ソードアート・オンライン~エグゼイド・クロニクル~ (マイン)
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オーディナル・スケール編 予告(本編ネタバレ注意)

暇つぶしで描いてたら予告っぽく描けてしまったので載っけてみます
原作に準じてマザーズ・ロザリオ編の後の話ですので今後のストーリーのネタバレがちょっとだけあるかもです

内容としてはトゥルー・エンディング+オーディナル・スケールな感じになります

描くとしたらだいぶ後になりますので気長にお待ち下さい。ではどうぞ


 『オーディナル・スケール』…『AR技術』の粋を集め、ARを日常の世界に取り入れることを可能とした新世代のゲーム機『オーグマー』のゲームソフト。それの登場に伴い、世間のゲーム熱はフルダイブのVRから現実と虚構が入り交じったARへと移り始めていた。

 

 

「AR…嫌いじゃないし、興味もあるんだけど…どうにもしっくりこないんだよな。今までが両極端だったせいか、なんだか中途半端な感じがしてさ…」

「そりゃあ、ARを仮面ライダーと一緒にしても駄目だよ。それに、命がけなわけじゃないんだからキリト君もこっちの方がいいでしょ?」

「そりゃそうだけど…ARだとユウキとも遊べないだろ?まだそこまでリハビリが進んでないんだから」

「それはそうだけど…」

「まあまあ、パラドがランキングダントツトップで追いつけないからって僻むのはやめなさいって!」

「そ、そんなんじゃねーし!」

 VRの世界に名残を惜しみつつも、キリトたちもARが馴染みだした世界で楽しく過ごしていた。

 

 

 …しかし、突如事態は動き始める。

 

 

「こ、この人達全部…ゲーム病患者なのか!?」

「ああ、バグスターが生まれるほど活性化している訳じゃねえが…この勢いは明らかに異常だぜ」

「患者に共通しているのは、直前までオーディナル・スケールのイベント戦に参加していたこと…そして、患者の中にはお前と同じ『SAO生還者』も多数いる」

 オーディナル・スケールをプレイしたプレイヤーの多くに突然発症した謎のゲーム病。CRや政府は対応に奔走するものの、原因も分からず、既に浸透しきってしまったオーディナル・スケールを止めることはできなかった。

 

 

「俺は『仮面ライダー風魔』…お前達が忘れていった者達に代わって戦う、復讐の使者だ…!」

「この世界に歌と笑顔を広げるために…ユナこと『仮面ライダーミネルバ』、ここに見参!」

 キリト達の前に現れた新たなライダー、風魔とミネルバ。ゲーム病をばらまいている張本人である彼らを止めるべく戦いを挑むが、その圧倒的な力の前にパラドですらも苦戦を強いられる。

 

 

「ごめん…ごめん、キリト…!全部、全部私が悪いの…。私があの時、ユナを助けられていればッ…!」

「…サチ、教えてくれ!あの時、何があったって言うんだ!?」

 風魔のミネルバの正体に、サチはSAOで目の当たりにしたある悲劇を語り出す。

 

 

「これでお前はSAOをクリアした英雄キリトでも、仮面ライダーでもない。…何も出来ない無力さを、精々味わえ…!」

「く…そぉ…ッ!」

 戦いの中でゲーマードライバーとエグゼイドのガシャットを奪われ、戦う力を失ったキリト。もどかしさの中待機を命じられたキリトを訪ねてきたのは、茅場晶彦の恋人だった女性…神代凛子であった。

 

 

「桐ヶ谷和人君。これはあの人の…晶彦さんの最後の『遺産』。そして、これは晶彦さんからの遺言よ。…『私が遺した全てを君に託す。私に代わって、あの空想の世界に未来を創ってくれ』…と」

「…勝手なこと押しつけやがって。…いいぜ、やってやるよ。アンタの夢は、俺が…いや、俺達が引き継ぐ!だから、俺に力を貸してくれ…!」

 茅場から託された『希望』を胸に、キリトは決戦の舞台へと赴く。

 

 

「重村教授、分かっていますね?我々『財団X』が貴方に求めた協力の見返りを…」

「承知している。…ああ、そうだ。例え悪魔に魂を売り渡したとしても…取り戻すのだ、悠那を…あの悲劇で失ってしまった全てを!」

 暗躍する財団X。そして全ての真相が明らかになるとき、戦いはクライマックスを迎える。

 

 

「守るぞ、光実!それが我々、アーマードライダーの使命だ!」

「はい、兄さん!」

「メロンの君の行く先、ワテクシがどこまでもお供するわ!」

「俺もやりますよ…!一緒に戦ってくれ、初瀬ちゃん!」

「化け物共め、かかってこい!ホワチャァーッ!」

「とんだ休暇になったな…だが、これも俺の仕事だ!」

「さあ、振り切るぜ!」

「皆のために、命…燃やすぜ!」

「さあ…ショウタイムだ」

 

 

 

「…お願い、キリト。皆を守って…私を終わらせて!」

「キリト君…勝って!負けないで!!」

「全ての運命は…俺が決める!ハイパー…大変身ッ!!」

 

 

 

 

劇場版ソードアート・オンライン~エグゼイド・クロニクル~

 

 エターナル・レクイエム

 

 

 

乞うご期待…?

 




映画では結局ランキングの1位が誰なのかは分からなかったので、いっそパラドを1位にしてみました。バグスターなので誰よりも時間はありますし、イベント開催地が発表されたらネットを介してひとっ飛びできますし

風魔の正体は想像通りだと思います。ついでにユナもライダーにしちゃいました。名前の由来は芸術の女神であるミネルヴァから。ユナと一緒に居たあの鳥っぽいのもミネルヴァの象徴であるフクロウっぽかったので

ちなみに、一応救いのあるエンディングを考えています。仮にもトゥルー・エンディングに準じたものなので


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外伝予告①

面白いネタが思いついたから予告風に載っけてみたゾ。
時系列やSAO側の登場人物に関しては突っ込まないでくれると嬉しいゾ。特に「これこの作品でやる必要あるの?」ってツッコミだけは勘弁だゾ

…別に執筆に手間取って時間稼ぎしている訳じゃないゾ。マジだゾ


 その二人は、もう決して出会えない筈だった…

 

 

「アンデッドは全て封印した…。お前が最後だ…ジョーカー!!」

「俺とお前は、戦うことでしかわかり合えない!」

 

 

 その二人はかつて敵であり、やがて友になり…そして相容れない宿敵となった。

 

 

「俺は運命と闘う、そして勝ってみせる。お前は、人間達の中で生き続けろ…」

「剣崎…ッ!」

 

 

 その二人は、もう決して出会ってはいけないはずだった。

 

 

 

 

 

 だが

 

 

「また…出会えちゃったな、始」

「待っていたぞ…剣崎!」

 

 

 運命は、再びこの二人を巡り合わせた。この星を守る戦いのために…

 

 

 

 

 

 

 突如として各地に出現した白と黒の昆虫のような怪物…『カオスローチ』と名付けられた彼らは人間のみならずあらゆる生物を襲い始める。

 

「なんだこのゴキブリみたいな奴らは!?気色悪いぜ…」

「病院にゴキブリなど言語道断…!即刻駆除する!」

 キリトや飛彩たちは応戦するが、その数と異常なまでの打たれ強さに苦戦を強いられる。

 

『ウオオオオオオオオ!!』

「な、何…!?あの、カミキリムシみたいなの…アイツらから皆を守ってる?」

 そんな時、黒と緑の異形な怪物が現れ仮面ライダー達に混ざってローチ達と戦い始めた。

 

「…手を貸すぞ、今の仮面ライダー。それが俺に出来る…いや、俺にしか出来ないことだ」

「アンタは…?」

「俺は相川始…またの名を、『ジョーカー』」

 人の姿になったジョーカー…始により知らされた、生物の始祖にして不死の怪物『アンデッド』の存在とかつて奴らと戦った『仮面ライダー』の存在。始を仲間に加えたキリトたちは事態を収拾するべく動き始める。

 

「俺はアンデッド…不死身の化け物だぞ?なのに、どうしてお前達はそうも自然に接することが出来る?」

「んなこと言われてもなぁ…それを言ったらパラドやポッピーだってバグスター、人間じゃないしユイやストレアなんてAIだぞ?今更人間じゃないくらいで気にしたりはしないさ」

「そーそー!こうやって話が出来て、一緒に笑えるんだったら…私たちは仲間ってことでいいじゃん?」

「そうです!パパも皆も始さんも、皆友達になれるんです!」

「…成る程。どうやらお前は、筋金入りの仮面ライダーのようだな」

「褒めてんのかそれ…?」

 自分を一人の人間として受け入れるキリトにかつての友の面影を感じる始。

 

 

 そんな彼らの前に、ローチ達の首魁が姿を現す。

 

「ジョーカーが…二体!?」

「私はカオスジョーカー…。バトルファイトを終わらせる者…そのために、全ての生命体を抹殺する…!」

「統制者め…!そこまで狂ったか!?」

「愚問だなジョーカー…。これはお前達が望んだことだろう?お前ともう一人のジョーカーはバトルファイトを拒んだ…故に、我らの手でバトルファイトを終わらせようというのだ」

「ふざけるなッ!!」

 統制者…モノリスが生み出した『3体目』のジョーカー。全ての命を消し去ることでバトルファイトの概念そのものを抹消しようとするカオスジョーカーに、キリトたちと始は戦いを挑む。

 

「ハイパームテキが…通じない!?」

「貴様のそのムテキの力…統制者の権限で封じさせてもらった。貴様ら人間も所詮は始祖より生まれし存在、その力はお前達には荷が勝ちすぎる…!」

「馬鹿なッ!ふざけるなぁッ、私の…神の才能が及ばないなどぉぉぉぉッ!!」

「お前は神では無い檀黎斗。私こそが神なのだ…!」

 あらゆるアンデッドの力を使いこなすカオスジョーカー。頼みの綱であったハイパームテキを封じられたキリトたちは絶体絶命のピンチに追い込まれる。

 

 

…ブゥゥゥゥンッ!!

 その危機が、遠く離れていた『英雄』を呼び寄せることになる。

 

「貴様は…!?」

「くっ…アンタ、は…?」

「俺は剣崎一真…仮面ライダー、ブレイドだ!」

 ジョーカーが複数存在するという異常事態によりバトルファイトの制約から一時的に解放された2体目のジョーカー…剣崎が合流し、カオスジョーカーと統制者との戦いはより苛烈なものとなる。

 

「一緒に戦ってくれ…剣崎さん、相川さん!」

「ああ、勿論だ!それが、仮面ライダーの使命だ!」

「行くぞ…!」

 

 

「「「変身!!」」」

 

『マイティジャンプ!マイティキック!マイティマイティアクションX!』

『TURN UP』

『CHANGE』

 

「全ての命の運命は…俺達が変える!!」

 

 

 

 エグゼイド・オンライン 外伝 

 

 

 

 仮面ライダー剣 完結編 Overlap Joker

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お前が『4体目のジョーカー』か。試してあげよう、お前の力を…!」

「ば、馬鹿な…貴様はッ!?」

「変身…!」

 

『OPEN UP』

 

 

 

 乞うご期待…?

 




…最後の人物が「どっち」なのかはご想像にお任せするゾ(^U^)


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命がけのゲーム、再び

またネタを思いついたので載っけてみます
今回はSAO×仮面ライダーエグゼイドです。例によって主人公の永夢ポジにキリトが入っています。年齢とか立場に関しては深く考えないでね
反響次第では連載も予定していますので、どしどし感想くださいな

ではどうぞ


 『仮面ライダークロニクル』。幻夢コーポレーションが開発した日本中を巻き込んだ最大最悪のゲームの決着から1年…。あの戦いを切り抜けたライダー達は再び医者としての立場に戻り、日々患者を救うために尽力する日々を送っていた。

 

 …しかし、そんなライダー達の中で一人戦いから離れた者が居た。ゲーム病の原因であるバグスターウイルスに対抗できるライダーシステムの適合者は貴重である。本来ならよほどの事がない限りライダーとしての務めから離れることは出来ない。

 だが、にも関わらずCRに所属するドクター達やその元締めである衛生省はそのことを揃って認めていた。しかし、それも仕方がないことだろう。

 

 

 何故なら…そのライダーはまだ医師免許すら持っていない、当時『13才』の少年だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっと届いたぜ、『ソードアート・オンライン』の製品版!」

 都心から少し離れた埼玉県川越市にあるとある一軒家、その2階にある自室にて『桐ヶ谷和人』は待ちに待ったそれを手に珍しくはしゃいでいた。

 

 

 

 桐ヶ谷和人…またの名を、『天才ゲーマーキリト』。かつてあらゆるゲーム大会を総ナメにした伝説のゲーマー…そして、聖都大学付属病院のCRに所属するライダーの一人『仮面ライダーエグゼイド』の正体である今年14才になったばかりの少年だ。

 

 事の発端は1年前。当時の和人は自分が両親である桐ヶ谷夫妻の本当の子どもではないことを知り、今までの自分や家族との距離を信じれなくなり、無理を言って地元ではなく都内の学校に通っていた。大して意味がないことだとは分かっていたが、それでも…少しでも家族と距離を置いて自分の気持ちを整理したかったのである。

 そんなある日、たまたま病院を抜け出していたゲーム病患者の少年と出会い、彼を病院へと送った際…少年が感染していたバグスターウイルスが活性化し、目の前でウイルスと融合したバグスターユニオンになってしまう。

 そこへ駆けつけたCR所属のナース『仮野明日那』が持っていたゲーマードライバーを見た瞬間、和人は無意識のうちにドライバーとガシャットをひったくり、そのままエグゼイドへと変身してしまう。唖然とする明日那を余所にエグゼイドはバグスターウイルスを撃退し見事少年を救ったのであった。

 その後、よく分からないうちにCRへと連行された和人はゲーム病と仮面ライダーのことを知り、院長である『鏡灰馬』や衛生省の大臣であり事故死した和人の両親の主治医であった『日向恭太郎』らと大いにもめた結果、表向きは『バイトの清掃員』ということでライダーとしての活動を認められることとなった。ただし、それはあくまで和人の『天才ゲーマーキリト』としてのセンスや理由は不明だがライダーとして戦うことが出来る希少性に関してのみで、当然ながら医師免許を持たない和人は患者との余計な接触は控えるという条件付きであった。

 

 その後、院長の息子であり天才的な腕を持つ外科医『鏡飛彩』こと『仮面ライダーブレイブ』、監察医であり和人の兄貴分として頼れる『九条貴利矢』こと『仮面ライダーレーザー』、元CRドクターで現在は医師免許を剥奪され闇医者をしている『花家大我』、またの名を『仮面ライダースナイプ』、そして幻夢コーポレーションの社長でありゲーム病と仮面ライダーに関する諸々の元凶である『檀黎斗』…『仮面ライダーゲンム』たちと時に対立、時に共闘しながらバグスターウイルスの脅威から人々を守り、やがてその真実へと近づいていく。

 

 当初こそ仮面ライダーであるという義務感から戦っていた和人であったが、黎斗から自分がゲーム病の『原病患者』であり、今も尚感染中だということを知らされ、一時ストレスから自棄になって暴走しかけたものの、飛彩や貴利矢に諭され自分の運命と向き合うべく本心から戦いに身を投じるようになった。

 

 そしてついに仮面ライダークロニクルのラスボス…黎斗の父親である『檀正宗』の変身する『仮面ライダークロノス』と最強のバグスターである『ゲムデウス』を倒し、ゲーム病の感染拡大に一区切りを入れた和人は、将来医師免許を取り正式なCRのドクターになるべくライダーとしての活動を止め、元の学生としての生活に戻っていった。

 

 

 

『βテストから随分待たされたよなー。和人、たまには俺にも遊ばせてくれよ?』

「分かってるって、『パラド』」

 自身の内から聞こえてくる声…和人に感染したバグスターウイルスであり、和人の『天才ゲーマーキリト』としての片割れである『パラド』にそう言いながらも、和人はワクワクを抑えきれないようにパッケージを開ける。ゲーマーとしての好奇心も勿論あったが、和人がこのソードアート・オンライン…『SAO』にここまで拘っているのにはもう一つ理由があった。

 

「世界初の『フルダイブ型VRMMO』…βテストの時でも十分すごかったけど、製品版の完成度はあれ以上の筈だ。これの出来映え次第では…ゲームだけでなく『医学分野』への応用だって夢じゃない。その時に備えて、いち早くこの世界に慣れないとな!」

『…とかなんとか言って、自分が遊びたいだけだろ?』

「アハハ…それは否定しない、と…!」

 意気揚々と取り出したソフトを、和人は自分のVRMMO専用筐体…『ナーヴギア』にセットする。…と、そこに

 

「…お兄ちゃーん!部活行ってくるねー!」

「お…はいよ!気をつけてな!」

 部屋の外から声をかけてきた妹に返事をして、再び和人はナーヴギアに向き合う。

 

『直葉は相変わらず元気だねぇ。…俺のこと知ったら、なんて言うと思う?』

「さあな…けど、いつかは言わなきゃならないだろうな。お前のこと、母さん達にも…直葉にも」

『……』

「…ま!それはそうとして今はSAOだ!先にやらせてもらうぜ」

『…ああ。んじゃ、俺はしばらくお休みっと…』

 意識の底でパラドが眠りに就いたのを確認し、和人はナーヴギアを頭に装着しベッドに横になる。

 

「…リンク・スタート!」

 ナーヴギアを起動する声と共に、和人の意識は電子世界へとダイブしていく。その先で待つ、冒険の世界へと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、和人を待ち構えていたのは夢と希望の冒険の世界ではなく…絶望と死と隣り合わせの、非情な戦いの日々であった。

 

『プレイヤーの諸君、私の名前は『茅場晶彦』。この世界を唯一コントロールできる存在…私の世界へようこそ』

「なんだ…こいつが、茅場晶彦!?けどあの姿は…まるで『クロノス』じゃないか…!」

 和人を含めた多くのプレイヤー達の前に現れた、SAOとナーヴギアの制作者である茅場晶彦を名乗るクロノスそっくりの存在。彼から告げられたのは、このSAOからの『ログアウト不可能』、そしてこの世界での『ゲームオーバー=現実世界での死』という事実であった。

 

「ふざけんな…!また、また繰り返そうっていうのかよ…。止めてやる…この世界で、二度目の『仮面ライダークロニクル』なんかさせてたまるかよッ!!」

 仮面ライダーとしての責務、そして人の命を弄ぶようなことへの医者を志す者としての怒り、…何より『ゲームを愛する者』として茅場の行為を許せない和人は、この狂ったゲームを一刻も早く終わらせるべく戦いに身を投じる。

 

「君が天才ゲーマーキリトなのか…!君ほどの人物が攻略に協力してくれるのなら心強い!」

「ジブン、天才だとか言われていい気になっとるみたいやけどな…ワイはお前みたいな自分一人で突っ走るような奴は認めへんからな!」

「なんつーかよ…お前、ちょっと頑張り過ぎなんじゃねえか?もうちょっと、俺達を頼ってくれてもいいんじゃねーの…つか、頼れよな!俺達友達だろ?」

「calm dawn…落ち着けよ少年。アンタが死んだら元も子もないだろ?」

「…キリト、貴方に会えてよかった。貴方に会えたから…私は、この世界でも『生きたい』って思えるようになれた」

「…私は君のことが知りたい。どうしてこの世界でそんなにも自然体で居られるのか…どうして戦うことに迷いがないのか。その強さを…私は知りたいの」

 戦いの中で多くの人に出会い、紡がれる絆を力に和人はSAOを攻略していく。

 

 そして、ついに訪れたその時…対面した茅場より和人は衝撃の事実を知る。

 

「どうだったかね、このソードアート・オンラインの世界は?少なくとも、あの仮面ライダークロニクルよりはマシなものが出来たとは思うんだがね…キリト君。いや…『仮面ライダーエグゼイド』」

「ッ!?お前…どうしてそのことを!?」

「私は以前、幻夢コーポレーションに…あの壇黎斗の元にいたのだよ。だから私は知っている。仮面ライダークロニクルの真相を…君が世界を救った英雄だということをね」

 

 これは、ゲームであって遊びではない…命をかけたゲームの物語。

 

『ソードアート・オンライン!』

「変身…!」

『雷鳴轟々!剣神降臨!全知全能、ここに在り!』

「『仮面ライダーゼウス』…これがクロノスを継ぐライダーの姿だ。さあ…来るがいい、天才ゲーマーキリト!」

 

『マキシマムマイティX!』

『ハイパームテキ!』

「ハイパー…大変身!」

『ドッキーング!パッカーン!ムーテーキー!輝け~流星の如く!黄金の最強ゲーマー!ハイパームテキエグゼーイド!』

「仮面ライダーエグゼイド…ソードアート・オンライン、ノーコンテニューでクリアしてやるぜ!」

 

 

 




茅場が変身したオリジナルライダーのゼウスですが、見た目はカラーリングが血盟騎士団の赤と白になったクロノスそっくりな姿で、大きな剣と盾を持っています。基本スペックはクロノスと同じです
名前の由来はギリシャ神話の大神クロノスの息子である全能の神ゼウスからです


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浮遊城アインクラッド

とりあえず短いですけど続いてみました
前話のリンク・スタートしてからの続きになります

こんな感じで楽しんでもらえるのなら今後もちょいちょい書いていく予定です。もし10話超えたら正式に連載作品にします

ではどうぞ


キィィィン…ッ!

 仮想空間にダイブするとき特有の疾走感。それに身を委ねていた和人であったが、その感覚が消えたことを感じて目を開けると…

 

 

フワァァァァァァッ…!

「…すげぇ」

 目の前に広がる光景に、βテストの時にも同じものを見たはずの和人は思わずそう呟いてしまう。和人が立っていたのは、中世と近代が入り交じったような不思議な町並み。天を突くような青空は『屋内』であるにも関わらず現実世界と相違ないほどに青く澄み切っている。

そう、こここそがSAOの舞台…『浮遊城アインクラッド』、その最下層に当たる『始まりの街』であった。

 

ザワザワザワ…!

その中央にある広場には、和人の他にログインしてきた多くのプレイヤー達がおり、皆目の前の街並みや自分たちの姿に興奮気味で思い思いに言葉を交わしている。

 

 

「っと、こうしちゃいられない…!」

 辺りを見回していた和人であったが、すぐに自分の姿がさっき設定したアバター通りになっているか、そしてプレイヤー名がいつも通り『キリト』になっているかを確認すると一目散に走り出す。

 

「早く行かないと…!あの店のことはβテスターなら大体が知ってる、売り切れになるってことはないだろうけど…出遅れるのは面倒だもんな」

 キリトが目指しているのは、路地裏にひっそりとある武器屋。そこは見つかりにくい代わりにこの始まりの街で最も品揃えの良い店であり、βテストの時にその店を見つけていたキリトはあちこちの露天に目がくらんでいるプレイヤー達にかまうことなく向かう。

 

「…おーい!そこの兄ちゃん!」

 と、そんなキリトの後ろから見慣れぬ…と言ってもここでは全員初対面のようなものだが、赤毛の男が手を上げて追いかけてくる。

 

「ハァ、ハァ…なあ、アンタもしかしてβテスターだろ?その迷いのない動き…そうに違いねえ!どうだ?」

「あ、ああ…」

「やっぱりそうか!…実は、俺今日が初めてでよ。まだわかんねーことばっかりなんだ、攻略の邪魔するみたいで悪りーけど…序盤のコツだけレクチャーしてくれねえか?な、頼むよ!」

 手を合わせて頼み込んでくる男にキリトは戸惑ったが、やがて思い至る。

 

(…そうか、ここじゃ俺みたいな方が少数派なんだよな。俺らβテスターが先に攻略するのは簡単だけど、そうすると後から来る連中の楽しみを減らしちまうことになるかもな。…だったら、たまには俺が『教える側』に回るのもいいかもな。ゲームは、皆でやったほうが面白いんだし)

 誰よりも先を行く『天才ゲーマーキリト』ではなく、『一人のプレイヤー』としての立場を選んだキリトは笑みを浮かべる。

 

「…分かった。俺が分かる範囲でなら教えるよ」

「おお、サンキュー!んじゃあ…」

 

 

「ちょっと待ったぁぁぁ~!」

「「!?」」

 突如割り込んだ声に二人揃って振り向くと、路地裏のそのまた陰からアフロ頭の男が飛び出してくる。

 

「な、なんだアンタ!?」

「失敬、不躾ながら話は聞かせてもらい申した。…その話、拙僧も便乗させてはもらえないでありませんか?」

「へ?せ、拙僧…?」

「ああ、拙僧リアルでは以前は『仏に仕える身』でして…。今は転職して『探偵』のような仕事をしているのですが、それ故この手のゲームに馴染みがなく…今もどうしていいか分からず隠れて様子を見ていたところに、お二人の話を聞いてしまいまして…」

「…なんでそんな人がこのゲームやろうだなんて思ったんだよ?つか、坊さんからアフロヘッドってギャップありすぎだろ」

「だって…『仮想空間』ですぞ!電子の世界にもう一つの世界が広がっている…これはもう『不可思議現象』といっても過言ではありませぬ!であれば、拙僧がそれを確かめることになんの矛盾もありませんぞ!」

「あ、あははは…」

(…なんだろう、この言い回し…どっかで聞いたことがあるような…?)

 アフロ頭の言動にデジャヴを憶えながらも思い出せず、ひとまずキリトは話を戻す。

 

「と、とにかくアンタも一緒に教えて欲しいってことだよな?」

「そうであります!…駄目ですか?」

「いいよ、一緒にやろう。ゲームは皆でやったほうが楽しいからな」

「おう、その通り!」

「おおおお…!感謝しますぞ二人とも!これも御仏のお導き…ナマンダブナマンダブ…!」

 異常にテンションの高いアフロ頭に苦笑しつつも、キリトの初心者教室に二人目の生徒が加わった。

 

「おっと、そういや言い忘れてたぜ。…俺は『クライン』ってんだ、よろしくな」

「拙僧は『オーナリー』と申します。以後よろしくお願いしますぞ!」

「俺は…キリトだ」

「キリト?…どっかで聞いたことが…って、あーッ!もしかしてアンタ…あの『天才ゲーマーキリト』!?」

「ああ、そうだ」

「クライン殿、なにかご存じで?」

「あったり前よぉ!天才ゲーマーキリトといやあゲーム好きなら誰もが知ってるゲームの達人だぜ!格闘ゲームからRPG、シューティングにパズルにレース、おまけにリアルのボードゲームまで網羅しているっつープロ顔負けの凄腕ゲーマーよ!ここ1年ぐらい活躍を聞いてなかったから引退したっつー噂もあったんだが…そうか、このSAOに備えて準備してたってことだったのか!」

「あー…まあ、そんなところかな」

「こいつはラッキーだぜオーナリー!俺達ぁ最高の先生に出会えたぜ!」

「よ、よく分かりませんが…よろしくですぞキリト先生!」

「ああ、よろしく」

 

 

 

 

 

ドカーン!

「「どわぁぁぁぁぁ!?」」

 武器をそろえ、意気揚々とフィールドに飛び出したクラインたちであったが、キリトが試し切りとして連れてきたイノシシ型のモンスターに遭えなく吹っ飛ばされていた。

 

「おいおい、しっかりしろよ二人とも!」

「き、キリト~!アイツ強すぎるぜ、ボスキャラ連れてきたんじゃねーよなー!?」

「あんなの雑魚中の雑魚だよ。コツさえ解れば良い経験値でしかないぜ」

「そのコツがわかんねーんだっつーの…!」

「せ、拙僧は元僧であるからして…殺生は苦手でありまする!」

「ったく…んじゃ、俺の手本見てろよ」

 そう言ってキリトは石を拾ってイノシシに投げつけ、注意を自分に引き付ける。

 

ブィィィィィッ!

 嘶きながら突っ込んでくるイノシシに、キリトは慌てることなく剣を構える。

 

「大事なのは、相手の動きをしっかり見極めることだ。どんなモンスターであれ、所詮はプログラム。決められたアルゴリズム以外の行動をとることはないから、まずは…敵の攻撃を読み切って…!」

 イノシシの突進に対しキリトは剣の腹を向け、突進に合わせて体をずらし衝撃を別方向に受け流す。

 

「おおっ!」

「あとは、敵の次の行動までの硬直時間の隙を突いて…『ソードスキル』をたたき込む!」

 隙だらけのイノシシの横っ腹に、キリトの振り下ろした剣が光の軌跡を纏う。SAOの醍醐味である『ソードスキル』が発動した証拠である。

 

ザシュッ!

…パキィィン!

 イノシシの腹に赤い傷が刻まれると同時に、イノシシはガラスが砕けるようなエフェクトと共に消滅した。

 

「…やっぱ使い慣れてない剣だとやり辛いな。もっと重たい剣を探しておこう」

「す…すげー!」

「…ソードスキルに関しては、プレイヤーの動きに応じて自動的に発動するようになってる。色々やってみて、自分に一番あったソードスキルを憶えればとりあえず序盤は問題ないさ」

「よ、ようし…拙僧もやりますぞ!いざ!いざいざいざいざいざぁ~!」

「あっ!待てよオーナリー、俺も行くぜー!」

「元気だな二人とも…」

 張り切ってモンスターを探しに駆け出す二人にキリトは呆れつつも、かつて自分がまだパラドの存在を自覚していなかった時の純粋にゲームを楽しんでいた時を思い出し、笑みを浮かべてその背を追いかけていった。

 




…何、オーナリーの言動やキャラに見覚えがあるって?…知りませんね(顔を逸らす

……「本人」じゃないかって?…さあ、なんのことやら(棒


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支配者ゼウス

立て続けの更新はここまでで
あとはダンガンロンパの合間にちょろちょろ書いていきます

ではどうぞ


 戦闘を始めてから数時間後、日が傾き始めてきたのを機に3人は戦闘を中断し休憩していた。

 

「いやぁ~戦った戦った!慣れればなんてことねえ感じだったぜ。ひょっとして俺って天才だったりして…?」

「いやはや…拙僧が斬った張ったの戦いに出るとは夢にも思ってませなんだが、これがなかなか痛快ですな!リアルであれば破戒僧間違いなしですが、ゲームなら無問題ですしな!ここならばタケル殿も拙僧のことを見直してくれるかも…ぐふふ!」

「調子の良い奴ら…」

 大声で笑い合うクラインとオーナリーに苦笑しつつも、キリトは久々の『命に関わらない戦い』に内心スッキリしていた。

 

「けど、俺もいいストレス解消になったよ。ここ最近勉強ばっかりしてたから色々溜まってたんだよな…」

「あん?なんだキリト、お前学生だったのかよ?」

「まあな…こう見えて、将来は『聖都大学医学部』を目指している医者のタマゴなんだぜ?…自分で言うのもなんだけど」

「おお!マジでか!?お前頭もよかったのかよ!」

「いやはや立派な志ですな。…しかし、そんなこと拙僧達に話してもよかったのですかな?」

「ん…なんだかな。確かにオンラインで個人情報を話すのは不味いんだけど…あんた達なら大丈夫そうだしな。二人とも嘘をつけるような奴には見えねえし」

「…キリト~!良い奴だなお前よぉ~!」

「会ったばかりの拙僧たちのことをそこまで信用してくれていたとは…うれしい限りですぞキリト殿!」

「うお、やめろって…暑苦しいっての!」

 肩に腕を回して抱きついてくるクラインを引き剥がそうとすると、ふとクラインが思い出したようにメニューウィンドウを表示する。

 

「…おっといけねえ!そろそろログアウトしねえと、注文していたピザが来ちまう!」

「…クライン、さてはお前『独身のサラリーマン』だろ?」

「んなッ!?な、なんで分かった!」

「晩飯に宅配でピザを頼むって事は、『金も時間もあるけど一緒に食べる人の居ない寂しい奴』…ってことだろ?つまり、独身貴族のサラリーマン辺りだと思ったんだが…違うか?」

「な、ななっ…ひ、一言余計なんだよぉー!名探偵かこのヤローッ!」

「ははは、悪い悪い」

「ったく…キリト、今日はサンキューな。機会があったら、また一緒に遊ぼうぜ。オーナリーもな」

「ああ!」

「勿論ですぞ!」

 再会を約束し3人で拳をぶつけ合った後、クラインは一足早くログアウトしようとし、オーナリーとキリトも続けてログアウトしようとしたが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あり?」

「はて?」

「…ログアウトコマンドが、『無い』?」

 メニューウィンドウを端から端まで見渡しても、ログアウトするためのコマンドが『存在しなかった』。

 

「どうなってんだ!?ふつーあるもんだろ…つか、無いとおかしいだろうがログアウトってのは!」

「どどど、どういうことなのでしょうか!?キリト殿、ログアウトというのは勝手になるものなのでしょうか!?」

「…いや、ログアウトは基本任意でしかできない。それにナーヴギアの説明書を読んだけど、ナーヴギア本体にも強制ログアウトするための機能は無い。そもそも、ナーヴギアを装着している間は脳への伝達信号の全てがシャットダウンされている状態だからな。リアルの俺達は殆ど昏睡状態に近い…自力での覚醒は不可能だ」

「なんだよそれ…サービス開始初日にトラブルとかふざけんなよッ!アーガスの連中はなにやってんだ!」

 髪を掻きむしりながらナーヴギアとSAOを制作した茅場晶彦の会社である『アーガス』に文句を言うクラインをキリトが宥める。

 

「落ち着けよクライン、運営だってこの事態に黙っているはずがない。その内サーバーを停止するとかしてログアウトできるように計らってくれるさ。…ただ、何時になるかは分からないからお前のピザは諦めた方がいいかもな」

「ああ…俺のスーパーミックスDX…、俺の4500円~!」

「クライン殿、憐れな…南無」

 悲しい慟哭と男泣きに暮れるクラインにオーナリーが合掌を送った

 

 

 

 

 その時である。

 

ガラーン…!ガラーン…!

 始まりの街より、鐘の音が響き渡る。

 

フッ…!

「…え!?」

「ほわっ!?」

「これは…」

 その音を聞いた瞬間、3人の視界が青い光に包まれ、光が収まったときには3人は始まりの街の広場…ログインしたときに居たあの場所へと戻ってきていた。

 

シュンシュン…!

 辺りを見ればキリトたちだけでなく、他にも多くのプレイヤーが…正確には『全てのプレイヤー』がこの広場に続々と強制転移させられてきていた。

 

「ど、どうなってるんだ!?なんでこんなところに…」

 と、群衆の誰かが声を上げかけたその時…

 

 

ゴロゴロゴロ…

 突然、晴れ渡っていた夕焼け空に黒雲が蔓延り始める。そして…

 

 

ピシャァァンッ!!

 一筋の稲妻が轟音と共に落ちた。

 

『きゃああああッ!!?』

 悲鳴と困惑の声が響く中、黒雲の中から『電子音声』が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

『雷鳴轟々!剣神降臨!全知全能、ここに在り!』

「…!?い、今の…声?なんだ!?」

 皆が思わず空を見上げると、黒雲の中から何かが『降りてくる』。

 

「あ、あれは…!?」

 

 

 

 

 それは山のような大きさの『巨人』であった。赤と白の2色のカラーリングの甲冑に身を包み、頭は跳ね上がった髪の毛のような形をしている。目はまるでゲームキャラのようなデフォルメされた形をしており、左胸や手足にゲームコントローラーのボタンのようなものがついている。そして腰には、特徴的なベルト…『バグルドライバーⅡ』が装着されている。

 

 その異様な姿に誰もが圧倒される中、その外見にすさまじく『見覚え』のあったキリトは思わず呟く。

 

「馬鹿な…!?そんな、あり得ない…いや、でも…色や細部こそ違いはあるけれど…あれは、『クロノス』そっくりじゃあないかッ…!」

『……』

 かつて自分たちが倒した最強最悪の敵に酷似したその巨人に激しく動揺するキリト。巨人はそんなキリトを一瞥したかと思うと、自分を見上げるプレイヤー達を見下ろしながら話し出す。

 

『プレイヤーの諸君。私の名は『ゼウス』…このアインクラッドを支配する者。私の世界へようこそ…!』

「私の世界…!?」

『この姿を見て分かっている者もいるだろうが…私はとある人物の『アバター』だ。私の本当の名は…『茅場晶彦』。そう、私はアインクラッドの支配者であると同時に現在SAOを『外』から管理できる唯一の存在なのだ』

「…な、なんなのこれ…どういうこと?」

「もしかしてなんかのイベントじゃない?期間限定のクエスト的な」

「開発者様がラスボスしてくれるってか?粋な計らいじゃないか…!」

 まだ事態を受け止め切れていないプレイヤーの多くは、目の前の出来事をサービス開始を記念したセレモニーの一環だと楽観的に捉えている。しかし、キリトはそんな油断など欠片もない視線でゼウスを見据える。…その支配者然とした雰囲気が、あの壇黎斗や壇正宗に近しいものだと感じ取っていたからだ。

 

『諸君らはすでにメインメニューからログアウトのコマンドが無いことに気づき、動揺したことだろう。…しかし、それは不具合などではない。それはソードアート・オンラインの『本来の仕様』なのだ』

「仕様…?」

『諸君らはこの世界に来た時点で、自発的なログアウトをすることはできない。また、外部からの物理的、あるいはハッキング等によるナーヴギアへの干渉も不可能だ。もしそれが実行された場合…ナーヴギアから放たれる高出力のマイクロウェーブが諸君らの脳を灼き、死に至らしめる』

「…?あの、あの方は一体何をおっしゃられているのですかな?」

「要するに、無理矢理ログアウトしようとしたら俺らの脳みそが電子レンジみたいにチンされるってことだとよ…!」

「ふむふむ……どぇぇぇぇぇぇッ!!?そそ…それでは拙僧達が死んでしまうではありませんかぁ~!!?」

「ふ、ふざけんな!いくらイベントだからって悪ふざけが過ぎるぜ、付き合ってられっか!」

 業を煮やしたプレイヤーが広場から出ていこうとするが…

 

「…あ、あれ…!?なんだこれ…出られない!?」

『…心苦しいが、諸君らには私の話を最後まで聞いてもらいたい。でなければ…残念にも既に外部からの強制ログアウトにより先んじてアイングラッド、そして現実世界から退場してしまった213人のプレイヤーの後を追うことになってしまうだろう』

「213人…!?んな馬鹿な…信じねえ、俺は信じねえぞ!」

『だが幸運にも、多数の死者が出たことで世間も今回の事態を認知し始めている。彼らという尊い犠牲のおかげで、諸君らが無駄死にする危険は大いに減ったと言えるだろう』

「…何が犠牲だッ!お前が殺したようなものだろうが!!」

『ご尤もな反論だ少年。しかし、その言葉はもはや無意味だ。その怒りは私にではなく、攻略のための原動力とするのが良かろう』

「くっ…!」

 キリトの激昂にも澄ました口調でいなしたゼウスはさらに続ける。

 

『さて、強制ログアウトによる死のリスクが減ったからといって安心してもらっては困る。諸君らがこの世界から出られない以上、諸君らにとって今よりこの世界が『現実』となる。…すなわち、この世界における死…『HPの消失』が訪れたプレイヤーもまた、ナーヴギアにより脳を灼かれることとなる。…例外は、無い』

「…まさか、まさかお前…!」

『もしこの場に昨年までの時点で都内に在住、あるいはその近郊に住んでいたプレイヤーがいるなら、私の言葉にどこかしらの既視感を憶える者がいるだろう。…そう、あの『仮面ライダークロニクル』のことを。諸君らの中には、もしかすればプレイヤーとしてゲームに参加した者も居るかもしれないな』

「仮面ライダークロニクル…!ニュースで聞いたことがありますぞ、仮面ライダー同士が戦い合い、ゲームオーバーになったプレイヤーは本当に消えてしまうと…!」

『そうだ、謂わばこれは仮想空間で行われる仮面ライダークロニクルの第2幕…!敗北はそれ即ち死を意味し、戦いから目を背ければ一生ここから出ることは叶わない。…そして、そのクリア条件もまた同じ。ゲームマスターを倒し、『ゲームをクリアする』ことのみ。仮面ライダークロニクルの時はクロノス、そして今回はこの私…ゼウス。私はこのアイングラッド第1層から遙か上…『第100層』にて君たちの来訪を待っている』

「100層だと…!?んなもんできっこねえじゃねえか!」

「そもそも開発者がラスボスとかふざけんな!そんなの勝てるわけ無いじゃないか!」

『安心したまえ、私とて自身が作ったゲームで開発者権限で好き放題するほど厚顔無恥ではない。君たちが100層に到達する頃には私と十分渡り合えるだけの実力に成長しているだろうし、私自身も対等な条件で戦うことを約束しよう』

「私たちを閉じ込めておいて、どの口でそんなこと…!」

『…では最後に、君たちのアイテムストレージに私からのプレゼントを贈っておいた。確認してくれたまえ』

「プレゼント…?」

 キリトが訝しげにアイテムストレージを除くと、そこにはさっきまでなかった『手鏡』というアイテムがあった。

 

「なんだこりゃ…?」

 オブジェクト化した手鏡を覗き込む。そこに映っているのは自分のアバターの顔。ただの手鏡にしか見えない…と、その時。

 

「うおおおおっ!?」

「おおおおおっ!」

「クライン、オーナリー!?…ッ!」

 悲鳴に振り向くと同じように鏡を見ていたクラインとオーナリーの体が光り出す。彼らだけでなく、他のプレイヤー達も同じように光に包まれていく。当然、キリトも。

 

カッ…!

「…っく、一体何が…」

「お、おいキリト…大丈夫…か…」

 やがて光が収まり、声をかけてきたクラインにキリトが振り返ると…

 

「…だ、『誰』?」

「お前こそ…誰だよ?」

 クラインの声でそう言うのは、先ほどまでの爽やかそうな見た目とは異なる無精ひげを生やした男であった。

 

「まさかッ…!」

 再び手鏡を覗き込んだキリト。そこに映っていたのは自分のアバターの顔…ではなく、『現実の自分の顔』であった。

 

「ど、どうなってるんだ!?なんで俺の顔が…」

「お、お前…男だったのかよッ!」

 見れば広場全員のプレイヤーの顔も先ほどとは別物になっており、彼らの言動からその顔が彼らのリアルの顔であることが窺える。…ネカマプレイをしていたプレイヤー間で一悶着も起きている。

 

「ま、まさかお前…キリトなのかよ!?」

「じゃあやっぱり、アンタがクラインなのか…!なんでこんな…」

 

「…き、キリト殿?その顔は…」

「ん?オーナリー…」

 自分の顔を指さしながら愕然としているのは、オーナリーの声の『坊主頭の青年』。その顔を見た瞬間、キリトがさっきまで感じていたデジャヴが融解する。何故ならその顔は…あの『パックマン騒動』の時に共闘した『仮面ライダーゴースト』と共に居た坊主、『山ノ内御成』だったからだ。

 

「…あ、アンタ!確か、ゴースト…タケルと一緒に居た、『大天空寺』の坊さん!?」

「そうであります!…ではやはり君はあの時タケル殿と一緒に戦った『清掃員の少年』だったのですな!」

「な、なんだお前ら…知り合いだったのかよ?」

「あ、ああ…ちょっとあってな」

「そ、それよりキリト殿!これは一体何がどうなっているのでありますか!?」

「…そうだ。ナーヴギアはヘッドギアタイプの筐体だから顔の形がハッキリ分かる…!それに、常に放っている微弱なパルスで目や鼻の位置をスキャニングすれば顔もほぼ完璧に把握できる…。けど、体格や身長は…?」

「ナーヴギアを初めてつけたときに、キャリブレーション…?とかで体をあちこち触ったよな?そん時のデータなんじゃねえのか?」

「で、では拙僧の頭が坊主なのはナーヴギアを被る時カツラが邪魔で外していたから…?」

「で、でもよ…でもよぉ!なんでこんなことを…」

「…すぐに教えてくれるさ。アイツがな…!」

 キリトが指し示した先で、混乱するプレイヤー達を睥睨していたゼウスが再び口を開く。

 

『君たちは今、何故こんなことを…と思ってるだろう。それに答えるとするなら…『こうすること』が私の目的だったからだ。私が創り出したこの仮想空間の世界で、『本物の命』が生と死を謳歌する…それを鑑賞するためにこのソードアート・オンラインは作られた。いくら精巧に現実を再現したゲームであろうと、そこに生きる者が『偽物』であれば所詮それは『偽物』でしかない。…私は、私の作品が『本物』になる瞬間を見たかったのだよ』

「…茅場、晶彦ぉッ…!」

『ではこれにて、ソードアート・オンラインのチュートリアルを終了する。私は上で君たちを待つとしよう。…ここに居る誰かが、私を打ち倒す『英雄』になることを心より願っている…!』

 

パチィンッ…!

 そう言い残し、ゼウスが指を鳴らすと…

 

バリバリバリバリィッ!!

『きゃあああああッ!!』

 視界を覆い尽くさんばかりの稲妻と稲光が黒雲より降り注いだ。

 

シュゥゥゥゥ…

 そしてそれらが収まり、空を覆い尽くしていた黒雲が引いていった後には…

 

「き…消えた…」

 そこに居たはずのゼウスの姿は、影も形もなく消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワーワーギャーギャー…!

「…いやはや、とんでもないことになりましたな」

「とんでもないどころじゃねえっつーの…!糞がッ、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃならねえんだッ!」

「…自棄になるなクライン」

「けどよぉッ!」

「俺達が混乱すればするほど、茅場の娯楽を増やすだけだ。…キツいのは分かるけど、今は冷静になろう」

「…クソぉ!」

 ゼウスが消えてから数分後、パニック状態の広場から抜け出したキリト、クライン、オーナリーは広場から少し離れた路地裏に移動していた。

 

「しかし、これからどうしたものでしょうか…。こちらの拙僧達もですが、現実世界の拙僧達の体もです。拙僧はログインしている事務所に同僚がいますし、この手のことに強い知り合いがいますので大事にはならないでしょうが…クライン殿は一人暮らしでしょう?お体のほうは大丈夫なのでしょうか?」

「あ、ああ…俺はアパートに同僚が住んでるし、月に1度は母ちゃんが様子見に来るし大丈夫だろうとは思う。キリトの方はどうだ?」

「…俺は家に家族がいるからもうしばらくすれば異変に気づくとは思う。それに、さっき言ってた聖都大学の付属病院には俺の知り合いのドクターもいる。…それに、こういうことにかぎっては誰よりも頼りになる奴もいるから、なんとかなるとは思う」

「ではひとまず現実の体の方は心配なさそうですな。…拙僧達がこちらの世界で死なない限りは、ですが」

「ちっくしょう…!なんで『たかがゲーム』で死ななきゃならねえんだ!一体俺達が何をしたって言うんだよ…俺達はどうすりゃいいんだよ!?」

「……」

 『たかがゲーム』。クラインのその言葉はキリトの胸に深々と突き刺さった。自分はついこの間までその『たかがゲーム』で命のやりとりをし、多くの人々の死を目にしてきた。間に合わなかった命があるたびに、キリトは己の中で『ゲームの在り方』を反芻し続けてきた。

 …そして今、目の前で再びゲームによる命のやりとりが繰り返されようとしている。そんなものを、キリトは許すわけにはいかなかった。

 

「…ああ、そうだ。これはゲームだ、ゲームって言うのは楽しいものでなくちゃ…皆の『希望』でなくちゃいけないんだ。だから、こんな絶望しかもたらさないゲームを…許すわけにはいかないんだ…!」

「…き、キリト?」

「キリト殿?」

「…クライン、オーナリー。俺は今すぐに次の村に向かう。そして一刻も早く…一分一秒でも速く、このソードアート・オンラインをクリアしてみせる」

「キリト…お前」

「別にヒーローを気取りたい訳じゃあないぜ。…ただ俺は、茅場を許すわけにはいかない。ゲームを愛する者として、人の命を救う医者を目指す者として…人の命を弄ぶようなこんな狂ったゲームを、俺は絶対に認めるわけにはいかない…!この世界で、2度目の仮面ライダークロニクルを繰り返させるわけにはいかないんだ!」

「…キリト殿」

「俺はこのゲームのβテスターだ。その中でも俺はかなり奥深くにまで進んだ部類に入るという自覚はある。…けど、あの茅場晶彦が俺達βテスターの存在を見越していないとは思わない。多分序盤の内から、俺達の知っている情報と違う仕掛けがされているだろう。俺はそれを確かめながら、一人でも多くのプレイヤーが生き残れるよう手を尽くす。…クライン、オーナリー。お前達はどうするんだ?」

「…悪い、俺は一緒には行けねえ。ここには別ゲームで知り合ったダチが一緒にログインしてんだ。そいつらをほっといて、俺一人だけ先に進むわけにはいかねえ…」

「…そうか。オーナリーは…」

「……」

「オーナリー?」

 オーナリーは神妙な面持ちで目を瞑った後、やがて目を見開いて二人に宣言する。

 

「…キリト殿、クライン殿。拙僧に戦い方を教えていただいてありがとうございまする。…しかし、誠に申し訳ありませんが拙僧はしばし戦線から身を引こうと思いまする」

「ああッ!?なんでだよ!お前結構強いじゃあねえか、なのになんで…」

「勘違いしないでもらいたいですぞクライン殿。拙僧は何も臆病風に吹かれた訳ではありませぬ。…いえ、確かに怖いのは怖いのですが拙僧にはもっと恐ろしいことがありまする」

「…それは一体?」

「お二人とも、あれをご覧なされ…」

 オーナリーが示した先では、未だに混乱の渦中にあったプレイヤー達が物や他のプレイヤーに当たり散らしたり、絶望してその場に打ちひしがれたりしていた。

 

「…あの者達の中には、キリト殿のようにゲームをクリアし帰還を試みようとする勇気ある者も居るでしょう。…しかし、そうでない者もまた大勢居るのです。子ども、老人、か弱い女性…そんな方々にあの凶暴なモンスターの前に立ち剣をとって戦えというのは余りにも惨い…。こうして坊主頭に戻ったのも御仏のお導き、拙僧は今一度大天空寺の住職代理としての立場に戻り、行き場のない人々の為に仏の道を説く選択をしたいと思いまする。…思い詰めた人々が、自ら命を絶ってしまうようなことがないように…!」

「…オーナリー、お前…そこまで考えてたのかよ」

「命を大切にしないことは、タケル殿が…私の一番の親友が最も嫌うことですので。『命を燃やす』ことと、『命を諦めること』は例え結果が同じでも天と地ほどの違いがありまする。拙僧はここで、人々が明日を生きることに己が命を燃やすことができるよう頑張ってみるであります」

「…分かった。じゃあ、ここでしばらくお別れだな」

「…おう!けど心配すんなよ、仲間と合流したらすぐにレベル上げて追いつくかんな!それまでくたばるんじゃねえぞ?」

「俺を誰だと思ってるんだ?…俺は『天才ゲーマーキリト』だぞ。追いつけるもんなら追いついてみろ!」

「拙僧はここで、お二人の旅の無事をお祈りしていまする。…道に迷ったときは何時でも訪ねてくだされ。拙僧がどんなことでもお力になり申す」

 3人は向き合い、どちらともなく拳を突き出しぶつけ合う。

 

「じゃあ、先に行ってるぜ!」

「おお、次会ったときは強くなった俺を見てびびんなよ?」

「キリト殿、決して無理はなさらぬよう。どんなときでも、自分を信じて…」

「…命、燃やすぜ!…だろ?」

「…はいであります!」

 笑い合った後、キリトは始まりの街の出口へと、クラインとオーナリーは広場へと走って行く。

 

 

タッタッタッタ…!

