「ギャンか、それともゲルググか、それが問題だ」次期主力MS選定レポート (ダイスケ@異世界コンサル(株))
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第1話 呼び戻された男
ギャンとゲルググの次期主力MS選定試験に、ジオン軍内部はてんやわんや。
人も死んでいます。そこへ巻き込まれた不運な主人公の奮闘と意思決定の手腕にご注目ください。
新型MSは出ませんが、有名人はちょくちょく出ます。
宇宙歴0078年
人類が宇宙を生活の場とするようになってから一世紀が経とうとしていた。
増えすぎた人類の経済活動により地球は環境汚染が進み、人類はその生存の場所を宇宙へと移すことになる。
成長した子供の手足が入りきらないように、人類はその歴史の舞台を地球から宇宙へと飛躍する時代が来た、とも言える。
とはいえ母なる故郷を離れ人類社会を挙げての集団移民には、多くの軋轢があった。悲劇があった。そして矛盾があった。
人類の富の多くを握るごく少数の「超富裕層〈エスタブリッシュメント〉」は安楽な地上を離れることを由とせず、地球環境安定化の管理者と称し持たざる者達が追放された豊かな大地を独占した。
また、地球連邦政府も同じ理由で立法、行政、司法の機能とそれを支える多くの高級官僚達を地球上に残したことは、後世に至るまで「少数の選ばれし地球市民と棄てられた宇宙移民」の構造を作り出したものとして批難を免れないであろう。
宇宙移民初期の莫大な投資と開発の狂騒の夢が覚めると、そこには1%の地上に残った貴族達と99%の暗黒の宇宙に捨てられた奴隷という現実が誰の目にも見えるようになっていた。
莫大な開発投資は高額なコロニー税となり移民達に降りかかってくる。
宇宙という過酷な環境では、ただ生きていくだけでも金がかかる。
水資源は貴重であり浄化して再使用される。すると浄化に税がかかる。
大地にあたるコロニーの外壁は宇宙線とデブリで痛むため補修が欠かせない。
なので外壁修理の税がかかる。
空気も宇宙では限られた資源だ。複雑に張り巡らされた巨大なエアコントロールシステムがコロニー内の空気をかき回し、回収し、浄化する。また税がかかる。
つまりは、息をするだけでも税金がかかるのだ。
こうした資本家達の「正当な投資の回収」という名目で生存そのものにかけられた税の数々は宇宙移民の怒りを買った。
少し経済状態が悪くなれば、その日の空気にもこと欠くようになった宇宙市民たちが恨みと憎しみの目で青く豊かな地球を独占する貴族達をみるようになるまでに時間はかからなかった。
時代の空気は宇宙移民の貧困と怒りを糧に、その内圧を高めつつあった・・・。
◇ ◇ ◇ ◇
「・・・ねえ、聞いてるの?アランったら?」
「あ、ああ聞いているとも、ビクトリア。すまない、少し通信が乱れてたみたいだ」
アランは映像電話に映る豪奢な赤い髪の女性に、とっさに思い付いた言い訳をした。
とはいえ、映像が遅延しているのは事実でもある。
ビクトリアが話しているロンドンと、アランが滞在するサイド3のホテルとは数十万kmの距離がある。
優先特権で遠距離通信回線に割り込めるとはいえ、光の速さを変えることは例えザビ家でもできない相談だ。
「本当に、お仕事は断れないの?あなたにはロンドンの方が似合ってるのに」
「そのことは何度も話し合ったろう?とにかく大きな話で会社の上層部も断れなかったんだ。数日もすれば戻れるさ」
婚約者と話している最中だというのに気に障る信号音が映像電話への小さな画像の割り込みを知らせてくる。
「ああ、行かないと。愛してるよ、ビクトリア」
「私もよ、アラン。あなたの癖っ毛が恋しいわ」
アランが苦笑しながら映像を切り替えると、オリーブ色の制服を着た男性の姿が大写しになった。
「参謀本部よりお迎えに参りました、アラン様」
「ああ」
細身のきっちりとしたスーツに身を包んだアランは迎えに返事をすると、ゆっくりとネクタイを直しながら腰をソファーから立ち上がった。
◇ ◇ ◇ ◇
アランが滞在する高級ホテルから、この国の政治・経済の中心までは直線距離でたかだか10数分に過ぎない。たかが数キロの距離を完全防弾の高級車で移動する、という滑稽さにアランは口の端を皮肉げに歪めた。
地球ならジョギングで走る距離だな、と不躾な感想をいだくアランを乗せた黒い高級電気自動車<エレカ>はサイド3ズム・シティのメインストリートを誰にも邪魔されることなく静かに走り抜けた。
正面入り口から、目的の人物に会うまでに5回の検問と3回の身体検査があった。
それがアランの現在の身分であり、問題の人物からの信頼度を端的に示していた。
こちらです、と示された巨大な執務室には、ズム・シティを一望できる巨大な防弾ガラスが壁一面に嵌め込まれ、その外光を遮るように細身のシルエットを黒い軍服に身を包み灰色の髪をした姿勢の良い若い男が立っていた
「よく来たな、アラン」
IQ200を越える天才。サイド3を中心とする宇宙移民達の若き指導者。
そして戦乱へと向かう時代の空気の体現者。
実質的な宇宙の最高権力者、ギレン・ザビである。
「久しぶりだね、義兄さん」
アランは表情を変えないよう苦労しつつ応えた。
というわけで、書きはじめました。
なろうでは内政ものを書いて市販もされています。
でもね、思い付いたから商売にはならないけどガンダムが書きたかったんです・・・
感想をいただけると嬉しいです
79年→78年に修正
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第2話 貴様が4人目だ
この時代、人類は過半がサイドと呼ばれる宇宙コロニーへと生活の場を写していた。
月と地球の間の重力均衡点、いわゆるラグランジェ・ポイントには多数の宇宙コロニーが建設され、建設の順にサイド1、サイド2と連番で呼ばれることになった。
現在はサイド7が建設の最中にある。
アランは、後のジオン公国となるサイド3で生まれた。
サイド建設を手掛ける鉱山会社の役員の息子として、7歳上の姉ともども宇宙市民としては十分以上に裕福に育った、と言えるだろう。
高い教育をうけ、真っ直ぐに育ったアランは年頃の少年がそうであるように、ごく自然に外の世界に憧れ、留学先に地球を選んだ。
地球には超富裕層と高級官僚の子弟達が通う高度な寄宿制の教育機関があり、アランもそのコースを辿ることになった。
この時代、地球からは汚染物質を排出するエネルギー産業や製造業は駆逐されており、残るのは官僚と金融だけとなっている。
アランは宇宙出身者ということで差別の恐れがある連邦政府の高級官僚試験は受けず、ロンドンに残る金融街へと自身のキャリアを修正した。
そうして裕福な宇宙市民、金融街のエリートとして一定のキャリアを積みつつあった彼の前に突然の嵐を呼び込んだのは金箔捺された豪華な装丁の手紙だった。
「姉さんが婚約?ザビ家の一族と?」
サイド3に残してきた姉のマリアンヌが、サイド3の有力者であるザビ家の次男と婚約した、との知らせだった。
当時のアランはサイド3の鉱山セクターを担当するには利益相反の可能性がある、ということで別の産業部門の分析を担当しており、また長年の地上暮らしでサイド3の政治事情に疎くなっていたこともあって、単純な良縁として姉の婚約を喜んだ。
多くの地球市民がそうであったように、アランも地球連邦と宇宙の各サイドの関係については楽観視していたためである。
地球は宇宙に多くの投資を行っており、宇宙移民達はそのお陰で暮らせている。
多少の不満があったとしても、それはいつの時代も存在する不平屋の戯言であり、大多数の移民は平和の果実を享受している。
それが、果樹園を独占的に支配する地球市民の一般的な認識であり、限界というものであったろう。
アランは地球で遣り甲斐のある仕事につき、美しい婚約者と大きな家に住んで、週末には豊かな自然に繰り出す生活に何の疑問も抱いていなかった。
そんな穏やかで順風満帆なアランの生活を一変させる事件が起きる。
「サスロ義兄さんが暗殺!?」
第一報を受け取ったのは、役員室で今後のルナ・チタニウム合金生産量について鉄鋼業セクターの見通しについて説明していたときである。
慌てて携帯端末で姉に連絡を取ろうとしたアランだったが、政府による通信封鎖に直面し繋がらない画面を睨み付けるしかできなかった。
親族の関係者という立場と様々なコネとカネの双方を駆使してようやく連絡をつけることができたのは、事件から半日近くが経ってからのことだった。
姉はショックを受けているが怪我もなく身体的には異常がない、とのことで一応は安堵したアランだったが、表面上は平穏に見える地球連邦と宇宙市民の対立の実態には、その楽観的な認識を改めざるを得ず独自に専門技能を生かして調査を開始した。
そうして何事もなく数年が過ぎた。
◇ ◇ ◇ ◇
「戦争になりますね。少なくとも、ジオンはそのつもりです」
金融業には情報が集まってくる。
鉱石の算出量、エネルギー生産量、輸送船や人員の動き、債権や資金の移動を多角的に分析した結果、アランが辿り着いた結論がそれだった。
上層部は、アランの結論を一蹴した。
サイド3は鉱山開発に莫大な資金を投じている。造船業でも輸送船を発注し、機械工業では掘削機械の部品を多く注文している。
貿易ができなければ、サイド3の経済は立ち行かない。戦争などするわけがない。
アランは平和ボケした老人達の認識に舌打ちする思いだった。
ばかな。鉱山開発にこれだけ多くの資金が必要なものか。絶対になにか別の巨大な構造物を建設しているに違いない。あるコロニーの住人がまとめて異動するとの情報もある。
それに造船業といいながら、最終の艤装はサイド3の秘密の造船所で行っている。他のサイドに注文しているのは、推進器などのガワだけだ。
鉱山の採掘も装甲材に必要なレアメタルの採掘量が全体の採掘量に比較して不自然に延びていない。鉱山事故のためということだが、信じられるものか。
木星船団からの地球輸出分の核融合燃料も遅れている。
木星と地球圏を往復する巨大輸送船は地球資本だが、船員の補充と機材のメンテナンスはサイド3で行っている。
燃料を大量に必要する何かが、そこにあるのだ。
「そこまで言うのなら実際に見てきたらどうかね」
「は?なんと?」
何度も上申するアランに業を煮やしたのか、年老いた役員は百パーセント作りものの笑顔で言い渡した。
「君はサイド3出身だったね。里帰りも兼ねて一度視察してきてはどうかね」
現在のサイド3は政治的な扮装地帯である。その渦中に関係者を送り出そうという命令は異常としか言いようがない。
「サイド3はわが社にとっても大口の大切な顧客だよ。有望な人員を派遣して欲しいとの要請があってね。ちょうどいいじゃないか」
こうしてアランは、安逸な地球のオフィスから政争渦巻く宇宙の辺境へと赴くことになったのである。
◇ ◇ ◇ ◇
場面は冒頭の出会いへと戻る。
サイド3 ズム・シティ 総統オフィスにて、アランはザビ家の実質的な独裁者と対面を果たしていた。
「久しいな。どれくらいになるかな」
「そうですね。義兄様の葬儀以来ですから。10年近くになりますか」
「そうか。そうだな。あれから多くのことがあった」
少し俯き加減に目を閉じた若き独裁者をアランはうろんに見つめた。
議会を無力化し、ザビ家で権勢を独占するのに忙しかったのか?
心に浮かんだ皮肉を、アランは賢明にも口から出る前に打ち消した。
目の前に立つ若い男は、年齢こそアランに近いものの全能に近い権力を持っている。
一市民に過ぎないアランなど、少し機嫌を損ねた程度の理由で真空の宇宙空間に放り出されてもおかしくない。
実際、市民の間には「ギレン総帥の部屋には外部の宇宙空間に通じる粛清用の秘密の落とし穴がある」などと噂があるのをアランは掴んでいる。
代わりに彼の口から出たのは「本日の訪問の用件は」という実務的な言葉だった。
この男と形式上の親族ではあっても、長く言葉を交わす気にはなれなかったからでもある。
「うむ。貴様にやってもらいたいことができた。我が軍の次期主力モビルスーツの選定だ。民間で貴様が身に付けた識見を生かしてもらいたい」
独裁者は言いたいことだけをいうと、再び壁面のガラスから街を見下ろす作業に戻った。
「ま・・・待ってください!モビルスーツ?それに次期主力?自分は市場の分析では専門家として自負はありますが、兵器となると素人です!」
「だが、ザビ家の系譜ではある」と、独裁者は言葉を続けた。
「今、ザビ家は2つに割れておってな。あらゆるところにキシリアとドズルの奴の息がかかっている。内部の者の言うことは信用できんのでな」
「それなら、外部の専門家を雇えばいいではありませんか」アランは言い募る。
「貴様で4人目だ」それが、独裁者の答えだった。
「・・・は?」
「前任者2名が事故死。1名が睡眠中に病死した。ザビ家のものであれば、連中も手は出すまい。私は正確な情報が必要なのだ。期待している」
「しかし、私は地球の企業から出張の身で・・・」
「そちらの経営陣から許可はとっている。無期限出向だそうだ。以上だ。私は忙しい」
自分は売られたのだ、とアランが悟ったときには遅く、自失のうちに独裁者との会見は終了していた。
辞めてやる。ぜったいに辞めてやる。
帰りの高級車のなかで癖っ毛をかきむしりながら固く決心したアランだったが、滞在先の高級ホテルにまで完全武装した警護が数人つけられる段になり、かえって冷静になった。
アランは専門家ではなかったが、ギレン総帥の口調からサイド3のモビルスーツとやらは最高レベルの機密であることは想像できた。
さらに全軍が真っ二つに割れるほどの次期主力モビルスーツ選定に関わっているともなれば、例え仕事を辞めたとしても生きて地球に帰ることができるは思えない。
現に、これまで3人が死んでいる。
それも表沙汰になっているのが3人ということであって、影ではその10倍の人死にが出ていても不思議はない。
「まいったな・・・ビクトリア・・・・」
自分はいったい何に巻き込まれのだ。
面会したときのギレンの酷薄な下唇と三白眼を思い出し、アランは身震いした。
感想等いただけると続きが頑張れますw
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第3話 ジーク・ジオン
「そんなわけでビクトリア、しばらく地球には戻れそうにないよ」
「・・・それは・・・残念ね・・・」
映像通話の向こうの婚約者は、不自然なほど間を置いた後に悲しげに視線を伏せた。
遠距離通信によるタイムラグとは異なる不自然さは、リアルタイムの検閲による影響だ。
ソフトウェアで削除された発言と映像を自然な形で欠損を補ってはいるが、ジオンのものは連邦製のそれと比較して精度が低いのか、間接的にアランに検閲の存在を教える結果となっている。
独裁国家の長距離通信が検閲されていないはずがないよな、とアランは頭の片隅で諦めと共に納得する。
そういえば宇宙製のソフトは地球製と比べて出来が悪い、と同僚が嘆いていたような。
戦争が始まれば、この手のソフトウェアの優劣の差が勝負を決める、というのはあり得ることだ。
もっとも、ソフトウェア以前に国力、つまりハードウェアの生産力の時点でジオンは連邦とは数十倍とのレポートが出ており、そもそも比較にはならないのだから、アランの懸念は杞憂に過ぎない、と地球の上司達は嘲笑するだろう。
それに対しアランはかなりの時間を割いて、今やジオン公国と名乗るに至ったサイド3がどれだけ本気で戦争の準備をしているか上司に訴えようとしてきた。
だが、それでもこのサイドで人々が醸し出す戦争の雰囲気に比べれば、甚だ認識が甘かった、と言わざるを得ない。
ローカルニュースではザビ家の三男がいかに親しみの持てる存在か繰り返し流され、連邦が宇宙の移民達をどれだけ搾取してきたか、地球の金持ち達がどれだけ自分達の富を浪費し安楽な暮らしをしているか、怒りを込めてコメンテーターが語る番組が人気を泊している。
性質の悪いことに、後半のそれは多くが事実に基づくだけに移民達の公憤を掻き立てる。
なにしろ、地球の連中は大地に突然穴があく恐怖に怯えることもなく、好きなだけ胸一杯の新鮮な空気を吸い、綺麗な水を浴びることができるのだから!
