魔法少女リリカルなのは~黒衣の騎士物語~ (将軍)
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第一章 教育編
プロローグ


初めまして、将軍と申します。
また懲りずに投稿を始めました。
読んで頂く方々に楽しんで頂けるよう、頑張って書いていこうと思います。

では、どうぞ。


 第九七管理外世界《地球》の小さな島国である日本。

 その日本のさらに小さな街の一つに、海鳴という街がある。街が海に面しており、カモメが鳴いていることからその名が付けられた――のかは定かではない。

 時刻は夕方。日がだんだんと翳り、帰宅途中の学生やサラリーマンが家路を急いでおり、そこにはどこにでもあるような風景が広がっていた。

 

 ――そんな街を、一際目立つ人物が歩いていた。

 

 年の頃は一六歳ぐらいと若く、黒髪を短く切り揃え、切れ長の瞳の色は黒と典型的な日本人ではあるのだが、日本人にしてはかなり珍しい一九〇cmはあろうかという長身であった。

 また、その佇まいと無駄の無い動作からかなり体を鍛えていることが見て取れ、筋骨隆々というわけではないが無駄の無い引き締まった体型をしている。

 さらに青年を際立たせているのがその格好である。全身が黒一色で統一されており、周りの人達もちらちらと青年を横目で見ていた。……たまに、女性陣からは黄色い声が聞こえてくるのは余談であるが。

 

(――今日の依頼主は羽振りが良かった。これで当面の生活費は困らないな)

 

 お金に困っているわけではないが、と青年は呟く。

 

(――地球に来て、もう一年か……早いものだな)

 

 青年は一年前まで、"ミッドチルダ"という地球とは別の次元世界に住んでいたのだが、"とある事情"から自身の母親の故郷であった地球へと移住してきたのだ。

 生活費としては、今は亡き両親が何かあったときのためにと、貯えを残してくれていた。

 だが、それはあくまで生活をするための金銭であるので、青年はこの地球で《便利屋》を始めていた。文字通り、頼まれた仕事ならば何でもこなす仕事である――殺人や、明らかに犯罪であるといったこと以外は、であるが……。

 初めの頃はなかなか海鳴では仕事がなかったが、最近では依頼の内容は千差万別ではあるがくるようになっていた。また定期的に古くからの"友人"からの依頼もこなしており、十分生活できるだけの金額は稼げるようになっていた。

 

(さて、晩飯は何を食べるか……)

 

 そんなことを考えながら、青年は近くのスーパーを目指し、ゆっくりと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 青年はスーパーで買い物を済ませ、家路をゆっくりと歩いていた。その手にはスーパーで買った食材が入った袋が握られており、歩く度にガサガサと揺れていた。

 

(今日はカレーでも作るか。二日ぐらいは持つだろう)

 

 そんな庶民的な考えに思考を巡らせながら歩いていると、住んでいるマンションの目の前まで来ていることに気付いた青年は思考を止め、自身の部屋番号のポストを見る。

 

(ん? 手紙が入っているな。差出人は……どこにも書いていないようだが……?)

 

 青年は差出人不明の手紙を訝しげに眺めながら部屋へと移動する。

 

(差出人不明か……とりあえず開いて見てみるか)

 

 青年が封を開けてみると、中には一枚の紙が入っており、そこにはこう書かれていた。

 

『あなたに頼みたいことがあります。詳しいことは会ってから話したいです。依頼料は弾みます』

 

 青年は文章を読み終え、少しだけ視線を下にずらすと、その表情が驚きに染まった。

 内容的には簡潔なものだった。それだけならば、青年が驚くこともなかっただろう。

 だが、最後に書いてあった文字により、青年の表情は一変したのだ。

 

 そこには、こう書いてあった。

 

「……"P.T"、だと……?」

 

 青年は驚きの表情とともに、その"文字"を呟く。

 この"文字"は、とある人物のイニシャルであり、かつて、青年が会ったことのある人物であった。

 そして、青年が知る"P.T"のイニシャルの人物など、一人しかいなかった。

 

「……《プレシア・テスタロッサ》……」

 

 そんな青年の呟きが、虚空へと消えた。

 

 

 

 

 

 ――この一通の手紙から、止まっていた青年の時が再び動き出す――

 

 ――かつて、《黒衣の騎士》と呼ばれた青年――黒沢祐一(くろさわゆういち)の物語が始まろうとしていた――

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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出会い

投稿します。
楽しんで頂けると幸いです。


 ――早朝の海鳴公園に上下黒一色のジャージを着て、ランニングをしている青年がいた。

 

 ランニングしている青年――黒沢祐一はすでに結構なトレーニングをしていたのか、その額には大粒の汗がいくつも浮かんでいた。

 以前はトレーニングはしていなかったが、魔法を使用しなくてもある程度は戦えるようにと、最低限のトレーニングを祐一は自分に課すようになった。それから祐一は早朝のトレーニングを欠かさず行っている。今では魔法を使用しなくても、"それなり"には戦えると、祐一は思っている。"それなり"がどの程度なのかを祐一が自覚しているかは別なのだが……。

 一通りのトレーニングを終え、柔軟を行った祐一はふぅ、と息を吐く。

 

「さて、そろそろ戻るか」

 

 祐一は持っていたタオルで汗を拭いながら、家路へと歩みを進め始めた。

 歩みを進めながら祐一は、昨日、《プレシア・テスタロッサ》から届いた手紙のことへと思考を巡らせ始めた。

 

(――プレシア・テスタロッサ。俺も会ったことがあるのはたったの一度だけなんだがな)

 

 祐一は少しだけ昔を懐かしむように笑みを浮かべる。だがそれもほんの一瞬で、すぐにいつもの表情へと戻った。

 

(何故、今頃になってプレシア・テスタロッサが俺などに用があるのかは知らないが、それも会えばわかるか)

 

 そう考えた祐一はすぐに思考を切り替え、帰路へとついた。

 

 

 

 

 

「――さて、これで必要な物は全部持ったか」

 

 祐一はプレシアのところへ行くための準備を終えた。

 祐一はいつもの上下ともに黒で統一された格好であるが、背が高く、鍛え上げた身体にはそれがよく似合っていた。

 

「っと、忘れるところだったな」

 

 そう言いながら祐一が手に取ったのは、剣の形をした真紅のネックレスであった。唯一、祐一が身に着けている中で黒色ではないものであり、それを大事そうに首から下げる。

 また、祐一は机の引き出しから一枚のカードを取り出した。カードといっても普通のカードではなく金属で出来ている。これは祐一が好んで使用している《アームドデバイス》であり、待機状態はカード型であるが、戦闘状態は刃渡り一六〇cmほどのかなり大きめな騎士剣となる。普通の人間ならば、その重さから振ることは困難なほどのデバイスである。

 祐一は待機状態のデバイスをポケットへと入れる。

 

「さて、行くか」

 

 そう呟くと、祐一は自身の家からプレシアがいるはずのとある場所へと転移した。

 

「ここか……?」

 

 祐一が転移した場所は、都会の町並みの風景からは程遠い自然に囲まれた場所であった。しばらく歩みを進めていると、そこには大きな建物――屋敷といってもいいかもしれない――が建っていた。

 祐一がゆっくりと屋敷へと近づいていくと、扉の前に一人の女性が立っていた。

 

「お待ちしておりました、黒沢祐一様」

 

 微笑みを浮かべながら、その女性は祐一へと言葉を掛け、頭を下げる。

 

「プレシア・テスタロッサの使い魔――リニス、と申します」

 

 人懐っこさがあるその微笑みは、多くの男性を虜にするであろう魅力を備えていると、祐一は客観的に思った。

 プレシアの使い魔であることから、人間ではないのだが、見た目はほぼ人であり、とても綺麗な女性であった。

 

「プレシア女史に呼ばれて来ました。地球で《便利屋》をしています、黒沢祐一と申します」

 

 頭を下げるリニスに、祐一も同じように頭を下げ挨拶を返す。

 頭を上げると、リニスが祐一へと声を掛ける。

 

「主の下へとご案内致しますので、どうぞ付いてきてください」

 

「わかりました」

 

 扉をくぐり屋敷の中に入ると、リニスが先導して歩き始める。その数歩後ろから、祐一も付いていく。

 

「ここへお客様が来られるのは久しぶり……いえ、初めてのことかもしれません」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。残念なことに、我が主であるプレシアには友人が少ないようですから」

 

 苦笑しながら話をするリニスに、祐一はそうなんですかと、こちらも苦笑しながら言葉を返す。

 

「黒沢様はプレシアとはどういうご関係だったのですか?」

 

「……プレシア女史からは何も聞いていないのですか?」

 

「残念ながら、何も聞いておりません。今日はお客様が来られるとしか教えられてないものですから」

 

「……そうですか。まぁ、何と言いましょうか、プレシア女史とは以前に一度だけお会いしたことがあるんですよ」

 

「? ……それだけですか?」

 

「まぁ、会ってからいろいろとあったんですが……長くなりそうなので、ここまでにしておきましょう」

 

 祐一の微妙に歯切れの悪い言葉に、リニスは小首を傾げていたが、一応納得してくれたようで、そうですかと頷いた。

 

「あ、それから黒沢様。私のことはリニスとお呼び下さい。敬語なども不要ですので、もっとフランクに喋っていただいて大丈夫ですよ?」

 

 笑顔でそう話すリニスに、祐一も言葉を返す。

 

「では、お言葉に甘えるとしよう。リニスも俺のことは様付けしなくてもいいから、呼びやすいように呼んでくれ」

 

「では祐一と呼ばせてもらいますね。あ、敬語は癖なので気にしないで下さい」

 

「了解だ」

 

 笑みを浮かべるリニスに、祐一も笑みを返した。

 しばらくリニスと他愛ない話をしながら歩いていると、リニスが立ち止まった。プレシアがいる客間へと着いたようだ。

 そして、リニスは祐一の方をちらりと見た後、扉をノックし中にいるであろう人物へと声を掛ける。

 

「黒沢祐一様をお連れ致しました」

 

「ええ、入りなさい」

 

 扉の向こうから、少し疲れたような女性の声が聞こえた。

 プレシアの声が聞こえると、リニスはすぐさま扉を開け、祐一に中へ入るようにと促す。

 祐一は少しだけ息を吸い込み、

 

「――失礼します」

 

 プレシアのいる客間へと、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 祐一とプレシアは机を挟んで、向かい合う形で座っていた。祐一は背筋を伸ばした状態で、プレシアは腕と足を組み、リラックスした状態で座っていた。

 リニスは二人の飲み物――祐一はコーヒー、プレシアは紅茶――を持ってきた後退出していったが、祐一とプレシアは向かい合ったまましばらく黙っていた。

 最初に口を開いたのは、祐一であった。

 

「久しぶり、と言った方がいいのでしょうね」

 

「二年前に会ったのが、最初で最後だったかしら?」

 

「そうですね。まぁ、"あの時"とは状況も立場も違いますが……」

 

「お互いにね。――あなたはあの頃より、ずっと大きくなったわね。見た目も――中身も」

 

「……そんなことはありませんよ」

 

 祐一は自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「管理局を辞めたそうね?」

 

「……ええ。俺が管理局にいる理由も意味もなくなりましたから」

 

「……そう」

 

 祐一の言葉に、プレシアは静かに頷く。

 表情こそ変わってはいないが、心は悲しみに満ちているのだろうと、プレシアは思った。

 プレシアは祐一が何故、管理局を辞めたのかを知っている。だからこそ、プレシアは祐一の悲しみがよくわかる。

 

 ――祐一もプレシアと同じく、"大切なモノ"を失くしたのだから――。

 

 そのこともあり、プレシアは祐一の居場所を突き止め、今回の自分の願いを頼むことにしたのだ。

 そんな思考に没頭しているプレシアに祐一は声を掛ける。

 

「それで、今回俺を呼んだ理由を教えて欲しいのですが……?」

 

「そうだったわね。今回、私があなたにお願いしたいことは、"ある子供"を一人前の魔導師として育ててほしいの」

 

「……"ある子供"とは?」

 

 祐一がプレシアへと質問を返す。

 プレシアは、リニスが入れてくれた紅茶を一口飲んだ後、静かに口を開いた。

 

「その質問に答える前に、一つ教えておくことがあるわ」

 

「なんでしょう?」

 

「あなたは私が今、何を"目指している"のかは知っているわね?」

 

「ええ、知っています。二年前に教えてもらったのですから」

 

 祐一はプレシアの言葉に頷きを返す。

 二年前、祐一はプレシアと出会い、教えてもらったのだ。その願いとは――

 

「――私の娘である《アリシア・テスタロッサ》を甦らせること」

 

 《アリシア・テスタロッサ》とは、プレシアも携わっていた魔導実験に巻き込まれて死んでしまった、プレシアの一人娘であった。

 

(成果を焦った上役達が魔道実験を強行した結果、魔力炉の暴走によって起きた事故で亡くなったんだったか。上役達は管理局と繋がっていたという噂まであったと聞いたが)

 

 祐一は苦虫を噛んだような表情をする。

 そんな祐一を気にする風もなく、プレシアは話を続ける。

 

 ――使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究《プロジェクトF.A.T.E》を立ち上げたこと。

 

 ――その研究の成果物として、人造生命からアリシアのクローンを生み出したこと。

 

 ――そして、そのクローンにアリシアの記憶を埋め込んだこと。

 

 プレシアの話を聞き、祐一はその壮絶さに身を震わせ、一つの事実に気付く。

 

「……まさか、"ある子供"というのは……」

 

「……そう、"ある子供"と言っているのは、アリシアから生み出したクローンのことよ」

 

「やはり……ですが、その子にはアリシアの記憶を埋め込んだのではないのですか?」

 

 その作られたアリシアのクローンにアリシアの記憶を埋め込んだのならば、何故、魔導師として育てなければならないのか。祐一はプレシアの言葉に頭を捻る。

 

「……駄目なのよ。研究は完全に成功しているのに、"あの娘"にアリシアの記憶を埋め込んでも、あの娘はアリシアではなかった。……全てアリシアと同じものを使用しているのに! 研究は完璧のはずなのに!」

 

 次第に語気を強めていくプレシアを祐一は黙って見ていることしか出来なかった。

 そして、プレシアは若干の狂気を孕んだ瞳を祐一へと向ける。

 

「……だから私は考えた。それなら、"アリシアの代わりになるもの"ではなく、"完全なアリシアを甦らせる"しかないと、ね」

 

「まさか、あなたは……」

 

 そこで今日初めて祐一の表情が驚愕に染まった。

 祐一が考え付くようなことに、研究者であり、自身も強大な力を持つ魔導師であるプレシアが、"その答え"に行き着かないはずがないと祐一は思った。また、それは限りなく低い可能性であることも……。

 そんな祐一を他所に、プレシアは尚も話を続ける。

 

「そう。死者蘇生の秘術があると言われる。――"忘れられし都《アルハザード》"を目指すわ」

 

「ですが、それは――」

 

「そう、限りなく可能性はゼロに近いでしょうね。でも、ゼロではないわ。それならば、私は賭けてみようと思う。――例え、何を犠牲にしようとも」

 

「…………」

 

 プレシアの言葉に祐一は押し黙った。

 本当に娘が大切だったのだろう。愛していたのだろう。だからこそ、プレシアは今、無謀ともいえる賭けを実行しようとしているのだと、祐一は思考する。

 

 ――そして、そのプレシアの気持ちを祐一は痛いほど理解していた――

 

 祐一は長い思考を終え口を開く。

 

「俺の心情としては、"プレシアさん"の気持ちは痛いほど分かります」

 

 ですが、と祐一は言葉を続ける。

 

「――それらの手伝いは何もしません。俺が受ける依頼は、"その娘"を一人前の魔導師として育てることだけです」

 

「それで構わないわ」

 

 商談成立ね、と呟くプレシアを見つめながら、祐一は声を掛ける。

 

「――止める気は、ないんですか……?」

 

「……ないわ。アリシアのいない世界になんて、興味はないもの」

 

 そう僅かながら自嘲気味にプレシアは笑みを浮かべた後、でも、と小さく呟くと、

 

「――ありがとう、"祐一くん"」

 

 消えそうなほどの声であったが、祐一は確かにその言葉を耳にしたのだった。

 

 

 

 

 

 ――その後、話は変わり、依頼内容の話となった。

 

「それで、あなたに頼む娘なのだけど、名前はフェイト――《フェイト・テスタロッサ》よ」

 

「――フェイト、ですか」

 

「ええ。その娘を一人前の魔導師にするのがあなたの仕事。サポートには、私の使い魔であるリニスを付けるから、わからないことがあったら聞いてちょうだい」

 

 そう話すプレシアの背後で、控えていたリニスが笑顔でお辞儀をする。リニスは先ほどの話までは退出していたが、依頼内容の話をするということで、プレシアに部屋へと呼ばれたのだ。

 

「わかりました」

 

 祐一がリニスを横目で見つつ言葉を返すと、プレシアは一つ頷き、リニスにフェイトを呼んでくるよう言いつけ、リニスは部屋を出て行った。

 それを見届けると、祐一はプレシアに声を掛ける。

 

「そのフェイトという子が保有する魔力量はどのくらいになるのですか?」

 

「AAAクラスよ」

 

「――AAAクラス、ですか? それは、凄い才能の持ち主ですね」

 

 魔力量AAAクラスの魔導師となると、祐一でも滅多にお目に掛かったことがなかった。そのため、祐一は驚いた表情でプレシアに言葉を返した。

 

「……そうね。……一体、誰に似たのかしらね」

 

 プレシアの呟きに祐一は首を捻るが、その思考はすぐに止めることになった。

 

「フェイトを連れて来ました」

 

 扉がノックされる音の後、リニスの声が扉の外から聞こえてきた。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

 扉が開くと、まず、先ほど退出したリニスが姿を見せる。

 そしてその後ろから、緊張しているのがこちらに伝わるぐらいにビクビクしている女の子が姿を見せた。

 

(この子がプレシアさんの娘であるアリシア・テスタロッサのクローンである――フェイト・テスタロッサか)

 

 見た目は小学校一年生ぐらい。その美しく輝く長い金髪が印象的な少女である。

 今は緊張しているのか、体の前で手を組み、赤い瞳をそわそわと動かしている。

 客観的に見ても、ほぼ満場一致で綺麗な女の子という回答を得られることだろう。

 

「今日からあなたの教育係をしてくれる、黒沢祐一さんよ」

 

「初めまして。今日から君の教育係りを任された黒沢祐一だ。よろしく頼む」

 

 プレシアに名前を呼ばれ、祐一は座っていたソファから立ち上がり、フェイトへと挨拶をする。

 フェイトは立ち上がった祐一を見ると、さらに緊張したのか、体を強張らせていた。

 

(? ……そうか、俺の大きさに驚いているのだな)

 

 祐一の身長は日本人にしてはかなり高めであり、その表情も相まって、子供に怯えられることがたまにあった。

 祐一はふむ、と頷くとフェイトの前で身を屈め、自分に出来る限りの笑顔をフェイトへと向けた。

 

「あっ……」

 

「短い間かもしれないが、これからよろしくな?」

 

 そう優しく話しながら、祐一はフェイトへと右手を差し出す。

 フェイトもはっとなり、おずおずと右手を差し出す。

 

「え、えっと、よろしくお願いしますっ!」

 

 祐一の手に自分の手を重ねながら、フェイトは少し大きめな声で挨拶を返す。

 そして、何か忘れていたことを思い出し――

 

「あっ! わ、私の名前は――フェイト、フェイト・テスタロッサです!」

 

 自身の名前を口に出し、祐一との初めての邂逅が終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 これが、《黒衣の騎士》と呼ばれた青年と一人の少女の新たな物語の始まりであった。

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
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役割

投稿します。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


side フェイト・テスタロッサ

 

 リニスに連れられて、今わたしは客間までの道程を歩いている。その途中、わたしは母さんに呼ばれたお客さんについてリニスに質問をした。

 

「ねぇリニス、今来てる人って母さんの知り合いなんだよね?」

 

「そうらしいですよ? でも、会ったのはたったの一度だったそうです。友人、とは少し違うような感じでしたね」

 

 わたしはリニスの言葉を聞き、少し首を傾げる。

 

(たった一度しか会ったことないのに、母さんがわざわざ呼ぶような人なんだ……)

 

 わたしはまだ見ぬ人に尊敬の念を抱いていた。

 

「それって、男の人? 女の人?」

 

 正直、男の人だったらちょっと怖いな。昔からリニス達以外と話したことないし、外にもそんなに出掛けたこともないから、男の人と話なんてしたことなんてない。ちょっと買い物に出掛けたときくらいだ。

 そんなわたしの心情を読み取ったのか、リニスが苦笑しながら答えてくれた。

 

「男の人ですよ。黒沢祐一さんと言います」

 

 黒沢祐一――男の人なんだ。怖い感じの人だったらどうしよう。優しい人だったら嬉しいな。

 

「その黒沢祐一さんって、どんな感じの人だった?」

 

 わたしが少しビクビクしながら質問すると、リニスは少し苦笑しながら答えてくれた。

 

「私もまだ会ったばかりですから、何とも言えないんですけどね」

 

 リニスが頬に手を当て、少し考える仕草をした後、口を開いた。

 

「正直、見た目は――結構怖いかもしれませんね」

 

 リニスがあっさりとそう口にする。

 怖い感じの人なんだとわたしが緊張していると、リニスは微笑みながら口を開いた。

 

「だだ……見た目は確かに威圧感があるのですが、何と言うか……こちらを包み込んでくれるような優しさを感じたような気がします」

 

 リニスは微笑みながらそう話す。その黒沢祐一って言う人をリニスは認めているようだ。

 リニスがそう言うなら安心してもいいのかな、とわたしは少しだけホッと胸を撫で下ろす。

 

「リニスがそう言うなら、良い人なんだね。それに母さんのために早く一人前の魔導師にならないといけないし、もし怖い人でも我慢しないと……」

 

 その黒沢祐一って人は、わざわざ母さんが呼んでくるような人だからとても優秀な人なんだと思う。

 そんな人からいろいろ学んでいけば、早く一人前の魔導師になれると思うし、そうすれば母さんに喜んでもらえる。

 

(早く一人前になって、母さんの手伝いをしないと)

 

 気付かない内に手に力が入っていたようで、しっかりと手を握っていた。

 

「頑張ってくださいね。私も祐一のサポートという形ですが、今まで通りフェイトの教育係りをやりますから、何かわからないことがあれば聞いてくださいね?」

 

 そう笑顔で話をするリニスに、わたしも嬉しくて笑みを浮かべた。

 

「さて、着きましたよ。心の準備はいいですか?」

 

 話をしているうちに着いたらしく、リニスが呼びかけてくる。

 私は深呼吸を一つして、

 

「――うん。大丈夫」

 

 と、リニスへと答える。

 リニスは一度わたしを見た後、頷き、扉をノックする。

 

「フェイトを連れてきました」

 

「入りなさい」

 

 リニスがノックをして、声を掛けた後、部屋の中から母さんの声が聞こえた。

 

(――母さんの声を聞くの、久しぶりだな――)

 

 母さんは研究で忙しくてめったに部屋からは出てこないし、廊下などで私と会っても少しこちらを見るだけで声も掛けてくれなかった。それはきっと、研究が忙しくてイライラしていたからなんだと、わたしは自分に言い聞かせていた。

 だから、わたしは母さんのために早く一人前の魔導師になって、母さんに楽をさせてあげることを目標としている。

 今回の教育係りの件は、わたしにとっても嬉しいことだ。

 

「失礼します」

 

 考え事をしている内にリニスが扉を開けて部屋の中へと入っていったので、わたしも慌ててリニスの後を追う。

 

「し、失礼しますっ」

 

 わたしは緊張しながらも、リニスと同じようになんとか挨拶をしながら、件の人物がいる部屋へと足を踏み入れた。

 するとそこには、向かい合ってソファーに座っている男女の姿があった。一人は言わずもがな、母さんだ。わたしの方を見てきたので微笑んだのだが、母さんは表情を変えずに視線を逸らしただけだった。……少しだけ、胸がチクリと痛んだ。

 そして、母さんの対面に座っている男性。この人が黒沢祐一さんなんだろう。

 

「今日からあなたの教育係りをしてくれる黒沢祐一さんよ」

 

 母さんが紹介すると、黒沢さんが立ち上がってこちらに近づいてきた。座っていたときはあまりわからなかったけど、黒沢さんは普通の人よりも頭一つ分は高い長身だった。私の頭がちょうど胸より少し下にくるぐらいの高さだった。

 短く切った黒髪に、黒いズボンに黒い服と、全身を漆黒で統一していた。

 黒沢さんはわたしが緊張していることがわかったのか、目線をわたしに合わせるために屈んでくれた。

 

「初めまして。今日から君の教育係りを任された黒沢祐一だ。よろしく頼む」

 

 黒沢さんは笑顔でそう話し、右手を差し出してきた。

 本当にリニスが言ってたとおり、そんなに怖い人じゃないかも、と思いながら黒沢さんが差し出してきた手を握る。

 

「短い間かもしれないが、これからよろしくな?」

 

「え、えっと、よろしくお願いしますっ!」

 

 緊張していたわたしは右手を掴んだまま、自分でも少し驚くぐらい大きな声が出てしまった。そんなわたしの態度に黒沢さんは笑みを深める。

 

(リニスが言ってたとおり、優しそうな人だ。この人となら上手くやっていけそうな気がするな。……あっ! まだ、自己紹介してなかった!?)

 

 わたしは少し慌てながら自分の名を告げる。

 

「あっ! わ、私の名前は――フェイト、フェイト・テスタロッサです!」

 

 これが、わたしと祐一の初めての出会いだった。

 

side out

 

 

 

 

 

 挨拶を終えると、祐一はフェイトに合わせて屈んでいた体を起こす。そこへ、見計らっていたのかプレシアが祐一へと声を掛ける。

 

「フェイトのことを頼むわ。私は部屋に戻るから、後のことはリニスに任せるわ」

 

「わかりました」

 

 プレシアはそう話すと足早に自分の部屋へと戻っていった。そんなプレシアをフェイトが少しだけ悲しそうに見つめていたのを、祐一は横目に見ていた。

 

(お世辞にも親子の関係が良好とは言えないようだな。……そんな簡単に割り切れる話では、ないのだろうな)

 

 部屋から出て行くプレシアの背中を見ながら、祐一は心の中でそう思った。

 プレシアは最愛の娘である"アリシア"を生き返らせるために、"フェイト"を造った。だが結果として、"フェイト"は"アリシア"ではなく、"フェイト"という意思を持つに至った。プレシアの最愛の娘である"アリシア"ではなく、"フェイト"という別の存在となったのだ。

 

(プレシアさんからしてみれば、娘と同じ顔をした別の人間だ。アリシアと同じように接するわけにはいかないんだろう。……全く、儘ならないな)

 

 祐一はふぅと溜め息を吐き、気を取り直すとリニスへと声を掛ける。

 

「リニス、すまないが、俺は一度戻って荷物などを用意してからまたこちらに戻ってくる」

 

「わかりました。お待ちしていますよ、祐一」

 

 笑顔で話すリニスにああ、と祐一は返事をしプレシア邸を出ようとすると、フェイトが声を掛けてくる。

 

「あ、あのっ!」

 

 祐一はフェイトの言葉に足を止め、そちらへと振り向く。

 

「? どうした?」

 

 少し首を傾げながら質問する祐一に、フェイトは少し言い辛そうにモジモジしていたが、意を決したように口を開いた。

 

「い、いってらっしゃい……」

 

 その言葉に祐一は少しの間驚いた表情をしていたが、その表情を笑みに変える。

 

「ああ。行ってくる」

 

 祐一はそう言葉を返し、フェイトに背を向けプレシア邸を後にした。

 

 

 

 

 

 祐一は一度家へと戻り、荷物を持ってプレシア邸へと再び戻り、リニスに案内された部屋で荷物の整理を終わらせた。

 そして、今はリニスとともに今後のことについて話し合っていた。

 

「――なら、俺が実戦訓練担当でリニスが座学担当ということでいいか?」

 

「はい。それが適任でしょうね」

 

 祐一の言葉にリニスは頷く。

 話をしている間に、祐一とリニスは少しずつ打ち解けてきたようで、最初の頃よりも口調が砕けた感じになっている。

 

「フェイトのデバイスはどうするんだ?」

 

「フェイトが一人でも魔法を上手く扱えるレベルになってから渡すつもりですよ。今、私が製作中です」

 

「リニスはデバイスを作成することもできるのか?」

 

「できますよ。ただ、少々時間が掛かってしまうんですけどね」

 

 リニスが苦笑しながら話す。

 祐一はそんなリニスを見ながら、心の中で流石だなと思わざるを得なかった。深い知識も持ち、かつ自身も魔導師として戦え、その上デバイスまで制作できてしまうのだから祐一としても舌を巻かざるを得ない。流石の祐一もデバイスの整備は可能でも、制作まではできなかった。

 

「流石はプレシアさんの使い魔、というところか」

 

「ふふ、ありがとうございます。それよりも、祐一の実力はどのくらいなのですか? プレシアからはかなりの実力者ということを聞いているのですが……」

 

 リニスが話を変えるように祐一に質問を投げ掛ける。

 

「プレシアさんのは過大評価だ。俺なんぞ魔力量Aクラスのどこにでもいるような魔導師だよ」

 

「そうなんですか? ですが、魔力量Aクラスなら多い方だと思いますけどね」

 

 苦笑する祐一にリニスが答える。その表情は祐一の実力を推し量っているように見えた。

 

「少し腕に覚えがある程度だ。魔力が少なくとも、上手く戦えば勝てる戦いもあるからな。まぁ、魔力量が多いに越したことはないんだがな」

 

「そうですね。確かに、戦術を駆使すれば魔力量が多い相手にも引けを取らないような戦いは可能でしょうね」

 

「そういうことだ」

 

 なるほど、と頷くリニスに祐一は本当に真面目な使い魔だなと感心する。

 

「戦い方も人によって千差万別だ。フェイトに魔法を教えていくにしたがって、得意な戦闘方法など見つけてそこを伸ばしていけたらいいと思ってる」

 

「そうですね」

 

 リニスが頷いたのを確認すると、祐一は話を締めくくる。

 

「今日はこれくらいにして、明日からフェイトの教育を始めていこう」

 

「そうですねって、もうこんな時間でしたか」

 

 時計を見ると、18時とそろそろ夕食の時間であった。

 

「では、私は夕食の準備をしてきますから」

 

「俺も手伝おうか?」

 

「祐一は料理ができるんですか?」

 

 小首を傾げながら聞いてくるリニスに祐一は苦笑しながら頷く。

 

「多少だがな。最低限の料理なら可能だ」

 

「そうですか。なら、少し手伝ってもらいましょうかね」

 

「了解だ」

 

 微笑むリニスに祐一はそう答え、二人は夕食の準備を開始した。

 

 

 

 

 

 夕食の準備を終え、祐一が静かに待っていると、こちらに近づいてくる何人かの気配を感じた後、扉が開きその人物達が姿を見せた。

 

「お待たせしました。さぁ、二人とも早く座ってください」

 

 そう話すのは、フェイトを迎えにいったリニスだ。

 

「う、うん。アルフ、早く座るよ」

 

 まだ、少しだけ祐一を見て緊張しているのは、金髪の少女フェイトである。

 

「あいよ~」

 

 そして、最後の一人は祐一が知らない人物であった。

 性別は女性。リニスとは違い活発な印象を受ける人物であるが、女性らしい体つきをしている。髪の間から獣のような耳がピョコンと出ているのと、尻尾が見えていることから、リニスと同じく使い魔であると祐一は判断した。

 そんな祐一の行動に気付いたのか、リニスが話しかけてくる。

 

「あ、祐一は会うのは初めてでしたね。アルフ、ちゃんと挨拶しなさい」

 

「はいはい。フェイトとリニスから話は聞いてるよ。あたしはアルフ。フェイトの使い魔だ」

 

 リニスと真逆の性格なのか、臆することなく話掛けてくるアルフに祐一は苦笑を浮かべる。

 

「今日からフェイトの教育係りとなった、黒沢祐一だ。よろしく頼む」

 

「ああ、よろしく。祐一って、呼んでいいかい?」

 

「構わんよ」

 

 話の区切りがついたのを見計らって、リニスが皆に声を掛ける。

 

「では、そろそろ頂きましょうか」

 

 その言葉から夕食は始まった。

 

 

 

 

 

 夕食も食べ終わり、リニスは後片付けを、祐一も手伝おうかと思ったのだが、

 

『では、フェイトとアルフの相手をしてあげてください。今のうちから仲良くしておいた方がいいでしょう?』

 

 リニスにそう言われた祐一は逆らうことも出来ず、言われるままフェイトとアルフの話し相手をしている。

 初めの方こそ遠慮していたフェイトも、祐一の話を楽しそうに聞き、ときには質問もしてくるようになっていた。アルフは性格なのか、初めから祐一に対して遠慮する素振りなどは見せなかった。

 

「祐一は母さんと知り合いなんだよね? どうやって知り合ったの?」

 

「ん? そうだな……」

 

 フェイトの言葉に祐一は顎に手を当て考え込む。

 

「俺がプレシアさんの元を訪れたのが切っ掛けだったな」

 

 祐一はプレシアと出会ったときのことを思い出し、懐かしなと呟く。

 

「そうなんだ。でも、何で祐一は母さんに会いに行ったの?」

 

 フェイトが可愛らしく小首を傾げながら質問してくる。祐一はそんなフェイトに笑みを浮かべながら答える。

 

「それは――内緒だ」

 

「えぇ!? なんで!?」

 

「一度に全部話してしまっては面白くないだろ? この話は次の機会にな?」

 

 そう話す祐一をフェイトはうぅ~っと声を上げ、恨めしそうに見つめている。

 

(まだ、プレシアさんに会いに行った理由を言うのは早いだろうからな)

 

 祐一は別にフェイトを弄りたくて内緒にしているわけではない。ただ、祐一がプレシアに会いに行った理由を話してしまうと、他にも話さなければならないことなどが浮き彫りになってくる。それを防ぐためと、今はまだフェイトのために教えるわけにはいかないと、祐一が判断したためであった。

 そして、しばらく祐一とフェイトとアルフの三人で談話していると、片づけを終えたリニスが戻ってきた。

 

「あらあら、たいぶ仲良くなったみたいですね? よかったです」

 

「うん。祐一の話はとっても面白いよ」

 

 笑顔で話すフェイトにリニスも笑みを浮かべ、本当によかったですと頷いていた。

 

「さて、リニスも戻ってきたことだから、明日からのフェイトの教育の話をしようか」

 

「そうですね」

 

「うん。お願いします」

 

「了解だ。フェイトの教育内容についてだが――」

 

 それからしばらくフェイトの教育内容について話をした。

 

「――という感じで、リニスとともにフェイトを一人前の魔導師に育てていくつもりだ。何か質問はあるか?」

 

「ううん。わたしは大丈夫」

 

 頷くフェイトに同じように祐一も頷き返す。

 

「あ、ちょっといいかい?」

 

「ん? どうした、アルフ?」

 

 今まで黙っていたアルフが口を開く。その表情は真剣なものとなっている。

 

「あたしも魔法とか戦い方とかを教えて欲しいんだけど――駄目かい?」

 

「ふむ。駄目ではないが……理由を聞こうか?」

 

 祐一は顎に手を当て、アルフへと質問を返す。祐一は理由は分かっていたが、確認の意味を込めて聞く。

 

「――フェイトの役に立ちたいからだよ。それ以外にあるかい?」

 

 アルフは不敵に笑いながら祐一の質問に答える。

 

(――良い目をしている。本当に主が大事なのだろうな)

 

 祐一がそう思っていると、フェイトが慌てたように声を上げる。

 

「べ、別にアルフも魔法を習う必要はないんだよ? わたしはアルフが居てくれるだけで嬉しいし」

 

「いや、あたしも魔法を教えてもらうよ。――ご主人様だけに大変な思いをさせるわけにはいかないしね」

 

 フェイトの言葉にもアルフは折れず、自身の思いを言葉にする。フェイトは嬉しそうな、それでいて危ないことはして欲しくなさそうな、微妙な表情となっている。

 二人の話が平行線になりかけると、祐一が口を開く。

 

「では、アルフも同じようにフェイトと魔法を習得してもらおう」

 

「ほんとかいっ!?」

 

「えっ!? ゆ、祐一!?」

 

 祐一の言葉にアルフは笑みを浮かべ、フェイトは驚いた表情を見せる。

 

「アルフはフェイトの使い魔なんだろ? 主のためにと言っているのだから、その願いを聞いてやってもいいんじゃないか?」

 

 フェイトは祐一の言葉に少し考える仕草をした後、顔を上げた。

 

「――わかった。じゃあ、アルフもいっしょに勉強しよ」

 

「ああ! 必ずフェイトの役に立ってみせるよ!」

 

 アルフが拳を握りながら声を上げ、そんなアルフを優しげな表情でフェイトは見つめていた。

 そんなアルフを見つめていたフェイトが視線を祐一へと視線を移す。

 

「でも、アルフとわたし二人いっしょなんていいの? 祐一達は大変じゃないの?」

 

 心配そうに話すフェイトに祐一は苦笑を浮かべ、自身の右手をフェイトの頭に乗せた。

 

「あっ」

 

「一人増えたところでそこまで変わらん。――それにだ、フェイト」

 

 祐一は話しながらフェイトの頭を優しく撫でる。

 

「お前は周囲に気を使いすぎだ。少しぐらいは周りを頼れ。――お前は一人ではないのだから」

 

 フェイトは驚いた表情をしていたが、しばらくすると、頬を赤く染めながらも笑みを浮かべ小さく頷いた。

 それを祐一は確認すると、フェイトの頭から手を放す。そのとき、フェイトが少々残念そうな表情をしていたが、祐一は気づかなかった。

 

「さて、今日の話はこれくらいだ。明日からよろしく頼む」

 

「うん。よろしく、祐一」

 

「よろしくっ!」

 

「よろしくお願いします」

 

 祐一の言葉に三人は言葉を返し、本日は解散となった。

 

 

 

 

 

 祐一は部屋へと戻り、シャワーを浴びた後ベットに寝転んで考え事をしていた。

 母のために頑張ろうとする少女――フェイト・テスタロッサ。

 フェイトは、確実に遠くない未来に大きな障害や問題にぶつかるだろうと、祐一は思っている。

 プレシアの問題がそれだ。プレシアは未だにアリシアのことを引きずっており、フェイトのことを気に掛ける余裕がない。いや、気にかけようとしても心のどこかでそれを拒否しているようであった。

 

(本当に儘ならんな。この世界というものは……なぁ、"雪"?)

 

 祐一は目を瞑り、一人の女性へと問い掛ける。心の中にいる女性は笑っているような気がした。

 

(考えても仕方ない、か……俺は出来ることをやろう)

 

 今はあの少女が一人前の魔導師になれるように、自身が手を引いてあげよう。

 祐一はそんなことを思いながら、眠りに付いた。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。

更新は少々不定期ですが、頑張ります。


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教育と真実

更新します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


side フェイト・テスタロッサ

 

 今日はいつもより早く目が覚めてしまった。

 もう眠れそうになかったので、私は少し散歩がてら外を歩きに行くことにした。隣ではアルフが気持ちよさそうに寝ていたので、起こさないようにそっとベッドから抜け出し、服を着替えてから部屋を出た。

 

「ん~! こんなに早起きしたのは久しぶりだな~」

 

 起きたばかりで固まっている体を伸ばしながらそう呟く。朝の冷たい空気がとても気持ちよかった。

 そんなことをしながら朝の散歩を満喫していると、少し遠くに人影を見つけた。

 

(こんな朝早くに誰だろう?)

 

 わたしは気になったので、その人影が見えるところまで近づいた。

 

「……祐一?」

 

 その人影の正体は、わたしを一人前の魔導師として育ててくれるために母さんに呼ばれてやってきた――黒沢祐一、その人だった。

 祐一は前に見たような漆黒のジャケットは着ておらず、上下ともに動きやすいジャージを着込んでいた。その上下ともに、色が黒であったのは祐一らしいと思い、わたしは自然に笑みを浮かべてしまった。

 

(でも、なにしてるんだろう?)

 

 祐一は背筋をピンと伸ばした状態で、目を閉じ、ただそこに立っているだけだった。わたしは祐一が何をしているのかわからずに首を傾げる。

 しばらく見ていると、祐一は静かに目を開くと同時に素早く動き始めた。

 

(わっ!? 急に動き出した……なんだか、誰かと戦ってるみたい……)

 

 祐一はまるで目の前に誰かがいるように、拳と足で攻撃を繰り返し、ときには相手の攻撃を避ける仕草も見せた。その動作の一つ一つが、わたしにはとても綺麗に見えた。

 

(……すごい。こっちまで空気を切る音が聞こえてくる)

 

 その攻撃はとても鋭くて早く、わたしにはほとんどが見えなかった。

 

(わたしもいつかは、祐一のように戦える日がくるのかな……)

 

 わたしが見ている間も動き続ける祐一を見つめながら、心の中で考える。

 わたしは祐一のようになれるのか? わたしは母さんの役に立てるような、一人前の魔導師になれるのか?

 

(……ううん。……なれるかじゃない……なるんだ。一人前の魔導師に……祐一のような強い魔導師に……)

 

 心の中でわたしはそう強く思った。

 そうわたしが新たな決意を心に決めていると、

 

「そんなところで見てないで、こっちに来たらどうだ、フェイト?」

 

「あっ……」

 

 いつの間にか動きを止めた祐一がこちらに声を掛けてきた。激しく動いていた証拠にその額からは汗が流れており、肩で息もしていた。

 わたしはトレーニングの邪魔をしてしまったことから、少し申し訳なさを感じてしまった。

 

「邪魔しちゃってごめんね、祐一」

 

 自分もいつか、祐一と肩を並べられるような立派な魔導師になろうと心に決めながら、祐一の方へと近づいていった。

 

side out

 

 

 

 

 

 祐一がフェイトに声を掛けると、フェイトは早足に近づいてくる。

 

「いつからわたしが見てるって、気付いてたの?」

 

 近づいてきたフェイトが首を傾げながら祐一へと質問する。祐一は流れてくる汗をタオルで拭きながら、フェイトへと質問を返す。

 

「俺がシャドウボクシングを始めてしばらくしてからだ。視界の端にフェイトの姿を見つけたのでな」

 

「そうなんだ。ほんとに邪魔しちゃって、ごめんね?」

 

「構わんよ。それほど邪魔にはなっていない」

 

 祐一が苦笑しながらそう話すと、フェイトも安心するように笑みを浮かべる。

 

「それで、こんな朝早くからどうしたんだ? 俺に何か用事でもあったのか?」

 

 祐一が依頼を受け、プレシア邸に住むようになってから、朝のトレーニングの時間に誰かに会うのは初めてのことであった。

 祐一の質問にフェイトは首を振りながら答える。

 

「ううん、違うよ。今日はたまたま早く目が覚めちゃったから散歩してたんだよ。そうしたら祐一の姿が見えたから、何してるんだろって気になっちゃって」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 祐一はフェイトがここにいる理由が分かったため、静かに頷く。

 

「祐一はいつも朝からトレーニングしてるの?」

 

「ああ。昔から続けているからな」

 

 そう祐一が答えると、フェイトが少し考えるような仕草をすると、祐一へと質問を投げる。

 

「――わたしも祐一といっしょにトレーニングしてもいいかな?」

 

「なに?」

 

 フェイトの言葉に祐一は少しだけ眉を顰める。

 祐一のそんな反応に少しだけ言いづらそうにしながらも、フェイトはしっかりと話を続ける。

 

「わたしは母さんのために、できるだけ早く一人前の魔導師になりたいんだ。だから、毎日の魔法の勉強や訓練に加えて、祐一と朝にもトレーニングをしたいんだ。……駄目かな……?」

 

 フェイトの言葉に祐一は顎に手をやりながら、少しだけ考える。

 

(――なるほど。早く一人前の魔導師になって、プレシアさんの手助けがしたい、か。……その考えは確かに立派だ。……だが)

 

 フェイトに見つめられながら、祐一はゆっくりと話を始める。

 

「止めておけ。今の魔法の勉強と訓練で十分だろう」

 

「っ!? で、でもっ!?」

 

「でも、じゃない。無理なトレーニングを行うなんぞ体を壊すだけで、何も身になりはしない。トレーニングの量を増やせば良いというものではないんだ」

 

 祐一の言葉にフェイトは俯いてしまう。

 

「今は俺とリニスが考えた勉強と訓練だけで十分だ。さらにトレーニングをしたいのなら、それらを余裕でこなせるようになってからだ」

 

「……うん」

 

 フェイトが顔を俯かせ小さく呟く。そんなフェイトを見て、祐一は困ったように苦笑を浮かべ、目の前で俯いているフェイトの頭に右手を乗せた。

 祐一の行動にフェイトが少し驚いたように顔を上げる。

 

「大丈夫だ。お前の魔導師としての才能は計り知れない。俺とリニスが考えた訓練を続ければ、すぐに一人前の魔導師になれる。だから、今は俺とリニスを信じて訓練を続けてくれるか?」

 

「……うん、わかった。祐一とリニスを信じるよ。……ごめんね、無理なこと言っちゃって」

 

「いいさ。その向上心は大事なことだ」

 

 そう話しながら祐一はフェイトの頭を優しく撫でる。フェイトも頬を赤く染めながらも嬉しそうな表情をしていた。

 

「さてと、そろそろ朝食の時間だろう。部屋に戻るか」

 

「うん!」

 

 フェイトが頷くのを確認し、祐一は屋敷の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 朝食を食べ終え、フェイトとアルフの訓練が始まった。午前は座学、午後からは実戦訓練といった内容となっている。

 午前の座学は基本的にリニスの担当で祐一もいっしょに見てはいるが、サポート程度でそこまですることはない。

 午後の実戦訓練は祐一がメインで教えている。――とはいえ、今のフェイトとアルフの実力では、模擬戦などできるはずもないので、魔力のコントロールを教え込んでいる。

 今は祐一がフェイトとアルフに魔力のコントロール方法を教えているところである。

 

「――よし、いいぞ二人とも、その調子だ。あと十分だ」

 

「っ! はいっ!」

 

「くぅ~! きっついね!」

 

 フェイトは金色の魔力スフィアをいくつか生成し、それを出現した的目掛けて打ち込んでいく。アルフも同じように魔力スフィアを生成し、的に魔力スフィアをぶつける。二人はかなりの時間それを続けているのか、額からは大粒の汗が流れていた。

 ――そんな二人を祐一は腕を組み、時折指示を出しながら見つめている。

 

「よし! もういいぞ」

 

 祐一の声と同時に二人は魔力スフィアを霧散させ、乱れた呼吸を整え始める。

 

「ふむ。なかなか上達してきたじゃないか」

 

「はぁ、はぁ……そ、そうかな?」

 

「こんだけ訓練してんだから、上達してないとショックだっての」

 

 二人の言葉に祐一は苦笑を浮かべるが、すぐに表情を戻し話を続ける。

 

「だが、まだまだ一人前にはほど遠いがな。――これくらいは出来なければな?」

 

 その言葉と同時に祐一は自身の周りに十個の魔力スフィア展開し、それらを順番に的へと飛ばしていく。

 そんな祐一を二人は驚愕の表情で見つめている。

 

「す、すごいね」

 

「これが普通なのかい。骨が折れるねぇ」

 

「あとはこの魔力スフィアを自由に制御できたら言うことはない」

 

 現状、フェイトは一気に生成できる魔力スフィアの数は十個、アルフは七個が限界である。また、一気に生成できる数はそれだけであるが、それを自由に制御できるかと言ったら、それとはまた話が別であった。

 ――であるため、二人は祐一が十個の魔力スフィアを苦も無く制御していることが驚きであったのである。

 そんな二人の気持ちを知ってか知らずか、祐一は魔力スフィアを全ての的に当て終えた。

 それを見ながら、フェイトが不安そうに祐一に声を掛ける。

 

「ほんとにわたし達もそれくらいできるようになるのかな?」

 

「努力次第だな。まぁ、フェイト達ならば大丈夫だろう。努力もしているし、素養も十分にある。――だから安心しろ。ちなみに言っておくが、この程度ならばリニスもプレシアさんも楽に出来るからな」

 

「……うん。ありがと」

 

「いよっしゃ! 頑張るぞ!」

 

 フェイトは微笑み、アルフは気合の声を上げる。

 

「――よし。では、そろそろ休憩も終わりだ。再開するぞ」

 

「はい!」

 

「あいよ!」

 

 そして、その日の訓練も夕方まで続いた。

 

 

 

 

 

 訓練も終わり、いつものようにリニスが作った夕食を食べ終えると、フェイトとアルフは疲れ果てていたのか、今日はもう休むと言い残し、部屋に戻っていった。

 そして今は祐一とリニスの二人きりの状況であった。

 

「――プレシアさんは今日も部屋に篭りっぱなしか?」

 

「はい。食事は食べてくれるのですが、部屋からほとんど出てきません」

 

 そう話すリニスは悲しそうな表情をしている。

 祐一がプレシア邸に来てからしばらく経つが、最初に話して以降はほとんど顔も見ていない。流石にここまで姿を見ないとなると、心配しようというものであった。

 ふむ、と祐一は顎に手を当てながら考えた後、リニスに話し掛ける。

 

「丁度いいか。そろそろ、プレシアさんにフェイトのことについて報告にいこうと思っていたんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。流石に任せてもらっているとはいえ、依頼主に何も報告しないわけにはいかないからな。だから、プレシアさんのところに案内してくれるか? そのついでに様子も見ておこう」

 

「わかりました。では、プレシアの部屋に案内します」

 

「頼む」

 

 そう話をした後、リニスの案内でプレシアの部屋までやってきた。

 そして、リニスが流れる動作で部屋の扉をノックした。

 

「プレシア、リニスです。祐一が依頼内容の報告をしたいと言っているのですが……」

 

 リニスが扉越しにプレシアに呼び掛ける。だが、しばらく経ったが、中からは何も返事が返ってこない。

 

「プレシア……?」

 

 リニスが再度ノックするが、それでも中からは何も応答がなかった。

 

「いないのか?」

 

「この時間は部屋にいると思ったのですが……」

 

 祐一の言葉にリニスが首を傾げる。

 

(……何だ? 何か嫌な感じがする……)

 

 祐一の第六感が何かよくないことが起こっていることを訴えている。

 

「とりあえず入ってみよう」

 

「そうですね。では、失礼します」

 

 リニスが律儀に挨拶しながら扉を開け、部屋へと入っていく。祐一もそれに続いた。

 だが、どこにもプレシアの姿は見当たらなかった。

 

「……? 奥の扉が少し開いているな?」

 

「そうみたいですね。もしかしたら奥にいるのかも……」

 

 そう考え、二人は奥の扉へと近づいていく。――すると、そこにプレシアは確かにいた――倒れた姿で。

 

「っ!?」

 

「プレシア!?」

 

 二人はプレシアへと近づき、リニスがプレシアを抱き起こす。

 

「プレシア!? 大丈夫ですか!? プレシア!?」

 

 焦るリニスがプレシアへと叫ぶ。だが、プレシアは起きる気配はなかった。

 

「落ち着け、リニス! 容態を確認するんだ」

 

「っ!? そ、そうでした。すみません、祐一」

 

「気にするな」

 

 祐一の声でリニスは冷静さを取り戻し、すぐにプレシアの容態を確認する。 

 

「よかった。どうやら気絶しているだけのようです」

 

「そうか」

 

 リニスがほっと息を吐くと、祐一も肩の力を抜いた。

 そして、ほっとした祐一はプレシアに向けていた視線を上げた。――そして、その視線の先に驚くべきものを発見する。

 

「――この娘が、そうなのか」

 

 その視線の先には生体ポットがあり、中にはフェイトと瓜二つの少女が眠っているかのように、その身を漂わせていた。

 

(――アリシア・テスタロッサ――)

 

 プレシアの最愛の娘であり、事故で死んでしまった少女――フェイトの素体である少女が、死んだ時のままの姿でそこにいた。

 

「こ、この娘はフェイト……なん、ですか……?」

 

 祐一の視線に気付いたリニスがアリシアを見つけ、その表情を驚愕に染めていた。

 そして祐一へと視線を向けると、口を開いた。

 

「祐一はこの娘が誰か、知っているのですか?」

 

「ああ。だが、今はプレシアさんをベッドに運ぼう。話はその後だ」

 

「……そうですね。わかりました」

 

 祐一の言葉にリニスは頷き、二人はそのままプレシアを寝室へと運んでいった。

 

 

 

 

 

 プレシアをベッドへと運び、祐一達はプレシアが目覚めるのを待っていた。

 

「……ん……ここは……?」

 

「プレシアさん、目が覚めましたか? 気分はどうですか?」

 

「祐一くん……?」

 

「プレシア、あなたは部屋で倒れていたんです。それを私と祐一で見つけて、ここまで運んだんですよ」

 

「そうだったの。面倒を掛けてしまったわね」

 

「いえ、ご無事で何よりです」

 

 プレシアの言葉に祐一はそう言葉を返す。そんな祐一にプレシアは少しだけ笑みを浮かべる。

 その後、三人で話をしていると、リニスが真剣な表情で口を開いた。

 

「……プレシア、あの部屋にいた、あの少女は誰なんですか? あなたは一体、何をしようとしているのですか?」

 

 その言葉にプレシアは黙り、祐一も口を噤む。

 静寂が支配した部屋で、プレシアがやっとその口を開いた。

 

 ――アリシアのこと。

 

 ――フェイトが死んだアリシアのクローンであること。

 

 ――自身が目指しているもの。

 

 プレシアの話を黙って聞いていたリニスの表情は、自身の主であるプレシアの苦しみとフェイトへの想いから、苦悶の表情を浮かべていた。

 

「――これが私が話せること全てよ」

 

「そう、ですか……」

 

 話を終えたプレシアの表情は変わらず、感情の読めない表情をしていた。

 祐一は二人の話を黙ったまま聞いていた。"部外者"である自分が口を出すことではないと、そう考えていた。

 そして、リニスは一度目を閉じ、深呼吸をすると決心したように目を開いた。その表情は先ほどの苦悶に浮かんでいるようなものではなく、何か覚悟を決めたような表情となっていた。

 そして、その瞳をプレシアへと向け、リニスは口を開いた。

 

「プレシア……どんなに願っても死者は生き返りません。それは失った時間も同じです」

 

「っ!?」

 

 その言葉にプレシアは憎悪の瞳をリニスへと向けるが、構わずリニスは話を続ける。

 

「アリシアのことは確かに悲しいですが、プレシアには今はフェイトがいるじゃないですか!」

 

「黙りなさい! フェイトがアリシアの代わりになるはずないじゃない! 私が愛していたのはアリシアよ! フェイトなんかではないわ!」

 

 プレシアが感情を爆発させ、リニスへと叫ぶ。

 

(リニスの言い分もわかる。……だが、それで納得できるようなら、このようなことは続けていないだろう。フェイトは確かにいる。……だが、アリシアはいない――大切な人は、この世にいないのだ)

 

 祐一は表情には出さず、そう考える。

 

「あなたに何がわかるというの! いつも仕事ばかりで、アリシアには少しも優しくしてあげられなかった。研究が終われば、私の時間も優しさも何もかも全部アリシアにあげようと想っていた。……なのに、フェイトに注ぐ愛情なんてあるわけないっ! あるわけないじゃない……」

 

「プレシア……あなたは……」

 

 プレシアの目からは涙がとめどなく溢れているが、そんなことは気にせずプレシアは慟哭する。リニスもプレシアの気持ちが伝わったのか、何も言い返せなくなっていた。

 そして、プレシアは俯いたまま静かに話を続ける。

 

「……リニス、あなたの使い魔としての役割はフェイトを一人前の魔導師に育て上げること。それが終わったら、あなたの役目もお終いよ。……祐一くんも、ね」

 

「……プレシア……」

 

 リニスは目尻に涙を浮かべながら、何か言うべき言葉を探し、祐一は何も言うことがないのか黙っている。

 

「……もう話はお終いよ。明日からもフェイトを頼むわ」

 

 プレシアの安易に出て行けという言葉に、祐一とリニスは従うしかなかった。

 

「……わかりました。おやすみなさい、プレシア」

 

「失礼します」

 

 二人はそう言葉を残し、部屋を退出していった。

 

 

 

 

 

side 黒沢祐一

 

 プレシアさんの部屋を退出した後、悩むリニスと別れ、俺は部屋へと戻った。

 今日はいろんなことがあったためか、ふぅ、と勝手に息が漏れる自身に苦笑しながら、ベッドに横になり、思考を巡らせる。

 

「……話は平行線。リニスは"現在"と"未来"、プレシアさんは"過去"を追っている。当然、前者の方がいい結果になるのはわかっているのだが、な」

 

 そんなことは俺とて"あの時"からわかっている。だが――

 

「それが許容できるなら、悩んだりはしない」

 

 俺も何度も"あの時"のことは夢に見る。――過去に戻れるのなら、俺もそうしていたかもしれない。

 

「――こんな俺が今のプレシアさんを説得できるわけもないな。俺は今、自分にできることをやろう」

 

 指し当たっては、フェイトを一人前の魔導師にすることだ。あの母親想いの優しい子が、これからのことで困らないように。

 

「――最善を尽くそう」

 

 俺は目の前で拳を握り、そう決意を固めた。

 

 ――どうやら、俺の心もまだ死んでいないようだ。

 

side end

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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模擬戦

遅くなりました。
投稿します。

楽しんでいただけたら幸いです。


side 黒沢 祐一

 

 ――あれから一年が経とうとしていた。

 

 あれからプレシアさんは気を紛らわせるようにさらに研究に没頭するようになってしまった。そのような状態で体調が回復するはずもなく、悪化の一途を辿っている。

 リニスはあの一件のことは顔に出さないようにしていたが、プレシアさんの容態が悪くなっていることと、フェイトとプレシアさんの埋まることのない心の溝に、時折辛そうな表情をしていることがあった。

 

 ――結局、あの一件から状況は何も変わっていない。

 

 いや、変わったことはあった。――それはフェイトが一人前の魔導師に近づいているということだ。

 フェイトは頭も良く、努力も人一倍するし、魔導師としての才能も十二分にあったことから、俺が予想していたよりも早い速度で一人前の魔導師に近づいていっている。

 また、そんな主に感化されているのか、使い魔であるアルフも順調に力を付けていっている。

 

 ――この分だと、俺の出番もそろそろ終わりだろう。

 

 フェイトが一人前の魔導師となったときが、フェイト達との別れとなる。――それが少しでも寂しいと思えるくらいには、俺もここでの生活が楽しかったのだと感じている。

 それにフェイトはよく俺に懐いてくれていた。朝のトレーニングをするときも、

 

『見るだけなら、いいよね?』

 

 と言い張り、結局こちらが折れる形となり、それ以来、フェイトは真剣な表情で俺のトレーニングを見学することが通例となっていた。

 出会った頃はビクビクしながら話しかけてきていたのに、最近では自分から話しかけてくるようになり、その変わりようにも驚かされた。

 リニスにそのことを話したら、

 

『ふふ、祐一の温かい雰囲気が気に入ったのでしょうね』

 

 と笑いながら答えてくれたが、俺のような男のどこに温かい雰囲気があるのだろうかと首を捻った。そんな俺を見て、さらに笑みを深くしたリニスが印象的であった。

 

 ――そんないろんなことがあり、俺はテスタロッサ家との友好を深めていった。

 

 そして、今、俺は成長著しい、フェイトとアルフの二人との模擬戦の真っ最中であった。

 

 

 

 

 

「フォトンランサー、ファイアー!!」

 

 フェイトが自身の得意技である、槍のような魔力弾を放ってくる。数は四つ、どれも魔力がしっかりと込められており、直撃すればかなりのダメージとなるだろう。このフォトンランサーはフェイトが最初に習得した魔法だ。そのため、それだけに熟練している技であり、フェイトがもっとも多用してくる魔法の一つでもある。

 また、この一年間で知ったことだが、フェイトは魔力変換資質【電気】を有している。そのため、魔力弾の一撃を喰らえばその痺れからしばらく行動不能になったりもする。麻痺効果というものだ。

 

「ソニックムーブ」

 

 だが、それも当たらなければどうということはない。

 俺は素早く移動しながら攻撃をかわしていく。……が、急に左腕を引っ張られるような感覚を覚え、動きを止められた。

 

「……バインドか」

 

 どうやら、先ほどの攻撃は俺を誘導するために放った罠だったようだ。

 俺が少し驚いていると、今度はアルフが拳に魔力を込めながら殴りかかってくる。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 セオリー通りの良い攻撃だ。バインドで敵の足を止め、そこを叩く。基本的だがもっとも効率の良い戦い方である。

 ――だが、それ故に読まれやすい攻撃でもある。

 

「フレイムシューター」

 

 俺はそう呟くと、周りに赤い魔力弾が表れる。アルフの攻撃がくることは読んでいたので、あらかじめ自分の周りに魔力弾を生成していたのだ。

 

「シュート」

 

 その内の二つをアルフに放ち、残りをフェイトに向けて放つ。アルフは俺の予期せぬ反撃に驚いていたが、即座にプロテクションを張り攻撃を防いだ。残りの魔力弾をフェイトが即座にフォトンランサーを放ち迎撃する。

 俺はその隙にバインドを解除し、右手に魔力を込めアルフへと突撃する。

 

「いい攻撃だった。――だが、この一撃は受け止められるか?」

 

 俺は自分の拳が届く距離までアルフに接近すると、魔力を込めた右腕からの一撃をお見舞いする。

 

「くっ!?」

 

 アルフは苦しそうにしながらも、プロテクションで俺の攻撃をしっかりと受け止めていた。

 最初の頃は、俺の攻撃をくらった瞬間にプロテクションが破れていたが、この一年で見違えるほどに成長した。――教えている方としては嬉しい限りだ。

 少し口元に笑みを浮かべながら、アルフに声を掛ける。

 

「どうした、アルフ? もう降参か?」

 

「誰が!!」

 

 犬歯を剥き出しにし、アルフが負けじと押し返してくる。相変わらず直情的だな、と俺は思いながら、アルフと押し合っていた右手の力をふっと緩める。

 

「わわっ!?」

 

 急に俺が力を抜いたことにより、アルフの体勢が崩れたので、そのまま右足に魔力を込めながら後ろ回し蹴りを放つ。

 

「ぐわっ!?」

 

 アルフは咄嗟に右腕を上げてブロックしたが、そのまま勢いよく樹に激突した。

 

「アルフ!?」

 

 フェイトが叫ぶと同時に、フォトンランサーを放ってくる。

 俺はその攻撃を回避しながら、二人に向かって声を上げる。

 

「さっきの攻撃はなかなか良かったが、バインドでの拘束が少し中途半端だ。もっと強固なバインドならもう少し状況が変わっていたかもしれんぞ? あと、アルフは挑発に乗りすぎだ。もう少し落ち着いて戦え」

 

 説明を終えると、フェイトがアルフの傍に移動していた。アルフは少し息が上がってはいたが立ち上がっていた。そんな二人の姿を見て、俺は笑みを浮かべる。

 

「さて、もう一本いくか?」

 

 その言葉に二人は頷く。

 先ほどアルフに放った攻撃も少し手加減したとはいえ、それを咄嗟に防御しダメージを軽減した。少し息は上がっているが、かなりの進歩といってもいいだろう。

 すると、俺が考えている間に二人は戦闘モードに入ったようだ。フェイトがフォトンランサーを展開し、アルフも手に魔力を込めている。二人の瞳からは、俺から一本取ってやろうという意気込みが感じられた。

 そんな二人に少しだけ苦笑した後、表情を引き締める。

 

「さぁ、来い」

 

 言葉と同時に、アルフが突撃してくる。間違いなくアルフは囮として突撃してきたのだろうが――どういった攻撃をしてくる?

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 アルフが雄たけびを上げながら、俺に魔力を込めた拳を打ち込んでくる。当たればかなりのダメージだろうが、そんな攻撃に当たるほど甘くはない。

 俺はアルフの攻撃を捌き、がら空きになった体にボディーブローを放つ。

 

「ふっ!」

 

「ぐっ!?」

 

 アルフは辛うじて右腕でガードしていたが、先ほどの攻撃が効いていたのか表情が苦痛に歪んだ。俺はさらに攻撃を行おうと思い、アルフに追撃を仕掛けようとしたところで、フェイトがフォトンランサーを俺に放ってくる。

 

「むっ?」

 

 かなりきわどいタイミングで放ってきた攻撃を俺はプロテクションで防ぐ。フェイトの攻撃を防いでいる間に、アルフが俺から距離を開けていた。

 そのアルフが移動して、フェイトを守るかのように俺の方を向いて構える。

 さて、次はどのような攻撃をしてくるのか。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そう考えていると、アルフがまた手に魔力を込め突撃してきた。

 

(またか。流石に馬鹿の一つ覚えすぎじゃないか? それとも何かを狙っているのか。――それなら乗ってやろうじゃないか)

 

 そう考えながらアルフの攻撃を捌こうと構えると、急にアルフが俺に手が届く前にしゃがみこんだ。

 

「む!?」

 

 いきなりしゃがまれたため、俺は思わずアルフの方に意識が集中してしまう。そして、アルフの方に意識がいっていた俺目掛けて、フェイトがフォトンランサーを放ち、それがアルフの後方から頭上を抜け、俺に目掛けて迫ってきていた。

 

「くっ!? プロテクション!」

 

 俺は驚きながらも、プロテクションを張り防いだが、それが致命的な隙となった。

 アルフが一度しゃがんだ後、また俺に突進してきたのである。

 

「今度はもらったぁぁぁぁぁぁ!」

 

 叫びながらアルフが拳を振るってくる。俺はフェイトの攻撃を防いだ後だったので、アルフの攻撃もプロテクションで防いだ。

 だが、先ほどと違い焦ってプロテクションを生成してしまったため強度が落ちている。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 アルフは俺のプロテクションも関係なく、力で押してきた――すると、俺のプロテクションにひびが入った。

 

「ちっ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 俺はたまらずアルフを蹴って後退する。

 ――が、どうやらそれも罠だったらしい。

 

「む!? またバインドか!?」

 

 俺が後退するの読んでいたのか、バインドが設置されていた。しかも、今回は片手両足という徹底ぶりで、先ほどのバインドよりも強固に作られているようだ。

 決定的な隙がフェイト達の戦術によって――生み出された。

 

「フェイト! 今だよ!」

 

 アルフの叫び声とともに聞こえてきたのは――

 

「アルカス・クルタス・エイギアス」

 

 フェイトの澄んだ声だった。

 

(っ!? この呪文は……まさかっ!?)

 

 声がする方に目を向けると、フェイトが目を瞑り詠唱していた。その足元には金色の巨大な魔方陣が展開されているのを、少し遠めではあるが確認した。

 驚いている俺を他所に、フェイトは淡々と詠唱を続ける。

 

「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」

 

 やはり、フェイトには並外れた才能があるようだ。

 まだ、この魔法を覚えるのは先になるかと思っていたがもう使えるようになっていたとは、俺も驚きであった。

 

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 

 フェイトの周囲に大量のフォトンランサーが展開されていく。流石にあの数のフォトンランサーを避けきるのは無理だ。

 

(まさか、こんなにも早く"この技"を使うことになるとはな)

 

 フェイトの成長速度が俺が思っていた以上に早かったため、あまり使用したくはなかった技まで使用する羽目になってしまった。だが、そんな些細なことよりも、俺はフェイトの成長が嬉しかった。

 

(――まったく、素晴らしい教え子だな)

 

 俺はそんなことを考えながら笑みを浮かべる。

 ――そして、フェイトが閉じていた目を開いた。

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト。――撃ち砕け、ファイアー!!」

 

 フェイトの叫びとともに、俺は金色の光に飲み込まれた。

 

side out

 

 

 

 

 

side フェイト・テスタロッサ

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト。――撃ち砕け、ファイアー!!」

 

 わたしはありったけの魔力を込めて、バインドで拘束されている祐一に目掛けて魔法を放つ。

 この魔法は呪文詠唱にかなりの時間が掛かるし、魔力も膨大に消費するから必ず当たるような状況を作らなければならなかった。

 正直、祐一にこの《フォトンランサー・ファランクスシフト》を当てるのは至難の業だ。詠唱に入ってしまえば、祐一は当然こちらの意図に気付くだろうし、そうなってしまえば詠唱を完成させることさえ難しくなってしまう。

 だから今回は、アルフに囮として祐一の足を完全に止めてもらうために動いてもらった。そのために入念にアルフと作戦を立てて、そして祐一を追い込むことに成功して、こちらの攻撃を当てることが出来た――はずだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 もうわたしの体には魔力も体力もほとんど残っていない。だけど、もしこの攻撃に祐一が耐えていたとしても、かなりのダメージを与えているのは確かだと思う。そうなれば、まだ比較的元気なアルフがこちらにはいるから、きっと勝ち目があると思う。

 

「やったね、フェイト!! あの祐一に勝ったんだよ!!」

 

 アルフが両手を挙げて、元気良く喜んでいる姿を見てわたしも嬉しくなり笑みを浮かべる。

 ――だけど、相手はあの祐一だ。まだ、油断は禁物だ。

 

「待って、アルフ。まだ勝ったかどうかわかんないよ。祐一の姿を確認しないと……」

 

「大丈夫だよ。バインドでしっかり逃げられないようにしたし、祐一が当たるところまでは見えたんだからさ。――というか、直撃だったけど大丈夫かな?」

 

 確かにわたしも祐一が、フォトンランサーに飲み込まれていくのが見えた。……わたし、本気で射ったけど、祐一大丈夫かな?

 今更、わたしは祐一のことが心配になってきた。

 

(祐一なら絶対に無事だとは思うんだけど)

 

 そんな話をしながら、未だに攻撃の余波で煙が立ち込めている祐一がいた場所を見つめる。

 煙がだんだんと晴れてきた。祐一の姿を見つけるために、視線を彷徨わせるが、

 

「――祐一が……いない?」

 

 煙は完全に晴れたのに、祐一の姿がどこにも見えなかった。

 

「なんでっ!? 威力が強すぎて、吹っ飛んでいったのかい?」

 

 アルフが驚愕しながら声を上げる。わたしも姿が見えないことに不安を覚えた。

 

「そ、それはないと思うけど……」

 

 わたしとアルフが困惑して、祐一がいた場所を見ていると――

 

 

 

 

 

「今のはなかなか良い攻撃だった。――間違いなく、今までで最高の攻撃だ」

 

 

 

 

 

 わたし達が立っている後ろから、祐一の声が聞こえたのだ。

 

「「っ!?」」

 

 わたしとアルフが同時に後ろを振り返ると、服は所々破けたりしておりダメージも負っているようだが、そこにはいつもの調子の祐一がいた。

 

「な、なんでこっちにいるんだい!? そもそも、あれだけの攻撃を受けてなんで少ししかダメージがないんだよ!?」

 

「そ、そうだよ! なんで無事なの!? 祐一!?」

 

 わたしとアルフは祐一に向かって叫ぶ。

 そんなわたし達を見て、祐一は「落ち着け」と言いながら苦笑していた。祐一の表情は、なんだかいつもよりも心なしか嬉しそうな表情をしているような気がした。

 わたしがそんなことを考えていると、祐一が話を始めた。

 

「――ほんとは使う気はなかったのだがな。あれは俺の稀少技能(レアスキル)で避けたんだ」

 

「ゆ、祐一ってレアスキルなんて持ってたの!?」

 

 わたしは思わず叫んでしまう。

 今まで祐一に訓練してもらってきたのに、そんなことは全然知らなかった。なんだか、少しショックだった。

 そんな風に思っていると、祐一がわたしの頭に手を乗せてきた。

 祐一は気付いているかはわからないけど、わたしが落ち込んだときや、失敗したときは必ずこうやって頭を撫でてくれる。最初は少しびっくりしたけど、祐一に頭を撫でられていると、なんだか安心できた。――祐一の大きな手で頭を撫でられるのが、わたしは好きだ。

 

「黙っていたのは悪かったな。俺の奥の手のようなものだから、あまり知られたくはなかったんだ」

 

 祐一が少し苦笑しながら、そう言ってきた。

 

「その祐一のレアスキルってどういう能力なの?」

 

 祐一は教えるかどうかを迷っているようだったが、わたしとアルフになら教えても大丈夫と思ったのか、説明を始めた。

 

「名は【自己領域】――その能力は『自分の周囲の空間を自分にとって都合のいい時間や重力が支配する空間に改変する』というものだ」

 

 そう祐一が説明してくれるが、わたしはあまり理解が出来なかったので少し首を傾げてしまった。アルフも理解出来なかったのか、同じように首を傾げていた。

 祐一は少し苦笑しながら、さらに説明してくれた。

 

「例えば通常の時間だと三十秒掛かる距離で【自己領域】を使用すれば、半分の時間にすることなどが可能となる。まぁあれだ、相手からしてみれば俺が瞬間移動でもしたかのように動きに見えるということだ。なんとなくは理解できたか?」

 

「「なんとなく……」」

 

 わたしとアルフは、うんうん頷きながら祐一に理解したことを伝える。

 祐一はわたし達が頷くのを確認すると、よしと頷いた。

 

「さて、今日はこれで終わりにするか」

 

 祐一が説明も終わったので、そう告げてきた。

 

「でも、結局今日も祐一に勝てなかったね。今日は勝つためにアルフとたくさん相談して作戦も練って、完成した魔法も使ったのに……」

 

「そうだねぇ。今日こそ祐一に勝ってやろうと思ったのにさ」

 

 わたしとアルフが残念そうな顔をしていると、

 

「いや、今日の勝負はどちらかというと俺の負けだろう」

 

 と、祐一がわたし達に言ってきた。

 その言葉にわたしとアルフは首を傾げる。

 

「俺は【自己領域】を使うつもりはなかったんだが、最後の攻撃を避けるために使用してしまった。――それだけ、お前達は俺を追い詰めたと言うことだ」

 

 わたし達がポカンとしながら祐一の話を聞いていると、祐一がわたしとアルフの頭に手を置いてさらに言った。

 

「この【自己領域】を使用した時点で、俺は自分自身で課した約束を破ったんだ。だから、今回の勝負はお前達の勝ちということだ。――よく頑張ったな」

 

 祐一がわたしとアルフの頭を撫でながら優しく話す。祐一に褒められたことが嬉しくて、わたしはアルフと顔を見合わせて笑いあった。

 

「それに、最後にフェイトが使用した魔法だが、俺はもっと習得するのに時間が掛かると思っていた。まさか、フェイトがもう習得しているなんて思ってなかったから俺としても嬉しかったよ」

 

 祐一はそう言いながらさらに頭を優しく撫でてくれた。少し恥ずかしかったけど、とても嬉しかった。

 

「もちろんアルフの近接戦闘もかなり習熟してきているし、バインドを含めたサポートの魔法も精度が上がってきている。アルフもよくやっているよ」

 

 アルフも祐一に撫でられながら、嬉しそうに笑っていた。

 そんな中、わたし達が笑い合っていると、ふいに祐一が少しだけ……ほんの少しだけだけど、悲しそうな表情をしたような気がした。

 わたしはなんとなく気になり、祐一へと声を掛ける。

 

「どうしたの? 祐一?」

 

 わたしがそう言うと、祐一は少し笑いながらなんでもないと首を振った。

 

「さて、話はこれぐらいにしてそろそろ戻るか。リニスも待っているだろうし、シャワーでも浴びてさっぱりしてこよう」

 

 祐一はそう言うと、屋敷に向かって歩いて行く。

 さっきの祐一の表情がなんだかとっても引っかかる。屋敷に向かって歩いていく祐一の大きな背中を見ながら、わたしは妙な胸騒ぎを感じていた。

 そしてわたしはすぐに祐一の後を追い、追いつくとこの胸のもやもやから、思わず祐一の服の裾を掴んでいた。

 祐一は少し驚いた顔をしていたけど、少し笑った後、いつものようにわたしの頭を優しく撫でてくれた。

 それだけで嬉しくなって、さっきまでの胸騒ぎも落ち着き、祐一もそんなわたしを見てまた歩き出した。

 

(さっきの胸騒ぎはなんだったんだろう……?)

 

 そう思ったけど、わたしはその考えを振り払うように首を振る。

 魔法の勉強も順調だし、今は祐一やリニスにアルフも居てくれる。母さんは研究が忙しくて、あまり部屋から出てこないから話も出来ないけど、わたしが早く魔導師として一人前になって、母さんに楽をさせてあげるんだ。

 

 ――だから、今はそのために頑張ろう。

 

 わたしはそう決意し、アルフと共に祐一の後を追った。

 

 この時のわたしは何も知らなかったし、気付けなかった。

 このとき感じた胸騒ぎが、すぐそこまで迫ってきているということに。

 祐一が何故、悲しそうな表情をしていたのかということに。

 

 ――このときのわたしは気付けなかったんだ。

 

side out

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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interlude_1.1

遅くなりました。
投稿します。

楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


side リニス

 

 プレシアの依頼で、祐一が《時の庭園》に来てから早いものでもう一年が経ちます。

 

 今、祐一達は模擬戦を行っているため、私はお腹を空かせて帰ってくるであろう皆のために料理を作っています。

 おそらく模擬戦が終わったら、アルフあたりが「お腹減った~疲れた~」とか言いながら帰ってくるでしょう。私はそんなアルフの姿を想像して、少し笑みを浮かべます。

 最近では、もうフェイトに教えることはほとんどなくなってしまっています。フェイトは魔導師としては、もはや一人前といえるレベルにまで達したと、私は思っています。

 そのことはとても嬉しく思います。……でも、フェイトが一人前になるということはすなわち、使い魔としての私の役目が終わるということ。――フェイト達との別れを意味しています。

 ――正直、別れたくなどあるわけがない。ですが、この世界はそう都合のいいようには出来ていないようです。

 私は涙が出そうになるのを何とか堪えて、料理を作ることに集中する。

 

「いけませんね、こんなことでは。……こんな顔をしていたら優しいフェイトに気付かれてしまいますね」

 

 そう思うと、私は心が温かくなるのを感じると同時に罪悪感にも苛まれます。――私がいなくなったら、きっとフェイトは悲しむでしょうから。

 いけないと思い、私は静かに首を振る。

 

「こんな顔をしていたら、フェイトが悲しみます。……あの娘の悲しい顔は見たくありません」

 

 私はフェイトの悲しい顔を見ないためにも、元気を出さないと思い、表情を引き締めなおす。

 

「さてと、皆が帰ってくるまでに頑張って料理を作りましょうか」

 

 私はいつもの笑顔に戻ると、考え事で止まっていた料理を再開する。

 

(――前から思ってましたけど、いつも結構な量を作らないと足りないですから、作る方は結構大変なんですよね)

 

 私は料理を作りながら苦笑を浮かべる。

 

(フェイトはそんなに食べませんが、アルフはいつもたくさん食べますし、祐一もたくさん食べますしね)

 

 そんな風に皆の顔を思い浮かべながら料理をしていると、嬉しい気持ちになってきて自然と自分の表情が笑顔になることが自覚できた。

 

「祐一が来てから、もう一年が経つんですね」

 

 祐一が来てからの一年間は、私がこの世に使い魔として生まれて忘れることのできないような、とても充実した一年だったと思います。

 悲しいことも多かったし、いろんな問題も解決していないけれど、それでも皆と過ごした一年はとても楽しいものでした。

 フェイトも、祐一が来てからの一年間で魔導師としても一人前になり、最近では笑顔が増えてきているようにも感じます。もちろん、祐一が来る前までも自然な笑顔を見せてくれることはありましたが、やはりプレシアのこともあったため、たまに見せる寂しそうな表情が私にはとても辛かった。

 フェイトがそのように魔導師として早く一人前になったことと、フェイトの笑顔が増えた要因となったのは、やはり祐一の存在が大きかったのだと思います。

 

 プレシアの依頼でやってきた魔導師で、第九七管理外世界《地球》で《便利屋》を営んでいる男性。

 

 正直な話、私は外部の者に協力を申し出ることについては反対していました。

 フェイトの教育係りは私だけでも十分であり、外部の者にフェイトを任せることが不安でした。

 でも、私の主人(マスター)であるプレシアが、私だけではフェイトが一人前の魔導師になるのが遅くなってしまうということで、依頼として外部の優秀な魔導師を雇うと言い張った。私はその命令に逆らうことは出来ませんでした。

 

 ただ、あのプレシアにここまで言わせる人物に興味を覚えました。

 プレシアは使い魔の私から見てもとても優秀な魔導師であり、滅多に人を褒めたりするような人ではありませんでした。そんなプレシアに、"優秀"とまで言われる人物に私が興味を覚えるのにそれほど時間は掛かりませんでした。

 

 

 

 

 

 黒沢祐一――それがフェイトの教育係りを任せる人物の名前でした。

 

 始めは、プレシアが推薦する人物が男性であることに驚いた。それに、フェイトのことを考えると男性で大丈夫かという懸念もありました。

 プレシアから渡されたプロフィールにはたいした情報は載っておらず、本人の容姿と保有魔力量、また現在行っている仕事が記載されているだけで、明らかに何かを隠しているような感じでしたが、プレシアが推薦する人物なのであまり考えないことにしました。

 

 祐一を初めて見た印象は、年齢の割りに頼れる男性という印象でした。体格は一般的な男性よりも大きく、身長一八五cm、体重七五kg、プロフィールを見て分かっていたのに、実際に会ってみるとさらに大きく見えました。このときは祐一をフェイトに合わせても大丈夫かなと、威圧感でフェイトが泣いてしまわないかと心配でした。

 

 祐一にフェイトを任せてもいいと感じたのは、祐一がとても優しかったからでしょう。

 確かに祐一は威圧感はかなりありますが、その瞳はとても優しげでした。それだけで判断したわけではないですが、私はなんとなくこの人ならフェイトを任せても大丈夫ではないか、と思うようになっていきました。

 

 フェイトの教育が始まったとき、アルフも本格的に魔法を習いたいと言ってきました。フェイトは遠慮していましたが祐一が許可を出したことにより、アルフもフェイトと共に魔法を習うことになりました。

 祐一の教育には無駄が無く、とても理解しやすく教えており、フェイトもアルフも素晴らしい上達ぶりを見せていました。また祐一は戦闘技術、戦術理論ともに秀でており、ほとんどの魔法を習得していたことには流石に驚きました。

 祐一曰く、「戦術の幅を広げるために、全ての魔法を覚えておいたほうが都合が良かった」とのことでした。

 フェイトもその優秀さを目の当たりにして感化されたのか、祐一の朝のトレーニングにも付き合っているようでした。本格的に参加はしていないようでしたが……。

 

 そういうこともあり、フェイトはさらに祐一を慕っていきました。フェイトが「祐一ってこんなことも出来るんだよ! すごいよね!」と、嬉しそうに話てくれて、微笑ましくて、私も思わず笑みを浮かべていました。

 祐一が上手く教育を行っていったことと、フェイトが優秀で勤勉であったこともあって、僅か一年足らずでフェイトは一人前になりました。

 そしてなにより、祐一はフェイトを魔導師として一人前にするだけではなく、フェイトに多くの笑顔も与えてくれました。

 私とアルフの笑顔も増えたと感じましたし、嬉しかった。プレシアも祐一が来てから、少しだけ、ほんの少しだけ態度に変化が出てきているような気がしています。

 

 祐一が来たことによって、私達に良い影響を与えたのは間違いないと思います。

 

 ――本当に祐一には感謝しています。

 

 正直、私がいなくなってからのことが心配で堪りません。

 ですが、祐一ならきっと上手くやってくれる――そう思えたんです。

 

 ――願わくは、フェイト達に幸福が訪れることを私は願っています。

 

 私はそう願いながら、幸せな今を噛み締め、三人が帰ってくるのを待っていた。

 

side out

 

 




最期まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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リニス

楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


 祐一達は模擬戦が終わった後、シャワーを浴び汚れを落としてから食事を済ませた。

 フェイトとアルフは流石に祐一との模擬戦は疲れたようで、食事を終えると、眠そうにしながら部屋へと戻っていった。

 

 ――そして、今、祐一はリニスと二人で話をしているところであった。

 

「そうですか。……もう私達がフェイトに教えることは、ほとんどないようですね」

 

「ああ。一通りの魔法も教えてあるし、勉強の方もリニスが上手く教えてくれたからな」

 

 祐一は今日の模擬戦の話とそれを踏まえた上でのフェイトのことをリニスと話し合っていた。

 

「本当にフェイトはすごいですね。私達の予想を超えて、ここまで早く一人前になってしまうなんて――そんな娘が私達の教え子なんて、とても誇らしいですね」

 

 リニスが嬉しそうな、それでいて少しだけ悲しそうな表情で話をする。そんなリニスの言葉に祐一は笑みを持って答える。

 

「そうだな。本当にすごい娘だよ、フェイトは……」

 

 祐一とリニスは笑いながら、ここにはいないフェイトを褒め称えていた。

 そんな中、リニスが少しづつ表情を曇らせていく。そんな表情をするリニスに祐一は声を掛ける。

 

「……リニス、大丈夫か?」

 

 祐一の言葉にリニスは曇っていた表情を戻し、慌てたように言葉を返す。

 

「あっ、いえ。本当はもっと喜ばないといけないんですけどね。……あ、嬉しくないわけじゃないんですよ? フェイトが一人前になってくれて、私はとても嬉しいです。ただ……」

 

 リニスはそこで言い淀んだが、一呼吸を置いた後、話を続ける。

 

「ただ、フェイトが一人前になってしまったので、私はそろそろ消えなければいけません。……それが……少し寂しいです」

 

 リニスは苦笑していたが、それは今にも泣き出しそうな表情をしているように、祐一は感じた。

 

(使い魔であるリニスは、プレシアさんとの契約により生み出された存在。――その契約は《フェイトを一人前の魔導師に育てること》――)

 

 フェイトが一人前の魔導師となった今、リニスは役目を終え、消えてしまうということを意味する。

 

(使い魔だから役目が終えたら消えてしまうのは仕方ない。……だが……)

 

 祐一が黙っていると、リニスが少しだけ明るい声で話を続ける。

 

「契約なのでそれは仕方がありません。私がいるとプレシアへの負担も大きくなりますしね。フェイトのデバイスが完成したら私は消えようと思います」

 

 明るい声で話すリニスの表情は――寂しげで、それでいて達観しているように祐一には見えた。

 

「……そうか。それで、フェイトのデバイスはいつ頃完成するんだ?」

 

「明日には完成すると思います」

 

 そうリニスは告げる。つまり、明日、リニスは消えてしまうということであった。

 

(本当にこの世は儘ならない。――本当に、儘ならないな)

 

 そう祐一は心の中で反芻し、悲しい思いをしているリニスに、何もしてやることの出来ない自分の力の無さを恨んでいた。

 

 ここに来た時には依頼であるから仕方なくといった面が大きく、祐一はそこまで干渉するつもりもなかった。

 だが、自分を慕ってくれているフェイト、喧嘩っぱやいが優しい一面もあるアルフ、自身の主とフェイトとの板ばさみに苦しみながらも二人を大切にしているリニス、娘を助けるために自身を傷つけ続けているプレシア。

 

 いろんな問題を抱えている家族ではあったが、それでも祐一はここでの暮らしは心安らぐものであった。

 だからこそ、リニスが消えてしまうという事実と、何も出来ない自分自身を呪った。

 

 祐一はそんな考えを頭から振り払い、務めて冷静な声でリニスに声を掛ける。

 

「――そうか。とりあえず、今からプレシアさんにフェイトのことを報告をしにいこう」

 

「そうですね」

 

 祐一とリニスはそのまま、プレシアの部屋に向かう。

 その道中で祐一は何か思い出したのか、リニスへと声を掛ける。

 

「リニスは何か願いはないのか? 欲しい物とか、やりたいこととか」

 

「願いですか? 急にそんなこと聞いてくるなんて、どうしたんですか?」

 

 リニスは祐一の問い掛けに首をかしげながら質問を返す。

 祐一はいや、と首を振り話を続ける。

 

「ここまでフェイトを育て上げたんだ、何か願っても罰は当たらないだろう。プレシアさんに何か願いがあれば言ってみたらどうだ? 俺でも構わないが……」

 

 祐一の言葉にリニスはう~んと、顎に手を当て考え始める。

 

「そうですね。確かに、願いならありますね」

 

 リニスは考えるのを止め、何かを思い付いたのか笑顔で祐一を見つめる。

 

「今からプレシアに報告ですし、丁度いいですね。その時にプレシアに願いを言おうと思います」

 

「そうか。プレシアさんもリニスの最期の願いなら何でも叶えてくれるだろう」

 

「祐一への願いは考えていなかったので、また考えておきますね?」

 

 そう笑顔で話すリニスに祐一は苦笑を返す。

 そんな話をしている内に、二人はプレシアの部屋に到着した。

 

「リニスです。入ってもよろしいですか?」

 

「入りなさい」

 

 リニスの言葉に扉の向こう側からプレシアの低い声が聞こえてくる。

 祐一がリニスに続き部屋へと入ると、研究資料を見つめているプレシアの姿がそこにあった。自身の研究とフェイトが産まれた意味をリニスに打ち明けてからというもの、プレシアはさらに研究に没頭するようになり、病状は悪化の一途を辿っていた。

 リニスと祐一の説得もあり、食事などはキチンと取るようにはなっているが、それでも体調は回復することはない。

 

「失礼します」

 

「失礼します、プレシアさん。教育の報告に来ました」

 

「ご苦労様。……で、フェイトの方はどうなの?」

 

 プレシアの言葉に祐一とリニスは手短に内容を報告していく。

 

「正直、フェイトには驚かされます。まさか、こんな短期間で全てこなしてしまうとは」

 

「そうですね。とても立派ですごいことだと思いますよ」

 

「そう。……それは何よりね」

 

 二人のフェイトの賛辞にもプレシアの返事はそっけないものであった。

 そんな態度にリニスは少しだけ悲しそうな表情となり、対する祐一は少し眉を動かす程度であった。

 二人の反応を知ってか知らずか、プレシアは話を続ける。

 

「それで、フェイトのデバイスはいつ完成するの?」

 

「明日には完成しますよ」

 

「そう。……なら、早く完成させてしまいなさい。……そうすれば、あなたも消えて私の負担も軽くなるわ。あなたのような優秀な使い魔を維持するのも楽じゃないのよ」

 

「わかっています。ただ、最期に願い事を一つだけ叶えてもらってもいいでしょうか?」

 

「……何? 言ってみなさい」

 

 リニスの言葉にプレシアは資料から顔を上げ、少々驚いた表情でリニスに言葉を返す。

 リニスが面と向かってはっきりとお願いを言ってくることは、プレシアにとっても初めての経験であった。

 良くも悪くも、リニスは優秀な使い魔であったため、主人であるプレシアに対して願いなどは言ってきたことは無かったのだ。

 

(――いいえ、一度だけあったわね。――リニスが私にお願いをしてきたのは――)

 

 プレシアは心の中で否定する。

 確かに一度だけではあるが、リニスは本気でプレシアに願いを言ってきたことがあった。――それは――

 

(――"フェイト"のことを見てあげてください、だったかしら)

 

 リニスはフェイトのことになると、少しだけ過剰な反応を示していた。

 自分の代わりにフェイトの世話をさせ育たせてきた、いわばフェイトのもう一人の母親といっても過言ではない存在がリニスであった。

 プレシアの目から見ても、リニスとフェイトはもはや親子であると言っても過言ではなかった。

 

(――本当にこんな主によく仕えてくれたものね。だからこそ、最期の願いぐらいは聞いてあげなくてはね)

 

 心の中でそう思い、プレシアはリニスの言葉を待つ。

 そして、リニスはゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「――フェイトと一緒に食事をしてもらえないでしょうか? よければ祐一やアルフも一緒に――」

 

 

 

 

 

 リニスの言葉にプレシアと祐一は驚きの表情を隠せなかった。

 

「――それが、あなたの最期の願いだというの?」

 

 プレシアの表情は戻ってはいたが、その声からは動揺が感じられる。

 そんなプレシアを気にすることもなく、リニスははっきりと告げる。

 

「ええ、そうです。今の私にとって、これが最も叶えて欲しい願いですから」

 

「リニス――お前は」

 

 思わず呟いてしまった祐一を、リニスは一瞬だけ笑顔を向ける。

 そんなリニスの表情を見た祐一は、久しく感じていなかった動揺を味わった。

 

(それほどまでに、フェイトのことを想っているのか――リニス――)

 

 祐一は久しく、これほどの強い想いを見たことはない。一般的な家庭ならばたかがと言っていいような願いを、自身の最期の願いにしてしてしまうような優しい女性であるリニスに、ある種の尊敬すら覚えてしまうほどであった。

 

「では、明日の夕食を皆で楽しみましょう。祐一もよろしくお願いしますね?」

 

「ああ、了解したよ」

 

「プレシアも約束ですからね?」

 

「――ええ、それがあなたの最期の願いなのなら、ね」

 

「はい」

 

 プレシアの言葉にリニスは笑顔で頷く。

 そして話は終わったと言わんばかりに、プレシアは視線を資料へと戻すのを見て、祐一とリニスは部屋を出て行こうとした。――そのとき、

 

「――明日は、楽しみにしているわ、リニス」

 

 二人の背後から小さな呟きではあるが、プレシアの声が聞こえてきたのだ。

 

「っ!?」

 

 その呟きを聞いたリニスは振り返りプレシアを見るが、プレシアは資料から顔を上げてはいなかった。

 

「ごめんなさい。さぁ、行きましょう、祐一」

 

「ああ」

 

 そう言葉を口にするリニスに、祐一はそう言葉を返す。

 祐一がちらりと見た先――リニスの頬からは一粒の涙が流れていた。

 

 

 

 

 

 ――翌日――

 

 祐一はいつものように日課であるトレーニングを行い、軽く汗を流した。

 フェイト達には今日のトレーニングは休みということを伝えていたため、夕方までの時間はゆっくりと過ぎていった。

 

 ――そして、約束の時は近づいてきた。

 

 今はリニスがフェイト達を呼びにいっており、祐一とプレシアが席に座って待っているところであった。

 テーブルには、いつもとは違いリニスが腕によりをかけたのであろう、おいしそうな料理がところ狭しと並べられていた。

 しばらく黙っていたが、祐一がプレシアに声を掛ける。

 

「きっと、フェイトはプレシアさんとこうやって一緒に食事が出来てとても喜びますよ。プレシアさんはどうですか?」

 

「私は別に何も感じないわ。……リニスの最期の願いだから、仕方なくよ」

 

 プレシアの態度に祐一は苦笑を返す。

 

「一緒に食事するだけではなく、ちゃんとフェイトと話をしてくださいよ?」

 

「……ええ、善処するわ」

 

 二人が話をしていると、フェイト達がやってくるのを祐一は気配で感じた。

 

(さて、フェイトはどんな顔をするのだろうな。――願わくば、素敵な家族の団欒になるように祈るとしよう)

 

 祐一が祈るのと、フェイト達がやってきたのはほぼ同時であった。

 

 ――リニスの最期の願いが今、叶えられる。

 

 

 

 

 

side リニス

 

 今、私の目の前では久しぶりに親子が対面する姿を見ていた。

 

「――フェイト、久しぶりね」

 

「か、母さん……」

 

 プレシアの表情は相変わらずの無表情であり感情は読めないが、私との約束は守ってくれているようなので、少しホッとした。

 一方、フェイトはこの状況が飲み込めていないのか、はたまた久しぶりに自分に話し掛けてくる母親の態度に戸惑っているのか、表情には驚きと嬉しさがない交ぜになっているのが一目で分かる。

 

「リニスと祐一くんから聞いたわ。課題を全てクリアしたって……」

 

「は、はいっ」

 

 フェイトはかなり緊張しているようで無意識に両手を握りこみ、プレシアが何を言うかを待っていた。

 

「今日はそのお祝い。……だから、一緒に食事をしましょう」

 

 プレシアの言葉に、フェイトは一瞬だけポカンとした表情となったが、次第に満面の笑みへと変わっていった。

 

「は、はいっ!!」

 

 フェイトは返事をすると、すぐに自分の席に着いた。

 祐一の方を見ると、私の方を見て笑みを浮かべていた。そんな祐一に私も笑みを返す。

 それを確認して満足したのか、祐一はフェイトと軽く談笑を始めた。

 そして、私の隣で驚いた表情をしていたアルフがぽつりと呟いた。

 

「あの人も母親らしいところあるんだ」

 

「ええ、親子ですからね」

 

 アルフの言葉に笑みを持って答えると、アルフも少し笑みを浮かべた。

 

「邪魔しちゃ駄目ですよ、アルフ?」

 

「当たり前だよ。するもんか」

 

 私の軽口にアルフはそう返す。その表情から、自身の主であるフェイトが喜んでいることが本当に嬉しいのだと思えた。

 

「最期の高位魔法習得まで、どれくらいかかったの?」

 

「えっと、中級の術式接続で戸惑っちゃって。でも、それが分かればすぐに」

 

「好きな魔法は?」

 

「えっと、ランサーとか射撃系は割りと得意かも、です」

 

「そう」

 

 なんだか親子の会話っぽくはないですが、仕方ないですかねと思いながら私は苦笑する。

 

「な~んか、親子っぽくない会話だね」

 

 アルフも私と同じことを感じていたようで、可笑しさから私はさらに苦笑してしまう。

 

「一緒に食事なんて、私が産まれてから初めてのことですしね」

 

「まぁ、あの人のことはどうでもいいけど。……フェイトが嬉しそうだから、あたしはそれで十分だよ」

 

 アルフは相変わらずだなと思い、私は笑みを浮かべる。祐一も二人の会話に苦笑しつつ、相槌を打っていた。

 

(フェイトが嬉しそうで良かった。最期に本当にフェイトの笑顔を見ることが出来て、良かった)

 

 私はホッと、胸を撫で下ろした。

 

(――私はこんな風景が、見たかったんですよね。……普通の家族ならなんでもない、この風景が……)

 

 涙が出そうになるのを、私は必死に堪える。

 

(――泣くのは駄目ですね。最期の時まで、私は笑っていましょう)

 

 そう思いながら、私はこの家族の団欒を脳裏に刻み込むように見つめた。

 

side out

 

 

 

 

 

 リニスの最期の願いである、フェイトとプレシアとの家族の食事は終わり、皆部屋へと戻っていった。

 プレシアも表情こそ最後まで変わることは無かったが、特に何も言わず、フェイトとぎこちないながらも会話を続けていた。

 もちろん、食事に参加していた祐一、リニス、アルフの三人もたまに会話に混ざるなど、楽しい一時を過ごした。

 

 そして――そんな楽しい一時が終わりを迎える時がやってきた。

 

 祐一は暗くなった廊下を歩き、リニスの部屋を訪れていた。

 

「リニス、俺だ。入っても構わないか?」

 

「祐一ですか? どうぞ、入ってください」

 

 リニスの了承を得て、祐一はゆっくりと部屋へと入る。

 そこには、祐一に背を向けてリニスが立っていた。

 

「――そろそろ、いくのか?」

 

「――はい。もう、いきます」

 

 リニスは祐一の方へと向き直りながら、笑顔で答える。

 

「私は自分の成すべきことを終えました。気掛かりや心残りは山ほどありますが、役目は終わってしまいましたから素直に舞台から消えます」

 

 そう言いながら、リニスは少しだけ寂しそうに微笑む。

 そして再び祐一から視線をはずすと、リニスは自身がフェイトのために作成したデバイスを手に取る。

 

「私は消えてしまいますけど、私の想いと意志はこの子に残していきます」

 

 リニスの言葉に答えるように、リニスが手に持つデバイスが輝きを放つ。

 

「《バルディッシュ》――闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧――私の願いを込めた杖――」

 

 フェイトの新しいデバイスとなるバルディッシュが金色に光ると、リニスは再び祐一の方へと視線を向ける。

 

「ねぇ、祐一? 少しだけ、聞いてもらえますか?」

 

「なんだ?」

 

「実は私、プレシアに嫉妬していたんですよ? フェイトが私の子供だったら良かったなって……」

 

「…………」

 

 黙って話を聞いている祐一に、リニスは続けて言葉を紡いでいく。

 

「そうしたら、この手で抱きしめてあげて、うんと可愛がれたんです」

 

 話をするリニスの頬からは自然と涙が流れ、地面へと落ちていく。

 それでも、リニスは気にすることなく話を続けた。

 

「――だけど、プレシアの使い魔でなかったら、フェイトにもアルフにも出会えていなかった。もちろん、祐一にもです。……だから、嫉妬よりも感謝の方がちょっとだけ多いんです」

 

 リニスは涙を流しながらも、その表情は笑顔に包まれていた。

 自身の娘であるフェイトに対しプレシアは冷たく当たり、それがリニスにとっては辛く、また、それでもフェイトに慕われていたプレシアが妬ましかった。あの娘の母親が自分だったらこんなことはしないのにと、考えたことも一度や二度ではなかった。

 

 ――そんなフェイトに慕われているプレシアに嫉妬を覚えていたのだ。

 

 だが、プレシアの使い魔にならなければ、フェイトにもアルフにも祐一にも出会えなかった。

 

 ――だから、感謝こそすれ、リニスはプレシアには何の恨みもなかった。

 

「――そうか」

 

 リニスの言葉に静かに頷く祐一は、少しだけ寂しそうな表情をしていた。

 

「あ、そろそろ時間みたいです……」

 

 リニスの体が少しづつ光に包まれていく。――消える時間が近づいてきたのだ。

 

「――結局、俺は何も役には立てなかったな」

 

 そう悔しそうに話す祐一に、リニスはいいえと首を振る。

 

「そんなことはありませんから、大丈夫です。祐一が来てからどれだけフェイトの笑顔が見れるようになったと思ってるんです? ――だから、何も役に立てなかったなんて、寂しいこと言わないでください」

 

「――そうか、ありがとう」

 

 笑顔で言葉を返す祐一に、リニスも笑顔を作る。

 そして、リニスはそのまま祐一へと声を掛ける。

 

「――では、祐一に一つだけお願いがあるのですが、いいですか?」

 

「ああ。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」

 

 リニスの言葉に祐一はしっかりと頷く。

 そんな祐一に笑みを深め、では、とリニスは口を開いた。

 

「――フェイト達のことを、よろしく頼みます」

 

 ゆっくりと、祐一の瞳を見つめながらリニスは言葉を口にする。

 リニスの瞳から、自身が最後まで見届けてられなかった大切な家族を守ってやってくれ、そう言ってるように祐一は感じた。

 

(何も守ることが出来なかったこの俺には、とてもじゃないが約束することは出来ない――)

 

 祐一は心の中で思いながら、リニスへと言葉を返す。

 

「約束はできない」

 

「っ!?」

 

 リニスはその言葉に驚き、また悲しそうな表情となり俯いてしまう。

 

「――だが、出来るだけのことはすると、約束しよう」

 

 その言葉にリニスは顔を上げると、そこには何かを決意したような表情の祐一がいた。

 

(ああ。これで、本当に思い残すことはないようですね)

 

 祐一の表情を見て、リニスはほっとすると同時に目尻に涙が浮かんできた。

 それを隠すかのように首を振り、リニスは表情を笑顔へと戻す。

 

「安心しました。……これで私はいけます」

 

 フェイト達のことが心配でたまらないが、祐一がそう言ってくれるならば、安心だとリニスは感じていた。

 すると、リニスの姿がだんだんと霞始める。

 ああ、ついに消えるのかと思っていると、リニスは何かを思い出したように祐一へと声を掛ける。

 

「祐一、これは私からのプレゼントです」

 

「? 何を……っ!?」

 

 祐一がリニスの言葉に首を傾げていると、リニスが祐一へと近づき、首に自身の腕を回し体を密着させ――自身の唇を祐一の唇へと重ねた。

 

「んっ、ちゅ……これは、今までのお礼です」

 

 頬を赤く染め、体を離しながらリニスは嬉しそうに話をする。

 祐一は普段見せないような表情を見せており、頬はわずかに赤くなっていた。

 

「まさか、最後にこのようなサプライズがあるとはな」

 

「ふふ、私にはこれくらいしかあげるものはなかったですから。祐一のそんな表情が見れて嬉しかったですしね?」

 

 嬉しそうに話すリニスに祐一は苦笑を返すしかなかった。

 そして、リニスの姿がさらに霞んできた。

 

「では、お別れだな、リニス」

 

「ええ」

 

 リニスは笑顔のまま、これで最後というように静かに誰ともなく話を始めた。

 

「辛いときもありましたけど、本当に楽しい時間をもらえて私は幸せでした」

 

 そう話をするリニスの瞳からは涙が溢れてきていた。

 

「おやすみなさい。――可愛いアルフ、愛しいフェイト」

 

 静かに呟くリニスを祐一は静かに見つめる。

 

「さよなら、意地悪で偏屈でちっとも優しくない、私のご主人様。……バルディッシュ、あの娘達をよろしくね?」

 

 バルディッシュがリニスの言葉に答えるように静かに光る。

 

「祐一、あなたが来てからの一年間は本当に楽しかったです。――本当にありがとうございました」

 

「ああ、俺も楽しかったよ。俺の方こそ、ありがとう」

 

 祐一の言葉を聞き、よかった、とリニスは涙を流しながら頷く。

 

 

「――祐一、あとはよろしく頼みましたよ」

 

 

 リニスがそう告げると同時に、リニスから強い光が放たれ、祐一が一瞬視線をはずし、また視線を戻すと――そこにはリニスの姿はなかった。

 祐一はリニスが消えた後も、黙ってリニスが確かにいた場所を見つめ続けていた。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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別れ、そして始まりへ

 祐一がリニスが消えた場所を無言で見据えていると、誰かが近づいてくる気配があった。

 

「……リニスはいってしまったのね?」

 

 その気配の主はプレシアであった。

 祐一は静かに頷き、プレシアへと言葉を返す。

 

「ええ、つい先ほど……」

 

「そう……」

 

 祐一はそう言葉を発するプレシアを静かに見つめるが、表情を読ませないようにするためか、リニスがフェイトのために作った最後のデバイスであるバルディッシュの方へと静かに歩いていく。

 

「これがあの娘の杖……完成していたのね」

 

 プレシアはバルディッシュを手に取りながら静かに呟き、バルディッシュをじっと見つめていた。バルディッシュを見つめるプレシアの瞳からは、祐一は何も感情を読み取ることは出来なかった。

 リニスに罪悪感を感じているのか、それともまた、別の感情を持っているのか。

 

「こん……、……の……かしら……」

 

 ふと祐一の耳に、消え入りそうな声が聞こえてきた。

 どうやらプレシアが何かを呟いたようであったが、祐一は上手く聞き取ることができなかった。――だが、プレシアの表情が一瞬だけ、悲しそうな表情をしていたように、祐一は感じた。

 

 リニスが消えてしまった部屋で、祐一とプレシアが無言になっていると、扉の向こうから話し声が聞こえてきた。

 

「――そうなの?」

 

「うん、リニスからの贈り物なんだって」

 

 声の主はフェイトと使い魔のアルフのようだった。どうやらアルフが最後にリニスから伝言を預かっていたのか、話をしながらやってきた。

 フェイト達は誰もいないと思っていたのか、部屋に入ってきたと同時に祐一とプレシアの姿を見つけ、驚いた表情となりおろおろし始めた。

 

「か、母さんっ!? い、いたことに気付かなくて、ごめんなさいっ!」

 

 フェイトは頭を下げながら、プレシアへと謝罪するが、プレシアは少しだけフェイトの方へと視線を向けるだけであった。

 

「祐一? なんでここにいるんだい?」

 

「リニスに頼まれた用事を済ませにな。お前達こそ、なんでここに?」

 

「いや、私はリニスにフェイトに贈り物があるから、後で部屋につれて来てって頼まれたんだけど……」

 

 恐縮しているフェイトに変わり、アルフが祐一へと言葉を返す。その表情からは、何で二人がこの部屋にいるんだということが気になっているようでもあった。

 すると、今まで黙っていたプレシアがバルディッシュをしっかりと手に持ったまま、フェイトの方へと体を動かし、声を掛けた。

 

「来なさい、フェイト」

 

「は、はいっ!」

 

 プレシアに呼ばれると、フェイトが緊張しながらも小走りでプレシアの方へと近づいていく。その表情は困惑に満ちていた。

 一方、祐一は事の成り行きを見守ることにしたのか、壁際へと移動し、壁に背を預けて腕を組み、二人のことを見つめていた。アルフも祐一の隣で様子を窺っている。

 

「あなたの杖よ。リニスが残したの。……手に取って」

 

「は、はい」

 

 フェイトはプレシアが手に持っていたバルディッシュをおそるおそる受け取る。

 

「重い――だけど、温かい」

 

 フェイトはバルディッシュを受け取ると、バルディッシュから何かを感じたのか、そう言葉を漏らす。

 

『Get set』

 

 すると、バルディッシュが明滅する。

 それは、新たに自身の主に対する喜びのようであった。

 

「この子、わたしに合わせてくれる?」

 

 フェイトは新しく自身の相棒となるデバイスの性能に目を丸くする。

 

「リニスが作ったものだもの」

 

 フェイトの呟きに、プレシアはまるでそれが当然であるかのように答える。

 

「バルディッシュ――それがあなたの名前?」

 

 フェイトの言葉にバルディッシュは明滅することで返答する。

 それを見たフェイトは嬉しそうに頷いた。

 

「うん。よろしくね、バルディッシュ」

 

 そう言い、フェイトはバルディッシュを大事そうに抱える。

 その光景を黙って見ていた祐一は少しだけ笑みを作る。

 

(フェイトとバルディッシュは良いコンビになりそうだな)

 

 大事そうにバルディッシュを抱えているフェイトに、プレシアは腕を組みながら話し掛ける。

 

「いいこと、フェイト。その杖でもっと強くなって、あらゆる望みを叶える力をその手になさい。……あなたは、この私の娘なのだから」

 

「はい。頑張ります」

 

 プレシアの言葉にフェイトはしっかりと言葉を返しながら頷いた。

 フェイトの表情は、決意を新たにするような引き締まった表情をしていた。リニスが自身へと贈ってくれたデバイスと共に、さらに力を付け、プレシアのためにもっと頑張ろうと心に決めたのだ。

 そんなフェイトから視線をはずし、プレシアはこちらを無言で見つめていた祐一へと視線を向ける。

 

「祐一くん、フェイトに杖――デバイスの扱い方を教えてあげてちょうだい」

 

「はい。わかりました」

 

 祐一の返事に頷きを返し、またフェイトへと視線を戻す。

 

「杖の扱いに慣れたら、少しお使いに行ってもらうから。……いいわね、フェイト?」

 

「はい!」

 

 プレシアはフェイトの返事を聞くと、部屋から出て行った。

 プレシアが出て行くのを見届けた後、フェイトはバルディッシュを両手で大事そうに持ち、嬉しそうに見つめていた。そんな主をアルフは優しく見つめていた。

 

(――"お使い"、か)

 

 心の中で呟きながら、祐一はプレシアが出て行った扉を見つめる。

 祐一はプレシアが言う、"お使い"とは何なのかを考える。デバイスの扱いに慣れたらと言っている時点で、普通の"お使い"ではないのは確かであり、それは危険を伴うものであると、祐一はほぼ確信している。――そして、フェイトに"お使い"をさせる理由もである。

 

(なら、俺は俺の出来ることをやるだけだ)

 

 祐一は決意を固め、バルディッシュを握り締めているフェイトへと声を掛ける。

 

「さて、今日はもう遅いから、俺達もそろそろ休むとしよう」

 

「うん。わかった」

 

 フェイトは祐一に頷きを返し、バルディッシュを待機状態へと戻す。

 待機状態のバルディッシュを大事そうに持っているフェイトに、祐一はさらに声を掛けた。

 

「フェイト、バルディッシュはリニスがお前のために作ってくれた最高のデバイスだ。――大事にするんだぞ?」

 

「うん! わかってるよ!」

 

 笑顔で頷くフェイトに笑みを返しながら、祐一はフェイトの頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 ――リニスが消え、フェイトがバルディッシュをその手に持ってから二週間が経った。

 

 祐一は、あれからプレシアの言いつけどおりにフェイトに杖の扱い方を教えていた。

 最初こそ、バルディッシュとのコンビプレーが上手くいっていなかったときもあったが、今ではそのコンビプレーも板についてきたようである。

 祐一がリニスと共に鍛え上げたフェイトは、もはや、普通の魔導師相手では歯が立たないところまで力を付けていた。

 そして、フェイトの使い魔であるアルフもそんなフェイトを見てか、今では立派な使い魔であると言える実力を付けていった。

 

 ――だが、そんな一方で祐一が懸念している問題があった。

 

 フェイトの母親のプレシアである。

 プレシアはリニスが消えてしまってから、さらに研究に没頭するようになっていた。――まるで、何かに取り付かれているようにだ。

 それも相まってか、プレシアの容態は日に日に悪化しているように、祐一は感じていた。

 

 そしてリニスがいなくなってしまったことも、当然ではあるが、やはり大きかった。

 フェイトとアルフにはリニスが消えてしまったとは説明しておらず、「リニスはフェイトの教育が一段落したから、少し遠くへ出かけていった」と話をしていた。

 だが、たまにではあるが、フェイトが遠くを寂しそうに見つめていることがあったが、そのことを祐一にもプレシアにも聞いてくることはなかった。

 間違いなく二人とも何かを察しているのだろうが、それを口に出してしまったら、本当にリニスが帰ってこないことを認めてしまうことになるとでも思っているのだろうと、祐一は感じていた。

 

 そして、また、祐一自身もこの場所を去るときがやってきていた。

 フェイトもアルフも、十分に一人前の魔導師となっている。なので、祐一の依頼はここで終了であった。

 

 ――フェイトとの別れの時が、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

「――以上がこれまでの報告となります」

 

 祐一はこれまでのことをプレシアへと報告していた。

 

「――そう、わかったわ。今までご苦労様」

 

「いえ、正直、たいしたことはしていませんので……」

 

 祐一の言葉にプレシアは少しだけ苦笑を浮かべる。

 その顔色は以前よりも悪くなっていた。

 

「十分よ。……それで、いつここを出て行くつもり?」

 

「明日、出て行こうかと思います」

 

 祐一の言葉にプレシアは、「そう……」と頷くと静かに言葉を紡いでいく。

 

「この一年間、ご苦労様。……あなたが来てくれたおかげで、フェイトも早く一人前の魔導師となったわ。ありがとう、祐一くん」

 

「いえ、俺だけの力ではここまで早くフェイトは一人前にはならなかったでしょう。リニスの働きとフェイトの努力の結果だと、俺は思います」

 

 祐一は静かにプレシアへと語りかける。

 

「――むしろ、俺が礼を言いたいぐらいです。ここで皆と暮らした一年間はとても有意義なものでした」

 

 祐一はプレシアに感謝していた。このような楽しい一時を自身に与えてくれたことに。

 プレシアは祐一をそんなつもりで呼んだわけではないだろうが、それでもプレシアに感謝していた。

 こんなに心安らいだのは、祐一にとっては久しぶりであった。

 自然と祐一は笑みを浮かべる。

 

「……そう、それならよかったわ」

 

 プレシアの言葉に祐一は返事をしながら頷くと、二人の間に沈黙が流れる。

 そして、その沈黙を破るように祐一が口を開いた。

 

「……プレシアさん、今でも気持ちは変わりませんか?」

 

「……何のことかしら?」

 

「わかっているはずです。これからのことと、フェイトのことです」

 

「…………」

 

 祐一の言葉にプレシアは沈黙する。

 その表情からは何も読み取れない。無表情であり、視線だけは祐一の方を向いている。

 

「プレシアさんの考えを否定するつもりはありません。俺も"同じ"ようなことなら、かつて考えましたから――ですが、今という時間も大切だと思います。それを、良く考えてください」

 

 祐一の言葉を聞いてもプレシアは無言であった。だが、僅かに瞳が動いたように、祐一は感じた。

 だが、これ以上何か言っても逆効果であろうと感じた祐一は頭を下げる。

 

「すみません。こんな若造が少し言い過ぎました。……そろそろ、行きます」

 

「そう。……また、会えるといいわね」

 

「そうですね。では、また」

 

 祐一はプレシアへと背を向け、部屋を出て行った。

 

 ――その背中をプレシアは少しだけ、悲しそうな表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 祐一はプレシアの部屋を出て行った後、フェイト達と夕食を食べ片づけを終えた後、フェイト達に話があると言い、二人と向き合っていた。

 

「――俺は明日、ここを出て行く」

 

「……えっ?」

 

「ホントなのかい!?」

 

「ああ、本当だ」

 

 アルフの言葉に祐一は頷く。

 二人の表情は驚きに満ちていた。アルフは単純に驚愕しているだけだが、フェイトは驚き、不安、寂しさなど、いろんな感情が溢れていた。

 祐一はそんな二人を見つめながら、話を続ける。

 

「もうフェイトの一人前の魔導師としてやっていけるだろうし、アルフのサポートがあれば、並大抵の相手には遅れを取ることもないだろう。よって、俺の任期は明日で終了だ」

 

「そ、そんな……まだ、祐一に教えてもらってないこともたくさんあるし……そ、それに、一人前って言っても、祐一にはまだ全然追いついてない」

 

「そ、そうだよっ! こんな急に出て行く必要なんか、ないじゃないかっ!」

 

 二人の言葉に祐一は静かに首を横に振る。

 

「俺はプレシアさんの依頼で来ていた。その依頼は『フェイトを一人前の魔導師にすること』。客観的に見て、フェイトはもう十分に一人前の魔導師だ」

 

 フェイトは泣きそうな表情、アルフは悔しそうな表情となる。

 

「――だから、二人とは明日でお別れだ」

 

 祐一は表情を変えることなく淡々と話してはいたが、心の中では二人にこのような思いをさせていることを悔やんでいた。

 祐一とて、二人と別れることは寂しいことだと感じているのだ。だが、自身がここに留まっていてはこれから先の成長はない。――魔導師としての強さも、"心"の強さもだ。

 だからこそ、祐一は別れを決意したのだ。

 しばらく無言の空間が続いたが、一つの声によって打ち消される。

 

「いや……そんなの、いやだよ。……リニスも"遠く"に行っていなくなったし、これで祐一もいなくなったら……寂しいよ……」

 

「フェイト……」

 

 フェイトはその綺麗な瞳から大粒の涙を流していた。そんな主をアルフは優しく抱きしめる。

 フェイトが自分の想いを口にするのは、とても珍しいことであった。いい子であろうとする余り、フェイトは自身の願望を口にすることはほとんど無かった。

 周りに迷惑を掛けたくないからと、自身の感情を抑えているような子なのだ。

 祐一は少しだけ目を瞑った後、スッと立ち上がり、フェイトの傍へと近づき、目の前で膝立ちになり目線を合わせる。

 フェイトは近づいてきた祐一に気付き、涙で濡れた顔をそちらに向ける。

 祐一はフェイトの涙をそっと拭った。

 

「泣くな、フェイト。……俺もお前と別れるのは寂しい。だが、何も二度と会えなくなることなんてことはない。必ず、また会える日がやってくる」

 

「ほんとに? また、会えるの……?」

 

「ああ、会えるさ」

 

「……じゃあ、指切り、してくれる……?」

 

 フェイトが差し出してきた小指に祐一も小指を絡める。

 

「――これでまた会える」

 

 指を離し、祐一はフェイトの頭を優しく撫でる。

 フェイトの表情も幾分かは和らいでおり、少しだけ笑顔を見せていた。

 

「さぁ、今日はもう遅いからそろそろおやすみ」

 

「うん。わかった。おやすみ、祐一」

 

「おやすみ、祐一」

 

 祐一の言葉にフェイトとアルフは部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 フェイト達と別れた後、祐一が部屋で自身の荷物の整理を終えると、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「フェイトですけど、入ってもいいかな?」

 

「ああ、構わないぞ」

 

「お、おじゃまします」

 

 祐一の返答を聞き、扉を開けて入ってきたのは、可愛らしいパジャマに着替えたフェイトがだった。

 祐一は少しだけ首を傾げながら質問する。

 

「どうした? こんな時間に」

 

「えっと、あのね? 今日は祐一と一緒に寝ても……いいかな?」

 

「……は?」

 

 フェイトの驚きの言葉に祐一にしては珍しく間の抜けた声を上げていた。

 祐一が呆けていると、フェイトが少しだけ頬を赤く染めながら口を開く。

 

「今日が祐一といられる最後の日だから……駄目、かな?」

 

 そういうことかと、祐一は心の中で思った。何事かと思ったが、先ほどのフェイトの反応を見ていたら、それもあるかとも感じた。

 不安そうに祐一を見つめてくるフェイトに、ふぅっと息を吐く。

 そんな祐一を見て、駄目かと思ったのか、フェイトの表情が暗くなっていた。

 

「……構わんよ」

 

 フェイトの先ほどまで暗かった表情は一転して、嬉しそうに頷いていた。

 そんなフェイトを見ながら祐一も笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、そろそろ寝るぞ」

 

「うんっ!」

 

 フェイトが布団に入ったことを確認し、祐一も電気を消し布団に入った。

 布団は祐一のためなのか普通よりも広いため、祐一とフェイトが二人で並んで寝るくらいは余裕の広さがある。だが、布団は一枚であるため、二人の距離は必然的に近くなってしまう。距離にして、約三〇cmという距離であった。

 フェイトは今更ながら恥ずかしさを感じているのか、頬を僅かに赤く染めていた。

 

「しかし、初めてだな。フェイトがこんなことを言ってくるなんて」

 

「祐一がいなくなるから、最後にいろいろ話をしようと思ったんだ」

 

 フェイトが少し寂しそうに話す。

 

「……そうか。……すまないな」

 

「……ううん、もう、いいよ。気にしないで」

 

「……すまんな」

 

 祐一は手を伸ばし、フェイトの頭を優しく撫でる。祐一に頭を撫でられたフェイトは、気持ちよさそうに目を細めた。

 

「――わたしね、祐一にこうやって頭を撫でられるの好きなんだ。なんだか、安心できるっていうか、温かいんだ」

 

「そうか?」

 

「うん。アルフに撫でられるのとはまた違う感覚――わたしを大きく包み込んでくれる感じ」

 

 フェイトはそう嬉しそうに祐一に話す。

 だが、嬉しそうに話していたフェイトの表情が少しだけ曇った。

 

「――母さんも、昔はわたしがいい子にしてたら頭を撫でたりしてくれたんだ。……だけど、今はそんなことないから……」

 

「そうか。……フェイトは、プレシアさんのことが好きか?」

 

 寂しそうに話すフェイトに、祐一はフェイトを撫でていた手を放しながら問い掛ける。

 

「え? うん、好きだけど……なんで、そんなこと聞くの?」

 

 唐突な祐一の質問にフェイトは首を傾げる。

 

「今のプレシアさんはフェイトのことを蔑ろにし、研究に没頭している。正直、母親としては褒められた行動ではないと、俺は思っている。それでも、フェイトはプレシアさんが好きか?」

 

 祐一の言葉にフェイトは少しだけ目を伏せた。

 確かに、プレシアはフェイトのことをほとんど相手していない。ほとんど研究に掛かりきりで、話をしてくることは稀だ。

 

 ――だが、それでもとフェイトは思う。

 

 プレシアが自分を蔑ろにしていても、フェイトはプレシアのことが大好きだった。研究に片が付けば、"昔"のように、きっと、自分に笑顔で話しかけてくれる。

 

 ――フェイトはそう思っていた。

 

 だから、自分がプレシアのことを嫌いになるはずなどなかった。

 しばらく無言で顔を伏せていたフェイトが顔を上げた。その瞳には力が篭っていた。

 

「――わたしは、それでも母さんが大好きだよ」

 

「――そうか。……その気持ちを忘れず、大事にするんだぞ?」

 

「うんっ!」

 

 フェイトは笑顔で頷いた。

 

 ――そんなフェイトを祐一は僅かに心配そうに見つめていた。

 

 祐一の表情には気付かず、フェイトは祐一と楽しそうに話を再開した。

 

 

 

 

 

 翌日、祐一との別れの挨拶をするためにフェイトとアルフの二人は姿を見せていた。

 

「じゃあ、元気でね、祐一」

 

「またね、祐一!」

 

「ああ。二人とも元気でな」

 

 そう挨拶を交わす三人だが、プレシアの姿は無かった。

 

「ったく、祐一が帰るって言ってるのに、あの人は挨拶にも来ないのかい?」

 

「仕方ないよ、きっと、忙しいんだよ」

 

 ぼやくアルフをフェイトが宥める。

 

「気にするな、挨拶はもう済ませてある」

 

「はぁ~。二人が言うんなら、仕方ないね」

 

 諦めたのか、アルフは頭を掻きながらしぶしぶといった感じで納得する。

 その表情を確認し、祐一はさてと呟く。

 

「――ほんとに、お別れなんだね」

 

 そう言葉を口にするフェイトの表情には、昨晩と同様に目尻に涙を浮かべていた。

 祐一は苦笑しながら、フェイトの頭に手を乗せる。

 

「大丈夫だ。昨日も言っただろう? また、きっと会える」

 

 優しく微笑みかけてくる祐一に安心したのか、フェイトは涙を拭き、笑みを見せた。

 

「っ……そうだね。泣いてばっかりじゃいけないよね」

 

「ああ。その意気だ」

 

 ぽんぽんと、フェイトの頭を優しく叩くと、祐一は手を放した。

 

「じゃあ、そろそろ行く」

 

 祐一の言葉にフェイトとアルフは静かに頷く。

 

「アルフ――フェイトのことを頼んだぞ?」

 

「ああ、任せといて!」

 

「フェイト――あまり、無茶ばかりするんじゃないぞ?」

 

「うん、わかってるよ」

 

 祐一は二人の言葉に満足したように頷き、二人に背を向ける。

 

 

 

「祐一!! また会おうねっ!!」

 

 

 フェイトの叫び声を背中越しに聞いた祐一は口元に笑みを浮かべ、そちらへと振り向き、

 

 

 

「ああ――また会おう」

 

 

 

 そう力強く頷くと、祐一の姿はそこから消えていた。

 

 

 

 ――黒衣の青年は金色の少女と一時の別れを告げた。

 

 ――そして、この別れから一年後、新たな物語は始まる。

 

 ――第九七管理外世界《地球》に舞台を移し、後に「PT事件」と呼ばれる事件が起こる。

 

 ――《黒衣の騎士》と呼ばれた青年の新たな物語が始まる。

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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interlude_1.2

side フェイト

 

 リニスがいなくなり、祐一がここを出て行ってから半年が経った。二人がいなくなってすぐの頃は、寂しくて泣いちゃう時もあったけど、今では現状の生活にも慣れてきていた。

 二人はいなくなってしまったけど、アルフは変わらずわたしの傍に居てくれて、わたしが無茶をしそうになったりした時は助けてくれるし、持ち前の明るさでわたしを励ましてくれたりしてくれて、わたしを必死で元気付けようとしてくれている。

 そんなアルフの心遣いがわたしは嬉しかった。

 もし、わたし一人だけだったなら、心が折れてしまっていたかもしれない。……アルフがいてくれて、本当によかった。

 

 この半年間、わたしはアルフと共に、母さんから頼まれる"お使い"によく行くようになった。

 あるときは実験の材料、またあるときは書物や文献といった物を、わたしはアルフと二人で探しに行っていた。

 その"お使い"は苦ではないけど、以前にも増して、母さんはわたしとの会話を避けるようになっていた。……そっちの方が、よっぽど辛かった。

 

 リニスと祐一の二人がいなくなってから、母さんはほとんど部屋から出てくることはなくなった。

 以前にも増して、研究に没頭しているようだ。

 

 ――実験と研究が行き詰るごとに、母さんは苛立ちや怒りを隠さなくなって、リニスや祐一がいたときに比べて、私達の家は……なんだか……暗くなっていった。

 

 

 

「なんだよ、もう! 言われた通りの物を探してきたってのに!」

 

 さっき、母さんに頼まれてお使いに行ってきたけど、それが母さんの必要としている物ではなかったみたいで、わたしは怒られてしまった。

 わたしはそんなに気にしていなかったけど、アルフはそんな母さんの理不尽さに怒っていた。……わたしのために怒ってくれていると思うと、胸が熱くなった。

 

「仕方ないよ。母さんが見たいことが載ってなかったんだから……」

 

「だからって、怒ることないじゃないか! あたし達は頼まれただけで、フェイトは何も悪いことしてないんだから!」

 

 アルフはが頭を掻きながら、母さんへの怒りを募らせる。

 アルフがわたしのためを思って怒っていることは分かっているけど、わたしはどうしても母さんを責める気にはなれなかった。

 

「あ~もう! こんなときにリニスか祐一がいてくれたら……リニスならあの鬼ばばを叱ってくれるだろうし。祐一なら窘めてくれるのにさ!」

 

「アルフ、汚い言葉を使わないで」

 

 アルフの言葉に、わたしは思わず語気を強めてしまった。

 

「……へ~い」

 

 そんなわたしの反応に、アルフはバツが悪そうに頭を掻きながら言葉を返してきた。

 アルフの言葉を聞き、わたしはいなくなってしまった二人のことを考える。

 

 祐一は母さんの依頼が達成したから自分の故郷に戻っただけだけど、リニスは半年経っても戻ってくることはなかった。

 わたしとアルフは、なんとなく、あの日何が起こったか、どうしてリニスがいなくなったのかに気付いていたけど、わたしもアルフもお互いに、それを口に出すことはしなかった。……ただの悪あがきだと分かっていても、"事実"を認めたくなかった。

 

 《庭園》は、祐一とリニスがいたときの場所から移動を始めている。……二人と一緒に過ごした場所からの移動は、少し寂しかった。

 

 

 

 そしてここ最近、わたしは依頼を終えて帰っていった祐一のことをよく思い出すようになっていた。――あの、厳しくも優しい青年のことを――。

 

「祐一、今はなにしてるんだろう……?」

 

 わたしの呟きに反応したアルフが言葉を返してくる。

 

「さぁ? 祐一は《便利屋》っていう仕事をしてるって言ってたね。あの仏頂面で困ってる人を助けてるんじゃないのかね?」

 

 アルフの言葉にわたしは思わず笑ってしまった。仏頂面で人を助ける祐一の姿を想像してしまったのだ。――なんだか、有り得そうな光景だと思った。

 

「仏頂面は言いすぎだよ、アルフ? 祐一はああ見えて、結構表情が豊かなんだよ?」

 

 わたしはアルフにそう言葉を返す。

 祐一は、一見無表情に見えるが、ああ見えて感情が結構ストレートだとわたしは感じていた。

 出会った当初はわからなかったけど、一緒に暮らしているうちに、なんとなくだけどそんな気がしたのだ。現に嬉しいことがあったら、微妙に笑みが増えているし、悲しいことがあったら、少しだけ眉間に皺が寄っていたりする。

 そんな祐一を見ているのも、わたしは楽しかった。

 

「そうかなぁ?」

 

「そうだよ」

 

 そんな祐一のことを思い出しながら、アルフと二人で笑っていた。

 

 

 

 祐一と初めて出会ったのは、母さんの依頼で祐一がリニスと一緒に私の教育係りになったときだった。

 あの時、わたしは初めて母さん達以外の人と面と向かって会うことになって、とても緊張していた。そして、実際に初めて祐一と会ったとき、正直な話、わたしは少し怖かった。

 祐一が、わたしが初めて会う男の人だったこともあったし、それに祐一はとても大きかった。

 祐一と出会って、わたしが何も言えなくなっていたら、祐一は身を屈め目線を合わせて、ぎこちないながらも笑みを浮かべてくれて、握手してくれた。

 

 ――今でも、そのときの祐一の手の温もりと大きさは忘れられない。

 

 そして教育が始まると、祐一はいろんなことを教えてくれた。

 勉強や魔法を教えている最中はとても厳しかったけど、分かりやすく丁寧に教えてくれた。

 わたしが上手く出来たときなどは、「良くやったな」と、わたしの頭を優しく撫でて褒めてくれたりもした。

 

 わたしは祐一に褒められたり、撫でられたりするのが大好きだった。正直、恥ずかしいときもあったけど、それでも心が温かくなっていくのを感じていた。

 

 祐一のようになりたくて、祐一がやっていることを真似したりするようなこともあった。祐一が朝からトレーニングをしているのを目撃してから、早起きして祐一と一緒にトレーニングしたり、祐一のトレーニングを眺めているのことが、いつしか、わたしの日課になっていた。

 祐一は「まったく……」と、溜息をつきながらも、最終的には苦笑しながら許してくれた。

 

 模擬戦でも、わたしは一度も祐一に勝ったことがなかった。祐一に負けることが悔しかったので、それを祐一に言ったら、「そんなに簡単に負けられるか」と言いながらわたしにデコピンした後、「だが、その気持ちは大事にしろ」と、少し嬉しそうに微笑んでいた。

 祐一はとても強かった。

 一度だけ、アルフと一緒に戦ったときだけは勝てると思ったけど、それでも祐一には届かなかった。結局、祐一はこちらにいる間はデバイスを全く使用しなかった。

 それはまだわたしが、祐一と戦うにはデバイスなしで十分と判断されたようで、とても悔しかった。

 わたしは、いつか必ず、祐一と並び立てるような立派な魔導師になりたいと思った。

 

 

 

 まだ半年しか経っていないのに、祐一がいたのが、もう、ずいぶん昔のことのように感じていた。

 祐一が来てからの一年間はとても楽しくて、大切な時間だったんだなと、最近とても感じるようになっていた。

 

 母さんは今でも研究を続けており、これからも"お使い"などが増えていくんだと思う。

 確かに、今は研究が忙しくて、全然構ってはくれないけど、きっとそれが終われば、また昔の優しい母さんに戻ってくれるはずだ。

 

 ――わたしはそう思い、母さんのためにこれからも頑張っていこうと、心に決める。

 

 祐一、リニス――わたし、頑張るから。祐一やリニスに自慢出来るくらい――頑張るから。

 

「――だから、応援しててね。……祐一、リニス」

 

 そう呟いたわたしの言葉は誰の耳にも届かず、虚空へと消えた。

 

side out

 

 このときの少女はまだ何も知らなかった。

 

 自分が今後、大きな出来事に遭遇することになるとは。

 

 《黒衣の青年》を想う少女は何も知らなかった。

 

 




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第二章 無印編
新たなる出会い


 第九七管理外世界《地球》の、さらに小さな島国である《日本》。そのさらに小さな街である《海鳴市》の商店街を青年は歩いていた。

 

 長身ではあるものの、大柄という体躯でもない。その引き締まった体格から、鍛えられていることがすぐに分かる。漆黒の髪に黒目と、典型的な日本人といった風体であるが、その長身は日本人離れしていた。

 黒を基調とした服装にサングラスを掛け、首から赤い剣を模したネックレスを提げている。

 そんな、いろんな意味で目立つ青年は周りの視線など気にせず、街を歩いていた。

 

「――あれから、もう一年、か」

 

 青年――黒沢祐一は綺麗に晴れた空を眩しそうに見上げながら、一人呟く。

 古い知人――プレシア・テスタロッサからの依頼で、その娘である――フェイト・テスタロッサを一人前の魔導師として教育するために、一年間をプレシア邸で過ごした。長いようで短かった一年であったが、それもフェイトが一人前の魔導師となったことで終わりを迎えた。

 

 ――あれから、一年が経とうとしている。

 

「フェイト達は元気でやっているだろうか……」

 

 祐一は一人呟くが、すぐに首を横に振る。

 

「――考えても仕方ないことだな」

 

 祐一は気持ちを切り替える。

 そこへ、元気な声が祐一の耳に聞こえてきた。

 

「祐一お兄さ~ん!」

 

「ん? この声は……」

 

 祐一は歩みを止め、声のした方へと首を動かす。祐一の視線の先、少し離れた場所に小学生ぐらいの少女が三人立っていた。真ん中に立っている少女が祐一の名を呼びながら手を振っている。

 そして、三人は祐一へと近づいてくる。

 

「こんにちは、祐一お兄さん」

 

「「こんにちは、祐一さん」」

 

「ああ、こんにちは。三人は学校の帰りか?」

 

「うん、そうだよ。今から三人で塾に行くところなの」

 

 そう答えたのは、亜麻色の髪を耳より上の位置で左右ともにリボンで結びツインテールにしている少女――高町なのは。

 祐一がこの海鳴市に来てから、偶然に知り合った少女である。

 元気良く祐一に言葉を返す姿はとても愛らしく、白を基調とした学校の制服もなのはによく似合っていると、祐一は感じていた。

 

「まったく、なのはったら祐一さんの姿を見つけたら、すぐに走り出すんだから……」

 

 そう苦笑を浮かべながら話す少女の名は――アリサ・バニングス。アメリカ人の両親を持つお嬢様で、かなり気が強い少女であるものの、友達思いのいい子であり、なのはの親友の一人である。

 

「ふふ、なのはちゃん、とても嬉しそうに走って行ったもんね」

 

 そう柔らかく微笑む少女の名は――月村すずか。資産家の娘でこちらもお嬢様であるが、性格はアリサとは違い、大人しく引っ込み思案な性格であり、すずかもなのはの親友の一人である。

 アリサとすずかの二人も祐一がこちらに来て間もないとき、これまた偶然に出会った少女達であった。

 

「ふぇぇ!? な、何てこと言うのっ! アリサちゃん! すずかちゃん!」

 

 なのはが顔を赤く染めながら、両手をぶんぶん振りながら、二人に抗議する。

 

「だって、ねぇ?」

 

「そうだねぇ~」

 

 そんななのはの態度が面白かったのか、二人は笑みを浮かべながら頷きあう。

 二人のそんな態度に、なのははさらに頬を赤く染め上げ、声を上げる。

 

「もぉ~! そんなんじゃないんだってばぁ~!」

 

 そんな三人のやり取りを祐一は苦笑しながら見つめていた。

 

 

 

 それから、三人が塾に行く途中であったこともあり、祐一を含めた四人は塾へと向かうことになった。祐一は行く必要はなかったのだが、暇だったことと、なのはに上目遣いでせがまれたため、付いて行くことになった。

 少女三人が前を歩き、祐一はその後ろを護衛よろしく付いていっているという状況であった。流石に無言であると周囲の目が痛いため、祐一も会話にはたまに参加している。

 そしてしばらく歩いていると、アリサが急に何かを思い出したように祐一へと声を掛けた。

 

「そうだ! 祐一さん聞いてくれます? 今日の授業で自分が将来やりたいことについて聞かれたんですけど、なのはがやりたいことが決まってないからって、自分のことを過小評価するんですよ!」

 

「過小評価? どういうことだ?」

 

 アリサの言葉だけではよくわからなかったため、祐一は三人に質問を返す。

 すると、なのはがおずおずと質問に答えた。

 

「あの、過小評価っていうか、なのは文系苦手だし、体育も苦手だし、そう考えると特技や取柄も特に無いなって思ったんだ」

 

 なのはは頬を掻きながら苦笑を浮かべる。

 

「それに、わたしにはアリサちゃんやすずかちゃんみたいに、将来やりたいことっていうのも、まだ見つかってないし……」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 なのはの言葉に祐一は頷く。

 祐一としては、小学三年生でそんなことを考えている方が驚きなのだが、と頭の中で考える。

 アリサとすずかがしっかりしているせいか、なのはもしっかりしないと、という気持ちが強いのだろうと、祐一は思った。

 

「安心しろ。将来やりたいことというものは、そんなに焦って見つけるようなものでもない。そういうものは唐突に思いついたりすることもあるし、日々暮らしていく中で自然と思いついたりするものだ。だから焦るな。なのはにしか出来ないことが、きっと見つかるはずだ」

 

 祐一は話しながらなのはの頭をぽんぽんと優しく叩く。

 そんな祐一の言葉と行動が効いたのか、少し不安そうにしていたなのは笑顔となり、「うん!」と元気良く頷いた。

 そんななのはを見つめていたアリサはやれやれと首を振り、すずかは嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 しばらく歩いていると、アリサがT字路に差し掛かったところで声を上げた。

 

「あ、こっちこっち! ここを通ると塾に行くのに近道なんだ」

 

「え、そうなの?」

 

「ちょっと道悪いけどね」

 

 アリサの言うとおり、道が舗装はされておらず、でこぼこしていたり、石ころが転がってもいた。

 だが、アリサの言うことを信じ、なのは達はアリサの後を付いて行く。

 そして、しばらく歩いていると、なのはが何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回し始めた。

 

「どうしたの?」

 

「なのは?」

 

 なのはの突然の行動にすずかとアリサは首を傾げながら、なのはへと声を掛ける。

 

(かなり微弱ではあるが、魔力の反応がある。なのははこれに気付いたのか?)