「…待っていろ茅場晶彦!俺は必ず、お前の元にたどり着く!そして、帰るんだ…皆が、スグが、パラドが待っている…現実に!」

 

グオッ!

ブィィィィィッ!!

 門をくぐった瞬間、まるで待ち構えていたように先ほどのイノシシ型モンスターが群れを成して襲いかかってくる。

 

チャキッ…!

 それを認めるや否やキリトは背負った剣に手をかけ…

 

…ズパァンッ!

プギッ…!?

 すれ違いざまにまとめて切り捨て、モンスターが砕けるのを見届けもせず走り去っていく。

 

(第2の仮面ライダークロニクル?負ければ即死のデスゲーム?…上等じゃないか、乗ってやるよ茅場晶彦!お前がどんな仕掛けをしていようが、いつも通り…)

 

 

「…ノーコンテニューで、クリアしてやるぜ!!」

 




と言うわけでアニメ第1話の部分はここまで。いや~思ったより長くなった…
オーナリー…もとい、御成の出番はここでちょっとお休み。彼の努力でデスゲーム開始直後の自殺者が減ることを願いましょう


さて…攻略にストーリーが進めば今度は違った立場の面々が活躍します。勿論その中にはどこかで見たような人物達もちらほらと…次は誰を出そうか?


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少女との邂逅

こっちのが先に書けてしまったのでこっちを更新します。
トリロジーのゲンムvsレーザー観てきました。まさか黎斗にしんみりさせられることになるとは思っても居なかったよ…。そして正宗があんなに人間くさかったとは…。外道では合っても、人でなしではなかったんですね。
出来るならこの作品でもトリロジー編をやりたいけれど…どのタイミングでやるべきなんだろう?やはりアリアゼーション編が終わってからかな?…何年後になるかな

ではどうぞ。



 デスゲーム開始から1週間…ようやく混乱から落ち着いたプレイヤー達は、それぞれ行動に移っていた。腹をくくり、命をかけた攻略に臨む者。戦いを恐れ、この世界で静かに生きていくことを選んだ者。…そして生きる希望を失い、自ら命を絶とうとする者。オーナリーが中心となり自殺者の多くは未然に防ぐことができたものの、それでも少なくない人数が人知れず命を絶ち、未だに余談を許さない状況にあった。

 

 

「…待ち合わせの場所はここだったよな」

 そんな中、キリトは始まりの街から少し離れた場所にある森の一角にやってきていた。

 

「…アルゴ、いるか?」

 

…ガサガサ

「待ってたヨ、キー坊」

 キリトの呼びかけに応じて木陰から姿を現したのは、頬の髭のようなペイントが特徴的なフードを被った少女。彼女の名は『アルゴ』、キリトと同じβテスターであり、テスター時代から『情報屋』として名の知れたプレイヤーである。なかなか人目につかない神出鬼没さと、顔のペイントからついたあだ名が『鼠のアルゴ』である。

 

「随分会わなかったけど、何やってたんだイ?こっちは他のテスターから集めた情報で攻略本作ってる最中で忙しいんだけれど…」

「そうか、ならちょうど良かった」

「んン?」

 怪訝そうな表情のアルゴであったが、直後にキリトから送られてきたデータを確認し…目を剥く。

 

「こ、これハ…!?」

「『第一層、ボス部屋までの最短ルート』、そしてそこまでの『βテストと製品版の差異』をまとめたものだ。その攻略本とやらを作る時の参考にしてくれ」

「ボス部屋までたどり着いたのカイ!?たった一週間デ!」

「一応な。…ただ、攻略自体は今の装備とレベルじゃ無理だったからそこで引き返してきたけどな」

「…とんでもないなキー坊。流石は『天才ゲーマーキリト』様ってことかイ?」

「茶化すなよアルゴ。…別に難しいことしたわけじゃあないさ。勝てる敵だけ倒して、勝てない敵からはさっさと逃げる。RTAの常套手段だよ」

「一回でも負けたら死んじまうデスゲームでそんなことやろうとすること自体、難易度ハードってレベルじゃないと思うけどナ…。まあいいヤ、ならありがたくこの情報はもらっておくヨ。いくら払えばいいんダ?」

「ああ、金は良い。…その代わり、2つ頼まれてくれるか?」

「何ダ?」

「…この情報を、攻略を目指しているプレイヤー全員に無償で配布して欲しいんだ。勿論、お前が集めた情報に関しては別でいい」

「おいおい…いいのカ?苦労して集めた情報なんだロ?」

「俺がここまでしたのは、こんなゲームで誰にも死んで欲しくないからだ。金だのなんだので死なれたら、それこそ俺にとっては本末転倒なんだよ」

「…ふ~ん。で、もう一つってのハ?」

「その情報が公開されれば、そう遠くないうちにボス攻略の為に多くのプレイヤーが召集されることになるだろう。…そして、おそらくその中心になるのはβテスターだ。その彼らに伝えて欲しい。…『ボスがβの時通りに動くとは限らない』ってな」

「…マジカ?」

 アルゴのそれは、キリトの言葉の真偽を問うものであり…そして同時に自分が予想していなかったことに対する驚きでもあった。

 

「あくまで俺の想像だ。…けど、アイツなら…茅場晶彦ならあり得ないとは言い切れない。ゲームの開発者様ってのは、何かと事前情報を鵜呑みにしているプレイヤーの予想を裏切りたくなるらしいからな。…まあ半分は脅しみたいなものだ。これで少しは慎重になってくれるのなら儲けものさ」

「…なんか実感こもってるナ。知り合いにそういう奴でもいるのカ?」

「……うん、まあな。とにかく、その2つは頼むぜ。一応俺も現場でフォローはするけど、万が一には備えておきたいからな」

「そうかイ…お人好しメ」

「ん?なんか言ったか?」

「いいヤ、何にモ」

「そうか?…じゃあ後は頼むな。俺はちょっと寝るよ。流石にぶっ通しで攻略するのは疲れた…」

「寝るって…まさかここでカ?」

「大丈夫だよ、ここはフィールドでもモンスターの少ないエリアなのはアルゴも知ってるだろ?それに、不意打ち如きで俺がやられると思ってるのか?」

「はいはい、分かりましたよ天才ゲーマー様。どうぞごゆっくリ…」

 呆れたように去って行くアルゴを尻目に、キリトは近くの切り株にもたれかかるとそのまま昼寝を始める。

 

「ふぁぁぁ…たまには、こういうのもいいよな。…今頃、スグや母さん達心配してるかな。飛彩さんたちも、今頃大変だろうし…黎斗が、俺の体に…妙なことしてない…よな…」

 

 

 

 

 

…ガッ、ザザァ…!

「…ん?」

 うとうと眠りに就きかけていたキリトであったが、どこかから聞こえてきた物音に目を覚ます。

 

「なんだ?こっちから聞こえてきたような…」

 β時代にはこんなところでイベントがあった憶えはない。キリトのように人目を避ける目的でもなければ誰も寄りつかないはずのこの森での物音に、キリトは怪訝そうに音の発生源へと向かい、そこで目にしたものは…

 

「…!」

 一体の犬のような頭のモンスター…『コボルト』に打ちのめされている一人の『少女』の姿であった。

 

 

 

 

(…え?何、これ…私、死ぬの…?)

 先ほど目の前のコボルトに吹っ飛ばされ、HP全損寸前で虫の息になっている少女…『アスナ』は朦朧とする意識の中でそう考えていた。

 

 元々彼女は、ゲームそのものに興味が無かった。親に言われるがまま良い学校に入学し、勉強し、優秀な成績を取り続けた…それしか知らなかった少女である。しかし、兄に勧められて気まぐれでログインしたこのソードアート・オンラインの世界に閉じ込められ、禄なゲームの知識すらなかった彼女はただ呆然とした日々を送っていた。

 そんなある日…街でプレイヤー達が噂していた『隠しログアウトスポット』の存在。それを聞いたアスナは藁にも縋る思いでここを訪れ…出口の代わりに現れたコボルトによる不意打ちを喰らい、その情報が嘘であったことを思い知らされながら…今、死を目前に控えていた。

 

(こんな、こんな簡単に死ぬの?……いや、嫌…!死にたくない、まだ私なにもしてないのに…今まで頑張ってきて、何もできていないのに…こんなところで、死にたくないッ…!)

 迫り来る死から必死に逃れようとするアスナであったが、目の前でわずかに残っている自分のHPの存在が知識に疎くとも自分の死が間近であることを知らしめ、その恐怖がアスナの体を縛る。そんなアスナに、コボルトが握りしめた棍棒が振り下ろされ…

 

 

 

…ビュンッ!

ガッ…!

(…え?)

 突如、アスナの後方から飛来した短剣がコボルトの胸に突き刺さり、その勢いでつんのめったコボルトが動きを止める。そこに

 

ダッダッダッダ!ダンッ!!

「ハァーッ!!」

 叫び声と共に光り輝く足を突き出した少年、キリトの飛び蹴りがコボルトに突き刺さった短剣の柄を捉え、さらに奥深くへと突き込んだ。

 

『…ッ!』

 投擲によるダメージに加え蹴りと短剣のダメ押しによるダメージを受けたコボルトは、断末魔をあげる間もなく砕け散った。

 

「…おい、アンタ!しっかりしろ、おいッ…!」

 自分に必死で呼びかけるキリトの顔を見上げながら、アスナの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

「…ん…?」

 目を覚ましたアスナは、自分が切り株を枕に寝かされていることに気づく。

 

「お目覚めですかお嬢さん?」

「…誰?」

 頭上からかけられた声に顔を上げると、そこには先ほどの少年が切り株に座りながら自分を見ていた。

 

「貴方、さっきの…私を助けてくれたの?」

「目についちゃったからな、ほっとけなかったんだよ。…体は大丈夫か?一応HPは全快している筈だけど」

「え…」

 言われて目線をあげると、先ほどまで全損寸前だった自分のHPが満タンになっていた。

 

「ど、どうして…?」

「いや…あのままだとなんの拍子に0になるか分からなかったから、寝ている間に回復ポットを飲んでもらったんだけど…」

「回復ポット…?飲んで…って、まさか…貴方が飲ませたの!?寝ている私に無理矢理!?」

「ち、違うから!あくまで医療行為、不可抗力だから!ていうか、そうしないとやばかったんだからしょうがないだろ!」

 両腕を抱いて後ずさるアスナにキリトは大慌てで自己弁護する。

 

「…ホントに何もしてないんでしょうね?」

「マジでそれだけです、神に誓って…!…俺だってホントなら同性のプレイヤーに任せたかったけど、アルゴはもう帰っちまっただろうからアテが無くて…」

「オレっちを呼んだかいキー坊?」

「へ…うおおおおッ!?あ、アルゴ!いつからそこに!?」

 いつの間にか自分の背後に潜んでいたアルゴにキリトは飛び退いて驚く。

 

「こ、今度は誰!?」

「にしし…オレっちの隠密スキルを甘く見ない方がいいゾキー坊。…それはともかく、無事でなによりだなビギナーさン?」

「え…私のこと?」

「おう。…実はキー坊と別れてから街に戻る道中デ、通りすがりの奴から誰かがオレっちの名を騙ってこの森にログアウトできる抜け道があるってデマを流していることを聞いてナ、しかもその噂を聞いた明らかにビギナーなプレイヤーがこの森に向かったって行ってたもんだから急いで戻ってきたんだけド…流石キー坊、手が早くて何よりだナ」

「…なんか含むものを感じるけど、まあいいや。それよりアルゴ、悪いんだけど…」

「分かってるサ。ここまで来たついでダ、このビギナーさんはオレっちに任せときナ」

「ああ、頼むぜ」

 アスナの面倒をアルゴに任せ、立ち去ろうとするキリトであったが…ふと足を止める。

 

「…ビギナーさん、アンタに1つ忠告しておくよ。帰りたい気持ちは分かるし、自棄になりたい気持ちも理解できる。…けど、だからといって死に急ぐようなことはしないでくれ。そんなことをされても、誰も喜ばない。むしろ、アンタを心配している人たちに迷惑をかけるだけだ」

「…ッ!貴方に、何が分かるって言うのよ!こんな世界に閉じ込められて、正気で居られるわけがないでしょ!?貴方みたいな、ゲームが好きな人たちは違うんでしょうけど…私はそうじゃないの!たまたま興味本位でここに来て…そしたら、ここから出られなくて、挙句本当に死ぬって…そんなの、受け入れられる訳がないでしょ!!」

「……」

「だったら、どうせ死ぬんだったら…黙って引き籠もっているより、いっそ戦っていた方がマシよ!なにもしないまま、できないままただ生きているだけよりも、自分が何かをしたっていう証を残して死んだ方が、ずっとマシ…」

 

 

ガッ!

「!?」

「…アンタ、それ…本気で言ってるのか?」

「ちょ、キー坊!?」

 アスナの癇癪を黙って聞いていたキリトであったが、アスナの『死んだ方がマシ』という言葉を聞いた瞬間、電光の如く振り返りアスナの胸ぐらを掴みあげる。

 

「死んだ方がマシだって?…ああ、そうだろうな。アンタにとってはその方が楽だろうし、気持ちもスッキリするだろう。『やれるだけやった、もういいか』ってな…!けどな、アンタの命は、アンタだけのものじゃあないんだよッ!現実世界でアンタの帰りを待っている家族や友達、それに…わざわざ命を助けた俺の前で、アンタはその言葉を胸を張って言えるのか!?アンタに生きて欲しいと願っている人たちに、死にたいって…言えるのかよッ!」

「え、あ…!?」

「…確かに、この世界で生きていくのはキツいことだ。現実以上に死が間近にあるこの世界で、いつも通り振る舞え…なんていうほうが無理な話だ。でも、それでも…死んだら何もかも終わりだろ?帰りたいと願うことも、楽しかったことを思い出すのも、現実に戻ってからのことを考えるのも…死んじまったら、できなくなるんだよ。だから、せめて最期まで生きることを…生きようとすることを諦めないでくれ。ここはゲームの世界だけど、この世界に…『次』は無いんだから」

「………」

「…あ、あの…聞いてます?」

「…手」

「へ?」

「いつまで掴んでるのって言ってるの?…女の子の胸ぐら掴んで何をしようとしているのかしら?」

「あ…ご、ごめんッ!」

 ジト目のアスナに注意され、キリトは慌てて手を離す。

 

「と、とにかく…俺が助けた以上アンタは俺の『患者』だ。だから俺は何が何でもアンタに死んでもらいたくない。もしアンタが限界になるまで生きて、それでもまだ死にたいって本気で言うんだったら…その時は、好きにしろ。俺もそこまで付き合っている暇は無いからな」

「…何よそれ、医者気取り?貴方どこから見ても私と同年代ぐらいじゃない、偉そうに…」

「……」

「わ、分かったわよ…。これからは、気をつけてみるわ…」

「そうか…ならいいんだ。んじゃ…!」

 アスナの返事を確認すると、キリトは走り去っていった。

 

「…なんなのよあの人。変にかっこつけたり大人ぶったり…男子って皆ああなのかしら?」

「…」(ニヤー…!)

「な、何よ…?」

「んふフ…ビギナーさん、アイツのこと気になるのかイ?」

「ち、違います!!あんな言い方されたら、誰だって思うところぐらいあるでしょ!?」

「まあその辺は否定できないナ。キー坊はそういうところだけぶきっちょだからナァ…。けど、1つだけ教えてあげるヨ」

「…何?」

「アイツは、オレっちの知る限り…このSAOのプレイヤーの中で『最強』サ。今のところはだけどナ」

「最強…!」

「おっと、この情報はサービスしておいてあげるヨ。オレっちも情報屋だから、これで食ってかないといけないんでネ。これ以上知りたかったら、料金か対価になる情報をよこしナ。…お嬢ちゃんの情報でもいいけどナ」

「いりません!…それより、今情報屋って言ってましたよね。なら、教えてもらえますか?」

「ん?何をだイ?」

 

「…強くなる方法を。この世界で、戦って…生き抜くための方法を…!」

「…いいゾ、ちょっとだけならナ。料金は…出世払いにしてやるヨ。アンタが強くなってからのナ…!」

 

 

 

 

 その後、キリトの情報を加えて作られた『SAO序盤攻略本』は第1層の全プレイヤーに『無償』で配布…というより、第1層の全ての街や村のど真ん中にフリーペーパーの如く山積みにされたことで滞りなく行き渡り、多くのプレイヤーがその本を参考に戦う術を身につけ、腕に憶えのあるプレイヤー達が中心となって攻略が本格化されることとなった。

 そんな中キリトはそんな攻略から一度身を引き、『来たるべき時』が来るまで疎かにしていたレベル上げや強力な武器の入手クエストに勤しんでいた。

 

 そして…デスゲーム開始から20日目、第1層の全プレイヤーに通達が入る。

 

『本日3時より、第1層ボス攻略の為の会議を行う。腕に自信のあるプレイヤーは可能な限り召集されたし』

 

「来たか…!」

 キリトの待っていた来たるべき時…『ボス攻略』の日が、とうとうやってきた。

 




アニメ通りに進めるとちょっと味気ない気がするので、SAO編はプログレッシブのストーリーもちょこちょこ絡めてやっていきます。


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第一層攻略会議

着々とUA数とお気に入りが増えてきて嬉しい限り…こんな行き当たりばったりの作品を見てもらって光栄です

…それに反してダンガンロンパの方の筆が進まない…。完結までのストーリーは出来ているのに話を膨らませるのが難しい…。

愚痴ってすみません、ではどうぞ



ザワザワザワ…

 第1層ボス攻略の会議が行われる始まりの街の広場。そこには開始1時間前であるにも関わらず多くのプレイヤーが集まり、各々自身の戦歴を自慢したり情報交換をするなど戦いに向けての士気を高めていた。

 

「おお…もうだいぶ集まってるな」

 キリトもまた一足早く会場入りし、適当なところで開始を待とうと辺りを見渡し…見覚えのある後ろ姿を見つけてそちらへと向かう。

 

「…や、ご無沙汰」

「…どうも」

 アスナの素っ気ない挨拶に苦笑しながらキリトはその隣に腰掛ける。

 

「とりあえず、今日まで生きててくれてホッとしたよ。…でも、ここに顔を出してきた辺りアルゴのお眼鏡には適ったみたいだな」

「ええ、『才能ある』ってお墨付きをもらったわ。だから『お医者様』のご心配は無用です」

 どや顔で嫌みを飛ばすアスナであったが、キリトはその顔色に異変を感じる。

 

「…アンタ、なんかやつれてないか?ちゃんとロクなもの食ってるのかよ?」

「はっ…?な、何言ってるのよ!そんなこと貴方に…」

 

くぅ…

「…~ッ!?」

 まるで示し合わせたかのようにアスナのお腹から小さな悲鳴が鳴る。幸い周りには聞かれてはいないようであったが、隣に居る男にはバッチリ聞こえていたようで…苦笑いをするその顔に、アスナの顔が瞬時に紅潮する。

 

「ははは…どうやらその様子じゃ、まだまともな食事をしたことは無いみたいだな」

「…いいじゃない、そんなの…!どうせゲームの中なんだから、食べようが食べまいが一緒じゃ無いの…。なのに、なんでお腹が鳴るのよぉ…!」

「そんなことは無いさ。確かに栄養になるわけじゃ無いけど、こっちでの『食べた』っていう感覚は現実の肉体にも反映されるから、食べないと満腹中枢が満たされないんだよ。現実じゃ点滴漬けだろうから死にはしないけど、栄養だけじゃお腹は膨れません…っと」

 キリトはそう言いながらメニューウインドウを操作し、所持品から黒パンと何かの容器を取り出しアスナに差し出す。

 

「とりあえず、これでも食べなよ。俺のお気に入りのセットだ」

「お気に入りって…一番安い黒パンじゃないの。私ちょっと苦手…」

「まあ食パン食い慣れてるとな…でも、そのクリームをつけて食べてみろよ。イメージ変わるぜ?」

「クリーム?」

 言われるがまま容器に入っていたクリームをパンに塗り、恐る恐る一口かじりついたアスナは…その味に目を見開き、やがて恍惚とした表情になる。

 

「……!」

「な、イケるだろ?」

「ッ!…ま、まあまあかな…」

 返事こそ素っ気ないが、夢中でパンを頬張るアスナの本音は筒抜けである。

 

「ゲームでも…いや、ゲームだからこそどんな状況であれ自分が満足できる環境でいなきゃ長続きしないぜ。こんな世界でも、そこそこうまいものと風呂と満足な寝床さえあればいつも通りに…」

「お風呂ッ!!?」

「うお!?」

 キリトが何気なく口にしたそのワードにアスナが食いついた。

 

「今、風呂って言ったけど…お風呂、あるの!?」

「あ、ああ…市街地の宿泊施設にあるのは高いけど、ちょっと外れたところにある穴場の場所ならそこそこの値段で…」

「……」

「…入りたいのか?」

(コクコクッ!)

「…会議終わった後なら。後で案内するよ」

「約束よ、絶対よ…!」

「は、はい…」

 さっきの黒パンを放り出すほどの執着ぶりに、キリトは若干引き気味であった。

 

 

 と、そこに。

 

ゴーン…ゴーン…!

 3時を告げる鐘の音が鳴り響くと共に、辺りの緊張感が高まる。そしてそんなプレイヤー達の間を縫うように二人のプレイヤーが広場に中央に出てくる。

 

パンパンッ!

「…今日は俺の呼びかけに集まってくれて感謝する!SAOのトッププレイヤー達よ!」

「ま、トッププレイヤーとは言っても第一層じゃあ正直どんぐりの背比べだろうけど…それでも、ここに来てくれた時点でここに居る皆は誰よりも向上心のある人間だってことは俺達が保証するよ!」

 大仰な口振りで注目を集めるのは青い髪の好青年。その隣で若干皮肉ぶった口調で話すのはパーマがかった茶髪の眼鏡の青年。どうやらこの二人が、今回の会議の中心人物のようだ。

 

「まず、自己紹介をさせてくれ。俺の名は『ディアベル』、気持ち的にはナイト…って感じでやってます!」

「俺の名は…『グリドン』!」

 

『プッ、クスクス…』

「…今俺の名前を笑った奴は、そう遠くないうちに後悔することになるぜ。戦うパティシエ…舐めんなよ?」

「皆、あまり彼を侮らない方がいい。グリドンの実力は相当なものだ、ボス攻略において彼は重要な存在になるだろう。皆もそのことはしっかり分かってもらいたい」

 ディアベルの真剣な表情でのグリドンの評価に、こっそり笑っていたプレイヤー達が微かにざわめく。それを見たグリドンは誇らしげに眼鏡の縁を押し上げる。

 

「…さて、本題に入ろう!先日、俺達のパーティが第一層のボス部屋の前まで到達した!とうとう俺達プレイヤーの手により、このSAOの最初の攻略が成される時が来たんだ!」

「ここまで来るのに20日…まともなゲームなら遅いと言うべきペースだけど、現実の俺達にとっては余りにも長い時間だった。でも、そんな憂鬱は今は忘れよう!俺達を舐め腐ってこんなところに閉じ込めたあの茅場晶彦に、目に物見せてやる時が来たんだ!かっこよくボスをぶっ倒して、ついでに街で沈みきってる連中に希望を届けてやろうぜ!」

 ディアベルとグリドンの演説に、周囲のプレイヤー達にも徐々に熱が籠もり出す。

 

 

「…ちょい待てやナイトはんにケーキ屋はん。盛り上がんのは結構やけど、その前にワイからちこっと言わせてもらえんか?」

 そんな空気に水を差すように前に出たのは、刺々しい癖っ毛が特徴的な青年と中年の中間のような年齢の男性プレイヤーである。

 

「意見は大いに歓迎するよ。けどその前に名前を教えてくれないか?」

「ふん!ワイは『キバオウ』ってもんや。…ワイもボス攻略には大いに賛成やし、かといって一人でどうこうなる訳ないってのも重々承知や。だからあんた達とつるんでボス戦するんはかまへん。…けどな、その前にケジメつけとかなアカンことがあるやろ!」

「…傾聴しよう」

 キバオウは振り返ってプレイヤー達を見渡し、一喝する。

 

「…こん中にいる元βテスターの卑怯もん共、出てこんかいッ!おどれらが今まで好き勝手やっとったせいで、一体何人死んだ思っとんねん!…分からんようなら教えたる、『1000人』や!この1000人は、おどれらが見捨てて殺したようなもんや!そんな人殺し共とつるんで仲良くボス攻略なんぞワイは御免や!おどれらに人間の良心ってもんがほんの少しでも残っとるんなら、今すぐ名乗り出てズルしてため込んだ金とアイテム全部おいて行けや…!」

『ザワザワ…!』

 キバオウの怒号にプレイヤーのある者は同じように怒りを露わにし、ある者は出てくるわけが無いと笑い、…ある者は後ろめたいように顔を隠す。

 

「……ッ!」

「…!?」

 そんな中、ふと隣を見たアスナはキリトの表情に思わずゾッとする。その表情はまるで『無』であった。しかし、その奥には様々な感情が鬩ぎ合ってあふれ出そうになって、しかしそれを必死で押さえつけているような…そんな無言の迫力が感じられた。そのキリトが今にも立ち上がりそうになったとき…

 

 

「…全く、何を言うかと思えば…君さ、偉そうに言っておいて何にも見えてないんだね。そういうの、美しくないよ」

「な、なんやと!?」

 キバオウの後ろに居たグリドンが呆れたようにそう言う。

 

「…俺も同感だな」

「なッ…!?」

 それに続くように前に出てきたのは、キバオウより頭1つ分ガタイのいいやけに流暢な日本語を話す黒人の男であった。

 

「だ、誰やお前!?」

「Sorry…俺は『エギル』という。キバオウさんよ、要するにアンタが言いたいのはこれだけ犠牲者が出たのはβテスターが初心者たちに伝えるべき事を怠ったせいだ、だからその責任を認めて謝罪しろ…ってことだろ?」

「せ…せや!そいつらが自分たちだけウマい狩り場やアイテムを総取りしたせいで、他の連中が焦って無理をして死んでもうたんやないか…!」

「ま、確かに…これだけの犠牲者が出た原因の一つとしてそれは否めないだろうね。…けど、俺が思うに『こんなもの』まで用意されておいてそんな理由で死んだって言うのなら、それはそいつの自業自得としか言えないと思うね」

 グリドンが取り出したのは、アルゴ達情報屋組謹製の『SAO序盤攻略本』であった。

 

「そ、それは…!」

「こいつにはこの第1層におけるレベルアップの最適スポットから各種アイテムの入手クエスト、おまけにボス部屋までの最短ルートやそこに至るまでのβテストの時との変更点まで記載されていた。正直、これさえあればド素人だってそれなりに戦える。そんなものが無償で配布されていたんだから、太っ腹な話だとは思わないかい?」

「ここまで正確な情報、おまけにβテストの時を踏まえての追加情報まであるってことは…これを用意したのは間違いなくβテスター、しかもおそらくテスター本人が自分の足で調べ回って集めた情報だろう。ここまでされておいて、βテスターの連中はなにもしてくれなかったなんてこと…俺には口が裂けても言えねえな」

「ぐっ…!」

 二人の言葉にキバオウがたじろぐ。キバオウとて、その攻略本の存在は知っている。更に言えばキバオウ自身も間違いなくそれの世話になった。しかし…だからこそキバオウは納得が出来なかった。これだけの情報を得ておきながら、何故未だにβテスターの奴らはこそこそと隠れるような真似をしているのかと。まだ連中はここに記されている以上の情報を隠しているのでは無いかと…。

 

「キバオウ君、君の憤りも理解できなくは無い。だが、君も分かっているはずだ。確かに今日までに1000人もの犠牲が出てしまったのは事実だが、もし本気でβテスターたちが自分本位のまま動いていればこれ以上の犠牲が出ていたはずだ。彼らの存在は紛れもなく、まだこの世界で生きている8000人以上の人たちの命を繋いだんだ」

「…ちっ」

「…諸君!君たちの中にも元βテスターに思うところがある人はいるだろう。しかし、今はその感情をどうか堪えて欲しい!この第一層を攻略し、一刻も早くこの世界から脱出するためには彼らの力が不可欠だ!だからこそ今は敵では無く、頼りになる味方として彼らの存在を受け入れて欲しい!」

…パチ、パチ…パチパチパチパチ…!

 ディアベルの力強い言葉にキバオウも引き下がり、プレイヤー達も拍手を以てその言葉を賞賛する。

 

「…人気取りのいいダシにされた感じね。まあ、あのキバオウって人の言うことはどうかとは思うから自業自得だけど」

「……」

「…ホッとした?」

「べ、別に…」

 脱力したように座り直したキリトにアスナがからかうようにそう言う。そこに…

 

「…おい!皆、朗報だ!今例の攻略本の最新版が配布されて、そこにボスの情報が書かれて居るぞ!」

「何!」

 広場に駆け込んできたプレイヤーが全員に配布したもの…つい先ほどアルゴ達が完成させた攻略本の最新版には、第1層のボスに関する情報が記載されていた。

 

「…確認も兼ねて、俺が読み上げよう!ボスの名は『イルファング・ザ・コボルトロード』、更に『ルインコボルト・センチネル』と呼ばれる取り巻きだ。ボスの使用武器は斧とバックラー、HPゲージが最後の一本になるとタルワール…『曲刀』を使用するようになる。ボスの情報としてはそんなところ…」

「…ちょっと待った!」

 ディアベルが情報確認を終えようとしたとき、キリトがそれに待ったをかける。

 

「な、何かな?」

「あのさ、細かいこと言うようで悪いんだけど…『裏表紙』に書いてある『それ』も、読んだ方がいいんじゃないか?」

「裏表紙?」

 ディアベルが裏表紙を見ると、そこにはこのような文章が書かれていた。

 

『※尚、この冊子はあくまでβテストの情報を元に作成したものです。製品版である現行のボスがこのデータ通りである保証はありません。ご注意ください』

 

「これは…!?」

「見ての通りだ。あくまでこの情報はβの時のもの…まだ誰もボスと対面していない以上、これが100%合っているとは限らない。現にこっちの攻略本にも書いてあるとおり、βの時とは変更されている情報もある。流石にまるっきり違うって事は無いだろうけど、過信は禁物だと俺は思うぜ」

「う、うむ…」

「…ちょい待てやお前!さっきから偉そうにぬかしおって、なんでお前がそんなこと断言できるんや?…さては、お前もβテスターやな!」

「おいキバオウ、いい加減に…」

 

 

 

「だったらなんだって言うんだ?」

『ッ!?』

 キリトのサラッとしたカミングアウトに、隣に居たアスナのみならず全員がぎょっとした視線を向ける。

 

「ちょ…ちょっと貴方!?」

「今更隠したところで逆に怪しまれるだけだろ?だったらいっそハッキリ言った方がすんなり話が進む」

「そうかもしれないけど…」

「おっ、おどれ…ええ度胸やないか!よくもぬけぬけと顔見せよったな、名を名乗らんかいッ!!」

「…俺の名はキリトだ」

「キリトやとぉ~?けったいな名前し腐りよってからに…」

「お前も人のこと言えるのかよ…」

「なんやとぉ!?」

「ちょっと待ってくれキバオウ君!」

「で、ディアベルはん…?」

 激昂しかけたキバオウをディアベルが制止し、キリトに問いかける。

 

「キリト…と言ったな。まさかとは思うが…君があの天才ゲーマーキリトなのか?」

『天才ゲーマーキリト…!?』

『冗談だろ、たまたま同じ名前の…』

 

「…ああ、そうだ」

『ザワッ…!?』

 ディアベルの問いに皆がざわめきだしたが、キリトがそれを肯定したことでざわめきが更に大きくなる。

 

「やはりそうなのか…!君がキリトだったのか、会えて光栄だよ!」

「…冗談やろ?あんなガキが天才ゲーマーキリトやて…?」

「…どっかで聞いたことがあるような気がするけど、なんだったかな?」

「俺も噂程度しか聞いたことは無いが、確か数年前にあらゆるゲームの公認、非公認を含めた大会を総ナメにしたらしいぜ。ここ最近は表舞台に出てこねえから引退したって聞いたが…まさかあんな子供だったとはな」

「…貴方、本当に有名人だったのね」

「はは、まあな…」

 周囲から向けられる様々な視線にキリトは居たたまれないように肩を竦める。

 

「…そういえば、攻略本の情報のあちこちに『情報提供者 K』って書いてあったが、まさか君のことなのか?」

「…アルゴの奴、匿名にしとけって頼んだのに余計なことしやがって…」

「素晴らしいッ!皆、これは俺達にとって最高の追い風だ!あの天才ゲーマーキリトがβテストに参加したと言うことは、間違いなく彼はこのゲームについて相当なレベルで熟知している!そんな彼が我々の攻略に協力してくれるのなら、これほど心強いことはない!…勝てるぞ、この戦い!!」

『オオオオオオーッ!!』

 ハイテンションのディアベルに釣られるようにプレイヤー達の興奮も高まる。天才ゲーマーキリトの名は、それだけゲーマー達の間では知れ渡っていたのである。

 

「…あんまり持ち上げてくれるなよ。俺だってまだこのゲームの全容を把握している訳じゃあ無い、ボス戦で何が起こるかは俺も分からない。だから皆も、油断しないでくれ。ボス戦の経験値も、金も、アイテムも大事かもしれないが…その前にまず、自分の命を最優先に考えてくれ。だから…必ず全員で生き残って、2階層に進もう!」

「その通りだ!…では、これにて一旦対策会議を終了する。この後は各自懇親を深めるなり、装備を充実させるなり各々ボス戦に向けての努力をして欲しい。それから明日、全員でボス戦に向けての集団戦の訓練をしたい。参加可能な者はできるだけ協力してくれ。では、解散!」

 ディアベルの解散宣言により会議は終了し、プレイヤー達はそれぞれ行動に移りだす。キリトもその場を立ち去ろうとしたが…

 

「…おい、待てやお前」

 その背を不機嫌丸出しな声のキバオウが呼び止める。

 

「…なんだよ?俺に何か用か?」

「ハン!…おどれ、天才ゲーマーだか言われて調子こいとるようやけどな。ジブンが何時までも好き放題させてもらえるとは思うなや!おどれみたいにちょっとゲームが上手いからって協調性を崩すようなことをするような奴は、ワイは認めへんからな!」

「はぁ…?」

 ふんと鼻を鳴らすとキバオウはのしのしと踵を返して去って行く。その背をぽかんと見送っていたキリトに、今度はエギルとグリドンが声をかけてくる。

 

「…ったく、しょうがねえなあいつは。協調性を乱してるのはどっちだって話だ」

「ま、どんな集団にもああいうスットコドッコイはいるもんだよ。ほっとこほっとこ、それより…キリト君、だっけ?正直君の噂はあまり知らないんだけど、攻略に協力してくれるのなら大歓迎だ。よろしく頼むよ」

「あ、ああ…よろしく」

「おう。…ところでよ、ボス戦のことなんだが…俺達でパーティを組んでみないか?」

「え?」

「ディーの奴も言ってたけど、今度のボス戦は単に第2層へ進むためだけじゃあない。このSAOが『クリア可能』であることを他の連中に示してやるためにも、絶対に負けるわけにはいかないんだよね。だからこそ、確実にボスを倒すことが出来る力量の『まとまった戦力』が必要になる。素人かき集めて俄仕込みの集団戦をしたところで、何の拍子に瓦解するか分かったもんじゃあ無い。そのためにも…俺達が血路を開く必要がある、そうは思わない?」

「あ…言いたいことは分かるし、買ってくれるのはうれしいんだけど遠慮しておくよ」

 申し訳なさそうにそう言いながら、キリトは自分を…正確にはお風呂への案内を待つアスナを示す。

 

「あそこに、色んな意味で放っておけない子がいるんでな…下手に突撃されてそれこそ集団戦を乱されるのもアレだし、俺はあの子についているよ」

「成る程な…しかし、フード被って隠してはいるが中々可愛い子じゃあないか。天才ゲーマーも隅に置けないな」

「ま、お姫様の護衛っていうんじゃあしょうがないな。けど、攻略の時はちゃんと協力してくれよ?」

「勿論。じゃ…また後でな」

 エギルとグリドンに別れを告げ、キリトはアスナの後を追う。

 

「…何を話していたの?」

「ん?ボス戦の時はよろしくって話だよ」

「ふうん…ところで、さっき言ってたお風呂って何処?」

「ああ…今俺が宿にしてる場所にあるんだけど、街の外れに…」

「…ちょっと待って。それって、貴方の部屋にある…ってこと?」

「あ、あー…うん、まあ」

「………覗かないでしょうね?」

「し、しないって!」

 若干の熟考の後、浴槽という誘惑に抗えなかったアスナは渋々キリトの宿へと向かい、お風呂を頂戴することになった。その後、アルゴを交えた情報交換の末、明日は集団訓練を欠席し装備が不十分なアスナの強化に費やすことが決まった。

 

 …結果、ボス戦のチーム分けに関われずエギルとグリドンが(余計な)気を利かせた結果アスナとのコンビでボス戦に挑むことになり、当日になってそのことを聞かされたアスナが不満を漏らすことになってしまった。

(もっとも、それに対してキリトが「じゃあ誰と組んだら良かったんだよ?」と聞き、悩みに悩んだ結果答えられなかったことからどの道同じ結果ではあっただろうが)

 

 

 

 

「…全く、なんで私がこの人と…ブツブツ…」

 ボス部屋までの道中、列のから少し離れたところを歩きながらアスナは未だに愚痴っていた。

 

「しょうがないだろ、決まっちゃったんだから。…幸いというかなんというか、ボス本体じゃ無くて取り巻きの相手だから危険は少ないんだし、ここは様子見ってことで納得しておけよ」

「ふん…!それより、よく天才ゲーマーさんが取り巻き退治なんかに納得しましたね?あんな格好良いこと言っておいて、ボスと戦えないなんて締まらないんじゃ無いの?」

「…まあ、それはいいさ。リーダーの指示だからな、それに取り巻き退治だって大事な仕事だよ。抜かりはしないさ…」

「…?」

 アスナを宥めながら、キリトはつい先ほどディアベルから言われたことを思い出す。

 

 

『…俺が後方サポートに?』

『そうなんだ!…実は昨日の演習が予想以上に上手く機能したおかげか、皆が自信を持ってしまってな。本来ならグリドンの言うとおり俺達が主軸になってボスと戦うつもりだったんだが、この良い空気を乱すようなことは避けたい…。だから、今回はチームによる連携を重視した作戦に変更して、技量のあるプレイヤーにはサポートに回ってもらうことになったんだ。…あの衆目の前であれだけ持ち上げておいて本当に申し訳ないが、今回君には皆の支援に回ってもらえないだろうか?勿論、その代わり取り分には色をつけさせてもらうよ!』

『…まあ、俺はかまわないけど…』

『そうか!済まないな、感謝するよキリト君!』

『……』

 

 

(ディアベル、アンタの言ったことに嘘は無いだろうし皆のモチベーションを保ちたいっていうのもマジなんだろうけど…アンタの『本音』が隠しきれてないぜ)

 列の先頭でキバオウたちと談笑しているディアベルの背をキリトは見つめる。

 

(βテスターだけが知る情報…各階層のボスを倒した時に得られるLA…『ラストアタックボーナス』。金も経験値も頭割りにしておいてドロップ品だけを獲った者勝ちのルールにしたのも、これを狙ってのこと。それはつまり…アンタがβテスターだっていう証拠だ。大方俺に獲られないよう他の連中を理由に遠ざけたってとこだろうな…)

 清廉な態度をとってこそいるが、キリトはディアベルの行動の根底にゲーマーとしての本能がにじみ出ていることを感じ取っていた。

 

(…まあ、俺はそれでもかまわないんだけどな。皆のことを考えているのは事実だろうし、下手に分散するよりまとまって一体の敵と戦った方が安全ではある。LAボーナスはちょっと気になるけど…またチャンスはあるだろうしな。…だけど、この判断がβの時の情報を信用しきって決めたものだとするなら…油断はできない。警戒だけはしておかなくっちゃあな…)

 そんな思考を巡らせながら、キリトは無意識に自分の胸に手を当てる。この世界に来てから全く応えてくれない、内に眠る半身に呼びかけながら。

 

(…お前が居てくれたらな。応えてくれよ、パラド…!)

 

 

 




二人目のゲスト客演。グリドン…一体誰の内なんだ…?

次回こそはダンガンロンパの本編かオーブ外伝更新します。ジードの映画とダンガンロンパ霧切6巻を見たのでやる気だけは十分にあります!…体がついて行かないんですけど


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無双の獣王

今回ちょっと短いので12時間後にもう一話投稿します
今回は第1層のボス戦です。…若干やり過ぎた感があるかもしれないけど気にするな!

ではどうぞ



 始まりの街を出てしばらく…第一層の中央にそびえ立つ巨大な搭。それはアインクラッドを支える大黒柱のように第一層から百層にまでかけて貫いており、プレイヤー達はその塔を上ることで次の階層へと移動することが出来る。

 …しかし、次の階層へとつながる間には各階層の主である『ボスモンスター』が待つ部屋…即ち『ボス部屋』があり、そのボスを倒さない限り上へと続く道は閉ざされたままである。最上層へと辿り着くためには、最低でも各階層にて立ち塞がる99体のボスを倒さなければならない。それはプレイヤー達にとって、余りにも過酷な試練だ。

 

「…着いたぞ!」

 そして今、彼らはその過酷な旅路の最初の一歩…第一層のボス部屋の前へとついにやってきたのである。

 

「皆、分かっているな!?我々の目的はただ一つ。この先にいるボスを倒し、次の階層への道を切り拓くことだ!」

「…ディアベル、一応言っておくけど…」

「分かっているさキリト君。勿論、全員で生き残って…だ!」

「…ディアベルはん、あんま気負いすぎなさんなや。こいつはアンタの指揮とワイらの連携を見とらんさかいこんなネチネチ言いよんねん。合同演習にも参加せんとそこのお嬢さんと乳繰り合っとるくらいにエエご身分みたいやからなぁ~?」

「…ああ。俺の出る幕が無いのなら、それに越したことは無いさ。期待しているぜ」

「…チッ!スカしたこっちゃ…」

『ハハハハハ…!』

 やっかみをかけるキバオウを体も無くあしらうキリトに皆が笑う中、ディアベルがボス部屋の扉へと手をかける。

 

「皆…行くぞ!」

 ディアベルの問いに皆が頷き、扉が重々しく開かれる。

 

 

ギィィィィ…!

 軋むような音と共に開かれた扉の先。奥行き100メートル以上はあるかと思われる広間の奥には、3体の甲冑を身に纏ったコボルトを従える巨大な怪物の姿があった。

 

 

『グオオオオオオッ!!』

 巨大な骨製の斧と盾を手に持ち、背中には剣らしき武器を背負い雄叫びを上げる犬面の怪物。それこそが第一層のボス、『イルファング・ザ・コボルトロード』である。

 

「…ボス、武装、取り巻き、事前情報に間違いなし!!各自、作戦通りに散開!俺に続け!!」

『オオオオオオオッ!!』

 先陣を切って駆け抜けるディアベルに続くように、プレイヤー達はボスへと向かっていく。

 

「…さて、俺達は精々お邪魔虫の排除に勤しむとしますか」

「ええ。…どうしたの?行くわよ」

「あ、ああ…」

 ボスの姿を怪訝そうに凝視していたキリトを促し、グリドンやアスナたちも取り巻きの方へと向かっていく。

 

『グオオオオオオオ!!』

「…A隊、一時下がれ!壁B隊と交代だ!C隊、D隊は交互に入れ替わりつつ波状攻撃!ヘイトを集めすぎないよう注意しろ!」

 ボスと相対するのはエギル達体力と防御に特化した壁役…『タンク』と呼ばれるグループとディアベルを中心とした剣による攻撃を担うグループ。ディアベルの指示は実際なかなかのもので、適度に人員を交代し回復アイテムによる体力の維持を優先し、ソードスキルも好き勝手に撃つのでは無く同じソードスキルを同時に放つことでタゲをとらせない。…無論初めてのボス戦もあっておっかなびっくりの者も居るため足並みが揃っているとは言えないが、今のところは一人もまともに反撃を食らうこと無く徐々にボスのHPを減らしつつあった。

 

「どりゃあッ!」

 

ガスッ!

『ウォォォン…!』

 一方、グリドンやアスナ達も取り巻きのセンチネルたちとの戦いを繰り広げていた。取り巻きと戦うのは向上心はあっても未だにビビりがちな奴や逆に血気に盛りすぎている者、あるいは武器やステータスが低い者をグリドン達実力者がカバーするという形になっている。その中でもグリドンはディアベルが言うだけあって身のこなしがかなりのもので、タンク隊が使うようなハンマーを軽々と振り回しながら取り巻きを翻弄する。

 そしてアスナもまた、この数日で磨き上げた細剣の腕を振るいセンチネルに反撃の好きを与えない。しかし初心者ということもありペース配分がまだできていないのか、1体目を倒し2体目が襲ってきたところでバテ始める。

 

「アスナッ!」

「…ッ!す、すい…」

「スイッチ!」

 それを見たキリトはアスナの返事を待つ間もなく入れ替わるようにセンチネルの前に出る。

 

『ウォーン!』

 突っ込んできたキリトにセンチネルが手にしたメイスを振り下ろすが…

 

「ふッ!」

 

トンッ!

『!?』

 キリトはその軌道上に入る寸前にジャンプし、宙返りしながらセンチネルの頭上に跳び上がる。そして

 

ザンッ!ザシュッ…!

『グオッ…!』

 すれ違いざまにセンチネルの頭部を回転の勢いで縦に切り裂き、着地と同時に振り返りながら剣を振りその首を切って落とした。

 

「…凄」

「ヒュゥ…やるじゃんか」

 その一拍の無駄の無い動きにアスナやグリドンたちのみならず、たまたまその光景を見ていたプレイヤーたちも感嘆の目でキリトを見る。

 

「…シッ!」

 そんな視線を意に介すこと無くキリトは懐から短剣を取り出すと、それをボスの目めがけて投げつけた。

 

ザクッ!

『~~ッ!?』

 攻勢に出ようとしていたコボルトロードであったが、キリトの投げた剣が目に刺さったことで気勢を削がれて蹈鞴を踏む。

 

「…ハッ!今だ!!」

 即座に我に返ったディアベルが攻撃の指示を下す。

 

「……」

 

ガシッ!

「!」

「…出しゃばんのはその辺にしておけや天才様。もう十分ええカッコしたやろうが。オレンジになるのは御免やさかいど突くのは勘弁したるけど、おどれも波風立てるようなことはしたくないやろ?」

 追撃の投擲をしようとしたキリトの腕をキバオウが掴む。しばし睨み合った後、キリトは手にしていた短剣を渋々しまう。

 

「ハッ…おどれらβテスターはそうやって身の程をわきまえとればエエねん。いくら命懸けのデスゲームやからってな、おどれらのケツ追っかけて情けなくここを脱出するなんぞ御免なんや!ワイらの道は、ワイらが決める!!」

 そう吐き捨てるとキバオウもボスの攻撃へと加わっていった。

 

「……」

「…いいの?あんなこと言われて?」

 それを見送るキリトに、取り巻きを一通り片付けたアスナとグリドンが近づく。

 

「別に…さっきも言ったけど、俺の出番がないならそれはそれでいいさ。それより、注意しておけ…多分ここからが正念場だ」

「君の指摘が正しければ、ボスもβテストの時とは異なる何かがあるかもしれない。今のところは情報通り、となると…変更しているとするなら」

「ああ…奴のHPが危険値に入ったとき、奴は武器やモーションが変化する。何かが違うというのなら、そこしかない…!」

 

 そうしているとやがて、コボルトロードのHPが最後の一本に差し掛かった。

 

『ウオオオオオオッ!!』

 するとコボルトロードは持っていた斧と盾を放り出し、背負っていた剣を握る。

 

「来るか…!」

「…ディアベル、一旦下がれ!モーションが変化する、様子を見るんだ!」

「…全隊、一時後退!距離をとれ!」

「チッ、βなんぞの指示で…」

 後退したプレイヤー達の前で、コボルトロードの最後の切り札が露わになる。

 

 

 …それは、片方の鍔だけが若干突き出た少し変わった形の『日本刀』のような剣であった。

 

「あれは…?」

「どう見ても曲刀じゃあねえな…あれはニホンのカタナ、って奴か?」

「…あれ、どっかで見たことがあるような…?気のせいか?」

「やっぱりβの時と違う…!ディアベル、しばらく攻勢は控えろ!相手の出方を見切るんだ!」

「…総員、包囲用意…」

 

「ディアベルさん!あんな奴の言うこと聞く必要ありませんよ!」

「ッ!」

 キリトに言われたとおり指示を出そうとしたディアベルであったが、隣にいたプレイヤーからそう言われて踏み止まる。

 

「そうや!たかが武器が変わっただけやんけ、奴はもう虫の息なことには変らへん!このまま押し込んで決めたればエエねん!」

「ディアベル!」

「ディアベルさん!」

「…総員、突撃用意!」

「ディー!?」

「ディアベルッ!」

 若干の思考の後指示を切り替えたディアベルにグリドンとキリトが声を上げる。

 

「…心配するな!刀とはいえ剣には変わりない、動きにさほどの違いは無いはずだ!!」

「ディアベル、無茶をするな!」

 ディアベルは隊を結集させると、一団となってコボルトロードに突っ込んでいく。

 

『ウオオオオオ!!』

 

ギィン!ガキィン!