その上、少し表面を引っ掻くだけで無限に生産される作物が実る豊かな土地を独占している連中なのだ。
ズム・シティのメイン通りには旧世紀の軍隊を模した軍服を着てキビキビと闊歩する青年達と、それを称える市民達が何かの熱に浮かされるように「宇宙市民の地球からの独立」を繰り返し叫ぶ。
少し大きな建物のホールや壁には「宇宙精神のシンボル」としてジオン・ズム・ダイクンの胸像や肖像画が飾られている。
驚いたのは、アランが軟禁されている高級ホテルのレストランにおいてさえ、ことあるごとに身なりの良い紳士淑女が立ち上がり「宇宙移民独立万歳!ジーク・ジオン!」とワイングラスを掲げるのだ。
酔っている。
このコロニー、ことによると、このサイド全体の数億の人々が、宇宙移民の独立というザビ家が掲げる夢に酔っている。
ザビ家は、煽り立てた人々の夢を実現するために10年も前から走り出している。
もうすぐ、戦争になる。
アランの抱くそれは、予想ではなく、強い確信だった。
◇ ◇ ◇ ◇
アランは、ギレンの依頼を地球の顧客との調整を口実に保留し続けていた。
今日で5日になる。護衛の兵士や連絡官の様子からも、引き延ばし工作はそろそろ限界だろう。
各所に連絡をつけてどうにかサイド3からの脱出を図りたいところだったが、周囲の警護の厳しさと通信検閲のせいで思うように進んでいない。
アランの焦燥は募る一方だった。
その日も、アランは日課となったビクトリアとの映像通信を行っていた。
ザビ家は不思議なことに家族との連絡については寛大であり、それに紛れてビクトリアに何かの符号を送ろうか、などと埒もないことを思い付かないでもなかったが、育ちの良いビクトリアにそうした機知を求めるのは難しかったし、そもそも検閲ソフトが粗雑な合図など無効化するに違いなかった。
「どうだいビクトリア、地中海の太陽は?」
「とてもいいわよ。あなたと一緒に来たかったわ」
アランがいないクリスマス休暇は気が滅入る、というのでビクトリアは叔母の住む南フランスへと来ていた。
地中海の太陽は冬のロンドンよりも遥かに強烈で、彼女の美しい赤毛を輝かせていた。
彼女はいまだにアランが普通の仕事で宇宙に来ている、と信じて疑っていないように見える。
たしかに毎日話ができているし、この程度の出張は何度もあったことではある。
「そうだな。帰ったら一緒に旅行しよう。オーストラリアなんかいいんじゃないかな。今はちょうど南半球は夏だし・・・ビクトリア?」
映像通信が唐突に切れた。
それまで普通に写っていた画面には「サービスを中断しています。しばらくお待ちください」という文字が写るだけだ。
しばらく待ってみたが、復旧する様子がない。
「太陽フレアの影響かな・・・」
今日の宇宙予報を見逃したのかもしれない。
仕方ない。今年の新年は一人寂しくホテルで過ごすとするか。
ふと、ホテルの窓から通りを見下ろすと新年を祝おうとする大勢の人々が外へ繰り出し灯りを掲げ、光の絨毯を作り出していた。
こうして遠目に見ると、宇宙移民も地球も人間の暮らしに変わりはない。
ただ幸せに生き、子を育て家族や友人達と暮らしていきたいだけなのだ。
そのときアランは、宇宙と地球の間に立ってなにかできることはないか、などと、らしからぬ幻想に浸っていた。
だが幻想的な光景の魔力はそこまでだった。
突然、光の絨毯の中央に黒い染みができると、それが各所に広がり、光の絨毯が千切れていく。
通りに出ていた人々が、早足で通りから去っているのだ。それも一斉に。
低い地鳴りが、人々の叫び声が聞こえる。
暴動か。それとも事件か。
「・・・だ」
「・・・じまった!」
「せ・・・ク・・・!!」
距離が遠すぎるのと、人々の声が重なりすぎて何を言っているのかわからない。
たまらず、アランは護衛の兵士を振りきるようにロビーまでかけ降りると、そこにも何かに興奮した人々の群れで溢れていた。
「いったいなんです?何があったんですか?」
「・・・ですよ!」
アランは手近の紳士を捕まえて尋ねたが、周囲の音が大きくてよく聞こえない。
「すみません!もう少し大きな声でお願いします!」
初老の紳士は興奮に顔を紅潮させ声を張り上げて教えてくれた。
「戦争ですよ!ついに独立戦争が始まったんです!宇宙移民万歳!ジーク・ジオン!!」
とりあえずプロットはできているので、書き続けます。
引き続き感想をいただけると嬉しいです。
返信は遅れるかもしれませが、目を通しています。
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第4話 1月3日「開戦」
続きは今夜中にあげます。
宇宙歴0079年1月3日
「我がジオン公国は卑劣なる地球連邦政府に対し宣戦を布告。両政府は戦争状態に突入せり」
ズム・シティの各所に設けられた映像装置やスピーカーからは、繰り返し同じ内容のニュースが流され続けていた。
もう何度目かもわからない放送になるが、そのたびに顔を紅潮させた市民たちは「スペースノイド独立万歳!ジーク・ジオン!」と拳を振り上げた。
「・・・くそっ!"我らが忠勇なる兵士諸君"や"軍神ドズル閣下率いる宇宙攻撃軍公国艦隊の活躍"は要らん、地球の状態はどうなってるんだ!」
アランは苛立ちのあまり画面に拳を叩きつけるのを辛うじて自制した。
遠距離通信は戦争中のため当然のように軍の統制下で封鎖されており、さりとて外出は実質的な軟禁状態にあるので不可能となれば、垂れ流される戦争報道ニュースを追いかけるぐらいしかやることがない。
だが報道ニュースといいながら、内容は稚拙なプロパガンダでしかなかった。
独裁国家はジャーナリズムによる批判を許容しない。
結果として国営放送は「我が軍の新兵器にかかれば連邦軍の宇宙戦艦など鎧袖一触である」とか「他のサイドの市民がジオン公国の決起と機を同じくして立ち上がる可能性は」などサイド3の外の事情やコロニー経済の実態を知っているものからすれば噴飯ものの内容を大真面目に語る出来の悪いコメディードラマの様相を呈していた。
そんな酷い放送だとわかっていても、少しでも地球の事情が伺えるのではないか、と目を皿のようにしてアランは画面を眺め続けていた。
状況が変わったのは夜中になってからだ。
ローカルニュースが続々とジオン公国軍の勝報を流し始めたのだ。
「キシリア中将閣下率いる戦略防衛軍月方面艦隊は地球連邦軍月面艦隊を撃滅し月面都市グラナダの占領に成功せり!」
「同時に突撃機動軍艦隊により地球連邦軍艦隊を撃滅!サイド1、サイド2、サイド4の解放と現政権の降伏を確認した模様!我が軍の勝利、大勝利です!!大勝利です!!今夜、人類の歴史が変わりました!地球の時代は終わります!これからは宇宙移民達の時代です!スペースノイド万歳!ジーク・ジオン!!」
原稿を読み上げる男性のアナウンサーは感極まったのか涙を流し最後はかすれ声になっていた。
勝利の報に興奮したのはアナウンサーだけではなかった。戦時中で夜間外出禁止令が出ているというのに感情を爆発させた多くの市民達が、先日は新年を祝ったばかりの大通りに飛び出して「スペースノイド万歳!ジーク・ジオン!」「地球連邦政府を倒せ!スペースノイド万歳!」と拳を振り上げ行進を始めた。
警備兵達も群衆と肩を組んで国家を歌い、通りを練り歩いた。
ジオン国民は積年の復讐を果たした勝利の美酒に酔いしれていた。
「初戦は勝てるだろうさ。初戦はな」
一方で、アランは、そうした群衆の興奮とは無縁だった。
彼は地球に長くいたために連邦政府の腐敗も上層部の無能もよくよく知り抜いていたし、地球連邦軍がどれだけ戦争に対して油断していたのかも知っていた。
だから戦争の序盤にジオン軍が勝利を挙げることは、なんら不思議ではなかった。
ジオンにとっての正念場はここからだ、とアランは見ている。
地球連邦軍が各サイドに置いているのは小規模な警備部隊に過ぎない。
本命の宇宙艦隊は、ほとんど無傷で残っているはずだ。
今は混乱しているだろうが、数日、おそらく1週間以内に体制を立て直して決戦を挑んでくるだろう。
そうなれば、数に劣るジオン軍艦隊の敗けだ。
「この戦争は1週間で終わる」
ジオンが負ければこの境遇からも解放されるだろう。
一刻も早くビクトリアに会いたい。
外の喧騒から切り離されたホテルの一室に軟禁されたアランの胸に去来するのは、赤毛の美しい婚約者の姿だけだった。
組織、新兵器、予算の問題を扱っているため以降は固有名詞が増えてきます。
また、各種設定資料になかったり相互に矛盾する内容があった場合には話を分かりやすくするために、敢えて無視する場合もあります。予めご了承ください。
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第5話 1月10日「新兵器」
次の話も今夜中にあげられたら・・・そろそろタイトルの話にいきますので
いましばらくお待ちください
宇宙歴0079年1月10日
ジオン公国の宣戦布告から1週間が経過した。
アランは依然としてズム・シティの高級ホテルに軟禁、有り体に言えば放置されていた。
戦争が始まったのだ。アラン一人のことなど構っている暇がないのだろう。
ニュースでは初日ほどの大戦果はないものの、各サイドや月面の抵抗勢力を撃破した、との勝報が何度も伝えられた。全ての戦勝報告を素直に受けとれば、いまだに地球連邦政府が城下の盟を誓っていないのが不思議なほどだ。
人々の関心は、勝って当たり前のジオン軍全体の戦果から、より顔の見える戦争勝利の立役者の情報を欲するようになった。
最初に取り上げられたのはザビ家の3将帥だった。
ドズル、キシリア、ガルマのザビ家将帥達の有能な指揮と奮闘ぶりを称える記事やニュースが取り上げられたが、一部の視聴者の人気が若いガルマ将軍に集中しすぎたことや政府からの通達もあって自粛されるようになった。
次に標的になったのは新兵器を操るパイロット達だった。
どこから流出したのか士官学校時代の写真がニュースに流れ、若い彼らの奮闘はプロパガンダ放送内に専門のコーナーが作られるほどの人気を博し、一部のパイロットは若い娘達からアイドル並みの人気を得ている、とも言われている。
「新兵器が一機で宇宙戦艦を撃沈だと?バカバカしい」
アランは目論見が外れた苛立ちもあって、男女の若いアナウンサーが軽薄な笑みを浮かべて垂れ流すだけの放送内容に毒づいていた。
新兵器とやらは、ギレン総帥が言っていたモビルスーツとやらで間違いないだろう。
宇宙服だか作業機械だか知らないが、素人向けの稚拙なプロパガンダだ。
宇宙戦艦の装甲は超高速で宇宙を飛び交うデブリなどものともしない厚さを誇り、何十にも分けられた気密区画をコントロールすることで長距離ミサイルやビームの砲撃にも数発は耐えるだけの生存性を持っている。それをたかだか1人が操縦するスーツとやらで撃沈できるはずがない。
戦艦は簡単に沈むようにはできていないのだ。
それにしても、連邦軍の動きが鈍い。
アランの苛立ちの種は、そこにある。
いくらなんでも、そろそろ初戦の衝撃から立ち直ってもいい頃だ。
「・・・ここで臨時ニュースをお伝えいたします」
突然、映像が切り替わり固い表情のアナウンサーの姿が大写しになった。
「軍の発表によりますと、我が軍は地球圏打撃のための特別作戦"ブリティッシュ作戦"を実施。大質量の特殊弾頭を用いて地球圏の複数の都市に大打撃を与えることに成功しました。繰り返します・・・」
ホテルのロビーから「スペースノイド万歳!ジーク・ジオン!」「アースノイドめ、ざまあ見ろ!」と叫ぶ人々の声がくもぐって聞こえてくる。
アランはその日、自分の血の気が引く音をはじめて聞いた。
◇ ◇ ◇ ◇
いったいどの都市が被害を受けたのか。どの程度の被害を受けたのか。
ロンドンは無事なのか。
半狂乱になったアランは婚約者の無事を確かめるべく、何とか情報を得ようとやむを得ず公国軍総司令部に連絡を取った。
だが、厳しい情報統制の前にいくらザビ家といっても末席で軍の階級もない人間には全く情報が回ってこない。アランは肩を落として司令部を後にせざるを得なかった。
翌日、サイド3と並ぶ経済力を誇るサイド6が中立を宣言した、とのニュースが入ってきた。
戦争初日のジオン軍の攻撃により降伏したサイド1、2、4に続いて4つ目のサイドの実質的な地球連邦体制からの離脱である。
宇宙コロニーが7つのサイドに分散して建設されており、サイド7が未だ建設途上であることを思えば、観光地のサイド5を除く、ほとんど全ての宇宙コロニーのスペースノイドはジオン公国の勢力圏に入ったと言っても良いだろう。
連邦が立ち直らなければ、このままジオンが押しきることもあり得る。
アランの脳裏からは数日前までの楽観論はすっかり消えていた。
どうも連邦軍には何かが起こっているらしい。この期に及んでの責任の擦り付け合いや派閥による足の引っ張り合いか。
それとも・・・アランはもう一つの可能性に思い当たり戦慄した。
ひょっとするとジオン軍が喧伝する新兵器とやらが、本当に強力な代物だったのではないだろうか?
もしも件の新兵器が戦局を塗り替えるだけの存在であるならば、その指揮運用、調達、製造の権限を握るものは戦争の行方と権力を握ったのも同然である。
「次期主力モビルスーツの選定をめぐって、軍内部は真っ二つに別れている」とのギレンの言葉は誇大表現でも何でもなかったのではないか。
アランは改めて自分が巻き込まれた嵐の巨大さに押し潰される心地がした。
組織、新兵器、予算の問題を扱っているため以降は固有名詞が増えてきます。
また、各種設定資料になかったり相互に矛盾する内容があった場合には話を分かりやすくするために、敢えて無視する場合もあります。予めご了承ください。
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第6話 ルウム戦役
続きは今夜中に!
0079年1月17日
1週間後、アランの懸念は最悪の形で結実した。
照明を落とした薄暗いホテルの部屋で、そこだけバックライトで明るい映像装置から、興奮で上擦ったアナウンサーの耳ざわりな声が状況を伝えてくる。
「・・・ご覧ください!ルウムの英雄達の勇姿を!この若者達の一人一人が英雄です!我がジオン軍の新兵器モビルスーツを駆り、連邦の巨大宇宙戦艦に立ち向かい、そして撃沈した現代の騎士です!スペースノイドの守護者!」
映像装置では、予め軍部によって撮影されたらしきモビルスーツを駆るパイロット達のドキュメンタリー風プロモーション・ビデオが流されている。
「「サイドで暮らす全てのスペースノイド達の暮らしを守るため、立ち上がらずにはいられませんでした。私はジオンの旗の下、自らの義務を果たせたことを誇りに思います」」
映像で喋る金髪の爽やかな容貌の若者に会わせて、アランは口を動かした。
その若者は、生来の視力が弱いというハンディに負けずモビルスーツのパイロットを志し、ルウム戦役ではただ一機で5隻の宇宙戦艦を沈めたという。
あり得ない。まったく馬鹿馬鹿しい。
朝から流され続けたニュースという名のプロパガンダ映像は何度目になるだろうか。
内容をすっかり覚えてしまった。
アランの毒づきに関係なく、映像とアナウンサーの解説は続いていく。
「そして彼らを率いたのは軍神ドズル・ザビ閣下!ドズル閣下は連邦軍の物量に怖れることなく逆に全軍を鼓舞、そして自らもモビルスーツに搭乗し、騎士達を率いて3倍の戦艦群に突撃を敢行されたということです!」
映像には、猛将と表現するのがピッタリの顔に大きな傷のある魁偉な容貌の巨大な体躯を誇る男が写っていた。
ザビ家の次男にして宇宙攻撃軍司令官ドズル・ザビである。
「そんなわけあるか」
旧世紀の中世欧州じゃあるまいし。どこの世界に全軍の指揮を放り出して突撃する将軍がいるというのか。
もっとも、危険地帯で指揮をとり続けたというのは嘘ではないだろう。
数で圧倒的に劣るジオン軍宇宙艦隊に安全地帯など存在しなかったはずだ。
そして・・・たしかにジオン軍は勝利したのだ。
それも3倍の数の連邦軍宇宙艦隊を相手にして、うち80%を撃沈するという人類史上希に見る大勝利を挙げた、とジオンは戦果を喧伝していた。
地球連邦軍の残存艦隊は散り散りになり、一部は宇宙に浮かぶ岩塊のルナツー要塞へ逃げ込んだという。
当初、アランはそのニュースを信じなかった。
遮るもののない広大な宇宙空間における宇宙戦闘艦同士の戦闘は、およそ兵器の射程距離とFCSの性能で決する。そこに技量や根性の入り込む余地はない。
戦争は良い装備を数多く揃えた方が勝つ、ある種の数学の計算式に過ぎない、とアランは信じていたし、それが連邦軍、ひいては地球で教育を受けた者の常識というものであった。
だが、その疑い深いアランをして連邦の敗北とジオンの勝利を信じさせる確かな証拠がある。
「では紹介しましょう!現代の三騎士!黒い三連星の異名を持つエースパイロット!連邦軍旗艦を撃沈し、卑怯にも戦場から逃げ出そうとした敵司令官を捕らえたルウム戦役の最大の功労者!オルテガ・ガイア・マッシュの三名です!」
黒い宇宙服に身を包んだ精悍な男達と並び、少し焦げた跡のある連邦の軍服に身をつつんだ白く豊かな髭をした俯き加減の将校が映像装置に写し出される。
「まさか・・・」
何度見ても信じらない映像だ。
軍事に疎いアランでも知っている。
その将校こそ、地球連邦軍宇宙艦隊司令官ヨハン・イブラヒム・レビル将軍その人だった。
もう疑いの余地はない。
ジオンが勝利し、連邦は敗北したのだ。
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第7話 契約の条件
数日の後、ルウムから戻った戦士達の凱旋パレードが、ズム・シティのメインストリートで行われた。
装飾された装甲車に座乗するドズル将軍を先頭に、大勝利の立役者となったモビルスーツ乗り達が、その愛機である鉄の巨人を駆って行進する。
いったい狭いサイドのどこからこれだけの人が集まったのか、数十万人が大通りを行進する若き英雄達をひと目見ようと集まり、新兵器のモビルスーツを見上げては、その力強い姿に感嘆のため息を漏らし、若い娘達は贔屓のパイロット達に黄色い声援を送った。
ジオン公国国民達の熱狂は、ギレン総帥による「人類の革新者たるスペースノイドが歴史の必然として勝利する」という国父ジオン・ズム・ダイクンの一節を引用しての演説により、最高潮に達した。
そうした騒動を横目に、アランはギレン総帥の連絡官を通じ面会の申し込みと一定の条件が満たされれば次期主力モビルスーツ選定計画への参加を了承する、と打診した。
「その条件とは何ですか?」と連絡官に問われたアランは「早急な地球への渡航と選定計画終了後には婚約者を伴ってサイド6への移住を許可すること」と簡潔に答えた。
何よりも優先されるのは、まずはビクトリアを探すために地球へ渡ることである。
地球と戦争状態の現在、民間人として現地に赴くことは不可能に近い。
であれば、ザビ家の身分でも何でも使って任務として派遣される用事を作れば良い。
そして、ビクトリアを見つけたあとのことも、アランは考えなければならない。
地球とジオンで戦争が起きてしまったからには、これまでのように自由に地球で安逸に暮らすことはできないだろう。
ザビ家の一員という己の血筋は、全てのアースノイドの敵となったのだから。
しかし地球の自由な暮らしを知ってしまった今、常に監視を受けるサイド3で生きるのは嫌だった。
できることなら政治と離れて、以前と同じように静かに暮らしていたい。
中立地帯を宣言したサイド6なら、サイド3よりは落ち着いた生活が送れるはずだ。
だが、ビクトリアは地球の敵となった自分についてきてくれるだろうか。
まして、住み慣れた地球を離れ、遥か遠くのコロニーへ移り住むなどということを了承してくれるだろうか。
アランは、不安を振り払うように癖っ毛を片手でかき回した。
全ては、ビクトリアが生きていることを確認してからだ。
生きてさえいてくれれば、その後のことは、そのとき考えればいいのだから。
◇ ◇ ◇ ◇
意外なことに、数日後にすんなりと独裁者との面会を取り付けることができた。
迎えの高級電気自動車に乗り、前回訪問と同じく正門から執務室までに5回の検問と3回のボディチェックを受ける。
初回訪問時は何と神経質な男だ、と軽蔑する気分もあったのだが、あの時はまさに戦争計画が大詰めの段階だったのだから厳しくて当然である。
全ての証拠が開戦の兆候を示していたというのに、それに全く気づけなかった己が平和ボケした間抜けだったということだ。
案内に従って扉を開けると、壁面がガラス張りの執務室で独裁者は前回と同じように己が統治する小さな箱庭と、そこで蠢く群衆を眺めていた。
「総帥、この度の戦勝、おめでとうございます」
「地球に行きたいそうだな。女か」
独裁者は人の話を遮るのが好きらしい。
「はい。婚約者がいます。連絡が取れないので地球へ探しに行く許可をいただきたいのです」
「少し待て。この戦争はもう終わりだ。まもなく連邦政府と条約を結ぶことになる。そうすれば地球との定期便も回復する」
「わかりました。そして移住の件は」
「サイド3は嫌か」
「私は仕事を引き受けるからには、公平にやるつもりです。おそらくは、キシリア閣下にもドズル閣下にも嫌われる結果となるでしょう。仕事を終えた後の自身と彼女の身の安全が保障されないのであれば、お引き受けできません」
「・・・良かろう。文書はホテルに届けさせる。以上だ」
返答までの数秒間、天才的な頭脳を誇る独裁者の脳裏どのような計算が働いたのか。
ほんの数秒であったが、自分にとっては永遠とも思える時間だった。
他にも訴えたいことはあったが、戦争中の独裁者で、今や宇宙一の権力を握る男が「以上だ」と言えば話はそこで終わりなのである。
おとなしくホテルに戻るしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日から、ホテルの会議室が事務所になった。
突貫工事で回線を引いて情報機器が運びこまれ、優雅な装飾が施された壁面には無粋な映像機器が設置された。
そして全ての資料が紙で届いた。
「紙、か。こんなにも大量の紙を見るのは企業買収の契約書を交わしたとき以来だよ」
「紙は強固な媒体です。何より、ハッキングを受けることがありませんから」
アランのぼやきに生真面目に返したのは、総帥から「秘書として」派遣されてきたマリーという女性士官である。
黒い髪をアップにした小柄で外見の魅力的な女性ではあったが、十中八九、いや十中十、監視兼スパイであろう。
正直なところ、女性秘書という存在はセクハラ疑惑などをでっち上げられるもとであるし、何かあればビクトリアへの脅迫材料に使われることは明らかなので迷惑だった。
だが、独裁者の好意に対し迷惑だ、と訴えることはできない。
仕方なく、そのまま秘書として勤めてもらうことになる。
婚約者の安否は確認できず、独裁者との口約束で危険な仕事を引き受け、要求した資料は原始的媒体で寄越され、秘書はスパイ。
前途多難な船出だった。
地球への渡航許可は、まだ降りそうもない。
明日も明後日も書きますよ!