 

 祐一は心の中で若干驚いていた。

 近くでかなり微弱ではあるが、魔力の反応を感じたこともだが、"なのはがこれに気付いたのが"驚きであった。

 

「――あ、ううん! なんでもない。ごめんごめん」

 

「大丈夫?」

 

「じゃあ、行こう」

 

 祐一の驚きを他所に、なのははアリサとすずかに謝り歩みを進め始めた。

 

 

 

 ――そして、しばらく歩いていたときだった。

 

『助けて』

 

 祐一の頭の中に直接語りかけるように言葉が聞こえてきた。

 おそらく、先ほどから感じていた微弱な魔力の主なのだろうと祐一は冷静に思考する。どうやら、直接助けを求めるほど、逼迫した状況であるようだ。

 祐一がどうしたものかと思考していると、アリサが声を上げた。

 

「なのは?」

 

 アリサの声がした方に祐一が視線を向けると、なのはが念話が聞こえてきた方向に視線を向け、足を止めていた。

 

(やはり、なのはにも聞こえているのだな)

 

 先ほど祐一が感じていたことが確信に変わった。

 

 なのはにはあるのだ。――魔導師としての才能が――。

 

 魔導師となる最低ラインであり、必要不可欠の条件は体の中に"リンカーコア"があることである。これがなければ魔力も生成できず、魔法を使うことは出来ない。

 それがなのはにはあるということが今回のことで分かったのだ。

 

(これからどうなるかは、なのは次第、か。とりあえず、今の状況を何とかするか)

 

 祐一がそう考えていると、当の本人であるなのはから声が上がる。

 

「――今、何か聞こえなかった?」

 

「? 何か……?」

 

 なのはの言葉にすずかは首を傾げる。

 

「――何か、声みたいな……」

 

「別に、聞こえないけど……?」

 

「聞こえなかったかな?」

 

 アリサとすずかの二人はなのはの問い掛けに困惑していた。

 なのはは自身が聞いている声が本物であることを諦めきれず、最後の一人である祐一へと声を掛ける。

 

「祐一お兄さんも何も聞こえなかった?」

 

 祐一は少しだけ考え、返事をする。

 

「……いや、何も聞こえなかったが?」

 

 もちろん嘘である。

 祐一にはしっかりと声が聞こえているが、なのはにそれを言うのは躊躇われたのだ。

 なのはに嘘を付くのは躊躇われたが、祐一はなのはには"こちら側"には来てほしくはなかったのだ。

 

「そう、なんだ……」

 

 なのはは少し残念そうな表情をした後、きょろきょろとあたりを見回す。

 すると、そんななのはの行動を見ていたかのように、頭の中へと声が響く。

 

『助けてっ!』

 

 先ほど聞こえてきた声より、さらに大きな声が聞こえてきた。

 どうやら念話の主は、よほど切羽詰まっているのだろうと、祐一は思考する。

 

「っ!?」

 

「なのは!?」

 

「なのはちゃん!?」

 

 その声を聞き、遂になのはは声がした方へと駆け出した。

 なのはの行動に驚いたアリサとすずかが名前を叫ぶが、そのままなのはは木々が生い茂る中へと入っていった。

 祐一は一度舌打ちをすると、残った二人に声を掛ける。

 

「二人とも、とりあえずなのはを追うぞ」

 

「わかりました!」

 

「は、はいっ!」

 

 祐一は二人を伴い、なのはの後を追う。少しすると、地面に座り込んでいるなのはの姿を確認した。

 

「どうしたのよ、なのは! 急に走り出してっ!」

 

「あっ、見て。……動物? 怪我してるみたい」

 

「う、うん。どうしよう?」

 

 すずかの言葉通り、なのはが座り込んだ姿勢のまま、何かを抱えていた。

 フェレットのようであったが、祐一には判断は付かない。とりあえず、この動物が念話を飛ばしていたのであろうと祐一は判断する。

 

(おそらく、動物の姿は仮の姿だろう。"何か"に襲われ、怪我を負い、動物の姿となったと考えるのが妥当、か)

 

 何に襲われたかは現段階では不明だが、怪我から見て祐一はそう判断する。

 そう考えている祐一の横で、三人は心配そうにフェレットを見つめていた。どうするべきか、判断に迷っているようであった。

 祐一は一旦思考を止め、三人へと声を掛ける。

 

「とりあえず、怪我の治療をするために病院に連れて行くべきだろう」

 

「そ、そうだね! この近くに動物病院ってあったっけ?」

 

「確か《槙原動物病院》があったはずだ。そこに連れて行くぞ」

 

「う、うんっ! わかった!」

 

 祐一の言葉になのはが頷き、祐一は三人を連れ、病院へと足を向けた。

 

 

 

 祐一達は病院に到着すると、動物病院の院長である――槙原愛に事情を説明し、治療をお願いした。

 そして、今はフェレットの治療も終わり、院長である愛から話を聞いているところであった。

 

「怪我はそんなに深くはないけど、ずいぶん衰弱してるみたいね? きっと、ずっと一人ぼっちだったんじゃないかな?」

 

「院長先生ありがとうございます!」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 愛の言葉に三人は頭を下げながらお礼を言う。

 

「先生、お忙しい中、ありがとうございました」

 

「いいえ、どういたしまして」

 

 祐一と三人の言葉に、愛は優しく微笑みを浮かべる。

 

「先生、これってフェレットですよね? どこかのペットなんでしょうか?」

 

「フェレット、なのかな? 変わった種類だけど、それにこの首輪に付いているのは宝石、なのかな?」

 

 アリサが首を傾げながら愛へと問い掛けるが、愛もわからないようで首を傾げている。

 そして、愛が首輪に付いている宝石に手を伸ばすと、フェレットが体を起こした。

 

「あ、起きた」

 

「あら?」

 

 すずかがフェレットが起きたことが嬉しかったのか、目をきらきらさせ見つめていた。

 

(あの首輪に付いている宝石は、デバイスか……?)

 

 祐一はフェレットの首に付いている宝石を注意深く見つめる。

 デバイスとは、魔導師が魔法使用の補助として用いる機械のことであり、基本的に魔導師はこれを持ち歩いている。なので、このフェレットが首に付けているのは、待機形態が宝石型のデバイスなのだろうと、祐一はほぼ確信していた。

 

 そんな風に見つめられているとは知らないフェレットは、今の状況に驚いているのか、周りをきょろきょろと見回している。

 そして、なのはと目が合うと視線を彷徨わせることを止め、じっと見つめていた。

 

「見てる?」

 

「なのは、見られてる」

 

「あ、うん。えっと、えっと……」

 

 なのはは二人の声を聞き、戸惑うようにフェレットへとおずおずと指を伸ばす。

 そして、フェレットはその手の匂いを嗅いだ後、少しだけそれを舐める。

 フェレットに指を舐められたのが嬉しかったのか、なのははとても喜んでいたが、フェレットはその動作で体力の限界だったのか、そのまま倒れるように眠ってしまう。

 

「しばらく安静にしたほうがよさそうだから、とりあえず明日まで預かっておこうか?」

 

 愛がそう言うと、三人は嬉しそうに顔を見合わせ、

 

「「「はい! お願いしま~す!」」」

 

 声を合わせてお礼を言う。祐一はその光景を苦笑と共に見つめていた。

 

(とりあえず、今日のところは様子見程度で構わないだろう。後はこのフェレットが元気になってからだな)

 

 流石の祐一も、怪我をしているフェレットに無理やり状況を聞くほど鬼でも無い。明日以降でいいと判断し、思考をここで一度中断した。

 

「あ、やばっ!? 塾の時間!」

 

「あ、ほんとだ!」

 

「じゃあ、院長先生、すみません! また明日来ます!」

 

 アリサが塾のことを思い出し、慌てながら声を上げる。それを聞き、すずかとなのはも慌ててそう言うと、病院の外へと駆けて行った。

 

「じゃあ、槙原先生、後はよろしくお願いします」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

 慌てて出て行った三人に溜め息を付き、愛へとそう頼むと、三人の後を追いかけ病院を後にした。

 

 急いだ結果、何とか時間には間に合ったようであった。

 祐一は最後まで着いてくる必要はなかったのだが、結局塾まで着いて行った。義理堅い祐一の性格が垣間見えていた。

 

「じゃあな、三人共、勉強頑張れよ?」

 

「うん! じゃあね、祐一お兄さん!」

 

「さようなら、祐一さん!」

 

「付き添いありがとうございました!」

 

 祐一の言葉に三人は元気良く返事をし、手を振りながら塾の中へ入っていった。祐一も右手を挙げることで答える。

 三人の姿が見えなくなったのを確認し、祐一は塾へと背を向け、自宅へと歩みを進め始める。

 

「しかし、あのフェレットはどうしてあれほど怪我を負っていたのか……どうにもキナ臭い、な。――大事にならなければいいんだが……」

 

 そう一人で呟きながら、祐一は帰路につく。

 

 

 

 祐一の願いは叶うことなく、結果として大事になることをこのときの祐一はまだ知らなかった。

 

 

 

 ――この日の夜、祐一は一人の魔法少女が誕生するのを目撃する。

 

 




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魔法少女誕生

遅くなりましたが、投稿します。
では、どうぞ。


 なのは達を塾に送り届け、祐一は自宅へと戻っていた。

 そして、祐一の数少ない趣味の一つである、読書を楽しんでいる時だった。――少年の声が頭に響いてきたのだ。

 

 

『聞こえますか? ――僕の声が聞こえますか?』

 

 

 聞こえてきた声は昼間に聞いた声と同一人物であると、祐一は判断する。違うのは、昼間よりも声に元気があるところである。

 

「明日までは動けないかとも思っていたが――何か焦っているようだな」

 

 すると、祐一の言葉が聞こえたかのように、何かに焦っている少年の声が立て続けに響いてくる。

 

『聞いて下さい。僕の声が聞こえてる、あなた。……お願いです、僕に少しだけ力を貸してください!』

 

 さらに少年の声は続く。

 

『お願い! 僕のところへ! 時間が……危険が……もう……』

 

 その言葉を最後に少年の声が聞こえなくなった。

 祐一は読んでいた本を机に置き、黒いジャケットに腕を通す。

 

「時間、危険。どうやら相当に切羽詰まっているようだな」

 

 祐一は一人呟きながら、準備を終える。

 

「おそらく、先ほどの声をなのはは聞いてしまっているだろう。正義感の強いあの子のことだ。ほぼ確実に、声がした場所へと向かうだろうな」

 

 やれやれ、と祐一は首を横に振る。

 

「だが、それもなのはの美徳というものなのだろうな」

 

 若干、苦笑しながらその言葉を口にし、祐一は声の主がいる場所――動物病院へと急いだ。

 

 

 

 

 

side 高町なのは

 

 今、わたしは声が聞こえてきた方向――動物病院の方へ走っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 しばらく走り、わたしは動物病院に辿り着いた。ここから、声が聞こえてきている気がする。

 わたしは乱れた息を整えながら、反応がある方へと歩みを進める。

 

「うっ……また、この音……」

 

 わたしは頭に直接響いてくる"何か"のせいで痛む頭を押さえる。そこまで酷い痛みではないけど、痛いものは痛いのだ。

 しばらくして、痛みも和らいで息を整えていると、

 

「グルルル……」

 

 動物病院の中から、何か獣の呻き声のようなものが聞こえてきた。

 

「な、何か、いるの……?」

 

 わたしはその声に怯えてしまうが、その恐怖心を何とか押さえつけ、病院の中へとゆっくりと入ろうとした。

 

 ――そのときだった。

 

「あれはっ!?」

 

 目の前を助けたフェレットが"何か"から逃げるように駆け抜ける。

 そして、その後ろから"何か巨大な黒い獣"がフェレットを追うようにすごい速さで突っ込んでいった。

 

「あ、危ないっ!?」

 

 フェレットがその身のこなしを持って、軽やかに木を駆け上がるが、黒い獣は関係なく木へとぶつかり、いとも簡単に木と壁を粉砕した。

 わたしはその光景に思わず目を瞑りそうになったが、視界の端にその衝撃で吹き飛ばされたフェレットを捉えた。

 

「あっ!」

 

 自然にわたしの体は動き、落ちそうになったフェレットを優しく受け止める。

 

「きゃ!」

 

 しかし、わたしはフェレットを受け止めた拍子で尻餅を付いてしまった。

 

「なに、なにっ!? いったい、なにっ!?」

 

 その僅かな痛みと、この状況にわたしは思わず声を上げてしまう。

 激しく破壊された壁の方には、未だにそこから出ることの出来ない黒い獣がもぞもぞと動いている。

 わたしがこの状況におろおろしていると、別方向から声が聞こえてきた。

 

「来て……くれたの?」

 

「……っ!? しゃ、喋ったっ!?」

 

 わたしの腕の中にいたフェレットが声を上げたことに、さらに頭の中がパニックになっていくが、とりあえずここから出ることが先決であると思い、深呼吸を一度して、何とか気持ちを落ち着かせる。

 

「と、とりあえず、ここから離れよう!」

 

「っ!? は、はいっ!」

 

 わたしが声を上げると、フェレットが返事をする。

 そして、わたしはフェレットを抱えたまま立ち上がり、黒い獣から距離を取るため走り出した。

 

 

 

 わたしはフェレットを抱えたまま、黒い獣から距離を離す為、走っている。

 

「そ、その、なにがなんだかよくわかんないけど、一体なんなのっ!? なにが起きてるのっ!?」

 

 この状況には驚かされっぱなしだし、フェレットが話せるのにも頭が混乱しているけど、そう聞かずにはいられなかったから、フェレットへと声を掛ける。

 すると、わたしの腕の中にいるフェレットがわたしの顔を見上げる。

 

「君には資質がある。――お願い、僕に少しだけ力を貸してっ!」

 

「し、資質って……?」

 

 その言葉にわたしは訳がわからず首を傾げる。

 

「――僕はある探し物のために、ここではない世界から来ました。でも、僕一人の力では想いを遂げられないかもしれない。……だから、迷惑だと分かっているんですが、資質を持った人に協力してほしくて……」

 

 そう話すと、フェレットは腕の中から飛び降りた。

 

「お礼はします! 必ずします! 僕の持っている力を、あなたに使ってほしいんです。――僕の力を、魔法の力を!」

 

「ま、魔法……?」

 

 そう話されたけど、何がなんだかわからずわたしは首を傾げるばかりだった。

 

 ――そう話をしていると、先ほどの黒い獣が空から襲い掛かってきた。

 

「っ!?」

 

 わたしは間一髪のところで、近くにあった電柱に隠れることで、黒い獣の攻撃をやり過ごす。

 

「お礼は必ずしますからっ!」

 

「お、お礼とかそんな場合じゃないでしょ!?」

 

 未だに訳のわからない状況で、フェレットがそう言ってくるが、そんな状況ではないので、そう言葉を返す。

 電柱から少しだけ顔を出し、黒い獣を確認する。落ちてきた拍子に壁にめり込んだようで、壁から出ようともがいていた。

 今なら少しは話をすることは出来ると、わたしは思い、フェレットへと声を掛ける。

 

「ど、どうすればいいのっ!?」

 

「これを!」

 

 首輪に付いていた赤い宝石を口に咥えて渡してきたので、わたしはそれを手に取る。

 

「温かい……」

 

「それを手に、目を閉じ、心を澄ませて、僕の言うとおりに繰り返して」

 

 わたしは訳がわからなかったけど、静かに頷く。

 

「いい? いくよ!」

 

「……うん」

 

 フェレットはわたしが頷くのを確認すると、言葉を紡ぎだした。

 

「我、使命を受けし者なり」

 

「我、使命を受けし者なり」

 

 

「契約のもと、その力を解き放て」

 

「ええと、契約のもと、その力を解き放て」

 

 

 わたしは握り締めている赤い宝石が脈動しているのを感じる。

 

 

「風は空に、星は天に」

 

「風は空に、星は天に」

 

 

 さらに宝石が脈動する。

 

 

「そして、不屈の心は」

 

「そして、不屈の心は」

 

 

 ――そして、わたしたちの声が重なった。

 

 

「「この胸に!」」

 

「「この手に魔法を、レイジングハート、セットアップ!」」

 

『Stand by ready set up』

 

 すると、わたしが掲げて持っている宝石から光が立ち昇る。

 

「なんて、魔力だ……」

 

 フェレットが何かを呟いているが、わたしはそれどころではなかった。

 

「ふえ~!? どうすればいいのっ!?」

 

「落ち着いてイメージしてっ! 君の魔法を制御する、魔法の杖の姿を! そして、君の身を守る強い衣服の姿を!」

 

「そ、そんな、急に言われても……えっと……えっと」

 

 急に言われて困ったけど、わたしは頭の中で杖と衣服をイメージする。

 

「とりあえずこれで!」

 

 すると、わたしが次に目を開けたらイメージしていた衣服を着ており、手には自分がイメージした杖が握られていた。

 

「成功だ!」

 

「え? え!? 嘘!? ほんとにいろいろ変わってる!?」

 

 わたしは未だに状況が飲み込めずにオロオロしてしまう。誰だって、急にこんな状況になったらわたしと同じような感じになってしまうと思う。

 

 ――そして、こんな状況を整理することを待ってくれない存在がいた。

 

 壁に埋まっていた黒い獣がその恐ろしい目をこちらに向けていた。

 わたしは怖くなり、思わず後ずさりしてしまう。そして、壁に背を預ける形となってしまった。

 

「これなにっ!? どういう状況っ!?」

 

「来ます!!」

 

 その声がした後、黒い獣はわたしに向かって突進してくる。

 

「きゃ!」

 

 わたしは目を瞑り、両手を交差し、来るべき衝撃に身を硬くする。

 

 ――しかし、いつまでたってもその衝撃はやってこない。――その代わりに聞こえてきたのは、わたしがよく知っている男性の声だった。

 

 

「――全く、どういう状況だ? これは……」

 

 

 わたしが目を開けると、そこには全身を漆黒の衣服で身を包んだ長身の男性が立っていた。男性は右手を黒い魔物の方に突き出しており、その先には黒い獣が何か壁のようなものに遮られるように、動きを止めていた。

 

「あ……」

 

 わたしの口から自然と声が漏れる。

 今のわたしの表情は、たぶん、とても間抜けな表情をしているだろうな、と場違いなことを考えてしまった。

 

「――無事か、なのは?」

 

 その男性――祐一お兄さんは右手の位置はそのままで、視線だけをわたしの方へ向け、声を掛けてくる。その表情は相変わらずの無表情であったが。

 

「っ!? 祐一お兄さんっ!? 何でここにいるのっ!?」

 

「なに、少しなのはの様子が気になってな。――詳しい話は、"こいつ"を何とかしてからにするぞ」

 

「っ!? うんっ!」

 

 祐一お兄さんに気を取られていたが、今、わたし達は黒い獣に襲われているところだったのだ。それを思い出し、わたしは杖を強く握り締めながら、祐一お兄さんに返事をした。

 祐一お兄さんはわたしの返事を聞き、一つ頷くとさらに声を上げる。

 

「おい、そこのフェレット」

 

「は、はいっ!?」

 

 祐一お兄さんの言葉にフェレットは緊張した面持ち――たぶんだけど――で返事をする。

 

「"こいつ"を封印するんだろ? 悪いが今の俺では封印は出来ん。なのはに頼むのは、個人的には気が引けるのだが、今はそれが得策だろう。俺はこいつを抑えておくから、お前はなのはに封印の方法を教えてやってくれ」

 

「わ、わかりましたっ!」

 

 よし、と祐一お兄さんは頷くと、またわたしに声を掛けてきた。

 

「本当は俺が出来れば丁度いいのだが、今はそれが出来ない。――なのは、頼めるか?」

 

 そう真剣な表情で祐一お兄さんはわたしを見つめる。

 

 ――わたしの答えは決まってる。

 

「うんっ! 任せて! やってみるよっ!」

 

「――そうか。では、頼むぞ」

 

 祐一お兄さんは少しだけ笑みを浮かべると、視線を黒い獣へと向ける。

 

「少しだけ付き合ってもらうぞ」

 

 そう呟いた瞬間、祐一お兄さんの周囲に赤くて丸い球がいくつも現れた。

 

「アクセルシューター」

 

 その言葉と同時に、右手に張っていた障壁が消え、球が黒い獣へと殺到する。

 轟音とともに黒い獣は弾き飛ばされ、さらに追うように赤い球がまた黒い獣へと向かっていく。

 

 ――あとは同じことの繰り返しだった。圧倒的な力量で黒い獣を祐一お兄さんは圧倒していた。

 

(す、すごい。なんだかよくわからないけど、あんな大きな黒い獣を圧倒するなんて)

 

 わたしは心の中で賛辞を贈りながら、わたしに背を向け、黒い獣と相対している祐一お兄さんの大きな背中を見つめる。

 

(やっぱり、祐一お兄さんはすごい人だったんだなぁ~。――って、いけないっ! わたしには、わたしの出来ることをしなくちゃ!)

 

 わたしは頭を振り、同じように呆然としていたフェレットに声を掛ける。

 

「で、どうすればいいの?」

 

「っ!? そ、そうですね。見とれている場合じゃありませんでした」

 

 そう咳払いした後、フェレットは話を続ける。

 

「攻撃や防御の基本魔法は心に念じるだけで使用できます。丁度、あの人がやってるみたいな感じですね。――ですが、より大きな力を必要とする魔法は呪文が必要なんです」

 

「呪文……?」

 

「心を澄ませて。心の中にあなたの呪文が浮かぶはずです」

 

 わたしは目を閉じ、心を澄ませる。

 そうしていると、わたしの頭の中に自然と呪文が浮かんできた。

 

「うん、いける! これなら――祐一お兄さんっ!!」

 

 黒い獣を上手く抑えている祐一お兄さんに向かって大きく声を掛ける。

 その声に祐一お兄さんはわたしに視線を向けた後、一つ頷き、黒い獣から大きく距離を取った。

 その祐一お兄さんの行動を"逃げ"と取ったのか、黒い獣は祐一お兄さんに向け、突進していく。

 

「――フレイムケージ」

 

 それを待っていたのか、祐一お兄さんの呟きとともに突如出現した、炎で出来た檻によって、黒い獣は捕らえられた。

 

「やれ。なのは」

 

 その言葉に頷きを返し、わたしは自身の呪文を唱え始める。

 

「リリカルマジカル」

 

「封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!」

 

「ジュエルシード、封印!!」

 

『Sealing mode set up』

 

 杖から声がした後、その杖の形状が変化する。

 

『Stand by ready』

 

「リリカルマジカル。ジュエルシードシリアルⅩⅩⅠ――封印っ!」

 

『Sealing』

 

 わたしの杖から魔力の光が発射され、黒い獣に直撃すると、黒い獣は消え去り、後に残ったのは綺麗な青い宝石だけとなった。

 

「それは……?」

 

「はい。これが、僕が探していた《ジュエルシード》です。レイジングハートで触れてもらえますか?」

 

 近づいてきた祐一お兄さんの質問に答えると、わたしにそう言ってくる。

 

「こ、こう……?」

 

 わたしが杖を近づけると、ジュエルシードがレイジングハートに吸い込まれた。

 

『No.ⅩⅩⅠ』

 

 そして、わたしの格好も私服へと戻り、レイジングハートも元の小さな宝石に戻った。

 

「――終わったの?」

 

「――の、ようだな」

 

 わたしが呟くと、「やれやれ」と言いながら祐一お兄さんが溜め息を吐く。それを見て、わたしは思わず笑みを浮かべる。

 

「あなた方のおかげで、無事に封印できました。ありがとう……ござい……ます」

 

 わたしと祐一お兄さんにお礼を言うと、フェレットが倒れてしまう。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!? ねぇ!」

 

 疲れが限界になってしまったのか、安心したら倒れてしまった。息はしているので、大事には至っていないと思い、わたしはホッとした。

 すると、祐一お兄さんが声を掛けてくる。

 

「――なのは。とりあえず、この場は逃げたほうがいいかもしれんぞ?」

 

「え? なんで?」

 

「周りをよく見てみろ」

 

 そう言われ、周りを見渡してみると、先ほどの戦闘(というか、黒い獣が暴れたおかげ)でコンクリートに穴が開いていたり、電柱が倒れ電線が切れていたりと、かなり激しいことになっていた。

 

「――もしかして、わたし、ここにいたら大変あれなのでは……?」

 

「まぁ、間違いなく警察沙汰だな。……サイレンの音も聞こえてきたな」

 

 わたしが冷や汗を掻いていると、祐一お兄さんがしれっと言ってくる。

 

「とりあえず。――ごめんなさ~い!」

 

 わたしはフェレットを抱えそう言いながら走って逃げ、祐一お兄さんは、「やれやれ」とやはり溜息を吐きながら、わたしの横を並走してきた。

 

 なんだかんだ言いながらも、わたしに着いて来てくれる祐一お兄さん笑みを浮かべ、わたし達はその場を後にした。

 

side out

 

 

 

 

 

 祐一達はその後、公園へと移動した。

 

「はぁ、はぁ」

 

 走って公園までやってきたため、なのははベンチに座り息を整えていた。祐一は特に疲労した様子もなく、腕を組んで立っている。

 そして、今回の件の首謀者と言っても過言でないフェレットは、なのはの膝の上に乗せられていた。

 この状況の中、どう話を切り出すかと祐一が考えていると、

 

「――すいません」

 

 なのはの膝の上に座っていたフェレットが起き上がり、開口一番にそう口にした。

 フェレットの状態では表情がいまいち分かりづらいが、その声から罪悪感は持っているようだと、目覚めたフェレットを見つめながら祐一は思った。

 

「あ、起こしちゃった? ごめんね、乱暴で。……怪我、痛くない?」

 

「怪我は平気です。ほとんど治ってるから」

 

 そう話すと、フェレットはなのはの膝から降り、自身の体に巻いてあった包帯をはずす。その体には、フェレットの言うとおり、傷一つなかった。

 

「あ、ほんとだ。怪我が無くなってる」

 

「あなた方が助けてくれたおかげで、残った魔力を治療に回せました」

 

「よくわかんないけど、そうなんだ。……ねぇ、自己紹介していいかな?」

 

「あ、うん」

 

 こほん、となのははわざとらしく咳払いする。

 

「わたし、高町なのは。小学校三年生、家族とか仲良しの友達はなのはって呼ぶよ」

 

「僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名だから、ユーノが名前です」

 

「ユーノくんか。可愛い名前だね」

 

 お互いに自己紹介が終わると、なのはが黙ってる祐一に声を掛ける。

 

「ほら、祐一お兄さんも自己紹介しないと」

 

 なのはにそう言われ、祐一は少しだけ息を吐きくと、自己紹介を始める。

 

「黒沢祐一だ。よろしく」

 

「あ、ユーノ・スクライアです。助けてくれてありがとうございます、黒沢さん」

 

「構わない。なのはも危なかったしな。あと、名前で読んでくれて構わんよ」

 

「はい。では、祐一さんと呼ばせてもらいます」

 

 フェレット――ユーノが律儀に頭を下げ、祐一は僅かに苦笑する。

 そして、ユーノはなのはに向き直り、唐突に頭を下げた。

 

「……?」

 

「すいません。……あなたのことを……」

 

 なのはは何故頭を下げられたのかわからず、首を傾げるが、ユーノの言葉に笑顔を浮かべる。

 そして、そっとユーノを抱え上げる。

 

「なのはだよ」

 

「……なのはさんを、巻き込んでしまいました」

 

 ユーノはそう話すと、沈んだ声で頭を垂れる。

 

「あ、その……たぶん、わたし平気!」

 

 そんなユーノを見てか、なのはが笑顔でそう告げる。

 祐一はそんな二人のやり取りを静かに見つめていたが、なのはの言葉に少しだけ眉間に皺を寄せた。

 

(概ね予想通りの展開ではあるな。……まぁ、望んでいたわけではないが)

 

 祐一はそう思いながら、なのはの頭をぽんぽんと優しく叩く。

 

「……?」

 

 なのはは祐一の行動に首を傾げる。

 

「いや、今日はもう遅い。そろそろ帰った方がいいと思うぞ?」

 

「あ、そうだねっ!」

 

 祐一に言われ、初めて思い出したかのようになのはは胸の前で手を合わせる。

 

「ユーノくんも怪我してるんだし、わたしの家に行こう。後のことはそれから」

 

「そうだな。そうするか」

 

「わかりました」

 

 なのはの言葉に祐一とユーノは頷き、三人は高町家へと向かった。

 

 

 

 三人は高町家に着いたが、玄関前にはなのはの実兄である高町恭也と姉の高町美由希がなのはの帰りを待っていた。

 恭也に「こんな時間まで何をしていたんだ?」と聞かれ、なのはは大いに慌てていたが、祐一が口八丁と上手く誤魔化し、事なきを得た。

 だが、完全に疑いが晴れた訳も無く、恭也は最後まで怪しそうな目で祐一を見ていた。

 対して、美由希は何やら含みのある笑みを浮かべ、祐一の方を見ていたというのが印象的であった。

 その後、祐一が帰ろうとすると、美由希が「晩御飯、食べていかない?」などと言ってきたが、祐一は遠慮して自宅へと帰った。

 

 

 ――こうして、怒涛のような一日が終わりを告げ、一人の魔法少女が誕生した。

 

 




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やるべきこと

 なのはが魔導師となってから数日後、祐一はいつもの早朝のトレーニングをした後、本を読みながら、これからのことを考えていた。

 

(魔導師としての力を手に入れたなのはは、これからどうするのだろうな……)

 

 祐一はこれに関してはなのはの意思を尊重するつもりである。だが、祐一の気持ちとしては魔法に関わっては欲しくなかったというのが本音でもある。

 

(魔導師は戦うことを強制される。本当ならば、なのはには"こちら側"には来てほしくはないのだがな……)

 

 そう考え祐一はふぅ、と息を吐く。

 

(だが、なのははまだ巻き込まれただけだ。気持ちの整理も付いていないだろう。――ならば、確認しなければなるまい。――自分の意思というものを――)

 

 祐一はそう自身の気持ちを確認すると、本を閉じた。

 そして、しばらくすると、ユーノからの念話が聞こえてきた。

 

『祐一さん、なのは、聞こえてますか?』

 

『うん。聞こえてるよ。祐一お兄さんも聞こえてる?』

 

『ああ。聞こえている』

 

 ユーノは二人に念話が聞こえているのを確認すると、話を始めた。

 

『――じゃあ、まずはジュエル・シードについて説明するね』

 

 《ジュエル・シード》――ユーノが自身の世界――つまり、魔法世界で見つけた魔法の石である。

 それは本来、手にした者の願いを叶える魔法の石であるのだが、力の発現が不安定であり、それによって、祐一達が昨晩交戦したような魔物を生み出すこともある。

 また、たまたまジュエル・シードを見つけた人間や動物が誤って使用してしまい、それを取り込み暴走するケースもある。

 説明を終えたユーノが一息付くと、なのはが疑問を持ったのか、質問してくる。

 

『そんな危ない物が、何で家のご近所にあるの?』

 

『ふむ。確かにそうだな……』

 

 祐一も気になっていたのか、なのはに賛同するように声を上げる。

 

『……僕のせいなんだ』

 

 そんな二人の言葉にユーノが沈んだ声で話す。

 ユーノは故郷で遺跡発掘の仕事をしていた。そんなある日、古い遺跡の中でジュエル・シードを発見したのだ。

 そして、それを運んでいた時空間船が事故か、"何らかの人為的災害"に合い、全部で二一個あるジュエル・シードがこの地球に散らばってしまったのだ。

 

『――今までに見つかったのは、たった二つ』

 

『あと一九個かぁ~』

 

 なのはは、「まだ、結構な数があるなぁ~」と、楽観的な言葉を返す。

 そんななのはに僅かに苦笑しながら、祐一は声を上げる。

 

『とりあえず、ジュエル・シードがどんな経緯で地球に散らばったのかは理解した』

 

『はい。本当に、僕のせいで二人にはご迷惑を……』

 

 祐一の言葉にユーノは自身の不甲斐なさを滲ませ、言葉を返す。

 だが祐一は、いや、と否定の声を上げる。

 

『これはお前だけの責任ではない。確かに責任の一端はあるのかもしれないが、他に発掘をしていた人もいただろうし、不慮の事故は運が悪かったと言うしかないだろう』

 

『そうかもしれません。……ですけど、あれを見つけてしまったのは僕だから。全部見つけて、あるべき場所に返さないと駄目なんです』

 

『責任感が強いのは美点ではあるがな。だが、どうしても一人の力では限界もあるだろう』

 

 祐一の言葉にユーノは、そうですね、と言葉を返す。

 

『……なのはも祐一さんも巻き込んじゃって、本当に申し訳ないと思ってる。だから、一週間、いや、五日もあれば僕の魔力も戻るから、その間だけ休ませて欲しいんだ』

 

 そう話すユーノに、言葉を返そうと祐一が口を開こうとすると、

 

『魔力が戻ったら、どうするの?』

 

 なのはが静かな、それでいてよく通る声で言葉を紡ぐ。

 なのはの言葉に祐一は開こうとしていた口を一旦閉じ、ユーノはなのはへと言葉を返す。

 

『……また一人でジュエル・シードを探しに出るよ』

 

 ユーノが僅かに決意を含む声を上げる。だが――

 

『それは駄目』

 

『だ、駄目って……』

 

 ユーノの言葉を、なのはが一言で切って捨てる。ユーノの声には僅かに動揺が感じられた。

 

『わたし、学校や塾の時間以外なら手伝えるから』

 

『――だけど、昨日みたいに危ないことだってあるんだよ?』

 

 ユーノが心配そうに話をするが、なのはは笑みを浮かべながら声を上げる。

 

『ふふ。だって、もうわたしはユーノくんと知り合っちゃったし、話も聞いちゃったし、ほっとけないよ』

 

『なのは……』

 

『それに、ユーノくん一人ぼっちで頑張ってたんでしょ? 一人ぼっちが辛いのはよく分かるから。……それは悲しいことだよ』

 

 ユーノは黙って、なのはの言葉に耳を傾ける。

 

『困っている人がいて、その人を助ける力が自分にあるなら、迷わずにその力を使えって――これ、家のお父さんの教えなんだ』

 

 また少しだけ笑みを浮かべ、なのはは話を続ける。

 

『ユーノくんが困ってて、わたしはユーノくんの力になってあげられる魔法の力があるんだよね?』

 

『……うん』

 

『わたし、ちゃんと魔法使いになれるかあんまり自信ないんだけど』

 

『いや、なのははもう魔法使いだし、僕なんかよりもとても素晴らしい才能を秘めているよ』

 

『え、そうなの? 自分ではあんまりわかんないけど……祐一お兄さんもそう思ってるの?』

 

『ああ。俺もそう感じている』

 

 祐一の言葉に照れたのか、なのはは「にゃはは」と恥ずかしげに声を上げる。

 

『とにかくっ! ユーノくんと祐一お兄さん。わたしに魔法のこととかいろいろ教えてくれるかな? わたし、ユーノくんのお手伝い頑張るからっ!』

 

『――うん。ありがとう』

 

『ああ。俺も出来る限りサポートするよ』

 

 ユーノは心から嬉しそうに、祐一はいつも通り淡々と、なのはに言葉を返す。

 そして、話もほとんど終わった頃、なのはが「あっ!」と声を上げた。

 

『どうしたの、なのは?』

 

『いや、なんだか急すぎて忘れてたんだけど、祐一お兄さんも魔導師、なんだよね……?』

 

 なのはは聞いてもいいのかなという感じで、祐一に質問する。

 

『ああ。そうだ。こちらでは隠していたんだが、俺もなのはやユーノと同じく魔導師だ』

 

 祐一の言葉に、「全然知らなかった……」と、なのはが少しショックを受けていた。

 

『祐一さんは、この地球出身なんですか?』

 

『――いや、俺の出身はここではないよ』

 

『えっ!? そ、そうなのっ!?』

 

『ああ。俺が産まれたのは、ユーノと同じく魔法世界だ』

 

 なのはとユーノは祐一の言葉に驚愕する。

 

『じゃあ、もしかして祐一さんは――』

 

『まて。――どうやら、話をしている場合ではなくなったようだ』

 

 ユーノの言葉を遮り、祐一が声を上げる。

 祐一の言葉を聞き、ユーノもハッと体を起こし、なのはも気付き声を上げる。

 

『っ!? ユーノくん。この感覚――』

 

『うん。間違いない。ジュエル・シードの反応だ』

 

『幸い反応は近いが、どうする?』

 

 祐一の問い掛けにユーノはしっかりと答える。

 

『向かいましょう! 二人とも手伝って!』

 

『うんっ! わかった!』

 

『了解した』

 

 ユーノの言葉になのはは元気に返事し、祐一は簡潔に答える。

 そして、三人はジュエル・シードが発動した場所へと移動を開始した。

 

 

 

 目的の場所は小さな神社で、見渡すと、祐一より先に到着していたなのはとユーノの姿があった。

 

(あれが、今回のジュエル・シードというわけか)

 

 祐一の視線の先、なのはとユーノが対峙しているのは、全長三mはあろうかという、巨大な犬(ここから魔犬と呼ぶ)であった。おそらく何かの拍子にジュエル・シードを取り込んでしまい、このような姿になってしまったんだろうと、祐一は推測する。

 そして、なのは達と魔犬の間には、その犬の飼い主だと思われる女性が倒れていた。

 祐一は状況を把握すると、即座に行動に移した。

 

「バリアジャケット――展開――」

 

 その言葉と同時に、祐一のバリアジャケットが展開される。

 

「ソニックムーブ」

 

 その場から消えるように祐一は気絶している女性の元へ移動する。

 

「っ!? ゆ、祐一お兄さん!?」

 

「祐一さん!?」

 

 急に現れた祐一に二人は驚きの声を上げる。

 二人の声を聞きながら祐一は気絶している女性を抱え上げる。

 

「――なのは」

 

「は、はいっ!?」

 

 思わずといった感じでなのはが返事をする。

 

「――こいつは任せる」

 

「えっ……?」

 

 困惑するなのはを放置し、祐一はその場から瞬時に離れる。

 気絶している女性を寝かせ、祐一は少し離れたからなのは達を見る。なのはは覚悟を決めたのか、ユーノと話し合っていた。魔犬はそんな二人を獲物と認識したのか、唸り声を上げる。

 

「お前の力を見定めさせてもらうぞ。なのは」

 

 祐一がそう呟くとほぼ同時、なのはが持つデバイスであるレイジングハート輝き始めた。それとともに溢れる膨大な魔力に、祐一は驚きの表情を浮かべる。

 

「これほどとは、な。……フェイトと互角かそれ以上といったところか」

 

 祐一の視線の先、光に動揺したのか、魔犬がなのはへと突っ込んでいくが、なのはは魔犬と接触する前にバリアジャケットと纏っており、全くのノーダメージであった。

 

「パスワードもなしにデバイスを起動したか。相性も良いようだな」

 

 すると、魔犬は再度なのはへと突進していく。

 だが、バリアジャケットを展開し、防御力が上がってしまったなのはにはその攻撃は無意味であった。

 

『Protection』

 

 なのはがレイジングハートを魔犬の方へと突き出すと、レイジングハートの声と同時に障壁を張り、軽々と魔犬を吹き飛ばす。

 その光景に祐一が驚いていると、この戦いが終わりを迎えようとしていた。

 

『Stand by ready』

 

「リリカルマジカル、ジュエル・シードシリアルⅩⅤⅠ――封印!」

 

『Sealing』

 

 ジュエル・シードの封印が完了した。

 

「終わったか……」

 

 祐一はそう呟くと、なのは達がいる方へと歩みを進め始めた。

 

 

 

「ふぅ~。これでいいのかな?」

 

「うん。これ以上ないくらいに」

 

 少し緊張していたなのはユーノに声を掛けると、ユーノが嬉しそうに返事をする。その言葉が嬉しかったのか、なのはは微笑みを浮かべる。

 

「――なかなかやるじゃないか。なのは」

 

 祐一がそう言いながら、なのは達の所へとやってきた。

 

「あ、祐一お兄さん! わたし、ちゃんとジュエル・シードの封印出来たよっ!」

 

「ああ。離れたところから見ていた。ちゃんと封印出来てよかったよ」

 

 祐一は笑みを浮かべ、なのはの頭を撫でる。

 なのはも褒められたことが嬉しいのか、僅かに頬を染めながらも嬉しそうに微笑んでいた。

 

「ユーノもご苦労だったな」

 

「いえ、僕は何もしていませんから」

 

 祐一の労いの言葉に、ユーノもなのはの活躍が嬉しかったのか、笑顔で言葉を返した。

 

 

 

 無事、ジュエル・シードを捕獲することに成功し、祐一達は帰路に着いた。

 祐一はなのは達を家まで送り届け、今は自宅へと歩みを進めている。

 

(無事、ジュエル・シードを捕獲出来たな。次からもこれぐらい簡単に捕獲出来ればいいのだがな……)

 

 祐一はそう考えながら歩みを進める。

 今日のジュエル・シードは力をフルに発揮してはいなかった、と祐一は感じていた。だからこそ、なのはの力だけで解決させようとしたのだ。

 もちろん、危なくなったら祐一も助けるつもりではいた。

 

(もし、ジュエル・シードがフルの力を発揮するとなると、かなり膨大なものとなるだろう。ましてや"暴走"などした日には、この海鳴――いや、下手をすれば地球がなくなる、か……?)

 

 ユーノの話と祐一がジュエル・シードの特性から推察するに、それぐらいの力を秘めているだろうと、祐一は考える。

 そう考えたところで、祐一は首を振る。

 

(――いや、そのようなことは余程のことがない限りは大丈夫だろう。そうさせないために、俺がいるのだから)

 

 思考しているうちに、自宅へと着く。

 

「ん? 手紙が入っているな。誰からだ?」

 

 ポストを確認すると、一通の手紙が入っていた。

 そして、祐一は差出人を確認する。

 

「――まさか、このタイミングでやってくるとはな」

 

 そこにはこう書かれてあった――差出人《プレシア・テスタロッサ》と。

 

 




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なのはの決意、プレシアの想い

 なのはが魔導師となり、ジュエル・シードを集めるようになってから一週間が経った。

 元からの強大な魔力量の恩恵もあり、なのはが現在までで集めたジュエル・シードの数は五つとなっていた。

 今日はジュエル・シード集めをするとは、祐一は聞いていなかったので、今は自宅で休んでいるところであった。

 そんなとき、祐一の携帯になのはからメールが届いた。内容は、

 

「ユーノくんと相談したのですが、今日のジュエル・シード集めはお休みにします。祐一お兄さんもしっかり休んでね!」

 

 というものであった。おそらく、連日のジュエル・シード探しでなのはの体力も限界だったのだろうと、祐一は考えた。

 また、どうやらアリサやすずかとの約束もあるようだったので、祐一は「了解したよ。皆で楽しんでくるといい」という文面を打ち、メールを送信して携帯を閉じた。

 

「今日のジュエル・シード集めはなし、か。ちょうどよかったかもしれないな」

 

 祐一はそう呟き、机の上に置いてある手紙を手に取る。

 その手紙の差出人は、一年前、祐一に自身の娘である、フェイト・テスタロッサを一人前の魔導師にするという、依頼を出した人物――プレシア・テスタロッサであった。

 その手紙には簡単に、こう書かれていた。

 

 久しぶりね、祐一くん。あれから元気にしているかしら?

 久しぶりで悪いのだけど、あなたにお願いしたいことがあって連絡させてもらいました。

 手紙で話せる内容ではないから、直接会って話がしたいです。

 もし、話を聞く気があるのなら、《時の庭園》まで来て下さい。

 前回と同じように、今回も来てくれることを願っています。

 

                              プレシア・テスタロッサ

 

 この手紙が届き、祐一はしばらくの間考えていた。話を聞きに行くか、否かを。

 

「――だが、結局、行かないという選択肢は俺にはないのだがな」

 

 一人、祐一は自嘲気味に笑みを浮かべる。

 祐一がここまで考えていたのは、今現在、ジュエル・シード集めに奔走している、なのはの存在であった。

 いくら魔導師としての才能に満ち溢れていたとしても、なのはは小学三年生の子供なのだ。ユーノも付いているとはいえ、祐一は心配だった。

 祐一もそろそろ休息を取ってはどうかとなのはに言おうとしていたので、今回の話は行幸であった。

 

「なら、善は急げだな。――行くか、プレシアさんの話を聞きに」

 

 祐一はジャケットに腕を通し、プレシアがいる《時の庭園》へと向かった。

 

 

 

 祐一は約一年ぶりに《時の庭園》へとやってきた。

 

「フェイト達は元気でやっているのだろうか」

 

 出掛けているのか、フェイトとアルフの気配は庭園内にはなかった。

 祐一は、今はプレシアの話を聞かないといけないと思い、思考を切り替える。

 そして、程なくして祐一はプレシアがいるであろう部屋へと辿り着いた。

 一度、祐一は深呼吸をすると、扉をノックする。

 

「――祐一です。プレシアさん、入ってもいいですか?」

 

 祐一がそう声を掛けると、部屋から久しぶりに聞く声が聞こえてきた。

 

「――ええ。入ってちょうだい」

 

「失礼します」

 

 祐一が扉を開け部屋へ入ると、椅子に座ったプレシアの姿があった。

 

「よく来てくれたわね。さぁ、座ってちょうだい」

 

「ありがとうございます」

 

 プレシアに勧められ、祐一も椅子に座る。プレシアと対面になる形となる。

 祐一が久しぶりに見るプレシアの姿は、以前と変わりないように見えたが、どうも顔色が以前にも増して悪くなっているように祐一は感じた。

 

「お久しぶりです、プレシアさん」

 

「ほんとに久しぶりね。祐一くんは元気でやってる?」

 

「ええ。俺の方は何も変わりなく。……プレシアさんは体調の方は大丈夫なんですか?」

 

 祐一の言葉にプレシアは笑みを浮かべる。

 

「"そのこと"も含めて、あなたに話があったから手紙を出したの。――まずは私の体調のことから話さないといけないわね」

 

 プレシアの言葉に祐一は姿勢を正し、真剣な表情でプレシアを見つめる。

 そして、プレシアがゆっくりと口を開いた。

 

「――私の命は、もう永くないの」

 

「……事実、なんですか……?」

 

 祐一はプレシアの言葉を聞き、やはりかという思いと、信じたくない気持ちが心の中で渦巻き、そう言葉を返すのがやっとだった。

 そんな祐一を見つめながら、プレシアは静かに頷いた。

 

「医者には診てもらったのですか? ミッドチルダの技術力ならば、治せないことはないんじゃないですか?」

 

「もう診てもらったわ。……もう少し早く治療を受けていれば違う結果になったのかもしれないけどね。もう遅かったみたい」

 

 祐一はその言葉に、思わず頭を抱える。

 

「アリシアが死んでしまった、あの忌まわしい事故から少しづつだけれど症状は出ていたの。だけど、私はアリシアを甦らせるために研究を続けて、医者に診てもらうこともしなかった。そのツケが今になって回ってきた、ということかしらね」

 

 プレシアはそう話しながらも、笑みを絶やすことは無かった。

 その表情は、"もう決まってしまった現実"と向き合う決心を付けたかのようであった。

 

(――何故、そんな表情が出来るんだ……?)

 

 祐一はプレシアがもう永くないという現実にショックを受けるとともに、今のプレシアの表情を見て疑問が浮かぶ。

 

 ――何故、自分が死んでしまうというのに、そんな表情が出来る?

 

 頭を悩ませている祐一にプレシアは声を掛ける。

 

「――ここからが私の中での"本題"で、私の願い――」

 

「願い、ですか?」

 

 未だに頭を抱えている祐一だが、プレシアへと何とか言葉を返す。

 祐一の言葉にプレシアは頷き、話を続けた。

 

「確かに、私はもう永くはない。だけど、ただ黙って死を迎えるわけにはいかないの。……私にはやらなければならないことがあるから」

 

 祐一は黙ってプレシアの言葉に耳を傾ける。

 

「まず、忘れられし都《アルハザード》を目指すために必要な《ジュエル・シード》という青い宝石を集める」

 

「ジュエル・シード? それは、地球に散らばっている宝石の話ですか?」

 

「ええ、そうよ。知っているの?」

 

「そのジュエル・シードを回収しに来た少年と会って、その時に話を聞いたんですよ」

 

「そういうこと。ジュエル・シードの方は、すでにフェイトに頼んでいるから、祐一くんにはフェイトのサポートをお願いしたいの」

 

「サポートですか?」

 

「ええ、"サポート"よ。祐一くんは基本的に、フェイトがジュエル・シードを集めているところを見ているだけでいいわ。例え、"何らかの理由"でフェイトがジュエル・シードの捕獲に失敗しても無視して構わないわ」

 

 そのプレシアの言葉に祐一は訝しげに眉を顰める。

 

「俺がすることは、フェイトが危険なときに手助けをすることぐらいということですか? ジュエル・シードが必要なのでは?」

 

「確かにジュエル・シードは"いくつか"は必要だけど、"全て"が必要なわけではないわ」

 

 その言葉を聞いても祐一はいまいち合点がいってなかったが、無理に集める必要がないのなら、それでいいかと思い、プレシアへと頷きを返す。

 祐一が頷いたのを確認し、プレシアはさらに口を開いた。

 

「そして、"今から話す内容"が本題よ。いい? よく聞いて。――私の願いは――」

 

 

 ――祐一はプレシアの言葉を聞くと、驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「それが、プレシアさんの願いだったんですね。ですが、それでは――」

 

「いいのよ。私はどうせ永く生きられない。だから、これが私の中では最善だと思ったのよ」

 

「…………」

 

 プレシアの言葉を聞き、祐一は何も言えずに黙ってしまう。

 そんな祐一を見つめながら、プレシアは変わらぬ表情で話を続ける。

 

「――最初は、あの娘のことをただの道具としか見てはいなかった。だけど、祐一くんが来てリニスにもいろいろ言われて。そして、祐一くんとリニスがいなくなってからのこの一年間で分かったわ」

 

 

 

 ――フェイトも私の大事な娘なんだ、とね。

 

 

 

 祐一はその言葉を聞き、今までリニスがやってきたことやフェイトの想いは無駄ではなかったと、心が打ち震えた。

 

 ――この感情は、久しく祐一が味わっていなかったものであった。

 

(やはり、この二人は親子だ。不器用ながらもお互いを想っているんだな。……だからこそ、上手くいかないこともあるようだが、な)

 

 プレシアはフェイトのために、フェイトはプレシアのためにと、お互いのために行動しているのにも関わらず、すれ違いがあることに僅かな憤りを感じた。

 

 ――また、それに対して何もすることが出来ない自分自身に対しても。

 

「――だから、私は"悪役"を演じ続けなければいけない。フェイトには辛い想いをさせてしまうかもしれないけれど、これが私の最善だと思うから」

 

 プレシアは全てを話し終え、黙って祐一を見つめている。

 そんなプレシアの視線を感じながらも、祐一は黙ったまま思考に没頭する。

 

(最善、か。俺には何が最善なのか、わかるはずもない)

 

 だが、と心の中で呟くと、祐一はゆっくりと口を開く。

 

「俺には何が最善であるかはわかりません。ですが、ここで降りるのも後味が悪すぎます」

 

 祐一の言葉にプレシアは嬉しそうな、それでいて申し訳なさそうな表情となる。

 

「――だから、俺に出来ることでしたら何でも言ってください。俺がプレシアさんの助けとなりましょう」

 

「っ! ……ありがとう。祐一くん」

 

 プレシアは祐一へとそう言葉を返した。

 その瞳からは、一滴の涙が光っていた。

 

 

 

 その後、祐一はプレシアと今後のことについて話し合い海鳴へと戻ってきた。

 そして、祐一が帰って来て目にしたものは――破壊された町並みであった。

 

「――これは、いったい何があったんだ? ……いや、考えるまでもない、か」

 

 どうやら、ジュエル・シードが発動してしまったようだな、と祐一は溜め息を吐く。しかし、ジュエル・シードの反応も感じないため、どうやらジュエル・シードは抑えたようだ。

 祐一は、破壊された町並みを歩きながら怪我人などがいないかを探して歩いた。

 だが、どうやら幸いにも死人が出る最悪の事態にはならなかったようであった。

 

(大事には至らなかったようだな。……なのはは大丈夫だったろうか?)

 

 祐一はジュエル・シードを抑えたであろうなのはのことを考える。

 

(――おそらく、今回の一件に責任を感じているだろうな)

 

 そんなことを考えながら祐一は家へと歩みを進める。

 そして、祐一が自身の家の近くまで帰ってくると――なのはがいた。そして、その傍にはユーノもおり、なのはを心配そうに見つめている。

 

「なのは」

 

「あ、祐一お兄さん……」

 

 祐一が名前を呼ぶと、なのははいつもの元気がある声でなく、覇気のない声で答える。

 祐一は元気の無いなのはへと近づき話し掛ける。

 

「俺がこちらにいない間に、ジュエル・シードが発動してしまったんだな」

 

「……うん……」

 

 なのはは今回のジュエル・シードの発動の経緯を祐一に説明を始めた。

 悲しい表情で話すなのはの言葉に祐一は真剣な表情で耳を傾ける。

 そして、なのはの話を聞き終え、祐一は一つ大きく息を吐いた。

 

「そうか。そんなことがあったのか」

 

「うん。……わたしが、あそこですぐにジュエル・シードを捕獲していたら、こんなことにはならなかったんだ」

 

 なのはは悲しさと悔しさから、瞳に涙を溜めていた。

 そんななのはの言葉を聞き、ユーノもまた、思いつめた表情で祐一に声を掛ける。

 

「僕が何を言っても聞いてくれなくて。……なのはが悪いわけじゃないのに」

 

「…………」

 

 ユーノの言葉を聞いても、祐一は表情を変えず、無言であった。

 しばらくの沈黙の後、なのはを見つめ、祐一がゆっくりと口を開いた。

 

「――では、ジュエル・シード集めを止めるか?」

 

「え……?」

 

 祐一の言葉に俯いていた顔を上げたなのはの表情には、驚きと困惑の感情が入り混じっていた。ユーノもまた、同じような表情で祐一を見つめている。

 そんな二人の表情に気付いているにも関わらず、祐一は淡々と話を続ける。

 

「今回の一件で自分の力不足を感じただろう? ならば、もうここからはジュエル・シード集めは俺が行おう」

 

「で、でも――っ!」

 

「別に俺一人というわけではない。元からジュエル・シード集めを一人でやっていたユーノと一緒に集める。ユーノ一人では難しかったかもしれないが、俺も手伝うのだから大丈夫だろう」

 

 祐一の言葉になのはは何かを言おうと口を開こうとするが、今回の一件が自分の所為でもあると思っているため、上手く言葉を口に出せないでいた。

 それに構わず、さらに祐一は話を続ける。

 

「少なくとも、俺はなのはよりは経験も豊富のつもりだし、戦闘もそれなりにこなしてきた。そんな俺とユーノが一緒になって探せば、ジュエル・シード集めも捗るだろう。……だから、お前の力はそこまで必要ないということだ」

 

「――っ!?」

 

「っ!? ゆ、祐一さんっ!」

 

 なのはは、尊敬している祐一に、自分の力が必要ないと言われたショックで堪えきれず、その大きく綺麗な瞳から大粒の涙を零す。

 ユーノも祐一の言葉に反論するように大きな声を上げる。その表情には、僅かながら怒りが混ざっていた。

 そんな二人を見つめ、祐一は少しだけ笑みを浮かべる。

 ユーノはそんな祐一の行動に首を傾げた。

 そして、再度、祐一はゆっくりと口を開いた。

 

「――だが、それはあくまで客観的に見た場合の意見だ」

 

 祐一の言葉になのはは、ハッと顔を上げる。顔を上げたなのはの視線の先に、笑みを浮かべる祐一の顔があった。

 

「俺はあえて自分からジュエル・シード集めを止めろとは言わない。だから自分の道は自分で決めろ。――ジュエル・シード集めを止め、普通の生活に戻るのか。それとも、"自分の意思"でジュエル・シードを集めるのか」

 

 祐一は笑みを消し、真剣な表情でなのはに問い掛ける。

 

「――なのは、お前はどうしたい?」

 

 

 

side 高町なのは

 

 ――嬉しかった。

 

 魔法の力を手に入れて、他の人には出来ないことが出来るようになって、その力で祐一お兄さんやユーノくんのお手伝いが出来るようになって嬉しかった。

 だから、祐一お兄さんの言葉を聞いたとき、わたしは本当に悲しかった。

 

「――お前の力はそこまで必要ないということだ」

 

 そう祐一お兄さんに言われ、わたしは今まで堪えていた涙を流してしまった。

 わたしでも、誰かの役に立てる。そう思っていたのに、わたしが見逃してしまったジュエル・シードが発動してしまい、いろんな人に迷惑を掛けてしまった。

 だから、祐一お兄さんにそう言われても仕方ないと、心のどこかで思ってしまった。

 

 ――だけど、それ以上に悔しかった。

 

 そんないろんな感情がぶつかり合って、自然と涙が零れるのを、わたしは拳を握り締め、なんとか堪えようとした。

 だけど自分が不甲斐ないと思えば思うほど、涙が自然と零れてきた。

 

 ――わたしは、止めるべきなのかな……?

 

 そうわたしが自問自答していると、俯いたわたしの頭の上から、いつもわたしの背を押してくれる力強い声が聞こえてきた。

 

「――だが、それはあくまで客観的に見た場合の意見だ」

 

 わたしは俯けていた顔をハッと上げる。

 

 ――そこには、わたしが尊敬してやまない祐一お兄さんの笑顔があった。

 

 驚いているわたしに構わず、祐一お兄さんは話を続ける。

 

「俺はあえて自分からジュエル・シード集めを止めろとは言わない。だから自分の道は自分で決めろ。――ジュエル・シード集めを止め、普通の生活に戻るのか。それとも、"自分の意思"でジュエル・シードを集めるのか」

 

 笑顔を消し、祐一お兄さんは真剣な表情でわたしに問い掛けてくる。

 祐一お兄さんは、あくまでわたしに考えさせて全てを自分で決めさせるつもりなんだ。――決して強制させることなく、自分の意思で。

 

 思えば出会ったときから、祐一お兄さんはこんな感じだった。

 普段は大きくて、ちょっと怖いけど優しいお兄さん。そして、わたしが困ってたり、悩みを抱えていたら助言などはしてくれるけど、最終的には自分で決めろと言うことがほとんどだった。

 わたしが見上げると、変わらずその漆黒の瞳がわたしを真剣に見つめていた。

 

 ――ほんとに会ったときから、変わってないね。祐一お兄さん――

 

 わたしは大きく深呼吸をする。それだけで、とても落ち着いた気持ちになり、変わらず見つめてくる祐一お兄さんへと言葉を口にする。

 

「自分のせいで、周りの人に迷惑を掛けることはとても辛いから。……だから、わたしはユーノくんのお手伝いをしようと思ったの」

 

 わたしは一呼吸間を置き、さらに言葉を口にする。

 

「でも今回、魔法使いになって、初めての失敗をして思った。……自分なりの精一杯じゃなくて、本当の全力で、ユーノくんのお手伝いでもなく、"自分の意思"でジュエル・シード集めをしようって、決めたんだ」

 

 そして、わたしは祐一お兄さんを見つめながら声を上げる。

 

「だから、わたしは魔法使いを止めないっ! もう絶対、こんなことにならないようにって、そう思ったから……っ!」

 

 わたしが声を上げた後、しばらく祐一お兄さんは黙ったまま、わたしを見つめていた。

 だけど、唐突にふっと表情を和らげ、その大きな手でわたしの頭を力強く撫でた。

 

「そうか。ならば俺は何も言わんよ。――その気持ちを忘れないようにな」

 

 わたしは祐一お兄さんに撫でられながら話しに耳を傾ける。

 

「今回の失敗も忘れずに、次の糧とすることだ。それでも、自分の力が足りないと思ったときは、俺やユーノを頼るといい」

 

 祐一お兄さんは、ぽんぽんとわたしの頭を優しく叩き、その手を放す。

 

「ユーノもなのはのサポートを頼むぞ。今日のように俺がいないときには、いろいろと助けてやってくれ」

 

「わかりましたっ! 祐一さん!」

 

 元気よく返事をしたユーノくんに、祐一お兄さんは笑みを浮かべる。

 

「さて、もう時間も遅くなってきたし、送って行こう」

 

「うん!」

 

 そう話し、祐一お兄さんの横に並び、歩き始める。

 わたしは横を歩いている祐一お兄さんへと声を掛ける。

 

「――祐一お兄さん。……ありがとね」

 

「――俺は何もしてはいない。なのはが全て自分の意思で決めたことだ」

 

「それでも、だよ。祐一お兄さんがそう言ってくれたから、わたしは自分の意思で決めることが出来たんだよ」

 

 わたしは自然と笑顔になりながら祐一お兄さんと話をする。相変わらずの素っ気無い言葉で思わず苦笑してしまう。

 いつも、何もしていないと祐一お兄さんは言うけど、その言葉一つ一つにどれだけわたしが助けられているか。

 

 ――ほんとうに祐一お兄さんは変わらないな。

 

 横を歩く祐一お兄さんを笑顔で見つめていると、ふと祐一お兄さんの手が空いていることに気付いた。

 わたしは普段から人に甘えるとか、そんなに得意ではない。――だけど、今日のわたしは少しだけ違う気分だったみたいだ。

 

「ん……?」

 

 祐一お兄さんが異変に気付き、こちらを向いた。

 それもそのはず――わたしが祐一お兄さんの手をぎゅっと握り締めていたのだから。

 

「――っ!」

 

 わたしは頬が熱くなっていくのを実感しながらも祐一お兄さんの手を握り締めていた。

 そんなわたしの行動に祐一お兄さんは少し驚いたような表情をしていたが、何も言わずにそのままにしてくれた。

 そんな気遣いもわたしは嬉しくて、頬を染めながらも笑顔で、さらにぎゅっと祐一お兄さんの手を握りながら家へと歩いていく。

 

 

 ――祐一お兄さんと繋がれた手の温もりが、とても心地よかった。

 

 

side out

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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再会

更新します。
更新が遅くなり、大変申し訳ございませんでした。
楽しんで頂けると幸いです。


 あれから何日か経ったある日、祐一は月村家へと歩みを進めていた。

 祐一が月村家へ向かっている理由は、昨日、アリサから連絡があり、

 

「明日、すずかの家でお茶会をするので祐一さんも来て下さい」

 

 と誘われたからである。

 だが、祐一としては行ってもどうしたらいいのかわからなかったので、

 

「俺が行かなくても三人で楽しんだらいいんじゃないか?」

 

 と言ったところ、

 

「祐一さんが来たらなのはも喜びますし、わたしも久しぶりに祐一さんとお話したいですからっ!」

 

 と言われてしまい、祐一は結局アリサに押し切られる形となり、参加を余儀なくされてしまったのだ。

 そのことを思い出し、祐一は一つ溜め息をつきながら月村家へと歩みを進めた。

 

 

 

「――相変わらず大きな屋敷だな」

 

 祐一は月村家の前でそう一人で呟いた後、インターホンを押した。しばらくすると、メイドの格好をした綺麗な女性が扉を開けて現れた。

 

「いらっしゃいませ、祐一様」

 

 そう祐一に挨拶したのは、月村家のメイド長である――ノエル・K・エーアリヒカイトだった。クールな性格で滅多なことでは表情を動かさないが、心優しい女性であり、綺麗な大人の女性というのが、祐一の認識である。

 

「邪魔させてもらうよ、ノエル」

 

「皆様、すでにいらっしゃってますよ」

 

 ノエルはそう言いながら家へと招き入れる。

 祐一が案内された部屋に入ると、なのは達が談笑している姿を見つけた。

 

「すずかお嬢様。祐一様がいらっしゃいました」

 

 ノエルが声を上げると、なのは、すずか、アリサの三人が祐一の方へと視線を向けた。すずかとアリサは笑顔であったが、なのはは祐一の姿を見つけると、少し驚いた表情となっていた。

 

「お邪魔するよ、すずか」

 

「祐一さん、いらっしゃい」

 

「来てくれてよかったですっ!」

 

「あ、あれ? なんで祐一お兄さんが……?」

 

 祐一の言葉に三人がそれぞれ声を上げる。

 

「祐一様、お飲み物をお持ちしますので、何に致しましょう?」

 

「冷たいお茶でももらえるか?」

 

「かしこまりました」

 

 ノエルは一礼すると、そのまま退出した。

 

「それで、何で祐一お兄さんがここにいるの?」

 

「ふふん。それは、あたしが祐一さんを呼んだからよっ!」

 

 なのはの言葉に何故かアリサが得意げに胸を張る。

 そんなアリサを見て、祐一は一つ溜め息をつきながら空いている椅子に腰掛けた。

 

「聞いての通り、アリサに呼ばれて来た」

 

「そ、そうだったんだ。駄目だよ、アリサちゃん。祐一お兄さんに無理言っちゃ」

 

 なのははアリサを見つめながらそう言葉を口にするが、アリサは相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ふふん。なによ、なのは、祐一さんが来てくれて、嬉しいくせに」

 

「にゃ!? べ、別にそんなこと思ってないもんっ! いや、でも、だからって、祐一お兄さんが来なきゃよかったとか、そういう意味でもなくて……っ!」

 

 アリサの言葉になのはは頬を赤く染め、両手を振りながら弁解する。だが、もはや言っていることは支離滅裂であり、明らかに自爆していた。

 

「素直に嬉しいって、言えばいいのに」

 

「だ、だからぁ~っ!」

 

「ふふ」

 

 アリサの言葉に再びなのはが身振り手振りで説明を始める。そんな二人をすずかは笑顔で見つめていた。

 

「相変わらずだな」

 

「そうですね」

 

 祐一の言葉にすずかは笑顔で答えた。

 

 

 

 そして、アリサがなのはをからかい終えた後、四人で談笑していると、ふいにアリサが真剣な表情となり、なのはへと声を掛ける。

 

「――今日は元気そうね、なのは」

 

「え……?」

 

「なのはちゃん、最近、少し元気が無かったみたいだから……」

 

 すずかもアリサの言葉に便乗するように、僅かに表情を曇らせながら話す。

 

(なるほど。そのためのお茶会、というわけか――なのはは、本当に良い友人に恵まれているな)

 

 祐一はすずかとアリサの気持ちに気付き、笑みを浮かべる。

 二人は最近、なのはが元気がないことに気付いており、それを心配して今回のお茶会を開いたようだ。

 

「もし、何か心配事があるなら話してくれないかなって、二人で話してたんだ」

 

「――すずかちゃん、アリサちゃん」

 

 そんな二人の言葉に、なのはは驚きと喜びがない交ぜになった表情となっていた。

 二人を心配させてしまったことと、そんな自分を心配してくれていることの嬉しさでそうなっているのだろうと、祐一は思った。

 そんな感動のシーンとなっていたときだった。

 

「きゅいーー!!」

 

 動物の大きな鳴き声が聞こえた。

 祐一は僅かに眉を顰め、声がした方を見る。するとそこには、見覚えのあるフェレットが一匹の猫に追い掛け回されている光景があった。

 三人は暴れる二匹に慌てた様子で、声を上げてる。

 するとそこに、大きなお盆にお菓子と飲み物をを載せて運んできたノエルの妹である――ファリン・K・エーアリヒカイトがやってきた。

 

(まったく、タイミングの悪い)

 

 祐一は心の中で嘆息していると、自分が思った通りの状況が目の前で起こり始めた。

 

「わわっ!? わわわっ!?」

 

 ファリンがお盆を持ったまま、足下を駆け回る二匹の動物に驚き、くるくると回り始める。ファリンは姉であるノエルとは違い、少々抜けているところがあり、こういう状況に弱かった。

 

「ゆ、ユーノくんっ!?」

 

「アイっ! 駄目だよっ!?」

 

 なのはとすずかが叫ぶが、それでも二匹は走り回り、

 

「きゅ~~」

 

 くるくると回っていたファリンが目を回し、お盆を持ったまま後ろに倒れそうになる。

 

「ファリンっ! 危ないっ!?」

 

「わわっ!?」

 

 すずかが叫ぶが時すでに遅く、ファリンが持ったお盆が宙に舞い――そうになった。

 

「大丈夫か? ファリン」

 

「ゆ、祐一さんっ!?」

 

 ファリンが驚きの声を上げる。

 祐一は素早く移動し、倒れそうになったファリンを左腕で受け止め、宙を舞いそうになったお盆を器用に右手だけで落とさないように持っていた。

 ファリンは祐一に抱きしめられないまでも、左腕で軽く受け止められているため、恥ずかしさから頬を赤く染めていた。

 そんな二人へとなのは、すずか、アリサが近づいてきた。

 

「ファリン、怪我とかしなかった?」

 

「あ、はい。大丈夫ですよっ!」

 

 すずかが心配そうに問い掛ける。ファリンは祐一から体を離しながら笑みを持って答えた。

 

「祐一さん。ありがとうございます」

 

「いや、別に構わない」

 

 ファリンの変わりにお礼を述べるすずかに、祐一は何でもないように答える。

 

「さっすが祐一さんねっ!」

 

「――ファリン、ちょっと羨ましいなぁ~」

 

 アリサも祐一に賛辞を贈っていたが、なのははファリンを羨ましそうに見つめていた。そんななのはの言葉を、アリサが聞き逃すはずもなかった。

 

「んふふ。なのはも祐一さんにあんな感じで抱きしめてもらいたかったのぉ~?」

 

「んにゃ!? べ、別にそんなつもりで言ったんじゃ……っ!?」

 

「またまたぁ~そんな言い訳しなくていいからぁ~」

 

 アリサの言葉になのはが頬を赤く染めながら叫ぶが、アリサはにやにやと笑みを浮かべるだけで聞こうとはしなかった。

 そんな二人のやり取りを見つめていた祐一は、再度溜め息をついたのだった。

 

 

 

 そして、その後は特に何事もなくお茶会をしていた。なのは達三人も久しぶりに面と向かって会話をしていたためか、とても盛り上がりとても楽しそうにしていた。

 ――そんな、楽しい一時を過ごしていたときだった。

 

(――魔力の反応がある、か。――しかもかなり近い)

 

 祐一はこの周辺で魔力の反応があったことに気付いた。

 そして、おそらく同じように気付いているであろう二人へと念話を飛ばした。

 

『――なのは、ユーノ』

 

『うん、わかってる。すぐ近くだ』

 

『僕も感じました』

 

 祐一の念話に二人は即座に反応を示した。なのはとユーノの二人も近くで魔力反応があったことに気付いていたようだ。

 

『どうしよう? 祐一お兄さん』

 

『さて、な。流石にアリサとすずかにばらすわけにもいかないしな』

 

 今、この場には魔法とは全く無縁であるアリサとすずかがいるため、祐一もうかつには動けないと判断していた。なのはも同じことを思ったようで、祐一を見つめ、どうしようと僅かに眉を寄せていた。

 

『――そうだっ!』

 

 すると、ユーノが突然叫んだかと思うと、一人で森の中へと駆けて行った。

 祐一はユーノが走って行ったのを見て、なるほど、と静かに頷いた。

 なのはは一瞬困惑していたが、祐一の表情を見てユーノの意図に気付いたようだ。

 

「あれ? ユーノ、どうしたの?」

 

「うん。何か見つけたのかも。……わたし、ちょっと探してくるね」

 

「一緒に行こうか?」

 

「大丈夫。すぐに戻ってくるから、待っててね!」

 

 ユーノが思いついた作戦とは、現在、動物の姿をしているユーノは自由に動けるため、ジュエル・シードの方へと向かい、それを心配したなのはが追いかけるという、単純なものであった。

 そして、作戦通りになのははユーノの後を追っていった。

 祐一はそんな二人へと念話を飛ばす。

 

『二人で大丈夫か?』

 

『大丈夫! ――って、確定は出来ないけど、まかせて! 祐一お兄さんは何かあったときのために待機しといて!』

 

『そうか。無理はするな?』

 

『うんっ! ありがとう!』

 

 なのはの元気な声を聞き、祐一は念話を終えた。

 二人ならば大丈夫だろうと思い、祐一は残っていた静かにお茶を飲み干した。

 

 

 

side 高町なのは

 

 ――わたしとユーノくんはジュエル・シードの反応があった場所までやってきた。それはよかったんだけど――

 

「――あ、あれは?」

 

「――た、たぶん、あの猫の大きくなりたいっていう願いが正確に叶えられたんじゃない、かな?」

 

 そっかと、わたしは呟きながら、ジュエル・シードを取り込んでしまった、目の前にいる大きな猫を見つめる。

 とても巨大だ。まるで怪獣映画に出てくるぐらいの大きさである。

 見た感じ、襲ってくる様子もなく、特に害もないとは思う。

 

「にゃ~ん」

 

「――だけど、このままじゃ危険だから元に戻さないとね」

 

「そ、そうだね。流石にあのサイズだと、すずかちゃんも困っちゃうだろうし」

 

 ユーノくんの言葉に返事をし、レイジングハートを取り出す。

 

「襲ってくる様子はなさそうだし、ささっと封印しよ。レイジングハート……っ!?」

 

 わたしがレイジングハートを出して準備をしようとした瞬間だった。

 

 ――突然、わたし達の後方から金色の光が猫目掛けて放たれた。

 

「にゃお~ん!?」

 

 猫はその攻撃にびっくりしたのか、表情を少しだけ歪めて、たたらを踏む。

 

「っ!?」

 

 わたしは金色の光が放たれた方向を見る。――するとそこには、金色の長髪をツインテールにし、黒を基調とした服に赤黒のマントを付けた、わたしと同い年くらいの女の子が少し離れた電柱の上に立っていた。

 

「バルディッシュ、フォトンランサー連撃」

 

 わたしが驚いていることも気にせず、その女の子が持っている杖の先端を猫に向け、続けて金色の光を放つ。

 

(――あれは、魔法っ!? じゃあ、あの子はわたしと同じ、魔導師ってこと……?)

 

 先ほどの金色の光は魔力弾だったようだ。

 

「なっ!? 魔法の光……そんな……」

 

「っ!! レイジングハート、お願いっ!」

 

 ユーノくんが第三者の出現で驚いているけど、このままではいけないと思い、わたしはレイジングハートに告げた。

 

『Stand by ready set up』

 

 わたしは瞬時にバリアジャケットを纏うと、猫の前に飛び出す。

 

『Wide area protection』

 

 レイジングハートの声とともに展開された障壁によって、相手の魔力弾を防ぐ。

 

「……魔導師……?」

 

 相手の女の子はわたしを見てそう呟く。少し目を見開いていることから、驚いているようだ。

 だが、それも一瞬ですぐに攻撃を仕掛けてくる。

 手に持っている杖の先端に、今までと同じように魔力を込めこちらへと撃ってきた。

 

「にゃお~ん!?」

 

「わわっ!?」

 

 だけど今回の攻撃は直接打ち込んでくるものではなく、猫の足下へと攻撃してきた。

 そこまではわたしの障壁は届かず、その攻撃で猫が転倒してしまった。

 

(な、なんなの、この子……? どうしてこっちを攻撃してくるの……?)

 

 わたしは倒れた猫を気にしつつ、相手を油断なく見つめながら杖を構える。ただ、未だに状況を把握していないわたしは、相手を攻撃する気持ちになれなかった。

 わたしがそう考えている間に、相手の子もこちらに近づいてきていた。

 

「――同系の魔導師。ロストロギアの探索者か」

 

 赤い瞳をわたしに向け、その子は静かに呟く。

 

「間違いない。僕と同じ世界の住人。そして、この子はジュエル・シードの正体を――」

 

 ユーノくんが相手を見つめながらそう呟く。相手の子もユーノくんに気付き、少しだけ視線を向けた後、またすぐに視線をわたしの方へと戻した。

 

「――バルディッシュと同系のインテリジェントデバイス」

 

「バルディッシュ……?」

 

「――ロストロギア、ジュエル・シード」

 

『Scythe form set up』

 

 その子が呟くと、持っているデバイス――バルディッシュの形状が変化し、その先端から金色の魔力光が出てきて、まるで鎌のように変化した。……その姿はまるで、死神を彷彿とさせるような姿であった。

 わたしが黙ったまま見つめていると、その子は両手でバルディッシュを正眼に構えて言った。

 

「――申し訳ないけど、頂いていきます」

 

 そう言ったと同時に、こちらに瞬時に接近し鎌を振り抜いてきた。

 

「っ!?」

 

 とても速くて鋭い攻撃を、わたしは何とか飛行魔法でその攻撃を回避する。

 だけど、ホッとしたのも束の間、その子は右手にバルディッシュを構えた姿勢でこちらを見つめ、

 

『Arc saber』

 

「ふっ!」

 

 思い切りスイングして振り抜いた。

 すると、鎌のように先端から出ていた魔力光がこちらに向かって放たれ、そのまま回転しながらすごい速度で迫ってきた。

 

「っ!?」

 

 わたしはその攻撃を障壁を張り、何とかやり過ごした。

 だけど、それは相手も予測済みだったようで、先ほどの攻撃に紛れてこちらへと手の届く距離まで近づいてきていた。

 そして、バルディッシュを上段から振り下ろしてくる。

 

「きゃっ!?」

 

 その攻撃もわたしはレイジングハートで防御することによって防いだ。

 相手はこの攻撃は防がれると思っていなかったのか、少しだけ目を大きく開き、驚いた表情となっていた。

 わたしは相手の表情を見つめながら、言葉を放つ。

 

「な、なんで、急に、こんな……っ!」

 

「――答えても、たぶん、意味がない」

 

 わたしは、相手に何故このようなことをするのか問い掛ける。だけど、返ってきた言葉は冷たく突き放すような言葉だった。

 

「くっ!?」

 

 鍔迫り合いの状態から、何とか相手の攻撃を跳ね返して距離を取る。

 そして、瞬時にレイジングハートをシューティングモードに切り替えた。相手も鎌を仕舞うと、こちらと同じように杖を構えた。

 わたしは相手を見つめながら思考する。

 

(きっと、私と同い年くらい。綺麗な瞳と綺麗な髪。……だけど、この子は――)

 

 そう思考していると、倒れていた猫がその身を起こした。

 わたしはそれに一瞬だけ気をとられた。――それが、いけなかった。

 

「――め――ね」

 

 相手の子が何かを呟くとほぼ同時に、金色の魔力弾がわたしを襲った。猫に気を取られていたわたしはそれに反応することが出来ず、それに直撃した。

 攻撃の余波と爆風でわたしは空へと舞い上がり、そこで意識を手放した。

 

side out

 

 

 

 なのはとフェイトが交戦している中、それよりも遥か上空からその戦いを見つめている一人の青年の姿があった。

 漆黒のロングコート型のバリアジャケットを纏った青年――黒沢祐一はロングコートをはためかせながら、なのはとフェイトの戦闘を見つめていた。

 

「やはり、今のなのはではフェイトには歯が立たないか」

 

 祐一は当然か、と静かに呟く。

 フェイトとなのはでは、魔導師となってからの経験値が違うのだ。いくらなのはが才能豊かで、魔力量も多いとはいえ一朝一夕で勝てる相手ではない。

 祐一はフェイトに撃墜され、ユーノに助けられるなのはを見つめる。

 

「フェイトも手加減していたようだから大丈夫だとは思うが、そろそろ行くか」

 

 そう呟き、祐一はなのはとユーノの元へと向かう。

 

(――この戦いが、きっと状況を良い方向へと動かしてくれるだろう)

 

 それが、祐一がこの戦いに手を出さなかった理由でもあった。

 一度、なのはは敗北を経験するべきであると思ったのと、フェイトとなのはを会わせることが祐一の目的であった。

 祐一はそう思考しながら、なのは達の元へと向かった。

 

 

 

 その後、祐一はユーノから状況を聞いた後、なのはを抱きかかえすずかの屋敷へと戻った。

 アリサやすずか達からは、「何があったんですかっ!?」と、迫られたが本当のことは言うわけにもいかなかった祐一は、「ユーノを探しているときに転んで気絶してしまったようだ」と答えた。

 二人は若干眉を顰めていたが、すぐになのはが起きて俺の話に合わせてくれたので、納得してくれたようだった。

 なのはは皆に心配を掛けたことと、フェイトに会って何か感じたのか、終始悲しい表情を見せていた。

 そんななのはを見て、祐一はほんの少しだけ罪悪感に苛まれた。

 その後、なのはが目を覚ましたことで解散となり、祐一は皆と別れて別の場所へと足を向けていた。

 

 ――もう一人の魔法少女に会うために。

 

 

 

side フェイト・テスタロッサ

 

 わたしは今、アルフと一緒にこの地球にいる間だけ借りているマンションに向かっている。

 今回の件で、わたし達以外にもジュエル・シードを集めている人がいることには驚いたけど、無事にジュエル・シードを確保することが出来てよかった。

 

「――少し邪魔が入ったけど、無事に手に入れることができたよ」

 

「さっすが私のご主人様だねっ!」

 

「ふふ、ありがと、アルフ」

 

 わたしがそう言うと、横を歩いているアルフが笑顔で褒めてくれた。そんなアルフに笑顔を見せながら声を掛ける。

 

「でも、いくつかはあの子が持ってるのかな?」

 

「そうかもしれないねぇ~。ま、そのときはそいつからジュエル・シードを奪えば済む話だからねっ!」

 

 アルフが余裕とでも言うように、拳を振り上げながら言ってくる。いつもの感じのアルフにわたしは苦笑する。

 

「出来れば戦いたくはないんだけど、ね」

 

「フェイト……」

 

 アルフが少し心配そうに見つめてくる。

 わたしは大丈夫、とアルフに笑顔を見せと、アルフも少しぎこちないが笑顔を見せてくれた。

 

「そういえばこの世界なんだよね? 祐一が住んでる場所って」

 

「そう聞いてるけどね。……祐一に会いたいかい、フェイト?」

 

「確かに会いたいけど、わたし達はジュエル・シード集めでこの世界に来てるし。……それに――早く母さんにジュエル・シードを届けてあげないといけないから」

 

「フェイト……」

 

 もし会えるのなら、祐一に、会いたい。

 祐一と別れてから約一年が経つけど、ほんとはもっと長い時間会ってないんじゃないかって思えるくらい、時間が経っている気がしている。

 わたしを魔導師として一人前に育ててくれた先生であり、わたしが尊敬している人であり、わたしの大好きな人だ。会いたくないなんて、思える訳もなかった。

 だけど、待っている母さんのために、一刻も早くジュエル・シードを集めないといけないし、なにより、祐一に迷惑を掛けたくはなかった。

 

「――大丈夫だよ。わたし、強いから」

 

「……うん。わかったよ」

 

 アルフはそんな私の言葉に納得はしていないようだったけど、静かに頷いてくれた。

 

 

 

 それから、アルフとこれからのジュエル・シード集めをどうするかっていう話をしながら歩いていると、程なくして目的地であるマンションに着いた。

 

「――誰かいるね?」

 

「え? ――ほんとだ。誰だろ?」

 

 アルフが見ている方向を見ると、マンションへと入っていく玄関口に一人の男性が壁に背を預けて立っていた。誰かを待っているようだった。

 街を歩いているときに見掛けた一般の男性よりも長身で、もう夜だというのに漆黒のサングラスを掛けていた。当然、わたし達は他に知り合いなどいようもないので、そのまま素通りしようと思っていた。

 だけど、その男性はわたし達に気付くと、壁から体を離してこちらに近寄ってきたのだ。

 そして、それを見たアルフはわたしを守るように前に立ち、その男性に向かって声を掛けた。

 

「どちら様か知らないけど、あたし達に何か用事かい?」

 

「あ、アルフ……」

 

 わたしはアルフの言葉に僅かに汗が流れるのを感じた。

 いくらわたしを守ってくれているとは言っても、流石に好戦的過ぎる感じが否めなかったからだ。

 この世界で、悪目立ちすることは避けたかった。

 

「だ、駄目だよ、アルフ。そんな威圧するような感じじゃあ」

 

「――わ、わかったよ」

 

 わたしがアルフの服を少しだけ引っ張りながら言うと、アルフはしぶしぶといった感じで引き下がってくれた。

 わたしはホッとしながら、わたし達から少し離れた場所で歩みを止めた男性へと話しかける。

 

「す、すみません。それで、わたし達に何か用でしょうか?」

 

 わたしがアルフの変わりに声を掛けると、男性がふっと笑みを浮かべた。

 

「久しぶりの再会にしては、ずいぶん好戦的だな、アルフ」

 

「……えっ!? あんた、まさか――」

 

 アルフが男性の声を聞き、困惑した表情となっていた。それもそのはずだ。

 

 ――今の声は――

 

「だが、元気でやっているようでなによりだ」

 

 笑みを浮かべながら話す男性をわたしはアルフと同じように呆然と見つめていた。

 

 ――そうだ。何で見たときに気付かなかったんだろう――

 

「約一年ぶりか」

 

 そう言葉を口にして、その男性はサングラスに手を掛けると――それを外した。

 

「元気にしてたか? ――フェイト」

 

 その言葉を聞いたら、わたしの瞳からは自然と涙が流れてきた。

 

 ――ああ、わたしは、この人に会いたかったんだ――

 

 わたしは駆け出し、その男性――黒沢祐一の胸の中へと飛び込んだ。

 

side out

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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現状説明

投稿します。
短いです。

楽しんで頂けると幸いです。
では、どうぞ。


 フェイト達と無事に再会を果たした祐一は、そのままフェイト達のマンションを訪れていた。

 また、祐一との一年ぶりの再会で感極まっていたフェイトも幾分か落ち着きを取り戻し、今はテーブルを挟み祐一と向き合う形で座っている。その隣にはアルフの姿もあった。

 

「落ち着いたか、フェイト?」

 

「うん。ご、ごめんね、祐一。迷惑掛けちゃって……」

 

 フェイトは頬を赤く染めながら祐一を見つめる。

 祐一と再会した後、フェイトは祐一へと飛びつくように抱きつき、泣きながら祐一の名前を何度も呼んでいた。

 それからフェイトが落ち着くまで待ち、今に至る。

 自分がしたことを思い出したのか、フェイトはさらに頬を赤く染めた。

 そんなフェイトを見つめながら、祐一は苦笑を浮かべる。

 

「気にするな。俺も、フェイトに久しぶりに会えて嬉しいよ」

 

「うん。――わたしも、祐一に久しぶりに会えて嬉しい」

 

 祐一の言葉にフェイトは頬を染めながら笑顔で答える。

 

「……あ~二人の雰囲気を壊して悪いんだけど、あたしもいること忘れてないかい?」

 

 アルフが半眼になりながら話すと、フェイトが慌てながら声を上げる。

 

「あ、あのね、アルフ? わ、わたしは別にアルフのこと忘れてたわけじゃないし、べ、別に祐一と良い雰囲気になりたいとか思ってたわけじゃないんだからねっ!」

 

 ほんとだよっ! っと話すフェイトにアルフは苦笑を返し、すぐに意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「ふふ~ん。フェイト、完全に本音が口から漏れてるよ? なんだい、水臭い。言ってくれれば、少しぐらい二人きりにしてあげたのにさぁ~」

 

「~~っ!? だ、だから違うって――」

 

 祐一は一年ぶりのこのやり取りを静かに、そして、いつもの苦笑した表情で見つめていた。

 

 ――ただ、その表情は喜びと、僅かな罪悪感が浮かんでいることに二人は気付かなかった。

 

 

 

 しばらくアルフがフェイトをからかっていたが、今はそれも落ち着いていた。

 祐一はそれを確認すると、静かに話を始める。 

 

「実はな。俺はフェイト達が今やっていることのサポートをするために来たんだ」

 

 フェイトとアルフはその言葉を聞き、僅かに驚きの表情を浮かべる。

 

「そうなんだ。でも、何でわたし達がここにいるって知ってたの?」

 

「プレシアさんに聞いたんだ。そもそも、フェイト達のサポートをするように頼んできたのは、プレシアさんだからな」

 

「母さんが……?」

 

 プレシアの名前が出ると、フェイトは僅かに表情を強張らせた。

 フェイトがそのような反応をするのは、祐一がいなくなってからの一年間というもの、禄に話もしてくれず、自分に厳しい言葉を浴びせてきたという恐怖心があったからだ。

 だが、それでもなおフェイトは自分を強く戒め、ただ母親であるプレシアのために、全力を注いできた。

 そんなフェイトの表情を見つめながら、祐一はさらに話をする。

 

「だが、あくまでサポートだ。今回の一件は、フェイト達の力を伸ばすということも含められているからな。よほどのことが無い限り、手を出さないつもりだ」

 

「それじゃあ、全然楽できないじゃん!」

 

「こら、アルフ、そんなこと言わないの。それに、祐一がサポートしてくれるだけでも気持ちは全然楽になるんだから」

 

「そうだけどさぁ~」

 

 そう言いながら頬を膨らませるアルフをフェイトが苦笑しながら宥める。

 アルフがそう言うのも無理はないなと思いながら、祐一は話題を変える。

 

「そういえば、今日、フェイトが戦っているところを見ていたんだが」

 

「えっ? そうだったんだ。全然気が付かなかった……」

 

 祐一が自分の戦闘を見ているとは思ってもいなかったフェイトは驚いた表情となる。

 

「それで、フェイトと戦っていた魔導師の女の子がいただろう?」

 

「うん」

 

 それがどうしたと言うように小首を傾げる。

 

「戦ってみてどうだった?」

 

「戦い方はただの素人だったかな」

 

「ふむ」

 

 でも、とフェイトは言葉を続ける。

 

「――魔力量は並の魔導師のそれじゃないし、砲撃魔法に関しては、あたればただではすまないぐらいの攻撃力だと思う。――きっと、強くなると思うよ」

 

「そうか」

 

 フェイトの言葉に祐一は頷く。

 すると、フェイトが小首を傾げながら祐一へと質問する。

 

「でも、何でそんなこと聞いてきたの?」

 

 祐一は少しだけ考える仕草をした後、フェイトの質問に答えた。

 

「実はな。……あの子は俺の知り合いなんだ」

 

「えっ!? ……そうだったんだ」

 

 フェイトは祐一の言葉を聞くと、驚いた表情をした後、少しだけ悲しそうな表情となった。

 

(フェイトは優しい子だからな。俺の知り合いであるなのはと戦うことになるのが心苦しいのだろう。だが、なのはもジュエル・シードを集めている以上、どうやっても戦いを避けることは出来ないだろう)

 

 ままならないな、と祐一は静かに呟く。

 フェイトはそんな祐一を見つめながら小首を傾げる。

 

「戦うな。――本当ならこう言いたいところなんだがな。だが、プレシアさんの依頼を引き受けている以上、俺はそれを言える立場ではないからな。フェイトの思うようにやってくれて構わんよ」

 

 祐一の言葉にフェイトは悲しそうにしていた表情を引き締める。

 

「うん。わたしもジュエル・シードを集めて、母さんに届けないといけない。――だから、邪魔をするなら、誰であろうと容赦しないよ」

 

 そう決意に満ちた表情で話すフェイトを、アルフは複雑な表情で見つめていた。

 そう話をするフェイトに、祐一も静かに頷いただけであった。

 

 

 

 その後、祐一とフェイト達は別れてからの一年間をどのように過ごしていたかを話していた。

 フェイト達は、プレシアの命令で研究に必要な資料や材料の調達などを行っていた。また、たまに行った世界で魔物などと戦うこともあったと話をしていた。

 だが、アルフ曰く、

 

「フェイトには並の魔物や魔導師では歯が立たないから楽勝だったね! それにフェイトの使い魔である、あたしもいるしさ!」

 

 惜し気もなく、自慢げに話をしていた。それを聞きながら、フェイトは少し恥ずかしそうに笑い、祐一も同じく笑っていた。

 すると、フェイトが祐一へと質問してきた。

 

「わたしが戦った女の子の話なんだけど、祐一は知り合いって言ってたけど。……どんな関係なの?」

 

 祐一はフェイトの質問に少し考える仕草をし、話を始めた。

 

「俺が地球に来てから間もない頃に出会ったんだが、少しいろいろあって、話をしたのが切っ掛けで知り合いになったんだ。どんな関係と言われても困るが――少し手の掛かる妹、みたいなものか?」

 

「そう、なんだ……」

 

 祐一の言葉にフェイトは微妙な表情で返事をする。

 そんなフェイトの表情に祐一は気付いていなかったが、アルフは何か気付いたようで、少しにやにやしていた。

 

「フェイトはさ。祐一が取られたみたいに感じてるんだよ」

 

「あ、アルフっ!? な、なに言ってるのっ!?」

 

 アルフの言葉にフェイトはまるで茹で上がったタコのように、頬を赤く染めながら両手を振っていた。

 

「べ、別に祐一を取られたとか感じたわけじゃなくて……っ!?」

 

 言い訳をしているようで、本音が漏れているフェイトをアルフは相も変わらず、その表情に笑みを称えながらいじっている。

 祐一はそんなやり取りに見かねたのか、フェイトへと声を掛けた。

 

「心配するな、フェイト。お前も、俺にとっては大事な妹みたいなものだからな」

 

 そう言いつつ、フェイトの頭を祐一は優しく撫でる。

 変わらずフェイトは頬を赤く染めていたが、祐一の言葉が嬉しかったのか、笑顔であった。

 

「――うん。ありがと、祐一」

 

 そう頷くフェイトを祐一は笑顔で見つめる。

 だが、祐一はフェイトの表情が僅かに複雑な感情が混ざっていることに気付けなかった。

 

 

 

 その後、流石に夜も遅くなってきたので、祐一は家へと帰ることにしたのだが、

 

「――祐一、帰っちゃうの……?」

 

 そう悲しい表情をしながらを上目遣いで言っているフェイトに、祐一は苦笑しながら答える。

 

「別に以前のように長く会えなくなるわけではないだろう? だから、そんな顔をするな」

 

 そう言いつつ、祐一はフェイトの頭を軽く叩く。

 フェイトはそれでも納得いっていないような表情であったが、小さく頷いた。

 

「そうだね。別に会えなくなるわけじゃないし……」

 

「ああ。何かあったら呼んでくれ。すぐに駆けつけよう」

 

「うん、ありがと」

 

「ではな。これからジュエル・シードを探すときは連絡してくれ」

 

「わかったよ」

 

「ああ。おやすみ、フェイト、アルフ」

 

「うん、おやすみ、祐一」

 

「またね、祐一」

 

 祐一はフェイト達と別れの挨拶を済まし、自宅へと帰っていった。

 

 

 

 祐一が自宅へと帰って、しばらくすると、携帯電話のコールが鳴り響いた。

 こんな時間に誰だと思いながら、携帯へと手を伸ばすと、

 

「……なのはじゃないか」

 

 祐一は僅かに小首を傾げながら、電話に出た。

 

「もしもし」

 

『あ、祐一お兄さん。ごめんね、こんな夜遅くに……』

 

 電話越しに、なのはが申し訳なさそうに話す。

 

「いや、別に構わない。……で、どうしたんだ? 何か用事か?」

 

『そうそう、それなんだけど――』

 

 なのはがそこで一呼吸し、

 

『今度、ちょっとした旅行で土日に皆で温泉に行くんだけど、祐一お兄さんも一緒に行かない?』

 

「……は? ……温泉、だと……?」

 

 祐一の波乱だらけの日常はまだまだ続く。

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。

最近、仕事の忙しさが半端ではないので、更新が遅くなる可能性大です。
待っている方がいるとはあまり思っていませんが、更新はしますので、気長にお待ちください。


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海鳴温泉にて(前編)

投稿します。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


 なのはからの連絡があってから数日――祐一は現在、高町家と月村家ご一行と共に、海鳴温泉へと車で向かっている最中であった。

 祐一は右側の後部座席に座っており、その隣には、今回の旅行に祐一を誘った張本人である――高町なのはが座っていた。にこにこと笑みを浮かべながら、祐一へと話し掛けているその姿は、とても嬉しそうであった。

 そんななのはの話を聞きながら、祐一は先日のことを考えていた。

 

 なのはから旅行に誘われたとき、祐一は当初、その誘いを断ろうとしていた。

 だが、祐一が断ろうとすると、電話越しに、

 

「祐一お兄さん、いっしょに、来てくれないの……?」

 

 そうなのはが悲しそうな声で言ってきたのだ。

 基本的に、自分にも他人にも厳しい祐一ではあるのだが、"以前"からこのような頼まれ方をすると、断るに断れないのが祐一でもあった。

 そして、結果として、祐一は今回の旅行に参加することと相成ったわけである。

 

「――って、祐一お兄さん、ちゃんと話聞いてるっ?」

 

 祐一はその声に意識を戻した。

 祐一が真剣に聞いていなかったのが分かったのか、なのはが僅かに頬を膨らませながら祐一を見つめていた。

 

「っと、すまない。少し考え事をしていた」

 

「もうっ! ちゃんと聞いててよねっ!」

 

 頬を膨らませ、怒ったように言うなのはに謝罪しながら、祐一はなのはの頭をぽんぽんと軽く叩く。

 なのはは、しょうがないなぁと同じように笑みを浮かべた。その表情から、本当に怒っていたわけではなかったようだ。

 そんななのはを見つめながら、祐一は声を掛ける。

 

「――温泉楽しみだな、なのは」

 

「うんっ! すっごく楽しみっ!」

 

 満面の笑みを浮かべるなのはを見て、祐一も僅かに笑みを浮かべる。

 

(まぁ、なのはの息抜きにもなるだろうし、なにより――)

 

 また、話を始めたなのはを見つめ、

 

(――こういうのも悪くない)

 

 そう思い、祐一はさらに笑みを深めた。

 

 

 

 目的地である海鳴温泉に到着し、部屋へと荷物を置きに行った後、早速、皆で温泉へと向かった。

 そこで、僅かばかり問題が発生した。

 

「――なのは、ユーノは女湯に連れて行くのか?」

 

「? そうだけど、何か問題あるの?」

 

 何を言ってるのだろうという感じで、なのはが首を傾げる。その隣にいる友人のアリサとすずかも同じように首を傾げていた。

 

「いや――」

 

 ないがと、祐一は言葉を続けようとしたが、視界の端でユーノが助けを求めるような表情で祐一を見ていた。

 祐一は僅かに思考すると、ユーノへと声を掛けた。

 

「ユーノ、俺といっしょに入るか?」

 

 すると、ユーノは助かったと言わんばかりに、なのはの腕の中から飛び出し、祐一が差し出した腕へと上った。

 

「あ、ユーノくん」

 

「と、いうわけだ。ユーノは俺に任せておけ」

 

「む~~」

 

 なのはは少し不服そうに頬を膨らましていたが、しばらくすると、「仕方ないなぁ~」と言い、

 

「じゃあ、今回はユーノくんをお願いね」

 

「ああ、わかった。なのはもアリサ達とゆっくりしてくるといい」

 

 祐一がそう言うと、なのはは「うんっ!」と返事をし、笑顔で女湯へと向かっていった。そちらの方から、アリサ達がユーノがいないのを残念がる声も聞こえてきた。

 

『ありがとうございます、祐一さん。一時はどうなることかと思いましたよ』

 

『気にするな』

 

 ユーノが念話でお礼を言ってきたので、祐一はそれに返事をしつつ男湯の方に入っていった。

 

 

 

 ユーノは温泉が初体験だったようで、上せてしまう前に出て行った。祐一はユーノが出て行った後も久しぶりの温泉で疲れを癒していた。

 それからしばらく、祐一は温泉を満喫してから上がり、旅館に置いてあった浴衣に着替え、火照った体で廊下を歩いていた。

 祐一がこの後何をしようかと考えながら歩いていると、見知った姿を"四人"見掛けた。

 祐一は"四人"の姿を見掛けると、僅かに眉を動かした後、溜め息を吐いた。

 

(――何で、"あいつ"がここにいるんだ?)

 

 その四人というのは、一人はこの旅行に祐一を誘った張本人であるなのはだ。その肩には、合流したのかユーノが乗っている。

 そしてなのはの隣にいる二人は、なのはの親友であるアリサとすずかである。

 ここまでは、いっしょに来たメンバーであるため、大しておかしくはない。

 

 ――残りの"一人"が問題であった。

 

 "問題の人物"は、なのは達よりも長身の大人の女性であった。

 旅館に置いてあった浴衣を着崩し、胸元を大きく開け、豊満な胸を強調するかのようになっている。

 ここまで聞いたら、男性ならば僅かでも喜びそうであったが、生憎と祐一はそのような気分にはなれなかった。

 

(――アルフが来ているということは、フェイトも来ているのか?)

 

 なぜなら、その"もう一人"というのが、何を隠そうフェイトの使い魔である、アルフだったのだ。見ていると、どうやらアルフがなのはとユーノに絡んでいるように見えた。

 祐一は、もう一度深い溜め息を吐きながら、なのは達の方へと近づいていく。

 

「どうしたんだ、なのは?」

 

「あ、祐一お兄さんっ!」

 

 そう祐一が声を掛けると、なのは達はホッとしたように肩の力を抜いた。アルフは祐一の姿を見つけると、驚いた表情をした後、バツが悪そうな表情へと変わっていった。

 

「この女の人が、なのはに絡んできたんです! なのははこの人のことを知らないって言ってるのにっ!」

 

 誰よりも早く、アリサが祐一へとそう説明する。

 祐一はアリサの説明を聞くと、鋭い視線をアルフの方へと向ける。

 

「ほう、そうなのか?」

 

「…………」

 

 そんな祐一の表情にアルフは冷や汗を浮かべ、何も言い返せないのか黙っていた。

 そして、急に何かを思い出したように口を開いた。

 

「あ、あはは。ご、ごめんごめん、人違いだったかなぁ~? 知ってる人によく似てたからさぁ~」

 

「そうだったんですか……?」

 

 アルフは頭を掻きながら、なのはへと謝罪し、なのは達とすれ違おうとする。

 

『今のところは挨拶だけね。忠告しとくよ? 子供は良い子にして、お家で遊んでなさいね? おいたが過ぎるとがぶっといくよ?』

 

『『ッ!?』』

 

 そう念話でアルフが呟くと、なのはとユーノは驚愕の表情を浮かべ、アルフの方をもう一度見る。

 

「さ、さぁって、もうひとっ風呂行ってこよ~」

 

 祐一の睨みが効いたのか、アルフはもうなのは達の方を振り向こうとせず、浴場へと歩いていった。

 

(全く、威嚇してどうするんだ)

 

 祐一がアルフの行動に溜め息を吐いてると、アリサが声を上げる。

 

「なによ、あれっ! 昼間っから酔っ払ってるんじゃないのっ!」

 

 アリサが憤りを隠せない様子で怒りの表情を浮かべていた。

 そんなアリサをなのはとすずかが宥めているのを横目で見つつ、祐一はこの後の展開に頭を悩ませていた。

 

 

 

 夜になり、祐一はなのはの父親である――高町士郎や兄である恭也と話をして盛り上がった後、一人で借りた部屋で休んでいた。

 一人で部屋を借りると言ったとき、何やら非難めいた視線をなのはの母親である――高町桃子から受けたが、祐一は華麗にスルーし、無事に一人で休むスペースを確保したのだ。

 

『祐一お兄さん、ユーノくん、起きてる?』

 

『ああ。起きている』

 

『うん。僕も』

 

 なのはからの念話に祐一は慌てることなく返事をする。

 祐一は、おそらくなのは達が夜の間に話を聞いてくるだろうと、予想していたのだ。

 

『話なんだけど、昼間の女の人はやっぱりこの間の子の関係者かな?』

 

『うん。たぶんね。祐一さんはどう思います?』

 

『――言動から察するに、ほぼ間違いなく関係者だろうな』

 

 祐一は、アルフのことを全く知らないように言葉を返す。

 祐一とて、嘘を付く事は躊躇われるが、これは仕方ないことだと割り切っていた。

 そんな風に考えていると、なのはが僅かに沈んだ声で二人に話掛ける。

 

『また、この間みたいなことになっちゃうのかな……?』

 

『……たぶん』

 

 なのはは一度、フェイトと戦闘しており、その戦いを思い出していた。出来ることなら戦いたくはない、となのはは感じていた。

 そんななのはの心情を知ってか知らずか、祐一が声を上げる。

 

『それで、どうする? この間みたいなことになるのはほぼ間違いない。……やはり、止めるか?』

 

『……ううん。止めないよ』

 

 祐一の言葉になのはが静かに返す。

 

『ジュエル・シード集め、最初はユーノくんのお手伝いだったけど、今はもう違う。……わたしが自分でやりたいと思ってやってることだから』

 

 なのはは一度大きく深呼吸すると、さらに話を続ける。

 

『祐一お兄さんもユーノくんも、止めろなんて言わないで。……じゃないと、今度は怒るよ?』

 

 祐一はなのはの言葉を聞くと、人知れず笑みを浮かべた。

 

『どうやら意思は固いようだな。それなら俺はもう何も言わん。自分が思う通りにやってみろ。ユーノもそれでいいな?』

 

『はい、大丈夫です、祐一さん!』

 

『ありがとう、祐一お兄さん!』

 

 祐一の言葉に二人が元気良く返事をする。

 

『おそらく事が起こるとすれば夜中だろう。二人共出来るだけ寝て、体力を温存しておけ』

 

『『はいっ!』』

 

 二人の返事を聞き、念話を終えると、祐一は誰にも悟られることなく、静かに部屋を出て行った。

 

 

 

side フェイト・テスタロッサ

 

 わたしは今、暗い森の中の木の上でジュエル・シードを探している。

 この周辺のどこかにあるのは間違いないと思うけど、反応が小さすぎて見つけることが出来ずにいた。

 しばらく探していたけど、結局、見つけることが出来ず、少しでもジュエル・シードの反応があるまで待つことにした。

 今、わたしは休憩もかねて木の上からジュエル・シードの反応があるのを待っている。

 

(歯痒いな……)

 

 ほんとはもっと早くジュエル・シードを見つけて、母さんのところに持って帰りたいけどそうもいかない状況となっている。

 

(――祐一ならもっと上手く見つけられるのかな?)

 

 わたしは祐一のことを考える。

 祐一はすごく強い魔導師で、わたしよりも魔力量が少ないのに一度も祐一に勝つことが出来なかった。

 祐一から師事されるようになってからずっと、祐一はわたしの目標だ。わたしも祐一のような一流の魔導師になりたいと願っていた。

 

 ――わたしは祐一の背中ばかり見ていた。

 

 だから、リニスがいなくなり、そして祐一がわたしの教育を終えていなくなってからの一年間はとても寂しくて、心にぽっかりと穴が空いたようだった。

 それから、母さんの役に立つためにわたしは母さんから頼まれたことを淡々とこなしていった。母さんからの頼みごとだったということもあったけど、それを行っている間はいろんなことを考えなくて済んだ。

 そして、ジュエル・シードを集めるためにこの地球に来て――祐一と再会した。

 

 始めはいろんな感情が込み上げてきて、何にも考えられなかったけど、祐一の声が聞こえたら――とても、嬉しかった。

 そう思ったら、祐一がいなくなってからの一年間、泣くのはずっと我慢してきたはずなのに、わたしは祐一の胸に飛び込んで久しぶりに泣いた。

 

(あ、あれって、わたし、とても恥ずかしいことしてたよね……)

 

 祐一の胸で泣いたときのことを思い出し、わたしは体温が上がっていくのを感じた。

 

 ――わたしがあのときのことを思い出し、恥ずかしがっていると、

 

「こんな所にいたのか、フェイト?」

 

「ひゃい!?」

 

 わたしがびっくりして声がした方向を見ると、件の人物である祐一が立っていた。その手には、手提げ袋を持っていた。

 

「ゆ、祐一!? 何でここにいるの……?」

 

「あたしもいま~す……」

 

 わたしが疑問を口にすると、祐一の後ろからアルフが疲れた表情でやってきた。

 

「ど、どうしたの、アルフ? なんだか疲れてるみたいだけど……?」

 

「い、いやぁ~それがね……?」

 

「アルフがふざけたことをやっていたから、俺が説教をしておいたんだ」

 

「? そうなの? なんで?」

 

 わたしが首を傾げながら聞くと、

 

「アルフが相手の魔導師に喧嘩を吹っかけてな。全く、俺の知り合いだと言っただろう」

 

「だ、だから謝ったじゃないか……」

 

 どうやらアルフが喧嘩を吹っかけたようだ。祐一が知り合いだと言ってるってことは、あの白い服を着た、魔導師の女の子なんだろう。どうやら、その女の子もここに来ているようだ。

 

「それで、なんで祐一はここにいるの?」

 

「それは正直、たまたまなんだが。知り合いに温泉に行かないかと誘われてな」

 

 祐一が少し困ったように笑みを浮かべながら話してくれた。

 そして、その手に持っていた袋をおもむろにわたしに差し出した。

 

「? これ、なに?」

 

 わたしは祐一から袋を受け取りながら質問する。

 

「フェイトが何も食べていないだろうと思ってな。……まぁ晩御飯の残り物だが、食べるといい」

 

「うわぁ~! ありがとう、祐一!」

 

 わたしがお礼を言うと、「気にするな」と祐一はいつものように答えた。

 小さなことだけど、そんな祐一の厚意が嬉しくてわたしは胸が熱くなるのを感じた。

 

(祐一は優しいな。たまに怒ることもあるけど、それには必ず理由があって、結果としてわたし達を助けてくれる)

 

 わたしは祐一が持ってきてくれた晩御飯を食べながら、心の中でもう一度祐一にお礼を言った。

 

(いつもお世話になってばかりだから、いつか、祐一の手助けが出来るようになりたいな……)

 

 隣でアルフと喋っている祐一を見ながら、わたしはそんなことを考えていた。

 

side out

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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海鳴温泉にて(後編)

投稿します。
遅くなってしまい、申し訳ございません。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


「――この近くにジュエル・シードがあるのか?」

 

「うん、間違いなくこの近くにはあると思うんだけど、魔力の反応が不安定で見つけれてないんだ」

 

 祐一の質問にフェイトが少し悔しそうに答える。

 祐一も魔力の反応を探ってみたが、反応が小さすぎるため、場所を特定することは困難だった。

 

「祐一なら、見つけられるかな?」

 

 フェイトが期待するように祐一へと問い掛けるが、祐一は首を横に振る。

 

「いや、無理だな。反応が小さすぎる」

 

「そっか……」

 

 フェイトが少し残念そうに頭を垂れる。

 そんなフェイトを元気付けるように、祐一はフェイトの頭へと手を乗せた。

 

「俺も手伝うから、地道に探していこう」

 

「うん。わかった」

 

「りょ~か~い」

 

 祐一の言葉にフェイトとアルフが答え、三人はジュエル・シードの探索を開始した。

 

 

 

 そして、ジュエル・シードを探し始めてから数時間が経過したときだった。

 

「む? この反応は……?」

 

 空へと上がり、上空から周囲を見渡していた祐一は、反応があった方向へと視線を向ける。

 祐一が視線を向けた先から、魔力の反応があり、辺りがジュエル・シードの光で照らされていた。

 

「発動前に回収できたらよかったんだがな」

 

 祐一としては、周囲の被害も考慮して、発動前にジュエル・シードを回収したかったのだが、如何せん発動しないことには魔力が微弱すぎるため、流石の祐一も手間取ってしまったのだ。

 祐一はそう考えを巡らせるが、「仕方ないな」と首を横に振り、フェイト達へと念話を飛ばす。

 

『フェイト、アルフ、気付いているな?』

 

『うん。ジュエル・シードの反応だ』

 

『あたしがいるところのすぐ近くだね』

 

 フェイトとアルフは、祐一の問い掛けに即座に反応する。

 祐一は二人の反応の早さに僅かに喜んでいた。魔導師として、気を抜かずに即座に対応していたからである。

 祐一は自身の感情を表には出さないよう、二人に話し掛ける。

 

『そうか。ならば、ここからはフェイト達に任せる。――お手並み、拝見させてもらおう』

 

『うん、わかった。すぐに封印出来るだろうし、祐一は見てて』

 

『まっ! 余裕だねっ!』

 

 そんな二人の反応に、祐一は僅かに笑みを浮かべ、「では、頼むぞ」と最後に言い、フェイト達の手並みを拝見するため、移動を開始する。

 

 ――おそらく、戦闘になるだろうと、祐一はもう一人の魔導師のことを考える。

 

 その表情には、僅かな悲しさが浮かんでいた。

 

 

 

side 高町なのは

 

(祐一お兄さんは、どこに行ったのかな……)

 

 ジュエル・シードの反応を感じて、わたしとユーノくんは寝ているみんなに気付かれないように、部屋を出て、祐一お兄さんがいる部屋へ向かった。

 

 ――だけど、部屋に祐一お兄さんの姿はなかった。

 

 今、わたしはユーノくんと二人でジュエル・シードの反応がある方へと向かっている。

 わたしは走りながらユーノくんに問い掛ける。

 

「祐一お兄さん、どこ行ったのかな?」

 

「さぁ? だけど、祐一さんのことだから何か理由があるとは思うよ」

 

「そう、かな……?」

 

 これまで、ジュエル・シードを探すときや見つけて捕獲するときは、必ず祐一お兄さんが見てくれていた。祐一お兄さんが見てくれていることで、わたしは安心してジュエル・シードの捕獲が出来た。

 

 ――だけど、今、祐一お兄さんはいない。

 

 わたしはそれだけで、とても不安に感じていた。

 わたしも、祐一お兄さんからしてみたらまだまだかもしれないけど、少しは魔導師としての戦い方がわかってきていると思うし、ユーノくんも手伝ってくれる。

 不安なことなんてないと思っている。なのに、祐一お兄さんがいない――ただ、それだけのことで、不安が心の中で大きく広がっていく。

 

(――だめだっ! こんなことじゃ! 祐一お兄さんに頼ってばかりじゃ、わたしはいつまで経っても、強くなれないっ! ――祐一お兄さんの隣に立つことなんて、出来るわけないっ!)

 

 思い浮かぶのは、祐一お兄さんの大きな背中。いつも、わたしのことを助けてくれる。――わたしが憧れている一人の男性の姿。

 

 その姿を脳裏に刻み、わたしは気持ちを切り替え、右手にレイジングハートを持つ。

 

「レイジングハート、お願い!」

 

『Stand by ready』

 

 レイジングハートの声が聞こえ、わたしは瞬時にバリアジャケットを纏い、わたしは速度を上げる。

 そして、ジュエル・シードがある場所へと到着した。

 すでにそこには、先客がいた。

 

「あ~ら、あら、あらあら♪ 子供はいい子でって、言わなかったっけかい?」

 

 そうおどけた様に声を上げる、一人の女性がそこに立っていた。格好は違ったが、旅館で声を掛けてきた女性で間違いない。

 そして、少し視線を上げると、数日前に戦った漆黒のバリアジャケットを纏い、その手に戦斧型のデバイスを持った、金髪の女の子が立っていた。

 

(――やっぱり、あの子も来てたんだ)

 

 そう考えながら、女の子をわたしは黙って見つめる。

 わたしが黙っていると、ユーノくんが声を上げる。

 

「それを――ジュエル・シードをどうする気だ! それは、危険な物なんだ!!」

 

「さぁ~ね? 答える理由が見当たらないね。――それにさ? 私言ったよね? いい子でないと、がぶっといくよってっ!」

 

「っ!?」

 

 わたしはその光景に息を飲んだ。

 目の前にいた女の人が――大きな赤い狼へと変身したのだ。

 驚いているわたしを他所に、ユーノくんはわたしに説明するように呟く。

 

「やっぱり。あいつ、あの子の使い魔だ」

 

「使い魔?」

 

 わたしが呟くと、赤い狼が自慢げに答える。

 

「そうさ。あたしはこの子に作ってもらった魔法生命。製作者の魔力で生きる代わりに、命と力の全てを懸けて守ってあげるんだ」

 

 その言葉には、とても力が篭っていた。

 

(とってもあの子のことを大事にしてるんだ)

 

 少ししか言葉を交わしてないけど、その力強さから、あの子のことがとても大事なんだということが伝わってきた。

 そうわたしが思っていると、狼が女の子へと声を掛ける。

 

「先に帰ってて、すぐに追いつくから」

 

「――うん。無茶しないでね?」

 

「オーケー!!」

 

 そう叫ぶと同時に、狼がこちらに向かって襲い掛かってくる。

 わたしも遅れてレイジングハートを構えるが、それより先にユーノくんがわたしの肩から飛び降りると、瞬時に防御結界を張り、相手の突撃を防いだ。

 

「なのはっ! あの子をお願いっ!」

 

 ユーノくんは結界を張りながら、わたしに向かって叫ぶ。すると、それを聞いた狼がさらに大きな声で叫んだ。

 

「させるとでも思ってんのっ!」

 

 相手がさらに力を入れ、結界を壊そうとする。――だが、

 

「させてみせるさっ!」

 

 ユーノくんの叫びと同時に、足下に大きな魔方陣が出現した。

 

「移動魔法!? まず……っ!?」

 

 ユーノくんと狼は姿を消し、この場に残ったのは、わたしと、狼の主である女の子だけとなった。

 

「結界に強制転移魔法。良い使い魔を持っている」

 

「ユーノくんは使い魔ってやつじゃないよ。わたしの大切な友達!」

 

 女の子の言葉に、わたしは力強く答える。

 女の子がわたしを威嚇するように、鋭く睨みつけるが、負けじとわたしも相手をじっと見つめる。

 すると、女の子が静かに問い掛けてくる。

 

「――で、どうするの?」

 

「――話し合いで、何とか出来るってことない?」

 

 わたしの言葉に女の子は首も振らずに答える。

 

「わたしはロストロギアの欠片を――ジュエル・シードを集めないといけない。そして、あなたも同じ目的ならわたし達はジュエル・シードを懸けて戦う敵同士ってことになる」

 

「だからっ! そういうことを勝手に決め付けないために、話し合いって必要なんだと思う!」

 

 女の子の言葉にわたしが言い返すと、女の子の雰囲気が変わった。やっぱり、話し合いじゃ、解決しそうになかった。

 

「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ、何も変わらない――伝わらないっ!」

 

 女の子が叫ぶと同時に、わたしの視界から姿を消した。だが、わたしは何とか視界の端で相手を捉える。女の子はすごい速さで、わたしの背後へと回り込み、手に持っている戦斧で攻撃を仕掛けてくる。

 

「っ!?」

 

 なんとかその攻撃を回避し、空中へと飛翔しながら叫ぶ。

 

「けど……っ! だからって!」

 

 わたしは思いをぶつけるように叫ぶが、相手には届かない。

 

「賭けてっ! それぞれのジュエル・シードを一つずつ……!」

 

 そう言い放ち、女の子は戦斧を手にわたしへと襲い掛かってくる。

 

 相手の意思はとても固く、わたしの言葉は届かない。

 

(わたしじゃあ、何にも出来ないの……?)

