スマイルを投げかけながら人差し指を立て、シンプルに一つだけ要求をするシエテ。
そんな彼につられて、アルベールも素早く警戒を解いた。一方で、部屋の中央にあるソファに座り込むアルベールの友人であるユリウスは、冷静沈着な様子でパラパラと本を捲っていた。
「ふむ。天星剣王の彼は、剣拓を求めながら各地を旅し、気に入った剣拓を取る為に持ち主に勝負を仕掛けて、勝ったら取らせて貰う。などといった噂程度なら、私も聞いたことがあるよ」
「お、代弁ありがとうー。とまあ……彼の言った通りだね。レヴィオン騎士団団長のアルベール、君に勝負を挑みたい」
シエテは単刀直入に言い放ち、アルベールは解きかけた警戒を再び強める。彼の持つ異様な雰囲気を肌でひしひしと感じながら。
それだけ、相手は未知数の強さを誇るのだ。
「俺は構わない。が、『天雷剣』の意思を確認しないとな」
アルベールは、今は使う必要がなく部屋の片隅に置いてある、自らの獲物に視線をやった。
剣に自らの意思が宿ることはない。だが、彼の隠された意思を確かに読み取ったのをシエテとユリウスは気づいていた。
目を細めるシエテはアルベールの口元を見る。彼の口角が僅かに上がっているのだ。どうやら、話はすぐについたようだった。
「全く……仕方ない。天星剣王よ、俺なんかでよければ相手になる。が、期待には添えないかもしれないぞ?」
「そんなレベルの相手なら、俺はそもそも勝負を挑んだりしないよー?」
「ふっ。それもそうか」
どっこいしょ。確かにそう呟いたアルベールは、重たい腰を上げながら立ち上がる。
そんな彼の隣に佇むマイムは、彼を静止するように声をかけた。
「アルベール団長、今はそんなことをしている余裕などありませんよ。復興作業がまだまだ残っております」
休憩とはいえ、戦いをするとなるとすぐに終わるものではない。今はとにかく仕事をして貰いたいマイムとしては、この不必要な戦いに納得がいかなかった。
「やれやれ、副団長殿が真面目過ぎるのも考えものだね。人間足るもの、適度に息抜きは必要だろう?」
「そうですが……しかし……」
ユリウスの気配りに漸く分からされたのか。二人に遅れて、マイムもアルベールの口角が上がっているのに気が付いた。
いつも険しい顔ばかりを見せる団長が笑っているのだ。それを知った上で、己の発言の愚かさを分からされた。
異性だからか……この部屋にいる男性陣は、戦うのが好きらしい。確かに、マイムとしても興味深い戦いではあるが。
「しかし、十天衆の頭目殿ともあろうお方が一方的な要求とは、私はどうかと思うがね?」
続けて、シエテに茶々を入れるユリウス。剣の使い手からしたらシエテと戦えるだけで光栄なことなのかもしれない。
しかし言ってしまえば、これは彼の趣味に付き合わされている形なのだ。時間は間違いなく消費される。そういう不利益についてどうするのかと、ユリウスは簡潔に尋ねたのだ。
「なるほどねー、確かにいきなり現れた俺と戦えって、なかなか理不尽だもんねー」
「ユリウス。俺は別に構わんぞ?」
緊張感が漂う空間の中、シエテは腕を組んで考える。
彼らにして欲しいことと言えば、国の復興の手伝いくらいだろうか。それか、各々の要望を叶えてあげるくらいか。
どちらにせよ、聞いてみる方が早かった。
「俺に出来るのは、君たちがして欲しいことを可能な範囲で実現するくらいかなー?」
「話の分かるお方だ。さて、親友殿。彼に何を頼もうか?」
言質を取ったところで、ユリウスは改めてアルベールに尋ねた。しかし、急に何が欲しいと尋ねられてすぐに答えが出るはずもなく、アルベールは肩をすくめながら言い放った。
「俺は……すぐには思い浮かばないぞ」
「はいはーい! あたしは十天衆の他の人に会ってみたいです!」
言い終わらない内に会話に参入してきたのはメイムだった。どうやら、まだ扉の外側で聞き耳を立てていたらしい。
「なるほどね。だけどそれは厳しいかなー、あいつら気分屋だからさ、俺が呼びかけても全然来てくれないんだよねー」
「それって、本当に騎空団なんですかぁ?」
ミイムも尋ねた。一般的な騎空団は集まって行動するのが普通であるから、この質問は当然の内容である。
「二人共、さっさと仕事に戻れ。団長も、今すぐに決めなくてもいいのでは?」
「そうだな。マイム、俺が戦っている間、代わりに考えていてくれると助かる」
「わ、私ですか……?」
話が纏まったのか、アルベールは今度こそしっかり立ち上がり、真紅のマントを手に取った。
そして、場にいる全員を連れて城の外へと向かうのだった。
どうせ戦うのなら、兵士達にも見せた方がいい。戦いの何たるかを知るいい機会なのだから。そう考えてみると、充分シエテにはお願いを聞いて貰っているような気もする。
最強の剣の使い手と戦う機会を得るなんて、並の使い手が彼にお願いしても叶えられないだろう。そんな相手から指名されるなんて、願ったり叶ったりか。
アルベールが戦いの場に選んだのはよく整備された城の中庭だった。ここならば、雑草が生い茂っているだけで無駄な起伏もなく戦えるし、城の窓からも見下ろせる。
というのも、マイム達が走り回って知らせたのか、僅か五分足らずで百人を越えるギャラリーが集まっていたのだ。
「いやー、悪いね。俺なんかの為にわざわざ時間を割かせて」
「気にしなくてもいいさ、見学している団員達にはいい刺激になるだろう。むしろ俺の方こそ感謝させて欲しい」
「ははは、それじゃあ始めようか」
歩幅にして十二歩。それだけの距離を置いたシエテは、ある違和感を感じた。
鳴りつづけていたはずの雷が、止んだのだ。
まるで、向かい合っているアルベールの感情のように研ぎ澄まされて、時を待っているのか。