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第8話 コップの中の嵐
数日間、紙の山をひっくり返してみた。
企業買収案件の目論見書のようなものだと思えば、書類の量自体は何ということもない。
問題は精査と整理のための人手不足と兵器に対する専門知識の不足。
つまりは、何もかもが足りない。
人手不足については、秘密が漏れるのを防ぐために秘書のマリー以外を作業事務所にいれることができない。
高級ホテルの会議室というのは秘密会合などに使われるらしく、二重のセキュリティドアを抜けないと臨時にもうけた事務所に入ることはできず、さらに電波なども通さない。
連絡は有線電話のみ。
設置した事務機器はすべてスタンドアローン。徹底している。
「部屋の清掃も小官が行います。スタッフにスパイがいる可能性がありますので」
と、今はマリーが掃除機をかけている最中だ。
今時の掃除機は全て自動化されているはずだが「監視機器が仕込まれている可能性」とやらのせいで、ネットワーク化された高度な機械は全て排除の対象となっている。
軍服を着た女性士官と旧世紀に使われていたような年代物の掃除機は、なんともミスマッチな光景で現実のものとは思えない。
スパイや戦争という行為をとことんまで突き詰めると滑稽な様相を呈するのは、そもそも戦争行為が男児の遊びの延長に過ぎないからだろうか。
マリーが掃除に奮闘する中、事務所でコーヒーを飲もうと思えば自分で淹れるしかない。
ホテルの従業員にもスパイが紛れ込んでいる可能性があるし、コーヒーのためだけにセキュリティドアをいちいち往復するのも面倒だ。
「・・・不味い」
思わず吐き出しそうになるほど不味い。
「豆が古いのか?」
「最高級の豆ですよ。宇宙では味覚が変わりますから」
掃除機をかけつつ、秘書はこちらの考え違いを指摘した。
「ホテルのコーヒーは美味かったが?」
「あれは専門のバリスタがいて、相手を見て淹れ方を変えています。ここの機械は標準的なスペースノイド向けの設定になっていますから。あとで調整方法を調べておきます」
「ああ、頼む」
ここでの自分はコーヒーの淹れ方ひとつ分からない異邦人というわけだ。
こんな状態の自分に、総帥は何を期待しているのだろうか?
だが、全てはビクトリアを探すため。
諦めるわけにはいかない。
◇ ◇ ◇ ◇
「諦めた。無理だ」
アランは、書類の束を机上に放り出した。
数日間、根を詰めてさらに書類をひっくり返して得た結論が、それだった。
「諦めた、では済まされません。任務を放棄されるのですか」
秘書のマリーの視線が冷たい光を帯びた。
この女、ぜったいに人を殺した経験がある。
「いやいや。ここは専門家の助けを借りようということさ。素人では歯が立たない」
任務がどうとか言われても、そもそも自分は契約した外部専門家、しかも軍事の素人であって、任官した覚えはないのだから。
「小官ではお役に立てませんか」
「じゃあ、この書類の432ページ、図表353にある"試作機のスペック評価における核融合エンジンの吹き上がり出力設定とAMBAC動作の向上への寄与の対数グラフ"だけど、これって現行機種と比較してどのくらい向上していて、それが被弾率の低下にどの程度貢献するかわかる?」
「・・・専門家の助けを借りましょう」
軍服を着た女性は優秀な軍人らしく、情勢不利と見るやただちに方針を転換した。
◇ ◇ ◇ ◇
ジオン公国は実質的なザビ家独裁国家であるが、一応は議会もあれば内閣もある。
公王デギン・ソド・ザビの下に公国軍、公国総帥監部、公国政府、公国議会が設置されており、地球連邦政府に例えると公国軍は軍部、公国総帥監部は大統領府、公国政府は内閣及び官僚、公国議会は議会となるだろうか。
地球連邦政府との違いは独裁者ギレン・ザビが軍部、公国総帥監部、政府のトップを兼ねているため実質的な輔弼、追認の機関となっているだけである。
次期主力モビルスーツ選定に直接関わる機関としては、公国総帥監部下の技術局、および開発局、公国議会下の行政府長官下の財政院、資源院あたりになるだろうか。
かように次期主力モビルスーツの選定は利害関係者が組織横断的に存在する国運のかかった巨大プロジェクトなのである。
つまりは、アランが迂闊にも「ちょっと話を聞きたい」と企業の担当部門に連絡を取らせたところ、呼ばれもしない軍の関係官僚がダース単位で押し掛けてくる、という事態になった。
「どうするんですか?これ」
「まいったね、どうも」
高級ホテルのロビーを綺麗に二分して占有するスーツと軍服の集団に対し、アランとしては癖っ毛をかく他に困惑を誤魔化す方法を知らなかった。
続きは本日中に!
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第9話 親鳥と雛
普段は閑静な高級ホテルのロビーに、まるで大企業か官公庁の受付であるかのように待機する大勢の軍人と官僚達。
ある種異様な光景にホテルの従業員達も困惑している様子が伺える。
一方で、目の前の光景に動じていない様子の秘書に、アランは小声で相談する。
「情報はやっぱり企業から漏れたんだろうね」
「でしょうね。政府発注の仕事は、政府機関との連携が必須です。そういうもの、と思っていただければ」
マリーの答えに、アランは不満を漏らした。
「情報は最高機密じゃなかったのか?」
「最高機密だから、ですよ。最初のレクチャーは彼らにとって最大のチャンスなんです」
「チャンスって何の?賄賂とか?」
「違います。アランさんのような右も左も分からない素人にレクチャーすることは、価値観を刷り込むのと同じ意味を持つんです。価値判断を自分たちの基準に寄せられれば、次期主力モビルスーツの選定でも有利になりますよね?」
「それで、ああやって親切に教育してあげようと集団で待ち構えてるのか」
「教育というよりは、ある種の洗脳ですね」
「ぞっとしないね」
「情報戦の基本です」
なぜか少し誇らしげに胸をはったマリーに、アランはぼやいた。
「じゃあ、なおさら今日のところは官僚と軍人さんにはお帰り願わないとな。これは総帥も手を焼くわけだ」
「他人事みたいに・・・それでどうします?」
「うーん・・・企業の人だけ呼んできてくれないかな。ジオニック社とツィマッド社だっけ」
「この状態で手をあげると思いますか?それに情報戦と言いましたよね?軍や官僚の人が詐称する可能性もありますよ?」
「こっちで指示した人に声だけかけてくれればいいから。たぶん、あの人とあの人。あとはこちらでやるよ」
マリーが「はあ・・・」と半信半疑で指差された人物に声をかけにいくのを確認してから、アランはロビーの大階段に数段登った。
そうして全員に姿を晒すと共に、両の手の掌を打ち合わせて注意を引く。
ざわめく軍人と官僚の群れからの刺すような視線を全身に感じつつ、スーツ姿のアランはにこやかに呼び掛けた。
「皆さん!私はアランといいます。そう、皆さんが関心ある事柄の責任者です。本日は、お集まりいただいたところに大変申し訳ありませんが、連絡に手違いがあったようで・・・後日改めて訪問させていただきます。それと別途レクチャーいただく日を設けますので、所属と連絡先をいただけますでしょうか?皆さんの熱心な仕事ぶりは、必ず総帥に報告させていただきます!」
階段上のアランがゆっくりと視線を動かして一人一人の顔を確認するように見回すと、軍人と官僚の群れは揃って視線を逸らした。
やがて、ぼそぼそと内輪で相談をしたかと思うと、くるりと向きを変えてそのままホテルのロビーから波が引くように去っていく。
ホテルのロビーが、普段の静けさを取り戻すのには数分とかからなかった。
あとには、秘書のマリーと、困惑したスーツ姿の男2人だけが残された。
「ほら、いなくなった」
笑顔で階段から降りてきたアランを、呆れた表情のマリーが出迎えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ええと、私はアランです。自己紹介は・・・必要ないですよね。ご存じでしょうから。あなたは・・・ジオニック社の方?」
「ええ。シュミットです」
ずんぐりした体格の黒スーツの男によろしく、と握手をしてから、もう1人の細身のグレーのスーツの男に向き直る。
「そして・・・あなたがツィマッド社の方」
「はい。トビアスといいます。ドクター.トビアス」
こちらへどうぞ、と先頭に立って会議室へと案内するアランに小走りで追い付いてきたマリーが耳うちしてくる。
「お見事です。ですが嫌われますよ、ああいうの」
「どちらにしても嫌われるさ。それよりさっさと仕事を終わらせて地球にいきたいんだ。邪魔する連中は敵だ」
小さく溜め息をついて、マリーは疑問に思っていたことを尋ねた。
「それにしても、なぜあの2人がそうだとわかったんです?資料に写真がありましたか?」
「いや、あったかもしれないけど、あの資料の山からは到底見つけられないよ。例え見つけても、憶えていられない。他に憶えることも沢山あったしね」
「じゃあなぜ?どういう理由で指示したんですか?」
「あの中でいちばん偉そうじゃない人を探したんだ。ちょうどいい具合に派閥で2つに別れていてくれたしね」
「はあ・・・」と納得できない顔のマリーにアンリは種を明かした。
「軍人さんの中に民間の人がいると目立つよ。私は民間人だから同類はわかるのさ。その逆の話なら、君にも覚えがあるだろう?」
「たしかに。民間人の中に軍人がいると、すぐにわかります」
「そういうことさ。種がわかってみれば何てこともないだろう?それより、2人にコーヒーを淹れてくれないか。旨いやつをね」
先に行くマリーに準備の時間を与えるため、アランは案内の足を緩めた。
今日中に続きが書けるか・・・
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第10話 ジオニック社
数時間の後、アランは分厚い紙束を机にばさりと放り投げた。
「さっぱりわからん」
「またそれですか」
マリーが冷たく応じる。
「ずいぶんと熱心に質問していたじゃないですか」
「まあね。素人だから遠慮していたら仕事にならない」
「それに、ヒアリングは随分と手慣れているご様子でした」
「仕事柄、ね」
秘書がアースノイド用に淹れてくれたコーヒーをすする。
「ジオニック社のシュミットさんだっけ?あの人、面白い人だったね」
「頼り甲斐のありそうな感じの人でしたね」
この「ものすごく頼り甲斐のありそうな秘書」から”頼り甲斐”などという普通の女性らしい言葉が出るのは違和感がある。が、なんとなく嫌な予感がしてアランは軽口を避けた。
とにかく、ミスター・ジオニック社の話は面白かった。
「モビルスーツっていうのは、デカイ宇宙用の建機なんです。民生用品では作る。軍用品は壊す。結果は違いますが、原理は同じです」
アランが「モビルスーツとはなにか?」と質問したときのシュミット氏の答えが、それだった。
シュミット氏は続けた。
「宇宙用の建機の必須条件ってなにかご存じですか?」
「さあ?パワーとか?」
「いえいえ。作業員を事故から守り、どんな条件でも生きて返すこと、ですよ」
サバイバビリティとかロバストとか言いますが専門用語はどうでもいいんです、と続ける姿勢にも好感が持てた。
とかく専門家というのは小難しい言葉で素人を煙に巻こうとするものだが、シュミット氏にはそうした姿勢は皆無だった。
「そもそも、モビルスーツの分厚い装甲と頑丈なフレームはデブリ対策なんです。アランさんは、小惑星採掘の現場をご存じですか?」
「いや、ないなあ」どうせリサーチも済んでいるだろうから、アランは正直に答える。
「サイド3の発展は、小惑星で採掘した資源を各サイドの建設資材へと輸出したことに始まります。最近でこそサイドのコロニー建設需要は一段落しましたが、採掘の現場というのは、そりゃあ過酷なもんです。空気がない。光がない。そしていちばん怖いのは、重力がないことです。ええと・・・余計な話をしているでしょうか?」
「いや、ものすごく興味深いよ。続けて」
実際、宇宙生まれであっても地球の温室育ちであったアランにとって、宇宙の現場の話は興味を惹かれる内容だった。
「はい。それで重力がないとですね、削った岩塊が舞い上がるんです。削られた破片も高速で飛び散りますから宇宙服なんかを銃弾みたいに切り裂くんですが、小惑星では、でかい方の塊が動くんです。そして、そのまま落ちてこない。
小惑星資源の採掘方式もいろいろあるんですが、一番効率がいいのは、直径が数キロ、時には数十キロの岩を堀り抜いて、中に部屋を作りながら進めていくんです。宇宙線が防げるということもありますが、結局、人が目で確かめながらやるのが早いですからね。
ところが、部屋の岩の結合が緩かったりして、ゆっくりと動き出すことがあるんです。1秒に数センチとか、ごくゆっくりとね。現場は空気がないですから、音もしない。何十トン、何百トンもある塊が無音でゆっくりと動き続けて、気がついた時には作業員や作業機械を押し潰してる、なんてことが何度もありました。
うちの親父も、それで死にましてね。自分がジオニックで人の死なない機械を作ってやろう、と思ったわけです」
「それは・・・お気の毒に。すると兵器開発には疑問があるのかい?」
「とんでもない!うちの親父が死んだのは、連邦の連中が我々スペースノイドに無茶苦茶な税金をかけて、安全管理の予算を削り、人件費を削ったせいですよ!