 

 女の子を見つめながらわたしは問い掛ける。

 

(無理なのかな。……祐一お兄さん)

 

 わたしはこの場にいない祐一お兄さんに心の中で呟いた。

 

side out

 

 

 

 祐一はフェイトとなのは達の戦いを、さらに上空から観察していた。バリアジャケットを纏い、腕を組んだまま、真剣な表情で戦闘を見つめている。

 祐一が見つめる先では、アルフ対ユーノ、フェイト対なのはの構図となり、戦闘が繰り広げられている。派手に戦闘を行ってはいるが、周囲に結界を張っているため、魔導師でない人間では気付くことは難しくなっている。

 

(やはり、アルフとユーノの力はほぼ互角といったところか……)

 

 攻撃面ではアルフに軍配が上がるが、防御面ではユーノに軍配が上がる。

 アルフがその攻撃力を持って、ユーノへと攻撃するが、ユーノの障壁の前では決定打とはならず、片やユーノはアルフの攻撃を防ぐものの、アルフを倒す決定的な攻撃が無い。

 故に、この二人の戦いは互角であり、長期戦は必至であると祐一は感じていた。

 

「やはり、この戦いは、フェイトとなのはのどちらかが勝利することによって、勝敗が決まる、か」

 

 そう呟く祐一の視線の先では、金色の光と桃色の光が激しく激突を繰り返している。

 なのはが話し合いでの解決を望んでいるのに対し、フェイトは戦闘による解決を望んでいる。その気持ちの差か、なのはが後手に回っている。

 

「なのはも上手く状況を把握し攻撃に転じてはいるがな」

 

 なのはの状況把握と空間把握能力に関しては、祐一でも目を見張るものがあった。

 その証拠に、圧倒的に経験が豊富であるフェイトの攻撃を、なのははぎりぎりではあるものの、致命的な攻撃は回避していた。

 

 祐一が見つめる先で、フェイトが自身が持つ数少ない遠距離・直射系砲撃魔法であるサンダースマッシャーを放つ。だが、対するなのはも自分の代名詞となりつつある砲撃魔法ディバインバスターで応戦する。

 そして、数秒も経たない内にフェイトのサンダースマッシャーはなのはのディバインバスターによって掻き消され、ディバインバスターがフェイトを襲う。

 

「すごい攻撃力だな。遠距離からの攻撃力ならば、この中では誰も勝てる奴はいないだろう」

 

 なのはが放つ砲撃魔法の攻撃力に、祐一は目を見張る。それに加え、魔力量、魔力コントロールともにずば抜けた才能があると、祐一は確信している。だが――、

 

「――決着、か」

 

 なのはがディバインバスターを撃った後、フェイト姿が見えなくなったことで僅かではあるものの、気を抜いてしまった。その隙を見逃すようなフェイトではなく、瞬時になのはに接近し、死神の鎌のようにバルディッシュを喉元に突きつけていた。

 

 そして、決着がついたのが分かったのであろう。レイジングハートがジュエル・シードを吐き出し、フェイトへと渡した。フェイトはジュエル・シードを受け取ると、アルフを伴い、森の中へと消えていった。

 フェイト達が消えて行くのを見届ける。

 すると、祐一へと念話が届いた。

 

『祐一、聞こえる?』

 

『ああ、聞こえている』

 

 声の主は、先ほどなのはと戦闘を繰り広げていたフェイトであった。

 

『無事にジュエル・シードも捕獲出来たから、わたし達は戻ろうと思ってるんだけど、祐一はこれからどうするの?』

 

『俺はあの子と一緒に戻る。フェイト達は先に戻っておけ』

 

 祐一が言っている"あの子"とは、当然、なのはのことである。

 

『――うん、わかった』

 

 その言葉を聞くと、フェイトの声に元気がなくなったように祐一は感じた。

 祐一は僅かに思考すると、フェイトへと言葉を掛ける。

 

『フェイト』

 

『……?』

 

『よく頑張ったな』

 

『っ! うんっ! ありがと、祐一』

 

 念話越しではあるが、嬉しそうなフェイトの声を聞き、祐一は笑みを浮かべる。

 

『また連絡するよ。帰ってゆっくり休むといい』

 

『うん、わかった。またね、祐一』

 

 フェイトの言葉を聞き、祐一は念話を終了する。

 そして、祐一はもう一人の少女へと目を向ける。そこにはフェイトが去っていった方向を呆然と眺めている白い魔導師の少女――高町なのはが立っていた。

 

 

 

side 高町なのは

 

 戦っていた女の子――フェイト・テスタロッサが去って行った方向をわたしは呆然と見つめていることしか出来なかった。

 

「また、負けちゃったな……」

 

 ――強かった。今のわたしでは、到底勝てるとは思えないほどに。

 だけど、わたしは戦いに負けた悔しさよりも、何か別の感情が湧き上がっていた。

 

「わたしは……どうしたいんだろ……?」

 

 自分の気持ちが分からず、思わず口に出してしまう。

 

「なのは、大丈夫……?」

 

 すると、わたしの側まで来ていたユーノくんが心配そうに声を掛けてきた。

 

「うん。大丈夫だよ。……それより、ごめんね? 結局、ジュエル・シードを二つも取られちゃって」

 

「ううん、いいんだ。なのはが無事だったし、また取り返せばいいよ」

 

 わたしの言葉にユーノくんは、そう答えてくれる。

 そんなユーノくんの優しさが辛くて、わたしはもう一度、ごめんね、と静かに呟いた。

 ユーノくんもそんなわたしを見て、何も言えなくなったのか、悲しそうな表情となり、黙ってしまった。

 そんな気まずい空気が流れ出し始めたときだった。いつの間に近づいてきたのか、一人の男性の声が辺りに響いた。

 

「――ジュエル・シードは取られてしまったか」

 

 わたしは、はっと声が聞こえた方向へと振り向いた。そこには、しばらく姿が見えなかった、祐一お兄さんが立っていた。

 

「祐一さんっ! 今まで、どこにいたんですかっ!?」

 

 ユーノくんは思わずといったように声を荒げる。ユーノくんは、わたしのことを心配して、祐一お兄さんに激昂しているのだと思う。祐一お兄さんが側に居てくれれば、今回の戦闘も勝てたのに、と。

 だけど、ユーノくんの言葉にも祐一お兄さんは表情を崩さず、淡々と答えた。

 

「――近くで、お前達の戦いを見させてもらっていた」

 

 その言葉に、わたしはそれほど、動揺することはなかった。心の中で、やっぱり、と納得していた。

 

「見てたって……何で手伝ってくれなかったんですかっ!?」

 

「すまないとは思ったんだが、な。手を出そうかとも考えていたが――なのはの表情を見て、手伝うのを止めた」

 

 ユーノくんに冷静に言葉を返しながら、祐一お兄さんは真剣な表情でわたしを見つめてきた。

 わたしも、同じように祐一お兄さんを見つめる。

 

「――逆に聞こう。なのはは、俺に手を貸して欲しかったか?」

 

 わたしは、祐一お兄さんに手を貸して欲しかったのだろうか? ――それは違うと、わたしは自身の思いを否定する。

 確かに、ジュエル・シードを集めることは最優先ではあるけど、あの子――フェイトちゃんとの戦いは、わたしがやっていること。だから、例え、祐一お兄さんでも手を貸して欲しいとは思っていなかった。

 

(そっか。祐一お兄さんは、わたしのことを考えて、敢えて手を出さなかったんだ)

 

 そんな祐一お兄さんの気遣いに、わたしは思わず笑みを浮かべる。

 

「まだ頭の中がごちゃごちゃしてるし、わかんないことが一杯で、自分がどうしたいのかもわかってない……けど……」

 

 わたしは深呼吸した後、祐一お兄さんの目を見ながら話す。

 

「自分がどうしたいのか、ちゃんと考えて決めるよ。胸を張って歩いて行けるように。自分の考えに自信を持てるように」

 

 祐一お兄さんは黙ってわたしの話を聞いていたが、話を終えると、真剣な表情を崩し、笑みを浮かべた。

 

「――そうか。なら、しっかり自分がどうしたいのかを考え、後悔しないようにするといい。もし、どうしようもないことがあったら、そのときは俺も手伝おう」

 

「うんっ!」

 

 わたしが笑顔で返事をすると、祐一お兄さんはその大きな手で頭を撫でてくれた。少し恥ずかしかったけど、それよりも嬉しい気持ちの方が大きかった。

 

「じゃあ、そろそろ戻ろう。流石に疲れちゃったよ」

 

「そうだな。流石に俺も眠い」

 

「僕も、疲れたよ」

 

 そう言い合い、わたし達は旅館へと戻っていった。

 

side out

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。

更新が日に日に遅くなっていますが、頑張ります。
今年の更新は無理だと思いますが、早めに更新出来るように頑張りたいです。


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わかりあえない気持ち(前編)

投稿します。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

遅くなりまして、申し訳ございません。
楽しんで頂けたら幸いです。


 ――海鳴温泉での一件から数日が経った。

 

 あの一件以来、なのははよく物思いに耽るようになっていた。これから自分がどうしていくか、また、自分がどうしたいのかを悩んでいるようであった。

 元気がないというわけではないが、少しぼーっとしていることが多くなっている。そのため、祐一も心配はしているのだが、現状では何も手助け出来ることは無いため、見守ることしか出来ない状況であった。

 

(――なのはには、辛い役目を負わせてしまっているな。……いや、それを言うならフェイトも、か)

 

 祐一は、一人、商店街を歩きながら、フェイトとなのはのことを考えていた。

 フェイトとなのはの二人はとても優秀な魔導師となる資質を秘めている。フェイトに至っては、祐一の一年間の訓練と祐一がいなくなった後、一年間の実戦経験を積んでおり、すでに一流と呼んでも通じる程の実力を持ち合わせている。

 なのはも実戦経験こそ少ないが、内に秘めた魔力はフェイトよりも上ではないかと、祐一は感じている。また、魔力の放出、集束と制御を得意とし、放たれる砲撃魔法は、祐一といえども当たればただではすまないほどの威力である。なにより、何事も諦めない強い心こそが、最大の強みだと祐一は感じている。

 今でこそフェイトの方が実力的には上であるが、状況や戦術によっては番狂わせもありえると祐一は思っていた。

 

(――本当ならば、二人が戦う必要などないのだがな)

 

 祐一は一人歩きながら溜め息を吐いた後、少し頭を振り、その考えを振り払った。

 

(今更だな。もう、後に引けないところまできているし、引くつもりもない)

 

 自分に言い聞かせるように、祐一は心の中で決意した。

 

 

 

 祐一がしばらく歩いていると、

 

「あれ? 祐一さんじゃないですか?」

 

「ん……?」

 

 聞き覚えのある声に祐一が足を止め振り返ると、そこにはなのはの親友である、アリサ・バニングスと月村すずかの二人が立っていた。

 

「「こんにちは、祐一さん」」

 

「ああ、二人ともこんにちは。どうしたんだ、こんなところで?」

 

「わたしとすずかはこれからお稽古があるんです」

 

 アリサの言葉に祐一は、なるほどと頷いた。

 アリサとすずかは俗に言う、お嬢様というものであるため、いくつもの習い事などをしているのだ。

 祐一がそんなことを考えていると、すずかが質問を返した。

 

「祐一さんは何してるんですか?」

 

「ああ、今日は仕事があったからな。今はその帰りだ」

 

 祐一の言葉に、アリサとすずかも納得したように頷いた。

 祐一の仕事とは、地球にやってきたときから始めた《便利屋》のことである。基本的に、依頼があれば何でもやるというのが、祐一のスタンスである。

 

 そして、しばらく祐一達が話をしていると、アリサが何かを言いたそうに、祐一を見つめていた。そんなアリサに気付き、祐一はアリサへと声を掛けた。

 

「アリサ。何か、俺に聞きたいことでもあるのか?」

 

「あっ!? えっと、その……」

 

 声を掛けられると、アリサは目に見えて動揺していた。そんなアリサの行動に、祐一が首を傾げていると、黙っていたすずかが口を開いた。

 

「あの、祐一さん。最近、なのはちゃんが考え事が多いみたいで、悩み事とかあるみたいなんですけど……祐一さんは、何か知っていますか?」

 

「なるほど。そういうことか」

 

 すずかの質問で、祐一は状況を理解した。

 ようするに、アリサもなのはが心配であったのだが、基本的に天邪鬼であるアリサは、素直に聞くことが出来なかったのだ。アリサは、ばつが悪そうに祐一から視線をはずしていた。その頬は、僅かに赤く染まっている。

 

(――なのはは、良い友人に恵まれているな)

 

 そう思いながら、祐一は僅かに笑みを浮かべる。

 アリサもすずかも本当になのはのことを心配していることが分かる。なのはのことが心配で、何を悩んでいるのか、何をしているのか、二人はそれが心配でならないのだということが、祐一には伝わってきていた。

 だからこそ、本当のことを伝えることが出来ないことが、祐一には歯痒かった。

 そして、祐一は表情を戻し、口を開く。

 

「すまないが、俺からは何も言えない」

 

 祐一の言葉を聞くと、アリサは僅かに怒ったように眉を吊り上げ、すずかは悲しそうな表情となった。

 

「……じゃあ、祐一さんはなのはが何で悩んでいるのか、知ってるんですか?」

 

「ああ。大体は知っているつもりだ」

 

 アリサの質問に、祐一は冷静に答える。

 そんな祐一の言葉を聞き、アリサは悔しそうに唇を噛み締める。すずかはそんなアリサを気遣うように、肩へと手を置いた。

 僅かな時間、三人は無言となり、祐一がアリサへと声を掛けようとすると、それより先にアリサが口を開いた。

 

「――なんで、祐一さんには話せて、わたし達には何も教えてくれないのよっ! わたし達は友達じゃないってのっ!」

 

「アリサちゃんっ!」

 

「何かに悩んでて考え事してるってのがみえみえなのに、どうしてわたし達には何も相談してくれないのよ……っ!」

 

 アリサが悲しみの声を上げる。

 自分を頼ってくれない悔しさが、その声から伝わってくるかのようだった。

 なのはは二人に心配を掛けたくなくて一人で悩み、そんななのはに気付いているが故に、二人は何も言えず、頼ってくれるのを待つしかないというのが現状である。

 それは、互いが互いを想っているだけに起こってしまうすれ違いであり、それゆえに解決することが困難な問題であった。

 

(全く、ままならない、な)

 

 祐一は心の中でそう思い、溜め息を吐く。

 ここで、なのはが何をしていて、何を悩んでいるのかを言ってしまうのは簡単だ。だが、それは無責任なことであり、なのはの気持ちを裏切る行為である。故に、祐一には二人に何も言うことが出来ない。

 

(だが、何も言わないのは、それもそれで無責任だな)

 

 祐一は二人を見つめる。

 アリサは悔しそうに俯き、肩を震わせており、すずかは心配そうにアリサの肩を抱いている。そんな二人を見つめながら、祐一は口を開く。

 

「二人とも、本当にすまないな。――だが、これだけは覚えておいてくれ。なのはは確かに悩んでいるし、それをアリサとすずかには相談はしていない。だが、それこそがなのはが二人を大切に想っている証拠だということを分かって欲しい」

 

 祐一の言葉に、肩を震わせていたアリサが顔を上げ、袖で涙を拭く。

 

「――そんなことは分かってます。なのはが、わたし達に心配を掛けたくないから何も言わないってことくらい」

 

「…………」

 

「それに、たぶんわたし達じゃあ、あの子の助けにならないってことも、待っててあげるしか、出来ないことも……」

 

 アリサは表情を曇らせながらも、そう言葉を口にする。

 

「……そうか。二人とも辛いかもしれないが、なのはが話すまで、待っていてくれるか? きっと、あの子は二人には話すはずだからな」

 

「わたしは、そのつもりでしたから」

 

 祐一の言葉にアリサは黙って頷き、すずかは少し寂しそうな表情をしながらも、笑顔で答える。

 

「――わたしは、ずっと怒りながら待ってます。気持ちを分け合えない寂しさと――親友の力になれない自分に――」

 

 アリサの表情はやはり僅かに曇ってはいたが、それでもその瞳からは想いの強さが伝わってくるように、祐一は感じた。

 

「そうか。すまないな、アリサ、すずか」

 

「いいえ、いいんですよっ!」

 

「そうです。祐一さんに謝ってもらう理由はありませんから」

 

「そうか。ありがとう」

 

 アリサとすずかの言葉に、祐一は礼を持って答える。

 そんな祐一に笑みを浮かべながら、すずかが真剣な声で話す。

 

「そのかわり、なのはちゃんのこと、よろしくお願いします!」

 

「あの子、すぐ無茶するから祐一さんがしっかり見てあげてくださいねっ!」

 

 すずかとアリサはそう言いながら、祐一へと頭を下げ、祐一はそんな二人の言葉に、

 

「――ああ。任せておけ」

 

 そう答えたのだった。

 

 

 

 祐一は二人と別れた後、ジュエル・シードの探索も兼ねて街を歩いていた。付近にジュエル・シードの反応を僅かに感じてはいるのだが、まだ見つけるには至っていなかった。

 

「もうすっかり日が暮れてしまったか」

 

 祐一が視線を上げた先では、太陽はほとんど隠れ、街灯が光り輝き始めていた。

 帰宅時間となっているので、たくさんの人間が行き来している。

 そんな人の流れを見ながら、今日は諦めて帰ろうかと思っていたときだった。

 

「この反応は……? ジュエル・シードを強制的に発動させようとしているのか?」

 

 祐一は強い魔力を感じ、視線をそちらへと向ける。

 

「……これは、アルフか?」

 

 感じた魔力の正体はアルフの魔力であり、祐一は眉を顰めた。

 ジュエル・シードの探索は確かに必要ではあるが、このような街中でジュエル・シードを発動させようとしていることは、祐一にとっては予想外であった。

 そう思ったと同時に、祐一は魔力の反応があった方へと駆け出そうとした。

 

「む? こちらの反応は、なのは達か?」

 

 アルフの魔力に気付いたのであろう、なのはの魔力の反応を祐一は感じた。

 そしてすぐに、街を結界が包み込んでいった。なのはの相棒でもある、ユーノが広域結界を張ったのだ。

 その後すぐに、ジュエル・シードが発動した。

 

「これで街の人達は安全か。……だが、強制的にジュエル・シードを発動させるとは、無茶なことをする」

 

 祐一はそう呟き、ジュエル・シードが発動した方へと飛翔した。

 

 そして、ジュエル・シード付近のビルの上へと祐一は降り立ち、そちらへと視線を向けると、発動したジュエル・シードを挟むように、フェイトとなのはが相対していた。

 

「リリカルマジカル――」

 

「ジュエル・シード――」

 

「「封印!!」」

 

 なのはとフェイトがそう叫ぶと同時に、二人はジュエル・シードへと砲撃を放った。

 そしてそれはジュエル・シードへと直撃し、魔力を放出していたジュエル・シードも止まり、一旦の落ち着きを見せる。

 

「――あれは、不味いかもしれんな」

 

 祐一は目を細め、落ち着いているかのように見えるジュエル・シードを見つめる。今でこそ落ち着いているが、フェイトとなのはの魔力を同時に受けたジュエル・シードは何かの拍子に暴走するかもしれないと、祐一は感じていた。

 だが、祐一の視線の先ではすでにフェイトとなのはが戦闘を始めている。

 

「とりあえず様子を見る、か」

 

 いつものごとく傍観に徹することに決めた祐一は、フェイトとなのはの戦闘を静かに見つめる。

 

(――何事も起こらなければいいんだがな)

 

 祐一は心の中でそう願った。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。

次は早めに投稿出来るように頑張ります。


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わかりあえない気持ち(後編)

投稿します。
とても遅くなり申し訳ございません。

楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


 ――とあるビルから、街を見下ろす二人の人影があった。

 

「また、あの子だ……」

 

 そう静かに呟いたのは、漆黒のバリアジャケットを纏った、美しい金髪の少女――フェイト・テスタロッサである。

 その悲しみに満ちた瞳を、とある人物の方へと向けていた。

 

「そうみたいだね」

 

 返事するのは、フェイトの使い魔であるアルフである。

 二人が同じように視線を向ける先には、フェイトとは逆の白を基調としたデザインが施されたバリアジャケットを纏った、フェイトと同い年くらいの少女――高町なのはがいた。

 バリアジャケットと同じ白いリボンで髪をまとめ、ツインテールにしており、その感情表現が豊かそうな魅力的な女の子だと、フェイトは思った。

 

(――わたしとは、大違いだよね)

 

 それは今、関係の無いことだと思い、フェイトは首を振り思考を切り替える。

 

「あの子、祐一の知り合いって言ってたよね」

 

「そう言ってたね」

 

 アルフの言葉に、フェイトは僅かに表情を歪めた。

 黒沢祐一――フェイトが今、母親であるプレシア・テスタロッサと並ぶほど尊敬し、慕っている青年である。

 年齢は一八とまだ若いが、常に冷静沈着で超が付くほどの一流の魔導師でもあり、とても頼れる存在。これがフェイトが祐一に対する評価であった。

 だからこそ、フェイトは祐一が悲しむようなことはしたくはなかった。

 フェイトの視線の先にいる少女――高町なのはは、祐一が自分の妹みたいな子だと言っていた。そのため、フェイトはなのはと戦うことに僅かな躊躇いがあった。

 

(祐一にとって大事な子、なんだよね)

 

 フェイトはそう考えるが、すぐに首を振った。

 

(……でも、駄目だ。あの子にも譲れないものがあって、わたしにも譲れないものがある。……だから、戦わないといけない)

 

 フェイトはそう考えながら、祐一のことを考える。

 

(やっぱり、祐一はわたしとあの子が戦ってしまうことを、悲しいと思ってるのかな……? ……祐一を悲しませるのは嫌だな)

 

 祐一は自身の感情を表に出すことは少ない。だが、一年の間、祐一と接していく内に、彼が本当はとても心が温かい人で、優しい人だということをフェイトは知っていた。

 だが、それでもフェイトは戦いを止めるわけにはいかない。

 

(――母さんの願いのため、ジュエル・シードは譲れない)

 

 その理由がある限り、フェイトは止まれないし、止まらない。

 フェイトは少しの間目を瞑り、深呼吸をした後、すっと目を開ける。その瞳から感情を消し、フェイトは今はただ、ジュエル・シードを集めることだけを考える。

 

「いくよ、アルフ」

 

「あいよっ!」

 

 フェイトがアルフに声を掛けると、アルフは人型から大きな狼の姿へと変身する。元は狼であるアルフは、フェイトの使い魔になったことによって、人と狼の両方へと変身が可能なのだ。

 狼の姿となったアルフは変身したと同時に、なのはへと一気に距離を詰める。

 

「ジュエル・シードは渡さないよ!!」

 

「っ!?」

 

 アルフの突撃に驚くなのはだったが、なのはの相棒であるユーノがアルフの突進攻撃をプロテクションで防ぐ。

 

(前回の戦闘のときもそうだったけど、アルフの攻撃を防いでるあのフェレット、なかなかの腕前だ)

 

 そう心の中で相手を賞賛するフェイト。

 そしてフェイトは、二人の戦闘から視線を逸らし、なのはの方へと視線を向ける。同じように、なのはもフェイトの方へと視線を向けていた。

 そのなのはの表情に、フェイトは僅かに眉を顰める。

 

(この子……前回のときと、雰囲気が違う)

 

 こちらを見つめているなのはの瞳に、何か決意をしたような力強さをフェイトは感じた。

 すると、なのはが僅かに歩みを進め、フェイトへと声を掛けてくる。

 

「――この間は自己紹介出来なかったけど、わたし、なのは。高町なのは。私立聖祥大付属小学校三年生――」

 

 その内容は、いたって普通。初めて出会う相手に対してする、自己紹介であった。

 フェイトはなのはの言葉に僅かに眉を顰めると、手に持っているバルディッシュに力を込める。

 

(悪いけど、さっさと終わらせる)

 

『Scythe form』

 

 フェイトが構えたバルディッシュから、魔力で作られた刃が出てくる。

 その姿を見たなのはが悲しい表情となりながらも、デバイスを構える。

 

(――ジュエル・シードは渡さないっ!)

 

 フェイトはバルディッシュを上段に構え、瞬時にその場から移動し、なのはへと振り下ろす。その速度は目でぎりぎり追える速度であった。

 だが、そのフェイトの斬撃は空を切る。なのははぎりぎりまで気付かなかったが、なのはが所持しているデバイスのレイジングハートが主を助けるため、瞬時に飛行魔法を発動し、その攻撃を回避したのだ。

 フェイトは上空へと飛翔したなのはへと視線を向ける。

 

(――あのデバイスも、かなり高性能で良いデバイスだ。……でも、負けないっ!)

 

 フェイトはバルディッシュを握っている手に力を込め、なのはの方へと突撃を仕掛けていった。

 

 

 

 その後、フェイトは何度もなのはへと攻撃を仕掛けるが、決定的な攻撃を入れることが出来ない。

 この短いフェイトとの戦闘で、なのはは魔導師としての才能を開花させつつあった。ギリギリではあるものの、フェイトの攻撃を見極め、決定的な攻撃を回避し続けているのだ。

 そんななのはの成長速度に、フェイトは舌を巻いていた。

 

(この子、戦い方が上手くなってる。それもすごいスピードで。まだまだ未熟な点が多いけど、あのデバイスがそれを上手く補ってる)

 

 いいコンビだ、とフェイトは素直にそう思った。それと同時に、負けるわけにはいかないとも感じていた。

 フェイトは自身の一番の強みであるスピードを活かし、またもなのはの背後を取り、同じように斬撃を繰り出す。だが――

 

『Flash move』

 

 またもレイジングハートの声と同時に、フェイトの攻撃は回避され、逆になのはがフェイトの背後へと高速で回り込み、

 

『Divine Shooter』

 

「シュート!」

 

 なのはが声を上げながら魔力弾を放つ。

 

『Defensor』

 

 だが、そんななのはの攻撃もフェイトの相棒である、デバイスのバルディッシュの防御魔法によって防がれる。

 

「ありがとう、バルディッシュ」

 

 そうフェイトが笑顔で呟くと、バルディッシュは明滅することでそれに答える。

 フェイトはなのはへと視線を向けながら、バルディッシュを《サイズフォーム》から《シーリングフォーム》へと切り替え、それを構える。

 そして、それを見たなのはも同じようにレイジングハートを構えた。

 フェイトとなのははお互いにデバイスを構えたまま、膠着状態となってしまう。二人とも、決定的な攻撃をお互いに逃していることから、このような状態となっているのだ。

 

(――さて、どう攻めよう)

 

 フェイトが相手をどう崩していくか考えていると、その相手であるなのはが意表を付く行動に出る。

 

「フェイトちゃん!」

 

「っ!?」

 

 唐突に自分の名前を呼ばれ、フェイトは戦闘中だということを忘れ、目を丸くして自身の名を呼んだ相手を見つめる。

 そんなフェイトに気付いているのか、いないのか、なのはは話を続ける。

 

「――話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ、何も変わらないって言ってたけど……だけどっ! 話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよっ!」

 

 なのはの言葉を聞く気がなかったはずのフェイトは、相手の真摯な瞳とその言葉から思わず聞き入ってしまう。

 

 ――それほどに、なのはの言葉とその姿勢はフェイトの心を打っていた。

 

(わたし達は敵同士なのに、何で……この子はこんなにもわたしを気に掛けるんだろう? ただの他人の、このわたしを……)

 

 心の中でそう思いながら、声を上げるなのはをフェイトはじっと見つめる。

 

「ぶつかり合ったり、競い合うことになるのは、それは仕方ないのかもしれない。……だけど、何もわからないままぶつかり合うのは、わたしは嫌だっ!」

 

 なのはは自分の思いの丈をフェイトへとぶつける。

 そして、そんななのはの本気の想いは、確実にフェイトへと届いていた。

 

(この子、何でこんなに一生懸命なんだろう。ジュエル・シードを集めているだけのはずなのに。……何で、この子は……)

 

 高町なのはという少女は、良くも悪くも、こうと決めたら一直線に向かっていく女の子であった。

 そんな、なのはの言葉だからこそ、フェイトの心に響くものがあった。

 

「わたしがジュエル・シードを集めるのは、それがユーノくんの探し物だから。ジュエル・シードを見つけたのはユーノくんで、ユーノくんはそれを元通りに集めなおさないといけないから、わたしはそのお手伝いをしてあげようと思った。……だけど、お手伝いをするようになったのは偶然だったけど、今は自分の意思でジュエル・シードを集めてる。自分の暮らしている町や自分の周りの人達に危険が降りかかったら嫌だから」

 

 ――これが、わたしの理由っ!

 

 そうなのはは叫んだ。

 フェイトの目をじっと見つめるその表情からは、迷いは消え失せ、決意が篭っているようであった。

 

(それが、この子が魔導師として戦う理由……なら、わたしは何のために……)

 

 なのはの真摯な言葉を聞き、フェイトの心は揺らいでいた。構えていたバルディッシュを僅かに下げ、その表情も暗くなっていた。

 

「わたしは……」

 

 思わずといったふうに、フェイトが理由を口にしようとした。そのとき、

 

「フェイト! 答えなくていい!」

 

「……っ!?」

 

 アルフがフェイトを叱咤するように叫ぶ。

 

「優しくしてくれる人達のとこで、ぬくぬく甘ったれて暮らしてるガキンチョなんかに何も教えなくていい! ジュエル・シードを持って帰るんだろ!」

 

 アルフの叱咤激励の言葉を聞き、フェイトは落ちていた戦意が高まっていく。

 これまで、フェイトを常に側で支え続けてきたアルフ。この一年間、フェイトは辛く厳しい戦いをしてきたのを見ている。

 そんな風に頑張ってきたフェイトに対し、なのはの言葉はただの甘い考えだと、アルフは否定する。

 

(――そうだ。今は何も考えずに、ただジュエル・シードを集めることだけに集中しないと)

 

 そう自身を奮い立たせ、フェイトは瞬時に身を翻して、ずっと放置にしていたジュエル・シードの元へと向かう。

 

「くっ……!」

 

 そんなフェイトを追い駆けるように、なのはも同じようにジュエル・シードの元へと向かう。

 

(わたしは、ジュエル・シードを持って帰らないといけないんだっ!)

 

 そう心の中で叫び、フェイトはジュエル・シードへと勢いそのままに突っ込んでいく。同じようになのはもジュエル・シードへと突っ込んでいく。

 そして、ほぼ同じタイミングでフェイトはバルディッシュを、なのははレイジングハートをジュエル・シードを封印するために突きつけた。

 ガキンッ! という音と同時に、ジュエル・シードを挟むようにお互いのデバイスが交錯し、ジュエル・シードに衝撃を与える。

 

 ――その瞬間、ジュエル・シードから強烈な魔力が溢れ出した。

 

「くっぅぅぅぅ!?」

 

「きゃぁぁぁぁ!?」

 

 強烈な魔力の衝撃に、堪らずフェイトとなのはは苦悶の声を上げ、その衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

「フェイト!?」

 

「なのは!?」

 

 吹き飛ばされた二人に、お互いの相棒であるアルフとユーノが驚きの声を上げ、それぞれ二人の元へと向かう。

 

「くっ……」

 

 吹き飛ばされたフェイトは、上手く受身を取り、何とか倒れずに体勢を整える。

 先ほどの魔力の衝撃を受けた割には、フェイトには大した怪我もなく、問題はなかった。だが――

 

「大丈夫……? 戻って、バルディッシュ……」

 

『……yes……sir』

 

 フェイトは心配そうにバルディッシュに問い掛ける。バルディッシュのボディは罅割れ、コアも同じようにボロボロの状態であった。

 フェイトに大した怪我がなかったのは、バルディッシュが守ってくれたお陰であり、その代償として、バルディッシュがこのような状態となってしまったのだ。

 なのはの方も同じように、レイジングハートが大きく破損していた。

 

「ごめんね、バルディッシュ」

 

 待機状態へと戻ったバルディッシュに、フェイトは申し訳なさそうに謝罪し、すぐに表情を切り替える。

 フェイトの視線の先には、先ほどの衝撃で未だに不安定な状態のジュエル・シードが浮いていた。

 先ほどのような魔力が溢れ出すということは起きていないが、いつまた暴走してもおかしくない状態であった。

 

(このままじゃ、ジュエル・シードが完全に暴走してしまう。その前に、何とか抑えないと……)

 

 だが、先ほどの衝撃でバルディッシュは大破。現状のフェイトでは、残された方法は一つしかなかった。

 

(わたし自身の魔力で、ジュエル・シードを抑え込むしかないっ!)

 

 そうフェイトは決意を固め、ジュエル・シードの元へと向かおうとした。そのとき――

 

 

「――そこまでにしておけ、フェイト」

 

 

 いつからいたのか、フェイトが声の聞こえた方へと視線を向けると、そこには漆黒のロングコートに身を包んだ長身の青年が立っていた。

 

「ゆ、祐一……?」

 

 フェイトは唐突に現れた青年――黒沢祐一を驚愕の表情で見つめていた。

 

「すまなかったな、フェイト。本当はジュエル・シードが暴走する前にケリをつけるつもりだったのだが、お前達の戦いに見入ってしまって、介入するのが遅くなってしまった」

 

 祐一は申し訳なさそうに話しながら、未だに困惑しているフェイトの頭をぽんぽんと優しく叩いた。

 フェイトはしばらくの間、呆然とした表情をしていたが、今の状況を思い出し、表情を引き締め直した。

 フェイトが表情を引き締めたのを見て、祐一も表情を引き締める。

 そして、祐一が動かした視線の先には、なのはとユーノが驚愕の表情でこちらを見つめていた。だが、祐一はそんな二人を僅かな時間見つめると、すぐに視線をジュエル・シードの方へと戻した。

 

「どうするの、祐一?」

 

 フェイトはそんな祐一を見上げながら声を掛ける。祐一は僅かに逡巡した後、フェイトへと言葉を返す。

 

「――"お前達"はよく頑張った。だから、ここからは俺に任せておけ」

 

 祐一はそうフェイトへと言葉を返すと、悠然とジュエル・シードの方へと向かう。フェイトが後ろから、名前を呼んでいるが、祐一は気にすることはなく、ジュエル・シードの前までやってくると、驚きの行動に出た。

 

 ――未だ暴走状態のジュエル・シードを両手で掴んだのだ。

 

 その瞬間、それに反発するかのように、ジュエル・シードからすさまじい魔力が放出され、掴んでいる手の隙間から青い光が放たれる。

 

「祐一!?」

 

「祐一お兄さん!?」

 

 祐一の行動に、フェイトとなのはが驚愕の表情で叫ぶ。ジュエル・シードは未だに暴走状態であり、そのジュエル・シードを両手で掴むなど正気の沙汰ではない。魔力の放出により、祐一に多大なダメージを与えることが分かりきっていた。

 

(くっ!? 流石に、きついな……)

 

 ジュエル・シードのすさまじい魔力の抵抗に、滅多なことでは揺らがない祐一の表情が僅かに苦悶の表情となる。

 祐一は魔力を直接ジュエル・シードに送り込み、暴走を押さえ込もうとしているのだ。だが、ジュエル・シードの抵抗がすさまじかった。その証拠に、ジュエル・シードを直接掴んでいる両手は傷つき、血が滴り落ちており、それだけに留まらず、両腕もバリアジャケットもぼろぼろでいたるところから出血していた。

 

「祐一! もういいから、やめてよっ!」

 

「そうだよっ! もうやめて、祐一お兄さんっ!」

 

 そんな祐一の状態を見て、フェイトとなのはは懇願するように叫ぶ。だが、祐一は二人の叫びを聞きながらも、ジュエル・シードを離すどころから、さらに両手に力を入れ、ジュエル・シードの暴走を止めようとする。

 

 まるで、これは、自分のやるべきことだとでも言うかのように。

 

「……っ! あぁぁぁぁ……っ!」

 

 祐一が声を上げると、その足下に紅の魔方陣が浮かび上がる。祐一がありったけの魔力をジュエル・シードへと込めているのだ。そして――

 

「ぐっ……やっと、収まったか……」

 

 祐一はジュエル・シードの暴走が収まったのを確認すると、そのまま片膝を着く。流石の祐一もかなりの魔力を消費した上、両腕の怪我が酷い状態であっため、疲労を隠せていなかった。

 そんな祐一に、フェイトが駆け寄ってくる。

 

「祐一!? 大丈夫!? ……っ!? 祐一、その腕……」

 

「ああ。……たいしたことはないさ」

 

「たいしたことあるよっ! 早く帰って治療しないとっ!」

 

 フェイトが心配そうに声を上げ、祐一はそんなフェイトの優しさに額に汗を浮かべながらも、笑みを浮かべた。

 

「そうだな。……だが、その前に……」

 

 祐一はそう呟きながら、ぐっと立ち上がり、こちらに近づいてきたもう一人の魔法少女――高町なのはの方へと視線を向けた。

 

「祐一お兄さん、大丈夫……?」

 

 フェイトとは違い大声は上げていないが、なのはも祐一を心配そうに見つめながらそう声を掛ける。

 

「ああ。大丈夫だ」

 

「――そう。……でも、どうして……祐一お兄さんは、フェイトちゃんを……」

 

 なのはは祐一を心配する気持ちと、祐一がフェイトと知り合いであったことやフェイトとの関係に疑問を持っており、困惑する気持ちがない混ぜになっていた。

 祐一は僅かな時間目を瞑り黙っていたが、しばらくすると口を開いく。

 

「――すまない。……事情は、またそのうち話す」

 

 そう話すと、祐一はなのはに背を向け歩き出す。フェイトとアルフは慌てて、祐一を後ろから追い駆ける。

 

「あっ……」

 

 なのははそう呟き、思わず祐一に手を伸ばすが、その手が届くことは無かった。

 

(――すまない、なのは)

 

 そう心の中で謝罪しながらも、祐一は振り向くことなくその場から姿を消した。

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。

次こそは、一週間で投稿出来るように努力します。。。
自信はありませんが……(汗)


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信じるということ

 ジュエル・シードの暴走を抑え、なのは達と離別する形となった祐一は、そのままフェイト達のマンションへと来ていた。

 流石の祐一も、ジュエル・シードの暴走を抑え込んだ影響で、両腕に多大なダメージを負っており、自分では治療出来ないため、一時、フェイト達のマンションへとやってくる形となった。また、魔力もほぼ使い切っており、なんとか歩くことが出来るぐらいの状態だったこともあった。

 一番の怪我人は祐一であるが、フェイトのデバイスであり、相棒でもあるバルディッシュも破損が酷かったが、バルディッシュが高性能なこともあり、意外と早くに直る目処が立っていた。

 そして今、祐一はフェイトに両腕を治療してもらっているところであった。

 

「祐一、じっとしててね? ちょっとしみるかもしれないけど」

 

「ああ、すまないな」

 

「うわぁ~イタそ~」

 

 祐一の両腕は傷が無いところがないぐらいに、裂傷や皮膚が焼け爛れていた。

 そんな祐一の両腕をフェイトは出来る限り、祐一の負担にならないよう優しく治療していく。対して、アルフは祐一の怪我を見て、その傷の酷さに顔を歪めていた。

 

「終わったよ、祐一」

 

 そしてしばらくして、フェイトは祐一の腕に包帯を巻き終えた。

 

「すまないな」

 

「ううん。これくらいなんともないよ」

 

 祐一の言葉にフェイトは苦笑を返す。

 

「むしろ、ごめんね。わたしが上手くジュエル・シードを封印出来なくて、暴走までさせちゃって……祐一にも、こんな怪我させちゃって」

 

「フェイト……」

 

 話している内に、フェイトが自身の不甲斐なさと祐一に怪我をさせてしまったことから、悲しそうな表情で俯いていた。

 祐一はそんなフェイトに苦笑する。

 

「だから、気にするなと言っているだろ? 今回の件は手を貸すのが遅れた俺にも責任はある。お前が気に病む必要はない」

 

「……でも……」

 

「今回のことは不可抗力だ。フェイトとなのはの力の大きさが、たまたま今回は悪い方へと転がったにすぎん」

 

 祐一の言葉を聞いても、フェイトの表情はなかなか晴れない。

 これもフェイトの性格なのだろうな、と祐一は心の中で思いながら、フェイトの頭へと手を伸ばし、

 

「んっ……」

 

 ぐしゃぐしゃと少し強めに撫で回した。

 そんな祐一の行動に、思わずフェイトは俯いていた視線を上げる。そこで目にしたのは、変わらず自身に微笑み掛けてくれている祐一の顔であった。

 意外に近い距離に、フェイトは僅かに頬を染めてしまう。そんなフェイトの表情に気付いているのかいないのか、祐一はさらに口を開く。

 

「失敗したことをいつまでも悔いていても状況は変わらん。フェイトがもし、今回の件で俺に対して申し訳ないと思うのなら――次はこのようなことにならないように、さらに研鑽を積み、努力すればいい」

 

 そう重く語った祐一の言葉に、フェイトは納得したように頷きを返す。

 フェイトが頷いたのを確認し、よし、と祐一は呟きフェイトの頭から手を放した。

 

「あっ……」

 

「ん? どうした、フェイト?」

 

 祐一の大きな手が頭から離れた瞬間、思わずといったようにフェイトが残念そうな声を上げる。祐一はそんなフェイトの声に気付き、首を傾げる。

 そんな自分の失態に気付き、フェイトはあたふたしながら頬を真っ赤に染め上げる。

 

「あ、えと、べ、別に何も……」

 

「ふふふ。フェイトは祐一に頭を撫でてもらうのが好きだからねっ! それで思わず声が出たんだよ」

 

「ちょっ……!? アルフ!?」

 

 アルフの言葉に驚愕の表情を浮かべ、フェイトの頬は真っ赤なりんごのような状態となっていた。

 アルフはそんなフェイトを見ながらも、からかうのを止めない。そんな二人のやり取りを祐一は苦笑しながら見つめていた。

 アルフがフェイトをからかい、フェイトは恥ずかしそうに、だが表情は笑顔でとても幸せそうであった。

 祐一はこんな時間が、なんでもないこんな日常が続けばいいと、思わずにはいられなかった。

 

 

 

 それからしばらくして、祐一はフェイトの家を後にした。

 暗い街を歩きながら、祐一は思考を巡らせていた。

 

(俺がフェイトの知り合いだと知って、なのははこれからどうするのだろうな……)

 

 考えるのは、悲しい表情をしていたもう一人の魔法少女――なのはのことである。

 今回の一件で、祐一はなのはを裏切るような形となってしまった。祐一のことを慕ってくれているなのはを騙していたようなものであり、その気持ちを踏みにじったようなものであった。

 例え、祐一に裏切ったという気持ちがなかったとしても、結果的にそのようなことになってしまったことには変わりは無い。ゆえに、祐一はなのはに恨まれても仕方ないと考えていた。

 

(もう、後戻りすることは出来ない。例え、なのはに恨まれることになっても……)

 

 そう思う祐一の表情には、僅かな寂しさが垣間見えていた。感情の起伏があまりない祐一ではあるが、やはり、自身を慕ってくれているなのはを裏切るようなことはしたくはなかった。

 しかし、祐一はそのような甘い感情を心の隅へと追いやった。

 

(――俺の目的は"プレシアさんの願い"の成就。ただ、それだけだ)

 

 そう、自らの意思を心に刻んだ。

 

(ここからが"正念場"だな)

 

 おそらく、今回のジュエル・シードの暴走の魔力を探知し、"管理局"が動き出すだろうと、祐一は踏んでいた。

 

(ここからはほぼ出たとこ勝負、か。マシな人間が来てくれると助かるのだがな。相変わらず、分の悪い賭けだ)

 

 祐一は心の中でそう願いながら、思わず苦笑する。昔から、祐一は分の悪い賭けばかりしている。

 

("あいつ"がいた頃も、無茶なことをたくさんやってのけていたな)

 

 僅かに表情を曇らせ、祐一は想いを馳せる。

 だが、すぐに首を横に振り、今はそのようなことを考えている暇はないと、気を引き締めた。

 

(俺は、もうやると決めた。"お前達"が、今後、どのような選択をするのか、見極めさせてもらおう)

 

 今はいない少女たちのことを思いながら、祐一は明かりが消えた街を歩いていった。

 

 

 

side 高町なのは

 

 ジュエル・シード暴走の一件の後、わたしとユーノくんはそのまま帰宅した。

 今はジュエル・シード暴走の影響を受け、傷付いてしまったレイジングハートをユーノくんといっしょに見つめていた。

 

「ユーノくん、レイジングハートは大丈夫……?」

 

「うん。かなり破損は大きいけど、きっと大丈夫。今、自動修復機能をフル稼働させてるから、明日には回復すると思うよ」

 

「うん……」

 

 元気のないわたしを、ユーノくんは励ますようにたいしたことはないと答えてくれた。そんなユーノくんの気遣いが嬉しい反面、自分の不甲斐なさが悔しかった。

 

「なのはは大丈夫……?」

 

「うん。レイジングハートが守ってくれたから。……ごめんね、レイジングハート……ユーノくんも心配してくれてありがとう」

 

 心配してくれるユーノくんに、わたしは力ない笑みを向ける。

 レイジングハートがいなければ、わたしは無事ではすまなかったと思う。わたしがたいした怪我がないのは、レイジングハートが優秀だったから。こんな不甲斐ないマスターを助けるために、レイジングハートは傷付いてしまった。

 今回の一件で、分かってはいたけど、自分の力不足を痛感して、それがとても悔しかった。

 そして、もう一つわたしが気になって仕方ないことがある。どちらかというと、そちらの方がわたしの気持ちを揺さぶっていた。

 

「心配するのは当然だよ。それに、なのはの怪我も心配だったけど――今は、なのはの気持ちが心配だよ」

 

「…………」

 

 ユーノくんの言葉に、わたしは思わず黙ってしまう。そんなわたしの気持ちに気付いているのか、ユーノくんも何も言わなかった。

 しばらくの間、わたしとユーノくんは無言となっていたけど、それを打ち破るようにわたしは言葉を紡いだ。

 

「……祐一お兄さん、フェイトちゃんたちと知り合いだったんだね」

 

「……うん。そうみたいだね」

 

 祐一お兄さんこと、黒沢祐一。わたしの憧れの人であり、わたしが危険なときは必ず助けてくれる騎士(ナイト)のような男性だ。

 その祐一お兄さんが、今はフェイトちゃんといっしょにいる。一体、どんな理由があって、フェイトちゃんといっしょにいるのか、現状、わたしにはわからないことだらけだった。

 

「――もしかしたら、祐一さんは僕たちを騙そうとしていたのかもしれない」

 

「え……?」

 

 祐一お兄さんのことを考えていたわたしの耳に、ユーノくんの言葉が聞こえてきた。その内容に、思わずわたしは聞き返してしまった。

 

「あのフェイトって子が現れ始めてから、祐一さんの行動には不審な点が多かった。なのはが初めてフェイトと遭遇したときがあったでしょ? そのとき、祐一さんはジュエル・シードが取られるまで姿を見せなかった。……おそらく、気付いていて手を出さなかったんだ」

 

 困惑するわたしを他所に、ユーノくんはさらに自分の考えを話し続ける。

 

「そして、みんなで温泉に行ったときだ。このときも僕たちが交戦していたのに、祐一さんは手を出さず、見ているだけだった。ジュエル・シードが取られたにも関わらず、ね」

 

 ユーノくんの言葉を聞きながら、わたしは困惑する頭で考える。

 確かに、最近の祐一お兄さんの行動はおかしな点がいくつかあった気がする。だけど、それがわたしたちを裏切るようなことだとは、わたしには思えなかった。

 

「そして最後に今回の件。……だから、祐一さんは最終的には僕たちのことを……」

 

「そんなことないっ!」

 

 わたしは思わず、大きな声でユーノくんの言葉を止めてしまった。

 涙が出そうになるのを堪えながら、わたしはぽかんとしているユーノくんへと声を掛ける。

 

「確かに、祐一お兄さんの行動には怪しかった点が多かったかもしれない。だけど、祐一お兄さんは、いつもわたしたちのことを考えてくれてたんだよ」

 

 わたしが魔導師として、ユーノくんの手伝いをしたいと言ったときも、祐一お兄さんはわたしの気持ちを汲んで、サポートに回ってくれた。フェイトちゃんとの戦いを邪魔しないのは、全部、わたしの気持ちを汲んでくれたから。

 

「――それに、わたし達を騙そうとするような人なら、フェイトちゃんが危ないことしようとしてても止めに入ってなかったと思うんだ。その方がわたし達を騙しやすいだろうし……でも、祐一お兄さんは助けに入った。……自分の体を犠牲にしてまで……そんな人が、わたし達を騙そうとしているなんて……わたしは信じない」

 

 少し息を吸い込み、目に溜まっていた涙を拭い、話を続ける。

 

「わたしは祐一お兄さんを信じてるから。……きっと、何か理由があるんだよ。それにフェイトちゃんだって、ジュエル・シードを集める理由があるはずなんだ」

 

 わたしは最後まで自分の率直な気持ちをユーノくんへと話した。なんだか、とっても楽になった気がする。

 

 ――自分の素直な気持ちを相手にぶつけてみろ。

 

 この言葉も祐一お兄さんがわたしに教えてくれたものだった。

 わたしが塞ぎこんでいた時期に、祐一お兄さんがわたしに言ってくれた言葉で、この言葉が今のわたしの心の在り方になっているといっても過言ではなかった。

 しばらく黙っていたユーノくんが、わたしの言葉を聞いて、何か思うところがあったのか、謝罪の言葉を述べてきた。

 

「ごめんね、なのは。少し考えすぎてたみたいだ。……駄目だな、僕は……」

 

「ううん、いいんだよ。わたしはあんまりそういうこと考えないから、ユーノくんが考えてくれないと困っちゃうしね」

 

「ありがとう、なのは」

 

 わたしの言葉にユーノくんはお礼を言いながら笑みを浮かべた。そんなユーノくんを見て、わたしも笑みを浮かべた。

 

「困ったときはお互い様だし。祐一お兄さんには今度会ったときに気持ちを聞こう」

 

「うん、そうだね」

 

 ユーノくんの返事を聞き、わたしは笑顔で頷いた。

 

 

 祐一お兄さんが何を考えているのかはわからないけど、わたしは自分のしたいことをする。

 

 だって、わたしは、祐一お兄さんを信じているから。

 

side out

 

 




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誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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望んだ願い

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 ――ジュエル・シード暴走の一件から数日。

 

 祐一はフェイトたちと《時の庭園》へと足を運んでいた。目的は、プレシアへの現状報告である。

 フェイトはプレシアと会うからなのか、とても緊張しているようで、表情が強張っていた。そんなフェイトをアルフは少し不安そうに見つめている。

 祐一はまだ、ジュエル・シード暴走の一件で傷付いた両腕に包帯を巻いている。まだ完治とまではいかないものの、通常の戦闘なら可能なレベルにまで回復していた。驚くべき回復速度である。

 そんな祐一の両腕の具合が気になったのか、隣を歩いているフェイトが緊張しながらも祐一へと話し掛ける。

 

「祐一、怪我の具合は? 大丈夫?」

 

「ああ、問題ない。まだ完治したわけではないが、ほぼ回復している。これもフェイトが治療してくれたからだろう。ありがとうな」

 

「べ、別にお礼を言われるようなことしてないし。祐一にはお世話になりっぱなしだから……」

 

 祐一の言葉にフェイトは僅かに頬を染めながら答える。そんなフェイトに苦笑しつつ、祐一は別の話題を振る。

 

「バルディッシュの方はもう大丈夫なのか?」

 

「うん、大丈夫。あともう少ししたら修復も終わるから、そしたらまた戦闘可能だよ」

 

 フェイトが待機状態のバルディッシュを祐一に見えるように掲げながら話す。確かに、見た限りではほとんど修復も終わっていそうであった。

 そんな他愛ない話をしていると、三人はプレシアがいる部屋の前へと辿り着いた。

 祐一が隣にいるフェイトへと視線を移すと、その表情は先ほどまで落ち着いていたのにもかかわらず、表情が硬くなっており、とても今から自身の母親に会いに行くような表情ではなかった。

 

(今から母親に会うというのに、こんな表情になってしまうとはな……)

 

 フェイトの硬い表情を見つめながら、祐一は僅かに表情を歪める。それは、フェイトにそのようなことをさせてしまっている自身の不甲斐なさへの怒りであった。

 僅か一年間という時間であったが、フェイトたちと過ごしている内に、祐一の心にもフェイトたちを幸せにしてやりたいという想いが芽生えてきたのだ。

 だからこそ、プレシアの願いを叶えることが最善の選択なのかと、自問自答を繰り返しているのだ。

 

「……祐一? どうしたの?」

 

 フェイトの声と服の袖を引っ張られる感覚とともに、祐一は思考の渦から戻ってきた。見ると、フェイトが服をくいくいと引っ張り、何も言わず立っていた祐一を不思議そうに見つめていた。

 祐一は僅かに首を振り、なんでもない、とフェイトに言葉を返した。

 そして、フェイトがやはり緊張した面持ちで、扉をノックした。

 

「フェイトです。報告に来ました」

 

「入りなさい」

 

 失礼します、とフェイトが言いながら扉を開け中へと入っていく。

 

「祐一、フェイトを頼んだよ」

 

 プレシアの命令なのか、アルフはどうやら中には入れないようで、祐一へとそう言葉を口にした。アルフの言葉に頷きを返し、祐一もフェイトの後へ続き部屋へと入る。プレシアは大きな椅子に腰掛け、こちらを無表情に見つめていた。

 そんなプレシアの視線に、フェイトはさらに体を縮こまらせていた。

 

「祐一くんも来ていたのね」

 

「はい。フェイトの付き添いと、状況の報告に来ました」

 

 そう、とプレシアは表情を変えずに頷く。

 

「では、報告を聞くわ。今、いくつジュエル・シードが集まっているのかしら?」

 

 その言葉にフェイトの体が僅かに震えた。フェイトが集めたジュエル・シードの数は合計で四つ。決して、多くはない数字であったからだ。

 フェイトが恐々とプレシアにその数を告げると、プレシアの表情が僅かに歪んだ。

 

「四つ……ですって……?」

 

 プレシアの怒りが伝わったのであろう、フェイトは視線を床に落とした状態で震えていた。

 

「たったの四つ。これは、あまりにも酷いわ。……いい、フェイト? あなたは私の娘、大魔導師プレシア・テスタロッサの一人娘。不可能なことなど、あってはならない……」

 

 プレシんは椅子に深く腰を掛け、冷たい表情でフェイトを見つめながら話す。

 

「こんなに待たせておいて、上がった成果がこれだけでは、母さんは笑顔であなたを迎えるわけにはいかないの……わかるわね、フェイト……?」

 

「はい、わかります……」

 

「次までに全てのジュエル・シードを集めてきなさい。……母さんを失望させないでね、フェイト……?」

 

「……はい……母さん……」

 

「……もういいわ、出て行きなさい。祐一くんは少し話があるから残りなさい」

 

「……はい」

 

 プレシアの冷たい言葉を聞き、フェイトは俯き、涙を堪えるようにして部屋から出て行った。

 そして、祐一はフェイトが完全に部屋から出たのを確認すると、プレシアへと声を掛けた。

 

「……よかったんですか?」

 

「……ええ、これでいいのよ……」

 

 先ほどまでの無表情とは違い、今のプレシアの表情はとても辛そうであった。

 そんなプレシアを見つめながら、祐一は淡々と告げる。

 

「フェイトは頑張っていました。この短期間で四つもジュエル・シードを集めました。邪魔が入ったにも関わらず、ね」

 

「ええ、わかってるわ」

 

 祐一がそう言うと、プレシアは椅子に腰掛けたまま、少し疲れた表情で天井を見上げ、右手で表情を隠した。

 

「……邪魔が入ったと言ったわね? まさか、もう管理局が……?」

 

「いえ、違います。現地の俺の知り合いの、フェイトと同い年の女の子です」

 

 祐一の言葉を聞き、プレシアは天井を見上げていた体勢を元に戻し、祐一を真剣な表情で見つめる。

 

「……あなたは大丈夫なの?」

 

「ええ。敵対してはいますが、俺が戦うわけではないですから。……もしかしたら、戦わなければならないかもしれませんが、ね」

 

 プレシアの言葉に祐一は自嘲気味な笑みを浮かべた。祐一の言葉にプレシアは静かに頷いた。

 そして、祐一はさらに言葉を続ける。

 

「――それに、その子がフェイトに良い影響を与えてくれると、俺は思っているんです」

 

 勘ですがね、と祐一はそう話しながら、少し笑みを浮かべる。そんな祐一にプレシアは僅かに笑みを浮かべる。

 

「祐一くんが言うのだから、間違いないのでしょうね」

 

 その言葉に、祐一も僅かに笑みを浮かべた。だが、すぐに祐一は表情を真剣なものへと戻す。

 

「おそらく、ここからが"正念場"になってくると思います。昨日の小規模な次元震で管理局が動くでしょうから……」

 

「少し早すぎるのではないかしら……?」

 

「その可能性もあります。……が、備えておくにこしたことはないでしょう」

 

 祐一がそう言うと、プレシアも僅かに考えた後、頷きを返した。

 

「そうね。……祐一くん、フェイトのこと、よろしく頼むわね」

 

「わかりました。最善は尽くすつもりです」

 

 祐一の言葉に、プレシアは安心したように、ありがとう、と静かに呟き頭を下げた。

 そして、祐一はプレシアの言葉に頷くと、部屋から出て行った。

 

 

 

 プレシアへの報告を終え、少し元気の無くなったフェイトと、それを心配そうに見つめるアルフとともに地球へと帰還した。

 

「――大丈夫かい、フェイト?」

 

「うん、大丈夫。心配しないで……」

 

 アルフの言葉にフェイトは笑みを浮かべるが、その笑みが無理やり作られているものだと、祐一とアルフの二人は見抜いていた。二人に心配を掛けるわけにいかないと、無理をしているようであった。

 そんなフェイトを見つめながら、アルフは何か思うところがあるような表情をしていたが、わかったよ、と笑みを浮かべるだけであった。

 祐一はそんな二人のやり取りを静かに見つめていたが、

 

「……む? この反応は……」

 

 強い魔力の反応を感じ、祐一はそれを感じた方へと視線を向ける。間違いなく、ジュエル・シードの反応であった。

 

「――もうすぐ発動するジュエル・シードが近くにいる」

 

「そうだね。あたしにも分かるよ」

 

 祐一の呟きが聞こえたのか、フェイトとアルフも魔力の反応があった方向へと視線を向けていた。

 そして、フェイトはおもむろに自身の相棒であるバルディッシュへと問い掛ける。

 

「バルディッシュ、どう……?」

 

『Recovery complete』

 

「そう、頑張ったね」

 

 バルディッシュの答えにフェイトは満足気に微笑み、自身の相棒を労った。

 

「フェイト、これからどうする?」

 

 アルフが確認するようにフェイトに問い掛ける。その質問にフェイトは真剣な表情で答える。

 

「うん、いくよ。……それが、母さんの願いだから……」

 

 そう決意を込めるように答えた後、フェイトは祐一へと視線を向ける。その表情は悲しみに彩られていた。

 そんなフェイトの視線に祐一は首を傾げるが、すぐに合点がいったようで頷きを返す。

 

「――気にするな。"あいつ"もこうなることはわかっているんだ。お互いに譲れない想いがあるのなら、それは仕方のないことだ。だから、気にするな、フェイト」

 

 祐一が言っている"あいつ"とは、もちろんなのはのことである。フェイトが悲しい表情を祐一に向けていたのは、またなのはと戦わないといけないということから、申し訳ない気持ちがあったからだ。

 そんなフェイトの気持ちに気付き、祐一は大丈夫だと言い、フェイトの頭を優しく撫でる。フェイトは少し頬を赤く染めながら、静かに頷いた。

 

「じゃあ、行こうっ!」

 

「ああ」

 

「はいよっ!」

 

 フェイトの言葉を聞き、祐一とアルフは頷き、三人はジュエル・シードの方へと飛翔した。

 

 

 

 祐一たちが現場に到着すると、そこには巨大な木の化物がいた。ジュエル・シードを取り込み、暴れているようであった。

 そして、他にこの場にやってきている者がいた。

 

(やはり、なのはたちも来ていたか)

 

 サングラスを掛けた視線の奥から見つめる先、そこに白いバリアジャケットを纏ったなのはがそこにいた。なのはも祐一たちが来たことに気付いたのか、そちらへと視線を向け、僅かに寂しそうな表情となったが、すぐにジュエル・シードの方へと視線を向けた。今はジュエル・シードを押さえることが先決だと思ったようだ。

 祐一も同じように視線をジュエル・シードへと向ける。

 

「わぁ~お、生意気にバリアなんか張っちゃって」

 

「うん、今までの相手より手強い。それに、あの子もいる」

 

 なのはの魔力弾をバリアを張り防いだ木の化物を見て、アルフとフェイトが声を上げる。木の化物は体の一部である根の部分を使い、なのはへと攻撃を仕掛けていた。

 だが、そのような攻撃など、腕を上げてきたなのはに当たるはずもなく、なのはは空中へと飛翔することによって回避し、攻撃か届かない所まで避難した。

 

「あのジュエル・シードはわたしとアルフで捕獲するから、祐一は待機してて」

 

「了解した。どのみち、そうするつもりだったからな」

 

「うん、ありがとう」

 

 フェイトはそう言い終えると、アルフを伴い、即座にジュエル・シードのもとへと向かう。即座にバルディッシュをサイズフォームへと切り替え、襲い来る木の化物の攻撃をその速度をもって回避し、バルディッシュで切りつけ、アークセイバーで攻撃していく。

 そして、それに呼応するように、上空高く上がっていたなのはがレイジングハートを構え、砲撃魔法の体勢に入っていた。また、フェイトもそれに合わせるように邪魔になる木の枝をアークセイバーで切り取っていく。

 そして、防御が薄くなった瞬間、なのはがデバインバスターを放つ。なんとか木の化物は防御するが、次の攻撃が放たれた。

 

「貫け、轟雷!」

 

『Thunder smasher』

 

 バルディッシュから、フェイトの数少ない砲撃魔法の一つであるサンダースマッシャーが放たれた。その雷を纏った金色の砲撃がジュエル・シードへと直撃した。

 そして、二人が叫ぶ。

 

「ジュエル・シード、シリアルⅤⅡ……」

 

「封印……!」

 

 なのはとフェイトの声とともに、ジュエル・シードの封印は完了した。

 だが、なのはとフェイトはお互いに向かい合い、デバイスを構えたまま話を始めた。

 

「……ジュエル・シードには、衝撃を与えたらいけないみたいだ」

 

「うん。昨夜みたいなことになったら、わたしのレイジングハートもフェイトちゃんのバルディッシュもかわいそうだもんね」

 

「……だけど、ゆずれないから……」

 

「わたしは、フェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど……」

 

 フェイトとなのははお互いに真剣な表情で見詰め合う。

 

「わたしが勝ったら、ただの甘ったれた子じゃないってわかってもらえたら……お話、聞いてくれる……?」

 

 なのはが決意を持った瞳でフェイトを見据え、そう言った。

 

(……そうか。それがお前の決意なのだな)

 

 祐一はなのはの言葉に笑みを浮かべた。

 そして、なのはが話を終えた直後、二人は戦闘を開始しようと互いにデバイスを構え、相手に向かって突撃する。――そのときだった――、

 

 

「――ストップだっ!」

 

 

 青い魔法陣が展開されると同時に、フェイトとなのはの間に割って入るように、一人の少年が現れた。しかも、フェイトとなのはのデバイスを片腕ずつで受け止めている。

 年齢は祐一よりも年下であろう、漆黒のコートに似たバリアジャケットを着ていた。それは管理局の執務官が着ているものであった。

 

「このでの戦闘は危険すぎる!」

 

 執務官の少年はそう言い放ち、鋭い眼光でフェイトとなのはを交互に睨んでいた。フェイトとなのはは未だ呆然とした表情でその少年を見つめていた。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ! 詳しい事情を聞かせてもらおうか?」

 

 ここからが正念場だと、祐一は静かに自身のデバイスへと手を伸ばした。

 

 




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管理局介入

 時空管理局執務官である、クロノ・ハラオウンは自身よりも年下であろう二人の少女の戦闘を止めるため、間に割って入った。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ! 詳しい事情を聞かせてもらおうか?」

 

 クロノは鋭い目付きで、フェイトとなのはを交互に見つめる。なのはは現状についてこれていないのか、呆然としているが、フェイトは僅かに焦った表情をしていた。

 そんな二人を交互に見つめ、警戒しつつ、クロノは口を開く。

 

「まず、二人とも武器を引くんだ。このまま戦闘行為を続けるなら……っ!?」

 

 と、そこまで言うと同時に、クロノ目掛けて魔力弾が放たれた。クロノは驚きつつも、瞬時に障壁を発生させ、それを防ぐ。

 

「フェイト! 撤退するよ、離れてっ!」

 

 アルフが叫ぶ。先ほど、魔力弾を放ったのはアルフであり、クロノの注意を引き、フェイトを助けるために放った攻撃であった。そして、それは功を奏し、フェイトの速度であれば余裕を持って、逃げられる隙を作った。――だが――、

 

「っ!」

 

「フェイトッ!?」

 

 フェイトは撤退するどころか、未だ誰の手にも渡っていなかったジュエル・シードへと向かっていった。

 ジュエル・シード探しが上手くいっていないと感じていたフェイトは焦っていた。プレシアが欲しているジュエル・シードを、早く届けたいという気持ちで頭の中が一杯になっていた。だからこそ、通常時では考えられない行動をフェイトは起したのだ。

 

(残念だが、少しの怪我は覚悟してもらおう)

 

 当然、クロノがそんなことをさせるはずもなく、自身のストレージデバイスである《S2U》に魔力を込め、フェイトへと狙いを定める。

 

(すまないな)

 

 クロノは心の中で謝りつつ、フェイトへと魔力弾を放った。クロノが放った魔力弾は、一直線にフェイトへと向かっていく。

 

「……っ!?」

 

 フェイトもそれに気付いたが、もはや時すでに遅く、障壁を張る暇もない。アルフもフェイトの元へ急ぐが、距離が離れているため間に合わない。なのはもクロノの攻撃を驚愕の表情で見つめていた。

 誰もがクロノの攻撃がフェイトへと当たると、そう思っていた。

 

 ――だが、フェイトへと当たる寸前に、クロノが放った魔力弾が掻き消え、それと同時に、フェイトを守るように漆黒のロングコートを羽織った青年が現れた。

 

(っ!? 何者だ、この男……)

 

 クロノが見つめる視線の先、黒衣の青年――黒沢祐一が佇んでいた。右手には、一本の長剣が握られており、色は紫を基調としたデザインで"騎士"が持っていそうな剣だと、クロノは思った。身長はクロノよりも、頭二つ分は高く、痩躯というわけではなく、その一挙手一投足からかなり鍛え上げられていると、クロノは感じた。

 そして、なによりクロノが感じたのが、黒衣の青年の圧力であった。

 

(――この男、"只者"じゃない)

 

 執務官となって、数多の魔導師と戦闘を行ってきたクロノは、目の前にいる黒衣の青年が只者でないことを、肌で感じ取っていた。

 相手の表情は黒いサングラスにより窺い知ることは出来ないが、クロノは祐一のプレッシャーから動くことが出来なかった。

 祐一はそんなクロノの心情を知ってか知らずか、フェイトへと声を掛けた。

 

「この状況でジュエル・シードを取りに行こうとするのは、愚策だぞ、フェイト」

 

「でも、あの、祐一……」

 

「言い訳は後だ。今回はもう撤退する。このまま管理局に包囲されては、脱出が困難になるからな」

 

「……うん。わかったよ」

 

 フェイトは祐一の言葉を聞き、僅かに悔しそうにしながらも頷き、アルフと撤退を始めようとする。

 

「待てっ! 逃げるようなら、相応の対応をさせてもらうぞ! 黙ってこちらの指示に従うんだ!」

 

 フェイトたちをここで逃がすわけにはいかないと、クロノはそう叫びながらデバイスを構え魔力を溜めていく。

 しかし、フェイトたちはクロノの言葉を無視し、撤退しようとする。そんなフェイトたちを見て、クロノは心の中で舌打ちし、相手の足を止めるために、魔力弾を放とうとする。……だが、

 

「っ!? 貴様っ!?」

 

 祐一が瞬時にクロノの目の前まで移動し、攻撃を仕掛けてきた。何とかぎりぎりのところでその攻撃をデバイスで受け止め、クロノは攻撃をしてきた相手へと叫ぶ。

 上段からの一撃をクロノはデバイスで受け止め、何とか止めてはいるものの、その重い一撃に驚きを隠せなかった。

 その隙に、祐一はフェイトへと叫ぶ。

 

「フェイト、行けっ!」

 

「ありがと、祐一! 先に戻ってるからっ! 待ってるからねっ! いこう、アルフ」

 

「あいよ!」

 

「ま、待て……っ!」

 

 クロノは祐一の背後にいるフェイトたちへと叫ぶが、叫び空しく、フェイトとアルフは転移魔法で消えてしまった。残っているのは、祐一、なのは、ユーノ、クロノの四人だけとなった。

 みすみす二人を逃がしてしまったクロノは悔しさを滲ませるが、今は目の前にいるこの黒衣の男をなんとかしなければならないと、意識を集中させる。

 

「くっ!? お前たちの目的はなんだっ!」

 

 祐一の攻撃を押し返しながら、クロノは叫ぶ。対して、祐一は特に顔色を変えることなく、淡々と言葉を口にした。

 

「――話すわけがないだろう? 管理局の執務官殿」

 

 祐一は騎士剣に力を込め、クロノを弾き飛ばす。

 弾き飛ばされたクロノは何とか体勢を整える。対する祐一は、少し離れたところで悠然と立ち、紫色の騎士剣を右手に持ち、特に構える風もなくクロノを見ていた。

 クロノはそんな祐一にデバイスを構えなおし、睨みつける。

 そんな二人の間に割ってはいるように、なのはが声を上げた。

 

「祐一お兄さんっ!」

 

「…………」

 

 なのはの声に、祐一は視線だけを動かす。そんな祐一に構わず、なのはは祐一へと話し掛ける。

 

「祐一お兄さん……どうして……」

 

 胸に手を当て、なのはが話す。祐一はサングラスを掛けているため、その表情は読めないが、何か考えているような感じでもあった。

 僅かに時間を置き、祐一は淡々と言葉を返す。

 

「――見てのとおりだ。俺はフェイトの味方をしている。……とある人物の願いでな」

 

「ある人の願い……?」

 

「ああ。今、俺から言えるのはそれくらいだ。……なのは、お前はこれからどうする?」

 

 祐一の言葉に、なのはが僅かに視線を伏せる。だが、すぐに顔を上げ、祐一へと言葉を返す。その瞳には、決意の炎が宿っているように見えた。

 

「――正直、まだ全然頭の中がぐちゃぐちゃで、考えがまとまってないんだ。……だけど、わたしは祐一お兄さんを信じてる。それに、フェイトちゃんとも、きっと分かり合えると思ってるから」

 

 そう笑顔で話すなのはに対し、祐一はしばらく黙っていたが、僅かに唇の端を持ち上げ、笑みを浮かべた。

 

「……そうか。その気持ち、大事にしろ」

 

 そう祐一が締めくくると、なのはに会話に割り込まれて呆けていたクロノが口を挟む。

 

「何か重要な話をしているところ悪いが……貴様、一体何者だ?」

 

「……どうせなのはに聞くだろうからな。俺の名前は黒沢祐一だ」

 

「クロサワ、ユウイチ? 先ほどとある人物の願いと言っていたが、どういうことだ?」

 

「言葉通りの意味だよ、執務官殿。目的はいろいろあるが、今はジュエル・シードを集めている」

 

「ジュエル・シードはロストロギアであり、管理局が管理するものだ。よって、それを無断で集めることも認められない。……こちらに協力してくれるか、大人しく投降してくれると助かるのだが……?」

 

「愚問だな。残念だが、そちらに協力する気もなければ、投降する気もない」

 

 祐一がそう言うと、クロノの視線がさらに鋭さを増し、二人の間に緊張感が走る。

 しばらくの間、二人は無言で睨み合っていたが、クロノが先に口を開いた。

 

「――なら、力ずくで拘束させてもらう! スティンガーレイ!」

 

 クロノは魔力弾を祐一目掛けて放つ。魔力を生成するスピードも早く、その錬度はフェイト以上であった。

 だが、祐一はクロノの攻撃を、即座に空中へと飛び上がることによって回避する。クロノも避けられると分かっていたのだろう。さらに生成した魔力弾を祐一へと目掛けて放ち続ける。

 そのような攻防がしばらく続いたが、クロノは僅かに焦りを覚えていた。

 

(当たらない……最小限の動きで、僕の攻撃を回避している)

 

 立て続けに祐一へと攻撃を仕掛けているものの、クロノの攻撃を祐一は最小限の動作でもって回避していき、自身に当たりそうになる魔力弾だけを、騎士剣で掻き消しているのだ。

 焦るクロノを他所に、祐一は回避を続けながら静かに呟いた。

 

「あまり時間を掛けているとフェイトが心配するのでな。そろそろ撤退させてもらう」

 

「っ!? なんだとっ!」

 

 祐一の言葉にクロノが激昂した瞬間、祐一の周りに魔力弾が展開される。クロノの攻撃を回避しながら、攻撃に転じるための魔力弾を準備していたのだ。その数、十。

 

「フレイムシューター」

 

「くっ!?」

 

 祐一の魔力弾がクロノへと迫る。数は十とそこまでの数ではないものの、上手く制御されており、クロノの逃げ場がなくなるように放たれていた。

 また、僅かに祐一の挑発に乗ってしまったことも、クロノの対処が遅れた原因となっており、全てを回避することは出来ないと、瞬時にクロノは悟った。

 

「ちぃっ!」

 

 しかし、クロノも管理局執務官。瞬時に魔力弾を生成し、ばらまき魔力弾を相殺する。だが、いくつかは相殺できず、クロノへと迫ってくる。こちらの攻撃に対して、クロノは障壁を張って防いだ。――だが――、

 

「――今の攻撃を防ぐとは、流石は執務官と言ったところか」

 

 その声はクロノの背後から聞こえてきた。

 まずい、と心の中で思い、クロノは振り返りながら障壁を展開する。

 

「業炎――」

 

 振り返るクロノの視線の先、黒衣の青年がそう呟きながら、上段に騎士剣を構えていた。その刀身には紅蓮の炎を纏っている。

 

「一閃っ!」

 

 クロノは自身のデバイスでその攻撃を受け止めるが、

 

(くっ、駄目だっ! 押し切られるっ!?)

 

 祐一の攻撃を押し留めることができず、クロノはその衝撃で吹き飛ばされた。

 

(く、そ……)

 

 吹き飛ばされながらも、クロノは黒衣の青年から目を逸らさなかった。

 

(次は、絶対、負けない……)

 

 そう心に決め、クロノは吹き飛ばされた勢いそのままに、その体を海中へと叩きつけられた。

 

 

 

 巡行艦《アースラ》の艦長である、リンディ・ハラオウンは、息子であるクロノの戦闘をモニター越しにじっと見つめていた。

 

(――まさか、クロノが相手を取り逃がしてしまうなんてね)

 

 リンディはふっと息を吐き、椅子に深く腰を掛ける。息子のクロノが心配で、身を乗り出していたようだ。視線の先には、海中に吹き飛ばされたクロノと持っていた騎士剣を仕舞い、撤退していく黒衣の青年の姿が映し出されていた。

 他の局員たちも、そのモニターを呆然と見つめていた。

 

(執務官であるクロノが負けるなんて、誰も想像していなかったのでしょうね。……かくいう、私もその一人なのだけど)

 

 執務官であり、優秀な魔導師である息子が負けるなど、リンディは思っていなかったし、そのことはショックであるが、それを表情に出すわけにはいかないと、気を引き締め直す。

 

「――戦闘行為は停止。捜索者の一人である少女と、その使い魔は逃走。……クロノ・ハラオウン執務官と交戦した《黒衣の青年》も、逃走しました」

 

「それらの追跡は?」

 

「どちらも多重転移で逃走しています。……追いきれません」

 

「そう。……まぁ、戦闘行動は停止、ロストロギアの確保も終了したのだから、今回はよしとしましょう」

 

 リンディが笑みを浮かべると、緊張していた場の空気が軽くなった。

 モニターを見ると、海中に吹き飛ばされていたクロノが上がってきているのが目に入り、リンディは人知れず、ほっと息を吐いた。

 リンディは視線を移し、同じようにモニターを見ていた、クロノとは幼馴染で時空管理局通信主任兼執務官補佐の《エイミィ・リミエッター》も同じように、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「皆、とりあえずお疲れ様。おそらく何もないでしょうけど、このまま周囲の警戒をお願いね」

 

「了解しました」

 

 リンディは局員へと頷きを返すと、すぐに通信をクロノへと繋いだ。

 

「クロノ、お疲れ様」

 

『……すみません艦長……逃がしてしまいました』

 

 クロノが悔しそうに歯噛みする。そんなクロノにリンディは笑顔で安心させるように、言葉を返した。

 

「大丈夫よ。とりあえず話を聞きたいから、そっちの子たちをアースラまで案内してあげてくれるかしら?」

 

『了解です。すぐに戻ります』

 

 クロノがそう言うと、通信は終了し画面が消えた。

 そんなクロノの態度に笑みを浮かべながら、リンディは先ほどの戦闘のことを思い出していた。

 

(クロノを退けられるほどの魔導師、か。……厄介な相手ね)

 

 紫色の長大な騎士剣を持った黒衣の青年。サングラスで表情を隠していたため、顔はわからなかったが、リンディは僅かに頭に引っかかるものを感じていた。

 

(あの青年、確か黒沢祐一と名乗っていたわね。……どこかで聞いたことがあるような気がするのだけど……)

 

 う~ん、と顎に手を当て考えるが、すぐに思い出せなかった。

 

(まぁ、そのうち思い出せるでしょう)

 

 ひとまず思考を停止し、リンディはクロノがつれてくるであろう子たちに会って事情を聞くために席を立つ。

 

「じゃあ、とりあえず後は任せるわね。私はクロノが連れてくる子達に事情を聞きに行くから」

 

「はい、了解です」

 

「お願いね~」

 

 代表して返事をしたエイミィに、笑顔で手を振りながらリンディはブリッジを出て行く。

 そして、扉を出て一人になったところで呟く。

 

「さて、あの子達はどういう理由でロストロギアを集めているのかしらね。それに、もう一人の子の目的とかも聞けたら嬉しいのだけど」

 

 全ては話を聞いてからね、とリンディは呟き、クロノが待つ部屋へと歩みを進めた。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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状況整理

投降します。
お待たせしてしまったのに、短いです。


 次元航行艦船《アースラ》内部を二人の少年、少女と一匹の動物が歩いていた。

 先頭を歩くのは、時空管理局執務官を務めるクロノ・ハラオウン。その後ろを歩いているのが、白いバリアジャケットを身に纏った少女――高町なのはである。隣には、彼女の友人でもあり、魔法の師でもあるユーノ・スクライアがいた。

 なのはは艦内が珍しいのか、辺りをキョロキョロと見回している。

 

『ユーノくん、ここがその管理局の人たちの……?』

 

『うん。時空管理局の次元航行艦船の中だね』

 

 念話で話すなのはの質問にユーノが答え、なのははへぇ~と頷きを返した。

 

「ああ、いつまでもその格好というのも窮屈だろう? バリアジャケットとデバイスは解除して平気だよ」

 

「あ、そっか。それじゃあ……」

 

 思い出したように話すクロノへと答えながら、なのははバリアジャケットを解除する。すると、クロノはユーノにも声を掛ける。

 

「君も元の姿に戻ってもいいんじゃないか?」

 

「あ、そういえばそうですね。ずっとこの姿でいたから忘れてました」

 

「うん……?」

 

 クロノとユーノが言っていることがわからず、なのはは一人首を傾げていると、なのはの目の前で驚くべき光景が広がった。

 いつものフェレット姿のユーノの体が光り輝いたと思ったら、なのはの目の前には"知らない少年"が現れたのだ。

 なのはが驚いて声を出せないでいると、その少年はそんななのはには気付かず、普通に声を掛ける。

 

「なのはにこの姿を見せるのは久しぶりになるのかな……?」

 

「……え? ……ふぇぇぇぇ!?」

 

 少年の声といつものフェレットの姿がなくなったことから、その少年がユーノ・スクライアだということに気付いたなのはは、思わず変な声を上げてしまった。そんななのはを見て、ユーノは首を傾げていた。

 

「ゆゆ、ユーノくんって、男の子だったのっ!?」

 

「……あ、あれ? なのはに初めて会ったときって、この姿じゃなかったっけ?」

 

「ちち、違う違う! 最初からフェレットだったよ~!」

 

「……ああっ!? そうだった!」

 

「だよね! だよね!」

 

 なのはの言葉に、ユーノは思い出すようにしばらく考えていたが、合点が言ったのか、慌てながらなのはの言葉に同意を示した。

 二人が思わぬ形で盛り上がっていると、クロノが割ってはいる形で声を上げる。

 

「あ~その、ちょっといいか? 君たちの事情はよく知らないが、艦長を待たせているので、出来れば早めに話を聞きたいんだが?」

 

「あ、は、はい」

 

「す、すみません」

 

 なのはとユーノは、ハッとした後、申し訳なさそうに頭を下げた。なのはは取り乱した姿を見られたことが恥ずかしかったのか、僅かに頬を赤く染めていた。

 

「では、こちらへ」

 

 先陣を切る形でクロノが歩き出し、今度はなのはとユーノは黙って着いて行った。

 

 

 

「――艦長、来てもらいました」

 

 クロノは目的の部屋へと着くと、一言声を掛け、扉を開いた。そこには、優しそうに笑みを浮かべた一人の女性が座っていた。年齢は判断がつかないが、自身の母親である高町桃子と同い年ぐらいかな? と、なのはは思った。

 

「お疲れ様。まぁお二人とも、どうぞどうぞ。楽にして」

 

 予想していたよりも友好的な対応であったため、なのははホッと胸を撫で下ろし、進められた場所へ座った。

 

「どうぞ」

 

「あ、は、はい……」

 

 そこへ、クロノが手馴れた手付きで羊羹とお茶を出してきた。手馴れた手付きでそれを行っているクロノに、なのはは僅かに苦笑する。

 そして、僅かに緊張から開放されたなのはは、あまり気にしていなかった部屋を見渡した。

 

(……なんで、こんなに和風なんだろ……?)

 

 なのはが見渡した部屋の造りが、日本のものと酷似していたことから、なのははそう思いながら僅かに首を傾げた。

 そんななのはの思いを知ってか、知らずか、対面に座っているリンディはにこにこと笑みを浮かべていた。

 

「まずは自己紹介ね。私がこのアースラの艦長のリンディ・ハラオウンです。そこのクロノの母親になるわね」

 

「えっと、高町なのはって言います」

 

「ユーノ・スクライアです」

 

「高町なのはさんとユーノ・スクライアくんね」

 

 自己紹介から始まり、なのはとユーノはこれまでの経緯をリンディとクロノへと話し始めた。

 そして、二人からの経緯を聞いたリンディは少し息を吐いた。

 

「そうですか。……あのロストロギア、《ジュエル・シード》を発掘したのはあなただったんですね」

 

「……はい。それで、僕が回収しようと……」

 

 リンディの言葉にユーノが申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「その考えは立派だわ」

 

「だけど、同時に無謀でもある」

 

 リンディは変わらない笑顔でユーノを賞賛する。だが、クロノは真剣な表情で腕を組み、厳しい口調でそう言い放った。

 そんなクロノの言葉を聞き、ユーノは僅かに悔しさを滲ませる。

 そんなユーノを横目で見つつ、なのはは話題を変えるために、リンディへと話し掛けた。

 

「あの、ロストロギアって、何なんですか?」

 

「遺失世界の遺産。……って言ってもわからないわね」

 

 なのはの質問にリンディは丁寧に答えていく。

 説明によると、ロストロギアとは過去に何らかの要因で消失した世界。もしくは滅んだ古代文明で造られた遺産の総称である、ということを、なのはは完璧でないまでも理解した。

 なのはが考えていると、クロノが口を開く。

 

「使用法は不明だが、使いようによっては世界どころか、次元空間さえ滅ぼすほどの力を持つことになる危険な技術……」

 

「然るべき手続きを持って、然るべき場所に保管されていないといけない代物。……あなたたちが探しているロストロギア、ジュエル・シードは次元干渉型のエネルギー結晶体。いくつか集めて特定の方法で起動させれば、空間内に次元震を引き起こし、最悪の場合、次元断層さえ巻き起こす危険物……」

 

「君とあの黒衣の魔導師――金髪の少女がぶつかったときに起こった振動と爆発。あれが次元震だよ」

 

 その言葉を聞き、なのはは背筋が凍えたように感じた。

 確かに、あのときの衝撃はすさまじいものであったが、なのははそこまでのものとは思ってもいなかった。

 なのはは自身の浅はかな考えに悔しさを滲ませ、それと同時に、フェイトと祐一はなぜジュエル・シードを狙っているのかが気に掛かった。

 思い出すのは、悲しい瞳をした金髪の少女とそれを守るかのように立ち塞がった黒衣の青年の姿だった。

 なのはが思考に没頭していると、リンディが話を締めくくる。

 

「――そんなことが起こらないために、私たち管理局がいるのよ。過ちは繰り返してはいけないの」

 

 リンディはそう言うと、少しお茶を飲み、なのはとユーノへと静かに告げる。

 

「これよりロストロギア、ジュエル・シードの回収については、時空管理局全権を持ちます」

 

「「え……?」」

 

 リンディの言葉になのはとユーノの二人は唖然となる。

 そこに畳み掛けるように、クロノが静かに話す。

 

「君たちは今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻って元通りに暮らすといい」

 

「でも、そんな……」

 

「次元干渉に関わる事件だ。民間人に介入してもらうレベルの話じゃない」

 

 そう冷たく言い放つクロノではあるが、その言葉も一理ある。なのははあくまで一般人であり、今まで魔法など知りもしなかった。そのため、その道のプロフェッショナルである管理局に任せた方がいいのかもしれないと、なのははそう感じてもいた。

 だが、客観的にそれがいいと思われても、なのはは納得できなかった。

 

「まぁ、急に言われても気持ちの整理がつかないでしょう。今夜一晩ゆっくり考えて二人で話し合って、それからゆっくり話をしましょう?」

 

 なのはの心情を察したのか、リンディが手を合わせながら言う。

 

「送っていこう。元の場所でいいね?」

 

「……はい……」

 

 なのははそう頷くのが精一杯で、クロノに言われるがまま、気持ちの整理がつかないまま、海鳴へと戻っていった。

 

 

 

 なのは達が帰った後、クロノと一人の少女がアースラのブリッジで戦闘記録の調査を行っていた。

 

「すごいや。どっちもAAAクラスの魔導師だよ」

 

「ああ」

 

「こっちの白い服の子は、クロノくんの好みっぽい可愛い子だし」

 

「え、エイミィ、そんなことはどうでもいいんだよ」

 

 エイミィとクロノに呼ばれた少女は、いたずらが成功したのが嬉しかったのか、面白そうに笑っていた。

 この少女の名は、エイミィ・リミエッタと言い、時空管理局通信主任兼執務官補佐という役職に付いている。クロノとは学生時代からの友人であり、公私に渡って彼をサポートする良きパートナーである。

 

「この二人は、魔力だけならクロノくんを上回っちゃってるねぇ~」

 

 そうニヤニヤしながら話すエイミィに、僅かにむっとした表情でクロノが抗議する。

 

「魔法は魔力値の大きさだけじゃない。状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力だろ。……だから、悔しいが僕はあの男を取り逃がしてしまったんだ……」

 

「……クロノくん」

 

 クロノは悔しそうに表情を歪めた。エイミィはそんなクロノを心配そうに見つめる。

 そんな少し空気が重たくなったとき、アースラの艦長であるリンディ・ハラオウンが扉を開けてブリッジへと入ってきた。その格好はすでに制服ではなく、業務時間外のためか私服であった。

 

「あ、艦長……」

 

 それに気付いたクロノがリンディの方を向くと、リンディも笑顔で答え、そのままクロノの横で同じようにモニターを見つめる。

 

「ああ、三人のデータね?」

 

「はい」

 

 リンディの問いかけにクロノが答えると、リンディは厳しい表情でモニターを見つめながら、静かに呟く。

 

「確かに、凄い子たちね」

 

「これだけの魔力がロストロギアに注ぎ込まれたら、次元震が起きるのも頷ける」

 

「あの子たち、なのはさんとユーノくんがジュエル・シードを集めている理由はわかったけど……こっちの黒い服の子は何でなのかしらね? それに……」

 

 リンディが言った黒い子――フェイトから映像が切り変わり、全身を黒衣のバリアジャケットに身を包んだ長身の青年がフェイトを守るように仁王立ちした姿が映し出された。

 

「この《黒衣の青年》――黒沢祐一だったかしら? この青年の目的もわからないわね。黒い服の子の味方ではあるようだけれど」

 

 リンディはそう言いながら、顎に手を当てる。映像が変わり、クロノとの戦闘記録が映し出された。

 

「名前は黒沢祐一で年齢は一八才。最近、なのはちゃんが住んでいる海鳴に来たみたいですが、詳しい詳細は不明です」

 

 少し息を吐き、エイミィは話を続ける。

 

「デバイスは長剣型の珍しいものを使用しています。また、魔力変換資質《炎熱》を有しており、魔力値はAランク相当と推定されています。……ですが、先の戦闘ではクロノくんを圧倒する力量を持っていることから、かなりの要注意人物だと思われます」

 

 映像がさらに進み、祐一が剣に炎を纏わせてクロノに切りつけ吹き飛ばしたシーンが映し出される。それを見ながら、悔しそうにクロノは映像をじっと見つめていた。

 そして、そのクロノの横でリンディは少し眉間に皺を寄せ呟いた。

 

「……この黒沢祐一という青年、どこかで聞いた名前な気がするんだけど……」

 

「そうなんですか? じゃあ、ちょっといろいろと調べてみましょうか?」

 

「……そうね。お願いね」

 

「了解で~す!」

 

 元気良く返事をするエイミィにリンディは笑顔を見せる。

 

「どりあえず、まだわからないことだらけだけど、あちらもジュエル・シードを探している以上、必ず私たちとぶつかるでしょう。それに向けて私たちも最善を尽くしましょう」

 

 リンディの言葉にエイミィとクロノは静かに頷いた。

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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変わらぬ想い、貫く想い

投降します。


 祐一の助力により、フェイトとアルフは管理局から逃げることに成功し、今は部屋に戻ってきていた。

 フェイトは管理局がもう介入してきたことにより、焦っていた。こんなにも早く管理局がやってくるとは予想していなかったのだ。

 

「やっぱり時空管理局まで出てきたんじゃ、もうどうにもならないんじゃないかい……?」

 

 フェイトの気持ちが分かったのか、アルフが珍しく弱気なことを言う。フェイトはアルフへと言葉を返そうかと思ったが、現状がよくない状況へとなりつつあることが分かっているため、何も言えなかった。

 

「……もう、ジュエル・シード集めなんてやめて、祐一と三人でどっかに逃げようよ」

 

「……それは駄目だよ」

 

 アルフが搾り出すように呟くが、フェイトは目を伏せ、悲しそうに首を横に振った。

 

「だってさっ! 確かに祐一もいるし何とかなるのかもしれないけど、あの祐一と戦闘してた魔導師、あいつは一流の魔導師だっ! それに管理局が本気を出せば、いつここが見つかるかもわかんないしさっ!」

 

 悲しい表情でアルフはフェイトへと気持ちをぶつけていく。それに伴い、フェイトの表情も悲しみが溢れてきていた。

 

「フェイトには悪いけどさ。あの鬼ばば――フェイトの母さんだって、わけわかんないこと言って、フェイトのことも怒ってばっかだしさ……」

 

「……母さんのこと悪く言わないで……」

 

「言うよっ! あたしはフェイトのことが心配で、フェイトに笑って欲しいだけなんだっ! ……幸せになってほしいだけなんだよ。なんでわかってくれないんだよっ!」

 

 アルフは目に涙を溜めながら、さらにフェイトへと気持ちをぶつける。

 フェイトは、自分を気遣ってくれる嬉しさとアルフの気持ちには応えられないことへの申し訳なさを感じた。

 

「……ありがとう。それと、ごめんね、アルフ。……でもね? わたし、母さんの願いを叶えてあげたいの。母さんのためだけじゃない、きっと、自分のため。だから、あともう少し、最後までもう少しだから。わたしと一緒に頑張ってくれる?」

 

「……約束して、フェイトはフェイトのために自分のためだけに頑張るって。……そしたら、あたしは必ずフェイトを守るから」

 

「うん」

 

 アルフの言葉にフェイトは頷き、アルフの頬を伝う涙を拭った。

 

(――ごめんね、アルフ。わたしは駄目な主人だね。……だけど、それでもわたしは母さんの願いを叶えてあげたい――それがきっと、自分のためでもあるんだ)

 

 泣いているアルフを抱きしめながら、フェイトはそう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 フェイトとアルフの会話から数十分後、祐一が戻ってきた。

 

「戻ったぞ」

 

「あ、おかえり、祐一!」

 

「無事でよかったよっ!」

 

「ああ。二人とも、心配掛けたな」

 

 祐一の声を聞くや否や、祐一へと駆け寄っていった。続いて、アルフもホッとしたような表情となっていた。

 

「祐一、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」

 

「ああ、大丈夫だ。問題ない」

 

 心配そうに見つめてくるフェイトに苦笑を返しながら、祐一は優しくフェイトの頭を撫でてやった。恥ずかしそうに頬を染めながらも、フェイトは嬉しそうに微笑んだ。

 そんな二人に、真剣な声でアルフが話し掛ける。

 

「管理局の方は大丈夫なのかい?」

 

「ああ。お前たちと同じように多重転移で戻ってきたからな。問題はないだろう」

 

 そっか、とアルフは少しホッとした表情になる。だが、すぐに表情を引き締める。

 

「あの執務官は大丈夫だったのかい? 祐一に怪我はないようだけどさ」

 

「問題ない。執務官は逃げる寸前に俺が吹き飛ばしておいた。まぁ吹き飛ばしただけだから、相手も特に怪我はしていないだろうがな」

 

「流石は祐一だねぇ~。管理局の執務官を相手に無傷で逃げるなんてさ。……正直、あたしとフェイトだけじゃ危なかっただろうからね」

 

「今回は相手も油断していただろうしな。今度戦うときはそう簡単にはいかないだろう」

 

 祐一がそう話すと、アルフの表情は硬くなり、フェイトも配そうな表情となった。

 

「あの執務官……強いの?」

 

「ああ。今のフェイトでは勝てないぐらいの実力は持っているだろう」

 

 祐一の言葉に、フェイトが少しだけムッとした表情となる。フェイトは見かけによらず、負けず嫌いであるため、戦いもしていない相手が自分よりも強いと言われることが、悔しかったのだ。

 そんなフェイトに祐一は苦笑を浮かべる。

 

「現段階では相手の方が格上だというだけの話だ。将来どうなるかはわからないし、今のフェイトでも戦い方によっては勝ち得ることも可能かもしれないしな」

 

「……ほんとに? ほんとに、祐一そう思ってる……?」

 

「ああ、本当だ。今は相手の方が格上でも、フェイトなら近い将来、きっと勝てるようになる。そうそう出てくることはないと思うが、万全を期すため今回は俺が執務官の相手をする」

 

「うん。わかった」

 

 フェイトは祐一の言葉に納得したのか、静かに頷いた。そして、祐一を見つめながら表情を綻ばせる。

 

「でも、いくら相手が強くても――祐一は負けないよね?」

 

 そう笑顔で言うフェイトに対し、祐一は僅かに目を見開いた。

 しかし、すぐに祐一はいつもの表情に戻ると、フェイトへと言葉を返す。

 

「――当然だ」

 

 祐一の力強い言葉に、フェイトとアルフは笑みを深くするのだった。

 

 

 

 一方、高町家に戻っていたなのはとユーノは――

 

「――だから、僕もなのはもそちらに協力させていただきたいと……」

 

『協力、ね』

 

 ユーノの言葉に管理局執務官である、クロノが静かに呟く。

 今、ユーノは管理局に協力する形で今回の一件に関して、引き続き調査できるように交渉しているところであった。

 

「僕はともかく、なのはの魔力は有効な戦力だと思います。ジュエル・シードの回収、あの子たちとの戦闘、どちらとしても、そちらにとっては便利に使えるはずです」

 

『ふむ。なかなか考えてますね』

 

 ユーノの言葉に納得するように、巡行艦《アースラ》艦長のリンディが顎に手を当てながら頷く。

 それからしばらくリンディは思考すると、モニター越しにユーノたちへとあっさりと言った。

 

『それなら、まぁいいでしょう』

 

『か、母さ……か、艦長っ!?』

 

 クロノもまさかこんなに簡単にリンディが承諾すると思っていなかったのか、驚いたようにリンディに向かって声を荒げた。

 

『手伝ってもらいましょう。こちらとしても切り札は温存したいもの、ね? クロノ執務官……?』

 

『……はい』

 

 しぶしぶといった感じで、クロノが頷く。

 リンディはいつもの笑みを浮かべた表情から、少し真剣な表情となり、ユーノたちとクロノへと話を始めた。

 

『それに、あちらには"黒衣の青年"――黒沢祐一もいます。協力者は多いに越したことはないでしょう』

 

 リンディの言葉にクロノは悔しそうに拳を握る。

 ユーノもリンディの言葉を聞き、僅かに表情を曇らせた。

 

 ――黒沢祐一。執務官であるクロノをも退ける力を有する青年であり、未だにその目的はわかっていない。

 

 僅かに空気が重くなったのを感じたリンディは、とりあえず、と手を叩く。

 

『そちらの対応は、また後で考えましょう。今は、あなたたち二人のことを考えましょう』

 

 その言葉になのはとユーノは静かに頷く。

 

『わたしたちと協力するにあたり条件は二つよ。両名とも身柄を一時、時空管理局の預かりとすること。それから指示を必ず守ること。……よくって?』

 

「わかりました」

 

 リンディの言葉に、ユーノはそう告げた。

 

 

 

side 高町なのは

 

 ユーノくんから管理局と話がついたことを聞き、わたしはお母さんと話をした。

 お母さんに話したのは、ユーノくんと会ってから今までのこと。もちろん魔法などの話などは伏せている。だけど、言える限りのことは言った。

 それから、そのために家を少し空けないといけないこと。

 

「もしかしたら、危ないことかも知れないんだけど、大切な友達と一緒に始めたこと、最後までやり通したいの。……心配かけちゃうかもしれないんだけど」

 

「それはもういつだって心配よ~! お母さんはお母さんなんだから。なのはのことがすごく心配……」

 

 お母さんが心配そうにそう言ってくる。わたしはそれを聞き、心配かけることへの罪悪感で少し俯いた。

 

「だけどね。なのはがどっちにするか決めてないんだったら、危ないことは駄目よって言うんだけど。……でも、もう決めちゃってるんでしょ? 友達と始めたことをちゃんとやり通すって。なのはが会った女の子ともう一度話をしてみたいって……」

 

「……うん」

 

「じゃあ、いってらっしゃい。後悔しないように」

 

 お母さんはそう言いながら、優しくわたしの頭を撫でてくれた。そんなお母さんの気持ちが嬉しくて、わたしは少し泣きそうになったけど、笑顔でお母さんに言った。

 

「ありがとう、お母さん! いってきます!」

 

 わたしはもう迷わない――そう強く心に決めた。

 

side out

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。

更新、遅くなってしまいました。
ただ、遅くても更新はしていきたいと思います。
頑張ります。


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海上決戦(前編)

 ――管理局との邂逅から十日が経った。

 

 あれからもフェイトとアルフと祐一は特にやることは変えず、ジュエル・シードを探すことに専念していた。だが、管理局に見つからないようにジュエル・シードを探すのは、予想以上に厳しかった。それでも、いくつかのジュエル・シードを確保できたのは僥倖であった。

 しかし、索敵能力では管理局側の方が上回っており、それに加えなのはとユーノも管理局に協力し、集まっているジュエル・シードの数は管理局側の方が多くなっていた。

 

 ――なのはとユーノが管理局に協力している。

 

 祐一はこれを聞いたとき、初めは眉を顰めたが、なのはたちが決めたことだと思い、気にするのを止めた。

 今、祐一たちは目下ジュエル・シードの探索を行っている。時間さえあれば簡単に集めることが出来るであろうが、管理局との兼ね合いもあり、ジュエル・シード集めが上手くいっていないことから、フェイトは焦りを感じていた。

 余裕がなくなってきているフェイトをアルフは心配そうに見つめ、祐一はどうしたものかと思考していたが、妙案など簡単に出るはずもなかった。

 そんなことを考えているときだった。

 

「この反応は……」

 

「うん。ジュエル・シードの反応だね。しかも、魔力量がいつもより多い。……きっと、残りのジュエル・シード全部かもしれない」

 

 フェイトの言葉に、祐一とアルフは頷く。

 

「この方向は……海の方かい……?」

 

「なるほど。どうりで、なかなか残りが見つからなかったわけだ」

 

「そういうことかい。でも、どうする? 海に潜って探すことは出来るけど、かなり時間が掛かっちまうよ?」

 

「確かにな。……どうする、フェイト?」

 

「……少し荒っぽいけど、ジュエル・シードは海底に沈んでるから、電気の魔力流を叩き込んで強制発動させて、位置を特定してから一気に封印したらいいと思う」

 

 フェイトはどうかな、と祐一に確認するように視線を向ける。祐一は顎に手で撫でながらしばらく考え、

 

「確かにプランとしては間違ってはいない。……だが……」

 

「それだとフェイトの魔力が限界を越えちまうよっ!」

 

 祐一の言葉にアルフがフェイトを心配するように、叫ぶように声を上げる。

 

「アルフの言うとおりだな。……だが、現状ではその方法しかなさそうなのも事実だ。俺では電気の魔力は作り出せないし、管理局の先手を取らねばならないだろう」

 

「でもさぁ~!」

 

「わたしなら大丈夫だから、心配しないで、アルフ」

 

 そう微笑みながらフェイトはアルフへと声を掛ける。

 

「……わかったよ」

 

 フェイトの言葉にアルフはしぶしぶながら頷いた。

 

「決まったな。では、行くぞ」

 

「うん」

 

「あいよ」

 

 祐一の言葉と同時に、三人はジュエル・シードの下へ向かっていった。

 

 

 

 ――そして、三人は海上へと移動し、ジュエル・シードを確保するための作戦を開始した。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス――」

 

 フェイトがその綺麗な声が周囲に響き渡る。

 今、フェイトは海中にあるジュエル・シードの位置を割り出すため、大規模な攻撃魔法の準備に入っている。

 祐一はフェイトをいつでも守れるように、そう遠くない場所からフェイトを見つめていた。

 

(管理局がやってくるとしたら、おそらくはフェイトの魔力が底を尽きるぐらいのタイミングだろう)

 

 サングラス越しにフェイトを見つめながら、祐一は管理局のことを考えていた。

 それに、祐一は今回のジュエル・シードの封印はなかなか骨の折れる作業になるだろうとも考えていた。一つずつならば特に問題はないが、今回のジュエル・シードの数は全部で六つ。いくらフェイトの魔力でもきついことは間違いないと、祐一は考えていた。

 

(――それでも、"これは必要なこと"だ。きっと、これが良い方向へと向かってくれるはずだ)

 

 祐一は再度、視線をフェイトの方へと向ける。

 

「撃つは雷、響くは轟雷――」

 

 視線を向けた先、フェイトの詠唱も佳境に入っていた。直下には巨大な魔法陣が現れ、それだけ多くの魔力が込められていることがわかる。

 

(――考えるのは後だな。今は目の前のことに集中するとしよう)

 

 祐一は自身のデバイスである、長剣型デバイス《冥王六式》を起動する。

 この長剣型デバイスである冥王六式は、刃渡り一六〇cmほどの両刃の剣であり、デバイスとしては珍しいものである。これは祐一の"友人"に作成してもらったデバイスであった。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 祐一が準備を終えると、フェイトの力強い声が響き渡り、それと同時に魔力を海へと打ち込んだ。

 すると、その魔力に反応したジュエル・シードが覚醒し、魔力の柱が海から空へと昇っていく。

 

「はぁ、はぁ……見つけたっ! 残り六つ!」

 

 フェイトが声を上げるが、大量の魔力を消費した影響から酷く疲れた表情となっていた。

 そんなフェイトを祐一は横目で見つめつつ、誰ともなく話を始めた。

 

「流石にジュエル・シードが六つとなると、魔力も並ではないな」

 

「そうだね。……それに、フェイトは今ので魔力の大半を使っちまってる。いくらなんでも、ここから六つのジュエル・シードを封印するのなんて無理だよっ!」

 

 アルフはフェイトを心配そうに見つめながら、悔しそうに唇を噛む。

 そんなアルフに、祐一は僅かに笑みを浮かべた表情で言葉を返す。

 

「だろうな。……だからこそ、俺たちがいるのだろう?」

 

「……っ!? ああ、そうだったねっ!」

 

 祐一の言葉にアルフは不安そうだった瞳に決意を灯し、強く頷いた。

 

「アルフ! 空間結界とサポートをお願い!」

 

「ああ! 任せといて!」

 

 フェイトの言葉にアルフは力強くそれに応える。

 祐一は二人にわからないように笑みを浮かべる。フェイトとアルフの関係が、以前から全く変わっていなかったことに、嬉しさを覚えたのだ。

 そして、祐一はすぐに表情を引き締めなおし、冥王六式を握っている手に力を込める。

 

「俺も手伝おう。おそらく、管理局も気付いている頃だろう。出来るだけ早く終わらせるのがベストだ」

 

「わかった!」

 

「あいよ!」

 

 祐一の言葉を聞き、フェイトはバルディッシュを構えるとジュエル・シードへと突撃していき、アルフも即座に空間結界を張り、フェイトのサポートへと回る。

 

「さて――やろうか」

 

 祐一も二人のサポートのため、行動を開始した。

 

 

 

 一方、その頃、管理局側に味方をする形となったなのはは、待機中だったアースラ艦内で唐突に鳴り響いた警報に、急ぎブリッジへと向かっていた。

 

「はぁ、はぁ……フェイトちゃんっ! 祐一お兄さん!」

 

 なのはがブリッジへと駆け込むと、映し出されたモニターにはジュエル・シードを封印するため、激しい戦いを繰り広げているフェイトの姿が映し出されていた。映し出されたフェイトの表情は、魔力を辛そうであった。

 そして、そんなフェイトを守るようにして戦闘を行っている祐一の姿もあった。

 

「わたしもすぐに現場に――」

 

「その必要はないよ」

 

 なのはの言葉にクロノが冷たく言い放つ。そんなクロノを驚きの表情でなのはは見つめる。それを知ってか知らずか、クロノはそのまま話を続ける。

 

「放っておけばあの子――フェイト・テスタロッサも自滅するだろうし、それを守りながら戦っている黒沢祐一の魔力も減って好都合だ」

 

 クロノの言葉になのはは驚きで言葉を失う。

 

「仮に自滅しなくても、力を使い果たしたところで叩けばいい。黒沢祐一も魔力が減り、フェイト・テスタロッサを守りながらでは満足には戦えないだろうからね」

 

「っ!? でもっ!」

 

「今のうちに捕獲の準備を!」

 

「了解」

 

 クロノはあえてなのはを無視するように、管理局員に指示を出した。

 

(確かに、クロノくんの言いたいこともわかるし、それがフェイトちゃんや祐一お兄さんを捕まえるには好都合なんだろうけど……だけどっ!)

 

 なのはは悔しさともどかしさから、自然と握った拳に力が入る。そんななのはを見つめながら、艦長席に座っていたリンディが諭すように話す。

 

「私たちは常に最善の選択をしないといけないわ。残酷に見えるかもしれないけど、これが現実……」

 

「……でも……っ!」

 

 なのはは叫ぶが、言葉が続かない。

 なのはは小学三年生にしては、大人びている少女であり、自分が現実を見ていない子供であるという認識があったため、リンディやクロノに返す言葉が見つからなかった。

 

(だけど……こんな、こんなのって、ないよ)

 

 なのはの表情が悲しみに歪む。

 フェイトや祐一と話がしたい。だけど、今は戦うべき相手――それがわかっているからこそ、なのはは思い悩んでいた。

 そんなとき、なのはの頭に響いてきた声があった。

 

 ――行って――

 

 そう聞こえてきた声に振り向くと、そこにはユーノが微笑みを浮かべながら立っていた。聞こえてきたのは、ユーノの念話による声であったのだ。

 

『なのは、行って。僕がゲートを開くから、行ってあの子と祐一さんを……』

 

『でも、それはわたしの理由で、ユーノくんとは……』

 

『うん。関係ないかもしれない。……だけど、なのはが困ってるなら、僕はなのはを助けたい。――なのはが僕にそうしてくれたように』

 

 ユーノの言葉になのはは驚きの表情を浮かべる。

 そんななのはの表情を見たユーノは微笑みの表情を崩さず、背後に転送用のゲートを作り出した。

 そして、なのはそれに向けて走る。

 

「っ!? ……君はっ!?」

 

 それに気付いたクロノが声を上げるが、

 

「ごめんなさい! 高町なのは、指示を無視して勝手な行動を取りますっ!」

 

「あの子の結界内へ――転送!」

 

 ユーノの言葉と同時に、なのはの姿はアースラから消えた。

 

 ――自身の想いを伝えるために、なのはは戦場へと赴く。

 

 




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海上決戦(後編)

投降します。
遅くなって申し訳ありません。

では、どうぞ。


 祐一、フェイト、アルフの三人はジュエル・シードの封印に手間取っていた。その最大の理由はジュエル・シードの位置を特定するために、フェイトの魔力を大量に消費してしまったためであった。それと、ジュエル・シードの数が六個とかなり多いことも理由の一つであった。

 

(――このままじゃあ、いつまで経ってもジュエル・シードの封印ができない)

 

 フェイトはジュエル・シードの攻撃を回避しながら、焦りを募らせる。

 

(祐一がいてくれるおかげで危ないことはあまりないけど、それでも――)

 

 フェイトが見つめる視線の先には、紫色の長剣を振るいジュエル・シードの攻撃をいなしている祐一の姿があった。その表情には焦りの色など全くなく、落ち着いたいつもの表情である。

 そんな祐一を頼もしく思う一方、

 

(わたしを守りながら戦ってくれている祐一に、これ以上負担は掛けられない)

 

 これ以上、祐一に負担を掛けることをフェイトはよしとしなかった。

 だが、自身の魔力も底を尽きそうな状態で現状を打開する策など、すぐに思いつくはずもなく、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 ――そんなときだった。

 

(この魔力反応は――)

 

 空から膨大な魔力を感じ取り、フェイトは戦闘中であることも忘れ空を見上げた。その視線の先、遥か上空から白いバリアジャケットを纏った一人の少女――高町なのはが舞い降りた。

 空を覆っていた雲の間から太陽の光が降り注ぐその光景は、なのはの来訪を祝福しているかのようであった。

 フェイトはそんななのはの姿をじっと見つめていた。

 

(また、あの子だ。あの子が来たということは、すぐに管理局もやってくる。その前になんとかしないと……)

 

 そうフェイトが考えていると、その考えが伝播したのか、突如、アルフがなのはの方へと突進していった。

 

「フェイトの邪魔をするなーー!」

 

 アルフの突撃になのはは僅かに驚いた表情となるが、その間に割って入った少年の姿があった。

 

「違う! 僕たちは君たちと戦いにきたんじゃないっ!」

 

 少年――ユーノ・スクライアがアルフの攻撃を防御しながら叫ぶ。

 

「まずはジュエル・シードを停止させないと不味いことになる! だから今は封印のサポートを!」

 

 ユーノは襲い掛かってきたアルフを無視し、魔法陣を展開すると、ジュエル・シードをバインドによって抑え始める。

 その姿を見たアルフは呆然としていた。

 

(どういうこと……?)

 

 アルフと同じようにフェイトも困惑の表情を浮かべていた。そんなフェイトになのはが近づいてくる。

 

「フェイトちゃん、手伝って! ジュエル・シードを止めよう!」

 

 なのははフェイトにそう話すと、レイジングハートをフェイトの方へと向ける。すると、レイジングハートから桃色の光が飛び出し、フェイトの身体を包んでいく。

 

「……どうして……?」

 

 フェイトは驚いた表情でなのはを見つめる。

 それもそのはず、先ほどの桃色の光はなのはの魔力であり、なのははそれをフェイトへと分け与えたのだ。今、フェイトの魔力は約半分くらいは回復していた。

 

 ――その相手の行動がフェイトには信じられなかった。

 

 フェイトが驚きの余り動けないでいると、近くからなのはとは違う人物の声が聞こえてきた。

 

「――実に、なのはらしいな」

 

「……祐一?」

 

 フェイトが声のした方へ視線を向けると、そこには漆黒衣装に身を包んだ青年――黒沢祐一が僅かに笑みを浮かべた表情でそこにいた。

 

「祐一お兄さんっ!」

 

「ああ」

 

 祐一の姿を見つけると、なのははぱっと花が咲いたような笑顔を見せる。祐一も言葉少なではあるものの、なのはへと言葉を返す。それだけの応対であるはずなのに、なのははまるで全部分かっているかのように、静かに頷きを返した。

 フェイトはそんな二人のやり取りを見て、僅かに心がもやっとしたものを感じた。

 だが、そんなフェイトの気持ちには気付かず、なのはは続けて祐一へと話し掛ける。

 

「祐一お兄さんも、手伝ってくれる?」

 

「さて、な。フェイト次第というところだが……管理局の方はいいのか?」

 

「うん。後でちゃんと怒られてくるから」

 

「そうか。……なら、俺からは何も言うことはない」

 

 なのはの言葉に祐一は静かに頷き、フェイトへと視線を向ける。フェイトも同じように祐一へと視線を向けたが、言葉は何も返ってはこなかった。

 

「二人できっちり半分こ――」

 

 フェイトははっとなり、視線をなのはへと戻す。そこには優しく微笑むなのはの姿があった。

 

(……なんで、そんな表情ができるんだろう。それに、ジュエル・シードを半分ずつ分けるなんて……"なんで"……?)

 

 なのはの言葉にフェイトは困惑する一方であった。

 しかし、なのははそれに構わず話を続ける。

 

「今、ユーノくんとアルフさんが止めてくれてる。だから、今のうちにっ!」

 

 フェイトがその言葉に視線を巡らせると、そこにはユーノと同じようにバインドでジュエル・シードの動きを止めようとしているアルフの姿があった。

 

(アルフは、この子たちといっしょにやるって決めたんだ……きっと、それがわたしのためになるからって……)

 

 アルフの優しさにフェイトは心が温かくなるのを感じる。だが、それでも、なのはたちと協力するべきか、フェイトは未だに悩んでいた。

 

「二人でせ~ので、一気に封印!」

 

 なのははフェイトが悩んでいることも気にせず、そう言い放つと飛翔し、レイジングハートをシューティングモードへと移行しながらジュエル・シードの攻撃を回避しつつ砲撃が可能なポイントへと移動していく。

 フェイトはそんななのはの姿を黙って見つめていた。

 

「フェイト」

 

 そんなフェイトに声を掛ける人物がいた。

 

「……祐一」

 

 声を掛けてきた祐一をフェイトは困惑した瞳で見つめる。

 そして、フェイトはしばらく逡巡すると、祐一へと声を掛ける。

 

「……わたし、どうすればいいのかな……?」

 

 そう問い掛けるフェイトの視線には、なのはに対する困惑ととまどいが感じられた。

 そんなフェイトを祐一は表情を変えることなく見つめる。

 

「それは俺が決めることではない。――お前はどうしたいんだ、フェイト」

 

「わたしは……」

 

 祐一はそうフェイトの質問を一蹴し、逆にフェイトへと問い掛ける。

 祐一が何か言ってくれると思っていたフェイトは、その返答に顔を俯かせてしまう。

 ――そう、フェイトが悩んでいるときだった。

 

『Sealing form set up』

 

「バルディッシュ……?」

 

 声を上げたのは、フェイトのデバイスであり、相棒でもあるバルディッシュであった。まるで、悩んでいるフェイトの背中を押すかのように、シーリングフォームへと形を変化させる。

 そんなバルディッシュをフェイトは驚いた表情で見つめていた。

 

(……そうだ、悩む必要なんてない。わたしのやるべきことは、たった一つだ)

 

 そう決意を固めたフェイトは、巨大な魔法陣を展開し、ジュエル・シードを封印する体勢に入る。

 同じように、フェイトから離れていたなのはも封印の体勢に入った。

 

「……そうだ。それでいい。――その気持ちを、忘れるな」

 

「……?」

 

 祐一が呟いた言葉は虚空へと消え、フェイトへは届かなかった。フェイトは小首を傾げ、祐一を見つめるが、すぐにそんなことを考えている場合ではないと思い、ジュエル・シードの封印へと集中する。

 

(あの白い魔導師の女の子が分けてくれた魔力。――無駄にはしない!)

 

 フェイトはバルディッシュを上空へと掲げ、なのはから分け与えられた魔力を込めていく。

 同じようになのはもレイジングハートに魔力を込め、砲撃の姿勢を取る。

 

 ――そして、二人の準備が整った。

 

「せぇ~のっ!」

 

 なのはがレイジングハートを持つ手に力を込めながら叫ぶ。

 

「サンダー……」

 

 フェイトの静かだが力強い声が聞こえると、バルディッシュがバチバチと電気を帯び始め、

 

「ディバイィィン……」

 

 なのはもレイジングハートの先端に膨大な魔力を集め、

 

「レイジーーーー!!」

 

「バスターーーー!!」

 

 二人の叫びにも似た声が重なり、互いにジュエル・シード目掛けて、攻撃魔法を放った。それは、六個もあったジュエル・シードを簡単に封印できるほどの威力であった。

 

 ――ジュエル・シードの封印は無事完了した。

 

(――これがフェイトとなのはの力、か。――末恐ろしいな)

 

 祐一は二人から少し離れた位置でそんなことを考えていた。祐一が思っていることはもっともで、小学三年生がここまでの力を振るっていることが異常なのだ。

 

(そんなこと今はどうでもいいか。何はともあれ、これでジュエル・シードの封印も完了した。あとは……)

 

 祐一が向けた視線の先では、フェイトとなのはが何か話をしていた。なのはは真剣な表情で、フェイトはまだ僅かに困惑しているようであった。

 

「――わたしは、フェイトちゃんといろんなことを話し合って、分かり合いたい」

 

 聞こえてきたのはなのはの声。優しく包み込んでくれるような、そんな声であった。

 そして、なのはは一旦話を止め、一度大きく息を吸い込み続きを話す。

 

「――フェイトちゃんと、友達になりたいんだ」

 

 そんななのはの言葉に、フェイトは驚いたように目を見開いていた。まさか、今まで戦っていた相手にそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。

 なのははただ、フェイトと友達になりたいだけなのだ。確かに、ジュエル・シードのことやフェイトの事情もあるが、なのはは自分自身の意思でフェイトの友達になりたいと願ったのだ。

 その一本気な想いこそ、高町なのはという少女の力の源であった。

 

(――実になのはらしいな)

 

 祐一の顔には自然と笑みが浮かぶ。

 しかし、すぐ祐一は表情を引き締め、"次の作戦"へと思考を切り替える。

 

(――さて、ここからが本番だ。上手くやらねばな)

 

 祐一はそう思考すると、次なる作戦のために行動を開始した。

 

 

 

 ――フェイトとなのはがジュエル・シードの封印に成功し、話をしているとき、アースラでは警報が鳴り響いていた。

 

「次元干渉!? 別次元から本艦および戦闘区域に向けて、魔力攻撃きますっ! ……あ、あと六秒!!」

 

「な……っ!?」

 

 いち早く状況を把握したエイミィが叫び、その言葉にクロノが驚愕すると同時に、アースラは何者かの魔力攻撃によって、激しく振動した。

 一般局員が慌てふためいている中、クロノはすぐに体勢を整え転送ポートへと走る。

 

「くっ……なのはたちの方も心配だ。僕もあちらに向かいます!」

 

「わかったわ。こちらは任せてっ!」

 

「了解!」

 

 リンディの言葉に言葉を返すと同時に、クロノはなのはたちの下へと転移した。

 

 

 

 ――そして、同じようにフェイトたちの方にも次元干渉の魔力攻撃が迫っていた。

 空には曇天の雲が見えており、紫色の雷が鳴り響いている。

 

「か、母さん……」

 

 その攻撃を見て、フェイトは空を見上げ呆然と呟く。その表情には、驚きと怯えが浮かんでいた。

 ――そして、次元干渉の魔力攻撃がフェイトを襲った。

 

「う、うぁぁぁぁ!?」

 

 紫の魔力が雷のように、フェイトもろとも周囲へと降り注いだ。

 

「フェイトちゃんっ!?」

 

 なのはも名前を叫びながら、フェイトの下へと向かおうとするが、魔力攻撃の余波で上手く接近できないでいた。

 

「っ!」

 

 すると、アルフがこの混乱している中、ジュエル・シードの奪取に向かう。フェイトを心配する気持ちもあったが、このままでは今回の全てが無駄になってしまうと感じたのだ。

 

(もう少し……っ!?)

 

 アルフの手があと僅かでジュエル・シードへと届きそうだったそのとき、アースラから転移してきたクロノにあと一歩のところで阻まれた。

 アルフはジュエル・シードの捕獲を邪魔をするクロノを憎しみが篭った瞳で見つめる。

 

「邪魔、すんなぁーー!」

 

「くっ!?」

 

 アルフはクロノのデバイスを掴み、力任せにクロノごと海へと投げる。フェイトを想う気持ちが、アルフに力を与えているようであった。

 アルフはクロノが飛んでいった方向を少し見た後、ジュエル・シードへと視線を向ける。

 

「三個しかないっ!?」

 

 ハッとしたアルフは、先ほど投げ飛ばしたクロノへと再度視線を向ける。そこには、海へと投げ飛ばされた影響で濡れてはいたものの、体勢を立て直したクロノがいた。

 そして、その手には残り三個のジュエル・シードが握られていた。

 

「――下手を打ったな、アルフ」

 

「祐一!?」

 

 アルフが声のした方へと視線を向けると、そこには気絶したフェイトを抱きかかえた祐一の姿があった。

 フェイトは気絶はしているものの、魔力攻撃による外傷はほとんどなく、本当に気絶しているだけのようであり、アルフはホッと一息ついた。

 

「今回は仕方ない。撤退するぞ、アルフ」

 

「っ!? ……わかったよ」

 

 祐一の言葉に、アルフは悔しそうに言葉を返す。

 そして、祐一たちが撤退しようとしたとき、

 

「逃がすと思うかっ!」

 

 それに感づいたクロノが魔力弾を放とうとデバイスを構える。――だが、

 

「フレイムランサー」

 

 それより早く、祐一は魔力を生成し、魔力弾を海へと打ち込む。すると、海水が大きく跳ね上がり、祐一たちの姿をクロノ視界から消した。

 

「くっ!?」

 

 クロノは慌てて魔力弾を放つ。だが、視界を塞がれた状態では当たる筈もなく、跳ね上がった海水がなくなったとき、そこには祐一たちの姿はなかった。

 辺りを見回してみても祐一たちの姿がなかったため、クロノは悔しげに表情を歪める。

 

「フェイトちゃん……祐一お兄さん……」

 

 なのはは祐一たちがいた場所を見つめながら、そう静かに呟いた。

 

 ――その表情は悲しみに歪んでいた。

 

 




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思い違い

side 高町なのは

 

 祐一お兄さんとフェイトちゃんたちがいなくなって、わたしとユーノくんはアースラへと戻った。今はリンディさんからブリーフィングルームに来るように言われたので、そこへ向かっている最中である。

 

(……フェイトちゃん……大丈夫かな……?)

 

 わたしはアースラに戻ってからも、フェイトちゃんのことばかり考えていた。

 あの時、魔力攻撃を受け、フェイトちゃんは海へと落ちていった。だけど、海に落ちる前に祐一お兄さんがフェイトちゃんを助けていたのが見えたから、おそらく大丈夫だろうと想っている。

 

(誰が、何のためにあの攻撃を行ったんだろう)

 

 わたしはそのことをずっと考えていたけど、結局答えはでなかった。

 

(祐一お兄さんは、きっと全部知ってるんだろうな……)

 

 頭の中に思い浮かべるのは、漆黒のロングコートを身に纏った祐一お兄さんの姿。

 

(次に会ったら、祐一お兄さんに全て話してもらおう)

 

 わたしはそう結論付け、思考を止め、早足でブリーフィングルームへと向かった。

 

 

「――指示や命令を守るのは、個人のみならず、集団を守るためのルールです。勝手な判断や行動があなたたちだけでなく、周囲の人たちを危険に巻き込んだかもしれないということ、それはわかりますね?」

 

「「……はい……」」

 

 リンディさんの言葉に、わたしとユーノくんは頭を垂れる。

 今、わたしとユーノくんは命令違反をしたことに対して、リンディさんからお叱りを受けている。

 いつものニコニコと笑みを浮かべているリンディさんの姿はなく、厳しい表情でわたしとユーノくんに話をするリンディさんは、やっぱり提督なんだなと思わせる。

 わたしがそんなことを考えていると、リンディさんがふぅと息を吐いた。

 

「本来なら厳罰に処すところですが、結果として得るところがいくつかありました。……よって、今回のことについては不問とします」

 

 リンディさんの言葉にわたしは顔を上げ、隣にいるユーノくんの方を見る。ユーノくんは今回の件が不問になることが意外だったのか、少しだけ驚いた表情をしていた。

 わたしも今回の件が不問になったことは意外だったので、ユーノくんと同じく驚いていた。

 そんなわたしたちの反応に気付いたのか、リンディさんが釘を指してきた。

 

「――ただし、二度目はありませんよ? いいですね?」

 

「はい……」

 

「すみませんでした……」

 

 わたしとユーノくんは謝りながら、揃って頭を下げる。

 リンディさんもわたしとユーノくんが反省していることがわかったのか、厳しかった表情を緩めた。

 

「さて、問題はこれからね。――クロノ、事件の大元について何か心当たりは?」

 

「はい。エイミィ、モニターに」

 

『はいはぁ~い』

 

 これまで黙って壁に背を預けた姿勢で傍観していたクロノくんが、リンディさんの言葉に答え、ブリッジからモニター越しにこちらを見ていたエイミィさんへと声を掛ける。それにエイミィさんはいつものように、軽く返事をする。

 しばらくすると、エイミィさんがこちらが見えるようにモニターを展開した。

 

「あら……?」

 

「そう。僕らと同じ、ミッドチルダ出身の魔導師――《プレシア・テスタロッサ》――」

 

 モニターに映し出された人を見ながら、クロノくんが話を始めた。

 

(プレシア・テスタロッサ。……この人が、今回の事件の首謀者……)

 

 わたしはプレシア・テスタロッサと呼ばれた女性をじっと見つめていると、自然と握った手に力が入る。

 

「偉大な魔導師でしたが、違法な研究と実験で放逐された人物です。登録データから先ほどの魔力波導と一致しています」

 

 一旦言葉を切り、クロノくんがこちらを気にするようにちらっと視線を向けてくる。

 そんなクロノくんの行動を察したわたしは、静かに頷きを返した。

 そして、少し言い辛そうにしながらクロノくんが話を進め始める。

 

「……あの少女――フェイト・テスタロッサはおそらく――」

 

「――フェイトちゃんも、あのとき母さんって言ってました」

 

「親子、ね」

 

 クロノくんとわたしの言葉を聞き、リンディさんは悲しい表情で呟いた。

 

「エイミィ、プレシア女史について、もう少し詳しいデータを出せる?」

 

『はいはい。すぐに探します』

 

 エイミィさんはいつものように返事をした後、モニターの画面が消えた。プレシアさんに関するデータを探し始めたようだ。

 その間、わたしはこのプレシアさんとフェイトちゃんのことを考えていた。

 

(このプレシアさんが、フェイトちゃんのお母さん。……じゃあ、なんであのとき、フェイトちゃんはあんな悲しい表情でお母さんって言ってたんだろう……? それに、なんでフェイトちゃんに魔力攻撃を……)

 

 そう考えるが、やっぱりわからないことだらけだった。

 しばらく思考に没頭していると、資料を集め終えたエイミィさんがブリーフィングルームへとやってきた。

 

「ではエイミィ、説明をお願いできるかしら?」

 

「はいはい」

 

 リンディさんの言葉に返事をすると、エイミィさんは表情を引き締め話を始めた。

 

「プレシア・テスタロッサ――ミッドの歴史で二六年前は中央技術開発局の第三局長でしたが、当時、彼女が担当していた実験が失敗。結果的に中規模次元震を引き起こす結果となったため、中央を追われ地方へと左遷されました」

 

 エイミィさんはそこで少し息を吐き、話を続ける。

 

「それからも結構揉めたみたいですけど、結局その後、プレシア・テスタロッサは行方を暗ましています」

 

「行方不明になるまでの行動はわからないの?」

 

「その辺のデータは綺麗さっぱり抹消されちゃってます。今、本局に問い合わせて調べてもらってますので」

 

「時間はどれくらい?」

 

「一両日中には……」

 

 リンディさんは少し考える仕草をすると、考えがまとまったのか話を始めた。

 

「プレシア女史もフェイトちゃんも、あれほどの魔力を放出した後ではしばらく動けないでしょう。……問題はもう一人の人物ね」

 

「――黒衣の男――黒沢祐一ですか」

 

 リンディさんの言葉にクロノくんが小さく、それでいてはっきりと聞き取れる声で呟いた。リンディさんはクロノくんの言葉に静かに頷いた。

 

「そうね。現状から考えるに、一番の強敵なのは間違いないわね。……それで、エイミィ。少しは彼の情報は集まったかしら?」

 

「少しだけですけど、なんとか。……話してもいいですか?」

 

「ええ、お願い」

 

 わたしは居住まいを正し、エイミィさんの言葉に集中する。

 

「名前は黒沢祐一。年齢は一八才。現在は一人暮らしで、便利屋稼業を営んでいるようです。この海鳴には、約三年ほど前から住んでいるようです」

 

「あ、そうですね。わたしが祐一お兄さんと初めて会ったのも、確か三年前くらいだったと思います。そのときに祐一お兄さんはここには引っ越してきたばかりって言ってた気がします」

 

 わたしの話を聞き、みんなが静かに頷いていた。

 そして、エイミィさんにみんなの視線が集まるが、エイミィさんは言い辛そうに頬を掻いていた。

 

「――ただですね、不思議なことにここから前の記録が――全く見当たらないんですよ」

 

「……なんですって?」

 

 エイミィさんの言葉に、リンディさんの表情が驚愕に染まる。クロノくん、ユーノくんも同じように驚いていた。

 そして、わたしもその内の一人だった。

 

「じ、じゃあ、祐一お兄さんは、昔、どこにいたんですか?」

 

「それは、まだわからないの」

 

 わたしの質問にエイミィさんは申し訳なさそうに答えてくれた。

 すると、クロノくんが話を始めた。

 

「エイミィ、調べたのはこの地球でのデータだけか?」

 

「うん。なのはちゃんの知り合いだって言うから、とりあえずは……って、もしかして」

 

「ああ。三年前以前の記録がこの"地球"で見つからないのなら、奴はそれより以前は"別の世界"にいたということになる」

 

「そっかぁ! 確かに、それはあるかも知れないね」

 

 クロノくんの言葉に、エイミィさんが笑顔で答える。

 

「そうですね。ではエイミィ、その線でもう少し調べてもらえるかしら。この黒沢祐一の人物像と三年前という言葉がキーワードです」

 

「わかりました。調査してみます」

 

 リンディさんの言葉にエイミィさんはブリーフィングルームを出て行った。

 そして、リンディさんがそれを見届けた後、声を上げる。

 

「では、今日はもう解散としましょうか。なのはさん、ユーノくん、お疲れ様」

 

「お疲れ様でした」

 

「あ、お疲れ様です」

 

 リンディさんの言葉にユーノくんとわたしは返事をした後、ブリーフィングルームを後にした。

 

(……祐一お兄さん、あなたは――何者なの――)

 

 わたしは、祐一お兄さんの姿を思い浮かべながら、そう考えていた。

 

side out

 

 

 海上決戦から数日。祐一、フェイト、アルフの三人はプレシアに呼び出され時の庭園へとやって来ていた。

 

(――もう、限界だ――)

 

 そう怒りの形相で歩いている人物――フェイトの使い魔であるアルフは怒っていた。

 それはプレシアに対する怒り。今回の戦闘で、フェイトに対して行った攻撃に対して怒りが爆発寸前であった。

 

(あいつは、フェイトの想いを踏みにじったんだ)

 

 ここに戻ってきてからもフェイトはプレシアにいろいろ言われていた。アルフはその光景を見れなかったが、戻ってきたフェイトの姿を見れば何があったのかは容易に想像がついた。

 今、フェイトは度重なる戦闘の疲れからか部屋で休んでいた。

 アルフはフェイトが休むのを見届けてから、部屋を出てきたのだ。

 

(わたしの主人に酷いことをするやつは、誰であろうと許さないっ!)

 

 アルフは握った拳に力を入れる。

 そして、プレシアがいる部屋に着くと問答無用に扉に拳を叩きつける。

 

「っ!!」

 

 ドゴンッ!! という音とともに扉が吹き飛ぶ。

 それに構わずアルフは部屋の中へと歩みを進める。

 

「…………」

 

 アルフが歩みを進めると、そこにはプレシアが手に入れた九つのジュエル・シードをジッと眺めている姿があった。

 プレシアはアルフの姿を一瞥すると、すぐに興味を失ったようにすぐに視線をアルフからはずし、ジュエル・シードへと戻した。

 

「……フェイトの使い魔が何をしに来たのかしら? 邪魔よ、すぐに出て行きなさい」

 

「いいや、今回は引けないね。……あんたに話があって来たんだ」

 

「私は何も話すことはないわ」

 

 アルフの方を見ようともせず、プレシアは冷たく言い放つ。

 そんなプレシアの態度を気にせず、アルフは話を続ける。

 

「――何で、あんたはフェイトにあんな態度を取るんだよ……?」

 

「…………」

 

 アルフの言葉に、一瞬だけプレシアの眉が動く。

 だが、アルフはそれに気付かずさらに話を続ける。

 

「――フェイトに冷たい態度を取るだけならよかった。……でも、今回は見過ごせないっ! 今までは黙って見てたけど、流石に今回は我慢できないっ! ……何でフェイトにあんなことをしたんだっ! ……答えろ! プレシア・テスタロッサ……!」

 

「…………」

 

 プレシアは黙したまま何も語らない。アルフの叫びもプレシアの心までは届かなかった。

 そんなプレシアの変わらぬ態度に業を煮やしたアルフは、プレシアに近づき胸倉を掴み自分に引き寄せる。

 

「あんたは、あの娘の母親で、あんたの娘だろっ!! あんなに頑張ってる娘に、何であんたはあんなに酷いことが出来るんだよっ!」

 

「……ッ……」

 

「――よく頑張ったねって、一言でも言ってあげてもいいじゃないかっ!」

 

 アルフの叫びに、僅かにプレシアの瞳が動いた。

 だが、すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。

 

「――あなたには関係のないことよ。あれは私の娘なのだから、私がどういう態度を取ろうと勝手でしょう?」

 

「ッ! この――」

 

 プレシアの言葉を聞き、アルフの怒りは限界を越えた。

 そして右拳を握りこみ、それを振り上げ、

 

「分からずやがーー!!」

 

 アルフの右のストレートが唸りを上げ、プレシアへと吸い込まれていく。

 プレシアに怪我を負わせたら、フェイトが悲しむだろうということも分かっていたが、アルフはそれでも自身の主に冷たい態度を取るプレシアが許せなかった。

 

(フェイトには怒られるだろうし、この後どうなるかもわかんないけど、それでも――あたしはこいつを一発殴らないといけないっ!)

 

 そして、アルフの拳がプレシアへと直撃する。

 

 ――そのはずだった。

 

「かはっ……っ!?」

 

 アルフは自身の腹部に激しい痛みを感じたと同時に、急な浮遊感に襲われたかと思うと同時に、背中から壁に激突した。

 

「ぐっ……がはっ……」

 

 苦しそうにアルフは息を吐き出す。肺を傷つけたのか息をするのも苦しく、口からは血が流れてきていた。

 

「なんで――」

 

 アルフは苦しそうな表情をしつつ、自分に攻撃を加えた人物を睨むように見つめる。

 

 ――そこには、紫色の長剣を持った黒衣の青年――黒沢祐一が悠然と佇んでいた。

 

「…………」

 

 サングラスを掛けた表情からは何の感情も浮かんでいない、ように見えた。

 そんな祐一に向かって、アルフは体の痛みを堪えながら叫ぶ。

 

「なんで邪魔するんだよ、祐一!」

 

「依頼主が攻撃されそうだったから守った。それだけだ」

 

「そいつは、フェイトのことをなんとも思っちゃいないっ! それに、フェイトのことを攻撃したんだ。なんでそんなやつの味方をするんだよっ!」

 

 アルフの慟哭を祐一は黙って聞くが、返ってきたのは冷たい言葉だった。

 

「言っただろう。俺の依頼主はプレシア・テスタロッサだ。……フェイトではない」

 

「っ!? 祐一!」

 

 祐一の言葉に、アルフは驚愕の表情を浮かべた。祐一の言っていることが信じられないことと、あのフェイトに対する優しさが嘘であったのかと、いろいろな感情がない交ぜになっていた。

 そんなアルフを一瞥すると、祐一はゆっくりと騎士剣を構える。それと同時に、真紅の魔法陣が祐一の足下へと展開される。

 

「フェイトの母親に手を挙げようとした、その罪は重い。そして、そのような危険な使い魔をここに置いておくことなどできん」

 

 アルフは祐一の言葉を聞きながら、痛む体をなんとか動かそうとする。

 だが、さしものアルフも祐一の一撃を受け、すぐに動くのは無理であった。座り込まないだけ、アルフの打たれ強さが窺える。

 

「お前はここで"退場"だ、アルフ」

 

「……祐一」

 

 悲痛の面持ちでアルフは祐一を見つめる。

 ――だが、祐一は淡々と口を開く。

 

「――またな、アルフ。……フレイムバスター」

 

 祐一が静かに呟き、長剣を振るうのと同時に真紅の砲撃魔法が放たれた。

 

(……ごめん、フェイト)

 

 心の中で自身の主に謝りながら、アルフの体は砲撃魔法に飲み込まれた。

 

 



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求めるもの

投稿します。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


 ――祐一はアルフを吹き飛ばしたときに空けた穴を静かに見つめていた。

 

 そこで祐一は、昔、"彼女"によく言われていたことを思い出していた。

 

『祐一はいろいろと考えすぎなんだよ』

 

 そう笑顔で話しをする彼女の顔を、祐一は今でも鮮明に覚えている。

 その度に祐一は決まって、

 

『お前が考えなさ過ぎるんだ』

 

 と、返していた。そんなときは大抵、彼女は頬を膨らませて言い返してきていた。だが、最後には花が咲くような笑顔を祐一に向けてくれていた。

 そんなことを思い出し、祐一は僅かに頬を緩める。

 

(――あいつは、今の俺を見たらなんと言うだろうな)

 

 祐一はそんなことを考えながら大きく息を吐く。

 

(こんなことを考えても意味はない、か)

 

 そう考え直し、祐一は首を横に振った。

 だが、祐一はそれでも考えてしまう。今、祐一が置かれている状況なら彼女はどうするのか。自分では考え付かなかったことをやってしまうのではないか。

 

「――俺は、どうしたらいいのだろうな。――"雪"――」

 

 穴を見つめながら、祐一は静かに呟いた。

 

 

 

 フェイトは部屋で休んでいたが、大きな音がしたため、何事かと思い、今は部屋を出て、そちらの方へと歩みを進めていた。

 

「何か、あったのかな……」

 

 フェイトはそう呟きながら音のした方へと急いだ。

 そして、フェイトがしばらく廊下を進むと目的の場所へと到着した。

 

 ――そこには、大きな穴が空いていた。

 

「……何が、あったの……?」

 

 フェイトは呆然とその大きな穴を見つめる。その穴は直径五メートルはあろうかという大きな穴であった。

 この時の庭園で、このようなことがあること事態が異常だ。こんなものがあるということは、誰かがこの穴を空けたということ。

 そして円形であるこの穴は砲撃魔法で誰かが空けたのだと、フェイトは理解した。

 

「でも、一体だれが……?」

 

 フェイトが穴を見ながら首を傾げていると、

 

「――起してしまったか」

 

 フェイトの背後から声が掛けられた。

 フェイトが振り向くと、そこには長身の青年――黒沢祐一が立っていた。

 

「何があったの、祐一……?」

 

「…………」

 

 フェイトはそう質問するが、祐一から答えは返ってこなかった。

 そんな祐一を見つめながら、フェイトは首を傾げた。

 

(こんな祐一、珍しいな……)

 

 フェイトはそう心の中で思った。祐一はあまり喋る男ではないが、質問に対しては間髪入れず答えるような男であった。

 そんな祐一が何かを言いよどむような反応を見せていることが、フェイトにとっては驚きであった。

 フェイトがそんな祐一に驚いていると、祐一が声を掛けてくる。

 

「――フェイト、よく聞け。実はな――アルフがいなくなった」

 

「……え、なに、言ってるの……?」

 

 フェイトは思わずといった感じで祐一へと質問を返してしまう。その表情は不安に彩られていた。

 そんなフェイトをじっと見つめながら、祐一はアルフがいなくなってしまった経緯をフェイトへと説明を始めた。

 

「――そ、そんなっ……アルフが……」

 

「悲しいが事実だ。その結果が、"これ"なのだから」

 

 祐一はその大穴を指差しながら話をする。

 フェイトはまだ信じられないのか、呆然とした表情をしている。

 

「じゃ、じゃあ、アルフは……?」

 

「俺にはわからない。アルフが無事かどうかは、お前が一番分かるはずだ」

 

 祐一にそう言われ、フェイトははっとなった。

 アルフはフェイトの使い魔であるため、フェイトはアルフとの魔力パスが繋がっている。もし、アルフに何かあれば、フェイトが一番に分かるはずである。

 

「……パスは繋がったままだから、アルフは無事みたいだ」

 

 だけど、とフェイトは続ける。

 

「念話にも反応しないし――どこにいるかもわからない」

 

「……そうか」

 

 フェイトの言葉にも、祐一は眉一つ動かすことなく頷いた。

 フェイトはそんな反応を返す祐一に、思わず声を荒げてしまう。

 

「っ! 祐一が……祐一がこんなことをしなければっ!」

 

「……では、プレシアさんがアルフに殴られ、怪我をしてもよかったというのか、お前は」

 

 祐一にそう返され、フェイトは表情を歪める。その表情は、悲しみと何も出来なかった自分自身への不甲斐なさがない交ぜになっているようであった。

 

「……そ、そんなことない、けど……ここまでする必要、あったのかな……?」

 

「以前から、アルフはプレシアさんに反感を抱いていた。一度こんなことがあったなら、また同じことが起こるかもしれん。ならば、危険は早めに取り除いておくべきだろう」

 

「……本当に、祐一は、そんなこと思ってるの?」

 

 フェイトは不安そうな眼差しで祐一を見つめながら、そう問い掛ける。祐一がそんなことを思っているなんて、聞きたくなかったのだ。少しでも、アルフのことを気に掛けてくれるような言葉をフェイトは祐一の口から聞きたかった。

 だが、祐一は淡々と言葉を返す。

 

「ああ。そう思っている。俺の依頼主はプレシアさんであり、その依頼主に危険が及ばないようにするのは当然だろ」

 

 祐一の言葉に、フェイトは愕然となる。

 祐一がこんなに冷たい人だったのかと、なぜアルフにそんな酷いことをしたのかと。フェイトの頭の中をそんな考えが過ぎった。

 だが、祐一がプレシアを守ってくれたことは事実であり、アルフがこんなことをした原因は自身にあると、フェイトは感じていた。

 

(……そう、全部、わたしのせいなんだ)

 

 フェイトは自身の不甲斐なさ、アルフへの申し訳なさを痛烈に感じていた。

 

 ――そんなフェイトの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

 

「あ、あれ……? な、なんで……」

 

 自身で感情を制御しているつもりなのに、それを無視するかのように涙は一滴一滴と確実に落ちていく。

 そんなフェイトを見つめ、祐一は僅かに表情を歪めた。その表情には、僅かな悲しみが浮かんで見えた。

 

「俺を恨むか、フェイト?」

 

 そう話す祐一に、フェイトは涙を流しながらも首を横に振った。

 

「……何故だ? アルフに酷いことをしたんだぞ?」

 

 さらに祐一は言うが、フェイトはそれでも首を横に振る。

 そして、フェイトは涙を拭き祐一へと言葉を返す。

 

「祐一は母さんを守ってくれたから、そんな祐一を怒ることはできないし、恨むこともできないよ」

 

「……そうか。なら、これからどうする?」

 

「わたしのやることは変わらないよ。……ジュエル・シードを集める。ただ、それだけだよ」

 

 涙を拭き、顔を上げたフェイトの表情は目が赤くなっているということ以外、いつものフェイトだった。

 だからこそ、祐一はフェイトが無理をしているということが手に取るようにわかった。

 

(――だが、それがわかったとしても、俺がフェイトにしてやれることなどあるはずもない)

 

 祐一は僅かに首を振り、フェイトの頭を優しく撫でる。

 

「今日はもう休め。まだ魔力も戻ってないだろうし、体力も回復してないだろうからな」

 

「うん。ありがとう、祐一」

 

 祐一の言葉に、フェイトは久しぶりに笑顔を見せた。

 

「じゃあ、部屋に戻って休むね」

 

「ああ。おやすみ、フェイト」

 

「おやすみ、祐一」

 

 そうお互い挨拶を交わし、フェイトは部屋へと戻って行った。

 フェイトの姿を見送ると、祐一は僅かに息を吐く。

 

(ジュエル・シード集めは継続。ジュエル・シードを集めるためには、管理局と戦わないといけない。……そして、なのはたちとも……)

 

 直接、祐一がなのはと戦うことはないだろうが、フェイトがなのはと戦うことはまず間違いないと祐一は思っていた。

 

(俺の相手は、執務官のクロノ・ハラオウンでほぼ間違いないだろうな)

 

 魔導師ランクAAA+という実力の持ち主であり、リンディ・ハラオウン提督の一人息子。だが、決して親の七光りというわけではなく、その実力は本物であり、間違いなく相手の中で一番の実力を持っていると祐一は確信していた。

 

「まったく、厳しい話だな」

 

 祐一が一人で呟いていると、背後から声が掛かった。

 

「――予定は順調かしら?」

 

「順調ですよ。――概ね計画通りです」

 

 祐一はそう言いながら背後へと振り返る。

 そこには、祐一の依頼主であるプレシアが立っていた。

 祐一の言葉に静かに頷きを返すと、今度は僅かに言い澱みながら質問する。

 

「……フェイトの様子は、どうかしら……?」

 

「元気はありませんよ。アルフもいなくなったこともあって、相当ショックを受けています」

 

 祐一の言葉にプレシアは表情を歪める。

 

「……フェイトには辛い思いばかりさせているわね。……本当に駄目な母親ね」

 

 そう自嘲気味な笑みをプレシアは浮かべる。

 そんなプレシアに祐一は言葉を掛けようとするが、プレシアは手を上げそれを制した。

 

「大丈夫よ。私はもう覚悟を決めているのだから……」

 

「……そうですか。なら、俺はもう何も言わないですよ」

 

 そう話す祐一に、プレシアは少しだけ表情を緩めた。

 

「ほんとうにありがとう、祐一くん」

 

「俺が決めたことです。気にしないでください」

 

「ふふ、そうね」

 

 祐一のいつもどおりの言葉に、プレシアは久しぶりに僅かに笑みを浮かべ、祐一もつられるように口角を上げた。

 

 ――そんな温かな空気となっていたときだった。

 

「っ!? ごほっ、ごほっ……っ」

 

 プレシアが口を押さえ、急に咳き込み始めた。その手の隙間からは、赤いモノが流れ落ちてきていた。

 そして、そのまま膝から崩れ落ちていった。

 

「プレシアさんっ! 大丈夫ですか……?」

 

 そう叫びながら、祐一は倒れそうになったプレシアへと瞬時に駆け寄りその体を支える。

 支えたプレシアの体は祐一が思っていたよりも――軽かった。

 

「ごほっ……ごめんなさい。駄目ね、次元干渉の魔力攻撃は体が持たないわね。……ふぅ、もう大丈夫よ」

 

 プレシアはそう言いながら祐一から体を離す。

 大丈夫と言ってはいるが、その表情からはとても大丈夫とは祐一には思えなかった。

 

「俺が肩を貸しますから、部屋に戻りましょう。……無茶しないでください」

 

 祐一珍しく、半ば強引にプレシアへと肩を貸し、そのままの状態で部屋へと向かう。

 ゆっくり歩きながら、祐一はプレシアへと語りかける。

 

「まったく、そんなところはフェイトにそっくりですよ」

 

「ふふ、そうね。あの娘も無茶ばかりしているようね」

 

 プレシアは祐一の言葉に嬉しそうにしながら答える。顔色は決して良くはないが、その表情はとても嬉しそうであった。

 そんなプレシアに呆れ半分と嬉しさ半分と微妙な気持ちとなりながら、祐一は苦笑を返す。

 しばらく歩くと、すぐにプレシアの部屋へと到着した。

 祐一はプレシアをベッドに連れて行った。

 

「では、プレシアさんも休んでください」

 

「ええ、ありがとう、祐一くん」

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

 そう言葉を交わし、祐一がプレシアの部屋を出て行こうとする。

 そんな祐一の背中へとプレシアは声を掛けてきた。

 

「――フェイトを頼むわね、祐一くん」

 

 プレシアの言葉に、祐一は振り返らずに答える。

 

「ええ。わかりました」

 

 祐一はそう答えると、プレシアの部屋を後にした。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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過去の一端

投稿します。
今回は早めに書けました。
では、どうぞ。


 今、なのははリンディの計らいで高町家へ帰ってきていた。

 なのはが帰ってくると、母親である高町桃子は笑顔でなのはを抱きしめてくれて、なのはは嬉しくて、少しだけ涙を流していた。父の士郎、兄の恭也、姉の美由希はそんな二人を笑顔で見つめていた。

 その後はリンディを交え、リビングでなのはたちは話をしている。

 

「――と、そんな感じの十日間だったんですよ~」

 

「あら、そうなんですか~」

 

 そう笑顔で会話をしているのは、リンディと桃子である。桃子の横には恭也と美由希が座っており、美由希の膝の上には、フェレットの姿となっているユーノが座っていた。

 一方、なのははというとリンディと桃子の会話を聞きながら、僅かに笑顔を引きつらせていた。

 

『――というか、リンディさん、見事な誤魔化しというか、真っ赤な嘘というか……』

 

『う、うん。すごいね……』

 

『本当のことは言えないですからね』

 

 なのはとしては本当は、家族に嘘をつくのは気が引けるのだが、流石に今自分が行っていることを言うことはできないため、リンディが嘘で誤魔化しているのだ。

 そんなリンディの心配りに有り難さを感じていると、美由希が声を掛けてきた。

 

「なのは、今日明日くらいはこっちにいられるんでしょ?」

 

「うん。大丈夫」

 

「アリサもすずかちゃんも心配していたぞ? もう連絡はしたのか?」

 

「うん。さっき、メールを出しといた」

 

 美由希と恭也の質問になのはは笑顔で答える。

 

「そういえば、最近、祐一の姿を見ないんだが、なのはは知らないか?」

 

「……っ」

 

 恭也の質問になのはの表情が僅かに引きつる。

 

「どうした、なのは……?」

 

 なのはの表情の変化に気付いた恭也は首を傾げながら質問する。

 

「ううん、なんでもない。祐一お兄さんは、今、海鳴にはいないんだ」

 

「そうなのか? ったく、あいつは何も言わずにすぐどこか行っちまうからな」

 

「うん。そうだね……」

 

 恭也の言葉を聞きながら、なのはは力ない笑みを浮かべる。

 祐一と出会い、話をするようになってから、なのはは祐一のことをもう一人の兄のように慕っているのだ。そんな祐一がフェイト側についた。

 何か理由があるのだろうが、なのはにとっては少なからずショックであった。

 

「――なのは、寂しい?」

 

 そう静かに呟いた美由希の声を聞き、なのははそちらを見つめる。

 美由希は祐一がいない理由を知らないはずなのに、まるで全て分かっているかのような表情でなのはを見つめていた。

 ただひたすらに、自身の妹であるなのはを心配している姉の表情であった。

 そんな優しい姉に、なのはは微笑みを浮かべる。

 

「寂しいよ。……だけど、祐一お兄さんに頼りっぱなしじゃ駄目だと思うから」

 

「そう……」

 

 なのはの言葉に、美由希は同じように微笑んだ。

 

「それに、ユーノくんもいてくれるしね」

 

「キュイ!」

 

「そうだな」

 

「ふふ。それもそうだね」

 

 なのはの言葉に、ユーノが答え、恭也が頷き、美由希が笑みを浮かべながらユーノを撫でる。

 そんな優しい人たちに囲まれ、なのはは力をもらっているような気分であった。

 だから、これからも頑張ろうと、なのはは思っていた。

 

(――まだ、祐一お兄さんが何を考えているのかはわからない。だけど、わたしは祐一お兄さんを信じてるから)

 

 なのははここにはいない黒衣の青年の姿を思い浮かべながら、決意を心の中で固めていた。

 

 

 ――なのはが高町家へと戻る前。

 

 リンディからの連絡で、クロノ、エイミィ、なのは、ユーノがアースラのブリーフィングルームへと集められていた。

 

「みんな集まりましたね?」

 

 リンディの言葉に四人は頷きを返す。

 四人を見つめ、リンディは静かに口を開いた。

 

「――黒沢祐一がどのような人物なのか分かりました」

 

「っ!? ほ、ほんとなんですかっ!?」

 

 リンディの言葉に、真っ先になのはが驚いた声を上げる。

 このメンバーの中で祐一との付き合いが一番長く、そして、祐一のことを慕っているのだから当然の反応であった。

 そんな付き合いの長いなのはであったが、祐一の過去については特に何も知らなかった。祐一が昔のことをあまり話したがらなかったのが大きな理由ではあったが、今はそんなことは気にしていられない。

 なのはの言葉に静かに頷き、リンディは話を続ける。

 

「ええ。エイミィ、お願い」

 

「はい」

 

 リンディの言葉を聞き、エイミィがいくつかのモニターを映し出す。

 

「っ!? ……祐一お兄さん……」

 

 なのはの視線の先、モニターに映し出されているのは紛れもなく自分が慕っている――黒沢祐一であった。

 今よりも身長は低く、僅かに幼さの残る顔立ちであるものの、その瞳に宿っている力強さは変わっていなかった。

 

(これが、昔の祐一お兄さんなんだ……)

 

 じっとモニターを見ていたなのはであったが、何かに気付いたのか、自然と口から声が零れた。

 

「祐一お兄さんが着てるこの服って……」

 

「――そう。黒沢祐一はね……元管理局の人間なの」

 

「っ!? じゃ、じゃあ、まさかっ!?」

 

「――ええ。"あの"黒沢祐一よ」

 

 リンディの言葉にクロノは呆然となる。

 なのはは二人のやり取りの意味がわからず、モニター越しに祐一の姿を見つめながらユーノとともに首を傾げていた。

 そんな二人の反応に気付いたリンディが苦笑を浮かべる。

 

「勝手に話を進めてごめんなさいね。今から説明するわね――」

 

 そう話し、リンディに頼まれたエイミィが説明を始める。

 

「黒沢祐一――このときの年齢は一四歳。当時の魔導師ランクはS+で、空戦、陸戦のどちらも高い水準での戦闘が可能な、管理局内でも無類の強さを誇る魔導師で、管理局の期待のエースでした」

 

「そんなにすごかったんですか?」

 

 エイミィの言葉になのはが質問を返す。

 その質問に答えたのは、腕を組み話を聞いていたクロノであった。

 

「――ああ。当時の"あの人"――奴は、悔しいがとんでもない強さの魔導師だった。……今の僕でも太刀打ちできないくらいに、ね」

 

 クロノの言葉になのはは息を飲む。

 クロノは若くして執務官となった少年であり、自身もAAA+クラスの魔導師だ。そんなクロノをもってしても太刀打ちができないと言わせる祐一の強さに、なのはは戦慄を覚えた。

 なのはとクロノのやり取りを眺めていたエイミィが、二人の話しに区切りが付いたと判断し、説明を続ける。

 

「ですがその一年後――"ある事件"が切っ掛けで管理局を除隊しています」

 

(――"ある事件"……?)

