青い人魚と軍艦娘 (下坂登)
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1話 晴風対戦艦レ級

はじめまして、下坂登(くだりざかのぼる)と申します。

ハイスクール・フリートや艦隊これくしょんのメディアミックスを読み、クロスオーバーさせたくなりました。

小説を書くのは初めてなので、どうか温かい目で見てください。

なるべく早く書けるよう努力していきます。


それでは本編へどうぞ。



「なんなのよ……あれは……」

 

御蔵、三宅、神津、八丈の前々に立ち塞がる"異形"。レーダーはおろかソナーすら一切感知していなかった、禍々しい謎の水上目標たち。

 

平賀倫子はそれらを双眼鏡で確認した。

 

鯨のようなものや、人の形をしたもの、それらはまるで戦艦の大砲のようなものを背負っていた。

 

クルーの間に動揺が広がる。

 

「人……?魚……?」

「持っているのは武器なのかしら……?」

「まさか幽霊……!?」

 

正体は何かと議論が始まった。

 

その時、閃光が走った。

 

「っ!?目標が発砲!?」

 

直後、御蔵の主砲が爆炎を上げ吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《緊急入電、UT01部隊が未確認物体の攻撃を受け2隻航行不能、1隻大破、1隻中破、現在戦闘海域から離脱し本艦隊南方100キロの位置、救援を求めています》

 

緊急電を受け、海洋実習中であった横須賀学生艦隊は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 

「総員配置!発進用意!」

 

明乃の号令で、晴風クルー達がドタバタと配置に着く。

艦橋に非番だった芽依、志摩、幸子、ましろが駆け込み、全員が揃った。

 

《こちら機関室、いつでも出発できるぜ!》

《射撃指揮所配置完了!》

《一番魚雷発射管準備OKです》

《 二番魚雷発射管姫路配置に着きました》

《炊事委員伊良湖以下3名います!》

《こちら野間、配置に着きました!》

《万里小路準備完了致しました》

《応急委員和泉、青木配置完了!》

《こちら鏑木、配置に着いた》

《こちら海図室勝田、五十六もいるぞな》

《主計長等松美海、配置完了》

《電探室準備完了です》

《通信もOKです》

 

次々と入る報告を、ましろが配置図と照らし合わせ漏れが無いか確認する。

 

「艦長、総員配置に着きました!」

「了解!」

《天神より入電!「これよりUT01部隊の救助に向かう、準備完了した艦から現場に急行せよ」》

「晴風発進!救助に向かいます!」

 

 

 

 

晴風の機関が唸りを上げ加速する。

 

 

 

 

あまりに晴風クラスの行動が速かったのか、天神を除けば武蔵と他3隻しか同行出来ていない。

 

やがて、最新鋭艦である天神がさらに速度を増し晴風達を引き離して行く、そして学生艦最速を誇る晴風も他の艦との差を広げて行く。

 

「現着まで天神が80分、本艦は100分です」

 

幸子がタブレットに表示された情報を読み上げる。

 

「被害状況は、旗艦御蔵が大破炎上、既に鎮火済み、しかし浸水が進行中。八丈大破、浸水により右に約10度傾斜、かろうじて航行可能、三宅は……炎上中、応急修理不可能なため乗員離艦開始、神津中破、航行に支障無し。死者はなし、重症者多数。

攻撃した未確認物体は南へ移動し、現在位置は不明とのことです」

「未確認物体って、どんなものなの?」

 

明乃が尋ねた。最新鋭のインディペンデンス級4隻をここまで圧倒する兵器が作られたのだとしたら、せめて特徴だけでも知っておきたい。

しかし、幸子は首を横に振った。

 

「わかりません、データ等が一切来てないんです」

 

鈴がええっ、とびびった。

 

「そんなぁ、何もわかんない敵とあっても、何もできずにやられちゃうよ」

 

明乃も同感だ。敵の正体がわからない以上、下手に接近すればやられるかもしれない。最優先すべきは索敵だ。

 

「もしかしたら、戦闘になるかも知れないね……野間さん、まゆちゃん、しゅうちゃん、何か見かけたらすぐに報告して」

《了解!》

「めぐちゃん、万里小路さんも見逃しの無いように」

《はい!》

《かしこまりました》

「もし敵に会ったら私らに任せてよ!撃ちまくって海の藻屑にしてやるから!」

「うぃ!」

 

芽依と志摩は既に戦る気満々、撃て撃て魂とやらが騒いでいる様子。暴走されないようましろが釘を差す。

 

「はしゃぐな、遊びじゃないんだぞ」

「わかってるよぅ、でもブルーマーメイドの先輩を痛めつけた奴を懲らしめなきゃ」

「先輩がやられた相手に、私達が敵うわけ無いだろ、もし出会ったとしたら逃げるからな」

「えー」

「文句言うな」

「逃げるなんてつまんないよ。大丈夫だよ、負けるわけないって。ねっ、タマ」

「うぃ、うぃ!」

 

「油断しちゃ駄目だよ」

 

明乃が少し厳しく注意する。

 

「いつ何が起こるかわからないんだから、気を引き締めて」

 

思えばシュペーと再戦した時もこうだった。手柄を立てて調子に乗ったまま挑み、かろうじて作戦は成功したが大きな被害を負った。慢心してはいけない。

明乃は改めて気合いを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場には未だに激しく炎上し黒煙を上げる三宅と、艦体のありとあらゆるところが黒く炎上した痕と砲撃の痕で痛々しい御蔵、浸水し右に大きく傾いた八丈、そして三宅から離艦した乗員が漂っていた。三宅は既に沈没し、姿を水底へと消していた。

既に神津と天神が三宅の乗員を収容し始めていたので、晴風は御倉の左舷に接舷し救助活動を始めた。

八丈は晴風の次に到着した浜風が救助に当たる。

 

救助活動は思ったよりもスムーズに進んだ。新橋商店街船の時とは違い、救助される側もプロなのだ、非常に落ち着いて御蔵から晴風へと乗り移り、負傷者の手当も協力して順調に行っている。

 

「現在69名を収容、残り10名です」

 

現場指揮を取るましろが、艦橋へと報告を入れた。

 

《大丈夫?応援は要る?》

「大丈夫です。もうすぐ完了しますから」

 

通信を切ったその時、平賀が声をかけてきた。

 

「宗谷さん、福内を見てない?」

「福内さん?いいえ、まだ来ていませんが……」

「おかしいわね……先に避難している筈なのに……」

 

御蔵から最後の人達が乗り移る。しかし、その中に福内の姿は無かった。

平賀が最後尾の人に尋ねる。

 

「まだ福内は残ってる?」

「いいえ、私達で最後ですが……」

「そんな、だってまだ ―――」

 

 

ズウゥゥゥン!!と激しい爆発音が聞こえた。

 

 

「なんだ!?」

「爆発!?」

 

幸子が情報を読み上げる。

 

《御蔵右舷14ブロックで爆発がありました!周辺ブロックへの浸水が始まっています!》

「原因は!?」

《わかりません!》

 

「……福内……!」

 

平賀は駆け出し、ましろの制止も聞かずに御蔵の中へと駆け戻った。

 

「平賀さん!危険です!」

「ごめんなさい!でも見捨てる訳にはいかないのよ!」

「待ってください!……ああもう!万里小路さんも来てくれ!連れ戻すぞ!」

「はい!」

 

ましろと楓は平賀を追いかけ御蔵の中へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平賀さん!福内さん!どこですか!?」

 

ましろと楓は御蔵の中を駆け回り、平賀と福内を探し回った。

 

「どこに行ったんだ?」

「見当もつきませんわね」

 

十字路で立ち止まり、何処に行ったのかと辺りを見回す。

こうしている間にも、艦が少しずつ傾いているのが分かる。残された時間は少ない。

 

「手分けして探しますか?」

「ああ……」

 

楓がましろに尋ねたその時、突然爆発が起きた。

 

 

ズドオォォォン!!

 

 

激しい閃光と衝撃波が2人を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___福内!福内!」

 

平賀が体を揺すり呼びかけ続けてようやく、福内は意識を取り戻した。

 

「……っ……!……平賀……?」

「福内!一体どうしたのよ!?」

「……何よ……?」

「酷い怪我してるじゃない!」

「……え?」

 

福内は記憶が混濁していて状況が把握できていないようだ。

頭部の大きな傷からのおびただしい出血で、顔と制服の一部が赤く染まっている。

平賀はガーゼを取り出し、傷口に押し当てた。

 

「これ、押さえてなさい」

「……ええ」

「歩ける?」

「手を貸してくれれば……」

「はい」

 

福内は平賀に肩を借りて立ち上がった。

 

丁度その時、艦が轟音と共に激しく揺れた。

 

「何!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通路には白い煙が立ち込めていた、真っ白で周りが殆ど見えない程に。

 

「ゲホッゲホッ、万里小路さん?無事か?」

「ええ、大丈夫です」

 

2人は幸いにも無傷だった。

お互いの無事を確認して立ち上がり、懐中電灯で周囲を照らすが効果はほぼ無い。

 

《しろちゃん!万里小路さん!》

「艦長、私達は無事です!何が起きたんですか!?」

《爆発があちこちで起こってるの!早く脱出して!》

「なんだって……!?でも平賀さんと福内さんが……!」

 

 

 

 

 

こつ……こつ……こつ……。

 

 

 

 

 

微かな足音を、楓の耳か捉えた。

 

「……誰かがこちらへ来ます」

「え?」

「足音がします。間違いありません」

「平賀さん達か?」

 

こつ…こつ…という足音がましろにも聞こえてきた。

 

楓が足音の主へ呼び掛ける。

 

「誰ですか?返事をしてください!」

 

しかし、返事はなく相変わらず、こつ…こつ…と歩いてくる。

 

やがて、煙の中うっすらと人影がみえてきた。

 

「大丈夫ですか!?けがをしてないですか!?」

 

ましろも呼び掛けた。すると、

 

 

 

 

 

「アア、ヤット見ツケタ」

 

 

 

 

 

 

そいつは、成人女性のような身体に黒いレインコートを羽織っている。しかし、人間ではなかった。

肌は病的なまでに真っ白く、腰からは太い尾が生えている。尾の先には多くの鋭い牙を持ち、真っ黒な金属でできた凶暴な鮫ような口がついていた。

 

「!?」

「なっ、なんだこいつは!?」

 

驚愕のあまり、動けなくなってしまうましろと楓。

 

化物はまるで無邪気な子供のように笑う。それがましろ達の目には不気味に写った。

 

「新シイ獲物ダ。サア、楽シイ狩リヲ始メヨウ!」

 

化物はこちらに向かって跳躍し、とんでもない速度で一気に距離を詰めてきた。

 

「逃げろ!」

 

ましろが叫ぶ。

2人はとっさに脇道へと飛びこんで、かろうじて化物の突進から逃れ、そのまま全力で逃げ出した。

 

「なっ、何なんだ!あれはっ!?」

「幽霊でしょうか!?」

「あんな幽霊いるのか!?」

 

振り返ると化物が凄い勢いで追いかけくる。

 

「ひいいっ!!」

 

2人は死にものぐるいで走った。

振り切ろうといくつもの角を曲がった先に、福内を支えながら歩く平賀が見えた。

 

「平賀さん!」

「!貴女達!」

 

2人は息も絶え絶えに助けを求めた。

 

「はぁ……はぁ…………助けて……」

「どうしたの!?」

「か……怪物に襲われて……」

「怪物ですって!?」

 

その直後、化物が姿を現した。

狂った笑みを浮かべながら。

 

「オヤオヤ、獲物ガ4匹二増エタ」

 

すぐさま平賀は福内の体を楓に預け銃を抜いた。

 

「この化物ぉ!!」

 

そう叫んで躊躇なく引き金を引いた。

 

パァン!パァン!パァン!パァン!パァン!

 

あっという間に5発、リボルバー銃の装填数を使いきった。

弾は全て頭部を狙って放たれた。だが、皮膚に当たった瞬間にキィン!キィン!と音を立て弾かれてしまった。全く効果がないようだ。

 

「弾かれた!?」

 

「オオ怖イ怖イ、イキナリ撃ッテ来ルナンテヒドイネ。ソレジャア、行ックヨー!」

 

尻尾についた砲が回転し、ましろ達へ向けられる。

 

「撃チー方ー始メー!」

 

場に合わない陽気な掛け声と同時に砲弾が発射された。

 

 

 

 

 

ズドォォォォォン!!

 

 

 

 

 

 

御蔵の壁が吹き飛び、炎が吹き出した。

 

「また爆発!?」

「違う、砲弾」

 

芽依に志摩が指摘した。

 

「ただの爆発ならもっと破壊範囲が大きい」

「でも、艦の中に砲台なんてないよ!?」

「それは……わからないけど……」

「あの化物よ」

 

御蔵の副長が口を挟んだ。

 

「化物?」

「私達の艦隊を襲ってきた奴よ、兵器を背負った怪物。まさか、侵入されていたなんて…」

 

明乃がインカムでましろと楓に呼び掛ける。

 

「しろちゃん!万里小路さん!大丈夫!?」

《こちら万里小路、謎の怪物に襲われました》

「怪我はない!?」

《大丈夫ですわ、平賀さんと福内さんも無事です。ですが副長とはぐれてしまいました》

《こちら宗谷!!助けてくれ!!化物が追ってきてる!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ましろは必死に化物から離れようと走っていた。だが、化物は不気味な笑みを浮かべながら追いかけてくる。

 

「逃ガサナイゾー!」

「こっちに来るなぁぁぁぁぁ!!」

 

まったくついていない。あの爆発で吹き飛ばされたら楓達と離されてしまった、おまけに出口とは反対の方向に飛ばされ、挙げ句の果て化物にロックオンされた。

 

《しろちゃん!今どこにいるの!?》

「えっ!えっと……ここは……」

「撃ェ!」

 

答えようとした直後、化物が砲撃。砲弾はましろのすぐ横の壁に着弾した。

 

「きゃああ!!」

 

衝撃で激しく床に叩きつけられた。

頭がガンガンする、手も足も痺れるほど痛い。それでも、逃げなければ。

再び立ち上がり走り出す。

 

《しろちゃん!大丈夫!?》

「はい!えっと…」

 

ちょうどその時、艦内見取り図が目に入った。この通路の先は後部甲板らしい。

 

「後部甲板に出ます!」

「後部甲板ね!了解!」

 

明乃がそれを受けて指示を出す。

 

「メイちゃん!機銃用意!タマちゃんは主砲発射準備!」

「マジ!?撃つの!?」

「うぃ!」

《艦長!万里小路さん達を収容したっス!》

「タラップ外して!」

《了解!………………外したっス!》

「微速前進、取舵反転。御蔵と反航に!」

「りょ、了解!」

 

晴風が御蔵からゆっくりと離れ、左へ曲がっていく。

 

「私はしろちゃんを迎えに行ってくる!」

 

明乃は艦橋を飛び出した。

 

右舷のスキッパーに飛び乗り、海面に降下。そして、アクセルをおもいっきり吹かして発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ましろが後部甲板に飛び出すと、攻撃を受けた飛行船の残骸が散らばっていた。

飛び立とうとしたところを撃ち抜かれてしまったのだ。

 

ましろは甲板の一番後方に横たわる飛行船の陰に隠れて、通信を入れた。

 

「はぁ…はぁ…艦長、甲板最後部にいます。……あれ?」

 

応答がない。ずっとザーザーとノイズが流れているだけだ。

 

「……誰か応答してくれ……もしもし?…………………まさか……」

 

インカムが故障した。

 

「嘘だろ!?なんでこんなときに壊れるんだよ!!」

 

ましろはインカムを投げ捨てた。

慌てて辺りを見回すと、晴風は既に御蔵を離れていた。

 

「おーい!!晴風ーー!!」

 

誰かがこちらに気付くように、大きく手を振る。

 

「ここだー!!」

 

マチコがこちらに気付いた。何かをこちらへ伝えようと叫んでいるが、よく聞こえない。

 

「野間さん!なんだってー!?」

 

マチコは声で伝えることを諦め、手旗信号を送った。

ウ・シ・ロ・ウ・シ・ロ……

 

「後ろ?後ろはただの……」

 

怪訝思いに振り返ると、

 

 

 

「見イツケタ」

 

 

 

化物が、飛行船の上から覗き込んでいた。歯を剥き出しにした不気味な笑顔で。

 

「ひっ!」

 

恐怖のあまり腰を抜かし、その場にへたってしまった。

化物はましろの目の前へ、ひらりと降りてきた。

 

「ヨーヤク追イ詰メタヨ、手間カケサセンナヨナ。」

「なっ…何なんだ、お前は……」

「アタシ?何カッテ言ワレテモワカラナイナ。生マレタバッカリダカラ」

「は、はあ?」

 

生まれたばかりで言葉が話せるわけがないだろう。それに化物は成人女性ぐらいの大きさだ、こんな体で生まれてくる生き物なんているはずが無い。

 

「マア、ドウヤッテ生マレタカトカ、ドウデモイイヨ。アタシハ、トニカク暴レタイダケダカラ!」

 

そして、ましろへ砲を突き付けた。

 

「ジャア、記念スベキ犠牲者1号サン。サヨウナラ」

 

化物が引き金を引こうとしたその時、カランカランと缶のようなものが転がってきた。化物の意識が一瞬そちらへ向けられる。

 

「しろちゃん!!」

 

自分を呼ぶ明乃の声、ましろは化物の隙を逃さず駆け出して、そのまま甲板から、海へと飛び込んだ。

 

バァン!!

 

化物の足元でスタングレネードが爆発。

激しい閃光と衝撃音が化物を襲った。

 

「チィッ!!」

 

咄嗟に手で顔を隠し光をガードしたが、衝撃音のせいで動きがにぶった。

 

「しろちゃん乗って!!」

「はい!!」

 

明乃が海に飛び込んだましろをスキッパーに引き上げた。しかし、

 

「逃ガサナイ!!」

 

化物が甲板から2人を狙う。

スタングレネードを喰らったはずだが、ダメージはほとんどないようだ。

 

「斉射!!」

 

砲が一斉に放たれ、無数の弾が降り注ぐ。

明乃はスキッパーをフル加速させ、間一髪弾を避けきった。

 

「メイちゃん!!」

《ラジャー!!》

 

化物が砲を回し再び2人を狙う。

 

「今度ハ外サナイヨ!!」

 

だが、誰かを狙っているのは化物だけではない。

 

 

 

「これでも食らえ!!」

 

 

 

芽依が化物へ向け機関銃のトリガーを引いた。

 

スガガガガガガガガ!!

 

まるで滝のように吐き出された弾が、化物のレインコートをズタズタに引き裂き、腕を吹き飛ばす。

 

「ガアアアアア!!」

 

化物が獣のような悲鳴を上げる。

 

「よっしゃ!!効いてる効いてる!!」

 

芽依はそのまま撃ち続けた。化物が青い血をぶちまけ、壊れていく。このまま勝てると思った。しかし、

 

 

 

「フザケンナアアアアア!!」

 

 

 

怒り狂った化物は狙いも定めずに砲を撃った。

3発撃たれた砲弾の内1発は海に落ちたが、残り2発は晴風のスキッパーと艦尾に当たった。

スキッパーが爆発炎上し、爆雷投射機が砕け散る。

 

「きゃあっ!!」

 

クルー達が悲鳴を上げた。艦が激しく揺れ、何かに掴まっていないと吹っ飛ばされそうだ。

 

志摩が射撃指揮所に叫ぶ。

 

「撃ぇ!」

 

第1主砲が火を吹いた。

砲弾は狙い違わず化物に直撃。

 

ドォォォォオオン!!

 

 

 

 

大爆発が起き、甲板が火炎と煙に包まれた。

だが、煙が晴れると、そこにはまだ化物が立っていた。

 

「ガハッ……マダ……戦リ足リナイ…ゲボッ、ゴホッ……モット戦ワセロヨ……」

 

もう満身創痍で激しく吐血しながらも、半壊した兵装を動かし、晴風を狙う。

 

《目標に命中!しかし目標健在!!》

 

明乃が命令する。

 

《タマちゃん、止めを刺して!》

「2番3番撃ぇ!!」

 

第二第三主砲が火を吹き、化物の体を貫いた。

 

 

 

 

「チキショオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

断末魔の叫びが海に咆哮した。

 

 

 

 

直後、化物は爆発四散した。

 

 

 

 

《目標の爆発を確認!》

 

マチコの報告を受けたクルー達は、歓喜の声を上げた。

 

「いよっしゃあああああ!!」

「やった!化物を倒したよ!!」

「バキュンと必殺!!」

『イエーイ!!』

 

射撃指揮所では光、美千留、順子がハイタッチを交わした。

彼女達こそ、今回の立役者と言ってよいだろう。人サイズの化物に対し、3発全てを命中させる離れ業をやってのけたのだから。

 

しばらくして、艦橋に明乃とましろが帰ってきた。

 

「岬さん、副長、お帰りなさい」

「ただいま」

「ああ」

 

鈴に笑顔で答える明乃とましろ。すると明乃は一転、心配そうに尋ねた。

 

「被害状況は?」

 

幸子が報告する。

 

「砲撃によりスキッパー1隻が大破、爆雷投射機使用不能、ですがそれによる負傷者はいません。

御蔵乗員79名の内、重傷者18名、軽傷者37名、死者なし。

本艦は、副長以外無傷です」

 

最後の言葉に、ましろは自分の体を見る、あちこちに擦り傷が沢山ついていた。

 

「しろちゃんは医務室に行ってね」

 

明乃がニコリと言った。

ましろは大人しくうなづいた。

 

「了解しました」

 

 

 

 

ましろが艦橋を出て行く直前、それは起きた。

 

 

 

 

ドカーーーン!!

 

 

 

御蔵の飛行船が大爆発した。

 

「うわっ!!」

「爆発した!?」

 

その火が漏れていた燃料に引火し、それが導火線となり他の飛行船にも次々と引火、ドカンドカンと爆発が連鎖する。

晴風クルー達は、それをただ呆然と眺めていた。

 

そして御蔵の内部にも火が回った。

フィナーレは、御蔵の弾薬庫への引火。

ほとんど使用されず残っていた噴進魚雷が爆発した。

 

ズドオオオオオオオン!!

 

御蔵が前後真っ二つに割れた。大きな黒いキノコ雲をあげ、ズブズブと海に沈んでいく。

 

「……やっちゃったね……」

「……どうしよう……」

「撃ちすぎちゃったかな……」

「……うぃ……」

「……逃げたい」

「『晴風、猿島に続き御蔵も撃沈』明日のトップニュースは決まりですね」

 

海の底へと沈む御蔵を目の当たりにし、自分達がどんな処分を受けるのか不安でたまらなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘報告

 

 

UT01部隊

 

旗艦御蔵 爆沈

  八丈 大破

  三宅 沈没

  神津 中破

 

横須賀女子海洋学校所属艦隊

 

  晴風 損傷軽微

 

 その他 被害無し

 

 

 

これはブルーマーメイドと深海棲艦との戦いの始まりに過ぎなかった。

 




第1話を読んでいただきありがとうございます。

次回もいつ投稿できるかわかりませんが、よろしくお願い致します。

あれ?艦娘はいつ?誰が出るの?と思われるでしょうが、気長に続きをお待ちください。

続きを読んでいただけることを願っております。



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2話 回避不可能

やっと書けました……。構想はできてたのに文にするのが大変でした。
小説書きの皆様は凄いと身を持って知りました。




UT01部隊、晴風と化物の戦いはすぐに、横須賀女子海洋学校校長 宗谷真雪へと報告が上げられた。

 

 

 

 

「砲を持ったモンスターですって!?」

 

古庄からの報告を聞き、真雪は耳を疑った。戦闘に巻き込まれて晴風が損傷したとは聞いていたが、まさかその相手がモンスターだとは考えられなかった。

 

《はい、今詳細なデータを送ります》

 

パソコンにファイルが送られてきた、その中に化物の写真が入っている。

 

No1〜4と割り振られた個体は鯨のような形状をしていた。しかし、その禍々しい見た目は生き物というより、悪霊という印象だ。

口の中や体の上に砲を備えている。

 

No5は人型だが顔は巨大な顎になっていて、肩や腕に大型の連装砲が載っている。

 

No6は人に見えなくもない。ショートカットの女性の両手に、No1〜4を小さくしてくっつけてみればそっくりだ。

 

そしてラスト、No7__ましろ達を襲った個体。

 

確認されたのはこの7体のみらしい。

 

大きさはNo1〜4が小柄な鯨ほど、5〜7が人サイズ。

 

「これが改インディペンデンス級4隻を襲い、壊滅させたって言うの……?」

 

言っては悪いが信じられない。

いくら未知の生物でも改インディペンデンス級を沈められる筈がない、あの主砲の速射性能と正確さならどんな相手でもあっという間に蜂の巣にできる。さらに機動力は世界最強、戦艦の砲撃を容易に回避し、どんな船でも追いかけ回せる。

 

海を護る任務に最適な艦。

 

だから全世界に導入が進められているのだ。

 

 

疑問を解決するため、ファイルをスクロールし情報を読み取っていく。

 

「…………あ、これかしら……『目標はレーダーやソナー等では感知できなかったため、目視によって発見するまで接近を許してしまった』…………『個体差はあれど、移動速度は最高35ノットほど』…………なんてこと……!」

 

センサー類に全くかからないのであれば、近代艦の射撃システムは役に立たず、命中率が大幅に下がる。加えて移動速度が旧型航洋艦並に速い。

 

これでは砲弾を当てることすら難しい。

 

「攻撃もかなりの威力ね……このサイズの銃の何倍……いえ何十倍もあるかもしれないわ、恐ろしい敵ね……このサイズで航洋艦と同じ速度で泳ぎ、戦闘艦を打ちのめす攻撃能力を持つなんて…………。

一体何なのかしら……?誰がこれを生み出したの……?何の為に……?」

 

思考は着信音によって中断させられ

た。

相手は宗谷真霜、海上安全監督室室長であり、真雪の長女だ。

 

「はい」

《宗谷校長、例の怪物の件でご相談が》

「丁度その怪物のデータを見ていたところよ。学生艦隊には海洋実習を中断させて帰港させようと思うのだけれど」

《わかりました。こちらから調査と護衛を兼ねて弁天を向かわせます》

「一隻だけ?」

《周囲には民間船も多数航行しています、対応できる他の艦はそちらに回しました》

「正しい判断ね。もし怪物がまだ残っていたら他の船を襲う可能性がある、周囲の民間船の護衛を優先するのは当然だわ」

 

だが、不安は拭えない。

もし怪物の数が予想を遥かにこえていたら、もしもっと強い個体がいたら__。

 

「……特殊部隊を出せないかしら」

《特殊部隊を!?》

 

真霜もさすがに驚いた。

 

《まさか、そんな事態に発展すると思っているんですか!?》

「まだ可能性の段階だけど、これだけでは収まらない気がするの。更に被害は拡大するかもしれない……早めに手を打つべきだとは思わない?」

《……同感です、早速手配します》

「今近くに北風(きたかぜ)がいるわよね?」

《……第4特殊部隊ですね、確かに位置は弁天の次に近いですが……》

 

真霜が言いよどむ。

あの部隊を使いたくないと思うのはわかるが、この状況に最適な部隊なのだ、ここは押し切らせてもらうしかない。

 

「すぐに向かわせて頂戴」

《……はい》

 

通話を切り、ふぅと息をつく。

 

 

 

 

 

4月に起きたRatによる艦艇暴走事件の後、表面上ようやく落ち着きを取り戻したところでまたも怪事件発生だ。

Rat事件もまだ黒幕は捕らえられていない、海上安全整備局の上層部がもみ消しに走ったせいで決定的な証拠がないのだ。

 

しかし、奴らはまたろくでもないことを画策していると真雪は察知している。そいつらは今回のことも利用しようとするだろう。

 

 

__また大波乱になるわね__

 

 

真雪はこれから起きるであろう大事件をどう乗り越えるか、思考を巡らせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生艦隊は校長からの命令により、帰港するため横須賀へと向かっていた。

八丈と神津はそれぞれ天津風と時津風、浜風と磯風が曳航している。

天神はいつでも化物に対応できるよう定期的に位置を変え、学生艦を守っていた。

晴風は艦隊の後方に付き、殿を務めていた。

 

 

 

 

 

「あーあ、実習中断か。つまんないなー」

 

芽衣が頬を膨らませて愚痴る。明乃が尋ねた。

 

「そんなに不満なの?」

「不満だよ!だってこの後艦隊演習の予定だったんだよ!せっかくの撃ちまくる機会だったのに!」

「うぃうぃ」

 

志摩も同意し頷く。

砲雷コンビは艦隊演習を心から待ち望んでいたという。

戦艦どもを叩き潰そうと意気込んでいた。しかし、あの化物のせいで実習は中断されてしまった。

悔しい、この無念絶対に晴らしてやる。

 

「化物相手に撃ちまくったくせに、それでも飽き足らないのか」

 

ましろが苦言をぶつけるが、芽衣と志摩は全く気にしない。

ましろはあんな目に会うのはもう懲り懲りだから、帰港できるのは嬉しかったし、鈴もましろに賛成だった。

 

「もう、あんなモンスターとは戦いたくないよ〜」

「まったくだ。……だが、あれは何だったんだろう……?」

 

その疑問に人間劇場幸子が挙手。

 

「きっとあれは艦の亡霊ですよ!戦いで沈んだ艦の怨念があんな姿になって現れたんです!『我々を沈めた奴らに復讐してやるぅ~、まずはブルーマーメイドを叩き潰すのだぁ~』」

 

幽霊そっくりの仕草に、鈴が怯えてカタカタと震えた。後でお祓いしておかねば。呪われるなんて真っ平ごめんだ。

すると、明乃が幸子の意見を優しく否定した。

 

「いやいや、戦争で沈んだ艦なんてほとんどないよ?それにブルーマーメイドは戦争はしないから、絶対怨まれるようなことはないよ」

 

この世界では、日露戦争の後は大きな戦争は起きていない。当然各地での争いはあったが、軍艦が沈むようなことはなかった。戦争のために造られた艦のほとんどは平和に退役し解体されるか、ブルーマーメイドの艦として残されている。亡霊になる原因がないのだ。

もし仮に、亡霊になった艦がいたとしてもブルーマーメイドは発足以来どの国とも戦闘していない。つまり、ブルーマーメイドが怨まれる筋合いなどない。

 

幸子は考えを否定され、しばらくう~んと唸っていたが、突然ハッと思いついて発表した。

 

「じゃあどこかのマッドサイエンティストが作った人工生命体です!」

 

『ないでしょ』

 

飽きてきた全員が息を合わせ切り捨てる。だが、幸子はめげない。

 

「そんなことありません!世界征服を企む悪の組織が無敵の軍隊として作り上げたんですよ!」

 

「そんな技術力どこが持ってんのよ?」

 

芽依が呆れたように言った。

 

 

 

 

ゴロゴロ……

 

 

 

 

 

「ん?」

「雷か?」

 

窓の外を見ると、いつの間にか空が黒い雲に覆われていた。抜錨時に雲行きを確認したが、航路上に雨雲は1つもなかったはずだ。

 

「ココちゃん、天気図見せて」

「どうぞ」

 

明乃は幸子からタブレットを受け取り、天気図を確認する。そして目を丸くした。

 

「ええっ!?」

 

艦隊は、嵐のド真ん中に突入していたのだ。

何かの間違いかと思い、ここ数時間の雨雲の動きを見ると、雲1つなかった場所に突然巨大な低気圧が発生していた。すぐに大粒の雨が激しく打ち付けてきた。

やがて海は荒れ始め、艦は大きな波によって右へ左へ大きく

 

ガラガラ……ドォォォン!!

 

天を震わすほど巨大な雷が落ちた。

激しいフラッシュで目が眩む。

 

「キャアアア!!」

 

思わず悲鳴を上げ、その場にうずくまってしまった。

明乃は未だにあのトラウマから完全に脱却出来てはいなかった。

その震える背中に、ましろが優しく声をかけた。

 

「艦長、大丈夫ですか?私達に任せてしばらく休んでください」

 

「えっ……でも」

 

「無理する必要はありませんから……これより、私が指揮を引き継ぎます、艦長は休憩なさってください」

 

照れ隠しな業務口調で告げられた。明乃はましろの心遣いに感謝した。

 

「あ……ありがとう」

 

ましろに礼を言い、艦橋から降りた。

 

 

 

 

 

自室に戻った明乃は布団を頭からかぶり、ぎゅっと目を瞑った。嵐の音も、光景も遮断したかった。でも、明乃は嵐から逃れることなんて出来ない。ブルーマーメイドは嵐の中にでも、救助に向かわなければならないのだ。分かっているのに、心が拒絶する。

 

「嵐なんて、無くなればいいのに……」

 

そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「まだ嵐から出られないのか?」

 

ましろはイライラし始めていた。いつになったら穏やかな海に出るのか。

 

「暴風域さらに拡大中、あと2時間は出られません」

「嘘だろ……はぁ…ついてない……」

「しろちゃんの不幸体質のせいなんでしょうかねー」

「ない!……とも言い切れないな」

「せめてこのまま出られればいいですけど……」

「フラグにしか聞こえないんだが……いかんいかん」

 

嫌な考えを落とすように頭を軽く叩いた。ネガティブ思考はさらに事態を悪化させるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、やっぱりついていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《武蔵より全艦へ!!3時の方向に怪物体多数を確認!!繰り返します! 3時の方向に怪物体多数を確認!!数およそ30!!》

 

武蔵通信士の声がスピーカーから響いた。それに応じ古庄が矢継ぎ早に命令を出す。

 

《全艦9時方向に回頭!全速離脱急げ!天神は最後尾に回り怪物に対処する!》

 

艦隊が右へと曲がり化物に背を向け逃げ出し、天神は反転し化物の群れに向かって前進していく

 

 

 

 

 

 

「総員配置急げ!」

 

ましろは自分の不運を呪いながらも、マニュアルどうり戦闘準備を進めていく。彼女は明乃と比べ、突発的なことへの判断力は劣るが、基本を守るところは優っていた。

 

「機関室!いつでも全開にできるよう準備してくれ!!」

『またかよ!なんでこういつも』

『わかったわ宗谷さん!』

『クロちゃん!勝手に答えんな!!』

「よろしく頼む」

『はぁ……へいへい、わかったよ』

ましろが指揮している場合、洋美が言うことを聞いてくれるのでとても楽だ。

 

『射撃用意よし!!』

『魚雷発射管準備完了!!』

 

戦闘用意が出来たのと同時に、明乃が駆け込んできた。

 

「遅れてごめん!状況は!?」

 

幸子が報告する。

 

「目標は後方距離70、30ノットで追いかけてきます。既に総員配置完了しています」

 

「わかった。しろちゃん、これから私が指揮を執ります」

 

緊急時はトラウマすら忘れて動けるのかと、ましろは思った。それだけ厳格に仕事に対するON.OFFが勝手に切り替えられるのだろうか。

 

「了解しました。指揮を返します」

 

ましろの言葉と同時に、明乃がフル活動し始めた。

 

「タマちゃん主砲榴弾装填」

「うぃ」

「野間さん!後方監視を徹底して!」

『了解!』

「みんな聞いて!今天神が迎撃に向かってるけど……」

 

明乃は覚悟を決めて、全員に伝えた。

 

 

 

 

 

「たぶん、天神だけじゃ抑えきれない。私達も戦うしかない」

 

 

 

 

 

その言葉の直後天神が砲撃を開始、戦いの火蓋が切られた。




幸子「もう2話目なのに艦娘が出てきません!どうなってるんですか!」
作者「そう言われても……たぶん次回出てくるかも」
ましろ「たぶんって……」
幸子「しょうがないですね。誰が出るんですか?」
作者「それは言えないよ。当ててみたら?」
幸子「う〜ん……そうですねぇ。皆さんは誰だと思いますか?」
明乃「晴風!」
ミーナ「アドミラルシュぺー!」
もえか「武蔵!」
作者「……晴風とシュペーは艦娘にいないし、武蔵もちょっとなあ……」
明乃·もえか「えー」
ミーナ「戦艦少女にはシュペーがいるぞ?」
作者「あ、これ基本艦これからしか出さないよ」
ミーナ「なんじゃと!?」

次回もお楽しみに。



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3話 悪雲立ち込める中


また忙しくなりそうです。
頑張って書いていきます。




天神の毎分220発を誇る76mm速射砲が、次々と水柱を立てる。しかし、化物の群れにはほとんど当たっていない。

 

「目標速力変わらず、接近してきます!」

「短魚雷用意!撃て!」

 

魚雷を発射するが接触信管も磁気信管も作動せず、群れの下を素通りしてしまった。

 

「魚雷、目標を素通りしていきます!」

「時限信管をセット!目標直下で起爆させなさい!」

「了解!」

 

その時、化物の群れが砲撃を始めた。

 

「目標が発砲した模様!」

「回避行動!」

 

天神は素早く右に転舵、砲弾を回避しようとするが、完全には避けきれなかった。

左舷にいくつか被弾、装甲が抜かれ炎が噴き出した。

 

「被害報告!」

「左舷に被弾4!火災が発生しました!スプリンクラー作動!航行に支障なし!」

「よし、魚雷発射!」

 

再び魚雷を発射、今度は時限信管が起動し群れの真下で爆発、群れの一部を宙へ吹き飛ばした。

 

「目標の一部を撃破!」

「よし!このまま攻撃を続けろ!」

 

天神は持ち前の機動力を活かし、うまく立ち回っていた。

勝つことは難しいが、化物の足を止めることはできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、化物の方が一枚上手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、艦隊の左舷に化物の大群が出現。隊列の中央に楔を打ち込んだ。

 

雨あられと砲弾が降り注いだ。

射線上にいた比叡、五十鈴、鳥海、涼月が猛攻を受け損傷した。

 

《こちら比叡!怪物体の砲撃を受けています!》

《こちら五十鈴!魚雷発射管、機銃損傷!使用不能!!》

《鳥海第二主砲大破炎上!被害拡大中!》

《こちら涼月!左舷浸水!速力低下!助けて!》

 

悲鳴混じりの報告が飛び交った。

 

 

 

 

 

これには古庄も動揺を隠せなかった。

 

「なんですって!?まだそんな数がいたの!?」

「どうします!?」

「救援に向かいたいけど……!天神も、もう……!」

 

天神は化物からの攻撃を受け続け、浸水と機関出力低下を引き起こしていた。

その結果回避能力も低下し、さらに被弾率が大きくなっていく。飛行甲板は穴だらけになり、レーダー、VLSも使用不能、魚雷も撃ち尽くした。

 

このまま持ち堪えられるかすら危ぶまれる。

 

「……全速で離脱するように伝えて」

「……了解……」

 

 

 

 

 

こちら天神、我救援不能。全力で離脱せよ。

 

 

 

 

 

「天神が!?」

「やっぱり、私達も戦うしかない……」

 

明乃は悪い予感が当たったと唇を噛んだ。

マチコから報告が入った。

 

『艦長!隊列が乱れてます!』

 

隊列が分断された影響で、艦隊後部の隊列はぐちゃぐちゃになり、大混乱に陥った。

各自で勝手に回避行動を取ったために、衝突しかける艦が続出。そこを滅多撃ちにされ被害があっという間に拡大していた。

 

「砲撃用意!目標怪物体群!」

「うぃ!全門方位270の0!」

『了解、270の0に合わせ!』

 

晴風が主砲を化物に指向する。

その時、摩耶が砲雷撃を受け急旋回、晴風の進路上に侵入してきた。

 

『摩耶と接触します!』

「鈴ちゃん取舵一杯!回避して!」

「はいぃ!」

 

鈴が必死に舵輪を左に回す。

 

「曲がれ曲がれ……!」

 

皆ぶつからないように祈った。

しかし、目前に摩耶の艦首が迫る。

ましろが叫んだ。

 

「ぶつかるぞ!全員衝撃に備えろ!」

 

グッと体に力をいれて、衝撃に備える。

 

幸いにも晴風は摩耶の艦首を掠め、ギリギリ接触せずにすれ違った。

 

「あ、危なかった……」

 

衝突を回避し一安心。とは行かなかった。

化物の砲弾が至近距離に着水、艦が大きく揺れた。

 

「きゃあ!」

「タマちゃん!攻撃始め!」

「撃ぇ!」

 

3つの主砲が咆哮、砲弾は寸分違わずそれぞれ化物に直撃、跡形も無く粉砕した。

 

だが、たかが3体倒したところで焼け石に水。寄せ付けまいと連射するが、化物の大群を止めることはできず、距離がみるみるうちに詰まっていく。

 

 

 

ついに、涼月と舞風が集中砲火を浴び大破、火災が発生した。

 

 

 

『涼月、舞風より救援要請です!』

 

鶫が報告する。しかし、

 

「無理だ!この状況では救援なんかできないぞ!」

 

ましろの言う通り、多数の砲弾の飛び交う中で救援を行うなど、自殺行為に等しい。ミイラ取りがミイラになるだけだ。

 

 

助けるにはまず敵を排除しなければならないが、化物へ砲撃が中々当たらない。

志摩率いる砲術班の射撃精度はイージス艦に優るとも劣らないが、高速で海上を移動する化物を相手にするのは初めてだった。

 

大きな艦や真っ直ぐにしか動かない砲弾や魚雷とは難しさが全く違う。

 

いくら正確に狙っても、相手に回避されてしまえば無駄だ。

 

鯨のような個体はサイズが大きく、行動が単調なため撃破するのが簡単だったが、人型の個体は小さく、しかも回避行動が上手なため命中率は5%にも満たなかった。

 

他の艦も主砲を撃ちまくるがほとんど命中せず、敵の接近を許していた。

 

「艦長どうすんの!?魚雷撃つ!?」

「魚雷を撃っても意味ないよ!なんとか救援の時間を稼がないと!」

 

全員に焦りが見えた。

到底救援に行ける状況ではない。だが、涼月も舞風も長くは持たない。

 

どうする____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、化物と艦隊の間に巨艦が割り込んだ。

 

 

 

《こちら武蔵!本艦が盾になります、その間に涼月と舞風の救援を!》

 

 

 

武蔵が射線上に割り込み砲撃を受ける、何十発という砲弾が武蔵の装甲を叩いた。

 

「もかちゃん!」

 

明乃が無線機を取り、もえかに呼びかけた。

 

《ミケちゃん、ここは武蔵が囮になるから、晴風は救援に向かって》

「もかちゃんは!?武蔵は大丈夫なの!?」

《大丈夫だよ。なんてったって武蔵は不沈戦艦だから。さあ早く!》

 

もえかは早く救援に当たるよう急かした。

 

「わ、わかったよ、もかちゃん」

 

明乃は無線を切り、救援に向かうように指示した。

 

「これより涼月及び舞風の救援に当たります!」

 

先に救援に当たっている摩耶から通信が入った。

 

《こちら摩耶、涼月は本艦と照月が救助する。他の艦は舞風を救助願う》

《五十鈴了解。舞風救助に向かう》

「こちら晴風、了解しました」

 

晴風は舞風の元へと急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとカッコつけ過ぎちゃったかな」

 

もえかは制帽を直し、改めて化物の群れと向き合った。

 

禍々しい暗黒の群体が、海を覆い尽くすように迫ってくる。この武蔵に乗っていても、もの凄いプレッシャーを感じる。

 

お前らを、絶対に生きて返さない。

 

そうおぞましい殺気を向けてきている。

 

「ああ言った以上、絶対に生きて帰らないとね」

「そうですね」

 

副長が頷き、砲術長を呼ぶ。

 

「砲術長!用意できた!?」

「全門装填完了!すぐ撃てます!」

 

もえかが叫ぶ。

 

「全門撃ち方始め!」

「全門斉射!」

 

 

 

 

 

史上最強の戦艦が怪物に向けて咆哮する。

 

海面が抉り取られ、46cm砲弾が炸裂、一群を跡形も無く消し去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武蔵の砲撃音が断続的に響く中、晴風は舞風の救援に当たっていた。と言っても、実は五十鈴1隻で手が足りてしまったため、晴風は周囲の警戒をしていた。

 

芽衣と志摩を機銃に移し、万が一に備える。

 

五十鈴が曳航するためワイヤーを舞風に投げ渡す。

舞風の乗員がワイヤーを結びつけるのを、明乃はまだかまだかと待っていた。

 

「早く終わらないかな……」

 

化物が武蔵をすり抜けてやって来るかもしれない、あり得ないとは思うが、武蔵が沈められるかもしれない。

 

気持ちが焦る一方だった。

 

 

鈴がつぶやく。

 

「武蔵、大丈夫かな……?」

「大丈夫だよ、絶対」

 

明乃は不安を誤魔化すように断言した。

武蔵なら大丈夫だと、自分に言い聞かせるように。

 

 

 

 

 

丁度ワイヤーが結びつけられ、五十鈴が舞風を曳航し始めた時だった。

もえかから緊急電が入った。

 

《ごめんなさい!怪物に抜けられた!そっちに向かってる!》

 

武蔵をすり抜けた化物がこちらへ向かってくる。

 

「攻撃用意!とーりかーじ!」

「よーそろー!」

 

晴風は化物に対し横っ腹を見せ、全ての砲門を向ける。

 

「メイちゃんタマちゃん!主砲が撃ち漏らした目標を狙って!」

『了解!』

『うぃ!』

「しろちゃんは主砲への指示をお願い!」

「はい!」

 

志摩が機銃に移ったため、ましろが砲術長代理を務める。

 

マチコが目視で確認した。

 

『目標視認!数19!9時の方向、距離40!35ノットで接近中!』

「主砲撃ち方始め!」

「撃ぇ!」

 

主砲が斉射され、群れの一部を吹き飛ばした。だが、ほんの一部だ。残りの奴らは無傷でこちらへ向かってくる。

「次弾発射急げ!」

『わかってる!』

 

第二斉射、しかし焦って撃ったため掠りもしなかった。

 

『数11、接近中!!』

『任せて!』

 

 

芽依と志摩が機銃を構え、ニィと恐怖の感情を隠すための無理矢理な笑みを浮かべる。

 

アンタ等全員撃て撃て魂でぶっ潰したげる。こっちはもう1匹殺してるんだ、何匹だって殺ってやる。やられたりするもんか。

 

「行くよっ!ファイアァァァァ!!」

 

ガガガガガガガと機銃が大量の弾を吐き出す。撃ち抜かれた化物は青い血をぶちまけながら水底へと沈んでいく

 

「沈め沈め沈め沈め!!」

 

2人はただただ引き金を引き続けた。

 

 

それでも化物達は犠牲を厭わず迫ってくる。

 

「距離を取るよ!前進一杯!」

『合点承知!』

 

態勢を整え直すために、再び距離を取ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、機関が悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

ガガガと嫌な音を立て停止、警報が鳴り響いた。

 

「どうしたの!?」

 

麻侖が切羽詰まった声で叫ぶ。

 

『てーへんだ!!エンジンが止まっちまったんでい!!』

「ええっ!?」

『ボイラーもタービンも壊れた様子はねえけど、スクリューが動かねえんだ!何かがスクリューに絡んだみてえでい!』

 

ましろが指示を飛ばす。

 

「機関長後進だ!機関を逆回転させろ!」

『わかった!!後進一杯回せ!!』

 

洋美と桜良がレバーを操作し、後進に入れる。たが、スクリューは動かない。

 

『駄目だ、固く絡んじまって外れねえ!!』

「……最悪だ…ついてない……」

 

晴風は敵のすぐ近くで立ち往生してしまった。

 

 

 

 

 

絶体絶命。

 

 

 

 

 

「艦橋!ちょっとどうしたの!?」

 

芽衣が無線向かって怒鳴る。

 

『機関が止まった!なんとか対処して!』

「はあ!?何とかって、どうすればいいんだよっ!」

 

いくら沈めても、次から次へと化物が湧いて出てくる。

芽依と志摩が必死に銃撃していると、撃ち続けたせいで弾切れを起こした。

 

「ヤバい!弾切れだ!!」

「マガジン外して!」

 

芽依が空になったマガジンを外し、志摩が新しいマガジンを入れた。

 

 

 

 

 

その時、ドパァン!と大きな音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「「は?」」

 

 

 

 

 

思わず自分の目を疑った。

三つ顎の化物が跳躍して、こちらへ向かってきたのだ。

 

「メイ!!」

 

咄嗟に志摩が芽依を引っ張り、機銃座から飛び降りる。

 

「ちょっ!うわああああ!!」

 

2人が離れた直後に化物が着地、手すりを吹き飛ばし派手なスライディングをかましてきた。

 

 

 

 

 

『艦長!!目標が乗り込んで来ました!!』

 

マチコの悲鳴とほぼ同時に屋根の上からズシン、ズシンと足音が響いた。艦橋クルー達は恐怖にかられ、なにもできない。

 

足音が止まった。そして、天窓が上から強引にひっぺがされた。直後に晴風に落ちた雷が、化物の姿をくっきりとより生々しく映し出した。

 

「ひっ、ひゃぁぁ……」

「ああ…………あ………」

 

鈴が腰を抜かしてその場に崩れた。

幸子も口をパクパクと動かすだけしかできない。

ましろも脚がガクガク震えっぱなしだ。

 

その中で、明乃はただ化物と向き合っていた。

 

「あなたは……何者なの……?」

 

天窓から覗く恐ろしい三つ顎の化物はこちらを睨み付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

        ◇

 

 

 

 

 

 

 

おかしい。

 

さっきまで海の上で深海棲艦相手に、不知火と一緒に戦ってたはずだ。

あと一押しと言うところで荒波に呑まれて水中に沈んだとこまでは、覚えている。

 

なのに、気がついたらこんなところにいた。

 

「これって陽炎型……?」

 

陽炎型と思われる、駆逐艦の見張り台の上に何故か立っていた。

 

「主砲が単装砲になってるし、なんかよくわかんないもの積んでるけど、陽炎型よね……」

 

どこかの鎮守府が陽炎型母艦でも造ったのかと思ったが、辺りを見回しそれが間違いだと気づいた。

 

「あれって大和!?」

 

深海棲艦と必死に戦う大和型戦艦が目に入った。あんなもの造ったら軍の中で大ニュースになっている筈だ。それに、あんなストライプなんか入れる奴はいない。

 

「はあ~、私一体どうしちゃったのかしら。夢でも見てるのかな」

 

もうわけがわからない。

 

だが、1つだけわかっていることがある。

 

周りを取り囲む深海棲艦を駆逐しなければならない。

 

 

 

 

 

__それが、彼女の使命なのだから。__

 

 

 

 

 

彼女は武装の安全装置を外し、第一目標を探した。

 

「一番排除しなきゃいけないのは……艦橋の上にいるト級!それじゃあ……」

 

彼女は勢いよく見張り台の上から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

「陽炎、出撃します!!」

 

 

 

 

 




陽炎「やっと会えた!陽炎よ、よろしくねっ!」
作者「いや〜、やっと艦娘を書けたよ」
陽炎「ほんと、すっごく待ったのよ。私もはいふりのみんなも」
作者「すんません」
陽炎「次回、私の活躍期待してね!」
作者「……次は何時になるかな……」
陽炎「さっさと書いて」


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4話 陽炎 

会社に行ったり教習所に行ったり忙しいです。
できるだけ時間を見つけては書いてます。



戦いは艦娘も巻き込み激しさを増していきます。
それでは本文へどうぞ。


 

 

三つ顎のうち、一つが明乃へ伸びてきた。おそるおそる逃げようと一歩ずつ下がると、それに合わせて巨大な顎が迫ってくる。

 

「ひっ……」

 

恐ろしさのあまり、足がすくむ。

 

顎はまるで、品定めをするかのように明乃をじろりと睨む。

 

そして突然開口、中から砲身がにょきっと出現し、明乃に突き付けられる。

 

 

間違い無い、撃つ気だ。

 

 

逃げなくちゃ、と思ったが金縛りに遭ったみたいに体が動かない。

 

「お願い……やめて……」

 

そう声を絞り出すのが精一杯だった。

ましろや幸子、鈴も震えながら去ってくれるのを願うだけしか出来ない。

だが、非情にもガチャリと装填音が響く。

 

もうダメなの……

 

死を悟ったその時。

 

 

 

 

 

「とおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

上の方から女の子の絶叫が聞こえた。

 

グシャリという嫌な音と同時に化物が蹴り飛ばされ、第一主砲の上に叩きつけられた。

 

「何!?」

 

天窓を見上げると、女の子が屋根の上に立っていた。歳は明乃達と同じくらいに見える。明るい茶色の髪をツインテールにまとめ、学校の制服みたいなベストとスカートを着ている。それに加え、アームの伸びた大きな機械を背負っている。

 

「あんたの相手はこの私よ!!」

 

女の子はそう言い放ち、両手で駆逐艦の12.7cm連装主砲を模した物を化物へ向け構える。

 

「主砲発射!!」

 

掛け声の後、引き金が引かれた。

弾は狙いと一寸違わず砲身を突き出している顎の中に命中、格納されていた弾薬に引火し爆発、化物を木っ端微塵にした。

砲や装甲の破片が前甲板上に散らばった。

 

「よし!一発で仕留めた!」

 

女の子は誇らしげに、小さくガッツポーズを決めた。

明乃が呼び掛ける。

 

「ねぇ!あなた!」

「ん?私のこと?」

 

女の子は振り返り、こちらを見下ろす。

 

「そう!助けてくれてありがとう!」

「どういたしまして!ところで、一つ聞きたいんだけど、この艦ってなんて名前?」

「この艦?晴風だよ!」

「はれかぜ?……聞いたことないな……」

「それより、あなた誰なの?」

「私はね……」

 

答えようとした直後、マチコから緊急報告が来た。

 

『左舷距離20、目標接近!数10!このままだと乗り込まれます!!』

「まずい……迎撃して!」

「駄目です!機銃使用不能、主砲も間に合いません!!」

 

ましろの報告を受け、再び窮地に追い込まれたことを知る。

 

「そんな……どうすれば……」

「私が沈めて来るわ」

 

女の子がキッパリと宣言した。

 

「あなた達はさっさとこの艦を動かして逃げなさい」

「あれを倒せるの!?」

「もちろん!」

 

天窓から艦橋に飛び降りた。金属製の靴と大きな機械の重量で、ズゴンと鈍い音が響く。

女の子が明乃と向き合った。

 

「私、あれを沈めるためにいるんだから」

 

こうして向き合うと、自分達とほとんど変わらない、どこにでもいそうな子。訂正、かわいい女の子。ついさっき化物を撃ち殺したのが信じられなくたってきた。

しかし、化物を沈めるためにいるとはどういう意味なのだろう。

 

「さっさと終わらせなきゃ。いい?すぐに逃げてね!」

 

考え事をしているうちに、女の子は左舷へ飛び出そうとしていた。

 

「ちょっと待って!」

 

明乃が呼び止めた。

女の子は怪訝な顔で振り返った。

 

「何よ?」

「あなたの名前、まだ聞いてなかったよね」

「ああ、それ?」

 

女の子は、今更?と呆れた顔を見せた。

そして、胸を張って堂々と名乗った。

 

 

 

 

「私は陽炎、駆逐艦陽炎よ」

 

 

 

 

そう言うと、左ウイングから甲板へ一気に飛び降りた。

 

「駆逐艦……陽炎……?」

 

明乃には、彼女の言葉が信じられなかった。

 

 

 

 

 

それは、艦の名前の筈だから。

 

 

 

 

 

「艦長!あれ!あれ見てください!」

 

秀子が明乃を呼んだ。

何事かと左舷から身を乗り出して海を覗いて、目を丸くした。

 

「え……?海の上を、滑ってる……!?」

 

女の子__陽炎が、海面をまるでアイススケートのように滑って移動しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

晴風を降りてすぐに電探を起動、敵の位置と数を確認する。

数は10、晴風から見て9時の方向。見張員の報告ピッタリだ。

中々優秀な目を持っている見張員だと感心した。

 

敵10体の内訳は駆逐艦5、軽巡2、重巡2、戦艦1

 

陽炎1人で相手にするのは無謀過ぎる。ここは一旦囮になって、晴風から遠ざけ時間を稼ぐべきか。

陽炎型の速力であれば、深海棲艦にそう簡単には追いつかれないだろう。再加速までのほんの少しの時間を稼ぐだけでいい。

 

「正面砲雷撃戦用意!」

 

背中の艤装についた魚雷発射管と主砲、そして手持ちタイプの主砲を動かし照準を定める。

まずは先行してくる駆逐艦と軽巡を叩く。

 

「目標捕捉、砲雷撃戦始め!」

 

陽炎の主砲が火を吹き、魚雷が海中を突き進む。

それらは寸分違わず敵艦に命中して、駆逐艦3隻と軽巡1隻が爆沈した。

仲間が殺られて怒った深海棲艦達が、陽炎へ目標を変えた。

 

「ほらこっちよ!捕まえてみなさい!」

 

陽炎は挑発して機関全開で逃げ出し、晴風からなるべく遠くへ深海棲艦を誘導していった。

相手がこちらから離れようとすれば接近し砲撃を加え、食いついてきたら全力で逃げる。

よくやる囮の戦法だ。

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで私なんだよー!」

 

媛萌は声を荒げた。

機関が止まったから直してくれと言われて、何故か後部甲板に連れてこられて、スクリューに何か絡まったから取ってほしい、と告げられた。

冗談じゃない、化物の泳ぐ海に入るなんて御免だ。

 

美海が媛萌を急かす。

 

「応急長だから!早くしないと皆死んぢゃうわよ!」

 

美海は化物と戦う陽炎を指差した。砲弾が飛び交い、周囲に水柱が乱立している。

 

「あの子がもしやられたら100%こっちに来るんだから!」

「潜るの慣れた人いないの!?」

「いたら呼んでる!」

 

そこに百々がシュノーケルとワイヤーカッター、懐中電灯を持ってきた。

 

「道具持って来たっス!」

「ありがとうモモちゃん!ほらヒメちゃん早く!」

「うう……、えーい!行ったろーじゃない!」

 

媛萌はジャージを脱ぎ捨てシュノーケルを装着すると、海へ飛び込んだ。

 

「ヒメー!気をつけるっスよー!」

 

百々が声をかけると、親指をグッと上げて潜っていった。

 

 

 

 

 

海の中は暗く先が見えなかった。懐中電灯で艦を照らしながら潜り、スクリューシャフトへ辿り着くと、2基のプロペラ両方に太いワイヤーがガッチリ絡んでいた。

これでは動く訳がない。

 

ワイヤーカッターで何箇所かを切断し、プロペラから取り除いた。

 

これでよし。

 

浮上しようと振り返ったその時、

 

 

 

 

自分に向かってくる魚雷が見えた。

 

 

 

 

「!?」

 

びっくりして慌てて更に潜ると、それは媛萌の頭を掠めて通り過ぎた。

それはまるでミニチュアの模型のように小型だった。

目標を外した魚雷は、そのまま暗闇へ消えていった。

媛萌はふぅと一安心するとともに、あの魚雷は何だったのかと疑問を抱いた。

 

実はすぐ近くに化物__潜水カ級__が潜んでいたのだが、媛萌は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

媛萌は梯子を伝い甲板に戻った。

 

「ヒメ!大丈夫っスか?」

「大丈夫、ワイヤーも取れた」

「よかったっス」

 

それを聞いて美海が艦橋へ無線を入れる。

 

「こちら等松、ワイヤー切除完了。発進できます!」

『わかった!麻侖ちゃん前進一杯!』

『がってんだ!』

 

すぐにスクリューが回り出し、晴風は航行し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

「やっと動いたんだ、さっさと逃げてよね」

 

陽炎は晴風を見送った。

これでもう囮を続ける必要はない、一気に引き離す。

 

「最大戦速!」

 

主機が唸りを上げ加速する。

足の遅い戦艦級は付いてこれず、みるみるうちに距離が開いていく。しかし駆逐、巡洋艦は引き離せない、速力が同等なためだ。深海棲艦から5インチ砲弾や6インチ砲弾が後ろから放たれ、周囲に水柱を立てる。

こんな時だけは島風が羨ましい。

 

「砲雷撃戦!斉射!」

 

主砲と魚雷発射管を真後ろに向け斉射、深海棲艦に砲弾が次々と命中、さらに相対速度90ノットで迫ってくる魚雷を躱せず被雷、激しい爆発を起こし沈没していく。

先頭集団が沈められ、後続の奴等は警戒し陽炎の追撃を一旦中止した。

 

「これでしばらくは来ないでしょ」

 

陽炎はひとまず深海棲艦の群れを引き離すことに成功して、一息ついた。

 

「ふぅ、やっぱり1人であんな大群相手にするのは辛いわ」

 

普段は戦艦や空母の随伴、あるいは駆逐隊の旗艦として戦っている。

近くにはいつも頼もしい仲間がいる。

だが、今は自分一人。

身体や艤装の負担も然ることながら、とても心細くて心が参ってしまいそうだ。

 

「せめて誰か一人でもいてくれたらな……」

 

 

 

 

 

そう呟いた直後、これまでノイズすら出さなかったインカムから、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

『陽炎、聞こえますか?』

「不知火!」

 

無線から聞こえてきたのは、心強い、頼れる、最高の相棒の声。

 

「あんた何してたの?ていうか大丈夫?怪我してない?」

『小破もしていません。今武蔵周辺の深海棲艦を殲滅している最中です』

「武蔵?」

『陽炎からも見えているでしょう?』

「ああ、赤いストライプの大和型のこと?」

『そうです、艦尾に「むさし」と書いてありました』

 

会話の間にも砲撃の音がしている。

不知火のことだ、見つけた深海棲艦を片っ端から沈めているのだろう。

 

『陽炎、黒潮逹を知りませんか?』

「残念だけど知らないわ」

『やはり、そうでしたか』

 

落胆した様子を微塵も感じない声。仲間から完全にはぐれてしまったことを、素直に受けとめているようだ。

 

『念のために、総合情報処理端末も持っていたのですが、他の艦娘の反応が全くありません』

「それって旗艦用の装備でしょうが、なんで不知火が持ってんのよ?」

『司令に貸して欲しい、と請願したら貸していただけました』

「相変わらずいい加減ね、あの司令は」

『融通が効く、と言うべきでは?』

「そうかも」

 

陽炎は自分に近づく深海棲艦の群れを電探で捉えた。思えばこれも、頼んだら二つ返事でくれた物だ。本当に、頼めば何でもくれる「融通の効く」司令だ。

 

「こっちにまたお客さん来たわ」

『やれますか?』

「もちろん」

『では、合流するのは後にしましょう』

「りょーかい」

 

陽炎は群れへ向け加速、すぐに敵を目視した。20体以上の大群だ、戦艦までいらっしゃる。見た途端に、沈められる恐怖が頭をよぎった。だがそれをアドレナリンが、興奮へと書き換える。

 

「さーあ!まだまだ殺るわよ!砲撃戦始め!!」

 

陽炎は獰猛な笑みを見せ、深海棲艦の群れへ向けて引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

「うっとおしいです、早く全部沈めて陽炎と合流したいのですが」

 

振り向きもせず、背後に向けて主砲を撃つと、飛びかかってきたイ級後期型に命中、爆発四散した。

 

「しかし、GPSも使えないのは困りますね。端末の故障では無いようですし」

 

総合情報処理端末は、不知火と陽炎のデータしか表示せず、他の艦娘はLOSTと表示されている。おまけに現在位置不明、GPS情報が入ってこないのだ。

 

「まあ、画面ばかり見ていても仕方ありません。とにかく沈めましょう」

 

頭を切り替え、深海棲艦との戦いを再開する。

現在のノルマは武蔵周辺の深海棲艦を掃討することだ。

 

不知火の砲撃命中率は90%を誇り、射程に入った駆逐艦、軽巡を次々と確実に仕留め進撃していく。

重巡以上の深海棲艦も、魚雷1発であっという間に葬った。

 

「つまらないわね。もっと骨のある敵はいないの?」

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

「艦長!あれ見てください!」

 

もえかは副長に促され、右舷の化物の群れを双眼鏡で見た。そして、驚愕した。

 

「何……あれ……」

 

1人の少女が、まるでスケートのように海面を滑り、片っ端から化物に攻撃を加え沈めている。横須賀艦隊が苦戦している化物を、赤子の手を捻るように撃破する。化物がお返しとばかりに砲撃するが、少女はそれを全て見切って回避している。

 

「凄い……モンスターがあっという間に沈んでく……」

「一体何者なんでしょう?」

 

副長の疑問を聞き、もえかは目を凝らし少女を注視した。

 

化物の中へ果敢に切り込み、連装主砲や魚雷のような物で次々と攻撃を加えていく。砲弾が度々掠めるが決して怯まない。ただひたすらに攻め続ける。

 

「……あの武器、陽炎型の武装に似てない?」

「言われてみれば……背負っている機械や武器は陽炎型航洋艦のパーツに似ていますね」

 

 

 

もえかはその姿が()()()似ていると感じた。

 

 

 

「……おかしいと思うかも知れないけど……、あれは艦なんじゃないかって感じるの」

「艦、ですか?」

「そう。あれは人の形をしているけど、艦のように海を航行して戦う。そんなものだって」

「艦が人に?それか艦と人の融合体……?そんなまさか…」

 

副長は解からず首をひねった。

 

 

 

その時、少女が突然起きた爆発に吹き飛ばされた。

 

 

 

「ああっ!」

 

もえかには無事を祈ることしかできなかった。

 

 

 

 




不知火
「第4話をお読みいただきありがとうございます。不知火です。
何故かはいふりの世界に連れてこられました、一体どうしてなのでしょう?
不知火と陽炎であれば、なんとかなるとは思いますが……」
作者「最後吹っ飛ばされてるけどね(笑)」
不知火「……不知火に何か落ち度でも?(怒)」
作者「あっ……いや……、ないよ?」
不知火「ちょっと表に出ましょうか」


次回もお楽しみに。



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5話 決着

自動車免許取りました。


遂に長かった戦闘回が終わります。
果たして陽炎と不知火、そして晴風はどうなるのか。

それでは本編へどうぞ


 

 

 

不知火は中破し海面に横たわっていた。

 

水上艦ばかりに気を取られ、潜水カ級が潜んでいることをすっかり見逃していたために、魚雷を食らってしまった。

運悪く予備弾倉が誘爆し破片が艤装や身体に突き刺さり、炎が肉体を焼いた。

 

「潜水艦……ですか……」

 

プツリ、と理性がどこかへ吹き飛んだ。

 

こんな乱戦の中に隠れて奇襲してくるとか、ふざけるんじゃない。この卑怯者が。

 

ゆっくりと立ち上がると、身体に刺さっている大きな破片を抜き取り、海に捨てた。血が流れ出すが気にも留めない。

 

戦艦クラスの眼光で深海棲艦を睨みつけた。

 

 

 

「不知火を……怒らせたわね!!」

 

 

 

不知火は怒りに任せ、深海棲艦の群れに突っ込んだ。

とにかく撃つ、撃つ、撃つ。主砲を手とアームで持ち、ひたすら発砲する。

 

「沈め……沈め!!」

 

周囲にいる深海棲艦が次々と被弾し、炎が吹き上がる。

機関を全開に回し群れの中央を強行突破、深海棲艦が不知火を狙うがほとんどが外れ、向かい側にいた味方へ直撃、壮大な同士討ちを繰り広げた。

混戦の中、不知火は前方に潜望鏡を見つけた。

間違いない、不知火を雷撃したカ級だ。

 

「見つけた!」

 

不知火はブチ切れて後先考えず接近した。

絶対に沈めてやる。

カ級が魚雷を発射、雷跡が一直線に迫る。

だが、不知火は回避しない。

代わりに主砲を構え迎撃を試みる、何発も魚雷へ向け撃ちまくる。しかし当たらない、最後の手段として、太腿に装着されている連装機銃を水面に向け連射した。

結果、間一髪間に合い、魚雷は不知火の目前で爆発し水柱を上げた。その水柱の中を勢いを落とさず突き抜ける。

 

もう手が届きそうな場所まで近づいた、装備していた爆雷全てを潜望鏡に向けて叩き込んだ。

カ級は回避しようと深度を下げたが、もう遅い。

 

カ級の目の前で爆雷が爆発した。

次の瞬間にはカ級は爆圧でペシャンコに潰れ、海の底へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

カ級を沈めてもなお、不知火の暴走は止まらない。近づいてくる奴を片っ端から潰していく。

食い殺そうと向かってきた駆逐艦の鼻っ面に主砲をぶち込み、16インチ砲を浴びせてくる戦艦タ級を雷撃で葬った。

 

「もっともっとかかってきなさいよ!」

 

機関や主砲が悲鳴を上げようが、砲弾が艤装を食い破ろうがお構いなし。

ただひたすらに戦い続ける。

 

新たに深海棲艦の大群が視界に入った。数は50くらいはいるだろうか。

普通なら撤退するしかないだろう。たが、その全てを狩ってやるとばかりに不知火は突撃していく。

 

「全員沈め!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待てーー!!」

「!?」

 

いきなり横から陽炎にタックルされた。そのまま群れとは逆の方向に引きずられていく。

 

「陽炎!?何するんですか!」

「こっちのセリフよ!あんな大群に真正面から突っ込むとか、あんた死にたいの!?」

「そんな気はありません!」

「頭冷やせこのバカ!」

 

陽炎は不知火を引きずったまま、いつの間にか離れていた武蔵に追いつこうと速力を上げた。

 

「どうするつもりですか?」

「まずはあんたの頭を冷やして、どうすれば生き残れるか考える」

「全部殺せば生き残れます」

「海に浸ければ治るかしら」

 

陽炎はヒートアップした不知火の思考に呆れた。

普段は冷静なくせに、一度熱くなると止まらないのだから困る。

 

 

 

 

 

武蔵に追いつくと、巨大な航行波をなんとか乗り越え左舷後部にある梯子を登り、後部甲板の下にある格納庫に転がり込んだ。

 

深海棲艦の群れはかなり離れていて、すぐには追いついて来ないだろう。

不知火が暴れ回ったために被害は少なく無いので、立て直しに時間がかかっているようだ。

 

「不知火、傷見せて」

「手当するほどではありません」

「いいから見せなさい」

 

少し強引にシャツのボタンを外し、出血している箇所を確かめる。

右脇腹に大きな傷、破片が刺さっていたところで、破片を引き抜いたせいで出血が酷くなっていた。その周りには他にもたくさんの傷や火傷があった。

 

「うわ……酷いわね、どうしたの?」

「予備弾倉が誘爆しました」

「痛いでしょ?」

「……はい」

「こんな状態でなにやってんのよ、まずは傷口を塞がないと……」

 

陽炎は応急キットから、不知火は見たことの無いチューブを取り出した

 

「……それは何です?」

「瞬間接着剤(医療用)よ、染みるから我慢して」

 

傷から出てくる血をタオルで拭い周りを消毒した後に、瞬間接着剤を傷口に塗った。

 

「ーーっ!!」

 

凄く染みた。切った時よりも激しい、まるで焼かれるような痛みが走った。

歯を噛み締めてグッと堪える。

しかし、すぐに傷口は固まり、血が止まった。

 

「うん、止まったわ」

「け、結構染みますね」

「あんまり使う機会ないけどね」

 

陽炎は小さな傷も処置を施し、自分にできた傷にも接着剤を塗布した。

 

「他に傷ない?」

「ええ、もうありません」

「艤装の損傷は?」

 

不知火は黙って総合情報処理端末を差し出した。艤装の情報は全部表示されるからと言っても酷いと思う。一応見ておくが。

 

大破、機関出力50%に低下、主砲弾残り25発、魚雷残弾数2、電探使用不可。

 

「まずいわね……」

 

この状態では、不知火に戦力としての期待はできない。陽炎自身も中破しており、戦い続けるのは自殺行為だ。

 

短期決戦、一撃必殺で勝負を決めるしかない。

 

たが、痛手を負った駆逐艦2隻で大群相手にどうすれば勝てるのか。

陽炎は不知火に尋ねた。

 

「不知火、どうすればいいと思う?」

 

不知火は顎に手を当て、ほんの少しの間考えた。

 

「……ここまで大規模な発生の場合、奴等には旗艦がいるはずです。そいつを倒せば、指揮系統が乱れ規模は縮小するので、逃げ切ることはできるでしょう」

「なるほど!」

「ですが、旗艦まで辿り着くのは現状困難です」

「…………そうよねぇ…………」

 

後ろを見ると、深海棲艦の大群が海を覆い怒涛の追い上げをしてくる。もう数え切れないほどの大群で、見ているだけでゾッとする。

 

 

 

その時、急に艦が右に傾き2人は吹き飛ばされそうになった。

 

「何!?」

「急旋回……!?」

 

 

 

     ◇

 

 

 

「とーりかーじ!」

「主砲副砲榴弾装填、撃ち方よーい!」

 

航海長が舵を左へ回し、砲術長が射撃用意に入る。

武蔵の46cm主砲、15.5cm副砲が左舷に向けられる。武蔵は左に旋回し、化物の群れの頭を押さえる形になった。

 

好き勝手やってくれたが、もう許さない。武蔵についてくるのなら手荒く歓迎してやる、何度でも46cm砲を味わえ。

武蔵の乗員達は怒りに燃えていた。

 

砲口が化物の群れを捕捉する。

 

「射撃用意よし!」

 

もえかが叫ぶ。

 

「撃てーッ!!」

 

 

 

     ◇

 

 

 

もの凄い轟音と同時に艦が激しく揺れ、砲口から吹き出た火焔が視界を真っ赤に照らす。

 

「うっ……わっ!」

 

それは艦娘になって以来経験したことがない激しさだった。

吹き飛ばされてしまいそうな衝撃波、目の前を覆い尽くす巨大な火球。そして着弾し抉れる海面、炸薬によって上がる天まで届きそうな水柱。

 

とても現実のものとは思えなかった。

 

「これが……46cm砲……!」

 

本物の大和型戦艦の砲撃。艦娘のものとは比較にならない、一撃で島すら滅ぼせそうな威力だ。

 

どうしてこんな巨大砲が造れるんだ、どうしてこんな艦が沈むんだ。

 

陽炎は世界最強戦艦の実力を目の当たりにして、恐怖すら覚えた。

 

 

 

深海棲艦の群れが捻り潰される。群れはバラバラになり散開、各個で武蔵へと向かってくる。

 

2人はその中に確かに見た。

群れの中で唯一の姫鬼クラス、戦艦棲姫の姿を。

 

「__見つけた!」

 

あれが旗艦だ、間違いない。

武蔵の砲撃で群れが散開している今しかチャンスは無い。

 

「出るわ!」

「はい!」

 

2人は勢い良く床を蹴り、武蔵から飛び出した。

 

 

 

「__って、何一緒に来てんのよ!?」

 

陽炎は不知火に怒鳴った。

どうして大破しているのについてくるんだ、沈むぞ、と。

それに対し不知火はお決まりのセリフを返す。

 

「不知火に落ち度でも?」

「大破してるんだからじっとしてなきゃダメでしょ!」

「じっとしているのは性にあいません。それに、陽炎1人で行かせるわけには行きませんから」

「あんたが沈んだら元も子もないでしょうが!」

「その時は……サルベージ(ドロップ)、してくださいね」

「不知火!!」

 

陽炎は語気を強めた。

だが、深海棲艦が2人に向けて砲撃を開始、回避行動のために離れ離れになった。

 

「不知火!あんた、沈んだら許さないわよ!」

「陽炎こそ!沈んだら許しませんよ!」

 

2人はそう言い放ち、それぞれ別々に戦艦棲姫へ向かった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

別れて群れの中心へ向かっていく2人を、もえかは双眼鏡で確認した。

 

「砲術長!あの子達が見える!?」

「バッチシ見えてます!射撃中止しますか!?」

「いや!撃ち続けて!」

「正気ですか!?撃ったら巻き込みますよ!?」

「巻き込まないように撃つの!砲撃をやめたらモンスターに立て直す隙を与えるだけ!離れてもいいからとにかく撃ち続けて!」

「りょ、了解!射撃指揮所!あの少女を巻き込まないように撃って!」

 

もえかは2人に賭けた。きっとあの少女達なら、この窮地をひっくり返せるかもしれないと思ったのだ。

 

化物の砲弾が再び武蔵に降り注いた。装甲が激しい音を立てて砲弾を弾く。

 

「お願い、あれを倒して」

 

もえかは海を駆ける少女に祈った。

 

 

 

     ◇

 

 

 

武蔵の砲撃が続いたのは好都合だった。

多くの意識が武蔵へ向く上、砲撃に巻き込まれる深海棲艦もいたからだ。

 

陽炎は立ちはだかる深海棲艦の間をすり抜け、戦艦棲姫に向かっていた。

 

「……いた……」

 

正面に戦艦棲姫__黒髪、角の生えた女性の姿。それが操る超大型艤装__がたった1人で現れた、1人でこちらを待っていたようだ。

 

「ヨク来タナ、愚カナ艦娘メ」

 

戦艦棲姫が話しかけてきた。話し方から察するに、完全に舐められているようだ。

そりゃそうだ、向こうは深海棲艦の中でも最強クラスの戦艦、こっちはボロボロのただの駆逐艦。勝ち目がほぼ無いことは分かっている。

それでも、陽炎は強気に答える。

 

「待ってなくてもいいのに。あんた達どっか行ってくんない?」

「ソレハ無理ダナ」

「やっぱり?どうする?殺し合うの?」

「モチロンダ」

 

戦艦棲姫の艤装が動き、陽炎に向けて砲撃を始めた。

陽炎は横に飛び、紙一重で砲弾を躱した。

 

「この……っ!」

 

お返しに主砲を撃つが、強固な装甲によって弾かれてしまう。

だが、陽炎は元っから主砲は役に立たないと知っている。駆逐艦の本分は接近してからの雷撃戦だ。

 

残り4本の魚雷で、戦艦棲姫を水底に沈める。

 

「機関全開!」

 

主機がガタガタと悲鳴を上げ、缶も異常な発熱を始める。例え壊れてもあれを沈められるのなら構わない。

みるみる内に距離が詰まる。

 

戦艦棲姫の砲撃が身体を掠めて、アームについた主砲に命中、跡形も無く消し飛んだ。

 

陽炎は止まらない。奴の懐に飛び込み、魚雷を叩き込むまでは絶対止まらない。

 

連射される16インチ砲弾の雨を掻い潜り、手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいた。

 

魚雷発射管を回し狙いをつける。

 

 

 

いよいよ決着をつける時。

 

 

 

「雷数2、発射!」

 

2本の魚雷が水中を突き進む。

戦艦棲姫が主砲で迎撃する。魚雷と砲弾が衝突し激しい爆発を起こした。

 

水柱と爆炎により視界が遮られる。

 

「ここ!」

 

その一瞬を突き、戦艦棲姫の右舷へと一気に回り込む。

 

「これで……」

 

この至近距離なら絶対に当たる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とどめよ!__っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魚雷を発射しょうとしたその時、こちらに向けられた16インチ砲が目に入った。

 

「愚カナ奴メ」

 

読まれていた。魚雷2本を犠牲にして死角に回り込み、とどめを刺す作戦が。

戦艦棲姫は視界が塞がれると素早く、陽炎が来ると思われる場所に砲を向けていたのだ。

 

もう避けられない。16インチ砲はこちらにロックオンしている。

 

「沈厶ノハ貴様ノ方ダ」

 

戦艦棲姫が不気味な笑みを浮かべた。

 

「沈メ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺らせない!!」

 

突然、戦艦棲姫の後ろから不知火が飛びかかり、艤装の上に飛び乗った。

それによって戦艦棲姫はバランスを崩して、砲弾は陽炎を外れて遠くに着弾した。

 

「クソッ!」

「陽炎!!」

 

不知火が叫ぶ。

撃て、早くこのデカブツを沈めろと。

 

迷っている暇は無い。

 

「発射!!」

 

最後の魚雷が戦艦棲姫に向けて放たれた。戦艦棲姫はどうすることもできず直撃。

 

激しい閃光と衝撃が陽炎を襲った。

 

「やった!?」

 

煙が立ち込め、視認できない。

 

しかし、あの距離での雷撃、仕留められた筈だ__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__突如、煙の奥から不知火が吹っ飛んできた。

 

「ぎゃあっ!?」

 

陽炎は巻き込まれ、まるで自動車にでも轢かれたのかと思うほど強い衝撃を受けた。そのまま不知火と共に海面を転がり、仰向けにひっくり返った。

肋骨が折れたようで、胸が酷く痛んで起き上がれない。

左腕も動かない、折れたのか。

 

「痛たたた……、何なのよ……!?」

 

頭だけを動かし不知火が飛んできた方向を見る。

 

その途端、陽炎の顔が絶望に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦艦棲姫が、まだ立っていた。

大破し艤装も肉体もボロボロだが、まだ沈んでいなかった。

 

「艦娘ドモガ……!!」

 

雷撃を受けたが、強固な装甲がかろうじて持ちこたえたのだ。

 

乾坤一擲の大博打。それが失敗に終わった。

もう倒せる手段は無い、逃げなければ。

陽炎は痛みを堪えて立ち上がり、不知火に呼びかける。が、

 

「不知火!逃げるわよ!」

「……行ってください」

 

不知火は弱々しく、そう言った。

 

「どうしたのよ!?」

「足が……動きません……」

 

不知火の右足がおかしな方向へ曲がっていた。

これでは航行はおろか、水上に立つことすらできない。

逃げられない。

 

「陽炎だけでも逃げてください……!」

 

だが、陽炎には不知火を見捨てることなんてできない。

ずっと一緒に戦ってきた相棒を、見捨てて自分だけ生き残れなんてふざけるな。

 

「バカ言ってんじゃないわよ!」

 

右手で主砲を支え、戦艦棲姫に向ける。

 

「仲間見捨てて逃げるなんて、死んでも嫌よ!」

 

主砲を撃つ。しかし、右手だけで保持しているので、反動でブレて軌道がずれ、戦艦棲姫にはかすりもしない。

 

「くっ!当たれ!当たれー!!」

 

何度も撃つが一発も当たらない。

どう足掻いても無駄だと言うかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サラバダ艦娘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦艦棲姫が主砲を2人に向ける。

もう砲撃を防ぐ方法は2人には無い。

 

 

 

「沈メ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦艦棲姫が引き金を引く直前、12.7cm砲の砲声が轟いた。

 

次の瞬間、戦艦棲姫は巨大な砲弾に貫かれ、文字通り爆発四散して原型すら残らなかった。

 

 

 

「……助かった……?」

 

 

 

腰の力が抜け、その場に座り込んだ。

 

今の砲撃は何なのだろう。

艦娘の砲撃では無い、より大型の砲。

 

「……もしかして」

 

振り返ると、1隻の駆逐艦がこちらに向かってくる。

 

「……晴風!」

 

晴風の第一主砲からは硝煙が立ち昇っていた。

 

陽炎は唖然とした。

まさか、あの主砲で、たった1発で仕留めたのか。

艦が主砲を深海棲艦に直撃されるなんて、聞いたこと見たこともない。

 

でも、おかげで助かった。自分達を助けてくれた。

 

 

 

 

 

「ありがとう、晴風」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち込めていた分厚い雲が切れ、光が差し込んだ。

 

 

 

 

 

2人は晴風に回収され、深海棲艦の群れから脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎と不知火、そしてブルーマーメイドは辛くも勝利を収めた。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
これで一旦一区切りとなります。

戦闘描写を書くのはとても大変で、頭の中では思い通りに動く登場人物も、文章では動きがおかしくなったり流れが途切れたりしてしまいました。

まだまだ未熟だと反省してばかりです。

これからもお付き合いいただけるとありがたいです。


次回、窮地を脱した陽炎達と晴風、一体どう交わるのか。

お楽しみに。



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6話 束の間の休戦

更新が遅くなり、申し訳ありません。
就職して自分の時間が減ったため、執筆が遅くなりました。
これからもできる限り書いて、最低でも月一で更新できるよう頑張りますので、よろしくお願いします。


ついに初感想を頂き、とても勇気づけられました。ありがとうございます。

ご意見、ご感想等励みになりますので、何かありましたら、ぜひお願いします。

追記:2020/7/7 誤字訂正を行いました、アドミラル1907様、誤字報告ありがとうございます。

それでは本文へどうぞ。


晴風を含む横須賀艦隊は深海棲艦の包囲を脱したが、未だその近くに留まっていた。その理由は、被害が甚大で航行不能な艦がいたことと、深海棲艦の動きを見張らなければいけないからである。

 

 

 

明乃は被害の確認も兼ねて、各部署を回っている。

機関室の扉を開き、麻侖に尋ねた。

 

「麻侖ちゃん、機関部はどう?」

 

麻侖は手を止めて答えた。

 

「総点検が要るな。1回止まっちまったし、その後全開で回し続けたからあちこちで蒸気が漏れてる」

「新しい艦なんだから大丈夫だと思ったのにね」

 

そう皮肉ったのは空だ。

麗緒が相槌を打つ。

 

「ほんと、これじゃあ前と同じじゃん」

「一式整備し直してくれたらねー」

「いっそ普通の缶に変えて貰う?」

「あ、それいいかも」

「せめて空調(エアコン)欲しいよね」

「夏場はもう地獄だよー」

 

いつの間にか桜良と留奈も加わった愚痴祭りとなった。

その間を縫って、洋美が明乃の元へ来た。

 

「あんまり無茶させないでよね。見ての通り前と変わんないほど駄々っ子なんだから」

「ごめんねクロちゃん」

「と言っても、どうせ無理なんでしょうね。それより、あの子達は大丈夫なの?」

 

機関室の中がしんと静かになる。

あの子とは、陽炎と不知火のことだ。機関室の皆も、救出した彼女達が心配でたまらなかったのだ。

だが、まだ美波による治療中で、明乃も具合を知らない。

 

「あ、……えっと、まだ治療中で、私も会えてないんだ」

「そう……、終わったら教えて頂戴」

「うん」

 

明乃が頷いたちょうどその時、伝声管から美波の声が聞こえた。

 

『あーあー、こちら鏑木だ。救助者の手当は完了した。まず、命に別状は無い。意識も明瞭、と言うか実に元気そうだ』

 

その知らせに全員が安堵する。

 

「じゃあ私、様子見てくるね」

 

明乃は機関室を出て、医務室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな包帯ぐるぐる巻きになったのって久しぶりね」

「そうですね、着任してすぐ以来です」

「あの頃かあ……懐かしいなあ」

「ドックが少なくて長い間待たされましたよね」

「空母や戦艦の人が入渠してた時は最悪よね」

「予定時間になっても出てこないので覗いてみれば、浸かったまま寝落ちしていた人もいました」

「えっ、それ誰?」

「それは言えません」

 

2人は昔話に花を咲かせていた。

晴風には怪我人が居なかったため、医務室は陽炎と不知火の貸切状態となっていた。

2人は包帯で身体中を巻かれ、更に陽炎は左手に、不知火は右足にギプスを付けられている。

 

普段ならドックに入っていれば1日もあれば回復するのだが、この艦隊には艦娘用のドックはないらしい。

こんなに大きな規模の艦隊に、艦娘母艦がいないのが不思議だ。

そこで、不知火はある疑問を呟いた。

 

「……そう言えば、他の艦娘は何故いないのでしょうか?」

「え……」

 

そうだ。海軍の艦隊には深海棲艦の襲撃を警戒して、少なからず2艦隊分__12隻は艦娘が同行しているはず。

 

陽炎も考えてはみるが、さっぱりわからない。

 

「逃げた?ないない。艦娘抜きで航海してた?いや……もう沈んじゃったとか?あ、でもそれだったら応急キットくらい艦に積んであるし、残骸が残るか……。不知火はどう思う?」

「おそらく艦娘無しなのでしょう。逃げるのも不自然ですし、沈んだというのも納得しかねます。

むしろ、初めから艦娘そのものが存在していないのでは無いかとすら思えるのですが……」

「……ごめん、何言ってるかさっぱりわからない」

 

突然何言い出すんだ。頭でも打ったか。本の読み過ぎで厨二病にでもなったのだろうか。

ああ、戦い過ぎてついに精神的におかしくなったか。

 

不知火は陽炎の考えを察して、眉をひそめた。

 

「……失礼なこと考えてませんか?」

 

すると、陽炎は悪びれもせず白状した。

 

「考えたわ」

「陽炎……」

 

不知火が文句を言おうとしたその時、扉が開かれた。

入ってきたのは艦長の明乃だ。陽炎にとってはここで初めてあった人であり、明乃からすれば陽炎は命の恩人であった。

 

「具合はどう?」

「肋骨にヒビ入ってるし、左腕は折れてるし最悪よ。でも元気だから心配ないわ」

「よかったぁ」

 

明乃は椅子を持ってきて、陽炎のベッドの横に腰掛けた。

 

「陽炎ちゃん、だよね」

「そうよ」

「そっちの貴女は?」

「不知火です。よろしく」

 

不知火が軽く会釈する。

明乃は自己紹介した。

 

「私はこの晴風の艦長、岬明乃です。よろしくね」

 

陽炎は驚いた。こんな小さな女の子が駆逐艦の艦長だなんて、まだ成人すらしてないように見えるのに。

 

「貴女が艦長なの?ずいぶん若いって言うか、幼い感じするんだけど」

「まだ高校生だもん、当然だよ」

「高校生!?」

 

驚愕する陽炎を見て、明乃はきょとんとした。

海洋学校のことを知らないのだろうかと。

 

「この艦は学生艦って言って、ブルーマーメイドになる子達を育てる為の艦なんだ」

「ブルー……マーメイド……?」

 

陽炎は初耳で何の事か全くわからない。

 

ブルーマーメイド……ブルー……マーメイド?青人魚?

 

「あれ?知らないの?」

「……ごめん、聞き覚えがない」

「えー、みんな知ってる筈なんだけどな」

 

明乃は意外そうに言った。ブルーマーメイドは日本人なら誰でも知っている職業だ。知らない人を初めて見た。

 

「ほんとに知らないの?」

「ほんとに知らないわ」

「ほんとのほんとに?」

「ほんとのほんとよ」

 

並行線を辿る陽炎と明乃の会話。ここで不知火が気を利かせ割り込んだ。

 

「すみませんが、陽炎は先程の戦闘の影響で記憶が混濁しているようです。聞けば思い出すと思いますので、説明していただけますか?」

「そうだったの?ごめんね、じゃあちょっと待って」

 

明乃は医務室に置いてあった端末を手に取り、艦長用のIDで起動した。そしてインターネットに接続し、ブルーマーメイドの紹介ページを開き陽炎に渡した。

 

「これならわかるかな?」

 

陽炎がタブレットのページをめくると、実際の活動の様子と簡単な説明が乗せてあった。

さらにめくると、組織の成り立ちについて解説があった。要約するとこうだ。

 

 

 

日露戦争後、日本はメタンハイドレードの採掘により地盤沈下を始めた。陸地の減少への対応策として巨大フロートを建造、フロートを陸地代わりに日本は発展を続けた。その結果、日本は世界一の海洋大国となった。

軍艦の一部が民間用に転用され二度と戦争には使わないという思いを込めて、艦長は女性が務めるようになった。

それがブルーマーメイドの始まり。

帝国海軍の軍艦もブルーマーメイドの所属となり、海の安全を守るために使われるようになった。

 

海洋学校では旧型艦を使用し、人員の育成に努めている。

 

 

 

「何これ……」

 

まるで漫画かアニメの世界だ。そうか、これは夢に違いない。

戦争が起きてない?日本が沈んだ?艦長は必ず女性?軍艦に女子高生が乗る?どこの萌ミリアニメだこれは。

こんなの聞いたことも無い。

 

「不知火、ほっぺつねってくれる?」

「夢では無いので無駄です」

 

不知火は冷たく断った。

 

「そんなのわからないじゃない」

「既に一度死にかけていますから、夢であればその時に目覚めています」

 

 

明乃は陽炎の反応を怪訝に感じた。

どうも記憶の混濁とは違う気がしたのだ。

 

「陽炎ちゃん、どうしたの?」

 

陽炎は正しい歴史を話そうとした。

 

「いや、だってこれ__」

 

その時、ましろが伝声管で明乃を呼んだ。

 

『艦長、至急艦橋にお戻りください』

「なんだろう?」

 

理由はわからないが、とりあえず戻る。何かトラブルでもあったのかもしれない。

 

「私艦橋に行くね」

 

不知火が頷く。

 

「わかりました。これ、しばらく借りてもいいですか?」

「いいよ」

 

明乃は医務室を後にした。

 

陽炎と不知火は顔を見合わせた。

 

「ねぇ、不知火、これおかしいよね?なんか日本が沈んだとか、ブルーマーメイドとかわけわかんないこと書いてあるんだけど」

「まるでアニメのようですが……、たぶん本当のことかと」

「……真面目に言ってる?」

「真面目ですよ?」

 

不知火は端末をひょいっと奪い、何やら調べ始めた。だが、顔がどんどん青くなっているのが見て取れた。

 

「……これを見てください」

 

端末には日本地図が表示されていた。

だが、見慣れたものではない。

 

「何よ……これ……」

 

平野のほとんどが海没し、浮島と思われる無数の四角い土地が存在している。

 

 

 

沈んだ日本の姿が載っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、弁天がようやく救援に駆けつけ、艦隊に合流した。

明乃は天神に移り、古庄とともに真冬を出迎えた。

互いに敬礼を交わした後、古庄が皮肉った。

 

「遅かったわね、真冬艦長」

「これでもすっ飛ばして来たんですけど。それより、聞いてたよりも酷い有様ですね」

 

真冬は天神の外装を見てそう言った。天神はあちこちに被弾し穴や亀裂が大量に残っている。よくこれで逃げ切れたものだと感心した。

 

「20発くらいは受けたわ。機関や武装もかなりやられているし、生き残れたのは幸運よ」

「ふーん」

 

真冬には、少し気になるところができた。

 

「なあ、ミケ」

「は、はい」

「晴風の損害はどのくらいだ?」

「機銃座1つが倒壊、それと天窓が壊されただけです」

「それだけか?」

「はい」

「化物の中に取り残されたにしちゃ少なくねえか?」

 

艦隊は大打撃を受けて、いずれの艦も大量の砲弾を浴びていた。だが、晴風だけは損害がほとんどなかったのだ。

どうしてなのだろう。

しかし、明乃の答えは予想の斜め上だった。

 

「その……女の子が助けてくれたんです」

「はぁ?」

 

真冬は耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天神の会議室に古庄と真冬、明乃、そしてもえかが集められた。武蔵が映像記録を取っていたため、それを見ることになったのだ。

 

「データ転送完了しました。再生します」

 

もえかが操作盤を叩く。

真っ暗だったモニターに、映像が映し出された。

 

 

 

海の上を進む人のようなものと、その周囲に立つ水柱が遠くに見える。

すぐにカメラはズームアップしてそれを大きく写し、不知火だと判明した。

不知火が海の上を滑り、化物を片っ端から砲撃し沈めているのがわかる。

 

 

 

真冬は目を丸くした。

 

「……おい、マジかよ……。こいつはなんで海の上に浮いてんだ……!?」

「それだけじゃなく、高速で移動している……。人が背負えるサイズの装置で、これだけの速度を出すなんて、凄いテクノロジーね」

 

古庄も驚きを隠せていない。

 

 

 

その時、不知火が突然至近距離での爆発に吹き飛ばされた。

 

 

 

「なんだ!?」

 

 

 

不知火はその場に横たわり、武蔵からどんどん距離が開いていく。

 

豆粒くらいにしか見えなくなった時、起き上がったかと思うといきなり暴れだし、化物の群れを無茶苦茶に壊していく。

 

 

 

「生きてた……つーか凄え暴れっぷりだな」

 

 

 

距離は開き続け、武蔵からは不知火がもう見えなくなった。

 

 

 

「止めて」

 

古庄が映像を止めさせた。

 

「岬さんの言う女の子はこの子なの?」

「いえ、この子ともう一人いるんです」

「もう一人……!?」

「はい。もかちゃん、この後の映像は?」

 

この後陽炎も撮影できているのかもしれないと思ったが、もえかは首を横に振った。

 

「ごめんなさい、カメラの死角で映ってない」

「そう……」

 

映像が残って無いのは残念だったが仕方がない。

 

「映像に映っているこの子は不知火って言うそうです」

「しらぬい……?」

「もう一人の子は、陽炎と言います」

「かげろう?不知火と陽炎……って、艦の名前じゃない」

「親の顔が見てみてえな」

 

真冬の言葉にみんな同感だ。

子供に艦の名前をつけるとは、変わった親だ。

 

 

古庄は何度も戦いの様子を思い返した。次々と化物を葬り去る不知火の姿は、あのような状況に慣れているとしか思えない。すなわち、あの化物との戦いを経験しているのでは無いか。

 

「……あれだけの化物の大群にたった2人で挑んで成果を上げている。彼女達は戦闘のプロなのかもしれないわ」

「戦闘のプロって……?」

「彼女達は、あの化物と何度も戦っているんじゃないかしら。そうでなければ、あんな風には戦え無いわ」

 

ふと、明乃は陽炎の言葉を思い出した。

 

 

 

(私が沈めて来るわ。あなた達はさっさとこの艦を動かして逃げなさい)

(あれを倒せるの!?)