親父は安い賃金で無理をして、危ない現場で殺されたんです。
連邦の連中に殺されたようなものですよ!スペースノイド独立を勝ち取るため、ジオニックはいいものを作ります!お約束しますよ!」
営業の基本は、まず自分を売り、会社を売り、最終的に製品を売るという言葉通りの、魅力的なプレゼンであり、魅力的な人物だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「いやね、すごい説得力だったよ。もし家を買うなら、シュミット氏から買うだろうね」
「そんな感じでしたね。お止めしようか、少し迷いました」
「信用がないなあ・・・いや、それでも一対一であれだけの説得力があるんだから、ロビーにいた怖い人達が集団でかかってきたら、たしかに説得されるよね」
「ジオニックには実績もありますから」
「そこだよね。コンバットぷる・・・なんだっけ」
「コンバットプルーフ」
「そうそれ。実戦での実績」
◇ ◇ ◇ ◇
「ジオニックには実績があります。それも実際の戦争での実績です。これに勝る証明はないのではないでしょうか?失礼ですがアランさんは、今回の戦役でジオニックのモビルスーツ、ザクが果たした役割はご存じでしょうか?」
「数字では知っているけれど、パイロットの戦闘詳報はまだ届いていないんだ」
軍隊では、戦闘の後にパイロットの証言の聞き取りや各種のセンサー記録から、戦闘詳報という記録が作られる。
戦闘で起きた事実を分析することで、パイロットの技能や戦果を分析したり、戦訓を引き出すためだ。
戦訓は戦闘ドクトリンという戦争そのもののやり方の開発や、新兵器の開発にいかされる。
その意味では、戦闘詳報は次期主力モビルスーツの選定に従事するアランに真っ先に届けられるべき性質の情報であったが、未だに届いていない。
戦闘の分析に時間がかかっているのか、あるいは単に疎まれてサポタージュを受けているのか。
アランとしては、後者ではないか、と睨んでいる。
派閥ごっこが好きで陰湿な官僚や軍人のやりそうなことだ。
「極秘ですが、こちらに戦闘のデータがあります。圧倒的ですよ!ジオニックのザクは!なにしろ熟練者の手にかかれば戦艦を一機で撃破することも可能だったのですから!」
シュミット氏から渡された紙の束をめくりながらアランはかねてからの疑問をぶつけてみた。
「それは映像放送でも見たが、本当なのかい?なかには一機で戦艦を5隻も沈めた、なんとかの彗星とかいう若いエースがいるとか・・・正直、信じられなくてね」
「赤い彗星、ですね。彼の戦果についてはレポートの中でも疑問視する声はありました。ですが機体の映像記録からマゼラン級宇宙戦艦4隻、サラミス級宇宙巡洋艦1隻の撃沈が確認できました。設計しておいてなんですが、いや信じがたい戦果です」
「ふうん。普通のパイロットでも、そんな芸当ができるの?」
「ジオニック社の開発部門の戦闘力シミュレーターでは、理想的な戦場を整えた上であれば、ザク3機はサラミス級巡洋艦2隻に匹敵するもの、と試算しています」
それはすごい、と返そうとしてアランは聞き咎めた。
「理想的な戦場?」
「そうです。撹乱兵器であるミノフスキー粒子の空間濃度が75%を越える状態、ということですね」
また、聞きなれない言葉が出てきた。
「ミノフスキー粒子・・・ええと、たしか資料にありましたね。静止質量がゼロの電荷を持つ粒子で核融合炉の小型化、封じ込めに資する・・・でしたっけ?ちょっと数式やグラフばかりでよくわからなかったんですが」
アランは、机の上に山になった紙の束の一つに、ミノフスキー博士という人が提唱した理論がのっていたことは記憶していた。
「ザクの核融合炉は、正式にはミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉といいます。たしかに奇妙な振る舞いを見せる粒子です。大統一理論に目処をつけたとか言われています。私も現場の人間なんで工学はともかく理学方面はあまり強くなくて・・・ですがミノフスキー物理学のお陰で熱核反応による放射能の封じ込めと画期的な小型化が実現したのです」
シュミット氏は、アランの疑問にもっともだ、と頷いてから付け加えた
「ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉では電力を取り出す副産物としてミノフスキー粒子が発生します。ミノフスキー粒子には、ある種の電波撹乱を起こす性質がありますから、今回の戦役では軍部が撹乱兵器として使用したようです。詳細はジオニック社にもわかりません。ただ、事実としてザクの被弾率は事前のシミュレーションよりもかなり低く抑えられました。今回の勝利の影の立役者、と言ってもいいかもしれません」
「そんな都合の良い粒子があるものでしょうか?」
核融合炉の制御に使うことができて、電波撹乱にも使える。
それも兵器としてばら蒔けるほど大量に生成できる。
少し都合が良すぎる性質のようにアランには思えた。
「実際、存在するのですから仕方ありません。ジオニック社としても、モビルスーツを用いた戦闘を考案されたドズル閣下を信じて開発に邁進した、という面も強いのです」
「ああ、そういうザビ家とかドズル閣下の名前を出してもダメですよ。逆効果です。一応、自分も末席ですがザビの係累ではありますし、今回の選定は総帥に直接報告する事業ですから」
少し気分を害してみせると、シュミット氏は慌てた。
「ああいえ、そう意図はありませんでした。申し訳ありません。ただ、ジオニック社としてはドズル閣下と共に、まだ海のものとも山のものとも知れない作業機械に過ぎなかった時代から、たいへんにお力添えをいただきました。
文字通り現場で二人三脚で開発してきたモビルスーツが、今回の戦役でドズル閣下とジオン公国勝利のために決定的な仕事ができたこと、上は社長から下は現場でネジをしめる一工員に至るまで誇りに思っております」
深々と頭を下げるシュミット氏に、アランは追求の言葉を失った。
アランにとって、全体主義で独裁国家のジオン公国が勝てようが負けようがどうでもよかった。
ビクトリアのためにはジオン軍などさっさと負けてもらって地球に帰りたい、とすら思っていたのだ。
だが、そんな身勝手なことを目の前の誇り高いシュミット氏に面と向かっては言うことはできない。
ジオン公国にも己の仕事に誇りを持ち、自分の義務を果たさんと努力する大勢の人間がいる。
アランは自分の葛藤を飲み込むことしかできなかった。
今日中にツィマッド社までいきたい
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第11話 ツィマッド社
ジオニック社に続き、ツィマッド社にも面談を行った、
自分以外の人間がどう感じたのか知りたくなったアランは、秘書に印象を聞いてみた。
「ツィマッド社の人はどう思った?あの人・・・ドクター・トビアスさん」
「ドクター、をいちいちつけるんですよね。何だか変わった人でした。学者さんみたいな感じで」
マリーの印象に、アランは同意した。
「たしかに。ミスター・ジオニックとは、ずいぶん雰囲気が違ったね。我々は根本から問題を解決します、だっけ?いきなり自己紹介で言うものだから、ちょっと面食らったよ」
◇ ◇ ◇
「我々、ツィマッド社は根本から問題を解決します」
「はい?」
ドクター・トビアスと名乗った痩せたグレーのスーツの男性は、挨拶もそこそこに自説を切り出した。
「モビルスーツのコンセプトは、常に更新されなければなりません。現在のザクでは、すでに次代の技術革新に乗り遅れているのです」
握手をしたまま、ずずいと近づいてくるドクター・ツィマッドにのけぞりたくなるのをアランは我慢して訊ねた。
「と、言いますと?ドクター・トビアスはモビルスーツとは何だとお考えですか?」
「モビルスーツとは、高度な推進力を備えた宇宙船です」というのが、ドクター・トビアスの答えだった。
「巨大な建設機械だ」と言い切るジオニック社とは、まるで違った回答である。
同じ目的の機械を作っているのに、こうもアプローチが異なるものか。興味深い。
ドクターの説明、というより講義は続いた。
「旧世紀の昔より、優れた兵器とは、攻撃力・防御力・機動力のバランスがとれているものです。ですが、現在の兵器開発において、それが崩れた状態にあることはご理解いただけると思います」
別にご理解はしていないが、話の腰を折らないためにアランは「ええ」と形だけ頷いておいた。
この手のタイプは気持ちよく話してもらった方が良い情報が引き出せる。
「攻撃力については、モビルスーツは手持ち武器の交換が可能です。ですから兵器部門では、別途大口径の砲を開発中であります。完成の暁には、戦艦を沈める際のパイロットのリスクが32%低減するとの試算がでています。
防御力については、素材開発の技術レベルに依存する部分も大きく、現在、一般的に使用されている超硬スチール素材を価格や量産性で越える素材を作り出すことは、一朝一夕に解決できる問題ではありません。小型宇宙挺の小型ミサイルやデブリ程度までならば超硬スチールで防御が可能ですから、それで十分だという意見もあります。
ですが宇宙用の核ミサイル、それに戦艦のビーム兵器については、モビルスーツの装甲で受け止めることは不可能でしょう。つまり、今後のモビルスーツ開発は、いかに機動力を増すか。その一転に絞られるものとツィマッド社では考えております」
「モビルスーツには高度な推進力が必要だ、というのが結論ということですか」
「まさに、おっしゃる通りです」
最初に言われた内容をおうむ返しにしただけだったが、ドクター・ツィマッドはそれを理解したものと見たらしい。
「しかしですね、正直なところジオニック社と比較してツィマッド社のコンセプト案が劇的に推進力が大きいようには見えないのですが」
資料をめくりながら尋ねると、ドクター・トビアスは一部を手交し、一部を否定した。
「単純な数字上では、そう見えるかもしれませんな。よーいどんで直進するだけなら、そういうこともあるかもしれません」
「では、別の要素があると?」
「そうです。それは機動力の定義によります。戦闘とは推進機を目一杯吹かす競争ではありません。ツィマッド社の研究では、AMBACを効果的に用いて機動性を高めることで、推進剤の消耗を十二パーセント削減することができます。つまりは、継戦時間が延びます。
モビルスーツは核融合動力を持つことで駆動時間については無限に近い時間を持つようになった、と一部では言われております。ですが、推進剤についてはそうではありません。モビルスーツに積むことのできる推進剤の量は限られています。
例えばですね。無重力で人が浮いている状態を想像してください。ボールを投げると反動で投げたのと反対に移動できますよね。もしも勢いよくボールを投げれば、ずっと速く移動できます。もしも投げるボールが重ければ、さらに速く移動できます。単純な原理です。
推進剤をできるだけ高効率に燃焼させ、高い推進力を、できるだけ長い時間持続させる。それがモビルスーツの機動性と兵器としての価値を保証するのです。とまったモビルスーツは、射的の的です。ツィマッド社は、熟練した兵士を鉄の棺桶に載せるわけにはいかないのです」
理屈はわかる。だが、理屈だけならなんとでも言える。
ジオニック社との比較で、意地悪かもしれないが実戦経験の不在についても尋ねてみる。
「ええと、実戦のデータはないのですね」
「残念ながら。しかし近日中に何らかの形でお見せできるものと思います」
「それは初耳です」そんな情報は聞いていない。
「私もチームが違うので詳細は知らないのですが、何かの新型開発のプロジェクトが社内で走っているようです」
事実だった。別のモビルスーツが作られている?さらに実戦を経験する予定?ではいったい、この茶番は何のために行っているのか。
ドクターの情報に、頭から冷や水をかけられた気分を味わった。
次期主力モビルスーツ選定計画とは別に、他のモビルスーツ開発プロジェクトも動いている。
考えてみれば当たり前だ。あの大天才の独裁者が、己の王国であるジオン公国の命運を部外者である自分一人に賭けるはずもないのだ。
リスクに備えて他の手をうっておくのが当然ではないか。
ビクトリアを早期に探したい、という気持ちが強すぎて視野が狭まっていたらしい。
自分の立場を客観視する必要がある。
でなければ早晩、失脚する。失脚とは、すなわち死だ。
キシリア、ドズルの派閥と対立したとして、必ずギレン総帥に庇ってもらえるもわけではない、ということを肝に命じなければならない。
あの男にとって、あくまでも自分は盤上のヒト駒に過ぎないのだ。
だが一方で奇妙なことに、少しだけ肩の荷が降りた気がしたのも事実だ。
自分は独裁者に向かないな、とアランは自嘲した。
花粉で目がしぱしぱするので、本日はここまで!
感想をお待ちしております。
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第12話 官僚訪問ツアー
翌日、またしてもアランは書類の紙束を机に放り投げた。
「やっぱりわからん」
「またですか。今度は何がわからないんですか?」
3回目ともなれば、だんだんと秘書の呆れ声もトーンが上がってくる。
もう3回も放り投げれば腰の拳銃を引き抜いてこちらを撃ちそうな剣呑さを感じさせる。
「そうだなあ。ほとんど全部、かな」
しかし、アランは気にしない。
解らないのに解った振りをしていると最後に痛い目をみる。
寄宿舎学校時代の数学の試験と同じだ。
「では昨日の面談は無駄でしたか」
「いやいや、有益だったとも。そして何もわかっていないということがわかった」
「それじゃあ、わかったことは何もないんですか?」
「そういうアプローチはいいね。ちょっと整理してみるか」
アランは立ち上がると、事務室の壁に設置されたスマートボードにまとめを書き始めた。
ジオニック社提案
・モビルスーツは建設機械
・頑丈で生存性重視
・ザクで実戦の実績あり
ツィマッド社提案
・モビルスーツはロケット
・機動力重視
・新規機種開発中で実戦投入間近
「以上、これだけだよ?これで決めたらコインを投げて決めるのと変わらんでしょう」
「いろいろと性能諸元のデータに抜けがありますが」
「そんなの信用できない。いや、言い過ぎか。書類の数値が盛ってあるのか事実なのか、今の私の能力では判断できない」
元より兵器開発には非常に多くの要素が絡むため、その選定を、ただの素人が1日や2日の聞き取りで判断できるような内容のものではない。
「では、どうします?」
「そうだな・・・ちょっと昨日来た人達の名簿を見せて」
「こちらです」
マリーが示したリストには、先日ホテルのロビーに押し寄せた軍人と官僚の名簿が写真入りで作成されていた。
各人のプロフィールと詳細な経歴、家族構成までが書かれているのを見て、さすがにアランも苦笑をうかべる。
「怖いね、監視カメラと顔認識ソフトって」
「この程度の備えは当然です。彼らが迂闊なんです」
集団で脅しに来たつもりが、脅される材料を提供する結果になったわけだ。
これを自業自得と言わずになんというべきか。
「さて・・・それじゃあ外出しようか!ホテル住まいも飽きて来たしね」
アランがスーツの上着を手に取ると、マリーが訊ねた。
「護衛の兵士が同行するなら構いませんが・・・どちらへ?」
「そりゃあもちろん、専門家にレクチャーを受けにいくのさ!」
「・・・はあ?」
◇ ◇ ◇ ◇
ジオン公国の実務上の行政の中心は、行政府と内閣にあり、その下の各局にある。
そして行政府の建物は官公庁が密集したブロックの中でも、中心地近くに存在する。
アランとマリーは、その行政府のビルの7Fの冷たい廊下に設けられた来客用のソファーに腰かけていた。
「待たされますね」
「直前のアポだからね。慌ててるんじゃないかな。あるいは単に先日の件で意趣返しをされているとか」
「わかってはいるんですね」
「まあね、それにしても静かだね。官公庁というのは、もう少し官僚や公務員で溢れているものかと思ってた」
待たされて30分ほどになるが、廊下はしんと静まり返り歩く人影を見かけない。
「・・・地球連邦政府とは事情が違います。それに戦争中ですから」
肥大化した連邦の官僚組織を遠回しに皮肉られてーーしかも、その給与はスペースノイド達に対する税金から出ているのだーーアランは肩を竦めた。
たしかにギレン総帥は、組織に余分や怠惰を許さないであろうし、連邦と比較してジオンは国家の規模が小さく運営費用が少ないということもあるだろう。
だが、それらの要素を考慮しても、やはり人が少ないようにアランには感じられた。
ジオンの勝利も、国力を傾けた結果の薄氷の勝利だった、ということだろううか。
独裁者はスペースノイド全員の命と財産を賭けて博打に挑み、結果として勝利したわけだ。
ジーク・ジオン。スペースノイドの独立万歳。
「ところで、なぜこの部署を選んだんです?」
「まあ、よく言うだろう?金から始めよ、って」
廊下に張られた部署看板には「ジオン公国行政府財政院」と刻まれていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「お待たせしました、アラン様」
ようやく案内されたのは、それからさらに15分が過ぎてからだった。
ザビ家の係累に対する対応としては、信じられないほどの欠礼であるとも言える。
だというのに握手しながら、アランは殊更にこやかに対応した。
「いえいえ。先日はどうも連絡にミスがありましたようで。本日はレクチャーいただければとうかがいました。なにせ、全く門外漢の素人ですから」
やはり自分が指名されたのは偶然ではなかったのだ、と悟った相手の官僚の頬がわずかにひきつったのを見て、アランは僅かに溜飲を下げる。
「ところで、本日はどのようなご用件で」
「ちょっと教えていただきたいことがありまして」
「なんでしょう。私どもで答えられることであれば、喜んで答えさせていただきます」
教えると見せかけて大量の情報に重要な事実を隠したり、都合の良い情報を提供して操るのは官僚の得意技だ。
自分の得意な領域での勝負になったことで、官僚がほっとしたところに、アランは爆弾を投げ込んだ。
「実はですね、ザクの製造には幾らかかったのか、正確な金額を教えてほしいのです」
官僚の顔がひきつった笑みで固まるのは、少しばかり愉快な光景だった。
平日なので1話更新。感想、お待ちしております
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第13話 選択肢「C」
続きは明日をお待ちください。
→花粉症が酷くて更新は1日パスします
「またされますね」
「そりゃあね。まあ寒い廊下でないだけマシでしょ」
握手をした官僚は「しばらくお待ちください」と2人を室内の待合ソファらしき場所に案内した後に早足で駆け出していった。
それから1時間近くになる。
応対を任されたらしき女性職員がときどきおっかなびっくりコーヒーを淹れにくるのだが、不味いので断っている。
室内で働く職員達も落ち着かないようで、チラチラとこちらを気にしながら仕事をしているのが視線でわかる。
アランとしては先日のホテル襲撃の意趣返しの面もあるので、相手が居心地悪そうにするのは一向に構わない。
今は、そうした嫌がらせにも飽きてきて、隣で姿勢良くソファに座っている秘書とお喋りにふけっていたりもするのだ。
「どうして必要なんです?」
「何が?」
「ザクの価格です。性能諸元データでしたら、ジオニック社から受け取った書類の中にあったと思いますが」
「あれね。ああいう見映えのいい資料も必要だけど、ちゃんと仕事をするためにはもっと汚ない現場のデータがいる」
「・・・それがザクを作るのにかかった費用なんですか?」
「金は嘘をつかないからね。隠れるけど」
「隠れる?」
「まあね。それは官僚さんが来てから話すよ。ところで、マリーさんは買い物をするよね?」
「はあ。非番の日にはしますが」
「お財布は無限じゃないから、新しい買い物をするためには、これまで買っていたものを諦めないといけないかもしれない」
「そうですね」
「新しい買い物が、実はそれほどお買い得じゃない可能性もある」
「・・・それは」
「そう。ジオンは勝った。ジオン軍は地球連邦軍を叩きのめしたわけだ。これ以上ない形で勝ったのだから、もう新型モビルスーツは必要ない、という結論もあり得る。
「AかBか」という選択肢しかないように見える状況でも、常に選択肢「C」は存在する。そうやって選択肢を増やすことで、計画の価値があがるんだ。理屈の上ではね」
「選択しないことで価値があがるのですか?」
軍人にとっては「行動することこそ善である」。マリーは、自分の常識に反する発言に眉をひそめた。
「そうだね。例えば”サイド3の30バンチから31バンチまで行く計画”があるとする」
「はい」
「”定期便のリニアレールで移動する計画”と”定期便リニアがダメなら高速挺、デブリ注意報がでている時は軍用船で移動するという代替案のある計画”を比較した時、どちらの計画の価値が高いと思う?」
「・・・後者です」
「そう。1つの選択肢しかない計画よりも2つ、2つより3つの選択肢を持つ計画の方が価値が高い、と経験的にも言えるわけだ。
つまり”次期主力モビルスーツ選定計画”よりも”次期主力モビルスーツ選定及び中止計画”の方が計画としての価値が高い、ということになる」
「理屈はわかりますが・・・そんな結論を出したら、軍も政府も大変なことになりますよ」
マリーは声を潜めて警告した。
だが、アランは秘書の警告にむしろ真っ向から悪びれず反論する。
「そうかい?ジオン国民のためにはその方がいいじゃないか。戦争に勝って、せっかくスペースノイドの独立自治権を勝ち取れそうなんだ。
軍備なんかよりも新規コロニーの建設や資源衛星開発に予算を振り向ける方が絶対にいい。
これからは連邦の税金のために働く必要はなくなる。稼げば稼いだだけ自分達のものになる、そういう世界になるんだから」
マリーは小さくため息をつくと首を左右にふった。
「・・・聞かなかったことにしておきます」
「そうかい。まあ地球でぬくぬくと不自由なく育ったボンボンの夢物語だと思ってくれていいよ」
アランは行儀悪くソファーで足を伸ばすと、再び室内を見回して職員たちを居心地悪くさせる作業に戻った。
いまだに官僚は現れない。
「それにしても遅すぎますよね。彼は上司を呼びに行ってるんでしょうか」
マリーもさすがに苛立ちを隠せないでいる。
「もしくは責任を押し付けられる誰かを。その誰かを探して説得するのに手間取ってるんじゃないかな」
「出直しますか」
「それはダメ。初回でそれをすると役人さんに舐められる。せっかく不意打ちに成功したんだから、戦果を得るまで帰らない覚悟を決めなきゃ。それこそ廊下のソファで寝たって構わない」
「正気ですか」
一見すると緩い民間人にしか見えないアランの強硬な発言に、マリーは驚いた。