 

 そのフレーズを聞き、なのはは首を傾げるが、それに気付かずクロノは一人頷く。

 

「なるほど。それから、この地球へとやってきたわけか……」

 

「うん。それでほぼ間違いないと思う」

 

「だが、今の黒沢祐一の魔力量はAランクと計測されている。意図的にランクを落としているということか……?」

 

 クロノの言葉に、エイミィは頷きを返す。

 

「そうだと思う。だけど、意図的にランクを落としている理由は不明。おそらくだけど、ここではあまり派手に動きたくないからだと思う」

 

 エイミィはパネルを操作しながら、そう話し、クロノとリンディもそれに同調するように頷く。

 

「何故ランクを落としているかは不明だが、正直、こちらとしてはありがたい。――とにかく、これで黒沢祐一の正体はわかった。これなら少しは対策を立てれるだろう」

 

「そうね。厳しい戦いになることは間違いないけれど、とにかく、これからやれることをやっていきましょう」

 

 リンディの言葉に皆が返事をしながら頷く。

 そんな中、なのはは祐一が何を考えているのかを考えていた。

 

(祐一お兄さんの目的はわかってないけど、祐一お兄さんが悪いことを企んでいるとは思えない。――きっと、何か事情があってフェイトちゃんの手伝いをしているんだ。――それに――)

 

 なのはは以前、祐一に言われたことを思い出す。

 

『――人の考えなど千差万別、それぞれ違う。もしかしたら、分かり合えないかもしれない。……だが、なのは、お前の考えは違うだろ? お前はちゃんと話し合えば人は分かり合えると思っている。現にアリサとは仲良くなって、今は親友と呼べる間柄だ。まぁ、たまには喧嘩もしてしまうかもしれない。だが、それでいいんだ。人は自分の意思をぶつけ合って、初めて分かり合うことも出来るのだからな』

 

 かつて、祐一はなのはにそう言っていた。

 だからこそ、そのようなことを自分に言っていた祐一をなのはは今でも信じているのだ。

 

『アリサと仲良くなれたのは、なのはが自分の意思を貫いた結果だ。だから、なのは――』

 

 ――これからも自分の意思、考えを大事にしろ。

 

 そう微笑み、自分の頭を優しく撫でてくれた祐一をなのはは信じると決めた。

 

(だから、わたしは自分が思ったことをやっていこう)

 

 新たな決意を心に秘め、なのはは次なる舞台へと上がっていく。

 

 ――決戦はもうそこまで迫ってきていた。

 

 




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決戦前

投稿します。
遅くなりました。
楽しんでいただければ幸いです。
では、どうぞ。


 ――祐一の過去の断片を聞いてから数日。

 

 なのはは一時的に高町家へ帰り、普通の小学生と同じく学校へと登校していた。

 なのはは親友である、月村すずかとアリサ・バニングスとの久しぶりの学校に笑顔を見せていた。同じようにすずかとアリサも、なのはが学校に来たことをとても喜んでいた。

 そして、なのはは二人にこれからのことを魔法関係を除いたことについて話しをした。なのはの話を二人は親身になって聞いてくれて、なのはは全てを伝えられないもどかしさと、二人の優しさがとても嬉しかった。

 

「あ、そういえばね。昨夜、怪我をしている犬を拾ったの」

 

「犬……?」

 

 なのはが話を終えると、アリサが場を盛り上げるように話を始めた。

 アリサの言葉に、すずかは首を傾げている。それを見て、なのはもつられて首を傾げていた。

 

「うん。すごい大型で、毛並みがオレンジ色で、おでこに赤い宝石がついてるの……」

 

 アリサの言葉に、なのはは思わず、あっと短く声を上げる。頭の中でフェイトの使い魔の姿が思い浮かんだ。

 

(もしかして、アルフさん……? でも、どうして……)

 

 なのははそう疑問に思いながらも、アリサとすずかとの話しに集中した。

 

 

 ――そして、学校が終わると三人はアリサの家にやってきた。

 

 そこで、なのはが目にした人物は、

 

『――やっぱり、アルフさん……』

 

『……あんたか……』

 

 そこにはなのはが予想していたとおり、フェイトの使い魔であるアルフの姿があった。

 ほぼ全身に包帯を巻かれた姿は痛々しく、ひと目見てかなりの怪我を負っていることがわかった。

 また、いつもの傲岸不遜な態度はなりを潜め、覇気も感じられないアルフの姿になのはは疑問を感じずにはいられなかった。

 

『その怪我、どうしたんですか? それに、フェイトちゃんは……?』

 

『…………』

 

 なのはが念話でそう問い掛けると、アルフは何も言わずに背を向けて座り込んでしまった。

 

(なにかあったんだ。それも、なにかよくないことが……)

 

 アルフの態度からそうなのはは感じ取った。

 

「あらら。元気なくなっちゃった。どうしたの? 大丈夫?」

 

「傷が痛むのかも。そっとしておいてあげよう?」

 

 そんなアルフを見て、アリサとすずかが心配するように話す。

 なのはとしては、なぜアルフが今ここに居るのか理由を問いたかったが、アルフがこのような状態では埒が明かないと、なのはが考えていると、すずかの腕に抱かれていたユーノが腕から飛び降り、アルフの近くに歩みを進めた。

 

『なのは。彼女からは僕が話を聞いておくから、なのははアリサちゃんたちと行って』

 

『うん。お願い、ユーノくん』

 

 なのははユーノにそう言葉を返すと、アリサとすずかとともに家へと入っていった。

 ユーノはなのはたちが家へと入っていったのを確認すると、アルフへと話し掛ける。

 

「いったいどうしたの? 君たちの間で、いったい何が……?」

 

「……あんたがここにいるってことは、管理局の連中も見てるんだろうね」

 

「うん」

 

 ユーノが頷くと、別の人物の声が割り込んでくる。

 

『時空管理局――クロノ・ハラオウンだ。どうも事情が深そうだ。正直に話したら悪いようにはしない。君のことも、君の主――フェイト・テスタロッサのことも……』

 

 そう真剣に話すクロノの言葉を聞き、アルフはしばらく無言であったが、しばらくすると観念するように口を開いた。

 

「……話すよ、全部。だけど約束して、フェイトを助けるって。……あの子は何も悪くないんだよ」

 

『――約束する』

 

 アルフの悲痛な言葉に、クロノは真剣な表情で頷いた。

 そして、アルフはゆっくりと今回の事件の顛末を話し始めた。

 

 ――プレシア・テスタロッサがジュエル・シードを探していること。

 ――フェイトは母親の命令で、その手伝いをしていること。

 ――黒沢祐一がプレシアに協力していること。

 

「――あたしは我慢できなくなって、プレシアを一発ぶん殴ってやろうと思った。だけど、祐一に邪魔されてこのザマさ……」

 

 アルフは自分が知っていることを全て話し終えると、深く息を吐いた。心なしか、表情も柔らかくなってた。

 

「でも、なんで祐一さんはプレシア・テスタロッサに協力しているんだろう……?」

 

 アルフの言葉を聞いたユーノが思わずといった感じに呟いた。

 

「……祐一はあくまで依頼だって言ってたけど、ほんとのところはあたしも知らないよ」

 

 アルフは頭の中で黒衣の青年の姿を思い浮かべながら話す。

 

 ――厳しくも優しかった祐一。

 ――フェイトに笑顔を増やしてくれた祐一。

 

 そんな祐一がアルフは好きだったし、なによりフェイトを笑顔にしてくれた人物がただ依頼というだけで、このようなことをするとはアルフは思っていなかった。

 

『……とりあえず、プレシア・テスタロッサの目的はわかっただけでもよしとしよう』

 

 考え込むアルフとユーノに、そうクロノが告げた。

 

「うん、そうだね。――なのは、聞いてた?」

 

『うん。聞いてたよ……』

 

 念話越しに、元気の無いなのはの声が皆に聞こえてくる。

 

『なのは、君の証言とアルフの証言から、彼女の言葉に嘘偽りはないと判断する』

 

『うん。……これからどうなるのかな?』

 

 クロノの言葉に、なのはが質問を返した。

 僅かに悲しみを帯びたなのはの声であったが、クロノは冷静に答える。

 

『プレシア・テスタロッサ及び、黒沢祐一を捕縛する』

 

『っ!? でも、祐一お兄さんは依頼でフェイトちゃんのお母さんを手伝っているだけで――』

 

『だとしても、フェイト・テスタロッサとは状況が違う。黒沢祐一は自らプレシア・テスタロッサの手伝いをしている。……残念だが見過ごすことは出来ない』

 

 祐一を捕まえると聞いたなのはが僅かに反論するが、クロノは正論で返した。

 

『だから、僕たちは艦長の命令があり次第、今回の任務をプレシア・テスタロッサと黒沢祐一の捕縛に変更する。――君はどうする、高町なのは?』

 

 クロノがそう話すと、なのははしばらく黙っていたが、決意の篭った声で話し始める。

 

『……わたしはフェイトちゃんを助けたい! 祐一お兄さんも説得したいけど……。アルフさんの想いと、それからわたしの意思。フェイトちゃんの悲しい顔は、何だかわたしも悲しいから。だから、その悲しい思いから救いたい。……それに、友達になりたいって返事もまだ聞いてないし』

 

『――わかった。こちらとしても、君の魔力を使わせてもらえるのはありがたい。……正直な話、今の僕たちだけではフェイト・テスタロッサと黒沢祐一の相手をするのは厳しいからね。だから、フェイト・テスタロッサについてはなのはに任せる。アルフ、それでいいか?』

 

「ああ。……なのは、だったね。頼めた義理じゃないけど……だけど、お願い。……フェイトを助けて」

 

『うん。大丈夫、任せて!』

 

 なのはの元気な声を聞き、皆は自然と笑顔を浮かべた。

 

 

 一方、フェイトはアルフがいなくなったものの、目に見えて悲しみに暮れることはなくなっていた。ただ、それは見て確認できる範囲であるため、内心でどう思っているかは知ることもできない。

 アルフの安否はすでに確認済みであった。祐一が行方を調査し、フェイトへと教えたのだ。流石にアリサの下にいるとは思わず、祐一も驚いていた。

 

 そのようなことがあったが、今、祐一はプレシアから借りている部屋で休んでいた。

 ジュエル・シードは管理局側とプレシア側で全て回収済みであるため、祐一から動く必要がなかったからだ。

 それに、

 

(おそらく、明日が管理局との決戦になるだろう。そして……今回の戦いも……)

 

 祐一がそこまで考えたところで、ドアが控えめにノックされたため、思考を中断した。

 祐一が扉を開けると、そこには――、

 

「こんな時間にどうしたんだ、フェイト?」

 

 祐一の元教え子であり、綺麗な金髪が特徴的な儚げな少女――フェイト・テスタロッサが立っていた。

 フェイトは祐一の顔色を窺いながら、口を開く。

 

「あの、あのね、祐一と少し話がしたくて……駄目、かな……?」

 

「なんだ、そんなことか。別に構わん。部屋に入るといい」

 

 祐一の言葉を聞き、フェイトは頬を僅かに染めながら嬉しそうに微笑んだ。

 フェイトを部屋へと招き入れ、お互いベッドに腰掛けると、祐一が口を開く。

 

「それで、話とはなんだ?」

 

「……うん……」

 

 フェイトはそう静かに呟いた。膝の上で握った両手には、僅かに力が入っていた。

 祐一はそんなフェイトを黙って見つめる。ここで自分が話しても、フェイトがさらに話しにくくなるだろうという祐一なりの配慮であった。

 そして、しばらく沈黙が続いたが、フェイトが静かに話を始めた。

 

「――祐一は何で母さんの手伝いを引き受けたの?」

 

 フェイトは真剣な表情で祐一へと質問する。

 祐一は僅かに驚いた表情となったが、すぐにいつもの表情に戻ると、少し考えたあと口を開いた。

 

「知らない仲ではなかったから、というのが理由の一つではある。だが、俺がプレシアさんに協力するのは――"自分がそうしたかったから"だ」

 

「自分がそうしたかった……?」

 

「そうだ。プレシアさんが望んでいることを叶えてあげたい。そう思ったから、俺は今こうしているんだ」

 

 祐一の言葉を聞き、フェイトは詰め寄るようにさらに質問を返す。

 

「でも、母さんの――わたしたちがやっていることはいけないことかもしれないんだよ?」

 

「そうかもしれん。だが、それでもプレシアさんはやろうとしている。誰にも認められず、世間からは悪だと罵られてもだ。……それなら、俺ぐらいはプレシアさんの味方であろうと、そう思ったんだ。――お前は違うのか、フェイト」

 

「わたしは……」

 

 フェイトはそこで言葉を止める。

 その表情は何かに迷っているような表情であったが、静かに口を開いた。

 

「……わたしも祐一と同じ。母さんを助けてあげたい。例え管理局と戦うことになっても――あの白い服の女の子と戦うことになっても」

 

 そう言葉を紡いでいくフェイトの表情は、徐々に決意を固めていっているように見えた。だが、心の奥底では迷いがあるのだろうと、祐一は感じていた。

 そして、フェイトは一度深呼吸すると、決意の言葉を口にする。

 

「わたしの願いは、"母さんの願いを叶えること"。……今のわたしにはそれだけだから」

 

 フェイトはそう話すと、小さく笑みを浮かべた。

 そんなフェイトを見て、祐一は僅かに表情を歪める。

 

(母親の願いを叶える、か。違うだろう……お前の本当の願いは――)

 

 そこまで考えるが、祐一は首を横に振りそれを消した。

 そして、小さく笑みを浮かべていたフェイトの頭に優しく手を乗せた。

 

「……祐一?」

 

「……いや、何でもない。さて、今日はもう遅いから寝るといい」

 

 フェイトが首を傾げながら聞いてくると、祐一は誤魔化すようにフェイトの頭を少しだけ乱暴に撫で回した。フェイトは「わわ、やめてよぉ」と頬を膨らませているものの、微笑みを浮かべていた。

 そして、フェイトは少しだけ考えると、僅かに頬を染めながら口を開いた。

 

「あの、今日は、祐一と一緒に寝てもいい、かな?」

 

 上目遣いでこちらを見つめながら、恥ずかしそうに話すフェイトに祐一は苦笑を浮かべる。

 

「仕方ない。今日だけだぞ?」

 

 そう話すと、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべたフェイトを見て、祐一は無意識のうちに笑みを浮かべていた。

 

「えっと、よろしくお願いします」

 

 フェイトは一度部屋へと戻り、寝間着に着替え、自身の枕を抱え戻ってきた。

 少し恥ずかしそうに、フェイトは祐一のベッドへと潜り込む。それを確認したあと、祐一もベッドへと入った。

 最初は恥ずかしそうにしていたフェイトであったが、しばらくすると慣れてきていた。

 

「祐一と一緒に寝るのって久しぶりだね」

 

「そうだな。俺がフェイトの教育係りを引き受けたときのちょうど一年前ぐらいに、こうやっていっしょに寝たか」

 

「もう、そんなに経つんだね」

 

 フェイトが感慨深げに呟くのを聞き、祐一は誰ともなく静かに呟いた。

 

「――おそらく、明日が最後の戦いになるだろう」

 

 祐一の言葉にフェイトは静かに頷く。

 

「厳しい戦いになるだろう。――だがなフェイト――」

 

 祐一は少しだけ間を置いたあと、口を開いた。

 

「負けるな。どんなことがあっても、心を強く持ち、自分を信じて前へと進め。――諦めなければ、きっと道は開けるのだから」

 

「……うん。……わかった」

 

 祐一の言葉に静かにフェイトは頷く。

 祐一はそれを確認すると、フェイトの頭を優しく撫でやった。

 

 ――最後の戦いは、すぐそこまで迫っていた。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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想いの強さ

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 なのははまだ夜が明けて間もない道を走っていた。――フェイト・テスタロッサとの決着をつけるために。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 なのはは息を切らせながら、以前、祐一に言われたことを思い出していた。

 

『いいか、なのは。互いに譲れないものがあるなら、ぶつかり合うのも仕方のないことだ。――ならば、自分の想いを相手に思い切りぶつけてみろ。その想いが本物ならば、きっと相手にも届くだろうさ』

 

 以前は言われてもぴんとこなかった言葉であったが、今は分かる。だからこそ、なのはは自分の想いをフェイトへと全力でぶつけるつもりでいた。

 なのはは視線を自分の肩へと向ける。そこには、いつものフェレットの姿となっている友人であり、魔法の師匠でもある――ユーノ・スクライアが乗っていた。

 知り合ってあまり時間も経っていないが、今は心強く感じていた。

 

「なのは」

 

 ユーノがなのはの名前を呼ぶ。

 ユーノが見つめる視線の先、祐一に負わされた怪我も完治したフェイトの使い魔である、アルフが狼の姿でなのはたちに並走していた。

 なのはは横目にアルフの姿を確認すると、前を向き、目的地へと急いだ。

 

 

 ――しばらく走ること数分、目的地である海鳴臨海公園へとなのはたちは到着した。

 

「――ここなら、いいよね。出てきて、フェイトちゃん」

 

 そうなのはが呟くと、すでに漆黒のバリアジャケットに身を包み、その手に自身の相棒であり武器でもあるバルディッシュを握っている少女が姿を現した。

 美しい金髪をツインテールにまとめた少女――フェイト・テスタロッサがなのはの背後へと静かに降り立った。手に握るバルディッシュは、すでにサイズフォームへと変化しており、今回の戦いへの覚悟が窺えた。

 

「祐一お兄さんは、来てないのかな?」

 

 辺りを見回しながらなのはが質問すると、無表情だったフェイトの表情が僅かに動いた。

 

「祐一はここにはいない。あなたの相手は、わたしだから」

 

 そう決意を込めるようにフェイトは話す。

 

「フェイト! もう止めよう! あんな女の言うこと、もう聞いちゃ駄目だよ! このままじゃ、フェイトが不幸になるばかりじゃないか……だから、フェイト!」

 

 アルフの悲痛な叫びがこだまする。だが、悲しみに表情を歪めながらも、フェイトは首を縦に振ることは無かった。

 

「だけど、それでもわたしはあの人の娘だから……」

 

「フェイト……」

 

 フェイトの言葉を聞き、アルフは悲しい表情で呟いた。

 なのはは真剣な表情でフェイトを見つめ、自身の愛機であるレイジングハートを起動し、純白のバリアジャケットを身に纏った。

 フェイトを見つめるなのはの瞳には、並々ならぬ力強さが宿っていた。

 

「ただ捨てればいいってわけじゃないよね。逃げればいいってわけじゃ、もっとない。きっかけは、きっとジュエル・シード……だから賭けよう。お互いが持ってる全部のジュエル・シードを! それからだよ。全部、それから……」

 

「…………」

 

 なのはとフェイトはお互いにデバイスを構える。

 そんな二人をアルフとユーノは少し離れたところから、心配そうに見つめていた。

 

「わたしたちの全ては、まだ始まってもいない。だから、本当の自分を始めるために……始めよう! 最初で最後の本気の勝負!」

 

 なのはの決意を込めた叫びと同時、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 なのはとフェイトの戦闘が開始されたのを、遠くから見つめている一人の青年の姿があった。

 日本人にしてはかなりの長身の青年で、全身を漆黒の服で身を固めていた。

 背中には鞘に収まった長剣を携えており、知っているものが見ればそれがデバイスであろうと気付くだろう。

 漆黒の青年――黒沢祐一は、いつものサングラスを胸ポケットに仕舞い、海上で激しく交錯している金色と桃色の光を静かに見つめていた。

 

「遂に始まったか……」

 

 なのはとフェイトの戦闘を見つめながら、祐一は一人呟く。

 

(魔力量はほぼ互角。だが、戦闘経験では圧倒的にフェイトが上だ)

 

 祐一は客観的に判断し、フェイトの方が優勢であろうと考えていた。

 しかし、なのはも魔導師としての潜在能力は計り知れず、ジュエル・シードの件から戦闘経験をそれなりに積んできてもいる。

 

(それに、なのはの表情には不安が一切見られない。ユーノと何か戦術を考えてきたのか、あるいは何か切り札でもあるのか。……どちらにせよ、これが最後の勝負に変わりはない)

 

 祐一の視線の先、なのはとフェイトは相手の出方を窺うように戦闘を行っている。

 祐一は不謹慎に思いながらも、嬉しさから笑みを浮かべてしまう。二人の無事を願っているのに、二人が立派に戦っている姿を見てそのような気持ちとなったのだ。

 

「どちらが勝利するか――二人の想いの強さ、見せてもらおう」

 

 静かに呟いた祐一の言葉は、虚空へと消えた。

 

 

 フェイトとなのはの戦いは、次第に激しさを増していた。

 

『Photon Lancer』

 

『Divine Shooter』

 

 バルディッシュとレイジングハートの声が響き、フェイトとなのはから魔力スフィアが放たれる。お互いの攻撃を、空中で回避したり、防御魔法で攻撃を防いだりして、お互いに決定的な攻撃を相手に当てられないでいた。

 

「っ!」

 

 フェイトが僅かに焦ったように息を飲んだ。

 なのはの魔力スフィアを数発避けきれず、魔力障壁でそれを防いだのだ。そして、その隙になのははさらに魔力スフィアを生成し、

 

「シューート!」

 

 掛け声とともに、なのははフェイトへと魔力スフィアを放った。

 だが、フェイトはそれに動じることなく対処する。

 

『Scyth form』

 

 瞬時にバルディッシュをサイズフォームへと変化させ、その光の刃で魔力スフィアを切り飛ばして消滅させた。そして、勢いそのままにフェイトはなのはへと突撃する。

 

「くっ!?」

 

 フェイトが持つバルディッシュの斬撃を、なのははなんとか障壁を張って防いだ。フェイトはこの障壁なら破れると思い、バルディッシュを握る手に力を込め、そのまま押し込む。

 だが、フェイトの攻撃を防ぎながら、なのはは先ほど自身が放ったまま残っていた魔力スフィアを操作し、それでフェイトを背後から攻撃した。

 

「っ!?」

 

 僅かに驚いたフェイトであったが、空いていた片腕で障壁を張り、その攻撃を防いだ。

 

(――今だっ!)

 

 フェイトが攻撃に気を取られた隙に、なのはは瞬時に上空へと移動し、

 

「せえぇぇぇぇいっ!」

 

 その叫びとともになのはは上空から加速し、レイジングハートをフェイトへと叩きつける。

 

(当たらないっ!)

 

 だが、フェイトも寸前で攻撃に気付き、バルディッシュで受け止める。

 ガキンッ! というデバイス同士がぶつかり合う音とともに、二人の魔力もぶつかり合い爆発を引き起こす。

 

「「っ!?」」

 

 二人は爆発の余波で吹き飛ばされる。

 すると、いち早く体勢を立て直したフェイトがバルディッシュを持ち直し、再度なのはへと攻撃を仕掛ける。

 なのはも何とか体勢を立て直し、フェイトの攻撃を回避する。だが、逃げた先にはフェイトの魔力スフィアがいくつも展開されていた。

 

『Photon Lancer』

 

「くっ!?」

 

 フェイトのフォトンランサーがなのはへと襲い掛かるが、それも寸での所で障壁を張ることで防いだ。

 だが、流石に全ての攻撃を防ぐことは出来なかったのか、なのはのバリアジャケットが所々黒く焦げたようになっていた。

 

(――やっぱり強いな。流石はフェイトちゃんだ)

 

 そう心の中で、自分の視線の先にいる少女に称賛を送る。

 自分もジュエル・シードの一件から、相当鍛錬を積んできたと思っていたが、それでもフェイトの方が一枚も二枚も上手だと、なのはは感じていた。

 

(なにより、あのスピードは驚異的だ。真っ正直な攻撃じゃあ、簡単に避けられちゃう)

 

 なのはは息を整えながら、打開策を頭の中で巡らせていった。

 

 そして同じく、なのはと相対するフェイトも驚きを隠せないでいた。

 

(初めて会ったときは、魔力が強いだけの素人だったのに――もう、"違う"。速くて、強い。迷っていたらやられる)

 

 そう思考しながら、フェイトも同じように乱れた呼吸を整えていく。

 正直、フェイトは相手がここまでやるとは思っていなかった。――いや、認めたくなかった。

 そして、フェイトはバルディッシュを正眼に構える。

 

(わたしがここで負けたら、母さんを助けてあげられなくなる。――こんなところで、わたしは負けられないっ!)

 

 思い出すのは、優しかったプレシアの姿。

 

(わたしが頑張れば、きっと優しかった母さんに戻ってくれるはずなんだっ!)

 

 そう心の中で思った瞬間、フェイトの頭の中をフラッシュバックされる。

 優しかったプレシア――そして、プレシアに甘える"一人娘"である自分の姿が――

 

『――アリシア――』

 

 プレシアが呼ぶ名前は、自分ではなく――別の誰かだった。

 そこまで考えた後、フェイトは現実へと引き戻される。

 

(今のは、いったい……? ……いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない)

 

 フェイトは思い出していた記憶を振り払う。

 そして、この勝負を決するために巨大な魔法陣を展開する。

 それを見たなのはも、レイジングハートをぎゅっと握り締め、何が起きても対処できるように周囲を警戒する。

 

『Phalanx Shift』

 

 バルディッシュの声が辺りに響いた直後、フェイトの周囲に尋常ではない数の魔力スフィアが展開される。

 なのはは相手に攻撃をさせるわけにはいかないと思い、攻撃を止めようとレイジングハートを構えた。――だが、

 

「えっ!?」

 

 なのはの両腕がバインドによって拘束された。

 先ほどの攻撃の最中に、フェイトがあらかじめ設置していたバインドだ。フェイトの巧妙さに、なのはは舌を巻かざるをえなかった。

 

「ライトニングバインドッ!? まずい、フェイトは本気だっ!」

 

 アルフが焦ったように叫び、それに続いてユーノが声を上げる。

 

「なのは、今サポートを――」

 

「だめーー!」

 

「……っ!?」

 

 なのはの叫びに、なのはを助けようとしていたユーノが硬直する。同じようにアルフも驚いた表情で固まっていた。

 それに構わず、なのはは声を上げ続ける。

 

「アルフさんもユーノくんもきちゃだめっ! わたしとフェイトちゃんの全力全開の一騎打ちだから――この戦いだけは、誰も邪魔しないでっ!」

 

 覚悟を決めたなのはの言葉を聞き、ユーノとアルフは黙るしかなかった。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・プラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト――」

 

 そんなやり取りをしている間に、フェイトが詠唱を終えようとしていた。

 そして、フェイトは静かにスッと目を開くと、なのはを見据え、息を吸い込み、声を上げた。

 

「――撃ち砕け、ファイヤーー!」

 

 フェイトの声が響くと、フォトンランサーが一斉になのはに目掛けて放たれた。

 次々とフォトンランサーが放たれていき、もはや黒煙が立ち込め、なのはの姿は見えなくなっていた。

 そして一際大きなフォトンランサーがフェイトの頭上へと生成されていき、

 

「――ふっ!」

 

 フェイトが息を吐きながら手を振ると、すさまじいスピードで放たれた。

 

「――スパーク……エンド……」

 

 特大のフォトンランサーが激突し、周囲に轟音が響き渡り、爆発の余波で海水が跳ね上がった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 流石に消耗が激しいフェイトは、肩で息をしていた。額からは汗が浮かび、その表情も疲労の色が浮かんでいた。

 フェイトは、なのはが居た場所を見つめていた。だが、未だに黒煙が立ち込めており、なのはの姿を視界に捉えることができなかった。

 

(――手応えはあった。これで……)

 

 フェイトは黒煙が晴れるのを息を整えながら見つめていた。これで終わってくれていたらいい、フェイトはそう思っていた。

 

 

 フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトが放たれ、黒煙が立ち込めているのを祐一は遠くから見つめていた。

 

「相手の動きを止めるため、バルディッシュが単独で相手を拘束。そして、動けなくなったところにフェイトが最強攻撃魔法をぶつける。……見事な攻撃だ」

 

 フェイトの一連の戦闘の流れを見ていた祐一は、自分がリニスと共にフェイトに教えた戦闘方法を忠実に守っていたことに、嬉しさを感じていた。

 だが、と祐一は思う。

 

「もしこれで決まらないようならば、あるいは……」

 

 祐一が見つめる視線の先、黒煙が段々と晴れていく。

 

 ――煙が晴れると、そこには一人の少女が佇んでいた。

 

 白かったバリアジャケットは所々破れ、顔や腕には傷ができており、そこからは血が滴り落ちている。その姿は痛々しかったが、少女の瞳から力強さは消えていなかった。

 

「――なんとか、耐え切ったよ」

 

 自身のデバイスであるレイジングハートを構え、そう静かに少女――高町なのはは呟いた。その視線の先には、フェイトが驚愕に目を見開き同じくなのはを見つめていた。

 なのははそんなフェイト見つめ、ニコッと微笑み、

 

「今度はこっちの番だよっ!」

 

『Divine Buster』

 

「ディバイィィィィン――」

 

 なのはの次の行動が分かっていても、先ほどの疲労もありフェイトは咄嗟に動けない。

 

「バスターーーー!!」

 

 なのはが放った桜色の砲撃がフェイトへと放たれる。

 

「くっ!? あぁぁぁぁ!!」

 

 なのはの十八番、ディバインバスターはフェイトへと直撃する。

 フェイトはそれを回避することができず、残り少ない魔力量を使用し障壁を張る。

 

(あの子だって、もう限界なはずっ! これさえ凌げば……っ!)

 

 フェイトはそう思い、障壁にさらに魔力を込める。

 そして、しばらく砲撃は続いたが、フェイトは何とかそれを絶え凌いだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 だが、すでにフェイトは満身創痍であった。バリアジャケットは所々が破れ、腕には裂傷ができ、そこから血が滴り落ちてきていた。

 

「耐え切った。これで、わたしの――」

 

 勝ち、と言おうとしたところで、フェイトは違和感に気付いた。

 

(あの子は、どこ……? それに、この光は……)

 

 フェイトの周囲を魔力の残滓が舞い、その光が上空へと集まっていく。フェイトがそのまま視線を上空へと向けると、そこにフェイトが探していた少女の姿があった。

 レイジングハートを天高く構え、今まで見たことのない巨大な魔法陣を展開しているなのはの姿がそこにあった。

 

「受けてみてっ! ディバインバスターのバリエーションッ!!」

 

『Starlight Breaker』

 

 自身の本気の気持ちをぶつけるため、なのはは叫ぶ。

 そして、なのはの声が響くと魔力の残滓が集まっていき、一点へと集中されていく。その光景をフェイトは呆然と見つめていた。

 

「しゅ、集束砲撃魔法……」

 

 なのはとの戦いの中、フェイトがここまで無防備な姿を見せるのは初めてであった。それほどまでに、なのはの魔力は驚異的であったのだ。

 だが、フェイトは負けそうになる気持ちを必死に振り払うかのように叫び声を上げる。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 後のことは考えず、フェイトは自身の中に残ったありったけの魔力で障壁を展開する。その巨大さから、かなりの魔力が込められていることがわかる。

 それを見てなお、なのはは声を上げる。

 

「これがわたしの全力全開!! スターライト――」

 

 なのはは叫ぶ。――これが自分の想いだと言うように。

 

(わたしは――負けるわけにはいかないんだっ!!)

 

 フェイトは叫ぶ。――自身の母親のために。

 そして、なのはが天空へと向けていたレイジングハートを振り下ろし、

 

「プレイカーーーー!!」

 

 その声とともに、特大の一撃が放たれる。そして――

 

「っ!?」

 

 フェイトが張った幾重にもなる障壁をものともせず、その一撃はフェイトの想いもいっしょに飲み込んでいった。

 

 




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最終局面

投稿します。
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「終わった、か……」

 

 祐一は一人静かに呟いた。視線の先には、なのはのスターライトブレイカーを受け、海中へと落ちたフェイトを助けているなのはの姿があった。

 

(まさか、集束砲撃魔法が最後の切り札とはな。なのはの才能には恐れ入ったものだ)

 

 祐一はなのはの魔導師としての才能に驚嘆していた。魔力量AAAクラスはミッドチルダ、ひいては管理局内でも限られた人間しかいない。それに加え、集束魔法が使用可能な人間など、祐一が知っている限りでは数人しかいなかった。

 祐一に見つめられていることなど知る由もないなのはは、疲労を滲ませた表情をしているものの、どこかその表情は晴々としているようであった。

 そして、祐一は視線をなのはに肩を支えられているフェイトへと視線を移した。

 

(フェイトもよく頑張ったな)

 

 そう心の中でフェイトを褒めながら、祐一は口元に笑みを浮かべる。

 そんな二人を静かに見つめていた祐一に、念話で語りかけてくる人物が現れた。

 

『――祐一くん、そろそろ始めましょうか』

 

 声を掛けてきた人物は、今回の件の首謀者であり、フェイトの母親でもあるプレシア・テスタロッサであった。

 時の庭園から二人の戦いは見ていたようで、戦闘が終了したと同時に話しかけてきたということは、"今回の一件"を終わらせようと思っているのだろうと、祐一は思考した。

 

『わかりました。今からそちらに向かいます』

 

『ええ。後はよろしく頼むわね』

 

『了解です』

 

 祐一は手短にプレシアとの話を終えると、すぐに念話を終了した。

 そして、胸ポケットに仕舞っていた愛用のサングラスを取り出してそれを掛ける。

 先ほどまで浮かべていた笑みを消し、いつもの無表情となった今の祐一からは何の感情も読み取れなかった。

 

「さぁ、今回の一件、そろそろ終わりにしよう。――これでフィナーレだ」

 

 そう静かに呟くと、祐一はその場から姿を消した。

 

 

 ――祐一が姿を消してすぐに、なのはに抱えられていたフェイトは目を覚ました。

 

「……んっ……」

 

「あ、気付いた、フェイトちゃん。ごめんね、大丈夫……?」

 

 フェイトを気遣うようになのはが質問する。

 

(そっか……わたし……)

 

 フェイトはそう頭の中で考えながら、まだ痛む体に少しだけ顔を歪める。

 ――それが示す答えは、

 

「――わたしの、勝ちだね」

 

「……うん……そうだね」

 

 フェイトはその結果を噛み締めるように、小さな声で呟いた。

 

(――ああ、わたし……この子に負けたんだ……)

 

 不思議と悔しさは感じていなかった。いや、感じていないといったら嘘になるが、本気で戦って敗れたことに後悔はなかった。

 

(ごめん、母さん、祐一。わたし、負けちゃったよ……)

 

 心の中で二人に謝罪しながら、フェイトは肩を貸してくれていたなのはからそっと静かに離れた。

 戦って負けたことに悔いはなかったが、それでもやはり、プレシアのことが気掛かりだった。自分がこの勝負に負けたことにより、プレシアに迷惑を掛けてしまうと、そればかりを考えていた。

 

(わたしは、これからどうすればいいんだろう……)

 

 フェイトがそう考えながら空を見上げた。

 ――そのとき、

 

「――っ!? くっ、あぁぁぁぁ!?」

 

 フェイトの頭上――いや、正確には空からではないが、次元干渉の魔力攻撃がフェイトを含めた周囲へと放たれた。

 

「フェイトちゃんっ!?」

 

 なのはが腕で顔を庇いながらも、フェイトの名を叫んだ。その表情には焦りの色を浮かべ、本気でフェイトを心配しているようであった。

 フェイトはなのはの叫びを聞きながら、ああやっぱり、という思いであった。

 先ほどの魔力攻撃は、紫色の雷撃――プレシアのものだと理解したのだ。

 そのあまりの攻撃力に、自身のデバイスであるバルディッシュも砕けてしまった。

 

(……母、さん……)

 

 フェイトは、プレシアのことを考えながら、またも意識を手放したのだった。

 

 

 一方、なのはとフェイトの戦いを見届けたリンディ、クロノ、エイミィたち管理局メンバーは、先ほどの攻撃から一気に騒がしくなっていた。

 

「ビンゴッ! 尻尾掴んだ!」

 

「座標は?」

 

「もう割り出して送ってるよ!」

 

 エイミィの言葉に、流石だなと思いながらクロノはもらったデータを見つめる。そこには、今回の事件の元凶であるプレシア・テスタロッサの居場所である《時の庭園》の座標が記されていた。

 クロノは視線を自身の母親であり、上司でもあるリンディ・ハラオウンへと向ける。

 リンディはクロノの視線に頷きを返し、声を上げる。

 

「武装局員、転送ポートから出動! 任務はプレシア・テスタロッサ、及び、黒沢祐一の身柄確保です!」

 

『はっ!!』

 

 リンディの言葉を聞き、部下の局員達が時の庭園へと転移し、内部へと突入していった。

 

「第二小隊転送完了。続いて、第一小隊突入開始」

 

 ブリッジ内、オペレータが現状を伝える声が響く。

 

(いよいよね……)

 

 リンディがオペレータの報告を聞きながら、そう考えていると、ブリッジになのは、ユーノ、フェイト、アルフの四人が入ってきた。

 なのははバリアジャケットから普段の制服へと着替え、フェイトはぼろぼろになったバリアジャケットから囚人が着るような真っ白な服を着ており、両腕には念のためにと手錠がされていた。

 

「お疲れ様。それからフェイトさん、初めまして」

 

「…………」

 

 しかし、フェイトは待機状態へと戻ったバルディッシュを握り締め俯いたまま、何も答えない。

 その反応にリンディは少しだけ悲しい表情をすると、映し出されているモニターを見ながらなのはへと念話を送る。

 

『流石に母親が逮捕されるところを見せるのは忍びないわ。なのはさん、どこか別室へフェイトさんを連れて行ってもらえるかしら?』

 

『あ、はい』

 

 リンディの言葉に、なのはがフェイトを連れ出そうとしたが、タイミングが良くなかった。それとほぼ同時に、管理局員たちがプレシアのいるところに着いてしまったのだ。

 

「総員、玉座の間に進入! 目標を発見しました!」

 

 なのはたちがブリッジから出て行く前にオペレータから報告があり、タイミングの悪さにリンディは僅かに表情を歪めるが、もうフェイトが出て行くことはないだろうと思い、モニターへと意識を集中させる。

 

「プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反、及び、管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します!」

 

 プレシアを捕縛に向かった管理局員の一人が、そう言い放った。だが、プレシアの表情に変化はなく、椅子に深く腰掛け管理局員たちを静かに見つめていた。

 管理局員たちは、そんなプレシアの態度に警戒しながら辺りの捜索を行っていった。

 そして、管理局員たちはある一室へと足を踏み入れると、そこには――

 

「こ、これは……!?」

 

 "それ"を見つけた管理局員の一人が声を上げる。

 

 ――"それ"は、プレシアの今までの研究の成果。

 ――"それ"は、プレシアの夢。

 ――"それ"は、プレシアの宝。

 

 皆、一様に"それ"を見て、驚愕していた。

 そして、その中でも一番驚いている人物が声を上げる。

 

「……えっ? あれは……」

 

 フェイトは驚きに目を見開き、モニター越しに映っている"自身と姿が瓜二つ"の少女を見つめる。全てにおいてフェイトと瓜二つである少女の違うところは、培養液に入っており、目を閉じ、眠っているかのようであった。

 

「ぐはっ!?」

 

 フェイトが呆然とモニターを見つめている中、その培養液に触れようとした管理局員の一人が叫びとともに吹き飛ばされた。

 

「私のアリシアに近寄らないでっ!」

 

 それは、先ほどまで黙っていたプレシア・テスタロッサ、その人だった。今までの表情が嘘であったかのように、管理局員たちを憎しみを込めた瞳で睨みつけていた。

 そんなプレシアに、管理局員のリーダーが声を上げる。

 

「ちっ、まだ抵抗するのか。今の攻撃を敵対行為とみなし、少々荒っぽいが、魔法で気絶させて連れて行く!」

 

 その声と同時に、他の管理局員たちがデバイスを一斉にプレシアの方へと向ける。

 そして、魔力弾が一斉にプレシアへと放たれる――ことはなかった。

 

「がはっ!?」

 

「ぐはっ!?」

 

 数名の管理局員が、"何者"かの一撃により昏倒させられたのだ。

 

「き、キサマはっ!?」

 

 先ほど指示を出していた管理局員が驚きの声を上げ、それを実行した人物を睨みつける。他の管理局員たちも、プレシアから僅かに意識を逸らしながら、その人物を睨みつける。

 管理局員たちの視線を一身に集めた人物――黒沢祐一は、いつもの漆黒のロングコートにサングラスを掛け、紫色の長剣を携えた姿で悠然と佇んでいた。

 すると、佇んでいた祐一の姿がぶれた。

 

「――っ!? 危ないっ! 皆、防ぎなさいっ!」

 

 いち早く異変を察知したリンディがモニター越しに叫ぶ。

 だが、一人、また一人と管理局員たちは為すすべなく祐一の攻撃を受け、倒れていく。管理局員たちも魔力弾を祐一へと撃ち、抵抗を試みてはいるものの、それを祐一は事も無げに回避し、次の瞬間には相手を長剣で打ち倒していった。

 

「く、くそっ!」

 

 そして、最後の一人となったリーダー格の管理局員のみとなってしまう。

 最後の意地というのもあったのだろう。デバイスを祐一へと向け、果敢にも攻撃を仕掛けていく。リーダー格だけあって、一流並みの実力はあった。――だが、

 

「――寝てろ」

 

「か、はっ……」

 

 それも祐一の前では無意味。少しぐらい実力が高くとも、祐一にとっては何の障害とはならなかった。

 

「…………」

 

 祐一は周囲を見渡し全ての管理局員が倒れたことを確認すると、長剣型のデバイス《冥王六式》を鞘へと戻す。

 そんな祐一の姿を、クロノは悔しげに拳を握り締めながら見つめていた。

 そして、同じようにモニター越しに祐一を見つめていたなのはとフェイトが思わず、といったふうに呟く。

 

「祐一お兄さん……」

 

「祐一……」

 

 そんな二人の声が届いたわけではないであろうが、祐一の視線がモニター越しに二人の方を向いていた。

 

「――エイミィ、すぐに局員達を戻してちょうだい」

 

「了解ですっ!」

 

 局員たちが無残にやられてしまう光景を見て、リンディは僅かに表情を歪めたが、艦長として気丈に指示を出した。

 エイミィはリンディの指示通り、すぐさま局員たちを転送し、アースラへと帰還させた。

 すると、今まで黙っていたプレシアが培養液で眠っているようなアリシアを愛おしそうに見つめながら口を開く。

 

「――もう駄目ね、時間が無いわ。たった九つのジュエル・シードでアルハザードに辿り着けるかわからないけど……でも、もういいわ……」

 

 淡々と、皆に聞かせるようにプレシアは話を続ける。

 

「――この娘を失ってからの暗鬱な時間も、そして……代わりの人形を娘扱いするのも……」

 

「っ!?」

 

 プレシアの言葉を聞き、フェイトはびくりと体を震わせる。なのはもはっとした表情となり、プレシアの言葉を聞くフェイトを心配そうに見つめる。

 

(やめてよっ! それ以上は、やめて……っ!)

 

 なのはは心の中で叫ぶが、それでプレシアが話を止めるはずもない。

 

「――聞いていて? あなたのことよ、フェイト。せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ……」

 

 プレシアの言葉に、フェイトは辛そうに顔を俯かせ、カタカタと震えていた。

 

(じゃあ、いったい……わたしは……わたしは、"だれ"……?)

 

 目に涙を溜め、フェイトは思考の暗闇へと落ちていく。それでも、プレシアは話すのをやめない。

 

「――やはり駄目ね、結局上手くはいかなかった。……失ったものの代わりにはならなかった」

 

 プレシアの言葉に、なのはの表情は悲しみに歪み、クロノの表情は隠し切れぬ怒りが浮かんでいた。

 そして、なのははプレシアのこんな話を聞いても、黙して語らない祐一へと叫ぶ。

 

「祐一お兄さんっ! 聞いてるんでしょ! それ以上、言わせないでっ!」

 

 なのはが叫ぶが、その声を聞いても祐一は動かない。表情を変えず、黙ったままであった。

 

「――だから、あなたはもういらないわ。どこへなりとも消えなさい」

 

「っ!?」

 

 遂に堪えきれなくなったフェイトは、その瞳から涙を零した。その体は震え、顔色までも青くなっていっているように感じられた。

 

「っ!? お願い、もう、やめてよっ!」

 

 フェイトが苦しんでいることが辛いのであろう、なのはも瞳に涙を浮かべながらプレシアへと叫びを上げる。

 だが、プレシアは話すことをやめず、止めとなる言葉を紡いでいく。

 

「ふふふ、いいことを教えてあげるわ。フェイト、私は、あなたが――大嫌いだったのよ」

 

 プレシアの言葉を聞き、フェイトは手に持っていた待機状態のバルディッシュを持っている力もなくなり、それを地面へと落としてしまう。

 そして、その瞳からも力がなくなり、糸が切れた人形のようにその場へと膝を着いてしまった。

 そんなフェイトへと、なのは、ユーノ、アルフが慌ててフェイトへと駆け寄っていく。

 リンディは悲しい表情でそれを見届けると、モニターへと視線を戻す。

 すると、そこには思わぬ表情となっているプレシアの姿があった。

 

(プレシア・テスタロッサの表情が、先ほどと違う……?)

 

 一瞬、プレシアの表情が悲しそうに歪んだようにリンディは感じた。

 

(なぜ……?)

 

 リンディは違和感が拭えなかったが、次に見たときにはプレシアの表情は元に戻っていた。

 リンディがそんなプレシアの表情に首を傾げていると、エイミィが慌てて声を上げる。

 

「……っ!? 大変、大変! ちょっと見てくださいっ! 屋敷内に魔力反応多数っ!」

 

「っ!? 何が起こっているっ!」

 

 エイミィの声を聞き、皆がモニターを見る。そこには、傀儡兵と呼ばれる人型機械が大量に召喚されている光景が映し出されていた。傀儡兵はランクによって強さも決まっており、高いものは魔導師のAランク級の強さを誇る。

 そのような多くの傀儡兵の姿を見たリンディたち管理局員は戦慄していた。

 

「屋敷内に魔力反応多数っ! いずれもAランク相当っ! その数――六〇」

 

「プレシア・テスタロッサ! いったい何を考えているのっ!」

 

 オペレータの焦った声を聞きながら、リンディは薄く笑みを浮かべているプレシアへと叫んだ。

 その声を聞き、プレシアは両腕を広げながら声を上げる。

 

「私たちは旅立つのよっ! 忘れられし都《アルハザード》へ。そして取り戻すの……全てを!」

 

 すると、プレシアの周囲を浮遊していたジュエル・シードが光を放ち、強烈な魔力が放出され始めた。

 その余波はアースラまで届き、艦内を激しく振動される。

 

「ジュエル・シードの魔力暴走です! 次元震が起き始めています!」

 

「ディストーションシールドを張って、速度を維持しつつ影響の薄い空域に移動しなさいっ!」

 

 局員の叫びに、リンディは的確な指示を出していく。

 

「……《アルハザード》、そんなものが本当にあるのかな?」

 

「馬鹿なことを……! 死んだ人間は甦らないっ! どんな魔法を使ったって、過去を取り戻すことなんかできやしないっ!」

 

 エイミィの呟きにクロノが叫ぶ。

 その叫びはプレシアへの怒りであり、その行いを手伝っている祐一への怒りであった。

 

「ゲート開いて! 僕が行って止めてくるっ!」

 

「わ、わかったっ!」

 

 そう言うと同時にクロノはブリッジから走って出て行った。

 

 

 一方、なのはは未だに意識を失っているフェイトを抱きしめたまま、モニターをジッと見つめていた。モニターには、フェイトの母親であるプレシア・テスタロッサが映し出され、その側にはなのはが憧れている人物――黒沢祐一の姿もあった。

 祐一の姿を見つめながら、なのはは声を出さずにはいられなかった。

 

「祐一お兄さん、なんで……?」

 

 なぜ、祐一はプレシアの味方となっているのか。それだけが、未だに謎のままであった。

 じっとモニターを見つめていると、プレシアは祐一と何か話をすると、眠り続けているアリシアとともに、どこかへと行ってしまった。

 そして、祐一もその場を去ろうとモニターに背を向ける。

 

「祐一お兄さんっ!」

 

「…………」

 

 なのはがモニター越しに叫ぶと、祐一は足を止めた。

 そして、ゆっくりとモニター越しになのはたちの方へと体を向ける。

 

「祐一お兄さん。なんで、どうして、フェイトちゃんのお母さんの味方をするの?」

 

 なのはの言葉を聞き、今まで黙っていた祐一がゆっくりと口を開いた。

 

「――今から、プレシアさんは九つのジュエル・シードと《時の庭園》の駆動炉を暴走させて次元断層を作り出し、そこからアルハザードへと行くつもりだ」

 

「……っ!?」

 

 祐一の言葉に、なのはを含めた管理局員たちは驚愕の表情を浮かべる。

 それに構わず、祐一は話を続ける。

 

「――これを止めるためには、九つのジュエル・シードと駆動炉の暴走を止めなければならない」

 

 祐一の行動に、リンディたち管理局員は何故、と頭を悩ませる。これは罠であるのか、まだ何か狙いがあるのではないかと思考を巡らせる。

 リンディたちが黙っていると、なのはが口を開いた。

 

「祐一お兄さん……やっぱり……」

 

 なのはの呟きには、やはり何か別の理由でプレシアのところにいるのだという、確信が含まれていた。

 

「――完全に暴走するまではまだ時間がある。止めたいのなら、早くするのだな。……なのは、お前はどうする?」

 

「黙って見てるなんて、わたしにはできない。だから、わたしにできることを精一杯するつもりだよ」

 

「……そうか」

 

 祐一は頷くと、視線を別の人物へと移した。

 

「フェイト……」

 

「…………」

 

 祐一の声にもフェイトは反応を見せない。

 やはり、プレシアの言葉がフェイトの心を深く傷つけてしまったのだろう。そう思い、祐一は僅かに息を吐いた。

 そして、祐一はフェイトに向かって告げる。

 

「お前の望んだことはなんだったんだ? お前はどうしたかったんだ――フェイト――」

 

 その言葉に、フェイトはうっすらと瞳を開けるが、言葉はなかった。

 少しの間、祐一はフェイトを見つめていたが、少し息を吐くと、用事は終わったとでもいうように、背を向ける。

 それを見たリンディが、祐一の背を見つめながら声を掛ける。

 

「――あなたの目的は一体なに?」

 

 祐一はその質問に、僅かに首を向けながら答える。

 

「俺の目的はプレシアさんの願いの成就。――だが、それだけだ」

 

 祐一は、それだけ言うとその場から姿を消した。

 

 

 祐一との話の後、アルフは別室へとフェイトを連れて移動し、なのはとユーノはクロノと合流した。

 

「――そうか。本当に黒沢祐一は何を考えてるんだ?」

 

 先ほどのことをなのはたちに聞くと、クロノは思わず頭を掻きながらそう話した。

 

「正直、わたしもまだわからない。だけど、祐一お兄さんは道を示してくれた。わたしにできることは、もう決まってる」

 

「そうか。僕はこれから現地へ向かい元凶を叩く。君たちはどうする?」

 

「わたしも手伝うっ」

 

「僕もっ!」

 

「了解した。では、急ごう!」

 

 クロノはそう言うと同時に走り出し、なのはとユーノも慌てて後ろをついていく。

 

 

 そして、クロノ、なのは、ユーノの三人は転送ポートから《時の庭園》へと移動した。

 クロノとなのははすでにバリアジャケットを着ており、戦闘の準備は整っていた。

 そして今、なのはたちの目の前には、大量の傀儡兵の群れが門の前を固めていた。

 

「い、いっぱいいるね」

 

「まだ入り口だ。中にはもっとたくさんいるはずだ。……それに、黒沢祐一も」

 

「祐一お兄さんと、戦わないといけないのかな」

 

「いや、黒沢祐一の相手は僕がする。おそらく、プレシア・テスタロッサの近くにいるだろう。僕はそちらに向かう」

 

「……でも……」

 

「なのはには駆動炉の暴走を止めてほしい。あちらも傀儡兵が多くいるはずだから、かなり厳しい戦いになるだろう。……それに、黒沢祐一には借りがある。このまま負けたままじゃ嫌だしね」

 

 クロノの言葉になのはは一瞬、ポカンとした表情となるがすぐに笑みを浮かべる。

 

「にゃはは、クロノくんも男の子なんだね」

 

「べ、別に奴に一度負けたのが悔しいわけではなくてだな。……客観的に見て、それが一番だと判断したまでだ」

 

「にゃはは、そういうことにしとくよ」

 

「じゃ、じゃあ、行くぞっ!」

 

「うん!」

 

「行こう!」

 

 クロノの言葉に、なのはとユーノが元気よく返事をし、三人は魔力をチャージしながら傀儡兵に向かって突っ込んでいく。

 

 

 ――それぞれの想いを胸に秘め、最後の戦いが始まった――

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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戦う心

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 なのはたち三人は、時の庭園入り口付近にいた傀儡兵を全て倒すと、急ぎ内部へと向かった。

 途中、傀儡兵が何度か襲い掛かってくることもあったが、クロノとなのはは特に問題なく倒していった。傀儡兵にも強い個体がいるのだが、執務官としてかなりの力を持っているクロノと圧倒的な潜在能力を有し、フェイトとの戦いから実力を付けてきているなのはの敵ではなかった。

 傀儡兵を倒しながら三人がしばらく走っていると、さらに奥へと続いていく扉があった。

 その扉を三人の先頭を走っていたクロノは、走る勢いそのままに扉を蹴り開ける。

 扉をくぐると、そこは広い空間となっており、この先へは通さないと言わんばかりに大量の傀儡兵がいた。

 大量の傀儡兵の多さに、なのはとユーノの表情は強張るが、クロノはある程度予想していたのだろう、落ち着いた表情で辺りを見渡す。

 

「ここで二手に分かれる。なのはたちは最上階にある駆動炉へ向かってくれ」

 

「クロノくんは……?」

 

「僕はプレシアの下へ行く。それが仕事だからね」

 

 クロノはなのはの質問に力強く頷く。そんなクロノに微笑みを返すが、すぐに表情を引き締める。

 

「――でも、そっちにはきっと祐一お兄さんがいるよ。その、大丈夫……?」

 

 そう心配そうに話すなのはに、クロノは僅かに眉を顰める。

 なのはに言われるまでもなく、プレシアの方に向かえば、まず間違いなく祐一と相対するということは分かっていた。

 クロノは、祐一とは二度交戦しているが、いずれも煮え湯を飲まされる結果となっている。

 

(――だが、だからこそ、僕は黒沢祐一と戦いたい)

 

 決して、クロノは戦いが好きというわけではない。

 だが、クロノにも、男としての意地と負けたくないという気持ちがあるのだ。

 クロノはそう考えると、なのはへと頷きを返した。

 

「大丈夫だ。それに、黒沢祐一と戦えるのは僕だけだろうしね」

 

「……そっか……そうだね」

 

 力強く頷いたクロノに、なのははクロノを応援する気持ちと祐一への想いから、少しぎこちない笑みを浮かべた。

 話を終えると、クロノは気合いを入れるように叫ぶように声を上げる。

 

「僕が道を作るっ! その隙にっ!」

 

「わかった!」

 

「了解!」

 

 なのはとユーノの返事を聞くと、クロノは自身のデバイスである《S2U》を構え、

 

『Blaze Cannon』

 

 クロノが砲撃魔法を放ち、上層へと続く道を塞いでいた傀儡兵を吹き飛ばす。

 

(――すごい。これが、クロノくんの実力なんだ)

 

 なのはは心の中でクロノに称賛の声を上げる。今の砲撃魔法も、威力こそなのはのデバインバスター程ではないにしろ、精度と速度は上回っていた。

 

(わたしも頑張らなきゃだね)

 

 なのはは隣にいるユーノと頷き合い、クロノが空けてくれた道へと飛翔した。

 

「気をつけてね、クロノくんっ!」

 

 最後までクロノを心配するなのはに、クロノは笑みを持って答える。

 そして、なのはとユーノの姿が見えなくなると、クロノは残りの傀儡兵に向かって叫ぶ。

 

「悪いが、お前たちに用は無い。推し通らせてもらう!」

 

 クロノは魔力スフィアを生成しながら、傀儡兵へと突っ込んでいった。

 

 

 クロノたちが時の庭園で戦いを繰り広げている頃、リンディを含め、アースラの局員たちはジュエル・シードの暴走を止めるべく、対処を励んでいた。

 そして、その騒がしいアースラの一室に一人の少女がベッドに寝かされていた。

 母親であるプレシア・テスタロッサから決別を言い渡され、絶望の淵に立っているフェイト・テスタロッサである。その瞳からは今まで感じられていた力などなく、ただ虚空を彷徨っているだけであった。

 そして、そんなフェイトを心配そうに見つめている一人の人物の姿もあった。

 

「あの子たちが心配だから、あたしもちょっと手伝ってくるね。すぐに帰ってくるから」

 

 フェイトの使い魔である――アルフは微笑みながら話を続ける。

 

「そしたらさ、ゆっくりでいいからわたしの大好きな、"ホント"のフェイトに戻ってね。これからは、フェイトの時間は全部、フェイトが自由に使っていいんだからさ」

 

 アルフは話を終えると、フェイトを心配そうに見つめながらもなのはたちの手助けをするために、部屋を後にした。

 

 

 アルフがいなくなり一人となったフェイトは、相変わらずぼんやりと力ない瞳で、虚空を眺めていた。

 

(――結局、母さんは最後までわたしに微笑んでくれなかった。わたしが生きていたいと思ったのは、母さんに認めてほしかったからだ。どんなに足りないと言われても、どんなに酷いことをされても――だけど、笑ってほしかった。あんなにはっきりと捨てられた今でも、まだ母さんに縋りついている)

 

 プレシアからあれだけ拒絶されてもなお、フェイトはそう思っていた。

 ふと、フェイトは視線をモニターへと移した。そのモニターは、アルフが気を利かせたのか、なのはたちが戦っている姿が映し出されていた。

 そのモニターをぼんやり眺めていると、なのはたちと合流しているアルフの姿が映し出される。

 

(――ずっと傍にいてくれたアルフ。言うことを聞かないわたしのせいで、きっとずいぶん悲しい思いをさせてしまった)

 

 フェイトは、そうアルフに心の中で謝罪する。

 フェイトが寂しかったとき、アルフは必ず傍にいてくれた。そのおかげでどれだけ自分の心が救われたか、フェイトにはわからなかった。だからこそ、今まで迷惑を掛けてごめん、とフェイトは純粋に思った。

 そして、フェイトはモニターに映し出された、純白のバリアジャケットを身につけている少女へと視線を移す。

 

(――何度もぶつかった、真っ白な服の女の子。初めてわたしと対等に、まっすぐに向き合ってくれた女の子)

 

 アルフの姿、そして、なのはの姿を見ていたフェイトの瞳に、僅かながら光が灯った。

 

(――何度も出会って、戦って、何度もわたしの名前を呼んでくれた。――何度も、何度も)

 

 自然な動作で、フェイトはベッドから体を起こした。その瞳からは、うっすらと涙が零れていた。

 フェイトには、同年代の友人はいない。今まで、フェイトが知り合ってきたのは、ほとんどが年上の人物ばかりであった。だからこそ、なのはが本気で自分と向き合ってくれたことが、心底嬉しかった。

 

(――生きていたいと思ったのは、母さんに認めてもらいたかったからだ。それ以外に、生きる意味なんてないって、そう思ってた。それができなきゃ、生きていけないと思ってた)

 

 自身の母親に認めてもらうことが、今までのフェイトの全てであった。だが現実では、自分はプレシアに認められることなどありはしなかった。だから生きている意味などない。――そう思っていた。

 

(――わたしは、どうすればいいんだろう……?)

 

 そう心の中で誰かに問い掛ける。誰も答えてくれるはずなどないのに、フェイトの脳裏には、"黒衣の青年"の姿が思い浮かんだ。

 

『――お前はどうしたいんだ、フェイト』

 

 黒衣の青年――黒沢祐一は、いつもこの言葉をフェイトへと言っていた。

 

(――わたしは――)

 

『――お前ならわかっているはずだ』

 

 そう祐一が笑ったように、フェイトは感じた。その笑顔が自分に勇気をくれると、フェイトは感じていた。

 

(――捨てればいいってわけじゃない、逃げればいいってわけじゃ――もっとない)

 

 フェイトはベッドから静かに降り立ち、その手に破損したバルディッシュを優しく握り、話し掛ける。

 

「わたしたちの全ては、まだ始まってもいない――そうなのかな、バルディッシュ――」

 

 すると、主の言葉に答えるように破損している状態にも関わらず、ミシミシという音を出しながら起動状態となった。その姿はまるで、主であるフェイトの背中を押しているようであった。

 

『Get set』

 

「バルディッシュ……?」

 

 そんなバルディッシュの姿に、フェイトは涙を流しながらバルディッシュを自身の胸に抱きかかえる。

 

「そうだよね。バルディッシュもずっとわたしの傍にいてくれたんだよね。……お前も、このまま終わるなんて、嫌だよね?」

 

 バルディッシュはフェイトの言葉に返事をするように、強く明滅する。

 すると、フェイトは涙を拭き、バルディッシュを構える。

 

「上手く出来るかわからないけど、一緒に頑張ろう」

 

 フェイトは、静かに、だが力強く言葉を放つと同時に、自身の魔力を両手に込める。すると、あっという間にバルディッシュが修復された。

 そして、漆黒のバリアジャケットを纏い、その上からマントを羽織る。

 そんなフェイトの真紅の瞳には輝きが戻り、新たな決意が漲っていた。

 

「わたしたちの全ては、まだ始まってもいない。――だから、本当の自分を始めるために、今までの自分を終わらせよう」

 

 そう静かに呟くと、フェイトの姿はその部屋から消えていた。

 

 

 ――『時の庭園』内部――

 

 なのはとユーノ、そして二人と合流したアルフは駆動炉を目指し、最上階を上がっていた。だが、最初は順調であったが、駆動炉が近づくにつれ、傀儡兵の数が多くなり、三人は苦戦を強いられていた。

 なのはは射撃魔法を放ち、次々と傀儡兵を撃破していくが、如何せん数が多すぎた。傀儡兵はまるで数が減っていないかのように、なのはたちへと襲い掛かってくる。

 

「くっそっ、数が多いっ!」

 

「だけならいいんだけど……っ!」

 

「なんとかしないと……」

 

 そう、傀儡兵の力は一体が魔導師ランクAほどの実力があり、そう簡単には倒せるような強さではない。なのはの力量では、一体二体ならば問題なく倒せる。だが、それの数が多くなると、

 

「あっ!?」

 

 なのはたちの僅かな焦りから、ユーノがバインドで捕獲していた一体の傀儡兵が拘束を破り、なのはへと襲い掛かった。

 その光景に、ユーノは他の傀儡兵を抑えながら叫ぶ。

 

「なのはっ!!」

 

「――っ!?」

 

 ユーノの声を聞き、なのはが背後へと振り返るが、傀儡兵が持つ戦斧はなのはの目の前へと迫っていた。

 その光景に、ユーノとアルフは焦ったように目を見開き、何かを叫んでいるが、なのはには何も聞こえなかった。

 

(――っ!? だめ、避けれない……っ!)

 

 なのははすぐ訪れるであろう衝撃に耐えるように、思わず目をぎゅっと閉じる。

 

 ――だが、その衝撃が訪れることはなかった。

 

『Thunder Rage』

 

「サンダーレイジッ!!」

 

 その叫びとともに、なのはの周りが金色の光に満たされた。それは雷撃――その攻撃により、なのはに襲い掛かってきた傀儡兵を含め、三人の周囲にいた傀儡兵までも粉砕された。

 なのははその雷撃の発生源を見つめる。

 

 ――そこには、美しき金髪の少女――フェイト・テスタロッサの姿があった。

 

「フェイト……っ!?」

 

 アルフがフェイトの姿を視認し、驚きの声を上げる。

 フェイトは叫ぶアルフへと少し視線を向けた後、なのはの傍へと移動する。その表情には、まだ戸惑っているように感じられた。

 そんなフェイトになのはは何かを言おうとするが、

 

 ――ドゴンッ! と、轟音が響き渡り、周囲が振動した。

 

 なのはとフェイトがはっと、音がした方へと視線を向けると、そこには今まで見てきたものの中で一番の大きさを誇る傀儡兵が壁を破壊し姿を現した。

 なのははフェイトへと向けていた意識を大型の傀儡兵へと向け、レイジングハートを構える。

 すると、フェイトが大型傀儡兵へと視線を向けながら、静かに口を開いた。

 

「大型だ、バリアが硬い。――だけど、二人なら」

 

「っ!? ――うん!」

 

 なのはは一瞬何を言われたのかわからなかったのか、ポカンとした表情となっていたが、すぐに喜びの表情を浮かべた。

 

(二人で力を合わせて戦えば、何も怖いものなんてないっ!)

 

 なのはは今までにないくらい感情が昂ぶっていた。フェイトが僅かながらにも、自分に心を開いてくれたと、そう感じていたからだ。

 だからこそ、今のなのはには恐れるものなど、何もなかった。

 

「いくよ、バルディッシュ!」

 

『Get set』

 

「こっちもだよ、レイジングハート!」

 

『Stand by ready』

 

 二人は同時に射撃体勢に入る。

 すると、大型傀儡兵が肩に備え付けている砲塔から、砲撃魔法を放とうとしていた。――だが、それよりも早く、二人は攻撃の準備が整った。

 

「サンダースマッシャー!!」

 

 フェイトが突き出したバルディッシュの先端から金色の魔力が放たれ、雷撃を纏った砲撃が大型傀儡兵へと直撃する。

 

『――!?』

 

 大型傀儡兵はフェイトの攻撃を受け、少し怯んだものの、その硬い防御力を持ってフェイトの攻撃を防ぎきった。――だが、攻撃はそれだけではない。

 

「ディバインバスター!!」

 

 なのはがフェイトとは反対側から砲撃魔法を放った。魔導師となってからなのはが使用を続け、もはや十八番となりつつある砲撃魔法は、その攻撃力を十二分に発揮する。

 

「「せーーっの!!」」

 

 そして、二人の声が重なり、金色の砲撃魔法と桃色の砲撃魔法はさらに威力を上げ、その攻撃は大型傀儡兵をいとも簡単に飲み込んだ。その攻撃力は、外壁が厚い時の庭園であるのにも関わらず、全ての壁を破壊するほどであった。

 その攻撃力は、言わずもがなであった。

 

「フェイトちゃん!」

 

「……ん」

 

 なのはが笑顔でフェイトの名前を呼ぶと、フェイトも少しだけ微笑んでいた。

 

「フェイトーー!!」

 

 そんな二人のやり取りとは関係なく、狼形態から人間へと戻ったアルフがフェイトへと抱きついた。その瞳には涙が浮かんでおり、フェイトが元気になったことを心の底から喜んでいた。

 

「――アルフ……心配かけてごめんね。ちゃんと自分で終わらせて、それから始めるよ。――本当のわたしを」

 

「うん、うん……っ!」

 

 幼子のようにフェイトの胸で泣いているアルフに、フェイトはアルフを抱きしめながら話した。

 そんな二人のやり取りを、なのはは少し涙を浮かべながら見つめていた。

 

 

 そんな感動の再会の後、なのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人は駆動炉へと急いだ。途中、やはり傀儡兵が襲い掛かってきたが、今のなのはとフェイトたちに勝てる者など、いるはずもなかった。

 そして、行く先を塞いでいた扉を吹き飛ばすと、四人は大きなホールへと足を踏み入れた。

 

「あのエレベータに乗っていけば、駆動炉に辿り着ける」

 

「うん、ありがとう。……フェイトちゃんはお母さんのところに行くんだよね……?」

 

「……うん」

 

 そう心配そうな顔で質問してくるなのはに、フェイトは僅かにぎこちなく微笑みながら頷いた。

 決意を決めたと言っても、やはりフェイトは未だ恐れていた。プレシアにこれ以上、何かを言われることを……。

 それに――、

 

(――祐一は何で母さんといっしょにいるのか。もしかしたら、祐一も母さんと同じことを思っているのかもしれない。……わたしのことなんて……)

 

 フェイトが思わずそう考え、顔を俯かせていると、

 

「――大丈夫だよ、フェイトちゃん」

 

 顔を上げると、そこには微笑みを浮かべているなのはがいた。そして、なのははフェイトの手を自分の手で優しく包み込んでいた。

 

「わたし上手く言えないけど、祐一お兄さんはきっと、フェイトちゃんのことをとても心配してたと思うんだ。最後までフェイトちゃんのことを気に掛けていたから」

 

「――祐一が……?」

 

「うん。だから、フェイトちゃん。祐一お兄さんを信じてあげて。あの人は、きっとフェイトちゃんの味方だから――」

 

「…………」

 

「だから、頑張って、フェイトちゃん!」

 

「――うん。ありがとう」

 

 なのはの精一杯の笑顔に、フェイトも不器用ながらも笑顔を向ける。

 フェイトは、自分を心配してくれるなのはの言葉に心が温かくなると同時に、祐一のことを信じようと、心に決めた。

 そして、二人が話を終えたのを見たユーノが叫ぶように話す。

 

「今、クロノが一人で向かってる。急がないと……っ!」

 

「祐一も、そっちにいるのかな?」

 

「たぶんね。おそらく、プレシア・テスタロッサのところへ行かせないように足止めをしてくると思う」

 

 フェイトは僅かに考える仕草をすると、すぐに口を開いた。

 

「じゃあ、急ごう」

 

 ユーノの言葉にフェイトは頷きを返すと、なのはたちと別れ、アルフとともにプレシアたちの下へ向かった。

 

 

 ――一方その頃――

 

 クロノはプレシアの下へと急いでいた。途中には大量の傀儡兵がいたが、クロノは問題なくそれらを撃破していった。

 もう少しで、プレシアの下へと辿り着くところまできていた。

 

「エイミィ、状況は……?」

 

『なのはちゃんとユーノくん、駆動炉に突入っ! フェイトちゃんとアルフは最下層へ。大丈夫、いけるよ、きっと』

 

「ああ、そうだなっ!」

 

 エイミィと会話しながらもクロノは襲い掛かってきた傀儡兵を蹴散らしていく。それだけで、クロノの実力がかなりの高さであることが窺える。

 

『クロノくんの方は大丈夫?』

 

「大丈夫だよ。傀儡兵なんかで苦戦なんかしていられないからね」

 

 心配そうに質問してくるエイミィに言葉を返しながらも、クロノは走るペースを落とさない。

 そうしてしばらく走っていると、今までで一番大きな扉が見えた。

 クロノは立ち止まり、扉へと手を掛け、そこで一度動きを止める。

 

(――間違いない。――ここに、"奴"がいる)

 

 クロノの表情が緊張で僅かに強張り、額から汗が流れる。

 

(いまさらだ。――もう負けるわけにはいかないんだ。相手が誰であろうとも)

 

 そう思い、クロノは一度大きく深呼吸をした後、扉を開けた。

 そこは、今までの空間よりも一段と広かった。中はドーム状となっており、ぎりぎり空戦も可能であるぐらいの広さがあった。

 だが、クロノが気にするべきところはそこではなかった。

 

(――正念場だ)

 

 クロノはデバイスを持つ右手に力を込めながら、一人の人物をじっと見つめた。

 

「――よく来たな。あれだけの傀儡兵を物ともしないとは、流石は管理局執務官と言うべきか」

 

 よく響く低い声が周囲に響き渡る。

 クロノより頭二つ分は高い身長と立派な体躯。漆黒のロングコートに身を包み、サングラスが掛けられており、表情は読めない。そして、その手には鞘に収まった長剣が握られている。

 "その人物"を睨みつけるような視線でクロノは見つめながら、静かに呟いた。

 

「――黒沢祐一」

 

 今回の事件の首謀者であるプレシアの協力者であり、フェイトとなのはの憧れの人物。

 

 ――そこにはかつて、《黒衣の騎士》と呼ばれた人物――黒沢祐一が佇んでいた。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。

今回は早く投稿できました。
いつもこれぐらいならいいのですが(汗)
次回も早めに投稿できるように頑張ります。


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《黒衣の騎士》 vs 《管理局執務官》

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 ――《時の庭園》内部、大広間――

 

 そこでは、二人の人物が対峙していた。

 二人とも漆黒のバリアジャケットを纏っている。

 一人はまだ幼さの残る顔立ちをしている少年。その手には杖を持ち、油断なく相手を見つめている。

 その人物は、今回の事件の捜査にやってきた次元航行艦《アースラ》に搭乗している管理局執務官を務めている――クロノ・ハラオウン。

 対してもう一人は、クロノよりも頭二つ分は身長が高く体躯も立派であるため、クロノが子供に見えてしまう。その手には長剣が握られており、サングラスに隠れていて表情は窺えないが、油断は見えない。

 その人物は、今回の事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサの協力者であり、地球で便利屋を営んでいる――黒沢祐一だ。

 

 しばらく、二人は一定の距離を置いたまま見合っていたが、クロノが先に口を開いた。

 

「――何故、"あなた"がこのようなことに手を貸している? 元管理局員――黒沢祐一二等空尉」

 

 その言葉を聞き、祐一は僅かに眉を顰めた。

 祐一は元管理局員であり、階級は二等空尉。当時の祐一の年齢で考えれば、異例の階級であった。

 

「懐かしいな、その呼び名は。それにしても、こんなに早く調べれるとは、こちらに来ている管理局員たちはとても優秀なのだな」

 

「質問に答えろっ! 黒沢祐一!」

 

 クロノは苛立ちを募らせ、思わず叫んでしまった。

 そんなクロノの態度に、祐一は僅かに驚いた後、苦笑を返した。

 

「少しは落ち着けよ。それでは管理局執務官の名が泣くぞ、クロノ・ハラオウン」

 

「――あなたとこれ以上悠長に話をしている暇は、僕にはない。だから、もう一度だけ聞きます。――何故、あなたはプレシア・テスタロッサに手を貸しているんだ?」

 

「……何故、か……」

 

 クロノの言葉に、祐一は思わず自嘲的な笑みを浮かべたが、表情をすぐに戻すと、サングラス越しにクロノを見つめながら、言葉を返した。

 

「――理由などないさ。俺がプレシアさんの願いを叶えてあげたいと、そう思った。だからプレシアさんに協力している。――その回答では不満か?」

 

「アルハザードへと至る――それがどんなことか、わかってないわけじゃないはずだ。死人を甦らせる。そんなことが、過去を取り戻すということがどういうものか、"あなた"ならよく知っているはずだっ!」

 

 今度は、一転してクロノは僅かに悲壮感すら漂わせながら祐一へと言葉を口にした。

 だが、その言葉を聞いても、祐一の表情は変わることはなく平然と言葉を返す。

 

「――ああ、よく知っているさ」

 

「だったら、どうして……っ!?」

 

「それでも、プレシアさんの"夢"を叶えてあげたいと思ったからだ」

 

 祐一の言葉を聞き、クロノはデバイスを持っている手に力を入れた。その表情は、何か悲しげな、それでいて怒っているような表情であった。

 

「――プレシア・テスタロッサの行動が、"悪"だったとしてもか……?」

 

「それでも、だ」

 

「そうか……」

 

 クロノはそう呟き少しだけ俯いた後、覚悟を決めたように顔を上げ、祐一へとデバイスを向ける。

 

「――なら、キサマを倒して、プレシア・テスタロッサを捕縛するっ!」

 

「最初からそのつもりだろうが。――やれるものならやってみろ」

 

 祐一はそう話すと、鞘からデバイスを抜き放ち、その鞘を投げ捨てる。

 そして、その鞘が地面に落ちた瞬間――

 

「スティンガースナイプ!」

 

「フレイムシューター」

 

 轟音とともに、祐一とクロノの戦闘が開始された。

 

 

 戦闘開始直後から、クロノは魔力弾を祐一へと放ち続けていた。

 理由は不明だが、今の祐一の魔力量はAランク相当。それならば、クロノの方が魔力量では優位に立っている。

 そのため、クロノは単純な撃ち合いをしようと魔力弾を祐一へと撃ち続けていた。

 

(――やっぱり、そう上手くはいかないか)

 

 そう思いながら、クロノが視線を向けた先では、祐一が漆黒のロングコートを翻しながら、ぎりぎりのところで魔力弾を回避している姿があった。

 間髪入れず魔力弾を撃ち続けてくるクロノの攻撃を、祐一は自身の魔力弾で相殺し、ときには騎士剣を振るい魔力弾を打ち消していた。

 しかし、さしもの祐一も全ての攻撃を対処しきれないのか、バリアジャケットに魔力弾が掠ったりもしており、バリアジャケットが僅かながら汚れていた。

 

(自分を褒めるわけじゃないけど、僕の攻撃をここまで紙一重で避け続けるなんて、流石と言うほかない)

 

 クロノは集中を切らさず、祐一を心の中で称賛する。

 そして、クロノは思う。なぜ、と。

 

(なぜ、あなたは管理局を辞めて、こんなことをしているんだ)

 

 思い出すのは、まだ管理局に居た頃の祐一の姿だった。

 あの頃の祐一は、管理局内でも勝てる人間がいないほど、優れた魔導師であり――クロノの憧れでもあった。いつかはこんな人になりたいと、そう思ってもいた。

 そんな憧れていた人物が今は犯罪者に加担しているなど、クロノは信じたくはなかった。

 

(――いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。今はこの男を倒し、一刻も早くプレシア・テスタロッサを捕縛しないと)

 

 そう、心に強く思い、クロノは気合いを入れるように祐一へと叫ぶ。

 

「これを、受けきれるかっ!」

 

 その言葉とともに、クロノの周囲にさらに魔力弾が生成された。その数は、ゆうに二〇を越えている。

 

「――なかなかの数と精度だ」

 

 襲い掛かる無数の魔力弾を見ながら、祐一は静かに呟き、直後、同じように魔力弾を生成する。だが、魔力量の関係上、今の祐一では最大でもクロノの半分ほどしか魔力弾を作り出せない。

 だが、それでも祐一の表情は変わることはなかった。

 

「――だが、まだまだだな」

 

 瞬時に自分の魔力弾をクロノの魔力弾へとぶつけ相殺する。

 だが、祐一も表情にこそ出してはいなかったが、クロノの強さに驚嘆していた。

 

(流石はあの若さで執務官を務めているだけのことはある。残りの魔力弾は剣で相殺するしかない、か)

 

 そう頭で考えながらも、祐一は動きを止めず、クロノの魔力弾を自身が持つ長剣型のデバイス《冥王六式》で打ち消していく。

 

(――残り、五つ)

 

 瞬く間に残りの魔力弾は数を減らし、祐一はそれと同時に次の攻撃のプロセスを組み立てる。

 

(一度に大量の魔力を消費したんだ。おそらく、次の攻撃は遅れるはず……そこが狙い目だな)

 

 そう思考しつつ、祐一は騎士剣を上段から振り下ろす。

 

(――残り、一つ)

 

 クロノが放った最後の魔力弾を、祐一は視界に捉える。だが不意に、祐一は違和感を感じた。

 

(――まて、おかしい。いくらなんでも攻撃が単調すぎる)

 

 そう思考するが、祐一はすでに最後の魔力弾を打ち消すため、騎士剣を振るおうとしていた。

 そして、祐一は視界の端にクロノ姿を捉えた。

 

(――っ! そうか、やつの狙いは……っ!)

 

 この"最後の魔力弾"が、クロノが仕掛けた罠であった。

 祐一はそれに気付き、魔力弾へと振るおうとしていた騎士剣を無理やり停止させる。だが――

 

「もう、遅いっ!」

 

『Explosion』

 

 クロノの叫びと同時に、最後の魔力弾が祐一の目の前で爆発した。

 

「ぐっ!?」

 

 祐一は爆発をまともに受けるが、寸前に障壁を張ることに成功していた。ダメージもほとんどない。だが、祐一はその爆発で僅かに気がそちらに逸れる。

 だがそれが、この戦闘が始まってから、初めて祐一にできた隙であった。

 

「――っ!? バインドかっ!?」

 

 クロノが仕掛けたバインドが祐一の両手足を拘束する。

 祐一は舌打ちしながら、そのバインドを解除しようと魔力を込めるが、流石の祐一も即座にクロノのバインドを消すことはできない。

 

「くらえっ!!」

 

 クロノの叫びに、祐一はそちらへと視線を向ける。

 そこには、こちらにデバイスを向けているクロノの姿があり、その先端にはクロノの魔力が込められていた。

 

(――悔しいが、見事だな)

 

 そう、祐一は覚悟を決めるとともに、クロノの戦術の見事さと、僅かに慢心していた自身を恥じた。

 ――そして、

 

『Blaze Cannon』

 

 クロノが込めた青い魔力が砲撃となり、その光は祐一を飲み込んだ。

 

 

「――はぁ、はぁ、やったか……?」

 

 クロノは肩で息をしながら、祐一が居た場所を見つめていた。だが、先ほどの砲撃で辺りには煙が立ち込めており、視界が悪くなっていた。

 

(――いくら魔力差があったとはいえ……こんなものか……?)

 

 息を整えながらクロノはそう、頭の中で思っていた。自分が憧れた男は、この程度の力であったかと。

 

(それとも、僕が強くなったのか――)

 

 自分も訓練を重ね、執務官にもなった。努力もせず、執務官になれるようなことはない。だからこそ、クロノは自分が力を付けてきているという、自覚もあった。

 ――そう、クロノが思っていたときだった。

 

「――業炎」

 

 その声を聞いた瞬間、クロノは背後から悪寒を感じ取り、何も確認せずフルパワーで背後へと障壁を張る。

 

「――一閃っ!」

 

 轟音が辺りに響き渡り、クロノが張った障壁がビキビキと悲鳴を上げる。

 クロノは震える腕でなんとか相手の攻撃を防ぎながら、こちらを攻撃してきた人物を見る。

 ――そこには先ほど砲撃魔法を浴びせた、黒沢祐一がいた。

 

(なんで、いつの間にっ!?)

 

 そうクロノは頭の中で叫ぶ。

 そんなクロノの気持ちなど知らないというように、祐一は騎士剣を持つ腕に力を込める。祐一が持つ騎士剣には真紅の炎が纏われており、その攻撃の高さを物語っていた。

 そんな攻撃を、クロノはなんとか障壁で防いでいたが、背後からの不意打ちだったこと。また、砲撃魔法を放った直後であったことから、障壁の精度は下がっていた。

 ――故に、祐一の攻撃に障壁が耐えれるはずもなかった。

 

(っ!?)

 

 バキンッ! という音が周囲に響き渡り、

 

「がは……っ!?」

 

 クロノの掠れた吐息が口から漏れる。

 祐一が放った騎士剣による横薙ぎの一撃は、クロノの腹部へと直撃し、その衝撃からクロノは吹き飛び壁へと激突した。

 

 

(――ここまでやるとは、たいしたものだ)

 

 祐一は騎士剣を下げながら、そう思っていた。

 祐一の格好は、戦闘が始まる前にくらべ、かなりぼろぼろであった。漆黒のロングコートは所々焦げ落ちて穴が空いており、頭からは僅かに血が流れ落ちてきていた。

 表情こそいつもと同じであるものの、肩で息をしていることから、さしもの祐一も疲労が大きいことが分かる。

 

(流石は管理局執務官といったところか)

 

 祐一は未だ煙が立ち込め姿が見えないクロノから視線を外し、左腕を見つめる。

 祐一の左腕は傷だらけでぼろぼろであり、動かそうとするたび祐一は激痛に表情を顰めそうになっていた。

 この傷は、さきほどクロノの砲撃を受けたときにできた傷であった。

 祐一は両手足がバインドで拘束された瞬間、全てのバインドを解除するのは不可能と判断し、左腕だけバインドを外したのだ。

 そして、祐一は最小限のダメージで済むように左腕を犠牲にして砲撃を防いだのだ。

 

(流石に左腕はしばらく使えないか……)

 

 祐一が今後のことを考えていると、クロノが瓦礫を押しのけながら姿を現した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 その姿は満身創痍であり、祐一の一撃を受けた腹部はアバラが何本か折れており、息をするだけでも苦しく、頭からは血が流れ、その影響で片目が塞がっていた。

 

(――僕が強くなっているなど、考えが甘かった。――これが、《黒衣の騎士》と呼ばれた男の力か……)

 

 かつて、管理局に所属しており、《黒衣の騎士》とまで呼ばれた青年――黒沢祐一。

 当時、管理局の最高戦力とまで言われていた青年と、今、自分は戦っているんだなと、クロノはその事実に思わず笑みが零れる。

 そんなクロノの表情を見て、祐一は怪訝な表情となる。

 

「どうした。頭でも打ったのか?」

 

「いや、世の中、わからないことばかりだ――そう思ってね。思わずおかしくなってしまったんだ」

 

「ふっ、そうか。俺もまさかこんなことになるとは、思っていなかったさ」

 

 クロノの言葉に、祐一も僅かに苦笑する。

 そして、クロノは再びデバイスを構え、それを見た祐一も右腕のみで騎士剣を構える。

 

「――時間も惜しい。そろそろ通らせてもらうよ」

 

「ふっ、その怪我でよく言う」

 

「そっちこそ、片腕だけで大丈夫かい?」

 

「丁度いいハンデだろう? お前もアバラが何本か折れているようだが、大丈夫か?」

 

「それこそ、丁度いいハンデだよ」

 

 クロノは頭から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべ、対する祐一も同じように笑みを浮かべていた。

 

「――では、いくぞ」

 

「――ああ」

 

 そう、どちらともなく言葉を交わす。

 祐一は右手に騎士剣を持ち、クロノは杖を両手で持ち、しっかりと構える。

 そして、お互いが戦闘を再開しようと、足を踏み出そうとする。

 ――そんなときだった。

 

「――祐一」

 

 この戦闘には似つかわしくない、澄んだ声が部屋に響き渡る。

 その声を聞き、クロノははっとした表情でそちらを見つめ、対する祐一は、表情を変えることなく、その声の"主"へと視線を向ける。

 そこには、今回の事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサの娘――フェイト・テスタロッサがバリアジャケットを纏った姿で立っていた。隣には、使い魔であるアルフの姿もあった。

 

「――フェイト」

 

「――うん。来たよ、祐一――決着をつけに……」

 

 祐一へと語りかけるその瞳には、今までになかった力強さがあると祐一は感じ、思わず笑みを浮かべていた。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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母の願いと娘の想い

投稿します。
ちょっと遅くなりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


「――来たか、フェイト」

「――うん。このまま終わるのは、嫌だから」

 

 フェイトは、決意に満ちた瞳を祐一へと向けながら話す。

 祐一は、まだ息が上がっているクロノを警戒しながらも、フェイトの瞳をその漆黒の瞳でじっと見つめていた。

 

「そうか。プレシアさんはこの先の扉の向こうにいる。……だが、行ってどうする? プレシアさんはお前のことなど、気にも留めていない。ましてや、アリシアの代替品として利用していたんだぞ。それなのに、お前はプレシアさんの下へと向かうのか? 辛い気持ちが増すだけになるかもしれないぞ」

 

 祐一は表情を変えることなく淡々と話す。

 その口から語られる言葉は全て事実であり、実際、フェイトが例えプレシアの下を訪れても、良い結果になるとは、誰も言えなかった。

 祐一の言葉を聞き、俯きそうになる自分を心の中で叱咤し、祐一へと口を開く。

 

「確かに、わたしは母さんのほんとの子供じゃないかもしれない。母さんが自分の本当の娘である、アリシアのために作った代替品なのかもしれない。――だけど――」

 

 フェイトはそこで大きく息を吸い、次の言葉を口にする。

 

「それでも、わたしは母さんの娘で――母さんが大好きだから」

 

 そう笑顔で話すフェイトに、祐一は目を見開いた。

 そして、フェイトは自身の想いを伝えるように、祐一へとさらに話を続ける。

 

「祐一は何度も言ってたよね? 『お前はどうしたいんだ?』って、前のわたしは母さんの役に立つことに必死になって、母さんの言うことばかり聞いてた。それが、わたしの願いだと思ってた」

 

 過去のフェイトは、プレシアの言うことを聞くばかりであった。

 母親のためにと言えば聞こえはいいが、それではただの小間使いとなんら変わらない。そこにはフェイトの本当の願いはなかったのだ。

 

「母さんの役に立てるのは嬉しかった。だけど、それだけじゃ駄目だったんだ。ちゃんと話をして、自分の想いをぶつけて、それでやっと始めることができる。……母さんがわたしのことを嫌いだったとしても、わたしの想いを母さんに伝えないと、何も始まらない」

 

 フェイトは少し息を吸い込み、そして告げる。

 

「だから、わたしは母さんに会って、自分の気持ちを伝えたい。――それが、今、わたしが一番やりたいこと」

 

 最後まで言い切ったフェイトの視線を、祐一は瞳を逸らすことなくじっと見つめていた。

 

(――それがフェイトの願い、か。……強くなったな、フェイト)

 

 祐一が初めて出会った頃のフェイトは、魔導師としての才能に溢れていたのに、その内面は酷く弱々しかった。そんな弱かった少女が、力強い瞳で祐一を見つめていた。

 

「それがお前の意思なんだな、フェイト」

「うん」

「そうか……」

 

 祐一の言葉にも動揺することなく、その真紅の瞳で見つめ続けていた。

 

(本当に強くなったんだな、フェイト)

 

 そう心の中で思いながら、祐一は笑みを浮かべた。フェイトがここまで立ち直ってくれたことと、これで少しはリニスへと顔向けできると、嬉しく思っていた。

 

(俺の役目もここで終わり、か)

 

 祐一は右手に持っていた騎士剣を落ちていた鞘へと収めると、デバイスを待機状態へと戻した。

 

「……なんの真似だ、黒沢祐一」

「見ての通りだよ、クロノ・ハラオウン。俺の役目はここで終わりのようだ」

「どういうことだい、祐一?」

「俺の目的はプレシアさんの"願い"を叶えることだ。そして、その役目はもう終わった」

 

 そこまで話すと、祐一は三人へと背を向け扉へと歩みを進め始める。

 

「祐一、母さんの願いは何なの? アリシアを甦らせるだけじゃないの……?」

 

 そんな祐一をフェイトは呼び止め、質問する。祐一は歩みを止め、僅かにフェイトへと顔を向ける。

 

「"それもある"。だが、それだけではない。……ここから先はプレシアさんに聞くんだな」

「祐一……」

 

 フェイトに名前を呼ばれ、祐一は僅かに思考すると、フェイトへと顔を向ける。

 

「プレシアさんの下へと向かうなら、心を強く持ち、覚悟して来ることだ」

「祐一……?」

 

 フェイトがそう呟くと同時、祐一は扉の向こうへと姿を消した。

 

 

 一方その頃、駆動炉を暴走させたことで揺れている《時の庭園》最深部で、プレシアは培養液に入っているアリシアをじっと見つめていた。

 

(もうすぐ、もうすぐよ。間もなく、《アルハザード》へと至る道が開かれ、私の願いが叶う)

 

 そう思いながら、プレシアはアリシアが入った培養液を優しく撫でる。アリシアには触れられないが、アリシアを優しく撫でているようであった。

 そして、そんなプレシアの表情には笑みが浮かんでいた。その笑みは今までプレシアが見せていた笑みとは違い、優しさで満ちている笑顔であった。

 

(もうすぐよ。……待っててね、アリシア)

 

 プレシアが優しい表情でアリシアを見つめていると、背後から声が掛かった。

 

「プレシアさん」

「……また、こっぴどくやられたようね」

「少しばかり。相手がとても優秀な人物だったんですよ」

 

 プレシアがその声を聞き僅かに苦笑しながら振り返ると、そこにはいたる所に怪我をしている祐一の姿があった。

 プレシアはそんな祐一へと近づく。

 

「プレシアさん……?」

「――無茶をさせてしまったわね」

「いえ、俺が自分からしていることですから、プレシアさんが気にする必要はありません」

「それでも、よ。本当にありがとう、祐一くん」

 

 プレシアのお礼の言葉に、祐一の表情が僅かに揺れた。それは、あまり感情を表に出さない祐一にしては珍しいことであった。その表情に浮かんでいるのは、これから起こることへの悲しみであった。

 そんな祐一の感情の揺れに気づいたのか、プレシアはハンカチを取り出し、それで祐一の頭から流れ落ちてきていた血を拭った。

 そんなプレシアの行動に、祐一は気恥ずかしさを感じていた。

 

「……すみません、プレシアさん」

「別にいいのよ、このくらい」

 

 珍しく祐一が恥ずかしがっていることに、プレシアは笑みを浮かべる。

 そして、祐一はプレシアの手が離れたのを確認すると、静かに口を開いた。

 

「――フェイトがもう少しでこの最深部へとやってきます」

「……そう……」

「プレシアさんにあんなことを言われたにも関わらず、あなたと話がしたいそうです。……本当に、強くなりましたよ、フェイトは」

「……そう。あの子がそう言っているのなら、話だけは聞いてあげないといけないわね」

 

 祐一の言葉にプレシアが表情を曇らせると、今まで揺れていた《時の庭園》の揺れが急に弱くなっていった。

 それに気付いた祐一が周囲を見渡すように視線を動かしながら、静かに口を開く。

 

「やはり、今、ここに来ている管理局員は優秀なようです」

「そのようね」

 

 祐一の言葉にプレシアがそう返すと、凛とした声が周囲に響き渡る。

 

『プレシア・テスタロッサ、黒沢祐一、もう終わりですよ。次元震は私が抑えています。駆動炉もじきに封印されるでしょうし、そこには皆が向かっています』

 

 その声の主――リンディ・ハラオウンが凛とした声でそう告げる。

 

『忘れられし都《アルハザード》。そして、そこに眠る秘術は存在するかどうかも曖昧なただの伝説です。もし、《アルハザード》があったとしても、この方法はずいぶんと分の悪い賭けだわ。……あなたはそこに行って、何をするの? 失った時間を取り戻そうとでもいうの?』

 

 リンディはそう言葉を口にする。《アルハザード》など、所詮はただの伝説だと。そうプレシアに言っているのだ。やっていることは無駄であると、投降して、"これから"のことを考えろと、そう言っているのだ。

 

(それが"普通"よね。……だけど、わたしは……)

 

 プレシアはリンディの言っていることは頭では理解している。それが一番ベストな選択なのかもしれない。……だが、それでも、プレシアはそれを受け入れることが出来ないのだ。

 プレシアは僅かに瞠目した後、すっと目を開く。

 

「――そうよ、私は取り戻す。そして、"あの子"の前から姿を消すの――例え、それがベストな選択じゃなくても、私はもう後には引けないのよ」

『……プレシア・テスタロッサ、あなたは……』

 

 プレシアの言葉に、リンディが驚いたように声を上げると、それと同時にクロノが祐一たちのいる最深部までやってきた。クロノは体力は回復したのだろうが、祐一との戦闘で負った傷は消えておらず、両手で杖を持っているものの、その手は震えていた。

 祐一はそんなクロノの姿を確認した後、クロノに続いて部屋へとやってきた人物に視線を向ける。

 

「……フェイト」

「……母さん」

 

 プレシアとフェイトはお互いを見つめながらそう呟いた。

 フェイトは僅かに戸惑った表情で、プレシアは見た目では何も表情に変化は見えなかった。

 しばらく無言で二人はお互いを見つめ合っていたが、それは唐突に終わりを告げる。

 

「――っ!? ごほっ、ごほっ!」

 

 プレシアが口元を押さえながら激しく咳き込んだ。最後に使用した次元魔法が、プレシアの体に負荷を掛けたことと、もはやその体を蝕んでいる病にプレシアの体は限界まできていたのだ。

 

「か、母さんっ!?」

 

 突然咳き込み始めたプレシアにフェイトが駆け寄ろうとするが、

 

「……何しにきたの……?」

「っ!? わ、わたしは……」

 

 プレシアは顔色を青くしながらも、フェイトへと厳しい言葉を投げ掛ける。フェイトはその言葉を聞き、駆け寄ろうとしていた足を止めた。

 祐一に肩を借りながら、プレシアはさらにフェイトへと口を開く。

 

「……消えなさい。もうあなたに用はないわ」

「…………」

 

 フェイトは何も言えず黙ってしまうが、その瞳はしっかりとプレシアへと向いていた。

 

(――そうだ。お前の想いをぶつけるんだ。思い残すことがないように……)

 

 祐一は心の中でフェイトを鼓舞する。

 その思いが通じたのか、フェイトがゆっくりと口を開いた。

 

「――あなたに、言いたいことがあってきました」

「…………」

 

 フェイトの言葉に、僅かに意表を突かれたような表情となるプレシア。フェイトが自分から何か言ってくるとは思っていなかったのだろう。

 

「わたしは……わたしはアリシア・テスタロッサじゃありません。ただの人形なのかもしれません」

「…………」

 

 プレシアは黙ってフェイトの話を聞く。

 フェイトは少しだけ目を瞑り深呼吸した後、すっと目を開けると口を開いた。

 

「――だけどわたしは、フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出してもらって育ててもらった――あなたの娘ですっ!」

「……っ!?」

 

 フェイトの言葉を聞き、プレシアの表情が僅かに動いた。その表情は、嬉しさと悲しさがない交ぜになっていた。

 

(この子はどこまで……何故、こんな、私のような母親を……っ!)

 

 プレシアは心の中で叫んだ。

 フェイトが自分をここまで想ってくれていることへの嬉しさと、自分がこれから娘の前から姿を消さなければならない寂しさから、悲しみが溢れていた。

 

(だけど、私はもう駄目……もう、"永くない"……だから、私は……)

 

 プレシアは培養液に入ったアリシアを見つめた後、フェイトへと視線を戻す。フェイトはそんなプレシアを静かに見つめている。

 

(私が望んだのは、アリシアとともにアルハザードへと至ること。そして、フェイトが一人でも大丈夫なように、生きていけるようにしてあげること)

 

 なんとも分の悪い賭けだとは思うが、自分の命も残り少ないと分かっていたプレシアはアリシアとともに、アルハザードを目指そうと決めた。

 そして、一人になってしまうフェイトのために、教育係りとして祐一を呼んだ。彼ならばフェイトを護ってくれるだろうと、プレシアは感じていた。

 また、ジュエル・シードを集めていたら管理局が来るであろうことも予測していた。そしてここで、自分がこの事件の元凶だということで決着を着ければ、フェイトの罪も軽くなり、その後は管理局が対処してくれるだろうとプレシアは思った。

 

(――だから、今までやってきたことを無駄にするようなことはできない)

 

 だから、フェイトとはここまでなのだと、プレシアは心に決めていた。

 プレシアは決意を決めると、その口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 

「――ここまで芯の通った娘に育つとはね。リニスの教育の賜物かしらね」

「母さん……?」

 

 フェイトは、プレシアの表情を見て困惑していた。ここ数年、プレシアが自分の前で笑みを見せたことなど、ほとんどなかったからだ。

 そして、口元に浮かんでいる笑みを消すことなく、プレシアはフェイトへと話し掛ける。

 

「今更、あなたのことを娘と思えと……あなたはそう言うの?」

「あなたがそれを望むのなら、わたしは世界中の誰からも、どんな出来事からも――あなたを守ります。わたしがあなたの娘だからじゃない。――あなたがわたしの母さんだから――」

 

 フェイトが力の篭った瞳でプレシアを見つめ、最後まで自分の想いを口にした。これこそが、フェイトが強くなった証であった。

 そんなフェイトの姿に、祐一もプレシアも嬉しさを感じていた。

 そしてプレシアは肩を借りていた祐一から離れ、一人でしっかりと立ちフェイトを見つめ――今までに見せたことのない、本当の"笑顔"をフェイトへと向けた。

 

「――そう、それがあなたの願いなのね」

「かあ、さん……?」

 

 困惑するフェイトを余所に、プレシアは続けて口を開く。

 

「――"ありがとう"――」

「……っ!?」

 

 プレシアの言葉に、フェイトはその綺麗な瞳に涙を浮かべた。フェイトが望んでいた、プレシアからの本物の感謝の言葉。それだけで、フェイトは堪らないくらい嬉しかった。

 だが、次にプレシアの口から出てきた言葉は、

 

「最後だけど……あなたの母親で、本当に良かったわ」

「母さん……?」

 

 プレシアの言葉に、涙を瞳に溜めたフェイトは首を傾げる。

 そして、プレシアは自分が持っていた杖を地面へと静かに打ちつけた。

 すると、プレシアを中心に巨大な魔方陣が展開されたかと思うと、収まっていた揺れが再び起こり始める――《時の庭園》が崩壊を始めたのだ。

 

『まずいっ!? 艦長、クロノくん、まもなく《時の庭園》が崩れます! このままじゃ、崩壊に巻き込まれます!』

「っ!? 了解した。……フェイト・テスタロッサ!」

 

 エイミィの言葉から、まもなく《時の庭園》が崩壊することを知り、クロノがフェイトへと叫ぶ。だが、フェイトはプレシアを見つめたまま動かなかった。

 そんなフェイトの姿に、プレシアは僅かに苦笑した後、自身の背後に控えている祐一に声を掛ける。

 

「祐一くん、もういいわ。今までありがとう」

「――いえ、結局、俺には何も出来ませんでした」

「そんなことはないわ。少なくとも、私はとても感謝しているのだから。……ただ、もう一つ頼みごとがあります」

「はい……」

 

 プレシアは静かに祐一へと告げる。

 

「――フェイトのこと、よろしくお願いね。確かに強くはなったけど、あの子はまだ弱い。だから、祐一くん。少しでいいから、フェイトのことを見ててあげて――これが、あの子を置いていってしまう、愚かな"母親"の最後の願い――」

 

 祐一はプレシアの言葉に驚いたように目を見開いた後、すぐにいつもの表情へともどると、しっかりと告げる。

 

「――了解しました」

「ありがとう、祐一くん」

 

 胸に手を当てながらそう話す祐一に、プレシアは笑みを浮かべつつお礼を述べた。

 そして、祐一から視線を外し、未だ呆然としているフェイトへと向ける。

 

「フェイト」

「っ!? は、はい!」

「あなたには、辛い想いばかりさせてしまったわね」

「そ、そんなこと……っ!」

 

 プレシアの優しい言葉に、フェイトは瞳に涙を溜めたまま叫ぶ。

 

「だけど、ごめんなさい。……もう、行くわ」

「なら、わたしも……っ!」

「それは駄目。あなたはここに残りなさい。……大丈夫、あなたは一人じゃないわ」

「で、でも、母さん……っ!」

 

 もはやフェイトは涙を流すのも気にせずプレシアへと叫んでいた。

 そんなフェイトをプレシアは悲しみに満ちた表情で見つめていた。

 

「――強く生きなさい、フェイト。あなたはこの大魔導師、プレシア・テスタロッサの"娘"なのだから」

「……母さん……」

 

 フェイトは大粒の涙をぽろぽろ零しながらプレシアを見つめていた。

 そして、プレシアも同じように瞳に涙を浮かべながらフェイトを見つめていた。

 

「……もう、時間ね」

 

 プレシアがそう呟くと、揺れが激しさを増し、プレシアが立っている地面にも亀裂が入り始める。

 

「母さん……っ!」

 

 フェイトはプレシアの元へと走り寄ろうとするが、地面が激しく揺れているため、それは叶わなかった。

 そして、プレシアが立っている地面も崩壊を迎え、プレシアはアリシアとともに空中へと投げ出され、虚数空間へと落ちていく。

 しかし、そんな状態にも関わらずプレシアの表情には笑みが浮かんでいた。

 

「――いっしょに行きましょう、アリシア、今度は離れないように。――そして――」

 

 プレシアは虚数空間へと落ちながらも、フェイトへと笑顔を向ける。

 

「――フェイト。本当は私、あなたのことが――大好きだったのよ――」

「っっ!? アリシア! 母さん!!」

 

 フェイトはプレシアへと手を伸ばすが、その手が届くはずもなく――プレシアは笑みを浮かべたまま、アリシアとともに虚数空間へと消えていった。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。

ついに無印編もあと数話で終わりです。
相変わらずスローペースですが、頑張って更新していきます。


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戦いの後に(前編)

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


side 高町なのは

 

 今、わたしは崩壊してしまった《時の庭園》から《アースラ》へと戻り、治療を受けている。

 わたしはユーノくんに包帯を巻いてもらっており、向かいにはクロノくんがエイミィさんに手当てされていた。

 そんなクロノくんへわたしは話し掛ける。

 

「フェイトちゃんは……?」

「フェイトはアルフと一緒に護送室にいるよ。彼女はこの事件の重要参考人だからね。申し訳ないが、しばらくの間は隔離させてもらうよ」

「そ、そんなっ!? いたた……っ!」

「ほら、なのは、じっとしてて」

 

 クロノくんの言葉にわたしは立ち上がろうとしたけど、体が痛くて悲鳴を上げてしまい、それをユーノくんが苦笑しながら諌めてくる。

 わたしがユーノくんにごめんね、と謝っていると、クロノくんが話を続ける。

 

「……今回の事件は、一歩間違えれば次元断層を引き起こしかねなかった重大な事件だ。時空管理局としては、関係者の処遇に関しては慎重にならざるを得ない。それは分かるね?」

「……うん」

 

 クロノくんの言葉に、わたしは少しだけ俯いてしまう。

 

「――まぁ、フェイトは事件に関わっていたとは言え、母親からの命令で仕方なく事件に関与していたから、情状酌量の余地はあるだろう」

 

 そんなわたしを見たからか、クロノくんはバツが悪そうな顔をしながらそう告げた。

 不器用ながらも、わたしを慰めてくれるクロノくんの優しさにわたしは思わず笑みを浮かべると、クロノくんが僅かに頬を赤く染める。

 

「うん。ありがとう、クロノくん」

「ふ、ふんっ。お礼を言われるようなことはしてないよ」

「全く、素直じゃないんだから」

「そこがクロノくんらしいけどねぇ~」

 

 そっぽを向きながら話すクロノくんに、ユーノくんとエイミィさんが笑いながらクロノくんをからかっていた。

 そんなみんなを見ていたら、わたしは自然と笑みを浮かべていた。

 

 

 しばらくの間、みんなと話をしていると、クロノくんが真剣な表情となり、静かに口を開いた。

 

「フェイトとアルフの処遇については問題は無い、と言えば嘘になるが、"もう一人"の人物よりはまだマシだろう」

 

 そう話すクロノくんの表情は硬く、エイミィさんとユーノくんの表情も少しだけ強張っていた。

 

「――祐一お兄さんのことだよね?」

「ああ」

 

 そう話しながら、わたしは祐一お兄さんのことを考えた。

 祐一お兄さんは、今回の事件の首謀者であったフェイトちゃんの母親であるプレシア・テスタロッサに雇われ、その願いを叶えるために力を貸していた。

 そのプレシアさんの願いの一つは、ジュエル・シードの力で、今では失われた都《アルハザード》へと行くこと。

 そしてもう一つは、フェイトちゃんが一人でも大丈夫なようにすること。寿命が残り少なかったプレシアさんは、フェイトちゃんと一緒に生きていくことができないことを悟り、そんなことを考えたそうだ。

 自分がいなくなったとき、フェイトちゃんが悲しみに沈んでしまわないようにするための苦肉の策であり、それがプレシアさんの優しさでもあった。

 

(――だから、祐一お兄さんはプレシアさんに協力することにしたんだ)

 

 祐一お兄さんは基本的にドライな性格ではあるけど、親しくなった人には優しさを見せる人物である。だから、プレシアさんに協力したんだとわたしは思っている。

 祐一お兄さんとプレシアさんのしていたことは危険なことだったのかもしれない。確かに、僅かではあるものの次元震は起きたのは事実としてあるけど、結果としては周りにはそれほど危険なことはなかった。

 きっと、祐一お兄さんとプレシアさんはそれを計算に入れた上で今回の事件を起こしたのかもしれない。――そうわたしは思っていた。

 

「祐一お兄さんのやったことは、やっぱりいけないことだったのかな……?」

「……結果的にはそれほど大事には至らなかったけど、もし、次元断層を本気で起こしていたら被害はこんなものではなかっただろう。それに、黒沢祐一はフェイトと違って、自分の意思でこの事件に絡んでいる。無罪放免というわけにはいかないだろう」

「そう、なんだ……」

 

 クロノくんの言葉に、わたしは少しだけ俯いた。

 

(祐一お兄さんは悪いことなんてしていない。……そう思うのは、わたしがまだ子供だからなのかな……)

 

 そう考えながら、わたしは《時の庭園》が崩壊したときのことを思い出した。

 

side out

 

 

 ――プレシアとアリシアが虚数空間へと落ちていくのを、フェイトたちは呆然と見つめていた。

 

 だが、そんなに呆然としている暇はない。《時の庭園》の崩壊は始まっており、もはやゆっくりしている暇などなく、このままでは皆、虚数空間へと飲み込まれてしまう。

 そんな中、フェイトは未だにプレシアとアリシアが落ちていった方へと手を伸ばし、呆然とそちらを見つめていた。

 

(――母さんは、わたしを愛してくれていた。……だけど、もう母さんと会うことはできないんだ)

 

 もうプレシアには会えないという事実から、フェイトの瞳からは自然と涙が零れた。

 そんなフェイトを悲痛な表情で見つめながらも、アルフはフェイトへと声を掛ける。

 

「フェイト、早くここを離れないとっ!」

 

 アルフの言葉はもっともで、《時の庭園》の崩壊は止まらず、その揺れも激しさを増してきていた。

 だが、フェイトはその声を聞いてもその場から動こうとしなかった。

 

「……ッ!? フェイト……ッ!?」

 

 アルフが先ほどよりも焦った声を上げていることに気付いたフェイトは、俯いていた視線を上げた。

 

「……っ!?」

 

 《時の庭園》が崩壊している影響から、壁が崩落してきており、フェイトの上から巨大な岩が落ちてきたのだ。

 

「フェイト……ッ!?」

 

 アルフが心配から声を上げた。

 フェイトはぎりぎりのところで岩の軌道がそれ無事であったが、その岩はフェイトが立っていた場所を粉砕してしまい、フェイトはなんとか残った地面にしがみついていた。

 下は虚数空間であり、落ちたら戻ってくることはできない。

 

(――でも、ここから落ちれば母さんたちに会えるかもしれない)

 

 フェイトの頭をそんな考えが過ぎる。

 だが、フェイトは最後にプレシアが自分に託した言葉を思い出す。

 

 ――強く生きなさい。あなたはこの大魔導師、プレシア・テスタロッサの娘なのだから。

 

 プレシアの言葉を思い出し、フェイトの瞳には再び力が戻ってきた。

 

(そうだ。母さんとの約束のためにも、わたしはこんなとこで終わっちゃいけない……っ!)

 

 フェイトは腕に力を込め、しがみついていた地面へと這い上がる。

 

「フェイトちゃん……!」

 

 それとほぼ同時に、砲撃魔法で壁を破壊してやってきた白いバリアジャケットを纏ったなのはが飛び込んできた。

 なのはは少し周囲を見渡した後、フェイトの姿を見つけ、飛行魔法で近くへと飛んできて叫ぶ。

 

「飛んでっ! こっちに……っ!」

 

 なのはは天井から落ちてくる瓦礫を避けながら、フェイトへと精一杯手を伸ばした。

 そんななのはの姿を見た後、フェイトは僅かに逡巡すると、覚悟を決めたような表情となり、最後にプレシアとアリシアが落ちていった方へと視線を向ける。

 

(ありがとう、母さん。わたしも母さんのこと――大好きだよ)

 

 そして、フェイトはこちらへと手を伸ばしているなのはへと手を伸ばしながら地面を蹴った。

 

「っっ!」

「フェイトちゃんっ!」

 

 なのはがフェイトの手を取り満面の笑みを浮かべ、そんななのはの表情を見て、フェイトの表情も綻んだ。

 だが、それが二人の油断となってしまった。

 

「――っ!? 危ないっ!」

「っ!?」

 

 ユーノの叫びに二人ははっとなり、上を見上げる。するとそこには、今までで一番大きい瓦礫が迫ってきていた。

 さしもの二人も流石に回避することが間に合わず、二人はお互いの手を強く握り締め、きたるべき衝撃に思わず目を瞑ってしまう。

 だが――その衝撃が訪れることはなかった。

 

「――ソニックムーブ――」

 

 力強い声が聞こえると同時、二人は誰かに抱えられ、僅かな浮遊感を感じた。

 そして、二人が目を開けると、そこには予想通りの人物の顔があった。

 

「――全く、お前たちは最後の最後に詰めが甘い」

 

 二人が尊敬してやまない人物――黒沢祐一が苦笑していた。

 

「祐一……!」

「祐一お兄さん……!」

 

 二人は先ほどまで危険だったことも忘れ、笑顔で祐一の名を呼ぶ。

 そんな二人に祐一は苦笑を浮かべた。

 

「ここはもう危ない。さっさと撤退するぞ」

「あ、うん。……祐一、助けてくれてありがとう」

「祐一お兄さん、ありがとう」

 

 フェイトとなのはのお礼に祐一は頷きを返すと、その場から移動を開始した。――二人を腕に抱えたまま――、

 

「ゆ、祐一、わたしはもう平気だから……」

「う、うん、そうだよ。わたしも大丈夫だし……」

「先ほどのようなことがあってはたまらんからな。二人共じっとしていろ」

 

 祐一は二人の言うことを切り捨て、そのまま移動していく。

 フェイトとなのはは流石に祐一に抱えられ恥ずかしいのか、頬を赤く染めていたが、お互いの顔を見合わせると、思わず笑いあった。

 

 

 そして、しばらく移動していると、前方に人影が見えてきた。

 

「黒沢祐一……っ!」

 

 そう叫んだ人物――管理局執務官のクロノ・ハラオウンが立っていた。その横にはフェイトの使い魔アルフとなのはの魔法の師匠であるユーノもいた。

 祐一は三人の近くまで来ると、フェイトとなのはを地面へと下ろすと、その場で両手を挙げた。

 

「もう抵抗はしない。俺も同行させてもらえるか?」

「……《時の庭園》が崩壊するまで時間も残り少ない。妙な動きをすれば、容赦しないからな」

「ああ」

 

 そうして祐一たちは《時の庭園》を去り、その後、《時の庭園》は崩壊した。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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戦いの後に(後編)

投稿します。
少し遅くなりましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 今、管理局次元航行艦船《アースラ》の一室で、二人の人物が対峙していた。

 一人は、先の戦闘の怪我から頭に包帯を巻いている管理局執務官のクロノ・ハラオウンであり、腕を組んだ状態で祐一をほとんど睨みつけるように見つめている。

 対するは、そのクロノとの戦闘でボロボロになったバリアジャケットをそのまま纏っている黒沢祐一であった。だが、クロノに対して祐一はいつもと変わらぬ表情であった。

 

「――いい加減、武装を解除してほしいのだが……?」

「断る。出来る限りのことは協力する、だが、武装を解除して管理局に捕まるわけにもいかないのでな」

 

 そんな祐一をクロノは睨みつけるが、そんなクロノなど気にする風もなく、祐一は椅子に座っていた。

 さきほどからクロノは祐一にバリアジャケットの解除を申し出ているのだが、祐一はそれを断り続けている。

 

「お前は自分の立場が分かっているのか……?」

「ならば、無理やり俺を拘束するか? それならばすぐにでも実行しているはずだ。だが、それをしない……いや、正確には出来ないか。今、ここで俺とお前が戦闘でもすれば、この艦船ごと皆で次元の藻屑となりかねないからな」

「ぐっ……」

 

 祐一の言っていることはもっともで、祐一を拘束したいのはやまやまであるのだが、現在、アースラの周囲は次元震の余波から外には出られない状態にあり、おいそれと暴れることは出来ないのだ。

 もし暴れてアースラが破壊でもすれば、祐一の言ったとおり次元の海に放り出されることになってしまう。

 そんな状態であることから、クロノは祐一に手を出せず、歯痒い状況が続いていた。

 そんなピリピリした空気の中、二人がいる部屋に一人の人物が訪れた。

 

「ごめんなさい、遅くなってしまったわね」

 

 そう言いながら部屋へと入ってきたのは、このアースラ艦長であり、クロノの実の母親であるリンディ・ハラオウンであった。

 

(――この人が噂のリンディ・ハラオウン提督、か)

 

 過去、祐一は管理局に所属していたが、その頃からリンディのことは知っていた。見た目は綺麗な女性であるのだが、非常に強かであり、仕事に関してはかなりのやり手であると、祐一はそのように認識していた。

 そんな祐一の視線に気付いたのか、リンディは笑みを浮かべながら向かいの席へと腰を下ろし、話を始めた。

 

「――さて、まずは自己紹介から始めましょうか。私はこの次元航行艦船《アースラ》の艦長を務めているリンディ・ハラオウンです、よろしくね」

「プレシアさんに雇われていた黒沢祐一です、よろしく」

 

 祐一の挨拶を聞き終えると、リンディは浮かべていた笑みを消して真剣な表情となる。

 

「さてと、本当は世間話にでも花を咲かせたいのだけど……黒沢祐一くん、話を聞かせてもらえるかしら? 今回の事件の全容を――」

「ええ、話させて頂きます。そのために俺はここにいるのですから」

 

 そして、祐一は今回の事件の全容をリンディとクロノに全て話した。

 ――プレシアが娘のアリシアを失った経緯と、それから行っていた研究の全て。

 ――最終的にプレシアが叶えたかった願い。

 

 全てを話し終えると、祐一は少しだけ息を吐いた。その表情に変化は無いが、向かいに座っているリンディと壁に背を預けて立っているクロノの表情は暗くなっていた。

 しばらくの間三人は黙っていたが、リンディが静かに口を開いた。

 

「――壮絶ね。もし、私がプレシア・テスタロッサと同じ立場だったら、同じことをしていたかもしれないわね……」

 

 リンディは切なげな表情を浮かべながら話す。

 一児の母親であるリンディにとって、プレシアの気持ちは理解できた。もし、自分の息子であるクロノが同じように不条理な事故や事件に巻き込まれたら――自身も同じことをしてしまうかもしれない、そうリンディは感じていた。

 そんなリンディの表情を見て、祐一は静かに口を開く。

 

「――そして、これがアリシア・テスタロッサが死亡した事故の件を俺なりに調べた内容になります」

 

 祐一はそう言いながらポケットから記憶媒体を取り出し、リンディへと渡す。

 

「ありがとう、というのは変かしらね。先ほどの話が本当なら、プレシア・テスタロッサが起こしてしまったとされる事故は第三者が関与していた可能性が高い。もしそれが事実なら、管理局……いえ、私が責任を持って調査します」

「ありがとうございます」

「――ですが、流石に事故が起こった時からかなり経っていますから、あまり期待はしないでください」

 

 リンディはそう申し訳なさそうに話す。

 だが、それでも祐一はお礼を言いながら頭を下げていた。そんな祐一の姿にリンディはおもわず苦笑してしまう。

 

(悪い子ではないのよね。ただ、少し不器用なだけ。……だからこそ、プレシア・テスタロッサの願いを叶えてあげたかったのね)

 

 祐一のことは調べていたので、その人となりは分かっていたが、実際に話をしてみてリンディはそう感じた。

 リンディがそんなことを考えていると、祐一が顔を上げ話しかけてくる。

 

「俺から話せることはこれが全てです。……それで、これからどうするつもりですか?」

「どうする、とはどういう意味かしら?」

「俺の処遇についてです。今回の一件に関して、俺は自分の意思でプレシアさんの手伝いをしている。したがって、フェイトと同じような理由を付けて罪を軽くする、またはその罪を無くすことはできないでしょう」

「……そうですね」

 

 祐一の話を聞き、リンディは僅かに思考すると、真剣な表情で祐一を見つめる。

 

「単刀直入に言いますけど。黒沢祐一くん、あなた、管理局に戻ってきてはくれないかしら?」

「なっ!?」

 

 リンディの言葉に祐一ではなく、クロノが驚愕の表情を浮かべた。祐一もクロノほどではないが、僅かに驚いた表情をしている。

 そんなクロノの驚きにも構わず、リンディは話を続ける。

 

「現状、私たちの戦力ではあなたを捕まえることはできないだろうし、それに管理局は年中人手不足だから、正直なところ、あなたのような優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいのよ。管理局に復帰してくれるなら、今回の一件は上手く"対処"しておきます。……どうかしら?」

「か、艦長……っ!?」

 

 クロノはリンディに向けて叫び声を上げるが、リンディはそれでも表情を変えず、じっと祐一を見つめていた。

 そして、しばらく祐一は黙っていたが、静かに口を開いた。

 

「――魅力的な話ですが、お断りします」

 

 祐一の言葉を聞き、リンディは僅かに残念そうな表情を浮かべた。

 

「理由を聞いてもいいかしら?」

「まず、そのような理由で管理局に復帰するは俺の意思に反します。今回の件は、俺が自分の意思で行った結果であり、俺が背負うことです。それに――」

 

 祐一がそこで言葉を切ったことに、リンディは僅かに首を傾げる。

 

「――それに、そのような理由で管理局に復帰すれば――"あいつ"に怒られてしまいますから」

「……なら、あなたは管理局と敵対することになっても構わないというの?」

「そうしなければならないのなら、そうするかもしれません。ですが、理由もないのに管理局と敵対はしません」

 

 リンディはそう、と静かに頷くと手を組み顎の下に添えながら目を瞑った。

 そして、しばらくリンディは黙っていたがゆっくりと口を開いた。

 

「……そういうところは流石ね。管理局と敵対するかもしれないのに、自分の意思を貫き通すなんて簡単にできることではないわ」

「いえ、そんなことはありませんよ」

 

 祐一はそう言葉を返しながら苦笑を浮かべると、リンディは笑みを浮かべていた。

 そして、リンディはゆっくりと口を開いた。

 

「――合格よ。流石は《黒衣の騎士》と呼ばれていただけのことはあるわね」

 

 そう笑顔を浮かべながら話すリンディを祐一は驚いた表情で見つめていた。クロノは何も話を聞いてなかったのか、ポカンとした表情でリンディを見つめていた。

 

「俺を試したんですか?」

「ええ。さっきの私の話しに乗るような人物だったなら、本局に着いたら拘束するつもりだったわ。試すようなことをしてごめんなさいね?」

 

 そう笑顔で話すリンディに、祐一は内心で舌を巻いていた。

 

(食えない人だ。話には聞いていたが、ここまで強かだとはな。提督の名は伊達ではないということか……)

 

 そう祐一はリンディの評価を上方修正した。流石に祐一は、リンディには話術では全く相手にならないだろうと感じていた。

 そんなことを祐一が考えていると、リンディは話を続けた。

 

「では、黒沢祐一――もう、祐一くんと呼ばせてもらうわね? 祐一くんは次元震の余波が収まるまでは、護送室に入ってもらいます」

 

 リンディの話を聞き、祐一は静かに頷いた。

 祐一が頷いたのを確認すると、リンディは話を続ける。

 

「そして、次元震の余波が収まったら、なのはさんが家に帰るとき――いっしょに祐一くんも解放しましょう」

「は……?」

「……いいんですか?」

 

 リンディの言葉にクロノは目を丸くして呆然としていた。祐一も僅かに驚いた表情をしながらもリンディへと質問を返した。

 そんな二人の反応にリンディは笑みを浮かべる。

 

「いいのよ。結果的には大事に至っていませんからね」

「か、かあさ、艦長、いいんですか……?」

「いいのよ。それに、今、祐一くんを捕まえようとして戦ったらこちらもただでは済まないし、捕まえれるとも限らないですからね」

「では、上にはどう報告するのですか?」

「祐一くんのことはオブラートに包んで報告するから大丈夫よ」

 

 リンディは微笑みながら、クロノの質問に答えていく。そんな自身の母にクロノは微妙な表情となっていた。

 

「リンディ提督、自分で管理局には捕まらないと拒否しておいてなんですが、本当にいいのですか?」

「いいのよ。今回の事件の元凶であるプレシア・テスタロッサは消えてしまったし、プレシア・テスタロッサの事故や実験には関与していないしね。……それに、このような形で若い人の力を失うのは惜しいですからね」

「……あなたは、変わった人ですね」

「あなたこそ。他人のためにここまで出来る人は、なかなかいないわよ」

 

 祐一は苦笑しながら言葉を返す。その言葉を聞き、リンディも苦笑しつつ言葉を返した。

 そして、リンディは話を終えると席を立つ。

 

「じゃあ、私は戻るわ。クロノ、祐一くんを護送室に連れていってあげなさい」

「……わかりました」

 

 クロノはリンディの言葉に少しだけ間を置いて頷く。

 

「じゃあ祐一くん、次元震が収まるまではそこでじっとしててね?」

「わかりました」

 

 リンディはそう話しを終えると、部屋の扉へと歩いていく。

 

「……リンディさん」

「ん……? なにかしら?」

 

 部屋を出て行くリンディの背後から祐一が声を掛ける。

 

「ありがとうございます」

 

 祐一の急なお礼を背中に受けながら、リンディが振り向くと、そこには祐一が席を立ち頭を下げていた。

 そんな祐一の姿を見て、リンディは思わず微笑みを浮かべる。

 

「どういたしまして」

 

 そして、リンディはそう言葉を口にすると、部屋を出て行った。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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さよならは言わない(前編)

投稿します。
遅くなってしまいましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


 祐一が護送室に入れられてから、何日かが経ち、次元震の余波も収まってきていた。そんなとき、祐一がいる護送室に一人の人物が訪れた。

 

「もうしばらくしたら次元震の余波も収まると思うから、明日には地球に戻れると思うわ」

「そうですか」

 

 祐一は自身の下を訪れてきた人物――リンディ・ハラオウンの言葉に頷きを返した。そう静かに頷く祐一をリンディはいつものように笑みを浮かべて見ていた。

 

(相変わらず、やりにくい人だな)

 

 そう祐一は嘆息する。

 リンディは、祐一が護送室に入ってからも頻繁にここを訪れていた。今回も、リンディがわざわざもう少しで地球に着くということを教えに来てくれたのだ。

 

「怪我の方はもう大丈夫?」

「ええ、ほぼ完治しました。少々、完治に時間が掛かりましたがね。流石は、管理局執務官の攻撃力といったところですか」

「あらあら、祐一くんにそこまで言わせるなんて、流石は自慢の息子ね」

 

 さらに笑みを深くするリンディに祐一は苦笑を浮かべた。

 

「――それで、これからどうなるんですか?」

 

 祐一の質問に、リンディは居住まいを正しながら答える。

 

「なのはさんは次元震の余波が収まり次第、地球に戻ってもらおうと思ってます。ユーノくんもなのはさんの厚意で、このアースラが完全に移動できるようになるまでの間は、なのはさんの家に厄介になるようね」

「なるほど。……それで、フェイトとアルフは?」

「二人はこのままアースラに留まってもらって、それから本局に移動した後、事情聴取をして裁判になるでしょうね。まぁ、ほぼ確実にフェイトさんは無罪になるでしょうけどね」

「そうですか……」

 

 祐一はここに来てから、リンディ・ハラオウンという人物を見極めていた。いくらプレシアがほぼ全ての罪を被ったとはいえ、管理局の人間が信用出来ないのでは、フェイトに危険が及んでしまう。そのため、祐一はフェイトたちを任せることになるリンディ・ハラオウンという人物を見てきた。

 短い時間ではあるものの、このリンディ・ハラオウンという人物を祐一は認めていた。

 ――この人にならば、フェイトを任せても大丈夫だと、そう思っていた。

 

(聞いていた通りの人だ。この人になら、フェイトを任せても大丈夫だろう)

 

 祐一がそう思考しながらリンディを少し見つめていると、リンディが小首を傾げる。

 

「……? 何かしら、祐一くん」

「いえ、リンディさんが俺の聞いていた通りの人だったので安心しました。あなたになら、フェイトを任せても大丈夫そうだ」

「ふふ、そう言ってもらえると、私も嬉しいわ。……でも、いいの? 私が言うのもなんだけど、祐一くんがフェイトさんと一緒にいてあげた方がいいんじゃないかしら?」

 

 笑顔だったリンディが、真剣な表情となり祐一に質問してきた。

 祐一は少し姿勢を整え、リンディの質問に静かに答えていく。

 

「確かに単純に守ってやるだけなら、俺が側にいるだけで大丈夫でしょう。ですが、それでは何かと不自由させてしまうでしょう。リンディさんたちと共に行き、裁判で無罪を勝ち取り自由になる。そこからフェイトの人生は始まるのだと、俺はそう思っています」

「祐一くん……」

「それに、俺はまだまだ若輩です。いろんなしがらみからフェイトを守ってあげるのなら、リンディさんの方が適しているでしょう」

 

 そう語る祐一をリンディは真剣な眼差しで見つめる。

 しばらく沈黙が続いた後、リンディは観念したように溜め息を吐き、少し困ったような、それでいて優しい表情となる。

 

「わかったわ。フェイトさんのことは任せてちょうだい。――安心して、というのも変だけれど、私たちが責任を持ってフェイトさんを自由の身にしてみせるわ」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 そう心強く話すリンディに、祐一は静かに頭を下げた。

 

 

 ――リンディが護送室を訪れてから、さらに数日が経過し、祐一の下にクロノが訪れてきた。

 

「――黒沢祐一、次元震の余波も収まったから釈放だ」

「ああ、すまないな」

 

 祐一はこっちだというように何も言わず先導するクロノの後へと続き、護送室を後にした。

 そして、しばらく二人が無言で歩いていると、祐一の前を歩いていたクロノが歩みを止めた。

 

「……? どうしたんだ?」

 

 立ち止まったクロノを不思議に思った祐一は、眉を顰めながら質問したのだが、クロノは黙ったまま前を向いていた。

 祐一がどうしたものかと頭を掻いていると、クロノが祐一へと視線を向けた。

 

「――艦長は今回の件について、おまえについて特に何をするでもなく釈放することを良しとしたけど、僕はそれが正しいことなのか――まだ答えを得ていない」

「…………」

 

 クロノの言葉に、祐一は黙ったまま耳を傾けていた。

 

「事件の元凶であるプレシア・テスタロッサは虚数空間へと消えた。だけど、その人物の片棒を担いでいたお前はまだここにいて、しかも釈放されようとしている。確かにお前は、プレシア・テスタロッサの願いを叶えるためだけに協力して、大事を起こすよつもりはなかった。……だけど……」

 

 クロノはそこで一度大きく息を吸い込み、さらに話を続ける。

 

「プレシア・テスタロッサは、それまでに違法行為を犯していた犯罪者で、そのような人物の手助けを行っていた貴様も同罪だ」

「…………」

「だけど、艦長は貴様の罪を認めた上で釈放した。……もう僕には、何が正しいことなのかがわからない」

 

 そうクロノは悲痛な表情で言葉を紡いでいく。

 今、クロノは自分が思っている"正義"という意味に自信が持てなくなってきていた。以前のクロノならば、管理局は絶対の"正義"として疑わなかったが、今回の一件でクロノの気持ちは僅かに揺らいでいた。

 クロノは悔しげに拳を握りこみ、祐一へと口を開く。

 

「……教えてください"祐一さん"。いったい今回の事件では誰が悪で、誰が善なのですか? 何が正しいことだったんですか……?」

 

 それが今、クロノが抱えている悩みであった。

 正しいことは何だったのか? 今回の"悪"は、誰だったのか?