それでもシエテは動かない。先手は必ず相手に譲るのだ。この決闘自体が戯れに始めたものだったが、いつしか‘‘最強’’としての意地になっていたからである。
対するアルベールもシエテの様子を伺う。太腿辺りに装着した二本の剣の鞘。おそらくは二刀流か。だとすれば、ただひたすらに攻撃特化で防御など捨て去ったと思われる。
彼自身、基本は片手でしか剣を振るわないのにも関わらず盾は持たない。
これは、アルベールの戦闘スタイルが速さを主体としているからである。その速さは、まさしく迅雷の如く相手を翻弄し、敗北へと陥れる。
「遠慮は要らないし、いつでもいいよー」
「……参る!」
しびれを切らしたと言うよりかは、シエテに先制攻撃をする意思がないのを感じ取ったアルベールは、一気に走り寄った。
そして一瞬で相手の懐へと潜り込み、喉元に向けて突きを繰り出す。
が、右へと逸れた。いや、逸らされたのだ。
しかし、シエテは未だに剣を抜いていない。では邪魔をされたかと思えば、そうでもない。
正体を確かめるべく、アルベールは後ろへ大きく跳んだ。
周囲から歓声が上がっているのを感じ取り、漸く確認できたのは、シエテの周囲に膨大な数の剣が浮かんでいる様子であった。
正確には実態のない剣であり、彼の魔力を具現化したものであるのを続けて読み取った。どうやら、剣拓を遊戯感覚で並べるほどに、剣好きらしい。
「大方二刀流と踏んでいたんだろうけど、違うんだよねー。もちろん、騙すつもりなんてないよ?」
余裕綽々としか思えない態度のシエテは、着地したアルベールが次の手を繰り出す前に、新たな剣拓を顕現させ飛ばした。
彼の司る元素は風属性。一方のアルベールは光。相性としてはどちらも悪くない為、彼は飛来してきた剣拓を上方向になんなく弾いてみせた。
「凄いな、魔力が続く限り無限に剣を生み出すというのか」
「まあ、そういう事になるのかなー。だから、こんなことも出来ちゃったり?」
シエテはやり慣れたウィンクを飛ばし、意図的にアルベールへと合図を送る。
だが、敵に塩を送られる前に自分の状況を知ったアルベールは次の手を考える。全方位から剣拓を向けられているのだ、まさに四面楚歌。
彼は再び頭上を狙って跳び上がり、自分に当たりそうな一本だけを弾いて、素早く難から逃れる。
重力に伴って落下を始める頃には、既に彼が立っていた場所に動かされた数十本の剣拓が、地面を抉るように刺さっていた。もし動かなかったら、その場で決着が着いていたのだろう。
「はあッ!」
まだ動くかもしれない。着地を狙うのは戦いの基本である。
それを分かっているアルベールは、落雷を呼び寄せて地面に残された剣拓へと向けた。もしかしたらシエテ本人にフィードバックするかもしれないと思ったが、それはなかった。
「ほう、落雷を意図的に呼び寄せたのかい? 光の元素は雷が多いけど、色々な姿形になるから面白いよねー」
「まさか。本物の落雷とは違って俺の魔力から生み出されたものだ。少し痺れはするが、感電死するような威力はないさ」
まだまだ余裕のある二人は、自分達の力について語り合う。
シエテもアルベールも、互いに相手を探っている状態。戦いはこれからなのだが、どうも慎重にならざるを得ないのが初見での戦いである。
「それじゃあ次! 俺をがっかりさせないでくれよ」
シエテは更に剣拓へ魔力を注ぎ込み、マントを靡かせながら後ろに控えさせていたものを次々に飛ばした。
彼が自分で選び、揃えた自慢のマント。ここぞとばかりに、この場にいる全員に見せつけるように激しく靡かせる。
ちなみに彼はまだ一歩も動いていない為、押されているのはアルベールの方と考えるのが適当か。
十本の剣拓。先ほどよりも数こそは少ないものの、質がまるで違う。それこそ、一本一本に十本分の魔力が込められた力強さであった。
「ぐっ……これはなかなか重い……」
アルベールは顔をしかめながら応戦するも、器用に軌道を修正され、体捌きだけでは避けきれなくなった。仕方なく弾いてみるも、力を使わされているのは明らか。このままでは相手の思う壺である。
「ふむ、我らが団長殿が苦戦しているようだね。親友の私としても応援をしてやりたいのだが、些か華やかさが足りない」
目と鼻の先で苦戦する親友の姿を眺めながら呟くユリウス。
どんな戦いだろうと負けて欲しいわけがない彼は、隣に立つ三姉妹に応援を促してみることにした。
「これは私の持論なんだがね。男という生き物は女性……特に、自分の知り合いに応援されるとやる気が満ち溢れてくる生き物なのだよ」
「は、はぁ」
真面目なマイムでも彼が言いたいことは分かる……が、自分に頼むのはお門違いだと思っている。やはりこんな時に率先して動くのは、
「団長ー! 頑張ってー!」
「団長、頑張って下さいねぇ」
二人の妹達であった。
「ほら、マイム姉も応援しないと負けちゃうよ?」
「あ、ああ……。だ、団長……が、頑張って下さい……」
「マイム姉、声が小さーい!」
などと、観客は観客で盛り上がっているのだった。
「いやー、部下に慕われているなんて、君はいい団長だねー」
シエテは自分がヒール役を演じるのは慣れっこなのか、素直にアルベールを褒めた。
「いや……団員が団長を慕うのは当然だと思うが。そうでないなら、団長に問題があるんじゃないのか」
アルベールによるさりげない一言。それがシエテに深々と突き刺さった。
「ぐは……ッ! 今日一番のダメージ!」
吐血でもするんじゃないかと思うほど、シエテは狼狽える。薄々は感じていたが、団長として余りにも信頼されていない事実を突きつけられるのは、なかなかキツいものらしい。
「ま、まあ、今は俺が勝ってるしー?」
「あ、ああ」