「官僚機構とやり合うってのは、そういうものだろ?」
「詳しいんですね」
「まあね。私は金融街でのキャリアを選んだが、寄宿学校の同期では官僚になった連中もいた。今頃はどうしているか・・・」
と、言いかけて、アランは気がついた。
かつての学友は地球にいて、今は自分の敵になっているのだ。
宇宙出身の自分を目の敵にしていた嫌な連中もいたが、所詮は子供の喧嘩だ。今のように殺し合いをすることまでは望んでいなかった。
彼らも今頃は自分のように連邦政府の建物内で、ジオン公国の大質量弾による都市攻撃の収拾のために懸命に働いているのだろうか。
途中から厳しい目付きで黙り混んだアランの雰囲気に、彼の横顔を見つめるマリーの瞳には戸惑いの色が写り混んでいた。
感想はありがたく読ませていただいています。
プロットは最後まで組んでありますので、ご安心ください
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第14話 2つの世界とジオン飯
「ようやくのお出ましだね」
朝早く来たというのに、今は昼近くである。コロニーの太陽灯が最も強く輝く時間帯だ。
士官や職員に食堂の場所でも聞いておくんだった、と後悔する頃にようやく逃げていった官僚が戻ってきた。
ただ、1人ではなく上司らしき年配の男性と、実務担当の事務職らしき若い女性をつれている。
「護衛と弾除けつきか。勇敢なことだね」
年配の上司は自分の立場を援護してもらうため、若い事務職はいざという時に説明の責任をかぶせて自分は逃げ出すため。
官僚の立ち居振舞いとしてはエース級だ。戦争が起きても味方を犠牲にして生き残るタイプだ。
「お待たせして申し訳ありません。それでは早速ですがご用件の確認を。たしか、我が軍の新兵器であるモビルスーツMSー06ザクⅡの調達価格をお知りになりたいとか」
”MSー06ザクⅡ”それが、ジオン公国をルウムの大勝利に導いた新兵器モビルスーツの正式名称である。
ジオニック社がドズル将軍の命令で10年をかけてコロニー建設機械用のパワーローダーを元に開発した人型兵器。
核融合炉を主動力とし、高い機動力と大口径の射撃武器の装備により熟練したパイロットが操縦すれば、その戦力は連邦の宇宙巡洋艦に匹敵する。
とは、ジオニック社のシュミット氏の説明である。
「ええ。だいぶ待ちましたとも」
これぐらいの皮肉は許される範囲だろう。
心なしか、握手した相手の握る力が強いように感じる。
「念のために確認させていただきますが、アラン様はジオン公国国民でいらしゃいますか?」
「生まれはジオン公国ですね。幼少期に学業のため地球に移住しましたが、そのころは未だジオン公国は成立しておりませんでした。市民権は地球連邦市民のままのはずです」
すると、得たりとばかりに官僚氏がとうとうと解説を始めた。
「そうですか。MS06ーザクⅡはジオン公国の新兵器であり関連情報は高いレベルの軍事機密として指定されています。失礼ながらジオン公国国民でなく、また軍での階級をお持ちでないアラン様へは情報を開示致しかねます」
官僚らしい回答であるが、よく考えるとおかしい。
そもそもジオン公国という仕組みは、つい先日に成立したばかりの概念である。
なかなか、わかりやすいサポータージュである。
アランは、軽く肩をすくめると傍らに立つ頼り甲斐のある秘書へ視線を移した。
「そのあたり、どうなってたっけ」
話を振られたマリーは挑むように一歩踏み出して答える。
「アラン様は総帥命令4402号に基づき、現在は一時的に軍属として佐官相当の地位が与えられています。また、事故で亡くなられたザビ家次男サスロ様の係累にあたられます。申し上げるまでもありませんが、ジオン公国軍部においてザビ家の血筋の方は通例として一階級上の扱いをすることになっております。該当の情報を参照するのに十分な資格を有している、と考えますが?」
「な、なるほど・・・それはこちらの認識違いでした」
官僚氏が言葉を失い、一歩下がった。
とりあえず、こちらが一本先取。
それにしても、なにが「認識違い」だ。こちらの情報ぐらい調べていないはずがない。
「それで?要求した情報は開示していただけるんでしょうか?」
再度、強く迫ると年若い女性事務官が「私がお答えします」と前面に立った。
この女性が実務と情報を持っているらしい。
「結論から申し上げると、正確な調達価格は財政院でも把握しておりません。仮の数字でしたらお答えできます」
しかも、奇妙なことを言い出した。
◇ ◇ ◇ ◇
小一時間後、財政院を出たアランは適当なところで運転手に高級電動車を停めさせた。
「何か?」訝し気に問い返す護衛を兼ねた運転手にアランは話しかけた。
「君は非番の日には、どんなところで食事をするんだい?」
「下街の食堂です。美味いソーセージとポテトを出すところがあるので」
「そうか。ソーセージもいいな。そこへ連れていってくれ。ホテルの食事は飽きた」
無言で助けを求める運転手に、秘書のマリーが「いいわ」と許可をする。
「・・・わかりました」
黒い電動自動車は大通りを離れると港に近い街に向かって走り始める。
「港付近の方が地価が安いんです。中央付近のように完全に平らでなくて重力が安定しないので。軍人や港湾関係者は港付近に住んでいます」
「へえ。軍人さんと港湾労働者の街か。食事が美味しそうだ」
港湾労働者は仕事場が宇宙港であるから付近に住むのは当然として、宇宙軍の軍人も何かあれば宇宙艦に駆けつける必要があるので、円筒形コロニーの両端にある宇宙港付近に住むのが合理的なのかもしれない。
しばらく電気自動車が走ると、道幅が狭くなり、建物の密度が上がってくる。
「コンパクトで住みやすそうだね」
「いやあ、まあ賑やかではありますねえ。隣の夫婦喧嘩も壁越しに聞こえますんで」
「一般家屋の壁は薄いんです。地震が起きませんから」
運転手の言葉を、秘書が補完した。
◇ ◇ ◇ ◇
運転手の兵士が案内してくれた大衆食堂は、昼時のピークを過ぎたためかすいていた。
「スーツは目立つね」
「軍人と労働者の街ですから」
「大丈夫ですよ、このあたりの連中はそういうことは気にしません。ところでご注文は?」
「あー。よくわからんから君がいいと思うものを。支払いはこちらで持つから」
「そうですか。では合成肉の茹でソーセージを3人前。あとは芋と肉とニンジンのシチューと、芋団子のソースかけも3人前。ビールはなしだ。勤務中なんでな」
「芋団子?」
「ええ。この店の名物なんです。このあたりの連中はガキの頃から、これを食って育つんですよ」
「それは楽しみだ」
アランは店内を見渡した。金属とプラスチックが組み合わされた装飾は重厚感にこそ欠けるものの掃除が行き届き清潔に保たれている。
「べたついた感じがないのがいいね」
厚いプラスチックとスチールテーブルのさらりとした感触を確かめつつ、アランは称賛した。
アランが寄宿学校時代に敷地を抜け出して通っていた地球の大衆食堂といえば、油をたっぷり使った揚げ物や安い肉を強い香辛料で味付けした料理が相場である。
思いでの中の大衆食堂は、天井は黒ずみテーブルも床もいつもべたついてたような気がする。
そこと比べれば、ジオンの大衆食堂は驚くほど清潔だ。
「空気も只ではないですから。調理機も空気を汚染しないようになっているんです。火気も禁止されていますから電磁調理が基本です。ここからキッチンが見えますよね。すべての調理行程で臭いが漏れないように機械がシールされています」
マリーの指で示した先には、食堂のキッチンが見える。
「キッチンというか工場みたいだね」
様々な食品加工用の機械がところ狭しと立ち並び、シェフはその間を縫って忙しく立ち働いていた。
もしも一行の中に旧世紀のファーストフード店の知識のあるものがいれば、有名ハンバーガーチェーンのキッチンを連想したかもしれない。
「お待たせしました!」
例え調理手順に愛想がなくとも、でっぷりと太った女将が運んできた料理の皿からは湯気があがり、どれも美味そうに見えた。
「これ!この芋団子がないとねえ」
握り拳よりも大きな芋の団子へ嬉しそうにフォークを突き刺す運転手にアランは尋ねる。
「軍の食堂よりも美味いかい?」
「そりゃあ、まあ、戦争中ですから」
言葉を濁した運転手に、アランは質問を重ねた。
「普段はどんなものを?」
「俺たち、いや自分達は”石芋”って呼んでますがね。そいつを食ってます」
「石芋?どんなものなんだい?」
「軍の標準レーションの一種です。原料は芋なんですがね。芋のペーストをフリーズドライしてブロック状に固めてあるんです。ビタミンなんかも添加されて栄養成分が調整してありましてね。そいつだけ食ってれば兵士としての健康には何の問題ない、とお偉いさんたち、おっと失礼、は言ってます。まあ、熱い湯があればふやかしてして食えますし、食えないしろもの、ってわけじゃありません」
「・・・お湯がない時は?」
「水につけて食うか、それもなければ、そのまま食うんです。シチューかスープが支給されていれば、それで浸して食うんですがね」
アランは思わず傍らの秘書を振り返った。
「・・・マリー、君は食事をどうしているんだい?」
「食事は士官食堂でとっています。ご心配には及びません」
「ならいいが・・・」
ご機嫌に芋にフォークを突き刺して忙しく口に運んでいた運転手の動作が、ソーセージを運ぶ作業に移る。
「アラン様、地球では生きた肉を食べると聞いたことがありますが、本当ですか」
合成肉のソーセージを頬張るうちに、地球のソーセージの味を知りたくなったらしい。
「生きた肉は食べないかな。アジアでは魚を生で食べる習慣があると聞くけれど、私は馴染めない。きちんと処理された肉を食べているよ。牛とか豚とかのね」
「ははあ・・・やはりお金持ちは違いますなあ」
動物の肉は、サイド5のような農業サイドからの輸入品であり、かなりの贅沢品である。
それを毎日食べていた、というアランに運転手が羨望の声をあげた。
「いやいや。地球では天然肉の方が安いのさ。人工肉もないわけじゃないが、あまり競争力がない」
アランは運転手の思い違いをただした。だが、この人工島で生涯を過ごしてきた人間に、地球の広大な大地をどう説明したら伝わるのか、アランにもあまり自信はない。
「海ってものに住んでいる魚とかいうやつも、一度は食べてみたいですねえ。どんな味がするんですかね」
「わたしはちょっと・・・・生きたものを食べるのは抵抗があります」
「生きたまま食べる訳じゃないよ。専門の調理人が手順を踏んで焼いたり煮たりするよ」
「でも・・・目玉や骨がついているんですよね?正直なところどうも・・・」
「美味いんだけどね」
まして無限の水量をたたえた海の広さと深さを、湖すら見たことのないスペースノイド達に伝える自信となると、アランには手段が思い浮かばなかった。
地球と宇宙。アースノイドとスペースノイド。
暮らす場所が異なれば、習慣が異なり、常識も異なっていく。
今回の戦争がなくとも、この2つの世界の人々が分かり合って暮らすことは難しかったのかもしれない。
運転手お勧めの食堂名物の芋団子は、かかっているソースの塩気が強すぎるようにアランには感じられた。
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第15話 二重帳簿
食事を終えて支払いの段でアランは思わぬトラブルに遭うことになった。
「お代は配給チケット14枚になります」
「配給チケット?連邦ドル(※注1)ではダメなのか?カードは・・・」
「ダメです」
貫禄のある女将が一歩も引かない様子を見せたので困り果てたアランがマリーを振り返ると、頼りになる秘書はプラスチックのカードを取りだして支払いを行った。
「総帥本部の経費で落としておきますから」
「・・・すまん」
すでに戦時なのだから統制経済に突入している、と考えるのが普通なのだ。
敵国の通貨である連邦ドルが通用すると思う方がどうかしている。
ましてカード払いとは!
通信が寸断され、信用元となる金融機関の存続さえ定かではない状態で、ジオン公国が保証する以外の現物、現金以外の決済手段がまともに通用するはずがない。
戦争が終わり何らかの協定が結ばれれば、また交換できるようになるだろう。
もっとも、その頃にはジオンと連邦の力関係は大きくわかっているだろうから交換レートはずいぶんと悪くなっているかもしれないが。
「それにしても・・・本当に平和ボケしているな」
アランが己の認識の甘さに嘆息を漏らしていると、マリーが金融機関に寄ってはどうか、と提案してきた。
「今でしたら、ジオン中央銀行で交換できるかもしれません。額の制限やレートについては保証できませんが」
「それもそうだな。車を回してくれ」
国と国が戦争状態にあったとしても、エスタブリッシュメント達は常に財産を逃がす手段を用意しているものである。
アランもそれなりの階層の出身であり、ザビ家の係累というコネもある。
庶民なら追い返される中央銀行でも、何らかの便宜を図ってもらえることだろう。
現地通貨で現金を保持していないと何かあったときに身動きがとれない。
「金塊でも買っておくか」
その時は冗談のつもりで、アランは軽口をたたいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「MSー06ザクⅡの調達費用ですが、正確な価格を出すことは困難です」
と、担当の若い事務官は言った。
「理由は?」
「開発費用が不明なこと、調達機数が不明なこと、の二点に拠ります」
「そんなことがあり得るのか?」
「開発は公国総帥監部の権限ですから」
女性事務官は官僚特有の文法で「自分には関係ない」と言外に主張しながら答えた。
ジオン公国の組織はデギン=ザビ公王を頂点として、その下に4つの部門、軍部、総帥監部、行政府、議会が互いに協力しながら国家を運営する、ということになっている。
ただし、軍部、総帥監部、行政府の3つの組織の長はギレン=ザビであり、議会はギレンの方針を追認する機関でしかない。
総帥監部は戦争遂行にためにギレンの強力な指揮下にあり、新兵器や技術開発などを担っている。
そのために行政府の一部門でしかない財政院では実態がわからない、と主張しているのだ。
「しかし開発費用の予算請求は来ているのだろう?」
「来てはいますが正確ではありません。独立前は連邦の監査がありましたので様々な要項に別名目で開発費が請求されているからです」
秘密兵器の費用請求が普通に行われているはずがない。
これも、考えてみれば当たり前のことだ。
ジオン公国の成立前、サイド3は当然ながら連邦政府の地方行政単位に過ぎなかったわけで、進駐軍も受け入れていたし、行政府への監察も受けていた。予算使途についても軍事部門は取り分け厳しい監査があっただろう。
そうした目を潜るため、ジオン公国では新兵器開発の費用を様々な名目で外部から解らないよう、物理的にだけでなく経理的にも10年近くに渡り隠蔽してきたわけだ。
ジオンは国家ぐるみで二重帳簿をつけてきた、と言い換えてもよい。
そして、その実態を末端の事務官にうかがい知ることはできない。
兵器開発費用が各兵器の製造単価に配賦して上乗せされることで、はじめて価格を出すことができる。
だから会計の原理的にザクの価格は出せない、ということになる。
「調達機数が不明というのは?」
「先のルウム戦役での被害がまとまっていないからです。それと今後の軍の方針も」
こちらも、もっともな答えである。
一般に、兵器というものは作れば作っただけ単価は安くなる。
兵器開発費用、工場建設費用、機械設備費用などのいわゆる固定費が製造数に対して割り振られるのと、同じものを作り続けることで製造に従事するもの達の学習曲線が向上することで製造単価が下がるからだ。
ルウム戦役でジオン軍は大勝したとはいえ、3倍の敵と戦ったのだから被害が少ないはずはない。
また、本格的な宇宙戦闘に従事したモビルスーツをどの程度の戦闘時間で交換すべきか、部品疲労度などに関するデータも十分に集まっているとは言いがたい。
なにしろ、人類初の新兵器なのだから。
とはいえ、戦争に大勝した今、これ以上にザクを製造するかと言えば軍部としても迷うところだろう。
モビルスーツは宇宙空間戦闘用の兵器であって、地上で戦うためには作られていない。
宇宙軍で採用の噂のあるツィマッド社の新型機に注力する方針も考えられる。
今後の方針が決まり調達機数が読めなければ、価格も出せない。
「なるほどなあ」
経営計画が投資家に説明され、財務情報が法律によって開示される民主国家の手続きとは何もかも勝手が違う。
本当の全貌を把握しているのは、ギレン=ザビ総帥一人だけかもしれない。
アランは行き先の困難を予想して嘆息した。
注:連邦政府通貨については調べましたがわかりませんでした。仮の単位として、連邦ドル、ジオンマルク、と設定します。
オフィシャルな統一設定が判明した時点で置き換えます。
土日も更新します。感想、お待ちしております。
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第16話 リターン・オン・インベストメント
「作戦を練り直そう。金から迫るのは無理だ」
食事を終えてホテルの会議室に戻ると、アランは書類を投げ出した。
秘書は動じることなく「コーヒーを淹れましょうか」と席をたつ。
丁寧な口調とは裏腹にだんだんとマリーの態度がぞんざいになってきている気がする。
おまけに陶器のカップを並べつつ遠回しに非難がましいことまで言うのだ。
「思ったよりも諦めがいいんですね。発見と実りの多いアプローチだったと思いますが」
財政院への訪問は、たしかに短時間で成果があがった。
ごく短時間のヒアリングでジオン公国の組織統制上の問題や、財政に絡む会計制度の歪みなどが見えた。
ジオンの国体の問題を発見できた、という観点からは有益なアプローチであったかもしれない。
「別にザビ家やジオン公国の不備を暴きたいわけじゃないからね。そういうのは愛国者やジャーナリストに任せるよ」
コーヒーを啜りつつ、アランは今後の関与を拒否する姿勢を明確にした。
これ以上に深く関わると、ザビ家、もっと言えばギレン=ザビの権限と管理手法への疑義を挟むことになる。
どう考えても総帥のスパイである秘書を前にして、今や人類で最も権勢を誇る独裁者のお膝元で楯突くと誤解される行為は避けるべきだった。
「そんな寄り道をしている暇はないんだ」
アランはジオン公国を建て直す志に燃える愛国者ではない。
戦争で地球と引き離された婚約者に会いたいだけの、普通の男なのだから。
「民間なら、金銭を追っかければ何とかなるんだけどなあ」
アランのぼやきを、マリーが励ますように話題を変えた。
「アラン様は地球ではどのようなお仕事を?」
「知ってるんでしょ?」
「いえ・・・」
どうせ事前調査資料などで知っているに決まっているが、秘書は言葉を濁した。
「まあいいか。主な業務は投資アドバイザーだね。会社の財務データを分析したり、技術の将来性を見て投資の有無を判断するんだ」
「今のお仕事と似ていますね」
「ぜんぜん違う・・・」
と、細かな金融上の分類を説明しかけてアランはやめた。
門外漢から見れば、たしかに似たように見えるかもしれない。
「いっそ、同じものだと考えてみるか」
椅子の背もたれに身を預けつつ、アランは一人ごちた。
迷った時は、基本に立ち返る。
難しい問題は小分けにして一つ一つ解決する。
アランが地球の金融機関にいたときは、そうして鍛えられたものだ。
もっとも、その上司はアランをジオン公国に売り飛ばしたわけだが。
アランは嫌な記憶を頭を振り払って追いやると、立ち上がった。
「次期主力モビルスーツの選定を、投資計画の比較だと考えてみようか」
対象が兵器であっても、プロジェクト投資には違いない。慣れた思考方法をたどれば、なにか有益な結論が導けるかもしれない。
「投資といっても、利益は発生しませんよね」
マリーの疑問に、アランは別の方向から答えた。
「だめな投資は金銭だけを見る。良い投資は技術とビジネス、それと経営者を見る、と偉い人が言っていた、と大学院で読んだ教科書には書いてあったな」
「良い言葉、ですよね?」
アランの遠回しな表現にマリーは小首をかしげた。
「まあね。でも四半期毎の利益で評価される世界で、そんな悠長なことを言う奴はいなかったけどね。綺麗事だよ。ただ、この際は基本に帰って綺麗事で考えてみようじゃないか」
「小官で力になれれば良いのですが」
「大丈夫さ。それに軍人のものの見方を知りたいんだ。マリーにはぜひ参加してもらうよ」
アランはスーツの上着を脱ぐと、スマートボードの前でペンを握った。
「そもそも、ジオン軍にとって次期主力モビルスーツを開発することによるリターンってなんだろう?」
「それは簡単ですね。戦争の勝利です」とマリーが答える。
「でも、戦争は勝ったじゃないか」
「いえ。まだ終戦条約を結んだわけではありません。最後まで油断は禁物です」
「用心深いね」
「当然です。連邦の国力は圧倒的です。狡猾なアースノイドは、最後まで何をしてくるかわかりません。コロニーへ核兵器や化学兵器で攻撃などをしかけてくるかもしれません」
「いやあ・・・それはないんじゃないかなあ」
コロニーのような閉鎖系で隔壁に穴があきかねない核攻撃や、住民全員を無差別に殺戮する化学兵器による攻撃など、実際に起きれば有史以来の大虐殺になるだろう。
いくら戦争といっても、人類が絶滅しかねない行為を想定するのは軍人だからといって考えすぎではないか。
それだけスペースノイドのアースノイド不信が強い、ということだろう。アースノイドの知人が多いアランにとっては、なかなか耳の痛い意見だった。
とりあえずアランは議論を先に進めた。
「これまでの報道が事実なら、連邦政府だって交渉のテーブルにつくし、実質的な降伏の準備をしてるさ。さて、勝利が決定的になったあとでの次期主力モビルスーツの役割って何だろうね」
「抑止力です。二度と連邦軍が挑んで来ないようにするための」
「スマートな回答だね」
再びのマリーの回答を受けて、アランはスマートボードに記した。
次期主力モビルスーツに求められる仕事
・抑止力
「抑止力って何だろうね」
「戦えば負ける、と敵に思わせて戦闘を躊躇させるちからです」
「すごいね、マリーは先生が務まるよ」
「士官学校で学ぶ基礎の基礎です」
アランが大袈裟に誉めてみせると、マリーはわずかに胸を張った。
「ここでスタートに戻るわけだな。どうやれば敵に負けると思わせられるか。つまりは、どのように相手を負かしたか。我々はあまりに戦争の実態を知らない」
どうやってジオン軍は数に勝る連邦軍に勝つことができたのか。
モビルスーツは、戦闘でどのような役割を果たしたのか。
どのように巨大な戦艦を沈めることができたのか。
「では、どうなさいますか?」
秘書の問いに、アランは答えた。
「戦争を教わりに行くとしようか。できるだけ詳しい人がいいな」