 コボルトロードは刀を振り回して応戦するが、タンク隊たちが射線上でまさに壁のようになってその攻撃を受け止める。

 

「やはり目立った動きは無い、ならば…全隊、防御に専念!俺が決める!!」

 一団の中から抜け出したディアベルがソードスキルを構えながらコボルトロードへと迫る。

 

 

 

『…ニィ』

 その瞬間、コボルトロードは口元を妖しく歪ませながら鍔の伸びた方をディアベルへと向ける。

 

「…?鍔なんぞ向けてなに考えとるんや…」

「…ッ!あの構え、まさかアレは…!?」

「ディアベルッ!!下がれ、それは…ただの刀じゃあないッ!!」

「ッ!?」

 ディアベルが異変に感づいたときにはもう遅かった。咄嗟に盾を構えようとするが、ソードスキルのモーションを起こしてしまった体は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

ドゥンッ!!

 火花の爆ぜる音と共に、鍔の先端から『光』がディアベルめがけて放たれた。

 

 

 

「…うおおおおおおおッ!!」

 その光が放たれるよりも速く、キリトはストレージから持て余していた『盾』をオブジェクト化すると全力でディアベルめがけて投げつけた。

 

ゴンッ!!

「おぐッ!?」

 そして光よりも一瞬速くディアベルに命中してモーションを中断させ、ディアベルを突き飛ばしながら光と彼の間に割って入る。

 

ドガァァン!!

『ウワァァァァァ!!?』

 直後、キリトの盾に命中した光が爆発しその余波がディアベルとその後ろにいたプレイヤー達を襲う。

 

「嘘、そんな…!?」

「マジかよ…!?」

「ディアベル!皆!」

 その光景に愕然とするアスナとグリドン。キリトが皆に呼びかけると、土煙の中からディアベルを始めとしたプレイヤー達の姿が見える。どうやらあの一撃自体に大した威力は無いらしく、その余波を喰らった程度の皆のHPはさほど減ってはいない。…しかし、皆の動揺は目に見えて明らかであった。

 

「な、なんだよ今のって…!?」

「ここは剣の世界じゃなかったのかよ!なのに、なんで『あんなモノ』があるんだよッ!?」

「ば、馬鹿な…こんな、こんなのβテストにだって無かったのに…」

 しかし、それも仕方が無いことだろう。このSAOにおいて、ソードスキルを放つ剣こそが唯一にして最大の武器。それがこの世界の常識の筈だった。しかし…それをこんな初っ端から覆されたようなものなのだから。

 

『グオオオオオオオンッ!!』

 勝ち誇ったように雄叫びを上げるコボルトロード。その手に持つ光を放つ刀の名を、グリドンだけが知っていた。

 

「なんで、だよ…。なんでアレが、SAOん中にあるんだよ…!?」

 それはグリドンにとってかつては見慣れた武器であった。自分は使わなかったが、自分が時に敵対し、時に肩を並べて戦った『鎧武』や『斬月』が愛用していた、『銃』の特性を兼ね備えた刀。

 

 

 その剣の銘は、『無双セイバー』。沢芽市のアーマードライダーたちしか知らないはずのその剣が、今そこにあった。

 




今回ここまで、続きは正午に
次回、決着です


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ヒーローのキメワザ

ボス戦決着です。SAOらしくない終わり方かもしれないけど気にするな!

ではどうぞ



 第一層のボス、『イルファング・ザ・コボルトロード』との戦い。その最中コボルトロードの持つ剣から『銃撃』が放たれたことにプレイヤー達は騒然とした。

 

「い、今のって…SAOに銃なんてあるの!?」

「そんな馬鹿な…!いくらβテストとは違うからって、あんな無茶苦茶な武器があってたまるかよ!」

 ゲームのことを殆ど知らないアスナであっても、今の今まで剣…よくてグリドンのようなハンマーや槍のような武器しか見たことが無いこの世界で銃撃を放つことが出来る武器の異常性は理解していた。キリトもまた、現実にはあり得ないような武器…まるで『仮面ライダーが使うような武器』の存在に愕然とする。

 

『グルルルルルルッ…!』

「ひいッ!?」

 コボルトロードは腰を抜かして動けないプレイヤー達に、無双セイバーを突きつけながら詰め寄り始める。ディアベル達も逃げようとはするが、普段見慣れない剣と比べより死に直結するイメージのある銃を前に体がついて行かない。

 

「チッ…!アスナ、グリドン!バックアタックをかけるぞ!ボスの注意を逸らすんだ!」

「う、うん!」

「了解!」

 彼らを救うべくキリト、アスナ、グリドンはコボルトロードの背中を狙う。

 

「やあああッ!」

「ハッ!」

 

ザシュザシュッ!

 最初にキリトとアスナの斬撃がコボルトロードの腰に刻みつけられ

 

「…ちょっとごめんよぉ!」

 

トンッ!

「うおッ!?」

 それに続くようにグリドンがキリトを足場にコボルトロードの頭部近くにまで跳び上がり

 

「どっ…せぇぇぇぇぇいッ!!」

 

ガッツゥゥ~ン!!

 思い切り振り下ろしたハンマーが、コボルトロードの頭を兜の上から強かに打ち据えた。

 

『…~~~~ッ!?』

 さしものコボルトロードもこの不意打ちには応えたようで、声にならない悲鳴をあげた後頭を抑えながらキリトたちの方へと振り返る。

 

「ディアベルッ!今のうちに体勢を整えるんだ!」

「あ…ああ、分かった!」

 我に返ったディアベルが仲間達の回復に回る中、キリトたちは目の前のコボルトロードへと向き直る。

 

『グルルルルルルルッ…!!』

「あーあ…どうするの?怒髪天を衝くって感じですけど?」

「どうするもなにも…やるしかないだろ。…おいグリドン、さっきのお前の口ぶり…あの武器についてなにか知ってるんだろ?非常事態だ、情報料は言い値で後払いするから教えてくれ」

「…この状況でそんな阿漕な真似はしないよ。と言っても、俺も詳しく知ってるわけじゃ無いんだけど…あの刀の名前は『無双セイバー』とか言うらしい。刀の部分に関しては特に変わったことはない…精々大抵のものは切れる程度だ。そんで鍔の銃だけど、無制限に撃てる訳じゃない。何発かは知らないけど、撃ち続ければその内弾切れを起こす。…もっとも、アレが俺の知ってるモンと同じってならの話だけどな」

「…オーライ。なら、この手で行くか。アスナ、グリドン。俺が奴のタゲをとって無駄玉を撃たせる。二人はその隙に側面や後方から攻撃してくれ」

「!?」

 まるで買い物にでも行くような調子で囮を買って出たキリトにアスナは目を見開く。

 

「そんな…危険すぎるわよ!貴方死ぬ気!?」

「そんなつもりは毛頭無いさ。この3人の中でソードスキルやボスの情報に一番精通しているのは俺だ。なら、俺が囮になるのが妥当だろ?」

「だからって…」

「それに…飛んでくる銃弾を躱すのは『慣れてる』しな」

「…慣れてる?」

「…キリト、お前ひょっとして…」

『ウオオオオオオッ!』

「…話は後だ、行くぞワン公!ノーコンテニューで、クリアしてやるぜ!」

「もうっ…!知らないわよ!」

 攻撃モーションへと移行し始めたコボルトロードに、キリトは駆けだしていく。

 

『グオオオッ…!』

「させるか!」

 

ガキィンッ!

『アオッ!?』

 ソードスキルを使用しようとしたコボルトロードの剣の軌跡を弾き、スキルを中断させる。

 

「ソードスキルは使わせないぜ。そうなると…残る手は一つしかないよなぁ?」

『…!』

 挑発するキリトにコボルトロードは苛立たしげに無双セイバーの銃口を向け、トリガーを引く。

 

ドゥンッ!

 鍔から放たれた弾丸は、狙い違わずキリトへと迫る。それに対しキリトは

 

…ガィィン!

「ぐっ…!?」

 ずば抜けた『反応速度』で銃弾の軌道を読み、半身になりながら咄嗟に剣の腹を弾丸を受け、弾丸の軌道を変えつつ反動で自身も銃弾と反対方向へと吹っ飛ばされることで身を躱す。

 

「なんて無茶な…!」

「ボサッとするなよお姫様!気ぃぬいてっとアイツが先にお陀仏しちまうぜ!」

「…分かってます!」

 乱暴な銃撃の躱し方に唖然としながらも、アスナとグリドンはコボルトロードの足や背中を狙ってソードスキルを叩き込む。事前に厄介なソードスキルの発動条件をキリトから聞いていたため、それに引っかからないよう交互に攻撃を撃ち続け、徐々にHPを削っていく。

 

『…アォォォォンッ!!』

 と、コボルトロードが遠吠えのような声を上げる。すると

 

シュンシュンシュン…!

「ッ!?取り巻きのセンチネルが…」

「おいおい…聞いてないぜこんなの…」

 遠くで他のプレイヤーを攪乱している筈のセンチネルがアスナ達の周囲に出現し、アスナとグリドンの足を止めさせる。

 

「クッソ…!こんな時に取り巻きのパターンまで変わりやがって…」

『グオオオオオ!!』

 結果、ボスとタイマンの形になったキリトは奮戦するが、斬り合いには分があるもののやはり飛び道具相手では受け身にならざるを得ず、徐々に攻め手に欠け始める。

 

「押されてるぜ…」

「や、やべぇんじゃねえか…!?」

 アスナ達の方にセンチネルが回った為手漉きになったプレイヤー達も、コボルトロードの猛攻とそれに必死で応戦するキリトを目の当たりに動くことが出来ない。

 

 

…ピキ、パキィィィンッ…!

「なッ…!?」

 そして、6発目の銃弾を受け流したところでついにキリトの剣が先に限界を向かえ、エフェクトと共に砕け散ってしまった。

 

『オオオオオオオッ!!』

 勝ちを確信したコボルトロードは刀を振りかぶり、ノーガードのキリトめがけて振り下ろす。

 

「糞ぉッ…!こんなところで…」

 

 

 

 

 

ガゴォンッ!!

 

「…?」

 訪れる衝撃に身構えたキリトであったが、痛みの代わりに届いたのは金属同士がぶつかったような鈍い音であった。

 

「…頑張りすぎだぜ、天才ゲーマー…!俺ら壁役の良いところぐらい、残しておいてくれよ…!」

「エギル!」

 キリトへの攻撃を防いだのは、一足早く戦線に復帰したエギルの斧であった。

 

「…何をしている!今が反撃のチャンスだ!センチネルとボスを引き離すんだ!!」

「ディアベル…!」

「ディー!」

 続けてディアベルの指揮する部隊がアスナとグリドンを妨害するセンチネルの間に割って入った。

 

「…キリト君、グリドン!さっきはすまない…俺としたことが功を焦ってしまった!この失態は、今からの働きを以て挽回しよう!」

「…ふっ。分かればいいんだよ、分かればさ」

「ケッ…しゃあないな!おいそこのβテスター、おどれはひっこんどれ!武器持ってない奴に出てこられても邪魔じゃ!」

「くっ…ディアベル!」

「分かっているッ!…C、D隊は引き続きセンチネルを引き付けろ!残る全隊はボスに波状攻撃!…だが気をつけるんだ!奴の一定の範囲に複数のプレイヤーがいると全体攻撃が来る!包囲するのでは無く、ヒットアンドウェイで攻撃を仕掛けるんだ!」

『了解!』

 ディアベルの指揮に戦意を取り戻したプレイヤー達は指示通りに行動に移る。アスナとグリドンを中心にプレイヤー達は指示通り連続して攻撃を叩き込む。

 

『グオッ…!』

 

ガキィンッ!

「くぅッ…!?」

「ディアベルさん!」

 それでも時折足並みが合わずコボルトロードのソードスキルが襲ってくるが、それらはエギルが筆頭の壁隊…そしてなんとディアベル自身が身を挺して防ぐ。

 

「ディアベルはん、無理すんなや!アンタ壁役とは違うんやで!?」

「先刻承知…!だが、こうすることぐらいでしか…俺の失態を償うことは出来ん!」

「ディー…」

『グルルァッ!』

「…!ディアベル、撃ってくるぞ!」

「何ッ…!?」

 怯んだディアベルにコボルトロードが銃撃を放とうとする

 

 

 

…が

 

カチン、カチン…

『…!?』

「…た、弾切れ?」

 グリドンの言ったとおり、どうやら弾数は6発までだったようでトリガーが虚しく空ぶるだけに終わった。

 

「…今だッ!」

「どっせぇぇぇいい!」

 相棒の覚悟に奮起したグリドンの渾身の振り上げがコボルトロードの顎を捉えた。

 

「これで…止めよッ!!」

 隙だらけの胴にアスナの細剣の軌跡が打ち込まれ、ボスのHPがみるみる減っていき…

 

 

 

…ギロッ!

 あとほんの少しと言ったところで踏みとどまってしまう。そして死に体のボスのターゲットが、正面でスキル後の硬直状態のアスナに変わる。

 

「そんな…!」

 

「…エギル!背中貸してくれッ!」

「き、キリト…うおッ!?」

 仕留めきれなかったことに愕然とするアスナの後ろで、武器を失い戦線から外れていた筈のキリトがエギルを踏み台にしてボスめがけて跳躍する。

 

「ハァァァァァッ!!」

「…!あれは…」

 自分の頭上を飛び越え、ボスへと突貫するキリト。その突き出された足が纏う光に、アスナは見覚えがあった。アスナがそれを目にするのは、『2度目』だったから。

 

 

 

 

 

 …唐突ではあるが、SAOの攻撃手段である『ソードスキル』には剣だけでなく槍や斧、投剣の専用スキル、…そして徒手空拳による『体術スキル』も存在する。この中でも体術スキルであるが、これを極めようというプレイヤーは初心者は元よりβテスターの中でも数少ない。

理由は明確、極めたところで武器を使った方が圧倒的に強いからである。元が達人級の格闘家でも無い限り、徒手空拳で武器を持った相手と戦って勝利することは極めて難しい。なのでプレイヤーの多くは戦闘中に武器を壊してしまったときの緊急手段として初歩的なもののみ会得し、それ以降のスキルには目もくれないことが殆どである。

…しかし、だからといって体術スキルが弱いわけでは無い。勿論武器を使ったソードスキルには一発の威力は劣るが徒手空拳故に至近距離でも小さなモーションで使用でき、またスキル後の硬直時間も無いか、あったとしても限りなく短い。そして序盤で習得できる体術スキルの中でも『最強の技』は、隙こそ大きいもののその威力は相当なものである。キリトはその技をスキル一覧で見た瞬間、他のソードスキルの習得を後回しにして真っ先にこのスキルを会得した。威力や見た目の格好良さもあるが、その理由を問われればキリトはこう答えるであろう…

 

 

『こんな『名前』の技を見つけちまったら、そりゃ習得するしかないだろ?…俺も、『仮面ライダー』なんだから…!』

 

 

 

 

「ライダァァァ…キィィィックッ!!!」

 

ドゴォォォン!!

『ガアアアアアアアッ!!』

 キリトの体術スキル…『ライダーキック』をもろに喰らったコボルトロードが断末魔をあげ、残りわずかだったHPゲージが消滅する。

 

 

パキキ…パッキャァァァァンッ…!!

 そして、半透明になったその体が甲高い音を上げて砕け散ると同時に

 

 

 

 

『Congratulations!!』

 勝利を称える電子音と空間に浮き出た文字、そして戦闘終了を示すリザルト画面が、キリトたちの勝利を示していた。

 

 

「バトル…クリア!」

 




体術スキル「ライダーキック」は当然ながら今作オリジナルです。
威力としては「強いには強いけどわざわざ憶えるのは面倒くさい」…ぐらいの技です。ドラクエ7でキーファに真空切りを憶えさせるとか、ポケモン金銀でケーシィを捕まえてユンゲラーまで進化させるぐらいの面倒くささと思ってくれれば…分かりづらいかな?


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不協和音

ダンガンロンパの筆が進まない…音沙汰なしも寂しいのでこっちを更新します




『……お、おオオオオオオオオオッ!!!』

 コボルトロードの消滅と宙に浮かぶ『Congratulations』の文字を認識するのに一瞬、そしてその後爆音のような勝ち鬨の声が上がる。激しい戦いの末、ついに彼らはアインクラッドの最初の難関…『第一層のボス』を倒したのである。

 

「勝った…俺達の勝利だ!」

「やった…勝った…!」

「信じられんわ…やりおったで、ワイら…」

「Congratulation…!我ながら、よくやったぜ…」

「いやホント、マジで疲れたね…。こりゃ鳳蓮さんのシゴキの方がずっとマシだわ…」

 ディアベルは皆と共に跳び上がって勝利を喜ぶが、アスナたちは空気が抜けるようにその場にへたり込んでしまう。グリドンですらハンマーを支えにようやく立っているほどで、それだけ過酷な戦いであったことが見て取れる。

 

「…やれやれ。なんとか誰も死なずに、クリアすることができたか…」

 一通り周りを見渡し、誰も欠けていないことを確認したキリトも深く息を吐いて火照った体を冷ます。そして戦闘後のリザルト画面を確認し…固まる。

 

「え…これって…?」

「…キリト君!」

 ディアベルが笑顔で駆け寄ってくるのを見て、キリトは急いでリザルト画面を消す。

 

「ど、どうしたディアベル?」

「キリト君…改めて、君に言わせてもらいたい。先走るような真似をして、済まなかった。あの時、君の咄嗟の判断が無ければ俺はきっと死んでいた…いや、それだけでなく戦線にも大きな影響が出ていただろう。今回、誰一人欠けること無くボス攻略を成功できたのは君のおかげだ。…ありがとう、天才ゲーマー」

「…へん」

 心底申し訳なさそうに頭を下げるディアベル。その後ろではキバオウが渋々といった表情ではあるものの、ディアベルの謝罪に同調するような目を向けてくる。

 

「…分かってくれたならそれでいいさ。思うところが無いわけじゃ無いけど、とりあえず誰も犠牲にならなかったのならそれに越したことは無い。まだ先は長いんだ、今回の件は禍根じゃなく、教訓としていけばいいさ。…また頑張ろうぜ、騎士さん」

「ああ…よろしくな!」

 キリトとディアベルが和解の握手を交わそうとした…その時

 

 

 

 

「…ちょっと待てよ!」

「「!?」」

 人混みの中から飛び出した大声が、二人の手を止めさせる。

 

「ど、どうしたんだ?」

「ディアベルさん…なあなあになって流されそうになってるけど、やっぱりおかしいですよ!なんでそいつはボスの情報が違っていることに最初から気づいていたんだよ!?」

「なッ…!?」

 キリトを指さして向けられる疑惑に、キリトだけでなくアスナやディアベルも唖然としてしまう。

 

「何故って…それは、彼がβテスターだからだろう。βテストの時の教訓があったからこそ、今回のボス戦において彼は客観的な視点で考えた末そういう結論を出したのではないのか?」

「だからって、いくらなんでも都合が良すぎるじゃねえか!普通はSAOに銃なんてあると考えるほうがどうかしてるぜ!なのに、こいつは一目見ただけであの刀に銃の機能があるって分かってたみたいだったじゃないか!そんなの、『最初から』あのボスがそういう武器を持ってるって知らない限りあり得ないだろ!?」

『…い、言われてみれば…確かに』

『ディアベルさんを庇った時だって、あんなタイミングで都合良く盾を投げて間に合うはずがないもんな…。撃たれるって分かってなきゃ、あんな偶然あり得ないぜ…』

 

「…ちょ、ちょっと待ちなさいよ!いくらなんでも詭弁が過ぎるでしょう!?いくらβテスターだからって、そんな都合の良い情報を持っているなんて、そっちの方があり得ないじゃ無いの!」

「同感だ…!手柄をとられて悔しいのは分かるが、やけっぱちの言いがかりは見過ごせねえな…」

「う…」

「それに、万が一彼がその情報を持っていたとして、だとすればキリトはどうやってその情報を入手できたんだ?情報屋がいくら優秀だからって、余りにも度が過ぎている。…そういう奴に心当たりでもあるのなら話は別だけどな?」

「そ、それは…」

 同調しかけていた空気にアスナ、エギル、グリドンが待ったをかける。ボス戦で中核を担った3人の意見に非難をあげた本人がたじろいでいると…人混みのなかから、声が上がる。

 

 

 

「…なら、そいつは『最初から知っていた』ってことなんじゃないか?」

「……はぁ?」

「だからよ、そいつはボスがどういう武器を使うのか…いいやそもそも、このSAOのことを何から何まで全部知っていたってことなんじゃないのかよ?」

「…それは、どういう意味だね?」

 

「だからさ…そいつが『茅場晶彦とグル』なんじゃないかって、言ってんだよ…!」

「んなッ…!?」

 ざわめきを一瞬途絶えさせるほどのその言葉に、キリトは目を剥いて驚く。

 コボルトロードの武器の特性に気づけたのは、自身がリアルで『似たような武器』を使っていたからだ。そのことでさっきのような疑惑を持たれることにまでは想定できていた。と言っても、そうだと説明したところで理解してもらえる筈も無いので適当にあしらっておく算段であった。…なのに、まさかこんな切り口で突っ込まれるとは思ってもいなかった。

 

「な…なんてことを言うんだッ!どこの誰かは知らないが、勘違いも甚だしいぞ!君たちの目には、我々を助けるために死力を尽くした彼の姿が見えなかったとでも言うのか!?」

「助けるために…ねえ。そりゃそうするだろうさ、自分が茅場の仲間だって知られりゃ、袋だたきにされんのは目に見えてるからよぉ。命救った恩を被せときゃ、いざというときの保険になるからなぁ…!」

「…ふ、ふざけるな!!キリト君がそんな人間ではないことぐらい、分かっているだろう!今すぐ彼に謝罪したまえッ!!」

 ディアベルは怒りを露わにして群衆を掻き分け声の主を引きずり出そうとするが、当人は人混みの間を器用に縫って移動しているらしく、また『そういうこと』に慣れているのか周りのプレイヤー達も誰が声の主かを断定できない。…いやむしろ、近くに居たプレイヤーほどその声に同調するような意思さえ示し始めている。

 

「おいおい…この状況でそれは無いんじゃねえか?茅場晶彦だって、ちょっと前までは『そんな人間』だなんて誰も思ってすら居なかったじゃあねえか。だから俺達はこんな目に遭ってんじゃあねえのかよ?だったら、そいつが善人ぶってるだけの茅場の同類でない保証なんざ、どこにも無いんじゃねえのかよ?」

「…そうだ。そいつがボスの情報が違うって事をもっと俺達に言ってくれれば、ここまで危ない戦いにはならなかったんじゃあ無いのか?」

「天才ゲーマーっつても子供だもんな…。良いカッコしたくて情報を秘密にしてたんじゃないのか?ディアベルさんを助けたのだって、茅場の悪印象を消すためのパフォーマンスだったんじゃ…」

「…ッ!貴方たち、いい加減に…」

 好き勝手なこと言い出し始める一部のプレイヤーにアスナやエギル、グリドンが怒りの表情で叱咤しようとした…その時。

 

 

 

 

「…ハッ。当てずっぽうにしちゃいい線してるぜ、その推測」

「は…!?」

 突然そんなことを言い出したキリトに、アスナ達…そして当の声の主ですら唖然とした顔になる。

 

「けど、ちょっとそれは違うんだよな。こんな世界に閉じ込められて困ってんのは俺も同じなんだからさ」

「ど、どういうことだ…?」

「…始まりの街で茅場が現れたとき、アイツ変な姿してただろ?アレは腰のベルト…『バグヴァイザー』っていうアイテムによるものなんだよ。なんで俺がそのことを知ってるかっていうと…俺はあのバグヴァイザーのシステムを作った企業、幻夢コーポレーションっていうゲーム会社の社長と知り合いなんだよ」

「ってことは…!?」

「そうさ!俺は幻夢コーポレーションを通じてあんたらよりずっと前からSAOのことを知ってたのさ!だから当然、他のβテスターの連中より遙かに先のことを知っている!流石にこんな序盤で銃の機能持ちの武器を使ってくるのは予想外だったから対応が遅れたけど、いくら剣の世界だからって飛び道具ぐらいあるに決まってるじゃ無いか!」

「ちょ、ちょっと貴方!そんなこと私には言ってないじゃ…」

「当たり前だろ?アンタみたいなビギナーさんに情報を漏らしたら、どこから広まるかしれたモンじゃあ無いからな。どうしても必要な情報だけ流しておけば、俺の素性ぐらい黙っていようが俺の勝手じゃ無いのか?」

「…じゃあなんでお前、俺達を助けるような真似をしたんだ?茅場の仲間だってんなら、そんなことする意味が分からねえ」

「別に茅場の仲間になった憶えは無いさ。俺が一方的に知ってるってだけで、向こうは俺のことなんか知らないんじゃ無いか?だから俺もまさかゲームの世界に閉じ込められるだなんて夢にも思っちゃいなかったさ。…ま、俺なら攻略できるって自信があったから気にしてないけどな。あんた達を守ったのは、その茅場に一泡吹かせてやろうって腹づもりなだけだよ」

「……」

 自身の問いかけに飄々と答えたキリトに、エギルは何も言わない。…気にしてない、といった口の裏でキリトが力の限り拳を握りしめていることに、気づいていたのか…。

 

「…ふざけんな。そんなのβとかチートどころじゃねえ…何が天才ゲーマーだ、ただの卑怯者じゃねえか!」

「βテスターのチーター…お前なんか『ビーター』だ!」

「ビーター…」

「ビーター…!」

「…悪くないな、ソレ。いいぜ、今から俺はビーターだ!俺がこの世界を一番にクリアするプレイヤー、ビーター…キリトだ!」

 勝ち誇るようにLAボーナスで手に入れた装備…黒いコートの『コート・オブ・ミッドナイト』を羽織り、敵意の視線を向けるプレイヤー達にキリトは言い放つ。

 

「2層へのアクティベートは俺がやっておく。第2層への一番乗りはこの俺だ、あんた達は精々死なない程度にレベル上げてから来るんだな。あんたらに死なれると、茅場への意趣返しができなくなるからな…!」

「…ざけんな…!テメエ、テメエいつか報いを受けやがれ!ビィィィィタァァァァァァッ!!!」

 感情的になったプレイヤーの一人からの怒りの叫びを背に受け、キリトは先へと続く階段を上がっていった。

 

 

「……」

 そんなキリトの後ろ姿をアスナは見送るしか出来ずにいた。キリトの『真意』はなんとなくだが理解できている。しかし、ゲーム初心者で付き合いも短い自分がそこまで踏み込んでいいものか…それを決めかねて動けずに居た。

 

「…Oh my god。なんて不器用な奴なんだあの野郎…」

「ホントにな…どこかの誰かそっくりだよ」

「エギルさん、グリドンさん、ディアベルさん…」

 そんなアスナを知ってか知らずか、エギルとグリドン、それにディアベルが傍に近づいてきた。

 

「なあ嬢ちゃん、一応言っとくがアイツは…」

「分かってます…!短い付き合いですけど、彼がそういう人じゃ無いことは分かってますから。…彼の人を救おうっていう気持ちが誰よりも本気だってことは、嫌って言うほどに…」

「なら…アイツに伝言、頼めるよな?」

「俺からも頼むよ。アイツがああしてくれたおかげで、誰も俺が一番に無双セイバーのことに気づいたってことを広められずに済んだからな。…お前もだろ、ディー?」

「…ああ。済まないが、俺の代わりに言ってきて欲しい。俺はこの場をなんとか諫めて、キリト君へのヘイトを和らげてみる。それぐらいしか、今俺が彼に報いることが思い浮かばないからな…」

「…はい」

「ちょい待ちぃ!」

「キバオウ…」

 歩き出しかけたアスナをキバオウが呼び止める。訝しげな視線を受ける中、キバオウは気まずそうに頭を掻きながら言う。

 

「…伝言、ワイからも頼むわ」

 

 

 

 

 

 

「Hmm…思惑とはちっとばかし違ったが、まあこれはこれで面白そうだ…。精々面白おかしく踊ってくれよ、ビーターさん。It’s show time…!」

 

 

 

 

 

 

 

ビュゥゥゥゥゥ…

「……やっちまったなぁ」

 アクティベートを終え、ゲートをくぐった先に広がるSAO第2層。第1層とは少し趣の異なる草原に吹く風を受けながら、キリトは誰にでも無くぼやいてしまう。

 

「ああするしか無かったとはいえ…これで俺の天才ゲーマーの肩書きは地に堕ちちまったか。…まあ、後悔は無いけどな。皆が無事なら、それでいい。…そういえば、結局グリドンにあの無双セイバーのこと詳しく聞きそびれちまったな…まあいいか」

 鬱屈とした気持ちを声に出すことで発散し、気持ちを切り替えたキリトが踏み出そうとすると…

 

「ちょっと…待ちなさいって!」

「ん…アスナ?」

 ゲートから駆けだしてきたアスナがキリトを呼び止める。

 

「ふぅ…皆から貴方に伝言を預かってるわ。先に行くのは勝手だけど、それを聞くぐらいの義理は通しなさい」

「伝言?」

「まず、エギルさんから…『流石は天才ゲーマー。キツかったけど、楽しかったぜ。また一緒にボス戦しようぜ』、だって」

「…エギル」

「で、グリドンさんは…『庇ってくれてサンキューな。なんかあったらいつでも呼びな、『ライダーは助け合い』らしいからよ』って。なんのことか分からないけど…」

「ッ!…やっぱり、そうだったのか」

「?…で、ディアベルさんは『君の心意気に騎士として感謝を。君から受けた恩は、必ず返す』ですって」

「…律儀な奴」

「で…最後にキバオウさん。『βにもお前みたいなんが居るんは分かった。けどまだ自分のことは認めてへんからな!すぐ追いつくさかい首洗って待っとれ!』…ですって」

「…ハッ、そうかよ」

 アスナから告げられる暖かみの籠もった言葉に、キリトの表情が柔らかくなる。

 

「…ねぇ、今更だけど本当にあれで良かったの?あの状況であんなこと言ったら、どんな捉え方されるか分からないわよ?もしかしたら本当に茅場晶彦の仲間と思われるかもしれないのよ?」

「…その時は、まあ…その時さ。俺がやるべき事は一つ、できる限り多くの…せめて手が届く範囲の人たちを生きて現実の世界に返すことだ。勿論、俺自身も含めてな。だから俺は、どんなことがあっても先に進み続ける。現実の体は頼もしいドクター達が守ってくれる、だから俺はこの世界からドクターとして患者を守る。…例えどんな風に思われてもな」

「…どうして、そこまで他人のために必死になれるの?この世界で、誰もが自分を守るだけで精一杯なのに、どうして貴方はそんなに強くあれるの?」

「俺は強くなんかないさ。…ただ、『強くあろう』としているだけだ。俺が目指す先にいる人たちは、皆自分の中に揺るぎの無い『信念』を持っている。誓いを守るために完璧であり続けようとする人、かつて救えなかった人のために自分を犠牲にしてでも戦おうとする人、命を懸けて希望を託してくれた人、そして…自身の才能だけを信じて不可能に挑もうとする人。そんな人たちに少しでも追いつくために、俺は俺の信念を貫き通す。例え誰であろうと、目の前の命を諦めない…そこだけは、嘘をつきたくないんだよ」

 

 空を見上げてそう呟くキリト。呆然とそれを聞いていたアスナは、すぐ傍に居るはずのキリトがまるで遙か遠くに立っているような感覚を憶える。自分とそう年の変わらない筈の彼の瞳が、自分では考えもつかないような風景を見ているような…。

 

「…悪い、なんか自分勝手なこと喋りすぎたな。忘れてくれ」

「……名前」

「え?」

「名前…教えてよ。さっきから貴方だけ私の名前呼んでるじゃない。大方アルゴさんから買ったんでしょうけど、そっちだけ知ってるなんてフェアじゃ無いでしょ?」

「あ…あー、もしかして知らなかったのか?」

「は?」

「視界の左上辺りにさ、俺のHPゲージが見えるだろ?…ああ、そうじゃなくて目線だけあげる感じで。今俺達はパーティを組んでるから、HPゲージの横に俺の名前が出てるはずだぜ」

 言われるがまま目線を左上に上げると、そこには自分のHPゲージ…そしてその下にもう一本のHPゲージと、その横に目の前の彼の名が視える。

 

「キリト…君?」

「ああ」

「そう、キリト君…こんな近くに見えていたのね」

「あ、ああ…?」

 どこかいつもと雰囲気の違うアスナに、キリトは理由は分からないが居たたまれない気持ちになり、半ばヤケクソで思い出したように手を叩く。

 

「そ…そうだー!こうしちゃいられない、速く街に向かって情報を集めないとー!アルゴに精々高値でふっかけてやらないとなー!」

「……」

「…じ、じゃあ…俺、先に行くぜ」

「うん…。すぐに、追いついてやるわよ…!」

「…ああ、待ってるぜ」

 強い意志の籠もった目でこちらを見るアスナにふっと笑い、キリトは第二層のフィールドへと歩み出していく。

 

(…キリト君、君が自分をどう思っているのかは知らないけど、貴方は間違いなく全てのプレイヤーの中で一番強い。戦いも、心も…!その強さの理由を、私は知りたい。この世界で生き残るために、そしてその先の未来で強くあれるように…!)

 その背を見送りながら心の内でそうつぶやき、アスナは第一層へと戻っていく。新たな世界への準備を整えるために。先に向かったキリトに追いつくために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…しかし、なんでこんなものがこの世界にあるんだ?」

 アスナが去った後、キリトは先のボス戦でコートと共に手に入れたドロップ品であろうアイテムを手に考えていた。

 このアイテムはLAボーナスとは別物のようで、βテストの時には見たことがなかった。アイテムの説明を見ると

 

『かつて大地切断によりアインクラッドが地上から空へと上がった際、アインクラッドの心臓部である魔法石を守る聖堂を封印する為に創られた6本の『秘鍵』の一本。持ち主にすさまじい力をもたらす』

 

 とあり、どうやらSAOの舞台設定である大地切断に関わっている代物だということが分かる。…しかし、キリトが驚いたのはその設定では無く『見た目』である。何故なら、キリトは今手にしているそれを誰よりもよく『知っていた』からだ。

 

「茅場晶彦…お前は何を企んでいる?どうしてお前がこれのことを知っている?…どうしてこんなものを、この世界に混ぜるようなことをしたんだ…?」

 どこかで高見の見物をしているであろう元凶に問いかけるキリト。その手に握られたもの…カセットのような形をしたそれには、こんな文字が記されていた。

 

 

 

 

『Mighty ActionX』…と。

 




と言うわけで今作でもキリトはビーターになりました。展開変えようかな~とも思ったんですが、思いつきで始めたものなのでそこまで深く考えてなかったのでシンプルに話を作りました

キリトの例え話で出てきた人たちが誰かは言うまでもありませんが、最後の人はあのヤベーイ奴をキリトなりに超好意的に解釈して精一杯フォローした表現の結果ああいう評価になりました。基本的にはキリトにとってアレは「クリエイターとしては天才でも人間としては屑」という評価になっています

次回は一旦アインクラッドを離れ、現実サイド…もとい「神サイド」の話になります



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一方その頃現実では…①

今回は現実サイドに視点が移ります。こっちサイドでも過去作からのゲスト出演があるのでお楽しみに

同時更新のオーブ外伝もよろしく。ではどうぞ


ガヤガヤガヤ…!

「急患です!またSAOの被害者が…」

「またか…!?もう入院用のベッドは限界だぞ!クッ…一般病棟のベッドをかき集めてこい!なんとか受け入れるんだ!」

 聖都大学付属病院は、あのゲムデウスによるパンデミック並の混乱の渦中にあった。本来の部署を超えて全職員が総動員となり患者の受け入れ体勢を整えている。

 

 SAOをプレイしていたプレイヤー達の意識が戻らないことが発覚してから早10日…。各地の医療機関に搬送された被害者たちはSAOの出荷数とほぼ同じおよそ1万人にもおよび、その全てが万全の体制での入院を余儀なくされていた。何しろ何かの拍子にゲームの接続が切れてしまえば、間もなくナーヴギアにより脳を灼かれて死んでしまうのだ。受け入れる病院側は常にゲームを持続できるよう通常の生命維持設備に加えナーヴギアの充電を平行してできるような環境を整えねばならなかった。

 しかし、それだけの環境を用意できる病院は限られており、各地に点在するSAOプレイヤーの中には近隣にそのような医療機関が存在しない場所に住んでいるものもおり、事態は混迷を極めていた。

 そこで政府は、衛生省を通じゲーム関係の医療に最も精通している聖都大学付属病院を緊急の搬送先として全国に告知し、受け入れ先のないプレイヤー達はそこに搬送されることとなった。

 

「ハァ、ハァ…!」

 そんな聖都病院に、息を切らせた様子の女性とその娘らしき少女が駆け込んでくる。彼女たちは入るなり受付に向かうと鬼気迫る様子で尋ねる。

 

「す、すみません…!」

「は、はい…本日はどのような要件で…」

「あの…!『CR』って、どこに行けばいいんですか!?私たち、この病院の鏡先生って人からお兄ちゃんがここに運ばれたって聞いて…」

「は、はぁ…失礼ですが、お名前を伺っても?」

「はい…私、『桐ヶ谷翠』といいます」

「『桐ヶ谷直葉』です!」

「桐ヶ谷…!じゃあ、和人君のご家族ですか。失礼しました、CRはこの奥を向かった先にあります。今案内を呼びますので…」

「その必要は無い」

 受付の言葉を遮り、通路の奥から一人の医師がやってくる。

 

「鏡先生!」

「あの…貴方は?」

「私は鏡飛彩…この病院の外科医兼、CRのドクターを務めているものです。あなた方に連絡を入れたのは私の父の灰馬です。あなた方の到着をお待ちしていました。私がCRまで案内します」

「…あ、あの!そこに、お兄ちゃんがいるんですか?」

「はい。和人君と私は少々面識がありまして…まあ、詳しい話は後ほどにしましょう。ひとまず彼のところに…私についてきてください」

「は、はい!」

 迎えに来た飛彩に連れられ、翠と直葉は聖都病院の奥にあるCRへとやってきた。

 

「この先です」

 飛彩がCRの入り口を開ける。その先にはCRの診察台の傍に急遽誂えたベッドに横たわる和人と見知らぬ少女。そしてその周りには数人のドクターらしき男性とナースが一人、そして明らかに医療関係者には見えない数台のパソコンを相手に格闘している男性が一人居た。

 

「和人!」

「お兄ちゃん!?」

 和人の顔を見て思わず叫んだ翠と直葉は大急ぎで駆け寄る。ナーヴギアを被り点滴や心拍測定用のコードを貼り付けられた和人は、家族がやってきたことにも全く反応せずただ眠り続けている。

 

「…和人君のご家族の方ですね。私は鏡灰馬。この病院の院長であり、CRの総責任者を務めているものです」

「九条貴利矢だ。ここの監察医をしている、よろしく」

「花家大我…。この病院の医者じゃねえが、今は臨時でここの手伝いをしている。…あんたらの息子の隣にいるのが西馬ニコだ」

「私は仮野明日那です。このCRの専属ナースをしてます。……で」

 

 

「おぉのれぇぇ茅場晶彦ぉぉぉぅッ!!私の元から出奔しておきながら、このようなゲームを作るとはぁぁぁぁッ!!貴様なんぞが、この神の才能に及ぶはずが無いということを思い知らせてくれるぅぅぅぅッ!!」

「…あっちで一人で盛り上がってるのが檀黎斗。まあ、基本的には居ないと思ってくれていいですよ」

「は、はぁ…」

 灰馬を除いてすさまじく濃い面々に翠と直葉はあっけにとられるが、すぐに思い出して問う。

 

「あの…和人は、大丈夫なんですか?ニュースで同じような症状の人がたくさん居るって聞いて、亡くなった方も大勢居ると聞いて…!」

「お兄ちゃん、私が部活に行くまで元気だったのに…帰ってきたら、全然返事が無くて…。部屋に入ったら、ナーヴギアを被ったまま目を覚まさなくて…このまま、死んじゃうかもって思ったら、私…ッ!」

「…心中、お察しします。ですがご安心ください。和人君の体は我々が責任を以て預からせてもらいます。肝心のSAOに関しても、政府は元より我々も全力を挙げて対策を考えているところです」

「見ての通り、あの神もやる気出しまくってるしねぇ~。…ま、ここまでされといて乗らないなんて医者としては見過ごせねぇからな」

 

「キィィリトォォォゥ!!帰ってこいッ、茅場晶彦なんぞの思い通りになるなどこの神が許さんぞぉぉぉぉッ!!」

「…アイツは人間性は糞以下だが、同じ敵を相手にしている時に限っては信用できるからな。…こいつらの為にも、この糞野郎には馬車馬の如く働いてもらわねーと困るからな」

「ええぇ…?」

 散々な言われ様の黎斗にドン引きする翠と直葉であったが、ふと思った疑問を口にする。

 

「…あの、どうして皆さんはお兄ちゃんの為にここまでしてくれるんですか?ここでアルバイトしてたのは知ってますけど、ただの清掃員のバイトにここまでしてくれるなんて、ちょっと変な気が…」

「あ…それは…」

 複雑そうな表情で灰馬の方を見る明日那。灰馬もまた同じような顔で飛彩に視線を向け…静かに頷いた飛彩を確認し、翠達のほうへと向き直る。

 

「…分かりました。では、全てをお話ししましょう。和人君がこの病院でしていた、彼の『本当の役目』についてを…」

 

 

 

 そして灰馬は二人に全てを告白した。このCRの本来の役割、ゲーム病とバクスターウイルスについて、それらと戦うドクター達の真の姿…仮面ライダーの存在。そして…和人もまたゲーム病患者であり、自分に感染したバグスターと共に仮面ライダーとして戦い、仮面ライダークロニクルをクリアした立役者の一人であることを。

 

「…これが、我々と和人君との関係です」

「「……」」

 全てを聞き終えた翠と直葉は、信じがたいものを見たかのように呆然としていた。

 

「…あの仮面ライダークロニクルの時、しばらく帰れないって聞いて…何かあったんじゃないかとは思ってたんです。でもバイト先が病院なので、そのお手伝い程度だろうと思っていました。…けどまさか、あの子が…和人が仮面ライダーになって戦っていたなんて…!」

「申し訳ありません…。何分国家機密に相当することですので、いかにご家族といえど本当のことを話すわけにはいかなかったので…」

「どうして…どうしてお兄ちゃんが戦わなくちゃならなかったんですか!?あの時、お兄ちゃんはまだ13才だったんですよ!なのに、そんな命懸けの戦いにどうして…」

「仮面ライダーに変身できるのは、適合手術を受けるかエグゼイドのようにゲーム病に感染するかして、バグスターウイルスに対する抗体がある人間だけだ。…とはいえ、手術を受けたからといって誰もが仮面ライダーになれるわけじゃねえし、エグゼイドのように自分のバグスターと共存できるなんてのは稀中の稀だ。だから衛生省は多少強引にでも、エグゼイドに戦ってもらうしか無かったんだろ」

「でもッ…!」

「それに、戦うって決めたのは和人の意思だ。俺らはそれに乗ってやったんだよ」

「え…」

「確かに、当初は和人も仮面ライダーとして戦えるという義務感と患者を放っておけないという正義感で戦っていた。それだけなら、正直言って俺もどこかで折れるだろうと思っていた。他人の為だけに戦うなんてことはそんな甘い事じゃ無いからな。…だがこいつは、自分がゲーム病であることを知ったことで逆に吹っ切れた。患者の為だけでは無く、あのゼロデイの引き金になってしまった自分自身の『運命』と向き合うために戦う。その強い決意があったからこそ和人は戦い続けることができたんだろう」

「飛彩も最初は和人のこと『清掃員』とか『子供』って呼んでたのに、途中からは『和人』って呼ぶようになったもんね。…それだけ、和人の意思は強かったんだよ。それはここにいる皆が認めてるよ」

「…そうなんですか」

 この場のドクター達が揃って和人を認めている。それを聞いた翠と直葉は、目の前で静かに眠り続ける和人が知らないうちに成長していたことに感慨深い思いを抱いていた。

 

…ッターンッ!

「…ふ、ふふ…ふははは…!」

「黎斗?」

 その時、力強くキーを叩く音と共に我関せずだった黎斗が笑い声を上げ始める。

 

「ふはははは…!はははッ、ハハ…ウェァハハハハハハハハハハッ!!!」

「…まさか、何か分かったのか!?」

「え、嘘、マジ!?」

「ゲンム!どうなった!?」

 

 

 

 

 

 

「…駄目だぁ~ッ!!」

「だぁーッ!」

「ずごーッ!?」

 けたたましい笑い声から一転、情けない声と共に項垂れる黎斗に灰馬と明日那はずっこけ、貴利矢たちは期待外れに地団駄を踏む。

 

「おい!自慢の神の才能はどうした!?テメーの部下だった奴に歯が立たねーとか情けねーぞ!」

「黙れェェェェェェッ!!…言っておくが、決して私の才能が奴に劣っているのでは無い!むしろ、奴がこの私を徹底的に『警戒していた』からこそこうして手こずらされているのだ!!」

「…ま、上司にこんなイカれた奴がいれば警戒するわな。無駄に能力だけは高い分余計に厄介極まりないぜ」

「とはいえ、諦めるわけにはいかない。他の患者への対処法の確立のために、和人には頑張ってもらうしか無い…」

「くっそぉ……あ!ていうか、俺達バグスターなんだからデータ化すればSAOの中に入れるんじゃね?」

「あ!そうだよ、その手が…」

「私がその程度の浅知恵を試していないとでも思っているのかぁぁぁぁぁ!!」

 コンピューターウイルスとしての特性を持ったバグスターの能力を使った貴利矢のアイデアにポッピーが同調するが、黎斗はそれを一蹴する。

 

「…どういうことだ?」

「九条貴利矢の策など、私は最初に既に試している!その結果、私がここにいるということを…結果など分かっているだろう」

「…もしかして、駄目だったの?」

「…このナーヴギアとSAOのサーバーには、どうやら『バグスターウイルスだけ』を弾き出す特殊なセキュリティが組み込まれているらしい。おそらくバグヴァイザーのバグスターを閉じ込める機能を応用したものだ。これがある以上、バグスターウイルスは外から侵入することも中から出ることもできない…!」

「ということは…パラドからの反応が無いのも…!?」

「おそらく、パラドの意識もSAOの中にあるのだろう。パラドとて所詮はバグスター、例外では無い」

「マジかよ…!?てか、茅場晶彦がいくら元お前の身内だからってなんでこんなもんを作れるんだよ!?」

「…奴が幻夢コーポレーションを辞職したのは、あのゼロデイの後…私が檀正宗を刑務所に送ったのと同じ頃だ。元々奴は壇正宗が拾ってきた男だったから、私の元で働く義理はないと言って去って行った。おそらくその時に開発途中だったライダーシステムやバグスターに関する情報を持ち逃げしたのだろう…忌々しいぃぃぃぃぃッ!!」

 研究成果を掠め取られた黎斗は苛立ちを露わにするが、実際問題かなり面倒なことになっていた。敵が檀黎斗の存在とバグスターに関する情報を知っている以上、どんな罠が仕掛けられているか分からないからだ。

 

「あの…お話はよく分からないんですけど、お兄ちゃんを助ける方法はもう無いんですか?」

「う~ん…どうなの黎斗!?」

「…ふん、そう慌てるな。既に『策』は打ってある。…九条貴利矢!例のものはまだ届かないのか!?」

「あん?…ああ、今日持ってくるって聞いてんだけど…」

 

ガシュン!