(もちろん!私、あれを沈めるためにいるんだから)

 

 

 

「__陽炎ちゃんが、自分は化物を倒すためにいるんだ。って言ってました」

「本当なのそれ?」

 

古庄の問いに静かに首肯する。

真冬が腕を組んだ。

 

「つまり、あの怪物どもをぶっ潰すための兵士ってことか。だったらそいつらに話を聞かねえとな。あれが一体何で、どこから来たのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの艦長ずいぶん不用心ね」

「全くです」

 

2人は端末でネットワークに接続し、艦隊情報を盗み見ていた。

艦長IDでログインされていたため、ある程度の情報は見れてしまった。

 

「武蔵、比叡、摩耶、鳥海、長良、名取、五十鈴……(以下略)。……凄い……沈んだ筈の艦がこんなに……」

「学校には山城、赤城、加賀、伊吹等もいるそうです」

「赤城に加賀も!?」

 

赤城と加賀は陽炎達の鎮守府にいた。最強の空母コンビとして君臨し、陽炎達もその圧倒的な航空戦力に何度も助けられた。

 

「この伊吹って何?」

「伊吹は改鈴谷型の軽空母です」

 

 

 

 

 

その時、扉が突然開いた。

不知火が反射的に端末を毛布の下に隠す。

 

「入るよ」

 

明乃が戻ってきた。後ろに真冬と古庄を連れている。

陽炎は、何事も無かったかのように尋ねた。

 

「あら、艦長お帰り。そっちの人は?」

 

明乃はそれに応え、2人を紹介した。

 

「こちらは横須賀海洋学校の古庄薫教務主任と、航洋艦弁天の宗谷真冬艦長」

「よろしく」

「よろしくな」

「私は陽炎って言います。こっちは不知火」

「よろしくです」

 

互いに軽く会釈を交わす。

 

「まずはお礼を言うわ。生徒達を助けてくれてありがとう」

「お礼なんていいですよ、当然のことをしただけですから」

 

頭を下げる古庄に遠慮する陽炎。こういうことにはあまり慣れていないから、なんだか照れくさかった。

 

「色々聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「お答えできる範囲でしたら」

 

不知火が先に断った。

 

「答えられる範囲って何?」

「私達の職場では機密事項があるので、それに抵触することはお答えできません」

「その職場はどこなの?」

「お答えできません」

「出身は?」

「お答えできません」

 

古庄は内心ため息をついた。ここまで突っぱねられると、情報を聞き出すのが難しい。ペラペラ喋ってくれるなら簡単なのに。

 

「じゃあ、質問に答えなくてもいいけど、もし言いたいことがあればすぐ言って頂戴」

「はい」

「はーい」

 

改めて質問を始める。

 

「貴女達は日本人なの?」

「……」

「年齢は?」

「……」

「住所は?」

「……」

「家族はいる?」

「「ここにいます」」

 

陽炎と不知火はお互いを指差した。

 

「姉妹なの?全然似てないけれど」

「まあ、そうなんです」

「ご両親は?」

「……」

 

参った。何も話してくれない。

仕事の話はともかくとして、住所や家族のことくらいは話してくれると思っていたのだが、実際に話してくれたのはお互いが姉妹だと言うことだけ。

名前も本名だという保証は無いし、手掛かりが1つも無い。

 

 

そんな聴取に、真冬は痺れを切らした。

あの化物に繋がるのはこの2人だけだ、こんなことをしている場合じゃない。さっさと事件の核心を聞き出すべきだ。

思い切って話を切り替えた。

 

「なあ、お前等はあの化物が何だか知ってるのか?」

 

 

 

陽炎と不知火は顔を見合せ、小声で相談した。

 

「ねえ、深海棲艦のこと知らないっぽいけど。どうする?」

「深海棲艦のことを話せば、我々の技術が知られてしまいます。何も言わないべきかと」

 

艦娘の技術は軍事機密の1つ。もしテロリストなどの手に渡れば、必ず悪用されてしまうと、危惧されている。

人が背負えるサイズで、軍艦をも沈める火力に、高速修復材(バケツ)ですぐに治る回復力、白兵戦では最強の兵器だ。

実際、国内に潜伏していたテロリストのアジトに、軍が艦娘を送り込み皆殺しにしたとの逸話もある。

 

「……でも、深海棲艦に襲われてる人を見て見ぬふりするの?」

「そんなことしません」

「じゃあ洗いざらい話す?」

「それは危険です。深海棲艦についての最低限の情報だけにしましょう」

「うん、了解」

 

相談を終えて、2人は真冬達と向き合った。

 

「本当に、あれが何か知らないんですか?」

「お前等は知ってるのか?」

「知ってます。ただ……信じてもらえないかも知れないので……」

「何でもいいから教えろ」

「わかりました」

 

陽炎は深海棲艦について話し始めた。

 

「あの怪物を私達は深海棲艦と呼んでます」

「しんかいせいかん?」

「『深海に棲む艦』と書きます。あいつらは突如生まれた生き物と機械のハイブリッドです。

人間を憎み、人間を滅ぼそうと砲や魚雷で攻撃してきます」

「何で人を憎んでるんだ?」

 

その質問にはすっとぼける。

本当の理由を教えても、信じてもらえそうにない。

 

「さあ?」

「さあ?って、知らないのかよ」

「聞いてもちんぷんかんぷんなんで。もし知りたいなら直接聞いてみたらいかがです?」

「犬死にするつもりはねえよ。その……深海棲艦ってのに対抗する方法はあるのか?」

「機銃やバルカン砲を満載して弾幕を張るか、小型艇で接近して銃撃するとかですね。でもそれでも、装甲の硬い奴相手じゃ厳しいですけど」

「あんな化物相手に近づけってか?」

「近づきたくないなら、爆撃とか砲撃とか、ミサイル攻撃するくらいですね。効果は薄いですけど」

 

「つまり、犠牲覚悟で接近戦に持ち込むか、近づけないように大量の弾薬を浪費するか。の2つってことね」

 

古庄が確認すると、陽炎は頷いた。

 

「そうです」

「貴女達の装備も接近戦用に作られたものなの?」

「まー……そうですね」

 

駆逐艦だから当然だ!と言いたかったが、グッとこらえる。

 

古庄は更に追及する。

 

「深海棲艦も貴女達も、どうやって海の上に立っているの?」

「艤装のおかげです」

「艤装?貴女達の背負っていた機械のこと?」

「はい。原理とかは言えませんけど」

 

古庄は明乃に振り返った。

 

「艤装は保管してある?」

「はい、工作室に保管しています」

「後で調査させてもらうわね」

「ダメです」

 

突然、不知火が艤装の調査を拒否した。

 

「艤装には、高出力の動力源と弾薬が搭載されています、もし傷つければ爆発しかねません」

「爆発!?」

 

明乃は慌てて、ひっくり返りそうになった。爆発したら一大事だ。

 

「そうすぐには爆発しないので、慌てないでください」

 

不知火が諌めた。

 

「しかし、専門のスタッフでなければ分解するのは危険です。もし万が一、艤装が使えなくなれば、戦うどころか海の上に立つことすらできません。艤装は私達の身体の一部なのです」

 

 

 

身体の一部、そう言ったのは比喩等では無い。

艦だった時の艤装が形を変え、人の形となった艦娘と共に生まれる。

 

艤装が朽ちれば艦娘としての力は無くなり、艦娘が死んだら艤装は力を失う。

 

艦娘は、艤装と共にあるのだ。

 

 

 

「……」

 

古庄は黙って熟考していた。

艤装を分解調査できれば、陽炎や深海棲艦の航行能力や武装に関して多くのことが解るだろう。

しかし、不知火の言う通りだとすれば、艤装の仕組みを知ることはできなくなり、陽炎達も力を失い協力を得られ無くなる。

 

どうしたものか。

 

 

 

その時、真冬に副長から無線が入った。

 

『艦長、応答願います』

「どうした?」

『北風が、第4特殊部隊が到着しました』

「特殊部隊が!?」

 

 

新たな増援、第4特殊部隊が到着。

 

心強い知らせなのだが、真冬達は妙な胸騒ぎを覚えるのであった。

 

 




艦船設定
北風 第4特殊部隊所属艦(モデル:あたご型護衛艦)

陽炎「次回はオリキャラが出るらしいわよ」
明乃「どんな人なのか楽しみだね」
陽炎「それにしても、特殊部隊かぁ」
明乃「作者さんは軍事知識ほとんど無いけど、大丈夫なのかな?」
陽炎「不安よね」
明乃「もう無茶苦茶になったりして」
陽炎「絶対なるわね」
作者「ならないよう頑張ります」

次回もお楽しみに。


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7話 晴風旅行

皆様、お待たせして申し訳ありません。仕事疲れでモチベーションが下がり筆が止まってしまいました。
現在頑張って書き進めてはおりますが、1月に1話という目標も怪しくなっています。実質不定期更新になってしまうかと思いますが、何卒よろしくお願いいたします。

ましろ「前回の終わり方と今回のサブタイトルにギャップがあるんですが……」
作者「戦闘回に突入させようと思ったら、いつの間にかこうなってた」

追記:6/17誤字訂正を行いました。Kongmu様、誤字報告ありがとうございます。

それでは本文へどうぞ。



北風から発進した、海に溶け込む深い青色のスキッパーが天神に収容された。

古庄と真冬がその来客を出迎える。

 

後部座席からはきっちりとホワイトドルフィンの制服を着た男が出てきた。歳は30くらいだろうか、髪は清潔に短く切りそろえられていて髭もきちんと剃られている。眼はキリッとしていて、顔立ちもいい、中々のイケメンだ。

一方、運転席から出てきたのはブルーマーメイドの制服をラフにだらしなく__ボタンはいくつかはずしてあり、ネクタイはゆるゆる__着た20代の、明るい茶色のポニーテールの女性が出てきた。何処か気怠そうな印象を受ける。

 

「第4特殊部隊司令、神谷篤(かみやあつし)だ」

「第4特殊部隊スキッパー隊隊長、赤羽圭(あかばねけい)

「横須賀海洋学校教務主任兼天神艦長、古庄薫です」

「即応艦隊所属弁天艦長の宗谷真冬だ」

 

互いに自己紹介して、敬礼を交わした。

神谷が切り出す。

 

「簡単には聞いているが、改めて現状を知りたい。説明してもらえるか?」

「わかりました。こちらへ」

 

古庄が会議室へと先導する。その後を神谷、赤羽、真冬が続く。

歩き出してすぐ、古庄が尋ねた。

 

「第4特殊部隊は任務遂行中のはずではありませんでしたか?」

 

それに神谷は淡々と答える。

 

「正確には任務を中断して帰港中だ」

「中断?」

「貨物船の護衛任務だったんだが、()()()()が起きたんだ。それで貨物船は元の港に引き返して、我々はお役御免って訳だ」

 

トラブルのニュアンスだけが違うことに気づいたが、何も触れないことにしておく。たぶん聞いてはいけない。

 

その後ろでは、赤羽が真冬と話していた。

 

「あんた、室長の妹なんだって?」

「それがどうかしたか?」

 

真冬はぶっきらぼうに返す。

自分が宗谷真霜の妹であるからなんだと言うんだ。

赤羽は相変わらず気怠そうに答える。

 

「いや、室長と違って武闘派って感じだから意外だっただけ」

「そうかよ」

「もっとひ弱そうな奴かと思ってた」

「そんなんじゃ艦長務まらねえだろ」

「そーかな」

「お前こそ、スキッパー部隊のリーダーだって?若いのに凄えじゃねえか」

「全然、前任がくたばっちまって繰り上がりでなっただけ、凄くともなんともないよ」

 

赤羽は軽く欠伸をした。不謹慎な行為に真冬がムッとするが、本人は全く気にしていないようだった。

こいつとは打ち解けられないな。と真冬は思った。

 

 

 

 

 

 

神谷達は会議室で資料に一通り目を通したが、あまりにも現実とは思えない事態を目の当たりにして、驚きを隠せなかった。

ずっと特殊部隊を率いてきた神谷も眉をひそめて言った。

 

「海賊やテロリストとは何度も戦ったが、こんな化物は見た事無いぞ。こいつらは何だ?」

「確かなことは何も……」

「仕方が無い、とりあえず能力だけはまとめておくか」

 

神谷は端末を操作し、深海棲艦の能力をざっと書き込んでいく。

 

「死体も回収できてないのか?」

「はい……、残念ながら」

「手がかり無しか……」

 

神谷は内心ため息をついた。

 

「今わかっているのは、大きく分けて人型と鯨型がいること、移動速度は最高で38ノット前後。

攻撃能力は小型砲及び小型魚雷、砲は大きくても5cm程だが威力は高い。

防御能力は個体によって違うが、拳銃は通用せず、晴風の25mm機銃なら撃ち抜ける奴もいた。

そんなところか……」

 

恐るべき能力を前に、どうやって戦うか頭を悩ませる。

近づいたら勝ち目が無いのは目に見えている。噴進魚雷やロケット弾によるロングレンジ攻撃が有効か、だがもしそれをくぐり抜けられたらどうする。北風のCIWSで迎撃しきれるか。重武装艇(武装スキッパー)による一撃離脱は成功するのか。

いくつもの可能性を頭の中でシミュレーションしていく。

 

「まともに殺りあったら勝てないかもしれないなな……」

 

勝てる可能性は3割、それも多くの犠牲を払うことになるだろう。

それが神谷の予測だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__古庄教官、これは?」

 

赤羽が置かれていたタブレットを手に、古庄を呼んだ。

それには、陽炎、不知火、深海棲艦等と見慣れない言葉が書かれていた。

 

「ああ、それは戦闘中に晴風が保護した少女の聴取記録よ」

「戦闘中に?巻き込まれた民間船はいないって聞いてるけど?」

「ええそうよ。でもね、その娘達は突然現れたらしいわ」

「突然?」

 

赤羽はタブレットのファイルをあさり、入っていた映像ファイルを開いた。

それは不知火が深海棲艦と戦う映像だった。

 

「……へえ、面白いじゃん」

 

赤羽は悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて、それを見ていた。神谷が赤羽の様子が変わったことに気づいて声をかけた。

 

「赤羽どうした?興味深い物でもあったか?」

「うん、面白い奴が出てきたよ」

 

赤羽はそう言って、タブレットを神谷へ向けて放り投げた。クルクルと回転しながら放物線を描く。

危険極まりない行為だが、神谷は驚きもせず片手で見事にキャッチ、映像に目を通す。

 

「…………ほう、これは凄いな……、化物と同等の航行能力と攻撃能力……防御力も人とは比べ物にならない……」

 

 

 

 

 

神谷は確信した。この2人が化物との戦いを有利に進めるための鍵を持っていると。

 

 

 

 

 

「古庄教官、この2人は何処にいる?」

「晴風にいますが……」

「晴風か……なあ、赤羽」

「はーい?」

「お前はこいつらに話聞いて来い」

「あたしが?司令は行かないの?」

「こんな漢がブルマーの学生艦に入ったら、向こうが萎縮するだろう?」

「そんなこと無いと思うよ?隊長イケメンだから、モテモテなんじゃない?」

「それは無い。いいから行ってこい」

「はいはい、ホントつれないね」

 

赤羽は神谷に対し、つまらなそうな返事をしてから、会議室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「退屈ねー」

 

陽炎と不知火は医務室で暇を持て余していた。

端末はつい先程、明乃に艦隊情報を覗いたのがバレてしまい、ネットワークからログアウトさせられてしまって、使えなくなった。

不知火の持っていた総合情報処理端末も艤装とともに没収されていている。

やることが何も無い。

目の前の小さな医者も、字の細かい医学書とにらめっこしてばかりだ。

 

「お医者さーん、何か暇潰せるもの無いの?」

「生憎ここには無い」

「ちぇっ、つまんないな」

 

陽炎はふてくされて、ベッドに乱暴に倒れ込んだ。ボフンと、ベッドが音をたてる。

 

「せっかく陽炎型に乗れたんだから、見て回りたいわね」

「同感です」

 

元々「艦」としての陽炎型だった陽炎と不知火だが、実は内部構造はほとんど知らない。元からわかるのはせいぜい、艦橋や缶、武装の位置くらいで、残りは本を読んで知った。他の艦娘も内部のことはさっぱりだそうで、とある艦娘曰く「自分の中身が見える訳無い」とのこと。全くその通りだと納得した。

だから、自分達の知らない晴風と言う艦とはいえ陽炎型に乗れたのだから、中を見て回りたいと思った。

だが、美波が釘を指す。

 

「残念だが、艦の中を自由に歩かせるわけにはいかない。いくら恩人とは言え貴女達は部外者だ、艦の中を歩き回られたら…………」

 

振り返ると、いつの間にか陽炎がベッドから消えていた。

 

「……陽炎さんは?」

「でかけました」

 

不知火はいけしゃあしゃあと言った。

 

足が使えない自分が行っても足手まといになるだけだ。なら陽炎だけに行ってもらい、たっぷりとお土産話を聞かせて貰おう。

 

不知火は期待を膨らませつつも、美波の前では平然を装った。

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎はどこから回ろうか思考を巡らせた。

まずは駆逐艦の命、魚雷発射管から回ろうか。

 

61cm4連装魚雷発射管

姿形が変わろうとも今も愛用している馴染みの装備。

本等で見た当時の姿を思い返しながら足を踏み入れた。

 

「……何……ここ……」

 

しかし、そこは未知の空間になっていた。

 

スッキリとしたコンソールにハンドルが1つとレバーが数本。

あの頃の発射管とは思えなかった。

コンソールを確認すると、一番~四番のレバー、発射スイッチ、次弾装填スイッチが人1人で扱えるようにコンパクトにまとめられていた。

省力化の図られた艦としては正しいのだが、陽炎には受け入れにくい。

 

「……なんか違和感あるな……」

 

そう呟き、次の場所へ向かった。

 

 

 

 

 

次は主砲か機関室かと考えながら通路を歩いていると、向こうから美千留がやってきた。手にはたくさんのお菓子や飲み物を抱えている。

美千留は陽炎と会うのは初めてだった。

 

「あら?貴女誰?」

「陽炎よ、話聞いてないの?」

「ああ、海の上を滑ってたって子?」

「滑ってた……間違ってはないけど」

 

普段は航行と称しているので、「滑ってた」には違和感があった。

 

「怪我してるのに出歩いて大丈夫なの?」

「大丈夫よ、こう見えても私身体丈夫なんだから」

「そう……?」

 

大丈夫と言われても、左腕は吊られていて身体中に包帯がぐるぐる巻かれている姿は、とても痛そうで見ている方が辛い。

 

「何処か行くの?」

「特にアテはないわ、陽炎型の中を見て回りたいの」

「陽炎型、好きなの?」

「ええ、凄くね」

「名前が同じだから?」

「う〜ん、まあそうね。私の名前は一応、駆逐艦陽炎から来てるし」

「へ、へえ〜……」

 

艦から名前をつけるなんて、どんな名付け親だ。とドン引きした。余程の艦マニアじゃなきゃ付けないだろう。

 

艦の中を見て回りたいと言っていたが、どうしよう。本当は見せてはいけないのだけれど、一緒に戦ってくれたし、ちょっとだけならいいか。

 

「私砲術委員なんだけど、主砲見せてあげよっか?」

「ホントに!?いいの?」

 

陽炎は目をランランと輝かせた。

本当に艦が好きなんだ。と美千留は思った。

点検中である第二主砲へと案内する。

 

「今ちょうど点検中で、中が見れるよ」

「中はどうなってるの?」

「自動化されてるから人は入らないわ」

「自動化ね、まるでイージス艦みたい」

「でも照準は手動で、射撃指揮所から遠隔操作するの」

「それ意味あるの?」

 

第二主砲の真下にある主砲内部への入口に着くと、順子が中で点検作業をしていた。

 

「じゅんちゃん、飲み物買って来たよ」

「ありがとうみっちん!」

 

美千留が放ったスポーツドリンクのボトルを片手でキャッチ、喉が渇いていたのかすぐに蓋を開けて飲み始めた。

 

「どうだった?」

「何も異状なし。ただ、どの砲塔も弾薬が少なくなってるよ」

「ずっと撃ち続けてたし、しょうがないよね」

「ところで、その子誰?」

 

順子は陽炎の方を見た。

 

「この子は__」

「陽炎よ、よろしくね」

 

美千留が紹介しようとしたが、陽炎が遮った。

 

「ちょっと中見させてもらうわね」

「え?ちょっと!」

 

順子を押し退け、主砲内部に入る。

 

中は意外とシンプルに纏められており、中央に砲身と次弾装填装置、遠隔操作用の受信機や駆動装置、そして予備の制御盤が置かれていた。

昔の面影は無い、機械の巣窟。

 

「ふ〜ん、ずいぶん機械化されてるのね。この主砲、どのくらい速く撃てるの?」

「毎分60、つまり1秒1発ってとこ」

 

美千留の答えに、陽炎は目を丸くした。

 

「イージス艦と遜色無いじゃない。……陽炎型の12.7cm砲じゃないけど、これ何の艦の砲なの?」

「いろんな艦の予備パーツを集めて造ったって、教官は言ってたけど」

「そんなのよく積めるわね」

 

興味深そうに内部を観察している陽炎を見て、順子が美千留に耳打ちする。

 

「見せちゃっていいの?」

「悪い人じゃないんだし、いいんじゃない?」

「後でガミガミ怒られても知らないよ」

 

陽炎は中の様子をだいたい知ることができて満足したのか、主砲から出てきた。

 

「ありがと、面白かったわ」

「満足した?」

「ええ。次は何処に行こうかな」

「他も回るつもりなの?」

「もちろん」

 

晴風を博物館か何かと間違えてないか?と思う。

 

「悪いけど、他の場所はウチらの担当じゃないから……」

 

順子がやんわりと散策をやめるよう、諭そうとしたその時。

 

 

 

 

 

「何してんでい?」

 

 

 

 

 

麻侖が偶然通りかかり、陽炎を見て首を傾げた。

 

「あんた誰だ?」

「陽炎よ」

 

今日何度目かわからない自己紹介をする。いい加減疲れるから、どうにかして欲しい。

 

「おお、話は聞いてんぜ。あの化物共をぶっ飛ばしたんだってな」

「まあね」

 

陽炎は麻侖の元気のいい江戸っ子口調を聞いて、涼風みたいだと思った。明るく場を盛り上げてくれるムードメーカータイプだ。

 

「んで、お前さんは何してるんでい?」

「この艦の中を見て回ってるの。もしよかったら、案内してくれない?」

「悪いけど、機関の面倒見なきゃいけねぇんだ。でも、機関室だけでも見てくかい?」

「いいの!?やった!」

 

陽炎は喜んだ。

図らずも機関室は見学できることになった。他の場所も、別の人に案内を頼めば見れそうだ。

 

「ただ、暑いから気ぃつけてくれよな」

「大丈夫よ」

「じゃあ、行くぜ」

 

麻侖の先導で機関室へ向けて歩く。

美千留と順子は2人を見送ると、主砲の点検作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

麻侖と陽炎が機関室に入ると、ムワッといた熱い空気が立ち込めていた。

陽炎も思わず顔をしかめる。

こんな蒸気の充満した中に学生を詰め込んでるのか、暑くてたまったもんじゃない。ブラック鎮守府ならぬブラック駆逐艦かここは。

 

「機関長お帰りー、その子誰ー?」

 

制御盤とにらめっこしていた留奈がこちらに振り向いた、そして他のメンバーもヒョコヒョコと顔を出す。

 

麻侖が陽炎を大袈裟に紹介する。

 

「てやんでい!こいつは陽炎ってんだ。化物共をバッタバッタとぶっ倒してた奴でい!」

「えっマジ!?」

「この子が!?」

 

みんながバッと一斉に陽炎に押し寄せた。

 

「貴女凄いね!あんな怖い怪物を倒しちゃうなんて!」

「どうやって海に浮いてたの!?」

「どこから来たの!?」

「ちょ、ちょっと待って!そんなに一度に話しかけられても!」

 

機関科4人組からの質問攻めにたじろぐ陽炎、その様子を見かねた洋美が声をかける。

 

「こら!まだ機関は直ってないんだから、質問は後でいいから早く修理しなさい!」

「は〜い」

 

やる気のない返事を残し、4人組は渋々持ち場に戻った。

 

「悪いな、みんなお前さんのことが気になってんでい」

「……そうなの?」

「艦長達の命の恩人だしな。それに運び込まれた時、美波さんが珍しく声を荒げてたから、そんなにヤバイのかと思ったんでい」

「美波さん?」

「あのお医者さんだよ」

 

それを聞いて納得した。あの小さな医者はさっきは落ち着き払っていたが、陽炎達が晴風に収容された時は結構慌ててた気がする。

まあ、陽炎達の怪我がとても酷かったので、当然の反応だろう。

 

「ま、自由に見ていってくれよ。手を触れなきゃいいからな」

 

麻侖はそう言って蒸気バルブをレンチで締め始めた。すると、蒸気の供給量が減り、一部の蒸気管からの蒸気漏れが治まった。

 

「全く、高圧缶のお守りは大変でい」

 

陽炎はそれを聞いて尋ねる。

 

「この艦高圧缶なの?」

 

高圧缶は島風に搭載するために製作された、高温高圧高出力型の缶だ。陽炎型の天津風がそのテストの為、高圧缶を搭載していた。

機関が小型化されたにも関わらず、他の陽炎型と同じ52,000馬力を発揮していた。

だが、晴風の機関はそれとは別物だった。

 

「おう、こいつは高圧缶だから6万馬力あるんでい」

「6万馬力!?」

 

陽炎はびっくりした。自分達より8,000馬力もパワーアップされているとは思わなかった。

 

晴風の高圧缶は小型化せずに、機関の高出力化を念頭に製作された。だから、横須賀女子海洋学校最速の37ノットもの高速能力を手に入れたのだ。その代わり故障も増えてしまったが。

 

「特型並の速力にイージス艦クラスの砲撃能力とか……、とんでもない艦ね……」

 

晴風の驚異的な性能を知り、陽炎は舌を巻いた。

彼女の目の前では、2基のタービンが出番を待ち望むかのように、独特な駆動音を立て回り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎は麻侖に礼を言い、機関室を後にした。

 

「機関を見せてくれてありがとう」

「いいって。もし他のとこ見てくんなら、副長には見つかんなよ。うるさい奴だかんな」

「規則一辺倒ってことね」

「そんな感じでい。ま、ウチらがゆるゆるしてっから、そう見えるだけなんだけどな」

「副長ってどんな人?」

「黒いポニーテールの奴でい」

「わかった。気をつけるわね」

 

麻侖は手を振って陽炎を見送った。

 

 

 

陽炎はアテもなく、ふらふらと歩き回ることにした。偶然ついた場所を順番に見て行こうと考えたのだ。

学生艦なのだから教室等も完備されている筈だし、現代に合わせて居住区画も変更されている筈、そこらを見て回るのも悪くない。

 

気ままに行こう、そう思っていた。

 

 

聡子とまゆみと秀子に偶然ばったり会うまでは。

 

 

「あんたが陽炎さんぞな?」

 

聡子の訛りに一瞬呆然としてしまった。

「ぞな」ってどこの方言だ、艦娘にもそんな言葉遣いする人はいなかったぞ。あ、でも「でち」がいたか。

 

「……え、ええ。そうよ」

 

そう答えると、3人とも陽炎のことをまじまじと見つめる。

 

「……何?」

「……ふつーの子だね」

「そだね」

 

まゆみの言葉に秀子が相槌を打った。

普通の子ってなんだ、と問い詰める。

 

「どういう意味よ?」

「あ……納沙さんって人が、貴女がアンドロイドか、サイボーグじゃ無いかってはしゃいでたから」

「は?」

 

まゆみの説明に思わずそんな声が出てしまった。

 

「私がアンドロイドとかサイボーグに見えるの?」

 

秀子が首を横に振る。

 

「全然見えないよ、でも納沙さんて想像力豊かだから」

「ホント豊かねぇ……」

 

 

 

 

ずっと艦娘として戦ってきたが、アンドロイドとかサイボーグなんて言われたことが無かった。

だが、陽炎達の身体には機械の類いは一切入っていないため、アンドロイドとかではないと言い切れる。

 

ちなみに、陽炎達の世界の人々は、艦娘は艦の生まれ変わりだと思っているようだ。付喪神だとかなんとかというものだと考えているらしい。

 

陽炎にとってはそんなことどうでもいい、自分が艦の生まれ変わりでも、そうじゃなくても、何かが変わる訳じゃ無いのだから。

 

 

 

 

「陽炎さんは何してるぞな?晴風旅行かの?」

 

聡子がそう尋ねた。

「旅行」とは、新たに配属された艦の中を案内されること、構造や配置を覚えるために艦の中を回るのだ。

これからしばらくお世話になる艦、旅行という表現もあながち間違いではないと思った。

 

「そんなところね」

「もしよかったら、ウチらが案内するぞな」

「いいの?」

「うん!お客さんが来るのなんて久しぶりだし、案内させて」

 

聡子とまゆみに促され、陽炎は喜んで承諾した。

 

「じゃあよろしくね!あ、貴女達の名前、教えて頂戴」

「勝田聡子ぞな」

「内田まゆみでーす」

「山下秀子、しゅうって呼んでね」

 

陽炎は3人に案内され、晴風の中を回り始めた。

 

「まずはどこから回る?」

「お任せで。私は何もわかんないから」

「1番近い購買でどう?」

「今開いてる時間だから、行ってみるぞな」

 

 




不知火「陽炎!更新が止まっていた間に、ついに陽炎改二、不知火改二が実装されましたよ!」
陽炎「そうだったわ!ねぇ、私達を(小説の中で)改装してよ!」
作者「……いや、無理だから」
陽炎・不知火「!?(ガーン)」
明乃「2人とも大丈夫!?」
美波「駄目だ、ショックのあまり放心状態だ」
明乃「どうしたらいい?」
美波「よし、和住さんに改二艤装を造ってもらおう」
媛萌「できないよ!?」

次回もお楽しみに。


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8話 客人



陽炎「作者がつい先週初めて家の車に乗ったら、エンスト4回、ホイールスピン2回もやって怒られたらしいわ」
明乃「事故は起こさなかったけど、かなり気分が凹んでるって」
陽炎「ちゃんと運転できるようになって欲しいわね」
明乃「スポーツカーを運転したいって言ってるけど、心配だね」
陽炎「話を戻すけど、今回は晴風旅行の続きも書かれているわ」
明乃「晴風はどうだった?」
陽炎「面白い艦ね」
明乃「面白い?どういう意味?」
陽炎「それは読んでのお楽しみ」


※今回から多数の独自設定、解釈が更に多く含まれています。

それでは本編へどうぞ。


 

 

『艦長、北風より入電です』

「内容は?」

 

鶫の報告に明乃が質問を返す。何か動きがあったのだろうか。

しかし、肝心の内容はとんでもないものだった。

 

『……「馬鹿が1人お邪魔する、迷惑かけてすまない」……以上です』

 

何だそりゃ!とツッコミたくなった。

「馬鹿」だの「迷惑かけてすまない」だの、悪い予感しかしない。

 

「……要するに、1人晴風に来るってことかな」

『そうみたいです』

「どんな人なのかな……」

 

鈴が不安そうにつぶやく。

 

「まあ、そんなにおかしな人は来ないと思いますが……」

 

ましろも言葉を濁した。

 

その直後、甲高く激しいエンジン音が遠くから聞こえてきた。こちらに近づいてくる。

 

「これって、スキッパーの音?」

 

スキッパーの音に似ているが、晴風の物と比べると音が重厚で、非常に喧しい。まるで暴走族のバイクのようだ。

 

明乃は双眼鏡で北風の方を覗いた。

 

北風からスキッパーが向かって来る。闇に溶け込む漆黒の船体は、晴風のスキッパーとは全く違っていた。

鋭く尖った船首には機関銃2基、左右のウイングには魚雷発射装置が取り付けられていた。

コックピットは密閉型に変更され、各部に装甲が装着されていた。

 

 

 

その姿は、陽炎達の世界に存在する戦闘機のようだった。

 

 

 

……何故かリアに取り付けられているウイングのせいで、レーシングカーに見えなくもないが。

 

 

 

「あんなスキッパーあったっけ?」

 

幸子が情報を読み上げる。

 

「……『零式特殊戦闘艇』第4特殊部隊の武装スキッパーです。30mm機関砲2基、短魚雷発射管4、チャフや発煙装置も搭載されているそうです。エンジンも改造されていて、最高速度は300kmを超えるとのことです」

 

 

 

その性能はまさに戦闘機と呼べるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤羽はスキッパーを晴風の左舷に接舷し、ワイヤーを引っ掛けて固定した。

晴風のダビットは損傷しており、使えないので仕方がない。

 

「……さて、と……」

 

スキッパーから顔を出した赤羽が、梯子を軽々と上り甲板へと上がると、明乃とましろが待ち構えていた。

 

__こいつが、武勲艦晴風の艦長か__

 

「初めまして、晴風艦長の岬明乃です」

「晴風副長の宗谷ましろです」

 

2人が敬礼しようとすると、赤羽はそれを止めさせた。

 

「敬礼なんていいよ。あたしは赤羽圭、第4特殊部隊スキッパー隊臨時隊長。……あー、気楽に『赤羽さん』とでも呼んで」

「了解しました。赤羽さん」

 

明乃がそう呼ぶと、赤羽は満足そうに笑った。

 

「オッケー。陽炎と不知火に会いたいんだけど」

「わかりました。案内します」

 

明乃とましろは、赤羽が何を聞き出すつもりなのか考えながら。赤羽は陽炎と不知火が、どんな人なのかを楽しみにして医務室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医務室の前に着くと、明乃がドアをノックした。

中から美波の返事が聞こえる。

 

『どうぞ』

 

ドアを開けて中に入った。だが、陽炎の姿が何故か見当たらない。

 

「あれ?陽炎ちゃんは?」

「さっき出ていった」

「え?」

「艦の中を見て回るらしい」

 

それを聞いて、後ろでましろが頭を抱え、明乃は苦笑いした。

 

「全く……勝手に艦の中を歩き回るなんて……、連れ戻して来ます」

「うん、よろしくね」

 

ましろは医務室を出て、陽炎を探しに行った。

 

「……岬艦長、その方は?」

 

不知火が鋭い視線を赤羽に向ける。

明乃は赤羽のことを紹介した。

 

「こちら、第4特殊部隊の赤羽圭さん」

「よろしく、不知火」

 

赤羽がそう声をかけるが、不知火は無表情のまま、質問を投げかける。

 

「何の用ですか?」

「可愛くないな、もっとリラックスして笑いなよ。綺麗な顔が勿体無いぞ」

「お世辞は結構です。何の用ですか」

 

さっさと本題に入ろうと冷たい態度を取る不知火に、赤羽は呆れて小さく舌打ちした。

 

「チェッ、あんたつまんないな。じゃあ、本題に入ろっか」

 

 

 

気怠そうな雰囲気から一転、赤羽の瞳がギラリと光った。

 

 

 

 

 

「あんた等、深海棲艦って奴等と、どういう関係?」

 

 

 

 

 

不知火がピクリと僅かに表情を変えた。

赤羽を警戒しているようだ。

 

「……どういう意味でしょうか?アバウトすぎて、お答えできません」

「なら1つ1つ聞く。まず、あんた等は深海棲艦に対抗するためにいんの?」

「はい」

「深海棲艦と同じ技術を使って。でしょ?」

「…………」

 

不知火が黙りこくる。

赤羽はそれをいいことに喋り続ける。

 

「戦いの様子を見させて貰ったけど、あんた等と深海棲艦には共通点が多いよね。移動する様子とか、攻撃方法とか、防御能力も。

小型銃に魚雷なんて、今どき何処も使わない。機関銃やライフル、ロケットランチャー、手榴弾とかだね。あんなのより余程扱いやすい。

それに、普通の人なら銃弾一発で貫かれて死ぬのに、あんたは何発か喰らってもピンピンしてる、身体が頑丈なのかなんなのか知らないけど。深海棲艦も銃弾を弾いたって聞いてるし、同じ防御力を持ってるって言えるんじゃない?」

 

不知火は、沈黙のまま。

それが肯定の意味だと、その場にいた全員にわかった。

 

赤羽はもう少し踏み込むのもアリかと思ったが、一線を越えるとマズいのでやめておくことにした。今は深海棲艦への対策を聞き出す時だ。

 

「そんでさ、同じ技術を使ってるあんた等には、深海棲艦の弱点とかがわかってんでしょ?それを教えてよ」

「……正直に言って、深海棲艦に弱点と呼べるものはありません」

「は?マジで言ってんの?」

「はい。マジです」

 

赤羽は疑わしそうに不知火を睨む。

 

「効果のデカイ攻撃方法とか無いわけ?」

「ありません」

「……じゃあ、古庄教官が聞いた通り、肉薄戦かひたすら砲弾を叩き込むしか無いか……」

 

赤羽は、「う〜ん」と腕を組んで唸っていた。

 

すると、不知火が尋ねた。

 

「深海棲艦と戦うつもりですか?」

「戦わなくてどーすんの?」

 

当たり前だろ?とばかりに返した。

だが、不知火は沈痛な面持ちで進言した。

 

「……言わせていただきますが、通常艦艇では深海棲艦には太刀打ちできません。内陸に撤退すべきです」

 

赤羽が突っかかる。

 

「……あたし等じゃ無理だっつーのかよ」

「例え侵攻を食い止められたとしても、多くの死者を出すことは確実です。持久戦になればいずれ、深海棲艦に押しつぶされます。撤退してください」

「ヤダね」

 

信じられないことに、不知火の必死な言葉を、赤羽は鼻で笑った。

これには不知火も動揺を隠せなかった。

 

「何故ですか?勝ち目の無いことは解っているでしょう」

「撤退だとか、馬鹿言ってんじゃねーよ。深海棲艦も死ぬんだから、勝ち目が無い訳じゃない。効率よく、被害を抑えて殺し回ればいいだけ」

「そんな机上の空論で……!」

「机上の空論も無い奴に言われたくないね」

 

赤羽は背を向けて医務室のドアを開いた。そして、こう言い捨てて出ていったた。

 

 

 

 

 

「人魚を舐めんなよ、この臆病者(チキン)が」

 

 

 

 

 

不知火は怒りに燃えた目で、赤羽が見えなくなっても睨み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤羽さん!」

 

明乃は医務室を飛び出し、赤羽を呼び止めた。

 

「どうして、あんな酷い言い方するんですか?」

「酷い言い方?」

「不知火ちゃん達は、命をかけて私達を助けてくれたんですよ!それなのに臆病者だなんて!」

 

明乃は許せなかった、人を救う為に戦った人を侮辱することが。

 

赤羽が明乃を睨みつけた、凍りつくような冷たい瞳だった。

その圧力に、思わず後ずさりしそうになる。

 

「……あいつもあんたも、現状わかってる?」

「……現状……?」

「わかってねーのか」

 

赤羽がため息をついた。

 

 

 

 

 

「教えてやるよ、あたし等もあんた等も逃げられない。深海棲艦とやらとぶつかるしかねーのよ」

 

 

 

 

 

「……どうしてですか?」

 

赤羽が再び大きなため息をついた。

 

「そのくらい想像できねーの?あの化物は初遭遇とは言え、インディペンデンス級4隻をボコボコにする死神の集まりだ。今はあんた等の働きで動きを止めてっけど、あたし等が逃げ出したらどうなると思う?

間違い無く奴等は日本に襲い掛かってくる。そしたらもう地獄だよ。

フロート艦の間を縫って駆け回って、見境なくぶっ殺しに来る。フロート艦は次々に沈んで、その上にある建物や人は間違いなく海の底。内陸に逃げようにも全国民を受け入れる土地は無い、武蔵の時以上のパニックと被害になるよ。だから、撤退という選択肢は無い、深海棲艦を殲滅しなきゃならないんだよ」

 

明乃は赤羽の主張に納得した。それは疑いようの無い事実だった。

 

「あー、でも言い過ぎたかな。ちょっとムカついて毒吐いちまった、後で謝んねーとなあ……」

 

赤羽はコロッと気怠い雰囲気に変わり、嫌そうに愚痴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎は聡子達の案内で様々な場所を回った。

 

購買は品数も多く、娯楽用品まで置いてあるのには驚いた。ドイツ語の本や水鉄砲など、首を傾げたくなるものもあったが。

その中でも一番目を引いたのは、応急委員オリジナルだという晴風の模型が販売されていたことだ。「こだわりの金属製モデル!」と書いてあり、付属パーツを取り付けることで晴風のありとあらゆる姿を再現可能らしい。しかし、お値段は高く高校生には手が出せそうにない。実際まだ1つも売れて無いそうだ。

「マッチの写真買い取ります」と謎の張り紙がしてあり、店番の美海に尋ねようとしたら、まゆみに口を塞がれて「聞いちゃいけない」と言われた、触れてはいけないのはわかったが、どういうものなのか気になって仕方が無い。

お菓子でも買おうかと思ったが、お金を持ってきていないことに今更気づいた。出撃だからと自分の部屋に置いてきてしまったのだ。

一文無しという現実を前に絶望していたが、「お金無くても買えるわよ?」と聞いてびっくりした。陸に戻ってからまとめて精算するので、現金が無くても買えるそうだ。……買い過ぎてとんでもない請求額が来た人もいるらしいが。

結局、陸に帰っても陽炎には支払い能力がないので、美海や聡子達からの奢りでお菓子をいくつか貰った。頭が上がらない。お金ができたら返そうか。

 

 

 

 

教室は一般的な高校とあまり変わらなかった、違うとしたら机が固定されていることくらいだろうか。

丁度マチコが一番後ろの席で眠りについていて、「あの子がマッチだよ」と教えられたので、購買の張り紙の意味がわかった。凄いイケメンだこの娘、惚れて当然だと思った。

学校の教科書を見せてもらったが、ハッキリ言ってちんぷんかんぷんだった。πとか連立方程式なんて記憶にすらない、電気だの熱伝導だのもさっぱり解らない、英語なんて金剛さんに任せればいい、ドイツ語ならレーベかマックスに任せればいい。というか、なんでドイツ語の教科書があるんだ、時間割にも無いのに。

艦の仕組みや操舵、戦闘等のマニュアルはなんとなく解った。艦の構造は頭に入っていたし、掛け声等は陽炎達とあまり変わっていなかった。

 

だが、ここで貴重な?情報を得ることができた、世界史と日本史の教科書だ。

 

陽炎の知らない歴史が並んでいた。

第一次世界大戦は欧州諸国の外交戦略により回避され、第二次世界大戦も起こるかと思われたが結局回避された。

その結果、国の名前すら変わっているところがある。例えば日本に近い半島などだ。

 

もう陽炎の理解を超えた世界だった。

 

ふと、飛行機に関する記述が無いことに気づいて、「飛行機は載ってないの?」と聞いたらきょとんとした顔で、「飛行機?なにそれ?」と言われた。飛行機を知らないのだろうか。

そう言えば艦隊には1隻も空母がいないし、水上偵察機すら積まれていない、何故だろう。あと、対空番長の摩耶もハリネズミの筈の武蔵も機銃がほとんど無い、空襲されたらすぐ沈んでしまいそうなのだが、大丈夫なのだろうか。

 

自分でも気づかないほど熱心に読んでいたらしく、秀子が「歴史好きなの?教科書貸してあげよっか?」と言ってくれた。ありがたい、不知火に見せてやろう。

 

 

 

聡子の持ち場である海図室に行くと、でっぷりとした猫が堂々と居座っていた。名前は五十六とのこと、何十年も前の教官にちなんで名付けられたとか。海軍大将の名前と同じなんて、偉そうな猫だ。ちなみに役職(明乃任命)は大提督、提督の上とは恐れ入った。

「モフモフしてて気持ちいいぞな」と聞かされて、抱っこしようとしたら逃げられた。可愛くない。しかも鳴き方も「な〜」「ぬやっ」と、もはや猫とは思えない鳴き方で余計に可愛くない。猫と言うよりオッサンだ、多摩さんの方が猫っぽいし可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在、陽炎は食堂で生徒達に囲まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽炎さんてアンドロイドじゃなかったんですね。残念ですー」

「誰がアンドロイドよ」

 

本気でそんなことを考えていた幸子に対し、陽炎はイラッとした声で文句を言った。

 

幸子はいきなり食堂に入ってきたかと思えば、陽炎の身体を構わずベタベタと触り、大きなため息をついたのだ。

あんた私の胸のサイズにため息ついたわけ?とぶん殴りそうになったが、その直前に「機械の体じゃないんですか……」と呟いた。

そうか、この人が納沙って想像力豊かな人か。

 

「いくら力が強いからってアンドロイドは酷くない?」

「アニメや漫画で凄い活躍をする女の子はアンドロイドと決まっています!」

「創作の見過ぎよ、そんなのいるわけないじゃない」

 

2人のやり取りを見て周囲の皆がクスクスと笑う。

陽炎はそいつらに言った。

 

「貴女達も、この人どうにかしてよ」

「これが納沙さんだから」

「諦めて」

 

理都子と果代子がそう切り捨てる。

 

「でも、私も陽炎さんの正体気になるな」

「私も気になる」

 

双子のほまれ・あかね姉妹が皆にお茶を配り回る。陽炎は「ありがと」と言って受け取った。

 

「正体も何も無いわよ」

「でも、海の上に立ったりとか普通はできないと思うよ?」

「あれは艤装のおかげ、艤装が無かったら何もできないの」

「ということは、私達も艤装を着ければ陽炎さんのように戦えるのでしょうか?」

 

楓の発言で生徒達がハッと気づいた。

そうだ、あれを使えばいいんじゃん。

芽衣や媛萌といった、艤装を使ってみたい&仕組みを見てみたい一部の生徒が、ダッシュで艤装を取りに行こうとする。だが、陽炎が止めた。

 

「あれは私達以外は使えないのよ。その艤装と適合した人じゃないと起動できないって聞いたわ」

 

それを聞いて芽衣と志摩がガックリと肩を落とす。

そんなに艤装で撃ちたかったのか、重度のトリガーハッピーだな。

 

「なんだ、私等じゃ使えないのか」

 

芽衣の言葉に頷く。

 

「そうね。それに艤装も結構ボロボロに壊れちゃってるし、私達でも海に立つのがやっとかしら。けど……」

 

お茶を啜りながら艤装の状態を思い出す。

 

 

 

武装はほぼ使用不能、主砲1基が木っ端微塵になり、もう1つは両手持ちのため左腕が折れた状態では使えない。魚雷を全て撃ち尽くしたため魚雷発射管はただの飾りになった。機銃もひしゃげて使えない。

機関は無理をしたせいであちこちが焼け付き、出せて20ノット、戦艦よりも遅くなってしまった。

 

 

 

戦うのは無理だ。だが、大切な艤装であることには変わりない。

 

「艤装には絶対触れないで、素人に弄られたらどうなるかわからないから」

 

陽炎は念には念を入れ釘を差した。それが皆に届いたかは定かではないが。

 

「でもさ、いざっていう時のために撃て……使えるようにしないとヤバくない?」

 

芽衣が本音を押し殺してそう言った。

どうやらさっきの言葉は、あまり届いていなかったようだ。

 

「ほら、まだ敵さんいる訳だし、ブルーマーメイドとホワイトドルフィンの人達が来てくれたからって、安心できないでしょ?ぶっちゃけ私等じゃ戦え無いし、陽炎ちゃん頼りなんだよね。だから……ね?」

 

芽衣の言うことは表向き正論だ。撃ちたい、撃ってるところを見たいという本音がチラチラ見えるが。

 

深海棲艦とまともに戦り合えるのは艦娘だけ、そしてここにいる艦娘は陽炎と不知火だけ。不知火が航行不能である以上、戦力は陽炎1人だ。陽炎の艤装を可能な限り復旧させて戦闘に備えるべきだろうとは思われる。

 

「うぃ、お願い」

 

志摩も相槌を打った。

 

「そうねぇ……」

 

だが、それはあくまで戦闘があればの話だ。今現在深海棲艦の動きは沈静化しており、攻めてくる様子は無い。それにブルーマーメイドもかなりの痛手を負っており、積極的に攻撃しようとは思わないだろう。

しばらくは小競り合いが続くのだろうと、陽炎は予測していた。小競り合い程度なら機銃やミサイル等の通常兵器でもそれなりの効果はあるから、艦娘の出番は無い。

 

もしかしたら、時間が経てば他の艦娘と合流できるかもしれないし。

 

最後の1つは陽炎の淡い期待であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいたのか」

 

背後から呆れた声が聞こえた。振り返ると、ましろが立っていた。

 

「あら、副長さんじゃない」

「怪我人のくせに何してるんだ、安静にしてないと駄目だろう」

「動かないと身体が錆びついて、動けなくなっちゃうわ」

 

陽炎のジョークを聞いて周りがクスクス笑う。

 

「全く、元気そうだな」

「身体が丈夫なのが取り柄だからね」

「それはよかったな。けど、貴女達に話を聞きたいって人が来てるから戻ってくれ」

「えー、どうせ不知火1人で十分でしょ?だから私はここでのんびりしてるわ〜」

 

陽炎はそう言って机にぐだぁ〜と伏せた。

 

「駄目だ、早く戻れ」

「面倒だもん〜」

 

ましろの言葉に耳を貸さず机に伏せたままの陽炎に、ましろはイラッときて言った。

 

「力尽くで連れて行くぞ」

「ご自由に〜」

「いいんだな」

 

ましろは自分の体力にはそこそこ自信があった。体育のテストでは不運に襲われない限り常に上位、流石にマチコや志摩には劣るが十分な体力を身に着けていた。

 

背後から腕を回し陽炎を抱えて、持ち上げようとした。だが、ビクともしなかった。

 

「ふんっ!……お、重……っ!?」

 

もう一度やってみる。しかし全く動かない、まるで岩のようだ。

 

「あら、力無いのね」

 

陽炎が平気そうにからかった。

 

「これでも平均以上はあるんだ!……っ!」

 

ましろはもっと力を込めて引っ張るが、本当にビクともしない。

 

 

 

「副長大変そうだね」

「そうだね、……ん?……」

「かよちゃんどうしたの?」

 

他の皆は陽炎とましろの様子を微笑ましく見ていたが、何かに気づいた果代子がすっと机の下に潜った。

 

机の下では、陽炎が両足で机の脚をがっしりとホールドして、踏ん張っていた。

 

「凄い、上では力んでる様子を微塵も見せずに持ちこたえている」

「なんという力……!」

 

 

 

 

 

「副長、何遊んでんの?」

 

赤羽がやってきて呆れた声を出した。あの後もしばらく医務室の前で待っていたが来ないので、探しに来たのだ。

 

「遊んでなんかいません。連れ戻そうとしてたんです」

「そう?あ、用は済んだからもういいわ」

「え?」

「陽炎、これ渡しとくね」

 

赤羽はいつものようにタブレット端末を放り投げた。陽炎は背後から飛んでくる端末を取ろうと手を伸ばす。だが、不運が起こった。

陽炎が突然身体を起こしたために、ましろがバランスを崩しよろけて射線上に乗ってしまった。

端末がましろの額にヒットし、パコーンといい音が響いた、

 

「ぎゃっ!?」

 

端末は真上に跳ね上がり、天井ギリギリでUターンした。陽炎は身体を後ろに倒しキャッチしようと試みる。

 

「もうちょっ……取った!……って……うわあっ!」

 

キャッチには成功したが後ろに体重をかけ過ぎたために、そのまま後ろに椅子ごと倒れてしまった。そして、端末の直撃を受けてフラフラしていたましろも巻き込まれた。

 

バタァン!

 

仰向けに倒れたましろをクッションにしたので、陽炎に大したダメージは無かった。……ましろにその分のダメージが加算されたのは言うまでもない。

 

陽炎がひっくり返ったまま赤羽に文句を言う。

 

「ちょっと!ちゃんと投げてよね!」

「悪ぃ、ミスっちゃった」

「全くもう!」

 

プンプン怒りながら手をついて身体を起こした。

 

ムニュッ

 

「あっ……」

 

柔らかい感触、間違い無い胸だ。

誤ってましろの胸に手をついてしまった。

 

暫し、重い沈黙が流れた。

 

そして、陽炎が口を開く。

 

 

 

 

 

「……副長……結構あるんだ……」

 

「いいからどけ!!」

 

怒鳴り声と同時に、陽炎は投げ飛ばされて再びひっくり返った。

 

「うう……最悪だ、ついてない……」

「自分の不幸を呪ってばかりだと、一生幸せになれないわよ」

「大きなお世話だ!」

 

いつものように不幸を嘆くましろを見て、陽炎は山城の「不幸だわ……」みたいだと思い苦笑いした。

転がっていた端末を拾い上げて、赤羽に尋ねる。

 

「この中は何?」

「此方の装備戦力、今まで現れた全種類の敵のデータ、ありとあらゆるもの」

「そんなのをどうしろっていうの?」

 

 

 

 

 

あの化物(深海棲艦)に勝つ方法を何でもいいから出せ、これから化物狩りをおっ始める」

 

 

 

 

 

「はあっ!?」

 

思わず叫んだのは陽炎だけでは無かった、その場にいた生徒全員も叫んでいた。

 

「ちょっと待って!深海棲艦と戦う気なの!?」

「戦うんじゃない、殲滅だよ」

「何言ってんのよ!通常兵器で勝てるわけないじゃない!考え直しなさいよ!」

「悪ぃけど、これは決定事項だから。何人死のうとも、艦が沈むとしても、ウチの部隊は戦る。だ・か・ら、少しでも死人を減らしたかったら協力しろ、不知火にも話してあるから2人で知恵絞って考えろ。以上」

 

赤羽はただ淡々と用件を伝え、その場を去った。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

陽炎は後を追いかけて食堂を飛び出したが、既に赤羽の姿は見えなくなっていた。

 

「ああもう!ごめん私戻るね!」

 

陽炎は案内してくれた聡子達に謝ると医務室へと走った。

早くこのことを不知火と相談しなければ。

 

取り残された生徒達は互いに顔を見合わせ、戦いがどうなるか心配し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

『__おい、やってくれたな』

「人聞き悪いこと言うなよー、手っ取り早くあの2人から聞き出すにはこうするのが一番だったんだって。つーかなんで盗聴なんかしてんの?あたしのプライベートでも知りたいの?」

 

スキッパーに乗り込んで早々、神谷から呆れた声が来た。

薄々気づいてはいたが、無線機のスイッチを勝手に遠隔操作して聞いていたらしい。過保護な親じゃないんだから、と思う。

 

『馬鹿やらかさないか心配だったんだよ、そしたら案の定生徒の前で全部ぶちまけやがって』

「いーじゃんいーじゃん、どーせ知ることになるんなら早く知っといた方がいいよ。それに“あの”晴風クラスなんだから、こんくらいじゃパニクったりしないでしょ」

『ちっ……、お前のその楽天的思考はどこから来るんだ?』

「頭からに決まってんでしょ」

『その楽天思考も終わりにしておけ。他の部隊の戦況がわかった』

 

神谷がひと呼吸開けて、悔しそうな声で伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なす術なくやられて壊滅状態だ。想像以上に辛い戦いになるぞ、すぐ戻って準備を始めろ』

 

 

 

 

 

 

 




幸子「陽炎さんも普通の女の子みたいでしたね。どうしてあんな戦いができるのか気になります。そこで、お二人の強さの秘密を裏航海日誌で特集するのです」
陽炎「駄目よ」
不知火「検閲です。私達に都合の悪い情報は全て消します」
幸子「ほう……出来るん言うなら、やってみいや!」
不知火「言いましたね」ニコォッ
幸子「え……?」
不知火「一発やれば全部消えますよ?」ガシャッ
幸子「えっ、ちょっ、それはシャレになりませんから〜!」
陽炎「ご愁傷さま」

次回もお楽しみに


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9話 駆逐艦陽炎を修復せよ

作者「……まずい……戦闘回がどんどん遠のいていく!」
芽衣「早く撃たせろー!じゃないと撃っちゃうよ!」
作者「それは勘弁して」
鈴「私は戦いの無いお話の方が好きですよ」
作者「おおお……鈴ちゃんありがとう」
鈴「でも、早く進めないと嫌いになっちゃう……かもしれないですよ」
作者「はぁい……頑張ります」

追記:3/23誤字訂正を行いました。Kongmu様、誤字報告ありがとうございます。

それでは本文へどうぞ。


「不知火!」

 

バーン!!とドアが壊れそうな勢いで開けて医務室に飛び込んだ。

 

「そんなに慌てて、どうしたんですか?」

「ブルーマーメイドの人が深海棲艦と戦るって言ってんのよ!」

「既に聞きました」

「なんとかしてやめさせないと!」

「その必要はありません」

「え?」

 

今まで焦っていて気づかなかったが、不知火は滅茶苦茶怒っている。晴風と出会った戦いの時並みにキレている。背後に般若でも見えそうなほどだ。

 

「不知火のことを臆病者呼ばわりした奴は深海棲艦に喰われてしまえばいいのです」

「ちょっと落ち着こう、他の人もいるからね?なんとかして被害を無くさないとね?」

 

怒りのオーラに圧倒されてたじろぐ陽炎だが、なんとか不知火を諌める。

しかし、キレた不知火は何処かおかしい。

 

「わかっています。では出撃準備をしましょう」

「……は?」

「なんですかその腑抜けた声は。臆病者だと言った奴を見返すには、不知火自ら出撃しか無いでしょう」

「いやちょっと待て!あんた大破してるから!しかも脚折れてまともに航行できないでしょうが!」

「『大破出撃、ダメ、絶対』なんて無駄です!大破でも勝てます!」

「慢心すんなこのバカ!」

 

口で言っても聞かないので、ゴン、とギプスの上から右脚を叩いてやった。相当痛かったようで、不知火はベッドの上で「あ"あ"あ"あ"あ"」と本当に痛そうな悲鳴を上げてのたうち回った。

後ろで美波が眉をひそめていたが、気づかないふりをした。

 

「なっ、何するんですかっ!」

「また出撃するとか抜かしたら、もう一発やるわよ?」

「くっ……!」

 

流石の不知火も激痛には勝てないのか、ここは引き下がった。

 

「それで、どうする?一応データは貰えたけど」

「見せてください」

 

陽炎が端末を起動すると、無駄に作り込まれたメニュー画面が表示された。

 

 

 

White dolphin & Blue mermaid

4th Special force

 

 現戦力

  敵

オプション

  ㊙

 

 

 

「……『㊙』?」

「見ない方が身のためです」

「じゃあ『敵』から見よっか」

 

『敵』のパネルをタッチして開く。

全個体のデータが表示され、ばーっと画面を埋め尽くしていく。

 

「うわ〜」

「これは……多いですね」

「10、20、30、40、50……数えるの止めよ……」

「あ、種類別の一覧がありますね」

「なんだ、それ見ましょ」

 

種類別一覧のパネルをタップする。

だが、分類が鯨型と人型の2つなのはどういうことだ。

 

「……どゆこと?」

「深海棲艦を知らない人が作ったのだから、仕方がありません」

「なるほど。まずは識別からはじめよう」

「そうですね」

 

陽炎達は一体ずつを識別、要するにイ級だのロ級だのに分けていく。

 

「イロハ級はほとんどいるみたいね」

「鬼姫級は戦艦棲姫のみでしょうか?」

「そうかもね」

 

作業を繰り返しあと3割弱というところで、おかしな点に気がついた。

 

空母、軽空母、水上機母艦等、航空機を積んだ艦が一隻もいない。それだけでなく、航空巡洋艦や航空戦艦勢の格納庫やカタパルトが消えている。

まるで飛行機という物が消滅してしまったかのようだ。

 

「……航空戦力が0……?」

「まさか一隻もいない訳……?」

 

残りの3割も急いで調べたが、やはり航空戦力が全くない、これは異常だ。

 

説明する必要はないと思われるが、航空機というのは最も恐ろしい戦力である。時速500kmを超える機動力によって砲火の合間を縫い接近し、雷撃或いは爆撃を加えて艦を沈める。あの大和や武蔵も大量の航空機に襲われ海底に沈んだ。

艦娘と深海棲艦の戦いでも脅威だ。

爆撃で一撃大破なんて当たり前、下手すれば一艦隊が一瞬で消え去ることもある。出撃したら一航戦の2人だけで何十体もの深海棲艦を、本当に鎧袖一触で沈めてしまったことがあった。空母がいるかいないかで勝敗が大きく変わるのだ。

 

「全く航空戦力が無いなんて……」

「ただの偶然か、それともわざと航空戦力を入れなかったのか……いずれにしても不気味ですね」

「そうね……」

 

しかし、航空機を気にしなくてもいいのは助かる。航空戦力がいたら通常艦艇ではもう太刀打ちできなかった。奴らにはレーダーも反応せず、CIWSでも撃ち落とせないのだ。しかも陽炎も不知火も対空能力はあまり高く無いため、空母がいたら勝ち目は無かった。

 

だが、やはり引っかかる。

 

「……航空機がいない……」

 

陽炎は航空機の存在に疑問を抱いた。

 

武蔵にカタパルトは無かったし対空砲も少なかった、摩耶も対空砲の増設をしていなかった。そもそもどの艦もカタパルトを搭載していない。

 

「……なんで航空機がいないのかしら?」

 

陽炎は大きな謎にぶつかった。しかし、答えにたどり着くことなんてできなかった。

 

 

 

不知火は陽炎が熟考している間も情報に目を通していた。

 

北風、弁天、学生艦、搭載された無人飛行船、スキッパー。どれも目を見張るものばかりだった。

 

イージス艦もインディペンデンス級も、不知火の知っているものよりかなり強化されている。北風は主に機銃の増設、弁天は航行能力が大幅に高められていた。旧型艦は自動化の恩恵で、武蔵ですら30人で動かせるようになっていた。

無人飛行船はいわゆるハイブリッド飛行船であり、時速100kmでの飛行能力と、艦に比べると貧弱ではあるが装甲を有していた。

そしてスキッパーは、通常の中型スキッパーで時速100ノット、チューンナップされているであろう第4特殊部隊の武装スキッパーは150ノット以上を叩き出すモンスターマシン。

 

__これでなら、可能性はあるかもしれませんね……。……ですが……。

 

「……陽炎、1ついいですか?」

「ん?何?」

「出撃、して頂けませんか?」

「え!?」

 

陽炎は素っ頓狂な声を上げた。

あんたは私を殺す気か。

 

「な、何で私が出撃!?」

「一言で言えば監視のためです」

「監視?」

「はい。ブルーマーメイドは深海棲艦との戦闘経験は無いに等しいでしょう、それに戦闘中に空母や鬼姫級が突然現れるという可能性もあります。もし迂闊に突っ込めば被害を増大させるだけです。防ぐためにはどちらかが現場で状況を見定め、適切な指示をしなければなりません」

「それは……そうね」

 

不知火の説明に一応納得し頷く。

陽炎達も戦いの中で何度も危ない目に会った。雑魚しかいないと思って慢心していたら、突然空母部隊の猛攻を受けて命からがら逃げ出したり、主力を撃破し撤退しようとしていたら、前触れも無く防空棲姫や戦艦棲姫が現れボコボコにされたり。枚挙に暇がない。

 

だが、陽炎達は深海棲艦の知識を持つため、危険かどうかの見極めができる。だからどんな状況でも命を落とすこと無く帰ってこれたのだ。

 

もし無知な者が遭遇すれば……、どうなるかはわかるだろう。

 

それは避けねばならない。

 

「……わかった。でも私も大破した状態じゃ、まともに航行するのも難しいわよ。ここには高速修復剤もドックも無いけどどうするの?」

「……」

「……とりあえず、艤装点検しに行こっか」

「そうしましょう」

 

不知火が身体を回してベッドから降りようとすると、美波が松葉杖を持ってきた。

 

「これを使うといい」

「ありがとうございます」

「艤装は工作室にある。出て艦首の方にずっと行くと着く」

「わかりました」

 

不知火は松葉杖をついて歩き出した。陽炎はそれを心配に思い、一緒にペースを合わせて歩いた。

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

「あ、陽炎ちゃんに不知火ちゃんスね」

 

陽炎達が工作室に入ると、媛萌と百々がいた。

 

「もしかして艤装を動かしに来たの?」

「ええ、そうよ」

「おおー!ぜひ見てみたいっス!」

 

百々が艤装の様子を写そうとスケッチブックを取り出す。

 

「そんなキラキラした目で見られるのも恥ずかしいな」

「いーから早く早く」

 

媛萌もワクワクしているようだ。

 

なんか恥ずかしい。

 

陽炎は艤装を装着していく。

大きくてガッシリとした金属製の靴に足を入れ金具を止める。そして、大きな箱状の装置を背負った。

 

「装着完了、駆逐艦陽炎起動」

 

不知火が端末を見ながら経過を報告する。

 

「駆逐艦陽炎、起動。リンク開始」

 

陽炎の意識と艤装の制御が繋がっていく。

 

「艤装の起動は順調です」

「そうね…………っ!……」

 

ほんの一瞬視界がホワイトアウトするが、すぐに回復した。艤装をリンクさせる時よくあることだ、問題無い。

リンクし終わると却って気分がよくなってきた。

 

「リンク100%、駆逐艦陽炎、起動完了」

「機関始動」

 

缶に火を入れ機関を始動する。ゴウッと着火する音と、空気を吸い込む音が響いた。

 

だが、その音がパンパンと乾いた破裂音に変わり、艤装の砲弾で開けられた穴から黒い煙が吹き出した。

 

「ぐっ……!やばっ、缶が死んでる……っ!」

「第三缶の出力測定不能!」

「切り離す!」

 

缶の1つが被弾し、異常発熱を起こしていた。このままでは最悪爆発しかねないので燃料の供給を遮断し停止させた。

黒い煙が消え、破裂音も収まった。

 

「出力安定……。第一、正常。第二、出力73%。第三、使用不能」

「合計で57%ってところね。これじゃあ出せても20ノットか……」

「戦えるような状態ではありませんね」

「う〜ん、どうしよう……」

 

しばし考えを巡らす。

 

「直せ無いんスか?」

 

百々が超高速でスケッチしながら尋ねる。

 

「ここまで酷いと、缶を交換するしかありませんが……」

「そうだ!」

 

突然、陽炎は閃いた。

 

「不知火、あんたの缶頂戴」

「不知火の缶を……ですか?」

「同じ型の缶なんだから交換しても平気でしょ?」

「盲点でした」

 

不知火も機関部を装着し起動させる。

だが、陽炎よりも調子が悪く、ずっとプスプスと変な音を立てていた。

 

「……どうなの?」

「第一70%、第二0%、第三7%です」

「……25%しか出ないわけね。わかった、第一缶を頂戴」

 

陽炎の第三缶と不知火の第一缶を入れ替えれば、出力は80%まで回復する。万全とは言えないが、それで十分だと思った。

艤装の蓋を開き缶を引っ張り出し、陽炎の艤装へと差し込んだ。

 

「機関はなんとかなりそうね。次は武装だけど、こっちも不知火のもらうわよ」

「どうぞ」

 

不知火は艤装を降ろし、主砲のついたアームを外そうとした。

そこで今更気がついた。片足を骨折した自分では、重たい武装の交換作業が難しいことに。そして、陽炎も片腕が使えず、作業できそうにない。

諦めて媛萌と百々を呼ぶ。素人には任せたくないが、仕方がない。

 

「すみません。交換作業を手伝って貰えませんか?」

「いいよ!艤装の修理大歓迎!」

 

2人は快諾し、早速交換作業に取り掛かる。

 

「アームの根本にレバーがあるでしょう?」

「これスか?」

「それを強く押し込みながら引き抜いてください」

「わかったっス。せーのっ!」

「あ、かなり重いので気をつけてください」

 

ズゴッ!「ゴフッ!?」

 

注意も間に合わず、百々はアームを支え切れずに後ろにひっくり返った。

 

「モモー!?大丈夫!?」

「……も……もっと早く言ってほしかったっス……」

「すみません。不知火達は力が強くて重い等の認識がズレていました」

「どれだけ力持ちなんスか……」

 

媛萌が「よいしょっ」とアームを持ち上げ、机の上に置く。

確かに重い。十数kgはあるかもしれない。

 

「これと陽炎ちゃんの千切れたアームを付け替えるのね」

「ええ」

「サクッとやっちゃおう」

 

陽炎の艤装から千切れたアームが取り外され、不知火の主砲アームが取り付けられた。

 

「取り付け完了!」

「OK、動かすわよ」

 

アームがグイーンと伸び縮みを繰り返す。

媛萌と百々の視線が釘付けになっていた。

続いて旋回、主砲が右に360°左に360°回る。

 

「旋回OK、仰角」

 

2本の砲身が上下に可動する。その姿はさながら軍艦の主砲だ。

 

「凄いっスね、本物の主砲みたいっス」

「わざわざ駆逐艦の主砲に似せる意味はなんだろう?」

「……ロマンじゃないスか?」

「どうなの陽炎ちゃん?」

「……まあ、そんなとこ」

 

陽炎は適当に答えた。

両手持ち主砲は使えないため、不知火の片手持ち主砲を装備。そして主砲それぞれから弾倉を取り出した。

 

「残弾、第一12発、第二8発。心もとないわね」

「陽炎の砲弾を移しますか?」

「いや、そっち5発しか無いし、いいわよ」

「一発を笑う者は一発に泣く、と言いますよ。どうせ不知火は使わないのですから、持っていってください」

「はいはい、わかったわよ」

 

不知火が抜き取った砲弾を受け取り、弾倉に詰め込む。

 

「弾倉はオートマチック銃っぽいね」

 

媛萌が弾倉を見て率直に述べた。

 

「その銃弾って普通のと違うの?」

「銃弾じゃなくて砲弾よ。見てみる?」

 

陽炎は砲弾を1つ抜き取り、媛萌に手渡した。

 

「普通の銃弾みたいだけど……」

「銃弾とは比べ物にならない威力よ。喰らってみる?凄いわよ、当たった途端、パーン!って」

「死んぢゃうでしょーが!」

「まだ死にたくないっスよ!」

「あはは、冗談冗談」

 

ひょいっと砲弾を取り上げて、弾倉に戻した。

媛萌と百々は、冗談に聞こえねーよと陽炎を軽く睨む。

 

「主砲も使えるようになったけど、魚雷が無いのは辛いわね」

「仕方ありません。それより、ボロボロの装甲を直すべきでは?」

 

艤装の装甲には被弾した穴や亀裂が無数に残されていた。あれだけ無茶をしたのだから当然だが。

普段なら装甲を全てスペアに入れ替えるのだが、ここには無い。

 

「直したいんだけど、部品が無いしねぇ……。板金とかできないし」

「夕張さんなら朝飯前でしょうが……」

 

オレンジのつなぎを着た軽巡の姿を思い浮かべる。

 

「明石さんなら寝ながらでも……」

「できそうですね……」

 

ピンクの髪の工作艦を思い浮かべる。

 

「居ないしねぇ……」

「居ないですからね……」

 

どちらかを強引にでも連れてくるべきだった。

2人揃ってため息をついた。

 

「直せる人がいたらなぁ……」

 

 

 

 

 

「私達に任せなさい!」

「任せるっス!」

 

 

 

 

 

バーン!と効果音が付きそうな勢いで、媛萌と百々が胸を張って宣言する。いつの間にか溶接機や保護ゴーグルを準備していた。

 

「えっ……、貴女達が直すの?」

「そうに決まってるっスよ!」

「晴風の応急委員にできないことはないの!」

「塗装から板金、溶接、配管配線、ありとあらゆる種類の修理ができるっス!」

 

なんてハイスペックな高校生だ。と舌を巻いた。

こんな応急員がいるなら、晴風は沈まないだろうとも思う。

 

「じゃあ、お願いしてもいい?」

「もちろん!」

「私の指示通りにやって。まずは……」

 

媛萌と百々は陽炎の指示通りに艤装の修理を始めた。

おそらく完全な修復は不可能だが、少しはマシなんじゃないかと、不知火は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間程で装甲の修理は完了した。

継ぎ接ぎだらけになるかと思っていたが流石は晴風応急委員、見た目も綺麗に仕上げられた。

流石に純正の装甲板の強度は有していないが、多少の攻撃なら凌げるだろう。

 

「まさか塗装作業までやるとは思わなかったわ」

「急ごしらえのスけどね」

「十分よ、ありがとう。艤装の修理は終わりね、後は燃料だけど……」

 

媛萌が尋ねる。

 

「何?ガソリン?アルコール?」

「えっと……確か……」

「重油です」

 

答えられなかった陽炎の代わりに、不知火が答えた。

それを聞いて媛萌は意外そうな顔をした。

 

「重油?重油使ってるの?」

「ええ、蒸気タービン艦と同じです」

「小型機関に重油なんて珍しいなぁ。普通ならガソリンとかアルコール燃料なんだけど」

「そういうものなんです。……ありますか?」

 

その問に、媛萌と百々はニヤッと笑った。

 

「もちろん、いっぱいあるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

媛萌と百々は晴風の燃料タンクの中にホースを垂らして手動ポンプへと繋ぎ、そこから別のホースを陽炎の艤装の燃料タンクへと繋いだ。

百々が手動ポンプで燃料を汲み上げ、陽炎の艤装に給油する。

 

「今どのくらいスかー?」

「全然入ってない」

「了解っス。でも重油で動くってラッキーだったっスね、晴風にはまだ400トンもあるからちょっとくらい取っても問題無いっス」

 

不知火が意外そうに言った。

 

「まさかまだ艦が重油で動くとは、驚きです」

「知らなかったんスか?」

「てっきりディーゼルエンジンにでも替えているのかと思っていました」

「そんなことするわけ無いっス」

 

燃料はどんどん艤装に入っていくが、中々満タンにならない。

 

「まだスか?」

「今半分」

「艤装の容量超えてる気がするっスけど……」

「気のせい気のせい」

「ヒメ、腕疲れたから代わって欲しいっス」

「はーい」

 

媛萌に交代し給油を続ける。

 

「気になるんだけどさー、艤装ってどういう仕組みなの?」

「教えない」

「えー」

「ていうかよく知らない」

「知らないんかい」

 

とぼける陽炎に媛萌がツッコむ。

 

「原理も知らないのに使ってんの?」

「そーよ、艤装の開発担当がぺちゃくちゃぺちゃくちゃ意味不明な単語の羅列を喋ってくれるおかげで、さっぱりわからないわ」

「いるよねーそういう人」

 

媛萌は苦笑し相槌を打った。

陽炎はフフッと笑うと更に愚痴った。

 

「機械のことはなんでも解るのに、こっちの理解力をわかってないのよ」

 

脳裏に工廠コンビを浮かべながら、楽しそうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストップ。もう満タン」

 

しばらくして、燃料タンクがいっぱいになったので給油を止めた。

艤装が燃料の分ズッシリと重くなったのがわかる。

 

「修理も補給も済んだし、試験航行しよっか」

 

陽炎は立ち上がり、甲板への階段を上った。

 

「ちょっと待って!」

 

媛萌達は慌ててその後を追いかけ引き止めた。

 

「何?」

「その格好で海に出るんスか?」

 

陽炎と不知火は治療を受けてからずっと病衣のままだった。今まで気にしていなかったが、これで外に出るのは確かに気が引ける。

だが、陽炎達の制服はボロボロで着られる状態ではない。

 

「んー、でも服無いし……」

 

すると、媛萌がこんな提案をした。

 

横須賀女子海洋学校(うち)の制服着てく?」

「え?そのセーラー服を?」

 

陽炎は百々の着ているセーラー服を確認した。青と白が基調のシンプルなもので、艦娘の制服のどれとも違う。

個人的にはセーラー服はあまり好きではない、風がスースーと通って身体が寒くなる。

しかし、好意を無下にするわけにも行かない。

 

「等松さんに言えば予備出してくれると思うよ」

「ほんとに?ありがとう」

「さあ、行こっ」

 

媛萌に促され、陽炎達は購買へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

購買で制服を購入(経費で落とされた)し、袖を通した。サイズはピッタリだったが、どうにも違和感が拭えない。

あれだ、スパッツ履いてないからだ。股がスースーして仕方がない。

 

「スパッツは売ってないの?」

「残念だけど売ってないわ」

「そっかぁ……。ヒメ、それ頂戴」

「ええっ!?」

「陽炎ちゃん……まさか、そんな趣味があったんスか……」

「無いから」

 

何故か興味津々な百々の言葉をぶった切る。生憎、赤の他人の服で興奮するような性癖は持ち合わせていない。

結局、媛萌の予備のスパッツを借りた。

サイズについては黙秘しておく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それって……横須賀に帰港せずに戦うってこと……?」

「うん……たぶん、そうなる」

 

鈴の恐怖と驚きの混じった質問に、明乃は正直に頷いた。

 

あの後明乃は艦橋要員を集めて、赤羽から聞いたことを全て伝えた。

深海棲艦を本土に近づけてはならないこと、そのために敵を殲滅しようとしていること。

 

「あのモンスターとまた戦わなくちゃいけないの?」

「殲滅どころか、こっちが滅ぼされそうなんだが……」

 

やはり、鈴とましろは否定派だった。

 

まあ当然だ、前回の戦闘では危うく戦場のド真ん中で立ち往生し、死にかけたところを間一髪陽炎に救ってもらえて逃げ切ったというザマ。

他の艦も奮闘したが半数以上が中破以上の被害を受け、あの武蔵も戦闘に支障は無いようだが数百発の砲撃を受けて痛ましい姿になっていた。

それに対し深海棲艦はまだ数えきれない程残っている、おそらく7割は残っているかもしれない。

 

「弁天と北風が来たからって……、戦力はダウンしてるし……」

 

芽衣も乗り気では無い。深海棲艦が機銃座に飛び込んできた瞬間を思い出し、身体がブルッと震えた。

 

「……第四特殊部隊って……どんなの……?」

 

志摩がそう幸子に尋ねた。幸子は素早くタブレットを叩き情報を調べる。

 

「……テロ対策につい最近組織されたみたいです、隊員数は250名、北風及び武装スキッパー多数に無人飛行船3機を保有してます。

結成直後から様々な作戦に参加して……あ、パーシアス作戦にも参加していたようですね」

「パーシアス作戦にも?」

 

明乃が聞き返す。

 

「時津風の制圧を担当したそうです」

「へぇ〜」

「詳しい情報は載っていませんが、結構優秀な人達なんじゃないでしょうか」

「そうならいいが……」

 

ましろはどこか不安そうだった。

 

「どうしたのしろちゃん?何か気になるの?」

「ああいや……」

「副長さっき、赤羽って人にタブレットぶつけられたんだよ」

 

芽衣が教えると明乃は「ああ〜」と納得したようで、お決まりの一言をさらりと言う。

 

「しろちゃん、ついてないね」

「それで済ませるなよ……」

「あはは……」

 

他の面々は愛想笑いを浮かべた。

 

「ああいう人は苦手なんだ」

 

あの姉と似たタイプなのではないかとましろは思ってしまう。

やんちゃで周りを振り回すだけ振り回していく、迷惑な奴。

 

「う〜ん、別に気にしなくてもいいんじゃないでしょうか?それより見てくだいよこれ!」

 

幸子がずいっとタブレットを突き出して、明乃達に見せる。

 

「なになに?」

「特殊部隊の司令さんなんですけど、凄いイケメンじゃないですか?」

 

表示されていたのは神谷のプロフィール画面。

 

「……ほうほう」

「……うぃ」

「この人が司令さんなんだ。かっこいいね」

「……もっと怖い人かと思ってた」

「しかも、この若さで司令なんてかなりのエリートですよ」

「へぇ〜」

 

各々が感想を口にしていた時、伝声管から陽炎と不知火の声が聞こえた。

 

『あーあー、艦橋聞こえる?ちょっと外に出てくるわ。以上』

『陽炎いい加減すぎです。艦橋、陽炎はこれから試験航行のため海に出ます、30分ほどで戻る予定です』

 

不知火の報告がまだ終わらないうちに、陽炎が甲板左側に現れた。

横須賀女子海洋学校の制服を着て、その上から艤装を装着している。

 

「陽炎ちゃん!?」

 

明乃達は左ウイングから身を乗り出した。それに気づいた陽炎がこちらに連装砲を持った手を振ってから、海に飛び降りた。初めて会った時と同じように海面を軽やかに滑り進む。時折蛇行や加減速を加えるのは、艤装の動きを確かめているのに違いない。

 

「どうやったらあんなふうに動けるんだ?」

「全くの謎です!凄すぎます!」

 

幸子が鼻息荒くタブレットで動画を撮影し続ける。

 

「あれ楽しそうだなぁ」

 

芽衣がつぶやくと、鈴も同意し頷く。

 

「うん、なんかジェットスキーみたいだよね」

「わかるー、やったこと無いけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『陽炎、どうですか?』

「やっぱり速力が落ちてるわね、30ノットくらいしか出てないわ。舵は問題無いけど」

 

陽炎は不規則な動きを繰り返しながら艤装の状態を確かめていたが、予想通り速力がかなり落ちていた。

 

『電探とソナーはどうですか?』

「ちょっと待って」

 

陽炎は一旦停止し、意識を索敵に集中させる。

 

「電探起動」

 

電探が動き出し周囲の状況を読み取っていく。

深海棲艦の姿は無く、映し出されるのはブルーマーメイドの艦艇ばかり、くっきりと映し出された。

 

「電探異常無し。アクティブソナー(ピン)()っ」

 

アクティブソナーが放たれ、海中の様子を鮮明に映し出した。海中にも深海棲艦の影は無い。

 

「ソナーも異常なし」

『索敵は問題無し……と、少しは安心できますね』

「もっとも、私が索敵できたところで晴風とかの命中率が上がるわけじゃないんだけどね」

『居るか居ないかがわかるだけでもだいぶ違いますよ』

「そうね。……主砲の試し撃ちもする?」

『貴重な砲弾を使うわけにはいきません。主砲に損傷の無いことは確認済みですので、必要ありません』

 

陽炎に残された砲弾は25発。全門の試し撃ちをするなら4発も消費してしまう。

 

「そう?じゃあもう点検するところは無いわね。……ちょっと艦隊の周りを一周しようと思うんだけど」

 

陽炎の、微妙な声のトーンの変化を、不知火は感じ取った。

 

『……構いませんが、あまり遠くには行かないでください』

「りょーかい」

 

陽炎は艦隊の周りを大きく反時計回りするように舵を切った。

 

 

 

 

 

左手に多くの旧型艦が中央の武蔵を囲むように並んでいる。比叡、鳥海、五十鈴、名取、照月、磯風、浜風……(以下略)。いずれの艦も多かれ少なかれ、深海棲艦による被害を受けていた。

浸水した箇所から排水作業を続ける艦、主砲が吹き飛んだ艦、いくつもの穴が空いた艦、火災の痕が黒黒と残る艦……。

 

 

 

 

 

 

心苦しい。

 

 

 

 

 

 

自分が、守り通すべきだった。

 

この艦達がどこの艦で、誰の艦だとしても関係ない。

 

船が深海棲艦に襲われないよう海を守るのが艦娘の仕事。

 

絶対、傷つけさせてはいけなかった。

 

絶対、守らなければいけなかった。

 

 

 

例え自分しかいなくても守り抜いてみせる。

 

 

 

 

 

「私達が、守る」

 

 

 

 

 

陽炎は自分に強く言い聞かせて増速、彼女のちっぽけな航跡は、海に呑まれてあっという間に消えていった。

 

 

 




作者「『艦娘の修理について少しだけ書きます』って言ったのに、気がついたらほぼ1話まるまる使ってた」
不知火「相変わらず計画性の無い人ですね」
百々「でも私達にとってはありがたいっス」
媛萌「出番も増えたし、陽炎ちゃん達のことがちょこっとだけでもわかったからね」
作者「もし艦娘がドックも高速修復材も無い状況になったらどうするか書きたかったんだよ」
不知火「確かに、そういう状況はあまり考えたことありませんでしたね。いい勉強になりました」












☆おまけ

※変なテンションで暴走しまくった結果できたもの
※キャラ崩壊注意

艦娘のセリフって面白いなあ、って考えてたのと、赤面するぬいぬい書きたいなあ、という2つの欲望が混ざってできました。消すのも勿体無いので上げておきます。




『陽炎、どうですか?』
「やっぱり速力が落ちてるっぽい、30ノット出てないっぽい」
『「っぽい」は夕立だけで十分です』
「舵はよく効くでち、スピンターンも問題ないでち」
『「でち」は伊58の専売特許ですよ』
「そんなこと言わないでほしいかも、あの語尾なぜだか真似したくなるにゃしい。仕方が無しなのです」
『秋津洲さんに睦月に電ですか。面白く無いですね』
「じゃあ何ならいい?」
『(小声で)し……「不知火、バーニングラブ」……と言ってください』
「わかった!(無線外して大きな声で)不知火ー!バァァァァァニングラァァァァァァァァブ!!!」
『…………あ……ありがとうございます…………ヤバイです……めっちゃ嬉しくて……恥ずかしいです…………まさかあんなに……大きな声で叫ぶとは思っていませんでした……』
「私の不知火への愛はこんなのじゃ伝わらないわ!不知火ー!!愛してるわよーーー!!!!」

ボンッ!!