意外な反応に困惑してしまうアルベール。こんな悔しそうな顔をするのは戦いの差中でして欲しかったが、思わぬ形でされてしまった。
まさか、団長を務めるほどの男が団員に慕われていないとは思うまい。
「さて、仕切り直しといこうか」
がっくりとした姿勢を正し、再び仁王立ちするようになったシエテ。そんな彼の戦意は、既に最高潮へと舞い戻っている。
「ああ、こちらからいくぞ!」
二番煎じと言わんばかりの踏み込み、そして懐に入る。呆れかけたシエテだったが、心なしか速くなった為、今度は剣拓を手にして直接受けてみることにした。
「あれ……速いなー」
アルベールを褒め称えながらも、何かがおかしいと思ったシエテ。これはどちらかというと、彼が更に加速したのではなく自分が遅くなっていることに気が付いた。
「どうやら、手にした剣拓からは電流は伝わるようだな」
「おおっ、これは凄いな、痺れるねー」
シエテは右手を開閉しながら感心している。
脳の指示が遅れているのか、上手く指が動いてくれない。そればかりか、全ての動作がワンテンポ遅らされてしまったようだった。
直接受けると感電させられる。となると、やはり剣拓を飛ばし続けるのが正解なのかもしれない。
「ちょっと速度を上げていこうか」
気の抜けた声とは裏腹に、シエテを包み込む空気の流れが変わった。対面しているアルベールにしか分からないが、彼に焦りを生み出させるにはあり余る力であった。
「……ッ! ぜあッ!」
アルベールは断じて怖気付いたわけではない。
しかし、迂闊には接近することを許されない領域を目の当たりにしてしまった彼は、遠距離攻撃という手段を選んだ。
彼が剣を一振りすれば、剣身に帯びた電流が槍のように姿を変えて突っ込んでいく。そのまま何度か降り続ける。
しかし……シエテの頭と心臓を狙ったにも関わらず、全て当たらなかった。
「まさか、冗談だろう……?」
なんとも奇天烈な体験をしたアルベールは額に冷や汗を浮かべる。いや、この場にいた全員が息を呑むほどの展開だった。
信じ難いことに、風が雷を動かしたのだ。風速が雷速を超えたと言わんばかりの現象である。彼の電撃は本人が言っていたように、あくまで本物の雷よりは遅いのだが……。
こんな速い風は見たことがなかった。
シエテはにやりと微笑む。
その表情からは、「剣士足るもの、ここからは接近戦以外は許さない」と、自然に彼へと威圧という形で伝えていた。
「全く、俺も買い被られたものだな……」
アルベールの口から自然と零れてくる言葉は、やはり呆れからくるものだった。たかだか数年の差で、こうも実力に差があるとは思わないだろう。
シエテの正確な年齢は知らなかったが。少なくとも歳上には見える。
ちなみに、今のシエテが見せたのは七割ほどの力なのだが、やはり格の違いを見せつけるには充分だった。
「仕方ない……雷迅卿と呼ばれし所以、見せてやる」
「お、いいねー。その名前、俺は好……」
話している途中で口を閉じてしまうほど、今度はアルベールが素早く駆け回る。
遠慮は要らない。そう言ったのは紛れもないシエテなのだが、一瞬で背後に回られたのは予想外だった。
振り返る度に消え、常にシエテの先を読む異常な速度に、レヴィオン騎士団の仲間達からも歓声が上がった。
アルベールが本当に雷のような速度を出してくるとは思わなかったが……デメリットについても考えていた。闇雲に魔力を垂れ流し続けるようではすぐに力尽きる。
それに、身体中に電流を浴びせているのだから、いくら他人よりも抵抗力が高いとはいえ、絶対に自分自身が痺れて動けなくなる。
シエテはそれらのことを考慮して、彼は持ち得る力全てをぶつけてくれていると結論づけた。
「いやー、これは流石の俺でも目で追うのが精一杯かなー」
シエテはそう宣ってみせるが、全ての攻撃を紙一重でかわしている。
めまぐるしいほどの速さで周りからみたら同じ人間が繰り広ているとは到底思えない、あり得ないような展開の連続だ。
一秒の間に二連撃、いや、最高潮なのか三連撃。
アルベールはただひたすらに剣を振るってシエテに食らいつく。シエテも堪らず太腿の剣を引き抜いて両手に装備するも、今度は身体中が麻痺してきたように動かなくなってきた。
しかしそれは悪手であると同時に、抜かされたことに気付いた。
「いや、待てよ。これは……」
思考も遅らされていたのか、シエテは自分の身体が浮かされていることに気付く。
それと同時に顎下から迫り来る斬り上げを塞ぐと、いよいよ彼の身体は、地上から十数メートルの所にまで到達していた。
「ヤバっ……」
「遅い!」
自由に身動きが取れない空中。次にシエテは地上を見下ろすも、時すでに遅し。背後を完全に取られていて、振り返る頃には数多の雷が降ってこようとしていた。
こうなったら、いよいよ自由落下と共に直撃するのを待つだけである。しかし、彼は引くことなど考える男ではない。
「とどめだ!」
「よし、俺の本気を少しだけ見せてあげよう」
指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、次々と生み出される剣拓の数々。背後を取ったアルベールが振り返ると、背後にも空中展開されている。
確かに、シエテは無限に剣を生み出せるとは言った。しかし、下手したらその数が三桁に届きそうな……ここまでの量とは思わなかった。
「なるほど……天星剣王の名は伊達ではないということか」
敗北を悟ったのか、優しく微笑んだアルベールは力を振り絞って攻撃を始めた。連なる電撃は、まるで落雷のように一筋の光となって、シエテへと向かっていく。