明日も更新します。
感想がいただけると嬉しいです
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第17話 戦闘教義の戦争講義
戦争を教わりにいく。
アランの言葉に、秘書は無言でじろりと上司を睨み付けた。
その冷たい瞳が雄弁に「この人は本当はバカなんじゃないだろうか」に語っているので、アランとしては弁明の必要に駆られた。
「私は軍事のぐの字も知らない素人なんだ。そんな無知な状態でジオン公国の将来を左右する決断はできないだろう?都合の良い情報だけ与えられて操られるのは困るが、必要だと思えば自発的に専門家のアドバイスを受けるのは当然じゃないか」
秘書は無言で非難の矛を納めると「それでは、軍に行きますか」と尋ねた。
軍であればドズル将軍の宇宙攻撃軍、キシリア将軍の戦略防衛軍、どちらにコンタクトを取るべきか、手順について算段する必要があるためである。
ジオニック社がドズル将軍派、ツィマッド社がキシリア将軍派なのは周知の事実だけれども、できるだけバランスのとれた見解を得られるように努力しなければならない。
「こないだのリスト、見せてくれるかな」
アランに言われて、マリーは「アランを脅そうとして逆に脅される材料を渡してしまった間抜けな軍と官僚のリスト」を持ってきた。
このリストには、ドズル、キシリア両派閥の官僚達がバランスよく記されているため、現状の勢力把握に大変に役立ってくれている。
「この人に聞きに行こうか」
リストを捲る手がとまり、アランが候補者に、と指し示した人物の所属先を見てマリーは絶句した。
書類に添付された額の広い写真の人物のプロフィールには「総帥監部作戦局所属」と記されていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ジオン公国の行政組織は、その機能によって大きく2つに別れている。
1つは行政府を中心とした民政を司る部門。先日アラン達が訪問した財政院も、基本的には民政側の機関である。
もう1つは総帥監部を中心とした軍政を司る部門。行政府が民政であるならば、総帥監部はまさに軍政を司る部門であると言って良い。
その組織は総帥のギレン=ザビを頂点として総監官房、軍務局、作戦局、情報局、軍需局、技術局、訓練局、開発局がぶら下がる。
まさに10年にわたりジオン公国を戦争に向けて駆動してきた組織そのものである。
「作戦局は、官僚の中でも本当のエリートが行くところですから」とは、マリーの説明である。
「こないだのビルの隣だね。窓から財政院が見える。こっちの方が背が高い」
待合室の廊下には採光用の大きな強化プラスチックの窓があり、行政府ビルを見下ろせるようになっている。
組織と組織の力関係は、こうした些細なところに出るものだ。子供っぽい力の誇示には違いないが、それだけに分かりやすい。
つまり、ジオン公国では民政より軍政がずっと偉い。
「本当に軍に聞くのではダメだったんですか?」
マリーが小声でささやく。
どうもエリートの巣窟に乗り込むので緊張しているらしい。
アランから見ればマリーも十分にエリートなのだが、エリートはエリートの世界でいろいろ順列があるらしい。
「軍もいいんだけどね。たぶん忙しくて相手をしてくれなかったと思うよ」
「戦争中はどこも忙しいんです!」
と、マリーがもっともな言葉を返した。
「そうだけど・・・報道で発表はされていないけれど、先日の大作戦はジオン公国にとっても乾坤一擲の作戦で・・・相当に大きな被害を受けたと思う。だから今ごろは補給や修理、整備に再編と大忙しのはずだよ。私のような部外者がノコノコでかけて行っても、下心のある人以外には、まともに相手にされないさ」
「それは・・・そうかもしれませんが」
「それにね、軍は実行組織であって研究したり考案するための組織じゃない。官公庁の組織図と組織の職務説明を見ればそれは明らかだし。総帥監部の作戦局が今回の戦争のモビルスーツの使い方を考案したに違いないよ」
「まさか、それが根拠ですか?」
「それだけじゃ不足かい?」
◇ ◇ ◇ ◇
先日の財務官僚氏と異なり、今度の作戦局の官僚は逃げ隠れしたりしなかった。
アポを取るとすぐにやってきて、真っ正面からアランと相対する。
エリートにも腰の座ったのと座ってないのがいる。
この額の広い官僚は前者だ、とアランは感じた。
「ご用の向きは?」
「次期主力MSの選定にあたり、今後の戦争の形を知りたいのです」
アランが率直に用件を告げると、傍らの秘書が「えっ」と小さく叫んだのが聞こえた。
「ほう」
一方、作戦局のエリート官僚はふてぶてしく片方の眉をあげた以外に表情を変化させなかった。
アランが「モビルスーツを用いた戦闘の一般的な方法を知りたい」と要望すると、すぐに別室へ通され説明のための資料と手筈が整えられる。
「いいね。さすがエリートさんは話が早い」
「アランさん、黙ってください」
小声でお喋りをしていると、先程の官僚が書類を抱えてやってきた。
「ルウムでの戦闘解析はまだですが、一般的な戦闘ドクトリンについては説明ができると思います。それでよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
殺風景な会議室の壁のスマートボードを用いて、額の広い官僚は早口で説明を始めた。
「一般論として戦争は数の勝負です。技術に大きな差がなければ、戦争は数で決まります」
「戦争は数」
アランがおうむ返しにすると、小さくうなずいて説明を先に続けた。
「我が軍の戦闘艦艇と連邦軍の戦闘艦艇に大きな技術上の差異はありません。連邦軍の艦艇数は我が軍の数倍はありますから、正面から挑めば敗北します」
「敗北する」という言葉に傍らの秘書が微妙な表情をしている。
ジオン軍人としては何か言いたい、けれど相手の階級を見て躊躇している、そんなところだろうか。
「戦略、戦術、いろいろな言い方はありますが、基本的には局所的に多数対少数を作り出すための軍事上の技術、と捉えていただければいいでしょう。そうですね、アランさんはボクシングをご存じですか」
「寄宿学校の課程で少しは・・・もうずっと前の話ですが」
イギリスの寄宿学校には、植民地に送り込んでも大丈夫な若く壮健な若者を育てる、という伝統を持つ学校が多い。
アランもその迷惑なエリート教育方針のせいで、ラグビーかボクシングかフェンシングを選択させられたのだ。
男と肩を組むのは遠慮したい、剣は怖い、という理由で毎週、目の回りに青あざを作ることになったのは、今となっては楽しい記憶だ。
「そうであれば話が早い。戦略とは、自分に応援の多いボクシングの会場を選ぶこと、戦術とは自分の得意なパンチをいかす戦い方を選ぶこと、と言っても良いでしょう。
ですが、そもそも得意なパンチがなければ作戦の立てようがありません。その中心となる概念がドクトリンです。自分の長所や短所を十分に考慮し、どういう戦い方をするか決めて、その戦いかたができるように装備を整え、人材を育成し、地道に訓練していく。それが戦闘ドクトリンです。
ジオン軍は、モビルスーツを生かした戦術を実現できるよう10年にわたって戦闘ドクトリンを磨きあげてきたのです」
「なるほど・・・だんだんわかってきました」
「モビルスーツは、言うなればインファイトの得意なボクサーのような武器です。相手の体格がいかに大きく、リーチが長くとも懐に潜り込んでしまえば手が出せません。相手が何人いても同じです。インファイトは1対1でしかできませんから。
インファイトで相手を倒す。倒したら次の相手と戦う。そうやってジオン軍は戦ったのです」
官僚はシミュレーション映像を壁に映し出した。
「ちょっと例え話が多かったですね。図で説明しましょう。通常の宇宙空間の艦隊戦は、およそ数十キロの距離でビームやミサイルを撃ち合うことになります。この場合、武器の射程距離と砲の数、FCSの正確さで勝負が決まります。
艦艇の数が多ければ砲の数が増えます。艦隊陣形が有利であれば戦闘に参加できる砲の数が増えます。射程距離が長いと戦闘に参加できる砲の数が増えて艦隊陣形の自由度が上がります。距離が近づけば砲の命中精度があがります。
ですから、単純な確率の問題なんです。戦闘に参加できる砲を増やす。そのためだけにジオンも連邦も戦略、戦術、装備の更新を行ってきたと言っても過言ではありません」
「なるほど」
「ですから、我がジオンでは戦闘のルールを変えることにしました」
「インファイトの例えですね」
「そうです。それがミノフスキー粒子散布とモビルスーツを利用した戦術です」
画面に映る艦隊に薄いもやがかかる。
「ミノフスキー粒子を散布することにより、長距離砲撃はかなりの程度無力化できます。長距離ビームは粒子の電荷で屈曲されるので正確性が大きく下がりますし、粒子の電波撹乱の性質のため誘導ミサイルの類は長距離からではほぼ当たらなくなります。戦闘は有視界戦闘の大昔へと逆戻りすることになったのです。
旧世紀の昔、大砲が発明される前の人類がどのように艦隊同士の戦争を行っていたかご存じですか?」
「いや。歴史はあまり・・・弓矢で撃ち合ってもいたんですか?」
「いえいえ。船に乗り込んだのです。船を接舷させて、無理矢理に。モビルスーツも似たような戦術をとります。長距離砲撃を無力化したあとは、戦艦にゼロ距離戦闘を挑むのです。
今の連邦艦艇に装備されている近距離火器にモビルスーツを破壊できるだけの火力を持つ装備はありませんから、張り付いてしまえば一方的に攻撃できる理屈です。
通常は2機から3機で1隻の艦にあたります。そこで沈めることができれば、また次の艦を相手にします。いわば艦隊同士の集団戦闘を、1対多の個人戦を繰り返す形へと、戦争のルールを変えたわけです。この場合の多数はモビルスーツになります」
「これは・・・ジオン軍が勝つわけです」
「ええ。勝ちました。想定通りです」
額の広い官僚はごく当たり前の数式を証明した学者のように答えた。
昼頃に投稿したかったのですが遅れました・・・感想、お待ちしております
ちょっと花粉がすごすぎて執筆HPが残っていないので、月曜日更新はパスします
火曜日には更新します
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第18話 変転
額の広い官僚氏の説明で、アランが心の底から理解し、納得できたことがある。
ジオンが連邦に勝ったのは誤報でもなければ偶然でもなかった。
勝つための準備を10年間にわたり積み重ねてきた側が、準備を怠ってきた側へおさめた当然の結果としての勝利だった、ということである。
実のところ、アランには作戦局で説明を聞くまではジオン軍の勝利はプロパガンダに過ぎないのでは、という疑いが心の片隅にあった。
だが、間違いない。ジオンは勝つべくして勝ったのだ。
今後の宇宙世紀の歴史は、間違いなくジオン公国を中心として紡がれることになるだろう。
「この戦争は勝てたわけですが、今後の戦争はどのようなものになると考えていますか」
アランの問いかけに官僚氏は「いえ、まだ勝ったとは言えません」と返してきた。
奇しくも秘書のマリーと同じ回答である。
「連邦が核攻撃や化学兵器で反撃する可能性があるからですか?」
マリーが言っていた「連邦の反撃の可能性」について冗談めかして話題をふると、額の広い官僚は話し合いのなかで初めて「いえ・・・」と言葉を濁した。
これほど明晰な官僚にもアースノイド恐怖症とでも言うべき性癖が蔓延しているのか、とアランは意外の念を感じた。
ジオン公国から見た地球連邦という組織が、それだけ圧倒的な潜在力を持つと軍の中では兵卒から上層部まで認識が一致しているということだろう。
こういう組織は強い。やはり、ジオン軍の勝利は偶然ではなかった、とアランは認識を新たにした。
「では質問を変えます。もし戦争が継続するとして、今後の連邦軍はどのような戦術をとってくると考えていますか。連邦もルウムの大敗で戦訓を得たでしょうし、モビルスーツの威力を学習もしたでしょう。初戦のような大勝は難しいと思われますが」
連邦軍とて無能の集まりではない。圧倒的な敗北を喫した責任追求が一段落したあとには、原因の追求と対策を練るだろう。
細かい点は機密事項に触れるとしても、大まかな対応策については、アランとしても知っておきたかった。
「連邦は宇宙戦力の80%を喪失し、地球周辺機動の制宙権を失いました。宇宙要塞ルナツーでは生産力が不足しますから、地球で生産した軍需物資を地表から重力に逆らって補充する必要があります。今後は地球軌道上に打ち上げられる輸送船と護衛艦を巡る小規模な戦闘が頻発することになるのでは、と想定しています。そうして連邦の国力を削りつつ条約の制定を待つことになるはずです。それに、連邦軍もいずれはモビルスーツを開発してくるでしょう」
「連邦軍がモビルスーツを・・・それはいつ頃になると?」
モビルスーツにはモビルスーツを。連邦軍の将軍達の目が節穴でなければ、いずれはその発想にたどり着く。問題はそれがいつになるか、である。
「ジオンでは開発から実戦配備まで10年近い年月を要しました。連邦軍の技術力と生産力であれば5年・・・いえ、3年で我々の技術水準に追い付いてくるかもしれません」
「3年・・・」
早すぎる。ジオン公国という宇宙国家が10年の時間と国力と新技術を傾けて注ぎ込んだ乾坤一擲の作戦の成果が、たった3年で失われてしまうのか。
基本的な国力に差があるとはいえ、それではスペースノイド達があまりに哀れにすぎる。
「仕方のないことです。ジオン軍としても新型のモビルスーツを開発し、技術が追い付かれないよう努めねばなりません」
官僚は頷いたあとで「しかし連邦軍がモビルスーツを開発しても実戦配備にはかなりの時間がかかるかもしれません」と続けた。
「なにしろ、宇宙軍の編成を艦隊中心からモビルスーツ中心に切り替えるのには時間がかかります。技術だけなら3年で追い付けるかもしれません。ですが一番難しいのは、人の問題です。連邦軍は民主的な軍隊ですから将軍の任免にも複雑な政治が絡みます。既存の兵器体系をひっくり返すとなれば、そこにぶら下がっている政治家や企業家達の利権を根こそぎ奪うことになりかねません。ですから、技術面では可能でも、政治的にかなりの困難が伴うと思われます。
また、モビルスーツ単体をとっても、部品製造、組み立て、補給、整備のための設備と人員の訓練、パイロットの育成と戦術の確立など課題は山積みです。早期に解決できるものではありません。
連邦軍がとる対策として、短期的には既存の宇宙戦闘機の重武装化、艦艇の近接火器の火力強化、といったところに留まるのではないでしょうか」
技術はできても組織と人と設備がついてこない、ということか。
それなりに説得力のある説明である。
「するとジオン軍のモビルスーツは、どういった方向性で開発されるべきだと考えますか」
アランの問いに、官僚はスマートボードを使いながら説明してくれた。
「まずは連邦の宇宙戦闘機や艦艇の短距離砲に耐えられるだけの重装甲化。それでいて既存の機動性を失わないための機動力強化。地球軌道上での一撃離脱戦闘を可能にする火力の強化、といったところではないでしょうか。
開発された新鋭機は、既存のMS06の熟練パイロット達へ優先して引き渡されていくことになるでしょう。モビルスーツを中心とした戦術において、熟練パイロットにはそれだけの価値があります」
「たしか・・・赤い彗星、でしたか。1人で5隻の戦艦を沈めたとか」
「ご存じでしたか。ええ。彼の他にも、信じられない成果をあげたパイロットの事例があがってきています」
「すると、今後のモビルスーツは重装甲、高機動、高火力、がトレンドになりますか」
「もう一点付け加えるならば、対モビルスーツ戦闘能力も・・・ですね。将来的な話になりますが」
現時点で追求すべき性能に加えて将来的に拡張する余裕を持たせてほしいということだろう。
対モビルスーツ戦闘といっても、具体的にどのような要素が必要なのか、アランには想像が難しい。
「連邦軍のモビルスーツを念頭にいれるんですね?・・・たしかMS06は斧のような武器を装備していませんでしたか。ヒート・・・」
「ヒートホークですね。あれは対艦用で戦艦の装甲を引き剥がしたり、砲搭の砲身を叩き折ったりするため工具のようなものです。建設機械のアームの先に装着するアタッチメントをイメージしていただけるといいかもしれません」
「そうなんですか。てっきり大きな斧でモビルスーツを叩き切るものだとばかり・・・」
アランの勘違いを、官僚氏は訂正した。
「まさか。いえ、やってやれないことはないでしょうが・・・モビルスーツのように高速で機動する物体同士が衝突すれば両者にとって大変な惨事になります。3次元の広大な空間を飛び回る宇宙空間戦闘で格闘戦が起きることは想定しにくいですね」
たしかに、モビルスーツがいかに人に近い形をしているとはいえ、基本的には核融合炉を積んだ宇宙船であり、手足はマニュピレーターなのだ。
宇宙船は格闘をしないものだ。激突すればフレームは歪むだろうし、万が一にでも核融合炉が損傷を受けて爆発したりすれば、大変なことになる。
「ロボット同士の格闘はロマンとして娯楽番組の中に留めておく方が良さそうですね」
「今後の方向性としては、そうした拡張性も考慮にいれる必要性はあります。連邦と大規模な会戦が起きる可能性は下がりましたから、全体として量を揃えることを重視したMS06計画から、質を重視した機体にトレンドが移るものとお考えください」
戦局の見通しやモビルスーツのトレンドについての説明も明快で説得力がある。
さすがジオン軍屈指のエリートが所属する作戦局に所属しているだけのことはある。
アランは会議の内容に満足し、席を立つ際にふと、質問を投げ掛けてみた。。
「最後に一つだけ。ロマンついでにお聞きしますが、モビルスーツで地球上での戦闘は想定していますか?」
「訓練の一環として低重力の小惑星上での訓練は積んできました。それと月面都市グラナダ解放戦において、月面上をモビルスーツが歩いた、ということは聞いています。地球上での戦闘もシナリオとしては考慮しましたが・・・実現せずに済んでよかった、と思いますよ」
「ありがとうございます」
足はあってもモビルスーツはスペースノイドが作った宇宙兵器。ロマンは子供向けの番組で追求すべきものであって、現実の兵器システムでは居場所がない、ということでもある。
◇ ◇ ◇ ◇
アランにとって選定の基準ができれば、次期モビルスーツ選定レポートの作成は楽な作業だった。
次期主力モビルスーツ選定の選択肢は、A案のジオニック社提案、B案のツィマッド社提案、C案の既存機体の継続案の3つに絞られた。
C案については、MS06を製造しているジオニック社から新規提案があった。
脚部ユニットにスラスター追加と背部メインスラスターを強化することで、推力を大幅に引き上げることができる、というのである。
現行機の改修ということで多少の費用の上乗せはあるが、やはり実績のある機体は安心感がある。
アランの天秤は、大きくC案に傾いた。
今後のジオン公国の財政に対するアランの見方も、その決断を後押ししていた。
近いうちに、ジオン公国と地球連邦の間で何らかの休戦協定が結ばれるだろう。
そうなれば今のジオン公国の軍事費も大幅に削減せずにはいられないはず、というのがアランの見立てである。
傍証はいくつもある。財政院で聞き込んだジオン公国の歪な予算管理。
サイド内の奇妙に少ない労働者たち。兵士に供される貧しい食事。
アランは数年間にわたりサイド3を調査してきたので、ジオン公国の国家財政が破綻寸前であることを大掴みな数字で知ってはいた。
それが実際にジオンのお膝元に滞在し、街の雰囲気を肌感覚で感じることで、それは確信に変わった。
ジオンは、相当に無理をしている。
金融面から考えると地球や各サイドからダミーカンパニー等を通して大量に売り付けた国債や企業債の償還期限が迫っている。
先月が財政的に耐えられる戦争開始のギリギリのタイミングだった、と今ならば言える。
地球に売り付けた分の債権は戦後賠償の一環として大幅に放棄されるかもしれないが、他のサイドからの債権についてはそうはいかない。
ジオン公国がスペースノイドの守護者として地球圏からの独立を望むならば、宇宙を中心とした経済圏を築くためにも、例え他サイドの政権が変わったとしても返済しなければならない。金は借りたら返す。それが新しき宇宙覇権国家としての信用であり、義務というものだ。
「次期主力モビルスーツは、ジオニック社が大量に生産したMS06の高機動改修プランを軸として、装甲増強型を検討することが開発リスクを低減し、コスト面からも望ましいと考えます・・・と」
アランが事務所でレポートを作成していると、秘書がコーヒーを淹れてくれた。
「いかがですか?レポートの方は」
「だいたいの方向性は決まったよ。あとは詳細データを企業から受け取って当てはめていくだけの作業さ」
「お仕事が早いですね」
「あまり長々とサイド3にいてもね。ジオンと連邦の間にさっさと停戦協定を結んでもらって地球で婚約者を探したいのさ」
「アラン様」
「ん?」
「お気をつけて」
「ああ」
ギレン総帥に提出するレポートの作成と、地球に渡った後の婚約者の捜索で頭が一杯だったアランは、秘書の曖昧な笑顔に気がつくことはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
夜中、アランは寝入り端にホテルのドアが激しく叩かれる音で目が覚めた。
「いったい何だ・・・火事か?戦争か?」
眠い目を擦りつつ扉を開けると、見知らぬ軍人が数人、立ちはだかっていた。
質実剛健で機能性を重視するジオン軍としては珍しく華美な制服をまとっている。
なかでも、真ん中に立つ男は唇が薄く、窪んだ青い瞳が人格的な酷薄さを訴えてくる。
蛇のような目だ、とアランは背筋に冷たいものを感じた。
「アラン様ですかな?」
「そちらは?」
「失礼。小官は武装親衛隊所属ダニガン少佐であります」
武装親衛隊。ギレン総帥直轄の悪名高い秘密警察であり、武装組織でもある。
そんな連中が夜中に踏み込んでくる理由は、一つしか考えられない。
「アラン様には国家転覆及びスパイ罪の疑いがかけられております。同行を願います」
武装親衛隊の黒い革手袋で後ろ手にホテルのドアが閉じられていく音は、自分の人生が閉じていく音のようにアランには感じられた。
書きすぎたかもしれません。感想、お待ちしております。
→すみません。本日も花粉がすごすぎて執筆体力が残っておりません
今週は杉花粉ピークだそうで・・・落ち着くまでお待ちください
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第19話 南極条約
人に話をするときは相手の目を見ろ。
両親には、そうやって教わってきた。
だが、いくら話しても話の通じない相手には、どこを見て話せばいいのだ?