「ちょっ……!?不知火ちゃん!?」
「愛の告白でオーバーヒートっスか!?」



かげぬい末永く爆発しろ。



次回もお楽しみに。


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10話 作戦会議

※読者の皆様にお知らせ
第4特殊部隊隊長神谷とスキッパー部隊長赤羽が混同し紛らわしいため、神谷の肩書を以下の通り変更いたします。

神谷篤 第4特殊部隊隊長→第4特殊部隊司令

既に投稿されている話に関しても順次訂正する予定です。ご迷惑をおかけし申し訳ありません。



明乃「……やっと投稿されたね……」
ましろ「7ヵ月以上も何をしてたんですか……」
作者「……仕事に行って帰って来るだけの生活だよ。疲れてモチベーション上がらんかった」
幸子「そーですかー、私の情報によると『峠の伝説』や『レーシングバトル』等車のゲームにハマっていたそうですが」
明乃「本当なの?」
作者「……すんません、楽しかったです、はい」
幸子「まあ、それは置いときましょう。それより……」
ましろ「ああ!はいふりのゲームアプリ!」
明乃「プレイ動画も公開されてたね!私すっごく楽しみだよ!作者さんももちろんやるよね!」
作者「……」メソラシ
明乃「……どうしたの?」
幸子「大変です!作者さんのスマホに『蒼青のミラージュ』という艦船擬人化ゲームが!しかもかなりやりこんでます!」
明乃・陽炎「……え……?」ゴゴゴ
明乃「……まさか、裏切ったの……?」ハイライトオフ
作者「え?あ、いや……」
陽炎「私達のゲームもやらずに、小説も進ませずに、他の艦の女の子達と……」ハイライトオフ
作者「その……えっと……楽しいからやった!何が悪いんだー!」ビュン
明乃「あっ!逃げた!」
陽炎「火焔直撃砲発射よーい!」
芽衣「了解!発射ー!」

追記:2020/10/9、誤字訂正を行いました。アドミラル1907様、誤字報告ありがとうございました。

それでは本編へどうぞ


『陽炎と不知火を北風に寄越してくれ』

 

神谷の事務口調な呼び出しが掛かり、陽炎と不知火は北風へと向かっていた。

 

陽炎は自力航行するとして、不知火は誰が送るか?という議論が晴風の中で交わされ、真っ先に明乃が名乗り出たが、ましろに「緊急事態でもないのに艦を離れるな」と即却下された。

結局、陽炎達と一緒にいた媛萌がスキッパーで不知火を送り届けることになった。

 

 

 

 

 

「不知火ー、乗り心地どおー?」

「ほとんど騒音はありませんし、小型艇のように不安定では無く揺れも少ないです。実に快適です」

「いいなー、私も乗りたかったわ」

 

陽炎はスキッパーのすぐ横を並走しながら羨ましげに不知火を見る、背もたれにもたれかかりリラックスしている。ちくしょう羨ましい、こっちは自分で航行してるから疲れるのに。

そこへ媛萌が提案する。

 

「よかったら帰り乗せてあげよっか?まず不知火ちゃんを送って、その後引き返して陽炎ちゃんを送る。どう?」

「ナイスアイデア!」

 

陽炎は嬉しくてパチンと指を鳴らした。

 

その時、前方から北風の武装スキッパーが現れ、凄いスピードですれ違っていった。

赤羽から貰ったデータのものとは違い、正面に分厚い鋼鉄製のカウルを付けその他の場所にも装甲が後付されていた。

 

「あれ凄!メイちゃんにみせたら喜ぶだろうなー」

 

武装スキッパーを見てそう言った媛萌、その言葉に不知火は首を傾げる。

 

「メイちゃん……?」

晴風(うち)の水雷長だよ。この前艦長と、水雷委員のりっちゃんかよちゃんと一緒にスキッパーの練習しに行ったんだって。それでどうだった?ってりっちゃんに聞いたら、『スキッパーを武装したい!』って言ってたんだってさ」

「トリガーハッピーですか……」

 

不知火は頭を抱える。多分砲雷科に居ちゃいけない人種だ、間違い無い。「いいじゃないか島の1つや2つ!」とか言ってロマン砲の引き金を引きそうだ。

 

 

 

 

 

「ねえ、あのスキッパー戻ってきたわよ」

 

陽炎に言われて振り返ると、先程すれ違った武装スキッパーがUターンして追いかけてきた。

20ノット程でトロトロ航行する陽炎達に対し、100ノットを超える速度で距離を詰めてきた。小さな波に追従できず船体が水切りのように跳ねているが全く気にしていないようだ。そこから一気に急制動、陽炎達の真横にピタリと並んだ。

運転席の女がこちらに手を振ると、なんと不知火は親指を立ててクルっと下に向けて応えた。

 

「不知火ちゃん!?何してんの!?」

「嫌な人だったもので」

 

それを受けた運転手__赤羽はお返しとばかりに中指を立て、スキッパーを加速させぶっちぎっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人が北風のダビットに吊り上げられ格納庫に入ると、そこは出撃準備中らしく隊員や整備士が忙しく動き回り溶接の火花や機械の音が飛び交っていた。

若い男性隊員が陽炎に声をかけた。

 

「お嬢ちゃん面白えもん背負ってんな。ちょっと触ってみてもいいか?」

「何?艤装(これ)の餌食になりたいの?」

 

触ろうとする手に向けて主砲を向ける。隊員はあっさりと両手を上げて降参のポーズを取った。

 

「おいおい物騒なこと言うなよ」

「私達司令さんに呼ばれてるの、何処に行けばいいかわかる?」

「圭が案内するから少し待ってろ。…………おっ、圭!遅えぞお前」

「しょうがねーでしょ、装備変えてテスト航行し始めたばっかだったんだから」

 

格納庫の反対側から赤羽が現れた。手に何故かスキッパーの追加装甲を抱えている。

 

「なんだ、それ?」

「ムーンサルトターンやったら取れた」

「なんで重武装スキッパーでサーカスやってんだよ」

「敵の頭上を通る為に必要なんだよ」

「嘘つけ」

 

赤羽は装甲を棚の上にがさつに置いてから、陽炎達と向き合った。

 

「待たせてごめん。うちの司令んとこに案内するわ。ついてきて」

 

気怠そうな態度に不知火はムッとした。人を罵倒したことを覚えてないのか?と。

一方陽炎は食堂で会った時との印象の違いにポカンとしていた。あの時は怖い人という印象だったのに、今はただのやる気の無い人っぽい感じがする。

 

3人は赤羽の後ろについて歩き始めたが、すぐに赤羽が足を止めて振り返った。

 

「あ、媛萌は帰って。子供には聞かれたくない話だから」

「あ……はい。でも」

 

帰りに送ってく約束が、と言う前に赤羽がスパッと言った。

 

「帰りなら心配要らないよ。うちらが送ってくから」

 

心読まれてる!?と媛萌が驚いている間に、赤羽は再び歩き出していた。陽炎がそれを追いかけながら、媛萌に手を振る。

 

「ヒメ、また後でね!」

「うん、また後で」

 

媛萌は陽炎達が見えなくなるまで手を振って、スキッパーに乗り込んだ。

 

しかし、なんだかモヤっとする気持ちが残った。嫌な予感がする。

 

「陽炎ちゃん不知火ちゃん……大丈夫かな……?」

 

やっぱりついて行こうかと思ったが、既にスキッパーがダビットに吊られて動き出していたので、もう戻れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あん時は悪かったね」

 

2人の前を歩く赤羽が謝った、「あん時」とは医務室での会話のことだろう。しかし不知火は戦艦クラスの眼光で赤羽を睨みつけた。

 

「謝られても許しません」

「ハハ、ずいぶん恨まれちまったみたい」

 

赤羽は刺すような眼光を受けても、平気そうにヘラヘラ笑っていた。

あの眼光に戦艦娘も気圧されることがあるのに、何という胆力だ。

 

「でも本気で悪かったと思ってるよ。あんた等が現状を知らないことにイラッとしちった」

「どういうことですか?」

「簡単に言うと、あたし等は絶対に撤退できないってことさ。日本の人口の大半はフロート艦(浮島)の上、あんな化物が来たら全部水底だから」

 

それを聞いて2人はハッとした。あの日本地図の四角い土地はすべて浮島だったのか、それならば戦うしかないという判断も理解できる。

陽炎達の世界では、深海棲艦が来襲して来たら内陸または地下への避難でやり過ごすことになっている、実際そうして人的被害を抑えてきた。

だが居住地をフロート艦に依存したこの世界の日本ではそれができない。

蜘蛛の巣のように張り巡らされた鉄道や高速道路は無くとても全人口が避難する余裕はない、そして地下層に逃げてもフロート艦丸ごと沈められて溺れ死ぬだけだ。

 

 

 

 

 

__深海棲艦の来襲、それは日本の終わりだ__

 

 

 

 

 

 

「解った?」

「……ええ、解りました」

「OK。さ、ついたよ」

 

赤羽が重い扉を引き開く。

いくつもの眩しいモニターが情報を映し出す会議室、陽炎と不知火はその中へ足を踏み入れた。

既に神谷、真冬、平賀、古庄、そしてもう一人、艦長帽を冠った女性が2人を待っていた。皆陽炎の艤装を、ポカンと目を丸くして見ていた。

なんだあれは、どうなっているんだ?と__。

 

「……ほうほう……」

「どうしたんですか真冬姐さん?」

「いい尻してるじゃねえか」

「そこですか!?」

 

……真冬だけは違ったようだが。

それを聞いた陽炎は、慌ててバッと連装砲を持った手でお尻を隠す。

 

「な、何言ってんのよ!」

「医務室で会った時にゃ判らなかったが、余分な肉の落ちてるしっかりと引き締められたいい尻だ。間違いねえ」

 

流石に平賀もドン引きした。

 

「何真剣な顔でセクハラ発言してるんですか……」

「真冬艦長、後で教官室に来なさい。たっぷりお説教してあげるわ」

 

古庄がまるで生徒を叱る時のように告げると、真冬は「げっ」と嫌な声を上げて、黙り込んだ。古庄の説教が長くて辛いのは経験済らしい。

 

「お喋りは済んだか?」

 

神谷が場を仕切り直した。

 

「改めて、北風にようこそ。陽炎、不知火。俺は第4特殊部隊司令、神谷篤だ。そして」

 

艦長帽を冠った女性が言葉を引き継いで、自己紹介を始めた。茶髪を二つ結びにした、幼さの残る女性だった。中学生じゃないかと思うくらいだ。

 

「第4特殊部隊副司令兼巡洋艦北風艦長、桜井遥です〜。よろしくねぇ」

 

ふわっとした挨拶の後、赤羽が陽炎と不知火に耳打ちした。

 

「ちなみに桜井ってのは旧姓で、今は神谷遥なんだ。……凄えロリコンだと思わない?」

 

陽炎達が思わず吹き出しそうになったその時、神谷が殺意を込めてぶん投げた警棒が赤羽の顔面に直撃し、後ろにもんどり打って倒れた。

 

「よし、これから対策会議を始める」

 

神谷は何事も無かったように、タブレットを叩いて情報をモニターに映し出した。この調子がいつも通りなのか、桜井も何も口を挟まず、ただニコニコとした笑みを続けているだけだった。

 

「奴等が初めて確認されたのは一昨日、UT01部隊が6体と遭遇、死者こそ出なかったものの部隊は壊滅状態に陥った。その後救援に駆けつけた晴風乗員が、新たに現れた7体目と御蔵艦内で遭遇。最後は晴風の砲撃によって御蔵もろとも海の底だ。

そして昨日、撤退中の横須賀学校艦隊が数百体の大群に強襲され大打撃を受けた。今度も幸い死者は0。しかし」

 

1番大きなモニターに日本周辺の海図が表示され、近海の太平洋上に、たくさんの赤いバツ印が浮かんだ。それが何か、誰も聞かなくてもわかる。ある者は恐れ、ある者は憤り、ある者は淡々とそれを受け入れた。

 

「その直後から奴等が大量発生した。日本近海でヨットから漁船、旅客船、貨物船、巡視艇、航洋艦関係なく襲撃され、52隻が撃沈、死者は具体的には分からんが、4桁は確実だろう」

「乗ってた奴のほとんどはもう死んでるだろうからね」

 

と、赤羽が軽い調子で付け加えた。神谷は一瞬ムッとした様子を見せたが、咎めることも無く話を続けた。

 

「海上安全整備局は直ちに、民間船舶の航行を禁止すると共に、緊急事態を宣言した。現在ほぼ全ての戦力を、奴等の行動海域に送り込み排除しようと考えている。だが」

 

モニターがある一点にズームインする、そこは艦隊の現在地だった。

 

「我々は最も陸地に近い場所にいるにも関わらず、増援が見込めない。もし突破されれば、多くの犠牲者を出すのは確実だ。したがって、現状の戦力だけで、奴等を殲滅しなければならないのだ」

「何故増援は来ないのですか?」

 

不知火が尋ねると、モニターに艦艇の現在地が加えて映し出された。

艦隊は深海棲艦の群れの北に位置している。だが、他の艦隊は別の群れと相対しているか、群れの反対側の更に遠くにいた。

 

「不幸なことに、付近の艦隊は別の群れと当たっているか、奴等に阻まれて合流することができない。無論横須賀基地には、まだ航洋艦が数隻残っているが、他の海域に回されるそうだ。ここには()()()()()、揃っているかららしい」

 

確かに、艦艇数はこの艦隊が最も多い。しかし学生艦のほとんどはまともな演習経験すら無い。前回の海洋実習では、ウイルスに乗っ取られ、ひたすら海を彷徨い、出会った船に砲撃を加えていたのだ。正気で砲を撃った艦は、両手で数えられるくらいしかいないというのに。

 

「学生艦も半数は損傷して使えないってのに、整備局には馬鹿しかいねえのかよ」

 

真冬が呆れて嘆いた。神谷は頷いてから、話を進める。

 

「それでも戦うしかないんだ。こちらでいくつか案を立てたが、情報不足でどれも確実なものとは言い難い。__そこで、奴等について詳しいお前達を呼んだ訳だ」

 

全員の視線が、陽炎と不知火に向けられる。

 

「作戦にあたって知りたいことは大きく分けて3つ。奴等の能力、索敵方法、有効な攻撃方法、無論それ以外の情報もできる限り出せ。解ったか?」

 

2人は首肯した。不知火が赤羽に端末の接続を任せて、前に出た。

 

「まず説明しなければならないのは、奴等の種類です」

 

赤羽が端末を投げ返す。それを難なくキャッチし、先程作った種別表をモニターに映す。

 

「駆逐級、軽巡級、雷巡、重巡、戦艦、輸送、潜水……どうして艦種で呼んでるの?」

 

古庄が尋ねた。

 

「奴等の能力は実際の艦と似たものになっています。例えば駆逐級は35ノット以上の快速と、少しの砲撃能力、そして雷撃能力を持っています。戦艦級は速力の低いものが多いですが、恐ろしい砲撃能力と、強固な装甲を備えています」

「なら、重巡は高速で、強力な砲に雷撃能力を兼ね備えているということ……?」

「その通りです。ただ、例外もあります。例えばこの戦艦レ級ですが、島風と並ぶ高速艦であり、砲撃はトップクラス、更に雷撃までできるというチートっぷりです」

「通称、『空を飛ばない宇宙戦艦ヤ○ト』『超弩級重雷装巡洋戦艦』よ」

「なんだよそりゃ!?」

 

陽炎のとんでもない補足に、真冬がツッコミを入れた。

 

「まあ他にも、駆逐に分類されているのに、戦艦をも凌ぐ装甲を持っている奴もいますから」

「分類直せよ!」

「では次に……」

「無視すんな」

 

不知火は真冬の声をスルーして、説明を続ける。

 

「奴等の攻撃、防御力について説明します。砲は大きくても4cm程と小型ですが、威力は桁違いです。駆逐級の砲でも、数mmの装甲であれば打ち抜けますし、戦艦級の砲は重装甲艦でなければ防ぐのは難しいでしょう。射程は最大で約4kmです。

次に魚雷です。実物の魚雷を10分の1スケールにしたものですが、艦底に穴を空けるには十分な威力を持っています。速力は40〜50ノット、射程は5km程です。

防御力ですが、9mm(パラべラム)弾はほぼ通用しません。駆逐級の装甲を抜くには、せめてライフル弾が必要です。戦艦級は20mm機銃を連射しやっと、確実に仕留めるなら40mmクラスの砲を当てなければいけません」

 

不知火が説明を終わる頃には、皆は顔面蒼白になっていた。

 

「とんでもない化物(バケモン)じゃねえか……」

 

神谷も今回ばかりは冷や汗をかいていた。だが、そこでフッと疑問が浮かんだ。

 

「質問いいか?」

「どうぞ」

「人型の個体についてだが、こんなに無防備な姿なのに、何故銃弾を跳ね返せるんだ?皮膚が硬いのか?」

「それについては、少々理解し難い話になりますが」

「構わん」

「簡単に言うならば、バリアです」

「バリア?SFお馴染みのバリアか?」

「はい」

「バリアなんて空想科学の産物だと思っていたがな。どんな仕組みなんだ?」

「艤装から、肉体を包むように防護膜が張られています。これにより、肉体へのダメージを防ぐことができるのです。しかし、バリアと言えど完全では無く、強力過ぎる攻撃は防げません。また、バリアが受けたダメージは艤装へと蓄積されていきます。……解りましたか?」

「いまいち想像つかんな」

「まあ、他の人達も理解できていないみたいですからね……」

 

その他の面々はたぶんわかってない。それぞれの様子はこうだ。桜井、何を考えているかわからない。古庄、話についていけない。平賀、思考停止。真冬・赤羽、「とりあえず撃ちゃあ死ぬんだろ?」

 

「……つまり、肉体へのダメージを艤装が身代わりに受けていると言うことか」

「その通りです」

「ということは、他の艦種についても同様の事が言えるんだな。防御力の違いは、艤装の強度ってことか」

「その通りです。しかし、バリアが防げなかったとしても、肉体がすぐ死に至る訳ではありません。当たりどころが良ければ生きながらえます」

「逆に言えば、艤装さえ破壊できれば肉体は無防備ということか」

「それでも人間よりは頑丈ですが」

「人的被害を抑えるなら、ありったけの弾薬をバラ撒いて、艤装が損傷して弱体化したところを各個撃破するべきだが」

「至近弾を浴びせるのも難しいです。密集している時ならともかく、散開されると効果が薄くなってしまいます。通常艦艇からの命中率は、多く見積もっても1%前後でしょう」

「イージスシステムで認識できれば、全艦の命中率も上がって解決するんだが……」

「レーダー、ソナーが効かないと無理でしょう」

「いや、何らかの方法で索敵できれば北風のコンピューターが勝手に照準をつけてくれる。どうにか索敵できれば……」

 

神谷が腕を組んで長考に入った。

それを見計らって、真冬が陽炎に尋ねた。

 

「なあ、お前達は索敵をどうしてるんだ?」

「基本目視よ。あとは電探とか」

「電探?もしかして、これか?」

 

真冬が陽炎の艤装から立つアンテナをつまむと、陽炎はその手をパシンと払った。

 

「触らないでもらえる?壊れやすいんだから」

「こんなんで索敵できるのか……凄えな。……つーか、これを北風に接続すりゃいいんじゃねえか?」

「無理よ。艤装の動力が無いと動かないし、艦のレーダーとは仕組みが違うから同調できないもの」

「じゃあ結局目視しかねえわけか……」

 

その時、桜井がハッと気づいた。

 

「光学測距なら使えるかも」

「光学測距?」

 

首を傾げる陽炎に、桜井は優しく教えた。

 

「旧日本海軍の艦にも搭載されていたた索敵装置で、2つのレンズで相手を捉えて、レンズの角度から相手との距離を割り出すの。相手が目視できる昼間しか使えないけど、ステルス艦でも索敵できる」

 

全員に向き直ってさらに続けた。

 

「スキッパーや飛行船にカメラを搭載して、その映像をリアルタイムで解析させれば、敵の位置をイージスシステムに映せる!」

「100以上の敵を30機のスキッパーに5機の飛行船で索敵するって、そんなスペック、うちの艦にあったっけ?」

 

赤羽がそう指摘するが、すぐに切り返した。

 

「全艦のコンピューターを接続させれば、十分でしょ?」

 

赤羽はごもっともだと頷いたが、神谷に向けてこう言った。

 

「司令、あたしは発信装置(マーカー)の使用を勧めるよ」

「あれか」

 

赤羽の言う発信装置とは、小型の発信装置付弾のことで、ステルス機能の小型艇対策に試作されたものだ。スキッパーが接近し、目標に向かって装置を発射、設置させ敵の位置を発信するというもの。

 

「あれならコンピューターへの負担も少ないし、リアルタイムで確実に解る」

「でも、あれの有効射程いくつだっけ?」

 

桜井が意地悪に指摘した。

 

「最大射程2km、確実に当てるなら800ってところかな」

「敵の目の前に突っ込んでいって、自殺したいの?」

「800ありゃ砲弾を躱すのなんて余裕余裕。300kmで疾走するスキッパーなんて奴等も経験無いから、簡単簡単。つーか、そもそも夜におっ始めたらどーすんの?カメラ使えねーじゃん」

「曳航弾使えばいいじゃない。そっちこそ、暗闇でどうするの?」

「ヘッドライトつければいいじゃん」

「そういうことじゃないんだけど」

 

「もういい、やめろ」

 

神谷が白熱する2人の討論を止めさせた。

 

「両方試す。桜井は光学測距のプログラムを準備しろ、飛行船も使って構わん。赤羽はスキッパー全機にカメラと発信装置の搭載を急げ」

「了解」

「わーったよ」

「索敵さえできれば恐れることは無い。遠距離からの砲撃で漸減させ、撃ち漏らした奴は第4特殊部隊(我々)で殲滅する。学生艦は後方からの支援砲撃に務める。……いいか?」

 

ブルーマーメイド全員が頷いた。

 

「古庄教官、学生艦のうち損傷の小さい艦のみを残し、他は撤退させよう。全速が出せて、主な武装が使用可能な艦だけを残すんだ」

「はい。ですが、半数以上の艦が対象になります」

「手負いがいたら撤退にも防衛にも手間取る」

「わかりました」

 

古庄は無線で天神へと連絡を入れる。

 

最後に、神谷が締めくくった。

 

 

 

「作戦開始は明日1000(ヒトマルマルマル)とする。準備に取り掛かれ」

「了解」

 

 

 

 

それぞれが準備のため、自分の持ち場に戻ろうとした時、陽炎が神谷に申し出た。

 

「私も前線に出るわ」

「却下だ」

 

しかし、神谷にスパッと切り捨てられてしまった。

 

「なんでよ」

「負傷者を前に出す訳には行かない、それにお前達は大事な情報源だ、死なせることはできん」

「これくらいの怪我、どうってことないわよ!」

 

陽炎が声を荒げた。

そこからは焦りが見て取れた。

対して神谷はただ、淡々と事実を告げていく。

 

「片腕が使えないのにか?戦いにおいて四肢1つの欠損は、力、バランス感覚、器用さ等で80%以上の戦力低下を意味する。それにお前の艤装は完全には修理できて無いだろう、その状態で前に出ても的になるだけだ。やめておけ」

「でも私はあれを倒すためにいるの!私が戦わなきゃいけないのよ!」

 

陽炎は無意識に、自分を責めていたのかもしれない。自分が艦娘という存在である責任から、深海棲艦を倒すのは自分達だけだと思い込んでいた。

 

 

 

__私が、守らなきゃいけないんだから__

 

 

 

「いい加減にしろ」

「もういい!勝手に出るわ」

「陽炎!」

 

 

 

__私が、戦わなきゃ__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モニュッ。

 

 

 

「ひゃっ!?」

「おいおい、随分余計な力入ってんじゃねえか」

 

突然、真冬に尻を掴まれた。

真冬は妙にニタニタしながら、陽炎の尻を何かを確かめるように軽く揉む。

そして、

 

「こんなにねじ曲がった根性を直すにはこれっきゃねえ!いくぜ!超・根性注入!!」

「はにゃーーーー!!??」

 

モミモミモミモミモミモミモミ。

 

いつもより激しく尻を揉む。陽炎が泣こうと喚こうと揉む手を止めない。

古庄はその光景を見て、呆れたように言った。

 

「ここまで堂々とセクハラしてると、却って清々しいわ」

「全くです」

 

平賀も相槌を打った。

 

「まあ、陽炎さんも変に焦ってた感じあったし、リセットできるのかも」

「尻じゃなくて肩を揉め、って話なんですけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、根性注入がようやく終わった。

 

「ふにゅ〜〜ぅぅぅ……」

 

……筈だ。

陽炎は床にぐったりと横たわっている。

 

「なあ、却って魂抜けてない?」

 

赤羽が陽炎を突っつくが、ピクリとも動かない。

 

「まあ、一時的なモンだろ」

「ゼッテー違う」

「でも、あんな思いつめた様子で戦場に立たれちゃ、すぐ死んじまう。それだけは御免だぜ。……そうだ、いっそこのまま医務室にでも閉じ込めておくか?」

「セクハラされました。って告訴状だされるよ?」

「どうせテキトーに処理されるから出すだけ無駄さ」

 

 

 

「出さないわよ?」

 

 

 

その怒りに満ちた声で、背中にゾワッとした悪寒が走った。

 

「だって……」

 

がチャリ、と装填音が響く。

 

「今ここであんたをふっ飛ばすから」

 

陽炎、激怒(げきおこ)

 

「おま!ちょ、銃出すんじゃねえ!ただ尻をもんだだけだろ!!」

「死刑に値するわ」

 

真冬も流石にヤバイと逃げ出そうとするが、背後からガシッと羽交い締めにされた。

 

「陽炎、殺ってください」

「不知火!何しやがんだ!離せよ!」

「陽炎の尻を揉まれるなど……止められなかった不知火の落ち度です。せめてもの罪滅ぼしに、少しでも殺りやすいように貴女を拘束します」

「不知火、そのままでね。頭を吹き飛ばすわ」

「本気かお前!?」

「死ぬ準備はいい?」

 

陽炎が真冬の頭に主砲を突きつける。だが、それを桜井が後ろからヒョイっと、軽く手を捻っていとも簡単に取り上げた。

 

「武器はだめだよ〜」

 

武器は駄目、そう言ったが、殺っては駄目とは言っていない。

 

「ってことは、素手ならOK?」

 

桜井はニコニコしながら、手でOKサインを出した。

 

 

 

処刑許可。

 

 

 

「さあ〜て、行くわよ」

 

陽炎が右腕をぐるぐる回しながら真冬に迫る。

 

「なあ、おい、せめてグーはやめろグーは」

「ん?何なに?グーがいい?わかったわ」

「てめえコラ!!」

「行くわよ、歯ぁ食いしばりなさい!」

 

たった一歩の踏み込みで、陽炎の身体は目に止まらぬ速さに加速した。

そのあまりの勢いにビビった不知火は羽交い締めを解き、逃げ出した。

 

そして、

 

 

 

「必殺、メガトンパンチ!!」

 

 

 

陽炎渾身の右ストレートが真冬の顔面を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北風の会議室に各学生艦艦の艦長、教官達、そして北風と弁天の幹部が集まってきた。

明乃ともえかもその中にいた。席についた時、明乃は右頬を腫らした真冬に気づいた。痛そうに氷嚢を手で当てている。

 

「真冬さん、何かあったんですか?」

「ぶん殴られたんだよ」

「えっ、どうして?」

「根性注入したらブチギレられた。ああ畜生、口の中血だらけだぜ」

 

その言葉で明乃は「ああ〜」と納得した。その横でもえかは首を傾げる。

 

「根性注入?」

 

明乃は手をワキワキと動かした。

 

「こういう……」

 

それだけでもえかは察した。

 

「なるほど、つまりセクハラってことだね」

「セクハラじゃねえよ」

 

真冬はそう言うが、どう考えてもセクハラだ。

 

それから少し経った時、神谷が前に出た。

 

「時間だ、始めるぞ。自分は第4特殊部隊司令の神谷篤だ。これから横須賀女子海洋学校艦隊は一時的に自分の指揮下に入ることとなった。

 

まず現状の確認だ。怪物の群れは我々の南方50kmの位置に纏まっていて、数は100体前後と推測される。怪物の能力については配布した資料を見てくれ」

 

明乃は配られていた資料をめくった。

怪物の写真にイ級やロ級と仮称がつけられ区別され、おおよその能力も記載されていた。

 

「こんな細かいデータ取ってたっけ?」

 

もえかが小声で明乃に尋ねると、明乃は首を横に振った。

 

「私達じゃない、たぶん陽炎ちゃん達だと思う」

「え?あの子達が?」

 

「この怪物が本土に接近すれば民間人に多くの被害が及ぶのは明白であり、我々はこの群れを駆除し脅威を取り除かねばならない。

しかし、残念だが増援は見込めない。怪物の群れは日本近海に多数発生しており、出動可能な艦艇はほぼ全て出払っているのだ。よって、我々の力のみで群れを殲滅しなければならない。

理解できたか?」

 

神谷は辺りを見回し、質問等の出ないことを確認した。

 

「では説明を続ける。駆除作戦を行うにあたり、損傷の酷い艦は作戦遂行に支障が出るためすぐに横須賀へ帰港して貰い、残った艦のみで作戦を行う」

 

それを聞いて学生達がざわつく。無理も無い、怪物に手も足も出ず攻撃されて恐怖心が植え付けられているのだ。

このまま帰りたい、参加したくないという気持ちがある。

 

「作戦参加艦を読み上げる。

武蔵、比叡、摩耶、五十鈴、名取、照月、晴風、他の艦の者は帰っていい。この7隻に加え北風、弁天の計9隻が参加する」

 

ほっ、と安堵したような空気が広がる。そして呼ばれなかった艦の艦長達は足早に退室していった。

一方、呼ばれた艦長達は不安な気持ちでいっぱいだった。当然明乃も例外ではない。

下手をすれば誰も生き残れないかもしれない。そのプレッシャーが重くのしかかった。

 

「作戦は至ってシンプルだ。北風と弁天による近距離からの砲雷撃、スキッパー部隊による肉薄戦、そして遠距離から学生艦による砲撃を加え目標を漸減させていく。群れが接近してくれば後退しながら攻撃を続け、逃げるようなら追い立て殺す。簡単だろう?」

 

簡単だろう?と言われても、全く安心できない。

 

「質問よろしいでしょうか?」

 

もえかが立ち上がった。

 

「知名艦長か。いいぞ、何だ?」

「怪物は目視以外での補足が困難で砲撃もほとんど命中しません、また目視圏内に近づいた時にはすでに撤退する余裕は無く、とても危険な作戦かと思われますが」

「その通りだ、奴等はレーダーやソナーに反応しない。だが対策は立ててある、飛行船やスキッパーに高性能カメラを取り付け中だ、この後各艦にもカメラを設置する。それとスキッパーには射出型の発信装置を積んである。それらの情報を元に奴等の位置を割り出す。無論完全とは言えないが、命中率はかなり上がるだろう。これで納得できたか?」

「はい」

「まあ、あとあれだ」

 

神谷は一拍開けてから言った。

 

「もし作戦が破綻した場合は、お前等の逃げる時間くらいは稼いでやるから安心しろ」

 

その言葉が本気だというのは全員にわかった。

自分が犠牲になっても、学生達を守ると。

 

「作戦開始は明日1000、予報によると快晴で風も無く、波も穏やかで好条件だ。全艦データリンクし一気に叩くぞ」

『了解』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明乃ともえかが会議室を出ると、陽炎と不知火が廊下の壁にもたれて待っていた。

 

「あっ、陽炎ちゃん、不知火ちゃん」

「結構早かったじゃない、岬艦長。……そっちは?」

 

陽炎はもえかと会うのは初めてだった。そこで不知火が確認した。

 

「武蔵の艦長ですよね?」

 

もえかが頷く。

 

「はい、大型直教艦武蔵艦長の知名もえかです。けど……私達会ったことないよね?何でわかったの?」

「?艦橋に居たじゃないですか」

 

不知火はあの激戦の中で、武蔵の艦橋にいたもえかを見ていたらしい。しかし、あの時もえかと不知火の間にはかなり距離があったはずだし、何より結構見上げ無ければ見えない高さなのだが。

 

「陽炎ちゃん達は用済んだの?」

「うん、まあ……ね」

 

陽炎は不機嫌そうな返事を返した。

 

「どうしたの?」

「情報聞き出すだけ聞き出しといて、危ないから出るなって言うのよ。しかもあの厨二くさい人にセクハラされるし、本当に最悪なの」

「真冬さん……」

 

明乃は呆れて苦笑するしかなかった。

そりゃあんなに痛くなるに決まってる。

 

「あっ、こんな愚痴言うために待ってたんじゃなかった。ねえ、ちょっと作戦教えてよ」

 

陽炎がそうお願いしてきた。

 

「いいけど……」

 

明乃は資料を見せつつ説明をした。時折もえかが補足を添える。

 

「あ、なるほど、そっか……」

「これは、まあ……」

 

陽炎と不知火の反応は微妙だった。

 

「どう?」

「どうと聞かれても……」

「可もなく不可もなく、堅実な作戦だと思います」

「堅実……?」

「機動力の高いスキッパーで敵を引きつけイージス艦の火力と機動力で抑え込み、遠距離から戦艦や重巡の砲撃で殲滅する。教科書に乗るような堅実さです」

「へ〜、そうなんだ」

「でもクラスター爆弾等が出ないのは拍子抜けですね」

「え?」

「毒とかナパーム弾も使ってたことあるのにね」

「なんでもありですから。核も投入されたくらいですし」

「へ、へ〜……」

 

物騒な言葉が陽炎達の口からポンポン出てくる、中には使用の禁じられた物も混じっている。

明乃ともえかはどう反応すればよいかわからず、適当に相槌を打つだけだった。

 

「ですが、これで勝てるというものでもありません。こちらの数も少ないですし、何より敵の情報も少な過ぎます。何があっても不思議ではありません」

 

不知火の指摘に陽炎は頷く。

 

「やっぱり私も出なきゃ、経験の無い人達に任せてられないわ」

 

明乃が心配して諌める。

 

「でも危険だよ、陽炎ちゃん怪我してるのに、それに勝手に出たら間違って撃たれるかもしれないんだよ」

「それは……そうだけど……」

 

勝手に出撃して、フレンドリーファイアを食らって死んぢゃいました。なんて笑い事では済まない。

 

「あーもう、どうすればいいのよ」

 

陽炎は思い通りにいかない現状にイラついた。

いつもは司令官が陽炎達の意見を優先し作戦を立ててくれるが、ここは全く違う組織なのだ。意見が通らないのは当たり前だが、非常に不快だ。

 

 

 

「陽炎、不知火、ここにいたんだ」

 

赤羽が2人を呼んだ。不知火が応える。

 

「何か用ですか?」

「うちの艦長が話したいってさ。ちょっと来てよ」

「艦長が?何でしょう?」

「あたしは知らねー、行けばわかるよ」

「何かしら?」

「さあ……」

 

陽炎と不知火は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤羽が北風の艦長室のドアをノックした。

 

「艦長、陽炎と不知火を連れてきたよ」

『入れて』

 

赤羽がドアを開き入室を促す、2人はそれに従い艦長室に入った。赤羽は、

 

「んじゃ、準備に戻るわ」

 

と言い残し去っていった。

 

「ごめんね急に呼び出して。とりあえず座って」

 

桜井に促され2人はソファーに腰掛けた。桜井は向かいに座ると早速切り出した。

 

「あの作戦、改めて聞くけどどうかな?」

「堅実でいい案だと思います」

 

不知火が応えた。しかし桜井は笑みを崩さず何も言わない。

 

「……あの……何か気に障りましたか?」

 

その笑顔のプレッシャーに耐えかね、陽炎が尋ねた。

 

「うん、えっとねぇ。『いい』『堅実』って言葉は裏を返すと『悪くないけど最善では無い』『相手の裏をかけない』って意味になるの。私はねえ、そういうの大っ嫌いなの」

「え……」

 

まるで我儘を言う子供だ。

 

「私達第4はね、『最善か賭けか』『相手を騙して仕留める』がやり方なのよ。生憎他の部隊みたいな良い子ちゃんはいなくてね、所謂愚連隊よ」

「愚連隊……ですか」

「そう、司令(あの人)も色々やらかしてね、まあ私も同類なんだけど。だから方針や作戦も捻くれてて。けど今回は冒険をしない堅実な作戦、何でだと思う?」

「さあ……?」

 

さっぱり見当もつかない。というかほとんど面識の無い人のことなんか分かるものか。

 

「あの人、女の子には甘くてね。『女の子を守るのが漢の仕事だ』なんて言っちゃってるの、シロイルカ(ホワイトドルフィン)ごときがなにほざいてんのって感じよね。人魚(ブルーマーメイド)の尻の下にひかれる存在のくせに」

 

幼さの残る見た目からは想像できない辛辣な言葉が次々出てくる。この時、陽炎達はなんとなく察した、敵に回してはいけない人種だと。

陽炎は小声で不知火に話しかける。

 

「龍田さんタイプかな?」

「いえ、龍田さんは優しい方です」

「じゃあ神通さんタイプ?」

「おそらく」

「うわ」

 

桜井は聞いているのかいないのか、内緒話に構わず話を続ける。

 

「しかも、陽炎ちゃんが『出撃したい』って言うのに断っちゃって、ほんと勿体無い。使えるものは何でも使わないと」

「それって、つまり……」

「そ、陽炎ちゃん。出撃して」

 

そして、陽炎の前に大きなゴーグルが差し出された。VRゲーム用のディスプレイのような形で、横に色々スイッチが付いていた。

 

「これは何ですか?」

「ゴーグル型情報共有装置、とりあえずつけてみて」

 

言われた通り装着してみたら意外と軽かった、工事用ヘルメットと同じくらいだろうか。スクリーンは何も表示せず、向かいにいる桜井の顔が見える。

後頭部でベルトを止め、電源を入れるとLOG INと文字が表示され、様々な情報、艦隊状況や通達事項等が表示された。

 

「へ〜、凄いですね」

「識別機能から暗視機能、ズーム機能までいろんな機能を詰め込んだ便利モノ。識別信号もついてるから誤認される心配もないよ」

 

桜井は不知火にも同じ物を渡し、ゴーグルのディスプレイに作戦を表示させ説明する。

 

「陽炎ちゃんはこれをつけて後方学生艦と共に待機、艤装の索敵装置による索敵と、万が一北風と弁天が抜けられた時の初期迎撃をお願い。不知火ちゃんは晴風から観測及び情報提供をよろしく」

「前には出して貰えないんですね」

「自殺願望でもあるの?」

 

桜井の痛烈な物言いに眉をひそめる。

 

「前に出ても戦える余力は無いでしょ?それに艤装の残弾もほとんど無いんじゃない?」

 

的を得た指摘に陽炎は黙り込む。

確かに、砲弾は残り25発魚雷は0と、普段なら即撤退の判断がくだされる程だ。

 

桜井もなるべく陽炎を出したくは無い。陽炎と不知火は怪物に関しての情報源であり、オーバーテクノロジーとも言える海上機動力を持つ貴重なサンプルである。

しかし、ここで失うリスクは重いが、作戦の結果はそれに代えられない。

 

陽炎と不知火自身の戦闘力は期待できなくとも、索敵能力や戦場に立つからこその情報は何にも代えがたい。

それで少しでも自分達の生き残る確率が上がるなら、使う。

 

そして、桜井は心の中で悪い笑顔を浮かべる。

 

 

 

__それに、いい餌にもなるしね__。

 

 

 

「私の話はこれでお終い。貴女達は晴風に戻って待機して。あ、そうだ。赤羽さんに送ってもらってね、いい体験できると思うよ」

 

桜井は屈託の無い笑顔で2人を送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎に質問です。

Q.スキッパーに初めて乗った感想は?

A.最悪、スキッパーに乗ってみたいなんて言うんじゃなかった。

 

赤羽のスキッパーの後部座席に乗り込んだ時、ワクワクしていた自分をぶん殴ってやりたい。あの時、不知火の方の運転手に頼めばよかった。

 

 

 

スキッパーが海面に降ろされて、エンジンをかけた直後だった。

 

赤羽がニヤリと笑い、スキッパーのスロットルをふかした。

鋼鉄のボディが爆音を立て加速する。それはまるでドラッグレースのようで、凄まじい加速度についていけず、身体が後ろにつんのめった。

 

「え、ちょっと、スピード出し過ぎじゃない?」

「作戦に参加するに当たって、スキッパーの性能も知っといてほしいんだよねー」

「いや、スペックさえわかれば……」

「一度試し乗りしてみればよくわかるってばよ」

「絶対嘘だ!!」

 

スキッパーはあっという間に時速100ノットを超え、波を超える度にバンバンと突き上げられる感覚が襲う。

 

「止めて止めて!!絶対ぶっ壊れるって!!」

 

陽炎の悲鳴もお構いなし、赤羽はスキッパーをフルスロットルで進ませる。

こいつはあれか、頭文字○の主人公か。

 

「これからちょーっと怖え思いするけど、ジェットコースターだと思って楽しんで」

「それフラグじゃない!?最後絶対海面に叩きつけられてバラバラになるやつでしょ!!」

「大丈夫大丈夫、んじゃ行くぞー!」

 

フワリ、とスキッパーが突然浮いた。正確には船首が上がり空気抵抗が増し、そのまま持ち上げられバク転し始めたのだ。すぐに船尾も海面から離れ、スキッパーは上下逆さまに宙を舞った。

 

「きゃあああああ!!海が!!落ちる落ちる〜〜!!」

 

陽炎は以前アクロバット飛行をする戦闘機に乗ったことがあるが、それより何倍も恐ろしかった。

なぜかというと、水上艇は空を飛ぶものでは無いからだ。凄まじい空気抵抗で巻き上げられた後は、重力に任せて落ちるだけ。着水のタイミングが僅かでもずれたら海面に跳ね返され、何度もバウンドしてグシャグシャのスクラップになるだけだ。

 

スキッパーは回転を続け、船首を真下に向けた。目の前に海という水の壁が迫る。

 

あっ、これ死んだわ。と思った直後、何が起こったのか一気に船尾が下がり、船体が水平に戻った。

そしてそのままの姿勢で着水、激しい水しぶきを上げる。着水の衝撃で頭がグワングワンと揺さぶられた。

 

「どうよ?スキッパーはこんな動きも出来るんだぜ!」

 

赤羽はそう言って、再びフルスロットルでスキッパーを加速させた。バク転で終わりではないのか。

陽炎は必死に叫ぶ。

 

「降ろせーー!!私自力で行くから降ろせーー!!」

「こんな速度で飛び降りたら命ねーよ。タイタニックに乗ったつもりで安心しろよ」

「沈むー!!」

 

スキッパーは艦隊の中に突入、艦の間を全く速度を落とさず駆け抜けていく。

 

「さーて、ジムカーナでもやりますか」

 

赤羽が舵を右へ切る、するとスキッパーが右にグワッと向いて横滑りし始めた。

フルスロットルのままのエンジンがアフターファイヤーを吐き唸りを上げた。

 

 

 

「誰か助けてーーーーー!!」

 

 

 

陽炎の悲鳴が海原に響く。

 

 

 

 

 

散々危険運転に付き合わされた結果晴風に到着した時、やっと終わったという安堵感と同時に、胃の中のものが逆流する感覚に襲われた。

そして久しぶりの「お魚さんに餌やりタイム」となってしまった。

 

赤羽は「ちょっと刺激が強過ぎたかな、ハハハッ!」と憎たらしい笑いを残し、往路と同じように全開で飛ばし帰っていった。

 

「陽炎、大丈夫ですか?」

 

かなり遅れて到着した不知火が声をかける。

 

「無理……」

 

陽炎はぐったりと手すりにもたれかかったまま。

 

やがて晴風の乗員達も心配して集まってきた。

その中で鈴が尋ねる。

 

「お医者さん呼ぼうか?」

「……お願い…………」

 

後で赤羽の奴をぶっ飛ばしてやろうと心に誓う陽炎であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝手に何やってる」

「何のことかなぁ?」

 

問い詰める神谷に対し、桜井は書類仕事をしたままとぼける。

 

「とぼけるな、陽炎と不知火を連れ込んで何を話した」

「もう貴方には解ってるんじゃない?当ててみて」

 

桜井はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。神谷は腹を立て机をドン!と叩いた。

 

「陽炎を戦場に出して囮にするつもりだろう!お前はあいつ等を殺す気か!」

「殺させなんかしない。でも、囮になってくれれば私達の生存率が上がる」

 

そして桜井は無線機を差し出しこう尋ねた。

 

「……私はあくまで背中を押すだけ、最後に決めるのは貴方。どうする?中止させる?それともこのままやる?」

 

神谷は悩んだ。

 

そして、無線機を桜井に突き返した。

 

「やっぱり、そうすると思った。貴方はちゃんと現状を解ってる」

「そりゃどうもな。全く、本当に面倒な女だ」

「そこがいいんじゃないの?」

「そうだな、そうやってずる賢いところも気に入ってる……準備は?」

「今夜中には終わる」

「急がせろ、最悪もう来るかもしれん。それと、念の為弁天にも作戦の変更を伝えておけ」

「了解」

 

 

陽炎や明乃達が知らないまま、戦いの戦禍が迫っていた。

 

 

 




陽炎「散々な目に遭ったわ……」
不知火「しかも最後になんだか不穏な感じになりましたね」
陽炎「もうすぐ戦闘よね?」
作者(丸焦げズタボロ)「あと1話短いのを挟んで戦闘回に入る予定です」
不知火「ちゃんと進めてくださいね」
作者「……はい……頑張ります……」



真冬「あたしの扱い酷くねえか!?尻揉んでぶっ飛ばされる役って!」
平賀「作者曰く、真冬姐さんはそのイメージしか無いそうです」
真冬「おい作者!何言ってんだコラァ!」

次回も気長にお楽しみに


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11話 ミケかげ


作者「気がついたら免許取ってから1年、1回しか車に乗ってない。このままじゃペーパードライバーまっしぐらだ……」
不知火「そんなことどうでもいいです。今回は早く書き上がりましたね」
作者「短い話だからね」
不知火「サブタイトルから察するに、陽炎と岬艦長の絡みのようです」
作者「戦闘回前に主人公同士が話すシーンを書きたかったんだ」
不知火「不知火がいない時に何を話しているのか、気になりますね」

それでは本編へどうぞ


 

 

0100

 

月の光も無く真っ暗闇の中、航海灯と応急修理の照明や火花だけが辺りを照らす。

 

損傷の大きな艦は既にこの場を離れており、教官艦天神も撤退した為に古庄教官は武蔵に乗り移り監督に当たることになっている。

 

そして、晴風の甲板では倒壊した機銃座の仮復旧作業と多機能カメラの取り付け、及び各武装の総点検が進められていた。

 

非常灯の薄暗い光だけが照らす艦橋で、明乃と幸子が当直に当たっていた。

 

「機銃は後1時間程で使えるそうです。カメラの取り付けも予定通り進んでいます。機関はもうしばらくかかるそうです」

「ありがとう」

 

晴風では乗員の大半を動員し、急ピッチで修理が行われていた。神谷から修理を急がせるようにと指示が来たからだ。だが、それで誰か倒れたりでもしたら修理の意味がない、明乃はとにかく交代制で睡眠を取ることを条件付けたが、それでも皆クタクタのようだった。

先程ましろと交代したが、既に限界でうとうとしていて半分眠った状態だった。そのせいで、艦橋を出ていこうとして壁に額をぶつけた時は思わず笑ってしまった。

 

「みんな疲れてるみたいだね」

「艦長は大丈夫ですか?」

「さっき仮眠を取ったばかりだから大丈夫だよ。ココちゃんこそ大丈夫なの?」

「大丈夫です。まあ、ちょっと寝不足かなって感じはありますけど」

「……やっぱり、眠れないよね」

 

疲労の原因は言わずとも解る。

 

御蔵での戦い、昨日の怪物の群れとの戦い、それに加え今度の作戦への参加決定、それらのストレスが一気に現れたのだ。

 

Rat事件の反乱容疑の時も連戦して逃げ回っていたが、その時の比ではない。

あの時相手は単艦であり、一撃当てて逃げればなんとかなった。だが今回の敵は無数の怪物であり、確実に殺すまで攻撃してくる。例えるなら、まるでゾンビの大群のようだと言うべきか。人を喰らうことだけが動く理由であり、中々死なない、殺せない。そう考えると幸子が言っていた『マッドサイエンティストが作った人工生命体』というのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 

そんな怪物とまた戦わなければならない。

 

 

 

__誰かが明乃の中でささやく。

 

また、皆を危険に晒すのか。

また、怪我人を出すのか。

また、艦を沈ませるのか。

 

明乃の心にプレッシャーがのしかかった。

 

 

 

 

 

プニッ

 

 

 

 

 

突然、右頬を誰かに突っつかれた。

 

「ふえ?」

「可愛くないぞ岬艦長、ほらリラックスリラックス」

 

茶化すような声を聞いて右に振り向くと、陽炎がにこやかな顔を向けていた。

 

「陽炎ちゃん!?どうしてここに!?」

「暇だから来たの」

「眠く無いの?もう1時だよ?」

「スキッパー酔いしたあと医務室で爆睡してたから、全然眠く無いわ」

 

陽炎は壁に寄りかかった。

 

「それより、なんてシリアスっぽい顔してんのよ、せっかくの可愛い顔が台無しでしょ」

「シリアスっぽい顔?」

「そう、これから死にに行くような顔!そんな顔してたら勝てる戦いも勝てないからっ!こういう時は嫌でも笑いなさい!」

 

そして明乃の頬に右手を当てて、ムニムニと弄り始めた。

 

「ほらっ笑え!笑いなさい!」

「ちょっと、ふあ、むにゅぅ……ふふ、くすぐったいよもう……ふふふふふ……」

 

始めはぎこちなかったが、そのうち明乃の顔から自然と笑みが溢れ始めた。

 

「これでいいわ、暗い顔なんて似合わないもの」

「ありがとう」

「お礼なんていいわよ」

 

明乃はふと艦橋内を見回す。さっきまで幸子が居たはずだが、いつの間にか居なくなっていた。

 

「あれ?ココちゃんは?」

「納沙さんなら私と入れ違いにでていったわよ。えっと……売店の等松さん?に呼ばれて。貴女にも声かけて行ったけど?」

「え!?」

「そしたら『うん、わかった』って返事してたわよ」

「……全然記憶無い」

「もー、ちゃんとしてよ艦長。ボーっとしてると酷い目に遭うわよ」

 

陽炎はからかう口調で注意した。

 

「気になってたんだけど、ココちゃんとかマッチとかって、あだ名なの?」

「うん、納沙幸子さんだからココちゃん、野間マチコさんだからマッチ」

「なるほど〜。あ、じゃあ艦長のあだ名は何?」

「ミケだよ」

「ミケ?あれ、確か名前は岬明乃だったわよね?みさきあけの、みさきあけ、みさ……、あ!そうか、岬の『み』と明乃の『け』を取ったんだ!」

「正解!このあだ名はもかちゃんに付けて貰ったんだよ」

「武蔵の知名もえか艦長だっけ?いいセンスしてるわね、愛くるしい感じがピッタリハマってる」

「えへへ」

 

明乃は照れ笑いをした。もえかのセンスが認められて嬉しかったのと、愛くるしいと言われて照れた感情が混ざって出た。

 

「陽炎ちゃんにはあだ名無いの?」

「うん、私達あだ名付けないのよね。不知火には『ぬいぬい』ってあだ名をつけたけど、結局普通がいいってことで使わなくなっちゃったし」

「ぬいぬい……ぬいぐるみみたいで可愛いね」

 

艦娘は基本あだ名で呼び合うことはない、そもそもあだ名をつけようと考えることが少ないのだ。

みんながあだ名で呼ぶのは、名前が数字な為呼びづらい潜水艦達位だろう。

 

「じゃあミケ艦長、私のあだ名考えてよ」

「え?えっとぉ……」

 

突然の申し出に明乃は頭を悩ませた。

 

「陽炎ちゃんだから……かげろう……かげちゃん?ろうちゃん?」

「なんかいまいちパッとしないわね」

「かげろちゃん……陽炎って『陽』と『炎』だから、ようちゃん?ほのおちゃん?ようえんちゃん?」

「凄い迷走ね」

「ほのお、かげろう、ほのお、かげ……はっ!ヒトカゲ……!」

「待てい、誰がポケ○ンよ」

「う〜ん。ごめん、いいの思いつかないや」

「こっちこそ、無理言ってごめんね。今まで通り陽炎って呼んで」

「うん……」

「…………プッ」

 

ほんの少しの沈黙の後、2人同時に笑いだした。

 

「ふふ……あははははは!」

「ヒトカゲ……っ!ヒトカゲって……!」

 

まさかポケ○ンがあだ名の候補に出てくるなんて思ってなかった。あんなふうに火を吹いて戦うのか、傑作だ。

 

しばらく笑い転げてようやく落ち着いた頃、陽炎が尋ねた。

 

「ねえ、聞いてもいいかしら?」

「何?」

「ミケ艦長ってどうしてブルーマーメイドになろうと思ったの?」

 

明乃は真っ暗な海原に目をやって、当時に思いを馳せる。

 

「まだ私が幼い頃海難事故に遭ってね、その時ブルーマーメイドに助けてもらったの」

「へえ、そうだったの」

「でも、お父さんとお母さんは助からなかった」

「え……」

 

その言葉に陽炎は凍りつく。明乃の瞳に影が落ちた。だが、明乃は語り続ける。

 

「それで養護施設に入って、そこでもかちゃんと出会ったんだ」

「……武蔵の知名艦長?」

「うん、そしてもかちゃんに教えてもらったの、『海の仲間は家族』なんだって」

「『海の仲間は家族』……か……」

 

陽炎はポツリと呟く。自分にとって仲間達は『仲間』でなければ何なのだろうか、『家族』で括れるのだろうかと。

 

「だからね、2人で約束したんだ。海の家族を守る存在(ブルーマーメイド)になろうって」

 

語り終わると、明乃の瞳が元に戻っていた。

 

「あ……ごめんね、なんだかつい話しちゃったけど、あまりいい話じゃ無かったでしょ」

「……ううん、聞かせてくれてありがとう」

「ねえ、私も聞いていい?」

「ん?」

「陽炎ちゃんはどうして深海棲艦(あれ)と戦う道を選んだの?」

 

こちらが聞いた以上、こちらも答えなきゃいけない。

 

「どうしてって……。悪いけど、最初のことは言えないわ」

「そう……」

「ただ、今でも戦ってるのは……仲間を守るためかしら」

「仲間を守るため……?」

「死にそうになったのも一度や二度じゃないけど、仲間と一緒に過ごせるのがとっても楽しくて、代えられないものなの。だから、誰も失いたくない。だから、私は仲間を死なせないために戦う……満足した?」

「うん」

 

陽炎の言葉は明乃の信念とも重なるものだった。

 

「私の理想の艦長は、『船の中のお父さんみたいな』人なの。晴風の皆を引っ張って、晴風を、晴風の皆を守る。そんな艦長になりたいんだ」

「立派じゃない。ミケ艦長ならきっと成れるわよ」

「そうかな」

「貴女は私と不知火を助けてくれたじゃない」

 

陽炎は改めて明乃と正面から向き合う。そして胸に手を当てニコッと笑った。

 

「守ってもらった私が断言する、ミケ艦長は晴風に相応しい艦長になるわ」

 

明乃は嬉しそうに微笑み返した。

 

「ありがとう、陽炎ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、遠くで大きな火柱が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『緊急!こちら北風スキッパー偵察隊Θ(シータ)2!Θ1Θ3が撃沈された!敵が仕掛けてきた!急速接近している!現在地は艦隊より南方35km!約30ノットで接近中!

繰り返す!こちら偵察隊Θ2!__』

 

「全艦戦闘配置!敵が仕掛けてくるぞ!迎撃準備にかかれ!!」

 

神谷が無線で全艦に怒鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明乃がすぐに指示を飛ばす。

 

「総員配置!敵が接近中!」

「ミケ艦長!私行ってくるわね!」

「気をつけてね!」

「ええ!」

 

陽炎は艦橋を飛び出し、艤装を取りに工作室へと走り出した。

 

 

 

 

 

深海棲艦との第三ラウンドの幕が上がった。

 

 

 

 

 

 




作者「いかがでしたでしょうか。私の偏見かもしれませんがミケちゃんと陽炎って似てると思うんですよね、明るくてリーダーシップがあって」
明乃「そうかな?」
陽炎「まあ、こういうのは人それぞれじゃない?」
作者「次回、ついに戦闘に突入します。晴風、陽炎、北風がどんな戦いをするのか」

次回もお楽しみに


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12話 迎撃

作者「ついに戦闘回!」
芽衣「よっしゃー!撃ちまくるぞー!」
作者「まだメイちゃんの出番は無いよ」
芽衣「え……」
作者「今回はプロの方々の戦い。艦娘無しで深海棲艦と戦うとしたら?というのを書いてみた」
芽衣「ふーん。で、次回は私も撃てるんだよね!?」
作者「どーかなー」
芽衣「撃てなかったら波動砲で撃つよ?」
作者「Oh……」

それでは本編へどうぞ


『スキッパー部隊α(アルファ)β(ベータ)緊急発艦!敵の迎撃に当たれ!』

 

艦内放送で次から次に命令が飛んでくる。

仮眠を取っていた赤羽は慌てて飛び起きると狭い通路をダッシュで駆け抜け格納庫へと向かう。

耳に着けたインカムから部下の文句が聞こえた。

 

『隊長!まだ来ねぇのかよ!』

「仕方ねえだろ!あたしは寝てたんだからさ!αリーダーにそっちの指揮を一任!出れる奴から出ろ!Sも発艦しとけ!」

 

他の乗員とぶつかりながらも全速力で走り、格納庫へとたどり着いた。すぐに自分専用のスキッパーに乗り込みエンジンをかける。

ノーマルのスキッパーとは比較にならないほどの甲高い爆音が響き渡る。

 

「船体制御グリーン、武装オールグリーン、油温水温グリーン、データリンク異常なし、非常脱出装置異常無し」

 

手早くチェックを済ませ、スキッパーを列の最後尾へと押し込む。

 

北風の格納庫にはカタパルトが設置されていて、スキッパーの発艦はカタパルトで押し出され海面にジャンプするという方法なのだ。

 

赤羽の前に並んでいたスキッパーがカタパルトから飛び出し、赤羽のスキッパーがカタパルトに載せられる。

 

「S1赤羽出撃する!!」

 

グン、とスキッパーが急加速し、空中へと飛び出す。すぐに重力に引かれて海面に船尾から着水、ダンパーが衝撃を吸収するがそれでもかなりの衝撃が走った。

 

「こちら赤羽、チームSは予定通り配置につけ」

 

赤羽は無線でそう告げるとスロットルを一気に全開にしてとばした。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

神谷が北風艦橋にて指示を矢継ぎ早に飛ばしていた。

 

「全艦データリンク」

「了解。データリンク開始」

「学生艦は全速後退!距離20kmは取れ!古庄教官、細かい指示は任せる。直教艦による支援砲撃を頼む、座標はこちらから送る」

『こちら古庄、了解しました』

「弁天、準備はいいか?」

『今最後の飛行船を上げてる!すぐに終わるぜ!』

「スキッパーの展開は?」

「スキッパー全機発艦完了!」

「飛行船は?」

「鷲1号2号展開中、3号もすぐに飛びます!」

「よし、体裁は整ったな」

 

神谷は遠くに未だ立ち昇る煙を睨んだ。念の為にと出した偵察機が撃沈された、そのおかげで怪物の接近にいち早く気づけたわけだが、仲間を4人も失った。それを無駄にはできない。

 

「……仇は取ってやる」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

陽炎は工作室に飛び込み艤装を装着しているところだった。

そこへ媛萌が入ってきた。

 

「陽炎ちゃん!出るの!?」

「ええ!手伝って!」

 

陽炎が脚部艤装を装着する間に媛萌は主砲のついたアームを機関部へと接続させる。

 

「魚雷発射管は要る?」

「つけて!」

 

既に魚雷は撃ち尽くしているが、一応つけておく。

媛萌の手伝いもあって素早く艤装を装着し終った。

 

「ありがとうヒメ。駆逐艦陽炎起動、リンク開始……リンク100%、起動完了。機関始動、機関出力80%、武装異常なし、操舵系統異常なし。よし!行ってくるわね!」

 

艤装は無事起動し、陽炎は工作室を飛び出した。

 

「陽炎ちゃん!絶対戻ってきてね!」

 

陽炎は媛萌の声に手を振って答えた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

武装スキッパー部隊が群れへと向かい、その上を北風と弁天から発艦した3隻の無人飛行船、鷲1号と鴉1号2号が飛ぶ。北風と弁天は蛇行しつつ群れとの間合いを測っていた。

 

一方学生艦隊は背を向けて全速力で距離を取ろうとしていた。その上空には北風の飛行船2隻がついている。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

不知火が慣れない松葉杖に苦労してようやく艦橋に上がると、既に全員が揃っていた。

こちらに気づいたましろが声をかける。

 

「不知火さん」

「状況は?」

「今まとめてる」

 

ましろがそう答えたすぐ後、幸子が情報の収集を終えた。

 

「今から5分前の0133、スキッパーの偵察隊が30ノットで接近してくる群れを確認、……偵察機3機の内2機が撃沈されたそうです……」

「それって……」

 

明乃の言葉に幸子は首を横に振る。

 

その場が重い沈黙に包まれる。

晴風に乗ってから初めて聞く殉職報告、それは明乃達高校生には重すぎた。

 

明乃は心の中で手を合わせ冥福を祈った。

 

だが、立ち止まっている時間は無い。

 

この間にも怪物の群れは迫ってきているのだ。

 

「ココちゃん、修理はどれくらい終わってるの?」

「機関を除いて全て完了しています」

「わかった。機銃にはメイちゃんタマちゃんが行って、機銃は新しい物に交換してある」

「わかった。行こう、タマ」

「うい」

「ココちゃんは状況を逐一教えて」

「はい」

「マロンちゃん!機関はどう?」

『現状だと全開じゃ長く持たねえ!第四船速くらいに抑えてといてくれ!その間になんとか直す!』

「第四船速……27ノット、わかった!できるだけ急いで!」

『合点承知!』

 

一通りの指示を終えたところで、陽炎の声が伝声管から聞こえた。

 

『ミケ艦長!不知火!陽炎、出撃するわ!』

 

陽炎が甲板から勢いよく海に飛び出した。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「桜井艦長、出たわよ」

 

陽炎は再設定されたインカムで桜井に呼びかけた。が、

 

『陽炎か』

 

聞こえたのはあの可愛らしい桜井のものではない、どう考えても男の声。

 

「あら?もしかして神谷司令?」

『そうだ』

「あちゃー、バレちゃったんだ」

『残念だったな、まあお前のやることは変わらん、しっかりやれよ。あと索敵を入念にな』

「了解」

 

陽炎は早速電探とソナーを起動させた。

 

「電探、艦隊周囲に敵影無し、アクティブソナーにも感なし。今のところクリーンね」

『こまめにやれ』

「了解」

『こちらはこれから賑やかになる。お前も気をつけろ』

「誰に言ってんのよ」

 

陽炎は無線を切ると遠くの北風と弁天の方に目をやった。

 

「頼んだわよ」

 

何人生き残れるかもわからない、下手すれば全滅するかもしれない戦い。だが、もう誰も死なないで欲しいと願った。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「始めるか」

 

神谷が短い言葉で告げる。桜井が頷き指示を出した。

 

「照明弾撃て!」

 

北風の主砲から光の弾が上空に放たれ海を明るく照らす、その光が怪物の群れをくっきりと浮かび上がらせた。

飛行船のカメラが群れの姿を捉え、映像をリンクした全ての艦のコンピューターが解析、怪物一体一体の位置を特定する。

 

「目標補足完了、数126」

「先頭集団の人型に絞って狙うぞ」

「了解」

 

砲雷長が噴進弾の目標を設定する。

 

「噴進弾数8、発射用意よし!」

 

神谷が無線機を手に取る。

 

「弁天、用意は?」

『バッチリだ。派手にぶちかまそうぜ!』

「古庄教官、支援砲撃の用意を」

『了解。武蔵及び比叡、主砲発射用意!』

『了解!』

 

各艦の準備が整ったことを確認して、神谷が命令を下す。

 

「さあ始めるぞ。各艦攻撃始め!」

「噴進弾発射始め!」

 

北風のVLSから8発、弁天からも8発の噴進弾が空へ飛び出す。軌道は大きく弧を描いて群れへと飛び込んでいく。

 

怪物の群れは迎撃しようと無数の砲弾や銃弾を噴進弾に向けて撃ち始めた。

合計16本の噴進弾の内5本は途中で迎撃され、4本は目標を外した。しかし、残りの7本が群れに殺到し次々と直撃或いは至近弾となった。

 

「全部直撃にはならないか」

「映像だけによる予測だと多少のズレがあるみたい」

 

桜井が冷静な分析をする。

 

「他にも噴進弾のバックブラストや水煙とかがカメラの邪魔になって、度々個体をロストしてる」

「なるほどな、なら数で補うしかない。主砲撃ち方始め!」

 

さらに5インチ単装砲が火を吹き、水柱を乱立させる。弁天の76mm砲もまるで機関銃のような連射性能を見せつける。

さらに武蔵と比叡が支援砲撃を開始、46cm砲と35.6cm砲が海面を叩き割るような衝撃で群れを吹き飛ばす。

 

だが、激しい弾幕をものともせず怪物の群れは近づいてくる。

 

「やはり止まらないか」

 

神谷はすかさず次の手を打つ。

 

「スキッパー部隊突撃せよ!」

『了解。チームα、β突撃する』

 

 

 

 

 

16機の武装スキッパーが群れの側面から強襲をかける。その姿はまるでスズメバチの大群だ。

 

『機銃は駆逐級くらいにしか効かねえ!それ以外の奴には発信機(マーカー)を打ち込んでやれ!』

『了解!』

『お前等愛機沈めんな!敵沈めろ!』

『ラジャー!』

 

αリーダーの激励に気合いで馬鹿でかい返事をして、全速力で突入していく。トリガーを引くと船首の機銃が咆哮し、駆逐級と思われる怪物を目にも止まらぬ速さで蜂の巣に変えていく。

 

怪物も反撃に砲弾を飛ばすが、スキッパーは右へ左へアクロバティックな動きで回避翻弄する。

 

まるで艦と戦闘機の戦いだ。

 

しかし、人型の怪物は防御力が高いため機銃でも効果が薄い、機銃弾が当たってもカンカンと音を立て弾かれているようだ。だがそんなことは最初から解っている。

目くらまし程度に機銃をお見舞いすると同時に、スキッパーに後付されたランチャーから発信機を発射し人型の奴等に貼り付ける。

 

『こちらα4、マーカー起動、戦艦クラスと思われる』

『β7マーカー起動、重巡』

『α8、設置完了、戦艦』

『こちらβ2、すまない駆逐級だ』

『何やってんだアホ』

『うるせー黙ってろ』

『こちらα2__』

 

余計な音声が入るが無事に発信機を取り付けられたとの報告が入る。どうやら全部で9個取り付けられたようだ。

 

「駆逐級は除外」

「了解。数8!」

「撃てぇ!」

 

北風から再び噴進弾が発射される。今度のは発信機の信号によって誘導されて見事に全弾直撃、当たった個体は全て跡形も無く消え去った。

 

 

 

 

 

しかしその一方で、こちらにも被害が出始めていた。

 

 

 

 

 

『こちらα1!α7がロスト!』

 

 

 

α7は重巡級からの砲撃をモロにくらい爆沈した。砲弾が正面からコックピットをぶち破りエンジンまで到達、大きな火球となってこの世から消えた。

次にβ4も砲弾によってウイングを抉られバランスを崩しスピンして船体が跳ね上がり、海面に激しく転がりながら叩きつけられバラバラの破片に変わってしまった。

 

さらに弁天の飛行船、鴉1号が狙われた。真下からの戦艦主砲による砲撃が右前のエンジンに直撃、エンジンから火が上がった。

 

「鴉1号第2エンジンに被弾!火災発生!」

「すぐ上昇させろ!また喰らうぞ!」

 

真冬が指示する。だが既に遅い。

エンジンを1つ喪失したために動きが遅れ、第二射が船体の中心に刺さった。鴉1号は空中で激しい爆発を起こすと浮力を失い、真っ赤に燃えたまま海へと墜落し再び激しい爆発を起こした。

 

「鴉1号墜落!」

「クソッ!」

 

真冬は思わず悪態をついた。

 

「奴等こっちの目を潰しに来やがった!飛行船を奴等から離せ!」

 

未だ健在の鴉2号が上昇しつつ群れから離れていく、鷲1号もそれに続き距離を取る。それを追うように対空射撃がされたが幸いにも被弾はなかった。

 

 

 

 

 

『おい司令、奴等も馬鹿じゃねえみたいだぜ』

「まともな頭はあるようだな」

『んなこと言ってる場合じゃねえだろう。飛行船が近づけねえと命中精度が上がらねえ、どうすんだ』

「どうしようもない」

『は?』

「とにかく攻撃し続けろ」

『マジかよ……』

 

真冬が無線の向こうで頭を抱える。

かろうじて抑えられてはいるが、このままではジリ貧だ。飛行船を遠ざけたことでカメラの映像が荒くなり、主砲や噴進弾の命中率が落ちている。スキッパーにもカメラを搭載してはいるが、高速航行するスキッパーはラリーカーのように激しく揺れたり曲がったりを繰り返すためあまりあてにならなかった。発信機も貼り付けがうまく行かずそれほど効果を得られなくなっていた。

 

「最悪近接戦闘かこれは」

 

このまま接近されれば、最悪北風ギリギリにまで引きつけてCIWSと機銃を撃ちまくるしか手は無い。

だがそれは同時に北風が怪物の射程圏内に入ってしまう賭けにも等しい最終手段、装甲の分厚い戦艦ならともかく装甲の薄いイージス艦では被弾一発一発が致命傷になりかねない。

 

「控えめに言って万事休すだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くから砲火の音が聞こえ、爆炎が上がり続ける。

 

陽炎はそれを眺めることしか出来ない。

あそこで戦うべきは自分なのに。

 

「……不知火……」

『……北風は最善の策で戦っています。今私達にできることは学生艦を守るためにここにいることだけです』

「そうね……」

 

陽炎は唇を噛む。

 

畜生、何が「出撃して」だ。

結局私はここに釘付けじゃないか。私が戦わなくてどうする、私が傍観者じゃいけないんだ。今そこで深海棲艦との戦争が始まってるのに、なんで行けないんだ。

 

インカムで神谷を呼び出す。

 

「……神谷司令、無茶だって解ってるけど……私も……」

『駄目だ、許可できん』

「そう……よね……」

『それより索敵はどうだ?』

 

陽炎はソナーの音に耳を澄ませた。しかし、何も聞こえない。

 

「……感なし」

『そうか……』

『あの、神谷司令』

 

不知火が会話に割り込む。

 

『なんだ』

『先程から妙にこちらの索敵状況を気にしているようですが、何かあるのですか?』

『……不確定な話だ。聞くか?』

『はい』

「もちろん。隠し事なんて無しよ」

 

神谷は重い口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺達の予測だが怪物が狙うのは陽炎、お前だ。お前は奴等の親玉を釣る為の餌なんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎の背筋にゾワッと悪寒が走った。

 

『餌……!?まさか、桜井艦長はそのつもりで……!?』

『ああ、そうだ』

 

陽炎は頭をフル回転させ、どういうことなのか考察した。

 

 

 

あの戦いの最後は、晴風が群れの中に再突入して陽炎達と対峙していた戦艦棲姫を砲撃し撃破して2人を回収、群れの中から抜け出した。

 

しかし、なぜ晴風が群れの中に戻って来て、そこから逃げ延びることができたのか?群れから逃げ出すことも、陽炎の支援が無かったらできない程だったのだが。

 

その理由は簡単だ。2人が群れのボスと戦って指揮を乱したから、晴風に対する攻撃がまばらになった。そしてボスが倒されて完全に統率が取れなくなって、晴風を取り逃がしたのだ。

 

つまりはボスを倒して、統率の取れないうちに叩けば勝率はグッと上がる。

 

だが、ボスは既に倒した後だ。

 

しかし、他の個体が新しいボスになっている可能性があると桜井達は睨んだ。

何故なら深海棲艦はまだ動いていない。統率の取れない軍団なら、勝手に行動する奴が居てもおかしくない。それが居ないということは、統率が再び取られるようになった、つまり新たなボスが生まれたということだ。

 

そのボスにとって1番目障りなのはおそらく、自分達と近い存在の陽炎と不知火。だから陽炎を戦場に出せば、何が何でも倒しに来る、精鋭部隊もしくはボス自ら。それを返り討ちにすればこちらが有利になる。

 

そして相手を確実に殺るには、わざと奇襲を実行させて油断したところにありったけの火力を叩き込むのがいいと判断。だから学生艦隊の近くに陽炎を待機させた。

 

 

 

「……そういうことだったのね……」

 

陽炎がその考えに至ったその時、ソナーに無数の反応が現れた。

 

「っ!ソナーに感あり!」

『どこだ!?』

『どこですか!?』

 

 

 

 

 

「学生艦隊真下、深度300!数おおよそ50!」

 

 

 

 

 

桜井達の予想通り深海棲艦が奇襲を仕掛けてきた。それによって陽炎と晴風は再び戦闘へと巻き込まれた。

 

 




陽炎「やっぱり艦娘抜きで深海棲艦と戦うのは難しいわよね」
不知火「同感です」
陽炎「ていうか私を餌にするって酷くない?」
不知火「果たして連れたのはどんな深海棲艦なんでしょうね」

次回もお楽しみに


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13話 砲火の海

作者「晴風の主砲の操作ってどうなってるのかよく解らない」
志摩「今さら?」
作者「アニメ5話で射撃指揮所内部が映るんだけど、あれで3つの主砲が操作できるものなのか……」
志摩「気にしちゃ、駄目」

それでは本編へどうぞ


 

『学生艦隊真下、深度300!数おおよそ50!』

 

 

 

桜井は陽炎の報告を受けて「待ってました!」と言わんばかりに笑った。

 

「やっぱり来た!陽炎ちゃん!海面まで何秒!?」

 

突然の質問に陽炎は詰まってしまう。

 

『え!?えっと……今270だから……』

『海面まで135秒!』

 

不知火が咄嗟にフォローを入れた。

 

「ありがとう!砲雷長、噴進魚雷発射用意!数60!海面に出る前に叩き込む!」

「了解!噴進魚雷数60!怪物の予測進路に標的合わせ!」

 

イージスシステムが深海棲艦の浮上速度を元に攻撃座標を決定する。

 

「照準固定、発射準備よし!」

「噴進魚雷発射始め!」

 

北風のVLSが一斉に開き噴進魚雷が宙へ飛び出した。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

『学生艦隊真下、深度300!数おおよそ50!』

 

陽炎の報告は学生艦隊にも届いており、敵が突然足元に現れたことに学生達は慌てふためいた。

 

 

 

 

 

「真下!?」

「奴等は潜水できるのか!?」

 

明乃とましろが驚きの声を上げる。

 

「海面まで135秒!」

 

不知火が無線の相手にそう言うのが聞こえた。135秒、怪物が水上に現れるまで余裕が無い。

 

「鈴ちゃん前進いっぱ__」

 

明乃が言いかけたその時、古庄の命令が割り込んだ。

 

 

 

『全艦急速回頭!武蔵、五十鈴、晴風は左へ!比叡、摩耶、名取、照月は右へ展開!爆雷を装備している艦はすぐに投下しなさい!』

 

 

 

動揺していた学生達も命令にすぐ従い艦を動かす。

艦隊が左右2つにスッと別れ、爆雷を装備していた五十鈴、名取、照月が爆雷をいくつも海に投下していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『陽炎!晴風についてきてください!』

「了解!」

 

陽炎も晴風の後に続き移動しながら爆雷をばら撒く。

その時、北風のVLSから大量の噴進魚雷が発射され、なんとこちらに向かってきた。

 

「え!?なんかミサイル沢山来てる!?」

『ミサイルではなくアスロックのようです!』

「アスロック!?」

 

ゴーグルのディスプレイに投射域が表示されたが、陽炎を中心とした直径1kmにまんべんなく撒かれるようだ。……つまり、陽炎は爆心地のど真ん中にいることな他ならない。

 

「殺す気かー!!」

 

陽炎は機関全開で噴進魚雷から逃げる。しかし、ロケット推進の噴進魚雷の速度にかなうわけがない、みるみる内に距離が詰まる。そして投射域に近づいた噴進魚雷はロケットエンジンを切り離し着水、魚雷の推進力で水中に潜っていく。

 

 

 

 

 

「これ逃げられるの!?」

「ギリギリ間に合うかどうかです!」

「ちょっとでも遅れたら巻き込まれるぞ!」

 

晴風や他の学生艦も深海棲艦からではなく噴進魚雷から大慌てで逃げる。

 

北風の人達は頭おかしいんじゃないのか!と叫びたくなった。

 

 

 

 

 

陽炎と学生艦隊が投射域から抜け出した直後、噴進魚雷と爆雷が一斉に激しく爆発、爆圧により海面がドーム状に盛り上がった。しばらく膨らみ続けたドームはまるで風船のように弾け大音響とともに水と煙を上空に向けて吐き出した。

 

「うっひゃ〜、ド派手だね〜!」

 

機銃座の芽衣がそれを見て目をキラキラさせる。

 

「不知火ちゃん!今のでどのくらい倒せたかな!?」

「わかりません!しかし、大きなダメージを負っているでしょう!」

 

不知火が明乃に答えた。

あれほど大規模な爆発は経験も少ないため効果は未知数だった。

不知火は古庄へと呼びかける。

 

「古庄教官、意見具申。浮上してすぐは武装の排水の為攻撃はほぼありません、その間に一気に畳み掛けましょう」

『こちら古庄、意見具申受託。艦隊は北へ回頭せよ!怪物を挟撃する!』

 

2つに別れた艦隊が北へと曲がり8kmの間隔で並走して深海棲艦の群れを挟み込み砲門を向ける。

 

『全艦射撃用意!』

「主砲右舷へ!撃ち方よーい!」

 

晴風も主砲と機銃を深海棲艦の群れへと向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武蔵の高角砲から照明弾が発射され辺りを眩く照らす。

 

浮上した禍々しい化物の姿が、光によってくっきりと映し出された。

 

 

 

『全艦攻撃始め!!』

 

 

 

無数の砲が火を吹いた。

武蔵突入作戦の時よりも激しく轟音が鳴り続ける。

噴進魚雷と爆雷により損傷していた深海棲艦の群れは、成す術無く蹂躙されていく。

武蔵と比叡の砲が海面を抉り、速射性に優れる晴風と照月の主砲が次々と砲弾を叩き込む。

 

ある個体は直撃され粉々にされ、ある個体は砲弾の破片によってズタズタに切り裂かれた。

 

しかし、損傷の少なかった個体が砲撃を縫うように躱し艦隊へと肉薄してきた。

 

不知火はその様子を双眼鏡で確認した。

 

「もう砲や魚雷も使える筈です!接近させては駄目です!」

「わかった!主砲は接近してくる個体を優先!」

『了解!』

「メイちゃんタマちゃん!機銃で迎撃をお願い!」

『任せて!』

『うい!』

 

マチコが目標を視認した。

 

『数4!距離15!駆逐級3!軽巡級1!』

 

幸子が明乃にタブレットの画面を見せた。

 

「北風から敵の位置データ来ました!」

「全員に共有して!」

「はい!」

 

北風の飛行船や艦のカメラから得た映像を元にした敵の位置データが北風から送信され、各武装制御装置に伝達される。普段は「人間CIWS」との異名を持つ志摩の計算で射撃しているが、今回は敵の数があまりにも多いことで計算が間に合わないことが危惧されたのでそれを元に主砲が狙いを定める。

 

『艦長、10まで』

 

志摩が主語も動詞もすっぽ抜けた意見を具申するが、明乃はすぐに理解した。

 

「了解、距離10まで引きつけて」

 

主砲も機銃も狙いを定めたままじっと深海棲艦の接近を待つ。

 

『距離14……13……』

 

マチコのカウントが進む度に心臓の拍動が速くなる。それは緊張からかはたまた戦闘による高揚感からか。

 

 

 

『12……11……!』

 

 

 

10(ヒトマル)、そう言おうとしたタイミングで深海棲艦がゴンゴンゴンゴン!と次々と被弾し爆発した。

射撃のタイミングを今か今かと待ち望んでいた芽衣と志摩、砲術委員達は呆気に取られ深海棲艦が沈んでいくのをポカーンと見ていた。

 

『ごめんなさいね、やっぱり見てるだけって性に合わないのよね』

 

どうやら陽炎が横取りしたらしく、晴風の右舷に並走している彼女の主砲から煙が立ち上っていた。

不知火は怒って無線越しに叱った。

 

「陽炎!」

『何よー、いいじゃない』

「貴重な弾薬を消費してどうするんですか!それにあのくらいの敵なら晴風でも迎撃できましたよ!」

『はいはい。…………あ、ヤバ……!』

 

突然陽炎の声が真剣なものへと変わった。そして陽炎が咄嗟に左に曲がった次の瞬間、本来陽炎がいるはずだった場所に駆逐イ級が陽炎を喰らおうと大口を開けて海中から飛び出してきた、さながら人を喰らう巨大ザメのように。

 

その駆逐イ級は普通の個体ではなく、金色の筋の入った__

 

「__"flagship"クラス!」

 

「flagshipクラスって何ですか!?」

 

幸子が尋ねた。

 

「flagshipは簡単に言えば上位個体です!通常の個体より圧倒的に強いんです!」

「あんな金色に輝くのはデータにありませんよ!」

「ええ!つまり、ようやく奴等の精鋭が送り込まれたということです!」

 

 

 

 

 

駆逐イ級が陽炎を食い殺そうと追いかけるのを芽衣と志摩が機銃で射撃する。北風から持ち込まれた新型機銃は口径こそ小さくなったものの、圧倒的な連射能力を発揮した。まさに滝のように弾を吐き出すのだ。

 

「沈め沈め沈めーー!!」

 

初めは銃弾が装甲に弾かれていたがすぐに撃ち破り、イ級に数えきれないほどの大穴を開けた。やがてその穴から青い血がゴボゴボと吹き出し、イ級はゆっくりと沈んでいった。

 

芽衣がガッツポーズをする。

 

「よし!敵駆逐級撃破!」

『まだ来るわよ!』

「うえっ!?」

 

陽炎の声で周りを見渡すとまた新たに3体、flagshipクラスの深海棲艦が海中から現れた。

 

『主砲1番は1時、2番は3時、3番は6時方向の敵を狙え!』

『了解!』

 

 

 

 

 

ましろの指示で光が各砲塔の照準を定める。

 

「1番主砲14の3!2番主砲90の0!3番主砲そのまま!」

 

美知留が慌ただしく各主砲を回す。1番主砲を小さく回し2番主砲を90度回す、そして3番はそのままで__。

 

「3番修正仰角プラス0.2(コンマ2)度!あ、1番は右に6度!」

「待って待って!追いつかないから!」

 

美千留は学生艦の射撃指揮装置を呪った。

 

昔の改装前__駆逐艦の頃の射撃操作は各砲塔ごとで、1つの砲に何人も配置されていた。

しかし晴風をはじめとする学生艦の射撃操作は射撃指揮所1ヶ所からたった3人、しかも光の照準担当、美千留の旋回担当、順子の発射担当と分けられているため基本は1つずつ砲を動かすのだ。だからこうも細かく修正が全砲門で入るとどうしても手が足りない。

 

シュペーに向かう魚雷や武蔵停止作戦の時には全砲門で撃ってたじゃないかって?あれは志摩の超人的な弾道計算能力によるものと、それにただ真っ直ぐ奔る魚雷や馬鹿でかい武蔵なんて居眠りしながらでも狙えるからだ。

 

今回の標的は小さくてすばしっこい、狙う側からしたら最悪の敵だ。鮫とか海鳥なんかを狙う練習をしとくんだった。

 

「ヒカリ!もっと的確な指示お願い!」

「無理だって!アイツ等めっちゃじたばた泳いでるんだもん!」

 

光も焦っていた、狙いを定めてもすぐに射線上から逃げられていまう。

 

「もっと大人しくしなさいよこの化物……!」

 

『落ち着け、焦っても当たらないぞ』

 

ましろが落ち着いて指示を送る。

 

『敵はそこまで複雑な動きをしている訳じゃない、不知火さんによると標的に向かってほぼ真っ直ぐ向かってくるそうだから、動く先に照準を合わせるんだ。もし撃ち漏らしても西崎さんと立石さんが蜂の巣にしてくれる』

 

それを聞いて肩の荷が下りた気がした。

光は大きく息を吐いて、照準を再設定する。

 

大丈夫、私達だけでも撃てる。

 

「1番仰角0度!4秒後!3番170度!7秒」

「1番回した!」

「2……1……発射!」

 

順子が引き金を引く、1番主砲から放たれた砲弾は一直線に駆逐イ級をぶち抜き撃沈した。

 

「次3番!」

「回した!」

「バキュンと行くよ!」

 

続いて3番主砲が咆哮しロ級の身体を抉り取った。

最後に2番、と行きたかったがもう間に合いそうにないと光は判断した。あれは晴風の横っ腹に突っ込む気だろう。

 

「タマちゃんごめん!3時の間に合わない!」

『うい、大丈夫』

 

そして目にしたのは機銃弾によって豪快に耕される駆逐ハ級、それなりに滑らかだった外殻が機銃掃射によって穴と凸凹だらけになって、最後には左右真っ二つに()()()()()()

 

晴風は見事な射撃能力によって続々と現れる深海棲艦を撃沈していった。

 

 

 

だがそれでも深海棲艦は海深くから次から次へと現れる。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

『海中に数4!浮上中!』

『まだ来るのか!』

『これじゃあキリが無い!』

『また私を食い殺そうとしてるんだけど!』

 

神谷と桜井は無線から聞こえる学生達と陽炎の悲鳴にも似た声を聞いていた。

 

「晴風と陽炎に集中攻撃、良くも悪くも予想通りね……」

「flagshipとやらも出てきたが、これで最後とは思えないな」

「そうね」

 

桜井が不知火に尋ねる。

 

「不知火ちゃん、ボスは出てきた?」

『……いえ、確認できません』

「わかった。……ボスが出て来るまで耐えてもらうしかないかな」

 

桜井は確実にボスが出てくるのを待つつもりだった。しかし、神谷は却下。

 

「駄目だ、このままでは晴風が持たない」

 

現状は晴風だけで迎撃できているが、長く続ければパフォーマンスは低下しいずれ潰されてしまう。そして晴風に守られている陽炎も死ぬ。

あんな化物共に子供を殺させてたまるか。

 

神谷は無線を赤羽に繋いだ。

 

「赤羽、聞こえるか」

『はいはーい、司令なーに?』

「チームSは晴風の護衛に当たれ」

『えー、まだボス出てねーっしょ?いいの?』

「ああ」

『ふ〜ん、……ま、いいけど。チームS、出るぞ!』

 

無線が切れた。

 

……これが正解なのだろうか。

 

神谷は手を額に当てた。

 

赤羽の部隊はボスにぶつけるために残しておいた精鋭、最後の切り札だった。

カードが使えるのは一回きり、まだ敵にカードが残っていたらもう打つ手が無い。

 

 

 

「__貴方の導いた答えだもの。勝てるわ」

 

桜井が優しく微笑む。まるで天使のような声に神谷は少し救われた気がした。

 

「ああ、そうだな」

 

神谷は気合を入れるようにパキパキ、と指を鳴らした。

 

「こっちは俺達で抑え込むぞ!」

「了解!」

 

 

 

北風の甲板にいくつも設置された機銃と2基のCIWSが接近してきた深海棲艦を滅多打ちにする。

 

北風と弁天は既に敵の射程圏内に入り接近戦を始めていた。

 

 




鈴「噴進魚雷に怪物に……もうヤダ〜!」
幸子「そんな時はこちら!目隠し操舵法!」
不知火「え?何してるんですか!?」
幸子「鈴ちゃんは目隠しすると操舵やゲームが上手なんです!」
不知火「そんなことが……」
幸子「さあ鈴ちゃん!let'sGo!」
鈴「う、うん!行くよ!」舵輪グルグル!

ガンッ!(陽炎を跳ねた音)

陽炎「……」チーン
鈴・幸子「あっ……」
不知火「何が上手ですって……?(怒)」ゴゴゴ
鈴「えっと……その…、ごめんなさい!」鈴ハ逃ゲダシタ!
幸子「待って鈴ちゃん置いてかないで!」
ガシッ!
不知火「逃しませんよ?」

幸子は目の前が真っ白になった。

次回もお楽しみに


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14話 怪物の切り札


作者「平成終わる前になんとか書けた」
陽炎「切り札……ついに深海棲艦のボスの登場ね」
作者「うん、でも武装スキッパー中心でオリジナル要素がかなり強くなっちゃって、晴風と艦娘の活躍がほぼ無い……」
陽炎「ま、仕方無いんじゃない?」

それでは本編へどうぞ。


 

「チームS、出るぞ!」

 

赤羽はスキッパーをフル加速させ武蔵の陰から飛び出す。

それに合わせて他の5機も一斉に、それぞれ学生艦の陰から飛び出し晴風へと向かった。

 

「ったく、狩りの目玉もいねーのに参戦かよ」

 

赤羽は残念そうに愚痴った。

陽炎を餌にして現れたボスを倒すという美味しい役のはずだったのに、ボスが中々出ないからと投入されるのはどうにも残念でたまらない。雑魚ばかりでは腕がなまる。

 

漆黒の武装スキッパーはヘッドライトを眩しく輝かせエンジンを唸らせて晴風に群がる敵へと突っ込んだ。

 

「各々片っ端から殺れ!流れ弾は絶対に当てんなよ!」

『ラジャー!』

「さあショータイムだ!」

 

赤羽がトリガーを引き船首の30mm機銃が吠えると駆逐級と思われる怪物は瞬きする間もなく爆沈、その残骸を回避し次の獲物を見つける。

スキッパーを左に向けてドリフトしながら薙ぐように機銃を連射、3体もの怪物を巻き込み殺した。

 

『隊長!俺の獲物盗んなよ!』

「早い者勝ちだ!」

 

どうやら他の隊員の相手を奪ってしまったようだが、ちんたらしてる方が悪い。うちの部隊は実力主義だ。

 

「ほらどんどん狩れ!ビリの奴には陸で飯奢らせるぞ!」

『よっしゃー飯いぃぃぃ!』

「テメーうるせー!」

 

妙にハイテンションな奴を怒鳴りつけ、次の獲物に向かう赤羽の目の前に現れたのは、戦艦タ級flagship。

 

「ようやく戦艦(バトルシップ)のお出ましか」

 

赤羽は面白そうな敵に舌なめずりをした。

 

「怪物が!せいぜい足掻いてみせろ!」

 

機銃を乱射しながら真っ直ぐ突撃する。しかし、戦艦クラスとなると装甲が固く機銃弾が弾かれほとんど効果が無い。

タ級の砲口から炎が吹き出すのを視認、主砲による砲撃だろう。

 

砲撃か、そう来なくっちゃな。

 

赤羽ら弾道を瞬時に見切りスキッパーを僅かに右にずらし回避、砲弾は海面で爆ぜて水柱を立てるにとどまった。

 

赤羽はさらにスキッパーを加速させタ級に真っ直ぐ接近する。連射される砲弾がスキッパーを掠めるが一発も当たらない。

 

目標距離に到達、赤羽が機銃とは別のトリガーを引く。

 

「くたばれ!」

 

右ウイングに搭載されていた短魚雷1本を射出し左へターン。短魚雷はスキッパーの出していた時速300kmのまま海面にぶつかり弾かれて跳ねる、生憎とイージス艦用の短魚雷をただ積んだだけなので時速300kmではまともに入水しないのは仕方がない。

しかし、それすらも利用する。

短魚雷は跳ねた後まるで反跳爆撃(スキップボミング)のように何度もジャンプしてタ級に直撃した。

 

「ストラーイク!」

 

赤羽はコックピットの中でそう叫んだ。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「……すご、あっという間に終わっちゃった……」

 

陽炎は呆然としていた。

 

スキッパーチームSによる戦闘、もとい蹂躙はものの数分で終わった。

晴風の周囲にいた深海棲艦は全滅、それに引き換えチームSは多少の被害はあれど全員健在であった。

 

艦娘以外でここまで深海棲艦と戦える兵器が今まで有っただろうか。「蝶のように舞い蜂のように刺す」という言葉がピッタリの活躍だった、ヒラリヒラリと攻撃を交わし深海棲艦を一撃で沈める。

 

あの武装スキッパーを持って帰りたいな、と冗談抜きで思った。

 

乗るのは御免だが。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「被害報告」

 

赤羽が報告を促すと2人が答えた。

 

『S3相田、操舵系統に異常、至近弾で翼が曲がったらしい、クソ』

『S6及川、燃料タンクに穴が開きました。あと10分も持ちません』

「S1赤羽了解」

 

赤羽は2人をどうするかと一考する。

北風は未だ戦闘中でありとてもじゃないが戻れないし、たった10分ではここからそんな遠くに離れることもできない、学生艦に収容して貰うか。

 

「……古庄教官、スキッパー2機が損傷したから収容してほしいんだけど入れる艦はある?」

『武蔵、比叡なら空いているけれど、支援砲撃中のため収容不可能よ』

 

ああクソ、と舌打ちをする。

学生艦隊は海中から現れた敵をなんとか押さえ込み、余裕ができたため武蔵と比叡は北風と弁天への支援砲撃を再開していた。

戦艦の砲撃の衝撃は凄まじく甲板に人がいたら吹き飛ばしてしまう程で、そんな衝撃が何度を起きる中ではスキッパーの格納はできない。

 

「相田、とりあえず航行できる?」

『ああ、問題無い』

「じゃあ及川の機体を牽引して離脱よろ」

『はいよ』

 

損傷した2機のスキッパーが艦隊から離れていく。

 

赤羽はそれを見送ると速度を落とし晴風の、否、陽炎の右について並走を始めた。

キャノピーを開き声をかける。

 

「どお?あたし等の戦いは!」

「最っ高にクレイジーね!」

「お褒めに預かり光栄だよ!」

「ねえ!そのスキッパー私にくれない?」

「こちらお値段(企業秘密)円となりまーす!」

 

具体的にはスーパーカーが余裕で買えるほどの値段だった。

 

「高っ!ぼったくってんじゃないの?」

「手間賃考えたらトントンヨ」

 

そもそも虎の子とも言える兵器を安く売れるわけが無い。

それを聞いた陽炎は「司令に見せたら……いや、明石さんに……」と何やらブツブツ言いだした。

ねだる気かよ、と赤羽は呆れた。

 

『赤羽、状況は?』

 

神谷が尋ねてきた。

 

「あらかた片付いたよ。こっちの被害は2機が戦線離脱しただけ」

『そうか……』

「被害が少ないのは嬉しいけど、嫌な予感がするって?」

『奴等の動きに変わりがない、奇襲が失敗すれば何かしら変わると思っていたんだがな』

「まだ隠し玉があるって思うの?」

『そうだ』

「ふーん」

 

赤羽はキョロキョロと辺りを見回す。しかし、何もない。何もいない。

 

「来るならさっさと来てほしいんだけどなー」

「それフラグじゃない?」

 

陽炎が指摘した直後だった。

 

 

 

 

 

『陽炎さん!赤羽隊長!後ろ!』

 

 

 

 

 

2人はマチコの声で反射的に後ろへ振り向いた。

 

 

 

火炎の玉が一直線に向かってくる。

 

 

 

陽炎がその正体は炎上しながら暴走する武装スキッパーだと気づいたのは、赤羽のスキッパーに押されて左へ飛ばされた時だった。

 

陽炎ごと左へと回避行動を取った赤羽のスキッパーの右スレスレを真っ赤に燃え盛るスキッパーが通過していき、100mも行かない内に大爆発し破片を宙と海に散らした。

 

「状況報告!」

 

赤羽が無線で怒鳴った。

 

『こちらS2飯塚……、S5……宇佐美が殺られました』

「敵の種別は!?」

Unknown(未確認)……新たなタイプです!』

「新しい奴だって!?」

 

赤羽は自分の目で確認するためにキャノピーを閉じて急速反転した。

 

「陽炎!アンタは晴風から離れるな!」

 

そう陽炎に言いつけスロットル全開で飛ばす。

 

 

 

 

 

距離は晴風からそれ程離れてはいなかった、赤羽はスキッパーを走らせ1分程で敵を見つけた。

 

「あれか」

 

たった一体の人型であることは遠くから肉眼でもわかった。

だが、その個体には今までの奴等とは根本的に違うところがあった。それは赤羽が自分の目を疑う程驚くことだった。

 

「……なあ陽炎、不知火」

『何?』

『何ですか?』

「幽霊みてーな奴いるんだけど」

『は?幽霊?』

「足が無くって水面から浮いてる奴」

『……映像をください』

「はいよ」

 

スキッパーのカメラの映像を陽炎達にと共有しそいつに向けてズームアップ、姿がはっきりと解った。

 

腰より下は無く、まるでホバークラフトのように海面から浮いている。腰の両脇には駆逐級のような顎が付いている。そして黒いセーラー服を着て黒い帽子を被り、白いサイドテールを揺らす。

 

それに当てはまる深海棲艦はあれしかいない。

 

『これって……!?』

『駆逐棲姫……!』

「駆逐せいき?」

 

赤羽はオウム返しに呟いた。すぐに不知火が説明する。

 

『深海棲艦の中でも上位に位置する「姫」の1体です。おそらくこれが深海棲艦のボスと思われます』

「駆逐級なのにボスなのかよ?ま、どうでもいい!」

 

赤羽は機銃の照準を駆逐棲姫に合わせる。

 

仲間の仇だ。死ね。

 

「くたばれクソッタレが!」

『待って!』

 

陽炎が制止するが赤羽は無視してトリガーを引いた。

 

船首の機銃が火を吹き駆逐棲姫の身体をズタズタに引き裂く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__筈だった。

 

 

 

 

 

機銃弾は駆逐棲姫の強固な防護膜に弾かれ、傷1つ付けることができなかった。

赤羽は一瞬驚愕したが、そのままトリガーを引き続けた。

どんなに防御力の強い奴でも撃ち続ければ撃ち抜ける筈だと。

 

だが、一向に防護膜を破る気配が無い。

 

「こんなに撃ったら戦艦クラスでも沈んでるだろ!?」

 

駆逐級は装甲が薄くflagshipですら機銃を連射すれば撃ち抜けていた。なのに駆逐棲姫の装甲は戦艦すらも超えた強度を持ち、数十発の機銃弾の直撃を受けてもほとんど傷ついていない。

 

突然、ゾクッとした寒気を感じて反射的にスキッパーを左へ曲げた。その僅かゼロコンマ数秒後、ギャッ!という金属が激しく擦れる音が船体右後部から発せられた。

 

弾が掠ったのだ。

 

冷や汗が流れる。もし曲げるのがほんの少しでも遅ければ、コックピットのど真ん中を撃ち抜かれていた。

 

赤羽はスキッパーを反転させ駆逐棲姫に背を向けて一旦逃げ出した。

 

「おい何だよありゃあ!!」

 

赤羽は荒げた声で陽炎と不知火に聞いた。不知火がすぐに答える。

 

『駆逐棲姫の最大の特徴はその装甲です!防御能力は戦艦の装甲をも超えています!』

「もしかしてあれか、作戦会議の時に言ってた『駆逐に分類されているのに、戦艦をも凌ぐ装甲を持っている奴』ってあれかよ!?」

『ええそれです!加えてホバータイプの推進機関によって機動力も桁違いです!』

「装甲も最強で機動力も最強かよ!倒す方法は!?」

『……爆撃あるいは戦艦クラスによる砲撃が最も有効と思われます。しかし……』

「飛行船は爆装してねーし、あんた等でいう戦艦クラスはいねーだろーが!」

 

つまり、確実に有効な手は無い。

 

「しょうがねー!ありったけ撃ちまくるっきゃねーな!飯塚!井上!」

『はいよ』

『おう!』

 

まだ戦闘可能なチームSの2機、S2とS4を呼び出す。

 

「一撃離脱で殺るぞ!」

『『ラジャー!』』

 

一撃離脱、その言葉の通り一撃だけ加えてすぐにずらかる作戦。

3機のスキッパーは別れてそれぞれ別々の方向から駆逐棲姫へ突撃した。

 

機銃をぶっ放しながら魚雷による反跳爆撃(スキップボミング)もどきを行う。

 

赤羽が残った魚雷2本を駆逐棲姫に向けて放り出した直後、S2が砲撃を食らって爆発四散した。魚雷を放り出す際に一時的に進路を固定した隙を狙われて直撃された。

 

「畜生が!」

 

赤羽はそう吐き捨てた。

 

3機から放たれた6本の魚雷が海面を飛び跳ねながら駆逐棲姫へと向かう。しかし、駆逐棲姫は急加速して1、2本目をギリギリのところで躱し、横を向いて転がってくる3本目を身体をのけぞらせてくぐる、続く直撃間近の4本目は横から拳を当て僅かに軌道をずらして5本目は身体を捻ってやり過ごし、最後の6本目に対しては主砲を真正面から撃ち込み迎撃、全ての魚雷を回避した。

その流れるような躱し方に赤羽は怒りを通り越し「敵ながら天晴」と舌を巻いた。

 

「なんつーモンスターだよ!井上下がるぞ!」

『了解!』

 

これじゃあ敵わないと赤羽はS4を連れて引き下がる。

 

だが、駆逐棲姫が攻撃に転じた。

 

逃げる赤羽達に狙いを定めて主砲を一斉射撃、4発の砲弾がスキッパーに襲いかかり、不運なことにその内の一発がS4のコックピットに飛び込んだ。

パァン、と破裂音が響くと同時にコックピットの内側が赤く染まった。

 

『……あれ……あ……ああ……』

「井上ー!!」

 

赤羽が悲鳴に近い声で呼ぶが、言葉にならないうめき声を最後にS4からの通信が途絶えた。S4はスロットルが閉じてゆっくりと減速していき、追撃してくる駆逐棲姫の砲撃によって爆破された。

 

「クソッタレが!!」

 

赤羽は怒りに任せてディスプレイを殴りつけた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

『チームS残り1機!駆逐棲姫は未だ健在!』

 

新たに現れたたった1人の敵によって戦況は一変してしまった。

虎の子の武装スキッパーチームSが壊滅し、もう切り札は無い。陽炎と晴風を守ってくれる物はいなくなった。

 

 

 

「……あんな化物だなんて……」

 

明乃はスキッパーが殺られるのを目撃して血の気が引いた。

今までの敵とは比べ物にならない強さ、凶悪性。

 

「……不知火ちゃん、晴風であれを倒せるかな……?」

「駆逐棲姫の強固な装甲でも、晴風の主砲弾を一発当てれば破壊できますが……」

「当たらなきゃ意味がない……よね」

 

飛び跳ねて向かってくる魚雷を最小限の動きで全て回避できる程の相手が真っ直ぐ飛ぶ砲弾に当ってくれるとは思えない。

あれはもう人智を超えた存在なのではないかと思う。

 

『噴進弾2、弁天より駆逐棲姫に向け発射されました!』

 

慧の報告が入るのとほぼ同時に噴進弾が低空飛行しながら駆逐棲姫に向かうのが見えた。上空を飛ぶ飛行船に誘導され一直線に飛んでいく。

しかし、当たらないだろうとわかってしまう。その予想通り噴進弾は寸前で迎撃され駆逐棲姫に傷1つつけることができなかった。

 

「立石さんといい勝負ですね」

 

幸子が現実逃避して他人ごとのように言う。

46cm砲を迎撃する志摩ならあのくらいできそうで、確かにいい勝負になるかもしれない。

あれが敵として出てこなければ「そーだねー」と笑い飛ばせたが、そんな気楽に冗談言ってる場合ではない。

 

どうする、どうすればいい。

 

もし万が一にでもあれに乗り込まれたらお終いだ、かと言って倒せる可能性は低そうで、逃げるとしても機関がグズっている現状では振り切れない。

 

「どうしよう……」

 

明乃は頭を抱えた。

晴風ではどう足掻いても駆逐棲姫と戦えない。

 

『ミケ艦長!』

 

陽炎の声でハッと我に返った。

 

『私が引きつけるから晴風は逃げて!』

「でも陽炎ちゃん!あんなのと戦えるの!?」

『戦えるかじゃないの!戦うしかないのよ!』

「無茶です!」

 

不知火が割り込んだ。

 

「魚雷も速力も無い今の陽炎では駆逐棲姫の相手になりません!」

『じゃあ何かいい手あるの!?』

「……」

 

沈黙する不知火。

作戦なんて何も思いつかなかった。

陽炎はさらに畳み掛ける。

 

『人を守るのが艦娘(私達)の使命でしょ、相討ち覚悟で戦ってやるわよ!』

 

そして陽炎は晴風から離れ駆逐棲姫へと向かっていく、勝てる見込みはゼロだが逃げるわけにはいかないと。

 

不知火は陽炎を止められなかった自分を無力に思いうつむいた。

今の自分にできるのは晴風を守るように進言することだけだ。

 

「……岬艦長、陽炎が気を引いている内に離脱を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__駄目だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明乃が声を響かせた。

 

「確かに怪物と戦うのが陽炎ちゃんの仕事なのかもしれない。だけどこの海を、海に生きる人達を守るのはブルーマーメイドの、私達の仕事なんだよ。だから、陽炎ちゃんが戦うなら私達も戦う、陽炎ちゃんを守るよ!」

 

艦橋にいる生徒全員が頷く、明乃はそれを確認して指示を飛ばした。

 

「鈴ちゃん面舵30度!駆逐棲姫に近づけて!」

「面舵30度よーそろー!」

「主砲斉射よーい!」

『了解!』

 

テキパキと攻撃準備に取り掛かる生徒達を見て、不知火は呆気にとられていた。

 

「……いいんですか?」

「何が?」

 

不知火の問いにきょとんとした様子で明乃が応える。

 

「……いえ、何でもありません」

「?」

 

明乃の頭に?マークが浮かぶ。

不知火はフッと笑った。

 

 

 

__まるで艦娘(私達)みたいですね。

 

 

 

幼いながらも戦いに向かう姿が、自分の仲間達と重なった。

 

 

 

 

 

「陽炎ちゃん!晴風が援護します!」

『正気なの?』

 

明乃はハッキリと答える。

 

「うん!」

『上等!』

 

陽炎と晴風は一緒に駆逐棲姫へ接近していく。

 

『よし!行くわよ!陽炎!』

「晴風!」

『「突撃します!」』

 

2人のシンクロした掛け声と合図に砲撃を開始、駆逐棲姫との戦闘が始まった。

 

 




明乃「GW一緒に出かけようよ」
陽炎「いいわね、こっちの横須賀を案内してよ」
不知火「よろしくです」
明乃「じゃあ何処行こうかな」
砲雷科一同「ゲーセン行こ!」
美甘・杵崎姉妹「スイーツ食べに回ろうよ!」
麻侖「何言ってんでい!祭りにきまってんだろ!」
媛萌「おー!」
ましろ「盛り上がっているところに悪いが」
一同「ん?」
ましろ「勉強は大丈夫か?」
一同「……」
明乃「エ、ナンノコトカナ」メソラシ
芽衣「ナニソレ知ラナーイ」メソラシ
麻侖「テヤンデイ」(棒読み)
ましろ「駄目だこりゃ」
不知火「先が思いやられますね」

次回もお楽しみに


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15話 死闘


赤信号で停止中。
作者(坂道発進かぁ……エンストしたり後退したくないし、回転数上げてクラッチすぐ繋ごっと……)
信号が青に変わる。
グォン!(エンジンが4000回転まで跳ね上がる)
ギュギュ!(ホイールスピン)
バン!(衝撃でダッシュボードが開く)
ドバッ!(ダッシュボードの中身が散乱)
ゴン!(トランクの荷物が崩れる)
ドン!(リアシートの荷物が落ちる)
作者(……やっちまった……)顔真っ青

陽炎「はい、作者の2回目のドライブはこういうことがあったそうよ」
明乃「前回より酷くなってる気が……」
作者「でも帰りはコツが掴めて、一回もエンストとかしなかったし、ちょっとは上達したと思う。あとギアチェンジ楽しかった」
明乃「頑張ってもっと上達しようね」

追記:2022/6/11 誤字訂正を行いました、アドミラル1907様、誤字報告ありがとうございます。

それでは本編へどうぞ。



 

 

陽炎と晴風が同時に主砲を一斉射、大小の12.7cm砲弾が入り混じって飛翔する。

対する駆逐棲姫は晴風の砲弾を見切って最小限の動きで回避し、陽炎の砲弾は強固な装甲で受けた。

自分にとって脅威的な攻撃のみを選び躱しているらしい。

駆逐棲姫は攻撃を凌ぎ切ると陽炎に向かって全主砲を斉射、陽炎は左にハングオンで急旋回して回避した。

 

「く……っ!」

 

海面で爆ぜた弾の破片が身体に当たり海洋学校の制服(セーラー服)に擦り傷を造る。

 

「やっぱり私が狙いなのね!」

『主砲!1門ずつの射撃に切り替え!隙を与えるな!』

 

ましろが指示を飛ばし、主砲の撃ち方が変わる、一度に3門同時に斉射する方式から1門ずつ間を開けずに連続して射撃する方式に変わった。1秒1発を誇る晴風の主砲なら3つ合わせて1秒あたり3発の砲弾を発射できる、それを活かし駆逐棲姫を攻め立てた。

だが駆逐棲姫の機動力によって全て躱されてしまう。

さらにメイタマコンビが機銃掃射を加えるが装甲に弾かれている。

 

「ミケ艦長!全然効いてないわよ!」

『了解!このまま攻撃を続行して!』

 

晴風と陽炎の考えは実にシンプル、陽炎が前に出て駆逐棲姫を引きつけ晴風が砲撃で「数撃ちゃ死ぬ」理論で撃破する、というもの。

いくら強固な装甲でも機銃弾が何百発も当たれば破れるし、いくら機動力が凄くても数撃ちゃ当たる、だから攻め続ければ倒せるかもしれない。との淡い期待であった。

 

駆逐棲姫の砲弾が陽炎を掠める。相手にとっては取るに足らない攻撃だが、陽炎のような装甲の薄っぺらい艦には1発で致命傷になりかねない。

 

「狙いが正確すぎるでしょ!」

 

晴風の放つ砲弾の嵐を躱しながらも駆逐棲姫の射撃能力はほとんど衰えていない。陽炎が回避行動を続けているのに弾がすぐ側を掠めて飛んでいく。

 

「あいつイージスシステムでも入れてんじゃないの!?」

『深海棲艦にはイージス艦は確認されていません』

「んなことわかってるわよ!()ーッ!」

 

不知火のクソ真面目な答えに八つ当たりしてから砲撃、砲弾は一直線に不規則な回避行動を繰り返す駆逐棲姫へと直撃した。自動照準の砲かと思われるほどの神業だ。

 

『陽炎こそイージス艦ですか?』

「成れるなら成りたいわっ……ととっ!」

 

軽口を叩く間にも駆逐棲姫の砲弾が陽炎に向けて飛んでくる、咄嗟に身体を捻って躱したがセーラー服の脇腹に大きな穴が開いた。

明乃の心配する声が聞こえる。

 

『陽炎ちゃん大丈夫!?』

「大丈夫よ!」

 

実は心臓バクバクなのを押し隠して気丈に答える。

 

「あー、一瞬死んだかと思った。あ、またそう思った」

 

会話の間にも駆逐棲姫の砲弾が陽炎をビュンビュン掠めていく。

 

陽炎はワンミスでゲームオーバーの戦いの中、餌役をなんとか続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、作戦はすぐに破綻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『艦長!砲身が焼け始めてる!』

 

光が悪い知らせを伝えた。

晴風の主砲身が赤く熱を帯びている。

冷却装置の無い砲では長時間の高速連続射撃による熱に耐えられなかったのだ。

 

「まだ撃てる!?」

『撃つペースを落とさないと無理!』

『艦長!こっちもヤバイ!』

 

光に続き芽衣からも悪い知らせが来た。

 

『機銃の弾が底をつきそう!』

「もう!?」

『ごめん撃ちすぎた!』

 

機銃もほぼ休み無しに連射していたため、あっという間に弾が無くなった。

そのことを芽衣が謝ったが、弾が無くなりそうなのは芽衣と志摩のせいではないと明乃はわかっている。

 

原因はただ1つ、駆逐棲姫の常軌を逸した防御力と機動力だ。

 

駆逐棲姫の装甲に対し威力が不足していたのに加えて、駆逐棲姫の機動力に撹乱され弾をかなり外してしまいダメージをうまく与えられなかったのだ。

 

晴風の武装が使えなくなれば陽炎を守る弾幕はもう無い。

 

明乃は陽炎に向かって叫んだ。

 

「陽炎ちゃん!もう晴風の武器が保たない!」

 

 

 

     ◇

 

 

 

「嘘でしょ!?もう!?」

 

陽炎は思わず声を荒げた。いくらなんでも早過ぎる、近代化されているとは言え旧型艦の装備ではオーバーワークだったのか、そこのところも旅行で尋ねておけばよかった。

 

『陽炎ちゃん!すぐ離脱して!』

「晴風はどうすんのよ!私が逃げたら貴女達が狙われるわよ!」

『なんとかする!絶対なんとかするから!』

「悪いけど、その言葉信用できない」

 

明乃の声には焦りが見えた、何も手がなくて慌ててる時の焦りだ。

 

『でも……っ!』

「こうなったら一か八か賭けるしか無いんじゃない?」

『賭け……?』

「まだ晴風の武装が使えるうちに撃ちまくって、私がその隙に肉薄してぶん殴るのよ。ゼロ距離の砲撃ならあの装甲もきっと抜けるわ」

『待って、それだと向こうからの攻撃も強くなるってことだよね……?