 クロノはその答えが見出せず、苦悩していた。

 そんなクロノの質問に、祐一はしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。

 

「……それは、俺にもわからん。……だがな、正しい答えなど、人によって違うものだ。大多数の人間がそれを正しいと言ったとしても、自分がその考えに賛同できないというのならば、それは自分にとって正しい答えではないのだろう。プレシアさんが"悪"だという人物がいれば、その逆がいるようにな」

 

 祐一はそこで一度息を吸い込み、さらに話を続けた。

 

「ならば、納得のいくまで自分が正しいと思う答えを探し続けることだ。考えの違う人間と意見を交換し、考えを吟味し、その上で自分が正しいと思える答えに向かっていけばいいと、俺は思う」

 

 クロノは祐一の言葉を黙って聞いていた。

 

「今回はリンディさんのおかげで、俺は釈放される。だが、もしこの結果に納得がいかないのであれば、俺はいつでも相手になろう」

 

 そうクロノを真剣な表情で見つめながら、祐一は静かに告げた。

 そんな祐一を同じように、クロノは真剣に見つめていたが、心の中では笑みを浮かべていた。

 

(――この人は、昔から変わっていないんだな)

 

 クロノがそう心の中で思っていると、祐一が声をかけてきた。

 

「さて、俺からはこれぐらいしか言うことはないが……?」

 

 話を終えた祐一が、どうすると言わんばかりに腕を組み、クロノへと問い掛ける。

 クロノは僅かに笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「……あなたを捕まえるのは、また今度にしておこう。艦長の命令でもあるし、今回だけは見逃すよ」

「ほう……?」

「だが、今回だけだ。次に何かあったその時は――僕が全力であなたを捕らえます」

 

 不敵に笑うクロノに祐一も笑みを浮かべる。

 

「ふ、そうか。心に留めておこう」

「ああ。……さて、長話をしてしまったな。早く転送ポートに向かおう」

「ああ」

 

 祐一は頷き、クロノは祐一へと背を向けた。そのとき、

 

「――ありがとうございます、祐一さん」

 

 そうクロノが小さく呟いたのを聞き、祐一はまた笑みを浮かべた。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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さよならは言わない(後編)

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 祐一とクロノが転送ポートへとやってくると、元気の良い声が響き渡った。

 

「祐一お兄さんっ!」

「おっと……」

 

 その声とともに自分の胸に飛び込んできた少女を祐一は優しく抱きとめ、そんな行動を起した人物に思わず苦笑を浮かべた。

 

「急にどうしたんだ、なのは」

 

 白い制服を纏い、肩に掛かる髪をツインテールにした少女――高町なのはは、祐一の胸に顔を埋めていた。

 なのはのことを昔から知っている者ならば、その光景はとても珍しく見えただろう。

 小学三年生という年齢でありながらも、なのはは大人に対して甘えるという行為をあまりしない子であった。特異な家庭事情もあったこともあり、その性格と相まって、そういう行為をすることはあまりなかった。

 なのははしばらくの間祐一の胸に顔を埋めていたが、ゆっくりと離れた。祐一を見上げるその瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「わたし、信じてた……信じてたよ、祐一お兄さん」

「――そうか。ありがとう、なのは」

「……うん」

 

 祐一は頷いたなのはの頭を優しく撫で、そっと涙を拭ってやりながら、口を開く。

 

「今回のことはすまなかった。お前には、とても迷惑を掛けてしまったな」

「ふふ、祐一お兄さんがそんなこと言うなんて珍しいよね」

「む、そうか……?」

 

 祐一はなのはを撫でていた手を放しながら、僅かに首を傾げる。

 

「そうだよ。祐一お兄さんは一人で何でもやっちゃうから、わたしに迷惑を掛けるなんてこともなかったし」

「そう、だったかもしれないな」

「うん。だけど、わたしは今回のことを迷惑だなんて思ってないよ……?」

 

 笑顔でそう言うなのはに、祐一は少し驚いた表情となった。そんな祐一を見つめながら、なのはは話しを続けた。

 

「――だって、フェイトちゃんと知り合うことが出来たし、他にもいろんな人たちと出会うことが出来て、わたしは良かったと思ってるよ」

「……そうか」

 

 なのはの言葉を聞き、祐一は笑顔を見せる。

 

(――ほんとうに、なのはにフェイトを任せてよかった。二人には、お互いが対等に話ができる"友人"が必要だった)

 

 だからこそ、祐一はなのはとフェイトを引き合わせるように動いたのだ。

 

(まぁ、俺が手を出さなくとも二人は惹かれあっていたかもしれんがな)

 

 心の中で祐一は良い結果になってよかった、と思っていた。

 そんなことを考えていると、別の人物から声が掛けられた。

 

「あらあら、なのはさんは意外と大胆なんですね~」

「なのはも嬉しかったんですよ」

「こほんっ! そろそろいいか……?」

 

 リンディがにこにこ笑いながら、ユーノはリンディの言葉に答えつつ、クロノは苦笑しながら近づいてきた。

 リンディの言葉になのはが先ほどの自分の行動を思い出したのか、赤くなりながらわたわたと慌てたように手を横に振っていた。

 

「にゃ!? そ、そんなのじゃないんですよっ!?」

「ふふふ、恥ずかしがらなくてもいいんですよ?」

「だ、だからぁ~!」

 

 そんな感じで、リンディにからかわれるなのはの構図がしばらく続き、それを他のメンバーも笑顔で見つめていた。

 

 それからしばらくの間、皆で談笑していたが、そろそろ祐一、なのは、ユーノが地球へと戻る時間となったため、三人は転送ポートへと移動した。

 

「うぅ~リンディさん、酷いですよぉ~」

「ごめんなさいね。なのはさんの反応が可愛くて、つい」

 

 なのはは恥ずかしかったのか、まだ少し頬を赤く染めながらリンディへと恨めしそうに話す。リンディはそんななのはの言葉に、笑顔をうかべなら言葉を返していた。

 そんななのはの頭を祐一はポンポンと優しく叩き、

 

「さて、そろそろ帰ろう」

「あ、う、うん。そうだね」

 

 祐一の言葉に、なのははハッとするが、すぐに笑うかべて祐一へ言葉を返した。

 そんななのはの姿にリンディはさらに笑みを深くしながら、転送の準備をしているエイミィの方を向く。

 

「エイミィ、準備はできたかしら?」

「はいはい、いつでも大丈夫ですよ~」

「ありがと。じゃあ、祐一くん、なのはさん、ユーノくん」

「ええ、お世話になりました」

 

 リンディの言葉に、三人を代表して祐一が答える。

 

「フェイトの処遇は決まり次第連絡する。大丈夫、決して悪いようにはしない」

「うん、ありがとう、クロノくん」

「ユーノくんも帰りたくなったら連絡してね? ゲートを使わせてあげる」

「はい、ありがとうございます」

 

 いつものように話すクロノになのはは笑みで答え、ユーノもリンディの言葉にお礼を述べた。

 

「じゃあ、そろそろいいかな?」

 

 エイミィの言葉になのはとユーノは、「は~い!」と元気よく返事をし、祐一は静かに頷いた。

 

「それじゃあ」

「うんっ! またね、クロノくん、リンディさん、エイミィさん!」

 

 笑顔で別れの挨拶をするなのはに、三人も手を振って答える。

 

「祐一くんも、また会いましょうね」

「ええ、機会があれば……」

 

 祐一がそう告げると、三人の姿は転送ポートから消えていた。

 

 

 ――そして、祐一となのはが地球へと戻った数日後――

 

 祐一は昨日、久しぶりに帰ってきた家の掃除や片付けを済ませ、今日は久しぶりに日課である鍛錬を行っていた。木刀を使用し、クロノに負わされた怪我の具合を確かめるように祐一は木刀を振っていた。

 しばらくの間、同じように木刀を振っていたが、木刀を静かに下ろし深く深呼吸をした。

 

「ふぅ、こんなものか。やられた左腕もようやく完治したか」

 

 左手を開いたり閉じたりして、祐一は感触を確かめるように手を動かしていた。

 左腕の状態を確かめた後、祐一が軽く汗を流し着替えをすませた。すると、祐一の携帯端末が鳴り響いた。

 祐一が誰だと思いつつ端末のコールサインを見ると、そこには古い友人名前が表示されていた。

 通信を繋ぐと、モニターに男性の姿が映し出された。

 

『久しぶりだな、祐一』

「ええ、お久しぶりです。珍しいですね? 先輩が連絡してくるなんて……」

 

 祐一の言葉に、「なに、後輩が心配になったのさ」と、明るい声音でそう告げた。

 モニター越しに写っている人物は、年齢は祐一よりも少し上、くたびれたスーツの上から白衣を羽織、肩の位置より下まで伸びている黒髪を後ろで結んでいる。祐一を見ているその切れ長の瞳にはモノクルをしており、口には煙草が咥えられていた。

 

『まぁ、暇だったのでな。変わりはないか気になったのは本当だよ』

 

 そう祐一と話しをする人物――リチャード・ペンウッドは少し笑いながら、紫煙を吐いた。

 

「先輩、煙草を吸うようになったんですね?」

『俺も二十歳だからな。……ストレスが溜まってかなわん』

「先輩はまだ前線に?」

 

 苦笑しつつ話すリチャードに、そう祐一は質問を返す。

 その質問に、リチャードは首を横に振り、

 

『いや、今ではデバイスマイスターとしての仕事が主だ。お前"たち"がいたときのように前線に出ることは無くなったよ』

「そうですか」

 

 リチャードはデバイスマイスターの資格も取得しており、デバイスの制作と整備については、若くして管理局でも有数の腕前であった。

 その証拠に、今、祐一が所持しているデバイス"二つ"を作成したのは、このリチャードであった。

 祐一が頷くと、リチャードは祐一へとさらに言葉を投げ掛けた。

 

『――お前、少し良い顔になったんじゃないか?』

「そうですか?」

 

 自分の頬に右手を当てながら祐一は首を傾げる。

 リチャードはそうだよ、と言葉を返すと、僅かに表情を曇らせる。

 

『……管理局を辞める前のお前は、見てられないぐらいの顔してたからな。人生が終わったかのような表情だった』

「…………」

 

 リチャードの言葉に、祐一はあの頃を思い出す。

 

 ――何もかもに絶望し、管理局を辞めたときのことを――

 

(あの頃、俺は大切な人を失い、絶望していた。……だがもし、俺の表情があの頃から変わっているのなら、それはフェイトとなのはのおかげなのかもしれないな)

 

 祐一は今はこの場にいない二人の少女のことを想い、少しだけ笑みを浮かべた。そんな祐一を見て、リチャードもにやりと笑みを浮かべる。

 

『ふ、やはり、良い顔をするようになったよ』

「……そうですね。ほんの少しだけ、心の整理が出来たのかもしれません」

『そうか』

 

 リチャードが祐一の言葉に静かに頷きを返した。

 内心ではリチャードは祐一のことを心配していた。知らない仲でもなかったし、なにより、同じ部隊に所属していた仲間であった祐一を放っておくほど、リチャードは人でなしではなかった。

 そうして、二人がしばらく話をしていると、祐一の家のインターホンが鳴り響いた。

 

『客か?』

「そのようです。では、先輩――」

『ああ、また連絡する。お前も何かあったら連絡しろ』

「ええ、ありがとうございます。では、また」

 

 そう言うと、祐一は携帯端末を切り玄関へと急いだ。

 そして、扉を開けるとそこには、

 

「はぁ、はぁ、おはよう! 祐一お兄さん!」

「おはようございます、祐一さん」

 

 走ってきたのか、肩で息をしているなのはがそこにいた。その肩には、定着しつつあるフェレット姿となっているユーノが乗っており、祐一へと挨拶をしていた。

 

「おはよう、二人とも。どうしたんだ、こんな朝早くから。何かあったのか?」

「あ、あのねっ! 実は朝、クロノくんたちから連絡があって――」

 

 慌てたようになのはが祐一へと事情を話し始めた。

 内容は、クロノからフェイトの本局への移動とその後の事情聴取や裁判などの細かなことが決まったこと。

 今から少しだけの時間だが、フェイトと会うことが出来るということだった。

 

「わたしに会いたいって言ってくれてるんだってっ! それに、祐一お兄さんにも会いたいって」

「そうか。それで俺の家を訪れたというわけか」

「うんっ! だから、祐一お兄さんも早く行こう!」

 

 なのはは祐一の手を両手で掴み、急かすように引っ張った。そんななのはに祐一は苦笑を返しながら、

 

「わかった。準備をするから少しだけ待っていてくれ」

「うんっ!」

 

 こうして、三人はフェイトとの待ち合わせ場所へと急いだ。

 

 

 祐一、なのは、ユーノの三人が待ち合わせ場所である海鳴公園に着くと、先に着ていたフェイト、アルフ、クロノの三人の姿が見えた。

 なのははフェイトの姿を見つけると、横にいる祐一を見つめた。その表情は、少しだけ不安そうであった。

 そんな表情で見つめてくるなのはに、祐一は笑みを浮かべるとなのはの背中をそっと押し、

 

「行ってこい。お前の今の気持ちを伝えてくるといい」

 

 祐一の言葉を聞くと、なのはは不安そうだった表情を微笑みに変え、元気よく返事をすると、フェイトの方へと駆けて行った。

 そんななのはの後姿を、祐一は笑顔で見つめていた。

 

 

「フェイトちゃ~ん!」

 

 なのははユーノを肩に乗せたまま、フェイトたちのいる方へと駆け寄った。

 クロノはなのはが来たことを確認すると、

 

「あまり時間はないんだが、話をするといい。僕らは近くにいるから」

「うんっ! ありがとう!」

「ありがとう」

 

 クロノの言葉になのはとフェイトがお礼を言うと、クロノ、アルフ、ユーノの三人はなのはたちから離れていった。

 三人が離れていくのを確認すると、なのはとフェイトは顔を見合わせ、少し気恥ずかしそうに微笑みあった。

 

「えへへ、何か変だね。フェイトちゃんとたくさんお話したかったのに、フェイトちゃんの顔見たら忘れちゃった」

「わたしは……そうだね、わたしも上手く言葉にできない」

 

 お互いの言葉に、二人そろって苦笑する。

 そして、フェイトは少しだけ息を吸うと、話を始めた。

 

「……嬉しかった、わたしと、まっすぐ向き合ってくれて」

「うんっ! 友達になれたらいいなって、思ったから。でも、今日はこれから出掛けちゃうんだよね……?」

「……そうだね、少し長い旅になる」

 

 分かり合えたのも束の間、お互いに別れが近いことから、自然と二人の表情は暗くなっていった。

 だが、なのはが静かに口を開いた。

 

「また、会えるんだよね?」

「うん。少し悲しいけど、やっとほんとの自分を始められるから。君に来てもらったのは、返事をするため」

「えっ?」

「君が言ってくれた言葉、友達になりたいって。わたしに出来るなら、わたしでいいならって。……だけどわたし、どうしたらいいかわからない。どうしたら友達になれるのか、教えてほしい」

 

 フェイトの真剣な言葉に、なのはは少しだけ驚いた表情となったが、それはすぐに笑顔へと変わった。

 

「簡単だよ――友達になるの、すごく簡単」

 

 キョトンとするフェイトに笑みを浮かべながら、なのはは告げる。

 

「――名前を呼んで――」

 

 なのはの言葉に、フェイトは目を大きく見開いた。

 

「始めはそれだけでいいの。君とかあなたとか、そういうのじゃなくて、ちゃんと相手の目を見て、はっきり名前を呼ぶの。わたし、高町なのは、なのはだよ」

「……なの、は」

「うんっ! そう!」

「……なのは」

「うんっ! うんっ!」

「なのは」

「っ! うんっ! うんっ!」

 

 なのはは我慢できなくなったのか、瞳に涙を溜めながら、フェイトの手を優しく握った。

 

「……ありがとう、なのは」

「っ!」

「君の手は温かいね、なのは」

 

 フェイトの言葉に、なのはは堪えきれず涙を流した。

 なのはは涙を袖で拭いながら、フェイトの方を見ると、フェイトも同じように、その目に涙を浮かべていた。

 

「――少しわかったことがある。友達が泣いていると、同じように自分も悲しいんだ……」

「フェイトちゃん……っ!」

 

 なのははフェイトへと抱きつき、さらに涙を流し始めた。本当に、やっと、自分の想いがフェイトへと伝わった。そんな嬉しさが感じられるなのはの涙であった。

 そんなはのはを、フェイトは優しく抱きしめる。

 

「ありがとう、なのは。今は離れ離れになってしまうけど、きっとまた会える――そうしたら、また君の名前を、呼んでもいい?」

「うんっ! うんっ!」

「寂しくなったら、きっと君の名前を呼ぶから、だから、君もわたしの名前を呼んで……なのはに困ったことがあれば、今度はわたしが助けるから」

 

 フェイトが優しい言葉でそう話すと、なのはは涙を流しながらも、「うんっ! うんっ!」と、何度も頷きながら、誰の目も憚ることなく、嗚咽を漏らしていた。

 

 

 二人が抱き合っている姿を祐一は少し離れた場所から見つめていた。

 

(プレシアさん、あなたの娘は、今、笑っていますよ)

 

 そう心の中で、今はいないプレシアへと報告するように告げた。

 なのはとフェイトお互いに、よき友人ができたことに祐一は内心でとても嬉しく思っていた。

 そう祐一が思っていると、時間なのかクロノが二人に近づいているのを視界に捉えたため、祐一も同じようにフェイトたちの方へと歩みを進めた。

 皆、祐一が近づいてくると、そちらへと視線を向けた。そんな中でも祐一は動じることなく、静かに口を開いた。

 

「話は済んだのか?」

「うん、大丈夫。ちゃんと言うべきことは、全部言ったから。もう、大丈夫だよ」

「そうか」

 

 なのはの言葉に祐一は頷きを返し、そのままフェイトへと視線を向ける。

 フェイトは祐一へと体を向け、両手を前で組んだ状態で背の高い祐一と視線を合わせるように、上目遣いで祐一を見つめていた。

 そんなフェイトの瞳を見つめながら、祐一は静かに話す。

 

「もう、気持ちの整理はついたのか、フェイト?」

「……ううん。正直、まだ気持ちの整理は出来ていないと思う」

 

 祐一の言葉にフェイトは首を振るが、すぐに話を続けた。

 

「――だけど、俯くのはもう止めて前へ進んでいこうと、わたしは思ってるよ。大事な友たちも出来たし、何より、母さんが願っていたことでもあるから……」

 

 フェイトの瞳には、以前にはなかった力強さがあると、祐一は感じていた。

 その力強さ、前へと進んでいこうとする気持ちこそ、祐一がフェイトに持っていてほしいと思っていたものであった。

 

「みんながわたしを支えてくれる限り、わたしはまだまだ頑張れるんだって、そう感じることができたから」

「そうか。そう思えるのなら、お前はもう十分にやっていけるだろう」

「うん。ありがとう、祐一」

 

 久しぶりに見た祐一の微笑みとその力強い言葉に、フェイトは嬉しさに頬を赤く染めながら微笑を浮かべていた。

 

「――時間だ、そろそろいいか?」

「あ、うん」

 

 クロノが僅かにバツが悪そうな表情となりながらも、そう言葉を口にしながら割り込んできた。

 フェイトが少しだけ悲しそうな表情をしたことも相まったのか、申し訳なさそうな表情であったが、これだけの時間を取ってくれたクロノを責めることはできないだろうと、祐一は思っていた。

 そんな雰囲気の中、なのはが叫ぶように声を上げた。

 

「フェイトちゃんっ!」

「……?」

 

 大きな声で自分の名前を呼ばれたことに少しだけ驚きながら、フェイトがなのはへと視線を向けると、なのはが自信の髪を結んでいたピンクの二つのリボンを外し、フェイトへと差し出してきた。

 

「――思い出にできるもの、こんなのしかないんだけど」

 

 なのはが申し訳なさそうに言葉を口にするが、フェイトは微笑を浮かべながら、

 

「じゃあ、わたしも」

 

 同じように自身の髪を結んでいた、なのはとは対照的な黒色のリボンをなのはへと差し出した。

 フェイトが同じことをしてくれると思っていなかったなのはは、驚いた表情をしていたが、すぐにその表情を微笑みに変えた。

 そして、二人はお互いのリボンを大事な宝物のように受け取った。

 

「ありがとう、なのは」

「うん、フェイトちゃん」

「きっと、また」

「うん――きっと、また」

 

 二人が名残惜しそうに距離を取ると、なのははアルフとクロノにも別れの挨拶を口にする。

 

「アルフさんも、また」

「ああ、ありがとうね、なのは」

「それじゃあ、僕も」

「クロノくんも、またね」

「ああ」

 

 皆の挨拶が終えると、転送用の魔法陣がフェイト、アルフ、クロノの足下に展開された。

 そんな中、フェイトが目に涙を溜めながら祐一へと声を大にして叫ぶ。

 

「祐一もまた会おうねっ! 絶対だからねっ!」

「ああ、また会おう」

 

 フェイトの言葉に祐一はそう言葉を返した。

 そして、祐一はクロノへと声を掛ける。

 

「クロノ、フェイトのことをよろしく頼むぞ」

「あなたに言われるまでもない。……最善を尽くしますよ」

「そうか。リンディさんにもよろしく伝えておいてくれ」

 

 そう話す祐一に、クロノは僅かに目を逸らしながらも片手を挙げることで答えた。

 

「アルフもフェイトのことを――いや、お前にはそんなこと言う必要もないか」

「そうだよ。わたしはどんなときでも、フェイトの味方だからね」

 

 得意げに話すアルフに、祐一は苦笑を浮かべる。

 

「――今更だが、怪我をさせて悪かったな、アルフ」

「もう気にしてない。ちゃんと理由があったんだから、もういいさ」

「すまない」

 

 気にしていないと、豪快に笑みを浮かべるアルフに祐一は苦笑を浮かべると、再びフェイトへと声を掛ける。

 

「俺はお前と共に行くことはできない。だが、これだけは覚えておいてくれ――お前の身に危険なことがあればいつでも俺を呼べ。必ず、お前の下へと駆けつけることを約束する」

「っ!? うんっ! ありがとう、祐一!」

 

 祐一の言葉に、フェイトは嬉しさと恥ずかしさから頬を赤く染めながら叫ぶように声を上げた。

 そして、魔法陣の光がいっそう強くなってきた。もう間もなく、三人の姿がこの場から消えてしまう。

 

「またね、クロノくんっ! アルフさんっ! フェイトちゃんっ!」

 

 なのはは三人に向かって叫び、それにフェイトは手を振ることで答えた。

 

「じゃあな」

 

 最後に祐一が片手を挙げながら声を上げると、魔法陣がさらに光り輝いていった。

 そして、光が消えたその場所から三人の姿は消えていた。

 しばらくの間、なのははフェイトたちがいなくなった場所を見つめ、

 

「さて、祐一お兄さん、帰ろ!」

「そうだな」

 

 なのはは祐一の手を両手で引き、そんななのはに苦笑を浮かべながら、祐一たちはその場を後にした。

 

 

 ――この一連の事件は、首謀者であったプレシア・テスタロッサの名を冠し、"PT事件"と呼ばれることとなる。

 

 ――そして、かつて《黒衣の騎士》と呼ばれ名を馳せた青年は、また、新たな事件へと巻き込まれていく。

 

 

 ――次なる物語の舞台は半年後――

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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その後とこれからと……

投稿します。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


 ――海鳴公園――

 

 ここ、海鳴公園は読んで字の如く、海に面している公園であるが、すぐ側には木々が青々と生い茂っている場所もあったりと、ランニングをするなどにも適した場所である。

 そんな木々が生い茂った場所、まだ早朝と言ってもいい時間に三人――いや、二人と一匹の姿があった。

 一人は長身の青年。長身だが痩せているわけではなく、一目で鍛えられていることがわかるほどに引き締まった体型をしている。トレーニング中であるのか、上下共に黒のジャージを着ていた。

 二人目は、黒いリボンで結んだ髪をツインテールにした小学生くらいの女の子である。青年との身長差は歴然で、その身長は青年の胸まであるかないかといったところであった。

 そして、その二人の近くにはフェレットが一匹座っていた。

 傍から見ればなんとも奇妙な組み合わせではあるが、女の子は青年と楽しそうに話をしており、第三者が口を挟む余地などないように見えた。

 女の子の話を聞いていた長身の青年――黒沢祐一が口を開く。

 

「さて、今日はここまでにするか」

「はぁ~い、お疲れ様でした!」

「ああ、お疲れ様。ユーノもな」

「いえ、僕が教えていたのは少しだけですから」

 

 女の子――高町なのはが元気よく返事をし、フェレットに変身している少年――ユーノ・スクライアが祐一へと首を振った。

 そんな二人の反応に祐一は苦笑を返した。

 

「謙遜するな。ユーノは魔法の技術力に関しては、俺が知る中ではかなりのモノだと思っている。教え方も要点がまとめられていてわかりやすい。なのはが上達するのが早いのも、ユーノが上手く教えているということもあるのだろう」

「あ、ありがとうございます」

 

 祐一の賛辞に、フェレット姿のユーノは照れたように前足で頭を掻いた。

 

「祐一お兄さん。じゃあ、わたしは上達していってるってことなのかな?」

「ああ。なのはの才能に関しては、正直、俺も驚かされている。この前まで魔法を全く知らなかったとは、到底思えないぐらいだ」

「にゃはは、祐一お兄さんにそう言ってもらえると嬉しいな。なんだか、照れくさいけど」

 

 なのはは頬を赤く染め、恥ずかしそうにしていたが、その表情は笑顔で満ちていた。

 そんななのはを祐一は笑顔を浮かべていた。

 

 

 フェイトたちと別れを告げてから、一週間が経った。

 祐一は便利屋の仕事を再開し、なのはは休んでいた小学校への通学を再開し、二人ともいつもの生活に戻っていった。

 だがある日、なのはが祐一の家を訪れ、こう頼んできたのである。

 

『祐一お兄さん、わたしに魔法のことをもっと教えて欲しいの……』

 

 その一言から、祐一は自身がいつも行っている朝のトレーニングと平行して、少しだけなのはを鍛えることにしたのだ。

 

 

 それからというもの、なのはは毎朝祐一の下へとやってきて教えを受けるようになったのである。

 

(まだ、小学三年生だというのに末恐ろしいことだな……)

 

 祐一は苦笑し、なのはの頭をポンポンと優しく叩く。

 

「……?」

 

 そんな祐一の態度になのはは小首を傾げる。

 祐一はさらに苦笑を深くすると、

 

「さて、帰るとするか。なのは、送っていこう」

「うん。ありがとう、祐一お兄さん」

 

 そう告げると、祐一は高町家へと歩みを進め、その後をユーノを肩に乗せたなのはが小走りで追いかけた。

 

 

 なのはの家である高町家に着くと、

 

「お帰り、なのは。祐一、いつもすまないな」

 

 こちらも早朝の鍛錬をしていたのか、Tシャツにジャージ姿のなのはの兄――高町恭也がそう言いながら近づいてきた。

 

「なのは、お帰り。祐一さんもお疲れ様です。ユーノもお帰り~」

 

 そう言いながら近づいてきたのは、長髪を三つ編みにした少し幼さの残る女性、なのはの姉で恭也の妹――高町美由希だ。

 そして、最後に近づいてきたのが、

 

「祐一くん、いつもなのはの面倒を見てもらってすまないね」

 

 なのは、恭也、美由希の父――高町士郎が少し申し訳なさそうな表情で近づいてきた。

 

 祐一は士郎の言葉に、

 

「いえ、面倒を見ているわけではないですがね。よくできた娘さんですよ」

「そうかい? そう言ってくれると嬉しいなぁ」

 

 祐一の言葉に士郎は表情を変え笑顔で言葉を返した。

 

「まぁ、なのはも祐一さんと二人きりでトレーニングできて嬉しいんだよね~」

「にゃ!? な、なに言ってるの、お姉ちゃんっ!?」

 

 なのはの肩に乗っていたユーノを抱きかかえながら美由希が告げると、その言葉に頬を赤く染めたなのはが叫んだ。

 

「わ、わたしは、祐一お兄さんのトレーニングに付き合ってるだけだもん……っ! べ、別に祐一お兄さんと二人きりになりたいわけじゃ……」

「そんなこと言って~普通、こんな朝早くからトレーニングになんて、付き合わないわよ」

「……っ!? ……っ!?」

 

 美由希はにこにこ笑いながら話し、なのはは顔を真っ赤にしながら反論するが、流石に美由希の方が一枚上手であるので、いいように言いくるめられていた。

 そんな二人に士郎は苦笑しながら、

 

「ほら、二人とも、じゃれてないで家に入りなさい」

 

 そう言葉を掛けてくる士郎に美由希は笑顔で返事をし、なのはは頬を赤く染めたまま、静かに頷いていた。

 

「じゃあ、俺はここで……」

 

 なのはを送り届けることが目的だった祐一は、玄関先でそう告げ、皆に背を向けようとする。

 そう言い帰ろうとする祐一に、士郎が声を掛ける。

 

「ああ、祐一くんも朝食を食べていくといい」

「いえ、そんな、悪いですよ」

「若いものが気にするな。それに、桃子さんも喜ぶしな」

 

 士郎は朗らかに笑いながら、そう祐一に言葉を掛けるが、祐一は少し困ったような表情となる。

 そんな祐一を見たなのはが、祐一の側へと寄っていき、

 

「そうだよ、祐一お兄さん。お母さんもきっと喜ぶし、それに、皆でご飯を食べたほうがおいしいし……ね?」

 

 祐一の服の裾を引きながら、笑顔で話してくるなのはに根負けしたのか、一つ息を吐くと、

 

「――じゃあ、ご一緒させていただきます」

 

 頭を下げてくる祐一に、士郎は満面の笑みで答える。

 

「ああ、遠慮せずに入ってきてくれ!」

「さ、祐一お兄さん、入って! 入って!」

 

 士郎の言葉を聞いていた恭也と美由希も笑顔で祐一を出迎えてくれた。

 笑顔で自身の手を引くなのはに、祐一も笑みを浮かべながら高町家の門をくぐった。

 

 

 その後、祐一を交えての朝食となった。

 なのはの母である――高町桃子も祐一の姿を見ると、笑顔で出迎えてくれた。最初から用意していた朝食の数が一つ多かったあたり、高町家が結託して祐一を朝食へと誘うのは決定していたのだろう。

 祐一は高町家の優しさに心が温かくなるのを感じ、心の中で感謝した。

 そして、朝食を食べ終わった祐一は長居しても悪いと思い、すぐに帰ろうかと思ったのだが、

 

『あ、祐一くん。なのはもすぐに学校に行くから、ついでに途中まで一緒に行ったらいいんじゃないかしら?』

 

 そう桃子に告げられ、逃げ道を失った祐一は頷くしかなかった。

 そして、祐一となのはは高町家を出て、なのはと話をしながら一緒に歩いている。傍から見れば、ジャージ姿の長身の青年と制服を着た小学生が一緒に歩いている光景は異質ではあったが、地元の人たちはほとんどが知っているため、誰も疑問には思っていなかった。それどころか普通に挨拶してくる人の方が多いくらいであった。

 良くも悪くもこの二人は目を引く。祐一は端整な顔立ちとその長身も相まって、女性たちはちらちら祐一の方を見ていたりする。なのはと話している途中で、たまに浮かべる笑顔に、祐一を見ていた女性たちは概ね頬を少し赤く染めていたりした。

 そして、祐一の隣を歩いているなのはもまだ小学生ではあるが、将来は綺麗な女性となるだろうと思われるほどの美少女である。

 そんな二人が並んで歩いているのだから、人の目を引くのは当然であると言えた。

 しばらくなのはと話をしながら歩いていると、目的のバス停に着き、丁度バスがやってくるところであった。

 

「じゃあ行ってくるね、祐一お兄さん」

「ああ、行ってこい」

「うん。またね、祐一お兄さんっ」

 

 手を振りながらバスに乗っていくなのはに、祐一は少し手を挙げそれに答えた。バスの一番後部座席からなのはがこちらに手を振ってくるので、祐一も先ほどと同じように手を少し挙げそれに答える。

 またなのはの両隣には、なのはと同じ小学校の制服を着ている少女が二人いた。

 紫の長髪と大人しそうな表情が特徴的な少女――月村すずかと、美しい金色の髪を長く伸ばし、少し気の強そうなのが特徴的な少女――アリサ・バニングスの二人であった。

 二人も祐一に気付くと、なのはと同じように手を振ってくるのを見て、祐一は苦笑を浮かべた。

 そして、バスが離れて見えなくなったのを確認し、祐一はふっと息を吐き、自宅へと歩みを進めた。

 

 

 祐一は服を着替えた後、しばらくしてから再び家を出た。その手には本が数冊抱えられていた。

 目的地を目指し、しばらく祐一が黙々と歩いていると、目の前に見えてきたのは、市立図書館であった。

 

「さて、今日もやっていくか……」

 

 そう呟くと、祐一は市立図書館へと入っていく。

 そして、慣れた感じで図書館内を歩いて行き席に着くと、持っていた本を広げる。広げられた本は教科書と参考書であった。

 祐一は高校に行っていないため通信教育などで勉強しているのである。

 昔、なのはの母である桃子に、

 

『祐一くんは高校には通わないの?』

 

 と聞かれ、祐一が頷くと、

 

『でも、勉強はしっかりとしないと駄目よ!』

 

 と言われ、強制的に通信教育を受けさせられているのであった。

 ただ、祐一も流石に勉強をしないというのはまずいと思い、真面目に勉強に励んでいた。

 もともと頭が悪いわけではないので、この程度で祐一にとっては十分であった。

 

 

 しばらく集中して勉強していた祐一は、一度休憩を入れようと思いペンを置き、固まった体を伸ばした後、飲み物でも飲んでこようと思い席を立った。

 だが、自動販売機へと向かおうとして祐一の視界の端に、ふと気になる光景を目にしたため足を止めた。

 足を止めた祐一の視線の先には――車椅子に乗った少女が必死に手を伸ばし、高い位置にある本を取ろうとしている光景があった。

 

(あれでは取れないだろう。それに危険だ)

 

 祐一はそう考えると、その少女の方へと歩いていくと、車椅子の少女が取ろうとしていた本を手に取った。

 

「あ……」

「この本でいいのか?」

 

 祐一は手に取った本を車椅子の少女へと手渡した。

 少女は本を手に取りながら、

 

「あ、それですっ! ありがとうございますっ!」

 

 何度も頷きながら、大きな声でお礼を述べた。

 

「静かに、ここは図書館だからな。それと礼には及ばない」

「あ、あぅ……す、すいません」

 

 祐一の言葉に少女は頬を赤く染めた。

 そんな少女の表情を見ながら、祐一は苦笑を浮かべる。

 

(見たところなのはたちと歳はそんなに変わらないようだが……)

 

 そう考えるが、すぐに考えるのを止める。

 

(いや、人の事情に首を突っ込むのはよくないだろう)

 

 祐一はそう思いながら、少女へと声を掛ける。

 

「他にも取ってほしい本などあるか?」

「い、いえ、そんな、悪いです」

「遠慮するな。困ったときはお互い様だ」

「うっ……そ、それじゃあ……」

 

 少女が遠慮がちに必要な本を言ってき、祐一は言われた通りに本を取っていく。

 

「ありがとうございます。これで大丈夫です」

「そうか。では俺はこれで……」

 

 少女の言葉を聞き、祐一はその場から立ち去ろうとした。

 

「あ、ちょっと、待ってくださいっ!」

「? まだ何かあるのか……?」

「いえ、その……そうやっ! 名前、名前を教えてくださいっ!」

「別に構わないが……」

「なら、お願いします! 今度、お礼もしたいですからっ!」

 

 少女の言葉に祐一は少しだけ苦笑し、

 

「別にそこまでのことはしてないんだがな。俺の名前は黒沢祐一だ」

 

 自身の名前を名乗る。

 すると、少女は満面の笑みを浮かべ、

 

「わたしは、はやて――八神はやてです」

 

 そう、名前を告げた。

 これが《黒衣の騎士》と、後に《最後の夜天の主》と呼ばれることになる少女との、初めての出会いであった。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。

遂に無印編終了です。
次から少し間を挟んで、A's編に入っていきたいと思います。
これからも頑張って更新していきます。


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interlude_2.1

投稿します。
また遅くなりました。
そして、本編ではなく、閑話になります。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 とある日の昼休み。

 今、高町なのはは親友であるアリサ・バニングス、月村すずかと一緒に昼食を食べていた。

 そんな三人は今、とある人物について話をしていた。

 

「――祐一さんてよく考えると、とても素敵な人だよね」

 

 そう話すアリサに、なのはは食べていたお弁当を落としそうになりながら言葉を返した。

 

「ど、どうしたの? 急に……」

「いや、前から思ってたんだけど、祐一さんて素敵な人だなって思って。祐一さんて基本的に何でも一人でできるし、高校には通ってないみたいだけど、頭もいいじゃない? それに見た目もカッコいいと思うし、とても強くて頼りがいがあるし……まさに大人の男性って感じじゃない?」

 

 アリサが顎に手を当て、祐一のことを褒め称える。そんなアリサに対し、なのはは祐一が褒められるのは嬉しいのだが、他の女の子が祐一を褒めていることに対し、胸の奥がもやもやしてしまい、少々微妙な表情となっていた。

 すると、二人の話を静かに聞いていたすずかも、アリサの言葉に同意の言葉を示す。

 

「そうだね。わたしも祐一さんは素敵な人だと思うよ。寡黙なんだけど、小さな気配りとかもしてくれるし……」

「でしょ~?」

「す、すずかちゃんまで……っ!?」

 

 なのははすずかまでそんなことを言うとは思っていなかったのか、たまらず声を上げ驚いた表情となった。

 なのはが驚いた表情となったのを見ると、アリサは少し意地の悪い笑みを浮かべ、

 

「ふっふっふ、なのはも油断してると、祐一さん誰かに取られちゃうわよ~?」

「にゃ!? べ、べべ、別に、祐一お兄さんはわたしのとかじゃないし……というか、この話前にもしなかったっけ!?」

「なのはちゃん、すぐに恥ずかしがるから……」

 

 頬を真っ赤に染めるなのはを、アリサとすずかは笑顔で見つめる。

 しばらくの間、なのははアリサとすずかに弄られ――流石に耐えられなくなってきたのか、二人に別の質問をした。

 

「そ、そういえば、二人は祐一お兄さんといつ知り合ったんだっけ……?」

「あ、話逸らしたわね。……まぁ、いいけど。そうね、今から二年前ぐらいじゃなかったっけ?」

「そうだね。確かそれくらいだったと思うよ」

 

 アリサの言葉にすずかが顎に手を当て、思い出したことを口にする。

 

「どんな感じの出会いだったの?」

 

 すずかの言葉になのはが二人を見ながら質問を返した。

 そんななのはにアリサは少し笑みを浮かべ、

 

「――仕方ないわね、話してあげるわよ」

 

 そう言うと、アリサは話を始めた。

 

 

 ――二年前――

 

 アリサとすずかがまだ小学一年生だったときのことだ。

 その日、アリサとすずかは習い事が終わった後、迎えの車を待っている最中であった。

 

「もうっ! 鮫島のやつ遅いじゃない!」

「仕方ないよ。混雑しているみたいだから……」

 

 両手を腰に当て怒っているアリサに、すずかがおずおずといった体で言葉を返した。

 丁度この日は道路が混雑していたため、アリサの執事である鮫島が二人を迎えにくのが遅れていたのだ。

 そのため、アリサとすずかは鮫島を待っていたのだが、

 

「じゃあ、すずか。今日は歩いて帰りましょう!」

 

 待つことに痺れを切らしたアリサがすずかにそう提案した。

 

「えっ? で、でも、大人の人と一緒に帰らないといけないって、先生が言ってたよ? 最近は物騒だし、危ないからって……」

「大丈夫よ。そんなに遅い時間でもないんだし、たまには歩いて帰るのも悪くないわよ」

「で、でも……」

「じゃあ、すずかは待ってたらいいわ。わたしは歩いて帰るから……」

「あっ……待ってよっ! アリサちゃん……!」

 

 すずかはこのまま向かえを待とうとアリサへと話したが、結局、アリサは一人で歩いていこうとしたため、すずかはアリサの名を叫びながら、その後を追いかけて行った。

 

 

 二人はあれからしばらく歩き、公園へと入っていったのだが、道を間違ってしまい、現在は迷っていた。

 

「あ、アリサちゃん、本当にこっちでいいの……?」

「だ、大丈夫よ!」

 

 普通ならばこのような道で迷うことはないのだが、二人は俗に言う"お嬢様"というカテゴリに分類される人間であったため、普段は傍に誰かがいるため、あまり道を覚えるということをしなくてもよかったため、その結果、二人は道に迷うという結果になってしまったのだ。

 二人が迷い始めしばらく時間が経ったため、もう日も暮れ始めていた。

 辺りには木々が多いせいもあってか不気味さも増しており、すずかはビクビクしながら歩いていた。

 

「アリサちゃん、このまま進んでも道わかんないよ。……元の場所まで戻って、鮫島さんに連絡して来てもらおうよ」

 

 すずかの言葉にアリサは何かを言いたげであったが、すずかをここまで連れ回してしまった罪悪感もあったのか、

 

「……わかったわよ。……ごめんね、すずか」

「ううん、いいよ、別に」

 

 アリサの消え入りそうな声を聞き、すずかは笑みを浮かべながらそう言葉を返した。

 

「じゃあ、戻るわよ」

「うん」

 

 そして、二人が来た道を戻ろうとしたとき――

 

「――悪いがお嬢ちゃんたち、少し待ってくれるかな……?」

 

 二人は急に発せられた声に驚き、体を震わせた。二人が声がした方へと視線を向けると、そこにはスーツを着た男が立っており、その隣にも同じくスーツを着た男が二人立っていた。

 そんな怪しげな人物たちに怯えるすずかを守るように、アリサは前へと出た。……だが、そんなアリサも怪しげな人物たちを前に恐怖からか体が小刻みに震えていた。

 

「……どちら様ですか……?」

「いやなに、道に迷っているようだったんでね? 声を掛けたんだよ」

「それはありがとうございます。……でも、わたしたちは知り合いに迎えに来てもらうので大丈夫です。……行くわよ、すずか」

「う、うん……」

 

 アリサはそう言うと、すずかへと声を掛けると男に背を向け歩き出そうとした。

 だが――

 

「それは困るなぁ~」

「っ!? ……何のつもりですか……?」

 

 二人の進行方向からも、さらに二人の男が現れた。

 

「なに、少しだけ付き合ってもらいたいんだよ。悪いようにはしない」

 

 にやにやと笑みを浮かべる男に、アリサとすずかは寒気を覚え、二人で体を寄せ合った。そんな二人の反応に男は笑みを濃くし、

 

「そんな怖がって、二人とも可愛いねぇ~。大丈夫、騒がなければ何もしないから――おい、連れて行くぞ」

 

 男がそう言うと、横に待機していた二人の男がアリサとすずかに近づいてきた。

 

(逃げなきゃいけないのに……っ! わたしのせいで、すずかまで……っ!)

 

 アリサは体を寄せ合っているすずかだけでもここから逃がしたかった。だが、前後ともに男たちに道を塞がれ退路はない。

 

(わたしがしっかりしなくちゃいけないのに……っ!)

 

 そうアリサは思ったが、その体も震えていた。

 当然の反応である。小学生の女の子が、知らない怪しげな男たちに囲まれ、どこかへ連れて行かれそうなのだ。恐怖を感じないわけがなかった。

 そして、二人の男がアリサとすずかへと近づき、手を伸ばしてくる。

 

(っ!? 誰か……助けて……っ!!)

 

 アリサはぎゅっと目を瞑り、心の中で叫んだ。誰でもいいから、助けて欲しいと強く願った。

 そして、男たちの手が二人に触れそうになった――そのとき――

 

「ぎゃ!?」

「ぐぇ!?」

 

 そんな声がアリサとすずかの耳に聞こえてきた。

 その声にアリサとすずかは目を開けるとそこには、道を塞いでいた二人の男が――"何故"かアリサとすずかの近くで気絶していた。

 そんな光景に他の男たちも驚愕の表情を浮かべ、同じようにアリサとすずかも目を見開いていた。

 

(な、なにがあったの……?)

 

 アリサが心の中でそう思っていると、

 

「あ、アリサちゃん……」

 

 隣にいるすずかがアリサの服の袖を引っ張りながら、二人が来た道を見つめていた。それにつられるように、アリサもそちらへと視線を向ける。

 その視線の先には、一人の青年が佇んでいた。

 全身を漆黒の服に身を包み、日本人特有の黒髪を短く切って立たせている。身長は一八〇cm以上はあり、まだ若そうに見えるが、落ち着いた表情と力の篭った瞳のおかげで、実年齢より高く見えた。

 

(これを、あの人がやったの……?)

 

 皆、驚いて何も言えない中、視線を集めていた渦中の青年が静かに口を開いた。

 

「おっさんたちは、いったい何をしてるんだ? まぁ、聞かなくてもわかってはいるんだがね」

 

 そう淡々と話す青年を警戒しながら、アリサとすずかに話しかけてきた男が口を開いた。

 

「お前、こんなことしてただで済むと思ってねぇだろうな……? 邪魔するんなら、容赦しねぇぞ?」

 

 男がそう話すと、アリサとすずかを捕まえようとしていた二人の男が青年へと近づいていく。

 青年は男の言葉を聞くと、あからさまに嘆息し、

 

「いつの時代の人間だよ。そもそも、邪魔するために出てきたに決まってるだろ。見てわからないのか?」

 

 やれやれ、といった風に首を振った。

 それで怒りが爆発したのか、男が声を上げる。

 

「やっちまえっ!!」

 

 男が叫ぶと、青年に近づいていた二人の男の内の一人が拳を振り上げる。

 

「危ない……っ!」

 

 アリサは青年に相手の拳が当たると思い、思わず声を上げた。

 だが、そんなアリサの心配は杞憂に終わる。

 青年は男の拳を事も無げに外側へと弾き、がら空きになっていた顎へと掌底を放った。

 

 ガゴッ!!

 

「かは……っ」

 

 男は青年の掌底をもろに喰らい、そのまま仰向けに倒れてそのまま動かなくなった。ぴくぴく動いていることから、どうやら気絶したようだ。

 一人が青年に気絶させられたと同時に、もう一人の男が青年へと攻撃を仕掛ける。

 

「しっ!!」

 

 男はボクシングでもやっていたのだろう。軽快なフットワークから、両手の拳で鋭い攻撃青年へと繰り出す。アリサの目からみると、その拳は速く、一般人ならそれを受けると一撃で倒れそうなものだった。

 だが、青年はその攻撃さえも同じく両手で捌き、ときには頭をずらして避けていた。

 そんな青年の立ち回りを、アリサとすずかは驚きに満ちた表情で見つめていた。

 

(なんだかよくわかんないけど――あの人、すごい……っ!)

 

 アリサがそう思ったのと同時、二人の勝負に決着が訪れた。

 

「くっ、そ……なめんじゃねぇっ!」

 

 男が自分の打撃がクリーンヒットしないことに痺れを切らし、明らかに精彩を欠いた大振りの右フックを青年へと放った。

 だが、今までの攻撃が当たらなかったのに、そのような大振りの打撃が青年に当たるはずもなかった。

 

「ふっ!」

「っ……がはっ……!?」

 

 めきめきという音とともに、男が前のめりに崩れ落ちた。

 男が放った右フックを回避すると同時に、青年はそのままの勢いで自身の膝を相手の腹部へと叩き込んだのだ。

 

「ふぅ……」

 

 青年は僅かに乱れた息を整えると、残り一人となった男へと視線を向けた。

 男はそれだけで、「ひぃ!?」と悲鳴を上げた。もはや自分一人しかこの場にはおらず、自分がこの青年を倒せるとは到底思っていなかった。

 そして、動揺した男は咄嗟な行動へと移った。

 

「く、クソがっ!!」

「っ! きゃあ……っ!?」

「っ!? すずか……っ!?」

 

 動揺した男は、自分の近くにいたすずかを捕まえると、青年に向けてお決まりの台詞を吐いた。

 

「動くんじゃねぇ!! 動いたらこいつの命はねぇぞ!!」

「ひっ……!?」

 

 男は隠し持っていたナイフを出し、それを捕えたすずかへと向けた。

 すずかは突きつけられたナイフに声も出せず動けなくなり、その光景にアリサは表情は青くなり、青年は無言であった。

 青年が無言であったのに気をよくしたのか、男が流暢に口を開く。

 

「よぉ~し、動くんじゃねぇぞ。俺が逃げるまではじっとしてろよ?」

「っ!? すずかを返しなさいよっ!」

「言われて返す馬鹿がどこにいるよ。本当は二人とも捕まえてこいっていう命令だったんだがな。……予定が狂っちまったぜ」

 

 男は後ずさりしながら饒舌に口を動かしていた。青年との距離はすでに一〇m以上も離れており、この距離では何もすることはできない、と男は勝ち誇っていた。

 そしてこの距離なら大丈夫だと思った男は足を止め、さらに話を続けた。

 

「ったく、餓鬼二人拉致るだけの簡単な仕事だと思ったんだが、とんだ邪魔が入ったもんだぜ」

 

 男はそう話しながら笑みを浮かべた。

 すずかはナイフを突きつけられている恐ろしさから涙を浮かべ、アリサも自分の力ではどうすることもできないことに、悔しげな表情を浮かべていた。

 そんな中、今まで黙っていた青年がゆっくりと口を開いた。

 

「――その娘を放せ」

「……は? おいおい、何、わけのわからないことを……」

「聞いてなかったのか? その娘を放せと言ってるんだ。今、放すのなら逃がしてやらないこともないぞ?」

 

 青年の言葉に男はおろか、アリサと目に涙を溜めていたすずかも青年を見つていた。

 そしてさらに、青年は口を開く。

 

「もう一度言おう――その娘を放せ」

 

 その言葉に、周囲の空気が重くなったようにアリサは感じた。

 そんな青年の鋭い眼光に気おされながらも、男は自分の優位からか、青年へと声を上げる。

 

「ふ、ふざけんなっ! そんな言うこと聞けるかよ!」

「……そうか」

 

 青年が、そう静かに呟いた瞬間だった。

 

「――なら、仕方ないな」

「……は……?」

 

 青年が"いつの間"にか男の横に移動しており、ナイフを持っていた方の手を力強く握り締めていた。

 急に自分の横に現れた青年に男は顔を青くしながら、青年へと叫んだ。

 

「て、てめぇ!? いったい、いつの間に……!?」

「さてな。……では、報いを受けてもらおうか」

「っ!? ちょ!? ま……っ!?」

 

 男が何かを言おうとするが、問答無用といわんばかりに青年の拳が男の顔面へと直撃した。

 ミシミシという音が聞こえた後、そのまま男は後方へと吹っ飛んでいった。

 

「きゃ!?」

 

 そして、男の拘束から急に開放されたすずかがバランスを崩して倒れそうになった。

 

「大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫です」

 

 青年が倒れそうになったすずかを優しく抱きとめた。

 吹き飛ばされた男は二mもの距離をダイブした後、地面へと落ちたが、気絶したのかピクリとも動かなくなっていた。

 そして、青年は男が起きないことを確認すると、すずかから離れ電話を掛けた。この場を収めてもらうため、警察に連絡を取っているのだ。

 そんな青年を横目に、アリサはすずかへと走り寄る。

 

「すずかっ! 大丈夫……っ!?」

「うん。大丈夫だよ、アリサちゃん」

「……ごめんね、すずか……わたしのせいで……」

「いいよ、気にしないで……」

 

 その大きな瞳に涙を浮かべそう話すアリサに、すずかは微笑みを浮かべた。

 そして、電話を終えた青年が近づいてくると、二人は少しだけ警戒の色を強めた。当然の反応であろうと思う。先ほどの男たちのように、自分たちをどうにかしようという気配こそないが、どちらにしても二人はこの青年のことを全く知らないのだ。

 そんな二人の反応に気付いたのか、僅かに距離を離した所で立ち止まると、青年は口を開いた。

 

「警察に連絡しておいた。もう少ししたら警察がやってくるだろうが、二人とも怪我はなかったか?」

「あ、はい、大丈夫です。……あ、あのっ! 助けてくれて、ありがとうございました!」

「いや、たまたま通りがかっただけだ。……あまり人気の無いところをうろうろしないようにな」

 

 青年はそう話すと、二人に背を向けた。

 それを見て、アリサが慌てたように口を開く。

 

「こ、この人たちはどうするんですか?」

「こいつらを捕まえるのは警察の仕事だ。後はそちらに任せるさ」

 

 じゃあな、と背中越しに青年は挨拶をすると、歩みを始めた。

 すると、すずかが思い出したように口を開いた。

 

「あ、あの……! あなたの名前は……?」

「――黒沢祐一だ」

 

 青年はその言葉を最後に、そのまま二人の下から姿を消した。

 

 ――これが、アリサ・バニングスと月村すずかが黒沢祐一と出会った瞬間だった。

 

 

 二人の話を聞き終えたなのはは、マンガのような話だなぁ~と苦笑を浮かべていた。

 

「これが、わたしとすずかが初めて祐一さんと会ったときの話しよ」

「あのときは本当に怖かった。でも、祐一さんが助けてくれて、本当にほっとしたよ」

「まぁ、それからしばらくしてなのはの家に行ったときに、当たり前のように祐一さんがいたことには驚いたけどね」

「あの時は祐一さんとなのはちゃんが知り合いだったなんて知らなかったもんね」

「にゃははは……」

 

 二人の言葉になのはは苦笑してしまう。

 その後も三人は会話に花を咲かせ、あっという間に昼休みは終わりを告げたのであった。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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interlude_2.2

投稿します。
楽しんでくれたら幸いです。
では、どうぞ。


side 高町なのは

 

 わたしが祐一お兄さんと出会ったのは、今から三年前――わたしがまだ小学校にも通ってないときだった。

 祐一お兄さんと初めて出会った場所は、海鳴にある公園。

 日が沈みかけていた時間。わたしは公園にあるブランコで、一人静かに泣いていた。

 

 ――そんなわたしに声を掛けてきたのが、祐一お兄さんだった――

 

 

 ――当時、高町家では大きな事件があった。

 

 わたしのお父さんが、当時、仕事であったボディーガードをしていたとき、テロに遭って、生死の境を彷徨うほどの大怪我を負ってしまった。

 今でこそ元気なお父さんだけど、このときは本当に死んでしまうほどの怪我を負っていた。

 それを期にわたしのお母さんは、わたしとお兄ちゃんとお姉ちゃんの三人の面倒を見るために、一人で遅くまで喫茶《翠屋》を切り盛りしていた。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんもそんなお母さんを見て、学校から帰ってくると、毎日お母さんのお手伝いをしていた。

 

 その結果、わたしが一人でいる時間がとても多くなっていった。

 

 当然だった。お父さんが怪我で入院してしまって、それでお母さんも仕事が忙しくなって、お兄ちゃんとお姉ちゃんもお母さんのお手伝いをして、わたしの相手をしている暇なんてあるはずもなかった。

 わたしは、それがとても寂しかった。でも、みんなが頑張っているのに、わたしだけがわがままを言うわけにはいかなかった。

 だからこそ、出来る限り自分の寂しい気持ちを隠して、みんなの前では笑顔でいようと思った。

 

 ――わたしには、そんなことしか出来なかったから。

 

 わたしも、みんなのために何かできることはないかと考えたけど、当時のわたしは何も出来なくて、それがとても悲しかった。

 だからこそ、みんなの前では元気な自分でいようと、泣かないと決めた。……だけど、それも時が経つにつれて辛くなっていった。

 幼稚園では、友達もいるから自然と笑顔になることも出来たけど、帰る時間が近づくにつれて、わたしの気持ちは曇っていった。

 他の子たちは家に帰ったら"家族"がいるんだろうけど、わたしは帰っても誰もいなかった。……いつも、わたしは一人だった。

 だからわたしは、いつも公園へ遊びに行っていた。そこへ行けば、少なくとも一人ではなくなるから……。

 だけど、日が沈んでいくにつれて、一人、また一人と家族の人たちと一緒にみんなは帰っていき、公園には誰もいなくなりわたしは一人になると、家に帰るという行為を繰り返していた。

 

 ――そんな日が続き、わたしはある日、自分の気持ちを抑えられなくなってしまった。

 

 その日、いつもと同じように公園で遊び、いつもと同じように遊んでいた子たちが家に帰るまで公園にいた。

 そして、一人だけとなった公園で、わたしは一人、泣いていた。

 

「うっ……ひっくっ……」

 

 どんなに辛くても笑わないと、笑顔にならないといけない。そう思えば思うほど、寂しくて、涙が止まらなかった。辛くて、悲しくて、わたしは泣き続けていた。

 

 ――そんなときだった。祐一お兄さんが声を掛けてきたのは……。

 

「――何で泣いてるんだ?」

「っ!?」

 

 わたしが急に聞こえた声に驚いて顔を上げると、そこには上下ともに黒を基調とした服を身に纏った、お兄ちゃんと同い年ぐらいの長身の男の人が少し離れたところに立っていた。

 その男の人――祐一お兄さんは手をポケットに突っ込んだまま、身長差からわたしを見下ろす形で声を掛けてきた。

 

「もう日も暮れる。……家族は迎えに来ないのか?」

「っ!? ……みんな、忙しいから、来れないの……」

「……そうか」

 

 そうわたしが静かに告げると、祐一お兄さんは何か察したのか、少しだけばつが悪そうに頭を掻きながら言葉を返した。

 だがすぐに、祐一お兄さんはおもむろにポケットからジュースを取り出し、わたしに渡してくれた。

 

「ほら、これやるよ。あと、顔を拭け。可愛い顔が台無しだ」

「……あ、ありがとう、ございます」

 

 そう言いながら、ハンカチも貸してくれて、当時のわたしはこのお兄さんはとてもいい人だと感じていた。

 わたしはジュースを受け取り、貸してもらったハンカチで顔を拭いた。

 そして、祐一お兄さんは何も言わずにわたしが座っていたブランコの隣に座り、もう一つ持っていたジュースを飲んでいた。

 

「それで、どうして泣いていたんだ?」

「……えっと、それは――」

 

 不思議な感じだった。初めて会った人で、しかも男の人なのに、怖いとか、そんな気持ちには全然ならなかった。

 だからだろうか――わたしは、今まで誰にも話してこなかったことを、祐一お兄さんに全て話していた。

 

「……そうか」

 

 祐一お兄さんはそれだけ言うと、黙って目を瞑った。

 しばらく祐一お兄さんは考え事をするように目を瞑っていたが、静かに目を開くと、静かに口を開いた。

 

「お前は、本当にそれでいいと思っているのか……?」

「……そう、思ってます。だって、みんな大変なのに、わたしだけわがままを言うわけにはいかないから……」

 

 俯きながら話すわたしに、祐一お兄さんは言葉を返した。

 

「本当か? それが、お前の本当の気持ちなのか?」

「わたしの、本当の気持ち……?」

「ああ。お前の本当の気持ちはどこにある?」

「わたしは……」

「家族のためにと自分の気持ちを押し殺し、仮初めの笑顔でいる……それで本当の家族と言えるのか……? 俺はそうは思わない。本当の家族というものは、本音で物事を言い合えるものだと俺は思っている」

「――わたしは……」

 

 祐一お兄さんの言葉を聞き、わたしの瞳からは自然と涙が零れ落ちてきた。

 そして、今まで我慢していた自分の感情が溢れ出してきた。

 

「ひっく……わ、わたし、本当は寂しかった……っ! でも、みんな、お父さんが怪我して、大変だから……だから、何もできないわたしは、せめていい子でいようって、そう思ったんだ」

 

 わたしがとめどなく流れてくる涙を拭っていると、何かがわたしの頭に添えられた。それはとても温かくて、とても安心できる――祐一お兄さんの大きな手だった。

 

「よく、がんばったな。泣きたいときには、泣けばいい――それが、子供の特権ってものだからな」

 

 祐一お兄さんは、そう話しながら、優しくわたしの頭を撫でてくれた。

 それの言葉が引き金になり、わたしは込み上げてくるものを押さえきれず、

 

「う、ひっく……うぅ……うわぁぁぁぁん……っ!」

 

 わたしは祐一お兄さんの胸の中で、涙が出なくなるまで泣き続けた。

 

 

 その後、わたしは泣き疲れて寝てしまって、祐一お兄さんはどうしたもんかと悩んだそうですが、結局、わたしをおぶって家まで連れて帰ってくれました。

 家に着くと、お兄ちゃんとお姉ちゃんが血相を変えて飛び出してきたそうで、後からその時のことを祐一お兄さんに聞いたら、

 

『あの時は、恭也さんに殺されるかと思ったよ……』

 

 と、言っていました。でもその後、祐一お兄さんがお母さんたちに事情を説明すると、三人とも祐一お兄さんにお礼を言っていました。

 それからお母さんたちに、わたしの気持ちを聞いてもらうと、お母さんが、

 

『ごめんねぇ、なのはぁ……』

 

 目に涙を浮かべ、わたしを優しく抱きしめてくれました。そして、また、わたしは泣きました。

 その後、帰ろうとする祐一お兄さんを引き止めて、まだ聞いていないことがあったので質問しました。

 

『あ、あの、お兄さんのお名前、何て言うんですか?』

『ん? ……あぁ、まだ名乗ってなかったか――俺の名前は黒沢祐一だ』

『黒沢、祐一……じゃあ、祐一お兄さんって、呼んでもいいですか?』

『……好きに呼べばいいさ。それで、お前の名前は何て言うんだ?』

 

 祐一お兄さんの問い掛けに、わたしはしばらく出来てなかった、満面の笑みで答えた。

 

『わたし、高町なのは。なのはって、呼んでっ! よろしくね、祐一お兄さん!』

 

 ――これが、わたしと祐一お兄さんの初めての出会い。

 

 ――ここから全てが始まったんだ。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。


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interlude_2.3

投稿します。
これで、本当に無印編は終了です。
今回は繋ぎの部分なので、いつもより短いです。
では、どうぞ。


side 八神はやて

 

 最近、わたしは一人の男性のことが気になっています。

 

 ――その男性の名前は黒沢祐一。

 

 祐一さんの話をする前に、少しだけ自分の話をしておこうと思う。

 わたしはごく普通の小学三年生の女の子――とは少し違って、昔から足に障害を抱えており、車椅子生活を余儀なくされていた。

 そんなわたしは現在、小学校を休学中である。だけど、勉強を全くしないわけにもいかないので、毎日、図書館に来て勉強していた。

 

 祐一さんと初めて話をしたのは、いつも通り、わたしが図書館に勉強をしにきているときだった。

 

 さっきも言ったけど、わたしは足が不自由で立つことなんてできない。なので、高い場所にある本は、誰かの手を借りないと取ることができなかった。

 祐一さんと初めて話した日――その日もいつものように係りの人に本を取ってもらおうと思っていたのだが、その日は係りの人が近くに見当たらなかったことと、頑張って手を伸ばせば届くであろうという自分の判断から、わたしは必死に手を伸ばして本を取ろうとした。

 だけど、わたしの予想が甘かったのか本に手が届かった。そんなとき、わたしが無理に手を伸ばして本を取ろうとしていると、後ろからスッと本を取る大きな手がわたしの視界に入った。

 わたしがあっ、と思い後ろを振り返ると、

 

『この本でいいのか……?』

 

 そこには、長身痩躯な男の人が立っていた――それが祐一さんだった。

 年齢は大学生くらいで、祐一さんの格好は黒を基調とした服装で統一されており、首から赤い剣を模したアクセサリーが掛けられていた。

 わたしは初めて会った人ということもあり緊張しながら、祐一さんが取ってくれた本を受け取った。

 

『あ、それです! ありがとうございます!』

 

 そのとき、わたしは思わず少し大きめな声でお礼を言ってしまい、『静かに、ここは図書館だからな……』と、祐一さんに注意されてしまった。

 

 うぅ~、あの時は恥ずかしかったな……。

 

 その後、祐一さんに『他に取ってほしい本は……?』と聞かれ、そのまま善意に甘える形となり、残りの本も取ってもらった。

 それが、わたしと祐一さんの初めての出会いだった。

 

 

 ――そして、現在――

 

「――ここは、こう解くんだ」

 

「ああ、そっか! 流石、祐一さんやねっ!」

 

「いや……流石に俺が小学生の問題が分からなかったら不味いだろ……」

 

 今、わたしは祐一さんに勉強を教えてもらっている。

 なぜこんなことになっているかというと――話は祐一さんと初めて会った日から数日後のことになる。

 わたしは本を取ってもらったお礼をしたくて、必死に考えた結果――お弁当を作って渡すことにした。

 わたしの数少ない特技――というよりは趣味やけど――である料理を祐一さんに振舞おうと思ったのだ。

 そして次の日、わたしはいつものように図書館に行くと、席に座り本を読んでいる祐一さんを見つけてお弁当を渡した。

 祐一さんは最初はびっくりした表情を浮かべ、『……最近の小学生は義理堅いんだな』と呟き苦笑しながらも、最終的にはありがとうと言って、わたしのお弁当を受け取ってくれた。

 そして、そのまま祐一さんとお昼ご飯を一緒に食べながら、わたしのこととか、祐一さんのことを自己紹介も兼ねて話をした。

 その時に祐一さんが、一人で勉強しているわたしに対して、

 

『――なら、俺のわかる範囲で勉強を教えてやろうか? 俺も勉強をしに図書館に来ているからな』

 

 と、そう言ってくれたので、わたしは二つ返事でOKを出した。

 ――そして、話は最初に戻る。

 

「でも、ホンマに祐一さん教えるの上手ですよね?」

「ああ、それはおそらく、はやてと同い年の子に、たまにではあるが勉強を教えているからだろうな。おそらくはそれが理由だろう」

 

 祐一さんは少し顔を上げ、わたしにそう言葉を返してきた。ちなみに、祐一さんにはわたしのことを"はやて"と呼んでくれるようにお願いした。

 だって、"八神"とか、あんまり可愛くないやん?

 

「へぇ~、そうなんですか」

「ああ。はやてと同じ女の子だからな、よかったら今度紹介しよう。きっと、仲良くなれるだろう」

「ホンマですか? じゃあ、今度紹介してください」

「ああ、約束しよう。……ほら、手が止まってるぞ?」

「へへっ、ありがとうございます」

 

 わたしが笑みを浮かべながら返事をすると、祐一さんは苦笑しながら視線を本へと落とし、勉強へと集中するのを見て、わたしも同じように勉強へと集中した。

 

 

 それからわたしと祐一さんは集中して勉強をし、気が付くと外はうっすらと日が翳ってきていた。

 

「あ、もうこんな時間。祐一さん、どないします?」

「ふむ。キリもいいし、俺はそろそろ帰ろうと思うが、はやてはどうする?」

「わたしも帰りますから、途中まで一緒に帰りましょ!」

「わかった」

 

 そう話し合って片付けを済ませ、わたしは祐一さんに車椅子を押されながら、帰宅の途についた。

 始めは車椅子を押してくれるという祐一さんの言葉に、わたしは遠慮していたのだが、最終的に祐一さんに押し切られる形となってしまった。

 そして、他愛ない話をしながら帰っていると、祐一さんには家まで送ってもらってしまう結果となってしまった。

 

「すいません、祐一さん。結局、家まで送ってもらってしもて……」

「構わんさ。今日はお弁当ありがとうな」

 

 祐一さんの言葉にわたしは笑顔となり、

 

「はいっ! また、お弁当作っていきますっ!」

「そこまでしてくれなくてもいいんだが……」

「いえ、わたしが作りたいだけなんで……もしかして、嫌やったですか?」

「その質問は卑怯だな。……そんなことを言われると断れない」

「ふふ、ほんなら、また作ってきますよ」

 

 苦笑しながら頭を掻く祐一さんにわたしは笑顔で言葉を返した。

 そんなわたしを見て、祐一さんは観念したように笑みを浮かべていた。

 

「そうか。それなら、楽しみにしているよ」

「はいっ!」

「じゃあ、またな、はやて」

「はいっ! またです、祐一さん」

 

 元気よく手を振るわたしに、祐一さんは軽く手を上げることで答えてくれた。

 そして、わたしは祐一さんの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。

 

「わたしにお兄ちゃんがいたら、あんな感じなんやろか……?」

 

 わたしは手を下ろしながら一人呟いた。

 なんか祐一さんには、こちらを包み込んでくれるような温かさや優しさがあるようにわたしは感じていた。

 

「呼び方とか変えてみよかな……?」

 

 わたしはそんなことを考えながら、笑みを浮かべ、

 

「また、お弁当作って、祐一さんを喜ばしてあげよう」

 

 わたしは祐一さんに「ありがとう」と言われたことに温かい気持ちになりながら、家の中へと入っていった。

 

 ――祐一さんとの初めての出会い。

 

 ――この出会いから、わたしの運命は大きく変化していく。

 

 ――このときのわたしは、まだ、何も知らなかった。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。

やっと、無印編終了です……永かったなぁ~。
次回からA's編へと突入していくわけですが、おそらく、更新速度が落ちるかと思われます(汗)
ですが、更新は止めませんので、気長にお待ちください。
では、次回、また会いましょう。


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第三章 A's編
新たなる幕開け


投稿します。
遅くなりました。
遂にA's編突入です。

では、どうぞ。


 プレシア・テスタロッサが起こした事件から数週間が経った。

 

 後に"PT事件"と呼ばれる事件は、この事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサから取られている。

 この事件の始まりは、プレシアが忘れられし都アルハザードへと至るため、ロストロギアである"ジュエルシード"を集めていたことから始まった。

 アルハザード――この名前は魔導師ならばほとんどの者が知っており、古代ベルカよりさらに昔に存在したといわれている世界で、そこでは死者さえも甦らせる秘術があるとされていた。

 そして、プレシアの願いとは、不幸な事故で亡くなってしまった自分の愛娘である、アリシア・テスタロッサを甦らせることであった。

 

 ――しかし、その願いとは別に、プレシアにはもう一つの願いがあった。

 

 それは、アリシアのクローンであり、プレシアのもう一人の娘――フェイト・テスタロッサを"自分"という呪縛から解き放つことであった。

 その悲しい願いがもたらした結果がPT事件であり、その事件の首謀者であるプレシアが虚数空間へと落ち、消えたことでこの事件は終わりを迎えた。

 

 そのPT事件に深く関わり、この事件が良くも悪くも大きな転機となった人物が三人いた。

 一人目は、魔法のことなど全く知らなかった弱冠小学三年生の少女――高町なのは。

 事件の原因であるジュエルシードを回収しにきていたなのはと同い年の少年――ユーノ・スクライアと出会い、ユーノが持っていたインテリジェントデバイス"レイジングハート"を相棒とし、この事件へと深く関わっていった。

 そして、この事件で関わることになったフェイトとお互い引けない想いから何度もぶつかり合いながらも、持ち前の不屈の心でフェイトと想いを通わせていった。

 PT事件から様々な戦いを経験し、魔導師として急成長を果たし、PT事件の解決に大きく貢献した少女である。

 事件後は、以前と変わらない普通の暮らしに戻っている。

 

 二人目は、プレシアの娘であったアリシアのクローンで、長くて綺麗な金髪が特徴的な、なのはと同い年の少女――フェイト・テスタロッサ。

 自身の母親であるプレシアに冷たくされながらも、懸命に母親のために文字通り体を張り、戦い続けた心優しい少女である。

 魔導師としての才能はなのはと同様に目を見張るものがあり、戦闘においては、その圧倒的スピードで、他者の追随を許さないほどの力を発揮していた。

 事件後は、自身の使い魔であるアルフとともに、PT事件の重要参考人として管理局へと赴いている。

 

 そして最後の三人目は、地球の海鳴市で"便利屋"をしながら暮らしている青年――黒沢祐一。

 過去に管理局に所属しており、戦闘経験が豊富で高い戦闘力を備えた魔導師である。

 常に冷静沈着であり、また戦闘面だけでなく、全てにおいて高い能力を兼ね備えた魔導師であったことから、管理局に所属していた時には"黒衣の騎士"と呼ばれ、最強クラスの魔導師と言われていた。

 そんな祐一は、プレシアからの依頼でフェイトを魔導師として育てたことから、今回の事件へと関わっていった。

 プレシアから本当の願いを聞き、その願いを叶えるために管理局と戦い、最終決戦では管理局執務官のクロノ・ハラオウンと激しい戦いを繰り広げた。

 そんな彼を、クロノの母親であり巡行艦"アースラ"の提督であったリンディ・ハラオウンは、祐一のプレシアたちへの想いと今回の状況から罪を許した。

 事件後は、以前の生活へと戻っていた。

 

 そんな激しかった戦いも終わり、平穏が訪れていたが、また新たな事件の幕が上がろうとしていた。

 

 

 祐一はいつものように朝の日課であるトレーニングとなのはの魔法訓練の監督を終え、今は図書館へとやってきていた。

 最近祐一は、図書館で知り合った少女――八神はやてに勉強を教えることが日課となっていた。

 出会いは偶然だった。たまたま、祐一が本を探していたとき、車椅子に乗った少女が必死に手を伸ばし、本を取ろうとしている現場を目撃し、本を取ってあげたことが切っ掛けだった。

 その後、はやてがお礼にと弁当を作ってくれたということもあり、親密になっていく中で、祐一がはやてに勉強を教えることとなった。

 そして、今はそのはやてに勉強を教えているところであった。

 

「――なぁなぁ、祐一さん、今日はうちに晩御飯食べにきてくれへん、かな……?」

「……? どうしたんだ、急に?」

 

 祐一は本から視線をはやてへと移しながら、首を傾げた。

 そんな祐一の視線に、少しだけ恥ずかしそうにはやては頬を染めた。

 

「あ、あんな? ゆ、祐一さんは一人暮らしやって言うてたし、男の人は一人暮らしやと食べる物とか適当になるって聞いたし……あっ!? ゆ、祐一さんが適当とか言うてるんちゃうんやけど」

 

 何故かはやては、慌てたように身振り手振りで祐一へと説明し始めた。

 そんなはやてに祐一は笑みを浮かべながら声を掛ける。

 

「構わないよ。確かに一人だと何も気にしていないからな。……だが、いいのか? 俺のような男が邪魔しても」

「ぜ、全然かまわへんっ! むしろ、祐一さんに来てもらったほうがわたしも嬉しいからっ!」

「そうか。それなら、お邪魔させてもらおうか」

「は、はいっ! 歓迎しますっ!」

 

 はやては頬を染めながら、満面の笑みで祐一へと言葉を返した。

 

 

 その後、祐一とはやては図書館を出て、祐一は一度家へと戻り、はやては晩御飯の買い物へと行った。

 はやてが買い物をすると言ったので、祐一も手伝おうかと言ったのだが、「わたし一人で大丈夫です!」と言われ、祐一は後からはやての家へと訪れることを余儀なくされたのだ。

 そして祐一は、しばらくしてからはやての家を訪れた。

 

「あ、いらっしゃい、祐一さん」

「ああ、お邪魔させてもらうぞ」

 

 祐一が玄関の扉を開けると、はやての満面の笑みで迎えられ、つられるように祐一も笑みを浮かべた。

 そして、祐一がはやてに連れられリビングへと歩みを進めると、テーブルにはおいしそうな料理の数々が並べられていた。

 

「これは、すごいな」

「い、いや、そんなにすごないよ。一般的な料理ばっかりやし……」

「そんなことはないさ。ここまで作れるとはたいしたものだ」

 

 祐一の賞賛の言葉に、はやては頬を赤く染めながらも笑みを浮かべた。

 

「さ、さぁ、そんなことより、はよ食べよっ」

「そうだな。では、いただこうか」

「はい、食べてください」

 

 はやての言葉に祐一は食事を開始したのだった。

 

 

 それから祐一は、はやての料理を食べる度に「うまいな」とはやてを褒め、それに「ありがとうございますっ」と、はやては頬を染めながらも嬉しそうに微笑を返していた。

 そして、全ての食事を食べ終わると、祐一は後片付けぐらいはしないと申し訳ないと思い、今は食器を洗っている。その横に、祐一が洗った食器などを拭いているはやての姿もあった。

 

「すみません、祐一さん。後片付けさせてしもて」

「別に構わんよ。これぐらいはしないとバチが当たりそうだからな」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 それから二人は後片付けを済ませ、少し休憩するために席に着いた。

 そして、しばらく二人で話をしていると、はやてが少しバツが悪そうにしながら口を開いた。

 

「ホンマは自分で言うのもあれなんやけど――実は明日、わたしの誕生日なんよ」

「本当か? それならそうと言ってくれればよかったんだが……残念ながらプレゼントは買ってきてないぞ?」

 

 祐一はそう言いながら時計を見たが、もうすぐ二一時を回ろうかという時間帯であった。今から出て行っても、プレゼントは買えるような時間ではなかったため、僅かに眉を寄せた。

 すると、はやては慌てて両手を振りながら祐一へと言葉を返した。

 

「プレゼントが欲しくて祐一さんに言ったわけやなくて、わたしの誕生日を知って欲しかったっちゅうか……」

「気にするな。ちゃんとプレゼントは用意するさ」

「い、いやいやっ! なんか、催促したみたいで申し訳ないんやけどっ!?」

「だから気にするな。俺がはやてにプレゼントしたいだけだからな」

 

 祐一が笑みを浮かべると、はやては困った表情をしていたがすぐに笑顔を浮かべた。

 

「わかりました。じゃあ、楽しみにしてます!」

「ああ。だが、あまり期待はしないでくれよ? こういうのはあまり得意じゃないんでな」

 

 祐一はそう話しながら苦笑する。

 

「それから、今日は晩御飯に招待してくれてありがとうな」

「いえ、わたしも久しぶりに誰かと食事するの楽しかったし」

「そうか……いつも、一人なのか?」

 

 祐一の言葉にはやては寂しそうな笑みを浮かべる。

 

「……はい。お金はおじさんが援助してくれてるんで大丈夫なんやけど、他の人と食事をするとかもなかったから……だから、祐一さんといっしょに晩御飯食べれて嬉しかったです」

 

 そう嬉しそうにはやては笑みを浮かべる。

 

「そうか。俺は予定が空いていればいつでも大歓迎だ。俺もはやてと食事をするのは楽しいからな」

 

 祐一はそう言いながら、はやての頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 はやては少し驚いた表情をしたあと、満面の笑みを浮かべ、

 

「はいっ! また、いっしょに!」

 

 元気よく言葉を返した。

 その瞳には、僅かに涙が浮かんでいた。

 

 

「さて、もう時間も遅いし、俺は帰るよ」

 

 祐一がそう話すと、はやてが一瞬だけ寂しそうな表情をしたが、すぐに笑みを浮かべる。

 

「そですね」

「そんな顔をするな。また明日も図書館で会える」

 

 祐一はそう言いながら、はやての頭を優しく撫でる。

 

「……うん、ありがとな、祐一さん」

 

 寂しそうにしながらも笑顔を見せたはやてに、祐一は頷きを返す。

 

「じゃあ、おやすみ、はやて」

「ほな、おやすみなさい、祐一さん」

 

 そう言葉を交わし、祐一ははやて宅を後にした。

 

 

 祐一がはやての家から帰った数時間後――

 

「っ!? ……この感じは……?」

 

 祐一は微弱ながら魔力の反応を感じ、僅かながら眉を顰める。

 

「こっちははやての家の方角だが……一応、確認するか」

 

 祐一は上着を羽織り、自身のデバイスである"冥王六式"を持ち家を出た。

 もう日付も変わっていたこともあり、人もほとんどいなかった。

 祐一は夜も更けた街を微弱な魔力を頼りに走る。

 しばらく走り、祐一は魔力の出所に到着し、足を止めた。

 

「……まさか、はやての家から感じていたとはな」

 

 祐一はそう呟いた後、はやての家へと――鍵は閉まっていなかったため――踏み込んでいった。

 そして、はやての部屋へと祐一は入り、

 

「はやて、無事か!」

 

 はやての名前を呼びながら祐一が部屋に入っていくと――そこには――

 

「貴様、何者だ……?」

 

 剣を構えたポニーテールの女性、赤髪で気の強そうな少女、金髪をショートカットにしたおっとりとした女性、筋骨隆々な男、それぞれが祐一へと鋭い視線を向けていた。

 

「――なんだ、この状況は……?」

 

 そんな状況の中、気を失っているはやてを見ながら、祐一は静かに呟いた。

 

 




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守護騎士

投稿します。
楽しんでいただければ幸いです。
では、どうぞ。


 ――八神はやて宅――

 

 祐一は現在、はやての部屋で四人の人物に囲まれており、祐一を含めた四人の空気は一触即発といった状態となっていた。

 

「――貴様、何者だ?」

 

 そう祐一に言葉を投げ掛けてきたのは、剣型のデバイスを構えた鋭い眼差しの女性。特徴的な桃色の髪を後ろで括り、ポニーテールにしている。

 その鋭い眼差しと佇まいから、祐一は即座にこの女性は只者ではないと、頭の中で認識した。

 

「俺の名前は黒沢祐一。そこで気絶している八神はやての友人だ。お前たちこそ何者だ? 何故、はやての部屋にいる?」

 

 祐一は戦闘の意思はないということを示すため、両手を挙げながら言葉を投げ掛けた。両手を挙げながらも、祐一は隙を見せることなく視線を動かしていた。

 

「私はシグナム。黒沢、と言ったか――貴様は魔導師か?」

「ああ、そうだ」

 

 隠す意味もないと思い、祐一は即座に答えた。

 シグナムは祐一の言葉を聞き、鋭い瞳をさらに細める。

 

『ヴィータ、シャマル、ザフィーラ――この男、どう思う?』

 

 シグナムは他の三人へと念話で話しかけた。

 

『魔導師なのは間違いないわ。実力までは流石にわからないけれど……』

 

 シグナムの質問に真っ先に答えたのは、金髪の女性――シャマルが少し心配そうに言葉を返した。

 

『はっ! どうせたいしたことないよ。なんだったら、あたしがこの場でぶっ飛ばしてやろうか?』

 

 そう強気に言葉を発したのは、この中で一番幼い外見をした赤髪の少女――ヴィータである。

 

『止めろヴィータ。ここで暴れたら、我らが主にまで被害が及びかねん』

 

 そうヴィータを諫める筋骨隆々の男性――ザフィーラの言葉に、、ヴィータは「わかってるっての……」と、しぶしぶ言葉を返した。

 

『それなら、これからどうする? このまま睨み合っていても状況は改善せん。我らが主も心配だしな』

 

 シグナムたち四人がどうするかと頭を悩ませていると、祐一が四人よりも先に口を開いた。

 

「――悩んでいるところ悪いが、はやてをこのまま気絶させておくわけにもいかないだろ。大事ないか、今から病院に連れて行きたいんだが、構わないか?」

 

 祐一の言葉にシグナムは「ふむ」、と少し考え、他の三人と確認を取りあうように頷き合った。

 

「わかった。だが、もしおかしな行動を取った場合、即座に我々はお前を排除する」

「ああ」

 

 シグナムの言葉に祐一は静かに頷きを返した。

 

「それで、他のメンバーの名前は何て言うんだ? 流石に名前がないと呼びにくいんだが」

 

 祐一の言葉にシグナムは「ああ」と頷くと、三人に自己紹介するように話しをすると、一人ずつ自己紹介を始めた。

 

「シャマルと言います。よろしくお願いしますね、黒沢さん」

 

 比較的友好的なシャマルは祐一へと笑顔を向けながら声を掛けた。

 

「……ヴィータだ。てめぇ、妙なことしたらぶっ潰すからな」

 

 あまり友好的ではないヴィータは、祐一を睨みつけながら自己紹介をした。

 

「……ザフィーラだ」

 

 ヴィータほどではないが、ザフィーラも警戒しながら名を名乗った。

 

「ああ、よろしく頼む。はやては俺が――」

「いや、主はこちらで運ぼう。黒沢は病院まで案内してくれ」

「……わかった。では、ついてきてくれ」

 

 祐一はそう話すと、四人に背を向けた。

 

(――というか、こいつらはあの格好で行く、のか……?)

 

 四人の格好――ザフィーラは黒いタンクトップに黒いズボン、女性三人は黒いワンピース? のような、とても目立つ格好であった。そもそも、この四人の見た目だけでもかなり目立ってしまう。

 

(まぁ、そんなことを今は気にしていられんか……病院でどうやって言い訳しよう……)

 

 これからのことを考えると、祐一の口からは自然と溜め息がこぼれた。

 

 

 ――海鳴大学病院――

 

 結局、はやてが目覚めたのは次の日の朝であった。それまで祐一を含めた四人は病院で待たせてもらった。

 また、四人のことを説明しなければならなかったため、祐一ははやての主治医の石田に、「はやての遠い親戚」という風に説明して何とか難を逃れた。

 その間、病院の先生たちからは奇妙なものを見られるような視線を祐一はずっと感じていた。

 

「でも、よかったわ。本当に何もなくて」

「ほんまにすいません」

 

 はやての言葉に石田は笑顔を向けた。

 だが、その笑みを消すと、はやてに顔を近づけながら声を掛ける。

 

「――で、何なの、あの人たちは? 黒沢くんがはやてちゃんの遠い親戚だって言ってるんだけど、ほんとなの?」

「え、え~っと……」

 

 石田の言葉にはやては、どもりながら冷や汗を流していた。

 そんな状況に祐一は壁に背を預けながら、どうしたものかと思考を巡らせていた。

 

「……何だか変な格好してるし……」

「あ~なんといいましょうか……」

 

 はやてがどう説明するかと考えていると、シグナムから念話で話し掛けられた。

 

『ご命令をいただければお力になれますが、いかがいたしましょう?』

「ふぇ!?」

『思念通話です。心でご命令を念じていただければ……』

 

 初めての思念通話にはやては困惑を隠せずあたふたしている。

 

『落ち着け、はやて。とりあえず、この四人のことを上手く石田先生に説明するんだ』

「ゆ、祐一さんも……」

 

 祐一も思念通話できることにはやては驚いていたが、一度深呼吸をすると、落ち着いた表情を取り戻した。

 

『ほんなら命令というよりも、お願いなんやけど、わたしに話し合わせてな』

「はい……」

 

 シグナムが頷くのを確認し、はやては再度、石田へと声を掛けた。

 

「あの、石田先生、祐一さんがいっとったことはほんまで、あの四人は親戚なんです。遠くの祖国からわたしの誕生日をお祝いに来てくれたんですよ。わたしを驚かせようとおもて、仮装までしてくれたのに、わたしがびっくりしすぎてもうたというか」

「俺もはやての誕生日を祝うために、ここにいる四人といっしょにはやてを驚かせようと思っていたんですが、どうやら派手にやりすぎたようです」

「ふぅ~ん、そうなの」

「そうなんですよ! ちょっと私たちも張り切りすぎちゃって」

「そのとおりです」

 

 はやての言葉に乗っかるように、祐一、シャマル、シグナムと同意を示した。

 

 ――それからしばらく間、祐一たちは石田先生を説得するために時間を費やした。

 

 なんとか石田を説得し、はやての容態も特に問題なかったことから、祐一を含めたはやてと守護騎士たちははやての家へと戻った。

 そして、シグナムたちが《闇の書》の説明を始めていた。

 祐一は部外者であったが、はやてがいっしょに話を聞いて欲しいと言ったため、話を聞くこととなった。

 

(――闇の書、か……名前は聞いた覚えがあるが)

 

 祐一はその名前だけは聞いた覚えはあったが、詳しいことは知らなかった。

 

(シグナムたちの話を聞いていると、闇の書の主に選ばれた人物――つまり、はやてが望まない限りは危険な物ではない、か……)

 

 祐一は守護騎士達と楽しそうに話をしているはやてを見ながら、そう考えていた。この心優しい少女が悪事に《闇の書》を使用するとは、到底考えられることではなかった。

 祐一がそんなことを考えていると、はやてがこちらを向き話し掛けてきた。

 

「ってか、祐一さんも魔導師やったんやね。なんで教えてくれへんかったん?」

「この地球で魔導師という人間はほとんどいない。だから、教えることはないと思っていたんだが――確かに俺は魔導師だ」

「そうなんや。じゃあ、わたしも祐一さんと同じになったっちゅうことやね」

 

 そんな風に笑みを浮かべてくるはやてに、祐一は苦笑を浮かべた。

 そして、はやてはよしっと声を上げると、黙って話を聞いていた守護騎士たちへと向き直り話を始めた。

 

「とりあえず、わたしが《闇の書》の主として守護騎士の衣食住の面倒をみなあかんっちゅうことやな。幸い、うちには部屋も余ってるし住むとこには困らへん」

 

 そんな緊張感のないはやての言葉を聞き、守護騎士たちはポカンとした表情ではやてを見つめた。

 はやてはそんな守護騎士たちを笑顔で見つめながら、話を続けた。

 

「せやから、皆の衣服買ってくるからサイズ測らせてな?」

 

 実に楽しそうにメジャーを取り出しながら話をするはやてを、守護騎士たちは終始ポカンとした表情で見つめ、そんな光景に祐一は笑みを浮かべていた。

 

 

 その後、祐一ははやてとともに守護騎士たちの衣服と食材を買いに出掛けた。

 守護騎士たちは祐一とはやてを二人きりにするのが嫌で渋っていたが、はやての一言から家で待機していた。

 

「あ、シグナムにはこの服がええかな? どう思う、祐一さん?」

「ふむ、あの感じだと確かにその服は似合うかもしれんな」

「やろ? こっちなんかはシャマルに似合いそうやな」

 

 はやては嬉々としてシグナムたちの服を選んでいた。祐一としては、あまり女性の服などはわからないため、ほとんど直感的な回答をはやてに返している。

 しばらくして、シグナムたちの服を購入し店を出た。

 

「しかし、はやてはよかったのか?」

「? なにが?」

「いや、あの守護騎士たちのことだ。急に《闇の書》の主と言われたり、訳のわからん状況になっているんだぞ?」

「ああ、そのこと。うん、わたしは全然かまわへんよ」

 

 その言葉に祐一は僅かに眉を顰めた。

 そんな祐一に気付いているのかいないのか、はやては笑顔のまま話を続けた。

 

「確かに急に《闇の書》の主とか言われてわけわからへんかったけど、あの子たちはわたしのためにきてくれたんやろ? だったら、わたしが面倒みなあかんと思ったんよ」

「はやて……」

「それに、あの子たちがいてくれたら――"家族"みたいで楽しいし、わたしも嬉しいから」

 

 そう頬を赤く染めるはやてを祐一は黙って見つめた。その表情からは何も読み取れないが、心の中でははやてのことを心配していた。

 

(――家族、か)

 

 祐一はその言葉を反芻する。

 祐一とはやては境遇が似ているところがあった――それは、幼い頃に両親を亡くしたこと。

 

(いや、少し違うか。俺には"七瀬家"という第二の家族とも言うべき人たちがいたが、はやては一人だ)

 

 祐一は両親をなくした後、ほどなくして"七瀬家"へと引き取られた。

 だが、はやては支援はあっても、家族と呼べるような人たちはいなかった。

 

(だからこそ、こんなに嬉しそうにしていたんだな)

 

 笑顔を浮かべているはやての頭に手を乗せながら、祐一ははやてを笑顔で見つめる。

 

「――そうか。なれるといいな、本当の家族に」

「うんっ!」

 

 花が咲いたような笑顔となるはやてを、祐一は眩しそうに見つめた。

 そんな嬉しそうにしているはやてに祐一ができることは、はやての家族になるかもしれないシグナムたちの衣服を両手一杯に持つことだけだった。

 

 

 買い物を済ませ、祐一とはやてが帰宅してからは守護騎士たちの服選びの時間となった。幸い、はやては援助してもらっている"おじさん"からお金は多めにもらっていたことから、守護騎士たちの服を買うのには困らなかった。

 はやてはとても楽しそうに守護騎士たちの服を選び、終始ご満悦な状態であった。

 そして、また時間は経ち、現在は晩御飯を食べている最中である。

 

「――結局、今日も晩御飯を食べさせてもらってすまないな」

「ええんよ、別に。大人数でご飯食べるのも楽しいしな」

「そうか」

 

 流石に二日もお世話になるとは思っていなかった祐一は申し訳なさそうに言うが、はやては大人数で食べるご飯の方が嬉しかったようだ。

 そんなはやてを見て、祐一は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「あむ、あむ」

「――おいしいです」

「ほんとにおいしい」

「…………」

 

 順番にヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラと反応は概ね好感触で、ヴィータに至ってはすでにおかわりまでしているほどだった。よほどはやての作る料理が気に入ったのか、一心不乱に食べている。

 シグナムとシャマルもはやての料理に感動したのか、こちらもはやてにおいしいと言いつつ、料理を口に運んでいた。ザフィーラも出された料理を黙々と食べている。

 

「ふふ、みんなに喜んでもらえて作った方としては嬉しいわ」

 

 笑顔で話すはやてに、シグナムとシャマルは微笑を向ける。

 

(この感じなら、何も問題ないだろう)

 

 祐一は料理を口に運びながら、守護騎士たちと話しているはやての方に目を向ける。その表情は喜びに満ちていた。

 

(はやてがこんな表情をしているんだ。俺が心配するようなことは何もないだろう)

 

 祐一はそこで守護騎士たちのことを考えるのを止めることにした。この守護騎士たちなら、はやてと上手くやっていけるだろうと結論を出したからである。

 食事をしながら、"家族"の団欒を祐一は笑顔で見つめていた。

 

 

 晩御飯も食べ終わり、はやてとシャマルが後片付けをする中、祐一はシグナムと話をしていた。

 

「――すまなかったな、黒沢。我が主の友人であるお前に無礼なことをして」

「いや、構わんさ。俺もシグナムたちのことを警戒していたからな」

 

 初めて顔を合わせたときの状況を思い出し、二人で苦笑した。

 

「強い魔力を感じたからな――黒沢、お前は只者ではないな。強者のオーラをお前から感じるぞ」

「買い被りすぎだ。たかだか、魔力量Aクラスの魔導師である俺が、古代ベルカの騎士であるシグナムたちに勝てるはずもない」

 

 シグナムの言葉に祐一は苦笑を持って答え、その言葉にシグナムは笑みを浮かべた。

 

「それこそ何を言っている。伊達に守護騎士の将を務めてはいない。私の勘が、この男は只者ではないと言っているんだ」

「その勘とやらも、あまり当てにはならないな」

「ふっ、そういうことにしておこうか。機会があれば、お前と戦ってみたいものだ」

 

 ああ、とシグナムの言葉に祐一は頷きを返す。すると、

 

「なんか二人とも楽しそうやな。なんの話しとったん?」

 

 二人が話をしていると、片づけを終えたはやてがキッチンから出てきた。その後ろからシャマルも続いた。

 はやての言葉に二人は笑みを浮かべる。

 

「いえ、他愛ない話ですよ、我が主」

「そうなん? なんか楽しそうに見えたんやけどな~」

 

 シグナムの言葉にはやては、「あやしいなぁ~」と言っていたが、顔は笑っていたためそれほどあやしいとは思ってないのだろう。

 祐一はそろそろかと思い、シグナムと話しているはやてに声を掛ける。

 

「はやて、俺はそろそろ帰るぞ」

「あ、もうこんな時間やったんやね」

 

 はやてが時計を見ると、もう二二時を回っていた。

 

「ごめんな、祐一さん。こんな時間まで引き止めてしもて……」

「俺が好きでやっていたことだ。はやてが気にする必要はないさ」

 

 そう話しながら祐一は申し訳なさそうにしているはやての頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 はやてが少し恥ずかしそうに頬を染めるのを確認し、祐一は手を放した。

 

「じゃあ、俺は帰る――っと、忘れるところだった。はやて、これを」

「……? なんや、これ……?」

 

 はやては祐一が渡してくれた小さな箱を受け取り、首を捻りながら祐一へと質問した。

 祐一は苦笑すると、はやてへと言葉を返す。

 

「もう忘れたのか――誕生日おめでとう、はやて」

「……あっ」

 

 祐一の言葉にはっとした表情となるはやて。どうやら、一度にいろんなことが起こりすぎて忘れていたようだ。

 しかし、すぐに微笑みを浮かべると、祐一へとお礼を述べる。

 

「ありがとうな、祐一さん――開けてみてええかな?」

 

 はやての言葉に祐一は頷く。

 そして、はやては箱を開けるとそこには可愛らしいデザインの写真立てが入っていた。

 

「はやての誕生日だというのに慌ただしい限りではあったが、今日ははやてと守護騎士たち――シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラが初めて出会った記念すべき日だ。だから、それを思い出として残しておくのも悪くないかと思ってな」

 

 慣れないことをしたためか、祐一は少しだけ恥ずかしそうに頬を掻いた。

 そんな祐一の言葉に、はやては頬を紅潮させるが、その表情には笑顔が満ち溢れていた。

 

「ありがとな、祐一さん! じゃあ、早速、写真撮ろう! もちろん、祐一さんもや!」

「む、いや、俺は――」

「今日はわたしが祐一さんが魔導師やってことを初めて知った日やし、それに祐一さんもみんなと出会った記念すべき日や。やから、祐一さんもいっしょに撮ろ!」

 

 はやての言葉に祐一は少し面食らってしまうが、すぐにその表情を苦笑に変えた。

 

「――そうか、なら、俺も入らせてもらおうか」

「うんっ! ほんなら、ベランダで撮ろか。みんな並んでや~」

 

 祐一の言葉に頷くと、はやては置いていたカメラを設置しながら、皆へと声を掛けた。

 

「こ、この辺りですか?」

 

 シグナムがこのような経験は初めてなのか、少し緊張――というよりは、戸惑った表情をしていた。同じようにヴィータ、シャマルも戸惑った表情をしている。ザフィーラは狼形態で表情は読めなかったが、戸惑っているような雰囲気は出ていた。

 そして、皆が配置についたのを確認すると、

 

「じゃあ、シャマル、そこ押したらこっちに戻ってくるんやで」

「あ、はい、わかりました。押しま~す」

 

 シャマルがボタンを押すと、置いているカメラに赤いランプが灯る。

 

「ほら、ヴィータ。もっと笑顔にならんと」

「そ、そんなこと言われても」

「シグナムももっと表情やわらかくせんと」

「こ、こうですか」

「ザフィーラはOKやな」

「…………」

「ほら、はやて、そろそろ前を向け」

「ふふ、はぁ~い」

 

 はやてが楽しそうに皆に声を掛けるのを祐一が苦笑しながら止める。

 そして時間となり、フラッシュが光り写真が取られた。

 

 ――そこには、楽しそうに微笑んでいるはやての姿、ぎこちない笑みを浮かべるシグナム、ムスッとした表情のヴィータ、優しい笑みを浮かべるシャマル、狼形態で大人しく座っているザフィーラ、そして、背筋を伸ばした祐一が写ってた。

 ここに、新たな家族が誕生した瞬間であった。

 そして、その出会いから、また新たな事件が起ころうとしていることを、このときの祐一は知る由もなかった。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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一時の別れ

投稿します。
遅くなって申し訳ありません。
楽しんでもらえたら幸いです。
では、どうぞ。


 守護騎士たちとの邂逅から三ヶ月――あれから特に何事も無く祐一は過ごしていた。

 祐一が思っていたとおり、はやては《闇の書》のページの蒐集を行うことはなかった。はやてならば、当然、そんなことを望むはずがないという、祐一の予想が当たった形となった。

 

 蒐集を行い《闇の書》のページが埋まっていくほど、その主は絶大な力を手に入れることができると、守護騎士たちは語った。そして、今は不自由なはやての足も動くようになるという、はやてにとっては魅力的な話だった。

 だからこそ、シグナムはなぜ、《闇の書》の蒐集を行わないのかと疑問に思っていたため、はやてにそのことについて聞いてみた。

 すると、はやてはシグナムにこう言ったのだ。

 

『《闇の書》のページを集めるには、人様に迷惑を掛けるっちゅうことやろ? そんなんはあかんよ。わたしはそないなことしてまで、この足を治そうとは思わへんよ』

 

 それが、シグナムに対するはやての解答であり、その解答を聞いたシグナムはこれが現在の自分たちの主なのかと、驚きと喜びを感じていた。

 そしてその言葉どおり、はやては《闇の書》の蒐集は行わず、守護騎士たちと普段どおりの生活を送り続けていた。

 何の変哲もない、いつもどおりの生活――これこそがはやての望みであり、はやての幸せであった。

 そんなはやてに守護騎士たちは胸を打たれ、さらにはやてに忠誠を誓うようになっていった。

 

 

 出会って間もない頃は祐一も守護騎士たちもお互いに警戒していたが、それもすぐに緩和されることとなった。

 祐一も守護騎士たちも結局のところ、同じ想いが原因でお互いを警戒していたのだから当然である。

 

 ――八神はやてを守ること。

 

 祐一も守護騎士たちも結局はこのことでお互いを警戒していただけであり、わだかまりが解けた後、皆でおかしそうに笑みを浮かべていたのは、良い思い出の一つであった。

 初めに祐一と打ち解けたのはシグナムであった。

 何かお互いに通ずるものがあったのか、シグナムと祐一は比較的初めから仲が良かった。――と言っても、二人とも普段は寡黙な性格であるためあまり話をすることはなかった。同じような雰囲気が二人にはあると、はやては言っていた。

 次に打ち解けたのはシャマル。彼女の場合、性格が他の守護騎士たちよりも温厚なこともあったことと、はやてが祐一を信頼している姿を見ている内に、同じように心を許すようになっていた。

 また、ザフィーラもシャマルと同じぐらいに祐一と打ち解けていた。数少ない同性という境遇もあり、実は祐一とよく話をするのがザフィーラであった。

 そして、一番最後に祐一と打ち解けたのは、ヴィータであった。

 最初の頃の敵対するほどの意思は無くなってはいたものの、ずっと祐一を警戒していたため、なかなか打ち解けることができなかった。

 だが、祐一とヴィータが打ち解ける切っ掛けとなることがあった。それは、祐一がたまにはやてたちのために持ってきていた翠屋の"お菓子"であった。

 最初は警戒していたため、手を出していなかったが、はやてが主になり、はやての料理を食べ始めた頃から、この世界の食べ物はおいしいという考えに至ったようで、祐一が持ってきたお菓子を食べたのだ。

 翠屋のお菓子は海鳴で暮らしている人間にも人気であるため、お菓子などほとんど食べたことのなかったヴィータにとって、その味は感動の一言であったようだ。

 現金な話ではあるが、それを機にヴィータの祐一への警戒心も薄くなっていき、今では祐一のことを認めていた。

 

 

 ――そして、現在へと移る。

 

「はぁっ!」

「ふっ!」

 

 裂帛の声とともに、ばきっ! という鈍い音が辺りに響き渡った。

 

「っ!? やはり、私の勘は正しかったようだな……っ!」

「――だから、それは買い被りすぎだ」

「私の剣を受け止めておいてよく言う」

「魔力なしの模擬戦だからな。それならば、俺の方に分があるというものだ」

 

 お互いに木刀を持ち、鍔迫り合いをしている二人の人物――祐一とシグナムが笑みを浮かべながら言葉を交わす。

 しばらくの間、鍔迫り合いが続いたが、急にシグナムが押していた腕の力を抜いた。その咄嗟の行動に、祐一は腕の力を抜ききれず僅かに体勢を崩した。

 

「ちっ!」

「もらった!」

 

 祐一が体勢を崩すと、シグナムが叫び声とともに上段からの一撃を祐一へと放った。 その剣速は鋭く速い。少し離れたところから見ていたはやて、ヴィータ、シャマル、ザフィーラには、この一撃で勝負が着いたと思っていた。

 だが、そんな皆の考えを祐一は裏切った。

 崩れそうになっていた体勢を無理やり立て直し、祐一はシグナムの一撃を手に持つ木刀で受け止めた。

 自身の一撃を受け止めた祐一を、シグナムは僅かに目を見開きながら声を上げた。

 

「っ!? やるなっ!」

「ギリギリだがな……っ!」

 

 そう言うと、祐一はシグナムの上段からの一撃を木刀を逸らすことで受け流した。

 

「っ!?」

 

 今度は逆に、シグナムが前方へと体勢を崩す。

 そこへ、祐一は横薙ぎの一撃をシグナムへと放った。

 

「ぐっ!?」

 

 体勢を崩しながらも、シグナムは木刀で祐一の一撃を受け止めることに成功した。だが、シグナムの力では祐一の一撃を完全に殺すことはできず、地面から足が離れ、そのまま数メートル吹き飛ばされた。

 

「ふぅ」

 

 祐一は息を吐きながら相手を見ると、そこには吹き飛ばされはしたものの、特にダメージを受けた様子のないシグナムが立っていた。

 そんなシグナムを見つめながら、祐一は口を開いた。

 

「流石だな。単純な剣の勝負では勝てる気がしない。さっきの攻撃は完全に決まったと思ったのだが……」

「正直、先ほどの一撃は危なかった。それに黒沢の一撃がこれほどとは思っていなかたぞ」

 

 シグナムは祐一へと言葉を返しつつ、自分の両手を見つめた。その両手は小刻みに震えており、祐一の一撃がどれほど強烈であったかを物語っていた。

 

(これほどとはな。……正直、予想以上だ)

 

 シグナムは心の中で祐一の実力を一段階上げた。

 確かに魔力を一切使用していないため、単純な力勝負ならば祐一に分がある。だがシグナムとて、伊達に《剣の騎士》を名乗ってはいない。剣技でなら圧倒できると、そう思っていた。

 

(だが実際は"ほぼ互角"だった。しかも黒沢の木刀の使い方を見るに、ほとんどが我流。……にも関わらず、これだけの実力とは。……負けるとは思っていないが、これで"魔力"ありの状態ならば、どれほどの実力なのだろうな)

 

 これほどの実力者と出会えたことにシグナムは、我知らず笑みを浮かべた。

 

「す、すごいなぁ~二人とも。っていうか、あないなこと続けてたら二人とも危ないやんっ!」

「すげぇな、祐一のやつ。いくら魔力なしの状態とはいえ、シグナムとほとんど互角かよ」

「そうねぇ。初めて見たときも只者ではないと思っていたけれど……」

「祐一がこれほどの実力者だったとはな」

 

 そんな二人の戦いを黙って見ていたはやて、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの四人はそれぞれに感想を述べる。

 はやては二人の戦いをはらはらしながら見つめ、どちらかに攻撃が当たりそうになると、「危ないっ!」と声を上げ、気が気ではない状態であった。

 ヴィータは単純にシグナムとここまで戦える祐一に賛辞を贈り、シャマルも頬に手を当てながら驚いており、ザフィーラも祐一の実力に声を上げていた。

 

「まぁ、流石に魔法ありならシグナムの方に分があんだろ」

「う~ん、そうかしら? なんだかまだ実力を隠してるような感じがするんだけれど……」

 

 ヴィータの言葉にシャマルが少し首を傾げる。

 

「少なくとも祐一が、魔力なし状態のシグナムに比肩しうる実力を持っているということには変わりないだろう」

「祐一さんってこんなに強かったんやなぁ~」

 

 ザフィーラがそう締めくくり、はやては祐一を尊敬と羨望の眼差しで見つめていた。

 

 

 それからしばらくの間、祐一とシグナムの模擬戦は続いたが、タイミングを見計らってはやてが声を掛ける。

 

「祐一さん、シグナム、そろそろ終わりにせぇへんか? おやつでも食べよ~」

「ああ、わかった。今日はこのぐらいにするか、シグナム」

「そうだな。すまんな、黒沢。付き合ってもらって」

「いや、古代ベルカの騎士との模擬戦なんてめったにできるものではないからな」

「そういってもらえるなら、私としても嬉しいな」

 

 そうシグナムと話しながら祐一は部屋の中へと戻った。

 

 

 それからはやてが作ってくれたお菓子に皆で舌鼓を打ち、話をしたりしながら数時間が経過したとき、祐一が思い出したように口を開いた。

 

「――明日から俺は仕事で遠出してくる」

「そうなん? えらい急な話やけど、いつぐらいに戻ってくるん?」

「今回は少々長期でな。二ヶ月ぐらいで戻ってくる予定だ」

「二ヶ月かぁ~。結構長いな」

 

 祐一の言葉にはやては残念そうに声を上げた。

 はやての反応に祐一は少々バツが悪そうに頭を掻いた。

 

「急に決まった話なんだ。すまないが、しばらくは勉強を見てやることができない」

「お仕事やったら仕方ないと思うし、勉強の方は自分でも出来るから大丈夫やけど……」

 

 はやては少しだけ寂しそうな表情を見せた。祐一と出会ってからというもの、ほとんど毎日顔を合わせていたため、しばらく祐一と会えないという状態に寂しさを感じていた。

 そんなはやての頭を祐一はぽんぽんと叩く。

 

「たかが二ヶ月だ。それに、今はシグナムたちもいるから寂しくはないだろ?」

「そうですよ、はやてちゃん。それとも、わたしたちだけでは不服ですか……?」

「わたしたちが付いてます」

「そうだぞ、はやて。祐一なんかいなくても、わたしたちがいるから大丈夫だぞ」

 

 祐一の言葉にシャマル、シグナム、ヴィータがそれぞれはやてに声を掛けた。

 シャマルは少し苦笑しながら、シグナムは真剣に、ヴィータは元気よく、それぞれにはやてを元気付けようとしていた。

 そんな三人の言葉に、はやては笑みを浮かべる。

 

「――せやね。あんまりわたしがわがまま言っても仕方ないし、それにみんなもいるから全然大丈夫やね」

 

 はやての言葉に三人も笑みを返した。

 

「ほな、祐一さん気をつけてお仕事頑張ってきてな。……せやけど、もし早く戻って来られるんなら、早く帰ってきてな」

「ああ、早く片付けば帰ってくる」

「ほんまやな? 約束やで、祐一さん」

 

 そう言いながらはやては自分の右手の小指を祐一の方へと差し出してきた。祐一はすぐにはやてが何がしたいかを察知し苦笑を浮かべ、

 

「ああ、約束だ」

 

 自身の小指を絡ませた。

 

 

 はやてたちと別れ、祐一は高町家にも訪れていた。

 

「えっ!? 祐一お兄さん、今回はそんなに長いの……?」

「ああ。先日、仕事の依頼が入ってな。今回は少々長期になる」

「そうなんだ……」

 

 今、祐一はなのはとソファーに座り話をしていた。

 祐一がここに来たのは、はやてに伝えたようになのはにも自身がしばらくの間いなくなることを伝えるためであった。

 その内容をなのはに伝えると、はやてと同じように驚いた表情をした後、少し寂しそうな表情となった。

 そんななのはを見て、祐一ははやてにしたときと同じようになのはの頭をぽんぽんと優しく叩いた。

 

「そんな顔をするな。できる限り早く終わらせて戻ってくる」

「……ほんとに……?」

「ああ。本当だ」

 

 なのはの見上げてくるような視線に祐一は笑顔となり、いつもより少し強めに頭を撫でてやった。

 なのはは「あうあう」と言いながら祐一に撫でられ、寂しそうにしていた表情から次第に笑顔となっていった。

 

「うん、わかった。寂しいけど、お仕事だから仕方ないよね」

「そうか。すまないな」

「ううん、いいよ。祐一お兄さん、お仕事頑張ってね」

「ああ。ありがとう、なのは」

 

 そう笑顔を向けてきたなのはに、祐一も笑顔を返した。

 

 

 そして数日が経ち、祐一は荷物などの最終チェックを行っていた。

 

「さて、準備はこんなものか? ――そろそろ迎えが来る頃だと思うが」

 

 祐一がそう考えていると、インターホンが鳴り響いてきた。

 やっときたかと祐一は呟きながら、荷物を持ち玄関へと向かった。

 

「いやぁ~旦那、遅くなってすまねぇ」

「構わん。というか旦那は止めろ。俺はまだ十九だ。そもそも、歳はそんなに変わらんだろうが」

「おっと、つい癖で……迎えに来たぜ、黒沢の旦那」

「……ったく……ああ、久しぶりだな、"ヘイズ"」

 

 祐一は僅かに笑みを浮かべながら挨拶を交わした。

 祐一が言葉を交わしていたのは、ほとんど祐一と同じぐらいの背丈の細身の青年だった。祐一と根本的に違ったのはその見た目。髪は燃えるような赤、羽織っているジャケットも赤と黒を基調とした格好が基本である祐一とは、まるで真逆であった。

 全身真紅の青年――本名は《ヴァーミリオン・CD・ヘイズ》と言い、祐一とは昔からの知り合いであり、現在は《運び屋》として働いている青年であった。

 

「んじゃあ、もう行きますか? 旦那のことだから準備は万端なんでしょ?」

「ああ。しばらくの間、よろしく頼むぞ」

「あいあいさー」

 

 ヘイズは敬礼のポーズを取りながら答え、そんな軽薄な言葉で答えるヘイズに祐一は相変わらずだなと、苦笑を浮かべた。

 

「じゃあ、行きますか」

「そうだな。行き先は教えていたか?」

「聞いてるっすよ」

「そうか、では行くか――《ミッドチルダ》へ――」

 

 そうして、祐一はミッドチルダへと向かっていった。

 

 ――次に自身が地球へと戻ってきたとき、驚くべき事態となっていることを祐一はまだ何も知らなかった。

 

 




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戦いの幕開け

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


side 高町なのは

 

 祐一お兄さんが仕事の関係で遠くに行ってしまってから、もう二ヶ月が経とうとしていた。

 季節は冬になって、最近はとても寒く感じる。祐一お兄さんがいたときとは大違いだった。

 早く帰ってくると祐一お兄さんは言っていたけど、やっぱり仕事が忙しいのかまだ海鳴には戻ってきていない。

 

「祐一お兄さん、早く帰ってくるって言ったのになぁ~」

 

 わたしは白い息を吐きながら一人呟いた。

 祐一お兄さんがいなくなって、ユーノくんもフェイトちゃんの裁判の証人として管理局本局へ行ってしまい、わたしの側には誰もいない。

 

「やっぱり寂しいな」

 

 学校に行けばアリサちゃんやすずかちゃんがいるから寂しくないけど、朝の魔法の練習は祐一お兄さんとユーノくんがいないので、一人でやらなければいけないため、やはりどうしても寂しさを感じてしまう。

 わたしは俯きそうになった自分に活を入れるように頬を叩いた。

 

「でも、がんばらなきゃね。レイジングハートもいてくれるし、このままじゃいつまで経っても祐一お兄さんに追いつけないから」

『Yes my master』

「よしっ! じゃあ、今日も朝の練習始めようか」

『All right』

 

 わたしは努めて元気にレイジングハートへと声を掛けると、いつもの日課である魔法の練習を開始した。

 

 

「――ラスト!」

 

 わたしは魔力弾を操作し、宙に浮いた缶にそれを当て、ゴミ箱のある方へと缶を飛ばした。

 

「あっ……」

 

 だけど、飛ばした缶は無情にもゴミ箱の淵へと当たり、外側へと跳ね返されてしまった。

 

「あ~失敗しちゃった」

『Don't mind my master』

「にゃはは、ありがとう、レイジングハート」

 

 失敗してしまったことに肩を落としていたわたしに、レイジングハートが労いの言葉を掛けてきたので、わたしは苦笑を返した。

 

(やっぱり、まだまだ上手くいかないな)

 

 そう頭の中で考えながら、以前、わたしが祐一お兄さんになかなか上達しないと言ったら祐一お兄さんは、

 

『そんなに簡単にできてもらっても困る』

 

 と、苦笑を浮かべていた。

 祐一お兄さん曰く、わたしは魔導師として稀有な才能を持っており、焦らずじっくりトレーニングを積み重ねていったら、管理局でも上位に入れる程、とても優秀な魔導師になれると褒めてくれた。

 そんな風に祐一お兄さんに褒めてもらえるのは、とても嬉しかった。

 

(――だけど、わたしは早く、祐一お兄さんと肩を並べられるような魔導師になりたい。あの大きな背中を追うんじゃなくて、横に立ちたいんだ)

 

 そう、わたしは心の中で強く思った。

 祐一お兄さんはとても優秀な魔導師だと、リンディさんやクロノくん、それにフェイトちゃんも口々に話していた。

 以前、今わたしがやっている魔力コントロールの練習を、試しに祐一お兄さんにやってもらったことがあった。

 そして、その光景を見てとても驚いてしまった。

 祐一お兄さんは両手をポケットに入れたまま魔力弾をコントロールし、尚且つわたしやユーノくんと話をしながらそれをやってのけたのだ。

 それに対し、わたしは集中力が途切れてしまうため、誰かと話をしながらだと上手く魔力制御できなかった。

 そんな上手くできないわたしに祐一お兄さんは、すぐにできるようになると、そう言いながらわたしの頭を軽く撫でてくれた。

 

「いつまでも祐一お兄さんに甘えてるだけじゃ駄目だよね」

 

 そう、自分の想いを再確認するように言葉を口にした。

 

 ――わたしの憧れであり、目標でもある祐一お兄さん。

 

 祐一お兄さんは優しくて、わたしが危なくなったら助けてくれる――まさに《騎士》のような人だ。

 この前の事件もフェイトちゃんのお母さんであるプレシアさんの願いを聞き、自分が犯罪者になるかもしれないということも厭わず管理局と敵対する道を選んだ。

 それも結局はプレシアさんやフェイトちゃんのためであり、自分のことなんて考えていなかった。

 祐一お兄さんは他人のために――親しくなった人たちのためになら自分を犠牲にする人だ。だからこそ、わたしはもっと魔導師として力をつけ、祐一お兄さんの力になりたいと思ったのだ。

 

「もっと頑張らなきゃいけないよね」

 

 わたしは祐一お兄さんの大きな背中を脳裏に刻みつけた。

 

 ――いつか、前を歩いている祐一お兄さんの隣に自分がいることを想像しながら。

 

side out

 

 

side 八神はやて

 

 祐一さんが帰ってくると言っていた二ヶ月が経ち、もう十二月になって完全に冬の季節になってしまった。

 祐一さんがいなくなっても、わたしたちの生活が何か変化するわけでもなく、いつもどおりに普通の生活を送っていた。

 シグナムは祐一さんがいなくて、「黒沢がいないと、剣の稽古ができないので腕が鈍ります」などと、少しだけ残念そうに呟いていた。

 ヴィータはそんなに気にしていない感じやったけど、冷蔵庫を見つめながら僅かにしょんぼりした表情をしているときがあった。きっと祐一さんが持ってきたお菓子が食べたいんやろうな。

 シャマルとザフィーラは特に何も心配していないようで、二人とも祐一さんはそのうち帰ってくると、祐一さんのことを信頼しているようだった。

 

「……はぁ、祐一さんそろそろ帰ってくるやろか……?」

 

 わたしは勉強をしていた手を休め、僅かに溜め息を吐いた。

 今はいつもの日課である図書館で勉強中。シグナムたちは回りにおらず、彼女たちの目を気にする必要もない。

 シグナムたちはとても心配性なので、彼女たちの傍で溜め息なんか吐いた日には、本気で心配されかねない。

 シグナムたちがいるから寂しいことなんてないのだが、やっぱり、祐一さんと全く会えないというのは寂しさを感じる。

 

「まぁ、あんまり考えすぎてもしゃあないよな」

 

 わたしは気持ちを切り替え、教科書へと意識を再度集中させた。

 

「――あかん、ここの問題がわからへん」

 

 しばらく集中して勉強していたが、問題でわからない箇所が出てきたため、わたしはペンを置いた。

 

「確かどっかに参考書が置いてあったはずなんやけど……」

 

 わたしは一人呟きながら、本棚の方へと車椅子を動かした。

 そして、しばらく探していると、お目当ての参考書を見つけることができた。

 

「……届かへんやん」

 

 わたしは一人で思わず声を出していた。

 参考書を見つけることはできたものの、その参考書は車椅子に座っているわたしでは微妙に届きそうにない位置に置いてあった。

 

「微妙に届かへんな。……なんか、こんな状況、前にもあったような気がするけど」

 

 わたしはそう呟いた後、よしっと気合いを入れ精一杯腕を伸ばした。

 

「ん~! あと少しで、届きそう、なんやけどっ!」

 

 わたしは必死に腕を伸ばすが、やはり微妙に届かない。

 

(そういえば、祐一さんと初めて会ったときも、わたしがこんな風に本を取ろうとしてるときやったな。わたしが必死に腕を伸ばしてたら、本を取ってくれたんやった)

 

 そんな風に昔を思い出していると、誰かの手がわたしのお目当ての参考書へと伸びていた。

 

「あっ……」

「これ、ですか……?」

 

 思わず声を上げてしまい、慌てて本を取った人物へと視線を移すと、そこにはわたしと同い年ぐらいの長髪の女の子が立っていた。

 わたしは予想外の人物が現れたことに少し驚いてしまったが、本をこちらへと渡してくる女の子へと笑顔を向けることができた。

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 わたしはその女の子から本を受け取ると同時に、この子と仲良くなれたらいいなと、笑顔を浮かべながらそんなことを考えていた。

 

side out

 

 

 ――時間は経ち、日も完全に暮れて夜となった。

 

 そんな夜空を背にした二つの影が"空中"にあった。

 

「どうだヴィータ、見つかりそうか?」

 

 そう相手に声を掛けたのは、狼の姿をしたはやての守護騎士《ヴォルケンリッター》の一人であるザフィーラである。

 

「いるような……いないような……」

 

 ザフィーラに声を掛けられ、そう曖昧な言葉を返したのは、真紅のゴスロリ風の衣装を身に纏ったヴィータであった。

 魔法陣を展開し、意識を集中するために閉じていた目を開けながら、自身の相棒であるアームドデバイス《グラーフアイゼン》を肩に担ぎ、ザフィーラへと言葉を返す。

 

「ときどき出てくる巨大な魔力反応――こいつが捕まれば一気に二〇ページぐらいは埋まりそうなんだけどな」

 

 そう僅かに悔しさを滲ませながら、ヴィータは話した。そんなヴィータの気持ちを察したのか、ザフィーラが頷きを返す。

 

「分かれて探そう。《闇の書》は預ける」

「オーケー、ザフィーラ。あんたもしっかり探してよ」

「心得ている」

 

 ヴィータの言葉にザフィーラは迷い無い声で言葉を返した。

 

「……ねぇ、ザフィーラ」

「なんだ?」

 

 ザフィーラがその場から移動しようとしたが、さらにヴィータから声を掛けられたためその足を止めた。

 ヴィータの声には、僅かに迷いが含まれているとザフィーラは気付いた。

 

「……祐一はあたしたちがやっていることを何て思うかな。……やっぱり、怒るよな」

 

 やはりその話かと、ザフィーラは僅かに嘆息した。

 ヴィータは性格は勝気であるものの、根は優しい少女であるため、一度心を許した相手には甘さを見せる。

 故に、今から"やろうとしていること"を、祐一に黙って勝手にやろうとしているのを気にしているのだと、ザフィーラは感じた。

 

「……俺は祐一ではないからわからん。だが、俺はもし祐一に止められても"止まる気はない"。今から成そうとしていることは、我らが主のためなのだ」

 

 伊達に《闇の書》の守護騎士として、数多の戦闘を繰り返していない。《騎士》としての役目を全うするだけだと、ザフィーラは己の心に刻むように言葉を口にしたのだ。

 そんなザフィーラの言葉を聞き、ヴィータは小さく、「……そうだよな」と呟くと、

 

「つまんないこと聞いちまった。……そもそも、あたしたちに選択肢はないんだよな」

「我々がここで止めてしまったら、この初めて感じた"幸福"が失われることになる」

「ああ。それを守るためだったら、あたしたちは何でもするさ。……何でもな」

 

 ヴィータの力強い言葉を聞き、ザフィーラは唇の端を持ち上げると、

 

「では、そちらは任せるぞ」

「オーケー!」

 

 その場から飛び去った。

 そして、ヴィータはザフィーラの気配が遠くなるのを確認すると、自身の相棒である《グラーフアイゼン》を構える。

 

「――封鎖領域展開」

 

 そう呟くと、ヴィータは魔力反応の索敵を開始した。

 

 

 一方その頃、休んでいたなのははヴィータが張った結界に気付き、家を出て結界の中心へと移動すると、結界を張った人物を見つけるため、マンションの屋上へと上がった。

 そして、状況を確認するため、なのはが屋上から辺りを見渡していると――それは飛んできた。

 

「……っ!?」

 

 飛んできたそれに対し、なのはは瞬時にプロテクションを張り、防いだ。

 

(硬いし、何より重いっ! 重さだけだったら、祐一お兄さんと同等かも……っ!)

 

 飛んできたそれは誰かが放った誘導弾であり、その威力は祐一が使用するものと同等かそれ以上であった。その証拠に障壁で防ぎながらも、その勢いを完全に殺すことはできず、踏ん張っていた地面が砕けて足が埋まっていく。

 自身の防御力はなのははそれなりに自信があったし、なにより祐一がそれを褒めてくれてもいた。だからこそ、なのははその誘導弾の威力に驚愕していた。

 なのはがそれを懸命に防いでいると、上空から真紅の衣装を身に纏った少女が襲い掛かった。

 

「テートリヒ・シュラークッ!」

「……っ!?」

 

 上空から降ってきた少女――ヴィータの攻撃をなのはは先ほどと同じようにプロテクションで防いだ。

 

(この子誰っ!? それに、なんて重い攻撃なのっ!?)

 

 なのはは自身と同じか年下ぐらいの年齢の少女の攻撃力に舌を巻いた。

 そして、ヴィータの攻撃力に耐え切れず、なのははビルから吹き飛ばされた。

 

「きゃあっ!?」

 

 吹き飛ばされ地面へと落下していくなのはを追ってくるヴィータを視界に捉えながら、なのはは自身の相棒をぎゅっと握り締めた。

 

「レイジングハート、お願いっ!」

『Stand by ready set up』

 

 その声と同時になのはの体にバリアジャケットが展開される。

 

「ちっ……」

 

 できればなのは体勢が整う前に決着を着けたかったヴィータは僅かに悔しそうな表情となった。

 そして油断無く見つめるヴィータの視線の先、バリアジャケットを身に纏ったなのはもレイジングハートを構えていた。

 

 ――今、戦いの幕が上がる。

 

 




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帰還

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 ――なのはとヴィータの戦闘は激しさを増していた。

 

「うおおぉりゃあっ!」

「っ!」

 

 瞬時に接近し、ハンマー型のデバイス《グラーフアイゼン》を振るってくるヴィータの攻撃をギリギリのところでなのはは回避し続けていた。

 

「急に襲い掛かられる理由はないんだけどっ! どこの子! いったいなんでこんなことするのっ!」

「…………」

 

 なのはの叫びをヴィータは黙秘を続け、その鋭い眼光をなのはへと向けながら、鉄球を出し次なる攻撃の準備を始める。

 そんなヴィータをなのはは僅かに厳しい瞳で見つめながら、先手を取るため即座に次の行動へと出た。

 

「教えてくれないと――わからないってばっ!」

「……っ!?」

 

 なのはの叫びと同時、ヴィータは背後から襲い掛かってきた桃色の魔力弾を寸でのところで回避した。

 ヴィータの攻撃を回避しながら、なのははいくつかの魔力弾を配置し、そしてそれをヴィータへと打ち込んだのだ。これはなのはの特訓の成果でもあった。

 集中力を切らさず、魔力を制御することによって、やっとできることであった。

 

「っのやっろーー!」

 

 なのはの魔力弾を回避し、当たりそうになる攻撃は防御しながら叫び声をあげながら再びなのはに接近し、ハンマーを振るった。

 だが、なのはは直線的になってしまったヴィータの攻撃を見切ると、即座に距離を離し、レイジングハートをシューティングモードへと切り替える。

 

「話を――」

 

 そして、構えたレイジングハートの先に魔力が集まり、

 

「――聞いてってばっ!」

 

 そこから極太の砲撃魔法が放たれた。

 

「っ!?」

 

 さしものヴィータもその砲撃魔法には目を見開いて驚きを表し、なんとかギリギリのところで砲撃を回避した。

 

(っ!? あたしの帽子っ!?)

 

 先ほどの砲撃はヴィータには当たらなかったが、ヴィータが急に回避行動を取ったことと、砲撃の風圧でヴィータが被っていた帽子が吹き飛んだ。

 そして、その帽子はなのはの砲撃によって燃やされてしまった。

 

(コイツ――はやてが作ってくれた帽子を、よくもっ! ぶっ潰してやるっ!)

 

 ヴィータが被っていた帽子は彼女の主であるはやてが作ってくれたもので、ヴィータにとっては宝物であった。

 その大事な帽子を燃やされた。ヴィータが怒らない訳がなかった。

 ヴィータは怒りの表情でなのはを睨みつけ、グラーフアイゼンを大きく振り魔方陣を展開すると、叫ぶように声をあげる。

 

「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」

『Explosion』

 

 グラーフアイゼンからガシャンという音が聞こえると、薬莢が飛び出した。

 カートリッジシステム――なのはは知らないが、前もって魔力を込めたカートリッジをロードすることによって、使用者の魔力を一時的にブースとでき、本来持つ力以上に魔法の効果を高められるのだ。

 

(デバイスの形が……)

 

 なのははカートリッジシステムを知らないが、相手が何かをしようとしてくるということは嫌でもわかるため、レイジングハートを油断なく構える。

 そして、ヴィータが手に持つグラーフアイゼンのモードが変わる。

 ラケーテンフォーム――相手を余りある力で相手を粉砕する、《鉄槌の騎士》ヴィータとその相棒である《鉄の伯爵》グラーフアイゼンの必殺技の一つである。

 

「ラケーテン――」

「っ!?」

 

 なのはに油断はなかった。

 だが、ヴィータがグラーフアイゼンから噴射される力を利用して独楽のように回ったかと思うと、一瞬にして距離が縮められていた。

 

(速い……っ!?)