 と、その時CRの入り口が開き一人の男性が入ってくる。

 

「…失礼します!遅れてすまない、貴利矢!」

「おお!待ってたぜ進ノ介!」

「…誰だアンタは?」

「おっと、申し遅れました。…俺は警視庁捜査一課所属、『泊進ノ介』です。階級は警部補を務めています」

 警察手帳を出して挨拶したのは、あれから昇進し警部補となった泊進ノ介…かつて『仮面ライダードライブ』としてロイミュードたちと戦ったライダーの一人である。

 

「警視庁の方でしたか…!これはご苦労様です。…ところで、ウチの病院に何かご用でしょうか?」

「ああ、別に疚しいことじゃないんです。今回はそこの貴利矢に頼まれていたものを届けに来ただけでして…」

「貴利矢に?貴利矢、警視庁の人と知り合いだったんだ」

「ま、監察医の仕事してると警察関係者とも顔馴染みになるもんでね。進ノ介ともそういう間柄だよ」

「物が物だけに、他の奴に任せるわけにもいかなくてね。俺が直接持ってきたんだ。…それに、俺の友人もSAOに囚われているからな。俺に出来ることならなんだって協力するさ…ほら、これが例のものだ」

 進ノ介が持っていた鞄から取り出した物に、皆が目を見開いて驚く。

 

「こ、これは…!?」

 それは、現在和人がプレイしているもの…ソードアート・オンラインのソフトであった。

 

「今回の事件で、流通しているソフトの殆どは警視庁が回収していたからな。なんとか無理言って一本だけ調査資料として拝借してきた。副総監や日向審議官には迷惑をかけてしまったけどな…」

「サンキュー進ノ介!…おい神!ご注文の品が届いたぞ…」

「でかしたぞぉッ!」

 貴利矢の手からソフトをひったくると黎斗は再びパソコンを鬼気迫る勢いで叩き出す。

 

「それを使ってどうする気だ?」

「決まっている!奴が横やりを拒むというのなら、望み通り堂々と乗り込んでやるだけだぁ!」

「乗り込むって…まさか、SAOにログインするの!?」

「おい…そんなことをしたらミイラ取りがミイラになるだけだろーが!」

「ふん、これだから凡人は考えが浅はかなのだ。SAOにログインしたプレイヤーの意識が戻らないのは、筐体であるナーヴギアとの連動によるものだ。つまり…ナーヴギアさえ使わなければ、SAOにログインしても問題ないということだ!」

「成る程…だが、現状SAOのソフトを起動できるのはナーヴギアだけの筈だが?」

「確かにそうだ。…だがそれがどうしたぁ!ナーヴギア以外に無いというのなら、今から『創り出せば』いいッ!」

「創るって…今からゲーム機開発するってのかよ!?いくらなんでも無茶だろ…ガシャット作るのとは訳が違うんだぞ?」

「私を誰だと想っているぅ!私は神、檀…黎斗神だッ!神の才能に不可能など無い!精々見ているがいい、ヘァアアアアアアッ!!」

 更に勢いを増した黎斗に、飛彩たちは呆れかえったように首を振るしか無い。

 

「ったく、しょうがねえなあの野郎…。けど、今はその神の才能とやらに乗るしかないってことか」

「あの…息子は本当に大丈夫なんでしょうか?」

「ご心配なく、お母様。息子さんの体は我々が責任を以てお守りします。SAOからも…あの男からも」

「…それに、エグゼイドやニコもビビって縮こまってるタマじゃねえ。アイツらもゲームの中で解決のためになにかしている筈だ」

「うん、絶対そうだよ!…案外、私たちが助ける前にゲームクリアしちゃったりして…」

「…それ、ありそうですね。アハハハ…!」

「…ともかく、SAOの調査に関してはあなた方の協力に掛かっています。我々警察も可能な限りお手伝いしますので、被害者の皆さんの一刻も早い帰還のために…お願いします」

「はい、承りました…!」

 

 こうして現実の方でも、茅場晶彦の企みに対抗する動きが始まっている。彼らの努力がゲーム内で戦うプレイヤー達にどのような影響を及ぼすのか…それが分かるのは、もう少し先のことである。

 




茅場が幻夢コーポレーションを去った経緯に関しては後ほど明らかになります。進ノ介はパックマン騒動の時からちょっとだけ出世しています。…思えば照井が20代そこらで警視なのって相当凄いことですよね
ニコがCRに運ばれたのは大我の診療所では長期間の入院には向かないのと、多くの同じ状態の患者がいるので面倒を見やすいからです。なので大我は現状診療所を一時閉めてCRで非常勤医師として働いています
SAOのログアウト不能の設定はソフトの方なのかハードの方なのかイマイチ分からなかったので、両方使うことで機能する…ということにしました。どのみち現段階ではナーヴギアしかSAOを使えないですからね


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森の中の死闘

話題の映画「レディプレイヤー1」を見てきましたけど…ただ一言、凄かったです!
スケールのデカいSAOみたいなものかと思っていたらそれ以上にストーリーが深く、何より登場する既存のキャラクターたちが見覚えのあるのが多数あって壮大なお祭り映画として楽しめましたね。
地味にキリトと茅場の中の人が吹き替えやってるのでSAOシリーズが好きな人も楽しめると思います。…というより、茅場や須郷を思わせる登場人物もいるので案外意識しているのでは…?と思ったり

ところで、映画のどこかに江ノ島が登場していると聞いて一通り探してみたんだけど…それっぽい人は見つけたけどハッキリとは分からなかったよ…。皆さん見つけました?


今回よりプログレッシブ編のストーリーが始まります。でもストーリーを手早く進めたいので二層はカットして三層からになります。ではどうぞ。


 デスゲーム開始から早一ヶ月…SAOの状況は慌ただしく変化していた。第一層フロアボス戦をクリアした翌日、プレイヤー達はその大半が第二層へと順次移動し、次なるボス戦に向け未知のフィールドを駆け巡っていた。その中にはアスナやエギル、グリドンといったフロアボス戦で活躍した実力者たちも居る。

 

 …しかし、その中にディアベルの姿は無かった。彼はボス戦の後、キリトへの疑念や彼の言動に対するフォローの中で、自分がβテスターであったことを打ち明けた。当然、プレイヤー達の多くから非難が殺到したが、今までその先頭に立っていた筈のキバオウがなんとディアベルを擁護する側に回ったことで混乱は中途半端な形で収束した。結果、ディアベルは攻略組から一線を退き、正体を黙っていたペナルティとして当面の間始まりの街で初心者プレイヤーたちの指導を担うという処分が下った。現在はオーナリーたちと共に元気でやっているらしい。

 その後、ディアベルに変わってキバオウと『リンド』というプレイヤーが攻略組のまとめ役となったが、この二人はどうにも反りが合わないらしくそれに釣られるようにプレイヤー達の多くも自然の2つの勢力に分かれ始め、それぞれキバオウ率いる『アインクラッド解放隊』とリンド率いる『ドラゴンナイツ』というギルドもどき(三層に入り次第正式なギルドにする予定らしい)として小競り合いをしつつも攻略を進めていた。ちなみにエギルやグリドンは付き合ってられないとばかりに少数のパーティを逐一組みながら攻略に参加している。

 

 そしてキリトはというと…ビーターの烙印を押されたことで必然的にソロでの攻略を進めていたが、ひょんなことからアスナとパーティを再結成。お互いにキリの良いところまで、という条件の下手を組んだ二人は様々なトラブルに巻き込まれつつも第二層のボスを撃破。そして今…彼らは第三層へと足を踏み入れたのである。

 

 

 

 

 

 

ギィンッ!

(…~ッ、堅ぁ…!)

「貴様ぁ…!」

 アスナの刺突をもろに喰らった筈の『フォレストエルフ』…色白で尖った耳の戦士が苛立たしげに顔を歪ませる。HPゲージが殆ど減っていないところから、どうやらただ怒らせただけに留まってしまったようだ。

 

「…隙ありッ!」

「うちのお姫様に…色目使ってんじゃねえよ!」

「ぬッ!?」

 フォレストエルフの注意がアスナへと向けられたその一瞬に、キリトともう一人…同じく尖った耳ながらも黒い肌の『ダークエルフ』の女戦士が上下から挟み込むように斬撃を刻み込む。

 

ザクザクッ!

「ぬおぁッ…!」

「ラストッ…決めろ、お二人さん!」

「「はぁぁぁぁッ!!」」

 

ズバァンッ!

「ぐあああああッ…!?」

 交錯するようにフォレストエルフの体を貫いたアスナとダークエルフの剣が振り抜かれ、断末魔の叫びと共にフォレストエルフのHPゲージが底を尽きた。

 

 

「…やるな、人族の『つがい』!」

「「つがいじゃないッ!!?」」

 

 

 事の始まりは三層へと上がった直後、主街地にも向かわず一目散に三層に広がる森の中へと入っていったキリトをアスナが追いかけると、その先では2人のエルフ…フォレストエルフとダークエルフが戦闘を行っていた。

 キリト曰く、これはSAO序盤における階層を跨いだ大型クエストの最初のクエストらしく、どちらか片方に肩入れすることでルートが固定されるという。アスナは女性であることから…もっと言えばダークエルフの女性を見るキリトの視線からキリトがβ時代にダークエルフ側についたことを確信し、事前情報があることからより安全な『ダークエルフルート』を選択。…しかし、システムの設定上ダークエルフを犠牲にしなければフォレストエルフを確実に倒せないというキリトの言葉にアスナは納得いかず、その熱意に折れたキリトと共にフォレストエルフを死ぬ気で攻め立て、どうにか紙一重のところでダークエルフを生かしたまま勝利をもぎ取ることができたのであった。

 

 

シュゥゥゥゥ…

「グ…オオ…」

 斬られた跡からポリゴンをまき散らしながら消滅していくフォレストエルフを、キリトとアスナはダークエルフと共に見送る。ダークエルフも含めHPゲージはまだ余裕であったが、明らかな格上の相手との戦いにアスナは元よりキリトも疲労で肩で息をしていた。

 

「ふー…さて、勢いで倒しちまったけど…こっから先はどうなるか俺にも分からないぞ。結局俺もβの時はこいつを倒したことは無かったからな…」

「分かってるわよ、そんなこと…!」

(…とはいえ、『こいつ』を使わずに済んだのはアスナのお陰だな。この先の展開が分からない以上、一日一回きりのこいつを温存できたのは大きい…さあ、どうなる?)

 ポケットの内側に潜ませた『奥の手』を握りながら様子を窺っていると、死に体だったフォレストエルフがこちらを憎々しげに睨みながら譫言のように呟く。

 

「アア…実に、無念だ…。貴様なんぞに、『功』を譲ることになるとは…」

 明らかにキリト達に向けてではないそんな言葉を呟きながら、フォレストエルフは何から草で出来た手のひらほどの大きさの『包み』を取り出す。

 

「それはッ…!?」

 それを見た瞬間殆ど反射で奪い掛かったダークエルフの手が届くよりも早く…

 

 

ビュゥゥゥ…ガッ!

「なッ…!?」

 上空より飛来した大きな鳥が包みを掴んで飛び上がり、いつの間にか木の上にいたもう一人のフォレストエルフの元へと運んでいった。

 

「ご苦労…脳筋の貴方にしては上々な仕事でしたよ。さて、あなた方ダークエルフの持つ『秘鍵』とやら、確かにワタシが預かりましたよ」

「アイツはッ…確か、フォレストエルフの『鷹使い』!さっきの奴と同じエリートモブのNPCだ!存在は知ってたけど俺も初めて見た…」

「そんなこと言ってる場合!?よく分からないけど、アイツも敵なんでしょ?だったら…

!?」

 新たなNPCの出現に身構えるキリトとアスナであったが、突如隣のダークエルフより感じた気迫…『殺気』に思わずたじろぐ。

 

「鷹使い…!そうか、貴様が…貴様かぁッ!!」

(ッ!?これは…殺気!?NPCの!?)

「…はて?どこかでお会いしたでしょうか?ダークエルフとは言え貴方ほどの美人を忘れる筈は…」

 と、指で髪をいじりながら考え込んでいた鷹使いの表情が妖しく歪む。

 

 

「そういえば…貴方方からこれを奪ったときに思わず殺してしまった薬使いと、よく似ていらしますねぇ…!」

「…ッ、貴様ァァァァァァッ!!」

 

ガサガサ…ガサッ!

「義姉さんッ!」

 ダークエルフの怒号を聞きつけたかのように、茂みを掻き分けて大きなオオカミをつれたダークエルフの男が現れる。

 

「こいつは…ダークエルフの『狼使い』!鷹使いと対を成すダークエルフ側のNPCだ!」

「ていうか、今ねえさんって…!?」

「来たか我が義弟よ…!こいつは…」

「分かっている!伝え聞いた情報通り…フォレストエルフの鷹使いッ!我が妻の仇…ここで討たせてもらうッ!!」

「…あ~あ~あ~。折角手早く済ませようとしていたところにイヌ臭いのが来ましたねぇ~…。正直、あなた方に構っている暇は無いのですが、これから付きまとわれるのも面倒なので…ここでまとめて始末させてもらいましょうか」

 

パチンッ!

 鷹使いが指を鳴らすと、木の上に潜んでいたフォレストエルフの伏兵たちが飛び降りてくる。その数は、キリト達のゆうに3倍ほどにもなった。

 

「チッ、雑魚が…貴様らに用は無い!我らが目的は貴様らに奪われし秘鍵…そして、貴様の首だ鷹使いッ!」

 

「え…ちょ、これどうなってるの…?」

 目の前で繰り広げられるどう見ても訳ありな展開について行けないアスナは身構えながらも混乱を隠せずにいた。

 

「さあな…分かってるのは、もう俺達は引き返せないところにまで来ちまったらしいってことだ。俺達は完全に巻き込まれちまったんだよ…彼らの『物語』に。その上で聞くけど…どうするアスナ?」

「どうって…そんなの、決まってるでしょ!」

 キリトの問いに、アスナは答えの代わりに細剣の切っ先を鷹使いに向ける。

 

「事情はよく分からないし、どっちが正しいのかは知らないけど…とりあえず、あのスケベ面が気に入らないわ!見たところあの包みも元はダークエルフさんの物らしいし、とっとと奪い返してシャワー浴びる!今はそれだけよ!」

「…了解。なら、それで行こうか…!」

「…協力してくれるのか?人族のつがい」

「つがいじゃないですって!…そっちの都合は知らないけど、私がアイツをぶちのめしたいだけです!」

「…ふん。なら精々、死なないように気をつけろ。…『今度こそ』、俺が守ってやるからな」

「…?」

 ダークエルフの二人に並び立つキリトとアスナに、鷹使いが憐れむような声をかける。

 

「おやおや…そんな連中に手を貸すなんて、人族はやはり醜い愚か者の集まりのようですねぇ~。ですが…敵対するというのなら、死んでもらうしかありませんねぇ…!」

「ハッ…!そううまくいくかな?確かにおたくらエルフに比べりゃ俺らは貧弱かもしれないけどな、人間にはそいつを補う『可能性』があるんだよ」

「可能性ねぇ…そんなものが人族なんかにあるとは思えませんが…」

「…なら、見せてやるよ。アンタらには決して真似できない俺達の『力』をな…!」

「?」

 怪訝そうに眉をひそめる鷹使いの前で、キリトはポケットからある物を取り出す。

 

「…なに、それ?」

「ふっ…俺のとっておき、さ」

 見慣れないアイテムに首を傾げるアスナにそう言って、キリトは『いつものように』それを起動させる。

 

 

 

 

 

 

『マイティアクションX!』

「大…変身!」

 キリトが手にした物の持ち手付近のスイッチを押すと、それから電子音が鳴り響く。そのまま両腕を大きく左から右へと振るい、かけ声と共にキリトは自身の腹部へとそれ…ガシャットを突き立てた。

 

『ガッチャーン!レベルアーップ! マイティジャンプ!マイティキック!マイティマイティアクションX!』

 キリトの身体に沈み込むように入り込んだガシャットからハイテンションなアナウンスが鳴り響き、同時にガシャットからパーツのようなものが飛び出すとそれらはキリトの肩や膝といった各部にまるで装甲のように装着される。

 

「……!?」

 唖然とするアスナ達の前で、キリトはそれまでの装備に加えて白とピンクを基調にした軽装甲…まるでエグゼイドのスーツの一部を纏ったような姿へと『変身』した。

 

 

 

「…は、はぁあああああああッ!!?ちょ…何よソレぇ!?」

「悪いけど説明は後だ。こいつを使った以上一秒だって惜しいんで…ねッ!」

 混乱するアスナを軽くあしらい、キリトは足に思い切り力を篭め…

 

 

…ドンッ…!

 瞬間、キリトの姿が掻き消える。

 

「ッ!?どこへ…」

 鷹使いが見失ったキリトを探そうとした瞬間

 

 

…ズババババッ!

「何ぃ!?」

 自分の前にいたフォレストエルフの部下達が一瞬の間に悉く切り裂かれていった。

 

「ば、馬鹿な…!」

「…少しは人族のことを見直してくれたか?フォレストエルフさんよ…!」

「!?」

 後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはキリトが自分が持っていたはずの秘鍵の包みをお手玉しながら見下ろしていた。

 

「き、貴様…秘鍵を!」

「こいつは返してもらったぜ。盗みを働くような連中に見下されたくないんでね…っと!」

 

ビュンッ!

 キリトが屈み込んだ次の瞬間、再びキリトの姿が掻き消え、キリトが立っていた木の枝が大きくしなる。

 

「また消えた…!?ど、どこに…」

「ほれ」

「ん…おおッ!?」

 視界の外から伸びた手に驚くダークエルフの女が横を見ると、いつの間にかそこに居たキリトが秘鍵の包みを差し出していた。

 

「大事な物なんだろ?とりあえず取り返してきたぜ」

「あ、ああ…感謝するぞ、人族!」

「…このッ、下等な人族如きが私をコケにしやがって…!」

「…人を虚仮にしておいて自分がされるのは嫌って、ちょっと器が小さいんじゃ無いの?フォレストエルフの鷹使いさん?」

「アスナ…」

「…聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえずは置いておいてあげるわ。さっさとこいつらをぶっ飛ばすわよ!」

「…仰せのままに!」

「行くぞ義姉さん、人族の戦士…覚悟しろ、鷹使い!」

「…き、さ、ま、らッ…!全員、殺すッ!!」

「来いよ、ノーコンテニューでクリアしてやるぜ!」

 激昂する鷹使いと共に襲いかかってくるフォレストエルフ達とキリト達との乱戦が始まった。

 




SAO内でのガシャットの扱いですが、基本的にベルトを介さずガイアメモリの直差しのように身体に突き刺すことで使用することが出来ます。その場合フルスキンではなく装甲や武器の一部だけが展開され、半ばコスプレのような見た目になります。ベルトを使わないことによりいくつかの制約やデメリットがありますが、それは後々説明していきます


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暗躍する者

GGOのアニメ見ていたらピトさんデスゲーム参加ルートもアリかなと思った。
…でもあの人の死生観じゃ多分初っ端で死ぬかもねぇ…。プーみたく振り切ってる訳でもないからオレンジにはなれてもレッドにはなれそうにないし、序盤は良くてもやり過ぎてラフコフに狙われて死にそう。

ではどうぞ



ガキィン!

 

 

「…ちっ、役立たずの雑魚共が。まあいい…一旦ここは引かせてもらいましょう。ですが、あなた方の顔は憶えましたよ。次に会うときこそ確実に殺して差し上げます…精々鼠らしく怯えて穴蔵にでも隠れていることですね!」

 

ババサァッ…!

 

『ガッシューン…!タイムアウト』

「…俺の方も時間切れか。アイツ行っちまうけど…追いかけるか?」

「そう…したいけど、御免…今は、無理…!」

「ハッ…!ハァ…」

「ウォゥ…」

「口惜しいが…今は見送るしか無い。ここで深追いすれば、奴らの思う壺だろうしな…」

「だな…」

 部下と左腕を失いながらも不適な捨て台詞を残して相棒に捕まり飛び去っていく鷹使いを、満身創痍のキリトたちは悔しげに睨みながらも動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 …乱戦の末、結果から言えば鷹使いを仕留めることは出来なかった。戦いそのものは、キリトたちが優位であった。マイティアクションXのガシャットでパワーアップしたキリトは縦横無尽に密林を駆け巡ってエルフ達を翻弄し、モブ兵士達を足止めしている間にアスナと二人のダークエルフが鷹使いを果敢に攻め立てた。とはいえ鷹使いも相当な剣の腕を持っており、しかも戦闘経験の浅いアスナを徹底的に狙うという悪辣なやり口で苦しめたが、時折水を差すように飛んでくる短剣や小石…キリトの投剣スキルによるものであるが、それにより隙を見せたところを狼使いの操る狼が左肩に食らいつき、そのまま腕を食いちぎったことで均衡が破れることになる。

 片腕を失ったことで激昂していた思考が冷えたのか、距離をとった鷹使いは部下がキリトによって全滅されたことを知ると、先ほどの捨て台詞を吐いて逃げていったのである。こうして、時間にして1分にも満たない…しかし余りにも熾烈な乱戦が終わったのである。…本来どちらかが死ぬはずであったダークエルフを、『2人とも生き残らせる』というβの時にはあり得なかった状況を作り出して。

 

 

「秘鍵を取り返せたのは、そなた達のおかげだ。里の一族を代表して礼を言わせてくれ。今回のことで指令からも褒章が出るだろう。野営地まで同行願えないだろうか?」

 

 息が整ったところで女ダークエルフ…『キズメル』からクエスト進行のアイコンと共にそう問われ、顔を見合わせ示しあった後にキリトとアスナはそれを了承し、狼使い…『アッシュ』と共にダークエルフの野営地へと赴くこととなった。

 

 

「…ちょっと、そろそろいいでしょう?いい加減教えなさいよ」

 その道中、キズメルとアッシュから少し離れて歩いていたアスナがキリトに詰め寄る。

 

「お、教えろって…何を?」

「惚けないでよ…!さっき、貴方が使ったあの変なアイテムのことよ。鎧みたいなのをつけた途端急に動きが速くなったりして…どう見たっておかしいでしょ…!さあ、キリキリ吐きなさい。それもβテスターしか知らないものなのかしら?」

「ちょ、待て…落ち着いて!…正直言って、俺だってβの時にこんなものを見たことは無い。多分こいつも製品版になって追加された新要素なんだろうな」

 キリトは先ほど使ったガシャットを手にそう話す。

 

「ふうん…それにしても、いつこんなの手に入れたのよ?」

「第一層のボス戦の時さ。LAボーナスと一緒に手に入ったんだ。入手条件は…正直分からない。ただ、アイテムの説明を見る限り多分同じものはもう手に入らない…オンリーワンのアイテムなのかもしれないな」

「ふ~ん…で、それはどんな効果があるのよ?さっきの戦闘を見る限りだとスピードがかなり上がってたけど」

「ああ…こいつの名称は『マイティアクションXガシャット』。SAOの設定にある『秘鍵』とやらの一つらしい。こいつをプレイヤーの身体のどこかにセットすると、プレイヤーの敏捷性や瞬発力…要するに基本ステータスが底上げされるんだ。文字通り、瞬間的な『レベルアップ』って奴さ」

「成る程ね…ていうか、秘鍵って確かあの人たちも…」

「ああ、俺も思っていた。…多分だけど、キズメルたちが守っているアレもガシャットだと思う。つまりこのクエストのクリア報酬はあのガシャットである可能性が高い。予想外の流れになったけど、どうやら俺達は『当たり』のルートを選んだみたいだぜ」

「そう…まあ、報酬がなんだろうと私はあの人達の味方をするけど。…あ、でもそのガシャット…だっけ?それが報酬だったら私のだからね!キリト君はもう持ってるんだからいいでしょ?」

「それは約束できないなぁ…?こういうのは早いもの勝ちってな」

「ちょ…何よそれ!?」

「…何をしている?置いていくぞ」

「あ…ご、ごめんなさい!」

「…つがい同士で仲が良いのは結構だが、森の中では注意を怠るなよ」

「だからつがいじゃありませんッ!」

「ワゥ」

 口喧嘩をキズメル達にからかわれながら、アスナとキリトは野営地へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ダークエルフの野営地へとやってきたキリトたちは、クエスト進行のために彼らの騎士団…『エンジュ騎士団』の見習い騎士として行動を共にすることとなった。第三層のフロアボスは未だ見つかって居ないため、キリトたちは召集がかかるまでダークエルフ達の元でクエストをこなしたり武器の改修をしながら日々を過ごしていた。

 そして数日が経った頃、ボス攻略に向けた緊急会議という連絡を受けたキリトとアスナは一旦野営地を後にし、攻略組プレイヤー達の拠点である主街地へと向かっていた。

 

「…そういえば今更だけど、キズメルたちキリト君のガシャットのこと何も聞かなかったね?自分たちの秘鍵と同じものなのに」

「ああ、俺も気になってそれとなく探ってみたんだけど、どうやらダークエルフの連中はあの秘鍵がどういうものかを知らないらしい」

「え?どうして?」

「なんでも、秘鍵は昔からあの包みに入った状態のまま受け継がれてきたんだと。今までも中身を見ようとした奴はいたけど、誰一人として開けることができた奴はいないそうだ。…多分だけど、アレを開けれるのはクエストを攻略したプレイヤーだけで、NPCには開けられないんじゃ無いか?」

「…そう。中身も分からないものを守ったり奪い合ったりするなんて、ちょっと…変な話よね」

「NPCにそんなことは関係ないんだろ。彼らにとって、例え中身がガシャットだろうと石ころだろうと…それが『秘鍵』と言うものである限りあのアイテムは特別なんだ。それがゲームキャラの宿命って奴だよ」

「…そういうものかしら」

「…アイツらにも、バグスターみたいな『意思』があるのなら違うかも知れないけどな」

「何か言った?」

「いや…別に」

 

 そんな話をしながら森を抜け、キリトとアスナは3本の巨木をくり抜いて作られた三層主街地…『ズムフト』へと辿り着いた。

 

「うわぁ~…!大っきな木…これ図鑑で見たバオバブって種類の木かな?」

「いや…似てるかも知れないけどリアルでこんなデカいのは無いだろ。ゲームだからこその代物だ。こういうのもいいだろ?」

 現実ではあり得ない巨木に顔を輝かせるアスナと共に会議が行われる広場へと向かっていると…

 

 

 

 

 

「…やっと来たわね!今までどこで油売ってたのよキリト!?」

「「!?」」

 広場の入り口で仁王立ちしていたプレイヤーらしき少女がキリトたちを見るなり大声で話しかけてくる。ぎょっとした二人であったが、キリトはその少女の顔に見覚えがあった。

 

「お、お前…『ニコ』か!?」

 そこに居たのは、かつて自分にライバル心を燃やして突っかかってきた挙句大我の元に転がり込み、最後にはキリトたちと共にゲムデウスと戦った少女…西馬ニコであった。

 

「そうよ!…ていうか、リアルの名前で呼ぶな!アタシは『N』よ、憶えときなさい!」

「あ、ああ悪い…ていうか、お前までこっちに居るのかよ!?お前確かβには選ばれなかったって言ってたじゃないか!」

「ハン!確かにβテストの抽選には落ちたけど、やらないなんて誰も言ってないでしょ?幻夢コーポレーションの筆頭株主の権限でSAOのソフトは確保しておいたのよ!…そしたら、こんなことになって…レベルと装備整えてる間にアンタが第一層のボス倒しちゃったから、急いで追いついてきたのに…どこに行ってたのよ!?」

「わ、悪い…って、それは謝ることじゃねえだろ!こっちだって色々やることが…」

「ちょっと…ねえ、キリト君!?」

「え…あ、アスナ…」

 Nと口論をしていると、置いてけぼりになり不機嫌な顔になったアスナが声をかけてくる。

 

「そっちの人…誰?知り合いみたいだけど」

「…キリト、この可愛い子誰?まさか彼女?」

「違うッ!…ちょっとあって今パーティを組んでるんだよ。…アスナ、一応紹介するよ。こいつは…」

「いい、自己紹介ぐらい自分でする。…初めまして、私はN。世間じゃ『天才ゲーマーN』なんて呼ばれてるわ。こいつとは…ちょっと色々あって、一応友達って感じかな?」

「は、はぁ…どうも、アスナです。初めましてNさん…」

「Nでいいよ。年近いっぽいし…で、詳しいことは後で聞くけどここに来たって事はボス攻略に参加するんでしょ?」

「まあな…やらないわけにはいかないだろ?こんなゲーム、一刻も早く終わらせないと…!」

「…それは同感。早いとこ起きないとアタシが居ない間に大我が過労死しちゃうかもだし。黎斗みたいに」

「そこまで流行ってないだろあの診療所…」

「…随分仲が良いみたいね。ホントに友達?」

「あ、当たり前だろ!誰が好き好んでこんなのと…」

「こんなのって何よ!?…あ、こいつのことはなんとも思ってないから狙うんだったら好きにすればいいよ?」

「結・構・です!」

 Nを交えて話しながら、3人は間もなく行われようとする会議へと合流しようとする。

 

「…あ、ごめんアスナ…先行っててくれる?キリト…ちょっといい?」

「え…う、うん」

「…どうした?」

 その直前、アスナを先に行かせるとNはキリトを呼び寄せる。

 

「後でなんだけど、ちょっと話があるの。…『これ』について」

 そう言いながらNが懐から取り出したものに、キリトは目を見開く。

 

「それ…『お前も』なのか!?」

「お前も…って、キリトも?」

「ああ…ほら」

「…どうなってんの?なんでこれがSAOに…」

「…まあ、話は後にしよう。今は攻略会議に集中だ」

「うん、そうだね…」

 

 

 

 

 

 

 …その後、ボス攻略会議が始まりキバオウとリンドがそれぞれのギルド…『アインクラッド解放隊(ALS)』と『ドラゴンナイツ・ブリケード(DKB)』の発足を発表したり、キリトとアスナのパーティ解散を申し出られ突っぱねられたりしたものの会議は恙なく難航し、結局現在両ギルドが進行している『秘鍵クエスト』が一段落してから…ということだけ決まって会議は終わった。(ちなみにALSはダークエルフ、DKBはフォレストエルフ側についたらしい)

 

 会議の後、身も心もすっかりダークエルフに染まってしまったアスナ…キズメルから聞いた話では、あの鷹使いに殺されたというアッシュの婚約者(ちなみにキズメルの妹でもあるという)がアスナによく似ていたらしく、そのせいか異常なほどにすんなり彼らに馴染んでしまった…を先に森へと帰し、キリトはNとそれぞれが持つものに関して話し合った。

キリトが秘鍵クエストに関して得た情報により方針が決まり、キリトとアスナは今まで通りダークエルフのクエスト進行を、Nは数だけは多いアインクラッド解放隊に潜り込んでキリトたちとは『ルートの異なる』ダークエルフ側のクエスト進行を進めることになった。フォレストエルフ側の情報はアルゴとNの知り合いの『JK(ジェイク)』という情報屋を介して互いにリークし合うことになっている。

 

 そうして数日が過ぎた頃…事態は動き始める。

 

「ちょりーっす!お待たせしたっすキリトさん!」

「あ、ああ…ご苦労様JK」

 ダークエルフ野営地から少し離れた森の中で、キリトは目の前の人物…情報屋『JK』の定期報告を受けていた。

 見たまんま『チャラい』という言葉がぴったりな外見で、軽薄な言葉遣いとアルゴ以上に戦闘向きでは無い装備ではあるが、これでも攻略組でも通用するほどの身体能力とアルゴ並みの神出鬼没性を兼ね備えているというプレイヤーで、キバオウとリンドの対立するギルド間をのらりくらりと行き来して反感を買うこと無く蝙蝠を演じているのである。…ちなみに見た目から明らかに年下であるキリトに『さん付け』しているのは、『どことなく尊敬する友人に似ているから』…らしい。

 

「それで、JK…向こうの様子はどうなんだ?」

「ういっす!…フォレストエルフ側のクエストは順調に進んでて、そろそろこの階層のクライマックスのシナリオに差し掛かるみたいっすよ。キバオウさんの方のダークエルフ側のクエストも同じぐらいだってNさんが言ってたっす。多分、両陣営とも今夜当たりにクエスト進行するんじゃないんすかね?」

「そうか、もうそこまで進んでいるのか…で、ギルド間の仲は良好か?」

「ん~それなんすけど…どうにもきな臭いんすよね」

「きな臭い?」

 その言葉と共にJKの表情が変わる。普段どっちつかずな態度ではあるが、プレイヤー間での雰囲気の変化には異常に敏感で、それがよからぬ方向に行きそうになったときには躊躇いなく上位プレイヤー達に仲裁を求め、抗争の火種を消して回る。それがJKがプレイヤー達の間で信用されている理由であった。

 

「ああ…。キバオウさんとリンドさんの対立はいつものことなんすけど…最近はそのイザコザに『指向性』っつうか、『誰か』に誘導されているような気がするんすよね」

「誘導…何のために?」

「そこまでは分からないっす。…けど、アンタならなんとなく分かるんじゃ無いんすか?キリトさん、『この先の展開』を知ってるんでしょ?」

「…つまり、あの二人を扇動しているのは俺と同じ『βテスター』ってことか?」

「可能性としては、まあ。アルゴさんやNさんも同じ意見だったっすよ」

「向こうの陣営で、それらしき動きをしている奴はいるか?」

「…第三層からリンドさんにくっついて回っている奴に、『モルテ』って奴がいるんすけど、どうにもこいつ攻略にやる気がないっつーか…他の連中と違うものを見てるような気がするんすよね。そのくせ腕だけはそれなりなんで置いてけぼりにはならないんすけど、これもなんつーか…『手を抜いている』ような気がするんす」

「モルテ…ね」

「あ、あとこれは偶然かもしれないんすけど…俺が気になってこいつを尾行しているときに、数日おきに『同じ格好のプレイヤー』とすれ違っていたんすよね。全身黒ポンチョで顔を隠している奴なんすけど、もしかしたら…」

「『グル』の可能性がある…か。どのみち、そのモルテって奴がクロかシロかをハッキリしないと分からないな。…クエストの実行は今夜だったな。なら、ちょっと考えがある。悪いけど、Nに伝えて欲しいんだ」

「お安いご用っすけど、何をっすか?」

「それは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜…

 

 

「…キリトの言うとおり、見張りは居ないようだな」

「正直不安だったが…やはりやるときはやる男だったか。流石は我が友だ」

「……」

「アーちゃん、不満そうだネ。作戦教えられなかったのがショックかイ?」

「そんなんじゃない…!」

 アスナ、キズメル、アッシュとその相棒…そして何故かアルゴの四人は闇夜に紛れフォレストエルフの野営地の近くへと忍び寄っていた。

 本来のダークエルフ側のシナリオでは、今夜フォレストエルフ側の野営地に奇襲をかけ、彼らの持つ『指令書』を奪いとることになっている。フォレストエルフ側のシナリオはその逆で、迫り来るダークエルフの先兵から指令書を守り抜くのがクエストになっている。

 しかし、通常とは異なる条件を満たしてしまったアスナたちは若干異なり、本隊とは別に野営地に侵入し、いち早く指令書を奪還…その過程で鷹使いを撃破する、という内容になっていた。それを聞いたキリトはキズメルたちに『野営地の外にいる見張りは自分がなんとかする』…と言って一旦パーティから離脱。代わりの人員としてアルゴを紹介してどこかへ行ってしまった。…コンビなのにのけ者にされたアスナが不機嫌になったのは言うまでも無い。

 

「…ま、いいんですけどね~。仕事さえきちんとしてくれれば、『私たち』としては文句は無いんですけどね~」

「アーちゃんアーちゃん、また心がダークエルフ化してるっテ」

「無駄口はそこまでだ。…そろそろ行くぞ」

「騒ぎになる前に指令書を…いや、それは最悪本隊に任せればいい。我らはとにかく、あの鷹使いを仕留めるのだ…!」

「…あの、キズメル…アッシュ。さっきも言ったけど、今回の作戦に混ざっている人族の戦士は…」

「分かっている。極力殺すな…だろう?」

「手加減には自信が無いが…お前の頼みとあらば、仕方あるまい」

「ワンッ!」

「…ありがとう、キズメル、アッシュ。…ようし、じゃあ張り切って行こうか!」

「ああ、奴らの陣営に…『吶喊』だ!」

「いや、潜入ですヨ!?」

「気にするな人族の斥候。…義姉上は高揚するといつもこうなのだ」

「…苦労してんだナ、アッシュさン」

「クゥン…」

 アスナ達が野営地への潜入を始めた頃…そこから少し離れた場所では、もう一つの戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

「…こんなところまで連れてきて、どういうつもりなんですかキリトさん?」

「すぐに分かるさ…モルテさんよ」

 野営地から1㎞ほど離れた川辺にて、キリトはフォレストエルフ陣営の見張りをしていた件のプレイヤー…モルテを呼び出していた。フードを被って顔を隠し、キリトと同じ剣を佩いた彼は陽気な口調でキリトに絡むが、キリトは一向に相手にしない。そこに

 

 

ガサッ…

「…お待たせ、キリト」

「待ってたぜ、N」

「Nさん…?Nさんまでこんなところにどうしたんですか?ていうか、キリトさんとNさんって知り合いなんですかぁ?」

 木陰から姿を現したNは、馴れ馴れしく話しかけてくるモルテに冷めた目を向けながら言い放つ。

 

「…随分うまいことやってくれたわね。私としたことが迂闊だったわよ、キリトから聞くまで気づかなかったわ…ねぇ、『ドラゴンナイツ・ブリケードのモルテさん』?」

「え…?な、何言ってるんですかぁ?俺はアインクラッド解放隊のメンバーですよ?現にずっと今まで一緒にクエストを…」

「ああ、そうだな。…『両ギルドが共同で行うクエスト以外』はな」

「…ッ!」

 キリトの指摘に、フードの奥でモルテが舌打ちをする。

 

「おかしいよなぁ?ALSの中でもかなりの実力のアンタが、犬猿の仲の両ギルドがそろい踏みしなきゃどうにもならないフィールドボスのような強敵のクエストに限って参加しない…いくらキバオウがDKBへの隠し球にしているからって、命が掛かった戦いでそんな言い分を大事にするほどアイツも馬鹿じゃない。なら何故か…それはお前自身が参加を拒んだからだ。当然だよな…もしのこのこ出て行っちまったら、アンタが『DKBのメンバーである』ことがバレちまうもんな」

「両方のギルドでリーダーに近いポジションに就いてクエストの進行具合を調整し、同時に双方のクエストの進行具合を馬鹿二人に耳打ちして対抗心を煽る。そして今夜…両陣営が衝突するこのタイミングを狙ってギルド間で『抗争』を起こさせる。要するに…アンタは『フォレストエルフとダークエルフの戦い』を『人間同士の殺しあい』にすり替えたってワケよ!」

「βテスターとしてのクエストシナリオに関する知識、他人に取り入る口の巧さ、そしてそれを押し通すだけの実力…全部揃ってなきゃここまでスムーズに事は進まねえ。正直大したもんだよ、できれば『まとも』な出会い方をしたかったけど…お前、ちょっとやり過ぎだぜ…!」

 

 

「……くっ、くっくっく…アハハハハハ!流石はリアルでも天才ゲーマーなお二人だ、俺の考えなんかお見通しだったってことですか。けど…気づくのがちょっと遅かったみたいですね」

 

 

ワァァァァァァ…!

 モルテの言葉に応えるように、フォレストエルフの野営地から叫び声が響き渡る。

 

「あれは…!?」

「始まった…!」

 

 

 

 

 

 

「…始まっちまったみてーだナ」

 フォレストエルフの陣幕の一つに潜り込んだアルゴとアスナの眼前で、ダークエルフの部隊に混ざって襲撃してきたALSとDKBの小競り合いが始まっていた。

 

「邪魔すんなやおどれら!どっかすっこんどらんかいッ!」

「それはこちらの台詞だ!我々のクエストの邪魔をするな!」

 口角唾を飛ばして罵り合うキバオウとリンドに呆れながらアスナの方を向くアルゴ…であったが。

 

「あーあ…どうするアーちゃん?アイツらほっといたらマジで…アーちゃん?」

「……」

 アスナは鋭い眼光で周囲を見渡しながら、まるで何かを『待っている』ように剣を握ってじっとしている。

 

「…アーちゃ…」

 

 

…ズシャッ!

 突如、天幕を突き破って外から『剣』がアスナめがけて突き込まれる。

 

「ッ!?アーちゃん!」

 自慢の索敵スキルでも気づけなかった奇襲にアルゴはアスナの名を叫ぶしかできなかった。…しかし

 

 

ガキィンッ…!

 アスナはそれが分かっていたかのように突き出された剣を自身のレイピアで防いでいた。

 

「やっぱりね…そう来るとは思っていたわよ、陰険エルフ!」

 

ズバァッ!

 怒りのままレイピアを振り抜いたアスナが天幕を切り裂くと、そこにはあの鷹使いが飄々とした態度で待ち構えていた。

 

「おやおや…まさか読まれていたとは。私の腕も鈍りましたかねぇ…?」

「オレっちの索敵に引っかからねえとは…成る程、こいつが例の上位NPCのエルフってワケかイ」

「困りましたねえ…どうにも貴女があの一団の中心人物のようでしたので、貴女を殺せば他の連中も頭に血が上ってやりやすくなると思ったのですが…全く、どうして素直に死んでくれないんですかねぇ?」

「ご丁寧にどうも!…アンタの都合なんか知ったことじゃないわ!アンタは、ここで倒す!!」

「…アスナ!」

 気配を嗅ぎつけたアッシュの狼に先導され、別の陣幕に潜んでいたキズメルとアッシュがやってくる。

 

「無事か、アスナ!?」

「うん、なんとか…!」

「そうか…なら、やるぞ!」

「了解ッ!…アルゴさんは指令書をお願い。ここは私たちが!」

「…ああもう、分かりましたよお姫サマ!その代わり、死ぬんじゃないゾ!」

 アルゴに指令書の奪還を任せ、アスナ達3人は再び鷹使いとの戦いに挑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら~、もう始まっちゃいましたよ?キリトさんたちも早く行かないと大変なことになるかもしれないですよ~?」

 野営地での騒ぎにキリトとNを煽るモルテであったが、二人は特に焦った様子も無くモルテを見据える。

 

「…モルテさんよ、余り俺達を見くびるなよ。うちのお姫様達は、人の思い通りに動くほど可愛いもんじゃないぜ」

「リンドやキバオウだってそうよ。あの二人は確かに頭に来るぐらいの馬鹿だけど、それでも…アンタなんかよりは何百倍もマシな奴よ。…それに、こんなことしでかしたアンタを放っておくとでも思ったの?言われなくとも行くわよ…アンタを牢獄エリアにぶち込んでからね!」

「……」

 

 

「…くっくっく、だから言ったじゃねえか。そいつはそんなもんでビビるタマじゃねえってよ」

「「!?」」

 モルテの背後から聞こえてきた声に身構えると、森の奥から『黒いポンチョ』に身を包んだプレイヤーが現れる。声からして、どうやら男のようだ。

 

「あらら…来てたんですか、『リーダー』」

「その呼び名は止めろ。…オレはお前と仲良しごっこするつもりはないんだぜ」

「お前は…!」

「久しぶりだなぁ…ビーターさんよ」

「…キリト、知り合い?」

「知り合い…ってもんじゃないさ。敢えて言うなら…オレにビーターを名乗らせた『名付け親』みてーなもんだ」

 キリトは憶えていた。第一層のボス戦でプレイヤー達の不和を煽って、自分への不信感を募らせたのはこの男だと。そして同時に確信した、こいつがJKの言っていたプレイヤーであり、モルテとグルになってこの騒ぎを引き起こした犯人だと。

 

「なんだ、憶えてくれてたのかい。なら話は早ぇ…ちょうど『2対2』だ。やろうじゃねえか、『デュエル』って奴をよ…!」

「何だと?」

「デュエルって…確か、プレイヤー同士の『決闘』だよね?」

「お、お?やる気じゃないっすかリーダー!急にどんな心境の変化っすか?」

「うるせぇ!テメエには関係ねえだろ…」

「…オレからも聞いておきたいな。なんで俺達とお前らがデュエルをしなきゃならない?」

「あん?…決まってるだろ。お前らはあの野営地に合流したい、けど俺らはそうはさせない。うだうだやって時間を浪費するぐらいなら、デュエルで白黒つけたほうがお前らの都合は…」

「そんなことじゃない。そいつがデュエルを挑むってんならその理屈で通る…けど、アンタは違うだろ。アンタはこのクエストに関わっていない。まして両方のギルドの関係者でも無い。そんなアンタが、なんでこんな真似をするのかって聞いてるんだよ」

「……ヒハハッ!なんだそんなことか…そんなの、決まってるじゃねえか」

 

 

 

 

「…テメエが気に入らねえからだよ、ビーターッ!!」

 言うや否や大型の鉈のような武器を振り上げ襲いかかる黒ポンチョの攻撃をキリトは剣で受け止める。

 

「チッ…!」

「キリト!」

 隣にいたNはすぐさま得物の大ぶりなダガーを抜き、黒ポンチョの側面から攻撃を仕掛ける。

 

「シィッ!」

「きゃッ!?」

 それに対し黒ポンチョはキリトの剣を支えに跳び上がり、蹴りでNを牽制しつつその勢いでキリトから飛び離れる。

 

「N、大丈夫か?」

「こ、これくらい…なんともないって!」

「ヒヒヒヒ…さあ、やろうじゃねえかビーター!It’s show time!」

「逃げ道は…無いですよぉ~?」

 いつの間にか背後に回り込んでいたモルテと共に、キリトとNにデュエルの申請が送られる。ルールは『半減決着モード』、背後をとられた以上逃げ道は無い。

 

「…どうすんのキリト?」

「どうするもなにも…やるしかないだろ!」

「だよね!」

 キリトとNが同時に受諾すると同時に、デュエルの開始の秒読みが始まる。

 

「…始める前に聞いておきたい。今の動き…アンタ、素人じゃないな?ゲームじゃなく、『現実』の方で…」

「さあ…どうだか。知りたきゃオレに勝てばいいんじゃねえのか?」

「…それもそうだな。じゃあ、『手早く』終わらせるとしようじゃないか…N」

「…オッケー。やるよキリト…!」

 カウントが10を切った時、キリトとNは同時にポケットから『ガシャット』を取り出す。

 

「…ん?それは…」

 

 

『マイティアクションX!』

『バンバンシューティング!』

 

「大変身!」

「変身!」

 かけ声と共にキリトはガシャットを腰に、Nは手のひらに突き立てる。

 

『ガッチャーン!レベルアーップ!マイティジャンプ!マイティキック!マイティマイティアクションX!』

『ガッチャーン!レベルアーップ!ババンバン!バンババン!バンバンシューティング!』

 軽快な音声と共にキリトはエグゼイドを模した装甲を、Nはスナイプを模したヘルメットとマントを纏う。そしてNの手のひらに突き立てたガシャットは変形し、『ガシャコンマグナム』…SAOにおいて異物である筈の『銃』となりその手に握られる。

 

「…!?なんだそりゃ…?」

「俺達の切り札だよ。悪いが時間が無い、手っ取り早く…」

「超協力プレイで、クリアしてやるわ!」

「あ、オレの台詞…」

 

ピーッ!

 変身すると同時にカウントが終わり、キリトとN、黒ポンチョとモルテの変則デュエルが始まった。

 

 

 

 

 

 

「…成る程、これは予定外。けれど同時にラッキー…見せてもらいましょうか、そのガシャットが我々の『商品』になり得るかをね」

 ぼそりと呟かれたモルテの言葉に、誰も気づかぬまま。

 




新たなガシャット、バンバンシューティング登場でした。

正直これを出すとSAOの世界観が崩れそうなので迷ったのですが、やっぱりメインライダーのガシャットは揃わないと締まらないので色々と制約をつけて出しました。使用者はニコ以外考えられなかったので、ステージでもスナイプに変身してたしね

独自ルートで生存させた狼使いの名前は今作のオリジナルです。ぶっちゃけそんな重要キャラでもないので適当ですけど…

SAO内でのガシャットのルールに関しては次回まとめて説明します。…どうしてかって?それは…ふふふ


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モルテの真実

アニゴジの二章を見ました。ネタバレは控えたいので大まかな感想をば…




・なんだ、ただの劇場版ガンダム00か
・第一章から感じては居たけどお前らやっぱりそういう人種か
・双子ちゃんカワイイヤッター!
・ゴジラに同じ手は通用しない
・キングがついてないだけ有情

…本当にウルトラマンが欲しい展開でした。まだ観てない人はどうぞ劇場に。…人によってはフラストレーションが溜まるかもだけど


「挨拶代わりよ!喰らいなさい!」

 

ドンドンドンドンッ!!

 バンバンシューティングのガシャットで変身したNは新たな武装『ガシャコンマグナム』で眼前のモルテを撃ちまくる。

 

「うひぃぃ!?ちょ…噂には聞いてたけどSAOで銃って反則じゃないですかねぇーッ!?」

「知るかバーカ!あんた達みたいなのに遠慮なんかしてやるもんかていうか、文句があるなら茅場晶彦に言えっつーの!」

「そりゃ…ご尤もぉーッ!た、助けてボスー!」

「チッ…知るか!テメーでなんとかしやがれ…うおッ!?」

「よそ見なんか…してんなッ!」

 モルテがNに追い回されている一方、黒ポンチョの男もアクションゲームの如く跳ね回りながら斬りつけてくるキリトに攻めあぐねいていた。

 

「こ、こんなの勝てっこない…お助け~!」

「あッ!待てこのヤロー!」

「お、おい待てN!?」

 情けない声を上げて森へと逃げ出すモルテに、Nは悪態を吐きながら追いかける。

 

 

「この…逃げ足速すぎるでしょ!どこに行ったのよ…?」

 ある程度まで追いかけたところでモルテを見失ったNは辺りをを見渡し…ふと思う。

 

「…なんでアイツ逃げたの?デュエルを申し込んだ以上、一定以上離れれば強制的に負けになってペナルティを貰うのに…。ていうかこの森…見通し悪すぎるでしょ」

 気がつけばNは、森の中でも一際木々が密集した区域へとやってきていた。周りは樹木同士が絡み合って壁のようになっており、Nの視点からは見えている範囲が狭く…逆に、もし木々の間に『誰かが潜んでいる』場合には一方的にNのことが見えてしまう。それは『面攻撃』の苦手なスナイパーにとって最悪とも言える環境であった。

 

「もしかして…貴利矢じゃないけど、アタシ…乗せられちゃった?」

 

 

 

 

 

ビュンッ!!

「ッ!」

 ガシャットにより強化された聴覚が聞き取った風切り音に身を翻すと、今し方Nが立っていた場所にモルテが持っていた剣が突き刺さる。

 

「アイツの剣!?なんでメイン武器を…」

「…よくご存じじゃあないですかぁっ!」

「なッ!?」

 思わずその剣を見てしまったNの背後から、手に『片手斧』を持ったモルテが飛びかかってくる。

 

ガキィンッ!