降り注ぐ雷撃だが、やはり次から次へと湧き続ける剣拓に阻まれ、有効打にはならなかった。それでも、すり抜けた一本の光がシエテの右頬を掠り、地上へと落ちていく。
「あでっ」
背中から落ちたシエテはゆっくりと立ち上がり、頭上を仰ぎ見た。あくまで訓練の一環とはいえ……つい剣拓をアルベールのマントや裾やらに刺してしまい、空中に留まっていた。
「いやー、ごめんごめん。君の攻撃を防ぐのに手一杯で手を緩められなかったよー」
「それは光栄だ。が、俺としては早いとこ降ろしてくれると助かる……」
為す術もなく剣拓に支えられて、空中でうつ伏せ状態のままぶら下げられたアルベールに出来ることと言えば、空を見て黄昏れることくらいである。
雷雲が途切れない国では碌に夕陽を眺められないとはいえ、気分だけでも変わるのだ。
その様子を見ていた仲間のユリウスやマイム達も、歩み寄ってきた。
「やあ、親友殿。鳥になった気分はどうだい?」
「あははは! 団長、マジックみたいに身体中に剣が刺さってる!」
「ふふ、団長が負けるとは思わなかったですぅ」
「わ、笑っている場合ではないぞ! ミイムもメイムも、団長を降ろすのを手伝え!」
アルベールの戦いが終わると、眼下に広がる光景はいつも通りに戻っていた。
シエテからも先ほどまでの威光は感じられなくなっており、改めて敗北を悟った。
しかし、彼の頬から一筋の赤い線が見えたことから……一泡吹かせてやれたのかもしれない。
「さて、盛り上がってるところ悪いんだけど……降ろしてもいいかい?」
寝そべっていたシエテが指を鳴らすと、アルベールの衣服に刺さっていた剣拓達は消失し、彼は地面に降り立った。
そして二人は向かい合って、
「服がビリビリに破れているだけじゃなくて、勝負にも敗れちゃいましたねーって感じかなー?」
「…………」
場を更に和ませようとしたシエテは、見事に空回りした。そこに、ユリウスがすぐさま介入してくる。
「すまないね。私の親友殿は少々生真面目過ぎるのでね」
「確かに……団長も副団長も真面目だと、苦労しそうだねー」
シエテの発言にユリウスやメイムは笑っていたが、実際に苦労したアルベールとマイムは苦笑いするしかなかった。
「とりあえず服とマントは弁償するからさ。剣拓の方、ちゃちゃっと取らせてくれないかな?」
「ああ、自由にしてくれ」
そう言うと、約束通りアルベールは『天雷剣』をシエテに手渡した。
「うん、いい剣だ。言葉の嘘を感じ取り雷を発する剣……実に不思議な力だねー」
「なっ……! 手にしただけで分かるのか!?」
「まあねー。俺くらいの使い手になれば、誰だって出来るようになるよ? あ、もちろん他言無用だから安心してねー」
一々周りを驚かせるのも、さも当然かのように話すのも、流石は十天衆を纏める男だからなのか。
とにかく、今日は全員が彼に振り回されっぱなしだった。
そのままシエテはにやにやとしながら舐め回すように見つめ続け、剣拓を取り終えて返す。
剣を戻されたアルベールは、一つ尋ねることにした。
「凄いな……。こんな風に剣拓を求めて全空を旅しているのか?」
「まあねー。今はまだ、剣拓を取らせて貰ってない奴に勝つための武者修行も兼ねているけどね」
「……勝てない奴がいるのか?」
「最強の剣の使い手は一人じゃなくなっちゃったからねー。ま、勝敗の定義とかにもよるんだけど……とにかく、剣拓を取らせてくれてありがとねー。次は俺がお願いを聞く番かな?」
彼も様々な事情を抱えているのか、アルベールも深くは追及しなかった。人には誰だって知られたくないことの一つや二つ、あってもおかしくはないのだから。
それはそうと、何を頼むか未だに決めていなかった。レヴィオンを盛り上げるために一肌脱いで貰いたいのが本音ではあるが、それは要求が大き過ぎる。
だからといって個人的な趣味で頼みたいことはなかった。
「ふむ、それじゃあ私から一つ、腕のいい商人がいたら教えて欲しい」
「それなら、うちの団員もお世話になってる商人がいるからお安い御用さ。俺が連絡しといてあげるよー」
「十天衆が世話になるほどの商人か。それは何とも頼もしいじゃないか。なあ、親友殿?」
隣に立ち、話を進めていくユリウス。それに一種の策略めいたものを感じたアルベールは、
「ユリウス……。お前、最初からこれを考えていたのか?」
「さぁ、何のことやら」
だがしかし、ユリウスが国の復興に積極的なことに代わりはないため、アルベールは立ち去る彼の背中を見送りながら微笑んだ。
「まあ俺も二、三日はレヴィオンを観光していくからさ、また決まったら教えて欲しいかなー?」
「分かった。俺もそれまでには考えておこう」
こうして、二人は一度別れることにした。
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三日後。
アルベールはいつものように机に座っていた。マイム達は巡回中で席を外しているため、今は部屋に一人である。
そこに、ノックが一つ。
「開いているぞ。入ってくれ」
「やあやあ、急に済まないねー。そろそろ旅立つつもりだったから、挨拶にと思ってさ。それで、頼みたいことは決まったかなー?」
相変わらず掴み所のない様子で入ってきたのは、シエテであった。
「ああ。俺は暫く国を離れられそうにないからな。とある騎空団に手紙を届けて欲しいと思ってな」
「なるほど。随分簡単な仕事だけどいいの? 俺にしか頼めないようなことでもいいんだよ?」
「いや、これも重大な仕事さ。何しろ、こうして俺に平穏な日々を取り戻してくれた、かけがえのない仲間への手紙だからな」
部屋の窓へと目をやるアルベールに、シエテも納得したようで、ソファに腰掛けた。
「それってもしかして、グランサイファーに乗ってる……彼だったりしちゃうかなー?」