 

震える明乃の声に、陽炎はフッと笑ってあっさりと認めた。

 

「そうね、当然弾は当たりやすくなるし速度が上がる分威力も高くなるわ」

『危険すぎるよ!』

「承知の上よ!大体戦闘ってのはそういうものでしょ!もう時間も無いんだし、援護頼むわね!」

 

そう言い捨てて無線を切り駆逐棲姫に向け最大戦速で駆ける、機関が唸りを上げて陽炎を前へ前へと押す。

陽炎は主砲の残弾を手早く確認した。

 

「各門に1発ずつ、全部で4発か……」

 

数は少ないがゼロ距離で仕留めるには足りる。

晴風の砲撃が頭上を飛び越え駆逐棲姫を襲う、全て回避されているが隙を作るには十分だ。

まだ晴風の砲が保つのか確認しようと振り返ると晴風が陽炎の後を追いかけてきていた、強引にでも陽炎のことを回収しようとしているのだろう。

 

やっぱりあの艦長は陽炎のことを意地でも見捨てたくないらしい。

 

「ありがとうミケ艦長、でもね」

 

 

 

 

 

__艦長(父親)なら、自分の部下(家族)を守りなさい__。

 

 

 

 

 

「__さあ決着(ケリ)をつけるわよ!駆逐棲姫!!」

 

陽炎は未だ遠くにいる敵に向かって馬鹿でかい声で怒鳴った。

駆逐棲姫がそれに呼応するように加速し距離を詰めながら砲撃、砲弾が陽炎を掠め後方に飛んでいく。

その間にも晴風の支援砲撃が駆逐棲姫を襲い体勢を崩し、少しではあるが砲撃の精度を削いで陽炎の接近する猶予を与えてくれる。

 

 

 

残り340m、相対速度70ノットで残り約10秒の距離。

陽炎は主砲を構える。

 

「あと10……」

 

みるみるうちに距離が詰まる。

晴風の砲撃が陽炎の近くにも落ちる。

 

「9」

 

悪運には自身がある、絶対に決めて見せる。

 

「8」

 

心臓がバクバクしてうるさい、黙ってろ。

 

「7」

 

駆逐棲姫の砲弾が右太股の機銃に掠り粉々に吹き飛ばして、スカートもすこし破られた。

 

「6」

 

駆逐棲姫の顔がハッキリと見えた。

無表情で何を考えているかわからないが、おぞましいという印象だけを受ける。

 

「5!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、鳴り続けていた砲撃音が止まった。

 

そして駆逐棲姫の側で乱立していた水柱が消える。

 

 

 

晴風の支援砲撃が止まった。

 

『全主砲安全装置作動発射不能!オーバーヒートしてる!もう撃てない!』

 

晴風の主砲に搭載された安全装置が砲身温度の異常上昇を検知、暴発防止の為に装填装置がロックされ発射不能になった。

 

晴風からの砲撃が止んだことで、駆逐棲姫が体勢を整え陽炎に()()()照準を合わせる時間が生まれた。

 

「まずい……っ!」

 

陽炎は回避しようと右に急旋回する。だが、駆逐棲姫はピタリと砲口を陽炎に追従させている。

 

躱せない。

 

そう判断した陽炎は砲弾が放たれる寸前で、空っぽの魚雷発射管を身体の前に出して盾にした。

 

そして駆逐棲姫が発砲、砲弾は見事に陽炎の真正面に突っ込んで魚雷発射管に直撃した。激しい衝撃と炎とともに魚雷発射管が砕け散り破片が飛び散る。

 

「ぎゃあっ!!」

 

咄嗟に顔をギプスをはめられた左腕でガードしたが顔以外のあちこちに破片がぶつかり激痛が走る、そのせいで陽炎はバランスを崩し派手に転んだ。

 

「いったあ……」

 

自分の様子を確認するため身体に目をやると、撃ち込まれたのが榴弾だったからか艤装の被害は魚雷発射管だけで済んでいた。だが、飛び散った破片と炎によってセーラー服はズタボロになっていた。

おまけに、ギプスにでかい魚雷発射管の天板の破片が突き刺さっていた。腕や顔に痛みが無いのはギプスによって守られたからのようだ。

 

「……不幸中の幸いってとこかしらね」

 

陽炎はギプスから破片を抜いて捨てると起き上がろうとした。が、陽炎のすぐ側に砲弾が落ち水柱を立てた。そのせいで陽炎は再び海面を転がった。

 

「あいつ……!」

 

陽炎はギリッ……と歯ぎしりをした。駆逐棲姫が陽炎に向けて砲撃を続けてくる。確実にトドメを刺すまでやめてくれないようだ。

 

このクソッタレ、まだ死ねるか。

 

陽炎は必死で無様に海面を転げ回りながら砲弾をなんとかギリギリのところで躱す。しかしすぐに直撃弾を喰らうのは目に見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、ファアアアアアン!とけたたましい警笛が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎を追い詰め砲撃を加えていた駆逐棲姫はその警笛に気を取られて砲撃を止めた。

 

駆逐棲姫が音のする左方向へ振り向くと、2つのヘッドライトで煌々とこちらを照らし警笛とエンジンの爆音を響かせながら武装スキッパーが真っ直ぐにすっ飛ばして向かってくる。まるで気づいてくださいと言わんばかりに存在をアピールしている、「こっちを見ろ、殺してやるぞ」と。

 

武装を使わないのは無駄だとわかっているからだろう、駆逐棲姫の装甲は機銃程度ではびくともしない。

では残された手は何か?間違いなくやけくそになった挙げ句の自爆攻撃、これは厄介だ。そう判断した駆逐棲姫は優先目標を陽炎からスキッパーに切り替えた。

 

陽炎が尻尾を巻いて逃げていったが、また追いかければいいだろうと後回しにした。

 

回避行動もせず弾丸のように真っ直ぐ突っ込んでくるスキッパーのコックピットに照準を合わせ主砲発射、砲弾は寸分違わすコックピットの中心をぶち抜いた。

 

 

 

 

 

だが、止まらない。スロットルを緩める気配がない。

 

 

 

 

 

駆逐棲姫は慌てずさらにもう一発、今度はコックピットの後ろにあるエンジンに向けて発砲。

エンジンルーム内部で榴弾が炸裂し燃料に引火、スキッパーは爆発して大きな炎の玉に包まれた。

 

 

 

殺った。いや、もしかしてあれは囮か、他にも敵がいるのかもしれない。

 

駆逐棲姫はそう疑い周囲を見回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬が、人魚(マーメイド)に噛み付くチャンスを与えた。

 

 

 

「轢き殺してやる!」

 

 

 

爆炎の中からスキッパーの破片を蹴散らしながらもう1台、赤羽のスキッパーが飛び出してきたのだ。

 

 

     ◇

 

 

仲間を殺されて赤羽は復習の炎に燃えていた。

このまま引き下がれるか、必ずこの手で殺してやる。

だが機銃も魚雷も全く効果が無かった。

生半可な手では通用しないと考えた赤羽はとんでもない作戦、否、暴挙を思いつく。

 

そう、スキッパーでの轢殺である。

 

時速200kmを超える速度で轢けばどんな怪物もバラバラになるだろう。

 

しかし正直に真っ直ぐ轢き殺しに行ったところで迎撃され撃ち殺されるのは目に見えている。

そこで一計を案じた。燃料タンクの損傷で離脱していたS6のスキッパーを強奪、もとい拝借し駆逐棲姫に突っ込ませて身代わりにする。

燃料タンクにまだ突っ込むのには十分な程の燃料が残っていたのはラッキーだった、ダクトテープで応急的に穴を塞ぐだけで済んだ。

武装スキッパーには開発途中であるものの自動航行装置が搭載されており、無人での航行が可能だったのも大きい。まあ、自爆攻撃に使われたのは不名誉だろうが。

 

S6を一直線に駆逐棲姫に突っ込ませ、赤羽のスキッパーはその真後ろにピタリと貼りついていた。

S6のヘッドライトと警笛で派手にアピールしたのはヤケクソになったと思わせるため、そしてもう1つ、囮だと思わせてS6が破壊された後に注意を逸らすためであった。まさか囮と一緒に本命が来るとは誰も思うまい。

 

そしてそれはピタリと的中した。

 

 

 

 

 

「轢き殺してやる!」

 

炎から飛び出して駆逐棲姫に激突するまで僅か2、3秒、駆逐棲姫の姿がスキッパーのフロントガラスに一気に迫ってくる。赤羽はビビってスロットルを戻しそうなのを押さえつけ、反対にめいいっぱい押し込みさらに加速させた。

 

 

 

そして激突。

 

駆逐棲姫が船首で跳ね上げられフロントガラスに突っ込んだ、艤装の顎がガラスをぶち破りキャノピーをズタズタに破壊する。そしてキャノピーの終わりでもう一度跳ね上げられ、駆逐棲姫は宙を舞った。

 

駆逐棲姫も空中ではどうにもできずキリモミ状態で高さ10m程の放物線を描き海面にバシャン!と叩きつけられた。

 

一方スキッパーも被害は甚大で船首はベコベコに凹みキャノピーが衝撃で粉砕され、血だらけになって動かない赤羽を乗せたままコントロールを失い速度を落としてその場から離れていった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

『スキッパーが駆逐棲姫と衝突!』

 

マチコが報告した。明乃は駆逐棲姫の様子より赤羽のことが心配になった。

 

「スキッパーの様子は!?」

『コックピットが破壊されていますが……乗員の様子は確認できません……』

「そんな……。つぐちゃん!スキッパーの乗員に呼びかけて!」

『はい!』

 

明乃の身体がこわばる。

まさか、死んでしまったのか。いや、すぐ助けに行かないと__。

 

その思考を、マチコの声がぶった切った。

 

『駆逐棲姫が動いています!』

 

駆逐棲姫が起き上がり再び海面に立った、スキッパーの捨て身の衝突にも耐え切ったのだ。

 

『駆逐棲姫、健在です!』

「嘘でしょ!?」

「なんて化物なんだ!」

 

ましろも驚愕の声を上げる。

スキッパーに撥ねられてもまだ生きていられるとは、奴は不死身か。

 

「どうしよう……逃げる……?」

 

鈴が恐る恐る尋ねる。明乃は目を閉じて考え込んだ。

 

 

 

主砲はオーバーヒートし使用不能、機銃弾も残り少ない、機関も全開では長くは保たない、そんな絶望的な状況で駆逐棲姫を倒せるのか。仮に主砲を復旧させたとしても数発ずつしか撃てず、全て躱されてしまうのでは__。

 

 

 

「ココちゃん!」

「__であるから我々は!__え?あ、はい?はい!」

 

考え込んで固まっていた明乃に突然呼ばれて、現実逃避の一人芝居中だった幸子は思わず変な声を出してしまった。

 

「こちらの弾道データと相手の回避パターンをまとめて!」

「りょ、了解しました!」

「不知火ちゃん!陽炎ちゃんに呼びかけて!」

「はい!陽炎、応答してください。陽炎、応答を……」

「繋がった?」

 

不知火は首を横に振る。

 

「駄目です、応えません」

「仕方ない、ちょっと強引にでも拾ってこう。現在地は?」

「晴風から4時の方向、距離890mです」

「わかった。鈴ちゃん!」

「はい!」

「面舵120度」

「了解!面舵120度!」

 

鈴が舵輪を回し、晴風は陽炎の方へと艦首を向ける。

 

「しろちゃん!武装の復旧作業、あと陽炎ちゃんの回収をお願い」

「了解、でもどうするんですか?」

 

ましろはこれから晴風がどう動くのかと尋ねた。

すると、明乃はキッパリとこう言い切った。

 

 

 

「とりあえず、逃げる」

 

 

 

晴風は駆逐棲姫に背を向けて逃げ出した。

 

 




作者「戦闘回長い……日常回書きたい……」
麗緒「自分でそうしたんでしょうが」
空「さすが相変わらずの無計画」
桜良「ほら頑張って早く書いて」
作者「うう……次で戦闘終わらさないと……」
麗緒「ちゃちゃっと書いちゃえばいいんだって、いろいろ端折って」
留奈「えー、この戦闘で私達の出番無いのにー」
一同「「「「あ」」」」
空「……ねえ、もしかして」
桜良「私達のこと、忘れてた……?」
作者「アーアー、何も聞こえない何も聞こえない」

次回もお楽しみに。


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16話 共闘の一撃



作者「ついに買ったぞ!はいふりファンブック!
さっそく読むぞ!
…………いろいろ設定間違えとる……何やってんだ俺……」
美海「設定をちゃんと100%調べないから……」
マチコ「書き始める前に買うべきだったのでは?」
作者「当時は金欠だったんだよ……。」

読者の皆様、何か気になる点があればお気軽にどうぞ。
感想・質問等お待ちしています。

今回で、長かった第3ラウンドがようやく終わります。
1年以上もかかって起承転結の「起」しか書けてないという現実……。

それでは本編へどうぞ。



 

 

「ゲホッ!ゴボッ!……痛イジャナイカ……」

 

駆逐棲姫が咳き込み口から青い血を吐き出す。内臓をやられたらしく、腹部の痛みが治まらない。

 

まさかスキッパーが爆炎の中から飛び出してくるとは思わず、受け身も取れず撥ね飛ばされた時に船首の機銃身が腹部に直撃し酷いダメージを負った、防護膜でも防ぎきれず骨が砕ける音や内臓が潰れる音もした。その後もキャノピーを粉砕しながらガラスや装甲パーツを身体に受け、最後は空中に撥ね飛ばされ海面に叩きつけられた。

普通の奴等なら死んでもおかしくない状態であった。むしろこれだけで済んでいるのが奇跡だろう。

 

「ククク……」

 

そんな状況なのに彼女は笑い出し、やがてその声は大きなものへと変わった。

 

「クク……アハハハハハハハハハ!!」

 

狂った笑顔で狂った笑い声を海原に響かせる。

 

 

 

もう私を倒せる物はいない、殺す、殺してやる。

 

 

 

「カゲロウ……殺ス!」

 

目標(ターゲット)の名前を呼び、彼女は海面を(はし)り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、駆逐棲姫の目標(ターゲット)である陽炎は駆逐棲姫からも、晴風からも離れて航行していた。

 

「何やってんのよ私は……!」

 

口から出るのは自分を責める言葉ばかり。

 

あの時スキッパーが突っ込んできて駆逐棲姫の意識から外れたのを見逃さずに駆逐棲姫の砲撃から逃れた、その時はとにかく生き延びようと必死で逃げた。だが、距離が離れて少し冷静になってからハッと気がついた。

 

スキッパーが突っ込んできた時に怖じけず前進していれば、駆逐棲姫に接触しゼロ距離砲撃を叩き込めた、と。

 

捨て身のスキッパーによる自爆攻撃も一応は効果があったようだが、倒すには至らなかった。

 

駆逐棲姫に通用する手は無くなってしまったのだ。

 

「どうする……どうする私……!」

 

もう晴風の援護も望めない、砲弾ももう1発も無駄にできない。

 

落ち着け、自分がするべきことはなんだ、人を守ることじゃないのか。そうだ、それが艦娘の使命だ。

 

「……私が囮になって、晴風を逃さないと……」

 

その結論に達したその時、背後からバン!といくつものスポットライトが当てられた。

 

「何!?って眩し!」

 

思わず勢いよく振り返った自分はアホだ、視界が真っ白になるほどの眩しい光で目が焼けるかと思った。

 

 

 

 

 

『陽炎!お前は包囲されている!おとなしく投降し艦に戻れ!』

 

 

 

 

 

まるで刑事ドラマの終盤で犯人を取り囲みライトアップした場面のセリフが聞こえた。

……そして吹き荒れるツッコミと呆れの声の嵐。

 

「誰だ納沙さんにマイク持たせたのは!」

「1隻で包囲できるわけないじゃん」

「投降って……」

「刑事か!」

 

探照灯の光が弱まりやっと目を開くと、いつの間にか晴風が陽炎の右に並走していて、甲板にはましろや砲術員、姫萌や百々の姿があった。

 

「陽炎さん!艦に戻ってくれ!」

「陽炎ちゃーん!」

「戻ってきてー!」

 

ましろに続いて皆が陽炎に呼びかける。

だが、陽炎は戻れない。

晴風を逃さなくてはならない。

 

後ろ髪を引かれる思いで、陽炎は反転し駆逐棲姫へと向かう。

 

「陽炎ちゃん!」

「行かないでー!」

「陽炎ちゃーん!」

 

皆が引き止めようと必死で呼びかける。陽炎はそれが聞こえないように意識の外に追い出した。

 

 

 

 

 

「輪を投げるのは得意だけど、縄を投げたことは無いんだけど」

「とにかく投げてみなよ」

「そうだね、エイッ!!」

 

そのせいで、順子と美千留の不穏な言葉を聞き逃していた。

 

 

 

 

 

「グエッ!?」

 

突然首が後ろからロープで締められて後ろにひっくり返り、そのまま海面を引きずられていく。西部劇で馬で人を町中引きずり回すシーンがあるが、まさにそれだ。

 

「苦し……!死ぬ死ぬ死んぢゃう!」

 

手でロープを掴みかろうじて首との隙間を作る、あともう少しで絞殺されるところだった。

海面を引きずられながらも立ち上がろうともがき、なんとか起き上がった。そしてロープの引っ張る速度に機関の速度を合わせて、首が締め付けられるのを止めた。

 

ロープの元を目で辿ると甲板にいたクルー達が持っていて、端は晴風の手すりに結びつけてあった。

 

「捕まえたー!」

「よーし!引けー!」

 

オーエス、オーエス、と綱引きのようにロープを引っ張るクルー達、陽炎もこれには逆らえずこちらから速力を上げ近づいた。

クルー達のすぐ真下まで引き寄せられると、姫萌と百々が浮き輪のついたロープを陽炎の前に垂らした。

 

「掴まって!」

「いい、いらない!」

 

これで引き上げるつもりだったのだろうが、艤装付きの陽炎の重量は少なく見積もっても80kgを超える、女子2人では引き上げられそうに無い。

陽炎は艤装のウインチから(アンカー)を引き出し放り投げて手すりに引っ掛け、艤装の動力で錨鎖を巻取り自分自身を引き上げた。そのまま勢い余ってフワッと宙に浮いて、甲板へと着地した。

 

「おお〜、マッチみたいっス!」

 

マッチって何やってるの?との疑問が湧くが、どうでもいいので後回し。

それよりも首を締めやがったのが誰かが大事だ。

陽炎は物凄い剣幕で怒鳴った。

 

「誰だロープなげたのは!!人殺す気か!!」

 

首からロープを外してぶん投げる。

 

「首締められて死ぬとこだったわ!スプラッタ映画だったら首が引き千切られてくたばってるところよ!」

 

クルー達はあまりの剣幕にタジタジになっている。しかし、その中にこっそり逃走を図る者が1名いた、順子だ。

 

「あ・ん・た・か〜あ!」

「ひいっ!?」

 

恐ろしい声に順子は身体をすくませた。陽炎は目にも止まらぬ速さで順子を追いかけ捕まえた。

 

「どういうつもりよ!」

「えっと……あの……アームに引っ掛けるつもりだったんだよ……。あと、言い出したのはみっちんだから!」

「えっ!私のせい!?」

 

順子はブチギレた陽炎のあまりの怖さに、美千留も道連れにした。

 

「そうなの?」

「みっちん言ったじゃん!『カウボーイみたいにロープを投げればいいんじゃない?』って!」

「言ったけど……」

「ふうん、で、なんか言うことあるんじゃない?」

 

陽炎のその言葉に、2人はバッと深く頭を下げた。

 

「「すいませんでしたあ!」」

 

誠心誠意の謝罪を受けて陽炎も少し怒りが収まった。

それを見計らってましろが陽炎に要件を切り出す。

 

「陽炎さん、無線を繋いでくれ、艦長から話がある」

「わかった」

 

陽炎は無線のスイッチを入れるとすぐに明乃から通信が入った。

 

『おかえり陽炎ちゃん』

「ミケ艦長、どういうつもり?」

『逃げるよ』

「はぁ!?」

 

逃げるんだったら私を置いてかなきゃ駄目だとわかってないのか?と声を荒げると、明乃は慌てて訂正した。

 

『ごめん言い方が悪かった、一旦距離を取るの』

「距離を取って、その後は?」

『あれを倒す』

「倒すって、倒せるわけ無いでしょ!?主砲も使えないのにどうやって倒すのよ!?」

『主砲はなんとか復旧させるよ』

 

光達が焼けた砲身に向かって排水用ポンプで海水をかけ始めた、どうやら海水による冷却を試みているようだ。しかし、完全に冷えるわけではないし、所詮焼け石に水だろう。

 

「あれじゃあ撃てるようになってもまたすぐ焼けるんじゃない?」

『使えなきゃ元も子もないよ』

「それはそうだけど。で、どうやって倒すのよ?」

 

明乃は無線の向こうで「うーん」と考える素振りをした。

 

『それはまだ、でも陽炎ちゃんにはやって欲しいことがあるんだ』

「何?」

 

 

 

 

 

『晴風に駆逐棲姫を引きつけて欲しいんだ』

 

 

 

 

 

失礼だが「この艦長は正気なのか?」と疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マル」

「魚雷発射管用意よし!」

 

艦橋に戻った志摩と芽衣が、武装が使用可能になったことを報告した。

 

『艦長!前進一杯なら15分だけ保たせられる!』

 

麻侖からようやく前進一杯の許可が出た。

明乃が頷く。

 

「マロンちゃんお願いね。……これで準備は整ったね」

 

ましろは一度頷くと忠告した。

 

「ええ、ですが主砲、魚雷、機関とも余裕が無く、1回限りしかできません。失敗はできませんよ」

「大丈夫だよ、晴風の皆は優秀だから」

「いやー、そう言われると緊張するなー」

 

芽衣が照れてそう言った。

それを聞いてましろが信じられないといった目で見てくる。

 

「緊張?西崎さんが?」

「何よ、私だって緊張するってば。そうだよねタマ」

「うぃ?」

 

志摩は首を傾げる。

 

「何その反応」

 

そして、志摩は親指を立ててこう言った。

 

「撃て撃て魂には、(緊張なんて)無い」

「おお!さっすがタマちゃん!わかってる!」

 

傍観者からはよくわからないが、意見の一致を見たらしい。結局芽衣が緊張してるのかしてないのかは闇の中だ。

 

「撃て撃て魂……?」

 

不知火がボソッと呟く、鈴がそれをそっと解説した。

 

「砲雷科の子達の心の中にあるらしいよ」

「もしかして、全員トリガーハッピーですか?」

「そういうことじゃ……」

 

ないよ。と言おうとして晴風の試験航行を思い出す。確か主砲撃たせろ、魚雷撃たせろと皆で言っていた。

 

「あるかも」

「大丈夫ですかこの艦の人事は?」

 

不知火は頭痛を感じて頭を押さえた。普通は慎重派な人間も入れてバランスを取るべきだろう。

本当に島の1つや2つ吹き飛ばしてしまいそうだ。

 

「それは大丈夫だよ」

 

鈴は自信を持って言った。

 

「晴風は今の皆がいるからどんなピンチだって乗り越えられたんだよ。もしこの中の誰かが欠けてたら、無理だったと思うの」

「そう……ですか……」

 

不知火は不思議なものだと思った。軍隊にしては自由奔放でバラバラな乗員ばかりなのに、ちゃんと機能するんだなと。

 

有事の逸材は平時に歪、とやらか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『目標視認!後方50!速力40ノットで接近中!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マチコが駆逐棲姫の接近を知らせ、ピンと場の空気が張り詰める。

 

ついに来たか。

 

明乃が次々と指示を飛ばす。

 

「鈴ちゃん!前進いっぱーい!面舵いっぱーい!」

「前進いっぱーい!面舵いっぱーい!」

『出力全開でぃ!』

 

晴風の機関が唸りを上げ増速、駆逐棲姫にドテっ腹を晒すように右へと曲がる。

 

「右舷()()()戦よーい!」

「了解!1番2番右40度!ありったけぶっ放すよ!」

『はーい!』

『了解でーす!』

「90の0」

『了解!90の高角0に合わせ!』

 

魚雷発射管と主砲が右舷に向けられ、駆逐棲姫を狙う。

 

「陽炎ちゃん!手筈通りお願い!」

『任せて!』

 

 

 

 

 

「さあ、決着をつけよう」

 

 

 

 

 

晴風と駆逐棲姫のラストバトルの幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫は大きく右に曲がった晴風の軌道をショートカットし真っ直ぐ接近していた。

 

37ノットも出して振り切ろうとしているようだが、駆逐棲姫の速力は40ノット以上あり余裕で追跡できる。主砲や魚雷発射管がこちらに向いているが、役に立たないことくらいわかってるだろうに。無駄な足掻きを。

 

駆逐棲姫はさらに速力を上げ一気に距離を詰める。

 

 

 

その時、バッと探照灯の光りが駆逐棲姫を照らした。

 

 

 

晴風の探照灯かと思ったが、それにしては小さ過ぎる。このサイズから推測するに、艦娘用の探照灯だ。

 

陽炎だ。陽炎が晴風の機銃座から探照灯で照らし、機銃をこちらに片手で向けて構えているのだ。

 

 

 

 

 

「一度撃ってみたかったのよね、こういうの!」

 

 

 

 

 

陽炎が引き金を引くと、曳光弾を含んだ大量の銃弾が光の線を描き駆逐棲姫に殺到する。

 

艦娘のクセに何故艤装で戦わないんだ、と文句を言いたくなる。まあどうせ無駄なのだが。

 

腕で顔をガードしつつ接近を続ける、銃弾はことごとく装甲によって弾かれていく。

 

 

 

 

 

「メイちゃん!今!」

「全門斉射ァー!」

 

 

 

 

 

晴風の魚雷発射管が僅かに位置を変え8門全てを発射した。

何のつもりだ、時限信管も近接信管も持たない通常魚雷が深海棲艦に通用するわけが無いのに。軌道も海面からかなり深く万が一にも起爆することは無い。

 

ダメ元で撃ったのか。

 

魚雷は酸素魚雷らしく航跡を残さず海中を突き進んでくる、その内1本が駆逐棲姫の軌道と丁度交差するようだが、無視していいだろう。ただ真っ直ぐ進む時代遅れの魚雷なら__。

 

 

 

と、その思考を中断させられた。

晴風の第一主砲がこちらを指向している。

 

当たるか、いや、当たらない。

 

駆逐棲姫は砲身の角度から瞬時に砲弾の弾道を導きだした。

 

晴風が主砲を発射。砲弾がこちらに向けて飛んでくるが、駆逐棲姫は回避しない。計算どおりなら駆逐棲姫の手前に外れて落ちるはずだ。

 

そして、その計算どおり砲弾は駆逐棲姫の10m程手前に落ちた。

 

 

 

 

 

そして、何かが弾ける音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がついたら駆逐棲姫は宙を舞っていた。相当高く飛んでいるのか、晴風が下の方に見える。何が起こったのか思考が追いつかない。

 

何故吹き飛ばされているんだ。魚雷も砲弾も回避したのに、何故。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魚雷ぃ!?」

 

話は数分前に遡る。

 

陽炎は素っ頓狂な声を上げた。言い出した明乃本人が首肯する。

 

「うん、ココちゃん」

「はい」

 

幸子がタブレットの映像を見せる。前回の戦闘で、天神が発射した魚雷が深海棲艦の群れを吹き飛ばした時の映像だ。

 

「天神の短魚雷でこの威力ってことは、晴風に積んである酸素魚雷の炸薬なら直撃しなくてもかなりのダメージだと思うの」

「そりゃそうだけど、どうやって当てるのよ?」

「不知火達の魚雷は対深海棲艦用なので、駆逐棲姫相手でも起爆しますが……」

「全部使っちゃったのよね」

 

陽炎が木っ端微塵になった魚雷発射管を振る。カラカラと破片が外れて転がり床に落ちた。

 

「ホバークラフト相手じゃ磁気信管も無いうちの魚雷は起爆しないよ」

 

機銃座から志摩と一緒に帰ってきた芽衣がそう言った。

晴風に搭載された旧式の酸素魚雷は接触式の信管しかついていない、簡単に言えば「当たるとドカン」なので当たらなければ起爆しないのだ。駆逐棲姫はホバークラフトと同様に海面から上にいるので魚雷はぶつからない、つまり、起爆しないのだ。天神のように時限信管や磁気信管をつけていれば別だが。

 

だが、明乃には考えがあった。

 

「撃てばいいんだよ」

「撃つ……って?」

 

陽炎達には何を言っているのかサッパリだった。いや、わかっているのだが前代未聞のことで、耳を疑ったのだ。

一方で芽衣達は「ああ、あれか」と納得の表情。

 

「だから、主砲でバーンって」

「へ?魚雷を、主砲で狙うの?」

「そうだよ?」

「いや何当たり前っぽく言ってんのよ」

「だってやれるから、武蔵の砲弾を迎撃したり、シュペーに向けて発射した魚雷を破壊したりとかー」

「もはやイージス艦!」

 

晴風の砲雷科ってどんだけチートスペックなんだ……。

 

「……できるってことはわかったけど、駆逐棲姫に避けられたら終わりじゃない」

 

明乃は自信を持って答えた。

 

「大丈夫、たぶん相手は躱さないよ」

「なんでそう言えるの?」

「駆逐棲姫の回避パターンを調べたんだけど……」

 

幸子からタブレットを受け取り画面を切り替えると、晴風の弾道と駆逐棲姫の行動を3DCGで再現したものが表示された。

 

「相手は当たる弾には反応して回避してる、けど当たらない弾には反応してないんだよ。ほら」

 

CGモデルが動き出す。晴風のモデルが主砲を3発、少しずつ間隔を開けて発射、3発の弾の内最後の1発は赤く表示され「直撃軌道」と書かれ、初めの2発は「至近弾」。

駆逐棲姫は1発目と2発目は何もせず見送ったが、最後の弾は急転舵で回避した。明らかに全ての弾の軌道を見切った上で、当たる弾にだけ回避行動を見せていた。

 

「……なるほど、つまり駆逐棲姫を直接狙わなければ魚雷も砲弾も無視されると」

 

幸子がそうまとめる。

 

「そのとおり、成功すれば下からの爆発で推進機関を破壊できるし、あと__」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし空中に浮いちゃったら、いくらホバークラフトでも推進力を失う(動けなくなる)よね。スキッパーに跳ねられた時みたいに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その作戦はピタリと的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2番33!」

 

志摩が射撃指揮所に叫ぶ。

 

『2番高角33度!』

『回した!』

 

 

 

 

 

晴風の第二主砲が宙を舞う駆逐棲姫を捉えた。

空中で機動力を失った駆逐棲姫には、躱す手段が無い。

 

 

 

「撃ーぇ!」

 

 

 

砲弾が砲身から弾き出され、一直線に駆逐棲姫へと向かう。

 

 

 

「ヤラレテタマルカ!」

 

 

 

だが驚くことに、駆逐棲姫は咄嗟に全主砲を上空に向けて斉射、反動で落下速度を急に上げて回避を試みた。

 

それによって砲弾は狙いを外し、駆逐棲姫の帽子を引き裂いただけに終わった。

 

 

 

 

 

志摩が驚きのあまり目を見開く。

 

「外した!?次!」

『駄目!またヒートしてる!』

「駄目……!?」

「大丈夫!まだ手はある!」

 

明乃が声を張った。

 

 

 

 

 

駆逐棲姫はそのまま海面に水しぶきを上げ落下した。

 

ハレカゼ……ヨクモ……邪魔シテクレタナ……。

 

「殺ス……!殺シテヤル……!!」

 

殺意を胸に灯らせ、再び機関を稼働させ海の上に立った。

 

モウ晴風ニ撃ツテハナイ、私の勝チダ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだと思った!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッ!と顔を上げると、目の前に陽炎がいた。

 

 

 

 

 

__陽炎ちゃん、主砲も一発撃ったらまた使えなくなるかもしれない。万が一だけど駆逐棲姫が倒せなかったら……。

 

なかったら?

 

……お願いできる?

 

わかった、任せて__

 

 

 

 

 

「りゃあああああああああ!!」

 

陽炎は吠えながら躊躇なく全速力で突撃した。

 

「沈めぇぇぇええええ!!」

 

突き出した主砲の砲口4つが駆逐棲姫の胸にガツン!とぶつかった。

 

砲身が激突の衝撃で防護膜を突き破り、肉体へと突き立てられた。

 

陽炎がとうとうトリガーを引いた。

 

4つの砲弾が皮膚を貫いて駆逐棲姫の体内に入る。

 

 

 

 

 

そして、爆ぜた。

 

 

 

 

 

背中に大穴が開き、青い血が一気に吹き出した。

 

「ア……ア…………」

 

駆逐棲姫は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

胸に大きな穴が開き、そこから流れ出した青い血が海へと溶け込んでいく。

 

「はーっ……はーっ……」

 

陽炎は戦いにより荒くなった呼吸を、ゆっくりと深呼吸し静めた。ようやく死のプレッシャーから解放され、身体の力が抜ける。

 

「やっと……終わりね……」

 

白い手袋をした手で顔を拭う、汗と青い返り血が手袋に染みを作った。

 

その時、ピクリと駆逐棲姫の身体が動いた。

 

「……まだ生きてる……?」

 

陽炎はトドメを刺そうと主砲を向けたが、弾切れだったことに気づいて止めた。

それに、この傷なら何もしなくてもすぐ死ぬだろう。

 

「………………カゲ………ロ…………」

 

駆逐棲姫の口から血と一緒に、小さな声が出てきた。

 

「私を呼んでる……?」

 

陽炎は警戒しつつも、駆逐棲姫の側にしゃがみ顔を近づけた。

 

「……カゲロ……ゥ…………ドオシ……テ…………オ前………ココニ……」

「どうしてここにいるか聞いてるの?」

 

小さく首が縦に動いた。

 

「そんなの知らないわよ、あんた達こそなんでここに来たのよ?」

「……………………ニ…………呼バレ…………」

「呼ばれた!?誰に!?」

 

だが、そう尋ねた言葉は、駆逐棲姫の耳には届いていなかった。

駆逐棲姫は最後の力で、右手を真上の真っ暗な空へと伸ばした。

 

 

 

「………………アア…………最後……ニ…………キレイナ……月…………見タカッタ…………ナ………………」

 

 

 

そうして涙を流し、駆逐棲姫は息絶えた。

 

機関が停止し、浮力を失った駆逐棲姫の身体はゆっくりと沈み始める。

陽炎はそれを、抱き寄せるように引き上げた。

 

「……こちら陽炎。駆逐棲姫の活動停止を確認」

 

無線の向こうから「やったー!」「ありがとう!」と歓声が聞こえる。

 

しかし、陽炎の心は、それとは反対に晴れなかった。

 

「呼ばれた……。誰が、呼んだの……?」

 

その謎の答えを知る機会を、失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓声が一段落した頃、明乃が通信を入れた。

 

『陽炎ちゃん、今スキッパーを向かわせるね』

「了解。……あ、やっぱりいらないわ」

『え?』

「もうスキッパーが来てる」

 

陽炎の側にスキッパーが止まった、船首とコックピットが大破した赤羽の武装スキッパーだ。

 

「生きてたんだ」

「勝手に殺すなアホ」

 

赤羽が身を乗り出し中指を立てた。激突した時にガラスの破片で切ったのだろう、頭や背中が血で赤く染まっている。

 

「ずっと来ないから死んだかと思ったわ」

「ちょっと居眠りしてたんだよ。無線貸して、スキッパーのがぶっ壊れた」

 

陽炎はインカムを外して投げ渡して、赤羽が北風と連絡を取っている間に、駆逐棲姫をスキッパーの左ウイングに横たえた。

 

「__あいよ、了解」

 

赤羽がインカムを投げて返した。

 

「まだあっちは戦闘中だってさ」

「じゃあ行きましょう」

「行きましょうって、あんた弾薬もうないっしょ?」

「この()から貰うわよ」

「え?」

 

陽炎は駆逐棲姫の手から主砲を外して自分に装備し、使い勝手を確かめる。

 

「よし、基本は変わらないわね。ちょっと手伝って!魚雷発射管を付け替えたいの」

「わかった」

 

赤羽はコックピットを出て左ウイングに来た。

駆逐棲姫の顔を覗いた瞬間、赤羽は目を丸くした。

 

「……綺麗だ……」

「どうしたの?」

「……いや、何でもない」

 

首を横に振って余計な考えを無くす。そして陽炎の指示に従って駆逐棲姫から2つの魚雷発射管を外し、陽炎のアームについていた魚雷発射管の残骸と主砲をそれと交換し装着した。

陽炎は駆逐棲姫から移した武装を動かし動作を確かめた。

 

「OK、ちゃんとリンクした」

「よし、行くぞ」

 

赤羽はコックピットに戻り、それから思い出して振り返った。

 

「そうだ。駆逐棲姫(そいつ)は……」

 

言葉はそこで途切れた。

ちょうど陽炎が駆逐棲姫をスキッパーから海に()()()落としたからだ。

 

「何?」

「……もういい、乗りなよ」

 

赤羽が手招きして、陽炎はスキッパーの後部座席に乗り込んだ。

 

「窓ねーから風凄いけど我慢しろー」

「大丈夫よ」

 

スキッパーがエンジンを吹かし走り出す。確かに風圧が凄くて、髪がバタバタと暴れて鬱陶しいし、目も開け辛かった。

陽炎は不知火へと連絡を入れた。

 

「不知火、すぐ戻るから。……ん?……そんなんじゃないってば、ちょっと暴れてくるだけだって。…………………りょーかい」

「不知火はなんだって?」

「『陽炎はまた死ぬ気ですか?』って」

「信頼されてないんだな」

「逆よ逆、信頼してるからこそよ」

「そういうもんかねー」

 

スキッパーは武蔵ら学生艦隊とすれ違った。既に周囲の深海棲艦は一掃され、武蔵と比叡が支援砲撃を続けていた。どの艦も被害はあるが軽微なもののようだ。

 

「流石古庄教官、優秀だねぇ」

 

赤羽が感心したように言う。

スキッパーはさらに速度を上げ、北風へと向かっていく。

 

距離が近づくにつれ、砲撃音が聞こえてきて、やがて炎や水柱も見えてきた。

 

「とりあえずまだ2隻とも浮いてんな」

 

北風と弁天の艦影が確認できた。沈没して無いことにほっと安堵した。

 

「陽炎、あたしは横から突っ込んでド真ん中まで行こうと思うんだけど?」

「了解、そこで降りるわ」

「OK!しっかり掴まっとけ!」

 

スキッパーはパン!とアフターファイヤーを吐いて急加速、大きく回り込んで群れの側面から突入していく。

 

「バク転はやめなさいよね!」

「わーってる!」

 

船首の機銃の2つのうち片方が火を吹く、もう片方は激突した時に歪んで使えなくなっていた。

銃弾が深海棲艦を次々と爆沈させるが、反撃の砲弾がスキッパーを掠めていく。それを巧みな蛇行運転で躱しつつ群れの中心へと全速力で向かう。

 

「もうすぐ真ん中だ!」

「降りるから速度落として!」

「ごめんそれ無理!」

「ハァ!?」

「でも安心しな!降ろしてやっから!シートベルトはしてるよな!」

「してるけど……」

「ならよし!」

 

赤羽が謎のレバーを引く、カキン、と変な音が陽炎の座席の下から聞こえた。

 

「……これって……」

 

嫌な汗が頬を伝う。

 

「リジェクトシートだぜ!」

 

そして下から突き上げられる感覚と同時に、陽炎は座席ごと空中に放り出された。

 

「あとで覚えてろー!!」

 

陽炎は腹からデカイ声で、自分を置き去りにして去っていく赤羽に言い捨てた。

 

すぐにパラシュートが開き、陽炎を乗せた座席は大きく減速しゆっくりと海面に下りていく。

足が海面に着く前にシートベルトを外して座席から飛び降りた。

 

「私への扱いが酷すぎるんだけど……」

 

そうぼやきながら電探を起動すると、全方位に無数の深海棲艦の反応が無数に現れた。

 

「うわ、ほんとにド真ん中だ」

 

次の瞬間、陽炎の姿は巨大な爆炎にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦艦ル級は砲撃した地点に立ち上る煙をじっと睨みつける。

突然艦娘が空から降って来たのには驚いたが、向こうも油断していたのか一撃で仕留めることができ__。

 

「ばーか!」

 

次の瞬間には、ル級の身体は直撃した魚雷によって木っ端微塵になっていた。

 

「ぼーっと突っ立ってるんじゃないわよ!」

 

陽炎は煙の中から飛び出し、主砲を四方八方へ向けて撃ちまくる。

 

「沈め沈め!皆、沈めー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砲弾や魚雷、機銃弾、ミサイルまでもが飛び交う戦場の真っ只中を駆け抜けていく。

 

主砲弾が次々と深海棲艦に大穴を開け、魚雷を撃てば戦艦が大音響とともに爆ぜて沈む。飛んできた噴進弾が群れをただの肉片に変え、スキッパーが衝突しガラクタと化して空に舞う。

 

 

 

この世のものとは思えない、地獄へと変貌した海を、陽炎は戦い駆ける。

 

 

 

「あんた達全部……っ、沈めてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、彼女の、使命を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が水平線の向こうから姿を現し、海を照らす。

 

 

 

弾を撃ち尽くすほど戦って疲れた陽炎は、浮かんだままの駆逐イ級の残骸に腰掛け、太陽が昇ってくるのをぼうっと見ていた。

 

辺りが太陽の光で明るくなって、ようやく様子が目で把握できた。

 

それを見た陽炎は一言呟く。

 

「……本当に、クソッタレな夜明けね」

 

あちらこちらで立ち昇る煙と、たくさんの歪な残骸が散らかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは終わった。

 

 

 

たくさんのスクラップと、命を海へと捨てて。

 

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか。

陽炎は自分達に何が起きたのか、その小さなヒントを手に入れました。それがいつ役に立つのかは未だ不明です。
この戦いを通して、陽炎達から見た晴風は「守るべき艦」から「共に戦う艦」へと変化しました。

これで物語の「起」が終わり、ようやく新たな場面に進むことができます。

皆様、「青い人魚と軍艦娘」をお読みいただきありがとうございます。これからもお付き合いいただけると幸いです。



1つの戦いが終わったが、爪痕はあまりにも大きかった。晴風と陽炎達は僅かな間の平穏を過ごすが、大人達は懐疑の目を向ける。

次回もお楽しみに。


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17話 爪痕、そして調査開始

先日ご指摘をいただいたのですが、晴風の主砲がOVAのものと異なっていました。申し訳ありません。
私がちゃんと調べないまま書き始めてしまったのが原因で、一応後付ながら理由を設定したのですが、文中への記載を忘れていましたので、ここに記載させていただきます。
また、陽炎達の艤装についても大きな変更点がありましたので、合わせて記載します。

晴風Ⅱ(沖風改)主砲換装
シュペーの副砲を流用した15cm砲を搭載していたが、他の艦と違う規格のため砲弾の流用ができず不便であり、また晴風の砲術員達から「もっとバンバン連射できるのがいい」「15cm砲は大き過ぎる」等の要望が出たために、先代晴風が最後に搭載していたのと同型のMk39 5インチ主砲に換装された。
ちなみに普段は他の艦との差を無くすためにリミッターがかけられ発射速度が抑えられているが、カットすると毎分60発という驚異的な連射性能を発揮する。

陽炎型駆逐艦娘艤装 変更点
公式ではローファーを履いているが、この小説では吹雪型、綾波型と同じ脚部艤装を履いている。
武装の形状は艦の武装に近いリアルなものになっている。
他の細かい情報については追々言及していきます。

それでは本編にどうぞ。


「吸って……止めて……よし」

 

陽炎は肺に溜めていた息を大きく吐き出し、レントゲン撮影機から降りた。

美波がそのレントゲン写真をパソコンの画面上にいくつも並べて確認していく。何やら難しそうな顔をしているが、陽炎には何がそうさせるのかさっぱりわからない。

 

「……肋骨のヒビは広がっていない、左腕も悪化していない。無問題」

「そう、よかった」

 

陽炎は片腕を吊ったまま、器用に上から学校指定のジャージを羽織った。

 

 

 

 

 

戦いから戻ってきた陽炎を待っていたのは、楓とマチコを連れた明乃だった。

燃料を補給したらすぐまた行く、と告げると、いきなり楓とマチコに両脇から抱えられ、「連行!」との明乃の指示により問答無用で連行された。そして医務室へと放り込まれて、強制的に検査を受けることになった。ちなみに艤装はヒメモモに奪われた。

こんなところでじっとしていられるか!と出ていこうとしたら扉の向こうに薙刀を持った楓が仁王立ちしていて、抜け出すのは無理だと悟った。

 

万里小路さん怖え。

 

 

 

 

 

「ほらね、わざわざ検査なんかやる必要無いっての」

「『スキッパーから投げ出された』『破片が刺さった』と言われては心配にもなるだろう。あと、検査するように言ったのは不知火さんだ」

「不知火……はぁ……」

 

陽炎は大きく溜息をつく。

 

「いくら何でも心配し過ぎだって」

「周章狼狽」

「え?」

「その時の不知火さんの様子だ」

「どういう意味?」

「あわてうろたえる」

 

慌てる?うろたえる?あの不知火が?

陽炎はその光景を想像し、思わず顔がにやけた。

 

「見てみたかったわぁ……」

 

それを見て美波がポツリと呟く。

 

「野間のことを想像している等松のようだ」

「なんか言った?」

「何も……、次に脳の検査もするとしよう」

「何で?」

「頭に衝撃を受けると脳にダメージが残ることもあるから、脳波の測定を行うぞ。それから血圧測定と採血も」

「血ぃ取る必要あるの?」

「感染症などの検査のためだ」

「ふうん……そう」

 

陽炎がどこか含みのある相槌を打つ。

 

「早く戻りたいだろう?」

「ええ、そりゃ当然よ」

「なら、おとなしくしてくれ」

「はいはーい」

 

陽炎は元気よく答え、美波の指示に従った。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「0800、艦長会議を始めます」

 

古庄が開始時間になったことを告げる。

武蔵の会議室に各学生艦の艦長が集められていた。その中には当然、明乃ともえかの姿もあった。

 

「まず戦況についてだけど、怪物の掃討はほぼ完了したそうよ。現在は討ち漏らした個体の捜索のため、スキッパー及び飛行船による偵察が続けられているわ」

 

学生達の間にほっと安堵した空気が流れる。

 

「次に艦隊の被害状況、学生艦はいずれも損害は軽微で軽傷者数名、北風と弁天は怪我人十数名を出したものの、航海に支障は無いから心配無いとのことよ」

 

明乃は「嘘だ」と心の中で否定する。

学生艦の被害が少ないのは本当だが、北風と弁天の被害は酷い筈だ。古庄は死者の人数を言わずに誤魔化したが、明乃は晴風のすぐ側で、スキッパーが次々と運転手もろとも爆発するのを見たのだ。何が「心配無い」だ、きっと艦に乗っていた人達にも死者が出ているに違いない。

 

そう考えているのがわかったのだろうか、古庄はさっと次の議題に移り追及を避けた。

 

「神谷司令から、現海域の警戒及び掃海任務の要請が来ているわ」

「期間はどのくらいでしょうか?」

 

もえかが尋ねると、スクリーンに艦隊の展開状況が映し出された。学生艦隊の南の遠くにいるブルーマーメイド隊がこちらに向かっている様子が映る。

 

「南方600kmで展開していた艦隊がこちらに向かっているわ、この艦隊に引き継ぐまでの2日間の予定よ」

 

2日、短いと言えば短い、食料や燃料も十分保つ。引き受けても問題ないだろう。

 

「他に何か言いたいことは?…………無いようね。では掃海任務の詳細を説明するわ」

 

モニターが切り替わり、地図上に群れのいた場所を中心とする青い半径30kmの円と、その中心に赤い小さな円が表示される。

 

「群れのいた場所を中心とする半径30km圏内で怪物の残骸や持っていた武器、弾薬の捜索を行います。中心部から10km程は残骸が多く危険なため北風と弁天に任せ、我々はその外側を担当します。処理はプロの方がするから発見しだい連絡を。

もし万が一生きている怪物がいたら武装による攻撃も許可します。あくまで自艦の安全を優先してください」

 

艦長達が揃って応える。

 

『了解』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他の艦長達は皆自分の艦へとスキッパーで帰っていったが、明乃はもえかに案内されて武蔵の甲板に上がった。

明乃が武蔵の被害を知りたいと頼んだのだ。

無数の砲弾を受けた甲板は穴だらけになっていて、張り替えるだけの暇も人員も無く壊れた木板を剥がしてブルーシート等で塞いであるだけだった。

高角砲や機銃の一部も被弾し使用不能となり、壊れたまま放置されていた。

 

「……酷いね……」

 

武蔵の痛ましい姿を目の当たりにして、明乃は心苦しくなった。

 

「いくら重装甲でも小型の武装とかはガードされてないから、仕方ないよ」

 

そう言うもえかも悔しさを滲ませている。

 

「こんなにたくさんの武器があるのに、怪物相手じゃ宝の持ち腐れだよ。今回もプロの人達と陽炎ちゃんと、晴風に助けられたんだよ」

 

もえかは始めて武蔵で無力感を感じていた。

46cm砲も大量の機銃も怪物相手にはほとんど効果がなかった。前回も今回も戦いを終わらせたのは陽炎達と晴風だった。武蔵はただデカイ図体と分厚い装甲で敵の気を引きつけ続けただけだった。

 

 

 

__二度とミケちゃんをあんな目に遭わせないって誓ったのに__。

 

 

 

もえかはぐっと唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

「もかちゃん!あれは?」

 

明乃が空を指差す、見上げると1隻の飛行船が武蔵の後部甲板に向かって降下してきていた。

 

「北風の無人機だよ。武蔵で燃料補給してほしいって頼まれたの。飛行船の運用設備が使えるのがうちだけらしくて」

「へ〜」

 

飛行船が誘導に従い後部甲板に着艦すると、待っていた武蔵の乗員達が燃料ホースを繋ぎ補給を始めた。

 

明乃はそれを珍しそうに見ていたが、ふと重大なことに気づいた。

 

「……あれ、……それじゃあ北風と弁天は……」

「飛行甲板にも被弾したんだよ。それも1発や2発じゃないよ」

 

もえかの言葉にハッとする。

 

「つまり、怪物の射程圏内に入って砲撃を受け続けたってこと……」

 

明乃は自分の身体から血の気が引いていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防水処置を始めたとの報告から1時間程、艦の傾きがわずかながら戻った。

 

左舷に魚雷5発をまともに喰らって艦が傾き始めた時はもう駄目かとも思ったが、応急長が突撃隊の男達も強制動員しなんとか浸水を食い止めたらしい。

 

「なんとか沈まずに済んだ……」

 

桜井は艦長席に身体を任せてもたれかかった。

目の前のモニターには被害状況を知らせる艦内図が表示されているが、ほぼ真っ赤だった。浸水、火災、漏電等、集中砲火を浴びた被害は数え切れない。飛行甲板はチーズのように穴だらけとなり、機関は半分死んだ、レーダーも半数以上が破壊され、増設された機銃座は全滅した。

そして、もう1つの被害情報に顔をしかめる。

 

『38名死亡確認、12名行方不明』

 

死亡者のほとんどが艦に居たもので、行方不明の者は全員スキッパー隊員であり、ほとんどが大破あるいは轟沈していて生存は絶望的と思われる。

 

「いくら弁天を生かすためでも、私は間違ってると思うよ」

 

ちょうど今、弁天に乗り移っている神谷に向けた独り言。北風を強引に前進させ、弁天への攻撃を身代わりに受けさせたことへの否定であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまねえな」

 

弁天艦内の通路を歩いている途中で、真冬がそう謝った。

 

「何の話だ」

 

神谷はぶっきらぼうにそう返す。

 

「かばってくれたろ、弁天が狙われてた時に強引に割り込んで」

「……合理的判断の上だ。あの時北風は既に満身創痍、それに比べて弁天は飛行甲板くらいしか被害を負っていなかった、使える艦を残したかったんだよ。言うだろう?『戦闘時には重症者よりすぐに復帰できる軽症者の手当を優先しろ』と。それと同じだ」

「……そうか」

 

理由を聞いたあと、真冬は余計に険しい顔になった。

 

「北風の奴等はあんたを恨むぜ」

「指揮官だからな、恨まれて当然だ」

 

2人は飛行船の格納庫に入った。積んでいた飛行船は2隻とも落とされて、スペースは空になっていた。

 

 

 

その代わりに、駆逐イ級の死体が台に括り付けられて積まれていた。

陽炎の砲弾が開けた穴からはまだ血が流れ出していた。

 

 

 

「間近で見ると結構小せえな」

「ああ、しかし不気味な奴だ」

 

魚と兵器が混ざりあったような姿を見て、2人は率直な感想を言った。

 

「原型を留めた死体が手に入ったのは、大きな収穫だな」

「こいつを解析して何か掴めりゃいいが。__おい」

 

真冬は近くにいた衛生士を呼んだ。

 

「衛生長に解析を頼んだんだが、どこまで進んでる?」

「今遺伝子解析を始めたばかりです」

「解剖は?」

「『捌くの難しそうだから、スキャンする』とおっしゃってました」

「スキャンか……どう映るんだ?」

 

真冬はイ級の内部構造を想像してみる。機械が詰まってるのか、魚のように内蔵が詰まってるのか、はたまた未知のトンデモ機関か。

 

「ま、あたし等に理解できる物ならいいがな」

 

真冬は考えるのを止めて、イ級に近づき観察し始めた。

神谷はその場から動かず、じっとイ級を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美波が陽炎に検査結果を告げる。

 

「脳波に異常なし、血圧も正常、血液検査の結果はまだ出ないが、今のところ無問題」

「じゃあ行ってもいいわよね」

「ああ、不知火さんも検査したいから呼んでほしい」

「ん、りょーかい」

 

陽炎は医務室から出ていった。楓も門番の役目が終わったので、開いた扉の向こうから美波に向かって会釈し、その場を立ち去った。

美波はそれを見送ると机に向かい、陽炎の血液の入った試験管を手に取り興味深そうに観察する。

 

「触らぬ神に祟りなし。だが、調べざるを得ない」

 

それは医者としての責務からか、もしくは医学者としての興味本意か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎は工作室に入って、不知火に声をかけた。

 

「不知火ー、お医者さんが呼んでるわよ」

「え?」

 

不知火は総合情報処理端末からこちらへと目を向け、媛萌と百々も手を止める。どうやら不知火の監督の元、艤装の整備中だったようだ。

 

「どうしてですか?」

「不知火も検査したいって」

「出撃してないですが」

「血液検査とかやってなかったじゃない」

「そういえばそうですね。では報告が終わったら行きます」

 

不知火は医務室へ行くのを後回しにして、陽炎に艤装の状態を伝える。

 

「装甲は張り替え中です。機関に若干の出力低下が見られますが5%程度ですので、大した問題はないでしょう。操舵系に異常はありませんでした。武装も弾が無いことを除けば問題ありませんが……よく着けましたねこんな武装を」

「使えるのはわかってたから」

「これ……何なんスか?」

 

百々が駆逐棲姫の主砲を手に取り尋ねた。

陽炎と不知火の主砲とは違い、禍々しいあの怪物らしい形状をしている。

 

「駆逐棲姫の主砲よ」

「それはわかってるっス。でも……見た目は違うんスけど、構造は陽炎ちゃん達のとほぼ一緒なんスよね」

「武器なんて何処の国でも似るものでしょ?」

「それはそうスけど……」

 

百々はまだ何か気になるようでゴニョゴニョ言っていた。

 

「そう言えば、元の武装は?」

 

そう媛萌が尋ねると、陽炎は「え?」と固まった。そんなこと頭からさっぱり抜け落ちていた。

 

「あれ、外して何処やったっけ、確か……えっと……」

 

駆逐棲姫の武装を取り付けて、その後駆逐棲姫を海に還した。そして赤羽に促されて後部座席に__。

 

「あ、武装スキッパーのリアシートに置きっぱなしだ」

 

それを聞いた媛萌は苦笑いし、不知火はこめかみを押さえる。

 

「陽炎……、すぐ連絡して取り返してください」

「え、すぐ?」

「すぐです」

 

不知火は一気に捲し立てた。

 

「あれは元々不知火の武装ですよ、借りたものを戦闘で壊したのならともかく、うっかり無くすなど言語道断です。許しません」

「う、うん、わかったわよ」

 

陽炎はインカムで武装を持っていると思われる赤羽に呼びかけた。

 

「もしもし赤羽さん、武器を返して欲しいんだけど」

『隊長なら今いないよ』

 

無線の先からは、赤羽ではない女性の声がした。

 

『今傷の手当してるから後でこっちからかけ直すよ。じゃあね』

 

相手はそう言って無線を切った。

 

「今治療中って切られた」

「はあ……仕方ないですね……」

 

不知火は大きくため息をついた。

 

「艤装が直ったら取りに行ってくるわね」

「頼みますよ」

 

その時、明乃の声が艦内無線で聞こえた。

 

『艦長の岬です、艦長会議の結果をお伝えします。学生艦隊はこの場に留まり、現海域の掃海を行うことになりました。任務についてのブリーフィングを行いますので、各科長は0900までに艦橋へ集合してください。

あ、陽炎ちゃんと不知火ちゃんも参加してください。以上』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦橋にはいつもの艦橋メンバーに加え麻侖と美海も集まっていた。

 

「__晴風は西側のこの範囲を担当します。処理はプロの人任せだから、私達は発見して連絡するだけ」

 

明乃があらかたの説明を終えると、幸子がオンラインの海図を手に発言した。

 

「海流は南に向かっているので、流れてくる残骸は比較的少ないかと」

 

鈴がそれを受けて意見を述べる。

 

「もし漂流物に囲まれると危ないから、見張りをふやしたいな。できたら、他の科からも応援が欲しいよ」

 

明乃はうんうんと頷いた。

 

「そっか……砲雷科は何か意見あるかな?」

「う〜ん、もしもに備えて主砲と機銃は常に使えるようにしたいんだけど、そうなると手が足りないんだよね。正直なところ皆撃ちすぎて疲れてるし」

「うぃ」

 

芽衣の言う通り主砲と機銃を常に使えるようにするには、三交代制でも機銃2丁×3+主砲3名×3=15名が必要になる。ちなみに砲雷科は普段武装を扱わないましろと楓をいれても9名なので、全く足りない。

 

「自動化されてるんだから主砲は1人でいいんじゃないの?」

 

陽炎がそう尋ねると、志摩が首を横に振った。

 

「たいへん」

「回転ハンドルとトリガーがバラバラについてるから1人だと難しいんだよ」

 

芽衣が片手をグルグル回しもう片方でトリガーを引く動作をしながら、補足説明を入れた。

 

「それを3門同時にやるの、できると思う?」

「千手観音じゃなきゃ無理ね」

 

陽炎が納得したところで、明乃が麻侖へと話を振る。

 

「マロンちゃん、機関科からは何かある?」

「修理はもうすぐ終わっから問題ねえけどよ、2日間も動けるように火は入れっぱなんだろ?そしたら燃料がかなりカツカツでい」

 

蒸気タービン艦は缶の火を落とすと、再び圧力を高めるのに半日近くかかる。なのですぐ動く必要がある場合は火を絶やさず圧力を維持する必要があるのだが、当然その間燃料を消費し続けるのだ。数時間くらいならともかく、2日ともなればかなりの量を食いつぶしてしまう。蒸気機関の悪いところだ。

近代艦のガスタービンエンジンなら始動してすぐに動けるので、エンジンを回し続ける必要も無いのだが。

 

「ミミちゃんは?」

「備蓄は十分あるから問題ないわよ」

 

ふむ、と明乃は顎に手を当て考える。

 

「1番は見張りと砲術科のシフトだね。やっぱり手が足りないかな……」

「今の人数で組むとどうしても負担が多過ぎます」

 

ましろの意見に鈴も同意する。

 

「見張りが野間さんとサトちゃんとまゆちゃんとしゅうちゃんの4人……どう考えても無理だよぅ……」

「そもそも軍艦をたった30人で運用するのが間違いなんです」

「それ言ったらキリないから」

 

不知火のド正論を芽衣が押しのけた。

人数不足はもうどうしようもないのだ。

 

「なら、私と不知火も見張りに入るわ」

「え、いいの?」

 

陽炎の提案に、明乃は思わず聞き返した。

 

「ええ、私達凄く目がいいのよ。3.0はあるわ」

「そうじゃなくて、陽炎ちゃん達は晴風のクルーじゃないのに」

「もう、そんなかたっ苦しいこと言わない。使えるものは親でも使えって言うでしょ、こんなに有能な私達を遊ばせとくわけ?」

「う、うん、わかったよ」

 

有能とか自分で言っちゃうあたり図々しいとは思うが、明乃はその勢いに押される形で承諾した。

 

「と、とりあえず見張り台は航海科で回して貰って、右舷と左舷の見張りには艦橋組と陽炎ちゃんと不知火ちゃんを当てよう。それで十分賄える筈だから」

「わかりました。シフト表を作っておきます」

「砲術科の方はメイちゃんにお願いしていい?」

「まっかせて!」

 

幸子はタブレット端末にシフトを書き込みながら、隣のましろに耳打ちする。

 

「新たなミーちゃんポジですよ、シロちゃん」

「どういう意味だ?」

「救助したら晴風の仲間になってくれた人、ってことです」

「なるほどな。だが……」

「だが、なんですか?」

「ミーナさんはブルーマーメイドだったからよかったが、陽炎さん達は部外者だろう……?働かせていいのか?そもそも艦の中を自由に歩き回らせては駄目じゃないか……?」

「細かいことはいいんですよ」

「細かくないわ」

 

ビシッとツッコミを入れるが、幸子は動じない。

 

「もしかしたら、陽炎さん達もシロちゃんと同室になるかもしれないですね」

「それは流石に無いだろう」

 

この時ましろは笑い飛ばしたが、後で後悔することになったのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

なんだかんだで砲術科のシフトもすぐに決まり(結局、1人ずつ常駐させればいいという結論に達した)、晴風は掃海任務を開始することになった。

 

「前進微速」

「前進微速」

 

鈴が復唱し、テレグラフを回す。

 

「進路このまま、晴風は掃海任務にあたります」

 

晴風はゆっくりと動き出した。

 

 




ましろ「戦いも終わったし、少しはゆっくりできそうですね」
作者「次の話も戦闘の予定はないよ」
ましろ「それはよかったです」
作者「ゆるい話を書こうと思ってるんだ」
ましろ「ここのところずっと気が抜けないことばかりでしたから、ありがたいですね」
作者「どれがいい?怪談か、水鉄砲戦争か、半舷上陸か」
ましろ「どれも身に覚えがあるんですけど……」

次回もお楽しみに。


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18話 相部屋でアンラッキー?


幸子「今回はシリアスっぽさの無い日常回だそうです。なにやら凄く面白いことが起きたらしいんですが、私は何も覚えて無いんですよね……。どうしてでしょうか?
……はっ!まさか何か重大な機密を知って記憶を消された!?
『君は余計なことまで知ってしまった。君をこのまま帰すわけには行かない、記憶を消させてもらおう。なぁに、ここ数年間の記憶が綺麗さっぱり消えて、君は元の平和な生活に戻るだけだ』みたいなことが!?」
ポンポン(後ろから肩を叩かれる)
幸子「はい?」
作者「これを見て」(何処かでみた宇宙人と戦う男達のような黒いスーツにサングラス。そして謎の光る棒)

パシュン!

幸子「……あれ?私は何を……?」
作者「ココちゃん、前書きだよ」
幸子「あっはい!え〜と、サブタイトルは『相部屋でアンラッキー』相部屋になりそうな人と言えば、もう決まってますよね」

それでは本編へどうぞ。


 

0930、朝食の時間が過ぎた食堂はガラガラで、お客は芽衣と理都子と果代子しかいなかった。ましろは欠伸を噛み殺しながら遅い朝食を受け取り、誰もいないテーブルに座った。

戦闘が終わった後も被害状況の確認や艦長が武蔵に移っている間の指揮など仕事続きで、ようやく食事にありつけた。

 

実を言うと疲れと眠気であまり食欲は出ないが、それでも食べておかないと身が保たない。少しずつでも食べ進める。こんな状況でも美味しい食事を用意してくれる給養員には感謝しかない。

 

しばらくすると非番になった洋美が偶然やってきた。

洋美は隣に座ると、いろんな話を提供してくれた。噂好き4人組から聞いた教師の噂話や陸での馬鹿騒ぎ等、戦闘や演習とは関係ない話を選んで聞かせてくれて、そういうのを忘れてリラックスしたかったましろにはとてもありがたく、時折クスリと笑いながら相槌を打っていた。

 

 

 

「しろちゃん」

 

 

 

いつの間にか明乃が自分の向かいに食事の乗ったトレーを持って立っていた。

 

「ここ、いいかな?」

「どうぞ」

 

ましろには拒否する理由も無く承諾、明乃はましろの向かいの席に着いた。

すると、

 

「お邪魔しま〜す」

 

何故か陽炎と不知火も艦長とセットでご来店のようで、陽炎は洋美の向かいに、不知火はその隣に着いた。2人は怪我をしていてトレーを持てないため、食事はほまれとあかねが後から運んできた。

 

「「お待たせしました〜」」

「ありがとうほまれ、あかね」

「ありがとうございます」

「いえいえ〜」

「ゆっくりしてってね」

 

杵崎姉妹は厨房へと帰っていった。

ましろは陽炎と不知火に聞いた。

 

「2人もまだ食べてなかったのか?」

「ええ、戻ってきたらすぐ医務室にぶち込まれたから」

「不知火は艤装の点検をしていたので」

 

2人はそう答えると律儀に手を合わせて「いただきます」と言ってから食べ始めた。

その傍らで、明乃が要件を切り出した。

 

「しろちゃん、お願いがあるんだけど」

 

ましろは何故か嫌な予感を感じた。

 

「……何ですか?」

 

そう尋ねて味噌汁をすする。

明乃はとびきりの笑顔で言い放った。

 

「うん、陽炎ちゃん達をしろちゃんの部屋に泊めて欲しいんだ」

「ブッ!!ゲホッゴホッ!!」

 

思わず味噌汁を吹き出しそうになったのを気合いでこらえたが、気管に入ってしまい凄く咳き込んだ。

 

納沙さんの言っていたとおりじゃないか!!

 

「宗谷さん大丈夫!?」

 

洋美が慌てて声をかける。

 

「大丈夫だ、問題無い……」

「それ問題あるフラグだよね!?」

 

ようやく落ち着きを取り戻して姿勢を整え、明乃と向き合う。

 

「何でまた私の部屋なんですか……」

「空き部屋が無くって、部屋の数も前から変わってないんだよね」

「そんな……っ!なんとかならないんですか!?」

 

拒否したい構えのましろに対し、明乃は困り顔だ。

 

「そう言われても……、みなみさんから医務室のベッドは使うなって言われたし……、あとは船倉で寝袋くらいしか……」

「……」

 

その言葉にピクッと芽衣の猫耳リボンが反応した。

 

「あ〜、あれだよね。私等の禁固刑と同じってことだよね」

「「禁固刑?」」

 

陽炎と不知火が息ぴったりに首を傾げる。

 

「いやちょっとやっちゃったことあってさ、タマと私が禁固刑食らってしばらく船倉に閉じ込められたんだよ」

「まさかその原因は、許可なく発砲したとかじゃ無いですよね?」

 

不知火が鋭いところを突いた。しかし、トリガーハッピーの巣窟ならありそうだと考えるのは、些か失礼な気もするが。

 

「まあ、半分当たり?だよね艦長」

「そ、そうだね……」

 

芽衣が同意を求め、明乃は肯定する。

不知火は酷い頭痛を感じた。

 

「大丈夫なんですかこの艦は……っ!」

「いやでもっ!あの時は仕方なかったと言うか、そもそも私等は悪く無いっ!!」

 

芽衣はそうぶった切って不知火を納得させないまま、話を強引に戻す。

 

「副長、ホントに陽炎ちゃん達を船倉にぶち込むつもり?」

「いや……その……」

「暗い船倉に閉じ込められて、寝袋も寝辛くて、精神的にも肉体的にもしんどかったのに……!」

 

そして顔を手で覆い、ぶわっと泣くふりをする芽衣、もちろん嘘っぱちだ。

それに理都子と果代子も乗り、同じように顔を覆い泣いてる振りをする。

 

「水雷長もタマちゃんも辛そうで見ていられなかった……っ」

「ホントかわいそうだったよ……」

「おい!立石さんも西崎さんも意外と禁固刑エンジョイしてただろうが!!」

 

ましろが吠えると、3人は揃って舌を出した。

 

「「「てへぺろ☆」」」

「今度楽しみの無い禁固刑喰らわせてやろうか」

 

ましろが拳を震わせる。

 

「……エンジョイする禁固刑って何?」

 

陽炎が聞くと、不知火は「さあ」と投げやりに答えた。不知火はこの常識の通じない晴風という艦を前に、考えることを放棄していた。

 

ましろは何とか相部屋を逃れる手は無いかと一生懸命考え、ハッと思いついた。

 

「そうだ!晴風に空き部屋が無いのなら、他の艦に移って貰えばいいじゃないか!弁天か北風に引き取って貰いましょうよ!」

 

しかし、明乃は申し訳なさそうに謝った。

 

「……ごめん、私もそれ考えたんだけどね……」

 

そして回想に入った。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「古庄教官、陽炎ちゃんと不知火ちゃんを他の艦に預かってもらえませんか?」

「どうして?……ってそっか、晴風には空き部屋無いものね。わかったわ、ちょっと相談してみる」

 

古庄は神谷と真冬に連絡を取った。

だが、

 

『北風では預かれないぞ』

『こっちも止めたほうがいいな』

 

2人とも受け入れを拒否した。

北風はそもそも沈みかけているから論外として、弁天はと言うと。

 

『また化物が来た時は弁天が盾にならなきゃいけねえんだ、わざわざ危険に晒すわけにはいかねえだろ。学生(ガキ)と一緒に逃げてくれたほうがよっぽど安全だ』

 

と、ごもっともな理由を返された。

古庄はそれを受けて、空き部屋もあり、そして1番頑丈な武蔵が適任だと判断した。しかし、

 

「では武蔵に移ってもらいましょうか」

『反対だ』

 

神谷が異論を唱えた。

 

『自分は晴風が適任だと思う』

「理由をお聞かせ願えますか」

『被害が最も少ない、弁天を除けば1番足が速い、それと実戦経験豊富で怪物との戦いでも成果は抜きん出ていて、学生艦の中では最も頼りになる』

 

真冬も同意する。

 

『そりゃいい考えだ、晴風なら何があっても逃げ帰れそうだしな』

 

反論の余地もない理由に、古庄も同意せざるを得ない。

 

「了解しました」

 

古庄は無線を切った。

 

「岬さん、申し訳ないけど2人はこのまま晴風で預かって貰える?」

「了解です」

 

 

 

     ◇

 

 

 

「__って」

「あああああ!!」

 

ましろは頭を抱えて叫んだ。

晴風が凄く高評価なのはとても嬉しくて舞い上がる程だが、そのせいで退路は絶たれた。

 

「でもベッドは1つしかないじゃない、どうするのよ?」

 

洋美がましろの援護のためそう指摘すると、不知火はさも当たり前かのようにこう答えた。

 

「陽炎と一緒のベッドで寝るので問題ありません」

 

そして陽炎もうんうんと頷く。

 

「これで解決ね」

「待って、2人で寝たらベッド狭いけど、いいの?」

「全然へっちゃらよ」

 

そして陽炎は不知火の背後に回ってベタ〜っと抱きついた。

 

「ねー不知火」

「はい」

 

ましろが「ああ……」と諦めと絶望のオーラを漏らす。

 

「宗谷さん……」

 

洋美もどうましろを励ませばいいかわからなかった。

ましろは机に突っ伏し、魂の抜けた声でお決まりのセリフを言った。

 

「本当に……ついてない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺風景だった部屋

 

__艦の中ということもあり、必要最低限のものしかないシンプルで殺風景な部屋でした。しかし……、

なんということでしょう!