「つ~かまえた~…!」

「ぐ、ぎぃぃぃ…!」

 咄嗟にガシャコンマグナムを盾にして斧を防ぐが、モルテの筋力値の方が高いためにそのまま押し切られ、押し倒された形で動きを封じられる。

 

「悪いですねぇ~Nさん。実は俺…こっちのが『主武装』なんですよ。こういうときに怪しまれないように普段は片手剣使ってるんすけど、やっぱ剣より斧の方がダメージデカいですもんねぇ~!」

「このっ…女の子押し倒して凶器突きつけるとか、変態かッ…!」

「そりゃスイマセンねぇ。…けど、そんな悠長なこと言ってていいんですかねぇ?」

 直撃こそ免れたものの、拳銃サイズのガシャコンマグナムでは攻撃を完全には防ぎきれず、斧の切っ先の一部はNの身体に突き刺さっており、そのHPを徐々に削っていく。

 

(不味い不味い…!ガシャットの『タイムリミット』まで30秒切ってる…!しかも変身解けてもバンバンシューティングの使用中は『他の武器はストレージから出せない』から、変身解除してから武器を出すまでの間に殺られる…!なんとかしないと…)

 ジリ貧状態のNが解決策を考える中、モルテはなおも斧に力を篭め続けていた。…待っているのだ、NのHPが『半分になる』時を。そしてその時に実行する恐るべき策…『合法的PK』を成す瞬間を。

 

(片手斧のメリットは手数の少なさと引き換えに強力なソードスキルがあること…それこそ、『プレオヤーのHPを半分以上削る』ほどのね。そしてこのデュエルは『半減決着ルール』…HPが半分を切った時点で強制的に止まる。…でも、HPが半分になる前に一息で消滅すれば…システムの介入が一時的にフリーズし、全くのデメリットなしでPKが可能になる。ボスはまどろっこしいって言ってたけど、これこそSAOの正しいPKのやり方…)

 

「さあて、あと何秒持つかな…?」

「畜生…大我…!」

 余裕綽々のモルテに思わず大我の名を漏らしたNだったが…ふとその目がある一点で止まる。

 

(あれは…!でも、この状態で使えば…ううん、やるしかない!)

 

『キメワザ!バンバンクリティカルフィニッシュ!』

「ん?」

 Nがガシャコンマグナムの柄を叩くと、銃身が展開され『ライフル状』へと変形する。そして今度は撃鉄の部分を叩くと、電子音と共に銃身の先にエネルギーが収束されていく。…モルテとは見当違いの方向に向けて。

 

「へぇ…そんな機能があるんすか。けど、的はこっちですよぉ?そんなところ撃っても…」

「…言い忘れてたけどさ、私のバンバンシューティングにはデメリットがあんのよ。アンタは一発も当たってないから分かんなかっただろうけど、私の弾丸を喰らってもHP…あんまり減らないんだよね。私が10発当てても、キリトの一太刀と同じぐらいのダメージなんじゃない…?」

「ふーん…まあ剣の世界で銃使うんだからそれぐらい当然っすよね。でもそれ今関係な…」

「でもさ…それってあくまで『プレイヤーに対して』ってだけで、『物やエネミー』相手ならそれ相応の威力を発揮するのよ…!例えば…当たった瞬間爆発で吹っ飛ばすぐらいのね!」

「…ッ!?」

 そこまで言われてモルテは気がついた。Nの銃口の先が…すぐ傍に刺さっているさっき自分が投げた剣に向けられていることに。

 

「馬鹿なッ!この距離じゃアンタもただじゃ済まない…!」

「今更気づいても遅いっての!諸共吹き飛べッ!」

 

ドギュゥンッ!!

 ガシャコンマグナムが火を吹き、ため込まれたエネルギーが放たれる。即座にNを捨て置いて逃げ出すモルテであったが、銃弾の速度に人の足が追いつけるはずも無く…

 

 

 

キュボォォォン…!

 モルテの剣に当たったエネルギー弾は一撃の下に剣を破壊すると、その余剰エネルギーが爆風となって辺りを包み込んだ。

 

 

 

「…!あの野郎、しくじりやがったな…」

 森の奥から巻き上がった土煙を見て、キリトと戦っていた黒ポンチョの男はモルテがやられたことを悟り舌打ちする。

 一方キリトも、あの土煙がただ事ではないことを感じてNの安否を心配する。

 

「N……これ以上付き合っている暇は無い!これでフィニッシュだ!」

 

『キメワザ!マイティクリティカルストライク!』

 キリトが腰のガシャットを叩くと電子音が鳴り響き、同時にキリトは手にした剣を放り出すと低く構えて右足にエネルギーを収束させる。

 

「はぁぁぁぁ…ハッ!」

 エネルギーが限界まで高まった瞬間、キリトは跳躍し黒ポンチョの男めがけて跳び蹴りを敢行する。

 

「剣を捨てるとは…馬鹿かテメエッ!」

「ハァァァァァッ!!」

 身一つで突っ込んでくるキリトに、黒ポンチョの男はソードスキルを発動させて迎え撃つ。キリトの動きは第一層のボス戦で放った『ライダーキック』そのもの…いくら体術スキルの中でも強力な技とはいえ武器によるソードスキルに敵うはずが無い。防戦一方だった鬱憤を叩きつけるかのようにご丁寧に突き出された足めがけて鉈を突き出したのだが…

 

 

ガキィィンッ!!

「…ぐおッ!?」

「うわッ!」

 キリトのキックと黒ポンチョの鉈が衝突した瞬間轟音が響き、それに伴って発生した衝撃が二人を吹き飛ばした。そして二人のHPがダメージにより減少し…『同時』に半分を切った。

 

「ぐ…引き分け、かよ…」

 目の前のウィンドウに『Drow』の文字が浮かびデュエルが終了したことを確認したキリトは、よろめきながらも向こう側に吹っ飛んでいった黒ポンチョの姿を確認する。しかし…

 

 

「…クソッ!逃げられたか…」

 茂みの向こうまで散策したが吹き飛ばされた痕跡こそあるものの黒ポンチョの男の姿は何処にも見当たらなかった。自分のカーソルが緑のままなので殺してはいない。つまり、逃げられたということである。

 

『ガッシューン…!タイムアウト』

「あの状況で即座に撤退できるなんてな…やはりアイツ、『実戦』を知っている。なんであんな奴がSAOに居るのかは分からないけど…面倒なことにならなきゃいいけどな」

 変身の終わったガシャットを仕舞いながら、キリトは逃げた黒ポンチョの男のことを考える。そこに

 

「…キリト!無事!?」

 森の中からNが大急ぎでこちらに駆けつけてきた。

 

「N!?…良かった、生きてたのか」

「当たり前でしょ!あんな奴にやられるかっての!…まあ、ちょっとやばかったけど、アタシの機転で逆転してやったわ!」

「…でもその様子だと、お前も逃げられたみたいじゃね?」

「うっ…そ、そっちだって逃げられてるみたいだしお互い様でしょ!」

「ああ…アイツら、強かったな」

「…うん。モルテの奴…βテスターってだけじゃない、なんていうか…ゲームの中じゃなく、『戦いそのものに慣れている』みたいな…そんな感じがした。戦ってるときも本気だったんだろうけど、ずっとアタシを観察してるみたいな…」

「観察…か。ここで考えていてもしょうがない、今はアスナ達を合流しよう」

「ん、OK!」

 モルテ達への疑念は一旦置いて、キリトとNは野営地で戦闘中のアスナ達の元へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃…

 

「…Shit!!あのビーター…ソードスキルと跳び蹴りが相打ちとか、ふざけた真似しやがって…」

 キリトたちと反対方向の森の中では、どうにか逃げ延びた黒ポンチョの男が荒々しく回復ポーションを呷りながら悪態を吐いていた。自分の技量を以てすればいくらβテスターとはいえ平和ボケした子供一人を始末することぐらい造作も無い筈であった。…しかし現実は、終始防戦一方を強いられた挙句『鉈vs蹴り』という子供でも分かるような競り合いの末引き分けにまで持ち込まれた。その事実が、彼のプライドを大きく傷つけていた。

 

「ふん…まあいい。奴を始末する機会はまだいくらでもある、何しろまだ97層もあるんだからな。…しかし、あのモルテとかいう野郎、糞の役にも立たなかったな。俺の殺気に感づいて絡んできたからちょっとは面白い奴と思ったが、とんだ見込み違いだったぜ…」

 

 

 

 

 

 

 

「それは申し訳ありません。何しろ僕は戦闘向きの人種ではありませんので…」

「ッ!?」

 突如背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこにはNと戦っていたはずのモルテが薄笑いを浮かべて立っていた。

 

「テメエ…モルテ!生きてやがったのか…」

「ええ…いや、その言い方は的確ではありませんね。先の戦いであなた方の知る『元βテスターのモルテ』は死にました。…『役目を終えた』、と言う方が正しいでしょう。ここにいるのは、かつてモルテだった男…ただの一人の『商人』でしかありませんよ」

「…お前、何を言ってやがる?」

 先ほどとは明らかに様子の異なるモルテに黒ポンチョの男が警戒していると、モルテは一枚の紙切れをオブジェクト化して差し出す。

 

「おっと、混乱させてしまったようで申し訳ありません。…私、リアルではこういう者です」

「何…?」

 差し出された紙切れ…どうやら名刺らしいそれにはこう書かれていた。

 

 

『財団X 技術開発部門所属 百手賢章』

 

「財団X…!聞いたことがあるぜ、表向きは清廉な科学研究機関を装っておいて、裏ではありとあらゆる兵器開発に手を貸しその利権を貪っている死の商人軍団…!」

「よくご存じで。流石はリアルで『殺し屋』をやっているだけのことはありますね、リーダー…いや、『PoH』でしたか。それとも…『ヴァサゴ・カザルス』と呼んだ方がよろしいですか?」

「!!?」

 モルテの口から教えていないはずの自分のプレイヤーネーム、更には自分のリアルでの生業と名前まで出たことに流石の黒ポンチョ…PoHも驚き、思わず跳びかかるとモルテを押し倒して鉈を首筋に突きつける。

 

「ごほッ!?」

「テメエッ!なんでそこまで知ってやがる!?」

「げほっ…落ちついて下さい。あなた方はこの世界が外と隔絶されたものと思っているようですが…何事にも『例外』があるということです。我々財団Xの技術力を以てすれば、現実世界と情報のやりとりをすることぐらい造作もありませんよ…流石に、脱出まではできませんがね」

「…チッ!言っておくが、二度と俺を本名で呼ぶんじゃねえ!日本人なんぞに俺の名前を呼ばれるなんざ、虫唾が走る…!」

「了解しました…では、PoHと呼ばせて貰いましょう。ところで…そろそろ話をさせて貰ってもよろしいですかな?」

「…チッ!!」

 もう一度大きく舌打ちすると、PoHは馬乗りになっていたモルテを解放する。

 

「結構…では、『ビジネス』の話をするとしましょう」

「…ビジネスだと?」

「ええ。そもそも私がSAOにログインしたのは、我々財団XがVRMMO…仮想空間を新たな市場として開拓する為の足がかりとなるためです。そのためにβテスターとしての権利を得て先んじて情報を集めていたのですが…このように、SAOがデスゲーム化してしまったせいで思うように活動ができずにいる状況にあります。現実世界からのバックアップも限られていますし、私一人では今後の活動に支障を来す恐れがあります」

「……」

「…そこでPoH、貴方に依頼を持ってきました。…これからSAOがクリアされるその時まで、私に貴方を雇わせてもらえませんか?もし引き受けてくれるのなら、我々財団Xは貴方を『専属』で雇用する用意があります」

「…何だと?」

 モルテの提示した条件にPoHは眉を顰める。要するに、クリアまで自分のイヌになれ…と言う申し出である。それだけならにべもなく一蹴するところであったが、その後に提示された報酬がPoHを止めさせる。財団Xは、裏社会において絶大な影響力を持つ組織だ。今の自分の裏社会での立場を考えれば、その組織からのスカウト…しかも専属雇用は破格と言っていい条件だ。おそらくコレを逃せば、こんなチャンスは二度と巡ってこないだろう。…だからこそ疑いを隠せずにいた。

 

「…なんでそんな話を俺に振る?俺の素性を知ってるんなら、おたくらみたいなのが目にかけるような人間じゃねえことぐらい分かってんだろ?」

「貴方の素性は問題ではありません。我々は基本的に能力主義…仕事が出来さえすれば多少の人間性の欠陥には目を瞑ります。それに…貴方を雇うことはこちらにもメリットがあります。これは組織としてというよりは、私個人にとってですがね…」

「……」

「…貴方がどういう経緯でSAOにログインしたのか、おおよそ把握はしています。その上で、貴方に依頼したい。…今の現状から脱し、我々の一員となる気はありませんか?」

 モルテの再度の問いにPoHはしばし熟考し…やがて口元を歪ませる。

 

「…HA!いいぜ、その話乗ってやる。糞つまんねえ仕事なんざ知ったことか!どうせクライアントは俺が生きて帰れるなんざ思ってねえだろうしな。…望み通り、テメエらのイヌになってやるよ!…だがな!これだけは言っておくぜ。俺はアジアン…特に日本人が大っ嫌いなんだ。だから俺が従うのはあくまで組織としての命令だけだ、テメエ個人のイヌになるつもりはねえってことは忘れんじゃねえぞ!」

「ええ、承知しました。では、今後ともよろしく…」

「…ケッ!」

 モルテが握手のために手を差し出すが、PoHはその手を乱暴に払いのける。どうあっても日本人とは仲良くしないと言わんばかりの態度であったが、モルテはそれに満足そうな笑みを浮かべる。

 

(…ええ、貴方はそれでいい。その『憤怒』こそ、私が貴方を見初めた要因。貴方ならきっと、私が創り出した『あれ』を使いこなすことが出来る。くっくっく…適合者が見つからずにお蔵入りしかけたあれの担い手をこんなところで見つけることが出来るとは、SAO様々と言ったところでしょうか。この際ですから、他の適合者も探してみるとしましょうか。何しろ時間も人も飽きるほどにあるのですからね…)

 

「…さて、では追っ手が来る前に退散するとしましょうか。そろそろ野営地に仕掛けておいた『アレ』が起動する頃でしょうしね」

「アレ…?なんだそりゃ?」

「なあに、ちょっとした実験ですよ…フフフ」

 

 閉ざされた筈のアインクラッドの片隅で、いずれ世界を揺るがす邪悪が静かに息を潜めていた。

 




と言うわけで、今作のモルテは財団の職員でした。そしてPoHが財団入り…果たしてどうなるのか?…どうしようか?

今回は現在登場したガシャットの簡単な説明をします

・マイティアクションX(キリト)
・使用制限時間 1分
・効果 一定時間レベルが10アップ。それに応じてステータスも上昇し、更に筋力値、敏捷値、反応速度に補正が掛かる
・武器 専用武器は無し。使用者の武器をそのまま使える
・キメワザ マイティクリティカルストライク(キック)、マイティクリティカルフィニッシュ(武器による攻撃)

・バンバンシューティング(N)
・使用制限時間 1分
・効果 一定時間レベルが10アップ。更に隠密スキルと視力に補正が掛かる
・武器 専用武器ガシャコンマグナム。SAO唯一の銃を使用できるが、それ故に威力に制限が掛かるため対人戦ではあまり使い勝手は良くない。更にガシャット使用中は他の武器を使用できない
・キメワザ バンバンクリティカルストライク(キック)、バンバンクリティカルフィニッシュ(マグナムをライフルモードにしての狙撃)


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欲望の魔人

今回かな~りカオスな展開かも…。けどSAOでライダー要素ぶっ込むとなるとこれぐらいしないとというか…批評があればどしどし下さいな

ビルドちまちまと見てはいるけれど、ようやくエボルトに一泡吹かせられそうな展開が…!今まで掌の上で踊らされてきた分、スカッと圧倒して欲しいですね。…しかしブラックホールが明らかにエボルの最強フォームっぽいのに、次回で倒しちゃったらあと二ヶ月ちょいどうするんだろ。…ていうか現在4形態ってエボルって歴代悪役ライダーの中でもかなりフォームチェンジが多いですよね。

ではどうぞ


 一方その頃、フォレストエルフの野営地では大きく事態が変化していた。

 

「…ってことは、何か?このエルフクエストが3層のフロアボス攻略に必須っていうのは…」

「全部デ・マ・ダ!というカ、攻略ガイドにはそんなこと書いてなかっただろウ。誰がそんなこと言ったんダ?」

「それは……ああ!思い出したで、あのモルテのアホンダラやないかい!!」

「つーことは…俺達、モルテの奴に良いように誘導されていたってのか?このクエストでプレイヤー同士で殺し合わせる為に…」

「…なんってことだッ!」

 互いに罵り合い、今にも一触即発な雰囲気だったDKBとALSであったが、戦闘の最中に高レベルNPC同士の戦闘に紛れ込んでいるアスナに気がつき、その戦いの苛烈さに追い出されるように戦線から一時離脱。そこを見計らってちゃっかり指令書を回収したアルゴが両陣営に今回のクエストの実態を説明、全てが両ギルドを掛け持ちしていたモルテによる仕込みであったことを知ったリンドとキバオウは姿の見えないモルテに怒りを爆発させる。

 

「確かに、このクエストをクリアした暁にはレアアイテムが報酬をゲットできることは事実ダ…情報の出所は言えないけどナ。だけどナ、だからといってプレイヤー同士で命を奪い合ってまで手に入れなきゃならないモンなワケじゃなイ!…というか、どんな報酬であれプレイヤー同士が殺し合っていい筈がないだロ、このバカチン共!」

「な、なんだと…βテスターのくせに…」

「よせ。…彼女の言うことは尤もだ、俺達にどうこう言う資格はない。…彼女が嘘を言う理由もな」

「ぐぅ…」

「チッ…悪かったわ」

「…なら良し!じゃ、詫び代わりに一つ…これからのエルフクエの進行は全部、キリトとアスナのパーティに一任して欲しい。…そもそも、あの戦いに割って入れるプレイヤーなんてあの二人ぐらいしかいないだろうしナ」

 アルゴが示した先では、鷹使いの相手をキズメルとアッシュに任せ、たった今アッシュの狼と共に鷹使いの操る鷹を仕留めたアスナが居る。

 

「…要するにや、アイツらがエルフクエ進めてる間ワイらは気兼ねなくメインクエスト進めていいってこっちゃろ?まあ、悪い話やないな」

「ああ…だが、その前に一つ聞かせてくれ。何故君たちは…一人足りないが、ああまでこのクエストに拘る?レアアイテムが手に入るとはいえ、余りにもリスクが高いようにしか思えないが…」

 リンドの問いに、アルゴはにやりと笑って答える。

 

「…決まってんダロ。この世界が『ゲーム』だからサ」

「…?」

「茅場晶彦が最初に言った通リ、この世界はゲームであって遊びじゃない。死んだら終わり…現実と何も変わらない。でも、世界のルールは同じでもこの世界そのものは現実じゃない…モンスターがいて、エルフが居て、『物語』がある。そんな世界で攻略にばっかり必死になるのが悪いとは言わないけド…ちょっとぐらいは『物語』に熱中する心の余裕ぐらいないと、クリアまで持たないゼ?そんでオレっちは、そんなヒロインの活躍を特等席で見守ることが出来る…こんな役得、他には無いゼ?」

「……」

「さて、ガラでもなく説教みたいな事しちまったが、オレっちの出る幕はここまでダ。後は、アンタらが決めナ」

「決めるって…何をや?」

「今回オレっちがこうして動いたのは、モルテの行動を未然に察知できなかったことへの尻拭いもあるが、あの二人に頼まれたからダ。どんな事情であれ、プレイヤーが死ぬことは防ぎたいってな。…そういう意味では、アンタらはあの二人にでっかい『借り』ができたワケだ。SAO攻略組の二大ギルドともあろう者どもが、そんな借りを作ったまんまでいいのカナァ~?」

「……」

「…一つ、オレっちは情報屋としての立場に拘って、アンタらの暴走を止められなかっタ。二つ、モルテの企みを事前に見抜けなかっタ。三つ……そんな状況を忘れてアーちゃんの戦う姿に思わず見とれちまった、で良いカ。壮吉のおっちゃんや翔太郎みたいには決まらないもんダナ…」

「?」

 唐突に脈絡もないことを言い出したアルゴに首を傾げる一同に、アルゴはウインクしながら問う。

 

「オレっちはオレっちの罪を数えたゼ。…おたくらはどうする?」

「…どうする、と聞かれてもな」

「そんなもん…決まっとるやろ!」

 リンドとキバオウは目配せすると部下達と共に立ち上がり…

 

「自分の尻は!」

「自分で拭う!」

 

フォレストエルフとダークエルフ…『双方』の戦いへと割って入った。

 

「何…!?どういうつもりだリンド殿!」

「キバオウ殿まで…何故邪魔をする!?」

先ほどまで味方だった筈の人間達の突然の行動に両エルフたちが困惑する。

 

「悪いな、フォレストエルフの諸君。たった今から我々DKB…いや、SAO攻略組はダークエルフ…というより、そちらのお嬢さんがたの味方をすることになった!そのためにも、これ以上あなた方に争われると彼女たちの邪魔になってしまうのだよ」

「ワイらは白いのにも黒いのにも肩入れする気はあらへん!…ただ、あの嬢ちゃんたちのケリがつくまでおどれらには引っ込んどいて貰うで!それが嫌やってんなら…かかってこんかい!」

「き、貴様ら…これだから人族は何を考えているのか分からんのだ…!」

 

 

「…あーあ、なんて不器用な連中なんダ。まあいっか…そろそろこっちも決着がつきそうだしナ」

 あまりにも強引に膠着状態を創り出したキバオウたちに呆れつつアルゴがアスナたちの方へと視線を向けると…その先では、既に大勢は決していた。

 

 

「ぐ…馬鹿、な…!この私が、ダークエルフの屑共風情に…」

「ならば貴様は、その屑以下の存在と言うことだ」

「貴様の『右腕』は貰った。前回は左腕だったな…その腕、どうやって治したのかは知らんが、そちらを残してやったのは情けだ。…貴様が侮った、ダークエルフ風情からのな」

「…ッ、糞がぁッ…!」

 鷹使いは今度は右腕を切り飛ばされ、前回喰いちぎった筈の左手で傷口を押さえながら地に伏せさせられている。そんな鷹使いを、キズメルとアッシュは底冷えした目で見下していた。自分たちの愛する者を奪った張本人が、今こうして首筋を晒している。…もはや、やることは一つだけだ。

 

「キズメル、アッシュ…」

 少し離れた場所では、アスナが心配そうにその光景を見守っている。と、そこに

 

タッタッタ…!

「…っとと、間に合ったっぽい感じ?」

「ああ、どうやらクライマックスにはな…」

「キー坊!Nっち!」

 森の方から走ってきたキリトとNが合流する。

 

「…居ないと思ったら、どこへ行ってたんだお前達?」

「あー…まあ、野暮用?」

「なんやそれ…しっかしおどれら、どんだけイレギュラーなクエストやっとんねん。あないなリアリティのあるNPCなんて始めて見たで」

「俺だって想定外だよ。アスナが頑張った結果さ…ま、この際だ。最後まで見届けようぜ」

 もう自分の出る幕はないと判断したキリトは遠巻きに結末を見守ろうとする。

 

「さあ、これで最後だ…!アッシュ、お前がやれ。お前があの子の仇を討つんだ!」

「…感謝します、義姉上!…鷹使い、我が妻の仇!貴様が踏みにじった全ての命に代わって、貴様に裁きを下してやる!」

 

「…ふ、くくくくくっ…!」

 …しかし、事態は思わぬ方向へと動き出す。

 

「貴様…何がおかしい?」

「くくっ…可笑しい?違いますよ…我ながら、自分の情けなさに失望してしまいましてね。失笑という奴ですよ」

「ふん、今更しおらしくなったところで許すとでも…」

「勘違いしないでください。…私が情けないと思っているのはあなた方にコケにされたことではなく、人間風情の『力』を借りなければならない事に対してですよ…!」

「…何?」

 怪訝そうな顔をするアッシュとキズメル。その二人に鷹使いはどこからか取り出したそれぞれ『紫・黄色・グレー』の色をした『三枚のメダル』を見せつける。

 

「なんだあれは…メダル?」

「貴様何を…!?」

「くひゃひゃひゃひゃ!さあ…いきますよぉーッ!!」

 キズメルが制止する間もなく、鷹使いは三枚のメダルを…飲み込んだ。

 

ゴクン…!

「…ぐ、ぎッ!?ぎおお…あがぁぁッ…!」

「た、鷹使い殿!?」

「お、おいビーター!アイツ…どないなっとんねん!?」

「んなこと言われたって…俺だって知らねえよ!」

 メダルを飲み込むや否や途端に苦しみだした鷹使いに戸惑う皆の前で、それは起きた。

 

「ぎ…あああああああああッ!!」

 

『ムカデ!ハチ!アリ!』

 鷹使いの悲鳴に紛れてその身体から声が聞こえると同時に、鷹使いの肉体が大量のメダルに覆われるように変質していく。

 

 その頭部はムカデの足を模した襞に覆われ、頭頂部にはムカデの顎のような二叉がそそり立つ。胴体は昆虫のように節くれ、左腕と再生した右腕の先端には蜂の針のような突起があり、背中には羽が生えている。下半身は細身でありながらも頑強で、自重の二倍の重さのものを運べるというアリのような脚をしている。

 

 それはもはや、エルフの姿をしていなかった。そこに居たのは、かつてフォレストエルフの鷹使いであったはずの…欲望の怪物、『グリード』であった。

 

「ば…化け物ぉ!?」

「化け物…違う、私は…いいや、今の俺は『ダーマス』!散々コケにしてくれた礼、たっぷりと返させて貰うぞッ!!」

 

 

 

 

 

 …同時刻、野営地から少し離れた丘の上からPohとモルテもこの事態を目にしていた。

 

「…おい、モルテ。なんだありゃ…?」

 ゲームの知識に疎い自分であっても異常としか思えない鷹使いの変貌にPohがモルテに問いかける。

 

「…数年前、日本のある地方都市で起きた『街がメダルに変えられた事件』をご存じですか?」

「ああ?…ああ、そういやネットでそんな噂があったな。日本のどっかで謎の化け物が次々と現れて、最後には街の大部分がメダルに変えられたとかいう…まさか、それもテメエらの仕業だってのか?」

「とんでもない、その件に関しては我々は関与していません。…まあ、事態の中心にあった『鴻上ファウンデーション』には秘密裏に資金援助をしていたので無関係とは言い切れませんが。…その対価として、鴻上ファウンデーションが研究していた『オーメダル』というものに関する情報を入手したのですが、言ってしまえばその事件はそのオーメダルの力を利用した一人の科学者によるものだったのですよ」

「ほう…で、それがなんだってんだ?」

「財団はオーメダルを復元し、メダルに秘められた欲望によって生まれる怪物…グリードを手駒とする程度にしか研究を進めませんでした。…しかし、私はまだ研究価値があると判断しまして、鴻上ファウンデーションに秘密裏に協力を依頼し更に研究を重ねた結果、『新たなメダル』を生み出すことに成功したのです。…ですが、新たに生み出したメダルはまだ不安定でして、実際に使用するに至っては不確定要素が多かったのです。そこで、財団の技術力でメダルをデータ化しこのSAOに送り込み、この世界でメダルの性能実験をすることにしたのですよ」

「…で、それがあれってか。成る程…確かに、人間の欲望そのものみてーな醜いバケモンだ」

「全く。…しかし、実際に仮想空間でグリード化するとは予想外でした。しかもあの姿、メダルの元になった生物の性質が反映されている。グリード化による人格の変質も起きている辺り、SAOの『カーディナル』とやらは相当に優秀なようですね。そしてそれを作った茅場晶彦も…癪ではありますがね。さて、キリトさん…仮面ライダーになれない貴方は、あの怪物をどうやって倒すつもりですかね?」

 

 

 

 

 

 

「キィィィエェェェェェッ!!」

 

ドゴォンッ!!

 

「ぐうッ…!?」

 グリードへと変貌した鷹使い…ダーマスが振り下ろした腕をアッシュとキズメルは間一髪で躱すが、地面を打ち据えた一撃は大地を砕き、飛び散った石や破片が二人を襲う。

 

「アッシュ!キズメル!」

「た、鷹使い殿!?そのお姿は一体…?」

「やかましぃぃぃぃッ!!」

 豹変したダーマスに思わず駆け寄ってきたフォレストエルフに、ダーマスは苛立たしげに腕を振るい、腕についた針を突き刺した。

 

ドスッ!

「げはッ…!?」

 針を突き刺されたフォレストエルフは悲鳴をあげる。…しかし、異常だったのはそこからだった。

 

ジワワワワ…

「が、ぎっ…ぎゃあああああああッ!!?」

 針が突き刺さった部分からフォレストエルフの白い肌がみるみるうちに毒々しい暗紫色へと変わっていき、それと共に変色した部分がみるみる爛れ落ちていく。フォレストエルフはすさまじい絶叫を上げて藻掻くが、その動きには全く力が籠もっていなかった。

 

「がひょ…あ、ああ…」

 やがて苦悶の叫びが小なっていき、ダーマスが飽きたとばかりに放り投げた頃には、フォレストエルフの身体はもはや元が人型であったかどうかすら分からないほどに腐り果て、地面に落ちると同時に塵のようにデータとなって霧散していった。

 

「な…なんだ、あれは!?」

「あの死に方…気をつけろ!あの針にはかなり強力な毒があるぞ!解毒ポッドを持ってない奴は下がれ!」

「毒やて!?…ええい、お前ら下手に近づくんやないで!」

 死に様からすぐさまダーマスの特性に気づいたキリトがプレイヤー達を離れさせていると、両エルフの戦士達がダーマスへと向き合い出す。

 

「な…なんの真似ですか鷹使い殿!?いくら首都からの客将とはいえ、同胞を殺めるなど看過しがたい蛮行ですぞ!!」

「黙れ役立たず共がぁッ!…ああ、ずっと前から我慢ならなかったんですよ。私がどうしてこんな辺境の屑共を指揮しなければならないのかと…!私は、こんなところで終わっていい存在ではないのです!一刻も早くダークエルフ共から秘鍵を奪い、首都へと持ち帰って手柄とする!お前らは所詮そのための道具でしかないんですよ!だったら、屑なりに私の役に立つのが当然でしょうが!それができない屑以下など、死んで当然とは思いませんかねぇぇぇッ!!?」

「…狂っている、貴様はもはやエルフですらない…ただの化け物だ!」

「エンジュ騎士団の者どもよ。恥を忍んで頼みがある、共に鷹使い殿…いや、この化け物を退治してくれ。もはやこいつは、我らのどちらの利にもなりはしない。それどころか、生かしておけばいずれ我らの故郷を脅かしかねない。こいつは、ここで仕留めねばならない!」

「…ふん。癪ではあるが…我らもそう思う。いいだろう、ここは一時休戦だ…!」

「フカカカカカッ!屑同士が手を組んだところで、俺に敵うわけねーだろうがぁッ!」

「いくぞ!ウオオオオオ!」

 あざ笑うダーマスに、黒と白のエルフ達が立ち向かっていく。その光景にプレイヤー達は驚きを隠せずにいた。βテスターでなくとも、このクエストを通してフォレストエルフとダークエルフが相容れない同士であることは全員の共通認識である。だが現実に、目の前ではその両者が足並みをそろえて怪物と戦っていたのである。

 

「お、おい!こらどうなっとんねん!?なんでさっきまで殺し合ってた連中が一緒になって戦ってんねん!?」

「…分からない。だが、一つだけ『仮説』がある」

「な、なんダ?」

「このエルフクエストの本筋自体はβテストの時に既に完成されている。製品化に伴って多少の変更はあっただろうけど、基本的な流れに関しては変わっていないはずだ。…だが、奴の存在はこのクエストそのものの流れを断ち切りかねない。つまり、あのダーマスとかいうのはSAOにとっても『想定外』な存在…謂わばバグのようなものの筈なんだ。だからおそらく、SAOのシステムがゲーム内のデータを使ってバグを排除しようとしているんじゃないか…身体の中に入った病原体を殺す、白血球の様に…!」

「つまり…奴らが共闘しているのは、SAOのシステムがそうさせているからだということか?」

「だと思う…多分な。でも…」

 

 

「ウォラァァァァ!」

 

ブンッ!

「ギャアアアア!」

 エルフ達はダーマスを取り囲み絶え間なく攻撃を浴びせるが、ムカデのような頑強な外郭を持ったダーマスは全く堪えた様子がない。逆にダーマスが蹴りを放てば数人のエルフが吹っ飛ばされてそのまま消滅し、腕の毒針は皮鎧ごと彼らの身体を貫いた。

 

「あ、アカン…!まるで歯が立っとらんがな!」

「糞ッ…全員、一旦この場を退くぞ!今の俺達ではどうにもならない!」

「くっ…こんなことなら、ガシャット温存しとけば良かった…!」

「言ったってしょうがないだろ。今は退くぞ…アスナ、君も早く…」

「…待って、キリト君。もし、キリト君が言ったことが本当なら…アッシュとキズメルも…!」

「ッ!」

 アスナ達が気づいたときには遅かった。システムからの命令によるものか、それとも姿は変われど愛する者の仇討ちの為か…既にアッシュとキズメルは再びダーマスへと斬りかかっていた。

 

「二人とも!無茶だ、下がれ!」

「悪いがキリト…その頼みだけはきけん!」

「我が妻の仇だけではない、我らエルフの存亡のためにも…こいつだけは生かしておく訳にはいかんのだ!」

「来ィたァなぁぁぁ!俺に恥を掻かせてくれたゴミ共が!今度こそあの小娘のところに叩き込んでヤロうぅぅぅ!」

 

 上位NPCである二人の加入によりエルフ勢は若干持ち直したものの、それでもダーマスの力は圧倒的でありじりじりと押されつつあった。

 

「どうしたどうしたァァァ!エンジュ騎士団の精鋭の力はそんなものかぁぁぁぁ!?」

「糞ッ…行け!」

「ウォウッ!」

 キズメルとアッシュがダーマスの両腕を防いだところに、アッシュの狼が喉笛めがけて襲いかかる、が

 

「しゃらくせぇ!」

 

ギャルルルル!ドゴッ!

 ダーマスの後頭部が蠢いたかと思うと、背中を覆っていた甲殻が外れムカデの胴体のような蛇腹状へと変形し、それが鞭のようにしなって狼を打ち据える。

 

「キャイン!」

「何ッ!?」

「…温い、温い温い温いんだよォォォ!そんなもんで俺を倒せる訳ねぇだろうがぁ!」

「この…化け物め!」

 

 

「…だったら、これでどうかしら!」

「ッ!?」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、ダーマスのすぐ背後にアスナが迫ってきていた。

 

「アスナ!」

「貴様、いつの間に…!?」

「私だって…エンジュ騎士団の一員よ!これでも喰らいなさい!」

 隙だらけの背中に放たれたアスナのソードスキルは、狼の迎撃のために分離していた甲殻の下の身体を切り裂き…

 

カツンッ…

「…?」

 奇妙な手応えと共に、身体の中の『何か』を貫いた…直後

 

 

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 ダーマスが狂ったように悲鳴をあげて暴れ出し、それにより抜けたアスナの剣先には貫かれたグレーのメダルが刺さっていた。

 

「これ…さっきアイツが飲み込んだメダル?もしかしてこれが弱点…」

「アスナッ!避けろぉッ!!」

「え…?」

 

ガツゥンッ!

「がッ…!?」

 アスナがメダルに気をとられたその隙、キリトの呼びかけも間に合わずダーマスが振り回した甲殻がアスナをなぎ払い、傍の陣幕に叩きつけられる。

 

「あ、がッ…!?」

 一撃でHPの半分を削られ、痛みとダメージで身動きのとれないアスナに怒り心頭のダーマスが迫る。

 

「…貴様ぁぁぁ!よくも私のコアを…この人族の雌風情がぁ!」

(痛った…!なんて威力よ…身体が、動かない…)

「アアア…その面を見ているとあのダークエルフを思い出す…!そもそも、あの糞女のせいでこんな面倒臭いことになったんだ!こいつらさえ居なければこんなことには…」

 

 と、そこまで言ってダーマスは口元をにやりと歪める。

 

「…ああ、そうか。お前らがやたらとこいつを庇うのはあの女に似ているからかぁ…。なら、またこいつを殺せば、今度こそお前らのその誇りとやらをへし折れますかねぇ!?」

「ッ!」

「そんなこと…」

「させるかよッ!」

 アスナへとターゲットを移したダーマスを阻むべくキリトとキズメル、アッシュが両側から斬りかかる。

 

「…邪魔だ、こいつらの相手でもしてろ」

 それを一瞥したダーマスが身体からメダルをまき散らすと、メダルは膨張するように形を変え包帯に巻かれた人型モンスター…『屑ヤミー』となり、それらが壁を成して彼らを阻む。

 

『オオオオオォ~…』

「ぐっ!?なんだこいつらは…!」

「取り巻きまで生み出せるのかよ…!?糞!これじゃ間に合わねぇ…!」

「キリト!今援護する!」

「おい、キバオウ!リンド!」

「チッ…わかっとるがな!」

「総員、アスナを救助しろ!俺に続け!」

「き、救助ったって…畜生!」

 キリトたちを援護すべくNやアルゴ、キバオウたちが屑ヤミーの排除に向かうが、やたらとタフな上に次から次へと湧いてくる屑ヤミーたちを押し切ることが出来ない。

 

「カス共が…そこで貴様らの仲間が死ぬのを見ていろ。すぐに後を追わせてやる」

「このっ…どけぇぇぇぇぇ!」

「アーちゃぁぁんッ!!」

「死ねぇ!!」

「…ッ!」

 倒れ伏すアスナの心臓めがけ、ダーマスは毒針を振り下ろした。二度目となる迫り来る死の刹那に、アスナは思わず目を瞑る。

 

 

「…ガォウッ!!」

「…!友よ、感謝する!オオオオオオオオオッ!!」

 

 

 

 

 

ドスッ!

 

「…?」

 鋭利なものが肉を食い破る嫌な音がする。…しかし一向に訪れない痛みにアスナが目を開けると

 

 

 

「なッ…き、貴様…!?」

「…がふッ…!」

「あ…アッシュ!?」

 相棒にこじ開けられた道を抜け出したアッシュが、アスナに覆い被さるようにしてダーマスの凶刃に貫かれていた。

 




アルゴの設定がちょっと薄かったのであの街の出身ということにしちゃいました。情報屋やってるのもあの師弟やうさんくさいおっさん共繋がりだったりして…

そして鴻上会長がまたやってしまいました。オーズ本編では財団Xとの直接的な関わりは無かったんですが、あれだけ劇場版でグリードの複製が創られたあたり裏でこっそり繋がってたんじゃないかと思ったので。

次回でプログレッシブ編終了です。ではまた次回


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タドル想い、貫く剣

今回でプログレッシブ編は終わりです

早いとこSAO一期分までは進めたい…ではどうぞ


「あ…アッシュ!?」

 目の前で自分を庇って凶刃に斃れたアッシュに、アスナは悲鳴をあげる。

 

「ぐうッ…どうだ、鷹使い…。今度は、間に合ったぞ…!」

「…このゴミ屑がぁぁぁぁッ!なんでお前らは毎度毎度、俺の楽しみを邪魔するんだよぉぉぉッ!!」

 腹を貫かれながらもダーマスに皮肉を飛ばすアッシュに、ダーマスは水を差された怒りをぶつけるようにその身体を力任せに放り投げた。

 

「……ッ、鷹使いィィィィィッ!!!」

「だから…ダーマス様だと、言ってるだろうがぁぁぁぁッ!!」

 義弟をやられた憤怒に突き動かされ、力任せに屑ヤミーの包囲を抜けたキズメルをダーマスが迎え撃つ。

 

「キズメル!」

「…!」

「ッ!…う、うん!」

 すれ違う刹那のアイコンタクトを受け、アスナはキズメルが戦っている隙にアッシュの元へと駆け寄る。

 

「アッシュ!」

「…ア、スナ…無事、か…?」

「そんなことより貴方が…!待って、すぐに回復を…」

「いい…どうせ、間に合わん…」

 そう呟くアッシュの肌は、ダークエルフの黒い肌でも分かるほどに赤黒く変色してきている。あの一撃であっても、ダーマスの毒はしっかりと流されていたようであった。アスナの視界に映るアッシュのHPは、既に風前の灯火となっていた。

 

「そんな…」

「それより…これを…!」

 震える手でアッシュは懐から『秘鍵』の入った包みを取り出すと、それを無理矢理アスナの手に握らせる。

 

「これは…我々エンジュ騎士団の、いや…我らの王国の最後の希望…!頼む…それを必ず、守り抜いてくれ…!エンジュ騎士団に名を連ねる者として…我らのかけがえのない友として…!」

「…了解…ッ!」

「…ああ、ティルネル…。お前の仇…討てなかったが、これで…胸を張って、会いに…」

 

 その言葉を紡ぎきることなく、アッシュの身体はデータとなって霧散した。

 

 

 

「…ッ!」

 手にした秘鍵を握りしめ、アスナは消えていったアッシュをかき抱くように蹲る。

 

(…分かってる。アッシュもキズメルもNPC…ゲームの中のプログラムに過ぎないって。どんなに本物みたいでも、全部データ通りに動いているだけだって…)

 

 

 

(でも…でもッ…!)

 アスナが顔を上げると、視線の先には激昂したキズメルを嘲笑うように迎え撃つダーマスがいる。その姿に、アスナの心に今まで感じたことのない感情が湧き上がる。

 

(この気持ちが、今アイツを許せないっていうこの気持ちまでは嘘じゃない!ここはゲームの中だけど、私たちにとっては現実なのよ…!この気持ちから目を背けたら、私はきっと…現実に戻っても何も変われない。私が一番嫌いな『私』は、何も変わることが出来ない!それだけは…絶対に嫌なの!!)

 

クシャ…

「…!」

 その時唐突に、手の中の包みが緩んだような感触を憶える。ハッとして手の中を見れば、固く閉じられていた包みが開き、その中にあるものが姿を見せていた。

 

「…そう、戦えって言うのね。分かったわ…一緒に戦いましょう、アッシュ!」

 それを力強く手に取り、アスナはダーマスに叫ぶ。

 

「鷹使い…いえ、ダーマス!!」

「あん?」

「アスナ…?」

「私は、貴方を許さない…!自分の欲望のままに仲間すら欺いて、大切なものを奪っていった貴方を…絶対に許すことはできない!!」

「…ハッ!ならどうする、人間…?」

 

 鼻で笑うダーマスに、アスナは秘鍵を見せつけるように突き出す。

 

「ッ!?それは…」

「…だから、貴方を斃す。エンジュ騎士団の一人として、この世界で生きるプレイヤーとして…行くわよ、アッシュ!」

 

 

 

 

 

『タドルクエスト!』

 

「えッ!?」

「アスナ…やっぱり、あの秘鍵は…!」

 手にした秘鍵…ガシャットから聞こえてくる音声に目を見開くキリトとNの前で、アスナはガシャットを胸に突き立て叫ぶ。

 

「…変身!」

 

『ガッチャーン!レベルアップ! タドルメグル!タドルメグル!タドルクエスト!』

 

 

 

 

「何…やて…!?」

「な、なんだあの姿は…!」

 ガシャットの起動と共に姿の変わったアスナに、キバオウやリンドたち初見の面々は唖然とする。

 

 薄いシャツにミニスカートにケープを羽織っていた質素な服装から一転。西洋鎧をモチーフに、しかし素早い動きを阻害しないよう軽量化された白い鎧を身に纏い、その背には内地の真っ赤な白のマントがはためく。頭には顔を隠さない程度に、しかし要所部分はしっかりと守られたティアラのような兜が。

 その姿はまるでゲームに登場する女騎士…見る人が見れば戦乙女のようであった。

 

「あれ…やっぱりブレイブ、だよね?でもなんか…妙に色っぽくない?」

「ブレイブの装備を『女物』にしたらこうなる、って感じだな。…男女で装備の見た目変えるとか、どんだけ凝ってんだよ茅場晶彦…!」

 どことなく見覚えのあるそれにそんなことを言うキリトたちを余所に、アスナが腰のレイピアを引き抜くと胸のガシャットから炎のような光が漏れ出し、白銀の刀身を紅く燃えさかる色へと染め上げる。

 

「貴方のご所望の秘鍵はここにあるわ。欲しかったら、私を倒して奪ってみなさい!」

「…ハハハハハハ!いいねえ、最高じゃねえか!気に入らない人族と秘鍵を同時に片付けられるなんて、気が利くじゃねえか!なあ!?」

「アスナ…!」

「任せてキズメル。…報いを受ける時よダーマス!」

 

「…ちょい待ちアーちゃん。女の子がそんな怖いこと言っちゃいけないナ。こういうときは、こう言うもんだゼ?」

「あ、アルゴさん?」

 いきなり耳打ちをしてきたアルゴに戸惑いつつも、アスナは改めてダーマスにアルゴに言われたことを告げる。

 

「コホン…さあ、貴方の罪を数えなさい!」

「罪ィ…?ハハハハ…んなもん、今更数えきれるかぁ!」

 いきり立ってアスナへと躍りかかるダーマス。…しかし

 

フッ…

「!?消え…」

 アスナの姿が掻き消えたかと思うと、気がついたときには既にダーマスの懐へと潜り込んでいた。

 

「何!?」

「遅いッ!」

 

ガガガガガガガガッ!!

 ダーマスがその事に気づいたのと同時に、アスナのソードスキルがダーマスの胸板を滅多刺しにする。攻撃を受けたダーマスの身体からは血の代わりにメダルがボロボロとこぼれ落ちる。

 

「グアアアアアアッ!!」

「まだまだまだまだァ!このままあのメダルを引きずり出してあげるわ!」

 先の一撃で、アスナはダーマスが変身する前に飲み込んだメダルが弱点であることを見抜いていた。故にアスナはそれの位置を確かめるべくダーマスがどれほど苦しもうとも一切手を緩めず、ダーマスの身体を掻き分けるように剣で切り裂きまくる。

 

キラッ…

 やがて蠢くメダルの合間、ダーマスの頭と心臓の位置に他のメダルとは異なる黄色と紫の輝きを見つける。紛れもなく先ほど破壊した『アリ』のメダル以外の『ムカデ』と『ハチ』のメダルであった。

 

「あった!そこに…」

「調子に…乗るなぁぁぁぁッ!!」

 止めを刺そうとしたアスナであったが、やられっぱなしだったダーマスが息を吹き返して分離させた甲殻で薙ぎ払おうとしてきたので、それを素早いバックステップで躱したことで距離を取らされてしまう。

 

「ギィィィィ…!」

「いい加減しぶといわね…!」

「アスナ!あまり時間をかけ過ぎるな、時間が無いのは君の方なんだぞ!」

「…え?どういうこと?」

「右上見て!自分のHPの横!」

「右上?」

 キリトとNに言われアスナが視界の右上にある自分のHPを見ると、HPゲージの横に『0:26』という数字がいつの間にかあり、徐々に数字が減っていっていた。

 

「何この数字…?」

「それはガシャットの『制限時間』だ!ガシャットは基本的に『1分間』しか使用できないんだ!制限時間が過ぎれば、次に変身できるのは『24時間後』…丸一日経たないと使えないんだ!」

「…!?そ、それを早く言ってよ!もう30秒切ってるじゃない!」

「……あッ!アイツ…!」

 Nの声に皆が顔を向けると、ダーマスが背中の羽を羽ばたかせて今にも飛び立とうとしていた。

 

「まさかアイツ…逃げる気か!?」

「…屈辱ですよ、この俺が貴様ら如きに撤退しなければならないなんてな。だが、憶えておけ!次に会ったときこそ、貴様らを皆殺しにし、秘鍵を必ず手に入れてくれるわ!」

 捨て台詞を吐き捨てると、ダーマスは羽音を立てながら飛び上がった。

 

「あ、アカン…!逃げられるで!」

「ああもう…!キリト君、なんとかならないの!?」

「なんとかって…こっちはガシャット、使用済みなんだっつーのッ!!」

 そう言いながらも、キリトは短剣を抜くと空中のダーマスめがけて半ばヤケクソで投擲する。しかし、投剣スキルがまだ十分でないキリトのそれは惜しくも命中することなくダーマスの頭上すれすれを通過する。

 

「糞ッ!」

「ハ!惜しかったな…!」

 

 

 

 

…パシッ!

 

「…いや、良い投擲だぞキリト!」

「ッ!?」

 頭のすぐ後ろから聞こえた声にダーマスが首を回すと、いつの間にか自分の背中に張り付いていたキズメルがキリトの投げた短剣を掴み取っていた。

 

「なッ…き、貴様いつの間に!?」

「強くなりすぎるのも考え物だな。私一人背中に捕まっていても気づきもしないのだからな!…とはいえ、そのために装備を全て地上に置いてきてしまったが、たった今良い物を手に入れたのでな!」

「ぎっ…!この…」

「墜ちろぉ!!」

 

ザクッ!

ボキボキ…ブチッ!

 キズメルが振り落ろした短剣はダーマスの片側の羽の根元に深々と突き刺さり、さらにそのまま空中に身を投げ出したことでキズメルの体重が掛かった短剣は下へとずれ、羽を千切り落とした。

 

「ぎゃあああああッ!!?」

「…ッ!」

「キズメル!」

 

ぽすッ!

ドズゥゥゥンッ!!