 

 その速度になのはは驚愕しながらも、なんとかスレスレのところでヴィータの一撃を回避した。

 だが、ヴィータの攻撃は一撃では終わらず、何度もハンマーをなのはへと振るってきた。執拗な攻撃になのはは防戦一方となり、ヴィータは構わず攻撃を続けた。

 そして、なのはがヴィータの一撃を回避するために一度後ろへと下がった。

 それこそ、ヴィータが待っていた行動だった。

 

「うおぉぉ!」

 

 ヴィータがなのはの動きを読み、強力な一撃をなのはへと打ち込むと、寸でのところでなのははプロテクションを張った。

 

「くっ!?」

 

 なのはは何とかプロテクションでヴィータの攻撃を防御したが、ヴィータの勢いは留まることを知らず、苦悶の声をあげた。

 そして、ヴィータがさらにハンマーへと力を込める。

 

「――ハンマー!」

「っ!? きゃぁぁぁ!」

 

 ヴィータの一撃を受け止めることができなかったなのはは、威力に負けそのまま吹き飛ばされ、近くのビルへと激突した。

 

「げほっ、げほっ……っ!?」

 

 かなりのダメージを受けながらも、なのははなんとか立ち上がる。だが、状態は満身創痍。白かったバリアジャケットは薄汚れ、所々破れていたりしている。

 

(いけない、このままじゃ……っ!?)

 

 自分の今の状態に、なのはは思わず心の中で弱音を吐いた。

 なのはが魔導師となってから、ここまで一方的にやられてしまったのは、魔導師となって初の対人戦闘を行ったフェイトとの一戦ぐらいだった。

 だが、今はあの時とは状況が異なる。まだなのはは魔導師としては力が足りないかもしれないが、それでもあの時よりは著しく成長している。

 だからこそ、今のこの状況はなのはにとって耐え難い状況であった。

 

「うおぉぉりゃぁぁ!」

 

 そんななのはの状態などお構いなしに、ヴィータは声を上げながら攻撃を仕掛けてきた。

 

「っ!?」

『Protection』

 

 その攻撃になのはは反応することができなかったが、レイジングハートがプロテクションを張り、ヴィータの攻撃をぎりぎりのところで防いだ。

 ――だが、今のなのはとレイジングハートの状態では、守護騎士の中で最強の攻撃力を誇るヴィータの攻撃を防ぎきることなど、出来る筈もなかった。

 

「ぶち抜けぇーー!!」

「っ!? きゃあぁぁっ!?」

 

 ヴィータの叫び声が木霊すると同時に攻撃の威力が増し、なのはのプロテクションは打ち砕かれ、なのははヴィータの攻撃に吹き飛ばされ壁へと激突した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ヴィータは吹き飛ばしたなのはを見つめながら、乱れた呼吸を整えていた。

 

(……しまった。……やりすぎちまったな)

 

 段々と冷静になってきた頭で、ヴィータは僅かに眉を顰めた。

 自分が見つめる視線の先には、先ほどまで戦っていた少女が苦しそうに倒れている姿があった。

 ヴィータとしては、本当はここまでやるつもりではなかったのだ。

 

(……だけど、コイツ――強かった。あたしの攻撃をここまで耐えられる防御力。一撃で相手を撃ち倒すことができる攻撃力。魔力量もあたしよりも多いし、もし、次に戦うことがあったら――)

 

 そう心の中でヴィータは思ったが、静かに首を横に振った。

 

(いや、もうそんなことはどうでもいいさ。あたしが立ってて、相手が倒れてる。それが全てだ。コイツには悪いけど、これも全部はやてのためだ。――運が悪かったと思ってもらうしかねぇ)

 

 ヴィータは心の中で、「すまねぇな」と思いながら、相手に近づいて行く。

 そんなヴィータをなのはは苦しそうな表情をしながら見つめ、もはやヴィータの攻撃でほとんど大破している状態のレイジングハートを構えた。

 ヴィータはそんななのはの行動に、僅かに驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を引き締めなおし、グラーフアイゼンを上段へと構えた。

 

(こんなところで、終わり、なの……?)

 

 なのはは自分の目の前でグラーフアイゼンを構えるヴィータを霞む視界に捉えながら、心の中で思った。

 

(――フェイトちゃん、祐一お兄さん――)

 

 なのはは心の中で、今、一番会いたい人物の名前を思い浮かべた。

 別れる前、自分と友達になってくれた心優しき少女――フェイト・テスタロッサ。

 なのはが憧れ、尊敬している黒衣の青年――黒沢祐一。

 

(――ごめん、ね)

 

 そう心の中で二人に謝罪しながら、なのははヴィータの姿を見つめる。

 ――そして、ヴィータはグラーフアイゼンを振り下ろし、なのはの意識を刈り取ろうとした。

 

「……っ!?」

 

 だが、なのはに一撃が加えられる直前、それに割ってはいるように一人の"少女"が現れた。

 

「てめぇ……」

「え、な、なんで……?」

 

 ヴィータは自分の一撃を止めた人物を睨みつけ、なのはは驚きに目を見開いていた。

 

「そいつの仲間か」

 

 ヴィータはその"少女"を睨みつけながら、そう声を上げた。

 

「違う――友達だ」

 

 ヴィータの声に、漆黒のバリアジャケットを纏った金髪の"少女"――フェイト・テスタロッサは静かに、しかしはっきりとした言葉をなのはは聞いた。

 

 ――戦いは第二ラウンドへと向かっていく。

 

 

 ――フェイトがなのはの戦闘に割ってはいる少し前、地球から少し離れた場所に、真紅の染め上げられた次元航行艦船の姿があった。

 この船の名は《Hunter Pigeon》と呼ばれ、現在、《運び屋》をしているヴァーミリオン・CD・ヘイズが個人で所有する艦船である。

 ――その艦内に二人の人物がいた。

 一人は全身を漆黒の服装に身を包んだ長身の青年、もう一人は全身を真紅の服装に身を包んだ漆黒の青年と同じぐらいの青年であった。

 漆黒の青年――黒沢祐一が真紅の青年に話し掛ける。

 

「――結局、仕事が長引いてしまったな」

「ま、仕方ないでしょ。旦那じゃなかったらもっと時間掛かってたと思うし、下手をすりゃあ、ただじゃすまんでしょう」

「褒め言葉どうも。だが、お前なら可能だったろ?」

 

 祐一の言葉に真紅の青年――ヴァーミリオン・CD・ヘイズは髪を掻きながら苦笑した。

 

「いやいや、俺程度の魔導師じゃあもっと時間掛かってますって。それに、俺はあくまで《運び屋》なんで荒事は勘弁願いたいっすね」

 

 ヘイズの言葉に祐一は、「そうか」と頷きを返した。

 「そうっすよ」と祐一に声を掛けながら、今度は苦笑ではなく、ヘイズは笑みを浮かべる。

 

「ま、とりあえず、無事に帰ってこれてよかったじゃないっすか」

「そうだな。――そろそろ転送可能か?」

「そうっすね。そろそろ……ん?」

「? どうした?」

 

 ヘイズがモニターを見ながら首を傾げたを見て、祐一は不思議そうに声を掛けた。

 そんな祐一に、ヘイズは顎に手を当てながら答える。

 

「いや、旦那が住んでる……海鳴でしたっけ? そこの一区画が……」

「なんだ……?」

「ちょっと待ってください。――ハリー、ここどうなってんだ?」

 

 ヘイズはモニターを指差しながら声を上げた。

 すると、艦内に機械音声が響き渡った。

 

『どうやら、この一区画だけ封鎖結界が張ってあるようですね』

「どうしてだよ?」

『さぁ? 流石にそこまでは……』

 

 そうヘイズに答えたのは、この《Hunter Pigeon》の管制を一手に引き受けている、ヘイズの相棒の《ハリー》だ。

 また、この《Hunter Pigeon》の管制を一手に引き受けていると同時に、ハリーはヘイズのデバイスでもあった。

 

『ただ、この封鎖結界はベルカ式のようですね』

「なんだと?」

 

 ハリーの言葉に祐一の表情が少し厳しくなる。

 

(海鳴でベルカ式の使い手といえば――"あいつら"しかいない。だとすると、何故封鎖結界など張っている? 何かあったのか……?)

 

 祐一は右手を顎に添えながら思考するが、そんな祐一にヘイズが声を掛ける。

 

「どうする、旦那? もう転送は可能だが……」

「そうか。なら、俺はもう行く」

 

 そう言いながら、祐一は転送ポートへと足を向けた。

 

「世話になったな、ヘイズ、ハリー」

「おう、旦那の頼みだったからな。また何かあったら言ってくださいよ」

『こちらこそ、ヘイズがお世話になりました。祐一さんがいてくれると、ヘイズの面倒を見てくれるので助かります』

「――って、おい、だれの面倒を見てるって?」

『耳まで遠くなりましたか? これ以上、面倒を掛けないでください』

「……相変わらず、口のへらねぇ相棒だな……」

 

 ハリーの言葉に、ヘイズは「はぁ~」っと溜め息を吐きながら俯いた。その光景を見て、祐一は「相変わらず、仲のいいことだ」と苦笑する。

 

「じゃあな、また会おう」

「あいよっ」

『はい、また会いましょう』

 

 祐一は軽く右手を上げ、ヘイズは指をパチンと鳴らし、ハリーは礼儀正しく、三者三様の挨拶を交わし、祐一は海鳴へと転移した。

 

 ――《黒衣の騎士》が新たな戦いへと身を投じていく。

 

 




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ゆずれぬもの

投稿します。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


 海鳴へと戻ってきた祐一は、休む間もなく結界が張られている場所へと走っていた。

 道行く人々が疾風の如く駆け抜けていく祐一に驚きの視線を送っているが、それを全く気にすることなく、祐一は漆黒のジャケットをはためかせながら走る。

 

(封絶型の結界――間違いなくシグナムたちだろう。おそらく戦闘中。なら、シグナムたちと戦っているのは……)

 

 自分が考えた状況に対し、いつもは表情を変えない祐一の表情が珍しく歪んだ。

 

(いや、考えるのは後だ。今はあの結界内で起こっていることを確認せねば……)

 

 祐一はそう考えると、さらに走る速度を上げた。

 しばらく走り、結界が目前に迫ってきたのを確認すると、祐一は自身の長剣型のデバイス《冥王六式》を起動し、バリアジャケットを纏った。

 そして、結界を破るために長剣を上段へと構え、それを振り下ろそうとした。

 

「……っ!?」

 

 だが、その行動を邪魔するように何者かが放った魔力弾が祐一へと襲い掛かってきた。

 祐一は急に襲い掛かってきた魔力弾に僅かに焦りを見せるが、冷静に騎士剣で魔力弾を打ち消した。

 

「……誰だ。姿を見せろ」

 

 こちらを攻撃してきた人物に向けて、祐一は威圧的に言い放った。

 

「――不意を付いたというのに一撃も当たらないとは、流石、《黒衣の騎士》と呼ばれていただけのことはあるな」

 

 そう話をしながら姿を見せたのは、仮面を着けた青年であった。飄々と言った感じで話してはいるが、祐一の威圧にも動じなかったことから、かなりの使い手であろうと、祐一は気を引き締める。

 

「どこの誰かは知らないが、そこを通してくれないか。今はこんなことをしている暇はないんだ」

「まぁそう言うな。少し私と遊んでいかないか?」

「聞いてないのか? ――俺はどけと言ったんだ」

 

 祐一はさらに威圧するように仮面の男を睨みつけた。

 だが、仮面の男はくく、とくぐもったように声を上げただけだった。どうやら仮面の下で笑みを浮かべているようだった。

 

「お前に邪魔されるわけにはいかないんでな。もしここを通りたいのであれば、私を倒してから行くんだな」

「――なら、そうさせてもらおう」

 

 祐一は焦る気持ちを抑えながら、仮面の男との戦闘を開始した。

 

 ◆

 

 一方、なのはに代わりフェイトはヴィータと戦闘を繰り広げており、持ち前のスピードを生かしヴィータを翻弄していた。

 

「ハーケンセイバー!」

「ちっ、アイゼンッ!」

 

 ヴィータを撹乱しながらフェイトは金色の鎌を放ち、ヴィータはその攻撃を障壁で防御しながら魔力弾で反撃する。

 

(この子、攻撃力も防御力も並の魔導師のレベルじゃない。油断してると、すぐにやられちゃう)

(ちっ、さっきの白い魔導師といい、この金髪の魔導師といい、魔導師としてのポテンシャルが並じゃねぇ。あたしが負けるはずねぇけど、こいつは少し厄介だな)

 

 フェイトとヴィータの二人は心の中でお互いを観察すると、相手のことをそう評価した。

 ヴィータが意識を完全にフェイトの方へと向けていると、そこへ新たな人物が攻撃を仕掛けてきた。

 

「バリアブレイクッ!」

「っ!?」

 

 ヴィータは新たに現れた人物の出現に驚いた。

 現れた人物――フェイトの使い魔であるアルフは自身の右拳に魔力を纏わせ、ヴィータが張っていた障壁へと叩きつけ、その障壁を叩き割った。

 

「こっのやろーー!」

「……っ! ぐあっ!?」

 

 ヴィータは破られた障壁には目もくれず、即座にアルフへとグラーフアイゼンを振るい、アルフを吹き飛ばした。

 だが、休む間も与えないつもりなのか、フェイトがバルディッシュをサイズフォームにしてヴィータへと斬りかかる。

 

「はぁぁぁっ!」

「ちっ!」

 

 ガキンッ! と、金属同士が擦れ合う音が周囲に響き渡った。

 フェイトが振るってきたバルディッシュをヴィータはグラーフアイゼンで受け止めた。フェイトはそこから一歩も引かずそのままバルディッシュを押し込み、ヴィータはそれを押し返し、そんなお互いのデバイスが擦れ合い、激しく火花が散っていた。

 

(くそっ、ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど、それじゃあ意味ねぇ。――カートリッジ残り二発、やれっか?)

 

 ヴィータは心の中で自分に問い掛ける。

 おそらく、ヴィータの力を持ってすれば、フェイトとアルフを倒すことは可能だ。だが、それではヴィータにとっては意味がなく、相手を無力化して《闇の書》に魔力を蒐集させなければならないのだ。

 

(――いや、やれるかじゃねぇ! やらなきゃいけないんだ!)

 

 ヴィータはそう心の中で自分を奮い立たせ、グラーフアイゼンを握る手に力を込めた。

 

「てめぇらには悪いが、あたしには時間がねぇんだ。ぶっ倒させてもらうぞっ!」

「こちらもそう簡単にやられるわけにはいかないっ!」

 

 ヴィータの叫びに、フェイトも力強く言葉を返した。

 お互いに譲れないもののために、二人の戦闘はさらに激しさを増していった。

 

 ◆

 

 あれから数分が経ったが戦況は変わらず、僅かにヴィータが押されていた。

 単純な力押しならばヴィータが負けるわけないのだが、相手はフェイトとアルフの二人でコンビネーションも抜群であり、かつフェイトはヴィータが苦手とする速さに速さに特化した魔導師だ。それに加えアルフからのサポートもあるため、ヴィータが押されるのが自然な流れであった。

 

(くっそっ! こいつら、結構、やりやがるっ!)

 

 ヴィータは舌打ちしながら、フェイトへとグラーフアイゼンで襲い掛かった。

 

「やらせないよっ!」

「ちっ!」

 

 しかし、ヴィータの攻撃はフェイトに届こうかとする寸前にアルフによって邪魔される。

 ヴィータは先ほどからこの流れでフェイトに攻撃を当てることが出来ずにいた。

 

(あんまり時間は掛けられないってのに)

 

 ヴィータは僅かに焦りを募らせていた。

 ここで長く戦闘を続けていると、管理局の大部隊がやってきてしまい、ヴィータの居場所が――ひいてははやての居場所もばれてしまう。

 

(それだけは避けないといけねぇ!)

 

 自身の主である、八神はやてを何としてでも守る。それが、今のヴィータの願いであった。

 ヴィータはグラーフアイゼンを握る手に力を入れ、邪魔をしてきたアルフへと攻撃を仕掛けた。

 

「てめぇは邪魔だっ!」

「ぐ……っ!?」

「アルフッ!」

 

 ヴィータの渾身の一撃により、アルフは吹き飛ばされビルへと激突し、フェイトはそんなアルフを心配して名前を叫んだ。

 

「次はてめぇの番だっ!」

「っ! そうはさせないっ!」

 

 吹き飛んだアルフには目もくれず、ヴィータは空中で反転しながら次なる標的であるフェイトへと肉薄する。

 対するフェイトもバルディッシュで迎え撃つ。だが、そんなフェイトの防御を物ともせず、ヴィータは暴風の如くグラーフアイゼンを振るう。

 

「おらぁっ!」

「くっ!?」

 

 ヴィータの攻撃によってフェイトの防御が抉じ開けられてしまった。

 

「これで、終わりだぁ!」

 

 そこへ、ヴィータが渾身の一撃を叩き込む――はずだった。

 

「スキありっ!」

「っ……なっ!?」

 

 グラーフアイゼンの一撃をフェイトへと叩き込もうとする直前、ヴィータの両手がバインドで拘束されてしまった。

 

(っ……さっき吹き飛ばした使い魔かっ!)

 

 ヴィータが視線を向けた先、フェイトの使い魔のアルフがヴィータの方へ両手を構えていた。

 先ほどのヴィータの一撃でアルフは弾き飛ばされたが、それは演技だった。張っていた障壁が持たなかったように見せ、弾き飛ばされたのだ。実際にはほとんどアルフにダメージはなかった。

 普段のヴィータなら気付いていたかもしれないが、時間を気にして焦っていたことから、このような策に嵌ってしまったのだ。

 

(ちっくしょ……っ!)

 

 ヴィータは己の迂闊さを呪いながら、なんとかバインドを消せないかと腕を動かすが、かなり強固に作ってあるため、すぐに消すことは出来なかった。

 そんなヴィータの姿を確認し、フェイトがバルディッシュを構えながらヴィータへと声を掛ける。

 

「――終わりだね。名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」

「くっ!」

 

 そう話すフェイトをヴィータは悔しそうに睨みつけ、何も話そうとはしなかった。

 そんなヴィータの反応を見て、フェイトがさらに口を開こうとしたときだった。

 

「――っ!? ぐっ!?」

 

 新たな人物の攻撃により、フェイトは大きく弾き飛ばされた。

 

「シグナム……?」

 

 ヴィータは新たに現れた人物――シグナムを見て驚きの表情を浮かべていた。

 

「うおぉぉぉ!」

「くっ……ぐあっ!?」

 

 そしてアルフもさらに現れたもう一人の人物に吹き飛ばされた。

 

「ザフィーラまで……」

 

 ヴィータはさらに驚きの表情でもう一人の人物――守護騎士唯一の男性であるザフィーラを見つめた。

 そんなヴィータに二人は視線を送り、頷き合った。

 

「――レヴァンティン、カートリッジロード」

『Explosion』

 

 自身が持つ剣型のアームドデバイス――レヴァンティンと天に掲げながら声を上げた。すると、レヴァンティンから薬莢が排出され、そして膨大な魔力が炎となってレヴァンティンを包み込んだ。

 

(――いきなり魔力が跳ね上がったっ!?)

 

 レヴァンティンから吹き荒れる膨大な魔力を見て、フェイトは心の中で叫び声を上げた。

 そんなフェイトに構わず、シグナムは炎を纏ったレヴァンティンを手にフェイトへと瞬時に接近し、それを上段から振り下ろす。

 

「――紫電一閃!!」

「っ!?」

 

 シグナムの初撃をフェイトはバルディッシュで何とか防いだが、その一撃でバルディッシュは柄の部分から真っ二つに切られてしまった。

 

「くっ!」

 

 だが、フェイトも諦めない。

 二つに切られてしまったバルディッシュを両手に、シグナムの攻撃を何とか凌いでいた。

 ――だが、

 

「終わりだ」

「っ……ぐぁっ!?」

 

 シグナムの声が聞こえたかと思うと、フェイトはまたも放たれた上段からの一撃によって、空中で戦っていたフェイトたちの真下にあったビルを倒壊させながら地面へと叩きつけられた。

 それを見届けると、シグナムは未だにバインドで拘束され動けないでいるヴィータへと視線を向けた。

 

「どうしたヴィータ。油断でもしたか?」

「うるせーよ。こっから逆転するところだったんだ」

「ふっ、そうか。それは悪かったな」

 

 シグナムは強気に発言するいつものヴィータに笑みを浮かべながら、バインドを解除した。

 

「だが、あまり無茶はするな。お前が怪我をすると、我らが主が心配する」

「わーってるよ、もう」

「それから、落し物だ」

 

 シグナムの小言にヴィータが顔を背けていると、何か頭の上に乗せられた。

 それは、ヴィータがなのはに燃やされた大事な帽子であった。

 

「破損は直しておいた」

「……あ、ありがと、シグナム」

「ああ」

 

 ヴィータの小さなお礼にシグナムは返事をすると、戦闘を繰り広げているアルフとザフィーラへと視線を向けた。

 

「先ほどの金髪の少女はもう立ち上がれないだろうが、私が行って確認してこよう」

「了解。……あと、あたしが倒した奴がもう一人いると思うんだけど」

「そちらはシャマルに任せてある。そろそろ蒐集が終わるはずだ」

「そうか。なら、あたしはザフィーラに加勢してくるよ」

「頼む。そろそろ終わらせて、早く我らが主の下へ帰ろう」

「あいよっ!」

 

 話を終えると、ヴィータはザフィーラ下へと向かっていった。

 それを視線で追った後、シグナムは視線を眼下へと向ける。そこは未だに土煙が上がっており、フェイトの姿を視認することはできなかった。

 

(――このような戦闘は望んでいないが、我らが主のためだ。誰かは知らないが、すまないな)

 

 シグナムは心の中でフェイトに詫びると、眼下にいるはずのフェイトの下へと降りていった。

 

 ◆

 

 一方、ヴィータにやられた傷で動けないなのはの下に、僅かに申し訳なさそうな表情をした一人の女性がやってきていた。

 

「――ごめんなさいね。終わるまでじっとしててね、悪いようにはしないから」

「う……くっ……」

 

 なのははヴィータにやられた痛む体に鞭を打って、ボロボロの状態のレイジングハートを構えた。だが、そのような満身創痍な体では戦闘など出来るはずもなかった。

 そんななのはを守護騎士の一人である――シャマルは悲しい表情で見つめていた。

 

「ほんとうに、ごめんなさい」

 

 シャマルがそう呟くと、掲げた手の上に《闇の書》が現れた。

 ――そして、

 

「《闇の書》、蒐集開始」

「あ……っ……うぁ……」

 

 なのはの呻き声とともに、魔力が《闇の書》へと蒐集されていく。

 

(……フェイトちゃん、祐一お兄さん)

 

 なのはは心の中で二人の名前を呼びながら、そこで意識を失った。

 

 ◆

 

 そして、シグナムもまた自分が打ち倒した少女を見つめていた。

 だが、驚いたことにその少女はまだ意識を失ってはおらず、痛む体に鞭を打って、ゆっくりと立ち上がっていた。息も切らし、傷が痛むだろうに、その少女はそれでも立ち上がっていた。

 

「ほう、その傷で立ち上がるのか。素晴らしい精神力だな」

「はぁ、はぁ……」

 

 思わず口に出た言葉にも、フェイトは言葉を返す余裕などなかった。

 そんなフェイトにシグナムは僅かに表情を歪めたが、すぐにいつもの表情へと戻す。

 

「――すまなかったな。抵抗しなければ何もしない。お前もお前の使い魔と――"あの少女"も無事に帰してやる」

「っ!? アルフとなのはに何かしたら、わたしはお前たちを許さないっ!」

 

 フェイトはそう叫びながら、シグナムの瞳をジッと見つめた。

 それに気圧されたわけではないが、シグナムは僅かに驚いた表情をしていた。

 

「――あのもう一人の魔導師の娘は、お前の家族か?」

「友達だ。ずっと会えなくて、やっと会えた。――友達なんだっ!」

 

 そう瞳に涙を浮かべて叫ぶフェイトをシグナムは黙って見つめていたが、僅かに申し訳なさそうに口を開いた。

 

「そうか。それはすまなかったな。――だが、我らにも成さねばならんことがある」

 

 シグナムが話を終えると、シャマルと同じように掲げた手の上に《闇の書》が現れた。

 

(……ごめんね……なのは、祐一)

 

 フェイトは心の中で二人に謝りながら、そこで意識を失った。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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《黒衣の騎士》 vs 《仮面の男》

投稿します。
少し遅くなりました。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


「ふっ!」

「シッ!」

 

 二人の声が聞こえると同時、祐一と仮面の男がぶつかり合う。

 祐一が仮面の男と遭遇してからそれほど時間も経っていないが、すでに何度も同じことを繰り返していた。

 

(急いでいるというのに、この男――戦い方が上手い)

 

 祐一は表情には出さなかったが、心の中では焦りを募らせていた。

 祐一とて、自分がそれなりの強さを持っている魔導師であると自負している。だが、その祐一をして、今対峙している仮面の男は戦闘が巧みであった。

 祐一自身の焦りもあるのだろうが、何より仮面の男が正面切って戦うのではなく、祐一を結界内に行かせないことを前提に戦っているということもあった。

 

「ちっ!」

 

 祐一は舌打ちをしながら仮面の男から距離を取った。

 そしてすぐに魔力弾を生成し、仮面の男へと放つ。

 ――だが、

 

「……無駄だ」

 

 仮面の男は障壁を張り、それを難なく防いで見せた。

 祐一はそれを見て、厳しい表情となる。

 

(やはり駄目か。身体能力と魔力を魔法で強化しているな。生半可な攻撃は通らないと考えた方いいだろう。負けないにしても、こいつを倒すのは中々骨の折れる作業だ)

 

 祐一はそう考えながら油断なく仮面の男を見据える。

 

(――だが、早急にこいつを倒さなければ、この結界内にいるだろうシグナムたちの下へ行くこともできず状況も把握できん)

 

 どうするか祐一が考えていると、女性の声が祐一の頭の中へと響いてきた。

 

『――祐一くんっ! 聞こえますかっ!』

 

 念話で僅かに焦った女性の声を祐一は聞いた。

 祐一は久しぶりに聞いた女性の声に、僅かに懐かしさを感じたが、今はそれどころではないと思い直し、即座に念話を返した。

 

『聞こえています。お久しぶりです、リンディ・ハラオウン提督』

『良かった、やっと繋がりました。そちらの状況はどうなっていますか?』

 

 念話越しに僅かにほっとしたようにリンディの声が祐一へと届いた。

 時間があれば世間話に花を咲かせたいところだが、今はそれどころではない。

 

『俺は今、"敵"と交戦中です。仮面を被っていて誰だかわかりませんが、かなりの強敵です。こいつが邪魔で結界を破ることができない状況です。この結界内には何があるんですか?』

『祐一くんが現在戦闘を行っている人物は不明ですが、結界内ではなのはさんたちが"何者か"と戦闘中です』

 

 祐一はリンディの言葉を聞き、僅かに首を傾げた。

 

『――なのは"たち"、ですか?』

『ええ。結界内にいるのは、なのはさん、フェイトさん、アルフの三人です。フェイトさんとアルフには、先行してなのはさんを助けに行ってもらったの』

 

 リンディの言葉を聞き、祐一はそういうことかと頷いた。

 この結界内ではなのは、フェイト、アルフの三人と守護騎士たちが戦闘中なのだ。

 祐一は当たって欲しくなかった自分の予感に表情を歪ませるが、すぐにリンディへと念話で話し掛ける。

 

『管理局の増援は?』

『ごめんなさい。局員たちを向かわせるため、今、急ピッチで準備を進めてはいますが、そちらに着くにはまだ時間が掛かるわ』

『……そうですか』

 

 リンディの悔しそうな声に、祐一は静かに頷くしかなかった。

 僅かに二人とも沈黙するが、リンディが念話で話し掛けてきた。

 

『祐一くん、その結界を破壊することは出来ないかしら……? 邪魔をしている人物がいるといっていたけど、それほどの相手なの?』

『ええ。魔法で能力の底上げをしているし、それを加味しなくても魔導師としては一流でしょう。それにどうやら、こいつは俺の邪魔をしたいだけのようですから、まともに戦闘もしてくれない。厄介な相手です』

『……そう、なの』

 

 リンディの言葉を聞き、祐一は少し息を吐くと言葉を続けた。

 

『ですが、今この状況では俺がやるしかないでしょう。厳しいかもしれませんが、何とかしてみます』

『ありがとう。私が頼むのも何だけど、よろしくお願いね。出来るだけ局員をすぐにそちらに派遣できるよう手配します。……だからそれまで頑張って』

『了解です。期待して待ってますよ』

 

 祐一はそれだけ話すと、念話を終了した。

 すると、仮面の男が静かに祐一へと声を掛けてきた。

 

「どうした、念話は終わったのか?」

「気付いていたのか。ならば、何故攻撃してこなかった?」

「こちらの目的はキサマを結界内に入れないことだからな。時間を使ってくれるのならば、こちらとしては好都合だ」

 

 仮面の男の言葉に、祐一は僅かに眉を寄せた。

 

(完全に時間稼ぎをしているだけか。ならば、無理をしてでも結界内に行かなければ……)

 

 祐一はふぅと息を吐き、右手で持っていた《冥王六式》を構える。

 

「もう一度聞くが、そこを退く気はないのだな?」

「くくっ、もう何度も言っているが、こちらにも事情があってな。お前を通す訳にはいかないんだよ」

「そうか。――なら、ここでお前を倒させてもらおう」

 

 そう祐一が声を上げた瞬間だった。

 

「……っ!? な……っ!?」

 

 仮面の男が初めて焦ったように声を上げた。

 それもそうだろう。眼前にいた祐一が"いつの間にか自分の目の前で騎士剣を振りかぶっていた"のだから。

 

「くっ!?」

 

 仮面の男は自分の体に祐一の騎士剣が触れる寸前に障壁を張り、何とか防御したが、寸前で張った障壁であったため、祐一の一撃をこのまま抑えておけるほどのものではなかった。

 

「き、キサマッ!?」

「悪いが、決めさせてもらう」

 

 祐一がさらに騎士剣へと力を込めると、障壁にヒビが入り始めていた。

 

(――このまま押し切る)

 

 そして、障壁のヒビが大きくなっていき、

 

「っ!?」

 

 そして遂に障壁が破れ、仮面の男の無防備な姿が祐一の前に晒された。

 

「もらったぞっ!」

 

 祐一は珍しく声を張り上げ、騎士剣を仮面の男へと振り下ろした。

 

 ――そのときだった。

 

 祐一が目の前の仮面の男へと集中していた所へ、別の方向からいくつもの魔力弾が飛んできたのだ。

 

「……ぐっ!?」

 

 目の前の仮面の男に集中していた祐一には、それを回避することは出来ず、いくつかはギリギリで張った障壁で食い止めたが、残りの何発かを喰らってしまった。

 そして、その隙に目の前にいた仮面の男は祐一から距離を取った。

 

(くっ、まさかもう一人いるとはな)

 

 魔力弾を受けた箇所が問題ないことを確認しながら、祐一は魔力弾が放たれてきた方向へと視線を向けた。

 するとそこには、目の前にいる仮面の男と瓜二つの男がもう一人立っていた。

 

(さて、どうする。一人相手でも苦戦をしていたのに、同じのがもう一人いるとはな。……いや、違うか。後から来た仮面の男の魔力弾は目の前にいる奴よりも洗練されていた。どちらかといえば、厄介なのは後から来た方か……)

 

 祐一が頭の中で冷静に状況を把握していると、仮面の男二人が話を始めた。

 

「――油断したな」

「……すまない。だが、もう大丈夫だ」

「そうか。だが、気をつけろ。こいつはかつて《紅蓮の魔女》とともに名を馳せ、《黒衣の騎士》とまで呼ばれた程の実力者だ」

 

 そう話す仮面の男の会話に、祐一は注視していなければわからない程度、ピクリと眉を動かした。

 だが、仮面の男はそれには気付かず、今度は祐一へと話し掛けてきた。

 

「今のが、お前のレアスキル――《自己領域》か。始めて見させてもらったが、厄介な能力だな」

 

 そう言葉を口にする仮面の男に祐一は眉を顰めた。

 

(俺の能力を知っているのか? 俺のことを調べたにしても能力のことまで知っているとなると、こいつ等……管理局の人間か?)

 

 祐一が頭の中でいろいろと考えている間も、仮面の男は話を続けた。

 

「だが、解せないな。お前の力はそんなものではないだろう?」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りだ。お前――何故、リミッターなど掛けている?」

 

 仮面の男の言葉に、祐一は僅かに眉を顰めた。

 

「今のキサマの魔力量は良くて、A+ほどだろう。だが、かつてのお前の魔力量は――S+以上だったはずだ。それにどうやら、昔とデバイスも違うようだが……」

 

 仮面の男の言葉に、久しぶりに祐一の表情が目に見えて歪んだ。

 

「……こちらにも"事情"があってな。それに、お前たちにとやかく言われる筋合いはない」

「くくっ、そうかもしれんがね。まぁ、こちらとしてはお前の力が落ちていてくれる方が戦いやすいしな。だが、いいのか? このままでは――"また"、守れないかもしれないぞ?」

「……っ!?」

 

 仮面の男の言葉を聞き、祐一の頭の中でかつて守りたかった女性の姿が浮かび上がった。

 

『――大丈夫だよ。だって、祐一が守ってくれるんでしょ?』

 

 かつて、祐一が守りたかった女性は、微笑みを浮かべながらいつもそう話していた。

 自分があまりにも強いはずであるのに、いつも背中は祐一に任せるといったように彼女はいつも前だけを向いていた。

 ――だが、祐一が守りたかった彼女は、もういない。

 

(――また、俺は……)

 

 祐一は自分の愚かさに歯を強く噛み締めた後、静かに口を開いた。

 

「――ならば、そこをどいてくれないか?」

「何度も言っている。ここは通さない」

「――そうか」

 

 仮面の男の言葉を聞き、祐一は溜め息を吐くように静かに口を開いた。

 そして、次の瞬間――それは突然起こった。

 

「っ!?」

「こ、これはっ!?」

 

 仮面の男二人が同時に驚愕の声を上げた。二人の視線の先には、僅かに表情を俯かせた祐一の姿があった。

 二人を驚かせたのは、祐一の体から噴出している魔力の奔流であった。祐一の魔力光である紅の魔力が炎のように祐一の周りを渦巻いていた。

 これには二人も焦りの色を浮かべていた。

 

「もう時間は掛けていられない。早々に決めさせてもらう」

 

 静かに口を開いた祐一は、紅の魔力を纏わせながら前方にいる仮面の男へと瞬時に肉薄する。

 

「ちぃ!」

 

 舌打ちしながら仮面の男は祐一を迎え撃ち、自身の拳に魔力を乗せ、祐一の騎士剣を何とか弾き続けていた。

 それが出来るだけでも相当な技量ではあるが、今の祐一相手では時間稼ぎにしかならなかった。

 

(先ほどとはパワーもスピードも桁違いだっ! これが、《黒衣の騎士》の真の実力と言うわけかっ!)

 

 心の中でそう叫ぶが状況が変わるはずもなく、段々と押し込まれていく。

 しかし、それをもう一人の仮面の男が黙って見ているはずもなかった。

 

「調子に乗るなっ!」

 

 援護するようにもう一人の仮面の男が砲撃魔法を祐一へと放った。その威力はなのはのディバインバスターほどではないものの、並の魔導師ならば一撃で落とせるような砲撃魔法であった。

 ――そう、並の魔導師であったならば。

 

「シッ!」

「っ!? ガハっ!?」

 

 砲撃が放たれた瞬間、祐一は目の前の仮面の男を前蹴りによって弾き飛ばした。

 その間にも、放たれた砲撃は祐一へと向かっていく。

 

(あの体勢なら回避はできないはず……)

 

 砲撃を放った仮面の男はそう心の中で思ったが、その期待は裏切られた。

 

「アッ!!」

 

 祐一は砲撃に向かって、炎を纏わせた騎士剣を上段から振り下ろした。すると、騎士剣に纏わせていた炎と魔力が斬撃となり砲撃を相殺した。

 

「なっ!?」

 

 これには砲撃を放った仮面の男も驚きに声を上げた。

 そして、祐一は仮面の男が驚いている間に《自己領域》を使用し、仮面の男の真横へと瞬時に移動し、今度は横薙ぎの一閃を放った。

 

「グフッ!?」

 

 騎士剣の横薙ぎの一撃を腹部に受け、仮面の男は吹き飛ばされビルへと激突した。

 

「ロッ――キサマぁ!」

 

 すると、先ほど祐一に蹴られて吹き飛ばされていた仮面の男が叫び声を上げながら祐一へと突撃してきた。

 もう一人の仮面の男が吹き飛ばされたため、怒りで本来の自分のやるべきことを見失っているようであった。

 

(だが、それは俺にとっては好都合だ)

 

 こちらに向かってくる仮面の男から目を離さず、祐一は騎士剣を構え迎撃体勢を取った。

 

「ハッ!」

 

 普通の魔導師では考えられないスピードで仮面の男は祐一へと肉薄し、魔力で強化した打撃を祐一へと放つ。その攻撃のスピード、正確さ、どれを取っても並の魔導師では歯が立たないほどのものであった。

 

(くっ!? ギリギリのところで全て回避されている……っ!)

 

 仮面の男はその事実に驚愕すると同時に、《黒衣の騎士》の噂は伊達ではなかったことを初めて感じた。

 仮面の男は焦ったように、祐一へと次々に攻撃を仕掛けていくが、

 

「――終わりだ」

「っ!?」

 

 祐一が呟くと、仮面の男の攻撃が祐一によって大きく弾かれ、無防備な状態を晒してしまう。

 

「っ!? しま……っ!?」

「業炎――」

 

 仮面の男が驚愕の声を上げると同時に、祐一が両手で騎士剣を持ち、それを地面と水平に構えながら静かに呟くと、刀身に紅の炎が集まっていく。

 そして、それを祐一は無防備な仮面の男の胴体へと一閃する。

 ――そのときだった。

 

「っ!? 結界がっ!?」

 

 祐一の眼前に張られていた結界が突然消失したのだ。

 それを見た祐一は思わず攻撃の手を止めてしまった。

 

「――ははっ、どうやら、この勝負は私たちの勝ちのようだな」

 

 勝ち誇ったように声を上げた仮面の男の声に、祐一は自分が間に合わなかったことを悟った。

 そして、祐一はその結界内があった場所から四つの魔力反応が逃げていくのを感じていた。

 

(結局、間に合わなかったか……)

 

 表情を歪め、騎士剣を握り締めている祐一を余所に、仮面の男が声を上げる。

 

「一時はどうなることかと思ったが、計画通りだ。これで私たちは失礼させてもらうよ」

 

 そう話す仮面の男に、祐一が視線を戻すと、そこには吹き飛ばしたはずのもう一人の仮面の男も立っていた。

 

「――逃がすとでも思っているのか?」

「思っているよ。私たちに構っている時間はお前にはないだろう?」

 

 仮面の男の言う通り、今の祐一はなのはたちの安否が気になってそれどころではないし、また仮面の男が二人に戻ってしまった今、いくら祐一でもこの二人をすぐに倒すことなど、今の状態ではできなかった。

 

「――次に会ったとき、また邪魔をするようならば容赦はしない」

「肝に銘じておこう。では、また」

 

 そう話すと、仮面の男二人は祐一に背を向け、この場を去った。

 

(――俺は、昔から何も変わっていないのか……)

 

 祐一はそう心の中で自身に問い掛け、魔力反応を頼りに、なのはたちの下へと急いだ。

 その表情には、自身の無力感への怒りが浮かんでいた。

 

 




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守るということ

投稿します。
少しずつ更新ペースが落ちてきて、申し訳ありません。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 ――時空管理局本局《医療室》――

 

 ここ管理局本局の医療室で、今、二人の少女と一匹の狼が眠っていた。

 高町なのは、フェイト・テスタロッサ、そしてフェイトの使い魔であるアルフの三人であり、そして、その三人を心配そうに見つめる人物が二人そこにはいた。

 

「三人とも怪我はないわ。ただ眠っているだけ」

「……そうですか」

 

 三人を見つめながら心配そうに、巡行艦《アースラ》の艦長であるリンディ・ハラオウンは言葉を口にした。

 それに静かに言葉を返したのは、漆黒の衣服に身を包んだ黒沢祐一だった。

 そんな祐一に少しだけ視線を向けた後、三人に視線を戻しながらリンディは話を続ける。

 

「ただ、魔導師の核であるリンカーコアが異様なほど小さくなっていたわ。……ああ、別に命に関わる問題ではないのだけどね。だからというわけではないけれど、あんまり自分を責めては駄目よ、祐一くん」

「……わかっています」

 

 リンディの言葉に、祐一は静かに頷きを返した。

 

(やっぱり、私が何を言っても駄目ね。こればっかりは自分の心の問題でもあるし、他人がとやかく言うことではないかしらね)

 

 横に立っている長身の青年を見つめながらリンディは静かに溜め息を吐いた。

 だが、自分にはそんなに疲れている時間も無いと気持ちを入れ替え、リンディは祐一へと話し掛ける。

 

「時期に三人とも目を覚ますでしょうから、それまでに祐一くんが知っていることを教えてくれるかしら?」

「ええ、わかりました」

 

 祐一はリンディの言葉に頷くと、自分が知っていることをリンディへと話し始めた。

 

 ◆

 

 祐一の話を聞き終わると、リンディは顎に手を当てながら静かに呟いた。

 

「祐一くんを襲ったっていう《仮面の男》は、結局何が目的だったのかしら……?」

「俺にもそれは分かりません。ただ、よほど俺を結界内に行かせたくなかったようですが……」

「祐一くんを結界内に行かせたくなかったということは、結界内で行われていたことを邪魔されるのが嫌だったから。――となると、結界内でなのはさんたちを襲った人たちと《仮面の男》は仲間だったということかしら?」

 

 リンディの言葉に祐一は首を振る。

 

「いえ、それは無いと思います」

「どうしてそう思うのかしら?」

「奴らの強さは並じゃなかった。それこそ、今のなのはとフェイトには少々荷が重かったはずです。もし、"結界内にいる奴ら"と《仮面の男》たちが仲間だったなら、早期決着を狙ったはずです。だが、奴らは結界の外で待っているだけだった」

 

 祐一の言葉にリンディはなるほど、と頷いた。

 

「そういうこと。確かに、《仮面の男》が結界内の人たちといっしょになのはちゃんたちと戦っていたら、もっと早く決着がついていたでしょうね」

「そういうことです」

 

 そう話した祐一にリンディは疲れたように溜め息を吐いた。

 

「はぁ、結局、祐一くんが戦った《仮面の男》の目的はわからずじまいですか。なら、私たちはやっぱり、結界内にいた人物たちを追った方がよさそうね」

 

 リンディの言葉に祐一は何か言おうとしたが、今は話すべきではないと思い口を噤んだ。

 

(ここでシグナムたちのことを話せば、すぐに事件は解決するのだろうが、それでは駄目だろう。はやてのこともある。――やはり、あいつらと一度話をしなくてはな)

 

 結界内でなのはたち三人を襲ったのは、シグナムたちであった。それはクロノから見せてもらった映像で確認済みだった。そして、シグナムたちの目的は魔力の蒐集。

 自身を襲ってきた《仮面の男》の動向も気に掛かるが、今はシグナムたちの方が最優先だと、祐一は心に決めた。

 そして、しばらくの間リンディと話をしていると、

 

「う……ん、ゆういち、おにいさん……?」

「……ここ、は……?」

 

 なのはとフェイトがゆっくりと目を覚ました。

 そしてリンディは、すぐに近くにいたスタッフへと先生を呼んでくるように話すと、なのはたちへと声を掛けた。

 

「なのはさん、フェイトさん。気分はどう……?」

「リンディさん……? は、はい、なんとか大丈夫です」

「わたしも、大丈夫です」

「そう、よかったわ」

 

 まだ万全ではないものの、なのはとフェイトはベッドの上で体を起こしながら小さく笑みを浮かべ、それを見たリンディもほっとしたように息を吐いた。

 するとなのはが、フェイト、祐一の順番に視線を向けると、僅かに悲しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「にゃはは、ごめんね、フェイトちゃん、祐一お兄さん。久しぶりの再会がこんなことになっちゃって……」

「ううん、気にしないで。それより、わたしの方こそなのはを助けられなくてごめんね……」

 

 なのはの言葉に、フェイトは首を横に振った後、僅かに目尻に涙を溜めながら謝罪の言葉を口にした。

 そんな優しいフェイトになのはは微笑を浮かべながら、フェイトと同じように首を横に振る。

 

「ありがとう、フェイトちゃん。わたしを助けに来てくれて。それに、久しぶりに会えて、わたしとっても嬉しいよ」

「……うん、わたしも、なのはに会えて嬉しいよ」

 

 お互いに笑顔を浮かべながら、なのはとフェイトは再会したことを喜び合った。

 そんな二人を見て、祐一とリンディは微笑を浮かべていた。

 そして、二人はしばらくの間、お互いに視線を合わせていたが、そろって祐一の方へと視線を向ける。

 

「――祐一お兄さんと会うのも、久しぶりだね」

「ああ、そうだな。フェイトも久しぶりだな」

「うん。祐一に会えて嬉しいよ」

 

 祐一が笑みを浮かべながら話し掛けると、フェイトも久しぶりに祐一と会えたことが嬉しかったのか、花が咲いたように微笑んでいた。

 

「祐一お兄さんも、久しぶりに会えたのにこんなことになってゴメンね?」

 

 そして、なのはは申し訳なさそうに顔を俯かせながら口を開いた。しかし、祐一はそんななのはの謝罪の言葉に小さく首を横に振った。

 

「いや、フェイトも言っていたが、気にしなくて大丈夫だ。それに、謝らなければならないのは、俺の方だからな……」

「なんで……?」

 

 祐一の言葉になのはは首を傾げた。

 そして、祐一は事の顛末をなのはとフェイトに説明した。

 

「――《仮面の男》に邪魔をされたのも事実だが、そんなものは言い訳にもならない。だから、二人とも助けに行けなくて、すまなかったな」

 

 祐一はそう話しを終えると、フェイトとなのはに向かって頭を下げた。

 そんな祐一の姿を見て、なのはとフェイトはお互いの顔を見合わせ、笑みを浮かべた。

 

「相変わらずだな、祐一お兄さんは。律儀というか、なんというか」

「わたしたちは大丈夫だから、気にしないで」

「そうだよ。それに、魔力が減っただけで怪我も治ってるんだから、そんなに気にすることないよっ」

「……そうか」

 

 フェイトとなのはの言葉に、祐一は苦笑を浮かべながら静かに頷きを返した。

 

「祐一お兄さんもありがとね。わたしを助けに来てくれて」

「いや、結局は何も出来なかったからな……」

「ううん、助けに来ようとしてくれただけで、わたし、とっても嬉しかったから」

「なのは……」

「そうだよ、祐一。なのはの言うとおり、わたしたちを助けようとしてくれたその気持ちだけでも、わたしもとても嬉しいよ。祐一が頑張ってくれていたって、わたしとなのはは分かってるから」

「フェイト……」

 

 なのはとフェイトは、二人を助けることが出来なかった自分を責める祐一に、笑顔で励ましの言葉を掛けた。そんな二人の言葉に、祐一は礼を持って答える。

 

「……ありがとう、フェイト、なのは。もう、お前たちを危険な目には合わせないと約束するよ」

 

 なのはとフェイトに向かって、祐一は静かに頭を下げた。

 二人といえば、祐一の言葉に僅かに頬を赤く染めながら笑顔で答えた。

 

「ありがとう、祐一お兄さん」

「うん、ありがとう、祐一」

「ああ」

 

 笑顔で言葉を返した祐一に、なのはとフェイトの二人は祐一の笑顔が戻ってよかったと、そう思った。

 

 ◆

 

 それから、クロノとエイミィも合流し、皆で情報交換を行った。そうしてまとまった話が、下記になる。

 今回の一件は、管理局で第一級捜索指定されているロストロギア、《闇の書》が絡んでいるということ。また、それを完全なものとするため、リンカーコアの蒐集に《守護騎士》が動いているということ。

 そして、目的は不明ではあるが、祐一と交戦した《仮面の男》が二人いるということ。二人掛かりではあるものの、祐一を苦戦させる程の実力を有していることから、警戒が必要であるということ。

 

「――というのが、今、僕たちが分かっている情報だ。他に何かあるか?」

「……いや、大丈夫だろう」

 

 クロノの言葉に祐一は静かに頷いた。

 今、同じ部屋にいるのは、祐一、フェイト、なのは、アルフ、リンディ、クロノ、エイミィの七人である。しばらく時間が経ったこともあり、フェイト、なのは、アルフの三人も動く程度は回復したので、今は着替えて話を聞いていた。

 ちなみに、この場にはいないがユーノも今回の一件に協力してくれている。一足先に《闇の書》について調べるために、《無限書庫》へと向かったのだ。

 

「じゃあ、僕からの話は以上で終わりだ。何か質問はあるか?」

「あっ、はい。これから、わたしたちはどうすればいいのかな?」

 

 そう手を上げてなのはがクロノへと質問した。

 

「とりあえず、この一件は僕たちの担当になることが決定した。だが、なのはとフェイトは僕たちを手伝う必要はないんだが……きっと、言っても聞いてくれないだろ?」

「うん。わたしも手伝うよっ!」

「わたしも。あの人たちとちゃんと話をしないと」

 

 そう話すなのはとフェイトに、クロノははぁ、と溜め息を吐くと、観念したように話を続けた。

 

「まぁ、そう言うと思ってたけどね。なら、なのはとフェイトには嘱託魔導師として、僕たちの捜査に協力してもらうよ。ただ、二人の魔力が戻って、レイジングハートとバルディッシュの修理が完了したらだけどね」

「さっすがクロノくんっ!」

「ありがとう、クロノ。迷惑掛けてゴメンね?」

「もう慣れたよ」

 

 フェイトの言葉に、クロノは苦笑しながら答えると、視線を祐一へと移した。

 

「それで、あなたはどうしますか?」

「……いや、俺にはまだやることがある。それが終わったら協力しよう」

「そうですか、わかりました」

 

 祐一の言葉にクロノが頷くのを確認すると、リンディが口を開いた。

 

「じゃあ、今日はこれで解散かしらね。今から準備しないといけないことが沢山ありますからね」

「了解です、艦長」

 

 リンディの言葉で今日は解散となった。

 

「祐一お兄さんっ! いっしょに帰ろ」

「そうだな」

 

 なのはが元気よく祐一へと声を掛け、祐一も頷きを返した。

 

「あ、なのは、帰るのは少し待ってくれないか?」

「なんで……?」

「今からフェイトの面接があるんだが、その面接官に会うのになのはもいっしょに来てもらおうと思ってね」

「そうなの……?」

 

 クロノの言葉に、なのはが不思議そうに首を傾げた。フェイトは分かるが、何故自分が呼ばれるのかが理解出来なかったのだ。

 そんななのはにクロノがその理由を説明し始めた。

 

「その面接官になのはの話しをしたら、一度会って話しをしてみたいと言っていてね。だから、お願いできるか?」

「うん、わかった」

 

 そこまで言われると、なのはとしても断る理由がないため、なのははクロノへと頷きを返した。

 そして、そんな二人のやり取りを黙って見ていた祐一は、今からどうしようかと考えていると、クロノが声を掛けてきた。

 

「よかったら、祐一さんもお願いできますか?」

「会うぐらいなら構わないが。……その面接官とは、誰のことなんだ?」

 

 祐一の言葉にクロノはその面接官の名前を答えた。

 

「――ギル・グレアム顧問官です」

 

 思いがけない重鎮の名前を聞き、祐一は僅かに驚きの表情を浮かべていた。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をよろしくお願いします。


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ギル・グレアム

投稿します。
投稿が遅れて申し訳ありません。
出来るだけ一週間更新を続けていきたいと思います。
次はきっと。。。

では、どうぞ。


 祐一、なのは、フェイトの三人は、クロノに連れられ、本局のとある一室へとやってきていた。

 

「――わざわざ来てもらってすまない。久しぶりだな、クロノ」

「ご無沙汰しています」

 

 部屋へ入ると、そこには一人の初老の男性が椅子に座っていた。

 

 ――ギル・グレアム。

 

 時空管理局顧問官を務める局の重鎮であり、今回、フェイトの保護監察官となった人物である。

 白髪に白髭と、まさに老人を絵に書いたような人物であるが、その物腰穏やかな感じとは裏腹に、上に立つもの特有の威厳も兼ね備えていた。

 

(まさか、このような大物に出会うことになるとはな……)

 

 祐一は温厚そうなグレアムを観察しながら、心の中でそう思った。

 

「フェイトとなのはは座るといい。祐一さんは……」

「いや、俺は部外者だからな。ここで聞かせてもらおう」

「わかりました」

 

 そう答える祐一にクロノは僅かに苦笑し、フェイトとなのははグレアムの対面に座り、祐一は扉付近で立っていた。

 皆の準備が出来たと判断すると、グレアムが笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「まずは挨拶からだね。私がフェイトくんの保護監察官となるギル・グレアムだ。まぁ、保護監察官と言っても形だけだがね。君の人柄や"先の事件"のことについては、リンディ提督から聞いているしね。素直で優しい子だと聞いているよ」

「い、いえ、そんな……ありがとうございます」

 

 フェイトは褒められたのが恥ずかしかったのか、僅かに頬を赤く染めた。

 そんなフェイトの姿を笑顔で見つめた後、同じようになのはへと声を掛ける。

 

「君が高町なのはくんだね?」

「あ、はい。そうです」

「そうか。なのはくんは日本人なんだね。懐かしいな、日本の風景は……」

「え……?」

「私も君と同じ世界の出身でね。イギリス人だ」

「えぇ~!? そうなんですかっ!?」

 

 グレアムの言葉に、なのはは驚きの声を上げた。

 そんななのはに笑顔を向けながら、グレアムは「そうなんだよ」と頷きを返す。

 

「あの世界のほとんどの人間は魔力を持たないが、稀にいるんだよ。君や私のように高い魔力資質を持った人間がね」

 

 そう話すグレアムになのははしきりに頷いていた。

 そして、グレアムは自身も管理局員を助けて魔導師となったことなどを話すと、視線を祐一へと向けた。

 

「――君が黒沢祐一くんだね?」

「はい。紹介が遅れましたが、黒沢祐一と言います」

「そうか。君の噂は私の耳にも届いているよ。以前、管理局に所属していたときはとても優秀な魔導師だったと聞いているよ」

「いえ、そんなことはありませんよ。私なんかよりも、優秀な魔導師はたくさんいます」

 

 祐一の言葉にグレアムは、笑みを深くする。

 

「はは、聞いていたとおりの男だな、君は。そんな君だからこそ、慢心することなく、常に高みを目指していけるんだろうね」

「……ありがとうございます」

 

 グレアムの褒め言葉に祐一は、静かに頭を下げた。

 

「さて……では、フェイトくんの面談を始めようか。といっても、そこまで硬い内容でもないんだけがね」

 

 そう口にしたグレアムの言葉を聞き、フェイトは僅かに表情を強張らせた。少し緊張した面持ちで背筋をピンと伸ばしている。

 そんなフェイトの表情を見て、グレアムは苦笑を浮かべながらフェイトへと質問を開始した。

 

 ◆

 

「――私からの質問は以上だね」

「はい。ありがとうございました」

 

 グレアムは資料から目を離しながらフェイトとなのはへと笑顔で話しを終えた。

 結局、世間話に近い内容となっていたが、まだ弱冠九歳の少女たちへの対応だからこんなものだろうと、祐一は思っていた。

 

「では、最後に私から一つだけ言っておきたいことがある」

「はい」

 

 すると、グレアムが笑みを消し真剣な表情となりながらフェイトへと話し掛けた。

 

「私が約束して欲しいことは一つだけだ。友達や自分を信頼してくれる人のことは決して裏切ってはならない。これが守れるなら、私は君の行動について何も制限しないことを約束するよ。――できるかね?」

 

 その言葉を聞き、フェイトは静かに一度深呼吸をした後、真剣な眼差しでグレアムへと言葉を返えす。

 

「――はい。必ず」

「――うむ、いい返事だ。では、話はこれでお終いだ。疲れていただろうに、すまなかったね」

「いえ、ありがとうございました」

 

 グレアムの労いの言葉に、フェイトとなのはの二人は頭を下げた。

 そして、フェイトとなのはは退出するため扉の方へと向かっていき、それを見た祐一も後に続いた。

 

「では、これで失礼します。あ、それから――」

 

 すると、クロノが退出しようとしていた足を止め、グレアムへと振り返った。

 

「もう聞き及びかもしれませんが、先ほど自分たちがロストロギア《闇の書》の捜索、調査担当になることが決定しました」

「……そうか。言えた義理ではないかもしれないが、無理はするな」

 

 クロノの言葉を聞き、グレアムが静かに頷いた。

 そのとき、グレアムの表情を見つめていた祐一は僅かではあるが、違和感を感じた。

 

(……? 今、グレアム顧問官の表情が僅かに揺らいだような……)

 

 自身が感じた違和感に、祐一は僅かに眉を顰めた。

 だが、それを感じたのも一瞬であり、もう何も感じなくなっていた。

 

(俺の気のせいか……)

 

 祐一が一人首を捻っていると、クロノがグレアムへと言葉を返した。

 

「大丈夫です。"急事にこそ、冷静さが最大の友"――提督の教えどおりです」

「……うむ。そうだったな」

 

 クロノの言葉にグレアムは一瞬驚いた表情をした後、深く笑みを浮かべた。

 グレアムの表情を確認し、クロノは退出するために扉の方へと向かう。

 

「では、失礼します」

 

 皆が退出し、部屋の扉が閉まるまでグレアムはそちらを見つめ続けていた。

 そんなグレアムに祐一はやはり違和感を覚えながらも、部屋を後にした。

 

 ◆

 

(――この歳になってもまだまだ感情は隠せないものだな)

 

 そう静かに息を吐きながら、ギル・グレアムは椅子に腰掛けた。

 

(まさかクロノたちが、《闇の書》の担当になるとはな。……運命だとでもいうのか)

 

 心の中でそう考えながら、舌打ちしたくなる気持ちを無理やり押さえ込むように、椅子に深く体を沈めた。

 

 ――自身が決着をつけると決めた《闇の書》。

 

 もう少しで目的が達成しようというところだった矢先、クロノたちが担当となってしまい、グレアムとしては行動をし辛くなってしまった。

 

(――それに問題がもう一つ)

 

 頭の中で考えながら思い出すのは、《黒衣の騎士》――黒沢祐一の姿だった。

 

("二人"からの報告もあったが、《黒衣の騎士》の名は伊達ではないということか……)

 

 グレアムが自信を持って送り出した二人が敗北した。見くびっていたわけではない。二人が敗北したことはグレアムを驚かせるのには十分な理由であった。

 

(私たちの計画を遂行する上で、厄介な存在になるのは間違いないだろう。だが……)

 

 グレアムは祐一を評価しながらも、自身の心に決意させるように言葉を口にする。

 

「私は、もう止まるわけにはいかないのだよ。例え相手が誰であろうと、《闇の書》は必ず封印してみせよう。それが、この世界のためなのだから……」

 

 自分に言い聞かせるよう静かに、だがはっきりと言葉を口にした。

 

 ◆

 

 ――八神家――

 

 シグナムたちはなのはたちとの戦闘後、管理局の索敵を振り切り、無事にはやての下へと帰還していた。

 

(――主に我らがしていることを黙っているのは心苦しいが、主のこの笑顔が我らに更なる力を与えてくれている)

 

 シグナムは頭の中でそんなことを考えながら、ヴィータと笑顔で話しをしているはやてを見つめ、思わず笑顔を浮かべた。

 

(この笑顔を守るためならば、私はどんなことでもしよう)

 

 そうシグナムは静かに決意を固めた。

 

「はやてちゃん、お風呂の支度できましたよ」

 

 そんなシグナムの決意を余所に、シャマルがエプロンで手を拭きながらはやてへと声を掛けた。自然な動作でエプロンをはずすシャマルの姿を横目に見ながら、シグナムは心の中で板についてきたな、としみじみ思った。

 

「うん、ありがとう」

「ヴィータちゃんも一緒に入っちゃいなさいね」

「はぁ~い」

 

 はやては笑顔でシャマルへとお礼を言い、ヴィータも返事をした。

 そして、シャマルははやてへと近づくと、失礼しますと断りを入れた後、はやてを抱え上げた。はやては足が不自由で立つことができないため、風呂場までは誰かがこうやって運んでいくのが通例となっていた。

 

「よいっしょっと。シグナムはお風呂どおします?」

「……私は今夜は遠慮しておく。明日の朝にでも入るよ」

 

 シグナムはシャマルの質問に言葉を返した。

 そんなシグナムの言葉が珍しかったのか、シャマルとヴィータが首を傾げる。

 

「そう?」

「お風呂好きが珍しいじゃん?」

 

 シグナムははやてが主となってから、このお風呂を初体験し、これに魅了されてしまい、現在の八神家で一番の長風呂はシグナムとなっていた。

 そんなシグナムがお風呂には明日入ると言っているのだから、皆が首を傾げるのも道理であった。

 

「たまにはそういう日もあるさ」

「ふぅ~ん」

「ほんならお先に」

「はい」

 

 はやての言葉にシグナムは頷きを返した。

 はやてたちが風呂場へと消えると、今まで黙っていたザフィーラがシグナムへと声を掛けてきた。

 

「今日の戦闘か?」

「聡いな――そのとおりだ」

 

 ザフィーラの言葉にシグナムは答えると、おもむろに自分の服をたくし上げると、そこには大きな痣が出来ていた。

 

「お前の鎧を撃ち抜いたか……」

「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな」

 

 僅かに驚きを含んだザフィーラの言葉に、シグナムは努めて冷静に言葉を返しながら、たくし上げていた服を元に戻した。

 

「武器の性能の差がなければ、少々手こずっていたこもしれんな」

「だが、それでもお前は負けないだろう?」

「そうだな。……だが、もしあの場で手こずっていたら、不味いことになっていたかもしれん」

「……祐一、か」

 

 ザフィーラが神妙にその名を口にすると、シグナムは静かに頷きを返した。

 

「あのとき感じた魔力は、間違いなく黒沢のものだった」

「ああ、俺もあのとき感じた。状況はよくわからなかったが、結界外で誰かと戦闘していたようだった。……そして問題なのは、祐一の魔力量が俺たちが知っている祐一の魔力量ではなかったことだ」

「ああ、そうだな。おそらく、黒沢は常に自分にリミッターを掛けていたんだ。理由は不明だが、そのときはそれを解除して戦っていたのだろう」

 

 シグナムの言葉に、ザフィーラは静かに頷いた。

 シグナムたちは魔導師としての祐一の実力は知らなかったが、純粋な戦闘技術の高さは知っている。そんな祐一に、あの魔力量の上乗せがあるのだから、その強さがどれほどのものになるか、シグナムたちには想像がつかなかった。

 

「黒沢が戦っていた相手も気になるところではあるが、今はそれよりも黒沢だ」

「そうだな。祐一は我らの行いには気付いているだろうから、きっと、近いうちにここを訪れるだろう」

「ああ。……出来れば黒沢とは戦いたくはない。もし、そんなことになってしまったら主が悲しむだろうからな」

「ならば、祐一を説得するのか?」

 

 ザフィーラの言葉に、シグナムは頷きを返した。

 

「――黒沢は主はやての味方であり、その主が慕っている男だ。だからこそ、黒沢はきっと説得に応じてくれるはずだ」

 

 そう自分に言い聞かせるようにシグナムは静かに話した。

 そして、その言葉を聞き、ザフィーラが口を開く。

 

「――もし、祐一が説得に応じなければ……どうする……?」

 

 ザフィーラが重く、しかしはっきりと口にした。

 すると、シグナムは僅かに目を瞑った後、静かに瞼を開いた。その瞳には、決意が込められていた。

 

「――決まっている。もし、黒沢が説得に応じなければ――何者であろうと、我らの邪魔をするのならば、打ち倒すのみだ」

 

 シグナムは静かにそう口にした。

 

 




最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をよろしくお願いします。


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負けないために

投稿します。
今回、少し短いです。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


ギル・グレアム顧問官との面談も終わり、祐一たちはしばらくラウンジで休憩した後、今は修理中のなのはとフェイトのデバイスである、レイジングハートとバルディッシュの様子を見に来ていた。

 クロノはやることがあるそうで、同行していなかった。

 

「――ごめんね、バルディッシュ……わたしの力不足で……」

「――いっぱい頑張ってくれてありがとね、レイジングハート……」

 

 祐一の視線の先では、待機状態のバルディッシュとレイジングハートが自己修復を行っていた。それをフェイトとなのはは悲しい表情で見つめており、その瞳からは涙が零れ落ちそうになっていた。

 

「ごめんね。二機ともシステムチェック中だからお話は出来なくて……」

 

 そう僅かに申し訳なさそうにフェイトとなのはへ話しをしたのは、ショートカットの髪に眼鏡を掛け、制服の上から白衣を纏った女性――マリエル・アテンザであった。

 年齢は祐一よりも下で、クロノとエイミィの後輩であると話していた。

 二機のメンテナンスを担当することになったため、祐一たちよりも先にメンテナンスルームへやってきており、先ほど祐一たちへと挨拶を交わしていた。

 

「ちょっと時間は掛かるけど、ちゃんと直るから心配しないで」

 

 そう話しながらマリエルは二人に優しく微笑み掛けると、すぐに表情を戻し、話を続けた。

 

「でも、この二機をここまで破壊するなんて、よっぽどすごい相手だったんだね」

「はい、とても強かったです。――それに、"祐一お兄さんと同じ魔法陣"でした」

 

 なのはは、横で黙って腕を組んだまま話しを聞いていた祐一へと視線を動かしながら話しを振った。

 祐一は話しを振られることがもう分かっていたのか、すぐに口を開いた。

 

「ベルカ式――それが、俺となのはたちが戦闘を行った者たちが使用している魔法の名前だ。そして、俺とは違い、あいつらは本物のベルカの魔法を使用している」

「本物の……?」

 

 祐一の言葉に、なのはは小首を傾げながら質問を返し、フェイトはすでに知っていたのか、静かに頷いていた。

 

「エンシェントベルカ――遠い時代の純粋な戦闘魔法。一流の術者は《騎士》と呼ばれる」

「じゃあ、デバイスの中で何か爆発していたのは?」

「そこは俺ではなく、専門家に答えてもらった方がいいだろう」

 

 なのはの質問に、祐一は黙って話しを聞いていたマリエルへと話しを振った。

 急に話しを振られてマリエルは慌てていたが、すぐに落ち着きを取り戻すと、説明を始めた。

 

「あれは魔力カートリッジシステム。圧縮魔力の弾丸をデバイス内で炸裂させて、爆発的な破壊力を得るの。頑丈な機体と優秀な術者、その両方が揃わなきゃただの自爆装置になりかねない、危険で物騒なシステムなの……」

「そういうことだ。あいつらはその魔力カートリッジシステムを使いこなせる程の魔導師、いや、この場合は騎士か。そんな強い連中だということだ」

 

 マリエルの言葉を引き継ぎ、祐一が二人を見つめながら告げた。

 すると、フェイトが見つめていたバルディッシュから視線を祐一へと移動させ、声を掛ける。

 

「じゃあ、今のわたしたちじゃあ、あの人たちには勝てないってこと……?」

「十中八九、勝てないだろうな」

「そんな……」

 

 祐一のはっきりとした返答に、フェイトは悔しげな表情を浮かべた。

 

(……祐一がここまで断言するってことは、本当に今のわたしじゃあ、あの"シグナム"って人には勝てないんだ)

 

 そう心の中で思いながらも、フェイトはそれを認めたくはなかった。そして、なによりも祐一にそこまで断言されることが、フェイトには悔しかった。

 

「じゃあ、祐一お兄さんならこの人たちに勝てるの……?」

 

 フェイトが悔しさで表情を歪ませていたところに、今度はなのはが祐一へと質問してきた。

 その質問に祐一は僅かに思考すると、静かに口を開く。

 

「……おそらく、難しいだろうな」

「……そう、なんだ」

 

 祐一のその言葉に、なのはだけでなく、フェイトの表情が驚きに染まった。

 自分たちが憧れ、慕う青年が負けるはずがないと、なのはとフェイトは心のどこかで思っていた。だが、祐一から発せられたのは二人が思っていたこととは違う言葉であった。驚かないわけがなかった。

 

「まぁ、今は俺の話よりもお前たち二人の話だ。それで、お前たちはどうするんだ? デバイスの修理が完了したとして、またあいつらと戦うのか?」

「そ、それは……」

「だって、祐一があの人たちには勝てないって……」

 

 祐一の言葉に、なのはとフェイトの二人は珍しく暗い表情で俯いた。どうやら先ほどの祐一の言葉とこの前の戦闘で手も足もでなかったことから、思考がネガティブになっているようだった。

 そんな二人を見つめ、祐一は僅かに溜め息を吐いた。

 

「――確かに"今"のお前たちではあいつらに勝つことはできない。だが、"これから"のお前たちならば、もしかしたら勝つことが出来るかもしれない」

「え……?」

 

 祐一の言葉に二人は俯いていた顔を上げた。

 そしてさらに、祐一は話しを続ける。

 

「以前もそうだったろう。一度負けたぐらいで諦めるのか? 違うだろう。お前たちはそんなに柔ではないはずだ。確かに相手は強い。――ならば、勝てるように努力しろ。相手よりも優れている点で優位に立て。欠点があるのならばそれを直せ。お前たちは強いといっても、まだまだひよっこなんだ。いくらでも改善の余地はある。だから――」

 

 そこで祐一は一度息を吐き、僅かに笑みを浮かべて言った。

 

「――その不屈の闘志をもって足掻き続けろ。危なくなったら、必ず俺が助けてやる」

 

 祐一はそこまで話し終えると、なのはとフェイトの頭をポンポンと優しく叩いた。

 すると、ポカンとしていたなのはとフェイトの表情がじょじょに笑顔になっていき、二人は声を上げた。

 

「そうだよねっ。ここで諦めるなんてわたしらしくないし、今出来ることを精一杯、全力でやっていくよっ!」

「わたしも後悔しないように、もっと頑張っていくよっ!」

「ああ。その意気だ」

 

 なのはとフェイトの言葉に、祐一は笑みを浮かべながら静かに頷いた。

 

 ◆

 

 それからしばらくの間、マリエルを交え、バルディッシュとレイジングハートの状態を話していていた。

 

「すまないんだが、少しだけデバイスのメンテナンスを頼みたい」

「はいはい、どのデバイスですか?」

 

 祐一の急な願いにも関わらず、マリエルは笑みを浮かべながらそう言葉を返した。

 

「すまない。デバイスはこれなんだが……」

「えっ? これって……」

 

 祐一が見せたデバイス――《冥王六式》を見て、マリエルは驚きの表情を浮かべた。

 そんなマリエルの態度に、祐一は首を傾げ、黙って成り行きを見守っていたなのはとフェイトの二人もどうしたんだろうというように、首を傾げていた。

 

「祐一さん、このデバイスを作ったのって、誰ですか……?」

「……? リチャード・ペンウッドという人だが……?」

 

 祐一の言葉に、マリエルの表情がぱっと笑顔になる。

 

「やっぱり、先生が作ったデバイスだったんですねっ!」

「先生……?」

「はい。――実は私、リチャード・ペンウッド先生の教え子なんですよ」

「先輩が……?」

 

 マリエルの言葉に祐一は僅かに驚きの表情を浮かべた。

 どうやら、マリエルの話しによるとリチャードは若くしてデバイスマイスターの資格を持ち、その他の技術関係の知識が豊富であることから、管理局の技術部の主任を勤めるまでに至っており、そこまで教えている人数は多くはないものの講師も勤めているということであった。

 マリエルはそんな数少ない内の一人であるとのことだった。

 

「祐一さんと先生は知り合いだったんですね。先生、昔のことはあんまり話したがりませんし、そもそも自分のことを他人に話すような人じゃなかったですし」

「先輩らしいな」

 

 マリエルの言葉に、祐一は苦笑を浮かべながら言葉を返した。

 そんな話しをしている内に、デバイスのメンテナンスが終わり、マリエルが祐一へと冥王六式を返してくる。

 

「チェックしましたが、どこにも異常はありませんでした。ですけど、あまり無理な使用は控えた方がいいかもしれません。このデバイスって、結構昔から使ってますか?」

「それなりには。少なくとも、四年は使っていると思う」

「そうですか。普通に使用する分には問題ないとは思いますけど、結構痛んできてるところもありますから油断は禁物ですよ。部品は交換した方がいいかもしれません」

「そうか。ありがとう」

「いえいえ、今度会ったら先生の話し聞かせてくださいね」

 

 マリエルの言葉に祐一はお礼を述べると、なのはたちを伴い部屋を退出した。

 

 ◆

 

 デバイスルームを後にした祐一、なのは、フェイトの三人はリンディたちと合流し、今後のことについて話をしていた。

 

「――じゃあ、アースラは今は使えないんですか?」

「ええ。今はメンテナンス中で使用できないの。それに、他の艦も三ヶ月先まで空きがないの」

 

 リンディが困ったように頬に手を当てながら祐一へと、そう返した。

 

「では、今回の事件はどう対応するんですか? 流石に本局からでは距離が離れすぎていると思いますが……」

「そうなのよね……って、言ってるけど、実はほとんどプランは決まってるのよね」

「――だと思いましたよ」

 

 リンディの言葉に、祐一は苦笑を浮かべた。同じく話しを聞いていた、フェイト、なのは、そして先の戦闘から回復したアルフは首を傾げていた。クロノは何故か溜め息を吐いていたが……。

 そして、リンディは表情を笑顔に変えて口を開いた。

 

「――みんなでお引越ししましょうか」

 

 そんなリンディの言葉を聞き、祐一とクロノ以外は一瞬ポカンとした表情で驚いていたが、なのはとフェイトの表情はすぐに笑顔が浮かべ、嬉しそうにしていた。

 

(――騒がしくなりそうだな)

 

 祐一はそんなことを思いながらも、なのはとフェイトの表情を見つめながら笑顔を浮かべていた。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
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引越し

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


「家族……?」

「うん。そういう話しになってるみたい」

 

 そんな祐一の呟きに、なのはが笑顔で頷いた。

 あれから、祐一は無事退院となったなのはとともに地球へと戻っていた。

 なのはは体調は万全と言ってもいいものの、《闇の書》に蒐集された魔力は戻っていないことから、今はまだ戦闘が出来る状態ではなく、同じく蒐集されたフェイトとアルフも同様な状態であった。

 そのため、退院したものの三人は実質療養中のようなものであった。

 そんな状態でもあるため、本格的に《闇の書》を追うのはこちらが万全の状態になってからということになった。また、その期間でリンディ率いるアースラチームが一時的に地球へと住まいを移動するための準備期間となってもいる。

 そして現在祐一は、なのはとともにリンディたちが引越してくるマンションへと向かっている最中であった。

 

(リンディさんとフェイトが親子になる、か……)

 

 先ほどなのはから話しを聞き、祐一は思わず感慨深くなっていた。

 なのはもエイミィから聞いた話であったようだが、リンディがフェイトを自分の家族――娘にしようと思っているらしい。

 フェイトもプレシアを失い、家族と呼べる人物は使い魔のアルフだけとなってしまっている状態であった。そういった状態だから、リンディはフェイトを養子にしようとしているのだろうと、祐一は感じていた。

 

「なのは、お前はどう思う?」

「わたし? わたしはすっごく、良いと思うよっ!」

「そうか」

 

 質問に対し、満面の笑みで答えるなのはを見て、祐一はフェイトがリンディの養子になると決めたなら、きっとそれは必ずフェイトを良い方向へと導いてくれるに違いないと、そう確信していた。

 

 ◆

 

 祐一となのはがしばらく話しをしながら歩いていると、目的地であるマンションへと到着した。

 

「あら、祐一くんになのはさん、いらっしゃい」

「おじゃまします、リンディさん」

「おじゃまします。引越し中なのに、お邪魔してすみません」

「ふふ、いいのよ。気にしないで」

 

 到着すると、出迎えてくれたのは私服姿のリンディであった。僅かに申し訳なさそうに話す祐一に、いつものおっとりとした笑みで答えた。

 

「あ、なのは、祐一、来てたんだ」

「フェイトちゃんっ!」

「ああ、お邪魔しているよ」

 

 部屋から出てきたフェイトが、なのはと祐一の姿を見つけるとリンディと同じように笑顔で二人を迎えた。

 

「どんなところに住んでるか見に来たんだっ!」

「何か手伝えることがあればと思ったんだが……」

「そうなんだ。業者さんがほとんどやってくれたから、全然大丈夫だよ」

「そのようだな」

 

 フェイトの言葉に祐一は苦笑を浮かべた。

 祐一としては特にフェイトたちの下を訪れる必要もなかったのだが、なのはが行くと言ったため、病み上がりのなのはを気遣い、祐一も同行したのだ。

 なのはとフェイトが楽しそうに話をしている姿を見つめながら、祐一は今からどうしようかと悩んでいると、クロノが二人の下へとやってきた。

 

「なのは、フェイト、友達だよ」

「あ、はぁ~いっ!」

 

 クロノの言葉に二人は元気に返事をすると、玄関の方へと駆けて行った。

 二人が部屋から出て行く姿を見届けた祐一は、クロノへと声を掛ける。

 

「どたばたしてるところ邪魔してすまないな、クロノ」

「別に構いませんよ。祐一さんたちが来てくれた方がフェイトも嬉しいでしょうから」

「ふ、そうか」

「な、なんですか、急に笑みなんか浮かべて……」

 

 クロノは急に笑みを浮かべた祐一を訝しげに見つめた。

 

「いや、クロノとフェイトは案外、いい兄妹になるだろうと思ってな」

「……知ってたんですか?」

「ああ。先ほどなのはから聞いたよ」

「……まだ、決まったわけじゃないですけどね」

 

 クロノは恥ずかしいのか、僅かに顔を赤く染め、頬を掻きながら祐一へと言葉を返した。

 そんなクロノに祐一は笑みを返す。

 

「フェイトの気持ち次第だが、俺はフェイトがハラオウン家の人間になれることを祈っている」

 

 だからと、祐一は言葉を続ける。

 

「――フェイトがクロノの"妹"になったときは、大事にしてやってくれ」

 

 祐一の真剣な言葉に、クロノも表情を引き締め祐一へと言葉を返した。

 

「――もちろん、そのつもりですよ」

 

 ◆

 

 それからしばらくして、祐一はフェイトとなのはに連れられ、喫茶《翠屋》へとやって来ていた。マンションへとやってきていたアリサとすずか、それになのはの両親に挨拶をすると言っていたリンディも同行していた。

 

「――そんなわけで、これからしばらくご近所になりますので、よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」

「どうぞ、ご贔屓に」

 

 リンディの挨拶に、なのはの両親である高町桃子と士郎が笑顔で言葉を返した。

 すると、挨拶を終えた桃子が祐一へと話し掛けてくる。

 

「祐一くんも久しぶりね」

「ええ。ご無沙汰していました、桃子さん、士郎さん」

「元気そうでなによりだよ」

 

 士郎も笑みを浮かべながら祐一へと声を掛けた。

 そしてしばらくの間談笑していると、士郎がリンディへと質問を投げた。

 

「フェイトちゃん三年生ですよね? 学校はどちらに?」

「あ、はい。それなら……」

 

 士郎の質問にリンディが答えようとすると、外でなのはたちと話しをしていたフェイトが箱を持ってやってきたのだ。

 

「リンディてい……リンディさん、あの、これって……」

 

 フェイトが困惑しながら箱の中身を見せてくる。するとそこには――

 

「制服だな。それも聖祥――なのはたちと同じ小学校の……」

 

 祐一がその制服を見て静かに呟き、リンディがその言葉を引き継ぐように言葉を続けた。

 

「転校手続きはしておいたから、週末からなのはさんたちとクラスメイトね」

「あら、本当にっ!」

「聖祥小学校か。あそこは良い学校ですよ。そうだよな、なのは」

「うんっ!」

 

 笑顔で話すリンディに桃子が嬉しそうに声を上げ、士郎の言葉になのはも笑顔で頷いた。

 だが、フェイトは現状についてこれないのか、困惑の表情を浮かべていた。そんなフェイトを見て、祐一はフェイトの頭へと右手を乗せた。

 

「良かったな、フェイト」

「祐一……」

 

 祐一の笑みを見て、フェイトは僅かに瞳を潤ませながら、消え入りそうな声を上げた。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 皆の視線に恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも、フェイトは嬉しそうにそう言葉を口にした。

 そんなフェイトを皆は笑顔で見つめていた。

 

 ◆

 

 その後、祐一はフェイト、なのは、アリサ、すずかとお茶をしながら話をしていた。

 リンディは帰宅、士郎と桃子は仕事があるからといなくなり、祐一も帰宅しようかと考えていたのだが、アリサに捕まりこの場に留まることを余儀なくされてしまったのだ。

 

(俺がいない方が話しもしやすいだろうに……)

 

 祐一は心の中で溜め息を吐きながら、四人の話しに耳を傾けていた。

 

「でも、フェイトと祐一さんが知り合いだったなんて、今日初めて知ったわ」

「そうだね。ビデオレターでもそんな話は出なかったしね」

「そうだったっけ?」

 

 そうよと、アリサが苦笑しながら答えた。

 すると、アリサが僅かに身を乗り出しながら質問してきた。

 

「それで、祐一さんとフェイトってどういう関係なんですか?」

「関係……?」

「妙に親しげだし、さっきも祐一さんがフェイトの頭を撫でてたし」

「……っ!?」

 

 アリサの言葉にフェイトが先ほどのことを思い出したのか、頬を赤く染めていた。

 なのはは内容的には気にはなっているようだったが、フェイトのために聞かないほうがいいのかと、僅かに迷っているような表情となっていた。すずかは変わらず笑みを浮かべていたが、話には興味津々といった感じである。

 フェイトの状態を見て、祐一はもう一度溜め息を吐きながら口を開く。

 

「フェイトは俺の教え子のようなものだ」

「教え子?」

「ああ。アリサもすずかも俺が《便利屋》をしているのは知っているだろう? それの関係で依頼があって、フェイトの教師をしていたんだ」

「そうなの?」

「う、うん。そうだよ」

 

 祐一の言葉を聞き、アリサはフェイトへと視線を向けるが、フェイトも同じように頷いていた。

 

「だから、アリサがどう思ってるかは知らないが、フェイトとはまぁ、そういう関係だ。強いてあげるならば、妹のようなものだな」

「そうなんですか」

 

 アリサは祐一の言葉に頷きながら、ちらっとフェイトへと視線を向けた。アリサの視線の先、フェイトはなにやら微妙な表情となっていた。

 

(祐一さんは特に何も思ってないけど、フェイトはやっぱり祐一さんを慕ってるようね。祐一さんはいつもこんな感じだから、フェイトも大変そうね)

 

 アリサは心の中でそう考えながら、僅かに苦笑を浮かべた。隣に座っているすずかも同じような表情をしていた。

 

(なのはもフェイトもこれから大変ね)

 

 アリサは親友のなのはと新しく友人となったフェイトを見つめながら、心の中でそう思いながら、すずかと顔を合わせながら笑みを浮かべあった。

 そして、そんな二人を見つめながら、祐一は僅かに眉を寄せ、なのはとフェイトは可愛らしく首を傾げていた。

 

(――本当に手の掛かる親友ね)

 

 そんな二人を見つめながら、アリサはさらに笑みを深めた。

 

 ◆

 

 あれから結局、祐一は夕方までなのはたちに付き合う羽目になっていた。アリサとすずかがいろいろとなのはとフェイトの出会いについてなど、いろいろと質問したりしていた。魔法関係のことは誤魔化しながら話しをしていたが……。

 

(まぁ、なのはもフェイトも楽しそうで何よりだ。少しは気も紛れただろうしな)

 

 二人はきっと、シグナムたちに負けたことを気にしていたはずだが、アリサとすずかと話しもできて良い気晴らしになったのではないかと祐一は感じていた。

 祐一は先ほどの風景を思い浮かべ、僅かに笑みを浮かべると、今後のことを考える。

 

(今、あの二人は戦えないし、管理局もまだ移動してきたばかりだ。それに、あまり管理局に出張られると話しもできなくなる可能性が高い)

 

 そう考えながら、祐一はそろそろ辺りが暗くなってきた市内を目的地に向けて歩いていた。

 

(俺がシグナムたちを説得できれば、それが一番良いはずだ。だから――)

 

 祐一は一件の民家の前で足を止め、インターホンへと手を伸ばした。

 

(皆にばれる前に、俺が一人で決着をつけよう)

 

 そして、家の中から一人の人物が声を掛けてきた。

 

「――久しぶりやね、祐一さんっ! 元気にしとった?」

「ああ。――久しぶりだな、はやて」

 

 祐一は目的地の家主である八神はやてへと、決意を灯した瞳を向けながら、静かに言葉を返した。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をお願いします。


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決別

投稿します。
遅くなりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 久しぶりに祐一に会えたことにより、はやては上機嫌だった。満面の笑みを浮かべながら、はやては料理を作っていた。

 料理を手伝いながら、嬉しそうなはやてをシャマルは複雑な表情で見つめていた。

 

(祐一くんが帰ってきてから、はやてちゃんとても嬉しそう……)

 

 最近、シャマルたち守護騎士は魔力を集めるため、必然的に帰るのが遅くなってしまい、はやてといっしょにいる時間が減っていた。そのため、はやてが寂しそうな表情をしているのをシャマルはときどき見掛けていた。

 そんなはやてが、今は他人が見て分かるぐらい嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

(それだけ、祐一くんははやてちゃんにとって大きな存在ということなのよね)

 

 だけど、とシャマルは僅かに表情を曇らせる。

 

(……だけど、そのはやてちゃんにとって大事な人と、私たちは戦わないといけないかもしれない)

 

 そう考えていると、シャマルは思わず溜め息を吐いてしまう。

 

「……? どないしたん、シャマル? なんや、元気ないみたいやけど……」

「えっ!? 全然、そんなことないですよっ!?」

 

 はやてはそんなシャマルの小さい溜め息に気付き、そう聞いてきた。シャマルは自分の溜め息が聞かれていると思っていなかったため、驚きながらも笑みを浮かべながらそう言葉を返した。

 

「そう……? 何か困ってることがあったら、すぐに言ってな。わたしでよければ力になるから」

 

 そう微笑みながら話すはやてにシャマルは驚きの表情を浮かべたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。

 

(こんな優しい主を悲しませたくない。……だけど、この今の生活を失うのはもっと辛い。だから、もし誰かがそれを邪魔してくるのなら、相手が誰であろうと容赦はしないわ)

 

 シャマルは心にそう決意しながら、はやてへと笑顔を向けた。

 

 ◆

 

 一方、はやての料理ができるのを祐一、シグナム、ヴィータ、ザフィーラはソファーに座って待っていた。

 祐一はいつもと表情が変わらず無表情でシグナムたちと話しをしている。

 また、シグナムとザフィーラ(狼形態なので表情は不明)もいつもと変わらない態度で祐一と接していた。

 ――だが、ヴィータだけはいつもと少し違っていた。

 

「……ヴィータ、そんなに警戒するな」

「…………」

 

 シグナムが僅かに呆れ気味にヴィータへと声を掛けるが、ヴィータは何も言わず、ただ祐一を睨みつけていた。

 そんなヴィータにシグナムとザフィーラは仕方ないなという思いと、はやてがいるこの場所で険悪な雰囲気を作ろうとしているということ思いがせめぎあっていたが、やはりこの場所ではそのような雰囲気にしたくないのか、先ほどからヴィータを説得しているが、効果はイマイチだった。

 

「おい、ヴィータ……」

「いや、構わないさ、シグナム。ヴィータが俺を警戒している気持ちは十分に分かっているつもりだし、和気藹々というわけにもいかないだろう」

「…………」

 

 祐一の言葉に今度はシグナムが黙った。

 

(確かに、現状、黒沢と我々の関係は複雑ではあるが、黒沢には主も世話になっているし、我々にとってもこの世界で暮らしていく上で、必要なことをいろいろと教えてくれた恩人でもある)

 

 そう心の中で思いながら、シグナムは祐一を見つめる。

 本人が好きなのか、基本的に黒を基調とした服装でまとめられた格好はファッションセンスに疎いシグナムでも、好感の持てるものであった。短髪黒髪、長身の祐一にはとてもよく似合っていると、シグナムは思っていた。

 

(……世話になった恩人とも戦わなければならないかもしれないとはな。これほど自分たちの境遇を呪いたくなったのは、初めてかもしれんな)

 

 シグナムはそう心の中で思いながら、静かに溜め息を吐いた。

 この世界で新しい主――はやてと出会い、幸せな時間を手に入れることができた。そしてそれを手伝ってくれたのが、祐一であった。

 だからこそ、シグナムは祐一とは戦いたくはなかった。

 

(――だが、それでも我々は主のために何者をも越えてゆかねばならない)

 

 シグナムは守護騎士の将――リーダーのような存在だ。だからというわけではないが、気持ちが揺らぐような存在であってはならない。

 

(私は烈火の将シグナム。主のために、邪魔をするものは全て切り伏せ、打ち倒すだけだ)

 

 そう心の中で思いながら、シグナムは祐一たちと会話を続けた。

 

 ◆

 

 ザフィーラは黒沢祐一という青年を認めていた。

 守護騎士の中で、唯一の男性であった彼はすぐに祐一と打ち解けていた。

 同じ男であったこともあるが、何か祐一とは通ずるものがあるようにザフィーラは思っていた。

 

(――祐一も誰かを守るような存在なのかもしれないな)

 

 その立ち振る舞い。相手を冷静に観察する視線。シグナムと同等か、それ以上の力を持ち、何よりザフィーラたち守護騎士と同じようにはやてを守るという姿勢が守護騎士たち皆にとっても好印象であった。

 

(だが、きっと祐一は我らの行いを手伝ってくれることはないだろう……)

 

 祐一は自分が認めた者が助けてくれと言ったなら、全力でそれに応える人物であると、ザフィーラは思っている。

 だが、祐一は良くも悪くも相手に合わせる傾向がある。そのため、はやての意思を汲む可能性が非常に高い。

 

(我らが主の願いは平穏。……例え自分の命が危険だと知っても、他人に迷惑を掛けることは望まないだろう。だからこそ、祐一は我らの意思には同調してはくれない)

 

 自分たちははやての守護騎士。主の命は絶対であるが、今回の件は自分たちの独断で、はやての意思に反していた。

 

(我らが間違っているのか……? ……いや、それは考えても仕方ないことだな)

 

 そう心の中で思うが、ザフィーラはそれを振り払うかのように首を横に振った。

 

(間違っているかではない。……やるか、やらないかだ)

 

 そう心の中でザフィーラは強く思った。

 そして、シグナムと話しをしている祐一へと視線を向ける。

 

(お前が俺のことをどう思っているかは知らないが、俺はお前のことを良き友人だと思っている)

 

 ザフィーラにとって、シグナム、ヴィータ、シャマルの三人以外でここまで話しをした人物は少なかったし、それに男性であることを考えれば、もっと少なかった。

 それゆえに、ザフィーラは祐一のことを良き友人だと思っていた。

 

(その友人の気持ちを裏切っているかもしれん。だが、それでも我らは止まれない)

 

 だから、とザフィーラは心の中で思った。

 

(――我らを止めたいのであれば、全力でぶつかってこい。そのときは、俺もこの拳でお前の思いに応えよう)

 

 そうザフィーラは、心に決意を宿した。

 

 ◆

 

 祐一が来てから、ヴィータは機嫌が悪かった。シグナムが言っていたように、祐一を睨んだり、厳しい物言いをしていた。

 ――だが、その内心は違っていた。

 

(祐一があたしたちの敵になるなんて……はやてを助けることを止ようとするなんて、信じられねぇ)

 

 むくれた表情で、ヴィータは心の中でそう思っていた。

 そして、目の前に座っている祐一を静かに見つめていた。

 

(初めて会ったときは、なんだか物静かで何考えてるかわかんなくて、いけ好かない奴だと思ってたっけな)

 

 ヴィータがというか、守護騎士たちと祐一が初めて出会ったのは、闇の書が起動し、皆が目覚めたときだった。自分たちが急に現れたことによって、主であるはやてが気絶した後、黒衣の青年はやってきて、はやての知り合いだと名乗り、すぐにはやてを病院へと連れて行ったのだ。

 そんな青年にヴィータは始めは警戒心を強めていた。

 はやてからも祐一は大事な人だから仲良くしてと言われたが、ヴィータはそれでも警戒心を解かなかった。

 

(あのときは自分で見極めようと思ったんだっけな)

 

 はやてがいくら良い人だと言っても、内心では何を企んでいるかわからない。ヴィータは主を危険から守護する者だ。だから、おいそれと相手を認めるわけにはいかなかった。

 そして、そこからヴィータは祐一を観察していったのだ。

 

(だけど、結局、シグナムもザフィーラも祐一をすぐに認めていった。シャマルははやてに言われてすぐに認めてたけど。だけど、あたしはしばらくの間は祐一を認めなかった。だけど……)

 

 だが、結局、ヴィータが祐一を認めるのも時間は掛からなかった。

 

(確かあたしが本格的に祐一を認めた始めたのって、二人で買い物に出掛けたときだったっけ……)

 

 ヴィータはその日のことを思い出す。

 その日は、たまたま皆が忙しく、買い物を頼めるのがヴィータしかいなかったときだった。

 はやてに買い物を頼まれたヴィータは一人で出掛けようとしたが、流石に一人では荷物がかさばり過ぎるため、はやてがそのときはやての家を訪れていた祐一へと荷物持ちを頼んだのだ。

 当然、ヴィータは嫌そうな顔をしたが、はやての笑顔には逆らうことは出来なかった。

 

(あの時はほんとに祐一といっしょに買い物に行くのが嫌だったんだけど、そのときだったっけな……)

 

 祐一といっしょに出掛け買い物をしていると、ヴィータは意外なものを目にしたのだ。

 それは、行く店の先々で祐一が町の人に声を掛けられている光景だった。

 この前は世話になった。また、店にきてくれ。助けてくれてありがとう。

 そんな風に町の人から色々と話しかけられている祐一を見て、ヴィータは心の中で祐一のことを認めたのだ。

 

(祐一は無愛想だけどとっても優しい奴なんだって、町のみんなの顔を見てたら、とても慕われていることがわかった)

 

 だからこそ、きっと祐一ははやてを助けるためとはいえ、他人を犠牲にしなければならない方法は取らないだろうと、ヴィータは思っていた。

 

(だけど、あたし――いや、あたしたち守護騎士は主のため、はやてのために、それをやらなくちゃいけねぇ)

 

 自分たちが不甲斐ないゆえ、このような方法でしかはやてを救うことができないことをヴィータは歯痒く感じていた。

 

(でも止まれねぇ。例え祐一をぶっ飛ばさないといけなくても、あたしたちは止まることなんてできねぇんだ)

 

 そう僅かに表情を歪めながら、ヴィータは心の中でそう思っていた。

 

 ◆

 

 しばらくして、料理が出来上がったため、皆での晩御飯となった。

 祐一とシグナムたちの間にあったぎくしゃくした空気も、はやてとの晩御飯ということもあり、それも緩和されていた。

 久しぶりの祐一を交えての晩御飯ということもあり、はやては終始笑顔で話しをしていた。そんなはやての笑顔を見て、守護騎士たちも嬉しそうに微笑んでいた。

 

 はやての料理を堪能した後、片付けも終え、しばらくの間はやてたちといろいろな話をした後、祐一は丁度切りの良いところで口を開いた。

 

「さて、そろそろ俺は帰るとするよ」

「え~さっき来たばっかりやん。もう少しお話したかったのに……」

「すまないな」

「まぁ、でもこれで会えなくなるっちゅうわけやないし、今日はこれくらいで我慢しとく」

「ああ。また遊びに来るし、それに勉強もちゃんと教えてやる」

 

 祐一はそう言いながらはやての頭を軽く撫でた。

 はやてはそれを嬉しそうに、「約束やからね」と微笑みを返しながらそう言った。

 そんなはやての顔を見た後、祐一はシグナムへと視線を移した。

 

「……じゃあ、またな、シグナム」

「ああ。どうせまたすぐに会えるさ」

 

 祐一の言葉に、シグナムは僅かに微笑みを返しながら話した。

 

「ほなね、祐一さんっ!」

「じゃあな、はやて」

 

 笑顔のはやてにそう言葉を残し、祐一ははやての家を後にした。

 

 ◆

 

 それから、祐一は一度家へと戻り準備を終えてから、また家を出た。

 目指すのは近くの公園である。今はもう日付も変わろうかという時間のため、人通りなど皆無であった。

 そんな暗い道を祐一はいつも通り、漆黒の服装で公園へと向かった。

 そして祐一が公園へと到着し、しばらくして、目当ての人物たちが姿を見せた。

 

「――来たか」

「ああ。来たぞ、黒沢」

 

 祐一の呟きに言葉を返したのは、桃色の長髪をポニーテールに束ねた女性――守護騎士たちのリーダー的存在のシグナムだった。

 そして、その隣には小さな影があった。

 

「……祐一」

 

 勝気な瞳を宿しているその表情からは、いつものらしさが見えない真紅の髪の少女――鉄槌の騎士ヴィータであった。

 そしてそんなヴィータを心配そうに見つめる女性――シャマル。

 祐一へと鋭い眼光を向けている筋骨隆々な男性――ザフィーラ。

 これで守護騎士全員が揃った。

 そして、祐一は自信を見つめる守護騎士たちへと視線を送り、静かに口を開いた。

 

「用件はわかっているだろ?」

「ああ。先日の件のことだろう」

 

 祐一の言葉を待っていたように、シグナムはすぐに言葉を返した。

 

「単刀直入に言おう。――今すぐ蒐集を止めろ」

 

 瞳に力を込めながら、祐一はそう言い放った。だが、シグナムはすぐに首を横に振った。

 

「断る。こればかりは黒沢の言うことでも聞けん」

「なぜ今更このようなことをする? これがはやての願いだとでも言うつもりか?」

 

 祐一の責めるような言葉に、シグナムが冷静に返そうとしたが、別の人物の声によって掻き消された。

 

「――このままじゃ、はやてが死んじゃうんだっ!」

「なに? それはどういう意味だ?」

 

 ヴィータの言葉に、祐一は滅多に崩さない表情に驚きを貼り付けていた。

 そして、シグナムたちは祐一へと現状の説明を行った。

 はやての命が短いこと。それが《闇の書》が原因で起こっているということ。そして、はやてを助けるためには、《闇の書》を完成させなければならないこと。

 

「――なるほど。そういうことだったのか……」

 

 話しを聞き終え、祐一は表情を歪めた。自分が思っていたよりも、事態が切迫していることに、祐一は僅かに呻いた。

 そんな祐一を見つめながら、シグナムは話しを続ける。

 

「だから、我々の邪魔をしないでくれ」

 

 シグナムの言葉に、祐一は歪めていた表情を元へと戻すと、静かに口を開いた。

 

「――断る、と言ったら……?」

「――例え黒沢が相手でも、切り伏せて進むだけだ」

「そうか」

「だが、我々も恩人であるお前とは戦いたくはない。――蒐集が終わるまで、手を出さないでくれ」

「…………」

 

 シグナムは僅かに表情を悲しみに歪めながら話し、祐一はそれをじっと聞いていた。

 隣にいるヴィータ、シャマル、ザフィーラも悲しみの表情を浮かべていた。皆、思っていることは同じだった。

 ――祐一とは、戦いたくない。

 シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラもそう考えていた。はやての大事な人であり、自分たちも認めた青年であり恩人。そのような人物と戦いたいわけはなかった。

 そんな視線を一身に受けている祐一はいつの間にか目を閉じていた。

 そして、黙っていた祐一の目がゆっくりと開かれると、静かに口を開いた。

 

「――悪いが、それは了承できない」

 

 そんな祐一の静かな、しかしはっきりとした言葉が周囲を支配した。

 

「っ!? な、なんでだよっ! どうしてなんだよっ! 祐一!」

 

 もはや涙すら浮かべたヴィータの表情を見つめた祐一は、僅かにその表情を歪めた。

 

「それをはやてが望んでいないからだよ、ヴィータ」

「そんなのはわかってるっ! はやては自分のために他人を犠牲にすることを認めない。だけど、あたしたちは、はやてに死んでほしくないんだよっ!」

 

 ヴィータの慟哭が周囲に木霊する。

 しかし、そんなヴィータの言葉を聞いても、祐一の決意は揺らがなかった。

 

「俺もそんな結末は望んではいない。そのためにベストを尽くすつもりだ」

「その結果が、私たちの邪魔をすることだというのか?」

「ああ、そうだ。お前たちがやろうとしていることは逃げだ。なぜもっと良い方法を探さない?」

「私たちは《闇の書》の一部。ゆえに、最善の方法は"これ以外"にないという結論に至ったのだ」

 

 シグナムの言葉を聞き、祐一は首を横に振った。

 

「……今、俺がお前たちに何を言ってもきっと納得しないだろう」

「……ならばどうする?」

「決まっている。白黒はっきりさせるしかあるまい」

 

 祐一の言葉に、守護騎士の面々は表情を変えた。ヴィータは未だに目に涙を浮かべているが、その表情はもう気持ちを切り替えたようだった。

 

「……いいだろう。どのみち我らの邪魔をするならば、お前の存在は厄介だ」

 

 シグナムは祐一に向かってはっきりと言い放った。

 

 ――そして今、黒衣の騎士と守護騎士たちは相反する思いからぶつかり合う。

 

 




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《黒衣の騎士》 vs 《守護騎士》

投稿します。
久しぶりの投稿になってしまいました。。。
久しぶりな変わりに、いつもより少し長くなってます。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 地球から僅かに離れた人間が住んでいない管理外世界。今、そこに一人の青年と四人の男女が相対していた。

 

「――もう一度聞こう。蒐集を止める気はないのか?」

 

 口を開いたのは、漆黒のバリアジャケットを身に纏った青年――黒沢祐一であった。

 だが、祐一はそう口では言いつつも、守護騎士の皆が蒐集を止めるとは思ってはいなかった。

 

「くどいな、黒沢。我らは主を助けるため、止まるわけにはいかんのだ」

 

 案の定、凛とした口調で祐一へと言葉を返したのは、桃色の長髪を後ろで縛ってポニーテールにした女性――守護騎士のリーダーを務めているシグナムであった。シグナムの格好は、女性らしいプロポーションを覆い隠すように騎士甲冑を纏っており、腰には自身の相棒である長剣型のデバイス《レバンティン》を携えていた。

 

「そのとおりです。祐一くんと戦うのは正直嫌ですけど、それでも私たちは止めるわけにはいかないんです」

 

 シグナムの言葉に続くように声を発した人物は、金色の髪と優しげな表情が特徴的な女性――守護騎士の参謀を務めるシャマルであった。

 

「――ザフィーラ、ヴィータ。お前たちもそう思っているのか?」

 

 そう問い掛ける祐一の言葉を、筋骨隆々の青年と真紅のゴスロリ衣装を身に纏った少女――ザフィーラとヴィータは黙って聞いていた。

 ザフィーラの表情はいつもと変わらず無表情。腕を組んだまま押し黙っていた。

 対するヴィータは、祐一へと何かを言おうとしているのだが、上手く伝える言葉が思いつかないのか顔を俯かせていた。

 そんなヴィータを気遣ってか、組んだ腕を下ろしながらザフィーラが口を開いた。

 

「……ああ。残念だが、祐一、お前の頼みでも聞くことはできん」

「……そうか……」

 

 ザフィーラの言葉に、祐一は僅かに表情を歪めながらも頷いた。

 すると、今まで黙っていたヴィータが俯いていた顔を上げながら、静かに祐一へと声を掛ける。

 

「……なぁ、祐一。お前もさ、あたしたちに協力してくれないか……?」

「ヴィータ、それは……」

「わかってるっ! あたしたちがやろうとしていることが良くないことだってことくらいっ! だけど、それでもあたしたちははやてを助けるために、それをやらなくちゃいけないんだっ! あたしたちははやてを助けたい。……守りたいだけなんだ、今の幸せな時間を……」

「ヴィータ……」

 

 ヴィータの慟哭を聞き、祐一の表情が曇った。ヴィータはそう声を上げながら、目尻に僅かに涙を溜めていた。

 

「それに、祐一とだって仲良くなれた。あたしたちは別に祐一と戦いたいわけじゃない。……だから、あたしたちの邪魔をしないでくれよ、祐一……っ!」

 

 ヴィータの叫びが周囲に木霊し、祐一もまたヴィータの言葉を聞き、その想いを受け止めるように一度静かに目を閉じた。

 

(――守りたいものは同じなはずなのに、どうしてこうも相容れないんだろうな。……本当に、この世はままならないことだらけだ)

 

 心の中でそう思いながら、祐一は静かに溜め息を吐いた後、閉じていた瞳を開くと、守護騎士たちをしっかりと見つめながら口を開いた。

 

「――それはできんよ、ヴィータ。俺にはお前たちがやろうとしていることが、正しいとは思えない」

「っ!? それじゃあ、祐一ははやてがいなくなってもいいって言うのかよ……っ!」

「そうじゃない。はやてを助けたい気持ちは俺も同じだ。……だが、"お前たちが言っている方法"が最善だと、俺は思っていない。――だから、何度でも言おう。蒐集を今すぐ止めるんだ」

 

 そう話しを終えた祐一を、守護騎士たちは悲しみを含んだ瞳を向けながらも決意を内に秘めていた。

 

「――どうやら、これ以上何を言っても無駄なようだな」

「――はやてちゃんを悲しませたくないですけど、私たちの思いと祐一さんの思いは相容れないようです」

「――我らは守護騎士。主を守るためならば、邪魔をするものは全て蹴散らす」

「――だから、祐一。あたしたちのやってることが終わるまでは、絶対に邪魔させねぇ!」

 

 シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータはそう言い放つと、各々のデバイスを構えた。

 そんな守護騎士たちの姿を見て、祐一は深く溜め息を吐いた。

 

「――この、わからずやどもが……」

 

 祐一がそう言い終えると同時に、守護騎士たちが一斉に動きを開始した。

 ――遂に戦いの幕が上がった。

 

 ◆

 

 祐一は動き始めた四人に視線を向ける。

 

(シグナムのデバイスは剣。おそらく接近戦を得意としたアタッカー。ヴィータのデバイスはハンマー。見た目どおりの破壊力重視のアタッカーかと思うが、確認しなければわからない。シャマルはあまり動かないところを見ると、バックアップが主な役割だろう。ザフィーラはほぼアルフと同じか……)

 

 そんな風に観察しながら、祐一も自身のデバイスである騎士剣《冥王六式》を右手に持った。

 

(一人一人でもかなりの力量だというのに、この四人が揃うとさらに厄介だな)

 

 祐一がそう考えていると、シグナムがレヴァンティンを両手に持ち、突っ込んできた。

 

「はぁ!」

 

 裂帛の気合いとともに、シグナムの一撃が祐一へと迫る。だが、祐一はそれを特に焦るでもなく、自身の長剣で受け止めた。

 

「流石にやるなっ! 黒沢!」

「これぐらい、どうということはない」

 

 シグナムが笑みを浮かべながら叫ぶように声を上げ、祐一は表情を変えずに言葉を返した。

 

「ふっ!」

 

 すると、すぐさまシグナムが短い呼吸音とともに、レヴァンティンを上下左右から祐一目掛けて攻撃を繰り出した。それを祐一は長剣を持って迎え撃つ。

 

(祐一のやつ、シグナムの攻撃を完全に見切ってやがるっ)

 

 そんな祐一とシグナムの戦闘を、少し離れた場所から見ていたヴィータが心の中で驚嘆していた。

 シグナムが攻め、祐一が迎え撃つという状態であり、見た目は祐一の防戦一方のように見える。だが、シグナムの攻撃はどれも決定打とは成りえていない。それが、ヴィータと同じように戦闘を傍観しているザフィーラやシャマルに驚きを与えていた。

 

(やっぱり、祐一のやつ相当やりやがるな)

 

 シグナムは守護騎士のリーダーであり、近接戦闘のスペシャリストだ。そのシグナムと互角以上に戦える祐一を侮ることなど、ヴィータには出来ない。

 

(それに祐一の実力はまだこんなもんじゃない気がする。――だから)

 

 ヴィータはそこで思考を止めると、声を上げた。

 

「シャマル、ザフィーラ!」

「わかったわ!」

「心得た」

 

 ヴィータに名前を呼ばれただけなのにも関わらず、シャマルとザフィーラは行動を開始した。二人ともヴィータとの付き合いが永いため、もはや以心伝心と言っても過言ではないほど、互いが思っていることを理解できるのだ。

 ヴィータが思っていることは、祐一が完全に本気を出す前に叩くこと。故に、騎士道を重んじるシグナムには悪いとは思うが、ヴィータたちは攻撃を始めた。

 

「クラールヴィント、力を貸してっ」

 

 シャマルがそう呟くと、その足下に魔法陣が展開された。

 そして、それと同時に祐一と激しくぶつかり合っていたシグナムの体が優しい光に包まれる。すると、シグナムの攻撃速度と重さがさらに増した。

 

「……っ! すまんな、黒沢。お前との戦闘を楽しみたいところだが、今回はそうも言っていられんのでな」

「お前たちがどう戦おうが、俺が気にするところではない」

「そうか。――ならばっ!」

 

 シグナムがそう言うと同時に、先ほどよりもさらに苛烈に祐一へと攻撃を繰り出し始めた。

 

「ぐっ!?」

 

 さしもの祐一もこの攻撃を全て避けきることが出来ないのか、深くはないものの、その体に傷を付けていく。

 だが、それでもなお、祐一を倒しきるような決定的な一撃を与えることは出来なかった。

 

(やるなっ! ならば、これでどうだっ!)

 

 シグナムは上乗せされた自身の力によって、下から上へとレヴァンティンを走らせ、それを防御した祐一の長剣を跳ね上げ、渾身の一撃を上段から祐一目掛けて振り下ろした。

 その一撃が直撃すると誰もが思っていた。だが、祐一はその期待を裏切ってみせた。

 

「……っ……がはっ!?」

 

 祐一は跳ね上げられた長剣を持っていない方の手で拳を作り、それでシグナムが両手で持っていた柄の部分をその拳で跳ね上げて上段の一撃を防ぎ、さらに強烈な蹴りをシグナムの体へと叩き込んだ。

 強烈な攻撃をくらったシグナムは、吹き飛ばされた勢いそのままに、体勢を整える間もなく壁へと激突した。

 

「……シグナムッ!? ……っ! 祐一!」

 

 そんなシグナムの姿を見て激昂したヴィータが、祐一へとグラーフアイゼンを両手に持ち、そのまま突っ込んできた。

 

「頭に血が上りすぎだ、ヴィータ」

「なっ!?」

 

 祐一の静かな声が響くと同時に、ヴィータが真紅のバインドによって捕獲された。

 

(あたしの行動が読まれたっ!?)

 

 祐一はシグナムを吹き飛ばしたと同時に、ヴィータが突っ込んでくるであろうことを予測し、設置型のバインドを準備しておいたのだ。

 そんな用意周到な祐一の行動に、ヴィータはただただ驚愕するしかなかった。

 

「フレイムランサー」

 

 祐一は瞬時に炎に包まれた魔力弾を生成し、それをヴィータへと放った。

 

「そうそう好きにはさせんっ!」

 

 しかし、ヴィータへと放たれた魔力弾はザフィーラによって防がれた。いかに祐一の魔力弾であろうとも、盾の守護獣の異名を持つザフィーラの防御壁を抜けることは出来なかった。

 

「迂闊だぞ」

「ごめん、ザフィーラ」

 

 そう言い合いながらも、ザフィーラはバインドを解除しヴィータを自由にした。

 ザフィーラは未だに悠然とこちらを見つめている祐一へ、同じように視線を向ける。

 

(これほどとはな。流石は我らが主が認めた男だ)

 

 ザフィーラが心の中で祐一へと賞賛を送っていると、先ほどの攻撃で吹き飛ばされていたシグナムとシャマルが傍へとやってきた。

 

「大丈夫か?」

「ああ。シャマルに治療してもらった。少し痛むが、問題ない」

「でも、あくまで応急処置だから、あまり無理は禁物よ」

「ああ、わかっているさ」

 

 シャマルの心配そうな言葉に、シグナムはしっかりと頷きを返した。

 対する祐一も右手に長剣を持ったまま、四人を見つめていた。

 

(強いな。流石は守護騎士と言ったところか。近接戦では、やはりシグナムに分があるか)

 

 祐一は心の中でそう客観的に分析していた。確かに最後の攻撃は当たったが、一日の長があちらにある分、近接戦闘では祐一も押され気味だった。

 

(それにあいつらはまだ、カートリッジシステムを使っていない。あれが使われるとなると、実に厄介だ)

 

 ベルカ式魔法最大の特色で、前もって魔力を込めたカートリッジをロードし、使用者の魔力を一時的にブースとすることで、その魔導師が本来持つ力以上に魔法の効果を高めるシステムのことである。

 シグナムとヴィータのデバイスにはそれが組み込まれており、二人はそれをまだ使用していない。

 

(あれを使われると、おそらく防御しきれないだろう。"今"の俺のデバイスではカートリッジシステムは使えないしな)

 

 祐一がそう考えていると、シグナムたちが体勢を整え、再度戦闘の構えを見せ始めていた。

 それを見て、祐一は長剣を持つ手に力を入れ、

 

「ソニックムーブ」

 

 瞬時にシグナムたちへと肉薄した。

 

「「っ!?」」

 

 シグナムたちは祐一のスピードに驚き、息を飲んだ。

 そんなシグナムたちに構わず、祐一はそのままの勢いで上段から騎士剣を振り下ろす。その標的は、戦闘要員ではないシャマル。

 戦闘要員ではないものの、治療やサポートが可能なシャマルは今の祐一にとってはすぐにでも倒しておきたい人物であったため、標的としたのだ。

 

「何度もやらせんっ! おおおぉぉっ!」

 

 突然の祐一の攻撃に動けなかったシャマルを守るように、ザフィーラが祐一の眼前へと現れ、その一撃を防いだ。

 祐一は攻撃が防がれたのを確認したと同時に、後方へと跳躍する。

 

「もう、逃がさねぇぞっ! 祐一!」

 

 だが、祐一が下がることを予測していたヴィータとシグナムが、左右から祐一へと襲い掛かった。

 

「吹き飛べっ!」

「レバンティンッ!」

 

 ヴィータは数個鉄球を取り出し、それに魔力を込めると、グラーフアイゼンでそれを祐一に向けて撃ち出した。

 同じくシグナムも距離を僅かに開けたまま、レバンティンを連結刃と呼ばれる刃を備えた鞭《シュランゲフォルム》へと変え、それを祐一に向けて振りぬいた。

 

(どちらの攻撃も正確で、速いっ! だが……っ!)

 

 左右から同時に迫ってくる攻撃に、さしもの祐一も僅かに焦りを覚えたが、それでも心は冷静であった。

 瞬時に祐一は魔力弾を作り出し、それをヴィータが撃ってきた鉄球へとぶつける。轟音とともに粉塵が辺りに舞い上がりながらも、祐一は最小限の動きで今度はシグナムの連結刃の攻撃を回避しようとする。

 

「甘いっ!」

 

 だがシグナムはそれを見越していたのか、腕を動かし鞭の起動を変え、さらに攻撃を仕掛けた。

 

「ぐっ!?」

 

 祐一は流石に回避できず、腕を浅く切り裂かれた。

 シグナムはさらに続けて変幻自在に鞭の起動を変えながら、祐一を追い込んでいく。上下左右と変則的で速い攻撃を祐一は何とか長剣で防いだり、回避したりとやり過ごしていた。

 だが、祐一はここで自らの過ちに気付く。

 

(っ!? ヴィータは……っ!?)

 

 そう、一度目の攻撃からヴィータの姿が見えなくなっていたのだ。

 

「――アイゼンッ!」

 

 すると、祐一が立っている上空から叫び声が聞こえた。しかし、その声の主であるヴィータの姿が"見えなかった"――いや、そこにいるのかがわかりにくいが、ヴィータは上空にいた。

 

(ちぃ! これは、ヴィータを幻術魔法で姿を見えにくくしているのか……っ!)

 

 祐一がそう心の中で舌打ちをする。

 ヴィータは最初の攻撃の後、シャマルの幻術魔法によって姿を消し、シグナムの攻撃に紛れて祐一の上空へと飛んでいたのだ。

 

「――ロード、カートリッジッ!!」

 

 ヴィータに掛かっていた幻術が解け、その姿が露になると、その叫び声と同時にグラーフアイゼンの形態が《ラケーテンフォルム》へと変化していた。ロケット噴射で加速しながら、ヴィータは祐一へと突っ込んでいった。

 

(この攻撃は避けられん! リミッター解除っ!)

 

 シグナムの攻撃を防御しながら、こちらへと突っ込んでくるヴィータを確認した祐一は回避することを諦め、自身のリミッターを解除した。それと同時に、祐一から膨大な魔力が噴出される。

 ヴィータはそんな祐一の魔力に驚き、目を大きく見開いていたが、それでも構わず祐一へと突っ込んでいった。

 

「ラケーテンハンマーー!!」

「プロテクション!」

 

 ヴィータは叫び声を上げながら、祐一にグラーフアイゼンを叩き込んだ。対する祐一は、長剣を寝かせた状態でヴィータの攻撃をプロテクションを張って受け止めた。

 ドゴンッ! という音が周囲へと響くと同時に、祐一の足下の地面が陥没する。ミシミシと金属同士が擦れ合うい、火花が散っていた。

 

「うおおぉぉっ!」

「ぐおおぉぉっ!」

 

 ヴィータは声を上げながら祐一へとハンマーを押し込み、祐一は防いでいる長剣でそれを押し返そうとしていた。激しいぶつかり合いに地面の陥没はさらに大きさを増していた。

 長い時間拮抗していたように感じたが、それの状況も次第に変化しつつあった。

 

「う、おぉおおぉぉ!!」

「ぐっ!?」

 

 祐一のプロテクションに次第に亀裂が入り始めていた。祐一も押し返そうとしているが、僅かにヴィータの力が勝っていた。

 

「っ! ――ぶちぬけぇ!!」

 

 そして、ヴィータの叫び声と同時にグラーフアイゼンの噴射の威力が増し、遂に祐一のプロテクションが破られた。

 さらに祐一が持つ騎士剣《冥王六式》へとグラーフアイゼンが直撃し、その刀身を真っ二つに叩き割った。

 

「おっらぁっ!!」

「っ!? ぐ……っ!?」

 

 最早祐一にヴィータの攻撃を防御する手などなく、その攻撃は祐一へと直撃し、その巨体を軽く吹き飛ばした。轟音とともに祐一の巨躯は壁へと激突し、その余波から土煙が辺りを満たしていた。

 

「はぁ、はぁ……」

「大丈夫か、ヴィータ?」

「ああ、問題ねぇよ」

 

 ヴィータは近づいてきたシグナムにそう言葉を返しつつ、呼吸を整えていた。

 

(正直、ギリギリだった。もう少し祐一の魔力が持つか、もしくはデバイスの強度が高かったらあたしの攻撃は防がれて、きっとカウンターもらってだろうな。だけど、結果はあたしの攻撃力が勝った。手応えから攻撃は直撃してるのは間違いねぇ。だけど、もしこれでも立っているようなら――相当の化物だ)

 

 ヴィータは祐一が吹き飛んだ方向を見つめながら、そう心の中で思っていた。

 そして、ヴィータの呼吸も段々と安定してくると、立ち込めていた土煙も晴れてきた。

 ――すると、そこには、

 

「――おいおい、マジかよ」

 

 黒衣の青年が悠然と佇んでいた。だが、その体はヴィータの一撃により満身創痍。頭から血を流し、漆黒のロングコートもズタズタに引き裂かれており、肌が見える箇所からも血が流れていた。

 しかし、それでもなおその瞳からは他者を圧倒する力が宿っており、思わず後ずさりしてしまいそうになるぐらいであった。

 

「流石に、守護騎士の名は伊達ではないな。今の一撃は相当効いたぞ」

「……はは、そんなあたしの攻撃を受けてなお立ってる祐一はさらに化物だっての」

 

 静かに話す祐一に、ヴィータは思わず笑みを浮かべてしまった。

 そして、ヴィータは表情を真剣なものへと戻すと、満身創痍な祐一を見つめながら口を開いた。

 

「……なぁ、祐一。もうこんな戦い止めよう」

「ヴィータ、お前たちに譲れないものがあるように、俺にも譲れないことがあるんだ。ならば、戦うしかない。それは、お前も分かっているだろう」

「わかってる。だけど、それでもあたしは本当は祐一とは戦いたくなんかないんだ」

 

 ヴィータの言葉に祐一は僅かに眉間に皺を寄せた。そんな二人の会話をシグナム、シャマル、ザフィーラの三人は黙って見つめていた。

 

「あたしだけじゃない。シグナムとシャマル、ザフィーラだって、本当はこんな戦いなんて望んでない。あたしたちはただ、はやてと一緒に静かに暮らしたいだけなんだ」

「……そんなことは分かっている。だが、それでもお前たちははやてを助けるためだと、見ず知らずの他人を襲い、《闇の書》を完成させようとするのだろう」

「それははやてを助けるためで仕方の無いことなんだよっ! それに、《闇の書》を完成させる以外にはやてを救う方法なんかないんだよっ!」

 

 ヴィータの悲痛な叫びに祐一は僅かに表情を曇らせるが、それでも口調ははっきりとしていた。

 

「《闇の書》を完成させる以外にはやてを救う方法がない、か。……お前たちは本当にその方法でしかはやてを救えないと思っているのか? なぜ、その一つしか思いつかない……?」

 

 祐一のその言葉にヴィータだけでなく、シグナムたちも訝しげな表情となった。

 そんな表情となるヴィータたちに対して、祐一はさらに表情を曇らせる。

 

「――その方法しか思い付かないようならば、俺がお前たちに賛同することなど、ありえんよ」

「っ!? なんでだよっ、祐一!」

 

 変わらない祐一の決別の言葉に、ヴィータはたまらず叫び声を上げた。

 

「……考えろ、ヴィータ。その方法では誰も救えない。最善の方法は今の俺にはわからないが、きっと、必ず良い方法が他にもあるはずだ。考えることを止めるな。考えるからこそ人間なんだ。――もし、それを放棄してしまったら、それは人ではない。ただ命令され、それを実行するだけの機械だ」

「……祐一……」

 

 ヴィータは祐一の言葉に、静かにそう呟くしかなかった。なぜか、祐一のその言葉が頭の奥深くに違和感として残ったからだ。

 

(――あたしたちは――)

 

 ヴィータが祐一の言葉に、自分たちがやろうとしていることの正しさを考えようとした。

 しかし、その思考は途中で中断することとなる。

 

 ――このときを待っていたぞ、黒沢祐一。

 

 そう祐一とヴィータたちの周囲に声が響き渡った。それは若い男の声であった。

 

「誰だっ!?」

 

 ヴィータたちが周囲を警戒するように辺りを見回した。――そのときだった。

 

「っ!? がは……っ!?」

 

 祐一の呻きが聞こえ、ヴィータたちがそちらへと視線を向けると、そこには、

 

「っ!? 祐一!?」

 

 口から大量の血を吐き、背後から突き抜けるように胸から腕を生やした祐一の姿があった。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をよろしくお願いします。


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撤退

投稿します。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


 ヴィータは驚愕の表情でその光景を呆然と見つめていた。

 そして、ヴィータの傍に居たシグナム、シャマル、ザフィーラの三人も同じように呆然とその光景を見つめていた。

 

 ――祐一が前のめりに倒れていく姿を。

 

(なん、だよ……これ……)

 

 倒れていく祐一の姿を見つめながら、ヴィータは心の中で呟いた。先ほどまで悠然と自分たちの前に立ちはだかっていた男が今、倒れそうになっているのをヴィータは眺めていた。

 

(祐一は強いんだろ……なんで……)

 

 倒れそうになってんだよ、とヴィータは呆然としながらもそんなことを思っていた。

 

(……だめだっ! 祐一、あんたがいなくなっちまったら……はやてが悲しんじまうじゃないか……っ!)

 

 ヴィータは祐一が倒れる姿を見つめながら、悲しみに暮れる自身の主の表情を想像した。

 祐一をあれほど慕っていたはやてが、もし祐一がいなくなればどうなるかは想像に難くなかった。

 ――故に、ヴィータは声を上げる。

 

「……っ! あんたはこんなところで死んじまうような人間じゃないだろっ! あんたの帰りを待ってる奴らがいるんだろっ! はやてだってその一人なんだ。……だから、起きろよ……黒沢祐一……っ!」

 

 ヴィータが叫ぶように祐一の名を叫んだ。そんなヴィータの叫びに、守護騎士の面々がはっとした表情となり意識を取り戻した。

 そんなヴィータの言葉を、祐一の背後にいる仮面の男は鼻で笑った。

 

「ふんっ、無駄だ。流石にこの傷では、こいつも起き上がることなど――」

 

 そう仮面の男が話しをしていると、突然、祐一の体が動いた。

 

「なっ!?」

 

 そんな祐一の突然の行動に、仮面の男は驚愕の声を上げた。

 祐一はそんな仮面の男の声など気にすることなく、仮面の男から距離を取るように移動していた。

 

「祐一……っ!」

 

 ヴィータは驚きながらも僅かに笑顔を覗かせながら声を上げた。

 そんなヴィータの声を聞きながら、祐一は地面に片膝をつき、左手で胸の傷を押さえ簡易的な治癒魔法を掛けながら自身の状態を確認する。

 

(――不覚を、とってしまったか……)

 

 口元に付いていた血を拭いながら、祐一は僅かに歯噛みした。

 自分の傷を確認するまでもなく、この傷は致命傷であり、これ以上まともに戦闘を続けることなど出来ないだろうと、祐一は荒く息を吐きながら思っていた。額からは大量の汗が流れ続け、胸の傷も自身の魔力を全て治療へと回していることから出血は収まっているものの、これまでの戦闘で失った血の量が多すぎたため、僅かに視界が霞み始めていた。

 

「黒沢、無事かっ!?」

 

 ヴィータに続いてシグナムも心配そうな表情で声を掛ける。レヴァンティンを持ってはいるものの、流石に祐一と命のやり取りをする気はないようであった。

 

「ああ、大丈夫……とは言えないが、少なくとも命に別状はない。今のところはな……」

「そうか。ならばすぐに治療しなければ……シャマル、頼めるか?」

「ええ、わかったわ」

 

 シグナムの言葉を聞き、シャマルが祐一へと近づこうと足を踏み出した。

 ――そのときだった。

 

「――残念だが、奴をこの場から逃がすわけにはいかない」

「なっ!?」

 

 仮面の男の声が周囲に響き渡ると同時に、守護騎士たちはバインドによって拘束された。

 そんな状態に、ヴィータが驚愕の表情を浮かべながら声を上げる。

 

「そんな……っ! いつのまにっ!?」

「警戒を怠ってはいなかったはずだっ!」

 

 同じくバインドによって拘束されたザフィーラも、どうにかバインドを解こうともがきながら声を上げた。

 

「はっ、残念ながら敵は私だけではないのでな」

 

 そう仮面の男が声を上げると、ヴィータたちの背後からもう一人仮面の男が現れた。

 

(ちっくしょ……っ! 祐一と仮面の男に気を回しすぎたせいで、もう一人いるなんて全然気付かなかったっ! それに、このバインド……あたしたちがすぐに解けないように、かなりの魔力が込められてやがるっ!)

 

 ヴィータは舌打ちしながら、後から現れたもう一人の仮面の男へと睨むように視線を向けた。

 不意を突いたとはいえ祐一に致命傷を負わせ、なおかつこれほどの魔法を使用する仮面の男たちは、只者ではないとヴィータは冷静に思っていた。

 

「お前たちの目的はなんだっ!」

 

 シグナムが鋭い眼差しを仮面の男に向けながら叫ぶ。

 そんなシグナムの質問に、仮面の男は

 

「俺たちの目的は貴様たちと同じ――《闇の書》を完成させることだ」

「なん、だと?」

 

 仮面の男の言葉に、シグナムだけでなくヴィータ、シャマル、ザフィーラも驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべた。

 だが、ただ一人、苦悶の表情を浮かべている祐一だけは違っていた。

 

(――やはりそうか。こいつらの目的が《闇の書》の完成だとすると、一番邪魔になる俺を消そうとしたのにも合点がいく)

 

 祐一が一人考えていると、さらに仮面の男が話しを続ける。

 

「なので、《黒衣の騎士》相手に苦戦していたお前たちの手助けをしてやろうと、私たちは思ったんだ。……お前たちにとって、黒沢祐一は邪魔な存在でしかないだろう?」

「そんなこと……」

「あるはずない、か? ならばなぜ、お前たちは黒沢祐一と戦っていた?」

「そ、それは……」

 

 仮面の男の言葉に、シグナムは口篭った。確かに仮面の男の言っていたように、シグナムたちはお互いの想いの違いから戦うことになってしまった。祐一を倒さなければならないと思っていたことは事実であった。

 

「お前たちは主である八神はやてを救いたいのだろう? ならば、それを邪魔しようとしている黒沢祐一は邪魔なだけだ。故に、黒沢祐一にはここで舞台から降りてもらうことにしたのだ」

 

 そう話しをしながら、祐一を攻撃した仮面の男は祐一へと近づいていく。

 

(ぐっ、先ほどの動きが限界だったか。これ以上、動けん)

 

 祐一は膝を着いたまま、こちらに近づいてくる仮面の男を見つめていた。

 

「おいっ、やめろっ! それ以上、祐一に近づくんじゃねぇ!」

「そうはいかない。この男は危険だ。ここで排除しなければ、今後の計画に必ず支障をきたしてしまう」

 

 バインドで拘束されながらも、ヴィータが仮面の男へと叫び声を上げる。だが、仮面の男はおかしそうに笑うだけで歩みを止めない。

 そして、祐一の目の前まで来ると、両手を祐一の方へと向け、魔力を溜めていく。

 

「……っ!? おいっ! マジでやめろっ! てめぇ、そんなことしたらぶっ潰すぞっ!」

「大丈夫だ。この男がいなくなれば、お前たちの主は救われるのだから……」

 

 ヴィータの叫びを仮面の男は受け流し、さらに魔力を溜めていく。

 

(……本当に体が動かない、か。流石にこの攻撃を喰らうと、マズイだろうな)

 

 祐一はこのような状況だというのに、冷静に頭の中で思考していた。

 焦りはある。ここで命を失うかもしれないのだ。だからこそ、祐一は冷静に今の状況を分析し打開策を探してたが、現状、自分の力ではどうしようもないということが分かってしまった。

 

(……あとは運を天に任せるしかない、か)

 

 祐一はそう考えながら、思わず自嘲的な笑みを浮かべてしまった。

 そんな祐一を見ていた仮面の男は僅かに警戒していたが、十分に魔力が溜まったことから、そんな考えは頭の片隅へと追いやった。

 

「――悪いが、ここで舞台を降りてもらうぞ、黒沢祐一」

「俺も年貢の納め時、か……」

「おいっ! 祐一!」

 

 祐一の言葉にヴィータが堪らず声を上げた。シグナム、シャマル、ザフィーラも悔しげな表情で祐一を見つめていた。

 そして、仮面の男が魔力を放つために僅かに腰を落とした。

 

「――さらばだ、黒沢祐一!」

 

 そう呟いた仮面の男から膨大な魔力が撃ち出された。

 

「っ!? 祐一……っ!?」

 

 ヴィータが叫び声が木霊する。だが、そんなことで攻撃が止まることはない。

 そして、祐一へとその一撃が当たると思われたときだった。

 ――この場にいない、別の誰かの声が辺りに響き渡った。

 

「――真打ちはおいしいところでやってくるってな」

 

 僅かに軽薄そうな声が聞こえたかと思うと、仮面の男から祐一へと放たれていた攻撃が急に掻き消えたのだ。

 

「なにっ!?」

 

 仮面の男は驚愕の声を上げ、声がした方へと視線を向けた。

 

「邪魔して悪いが、旦那をやらせるわけにはいかないんでね」

 

 続けて声が聞こえたかと思うと、仮面の男に向けて多数の魔力弾が放たれた。

 

「ちぃ!」

 

 仮面の男は魔力弾を回避するべく、瞬時に移動を開始した。多数の魔力弾は追尾するように作成されたのか、回避行動を取った仮面の男を逃がすまいと追っていく。

 

(なんなんだ、この追尾性能はっ!? それにこちらの行動を先読みするようにこちらへと向かってくるっ!)

 

 仮面の男は自身へと向かってくる魔力弾を防御しながら、心の中で驚きを露にした。

 先ほどから魔力弾を回避しようとしているのだが、まるでこちらの動きを読んでいるように魔力弾は的確にこちらの隙を突き、なおかつ追尾してくる。故に仮面の男は回避を止め、障壁を張り防御するしかなかった。

 そんな攻防をヴィータたちは拘束された状態で見つめており、もう一人の仮面の男も呆然とそれを同じように見つめていた。

 

「だ、誰だよ、あいつ……」

「わからん。……だが、祐一を知っているようだな」

 

 ヴィータの言葉にザフィーラがそう返し、新たに現れた人物へと視線を向けた。

 地毛かどうか疑いたくなるような濃く鮮やかな赤毛で、前髪の一房だけ真っ青に染めており、その赤毛と同じく真紅の衣装に身を包んだ青年がそこに立っていた。

 

「久しぶりに見たな。旦那がこんなにボロボロになってるところなんてさ」

 

 赤毛の青年が祐一に近づきながら、そう言葉を口にした。

 

「――そうでもない。最近はよくこんな状態になっているさ」

「そりゃあ、旦那が"手加減"なんてしてるからでしょうが。旦那が"本気"出して勝てない奴なんて、《紅蓮の魔女》以外にいないでしょうよ」

 

 祐一の言葉に赤毛の青年は呆れたように言葉を返した。

 

「……ああ、すまないな――ヘイズ」

「……まぁ、旦那の気持ちもありますから仕方ないんでしょうがね」

 

 祐一の謝罪に赤毛の青年――《ヴァーミリオン・CD・ヘイズ》は頭を掻きながらそう祐一に言葉を返した。

 ヘイズはすぐに頭から手を放すと、仮面の男と守護騎士たちへと視線を向ける。

 

「とりあえず、この場は退散しましょうか」

「すまないな」

「いやいや、気にしないでくださいよ」

 

 ヘイズが祐一の言葉に首を振っていると、ヘイズの魔力弾を全て捌ききった仮面の男が猛然と二人へと突撃してきた。

 

「ここで逃がすわけにはいかないんだよっ!」

 

 そう叫ぶように声を上げながら、徒手空拳で仮面の男が迫ってきた。

 そんな仮面の男をヘイズはめんどくさそうな表情で見つめていた。

 

「悪いが、旦那はやらせねぇよ。ハリー、サポート頼むぞ」

『はいはい、わかりました』

 

 ヘイズの声に答えるように、どこからか声が聞こえてきた。ヘイズの手にはいつの間にか一丁の拳銃が握られていた。

 

『祐一さんはヘイズの数少ない友人ですから、いなくなってもらっては困ります』

「おい、それじゃあまるで俺に友達がいねぇみてぇじゃねぇかっ」

『事実です』

「ったく、口のへらねぇデバイスだぜ」

 

 ヘイズと会話をしているのは、彼のデバイスであり、相棒でもある《ハリー》である。珍しいインテリジェントデバイスであり、なおかつ、まるで人と同じように意思を持っている数少ないデバイスでもあった。

 そんな二人の緊張感の無さに、仮面の男は僅かに怒りを覚えていた。

 

「っ! なめるなっ!」

 

 先ほどは魔力弾による攻撃で後手に回ってしまったことから、仮面の男はヘイズに接近戦を挑む。

 

「いやいや、なめてねぇよっ!」

 

 仮面の男が繰り出す攻撃をヘイズはギリギリのところで回避しながら、そう声を上げた。

 事実、ヘイズは仮面の男を侮ってはいない。不意打ちだったとはいえ、あの祐一に深手を負わせたのだ。侮ったら負けるのは自分だろうと、ヘイズは心の中で思っていた。

 

(くっ!? やはり、攻撃が当たらないっ!?)