至るところに飾られたファンシーグッズ達、殺風景だった部屋が年頃の女の子らしい、可愛い気のある空間へと変身しました。

これで夜独りぼっちでも寂しくは__。

 

 

 

「ビフォーアフターやめろ!」

 

幸子のリフォーム番組の用なナレーションを、ましろが強制的に終わらせた。

 

朝食を食べ終わり、陽炎達に部屋を案内することになったら何故か幸子もついてきて、部屋に着いてすぐ飾り付け前の写真を持ち出し突然ナレーションを始めた。

それが可笑しかったようで、陽炎はケラケラと笑った。

 

「凄いそっくり!傑作!」

「お褒めに預かり光栄であります!」

 

副長室は前の航海と変わらず、ましろのかわいいぬいぐるみ達が占領していた。

 

「しろ副長ってこんなのが好みなのね」

 

ましろは恥ずかしそうに顔を赤くした。

 

「悪いか……ってしろ副長!?なんだその呼び方!」

「まーまー、細かいことはいいじゃない」

 

陽炎は並べてあるぬいぐるみを1つ1つ観察していく。

 

「どれもかわいい〜!ね、不知火、そう思うわよね?…………不知火?」

 

返事がないので振り向くと、不知火はベッドに腰掛けて、鮫の抱きまくらのブルースをぎゅっと抱きしめていた。

 

「不知火、どうしたの?」

「……意外と気分が高揚します」

「それ加賀さんのセリフ」

 

どうやらブルースを気に入ったらしくモフモフして感触を楽しんでいる、実に微笑ましい。

 

「ま、いっか」

 

陽炎はぬいぐるみ観察へと戻った。ひよこやアザラシ、ペンギンなどの可愛らしいぬいぐるみ。その中に、1体だけ凄くリアルな猫がいた。

 

「あら、この子だけずいぶんリアルなのね」

 

それを取ろうと手を伸ばしたその時、

 

「なぁご」

「へ?」

 

その猫が鳴いて、顔をスリスリと陽炎の手にこすりつけた。

 

「この子……、本物の猫!?」

「多聞丸だ」

「多聞……丸……?」

 

それは二航戦の飛龍がことあるごとに呼ぶ名前で、陽炎は思わず聞き返した。

 

「私の飼い猫だ」

「え…あ……そ、そうなんだ……」

 

飛龍が出会ったらどんな反応をするのだろうか。

多聞丸はまた「なぁご」と鳴くと、ピョン!と跳ねて陽炎の胸に飛び込んだ。

 

「わっ、ちょっ」

 

陽炎が慌てて右手で多聞丸を抱っこすると、多聞丸はゴロゴロと喉を鳴らした。

 

「お〜よしよし、この子すっごい人懐っこいのね」

「そうだな……」

 

初めて会ったばかりなのに懐かれている陽炎に対し、ましろは少し嫉妬し頬を膨らませた。

 

「むぅ……」

 

それを動物の勘で感じ取ったのか、多聞丸は陽炎の腕から抜けて、ましろへと跳んだ。

 

「にゃ!」

「わっ!?」

「やっぱりご主人様の胸がいいみたいね」

「そ、そうなのか?」

「にゃ」

 

ましろはそんなことを言うが、頬が緩んでいるのがバレバレだ。

 

微笑ましい。

 

「……なんだその目は……」

「微笑ましいな〜と思っただけ」

 

ましろは気恥ずかしくなったのか、コホンと咳払いをした。

 

「あー、部屋を使うに当たってだが、2人は下のベッドを使ってくれ」

「はいはーい」

「ぬいぐるみとかは構わないが、他の私物にはなるべく触れないでくれ。着替えや日用品は後で持ってくるよ」

「はーい」

「あと、最後に1番大事なこと」

 

ギン、とましろの眼が真剣なものに変わる。

 

「1番……大事なこと……?」

「それはだな……」

 

ましろは幸子を指さし告げた。

 

 

 

 

 

「納沙さんが仁義のない映画を見に来るから気をつけろ」

「陽炎さん不知火さん!一緒に見ましょう!」

 

 

 

 

 

幸子がどこからか仁義のない映画のBlu-rayBoxを取り出し勧めてきた。

 

「は……?」

「は?じゃないですよー!」

「なんで?」

「理由なんていいんです!一緒に見ましょうよ!ね?」

 

ずいずいっと仁義のない映画を推し進めてくる、というかずいずいっと近づいてくる、近い近い。

 

「……まあ、1回見てみよっかな」

「ありがとうございます!」

 

本当に嬉しそうな幸子。しかし、不知火は松葉杖をついて立ち上がり、

 

「不知火は結構です」

 

と言った。

すると幸子は、ガーンという効果音が似合いそうな程ショックを受けた。

 

「なっ、なっ、なんでですか?」

「まだ検査を受けてないので。鏑木衛生長を待たせては悪いですし」

 

不知火はそう言い残して部屋から出ていった。

寂しい幸子はましろも誘う。が、

 

「しろちゃんは__」

「悪いが、等松さんに日用品を頼んでこなくちゃならない。それと、その話はもうセリフ一字一句まで覚えてる」

 

と部屋を出ていってしまった。

多聞丸もこっそりと退室。

 

「…………」

 

うるうると目に涙を滲ませる幸子。

陽炎から見てもかわいそうに思えた。

 

「……とりあえず、見よっか」

「はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後。

ましろが陽炎達の着替えや日用品を持って帰ってきた。

 

「ただいま、……って……」

「ここ見どころですよ!ここ!」

 

幸子が画面を指差すが、答える声は無い。

 

「……スー……スー…………」

 

陽炎、寝落ち。

ベッドに腰掛けたまま頭を垂れて眠っていた。

 

「納沙さん、陽炎さん寝てるぞ」

「えっ!?」

「気づいてなかったのか……」

「陽炎さん!いいとこなのにー!」

「揺するな揺するな」

 

ましろは荷物を机に置くと、陽炎の身体をそっと後ろに倒しベッドに寝かせる。

 

「疲れてるんだろう。そっとしてあげよう」

「はあ〜、しょうがないですね」

 

幸子はため息をついてディスクをレコーダーから取り出す。

 

「せっかく陽炎さんとも友達になりたいと思ったのに」

「その基準が仁義のない映画って間違ってると思うぞ」

 

幸子の友達=仁義のない映画の好きな人らしいが、それでいいのか。

 

「もうワシらの時代はしまいかのお」

「終わるどころか始まってすらいないだろ。私も寝るから出てってくれ」

「また戻ってくるけえ、首洗って待っちょれよ」

「気いつけて物言いや。こんなの言いざまじゃ、まるで喧嘩売るようなもんで」

 

仁義のないセリフで幸子を送り出して、ましろはパジャマに着替え上のベッドに登った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……寝れない……」

 

しばらく横になって目を瞑っていたが、全然眠れない。身体はヘトヘトだし、頭もロクに働かないのに眠れない。

 

怪物との戦いが頭から離れないのだ。

 

この後当直なので、眠れないと疲れを引きずってしまい任務に支障が出る、なんとか寝ておかなけば。

 

「……美波さんに睡眠薬でももらうか……」

 

ましろは医務室へ行こうとベッドから降りた。下のベッドを覗くと、陽炎は相変わらずの安らかな顔で寝息を立てていた。

 

「寝れるのか……羨ましい……」

 

ずいぶんと神経の図太い奴だと思った。

 

 

 

 

 

医務室のドアをノックすると、「ちょっと待って」と少し慌てた美波の声が帰ってきて、ほんの10秒程待つとすぐに「どうぞ」とドアが開かれた。

 

机の上の書類の中に見られたくないものでもあったのか、隠すために慌てて積んだようで山が崩れかかっていた。

 

「何の用?」

「睡眠薬を貰いたいんだが……書類が崩れそうだぞ?」

「え、ああ。感謝する」

 

美波は山の形を整えてから、睡眠導入剤の瓶を取り出した。

 

「また眠れないのか」

「すまない……」

「薬漬は止めてほしいのだがな、航海長も胃薬を貰いに来たぞ」

「それは怪物に言ってくれないか」

「無理難題」

「だろうな」

 

美波は2粒の睡眠導入剤を手渡した。

 

「とりあえずこれを」

「ありがとう」

 

ましろは薬を受け取り礼を言うと、洗面所に行きコップ1杯分の水と一緒に薬を飲み込んだ。ふと鏡を見ると、目の下に大きな隈ができた酷い顔だった。

 

「……疲れてるんだな、私」

 

それに気づいた途端、いきなり強烈な睡魔に襲われた。目蓋が重くなって視界が狭まる。

 

「……あ……ヤバイ……眠……」

 

ましろはフラフラと副長室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さんこんにちは、私達『五十六・多聞丸撮影隊』です。突然ですが、デジャヴに遭遇してしまいました」

「めぐちゃん、誰に言ってるの?」

「多聞丸の猫鍋を撮影していた私達ですが、ふと目を離した隙にいなくなってしまい、探しに艦内を回っていたら……!いつぞやのようにフラフラと眠そうに歩く副長と、その横に付き添う多聞丸が!」

 

まるでナレーターのように語る慧と、それを不思議そうに見る美甘。それと幸子と百々の4人が、ましろの後をコソコソとつけて歩く。

 

「宇田さん、これはもしかして……」

 

幸子が耳打ちすると、慧ははっきりと頷く。

 

「うん、あの時と似たパターンだね」

 

そう、あの時とは、このメンバーが五十六を追いかけなんだかんだあって副長室を覗くと、ましろがミーナを抱きまくらにして眠っているのを目撃してしまった出来事なのだ。

(いんたーばるっ参照)

 

眠そうにフラフラ歩くましろと、それをそっと見守る猫。あの時そっくりだ。

 

「これは追いかけるしかないっスよ」

「「「うん」」」

 

百々の言葉に全員が頷く。

今副長室には陽炎が寝ているはずで、ましろがまた同じことをやってくれるのかとワクワク気になって仕方がない。

当然、他の人の部屋に忍び込むのは半ば犯罪行為にも等しいが、プライバシーとか倫理とかそんなのとうに吹き飛んでしまっている。

またあれを見たい、検閲される前に保存したいという欲望が強すぎた。

 

4人は足音を立てないように気をつけて追いかける。

 

 

 

すぐにましろが副長室の前に辿り着き、扉を開けて中に入った。多聞丸も扉が閉まるまでの間に入っていった。

 

 

 

閉じた扉の前にスタンバイ。

 

慧がドアノブに手をかけ皆を見る。

 

全員の同意を確認。

 

扉をほんの僅かに開き、鍵のかかっていないことを確認。

 

「突入」

 

扉を静かに開き、素早く中へと入り込む。

 

すると__。

 

 

 

 

 

「おおお……」

「流石副長、期待を裏切らない」

 

慧は一心不乱にデジカメのシャッターを切り続け、美甘も構図を変えながらもシャッターを切る。起こさないように設定でシャッター音を消しているので、カチカチというボタンの音だけが響く。

 

皆の期待通り、ましろは寝ぼけて間違えて下の陽炎が寝ているベッドに入ってしまい、陽炎にぎゅっと抱きついていた。

そして驚きなのが、抱きつかれた陽炎もましろを優しく抱きしめ返しているのだ。

 

「いいっスね〜」

 

百々は鼻息荒く目にも止まらぬ速さで鉛筆を動かしスケッチしていく。

幸子は小声でブツブツと裏航海日誌の内容を口から漏らしながら更新する。

 

「なんか、陽炎ちゃんって母性溢れてる気がしないっスか?」

「あーなんとなくわかる」

 

慧が頷く。

 

「副長はなんか子供みたいに抱きついてるけど、陽炎ちゃんはそれをあやすお母さんみたいだよね」

「もしかして、陽炎さんってお姉さんなんですかね?」

 

幸子の疑問に慧は首を傾げた。

 

「え?どういうこと?」

「私には、甘える妹と甘えさせる姉の構図に見えるんですけど……」

 

言われてみれば、そうとも見える。

__妹、ましろと一緒に寝る姉、陽炎__。

 

「言われてみれば、そうかも」

「副長は末っ子だっけ?」

 

美甘が尋ねると、幸子が即答した。

 

「はい、3人姉妹の末っ子です」

「だからこんなに甘えん坊さんなんだー。もう一枚撮っとこ」

 

美甘は再びシャッターを切った。

 

「でも、陽炎ちゃんて妹いるのかな?」

「さあ……?」

「不知火ちゃんは違うんスかね?」

「髪の色違うし、あんまり似てないよね」

「そう?結構似てない?」

「う〜ん……」

「美波さんに血縁関係を調べてもらいますか」

「今忙しそうだから……」

「もしや、黒潮とか親潮って名前の妹がいたりして……!」

「陽炎、不知火、黒潮、親潮……って全員陽炎型の名前かい!」

「いたら凄いねー」

 

ワイワイと陽炎の姉妹について騒いでいた時、

 

「んん…………」

 

ましろがモゾモゾと動いた。

 

「ひっ!」

 

4人はいつでも逃げられるように扉に手をかけ、様子を見守る。

 

「起きた……?」

 

慧はそっと近づき顔を覗き込む。幸子が様子を尋ねた。

 

「宇田さん、どうですか?」

「しっ」

 

慧は口の前に人差し指を立て、静かにさせた。

 

ましろの口が、小さく動いている。

 

「何か言ってるみたい」

 

美甘達も近づいて顔を覗き込み、ましろの唇を注視する。

 

「なんて言ってるの?」

「さあ……」

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「岬さん……かわいいなぁ……」

 

 

 

 

 

確かにはっきりと聞こえた。

 

「今、なんて……?」

「岬さん」

「かわいいな、って」

 

4人はしばらく顔を見合わせた。

そして、衝撃の大スクープに一気に沸いた。

 

「「「「きゃあああ!」」」」

「やっぱり本命は艦長だったんだ!」

「噂にはなってたスけど!」

「もしかして陽炎ちゃんを艦長と勘違いしてる!?」

「とんでもないスクープを入手してしまった!陽炎さんに抱きついたしろちゃんが寝言で『岬さんかわいいな』と衝撃の発言!もしかして夏休みの間に何か大イベントが!」

 

そこからは素早かった。

慧と美甘はカメラを動画モードに切り替え、次の寝言を今か今かと待ち構え。百々は今までのスケッチに加え陽炎を明乃に置き換えた、ミケシロ添い寝を描き始めた。幸子は裏航海日誌の更新を凄いスピードで進めていく。

 

「「「「さあ副長(しろちゃん)!次の爆弾発言をください(っス)!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してるんですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声にバッと振り返ると、不知火が何があったのかと不思議そうに部屋の入り口で立っていた。

 

「あ……不知火ちゃん」

「こんな狭い部屋で4人も集まって何してるんですか?」

 

不知火はツカツカと進み、ベッドの横に来た。そして、その光景を見て黙り込んだ。

 

「…………」

 

しかし、様子がおかしい。ブチッと何かが切れる音がした。

慧が恐る恐る声をかける。

 

「あの……不知火ちゃん……?」

「はい?」

「ひいっ!?」

 

思わず後ろに飛び退る。不知火の声は滅茶苦茶怒気を孕んでいて、怪物のような恐ろしい冷徹な眼光でこちらを睨みつけてきた。後ろに鬼でも見えそうな恐ろしさだった。

今まで経験したことの無い恐怖で4人は動けなくなって、子鹿のようにガタガタと震えた。

 

「これはどういうことですか……?」

「えっ……えっとね……副長がベッ……じゃなくて、フラフラしてて危なっかしいから様子を見に来たら……」

 

美甘がしどろもどろながら考えていた理由を言うが、不知火の怒りはちっとも収まらない。

 

「ふうん……それで、陽炎が襲われてるのを楽しそうに撮影していたというわけですか……」

「いやぁ……その……ね……?」

 

本当はましろが寝ぼけて陽炎のベッドに入ってしまっただけなのだが、不知火にとっては陽炎を襲っているように見えるらしい。

不知火がパキポキと指を鳴らす。

 

「皆さん……覚悟はできてるんでしょうね……?」

「その……データは全部消すし、絶対誰にも言わないから許して!」

 

慧はカメラを差し出し命乞いをした。

しかし、

 

「不十分です」

「……え……?」

「人の口に戸は立てられないと言いますし、消すなら」

 

そして閻魔大王のように宣告する。

 

 

 

 

 

「皆さんの記憶から消さなければ」

 

 

 

 

 

4人は恐怖のあまり声にならない悲鳴を上げた。

 

誰か助けてーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う〜ん……う〜ん……はっ!!」

 

慧はガバッと毛布を跳ね飛ばし飛び起きた。目覚めた場所は何故か医務室のベッドだった。

側にいた鶫が気づいて声をかける。

 

「あ、めぐちゃん起きた。おはよー」

「あ……おはよー」

「気分大丈夫?痛いとこ無い?」

「うん……大丈夫」

「よかった。ところで、何があったの?」

「え?」

「ココちゃん達と一緒に廊下で倒れてたんだよ?」

「え?」

 

慧は必死に何があったのか思い出そうとした。

非番になって、美甘に誘われて多聞丸の猫鍋を撮影したら多聞丸が逃げ出して、それから__。

 

「うっ!?」

 

そこから先を思い出そうとした途端、猛烈な頭痛が襲った。まるで何かを思い出させないようにバリアが張ってあるかのように。

 

「めぐちゃん大丈夫?」

「あー……駄目、思い出せない」

「無理しないで、他の皆も思い出せないみたいだし。美波さんが言うには、頭に強い衝撃が加わったことによる部分的な記憶喪失だって」

「そうなの?」

「うん、でも変なんだよね。艦が揺れたわけでも無いし、皆の倒れてたとこには何も無かったし、原因がさっぱり解らないって」

「そうなんだ……」

「ダウジングで探して来ようかな」

 

そんなものがダウジングで見つかるとは思えないのだが、鶫は2本の針金を取り出し構えた。すると、

 

ガシッ。

 

「めぐちゃん?」

 

慧が鶫の腕を掴んだ。

 

「駄目」

「え?」

 

慧の顔は甘納豆入りエクレアを食べた時と同じくらいに青ざめていた。

 

「やめた方がいいよ」

「どうして?」

「どうしてかはわからないけど、すっごく嫌な予感がする。だからやめて」

 

鶫は謎のプレッシャーに押されて、大人しく頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

その頃、不知火は副長室の下段のベッドで陽炎に抱きつきながらウトウト眠ろうとしていた。

 

「……陽炎との同衾は……不知火の特権です……」

 

好きな人と一緒にいられる幸せを噛み締め、ゆっくりと目蓋を閉じる。

 

陽炎が寝言で不知火を呼ぶ。

 

「……むにゃ……不知火ー……」

「……はい、ここにいますよ……」

 

そして、陽炎は不知火を優しく抱きしめた。

不知火は幸せそうに、深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この一連の騒動の中で、最も不幸だったのはやはりましろだろう。

 

全く悪気は無かったにも関わらず不知火の逆鱗に触れてしまい、酷い目にあった。

強引に陽炎から引き剥がされ、固い床へと思いっきり投げ飛ばされたのだった。

不幸中の幸いなのは、本人が間違って陽炎のベッドに入ったことや閻魔のような不知火のことも、全く知らずに済んだことくらいだろう。

 

 

 

 

 

「いたたたた……」

 

鈴が秀子から舵を引き継いだのと同時に、ましろが右肩に手を当てながら艦橋にやってきた。歩き方も全身が痛いのかぎこちなく、首や腰には湿布が貼ってあった。

鈴は心配して尋ねた。

 

「副長どうしたの?」

「寝てる間にベッドから落ちたみたいで……。気がついたら床で寝てた」

 

ましろはそう説明しながら志摩から当直を引き継ぎ、志摩と秀子は艦橋を降りていった。

 

「大丈夫……?」

「ああ……。しかし、本当についてない……はあ……」

 

ましろは大きくため息をついた。

 

 

 

この航海もまた不幸続きだ、私の不幸の呪いはいつ解けるのだろうか。

 

 

 




作者「単純に陽炎達が何処に泊まるのか考えてたらどんどん膨らんでこうなりました」
陽炎「不知火の暴走が凄い」
作者「なんか頭の中で勝手に動いてくれたんだ。これでも色々減らしたんだけど……」
陽炎「他に何があったのよ……」





☆悪ノリしすぎたNG集

洋美「待って、2人で寝たらベッド狭いけど、いいの?」
不知火「むしろ密着できるので嬉しいです」
一同「ブウッ!?」



ハラリ
不知火「これは……?」

『リアリストめぐちゃんの秘密メモ
陽炎ちゃん:普通
不知火ちゃん:残念』

不知火「……ロードローラーだっ!!(怒)」

慧「うえ〜ん!胸が真っ平らになったぁ〜!」
鶫「何があったの?」





作者「こんなのが……」
陽炎「流石にやりすぎでしょ」

次回もお楽しみに。


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19話 駆逐イ級に関する考察


作者「夏風邪ひきました」
美波「夜ふかしするからだ」
作者「そのせいで頭が回らずに結構遅れた」
美波「体調管理できない自分のせいだろう」
作者「美波ちゃん、一瞬で元気になる薬ない?」
美波「『薬より養生』普段からの健康管理に優るものはない。薬に頼らずに過ごせるようになれ」

それでは本編へどうぞ。


 

 

「これが中身か」

 

駆逐イ級のスキャンが終了し、神谷と真冬、古庄は会議室のモニターでその3Dスキャンデータを凝視していた。

神谷はとりあえず自分がわかったことを手早く1つ1つ箇条書きでメモしていく。

 

・動物のような肉体と、金属でできた装甲殻、武装及び推進機関で構成されている。

・武装は口内に格納された1門の砲と側面についた魚雷発射管。

・生物としての構造は哺乳類に酷似している。

・推進機関の存在は確認できるが、原理は不明。

 

「……こんなところか」

 

個人的に気になったのは、不知火の言っていた防護膜を発生させる装置の在り処。

 

バリアを張るというオーバーテクノロジーかつ、怪物の防御の要と言える装置。その仕組みや場所が分かれば、破壊あるいは無効化して防御力を下げ簡単に撃破できるようになる筈。

しかし、それがどれなのか、何処にあるのか。形も材質も分からないので、さっぱり見当もつかない。

 

「バリアの発生装置はどんな形だろうな?」

 

神谷は真冬に聞いてみたが、返ってきたのは全く参考にならない答えだった。

 

「んなことわからねえ」

 

真冬は真冬で気になることがあるようで、食い入るようにモニターへ顔を近づけていた。そして、唐突に話を振ってきた。

 

「さっき衛生長に聞いたんだが、遺伝子検査の結果こいつは未知の生物だとよ」

「そうだろうな」

 

これが知ってる生物だったら恐ろしいだろう、と神谷は驚きもしなかった。

だが、

 

「ただ、近い生物はあったってよ」

「何だ?」

 

次の衝撃の言葉には、流石に耳を疑った。

 

「人間」

「嘘だろ」

 

あたしもそう思ったよ、と真冬が頷いた。

 

「鯨かイルカだと予想してたが、まさか人間とはな。……人間……人間か……」

 

神谷はただその事実を受け止めるように、そう反芻した。

 

人型と鯨型は別物だと考えていたが、実は似ているものなのだろうか。

 

 

 

 

 

「これは……人工物、なのでしょうか?」

 

古庄が尋ねると、神谷は頷いた。

 

「まあ、こんな生き物が自然に生まれることはないだろう」

「ええ。ですが、人工物だとしたらかなり歪なものですよね」

 

古庄の言うとおり、これが人工生命体だとしたら、かなりちぐはぐな印象を受ける。

 

「体全体が装甲に覆われているので航行能力は推進機関だよりの様ですが、剥き出しの顎や無骨な形状は水中での抵抗を増やします。砲を口の中に格納していますが、兵器としては取り回しし辛く生物としては食事等に邪魔で合理的ではありません」

 

その考察は全て的を得ていて、神谷は古庄の観察力に感心した。

 

「流石は教官。……待てよ」

 

そこでハッと気がついた。

 

不知火のいう防護膜があれば、体全体を装甲で覆う必要はない。人型の個体のようにほぼ全裸に近い格好でも問題無いのだ。

なのに全身に装甲を施してあるということは、このイ級と呼ばれる個体には防護膜が無いということである。無いのはコストの問題か、もしくは技術的な問題か。すると、イ級が生まれた時にはまだ技術が未完成だったのだろうか。

 

そこでもう一つ、重要なことに気づいた。

 

「イロハ順か」

 

イ級やロ級といった種別名は、規則性は特に無いものだと思っていた。だが、イ級が始めの頃に生まれたとするなら、奴等の名称は「いろはにほへと」順に名付けられているのかもしれない。「あいうえお」ならア級がいないのはおかしい。

もしそうならばイ級は最初に発見された個体で、技術力もまだ不十分な時に生まれたものである可能性が十分にある。当然取れるデータは古くて少ないから、それを元に作る怪物への対抗策も効果が薄くなってしまう。

 

これ以上の被害を防ぐためにも、できるだけ新しく生まれた、強い個体のデータが喉から手が出るほど欲しい。

 

イロハ順で新しくなるならば、比較的新しいのは人型に集中している。

 

神谷は捜索活動中の全隊員へ無線を繋いだ。

 

「神谷だ。全員、人型の個体を優先的に探せ。生きている奴がいたらなるべく原型を留めて仕留めろ。以上だ」

 

神谷は無線を切ると肩を落として大きなため息を吐いた。

 

赤羽(あの馬鹿)が駆逐棲姫の死体をちゃんと確保していればよかったんだが……」

 

駆逐棲姫は上位個体で、他とは一線を画す性能を持っていた。その艤装や身体を調査すればより重要なデータが取れたのかもしれない。

だが、赤羽に尋ねたところ、死体は陽炎が海に捨てたと言われ、その後よく理解できないことを言っていた。

 

 

 

 

 

__何で止めなかったって?あたしが気づいた時にはもう海に落とすとこだったし、あと……何かしたらバチ当たりそうなくらい、めっちゃ美人だった。

いや見た目もそうなんだけどさ、何かこう……純粋ってのかな?あたし等とは反対に穢れを知らない子供みたいな安らかな顔でさ。仲間を殺した怪物だってのに、複雑な気分になっちまったんだよ……。

陽炎にもあたしとは別の解剖してほしくねー理由があるんじゃねーのかな?

例えば……お仲間だとか?

 

 

 

 

 

「お仲間……、まさか……!」

 

神谷が赤羽の考えを理解したのと同時に、弁天の通信長が会議室のドアを開いた。

 

「失礼します。安全監督室長より電文が入りました」

「内容は?」

 

それはあまりにタイムリーな内容だった。

 

 

 

 

 

『直接お聞きしたいことがあります。陽炎さんと不知火さんについてです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1622

 

『艦橋、2時の方向距離50に漂流物ぞな』

 

マチコと交代で見張り台に上がっていた聡子から、漂流物の報告が上がった。

まゆみと共に当直に就いていた芽衣が応答する。

 

「こちら艦橋西崎、詳細をどーぞ」

『黒い球状の漂流物、大きさは直径1m程ぞな』

「ん、りょーかい」

 

芽衣はタブレットに情報を打ち込みながら、念の為に確認する。

 

「それって怪物じゃないよね?」

『ちょっと待つぞな。…………う〜ん、怪物にあんなのはいないぞな』

 

聡子が怪物の写真と見比べたが、合致する奴はいなかったようだ。

怪物では無いのがわかって、少しホッとした。

 

「わかった。そのまま監視しといてね」

『了解ぞな』

「さーて、報告しないと」

 

芽衣がタブレットに打ち込んだ情報をもう一度確認し、報告しようと無線の受話器を手に取ったその時、陽炎の声が伝声管から響いた。

 

『ちょっと待って、それワ級かも』

「「ワ級?」」

 

芽衣とまゆみは「そんなのいたっけ?」と疑問に思い、互いの顔を見合わせた。

 

『輸送ワ級、弾薬や燃料を運搬するための輸送船よ。写真で確認できてなかったからリストアップされてなかったのね』

 

自分達が知らなかった理由を聞いて納得したが、それはすなわち、あの漂流物は怪物だと言うことだ。

もし生きていたら攻撃してくるかもしれない。

 

「ヤバイじゃん!すぐ戦闘配置かけないと!」

 

すわ一大事と、芽衣は慌てて艦内放送のマイクを握った。しかし、陽炎は落ち着いた声でたしなめた。

 

『大丈夫そんな必要ないから、落ち着いて』

「どゆこと?」

『ワ級は輸送船だから基本非武装なの、つまり攻撃してこないわ』

「あ、そっか」

 

ちょっと考えればすぐわかることなのだが、芽衣は慌てていてそこまで頭が回らなかった。

陽炎が聡子へと尋ねる。

 

『サト、見えるのは球体だけ?本体の白い身体は見えない?』

『身体って、どんな形ぞな?』

『人の身体みたいなの。上半身が球体から生えてるわ』

『……なんか聞くだけで不気味ぞな』

『深海棲艦は全部不気味よ』

『う〜ん、ひっくり返って水没してる可能性もあるから、なんとも言えないぞな』

『わかった。じゃあちょっくら見てくるわね』

「うえっ!?近づくの!?」

 

芽衣はわざわざ怪物に近づくなんて危な過ぎる、と反対だった。

しかし、当の陽炎は「大丈夫大丈夫」となんてことないように言う。

 

『身体が沈んだ状態で浮かんでるわけないから、たぶん身体と切り離されたコンテナだけが浮いてるんだと思う。あの中には結構私達が使えるものもあるから確保したいのよ。念の為に主砲と機銃を用意しといて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎はすぐに艤装を装着して晴風を降りワ級へと向かった。

弾薬の切れた武装は役に立たないため、工作室にあったバールを勝手に拝借し武器代わりに構えている。薙刀や刀は練習したことがあるが、バールを武器として使おうとしたことなんて無くて初めて振り方の練習をする、傍から見たら殺人のイメージトレーニングをするヤバイ奴に見えるのだろう。何度かやってなんとなく感覚は掴めた。

ワ級まで50m程のところで一旦停止、ソナーでワ級の動力音や拍動音がしないか、耳を澄ませて確かめる。

 

……何も聞こえない、生きてる奴ではなさそうだ。

 

間近まで近づいて、ようやくワ級の全体像がわかった。

機銃掃射に巻き込まれたようで、肉体とコンテナの接合部が銃弾によって破壊されて肉体は失われていた。残された球状のコンテナもいくつもの弾痕がついているが貫通したものは無い、球状なのが幸いして銃弾のほとんどを弾いたようだ。

晴風へと報告を入れる。

 

「こちら陽炎、漂流物はワ級のコンテナで確定。肉体は切り離されているから暴れたりする危険はないわ」

 

それに芽衣が応じる。

 

『了解、コンテナの中身って何だかわかる?』

「開けてみないとわからないわね」

 

陽炎はコンテナを晴風へ曳航するために、錨鎖を引き出しコンテナへと引っ掛けた。

 

「持って帰るから楽しみにしてて」

 

旅行先から「お土産買ってくよ」と電話する時のように呑気な声で告げて、晴風へと向かう。コンテナの中身はかなり重たいらしく、牽引すると鎖がビンと張った。この重量は弾薬か装備だろうか、開けた時が楽しみだ。

 

ところで、無線の向こうがワーギャー騒がしくなったがどうしてだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲板の真下に着くと一旦コンテナから錨鎖を外して放り投げ、手すりに引っ掛けた。そして駆逐棲姫との戦いの合間にやったのと同じように自分の身体を先に引き上げてから、再びコンテナへ錨鎖を引っ掛けて吊り上げる。

 

「よいしょっと、あ〜重かった〜」

 

甲板にコンテナを置き錨鎖を格納したところで、何やら不穏な空気を感じた。

辺りを見回すと、前方には薙刀を持った楓+スリングショットを持った芽衣+角材を武器替わりにした姫萌と百々、後方には警棒二刀流のマチコ+巨大なスパナで武装した洋美、他は割愛するが各々武器を持ったクルー達が取り囲んでいた。

 

「……何警戒してんの?」

「普通するわ!」

 

全員が揃って声を荒げる。

 

「中から怪物が飛び出してくるのがお定番でしょ!」

 

と芽衣が。

 

「絶対ヤバイ液体とか入ってるって!」

 

と秀子が。

 

「開けたらお婆さんになっちゃうよ!」

 

と留奈が。

 

流石に最後の留奈のボケとしか思えない発言には、全員からバシッとツッコミが入る。

 

 

 

「浦島太郎か!」

 

 

 

そのおかげですっかり場の空気が緩んでしまった。そこへ、

 

「すいません通ります」

 

人混みをかき分けながら松葉杖をついて不知火がやってきた。起きたばかりなのだろう、前髪が一部跳ねたままで、ジャージもシワがついていた。

 

「不知火、寝てたんじゃなかった?」

「艦が騒がしくなったので起きてしまいました」

 

そう説明してから、コンテナの側に屈んでさっと観察する。

 

「ワ級のコンテナですか、早速開けてみましょう」

「お、乗り気ねぇ」

 

陽炎はウキウキしながらバールをコンテナの蓋の隙間へと捩じ込む。

 

鬼が出るか蛇が出るか。クルー達は警戒し身構えた。

 

陽炎がコンテナに足をかけ体制をつくると、不知火もコンテナを押さえるために手を添える。

 

「じゃあ行くわよ!3!2!1!GO!」

 

陽炎が一気に体重をかけると、蓋がバカッ!と物凄い音を立てて壊れて開いた。

クルー達はその音に驚き反射的に顔を伏せてガードしていたが、しばらくして顔を上げても爆発や噴出、老化等は起きておらずほっとした。

 

一方で、陽炎と不知火は中身を見て目をギラつかせた。

 

「あはっ、宝の山じゃない!」

 

中には大量の砲弾と魚雷が入っていた。手に取って見ると、砲弾は12.7cm砲弾ばかりで、魚雷も61cm酸素魚雷だけだった。おそらく駆逐棲姫のための補給物資だったのだろう。

 

「貰っちゃおう」

「ええ」

 

早速陽炎は主砲の弾倉を外し砲弾を詰め込み、不知火は魚雷を陽炎の発射管にセットしていく。

 

「不知火、私の主砲も持って来たら?」

 

工作室には陽炎が装備していた主砲が1つ置いてあった。

 

「そうですね。和住さん、持って来てもらえませんか?」

「わかった、持ってくるね」

 

媛萌は工作室へと走っていった。

2人が装弾している間にクルー達がわらわらと集まり、興味津々に弾薬を覗き込んでいた。

 

「これが弾なんだー」

「へー、ちっこーい」

「プラモみたいだね」

「よくできてるなー」

 

各々自由に思ったことを口にしている。

 

全ての主砲と魚雷発射管、次弾装填装置を満タンにしても、弾薬はまだ有り余っていた。

 

「残りは工作室に置いとこうかしら」

「賛成です」

 

 

 

 

 

そこへ、耳障りな警笛が聞こえた。

 

 

 

 

 

1台の武装スキッパーが行儀悪く横滑りしてすぐ側に停止、武装スキッパーのキャノピーが開いて、中から頭に包帯を巻いた赤羽が現れた。後部座席からはS6及川が現れる。

 

「よっ、弾薬拾ったんだって?あたし等に渡しなよ」

 

誰かが通報したのだろう。余計なことを。

赤羽の命令を陽炎は即拒否。

 

「断る」

「おいコラ。全部は使わねーっしょ、余った分よこしなよ」

「弾薬はいくらあっても足りないのよ」

 

酷い暴論だ、と周りの皆は思った。

 

「それより、私の武装はどうしたのよ?」

「あーあれか、無くしたよ」

「はあ!?」

「リジェクトシートふっ飛ばした時に一緒に飛んでった」

 

それを聞いて不知火がキレた。

 

「そうですか、では絶対に弾薬(これ)は渡しません。欲しかったら潜ってでも装備を探してきてください」

 

と冷たく突き放す。

赤羽は真下の海を指さし、

 

「こんな深い海に潜れっての?潜水艇じゃなきゃ探せねーよ」

 

と言って手をお手上げポーズに変えたが、不知火は変わらず拒絶。

 

「なら渡しません」

「はあ、仕方ねーな」

 

赤羽はため息をつくと指をパキパキと鳴らした。

 

「及川、実力行使すんぞ」

「了解!」

 

呼ばれた及川は案外ノリノリで敬礼し、赤羽と共に晴風の梯子を駆け上って甲板に上がり、コンテナに手を掛けた。

 

「はい押収!」

「持ってくなー!」

 

陽炎達も取られまいと手を掛け、どうにか怪物の情報を手に入れたい赤羽・及川VS弾薬をたくさん確保したい陽炎・不知火のコンテナ引き合戦開幕。

 

「邪魔してると公務執行妨害で逮捕すんぞ!」

「大人気ないわよ!」

「法律を語るのが大人気ないっつーっの!?」

「貴女達が持っていても役に立ちませんので!」

「それをこれから調べるんだよ!」

 

周りを取り囲む生徒達から見たら、どちらも大人気ない不毛な戦いが続く。

 

片手が使えない陽炎と片脚の支えない不知火が圧倒的不利だと思われたが、予想に反して大人2人に対し全く互角の勝負だった。

 

「陽炎さん達、力凄くない?」

 

洋美が目を丸くしていた。それに果代子が頷く。

 

「陽炎さんねー、副長よりもずっと強かったよ。相撲したら黒木さんともいい勝負なんじゃないかな?」

「そ、そうなの?」

 

いったいどうしてそう言えるのか、洋美は知らなかった。

 

 

 

 

 

しばらく綱引き状態が続いていたが、赤羽に入った無線がそれを終わらせた。

 

「司令?」

 

無線に気を取られた赤羽が手を離す。そのせいで力の釣り合いが崩れ、陽炎と不知火は後ろに、及川は前にひっくり返った。

 

「きゃっ!」

「わっ!?」

「うぎゃっ!?」

 

きゅ〜、と目を回す3人を尻目に、赤羽は無線の相手をする。

 

「うん、……え?わかった。…………了解、……わかってる。んじゃ」

 

赤羽は通話を終えると、うつ伏せに倒れている及川の肩を叩いた。

 

「及川、帰るよ」

「ふえ?」

「隊長が帰ってこいってさ。早くしないと置いてくぞ」

 

そう言って踵を返し甲板からスキッパーへと飛び降りる。及川もその後を慌てて追いかけて飛び降りた。スキッパーがエンジンを始動し、晴風から離れていく。

 

「……やけにあっさりと帰ってったわね」

「ええ……」

 

陽炎と不知火はぶつけた後頭部をさすりながら怪訝そうにスキッパーを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、弾薬を回収しなくてよかったんですか?」

 

及川が心配そうに、運転席に座る赤羽に尋ねる。

すると、赤羽はまるで悪戯っ子のように笑った。

 

「え?何言ってんの?」

 

そう笑う赤羽の手には、コンテナに入っていた12.7cm砲弾が何発か握られていた。

 

「いつの間に!?」

 

及川は開いた口が塞がらなかった。

いつコンテナから取っていたのだろうか、さっぱり気づかなかった。

 

「魚雷も2本持ってきたし、十分だろ?」

 

赤羽はにやりと笑みを深める。

 

「ホントはもっと欲しかったんだけど、あいつらと殺り合ったら敵わねーし」

「あれ?いつもなら『男でもグリーンベレーでもぶちのめす』って言うのに」

 

どうして怪我した子供相手に勝てないと思うのだろうか?と及川が首を傾げると赤羽は、

 

「あいつらゼッテー人の域外れてやがる」

 

と真剣な目で言った。

 

「急ぐよ、室長があたし等に話を聞きたいって言ってるらしいから」

 

赤羽はフルスロットルでスキッパーを加速させた。

 

 

 





コンテナを開けると……。

陽炎「行くわよ!3!2!1!GO!」

ボフッ!

秀子「うわっ!煙が!」
留奈「ホントに玉手箱だった!?」



赤ちゃん陽炎「……バブー」
赤ちゃん不知火「ブー」



一同「幼児退行(そっち)!?」

次回もお楽しみに。


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20話 彼女達は何者なのか

鈴「今回は、陽炎ちゃんと不知火ちゃんの正体に迫るお話らしいです。でも、正体って一体なんだろう……」
陽炎「知らない方がいいわよ」
鈴「え?」
陽炎「正体を知っちゃった人はね……消さなきゃいけないのよ!」鈴ニ主砲ヲ向ケル!
鈴「きゃあああ!!」
不知火「そんな掟ありませんから、変なことを吹き込まないでください」

それでは本編へどうぞ。


「宗谷安全監督室長、ご無沙汰しております」

『お久しぶりです、神谷司令』

 

モニター越しに神谷と真霜が挨拶を交わす。

弁天の会議室には神谷と真冬、古庄がいた。ちなみに桜井は北風の応急修理にかかりっきりだ。

モニターの向こうの真霜の顔には誰でもわかる程疲れの色が出ていた、真冬もこんな顔の姉を見るのは生まれて初めてだった。それだけ、この怪物の引き起こす被害が類を見ない大きさなのだろう。

 

『神谷司令、真冬艦長、古庄教官。怪物体の撃退、ご苦労様でした。報告は既に受けていますが、直接確認したいことがあるのでこうして連絡させていただきました。晴風が救助した陽炎さんと不知火さんについてです。』

 

真霜が2つのレポートを映し内容を読み上げる。これは明乃ともえかが提出した戦闘報告書だ。

 

『岬艦長、知名艦長からの報告(レポート)では、学生艦隊の戦闘中に突如として陽炎さんが晴風の艦橋に現れ、晴風に乗り込んできた怪物を所持していた銃で射殺。その後晴風を降り海面を()()しながら怪物の群れと交戦、不確実な数字ですが十数体を撃破と思われる。

ちょうどその頃、武蔵の側に不知火さんが現れ、陽炎さんと同じように三十体あまりを撃破。その最中に攻撃を受けたもののなおも交戦。途中で陽炎さんと合流し武蔵格納庫へ乗り込み、武蔵の一斉射撃に合わせて再び突撃、しかし怪物の攻撃により重傷を負い行動不能に陥ったところを、晴風に救助された』

 

写っていたレポートが次の物に変わる。古庄がとった聴取記録だ。

 

『聴取では、自分達のことに関しては姉妹だということ以外何も語らなかった。しかし、怪物を以前から知っていた様子で「深海棲艦」と呼び、生物と機械の融合体であることを話した。また航行能力、戦闘能力は彼女達の持っていた艤装によるものだと判明した』

 

最後は神谷の書いたレポートへ変わる。

 

『2人は非常に協力的かつ多くの情報を知っていて、怪物の基本から種別ごとの能力差等、ありとあらゆる情報を提供してくれた。

殲滅作戦においては陽炎を囮とし、群れのリーダーをおびき寄せた。陽炎は晴風と協力しこれを撃破。その後も戦闘を継続し群れの殲滅に貢献した。

__これらは全て事実ですか?』

 

真霜はこれらの報告疑っているというより、あまりにも要領を得ない報告に戸惑っているようだった。突然ピンチに美少女戦士が現れ、獅子奮迅の活躍で怪物を倒し艦隊を救った。そんな特撮ヒーローかアニメのような話が本当にあるものかと。

神谷が代表して肯定する。

 

「はい、相違ありません」

『そうですか……。部外者を戦闘に参加させるなど問題行動もありますが、今は置いておきます』

 

真冬はその言葉に若干の呆れと怒りを読み取った。姉と神谷の間に何かあったのだろうかと少し興味が湧くが、今は黙っておく。邪魔したら後が怖い。

 

『彼女達は何者なのでしょうか……?』

「身元確認できる物は何もありませんでした」

 

神谷はただ淡々と答える。

 

「ここからは自分の推測ですが、年齢は外見から15歳前後と思われます。顔立ちや言葉使い等から、日本人の可能性が極めて高いです」

『他には何かありますか?』

 

真霜が目線を動かし真冬達にも意見を求めると、真冬は困ったように頭を掻いた。

 

「そう言われてもなあ……、知ってることは全部レポートに書いたから、もう何もねえぞ」

 

真冬の言葉に古庄も意見を添える。

 

「自分達のことについてはほぼ黙秘を貫いているし、怪物と戦う子達ということくらいしかわからないのよね」

『指紋照合は行いましたか?』

 

真霜は最後の望みの指紋照合に期待していたが、神谷がすっと照合結果を映し、それはあっさりと崩れ去った。

 

「もうやりましたが、ノーヒットでした」

 

データベースに一致する指紋無し。

 

『はあ……』

 

モニターの向こうで真霜が大きなため息をついて頭を抱える。普段ならそんな様子は決して見せないのだが、よっぽど疲れているために隠す元気も無いらしい。

 

『証言も取れず身元もわからないのでは……、どうにもならないじゃない……』

「真霜姉が尋問したら吐くんじゃね?」

『軍関係者は口が固いから大変なのよ』

 

真霜はうんざりしたように愚痴った。

どいつもこいつも「機密です」「黙秘する」のオンパレードで中々落ちないし、逆にこっちの情報を聞き出そうとする輩もいるからやり辛いことこの上ない。

 

と、ここで神谷が切り出した。

 

「取り調べでは彼女達も口を閉ざすでしょうが、それ以外であればボロを出すのではないでしょうか」

『どういうことですか?』

「つまり、晴風で過ごす内に晴風のクルーに何か話しているかもしれません。部下の話では既にクルー達とかなり親しくなっていたそうですし、大事なことを明かしていてもおかしくはないかと」

 

真霜は思いがけない言葉に、その手があったか!と顔を明るくした。

 

『では生徒達からも話を聞きましょう!古庄先輩お願いできますか?』

「任せて」

 

古庄が胸を張って頷いた。

 

 

 

 

 

そこへ、両手に荷物を抱えた赤羽がノックもせずに、いきなり扉を足でガン!と蹴飛ばして開けて入ってきた。

 

「失礼しまーす」

「お前はまともにノックもできないのか」

 

神谷がこめかみを押さえる。

高校生ですら部屋に入る時はノックしろと教わるというのに、この部下は全く教わって来なかったらしい。北風にいる時ならともかく、他の艦でもこの調子とは呆れるばかりだ。

 

「両手塞がってんだから仕方ねーじゃん。お、室長ちーっす」

 

さらに、安全監督室長たる真霜の前でも、気怠そうな雰囲気を崩すつもりは無いようだ。

その態度に真霜も一瞬顔をしかめた。

 

『どうも赤羽さん。その両手の荷物はなんですか?』

 

真霜が尋ねると赤羽は机の上に荷物をドンと置いた。

 

 

 

 

 

陽炎の12.7cm砲2基と大破した4連装魚雷発射管1基、砲弾6発、魚雷2本。

 

 

 

 

 

「陽炎の武器と怪物の弾薬一式調達してきたよ」

 

それを聞いて全員が驚愕のあまり目を見開き口をあんぐりと開け、そのまましばらくフリーズ状態が続いた。

 

「えっ……、ど、どうやって持ってきたの?」

 

古庄が凄く動揺しながら聞いた。

 

陽炎達があんなに触れられたくないと「爆発しかねない」とまで言って大事にしていた艤装を、どうしてそんなあっさりと持ってこれたのか見当もつかない。

 

「え?戦闘中にあたしのスキッパーで武装を交換して、リアシートに置きっぱなしだったからネコババしただけ」

 

先程陽炎達には「リジェクトシートふっ飛ばした時に一緒に飛んでった」と言っていたが、あれは嘘だ。実際にはリアシートの足元に置いてあったため、リジェクトシートの射出には巻き込まれずに済んでいたのだ。

 

「弾薬はあいつらが回収したコンテナから拝借してきた。お手柄でしょ?」

「ああ、お手柄だな」

 

神谷はその大きな手で赤羽の頭をワシャワシャと撫でた。すると赤羽は嬉しそうに言った。

 

「じゃあ美味い肉奢ってよ」

「お前は毎回一言余計だな」

 

神谷は苦笑いした。

 

 

 

 

 

「……ちょっと待て、陽炎が武装を交換したって言ったよな」

 

 

 

 

 

真冬がハッと気づいてそう尋ねると、赤羽はのほほんと頷いた。

 

「そうだねー」

「なら、陽炎が今使ってる武装は誰のなんだ?」

「お、気づいた?」

 

赤羽は楽しそうに、にやりと笑って明かした。

 

 

 

 

 

「陽炎がくっつけてんのは、駆逐棲姫の武装だよ」

 

 

 

 

 

その場が固まる。

 

誰も何も言わないのをいいことに、赤羽はポンポンと言葉を吐き出す。

 

「手持ち式の連装銃ならともかく、魚雷発射管はバーベットのサイズが共通じゃねーと装着できねーし、制御系統も同じじゃねーとすぐには使えない。さらにこの弾薬は怪物の物だけど」

 

赤羽は主砲を手に取り弾倉を外すと、持ってきた砲弾を一発差し込む。それはカシャンと軽い音を立てて()()()()装填された。そして弾倉を主砲へと叩き込むが全く問題がなかった。

次に大破した魚雷発射管を手に取った。1番右の1門だけがかろうじて原型をとどめている。そこへ魚雷を押し込むとカチリという音とともに装填された。

 

「銃弾も魚雷もおんなじもの。この意味がわかる?陽炎達と怪物の装備は全く同じ規格で造られてるってことだよ。

同じテクノロジーを使った奴等だっていうのはわかってたけど、規格まで一緒ってのはおかしいよねえ?」

 

真霜が尋ねた。

 

『……つまり、なんだと言いたいの?』

「あいつらの武装は同じところで造られたってことだよ、だから武装が全部共通規格なんだ。あともう1つ、確証はねーけど1番でかい爆弾が……」

 

赤羽が大袈裟な前置きをして核心に入ろうとしたその時、通信士の声が割り込んだ。

 

『神谷司令、晴風の鏑木衛生長より通信です』

「いいとこなのにじゃますんなー!」

「黙れアホ!」

 

直上から神谷の拳骨を食らって、赤羽は「星が見える……」と言い残し撃沈され机の影に消えた。神谷は「石頭が」と吐き捨て痛めた拳をさする。

パワハラもいいとこだが、これが平常なのだろうか。

真冬が「ひでえ……」と漏らしていたが、自分のセクハラとどっこいどっこいだと思われる。

 

「今会議中だが、緊急なのか?」

『はい、とにかくすぐ話したいと』

「内容は?」

『陽炎さんと不知火さんについて重大なことが判明したと』

 

それを聞いて渡りに船とばかりに即承諾。

 

「よし、こっちに回せ」

『了解』

 

すぐにモニターの画面が組み換えられ美波の顔が映った、背景を見る限り晴風の医務室から通信しているようだ。

 

『晴風衛生長の鏑木だ。陽炎さんと不知火さんについて至急報告したいことがある』

 

美波は努めて平静を装っていたが、あまりに驚きの発見のようで動揺を隠し切れていない。

 

どんなに重大な発見なのだろうか、と興味と恐ろしさが入り混じって心臓が飛び出しそうなのを必死に押さえつける。と、

 

「当てようか?」

 

机の下からひょこっと頭にたんこぶを作った赤羽が顔を出す。

こいつにはもう答えがわかっているようだが、神谷が沈痛な表情で黙らせた。

 

「言わなくていい、たぶん当たってるだろうからな」

 

 

 

これから明かされることは、禁忌に触れることなのかもしれない。だが、聞かないと言う選択肢はない。

 

神谷は発言を促す。

 

 

 

「鏑木衛生長、言ってくれ」

 

美波は自分を落ち着けるため、大きく息を吸った。

 

『結論から言おう、彼女達は……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__人間じゃない__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……待って、どういうこと?彼女達が人間じゃないって』

 

真霜が目を見開いたままで説明を求めた。

真冬や古庄も同様の反応をしている。

一方で赤羽は「あたしが言うとこだったのに」と唇を尖らせ、神谷は変わらず沈痛な顔のままだ。

 

『正確には我々と違うと言うべきだろう』

 

美波がモニターにDNAの検査結果を表示した。ぶっちゃけ医学等に詳しくない者からすれば、何がどうなってるのかさっぱりだ。

 

『2人から血液を採取し遺伝子解析を行った、その結果DNAの構造が我々とはだいぶ異なっていた』

「ど、どう違うんだ?」

 

真冬が尋ねる。

 

『詳しい説明は追々するが、異種との掛け合わせ等で誕生するものではない、明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()だ』

 

人為的に、人が何かの目的を持って人の遺伝子を弄んだ。

 

一体何の目的の為に。

 

 

 

 

 

画面が切り替わりレントゲン写真が映る、誰かの左腕のようだが単純骨折して、見事に骨が真っ二つになっている。

 

『これは陽炎さんを救助したすぐ後に撮ったレントゲン写真だ』

 

陽炎は戦艦棲姫との戦いで左腕を骨折していて、その治療のために撮ったものだった。

だが、パッと見ただけでその異常に気がつく。

 

『ひと目見ただけでわかるだろうが骨密度があまりに高い』

 

そう、あまりに骨密度が高く、骨が塗りつぶしたように真っ白く写されていたのだ。

 

「密度が高いってことは、それだけ頑丈ということ?」

 

古庄が尋ねると、美波は首を縦に振った。

 

『そうだ。次にこれを見てくれ、これはその腕を今日撮影したものだ』

 

次に映されたのも陽炎の左腕のレントゲン写真。前回の撮影から2日も経っていないので、ほとんど変わりは無いかと思われた。

だが、それを見た一同は驚愕した。

 

 

 

「おいおい……何でもう骨がくっつき始めてんだよ……!?」

 

 

 

真冬が声を上げた通り、骨の破断部がもう癒着し始めているのだ。

 

「普通骨が直るのにひと月はかかるだろ!?たった2日じゃ折れたままじゃねえのか!?」

『普通は完治するまで2ヵ月くらいかかるだろう。しかし、陽炎さんの治癒状態から考えると、1週間もあれば完治できると思われる』

「1週間!?」

 

神谷が感嘆の声を漏らす。

 

「通常の8倍以上の回復力か……凄いな……」

『左腕だけでは無い、肋骨も同じくらいの回復速度だ。さらに無数にあったかすり傷や切り傷、火傷に打撲等の小さな傷のほとんどが既に消えかかっている』

『……つまりは、頑丈な身体と驚異的な回復能力を兼ね備えている。ということね』

「あと身体能力もね」

『え?』

 

赤羽が軽い口調で付け加える。

 

「あいつ等の動き、どー考えても人外でしょ。瞬発力、スタミナ、動体視力、ありとあらゆる能力がおかしいレベルで高過ぎるんだよ」

 

異論は出ない。古庄達も根性注入の仕返しに、真冬をパンチ一発で軽々と吹き飛ばしたのを目撃しているからだ。あれがただの少女の力だとは到底思えない、同じことができるのはムキムキの大男くらいかもしれない。

 

『頑丈な身体、驚異的な回復能力、圧倒的な身体能力、それらを手に入れるための遺伝子組み換えなのね』

『そうだ』

『……まさかとは思うけど、その目的って……』

 

真霜は恐ろしい考えに至った。身体から血の気が引いていくのが自分でもわかる。他の人もその考えに至ったのか、黙り込んでいる。

 

 

 

 

 

『……人造兵士……』

 

 

 

 

 

「超人的な力に頑丈な身体、もし負傷しても凡人の何倍もの回復速度、戦争にうってつけってか?胸糞悪い」

 

神谷が不機嫌に吐き捨てる。

 

「司令、『おまけにロリなので敵の警戒心もゼロになります。声をかけてきたところを一撃です』が抜けてるよ」

「黙ってろ!」

 

不真面目に茶化す赤羽を神谷が一喝するが、

 

「いや見た目大事だろ」

 

真冬がまさかの肯定。

 

「ムキムキマッチョより、ロリの方が警戒されにくくていいだろ?」

「めっちゃ美人だしな。そこらのロリコンなんてイチコロっしょ」

「しかもいい尻してるしよ」

「うわー変態だ」

「うるせぇ」

 

何故か盛り上がる2人を余所に、古庄が真霜へと向き直る。

 

「流石に……憶測に過ぎないんじゃないかしら、いくらなんでも考え過ぎよ」

 

その言葉は、何処か歯切れが悪い。

 

『……私もそう思いたいですが、彼女達自身が怪物を倒すためにいると言った以上、その可能性の方が高いでしょうね……』

 

古庄の脳裏に、作戦会議の時の陽炎の声が流れる。

 

 

 

__でも私はあれを倒すためにいるの!私が戦わなきゃいけないのよ!__

 

 

 

「……信じたくはないわね、あんな子供が戦争のために作られたなんて」

『私もです……』

 

古庄と真霜はうつむき沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。大事なもん忘れてた。言おうとして邪魔されたんだった」

 

赤羽がふと思い出したように、真冬との話を切り上げてタブレット端末をいじり始めた。

 

「どうした?」

「ちょっとね。……あれ?DNAの照合ってどうやんの?」

「見せろ。……ああ、ここまで来たら照合したいのを選択して、開始ボタンを押せばすればできるぞ」

「サンキュ」

 

赤羽は真冬に教えられた通りに端末を操作し、照合を始めた。

 

「誰のを照合したんだ?」

「んー?」

 

赤羽は照合結果が出るのを待ちモニターに映し出した。

そして、飛び切りの悪い笑顔でぶち撒ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎(人の形した怪物)駆逐イ級(怪物)の」

 

 

 

 

 

__DNA適合率96.9% 酷似した生物同士だと思われる。__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場が凍りつく。

 

『……何……これ……?どう…………いうこと……?』

 

真霜も動揺を隠せず、言葉が途切れ途切れにしか出なかった。

 

「陽炎と不知火と怪物はほぼ同じ存在ってことだよ。人外ヤローが2つ居たらその可能性くらい疑えよ」

 

赤羽は呆れたようにため息をつく。

 

「陽炎が怪物とまともに戦える理由がわかったろ?同じ怪物だから同じ土俵に上がれるんだよ。ま、どっちが先でどっちが後かなんてのは、さっぱりだけどさ。

あたし等は怪物(バケモノ)同士の戦いに巻き込まれたんだよ」

 

そして神谷と向き合い、瞳が怪しく光る笑顔で言う。

 

「よかったねー司令、生きた人型のサンプルが手に入ったじゃん。

解剖してあれこれ調べればもっと手がかりが得られるかもよ?」

 

だが、

 

「くだらん」

 

神谷は間髪入れずに一蹴し、力強く断言する。

 

「2人は海上安全監督室が救助した『人』だ、我々が保護すべき存在であることに変わりはない」

 

そして赤羽を鋭い眼光で睨みつけた。

 

「二度とそんなことを口にするな」

「……悪かったって、あたしも本気じゃねーってば」

 

赤羽はヘラヘラと笑ってそう釈明して、

 

「でも、見た目が女の子だからって庇護欲が湧いてんなら、痛い目見るよ」

 

と再び妖しい光を灯した瞳で忠告した。

 

「わかってるさ」

「ならいいけど」

 

赤羽はそれ以上の追及はしなかった。

なんでうちの部隊の女はこんな面倒くさいのばかりなんだ、と神谷は聞こえないようにボソッと呟いてから、話を進める。

 

「陽炎達と怪物が似た存在なら、陽炎と不知火は名前から駆逐級に当たる」

「陽炎型航洋艦ですね」

 

古庄の答えに頷く。

 

「そうだ、陽炎と不知火は陽炎型駆逐艦の1番艦2番艦の名前。武装の形状は明らかに陽炎型をイメージしている。わざわざ艦を模倣する理由は理解できないが、もしそうなら他にもいるかもしれない」

「吹雪型や白露型を模した子もいると?」

「戦艦や巡洋艦の可能性もある。__室長、他の部隊からは陽炎達に似た人物の報告は入っていませんか?」

『今現在は入っていません。発見したらすぐ知らせるよう通達します』

「頼みます」

 

真冬が次の話題を切り出す。

 

「なー真霜姉、大事なこと気づいたんだけどよ」

『何?』

「陽炎達、陸でどうすんだ?」

『どうするって?』

「あいつ等怪物に似てるんだろ?未知の生物とか調べるのってよ……」

「「「あ……」」」

 

そこまで言って全員が察した。

 

 

 

このような時に研究に当たる機関はいくつかある。

 

   文部科学省 海洋科学技術機構

国立海洋医科大学 先端医療研究所……等

 

しかし、そのほとんどの機関があの事件に関わっていた。

 

 

 

『Ratの開発チーム……!』

「それってヤバくね?あいつ等が何されるかわかったもんじゃねえぞ。わけわかんねえ実験しまくって、最凶の洗脳ウイルス作って、大パニック引き起こしやがって、最後は証拠隠滅してしらを切り通しやがる奴等の集まりだぜ。

陽炎達を渡したら解剖だの人体実験だのヤベエことしまくって、怪物よりヤベェことしそうな気がするんだけどよ……」

『……容易に想像できるわね……』

 

真霜の額を汗が伝う。

 

『そのデータを元に新たな怪物を作り出そうとしたりしそうね……』

「絶対やるぜ。陽炎と不知火を奴等に渡しちゃならねえ」

『あいつ等の目に触れないようにしないと……』

『でもどうするんだ?病院や保護施設に入れたら間違いなく知れるぞ』

 

美波の指摘に、真霜は頭を悩ませた。

 

『家も引き取り手もないから私達で保護するしかないのだけれど、どう隠し通しましょうか……』

「まあ、そっちは真霜姉に任せるわ。あたし等にはちっとも思いつかねえからよろしく」

『わかったわよ』

 

真霜は溜息をついて、話の締めにかかる。

 

『陽炎さんと不知火さんの処遇は現状のままでお願いします。調査は引き続き行っていただきますが、この件について口外は一切禁止です。データも最重要機密事項に指定させて貰います。何かあった時は私への直通回線で連絡をお願いします』

「「「了解」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……疲労困憊……」

 

美波は通話を終えパソコンをスリープモードに移行し、椅子にぐったりともたれかかる。

 

2人のレントゲンを撮影した時から、何か他の人間とは違うことには気づいていた。

駆逐棲姫との戦いの後、不知火から必ず陽炎の検査をしてくれと言われて、それに便乗する形で血液を採取し分析した結果、人間とは違う遺伝子を持つことがわかった。正直自分の目を疑った。それから休まずにより詳しい分析を行い、すぐに神谷へ報告をしようとしたら会議にそのまま参加させられた。

 

人造兵士やらなんやらと恐ろしい言葉が出てくる中、もっと恐ろしい事実を知ってしまった。陽炎と怪物のDNAが酷似しており、赤羽曰く陽炎達は怪物と同じとのこと。

ハッキリ言って脳みそがキャパオーバーになりそうだ。

 

陽炎達と怪物は人為的に作られた表裏一体の存在で、自分達はその戦いに巻き込まれた?駄目だ、もう訳がわからない。

 

ひと息入れるため塩ココアを飲もうと、マグカップに瓶から塩を移そうとして、切らしていたことに今更気づく。検査しながら飲んで大量消費したのをすっかり忘れていた。

億劫だが厨房に取りに行くしかない。

 

カップを手に椅子から立ち上がり、廊下への扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美波さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉の向こうで待ち構えていた人物から名前を呼ばれた途端、カランと乾いた音を立てマグカップが床に転がった。

 

「ねえ、美波さん」

 

声をかけられただけなのに、身体が凍りつき何もできなくなる。彼女の感情を圧し殺した声だけが、医務室に響く。

 

「今の、どういうこと?」

 

明乃が美波の前に立ち塞がっていた。

 

 

 




明乃「今の、どういうこと?」
美波「今の……とは……?」ゴクリ
明乃「『休まずにより詳しい分析を行い』って、ちゃんと休まないと倒れちゃうよ!」
美波「そっちか!?」(心配してくれるのは嬉しいが!)

次回もお楽しみに。


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21話 知らなければよかった

作者「MMDを始めたら、凄く楽しくてハマりました。キャラクターを自分で自由に動かせるって面白いです。ちなみにお気に入りはやっぱり陽炎(改二)です」
陽炎「始めたきっかけは?」
作者「陽炎達の外見や動きについて立体的に知りたかったから」
陽炎「それなら改二じゃ意味無いんじゃない?改造する前の姿じゃなきゃ」
(小説では陽炎達は未だ改)
作者「あ……」
陽炎「……アホか」

それでは本編へどうぞ。


 明乃にトンと軽く胸を押されて、抵抗できないままよろけて数歩後ろへ、医務室の中へと押し戻される。

 

 明乃は音を立てないように扉を閉め、美波と向き合う。

 普段は天真爛漫で豊かな表情を見せる明乃だが、この時は感情を表に出さないように無表情を取り繕っていた。

 

 美波は磔にされたように固まっていたが、やっとの思いで声を絞り出した。

 

「……どこから……聞いてた……?」

「『人造兵士』ってとこから。後は途切れ途切れだったけど」

 

 彼女が美波へと一歩ずつ近づいてくる、その足音がまるでカウントダウンのようにカツン、カツン、と響き、

 

「もう一度聞くね、どういうこと?」

 

 カウントがゼロになり至近距離から顔を覗き込まれて、影の落ちた暗い瞳が向けられる。

 

「言えない……、箝口令が敷かれて……」

()()()

 

 明乃が語気を強めて有無を言わさぬプレッシャーをかける。

 もはや美波に抵抗できる余地は無かった。

 

「……2人の身体が異常な程頑丈で回復速度も早いのは診てすぐにわかった。だから血液を採取して調べたら、遺伝子が人為的に組み換えられていたことがわかった。さらに、身体能力も強化されていることも」

「頑丈で回復が早くて力も強い……だから兵士にうってつけってこと?」

「それはあくまで想像に過ぎない、単純に死ににくい身体を作りたかったのかもしれん。だが……」

 

 美波は明乃からさっと逃げるように顔をそむけて、パソコンのスリープモードを解除し陽炎と駆逐イ級の遺伝子照合結果を映す。

 

「怪物と極めて酷似した遺伝子構造を持つことが判明した」

「陽炎ちゃん達は『怪物とほぼ同じ存在』、だって赤羽さんが言ってたっけ」

 

 美波はコクリと頷く。

 明乃は「そう……」と気持ちの乗らない言葉だけを残し、踵を返した。

 

「何処に行く?」

「陽炎ちゃん達のとこ」

「待て!」

 

 美波は慌てて呼び止めと、明乃は振り返らずに立ち止まった。

 

「どうするつもりだ?」

「直接確かめるの」

「駄目だ、口外しないよう言われてるんだ」

「だからって、黙ってられないよ」

 

 明乃はドアノブに手をかけた。なおも美波は食い下がる。

 

「第一問い詰めてどうする、相手がどう受け止めるかもわからないぞ」

 

 真霜が陽炎達の処遇を現状維持としたのには理由がある。陽炎達に、怪物と同じ存在だと事実を突きつけ拘束しようとすれば陽炎と不知火は抵抗するかもしれない。手負いとは言え超人的な身体能力を持つ2人をすんなりと取り押さえられる保証は無いし、艤装を使い全火力を注げば晴風すら撃沈できるかもしれない2人を敵に回したら目も当てられない。

 

 何より協力関係をぶち壊せば怪物の情報も得られず戦況はより悪化する、それは絶対に避けなけねばならない。

 

 だから、何も知らないふりを決め込むことにしたのだ。

 

「もしそれで陽炎さん達が我々から離れたら__」

 

 

 

 

 

「だからって、黙ってなんかいられないよ!」

 

 

 

 

 

 明乃が声を荒げて振り返る。

 色んな感情がごちゃまぜになって噴き出す。

 

 自分でもどうすればいいかなんて全然わからない。

 ただ、思うまま言葉を吐き出す。

 

「陽炎ちゃんも不知火ちゃんも仲間だから守りたいし、できたら踏み込みたくない。もし誰かが戦いのために生み出したのなら、私はその人を許せない。

でもね、古庄教官も神谷司令も言わないけど、たくさんの人が死んでるんだよ!」

 

 美波がその言葉に息を飲む。しかし、明乃は止まらない。

 

「もうこれ以上誰かが死ぬのも、傷つくのも見たくないよ!だから、もしそれで何か新しい情報が聞き出せるなら……!」

 

 そこまで本心を吐き出して、言葉が出なくなる。

 

 明乃が見てきた陽炎と不知火の様子がフラッシュバックして、頭から離れない。

 

 

 

(私は陽炎、駆逐艦陽炎よ)

(不知火です。よろしく)

(ねえ、ちょっと作戦教えてよ)

(こちらの数も少ないですし、何より敵の情報も少な過ぎます。何があっても不思議ではありません)

(可愛くないぞ岬艦長、ほらリラックスリラックス)

(だから、私は仲間を守るために戦う)

(守ってもらった私が断言する、ミケ艦長は晴風に相応しい艦長になるわ)

(人を守るのが私達の使命でしょ、相討ち覚悟で戦ってやるわよ!)

(……岬艦長、陽炎が気を引いている内に離脱を……)

(大丈夫なんですかこの艦は……っ!)

(ねー不知火)(はい)

 

 

 

「それで……っ、誰かが守れるなら……っ!」

 

 明乃は胸が締め付けられるように苦しくなった。

 

 

 

 陽炎も不知火も、怪物でもなんでも無い。自分と同じ、晴風の皆と同じ普通の女の子だった。

 楽しければ笑って、苦しい状況に追い詰められ焦って、頭を抱えて、励ましてくれて、協力して強力な敵に立ち向かって。

 

 もし怪物と同じだと事実を突きつけて問い詰めたら、彼女達は傷つき悲しみ、私達との間に壁を作ってしまうかもしれない。最悪の場合、艦隊から去ってしまう可能性もある。

 

 

 

「……それが、正しい選択だと思うか?」

 

 美波の問いかけに、明乃は思いつめ泣きそうな顔でうつむく。

 

「わかんない……わかんないよ……」

 

 陽炎と不知火を守りたい気持ちと、海の人々を守りたい気持ちの板挟みになった明乃の心は判断を拒否し思考停止、彼女はその場でうずくまった。

 

「……なら、大人に丸投げすればいい」

「……え……?」

 

 美波の口から出た意外な答えに、明乃は顔を上げた。

 

「この問題は精神年齢の幼い艦長には重すぎる、大人に任せるのが最適だと医者として意見具申する」

 

 あまりにこじつけな理屈に、明乃はポカンとしてしまった。

 

「そんなのでいいの……?って言うか私の精神年齢幼いって言った!?」

「失礼、年相応というべきだったかな」

 

 美波は明乃をからかい、何処か子供っぽい笑みを浮かべた。

 

 この艦長は相変わらず1人で抱え込もうとする、このくらい言ってやるべきだろう。

 

「前の航海と違って頼れる大人が何人もいる、艦長が全てを背負う必要はない。無理なら教官にでも司令にでも任せておけばいい」

「そう……かな……?」

「そうだ」

 

 美波は落としたままだったマグカップを拾い上げ、ついでに明乃を引っ張り上げ立たせる。

 明乃はまだ完全に納得はできていないようだが、表情が明るさを取り戻している。少し気が楽になったようだ。

 

「わかったよ、この件は教官達に任せるね。ありがとう美波さん」

 

 明乃は美波にそう微笑んで、医務室を後にした。

 

 

 

 美波は緊張から開放され、ひとまず胸をなでおろした。

 

 あんな艦長を見たのは初めてだった。

 

「……それだけ追い詰められているのか……」

 

 美波にも艦隊の被害はよくわかっていない、北風と弁天の被害報告の中には死者数が含まれていなかった。おそらく、学生達に精神的ショックを与えないように、との配慮なのだろう。

 罪悪感や恐怖心に耐えきれず、PTSD等を発症する可能性がある。戦いを経験してきた大人達はともかく、幼く戦いや死を目の当たりにした経験の少ない学生達は、より発症しやすいと思われるからだ。

 

 しかし、一部の頭が回る者は既に気づいている。明乃もその中の1人のようだ。

 自分達を守るために誰かが死んでしまったことが、罪悪感を背負わせているようだ。

 

……重圧に潰されなければいいが。

 

「教官にカウンセリングを頼むか……」

 

 カウンセリングは専門外かつ経験も少ない。なので、大人に任せるのが最適だろう。教官ならきっと大丈夫の筈だ。

 

「頼む前に一服しておこう」

 

 美波は扉を開き、厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

検索:飛行機

 

一致する結果は見つかりませんでした。

 

 

 

検索:空の乗り物

 

関連項目:飛行船 気球

 

 

 

「不知火ー、なにしてんの?」

 

 ましろ不在の副長室で、陽炎が不知火の手元を覗き込む。さっきから不知火はベッドに転がってずっとスマホをいじっている。

 ちなみに、今使ってるスマホはどう見ても不知火のものではない。不知火のスマホはピンクだが、今使ってるのは赤だ。何処から持ってきたのか、誰のなのかは触れないでおく。

 

「調べ物です」

 

 不知火はそう素っ気なく答えて、秀子から借りた世界史の教科書を捲る。

 側には晴風の生徒達や艦内図書から借りた、歴史や艦船に関する本が山を作っていた。子供向けの図鑑から高校の教科書、読んでると目が痛くなりそうな字が細かく分厚い本まで、様々な種類の本が積まれている。

 

「ふ〜ん」

 

 陽炎は集中しているところを邪魔するのも悪いと思い、放っておくことにした。

 椅子に腰掛けて背もたれに身体を預け、ぼーっと天井を見上げる。

 

 チラッと横目で不知火を見やるが、調べ物に夢中のようで本とスマホとにらめっこを繰り返している。

 

「歴史ねえ……」

 

 陽炎は教室で読んだ歴史の教科書の内容を思い返す。

 世界大戦が起きなかったり、飛行機のことが一切書かれていなかったり、ブルーマーメイドがどうのこうの書かれていた。

 

 そんな馬鹿なことがあるか。

 

 陽炎も大まかな歴史くらいは学んだことがある。ライト兄弟によって飛行機が生まれ、世界は2度の世界大戦を起こし、日本軍は自衛隊に変わった。

 あんなの嘘っぱちに決まってる。

 

 

 

 だが、旧型艦の存在だけが引っかかる。

 

 武蔵を始めとする旧型艦艇群は、どれも本物だった。いや、本物だと言うのは語弊があるかもしれない。

 

 武蔵も比叡も摩耶も五十鈴も名取も照月もあの戦争で沈んでいるから、此処にいるのは陽炎達の知るその艦では無いはずだ。

 だが、どの艦も確かに偽物では無かった、最新式のレーダーやダビッド以外は何1つ変わっていなかったし、何十年もの年季が入っておりレプリカとも思えない。

 何より、陽炎の直感があれは本物だと訴えている。理由は定かでは無いが、なんとなくわかるのだ。

 

 一体どういうことなのか、陽炎にはさっぱりわからない。

 どう考えても、なにを考えても堂々巡りを延々と繰り返す。

 

「あーあ、考えるのはやーめた」

 

 車に乗るライダーを真似たセリフを吐き、瞼を閉じて身体の力を抜く。考えが行き詰まったら、一回頭の中をスッキリさせてリセットするのか大事だ。

 

「呑気ですね」

 

 それを見て不知火が嫌味っぽく言った。陽炎は手をヒラヒラと動かし答える。

 

「四の五の考えるのは苦手なのよ〜」

「そうですか」

 

 不知火はそれだけ言って、すぐににらめっこを再開した。

 陽炎は再びだら〜んと腕を垂らし、頭をスッキリさせようとして、ふと疑問を思い出した。

 

「ねえ、『晴風』って艦を聞いたことある?」

「今乗っているじゃないですか」

「そうじゃなくて、()()()()と会う前にってことよ」

 

 不知火はふむ、と少し考えてから答えた。

 

「ありませんね」

「そうよね、やっぱり聞いたこと無いよね」

「急にどうしたんですか?」

 

 陽炎は床を蹴り、椅子のキャスターで滑って不知火の側へと近づいた。

 

「他の艦は知ってるのに、晴風だけは聞いたこと無くってさ。不知火は知ってるかなーって。あと、この艦なんか妙な感じするのよね」

「妙な感じ、ですか?」

「凄いのにボロい、新しいのに古い、みたいな?」

「……よくわからないんですが……」

「なんて言ったらいいんだろう……、あ!」

 

陽炎はやっといい例えを思いついたようで、パン!と手を叩いた。

 

「要するにチグハグな感じがするのよ!」

「チグハグ……?」

「この艦も他の陽炎型と同じ時期に造られたっぽいけど、それにしては妙に新しい感じするのよ」

「高圧缶に最新式レーダー、5インチ砲Mk39なんて魔改造をしているんですから当然でしょう」

「装備じゃ無くって、艦そのものの話よ!艦そのもの!」

「はあ……」

 

 陽炎が強く訴えるが、不知火にはちゃんと伝わらず、形ばかりの相槌を返されるだけに留まった。

 と、その時、不知火の持つスマホが震えて着信を知らせた。発信者の名前は「真冬姉さん」、間違いなく宗谷真冬艦長のことだろう。あのセクハラ艦長か、と2人は眉をしかめた。

 そして陽炎は、不知火の持つスマホがましろの物だと理解した。いつの間に盗んだのだろうか、加えて何故ロックを解除して使えているのだろうかという疑問が湧く。

 

「真冬姉さんだって、しろ副長は妹だったのね」

「あんな姉を持って、大変そうですね」

 

 あんな姉がいる日々を想像してみるが、とても耐えられそうにない。2人ともましろに同情するとともに、自分の姉妹があんな変態でなくて良かったと幸せを感じるのであった。

 

「で、どうする?シカトしとこっか?」

 

 勝手に他人の電話に出るのは良くないことだと、陽炎はそのまま止まるまで放っておこうとした。が、

 

ピッ。

 

 不知火が躊躇いも無く通話ボタンを押した。

 

『おいしろ、手短に用件だけ言うぞ。陽炎と不知火に気になることがあったらすぐ連絡しろ。わかったか?』

「ええわかりましたよセクハラ艦長、電話の相手くらいきちんと確かめましょうね」

『なっ!?おま__』

 

ピッ。

 

 不知火は言いたいことだけ言ってすぐに通話を切った、その顔にはしてやったりと満足そうな笑みが浮かぶ。

 

「大事な要件なら気をつけるべきです」

「最後の驚きっぷり面白かったわ」

 

 2人はハイタッチを交わす。陽炎も真冬をからかうことができたので、十分楽しかった。

 

 しかし、何故真冬は今更そんな警告じみた命令を、何故個人回線でましろにしたのだろうか。同室になると決まった時点で既に「気をつけろ」等の警告を受けていてもおかしくない、なのに何故改めてしたのだろうか。

 

「……私達、なんか悪いことしたかしら?」

「してませんよ?」

 

 不知火にも心当たりは無いようだ。それなら考えていても仕方無いと思い、再び背もたれに体重を預けてぐだ〜っと身体の力を抜いた。

 

 そこへましろが戻ってきた、キョロキョロと部屋の中を見回し、何かを探しているようだが……目当ての物はやはり。

 

「なあ、私のスマホを知らないか?」

 

 不知火がスマホを見せて聞き返す。

 

「これですか?」

「そうそれ」

 

 不知火は素直にましろへスマホを返した。たぶんましろは盗られたなど全く思っておらず、置き忘れたと思っているのだろう。

 閲覧履歴は返す直前に全て抹消されているだろうし、使ったことがバレる心配は無い。

 

 

 

「……なんかバッテリーが凄く減ってるんだが……」

 

 

 

 撤回、バレる心配は残っていた。

 

 

 

「それにキーボードの予測変換に身に覚えの無い単語があるんだが……」

 

 

 

 さらに撤回、ほぼバレた。キーボードの学習機能までは気が回らなかった。

 完全に疑いを持ったましろがジト目で不知火を睨むと、不知火の背中を嫌な汗が流れる。

 

「……不知火に落ち度でも……」

 

 追い詰められた不知火は目線だけを動かし陽炎に助けを求めた。

 陽炎は「しょうがないな」と重い腰を上げて助け舟を出す。

 

「さっき真冬艦長から電話あったわ」

「え?」

「『陽炎と不知火に気になることがあったら連絡しろ』だって、すぐにかけ直して聞いた方がいいわよ」

「へ!?」

「私達が聞いちゃいけない話だろうし、外出てるわね」

 

 目を丸くしているましろを他所に、陽炎は不知火をベッドから引っ張り出し、さっさと部屋から退室する。

 

「ちょっと待って!」

 

 ましろが呼び止めるが、陽炎がパタンと扉をしめたので、その後の声は聞こえなくなった。

 

 陽炎はふぅと一息ついてから、不知火に呆れた様子で文句を言った。

 

「……あんた詰めが甘いのよ」

「……すみません」

 

 不知火は申し訳なさそうに頭を下げる。陽炎は「ま、もういいけど」と流した。

 

 そこへ、明乃がやってきた。

 

「2人とも何してるの?」

 

 明乃は不思議そうに尋ねてきた、部屋から不知火を引っ張りながら出てくるところを見て、何かあったのかと心配になったらしい。

 

「しろ副長がセクハラ艦長と電話してるから、邪魔かなと思って」

「セクハラ艦長……」

 

 真冬の悪いあだ名に明乃は苦笑いした。

 

「ミケ艦長は何してるの?見回り?」

「うん、そうだよ」

「ふ〜ん」

 

 陽炎は明乃の雰囲気の僅かな変化に気がついた。なんとなくだが、暗くなった気がするのだ。何か大変なことでもあったのだろうか。

陽炎は気になって尋ねた。

 

「何かあったの?」

「何かって何?」

「なんか大変なことよ」

「何も無いよ?」

 

 本人はそうとぼけるが、やはり何か隠しているように見える。いや、抱え込んでいると言うべきか。

 陽炎は思い切って踏み込むことにした。

 

「嘘ね。ミケ艦長、あの時と同じ顔してるわよ」

「あの時?」

「私と貴女だけで艦橋で話した時よ。また何か抱え込んでるんじゃないの?」

「何も無いから心配いらないよ。陽炎ちゃん達こそ大丈夫かな?何か困ったこと無い?」

 

 どうやら話してくれる気は無いようだ、ここは一旦引くしかない。

 

「そう……、私達は大丈夫よ。でも何か相談したいことがあったら気軽に言ってね。いつでも聞くわよ」

「ありがとう、気持ちは受け取っておくね」

 

 そう言って笑顔を残して、明乃は去っていった。

 その後ろ姿が見えなくなってから、不知火が言った。

 

「何か隠してますね」

「そうね」

「聞き出さなくて良かったんですか?」

「無理に聞いても無駄よ」

 

 陽炎も明乃が心配でたまらなかったが、あの様子では明かしてくれそうにない。もしかしたら自分達には話せないことかもしれないし、諦めるしかなかった。

 

「では、宗谷副長に相談しておきますか?」

「それ、いいアイデアねっ」

 

 陽炎は不知火の言う通りだと思い、ましろに相談することにした。副長なら艦長を支えられるだろう。

 

 ちなみにスマホの無断使用については、結局後でこってり絞られるハメになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでいいんだ」

 

 明乃は廊下を独りで歩きながら、自分で自分に言い聞かせる。

 

「私が黙っていれば、陽炎ちゃんと不知火ちゃんは傷つかない、皆も怪物とは思わずに普通に接して、過ごしてくれる。皆が幸せなら、これでいいんだ。

美波さんの言ってた通り、きっと教官や司令がなんとかしてくれる、怪物への対抗策だって真霜さん達がなんとかしてくれる。私は私にできることをしていればいいんだ」

 

 ポジティブな言葉の裏で、明乃の心は一向に晴れなかった。

 ブルーマーメイドとしての海を守る義務を他人に任せ、艦の中の父親(お父さん)に徹するのは、人魚(ブルーマーメイド)としてやってはならないことだと自覚している。

 だが、今は考えたくなかった。多くの人の死を受け止められず、クラスメイトと陽炎達を守ることだけに集中するように心が勝手に強引に蓋をして、重荷を心の奥底に閉じ込め笑顔を作る。

 

「艦の家族(みんな)を守らなきゃ駄目だ。私は、艦長なんだから」

 

 明乃はそう自分に改めて言い聞かせ、艦橋への階段を登っていった。

 

 

 




ミケちゃんが精神的に追い詰められ始めました。
周囲の方々はサポートをお願いします。


今回は何度もプロットが崩壊を繰り返しました。ミケちゃんが真実を知ったらどう思うのか、何度も考え直して書き上げました。
ここから陽炎達との関係はどう変化するのでしょうか。

もうすぐ次の戦闘回に入る予定です。晴風と艦娘が今度はどんな戦いを繰り広げるのか。

次回もお楽しみに。


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22話 面談

 更新が遅れてしまい、申し訳ありません。色々なことがあり、執筆に集中できない日が続いておりました。

作者「とうとうアズールレーンのアニメが始まりました。私は楽しみに見ていますが……皆は見てどうだった?」
明乃「面白かった!」
陽炎「艦が艤装に変形して装着されるところとか、カッコいいわよね」
芽衣「艦船が空飛んでるとかどうなってんの!?あれじゃあ魚雷が当たんないじゃん!ふざけんなー!」
明乃「そこ!?」
不知火「いえ、かなり重大な問題です。魚雷が当たらないなら、不知火達では勝ち目がありませんから」
作者「よし、じゃあ次の敵はアズレンから出すか。空飛ぶ敵とか面白そうだし!」
一同「「「「却下!!」」」」

※出しません

それでは本編へどうぞ。


 翌朝、古庄は晴風を訪れていた。昨日の会議で提案された、陽炎と不知火についての聴取を生徒達からすること。それと美波から依頼されたカウンセリングのためである。古庄自身、生徒達の様子が心配だったので、急遽予定に組み込んだ。

 

 明乃の了承を得て教室を貸し切り、即席の面談室にした。そして資料やメモ等の準備を終えると、艦内無線を使って通達する。

 

「これより教室にて個人面談を行います。名簿順に行いますので、最初に出席番号1番の青木百々さん、教室に来てください」

 

 

 

 

 

 呼び出してから1分後、スケッチブック片手に、セーラー服に油染みを作った百々がやってきた。

 

「失礼するっス」

「どうぞ座って。汚れてるけどどうしたの?」

「あ〜、さっきまで工作してたからっスね」

 

 百々は椅子に座り、古庄と向かい合った。

 見た限りでは、疲れが溜まっている様子はない。

 古庄は早速切り出す。

 

「ずっと戦闘続きだけど大丈夫かしら?体調を崩したりしてない?」

「全然大丈夫っスよ」

「本当に?」

「本当っス、こんな戦闘続きも慣れっこっスよ。反乱扱いされた時も似たようなもんだったっスから」

 

 その軽口が、古庄の心にグサッと刺さった。

 操られていたとは言え、晴風に向かって容赦の無い砲弾の雨を降らせ、さらには反乱容疑をかけるという教官、否、人としてやってはいけないことをしてしまった。

 罪悪感は今でも残る。

 

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「あっ!?す、すみませんス!あの、決して悪気は無かったんスよ!?頭を上げてくださいっス!」

 

 百々がワタワタと慌てて古庄を宥める。古庄は顔を上げ、気持ちを入れ替えた。

 

「じゃあ体調面は問題無し、と。今仕事は何をしてるの?」

「だいたい機関室の手伝いっスかね、あとは陽炎ちゃんの艤装の整備っスね」

「艤装の?」

 

 古庄のメモを取る手がピタリと止まった。百々が目を輝かせて楽しそうに語りだす。

 

「はいっス、給油とか装甲板の交換とかくらいっスけど。あれかなり面白いんスよ!」

「詳しく聞かせて」

 

 古庄は興味津々に続きを促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜かれこれ十数分〜

 

 

 

 

 

「それじゃあ、伊勢さんを呼んでくるっス」

「お願いね」

 

 長引いた面談が終わり古庄は百々を送り出した後、タブレット端末に保存した画像をスクロールしながら見返した。

 

 まさか艤装の整備をやらせて貰っているとは思わなかった。

 1人目から大き過ぎる収穫が得られた、百々が整備の傍ら部品の形状や構造をスケッチしていたのだ。缶と呼ばれる動力源からアームの接合部まで、写真のような精密さで描かれていた。

このままレポートに載せたいレベルの出来で、同意を得て写真を撮らせて貰った。

 

 これで艤装の情報が意図せず手に入った訳だが、古庄は素直に喜べなかった。何故なら、

 

「……さっぱりわからないわね……」

 

 図を見ても、艤装の原理はちんぷんかんぷんだったのだ。

 

「蒸気パイプは無いし油圧配管も見当たらない、電気駆動にしても各部を繋ぐ電線が無い。……どうやって動いてるのかしら……?」

 

 いくら考えてもわからないため、そのことは一旦脇に置いておく。

 それともう1つ、百々が話してくれた情報があった。

 

 

 

(確か、夕張さんとか明石さんとかって言ってたっスね)

 

 

 

 

 

__「夕張さんなら朝飯前でしょうが……」

「明石さんなら寝ながらでも……」

「できそうですね……」

「居ないしねぇ……」

「居ないですからね……」__

 

 

 

 

 

「夕張……明石……」

 

 その名前から浮かぶのは、軽巡洋艦夕張と工作艦明石、どうやら軽巡や工作艦まで仲間にいるようだ。

 ……早く会えればいいのだが。

 

コンコン

 

ドアがノックされ、古庄は意識を現在へと戻す。

 

「はい」

『伊勢で〜す』

「どうぞ入って」

 

 桜良がドアを開いて入室し席に着く、古庄は気持ちをリセットして面談を始めた。

 

「伊勢さん、調子はどうかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「松永さん、他に聞いておきたいことはある?」

「いえ〜、もう大丈夫です」

「じゃあこれで面談を終わります。岬さんを呼んできてもらえる?」

「了解です。ありがとうございました〜」

 

 理都子が退室し、教室には再び古庄1人になった。しんと静まり返った中、古庄は面談内容のメモを見返していく。

 

 やはり心身の疲れを感じている者が結構いた。また戦闘になるのかもしれない、無事に帰れるのだろうかと不安に襲われ、不眠や食欲不振、倦怠感に蝕まれていた。鈴に至っては胃薬漬けになっているらしい。

 それでも晴風の業務を回せているのは、前回の航海による連戦への慣れだろうか。だが、いずれ限界を迎えて壊れてしまいかねない。

 

「何もできないなんて、歯がゆいわね……」

 

 休ませようにも艦隊が到着するのは明日の夕方、それまで何も無いことを祈るしたかない。

 

 結局は運任せか、と自分自身の無力さを恨む。

 

 せめて戦う()があれば、あの時のように。

 

 

 

 

 

コンコン

 

 

 

 

 

 ドアがノックされた。

 

 そうだ、この生徒が今回1番の問題だった、しっかり話して重荷を解いてあげなければ。

 

『岬です』

「入って」

 

 ドアがゆっくりと開き、明乃が入室した。

 

「失礼します」

「どうぞかけて」

 

 明乃と向き合い、彼女の目を見る。

 

 疲れて、覇気の無い暗い瞳だった。

 

 だが、彼女はそれを隠して元気な(てい)を演じている。

 

「岬さん、ずっと連戦続きだけど大丈夫?疲れやすくなったりとか、体調を崩したりしてないかしら?」

「全然大丈夫です!」

 

 明乃は笑って答えた。

 

「そう……」

「それより、皆の様子はどうでしたか?」

「え?」

「皆元気無いなって感じてて、どうでしたか?」

「……大半の子が何かしらの不調を訴えているわ」

「そうですか……」

 

 それを聞いて、明乃は申し訳なさそうにうつむいた。

 

「私がもっとしっかりできていれば……」

 

 違う、そうじゃない。

 

「私、ダメダメですよね……」

 

 違う。

 

「……私が艦長として、ちゃんと皆を支えてあげないといけないですよね」

 

 

 

 古庄の悪い予感の通りだった、明乃は晴風艦長としての責務に囚われて、自分のことをおざなりにしているようだ。

 

 

 

 

 

「……岬さん」

 

 古庄は優しく語りかけるように言った。

 

「鏑木さんから聞いているわ。陽炎さん達の正体を知ってしまったことも、多くの人の死に気づいて、苛まれていることも」

「え……」

 

 明乃の被っていた、晴風艦長としての笑顔の仮面が割れる。

 

「こんなことを言っても慰めにしか聞こえないのかもしれないけれど、貴女はよくやっているわ。陽炎さん達を助けて、群れのリーダーを撃破して、晴風の活躍で艦隊の多くの人が救われている、だから気に病むことは無いのよ。

 多くの人が亡くなったのも、貴女達を戦いに巻き込んでしまったのも、私達大人の責任なの。だから__」

 

 

 

「……だからって……」

 

 

 

 明乃の顔に影が落ち、瞳から光が消える。

 古庄も「しまった」と後悔したが、時既に遅し。

 

「私達を守るために何人もの人が亡くなったのには、変わりないじゃないですか」

 

明乃が拳を握りしめ、身体を震わせる。

 

「私達だって晴風って戦える艦に乗ってるんですよ、それなのに……!スキッパーが吹き飛んでいく時も、北風や弁天が被弾している時も、何もできなかった……!」

 

 こんなことを言っても無駄だということは明乃にもわかっている、何を言おうと起きたことは何も変えられない。

 だが、決壊した言葉の流れは止められなかった。涙とともに、ボロボロと溢れていく。

 

 

 

「教官……教えてください……。私はどうすればよかったんですか……?これからどうすればいいんですか……?」

 

 

 

「それは………………」

 

 古庄はすぐには答えを見つけられなかった。そして見つかった答えも、生徒に言うべきか判らなかった。だが、ここで言わなければ前に進めないと思い、覚悟を決めて口を開く。

 

「……岬さん、ブルーマーメイドになるのなら、この先も多くの人の死に立ち会うことになるわ。先輩だけじゃなく、同僚や友人。そして、助けを求めていた人々の死にも。

 その度に今のように抱え込んでいては、いずれ壊れて誰も救えなくなるわ。だから、私からのアドバイスは__」

 

 古庄は明乃と目を合わせ、優しい声で教えた。

 

 

 

 

 

「__信頼できる人と共有しなさい。喜びだけじゃなく、悲しみも苦しみも後悔も。それが自分自身を壊さない唯一の方法よ__」

 

 

 

 

 

「……教官はそれで救われましたか……?」

 

 明乃は縋るようにか細い声で尋ねた。

 古庄は微笑んで答えた。

 

「ええ、救われたわ」

「……そうですか……、ありがとうございます、教官」

 

 明乃が深く頭を下げる。

 古庄はひとまずの解決に、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「もし私にも相談したいと思うなら、いつでも連絡して」

「わかりました。……あの、私だけじゃなくて、他の皆もいいですか?」

 

 こんな時でも仲間を気遣う明乃を見て、古庄は少し頼もしく思うと同時に、また自分を蔑ろにしているのではないかと心配になった。

 

「もちろんよ」

 

 

 

 果たして、自分はこの子をちゃんと導けるのだろうか。

 

 

 

 ……そう言えば、次の面談相手は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明乃の次の面談相手はましろだった。

 

 ましろは席に着いて開口一番、古庄に尋ねてきた。

 

「教官、……その……岬艦長は大丈夫でしたか?」

 

 明乃のことが心配でたまらない気持ちが、ハッキリと伝わってきた。いても立ってもいられない、そわそわした様子が。

 

「……何か気にかかることがあったの?」

「昨日の夜から様子がおかしいんです。落ち着いていないというか……、追い込まれているというんでしょうか__」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 __昨晩。真冬との電話を終えて、陽炎達にスマホの無断使用について文句を言ってやろうと扉を開けると、

 

「シロ副長、ミケ艦長なんか変よ」

 

 と陽炎が言ってきた。

 

「変?」

「大変なこと1人で抱え込んでる感じ」

「大変なこと?」

 

 ましろは首を傾げた。大変なこととは何なのか、さっぱり見当もつかない。新しい情報も逐一確認しているが深刻なものは無かったし、この晴風にも特に問題は起きていない……筈だ。

 

 ……何があったのか心配になってきた。

 

「艦長の悩み、聞いてあげてよ」

「ああ、わかった。……が、その前に、人のスマホを勝手に使ったことについて話がある」

「後で聞くから、先にミケ艦長と話して__。…………ごめんなさい……」

「すいません……」

 

 ましろがジイっと睨みつけると、陽炎達はそれに負けて観念したように頭を下げた。

 

 

 

 

 

 しばらくの間、陽炎達に機関銃(マシンガン)のように文句を言ってから、艦橋へと戻った。

 

「あ、しろちゃん。スマホ見つかった?」

 

 明乃が声をかけてきた。

 陽炎の話を聞いて心配していたが、いつも通りの明るい声だった。

 

 なんだ、何も問題無さそうだ。

 

「ええ、不知火さんに勝手に使われているのを見つけました」

「……ロックは?」

「解除されました」

「どうやって?」

「わかりません」

 

 ましろが肩をすくめると、明乃はクスクスと笑った。

 

「気をつけようね、しろちゃん」

 

 

 

 

 

 明乃と2人きりでの当直。あれだけの激戦を繰り広げた海域だというのに、嫌な予感すらしない程の静かな海だった。

 起こったトラブルと言えば、多聞丸が五十六と一緒に海図室を荒らしたり、桃缶をギンバイしようとした陽炎が美甘に見つかって正座させられたり、不知火が「『ぬいぬい』ってあだ名広めたのは艦長ですか!?」と恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら尋ねてきたくらいだった。

 

 あの2人の異様な馴染み具合には舌を巻くが、そんなこと今はどうでも良くなっていた。

 

 ましろはちらりと横目で、舵輪を握る明乃の様子を伺う。

 

 

 

 

 

 感情を失い影の落ちた暗い顔、光を失った瞳。

 

 

 

 

 

 ましろは思わず息を呑んだ。

 明乃のこんな顔は全く見たことが無かった、普段の明るさが形も無く消え失せた顔なんて。

 

 明乃がこちらに気づいて顔を向けてくる。その瞬間には、既にいつもの明るい顔に戻っていた。

 

「どうしたの?」

「あ……いや……。艦長、お疲れのようですが、何かあったんですか?」

「何も無いよ?」

 

 そうとぼける明乃に、ましろは歩み寄った。

 

「嘘ですね」

「へ?」

 

 ピシッと彼女の顔を指さして指摘する。

 

「隠そうとしてもバレバレです、疲れた顔してますよ」

「うっ……、……た……ただの寝不足だから心配ないよ」

「そんなわけありません、寝不足と違うことくらい私にもわかります。何かあったんじゃないんですか?」

 

 ましろがさらに問いかけると、明乃はバツが悪そうに視線を伏せた。

 

「あー……、うん、そうなの。心配してくれてありがとう。……でも、ごめん。しろちゃんにも話せないことなんだ」

「……それは艦長としての責務上ですか?それとも岬さん個人として?それとも__」

「……両方……かな?」

「……そうですか……」

「それに、これは私が解決しないといけないことなんだ。だから、ごめん」

 

 そう言われてしまうと、もう追及のしようがない。でも、これだけは言わせてもらう。

 

「……わかりました。でも、相談したくなったらいつでも言ってください。私は貴女の支えなんですから」

「うん!ありがとう!」

 

 明乃は笑顔でそう応えた。

 ましろはひとまず大丈夫そうだと判断し、周囲の監視へと意識を戻す。

 

 だが、ふと振り返った時に気づいてしまった。

 

 

 

 明乃の顔に、再び影が落ちていることに。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「__そう、やっぱりね」

「……艦長が何で悩んでいるのか、教官は知っていますか?」

 

 古庄は話してもいいものかと躊躇ったが、ましろなら、()()()()なら大丈夫だろうと理由を明かした。

 

「……公表はされていないけれど、第4特殊部隊にかなりの死者が出ているのよ。岬さんはそれに気づいてしまって、罪悪感を感じているの」

「やっぱり……」

 

 ましろもとっくに、死者数が意図的に伏せられていたことに気づいていた。明乃の悩みの原因がそうだと言う確証を得た以上、自ら動いて明乃の悩みを解決させねば。

 

 古庄が申し訳無さそうに、しかししっかりと目を合わせて頼んだ。

 

「宗谷さん、教官としてこんなこと言うのは情けないと思うけど。……岬さんのこと、支えてあげて」

「はい!」

 

 私が艦長を支えてみせる。

 ましろはそう強く心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言えば、陽炎さん達について聞いているそうですが……」

「はっ!……忘れてたわ」

 

 明乃のことがあまりにも重要だったため、陽炎達のことがすっかり頭から抜け落ちていた。

 

 だが、既に古庄は真冬を通してましろの話を聞いていた。

 

「……と言っても、もう真冬艦長から聞いているのよね。だから大丈夫よ」

「あ……あの……、1つだけ伝えてなかったことがあるんですけど……」

「何?」

「気のせいかもしれませんが……」

 

 

 

「陽炎さん達の傷の治りが異様に早い気がするんですけど」

 

 

 

「……どうしてそう思うの?」

「陽炎さんの腕や脚の傷が、たった一晩でかなり減っているように見えるんです」

 

 今朝起きた時、下段のベッドで陽炎が着替えているのをちらっと見たのだが、昨晩にはあった筈の傷が、ほとんど消えていた。

 

「私の傷はまだ残っているのに、どうして陽炎さんの傷はもう無くなっているんでしょう?」

 

 ましろはそう言いながら、レ級に襲われた時の傷が残っている自分の腕をさする。血が出てできたかさぶたが、まだいくつも残っていた。

 

古庄の背中に嫌な汗が流れる。

 

「……体質……じゃないかしら」

 

 まさか「陽炎さん達の正体が怪物だから」と教えるわけにもいかず、適当に誤魔化すしか無かった。

 

「そう……ですか……」

 

 ……ヤバイ、宗谷さんジト目になってる。

 

 腐っても優秀な宗谷の女、何か怪しい、何か隠していると勘付いたようだ。しかし、口が滑っても本当のことは言えない。

 

「陽炎さんと不知火さんについては、まだ調査中だから何も言えないわ」

「はあ……」

 

 ましろは不満足そうな様子で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面談が終わった後、ましろは明乃に会うため艦長室へと向かっていた。

 

 早く明乃の重荷を解いてあげたいとはやる気持ちが表れ、足が無意識のうちに速くなっていく。

 

 艦長室の前に着いて、後先考えずにさっさとドアをノックする。

 

 一度考えだしたら、きっと踏み出せなくなってしまうから。

 

『はーい、誰ー?』

「宗谷です」

『……何かあったの?』

 

 明乃はドアを開かずに、質問を投げてきた。

 

 まるで心の扉を閉ざしているのを、示唆しているかのように。

 

「少しお話があります」

『艦のこととか、作戦について?』

「いえ、個人的に」

『……ごめん、また今度にしてもらってもいいかな?』

「今話したいんです」

『私凄い眠いんだ、だからまた後で……ごめんね、しろちゃん』

 

 その「ごめんね」は、拒絶の言葉だった。

 

「艦長?…………艦長、いいから出てきてください」

 

 再びドアをノックするが、返事も何も帰ってこない。

 

「艦長!」

 

 大声で呼びかけて、手をゴン!と自分の手が痛くなる程の勢いで、ドアに叩きつけたが、それでも返事は無かった。

 こうなったら強引に押し入ってやろう、とドアを開けようとするが、鍵がかけられているのか、ガチャガチャ言うだけで動かない。

 

 

 

「副長うるさい、何してんの」

 

 

 

 通りがかった芽衣が、怪しい者を見る目を向けてきた。

 

「艦長とどうしても話しておきたかったんだが、出てきてくれないんだ」

「はあ……。艦長も疲れてるんだよ、そっとしといてあげなよ。ほら行った行った」

 

 芽衣はそう明乃を気遣う言葉を言い、ましろをグイグイと押して、艦長室から遠ざける。

 

「ちょっ、ちょっと!」

「昨日から艦長の様子おかしかったからさ、きっと凄く疲れが溜まってるだろうし、ゆっくり眠らせてあげるのが1番でしょ」

「いや、それは……っ!」

「『それは?』」

「……いや……、何でもない」

 

 ましろは本当の理由(死者のこと)を話す訳にはいかず、口籠ってしまう。

 

「何でもないなら、後でもいいじゃん。とにかく休ませてあげよ」

「あ……、ああ……」

 

 ましろは後ろ髪を引かれる思いだったが、そのまま芽衣に押されて艦長室から離れてしまった。

 

 

 

 艦長が出てきたら、ちゃんと話をしよう。

 

 

 

 それはただの"逃げの言い訳"だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね、しろちゃん」

 

 明乃はベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋めていた。

 

「教官は『共有しなさい』って言ってたけど……。そんなのできるわけないよ……!」

 

 枕に涙が染み込み、冷たくなっていく。

 

 

 

 怖い。

 

 このやり場のない苦痛を仲間に移してしまったら、きっとその子もこの苦しみを抱え、心を病んでしまう、笑えなくなってしまう。

 

 そんな姿は、絶対、見たくない。

 

 そんな姿に、してはいけない。

 

 この家(晴風クラス)が、崩壊してしまう。

 

 

 

 でも、私が堪えれば、苦しむのは私だけで済む。

 

 

 

 私が解決しなきゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 これは、私自身の問題なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※生徒達の面談内容

流石に全員分考えるのは疲れて断念していまいました。揃っていない状態で載せるのも気が引けたのですが、一応参考になれば、と思いここに記載しておきます。

伊勢桜良
「機関室が暑くて大変なのでなんとかしてください」
「今すぐには無理」

「陽炎さんと不知火さん?う〜ん、全然話せてないからよくわからないです。けど、いい子みたいですよ?」



伊良子美甘
「炊飯器がまた壊れました……」
「新しいの買いましょうか?」

「陽炎ちゃんも不知火ちゃんも食欲が凄いんです。2人前はぺろっと平らげてますよ」



西崎芽衣
「もっと撃ちがいのあるデカイ相手に魚雷撃たせて」
「無理です」

「陽炎ちゃんと不知火ちゃんについて?そうだな〜、2人とも射撃センス半端ないから砲雷科に欲しいかな。
 あ、そう言えば。視力が3.0とか言ってたよ」



宇田慧
「電探の出番がほとんど無いんです……」
「気を落とさないで」

「……なんだろう……、何かあったと思うのに思い出せない……!」
「思い出したらでいいわよ」



内田まゆみ
「鈴ちゃんがストレスで辛そうなので助けてください」
「わかったわ」

「気になること?そう言えば……歴史の教科書を見た時に、『飛行機は無いの?』って言ってたんですけど……。飛行機って何ですか?」



小笠原光
「もっとバンバン連射できる主砲に替えてください、できれば冷却装置付で」
「無理」

「不知火ちゃんに『ぬいぬい』ってあだ名をつけたら、『誰から聞いた!?』って聞かれました」



勝田聡子
「悩み?特に無いぞな」

「ロシアからの帰国子女の友達がいるっていってたぞな!是非とも会いたいぞな!」



次回もお楽しみに。


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23話 Re:flagship


不知火「やっとPS4と『ニード・フォー・スピード ペイバック』を買った作者。しかし、ネット環境が無いからFDやネオン管やスモークが出ないことを知って落ち込んでいるそうです」
理都子「あれ、もう次作出てたよね?なんで今頃?」
不知火「『安い中古が見つかったから』だそうです」
果代子「お得は大事、だもんね」
理都子「ん〜、でもゲームって、やっぱり最新作をやりたいかな」
果代子「そうだね〜」
不知火「ちなみに、とあるキャラの痛車を作ろうとしましたが、全然上手く行かなかったそうです。
 サイドに残した『爆裂魔法〜☆』の文字が、別の意味で痛い車になっていました」

それでは本編へどうぞ。


 

 名前の順最後の媛萌の面談が終了し、古庄は神谷へと連絡を入れた。

 

「神谷司令、生徒全員の面談が終わりました」

《何か情報は得られたのか?》

「はい、いくつか」

 

 古庄はメモを見返し、有力と思われる証言を挙げていく。

 

「まずは、『夕張』と『明石』が仲間にいるそうです」

《軽巡夕張と工作艦明石か、やはり駆逐艦以外の艦もいるんだな》

「そのようです」

《他の仲間については?》

「証言は得られていません」

《なら次》

 

 神谷は淡々と、続きを促す。

 

「陽炎さん達の身体能力等についてですが、

 

 

 

『食事量は常人の倍以上。食い意地が張ってる』(美甘)

『砲雷科にスカウトしたいほどの射撃センス』(芽衣)

『視力3.0以上』(芽衣)

『厨房に忍び込まれてたのに気づかなかった』(ほまれ)

『気配の消し方がうまい』(あかね)

『スポーツ万能そう』(志摩)

『2倍以上は力持ち』(果代子)

『見張り台から艦橋に飛び降りても無傷』(マチコ)

 

 

 

等です」

《……ギンバイでもしたのか?》

「その通りです。陽炎さんは伊良子さんに対し、『お腹が減ったから、盗って食べようと思った。次は出し抜いてみせる』と供述したそうです。

 その後、足が痺れるまで正座させられたそうですが」

《………アホか》

 

 神谷が呆れたのが無線を通してわかり、古庄はうんうんと頷いた。古庄も初めて聞いたときは、呆れてものも言えなくなっていた。

 

《陽炎達の主な行動は?》

「陽炎さんは艦内を歩き回ったり、生徒達とおしゃべりしたり、気ままに過ごしているようです。不知火さんは部屋に籠もって調べ物をしています」

《調べ物……あれか》

 

 神谷は真冬経由で知らされた、ましろのスマホの検索履歴と本の一覧を、記憶から引っ張り出した。

 

《本は歴史や艦船についてが多くて、検索履歴も似たようなものだったが、面白い物もあったな。貴女が特に気になるものはあるか?》

 

 質問を振られて、古庄はパッと思い浮かんだ単語を答えた。

 

「『飛行機』……ですかね」

《ほお……、どうしてだ?》

「生徒の1人がこんなことを言っていました」

 

 

 

『気になること?そう言えば……歴史の教科書を見た時に、「飛行機は無いの?」って言ってたんですけど……。飛行機って何ですか?』(まゆみ)

 

 

 

《『飛行機は無いの?』か……》

 

 古庄は自分が聞く限りの、飛行機についての情報を確認する。

 

「飛行機って、ヘリウムや熱の浮力を使わずに、翼の揚力だけで飛ぶ乗り物のことですよね?」

《ああ、大昔に何人もの人が作ろうとしたが、結局実現には至らなかった。今となってはSFの世界でしか見られない、夢の乗り物だ》

 

 神谷の声は、嘲笑っているように聞こえた。

 

「陽炎さんの言い方は、まるで飛行機が当たり前のように受け取れます。もしかしたら、陽炎さん達は飛行機が実用化されたところから、来たのかもしれません」

《確かに納得のいく話だが、場所や機関の特定には至らないな。

 しかし……、またオーバーテクノロジーか……、勘弁してくれ》

 

 もう、うんざりだ。と頭を抱えているようだ。

 古庄も深く頷いて同意する。

 海面をスケートのように動ける艤装に、とんでもない威力を誇る武装、攻撃を防ぐ防護膜、さらに人間離れした強靭かつ驚異の再生能力を持つ身体。オーバーテクノロジーのオンパレードにも程がある。

 これ以上わけわからん物を増やさないで欲しい。

 

《何か、陽炎達の出身や所属に繋がる情報は無いのか?》

「『ロシアからの帰国子女の友達がいる』らしいので、ロシア以外の出身であることはわかります。それと、『英語が読めない』『ドイツ語も知らない』なので、英語圏やドイツも外れるかと」

《……日本出身ということだけは、ほぼ決まりか……》

 

 ろくな手掛かりにもなっていないが。

 

 何か正体に繋がるものは無いのか、例えば行動に表れていたり……。

 

 そこでハッと気がついた。

 

「……どうして不知火さんは、歴史について調べているんでしょう?」

《え?……そう言われれば、確かに気になるな……》

「歴史を調べるのは、歴史を知らないからだと思いませんか?」

《そういった情報を得られない、隔絶された環境にいたと言うことか?研究施設などに隔離されていたとすれば、自然だな》

「それにしては、歴史以外の物事に関しての知識は十分すぎます」

《……》

 

 陽炎達の知識は、晴風の生徒達と世間話をできるくらいには一通りあったし、ポケ○ンや宇宙戦艦ヤ○トなんかのアニメについても、そこそこ知っていた。

 

 隔離施設に居たら、そんな娯楽なんか無いと思うのだが。

 

 その時、ふと思い出したように、神谷が言った。

 

《……そう言えば、赤羽が言ってたな》

「何と?」

《『あいつ等はフロート艦も知らなかったみたいだ』だと》

 

 古庄は耳を疑った。

 

 

 

__「でも本気で悪かったと思ってるよ。あんた等が現状を知らないことにイラッとしちった」

「どういうことですか?」

「簡単に言うと、あたし等は絶対に撤退できないってことさ。日本の人口の大半はフロート艦(浮島)の上、あんな化物が来たら全部水底だから」

 

それを聞いて2人はハッとした様子を見せた。__

 

 

 

《言質を取った訳じゃ無いが、2人の反応は日本の国土がフロート艦に置き換わったことを、知らなかった様子だったらしい》

「……待ってください、フロート艦の建造は百年近く前から始まっていたんですよ?」

 

 

 

 日本は100年程前に地盤沈下を始め、水没する平野の変わりの土地として、巨大フロート艦の建造を始めた。そして現在、日本の周囲には無数の巨大フロート艦が浮き並び、多くの人々がその上で暮らしている。

 それは既に世界では有名で、一般常識とも言えるレベルの話であった。

 

 知らないだなんて、あり得るのだろうか。

 

 

 

《あまりにチグハグで意味わからんな、……うだうだ考えても仕方が無い。……そうだ、ついでに陽炎達とも面談してもらえないか?》

「えっ?」

《適当に理由をつけて……、そうだな、『晴風での生活はどうか?』なんていいんじゃないか?そこから話していけば、何かポロッとこぼすかもしれないからな》

「は……はぁ……」

 

 神谷の提案は最もだ。又聞きの話よりも直接聞いたり、感じたりする方が情報量も多く正確だ。

 

「わかりました。ではすぐにでも」

《頼む》

 

 古庄は無線を切り、艦内無線用の回線に切り替えて陽炎を呼び出そうとした。

 

「古庄です。陽炎さん、教室に来てくだ__」

 

 

 

 

 

『教官!捜索隊より緊急電!敵残存群と遭遇!』

 

 

 

 

 

 飛び込んできた鶫の報告を聞き、すぐさま学生艦隊全体へと通達する。

 

「全艦戦闘配置!学生艦は全速力で距離を取りなさい!」

 

 椅子を蹴飛ばして立ち上がり走る。武蔵に戻っている暇は無い、晴風の艦橋へと全速力で向かう。

 

 

 

 

 

 お願いだから、無事に終わって。

 

 

 

 

 古庄はそう願い、タラップを駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北風に戻っていた神谷が、無線の先へと怒鳴る。

 

「捜索隊無事か!?」

『全員無事です!』

「何があった!?」

『化物が何処からか湧いて出てきたんです!』

 

 クソ、まだ残ってやがったか。と心の中で悪態をつく。

 船からも空からも徹底的に捜索していたのに、まだいたのか。

 

「敵の数は!?」

『逃げるのに必死でよく見てません!10はいたかと!』

「わかった!とにかく離脱しろ!」

『了解!離脱します!』

 

 神谷は続けて飛行長へと振り返る。

 

「飛行長!飛行船を一機向かわせ監視させろ」

「了解!」

 

 コンソールを叩き、群れを射撃可能な艦艇をリストアップ。群れは捜索範囲の西側に出現、それを狙えるのは西側に配置されていた北風、比叡、名取、そして晴風。残念なことに武蔵の46cm砲はギリギリ射程外だった。

 

「司令、鷲2号が目標を捉えました」

「モニターに出せ」

 

 鷲2号のカメラの映像がモニターに映された。

 残骸の漂う海を怪物の群れが駆け抜けていく、数は17、人型が6に鯨型11。何体かは金色"flagship"だ、数が少ないとはいえ、恐ろしい敵には違いない。

 

 陽炎が無線で割り込んできた。

 

『また深海棲艦が出たの!?』

「そうだ」

『数は!?どんな奴!?私が相手してもいいわよ!』

「ちょっと待て」

 

 神谷は勇む陽炎に待つよう指示し、マイクを握ったまま桜井へと指示する。

 

「桜井、識別しろ」

「もう始めてまぁ〜す」

 

 ふわ〜っとした返事の僅か5秒後には、識別が完了した。

 

「識別完了、駆逐イ級5、ロ級elite2、ハ級2、ニ級2。

 軽巡ツ級1、ヘ級flagship1、ホ級1。

 雷巡チ級flagship1、重巡ネ級1。

 ()()()()f()l()a()g()s()h()i()p()1」

『……』

 

 戦艦レ級flagshipと聞いた途端、陽炎は信じられないという様子で唖然としていた。

 

『…………え、レ級flagshipってマジ……?』

「マジ……のようだな」

 

 神谷も自ら確認するが、黒いレインコートに、鮫のように凶暴そうな禍々しい巨大な尾。そして、その凶暴性を主張するように脈打つ、体中にほとばしる金色の脈絡。

 

 

 

 それは間違い無く、戦艦レ級flagshipと呼ぶべきものだった。

 

 

 

 陽炎の長い長い沈黙が続き、神谷が「大丈夫か?」と尋ねようとまで思った頃に、ようやく一言。

 

 

 

 

 

『よし、逃げるわよ!』

「おい!?」

 

 

 

 

 

 何があった!?