「もしかして、知り合いか?」
「そうだねー、国を救うくらいの活躍を何度も見せている騎空士なんて、そうそういないでしょ?」
「ふ、確かに」
どうやら二人とも思い描いている人物は完全に一致しているらしく、奇妙な体験に口元を緩めた。
そして、紛れもなく強者である彼らが言っていた相手が、自分の認めた相手なのだから、最初からこうなる気はしていた。
ある意味、帰結しただけか。
「んじゃあ、手紙は受け取るよ。ところでさ……」
「ん?」
右を見て、左を見て……誰もいないことを確認したシエテは、少し声を小さくして話し始めた。
「レヴィオン騎士団の女性用の制服って、誰が考案したんだい?」
「俺だが……」
「いやさ、なかなか良さそうな制服だから、うちの奴らにも着させてみせようかなーって」
シエテはなんとなく、レヴィオンシスターズが着ていた制服について考えていた。
ソーンやエッセルなんかは似合いそうだし、サイズを作ればサラーサやニオも着れるはず。フュンフは厳しいかもしれないが……とにかく、なんとなく彼女達が着ている姿を思い浮かべて笑った。
「おお、分かってくれるのか!?」
意外な同士がいたのか、アルベールは喜んで立ち上がった。
「俺が制定したとはいえ、あの制服は機能性に富んでいてな、確かに身体のラインが強調されてしまうが、空気抵抗を少なくして戦闘しやすいように工夫されてはいるんだ。だから決してやましい気持ちがあったわけじゃない!」
「まあ、ぶっちゃけ? 変態おじさんだと思われても仕方ないくらいエロいよねー」
「なぁっ!? 俺はまだ二十五、おじさんって年齢じゃないぞ!?」
「あ、そっち? まあ、俺も二十七だからおじさんじゃないんだけどねー。子供から見ればおじさんらしいよ?」
「なにっ、それは本当か!?」
「事実、言われちゃったからねー。流石の俺もショックだったよ」
男二人だけだからか、つい白熱した議論を交わすシエテとアルベール。
こんなことで盛り上がれるのは、やはりファータグランデが平和だからなのかもしれない。
こうして、レヴィオン騎士団団長の剣拓をコレクションに加えたシエテは、再び旅に出るのであった。
一次創作が詰まっていたので気分転換に。楽しい。
レヴィオン騎士団の制服については進撃のバハムート四コマから流用。
実際あの制服はヤバババババハムート。けしからん。
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フェードラッヘ編 序章
今回は三話か四話になる予定ですかね〜。
ヴェイン君の出番は……ほら、ウーノさんと一緒にΩ槍パで使うから!
「ねぇねぇシェロちゃん、聞いてよー。これさ、新しい剣拓なんだよねー」
「少々お待ち下さいませ〜」
商人達が威勢の良い声をあげながら、せわしなく働く市場の一角。一方で少しでも安くて良い品物を求めて交渉をする客。
そんな彼等の喧騒をものともせず、シエテは今日も呑気にシェロカルテと話をしていた。
「終わったかい、シェロちゃん。今日も繁盛してるねー」
「シエテさんですか〜。その様子ですと、アルベールさんに無事、勝てたんですね〜」
マイペースな独特な喋り方がどことなく癒される、ハーヴィン族のシェロカルテは、ありとあらゆる騎空士がお世話になっている凄腕の商人である。
何を隠そう、レヴィオン王国の動向をシエテに伝えていたのも、他ならぬシェロカルテだ。
「まあねー。俺の手にかかれば、どんな相手だろうとちょちょいのちょいってね!」
「流石ですね〜。でも、右頬に貼ってある絆創膏は、いったい何なのでしょうか〜?」
シエテの右頬にある、見るからに怪しい絆創膏。
シェロカルテには、彼が怪我を負うのはそれ相応の理由があると分かっていた。いや、彼の腕を知る者ならば誰だって分かるだろう。
それだけの傷を負うに相応しい、強者と戦ってきた証拠だと。
見抜かれたシエテは、絆創膏に触れながら答えた。
「だってさー、才能溢れる若き騎士団長相手だよ? いくら俺でも、流石に無傷は難しいよねー。本気を出させられちゃったし、油断大敵だねー」
「シエテさんのことですし、わざとなんじゃないですか〜?」
「いやいやいやシェロちゃん、俺がふざけたことある? ないでしょ?」
「いや〜、どちらかと言うと、真面目な時の方が少ないですよ〜」
「そうかなあ?」
シエテは自分の普段の行動を振り返ってみるも、別段ふざけてばかりいるつもりはないと判断。一人で腕を組みつつ納得したように頷いていた。
本人がそれでいいのなら、第三者がとやかく言う筋合いはないが……勘違いも甚だしいとはよく言ったものだ。
「それでそれで? 次は俺に、どんな凄腕の剣士を教えてくれるのかな?」
「その前にですね〜、依頼の話をさせて貰ってもよろしいでしょうか〜?」
「おっと、そうだった」
シエテは懐から一枚の依頼書を取り出し、シェロカルテへ手渡した。
剣拓を集めるのは、あくまでも趣味。どうせ他の国々に行くのならば、仕事を受けた方が良いというもの。
彼の場合、結局は先に剣拓集めに走ってしまうのだが……。今回も、魔物の討伐は数分で終えたのにも関わらず、レヴィオンには数日滞在していたのだから、救いようがない。
そんなシエテに、シェロカルテは数枚の紙切れを取り出しながら頬杖をついた。
「う〜ん、いつも通り魔物退治が多いですね〜。ですが緊急性の高いものはないようですし……シエテさん、優先したい依頼はありますか〜?」
「へぇ、どれどれ……」
髭など微塵も残さないよう、入念に剃られた顎を撫で回しながら、シエテは視線を落とした。
依頼のリストには、目玉が一つしかない巨人討伐、五の頭を持つ竜の退治、中には国の警備をしてくれなんて無茶苦茶な要望まである。