 

 仮面の男はヘイズへと鋭い攻撃を繰り出すが、ことごとくギリギリのところで回避されていた。そのまるで先を読んでいるかのような動きに、仮面の男は戦慄した。

 ヘイズがまるで攻撃を読んでいるように回避できている理由は、《空間把握能力》の高さと相棒であるハリーのサポートがあってこそである。

 

(っと、あっぶねぇ! こりゃあ、とっととケリつけねぇとマズイな)

 

 仮面の男の攻撃を回避しながら、ヘイズは僅かに冷や汗を浮かべていた。確かにヘイズは攻撃を回避してはいるが、全てギリギリであり、いつ当たっても攻撃が当たってもおかしくはなかった。

 実際、ヘイズの身体能力はそこまで高くはなく、得意なレンジは中距離から遠距離であった。

 

(さて、どうするよ……)

 

 ヘイズは思考しながら、仮面の男の攻撃を回避する。

 すると、しびれを切らしたのか、もう一人の仮面の男も戦闘へと参加してきた。

 

「何をやってるっ! 早くケリをつけるぞっ!」

「ああ、すまないっ」

 

 もう一人の仮面の男は遠距離主体なのか、こちらに近づいてはこず、魔力弾を放ってきた。

 

「マジかよっ! ハリー!」

『了解です』

 

 仮面の男が放ってきた魔力弾を見て、ヘイズが自身の相棒へと声を掛けた。すると瞬時に、ヘイズの周りに魔力弾が生成され、それを相手の魔力弾へとぶつけて相殺する。

 

「ちっ!」

 

 それを見た接近戦主体の仮面の男が舌打ちしながら、ヘイズへと距離を詰める。

 だが、ヘイズはそれを読んでいた。

 

「それを待ってたぜっ!」

「なっ!? バインドだと……っ!?」

 

 それを待っていたヘイズは、予め設置していたバインドで接近戦主体の仮面の男を拘束した。

 

「きさまっ!」

 

 そして、それを助けようともう一人の仮面の男が砲撃魔法の体勢を取る。

 だが、それもヘイズの計算の内であった。

 

「ずらかるぞっ! ハリー!」

『わかってますよ。――演算開始。《虚無の領域》発動準備開始』

 

 ハリーの声を聞き、ヘイズは瞬時に祐一の下へと移動し、祐一へと肩を貸して立たせる。

 

「くらえっ!」

 

 轟音とともに、仮面の男から極大の砲撃魔法が放たれた。その威力はなのはが放つディバインバスターよりも上であることが見て取れる。

 それでもヘイズは焦りの表情は浮かべていなかった。

 

『――演算完了。いつでもいけますよ、ヘイズ』

「よしっ、いいタイミングだ」

 

 ヘイズはハリーの声を聞き、祐一を支えていない方の腕を持ち上げると、親指と中指を合わせた。

 そして、ヘイズは笑みを浮かべながら声を上げる。

 

「悪いが、今日はこれでさよならだっ!」

 

 そして、ヘイズは親指と中指を擦りながら指を鳴らした。

 パチンという音が辺りに響くと、ヘイズたちへと放たれていた砲撃魔法が新たな轟音とともに一瞬にして掻き消された。

 

「なっ!?」

 

 そんな光景に、仮面の男や守護騎士たちが驚愕の表情を浮かべた。その攻撃のぶつかり合いの余波から、辺りは土煙が立ち込めていた。

 そして、しばらくすると煙が晴れてくる。

 

「くそっ、逃げられたか……」

 

 悔しそうに舌打ちをしながら仮面の男が見つめる視線の先には、もはや誰もいなくなっていた。

 

 




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助力

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では、どうぞ。


 ――管理局本局――

 

 ここ、管理局本局のとある一室に一人の男性が椅子に座っていた。

 乱雑に伸ばされた髪を適当に流し、しわだらけの白衣を局員の制服の上から身に纏っている。印象的であるのが、片目だけに掛けられているモノクルであった。

 年齢は祐一よりも上であろう。壮年と呼ぶにはまだ若さが感じられるが、口元に加えられた煙草とその疲れた表情から、年齢よりも年上に見える。

 

「――なに? 祐一がここに来ていたのか?」

「あ、はい。事件に巻き込まれた女の子の付き添いで、ここに来ていたんですよ。そのとき、"先生"のデバイスのメンテナンスを頼まれて……それで聞いてみたら、先生の知り合いだって聞いたんです」

 

 "先生"と呼ばれた男性の質問に、ショートカットの髪に眼鏡を掛けた女性――マリエル・アテンザが答えた。

 "先生"と呼ばれた男性――リチャード・ペンウッドはそうか、と静かに頷きを返した。

 

「でも、先生があの《黒衣の騎士》――黒沢祐一さんの知り合いだったなんて、それもそんな人のデバイスを作成していたなんて知らなかったですよ」

「特に人に教えるような話しでもなかったからな」

「もう、そんなことないですよ。なんといっても《黒衣の騎士》と言えば、あの《紅蓮の魔女》の相棒で、当時は管理局最強コンビと言われていたぐらいなんですから……」

 

 何やらテンションが高くなってきたマリエルが話す内容に、リチャードは僅かに嘆息しながら、口から紫煙を吐き出した。

 

「――って、先生、何煙草吸ってるんですかっ! この間、煙草吸うの我慢するって言ってたじゃないですかっ!」

「……そんなこと言ってたか……?」

「言ってましたよ。もうっ、すぐに煙草吸うんですから……」

 

 マリエルに怒られ、仕方なくリチャードは吸っていた煙草を携帯灰皿へと放り込んだ。

 だが、口元が寂しく感じられたので、リチャードはポケットからガムを取り出し、それを口の中へと放り込んだ。

 そんなリチャードの姿を見て、マリエルはやれやれといった風に首を横に振っていた。

 

(しかし祐一のやつ、また何か事件に巻き込まれたのか。まぁ、あいつのことだから何も問題ないとは思うが……)

 

 付き合いは祐一が管理局辞めるまでと、期間としては短いが、それでもかつては同じ部隊に所属し行動を共にしていたため、リチャードは祐一の強さを分かっているつもりだ。そんじょそこらの魔導師に、祐一がどうにか出来るとは思えなかった。

 それこそ、本気の祐一と戦って勝てるのは、今は亡き《紅蓮の魔女》ぐらいであろうと、リチャードは思っていた。

 

(だが、今の祐一は昔とは違う。自身の魔力をセーブし、本気を出さないようにしている。まるで本気になることを忌避しているかのように……)

 

 リチャードは今の祐一の現状を考えるが、すぐに首を横に振った。

 

(まぁ、私がこんなことを考えていても何も始まらんか。きっと、祐一ならばなんとかするだろう)

 

 リチャードはそう考えると、祐一のことは頭の隅へと追いやり、自分の仕事へと戻る。

 それからしばらく仕事をしていると、リチャードの携帯端末に一通のメールが送られてきた。

 

(この忙しいときに、誰からだ? もう今月は仕事はせんぞ……)

 

 心の中でそうボヤキながら、リチャードはメールの差出人の名前を確認し、その名前を見て僅かに目を見開いた。

 

(……おいおい、こいつから連絡があるときは、だいたい何か良くないことがあると相場が決まっているんだが……)

 

 リチャードが僅かに眉を顰めながら嘆息した。

 差出人にはこう書かれていた。

 

 ――《Hunter Pigeon》と……。

 

(……また忙しくなりそうだな)

 

 リチャードはそう思いながら、紫煙を口から吐き、もう一度嘆息した。

 

 ◆

 

「――祐一お兄さん、どこに行ったんだろう……」

「わからない。祐一のことだから心配することないんだろうけど……」

 

 なのはとフェイトが寂しそうに話をしていた。

 今、なのはとフェイトは通常どおり小学校へ登校していた。なのはは休み明けなだけで久しぶりというほどではなかったが、フェイトは生まれて初めての学校であり、登校した当初は緊張しっぱなしであった。

 休み時間になると、フェイトへの質問で他の生徒が殺到していたものの、アリサの助力により、それも緩和しており、今は落ち着いた状態となっていた。

 

「え? 祐一さん、またどこかに行ったの?」

「この前お仕事から戻ってきたんじゃなかったっけ?」

 

 なのはとフェイトの会話を聞き、アリサとすずかも会話へと混ざってきた。

 

「うん、そのはずなんだけど……」

「連絡が取れないんだ」

「そうなんだ……」

 

 寂しそうに話すなのはとフェイトに、すずかも心配そうに頷いた。

 そんな沈んだ空気を和ますように、アリサが元気な声で話しを始めた。

 

「みんな心配しすぎよ。あの祐一さんよ? 心配するだけ無駄よ」

「アリサちゃん……」

 

 アリサの言葉に、すずかは困ったように苦笑を浮かべた。

 

「だってそうでしょ? そもそも、なのはもフェイトもわたしよりも祐一さんとの付き合いが長いんだから、それくらいは分かるでしょ? それともなに? あんたたち、祐一さんのこと信頼してないの?」

「そ、そんなことないよっ!」

「そ、そうだよっ! わたしは祐一のこと、とっても信頼してるよっ!」

 

 アリサの言葉に、なのはとフェイトが慌てたように声を上げた。

 その言葉を聞き、アリサは優しげな笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、いいじゃない。あんたたちは、祐一さんが帰ってきたら笑顔で迎えてあげればいいんじゃない。その方が、きっと祐一さんは喜ぶわよ、きっと」

「うん。わかったよ。ありがとう、アリサちゃん」

「ありがとう、アリサ」

「ふ、ふんっ! べ、別にあんたたちがうじうじ悩んでるのが、気に入らなかっただけよっ!」

 

 ふんっ! と、頬を赤く染めながらそっぽを向くアリサを、なのは、フェイト、すずかの三人は優しげな表情で見つめていた。

 

 ◆

 

 そして、時刻は放課後となり帰宅する時間となった。

 

「じゃあ、あたしとすずかはここで」

「またね、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「うん。また明日」

「ばいばい、アリサ、すずか」

 

 アリサとすずかは迎えの車で帰るため、ここでなのはとフェイトとはお別れとなる。

 車が見えなくなるまで手を振っていた、なのはとフェイトはそれを確認すると、帰路につく。

 しばらく二人で世間話をしていたが、話題は魔法関係へと変わっていった。

 

「――祐一のことも気になるけど、今は《闇の書》の方が問題だから……」

「うん。そうだね」

 

 フェイトの言葉に、なのはも真剣な表情で頷きを返した。

 

「なのはは、あの人たちのことどう思う?」

「あの人たちって、《闇の書》の……?」

「うん。《闇の書》の守護騎士たちのこと……」

 

 フェイトの言葉になのはは僅かに考えた後、言葉を返した。

 

「えっと、わたしはいきなり襲い掛かられてすぐに倒されちゃったから、よくわかんなかったよ。フェイトちゃんは?」

「わたしも騎士の一人にすぐに倒されちゃったから、詳しいことはわからない。……けど、少し不思議な感じだった」

「不思議な感じ?」

「うん。なんていうか、上手く言えないけど悪意みたいなものは何も感じなかったんだ」

 

 俯き加減に話しをするフェイトの言葉を聞き、なのははそっか、と僅かに天を仰いだ。

 

「《闇の書》の完成を目指す目的とか話しを聞ければいいんだけど、それも出来そうな雰囲気じゃなかったもんね」

「強い意志で自分を固めちゃうと、周りの言葉ってなかなか入ってこないから……わたしもそうだったしね」

 

 そう自嘲気味な笑みを浮かべるフェイトを、なのはは心配そうな瞳で見つめた。

 そんななのはの表情を見て、フェイトは慌てて口を開いた。

 

「あっ! で、でも母さんのためだとか、自分のためだとか、そんな風になかなか周囲の言葉が耳に入りにくかったときでも、何度もなのはが言葉を掛けてきてわたしの心は揺れたから……」

 

 フェイトは僅かに頬を染めながら、なのはへと笑顔を向けた。そんなフェイトの笑顔を見て、なのはも僅かに笑顔を浮かべる。

 

「祐一も言ってた。『相手が確固たる意思を持っていた場合、どうしても戦わなければならないときもあるだろう。相手にもゆずれないものがあり、こちらにもゆずれないものがあるならば、そのときは互いの想いをぶつけ合うしかない。自分たちの想いを伝えるために戦って勝ち取る必要があり、自分がそうしたいと願うならば、その想いを貫くことだ』って……」

「ふふ、祐一お兄さんぽいね」

 

 フェイトの言葉を聞き、なのはは祐一の姿を思い、笑顔を浮かべた。

 

「こちらの言葉を伝えるために、戦って勝つことが必要ならわたしも迷わずに戦えると思うんだ。だから、わたしは言葉を伝えるために戦うよ。なのはがわたしにそうしてくれたように……」

「……うん。そうだね」

 

 なのはは真剣な表情で頷きを返した。

 

「だから、強くなろう。相手にわたしたちの想いを伝えるために……」

「そうだね。わたしも強くなるよ……」

 

 フェイトとなのははお互いの手を取り、そう誓い合った。

 

 ◆

 

 静かに瞑想するように目を閉じている一人の女性がいた。

 ベランダで自身の相棒である剣型のデバイス《レヴァンティン》を正眼に構え――《闇の書》を守護する騎士の一人シグナムは一人息を吐いた。

 季節は冬であるため、その吐く息は白かった。

 

(――黒沢は無事だろうか……)

 

 切れ長の瞳を開きながら、謎の《仮面の男》たちの襲撃によって、怪我を負った祐一を心配していた。

 互いにゆずれない想いがあったために戦うことになってしまった、《黒衣の騎士》――黒沢祐一。

 結果的にではあるものの、シグナムたちと戦うことになってしまったために、祐一は怪我を負ってしまった。

 

(あの仮面の男の目的は、一体なんだったのか……)

 

 シグナムはいろいろと考えてはみたが、結局は答えはでなかった。

 祐一が退却した後、シグナムたちに何かをするでもなく仮面の男は撤退していった。

 唯一、最後に仮面の男がしていったことといえば、自分たちに施していたバインドを解除したことと、"祐一の魔力をこちらに渡してきた"ことだった。

 最初の攻撃のとき、あの仮面の男は祐一のリンカーコアから魔力を吸い出していたらしく、去り際に《闇の書》で蒐集するようにと言ってきたのだ。

 

(あいつらの言うことを聞くのは癪だったのだがな……)

 

 僅かにシグナムは表情を歪めた。

 結局、仮面の男が言った通りにシグナムたちは祐一の魔力を蒐集した。もはや残しておいても無駄になるということと、自分たちの主を助けるためだと思い、その誘いに乗ったのだ。

 

(――だが、次に私の前に現れたら、そのときは……)

 

 シグナムはそう考えながら、正眼に構えていた剣を振り下ろした。風を切る音が周囲に響くと、シグナムは一度深呼吸した。

 

「シグナム、そろそろ晩御飯よ」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと、そこには同じく守護騎士の一人であるシャマルがいた。

 

「ああ、もうそんな時間か……」

「ええ。……何か考え事をしてるようだったけど、やっぱり……」

「ああ。黒沢のことを考えていた……」

 

 レヴァンティンを待機状態へと戻しながら話すシグナムに、シャマルは悲しそうな表情でそう、と静かに頷いた。

 シャマルも短い付き合いではあったが、祐一の人となりに触れ、数少ない信頼できる人物だと思っていた。そのため祐一と敵対することに、少なからず悲しみがあり、また仮面の男によって怪我をしてしまった祐一を心配していた。

 

「祐一くんは大丈夫かしら?」

「……あの程度でやられるような男ではないさ」

「そうよね。……このことははやてちゃんには……」

「……少なくとも我々の目的が達成されるまでは黙っていようと思う。心苦しいがな……」

 

 シグナムは苦虫を噛んだ表情をしながら、そう答えた。

 

「そうよね。今、はやてちゃんに祐一さんのことを言うのは避けた方がいいわよね」

「ああ、よろしく頼む。それと、明日からは地球ではなく別のところで蒐集をメインに行っていく。もはや管理局にも目をつけられているからな」

「了解」

 

 シグナムの言葉に、シャマルは真剣な表情で頷きを返すと、すぐに柔和な笑みを浮かべた。

 

「さ、それそろ中に入りましょ。はやてちゃんも待ってるわ」

「ああ」

 

 パタパタと家の中へと入っていくシャマルの後姿を見届けた後、シグナムは夜空を見上げた。

 夜空を見つめるシグナムの瞳には、強い意志と、僅かな迷いが感じられていた。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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新たなる力(前編)

どうも、お久しぶりです。
そして、明けましておめでとうございます。
とても更新が遅くなり、大変申し訳ございません。

相変わらずのクオリティですが、楽しんで頂けると幸いです。
では、どうぞ。


 なのはとフェイトは祐一の心配をしながらも、次の戦闘に備えるため、短い期間ではあるものの近接戦闘のトレーニングを行っていた。

 なのはとフェイトが守護騎士たちとの戦闘で感じたことは、近接戦闘の実戦経験の少なさである。フェイトはまだマシではあったものの、なのはは自身の戦闘スタイルの関係上、どうしても接近されると弱い。故に、付け焼刃であるかもしれないが、二人は接近戦もトレーニングすることにしたのだ。

 二人は魔力が回復するまで、学校へ行きながら、帰宅したらトレーニングを行うということを続けていた。

 

 ◆

 

 そして、祐一が行方不明となってから数日が経過し、なのは、フェイト、アルフの三人は検査のため、管理局本局を訪れていた。

 

「――なのは、どうだった?」

 

 先に検査を終え、外で待っていたフェイトが検査を終えて出てきたなのはへと声を掛けた。フェイトの横には同じく検査を終えたアルフの姿もあった。

 フェイトの言葉を聞き、なのはは笑顔を見せると、それに答えた。

 

「ばっちりっ! 前よりも魔力量が増えたくらいだって。フェイトちゃんとアルフさんは?」

「わたしもなのはと同じ。魔力量が増えたぐらいだって」

「あたしは魔力量に変化はなし。だけど、もう全快だよ」

 

 フェイトはなのはの問い掛けに笑顔で胸の前で拳を握り、アルフは犬歯を見せながら笑顔を浮かべていた。

 

「そっか。じゃあ、もう大丈夫だね」

「うん」

 

 笑顔を浮かべるなのはに、フェイトも同じように笑顔で答えた。

 それからなのはとフェイトの二人は、自分たちの相棒であるデバイス――《レイジングハート》と《バルディッシュ》の修復が完了したとの報告を受けたため、デバイスルームへと移動した。

 ちなみに、アルフは同行していない。先にクロノたちのところに戻ったのだ。

 

「こんにちは。マリエルさん、いますか?」

「失礼します」

 

 なのはとフェイトがデバイスルームへと足を踏み入れると、そこには二人が探していた人物がいた。

 

「お~いらっしゃい、二人とも……」

 

 そう返事をしたのは、なのはたちがデバイスの修理を頼んでいた時空管理局本局メンテナンススタッフのマリエル・アテンザであった。

 しかし、いつもの元気な姿ではなく、目の下に隈を作り、その表情には疲労が見え隠れしていた。

 

「いや~なんとか、間に合ったよ」

「あ、あの、大丈夫ですか?」

「はは、大丈夫、大丈夫。二人とも今日は検査だったんでしょ? そっちは大丈夫だったの?」

「あ、はいっ。全然何も問題なかったですっ!」

「以前よりも調子が良いくらいですっ!」

 

 なのはとフェイトの元気な言葉を聞き、マリエルは笑顔を浮かべながら、「いや~若いっていいわねぇ」と、年寄りくさく呟いていた。

 

「さて、無駄話はこのくらいにして。あの子たちの修理は完了してるから、見てあげてくれる?」

「はいっ!」

 

 マリエルに促されながら、なのはとフェイトの二人は自分たちの愛機の下へと移動すると、そこには新品同様のデバイスが二機、待機状態で置かれていた。

 

「あっ! レイジングハート」

『お久しぶりです、マスター』

 

 なのはの言葉に、レイジングハートが明滅しながら答えた。その姿は以前と意匠が変わっていた。

 

「形が……」

『なかなかお洒落でしょう?』

「うんっ! とっても、可愛い」

 

 なのはは笑顔を浮かべながら、レイジングハートを見つめていた。

 

「バルディッシュも……」

 

 なのはと同じようにフェイトも意匠が変化し、新型のように磨き上げられたバルディッシュを笑顔で見つめていた。それに答えるように、バルディッシュが明滅した。

 笑顔で自身のデバイスと話しをしている二人を、マリエルが笑顔で見つめていると、部屋の扉が開き、一人の人物が入ってきた。

 

「なんだ、珍しいな。客人か?」

「あ、先生……」

 

 三人が開いた扉へと目を向けると、そこにはボサボサの長髪に白衣を着た男性が立っていた。珍しいモノクルを掛け、口には煙草を咥えていた。

 

「あっ! 先生、また煙草っ!」

「大丈夫だ。火は着いていない」

「そういう問題じゃないですっ! 子供たちもいるんですから、控えてくださいっ!」

 

 マリエルに怒られ、白衣の男性――リチャード・ペンウッドは「わかった、わかった」と言いながら、咥えていた煙草を仕舞い、二人のやり取りを呆然と眺めていたなのはとフェイトへと視線を向けた。

 リチャードに見つめられたことから、二人は僅かに緊張しているのか、背筋を伸ばしていた。

 

「あっ、この子たちは嘱託魔導師をしてくれている子たちで、わたしがデバイスの整備担当をしてるんですよ」

 

 マリエルの言葉に、リチャードは僅かに眉間に皺を寄せる。

 

「……こんな子供が嘱託魔導師とは、な。初めまして、わたしはリチャード・ペンウッド。デバイスマイスターで、マリエルの講師を務めていた。よろしく」

 

 リチャードの自己紹介を聞き、なのはとフェイトも慌てて自己紹介を始めた。

 

「えっと、高町なのはです。嘱託魔導師をしています」

「同じく嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサです」

 

 フェイトの名前を聞き、リチャードは僅かに眉を動かした。そんなリチャードの表情を察したのか、マリエルが首を傾げながら声を掛けた。

 

「どうしたんです、先生?」

「……いや、なんでもない」

 

 マリエルの言葉にリチャードは首を振った。

 

(なるほど。この金髪の娘がフェイト・テスタロッサ――あのプレシア・テスタロッサの娘であり、祐一の教え子か……)

 

 祐一から話を聞いていたため、フェイトの名前を聞いたリチャードはすぐに思い出していた。

 

(なるほど。祐一が優秀だと言っていたわけだ。この年齢にしてAAAクラスの魔導師とは。こちらの娘も同様か……)

 

 リチャードがそう考えていると、ジッと見つめられているのが恥ずかしくなってきたのか、フェイトとなのはが僅かに身じろぎしていた。

 

「っと、不躾すぎだな。二人とも優秀な魔導師だと聞いていてな。思わず見入ってしまっていた」

「い、いえ、そんな……」

「きょ、恐縮です……」

 

 リチャードの言葉に、なのはとフェイトは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

 すると、リチャードは二人から視線を外すと、レイジングハートとバルディッシュの方へと視線を向けた。

 

「ほう。これが二人のデバイスか?」

「あ、はい。レイジングハートとバルディッシュと言います」

「ふむ。少し見ても構わないか?」

「はい、どうぞ」

 

 なのはとフェイトに了解を取り、リチャードは二機をまじまじと見つめた。

 

「――どちらも素晴らしいデバイスだ。よほど作成者の腕が良かったのだろうな」

 

 リチャードがそう呟くと、なのはとフェイトは自身の相棒が褒められたのが嬉しかったのか、笑顔を浮かべていた。

 すると、リチャードが何か疑問に思ったのか首を傾げていた。

 

「この二機には、カートリッジシステムが組み込まれているのか?」

「あ、はい。どうしても、この子たちがシステムを組み込みたいと言ってきたので……危険だとは言ったんですけど……」

「そうか。それだけ、マスター想いのデバイスだったんだろう。二人とも、このデバイスは大事にするんだぞ」

「はいっ!」

 

 リチャードの言葉に、なのはとフェイトが真剣な表情で返事をした。

 すると、なのはとフェイトへと通信が入った。

 

『なのはちゃん、フェイトちゃん……っ!』

「エイミィさん?」

 

 モニターに映し出されたのは、僅かに焦りの表情を浮かべているエイミィであった。

 

『二人とも緊急事態! 都市部上空で守護騎士たちを補足したよっ!』

「っ!? また、あの人たちが……っ!?」

『管理局の魔導師で包囲してはいるんだけど、いかんせん相手が強敵だからちょっと分が悪いんだ。……まだ病み上がりの二人に頼むのは、本当は心苦しいんだけど……』

 

 モニター越しに、エイミィが表情を曇らせた。本来ならば、正規の管理局員だけで対処しなければならないのに、二人に頼まなければならない不甲斐なさと、本気で二人を心配しているエイミィの気持ちが見え隠れしていた。

 そんなエイミィに、なのはとフェイトは微笑みを浮かべる。

 

「エイミィさん、大丈夫。体調は万全ですっ!」

「それに嘱託とはいえわたしたちも管理局員だし、あの人たちともう一度話がしたいですから」

『……なのはちゃん、フェイトちゃん』

 

 二人の言葉に僅かに驚いているエイミィを見つめながら、二人は静かに頷いた。

 

『……わかった。なら、今すぐこっちに戻ってきて。あんまり長くは持たないかもしれないからっ!』

「はいっ」

「わかりましたっ」

 

 二人が答えると同時に、モニターが消えた。

 

「――というわけでマリーさん」

「わたしとなのははもう行きます」

「うん。わかった、気をつけてね二人とも」

「はいっ!」

 

 マリエルの言葉に二人は元気よく言葉を返した。

 

「それでは、リチャード先生も失礼します」

「ああ。二人とも頑張れよ」

 

 フェイトとなのはは律儀に礼をした後、急いで部屋を出て行った。

 二人が出て行った扉を見ながら、リチャードは心の中で考えていた。

 

(――守護騎士、か。"アイツ"の話によると、第一級捜索指定されているロストロギア《闇の書》を守護するプログラムだと言っていたな。守護騎士全員がかなりの力を持った魔導師であり、古代ベルカの騎士。戦闘経験から考えるに、あの二人には厳しい戦いになるだろうな)

 

 そこまで考え、リチャードは静かに息を吐いた。

 

「――どうやら、暢気に寝ている場合ではないようだぞ、祐一」

 

 今この場にはいない黒衣の青年の名前を呟きながら、リチャードは自身の溜まっている仕事を片付けるために、デスクへと足を向けた。

 

 

 なのはとフェイトが新しくなったデバイスとともに海鳴へと帰還する中、管理局本局より離れた場所に一つの管理世界があった。ミッドチルダのように栄えてはいないものの、多くの人が穏やかに暮らしていた。

 そんな世界の都心部にある病院の一室に二人の男性がいた。

 一人はベッドで眠っており、腕からは点滴の管が伸びている。そこで眠っているのは、常人よりも頭一つは大きい長身と漆黒の髪が特徴的な青年であった。その筋肉質な体には、包帯が巻かれていた。

 そしてもう一人は、ベッドの横にある椅子に深く腰を掛けた、真紅の髪に真紅のジャケットが特徴的な青年であった。

 赤毛の青年は携帯端末を弄りながら、僅かに顔を顰めていた。

 

「――また、地球で戦闘が始まったみたいだな」

『そのようですね。いいのですか? このまま放っておいて……』

「流石にそこまで俺が出張る必要もねぇだろう。旦那と知り合いってだけで、俺が戦闘に介入するのもおかしな話しだしな」

 

 赤毛の青年――ヴァーミリオン・CD・ヘイズは携帯端末の電源を切りながら、自身の相棒であるインテリジェントデバイスであるハリーに言葉を返した。

 

『そう言いながら眉間に皺が寄っていますよ、ヘイズ?』

「……うるせぇよ」

 

 ハリーの言葉に、ヘイズはベッドで眠っている黒髪の青年――黒沢祐一を見つめながら、さらに眉間に皺を寄せながら答えた。

 ヴァーミリオン・CD・ヘイズは一見クールでやる気がないように装ってはいるが、内心は熱血漢であり、困っている人がいたら放っておけないお人好しな性格の持ち主である。そのため、祐一の知り合いであるなのはとフェイト、それに守護騎士たちが戦っているのが我慢ならないのだ。

 

「……まぁ、正直な話し、今回の一件についてはいろいろと分かっていない点が多すぎるしな。《闇の書》のこととか、あの《仮面の男》の正体とかな。そんな状態で俺が出張れるわけないだろ? それに旦那もこんな状態だしな」

『それもそうですね』

 

 ヘイズはそう話しながら一度指を鳴らし、ハリーは淡々とそれに答えた。

 

「なんにしても旦那が目覚めないことには、何も始まらねぇわな」

 

 《仮面の男》との戦闘で負傷した祐一はヘイズに助けられた後から、今も眠り続けていた。祐一を助け、リチャードの伝手でこの病院を紹介してもらい、自身の航行艦である《Hunter Pigeon》でここまでやってきて――現在に至る。

 その間、祐一は一度も目を覚ましていない。

 

(旦那なら余裕でなんとかするだろうと軽い気持ちに思ってたが、面倒なことに巻き込まれたもんだな。ささっと目を覚ましてくれよ、旦那)

 

 ヘイズは祐一を見つめながら、そう切実に思っていた。

 

 




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新たなる力(後編)

投稿します。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


 ――海鳴市上空――

 

 クロノ率いる管理局員の魔導師数十名が《闇の書》の守護騎士であるヴィータとザフィーラを包囲していた。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 

 クロノは自身のデバイスであるS2Uを振り下ろした。

 すると、一〇〇を越える魔力刃がヴィータとザフィーラへと向かって落ちていく。

 

「ちぃっ!」

 

 ザフィーラは障壁を張り、それを迎え撃った。

 魔力刃がザフィーラたちへと当たり、次々に爆発していく。そして、その余波で辺りを煙が包んでいった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 振り下ろした杖もそのままに、クロノは肩で息をしていた。流石のクロノといえど、一度にこれだけ大量の魔力刃を生成するのは骨が折れたようだ。

 姿勢を元に戻しながらも、クロノは煙に包まれているヴィータとザフィーラの方を油断なく見つめていた。

 そして、ゆっくりと煙が晴れていく。

 

(やはり、この程度の攻撃じゃあ、倒すのは無理か)

 

 煙の中から姿を現したのは、魔力刃をいくつかその身に受けたザフィーラの姿と無傷のヴィータの姿だった。

 ザフィーラには攻撃は当たってはいるものの、僅かばかりのダメージしか受けていないらしく、刺さっていた魔力刃を消していた。

 それを見て、クロノは内心で舌打ちする。

 

『クロノくん、武装局員配置完了したよっ!』

「了解」

『あと、クロノくん。そっちに助っ人を転送したよ』

 

 そんなクロノにエイミィから通信が聞こえ、エイミィが言っていた助っ人という言葉を聞き、僅かに驚きの表情を浮かべた。

 そして、新たな魔力を感知した。マンションが立ち並ぶ場所、クロノがそちらへと視線を向けると、その屋上に二人の少女が立っていた。

 

「なのは、フェイト……っ!」

 

 そこには、二人の少女――高町なのはとフェイト・テスタロッサがいた。そして、そのすぐそばにはフェイトの使い魔であるアルフも立っていた。

 

「アイツら……っ!?」

 

 ヴィータは以前叩き潰した二人を見て、驚きの表情を浮かべた。

 そんなヴィータを見つめながら、二人はデバイスを上空へと掲げ、

 

「レイジングハート・エクセリオン――」

「バルディッシュ・アサルト――」

 

「「セットアップッ!!」」

 

 二人は声を上げると、なのはは桃色の光に、フェイトは金色の光に包まれた。

 そして、その光が収まると、なのはは純白のバリアジャケットに身を包み、フェイトは漆黒のバリアジャケットに身を包んで現れた。その手に持つデバイスも新しくなっており、レイジングハート、バルディッシュともにカートリッジシステムが組み込まれ、僅かながら外装も変化していた。

 

「あれは、カートリッジシステム……ッ!?」

「奴ら、デバイスを強化してきたようだな……」

 

 驚くヴィータとは対照的に、ザフィーラは腕を組みながら冷静に分析していた。

 すると、バリアジャケットを纏ったなのはとフェイトがヴィータたちへと声を掛ける。

 

「わたしたちは、あなたたちと戦いに来たわけじゃない。まずは話を聞かせて」

「《闇の書》の完成を目指している理由を……」

 

 フェイトとなのはの言葉に、ヴィータはピクリと眉を動かすと僅かに胸を反らしながら腕を組み、二人を見下ろしながら答えた。

 

「あのさ、ベルカの諺にこういうのがあんだよ――和平の使者なら槍は持たない」

 

 偉そうに話すヴィータにザフィーラは人知れず嘆息し、なのはとフェイトはヴィータの言葉に首を傾げていた。

 そんな二人にグラーフアイゼンを向けながらヴィータは叫ぶように声を上げる。

 

「話し合いをしようってのに武器を持ってくるか、馬鹿って意味だよっ」

「なっ!? いきなり襲い掛かってきた子がそれを言う!?」

「……それにそれは諺ではなく、小話のオチだ」

 

 ザフィーラにぼそりと言われ、ヴィータは僅かに恥ずかしげに頬を染めながらそっぽを向いた。

 

「うっせぇっ! いいんだよ、細かいことはっ!」

 

 そう言うヴィータにザフィーラが嘆息していると、

 

 ――ドゴンッ!!

 

 皆がいる上空の結界をぶち破って、一人の女性が舞い降りてきた。

 桃色の髪を後ろで結い上げ、その身を騎士甲冑に包んだその女性、

 

「っ!? シグナム……」

 

 フェイトが騎士甲冑の女性――守護騎士のリーダーでもあるシグナムの名前を静かに呟いた。

 その呟きが聞こえたわけでもないであろうが、シグナムはビルへと降り立つと、フェイトを見つめていた。

 

「クロノくん、手を出さないでねっ! わたし、あの子と一対一だからっ!」

「……マジか……」

 

 離れたビルの屋上に待機していたクロノは、なのはの言葉を聞くと唖然をしながらそう言葉を返した。そんな光景をヴィータは、歯軋りしながら見つめていた。どうやら、一対一という言葉を自分が舐められていると感じたようだ。

 

『アルフ、わたしも彼女と……』

『ああ、わかったよ。あたしもヤロウにちょいと話があるしね』

 

 フェイトはシグナムを、アルフはザフィーラを静かに見つめ、

 

「――さぁ、いくよっ!」

 

 なのはの言葉が響くと同時に、それぞれが上空へと飛び立った。

 それぞれの思惑が絡みながら、それぞれの戦闘が始まった。

 

 ◆

 

「でぇぇやあぁぁっ!」

「くぅっ!?」

 

 裂帛の声とともにヴィータが空中を縦横無尽に移動しながら、グラーフアイゼンをなのはへと叩きつける。それをなのはは僅かに表情を歪めながらも受け止めた。

 

「だから、わたしたちは別に戦いにきたわけじゃないんだけど……っ!」

「うるせぇっ! そんな新型武装引っさげてくるような奴のセリフなんざ、信じられっかっ!」

 

 二人はデバイス同士で鍔迫り合いをしながら、そう言葉を交わすが、ヴィータはなのはの言葉に耳を貸すつもりなどなかった。

 

「こっちは、もうてめぇらに用はねぇんだっ!」

 

 ヴィータはそう叫び声を上げながら、グラーフアイゼンでなのはを吹き飛ばすと、カートリッジをロードし、

 

「これでもくらって、しばらく寝てろっ!」

 

 グラーフアイゼンをラケーテンフォルムへと変形させ、ヴィータはその推進力でなのはへと突っ込んでいった。

 

(あれは、この前の……っ!)

 

 グラーフアイゼンのラケーテンフォルムを見て、なのはは一瞬、以前の敗北が頭を過ぎった。

 

(ううん、大丈夫。レイジングハートも強くなってくれた。わたしはそれを信じるんだっ!)

 

 だが、なのははすぐに頭を振るとそれに応えるようにレイジングハートが光り輝く。

 

「レイジングハートッ!」

『カートリッジロード、行きます』

 

 ガシャコンッ! という音とともに膨大な魔力がなのはを包み込んだ。

 

「うおぉぉぉっ!」

 

 ヴィータはその姿に構うことなく、なのはへとグラーフアイゼンを振るった。

 だが、そのヴィータの強烈な一撃をなのはは真正面からプロテクションを張って、それを防ぐ。

 

「くっぅぅぅ……っ!」

 

 お互いの膨大な魔力がぶつかり合い、その余波によって周囲に粉塵が舞った。そんな状態にも関わらず、なのははしっかりとヴィータの攻撃を防御し、ヴィータはその防御ごと粉砕しようとさらに力を込める。

 ――だが、

 

「く……っ! かってぇ……っ!」

 

 前回は簡単に粉砕できたなのはの防御が、今回は粉砕するどころかヒビも入れることができなかった。その事実に、ヴィータは僅かに焦りの表情を浮かべた。

 

「簡単にやられるわけには、いかないからっ!」

 

 なのはの力強い言葉がヴィータの耳へと聞こえてくる。

 

(こんなところで、あたしが負けるわけにはいかないんだよぉ!)

 

 ヴィータもなのはの力強い言葉に対抗するように、次なる行動に出る。

 

「っんのやろーー!」

 

 ヴィータは空いている方の手で鉄球を取り出し、それをなのはへと打ち込み、

 

「スマッシャーー!」

 

 なのはは魔力弾をヴィータへと打ち込んだ。

 なのはとヴィータの攻撃がぶつかり合い、轟音とともに周囲のビルが倒壊し、粉塵がその場を満たす。

 すると、二人は粉塵から抜け出し、空中へと飛び立つ。

 先に攻撃の準備が整ったのは、経験値が勝るヴィータであった。

 

「ぶっとべっ!」

 

 ヴィータは空中に浮遊させていた鉄球を、グラーフアイゼンで撃ち放った。その数は十を越えていた。

 だが、それを見ても今のなのはは焦ることはない。

 

『アクセルシューター』

 

 レイジングハートの声が響き、カートリッジをロードしたことによって増した魔力でなのはは瞬時に魔力弾を生成し、

 

「アクセル――シューートッ!」

 

 それをこちらへと向かってくる鉄球へと撃ち放った。

 いくつもの轟音が空中へと響き、一種の幻想的な花火が上がった。

 

「ちっ!」

 

 ヴィータは舌打ちしながら、爆発の余波で起こった暴風で帽子が飛ばないよう押さえた。

 

(前回とはまるで別人だ。油断してると、こっちがやられかねねぇ)

 

 そう心の中で思いながら、ヴィータは煙が晴れた先にいるレイジングハートを構えたなのはを真剣な表情で見つめてた。

 そして、なのはも同じようにヴィータを真剣な表情で見つめていた。

 

「ほんとに、お話し聞かせてもらいたいだけなの……」

「…………」

 

 無言を貫くヴィータに構わず、「それに……」となのはが話しを続けた。

 

「帽子のことも謝りたいって、思ってたの」

「あ……」

 

 なのはの言葉に、ヴィータは僅かに驚きの表情を浮かべながら思わず自身の大事な帽子に触れた。

 

(……こいつ、あのときのことを……)

 

 ヴィータは相手に対して、僅かばかりではあるが、警戒を解こうとしていた。

 だが、次のなのはの一言で状況は元へと戻ってしまう。

 

「お願い。"いい子"だから……」

 

 ヴィータはその言葉を聞くと、カチンときたのか眉間に皺を寄せていた。

 それもそのはず、ヴィータは容姿だけ見ると完全に子供ではあるが、それでも永く時を生きてきたのだ。ヴィータからすれば、なのはの方が子供であるため、自分をそのように呼ぶことは看過できなかった。

 

「うっせぇ! ちびガキッ! 邪魔するやつは、ぶっ潰すっ!」

 

 そして再び、グラーフアイゼンを振り上げ、ヴィータはなのはへと襲い掛かり、なのははそれを迎い撃った。

 

 ◆

 

 ――ガキンッ、と金属同士がぶつかり合う音が周囲に響く。

 

「はぁっ!」

「くっ!?」

 

 裂帛の気合いとともに剣による一閃を放ったのは、《烈火の将》シグナム。対してその剣戟を受け止めきれず弾き飛ばされたのは、フェイト・テスタロッサであった。

 

「はあぁっ!」

「ムッ!?」

 

 弾き飛ばされながらもすぐに体勢を立て直し、フェイトは即座に戦斧による一撃をシグナムへと放ったが、かろうじてシグナムはそれを回避した。

 そこから数回、フェイトとシグナムは相手の攻撃を回避、もしくは防御してから、相手へと攻撃を繰り出すということを続けていた。

 だが、どちらの攻撃も相手に当たらないか、当たったとしても致命傷となる攻撃ではなかった。

 なのはとヴィータほどの派手さはないが、どちらも近接攻撃が主体のため、手に汗握る攻防が繰り返されていた。

 

『シュランゲフォルム』

「はぁっ!」

 

 レヴァンティンの形態をシュランゲフォルムへと変化させ、その鞭をフェイトへと振るった。常人では目で追うのがやっとであるスピードで、シグナムの攻撃は繰り出されるが、

 

(っ!? 大丈夫、これなら避けられるっ!)

 

 圧倒的なスピードを誇るフェイトは、なんとかシグナムの攻撃を回避し、さらに攻撃へと転じた。

 

「はぁっ!」

 

 瞬時にバルディッシュをサイズフォームへと切り替え、その鎌でシグナムへと切りかかった。

 

「ちぃ!」

 

 だが、シグナムも伊達ではない。もう少しでフェイトの攻撃が当たろうかというところで、鞘でそれを受け止め、フェイトの腹部に蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

 フェイトは僅かに呻き声を上げたが、すぐに体勢を整える。

 すると、シュランゲフォルムから通常のシュベルトフォルムへと戻したレヴァンティンを手に、シグナムがすぐそこまで迫っていた。

 レヴァンティンに炎を纏わせながら迫ってくるシグナムに、フェイトもバルディッシュに雷を纏わせシグナムへと突っ込む。

 

「「はぁっ!!」」

 

 二人の声が重なり、互いの渾身の一撃がぶつかり合った。

 ぶつかり合った二人の魔力の大きさから、爆発が起こり、周囲のビルの窓ガラスなどがそれによって砕け、地面へと落ちていった。

 

「――ふむ。先日とはまるで別人だな。相当に鍛えてきたか、それとも前回の動揺が酷すぎただけか?」

「――ありがとうございます。今日は落ち着いていますし、鍛えてもきました」

 

 煙が晴れると、そこには相対する二人の姿があった。

 シグナムはフェイトの攻撃によって、僅かではあるが騎士甲冑が切り裂かれ、対するフェイトも僅かに傷を負いマントも少し焦げてはいたが、戦闘には支障はないようであった。

 すると、シグナムがレヴァンティンを鞘に収めながら僅かに残念そうな表情をしながら、フェイトへと声を掛けた。

 

「守護騎士《ヴォルケンリッター》が一人、シグナムだ。お前、名前は?」

「フェイト・テスタロッサです」

「テスタロッサ……本来なら心躍る戦いなのだが、そうも言っていられん。……悪いが、殺さないよう手加減することはできん。……この身の未熟、許してくれるか?」

 

 そう声を掛けてくるシグナムにフェイトは僅かに微笑し、それに答えた。

 

「大丈夫です。勝つのは、わたしですから」

「……そうか」

 

 フェイトの言葉に僅かに驚いた表情を返すと、シグナムは静かに頷いた。

 そして、二人の戦いは激しさを増していった。

 

 ◆

 

「ゼェェヤァァ!」

「うぉぉりゃぁぁ!」

 

 雄たけびのような声を上げる二人の人物の拳がぶつかり合う。片方はフェイトの使い魔であるアルフ。そして、もう片方は守護騎士の一人、筋骨隆々の男性ザフィーラであった。

 

「ちっ!」

「ぬぅ!」

 

 アルフとザフィーラがお互いに僅かに苦しげな声を上げながら距離を取った。

 互いの力が拮抗しているため、決定的な一撃を相手に与えることができず、相手を倒すことが出来ていない状況であった。

 

(――正直、状況はあまり芳しくないな)

 

 ザフィーラは空中で戦闘を行っているヴィータとシグナムへと視線を向けながら冷静に思考していた。

 

(このままさらに管理局の増援が来れば、こちらは完全に袋の鼠、か)

 

 僅かに舌打ちをしながら、ザフィーラは別の人物へと念話を飛ばした。

 

『シャマル、聞こえているか? ヴィータとシグナムが負けるとは思えないが、時間が経てば経つほど我々には不利だ。脱出しようにも結界が邪魔で脱出できない。何とかできないか?』

『――こっちもなんとかしたいんだけど……』

 

 ザフィーラの言葉に、守護騎士で唯一結界外にいるシャマルは困ったような表情を浮かべた。

 

『この結界、結構硬くて私じゃやぶれないの。シグナムかヴィータじゃないと……』

『二人とも手が放せない。……止むを得ないが、"あれ"を使うしかない』

『分かってるけどっ、でも……っ!?』

 

 ザフィーラへと言葉を返そうとしたシャマルの表情に焦りが浮かんだ。

 なぜなら、いつの間にか、自分の背後には一人の少年がデバイスをこちらに向けて立っていたのだから……。

 

(っ!? しまった、念話に気を取られて……)

 

 シャマルは自分の迂闊さに唇を噛み締めたい思いだった。念話越しにザフィーラの心配そうな声が聞こえてきたが、今はそれどころではなかった。

 

「――捜索指定のロストロギアの所持、使用の疑いであなたを逮捕します。抵抗しなければ弁護の機会があなたにはある。同意するならば、武装を解除してくれるか?」

「…………」

 

 シャマルへとデバイスを向けている黒を基調としたバリアジャケットを纏っている少年、クロノ・ハラオウンが告げた。

 シャマルはクロノ言葉を聞きながらも、何とか現状を打開する方法を頭の中で巡らせていた。

 

(……駄目。この人、さっきザフィーラたちと戦っていた魔導師。私じゃあ、勝てない。それに、逃げようとすれば確実に無力化されてしまう。そうなったら……)

 

 確実に皆の足を引っ張ってしまうと、シャマルは悔しげに唇を噛んだ。

 

(この状況じゃ、私がどう動いてもどうしようもない。……どうすれば……)

 

 そうシャマルが思っていると、二人のすぐ側で魔力反応を突然感じた。

 

(っ!? なにっ!?)

 

 新手かと思い、シャマルは身構えたが、その新たに現れた人物はシャマルではなく、シャマルの背後を取っていたクロノへと攻撃を仕掛けたのだ。

 

「なっ……ぐっ!?」

 

 急に現れた人物に流石のクロノも対応に遅れ、攻撃を受けてしまった。その攻撃は鋭いミドルキック。魔力で強化した唸るような蹴りが、クロノの腹部へと直撃したのだ。

 

「が、はっ……」

 

 隣のビルまで吹き飛ばされ、金網にぶつかったところで勢いが止まった。

 そして、クロノは痛む腹を押さえながら、自身に蹴りを入れた人物を睨みつける。

 

「《仮面の男》……っ!」

 

 そこには、クロノが言うとおり、仮面を付けた長身痩躯の男が佇んでいた。

 

(こいつが、祐一さんが言っていた仮面の男か……)

 

 以前、なのはがヴィータに襲われたとき、それに助けに入ろうとした祐一の邪魔をしたのがこの仮面の男であった。あの祐一と戦い、しかも逃げおおせた実力は本物であり、もっとも警戒するべき相手でもあった。

 そして、警戒しているのはクロノだけではなかった。

 

「あなたは、この間の……っ!?」

「…………」

 

 シャマルは仮面の男と距離を取りながら、そう声を上げるが、仮面の男は何も言わなかった。

 

(……? 仲間、じゃないのか……?)

 

 シャマルの行動にクロノは首を傾げた。

 すると、仮面の男は自分を警戒しているシャマルを気にする風もなく、淡々と口を開いた。

 

「闇の書の魔力を使って、結界を破壊しろ」

「……何を企んでいるの? あなたたちは」

「今はそんなことを気にしている場合ではないだろう? 仲間が心配ではないのか?」

 

 仮面の男の言葉に、シャマルは悔しげな表情を浮かべた。

 

(祐一さんをあんな目に合わせた奴の言うことを聞くのも嫌だけど、それよりもシグナムたちを助けるのが先決よね……悔しいけど……)

 

 シャマルはキッと仮面の男を睨みつけながら、口を開いた。

 

「……礼は言わない。あなたたちが祐一さんにしたことを、忘れたわけじゃないわよね?」

「ふん。礼などいらんよ。俺はただ、闇の書を完成させて欲しいだけだからな」

 

 シャマルは仮面の男を睨みながら、その場を離れ、結界内にいるシグナム、ヴィータ、ザフィーラへと結界を破壊するということを伝えた。

 

「ちぃっ!」

 

 クロノがシャマルが何をしようとしているかを察し、近づこうとするが、仮面の男がそれを邪魔するように間に割って入る。

 

「きさま何者だっ! なぜ邪魔をするっ! それに、祐一さんに何をしたっ!」

「……お前に話すことなど、何もない」

「なら、無理にでも聞き出してやるっ!」

 

 クロノと仮面の男が戦闘を始める中、シャマルが闇の書を起動し、詠唱の準備へと入った。

 

「闇の書よ、守護者シャマルが命じます。眼前の敵を撃ち砕く力を、今、ここに……」

 

 シャマルが告げると、闇の書から強烈な魔力が吹き荒れ始め、結界の上空に膨大な魔力が集まっていく。

 

「撃って、破壊の雷をっ!」

 

 上空に集まっていた魔力が雷となり、結界を破壊するために撃ち落とされた。

 ミシミシという音とともに、結界に少しづつヒビが入っていく。それを結界内にいるなのはとフェイトは呆然と眺めていた。

 

「――すまん、テスタロッサ。この勝負、一時預ける」

「っ!? シグナムッ!」

 

 シグナムはフェイトにそう告げると撤退を始め、

 

「――おいっ! あんたの名は?」

「なのは、高町なのは……」

「高町なんとかっ! 今回の勝負はお預けだっ! もし、次に会うことが会ったら、ぶっ飛ばすかんなっ!」

「なんとかって、ヴィータちゃんっ!」

 

 ヴィータは叫ぶように告げるとシグナムと同じように撤退を始め、なのはは自分の名前をまともに呼んでもらえなかったため、追おうとした。

 だが、結界の破損が酷くなり、そして、

 

 結界を破って撃ち落された破壊の雷の光が、周囲を飲み込んでいった。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をよろしくお願いします。


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知りたい思い

投稿します。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


 守護騎士たちとの戦闘から数日が経ち、なのはとフェイトは束の間の平穏を手に入れていた。

 平穏といっても、なのはたちが何もしていないというわけではない。《闇の書》とその守護者たるヴォルケンリッターの捜索も続けていた。

 だが、あの戦闘以降、管理局の捜査網に引っかかりにくい管理外世界で《蒐集》をしているらしく、その足取りが掴めていないのだ。

 そのお陰で、というのも変な話ではあるが、なのはとフェイトは何も手伝えることがないため、リンディから今のうちは体を十分に休めておくように言われているのだ。

 そのため、なのはとフェイトはいつもどおりに登校し、アリサやすずかたちといっしょに授業を受けていた。

 楽しいはずの時間――そのはずであるのに、なのはとフェイトは浮かない表情をしていた。

 

 ――黒沢祐一は、《仮面の男》たちに重傷を負わされた。

 

 この内容がなのはとフェイトを暗い気持ちにさせている原因であった。

 

「――シグナムが、そう言ってたんだ。あと、"あの《仮面の男》には注意しろ"ってことも言ってた……」

「本当に、あの仮面の人の目的ってなんなんだろうね。守護騎士の人たちも警戒してたみたいだし、仲間ってわけでもなさそうだけど……」

 

 学校から帰宅し、リンディたち管理局が仮の本部にしているとあるマンションの一室で、フェイトとなのはは俯き加減に話をしていた。

 

「仮面の男たちの目的はわからないし、気になるけど、もう一つ気になることがある」

「うん。祐一お兄さんを助けたっていう、男の人だよね……」

 

 なのはの言葉に、フェイトはうん、と静かに頷きを返した。

 フェイトがシグナムから聞いた情報であるもう一つは、祐一が後から助けに入った赤髪の男に連れて行かれた、という話であった。

 

「嘘を吐いている可能性もあるんだろうけど、わたしはシグナムが嘘を吐くような人じゃないと思うんだ。それに、祐一の話をしてときのシグナムの表情は、なんだか、少しだけ悲しそうだったから……」

「そうだね。わたしもヴィータちゃんは本当は優しい、良い子なんだと思うし、きっとシグナムさんもそうだと思う」

「でも、それが本当なら、赤い髪の男の人って誰なんだろう……?」

 

 二人はいろいろと考えたが、答えは出なかった。

 

「やっぱり、情報が少なすぎるね」

「そうだね。……クロノくんにも少し聞いてみようか?」

 

 そうして、なのはとフェイトは部屋を移動し、リビングへと足を向けた。リビングへ入ると、そこには今後の作戦会議をしているリンディ、クロノ、エイミィの姿と子犬形態へと変身し、丸くなって眠っているアルフの姿があった。

 二人がやってきたことに気付き、リンディが声を掛ける。

 

「あら、二人とも、どうしたの?」

「すいません、会議の邪魔しちゃって……」

「ふふ、いいのよ。どうせ行き詰ってるところだし、もう話はほとんど終わってたところだから……」

 

 笑顔で答えるリンディに、なのはとフェイトもほっとしたように笑みを浮かべた。

 

「それで? どうしたんだ、二人とも」

「うん。あのね――」

 

 ソファーに腰掛けた状態で話し掛けてきたクロノに、なのはとフェイトは自分たちが思っていることを話し始めた。

 そして、なのはとフェイトが話しを終えると、クロノが顎に手を当てながら口を開いた。

 

「守護騎士たちの目的、仮面の男たちの目的、赤髪の男、そして、祐一さんの行方とその安否について、か……」

「それらについては、今、私たちがもっとも知りたいことではありますね」

 

 クロノとリンディが同じように顎に手を当てながら呟いた。

 リンディたち、管理局も守護騎士たちと仮面の男の目的と居場所は随時探っている。だが、赤髪の男と祐一の行方と安否については、情報が少なすぎるため、局員たちを使って大々的に調べることができないでいた。前者の方で人数を使っているというのも、大きな要因となってもいる。

 少しの間考え込んでいたリンディが、顎から手を放し、背筋を伸ばすと静かに口を開いた。

 

「まずは、現状でわかっていることから話しをしていきましょうか。クロノ、お願いできるかしら?」

「了解です。エイミィ、映像を」

「はいはいっと」

 

 クロノに言われる前から待機していたエイミィが素早い手付きで映像を出していった。

 

「まず、守護騎士たちの目的からだが……その話しをする前に、二人にはこの守護騎士たちがどういう存在かを説明しておこう」

 

 クロノの話しをなのはとフェイトは黙って聞いていた。

 守護騎士たちは、《闇の書》が作り出した擬似生命体であり、《闇の書》が転生する度に新たな主に仕えているということ。

 また、守護騎士たちには以前から意思疎通の対話能力などはあったが、感情を見せたという話しは一度もなかったこと。

 クロノの話しを聞き、なのはとフェイトが首を傾げていた。

 

「でも、ヴィータちゃんは怒ったり、悲しんだりしてたけど……」

「シグナムからもはっきり人格を感じたよ。成すべきことがあるって、仲間のため、主のためにやらないといけないんだって……」

「主のため、か……」

 

 フェイトの言葉を聞き、クロノは静かに呟きながら暗い表情を見せていた。なのは、フェイトはそんなクロノの表情の変化に僅かに首を傾げただけであったが、リンディはその表情の変化の理由に気付いていた。

 そのため、リンディは自分から口を開いた。

 

「結局、現段階では守護騎士たちの目的ははっきりとはしていませんが、《闇の書》を完成させようとしていることは事実であり、それは止めねばなりません。ただ、現状では居場所の特定はできていませんから、そこは調査を進めている局員たちに任せるとしましょう」

 

 そういつもの笑顔を浮かべながら話しをするリンディに、クロノもいつもの表情へと戻すと、その話しを続ける形で口を開いた。

 

「そうですね。転移頻度から見ても、主はこの周辺にいることは確実ですし、案外、主の方は先に掴まるかもしれません」

「完成前なら主も普通の魔導師だろうし、すぐに捕まえられるよっ!」

 

 クロノの言葉に、エイミィも元気よく声を上げた。そんなエイミィの言葉に、一同は笑みを零すが、すぐに次の話題へと切り替える。

 

「次に仮面の男の目的ですが、こちらは皆目検討がついていない状況です」

「そうね。初めは祐一くんが戦闘へ介入することを阻止し、今回はクロノが守護騎士の一人を捕らえるのを邪魔をした。何が目的かはわからないけれど、彼らも《闇の書》を完成させることが狙いのようね」

「そうですね。やつらの厄介なところは、魔導師としてかなりの力を持っていることと、いつ襲ってくるかがわからないところです」

 

 悔しげに表情を歪ませ、話しをするクロノへと、リンディは真剣な表情で頷きを返した。仮面の男がどこの誰であるのか、現状では全くわかっていないため、居場所を特定することは困難であり、またクロノが話しているように、仮面の男たちは、魔導師としてかなりの腕を持っている。それは祐一とクロノとの戦闘からも確認済みだ。

 なのはとフェイトは守護騎士たちとの戦闘に専念してもらいたいため、そちらに回すことはできない。アルフも同じ理由から対処不可。

 また、別件ですでにこの場にはいないユーノは、そちらにかかりきりのため、そもそも戦闘にも参加は難しい状態だ。

 そのため、仮面の男の対処はクロノに任せるしかなかった。

 

(――仮面の男の存在はとても厄介なものになりそうね。下手に局員を回しても太刀打ちできないだろうし……。本当なら、あと一人はAAクラス以上の魔導師に手伝って欲しいところだけど、そんな都合の良い人材が今の管理局にいるわけもないし……)

 

 そこまでリンディは一人考えていると、やはり、頭の中に思い浮かんだのは、一人の黒衣の青年の姿であった。

 

(――いいえ、駄目ね。今、祐一くんはいない。それに彼は管理局員じゃない、ただの一般人。手伝ってもらうことはできない)

 

 リンディは自分の考えを頭から追い出すように首を振った後、口を開いた。

 

「とりあえず、警戒だけは怠らないようにしておきましょう」

「了解です」

 

 リンディの言葉にクロノが頷きを返した。

 

「……あの、リンディさん」

「ん? なにかしら、なのはさん……?」

「……祐一お兄さんは、どこにいるんでしょうか……?」

 

 なのはの言葉にリンディは悲しげな表情となり、首を横へと振った。

 

「そう、ですか……」

「ごめんなさいね、なのはさん、フェイトさん。祐一くんの行方は、私たちにもわからないの。調査はしているのだけれど、足取りが掴めていないのよ」

 

 リンディの言葉に、なのはとフェイトは悲しげに目を伏せた。

 そんな二人を見つめながら、リンディは話しを続ける。

 

「今、私たちが祐一くんについてわかっていることは、祐一くんが単独で守護騎士たちと戦闘を行ったということと、その後、仮面の男に重症を負わされ、赤髪の男に連れて行かれたということ」

 

 なのはとフェイトに見せるように、リンディは指を一本ずつ立てていく。

 真剣な表情で見つめてくる二人の瞳を見返しながら、リンディはさらに話しを続けていく。

 

「――おそらく、祐一くんは《闇の書》の主と知り合いなんだと思います」

「っ!? それって、ほんとうですかっ!?」

「あくまで私の予想です。ですが、ほぼ間違いないでしょう」

「そういえば、シグナムも祐一を知ってるようだった。じゃあ、祐一は何で一人で《闇の書》の主の所に行ったんでしょうか? それを知っているなら、わたしたちに教えてくれてもよさそうなのに……」

 

 なのはは驚きの声を上げ、フェイトは祐一の行動に疑問を感じ、首を傾げていた。 

 

「流石にそこまでは私にもわかりません。祐一くんにも何か考えがあったのだろうけど、こればっかりは本人に聞くほかありませんね」

「……そうですよね」

 

 リンディの言葉に、フェイトが元気なく答えた。

 すると、なのはが静かに口を開いた。

 

「理由はどうあれ、祐一お兄さんは、《闇の書》の主の人のこととか、守護騎士の人たちのこととか、それに――わたしたちのこととか、いろいろ考えてくれた上での行動だったんだと、わたしはそう思います」

「なのは……」

 

 なのはは、まだ僅かに寂しげな表情をしていたが、その瞳からは祐一のことを信じているという気持ちが伝わってくるようであった。

 そんななのはの表情を見つめて、フェイトは苦笑を浮かべる。

 

(すごいな、なのはは。本当に祐一のことを信頼してる。本当にまっすぐに……)

 

 なのはは黒沢祐一という青年を、心の底から信頼している。そんな風にまっすぐに相手を想うことが出来るなのはに、フェイトは憧れと嫉妬を感じていた。なのはのようになれたら、と。

 

(――なのはのようにはなれないかもしれないけど、わたしだって、祐一を信頼してる。この気持ちは嘘じゃない)

 

 フェイトの瞳にもなのはと同じように、力が灯っていく。

 自分と母親であるプレシアのために、管理局と敵対することになっても手助けをしてくれた青年の大きな背中を想った。

 そして、なのはの言葉に続くようにフェイトも口を開く。

 

「わたしもなのはの言うとおりだと思います。祐一が一人で戦っていたのには、何か理由があるんだと思います。それに、祐一は強い。重傷だって言ってたけど、きっと、無事だって信じてます」

「フェイトちゃん……」

 

 力強く話すフェイトになのはは微笑みを浮かべた。

 そんな二人にリンディ、クロノ、エイミィも思わず笑みを浮かべる。

 

「そうね。私も祐一くんは無事だと思うわ」

「そうですね。それから、みんなに朗報だ。祐一さんを連れて行った赤髪の男が誰か分かったよ」

「ほ、ほんとっ!? クロノくんっ!?」

「ああ、ほんとだよ。エイミィ、映像を」

「はいはい」

 

 エイミィがモニターを映し出すと、そこにはまだ少年と言ってもいい年齢ぐらいの男性の姿があった。

 赤髪の男。それを象徴するかのように燃えるような赤い髪に赤いジャケット、赤いズボンと全てが赤で統一された少年である。

 

「この人が、祐一を連れて行った人……?」

「ああ、おそらく間違いないだろう。名前はヴァーミリオン・CD・ヘイズ――祐一さんと同じく、かつて管理局にいた人物だよ」

「なるほどね。確かに、彼なら祐一くんを助けることは十分考えられるわね」

 

 クロノの言葉に、リンディは顎に手を当てながら頷いた。

 

「この人は祐一とどういう関係だったの?」

 

 すると、フェイトが疑問に思ったのか首を傾げながら質問してきた。

 フェイトの言葉にクロノはああ、と一度頷くと説明を始めた。

 

「祐一さんが管理局にいたときの後輩だったんだよ。それに同じ部隊の仲間でもあった」

「そうなんだ」

「管理局に所属していたときの最終魔導師ランクはAAA+。かなりの実力者だったはずだよ。彼なら仮面の男たちを出し抜いて祐一さんを救うこともできるだろうからね」

「そんなに強い人なんだ……」

 

 なのはがモニターに映るヘイズを見つめながら呟いた。フェイトも同じようにモニターに映るヘイズを見つめていた。

 

「じゃあ、この人を追えば祐一に会えるの?」

「確かに彼を追えば祐一さんには会えるんだろうけど、肝心の彼を追うことができないんだよ」

「そうなんだ……」

 

 クロノの言葉に、なのはとフェイトが悲しげな表情を浮かべた。

 すると、リンディが手を一つ叩き、声を上げる。

 

「まぁ、何にしてもこれで祐一くんが無事である確率は上がったわ。私たちはやれることをやりましょう。まずは、《闇の書》と守護騎士たちをなんとかしないとね」

「はいっ!」

「頑張りますっ!」

 

 胸の前で拳を作り、なのはとフェイトはやる気を見せ、次なる戦いに意欲を漲らせていた。

 ――心の中では、祐一の心配をしながら……。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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interlude_3.1

投稿します。
間が空いたというのに、この短さ。。。
それでも、楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


side 黒沢祐一

 

 ――俺は、何のために剣を振るっているのか……?

 

 七瀬雪という最愛の女性を失い、管理局を辞めてから、俺はそれをずっと考えていた。

 雪がいないこの世界で、俺は未だに剣を振り続けている。

 

 ――ただ、"雪との約束"を胸に俺は剣を振り続ける。

 

 ◆

 

 管理局に入局する前の俺は、周りのことなどどうでもよかった。

 ただ、雪とともに平和な日常が過ごせていれば、それでよかった。

 だが、それを良しとしない人物がいた。それこそが――七瀬雪だった。

 雪にとって、平和な日常を過ごしているだけの生活では満足できなかったらしい。

 だからこそ、雪は最終的に、管理局へと入局する道を選んだのだ。

 

 俺は初めは雪が管理局へ入局することには反対だった。事務仕事などの裏方としてならば、そこまでは反対しなかった。だが、雪の志望は前線へと出ることであり、事件などに直接関わるような仕事がしたかったらしい。

 俺は最後まで反対していたが、結局、雪が折れることはなかった。

 

『――平穏な生活もいいんだけどさ。わたしは管理局員になって、困ってる人を助けたいんだ。父さんや母さん、それに祐一にも心配掛けちゃうかもしれないけど、やっぱりわたしは、わたしがやりたいことをやっていこうと思うんだ』

 

 当時、雪に笑顔でそう言われると、俺はもはや反対することも出来なかった。

 だからこそ、俺は雪にこう言ってやったのだ。

 

『――なら、俺も管理局に入る。お前が心配だからな。放っておいたら、雪は何をしでかすかわからないからな。その尻拭いが必要だろう?』

 

 俺の言葉を聞き、雪は一瞬だけ唖然とした表情を浮かべていたが、すぐに花が咲いたような笑顔を浮かべていた。

 

 ◆

 

 自分の夢へとまっすぐに進む雪を守ってやりたい。――俺はそう思っていた。

 雪はいつもまっすぐに前だけを見ていた。決して後ろを振り返ることなく、ただまっすぐに。だからこそ、俺はそんな雪の背中を守り、その夢の手伝いができればと思っていた。

 俺と雪は管理局へと入局するため、訓練校に入学を果たした。

 雪は魔導師としての才能も高く、入学してからすぐにめきめきと力を付けていった。

 そして、僅か一年後には訓練校では相手になるような人物はいなくなっていた。

 圧倒的な魔力量に、それを扱う魔導師としての技量。また、それに驕ることなく、努力を続ける雪に敵う者などいるはずもなかった。

 訓練校では、一〇〇年に一人の逸材と言われるほど、雪の力は圧倒的であった。

 

 ――そんな雪の背中を俺は追いかけ続けた――

 

 雪に追いつくために、俺は常に自分自身を鍛え続けていた。

 魔導師としての訓練は勿論のこと、戦術などの座学も勉強し、自分の力を伸ばしていった。

 

 ――だが、それでも七瀬雪という天才には追いつくことが出来なかった――

 

 結局、訓練校時代は、戦闘でほとんど雪に勝つことはできず、負けるか引き分けるかがほとんどであった。

 また、訓練校を卒業したときの成績は雪が主席で俺が次席であった。

 雪は訓練校はじまって以来となるほど圧倒的な成績を残し、その名を一躍知らしめた。卒業する間際には、管理局のいろんな部隊から誘いを受けているほどであった。

 そして、その後、俺と雪は管理局の部隊へと配属となり、順調に任務をこなしていった。

 雪はそれからも自分の力を存分に発揮し続けた。個人の戦闘力もさることながら、雪には人を引き付けるカリスマ性も備わっており、階級が上がってからは現場の指揮も任されていることも多くなった。

 そして、その美しい容姿とその圧倒的な戦闘力から管理局員や犯罪者たちからは、憧憬、敬意、畏怖と様々な感情を込めて、こう呼ばれるようになっていた。

 

 ――《紅蓮の魔女》、と――

 

 雪の身長はあろうかという真紅の長剣――《紅蓮》を手に戦闘をするその姿からその呼び名がついたらしい。

 雪は自分がそんな風に呼ばれていると知ったとき、僅かに頬を染め、恥ずかしそうにしていたのが印象的であった。

 そんな順風満帆な雪の姿を見て、俺はそれを始めて感じた。

 

 ――七瀬雪という人間に、俺など必要ないのではないだろうか――

 

 結局は一人で何でも出来てしまう雪の姿を長年見続けてきたからだろうか、当時の俺はそんなことを考えていた。

 故に、当時の俺は雪とは別の場所で働くべきではないかと、そんなことを考えていたのだ。

 しかし、雪は、そんな俺の考えがわかっていたのかいないのか、ある日、俺にこう話しをしてきた。

 

『――いつもありがとうね、祐一』

 

 そう僅かに照れながら話しをしてきた雪に、俺は驚き、『何がだ?』と俺は言葉を返した。

 

『わたしが前だけを見て進むことが出来るのは、祐一のおかげ。ここまでやってこれたのは、祐一が常にわたしの背中を守ってくれていたから――』

 

 だから、と雪は一度深呼吸し、頬を染めながらも最高の笑顔を俺へと向けると、

 

『――わたしのことをいつも守ってくれてありがとう、祐一』

 

 そんな風に、俺に感謝を述べた。

 その言葉に、俺は不覚にも涙を流したことを今でも覚えている。

 そして、俺はそれから悩むことを止め、これからも自分の持てる力を全て使い、七瀬雪を守っていこう。――俺はこのときに、そう誓ったのだ。

 

 ――だが、俺が守ると誓った最愛の女性は、もうこの世にはいない――

 

 しかし、それでも俺は剣を振り続けている。

 

 ――誰も失わず、今度こそ、守ってみせる――

 

 俺はそう心の中で思いながら、意識を浮上させていった。

 

side out

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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interlude_3.2

投稿します。

すみません。
また、短めです。。。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 side 八神はやて

 

 ――最近、みんなの様子がおかしい気がする――

 

 そう感じたのは、つい最近だ。

 初めは、みんな、それぞれ用事があるのだろうと思って、考えないようにしていた。帰るのが遅くても、それでもみんなで晩御飯をいっしょに食べたり、それが駄目でもわたしが寝る前には帰ってきて、少し話しをしてから一日を終えていた。

 だけど、日にちが経つにつれて、みんな、夜に帰ってくることもなくなって、朝に帰ってくるときもあった。

 みんなにも用事があるのだと思い、わたしはそれを気にしないようにしていた。

 

 ――一人でいることには、慣れていたから――

 

 わたしが小さいとき、お父さんとお母さんはお星様になってしまった。

 それから、わたしは天涯孤独になってしまった。そのことが原因なのか、または別の要因があったのか、その頃からわたしの両足も動かなくなってしまった。もし、神様がいるとしたら、とても意地の悪い神様だと、わたしは思った。

 しかし、悪いことばかりではなかった。わたしのお父さんとお母さんは、もし、自分たちに何があっても、わたしが生きていけるだけの財産を残してくれていた。

 また、その頃からいろいろと手助けをしてくれるようになった人物が現れた。わたしが勝手に足長おじさんと読んでいるその人は、お父さんの友人を名乗っていた。今でもその人から送られてくる手紙は、わたしの心の支えだった。

 

 そんな幼少時代を過ごして来たわたしは、一人で家にいることなんて、慣れっこだった。だけど、

 

 ――みんなが家に帰ってこなくて、言い知れぬ寂しさを感じていた。

 

 みんながこの家にやってきて、初めこそ戸惑ったけど、今ではみんなはわたしの――大切な家族だ。

 みんなのおかげで、今、わたしはこれ以上ないくらいの幸せを感じている。

 だからなんだろう。もしかしたら、みんなが出て行ったっきり、帰ってこないのではないか? そんな風に感じて、わたしは怖かった。

 もう、みんながいない生活なんて、考えることができなかった。

 

 ◆

 

 わたしは魔導師として目覚めて、初めは戸惑った。

 急に自分が魔導師と言われても何をしていいのかわからず、《闇の書》の主と言われても何もわからなかった。

 だけど、そんなわたしにも、一つだけわかったことがあった。初めて、守護騎士のみんなと出会ったとき、わたしはそれを強く感じた。

 

 ――この子たちもわたしと同じで、寂しかったんだ。

 

 守護騎士のみんなの瞳を見て、わたしはそう思った。

 だから、この子たちとなら心から信頼し合える、わたしが憧れていた"家族"になれる。そう、わたしは確信に似た何かを感じた。

 

 そうして、わたしと《闇の書》を含めた守護騎士たちの生活が始まり、今ではそれがかけがえの無いものになっていると、わたしは感じていた。

 

 守護騎士たちのリーダー的存在であり、ちょっと生真面目すぎるところはあるけれど、とても優しい心の持ち主である――シグナム。

 

 守護騎士の中では一番外見が幼く、常に勝気で自由奔放に振舞っているけど、芯が強くて根が優しい心の持ち主である――ヴィータ。

 

 ドジで天然なところがあるけど、いつも笑顔を絶やさない優しい女性で、わたしの姉のような存在である――シャマル。

 

 守護騎士唯一の男性であり、寡黙な性格であまり言葉を口にすることはないけれど、本当は優しくて、とても頼りがいのある――ザフィーラ。

 

 初めて出会ったときは赤の他人だったけど、今ではみんなわたしの大切な家族だ。

 みんなと暮らし始めて、わたしが笑顔でいられる時間が増えていった。

 

 ――そして、わたしの笑顔を増やしてくれた人が、もう一人いた。

 

 守護騎士のみんなと出会う少し前、その人との初めての出会いは毎日通っていた図書館だった。

 日本人離れした長身と全身をほぼ黒色でコーディネートした服装。

 わたしよりも一回りぐらい年上の男性で精悍な表情をしており、何事からも守ってくれそうな、頼りがいがありそうな男性だった。

 

 ――黒沢祐一――

 

 出会いはほんとにたまたまで、わたしが取れなかった本を取ってくれたという、他愛の無い理由だった。

 だけど、わたしはそんな出会いが、守護騎士のみんなと出会ったように、運命だったんじゃないかと思っていた。

 どちらかというと、わたしは引っ込み思案な性格なので、初めは祐一さんに話し掛けるのも大変だった。でも、それも少し祐一さんと話しをしていると気にならなくなり、そこから祐一さんとの付き合いが始まった。

 正直、特別なことなんて全くといっていいほどなかった。ただ、祐一さんといっしょに何事もない普通で、それでいて心安らぐ日常を送っていただけだ。

 

 ――だけど、わたしにとって、それはとても大事なことだった――

 

 誰かといっしょに過ごす大切な日常というものを、わたしは体験したことがなく、だからこそ、祐一さんと過ごした日常は、とても心温まるモノだった。

 祐一さんは特にわたしに気を遣うこともなく、いつも自然体で接してくれていた。それが地なのか、何かを考えてのことなのかはわからないけど、わたしはとても嬉しかった。

 だからわたしは、そんな風に自然体でわたしと接してくれて、それでいてたまに優しさを見せてくれる祐一さんが好きだった。

 わたしが《闇の書》の主として目覚めた日も、いち早く駆けつけてくれて、守護騎士のみんなといっしょに暮らすという、わたしの思いも苦笑を浮かべながらも頷いてくれた。

 

 ――そんな祐一さんにも、わたしはしばらく会っていない。

 

 最近まで祐一さんはお仕事で海鳴にはいなかったけど、ほんの数日前に帰ってきたらしく、わたしの家に来てくれた。

 だけど、それ以来、祐一さんの姿は見ていない。

 一度、シグナムに祐一さんがどこに行ったのかを聞いたら、僅かに瞳を泳がせた後、『また、しばらく仕事で海鳴を出ると言っていました』と言っていた。

 そのときはそうなんや、とシグナムに頷きを返したけど、シグナムは祐一さんのことで何か隠し事をしているようだった。

 だけど、わたしはシグナムには何も聞いていない。きっと、わたしに話せない理由が何かあるのだろう。それはきっと、わたしを思っての行動だと思うから、だからわたしは何も聞かなかった。

 

 ――何か、わたしの周りで、わたしの知らない何かが動いてる――

 

 そうわたしは感じていたが、それでもわたしは何もしない。

 普段どおりの生活をして、みんなの帰りを家で待っているのが、わたしのお仕事だから。

 

 ――例え寂しくても、みんなが帰ってきたら、笑顔を見せてあげようと、わたしはそう思った。

 

side out

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。


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胎動

投稿します。
お久しぶりです。
お待たせ致しました。
遅れて申し訳ありません。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


 なのはとフェイトは今、アリサとすずかと共に海鳴の町を歩いていた。

 間もなくクリスマスということもあり、サンタクロースの格好をした売り子がケーキやグッズなどを売っていた。

 

「そっかぁ~、もうすぐクリスマスだったんだね」

「……なのは、あんた、その発言は女の子としてどうかと思うわよ」

「はは、まぁまぁ、アリサちゃん……」

 

 なのはが賑わっている町を見渡しながら思わずそう言葉を零すと、アリサが呆れたようになのはを見つめ、すずかが苦笑を浮かべながらそれを宥めていた。

 フェイトはそんな三人のやり取りを聞きながらも、町の賑わいが気になるのか、辺りをキョロキョロと珍しそうに見ていた。

 なのははそんなフェイトを見て、微笑を浮かべる。

 

「どう、フェイトちゃん? なんだか、楽しくなってくるでしょ?」

「うん、そうだね。人がたくさんいて戸惑っちゃうけど、みんなとても楽しそう」

「フェイトちゃんは? 楽しいかな?」

 

 そう質問してくるなのはに、フェイトは「そうだね」と頷くと、なのはに笑顔を向けた。

 

「わたしも楽しいよ。――なのはといっしょにいられるし……」

「フェイトちゃん……」

 

 フェイトが僅かに頬を赤く染めながら話すと、なのはも同じように頬を赤く染めながら、フェイトを見つめた。

 お互いに見つめ合い微笑みあう二人に、アリサが引きつった笑みを浮かべながら声を掛ける。

 

「……なに二人で良い雰囲気作ってるのよ……」

「にゃっ!? べ、べつにわたしはそんなつもりは……っ!?」

「そ、そうだよっ!? 別にわたしたちはそんなつもりじゃ……っ!?」

「ふぅ~ん。そうなんだぁ~」

 

 先ほどよりも頬を赤く染め弁明するなのはとフェイトの言葉を、アリサは瞳を細めながらそう言葉を口にした。

 

「まぁまぁ、アリサちゃん、二人が仲が良いのは今に始まったことじゃないでしょ?」

「……まぁ、そうなんだけどさ……」

「もしかして、アリサちゃんも……」

「なっ!? わ、わたしは、別に何とも思ってないわよっ!?」

「ふぅ~ん。そうなんだぁ~」

「……すずか、あんた最近、言うようになったわよね……」

 

 アリサが僅かに頬を赤く染めながら苦々しげに話すが、すずかは「そんなことないよ~」と、優しげな笑みを浮かべていた。そんなすずかを見て、アリサは溜め息を吐いた。

 そんな二人のやり取りを見て、なのはとフェイトも思わず笑みを零しながら、これまでのことを考えていた。

 

 ――あの戦い以降、守護騎士たちとの戦闘をなのはとフェイトは行っていない。

 

 守護騎士たちも管理局を警戒しているのか、最近は地球で蒐集は行っていないようで、管理局も守護騎士たちを見つけ出すことができないでいた。

 それゆえになのはとフェイトの出番は未だに無く、待機はしているものの、現状では訓練しか行ていない状況であった。

 そんな二人を見てリンディが、

 

『こちらはわたしたちに任せて、なのはさんとフェイトさんは友達と遊んでくるといいわ』

 

 そう笑顔で話しをしてきたのだ。

 二人は後ろ髪を引かれる思いもあったものの、現在の状況からリンディの言葉に甘えることにしたのだ。

 そして二人はアリサとすずかと合流し、クリスマスムードとなっている町に繰り出すことと相成ったのだ。

 

『――でも、ほんとによかったのかな? リンディ提督やクロノたちに任せちゃって』

『大丈夫だよ。リンディさんも言ってたでしょ? それに、わたしたちが居たとしても特に何もできないしね。ああいうことは、クロノくんやエイミィさんの方が得意だから』

『そうだね。じゃあ、リンディ提督がくれたお休みを楽しまないとね』

『うんっ!』

 

 フェイトとなのははアリサとすずかに聞かれないよう、念話での話しを終えると、互いに笑みを浮かべて、まだ話しをしているアリサとすずかの方へと向かった。

 

 ◆

 

 いろいろと店を回った後、四人でどこかでお茶でも飲もうという話しになったが、いつもと同じようになのはの両親が経営している《翠屋》へと足を運んでいた。

 

「ん~いつ来ても桃子さんのお菓子は絶品ねっ!」

「ほんと、とってもおいしいよねっ!」

「うん。ほんとにおいしい」

「へへ、なんだか照れるな。ありがとね、みんなっ!」

 

 みんなに桃子のお菓子を絶賛され、なのはも嬉しそうに微笑んでいた。

 そして、そこからいろんな話しを四人でしたあと、アリサが微笑を浮かべながらしみじみと呟いた。

 

「クリスマスもみんなで集まって、もっといろんな話しをしたり、楽しく過ごしたいわね」

「そうだね」

 

 アリサの言葉に、すずかも笑顔で頷きを返すが、なのはとフェイトの表情が困ったような笑みを浮かべていた。

 

「あ、あの、アリサちゃん……わたしたちは……」

「わかってるわよ。用事があるかもしれないんでしょ。でも、その用事もどうなるかはわからないんでしょ?」

「う、うん……」

「なら、その用事が無かったら、みんなでクリスマス会でもしましょう。もちろん、フェイトもね」

「あ、う、うん……」

 

 アリサは不敵な笑みを浮かべながら、なのはとフェイトへとそう話した。

 そう話すアリサに、なのはは申し訳なさそうな表情をしながらも、笑みを浮かべた。

 

「――ありがとうね、アリサちゃん」

「ふんっ。別にお礼を言われるようなことはしてないわよ。……みんなでクリスマス会とかが出来たら、わたしが楽しいから、そうしたいって言ってるだけよ」

「それでも、だよ」

 

 笑顔でそう言うなのはに、アリサは僅かに頬を染めながら「ふんっ!」と、顔を横へと向けた。

 そんなアリサを見て、すずかはアリサちゃんらしいな、と思いながら笑顔を浮かべていた。

 

「それと、すずかが最近友達になったって言ってた子も呼びなさいよ」

「それって、八神はやてちゃんのこと?」

「ええ、そうよ。人数が多い方が楽しいだろうしね」

「うん。わかった。わたしから誘ってみるね」

 

 アリサの言葉に、すずかは笑顔で言葉を返した。

 そんな二人の会話に、事情を知らないなのはとフェイトが首を傾げていた。

 

「すずかちゃんの知り合いなの?」

「そうだよ。図書館に行ったときに知り合ったんだよ。ほんとに最近のことなんだけどね。わたしたちと同い年の女の子だよ」

「そうなんだ……」

 

 すずかの説明を聞き、なのはとフェイトは頷きを返した。

 

(八神はやてちゃんか……どんな子なんだろう? でも、すずかちゃんと仲良くなれるような子だから、とっても優しい子なんだろうな)

 

 すずかの説明を一通り聞いたなのはは、今は名前だけしか知らない少女を思い浮かべた。

 

「会えるのが楽しみだねっ、フェイトちゃん」

「うん。そうだね」

「優しい子だから、きっとみんなとも仲良くなれると思うよ」

 

 なのはとフェイトの言葉を聞き、すずかも笑みを浮かべながら太鼓判を押した。

 それからしばらくの間、すずかからはやての人物像などを聞きながら盛り上がった。

 そんな中、アリサが僅かに聞きにくそうにしながらも別の話題を口にした。

 

「それで、祐一さんは海鳴に戻ってきたの……?」

 

 その人物の名前を聞くと、なのはとフェイトが寂しげな表情を浮かべた。

 

「まだ、戻ってきてないんだ……」

「仕事が片付いてないみたいで、しばらくの間、戻って来れそうにないんだって……」

 

 寂しそうに微笑みながら話すなのはとフェイトの言葉を聞き、アリサとすずかも悲しげな表情を浮かべた。

 祐一は未だに海鳴に戻ってきてはいなかった。現在は消息不明であり、連絡も取れない状況であった。そんな事実が二人の心を未だに縛っていた。祐一のことを慕っている二人ならば、当然のことだった。

 しかし、一般人であるアリサとすずかに詳しい事情を話すのは躊躇われるし、だからといって知らないと一言で済ましてしまうのも違うと思い、二人はそのような返答しかアリサたちに返すことができなかった。

 そんな二人の葛藤に気付いたわけではないだろうが、アリサはすぐに表情を戻すと、いつもと同じように不敵な笑みを浮かべた。

 

「でも、戻ってこないわけじゃないんでしょ? だったら、祐一さんもクリスマス会に参加してもらわないとね」

 

 そんな風に話すアリサを見て、なのは、フェイト、すずかの三人は微笑を浮かべた。

 

「でも、そのクリスマス会、祐一お兄さん以外はみんな女の子だよ? 祐一お兄さんが参加してくれるとは思えないんだけど……」

「そこはなのはとフェイトが説得しなさいよ。基本的に祐一さんって、なのはとフェイトには甘いからきっと二人に頼まれたらノーとは言えないはずよ」

「そう、なのかな……?」

「間違いないわよ」

 

 なのはとフェイトが首を傾げるが、アリサが断言するように告げた。すずかも何も言ってはいないものの、アリサと同意見なのか頷いていた。

 そんな二人を見て、なのはとフェイトは確かな二人の優しさを感じていた。

 

(――わたしたちが祐一お兄さんのことを気にしているってことを知ってて、アリサちゃんとすずかちゃんはそんなわたしたちに気を遣ってるんだ。そんなことは気にする必要はない、祐一お兄さんはきっと戻ってくるって……)

 

 なのははそんな二人の気遣いが嬉しくて泣きそうになったが、なんとか堪えた。

 

「……うん、そうだね。祐一お兄さんもきっと連れて行くから」

「ええ、そうしなさい。みんなで集まったら、きっと楽しくなるわよ?」

 

 なのはの言葉に答えながら、アリサは優しげな笑みを浮かべた。

 アリサの言葉に、なのはは満面の笑みを浮かべて「うんっ!」と頷いた。

 そんな二人のやり取りを見ていたフェイトもまた、同じように笑みを浮かべながら思った。

 

(――祐一、きっと大丈夫だよね? なのはも待ってるし、それに――わたしも待ってるから)

 

 フェイトは三人の会話を聞きながら、ここには居ない黒衣の青年の姿を思った。

 

 ◆

 

 ――間もなく夜が明けようかという時間――

 

 守護騎士の一人であるシャマルは、静かな八神邸の居間で一人、みんなの帰りを待っていた。主であるはやては、いつもどおりに就寝しており、今は布団の中で気持ちよく眠っていた。

 シャマルは他の守護騎士たちが蒐集を行っている間、彼らのサポートのため、カートリッジに魔力を込めている。

 シャマルとザフィーラがこれを使用することはないが、シグナムとヴィータはほぼ必須のアイテムと言ってもいいぐらいに使用していた。本人が用意できるものであるのだが、シグナムとヴィータには蒐集を率先して行ってもらっているため、少しでも彼女たちの負担を減らすために、また、ベストなコンディションで戦闘を行えるよう、シャマルはカートリッジの準備も含めて、サポートに徹していた。

 シャマルは魔力を込め終わったカートリッジを机へと置くと、静かに息を吐いた。

 

(――そろそろ、みんな帰ってくるかしら……)

 

 シャマルはそう考えながら、魔力を込め終わったカートリッジを片付けていった。

 そんな風に作業に没頭しながら、シャマルは自分たちの主のことを考えていた。

 

(……はやてちゃんの体は、もうちょっとで限界を迎えてしまう)

 

 その事実に、シャマルは表情を曇らせる。

 病院でも検査をし、シャマルたちも僅かながらも検査を行った。何度も嘘であって欲しいと願った。……だが、現実は残酷だった。

 

(闇の書が、主であるはやてちゃんのリンカーコアを浸食してきている。このままじゃ、はやてちゃんの命は……)

 

 シャマルはそう考えながら、悔しげに表情を歪めた。

 本当ならば、闇の書をはやてと切り離すことができればいいのだろうが、永い間、はやてとともにあった闇の書ははやてと深く結びつき、それも不可能。ゆえに、残された方法は――

 

(闇の書を完成させて、魔力の侵食を止める。そのためなら、わたしたちは何でもやる。……そう決めたのよね。はやてちゃんはそのことを知らないけれど……)

 

 それに、とシャマルは一人静かに呟いた。

 

(彼――祐一くんは、最後までわたしたちの考えには反対していたわよね)

 

 黒衣の青年の姿をシャマルは思った。

 

(祐一くんははやてちゃんのことを大事にしてくれてた。だけど、わたしたちの考えには賛同してくれなかった。はやてちゃんがそれを望んでいるのかって……)

 

 祐一はあくまではやての意思を尊重するとして、最後までシャマルたちの考えには反対していた。その結果、祐一とシャマルたちは戦うことを余儀なくされてしまった。

 そして、結果として祐一は仮面の男に重傷を負わされ、今はどこにいるのかもわからなかった。

 

(戦った相手を心配するというのも変な話だけど、きっと祐一くんなら大丈夫よね)

 

 祐一のことを考え、シャマルは心配そうに表情を歪めたが、すぐに表情を戻すと、大きく息を吐いた。

 

(どのみち、わたしたちはもう止まれない。どんな罪を背負うとしても、はやてちゃんを救ってみせるわ)

 

 そう自分に言い聞かせるように、シャマルは心の中で何度も思っていた。

 いろいろと考えていると、玄関の扉が静かに開いた音にシャマルは気付き、ソファーから立ち上がると、そちらへと向かい、帰ってきた人物たちへと笑顔を向けた。

 

「おかえりなさい」

「ああ。ただいま」

 

 シャマルに言葉を返したのは、守護騎士のリーダーであるシグナムであった。

 

「はやては……?」

「まだ寝てるわ。みんなが帰ってくるまでは起きてるって言ってたけど、途中で寝ちゃったの」

「……そっか。はやてには悪いことしちゃったな」

「そうだな」

「あとで皆で謝ろう」

 

 待っていたはやてのことを思い、ヴィータは泣きそうな表情をしながら顔を俯かせ、ザフィーラとシグナムはヴィータを慰めるように、そう言葉を口にした。

 シグナムはヴィータの頭をぽんぽんと軽く叩いた後、リビングに足を踏み入れ、はやてからプレゼントされたお気に入りのマフラーを大事そうに首から外した。

 

「今日は結構時間が掛かったのね?」

「ああ。少し足を伸ばしてな。だが、その甲斐あって闇の書のページもかなり埋まってきた」

「それはよかったわ」

 

 シグナムの言葉に、シャマルは微笑を浮かべた。

 

「管理局のやつらも捜索範囲を広げてきてやがるし、早いとこ蒐集しないとはやての居場所まで突き止められちまうからな」

 

 ヴィータは先ほどよりも元気になったのか、いつものように腕を組みながらそう話した。

 

「そうね。できるだけ早めに終わらせないと」

「だが、焦りは禁物だ」

「そうね。わかってるわ」

 

 ザフィーラの言葉に、皆が頷きを返した。

 そして、しばらくの間、これからのことを話た後、ヴィータが不安げな表情で口を開いた。

 

「……なぁ、闇の書を完成させて、はやてが本当の闇の書の主になったら、はやては幸せになれるんだよね?」

「どうしたんだ? いきなり」

 

 シグナムが眉を顰めながら、ヴィータへと問い掛けた。

 

「……わかんねぇ。だけど、なんか不安なんだ。ほんとにこれで大丈夫なのか、ってさ。何か大事なことを忘れてる気がするんだ」

「大事なこと……?」

 

 ヴィータの言葉を聞き、シグナム、シャマル、ザフィーラは怪訝な表情をしながら首を傾げた。

 そして、誰かが口を開こうとした。そのとき、

 

 ――ガシャンッ!

 

 少し離れた場所から、そんな大きな音が聞こえてきた。

 

「「ッ!?」」

 

 異変を察知し、四人はすぐさま音のした方へと向かい、そして、その部屋の扉を開けた。

 すると、そこで四人が目にしたのは、苦しげな表情で胸を押さえながら床に蹲っている一人の少女の姿があった。

 

「っ!? はやてっ!?」

 

 ヴィータの叫び声を聞いても、蹲っている少女――八神はやては苦しげに胸を押さえているだけであった。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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復活

投稿します。
大変遅くなり、申し訳ございません。
リアルに時間が取れませんでした。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


「――ここは……」

 

 そう静かに呟いたのは、一人の青年だった。

 ここは病院の一室であり、青年はそこのベッド眠っていたのだ。

 ベッドで眠っていた青年――黒沢祐一はぼんやりした表情で白い天井を見つめていた。

 

「お、旦那。やっとお目覚めかい?」

 

 一度、指をパチンと鳴らし、ベッドで眠っていた祐一の隣にある椅子に座っている青年が口を開いた。

 全身を赤一色でコーディネートした格好をしており、髪も真紅に染まっていた。だが、前髪の一房だけが真っ青に染まっていた。それも相まって、その異端さが窺えるようであった。

 赤髪の青年――ヴァーミリオン・CD・ヘイズは、軽薄そうな表情をしながらも、本気で祐一のことを心配していたのか、ほっとした表情を浮かべた。

 

「心配を掛けたみたいだな」

「なに、良いってことよ」

 

 祐一の言葉に、ヘイズは恥ずかしそうにしながら手を振った。

 そんなヘイズを見て、祐一は僅かに苦笑を浮かべた。

 

「俺はどのくらい眠っていた?」

「ざっと一週間とちょっとってところだな」

「そんなにもか。……鈍ったものだな」

「いやいや、そんな短期間で重傷だった怪我をほとんど治しちまうって……どんなんだよ……」

 

 ヘイズが呆れたように言うと、祐一は寝ていた体を起こした。

 

「……っ」

「旦那、駄目だって! 流石にあと二週間ぐらいは安静にしてねぇと!」

「いや、問題ない」

 

 ヘイズの注意も聞き入れず、祐一は完全にその体を起こした。

 そして、怪我の具合を確かめるように、祐一は体の調子を確かめる。

 

(傷は塞がってはいるが、あまり激しく動くと開く可能性はあるといったところか……一週間も眠っていたことによる身体能力の低下の方が問題か……)

 

 そう自身の調子を祐一は一つずつ確かめていた。

 そんな調子の祐一に、ヘイズは頭を掻きながら嘆息した。

 

(ったく、相変わらずだな、祐一の旦那は……昔から自分の周りにいる人間に危険が迫ったら、自分のことなんかお構いなしだ)

 

 昔から祐一はそんな男だったと、ヘイズは目の前にいる祐一を見ながら思った。

 自分の体の調子を確かめている祐一に、ヘイズは一度指を鳴らしてから声を掛けた。

 

「まぁ、旦那が行くって言うなら止めねぇけどよ。……こんなこともあろうかと、いろいろと調べておいたぜ。……《闇の書》の情報について、な」

「すまないな、ヘイズ……」

「だいたい、こうなることは予測できてたからな。乗りかかった船だし、地球まで送っていくから、その間にでも確認してくれや」

 

 ヘイズの言葉に、祐一はもう一度、「すまんな」と言うと、ベッドから降り、久しぶりに両足を地面に着けた。

 そして、祐一は立ち上がると掛けてあった自身の服へと近づき、病衣を脱いだ。病衣を脱いだ祐一の体には包帯が巻かれており、重傷であったことがありありと認識できた。

 だが、そんなことは気にせず、祐一は服を身に着けていった。

 

「この服も着るのは久しぶりだな」

 

 いつも着ていた漆黒の衣服を身に纏い、感慨深げに祐一は静かに呟いた。

 漆黒の衣服を身に纏った祐一を見て、ヘイズは笑みを浮かべた。

 

「やっぱり、旦那にはその格好が似合ってるよ」

 

 そんなヘイズの言葉に祐一は苦笑を浮かべた。

 二人がそんなやり取りをしていると、部屋の扉が開き一人の男性が入ってきた。

 

「起きたのか、祐一」

 

 僅かに安堵したように、男性が言った。

 その男性は白衣を着用しており、なにより特徴的なのが、モノクルを掛けているところであった。

 そんな男性を見て、祐一は僅かに頭を下げる。

 

「先輩にも、今回はお世話になりました」

「先生、来てたんだな」

「ああ、そろそろ祐一が目覚めるだろうと思ってな」

 

 祐一に先輩、ヘイズに先生と呼ばれた男性――リチャード・ペンウッドは白衣のポケットに手を入れたまま、笑みを浮かべていた。

 

「って、先輩っ!? ここは禁煙だってのっ!」

「……ん? ああ、すまないな。つい、癖でな」

「ったく、マジで勘弁してくれよ。ここは病院で、しかも病室なんだからよ。いくらここが個室で俺たちだけしかいないからって、非道徳的なことは止めてくれよ」

 

 リチャードがポケットから煙草を取り出し、口に咥えようとしたところで、ヘイズが叫ぶように止めた。

 リチャードは二十歳を過ぎてから煙草を吸うようになり始めたのだが、今ではすっかりヘビースモーカーとなってしまっていた。なので、いつも口元が寂しくなると、思わず煙草を吸おうとしてしまうのだ。

 リチャードは煙草は再びポケットへ仕舞うと、今度は別のポケットからガムを取り出し、それを口に放り込んだ。

 

「もう行くのか? 祐一」

「ええ。怪我の治療、ありがとうございました」

 

 リチャードに祐一は頭を下げた。

 

「……そうか」

 

 リチャードは静かに頷くと、おもむろに胸ポケットへと手を入れ、何かを取り出し、それを祐一へと手渡した。

 

「……先輩、これは……」

「手入れはしていたようだが、一応"メンテナンス"をしておいた。すまんな、勝手に持って行って」

 

 リチャードが祐一へと渡したのは、祐一がいつも首から下げていた剣型のアクセサリーであった。それを受け取った祐一は、黙ってじっとそれを見つめていた。

 そんな祐一を見つめながら、リチャードは両手をポケットへと入れながら静かに口を開いた。

 

「きっと今後の戦いで必要になるはずだからな」

 

 そんなリチャードの言葉を聞きながらも、祐一は受け取った剣型のアクセサリーをジッと見つめていた。

 

「……もう、いいんじゃないか……」

 

 リチャードの言葉に、祐一の表情が僅かに動いた。

 リチャードは祐一の表情の変化に気付いていたが、構わず話しを続けた。

 

「それそろ、自分を許してもいい頃ではないか?」

 

 リチャードの言葉を聞いても、祐一は黙ったままであった。

 僅かに表情が変化したものの、そこから祐一が何を考えているか、付き合いの長いリチャードとヘイズも分からなかった。

 だが、一つだけわかったことがある。

 

(やっぱり、祐一の旦那は……まだ、雪姉さんのことを……)

 

 黙ったままの祐一を見つめながら、ヘイズは僅かに表情を歪めた。

 そして、しばらくの間沈黙が続いたが、黙っていた祐一が静かに口を開いた。

 

「――確かに先輩の言うとおり、もう、過去とは決別した方がいいのかもしれません」

 

 祐一は静かに言葉を紡いでいく。

 

「ですが、先輩とヘイズには申し訳ないですが……俺はまだ、自分の気持ちにケリをつけることができていない。雪がいたら、いつまでも悩んでるんじゃないと言われそうですがね」

 

 そう祐一は話しながら、僅かに苦笑を浮かべた。

 

「情けない男だと、自分でも思います。……だが、こんな俺にもできることはある。だから、俺は戦い続けます」

「……そうか。なら、"それ"は使わないのか?」

 

 祐一の言葉を聞き、リチャードがゆっくりと息を吐き、祐一が首に掛け直した剣型のアクセサリーを指差す。

 

「これは、まだ使えません。――ですが、俺の中で踏ん切りがついたそのときは……」

「……そうか。なら、俺からは何も言わんよ」

「俺は元から何も言うつもりもなかったですけどね」

 

 リチャードは祐一の言葉に溜め息を吐き、ヘイズは苦笑を浮かべながらそう言った。

 

「――ありがとう。二人とも……」

 

 そんな二人の言葉を聞き、祐一は静かに頭を下げた。

 

 ◆

 

 ――一方その頃、管理局メンバーは《闇の書》の核心に迫ろうとしていた。

 

「――《闇の書》というのは、本来の名前じゃない。古い資料によれば、正式名称は《夜天の魔導書》。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して、研究するために作られた、主とともに旅する魔道書――」

 

 管理局執務官であるクロノ・ハラオウンは、現在、無限書庫にいるユーノ・スクライアと連絡を取り合っていた。そこには、クロノの補佐官でもあるエイミィ・リミエッタ、そして、ギル・グレアム提督の使い魔の一人であるリーゼロッテの姿があった。

 今、ユーノが今まで調べた内容をクロノたちへと話しているところであった。

 クロノはモニターに映っているユーノを真剣な眼差しで見つめていた。

 

「破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かが、プログラムを改変したからだと思う」

「今も昔も、ロストロギアを使って絶大な力を得ようとする輩は変わらないってことだね……」

 

 そう溜め息を吐いているのは、ギル・グレアム提督の使い魔の一人であるリーゼアリアである。彼女は使い魔であり人間ではないため、人のこういった考えは理解出来なかった。

 だが、全ての人間がこのような考えを持っているわけではないということも理解していた。

 

「その改変のせいで、旅をする機能と破損を修復する機能が暴走しているんだ」

「転生と無限再生についてはそれが原因か……」

「古代魔法なら、それくらいはありかもね」

 

 ユーノの言葉に、クロノは表情を歪め、リーゼロッテは淡々と言葉を口にした。

 

「一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化。一定期間蒐集しないと、持ち主の魔力を侵食しはじめるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる。――無差別破壊のために……」

 

 そこまで話すと、ユーノは大きく息を吸い込んだ。

 

「だから、これまでの主は、皆魔導書が完成してすぐに……」

「――ああ……」

 

 皆まで言わずとも、クロノにはユーノが言う言葉を知っていた。故に、先んじてクロノはユーノの言葉に被せるように、声を放った。

 

「停止や封印方法についての資料は?」

「ああ。それは今調べてる。……だけど、完成前の停止は難しい」

「なぜ?」

 

 ユーノの言葉を聞き、クロノが僅かに表情を変えながら話した。

 《闇の書》を破壊することは困難であり、それを実行してしまうと、また転生してしまうため、根本的な解決にはならないことはクロノは重々承知であったため、被害を最小限に抑えるためにも、完成する前に対処できるのがベストであった。

 クロノの質問に答えるように、ユーノはモニター越しに首を横に振った。

 

「《闇の書》が真の主と認識した人間でないと、システムの管理者権限を使用できない。つまり、プログラムの停止や改変が出来ないんだ」

 

 そう話しをするユーノの表情は悔しげに歪んでいた。

 

「無理に外部から操作しようとすれば、主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる」

「そうなんだよねぇ~。……だから、《闇の書》の永久封印は不可能って言われてる」

 

 ユーノの言葉を引き継ぐように、リーゼアリアがそう話した。

 二人の話を聞き、話を聞いていた者たちが溜め息を吐いた。

 

「《闇の書》――いや、《夜天の魔導書》も可哀そうにね……」

 

 そうクロノの横で椅子に腰掛けているエイミィは一人静かに呟いた。

 クロノはそんなエイミィの言葉を聞きながら、ユーノへと声を掛ける。

 

「調査は以上か?」

「現時点では、ね。まだいろいろと調べてる。でも、流石は無限書庫。探せばちゃんと出てくるのが凄いよ」

「っていうか、わたし的には君の方がすごいと思うよ。すごい捜索能力だし」

 

 リーゼアリアがここまでの情報を調べ上げたユーノに対し、感嘆の声を上げた。

 この短期間でここまでの情報が調べられたユーノの捜索能力に関しては、目を見張るものがあった。故にこそ、クロノはユーノに対し、《闇の書》――いや、《夜天の書》の捜索を依頼したのだ。

 

(効果覿面だったな)

 

 そう内心でクロノは微笑んだ。だが、普通に褒めるのは悔しいので、顔には出さない。

 

「すまないが、引き続き調査をよろしく頼む」

「うん。わかったよ」

「アリアも頼む」

「はいよ」

 

 話を終え、モニターを切った。

 エイミィとリーゼロッテが談笑を始める中、クロノは次の問題を考えていた。

 

(あとの問題は《仮面の男》か……)

 

 こちらに関しては、未だに情報が少なかった。

 

(唯一、祐一さんのお陰で、こいつらが二人いるということが分かってる。それだけでも貴重なヒントだ)

 

 そう、祐一と《仮面の男》の戦闘で分かったこと、それは《仮面の男》が"二人"いるということだった。

 

(祐一さんも言っていたが、奴らは並の魔導師ではない。普通に戦闘すれば、僕では勝てないだろうな……悔しいことだが……)

 

 クロノは客観的に見て、自分では《仮面の男》たちには勝てないと踏んでいた。

 

(だが、それは正面からぶつかった場合の話しだ。それ以外でなら、やりようはいくらでもある)

 

 そう考え、クロノは心に決意を灯した。

 

(祐一さんはいない。なら、奴らの相手をするのは僕だろう。祐一さんの変わりが務まるとは思ってない。……だけど、自分にできることを全力でこなしてみせる)

 

 クロノは今、この場にはいない祐一の姿を思い出し、さらに決意を漲らせた。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をよろしくお願いします。

次回もおそらくは二週間ぐらいあとになってしまうかと思います。
気長に待っていただければ幸いです。


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日常の終わり

投稿します。
遅くなり、大変申し訳ございません。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


 ――祐一が行動を再開したことなど知らないなのはとフェイトは、いつもの日常を過ごしていた。

 

「明日の終業式が終わってからなんだけど……予定、大丈夫かな?」

 

 学校での昼休み中、すずかがそう言葉を口にした。

 

「うん、大丈夫だよっ! すずかちゃんが仲良くなった、"八神はやて"ちゃんにプレゼントを渡しに行くんだよね?」

「そうだよっ! とっても優しい女の子だから、みんなもきっと仲良くなれるよ」

「そうね。なのはとフェイトはまだ会ったことないからわからないかもしれないけど、とってもいい子だし、問題ないと思うわ」

「そっか。二人がそう言うなら、わたしたちもきっと仲良くなれるね」

 

 すずかとアリサの言葉に、フェイトが笑顔で答え、同じようになのはも笑みを浮かべた。

 

「でも、そのはやてちゃんって、今、入院してるんだよね? わたしたちが急に押しかけても大丈夫なのかな?」

「もし、都合が悪かったら、そのときははやての主治医の石田先生にプレゼントを渡してもらえるよう頼みましょ」

「そうだね。じゃあ、今日の放課後はその予定で」

「うんっ!」

「わかった」

 

 すずかの言葉に、なのはもフェイトも笑顔で頷きを返した。

 話が終わると同時、昼休みの終了のチャイムが鳴り響き、四人はそれぞれ席へと戻った。

 

 ◆

 

 なのはたちがそんな計画を立てていた頃、クロノは一人、アースラのブリッジでキーボードを叩きながら、モニターを睨み付けるように見つめていた。

 

(――僕の考えが正しければ、《仮面の男》の正体は……おそらく……)

 

 そう、クロノは独自に《仮面の男》の正体を探っていた。祐一がいない今、一番厄介な存在であるのは、未だ正体が判っていない《仮面の男》であった。

 《闇の書》の方が大きな問題ではあるが、管理局の邪魔をしてくる《仮面の男》は大いに厄介な存在である。また、二人同時に戦闘を行った場合、クロノでも負ける可能性が十分にあるほどの魔導師であるため、クロノはこちらの問題を解決することが先決だと考えたのだ。

 そして、クロノはもうほとんど《仮面の男》の正体を掴みかけていた。

 

(やっぱり、こいつらの正体は……"あの二人"なのか……)

 

 クロノは悲しげな、それでいて怒りを滲ませた表情を浮かべた。

 しかし、クロノが思っている"あの二人"が《仮面の男》であったならば、確かに納得できる理由があることもクロノは感じていた。

 そうクロノが葛藤していると、ブリッジへの扉が開き、一人の人物が姿を見せた。

 

「あれ? クロノくん、何してるの……?」

「……ああ。ちょっと調べものをね」

 

 そう首を傾げながらクロノへと質問した女性――エイミィにクロノは焦った気持ちを悟らせないよう、努めて冷静に言葉を返した。

 調べていたモニターなどは、即座にクロノが消していたため、見られていなかったはずである。

 

「なんだ。言ってくれればやるのに」

「い、いや、いいんだ。個人的なことだったし、休憩の邪魔をしちゃ悪いと思ったからね」

「ふぅん? そうなんだ……」

 

 クロノのよそよそしい態度を怪しいと思ったのか、エイミィは僅かに首を傾げていた。

 そんなエイミィを見て、クロノは慌てて話しを変えた。

 

「そういえば、《闇の書》についてのユーノが調べてくれたレポートだけど、なのはたちには送ったのかい?」

「うん。送っておいたよ。……なのはちゃんたちも《闇の書》の過去については、複雑な気持ちみたい」

 

 クロノの質問に、エイミィが僅かに悲しげな表情をしながら答えた。

 上手くエイミィの意識を反らすことができたことにホッとする気持ちと、なのはたちに対する《闇の書》への気持ちを考えながら、クロノは少しだけ表情を暗くした。

 

「……そうか。ありがとう、助かったよ、エイミィ」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 笑顔を返してきたエイミィに同じように微笑みを返し、クロノは席を立ち、ブリッジを後にした。

 

(――《闇の書》を巡って、いろんなことがありすぎた。……もう、この件で悲しい思いをする人を見るのはたくさんだ。……だから、もう、終わらせよう)

 

 アースラ内部の廊下を歩きながら、クロノは決意を胸に宿した。

 

(もう、誰にも悲しい思いをさせないために……)

 

 クロノは静かに拳を握り締めた。

 

 ◆

 

 そして、また地球へと舞台は戻り、場所ははやてが入院している病院へと移る。

 

「――はやて、ゴメンね。なかなかお見舞い来れなくて……」

「別にええんよ。みんなそれぞれやりたいことあるやろし……それより、ヴィータ、元気にしてるか?」

「うんっ! めっちゃ元気!」

「そかそか」

 

 シグナム、ヴィータ、シャマルの三人は、今、入院しているはやてのお見舞いに来ていた。ザフィーラは現在、別行動中のため、ここにはいなかった。

 はやてには黙っているが、シグナムたちは魔力を蒐集するためにいろんな世界へと渡っているため、はやてが入院してからというのも、シグナムたちは一刻も早く《闇の書》を完成させるために全力を尽くしている。

 それゆえに、はやての下に全員が揃うことが滅多になくなり、はやてに寂しい思いをさせていることをシグナムたちは歯痒く感じていた。

 

(――だが、それもあともう少し……もう少しで《闇の書》が完成する。そうすれば、きっと……)

 

 じゃれ付いてくるヴィータを嬉しそうに撫でているはやてを見つめ、シグナムはそう思いながら笑みを浮かべた。

 

「そういえば、あれから祐一さんから連絡あった?」

 

 その一言でシグナムたちの表情が僅かに固まった。

 だが、すぐに我を取り戻すと、シグナムは口を開いた。

 

「……黒沢からは、あれから連絡はありません。おそらく、仕事が立て込んでいるのでしょう」

「……そっかぁ。祐一さん、忙しい人やもんな。……仕方ないか」

 

 シグナムの言葉に、はやてはそう返しながらも、その表情には寂しさが見えていた。

 

「はやて……」

「あっと、ごめんな。別に寂しいわけやないんよ。みんなもいっしょにいてくれるし……それに、友達も出来たしな」

 

 心配そうに自分を見つめているヴィータに気付き、はやては笑顔を見せながらその頭を優しく撫でた。

 

「ご友人――すずかちゃんとアリサちゃんのですよね?」

「そうそう。わたしの大事な友達や。それに、また今度、すずかちゃんたちの友達にも会わせてくれるって言ってたしなぁ~」

「すずかちゃんたちのお友達なら、きっとはやてちゃんとも仲良くなれますね」

「うん。ほんま、今から会えるのが楽しみやわ」

 

 シャマルの言葉に、はやては微笑を浮かべた。

 そして、しばらく皆で話しをしていると、扉がノックされた。

 

「こんにちは。月村ですけど……」

「あ、すずかちゃんや。はぁ~い、どうぞ~」

 

 扉越しにすずかの声を確認したはやては、いつもなら来る前にメールで連絡をくれるのに、今日はどうしたんだろうかと、僅かに首を傾げたが、友人の来訪への喜びの方が大きかったため、声を弾ませながら入出を促した。

 

「こんにちは~」

 

 はやてから入出の許可をもらったすずかが部屋へと入ってきた。

 シグナムたちは、いつものようにすずかがはやてのお見舞いに来てくれただけだろうと思っていたが、すずかの他に何人か別の誰かが続いて入出してきた。

 二人目は会ったことが数回しかないものの、すずかの友人であり、はやてとも仲良くしているアリサの姿があった。

 ――しかし、二人とは別に部屋へと入出してきた残りの二人の顔を確認すると、シグナムたちは驚愕の表情を浮かべていた。

 

(っ!? なぜ、この二人がここに……っ!?)

 

 はやてたちの手前、なんとか焦る気持ちを表情だけに抑えたシグナムは、胸の前で組んでいた腕に思わず力を込めた。隣に立っているシャマルの表情を見ると、同じように驚愕の表情を浮かべていた。

 

(……管理局にこの場所が知られていたのか……いや、違うな。この二人もどうやら、我々がここにいるとは露ほども思っていなかったようだな)

 

 シグナムの視線の先、件の二人である――高町なのはとフェイト・テスタロッサも同じように驚愕の表情を浮かべていた。その表情から察するに、シグナムが思っていることが合っていそうであった。

 

(――シグナムがここにいるってことは、もしかして《闇の書》の主は……もしかして……)

 

 シグナムたちがいたことに動揺を隠せなかったが、フェイトはすぐに結論へと至った。

 短い時間ではあったが、驚いた表情でお互いを見詰め合っていたシグナムたちとフェイトたちを不思議に思ったのか、はやてが首を傾げた。

 

「……? どうしたん? なんかあったんか?」

「い、いえ。なんでもありません」

 

 はやての問い掛けに、シグナムが僅かに動揺したように答えた。

 それを少し気にしたのか、アリサが心配した表情で口を開いた。

 

「あ、もしかして、あたしたちお邪魔でしたか……?」

「いえ、本当に何でもありませんから」

「いらっしゃい、すずかちゃん、アリサちゃん。……それに、そちらのお二人も……」

「あ、いえ。初めまして……わたし、高町なのはって言います」

「……フェイト・テスタロッサです」

「シグナムです」

「シャマルです。みんなコート掛けるから、貸してくれるかしら?」

 

 お互いに警戒心を見せながらも、ここで争うことは本位ではないため、平静を装っていた。

 

「――念話が使えない。通信妨害を……?」

「シャマルはバックアップの要だ。この程度、造作も無い」

 

 フェイトとシグナムがお互いを牽制しあうように、誰にも聞こえない声で言葉を交わした。

 また、フェイトと同じようになのはもはやての側に腰掛けているのだが、ヴィータの睨み付ける視線を受け、たじたじとなっていた。

 

「あ、あの……そんなに睨まないで……」

「睨んでねーです」

「もうっ! ヴィータ、悪い子はあかんよ」

 

 そんなやり取りをしていると、はやてが横からヴィータを嗜め、なのははそれを困った表情で見つめていた。

 

「ここに来たのは、本当に偶然です。……お見舞い、しても構いませんか?」

「……ああ」

 

 小声で聞いてくるフェイトに、シグナムは僅かに表情を歪めるが、静かに頷きを返した。

 そして、それからお見舞いはぎこちないながらも滞りなく進み、すずかたちが帰る時間となったため、ここでお開きとなった。

 

「じゃあねぇ~!」

「またねぇ~!」

 

 アリサとすずかは迎えに来た車へと乗り込み、帰っていった。なのはとフェイトは車の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

「場所を変えようか」

「そうですね」

 

 なのはたちの近くにいたシグナムがなのはとフェイトに声を掛け、なのは、フェイト、シグナム、シャマルの四人は別の場所へと移動した。

 

 ◆

 

「――はやてちゃんが《闇の書》の主……」

 

 なのはが噛み締めるように、言葉を口にする。

 とあるビルの屋上へと四人は場所を移し、もはや居場所を知られてしまったことから、シグナムたちはなのはたちへとはやてとの関係を話したのだ。

 なのはとフェイトは当たっていて欲しくなかった予想が当たったことに、悔しげに表情を歪めていた。

 

「――悲願はあと僅かで叶う」

「――邪魔をするなら、はやてちゃんのお友達でも……」

 

 シグナムとシャマルが決意に満ちた表情で、そう話した。

 そんな二人をなのはが説得するために口を開く。

 

「ちょっと待って、話しを聞いてくださいっ! 駄目なんですっ! 《闇の書》が完成したら、はやてちゃんは……」

「でえぇぇやぁぁっ!」

「っ!? あぁっ!?」

 

 なのはが話しをしている途中で、私服姿のヴィータが遥か上空から接近し、起動したグラーフアイゼンをなのはへと叩き付けた。

 咄嗟になのははプロテクションを張り、それを防いだものの、威力を殺すことまでは出来ずに吹き飛ばされ、屋上の金網へと激突した。

 

「っ!? なのは……っ!?」

「はぁっ!」

 

 フェイトが心配するようになのはへと声を掛けている最中に、シグナムが起動したレヴァンティンを上段からの斬撃をフェイトへと放った。

 

「っ!?」

 

 しかし、それを寸前のところでフェイトは回避すると、同じくバルディッシュを起動し、油断なくシグナムを見つめた。

 

「管理局に我らの主のことを伝えられては困るのだ」

「私の通信防御範囲から逃がすわけにはいかない」

 

 シグナムとシャマルが僅かに俯きながら、二人を威圧するように言葉を放つ。

 その姿に、フェイトは僅かに冷や汗をかいていた。

 

「ヴィータ……ちゃん……」

 

 ヴィータからの一撃がまだ聞いているなのはは、一歩ずつ自分の方へと歩いてくるヴィータの名前を弱々しく口にした。

 

「邪魔、すんなよ。……もう、あとちょっとで助けられるんだ。はやてが元気になって、あたしたちのところに帰ってくるんだ」

 

 ヴィータの口から漏れるのは、己が願いであり、慟哭であった。格好を私服からバリアジャケットへと変化させながら、歩みを進めるヴィータの頬からは涙が伝っていた。

 その姿を、なのはは呆然と見つめていた。

 

「必死に頑張ってきたんだ。もう、あとちょっとなんだ。……だから……」

 

 頬を流れた涙を飛ばすように、ヴィータは叫ぶ。

 

「邪魔、すんなあぁぁっ!」

 

 振り上げたグラーフアイゼンにカートリッジがロードされ、薬莢が飛び出すと、ヴィータは有無を言わさずそれをなのはへと振り下ろした。

 直後、轟音と同時に爆発が起こり、屋上の一角に炎が舞い上がった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 肩で息を吐きながら、ヴィータは眼前で燃えがる炎を見つめていた。

 すると、炎の中から純白のバリアジャケットを纏ったなのはが姿を現した。その格好を見るに、先ほどの一撃のダメージはほとんど無かったようであった。

 

「……悪魔め……」

 

 なのはの姿を見て、ヴィータが睨みつけながらそう言葉を口にした。

 そんなヴィータの言葉を聞いても、なのはは怒るどころか、悲しげに歪んでいた表情をさらに歪ませていた。

 

「……悪魔でいいよ」

 

 静かに呟きながら、なのはは未だ待機状態であったレイジングハートを起動し、それを両手で握った。それに答えるように、レイジングハートのカートリッジがロードされる。

 

「わかってもらえるなら、悪魔でもいいっ!」

 

 そして、なのはとヴィータは上空へと舞い上がり、戦闘を開始した。

 それを横目で見ていたフェイトは視線をシグナムへと戻し、バルディッシュを構える。

 

「《闇の書》は悪意ある改変を受けて、壊れてしまってます。このまま完成させてしまえば、はやては……」

「お前たちがあれをどう決め付けようと、どう罵ろうと聞く耳は持てん……」

「そうじゃないっ! そういうことじゃ……」

「聞く耳は持てんと言ったっ」

 

 フェイトの言葉を一蹴するかのように、シグナムは私服姿からバリアジャケットを身に纏った。

 

「これ以上邪魔をするなら、斬り捨てて通るだけだっ!」

 

 シグナムがそう叫びながら、レヴァンティンを構えた。

 その姿を見て、フェイトはこのままでは説得は不可能だと判断し、同じようにバリアジャケットを纏った。

 しかし、その姿はいつものフェイトとは違っていた。

 

「……薄い装甲をさらに薄くしたか」

 

 シグナムがフェイトのバリアジャケットを見て、呟くように言った。

 フェイトのバリアジャケットはいつものものと違い、さらに薄くなっていた。これが、フェイトがバルディッシュとともに考えた新しい戦闘フォーム――ソニックフォームであった。

 

「その分、早く動けます」

「緩い攻撃でも、当たれば死ぬぞ?」

「――あなたに勝つためです」

 

 フェイトのまっすぐな言葉を聞き、シグナムは唇を噛んだ。

 

「もし違う出会い方をしていれば、私とお前は、良き友になれていただろうな」

「まだ間に合いますっ!」

「止まれん……もう、止まれんのだっ!」

「止めますっ! わたしとバルディッシュがっ!」

 

 その言葉と同時、シグナムとフェイトの戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

 ◆

 

 しばらくの間、戦闘が行われていたが、両者の力はほぼ拮抗しているため、決着はなかなかつかない。

 

「シュート!」

「そんなもんっ!」

 

 なのはが放った魔力弾をヴィータはグラーフアイゼンとプロテクションで防いだ。

 

(くそっ! 悔しいけど、こいつ強ぇ……最初に戦った頃とは段違いに成長していやがる)

 

 攻撃を防いだヴィータは、悔しげに表情を歪ませながらも相手を賞賛した。持ち前の魔力量の多さに加え、中・遠距離からの砲撃魔法とバランスが取れており、経験こそ足りないものの、その力は一流の魔導師にも匹敵しうるものとなっていた。

 ヴィータがそう考えていると、なのはがレイジングハートを構えた状態で声を掛けてきた。

 

「ヴィータちゃんたちが、はやてちゃんのために魔力を蒐集していたことはわかったよ。だけど、なんでその方法を選んだのかな?」

「……なんでそんなこと聞くんだよ?」

「答えて……」

「あたしたちは《闇の書》の一部だ。それが一番良い方法に決まってるんだよっ」

 

 なのはの言葉にヴィータは答えた。

 しかし、そう言いながらもヴィータは自分が言ったことに自信が持てていなかった。

 

 ――本当にそれが最善の選択なのか――

 

 ヴィータが思い出したのは、黒衣の青年が言っていた言葉。そして、ヴィータが何度も考えていたことでもあった。

 

(何度も考えたんだ。だけど、それでも、あたしたちがやってきたことが最善のはずなんだ)

 

 そうヴィータが思っていると、なのはが真剣な表情で口を開いた。

 

「――じゃあ、なんで本当の名前を呼んであげないの……?」

「……本当の名前……?」

 

 なのはの言葉に、ヴィータは眉を顰め、首を傾げた。

 

(何を言ってるんだ、こいつは。……だけど、なんだ……すごい、引っかかる……)

 

 なのはの言葉がヴィータには引っかかっていた。だが、それが何かわからない。

 

(《闇の書》の本当の名前なんて……いや、そもそも、いったいいつから《闇の書》なんだ……?)

 

 何か自分が大事なことを忘れているように、ヴィータはなのはの言葉を聞き、感じていた。

 

「《闇の書》の本当の名前……」

 

 ヴィータが考えるように静かに呟いた。

 そんなヴィータをなのはは黙って見つめていた。

 ――そのとき、別の魔力反応が周囲を満たし、なのはがバインドによって拘束された。

 

「っ!? ば、バインドッ!?」

 

 なのはがバインドを解除しようとするが、かなりの魔力が込められているため、そう簡単に解除することが出来なかった。

 

「なのは……っ!?」

 

 それに気がついたフェイトが、シグナムとの戦闘を切り上げ、プラズマランサーを周囲へと生成し、油断なく辺りを見回した。

 

「……そこっ!」

 

 フェイトはそう言うと、プラズマランサーを何もいない空間へと放った。

 ズドンッ! という音が周囲へと響き渡り、プラズマランサーが消えた空間が歪んで見えた。

 

「はぁっ!」

 

 フェイトは瞬時にその歪んだ空間へと近づき、ハーケンフォームとなっているバルディッシュの光刃を振るった。

 すると、その歪んだ空間から一人の人物が姿を見せた。

 

「てめぇは……っ!?」

 

 ヴィータがその人物の姿を確認すると、怒りの表情を浮かべた。

 

「そう何度もやらせないよ」

 

 静かに呟いたフェイトが油断なくバルディッシュを構えた先には、《仮面の男》がフェイトの斬撃によってやられた箇所を押さえて呻いていた。

 もう一押しでやれると思ったフェイトは、バルディッシュを手に相手へと突撃した。

 ――だが、それはもう一人の人物によって防がれた。

 

「やらせんっ!」

「っ!? がはっ!?」

 

 そこへ、もう一人の《仮面の男》が姿を現し、フェイトの脇腹へと痛烈な蹴りを食らわせ、フェイトの小柄な体を吹き飛ばし、瞬時になのはと同じようにフェイトをバインドで拘束した。

 

「なっ!?」

 

 そして、シグナム、ヴィータ、シャマルの三人は次への行動を決めかねているうちに、同じようにバインドで拘束されてしまった。

 

「なんで、こんなことを……っ!」

 

 なのはが《仮面の男》たちに向かって言うが、それを二人は完璧に無視した。

 

「……通信妨害できる時間は限られている」

「わかっている。手早く済ませよう」

 

 《仮面の男》たちがそう話すと、一人の《仮面の男》の手には《闇の書》が握られていた。

 そして、《闇の書》を開いた。

 

「うぅあぁぁ……っ!?」

「ぐうぅぅ……っ!?」

「ああぁぁ……っ!?」

 

 ヴィータ、シグナム、シャマルの苦悶の叫びが聞こえたかと思うと、三人の胸の前にはリンカーコアが出現していた。

 

(っ!? ま、まさか、三人の魔力を蒐集するの……っ!?)

 

 驚愕の表情で三人を見つめていたフェイトは、すぐに動こうとするが、バインドで拘束された体では成すすべも無かった。

 

「最後のページはお前たちの魔力で補ってもらう。これで、全てが終わる」

 

 《仮面の男》がそう言うと、《闇の書》の蒐集が始まった。

 《闇の書》の輝きが強くなり、三人の魔力が《闇の書》へと流れ込み、それと同時に三人の苦悶の叫びが大きくなる。

 

「ごめんなさい……はやてちゃん……」

「不甲斐ないわたしをお許しください……我が主……」

 

 シャマルとシグナムはそう呟きながら、《闇の書》へと蒐集され姿を消した。

 

「シャマル、シグナム! てめぇら、いったい何がしたいんだよっ!」

「人形ごときに言う必要など、あるはずもない」

「なにっ!? っ……ぐっ、うぅぁぁっ!?」

 

 ヴィータが抵抗しようともがくが、願い叶わず魔力が蒐集されていく。

 

(ちっくしょ……ごめん、はやて。それに……ごめん、祐一……あんたの言ってたこと、もっとちゃんと聞いておけばよかった……)

 

 頬に涙を浮かべ、ヴィータの姿は消えていった。

 

「貴様らーーっ!」

 

 三人が消えたとき、上空から最後の守護騎士であるザフィーラが《仮面の男》へと叫び声を上げながら、自身の拳を振るった。

 《仮面の男》は、まるで興味がないようにザフィーラの方を見もせずプロテクションで一撃を防いだ。それどころか、攻撃してきたザフィーラの拳の方がダメージを負っていた。

 

「そうか。もう一匹いたな」

 

 そう《仮面の男》が静かに呟くと、ザフィーラからも魔力を蒐集し始めた。

 

「ぐっ!? うおおぉぉ……っ!」

「奪え」

 

 ザフィーラが雄たけびを上げながら、最後の力を振り絞り、拳を振るった。

 だが、その健闘も空しく、ザフィーラも同じように消えてしまった。

 

(こんなの……こんなのって、ないよ……)

 

 なのはは何もできない自分の不甲斐なさから、瞳に涙を溜め、その光景を見つめていた。それは、フェイトも同じであった。

 すると、守護騎士たちを蒐集し終えた《仮面の男》が二人へと視線を動かす。

 

「お前たちには少しの間、じっとしておいてもらおう」

 

 そう話すと、なのはとフェイトにさらに追加でバインドで縛り、さらにはクリスタルケージで二人を覆い隠した。

 

「――終わりのときだ」

 

 《仮面の男》がそう口にすると、魔力でヴィータとザフィーラが作られ、ヴィータは空中で十字架に貼り付けに、ザフィーラは床に倒れさせた。

 

「さぁ、《闇の書》の主、目覚めのときだ……」

「因縁の終焉のときだ……」

 

 二人の《仮面の男》が静かに呟くと、その姿がなのはとフェイトの姿へと変化した。

 これには理由がある。仲良くなったなのはとフェイトの姿となり、この後に行うことを、より心に深いダメージを負わせるためであった。

 そして、何も知らないはやてが屋上へと召喚される。

 

「っ……なのはちゃん……フェイトちゃん……なんなん、これ……」

 

 守護騎士たちが消えたことによって、《闇の書》の魔力が満たされたことによって、はやてには大きな負荷が今掛かっている。そのため、はやては苦しそうに胸を押さえながら、なのはとフェイトに姿を変えた偽者の二人へと声を掛けた。

 

「君は病気なんだよ、《闇の書》の呪いって病気……」

「もうね、治らないんだ……」

「二人とも……なにを……」

 

 はやては苦しげに顔を歪めながら、困惑の表情を浮かべる。

 この二人は、何を言っているのだろうか、と……。

 

「《闇の書》が完成しても、助からない」

「君が救われることは、ないんだ」

「……っ!?」

 

 二人にそう言われ、今のこの状況からはやては理解した。

 

(……そうか。みんなは《闇の書》を完成させようとしとったんやな……)

 

 それゆえのこの状況なのだろうと、はやては知らないながらも理解していた。そして、自身が助からないということも……。

 

「そんなんは、ええねん。ヴィータを放して……ザフィーラも……」

「この子たちね、もう壊れちゃってるの。わたしたちがこうする前から……」

「とっくの昔に壊された《闇の書》の機能を、まだ使えると思って、無駄な努力を続けてたんだ」

 

 そのあまりにもな言葉に、はやては胸を押さえながらも言葉を返す。

 

「無駄ってなんやっ! シグナム、それにシャマルは……」

「…………」

 

 二人が向けた視線を追い、はやては自身が座っている背後へと視線を向けた。

 ――そこで見たものは、

 

「……っ!?」

 

 シグナムとシャマルの姿は無く、二人が着ていた衣服だけが、そこに残っていた。

 

(二人は……どこや……)

 

 呆然と二人の衣服を見つめるはやてに、偽者のなのはとフェイトがさらに追い討ちを掛ける。

 

「壊れた機械は、役に立たないよね」

「だから、壊しちゃおう」

「っ!? やめて、やめて……っ!」

 

 二人の言葉に、はやては涙を浮かべながら悲痛な声を上げた。

 しかし、二人の声が冷淡に周囲に響き渡る。

 

「止めて欲しかったら……」

「力ずくでどうぞ……?」

 

 僅かにほくそ笑みながら、二人は冷淡に言い放った。

 

「待って……なんで……なんでこんなん……っ!」

 

 涙を拭うこともせず、歩けない体を引きずりながら、はやては二人へと手を伸ばした。

 

「ねぇ、はやてちゃん……」

「運命って、残酷なんだよ」

 

 そう言いながら、二人は両手に魔力を込めた。

 

「だめ……やめて……やめてぇーー!」

 

 はやての悲痛な声が周囲に響き渡った。

 しかし、その願いが届くことはなく、屋上が魔力の光で満たされた。

 

「あ……あぁ……」

 

 はやてが見たときには、ヴィータとザフィーラの姿もそこには無くなっていた。

 

(なんでや……なんで、こんな……わたしが……ヴィータたちが、なにをしたって言うんや……)

 

 その場で俯き、はやては涙を流していた。

 自分たちはただ平和に暮らしていただけであったのに、このようなことになり、この世の理不尽を今、はやては産まれて初めて呪いたくなってきていた。

 

「――それとね、はやてちゃん……」

 

 偽者のなのはが口を開いた。

 はやては聞きたくも無いのに、その声をはやては遮ることができなかった。

 

「ああ、そうだ。君が慕っている、黒沢祐一さんのことなんだけどね……」

「ゆういち、さん……」

 

 その名前を聞き、思わずはやては顔を上げてしまった。

 そして、偽者のなのはの口から決定的な言葉が放たれた。

 

「あの人――死んじゃったんだ」

「え……?」

「わたしたちが――殺したんだよ」

 

 その言葉を聞き、はやての意識は黒く染まり、

 

「うああああぁぁぁぁ!」

 

 悲痛なるはやての叫びが響き渡り、そこから膨大な魔力が放出された。

 

 ――遂に《闇の書》が目覚めた。

 

 




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《闇の書》覚醒

投稿します。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


 ――今、なのはとフェイトの目の前で"八神はやて"であった少女が、違う"モノ"へと変貌を遂げた。

 

「はやてちゃん……」

 

 なのはは呆然とした表情で、変貌したはやてを見つめる。その隣には、同じくその光景を見つめているフェイトの姿もあった。

 姿を変えたはやて――いや、《闇の書》は美しい銀髪の見た目は二十歳ぐらいの女性へと姿を変えた。

 完全に変貌を遂げた闇の書は、その瞳から涙を流していた。

 

(泣いてる……?)