 片方の羽を失いバランスを崩したダーマスとキズメルは共に落下していくが、咄嗟に跳び上がったアスナがキズメルだけは抱きとめ、ダーマスはそのまま頭から地面に叩きつけられた。

 

「無茶して…!貴女まで死んだらどうするのよ!?」

「…それでも、構わん。私一人の犠牲で、エルフ族の未来を…あの二人の仇を討てるのなら…!」

「そんな…そんなの…」

「…ああ、違うな」

「何…!?」

 自棄気味にそう言うキズメルに、ようやく屑ヤミーを片付けたキリトが諭すように語りかける。

 

「キズメル、アンタは死んじゃいけない。アンタがそう思ったように、アッシュとアンタの妹だってそうして戦って、…そして死んだ。だからこそ、アンタは生きろ。生きて、あの二人が守ろうとしたものを守り続けろ。…それを忘れない限り、二人はアンタの心の中に生き続ける。だから、勝とうぜ…!」

「キリト…アスナ…」

「…うん!」

「……済まん。私としたことが、自棄になりかけていたようだ。キリト、アスナ…そして人族の戦士達よ。もう少しでいい…力を貸してくれ!」

『おう!』

 

「…グォァァァァァァァァッ!!」

 キズメルの呼びかけに応えるプレイヤー達の団結を吹き飛ばすように、ダーマスがうなり声を上げながら起き上がる。そんなダーマスに、皆は剣の切っ先を向け向かい合う。

 

『キメワザ!タドルクリティカルフィニッシュ!』

「…残り10秒!これで、最後…一気に決めるわよ!」

『了解!』

 『タドルクエスト』の必殺技を発動させ、アスナはプレイヤー達に檄を飛ばす。それを受けたプレイヤー達は一斉にダーマスへと駆け出していく。

 

「10!」

 ダーマスの両腕の毒針を盾持ちのプレイヤーが受け止める。

 

「9!」

 その隙に、他のプレイヤー達がダーマスの脚を潰す。

 

「8!」

 膝から倒れたダーマスの顎をアルゴが力一杯蹴り上げ、のけ反らせる。

 

「7!」

 ガラ空きになった胴体に、キバオウとリンドのソードスキルが炸裂する。

 

「6!」

 そこに、アスナとキズメルが足並みをそろえて吶喊する。

 

「5!」

 瞬間、ダーマスが急に起き上がって迫る二人へと両腕を突き出す…が

 

「…4!」

 突き出されたその腕の側面から斬りかかったキリトとNが、腕を半ばから断ち切った。

 

「3!」

 しかし、ダーマスは目を血走らせてなおも怯まず、再び背中の甲殻を分離させて返り討ちにしようとする。

 

「2!」

 その時、甲殻の先端に異様な重さを感じる。目を向ければ、そこには撓る甲殻に必死に食らいつき動きを阻害するアッシュの狼が。それに気を取られた一瞬がダーマスの命運を分けた。

 

「1!」

 懐に潜り込んでいたアスナとキズメルへと意識を向けたその時には、二人は力の限り剣を突き出していた。そして…

 

 

 

ドシュ、ドシュッ…!

 

『ガッシューン…!タイムアウト』

 ガシャットの制限時間を迎え、アスナの装備と剣にかけられた強化が切れる。

 

 

 …だが、二人のレイピアは違うことなくダーマスの頭と心臓を捉え、突き抜けたその切っ先にはそれぞれ紫と黄色のメダルが貫かれていた。

 

 

「ガ…そん、な…!この、私…が…」

 

パキィィンッ…!

 最後に鷹使いの口調でそう言い残し、ダーマスは砕け散った。

 

 

「…終わった、の?」

「ああ…アッシュ、ティルネル…終わったよ」

「…ん」

「イェイ!」

 

『オオオオオオオオオッ!!』

 壮絶な戦いで半壊したフォレストエルフの野営地に、プレイヤー達の勝ち鬨の声が轟いたのだった。

 

 

「いやはや…流石はキリトさん、いや…今回のMVPはアスナさんの方ですね。あんな偶然があるとは、…いや偶然でしょうか?もしかしたら、これもカーディナルのバランス調整によるものなのでしょうかね。まあそれはどうでもいいでしょう。これで新たなコアメダルの性能実験も済んだ、後は精々この世界を楽しませて貰うとしましょう。期待していますよ、茅場晶彦…そして、桐ヶ谷和人君…!」

 

 

 

 

 

 

 …その後、アルゴが交わした約束によりALSとDKBは進行中のエルフクエストをギブアップし、その後の進行をキリトとアスナのパーティに一任することになった。尚、タドルクエストのガシャットはまだクエスト未完遂の為再びダークエルフ達に預けられることになった。(キズメルに返却する際、もの凄く名残惜しそうだったアスナにキズメルが躊躇いがちになり無駄に手間取ったのは余談である)

 キバオウとリンドたちは今回の件により諍いつつも互いを尊重し合うようになり、当初の目論見通り切磋琢磨し合いながらボス攻略に専念。その後のボス戦ではそんな彼らに加えキリトとN、更に9層からはエルフクエストのクリアにより正式にタドルクエストの所有者になったアスナの活躍により、誰一人として犠牲者を出すことなく攻略を進めてくのであった。

 

 

 SAO最大の難関である『クォーターボス』、その最初の一体が待つ二五層までは…。

 

 




今回アスナが使用したタドルクエストガシャットの説明です

・タドルクエスト(アスナ)
・使用制限時間 1分
・効果 一定時間レベル10アップ。また、プレイヤーのステータス傾向に応じて能力に補正が掛かる。アスナの場合は敏捷性と精密性が重点的に強化された
・武器 専用武器は無いが、使用する武器の強化補正値がアップする。アスナの武器は原作と同じ「シルバリック・レイピア+15」だが、これが「+25」までアップする。これは性能だけなら原作でキリトが最後まで愛用した「エリュシデータ」に匹敵する。
・キメワザ タドルクリティカルストライク(キック)、タドルクリィカルフィニッシュ(武器による攻撃)

次回はぐーんと飛んで25層後の話になります。彼らの運命がどうなるか…お楽しみに。ではまた次回
同時更新のウルトラマンオーブ×ダンガンロンパもよろしく!


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月夜の黒猫団

スンマセェン…だいぶ遅くなりました。本当ならダンロンと2話同時更新したかったんですけど間に合いませんでした…。もうちょっと筆が速くなるよう頑張ります

マイティノベルX読破しました…。ネタバレになるので内容は言えませんが、なんだろう…始まりは本当に誰も悪くは無かったんだなって。偶然に偶然が重なった結果を神が全部いらん方向に持って行った結果がああなったのだと思うと、やるせないというか…。とりあえずMVPは日向審議官だったということだけはよく分かりました。皆も読んでみて損は無いので、是非。…ただ黎斗『ピー!』の皮肉にだけは文句が言えないのが悔しかばい。

沢城さん産休入っちゃったけど、アリシゼーション編のシノンどうすんだべ?後半までちょい役だからなんとかならんでもないけど、誰が代役するんだろう?それとも前撮りしておくのか…。
芸風が広い声優さんは代役は立てやすいけど、その分代役を務める人はプレッシャーだろうねぇ…。

ではどうぞ



「はぁ…」

 アインクラッド第15層、その一角にある原っぱでキリトは一人寝転がってため息を吐いていた。

 

 …そう、『一人』なのだ。これまでコンビを組んで戦ってきたアスナの姿はもう無い。一時的に居ないわけでも、まして死んだわけでもない。原因は数日前、第25層のボス攻略の時に遡る…。

 

 

 

 

 

 

ジャララララッ!

ガコォォンッ!!

「うわぁぁぁぁぁッ!!?」

 

パキィィンッ…!

 四方八方から襲いかかる『鎖』の直撃を受け、HPが危険値だったプレイヤー数人のHPが消失し、アバターが砕け散った。

 

「そ、そんな…ひぃあぁぁぁぁッ!!」

「おっ、おい!逃げるな!」

「クソッタレがぁ…なんなんやこのバケモンはぁッ!?」

 

 SAO第25層、アインクラッドのちょうど4分の1に当たるそのフロアボスとしてプレイヤー達の前に立ち塞がったのが、『アンドロメロス・ゾディアック』。アンドロメダ座の光と共に現れた玉座に座る巨大な女性のような姿のボスにプレイヤー達は怯みつつも、今まで24回ものフロアボスを倒してきた自信を糧に立ち向かっていった。

 

 …だが、その認識は誤りであったことをプレイヤー達はすぐさま実感させられる。後に分かったことだが、SAOのフロアボスの中には近隣階層と比べ飛び抜けた戦闘力を持ったボスが存在する。それらはアインクラッドのそれぞれ25層、50層、75層に配置されており、守護する階層から『クォーターボス』という異名をつけられている。

 そして、このアンドロメロス・ゾディアックもそのクォーターボスの一体であった。戦闘が開始されるや否や、アンドロメロスは玉座から無数の鎖を展開し出入り口を塞ぎ、プレイヤー達の退路を絶った。動揺する彼らに今度は鎖を鞭のように振るい、圧倒的なパワーで薙ぎ払っていく。その力は当時トップギルドであったALSやDKBの壁部隊を後方の主戦力ごとたたき伏せるほどであり、これまで殆ど犠牲を出すこと無くボスを倒してきたプレイヤー達に初めて明確なほどの犠牲者を出させることになった。

 目の前で仲間が次々と消滅していく事態に各ギルドは混乱を極め、キバオウやリンドがそれを治めようとする間にキリト達がアンドロメロスへと立ち向かった。しかし、エギルやグリドン、そしてようやく追いついたクラインの率いるギルド『風林火山』たちですら防戦一方を強いられ、ガシャット持ちのキリト、N、そしてアスナがようやくダメージを負わせることでどうにか戦闘と呼ばれるものになっているのが現状であった。

 

「くそったれ!身持ちが堅すぎるぜこのお嬢さんよぉ!」

「冗談言ってる場合か!あともう一踏ん張りだ、なんとかアイツらの道を切り拓くんだ!」

「オラァ!…キリト、アスナ!行けぇ!」

「おおおおおおッ!!」

「畜生…!なんで、なんでこうなんねんや!?今までワイらのやり方でうまくいっとったやんか、なのに…」

 キリトを中心にアンドロメロスと戦う彼らの後ろで、キバオウは逃げだそうとする部下を押しとどめながら悲嘆の声を上げる。そこに

 

「キバオウさん!危ないッ!」

「あ…?」

 警告の声に振り返ると、アンドロメロス・ゾディアックの狙いの逸れた鎖がキバオウめがけて突っ込んできていた。

 

(あ…あかん、ワイ死ん…)

 

 

 

 

ドパァンッ!

 その刹那、ボス部屋の扉が『外』から開け放たれ、同時に紅い人影が飛び込んでくる。

 

 

ガキィィンッ…!

 キバオウと鎖の間に割って入った人影は、今までプレイヤー達を悉く打ち倒してきたその鎖を真正面から受け止め、弾き返した。

 

「……へ?」

「無事なようだな、結構」

 ぽかんとするキバオウに人影…身の丈ほどもある大盾を持った優男風のプレイヤーはそう言って、そのまま前線で戦うキリトたちの方へと向かっていく。

 

「あ、アンタは…?」

「自己紹介は後にしよう。まずはあのボスを倒すことだ。…何、おいしい所獲りをするつもりはないさ。私が攻撃を防ぐ、その隙に君たちが止めを刺せ。それで構わないかな?」

「お、おい!いきなりそんなこと…」

「キリト君!もう時間が…」

 アスナに言われてタイムリミットを確認すると、ガシャットの終了時間まで10秒を切っていた。もはや迷っている暇は無い。

 

「…ええい、くそッ!信じるぜ、おたく!」

「任せたまえ、期待には応えるとしよう」

 

『『『キメワザ!』』』

 キリト、アスナ、Nがそれぞれガシャットの必殺技を起動させ、ボスめがけて跳びかかる。

 

ジャラララララッ!

 当然アンドロメロスはそれを迎撃すべくありったけの鎖を叩き込むが

 

「…むんッ!」

 

ガキィィンッ!!

 男は手にした盾のみでその全てを受け止め、なおかつ鎖の隙間に止めへの道筋をこじ開ける。

 

「今だ!」

「「「はああああああッ!!」」」

 男が拓いた隙間を走り抜け、アンドロメロスの御前に辿り着いた三人のソードスキルがアンドロメロスの胸を捉えた。

 

『―ッ…!』

 

パキィィンッ…!

 声にならない悲鳴をあげ、アンドロメロスはHPの消失と共に砕け散った。

 

 

「…いよっしゃぁぁぁッ!!」

「グレイトォ!」

「なんとか勝ったか…手放しに喜べる勝ちじゃないけどな」

「LAボーナスは…今回はアスナかぁ。ちぇっ…」

「…お前ら、喜ぶのは後だ。その前に話を聞かなきゃならない奴がいる…」

「キリト君…?」

 ボス攻略の喜びも束の間、皆の視線が乱入者の男に集まる。

 

「アンタ…何者だ?」

「私の名は、『ヒースクリフ』。SAOに存在する『ユニークスキル』の一つ、『神聖剣』のスキルを得た者だ。私はその力でここまで来れた。…尤も、肝心なときに間に合わなかったことは済まないがね」

 ヒースクリフと名乗った男の言葉に皆がざわめく。ユニークスキル、それはSAOにおいて同じスキルの所持者が存在しない、ガシャットと同じオンリーワンのスキルである。その存在そのものは仄めかされていたが、こうしてユニークスキルを得ることが出来たプレイヤーは彼が初めてであったからだ。

 

「…いや、おかげで俺達は助かった。それについては礼を言わせてくれ、なんなら報酬の半分でも…」

「いや、そういう礼は結構だ。…その代わりと言ってはなんだが、この場を借りて言いたいことがあるのだが構わないかね?」

「あ、ああ…なんだ?」

 キリトにそう言って、ヒースクリフはプレイヤー達を見渡しながら告げる。

 

「攻略組の諸君。この私、ヒースクリフはこの場を以て私のギルド…『血盟騎士団』の設立を発表する!」

「なッ…!?ぎ、ギルドの設立やて!?」

「…そして」

 皆の視線を一身に受けながら、ヒースクリフはキリトの隣にいるアスナへと顔を向ける。

 

「アスナ君、君を我がギルドの副団長としてスカウトしたい。引き受けてもらえないだろうか?」

「…わ、私!?」

「ちょっと!アスナはキリトとパーティ組んでるのよ!それを堂々と引き抜きとかどーいう神経してるのよ!?」

 突然のことに狼狽するアスナに変わってNがヒースクリフに食ってかかるが、ヒースクリフは顔色一つ変えずに淡々と答える。

 

「無論、無理強いをする気は無い。君がどうしても嫌だと言うのなら結構、潔く諦めるとしよう。君の能力は非情に惜しいが、望まない者に私の都合を押しつける気は無いさ」

「……」

「何よ紳士ぶって…アスナ、勿論断るよね?」

「……」

「…アスナ?」

「…少し、考えさせてくれますか?キリト君も…いいかな?」

「はっ!?ちょ、アスナ何言って…」

「…ああ、分かった。アスナに任せるよ」

「私も構わない。じっくり考えてくれ」

「キリト!?アンタまで…ああもうッ!」

「……」

 最後に波乱を残したまま、25層のボス戦は幕を閉じたのだった。そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何やってんだろうな、俺。納得したのは俺じゃないか…ハァ」

 

 結果だけを言えば、アスナはヒースクリフの申し出を受けた。ボス戦の2日後、アスナの返答を聞くべくキリト、アスナ、ヒースクリフの三人だけで再び25層のボス部屋へと集まったその場で、アスナはヒースクリフに了承の意思を告げた後にキリトに言った。

 

 

 

『ごめんなさい…。キリト君には本当に勝手なことしたって思ってる。…でも、昨日一日考えて決めたの。これ以上、キリト君に甘えることはしたくないの』

『甘えるって…そんなこと。むしろ俺の方が君に助けられて…』

『ううん。…私、薄々気づいているの。キリト君、私が居なかったら今頃もっと早くここまで来れてたんじゃ無いかって。第1層の時から、私を気遣って自分のペースを落としてくれてるんじゃないかって…』

『それは…』

『そうしてくれたことには感謝してるし、キリト君のおかげで私がここまで生き残れたことも理解してる。…でも、だからこそ今度は私自身の意思で戦いたいの。誰にも守られることの無い強さを…キリト君が居なくても私は戦って、このゲームを生き残れるってことを私自身が証明したいの!その為に、ヒースクリフさんの…団長の申し出を私は受けたい。次にキリト君と一緒に戦うときに、今度は貴方を守れるぐらいに強くなりたいから…!』

『…そうか。なら、アスナの好きにすればいいさ。そもそもお互いキリの良いところまでっていうコンビだったんだ、今回がそれってことなんだろう』

『…ごめん。キリト君からすれば勝手なことばっかり言って、迷惑なだけだろうけれど…』

『そんな顔するなよ。…前にも言ったけど、ここはゲームなんだ。ゲームの中でぐらい、自分の好きなように生きたっていいだろ。楽しめよ、アスナ』

『ありがとう…』

『…話はついたようだね』

『…はい。これからよろしくお願いします、ヒースクリフ団長』

『こちらこそ、期待しているよ。…キリト君、君の友人は責任を以て預からせてもらうよ』

『ああ、頼むぜ。…じゃあな、次会うときまで元気でいろよ。お大事にな』

『…またね、キリト君』

 

 

 

 

「…あんな別れ方しておいて、こんなところで油売ってるって知ったらアスナ怒るだろうなぁ…。ったく、エギルにNまで余計なことを…」

 

 25層の攻略の後、プレイヤー間の勢力図は大きく変わった。最前線を進んでいたALSとDKBが揃って壊滅的な被害を受けたことで、両ギルドは戦力補強のために最前線から退くことになった。特に甚大な被害を受けたキバオウのALSは、キバオウ自身があの戦いで精神的に参ってしまったこともあって一時本拠地を第1層の始まりの街にまで移し、攻略からしばらく身を引くことになってしまった。リンドのDKBも相応の被害を受け、現在レベル上げや他の小ギルドを吸収合併することで人員を補強することに力を入れているという。

 代わって台頭したのが、ヒースクリフの血盟騎士団だ。アスナを加えたことで盤石な戦力を整えた血盟騎士団は新規ギルドとは思えないほどの勢いで攻略を続け、ヒースクリフやアスナのカリスマに惹かれてギルドに入るプレイヤーも後を絶たず、既にトップギルドとしての地位を確立しつつあった。

 当然キリトも負けてられないとばかりに攻略を進める…筈だったのだが、アスナが抜けた穴はキリトにとって戦術的にも精神的にも思ったより大きかったらしく、そんなボロを見抜いたNやエギル達によって半強制的に前線から締め出されてしまったのである。

 

『そんな腑抜けた戦いじゃその内絶対死ぬよ!アンタ気合い入れ直すまでボス戦禁止!下で素材集めでもしてろバーカ!』

『Calm dawn…落ち着けよN。…キリト、お前が死んだら元も子もないだろ?少しぐらい休憩したって誰も咎めやしねえよ。だからしばらく前線は俺達に任せな』

 去り際にNから言われた言葉に何も言い返せなかったのは、キリト自身も自分の不甲斐なさを自覚しているからであった。

 

「分かってるさ、今の俺が情けないことぐらいさ。…俺、アスナに惚れてたのかなぁ?…パラドに聞かれたら、大笑いされそうだな…」

 思わず口にしてしまった相棒の名に、キリトは自分の胸元を握りしめる。

 

「…パラド、お前は今どうしているんだ?現実の俺の身体に取り残されてるのか、それとも…」

 

 

 

 

「…きゃあああッ!!?」

「ッ!」

 近くの林から聞こえてきた悲鳴が、キリトの思考を中断させた。

 

「今のは…!くっ…間に合ってくれよ!」

 即座に立ち上がったキリトは声の出所めがけて一目散に走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その日の夜…

 

「我ら『月夜の黒猫団』全員の生還と、恩人であるキリトさんを祝って…乾杯!」

『乾杯―ッ!』

「あ、はは…ども」

 11層の主街地にある酒場にて、キリトは昼間助けたギルド…『月夜の黒猫団』のメンバーから歓待を受けていた。

 

「いやー、モンスターに囲まれたときはどうなるかと思ったぜ!一時は玉砕覚悟もしたしな」

「よく言うぜ、お前腰引けて震えてたじゃねえか」

「ばっ…!それを言うならお前もだろ!?」

「し、しょうがねえだろ…マジで死ぬかと思ったんだからよ。なあサチ?」

 死地から生還したことで、あの時の恐怖以上に今生きていることに舞い上がっているメンバーから声をかけられた『サチ』と呼ばれた少女は、控えめに応えながらキリトに視線を向ける。

 

「うん…。でも、キリトが助けてくれたから。キリトが居なかったら、私たち…本当に死んでたかもしれない」

「ああ…本当に貴方には感謝しているよ、キリトさん」

「…当然のことをしただけさ。むしろここまでやられるとこっちが緊張するよ」

「いやいや!昼間のキリト先生はマジで凄かったぜ!」

「モンスターの群れめがけていきなり跳び蹴りかましたもんなー。しかもその後は無双状態でバッタバッタとモンスターをぶっ倒すし、ホントすげえよキリト!」

「レベルとか、今いくつなんだ?」

「あー…今は、42かな?」

「42!?攻略組のトッププレイヤー並じゃんか!」

「そんな凄いプレイヤーが、なんでこんな下の階層にいるんだ?」

 キリトのレベルを聞いた黒猫団のリーダー『ケイタ』からの問いに、キリトは気まずそうに視線を逸らす。

 

「えっと…詳しくは話せないんだけど、色々あってちょっとスランプになっちゃってな…。攻略組の知り合いから、そんなんじゃ邪魔になるからしばらくどっか行ってろ…って、最前線から追い出されちゃったんだよ」

「うへぇ、シビア~!やっぱ攻略組ともなるとそういう攻略しながらの競争とかあんだなー」

「まあな…でも、俺の場合はそういう悪い意味じゃ無いぞ。俺自身も分かってはいるんだよ、あのまま攻略を続けてたら…多分、どっかであっさり死んでたかもしれないって」

「…キリトでも、死ぬって思うの?」

「ああ…特に、この間の25層のボス戦は本当にやばかった。今最前線でトップギルドやってる血盟騎士団のヒースクリフが助太刀してくれたから勝てたけど、もしアイツが来てくれなかったら…俺も無事だったかは分からない」

「そう…なんだ」

 最前線の様子を語るキリトに黒猫団のメンバーが嬉々として聴き入る中、何かを考えていたケイタがキリトに声をかける。

 

「…なあ、キリトさん。頼みがあるんだけど、もし今そんなに忙しくないのなら俺達を鍛えてくれないか?」

「え?」

「今回のことで、俺は自分たちの力不足を痛感したよ。でも、だからといって街の中に引き籠もっていたって何も変わらないことも分かってる。だからせめて、自分たちの命を守れるぐらいの強さは手に入れたいんだ。無理な頼みだとは思うけど、しばらくでいいから俺達のギルドに入ってコーチをして貰えないかな?」

「おお、いいアイディアじゃんケイタ!なあキリト、俺からも頼むよ。俺達、もっと強くなりたいんだ!攻略組…ってのは無理かもだけど、俺達だけでも上の階層でも戦えるぐらいにはなりたいんだ」

「俺も…安全だからって街の中にばっかりいるのは嫌だもんな。サチもいいだろ?キリトがギルド入るの」

「え…その、私は…」

 サチはおどおどしながらギルドの仲間と困惑するキリトを見渡し、やがてか細い声で答える。

 

「…私は、強くなるとかそういうのはちょっと…。でも、キリトがギルドに入ってくれるのは嬉しい…かな」

「だろ?…で、どうかなキリトさん?」

「…うん、分かった。どうせ今最前線に戻ってもNに蹴飛ばされそうだしな、俺でいいならしばらく厄介になるよ」

(それに、最前線にはアスナもいる。今アスナに会うのは…気が重いしな)

 そんなキリトの心情など知るよしも無いケイタたちは、キリトの返答に快哉を挙げる。

 

「やったぁ!じゃあ、これからよろしくキリトさん」

「ああ…それと、俺のことは呼び捨てでいいよ。さん付けはあんまり好きじゃ無いし、俺もフランクな方が気が楽だからな」

「そうか?…じゃあ、キリト!ご指導のほどよろしく頼むぜ!」

「俺達、元々同じ高校のパソコン研究部の集まりだからしばらくは慣れないかもしれないけど、キリトならすぐに馴染めるさ」

「…キリト、よろしくね」

「ああ、よろしく」

 

 こうしてキリトは調子が戻るまでの間、月夜の黒猫団のギルドメンバーとなり彼らの指導と自身の強化に努めることになったのだった。

 




ヒースクリフの血盟騎士団結成の下りに関しては詳しい描写が無いのでこんな感じにしてみました。プログレッシブではヒースクリフとは25層以前に出会っていますが、その辺は今作ではカットで。

月夜の黒猫団加入の下りは、今作のキリトはレベルを隠さない方向で行きます。別に隠す理由も無いので。黒猫団の面々に関してですが…実はとあるライダーと薄いですが関係があります。それは次回で分かるかも

ではまた次回


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月夜の下で

今回はこの作品でやりたかったことその1を実行します。大体の予想はつくでしょうけど頭空っぽにして読んで下されば…

ではどうぞ


ガキィン!

 

「今だテツオ、ダッカー!」

「す、スイッチ!」

「任せろ、どりゃあ!」

「き、キリト!」

「落ち着けサチ!確実に盾で防いでからケイタにスイッチだ!」

「う、うん!」

 

 キリトが月夜の黒猫団に加入してから二週間。最初は余所余所しかったキリトだったが、フィールドでモンスターと戦うときは遠慮なしで指導していたお陰か、そう時間のかからないうちにギルドに馴染みつつあった。

 黒猫団の面々はリーダーのケイタに前衛でメイス使いの『テツオ』、槍使いの『ササマル』、切り込み隊長の『ダッカー』、そして紅一点のサチで構成されている。実力はともかく向上心は十分にあったため、キリトはまず『敵を倒す』ことではなく『隣の人間を守る』ことから教えていった。自分を守ることは当然だが、敵を倒すことにばかり気が入っていると周りを見る目が疎かになってしまうため、強くなることよりも生き延びることに意識を向けさせたのだ。その甲斐あってか、この二週間で彼らのレベル上げの階層は10層付近から既に前回死にかけた15層にまで上がってきていた。そしてたった今…彼らはあの時やられかけたモンスターに止めを刺したのだった。

 

パキィィン…!

「…ぃよっしゃあー!リベンジ達成!」

「凄いよ!俺達本当に強いんじゃないかな?」

「こらこら、調子に乗るなよ!キリトが後ろで指示してくれたお陰だろう」

「うん。ありがとう、キリト」

「実行したのは皆だ。俺が指示するのは最初だけ、次からはギリギリまでアドバイスしないぞ?」

「ええ~…り、了解~」

 

 キリトは結局、自分がプレイヤー達からビーター呼ばわりされていることは話していなかった。今でこそアルゴやエギル達により第1層の誤解は解けつつあったが、一度根付いてしまった印象は拭いきれず、末端から末端へと尾ひれがつく形でビーターの悪名だけが一人歩きしている状況になってしまっている。ようやく馴染めてきた時に自分がビーターだと打ち明けてしまえば、攻略組を尊敬している彼らがどんな目を向けてくるか…正直怖かったのだ。

 

(こんなことなら、最初に言っておけば良かったかな…。俺、いつの間にこんな優柔不断になったんだろ。…飛彩さんが知ったら『その性根、俺が断ち切ってやる!』…とか言われそう)

 

「…よし、今日はこのぐらいにしよう。少し休憩してから街に戻ろう!」

「ラジャー!」

 そんなことを思い悩んでいる間に訓練を終えた黒猫団は、待ちの外れにある景色の良い丘の上で一休みすることにした。

 

「ふう…そういえば、出発前に情報屋の新しい新聞が出来てたから持ってきたぜ」

「あ、『風都新聞』だろ?俺にも見せてくれよ!」

 ササマルが取り出した新聞…最近再会したリアルで知り合いの情報屋達と共に『情報屋ギルド』を立ち上げたアルゴが発刊している風都新聞には、攻略組の近況だけでなく下層のプレイヤー達からの小さな依頼や注目のプレイヤー特集などが掲載されている。

 

「何々…おお、攻略組がついに28層をクリアしたってよ!流石だよなー…」

「一番活躍したのは血盟騎士団のアスナだって!男顔負けの獅子奮迅の活躍、かぁ…サチも負けてられないよな!」

「わ、私は…あんまり…」

 新聞の内容に一喜一憂する皆を遠巻きに見ていたキリトに、ケイタが声をかけてくる。

 

「キリト、ちょっといいかな?」

「ん…なんだ?」

「キリトは攻略組に居たんだよな?そのキリトから見て…どうだ?俺達、攻略組でもやっていけそうかな?」

「それは…正直、今のままだとちょっと厳しいかな。まだレベルも攻略組の平均とダブルスコア開いてるし…」

「…そっか。やっぱりそうだよなー…」

「……攻略組に入りたいのか?」

「まあな。今はこうしてキリトにおんぶに抱っこだけど、いつかはキリトと肩を並べて最前線で戦えたらな…って、思ってるんだ」

「そうか…」

 空を見上げ、遙か上層で戦っている攻略組の背を追いかけるようなケイタの目に、キリトは今の自分が情けなく感じて思わずトーンが下がってしまう。

 

「…俺さ、攻略組の人たちって強いだけじゃないんだと思うんだ」

「え?」

「そりゃあ、効率よくレベル上げたり強い武器を手に入れたりするのも大事さ。…でも、彼らが攻略組たり得るのは、『期待を背負う覚悟』があるからだと思うんだ。ここよりずっと下の階層で、SAOがクリアされるのを待っている人たちの為に戦う…そんな気持ちがあるから、彼らは最前線でも戦うことができるんだと思うんだ」

「期待を背負う…覚悟」

「キリト、君だってそうじゃないのか?君に何があったのかは知らないけど、君もたくさんの人たちの為に戦おうとしたから、最前線で戦い続けられたんじゃ無いかな?」

「…俺は」

 キリトは考える。あの日…初めてエグゼイドに変身したあの時から、キリトは戦い続けてきた。ゲーム病に苦しむ患者のため、原病患者である自分自身のケジメのため。そして、自身にとって2度目となるデスゲームを一刻も早く終わらせるため。その想いがあったからこそキリトは命をかけて戦うことが出来た。…ならば何故、今自分はこうして足を止めてしまっているのだろうか。

 

「…っと、なんか偉そうなこと言ってゴメンな。うちの高校、ちょっと前までスクールカーストっていうか…差別意識みたいなのがあって、俺達みたいなのはこれぐらい言わないと取り合ってくれなかったりするんだよ。俺らが入学する前に卒業した…なんとかダー部?の先輩たちのおかげでだいぶマシになったらしいけど、まだ頭の固いのが残ってるんだよなー」

「そ、そうなのか…」

「…おーいリーダー、キリト!そろそろ行こうぜー!」

「おーう!…じゃ、行こうぜキリト」

「ああ…」

 

 

 

 

 

 

 その日の夜…

 

「…ハッ!」

 

ザシュ!

パキィィン…!

「ふう…これでレベルアップか。素材の方は…明日には揃いそうだな」

 ギルドの仲間が寝静まった後、キリトは一人最前線に近いフロアまで赴きモンスターと戦っていた。黒猫団に合わせた階層で得られる経験値ではキリトには物足りないため、いつ攻略に戻ってもいいよう、こうして夜な夜な特訓を重ねているのである。

 

「さて、そろそろ…」

「…お!キリト、キリトじゃねえか!」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこには風林火山の仲間を引き連れたクラインがこっちに手を振りながらやって来ていた。

 

「クライン…!どうしたんだよ、こんな時間にこんなところで?」

「バッキャロー、それはこっちの台詞だぜ。…ちょいと装備を作るのに必要な素材があったんだが、なかなかドロップしないもんだから熱中してる間にこんな時間になっちまってな。お前こそなんで…」

 と、そこでクラインはキリトの名前の横に所属ギルドのマークがあることに気がついた。

 

「キリト!お前、ギルドに入ったのかよ!?」

「…まあな。と言っても、攻略に復帰するまでの間レベル上げを手伝ってるだけなんだけどな」

「そうなのか。…いやしかし安心したぜ。お前のことだからこのままずっとぼ…ソロ貫くんじゃねえかと心配してたんだぜ」

「…おい、今お前『ぼっち』って言おうとしてたろ?」

「いやいやいやいや!気のせいだって!」

「本当かよ…?」

『ハハハハハ!』

 ぽろっと本音をこぼしかけ慌てふためくクラインに風林火山の仲間達が大笑いする。彼らはクラインが初日に探そうとしていたゲーム仲間であり、そんな彼らの雰囲気にキリトは黒猫団の皆を重ね、思わず微笑む。

 

「…そうだ。キリト、お前聞いたか?キバオウとディアベルのこと…」

「何かあったのか?」

「いやそれがよ…」

 

 クラインの話によれば、始まりの街に戻ったキバオウはギルド名を『アインクラッド解放軍』へと改名し、より強固なギルド再編の為にプレイヤー達に有志を募っていた。そんな中でキバオウはディアベルにも勧誘を試み、以前の失態を帳消しにする代わりに解放軍の副リーダーになるよう言って来た。しかし、ディアベルはキバオウの様子が以前と違っていることに感づき、レベル差を理由にその申し出を断ろうとした。…その直後、キバオウはディアベルに詰め寄り脅しをかけてきたというのだ。

 

『堪忍してなディアベルはん…。ワイは、もう怖いねん。あんな化け物共をあと70体以上倒さなあかんなんて、ワイには無理や。けど、ギルドを潰すわけにはいかん。だから…アンタに代わりに出張って貰わなあかんねん!あのギルドは本来、アンタのギルドやったんやから!』

 そう言いながら剣を手に襲いかかってきたキバオウであったが、ディアベルも自主的なレベルアップでそれなりに強かったことに加え、帰りが遅いのが気になって迎えに来たオーナリーが加勢したことであえなく返り討ちにあった。

 

『無理矢理に恩を着せディアベル殿を恐喝するとは言語道断!ディアベル殿、こやつを即刻牢獄送りにしましょうぞ!』

『…オーナリーさん。それはできない』

『な、何故…!?』

『今彼を牢獄送りにすれば、解放軍は今度こそ分解する。そうなれば、拠り所を失ったプレイヤー達が何をしでかすか分からない。彼らが皆キリト君のようにソロで活動出来るわけでは無い。下手をすれば、この始まりの街で無法を働く者が出てくる恐れもある。…それを防ぐためにも、顔役であるキバオウ君を失うわけにはいかない』

『むむむ…』

『それに…彼の気持ちは、分からないでも無い。最前線で何があったのかは分からないが、ここに来たときのギルドの有様から恐ろしい目に遭ったのは事実だろう。彼はそれに恐怖しながらも、それでもギルドの体裁を保つために僕を利用しようとした。勿論許すことはできないが、だからといってキバオウ君の心境そのものを否定することは出来ない。彼には庇って貰った恩があるしね。…だが、もし今後このような強引な手段を解放軍や君がしようものなら、その時は今回のことを大々的に公表し、しかるべき罰を受けてもらう。覚悟しておいてくれ』

『…畜生』

 ディアベルの意向を受け、今回の件は当事者のディアベルとオーナリー、そして『何故か』始まりの街に居たアルゴだけが知ることとなり、約束が破られれば即アルゴによってアインクラッド中に知らされることになっている。クラインはオーナリーと連絡を取った際にこのことを知らされたのだという。

 

「…そんなことがあったのか。キバオウの奴、かなり追い詰められてるみたいだな」

「まあ、あのクォーターボス戦の被害を考えりゃ自棄を起こしたっておかしくはねーんだろうがな…っと、しゃべり過ぎちまったな。そろそろ…ふわぁ~、眠ぃや…。そろそろ街に戻ろうぜ」

「ああ。じゃ、またな」

「おう。…早いとこ戻って来いよ!お前がいないと張り合いがねえからよ」

「…ああ」

 お互いの健闘を願い、キリトとクライン達はそれぞれの拠点へと戻っていった。

 

 

「…遅くなっちまったな。早く寝ないと明日に響くや」

 11層の主街地を走るキリト。拠点である宿屋の前の通りにまで帰ってきた時…

 

「…ん?」

 宿屋の扉が開き、中からローブを纏ったプレイヤーらしき人物が出てくる。ローブの端から除く黒髪にキリトは眉を顰め、その人物の名を呟く。

 

「…サチ?」

「ッ!?」

 キリトの存在に気づいたサチは目を見開いて驚き、弾かれるように反対方向へと走って逃げ出した。

 

「お、おい!待てよサチ!」

 慌てて後を追うキリトであったが、この街の間取りに関してはサチの方が詳しいらしくやがて見失ってしまった。

 

「くっ、見失ったか。…けど、俺を舐めるなよサチ…!」

 そう言いながら、キリトはウィンドウを開きあるスキルを発動させた。

 

 

 

 

 

「……」

 

「…こんなところに居たのか、探したぞ」

「ッ!…キリト」

 街の外れにある橋の欄干の下で一人縮こまるサチを、キリトの索敵スキルが捕捉し、こうして追いついた。

 

「もう見つかっちゃったんだ…。やっぱり、攻略組って凄いね…」

「こんなの、俺じゃ無くても出来る。必要が無いから上げてないだけで、スキルさえ上げればサチにだってできるさ」

「そうなんだ…」

 力なく笑うサチに対し、キリトはやや距離を取った場所に座りこむ。

 

「……」

「……」

 しばしの間、二人は何も喋らない。やがて先に口を開いたのは、サチの方だった。

 

「…どうして黙ってるの?わざわざ追いかけてきたのに…」

「追いかけてきたのは君が心配だからだ。こうして無事なら、俺にそれ以上の目的は無いよ。…俺にはむしろ、君の方が何か言いたいことがあるように見えるが?」

「………キリト、どうして貴方はそんなに強いの?」

「…それはレベルのこと、じゃないよな。前にも似たような質問をされたけど、俺はただ強くあれるようにしているだけさ。俺のやりたいことを貫くために強い自分で居ようとしているだけ…虚勢張ってるようなもんだよ」

「ううん。キリトは強いよ…じゃなきゃ、こんな世界で戦おうなんて思えない。こんな…ゲーム中で死んだら本当に死ぬなんて冗談みたいな世界で、自分から戦おうとするなんて…私にはできないよ」

「……」

「キリト…。私の兄さんね…『ゲーム病』で死んだの。2年ぐらい前に…」

「ッ!」

 サチの告白にキリトは目を剥く。2年前といえば、キリトがCRに入るより前のことで、その当時は飛彩も海外の病院で働いておりまともなドクターが殆どいない状況だったと聞いている。その時の治療といえば灰馬による投薬処置や明日那のメンタルケアなどが主である程度は防げたものの、それでも何人かの患者は消滅してしまったという。

 

「そう、だったのか…」

「お医者様を恨んでるわけじゃ無いの。精一杯手を尽くしてくれたのは分かってる…でも、それでも理不尽だって思ったの。ゲームで治せるような病気で、どうして兄さんが死ななきゃならないの…って。この世界に来るのだって、本当は怖かった。皆に誘われてSAOを買ったけど、もしこの世界でも危険なことが起きたらどうしようって…そしたら、いきなりデスゲームになったなんて言われて…どうしてゲームなんかで、人の命が奪われなくちゃならないの…!?」

「……」

 沈黙するキリトに、サチは立ち上がって言う。

 

「ねえ、キリト…二人で逃げよう?」

「逃げるって…何からだ?ケイタ達か?モンスターか?それとも…この世界からか?」

「全部…!もう嫌なの…私なんかじゃ、この世界で生き残れない…。こんな世界で、無意味に死ぬのは嫌なの!…キリト、貴方が居てくれるなら私は…」

「悪いがサチ…それは、それだけはできない」

「!?」

 ハッキリとしたキリトの答えにサチは顔を歪める。

 

「どうして…?私なんかじゃ駄目なの?それとも…キリトも、この世界が楽しいと思ってるの?」

「そのどちらでもないよ。…サチ、さっきサチが言ったことを俺は『1年前』からずっと考え続けてきた。どうしてゲームで人が死ななきゃならない…皆に希望を与える筈のゲームが、何故悲しみを生む道具になっているのかって、ずっと思い続けてきた」

「キリト…?」

 いつもと違う様子のキリトに困惑するサチに、キリトは向き直って告げる。

 

「でも、違ったんだ。ゲームが希望にも絶望にもなるのは、全てそれをする人間次第なんだ。ゲームは所詮、人間が創る物。それがどんなものになるのかは人間が決めることだ。茅場晶彦はこの世界を自分が支配する箱庭として生み出した。けど、だからといってその世界で生きている俺達が奴の思惑に乗せられてやる必要は無い。サチがこの世界に絶望しているのなら、俺が希望になってやる。例え何年、何十年かかっても必ずこの世界をクリアして茅場晶彦に一泡吹かせてみせる!天才ゲーマーキリトとして、ゲームを愛する人間として、ゲームが誰かを悲しませるようなことを俺は絶対に許したくないんだ…ッ!」

「…それがキリトの戦う理由なの?」

「ああ。人から見れば偽善だとか英雄気取りなんて思われるだろうけど、俺には関係ない。……ああ、そうだ。俺はゲームが生きる希望になるってことを証明したいんだ。そのために、俺はずっと…ずっと、戦い続けてきたんだな」

 アスナとコンビを組んで以来、キリトはアスナを守ることを戦う理由としてきた。危ういところを助けた縁もあるが、なによりゲーム初心者ながらも天才的なセンスで急成長していくアスナに、キリトは一種の憧れと彼女がどこまで強くなれるのかを見ていたいという想いに駆られたのだ。そのアスナが離れたことで、キリトは『自分が最初に抱いた戦う理由』を見失いかけていたのだ。

 幼い頃両親を事故で失い、自身も死の瀬戸際にあったところを日向審議官に救われ、桐ヶ谷家に引き取られてからは孤独を紛らわすようにゲームに没頭したキリト。パラドが分離したことで一時的に異常なゲーム熱は冷めたものの、しがらみのないゲームの世界はキリトにとってある種の救いだった。

 しかし、仮面ライダーとなったことで自分が愛するゲームが人々を脅かしていることを知ったキリトは、我が身の危険も顧みずに戦うことを選んだ。拙い正義感もあったが、自分の心の拠り所でもあるゲームが悪用されていることがキリトには許せなかったのだ。自分を孤独から救ってくれたように、ゲームには人の生きる活力になる可能性がある。それを信じているからこそキリトは医者になる勉強の傍らでゲームを真剣に遊び、自分がその証明になろうとしている。己が見失っていた始まりのきっかけを、キリトはサチとの会話の中で思い出したのである。

 

「キリト、貴方は一体……ううん、多分聞いちゃいけないことなんだよね。キリトが言わないって事は、そういうことなんでしょ?」

「…悪い、熱くなっといて勝手だけどな。だけど、これだけは信じてくれ。俺が月夜の黒猫団でいる限り、君は俺が守る。だからサチも、この世界で生きることを…戦うことを諦めないでくれ。現実に戻れたとき、今の自分を後悔しない為にも」

 キリトの懇願にサチはしばし俯き…やがて顔を上げて頷く。

 

「…うん、分かったよ。戦うことは怖いけど…それでも、頑張ってみる。月夜の黒猫団の皆と、キリトと一緒に現実に帰るために…!」

「ああ!…それと、お兄さんのことだけど、まだ望みはあるはずだぜ」

「え?」

「前に衛生省の会見で言ってたろ?ゲーム病で消滅した人は死んだわけじゃ無い、そう見える症状になっているだけだって。…今医療の現場では消滅した人たちを元に戻すための研究が進んでいる。SAOの影響で少し遅れるかもしれないけど、将来必ず患者の人たちを復活させてみせる。サチのお兄さんも、いつかは元の戻れるはずだ。だからお兄さんに会うためにも、必ず生き残ろう」

「…本当に?本当にまた兄さんに会えるの?」

「会える!必ず…会わせてみせる!だから、信じてくれサチ。未来を…!」

「…キリト、ありがとう…」

 いつかの再会を信じて涙ぐむサチと共に、キリトは宿へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 それから数日後、朝食を終えたメンバーにケイタが声をかけた。

 

「え?今日は休み?」

「ああ。ちょっと個人的な用事があるんだ。今日中には戻ってくるから、今日はレベル上げは休みにしようと思う。…それに、たまには休みの日があってもいいだろ?だから今日一日は全員自由行動だ。羽目を外さない程度に楽しんでてくれ」

「よっしゃあ!流石、部長は話が分かるぜ!」

「からかうなよ…じゃあキリト、俺がいない間皆を頼む」

「ああ、任せてくれ」

 キリトに臨時でリーダーを任せ、ケイタは一人どこかへと転移していった。

 

「よーし休みだぜ!何して遊ぼうかな~?」

「うふふ…キリトはどうするの?」

「俺か…。特に思いつかないしな、始まりの街にいる知り合いにでも会いに行こうかな」

「…じゃあ、私も一緒に…」

「…なあ、皆ちょっといいか?」

 降って湧いた休みに思い思いに予定を考えていると、ダッカーが声を上げる。

 

「ん、どうしたんだ?」

「提案なんだけど、これから皆でいつもより上のダンジョンに行ってみないか?」

「え…ケイタ抜きでか?なんで?」

「皆も知ってるだろ?ケイタが攻略組に入りたがってること。…でも、多分あいつ俺達に気を遣って言い出せないでいると思うんだよ。だからさ、俺達だけでもやれるってところを見せてやればケイタも踏ん切りがつくかもしれないだろ?リアルの時からケイタには世話になってるんだし、たまには俺達がアイツの背中を押してやってもいいんじゃねえかな?」

「成る程…確かにな!前までの俺達なら厳しいけど、今の俺達はキリト先生のおかげで20層ぐらいのモンスターとなら戦えるようになったしな。なんとかなるかも…」

「ああ、イケるかもな。サチもそう思うだろ?」

「ええ…!?で、でも…やっぱり危険じゃないかな?それに、勝手にダンジョンに行ったらケイタにも怒られるよ。…ね、キリト?」

「う~ん…、俺もあまり賛成はできないかな。下層と違って、20層以上のダンジョンはまだ未踏破のエリアも多い。モンスターはなんとかなるとしても、下手に罠に掛かれば危険に陥るかもしれないしな」

「え~ノリ悪いなぁ。未踏破だからこそ良いんだろ?攻略組の連中が見落としてるお宝なんかを見つければ、月夜の黒猫団のパワーアップにもなるんだしよ!もし強力な武器が見つかったら、キリトが攻略組に戻った時にだって役に立つかもしれないだろ?」

「それは…ん~~~…」

 ダッカー達に言い寄られながら唸るキリトは、サチの心配そうな視線を受ける中…やがて、ため息を吐いて頷く。

 

「…分かった、付き合うよ。ただし、危険だと思ったらすぐに撤退するからな。俺もお金出すから、脱出用の『転移結晶』と回復アイテムはありったけ買い込んでおくぞ。それと、今は俺が臨時リーダーだから俺の指示には従って貰うぞ」

「よっしゃあ!オッケーオッケー、任せとけってキリト!じゃあ、俺達は買い出ししてくるからちょっと待っててくれ。いくぞテツオ、ササマル!」

「「了解!」」

「あ…ちょっと、皆!」

 サチの制止も聞かず、3人はキリトからお金を貰うと店へと向かって行ってしまった。

 

「…ねえキリト、本当に大丈夫なの?私たちだけでダンジョンなんて無謀じゃないの?」

「落ち着けよサチ。…確かに、少し無謀ではあるかもな。だからこれは月夜の黒猫団にとっての『転機』になると思う。もし俺達だけでもある程度戦えるのなら、いきなりは無理でも知り合いを通して少しずつ攻略に参加していくのもアリだ。万が一危険な目に遭っても、転移結晶があればすぐに街に戻れる。そうなったらきっぱりと攻略を諦めて少しずつ強くなることに集中すればいいさ」

「大丈夫なのかな…?」

「…まあ、少なくともどっちに転んだとしてもケイタのカミナリは覚悟しないとな。精々怒られる覚悟はしておこうぜ。…大丈夫だよ。何があっても、俺が皆を守る。絶対にな」

「…うん」

 

 この時のキリトは、答えを見いだした安心感と久しぶりの上層ダンジョンに挑む高揚感で少なからず浮かれていた。実際キリトのレベルは攻略組と比べても遜色なく、強さだけならプレイヤーの中でもトップクラスなのは間違いない。それ故に、何かあっても最悪力尽くで対処できると思い込んでいた。

 

 …故に、忘れていた。檀黎斗や茅場晶彦のような人種が、そういうプレイヤーに対して何らかの『罠』を仕掛けていてもおかしくないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 アインクラッド27層、迷宮区…

 

「でやぁ!」

 

ザシュ!

パキィィン…!

 キリトが試金石として選んだのは27層の迷宮区であった。最前線にもほど近いここは、めぼしいアイテムこそ少ないものの、通路が狭いためかモンスターとのエンカウント率がさほど高くなく、またその強さもこの階層としては平均的だ。それ故に攻略組のトッププレイヤー達にも攻略を早々に見限られ、今では下から上がってきたプレイヤーが慣れるための訓練所として使われるほどのダンジョンでしか無かった。

 

「へへ…思ったより楽勝じゃん。これなら俺達も攻略組になれるんじゃね?」

「ああ、敵がそこそこ強いからレベルもガンガン上がるしな」

「…油断するなよ。俺もここの迷宮区には1回しか潜ったこと無いから、大まかなマップしか持ってないんだ。何が起こるか分からないぞ」

「分かってるって、心配しすぎだぜキリト」

「……」

 連携を駆使することで次々とモンスターを倒していったことで次第に余裕ができつつあるササマル達をキリトが窘めながら、皆はダンジョンの奥へと向かっていった。

 

「…この辺りはまだマッピングがされてない。もし何かあるとしたらここぐらいなんだけど…」

「つっても壁ばっかじゃ…お、あの壁なんか変じゃね?」

 ササマルが指さした先の壁は、確かに他の壁と比べて少し目立つ装飾がされていた。

 

「どれどれ、何があるかなっと…」

 テツオが徐にその壁に触れると…

 

ゴゴゴゴゴゴ…!

 重々しい音と共に壁が動き、その奥から扉が現れて独りでに開いた。そうして開かれた扉の奥にある小部屋には、開けてくれと言わんばかりに中央に鎮座された『宝箱』があった。

 

「やったぜ!お宝発見だ。空いてないって事は、俺達が始めて見つけたってことだぜ!」

「やっぱり皆見落としてたんだよ。早く開けようぜ!」

 わかりやすいぐらいの宝箱に男子3人はテンションを上げて駆け寄るが、キリトのゲームセンスがここに来て警鐘を鳴らしていた。

 

(…変だ。いくら外れダンジョンでも、アイテムを探して隅々までマッピングしている奴はいるはずだ。そんな奴が、なんでこんなあからさまな仕掛けに気づかない?単なる見落としか…それとも、『気づいたからこそ』誰も…)

「…ッ!!しまった、それは罠だ!皆、それを開けるなぁッ!!」

「キリト!?」

「え?」

 自分の迂闊に気づいたキリトが部屋に飛び込みながら警告するが、遅かった。

 

 

パカ…

 

 

ビーッ!!ビーッ!!