流石はシェロカルテ、どんな仕事も解決できるように動いている。
そう思いながらシエテは紙を捲っていくと、一つ気がかりな依頼があった。気になって目を通すも、内容としては特に尖った点はない。しかし、珍しさが気になった。
「……ん? 今どき騎士を募集している国なんてあるんだねー。人手不足じゃあ仕方ないのかな?」
その国の名前は、フェードラッヘ。最近では色々と騒ぎを起こしては、とある大剣の男によって救われている国である。
「フェードラッヘですか〜。確かに、あの国には剣の使い手ならたくさんいたような気がします〜」
「へぇ、例えば?」
シエテは剣の使い手が気になったのか、シェロカルテに詳しく尋ねることにした。
「炎帝と呼ばれる騎士に、白竜騎士団の団長。それに何と言っても、竜殺し辺りが有名ですかね〜」
名前で説明すればいいものの、敢えてズラすシェロカルテ。
意地悪をするつもりはないが、シエテの性格を把握した上で説明したのだろう。それは、彼がにやりとしたことから明らかだ。
「んもー、シェロちゃんってば、名前で教えてくれてもいいのにー」
わざとらしく肩をすくめるシエテに、シェロカルテは愛想笑いで応対した。
「いえいえ〜。いつも言ってるじゃありませんか〜、名前を覚えるのは俺が認めた相手だけだから、特徴だけを説明してくれると嬉しいなって〜」
「えー、俺ってばそんなこと言ったっけなあ?」
「言いましたよ〜」
上手く口車に乗せられているシエテだったが、シェロカルテがそう言うのならば、そうなのだと判断した。
どのみち、いきなり三人の名前を教えられたところで、覚えていられないのだろうし。
それに、知った風な口を聞いていざという時に名前が出ない方が、間違いなく相手に失礼なのだから。
「それで、フェードラッヘ近辺の魔物退治の依頼、どうします〜?」
「もちろん受けるよー、いざ手合わせしようって時に魔物の邪魔なんか入ったら、調子が狂わされるしねー」
剣を片手に互いの腕を見せ合う。
シエテにとってそれは、無言で語り合える至福の時である。
ある者は剣に懸ける思いを。またある者は、自分ではなく誰かのために振るう剣を。そして、ある者は自身の未来のため振るう。
そんな時間を魔物なんかに奪われては、興が削がれるというもの。
まあ、どんなに邪魔をされようが並大抵の魔物は、戦いの最中だろうと余った剣拓で相手をしてやれないこともない。それが彼の扱う剣拓の利点でもある。
とにかく、決断をしたシエテはシェロカルテに依頼の紙を返しながら、ゆっくり話し始めた。
「うん、今度はフェードラッヘに行こう。確かあの場所には美味しいケーキ屋さんもあったよねー」
「十天衆の方々ですと〜、サラーサさんに買ってあげるのはいかがですか〜?」
「うーん、サラーサの場合はケーキよりも竜殺しに食いつきそうだしなー」
団員のことを考えながら首を傾げるシエテ。
食べ物と強敵と戦うことを比較するのはナンセンスかもしれないが、実際にそうなのだから仕方ない。
そんでもって、竜殺しと仲良くなって一緒に戦ったりだとか……。サラーサに限ってあり得そうな事実に、シエテは思わず口元を抑えながら吹き出した。
「どうしたのですか〜?」
「いやさ、竜殺しって聞いたらサラーサがわくわくしそうだなって」
「そうですか〜? サラーサさんも強いですから、並大抵な相手じゃないと戦うつもりもないんじゃないかと〜」
「ははっ、確かに。それじゃあシェロちゃん、行ってくるね」
準備が整ったシエテは、その場でくるりと回り、マントを靡かせながら歩き出した。
「いってらっしゃい〜」
後ろ姿で手だけを振る彼を、シェロカルテは見送りながら次の客と話し始めるのだった。
*
穏やかな風が島全体を包んでいるポートブリーズ。
シエテは今、ここを発つために騎空艇の発着場へやって来ていた。
「えー、フェードラッヘ行きの騎空艇はこちらになります。まもなく出発致しますので、お早めにご搭乗の上、お待ち下さい」
そんなアナウンスがシエテの耳に入ると、彼は搭乗員にチケットを渡した。
「はい、お一人ですね」
「どうもどうも」
桟橋の先まで行き、乗り込む。
すると、数百人が乗ることのできる大規模な騎空艇だけあって、中は意外と空いていた。
席の合間を縫うようにして歩き、窓際の一人で座っていられそうな席へ。
「よっこいしょ」
椅子に腰掛けたシエテはそのまま窓の外を眺めた。
星晶獣ティアマトの加護を受けているだけあって、気分を落ち着かせてくれるいい風だ。
戦闘意欲を高めてくれる暴風も嫌いじゃないが、まったりしたい時にふく風もまた、嫌いじゃない。
これはやはり、彼の司る属性が、六の元素の内の一つである風だからだろうか。
共感を得られる人間は少ないだろうが、それはそれで、自分だけが楽しめて良かった。
「えー長らくお待たせ致しました。これより、フェードラッヘ行きの便は出発します。しばらく揺れますのでむやみに歩かないようお願いします」
空の世界に住む者ならば、幾度となく聞かされる注意。
落ちたらどうなるか誰も分からないのだから、当然とはいえ……彼も空の底については気になっていた。
果たして別の世界が待っているのか……あるいは虚無か。ただただ死ぬまで落ち続けるのか。その答えを知る者は落ちた者だけだ。
「あー怖い怖い……ん?」
船長から声がかかったところで一眠りしようかと考えるシエテだったが、前方から迫るどたばたとした足音と話し声に眉を潜めた。
一人は金髪のがっちりした体格の男で、もう一人は黒髪。パッと見では華奢に見えるも、鍛錬しないと造れない引き締まった身体に、彼は注目した。