 

 なのはが見つめる視線の先、無表情の闇の書が涙を流していることに気がついた。

 

(闇の書というプログラムのはずなのに、なんて……)

 

 悲しい瞳をしているんだろうと、なのはは思った。闇の書の瞳を見ていると、なのはは胸が締め付けられるような思いに駆られた。

 フェイトも同じように闇の書の瞳を見ていると、悲しい気持ちになると同時に、闇の書の"力"を感じ取り、僅かに身震いしていた。

 

(これまで蒐集してきた魔力が全て集まってるんだ。並の相手じゃないことは分かってたつもりだけど……)

 

 なのはとフェイトを含めた数多の生物から魔力を蒐集してきた闇の書の魔力は、途方もなく強大なものとなっていた。その事実に、フェイトはバルディッシュを掴んでいた手に思わず力を込めた。

 そんな二人が見つめているのを知っているのかいないのか、闇の書である銀髪の女性が、涙を流しながら静かに口を開いた。

 

「――また、全てが終わってしまった。いったい幾たびこんな悲しみを繰り返せばいい……」

「はやてちゃん……っ!」

「はやて……」

 

 なのはとフェイトの悲しみを含む声を聞き、闇の書は瞳を閉じ、悔しげに天を仰いだ。

 

「我は《闇の書》、我が力の全てを――」

 

 そう話す闇の書が、静かに右腕を天に掲げた。すると、彼女が掲げた右腕の先に膨大な魔力が集まっていく。

 

「「……っ!?」」

 

 その膨大な魔力を見て、なのはとフェイトは息を飲んだ。

 

「主の願い、そのままに――デアボリック・エミッション――」

「あっ!?」

「空間攻撃……っ!?」

 

 なのはとフェイトが叫び声を上げると同時、集められた魔力が爆発して広がった漆黒の光の渦に、なのはとフェイトは飲み込まれた。

 

 ◆

 

 ――なのはたちが闇の書の攻撃を受けている光景を遠くから見ている二つの影があった。

 

「持つかな? あの二人……」

「暴走開始の瞬間まで、持ってくれるといいんだが……」

 

 そう話しをしているのは、《仮面の男》たちであった。

 

「周囲に結界は張ったが、あまり長くは持たない」

「そうだな。できるだけ、早く決着を着けたいところだ」

 

 一人の仮面の男が僅かに嘆息した。

 闇の書が目覚める前に、仮面の男が周囲に結界を張り、街への被害を減らしていた。仮面の男たちにとって、決してこの街、ひいては地球を滅ぼす気は到底なかった。

 あくまで、彼らの目的は《闇の書》だけであったのだから。

 

「デュランダルの準備は?」

「もうできている」

 

 二人の仮面の男は、表情は見えないが、お互いに顔を見合わせ頷いた。

 ――そのときだった。

 

「「……っ!?」」

 

 自分たちの周囲に、僅かに魔力の反応を感じた。

 

(この反応は……っ!?)

 

 咄嗟に一人の仮面の男はその場から飛び退いた。

 だが、もう一人の仮面の男は反応が遅れ、"それ"に捕まった。

 

「バインドっ!?」

 

 逃げ遅れた仮面の男が叫んだ。

 彼の言うとおり、それはバインドであり、彼の体を拘束した。

 

「くっ!? 誰だっ!」

 

 何とか難を逃れた仮面の男が、そう叫んだ。

 すると、その場に一人の少年の声が響いてきた。

 

「――ストラグルバインド。相手を拘束しつつ、強化魔法を無効化する。あまり使いどころのない魔法だけど、こういうときには役に立つ。……変身魔法も強制的に解除するからね」

 

 その場に現れたのは、管理局執務官のバリアジャケットを纏い、右手にデバイスである《S2U》を持った――クロノ・ハラオウンだった。

 そう話すと、クロノのデバイスが小さく光、

 

「っ……うあぁぁぁっ!?」

 

 バインドで拘束されている仮面の男が、強制的に魔法を解除されることに苦悶の声を上げる。それと同時に、仮面の男の体が光、その姿が別の人物へと変わっていった。

 そして、完全に仮面の男の姿から別の人物へと姿が変わり、その人物を見て、クロノの表情が悲しみのそれへと変化した。

 

「こんな魔法、教えてなかったんだがな……」

 

 そう皮肉そうに言葉を口にしたのは、女性であった。クロノと同じような管理局のバリアジャケットを身に着けた獣の耳を持った女性。

 

「一人でも精進しろと教えたのは、君たちだろう――アリア、ロッテ」

 

 クロノの言葉を聞き、バインドで拘束された女性――アリアが悔しげに唇を噛み、もう変身していても無駄だと悟ったもう一人の仮面の男――ロッテが姿を変えた。

 

「よく、私たちだとわかったね」

「ちょっと調べればわかることさ。腕の立つ一流以上の魔導師、同じ姿をした仮面の男、まるで管理局の行動を読んでいたかのような行動。挙げればキリがない」

「そうか……」

 

 クロノの言葉を聞き、ロッテが僅かに嬉しそうに笑みを浮かべた。

 まるで、クロノがここまで立派になったことを喜んでいるようであった。

 

「二人とも、もう無駄なことは止めて投降してくれ」

「…………」

「こんなことをしても、誰も喜びはしない。……そんなことは、二人もわかっているだろう」

 

 クロノの言葉に、アリアとロッテが悲しげに、そして悔しげに唇を噛んだ。

 

「そんなことはわかってるんだよ、クロノ。だけど、それでもあたしたちはやらなくちゃいけなかったんだ。父様のために……」

「それが、わたしたちの生きる意味だからね」

「……それが、君たちの答えか。アリア、ロッテ……」

 

 二人の言葉に、クロノが悲しげに顔を歪めた。

 

「悪いね、クロノ。あたしたちにも、ゆずれないもんがあるんだ。……こんなところで、捕まるわけにはいかないんだよっ!」

「僕にだって、ゆずれないものがある。だから、二人とも大人しくしてもらうっ!」

 

 二人は声を上げると同時、クロノは後ろへ、ロッテはクロノに接近するため、前へと飛んだ。

 

「さっきは不意を突かれたけど、接近戦ならまだまだ負けないよっ!」

「させないっ!」

 

 ロッテに言われなくとも、クロノには分かっていた。ロッテは接近戦を得意とする、あのギル・グレアム提督の使い魔だ。接近されれば、いくらクロノといえども、分の悪さは否めない。

 故に、クロノは後ろへと下がりながら、迫り来るロッテと一定の距離を保つために魔力弾で牽制する。

 

「はっ! そんなもんで、このあたしを止められると思わないでよねっ」

「ちぃっ!」

 

 しかし、クロノが牽制で放った魔力弾を己の拳で打ち消しながら、ロッテはすさまじい勢いで迫ってきた。

 

(流石、というべきか。僕の近接戦闘の師匠だけのことはある)

 

 クロノは心の中でそう思いながら、迫り来るロッテを目を逸らさず見つめた。

 かつて、クロノはアリアから魔法での戦闘方法を、そして、ロッテからは近接戦闘方法を教わっていた。二人はグレアムとのチームを組むと、管理局でも最強クラスの実力を兼ね備えていた。

 自身の父――クライド・ハラオウンの上官であり、自分と母親のリンディとも親交深く、いろいろとお世話にもなっていた。

 そんな人たちを、クロノは尊敬していたし、慕ってもいた。

 だからこそ、ギル・グレアム、リーゼアリア、リーゼロッテの行為を許すことなど出来ない。

 一人の少女の人生を犠牲にし、多くの命を救う。なんてことはない、良くある話しだ。管理局で働いていれば、そんなことはあるだろうし、普通ならば切り捨てるところだろう。

 だが、それはクロノが望んでいることではなかった。

 

(もうこの方法しかないと諦め、一人の少女の未来を壊すなんて、そんなのは馬鹿げてる)

 

 クロノは引き続きロッテと距離を取りながら、デバイスを握る手に力を込めた。

 

(それに、そんなこと父さんが望んでいるはずがないっ)

 

 そう思い、クロノは距離を取るために後ろに下がっていた動きを止めた。

 

「っ!?」

 

 急に動きを止めたクロノに、ロッテは警戒心を露にするが、すぐに気を取り直し、クロノへと突撃した。

 

「諦めるのは、最後まで足掻いてからだっ!」

 

 クロノは叫び、逆にロッテへと突っ込んで行った。

 

「っ!? おもしろいっ! あたしに接近戦で勝てると思わないでよっ!」

「望むところだっ!」

 

 ロッテとクロノの思いがぶつかり合うと同時に、拳とデバイスもぶつかり合った。

 ロッテは機敏に動き、クロノへと拳を放っていく。

 しかし、そんなロッテの攻撃をクロノはデバイスで捌いたり、シールドを張って防いでいた。

 

「「……っ!?」」

 

 お互いに息を飲み、数瞬のうちに攻防を繰り広げていた。

 

「ふっ!」

「はぁっ!」

 

 二人の裂帛の気合いだけが周囲へと響き渡り、それと同時に二人を中心に衝撃波が周囲を襲い、その余波でピルが崩れていく。

 

「くっ!?」

「ちっ!?」

 

 攻撃で二人はお互い距離を取り合った。

 

(流石に、強い……)

(クロノのやつ、こんなに強くなってたのか……)

 

 二人は肩で息をしながら、お互いを心の中で賞賛した。クロノはかつての師匠であるロッテの技量を、ロッテはかつての弟子であるクロノの成長を。

 しかし、今はお互いに譲れぬもののために戦わなければならず、そんな状況に二人は握っていた手に思わず力を込めていた。

 

(ロッテを倒して、なのはたちの加勢に向かいたいが……どうやら、そう上手くはいかないみたいだな……)

 

 そう思っていたクロノの眼前に、ロッテとは別にもう一人の人物が佇んでいた。

 

「遅かったじゃない、アリア」

「ええ。クロノのバインドが思った以上に強力だったから、解除するのに時間が掛かっちゃったわ」

 

 ロッテと見た目が瓜二つ女性――アリアがクロノへと視線を向けながら答える。

 

(くっ……アリアが来る前にロッテを倒しておきたかったが、考えが甘かったか)

 

 一気に形勢不利となったクロノは、油断なく二人を見つめていた。

 ロッテだけならば、時間を掛ければなんとかなったというのが、クロノの本音であった。しかし、そこにアリアも入ってくるとなると、状況は変わってくる。

 ロッテは接近戦に特化しているが、逆にアリアは遠距離とサポートに特化した使い魔であり、これでバランスが取れているのだ。

 だからこそ、管理局最強のオプションと呼ばれているのだ。

 結果、二人が揃ってしまった今、クロノが二人に勝つことはかなり困難になってしまったのだ。

 

(勝てるのか……今の僕に……)

 

 思わずそんな風に考えていたクロノは、すぐにその考えを振り払った。

 

(こんなことじゃ、いつまで経っても"あの人"に追いつくことなんてできやしない。"あの人"は、一人でもこの二人と戦っていたんだ)

 

 クロノが思い出すのは、漆黒のロングコートを纏った、かつて管理局で最強クラスの力を誇っていた青年の姿であった。

 

("あの人"がいない今、なのはやフェイトたちを助けることが出来るのは、僕だけなんだ。だから、例えアリアとロッテ二人が相手でも、負けるわけにはいかないっ)

 

 クロノはアリアとロッテの二人を見据え、自身のデバイスであるS2Uを構えた。

 そんなクロノを見て、二人は弟子が強くなっていることの嬉しさと、その弟子を今から倒さなければならない悲しさで満ちていた。

 

「悪いな、クロノ。あんたはここで終わりだよ」

「いくらあんたでも、あたしたち二人を一度に相手に出来るわけがないだろうからね」

 

 アリアとロッテはそう話したが、クロノはそれでも表情を変えることなく、二人を見つめていた。

 

「……もし例えそうだったとしても、僕はこんなところでは引かないよ。君たちが諦めない限りね」

「っ!? どうしてだよっ! 会ったことのない他人が一人犠牲になるだけじゃないかっ! それだけで、過去たくさんの命を奪っていった《闇の書》を封印できるんだよっ! あんたの父親――クライドの敵だって討てるんだよっ!」

 

 頑ななクロノの態度に、ロッテが悲しげな表情で叫んだ。

 しかし、そんなロッテの叫びにもクロノは首を横へと振った。

 

「他人かどうかなんて、関係ないんだよ。ただ、一人の女の子を犠牲にして勝ち得た平和なんて、悲しいだけだよ。それに、父さんの敵を討つために、僕は管理局に入ったわけじゃない。ましてや、こんなことを父さんが望んでいるはずもない」

 

 クロノの力強い視線に、アリアとロッテは一瞬だけたじろいだが、すぐに表情を戻した。

 

「……どうやら、あたしたちはやっぱり相容れないみたいだね」

「僕としては投降してくれると助かるんだが?」

「それはできないよ。あたしたちにも目的があるからね」

 

 クロノの言葉にアリアが答えると、アリアとロッテの二人は戦闘の構えを取った。

 

「あたしたちは八神はやての命を犠牲にして、《闇の書》を永久に封印するっ!」

「父様のためにっ!」

 

 その叫びと同時に、アリアが砲撃魔法の構えを取り、ロッテはクロノへと突撃を開始した。

 

(……やるしかないか)

 

 クロノは心に決め、二人を迎撃する態勢を整えた。

 

 ――その瞬間、三人が予想だにしないことが起こった。

 

「っ!? やばい……アリア……ッ!」

 

 反応が一番早かったのは、クロノへと突っ込もうとしていたロッテであった。

 それに気付いたと同時に、ロッテは空中で急ブレーキを掛け、アリアへと叫んだ。

 

「え……?」

 

 ロッテの声を聞いていたが、アリアはそれを呆然と見てしまった。

 

 ――上空から降り注ぐ真紅の砲撃を――。

 

 それはアリアを飲み込んでもなお止まらず、周囲のビルをも飲み込み、地面へと突き刺さった。

 

(この攻撃は……っ!)

 

 その光景を一部始終目撃していたクロノは、驚愕していた。

 轟音とともに、周囲に土煙が舞い上がり、クロノとロッテは腕で顔を覆っていた。

 

「アリア……っ!?」

 

 砲撃に飲み込まれたアリアを心配し、ロッテは叫んだ。

 そのロッテの視線の先、土煙が晴れた場所に砲撃魔法に飲み込まれたアリアの姿を見つけた。気絶し、怪我もしているが、どうやら無事なようであった。

 無事なアリアの姿を見て、ほっとしたロッテに対し、どこからか声が響いてきた。

 

「悪いが、お前たちの野望はここまでだ。――早々に退場願おうか」

「っ!? あんたは……っ!」

 

 背筋に悪寒を感じ、ロッテは振り返りながら瞬時にプロテクションを張った。

 轟音が周囲へと響き渡り、ロッテは衝撃を殺すために歯を食いしばってそれに耐える。

 そして、アリアを砲撃魔法で沈め、ロッテへと攻撃をしてきた人物へと視線を向けた。

 

「生きていたのかっ! 黒沢祐一……っ!」

 

 長剣をロッテのプロテクションへと叩きつけていた人物――黒沢祐一はいつもと同じ漆黒ロングコートを纏い、その顔にはサングラスを掛けていた。

 ロッテへの攻撃を止めることなく、プロテクションへと叩きつけている長剣型デバイス《冥王六式》に力を込める。

 

「はっ!」

「っ!? かは……っ!?」

 

 ロッテが張っていたプロテクションが叩き割られ、祐一の長剣がロッテの腹部へと叩き込まれ、ロッテは弾丸の如くビルへと激突した。

 そして、祐一はロッテの姿を確認することなく、別の方向へと視線を向けた。祐一の視線の先には、闇の書と激しく戦闘を続けているなのはとフェイトの姿があった。

 

「……借りは返したぞ」

 

 一瞬だけ、吹き飛ばしたロッテの方へと視線を向け、祐一は静かに呟いた。

 そして、未だに呆然としているクロノへと視線を向け、

 

「クロノ、後を頼む」

「あ、はい。わかりました」

 

 そう言い残し、祐一はこの場を去った。

 祐一が去っていった方向を見つめ、クロノは嘆息した。

 

「……はは、流石は祐一さんだな。……僕の出番じゃなかったみたいだ」

 

 クロノは苦笑を浮かべ、《黒衣の騎士》になのはたちのことは任せ、執務官としての仕事へと戻った。

 




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interlude_3.3

投稿します。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


 祐一がリーゼアリアとリーゼロッテを撃破する少し前、管理局本局の一室で、時空管理局顧問官を務める重鎮――ギル・グレアムは疲れた表情でソファーに背を預けて座っていた。

 

(アリアとロッテは上手くやっているだろうか……)

 

 今回の《闇の書》に関する一連の事件に関与しているグレアムは、自分に長年仕えている双子の使い魔のことを心配していた。

 今回の一件は、グレアムが考えた《闇の書》の永久封印を行うために起こしたものであった。

 初めは成り行き任せな部分もあったが、全てはグレアムが考えていたシナリオどおりに事が運んでいる。後は《闇の書》が暴走を始める寸前で、アリアたちに渡した《闇の書》を封印するための切り札として制作したデバイスである、氷結の杖《デュランダル》で封印を施し、それを次元の狭間へと閉じ込めることで、グレアムの願いは果たされる。

 

(《闇の書》は、主ごと次元の狭間へと永久に封印され、それでお終いだ。私の悲願も、そして、八神はやての人生も……)

 

 《闇の書》をその主ごと永久に封印するため、八神はやての人生は、これで終わったようなものであった。

 そのことで、グレアムは悩み続けていた。

 一人の少女を犠牲にしてまで、《闇の書》を封印することが正しい行いなのかと。

 

(……はは、決まっている。そんなものが正しいはずもない。そんなことは、初めから分かっていたことだ)

 

 グレアムは、自嘲気味に笑みを浮かべた。

 そして、机の上に置いていた写真を手に取った。

 そこには、三人の人物が写っていた。一人は今よりも若いリンディ・ハラオウンであり、その横にはリンディと同い年ぐらいの男性の姿があり、幼いクロノを抱きかかえていた。

 クロノを抱きかかえている人物である――クライド・ハラオウンこそが、グレアムの"罪"であり、グレアムが今回の一件を起こす原因となった人物であった。

 

「……今の私を見たら、君はなんというかな、クライド」

 

 そんな風に口を開いたグレアムは、疲れからかさらに老いたようであった。

 

 ――そんなグレアムに声が掛けられた。

 

「そりゃあ、今のあなたを見たらクライド・ハラオウン氏も悲しむでしょう」

「っ!?」

 

 驚き、グレアムが声のした方へと視線を向けると、そこには、管理局の制服の上に白衣を羽織った、壮年と呼ぶにはまだ若い男性が部屋へと入ってきていた。最近では珍しい、モノクルを掛けていた。

 グレアムはすぐに驚きから回復すると、ソファーに深く腰を掛け、その人物へと声を掛けた。

 

「――部屋に入るときはノックぐらいしたらどうかね?」

「それは申し訳ありません。なにやら"考え事"をしているようだったので……鍵も空いていましたので思わず……」

「……そうかね。まぁ入りたまえ。何か話があるのだろう?」

「では、お言葉に甘えて……失礼します」

 

 僅かに笑みを浮かべながら、男性はグレアムに進められて彼の対面のソファーへと腰を下ろした。

 そして、男性が腰を下ろすと、グレアムが静かに口を開いた。

 

「それで、わざわざここに来たということは、もう知っているのだろう……? ――リチャード・ペンウッドくん」

 

 グレアムの言葉に、白衣の男性――リチャード・ペンウッドは僅かに笑みを浮かべた。

 

「あのグレアム提督に名前を覚えていただいているとは光栄ですね」

「謙遜することはないさ。君はとても優秀だと聞いていたからね。その格好もあって、君は局内では結構有名人だよ」

 

 そんなグレアムの言葉に、リチャードは苦笑を浮かべた。

 

「あなたのような有名な提督からそう言われるとは、私も嬉しい限りです」

「はは、そう煽ててくれるな。私など、ただ経験が長いだけの老兵だよ」

 

 二人はそんな風に言い合うと、同じように苦笑を浮かべた。

 そして、しばらく笑いあうと、リチャードが笑みを消し、真剣な表情となった。

 

「――本来ならば、世間話にでも花を咲かせたいのですが、そうも言っていられません」

「…………」

 

 グレアムも同じように真剣な眼差しで、リチャードを見つめていた。

 

「私がここに来たのは、ギル・グレアム顧問官――あなたを捕縛するために来ました」

「そうか。……ならば、"今回の一件"については全て知っているのかな?」

「だいたいのことは。……仇討ちですか?」

 

 リチャードの言葉を聞き、グレアムは息を吐き、僅かな時間目を閉じていたが、静かに目を開けた。

 

「……ああ、そのとおりだよ」

 

 静かに口を開いたグレアムは、リチャードへと独白するように、今回の一件についての真相を話した。

 過去にリンディ・ハラオウンの夫であり、クロノの父であるクライド・ハラオウンを《闇の書》の暴走により、失ってしまった。

 その一件をグレアムは、自身の判断ミスと深く思い詰め、《闇の書の永久封印》を目標に今日まで調査を進め、八神はやてが現在の《闇の書》の主であることを突き止めた。

 そして、今回の一件を画策したのだと、グレアムは懺悔するように語った。

 

「――私は償いたかったんだ。それが一人の少女を犠牲にすることだったとしてもね」

「だが、あなたは優しすぎた。だからこそ、その天涯孤独となった少女を、"父親の友人"として助けることを選んだ」

「……偽善だな」

 

 俯くグレアムをリチャードは真剣な眼差しで見つめた。

 そして、静かに息を吐くと、ポケットから煙草を取り出し、おもむろに火をつけた。

 

「封印の方法は、《闇の書》の主ごと凍結させ、次元の狭間などに閉じ込める。というところでしょうかね」

「流石だね、その通りだよ」

 

 リチャードの言葉に、グレアムが静かに頷きを返した。

 煙草の紫煙を吐き出しながら、リチャードは口を開いた。

 

「それが違法だとか、違法じゃないとか、私にはそんなことはどうでもいいです。今回の事件を起こすようなくらいですから、グレアムさんの想いなども私にはわからない。……ですが、それでもあなたにはこれだけは聞いておきたい。――《闇の書》の永久封印を行った後は、どうするつもりだったんですか?」

「……どういうことかね?」

「凍結の解除は、そう難しいものではないはずです。そうであれば、どこに隠そうと、どう守ろうと、結局、誰かが悪用、もしくは使用しようとするでしょう」

「…………」

 

 リチャードの言葉に、グレアムは僅かに驚いた表情を浮かべていた。

 そんなグレアムを見つめつつ、リチャードは話しを続けた。

 

「そのような一時凌ぎな方法では、結局、誰かが見つけるに決まっています。《闇の書》の力は膨大で、その名前は広く知られている。そのような強い力は必ず、何かを引き付けてしまう。良くも悪くもね。だから、あなたがやろうとしていることは、間違っているんですよ。その方法では、誰も救われない……」

 

 リチャードの言葉を、グレアムは黙って聞いていた。

 

(――焦っていたのだな、私は。そんなことも思いつかないとは、な……)

 

 自嘲気味な笑みを浮かべながら、グレアムはそう思っていた。

 リチャードの言葉は全て的を射ており、《闇の書》をいくら厳重に封印したとしても、必ず誰かが封印を解いてしまう。

 だからこそ、《闇の書》は呪いの書などと呼ばれもしているのだ。

 グレアムは、少しの間顔を俯かせた後、静かに口を開いた。

 

「……しかし、それならば、どうするのかね? このまま手をこまねいて見ていろというのかね?」

 

 グレアムの言葉は最もであった。

 現に今、地球では《闇の書》が暴走を始めており、それを止めなければならない。

 そんなグレアムの言葉を聞き、リチャードは加えていた煙草を自身が持っていた携帯灰皿へと押し込んだ後、口を開いた。

 

「手がないわけではないですが、分の悪い賭けになってしまうでしょう。まずは、八神はやての意識を取り戻させることが先決でしょうな」

「できるのかね?」

「それはわかりません。いずれにしても、私たちに出来ることは、今、現場で戦っている者たちのために情報を集めることと、祈ることしかありませんよ」

「……そうか……」

 

 リチャードの言葉に、グレアムは息を吐いた。

 

「少ししか力になれないかもしれないが、今、地球にいる私の使い魔たちが《闇の書》を封印するために準備した切り札を持っている。それを使ってくれるよう、地球にいる管理局員に伝えてくれないかね?」

「了解しました。伝えておきましょう」

 

 そう話すと、リチャードはソファーから腰を上げ、扉の方へと歩いていく。

 そんなリチャードの背中を見つめながら、グレアムは声を掛けた。

 

「……私がこんなことを言うのもおかしな話だが、どうか、八神はやてを救ってあげて欲しい」

 

 リチャードが振り返ると、グレアムが頭を下げていた。

 

「おそらく、それは大丈夫でしょう」

「……どうして、そう思うのかね?」

 

 リチャードは僅かに笑みを浮かべ、グレアムの質問に答える。

 

「"あいつ"が救うと言っていました。なら、必ずあいつはそれをやり遂げるはずです」

「"あいつ"――《黒衣の騎士》黒沢祐一のことかね?」

 

 グレアムの言葉に、リチャードは頷きを返した。

 

「それに、あいつには信頼できる仲間もいるようですしね」

「そうか。……なら、彼とその仲間たちを信じよう」

 

 グレアムはそう言いながら、笑みを浮かべていた。

 肩の荷が下りたのか、その表情は憑き物が落ちているようであった。

 そんなグレアムを見つめながら、リチャードは再度口を開いた。

 

「グレアム提督、申し訳ないが、あなたにはここでしばらくの間、大人しくしてもらうことになります」

「構わないよ。それだけのことをしたのだからね」

「では、私はこれで失礼します。先ほどの件も連絡しておかなければならないので」

「ああ。ありがとう、リチャードくん」

 

 グレアムの言葉に返事をし、リチャードは部屋を後にした。

 

(グレアム提督にはああ言ったものの、懸念点も存在する。祐一が"本気"を出せるかどうか、それが問題だ)

 

 廊下を歩きながら、リチャードは思考する。

 確かに祐一は絶大な力を誇るが、それでも力をセーブして戦っている。しかし、いくら祐一とて、《闇の書》を相手に、その状態で戦えるとは思えなかった。

 

(……いや、祐一も前へと進もうとしている。きっと大丈夫なはずだ)

 

 リチャードはそう結論付け、祐一のことを頭の片隅へと追いやると、自分がやるべきことをやるために、歩みを速めた。

 




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vs 《闇の書》 ①

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遅くなってしまい、大変申し訳ございません。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 ――海鳴市街地にて、なのはとフェイトは闇の書の攻撃をなんとか回避し、ビルの陰に隠れていた。

 

「なのは、大丈夫……?」

「うん。大丈夫だよ。わたし、頑丈だから」

 

 心配そうなフェイトの言葉に、なのはは笑顔を返した。

 そんななのはの笑顔を見て、フェイトもほっとしたように笑みを浮かべる。

 

「あの子、広域攻撃型だね。流石に避けるのは難しいかな……」

 

 フェイトは離れている闇の書の方を見つめながら、いつものバリアジャケットへと戻した。

 すると、なのはとフェイトから離れた場所にいる闇の書が広域結界を張っていた。

 

「これは、シャマルさんの結界……?」

「やっぱり、わたしたちを狙ってるんだ」

 

 なのはの言葉に、フェイトは僅かに眉を顰めながらそう話した。

 闇の書が張ったのは、以前、シャマルが使用していた結界であり、その特性は外からの介入を防ぎ、自分が認めた者でなければ、中から外へと出ることが出来ないものであった。

 

「戦うしか、ないんだね……」

「うん。だけど、きっと、クロノも対策を考えくれてると思うから、わたしたちで出来るだけあの子の動きを止めよう」

「……うん。そうだね」

 

 なのはは複雑そうな表情をしながらも、フェイトの言葉に頷きを返した。

 そして、戦闘態勢を整えるように、二人は自身のデバイスであるレイジングハートとバルディッシュを持つ手に力を込める。

 

「結界が張られたってことは、あっちにはこっちの動きはほとんど筒抜けだよね。それに、いろんな人の魔力を蒐集してるから、魔力も膨大……」

「そうだね。……だけど、そうだからって負けるとは限らない」

 

 フェイトは僅かに笑顔を見せながら、なのはを見つめ、そう言葉を口にした。

 

「諦めなければ必ずチャンスはあるって、祐一お兄さんも言ってたしね」

「祐一らしいね」

 

 二人は黒衣の青年の姿を思い出しながら、お互いに笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、行こうっ!」

「うんっ!」

 

 二人は声を掛け合うと、空へと飛び上がると、闇の書へと向かっていった。

 

 ◆

 

 金色の髪の少女と銀色の髪の女性が空中で交錯する。

 

「……ッ!」

 

 金色の髪の少女――フェイト・テスタロッサはサイズフォームへと切り替えた自身のデバイスであるバルディッシュを神速といえるスピードで振るっていた。

 

「…………」

 

 そして、それに相対するのは銀色の髪の女性であるが、その正体はロストロギア《闇の書》の機能を司る管制人格である。

 そんな二人が空中で激しい戦闘を繰り広げていた。

 

(くっ……やっぱり、強い……っ)

 

 表情にこそ出してはいないが、フェイトは内心で闇の書の強さに舌を巻いていた。

 今まで守護騎士たちが蒐集してきた魔力を全てが闇の書に内包されているのであるのだから、少なくともなのは、フェイトの魔力は持っている。

 それに――、

 

「――フレイムランサー」

 

 闇の書がそう静かに呟くと同時に、紅の魔力が槍となってフェイトへと襲い掛かってきた。

 

「くっ……プラズマランサー!」

 

 フェイトも同じように金色の魔力の槍を瞬時に生成し、相手の紅の槍と相殺させた。 

 

(やっぱり、あの魔法は祐一が使っていたものと同じだ。祐一も蒐集されていたんだ)

 

 そう考え、フェイトは悔しげな表情を浮かべた。

 そうなると、なのはとフェイトの魔力に加えて、祐一の魔力も持っているということになる。

 

(――本当に、厄介な相手だっ!)

 

 フェイトは止まることのない魔力弾を回避し続けながら、唇を噛んだ。

 このままでは勝ち目がないことなど、フェイトは気付いている。だが、それでもはやてや守護騎士たちを救い出すという目的を胸にフェイトは活路を見出そうとしていた。

 

(それに、わたし一人じゃない。大切な友達もいっしょなんだから……)

 

 フェイトの考えを読み取ったように、桃色のバインドが闇の書の動きを止めた。

 すると、闇の書を間に挟んだ向こう側にいる、一人の少女が声を上げる。

 

「フェイトちゃんっ!」

 

 声を上げたもう一人の少女――高町なのはの声を聞き、フェイトもなのはに続けてさらにバインドで闇の書を動きを止めた。

 そして、なのはに向かってフェイトも声を上げる。

 

「なのは……っ!」

「うんっ! いくよ、フェイトちゃん!」

 

 お互いに声を掛け合うと、二人は砲撃魔法を撃つ体勢を取った。二人の足下には魔法陣が展開され、なのはとフェイトへと膨大な魔力が集まっていく。

 

「ディバイン――」

「プラズマ――」

 

 そして、二人同時に魔力のチャージが完了し、

 

「バスターー!」

「スマッシャーー!」

 

 なのはからは桃色のフェイトからは金色の砲撃魔法が放たれ、それが闇の書へと向かっていく。

 

(これなら……)

 

 自分となのはの二人の砲撃魔法ならば、少しはダメージが通るだろうと、フェイトはそう思っていた。

 しかし、闇の書はその思いを嘲笑うかのように、瞬時にバインドの拘束を解き、二人の砲撃魔法を片手で張った障壁でこともなげに防いだ。

 なのはとフェイトは自分たちの攻撃が相手に届く瞬間に防御され、驚愕の表情を浮かべたが、すぐに気持ちを切り替え、相手の障壁を破ろうとさらに力を込めた。

 だが、

 

「くっ……ううぅぅ……」

「くっ……」

 

 それでも二人の攻撃では相手はびくともしなかった。

 二人は苦悶の表情を浮かべながら攻撃しているのにも関わらず、防御をしている闇の書からは余裕が感じられた。

 

「穿て――ブラッディダガー」

 

 そう闇の書が静かに告げた瞬間、魔力で作られた血のように赤いダガーが二人へと放たれ、二人は回避できずに直撃を受けた。

 そして、間髪いれずに闇の書は次の行動に移る。

 

「――捕らえよ」

 

 闇の書が口にすると同時に、その両手からなのはとフェイトに向かって、鎖の形状をしたバインドが伸びた。

 

「……っ……くっ!?」

「あっ……っ!?」

 

 ブラッディダガーの直撃を受けた二人ではあったが、寸前のところでプロテクションを張ったため、ダメージは最小限に抑えられていた。

 しかし、すぐに次の行動に移した闇の書とは違い、二人は攻撃を受けたことから、すぐに行動を移すことはできず、バインドに捕らわれてしまった。

 そして、闇の書は顔色変えず、二人を縛った鎖を両手に持ち、上から下――地面へと叩きつけるように腕を振るった。

 

「……かは……っ」

 

 ドゴンッ! という轟音とともに粉塵が舞い上がり、二人はその衝撃に苦しげな息を吐いた。

 そんな苦しげな二人を余所に、闇の書はさらに行動を次へと移した。

 

「っ!? これは……」

「わたしたちの、魔法……?」

 

 なのはとフェイトは困惑の声を上げながら、自分たちに使用された魔法を見つめた。闇の書が移した次なる行動は、先ほど使用した鎖状のバインドではなく、別のバインドで二人を拘束した。そして、驚くべきは、その魔法がなのはとフェイトが使用しているものと同一であることであった。

 そんな驚いた表情を浮かべる二人に、闇の書は上空から見つめながら声を掛けた。

 

「――我が騎士たちが身命賭して集めた力だ」

「闇の書さん……?」

 

 困惑したようになのはが問い掛けたのは、なのはとフェイトの二人へと声を掛けてきている闇の書が涙を流していたからであった。

 

「お前たちに咎がないことも、わからにでもない。……だが、お前たちさえいなければ、主と騎士たちは心静かな聖夜を過ごすことができた。残り僅かな命の時を、暖かな気持ちで過ごせていた」

 

 そう闇の書は涙を流しながら静かに語った。

 

「はやてはまだ生きてる。シグナムたちだって、まだ……っ!」

「もう遅い。《闇の書》の主の宿命は――始まったときが終わりのときだ」

 

 フェイトの悲痛な叫びも、闇の書は涙を流しながら切り捨てた。そんな闇の書の言葉に、フェイトは悔しげに唇を噛み締め、なのはが声を上げる。

 

「まだ終わりじゃないっ! まだ終わらせたりしない……っ!」

「お前たちがどう思おうと、もう終わりなのだ。……そして、お前たちもな」

「……っ!?」

 

 涙を流しながらのなのはの言葉も、闇の書、ひいてはその中で眠っているであろうはやてには届かなかった。

 そして、なのはの言葉をも切り捨てた闇の書が、左腕を二人へと掲げると、そこに魔力が集まり始めた。

 

「くっ……この……っ」

「駄目だっ……このバインド、硬いっ!」

 

 闇の書の行動を見て、なのはとフェイトは自分たちを縛っているバインドを解除しようと身動ぎしたが、予想以上にバインドが硬く、解除するのに時間が掛かりそうであった。

 ゆえに、二人には今から放たれる闇の書の攻撃を防御する手段が無かった。

 

「……眠れ……」

 

 二人を上空から見下ろす闇の書が静かにそう呟くと、彼女が集めた膨大な魔力が砲撃魔法となり、二人へと放たれた。

 

(だめだ……回避できない……っ!)

 

 自分たちへと放たれた漆黒の砲撃魔法を、フェイトは焦った表情で見つめていた。その隣では、同じようになのはも表情を強張らせていた。

 

(こんなところで、終われないのに……っ!)

 

 悔しげに表情を歪めながら、フェイトは迫り来る砲撃魔法を見つめながらそれを回避する手段を必死で考えた。

 だが、この距離でそれを回避する術はないと、悟ってしまった。

 ――だからこそ、願った。

 

(――お願い、誰でもいい。わたしたちにはやてを救う力を――)

 

 フェイトは心の底からそう願い、そしてそれは現実となる。

 

 

 ――こんなところで終われない、そうだろう? なのは、フェイト――

 

 

 なのはとフェイトが良く知る、力強く、自分たちを安心させてくれる声が聞こえた。

 二人ははっと、砲撃魔法の衝撃に備えるため下げていた表情を上げると、いつの間にかそこには一人の青年の背中があった。

 

「業炎――」

 

 静かに、しかしはっきりとした声音で黒衣の青年はそう言葉を口にしながら、ゆったりとその手に持つ紫色の騎士剣を上段へと上げた。

 

「一閃!」

 

 裂帛の声と同時に、黒衣の青年は騎士剣を振り下ろしすと、闇の書が放った砲撃魔法が左右へと割れ、三人の後方で爆風が舞い上がった。文字通り、叩き斬った形となった。

 しかし、そんなことよりもなのはとフェイトの二人はその黒衣の青年の姿をじっと見つめていた。そんな二人の瞳には涙が浮かんでいる。

 

(――きっと、来てくれるって、信じてた)

(――わたしたちが危ないときには、必ず来てくれるって、信じてた)

 

 二人は万感の想いを込め、自分たちが尊敬し、想っている青年の名を叫ぶ。

 

「祐一お兄さんっ!」

「祐一!」

 

 笑顔を浮かべながら、二人は黒衣の青年――黒沢祐一の名前を叫ぶと、祐一は砲撃魔法を叩き斬った体勢を元に戻し、なのはとフェイトへと顔を向け、

 

「――遅くなってすまない。二人ともよく頑張ったな」

 

 祐一は僅かに笑顔を浮かべながら、二人へと声を掛けた。

 二人はそんな祐一の言葉が、素直に嬉しかった。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘よろしくお願いします。

プライベートが忙しいため、更新が遅くなっています。
おそらく、次も来月ぐらいの投稿になってしまうと思いますが、気長に待っていただければ幸いです。


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vs 《闇の書》 ②

投稿します。
大変お待たせしてしまった上に、話が進まず申し訳ございません。
しかし、それでも楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


(なんとか間に合ったか……)

 

 祐一はなのはとフェイトに悟らせないように、静かに息を吐いた。それと同時に、前回の戦闘での怪我がずきりと僅かに痛んだ。

 

(やはり、万全の状態とは言い難い……)

 

 前回の戦闘で祐一は、ギル・グレアムの使い魔であるリーゼアリアとリーゼロッテに重傷を負わされた。

 祐一の先輩であるリチャード・ペンウッドの助力もあり、なんとか祐一は戦闘ができるぐらいには回復はしているものの、完治までには至っていなかった。

 また、そのことについて、リチャードもあまり無茶はするなと、祐一には念を押していた。

 

(だが、今回の戦いは敗北するわけにはいかない。なのはやフェイト、そして――はやてのためにも……)

 

 祐一が見つめる視線の先には、八神はやてであった女性――闇の書が無表情にこちらを見ていた。

 

(あれが、闇の書……いや、あれは本体ではない。管制人格のようなものか……)

 

 銀髪赤目の女性の姿となっている闇の書を祐一はそう分析した。

 

(完全に暴走はしていないようではあるが、それでも強敵であることには変わりはない、か……)

 

 難儀なことだなと、祐一は一人静かに呟いた。

 そんな風にいろいろと考えていた祐一に、闇の書の拘束から逃れたなのはとフェイトが近づいてきた。

 

「祐一お兄さん……」

「無事、だったんだね、祐一……」

 

 近づいてきた二人は、久しぶりに祐一と出会えて、無事な姿を確認したことから安心したのか、瞳には涙が浮かんでいた。

 そんな二人を見て、祐一はバツが悪そうに頬を指で掻いた。

 

「心配を掛けてしまったようだな、なのは、フェイト」

「ううん。祐一お兄さんが無事なら、わたしはそれで十分だよっ」

 

 祐一の言葉に、なのはは涙を拭いながらも笑顔でそう言葉を口にした。

 

「わたしも、なのはと同じ気持ち。今、ここに祐一がいてくれるだけで、本当に嬉しいよ」

 

 なのはと同じように涙を拭いながら、フェイトは花が咲いたような笑みを浮かべた。

 そんな二人の言葉に、祐一は心温まるのを感じながら、

 

「ああ。ありがとう、二人とも……」

 

 そう言葉を返した。

 

 ◆

 

「――二人にはいろいろと話さないといけないことはあるんだが……」

 

 祐一は二人を見つめながらそう言葉を口にするが、二人は分かっているというように、首を横に振った。

 

「そうだね。聞きたいことはいろいろとあるけど……」

「今ははやてを助けてあげるのが先決、だよね」

 

 なのはとフェイトはそう話すと視線を上空へと向けた。それにつられるように、祐一もそちらへと視線を動かす。

 三人が向けた視線の先には、銀髪赤眼の女性の姿をした《闇の書》がこちらを見つめていた。

 

(こちらを攻撃してこないのは、優しさからか、はたまた俺たちなど自分の障害にもならないという余裕からか……半々ぐらいだと信じたいがな……)

 

 こちらを攻撃してこない理由の半分が、祐一、なのは、フェイトの三人を攻撃したくないという優しさならば、それははやての意志が残っていると推測出来る。だからこそ、半分はそうであって欲しいと、祐一は思っていた。

 後者の理由に関しては、時間が経過していくほど祐一たちにとっては不利な状況に追い込まれていく。はやてのことや地球のこと、それらが時間が経過するほど危険になっていくということに他ならない。

 

「三人でいっしょに戦うのは初めてだね」

 

 祐一が黙って考え込んでいると、静かになのはが口を開いた。

 

「そうだね。なのはとはいっしょに戦ったことはあるけど、祐一とはなかったかな」

「そうだな。それがどうかしたのか、なのは?」

 

 ううんと、なのはは首を横に振った後、笑みを浮かべた。

 

「三人で戦えるってことが、とても心強いなって思って……」

 

 そう語るなのはを、祐一とフェイトは僅かに驚いた表情で見つめた。

 

「さっきまでフェイトちゃんといっしょに闇の書さんと戦って、とても強いと思ったし、一人じゃ勝てないかもって思った。だけど、今は祐一お兄さんもいる。わたしとフェイトちゃんと祐一お兄さんが揃って、勝てない相手なんているはずないよっ!」

 

 なのははそう言葉を口にしながら、いつもどおりの笑顔を見せた。

 そんないつもどおりのなのはに、祐一は苦笑をフェイトは微笑みを浮かべていた。

 

「相変わらず、お前は本当にすごい奴だな……」

 

 祐一は苦笑を浮かべながら、右手でなのはの頭をいつもより乱暴に撫でた。祐一にいつもより強めに撫でられたため、なのはは「にゃにゃっ!?」と奇声を発していた。

 

「そうだよね。なのはの言うとおり、この三人が揃って、負けるはずないもんね」

「フェイトちゃん……」

 

 祐一に撫でられたために乱れた髪を直しながら、はのはは微笑を浮かべながら話すフェイトに笑みを返した。

 しかしすぐに、笑みを浮かべていたなのはは表情を真剣なものへと戻すと、祐一に声を掛けた。

 

「じゃあ、そろそろ、戦闘を始めよう。祐一お兄さん、作戦とかあるのかな?」

「作戦と呼べるものではないが、それぞれの役割は決めておこう」

「役割……?」

 

 首を傾げるなのはに祐一は一つ頷きを返した。フェイトは祐一の言葉から何か察したのか、静かに頷いていた。

 

「まずアタッカーだが、これはフェイトに任せたいと思う。俺が引き受けてもいいんだが、スピードはフェイトの方が上だからな。出来るだけ相手を撹乱してほしい」

「任せて。スピードはわたしの領分だし、接近戦の方が得意だから」

 

 力強く頷くフェイトに祐一は笑顔で頷きを返し、なのはへと視線を向ける。

 

「なのはは接近戦を挑むフェイトの援護とフェイトが作ってくれた隙に乗じて、闇の書にお前の得意な砲撃魔法をぶち込んでやれ。お前は状況判断も優れているから、上手く隙をつけるだろう」

「わかった。頑張るよっ」

「祐一はどうするの……?」

 

 なのはが両手を握りやる気を出しているところに、フェイトが祐一へと質問を投げる。

 

「俺の役割は遊撃だ。フェイトとなのはの両方をサポートをメインに、隙を見て闇の書へ一撃を加える、という感じだな」

「そっか、わかったよ」

「了解だよ」

 

 祐一の言葉に、なのはとフェイトは自分たちがデバイスを握っている手に力を込めた。

 そんな二人を静かに見つめ、祐一は一度頷くと、

 

「――さぁ、はやてを救いにいこうか」

 

 黒衣を翻し、上空からこちらを見つめている闇の書の下へと向かった。

 

 ◆

 

「――待たせたか?」

「……質問の意味がわからない。私はお前たちを待っていたわけではない。それにお前たちが何をしようとも結果は変わらん」

「そうか」

 

 無表情に語る闇の書に、こちらも表情を変えず祐一が頷きを返した。

 すでに祐一たちの戦闘準備は整っている。祐一は自身のデバイスである《冥王六式》を右手に携え、その後ろに控えているなのはとフェイトもレイジングハートとバルディッシュを持っていた。

 両者の様子から見て、もはや戦闘は避けられないが、それでも祐一は闇の書へと声を掛けた。

 

「はやてを開放する気はないのか?」

「…………」

 

 祐一の言葉を聞いているのかいないのか、闇の書は表情を変えることはない。

 そんな闇の書を黙って見つめていると、急に地面が大きく揺れた。

 すると、地中から爆炎と呼んでも差し支えない炎が噴出した。また、それは一つではなく、次々と噴出し始めた。

 

「……早いな、もう崩壊が始まったか。もうじき私も意識を無くす。そうなればすぐに暴走が始まるだろう」

 

 淡々と語る闇の書の声を、祐一たちはしっかりと聞いていた。もはや戦闘は避けることはできないと思いながらも、祐一は別のことを考えていた。

 

(――"泣いている"んだな)

 

 おそらく闇の書も気付いているのだろうが、戦闘開始からずっと闇の書は涙を流し続けていた。それは悲しみの涙なのだろうと、祐一は思考する。主であるはやてが現実に耐えられずに心を閉ざし、守護騎士たちは消えてしまった。

 それゆえに"彼女"は、涙を流しているのだろう。それには同情する。

 

(だが、このまま地球を破壊されてはかなわない。それに、はやても助けなければならないしな)

 

 祐一はそう考えると、一度大きく息を吐いた。

 そんな祐一をなのはとフェイトの二人は、僅かに心配そうに見つめていた。

 二人に視線を向けられながら、祐一は息を吐く際に閉じていた瞳を静かに開く。

 

「地球を破壊されることも、このままはやてと別れることもできんのでな。――止めさせてもらう」

「……無駄なことを……」

 

 祐一は淀みない動作で《冥王六式》の切っ先を闇の書へと向ける。その言葉と行動にも動じることなく、闇の書が静かにそう言葉を口にした。

 

「無駄かどうかは……っ!」

「やってみないとわかんないよ……っ!」

 

 同じように、なのはとフェイトもレイジングハートとバルディッシュを闇の書へと向けた。

 

「はやてを返してもらうぞ」

 

 祐一の言葉を皮切りに、再び戦闘が開始された。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などございましたら、ご指摘をよろしくお願いします。


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vs 《闇の書》 ③

どうも、お久しぶりです。
久しぶりに更新致します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


 黒衣のマントを翻し、フェイトは銀髪赤眼の女性――《闇の書》へと、眼にもとまらぬ速さで接近する。

 

「ハァッ!」

 

 裂帛の気合いとともに、自身のデバイスであるバルディッシュから光刃を出し、攻撃を仕掛ける。

 バギンッ! という音とともに、フェイトの一撃と闇の書が張った障壁がぶつかり合い、バチバチと火花を散らす。

 

「くっ……はぁぁっ!」

 

 闇の書の障壁を破るために、フェイトは声を上げながらバルディッシュを持つ両手に力を込めた。

 

(やっぱり、硬い……っ!)

 

 だが、そんなフェイトを嘲笑うかのように、闇の書の障壁には傷ひとつ付いていなかった。おまけに、闇の書の表情には何一つ変化など見られることなく、無表情に障壁越しにフェイトを見つめていた。

 それを見て、フェイトは僅かに表情を歪める。

 そうして、しばらくの間拮抗していたが、すぐに状況は動いた。

 

「穿て、ブラッディダガー」

 

 静かに呟いたのは闇の書。その声とともに、フェイトの周囲には真紅の短剣が数多く出現し、フェイトへと狙いを定めていた。

 それに気付き、フェイトは即座に光刃を引き、その場から離脱を試みるが、

 

「くっ!? これは……バインドッ!?」

 

 しかし、フェイトの動きを見越していた闇の書が準備していたバインドによって拘束された。

 フェイトは慌ててバインドを解除しようとするが、即座に解除できるようなものではなかった。

 そして、フェイトに向けられていたブラッディダガーが放たれる。

 

(当たる……っ!?)

 

 そう思い、フェイトは来る衝撃に身を強張らせた。

 だが、その衝撃はいつまで経っても訪れることはなかった。

 

「焦るな、フェイト。お前一人で戦っているわけではないんだ」

 

 そう男性特有の低い声がフェイトの耳へと聞こえたと同時に、真紅の魔力弾が短剣を相殺していった。

 しかしそれでも全ての短剣を相殺できず、数本がフェイトへと直撃する――かのように見えた。

 

 しかし、フェイトへと直撃しそうであった短剣は、紫色の騎士剣によって全て粉砕された。

 

「祐一……」

「油断するな、フェイト。こいつは思っている以上に"強敵"だ」

 

 漆黒のロングコートを翻しながら、振るった騎士剣を戻しつつ、フェイトへと声を掛けると、祐一は自身のデバイス《冥王六式》を手に闇の書の方へと飛んだ。

 そんな祐一を見て、闇の書も後方へと飛ぶ。

 

「やはり、お前は厄介な存在だな――《黒衣の騎士》」

「伊達に経験は積んではいない」

 

 祐一はそう言葉を返しながらも、フェイトには劣るものの、すさまじいスピードで闇の書へと接近し、騎士剣を振るった。相対する闇の書はフェイトのときとは違い障壁は張らず、自身の拳に膨大な魔力を纏わせて迎え撃った。

 祐一の騎士剣と闇の書の拳がぶつかり合い、ガキンツ! と、轟音が周囲に響き渡り、その余波で周囲に風が吹き荒れる。

 

「ふっ!」

 

 祐一は鋭く息を吐きながら、闇の書の一撃によって弾かれた騎士剣へと力を込め、再度攻撃を繰り返した。

 しかし、闇の書もすぐに体勢を整え、攻撃を仕掛けてくる祐一を迎え撃つ。そして、再び轟音が周囲へと響き渡る。

 二人は互いに場所を変えながら、お互いの一撃をぶつけ合っていく。

 

(すごい……)

 

 フェイトはバインドの拘束を解除しながら、二人の戦いを目の当たりにして僅かに息を飲んだ。

 

 ――これが超一流の魔導師同士の戦い。

 

 闇の書は魔導師ではないが、その力は超一流の魔導師以上であり、もはや人間の力では太刀打ちできるかどうかわからないレベルの文字通りの怪物。

 しかし、それに相対するのは魔導師である一人の青年――黒沢祐一は真っ向からそんな怪物とぶつかり合っていた。

 

(やっぱり、祐一はすごい。……ほんとにわたしはあの人に追いつけるのかな)

 

 フェイトの視線の先、黒衣を翻しながら闇の書と戦う祐一の姿を見つめながら、フェイトはそんなことを思った。

 

(……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。早く祐一の援護に行かないとっ!)

 

 フェイトはネガティブになりかけた思考を振り払うため、頭を数回振った。

 そんなことをフェイトがしていると、今まで互角に打ち合っていた二人の戦闘に変化が見え始めた。

 

「ぐ……っ!?」

 

 驚くべきことに、あの祐一が次第に闇の書に押され始めたのだ。

 今まで祐一が攻め、闇の書が受けるという構造だったが、闇の書が攻め、祐一がその攻撃を受けるという形に変化していた。

 

(分かってはいたが、やはり強い……。それにこの魔力量は厄介だ)

 

 そう心の中で思いながら、祐一は悔しげに口元を歪ませた。

 最初こそ攻めていた祐一であったが、次第に祐一の攻撃に慣れてきた闇の書が、魔力弾も祐一へと撃ち出すようになってきたことから、戦局は変わってしまった。

 ほぼ無尽蔵ともいえる闇の書の魔力から放たれる魔力弾は尽きることを知らない上に、的確に祐一へと放たれていた。それに加えて闇の書本体の攻撃もあるのだから、流石の祐一も迎撃するのが精一杯であった。

 それでも、闇の書の攻撃を防いでいる祐一の技量も目を見張るものがあるのだが、そんなことで納得する祐一でもなかった。

 

(決め手に欠けるな……)

 

 自身に迫り来る魔力弾を撃ち落しながら祐一は思考し、僅かに視線を横へと向けると、そこにはバインドを解除してバルディッシュを構えているフェイトの姿があった。

 そして、祐一が何かを思いついたようにフェイトへと視線を向けると、フェイトも祐一の視線に気付き、僅かな時間祐一と視線を合わせると、フェイトは力の篭った瞳を祐一へと向けながらコクリと頷きを返した。

 フェイトの頷いたのを確認すると、再び祐一は視線を闇の書へと向けた。

 そして、一人の少女の姿が見えないことに気がついた。

 

(……姿が見えないと思ったら、そんなところにいたのか)

 

 祐一がそう思った瞬間、闇の書が祐一に向けて放っていた魔力弾が別の魔力弾によって、全て相殺させられた。

 その攻撃に、無表情だった闇の書の眉が僅かに動き、魔力弾が放たれた方角である上空へと視線を向けた。

 

 するとそこには、闇の書の方へ自身のデバイスであるレイジングハートを向けているなのはの姿があった。

 かなりの距離があるというのに、寸分たがわず闇の書の魔力弾を撃ち抜いたなのはの技量に祐一は驚いていたと同時に、なのはの成長に笑みを浮かべていた。

 

(最初の頃から、さらに力を付けたな)

 

 そう祐一が心の中でなのはを賞賛していると、祐一の脇をすり抜け、フェイトが一瞬のうちに闇の書へと肉薄する。

 急に自身の側に現れたフェイトに、流石の闇の書も僅かに驚いた表情を見せた。だがすぐに表情を戻すと、フェイトの攻撃を障壁を張って防いだ。

 それを確認すると、フェイトは大きな声を上げる。

 

「今だよっ! 祐一!」

「任せろっ」

 

 祐一はフェイトに言葉を返すと同時に、フェイトの攻撃で足が止まった闇の書の両手両足をバインドで拘束した。

 

「なのは、フェイト!」

「うんっ!」

「了解!」

 

 祐一の言葉を聞き、なのはとフェイトが瞬時に動いた。

 なのはは上空に留まったまま魔力をレイジングハートの先端へと込め、フェイトも瞬時に闇の書と距離を取り、なのはと同じように魔力を溜めていく。

 そして、祐一も自身の前に魔法陣を展開し、騎士剣の切っ先が背後へと向いた状態で構える。

 

「ディバイン――」

「プラズマ――」

「フレイム――」

 

 そして、三人の声が周囲に響き渡り、

 

「バスターー!」

「スマッシャーー!」

「バスターー!」

 

 闇の書へとなのは、フェイト、祐一の砲撃魔法が放たれた。

 

(これなら……っ!)

 

 なのははレイジングハートを持つ両手に力を込めながら、そう心の中で強く思った。

 祐一のバインドで両手両足を拘束された状態では満足に動くことも出来ないはずのため、闇の書は攻撃を受けるしかない。

 ならば、少しはこちらの攻撃が通るはずだと、なのはは思っていた。

 しかし、そんななのはの思いを裏切るかのように、闇の書が静かに声を上げる。

 

「――砕け」

 

 その言葉が聞こえると、闇の書の本体である魔道書が小さく明滅し、祐一のバインドがあっさりと砕け散った。

 

「「「……っ!?」」」

 

 その光景を見た三人の表情が驚愕に彩られた。

 なのはとフェイトは祐一のバインドがこんなにもあっさりと砕かれたことへの驚き、そして祐一は闇の書という魔道書の力に驚いていた。

 

(俺の魔力は一度蒐集されている。……俺の使う魔法も解析されているということかっ)

 

 迂闊だったと、祐一は自身の考えの甘さに怒りを覚えたが、すぐに次への行動に移せるように思考を切り替えた。

 そんな風に祐一が考えていると、闇の書がさらに声を上げる。

 

「――障壁」

 

 なのは、フェイト、祐一の三人の砲撃魔法が闇の書へと当たる直前に、闇の書は障壁を張った。その障壁は硬く、三人の攻撃を持ってしても砕けないレベルのものであった。それは今、その障壁に自分たちの砲撃魔法を撃っている三人がよくわかっていた。

 

「穿て、ブラッディダガー」

 

 そんな三人を嘲笑うかのように、再び闇の書はブラッディダガーを作り出した。その数は、今までの比ではない。

 

(くそったれめ……)

 

 それの光景を見た祐一は思わず心の中で悪態をついた。

 瞬間、ブラッディダガーが三人へと撃たれ、爆風と轟音が周囲に響き渡った。

 

 ◆

 

 ブラッディダガーの攻撃を受け、三人の周囲には爆発による黒煙で満たされていた。

 

「……二人とも無事か?」

「うん、大丈夫」

「こっちもなんとか……」

「そうか……」

 

 祐一はとりあえず二人の無事を確認し、息を吐いた。

 フェイトとなのはが言ったように、致命的な攻撃には至っていなかったようでバリアジャケットが僅かにボロボロになっているだけで、そこまでの傷は見受けられなかった。

 かくいう祐一も同じような状態で、まだ戦闘に支障をきたすレベルではなかった。

 だが、先ほどの攻撃で胸に受けていた傷が僅かに開いたのか、ジクジクとした痛みが祐一を襲っていた。

 

(こうなることはわかっていた。この程度で止まるわけにはいかないし、まだ問題はない)

 

 祐一はそう結論付け、傷のことは気にしないことにした。

 

「お前たちは、まだ無駄なことを続けるのか?」

 

 黒煙が晴れると、三人の視線の先にいる闇の書が強者の余裕とでも言うように、悠然と声を上げた。

 

「無駄かどうかを決めるのは、お前ではない」

 

 三人を代表して、祐一が闇の書に言葉を返した。

 そんな祐一を、闇の書は真紅の瞳で見つめ返した。

 

「わからないな。お前たちがいくら足掻いたところで結果は変わらない。私は主の願いを叶えるだけだ」

 

 その言葉に、なのはとフェイトは表情を歪めた。

 

「っ!? もう止めようよっ! はやてちゃんだって、ヴィータちゃんだって、こんなこと望んでないよっ!」

 

 なのはの言葉に、無表情だった闇の書の眉がピクリと動いた。そんな闇の書の表情の動きに祐一は気付いていたが、黙って状況を見守っていた。

 

「それにはやてはまだ生きてるっ! シグナムたちだって、まだ……」

「もう遅い。闇の書の主の宿命は、始まったときが終わりのときだ……」

 

 なのはに続きフェイトも声を上げるが、闇の書は聞く耳を持とうとしなかった。

 そんな闇の書の言葉を聞いて、なのははその大きな瞳に涙を溜めながら心から叫ぶ。

 

「終わりじゃないっ! まだ終わってないっ!」

「…………」

 

 すると、闇の書が唐突に右手を前に突き出し、魔力弾をなのはへと放ってきた。

 

「っ!?」

 

 なのはは驚き障壁を張ろうとしたが、魔力弾が途中で真紅の魔力弾に打ち消された。

 

「祐一お兄さんっ!」

 

 なのはの視線の先には、闇の書と同じように右手を前に突き出した祐一の姿があった。

 

「……どうした? なのはの言葉が気に食わなかったのか?」

「…………」

 

 横から割り込んできた祐一を闇の書は黙って見つめていた。

 そんな闇の書に構わず、祐一は静かに口を開く。

 

「お前は自分のことをただの道具だと言っているが、断じてそんなことはない。なのはの言葉を聞いてから魔力弾を撃ってきたのもその証拠だ」

 

 祐一は闇の書を見つめながら、静かに、しかしはっきりと言葉を紡いでいく。

 そんな祐一の姿をなのはとフェイトも黙って見つめていた。

 

「それにだ。そんな風に涙を流す奴が道具なだけのはずがない。お前には心がある」

「そうだよっ! 諦めてる人が、涙なんて流すはずないっ! 涙を流すのは、悲しいからじゃないの? 諦めたくないからじゃないのっ!」

 

 祐一の言葉に続けてなのはが声を上げた。その声は悲痛の叫び、闇の書へと問い掛けるような心の叫びだった。

 しかし、それでもなお闇の書は止まることはなく――右手を前に突き出し、魔力を集め始めた。

 

「……やはり駄目、か」

 

 祐一は落胆するように息を大きく吐くと同時に、魔力弾が三人に向けて放たれた。

 しかし、直線的な攻撃では祐一、なのは、フェイトの三人に当たるはずもなく、祐一は騎士剣でそれを掻き消し、なのはとフェイトは魔力弾で闇の書の攻撃を相殺した。

 

「伝わらないなら、伝わるまで何度でも言う。助けたいんだ。あなたのことも、はやてのこともっ!」

「…………」

 

 フェイトの言葉を闇の書は黙って聞いていた。三人の度重なる説得に、闇の書の心が少しでも動いたのかと、僅かながらも三人は期待した。

 しかし、その期待はすぐに裏切られることになった。

 

「「……っ!?」」

 

 突然、周囲に轟音が響き渡り、なのはとフェイトは驚いた表情で辺りを見回した。

 

(予想より早い。このままでは街が……いや、この地球が持たんぞ)

 

 轟音の正体は、闇の書の暴走に伴い引き起こされている天変地異であった。地震によってコンクリートで舗装された地面は割れ、そこから火柱が吹き上がっている。それは今までの比ではなく、本当に地球を破壊するかのような勢いであった。

 すると、そんな焦る三人を一瞥し、闇の書は淡々と言葉を紡ぎ始めた。

 

「早いな、もう崩壊が始まったか。私もじきに意識を無くす、そうなればすぐに暴走が始まる。……だが、その前に主と騎士たちの望みを叶えたい」

 

 闇の書はそう話しながら、ブラッディダガーや魔力弾を自身の周囲に展開を始めた。その数は今までの比ではなく、闇の書が本気になってきたという証拠でもあった。

 

「――眠れ」

 

 闇の書が静かに告げると、周囲に展開していたブラッディダガーや魔力弾が動きを開始する。それを見て、祐一となのははデバイスを構えた。

 しかし、フェイトの行動は違っていた。

 

「この駄々っ子っ! バリアジャケットパージ!」

 

 そうフェイトが叫ぶと、身に纏っていたマントや外装がはずれ、ほとんどレオタードにスパッツのみという状態となった。

 これはフェイトが考えた奥の手、ソニックフォーム形態であり、その姿となったフェイトは闇の書へと目にも留まらぬスピードで突っ込んでいく。

 

「っ!? 待て、フェイト!」

「フェイトちゃん……っ!?」

 

 そんなフェイトの行動に祐一となのはは大いに焦った。

 いつものフェイトであれば、そのような行動は取らなかったかもしれなかったが、今日のフェイトは友人となったはやてのため、そして戦闘でお互いしのぎを削りあったシグナムたちのためとフェイトの心の中に焦りが生まれての行動だった。

 

(駄目だ、フェイト! そこからでは遠すぎるっ!)

 

 フェイトの無謀な行動に心の中で叫び声を上げながら、祐一は迫り来る魔力弾を捌く。その間にもフェイトは攻撃を持ち前のスピードで回避しながら闇の書へと接近していく。

 

「祐一お兄さん、フェイトちゃんが……っ!」

「わかってるっ!」

 

 なのはも闇の書の攻撃を捌きながら接近を試みるが、魔力弾の数が多すぎるためそれも叶わなかった。

 闇の書へと接近するためには、フェイトのように圧倒的なスピードを持って攻撃を回避しつつ相手に接近するか、防御を考えずに突っ込むかのどちらかしかない。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 フェイトはサイズフォームに切り替えたバルディッシュを、闇の書へと振るった。

 しかし、闇の書は冷静にその攻撃に対応し、瞬時に障壁を張り、フェイトの光刃を防いだ。

 

「くっぅぅぅぅっ!」

 

 フェイトは障壁に負けじと、さらにバルディッシュへと力を込めた。

 そんなフェイトを障壁越しに、闇の書は冷静な瞳で見つめていた。

 

「……お前にも"心の闇"があるようだな」

「っ!?」

 

 闇の書の言葉と同時に、金色の魔力光を纏っていたフェイトを闇の書の漆黒の魔力が包み込んでいく。それに合わせて、フェイトの体が少しづつ文字通り消え始めていた。

 

「フェイトちゃんっ!?」

 

 そんなフェイトの姿を見て、なのはが悲鳴のような声を上げた。

 そして、なのはの声が聞こえたと同時に祐一が覚悟を決めたように動いた。

 

「――自己領域展開」

 

 そう呟いた祐一の姿が一瞬ぶれたかと思った瞬間、闇の書の背後へと移動していた。

 これこそ祐一の切り札――《自己領域》であり、その能力を持って瞬間移動したかのように闇の書の背後へと移動したのだ。

 

「フェイトッ!」

「ゆう、いち……」

 

 もはやフェイトの姿は半分以上が消えかかっていた。このままでは、フェイトは闇の書に吸収されてしまい、手の出しようがなくなってしまう。

 そう思った祐一は闇の書の動きを止めるべく、自身の魔力を込めた騎士剣を闇の書へと振るった。

 ほぼ瞬間移動したと同義から放たれる祐一の渾身の一撃は、闇の書へと吸い込まれていき――

 

「……貴様が"そう"動くことはわかっていた」

 

 闇の書の静かな声が聞こえると同時に、バギンッ! という音が周囲に響き渡った。

 その音の正体――それは、剣型のデバイスである《冥王六式》が真っ二つに折れた音だった。

 それを見た祐一は、信じられないものを見るかのように驚愕の表情を浮かべていた。あの冷静沈着である祐一が、そのような表情を浮かべていた。

 

(俺がフェイトを助けることを読んでいたのか……)

 

 そう心の中で思いながら、祐一は悔しげに表情を歪めた。

 

「お前にも"心の闇"があるな。それもかなり深い……」

「っ!?」

「祐一お兄さんっ!?」

 

 再度、なのはの悲鳴が周囲に響き渡り、闇の書の漆黒の魔力に祐一も包み込まれ始めていた。

 

(くっ、我ながら情けない。あれだけ大見得を切って、このザマとはな)

 

 祐一は少しずつ消えていく自分の体を悔しげに見つめていた。

 しかし、その瞳からはまだ諦めは感じられなかった。

 

(――だが、まだ終わりじゃない)

 

 そう思い、祐一は視線を唯一無事な、なのはへと向けられた。

 

『祐一お兄さんっ、フェイトちゃんっ!』

『すまない、なのは。俺とフェイトはここで"一度"リタイアだ』

『ごめんね、なのは、祐一』

 

 もはや言葉を交わすことができないため、念話で三人は言葉を交わした。

 

『大丈夫なの?』

『ああ、大丈夫だ』

『必ず戻ってくるから』

『それとも、俺とフェイトが信じられないか?』

 

 祐一の言葉に、ううん、となのはは首を横に振った。

 その姿を見て、祐一は心の中で僅かに笑みを浮かべた。

 

『ならば、信じろ。俺とフェイトは必ず戻る。だから……』

 

 自身とフェイトの体がほとんど消えかける中、祐一は最後になのはへと全てを伝える。

 

『後を頼む。大丈夫、なのはならきっとやれるはずだ』

『うんっ! わかった。わたし、頑張るよっ!』

 

 なのはの力強い言葉を聞き、祐一はもはやほとんど動かぬ体で、静かに頷いた。

 

『それとフェイト』

『なに……?』

『お前も負けるんじゃないぞ。ここからは何が起こるかわからないからな』

『わかった。わたしも頑張るよ』

 

 二人の言葉を聞くと、祐一の意識は完全に漆黒の闇に吸い込まれていった。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をお願いします。

まだプライベートが落ち着きません。
おそらくまた更新は遅くなるかと。。。
できるだけ早く更新できるように頑張ります。


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interlude_3.4

投稿します。
大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
プライベートが忙しいとか、いろいろとあるのですが、なんとか更新していきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。

では、どうぞ。


 地球周辺の宇宙に、一隻の次元航行艦船がいた。

 真紅のカラーリングに包まれたその機体には、《Hunter Pigeon》と書かれていた。

 それは今ではそれなり名が知られている、通称《人喰い鳩》とも呼ばれている――ヴァーミリオン・CD・ヘイズの艦船だった。

 そして、そのHunter Pigeon内部では、ヘイズが操舵席に腰掛けており、映し出されていたモニターを見つめながら驚きの表情を浮かべていた。

 

「マジかよ……祐一の旦那が、消えちまったぞ」

『――文字どおり、影も形もありません』

 

 律儀にヘイズに言葉を返したのは、ヘイズの相棒でもあり、このHunter Pigeonを管理しているデバイスのハリーである。

 そんなハリーの言葉に、ヘイズは「マジかよ……」と同じ台詞を吐きながら、右手で額を押さえていた。

 

『索敵、続けますか?』

「……いや、もう無駄だろうからな、止めとこう」

 

 ハリーに言葉を返し、ヘイズは指を鳴らしながら今後のことを考えていた。

 

(さて、これからどうするかな。闇の書に吸収されたって言っても、旦那が完全に消滅したってわけじゃねぇし。よしんば俺が闇の書を倒せたとしても、吸収されちまった旦那が戻ってこれなくなっちまうし、どうせ闇の書はまた転生しちまう)

 

 八方塞がりな状態に、ヘイズは自身の頭を乱暴に掻いた。

 

『どうしますか、ヘイズ。すでに八方塞がりな感じは否めませんが……』

「あー、言うな。わかってるよ。……とにかく、俺たちに出来ることは今はねぇ」

『祐一さんを放っておくのですか?』

 

 ヘイズの言葉に、ハリーが僅かに非難めいた声を上げる。

 

「まてまて、そんなに怒るんじゃねぇよ。今、俺たちがあそこに行ったところで状況が改善されるわけじゃねぇし、確かに旦那は闇の書に吸収されちまったが、そう簡単にやられる玉じゃねぇ」

『祐一さんを信じているということですか?』

 

 ハリーの言葉に、ヘイズは「ああ」と頷きを返した。

 

「あんな怪我を負っている状態だったが、旦那が"やる"と決めたんだ。そんな旦那の気持ちを無視して、俺たちがしゃしゃり出るもんじゃねぇしな。それこそ旦那の男が廃るってもんだ」

『そのような気持ちは、私には分かりかねますが……』

「まぁ、そうだろうな」

 

 ヘイズは椅子の背もたれに体を預けながら、一度指を鳴らした。

 パチン、と音を響かせながら、ヘイズは話しを続ける。

 

「それにこの戦いは旦那にとって、前に進むチャンスでもあるしな」

『前に進むチャンス……?』

「ああ、そうだよ」

『それはあの《紅蓮の魔女》と呼ばれた、七瀬雪に関することですか?』

「まぁ、そうだな」

 

 ヘイズはハリーの言葉に頷きを返しながら、かつて祐一とともに管理局で働いていたときのことを思い出す。

 

 ◆

 

 管理局に入隊したとき、ヘイズには少しやさぐれていた時期があった。

 ヘイズは産まれたときから親はおらず、孤児であった。

 自分の産みの親の顔も知らず、何のために産まれてきたのかもわからないまま、ヘイズは管理局へと入隊した。孤児院で暮らしていくということも考えたが、外の世界に出れば何かわかるかも知れないという願望と、魔導師としての適正も低くなかったことから、ヘイズは若くして管理局に入隊した。

 そうしてしばらく管理局で働いていたとき、ヘイズは二人の人物に出会った。

 

 ――それが、黒沢祐一と七瀬雪だった。

 

 二人と出会った当時、ヘイズは魔導師として力を付けていたことから少し天狗になっていた。

 そんなとき、「期待のルーキーがいる」という噂を耳にし、興味もあったことから、その「期待のルーキー」がいる部隊へと転属し、二人の力量を見てやろうと軽く思っていた。

 しかし、ヘイズの目論見はすぐに外れることとなった。

 

 ――完敗とは、こういうことを言うのだろうと、当時のヘイズは思った。

 

 ヘイズは部隊へ配属されてすぐに二人に戦いを挑み、結果、敗北した。完敗だった。祐一と雪の両方と模擬戦を行ったが、結局、ヘイズは二人に手も足もでなかった。

 自分は強いと、当時思っていたヘイズは結果的に二人の鼻を明かすどころか、長くなっていた自身の鼻をへし折られる形となってしまった。大人に負けたのならまだ諦めがつくというものだったが、ヘイズが敗北した相手は同年代ほどの少年と少女だったこともあり、ヘイズはそのとき、悔しくて泣いた。

 そんな風にヘイズが悔し泣きしていたとき、雪は優しげな笑みを浮かべながら手を差し伸べてきたのだ。

 

 ――君、強いね。これからお互いに頑張ろうね。

 

 ヘイズの心の内を何も知らずにそう笑顔で声を掛けてきた雪を見て、もはや張り合うのもばかばかしくなり、思わず笑みを浮かべたのをヘイズは覚えていた。

 そんなヘイズを見て雪はさらに笑みを深め、変わりに現場を見ていた祐一が溜め息を吐いていたのが印象的だった。

 それからヘイズは、七瀬雪、黒沢祐一、そして後から知り合ったリチャード・ペンウッドと親交を深めていった。

 

 後に知り合ったリチャード・ペンウッドは、メンバーの中では戦闘が得意な方ではなく、技術面に特化している人物だった。メンバーの中で、唯一、デバイスマイスターの資格を持ち、医学の知識も豊富な頼れる人物であった。

 玉に瑕なのが、説明するのが好きなのだが、話しが長くなりがちで、やや説教のようになってしまうことであった。

 だが、技術者としての腕前は超一流であり、雪と祐一が使用しているデバイスを作成したのもリチャードである。

 また、頭が切れることもあり、このメンバーの中ではアドバイスをすることが多い。

 

 七瀬雪は明るく前向きで、とても綺麗な女性だった。

 そしてそれとはまた別に、魔導師として圧倒的な力の持ち主であった雪は、その実力から管理局員たちからは敬意を、犯罪者たちからは畏怖を込めて、《紅蓮の魔女》と呼ばれ、管理局内でも指折りの実力者であった。

 刀身が真紅に染め上げられた騎士剣型デバイスである《紅蓮》を携え戦闘を行う姿が名前の由来となっている。

 また、祐一とは幼い頃からの付き合いで、お互いに相思相愛の仲であった。

 

 そして、黒沢祐一。

 ヘイズが対戦したもう一人の人物であり、雪と同じく圧倒的な力を持つ魔導師である。

 漆黒の黒髪に、一般よりも身長の高いヘイズよりもさらに頭一つ分は高く、鋭い目付きも相まって威圧感を感じる人物ではあったが、話してみると常識人で優しい面もあることから、同じ部隊の中でヘイズが一番仲良くしていた人物であった。

 また、ヘイズは祐一に敗北したことと、その威風堂々とした祐一の姿を見て、「旦那」と呼び慕っていた。祐一は軽く嫌がっていたが……。

 そんなメンバーが集まり、慌ただしく騒がしい生活がヘイズにとっては心地よかった。

 だが、そんな心地よかった生活も終わりを向かえた。

 

 ――部隊の中心であった、《紅蓮の魔女》七瀬雪の"死"によって……。

 

 そして、祐一は管理局を辞め、ヘイズとリチャードの前から姿を消した。また、その後を追うようにヘイズも管理局を辞め、リチャードも部隊を離れた。

 仲が良かったメンバーはちりじりになり、ヘイズは現在やっている《運び屋》を始めたのだ。

 

 ◆

 

「――とまぁ、こんなことがあったわけだ」

 

 そこまで話すと、ヘイズは静かに息を吐いた。軽い口調で話しをしているヘイズであるが、その瞳には深い悲しみが宿っていた。

 

「だから、今、俺がおいそれと手を出していい状況でもねぇんだよ。折角、旦那が前を向こうとしてるんだからよ」

『そうですか。……私のマスターはあなたですから、マスターの決定には従います』

 

 ハリーのいつもどおりの言葉を聞き、ヘイズは苦笑を浮かべた。

 そして、深く腰掛けた椅子から体勢を整えつつ、ヘイズは続けて口を開く。

 

「まぁ、とは言ったものの、いくら旦那の気持ちを尊重するといってもだ。流石に旦那が駄目だった場合に地球が滅びるってのはな。とりあえず、警戒だけはしておこう。そして、もしものときは、俺たちでやるぞ」

『了解しました』

 

 ヘイズがそう話すと、もう聞くことはなくなったのか何も言わなくなった。

 そんなハリーに感謝しつつ、ヘイズは心の中で《闇の書》に吸収されてしまった祐一のことを考える。

 

(――頼むぜ、旦那。あんたはこんなところで終わるような人じゃねぇだろ)

 

 負けるんじゃねぇぜと、ヘイズはモニターを見つめながら、そう祈っていた。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をお願いします。


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vs 《闇の書》 ④

投稿します。
とてもお久しぶりです。
なかなか話しが進まないですが。。。
楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。


 祐一とフェイトが《闇の書》に吸収された後も、なのはは壮絶な戦闘を繰り広げていた。

 現在、なのはは闇の書との戦闘を繰り広げながら、市街地から海鳴の海上へと戦闘の場を移していた。

 

「アクセル……ッ!」

 

 なのはは空中を飛翔しながら、魔力弾を闇の書へと撃ち放つ。

 

「何度やっても同じことだ」

 

 しかし、なのはの放った攻撃は、闇の書に苦も無く防がれてしまう。このようなやり取りを、なのはは数回続けていた。

 

(やっぱり、生半可な攻撃じゃあ相手にダメージを与えられない)

 

 攻撃を防がれ、高速で飛翔する自分を負ってくる闇の書に目をやりながら、なのははそう考える。

 だが、考えているだけで対抗策は見出せず、自分の魔力と時間を無駄に浪費していることになのはは悔しげに表情を歪める。

 

(それに、このままじゃあわたしがやられなくても地球が崩壊してしまう……)

 

 高速で海上を飛翔する中、なのはは周囲を見渡しながらそう思っていた。

 平常時であれば綺麗に見えるはずの海が、今は闇の書の暴走の影響から、そこかしこに岩が隆起しており、それが地球の崩壊の予兆であるかのように見えた。

 

(相手は今までにないほどの強敵で、時間をあんまり掛けてると地球が崩壊する。……ほんとに考えれば考えるほど、最悪の状況だよね)

 

 そう考えながら、自分の背後から迫る闇の書の攻撃を、なのはは持ち前の空戦技術で寸前のところで回避する。

 

(リンディ提督やクロノくんたちも待ってたら来るんだろうけど、たぶん、まだしばらくは来ない)

 

 闇の書と戦闘が始まってから、リンディたちと連絡が取れなくなってかなりの時間が経っている。そのため、なのははリンディたちも何かしらの対策を考えていると思っているが、闇の書が張った結界もあることから、助けはまだ来ないだろうと考えていた。

 

(今ここにいるのはわたしだけ……なら、やっぱり、わたしだけでなんとかするしかない)

 

 さらに迫る闇の書の攻撃をなのはは全てギリギリのところで回避するが、何発か魔力弾が体を霞め、僅かに体に走った痛みに表情を歪めた。

 

(だけど、わたし一人でできるのかな……?)

 

 苛烈になりつつある闇の書の攻撃になのはの心が僅かに折れそうになる。

 だが、そんななのはの頭に祐一から言われた言葉が過ぎった。

 

 ――お前ならやれる。信じろ、自分の力を。

 

 その言葉を思い出し、なのははレイジングハートを持つ両手に力を込めた。

 

(そうだ。信じるんだ。祐一お兄さんが信じてくれたわたしの力と祐一お兄さんとフェイトちゃんを……)

 

 なのはは空中で回転しつつ、闇の書の攻撃を回避しながら魔力を集める。

 

「わたしが、やるんだっ!」

 

 回転する自身の体をレイジングハートのサポートで制御しつつ、なのはは瞬時にレイジングハートをバスターモードへと切り替え、その先端を闇の書へと向けた。

 闇の書はそんななのはの行動を見て、僅かに表情を変える。それは、今まで追っているだけであった相手が急に自身へと牙を向けてきたからに他ならない。

 瞬時に闇の書はなのはを追うために上げていた速度を落とし、その攻撃に備える。

 

「ディバインバスター!」

 

 なのはの声が周囲に響くと同時に、レイジングハートから桃色の閃光が闇の書目掛けて撃ち放たれた。

 そして、それが闇の書へと当たると爆発とともに周囲に轟音と響き渡った。

 

「これなら……」

 

 なのはは肩で息をしながら、使用したカートリッジを換えながら闇の書がいた方向をじっと見つめる。

 

(手応えは確かにあったけど、これで終わるような相手じゃないよね)

 

 油断なく闇の書がいた方をじっと見つめながら、なのははそう思っていた。

 すると、そんななのはの考えを読み取ったかのように爆煙の中から紫色の魔力弾がなのはへと放たれた。

 

「くっ!?」

 

 心の中でやっぱりと思いながら、なのははその場から移動することで攻撃を回避する。

 そして、魔力弾に追従するように、闇の書もなのは目掛けて突進してきた。その姿には特にダメージを負っているようには確認できなかった。

 

(やっぱり、こんな攻撃じゃ……っ!?)

 

 なのはは自分の攻撃が相手にほとんど通じていなかったことに、悔しげに表情を歪めた。

 そして、そんななのはを余所に闇の書はまたも逃げるなのはへと追いすがる。

 なのはの桃色の魔力弾と闇の書の漆黒の魔力弾が交錯し、隆起している岩礁がその余波で爆発する。その戦闘は激しさを増していく。

 しばらくの間、闇の書がなのはを追い、それをなのはが迎撃するという始めと同じ構図が続いたが、その均衡が崩れた。

 

(しまっ……)

 

 今まで闇の書の攻撃を寸前んのところで回避していたなのはが、少しの遅れで障壁を張ってそれを防いだ。

 そして、その硬直時間だけで闇の書には十分だった。

 

「捕まえたぞ」

「っ!?」

 

 障壁を張ったなのはに接近し、闇の書は右手をなのはの方へと向ける。

 

「撃ち貫け」

 

 一瞬で右手に魔力を集め、それをなのは目掛けて放った。

 

「きゃあぁぁっ!」

 

 寸前のところで再度障壁を張ったが、なのはは闇の書の攻撃によって吹き飛ばされ、その勢いのまま、海へと墜落した。

 

「…………」

 

 それを見届けた闇の書は、なのはが落ちた場所を空中から黙ったままじっと見つめていた。

 なのははその間に海中を移動し、隆起した岩場の影に身を潜めた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 肩で息を吐くなのはの体は、海に落ちたことからずぶ濡れで、また、再三にわたる闇の書の攻撃でバリアジャケットは破れ、その姿はボロボロとなっていた。

 しかし、そんな姿になってもなのはの瞳からは光は消えていなかった。

 

(マガジン残り三本、カートリッジ残り一八発……)

 

 なのははポケットを手で探り、マガジンを取り出すとレイジングハートへと装填すると、レイジングハートが明滅し、それに答えた。

 

(分かってたけど、さっきの攻撃で核心した。やっぱり生半可な攻撃じゃあ駄目だ。もっと思い切りの一発じゃないと……)

 

 なのははマガジンの装填が終わったレイジングハートを持つ手に力を込め、視線を闇の書へと向ける。

 そして、静かに息を吐いた。

 

「行こうか、レイジングハート」

『行きましょう、マスター』

 

 なのはの言葉に、レイジングハートは当然のように静かに答えた。そんないつものレイジングハートに力をもらいながら、なのははその場から飛翔する。

 そして、再び闇の書と相対する。

 

「出てこなければ、苦しい思いをしなくて済んだものを……」

「それは違うよ。ここで出ないと、わたしはさらに苦しい思いをすることになるんだよ」

「…………」

 

 そんな風に言葉を口にするなのはの表情には、僅かに笑みが浮かんでいた。

 闇の書は、そんななのはの表情を見て、僅かに眉を顰めた。

 

「……わからない。なぜ、貴様はこんなにも必死になる。黒衣の騎士を合わせた三人でも、この私に勝てなかったのだ。お前だけで勝てる可能性は皆無のはずだ」

「そうかもしれないね。だけど、ここで諦めたら本当に誰も救えない。あなたの主であるはやてちゃんも、いなくなってしまった祐一お兄さんも、フェイトちゃんも……」

 

 だから、となのははそこでレイジングハートを闇の書へと構えた。

 

「わたしは、諦めるわけにはいかないんだっ!」

「……そうか……ならば、お前はここで消えるがいい」

 

 そうして再び、なのはと闇の書の戦闘が再開された。

 

 ◆

 

 ――閃光。

 

 あれから、なのはと闇の書の戦闘は激しさを増していた。

 

 ――爆炎。

 

 なのはの砲撃が空中を裂き、闇の書の圧倒的な力が爆発する。

 そうして、幾たびも交錯し、互いの力をぶつけ合って数分が経過した。隆起した岩はいたるところが粉砕され、それが戦闘の激しさを物語っていた。

 

「っ!?」

 

 なのはが張った障壁に闇の書の攻撃が直撃し、轟音とともに辺りに粉塵が舞い上がった。

 その中から、闇の書の攻撃によってところどころ薄汚れているものの、致命的な怪我は負っていなかった。それだけでも、なのはの魔導師としての力量の高さが垣間見えた。

 しかし、それでもなお闇の書に決定的な一撃を加えることができていなかった。

 そんななのはの姿を闇の書は僅かに高い位置から、悠然と見下ろしながら静かに口を開いた。

 

「お前も、もう眠れ……」

「……いつかは眠るよ……」

 

 自分の方を見下ろしながら闇の書が投げ掛けてくる言葉を聞き、なのはは同じように静かに口を開いた。

 人はいつかは眠るもの。そんなことはなのはは百も承知だった。

 

(もう疲れたし、眠ってしまった方が楽なんだろうけど、それは違う)

 

 そう心の中で思い、なのはは息を静かに吐き、力強い瞳を闇の書へと向けた。

 

「だけどそれは、今じゃないっ!」

 

 自分を奮い立たせるように、なのはは叫ぶように声を上げる。それに呼応するように、レイジングハートも力強く光り輝いていた。

 そして、レイジングハートを両手で水平に構え、さらになのはは叫ぶ。

 

「エクセリオンモード――」

 

 続けて、カートリッジが立て続けに二発装填される。

 

「ドライブッ!!」

『イグニッション』

 

 そうなのはとレイジングハートの声が重なると同時に、二人の姿が変化する。

 薄汚れていたバリアジャケットは綺麗になり、ところどころ衣装が変わり、また、レイジングハートもいつものモードとは違うものとなっていた。

 

「悲しみも悪い夢も終わらせて見せるっ!」

 

 なのはの力強い叫びが周囲に響くと同時に、とてつもない魔力がなのはから溢れていた。

 

「…………」

 

 そんななのはを静かに見つめる闇の書は、特に感情を表に出すことなく、片腕を水平に上げる。

 すると、夥しい数の魔力弾が闇の書となのはの周りに展開された。

 しかし、そんな絶望的な状況にあって、なのははレイジングハートを振るい力強く声を上げる。

 

「わたしは、わたしたちはこんなところで終われない。だから、まだまだ付き合ってもらうよっ!」

 

 なのはの叫びと同時に、周囲に展開されていた魔力弾が一斉になのはへと殺到した。

 再び、轟音が周囲を支配し始めていた。

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をお願いします。


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フェイトが望んだ世界

投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


「……んっ……ここは……」

 

 フェイトはぼんやりとした思考で、視線だけをゆっくりと動かし、周囲を見渡した。

 天井を見ると、星の形をした模様が星座を現しており、また、その模様は暗がりだと薄く光って、子供が喜びそうな造りとなっていた。

 

(ここ、どこだろう……? 気のせいかな。少し、懐かしい感じがする……)

 

 ぼんやりとした思考のまま、フェイトはそんなことを感じていた。

 そして、しばらく時が経ち、次第にフェイトの思考も戻ってきた。

 フェイトは寝ていた体勢を起こし、改めて周囲を見渡した。そして、クリアになった頭の中で今、自分がどこにいるかを思い出してきた。

 

(……わたしが闇の書に攻撃を加えようとして、それで吸収されちゃったんだ。そして、わたしを助けるために祐一も……)

 

 フェイトはそこまで考えて、ハッと表情を変え、自分の周辺に祐一の魔力反応が無いことに落胆の表情を浮かべた。

 

(祐一のことだから、きっと、無事だよね……)

 

 フェイトは黒衣の青年の大きな背中を思い出しつつ、彼の無事を祈った。

 そうして、思考の渦から抜け出し、ふと今の自分の状況を思い出し、ベッドから降りようと手を突き、

 

(あれ……? 隣に誰か……っ!?)

 

 大きなベッドで自分といっしょに寝ている者たちに気付き、僅かに息を飲んだ。

 一匹は自分の使い魔であるアルフの子犬形態であったことから、そこまでの驚きはない。問題は、アルフを挟んで隣で寝ている"少女"だった。

 

「な、なんで……」

 

 あなたが、と思わず呟いたフェイトの視線の先にいた少女の顔立ちは、"フェイトと瓜二つ"だった。

 ありえるはずのない邂逅。"この少女"とフェイトは出会うはずがない運命なのだ。

 

 ――なぜなら、"この少女"が生きているのであれば、フェイトはこの世に生まれていなかったのだから。

 

「アリ、シア……」

 

 フェイトは、自分と瓜二つの少女――"アリシア・テスタロッサ"の名前を小さく呟いた。

 

(なんで、ここにアリシアがいるの……?)

 

 混乱するフェイトを余所に、アルフとアリシアは未だ眠ったままだ。

 フェイトは混乱しながらも、自分が置かれている状況を整理しようと思考を動かした。

 しかし、すぐにそれは中断されることになった。

 

「フェイト、アリシア、アルフ。そろそろ起きて下さい。朝ご飯の準備が出来ましたよ」

 

 そう部屋の扉を開けながら入ってきたのは、大人びた女性だった。

 そして、フェイトはその女性の姿を見て、さらに驚愕の表情を浮かべる。

 

「リニ、ス……?」

「はい。リニスですよ。おはようございます、フェイト」

 

 まだ寝ぼけていると思ったのか、リニスは部屋のカーテンを開けると、フェイトに笑顔を向けてきた。

 そんなリニスの笑顔を見て、フェイトは驚きながらも、二度と会えないと思っていたリニスと出会え、嬉しさを感じていた。

 

(だけど、なんでリニスが……?)

 

 フェイトは驚きながら、頭の中で考えを整理しようとするが、今の状況に対する色々な気持ちがない交ぜとなり、上手く考えをまとめることができなかった。

 

「? どうしたんですか、フェイト?」

 

 リニスがそんなフェイトの様子を不思議に思ったのか、首を傾げていたが、フェイトは心ここにあらずな状態となっていた。

 

「ふぁ~、おはよう、リニス」

「あ、おはようございます、アリシア」

「おはよ~リニス」

「アルフもおはようございます」

 

 リニスはフェイトの様子も気になっていたが、アリシアとアルフも目覚めたので、笑顔を浮かべながら挨拶を返した。

 

「フェイトもおはよう」

 

 リニスに挨拶をしたアリシアがフェイトにも笑顔で挨拶をしてきた。

 

「あ、おはよう」

「? どうしたの、フェイト……?」

 

 ぎこちなく挨拶を返したフェイトに、アリシアは僅かに小首を傾げた。

 その横でアルフは大きくあくびをした。

 

「う~眠い~」

 

 子犬形態であるため、自身の前足で顔を掻きながらアルフは、眠たげな声を上げる。

 

「もう、また二人とも夜更かししたんでしょ」

「ちょっとだけだよ~」

「ねぇ~」

 

 苦笑を浮かべつつ注意するリニスに、アリシアとアルフはそう言葉を返す。

 すると、リニスは苦笑を微笑みに変えながら口を開いた。

 

「もう。少しは早寝早起きのフェイトを見習ってほしいですね。アリシアは"お姉さん"なんですから」

「むぅ~」

 

 リニスのそんな物言いに、アリシアは可愛らしく頬を膨らませる。

 そんなやり取りをフェイトは、複雑な気持ちで見つめていた。

 

「あ、リニス……」

「はい。なんですか、フェイト」

 

 思わずといった感じで、フェイトはリニスを呼んでしまったが、そんなフェイトにもリニスは微笑みを浮かべながら、言葉を返した。

 そんなリニスの反応を見た後、フェイトは少しだけ恐々とアリシアの方へと視線を向ける。

 

「アリシア……」

「うんっ」

 

 呟くように名前を呼んだフェイトに、アリシアは笑顔で頷きを返した。

 そして、フェイトはアリシア、リニス、そしてアルフに視線を向けた後、今、自分が知りたいことを聞いてみることにした。

 

「あの、わたしのバルディッシュは……?」

「ばるでぃっしゅ……?」

「なにそれ?」

「な、なにって……じゃ、じゃあ、祐一は……?」

 

 立て続けに何事かを言っているフェイトの言葉を聞きながらも、アリシアとアルフはフェイトを不思議そうな顔で見つめていた。

 

(やっぱり、この世界は闇の書が作り出したものなんだね)

 

 薄々感じていたが、この世界は本物の世界ではなく、闇の書によって作られた世界なのだとフェイトは思っていた。

 そうフェイトが考え事をしていると、リニスが苦笑を浮かべながら口を開いた。

 

「ふぅ~先ほど言ったことは訂正しないといけませんね。今日はフェイトもお寝坊さんのようです」

 

 リニスはやれやれ、という風に首を振ると、

 

「二人は早く着替えて、朝ご飯にしましょう。中庭で"プレシア"も待っていますから」

「っ!?」

 

 リニスの言葉に、フェイトは思わずビクッと体を震わせた。

 

「母さん……」

 

 フェイトはもう二度と会うことはないと思っていた、自分の母親の顔を思い浮かべながら、思わず胸に手を当てていた。

 

 ◆

 

(やっぱり、ここは《時の庭園》――わたしが暮らしていた場所)

 

 フェイトは周囲を見回し、緑豊かな懐かしい風景に込み上げてくるものを感じた。

 今、フェイトはリニスたちとともに、自分とアリシアの母親であるプレシア・テスタロッサが待っているという、中庭へと歩みを進めていた。

 先頭を歩くのはリニス。フェイトやアリシアたちに合わせるようにゆっくりと歩みを進めながら、たまに後ろへと振り返り、フェイトたちの様子を見ては、優しげに微笑んでいた。

 先頭のリニスに続くのは、アルフと元気よく走ったり止まったりしているアリシアだ。こちらもたまにフェイトの方へと視線を向けると、微笑みを浮かべてフェイトの名前を呼んできたりした。

 そんなリニス、アリシア、アルフの姿を最後尾から眺めながら、フェイトの心は戸惑いと、自身が望んでいたものに幸福を感じてもいた。

 

(ここには、アリシアがいて、リニスもいて、アルフもいる)

 

 そして、とフェイトが向けた視線の先、腰まであろうかという長髪の女性が中庭の椅子に腰掛けていた。

 

「……母さん……」

 

 フェイトは誰にも聞こえないほどの声で、静かに呟いた。

 そんなフェイトには気付かないアリシアは、先頭を歩いていたリニスを駆け足で追い抜き、プレシアの下へと向かった。

 

「ママ、おはようっ」

「おはよう」

 

 元気なアリシアの挨拶に、プレシアは優しげな表情で挨拶を返した。

 このような表情のプレシアをフェイトは、僅かしか見たことはなかった。

 

「おはよ~」

「おはよう、アルフ」

「プレシア、困りましたよ。明日は嵐になるかもしれません」

「……? どうしたの、フェイト」

 

 苦笑を浮かべながら、そう言葉を口にするリニスの話しを聞きながら、プレシアは首を傾げながら、視線をフェイトへと向けた。

 しかし、その表情は優しげで、フェイトが数えるほどしか見たことのないプレシアの姿だった。そのせいもあるのだろう、フェイトは思わず、立っていた柱の影に隠れてしまう。

 

「どうやら怖い夢でも見たようで、今が夢か幻か何かだと思ってるみたいですよ」

「勉強のしすぎとか?」

 

 リニスは、フェイトが怯えている理由をそう解釈し、アリシアはそこまで心配していないのか、席に着きながら、そんなことを口にした。

 そんな二人の言葉を聞き、プレシアは未だに隠れているフェイトへと両腕を広げた。

 

「いらっしゃい、フェイト」

「…………」

 

 そんな風に優しく微笑みを浮かべるプレシアに、フェイトは観念したようにそちらへと近づいてく。

 

(わたしは、こんな優しい母さんは知らない。こんな母さんは……)

 

 フェイトはプレシアの前まで来たものの、自身が知っているプレシアの姿とは違うプレシアにと目を合わせることが出来なかった。

 

「怖い夢でも見たのね」

 

 そう口にしながら、プレシアは手を伸ばし、フェイトに頬を優しく触れた。

 

「っ!?」

 

 フェイトは思わず、その手を避けるように後ずさった。

 

(あっ……)

 

 フェイトはしまったというように、表情を歪めたが、それでもプレシアは静かに笑みを浮かべいた。

 

「大丈夫よ。母さんもアリシアもリニスも、みんなあなたの側にいるわ。だから、大丈夫」

「あっ……」

 

 プレシアの優しい言葉を聞き、フェイトは思わず声を上げた。

 フェイトが知っているプレシアは、こんなにも優しく声を掛けてくれることはなかったからだ。フェイトが知っているプレシアは、ひたすらに自分に厳しく、優しげな表情を浮かべることなどなかった。

 今のプレシアは、まさにフェイトが望んでいた優しい母親そのものだった。

 

「さぁ、席に着いて、朝ご飯をいただきましょう」

 

 プレシアの言葉に、フェイトは黙ったまま席に着いた。

 

(……違う。これは夢だ。母さんはわたしにこんな風に笑顔を向けることなんてなかった。それに、アリシアもリニスだって、もうこの世にはいない。……だけど、これは……)

 

 黙ったまま、フェイトは瞳を動かした。

 そのフェイトの瞳には、優しげに微笑を浮かべながら話しをするプレシアとその話しを聞きながら同じように微笑みを浮かべているアリシア、さらにそんなみんなに給仕をしながら話しを聞いているリニスとおいしそうに朝食を食べているアルフの姿があった。

 

(……わたしが、ずっと、望んでいた時間だ)

 

 フェイトが望んでやまなかった優しい"家族"との何気ない一時。こんな普通の家庭にあるような時間が、フェイトはずっと望んでいた。

 そう思うと、フェイトの瞳には涙が浮かび始めていた。

 

(何度も、何度も、夢に見た時間だ)

 

 堰を切ったように、フェイトの瞳からは涙がポロポロと零れ落ちていく。そんなフェイトの様子を見て、みんな心配そうにフェイトへと寄り添って声を掛けるが、今のフェイトには聞こえていなかった。

 フェイトは、幼子のように零れる涙を拭いながら、しばらくの間、泣き続けた。

 

 ◆

 

 しばらくの間、泣き続けたフェイトはようやく落ち着きを取り戻し、朝食を取った後、ここが落ち着くからという理由で、中庭にある大きな木に寄りかかって空を見上げていた。

 そんな落ち着きを取り戻したフェイトを見て、少しだけ安心したのかプレシアとリニスは、フェイトとアリシアを残し、家の中へと入っていった。二人ともアリシアがいれば大丈夫だろうという気持ちになったようであった。

 そんな風に思われているとは露知らず、アリシアは部屋から持ってきた本を地面へと広げ、芝生に寝転がりながらそれを読んでいた。

 フェイトはそんなアリシアを見て少しだけ微笑むと、また空へと視線を戻した。

 

「……あれ? 雨、降りそうだね」

 

 アリシアの言葉どおり、空には濃い雲が空を満たし始め、まだ音は遠いが雷も鳴り始めていた。

 

「フェイト、帰ろう?」

 

 アリシアは寝転がっていた芝生から体を起こし、服に付いていた葉を払いながらフェイトへと声を掛けた。

 しかし、しばらく経ってもフェイトからは返事はなく、眉を顰めながらそちらへと視線を向けると、フェイトは変わらず空を見上げていた。

 

「フェイト……?」

「アリシア、わたしは、まだしばらくここにいるよ」

「そうなの? ……じゃあ、わたしも」

 

 そんなフェイトの言葉を聞き、アリシアは本を手に持ちフェイトが背を預けている木に同じように座った。

 

「いっしょに、雨宿り」

 

 アリシアの言葉が示すとおり、雨が降り始めた。そんなことも楽しいのか、アリシアの声は弾んでいた。

 立派な木が雨から二人を守るように、雨粒を跳ね返す音だけが周囲に響く。フェイトとアリシアに言葉はなく、ただ、雨音だけが大きな音を立てていた。

 

 二人はしばらくの間、そうしていたが、フェイトが意を決したようにアリシアへと声を掛けた。

 

「ねぇ、アリシア。……これは、夢、なんだよね……?」

「…………」

 

 フェイトの言葉に、アリシアは無言。フェイトもアリシアの方へは視線を向けず、一人で話しをしているかのようであった。

 しかし、それでもフェイトは言葉を紡いでいく。

 

「わたしとあなたは同じ世界にいない。あなたが生きていたら、わたしは生まれなかった」

「……そうだね」

「母さんもわたしにはあんなに優しくは……」

「ううん。それは違うよ、フェイト」

 

 フェイトの言葉を遮るように、アリシアが言葉を返す。

 

「確かに、初めはそうだったかもしれない。……だけど、ママは確かにフェイトを愛してたよ」

 

 アリシアの言葉を聞き、フェイトはプレシアが虚数空間へと落ちていく間際に言った言葉を思い出していた。

 

 ――フェイト、本当は私、あなたのことが大好きだったのよ。

 

 そう最後に言い残し、プレシアはこの世を去った。

 

「そう、だね。母さんは最後にはわたしを愛してくれた」

「うん。だけど、"あの人"は優しすぎたんだ。……だから、わたしが死んでしまって、心が壊れてしまった」

「……うん」

 

 最後はフェイトのことを愛してくれたかもしれないが、それまでのプレシアには狂気があった。優しいが故に、あそこまで心が壊れてしまった。

 

「ねぇ、フェイト。夢でもいいじゃない。ここにいよう」

 

 アリシアがフェイトへと、そう声を掛ける。それはとても甘美な言葉だった。

 

「ここでなら、わたしも生きていられる。フェイトのお姉さんでいられる。母さんとリニスとアルフ、みんなでいっしょにいられるんだよ? フェイトが欲しかった幸せ、みんなあげるよ」

 

 その言葉に、フェイトの心は確かに揺れた。

 

(わたしの、欲しかった幸せ。母さんがいて、アリシアいて、リニスがいて、アルフがいる幸せな世界……)

 

 確かにこんなに幸せな世界は、これ以上ないだろうと、フェイトは心の中で思った。

 

(だけど……それでもこれは"夢"だ。わたしの現実は、生きている世界は、ここじゃない)

 

 そう心の中で反芻し、フェイトはアリシアの言葉に静かに首を横に振った。

 

「ごめん、アリシア。やっぱり、わたしはここにはいられない。……わたしは行かなくちゃ」

 

 自然と涙を零しながら自身の想いを口にしたフェイトに、アリシアは寂しげな表情を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべて、握っていた手をフェイトへと差し出した。

 その手には、フェイトのデバイスであるバルディッシュがあった。

 

「うん、わかってたんだけどね。フェイトならきっと、"そっち"を選ぶんだろうって」

 

 微笑みを浮かべながら、そう話すアリシアにフェイトはたまらず涙を零す。

 ごめんね、と泣きながら告げるフェイトをアリシアはその小さな体でフェイトを抱きしめる。すると、フェイトはさらに大粒の涙を零しながら、口を開いた。

 

「ありがとう。……ごめんね、アリシア」

 

 そんなフェイトを抱きしめながら、あやすようにトントンとアリシアは優しく背中を叩いた。

 

「いいよ。だって、わたしはフェイトのお姉ちゃんなんだから」

 

 そんなアリシアの言葉を聞きながらも、フェイトは涙を零し続けていた。

 

「それに、待ってるんでしょ。優しくて、強い友達と、大切な人が……」

「……うん……」

 

 アリシアを抱きしめながら、フェイトは静かに、しかししっかりと頷いた。そんなフェイトを見て、アリシアはさらに笑みを深める。

 

「だったら、いってらっしゃい」

「……うん。ありがとう、アリシア」

 

 フェイトがお礼の言葉を述べると、アリシアの体が光輝き始めた。

 

「現実でも、フェイトとこんな風にお話したり、いろいろしてみたかったなぁ」

 

 そして、その言葉を最後に、アリシア・テスタロッサはこの世から姿を消した。

 

「ありがとう、アリシア」

 

 フェイトはまるでアリシアがその場にいるように、両腕を抱きしめた。

 

「いってきます」

 

 そして、今まで泣いていたのが嘘のように、力強い瞳でそう言葉を口にし、その場を後にした。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をお願いします。


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祐一が望んだ世界①

1年ぶりに投稿します。
ちょっとだけ生活にも慣れてきたので、投稿します。
ただ、久しぶり過ぎて内容が微妙かもしれませんが。。。

しかし、それでも読んでくれる方は楽しんで頂ければ幸いです。

では、どうぞ。


 ――フェイトが過去と向き合っていた頃、同じように《闇の書》へと吸収された祐一は未だ暗闇の中を彷徨っていた。

 

(勇んで挑んだというのに、この体たらくとは……)

 

 祐一は自身の現状を考え、心の中で悔しげに思う。

 そんな風に考えながら、祐一は別れてしまった三人の少女の姿を思い浮かべた。

 

(なのはは、まだ戦っているのだろうか……?)

 

 祐一とフェイトが《闇の書》に吸収されてしまい、まともに戦闘ができるのはなのはだけとなっているはずだと、祐一は思っている。

 祐一、フェイト、そしてなのはの三人同時に戦ってもなお押し切れなかった相手に、今、なのはは一人で戦いを挑んでいる。そう思うと、自分のあまりの不甲斐なさに、自分を殴りつけてやりたくなってきた。

 

(いや、今はそんな無駄なことに労力を使うべきではない)

 

 しかし、すぐに祐一は冷静に考え、それは無駄なことだと考えを改めた。

 

(フェイトは俺と同じような状況になっているのだろうか……)

 

 心優しき金色の髪をした少女の姿を、祐一は思い浮かべた。

 《闇の書》に吸収されそうになったフェイトを助けようとして、祐一はその間に割って入ったが、それも徒労に終わり、結局フェイトと祐一が二人とも吸収されるという最悪の結末となってしまった。

 そのため、祐一とフェイトは似たような状況となっているはずだと、祐一は考えていた。

 

(フェイトもここからの脱出方法を考えているはずだ。それに俺も早くこの状況を打開しなければ、戻ってみたら全て終わっていたなど、笑い話にもならん)

 

 そうしてしばらくの間、この状況を打開するためにどうすればいいかを頭の中で考えてた。……が、結局は何も思い浮かばなかった。

 

(そもそも意識のみがはっきりしているだけで何もできないこの状況では、如何ともしがたいか……。いや、相手が何かアクションを起こしてくればなんとか……)

 

 そう祐一が考えていると、暗闇から引っ張られるような感覚があった。それはまるで夢から覚めるような感覚だった。

 

(……さて、鬼が出るか蛇が出るか。どちらにしてもただでは返してくれないのだろうな)

 

 祐一は意識の中で気合いを入れ直す。

 

(フェイト、なのは、そしてはやて……無事でいてくれ)

 

 思考がクリアになっていく中、祐一は別の場所で戦っている少女たちにエールを送った。

 

 ◆

 

 ――ゆ……い……――

 

(……誰か、いるのか?)

 

 まどろむ意識の中、祐一は僅かに誰かの声が聞こえるのを聞いた。

 

 ――ゆ……う……い……――

 

(また、か。俺を呼んでいるの、か……?)

 

 少しずつ意識がクリアになっていくのを祐一は感じていた。

 

 ――ゆう……いち……――

 

 どうやら、自分のことを呼んでいるようだと祐一が思ったと同時に、この声に懐かしさを感じた。

 

(……まさか、この声は……)

 

 聞こえてきた声を聞き、懐かしさ(・・・・)を覚えた祐一は一つの可能性に至り、戦慄した。

 

(……いるはずがない。分かっているだろう、黒沢祐一。"彼女"は俺の目の前で亡くなったのだから……)

 

 しかし、と祐一は段々とクリアになっていく頭と次第に動かせるようになってきた手を声が聞こえてきた方へと伸ばす。

 もし、"彼女"に会えるのならば、もう一度会いたいと思っている自分がいることに祐一は気付いていた。

 だからこそ、"彼女"の声が聞こえる方へと、祐一は手を伸ばし続ける。

 

(だが、もしも、もう一度、お前に会えるのなら、俺は……)

 

 祐一は手を伸ばし続け、そして――

 

 伸ばしたその手をふわりと別の誰かの手に包み込まれたのを感じた。それと同時に祐一の意識はクリアになっていき、ゆっくりと目を開ける。

 

「いい加減起きなさいよね、祐一」

 

 祐一に苦笑気味に声を掛けたのは、漆黒の長髪がよく似合う、まだ女性というには若すぎる美しい少女であった。

 その姿を祐一はよく知っている。

 

「ゆ、雪、なのか……?」

「……珍しいわね、祐一がボケてる」

 

 祐一が驚愕の表情でそう言葉を口にすると、黒髪の少女――七瀬雪はおかしそうに笑みを浮かべた。

 そんな雪の姿を見て、祐一は反射的に彼女を抱きしめた。

 

「わわっ!? ゆ、祐一、どうしたのよっ!?」

 

 そんな祐一の突然の抱擁に、雪は頬を赤く染めながら祐一へと声を掛けるが、祐一はそれでも雪を強く抱きしめた。

 

「祐一……?」

「…………」

 

 雪は祐一の名前を呼ぶが、祐一は何も答えず、雪を黙って抱きしめていた。

 そして、雪もそんな祐一に観念したのか、何も言わずに祐一の背中に腕を回し、子供をあやす様に祐一の背中を優しく叩いた。

 

 ◆

 

「落ち着いた、祐一?」

「……ああ。みっともない姿を見せてしまったな」

「ふふ、別にいいよ。祐一のこんな姿を見ることもないだろうしね」

 

 そう微笑みを浮かべながら話す雪を見て、バツが悪そうに祐一は頬を指で掻いた。

 しばらくの間、祐一と雪は黙っていたが、祐一が真剣な表情を浮かべながら口を開いた。

 

「……ここは、《闇の書》が俺の思い出から作り出した仮想の世界――そういうことだな?」

 

 自身を見つめながら口を開いた祐一を見つめ、雪は僅かに笑みを浮かべた。

 

「ホント、変わらないわね。すぐに核心をついてくるんだから、祐一は……」

「面白みのある人間ではないからな、俺は……」

「そういうことを言ってるんじゃないんだけど……まぁ、いっか」

 

 雪は笑みを浮かべながら、続けて口を開く。

 

「そう。ここは《闇の書》が作り出した仮想の世界。見えている風景もそうだし、この私もこの世界だけで見えている一種の幻覚ってわけ」

「俺のリンカーコアを吸収したから、か……」

 

 そう、と雪は祐一の言葉に頷きを返した。

 

「相変わらずだね、その理解力の高さは。祐一の想像通り、この仮想世界を形作っているのは、あなたの記憶。だから、今、ここにいる私も七瀬雪であって、七瀬雪じゃない」

 

 僅かに、雪は悲しげに表情を歪めた。

 

「……そう、か」

 

 祐一もそれはわかっていた。だからこそ、すぐにこの世界は仮想――いや、幻想だと断定したのだ。

 しかし、それでも、祐一はこの世界が幻想だったとしても、七瀬雪に会うことができて嬉しかった。例え偽物だったとしても、雪が悲しげな表情をしていることが祐一には辛かった。

 だが、祐一にはやることがある。祐一を待っている少女たちがいるのだ。

 

「……俺は、現実に戻らなければならない」

「……そう。私は七瀬雪じゃないかもしれないけど、この世界でならいっしょにいられるよ? それでもいくの? そんなにあの子たちが大事なの?」

「なのはとフェイトは地球、ひいては大事な人たちを守るために戦っている。はやても今は囚われているが、優しい子だ。こんなところで終わっていい子じゃない」

 

 祐一は拳に力を入れながら言葉を紡いでいく。

 

「……確かに、お前がいるこの世界は俺が求めていたものがあるのかもしれない。だが、それでは未来に進んでいない。あの子たちが未来に向かっているのに、俺がこのままここで立ち止まるわけにはいかないんだ」

 

 祐一の言葉を聞き、雪は少しの間目を閉じ、ゆっくりと目を開くと静かに口を開いた。

 

「……あなたの気持ちはよくわかったわ」

 

 そう言葉を口にする雪の瞳はじっと祐一を見つめていた。

 

「ならば――」

「だけど、そんな状態(・・・・・)で戻ったところで、あの子たちを救うことができるの?」

「……できるできないじゃない。やらなければいけないんだ」

 

 雪の言葉に、僅かに祐一は表情を歪めた。

 そんな祐一を見ても、雪は表情を変えずに言葉を続ける。

 

「そう。なら、なぜ祐一は本気(・・)を出してないのかしら?」

「……っ……違う。俺は、本気だ」

「嘘。祐一が本気ならこんなに簡単に《闇の書》に吸収されることもなかった。それに、八神はやてちゃんもこんなことにはならなかったはずだよ」

 

 雪の言葉に祐一はなのはたちの前では見せない表情を浮かべていた。

 悔しげに表情を歪めていたのだ。その表情から雪の言っていることは間違っていないと推測できた。

 そんな祐一の表情を見て、雪は悲しげな表情を浮かべた。

 

「……まぁ、でも、あなたをそんな風にしてしまったのは、他ならない私のせいなんだけどね」

「違うっ! 今の俺がこんな風になってしまったのは、俺が至らなかったからだ。決して雪のせいではない」

「そうかもしれない。……だけど、私自身(・・・)、責任を感じてるんだよ」

 

 祐一が今のようになってしまったのは、雪が亡くなってしまったからだ。

 雪は祐一が変わってしまったのは、自分のせいだと感じていた。だからこそ、今の祐一では《闇の書》に勝つことはできないと、雪は感じていた。

 

「今、現実世界に戻っても、今の祐一じゃ勝てないよ」

 

 だから、と雪は静かに息を吐き、眼差しを鋭くし、静かに告げる。

 

「――現実世界に戻っても祐一が苦しむだけだから、ここで私が終わりにしてあげるよ」

「なっ!? ふざけているのか、雪」

「ふざけてないよ。それに私は七瀬雪だけど、今は《闇の書》に作られた存在だから、その恩も返さないといけないしね」

「……俺を殺すのか?」

 

 祐一の言葉に雪は首を横に振った。

 

「私が祐一を殺せる(・・・・・・)わけないじゃない。とはいっても、このままじゃ埒が明かないからこうしましょう」

 

 雪はそういうと右手の人差し指を立て、祐一へと向ける。

 

「私と祐一が模擬戦をして、勝った方の言うことを一つ叶える、というのはどう?」

「聞かれても俺に選択権はないんだろう?」

「あら、ばれてたか」

 

 雪は少しだけいたずらっぽく笑みを浮かべた。

 そして、しばらく笑みを浮かべた後、またすぐに真剣な表情へと戻った。

 

「さて、じゃあ、早速始めましょうか。といっても、ここじゃあ戦えないから、場所を変えましょう」

 

 今、祐一と雪がいるのはかつて祐一が使用していた部屋であった。流石にこんな場所で戦闘は考えていないのか、雪はおもむろに立ち上がると、右手の指をパチンと鳴らした。

 すると、祐一たちがいる場所が急に変化した。

 

「……ここは、管理局にいた頃使っていた修練場か」

「そうだよ。やっぱり、私たちが戦うならここじゃないとね」

 

 この場所は祐一が言うとおり、二人が管理局にいた頃によく模擬戦を行っていた場所であり、二人にとっては縁のある場所だった。だからこそ、雪はここを選んだのだ。

 雪は体の動きを確かめるように、体をほぐしていく。

 

「さて、心の準備はいいかな、祐一」

「……ああ、もう覚悟は決めている」

 

 そういう二人の表情は対照的で、雪は不敵な笑みを浮かべており、まだ余裕の表情であるのに対し、祐一は覚悟を決めたからなのか、僅かに表情が強張っており、いつもの余裕は感じられなかった。この姿をもし、なのはたちが見ていたら驚愕していただろう。

 そして、二人はバリアジャケットを身に纏う。

 祐一の視線の先、目測で五メートルは離れた場所に立つ雪の姿は真紅のバリアジャケットを身に纏っていた。デザインは所々祐一のものと似ているところもあるが、遠目でもわかるほどに目立つ格好だった。

 

「ふふ、この格好も久しぶりだな」

 

 雪はそう言いながら、自身が身に纏ったバリアジャケットを撫でながら僅かに笑みを浮かべた。

 そして二人は同時に自分たちが持っていたデバイスを手元へと呼び出した。

 祐一はいつもどおり、紫色の騎士剣型デバイス《冥王六式》であるのに対し、雪のデバイスも同等のものであった。

 

「……紅蓮(・・)は使わないのか?」

「使わないっていうか、使えない(・・・・)んだよね。分かってるでしょ?」

「そうか、そうだったな」

 

 雪の言葉を聞き、祐一は静かに言葉を返した。

 

「まぁ、気にしなくていいよ。模擬戦のルールはわかってると思うけど、現状もてる全ての力を出し切ってOKだから」

「ああ、わかってるよ。昔と同じルールだからな」

 

 祐一の言葉を聞き、雪は一つ頷きを返すと、今までから顔つきが変わった。

 

「さて、お話はここまでだよ、祐一」

「……ああ」

 

 祐一は雪から発せられる覇気を感じ取り、騎士剣を持つ手に力を込めた。

 それを見て、雪は騎士剣を両手で持ち斜め下に構えた。

 

「――元管理局所属、七瀬雪、一等空尉」

「――元管理局所属、黒沢祐一、二等空尉」

 

 二人で静かに名乗りを上げ、

 

「いくわよ、祐一!」

「こい、雪!」

 

 《紅蓮の魔女》と《黒衣の騎士》の戦いの火蓋が切られた。

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などございましたら、指摘をよろしくお願いします。

次こそは早く更新したいです。
気長にお待ちください。


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祐一が望んだ世界②

 闇の書が作った仮想世界の修練場で向かい合う二人の男女がいる。

 

 少女の名は七瀬雪。かつて《紅蓮の魔女》と呼ばれ、管理局内外問わずその名を轟かせていた凄腕の魔導師。

 青年の名は黒沢祐一。かつて《紅蓮の魔女》の相棒として、彼女と同様に管理局内外では《黒衣の騎士》と呼ばれ、その名を轟かせていた魔導師。

 

 そんな二人が相対していた。

 

 雪は祐一を辛い現実世界に返させないため、祐一は現実世界で自分の帰りを待っているであろう少女たちを助けに行くため。

 お互いにゆずれない願いがあるため、二人は向き合っていた。

 

 すぐに始まるかと思っていた戦いは、静かなものとなっていた。

 祐一は自然体で右手に騎士剣《冥王六式》を持ち、冷静な表情で雪を見つめている。

 一方、祐一と相対する雪も右手に祐一と同じデバイスである騎士剣《冥王六式》を持ち、特に騎士剣を構えることなく、自然体で祐一を見つめていた。

 

(《闇の書》が俺の記憶を読み取って作り出した、七瀬雪。どれほどの力を持っているのか……)

 

 祐一はそう思い、静かに息を吐いた。

 

(いや、そんなことを考えるだけ無駄か。俺の記憶の中の雪であるならば、弱いはずがない)

 

 生前、祐一は雪とともに管理局員となる前、幾度となく訓練を一緒に行っていた。その頃から七瀬雪には魔導師として天賦の才の片鱗を見せていた。

 事実、祐一は局員時代の雪との模擬戦の戦績は数回勝ちを拾えたのみであった。

 

(だが、そんなことは関係ない。ここで雪に負けるようでは、なのはたちを救うことなどできないのだからな)

 

 祐一は静かに騎士剣を正眼に構える。これからお前を倒すという意思表示を込めての行動であった。

 

「どうしても戦うの?」

 

 祐一を見つめたまま、雪が問う。

 そんな雪の言葉を聞き、祐一は静かに首を縦に振る。

 

「どうしてもだ」

「そう。どうしてもなんだね」

 

 そして、雪は一度軽く深呼吸をし、

 

「なら、ここから先は言葉はいらないね」

 

 祐一とは違い、正眼に騎士剣は構えず、僅かに地面に騎士剣の切っ先が触れるぐらい距離をおいただけであった。

 

 ――そして、唐突に戦闘は始まった。

 

 まず最初に動いたのは祐一。

 

「ソニックムーブ」

 

 二流の魔導師であれば目視することも困難なスピードで雪の正面へと移動する。

 

「ふっ!」

 

 裂帛の声とともに祐一は上段に構えた騎士剣を雪に向けて振り下ろす。

 並みの魔導師であれば防ぎようのない力の篭った一撃だ。

 

「よっと」

 

 しかし、雪は軽い口調とともに祐一の上段からの一撃を自身の騎士剣を僅かに当てることによって受け流す。

 それを見ると同時に、祐一は足に力を込め後ろへと下がる。

 

「逃がさないわよ」

 

 雪はそれを見るや下段に騎士剣を構えたまま祐一へと肉薄し、騎士剣を祐一へ向けて振るった。

 

 ――下段から上段への鋭い斬撃。

 

 祐一は体を横に倒すことでそれを避ける。雪が振るった騎士剣が祐一の体ぎりぎりに通過し、祐一の耳には風切り音が聞こえた。

 

「はっ!」

 

 雪が大振りの一撃を放ったところで、いつもは声を上げることのない祐一が裂帛の気合いとともに上段からの一撃を雪へと振るった。

 

(体勢の整っていない今、この一撃、避けれないだろうっ!)

 

 自分が避ける素振りをすれば、必ず雪はそれを追い、大振りの一撃を放ってくるだろうと、祐一は核心していた。

 

 ――それ故のカウンターの一撃。いかに《紅蓮の魔女》といえど、当たってしまえばダメージを必至。

 

(俺はこんなところで立ち止まるわけにはいかない)

 

 そう思っている祐一は自分では気づいていないが、心の中で焦りを覚えている。いくら取り繕い冷静になっていたとしても、かつて、己の恋人でもあり、最愛の女性でもあった雪の姿を見て、平然としていられるわけもない。

 そして、外では大切な少女たちが戦っている。

 そんな中、いつものように冷静でいられるほど、祐一も大人ではなかった。

 

 ――故にその渾身の一撃は《紅蓮の魔女》には届かない。

 

「……それじゃあ、わたしには届かないよ」

 

 雪がそう呟いたと同時に祐一は腕に衝撃を感じた。

 

「……っ!?」

 

 いつも冷静な祐一の表情が驚愕に歪む。

 祐一の視線の先には片手で騎士剣を持ち、もう片方の拳を下段から振り抜いた雪の姿があった。

 それを見た祐一は自分の迂闊さにさらに表情を歪ませる。

 下段からの一撃は隙と見せかけての雪の陽動だった。鮮やかではあるものの、普段の祐一であれば気づいていたかもしれない攻撃であった。

 

 ――そして、その隙を《紅蓮の魔女》が見逃すはずもない。

 

「業炎――」

 

 静かに透き通る声を響かせ、雪が腰だめに騎士剣を構える。

 

(剣で受け止める……いや、間に合わんッ!? 魔力で防御するしかないッ!)

 

 雪の拳の一撃によって、今の状態では騎士剣で防御は無理だと判断し、祐一は瞬時に魔力を張りめぐらせる。

 焦る祐一の眼前で、紅蓮の炎を刀身に纏わせた雪がゆっくりと視線を上げる。

 

「一閃ッ!」

 

 裂帛の声と同時に放たれたのは、《紅蓮の魔女》の横薙ぎの一撃。刀身に炎を纏わせ攻撃力を上乗せした、雪が《紅蓮の魔女》と呼ばれる所以の一撃。

 

「プロテクションッ!」

 

 そんな一撃を祐一は真っ向から受け止める。

 

(……っ!? なんて圧力だっ!)

 

 祐一は雪の攻撃を受け止め、額から汗を流していた。今、祐一に一撃を与えようとしているのは、かつての最強騎士である《紅蓮の魔女》七瀬雪。その力はかつて祐一が身に染みて感じたままであった。

 そんな攻撃を受け、祐一が張ったプロテクションが軋みを上げはじめていた。

 

「っ!? ぐっ……」

 

 雪の攻撃を受け止めたままの体勢で祐一は苦悶の表情を浮かべる。そして、さらにプロテクションが軋みを上げひび割れていく。

 そんな祐一を雪は悲しげな瞳で見つめていた。

 

「駄目、全然、ダメだよ、祐一……」

 

 言葉とともに雪の両手にさらに力が込められる。

 

「あなたの覚悟はその程度なの? あの子達があんなにも頑張っているのに、あの子達を守ると誓ったあなたの力が、その程度なの……?」

 

 祐一と雪の魔力の衝突で轟音が周囲に響く中でも、雪の言葉は祐一にしっかりと聞こえていた。そんなことを話す雪の表情は、その内容と同じく悲しみに歪んでいた。

 

「なぜ今、そんな話をする? 何が、目的だ?」

 

 雪の攻撃を防ぎながら、祐一はわざわざ言葉を返す。

 

「別に目的はないよ。だた、あなたの覚悟が聞きたいだけ」

「俺の、覚悟だと……?」

「そう、覚悟。あの子達は、今この瞬間、友達を助けようと必死で頑張ってる。それこそ命懸けでね。だけど、あなたは……?」

「……俺とて、あの子達と同じ気持ちだ。はやてを救い、なのはやフェイトも守ってみせ――」

「うん、それは知ってる」

 

 祐一の言葉を雪は遮った。その声には僅かに怒りも含まれていた。

 

「確かに、祐一の今の気持ちに嘘偽りがないことは私もよく分かってる。だけど――」

 

 雪の視線が鋭くなり、雪が騎士剣に纏わせている紅蓮の炎が強くなる。

 

「まだ、あなたは心のどこかで過去縛られている」

「……っ!? そんなことは――」

「ないと言えるの? 今の私にも勝てない(・・・・・・・)あなたが……」

 

 雪の言葉に祐一は声を詰まらせる。

 

「自分でも分かってるんでしょ? 今のあなたが、今の私に勝てないはずないんだから……」

 

 そんなことはないと、祐一は声を上げようとしたが、のどに何かが詰まったように声が出なかった。

 

「今の私に勝てないようじゃあ、ここから出たところで結果は見えてる」

 

 だから、と雪は息を大きく吸い、

 

「ここで終わりにしよう、祐一」

 

 雪がその言葉を口にしたと同時に、祐一が何とか抑えていた雪の攻撃が一気に圧力を増した。

 

「ぐっ!?」

 

 その攻撃にたまらず祐一は呻くように声を上げた。

 そして、その攻撃に今まで耐えていた障壁が限界を迎えた。

 

「イグニッション!」

 

 障壁が砕ける音と同時に、雪の声が周囲に響いた。

 そして、炎を纏った騎士剣を祐一へと叩きつけた。

 

「が……っ!?」

 

 轟音が響く。

 腹部への強烈な一撃が祐一へと突き刺さり、祐一は弾丸のごとく壁へと吹き飛ばされた。

 

「ふぅ……」

 

 雪は一度息を吐き、炎と衝撃の余波で舞い上がった砂塵を振り払うように騎士剣を振った。

 視界が晴れた雪の視線の先には、崩れた壁とそこに倒れ伏す祐一の姿があった。

 

(本気の私の一撃。いくら祐一でも、もう起き上がれないでしょうね)

 

 冷静に分析しながら、悲しげな表情を浮かべながら倒れ伏す祐一を見つめていた。

 

「祐一、あなたは十分に戦って、悲しくて辛い想いをたくさん経験してきた。だからもう、休もう? あなたがこれ以上辛い想いをする必要はない」

 

 この言葉が、今この場にいる七瀬雪の嘘偽りのないものであった。

 祐一の記憶をもとに《闇の書》に作られた仮想の人格ではあるが、その気持ちは本物だった。《紅蓮の魔女》としての強さだけではなく、自分の恋人であった祐一を想いも引き継がれていたから。

 

「私にとって大事なのはあなただけよ、祐一。あの子達のことは知らないし、それ以外がどうなろうと関係ない。これ以上、あなたが辛い想いをしないようにするだけ……」

 

 そう話す雪の表情は、やはり悲しげに歪んでいた。

 そして、今もなお倒れ伏す祐一の下へと歩みを進める。

 

「終わりだよ、祐一。今のあなたでは――誰も守ることなんて、できないのだから……」

 

 ――もう終わり。

 

 ――あなたでは誰も守れない。

 

 そう静かに《紅蓮の魔女》は呟いていた。

 

 ◆

 

 その言葉は、倒れ伏す祐一の耳にもしっかりと聞こえていた。

 

(……あぁ、もう、終わり、なのか)

 

 朦朧とする意識の中、祐一は雪の言葉を反芻する。

 雪の強烈な一撃を受け、すでに祐一の体はボロボロな状態。腹部の痛みから肋骨が何本か折れてしまっているのが分かる。

 

(ざまぁない。なのはたちに啖呵を切って、この体たらくとは、な……)

 

 なのはたちを守ると誓い彼女たちの下へと戻ってきたというのに、何も出来ず自分はこの場に倒れている。

 

(その理由は分かっている。言われなくとも知っている。俺が未だに過去を引きずっているからだ。最愛の女性も守れず、俺だけが生きながらえてしまったからだ)

 

 祐一の最愛の女性であった《紅蓮の魔女》――七瀬雪はこの世にはいない。その最後を祐一はこの目で確かに見ていた。何もできず、ただ見ていることしかできなかった。

 

(そんな役立たずは死んだ方がマシだ)

 

 ずっと、そう思って生きてきた。なぜ己だけが生き残ったのか、なぜ雪は死ななければならなかったのか。

 

 ――自分があのとき死んでいればよかったと、どれほど思っていたか。

 

 しかし、それでも――

 

(俺は醜態を晒してなお、それでもなお、生きながらえている)

 

 それはなぜか?

 

(自分の命が惜しい?)

 

 否。

 

(死ぬのが怖い?)

 

 否。

 

 では、なぜ、自分は生き続けているのか?

 

(――決まっている。もう、同じ過ちを繰り返したくはないからだ)

 

 再び、祐一の心に火が灯り、拳に力を込める。

 

(雪が死んだのは俺のせいだ。……だが、それで後を追うようでは、それこそ俺は雪に殺されてしまう)

 

 そんなことを想い、祐一は倒れたまま僅かに笑みを浮かべる。

 

(このままここで寝ていることが、俺のやりたかったことなのか? ――断じて否だ!)

 

 祐一は痛む体に力を入れ、上体を起こす。

 

(雪が死に何もかも諦めていた俺に希望を与えてくれた。そんな彼女たちが、家族や友人が住んでいる世界を救うべく戦っている。それなのに……)

 

 祐一は静かに目を開き、騎士剣を杖変わりにして立ち上がった。

 祐一の眼前には驚いた表情で固まっている雪の姿があった。

 

「こんなところで寝てるわけには、いかんのだっ!」

 

 祐一は立ち上がり裂帛の気合いとともに声を上げる。

 その声に呼応するように祐一の体から魔力がほとばしり、周囲を揺るがした。

 そんな祐一の姿を雪は驚いた表情で見つめていたが、平静を取り戻し静かに口を開く。

 

「なんだか、吹っ切れたみたいだね」

「完全に吹っ切ったわけではないがな。ただ、今やるべきことを全力でやるだけだ」

 

 そっか、と雪は僅かに笑みを浮かべた後、すぐに真剣な表情へと戻る。

 

「でも、そんな満身創痍な状態で私に勝てると思っているの?」

「ああ。……もう、手加減はなし(・・・・・・)だ」

 

 祐一は手に持っていた騎士剣型のデバイスである《冥王六式》を待機状態へと戻し、ポケットへと仕舞った。

 そして、いつも首に掛けていた剣型のアクセサリーをその手に持った。

 

「起きろ、紅蓮(・・)

 

 そう祐一が呟くと、

 

『……はい、マスター祐一』

 

 それに答えるように、どこからともなく声が聞こえてきた。それは祐一が持っている剣型のアクセサリーから発せられていた。

 

「久しぶりだな、紅蓮」

『本当に久しぶりですね、マスター祐一』

 

 祐一と流暢に会話をするのは、剣型のアクセサリーに模したインテリジェントデバイスである《紅蓮》――かつて、《紅蓮の魔女》七瀬雪の相棒であった。

 

『わたしを起こしたということは、過去を乗り越えたのですか?』

「全てではないがな。ただ、いつまでも過去を引きずっているようでは駄目だと思ってな」

『なるほど。数奇な運命ですが、あなたもお久しぶりです、マスター雪』

「……うん。ほんとに久しぶりだね、紅蓮」

 

 紅蓮の言葉に雪は僅かに笑みを浮かべた。

 

『しかし、あなたがここに存在しているということは、ここは現実の世界では無いということですか。なるほど、状況は理解致しました』

「ああ。この状況を打破するため、お前の力を俺に貸してほしい」

『その言葉をわたしは長らくお待ちしていました。わたしはあなたのデバイスです。あなたがそれを望むのであれば、いくらでも力になります。例え、相手がわたしの元マスターであったとしても……』

「そうか。……ありがとう、紅蓮」

『当然です。あなたはわたしのマスターなのですから』

 

 紅蓮の言葉に祐一は笑みを浮かべる。

 こんなにも頼もしい相棒が自分には居たのだと。そのことをとても嬉しく感じていた。

 

『しかし、あなたも相当な怪我を負っています。長期戦は今後のことも考えると、とてもよろしくありません』

「ああ。だから……」

 

 ――短期決戦だ。

 

 そう祐一が静かに言い放つと同時に待機状態であった紅蓮が戦闘状態へと切り替わった。

 それはまさに紅蓮と呼ぶに相応しい姿であった。

 全体を真紅に染め上げた騎士剣。長身の祐一が持っていてなお、その刀身の長さが目を引いた。《冥王六式》と同様の形状の騎士剣であるが、それよりもさらに長い刀身であり、《冥王六式》からは感じられない、力強さが感じられた。

 

 そして、紅蓮を持つ祐一にも変化が見られていた。

 紅蓮を開放したことで今まで抑えていた魔力が十全に扱えるようになったため、並みの魔導師であれば気絶してしまうほどの魔力を雪は感じていた。

 

(……流石だね、祐一)

 

 そんな祐一を見て、思わず雪は笑みを浮かべた。

 そして、祐一は体の感覚を確かめるように拳を握り、静かに息を吐いた。

 

「全開は久しぶりだ。体がなかなかついてこないな」

『そこは慣らしていくしかありません』

「そうだな」

 

 そんなやり取りを紅蓮とした後、祐一は雪に視線を合わせる。

 

「すまない。待たせたな」

「別に構わないよ」

 

 祐一の言葉に雪は気軽に言葉を返す。

 そんないつもどおりな雪に祐一は少し笑みを浮かべた。

 

「もう時間もない。決着をつけよう」

「そうだね」

 

 二人はそう言葉を交わし、どちらともなく騎士剣を構える。

 

「さぁ、未来を掴むために私を越えていきなさい」

「ああ。望むところだ」

 

 そうして、《黒衣の騎士》と《紅蓮の魔女》の最後の戦いの火蓋が切って落とされた。




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