 

「突然どうしたんだ!?説明しろ!」

『よく聞いて、私達はレ級flagshipなんて見たことが無いの』

 

 陽炎の声からは、深刻な事態だと言うのがひしひしと伝わってきた。

 

『そもそもレ級って言うのは、「超弩級重雷装航空巡洋戦艦」って呼ばれる程、ヤバイ艦なのよ。そう、まさしく「空を飛ばない宇宙戦艦ヤ○ト」って例えがピッタリなくらい』

 

 そう言えば、陽炎達が北風に来た時にもそう言っていた。

 

 

 

(その通りです。ただ、例外もあります。例えばこの戦艦レ級ですが、島風と並ぶ高速艦であり、砲撃はトップクラス、更に雷撃までできるというチートっぷりです)

(通称、『空を飛ばない宇宙戦艦ヤ○ト』『超弩級重雷装巡洋戦艦』よ)

 

 

 

『圧倒的砲力と長射程(ロングレンジ)に加えて航空戦力で艦隊をフルボッコにして、中距離まで接近すれば何十本の魚雷をぶっ放して壊滅させて、最後は尻尾についた顎で、人だろうが艦だろうがバリバリ噛み砕く、正真正銘の化物なのよ』

 

 航空戦力、という言葉に引っかかりを覚える。航空機と言ったら飛行船しか思いつかないが、ハッキリ言って戦闘に使えるような代物ではない。

 最新鋭のハイブリッド飛行船ですら装甲は脆弱であり、機関砲をぶっ放せばいとも簡単に落とされる。この前の武蔵制圧作戦でも、対空砲火でいとも簡単に撃ち落とされていた。

 北風にも3機搭載されていたが、専ら偵察か降下作戦にしか使っていなかった。

 

 もしや、例の「飛行機」と呼ばれるものなのだろうか。戦闘でも実用可能な兵器と化しているのならば、どれほどのものなのか、一度見ておきたい気もする。

 

『さらに性格は凶暴極まりないの、とにかく相手を襲い殺すことしか考えてないの、理性の欠片も無いくらいにね。その強さと凶暴性から、姫鬼クラスに匹敵する唯一のイロハ級なのよ。最強の艦隊をを差し向けるくらい警戒するべき化物』

「わかった。より警戒して当たる」

 

 そう言って神谷が通信を切ろうとしたが、陽炎が強引に話を続けた。

 

『待って、まだ話は終わってないわよ』

 

 そこで陽炎はひと呼吸置いて、衝撃の事実を伝えた。

 

『今までのはね、()()()()の場合なの』

「……は?」

『ただのレ級がそのレベルなのよ、だから上位種のeliteはもっと強かったわ。艦隊全員ボッコボコにされて、命からがらかろうじて逃げたことがあるのよ。冗談抜きで80cm(グスタフ)列車砲でも超電磁砲(レールガン)でも欲しくなったわ』

「つまり、今回現れたレ級flagshipは__」

『__もっとヤバイ、プライドかなぐり捨ててでも逃げたい』

 

 

 

 

 

『ていうか、逃げろ』

 

 

 

 

 

 陽炎が忠告している間にも、戦艦レ級flagshipは艦隊に向けて襲いかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

 




ましろ「なんでまたレ級が来るんだ!?」
幸子「ゲームでよくあるやつですよ、倒した相手が強くなって帰ってきて立ち塞がるっていう」
ましろ「そんなお約束いらん!」
幸子「ちなみに1話のレ級とは、完全に別の個体だそうです」

次回もお楽しみに。













_____……………_____



神谷「絶対に止めろ!」

真冬「噴進弾撃て!!」

赤羽「轢き殺しゃあ止まるだろ」

古庄「何を言ってるの!?」

明乃「目標レ級!攻撃始め!」

光「なんで!?」

赤羽「陽炎!魚雷をぶち込め!」

陽炎「こいつ……っ、仲間を盾に!?」

神谷「突撃隊、出るぞ」

桜井「__ごと撃沈する」

古庄「皆逃げて!」

マチコ「っ!不知火さん!」

不知火「いいから早く!」

神谷「これが怪物の力なのか!」





__「間に合ってよかったです」





……To be continued.


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24話 超弩級重雷装巡洋戦艦

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

作者「今回の話を書いていて、23話での予告通りのセリフを入れるのが意外と難しかったです。安易に次回予告を入れるべきではない、とわかりました」
陽炎「プロットも作ってない状態で書くから……」
作者「でもやりたくなるじゃん。次回予告見ると続きが余計に気になるようになるし」
陽炎「しっかりと次の話が固まってるから、予告ができるの。ちゃんと全部回収できるのよね?」
作者「頑張ります!」
陽炎「……」

それでは本編へどうぞ。


 戦艦レ級flagshipを先頭にした怪物の群れは、西へ向けて高速で移動していた。元々鈍足な低速戦艦のいない編成、35ノット近い速度を出している。

 一部の個体は捜索隊からの発砲を受けて損傷しているが、それでもせいぜい少破程度、行動に何ら支障は無かった。

 

 群れが最初に目をつけたのは、真西にいた比叡だった。

 

 

 

 

 

 オペレーターが声を張り上げる。

 

「目標は西、比叡に向けて移動中!」

「比叡は!?」

「西へ向け回頭し、現在加速中!目標との距離、約100(ヒトマルマル)!砲撃を開始しましたが効果は僅少!」

 

 マズい、と神谷は焦った。

 

 比叡は高速戦艦として有名だが、速力は30ノット程。比べて怪物の速力は35ノット、戦艦レ級に限れば40ノットの高速を誇り、追いつかれるのは目に見えている。さらに比叡はようやく加速体制に入ったばかりで、10km程の差は20分もしないうちに無くなってしまう。

 

「北風、弁天、攻撃始め!絶対に止めろ!赤羽!スキッパー隊を出せ!」

「了解、取舵回頭90度、主砲撃ち方始め!」

『噴進弾撃て!』

 

 桜井と真冬の号令の後、北風は浸水した船体を苦しそうに群れのいる方向へと回し、未だ健在の主砲を連射。そして弁天は主砲の射程圏外のため、噴進弾を何発も発射した。

 だが、北風の砲弾は容易に回避され、弁天の噴進弾は迎撃を受け殆ど撃墜されて、いくつか命中したもののイ級を何体か潰しただけに終わった。

 

「目標進行速度変わらず!あと10分で比叡が射程圏内に入ります!」

「先頭を狙って撃ちまくれ!」

「司令!スキッパー隊発艦開始しました!」

 

 マップ上に次々と武装スキッパーの

識別信号が表示され、群れに向かって突き進んでいくのが分かる。前の戦いで半数以上が離脱してしまい、全部で11機しかいないがなんとかしてくれるだろう。

 

 ……が、肝心のリーダー、S1赤羽の識別信号が一向に表示されない。

 隊長不在とは何を考えている。

 

「何をやってるんだあいつ!」

 

 神谷はすぐに無線で赤羽を呼び出す。

 

「おい赤羽!何でお前が出てないんだ!サボってるのか!」

『スキッパーの改造が終わってねーんだよ!』

 

 鼓膜が破れそうな剣幕で逆ギレされ、思わず耳を塞いだ。

 何ふざけたこと言ってるんだと、こちらからも怒鳴り返した。

 

「また改造かよ!」

『やっと装甲キャノピーができたんだよ!』

「何でそんなもの作ってるんだ!」

『怪物だって轢き殺しゃあ止まるだろ、だから何匹でも轢けるように戦車並みの装甲にしてるわけ!』

「部隊はどうする!?」

『あたしが行くまでαリーダーに任せてあるから!あとは知らん!』

「ふざけるな!隊長の座をクビになりたいのか!」

『ご自由に!』

 

 キレた赤羽がインカムを叩きつけたのか、バン!と爆音が響き、艦橋にいた全員がうっと耳を押さえた。

 あのアホが、と神谷は口には出していないが罵った。

 

 

 

 

 

 αリーダー率いる10機の武装スキッパー部隊が、怪物の群れへと全速力で向かう。

 

「αリーダーより各機、最優先目標戦艦レ級flagship。他は自由に叩きのめしてやれ!」

『了解!大和魂を見せてやる!』

『あいつらの仇だ!』

『ぶっ殺す!』

 

 仲間の半数以上が殺され、復讐に燃える隊員達。その炎に呼応するかのように、スキッパーのエンジンがけたたましく唸る。

 

 αリーダーが群れを肉眼で捉えた。次の瞬間、先頭を行くレ級の尾から大きな砲炎が吹き上がった。

 砲撃だ。

 

「目標発砲!各機回避行動!」

 

 素早くそれだけ伝え、舵を左へと切る。

 

 砲撃の命中率はたかが知れている。電子制御のイージス艦ならともかく、手動操作の砲を全速力かつ回避行動に入ったスキッパーに当てるのは、余程の幸運でも無い限り不可能だ。

 

 まず当たらないだろう、と何処かたかをくくっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 砲弾が、三式弾だったことに気づかずに。

 

 

 

 

 

 砲弾が突然スキッパー隊の前方で爆発、大量の散弾という鉄の雨を広範囲に降らせた。

 

 鉄の粒子がスキッパーに浴びせられ、装甲で覆われたボディはともかく、ガラスでできたキャノピーやヘッドライトを破壊した。

 

「うおっ!!」

 

 α1のキャノピーのガラスが、散弾によってできたたくさんの蜘蛛の巣状のヒビによって真っ白に染まり、ヘッドライトが砕け散った。

 α1を含む前衛の6機が散弾をモロに喰らい、制御を失ってスピンし停止、後続の4機はそれをうまく躱して突撃していった。

 

「クソ野郎……!」

 

 αリーダーは怒りと悔しさから、ドン!とコンソールを殴った。

 キャノピーの強化防弾ガラスのおかげで身体には傷1つついていない、しかし、視界が確保できない以上、戦闘継続は不可能だった。

 

「こちらα1、敵散弾による損傷を受け戦闘継続不能」

『北風了解、貴官らは本艦へと帰還せよ』

「……了解」

 

 αリーダーは力なく答え、スキッパーをUターンさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残った4機のスキッパーが果敢に突撃するが、戦艦レ級の戦闘力は予想以上だった。

 

『雷撃だ!』

 

 先頭を飛ばしていたS3相田が叫んだ。20本以上の魚雷が、放射線状の白線を残しながらこちらに向かってくる。

 

 逃げ場は無い。そう一瞬の内に判断した相田は、後続を生かすために1発でも多くの魚雷を巻き込もうとスキッパーを真横に向け、緊急脱出レバーを引いた。

 リジェクトシートが作動し、相田はボォッ!と空中へロケットのように飛ばされた。

 

 その直後、S3のスキッパーは2発の魚雷を受けて華々しく爆発四散した。派手な爆炎とバラバラになって舞う船体、アクション映画の爆発シーンにピッタリだと、上空でパラシュートに揺られる相田は嘲笑した。

 

 しかし、その派手な犠牲のおかげで、他の魚雷も迷走したり誘爆したりしたため、後続の3機は無事に回避することができた。

 

「誰か拾ってくれ!」

『了解!』

 

 パラシュートの降下地点に他の隊員がピタリとスキッパーを止め、後部座席に着地させ回収。そのまま戦いのため前進する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて強さだ……!」

 

 神谷は戦艦レ級の力に恐れを抱いた。

 

 死者こそ出ていないものの、たった1体の怪物の攻撃によって、7/10のスキッパーが戦闘不能に陥ってしまった。

 

 今までの個体とは一線を画す戦闘能力、陽炎が逃げろと言ったのにも納得できた。

 

 とても3機のスキッパーでは相手にならない。

 砲弾と噴進弾の飽和攻撃で仕留めるしかない。

 

「スキッパー部隊!レ級は相手にするな!」

『了解!』

「弁天!攻撃続行だ!」

『おう!』

 

 北風と弁天がレ級の足を止めようと、全速力で追いかけながら弾薬をばら撒き続ける。比叡は追いつかれてたまるかと、死に物狂いで主砲と副砲を撃ちまくる。

 

 水柱が乱立し、爆炎も吹き上がる。

 

 

 

 だが、そんな奮闘も虚しく、レ級に迎撃されるか回避されて一発も掠りはせず、ついにレ級が比叡を射程圏内に捉えた。

 

 

 

「比叡が射程圏内に入りました!」

「クソっ!」

 

 

 

 レ級は比叡の左舷に回り、武装のついた尾を比叡へと向ける。

 そして、獰猛な笑顔を見せて引き金を引いた。

 

「撃チ方始メェ!」

 

 主砲から次々と砲弾が発射され、それらは寸分違わず、比叡の副砲群に直撃した。副砲が激しくボンボォン!と炎を上げ爆発し、ポッキリと折れた砲身や砲塔の残骸が海へと落ちる。

 

 このレ級は、どうやらそこそこの知恵はあるらしい。戦艦の船体や主砲は重装甲で守られている一方、副砲は目標への追従性を確保するため、軽く薄い装甲しか無い。武蔵の副砲ですら76mm砲で破壊できる程なのだ。だから、小さな砲で戦艦を攻撃するには、副砲等を狙うべきなのだ。

 

『こちら比叡!左舷副砲群壊滅!至急救援を!』

 

 助けを求める比叡通信士の声が、無線を通して聞こえる。

 だが、神谷達には打つ手が無い。

 

「乗員はできるだけ重装甲区画へ避難しろ!」

 

 悔しいがそう伝えるしかなく、神谷はドン!とコンソールを殴りつけた。

 

 こうしている間にも、比叡は一方的に蹂躙されていた。レ級による無数の雷撃を受け左舷に浸水、僅かにだが左へと傾き速力が低下した。

 さらに甲板には砲弾が降り注ぎ、あっという間に蜂の巣状にされていた。

 

「畜生!何か手は無いのか!」

 

 

 

 

 

 

 その時、武装スキッパーのエンジン始動音が、スピーカーを通じて聞こえた。

 

 

 

 

 

『待たせたな司令!主役の登場だ!』

 

 ようやく、赤羽のスキッパーの改造(魔改造)が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤羽のスキッパーがカタパルトにセットされた。正面のカウルはさらに厚く矢のように尖り、キャノピーは戦車の如く装甲に覆われ、前後左右の小さな覗き窓だけが唯一中を覗ける。それ以外の箇所も重装甲化され、威圧感を放っていた。

 そんな機体を見て、整備班の誰かが言っていた、「もうスキッパーじゃなくて戦車だよね」と。

 

『散々待たせたんだ、その分結果を出せ!』

「わーってるって司令、レ級はあたしがぶっ殺してやるよ!S1出るぞ!」

 

 神谷へ堂々と啖呵を切って、赤羽は北風から発艦した。

 勿論最初からフルスロットル、重量級の機体をチューンドされたエンジンが、アフターファイアを吐きながら軽々と加速させる。

 装甲で重量が増えた分をチューンナップで補い、機動力を確保しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「S1発艦、目標まで約10分」

「わかった」

 

 オペレーターの報告に頷き、比叡と連絡を取る。

 

「あと10分保たせられるか?」

『10分………………はい、大丈夫です』

 

 弱々しい声に、神谷は唇を噛みしめる。

 

「……踏ん張ってくれ」

 

 未だにレ級の攻撃が続いているが、流石は戦艦比叡と言うべきか、致命的な損傷や火災は無く、浸水も1区画に留まり、速力を僅かに落としただけで全速航行を続けていた。

 だが、苛烈な攻撃に晒されている乗員達の心はもう限界だろう。

 

「赤羽、お前が突っ込むのと同時に残りの火力を全て叩き込む。覚悟はいいか?」

『いいに決まってんだろ!ちゃっちゃとやろうぜ!』

 

 ここは赤羽を信じるしかない、北風は最大火力で赤羽の突入を援護するだけだ。

 

「斉射用意!」

 

 桜井が頷く。

 

「了解。砲雷長、主砲及び噴進弾斉射用意!」

「了解。主砲及び噴進弾斉射用意!目標戦艦レ級!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!大変です!」

 

 突然、オペレーターが驚きの声を上げた。

 

 

 

 

 

「どうした!?」

「晴風が反転して比叡に向かっています!」

「何だと!?」

 

 晴風が突如反転し、激戦区に突入しようとしていた。

 

 




☆おまけ
 はいふり世界のポケモンはこうなっているかも。

あかね「陽炎ちゃん、ポケモンやる?」
陽炎「やるやる!ソード?シールド?」
あかね「赤」
陽炎「古いっ!」

 とりあえずプレイ!

陽炎「名前はレッドで、最初のポケモンは……ヒトカゲ!君に決めた!」

 〜ライバル戦後〜

陽炎「よし勝った!それじゃあ早速、トキワシティへGO!」

 マサラタウン()()()()1()()()()()()()

陽炎「……へ?」

 消えた陸地、広がる海。

陽炎「一番道路が水没してる〜!?」

 驚愕の事実!ポケモン世界も水没していた!

陽炎「え!?どうすんの!?泳いでくの!?」

そこへ現れるナナミ(ライバルの姉)。

【レッドくん、あなた、みずポケモンをもってないでしょ。このこをあげるわ】

"レッドはラプラスをもらった!"▽

陽炎「え?」

【それから、これも】

"ひでんマシン04「なみのり」をもらった!"▽

陽炎「……え?」

【「なみのり」できるポケモンをつれてないと、ぼうけんできないわよ】

陽炎「えええ……」

あかね(……やったことあるって言ってたのに、凄い戸惑ってる……。どうしてだろう?)

 当然水ポケモンばかりしか出ないし、トレーナーも海パン野郎かビキニお姉さんがほとんどだった。

☆完!

※あくまで想像によるネタです。

次回もお楽しみに。


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25話 その選択が何をもたらすとしても

作者「劇場版はいふり見てきました!
 感想を一言でいうなら最高です!見たいものが全て詰め込まれてて、とても満足でした!前半は皆かわいいし、後半の戦闘シーンはメッチャかっこよかったです!」

明乃「あのー、興奮してるところ悪いけど……」
作者「ん?」
明乃「劇場版とこれの時系列とか、設定のズレとか大丈夫なの?」
作者「……」(考えてなかった……!)
明乃「あはは……」

 物語が一段落ついたら、それも含めた設定集みたいなものを上げようと思います。

それでは本編へどうぞ。


 

 時間は僅か数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

『こちら比叡!左舷副砲群壊滅!至急救援を!』

『乗員はできるだけ重装甲区画へ避難しろ!』

 

 助けを求める比叡乗員の声と、それに対する絶望的な状況を示す神谷の命令。

 

 誰一人言葉を発しない、重苦しく静まり返った晴風の艦橋に、それだけが響いた。

 

 

 

 

 

「……比叡が……」

 

 やがて、ポツリ、と明乃が思い詰めた声を漏らす。

 

「比叡がやられちゃう……」

 

 生徒達は皆俯き、古庄ですら黙り込んだまま、何も答えない。

 全員、この絶望的な状況を打破する希望なんて持ってないからだ。

 

 唯一、陽炎だけが希望的観測を述べる。

 

「い……いくらレ級が強くても、比叡の装甲を撃ち抜くだけの火力は無いわ、本物に比べたら豆鉄砲だもの。だから、沈んだりすることは無いと思う。

 それに、もう少ししたら弁天も追いつくから、なんとかなるわよ」

「……本当に、そう思ってる?」

 

 その質問に、陽炎は黙り込んだ。

 

 いくら戦艦だからって、乗員が無事でいられる確証なんて無い。

 アメリカの巨大原子力空母も、浮沈戦艦とすら称された10万トン超えのタンカーも、深海棲艦の餌食になってきたのだ。

 どんなに沈みにくい艦でも、いつかは深海棲艦に沈められてしまう。

 

 明乃はそんな陽炎の様子を一瞥し、古庄へ提言する。

 

「古庄教官、晴風を接近させてレ級の気を引きましょう」

「何を言ってるの!?」

 

 古庄は思わぬ意見に目を丸くするが、明乃はお構い無しに続ける。

 

「このままでは比叡が危険です。射程ギリギリまで接近し砲撃して、気を引いて比叡から引き離しましょう」

「無茶です!」

 

 ましろが割り込んだ。

 

「相手は最凶とすら言われる敵です!迂闊に接近すれば、今度は晴風がやられるかも知れませんよ!」

「大丈夫、レ級の速力は40ノット、射程5km。対してこっちは37ノットしか出ないけど、射程は最大23km、有効射程を考えても10km程はアドバンテージがある。砲撃して回避行動を強いれば、やすやすとは追いつかれない」

 

 明乃の考えは一理ある。

 相手より長大な攻撃範囲を持てば、相手に攻撃を加え続け接近を阻止できる。が、

 

「却下」

 

 陽炎がズバッと切り捨てた。

 

「そのスペックはノーマルのやつでしょ?flagshipのスペックはたぶんそれ以上よ、ミケ艦長が考えているより余裕は無いのよ。それに追いつかれて一発喰らったら、こんな紙っペラ艦、いとも簡単に沈められるわよ。……ミイラ取りがミイラになるだけよ」

「でも、このままじゃ比叡がやられちゃうんだよ!陽炎ちゃんはそれでもいいの!?」

「そんなわけないわよ!私だって今すぐに出撃して、この手で沈めてやりたいわよ!でもね、私が出てったところでこのまま食われるか、挽肉になってから食われるか、ステーキになってから食われるかの3択しかないんだから仕方が無いじゃない!」

「2人とも落ち着け」

 

 知らない内に熱くなっていた2人を、ましろが間に入って制止する。

 

 と、その時。思いもしない悪い知らせが飛び込んできた。

 

 

 

 

 

『こちら比叡!雷撃を受け左舷に浸水!速力低下!』

 

 

 

 

 

 比叡の装甲が抜かれた。

 

 そのたった1つの出来事が、激震を走らせた。

 

「まさか……!」

「戦艦の装甲を破ったの!?」

 

 たった1体の怪物に、戦艦が沈められようとしているのだ。

 無論、戦艦が簡単に沈むわけは無く、比叡の一区画を浸水させただけだろう。だが、今ここで撃沈される可能性が十分にある。

 その事実が、選択を迫る。

 

「古庄教官!」

 

 明乃が古庄に詰め寄る。

 

 古庄は比叡の危機と、晴風のリスクの2つを天秤に()()()()()()()

 だが、天秤は揺れ動くものの、どちらにも傾かない。古庄には比叡の生徒も晴風の生徒も、どちらも切り捨てられないのだ。

 古庄は、苦しみ悩んだ。ほんの数秒が、とてつもなく長く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けに行きましょう」

 

 

 

 

 

 その力強い声にハッと振り返る。

 

 声の主は鈴だった。

 

 それを皮切りに、他の生徒達も声を上げる。

 最初に芽衣が意気込んで、

 

「やろうよ艦長、あの怪物をぶっ潰そうよ」

 

 幸子がドスの効いた声で、

 

「ワシ等がやらずに、誰がやるんじゃい」

 

 それに続いて、皆の声が聞こえた。

 

『機関は問題ねえ!やってやろうってんでい!』

『お姫様に散々翻弄されたからね、今度こそバーンと1発で仕留めるよ!』

『見張りは任せてください』

『ちょっとくらい傷ついても、私達がなんとかするよ!』

『ご飯作っておくね!』

『ま、なんとかなるぞな!』

 

 皆、肯定的なようだ。

 クラスの皆からの支持を受け、明乃は再び古庄に迫る。

 

「古庄教官!やらせてください!」

 

 だが、古庄は首を縦に振らない。

 

 レ級を引きつけるのはいい。だが、その後の鬼ごっこに終わりが見えないのが、恐れていることであった。

 

 レ級から逃げ切れるほどの速力は無く、かと言って撃沈できる保証もない。

 なんとか沈めようと、逃げようと足掻いた挙げ句に、武装や機関も不調をきたして詰みの状態なんて、駆逐棲姫との戦いの再現になりかねない。

 あの時は敵が駆逐級であり、大した火力は持っておらず、また、陽炎が終始囮になっていたため、晴風の被害はなかった。

 しかし、今回は火力トップクラスの戦艦、晴風に被害が及ぶのは目に見えているし、陽炎の囮も恐らく無駄だろう。

 

 向こうの持久力が未知数である以上、安易には同意できなかった。

 

「……陽炎さんはどう思う?」

 

 古庄が陽炎に意見を求めると、陽炎はキッパリと反対した。

 

「反対よ。時間稼ぎにはなるかもしれないけど、決め手が無い以上こっちが負けるわ」

「陽炎さんの魚雷で撃沈するのは?」

 

 陽炎の雷撃なら戦艦級を沈められるのでは?と考えたのだが、

 

「全弾ぶち込めば、ワンチャンできるかも」

「実際にできるの?」

「私1人じゃ無理ね。有効射程に入る前に砲撃喰らってドボンするし。もし近づけても、一斉射じゃ足りないから再装填するしかないけど、その間に殺されるわ」

 

 陽炎が首を横に振る。

 もとより期待はしていなかったが、少し残念だった。

 

 

 

 あれこれと苦悩しているうちに、更なる悪い知らせがマチコから飛んできた。

 

「教官!比叡が群れに追いつかれます!」

 

 レ級に置いてきぼりにされた怪物の群れが、北風やスキッパーからの攻撃を受けながらも、比叡に襲いかかろうと追いついてきたのだ。

 

「……もし、あの数から雷撃を受けたら、もう保たないわね……」

 

 古庄が悔しそうに唇を噛む。

 レ級1隻の火力で既に満身創痍なところへ、群れによる攻撃を受けたら__。どうなるかは想像に難くない。

 

「だったら!せめて群れだけでも晴風に引き寄せましょう!」

 

 明乃が強行に訴える。

 レ級よりも遥かに速力や火力の劣る群れが相手ならば、晴風は自慢の足と砲力を使って逃げ切れる。

 

 __だが、……本当に大丈夫なのだろうか。

 

 古庄は嫌な予感に襲われた。しかし、もう戸惑っている暇は無いことも事実だった。

 

「……岬艦長、作戦実行を許可します。但し、一撃加えたら直ちに反転し離脱しなさい」

「了解、比叡の援護に向かいます。一撃加え直ちに反転、離脱します」

 

 明乃は復唱した後、振り返り皆と向かい合う。

 

「鈴ちゃん取り舵反転!前進一杯!」

「はい!取り舵反転!前進一杯ヨーソロー!」

『前進一杯でい!』

 

 晴風はUターンして、比叡の元へと全速力で向かう。

 

 

 

 

 

「……教官、よかったの?」

 

 陽炎が古庄へ、生徒達には聞こえないように問いかける。

 その声は酷く冷えていた。

 

「十中八九、誰か死ぬわよ」

 

 研ぎ澄まされた矢のような視線が、古庄に突き刺さる。

 古庄はそれに耐えられず、すっと目を逸した。

 

「……どのみちこのままだと、比叡に死者が出るわ。だから、少しでも希望のある方を選択したのよ」

「比叡は戦艦だから装甲も厚いし、注水区画も桁違いに多いから、中々沈まない、弁天が合流するまでは持ちこたえられる筈よ。それに比べて晴風は紙っぺら装甲だし、バルジもロクに無い、下手すれば一発喰らっただけで誰か死ぬわよ。

 それも考えての判断?()()()()?」

 

 「教官」では無く「先生」と、陽炎は呼んだ。

 教え子を守る者、としての覚悟はあるか?という意味なのだろうか。

 

「……ええ」

「……なら、もう何も言わないけど」

 

 陽炎は追及を止めて前を向いた。

 

 

 

 

 

 これから、晴風に何が起こるかわからない。

 

 最悪、(艦娘)が何とかしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで晴風が接近してる!?」

「『我、比叡の援護に向かう』とのことです!」

「引き返させろ!今すぐだ!」

 

 神谷が怒鳴るようにオペレーターに命令する。

 オペレーターはすぐに通信を繋ぎ呼びかけた。

 

「こちら北風、晴風は退避せよ。繰り返す、晴風は退避せよ」

 

 しかし、帰ってきたのは、明乃の拒否だった。

 

『こちら晴風、その指示には従えません』

「これは命令です、退避せよ」

『お断りします』

「代われ!」

 

 神谷がしびれを切らし、オペレーターと代わった。

 

「岬艦長命令だ、下がれ」

『お断りします』

「いいから早く下がれ!晴風まで巻き込まれるぞ!」

『比叡を見殺しにするつもりですか?』

「そんなつもりは無い!今残っていた武装スキッパーを向かわせた、弁天もじきに追いつく」

『たった1機のスキッパーで太刀打ちできるんですか?』

 

 明乃は的確に穴を突いてきた。

 既に7 台のスキッパーが破壊されているのに、重装甲とは言えたった1機のスキッパーが、レ級を撃破できるとは保証できない。

 神谷自身も、赤羽(あの馬鹿)ならどうにか殺れるだろうとの、希望的観測なのだ。

 

『もうすぐ、群れも比叡に追いつきます。その前に晴風に食いつかせて比叡から引き離せば、比叡の損害は大幅に減るはずです』

「だが、狙われるのが晴風になるだけだぞ。わかっているのか!」

『わかってます。でも__』

 

 

 

 

 

『もう、誰かが死ぬのを、指を咥えて見てはいられないんです』

 

 

 

 

 

 その心から溢れた涙の言葉を最後に、通信が切られた。

 

 北風の艦橋は、重い空気の中に静まり返った。

 

「…………クソッ!!」

 

 神谷がコンソールをドン!と殴りつけた。

 それを咎める者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴風は最大戦速で、比叡の左から直角に接近していた。

 もうすぐ群れも比叡を捕捉するかというギリギリのタイミングで、有効射程まで近づいた。

 

「速度そのまま!取舵一杯!群れと同航に!」

「はい!」

「主砲撃ち方よーい!」

「うい!」

 

 左へと舵を切り、比叡を追いかける群れとピタリと並走し、全ての主砲を向ける。

 

『射撃用意よし!』

 

 光の報告を受けた志摩は頷き、明乃に向けて指で丸を作った。

 

「マル」

 

 戦闘準備は整った。

 明乃は自分を落ち着けるため、一度大きく深呼吸した。

 

 

 

 __大丈夫、誰も、傷つけさせない__。

 

 

 

 そう自分に言い聞かせ、叫ぶ。

 

「始めるよ!主砲撃ち方始め!」

()ー!」

 

 

 

 

 

 晴風が群れに向けて一斉射、群れと晴風の戦いが始まった。

 

 




作者「……前書きで凄い興奮してたけど、実は1つショッキングなことがあったんだ……」
陽炎「何!?」
幸子「まさかこれ凍結とか!?」
作者「『蒼青のミラージュ』※のサービス終了が決まったんだ……」
※艦船擬人化ゲームで、『戦艦少女R』のスピンオフ。
陽炎「なーんだ、そんなこと?」
幸子「まあ、仕方ないですよ。サービス開始から1日と欠かさずプレイしてたんですから」
作者「もうすぐできなくなると思うと、すげえ辛い……。あの戦闘システムとか、キャラのLive2Dとか、ボイスとか、お気に入りだったのに……」
あかね「ソシャゲは終わっちゃうと、何も残らないんだよね」
幸子「虚しいですねー」


次回もお楽しみに。


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26話 最狂の怪物

作者「いつの間にか原作カテゴリに『ハイスクール・フリート』が追加されていました。ついにここに入ったか!と凄く嬉しかったです」
明乃「それなりに有名な作品じゃないと表示されなかったから、そこに加わったのは嬉しいよね」
作者「それからもう1つ、劇場版の4DXを体感してきました!ボートレースや戦闘シーンで揺れるし水飛沫がかかるし、凄い臨場感があって、また違った形で楽しめました!」
明乃「おお〜!」
作者「はいふりと4DXの相性良すぎだろ!って思いました!……家でもできたらなぁ……」
明乃「家が浸水しちゃうと思うけど、やってみたいよね」

それでは本編へどうぞ。


 晴風から放たれた砲弾は3発とも、群れのド真ん中に着弾、水柱を上げた。個体には直撃せず撃破には至らなかったが、注意を引くには十分過ぎた。

 

『群れが転進、こちらに向かってきます!』

 

 マチコの報告に、ひとまず上手く行ったか。と明乃は少しだけ安堵した。これで比叡がこれ以上の猛攻に曝されることは回避できた。

 

 ここからは晴風の番だ。

 

「取舵90度!怪物を引き離すよ!」

「ヨーソロー!」

 

 晴風はさらに左へと舵を切り、群れを比叡から引き離しにかかるが、奴等は最大戦速で晴風を追尾してきた。

 

「深海棲艦が足並みを揃えてるとしたら35ノットくらいね、このまま飛ばせば振り切れるけど」

 

 陽炎がそこまで言った説明を、ましろが継ぐ。

 

「晴風の機関が不調をきたした瞬間に詰む。それまでに数を減らしておかないと、武装スキッパーや噴進弾の援護が通らないかもしれない」

「わかった」

 

 明乃は機関室へと言葉をかける。

 

「マロンちゃん。負担をかけるけど、お願いね」

『任せろ!けど、なるべく早くしてくれよ!』

「うん!」

 

 次いで、志摩へと向き直る。

 

「タマちゃん、先頭の奴から1体1体確実に仕留めて!」

「うい!」

 

 志摩は頷き、手元にあるタブレット端末に写された、飛行船からの位置情報を元に射角を算出する。

 

「2番まま(そのまま)()っ!」

 

 2番主砲から発射された砲弾は先頭を航るハ級からは大きく外れて、後続の軽巡ツ級に直撃、木っ端微塵にした。

 

「……今ツ級狙ったの?」

 

 芽衣が何かおかしいと思い尋ねると、志摩はプルプルと首を横に振った。

 

「ううん」

「おかしーな、位置情報ズレてるのかな」

「……かも」

 

 気を取り直し次を狙う。

 

「3番1の30、7」

『3番主砲1°の、高角30°、7秒後に合わせ!』

『1°の高角30°、回した!』

『3、2、1、発射!』

 

 3番主砲がハ級に向けて発砲、だが、再び大きく外れて着弾した。

 

 

 

「うい……?」

 

 志摩は砲弾の弾道を見て、何か引っかかったようだが……。

 

 芽衣が幸子に吠える。

 

「ねえ、やっぱ位置情報おかしいよ!確認取って!」

「はっ、はい!」

 

 幸子がタブレットを叩いて、位置情報の修正を試みる。

 

 

 

 

 

 だが、それを遮るようにオペレーターの叫びが響いた。

 

 

 

 

 

『緊急!!戦艦レ級flagshipが晴風に向かった!!警戒されたし!!』

 

 

 

 

 

 バンッ!と雷の落ちたような衝撃が走った。

 

 最凶の敵、レ級が目標を比叡から晴風に切り替え、追いかけてきたのだ。

 

「あー……余計な物まで釣っちゃったわね……」

 

 陽炎の額を冷や汗が伝う。

 軽口を叩いてはいるが、実は心臓バックバク、本能が警戒信号を連発しまくっている、普段なら間違い無く逃げ出しているレベルで。

 

 その一方で、明乃は的確に素早く指示を出していた。

 

「ココちゃん!敵の位置と速度は!?」

「5時の方向、主砲有効射程圏内……よっ!?44ノットです!!」

「攻撃目標変更!目標レ級!攻撃始め!」

「うい!」

 

 主砲がレ級へと狙いを定め、近づけてなるものかと何発も連射する。

 

「44ノットって……、改インディペンデンス級と同じじゃないか!?」

 

 レ級flagshipの速力を聞いて、ましろは開いた口が塞がらないようだ。

 そりゃそうだ、最新鋭の超高速艦と同じ速力を出せるなんて、陽炎もおかしいし酷いと思い身体が震えた。

 

「予想よりも早く追いつかれるぞ!」

「わかってる!」

 

 

 

 

 

 ドンドンドンドン!と絶え間なく主砲が砲弾を吐き出し続け、次々たレ級の周囲に水柱を乱立させる。だが、

 

「……なんか、おかしくない?」

「なんかって何?」

 

 双眼鏡を覗いて首を傾げる光に、引き金を引き続ける順子が尋ねた。

 

「弾が散らばり過ぎてるような……」

 

 いくら距離があると言っても、いつもでは考えられない程に着弾位置がバラついていた。

 何か嫌な予感を感じる光だが、美千留に急かされた。

 

「まだ結構離れてるからだよ、それより早く照準修正お願い!」

「う……うん!次仰角2度落として!」

「OK!」

「バキュン!」

 

 照準を修正して再度砲撃開始、しかし、連射された砲弾はこれまでと同じように、バラバラに着弾した。

 

「……もしかして……、これって……」

 

 美千留と順子も異変に気がついた。

 

「弾道そのものがブレてきてる……?」

「ってことはつまり……」

 

 

 

 

 

「「「砲身が駄目になってる!?」」」

 

 

 

 

 

 戦艦レ級、戦艦棲姫、駆逐棲姫と、3回もの熾烈な戦闘を経て、発射回数は1門あたり100は超えただろうか。あまりの高負荷に一度焼けてしまったこともある砲身は、とっくのとうに寿命を迎えていたのだ。

 砲身が駄目になってしまえば、砲弾が真っ直ぐ目標に向かって飛ぶ筈が無い。

 つまりは、人間CIWSと呼ばれる志摩の射撃能力も、それを実行できる砲術員達の能力も、全くの無駄になったということだ。

 

 

 

 

 

 そして、それによって晴風は攻撃力のほとんどを喪失した。

 

 

 

 

 

『タマちゃん!砲身が死んだっぽい!』

「うい……」

 

 志摩も薄々気づいていたようだ。

 それを聞いた艦橋のクルー達が、一斉に騒がしくなる。

 明乃に至っては、顔が真っ青になって固まっていた。

 

「主砲が使えなくなったの……!?」

 

 芽衣が慌てて陽炎に聞く。

 

「主砲が使えないってことはさ……、あれ(戦艦レ級)を倒す方法ってある!?」

「無いわね」

「え……」

 

 陽炎は即答し、さらに告げた。

 

「機銃も効かないし、実質丸腰よ。とにかくデタラメでいいから撃ちまくって、運に任せるか、少しでも時間を稼ぐしかないわ」

「そんなっ!」

「あとは司令がどうするかだけど……」

『こちら神谷、晴風応答せよ』

「すっごいタイミングで来たー!?」

 

 名前を出した途端に本人からの連絡、ベストタイミングにも程がある。

 

 古庄が答えた。

 

「はい」

『これより総攻撃を行う。戦艦レ級が群れに追いつき纏まったタイミングで、残りの()()()を投入する。噴進弾、武装スキッパー、加えて比叡の主砲火力で群れを丸ごと殲滅する。晴風も砲撃で加われ』

 

 それは文字通り、最後の力を振り絞った戦い。使えるカードを全て切り、もう後には何も残らない。

 

「……もしそれでも逃したら?」

『…………』

 

 最悪の想定を口にすると、神谷は何も答えず黙り込んでしまった。

 生徒達にも緊張が走る。

 

 わかっている。これで逃したらもう打つ手は無い、すぐに晴風が、生徒達が喰われてしまう。

 

「……司令、今のうちに晴風から皆を降ろしたら?」

 

 陽炎が思いがけないことを口にして、その場がどよめいた。

 

「陽炎ちゃん!?」

「どういうこと!?」

 

 陽炎は手で生徒達を制し、考えを述べる。

 

「レ級を無傷で逃したら、間違いなく晴風は殺られるわよ。だから、今のうちに避難するべきじゃないかしら」

『だが、スキッパー以外のボートはレ級を振り切るだけの速力がない、すぐに追いつかれるぞ』

「晴風を囮にする。スキッパーに乗れる人数だけ残して攻撃し続けて、レ級の射程圏内に入ったところで逃げる。先に離艦した皆は大きく迂回して群れを避けて、弁天に拾って貰うの」

『弁天ならレ級から逃げられるか?』

「速力は同じだけど、レ級でも航続距離は船に比べれば短いわ、全速力で逃げ続ければ、いずれ諦めるわよ。皆の安全を考えるなら、これが一番だと思うわ」

 

 陽炎が言い終わると神谷が、

 

『1つ聞いておきたい』

 

と前置きしてから、根本を揺るがす問題を指摘した。

 

『奴が離艦する乗員を無視して、晴風に食い付くという保証は?』

「ある!……と言いたいトコだけど、無いわよ」

 

 そんなのわからない、と言い放つ陽炎。

 

「何を食べたいかの気分次第なんじゃないかしら」

『……わかった。その案には同意するが、ボートでは逃げ切れない恐れがある。だから、こちらから非武装だがスキッパーを出すぞ、それで牽引すればボートでも逃げ切れるだろう。それと、離艦するのは攻撃が失敗に終わった時だ。攻撃前に離艦して、奴が行動を変えたら面倒だ』

「わかった」

「了解しました」

 

 話がまとまり、通信が切られた。

 

 陽炎の提案は多少変われど承認された。これなら生徒達が殺される可能性は回避できるだろう。

 だが、まだ嫌な予感がして仕方が無かった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「宗谷艦長、自分はこれから晴風の援護に回る。弁天もスキッパーを出せ」

『了解』

「桜井、後は任せる」

「待って」

 

 神谷が艦橋から出て行こうとするのを、桜井が呼び止めた。

 

()()、持って行ったら?」

 

 そう言って右手で銃の形を作り、神谷へと向けて「ばーん」と撃つ真似をした。よく見ると、人差し指と中指を揃えた二連装タイプだ。

 何を示唆しているのか、神谷はすぐにピンときた。

 

「あれなら普通の銃より効くんじゃない?」

「ああ、借りてくぞ」

 

 艦橋を後にする神谷を、桜井は心配そうに見送り席に直る。

 

「副司令の桜井です、これより神谷司令に変わり私が指揮を取ります。武装スキッパー隊は待機、弁天斉射用意、比叡主砲射撃用意のまま、攻撃合図を待て」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

『攻撃開始まで、60秒』

 

 オペレーターが時間を読み上げる声がすると同時、緊張の糸がまた一段と張り詰めた。

 

「……これで止めないと……」

 

 明乃は思い詰めた様子で呟いた。

 

 

 

 これで止められなかったら、私はまた艦を沈めることになる。そんなの…………絶対に嫌だ。

 私は晴風を、皆の家を守り抜かなくちゃいけないんだ。

 

 

 

 その時、ゴン ゴン と聞いたことのある、金属の靴が床を叩く音が近づいてきた。

 その方向に振り向くと、艤装を装着し完全武装した陽炎が、階段を上がって来るところだった。

 

「陽炎ちゃん!?なんで武装してるの!?」

「なんでって、戦うために決まってるでしょ」

 

 陽炎は当たり前のように言って、拳を突き出す。

 

「もしレ級が攻撃を切り抜けてきたら、私が意地でも貴女達を守るわ。……なーんて」

 

 真剣な顔から一転、腕を降ろして表情を崩した。

 

「レ級が来たらすぐ逃げるから、殺り合うつもりなんて無いわよ。艤装もスキッパーの後ろにくっついて、引っ張ってもらうためだから」

 

 どうやら、水上スキーのように引っ張ってもらうつもりのようだ。

 それを知ってホッとした。また命を投げ出すんじゃないかと、気が気じゃなかったのだ。

 

「よかった」

「ホントは晴風を囮になんかしたく無いんだけどね」

 

 その悪気は無い一言に、明乃は何も言えなかった。

 

 自分が招いたのだ。

 比叡を助けるためだったが、代わりに晴風を危険に曝してしまった。

 

「……晴風を、沈めさせない方法ってないかな……」

「う〜ん……、方法っていうか、可能性になるけど。

 1つ目は、一斉攻撃でレ級が沈むか損傷してくれればそこで終了。これが最高ね。

 2つ目は、レ級が晴風じゃなくて逃げる人を狙う場合。それなら弁天に拾ってもらえば、そのうち燃料切れで帰ってく。

 最後、3つ目は……」

 

 そこまで言って、陽炎は口ごもった。

 

「陽炎ちゃん?」

 

 明乃が顔を覗き込んだその時、

 

 

 

 

 

『攻撃開始まで10秒!攻撃用意!』

 

 

 

 

 

 桜井の号令が掛かり、明乃は慌てて後ろを振り返る。すっかり考え事で指揮がなおざりになっていた。

 マズイ……!と思った。が、

 

「砲術長、2番3番主砲撃ち方よーい!群れの前に落とせ!」

「うい!」

 

 ましろが代わりに指示を出した。そして、明乃に声をかける。

 

「艦長、今は目の前のことに集中してください」

「う……うん!」

 

 明乃が頷いた直後、

 

 

 

 

 

 バァン!と破裂音が響き、晴風が大きく揺れた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__3、2、1、攻撃始め!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カウントダウンが終わると同時に、北風と弁天のVLSが一斉に開き、残りの噴進弾と噴進魚雷を上空へと撃ち出した。

 比叡は35.6cm連装砲4基全てを群れへと向けて、交互撃ち方のためまずは左砲のみをぶっ放した。

 

『よっしゃ!武装スキッパー隊突撃する!』

 

 群れの近くで待機していた武装スキッパー隊も、赤羽を先頭に群れへと突っ込んで行く。

 

「スキッパー隊突入!着弾まで30秒!」

 

 桜井はモニターに映る飛行船からの監視映像に目をやった。

 

 群れのど真ん中を、他の奴など意に介さず我が物顔で突っ切るレ級、噴火進弾や砲弾はそいつに向かって一直線に飛んでいく。

 しかし、回避する素振りが無い、まだ距離があるから気づいていないのだろうか。いくらレ級でも対艦噴進弾や35.6cm砲、武装スキッパーの体当たりを受けたらひとたまりもないと思うのだが……。

 

 その時、レ級の巨大な尾に異変が起こったのを、桜井は見逃さなかった。

 

「……飛行長!レ級をズームアップ!」

「はい!」

 

 カメラがレ級へズームアップし、異変の正体を知った桜井は、思わずポカンとしてしまった。

 

「……何あれ」

 

 

 

 

 

 ガシャンガシャンと音を立て、レ級の艤装が変形して、巨大な鮫の顎のような尾から次々と武装が展開される。

 

 三連装主砲6基、連装副砲20基以上、無数の機銃、魚雷発射管40門以上。そんなにどうやって格納していたのか、あの尾は四次元ポケットかと疑いたくなる程、例を見ない大量(トップヘビー)の武装が展開された。

 

 そして、大きく顎を開き咆哮しながら上を向いた。まるで怪獣が光線のためのエネルギーをチャージするかのように。

 

 

 

「回避!!」

 

 

 

 桜井は咄嗟にそれだけ叫んだ。宛名も無かったが、赤羽はすぐ理解した。

 

「回避行動!」

 

 赤羽が怒鳴り、武装スキッパー隊はバラバラに舵を切った。

 

 

 

 

 

 直後、武装スキッパー隊を狙い、レ級の尾から巨大なビームが発射された。

 否、それはレ級の発射した砲弾の密度があまりに高く、無数の砲弾の光跡が1つに纏まって、ビームのように見えているのだ。

 

「マジかよぉっ!!」

 

 絶叫する赤羽のすぐ左側を、全てを蜂の巣と化す光線が掠めた。

 ビームの通った後を無数の水柱が埋め尽くし、まるでカーテンのように海を隔てた。

 

「なんだよあれ!!ビームとかざけんじゃねー!!って、うおっ!?」

 

 ビームのような一点集中砲火から一転、無数の砲台が四方八方へバラバラに向いて、バカスカ乱射し始めた。赤羽の側にも何発もの主砲弾が着弾し、水柱と爆炎を吹き上げる。

 赤羽は少しでも回避率を上げるため、そして誘爆を防ぐために搭載されていた短魚雷を全て放棄(パージ)

 その直後、放り出された短魚雷に砲撃が命中し起爆、爆風がスキッパーを押し飛ばした。スキッパーは一度は宙に浮いたものの、何度か海面をバウンドしてかろうじて立て直した。

 

「無茶苦茶過ぎるだろっ!!」

『やられた離脱する!』

『ヤバイヤバイ!誰かー!ヘルプミー!!』

 

 スキッパー4機の内一機が副砲弾により損傷し離脱、もう一機はまともに集中砲火を浴びて爆発炎上、乗ってた奴はすんでのところで脱出したようだが、パラシュートで漂っているのを対空射撃の的にされて情けない悲鳴を上げていた。

 

「及川!拾いに行け!」

『はい!』

 

 まだ無傷だったS6の及川をパラシュートの落下地点に向かわせる。

 と、頭上を噴進弾の群れがレ級へと白い煙の尾を引いて向かっていくのが見えた。

 

「ぶっ潰せ!」

 

 大量の対艦噴進弾で木っ端微塵にされちまえ!とそれを見送る。

 しかし、その期待はあっさりと裏切られた。

 

 大量の噴進弾に対抗するかのように、レ級の尾にまた新たな武装が展開されていく。

 上部に出てきたのは、無数の穴が開いた4つのミサイルポッド。

 

 12cm30連装噴進砲。

 

 計120発の噴進弾が空に白線を引き飛び出した。

 

「はあ!?なんで噴進弾もってんだよ!?」

 

 ブルーマーメイドの噴進弾と、レ級の噴進弾が真っ向から衝突。何十個もの爆炎の花火を残し、ほとんどが撃ち落とされた。生き残った噴進弾がレ級へと突入するものの、埋め尽くすような対空砲火の前に全て届かないうちに爆発してしまった。

 

 続いて噴進魚雷がレ級へと迫るが、何十発もの魚雷によって迎撃され、傷1つつけることができなかった。

 

 戦艦2隻分の火力にイージス艦のような射撃、対空性能、重雷装巡洋艦と同等の雷撃能力、今までの敵の中で一番最高に狂っている。

 

「……これ無理ゲーじゃね……?」

 

 赤羽は降り注ぐ砲弾を必死に躱しながら、そう呟いた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「噴進弾、残弾0!」

「比叡の砲撃も命中せず!」

 

 報告を聞いた桜井は、珍しく苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「……レ級flagshipを倒す方法はもう無いかなぁ……」

 

 噴進弾を撃ち尽くした北風には、もうレ級を捉えて撃破できる武器は残されていなかった。さらに、武装スキッパー隊も壊滅状態。

 

 もう打つ手は残されていない。

 

 陽炎の提案通り、晴風を囮にして生徒を逃がすしか無いだろう。

 

「晴風に連絡、『陽炎さんの進言を実行、乗員離艦__』」

 

 

 

 

 

「あっ、晴風速力低下してます!現在11ノット!」

 

 

 

 

 

 オペレーターの予想もしない報告を聞いて、思わず声を荒げてしまう。

 

「はあっ!?何してんの!?」

 

 

 

 

 

 

 戦艦レ級flagshipとの戦闘は誰にも想像できない方向へと舵を切り、ますます混迷を極めていく。




不知火「戦艦レ級flagshipのスペック(適当に作った)はこちら」

主武装:20インチ3連装砲6基 計18門
副武装:5インチ連装両用砲20基 計40門
 魚雷:61cm5連装魚雷発射管8基 計40門
その他:40mm、20mm機銃 数えられない程
    12cm30連装噴進砲4基 計120門
 速力:44ノット
 装甲:大和型を超える

陽炎「……これ勝つの無理じゃない?ていうか何処にこんなのしまってるのよ?」
不知火「純粋に戦艦2隻分の火力とか、頭おかしいですよね。作者は『レ級flagshipだったら、こんぐらい積んでもおかしくないっしょ』と供述してました」
陽炎「えええ……」(ドン引き)
不知火「波動砲や超重力砲が出ないだけマシですが……」
陽炎「そんなの出たら世界が滅ぶわ!」
不知火「というか本当にどうやって倒すんですか?」
陽炎「私が聞きたいわよ」

次回もお楽しみに。


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27話 晴風、絶対絶命

明乃「えーと、カンペカンペ……。なになに、
 【作者は『蒼青のミラージュ』が終わったことによるストレスで胃がやられました。色々言いたいことがあり(中略)。前書きは適当によろしく 0v0】
 …………ナニコレ」
陽炎「どんだけショックだったのよ……」(呆れ)
明乃「それより!『艦隊バトルでピンチ!』が終わっちゃんたんだけど!」
陽炎「あー、そっちも終わってたっけ」
明乃「作者さん、一回もやらずに終わった」
陽炎「マジか」
明乃「カンペに続きがあるけど……、
 【感想欄をご覧の方はご存知かもしれませんが、私は『艦隊バトルでピンチ』をプレイしておりません。なので、『艦隊バトルでピンチ』要素はほとんど出せないと思います。……いつかやろうと思ってたら終わってしまいました……(落胆)】」
陽炎「本当に、ソシャゲは終わると虚しいわね……」
明乃「今は『ニード・フォー・スピード』に打ち込んでるって」
陽炎「さっさとこれ書け!そして早くこの戦い終わらせなさいよ!」

 コロナウイルスの感染が広がっています。皆様も情報を確認の上、しっかりと体調管理と感染予防をして、お大事にお過ごしください。



※これから残酷な描写が増えます。

それでは、本編へどうぞ。


 バァン!!と破裂音が響き、晴風が揺れた。

 

 クルー達が突然の衝撃に悲鳴を上げた。

 

「きゃあっ!!」

「うわああ!!」

「何!?」

 

 古庄がすぐさま伝声管に怒鳴る。

 

「各部状況報告!」

『射撃指揮所異常なし!』

『1番魚雷発射管異常なし!』

『2番魚雷発射管大丈夫です!』

『こちら勝田、航行装置は無事ぞな!』

『炊飯器無事です!』

『こちら主計室、何かあったんですか!?』

『医務室、無問題』

『工作室異常ありません!』

『こちら野間、艦の外観に損傷無し』

『水測も異常ありません』

 

 各々の持ち場から返答が来る中、唯一返ってこない場所があった。

 

 

 

 機関室だ。

 

 

 

「そ……速力低下してますっ!巡航……いえっ……さらに低下してます!」

 

 鈴の泣き叫ぶ声が響いた。

 

 晴風は見る見る内に失速し、10ノットくらいにまで速度を落として、ゆっくりと左へと曲がっていく。

 機関に起こった何らかの重大なトラブルによって、左推進軸の力が失われたのだ。

 

「航海長!面舵当て!直進を維持しなさい!」

「はいぃぃぃ!」

 

 古庄の指示で、鈴は舵輪を右に回す。すぐに偏った推進力と舵の力が釣り合い、晴風は真っ直ぐに進みだした。

 

 明乃が機関室へ必死に呼びかける、もう皆が無事なのか、気が気じゃなかった。

 

「機関室返事して!皆無事なの!?…………っ、誰でもいいから答えて!!」

『……艦長!』

 

 ようやく麗緖の声が聞こえた。だがそのパニクった声が、ただ事では無いことを嫌でも痛感させた。

 

『美波さん呼んで!機関長が……!機関長が……!』

「マロンちゃんがどうしたの!?」

『パイプが破裂して、蒸気をモロに浴びたんだよ!早く美波さん来て!』

 

 明乃はショックのあまり、ひゅっと喉が引きつり、言葉が出なくなった。

 

「衛生長!機関室で熱傷発生!すぐ行ってくれ!手の空いてる人も手伝いに行け!」

 

 ましろが代わりに指示を飛ばす。

 

『了解、急行する』

「若狭さん!他に怪我人は!?」

『黒木さんと留奈が火傷してる!』

「機関は直せるのか!?」

『……無理だよ……、左タービンの主蒸気管(メインパイプ)が壊れてる……』

 

 血の気が失せるのを、誰もが実感した。

 もう機関も限界だったのだ。何度も何度も全開で回し続けたツケが、最悪のタイミングで回ってきた。

 

「速力11ノット!」

「教官!このままじゃすぐに追いつかれるわよ!」

 

 

 

 

 

 主砲と機動力を失った晴風は、30人の子供を乗せた海に浮かぶ巨大な鉄の棺桶と化した。

 

 

 

 

 

『どうして速力を落としてるんですか!?』

 

 古庄の個人回線に桜井から連絡が入った。

 

「機関にトラブルが起きました、もういつ止まるかもわかりません」

『……わかりました。晴風乗員はすぐに離艦してください、総攻撃は失敗、戦艦レ級は無傷で突破しました』

 

 攻撃は恐れていた最悪の結果に終わってしまった。さらに、

 

『レ級が晴風を射程圏内に捉えるまで、あと5分もありません』

 

 晴風の機関が無事ならば、全速力で逃げれば離艦するまでの時間は十分に稼げた。しかし機関が死んだ今、時間はもう無いに等しい。

 

 

 

 生徒達が生き残れる保証は、もう無かった。

 

 

 

『古庄教官と晴風乗員の幸運を祈ります』

 

 それを最後に、通信が切られた。

 

 不安げに古庄の様子を伺う生徒達。

 

 古庄は大きく息を吐いて、伝える。

 

 

 

 

 

「総員、離艦」

 

 

 

 

 

 艦橋が静まり返る中、明乃が震える声で、絞り出すように復唱した。

 

「……了解しました。……総員……離艦開始します……」

 

 明乃の肩を、陽炎がポンと叩いた。

 

「もう時間が無いわよ、『焦らず、急いで』ね」

「う……うん……」

「それじゃあ、皆、またね!」

 

 陽炎は場に合わない明るい笑顔を残し、走り出した。

 

「え?ちょっと待__」

 

 明乃は引き留めようと手を伸ばすが、僅かに届かず空を切った。陽炎はそのまま艦橋から海面へと飛び降りて、後方へと全速力で航行を始めた。

 

 

 

 

 

 __ああ、そうか。皆の離艦する時間を少しでも稼ぐために、勝ち目の無い戦いに向かったんだ。

 

 私が、こんな状況を招いたから。

 

 

 

 __違う、今はそんなこと悩んでる場合じゃない!

 

 

 

 

 

 明乃は強く唇を噛み、痛みで意識を現実へと引き戻した。

 

「総員内火艇へ!定員に達したものからすぐに離脱!」

「「「了解!」」」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「不知火!後は任せた!」

 

 無線でそれだけ伝えて、陽炎は晴風とは真逆に全速力で航る。

 不知火からは淡々とした声が返ってきた。

 

『陽炎、ご武運を』

「雪風がそう言ってくれると、安心できるんだけどねえ」

 

 そんな軽口を叩くと、向こうで不知火がムスッとしたのが分かる。

 

『不知火のでは不十分ですか?』

「『ご武運を』だけじゃ足りないかなー?」

『わかりました。では後で"すっごいこと"をするので楽しみにしていてください』

「"すっごいこと"って何!?何なの!?」

『秘密です』

 

 ドキッとして聞き返すと、不知火はニヤッと笑った。

 

 くそっ、生意気な奴め。喧嘩売ってるなら買うぞ、後で泣いても許さないから。

 

「OK、楽しみに取っとく。もし期待外れだったら私からお仕置きするわよ」

『上等です。約束ですからね』

「約束ね」

 

 通信終了。

 あんな軽口叩いておいてなんだが、今回は無事に終われそうな気がしない。

 

 

 

 陽炎の最低目標は、戦艦レ級flagshipから生徒達を逃がすこと。そのためには、レ級の推進機関に大ダメージを与えて失速させれば十分だ。

 

 問題はそれが不可能に近いと言うこと。

 

 前方で吹き荒れる、目でハッキリと見える密度の弾幕の嵐をくぐり抜けて肉薄して、雷撃をぶち込む。武装スキッパーですら近づくことすらできない中、そんな芸当できたら奇跡だ。

 

 だが、可能性が0.1%でも有るなら賭けるだけだ。

 

 

 

「さーて、噛み付いてやろうじゃないの!」

 

 陽炎が死地への突撃に向けて、己を奮い立たせたその時、

 

 

 

 

 

 激しい衝撃と同時に、目の前に巨大な水柱が出現した。

 

「え!?ちょっ、何!?」

 

 幸いにも、陽炎が進路変更するまでも無く、水柱は消え去った。が、また陽炎の真正面に水柱が立つ、それが何度も繰り返される。

 最初は比叡が誤射したのかと思ったが、キッチリと陽炎の進路上に弾着し続けている。

 誤射では無く、何か狙いがあるのでは。

 

 そしてハッと気がついた。

 

「……私とレ級を隔ててる」

 

 比叡はレ級に陽炎が見つからないように、砲撃でずっと壁を作り続けているのだ。35.6cm砲の威力で作られた水柱なら、陽炎なんてすっぽり隠れてすぐ見失うだろう。

 しかし、戦艦の主砲弾とは、なんとも豪華な仕切り板だ。

 

 その時、インカムへ通信が入った。

 

『もしもし、陽炎さん聞こえる?』

「この声……知名艦長ね」

『正解。比叡に頼んで、貴女が接近できるよう援護してもらってるから』

 

 そうか、この艦長がこんなぶっ飛んだこと考える奴だったか。全然そうには見えなかったのに。

 

「サンキュっ。一発ぶちかまして来るわ」

『……陽炎さん』

「何?」

 

 もえかは改まって、陽炎に願った。

 

『ミケちゃんを……晴風を守って』

「……確約はできないけど、全力でやるわよ」

『お願い』

 

 もえかと話している間に、レ級まであと5kmまで近づいた。ゼロ距離まで相対速度74ノットであと130秒。陽炎は115秒後、距離500mのところで魚雷全8門を斉射してレ級の足を止める。

 駆逐棲姫から貰った2基の魚雷発射管を正面へと向け、広範囲に広げて一発でも当たるようにと扇状に進むよう調整する。

 

「魚雷斉射用意、目標、戦艦レ級flagship!」

 

 

 

 

 

 さあ、最狂の怪物さん(超弩級重雷装巡洋戦艦)駆逐艦(デストロイヤー)の意地、見せてあげるわよ。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「駆逐艦不知火、起動」

 

 不知火は半壊状態でボロボロの艤装を装着し起動した。缶の出力はたった2%だが、起動さえすれば浮くことはできるのでよかった。ボートの定員を減らさずに済みそうだ。

 弾薬を満タンにした陽炎の両手持ち主砲と、ギプスのせいで履けない右脚部艤装を抱え、松葉杖をついて工作室を出て、甲板へと上がった。

 

 左舷甲板では、既に1隻目の内火艇に生徒達が乗り込んでいた。

 

「降ろすよー!」

 

 美甘がウインチを操作し、内火艇を海面へと降ろしていく。

 ましろが手すりから身を乗りだし、内火艇の操縦者になった聡子に声をかける。

 

「勝田さん!航路は北風の指示に従ってくれ!」

「了解ぞな!」

 

 内火艇が海面に着き、フックが切り離された。

 

「じゃあ副長、また後でぞな〜!」

「気をつけて!」

 

 晴風を置いて加速していく内火艇、そこに乗る生徒達の顔は、誰もが悲しそうで、悔しそうだった。

 

 不知火はそれを見送った後、ましろに尋ねた。

 

「宗谷副長、避難状況は?」

「今16人出て、残りは不知火さんと教官入れて17人」

 

 あと半分だな。と言って、ましろは右舷の内火艇へと向かいながら、艦橋へと報告を入れる。

 

「艦長、1隻目が離艦しました」

『了解、レ級の射程圏内まで後3分。それまでに終わらせて』

「はい」

『ちょっと待って…………麻侖ちゃんの応急手当が終わった、すぐ向かうって』

「了解しました」

 

 通信を切って、ましろは艦橋を見上げた。

 今、明乃は舵輪を握りつつ、艦全体の離艦指揮をしている。

 

 彼女と古庄、そして射撃指揮所に残る芽依と志摩の4人が、最後まで晴風に残りレ級を引き付ける囮役を引き受けた。

 無論、無理だと判断すればスキッパーで離脱する手筈になっているが。

 

 

 

(私は艦長だから、最後に離艦するよ)

 

 

 

 そう言って囮役に名乗り出た時の、辛さを押し隠した彼女の顔が頭から離れない。

 

 

 

 私が残るべきだった……いや、一緒に残るべきだったのでは無いだろうか。

 

 

 

「副長、心配なのはわかりますが、見上げていても何も変わりませんよ」

「……ああ」

 

 不知火に諭され、ましろは視線を内火艇へと戻し、残りの生徒達へ指示を出す。

 

「全員搭乗!鏑木さん達を乗せてから出るぞ!」

「「「了解!!」」」

 

 

 

 

 

 この時はまだ、予想を裏切ってさらに悪い状況になるとは、誰もわからなかった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

『もうすぐ弾幕を止める。チャンスは一回だけだよ!』

「わかってる!」

 

 比叡の砲撃による水柱に隠れながら、陽炎は発射地点まであと少しのところまで来ていた。

 却って不気味に思うほど、レ級の攻撃がこちらに向くことはなく、無傷で接近できていた。

 

『あたしが気を引いてやってるからよ!陽炎!魚雷をぶち込め!』

 

 そう無線で怒鳴ってきた赤羽が、ずっと足掻いて気を逸してくれているのも味方したのか。

 

 これを逃したらもう後が無い。

 勝負の一瞬が近づき、心臓がバクバクと悲鳴を上げる。

 大丈夫、ここで止める!!

 

『最後の弾着まで、3、2、1、今!』

 

 水柱の壁が途切れる。

 レ級の姿が、金色の脈絡までくっきりと見えた。

 

 この距離なら、絶対当たる!

 

「__魚雷全門斉射ァ!」

 

 陽炎の魚雷発射管から、8本の魚雷が一気に射出された。角度の狭い扇状に、海中を広がりながら進んでいく。

 

 そして、レ級を確実に射角に捉えた。

 

「よし!行っけぇぇぇぇぇ!!」

 

 陽炎は腹の底から、ありったけ声を振り絞って叫んだ。

 

 ぶっ壊せ!噛み付いてやれ!と怒りと希望をこめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その希望は裏切られた。

 

 

 

 

 

 レ級が突然、近くにいた駆逐イ級を顎で噛みつき捕まえ、向かってくる魚雷へ向けてぶん投げたのだ。

 

 宙を舞ったイ級は真ん中を進む魚雷4本に直撃し、駆逐艦に対しては過剰な程の雷撃火力によって、激しい爆発を起こして跡形も無く吹き飛んだ。

 

「なっ……!?こいつ……っ、仲間を盾に!?」

 

 仲間の命すらなんとも思わないレ級の行動に、陽炎も驚きを隠せない。

 

 次の瞬間、ハッと我に返った。

 

 逃げなきゃ。

 

 だが、そう思った時には既に、レ級は陽炎へと狙いを定めていた。

 

「シズメ」

 

 尾がグォォォォォ!と咆哮しながらビームを放つ直前の予備動作に入った。

 

「あ……」

 

 逃げなきゃ。そう思うのに、蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かない。

 逃げて逃げて逃げ回って、晴風の皆が避難する時間を稼がないといけないのに。

 あんなビームのような砲撃を喰らったら、陽炎のちっちゃな身体なんて塵一つ残らないと言うのに。

 

 レ級が大量の武装を乗せた尾を振り下ろし、砲撃を放つ。

 

 

 

 

 

 その寸前、比叡の砲弾がレ級の真後ろすぐ近くに落ちて海面を叩き割った。

 着弾の衝撃で海面が捲れ上がり、レ級は空中へと跳ね上げられて照準がぶれ、ビームは陽炎の頭上ギリギリを掠めた。

 

「このォ!!」

 

 なんて危ない砲撃してるんだ!私もいるんだぞ!と文句を言うのも忘れて、陽炎はこのチャンスを逃してはならないとばかりに、前へと踏み出しレ級へと突撃した。

 

 

 

 レ級のビームには大きな欠点があった。

 第一に、撃つ前にクールダウンが必要だと言うこと。

 第二に、撃った後も僅かであるが隙ができること。

 そして最後に、反動が凄まじく、きちんと踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまうということ。

 

 比叡の砲撃によって姿勢を崩したレ級は、ビームの反動で身体を軸にして大きく回転していた。

 陽炎は錨鎖を右手で掴んで引出すと、勢いそのままにレ級の尾の真下めがけてスライディングした。

 

「ふっ!!」

 

 レ級の太い尾が目の前を通り過ぎる、その瞬間に錨鎖を尾の先端の顎に投げて巻き付けた。

 

「よし!やっ__グエッ!!」

 

 ガッツポーズをする間も無く、限界まで引き出された錨鎖がビンと張って、陽炎はレ級に引きずられる形となった。

 

「ナンダオ前……!」

 

 レ級が陽炎を撃ち殺そうと主砲を後ろへ回す。が、その動きが途中でガキン!と止まる。

 陽炎の巻き付けた錨鎖が、あちこちに絡んで主砲にも引っかかったのだ。

 

「チィッ!!」

 

 レ級は主砲を諦めて副砲で陽炎を狙う。が、

 

「やらせないわよ!!」

 

 陽炎はここぞとばかりに主砲を連射し、副砲群を次々と破壊していく。安全性も合理性も無く山積みされていた副砲群は、面白いほどにボロボロと崩れていった。

 

「コノクソガア!!」

 

 好き放題にされて怒り狂ったレ級は、尾を大きくブンブンと振り回し始めた。当然、繋がったままの陽炎も振り回される。

 

「うえっ!?ちょ待っ……きゃあああああ!!」

 

 と悲鳴を残し、ハンマー投げのハンマーよろしく振り回されて、ウインチが壊れるのと同時に遠くへ吹っ飛ばされた。

 

『陽炎!よくやった!』

 

 そんな赤羽の声が、振り回されてぼうっとしている陽炎には霞んで聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くたばれこの化物が!!」

 

 陽炎をふっ飛ばしたレ級の背後から、赤羽のスキッパーが全速力で突っ込んだ。

 頭に血が登っていたレ級は、衝突する直前まで気づかなかった。

 振り返った時には、もう遅い。

 

 

 

 

 

 レ級へと激突し、ゴシャア!!と金属のひしゃげる音がした。

 スキッパーの装甲や、レ級の武装が千切れて火花とともに辺りに散らばった。

 

 

 

 スキッパーは激しい衝突にも関わらず、重装甲化のおかげか原型を保っており、レ級をぶっ壊れた船首へと引っ掛けたまま、突っ走り続けていた。

 

 

 

 

 

「……おいおい、嘘だろ……」

 

 顔を上げた赤羽は、キャノピーの窓を見て、ありえない、と目を丸くした。

 

 駆逐棲姫を撥ねた時より重量が増し、さらに船首を尖らせたため、体当たりの威力はかなり増していた。

 だが、窓から顔を覗かせるレ級は、まだ生きていた。

 

 

 

 それどころか、怒りの形相を見せて実に元気でいらっしゃった。

 

 

 

 バゴン!とレ級の右腕が戦車並みに分厚いキャノピーの天井をいとも簡単にブチ破って侵入し、赤羽を掴もうと暴れだした。

 

「やべえ!!」

 

 赤羽は身を低くして腕を躱すと同時に、機銃のトリガーを引いた。

 

 たぶん、激突した衝撃で銃身が歪んでいる、トリガーを引けば暴発して船首がレ級ごと丸焼けだ。

 

 赤羽の思った通り、トリガーを引いた瞬間に機銃が暴発、船首から火焔が噴き上がり、レ級を包み込んだ。

 

「グガアアアアアア!!」

 

 炎に焼かれて怒り狂うレ級は、キャノピーを掴むとそのまま力任せにべキッ!と引っ剥がした。鋼鉄でできたキャノピーが、まるで紙っペラのように中に舞う。

 そして、剥き出しになった赤羽を串刺しにしようと腕を振るった。しかし、

 

「この怪物が!」

 

 本当に間一髪のところで、赤羽はリジェクトシートのレバーを引き、空中へと脱出した。

 

「そのまま吹き飛べ!」

 

 

 

 手榴弾という置き土産を残して。

 

 

 

 その僅か数秒後手榴弾が起爆、残っていた弾薬とガソリン、さらにブースト用のニトロボンベを巻き込んで豪快な爆炎を上げ、スキッパーを内側から吹き飛ばした。

 

「やったぜ!」

 

 赤羽はパラシュートに揺られながらガッツポーズをした。

 これであの怪物も木っ端微塵だ!

 

 

 

 だが、激突にすら耐えた戦艦レ級flagshipが、そう簡単に死ぬ訳は無かった。

 

 すぐに黒煙の中からレ級が飛び出して、(はし)り続けているのを発見した。

 

「クソッ!まだ生きてんのかよ!」

 

 赤羽は吐き捨てて、パラシュートにぶら下がったままアサルトライフルを構えた。

 こんな武器で沈められるとは思わないが、鉛弾をブチ込んでやらないと気が済まない。

 

 スコープを覗いて狙いを定めた時、陽炎の怒鳴り声が耳をつんざいた。

 

『あんた何タイムリミット縮めてんのよ!』

 

 思わずうっ、と反射的に顔をインカムとは反対に背けた。

 

『わざわざ晴風に送り届けるなんて、何考えてんのよ!』

「え」

 

 自分でも間抜けだなと思う声が出た。

 レ級の進行方向に目をやると、あと800mくらいのところに何故か、晴風がいた。

 

 

 

 激突してからここまで、スキッパーはレ級を引っ掛けたままほぼ全速力で一直線に進んでいたのだ。

 そう、晴風の方へと向かっていることになんて、さらさら気づかずに。

 

 

 

 晴風はまだ乗員の避難も終わっていないのに、レ級の射程圏内に入ってしまった。

 

「クソッ!」

 

 赤羽はレ級の足を止めようと、背中に向かってアサルトライフルを連射する。しかし、弾丸は全て防護膜によって弾かれ全く効果が無かった。

 そして、レ級が振り返りもせず赤羽に向かって主砲を撃った。

 

「うわあああ!!」

 

 主砲弾がパラシュートをズバッと引裂き、赤羽は悲鳴を残して海へと墜落した。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「S1との通信途絶!」

「レ級が晴風に接近、乗り込むつもりのようです!」

 

 桜井は「あの馬鹿……!」と悪態をついた。

 北風は既に噴進弾を使い切り、レ級に届く攻撃手段は持ち合わせていなかった。それは弁天も同様で、このままではレ級が晴風に乗り込んでしまう。

 そうなったら、生徒達の生存は絶望的だ。

 

「何かレ級を止める方法はある!?」

 

 艦橋の全員に尋ねるが、代表して砲雷長が首を横に振る。

 

「もう弾薬も使い果たしています!」

「比叡の主砲は!?」

「撃たせてはいますが当たりません!」

「もう!」

 

 桜井は忌々しげに、飛行船からの映像に映るレ級を睨みつける。

 

 ……それでふと、常軌を逸した手段が頭に浮かんだ。

 

「……飛行船だ……」

「え?」

「飛行長!この飛行船のコントロール私に回して!」

「は、はい!」

「艦長!どうするつもりですか!?」

 

 砲雷長の問いに、桜井は一言。

 

「突っ込ませる!!」

 

 飛行船のコントロールが移されたレバーを、ゴツン!と前に目一杯押し込んだ。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

『戦艦レ級健在!距離800m、接近してきます!』

 

 マチコの切迫した叫びが晴風に響いた。それを受けた古庄が声を張り上げる。

 

「主砲発射用意!総員備え!」

『了解!主砲発射用意!』

 

 射撃指揮所から芽依の焦った復唱が返ってきた。

 舵輪を握る明乃が、恐怖からか硬直しているのが視界の端に映ったが、構っている暇は無かった。

 

 

 

 

 

 その時、甲板ではましろが残った乗員を内火艇に引き上げている途中だった。

 

『主砲発射用意!総員備え!』

「全員耳塞いで伏せて!」

 

 ましろはすぐにそう指示した。皆が耳を塞いで伏せるのを確認し、自分も伏せようとした時、美波達と一緒に洋美が麻侖を抱えて、甲板に出てこようとしているのに気づいた。

 発砲するのに気づいていないのか。

 

「出るな!」

 

 ましろが叫ぶ、それに気づいた不知火が扉へ身体をぶつけて閉じた。

 向こうから洋美の驚いた声が聞こえた。

 

『不知火さん!?』

「出ては駄目です!」

『撃つよ!!』

 

 芽依の言葉の直後、第2第3主砲が咆哮。

 

「ッ!!」

 

 駆逐艦の小口径砲とは言え本物の軍艦主砲、発射の衝撃がズシンと身体に響く。

 手で耳を塞いでいなかったら、鼓膜が抜かれていた。

 

 しかも発射は一回だけでは無かった、装填装置が焼き付くかもしれない速度で連射し続けている。

 

 こんなに撃ってもレ級を止められないのか。

 

「駄目ですか……っ!」

『命中弾無し!乗り込まれます!』

 

 マチコの叫びの直後、戦艦レ級が海面を蹴って飛び上がり、後部甲板にその獰猛な姿を現した。

 

 

 

 

 

 グオオオオ!と獣の雄叫びのように尾が咆哮した。

 

 

 

 

 

 怪物の侵入という、経験したことの無い恐怖に生徒は戦意喪失し、内火艇に乗り込んだ者のほとんどが腰を抜かしていた。

 

「この化物!!」

 

 せめてこちらに気を引ければ、と不知火が主砲を構えてレ級に狙いを定めた。

 

 

 

 

 

 直後、無人飛行船が晴風の真後ろ上空から、レ級めがけて墜落と間違えるほどの勢いで降下してきた。

 

 何トンもある巨大な船体が晴風の後部甲板に突っ込み、空中線やクレーンごとレ級を押し潰しにきた。

 

「嘘でしょう!?」

 

 こんな馬鹿げたことをやるかと、不知火も飛び上がらんばかりに驚いた。

 

 バキバキと破壊音を立て、巨体が鉄製のクレーンをアメ細工のように曲げて潰していく。

 そして、そのままレ級に向かっていく。

 

 レ級が直前に気づいて主砲を飛行船に向けてぶっ放した。砲弾は燃料タンクに直撃、飛行船は爆発して外装を噴き飛ばし、骨組みと炎だけの残骸に変わり果てた。

 

 だが勢いは止まらず、甲板に激突してなお滑走し、レ級を轢いて下敷きにして晴風の第3主砲にぶつかり、砲身をへし折って止まった。

 その衝撃で右前エンジンからプロペラが外れて、高速回転したまま巨大な丸鋸となり、生徒達の乗った内火艇へと飛んでいく。

 

 幸いにも内火艇の生徒達は事前に低く伏せていたため、首を刈り取られるのは避けられた。

 だが、内火艇を吊っていたワイヤーが全てプロペラによって切断された。

 

「「「きゃあああ!!」」」

 

 内火艇は強く海面に落下し、乗っていたましろ達は船底へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

「宗谷副長ーッ!!」

 

 不知火が手すりから身を乗り出し叫ぶ。

 内火艇は生徒達を乗せたまま漂い、後方へと流されていった。

 

 どうする、助けに行くか。

 

 そう考えて海面に飛び降りようとしたが、晴風に残された10人はどうする?という懸念が沸いて、思い留まった。

 

 背後で扉が開き、美海が出てきた。

 

「何があったの!?」

 

 不知火は無言で艦尾を指差し、無線で古庄へと報告する。

 艦尾を見た美海は、恐ろしい光景に呆然と立ち尽くしていた。

 

「教官!内火艇が切り離されました!」

『生徒達は!?』

「宗谷、知床、納沙、駿河、伊良湖、宇田の6名が内火艇に!」

『残っているのは……、岬、西崎、立石、柳原、黒木、鏑木、等松、野間、万里小路の9人ね』

「はい。……等松さん!」

 

 不知火は残った生徒達の居場所を尋ねようと、立ち尽くしたままだった美海の肩を叩いた。……反応が無いのでもう一度。

 

「等松さん!」

「ねえ……不知火さん。……あれ……」

「え?」

 

 美海の指差す方向に顔を向ける。

 後部甲板で燃えさかる飛行船の残骸、その炎の揺らめきの中から、人影が現れた。

 不知火は恐怖のあまりインカムを取り落としかけた。

 

 そんな、まさか、まだ生きていたのか。ありえない……!