 宝箱を開けた瞬間、けたたましいアラート音と共に小部屋が紅く光り出す。

 

「な、なんだよコレ!?」

「ブービートラップだ!宝箱を開けた瞬間に発動する罠…皆、すぐに脱出を…!?」

 すぐさま引き返そうとしたキリトであったが、振り返った先にあるはずの出口が無くなっていた。

 

「出口が…そんな!」

「くそっ、だったら…転移、タフト!」

 ダッカーが転移結晶を手に自分たちのホームのある階層を叫ぶ…が、クリスタルは一向に反応しない。

 

「クリスタルが…使えない!?」

「『クリスタル無効化エリア』か…クォーターボス以外でこんな所にあるだなんて…!」

 以前にも手を焼かされたシステムにキリトが歯がみしていると、『それ』は始まった。

 

ブォンブォンブォン…!

「ッ!?も、モンスターが…こんなにいっぱい!?」

 突如として出現した小部屋を埋め尽くす数のモンスターの軍勢に、ダッカー達は怯えつつも武器を構える。

 

「おまけにモンスターハウスか…!クソッ、皆固まれ!散り散りになるな、俺がモンスターを減らす!」

「固まれったって…うわあッ!」

「こんなの…身動きがとれないよぉ!」

 キリトが指示を飛ばすが、モンスターの数が多すぎるために皆思ったように動けず、目の前の敵を相手するのが精一杯であった。

 

「糞ッ…大変身!」

『マイティジャンプ!マイティキック!マイティマイティアクションX!』

 キリトもガシャットを使いパワーアップして応戦するが、障害物も無く四方を敵に囲まれたこの状況ではマイティアクションXの機動性も生かせなかった。

 

「どわああッ!?」

「た…助けてぇ!」

「い、嫌…キリト、キリトぉ!」

 悲鳴をあげる仲間達に、キリトは必死に敵を倒しながら助けに行こうとする。

 

(糞ッ!このままじゃ、皆殺される…!俺がもっと早く罠に気づいていれば…いや、そんなことは今はいい!早く助けに行かないと…何か、何か無いのか…!?)

 キリトが頭の中で方法を考えていると…ふと、目の前にいきなりメッセージウィンドウが現れる。

 

「なんだ…?」

 訝しげにそれを見ると、そこにはこう書かれていた。

 

『プレイヤーのレベルが一定値に達しました。条件クリアにより『マイティブラザーズXXガシャット』の使用が解禁されます』

「マイティブラザーズのガシャット…!?どうして、しかも条件って…」

 

 

『…あー、やっと繋がったぜ。生きてるか、和人?』

「ッ!?」 

 突然頭の中に聞こえてきた『声』に、キリトは状況も忘れて目を見開く。

 

「お、お前…その声は、まさか…!?」

『ごちゃごちゃ悩んでる場合じゃないだろ?…アイツら、助けたいんじゃ無いのか?』

「…キリト!」

「ッ!」

 サチの声に顔を上げれば、へたり込んだサチめがけてモンスターが刃を振り下ろそうとしていた。

 

「…ああ、迷ってる暇なんか無いッ!頼む、力を貸してくれ…ガシャット、レベルアップ!」

 キリトの声と共にマイティアクションXのガシャットが外れ、キリトの手の中で変化し『マイティブラザーズXX』ガシャットへと変わる。

 

「だ~い…変身ッ!!」

 そしてかけ声と共に、キリトは再びガシャットを自身に突き立てた。

 

 

『ダブルアップ!』

 瞬間、ガシャット…いや、キリトの身体からポリゴンのようなものが溢れだしサチの方向へと飛んでいく。

 

『俺がお前で!』

 ポリゴンはモンスター達の頭上を飛び越えながら、やがて人のような形を成していく。

 

『お前が俺で!We’re!』

「…ハァッ!」

 そして気合いと共にサチへと凶刃を振り下ろそうとしていたモンスターを一刀両断にする。

 

 

「…大丈夫か?」

「は…はい、大丈夫……ッ!?」

 窮地を救った恩人にサチは怯えながらも応え…その『顔』を見て愕然とする。

 

「あ、貴方は…一体…!?」

「悪いが、話は後だ。お前らに死なれると『和人』が悲しむからな、俺が守ってやるよ」

「和…人?」

 呆然とするサチに背を向け、モンスター達と対峙する男。その顔は…眼鏡こそかけているが、『キリトと瓜二つ』であった。

 

 その男は、人間では無い。かつて寂しさからゲームに逃避していたキリトの、『一緒にゲームをする『家族』が欲しい』という願いから生み出された最初の『バグスター』。そして、キリトの『天才ゲーマーキリト』としての側面とも言える桐ヶ谷和人にとって分身とも言える存在。

 

 

「待ちくたびれたぜ…『パラド!』」

「お待たせ。さあ…俺の心を滾らせてくれよ!」

 キリトの声に応えながら、パラドは不適な笑みを浮かべて手にした剣の切っ先をモンスターへと向けるのだった。

 

『マイティマイティブラザーズ!Hey、XX!!』

 




今回は今作でのパラドの扱いについて

原作でのパラドは永夢の「一緒にゲームをする友達が欲しい」という願いによって生まれたものでしたが、主人公をキリトにするにあたり同じ願いである必要はなくね?…と思いまして、肉親を失ったキリトの境遇から「一緒にゲームをする家族が欲しい」という願いが今作のパラドの根幹になっています。パラドはその願いを「家族=兄弟」として認識したためまるで双子のような見た目のバグスターとして生まれました。それ故にパラドが登場した時には原作以上にキリトとパラドの関係性が疑われましたが、その辺は割愛で。

今回はここまで。同時更新の黄金の言霊もよろしく


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黒猫の夜明け

風都探偵のコミックスを買おうか迷っている。ライスピとクウガは呼んでるけどアマゾンズとはまだ読んでないんだよな~、面白いって噂だけどどうしようか?

今回で月夜の黒猫団編は終わりです。ではどうぞ


 突然戦場に現れたキリトそっくりの少年に、黒猫団の皆も状況を忘れて唖然とする。

 

「え…ええええええッ!!?」

「キリトが…二人ッ!?」

「ど、どうなってるの…?」

「まあまあ、話は後って事で。…で、和人!どうするんだ?」

「ハァッ!…ッ、パラド!お前は皆を一カ所に集めてくれ!俺はここでサチを守る!」

「オーライ…んじゃ、ササッと行くぜ!」

 モンスターを掻き分けてサチの元に辿り着いたキリトの指示を受け、パラドは剣を手に走り出しまずは近くで壁を背にモンスターに集られていたテツオの元へと向かう。

 

「そらッ!」

 

ザザザシュゥッ!

 パラドは踊るような剣捌きでモンスター達を背後から切り刻み、テツオを包囲から解放する。

 

「よっ」

「あ…ありがとう…」

「…おっと、これ借りるぜ!」

「え…あッ!?」

 訳も分からぬままお礼を言おうとするテツオからメイスを掠め取ると、パラドはそれを後ろに投げる。

 

ガツンッ!

『ギャオッ…!?』

「へ…?」

 投げたメイスはタッカーの背後を襲おうとしたモンスターの後頭部に命中し、モンスターの悲鳴を聞いたタッカーは自分が狙われていたことに気がついた。

 

「悪り、しばらくこれ使ってくれ。そんで急いであのお嬢さんのところに向かってくれ…駆け足!」

「あ…ああ、分かった!」

 自分の剣をテツオに渡してサチの元へと走らせ、パラドは無手のまま今度はタッカーの方へと走り出す。

 

『ギガーッ!』

 武器を持っていないパラドにモンスター達はお返しとばかりに襲いかかる…が

 

「よっ!ほっ!はっ!」

 

ドゴォ!ドゴォ!バキィッ!

パラドの拳が光を放ち、放たれた体術スキルの連打を受けたモンスター達は次々と道を開けていく。

 

「よっと…そら、どいたどいたぁ!」

 ついでとばかりにさっき投げたメイスを蹴り上げて拾うと、初めて使うとは思えないほど器用にメイスを振り回してタッカーの周囲のモンスターを駆逐する。

 

「た、助かった…けど、お前一体…?」

「そういうのは後でな!アンタもほら、そっちに行った行った!」

「お…おう!」

「うわあああッ!?」

「この声は…ササマル!?」

 悲鳴を聞いて振り向くと、ササマルが四方をモンスターに囲まれ今にも押し潰されそうになっていた。

 

「あ~…アレは不味いな。走って行ったら間に合わないか」

「ササマルッ!…待ってろ、今助けに…」

「お前はいーって!俺に任せときな…ほっ!」

 助けに行こうとしたタッカーを手で制すると、パラドは身体をポリゴン状に変えて再び飛び上がった。

 

「なッ!?」

 いきなりのことに驚愕するタッカーを余所に、パラドはササマルとモンスターの間に割り込むと今度はササマルの持っていた槍をひったくる。

 

「え!?あ、ちょ!」

「ちょっと借りるだけだって!…行くぜオラオラァ!」

 パラドはササマルを中心に回りながら槍を振り回し、モンスターの壁を無理矢理こじ開ける。

「そら行くぞ!」

「は、はいッ!」

 ササマルの手を引いて囲みを抜け、パラドはようやく月夜の黒猫団を一カ所に集めきったのだった。

 

「皆…良かった!」

「お、俺達…生きてる、生きてるよな!?」

「ハァ~…マジで死ぬかと思った…」

「…安心するのはまだ早いぜ」

「そういうこと…だな」

 全員集まって一息吐いたのも束の間、モンスター達はこれ幸いにと一塊になったキリトたちにジリジリと詰め寄り始める。

 

「ゲゲッ!?ま、また囲まれてる…もう駄目だ、こんなの助かりっこないよ…!」

「…そうでもないぜ。よく見てみろよ、モンスター…さっきより減ってるだろ?」

「え…あ、本当だ」

 キリトの言ったとおり、部屋を埋め尽くすモンスターはキリト達が地道に倒したことで罠の発動直後よりは確実にその数を減らしていた。

 

「いくら茅場晶彦がデスゲームを仕掛けたからと言って、仮にもゲームの制作者が『攻略できない罠』を作るはずが無い。つまり、ここのモンスターのポップにも限界がある。そして数が減りだしたってことは、もうこれ以上モンスターが湧くことは無いってことだ」

「要するに、こいつらを全滅させれば晴れて俺達は全員生還できるって訳だ。…どうだ、ちょっとはやる気出たかよ?」

「お、おお!それならイケる…か?」

「…皆、頑張ろう!戦って…絶対皆で生き残ろう!私は、もう諦めない…こんなところで、死んでたまるかッ!」

「サチ…よっしゃあ!やってやるぜ!」

「よし…いくぞ皆!超キョウリョクプレイで…」

「クリアしてやるぜ!」

 

『オオオオオオッ!!』

 雄叫びを上げて、皆はモンスターの群れへと突撃していった。そして…

 

 

 

 

 

「…それで、命からがらここまで戻って来れたってことか?」

「は、はい…」

「その…ごめんなさいケイタ。私たちが勝手にこんなことをして心配かけて…本当にごめんなさい」

 11層タフトにある月夜の黒猫団の拠点にて、先に戻ってきたものの帰りの遅い仲間達を心配していたケイタに、あのダンジョンから『全員』で晴れて生還したタッカー達は迷宮区で起きた事を包み隠さず話していた。自然と正座して白状するキリトたちの後ろで、パラドは壁に寄りかかりながら事の成り行きを見守っている。

 

「…ケイタ、27層行きを決めたのは俺だ。もう少し下の迷宮区を選んでおけばこんなことにはならなかったはずだ。今回のことは、見立てを俺の責任だ」

「キリトは悪くないよ!あんなの、誰も予測できるもんか。それに、そもそも言い出しっぺは俺なんだから、悪いのは俺だよ!」

「…止めろ皆。誰が悪いとか、そんなことはどうでもいい。皆が納得して決めたのなら、誰が言い出しっぺだろうとそれは全員の責任だ。…その上で、ギルドのリーダーとして言わせて貰う」

「……」

 

「…皆の大馬鹿野郎ッ!!」

 ケイタの怒号に、覚悟していたとはいえタッカー達は竦み上がる。

 

「皆が俺のためにダンジョンに挑んでくれたのは嬉しい。…けど、それで全滅したら本末転倒だろう!?この世界で死んだら、現実でも本当に死ぬんだぞ!それが分かっているのなら、ここまで無茶なことをする必要はないじゃないか!」

「……」

「キリト!君も君だ、俺は君を信用してリーダーを任せたのに、その君が判断を誤ってどうするんだ!」

「…本当に済まない」

「ケイタ…!キリトを責めないで、キリトは私たちを守ってくれたんだよ!」

「分かってる!そんなことは分かってるんだよサチ、だから…だからこそ、俺は何より『俺自身』が許せないんだ…ッ!」

「え…?」

 言葉の意図を理解できないサチたちに、ケイタは絞り出すように続ける。

 

「今回の原因は、そもそもは俺が攻略組を目指そうとしたのが原因だ。…でも、結局俺は皆にそれを言い出せなかった。最前線で戦いたいのは本当だけど…それ以上に、そこでもし皆の誰かが犠牲になってしまうことになれば…そう思うと、怖くて言い出せなかった…。皆はそんな俺を察して、俺を後押しするためにこんな無茶をしたんだろう?なら、皆を危険な目に遭わせたのは元を辿れば俺の優柔不断が原因だ…」

「そ…そんなことないよ!ケイタは何も悪くない、そんなのがあってたまるかよ!」

「男なら誰だってヒーローに憧れるさ!…そして、まっとうな奴なら誰だって死ぬのが怖くて当たり前だ!ケイタの気持ちはおかしくない、当たり前のことだよ!」

「皆…」

「…ケイタ、自分を責めないでくれよ。じゃないと、俺達はもうお前の友達でいられなくなっちまう…!」

「もう一度、やり直そう?今度こそ皆で、ちゃんと話し合って…ね?」

「……ああ、そうだな。月夜の黒猫団は、1からやり直しだ!」

『おお!!』

 ギルド全員で言葉を交わし、再出発の誓いを立てた後…ケイタ達の視線は、キリトとパラドへと移る。

 

「…さて、キリト。皆を助けてくれたことには感謝してる…でも、その前にそろそろ教えてくれてもいいだろ?君と、そこにいる君のそっくりさんのことについてね」

「…だとよ、和人どうする?」

「……ああ、分かってる。でも、その前に一つ言っておかなくちゃならないことがある。…実は、俺は皆に隠していたことがあるんだ」

「隠していたこと?」

「それは…」

 

「…それは、君が『ビーター』だってことかい?」

「ッ!?」

 キリトの言葉を先取りしたケイタに、キリトは思わず息を呑む。

 

「ビーターって…噂のチートプレイヤーのことだろ!?キリトが、そのビーター…?」

「もしかして、ケイタの用事って…」

「…うん。実は、最初から気にはなっていたんだ。攻略組でもトッププレイヤー並のキリトが、どうしてどこのギルドにも所属していないのかって。その時に思い出したんだ、第1層で情報を隠し持ってLAボーナスを横取りしたっていうソロプレイヤー…ビーターって呼ばれてるプレイヤーのことを。…でも、ビーターがどんな姿をしているのかは分からないし、巷の情報も良い噂もあれば悪い噂もあってハッキリとは分からなかったんだ。だから、思い切ってビーターのことを一番よく知っているっていう情報屋に話を聞きに行ってきたんだ」

「…アルゴか」

「ああ。アルゴさんはキリトがビーターだっていうことを認めた。…そして、こうも言っていたよ」

 

『オレっちは別にキー坊がビーターだってことを隠してる訳じゃないゼ。キー坊にも隠さなくてもいいって言われてるしナ。…キー坊は、アレで意外と不器用な奴なんだヨ。この世界では現実以上に情報格差が物を言う、βテスターを始めとしたトッププレイヤーは他のプレイヤーにとって憧れであると同時に嫉妬の対象にもなル。もし攻略組と下層プレイヤーの間に確執が生まれちまえば、攻略どころじゃなくなっちまウ。だからキー坊は、半ばでっち上げで付けられた不名誉な渾名をそのままにしてるのサ。SAOプレイヤーにとって、ビーターってのは共通の厄介者だからナ。何かあったらビーターのせいにしときゃ、もし最前線で攻略が遅れても下層プレイヤーからの突き上げも抑えられるだろうからって…ホント、馬鹿な奴だヨ…』

 

「…キリトがビーターを名乗っているのは、いざというときに批判の避雷針になるためなんだろう?最前線のプレイヤー達が攻略に集中できるように…そんなことをしている君を、根も葉もない噂だけで悪く思うなんてできないよ」

「キリト…お前、そこまで考えてたのかよ…!」

「…やっぱり、キリトは優しいんだね」

「アルゴの奴…隠さなくてもいいとは言ったけど、そこまで教えてもいいとは言ってないぞ」

「フフフ…和人らしいな。そういう不器用な所、僕は嫌いじゃないぜ?」

「そりゃそうだろ、お前だって俺なんだから」

「お前も…俺?どういうことだ?」

「なあキリト、いい加減教えてくれよ!そのキリトそっくりの奴についてよ!」

「そうだよ!というか…君どうやってあそこに来たんだい?あの部屋はトラップのせいで出入りなんかできなかった筈なのに…」

「…和人」

「ああ、話すさ。そういう訳にもいかないからな…」

 

 

 キリトはサチ達に、パラドが自分に感染している『バグスターウイルス』であることを明かし、意思疎通の結果和解して共存状態にあることを説明した。その中でパラドは、自分が今までキリトのアバターの構成データの一部として潜伏していたが、キリトの『マイティブラザーズXX』の能力である『一定時間一緒に戦ってくれるNPCを召喚する』機能を利用してNPCとしてSAOに介入したことを明かした。…流石に自分たちが仮面ライダーであることは黙っていたが。

 

「パラドが、バグスターウイルスだって…!?」

「そ!僕は和人の願いから生まれたバグスター…ついでに言えば、和人の天才ゲーマーとしての側面でもあるってワケ」

「バグスターって…ゲーム病の原因のアレだろ?じゃあ、キリトは…その、ゲーム病患者って奴なのか?」

「まあ、広義的にはな。けど、パラドとは色々あって発病しない代わりに俺の身体で共存することになってるんだ。だから心配しなくても俺は大丈夫だし、勿論皆に感染することもないよ」

「そ、そうなんだ…?」

「……」

「サチ、どうし……あっ、そうか…サチのお兄さんは…」

「…サチ。聞いてくれ、パラドは…」

「待てよ和人。…僕が話す」

 弁明をしようとしたキリトを遮り、パラドがサチと向かい合う。

 

「…サチ、で良かったよな。アンタのお兄さんのことは和人の中で聞いてたよ。だから、アンタがバグスターに対してどんな風に思ってるのかは…大体分かってる。俺は人間じゃないけど、和人から色々と人間の心のことは学んだからな」

「……」

「だから…なんだ、もしアンタが俺のことを危険だって思うんなら、俺は金輪際アンタ達に関わらないと約束する。俺が死ぬと和人が困ることになるから、それぐらいしかできないんだけど…」

「…そんなこと、しなくてもいいよ」

「え?」

「分かってるよ。私の兄さんに感染したバグスターとパラドは関係ないんでしょ?だったら、パラドは何も悪くないよ。だから、貴方がそんなことをしなくても私は大丈夫」

「いやでも、俺がバグスターなのは…」

「大丈夫だよ。だってパラドは、私たちを助けてくれたから。だから私は、パラドを信じるよ。パラドがいい人…じゃなくて、いいバグスターなんだって」

「…そっか。ありがとうな」

「うん」

「良かったな、パラド」

「…和人、人間ってやっぱり心が躍るな」

「ああ…ていうか、いつまでも本名で呼ぶなよ!この世界じゃ俺はキリトなんだからさ」

「あー…悪い悪い」

「へえ、キリトってリアルの名前和人って言うんだ」

「…まあな。頼むから内緒にしてくれよ?特にアルゴにはな、高値で売られちゃたまらないからな」

「勿論、任せとけって和人…じゃなかった、キリト!」

「お、お前らな…」

「ハハ…さあ、湿っぽいのはこの辺にしよう!今日はギルドの無事を祝って、派手にやろう!」

『おー!』

 素性を人柄が明かされたことで黒猫団の皆に受け入れられたパラドを加え、月夜の黒猫団は全員の無事を祝う宴を開き、遅くまで喜び合ったのだった。

 

 

 

 

 そして翌日、11層の転移門の前にキリト、そしてパラドと月夜の黒猫団の皆が揃っていた。転移門の前に立つキリトのカーソル…そこに、月夜の黒猫団のイニシャルはもう存在しなかった。

 

「…じゃあ、行くな。色々と世話になったな」

「よしてくれキリト、世話になったのはこっちの方だ。僕らの方こそ感謝している」

「なあ、キリト…本当に行っちまうのかよ?もう少しいいじゃんか?」

「悪いな…でも、決めてたんだ。そろそろ攻略に戻らないとってな」

 

 宴の中で、キリトは月夜の黒猫団を脱退し再びソロプレイヤーとして最前線に復帰することを発表した。ギルドの仲間は驚きながらも薄々感づいていたようで、皆快くキリトを送り出してくれた。それに併せて、ケイタは月夜の黒猫団の今後の方針について切り出した。 

ケイタは今回の件を受け、黒猫団の攻略組への合流を諦めることを決めた。レベル差や技量もあったが、サチが戦いを好まないことやキリトとの話の中でケイタ自身も薄々見切りをつけていたことが理由だった。しかし、だからといって攻略されるのを黙って待っているのも癪だというメンバーの声に、ケイタはにやりと笑ってこう言った。

 

『確かに、俺達に攻略は無理だ。…でも、俺達はそれが出来る奴を知っている。キリト…これから俺達月夜の黒猫団は、君を全面的にサポートするギルドになるよ!』

 

 SAOには、攻略組が攻略を優先した結果クリアされていないダンジョンやクエストが多数残っており、攻略が進むにつれ今後それは数を増していくだろう。黒猫団はそれに目を付け、攻略組の後を追う形でそういったクエストをクリアし、その中で攻略に役立ちそうなアイテムや武器をキリトを通じて最前線に送ることを目的とすることになったのだ。本来なら最前線までアイテムを運ぶのもキリトがわざわざ受け取りに行くのも一苦労であるが、その面倒を解消したのがパラドの存在であった。

 

『キリトが抜けるんなら、僕がキリトの代わりにギルドに残ってやるよ。まだこのゲームに慣れときたいし、皆がキリトをサポートするのなら僕が残った方が都合がいいしな』

 

 ケイタの提案は皆に好意的に受け止められたが、キリトが抜けることによる戦力の低下が不安要素となっていた。そこでキリトとパラドの提案により、キリトに代わってパラドが月夜の黒猫団に加入することになった。そのパラドのアカウントがキリトと『共用』になっていることが分かったのだ。

パラド曰く、本来なら『同じステータスのNPCを生み出し一緒に戦う』というマイティブラザーズXXの機能をクラッキングしてSAOに参加した結果、パラドとキリトは2人で1つのアカウントを共有することになったらしい。なのでキリトが持つ武器や防具、習得したスキルの全てをパラドは使用することが出来た。更にアイテムストレージも共有状態になっているようで、どちらかが取得したアイテムをもう片方がストレージから取り出すといったことも可能であった。これを利用し黒猫団が手に入れたアイテムをパラドが持つことでキリトに直接送ることが可能になったのだ。

 

…尤も、パラドの黒猫団加入には『別の理由』もあるのだが、それを知るのはキリトとパラドのみである。

 

 

「ササマル、その辺にしておけよ。お前だってキリトが抜けるのは納得したんだろ?」

「そりゃそうだけど…サチ、お前もいいのかよ?お前キリトのこと…」

「…うん、いいの。キリトが決めたのなら、私はそれを応援するって決めたから。だから…私はもういいの」

「…まあ、お前がそう言うのならしょうがないか」

 サチの言葉に、粘っていたササマルもおとなしく引き下がった。…サチがキリトに対して抱く気持ちには皆気づいていたが、当の本人がそう言っている以上、これ以上口を挟むのは憚られた。

 

「じゃあ、皆…俺行くな」

「ああ、最前線でも頑張ってくれよ!」

「陰ながら応援してるぜ!」

「俺達もサポート頑張るからな。期待してくれよ!」

「疲れたらいつでも戻ってきて良いからな。ギルドを抜けても、キリトは俺達の大切な友達だ!」

 ケイタ達が口々に声をかける中、サチは一歩退いた所からその様子を眺め、そして決心する。

 

(…そう。キリトは皆の希望になれる人。キリトならきっと、このデスゲームを終わらせてくれる。…でも、その隣にいるのはきっと私じゃない。その人はきっと、キリトの隣でキリトを守れる人だから。キリトのために、この世界で生きようとしている人たちのためにも、私がキリトの重荷になっちゃいけない。だから…その時が来るまで、この想いは私の胸の中だけに…)

「…キリト。負けないで、絶対…絶対生きて、現実でまた会おう!私、信じてるから…!」

「サチ…ああ、任せとけ!」

「うん!」

「…パラド、ギルドの皆は任せたぞ」

「ああ、任せとけって。キリトこそ油断するなよ、僕の出番が来る前に死んだりしたら許さないぞ」

「そう簡単に死ぬかよ。…じゃあ、行ってくる!」

 

 そして、月夜の黒猫団が見送る中でキリトは最前線の階層へと転移していったのだった。

 

 

「…行っちゃったな」

「ああ。…でも、キリトならきっと大丈夫だよ」

「案外次の風都新聞でキリトの名前を見るかもな」

「ハハハ…そうだな。さあ、俺達も行くぞ!まずはこの階層のクエストを全制覇だ!」

「やりこみって奴?いいね…心が躍る!」

「…またね、キリト。私の一番好きな人…」

 

 運命を乗り越えた黒猫たちは、新たなスタートへと向け踏み出していく。彼らの行動が後に実を結ぶことになるのは…まだ先のことである。

 

 

 

 

 

(さて…和人の予想が当たっているのなら、僕もこいつを早く使いこなしておかなくちゃな。まあ、『元々僕のもの』だしなんとかなるだろう)

 あのモンスターハウスを切り抜けた後、罠だと思っていた宝箱の底で見つけた『それ』を手にパラドは、昨日キリトに言われたことを思い出す。

 

 

 

 

『茅場晶彦は、このゲームの中にいる。俺達と同じプレイヤーとしてこの世界に来ているはずだ。俺達なら分かるはずだ、黎斗も檀正宗もそうだったように…!もしその時が来れば、茅場にとって想定外の存在であるお前は切り札になる。…茅場の正体は俺が突き止める。だからその時まで、お前はキリトとして振る舞ってくれ。頼むぜ、相棒…!』

「…任せとけって、相棒。ゲームマスターを嵌めるとか、心が滾る…!」

 本来存在しない筈の『意思を持ったNPC』としてこの世界に現れたパラド。彼がその名の通り茅場晶彦のシナリオにおけるパラドックスとなるのか、それが分かるのはそう遠くないことである。

 




今回はマイティブラザーズの解説を

・マイティブラザーズXX(キリト)
・使用時間 1分
・効果 一定時間レベルが20アップ。更に、その時点でのステータスや装備をコピーしたNPCが出現し、時間まで自動で戦ってくれる。ただしNPCには制約があり、モンスターだけしか攻撃しないためデュエルなどの対人戦では余り意味が無い。

 …というのが本来の仕様。キリトの場合はガシャットの効果で生み出されたNPCにパラドがハッキングをかけ、そのデータを乗っ取って自分のアバターにしてしまった。その際、アバターの基本情報にキリトのアカウントを使用したためキリトとパラドはSAOにおいて同じ「キリト」として扱われる。ゲーム内での扱いとしては「結婚」している状態に近い。この結果マイティブラザーズを常時使用している状態になったため、ガシャットとしてのマイティブラザーズは使用不能となった。


今作のパラドは基本的には一人称が「僕」で、興奮すると「俺」になります。言ってしまえば原作の二人とあべこべになった感じです。
黒猫団は今後は物語の裏でひっそりと活躍していくことになりました。とはいえフェードアウトしたわけではなく、彼らには今後重要な役割があるのですが…それが分かるのはだいぶ先になります。

ではまた次回


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一方その頃現実では…②

石塚運昇さんが亡くなったと聞きました…。ご高齢なのは分かっていましたが、まさか70前で亡くなるとは…もうオーキド博士やトリューニヒトやジョセフの声が聴けないとなると悲しすぎる…

アニメファンとして、声優の皆さんの心身の健康を心から願いたいですね。

前置きが湿っぽくてスミマセン。今回は現実サイドの話です、ではどうぞ



 ソードアート・オンラインの公式サービス開始から半年が過ぎた。仮想空間に囚われたプレイヤーの死者はついに2000人を超え、遺族や被害者の家族達は未だ進展の無い政府の対応に日夜非難の声を上げていた。

 

 …しかし、そんな騒動も既に日常と化しつつある。世界初のVRMMORPGゲームによる事件とあって当初は世界中が注目していたSAOも、調査に殆ど進展が無く、当のSAOもソフトは政府と警察により回収され参加することもできないとあって世間の熱もだんだんと冷め、人によっては『ああ、そういえばまだ解決してなかったんだっけ』…とまで言われるほどに興味が失われつつあった。

 

 

 しかし、そんな中でもプレイヤー達の解放を諦めていない者たちは存在している。それは政府の対策チームのみならず、一般の人々の中にも居た。彼らはSAO被害者の多くが搬送されている聖都大学付属病院の募集している『非公式対策チーム』として特別にCRに入り、檀黎斗の元で日夜解決策の模索に明け暮れていた。

 

 ある者は囚われた友人を助けるため。

 ある者は愛する者を取り戻すため。

 そしてまたある者は純粋に囚われた彼らの平穏を取り戻すために。

 

 そんな彼らの努力が今…実を結ぼうとしていた。

 

 

 

「…ふは、ふははははは…!ヘハハハ、ウェハハハハハハハッ!!ついに、ついに…完成したぞぉーッ!!」

 三日間の貫徹という追い込みの末に完成したそれを手に、黎斗は狂ったように笑い出す。…そんな黎斗の周囲には、連日黎斗に振り回されながらも開発に貢献した技術者達が倒れ込んでいた。

 

「…うるっさいわね…!こっちはアンタと違って生身の人間なんだから少しは労りなさいよ…!」

 馬鹿笑いする黎斗に毒づいているのは『月村アカリ』。柳坂理科大学にて物理学を専攻している学生で、かつては仮面ライダーゴーストと共に眼魔たちと戦った勇敢な少女である。SAOに囚われた友人の御成を救うべくこのチームに入り、人間界と眼魔界にて培った技術や考え方により女性の身でありながらも黎斗に引けを取らぬ活躍を披露している。

 

「流石はバグスター、と言うべきか。休み休みだった俺達と違って、彼は三日間ぶっ通して開発を続けていたからな。…とはいえ、一人でここまで盛り上がっていると俺達の苦労を忘れられているみたいで癪ではあるな」

 アカリに同調しつつ黎斗に白い目を向けているのは『歌星賢吾』。宇宙京都大学にて宇宙学を学ぶ学生だが、同じ仮面ライダー部だったJKがSAOに囚われたことを知り、留年覚悟で大学を休んでチームへと参加した。チーム最年少ではあるが、仮面ライダー部のブレーンとしてアストロスイッチの開発、調整を一手に担っていたその腕は確かなものである。

 

「まあ無事に完成したのは何よりだ。今は素直に喜ぶとしよう、…私としてもこんな形で幻夢コーポレーションと共同開発をすることになるとは思わなかったがな」

 そんな二人を宥めるのは『呉島貴虎』。沢芽市に拠点を置くユグドラシル・コーポレーションの代表であり、この非公式対策チームの最大の支援者でもある人物だ。元々かつての『プロジェクト・アーク』により失墜したユグドラシルの新たな事業としてVRゲーム市場を開拓しようとし、その一環として忙しい自分に代わって城乃内にバイトとしてSAOのプレイを依頼していたのだ。…しかし、その城乃内がSAOに囚われてしまったことで責任を感じ、対策チームに金銭的、技術的な支援をすることで一刻も早い解決に手を貸そうとしているのである。

 

「開発着手から半年…とうとう茅場晶彦のナーヴギアを超えるものを創り出したぞ!やはり、私こそが神だァーッ!!ヘハハハハハハハ!!!」

 そんな3人に構うこと無く自画自賛する黎斗……が、突如

 

プツッ…

「うッ!?」

 呻き声を上げた黎斗は、立ったままピクリとも動かなくなってしまう。

 

「…あれ、どうしたの?」

「檀さん、どうし…」

「…歌星、どうした?」

 黎斗に近づいた賢吾が動きを止めたことに怪訝そうにしていると、愕然とした表情を浮かべた賢吾が振り返りながら告げる。

 

 

 

 

「…こいつ、死んでいる…」

「「え?」」

 

チーン…

 檀黎斗(31)、死亡。死因は過労による脳卒中だった…。

 

 

 

 

 

 

ティウンティゥン…トゥワッ!

 

 

 

 

「まあ、生きてるんだけどな。残りライフ1だけど」

「当然だ。私は神…不滅なのだからな」

「訳が分からない…」

 その後、大急ぎでCRの面々を呼びに行った賢吾たちが戻ってきたところで、土管から華麗に復活した黎斗に初見の人たちは驚愕し、CRの皆はいつものことかと脱力するのだった。

 

「で、完成したのがこれか」

「そうだ!私が生み出した新型VRマシン…『幻夢VR』だ!」

 飛彩はヘッドギア型のナーヴギアとは異なる一昔前のゴーグル型をした幻夢VRをしげしげと眺める。…そして目の部分に描かれたゲンムの目玉に露骨に顔を顰めた。

 

「…デザインはともかく、この短い期間でよく完成させてくれた。月村君と歌星君、それに呉島さんは本当によくやってくれました」

「いえ…私たちはそんな。…不本意ですけど、これの基幹部分は全部檀さんが手がけたものですし」

「お役に立てたのなら幸いです。…生憎、一番乗りとは行きませんでしたが」

 そう言う賢吾の手には、数日前に『レクト』という会社から発売された新型VRマシン『アミュスフィア』が握られている。

 

「まさか一般企業が俺達よりも先に新型VRマシンを完成させるとはな。これなら別に待ってても同じ事だったかもな」

「…ふん。そんな模造品と私の幻夢VRを同列に見ないもらおうか!」

 皮肉めいたぼやきを漏らす大我に、黎斗は尊大な態度でそう言う。

 

「模造品?アミュスフィアが?」

「そうだ。そのアミュスフィアとやらを調べさせて貰ったが…なんのことはない、殆どの機能がナーヴギアと全く同じものを流用している。むしろ電磁パルスの出力を低下させた分映像クオリティも下がった駄作でしかないわッ!」

「安全と引き換えにゲーム機としての質が下がっただけで、ナーヴギアと殆ど同じということか。…そこまでして遊びたい物なのあろうか、VRMMOとやらは…?」

「さあなあ…ただ、俺には今の世の中が喉元を過ぎた熱さを忘れているだけのようにしか思えんよ。SAOと同じ事がもう起きないという保証などどこにもないのにな」

 ゲームに疎い飛彩は灰馬からすれば、何故そこまでしてゲームにのめり込もうとする人々の気持ちは理解できないものであった。

 

「ま、それは置いといてだ。おい神、そこまで言うからにはお前の作ったマシンは有能なんだろうな?」

「当然だ…!この幻夢VRはナーヴギアと同等、或いはそれ以上の性能を持ちながら更に…フルダイブ中であっても現実側とのコンタクトが可能な機能を備えているのだよ!」

「テレビやパソコンと幻夢VRをリンクさせることで、プレイヤーの視界情報を画面に反映させることが出来る。それに、フルダイブ中であっても現実側の状況を確認することも出来る。少なくとも、フルダイブ中に無防備になってしまうという点に関してはナーヴギアやアミュスフィアより優れていると言えるだろう」

「ただ…SAOにログインする以上システムの影響は受けてしまうので、任意でのログアウトが出来ないのは同じですけどね。ログアウトするためには一度ゲームオーバーになるしかない…勿論電磁パルスによる影響はありませんけどね」

「コストの関係上量産は出来ない代物だが、今回限りと考えれば最良の筐体と言えるだろう」

 開発に携わった黎斗、賢吾、アカリ、貴虎が幻夢VRの機能を説明し、命の危険が無いことと外部との通信が可能な点などを伝える。

 

「成る程…しかし、ログアウトできないとなると少し問題だな。いくら囚われた患者の皆を助けるためとはいえ、フルダイブ中は業務ができないからな」

「他の患者さんたちをほっとくわけにはいかないからね。となると、私たちの中でログイン出来るのは…」

「ふっ…無論、この私だ!」

 そう言って黎斗は自信満々に幻夢VRを頭に装着する。

 

「さあ、この神の才能をSAOに知らしめるときが来た!待っていろ茅場晶彦め、今その鼻っ柱をへし折りに行ってやろう!!」

「あ、おい待て神!まだ中継機器がセットされてねえ…」

「リンク、スタートォォォウッ!!」

 貴利矢の制止も聞かず、黎斗は幻夢VRを起動させてしまった。

 

 

キィィィン…!

 

 

 

 

 

 

 

『…む、どうやらログインには成功したようだな』

 疾走感にも似たフルダイブ特有の感覚の後、目を開けた先に広がる街並みに黎斗は無事SAOにログイン出来たことを確信する。

 

『ふ…流石、私だ!ざまあみろ茅場晶彦め、貴様の才能なぞこの神にとっては簡単に到達できるレベルでしかなかったということだ!さて…』

 天を見上げて茅場晶彦に皮肉を飛ばした後、再び正面を向いた黎斗の視界には…何故かこちらを見て唖然とした表情を浮かべるプレイヤー達の姿がある。

 

『む…なんだこいつらは?何故一様にこんな間抜け顔を…ああ、まさか今になってログインしてくる奴がいるなど思っても居なかったと言うことか。ふっ、凡人の頭脳では私のような存在など想像もできていなかったか』

 勝手に納得した黎斗は両手を広げて仰々しいまでに胸を張る。

 

『フハハハハハ!憐れなプレイヤー達よ、喜ぶが良い!この神が、檀黎斗神が降臨してやったぞ!この神が来たからには、茅場晶彦など恐るるに足らん!貴様らはそれに感謝し、この神の才能を持つ私を称えるが良い!ハハハハハハ!!』

「……」

『…おい、いつまで間抜け面を晒している?私の言葉が理解できないのか?』

 と、折角の名乗りをスルーされた黎斗が怪訝そうにプレイヤーの一人に近づこうとすると…

 

 

「も…」

『も?』』

 

 

 

 

 

「も…『モンスター』だぁッ!!?街の中に、モンスターがぁッ!!」

「きゃあああッ!」

「逃げろーッ!!」

 プレイヤーの一人がそう叫ぶと共に、周囲のプレイヤー達は悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていく。

 

『何、モンスターだと?一体何処に…』

 黎斗はキョロキョロと当たりを見渡すが、周囲にモンスターらしきものは存在しない。

 

『どこにもいないではないか。何をそんなに……いや待て、まさか…!?』

 ふとある仮説に思い至った黎斗が自分の手に視線を落とすと…

 

 

 

 そこにあったのは人間の手ではなく、毛に覆われ鋭く尖った爪を持つ異形の手が存在していた。

 

『ば、馬鹿な!私のアバターが…モンスターになっているだとぉッ!?』

 そう、今の黎斗は現実と同じ容姿でも、そもそも人間のアバターですらないモンスターの姿をしていたのだ。先ほどから黎斗が喋っていたことも、黎斗には日本語に聞こえていても他のプレイヤーからすればモンスターが唸り、吠えているようにしか聞こえていなかったのである。

 

『どういうことだ!?何故私だけがモンスターに…まさか、奴がアバターの生成システムに細工を…!』

「こ、こっちです!早く!」

「道を開けてくれ!モンスターは何処だ!?」

 そうこうしている間に、逃げたプレイヤー達がディアベルを引き連れて戻ってきた。

 

「ッ!居た…まさか、本当に街中にモンスターが出現するなんて…!」

「ディアベルさん早く!アイツが暴れ出したら俺達…」

「で、でも街の中じゃHPは減らないんじゃ…」

「そんなこと分からないじゃないの!現にこうやって出るはずのないモンスターが出てるのよ!街の中が安全だなんて保証はないわ!」

「お、落ち着いてくれ!…ともかく、あのモンスターは俺がなんとかする!」

 動揺するプレイヤー達を抑えながら、ディアベルはモンスター…黎斗の前へと立つ。

 

『ま…待て貴様!私はお前達を助けてやるために来てやったんだぞ!』

 流石にこの姿で抵抗することは不味いと理解している黎斗は必死に弁明しようするが…

 

『ガウッ!ガオオオゥッ!ウルァァァァ!!』

 肝心のディアベルにはこう聞こえてしかいなかった。

 

「モンスターめ、街の人々には手は出させんッ!覚悟!」

 ディアベルは目の前で吠え猛るモンスターに剣を振り上げた。

 

 

『お…おのれぇぇぇぇぇッ!!!』

 

ザシュッ!!

パキィィィン…!

 

 

 

 

 

 

 

「ブワァァァァァァァァゥッ!!!」

「どおおわッ!?」

 強制ログアウトされるや否や、黎斗は奇声を上げて幻夢VRを放り投げた。

 

「あ、危ねッ…!おい神、いきなり何すんだよ!?」

「そうよ!折角作ったのに壊れたらどうすんのよ!?」

「黙れぇッ!!茅場晶彦めぇ~…とことんまでこの私を愚弄してくれるぅッ…!」

「…何があった?まさかSAOにログイン出来なかったのか?」

「いや…ログイン自体には成功した。…だが、ログインした先で私はモンスターにさせられたのだよ」

「…何言ってんだ?」

「正確には、私のSAOでのアバターがモンスターのそれになっていたのだよ。…このゲームの設定上、プレイヤーは全て人間のアバターになるというのにだ!」

「なんでそんなことに…?」

「…おそらくだが、茅場晶彦は我々の対策を見越していたのだろう。その上で、SAOのシステムにナーヴギア以外のマシンによるログインがあった場合、不正ログインとしてアバターが自動的にモンスターになるように設定していた…違うか、檀黎斗?」

「ふん…忌々しいがその通りだろう。そのせいで街の中に居たプレイヤー共に速攻でゲームオーバーにさせられた!私が誠心誠意事情を話そうとしてやったのに、恩知らずな連中だッ!」

 貴虎の推測を黎斗が肯定し、苛立たしげに地団駄を踏む。

 

「うむ…しかし、彼らを責めるわけにはいかんだろう。彼らにとってモンスターはもうただの敵ではない、本当に自分の命を脅かす存在だ。そんなものがいきなり現れたとなれば、問答無用で倒そうとしてもおかしくはない」

「とはいえ、これでまた手詰まりになってしまいましたね。ログイン自体には成功できても、ゲーム内でプレイヤーが敵に回ってしまうというのは…何が起きるか分からない以上、下手に反撃するわけにもいきませんからね」

「…だが、諦めるわけにはいかない。ようやくSAOに手が届いたのだ、こんなことで手を拱いている暇はない。こうしている間にも、あの世界で誰かが死んでいるかも知れないのだから」

「…ふん!ならばその幻夢VRはお前達の好きにしろ。私は二度と使わんぞ、私は私のやり方で茅場晶彦を屈服させてやる!私の才能に、不可能などないぃッ!!」

「あ、黎斗!?」

 黎斗はそう言って幻夢VRを残し、ドレミファビートの筐体の中へと戻って行ってしまった。

 

「…ったく、しょうがねえなあの神は。まあいいや…それより、これからどうするよ?」

「どうするもこうするも、他に手がねえ以上コイツを使うしかねえだろ?」

「ああ。例えモンスターになってしまうとしても、行動まで制約されるわけではない。諦めずにログインし続ければ、いつか患者にも理解してくれる人が出てくるかもしれない。後は俺達でやるぞ」

「…そうだな。なら、仕事の合間に交代でログインしていこうぜ。ログインした先で得た情報を集めて共有すれば、何か分かるかもしれねえしな」

「だったら、ログイン中のモニターは私に任せて!情報を統合して、SAOの状況をまとめてみるわ」

「よし、それで行こう!」

「なら私たちも…」

「いや、月村さんたちは一度戻られた方が良い。衛生省の認可があるとはいえ、これ以上の休学は君たちの将来に関わる。あとは私たちに任せてくれ」

「そんな…!?」

「…鏡先生の言うとおりにした方が良い。君たちの友人が帰ってきたときに、自分たちのせいで君らの学業が疎かになったと知ればきっと気に病むだろう。彼らのことを思うなら、しばらくは自分たちのことに専念すべきだ」

「…分かりました。後のことはお願いします」

「御協力、ありがとうございました…!」

 

 

 

 こうしてアカリ、賢吾、貴虎はそれぞれの居場所へと一旦戻ることとなった。残されたCRの面々は毎日の業務の傍らで何度もSAOにログインを繰り返し、ゲーム解放の手がかりを掴もうとした。

 

 …だが、肝心のプレイヤー達にその意図はなかなか伝わらずに居た。と言うのも、最初にディアベルが黎斗を倒した際、その時に得られた経験値や金、アイテムが始まりの街周辺で得られるものにしては破格のものであった為、それを知ったギルド再編中の『アインクラッド解放軍』が街中にモンスターが出現するのを待ち構えているようになったのだ。そのためログインするたびに意思疎通をする間もなく倒され、調査は難航を極めることとなる。

 しかし、それでも尚飛彩達は諦めず何度も何度もSAOに挑み続けた。理不尽に襲われることになっても、決して諦めることなく。

 

 

 そんな彼らの努力が報われるときが来るのは…それから『約1年後』のことであった。

 




今作での幻夢VRはフルダイブに対応するためちょっとだけオリジナルのものとは設定が異なっています。また、現状唯一茅場の技術の恩恵を受けていないマシンなので今後も色々と出番があるかもです

現実サイドは一旦ここで終了です。次に登場するのは…はてさて何時でしょうか?ではまた次回で


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森の中で

最近ペース遅くなって済みません…。そろそろジョジョ5部とアリシゼーション編が始まるので、そしたらモチベーション上がるでしょうからそれまで気長にお待ちくださいな

ではどうぞ


「全くもう!ロザリアさんってばあんな言い方しなくっても…そう思わないピナ?」

『ピィ!』

 アインクラッド35層にある迷宮区『迷いの森』にて少女…『シリカ』は傍らに飛んでいる自分のテイムモンスターであるフェアリーリドラの『ピナ』に愚痴を漏らしながら一人で歩いていた。

 

 彼女はつい先ほどまでパーティを組んでいたのだが、仲間の一人である『ロザリア』という女性プレイヤーに嫌みを言われ、売り言葉を買った形でパーティを離脱し一人と一匹で迷宮区を踏破しようとしていた。

 

「いいもん!こうなったら私一人でレアアイテムでも見つけて、ぎゃふんと言わせてやるんだから!頑張ろうね、ピナ!」

『ギャウ!』

 小さな肩を怒らせてピナと共に森の奥へと向かっていくシリカ。…その先で、自身の短慮の代償を支払うことになるとは知らず。

 

 

 

 

 

 

 

「はッ、ハァ…こ、来ないでよぉッ!!」

『グルルルル…』

 森へと入ってから数十分後、シリカは森の奥にて豚と人間を掛け合わせたような獣人型モンスター…俗に言う『オーク』の群れに追い詰められていた。レベル上げの為に単独行動をしているモンスターを狙っていたシリカであったが、たまたま攻撃したオークが近くに居た群れの偵察係だったらしく、仲間を呼ばれてしまいあっという間に追い詰められてしまったのだ。

 

『ウオオオオオオッ!』

「きゃああッ!?」

 オークの一体が振り上げた棍棒がシリカめがけて振り下ろされる…その時。

 

『キュウウッ!!』

 

 

ボギッ…!

『コガッ…!?』

「…え?ぴ…ピナァァァァァッ!!?」

 上空から割って入ったピナがシリカに代わってその一撃の餌食となり、鈍い音を立てて吹っ飛ばされた。その光景を目の当たりにしてしまったシリカは悲鳴をあげ、思わずオークに背を向けてピナへと駆け寄る。

 

「ピナ!ピナァッ!!嫌、駄目ッ!死んじゃ嫌だ…私を一人にしないでよぉッ!!」

『…クァ、ァ…!』

「…ッ!ピ…」

 

 

パキィィンッ…!

「あ…」

 シリカの必死の願いも虚しく、ピナは主人に笑みを浮かべた直後に砕け散った。呆然とするシリカの手の中には、ピナの『羽』が一枚だけ形見のように残されていた。

 

「ぴ…な…」

『ウルルルルル…』

「ひ…!?」

 愛竜を失ったシリカに、オークの群れは無情にも近づいてくる。もはや為す術も無いシリカは、残されたピナの羽を抱きしめ呟く。

 

「…助けて、誰か…助けて…!」

 

 

 

 

 

 

 

「ライダァァァ…キックッ!!」

 

ドドゴォッ!!

 突如オークの群れの後方からかっ飛んできた何かが群れへと突っ込み、オークを吹き飛ばしながらシリカの前へとやってくる。

 

ザザシュゥ!

「せりゃあッ!!」

 

シュバババババッ!!