「それではアランさんがサイド3に到着してから何をしてきたのか。最初からもう一度聞かせてください」
もう一度、もう一度。たしか86・・・いや87回目だな。
アランは強烈な照明と睡眠不足でボンヤリとしかけた頭の片隅で正気を失わないよう、目に見えるものの数を数えていた。
強化プラスチック製の床と壁に囲まれた部屋にいる尋問官は4名。たぶん7名が交替しながら続けている。おそらくは3時間交替。1日5回交替しているので15時間が尋問時間。照明の数は天井に13、机に3つ。制服のボタンは5つ。軍靴の靴紐の穴は18。これは下を向いている時に数えた。メモの枚数は30。2枚残して次のメモへ。
起きて、聞かれて、話して、聞かれず、疲れきって眠る。
7回繰り返したあと、それは突然におわった。
◇ ◇ ◇ ◇
「だいぶ参ったようだな」
「殺すつもりなら、いっそ一思いにやってくれませんかね。趣味が悪い」
尋問から釈放され、全身を洗われて服装を整えられ、総帥府まで連れてこられるまで1時間とたっていない。正直なところ、自棄になっていた。
「ザビ家に連なる者を殺すはずがなかろう。それに貴様には未だ利用価値がある」
今や人類の頂点に立ったはずの独裁者、ギレン・ザビは面白くなさそうな表情で告げた。
「貴様の書いたレポートだかな。よく見えている・・・と言いたいところだが」
独裁者は鋭く手首を翻らせると、分厚い紙の束を放り投げた。
「カスだ。今となっては使い物にならん」
何をする、と反駁しかけて気がつく。
「今となっては?なにか情勢が変わりましたか」
ギレン=ザビは忌々しそうに衝撃的な言葉を告げた。
「レビルめが逃げ出しおった。いや逃がした者がいる。戦争は終わらん。アースノイドどもめ、よほど粛清されたいと見える」
「それは・・・」
アランは絶句した。
◇ ◇ ◇ ◇
あとから知った話だが、地球連邦軍の司令官としてジオン本国で勾留されていたレビル将軍は1週間ほど前にサイド3から何者かの手引きで脱出したらしい。
1週間前といえば、アランが逮捕された時期と重なる。
「なるほど。親衛隊の奴等が焦って逮捕に来るわけだ」
「ご無事で何よりです」
「無事なものか」
アランは事務所にしていたホテルに戻ってきていた。
引き続き、秘書はマリーが勤めるらしい。
「レポートは再提出。次期主力モビルスーツ選定計画は、また一からやり直しだ。おまけに戦争は続くときた。ったく何で本国から敵国の将軍が逃げ出せるんだ。おかしいだろう?」
「私の口からはなんとも・・・」
コーヒーを淹れる秘書が言葉を濁した。
連邦の手がジオン本国まで延びていたか、あるいはジオンが一枚岩でないのか。
マリーの反応を見れば、後者のようにアランには思える。
それにしても、圧倒的に優勢な軍事的条件下で利敵行為に走るとは。せめて終戦まで待てなかったのか。
ジオン公国内の派閥事情というのは、余程に深刻なものらしい。
そもそも地球で暮らしていた外様の自分が呼び戻されたのもキシリア・ドズルの派閥争いの余波であるわけで。
「このままでは、ジオンは負けるな」
思わず口に出た言葉を、アランは頭を振って打ち消した。
宇宙戦力では連邦の主力を壊滅させたジオン公国が圧倒的に有利なのは間違いないのだ。
この状態からジオンが負けるというのは、ほとんどあり得ない確率だ。
「まずは南極条約とやらの原文を見せてくれ。今後の戦略環境を検討するにも前提情報がいる」
アランが尋問で世間から隔離されている間に、地球連邦政府との間で俗に南極条約と呼ばれる協定が結ばれたらしい。
戦力の制限や戦闘地域の前提が覆されると、前回レポートのように破棄される可能性が高くなる。
ざっと概略だけを見れば、その項目は非常に単純である。
1.大量破壊兵器の使用禁止(NBC兵器、大質量兵器の使用を含む)
2.特定地域および対象への攻撃禁止(月面都市、中立宣言コロニー、木星船団)
3.捕虜待遇に対する取り決め
「だいたいがジオンの要求が通ったということか・・・?」
閉鎖環境である宇宙コロニーに核、科学、生物兵器などを使用されては、住民被害は簡単に一千万人、一億人のオーダーに載ってしまう。
あくまでの宇宙移民の自治権を求めるジオン公国の立場からすれば、そうしたスペースノイドの人命尊重の項目を主張するのは当然だろう。
特定地域への攻撃禁止についても、その多くが宇宙でのジオンの覇権を追認するものだ。
捕虜待遇についてもジオン公国をあくまで内乱として当該の規定がなかったのがおかしいのであって、国同士の戦争となれば当然に結ばれるべきものである。
「よくわからないのが、この”大質量兵器”だ。ジオンは資源衛星を兵器にしているのか?」
「いえ。コロニーを使用します。いえ、されました」
いま、なんと言った?
花粉が過ぎ去るまで今しばらくお待ちください
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第20話 アイランドイフィシュ
連休中はできるだけ更新します
ジオン公国が地球連邦軍に先制して行った大質量による地上攻撃、ブリティッシュ作戦。
その実体は無人化されたコロニーに核パルスエンジンを取り付けラグランジェポイントから地球の大地へ突入させるという、コロニーの巨大質量自体を利用した地上攻撃である。
コロニーの質量はおよそ100億トン。それを地球連邦軍本部が存在する南米ジャブローへ落下させることで連邦軍中枢本部の撃滅と指揮能力の喪失を狙った作戦であった。
作戦は完全成功する目前で連邦軍の抵抗により落着位置は南米を外れ、一部はオーストラリアに落下したという。
「ばかな・・・そんな作戦を実施するとは。ジオン軍は、ギレンは狂ったのか」アランは呻いた。
「・・・地球連邦軍の士気を砕くには最適の作戦であると判断します」マリーの答えには揺るぎがない。
たしかに秘書が言うように、これから地球市民は空を見上げるとき、星が落ちてこないかと恐怖に怯えて生きることになるだろう。
中世紀の世界大戦で敵対国の市民に対する都市爆撃が総力戦理論として正当化されたのも、国民を恐怖に陥れることで戦争継続に対する意志を挫くことが戦争の勝利のためには必須である、と考えられたからだ。
コロニーのような巨大質量が落ちてくるとなれば、都市圏そのものが消滅する。なまじの防空壕などを掘ったところで地殻ごとえぐり取られることになる。
自分たちの手の届かない遙かな高みから、逃れようのない死が落ちてくる。それは圧倒的な恐怖のイメージだ。
その意味でコロニー落下作戦は、恐怖戦術として、これ以上にない効果的な手段である、とは言えるだろう。
だが、恐怖も行きすぎれば敵を窮鼠にする。
恐怖をなくすには、恐怖の対象に従うか、恐怖の対象を消すしかない。
コロニー落とし、という究極の恐怖戦術は、地球市民をして窮鼠にする効果しかないのでは、とアランは危ぶんだ。
「地球環境は・・・ようやく回復しつつあったのに」
「ジオン公国の管理下に入れば地球の環境は速やかに回復します」
「地球に住む人間がいなくなるから?」
無言は、すなわち肯定だった。
ジオン公国の国民達、スペースノイドにとって地球人類こそが抹消するべき存在であり、そのためには恐怖を与えて当然である、との世論の後押しがあったのだろう。
ある程度の世論の支持がなければ、例え独裁者のギレンであっても、これだけ人道に反する作戦が実行できる筈がない。
地球連邦の過酷な宇宙支配は、ここまでの敵愾心に満ちた手段を是とするスペースノイド達を育ててきたことになる。
「因果応報、か」
人々を無理矢理宇宙に追い出した結果、追い出された人々の家が恨みと共に落ちてきた、というわけだ。
だがアランにはもう一点、どうしても理解できない点があった。
「そもそも、落下させたコロニーはどこから調達してきたんだ。サイド7あたりから建設途上のものを輸送してきたのか?」
とはいえサイド7はサイド3から遠い。開戦と同時にコロニーを奪取したとしても、護衛しつつ地球軌道へ投入するには時間がかかり過ぎて地球連邦軍の迎撃体制が整うリスクがある。
あのコロニーはいったい、どこから来たのか。ひょっとしてジオン公国内で疎開させたコロニーを用いたのだろうか。
「落としたのはサイド2のコロニー、アイランドイフィシュです」
「サイド2だって?あそこには建設中のコロニーはなかったはずだ」
アランは仕事柄、コロニーの建設情報には通じていた。コロニー建設はいわば100万人単位の住居を建設する不動産投資であり各種の産業に膨大な影響を与えるからだ。
現在のところサイド建設はサイド7を除いて一段落している。そして建設中のサイドは管理番号で呼称され、入植が始まるときに名前がつく。
つまりアイランドイフィシュは人が住んでいるコロニー、ということになる。
開戦と同時に全住民を疎開させたのだろうか。だがサイド2やジオン軍にそれだけの輸送能力の余裕があるとは思えない。
コロニーの住民は1基あたり最低でも100万人にのぼる
その住民達が全財産を置いての疎開に同意などしないだろう。
アランはある恐ろしい想像にたどり着き、震える声を抑えながらマリーに訪ねた。
「・・・コロニーの住民はどうしたんだ?」
「化学兵器により全住民が死亡していました。連邦の攻撃によるものです。コロニー落としは連邦軍の蛮行に対するスペースノイドの復讐の剣となったのです」
秘書の声音は、アランの想像を越えて冷たかった。
◇ ◇ ◇
宇宙世紀におけるスペースノイドの故郷の大地であるスペースコロニー。
その実体は長さは35キロ、直径6.4キロの宇宙に浮かぶ細長い金属と岩石の筒であり、宇宙の広大さに比較すればごく小さな筒に再現された小さな地球をよすがとして100~200万人の住民が宇宙世紀の開始以来、数十年にわたり暮らしてきた。
彼らにとって母なる大地とは、天を仰げば雲の向こうに反対側の大地が映り、地平線とはせり上がった壁面を指す人工の大地を指す。
スペースノイドにとっての地球とは、虚空を隔てた遙か彼方の異国であり、異星ですらある。
スペースノイドがあと数世代を重ねれば、地球という大地は彼らにとって単なる観光地でしかなくなっていただろう。
だが、地球は宇宙移民達を放ってはおかなかった。
彼らは少なくとも宇宙進出に投資した巨額の資金を回収する必要があったし、回収するためにはスペースノイド達を強力に支配し、つなぎ止めるシステムが必要であった。
法律に基づく投資回収。すなわち課税である。
地球には存在せずコロニーだけに存在する税金は数多いが、その中でも悪名高い税金に「空気税」がある。
文字通り「息をすることに対する税金」である。
宇宙世紀の人頭税として「空気税」は全てのスペースノイド達から怒りを買っていたが、その実体はスペースノイド達が想像していたものとは少し異なっている。
スペースコロニーは凡そ100億トンを越える質量を持つが、その体積の多くを占めるのは大気である。
100万からの住民が息を吸い、息を吐く。地球上では全ての生物が行う天然自然の行為がコロニーの小さな環境制御能力には過大な負荷となって襲いかかる。
コロニー内の環境は完全平行状態を作り出すべく設計され、各種の大気浄化を行う植物も計算上は余裕を持って植生が成されているし、大気が滞留して住人が窒息することのないよう巨大なエアコンディショニング・システムがコロニーの肺として筒の中に張り巡らされている。
宇宙に浮かぶ大地では、エアコンが止まると人が死ぬ。
そのため、スペースコロニーの空調システムは何重にも冗長化され多少の電源が落ちたり、壁に穴が空いた程度ではコロニー住民の呼吸に支障なく動作するよう設計がなされており、維持管理に資金が必要なシステムとなっている。
空気税の多くは、この生存に欠かせない巨大インフラにつぎ込まれているのである。地球への返済はその15%に過ぎない。
とはいえ、それがコロニー住民の対地球感情を軟化させるものではなかったが。
◇ ◇ ◇
その日も、そのコロニーの住人にとってはごく普通の日として始まった。
朝食を摂り、学校や勤務先に向かい、友人や同僚と挨拶を交わして始まるはずだった朝。
爆音と共にコロニーの大地を突き破り、大気中で炸裂した砲弾から散布されたGGガスが、その全ての人々の営みを永遠に中断させた。
そのガスには臭いがなかった。色もなかった。ただ、ごく少量を吸い込むか皮膚に付着するだけで神経を麻痺させて呼吸を阻害する致命的な作用があった。
その日、致死性の化学兵器が歴史上初めてコロニーという閉鎖環境で大規模に使用されたのである。
膨大なシステムの努力に元に微妙なバランスを保っていたコロニーの空調システムへ無色無臭の化学兵器が撃ち込まれればどうなるか。
その結果は、火を見るよりも明らかであった。
通りを歩いていた住民達は逃げる暇もなく、苦しんで泡を吹きながら死んでいった。数十秒遅れて電気自動車の中にいた住民達も苦しみながら死んだ。
建物の中にいた住人達はそれより数十分は長生きすることができた。しかし完全に密閉されていない建物に住む多くの住民は無色無臭のガスの存在に気づけず戸口や窓を開閉し、他の住民の運命に続いた。
一部の建物には酸素マスクと簡易宇宙服が備え付けられており、異常に気づくことのできた幸運な住人はそうした設備を利用して立てこもり救援を待った。
しかし救援は来なかった。救援に向かうべき組織が壊滅していたからである。彼らも数日間耐えた後、窒息して死んでいった。
宇宙に浮かぶ母なる大地であるスペースコロニーは、その日、100万の苦しんだ人間の眠る巨大な棺となった。
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第21話 絶滅戦争
100万人を化学兵器で虐殺。
あまりに数字が大きすぎて現実感がない。
「もし・・・」
「事実です」と秘書がアランの迷いを断ち切るように断言した。
「もしも地球連邦政府が、そんな蛮行に手を染めたとしたら地球連邦政府は終わりだよ。人類史の続く限り、地球連邦政府はスペースノイドの仇敵になるだろう」
アランは、今やこの戦争の性質がハッキリと変化したことを確信した。
この戦争は、決してジオン公国独立やスペースノイドの自治権を確立するための、政治や外交の一手段としての戦争に留まることはない。
アースノイドとスペースノイド、どちらかが絶滅するかまで終わらない種族生存戦争へと変容を遂げたのだ。
南極条約が結ばれたのも、そうした戦争の質的変化に指導者達が怯えたという一面もあるのだろう。
この戦争は、文字通り人類の存亡に関わる絶滅戦争へと至りかねない道である。
「連邦のレビル将軍も余計なことをしてくれた」
アランは、無駄と知りつつ愚痴らずにはいられなかった。
もし戦争を終わらせることのできるタイミングがあったとすれば、1週間前の南極条約のタイミングでしかあり得ない。
たしかに先制攻撃で戦力を失ったことは地球連邦という国家には屈辱かもしれない。
しかし、ジオン公国の要求はたかが一サイドの独立運動でしかないのだ。
歴史的な流れを考えれば遠隔地の植民地が独立を志向するのは当然のことだ。
穏当な条約を結び相互に利益のある経済条約か何かを結べば良い。
「あの将軍は、もっとも人類を殺した男になるかもしれないな」
地獄への道は善意で舗装され、平和への道は白骨で埋め立てられている。
一人の老人の初戦の敗戦を濯ぐ、という信念だけのために、これからアースノイドとスペースノイドは種族の存亡をかけて戦うことになる。
「まったく迷惑な話だ」
このとき、アランは100万人の死者という数字の大きさと目の前に迫った戦争継続の可能性にとらわれて正常な判断能力を失っていた、と言えるだろう。
普段のアランであれば気がつくことができたはずである。
サイドの住人を虐殺することで最も利益を得たのは誰なのか
先制攻撃を仕掛けたジオン軍に先んじて連邦軍がコロニー住民を虐殺することが可能なのか
そして生きた住人のいなくなったコロニーに取り付ける核パルスエンジンを、ジオン軍が予め用意できたのはなぜなのか。
その全てが指すところは一点しかない。
それでも人間の想像力には限界がある。
仮にアランの頭脳が正常に働いていたとしても、後に一週間戦争と呼ばれるジオン軍の先制攻撃で死んだ人間の数が、たったの100万人どころではなく、およそ30億人に上るということは想像の埒外であったことだろう。
◇ ◇ ◇
とにかく、戦争は続くことが決定的となった。
アランは、今や無価値となったレポートの代わりを再度、作成しなければならない。
ギレン総帥に功績を認めさせ、何よりも、まずは自分自身が生き残るために。
「では、どうなさいますか」
秘書の問いに、アランはこめかみを押さえつつ思考を巡らせる。
「そうだな・・・まずはジオン公国の作戦計画が知りたい。今後の戦場はどこになるのか。地球軌道上か。それともルナツー要塞か。あるいはサイド近辺の防衛なのか。相手は強化された宇宙戦闘機なのか、それとも大気圏から打ち上げられる宇宙戦艦なのか。あるいは、その全てなのか。他に開発中の兵器があれば、そうした兵器と組み合わされた戦術なども検討されているはずだ」
「つまり、どこでどんな使われ方が想定されているかを知りたい、ということですか?」
「そうなるね。先日訪問した作戦局の士官に・・・会うのは難しいだろうね」
「でしょうね。今、あそこは戦争計画の練り直しで厳戒態勢でしょうから」
「そこは資料ぐらいは要求するとして・・・ジオニック社の彼はなんていったっけ」
「シュミット氏ですか?」
「そう。シュミット氏と会いたいね。アポは取れるかな?」
「民間企業の方ですから作戦局よりは容易だと思いますが。理由をお聞きしても?」