 

「逃げてください」

「え?」

「逃げろ!」

「うわっ!?」

 

 不知火は美海を艦内へと突き飛ばし、扉を勢いよく閉じた。

 そして、ギプスがついた脚を引きずりながらも、艦首方向へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 途中で振り返り後ろを確認すると、炎の中から戦艦レ級flagshipがその姿を現した。

 火焔を振り払った身体は、無数の火傷によって変色していたが未だに五体満足で、武装もほとんどが破壊されていたが、あの凶暴そうな顎自体は原型を保っていた。

 

 レ級が大きく吠えた。

 

 それはたまりに溜まった、弄ばれた怒りや鬱憤を晴らすかの如く。あまりの威力にビリビリと空気が振動し、晴風の艦体すら震わす。

 

 それに足を取られて不知火は前のめりに転倒してしまった。

 

「……クッ……!」

 

 慌てず松葉杖をしっかりとついて、体重をかけて立ち上がる。

 そのまま1番艦首に近い扉へとなんとか辿り着いて、再びレ級へと振り返った。

 

 __瞬間、目が合った。

 

 自分がどんな視線を向けていたかは覚えてないが、レ級の視線に籠もっていたのは、底の見えない殺意だった。

 

 不知火はゾッとして、扉を開けると素早く身体を滑り込ませた。

 心臓がバクバク警報を鳴らし続けている。戦った訳でも無いのに、息が苦しい。

 

「……ハー……ハー…………」

 

 大きく呼吸して、少しでも多くの酸素を取り込み、覚悟を決めた。

 

 もう、レ級を倒す手段は、あれしかない。

 

 

 

 

 

 陽炎、ごめんなさい。

 

 約束、守れそうにありません。

 

 

 

 

 

 不知火は心の中で謝り、再び歩き出した。

 

 目指すは工作室。そこに残されたいくつもの艦娘用魚雷が、戦艦レ級flagshipの装甲を破れるかもしれない、唯一の武器だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __晴風ごと吹き飛ばすことになるかもしれないが。




聡子「……ちょっと待つぞな、戦艦レ級の不死身っぷりがおかしいレベルまで行っちゃってるぞな」
まゆみ「轢かれて爆発に巻き込まれて、飛行船に潰されて……」
聡子「ライフがいくつあっても足りないぞな」
まゆみ「……これだけ生き残れるということは、おそらく運もいい。つまりはレ級が宝くじを買えば一等も狙える……?」
聡子「あんな馬鹿力があるなら、銀行を襲う方がよっぽど早いと思うぞな」

次回もお楽しみに。


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28話 晴 は   ま 

▽しらぬいは、28わのサブタイトルをみつけた!
 ……ぬりつぶされていてよめない……。
 ……いやなよかんがする……。

作者「お待たせしました第28話!戦艦レ級flagshipとの戦いも佳境に差し掛かります。晴風に乗り込んだレ級flagshipに対して、皆はどう立ち向かうのか」

※後半グロ注意です。

それでは本編へどうぞ。


 レ級が雄叫びを上げるのを、古庄は右ウイングから見た。

 レ級の雄叫びで艦そのものが大きく震えて、ビリビリと艦橋の窓が音を立てた。

 

「なんてしぶとい奴なの……」

 

 古庄はレ級の力に恐怖を抱くと同時に、絶望感に襲われた。

 乗り込まれた今、もうレ級を倒す手段は無く、内火艇が切り離されてしまい、生徒の避難手段も失われてしまった。

 

「古庄教官……」

 

 明乃が震える掠れた声で古庄を呼ぶ。

 そこへ芽依と志摩が、射撃指揮所から飛んで帰ってきた。

 

「ヤバイよ艦長!乗り込まれたんだけど、どうする!?」

「芽依ちゃん……」

 

 明乃は立て続けに起きた悪夢のような状況によって、半ばパニック状態で頭が回らず、何も答えられなかった。

 

 その時、古庄に桜井から連絡が入った。

 

『古庄教官、戦艦レ級は!?』

「まだ健在です!」

 

 桜井がマイクを口から離して、「なんでよ!」と吐いたのが残念ながら聞こえた。

 しかし、桜井はそれからすぐに思考を切り替えて、レ級を倒す方法を模索した。そして、

 

『古庄教官、戦艦レ級を__』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『晴風ごと撃沈します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想はしていたが、それでも古庄は動揺を隠せなかった。声が漏れていたのか、明乃達が硬直している。

 桜井は冷え冷えとした声で続ける。

 

『戦艦レ級を艦内に引き込んで、隔壁を閉じて動きを封じます、そこを比叡の35.6cm砲8門全てで射撃するんです。それならレ級は迎撃も回避もできませんし、戦艦主砲を耐えられる筈もありません』

「……わかりました。しかし、艦にはまだ生徒達が」

『離艦するまで待ちます。ですが、もし無理なら…………私の責任で生徒諸共沈めます』

「……了解しました」

 

 古庄が重く頷いた。

 それとほぼ同時に、マチコの報告が響いた。

 

『レ級が不知火さんを追って艦首方向に移動中!』

「っ!わかったわ!」

 

 古庄は艦内へと向かうために、万が一のため用意していた武器の入ったケースを手に取った。

 レ級が艦首へ向かい、残りの生徒達は艦の後方にいる。ならば手動で隔壁を閉じてレ級を艦首に閉じ込めてしまえば、避難経路は確保できるはず。そう判断したのもあるが、何より古庄は、()()()()()()見捨てられなかった。

 

「教官どうすんの!?」

 

 芽依が尋ねる。

 古庄はケースから取り出したショットガンを担いで答えた。

 

「レ級を艦首に封じ込めてくるわ、貴女達はスキッパーで逃げる準備をして。岬さん、皆の避難指示をお願い。それと__」

「それと?」

 

 芽依が聞き返すと、古庄はハッキリとこう言った。

 

 

 

 

 

「__最悪、貴女達だけでも逃げて」

 

 

 

 

 

 それを聞いた途端、身体が凍りつくのを感じた。

 

 今、古庄は告げた、仲間を見捨ててでも逃げろと。

 

 もう、そんな状況なんだ。

 晴風も、仲間も失うかもしれないんだ。

 

 

 

 

 

「皆、わかった?」

「…………了解」

「うぃ…………」

 

 芽依と志摩の返事を聞き、古庄は艦橋を飛び出した。

 芽依はそれを見送ると、明乃に声をかける。

 

「さあ艦長、指示……」

 

 だが、明乃の姿が無い。視線を下げると、床に小さくうずくまっているのを発見した。

 

「艦長?大丈夫!?」

「わ……わた…………わたし…………私が…………皆を……」

 

 芽依が肩を揺するも、パニックに陥っているようで、手を震わせて焦点の合わない目で、壊れたラジカセのように声を漏らしている。

 自分の指示が仲間の命すら絶望的な状況に陥れたという罪悪感に、明乃の心は押しつぶされていた。

 

「艦長!?しっかりして!」

「艦長!」

 

 グイッと志摩が明乃の腕を掴んで引っ張り無理矢理立ち上がらせ、正面から向き合い瞳を合わせる。

 普段の志摩ではやらない強引な行動に、芽依もびっくりした。

 

「終わってない」

「え…………」

 

 突然投げられた言葉で、明乃のパニック状態が止まり、戸惑いの表情に変わった。

 

「まだ、終わってない」

「タマちゃん……?」

「まだ誰かが死んだわけじゃ無い、だからまだ終わった訳じゃないって」

 

 相変わらず言葉足らずな志摩の伝えたいことを、芽依が代弁する。

 

「なのに、艦長が仕事ほっぽりだしてどうすんの!どうやって皆を逃がすか考えないと!」

 

 その言葉で、明乃はハッと我に返った。

 

 __そうだ、私は艦長なんだから、投げ出すわけには行かない。

 

 壊れかけた心を、艦長としての責任で塗り固めて崩壊を押し止める。

 

 

 

 

 

 そこへ、神谷から通信が入った。

 

『晴風、聞こえるか?』

「神谷司令!?」

 

 明乃が無線機を取り応答する。

 

「こちら晴風、艦長の岬です」

『そちらの状況は把握している。今スキッパー6隻で急行しているところだ、あと2分程で着く。こちらが到着するまで奴との接触を避けて安全を確保しろ』

 

 神谷の到着まで2分、それまでレ級に見つからないように身を隠してさえいれば、皆が助かる可能性は高い。

 希望が見えたことで、明乃の心はだいぶ楽になった。

 

「はい!了解しました!」

 

 無線機を置いて、伝声管で艦内の全員に伝える。

 

「皆!あと2分で救援が来るよ!それまでレ級に見つからないように隠れていて!あと、皆が何処にいるか教えて!」

 

 美海が答えた。

 

『私と機関長、黒木さん、美波さんは教室にいます!』

「わかった!」

 

 そう頷いてすぐ、名前が足りないことに気づく。

 

「…………野間さんと万里小路さんは?」

『見張り台と水測室じゃないの?』

「野間さん!万里小路さん!何処にいるの!?」

 

 だが、2人からの返事は無く、明乃は不安にかられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、2人がレ級と相対しているなどとは、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、晴風から切り離された内火艇は、無動力のまま波に流されていた。

 飛んできた飛行船の破片が直撃したためか、エンジンが故障して始動せず、留奈がエンジンフードを開けて色々といじってはいるものの、うんともすんとも言わない。

 その場にいる全員が、留奈の手元をハラハラしながら覗いていた。

 

 ましろが心配そうに尋ねた。

 

「駿河さん、どうだ?動きそう?」

「う〜ん、エンジンそのものは問題無さそうなんだよね。たぶん電装系じゃないかと思うんだけど」

「直るのか?」

「やってみるけどわかんない」

「嘘だろ……」

 

 ましろは、いつ怪物が来るかも知れない焦りからイラついていた。

 

「あ、副長ちょっとエンジンかけてみて」

「ああ、わかった」

 

 留奈に頼まれてイグニッションキーを回す。

 普段ならセルモーターの回るキュキュキュっという音がするのだが、それすら聞こえず、完全に沈黙してしまっていた。

 

「駄目か……、ついてない……」

 

 ましろはがっくりと落胆して、縁に腰をおろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、ホラー映画よろしく突然海面から伸びてきた手が、ましろのスカートの裾をガシッと掴んだ。

 

「わあああっ!?」

 

 ましろは何が起きているのかわからないまま、そのまま内火艇から海へと引きずり込まれて、青い海の中へと姿を消した。

 

「しろちゃん!?」

「副長ーっ!?」

 

 ましろが姿を消して、残された幸子達は、まさか怪物に水底へと引きずり込まれたのかと、驚きと恐怖のあまり腰を抜かしてへたり込んだ。

 

「あわわわわ………」

「ど、どうしましょう!?」

 

 全員が腰を抜かしてガクガクと震えることしかできない中、ガシッ!と内火艇の縁を、海中から伸びた右手が掴んだ。

 

「「「ひっ!!」」」

 

 少しでも離れようと船首へ逃げようとした鈴が足を滑らせて豪快に転び、幸子は一縷の望みにかけてタブレットを投げつけて、美甘は備え付けてあった長い棒で叩いて、撃退しようと構えた。慧はリアリストなのに神頼みしている。

 皆が今までに例を見ない程、周章狼狽しているかがわかるだろう。

 

 ちなみに留奈は死んだふりで乗り切ろうとしていた。

 

 バン!と左手も縁にかけられ、全員がビクリと後ずさる。その指から垂れた水滴が船底を暗い色に濡らした。

 

 そして、海中から怪物が姿を現して__。

 

 

 

 

 

「あークソ、轢かれても死なねーとかありえねーだろ」

 

 __では無く、内火艇に上がってきたのは赤羽だった。

 

「「「「「赤羽さん!?」」」」」

「よっ、邪魔するよ」

 

 軽い断りを入れて内火艇へ転がり込んだ彼女は、ぐっしょりと濡れた作業着の上にハーネスを付け、特殊警棒やらアサルトライフルやら手榴弾やらを背負ったままだった。

 そんな重たい装備を付けたまま、墜落地点からここまで泳いで来たようだ。

 

「あーホント重てー、溺れるかと思ったよ」

「そう思うのなら、武器を捨てるべきでは……」

 

 幸子が指摘するも、「馬鹿言うな」と一蹴された。

 

「武器捨てたらドンパチできねーっしょ。おーいましろ、手ぇ伸ばせ」

 

 赤羽は海へと手を伸ばし、自分が引きずり落としたましろの手を掴んだ。

 

「まったく……、なんで私ばっかり海に落ちるんだ……」

「ぶつくさ言ってんじゃねー、命落とすよりはマシでしょ、っと!」

「わっ!」

 

 ましろは釣り上げられた魚の如く、内火艇の船底に放られて転がった。

 赤羽はましろを放った後、自分の身体を見てぼやく。

 

「あーあー、びしょびしょで風邪ひきそう」

 

 そして武器の付いたハーネスを外し、躊躇なく作業着の上を脱ぎ捨てて、上半身は色気なんて考えて無いグレーのスポブラだけになった。

 しかし、多少筋肉質ではあるが程よく肉が付いて出るとこの出た、まるでモデルのようなボディラインが露わになる。

 

「わっ」

 

 誰かが見惚れたのか思わず声を上げたが、赤羽は全く意に介さない。

 ハーネスをその上につけ直し、アサルトライフルを手に取り点検を始めた。

 その姿を見て、美甘がぼそっと呟く。

 

「なんか、アクション映画の戦うヒロインみたい」

「わかる」

 

 鈴が頷いた。ゾンビとかに向けて銃をぶっ放すヒロインが、こんな感じだったと思う。

 

「なー、怪物はこっちに来ねーの?」

 

 赤羽がアサルトライフルから目を離さずに、誰でもいいので尋ねると、幸子がタブレットを見て答えた。

 

「全部晴風の方に向かったみたいです」

「晴風に?」

「はい」

「……怪物ホイホイでも積んでんの?つーか、晴風が怪物を呼び寄せてんの?」

 

 赤羽はジョークのつもりだったが、幸子がそれを聞いてインスピレーションを得て、スイッチが入った。

 

「闇に落ちた晴風、世界を滅ぼすため海に彷徨う亡霊共をその身に集め、悪の旗艦となってブルーマーメイドに反旗を翻す!」

「やめろ!」

 

 ましろの本気の喝に、幸子はビクッと怯えた。普段なら呆れた様子で流すかツッコミだけなのだが、度重なるストレスと、晴風に残された明乃達が心配で気が気じゃなく心が苛立っていたのか、本気で怒鳴っていた。

 ビクビク怯える幸子を見て、ましろは「やってしまった」と後悔した。

 

「あ……、すまない……」

「い……いえ……。私の方こそ、不謹慎でした……」

 

 気不味い空気が流れ、誰も口を開けない。だが、赤羽にはそんな空気を読む気はさらさらなかった。

 

「お通夜みたいな空気出すなよ、葬式の予行演習か?」

「……空気読もうとか考えないんですか」

 

 ましろが嫌味たっぷりに言うと、赤羽はフンと鼻を鳴らした。

 

「無いね。葬式の練習より神頼みでもしときなよ、あんた等のクラスメイトが生き残れますようにって」

「……艦長達、大丈夫ですかね……」

「さあ?それこそ神…………いや、司令頼みだなー」

 

 その時、ブルーマーメイドお馴染みの中型スキッパーが、こちらに近づいてきた。運転手が弁天の乗員ということは、あれは弁天所属の内の1機だろう。

 

「非武装……。あーあ、ここでリタイアっぽいな、武装スキッパー(うちの)なら奪って行こうと思ったのに」

 

 赤羽はガッカリした様子で脱力する。

 その横で、ましろは藁にも縋る思いで、がらにも無く祈っていた。

 

 

 

 

 

 __艦長、皆、どうか無事でいて__。

 

 

 

 

 

 その後、ましろ達の乗った内火艇はスキッパーに牽引されて、戦場から離れて弁天へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い、工作室までのほんの数十mの距離が、今の不知火には水平線よりも遠く感じる。

 いつもなら10秒とかからず走れるのに、右足が折れているせいで気持ちばかり焦って、ちっとも進んでいない。

 

 振り返れば、戦艦レ級flagshipが猛烈なスピードで、扉を蹴破って追ってきている。このままではすぐに追いつかれてしまう。

 恐怖心と焦燥が、不知火を追い立てる。

 

 急げ、急げ、急げ!

 

 がむしゃらに身体を動かしとにかく逃げる。__が、

 

「__あっ__」

 

 松葉杖の先端が床を滑り、支えを失った不知火は顔面から床に激突した。

 

「いっつ……」

 

 ジンジンとした額の痛みをこらえて、すぐさま手をつき起き上がる。

 だが、その時には既に、レ級はすぐ後ろまで迫っていた。

 

 気づいてバッと振り返ると、巨大な顎が今まさに不知火を噛み砕かんと、大口を開けて飛びかかってきていた。

 

 __ダメかっ!

 

 不知火は無駄だな足掻きだとわかっているが、反射的に顔を手でガードするしかできなかった。

 

 死を覚悟した瞬間、そこにショットガンの銃声が響いた。銃弾はレ級の顔面に当たり、防護膜に阻まれてダメージを与えられなかったものの、衝撃と閃光により僅かに怯ませることに成功した。

 

「不知火さん!」

 

 呼び声に手を伸ばすと、古庄がその手を掴み力一杯引っ張り不知火を引きずる。

 その直後、不知火が元いた場所にレ級の顎が突っ込み空振りして、ガヂン!と歯を鳴らした。

 

「古庄教官!どうしてここに!?」

「ブルマーの仕事だからよ!」

 

 古庄は不知火を引きずったまま走る、艤装の重量もあってかなり重たい筈だが、火事場の馬鹿力でそれを超える牽引力を発揮する。

 

 顎が再び不知火を古庄ごと噛み砕かんと、狙いをつけて突進してきた。

 しかし、

 

 

 

 

 

「お待ちなさい」

 

 

 

 

 

 レ級の背後から空気を切り裂きながら振り下ろされた薙刀が、レ級の頭頂部に直撃しバカン!と鈍い音を立てた。

 人間ならスイカ割りの如く赤い身を飛び散らせていたのだろうが、レ級の石頭の前にただ衝撃を与えて、一瞬動きを止めるに留まった。

 

「やはり人ならざる物、一筋縄ではいかないようですね」

 

 楓が険しい顔で薙刀を構え直す、今の一撃は手加減無しの殺る気だったのに、まるで鉄塊を叩いた時のように衝撃が跳ね返り、手がビリビリする。

 

「加勢します」

 

 楓の後を追ってきたマチコも、二刀流の警棒を構えて戦列に加わった。

 

「万里小路さん!野間さんも!?」

 

 晴風白兵戦最強の2人が来た、それは()()()()大変喜ばしいことだ。相手がシュペーの学生だろうと、銃を持ったテロリストだろうと、この2人なら瞬殺できると思われる。

 

 だが古庄と不知火にとっては、2人の登場は予想外の悪手(ネガティブ)であった。

 

 古庄は、晴風はレ級ごと比叡の主砲で撃沈されるので、生徒達は避難を優先してここに来ることは間違っても無いと思っていたし、守るべきはずの生徒がいたら、レ級の封じ込めに支障が出かねない。

 不知火は、刺し違えてもレ級を倒すつもりだったが、楓とマチコがいたら巻き込む恐れがあり、却って邪魔で実行できないのだ。

 

「2人とも避難しなさい!」

「お断りします!」

 

 古庄の命令を蹴って、楓が目にも止まらぬ速さで踏み込み、左下から右上へと斬りつける。刃の無い木製の薙刀は脇腹にドスンとぶつかったが、頭を殴った時と同じように衝撃がそのまま跳ね返ってきて弾かれた。

 レ級が楓を捕まえようと腕を伸ばす、それをマチコが迎え撃った。レ級が伸ばした腕を、叩き落とすように警棒で殴りつけた。しかし、これも大したダメージは入らず、動きを止めるだけに留まった。

 2人は後ろに跳んで、一旦距離を取った。

 

「くっ……、まるで効いてない……!」

 

 マチコが痺れる腕を擦る。肉体を殴っている筈なのに、金庫でも叩いているかのような手応えだ。

 その理由を不知火が叫んで教える。

 

「そんな攻撃では防護膜に弾かれて効きません!」

 

 砲弾すら防ぐことのできる戦艦の防護膜にとって、2人の攻撃はほぼ無意味だった。

 

 レ級が動く、今まで不知火に向けていた尾を楓達の方へと回し、食い殺そうとするようだ。

 

「まずい!」

 

 あの鮫のような尾に狙われたら2人の命は無い、こちらに気を引かなければ。そう思った不知火は古庄の手を振り払い立ち上がり、主砲を尾へと向けて連射。

 古庄もそれを察し、ショットガンをレ級に向けて撃ちまくった。

 2種類の弾が、既にボロボロだったレ級の武装や表面装甲を削り取っていくが、決定的なダメージを与えることは無理だった。

 しかし、狙い通りレ級の気をこちらに引くことは成功した、尾が再び不知火に目標を変更したのだ。

 

 不知火と古庄が尾を、楓とマチコが本体を相手取り挟撃する。レ級が楓達に近づけばより多くの弾を撃ち込み不知火達に引き寄せ、不知火達に近づけば楓達が本体に攻撃し行かせない。

 しかし、こちらは弾も体力もどんどん減っていくのに対して、レ級の体力も防御力も底知らずだ、すぐに破綻してしまう。

 

 古庄がショットガンに弾をリロードしながら、不知火に声をかける。

 

「不知火さん、貴女は先に逃げて!」

「しかし……」

「生徒達が離艦したら、晴風は比叡の砲撃でレ級諸共撃沈されるわ」

「え!?」

「まず足の遅い貴女が逃げた後、万里小路さんと野間さんを逃して、最後に私が隔壁を閉めてレ級を閉じ込めてから逃げるわ」

「……了解しました」

 

 不知火はレ級が楓達の方へ意識を多く割いた時を見計らい、射撃を止めて背を向けた。

 

「後を頼みます」

 

 頷く古庄、それを確認した不知火は階段へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのすぐ後だった。

 

 グサリ、と何かが肉に突き刺さる音が聞こえたのは。

 

 何だ?と振り返る。

 レ級に向けてショットガンを構える古庄の後ろ姿が、ゆっくりと横に傾いていく。

 

「……え……?」

 

 衝撃の光景に、不知火は目を見開いた。

 

 古庄はそのまま力無く倒れ、ショットガンが手から離れて床に転がった。

 

「古庄教官!!」

 

 不知火は叫んで飛んで引き返し、古庄に駆け寄り状態を診る。

 古庄の腹部に、長さ30cm程のレ級の装甲の破片が深々と突き刺さり、教官服を血で赤く濡らしていた。

 

「しら……ぬいさ…………ゴホッ……ゲホッ……」

 

 かろうじて意識はあるが、口から血を吐き出している、破片が内臓まで達している危険な状態だった。

 

 __しかし、どうしてこんなことに。

 

 人の血を目の当たりにして冷静さを欠いた不知火だが、その答えにはすぐたどり着いた。

 レ級が自身の装甲を剥ぎ取り、投げナイフのように投げたのだ。古庄もまさか飛び道具を使ってくるとは予想だにしておらず、防ぐことができなかった。

 レ級は、やっと獲物1匹を仕留めたのが満足なのか、ニタニタと笑っていた。

 

 

 

 

 

「……この……」

 

 

 

 

 

 不知火はもちろん、晴風の誰も聞きたことの無い、怒気を孕んだマチコの声が聞こえた。

 

「よくも教官をォ!!」

 

 マチコは怒りに任せて突撃した。

 

「野間さん駄目です!」

 

 不知火が呼び止めるが、もう遅かった。

 平常心を失ったマチコの動きは、非常に単調かつ直線的で、レ級に見切られていた。振るった警棒を僅かな動きで躱され、カウンターをもろに喰らって弾き飛ばされた。

 

「ガハッ……!」

 

 受け身もままならず床に叩きつけられ、激痛が背中に走り動けない。

 

「はああぁぁ!!」

 

 次いで楓が気合の覇気とともに薙刀を振り下ろす。あまりの速度に、不知火も薙刀を残像でしか見ることができなかった。それは間違いなく、今までで最高の速さと威力を兼ね揃えた一太刀であった。

 

 

 

 バシィィィン!!と激突のエネルギーが、衝撃波となって空気を震わせた。

 

 

 

「なっ……!?」

 

 決まった。手応えからそう思った楓だが、見えたありえない光景に、目を見開く。

 

 なんと、レ級は右腕一本で薙刀を掴んで受け止めていたのだ。普通なら、腕の骨が砕けているのに。

 

 グン、と薙刀が馬鹿力で引っ張られ、レ級へと引き寄せられる。楓は咄嗟に薙刀を離したが少し遅く、前に倒れ込んだ。軽くなった薙刀は、勢い余って遥か後方へと放り投げられた。

 

「万里小路さん逃げて!」

 

 不知火が叫ぶ、それを聞いた楓が立ち上がろうとした時には既に、レ級の尾が間近に迫っていた。

 

「あっ……」

 

 楓を一口で飲み込まんと、顎を最大まで開けて上から迫ってくる。そのため、顔を上げた楓には、ブラックホールのような喉の奥までくっきりと見えた。

 楓は何もできずに喰われそうになる。だが、その寸前で割り込む影が。

 

 

 

「どいて!!」

 

 

 

 不知火がスライディングで楓を蹴り飛ばし、間一髪でその場所にすり替わった。そして、

 

「これでも噛んでろ!」

 

 手にしていた松葉杖を、レ級の口につっかえ棒代わりに捩じ込み、顎を閉じられなくした。

 だが、顎は構わずそのまま床へと激突し、その結果不知火は松葉杖と床の間に腰を挟まれて、身動きが取れなくなった。

 

「ガハッ……!」

 

 顎に手をかけて思いっきり身体を引き抜こうとするが、腰骨が引っかかって抜けない。レ級が顎を持ち上げれば抜けるのだがその様子は無く、おまけに松葉杖が両端から押し潰されて、メキメキと悲鳴を上げている。どうやら、このまま松葉杖ごと不知火を噛み砕くつもりのようだ。

 

「不知火さん!」

 

 吹き飛ばされたダメージから回復した楓が助けようと駆け寄るが、不知火が怒鳴った。

 

「不知火なら大丈夫ですから!貴女達は逃げてください!」

「ですが!」

「いいから早く!」

 

 楓が躊躇っている間にも、不知火は主砲を取り出し、レ級の口の中に突っ込んだ。

 

「万里小路さん!行こう!」

 

 マチコが楓の手を引き、その場から離れていく。

 

「不知火さんを置いていくのですか!?」

 

 抗議の声を上げる楓を無視して、マチコは彼女を引きずって走り出した。

 不知火はそれをちらっと確認した後、顎を睨みつけて引金を引いた。

 

「弾でも喰ってろ!」

 

 砲弾がレ級の顎の中で弾ける。漫画やアニメのお約束なら、口の中は装甲0で攻撃のバンバン通る弱点なのだが、レ級は艦すらも喰らうためか口内まで防御されているらしく、弾の破片はあちこちに跳ね返り、ほぼ全てが不知火の身体に降り掛かった。

 

「ガハッ……!」

 

 防護膜のおかげで肉体に外傷こそ負わないが、散弾を喰らったような衝撃が襲い艤装が損傷した。

 だが、不知火は構わず撃ち続けた。砲声と炸裂音が通路に鳴り続ける。砲弾の破片が降りかかり、ダメージが蓄積されていく。

 しかし、楓とマチコの逃げる時間を稼げれば、それでいい。

 

 楓を引きずるマチコが、突き当りで曲がるのを確認する。その時、マチコが一瞬振り返って、こう言った。否、声は砲声でかき消されていたので、こう言っているように見えた。

 

 __ごめんなさい__。

 

 それに続いて、楓も言い残した。

 

 __どうか無事で__。

 

 

 

 不知火は一瞬だけ、親指を立てて応えた。

 

 それが肯定なのかどうかは、2人には知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の姿が見えなくなった直後、ミシリ、という音と同時に、腰の圧迫感が減少した。

 

 今なら抜ける!と不知火は顎に手をかけて、思いっきり身体を引き抜く。

 

「ぬああああ!!」

 

 松葉杖と腰骨の引っかかりが外れ、不知火の身体が顎の中から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グシャリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉や骨の潰れる音。

 

「……え……?」

 

 恐る恐る目を下にやる。

 胸や腰は無事だった。だが、脚が見えない。

 本来脚のあるべき場所には、閉じたレ級の顎が鎮座していた。

 

 ゆっくりとレ級の顎が開く、牙の隠れて見えなかったところは赤く汚れていた。

 ベチャベチャと音を立てて、顎の中にへばりついていた物体が床に零れていく。

 

「あ……」

 

 不知火の顔が恐怖で歪む。

 

「ああああ……!」

 

 零れてきたのは、くの字に折れ曲がった松葉杖、大量の血液、そして、

 

 

 

 

 

 グチャグチャに噛み砕かれて千切られた、不知火の両足。

 

 

 

 

 

「あああああああ!!」

 

 それを視認した途端、想像を絶する痛みが不知火を襲った。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い__!

 

 神経がパンクしそうな程激痛が走り、頭の中が痛みに埋め尽くされる。

 

「ああああああ!!痛い!!いだぁぁぁあああ!!」

 

 痛みに苦しみ絶叫する不知火に、レ級が近づいていく。

 

「やめろ!!来るな、来るなああああ!!」

 

 手で床を掴み血の跡を残しながら、小さくなった身体を後ろへと動かし逃げるが、そんなのは無駄だった。

 

 レ級は顎を伸ばし、不知火の右腕をいとも簡単に噛み砕いた。

 もう言葉にもならない獣のような悲鳴が不知火から上がる。

 

 まだかろうじて繋がっていた血管や神経を引きちぎり、グチャグチャと咀嚼する。だが、尾の顎は飲み込めないのか、ぺしゃんこになった右腕をペッと吐き出し捨てた。血が辺り一面に飛び散り赤く染まる。

 そして、血の滴る顎でまた不知火にかぶりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __それからどれだけ経っただろうか。

 

 レ級は玩具に飽きた子供のように、不知火への興味を無くしてその場から立ち去った。

 

 残された不知火は、見るも無惨な姿だった。

 四肢を失い、腹も食い破られ、流れ出た血が辺りを赤い海に変えていた。

 

 不知火は激痛によってパンクした神経と失血で朦朧とする意識の中、虚ろな瞳で天井を眺めていた。

 

 ……ああ、ここで死ぬんですね……。

 

 こんな有様では、死ぬまでの僅かな時間を待つばかりだ。ここが鎮守府や母艦なら、入渠すれば治ったかもしれないが、晴風にも他の艦にも治療設備は無い。万が一にも、治ることは無い。

 陽炎に遺言の1つでも遺したかったが、文字は書けないし、艤装のレコーダーに声を残そうと思ったが、声を出す気力もなくて断念した。

 

 

 

 だんだんと意識が薄れていく中、過去の思い出が脳裏に浮かぶ。

 

《不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです》

《陽炎よ!よろしくねっ、不知火!》

 

 ……これは建造された直後の記憶だろうか。建造ドックから出て、初めて会ったのが陽炎だった。そう言えば、あの時から陽炎とずっと一緒だった気がする。

 

 場面は切り替わり、提督の前で陽炎と共に正座させられていた時へ。確か些細なことで姉妹喧嘩を起こして、殴り合いに発展した時だったか。

 

《……で、どっちが悪いんだ?》

《陽炎が悪いんです》

《不知火が悪いのよ》

《よーし、わかった。2人とも懲罰房行きな》

《ちょっ、待っ……!なんでよー!》

《不知火に落ち度でも!?》

 

 あの後、どうやって仲直りしたのか。そもそもなんで喧嘩したのか、それは思い出せないけど、次の日にはすっかり仲直りしていた。

 

 それから、場面は次々に変わっていく。

 

 陽炎型の皆で夏祭りに出かけて、はぐれたり食べ過ぎたり、訓練では神通にしごかれて死体のように浮かんでいたり、演習で空母の皆さんにボコボコにされたり、陽炎とショッピングに行ったり、ムカついた演習相手をフルボッコにしたこともあった。

 最初の頃の出撃で砲撃を喰らって一撃大破して、皆で必死に逃げ回ったり、そのリベンジで敵の旗艦に全員で魚雷をブチ込みまくったり、陽炎がブチ切れて突撃するのについていったり、逆に自分が暴走したり。

 陽炎のギンバイの手伝いを黒潮とともにした時は、川内に見つかって朝まで夜戦に付き合わされた。節分で鬼怒が見つからず早霜に豆をぶつけたり、陽炎にドッキリを仕掛けようとしたら逆ドッキリだったり。

 

 キリが無いので全部は上げないが、建造されてから今までの思い出が、目まぐるしく流れていく。

 これが走馬灯、という物か。

 

 

 

 ……なんで、……なんで、……なんでこんなの見せるんですか……!もうすぐ死ぬのに、辛くなるじゃないですか!

 

 

 

 馬鹿馬鹿しいと思っていたのに、いざ自分が体験すると、涙が溢れて視界が滲む。

 

 艦娘はいつ死んでもおかしくないから、いざ死ぬ事になっても後悔しない。

 そんなことを考えていた昔の自分をぶん殴りたい。

 

 

 

 ……もっと、皆と一緒にいたかった。

 ……もっと、皆と笑い合いたかった。

 ……いつか、平和な海を見ながら過ごしたかった。

 

 

 

 まだ……死にたくなかった……。

 

 

 

 

 

 視界の端に、誰かが映る。視界がぼやけてはっきりとは見えないが、古庄だということはわかる。不知火の血を浴びたのか、制服だけで無く顔も所々赤く染まっていた。

 不知火に呼びかけているようだが、聴覚が麻痺しているのか何も聞こえない。

 

 

 

 古庄教官…………、……短い間ですがお世話になりました……。

 

 

 

 心の中で礼を言った直後、身体がフワリと浮くような不思議な感覚と同時に、目の前が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 ……ああ……ついに迎えが来ましたか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽炎……、先にあの世に行って…………待ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

28話 「晴血に染

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __真っ白だった視界が、色を取り戻す。

 

 

 

 ……あれ……?さっき……死んだんじゃ……?

 

 

 

 先程と変わらぬ天井と古庄の姿が映った。だが、古庄は誰かと話しているようだった。

 唇の動きを読むと、「貴方は誰なの?」だろう。

 

 

 

 ……誰……?……生徒でも……隊員でも無い……?

 ……まさか、天使か死神……?

 

 

 

 そして、その誰かさんが上から不知火を覗き込んだ。

 

 それは、天使のようにとても可愛らしく、不知火にとって見覚えのあるような__。

 

 

 

 

 

 突然、視界が緑色に染まった。

 顔に液体をかけられたのだ。それは目や鼻、気管にの中にまで入るが、痛みや苦しさはまるでなく、スッと身体に馴染むように浸透していく。

 

 やがて、失った筈の四肢の重みが、裂かれたはずの皮膚の張りが蘇る。

 

 

 

 

 

 そして、失われていた感覚が再生され、意識が完全に覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?所属、言えますか?」

 

 呼びかけに応えるのを後回しにして、不知火は身体を起こし自分の様子を確認する。

 

 千切れた四肢はそのまま床に転がっているが、新たな四肢が元の場所に生えていた。裂かれた腹もすっかり跡も無く塞がり、元通りの姿になっていた。

 着ていたジャージには血と先程の緑色の液体が染み込みグチャグチャになっていた。この緑色の液体は、艦娘にはお馴染みの物だった。

 

 

 

 __高速修復材__

 

 

 

 艦娘の身体を、瞬く間に治してしまう、魔法のような液体。

 

 自分の身に何が起きたかを理解して、後回しにしていた質問へ答えた。

 

「……横須賀鎮守府所属、陽炎型駆逐艦娘2番艦、不知火です。助けに来てくれたんですね、()()

 

 その相手__雪風は安心してほっと息を吐いた後、とびきりの笑顔を見せた。

 

「はいっ!間に合ってよかったです、不知火お姉ちゃん。身体は大丈夫ですか?」

「ええ、高速修復材(バケツ)のおかげで、すっかりよくなりましたよ」

 

 グチャグチャになったジャージを脱ぎ捨て、傷1つ無くなった肌を見せる。

 

「よかったです」

 

 雪風は嬉しそうに頷くと、容器(バケツ)を捨ててしゃがみ、古庄と目線を合わせ声をかけた。

 

「すぐお医者さんを呼びますね、傷を診てもいいですか?」

「え……ええ……」

「不知火お姉ちゃん、手伝ってください」

「はい」

 

 雪風は不知火と一緒に、突き刺さった破片が動かないよう慎重にゆっくりと、古庄を仰向けに寝かせた。そして制服を引裂き、患部を確認する。

 

「……破片を抜いたら一気に出血しますね、下手に動かすのも危ないですし……、このまま救助を待ちましょう」

「そうですね」

 

 雪風はインカムで連絡を入れる。しかし、

 

「こちら雪風、負傷者を発見しました。…………?こちら雪風、応答してください…………聞こえますか?………………不知火お姉ちゃん、母艦と連絡できないです」

「あー……」

 

 雪風はまだ、艦隊と隔絶された事を知らなかった。

 不知火は自分の無線機で連絡を取ろうとしたが、レ級に襲われた時に壊されて使えなかった。

 

「仕方ありません。古庄教官、無線機お借りします」

 

 不知火が古庄の無線機へと手を伸ばす。が、届く直前で古庄がその腕を掴んで止めた。

 

「古庄教官!?」

「……私のことは後回しでいいわ、……私より、生徒達を………お願い……」

 

 血の混じった声だったが力強く、瞳は光を失わず真っ直ぐに不知火を見つめていた。

 不知火は古庄の手を握り頷く。

 

「わかりました。皆のことは任せてください」

 

 そして、雪風と向き合う。戦いに向けて情報共有をしなくては。

 

「雪風、ここが何処だかわかりますか?」

「いいえ、わかりません。気がついたらここにいたので」

「では簡単に状況説明します。ここは陽炎型駆逐艦『晴風』艦首。此方の戦力は中破状態の陽炎と先程まで死にかけてた不知火、そして雪風。敵旗艦は戦艦レ級flagship、後は艦の外に雑魚が何体か。

 また陽炎が外で雑魚と交戦中、味方として特殊部隊が別の艦からこちらに急行中と思われます。

 不知火達の任務は晴風に残る乗員を無事脱出させるか、レ級を撃破し安全を確保することです。

 残っている乗員は女子高校生9名と教官の計10名、生徒達は艦橋と後方の教室に集まっていると思われます。レ級の現在地は不明です。

 何か質問は?」

 

 雪風はバッと手を挙げた。

 

「はい!晴風ってなんですか?」

「後で!他!」

「レ級flagshipはどれくらい強いんですか?」

「現在中破状態ですが、装甲も体力もまだまだ大和型以上だと思います。武装は戦艦2隻分ですが、ほとんど死んでいるでしょう」

 

 そこまで答えた時、アサルトライフルの銃声が艦内に響き渡った。

 

「銃声!?」

「特殊部隊が到着したようです!」

 

 救援の到着。だが、銃声がするということは、レ級と遭遇し交戦中なのだろう。

 

「その特殊部隊の人は強いんですか!?」

「人の中では強いでしょうが、レ級の相手にはなりません。雪風はすぐに彼等と合流して時間を稼いでください」

「了解しました!」

 

 雪風は銃声のする方へと駆け出した。が、キイッ!とブレーキをかけて止まった。

 

「あ!そうでした!」

「どうしましたか?」

 

 雪風は振り返り、こう尋ねた。

 

 

 

「逃がすんですか?それとも倒すんですか?」

 

 

 

 生徒の脱出か、レ級の撃破、どちらを優先するのか。

 

「決まってるじゃないですか」

 

 不知火はメラメラと燃える怒りのオーラを纏い不敵に笑い、右手を突き出し親指を下に向けた。

 

「ぶっ殺します」

「どうやってですか?」

「1つ思いついたんです、装甲が厚い敵でも関係なく灰にできる方法を。確証はありませんが、こっちには幸運の女神(雪風)が来ましたから、ほぼ間違い無く倒せるでしょう」

 

 雪風は意味がよく解らなかったようで首を傾げたが、

 

「よくわかんないですけど、わかりました!」

 

 と答えた。

 不知火は落ちていた楓の薙刀を拾い上げ、雪風に持たせる。

 

「これ、持っていってください」

「薙刀……木製ですか、真剣じゃ無いんですね」

 

 雪風は不満そうに眉を曲げた。

 近接武器として真剣を持つ艦娘は少なくない、だが木製の打撃武器は明らかに脆くて威力不足であり、実戦ではただのゴミであった。

 

「学生の私物ですから、でも強度は凄いですよ。レ級を殴っても折れませんでしたから」

「ホントですか!ビックリです!じゃあ、行ってきます!」

 

 雪風は改めて駆け出していった。

 不知火はもう一度、古庄の側にしゃがみ声をかけた。

 

「古庄教官、すぐにレ級をぶっ殺して戻って来ますから、ほんの少しだけ耐えていてください」

「お願……いね……」

「はい」

 

 そして、その場に古庄を残し走り出す。雪風とは別の方向に、レ級を倒す武器を求めて。

 

 

 

 

 

 __戦艦レ級flagship、お前は不知火が殺してやる。




雪風「雪風です!どうぞ宜しくお願い致しますっ!」

☆メモ
 陽炎や不知火を「お姉ちゃん」と呼んで慕う。
 飛び切りの幸運と第六感の持ち主。
 建造時よりちょっと大人びた。
 それで恥ずかしくなったのか、姉を真似てなのかスパッツを着用するようになった。

次回、戦艦レ級flagship戦、決着(予定)
   お楽しみに


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29話 白イルカの意地

幸子「はいふり劇場版DVD&BDが10月28日発売決定です!」
明乃&陽炎「イエーイ!」
作者「イエーイ!って遠いわっ!」
明乃「え、遠い?」
作者「同時期に上映してたシンカリオンは、先月とっくに出たよ!なんで4ヵ月も差が開くんだよ!?」
明乃「それは……まあ……」
幸子「色々ありましたから……」
作者「あと3ヵ月、どう待てばいいんだー!」
陽炎「小説書いて待てばいいじゃない、今回だって前回から2ヵ月以上も空いてるのよ。遅れを取り返しなさいよ」
作者「……」メソラシ
明乃「それでもって、レ級との決着も着いてないんじゃねえ……」
作者「あ、もう決着は書き終わってる」
一同「え?」
作者「コホン……えー、読んでくださる皆様、決着まで一気に書いたら、文字数がとんでもなく多くなってしまったので2話に分けました。残りもすぐに投稿する予定なのでお待ちください、2、3日以内には投稿する予定です」

それでは本編へどうぞ。


 時間は僅かに遡る。

 

 神谷を筆頭に屈強な漢達6人で編成された突入部隊は、スキッパー6機に分乗し晴風へと向かっていた。

 

 神谷は先頭を進むスキッパーの後部座席で武器の点検をしていたが、何かに気づいて運転士に声をかけた。

 

「おい、減速だ」

「え?減速ですか?」

「ああ」

 

 時速120kmで航行していたスキッパーが、70km程にスピードを落とす。

 右前方に、全速航行で晴風に向かう陽炎の後ろ姿が見えていた。

 神谷は身を乗り出し、陽炎に叫ぶ。

 

「陽炎!」

 

 それに気づいて陽炎が振り返った。

 

「乗っていくか!?」

「もちろん!」

 

 陽炎はスキッパーが追いつき横に並んだところで、神谷が伸ばした手を掴み、スキッパーの右ウイングに飛び乗った。

 運転士はそれを確認し、スキッパーを再加速させた。

 ツインテールが風圧で暴れて顔を叩くのがとても煩わしいが、右腕は身体を支えるのに精一杯で、左腕は相変わらずギプスで固定されているのでどうにもできず、バタバタと暴れるのを無視して尋ねた。

 

「晴風に乗り込まれたって本当なの!?」

「本当だ!これから乗員を救出しに行く、お前は外に散らばる怪物の対処を頼む!」

「了解!」

 

 陽炎がそう答えた直後、前方に見える晴風の後方を塞ぐ怪物から、いくつもの発砲炎が吹き上がった。

 

「回避します!」

 

 運転士がすぐにスキッパーを蛇行させ、砲弾を躱していく。

 かなり揺れの酷い運転の筈だが、赤羽の自殺同然のアクロバティックを経験した陽炎にとっては、大したこと無いように感じた。これなら射撃もできそうだ。

 

「司令!ちょっと私の身体支えといて!」

「どこを持てばいい!?」

「アームを掴んどいて!」

 

 魚雷発射管のアームの関節を固定し神谷に支えさせ、主砲を構えた。スキッパーは高速で揺れているが、神谷がしっかりと支えてくれてたので、よろけたりすることは無く、これなら撃てそうだ。

 

「撃つわよ!」

「応ッ!」

 

 ドドン!と2発の砲弾が発射され駆逐ニ級に命中、しかし致命打にはならず、黒煙を噴き上げて速力を低下させるに留まった。

 

「あー!撃沈できなかったー!」

「構わずもっと撃て!」

「わかってるわよ!」

 

 陽炎は主砲をバカスカ撃ちまくり、怪物の群れを掻き乱していく。群れは統率が取れていないのか、砲撃にいちいち反応してバラバラに勝手な行動を取り始めた。陣形が乱れ個体同士の距離が開き、スキッパーの道が開ける。

 

「このまま晴風に横付けしろ!」

「了解!」

 

 スキッパーの群れは開けた道を真っ直ぐに突き抜け、晴風に接近する、艦尾に墜落し、未だに炎上する飛行船がはっきりと見えた。その時、陽炎が主砲を下ろし叫んだ。

 

「私はここで降りるわ!艦内()は頼んだわよ!」

「任せろ!」

 

 神谷が頷くのを確認して、陽炎は勢いをつけスキッパーから大きくジャンプした。着水と同時に後傾姿勢を取り重心を後ろにして踏ん張り、足にかかる水の抵抗で転びかける身体を止めて、最大速力(30ノット)まで一気に減速する。そこから機関を全開に回し、攻撃を始める。

 

「雷撃始め!」

 

 再装填された4発の魚雷を、発射管をグルッと回し四方に向かって放つ。魚雷は全てそれぞれの目標に命中し、撃沈もしくは大破させた。

 

「さあ!私が相手よ!」

 

 反撃に飛んでくる砲弾や魚雷を躱し、陽炎は怪物へと突っ込んでいく。

 

 

 

 

 

 その隙に突入隊を乗せたスキッパーの群れは、晴風へ接舷を試みる。

 神谷を乗せたスキッパーが飛行船の燃える後部を避け、左舷中央部へと寄せた。

 

「動きがあるまで離れて待機していろ!」

「了解!」

 

 神谷はワイヤーガンを発射しフックを手すりへと引っ掛け巻取り、甲板へと上がった。スキッパーは後続の邪魔にならないよう、晴風から離れていく。

 すぐにアサルトライフルを構え、甲板上に怪物がいないかを見渡し確認する。

 

「__クリア!」

 

 それを受けた後続のスキッパーが、次々に接舷し突入隊を送り込む。

 だが、順調に4人目が上がり、5機目のスキッパーが接舷しようとした時、

 

『戻って!危ない!』

 

 無線から聞こえた陽炎の叫び声の直後、スキッパーの右ウイングが突如爆発し、根本からもぎ取られた。

 

『うわあああああ!』

 

 運転士の悲鳴を残し、スキッパーはコントロールを失ってスピンしながら晴風から離れていった。

 

「どうした!?何があった!?」

 

 神谷も何が起きたかさっぱりわからなかった。何の前触れも無く、スキッパーが爆発したように見えたのだ。

 

『チ級の酸素魚雷よ!』

 

 陽炎に言われてハッと思い出す。

 

 __酸素魚雷__純酸素を燃料とした魚雷。従来の魚雷と比べて圧倒的な雷速と射程、炸薬量を誇るが、そのパワーと引き換えに危険度が上がり、開発は難航し当時実践投入できたのは日本だけという兵器。

 これには先述した利点3つの他に、もう1つ恐ろしい長所がある、それは()()()()()()ことだ。

 酸素魚雷の排気ガスは、水に溶けやすい水蒸気と炭酸ガス。そのため排気された瞬間に排気ガスの気泡は消滅し、航跡も何も残さずにカッ飛んでいく。視認しやすい真っ白な航跡が無くなれば、魚雷を目視するのは困難。

 つまりは、血眼になって探さない限り、発見するのは不可能ということだ。

 

 雷巡チ級を早く潰さないと、離艦する時にも雷撃されて死人が出かねない。

 

「すぐに雷巡を潰せ!」

『わかってるけど!こいつ私が魚雷を撃てないように、晴風の側を離れないのよ!オマケにネ級まで健在で……!あーもう、こっち来んなー!』

 

 後ろに目をやると、陽炎が悲鳴を上げながら、チ級と重巡ネ級の砲撃から必死に逃げ回っていた。

 2対1、しかも巡洋艦相手に魚雷が使えないのは、流石に分が悪い。

 

 神谷は晴風の機銃座を指差し、部下の3人のうち2人へ命令した。

 

「機銃で援護してやれ!間違っても陽炎に当てるなよ!」

『もし当てたら、あんた達の股間の機銃を潰してやるわ!』

 

 陽炎のおっかない発言に、機銃座に登ろうとしていた隊員が顔を青くして股間を押さえた。

 尻を揉んだ真冬がぶん殴られて吹っ飛ばされたことは、隊員達の間でもう知れ渡っていた。陽炎なら本当にやりかねない、使用不能にされかねない、と2人は恐怖した。

 

「冗談に決まってるだろ!早く行け!」

 

 神谷はそんなことにビビってる場合か!と、そいつらの尻を叩く。

 そこへ、

 

「おいおい、そんなんで玉ァ縮み上がらせちまってるようじゃ、根性注入が必要みてえだな」

 

 右舷から真冬が部下2人を連れて、手をワキワキさせながらやってきた。

 神谷は呆れた様子で言う。

 

「お前も来たか。……って、男にもやるのか?」

「おうよ!いい船乗りはいい尻から!それに男も女も関係ねえ!」

 

 駄目だこいつ、手遅れだ。

 神谷は矯正不可能だと悟り、諦めた。真冬の部下も諦めてくださいと首を横に振る。

 後で陽炎にもう一発殴らせて、トラウマでも植え付けた方がいいんじゃないか。

 

「行くぞ、ついてこい」

「おう!」

 

 神谷はそう言い残し、艦内へ突入する。その後ろを部下と真冬達が追いかけた。

 

 

 

 

 

 アサルトライフルを構えて、警戒しながら晴風艦内の後部通路に入る、通路には人っ子一人いなかった。生徒達は教室にいると聞いており、戦闘の形跡も無いことから、レ級は艦首にいるのだろうと推測がつく。

 

「宗谷艦長は教室の生徒の救出を、自分達は艦首に向かう」

「了解」

 

 神谷はそう告げて、部下を連れて真冬達と別れ艦首へ向かった。

 

 

 

 

 

 艦首へ繋がる一本道の細い通路に入り、警戒しながらも急いで向かう。

 頼むから全員無事でいてくれ。

 そう願い、通路を走る。

 

 その時、教室に向かった真冬から通信が入った。

 

『司令、覚悟しといた方がいいぞ』

「どういう意味だ?」

 

 真冬には似合わない深刻そう声、その意味を尋ねた直後、前方に現れた気配に気づいて急停止する。

 

 通路の突き当りから、その気配の主が姿を現した。

 

 

 

 

 

『教官と不知火は、もう死んでるかもしれねえ』

 

 

 

 

 

 現れたのは、尾の顎から涎の如く血を垂らし、返り血で全身を真っ赤に染めた戦艦レ級flagshipだった。

 

 古庄か不知火のどちらか、または両方か、目の前にいるこの怪物が既に喰い殺してしまった。

 

 神谷は怒り、畜生!と吐き捨てた。

 

 レ級は神谷達を新たな獲物と認識し、一気に加速して襲いかかってくる。神谷はアサルトライフルを向け迎撃体制を取り、無線の向こうの真冬に怒鳴った。

 

「宗谷艦長!生徒達を離艦させろ!!今すぐだ!!」

 

 向かってくるレ級に向けて、アサルトライフルの引き金を引き続ける。その神谷の怒りに呼応するように、アサルトライフルがありったけの弾を吐き出す。だが、防護膜に弾かれてレ級には効果が無かった。

 

「クソッ!」

「司令!ここは俺が!」

 

 部下がシールドを手に前に出る。この部下__郷田と言うが、第4特殊部隊でもトップのマッスルボディの持ち主で、体力勝負なら部隊1位のマッチョマンだ。突撃隊のパワーファイターとして、その剛力で犯人を殴り倒してきた。

 

「うおおおおお!!」

 

 雄叫びを上げながら、シールドを構えて突進し、レ級を真っ向から迎え討つ。対するレ級はショルダータックルの構えを見せた。

 

「相手に取って不足なしぃぃぃー!!」

 

 そして、バァン!とまるでトラック同士の交通事故のように、激しく正面衝突し、

 

 

 

「ゴハァ!!」

 

 

 

 郷田はゴムボールのように軽々と弾き飛ばされ、神谷へ向かって吹っ飛んできた。咄嗟に頭を下げて躱すと、郷田はそのままの勢いで突き当りの壁まで飛び、頭を打ち付けてその場にストンと落ち、動かなくなった。

 

「郷田!!」

 

 そこへ真冬が部下1人を連れて、ドタドタと走ってきた。

 

「司令!大丈夫か!?」

「俺はいいから郷田を頼む!」

 

 神谷は効果の無かったアサルトライフルを捨て、グレネードランチャーをレ級に向けて発砲、擲弾がレ級の顔面に直撃し爆発する。しかし、やはり効果は無く、レ級の顔に煤が付くだけに終わった。レ級は、その程度?と嘲笑うような気味の悪い笑顔を浮かべた。

 

 郷田の様子を確認していた真冬が、声を張り上げて神谷に教えた。

 

「頭打って寝てるだけだ!」

「運んでやってくれ!」

「わかった!__おいお前、運べ!」

「ちょっ、私1人でですか!?」

 

 真冬は郷田の搬送を部下に押し付け、テーザー銃をレ級に向ける。

 最近は使われなくなったワイヤー針式のテーザー銃だが、バッテリーの部分が異様に膨らませてあり、ビニールテープでぐるぐる巻に絶縁してあった。

 真冬が悪役のように笑い、改造内容を発表する。

 

「バッテリー10基直列仕様だ!怪物だってイチコロだぜ!喰らえ!!」

 

 バッテリー10個なら電圧も10倍、人間相手に撃てば命の危険は十分にある禁断の違法改造。

 軽い音を立てて発射されたワイヤーは、見事にレ級の胸に当たり、有り余る電力をバチバチと流し込んだ。過剰な電力が空気中に漏れ、雷のようなスパークが当たりに飛び散った。

 

「どうだ!」

 

 だがレ級にはまるで効かず、ワイヤーはあっさりと引き千切られ、悲しげな火花を残して投げ捨てられた。

 電撃への耐性もあるのか。

 

「畜生!電気も効かねえのかよ!」

「他に武器は無いのか!」

「あとは普通のしかねえよ!クソッタレ!」

 

 真冬はテーザー銃を投げ捨て、代わりにアサルトライフルをレ級に向けて撃ち始めた。

 そんなものではレ級はかすり傷すら負わず、神谷に狙いを定めて飛びかかってきた。

 

「クソッ!」

 

 神谷はもう銃火器は役に立たないと判断したのか、グレネードランチャーを捨ててナイフを構えた。

 真冬はそれを見て声を上げる。

 

「おい!そんな短えナイフじゃすぐ殺られちまうぞ!」

「だったら援護しろ!」

 

 神谷のナイフは刃の短いただの軍用ナイフ、レ級との体格差を考えると、リーチの差はほぼ無い。もしナイフを躱されてあの怪力で掴まれたら、一環の終わりだ。そして何より、当たっても効果が無い可能性が殆どだ。

 

 間違い無く、死ぬ。

 

「クソッ!」

 

 真冬はせめて一太刀浴びせられるようにと、目眩ましにスタングレネードを取り出した。

 

 すぐに訪れた勝負の一瞬、レ級が神谷に飛びかかってくる瞬間に、真冬は自分の背後でスタングレネードを起爆させた。

 

 激しい閃光が広がり、レ級も思わず目を手で覆う。一方で神谷と真冬は背を向けていたため、影響は少なくそのまま動けていた。

 神谷がレ級の顔めがけて、大きく振りかぶって腕を振るう。

 しかし、その時既にレ級は閃光弾のダメージから回復していた。

 

「死ネエ!!」

 

 レ級は神谷の顔を握り潰そうと、ナイフを無視し腕を伸ばす、ただのナイフで防護膜が貫けるわけ無いだろう、と。

 

 端的に言えば、油断していたのだ。

 

 艦娘では無い、ただの人間の意地を知らずに。

 

 

 

 

 

 神谷はレ級の腕が届くよりほんの僅かに早く、レ級の顔面に1()2().()7()c()m()()()()の砲口を突き立てた。

 

 

 

 

 

「なっ……!?」

 

 後ろから見ていた真冬は、あまりの早業に目を丸くした。

 

 レ級が顔を覆ったのと同時にナイフを持つ右腕を振りかぶり、身体の後ろに回した瞬間に腰に下げてあったケースから12.7cm砲を引っ張り出し、ナイフと入れ替えたのだ。

 

 ちなみにこの12.7cm連装砲は、陽炎が忘れたのを赤羽が回収してきた、不知火の主砲だ。

 

 普通の銃火器では怪物には歯が立たないだろう。だが、ゼロ距離でなら駆逐棲姫の装甲も破れる、この主砲なら。

 

「こいつならどうだ!!」

 

 引き金を思いっきり引いた。

 駆逐艦娘用主砲が、戦艦レ級flagshipにゼロ距離で砲弾を叩き込む。

 

 バアン!!と大きな発砲炎が噴き出すと同時に、普通の銃の何倍もの轟音が狭い通路に反響した。

 それに比例して反動も桁違いで、大柄な男である神谷の身体が、弾かれるように後ろへ吹き飛んだ。

 

「ぐおっ!!」

 

 それでも反動を受け流しきれてはおらず、右肩がゴキリと嫌な音を上げて外れた。右腕からの激痛が走る中、床に背中を強打しさらなる激痛が加わり、肺の中の空気を全て吐き出した。

 

「がはっ!!」

「おいっ!大丈夫か!?」

 

 真冬が駆け寄り、神谷を引っ張り起こす。

 

「肩を脱臼しただけだ!奴は!?」

 

 左手で右腕を掴んで強引に関節をゴキリ!とはめ込み、自分で脱臼を直した。それを見た真冬から「お前人間か?」と疑いの目を向けられた。失礼な、人間だ。

 だが、関節をはめ直しても右腕の痛みは治まらず、十分には動かせそうにない。

 

「ガアァァァァァ……」

 

 レ級は獣のような唸り声を上げながら、顔を手で押さえてのたうち回っていた。顔から手を離すと、右目のあった場所から青い血がドバドバと溢れ出した。

 

「クソ……、ゼロ距離で撃っても片目だけか」

 

 頭を撃ち抜けたか、という期待はあまりにも固い防御力によって裏切られた。

 もう一発ゼロ距離で撃ち込めば可能かもしれないが、さっきの反動で利き腕が使えない中、あの12.7cm砲(怪物砲)を扱うのは無理だ。

 おまけに、

 

 

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 怒り心頭で髪も逆立つ程殺気立ったレ級が、もう一回喰らってくれるとは思えない。金の脈絡はより一層激しく脈打ち輝きを増し、黄金のオーラを纏っているように見える。「怒髪天を衝く」という言葉を体現したレ級の、あまりのプレッシャーに2人は後ずさった。

 

「……なあ、逃げねえか?流石にサイヤ人相手に勝つ自信はねえぞ」

「サイヤ人か、まさにピッタリだな。生徒達の離艦は?」

「確認する……………………、まだ終わってねえ」

「なら、逃げるって選択肢はないな」

 

 神谷はそう言って12.7cm砲を真冬に押し付けた。

 

「こいつを使え、あと4発入っている」

「アンタが吹っ飛ぶような銃、あたしに使えると思ってんのか?」

「尻揉みで鍛えた腕の見せ所だぞ」

「……チッ……」

 

 言い返す言葉が見つからなかったのか、舌打ちをしつつも12.7cm砲を受け取る。

 

「あとでアンタにも根性注入してやるよ」

「御免被る」

 

 神谷は自分が捨てたグレネードランチャーを拾い上げ、弾を装填した。真冬も装填レバーを引き、12.7cm砲を撃てるようにする。

 

「…………行くぞ」

「おう」

 

 こちらの準備が終わったのに合わせてか、レ級が動き出す。雄叫びを上げてフル加速、目にも止まらぬスピードで駆け出し、暴走する自動車のように迫ってくる。

 2人はすぐさま武器を構えて射撃態勢に入り、

 

「え?」

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 レ級に背後から、少女(雪風)が飛びかかるのを目撃して目を見開いた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 雪風は銃声を頼りに艦内を疾走していた。艦の構造はわからないが、銃声のする方に行けば確実にレ級に辿り着ける筈だと。

 曲がり角を壁を蹴ることで減速せずに曲がった時、ついに戦艦レ級flagshipを見つけた。

 レ級の正面には人が2人、襲うつもりか。

 

「やらせません!」

 

 彼等を守るため、雪風はさらに加速しレ級に迫る。

 まずは此方に気を引かなければ、そのために、重装甲でも撃たれたら嫌な箇所__頭を狙う。だが、レ級の背中は尾についた巨大な顎が守っている。狭い通路を占拠するそれを、横から躱すにはスペースが足りない。

 

「だったら上から!」

 

 床を蹴って跳び上がりさらに壁を蹴って三角跳びを決めて、尾の頭上を飛び越えた。

 

「たあーっ!!」

 

 掛け声に気づいてレ級が振り向く、その顔面めがけて主砲を射ち込むが、防護膜に阻まれた。それをわかっていた雪風は、三角跳びの勢いをそのままに、全体重を乗せて薙刀を突き立てた。それをレ級は右手を突き出して迎え撃つ。

 切っ先がレ級の掌に当たった瞬間、激戦に耐えてきた薙刀がついに音を上げて、バキリ!と砕け散った。合掌。

 

(やっぱり木製の薙刀じゃ保たなかったじゃないですかー!)

 

 レ級が雪風を捕まえようと腕を振るう。雪風はそれよりも早くレ級の胸を蹴り、後ろへ飛んで戻った。そして逃がすまいと追撃してきた顎を、華麗なバク宙で躱してさらに後退し態勢を整えた。

 

「邪魔スルナアアア!!」

 

 横槍を入れられて激昂するレ級が、雪風に狙いを変えた。

 

 とりあえずこのまま、あの人達から離せれば不知火が来るまでの時間が稼げる。もしこっちに目もくれないで、人を襲うようなら危なかった。と雪風は安堵した。

 

「ここからは、雪風が貴方の相手です!」

 

 レ級の意識をこちらに集中させるため、堂々と啖呵を切り主砲を向ける。これで、レ級が此方を狙っている隙に彼等は逃げるだろう、深海棲艦相手に生身の人間が挑もうなんて思わないから。

 

 

 

 

 

 ……という艦娘の常識は、彼等には通じなかった。

 

 

 

 

 

「おい、ロリっ娘が出てきたけどよ、陽炎と不知火の仲間か?」

「おそらくな、何処から来た?」

「知るかよ、どうする?」

「子供に任せておけるか、()るぞ!」

「おう!ブルマーの意地、見せてやらねえとな!」

 

 真冬は一度12.7cm砲を降ろしアサルトライフルを、神谷はグレネードランチャーをぶっ放した。

 うっとおしい銃撃に反応し、レ級が再び2人に狙いを変える。

 

「何やってるんですか!?」

 

 雪風は2人の暴挙に慌てた。

 艦娘の1番の使命は人命を守ること、だから自分が狙われるように煽ったのに、なんで再び狙われるようなことをするのか。

 

「雪風が引き受けますから、貴方達は逃げてください!」

「断る!お前こそ逃げろ!」

 

 神谷は即拒否し、真冬と共に撃ち続ける。

 レ級が雄叫びを上げた、襲いかかるまで時間がもう無い。

 

「あーもう!」

 

 雪風は説得は無理だと諦め、どうにかして武力でレ級の動きを封じることに決めた。だが、魚雷は威力が強すぎてレ級どころか人や艦体すらも破壊しかねない 爆雷も同様の理由で却下。となれば残されているのは、主砲によるゼロ距離攻撃。

 

 狙うべき場所はすぐに見つけた、レ級の左目だ。右目は何があったのか既に失われており、左目も潰してしまえば(めくら)にできる。

 いくら高性能レーダーを積んでいても、狭い場所や接近戦でものを言うのは肉眼なのだ。目さえ潰せれば勝ったも同然、彼等を逃がすことも余裕でできる。

 雪風は覚悟を決めた。

 

「一気に決めます」

 

 先程と同じ速度では、主砲を突きつける前に掴まれてしまう。そうなってしまったら、雪風は間違いなく握り潰されてしまうだろう。

 

 ならば、レ級の反応速度を超える力を、スピードを手に入れればいい。

 

 頭の中に艤装からの警告メッセージが流れるが、構わず実行した。

 

 

 

 

 

「リミッター、開放」

 

 

 

 

 

     ☆

 

 

 

 

 

 艤装と肉体を繋ぐ回路が、一切の抵抗を無くす。

 

 精神は艤装の制御系と溶け合うように混ざり合い、艤装が自分の身体になったかのように感じ始める。僅かな軋みや機関の声まで、手に取るようにわかる。

 

 肉体には艤装の生み出したエネルギーが一気に流れ込み、力が漲り感覚が研ぎ澄まされる。身体が軽くなり、景色がスローモーションのようにゆっくりと動く。

 

 

 

 リミッターを外すことにより、艦娘の身体能力及び艤装とのシンクロ率が飛躍的に上昇し、恐るべき戦闘能力を発揮する。

 

 

 

 だがその代償に、艤装が精神を取り込もうと浸食を始め、思考が光の無い漆黒の闇に飲み込まれていく。

 肉体は急激な過負荷に悲鳴を上げ、膨張する血管が赤い筋となり身体中に浮かび上がる。

 

 

 

 

 

 雪風が人から、怪物へと変貌していく。

 

 

 

 

 

     ☆

 

 

 

 

 

 __筈だったのに、何も起こらなかった。

 

「……え?」

 

 いや、僅かに艤装とのシンクロ率は上がり力も増した。

 だが、代償の精神汚染も、肉体の変貌も殆ど無く、いつもと同じような枷の外れたような力の上昇が得られない。

 

「嘘、なんで……」

 

 雪風は信じられず、硬直してしまった。

 リミッターを開放し力が向上するのは何度も経験していたのに、どうして__?




作者「……ガチの殺し合いになると晴風の皆の活躍がかけない……」
神谷「当然だろう、第一子供を戦いに参加させること自体おかしいんだ」
作者「……それを言っちゃあお終いだよ」

次回、対戦艦レ級flagship戦決着(本当です)、お楽しみに。


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30話 ラストダンス

 お待たせしました、ようやく戦艦レ級flagship戦決着です。
 遅くなりましたが、お気に入り登録者数が100人を突破しました。こんなに多くの方々に読んでいただけて、とても嬉しい限りです。
 これからもよろしくお願い致します。

 追記:2021/7/10、誤字修正を行いました。アドミラル1907様、誤字報告ありがとうございました。


 

 

「飛べ飛べ飛べ!早くしろ!」

 

 晴風の左舷に横付けするスキッパーの運転士が、甲板上に残された生徒達にとっとと飛び移れと怒鳴る。

 

 

 

 いつレ級が襲いかかってくるかわからず、とにかくすぐに生徒達を離艦されなければならない状況。だが、晴風の周りでは陽炎と雷巡チ級、重巡ネ級が未だ戦闘中で、いつ流れ弾が飛んでくるか、いつ標的がこちらになるかわからない。

 だったら、スキッパーで何人かずつ拾ってすぐに離脱するしかない、と誰かが言い出し、他に案も無く決定された。

 

 だが、小さな航洋艦でも海面から甲板への高さは3m近くあり、しかも着地目標は真っ平らじゃないスキッパーのウイングか後部座席。

 もし足を踏み外したら、固いスキッパーのボディと歯が砕ける程のディープキスか、海に落ちて引っ張り上げられるまで怪物のいる海を漂うことになる。

 その恐怖が生徒達の頭をよぎり、いざ甲板の縁に来ても飛び移るのを躊躇してしまう。

 

 

 

「もたもたすんな!早く来い!」

 

 運転士が怒鳴って急かす。すると、気を失った麻侖を抱えている真冬の部下が、2・3歩下がり助走を距離を取った。

 

「皆どいて!」

 

 生徒達が戸惑いながらも道を開けると、そこから勢いをつけて手摺を超えて飛び降りた。

 

 彼女はウイングに着地し脚をバネのように衝撃を吸収して、無事に落水することなく乗り移った。

 麻侖を後部座席へ寝かせ、自分はスキッパーのボディにしがみつく。

 

「行くぞ!」

「OKよ!」

 

 運転士に親指を立て答えると、麻侖達を乗せたスキッパーは晴風を離れていき、次のスキッパーが横付けし怒鳴った。

 

「おら次だ次!さっきみたく飛びゃ大丈夫だ!」

 

 ブルマーが実際に、しかも人を1人抱えて飛び降りたのを見て、生徒達もハードルが下がりやれそうだと思い始めた。

 

「私が参ります!」

 

 楓が先陣を切って飛び降りた。着地の際によろけたものの、無事に乗り移れた。

 

「そう言えば、艦長達は?」

 

 マチコの疑問に美海が答える。

 

「西崎さんと立石さんと一緒に晴風のスキッパーで逃げるって!」

 

 晴風にはまだ右舷の一機が残されており、明乃と芽依、志摩の3人はそれで離艦する予定だった。

 

「なら大丈夫だな、行こうミミ!」

「あ……、うん!」

 

 続いて3機目にマチコが、それに受け止められる(エスコートされる)形で美海が、4機目のスキッパーにブルマーに抱えられた美波が乗り移り、最後に洋美が残された。

 

「最後は姉ちゃんだぜ!」

 

 5機目のスキッパーが横付けし、洋美は手摺を跨いで甲板の縁に立った。

 乗用車よりもデカいはずのスキッパーが、高い場所にいるだけで小さく見えた。ウイングは鋭利なナイフのように、凹凸は鈍器のように写る。

 あんな小さくて不安定な所に飛び降りるのか、恐怖心が沸くが、それをぐっと飲み込む。

 

「行くしかない……!3、2、1!」

 

 カウントで勢いをつけて飛び出し、スキッパーのウイングにドン!と飛び乗った。

 

「グッ……!」

 

 着地の衝撃を吸収し切れず、脚がビリビリと痺れてバランスを崩し落ちかけたが、ボディを必死に掴んで持ち堪えた。

 

「大丈夫か!?」

「はい!大丈夫です!」

 

 洋美は後部座席に乗り込もうと立ち上がった。

 

 

 

 

 

『回避回避ィ!』

 

 

 

 

 

 その時、血眼になってチ級の動きを監視していた、機銃手の叫びが聞こえた。

 

『雷撃!右に躱せ!』

 

 運転士は慌ててエンジンを吹かし舵を右に切った。だが元々晴風に接近していたため、右翼を艦体にガツンとぶつけてしまった。

 

「しまっ__」

「きゃあああーっ!」

 

 その衝撃で洋美の身体がぐらりと傾き、そのまま背中から海へと転落した。

 

「待ってろ!すぐ引っ張りあげてやる!」

 

 運転士は引き返そうとしたが、後方からチ級がまた放った酸素魚雷が迫っていた。

 

『逃げろ死ぬぞ!』

「ッ!」

 

 警告で素早く舵を左に切って晴風から離れる、後ろから迫っていた魚雷は目標を外し、そのまま海中に消え去った。

 

「危ねーなクソ!陽炎も機銃も何やってんだよ!追っ払えよ!」

『無茶言わないでよ!こっちは本調子じゃ無いのに、重巡相手にしてんのよ!』

『近すぎて機銃の死角に入ってんだよ!とっとと拾って離れろよ!』

「拾えって言われてもよ……クソ!」

 

 運転士は後ろを振り返り地団駄を踏んだ。

 

 

 

 

 

「__プハッ!」

 

 洋美は落水し一度はパニクったものの、水に落ちるのは学校の訓練で何度も経験しており、すぐに立て直して浮上し海面から顔を出した。

 蒸気を浴びて火傷した腕に海水が沁みて焼けるように痛くて、早く引き上げて欲しい。

 

「助けて!」

 

 大声で助けを呼ぶが、スキッパーは数十m離れた場所でグルグル旋回しているばかりだった。

 何故、どうして助けに来てくれないのか。腕が痛くて泳ぐのも辛くて、こちらから向かうのは大変なのに。

 

 …………ゾクリ。

 

 突然悪寒が走り、バッと後ろに振り返った。そして、見てしまった。

 

「あ……」

 

 晴風艦尾に貼り付いて、雷巡チ級がこちらに魚雷発射管を向けて待機している。

 撃たれる!と身構えたが、奴は動かずじっと何かを待っている。その行動を疑問に思ったが、洋美はすぐにチ級の思惑を察した。

 

 自分は餌だ、助けに来る人を釣り上げるための餌。誰かが助けに来た時に、まとめて魚雷で吹き飛ばすつもりだ。

 

「……最低な奴ね……!」

「待っててクロ!私が行くわ!」

 

 陽炎がネ級の相手を放棄し、晴風の右舷から艦首を回り込んで洋美の救助に向かう。

 

『馬鹿行くな!殺られるぞ!』

 

 運転士の声を無視し、真っ直ぐに洋美の元へと向かう。

 

 餌が食いついた、と心の中で醜い笑顔を浮かべているであろうチ級が、4本の魚雷を洋美と陽炎目掛けて発射した。

 

「陽炎さん!!」

 

 洋美が悲鳴を上げる。

 魚雷は航跡を残さず姿を消し、ステルス艦のように迫ってくる。

 

「見てなさい!」

 

 陽炎は魚雷発射管から魚雷1本を射出して、着水する前に腕でキャッチし、

 

「これが正しい魚雷の使い方よ!」

 

 と言って、大きく振りかぶって槍投げのごとくぶん投げた。魚雷は空気を切り裂く音を立てながら洋美の頭上を超え、山なりの軌道を描いて海面に落ちて、チ級が放った魚雷に見事正面衝突。他の魚雷も巻き込み、馬鹿でかい爆発を引き起こした。

 

 念の為言っておくが、艦娘のマニュアルでも魚雷を投げることは推奨されていない。

 

「やった!迎撃成功!」

 

 陽炎は主砲を構えてチ級に発砲。砲弾は魚雷発射管の1つに命中、破壊してチ級を怯ませることに成功した。

 その隙に洋美のすぐ側まで近づき、笑顔で手を差し伸べる。

 

「お待たせクロ!」

 

 やっと助かる、と安堵した洋美は、腕を伸ばしその手を取ろうとした。

 

 

 

 その直後、陽炎の背後にネ級が現れるのを目撃し、大声で叫んだ。

 

 

 

「後ろ!!」

 

 陽炎が弾かれたように振り返る。ネ級が陽炎を撃ち殺そうと主砲を構えた瞬間、

 

 

 

 

 

 ネ級に魚雷が2発直撃し、爆炎と共に木っ端微塵に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 一瞬で爆死したネ級を見て呆然とする2人の前に、煙の中から人影が現れた。

 

 

 

「ったく、艤装に付けとるその電探は飾りなんか?司令はんが聞いたら呆れるで」

 

 

 

 陽炎型の制服と艤装に、黒いショートカットのデコだしヘア、そして流暢な関西弁。

 

「くろ……しお……?」

 

 陽炎が、まさかとは思いつつも名前を呼ぶと、彼女は煙の中から出て姿を見せて笑った。

 

「そや、無事でなりよりやわ、陽炎」

 

 陽炎型駆逐艦娘3番艦、黒潮が陽炎と合流した。

 

「黒潮ー!」

「わっ!」

 

 陽炎は嬉しさのあまり目尻に涙を浮かべて、黒潮の胸にガバッと飛び込んだ。黒潮は陽炎を受け止めきれずに、海面をズザーッと後ろに滑ってよろけた。

 

「よかったー!不知火と2人だけでずっと寂しくて不安だったのよー!」

「わかったわかった、愚痴なら後でなんぼでも聞くさかい、一旦離れろや」

 

 黒潮は満更でもなさそうだったものの、陽炎を押しのけて洋美へと駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ……」

「ちょっと失礼するで」

「何?きゃっ!」

 

 黒潮は洋美の腰に手を回し、お姫様抱っこして持ち上げた。

 

「王子様やのうてすまんな」

「別にいいわよ」

「おお……、バッサリやな」

 

 あっさりと洋美が言い放ち、黒潮は苦笑いした。漫画やアニメなんかだと、もう少しドキドキしたりするんだけどな、と。

 対する洋美は、突然現れた黒潮のことや戦闘の恐怖で頭が働かず、適当に流しただけだった。

 

「黒潮ー!こっちよ!」

 

 陽炎がついてこいと黒潮を手招きする。黒潮は洋美を抱えたまま、陽炎の後を追い航行する。

 

 その後ろから、体勢を立て直したチ級が3人を狙って大量の魚雷を放った。

 

「魚雷接近!数20!8時の方向や!」

「迎撃よーい!」

 

 陽炎は手持ちの主砲を、黒潮は手が使えないためアームについた主砲と太腿の機銃を回した。

 

「耳塞いどき、やられるで」

 

 洋美は黒潮に言われ、慌てて手で耳を塞いだ。

 

「撃てーっ!」

 

 陽炎の掛け声に合わせ、主砲と機銃が火を噴き魚雷を迎え撃つ。

 放射状に進む20本の魚雷の内、此方の近くを通る物だけを狙い狙撃して行く。洋美には殆ど視認できないが、陽炎達は的確に迎撃していた。

 取りこぼした1発が黒潮に迫るが、黒潮は爆雷を魚雷の目前に射出し、見事に誘爆させた。

 

「迎撃成功や!」

「OK!タクシーカモーン!」

 

 陽炎は雷撃されないよう、離れて待機していたスキッパーに向けて手を振った。

 

『タクシーじゃねえっつの』

 

 運転士はぶつくさ言いながらもスキッパーで追いつき、速度を合わせて並走。黒潮が洋美を後部座席へと乗せた。

 

「この子を弁天までお願いねー」

「運賃1万な」

「後で真冬艦長に請求して」

「あいよ」

 

 陽炎の言い草に、運転士はフッと笑い、スキッパーを加速させ離れていった。

 

「ほなまたなー!」

 

 黒潮が手を振ると、洋美がこちらへ振り返って手を振り返した。それに応えて、さらに大きく手を振り見送った。

 手を振るのを止めたのを見計らい、陽炎が黒潮の肩を叩く。

 

「さあ、戻ってあのチ級をぶちのめすわよ」

「おー!……と、その前に聞きたいことがぎょーさんあるんやけど」

「何よ?」

「・まずその格好(セーラー服)なんやねん。

 ・その武装おかしいやろ。

 ・ここどこや。

 ・今まで連絡もせずなにしとった。

 ・さっきの水上バイク見たことない型なんやけど。

 ・あの人どこの艦隊の人や。

 ・あの陽炎型っぽいのなんやねん。

 ・さっきの子は誰や。

 ・不知火は何処おんねん。

 ・仲間と連絡取れへんのやけど__」

「ストップ、答えるのに30分はかかりそうだから後にして」

「ちゃんと回答せえよ」

「わかった」

「ほな行こか!」

 

 黒潮が急加速し飛び出す。

 

「ちょっと!私を置いてくんじゃないわよ!」

 

 陽炎もその後を追い加速していった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 視点は雪風へと戻る。

 

「なんで……どうして……っ!」

 

 雪風は焦ってリミッターをかけ直し再び開放するが、結果は変わらなかった。

 

「くっ……!もうやめです!!」

 

 いつもと様子がおかしいことに慌てたが、もう時間も無いしこのままやるしかない、とヤケクソ気味に腹を括って声を張り上げて、レ級に向かって駆け出す。

 

「たぁぁぁぁぁあああ!」

 

 全速力でレ級本体へ先程と同じコースで突撃を試みる、だがレ級の尾が飛び越させまいと、顎をグワッと大きく開き投影面積を広げて、スペースを潰してしまった。

 全速力からではもう止まれない。ならばと雪風は大きく跳躍し、鼻先へ衝突同然の勢いで跳び付いた。

 そして打ち付けた手の痛みも構わず、陽炎やスキッパー、飛行船が滅茶苦茶にした武装群の、破壊されて捲れ上がった装甲の隙間に主砲をねじ込んだ。

 

()ーぇ!!」

 

 榴弾が装甲内部で炸裂し、小規模ながら誘爆を起こして装甲板がいくつか吹き飛ぶ。しかし、誘爆を防ぐように弾薬庫同士が隔離されているのか、致命打にはならない。

 

「もう一発です!」

 

 雪風の声に応えるように、主砲の装填装置が次弾を薬室へ叩き込む。

 だが、引き金を引くより早くレ級が動いた。尾を前後方向へ縮こませてから、バネのように一気に伸ばした。

 

「きゃあっ!!」

 

 雪風は吹き飛ばされまいと、腕に力を入れてしがみついたが、あまりの急加速と急減速に耐えられずに手を離してしまった。そのまま凄い勢いで突き当りまで吹き飛ばされて、背中から壁に叩きつけられた。

 

「ガハッ……!」

 

 背中に砲弾の直撃を受けたような激痛が走る。身体と壁の間に挟まれた魚雷発射管がグシャリと潰れて、背骨が折れたかと錯覚するほどの激痛が走り、意識がブラックアウトしてその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「おい!しっかりしろ!!」

 

 神谷が叫び、雪風を助けるためにレ級の気を引こうと、ナイフで斬りかかろうとするが、真冬に肩を掴まれ止められた。

 

「ちょい待て!」

「何するんだ!」

「あたしが行く!」

 

 そして真冬は神谷の代わりに、12.7cm砲を片手にレ級へ突撃した。

 

「うおりゃあああ!!」

「馬鹿戻れ!」

 

 神谷の制止も無視し、砲を突き出してレ級めがけて一直線に突っ込んでいく。

 迎え撃つレ級が腕を大きく横薙ぎに振るう、ゴウッ!と轟音を立てて迫り来るそれを、半ば直感で頭を下げて躱した。

 そこから左へと低く跳び、右目を失ったレ級の死角へと潜り込む。

 

「貰ったぜ!」

 

 やった、そう確信し砲を頭めがけて突き出す。だが、王手をかけられた筈のレ級がにやりと笑った。

 

 その直後、レ級の鋭い蹴りが真冬の腹に喰い込んだ。

 

「ゴハッ!!」

 

 真冬はサッカーボールのように蹴り飛ばされ、人間砲弾となり神谷を巻き込んで壁に激突した。そして弾き返されて床に叩きつけられた。

 

「ア" ア"ッ……クッソ痛え……」

 

 真冬は口から血を吐き出しながら起き上がろうとするが、身体に力が入らずに床に這いつくばっていた。

 神谷も何とか立ち上がったが、頭を強打したため平衡感覚がやられて、足がふらつき、視界もぶれていた。

 

「クソ……これが怪物の力か……こんなの初めて貰ったぜ……」

 

 ガンガン痛む頭を押さえ、真冬の手から落ちた12.7cm砲を手探りで拾い、その手で真冬の肩を揺する。

 

「おい、立てるか?」

「ああ……、死ぬ程きちぃが……っ!」

 

 真冬は神谷の手を借りて立ち上がろうと、腕を伸ばした。だが、手を掴む前に、神谷がレ級に顔面を殴り飛ばされて後ろへ吹き飛んだ。

 

「司令!!」

 

 神谷はまた壁に激突し、床にぶっ倒れた。しかし、顔に大きな痣を作り、鼻血を出して朦朧としながらも、再び立ち上がった。もう腕にも力がほとんど入らず、手から離れた12.7cm砲が悲しげに床に転がり、カランと音を立てた。

 

「宗谷艦長……、這いつくばってでも逃げろ……」

 

 神谷はそう言い残し、フラフラとしながらもしっかりと床を踏みしめてレ級へと向かう。

 

「おい司令ぇ……!待て……!」

 

 真冬が止めようと手を伸ばすが僅かに届かず、神谷を止められなかった。

 神谷は手榴弾を取り出すと、もう片方の手をピンにかけ、何時でも抜けるようにした。

 __すぐにでもレ級を道連れに自爆できるように。

 

「さあ……、来いよ怪物……、俺の命と引き換えにしてでも、殺してやる……」

 

 

 

 こいつはここで殺さなければならない、逃がせば間違い無く他の人を何人、いや何千人と襲うだろう。

 

 それは、絶対に許さない。

 

 

 

 レ級は、その覚悟を決めた鬼気迫る姿を見ても、臆するどころか醜い笑顔をみせた。

 やれるものならやってみろ、と言わんばかりに。

 そして、神谷めがけて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 直後、背後から放たれた砲弾が後頭部に直撃し、レ級は前につんのめって足を止めた。

 

 

 

 

 

「何してるんですか、貴方の相手は雪風ですよ」

 

 

 

 

 

 レ級がバッと振り返ると、意識を取り戻して立ち上がった雪風が、レ級の頭へと砲口を向けていた。

 普段の天真爛漫さは消えて、戦艦クラスの鋭い眼光でレ級を睨みつけていた。

 

「雪風には幸運の女神様がついてますから、絶対沈ま(死な)ないですよ」

 

 気が狂ったとしか思えない言葉だが、雪風の眼は本気だった。本気で、自分は死なないと自分自身に思い込ませている。

 得体の知れないプレッシャーに、レ級は一歩後ずさった。

 雪風は視線をずらし、神谷と目を合わせて叱った。

 

「貴方も簡単に死のうなんて思わないでください。雪風の目の前では、誰も死なせませんから」

 

 今まで感じたことの無い、ゾッとするような恐ろしい気迫に押されて、神谷は手から手榴弾のピンを離した。

 小学生くらいの小さな女の子の姿に似合わない、幾度もの戦場をくぐってきた兵士のような雰囲気を纏っていたのだ。

 雪風は視線をレ級へと戻し告げた。

 

「さあレ級flagshipさん、ラストダンスを始めましょう」

 

 それをスタートの合図に、レ級の尾が咆哮を上げて雪風に向けて飛び出す。

 

「逃げろ!!」

 

 神谷が叫ぶが、雪風は一歩も動かず、それを待ち受けた。

 

 そこへ、誰かが怒鳴った。

 

 

 

 

 

「伏せっ!!」

 

 

 

 

 

 雪風の背後の角から、不知火が脚部艤装から火花を散らし飛び出してきた。そして大きく振りかぶり、手に抱えていた携行缶をレ級に向けてぶん投げた。

 携行缶は伏せた雪風の頭上を超え天井で跳ね返り、レ級本体へと激突、衝撃で缶が破裂して、中身の液体がレ級の全身に纏わりついた。

 

 レ級が何だ?と液体の正体を確かめようとした瞬間、鼻を突く強烈な刺激臭にうっ、と吐き気を催すと共に手で鼻を塞いだ。

 

 その臭いが、ガソリンのものだと気づくのに時間はかからなかった。

 

 だが、それに気づいた時にはもう遅く、背後の隔壁は神谷によって閉じられ、正面では雪風が隔壁に手をかけ不知火が煙を上げる発煙筒を手にしていた。

 

「ラストダンス、いい(おもむき)じゃないですか」

 

 不知火は発煙筒を振り、にやりと凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「ファイアーダンス、楽しんでください」

 

 

 

 

 

 発煙筒が投げられると同時に、雪風が隔壁を引っ張りバン!と閉じる。

 前後を封鎖され、ガソリンが充満する密室と化した通路に火が投げ込まれた。

 

 発煙筒がガソリン溜まりについた瞬間に、爆発的に炎が広がり通路を埋め尽くした。

 

「ガアアアアアアアアアアアア!!」

 

 灼熱に焼かれ、レ級が悲鳴を上げて藻掻き苦しむ。身体についた炎を払おうとジタバタ暴れても、纏わりついたガソリンが炎を離さない。

 

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いあついあついあついあついあついあついアツイアツイアツイアツイアツイ___!!

 

 少しでも身体を冷やそうと空気を取り込めば、高温の熱風が気管や肺を内側から焼いていく。

 

 

 

 前代未聞かつ史上最強の深海棲艦、戦艦レ級flagshipが、ちっぽけな艦の中で炎に焼かれて、その姿を失っていく。

 

 

 

 __やがて通路の酸素が尽きて、炎も消えた。

 既にレ級は髪の毛から尾の先まで真っ黒に焼き焦がされ、ブルーマーメイドを苦しめた驚異的な生命力も喪失して、ついに息絶えていた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「灰にできる方法って、そのままの意味だったんですね……、どうやったらこんな残酷なこと思いつくんですか?」

「……貴女にそう言われると、心が傷付くので止めてください」

 

 隔壁の向こうでは、雪風の純粋な言葉のナイフが、不知火に罪悪感となってグサッと刺さりダメージを与えた。

 

 隔壁が破られた時の為にもう1つ隔壁を閉じて避難したところで、恐怖と興奮によるアドレナリンが切れて、2人とも床にへたり込み荒ぶった呼吸を静めようとしていた。

 そして少し落ち着いたところで、雪風がそう尋ねたのだ。

 

「深海棲艦を焼き殺すなんて、聞いたことないですよ?」

「でしょうね、普通は無理ですから」

「え?」

 

 不知火の解説が始まった。

 

「まず火を選んだのは、装甲がいくら厚くても熱は関係ないだろう、という推測からです。艦娘も防護膜の効果で多少は熱や寒さも凌げますが、それでも感じないことは無いですから」

 

 感じる、ということは艦娘の肉体にも熱が伝わっている、つまり完全に遮断できるわけじゃない、許容量を超えた熱量が加わればダメージが入る筈。

 

「なるほどです」

「聞かない理由は簡単で、海にいる時は潜られてあっさりと鎮火されるからです(陸上型は除く)。昔ナパーム弾を使用した作戦がありましたが、火がついた途端に潜られて殆ど効果は出ませんでした。艦娘も炎上する箇所を海に漬けたり、頭から海水をかぶって消火するでしょう?」

「そうですね」

「それ以来、深海棲艦に火攻めは効かないと言われてきました。ですが、ここは艦の中、水に潜って消火することは不可能です。ならば効果は十分にあると思ったんです。おまけに密閉された室内なら、酸欠と一酸化炭素中毒まで追加されますから高確率で殺せるかと」

 

 不知火はその残酷極まりない方法を思いつき、雪風と別れてすぐスキッパー用のガソリンタンクからガソリンを携行缶満タンに拝借して、火種用に発煙筒を持ち駆けつけたのだ。

 

「流石不知火お姉ちゃんですー」

「褒め言葉として受け取っときます」

 

 雪風の皮肉とも取れる言葉に、不知火はそう返して立ち上がった。やっと呼吸も落ち着き、走れるまで回復した。

 

「古庄教官のところに戻りましょう」

「はい!」

 

 雪風も続いて立ち上がり、2人は古庄の元へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 僅か十数秒で2人は血の海の通路に戻ってきた。古庄は別れた時と同じ位置で、同じ姿勢のまま倒れていた。

 不知火はぶちまけられていた血や肉片が、脚部艤装に踏まれてベチャベチャと音を立ててへばりつくのも無視して、古庄の側に飛ぶように駆け寄り声をかけた。

 

「古庄教官!戻りました!」

 

 だが、反応が無い。

 雪風が古庄の口元に耳を近づけ、胸の動きを見て呼吸を確かめると、呼吸音も胸の動きも苦しそうに小さくなっていた。古庄は確実に衰弱しつつあった。

 

「呼吸が弱くなってます!」

「わかりました!」

 

 不知火は古庄から無線機を取り、急いで連絡を入れる。

 

「こちら不知火、至急メディックを!古庄教官が腹部に刺傷を負い重体です!」

『こちら弁天副長、了解しました。あと3分程で接舷します、場所を伝え願います』

「晴風艦首……主計室前!」

『了解』

「それから、神谷司令と宗谷艦長も怪我を負ったようです。現在地は不明ですが……」

『そちらは本人からの連絡で把握しています、貴女は古庄教官についてあげてください』

「了解」

 

 不知火は通信を終え、古庄に優しく話しかける。

 

「教官、もうすぐお医者さんが来ます、もう大丈夫ですよ」

 

 古庄は苦しげに弱々しい呼吸を繰り返していたが、それを聞かされてからは苦しさが紛れたようで、少しだけだが表情が和らいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……走って近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

「ほら、もう来ましたよ」

 

 不知火はホッと息を吐いて、足音のする方向を指さした。しかし、雪風は却って警戒心を強めていた。

 

「不知火お姉ちゃん!」

「何ですか?」

()()1()()()()()()()()()()

 

 指摘されて初めてハッと気づいた、足音がメディックじゃ無いなんて、気が抜けていて全く疑っていなかった。

 

 弁天はまだ接舷もしていない、ということは艦に残っている誰かだ。足音は上から、階段を駆け下りてくる。この上にあるのは艦橋、艦橋に残っているのは__。

 

「マズい……!」

 

 不知火は足音の主を止めようと、慌てて立ち上がり駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが既に遅く、足音の主__明乃がそこに現れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「古庄教官!…………え……………」

 

 救急箱を持って、息を切らして駆け下りてきた明乃の目に飛び込んだのは、惨劇の跡だった。

 

 あまりのショックに瞳は揺れて、身体が硬直し救急箱が手から離れ床に落ちて、ガラガラと中身が散らばった。

 

 そこには、明乃を見て「しまった」と立ち尽くす不知火と、古庄の側にしゃがむ名も知らない__艤装を背負ってるからたぶん不知火の仲間の__少女。

 

 

 

 そして、腹部に破片のような物が突き刺さり、全身血塗れで倒れている古庄。

 

 

 

 明乃は両方の掌で頭を抱えるように押さえ、全身が痙攣したように制御も効かず震えだした。

 

「そんな……、いや……いやぁ…………」

 

 __こんなの嘘だ、嘘だよね、ウソ……、うそ…………。

 

 

 

 

 

 最後に、床には血の海が広がり、壁や天井にも夥しい量の血痕がべったりと塗られて、

 

 

 

 

 

 

 無惨に食い千切られた、少女の物と思われる四肢、肉片、内臓が__。

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああ!!」

 

 

 

 

 発狂したかと思われる程の大きな悲鳴を上げて、明乃の身体が崩れ落ちる。

 

「岬艦長ー!!」

 

 不知火が叫んで駆け寄り身体を揺するが、明乃は身体を激しく痙攣させて、規則性の無い乱れた呼吸を繰り返していた。

 

「岬艦長!しっかり!岬艦長!!」

『艦長!?どうしたの!?』

 

 明乃の悲鳴を聞いて、上から芽依と志摩が駆け下りてくる。

 

「雪風!この人を頼みます!」

 

 此処に来られたら明乃と同じくパニックに陥るに違いない、と直感した不知火は明乃を雪風に任せ、2人を止めるために階段を駆け上がっていった。

 雪風が明乃に呼びかける。

 

「みさきさん!大丈夫ですから、落ち着いてください!みさきさん!」

 

 だが、明乃の痙攣は止まらず、余計に悪化し激しく痙攣し始めた。

 

『不知火ちゃん!?どしたの!?』

『戻ってください!』

『艦長に何かあったの!?』

『いいから戻ってください!!』

『いや!』

『何かあったんでしょ!ちょっとどいてよ!』

『行かせません!』

『……どいて!』

『っ駄目です!』

 

 不知火と芽依、志摩が上で言い争う声が聞こえる。

 

『今の悲鳴は!?』

『艦首の方からだ!急げ!』

 

 晴風に残っていた隊員達が、走ってくる足音が聞こえる。

 

 騒然とする中、雪風は痙攣し続ける明乃に必死に呼びかけ続けた。

 

「みさきさん!しっかりしてください!みさきさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルーマーメイドと艦娘は、戦艦レ級flagshipとの戦いにかろうじて勝利した。

 

 

 

 だが、その代償は小さいものではなかった。

 

 

 




 ……ようやくレ級flagship戦終了です。
 戦いが長引き、また初めての白兵戦(肉弾戦?)で凄く苦労しました……。

 (派手なアクションを長い時間かけて書く)→(読み返して変だと思う)→(やっぱりシンプルにする)

 ……を何度も繰り返し、かなりの時間を浪費してしまいました。
 ひとまず長い戦闘回はこれで一旦おしまいです。次回からは、戦闘の後処理や調査等の様子を書いて行きたいと思います。



 最凶の敵、レ級flagshipとの戦いは終わった。
 だが、晴風は大きな損害を被り、明乃も倒れてしまい生徒達は大きなショックを受ける。
 一方、雪風と黒潮に再会できた陽炎と不知火だが、2人によってもたらされた謎に頭を悩ませる。
 そして、大人達は突然現れた雪風達や惨劇の跡の調査を始め、驚くべき事実に遭遇する。

次回もお楽しみに。


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31話 代償

 劇場版のBDを見てモチベーションが復活したので投稿です。

作者「3ヶ月以上も空いて申し訳ありません。仕事やプライベートで色々ありまして……、オデノカラダハボドボドダ!」
陽炎「いい言い訳だ、感動的だな、だが無意味だ(マジギレ)」
作者「ウワアァァァァァァ!!」

幸子「えー……、ジオウ見て電王見てゼロワン、セイバー、クウガ、ウィザード、ブレイド……、仮面ライダー漬けの生活だったみたいですね」
作者(フルボッコ)「……あのですね……、本当に色々あって、どうにも気分が落ち込んでて……」
真霜「嘘だッ!!」(竜宮レナっぽく)
作者「ひっ!?」
ましろ「姉さん!?」
真霜「私知ってるよ。興味本位で3Dモデリングに手を出したらどっぷりハマったってことも、ゲームでは戦艦少女の痛車を毎日乗り回してるってことも」
一同「ふーん……」作者ヲ睨ミツケル。
作者(冷や汗ダラダラ)
真冬「そんな暇があるんだったら、とっとと書きやがれー!!」
作者「はいぃ!!」
真冬「まずは根性注入だオラァ!!」
作者「勘弁してくださいー!!」

追記:2023/5/21、誤字修正を行いました。
アドミラル1907様、誤字報告ありがとうございます。

それでは本編へどうぞ。


 晴風へ全速力で向かう弁天の中にある食堂、普段は弁天の乗員でごった返している場所なのだが、現在は晴風から離艦してきた生徒達の収容場所となっていた。

 離艦の遅れた楓やマチコ、美海、気を失った麻侖と火傷を負った洋美、そして手当に当たる美波は医務室にいる。

 

 一部の生徒は未だに怪物の恐怖に怯え、一部の生徒はここにいない仲間が心配で気が気でなかった。

 

 そわそわと落ち着かない様子で席につくましろは後者だった。

 洋美の離艦報告を最後に弁天乗員からの連絡が無くなり、未だに芽依と志摩、古庄、不知火、そして明乃の離艦報告が来ていない。

 あの腕っぷしの強い姉が自ら乗り込んだのだから、必ず連れ戻って来てくれると信じている、信じているのだが__。

 

「しろちゃん、着替えてきたらどうですか?」

 

 顔を上げると、幸子がビニールに包まれた新品のジャージを差し出していた。

 ましろは赤羽のせいで海に落ちてびしょ濡れになってから、そのまま着替えずにいた。今も海水で濡れたセーラー服が肌に張り付いている。

 

「ああ……、すまない」

 

 ましろはジャージを受け取るが、席から立ち上がろうとはせず、再び視線を下へ落とした。

 明乃達のことが心配で、着替えなんかしてる気分じゃなかった。

 幸子もそれをわかっているのか咎めたりはせず、隣に座り話しかけてきた。

 

「心配……ですよね」

「あ……いや……」

 

 頷きかけた首を止めて、楽観的な言葉を出す。

 

「きっと艦長達なら大丈夫だろう、艦長は運がいいからな」

 

 __私まで悲観的なことを言ったら駄目だ、今この場で立場が1番上なのは私、私が希望を持たなくてどうする。

 

「そう……ですね……」

 

 だが、やはり幸子は心配そうに俯いていた。

 

 そこへ弁天副長の艦内放送が響いた。

 

 

 

 

 

『各員へ通達、目標、戦艦レ級flagshipの無力化に成功!繰り返す!目標の無力化に成功!』

 

 

 

 

 

「無力化……成功……?」

 

 秀子がポツリと言った。

 

「無力化って、倒したってことだよね?」

 

 まゆみがその場の皆に尋ねる、代表してましろが頷いた。

 

「ああ、そう捉えていいだろう」

 

 ……僅かの沈黙の後、ようやく長い恐怖やプレッシャーから解放されて、全員が安堵して思わず身体の力が抜け、ガタガタッと椅子や机にもたれかかる音が同時に鳴った。

 

「やっと……終わったんだ」

「よかった〜……」

 

 そんな安心した声が聞こえる中、艦内放送の続きが流れる。

 

『本艦はこれより晴風に接舷し、乗員及び隊員の救助に当たります。メディックは直ちに用意を、手の空いてる者もすぐ出れるように』

 

 それを聞いて、ましろはガタン!と椅子を蹴飛ばし立ち上がり、クラス全員に向けて言った。

 

「私達も行こう!」

 

 その言葉にクラスメイト全員が賛同の声を上げた。

 

「そうだね!」

「行こう!」

「艦長達を迎えに行かないと!」

「行きましょう!」

 

 晴風クルー達はバタバタと食堂を飛び出して行った。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 弁天の甲板に飛び出したましろ達の目に映ったのは、後部甲板の上に未だに炎上して煙を噴き上げる飛行船を乗せ、流れのままに漂う晴風だった。

 

「艦長達は無事なのか!?」

 

 ましろは手すりから身を乗り出した。

 甲板上には神谷や真冬と一緒に乗り込んだ隊員が何名かいるが、生徒や古庄、不知火達の姿は無かった。

 

「あれ誰かな?」

 

 ほまれが指差す方に目をやると、晴風へと向かう陽炎ともう1人、黒髪の少女の姿があった。

 

「誰だ?陽炎さんの仲間か?」

 

 その少女と陽炎は晴風の甲板に飛び上がり、隊員達と2、3言葉を交わすと艦内へと飛び込んでいった。

 

「貴方達!何してるの!」

 

 救助隊のリーダーである弁天の衛生長が、目を吊り上げて此方に怒鳴った。

 すると、鈴が前に出た。

 

「私達も行かせてください!」

「学生の出る幕じゃないわ!中に引っ込んでなさい!」

「そんな……」

 

 衛生長は取り付く島も与えずに、飛行甲板に集う救助隊の元へ戻っていく。

 その背中を目で追っていたましろは、救助隊の中に美波が混じっているのに気がついた。

 

「鏑木さん!」

「あ、ちょっと!」

 

 ましろは衛生長の制止を振り切り、美波に駆け寄った。

 

「副長」

「鏑木さんも行くのか?」

「かなりの重傷者がいるらしい」

「っ……そうか……」

 

 ましろはこの時不謹慎かもしれないが、それが姉や艦長達ではありませんように、と祈っていた。

 その時、衛生長がましろの後ろ襟を軽く引っ張った。

 

「貴女達は戻りなさい」

「……わかりました。鏑木さん、私達は行けないから、すまないが頼む」

「……了解した」

 

 ましろは大人しく頷いて美波にそう言ってから戻り、助けに行けずに不満そうな皆を、宥めなければならないことに気が重くなった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 弁天は航海長の見事な操舵で晴風の左舷にピタリと横付けし、渡り板をかけた。

 

「A班は私と艦首へ、B班は艦尾の医務室へ向かって」

『了解!』

「消火作業に入る、放水開始!」

 

 衛生長率いる救助隊が晴風に移り、応急員が放水による飛行船の消火を始めた。

 ましろ達はその様子を、甲板から歯痒い思いで見ているしか無かった。

 

「岬さん達、無事かな……」

 

 鈴が呟いた時だった。晴風の甲板に芽依と志摩が、不知火によって艦内から強引に追い出されて現れた。2人は艦内に戻ろうと不知火を押し返すが、側にいた救助隊員に羽交い締めにされて引き離された。

 

「西崎さん!立石さん!不知火さん!」

 

 ましろが大きな声で呼ぶと、全員同時にこちらへ振り返った。

 芽依と志摩は隊員に引きずられて弁天へと移動を始めたが、不知火は何故か後ろめたそうに、そそくさと艦内に戻ってしまった。

 

「ねえー!貴方達!この子達引き取ってよ!」

「人をペットみたいに()ーな!」

 

 ガルルと唸る芽依と無言でジタバタする志摩を引きずってきた隊員が、2人をましろ達に向かって放った。志摩はすぐに踏みとどまったが、芽依は止まれずによろけて、

 

「あっ、ちょっ止まっ、れなっ」

「なんで私の方に来る!?__グハッ!!」

 

 ましろの胸へと飛び込み、そのまま一緒にバターン!と転倒した。ましろの方が下敷きとなって、大きなダメージを受けたのは言うまでもない。

 

「副長……ごめん……」

「だ……大丈夫だ……こんなの慣れてるから」

 

 申し訳なさそうに謝る芽依に、ましろはなんとも言えない自虐で誤魔化した。それを聞いた芽依は苦笑いせざるを得ず、あはは、と乾いた笑いを飛ばした。

 ましろと芽依が絡んでる間に、隊員は晴風へと戻ってしまった。

 

「それより、揉めてたみたいだがどうしたんだ?」

 

 そう質問すると、芽依は「こうしてる場合じゃない!」と、バッ!とましろを引っ張り飛び起きた。

 

「艦長がヤバイんだよ!」

「ちゃんと説明してくれ!何があった!?」

 

 芽依のただならぬ様子に、ましろも何か悪いことが起きたのだと察した。

 

「教官が重傷ってぬいぬいの無線を聞いてさ、艦長が救急箱持って1人で飛び出してったの!そしたら、聞いたことないレベルの艦長のデカイ悲鳴が聞こえて……」

「それで、艦長は無事なのか!?」

「わかんない……、私等もすぐ向かったんだけど、ぬいぬいに阻まれて……」

「じゃあ、何があったかも……」

「わかんない……」

 

 うつむく芽依、ましろは志摩ならどうかと目を向けるが、志摩もわからないようで首を横に振った。

 

 最悪の事態が、皆の頭をよぎる。

 

「まさか……、岬さんは……」

「ダメ」

 

 鈴の震える口から漏れる言葉を、志摩が断ち切った。

 

「言ったら、ダメ」

「う、うん……」

 

 言ってしまったら、その通りになるから駄目。鈴もそれはわかっている。__だけど、言わなくてもそうなってしまいそうな気がどうしてもする。

 その悪い考えを頭をブンブン振って追い出し、手を合わせて思いつく限りの神様に祈った。

 

 __神様、どうか岬さんに何事もありませんように__。

 

 

 

 

 

「担架が出てきたよ!」

 

 秀子が晴風から2人がかりで担架が運ばれてくるのを見て、教えてくれた。

 皆手すりに飛びつき目を凝らし、担架に乗せられた人が誰なのか確める。

 

「誰?」

「艦長なの!?」

「いや……違うっぽい」

 

 黒いボサボサな短髪に、黒い特注の制服。その特徴に合致するのは1人__真冬だけだ。

 

「姉さん!」

 

 ましろは絶叫して弾かれたように走り出し、ちょうど担架が晴風から弁天に渡り終えたところで会った。

 

「真冬姉さん!!」

「おお……、シロか……」

 

 担架に乗せられた真冬の口からは、普段の半分くらいの小さな声しか出なかった。

 痛みに顔を歪めて、口元に血の流れた大きな紅い跡を残している。そんな姉をましろは初めて見た。

 

「姉さん大丈夫なの!?」

「心配すんな……、ちょっと1発腹にもらっただけだ、寝てりゃあすぐ治__ゴホッ!」

 

 

 

 咳と一緒に吐き出された血の塊が、下顎や制服にビシャリ!と飛び散り紅く染めた。

 

 

 

「姉さん……姉さん!!」

 

 ましろは吐血を目の当たりにして気が動転し、さらに大きな絶叫を上げ真冬に触れようとするが、その手を隊員にパシッと払われた。「あっ」と小さな声を漏らすと同時に、身体が固まる。

 

「離れて!!」

「急いで運ぶよ!」

 

 そして真冬が医務室へと運ばれていくのを、伸ばした手もそのままの姿勢で茫然と見送るしかできなかった。

 

「……姉さん……」

 

 ……ショックで頭が回らない。

 さっき見た紅い光景が、残像のように視界に残り続ける。

 

「嘘だ……」

 

 殴り合いに巻き込まれても、艦での撃ち合いに参加しても、海賊との白兵戦に乗り込んでも、いつも傷1つ無くケロッとした様子で帰ってきた。

 そんな姉が、血を大量に吐いていたなんて。

 

「姉さん……、まさか、死んじゃったりしないよね……」

 

 その問いかけは誰にも聞こえることなく、虚空へと霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__艦長!」

「艦長!」

「岬さん!!」

 

 皆の叫び声で、ハッと我に返る。

 

 艦長が来たんだ、迎えに行かなきゃ。

 

 頭の中がグチャグチャのまま、皆の集まる方へゆっくりと歩き出す。

 だが、皆の声が悲鳴や、涙混じりに変わっていくにつれて、早歩きへと変わっていった。

 

 なんで?なんでそんな声を上げてるの?艦長は無事なんだよな?そうだよな?