 シリカの手前で着地すると、それは手にした剣を縦横無尽に振るい瞬く間にオークの群れを全滅させてしまった。

 

「…え?」

「大丈夫か、君?立てるかい?」

「え…あ、はい…」

 いきなり現れ、モンスターを全滅させた彼…キリトが差し出した手を、シリカはまだ事情が飲み込めないまま恐る恐る取って立ち上がる。

 

「え、えっと…助けてくれてありがとうございます!でも、どうしてこんな所に…?」

「ちょっと素材集めでな。君の声が聞こえたから急いで来たんだけど…どうやら、間に合ったとは言えそうに無いな」

「あ…」

 シリカが大事そうに抱えている羽を見たキリトは、助けられなかった者が居たことを察する。

 

「ピナ…ピナが、ピナがぁ…!」

「…君は、ビーストテイマーなのか?その羽は君の…」

「はい…。ピナは、私の…大事な、友達で…!」

「…済まない。俺がもう少し早く気づいていれば…」

「いいんです…貴方は悪くありませんから…。ありがとう、ございます…」

「……そうだ!その羽、何かアイテム名とか無いか?」

「ふぇ…?」

 キリトに促され、シリカが羽をアイテムウィンドウに表示すると、そこには『ピナの心』という名前が記されていた。

 

「ピナの…心?」

「よし…!心アイテムが残っているなら…まだ『蘇生』できるかもしれない」

「ッ!本当ですか…!?」

「ああ。…けど、かなり危険かも知れない。その覚悟があるのなら、一緒に来てくれ。その情報にアテがあるんだ」

「…はい!」

 目の前の男を警戒することも忘れ、シリカは藁にも縋る思いでキリトの問いに頷いた。

 

 

 

 

 シリカを連れたキリトは迷いの森を脱出し、そのまま41層にある森へとやって来ていた。

 

「…あの、キリト…さん?何処に向かってるんですか?主街地から結構離れていますけど…」

「あー…うん。前に聞いた限りじゃこの辺りの筈なんだが…」

 時間が経ったことで冷静になり、いつの間にか人気の無い所に連れてこられたシリカは不安そうにキリトの後を追いかける。すると

 

「…お!あったあった、あそこだ!」

「あそこって…え?」

 キリトが指さした先には、森の中で一際大きな木の根元にぽっかりと空いた洞が存在していた。

 

「キ…キリトさん?本当にあんな所に情報があるんですか?」

「まあ見てなよ。…邪魔するぜー」

 猜疑の眼差しを向けるシリカを尻目に、キリトはなんの躊躇も無くその洞の中へと入っていった。

 

「あッ!待ってくださいよキリト…」

 慌てて後を追いかけたシリカも洞の中へと恐る恐る入り…

 

「…さ、ん!?」

 その中を見て、驚愕した。

 

 

 洞の中は思っていた以上に広く、そこにはいくつかのデスクやタイプライターのようなアイテムが置かれており、ちょっとした基地のような設備が整っていた。

 

「お、よく来たなキー坊!連絡聞いて待ってたゾ」

「悪いなアルゴ、わざわざ押しかけちまって」

 そして入り口でキリトたちを出迎えたのは、アルゴと数人のプレイヤー達であった。

 

「あ…あの、キリトさん。ここは一体…?」

「お?なんだキー坊、また女の子引っかけて来たのカ?しかもこんな小さな子を…アーちゃんが聞いたらどんな顔するかナ?」

「断じて違うッ!!ていうかメッセージで伝えただろ!この子が今回の『依頼者』だよ!」

「分かってるっテ、ジョークだよジョーク。…さテ、初めましてお嬢さン。そしてようこそ、オレっち達のギルド『鳴海探偵事務所 アインクラッド支部』の41層基地ヘ!」

『いらっしゃ~い!』

 アルゴに続いて、後ろに居たプレイヤー達もシリカに挨拶をする。

 

「は、初めまして!…って、ここ探偵事務所なんですか!?」

「まあ探偵って言うか情報屋がメインの何でも屋って感じだナ。まあオレっちとしては?そっちがメインでも良かったり?将来的に…てか、リアル的に?」

「…どうでも良いけど、『鳴海』って人の名前だろ?こっちで出していいのかよ?」

「ああ、それは大丈夫ダ。ちゃんと許可はとってあル。…おっと、自己紹介がまだだったナ。オレっちはアルゴ、このギルドの副リーダーダ。そんでこっちが…」

 

「どうも~『ウォッチャマン』で~す!」

「『サンタちゃん』でーす!」

 もじゃもじゃ頭に無精髭を生やした『ウォッチャマン』とサンタのような衣装にサングラスをかけた『サンタちゃん』が肩を組んで名乗る。

 

「ど、どうも…」

「こいつらはオレっちとリアルで知り合いでナ、若い子にモテたくてこの世界に来たんだが、ログアウトできなくなってこそこそしてるところをオレっちが見つけて拾ったんダ」

「ちょっとちょっとアルゴちゃ~ん!そう言うこと言っちゃダメよ~ダメダメ~!」

「やかまし、黙ってロ。…んで、こっちに居るのが…」

「…どうも、『マスト閣下』です。ビーストテイマーのシリカさん、ですよね。レアモンスターのフェアリーリドラをテイムしていることから『竜使い』と呼ばれ、その可憐な容姿も相まってプレイヤー達の間ではアイドル的な扱いをされている…噂には聞いていましたが、実際に会ってみるとよく分かりますね。なんて可愛らしいお嬢さんだ…!」

「は、はぁ…ありがとうござい…ます?」

 黒縁眼鏡をかけた見るからにオタクな『マスト閣下』にデレデレされながら自分のことを説明され、シリカは若干引き気味でそう返す。

 

「おいオタク、そろそろキモいからその辺にしとケ。…悪いなシリカちゃん、こいつ情報屋としてはピカイチなんだガ、オタク気質が強すぎて偶に暴走すんだヨ。…とまあ、今居るメンバーはこんだけダ。あと二人、JKっていう奴とギルドのリーダー…『所長さん』が居るんだけど、ちょっと用事で居ないから気にしないでくレ」

「は、はい…」

「さて…んじゃ、本題に入ろっカ。死んだテイムモンスターを蘇生させる方法、だったカナ?」

「はっ、はいッ!何か知っていることがあったら教えてください!ピナが生き返るのなら、私なんだってやります!」

「おいおい、落ち着けよシリカちゃん。女の子がそんな簡単に『なんでもやる』とか言うもんじゃないゼ。…安心しナ、その情報に関してはとっくに調べがついているヨ」

「本当ですか!?」

「勿論さぁ~!僕らが調べたところによると、47層の南に『思い出の丘』っていうダンジョンがあって、そこのてっぺんに咲く花が使い魔を蘇生できるアイテムみたいなんだよね」

「よ、47層ですか…!?」

「う~ん、そうなんだよね。しかも面倒なことに、その花をゲットするためには『テイマー自身』がそこに行かないと入手できないらしい。だから他の人に頼んで…っていうのも無理なんだよね」

 蘇生アイテムの情報に顔を輝かせたシリカであったが、ウォッチャマンとサンタちゃんがら告げられた詳細に瞬く間に表情が暗くなる。

 

「…情報だけでもありがたいです!今は無理でも、なんとかレベルを上げていつかは…」

「残念だけど…使い魔を蘇生できるのは、死んでから『3日以内』なんだ。今のシリカちゃんのレベルだと、47層の安全マージンに到達するまでどんなに頑張っても『2ヶ月』はかかるよ。それじゃ意味ない、だろう?」

「ッ!そんな…」

 マスト閣下が告げた現実に、シリカはピナの心を抱いて絶望に打ちひしがれる。

 

「…大丈夫だ、シリカ。俺が手を貸すよ」

「…え?」

 その様子を見かねたキリトが出した助け船に、シリカは泣き腫らしたまま思わず顔を上げる。

 

「アルゴ、そのダンジョンはテイマー以外のプレイヤーがいても花は入手できるんだろ?」

「ああ、それは問題なイ。…というか、キー坊ついて行くって言ってなかったのカ?こっちはそのつもりで情報教えてたんだゾ」

「いや、なんというか…タイミングが無くてな…」

「…キリトさん、一緒に来てくれるんですか?」

「ん?ああ、勿論だ。乗りかかった船だしな、君の友達が生き返るまで手伝わせて貰うよ」

「…どうしてですか?見ず知らずの私に、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「どうして…か。そうだな、強いて言うなら…そこに『助けられる命』があるからかな。例えゲームの中だけの命だとしても、俺の手が届く範囲の命だけは絶対に助ける。それが、俺が『俺』であり続ける為に貫かなきゃならない信念だから」

「キリトさん…!」

「ひゅ~!キリト君カッコイー!」

「…へぇ~、随分立派なことだナ。オレっちはてっきりカワイイ女の子なら誰でも助けるからかと思ってたゼ」

「そ、そんなこと!…あるわけ、ないだろ?」

「…オイ、なんで今詰まったんダ?なんか疚しいことでもあんのカ?」

 微妙に答えに迷ったキリトをアルゴが問い詰めると、キリトは顔を逸らしながら渋々答える。

 

「…笑わないでくれよ?その…あのな、…似てたんだよ。泣いてた君の顔が、妹が愚図ってたときと…それを思い出したら、なんか…放っておけなくて、な?」

「…ぷ、あはははははは!!な、なんですかそれ…?今言ったことと全然関係ないじゃ無いですか…!」

「おやおや、噂の『黒の剣士』さんがロリコンに加えてシスコンとは…アルゴさん、この情報いくらになりますかね?」

「そうだなぁ~、控えめに見積もっても10万コルは固い…」

「や、やめろーッ!!誤解だ誤解―ッ!!」

 アルゴ達にからかわれ慌てふためくキリトに、シリカは溜め込んでいた物を吐き出すように大笑いしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アルゴたちと別れたキリトとシリカは翌日のダンジョン攻略に備え、シリカが常宿にしている宿屋に泊まることにした。

 

「ごめんなさいキリトさん、私に付き合って…キリトさんはもっと良いところに泊まってるんですよね?」

「いや、そんなことないさ。オレはソロだから殆ど根無し草みたいなもんでね、宿に泊まる時もあればその辺で野宿して済ますことも結構あるから気にしないでくれ」

「…キリトさん、綺麗な顔してますけど結構ものぐさですよね」

「ぐっ…言わないでくれ、耳にタコができるぐらい言われてるんだそれ…」

「うふふふ…!」

 先のこともあってすっかり打ち解けた二人が宿と向かっていると

 

「…あ~ら奇遇ね!まさか『また』アンタの顔を見ることになるなんて…良かったわねえ、シリカ?」

「ッ!ロザリア…さん…!」

 ちょうど反対方向からやって来たシリカの『元仲間』の面々と鉢合わせし、その一人であるシリカを追い出した張本人のロザリアが嫌みったらしく声をかけてきた。

 

「…知り合いか?」

「いえ…別に、大丈夫です…」

 明らかに顔色が変わったシリカに、キリトが庇うように前に出ようとすると、ロザリアがふと気づいたように言う。

 

「…あら、あのトカゲどうしたの?もしかして…」

「…ピナは、死にました。でも、絶対に生き返らせて見せます!」

「へぇ…じゃあ、思い出の丘に行くつもりなんだ。けどアンタのレベルじゃちょっと無理なんじゃないの?」

「それは…」

「…口を挟むようで悪いが、その心配は要らないさ。そう難しいクエストでもないからな」

「…へぇ。アンタもその子にたらし込まれたクチかい?」

「さあな…ただ、人の揚げ足ばかり取るような女よりはシリカみたいに一生懸命な子の方が応援したくなるのは当たり前じゃないか?」

「…テメエ」

 明らかにロザリアを皮肉ったキリトに、ロザリアの目つきが鋭く変わる。

 

「ろ、ロザリアさん…!抑えてくださいよ、ここでやるのはヤバいですって…!」

「ふん…そうまで言うからには、お兄さんは大層自信があるんだろうね?見たところそんなに強そうには見えないけど…」

「まあな。自分で言うのはなんだけど、結構名の知れたプレイヤーなもんでね」

「ふ~ん…で、何処のどなた様かしら?」

 

「『天才ゲーマーキリト』…いや、『ビーター』の方がアンタらにはわかりやすいかもな?」

「えッ…!?」

「ビーター…!?しかも、天才ゲーマーキリトだって…?」

 キリトが名乗った自分の『通り名』と『悪名』に、ロザリアたちだけでなくシリカも驚きを隠せない。

 

「…俺に関しては納得してくれたかな?少なくとも、アンタらよりは強いってことは分かっただろ。じゃ、そういうわけで…行こう、シリカ」

「あ…は、はい!」

 愕然とするロザリア達を余所に、キリトはシリカと共に宿の中へと入っていった。

 

「…ビーター、アイツがビーター…天才ゲーマーですって?なんでそんな奴があんなガキと…!」

 

 

 

 

「…悪かったな、シリカ。挑発するような真似しちまって…余計に拗らせてしまったかもしれない」

「い、いえ…大丈夫ですよ!私も…あのままだったら、何を言っていたか分かりませんでしたから」

 宿にある食堂にて、キリトは先ほどの自分の発言をシリカに謝っていた。決して良くない関係であることは明白だが、現状赤の他人である自分が不用意に煽るようなことを言ってしまったのは迂闊だったと思ったからだ。

 シリカはそんなキリトを宥めつつ、気になっていたことを質問する。

 

「それより…キリトさん。その、本当なんですか?キリトさんが、ビーターだっていうのは…」

「…その言い方だと、俺の噂はあんまり良いものじゃないみたいだな」

「あ…い、いえ!そんなこと…」

「誤魔化さなくてもいいさ。正直、それは狙ってやってるようなもんだしな。…黙っていて済まない。俺がビーターだと知らない方が、緊張させずに済むと思ってな…」

「キリトさん…」

「正直、信用して貰えるとは思ってないよ。けど、これだけは信じて欲しい。君を助けたいと思った俺の気持ち、それだけは絶対に嘘じゃないってことを」

「…そんなことないですッ!!」

「うおッ!?」

 机を勢いよく叩いて身を乗り出したシリカに、キリトは思わずのけ反って驚く。

 

「私、信じてますから!キリトさんがいい人だって、キリトさんが他の人になんて思われていても、私はキリトさんのこと信じてますから!」

「…あ、ありがとう。でもシリカ、そんな大声出すと周りに…」

 

『……』

 

「……あ。…す、済みません!お騒がせしましたぁッ!」

「…ハハ」

「むぅぅぅ…!キリトさんのバカ!」

 キリトの指摘を受けて食堂中の視線が自分に集まっていることに気づいたシリカが真っ赤になって平謝りする様に、キリトは思わず苦笑し、それを見たシリカは頬を膨らませて拗ねたようにそっぽを向いてしまうのだった。

 




キリトがテイムモンスターの蘇生法を知っていた経緯として、今回アルゴとそのギルドの面々のご登場して貰いました
風都の情報屋コンビは名前そのままですが、マスト閣下のリアルはドライブに出てきた彼です。察しの良い方ならすぐに分かったでしょうか?

ちなみにギルドのリーダーは皆さんの想像通りの人です。登場するのはもう少し後になります

ではまた次回


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簒奪者

随分久しぶりになってしまいましたが、続きになります

ジオウのもやしのコレジャナイ感…ではどうぞ


「わぁー…!綺麗…夢の国みたいですねぇ!」

 47層、フローリア。転移した先に広がる現実では滅多にお目にかかれない程の広大かつ色鮮やかな花畑に、シリカは感嘆の声を上げる。

 

「この層は通称『フラワーガーデン』と呼ばれていて、フロア全体が花畑なんだ。アインクラッドでも有数の景観の良いフロアで、プレイヤー達の人気も高い。その理由は…周りを見てくれれば分かるかな?」

「周り…?」

 キリトに言われて辺りを見渡すシリカ。…よく見れば、自分たち以外の人の殆どが手を繋いでいたり、仲睦まじく話していたり、時折ハグやキスしていたりと…

 

「…ッ!!?ここ、これって…」

「…見ての通り、ここはデートスポットとして有名なんだ。しかもプレイヤーが気兼ねないように、わざわざカップルのNPCまで居るんだぜ。茅場晶彦も変な気遣いを…って、どうしたシリカ?」

「は…はひ!?な、ナンデモ無いですよキリトさんッ!!」

「そ、そうか?…なら、俺達も行こうか」

「い、行くって…!?そんな…キリトさん、私たちはまだ早いっていうか…その…」

「…?早く思い出の丘に行かないと、ピナの蘇生リミットに間に合わなくなるぞ。ここから思い出の丘まで結構距離あるから…」

「……デスヨネ!」

 

 

 

 

 

 転移門のある主街地から数㎞ほど離れた花畑の奥、そこに目的の思い出の丘がある。キリトとシリカは道中襲ってくる植物や昆虫型のモンスターを倒しながらそこへと向かっていった。

 

「あの…キリトさん。今更ですけど、こんな装備私が貰っていいんですか?もの凄く強いですし、結構お高いんじゃ…?」

 シリカは現在自分が装備している物を示しながらキリトに尋ねる。シリカが安全マージンを大きく上回る47層にて、キリトのフォローがあるとはいえこうして無事で居られるのはキリトから事前に渡されたこの装備があってこそだということが分かっているからだ。

 

「ん…ああ、気にしなくて良いよ。殆どがドロップ品だし、短剣は俺の趣味じゃ無いからな。そもそも女性専用装備は俺が持っていてもしょうがないし、シリカに使って貰えるなら俺も面倒が無くていいさ」

「そうなんですか。…そういえば、昨日寝る前に誰かと話してるような声が聞こえたんですけど、誰か部屋に来てたんですか?」

「あ~…聞こえてたのか。まあ、そんなところだ。あんまり関係ないからこっちも気にしなくて良いよ」

「…そうですか」

 中々会話が続かないことにシリカは内心やきもきしていた。色々話しのネタを考えた末、前から気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「あの…キリトさん。前に言ってた妹さんの話、聞かせてもらえませんか?ゲーム内でリアルの話するのは良くないことは分かってますけど…」

「…ああ、それくらいならいいよ。…妹と言っても、本当は『従兄弟』なんだ。俺の両親は俺が小さい頃に事故で亡くなって、それから叔母さん夫婦に引き取られてな。妹が生まれる前のことだったから、多分アイツはそのことを知らないと思う」

「…そ、そうだったんですか。その…ごめんなさい」

「気にしなくてもいいさ。…それで、俺が本当の家族じゃないことを気にして距離を作っているのを見かねて、祖父が俺と妹を近所の剣道場に連れて行ったんだ。…まあ結局、俺が耐えかねてすぐに辞めちゃって、しこたま怒られているときに妹が言ったんだ。『お兄ちゃんの分まで頑張るから、怒らないで』…ってな。幸いアイツには才能があって、それからそのことでは何も言われなくなったんだけど…俺はますます妹と顔を合わせづらくなってな、無理を言って地元から離れた学校に通ってたんだ。…どうせ家で顔を合わせるのは分かってたんだけど、少しでも…距離を置きたかったんだ。俺の気持ちに整理がつくまでな」

「…キリトさん、大変だったんですね」

「そんな顔するなよ、シリカ。…大丈夫だよ。まだ面と向かって話はして無いけど、俺の心はもう決まってる。このゲームをクリアして現実に戻ったら、その時こそ…ちゃんと向き合ってみるよ。…君を助けたのだって、女の子が困ってるのをほっといたままじゃ、それこそ妹に会わせる顔が無くなってしまうと思ったからだしな」

「そうだったんですか…。でも、なんか意外ですね。キリトさん凄く強いから現実でも運動神経抜群だと思ってました」

「…あのな、別に俺は運動音痴とかじゃないぞ。昔はちょっとアレだったけど、今は側転とかバク転だって出来るんだぜ」

「ええ~?本当ですかぁ~?」

「こ…こんにゃろう、信じてないなぁ…!」

「アハハハ!」

 キリトの意外な一面を垣間見たことに気をよくしたシリカ。そんな彼女に苦笑しつつもキリトは目的の思い出の丘へと向かっていく。

 

 

「…『撒き餌』の効果は上々、ってところかな」

 シリカに聞こえないよう、そう呟きながら。

 

 

 

 

 

 先に進むごとに手強く、しかしキリトにとってはそうでもないモンスターを蹴散らしながら進んでいくと、やがて花畑の奥に不思議なモニュメントで囲まれた『台座』のようなものが見えてきた。

 

「あ…!キリトさん、もしかしてあそこですか?」

「ああ、あれが思い出の丘だ。さて…シリカ、ここからが君の出番だ。蘇生アイテムを手に入れられるのはテイマーだけだからな」

「はい!」

 キリトに促されたシリカが台座の前へと立つ。すると、台座が光り出し光の中からゆっくりと百合にも似た可憐な花が生えてきた。恐る恐るシリカが花を摘み取ると、アイテム入手を示すウィンドウに『プネウマの花』と表示された。

 

「プネウマの花…。これで、ピナが生き返るんですね!」

「ああ。…けど、ここじゃ生き返っても帰りにまたモンスターと戦う羽目になる。ピナを生き返らせるのは町に戻ってからにしよう。ピナも病み上がりに戦うのは辛いだろうしな」

「はい!…じゃあ、急いで戻りましょう!」

「…いや、まだ時間はあるんだ。ゆっくり、無理をしないで戻ろう。俺としても、その方が良い…」

「…?は、はい…」

 目的を果たしたにもかかわらず、一向に緊張を解こうとしないキリトに首を傾げながらも、シリカは言われたとおり急ぐことなく来た道を戻っていく。

 

「……」

 帰りの道中、時折ポケットに手を突っ込みながら殆ど会話の無いキリトに不思議に思ったシリカがおずおずと問いかける。

 

「…あの、キリトさん?どうかしましたか…」

「…シリカ、ストップだ。ここがいい」

「へ?」

 周りに殆ど人気の無い、並木道の続く一本道に差し掛かった辺りでシリカを止めたキリトが声を上げる。

 

「…いい加減出てきたらどうなんだ?隠れているのはとっくに分かってるんだぜ!」

「え…?」

 

 

「…ふふふ。アタシの『潜伏』を見破るなんて、流石はビーターってところかしら?」

 キリトの声に応えるように並木の影から姿を現わしたのは、昨日出会ったロザリアであった。

 

「ろ、ロザリアさん!?どうして…」

「最初から付けてきていたのさ、俺達がこのフロアに来る前からな。…目的はプネウマの花か?」

「ピンポーン!アタシにとっちゃクソの価値も無いアイテムだけど、高レアアイテムは用途はどうあれ高く売れるからねぇ。…じゃ、早速花を渡して貰おうかしら?もう入手してるんでしょ?」

「な…何を言ってるんですかロザリアさん!?どうしてそんな酷いことを…」

「…それがこの女の『本性』だからだよ。ロザリアさん…いや、『オレンジギルド 巨人の手(タイタンズ・ハンド)』のリーダーさん?」

「…へぇ」

 キリトが口にしたギルド名に、ロザリアの眉が動く。

 

「オレンジギルド!?それって、オレンジプレイヤー…ゲーム内での『犯罪行為』をしたプレイヤーの集まりですよね?でも、ロザリアさんは…」

 シリカの目に映るロザリアを示すアイコンは、危険人物を示すオレンジではなく健常なグリーンカラーであった。

 

「簡単な話さ。ギルド内に敢えてグリーンのままのプレイヤーを残し、そいつがまともなプレイヤーのふりをして他の連中を油断させ、タイミングをみて待ち伏せさせたオレンジの奴らに襲わせる…。釣りみたいなもんだよ」

「じゃあ…前のパーティに居たのも…!」

「そうよ、良い感じに金とアイテムが貯まるまで待ってたのよ。…ああでも勘違いしないで、アタシらってこれでも慎み深いから、直接殺したりなんてしないわ。精々身ぐるみ剥いで放り出すだけよ。尤も…武器もアイテムも無いままフィールドに置き去りだから、その後どうなるかまでは知ったこっちゃないけどねぇ…!」

「そんな…」

「一番いい獲物だったアンタが抜けちゃったから適当に始末しようと思ってたんだけど、レアアイテムを取りに行くって言うもんだからターゲット変更させて貰ったわ。…にしてもビーター、アンタそこまで分かっててなんでその子に付き合ってたワケ?まさか本当にたらし込まれちゃったとか?」

「…ッ!キリトさんはそんな人じゃありませんッ!」

「…ああ、違うな。俺をここまで来たのはシリカの為だけじゃない、…俺を呼んだのはアンタだよ、ロザリアさん」

「はぁ?」

 意味深なキリトの言葉にロザリアは怪訝そうに表情を歪める。

 

「さっき、アンタ言ったよな。身ぐるみ剥いだ後のプレイヤーがどうなろうが知ったことじゃないと。…そのツケが、回り回ってきたってことだよ」

「ど、どういうことですか?」

「…10日ぐらい前、『銀の旗(シルバー・フラッグス)』っていうギルドが壊滅した。迷宮区でオレンジギルドに襲撃されて、その後モンスターによりリーダー以外の4人全員が死亡した。…その襲撃前に新しくギルドに入ったのが、ロザリアさん…アンタだ」

「!」

「……」

「リーダーだった男は、毎日最前線の転移門前でやってくるプレイヤー全員に『仇討ち』を懇願して回っていた。…それも、殺すんじゃ無く『牢獄送り』にしてくれってな。…仲間を殺されて、それでもアンタ達を牢獄送りで済ませようとしたアイツの心が、アンタに理解できるか…?」

「ハッ…それこそ知ったこっちゃないねぇ!あっさり騙されて勝手に死にかけた雑魚の泣き言なんざ聞くだけ時間の無駄だろう?ここで死んだところで、本当に死ぬ証拠なんてないでしょ?まさかアンタ、そんな奴に同情してアタシに復讐の肩代わりをしに来たってワケ?」

「同情なんかじゃない!…俺は、俺自身の意思でアンタを探しに来た。アンタらがこの世界をどう捉えようが勝手だ、だけどそのせいで誰かが悲しむと言うのなら…俺はそれを全力で阻止する。ゲームで人が死ぬだなんて、もう…御免なんだよ…ッ!」

「キリト…さん?」

 いつになく感情的なキリトの様子にシリカがたじろぐが、ロザリアはそれに気づいた様子もなく嘲笑う。

 

「ぷっ…なにムキになっちゃってんのさ?バカみたい、そんな奴のこと気にするより…自分の心配したらどうかしら。ビーターさん?」

 

パチンッ

ゾロゾロ…

 ロザリアが指を鳴らすと共に、物陰から次々と武装したプレイヤーが現れる。人数は20人以上おり、そのアイコンは揃って危険人物を示すオレンジカラーばかりであった。彼らこそ、ギルド『巨人の手』の実行犯グループの面々であった。

 

「うちのギルドの全戦力さ!一応天才ゲーマー様を相手取るんだ、こっちも本腰入れないとねぇ。…アンタ達、分かってるね?あの『情報屋』の言ったことが本当なら、こいつはまだ公開されて無いレアアイテムやありったけの金を持ってるはずさ!こいつさえぶっ殺せば、お釣りが来るほどのボロ儲けだよ!」

『ウオオーッ!!』

「そ、そんな…キリトさん!人数が多すぎます、転移結晶で脱出を…」

「…くっくっく」

「き、キリトさん?」

 一見して絶望的状況に関わらず、キリトはそれを全く悲観した様子もなくせせら笑っていた。

 

「…ああ、悪いシリカ。そんな心配しなくても大丈夫、だから俺が逃げろって言うまで転移結晶持って待っててくれ」

「え、ちょ…キリトさん!?」

 訳が分からないシリカを残し、キリトは一人で『巨人の手』の面々の方へと向かう。

 

「おいおい…まさか一人でアタシら全員を相手にするってんじゃないよね?いくらビーターだからってこの数を…」

「…俺は別にそれでも良かったんだけどな。ただ、『あいつ』に今回のことを話したら『テストプレイがしたい』って言うもんだから、わざわざあちこちに根回しする羽目になってさ」

「…ああ?何を言ってんのアンタ?」

「さっきアンタら、俺がレアアイテムとか金を持ってるって言ったよな?…アンタらにその情報を教えたの、『JK』っていう情報屋だろ?」

「ッ!…なんでアンタがそのことを」

「まあ聴けよ。…情報屋っつってもよ、そいつだってどこからその情報を仕入れて誰かに売ってるワケだよな。だったら、アンタらが聞いたその情報…JKはどこで手に入れたと思う?」

「…何が言いたい?」

「答えは…『俺』だよ」

「は?」

 キリトの言葉に、ロザリアたちは呆気にとられた表情となる。

 

「俺がJKに頼んだのさ。『巨人の手』のリーダーに、俺がレアアイテムや金を隠し持ってるって情報を流してくれってな。おかげでその手数料の方が高く付いちまったよ…ちゃっかりしてるぜ」

「お、お前…何を、どういう…」

「まだ分からないのか?…その情報は、全部嘘。『巨人の手』の全員を、ここにおびき寄せる為のな」

「ッ!?」

 キリトが言い放ったカミングアウトにロザリアたちだけで無くシリカも驚愕に目を見開く。

 

「な…ば、バカなこと言ってんじゃないよッ!そんなことして、アンタになんの得があるってんだい!?」

「理由は3つ。まず第一に、仮にあんた一人を牢獄送りにしたところで他のオレンジプレイヤーが残ってしまっては意味が無い。むしろリーダーを欠いたことで分散してゲリラ化されると余計に厄介だからな、元を絶つためにはギルド全員を一気に捕縛しなきゃならない。…そして第二に、アンタは一応対外的には『まとも』なグリーンだ。だから人前でいくらアンタらの罪状ぶちまけたところで、カーソルカラーを盾にして言い逃れられちゃ敵わない。そのためにも、『人気の無い場所』に来て欲しかったのさ。…そんで、最後の理由は…ここなら多少おかしなことが起きたところで、大して騒ぎにならないからさ。例えば…」

 

 

 

「…『同じ顔』をしたプレイヤーが2人、その場に居合わせたとしてもな」

『ッ!!?』

 突然割り込んできた声の方を向けば、ロザリアたちの更に後方の物陰から『キリトと同じ顔をした少年』…パラドが姿を現わした。

 

「え…え、ええええええッ!!?き、キリトさんが…2人!?」

「なんなんだいこりゃあ…!?まさかバグってんじゃあないよねぇ!?」

「ち、違いますぜ姐さん!俺らにも、こいつが2人に見えまさぁ!」

「よう、待ってたぜパラド。ったく…お前の為にわざわざ『時間稼ぎ』してやったんだぞ。感謝しろよ?」

「サンキューキリト。そう固いこと言うなよ、いつも良いアイテム送ってやってるだろ?」

「パラド…?キリトさん、あの人は一体…」

「ああ、アイツはパラド。俺の…まあ、双子の兄弟みたいなもんだ」

「君がシリカちゃんかい?俺の『弟』が世話になってて悪いなぁ」

「は、はぁ…」

「おい!誰が弟だ、どっちかっていうと俺が『兄』だろうが!」

「えぇ~、そうかナァ~?」

「…おい、ガキ共…!余裕ぶっこいてんじゃあないよッ!ちょっとばかし驚いたけど、種を明かせばただの双子なだけじゃないの!一人増えた程度でどうにかなるとでも思ってんのかい!?」

 キリトの『双子』という言葉に落ち着きを取り戻したロザリアたちがパラドにも剣を向けて威嚇するが、パラドは余裕を崩さない。

 

「ハァ…なあ、オバサンさ。キリトが言ったこと聞いてなかったの?キリトは俺が来るまで『時間稼ぎ』しててくれたんだよ?その意味がまだ分からない訳?」

「お、オバっ…!?このクソガキ、調子に乗ってんじゃないよッ!時間稼ぎしたからってどうなるっていうんだい!?」

「…簡単なことさ。今から始まる戦闘を、あんまり他のプレイヤーに見られたくないんだよ。もしこのことが攻略組にでもバレると…アイツらにちょっかい仕掛けてくるやつが出てくるだろうからな」

「何…?」

 

 キリトの言葉に応えるように、パラドはポケットから赤と青のツートンカラーにダイヤルの付いた特殊なガシャット…『ガシャットギアデュアル』を取り出し、ダイヤルを『青』に合わせ起動する。

 

『パーフェクトパズル!What’s the next stage?』

「変身…!」

 

『デュアルアップ!Get the glory in the chain. PERFECT PUZZLE!』

 パラドがギアデュアルを右腕に挿し込むと、ガシャットからブロックのようなパーツが飛び出し、それが鎧のようにパラドに装着される。

 肩から上腕部にかけてを頑強なプロテクターに覆われ、頭部にはデビロックヘアを模したような兜、そして特徴的なのはギアデュアルが変形して『スマートフォンの画面』のようなものになって腕のプロテクターに内蔵されていた。

 

「な…なんだい、そりゃあ…!?」

「これが俺のとっておき、『パラドクス』だ!さぁて…正直期待はしてないけど、俺の心を滾らせてくれるなよ…!」

 




今回使ったギアデュアルの解説は次回纏めてで

やりたいシーンがもうちょっと先だから急ぎたいけど、どこかカットしないと厳しいかも…リズ編はカットできないから、圏内殺人編カットしようかな…?

同時更新のダンガンロンパ黄金の言霊もよろしく!ではまた次回


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小悪党の末路と新しい旅立ち

明けましておめでとうございます…約一年ぶりになる更新、大変お待たせしました

そして重ねて申し訳ないのですが、来月から新天地へ異動になったので周辺状況が落ち着くまで全作品の更新がまた遅くなるかもです。本当に申し訳ない…

この作品だけで無く、僕の他の作品も見てくれている皆さんにはまたお待たせすることになるかもですが、ちまちまと続きを書いてはいるので気長にお待ち下さい

ではどうぞ


 見慣れぬ姿へと変身したパラドに、『巨人の腕』のメンバーは元よりシリカも驚愕を露わにする。

 

「な、なんだアイツ!装備がいきなり変わりやがった!?」

「え、ええええッ!?な…なんなんですかキリトさんアレ!?」

「アレがパラドの切り札、SAOトップクラスのレアアイテム『ガシャット』だ。一定時間の間、自分の装備やレベルが強化されて、ソードスキルとは違う特殊な能力を使うこともできる。どういう能力かは…まあ、見ていれば分かるさ」

 唖然とするシリカにそう告げたキリトの言葉を耳ざとくロザリアが聞きつける。

 

「…へぇ、良いこと聞いたよ。SAOトップクラスのレアアイテムだって?そりゃあ高く売れそう…いや、そいつを使えばもっと大物を狙えそうじゃないか!絶対に頂くよ!」

「へいッ!」

「ふ~ん…まだ勝てる気でいるんだ。なら、さっさと来なよ。こっちは時間が惜しいんだからさ」

「…テメエ、舐めてんじゃねーぞッ!!」

 挑発するパラドに青筋を立てながら、ロザリアの指示を受けた部下達が一斉に斬りかかる。

 

「ふふん…!あらよっ!」

「どわっ!?」

「ほいっ」

「ぐえっ!」

 それに対してパラドは余裕の態度で剣を躱しながら手刀や裏拳、蹴りなどで男達をあしらい、腰の剣を抜くそぶりすら見せない。

 

「こ、コイツ…強いぞ!」

「人殺しギルドだって言うからちょっと楽しみにしてたけど…思ったより大したことないな、これじゃ俺の心は滾らないぜ?」

「チ

「チッ…!なにやってんだい、全員で囲みな!一斉に攻撃すればいくらコイツでも対処しきれ無い筈だよ!」

「り、了解!」

 ロザリアの叱咤を受け、部下達はパラドを取り囲み剣を突きつける。

 

「おーおー、そうこなくっちゃね。さて…試してみるか」

 パラドは不適な笑みを浮かべながら腕に装着されたギアデュアルの画面に手を当て、指で操作し始める。

 

「な、何やってるんだコイツ?」

「よく分からねえが隙だらけだぜ!死ね糞ガキ!」

 自分たちを無視して何かをやっているパラドに、コケにされた怒りをぶつけるように男達が斬りかかった。

 

「ぱ、パラドさんッ!」

「……」

「ハッ、これでお仕舞い…」

 

 

『STAGE CLEAR! New Weapon GET!』

 

パパパァンッ!!

 

「…ッ!?な…」

 電子音声が聞こえたかと思った直後にいきなり纏めて弾き飛ばされた部下たちにロザリアが目を剥く。その視線の先では…

 

「ふぅ~、ギリギリセーフ…!」

 台詞とは裏腹に欠片も焦った様子のないパラドが、いつの間に手にしたのであろう『鞭』を小器用に振り回していた。

 

「こ、コイツ…いつの間に武器を…!?ストレージから武器は出してない筈だ!それに…なんで『剣を持ったまま』他の武器が使えるんだよ!?」

 男の一人が言うとおり、パラドは腰に剣を佩いたまま鞭を武器として使用した。SAOに置いて、ある『例外』を除いて武器を2つ持つことは出来ないはずなのにである。

 

「…へぇ、それがそのギアデュアルの『能力』か」

「ああ。この『パーフェクトパズル』は発動中にこの画面に出てくるパズルを解くことで、使用者の『アイテムリストに載っているアイテムや武器』をランダムにゲット出来るのさ。…まあクエストアイテムみたいな貴重品は無理だけどな」

「す、凄い…!そんなアイテムがあるだなんて!」

 アイテムリストに載っている以上一度は手にしたアイテムしか手に入らないが、場合によってはドロップアイテムや貴重な回復アイテムを手に入れられる『パーフェクトパズル』の性能にキリトは感嘆し、シリカは素直な驚きを見せる。

 

「…フン!不意打ちが決まったくらいでいい気になってるんじゃあないよ!アンタ達、何寝てるんだい!鞭は確かに射程は広いけど、ダメージ自体は大したもんじゃない。無理矢理押し切っちまいな!」

「は、はいッ!」

「…いいぜ、早く来いよ。時間が惜しいんだからさ」

「て、テメエッ…ふざけんなぁーッ!」

 余裕綽々のパラドに再び挑みかかる部下を尻目に、ロザリアはキリトとシリカの方へと向き直る。

 

「…さ~て、あのガキはアイツらに任せるとして。待たせたねシリカ、そろそろそのお宝を頂くよ…!」

「ッ!…わ、渡しませんッ!!」

「ああ、そうだ。お前なんかにコイツは勿体ない。…こういうモノは、『救われるべき人』の手にあって然るべきだ。誰かを救える力を、金のためにしか使えないアンタが持つべきじゃない」

 花を抱えるシリカに槍の切っ先を突きつけるロザリア。その間に割って入ったキリトが背中の剣を抜く。

 

「へぇ…アタシとやろうってのかい?お優しいこったねえ…天下のビーター、アタシなんぞよりよっぽど悪名高いアンタが、なんだってそんなガキに肩入れすんのさ?そいつを助けてなんかアンタに得があるっていうのかい?」

「…いいや。正直言ってこのクエストは俺にとってはただの寄り道だ。俺の目的はSAOを一日でも早くクリアすること、その目的にとってはシリカを助けることに大きな意味は無い」

「……」

「じゃあなんでさ?…まさか、アンタマジでそんなガキに惚れちゃったとか?だとしたら…正直ドン引きだわ」

「な、ななッ…!?ろ、ロザリアさん何を言って…」

「…そうじゃあない。俺がシリカを助ける理由は2つ、俺自身がシリカを助けたかったから。そして…シリカみたいなのを食い物にする、あんたらみたいなのが大っ嫌いだからだよッ!!」

 剣の切っ先を突きつけ、キリトはロザリアに敵意を向ける。弱者を利用するような人間をキリトはゲーマーとして、そしてなにより医者を志す者として許せなかった。

 

「キリトさん…!」

「チッ…!面倒だね、こっちはこういうの好きじゃないんだけどね…」

「知るか、喧嘩売ってきたのはそっちだろう。時間をかける気はない、一気に終わらせてやる!」

 吐き捨てるようにそう言って、キリトは己のガシャットに指をかける。

 

「変身!」

『マイティジャンプ!マイティキック!マイティマイティアクションX!』

「はわッ!?き、キリトさんまで…」

「へぇ…そいつがアンタのお宝かい?…けどねぇッ!」

 変身を終えたキリトに、ロザリアは凶悪な笑みを浮かべて突きを放ち、キリトは剣でそれを受け止める。

 

「…ッ!」

「キリトさんッ!」

「お兄さんに釣られて調子に乗ったみたいだねぇ!アイツら相手ならともかく、アンタじゃあどうあっても『アタシは倒せない』のが分からないのかい!?」

「そ、そんなこと…!」

「ハッ、もう忘れたのかいシリカ?アタシの『プレイヤーアイコンの色』をさぁ!」

「色…ああッ!?」

「そうさ!アタシは『グリーン』…実情はともかく対外的には『健常なプレイヤー』なのさ!そんなアタシを攻撃しちまったら…アンタが『オレンジプレイヤー』になっちまうからねぇ!攻略組のアンタにとっては、そいつは御免被りたいことなんじゃないのかい!?」

「……」

 自分の立場を盾に一方的に攻撃し続けるロザリアの槍を、キリトは無言で捌きながら徐々に後退する。

 

「き、キリトさん…!」

「アンタはそこでジッとしてなシリカ!逃げたところで、地獄の果てまで追いかけてケジメつけさせてやるからね!」

「うっ…」

「ほらほら、どうしたんだいビーターさん?守ってばっかじゃその大層な鎧が泣くよ!一気に終わらせるんじゃあなかったのかい!?」

「……」

「チッ…そのすまし面が気にくわないよッ!」

 打ち合いながら後退していった2人は、やがて一本道の手前にある『川に掛かった橋』へと差し掛かった。

 

「…そろそろか」

「あん?何言って…」

「悪いな、一気に終わらせるって言ったけど…ありゃ嘘だった」

「は?」

「ここで…チェックメイトだ」

 

 

「…ほいッ!」

 

カツーンッ…!

 2人が橋の『中央』に立った瞬間、どこからか飛んできた『ナイフ』が橋に突き刺さった…直後。

 

…ビシッ!

ガラガラガラッ!

 突然橋の欄干に罅が入り、それを始まりとして橋が真ん中から崩れ落ち始めた。

 

「なッ…!?」

「そんじゃ、バイバーイ」

「あッ!?ま、待ちなッ…」

 予想外のことに愕然とするロザリアを余所に、キリトはガシャットによって強化された跳躍力で橋から跳び離れる。気づいたロザリアが追いすがろうとするが、時既に遅し。

 

バッシャーンッ!

「げほッ!?…て、てめ…ビーターァァァァァァッ…!!」

 橋から真下の川へと落下したロザリアは装備品の重さもあってロクに動けないまま、憎悪の叫びを上げながら流されていった。

 

 

 

「…よっと」

『ガシューン…タイムアウト』

「キリトさんッ!」

「ようシリカ。…心配かけたみたいで悪かったな」

「い、いえ…それより、一体何が起きたんですか?」

「ああ…何、ちょっとした『悪戯』を仕掛けておいただけさ」

「悪戯?」

「ロザリアの言ったとおり、グリーンのアイツを叩きのめして牢獄に送るのは簡単だ。けど、そうすると俺がオレンジプレイヤーになっちまう。一応『カルマ回復クエスト』はあるけど、それに時間をかけている暇はない。…でも、俺が直接手を下しさえしなければ問題は無い。だからあらかじめ準備をしといたのさ。アイツに協力して貰ってな」

「アイツ…?」

 首を傾げるシリカにキリトが橋の向こう側を指さすと…

 

…ガサガサッ

「…チョリーッス、キリトさん!作戦成功っすよー!」

 近くの茂みから『JK』が手を振りながら飛び出してきた。

 

「ああ!今回はサンキュー、謝礼の情報はいつもの場所でなー!」

「あ、あの人は…」

「この間アルゴのギルドに行ったときに居なかったJKって奴さ。アイツに頼んで、あの橋の『耐久度』を限界ギリギリまで減らしておいて貰ったんだよ。幸い俺達以外にこのクエストをやる奴はいなかったから、この辺りを通る奴もいない。ロザリアたちが逃げ道の無いこの通りで待ち伏せするのは予測できたから、あとは奴を挑発して橋の上にまで誘導して、真上に差し掛かったところでJKの一押しで橋を完全に破壊すれば…ああなるって訳だ」

「で、でも…あのままロザリアさんを放っておいたら逃げられるんじゃ…」

「その辺に抜かりは無いさ。既に下流の方にアルゴ達が張ってるから、陸に上がると同時に奴は牢獄送りになるさ」

「…全部、計算ずくだったんですね。ロザリアさんたちが襲ってくることまで…」

「ま、このエリアの橋が『破壊可能オブジェクト』だったからこその作戦なんだけどな。…まあ、もしそうじゃなかったらレベル差でごり押しするだけだったんだけどな。さて…そろそろ向こうも…」

 

『キメワザ!パーフェクトクリティカルコンボ!』

「はぁぁぁ…ハッ!」

 ガシャットギアデュアルを操作し、パラドは手にした鞭を振るって敵プレイヤーたちを宙に跳ね上げる。

 

「ぐあッ!?」

「これで…フィニッシュ!」

 パラドは鞭を捨ててジャンプすると、プレイヤー達を足場に次々と飛び移りながら下に蹴り落としていった。

 

ドササササッ!!

「ぐええ…」

「いっちょあ~がり!」

 

『ガシューン…タイムアウト』

「…ようキリト、こっちは終わったよ!」

「お疲れパラド。…全員生きてるよな?」

「当たり前だって。死なない程度に手加減しといたよ、僕もオレンジになって皆に迷惑かけるのは嫌だからね」

「あ、あの…パラドさん!ありがとうございますッ!わざわざここまで来て戦って貰って…」

「ん…ああ、気にしなくて良いよ。俺もこういう連中はムカつくし…それに、別に君のためってだけじゃなくてこのガシャットの試運転をしたかったからだしね。お礼ならキリトに言いなよ」

「は、はぁ…」

「そんじゃ、僕はこいつら連れて行くからあとはごゆっくり、キリト」

「ああ、サンキューなパラド。また何かあったらよろしく」

「ん。…次は僕が滾るような奴を頼むぜ?」

 パラドはそう言って、ダウンした『巨人の手』の残党を引き摺りながら去って行った。

 

「…あの、良いんでしょうか?パラドさんに任せてしまって…」

「構わないさ。オレンジプレイヤーを牢獄送りにすれば、少しだけどボーナスも貰えるからパラドに利が無い訳じゃないしな。…それより、早く街に戻ろう。ピナが待ってるぞ」

「あ…は、はいッ!」

 

 

 

 

 

 

 …そして、翌日。

 

 

「…じゃあ、もうここまででいいよ。見送りサンキューな」

「キリトさん…本当に、ありがとうございました!!」

『キュィィッ!』

 再び最前線へと赴くキリトを転移門まで見送りに来たシリカ。その肩には、無事にプネウマの花によって復活したピナの元気が姿がある。ピナは一鳴きするとシリカの肩から飛び上がり、キリトの首に身体を巻き付け名残惜しそうに顔を擦り寄る。

 

『ピィ!キュゥゥン…!』

「ハハ…もういいってピナ。あんまり俺にばっかり構ってると、ご主人様がヤキモチ焼くぞ?」

「そんなことしませんよぉ!…でも、不思議ですね。テイマーじゃないプレイヤーにこんなに懐いたりするなんて…ティムモンスターにも、心とかあるのかな?」

「心…か」

「…なんて、そんなことないですよね。ピナはあくまでモンスターで、プログラムなんですから…」

「…そんなことはないさ」

 ピナの頭を優しく撫でながら、キリトは優しくシリカにそう言う。

 

「今の俺達だって、こうして現実さながらにこの世界で生きているけど、実際はナーヴギアを通して俺達の思考をデータとして反映させているに過ぎない存在だ。現実の命と繋がっているとはいえ、俺達自体はプログラムみたいなものに過ぎない。…でも、君はこうして友達と再会できたことを喜んで、俺はそれをよかったと思っている。この気持ちだけは、決して作り物なんかじゃない。だったら、ピナにだって同じ気持ちがあったっておかしくなんかないさ。ピナも、俺達と同じ世界を生きているんだから」

「キリトさん…はい!私も、そう思いますッ!!」

『キュイッ!』

 肯定するように元気に鳴いて、ピナは再びシリカの元へと戻った。

 

「…じゃあ、もう行くな。次にいつ会えるかは分からないけど、お互い頑張ろうな」

「はい!私も、いつかキリトさんの役に立てるように頑張ります!」

「ああ、期待してるよ。それじゃあ…!」

 そうしてキリトはシリカに別れを告げ、再び最前線へと向かっていったのだった。

 

「…さあピナ!私たちも行くよ!まずは次の階層目指してレベルアップだよ!絶対に生き残って…いつかあなたにも、『ピナ』に会わせてあげるからね」

『キュイ?』

「…アハハ、分かんないよね!まあいいか、それじゃあしゅっぱーつ!」

『キュイー!』

 蘇った『ピナ』…現実世界にいる家族の猫と同じ名をつけたこの世界での相棒と共に、シリカは再び歩み始める。この世界で唯一の家族を救ってくれた、憧れのあの剣士に少しでも近づくために。

 

 

 後日、アインクラッド中に悪名高いオレンジギルド『巨人の腕』の主要メンバー全員が捕縛されたというニュースが飛び交った。確保したのは情報屋アルゴを抱えるギルド『鳴海探偵事務所』と、中層付近であらゆるクエストを攻略しているギルド『月夜の黒猫団』の合同作戦によるものと発表され、それは下層プレイヤーや非戦闘プレイヤーたちに安堵と歓喜をもたらしたのであった。

 

 その歓喜の裏に、全ての命を救うべく孤独な戦いを続ける少年と、大切な家族を救うべく奮起した少女の活躍があったことを、事件に関わった面々以外は誰も知ることは無かった。

 




パラドが使用したガシャットギアデュアルの説明です

・ガシャットギアデュアル(パラド≓キリト…使っているのはパラドだが、アカウント上はキリトとの共用なので所持しているのはキリトになっている)
・使用制限時間…1分
・効果 一定時間レベル25アップ。また、ステータス向上に加え専用装備である『パズルパッド』が装着される。パズルパッドに表示される様々なミニゲームをクリアすることで、消耗品やワンオフ装備以外のアイテムをランダムに入手できる。装備品を手に入れた場合、現在装備枠とは別に装備できるので、武器ならば擬似的な『二刀流』になれる。但し、ゲット出来るのは一度でも手に入れたことがあるものに限られ、ガシャットの制限時間になると消失してしまう。
・キメワザ パーフェクトクリティカルコンボ(パラドのその場の思いつきで放つ攻撃)

もう片方の性能に関してはまた別のお話で。
尚、橋のオブジェクト設定やオレンジプレイヤー捕縛によるボーナスなどはほぼ独自設定ですのであしからず

ではまた次回


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