「ランちゃんランちゃん! こっちの席、空いてるから座ろうぜ!」
「待てって……ヴェイン、もう出発するんだから早く席に着け!」
「細かいことは気にすんなって! ねぇお兄さん、隣の席、空いてるよね!」
今の注意喚起を聞いていたのなら、さっさと席に座るのがマナーなのだが……だらしない奴もいたものだ。
シエテはやれやれと思いながらも、お兄さん呼ばわりしてくれたことに免じて大人の対応をすることにした。
「どうぞー、俺は一人だからね」
シエテは窓際の席から、通路を挟んで三つ並んだ席を指差して座るよう促す。
二人が着席すると、ようやく騎空艇は発着場から離れていった。
「全く、せっかくの休暇の帰りに一番焦らされるとは……。ヴェインが買い忘れなんかするからこうなったんだぞ!」
「いやだってさ、団長副団長の俺たちがお土産忘れたらジークフリートさんに呆れられるって!」
「いやお前……いくらジークフリートさんでも、会う予定のない俺たちがお土産を買い忘れることに、どうやったら気付くことができるんだ?」
「さあ? ジークフリートさんなら分かるんじゃね?」
「お前なあ……ジークフリートさんを何だと思ってるんだ……」
仲睦まじく談笑する二人の会話を、聞き流していたシエテ。
しかし、明らかに私服とはいえ二人は確かに団長と副団長と言った。そして、休暇終わりでフェードラッヘに帰ると理解できた。
なかなかに、並外れた洞察力である。
つまり、結論から言えばこの二人はフェードラッヘの騎士団長と副団長その人であることが簡単に分かった。
そうと決まれば、シエテは早速声をかけることにした。
「ねえ、君たちってさあ……もしかしたら、フェードラッヘの騎士団長と副団長だったりしない?」
「あれ、お兄さん俺たちのこと知ってんの? まあ、ランちゃんくらいになると知らない人もいないか!」
豪快に笑うヴェインだったが、あながち間違いではなかった。
何を隠そう白竜騎士団団長であるランスロットは、あまりに美しすぎる容姿が女性の注目を浴びてしまうとの理由で捕らわれたことがあるのだから。
普段は青い鎧姿に身を包んでいるのだが、きりりとした表情に加えヴェインによく見せる笑顔の虜になった人は数知れず。
ともかく、絶大な人気を誇る圧倒的な美青年である。シエテ、いや、お互いに気付いていないが、年齢を同じだとは思うまい。
そのせいか、ついシエテはため口で。ランスロットは敬語を使っていた。
「いやー、奇遇だね。実は俺もちょっと有名でさ? 十天衆って騎空団、知らない?」
「十店主? なんだか凄そうな経営者集団だな!」
ヴェインの発言に、思わずズッこけそうになる二人。
ランスロットは改めて説明をすることにした。
「十天衆だぞ、ヴェイン。十ある武器の最強の使い手から構成された伝説の騎空団……で、合っていますよね?」
「そうそう。ただ、強い奴はいるけどどいつもこいつも個性的でねー。しかも自分勝手だから、本当に信頼してくれているのか不安になるよー」
「は、はぁ……」
嘆くシエテに、ランスロットはなかなか苦労の絶えなさそうな人だと思った。
それはシエテも同様だ。ヴェインのようなタイプを下に置く気持ちも、よーく理解しているつもりであった。
「まあ、本題はここからなんだけどねー。実は俺もフェードラッヘに向かう途中なんだけど、三人の男を探してるわけ。炎の剣士に竜殺し、それと……白竜騎士団の団長である君だ」
名指しで言われて、反射的にランスロットの眉も釣り上がり、表情は明らかに訝しむように変化した。
それを見たシエテは慌てて付け加えた。
「ごめんごめん、別にフェードラッヘで何かしようってわけじゃないからさ。俺としては今の三人と戦って、勝ったら剣拓を取らせて欲しい、ただそれだけさ」
「剣拓?」
「これのこと」
説明するよりも見せた方が遥かに早い。
そう判断したシエテは、コレクションの中から一番短い剣を選び、自分の右手に出してみせた。
その様子を見た二人は、興奮気味に口を開いた。
「すっげぇ! こんなの見たことないよな、ランちゃん!」
「あ、ああ……。これは凄いです。もしかしてあなたは剣の使い手、シエテさん……ですか?」
「お! 知ってくれている人がいるのは嬉しいなー」
「俺も騎士として、剣については日々模索していますから。行き詰まりを感じることも多々あります」
謙遜気味に語るランスロットだったが、シエテがかなり嬉しそうに微笑んだので驚きを隠せなかった。
まさか、有名なはずの彼が、名前を知られているだけで微笑むとは普通は思わない。
有名人は、多くの人間が知っているからこそ有名なのではあるが。
そんな二人の会話に、ヴェインは口を挟んだ。
「シエテさんには悪いけど、竜殺しであるジークフリートさんは、今はどっかに行ってるから分からないかなー。パーさんなら確か、まだ滞在してたっけ?」
「ああ、パーシヴァルの奴なら俺たちが不在の間、団員たちを見てくれてるからな」
「おーそうだったそうだった。なんだかんだでパーさんは面倒見がいいからな!」
「まあ、有能な人材を引き抜かれないかが心配だがな……」
信頼できる人間に部下を託したのにも関わらず、ランスロットは苦笑い。一方のヴェインは気にも留めない様子である。
どうやら、探していた三人の情報はもう掴めたらしかった。
「なんとなくだけど……そのパーシヴァルって人が、炎帝で間違いないのかい?」
「ええ。やっぱり、パーシヴァルとも決闘を……?」
「まあね、俺も面倒な性格してるのは自覚してるけど、その剣の使い手に勝たないと剣拓を取らない主義だからさー」
「なるほど。けど、パーシヴァルなら快く受けてくれると思いますよ」
「……その言い方だと、君は受けてくれないのかな?」