 

「艦長しっかりしてよ!」

「落ち着いてっ!」

「再発したのかよ!どうすればいい!?」

「岬さん!!」

「おい衛生士!!」

「わかってる!!岬さん落ち着いて、ゆっくり呼吸しよう」

「艦長は大丈夫なんですか!?」

「艦長ぉぉぉ!!」

 

 秩序も何も無く飛び交う叫び声と悲鳴と怒号。

 

 何だ、何が起こってるんだ。

 

「通してくれ!」

 

 団子状態のクラスメイト達を掻き分け、騒ぎの中心へと突き進む。

 

 そして、ようやく人垣を抜けて見て、絶句した。

 

 

 

 

 

 甲板に降ろされた担架の上で、身体を激しく痙攣させる明乃の姿を。

 

 

 

 

 

 ……なんで、なんで艦長が。

 

「艦長、しっかりしてください!!艦長!!」

 

 ましろは側にしゃがみ、明乃の肩を掴んだ。そして必死に明乃を起こそうと涙混じりの声で叫んだ。

 

「戻ってきてよ!!岬さん!!」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 桜井が自分を弁天まで送ってくれたスキッパーの運転士に、手を振って見送ってから振り返ると、弁天の副長が綺麗な敬礼で出迎えた。桜井もそれに応え敬礼する。

 

「お待ちしておりました」

「お疲れ様、早速だけど現場を見に行く。ああ、案内はいらないから」

 

 桜井は話す時間も惜しいとばかりに、それだけ伝えると早足で晴風へと向かった。

 

 消火作業が終わり崩れかけた黒焦げの骨組みになった飛行船を横目に、タラップを渡る。そのまま艦首の入口から艦内に入ろうとしたが、そこにはご丁寧に「KEEPOUT」と書かれた黄色いテープが貼られ、中からは薄くない血の匂いが漂っていた。

 もうすぐそこが現場だと理解した桜井は、ポケットからマスクと手袋を取り出し身に着ける。いくら慣れていても、何も着けずに血の海に入るのは衛生的に悪いし、何より証拠等の汚損にも繋がる。

 

 __……証拠って、私達警察でも無いんだけどねぇ……。今回ばかりは仕方ないかぁ……。

 

 そう声には出さずぼやいて、テープをくぐって中に入った。

 

 

 

 

 

 艦首の通路は大量の血で壁、床、天井を問わずペイントされていた。さらにあちこちに肉片が散らばり、レ級に無惨に食いちぎられた少女の四肢や内臓も転がっていた。

 

「ひどっ……」

 

 幾度も惨劇の現場を見てきた桜井だが、この惨状のあまりの酷さにそう声を漏らした。

 

 既に弁天の隊員が死体の片付けを始めていたが、そこには何故か、まるでずっと欲しかった玩具を手に入れた子供のように、妖しげに死体を眺める赤羽もいた。彼女は桜井に気づくと、振り向き手を挙げて声をかけた。

 

「よっ艦長、早かったね。司令に会わなかったの?」

「後回しにしちゃった」

「なーにが『しちゃった』だよ、旦那の一大事に駆けつけないって、冷たいと思わねーの?」

「う〜ん、私はむしろぉ、あの人が『心配かけてごめんなさい』って謝りにくるべきだと思うなぁ」

「うわぁ、鬼かアンタ。いや鬼婆か__」

 

 その言葉を言い切る前に、赤羽の後頭部に目にも止まらぬ手刀が炸裂し、赤羽の頭がゴキッと前に折れる。

 桜井はニコッと笑って一言。

 

「何か言ったぁ?」

「……いえ、何も」

 

 赤羽は顎を押し上げ、頭の位置をゴキッと戻す。

 なんでババァとかいうとキレるのかイマイチわからない、実年齢だってまだ十分若いだろうに。

 

「それよりぃ、何で貴女がここにいるの?手伝いに来たわけじゃ無さそうだけど」

 

 そう尋ねると、赤羽はニヤッと笑って、転がっている腕を小突く。

 

「そりゃ面白そうだからに決まってんじゃん?死人がいねーのに死体があるなんて」

 

 

 

 

 

 晴風に残された死体は誰なのか、戦闘終了後直ちに総員の安否確認が行われ、結果は桜井にも伝えられた。だが、その内容は__。

 

"全員生存を確認、途中で現れた陽炎の仲間2人も含む"

 

 誰も亡くなっていない。なら、晴風に残された死体は誰の物なのか。

 桜井はすぐに無線であちこちに聞きまわった。しかし、隊員に聞いても誰も知らず、陽炎に聞いても「私の仲間の死体じゃない」と一蹴され、わからずじまいだった。

 生徒にも聞こうかとも思ったが、死体を見てしまった明乃が卒倒したと聞いていたので、他の生徒も同じことになると容易に想像できた。

 幸いにも明乃以外は見ていないそうなので、トラウマになられても面倒だから死体のことは一切教えないことにした。

 

 聞いてわからないなら、直接確認するしかない。というわけで桜井自らやってきたのだ。無論、負傷した神谷や古庄の見舞いも兼ねてだが。

 

 

 

 

 

 桜井はグルッと現場を見回しただけで、事件のおおよそを把握し「ふむ」と頷いた。

 

「なんだ、もうわかっちまったの?」

 

 赤羽がつまらなそう、かつ残念そうにため息を吐くのを見て、桜井はいたずらっ子のように笑った。

 

「残念、推理ショーはお預けね〜」

「ちぇっ。じゃあ艦長、()()()()()()()()()()()()

 

 赤羽が探偵物の刑事のように答えを促す。しかし、桜井はその雰囲気には乗らず、淡々と解説を始めた。

 

「この死体……、いや、身体と表現するべきかな。これは不知火ちゃんの物でしょ、右脚にギプスがついてるから。

 損傷の仕方を見る限り、レ級の尻尾の顎でグチャグチャに噛み潰されたみたいだね。……一応確認だけど、不知火ちゃんは?」

「五体満足どころか、傷1つ無かったよ。なんなら確認すっか?」

 

 赤羽が通路の奥__主砲塔の向こうにある工作室__を指差す。だが桜井は「後で行く」と断った。

 

「四肢を喪失した人が治ることは現状あり得ない。まあそこは不知火ちゃんが怪物だからってことで説明できるけど、陽炎ちゃんは骨折で全治1週間程、それに比べて戦艦レ級が乗り込んでから倒されるまで30分もかかってない、その間に自然治癒したとは思えない」

「じゃあどうやって治した?」

「それは……、これのおかげかな?」

 

 床へ血に混じって溢れていた緑の液体を指ですくい、顔に近づけて観察する。

 

「見たことない薬品だけど……、これが不知火ちゃん用の、『すごいキズぐすり』なんじゃないかな?陽炎ちゃんも不知火ちゃんも持って無かったから、今回合流した仲間が持ってたんだろうね。どう?合ってる?」

「かーっ、何から何まで一緒かよ。つまんねー」

「このくらいわからなきゃ、特殊部隊の副司令なんか務まらないもの」

 

 桜井は舐めないでよ、と高圧的な視線を赤羽に向ける。そして「参りました」との降参宣言を受けると、満足そうにニコリと笑った。

 

「これ、分析するように言ったの?」

 

 そう言って、液体のついた指を赤羽に向けて見せる。すると赤羽は悪びれもせず、

 

「言ったよ、艦長の名前使って」

 

 と答えた。桜井は勝手に名前を使われて、不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「何で私の名前使った?」

「いいじゃん、減るもんじゃねーし。でもかなり時間かかりそうだぜ、研究者が医者ばっかなせいで、治療が終わるまでは手をつけられないってさ」

「じゃあ、それまでに他の用事を済ませちゃおっかな」

 

 桜井はそう言って艦尾に向けて歩き出した。

 

「何処行くの?」

「まずはレ級の死に場所を見て、次にあの人のお見舞いして、陽炎ちゃん達に会う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不知火がレ級を焼き殺した通路は隔壁によって閉鎖されていて、残念ながら死に顔を拝見することは叶わなかった。

 無論、物理的に開けることはできるのだが、中に有毒ガスや残ったガソリンが充満している可能性があり、開けた瞬間爆発もしくは猛毒で作業員死亡。なんてことにも繋がりかねないので、後で爆発物処理用の遠隔操作ロボットでも持ってきて開けるべきだと判断した。

 

 陽炎が最強と呼んだ戦艦レ級flagship、せめて原型を……いや動力機関や体組織の一部でも回収できれば、怪物の究明が大きく進む。

 そのために、中身まで炭になってませんように、と祈ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 医務室に向かった桜井だが、扉の前に立つ隊員に門前払いされた。中では弁天の衛生長と美波による腹部に重傷を負った古庄の手術が行われていて、副司令であろうと立入禁止だと。

 容態を尋ねると、正直まだわからない、手術が終わったら報告する。と言われた。

 他の負傷者は教室で手当されているらしいので、そちらへ向かう。

 

 

 

 

 

「お疲れ様〜」

 

 軽い挨拶と同時に扉を開く。

 

「おっ、艦長!」

「司令、フィアンセの到着ですぜ!」

 

 教室にいたのは床に敷かれた布団に寝かされた郷田と、それを手当する弁天の隊員達、それと。

 

「お姫様の到着だ、いいなー司令も郷田も、俺等も怪我してりゃ美人に介抱されてたのに」

「全くだぜ」

 

とほざく無傷の馬鹿野郎2人。

 

 だったら今すぐ●●(自主規制)潰してあげよっか?

 

 そして教室の1番奥には、身体は包帯ぐるぐる巻きで右腕を吊って、顔の左半分を馬鹿でかい湿布で覆われ、鼻の穴に脱脂綿を詰めた神谷が椅子に腰掛けていた。

 桜井が大丈夫?と声をかけようとした時、

 

「すまん」

 

 開口一番、神谷はそう言って頭を下げた。

 

「俺が出張っておきながらこの結果(ザマ)だ。古庄教官は重傷、宗谷艦長にも怪我をさせて、惨劇を防げずに岬艦長にも心に傷を負わせてしまった」

「……」

「本当に不甲斐な…………」

 

 言葉の途中で桜井が何かを堪えるように、肩を震わせているのに気づいた。

 

「……どうした?」

「……ごめん、その……。鼻声だから何言ってるのか全然頭に入ってこなくて……w」

「あ?」

 

 桜井は顔を背けて控えめに、可愛くクスクスと笑う。

 神谷は鼻血を止めるために脱脂綿を詰めていた。そのため息が通らず、ヘリウムガスを吸ったような変な声になってしまったのだ。

 よく見たら他の奴等も笑っていやがる。

 

「『オレガデバッテオキナガラコノザマダ』って……w、ちょっともう一回言ってもらっていい?録音するから〜」

「誰がいうか!」

 

 懐からスマホを取り出す桜井へ、神谷は脱脂綿を鼻から引き抜き吠えた。

 

「全く、しんみりした空気が何処かに吹っ飛んでったぞ……」

「そんな空気はとっとと空気清浄機に吸わせておけばいいの。……私が言うのもなんだけど、喜んでもいいくらいだと思うよ。誰も死ななかった、それだけで十二分すぎる成果じゃない?」

「……そうか」

「そうそ〜う!……あ、けど……ね」

 

 桜井は歩み寄り、神谷の顔を胸に埋めるように正面から抱きしめ、甘い女の声で囁く。

 

「謝るんだったら、私に『心配かけさせてごめんなさい』って、言って欲しかったなぁ」

 

 ……しかし、神谷からは嫌そうな声で拒絶された。

 

「……離れろ」

「え、嫌なの?」

「そうじゃない」

「他の人の目なんて気にしなくても……」

「違う!」

 

 そして力づくで突き放され、桜井は不満で唇をへの字に曲げた。

 

「もう!何よっ!」

「自分の姿をよく見ろ!」

 

 神谷は右手で鼻を押さえながら、左手でビシッと桜井の胸を指差した。だが、右手の隙間から鼻血がタラ〜っと漏れている。

 

「え……?」

 

 恐る恐る目を下へと向ける、目に入るのは小柄な身体にしては大きめな胸を覆う、ブルーマーメイドの真っ白い筈の上着。それは今、神谷の鼻血でできた真っ赤で大きな日の丸を付けていた。

 

「キャー!もう何やってんの!この制服卸したてなのに!いい歳してまだこのくらいで発情するわけ!?」

「人が鼻血出してるのに抱きついて来るからだ!今更そんなのに発情するわけ無いだろ!」

「あーっ!今サラッと私の身体が魅力的じゃ無いって言ったー!」

「そんなこと言ってない!」

「遠回しに言ったでしょ!」

 

 そしてギャーギャー始まる夫婦喧嘩、そこに立ち会ってしまった者は、揃って呆れながらこう思った。

 

 お前等爆発しろ__と。

 

 それをこっそり扉の隙間から赤羽が、面白いからと拡散目的で撮影していたのがバレて、無誘導チョーク噴進弾を喰らうのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 桜井が晴風に来た頃、陽炎達艦娘4名は工作室に集まっていた。

 扉には「無断立入禁止 用のある人はノックして」と貼り紙をしておいた、これからの話は不確定かつ突拍子も無いので、ブルーマーメイドには聞かれたくないからだ。

 

「さて、たった4人しかいないけど、陽炎型会議を始めるわ!」

 

 議長である陽炎が、『陽炎型会議in晴風』とデカデカと書かれたホワイトボードを叩く。

 参加者は陽炎、不知火、黒潮、そして雪風の4名、今確認できる艦娘全員だ。

 

「何がどーなってんのか、教えてくれるんやろな?」

 

 黒潮はそう言って頭の後ろに手を回し、壁際にある棚に寄りかかった。

 陽炎は頷いた。

 

「まずは現状の確認ね、今確認できる艦娘はここにいる4人だけ。他の艦娘や鎮守府、艦娘母艦とも連絡は取れない、艦隊ネットワークや軍事衛星にも接続できない。絵に描いたような遭難状況ね」

「確かに、それだけ聞くと最悪やな」

 

 不知火が差し出した端末を、黒潮と雪風が覗き込む。

 

 

 

・艦隊情報

 旗艦 陽炎型1番艦陽炎  中破

    陽炎型2番艦不知火 大破

    陽炎型3番艦黒潮

    陽炎型8番艦雪風  小破

 

 FLEET NETWORK:OFFLINE

 GPS:LOST

 現在位置:不明

 

 

 

「ホントですね……」

 

 雪風は陽炎の言葉と端末情報の差異が無いことを確かめ、文字の情報だけならお先真っ暗な状況に眉を曇らせた。

 仲間と連絡すら取れず、現在位置もわからず、4人中1人は戦闘不能、1人は重体、自分もレ級との戦いで強打した背中が未だに痛む。

 こんなボロボロ艦隊で支援も救助も受けられず、どうしろと言うのか。

 

 その思考を中断させるように、不知火が口を開く。

 

「不知火達が今までどうしていたか説明します。3日前、鎮守府から出撃し深海棲艦の群れと交戦していた時、突然謎の衝撃を受け、次の瞬間にはこの艦隊と深海棲艦の戦いの真っ只中にいました」

「雪風とおんなじ……ですね」

「成り行きでこの艦隊へと加勢し、敵旗艦である戦艦棲姫を撃破。その後駆逐棲姫との戦闘にも勝利しましたが、新たに現れた戦艦レ級flagshipとの戦いで死にかけていたところに、雪風が現れた。__ということです」

 

 不知火の話が終わると、黒潮が口を開いた。

 

「……だいたいの経緯はわかったわ。そんで何なんやこの艦隊は、大和型に高雄型に陽炎型、とっくの昔に沈んだ筈の艦ばかり。インディペンデンス級とイージス艦がいなかったら、ジパ○グみたいにタイムスリップしたかと思ってたところやで。いったい何処の所属のなんて艦隊や?」

「横須賀女子海洋学校の学生艦隊らしいです」

「は?」

 

 聞いたことない単語の登場で耳を疑う黒潮へ、不知火が学校のパンフレットを渡してきた。それをペラペラと流し読みすると、頭痛を感じて目頭を押さえた。

 

「……ウチ……疲れとるんやろな……アカンなあ……、陽炎と不知火が行方不明にのうたからって、情緒不安定になり過ぎやろ……。幻覚まで見えとるって……」

 

 どうやらこれを夢か幻覚だと思っているようだ。陽炎も最初は同じだったので、激しく同意する。しかし、いつまでも現実逃避されていては話が進まないので困る。

 陽炎は黒潮に気づかれないように、そ〜っと抜き足で正面に移動して両手を近づけ、

 

 

 

 両方のほっぺたを思いっきり引っ張った。

 

 

 

「ぎゃーーーーー!!ひゃにすんひぇん!!」

「ほーらこれでわかったでしょ、夢じゃないって」

「わーった!わーったからひゃやく離しぇ!」

「……なんかプニプニで触り心地よくて、離したく無くなっちゃった」

「オォイ……」

「黒潮って私よりほっぺ柔らかくない?何が違うのかしら……」

 

 陽炎が自分の頬も抓って比べていると、不知火が横から入ってきた。

 

「肉付ではないでしょうか」

「肉付?」

「黒潮は贅肉が__グハァッ!!」

 

 ドコォ!!と不知火の腹に黒潮の肘が突き刺さり、身体がくの字に曲がる。

 不知火はそのまま身体を折りたたむように倒れて床にうずくまった、時折ピクピクと痙攣している様子から、よっぽど先程の肘打ちが効いたようだ。

 

「不知火お姉ちゃーん!!」

「三流以下やな、貧相な身体しとるからって嫉妬か?もうちっとマシな冗談考えろや」

「……グッ……なら……冗談で済む威力にしてください……」

「こんなん砲弾に比べたら軽いもんやろ」

「こっちは病み上がりなんですよ……」

高速修復材使(バケツ)っといて何言っとんねん」

「陽炎、黒潮がいじめてきます。助けてください」

「はいはい、かわいそかわいそ。そろそろ本題に戻ろう」

「アンタが脱線させたんやろ」

 

 くだらないやり取りが終わり、不知火もダメージから復帰したところで、雪風が挙手した。

 

「はい!これが夢でも幻覚でも無いことはわかりました。……だとしたら、雪風達はどうなってしまったんでしょう……?ここは何処なんですか……?」

 

 縋るような声の質問に、暫し沈黙が流れた。陽炎も黒潮もその答えを持ち合わせていないのだ。

 しかし、すっと不知火が遠慮がちに手を挙げた。

 

「荒唐無稽な推測でよければ」

「言って」

 

 陽炎に促され不知火はコクリと頷く。その口から出たのは、まさに荒唐無稽で前代未聞な推測だった。

 

 

 

 

 

「我々は、平行世界に来てしまったのかもしれません」

 

 

 

 

 

 




作者「あまりにはいふり勢がシリアスで、書いてる自分のメンタルがゴリゴリ削られる……」
黒潮「こいつアホや」
雪風「それにしても平行世界ですか……。雪風達、帰れるんですか……?」
陽炎「まあ、メッチャ運のいい雪風がいるんだし、大丈夫でしょ!」
雪風「幸運値頼みですか!?」
黒潮「雪風様雪風様、ウチ等を元の世界へお帰しください」
雪風「雪風に祈っても何もできませんよ!?」

次回もお楽しみに。


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32話 平行世界転移?

黒潮「平行世界とか訳わからん話になってきた件」
不知火「ピンクの仮面ライダーになれば自由に行き来できるそうですよ」
(ピンク ジャナイマゼンタダ!)
黒潮「いやなれへんから」
陽炎「平行世界って設定は便利よね〜」
雪風「いくつでも繋げられそうですもんね!」
陽炎「そうそう!……え?もしや多重クロス……?」
作者「その予定は現状無いです」

今回あまり話が進んでない気がします……。

それでは本編へどうぞ。


「平行世界〜?」

 

 不知火の推測を聞いた黒潮は、馬鹿にしたようにジト目を向けた。

 

「何かと思えば、そんな漫画やアニメみたいなことあるわけ無いやろ」

「雪風知ってます!異世界に行って『私TUEEE!』やって、タイムリープして、ハーレム?とかなんとか作って、現代兵器を作って、女神様を連れて、水色の女の子が『爆裂魔法〜!』って言いながら必殺技を撃つやつですよね」

 

 雪風はハキハキとそう言ったが、色んな作品がごちゃまぜになっている。何故そうなってしまったのか、ちゃんと見なかったのだろうか。というか最後のは何処かの艦隊にいた魔法少女だと思う。

 陽炎は優しくそれを指摘する。

 

「雪風、それ色々こんがらがってグチャグチャになっちゃってるわよ」

「えっ」

「あと、不知火が言ってるのは異世界じゃなくて平行世界ね」

「何が違うんですか?」

「う〜ん、そうね……。異世界っていうのは、魔法があったりエルフがいたりする、常識も通用するか怪しい程の全く違う世界なのよ。

 平行世界っていうのは、私達の世界と僅かにズレた世界なの。例えば私達がいないだけとか、起きた筈の事件が起きていなかったりとか。そのズレが積み重なって大きな違いになることもあるけど」

「へえ〜」

 

 雪風はコクコクと頷くが、ちゃんと理解できているかは怪しいところだ。

 

「ちょい待ち、そない急に平行世界とか言われても信じられんわ」

 

 黒潮の言う事は最もだ。いきなり「貴方は別世界にきました」と言われても、信じられる訳がない。むしろ、そんな馬鹿なことあるか!と叫びたいくらいだ。

 

「なんか確証でもあるんやろな?」

「ええ、たくさんありますよ」

 

 不知火は頷くと、いつの間に用意していた鞄の中から、作業台の上に次々と本が並べていく。

 日本史・世界史の教科書、歴史漫画、その他歴史に関する本、ブルーマーメイド艦船図鑑、等の軍艦に関する本、全部で十数冊が並べられた。

 

 黒潮はその中から日本史の教科書を手に取り、パラパラと流し読みした。

 最初の方は黒潮の知る歴史と大差無い、だが1914年の第一次世界大戦が起きなかった辺りから、自分の知る歴史とは大きく変化していた。メタンハイドレートの採掘が地盤沈下を引き起こし、日本列島は100mも沈んだ。沈んだ国土の代わりに巨大なフロート艦を建造し__(以下略)。

 

 一通り読み終わった黒潮は、信じられないといった目を不知火へ向ける。

 

「……これ、本物なんか?」

「他のも見てください」

 

 そう促され他の本も読んでみるが、他の本も教科書と同じ事が書いてあった。

 

「……全部偽物って線は……?」

「wikipedi○でもピ○シブ百科でもニコニ○でも同じ事が書いてありましたし、通信教育用の資料も同じでした」

「マジかぁ……」

「お姉ちゃん!この艦の図鑑凄いの載ってます!」

「ん?」

 

 この本達が偽物である可能性を潰され頭を抱える黒潮に、雪風が「ブルーマーメイド艦船図鑑」を見せた。

 

「『雪風』が沈んでないみたいです!」

 

 開かれたページには陽炎型航洋艦の紹介と共に、こんな記述のついた港に泊まる雪風のカラー写真が載っていた。その隣にはイージス艦が隠れてだが写っており、記述が間違いで無いことを示していた。

 

 

 

『2014年、救助活動に参加した後の雪風、小笠原港にて』

 

 

 

「『陽炎』も『不知火』も『黒潮』も、『初風』『天津風』『時津風』も!陽炎型全部沈んでないそうです!雪風会ってみたいです!」

 

 雪風は子供のように嬉々とはしゃぐ。

 その一方で、黒潮は陽炎型駆逐艦が何故沈んでいないのか考えていた。

 教科書によれば第一次世界大戦も第二次世界大戦も起こっていない、だから其処で沈む筈だった艦が沈まなかったのも頷ける。

 平行世界という可能性が、確かに出てきた。

 

「……そういう平行世界ちゅーことか……、他の艦はどうなんや?」

 

 ページをめくり他の艦も確認していく。

 

「吹雪型、初春型、白露、夕雲、秋月……川内、長良、球磨……。ホンマにどれも沈んでないんやな……」

 

 70年も前の骨董品を未だに、しかも大量に使っているのには、感心を通り越して呆れるが。そんな時代のものは自動車でも蒸気機関車でもほとんど動いてないのに。

 

「納得して貰えましたか?」

 

 不知火が黒潮の顔を窺いながら聞いてきた。

 正直これだけ証拠を突きつけられても否定したい、否、逃避したい気分でいっぱいなのだが、自分達の置かれた状況が、平行世界だからという理由ですべて説明がつく。

 違う世界なのだから、ネットワークの規格が違って当然だし、自分達の知らない艦隊がいても、自分達の記憶と違う歴史があっても当然なのだ。

 

「まあ……、半信半疑ってとこやけど、取り敢えず不知火の言う通り、平行世界っちゅーことで進めてええで」

「わかりました。雪風は?」

「なんとなくわかりました」

「なら話を進めます。平行世界に来たという仮定をすると、どうして元の世界からこちらに来たのかが問題です」

「私と不知火はさっぱりわからないのよ。何か心当たりは無い?」

 

 陽炎が黒潮と雪風に問いかけた。

 2人ともしばらく「う〜ん」と唸っていたが、黒潮が何か思い出してポンと手を叩いた。

 

「そや!思い出したわ!あんた等が消えた時、()()()()()が落っこちたそうやで!」

「「雷?」」

「普通の雷とは偉い違うらしくてな、エネルギー量がー、磁場がー、とか夕張はんと司令が話しとったで。詳しいことは聞いとらんけど」

「雷、ねぇ……」

 

 雷で転移ってジパン○か、と陽炎はそんな感想を抱いた。

 

「もしかして、黒潮と雪風もその雷に巻き込まれたのでしょうか?」

「その可能性が高いわね……、後で司令にでも確認しよっか」

「はい」

 

 

 

 陽炎はふと思い出す、駆逐棲姫が沈む直前に遺した言葉。

 

(……………………ニ…………呼バレ…………)

(呼ばれた!?誰に!?)

 

 これが人為的なものだとしたら、一体誰が、何のために、どうやって。

 未確定なことが多すぎて、未だに事態の輪郭すら見えてこない。

 

 何もわからなくてイラつく、早くどうにかしたいのに。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 同時刻、晴風教室にて。

 

「雪風ちゃんと黒潮ちゃんが出現したと思われる時間……貴方が晴風に乗り込んだ少し後に、晴風に()()()()()が落ちていたの」

 

 桜井は動画を部隊内に拡散しようとした赤羽を真っ白になるまでチョークマシンガンで撃ちまくった後、神谷に対し新たにわかったことの説明をしていた。

 

 

 

 桜井としては怪我人にはとっとと寝てて欲しかったのだが、この頑固者はそれどころか艦隊の指揮に戻ろうとしやがった。手刀で落とそうかとも考えたが、首も痛めているかもしれない人間にやるほど残酷では無い。

 とにかく全部教えてあげるから、後は任せなさい。それでも引き下がらないんだったら麻酔を首筋に打ち込む。__と脅して、不服そうに不承不承頷く神谷から指揮権を強引にぶん取った。

 

 

 

 神谷が変わらず不機嫌そうな声で尋ねる。

 

「どんな雷だ?」

「雲1つ無い晴天での落雷、通常の10倍を超えるエネルギー量、さらに電磁パルス(EMP)兵器並みの強力な磁場のオマケ付き」

「……」

 

 あまりの理解不能さに、神谷ですら黙り込む。

 ご存知かと思うが、雷とは雲の中に存在する氷の結晶によって発生した静電気が放出されることによる現象である。すなわち雲が無ければ雷が落ちることはあり得ないのだ。

 通常の10倍ものエネルギー量を持つ、落ちることすらない筈のない雷、明らかな異常気象だ。

 

「EMP並みと言ったが、電子機器への影響は?」

「晴風の管制装置が一瞬ダウンしただけ、他の艦には影響無しだよ」

「……その雷が雪風達を転送してきたとか言わないだろうな」

「……言うとこだったのに」

「マジか……」

 

 頬を膨らませる桜井を前に、はああ〜、と神谷が頭を抱えて大きくため息をつく。思いつきかつ冗談で言ったが、そんなアニメやラノベみたいなことあってたまるか。

 

「私はその可能性が高いと思うよ。突然現れた少女と、ちょうどその時落ちた異常な雷、関係ないとは思えないでしょ?」

「なんかそういうアニメあったよな、雷に打たれて気がついたら全く知らない場所にいたって奴」

 

 ようやく真っ白からカラーへと、復帰した赤羽がそう口を挟んだ。

 

「アニメはアニメだろう、ここは現実だぞ」

「『常識に囚われてはならない』って言うじゃん?実現可能じゃねーものでも、一旦疑ってみるのがいいと思うよ?もう怪物に陽炎に、あたし等じゃちんぷんかんぷんな連中が出てきてるんだし」

 

 一理ある言葉に神谷は黙り込んだ。そのスキを見て、桜井が次の証拠をねじ込む。

 

「晴風のカメラやログも調べてみたけど、雪風ちゃんが晴風に乗り込んだ形跡も、黒潮ちゃんが接近してきた形跡も無いのよ。それに、いくら生徒が半ばパニック状態でも、あの時晴風の周りには北風(うち)や弁天のスキッパーが何隻もいたのよ?全員が見逃すとは思えない」

「むう……」

 

 神谷は腕を組んで唸った。未だに信じられないが、様々な証拠が雪風と黒潮が突然現れたことを示していた。

 その様子を見ていた桜井は、フッと笑うと肩をすくめて言った。

 

「……まあ、結局本人に確認しないと確定はできないんだけどねぇ」

「後で聴取を頼む」

「はいは〜い」

 

 __まあ、正直にペラペラ喋ってくれるとは思えないけど。

 

 桜井は軽い返事の裏で、内心そうぼやいた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「平行世界云々はひとまず終いにして、ウチらはこれからどうするべきなんや?」

 

 黒潮からポッと出された素朴な疑問に、陽炎と不知火の動きがピシリと固まり、気まずそうに声を漏らす。

 

「……あー……」

「えっと……」

「なんも考えてないんかい!」

「いや……、ね。考えてはいたのよ?でも私達、相当マズいことになってるんじゃないかなー……って」

「マズイことやと?」

「……人間じゃないって……深海棲艦と似てるってたぶんバレてる」

「はあっ!?」

 

 バン!と机をぶっ叩くと、2人の身体がビクンッと跳ねた。

 

「どういうことやねん!」

「あのね……、駆逐棲姫の戦いの後に一通り検査されて……」

 

 陽炎が人差し指同士をツンツンと突き合わせながら、申し訳無さそうに語る。

 

「なんで断らなかったんや?」

「……だって、ドックないから腕とか肋骨とか直ってるかわからないし……、血液検査も感染症云々とか言われたら結局引き下がれないし」

「あー……確かにその通りやな……」

「……あと、あそこにあったバラバラ死体」

「あー、あれやな?レ級flagship(フラレ)に喰われたかわいそうな仏さん」

「あれ、不知火」

「あー」

 

 黒潮はだいたいわかったようで頷いた。死体が生きているという、普通の人間なら矛盾したおかしな話なのだが、艦娘の間では割とよく聞く話だった。

 

「不知火、あの世でも幸せにな」

「枕元に出てやりましょうか?『う〜ら〜め〜し〜や〜』」

「『う〜ら〜め〜し〜や〜』ですっ!」

 

 幽霊のふりをする不知火に便乗して、雪風も幽霊のポーズを真似する。でも、本当に呪われそうな不知火に対して、雪風には幽霊みたいなおどろおどろしさはこれっぽっちも無くて、それがどこか可笑しくて、陽炎と黒潮はケラケラと笑った。

 雪風がキョトンと首を傾げる。

 

「?何処か変でしたか?」

「ううん、こんなかわいい幽霊になら毎日出てきて欲しいなって」

「不知火はどうですか?」

「出てきたら塩をぶちまける」

 

 その一言に不知火が真っ白になって崩れ落ちる。お前がそうしたんやろ、自業自得や。という黒潮のツッコミも聞こえていないようで、イラッとして蹴ったら元に戻った。

 

「しっかし、レ級flagship(フラレ)に喰われるたあ、ご愁傷さまやな」

「本当に死んだと思いましたよ」

「幸運の女神様に感謝ですね」

「念のために高速修復材(バケツ)持っときとーてよかったな」

 

 黒潮が自分の持ってきた高速修復材入りの銀の筒型容器を叩く。

 2人がもしも命の危機に直面していたら、すぐ治せるように高速修復材を持って捜索に出たい。という雪風の要望に、提督は2つ返事で承諾し雪風と黒潮に1つずつ持たせていた。

 もし雪風が言い出さなかったら、提督が出し渋っていたら、不知火の命も雪風の命も無かっただろう。

 

「んで、不知火の死体がどうかしたんか?血で汚したくらい別に問題じゃないやろ?」

「艦娘は四肢をもぎ取られても、内臓を抜かれても一瞬で復活できるって教えたってことよ、しかも高速修復材も僅かだけど床に残ってる」

「「あ……」」

 

 さあーっと黒潮と雪風の顔が青ざめる。

 

「私達の身体は頑丈で傷の治りも早いし、病気にもかかりにくい。おまけに失った四肢すら元に戻せる、魔法の薬品。病院から軍隊、テロリストまで欲しがる垂涎もの。そんなのが突然現れたらどうすると思う?」

 

 不知火が言葉を継ぐ。

 

「争奪戦、で済めば不知火達にとってはどうでもいいですが……。その後勝者がこちらに何をするか……」

「何って、なんですか」

 

 不安そうな雪風に、陽炎は指をメスにみたて、自分の腹をスウーッと切る真似を見せる。

 

「人体解剖、あるいは人体実験」

 

 雪風の顔から血の気が失せ、さらに青ざめた。唇の感覚が無くなり、ただ冷たいことだけが伝わってくる。

 

「そ……そんな、嘘ですよね……ねえ……」

「私達の世界なら、軍やら国やら国連やらが目を光らせてたし、そもそも艦娘や艦娘に似た技術はどこの国も持ってたから。そんなことを考えるのは余程の大馬鹿しかいなかったけど、この世界に艦娘は私達だけだし、この艦隊の所属のブルーマーメイドもむしろ欲しがる側だから、守ってくれるとは言い切れないのよ」

 

 陽炎から語られた事実に他の全員が黙り込んだ。

 

 

 

 いつも任務や戦闘以外ではお気楽に、身の危険も感じずに街に出て買い物したり遊んだりしていた。それが軍や国の庇護によって保障されていることは知りながらも、()()()()()()()()で意識してこなかった。

 それが今、遭難して未知の世界に来たことで、ハッキリとした恐怖となって現れた。

 

 

 

「__しかし、現状どうすることもできません」

 

 不知火の発言で、余計にその場の空気が重く沈む。

 

「他の国へ亡命しても結局は同じですし、姿を隠して生きるにはお金も何も足りません。このままなるようになれとしか……」

「希望は無いんか希望は!」

 

 あまりの詰みっぷりに黒潮が机をドンと叩いて叫ぶ。

 

「ブルーマーメイドのトップが優しい人なことを祈るしかないですね……」

「う〜ん……、ブルーマーメイドのトップって、どんな人なんだろう……?」

 

 陽炎がそんな疑問をポっと出した。不知火がタブレットでブルーマーメイドのホームページを見て答える。

 

「1番上は国交大臣のようです」

「いや上過ぎぃ!雲の上の人じゃなくて、現場クラスでトップの人は!?」

「現場クラスですか……、海上安全委員会、海上安全整備局……海上安全監督室……保安監督隊……どれなんでしょうか……?」

「わかんないの?」

 

 不知火は暫くタブレットとにらめっこしていたが、結局諦めて匙を投げた。

 

「初めての組織なんですから、わかるわけ無いです」

「それもそうね。なら聞こっか」

「聞くって誰にですか?」

 

 そう問われて悩む、余計な詮索はせず、そういうことに詳しくて、あっさりときちんと教えてくれそうな誠実な人は誰か。

 生徒には今は聞けない、正規の隊員の中でそれに合致するのは……。

 

「う〜ん、赤羽さんはテキトーっぽいし、副司令は腹黒だし、古庄教官と真冬艦長は治療中……。残るは司令かな?」

「しれえですか?」

 

 相変わらず雪風が「司令」と呼ぶと、何故か変に訛っている感じに聞こえる。

 

「あ、この艦隊の神谷司令ね」

「どんな人ですか?」

 

 不知火が教える。

 

「レ級flagshipの近くにいた2人の内の男の方です」

「あの人ですか、…………うん、大丈夫だと思いますよ」

「一応聞くけど、根拠は?」

 

 陽炎が尋ねると、雪風はニコッと笑って言い切った。

 

「勘です!」

「よし!雪風の勘ならOK!」

「なんでやねん!」

 

 そんなことを自信満々に親指を立て言う陽炎に、ビシッと黒潮のツッコミが入った。

 

 

 

 

 

 

 

 陽炎と雪風で教室に行き、話があると言って神谷だけを引っ張り出すことに成功した。

 その際、予想通り桜井が代わりについてこようとしたが、丁重にお断りしておいた。論理的や合理的な説明なんて無理なので、雪風に上目使いで、

 

「しれえにしか話せないことなんです。だから、ごめんなさいお姉さん」

 

と必殺攻撃を使ってもらったのだ。

 桜井も他の隊員の前でそんなことをされては無理矢理ついてくることはできず、笑って見送ってくれたが、雪風は後で「副しれえは悪い人じゃないですけど、なんか怖いです」と言っていた。

 

 あんた何やった。

 

 と思っていたら、男性隊員達や赤羽の「司令がロリっ娘に釣られてくぞ」「艦長から乗り換えか」なんて大笑いが聞こえたと思うと、それが暴力音と僅か一瞬の断末魔に変わった。

 ……後で線香でも供えに行こうか。

 

 

 

 

 

 神谷を連れて通路の1番艦尾へ移動して、周りに人がいないことをキョロキョロと確認する。

 ちょうど確認し終わったところで、神谷の方から切り出してきた。

 

「俺にしか話せないこととはなんだ?」

「……この件の指揮官ってどんな人?」

「指揮官?……あー、そういうことか」

 

 神谷はその一言で理解したらしいが、理由を言葉で聞くことはせず、ちらりと陽炎の瞳を見るとあっさりと教えてくれた。

 

「全体はどうかは知らないが、お前達のことを把握しているトップは宗谷だから安心していい」

「宗谷?」

 

 それって真冬艦長のこと?と尋ねる前に追加説明が入る。

 

「宗谷真霜。一等保安監督官、海上安全整備局安全監督室長、わかりやすく言えば現場のブルーマーメイドやホワイトドルフィンを纏めるトップだ。そして真冬艦長とましろ副長の姉でもある」

「ほえー、ブルーマーメイド一家なのね」

「そうだな。話を戻すが、宗谷室長は非人道的なことや義理に反することが嫌いだ、お前達の心配しているようなことは一切しない」

「そう……いい人なのね」

「ああ、全力で守ってくれる。だから安心しろ」

 

 神谷は「筈だ」や「だろう」等の推測や曖昧な言葉は一切使わずに、真霜に任せろと言い切った。誤魔化しや嘘が1%も混じっていない声で。

 だからだろうか、不思議と安心感が出た、司令の言う通り宗谷真霜に任せれば大丈夫だと。

 

「陸に戻ったらすぐに宗谷室長と会えるように手配しておく、その後のことは申し訳無いが本人から聞いてくれ」

「十分すぎるくらいだわ、ありがとう」

「礼には及ばん、あたりまえのことをしているだけだ」

「フッ……そうかもね」

「話はそれだけか?」

「ええ」

「なら、1つ質問していいか?」

「何かしら?」

 

 

 

「お前達は別の世界から来たのか?」

「!?」

 

 

 

 突然核心に直撃弾がぶち込まれた。

 あまりにも真っ直ぐに聞かれたので、びっくりしてひっくり返るかと思った。横で雪風も目を丸くさせている。

 

「……ず、随分馬鹿正直に聞くのね」

「お前達相手に妙な駆け引きをしたくないだけだ」

 

 どれだけ律儀にしてくれるんだか、呆れを通り越して尊敬の域だ。

 

「ちなみにそう思う根拠は?」

「知識や常識のズレに艤装の未知のテクノロジー、黒潮と雪風の突然の出現。こんなところか」

「……知識のズレって?」

「色々調べているんだろう?特に歴史や兵器について熱心に」

「そこまで知ってるなんて……」

 

 行動を監視……いや嗅ぎ回られていたみたいで癪に触る。だが、そこまで知られていたら、もう隠しておく必要もない。

 

「荒唐無稽で現実味の無い仮説だとは俺も思っているが、どうなんだ?」

 

 再度の問いかけに、陽炎は大きく息を吐いてからこう返した。

 

「証明不能、とだけ言っておくわね」

「どうやって来た?」

「知らない、気がついたら晴風にいたの」

「雪風もです、お姉ちゃん達を探してたら突然……」

「お前達の意思では無いんだな」

「うん、だから私達も原因を探してる」

「どうやら雷が落ちると同時に転移してきたようだが、詳しいことはまだわからん」

「それは私達も、もう知ってるわ」

「そうか……」

「……………………どんな世界から来たのか?とか聞かないの?」

「陸で宗谷室長に聞かせてやってくれ、生憎今聞かされても頭がこんがらがるだけだ。緊急性のあるものなら聞くが」

「……急ぎのは無いわ」

「ならいい」

 

 こいつあっさりし過ぎだろ、と陽炎は却って呆れた。普通の人なら興味深々に食いついて来そうなのに、この男は全然追及してこない。

 

 ガチャリと扉の開く音、そちらに目をやると医務室から美波が出てくるところだった。だいぶ疲れた様子で、ところどころに血のついた手術着を脱ぎながらだった。

 古庄の手術が終わったようだ。

 

「鏑木衛生長、古庄教官の容態は?」

 

 神谷が尋ねた。

 

「ひとまず安定している、しばらくすれば目を覚ますだろう」

「そうか、よくやってくれた。ご苦労様」

 

 陽炎もホッと胸を撫でおろした。

 これで戦艦レ級flagshipによる死者はゼロ、誰も死なずに済んでよかった。

 

「古庄教官も大丈夫なのねぇ、よかったぁ〜」

 

 ふわ〜っとした声、桜井も何故かここにやってきた。

 

「桜井艦長どうしたの?」

「手術が終わったみたいだからぁ、様子を見に来たの。美波ちゃんお疲れ様〜」

「……どうも」

 

 桜井はその後医務室の扉を開け、弁天の衛生長と言葉をいくつか交わす。そして扉を閉めると、陽炎へ話しかけてきた。

 

「陽炎ちゃん、用件は済んだ?」

「ええ……」

司令(貴方)は?」

「聞きたいことは全部聞けた」

「うん、ならオッケーねぇ。陽炎ちゃん、ちょっと一緒に来てくれる?」

「何処へよ?」

 

 警戒し身構える陽炎に対し、桜井は真面目そうな表情で答えた。

 

「晴風の皆のとこ」

 

 

 




作者「なんか今回あまり進んでない気がする……。まあ切り替えて行こう。次回、久しぶりのはいふり勢!」
ましろ「メンタルボロボロですけどね……、ふふふふふ……不幸だわ……」(壊)
鈴「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ__」(壊)
作者「ヒエッ」
幸子「さあ、(執筆&シリアス)地獄を楽しみな」

次回もお楽しみに。


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33話 後悔と嘘

作者「『はたらく細胞Black』を見て自分の身体もこうなのかと罪悪感を抱く」
美波「乱れた生活を送っているという自覚があるのか」
作者「まあ……そりゃあるよ……。あとストレスも……」
美波「ストレスの原因はなんだ?仕事か?人間関係か?」
作者「鬱展開が終わらない……展開とかこれでいいのか不安になる……」
美波「診察終了。手の施しようのない馬鹿だ」
美海「100%ただの自爆じゃん……」

しばらく鬱展開が続く予定です。

それでは本編へどうぞ。


 弁天会議室。

 そこに集められた晴風乗員からは、重苦しい__どんよりと言う言葉すら軽く思える程の__空気が漂っていた。

 ほとんどが俯くか机に伏せているが、中には嗚咽を漏らしすすり泣く者もいた。

 

 晴風は炎上し大破状態で、麻侖と古庄と真冬が重傷を、洋美と留奈が軽傷を負い治療中。さらにクラスのリーダーで精神的支柱である明乃が、過呼吸を起こし倒れて今も目覚めない。

 

 なんで、なんでこんなことに。

 

 ましろの頭の中を、そんな後悔や疑問がぐるぐると回り埋め尽くしていた。

 

 私が離れた後晴風で何があった?私はどうするべきだった?私が残って何ができた?私が艦長の身代わりになるべきだったんじゃないのか?

 

 私が____どうすればよかったんだ__?

 

 

 

 

 

「は〜い、全員ちゅ〜も〜く」

 

 入ってきた桜井がパンパンと手を叩き、意識を自分へと向けさせた。その後ろには陽炎もついてきていた。

 

「……陽炎さん?」

 

 ましろが呼ぶと、陽炎は気まずそうに視線を逸した。そして誰とも目を合わせず部屋の隅に居心地悪そうに陣取った。

 桜井は中央に着くと、笑みを崩さず晴風乗員をさっと見回してから口を開いた。

 

「皆こうして会うのは初めましてかな?第4特殊部隊副司令兼北風艦長の桜井遥で〜す。神谷司令が負傷したために私が指揮を取ることになりました、よろしく。

 戦艦レ級flagship戦の状況説明と、晴風クラスのこれからの処遇について説明しまぁす」

 

 そのくたぁっとした声にましろはムカついた、私達がこんなに落ち込んでいる時に呑気でいやがって。

 普段のましろなら軽く流すのだろうが、精神的に参っている今の彼女は違っていた。キッと桜井を睨むが、桜井はどこ吹く風とばかりにスルーした。

 

「まずは艦隊の被害状況だけど、晴風はご存知の通り機関の損傷と飛行船の墜落により大破、比叡が左舷副砲群の壊滅と一部浸水による小破。

 武装スキッパー部隊は1機を残して損傷……、11機の内3機が木っ端微塵、7機が軽微な損傷。

 人的被害は重傷者5名、軽傷者12名、死亡者0名。

 晴風に限って詳しく言えば、古庄教官がレ級に襲われて重傷、柳原機関長が蒸気を浴びて広範囲の熱傷、黒木機関助手と駿河機関員が軽度の熱傷、野間見張員と万里小路水測員がレ級と交戦し軽傷。

 そして、岬艦長が精神的ダメージで過呼吸を起こし倒れました、と」

 

 桜井は他人事のように告げていたが、最後の明乃のところで一気に視線が厳しくなった気がした。軽そうに言うべきじゃなかったな、と少し反省。

 

「これからのことだけど、艦隊は現在地に留まり南から向かっているブルーマーメイド艦隊と合流、予定は明日1000、それから横須賀へ帰港します。

 晴風は戦闘の後処理のために立入禁止なので、この後皆は武蔵へ移ってもらうね」

「立入禁止!?」

 

 幸子が驚いた声を上げるが、桜井は、

 

「は〜い、質問は後でねぇ」

 

と後回しにさせた。

 

「武蔵には既に通達してあるから、この後すぐに移って。武蔵でのことは知名艦長と相談するよ〜に、以上。

 じゃあ質問タイムど〜ぞ」

 

 先程後回しにされた幸子が挙手。

 

「晴風に立入禁止ってどういうことですか?」

「それについては……、私が飛行船を突っ込ませたのが1つ」

 

 桜井は打って変わり、真面目そうな顔で述べた。あれはアンタのせいか、と恨みつらみの視線がナイフのように突きつけられるが、謝罪の言葉は口にせず説明を続けた。

 

「飛行船を引き剥がすまで損傷の確認もできないから、安全が確保できないの、これが1つ目の理由。2つ目……これが1番の理由なんだけど、戦艦レ級flagshipとの戦闘跡が酷くて……」

「そんなに……ですか……」

 

 誰かの呟きにコクリと頷く。

 

「詳しくは……陽炎ちゃん説明よろしくね」

 

 陽炎は説明役を振られて、嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 皆の前に立つ前に顔の皮膚をこねくり回し、いつもの(筈の)顔を作る。

 皆の様子を見ると、なんで陽炎ちゃんが説明するの?と疑問の眼差しを向けてきていた。……桜井を睨む目もちらほら見受けられた。

 

 悟らせるな、平常心、平常心。

 

「あー……私からレ級flagshipとの戦いについて説明するわね。飛行船が突っ込んでからだけど」

 

 天井からカラカラとスクリーンが降りてきて、晴風の階層ごとの図面が映された。

 後部甲板上にレ級を表す「㋹」というマークが表示され、晴風の乗員も表記された。

 

左舷中央 不知火、等松、

艦橋   岬、西崎、立石、古庄、

見張台  野間、

水測室  万里小路、

教室   柳原、黒木、鏑木、

 

 陽炎はレーザーポインターでレ級のマークをドラッグし、左舷中央へと動かす。

 

「飛行船の自爆攻撃を喰らったレ級は、この時点でほぼ全ての武装を喪失。

 人を喰うつもりなのか、視界に入った不知火を狙って追いかけたわ」

 

 美海のアイコンを教室へ、不知火とレ級のアイコンを艦首へと動かす。続けて古庄とマチコと楓のも艦首へ。

 

「ここで不知火は追いつかれたけど、古庄教官とマッチと万里小路さんの加勢でレ級を翻弄する……と」

 

 そこまで説明すると、古庄のアイコンがくるっとひっくり返って赤く「重傷」と、艦これの「大破」マークに似た文字がついた。

 

 誰だこんなアイコン作った暇人は。

 

「でも古庄教官が重傷を負い、マッチと万里小路さんも負傷して、2人は離脱……ここまで合ってる?」

 

 不知火と古庄はそのままで、マチコと楓のアイコンを教室の方へと動かすと、1番後列にいた2人が目を伏せた。恐らく不知火を置いて逃げたことを未だに悔やんでいるのだろう。

 合ってる?との質問には誰も答えない。

 

 ここで確認したのは、ここからはアレンジ()入りになるからだ。

 

「……悪いけど、沈黙は肯定ってことで進めさせて貰うわね。2人が去った後、不知火は危うく喰われかけた。けど、私の仲間が運良く駆けつけた」

「仲間!?」

 

 驚く鈴の声に頷き、弁天に来る前に急いで工作室で撮った写真を映した。不知火と雪風、そして黒潮の3人が工作机を囲んでいる写真だ。

 不意打ちで撮ったので不知火は突然のことに目を丸くして、雪風は不思議そうにこちらを見て、黒潮は何故かしっかりと反応しピースサインを作っていた。

 

「こっちの茶髪のちっこい子が雪風、黒髪の方が黒潮ね」

 

 まだ妹がいたんだ……。本当に陽炎型の名前だった。等の声がちらほらと聞こえる。

 まだ十数人はいるから、今後のためにもこのくらいのリアクションでよかった、全員集合してもショック死の心配は無さそうだ。

 

「雪風が間一髪のところで割って入って、レ級は一旦不知火を諦めて教室へ向かったわ」

 

 不知火のアイコンの隣に雪風のアイコンが表示され、レ級のアイコンは1つ下の階層へ降りて艦尾に繋がる通路へ。

 

「ここで救援に来た神谷司令達と会敵」

 

 神谷、真冬、その他のアイコンが艦尾に現れ、真冬達は教室に向かい生徒を拾い甲板へ、神谷達はレ級と交戦に入った。__ここらへんは変化なく、外では陽炎と黒潮が合流し生徒の離艦を援護し雑魚を撃沈。艦内では郷田が一撃K.O.され加勢に来た真冬と入れ替えに離脱、神谷と真冬の2人で立ち向かうも片目を奪うのがやっと、そこへ雪風が乱入し、さらに不知火も加わり__、

 

「__不知火がガソリンをぶちまけて、レ級を隔壁で閉じ込めて火だるまにした……。これが対戦艦レ級flagship戦の顛末よ」

 

 陽炎が語り終わると会議室は静寂に包まれた。聞かされても実感がないからなのか、それとも実感して自分達の感じたことのない程の恐怖に震えているのか。一体どちらなのか陽炎にはわからなかった。

 

 そんな中、芽依がゆっくりと口を開いて震える声で尋ねた。

 

「……ねえ、艦長は?……なんで艦長はあんなふうに倒れたの……?……ぬいぬいは何を私達に見せたくなかったの?」

 

 全員の視線が陽炎に集中する、プレッシャーと罪悪感によって嫌な汗が背中を伝う。

 真実を伝えても、嘘を伝えても、彼女達は傷つくだろう。

 

 ちらりと桜井とアイコンタクトを取ると、「皆の為には……わかってるよね?」と笑顔で口パクされた。クソアマだ、一発ぶん殴ってやりたいくらいに。でも、陽炎自身も自分達のためにはそれがいいと思ってしまっている、そんな自分も嫌になる。

 

 皆に申し訳なくて、目を伏せて顔を背ける。

 

「……不知火が言うには、ミケ艦長は古庄教官が倒れているのを見て悲鳴を上げたそうよ。……破片が突き刺さったままで、身体中血まみれだったし……、あの惨状は見て卒倒しても仕方なかったと思うわ」

 

 台本があったとは言え、我ながらよくもペラペラと嘘をつけたな、と心の中で自嘲する、なんて酷い奴なんだろう、と。

 

 生徒達は何も言わず、しんと静まり返っていた。中には惨状を想像して顔を青ざめさせたり、酷い顔を隠すように机に突っ伏す者もいた。

 どうやら嘘だとは思われなかったらしい、そのことに少しホッとし、同時にそんな自分を殴りたくなる。

 

「私から説明できるのは以上よ」

 

 そう言って逃げるように早足で部屋の隅へと移動し、桜井にレーザーポインターを投げ渡す。

 桜井はそれを片手でキャッチし、入れ代わりで前に立つ。

 

「他に質問は?」

 

 誰も声を上げたり挙手しないのを確認。

 

「じゃあ説明はこれでお終いね、岬艦長と鏑木衛生長以外の晴風乗員は直ちに武蔵に移って。内火艇はもう準備させてあるから」

 

 陽炎はそれを聞くとすぐに会議室を後にした。

 晴風の皆に嘘をついた罪悪感や、本当のことを言わずに拒絶されたりせずに済んでホッとしている自分が、のうのうと皆の近くにいるのに耐えられなかった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「陽炎さん……」

 

 ましろは逃げ出すように出ていった陽炎の背中を目で追い、確信を持った。

 

 彼女は嘘をついている。

 

 言うのもあれだが、観察眼のあまり無いましろでもわかるほどに行動や仕草に表れていた。

 心理的な駆け引きが得意では無いのだろうが、それでも分かり易すぎだ。

 

 嘘をついているのは明乃の倒れた理由のところだ、目を伏せて申し訳無さそうな気持ちがだだ漏れだった。

 一体何を隠したくてあんな嘘をついたのか、もしかして晴風に戻れないことと関係あるのだろうか。それなら桜井もそれを知っているのだろうが、問いただしても無駄だろう、今も「早く行って」という心の声が聞こえてくる。

 

 ましろは起立し告げた。

 

「了解しました、晴風乗員は武蔵へ移ります。納沙さん、皆を連れて先に内火艇に向かってくれ。私は医務室にいる黒木さん達を連れてくる」

「……了解です。皆さん行きましょう」

 

 ましろは医務室へと向かい、幸子は皆を連れて内火艇の格納庫へと向かった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 ましろが医務室に入ると、洋美と留奈、そしてつい先程意識を取り戻した麻侖が、明乃の寝かされたベッドを囲んでいた。

 ちなみに更に奥のベッドには真冬が寝かされているが、まだ治療中なのかカーテンが閉じられていて見えず、中から衛生士の声だけが聞こえてきていた。

 3人とも怪我を負っていて、洋美は左腕を、留奈は右手を包帯で巻かれていた。そして、

 

「おっ、副長じゃねえか!」

「柳原さん、もう大丈夫なのか?」

「おう、もうピンピンしてるぜ!」

 

 ワッハッハと豪快に笑う麻侖だが、顔にはいくつもの湿布や冷却シートが貼られ、両腕と身体はミイラみたいに包帯でぐるぐる巻きにされ、そこからはザ・薬品という鼻の奥にツンとくる匂いが濃く漂っていた。

 痩我慢であることは誰の目にも明らかだった。

 

「しばらくすれば跡も残らねえって言われたし、このくらいどうってことねえよ」

 

 それでもなんてことないアピールを続ける麻侖を見て、留奈がボソッと漏らす。

 

「……目が覚めたとき『痛え痛え!身体中ヒリヒリする!』って転げまわって、痛み止め貰ってたじゃん」

「んなこと言わなくていいってんでい!」

「ちょっと麻侖!安静にしてて!」

 

 醜態を暴露され顔を赤くした麻侖が留奈を一発(はた)こうとするが、洋美に羽交い締めにされて包帯でミイラ状の腕をブンブン空振りさせるに終わった。

 それが駄々をこねる子供と叱る母親のように見えて、クスッと笑ってしまった。

 

「副長今失礼なこと考えてたろ」

「か……考えてない……フフッ

「やっぱ考えてんじゃねえか!」

「だから止めなさいって!それより宗谷さん、お姉さんと艦長の様子を見に来たの?」

「……それもあるが……。晴風乗員は武蔵に乗り移るように命令が下りて、それを伝えに来た」

「「「えっ」」」

 

 それを聞いて3人の表情が硬くなる。その中で留奈がましろに尋ねた。

 

「何で武蔵?晴風に戻れないの?」

「戦闘の後処理が終わってないから危険らしい……」

「それって、晴風が戦場になったからって……こと?」

「……ああ」

 

 シーンと医務室が静まり、そして麻侖の悔しさの滲み出た声が響く。

 

「……チクショウ」

 

 固く、指が食い込みそうな程強く握りしめた拳に、巻かれていた包帯が引っ張られブチブチと悲鳴を上げて、ポタポタと涙が病衣に落ちる。

 

「麻侖が、アタシがちゃんと整備してやりゃあ、こんなことにはならなかった……っ」

「そんなこと__」

 

 ましろは宥めようとしたが、麻侖は止まらなかった。

 

「そうじゃねえか!機関がぶっ壊れなきゃ、立ち往生することもなかったし、晴風がボロボロになることも、皆が傷つくこともなかったんでぃ!」

 

 機関が壊れなければレ級に乗り込まれることも無かった、飛行船が突っ込んでくることも無かった、レ級に襲われて誰かが傷つくことも無かった。

 そんな後悔が心の中を埋めつくしていく。

 

「チクショウ…………ヒグッ……ううっ……」

 

 一気に後悔を吐き出した麻侖が涙をボロボロと溢していると、洋美がそっと後ろから抱きしめて優しい声をかける。

 

「……麻侖だけのせいじゃないよ、私達

皆のせいだよ」

「グスッ……クロちゃん……」

「私達も整備してたんだから、機関科皆の責任だよ」

 

 そこへ留奈も加わり麻侖を慰める。

 

「そうだよ!機関長のせいじゃないって!全部あんな怪物のせいだよ!」

「ああそうだ、全部__」

 

 怪物のせい、ましろもそう言おうとしてハッと急に止まり思考の海に沈む。

 

 

 

 

 

(反対よ。時間稼ぎにはなるかもしれないけど、決め手が無い以上こっちが負けるわ)

 

 __あの時、あんなに陽炎さんは反対していたのに、それをを押し切って比叡の援護に向かったのは私達だ。

 

(古庄教官、晴風を接近させてレ級の気を引きましょう)

 

 艦長が言い出して、皆も賛成して、全員が賛成したから教官も許可を出した。

 

 でも、私が最後まで反対すれば、教官が許可を出すことはなかったんじゃ無いのか……?

 

 艦長なら助けに行こうとするのはわかってた、皆が勝ち続きでどこか浮ついてたこともわかってた、なら私が無理にでも止めるべきだったんじゃないか。

 

 __私のせいなんじゃないのか__。

 

 __私のせいだ__。

 

 

 

 

 

「ねーえっ、副長ってば」

 

 そこまで陥った思考は、留奈の声によって中断させられた。

 

「えっ、あっ、なんだ?」

「艦長はどうするの?」

「ああ……、艦長はこのまま残してく」

「ええっ!?一緒に行かないの?なんで?」

「気を失っているから運び辛いんだろう、それにまた錯乱した時に手当しやすいからじゃないか?」

「そっかぁ……、ならしょうがないね」

 

 留奈が残念そうに肩を落とす。

 

「長話しすぎたな。そろそろ行こう、皆待ってる。柳原さん動けるか?」

「……ああ」

 

 麻侖が洋美から借りたハンカチで涙を拭い頷き、洋美と留奈と共に医務室を出ていく。

 ましろはカーテンの向こうにいる衛生士に真冬の様子を尋ねた、「大したこと無いから、時間が経てば起きる」と言われて安堵し「姉をお願いします」と声をかけてから、外へ向けて歩き出した。だが心残りがあるのか、退室する一歩前で振り返り明乃の顔を見る。

 一見普段と変わらない穏やかそうな寝顔だが、隠れた苦しさがチラチラと見え隠れしていた。

 

 __そうしたのは、私だ。

 

「……艦長、ごめんなさい……」

 

 そう消え入るような声で謝り、扉を閉める。

 閉まる直前、

 

「しろ……ちゃ……」

 

 自分を呼ぶ声が眠っている明乃から発せられたことに、ましろは気づかなかった。

 

 




☆誤変換NG〜ドラマメイキング風〜

※誤変換から思いついたしょーもないネタ。
 思いっきりはっちゃけてみた。

監督幸子「では医務室のシーン、続き行きます。3、2、1、スタート!」

麻侖【副長今失礼なこと考えてたろ】
ましろ【か……考えてない……フフッ
麻侖【やっぱ考えてんじゃねえか!】
洋美【だから止めなさいって!それより胸谷さん、艦長の様子を見に来たの?】
ましろ【……それもあるが……

   ……ちょっと待った」
幸子「カット!どうしたんですか?」
ましろ「黒木さん、今なんて言った?」
洋美「え?台本通り読んだわよ?【だから止めなさいって!それより谷さん……】あっ……」

○宗谷→✕胸谷

留奈「……胸の……谷間……」

一同爆笑。

洋美(赤面)「作者!!なんでこんな誤変換やってるのよ!」
ましろ「胸……っ!胸の谷間って……!」(プルプル)
留奈「こんにちは胸谷さーん」

 留奈がましろのジャージのチャックを降ろし谷間を見る。

ましろ「どこに話しかけてるんだ!?」(羞恥で顔真っ赤)
洋美「留奈!そこを代わりなさい!」
麻侖「いい加減にしろってんでぃ!!」

 バシイイイン!!
 留奈と洋美に強烈なハリセンツッコミが炸裂。

洋美・留奈「「痛あっ!」」
明乃「……ッ!アハハハハハハハ!」(枕に顔を埋めて爆笑)
ましろ「あーあー、寝てる筈の艦長まで起きちゃったじゃないか……」
明乃「あーごめん、耐えられなかったよ」
幸子「皆さんストップ!もう一度いきますよ!」
一同「はーい」

スタンバイ!

幸子「よ〜い……」
明乃「…………ププッ」(思い出し笑い)
ましろ「クスッ」(つられ笑い)
洋美「フフフ……」(つられ笑い)
 クスクス、アハハハ!(笑いの伝染)
留奈「皆笑って撮影にならない……アハハハ!」
幸子「あーもう!撮影中止!一旦休憩にします!」

次回もお楽しみに。


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34話 知らなきゃいけない

作者「仮面ライダーアギトの無料配信を毎週楽しみにしています。ちなみに今のところG3が好みです」
百々「変身より装着型のパワードスーツが好きなんスね」
作者「一度着てみたいな〜」
媛萌「こんなこともあろうかと!既にここに用意してあるよ!」
作者「おお〜!カッコいい〜」(早速着た)
百々「ついでに敵も用意してあるっスよ!」
作者「え?」
媛萌「さあやっちゃって!」
作者「えっ!?ちょっ、待って心の準備が、(ズドーン!!)ギャーーー!!」
百々「……跡形も無く吹き飛んだっス……」

追記:2021/3/31、誤字訂正を行いました。アドミラル1907様、誤字報告ありがとうございました。

それでは本編へどうぞ。


「__と言う訳で、横須賀に帰るまでお世話になります……」

 

 内火艇で武蔵にやってきた晴風クラス、それを出迎えたもえか達に対して、ましろが大まかではあるが武蔵に移ることになった理由を伝えて頭を下げた。

 

「了解しました、横須賀に帰港するまで晴風クラスの乗艦を許可します」

 

 もえかは淡々と仕事口調で答え、更に続けた。

 

「疲れているのに申し訳無いけど、私達も手一杯だから晴風の皆にも武蔵の艦内業務を手伝って欲しいの」

「わかりました。割り振りはお互いの各委員同士で決めさせましょうか?」

「そうだね」

 

 それからもえかは矢継ぎ早に指示を出す。

 

「主計長、晴風の皆に艦内図を配って、空き部屋を案内してあげて」

「はい」

「そのあと各委員は晴風の同じ委員の子と、業務の割り振りについて相談して」

『了解』

 

 指示が終わり主計長が晴風の皆を連れて空き部屋へと向かう、ましろもそれについていこうとして、もえかに呼び止められた。

 

「宗谷さん、ちょっといい?」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 武蔵艦橋最上部に位置する防空指揮所にましろは連れてこられた。屋根が無く空が360°見渡せるここは実に開放的で、見晴らしがよかった。残念ながらここが本来の目的である防空指揮のために、まともに使われたことはほとんど無いらしいが。

 縁に寄れば再集結した艦隊が全て見下ろせた、普段いる晴風の艦橋は他の艦に比べて低い位置にあるため、とても新鮮だった。

 

「宗谷さんはここに上ったの初めて?」

「ええ、そもそも武蔵に乗るのも初めてですので」

「えっ、そうなんだ」

「ほかのクラスの艦に乗る機会がありませんから」

「それもそうだね」

 

 当たり障りのない会話、だがましろは妙に落ち着かず、早く本題に入ることにした。

 

「岬艦長のことですか?」

「……うん」

 

 2人揃って晴風に目をやる。後部甲板に突っ込んだ飛行船の残骸を力づくで引き剥がそうと、摩耶がワイヤーを飛行船に繋いで後ろについていた。そのまま引きずって海の底に捨てるつもりなのだろうか。

 

「ミケちゃんは何で倒れたの?」

「陽炎さんが不知火さんから聞いた話によると、血まみれで倒れていた古庄教官の姿を見て倒れたそうです」

「嘘ね」

「私もそう思います。……ちなみに知名艦長の根拠は?」

「ミケちゃんなら、どんなに酷い状態でも、その人が生きているなら助けようとすると思うから」

「……そうですね」

 

 容易に想像がつく、あの艦長ならどんなに危険でも、どんなに酷い現場でも生きている人がいるなら突っ込んで行きそうだと思った。

 

「宗谷さんの根拠は?」

「陽炎さんが嘘つくの下手だったんです」

 

 だが、だとしたら明乃は何故倒れたのか。要救助者を前に意識を放棄してしまうほどのショックとは、一体なんなのか。

 

 __もしかして__。

 

「……誰か、死んでいた?」

 

 その場所で、誰かが既に亡くなっていたのなら、明乃がショックのあまり倒れてもおかしくは無い。

 しかし、もえかは首を横に振る。

 

「死者0って説明があったから違うと思う」

「それも嘘では?」

「前回は死者について一切触れなかったの、でも今回は0って言い切った」

「……なるほど」

 

 わざわざ「言ってないだけ」から「嘘」に変えた理由がわからない。勿論気まぐれと言われてしまえば崩れる根拠ではあるが。

 

 

 

 

 

「__なかなか鋭いじゃん?」

 

 

 

 

 

 不意に背後からかけられた声、2人がビクッ!と振り返ると、すぐ後ろに赤羽が立っていた。気配もなくいつの間にか、とても心臓に悪かった。

 

「赤羽さん!?」

「どうしてここに!?」

 

 ましろが声を上げ、もえかがそう尋ねると、赤羽はましろの隣で壁にもたれかかって答えた。

 

「武蔵の物資が足りねーかもって言うから晴風から持ってきたのと。それから、あたしがしばらく晴風に常駐することになったから伝えに来た」

「そうですか……」

「__って言うのはついで?いや建前だっけ。本当はさっきの話、晴風で何があったのかバラしに来た」

 

 そう言ってニヤリと笑う赤羽は、お世辞にも善い人には見えなかった。

 ましろはそれにゾクッとした嫌な予感を感じて、尋ねずにはいられなかった。

 

「……どうして教えてもらえるんですか?箝口令とか出てるんじゃ……?」

「まあ、司令からは言うなって言われてるけどさ。教える理由は"お詫び"だよ」

「お詫び?」

 

 赤羽は珍しく申し訳無さそうに声のトーンを落として答える。

 

「あたしがヘマやってレ級を晴風に送り届けちまったからさ、そのお詫び」

 

 戦艦レ級flagshipに赤羽がスキッパーによる捨て身の激突を敢行したものの、レ級を殺せずフロントノーズに乗せたまま晴風へと接近し、生徒達の離艦が終わらないうちに乗り込ませる原因となったのだ。

 それに負い目を感じて、何があったのか教えてくれるらしい。

 

 赤羽はポケットからmicroSDを取り出すと、ましろへ放り投げた。

 

「現場写真いくつか撮ってきた、よかったら皆で見なよ。あ、勿論司令達には内緒でね」

 

 そう言い残して防空指揮所から降りていく。その後ろ姿が2人には何故か楽しそうに見えて、やっぱり信用できない人だと思った。

 

「……なんだか怪しい人だね」

「同感です」

 

 2人で頷き合い、そしてましろの掌に乗ったmicroSDに視線を移す。

 

「現場写真……何が映ってるのかな?」

「……嫌な予感がしますね……」

「じゃあ止める?」

「まさか。……私は晴風の副長として、見なきゃいけないと思うんです」

 

 もえかがタブレット端末を差し出す、ましろはそれのスロットにmicroSDを押し込んだ。

 

 もえかのIDでログイン、エクスプローラーを開きSDへアクセスすると、

「現場写真 晴風 20XX/XX/XX(日付)」

 というフォルダだけが出てきた。

 

 ごくり、と唾を飲み込む。

 

 一体、どんな写真が入っているのだろう。

 一体、何があったのだろう。

 

「……開けます」

 

 意を決してフォルダをタップした。Cの字がクルクル回る短いロード時間を挟み、画像一覧が表示され__。

 

 

 

 __床と、肌色と、赤黒い__。

 

 

 

 

 

「「ひっ!?」」

 

 

 

 

 

 2人は短く、そして大きな悲鳴を上げた。

 ましろはそれを視界から外そうと、反射的にタブレットを放ってしまい、もえかがカバーに入り何度かお手玉しつつも、床に落ちる寸前でなんとか止めた。

 

 たかが写真を見ただけなのに息が跳ね上がり、心臓がバクバクと激しい動悸を起こす。

 

「はぁ……はぁ……、今のって……」

「……う…………うん……」

 

 もえかはタブレットの画面が見えないよう、裏にしたまま持ち直す。そしてましろに尋ねた。

 

「……ちゃんと、見る……?」

「……ええ」

 

 もう見なかったことになんかできない。

 ましろもタブレットを掴み、2人でゆっくり、恐る恐るタブレットを裏返した。

 

 

 

 そこに映っていたのは、惨劇の跡。

 

 晴風の通路にぶちまけられた血と、食い千切られた四肢と内臓。

 

 

 

「うえっ……」

 

 残酷な光景に慣れていない2人には直視なんかできず、顔を背けて横目でチラリと見ては顔を青ざめさせて、こみ上げる気持ち悪さと吐き気を必死に飲み込んで抑えた。

 

 少しばかり慣れてきたところで、横目ではなく正面から写真と相対する。だが、ましろの気分は余計に悪くなった。

 

 自分達の家である晴風で、間違いなく惨殺が行われた。何度見ても変わらないその事実が、ましろの精神にズシリとのしかかった。

 

 __自分のせいで、誰かが死んだ。

 

「そんな……、そんなことって……」

「宗谷さん!」

 

 力が入らず自分の脚で身体を支えられなくなる、それに気づいたもえかがすぐにましろを支えてくれた。そのまま支えられながら、よろよろと縁へ辿り着き、背を壁に預けて床にへたり込んだ。

 

「大丈夫!?」

「すいません…………ちょっと気分が……」

「……しばらく休んでよっか」

 

 もえかは膝を抱えてうずくまるましろを気づかって、自分も隣に腰を下ろした。

 

 しばらく会話も無い沈黙が続いた。

 やがて、晴風の方からバキバキと破壊音が聞こえてきた。摩耶の牽引により、飛行船を引き剥がし始めたのだ。

 

「……飛行船を引き剥がしてるみたいだね」

「そうですね……」

「……」

 

 会話が続かない、ましろから話しかけないでという心の声が痛い程に伝わってくる。

 無理もない、ともえかはましろが落ち着くまでそっとしておくことにした。

 

 自分達の過ちで人を死なせてしまった、その後悔はそう簡単には折り合えない、なのに今無理に踏み込めば、心をさらに閉じさせてしまうかもしれないから。

 

 もえかは手元のタブレットに目を落として、先程の写真を改めて見る。

 

「酷い……」

 

 何度見ても心が痛む、自分と変わらない子供なのに__。

 

「……あれ……?」

 

 __どうして今、死体が子供だと思った?

 自分の思考に疑問を覚え、写真を凝視する。そう思った理由はすぐにわかった、まずは手や足が小さいこと、見る限り男のような大きな手では無い、それから死体が着ている服、血で真っ赤に染まっているが間違いなく学校指定のジャージだ。

 

「……どういうこと……?」

 

 ジャージを着た女性、それが当てはまるのは元々晴風に乗っていた生徒と陽炎達しかいない。だが、晴風に乗っていた全員の無事が確認されている。

 

 明らかな矛盾。

 

 それに気付いた時、先程の赤羽の言葉を思い出した。

 

(なかなか鋭いじゃん?)

 

 あれは両方に向けられた言葉だ、ましろの誰かが死んだという考えと、それを否定したもえかの考えの両方に。

 どう表せばばいいのかわからないが、とにかく誰か死んだのに死んでいない。そんな状況なのだ。

 

 その原因を見つけようと写真を何枚も何枚も見ていくうちに、決定的なものを見つけた。

 

 

 

 右脚につけられたギプスの残骸。

 

 

 

 晴風で脚を固定していたのは、1人しかいない。

 

「宗谷さん、宗谷さん!」

 

 もえかがましろの肩を強く揺すると、ましろは俯いたままボソッと応えた。

 

「……なんですか……?」

「不知火さんはどんな様子だった!?」

「無事でしたよ……?」

「そうじゃなくて、脚を怪我してたでしょ!?」

「脚……?そうだ……脚を骨折してて……っ!?」

 

 そこでましろもハッと気づいて、顔を上げて目を見開いた。

 

 ましろが晴風を離れる前、不知火は骨折した右脚をギプスで固定し、松葉杖をついてジャージを着ていた。

 

 だが戦いの後、芽依と志摩を晴風から追い出した時の不知火はジャージを着ておらず、ところどころに血のついたスポブラにスパッツ姿で、ギプスを外し松葉杖を捨てて脚部艤装を履いていた。

 

 __いつ、脚が治ったんだ?なんでジャージを脱いだんだ?

 

「これを見て」

 

 差し出されたタブレットの写真、そこにはギプスの残骸と脱ぎ捨てられたボロボロのジャージが血まみれで映っていた。

 

「これって……!?」

 

 あまりにも衝撃的で信じられず、もえかと顔を向き合わせる。それを受けたもえかは、真相を一言一言はっきりと伝えた。

 

 

 

「死体はあるのに、誰も死んでない。……その死体は、不知火さんの……古い身体だから」

 

 

 

 摩耶に引きずられていた飛行船が、晴風から海面に落ちてドバァァァン!と着弾音に見劣りしない轟音を立てた。だが、ましろにはその衝撃すらわからなかった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 宇宙戦艦が艦首のロマン砲を発射し、目が眩む閃光によって宙に浮く大陸が跡形もなく消し飛ぶ。月すら飲み込めそうな巨大クレーターだけが、そこに残った。

 

 内容を覚える程見た有名アニメのリメイクをぼーっと見ながら、幸子はぼそっと言った。

 

「……しろちゃん、遅いですね……」

「遅いね……」

「うぃ……」

 

 芽依と志摩もぼーっとテレビを見ながら、どこか重苦しい空気の中頷く。

 此処はましろに割り当てられた部屋なのだが、明乃とましろを除く艦橋メンバーが集まっていた。

 いつもなら幸子の仁義のない映画でも流すのだが、BDは晴風に置いてきてしまったので、武蔵に置いてあったアニメを適当に流している。

 このアニメは海上安全整備局が協力しているからか、だいたいどの艦にも置いてあるらしい。皆もう見ているものの、暇潰しには十分なので選んだ。

 

 アニメがEDに入ったのとほぼ同時に、ようやくましろが部屋にやってきた。……のだが、

 

「うわっ、……なんで私の部屋に集まってるんだ?」

 

 そう身体をのけ反らせて、嫌そうに一歩下がられた。

 

「酷いですよー、しろちゃんに皆で聞きたいことがあって待ってたんです」

「……聞きたいこと?」

 

 幸子はましろの手を引っ張り、既に座っていた芽依と志摩を脇にずらして、ちょっと強引にベッドへと腰掛けさせる。

 

「あの……なんなんだ一体?」

 

 戸惑うましろに正面からぐいっと詰め寄る。

 

「現場写真、貰ったんですよね?」

「え……」

 

 目を見開いたましろが、なんでそれを、と言う前に一気にまくし立てる。

 

「赤羽さんから聞きました。『ましろに預けてあるから見れば?司令達がガキには見られたくない隠し事が写ってる』って」

 

 あんの自由人が……っ!とましろは悪い笑顔をする赤羽を思い浮かべて、ギリッと歯ぎしりをした。

 幸子が肩をガシッと掴んで更に迫る。

 

「しろちゃん見せてくださいよ、私達も晴風で何があったか知りたいんです。なんで艦長が倒れたのか、司令達が何を隠したいのか」

 

 幸子の強い意志を乗せた視線が、真正面からましろを射抜く。気を抜けばそのままベッドに押し倒されてしまいそうな気迫だ。汗がダラダラと背中を流れていく。

 

 その圧を少しでも逸らそうと目を右へ向けるが、それは無意味だった。向けた先には芽依と志摩が幸子と同じ目をして待ち構えていたのだ。

 ならばと左へ向けば、そちらには鈴が3人と比べればおどおどしていて弱そうなものの、絶対に逃さないという覚悟で待ち受けていた。

 

「ねえ副長?見せてくれるよね?」

「隠し事……ダメ」

「見せてくれるまで、下がりませんから……!」

 

 まさに四面楚歌、逃げられない。

 

 ましろはゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 

 

 

 __私も司令達と同じだ。見せたくない、あんな残酷な事実。見たら間違いなく皆の心が傷ついてしまう。

 ……だけど、それでいいのか?皆だって知りたいんだ、晴風の皆は見る権利があるだろうし、モヤモヤしたままでいいはずが無い。

 

 ……どうすれば………………。

 

 

 

 その時、完全に忘れていた最も重要なことに、ようやく気がついた。

 

 

 

「写真……見せてもいい……」

「ホントですか!じゃあ早速……!」

「だけど!……ちょっと待ってて欲しいんだ」

「なんで?」

 

 芽依が責めるように理由を尋ねた。

 ましろは幸子を押しのけて、掴まれて皺になったジャージを整えてから答えた。

 

「写真はあるけど、当事者から話を聞けてないから、まだ真実がわかってないんだ。……私が本人に直接何が起きたのか尋ねてくるから、それまで待って欲しい」

「先延ばしにしたいだけじゃないの?」

「……今夜中には会って聞いてくる。もし何も答えてくれなくても、明日の朝には写真を見せる」

「……絶対?」

「ああ、絶対だ」

 

 ましろは強く頷いた。

 

 その後。

「やっぱりすぐ見せてください、今すぐ」

「いや譲らん」

「見ーせーろ、見ーせーろー!」

「だから待てっての!」

 と押し問答がしばらく続いたが、ましろは1ミリも折れず、4人に音を上げさせることに成功した。

 

 守りきった、でも凄く疲れた。二度としたくない。

 

 4人は何度も「絶対ですよ!」「破ったら射撃訓練の的にするから!」と念を押しながら部屋を出ていった。

 

 パタン、と扉がしまってすぐ、ましろは大きくため息をついて、ベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

 先程気づいたこととは、陽炎が事実を隠した理由だ。

 勿論司令達からの依頼もあったのだろうが、残された死体の理由を語れば自分達が普通の人間ではない、と明かすことになる、きっと生徒に知られれば拒絶されると思って嘘をついたのだろう。

 

 でも、ましろはその願いを無下にしようとしている。

 

 レ級との戦闘の詳細から、陽炎達の正体まで、真実を洗いざらい聞いてクラスメート達に伝えるつもりだ。

 そうでなければ、皆も自分モヤっとした気持ちを引きずったまま、前に進めない気がする。本当のことを知ってから、ようやく踏み出せるのだと。

 

 だがそれは、陽炎達を傷つけてしまうだろう。

 

 それでも、ましろは生徒達に話すことを選んだ。

 

 ……いや、違う。

 

 

 

「…………ああ、クソ……」

 

 目元を手で覆い隠す。

 自分が嫌になる。

 真実を伝えても、晴風の皆が全員前向きになれるとは思えない、ショックを受けて立ち直れなくなってしまうかもしれない。陽炎達も不幸にして、クラスメートも不幸にしてしまう最悪のルートに入る可能性もある。

 そんなことも考慮せず、ただ幸子達に追い詰められて頷いてしまったに過ぎない。

 

「艦長ならどうしたんだろう……」

 

 瞼の裏に、笑顔で振り返る明乃の姿が浮かぶ。

 彼女ならどうしたのだろうか、誰も傷つけないように立ち回れたのだろうか。

 

「……私はどうすればよかったんだ……」

 

 その問に答える声はなかった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「__私はどうすればよかったのかしら……」

 

 副長室のベッドの下段で、ましろとそっくりに仰向けになり目元を覆い隠す陽炎、そのぼやきを情報処理端末を手に机に向かう不知火がバッサリと暴論で一刀両断した。

 

「何を選んでもそう言ってますから、無駄な悩みです」

「……あんた辛辣過ぎよ……」

「だってそうでしょう?本当のことを話しても皆を傷つけたって後悔するんですから」

 

 暴論ではあるが正しい意見に、陽炎は疲れ果てた様子でボソボソと答えた。

 

「……そうかもしれないけどね。こういう時は『貴女は間違ってません、正しい選択をしました』って慰めるものよ」

 

 慰める、その言葉で不知火のあるスイッチが入った。

 

「そうですか、慰めて欲しいなら最初から言ってくれればいいのに」

「それとなく察しろ忖度しろ甘やかせってことよ」

「……わかりました。慰めてあげます」

 

 不知火はスッと立ち上がり、ベッドへ近づいてきた。

 あれ?何をする気なの?と陽炎は怪訝に思い、首を動かし不知火を見る。

 

「陽炎が晴風を離れる時、不知火がなんて言ったか覚えてますか?」

「え?えーと……」

 

 陽炎は疲れや負の感情で一杯になった頭をなんとか回した。

 

「ア・イ・シ・テ・ルじゃなくて、サヨナラじゃなくて……」

「なにおかしなこと言ってるんですか、不知火はこう言ったんですよ」

 

 

 

(わかりました。では後で"すっごいこと"をするので楽しみにしていてください)

 

 

 

「あー、そうだったわね……」

「というわけで……」

 

 不知火はジャージを脱ぎ適当に放り捨てた、高速修復材によって傷1つ無くなった素肌がブラとスパッツの下以外露わになる。そしてベッドの上へ、陽炎の上に馬乗りになり、妖艶な笑みを見せた。

 

「不知火がたっぷり激しく慰めてあげます」

 

 だが、陽炎は乗り気になれず小さくため息をついた。

 

「……はあ……」

「なんですかそのため息は」

「……そういう気分じゃないの」

「ヤッてるうちにノリノリになりますよ、晴風のことも学生のことも忘れて、スッキリしましょう?」

 

 不知火は陽炎の耳元で甘く囁やき、陽炎のジャージのファスナーに手をかけた。

 

「……あんたがヤリたいだけでしょ?」

「はい」

 

 即答、欲望に忠実過ぎる。

 

「死にかけたせいか、性欲が昂ぶってしまいまして」

「……ま、いいわ。私まだ手が治ってないし、不知火の好きにして」

 

 __不知火の言う通り、少しは気が紛れるかもしれないし__。

 

 陽炎からのお許しを得て、不知火はファスナーを一気に下ろしジャージを脱がせ、舌なめずりをした。




陽炎「あの後滅茶苦茶慰められた」
不知火「あの後滅茶苦茶慰めた」

ちなみにR18を書く予定はありません。

不知火「なんでですか?」
作者「え?」
不知火「なんでかげぬいイチャラブエッチを書かないんですか!書いてください!書け!!」
作者「勘弁してくれ〜!!」

次回もお楽しみに。


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