シエテの表情が鋭く、そして険しくなった。通路を挟んでいるとはいえ、随分距離が近いせいかランスロットはつい口を閉じた。
シエテとしては、威圧するつもりはないが理由を知りたいのだ。
「ええ……非常に申し訳ないのですが、俺にはあなたと戦う理由が見つかりません」
「ほう。理由……か。参ったなー、そう言われるとお兄さんは困るんだよねー、ぶっちゃけ趣味だから」
「パーシヴァルだけじゃ駄目なんですか?」
「ほらさ、俺たちって職業柄、いつ動けなくなるか分からないじゃない? だから、一度出会った剣士とは戦っておきたいんだよねー」
シエテの口から飛び出してきたのは、意外にももっともな理由。
それを聞いたランスロットは、少し考える素振りを見せた。
「しかし、趣味とはいえランちゃんは勝負を挑まれるほどシエテさんに認められてるんだろ? だったら俺は受けてもいいと思うけどなー」
「君も剣士なのかい?」
「ん? 俺の武器は剣よりも斧だから、シエテさんとはやり合えないっすね」
「それは残念だなあ」
剣を得意とするなら、自らの愛剣くらいは手にしているはずである。
たとえ戦わずとも、それを見るだけでもシエテは楽しかったりするのだから、生粋の武器マニアでもあるのだ。
「ランちゃんが悩んでいるし、俺は昼飯でも食おっかなー。シエテさんも要ります? つい買い過ぎちゃって……食べ切れそうにないっす」
「フェードラッヘに着いてから食べようと思ってたけど、余ってるなら貰おうかなー」
「ええ。本当は俺の手料理でも食べて欲しいけど、ここじゃどうしようもないし。あ、フェードラッヘが初めてなら俺が案内しますよ!」
人見知りとは無縁のヴェインは、ぐいぐい距離を詰めてくる。
「確かに、依頼以外じゃあまり滞在したことがないからなー。ここはお言葉に甘えて、案内して貰おうかな?」
「ほいきた! ちなみに依頼って……」
「これだねー。フェードラッヘは騎士団員も募集してるくらいだし、魔物の処理に人手が足りないらしいからねー」
「あちゃー、本来は俺たちの役目なのに……」
自国の国民を守るために存在している騎士団だが、自分たちだけでは足りないのを自覚しているのか、ヴェインはゆっくり話し始めた。
「俺たちもずっと前線で戦いたかったけど、怒られちゃったからなー」
「ほう。詳しく聞かせてくれるかい?」
その内容とは、ランスロットとヴェインが数ヶ月働き詰めであまりにも休息を取らないものだから、怒られたという話であった。
そんなに悪い話ではないと思うかもしれないが、パーシヴァルにこう言われてしまったのだ。
「ランスロット、お前は自分の団員たちを信じられないからずっと働いているのか? 別にお前がいなくてもフェードラッヘは大丈夫だから、旅行にでも行ってこい」
そんなことを言われてしまっては、ランスロットも休まざるを得なかった。それに、抜けた穴はパーシヴァルが入るから心配無用だと豪語するので、つい任せてしまったのだ。
こうして休暇を得るにまで至ったのだが、フェードラッヘから出ないとどうせ隠れて働くと見抜かれたのか、国外にまで飛ばされたのである。
そして、三日ほど国を出て休んだので、帰る途中でシエテと出会った……こんな流れである。
「ま、働き詰めは良くないからねー。俺もあいつらに言ってやるかな……」
「あいつら?」
ランスロットが首を傾げると同時に、シエテは説明を始めた。
「俺の団員なんだけど、いつも孤児たちの世話をしている奴らがいるんだよねー。なんせ場所が場所だから……」
そう言ってシエテは窓の外、その下の方を見る。
星屑の街。そこでマフィアたち相手に、常に目をギラつかせてるカトルとエッセルのことを思い出しながら、彼は項垂れた。
彼等がいるのも、この空で言うならば決して高いところではない。下の方だった。
移してやりたいのは山々だし、進言はした。
しかし、双子にとってあの街は帰るべき場所なのだ。生まれ育った場所を懐かしむ気持ちは理解できるがゆえ、シエテも強制はできなかった。
普通、マフィアたちと抗争を繰り広げるような街に、誰が住みたいと言うのか?
そんなもの、よっぽどの命知らずじゃなければ言い出すわけがない。
しかし、それでもカトルとエッセルはあんな危険な街に住み続けているのだ。彼女たち自身も、まだまだ幼いというのに。
とは言え、十天衆の最年少は別にいるがゆえ、強さの形には色々あるのだった。
それから数十分。
「あ、そろそろフェードラッヘに着くみたいだ」
窓の近くに肘を乗せながらもの思いに耽るシエテの横で、誰かが呟いた。
聞こえるがままに視線を下へと向けると、一番目立つフェードラッヘ城がその全貌を現した。
それに復興がだいぶ進んだ街並みに、迷子になりそうなほど広い森が目につく。何度か足を運んだことはあるが、基本的な構造は変化していなかった。
「さて、と。観光も悪くはないんだけど、君と戦う理由を考えなきゃね」
振り向いたシエテとランスロットの視線がぶつかり合う。
正直、戦う理由なんて探したところで見つかるわけがないのではあるが、それでも何とかしてみるつもりではある。
いくらなんでも、人質を取るような危ない真似をするつもりはない。
それに、色々とけしかけるのは得意な方だ。
真摯な姿勢を崩さずに頼み続ければ、簡単に折れてくれるかもしれない。
騎空艇が到着し、二人の荷物を抱きかかえながら、作戦を企てるシエテであった。
個人的に一番書きたかったのはVSアルベールで、次点でパー様。
ジークンマン、アレ爺、ヨダ爺辺りはかなり食い下がりそうで書くのが楽しそうですね。
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