「戦争を継続するとしたら、今のところ手元にあるMS06で遣り繰りするしかないだろう?おそらくはMS06改修の要求仕様が企業の方に来ているはずさ。そこから何か読みとれないかと思ってね」
「すぐに連絡をとります」
一通りの指示を終え、連絡のために席を立つ秘書の後ろ姿を見送りつつ、アランは椅子に座り込み力なく天を仰いだ。
今、生き残れるかどうか試されているのは自分だけではない。
宇宙に進出した人類という種族そのものが生き残れるかどうかが、試されている。
翌日、ジオン公国総帥本部より「地球方面軍」の設立が発表された。
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第22話 地球制圧軍の設立
「地球方面軍の設立?確かなのか」
正気か。と本当は言いたくなるのをアランは堪えた。
「確かです。正確にはガルマ・ザビ中将閣下を指揮官として地球制圧軍を設立。指揮下にアフリカ方面軍団、西部方面軍団、東部方面軍団、アメリカ方面軍団、戦略海洋諜報部隊が新規に設立されるそうです」
「正気なのか」
先ほどの決意を遠くに投げ捨て、今度こそアランは口に出して尋ねた。
ジオン公国は公国軍総司令部の元に、大きく分けると3つの方面軍を抱えてきた。
1つは実質的にはギレン=ザビの私兵である本国防衛軍、1つはキシリア=ザビ指揮下の戦略防衛軍、1つはドズル=ザビ指揮下の宇宙攻撃軍である。
そこへガルマ=ザビの方面軍を新規に設立するというのだ。
「ジオン公国といいながら、これではただのザビ家の私兵じゃないか」
ギレンはいい。冷酷な独裁者ではあるが、天才ではある。為政者としての資格と能力を十分に満たしていると言えるだろう。
ドズルも先日の連邦軍との決戦に勝利したことで指揮官としての才幹を証明した。
彼が軍人のトップに立つことに反対する者はいないだろう。
だが、ガルマ=ザビとは誰だ?ただザビ家に生まれて顔が少しいいだけの小僧ではないか。
戦争の指揮官が務まるとは思えない。
さらに発表された方面軍の組織割りの適当さもアランを混乱させた。
アフリカ方面軍団は、まだいい。アフリカには大した軍事力もなく狙いは鉱山だろうから一軍団で侵攻は可能かもしれない。
だが、それ以外の地理の適当さはどうだ。世界征服でもしようというのか。
極めつけにアランを失笑させたのは組織の最後に記された名称である。
「戦略海洋諜報部隊とは、何の冗談だ」
宇宙国家のジオン公国に、あの地球の広大な海洋を何とかできる蓄積があると思うのがどうかしている。
そもそも、殆どの将兵が海を見たことすらないだろう。
兵達が海で泳ぐことができるどうか。それすらも危うい。
「いったい何を考えているのだ。ジオンは地球を大きなコロニーか何かと勘違いしているのか」
地球育ちの自分に宇宙の広大さが想像できなかったように、コロニー育ちのスペースノイド達は地球の本当の大きさを理解していないのではないだろうか。
彼らは真っ直ぐな地平線を見たこともなければ、視界を覆い尽くす広大な海も、空の向こうに大地が見えない一面の夜空を見たこともない。
ただモニター画面と資料と数字で作戦計画を立てた危うさだけが感じられる。
秘書は自分の発言をギレン総帥に伝えるだろうか。
それでも構うものか、という投げやりな気分がアランを支配していた。
◇ ◇ ◇
予定時刻よりかなり遅くなって、シュミット氏の訪問があった。
「ジオニック社もかなり忙しいようだね」
額の汗を拭いて恐縮するシュミット氏に挨拶をすると、その大きな体を弾ませるようにジオニック社の営業マンは頷いた。
「ええ!いや、まったくです。社の方でも今朝の布告で事情を知ったような次第でして・・・」
「ジオニック社の方にも事前情報は来ていなかったと?」
「上層部の方はドズル将軍閣下から何かの情報があったのかもしれませんが、それにしても突然のことですから・・・」
南極条約が発効されたのは先日、つまりレビル将軍のアジ演説で連邦が戦争継続を表明してからわずか1日しか経っていないのだから、それも仕方がない。
ジオン公国としては、もう戦争を勝利で終えるつもりでいたのだ。
当然、ジオニック社としても戦後を見据えたMS開発に舵を切っていたに違いない。
それが、たった1日で覆されたのだ。
社内の混乱ぶりは想像するに余りある。
「それにしても本当なのでしょうか?地球侵攻軍が設立されるというのは。いえ、設立されたのは知っておりますが・・・」
言葉を濁したシュミット氏は「本当にジオンは地上に攻めるつもりがあるのか」と言いたかったに違いない。
政略の一部として、名前だけの軍団を設立することで敵方に攻撃の意志を示す、という方法もある。
その場合、実体としての兵器や兵力は必要ない。
その種の欺瞞作戦、とでも思わなければ条約発効翌日の新規軍団設立など、合理的に考えてあり得ない。
「わからない。なにしろ総帥の布告だからな。彼は常人とは発想が異なる」
合理的に考えれば、ジオン軍が連邦軍に勝利を収めることもあり得なかった。
ギレン=ザビの恐ろしさは合理性をつきつめて合理を越える天才性にある。
「それで、ジオニック社への要求仕様はどうなっているのか。そもそもモビルスーツは地球で行動が可能なのか」
資料では「月面で戦闘をしたことがある」「コロニーの1G環境下で試験はしている」とあったが、それは地球の地上で使い物になることを意味しない。
「MS06はかなりの改修が必要になります」
というのがジオニック社の営業マンの答えだった。
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第23話 MSの地上運用について
モビルスーツを地上兵器として運用することができるか。
可能かどうかを問えば、可能ではあるらしい。
そもそも「モビルスーツとは宇宙用の建設機械である」というジオニック社の設計思想から、ある程度のロバスト性と剛性は設計段階でかなりの確保されているし採用試験項目の中で1G環境下でも作動すること、とあるため地球上で動かすことは可能だろう。
また、それだけの強度がなければAMBACを利用した高機動戦闘時に数Gから10G近くまでパイロットによって振り回されることに機体が耐えられない。
だが、動作することと戦闘で使い物になるかは、全く別の話である。
地上ではモビルスーツは歩行することはできても飛び回ることができない。のそのそと歩く背の高い人型のモビルスーツは単なる的に過ぎないのではないだろうか。
「一応、背部スラスターを吹かしてジャンプすることは可能です」とシュミット氏は抗弁する。
「それをすると、着地の際にかなりの衝撃が脚部にかかるのでは」
「・・・そこも改修のポイントではあります」
他にどういった改修を考えているのか、シュミット氏から聞き取ったところによると
センサー類の入れ替え。大気圏内の運用を前提として各種光学センサーや対地・対物・対人センサーの導入。
各種スラスターの類の統廃合。宇宙空間戦闘を前提とした各所のスラスターを廃しジャンプ力向上のため背部スラスター出力の強化。
関節装置の強化。ジャンプによる着地や長時間の負荷と駆動に耐えるため関節装置の強化と入れ替え。
携帯火器類の改修。対戦艦を前提とした弾薬類を戦車や戦闘機に換装できるよう口径や発射速度を改良。
操縦及び火器管制システムソフトのアップデート、等が検討されているらしい。
「・・・まったく別物だな。もはやMS06とは言えないのでは」
「そうなります。コードは別名が与えられる予定です。設計と製造の連中は大慌てです」
シュミット氏はため息をついた後、意外に力強い視線を向けてきた。
「ですが!地球に残ったアースノイド達に我がジオニック社のモビルスーツの威力を見せつけるチャンスでもあります!現場の連中は張り切っていますよ」
◇ ◇ ◇
シュミット氏が帰ると、新しい情報を元にまた検討の続きである。
「ジオニック社はかなり前向きですね。頼もしいことです」
「現場の士気は高いだろうね」
ジオン公国のスペースノイド達からすれば「スペースノイドの自治権を求める正当な戦争」が今やコロニー虐殺事件を契機として「スペースノイドの生存をかけた正義の戦争」へと変質したのだから、士気が低い筈がない。
まったく連邦も悪手をうったものだ。
ふと、アランは何かの違和感を覚えたが、秘書に呼びかけられて目下の課題に集中するため頭脳を働かせなくてはならなくなった。
「モビルスーツ単体で地上でも何とかなることはわかった。けれど、それは兵器として戦闘で使い物になることを意味しない。このあたりは君の方が詳しいのじゃないか?」
士官学校を出ている秘書は、無知な生徒のために基本から講義してくれる。
「そうですね。まだ人類の歴史が地上に限定されていた頃には、新兵器が戦闘で役立たなかった事例は山ほどあります。例えば大砲という兵器を例にとりますと攻城戦では役だっても機動力の不足から野戦では役立たない、という時代が長く続きました。また野戦で活用できるようになっても、泥濘で身動きが取れなくなり放棄された事例も枚挙に暇がありません」
「なるほど」
「兵器は、火力、機動力、防御力のバランスがとれて初めて戦闘で役立ちます。モビルスーツも、その例外ではありません」
「MS06は、そうすると、どう評価できるのかな」
「そうですね。MS06は、宇宙戦艦の装甲を無効化するだけ火力が高く、宇宙戦艦よりも機動力が高く、宇宙戦艦の防御兵装よりも防御力が高かったのです。活躍できたのは当然といえます」
「なるほど。これが地上で戦うとどうなるんだろう?例えば戦車とか、飛行機と戦うとか」
「連邦の戦車となると・・・61式ですね。火力面では問題になりませんね。MS06の携帯火器で十分に撃破可能でしょう。接近戦に持ち込めば上面装甲を攻撃することも可能ですから、より容易でしょうね。機動力をとってみれば、走行スピードでは互角、ジャンプできるだけMS06が有利。防御力でもMS06の超硬スチールなら連邦の61式の主砲にも数発は十分に耐えるでしょう。何十発も受けてしまってはわかりませんが」
「一対一で戦えれば、そうなるかも」
実際の戦争が一対一の兵器で行われるとは限らない。
連邦の武器は圧倒的な国力を背景にした生産力である。戦車が1台撃破される間に10台作ればいい、をやれるだけの工業基盤がある。
「飛行戦力については」
連邦の国力に関する指摘は無視して秘書は続けた。
「ミノフスキー粒子の登場により誘導兵器の類による遠距離攻撃は、ほぼ無効化されています。ですから超高高度からのピンポイント爆撃によりモビルスーツを撃破することは不可能です。それに通常の戦闘機が携帯する小型ミサイルではMS06の装甲を破壊することは困難です」
「なるほど。そもそも連邦の現在の航空攻撃では火力が足りないのか」
「もちろん、連邦も航空機に装備する対MS爆弾等を開発するでしょう。ですがMSを破壊するためには命中させる必要があり、となれば航空機もモビルスーツを視界に入れるまで接近せざるを得ません。MS06は有視界戦闘となれば反撃も可能ですし、対宇宙戦闘機を想定したFCSがありますから撃破は可能ではないでしょうか」
「これも一対一なら対応できる、ということか」
いずれジオン公国でも大気圏内の戦闘機を開発しなければならないだろうが、当初はMS06のみでも少数であれば対応が可能に思える。
何よりも「ジオンの兵器は連邦の戦車や戦闘機と戦うことを想定しているが、連邦の兵器はジオンのモビルスーツと戦うことを想定していない」のが大きい。
多少の攻撃をものともしない全長18メートルの巨人兵器がジャンプをしながら近づいてくれば、それだけで兵士の士気は崩壊するのではないだろうか。
いわばモビルスーツ万能論。理論のどこかに何かを見落としている気はするが、軍事に素養のないアランでは穴が指摘できない。
地球侵攻に対するギレン総帥の自信は、このあたりから来ているのか、とアランは想像する。
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第24話ジオン公国による地上戦闘のビジョン
いろいろと軍人の助けを借りて検討しても、どうしてもアランには理解できないことがあった。
「それにしても、ジオン公国は、ギレン総帥は地球に降下して何がしたいのだろう?」
淹れたての熱いコーヒーを啜りつつの呟きを秘書が「何が疑問なのですか?」と聞き咎めてくる。
「ああ。地球で育った者としては、ジオン公国が何を求めて地球に軍を派遣するのか、よく理解できなくてね。せっかく重力の井戸を抜け出して宇宙で勝利できているのに、地球で何を手に入れるつもりなんだろう?」
「アラン様が何を疑問なのかは理解できかねますが・・・一般論を申し上げますなら、連邦の政治的・軍事的中枢を叩いて降伏を引き出すためです」
「つまり、戦後交渉のため戦略だと?」
「そうなります」
「それはさっきの見解と矛盾しないかな。連邦は100万人のコロニー住民を虐殺した。これは決して消せない十字架だ。そんな政府と交渉が成り立つものかな」
「政府勢力の一部の暴走、ということで交渉に応じる可能性はあります」
100万人を殺して「一部の暴走」で片づける、という倫理観は一民間人に過ぎないアランの想像を絶する。
もっとも秘書の表情をみる限り「政治の世界で確実なことなど何もない」という格言通りのことが起きるだけなのかもしれない。
「すると攻撃は連邦政府の中枢のニューヤークか、あるいは軍事中枢のジャブローになるのかな」
「そうなります。実質的には軍事中枢のレビル将軍一派の抗戦意志を挫くことが目的になるでしょう」
またしてもレビル将軍か。
アランは画面で何度か見たことのある灰褐色の髭を蓄えた老将軍の姿を思い起こしていた。
あの好々爺然とした老将軍が敗北を認める寸前であった地球連邦軍をして再戦の意志を固めさせたのだから、人は見かけに寄らない。
ギレン総帥、そしてジオン公国民からすると殺しても飽き足らない人物筆頭である、と言えるだろう。
逆に言えば、レビル将軍と麾下の一派を除くことができればジオンは勝利することができるわけだ。
「軍事中枢ジャブローは地下要塞化されているでしょうから、核や質量兵器が禁止された以上はモビルスーツを中心とした降下部隊で穴蔵から叩き出さねばなりません」
秘書の勇ましい発言を、今度はアランが咎める番だった。
「連邦軍の中枢ともなれば、もの凄い防備がひかれているよ。常識で考えてもちょっとやそっとの爆撃ではどうにもならないだろうし、陸軍を突っ込ませるなんて無謀だよ。南米ジャブローと言えば、アマゾン川流域じゃないか。MS06は河川や泥濘まじりの密林を踏破できるのかい?」
「シミュレーションと事前の訓練で万全を期すことはできます」
「訓練?」
今度こそ、アランは鼻を鳴らして笑った。
「コロニーにアマゾン川の再現でもするのかい?あの繁茂する緑の絨毯をコロニーでどうやって?川はどうするんだい?コロニーに流れているような1キロもない綺麗な飲み水のことじゃない、細菌と寄生虫と泥と野生生物がカクテルになった茶色い何千キロも続く泥水の流れのことだよ?サイド3には昆虫だっていないのに」
「寄生虫、といいますと?」
「そうだよな、そこからだよな」
アランは秘書の無知に天を仰ぎたくなった。
おそらく、この地球環境に対する感覚の鈍さはマリー1人の問題ではない。ジオン公国全体に共通する気分なのだ。
アランは強い口調にならないよう、言葉を選んで説明をはじめた。
「まず、地球の野外の水は直接飲んだら危険なんだ。君たち生粋のスペースノイドにも理解できるように表現すると、生物的に汚染されている、と言い換えてもいい。地球上のどこの水にも1立方センチあたり数千から数万の細菌が含まれていて、そのまま飲むと消化器系に大きなダメージを受ける。免疫的に耐性のないスペースノイドなら、そのまま死亡してもおかしくない」
「うっえ・・・」
「吸血昆虫の運ぶ疾病や寄生虫も問題になる。地球の熱帯には蚊という小さな吸血昆虫が飛んでいて、熱病を媒介している。繁殖期になると何百万匹も集まって繁殖し、何億もの卵を生むんだ。そうした卵がジャブローを流れる河川には含まれている。それを飲めば体に悪いことぐらいわかるだろう?」
「ううっ・・・」
「もっと悪いのは、直接口にしなくとも、目や鼻などの粘膜や、手足のちょっとした傷口から体内に入り込む寄生虫の存在だ。体内で孵化した虫は出口と餌を求めて人の体内を食い荒らす。寄生された人間は激痛を覚えるだけでなく、実際に失明したり内臓に重大な疾患を抱えることになる」
ドキュメンタリー番組などで見た内容を具体的に説明してやると、嫌悪感を覚えたのか秘書が一歩退いた。
失敬な。地球育ちであってもコロニーに入島する際に徹底した健康診断と疾病管理処置は受けているのだが。
「地球連邦の中枢に攻め込む、というのはそういう劣悪な環境で何カ月も泥にまみれて虫に悩まされながら泥水を啜って戦う、ということだよ。いかにMS06があってもスペースノイドのジオン公国軍に、そうした地上での戦いが可能だとは思えない。地球育ちの常識からするとね」
アランは説明を締めくくったが、宇宙育ちの秘書には応じる言葉もないようだった。
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第25話 作戦の兆し
結局のところ、ジオン軍は地球に侵攻するのかしないのか。
上層部の情報が降りてこない中で、アランとしては方針を立てなくてはならない。
「どういたしましょうか?軍の各方面に連絡をとれば状況はわかるかもしれませんが」
「それが可能なら助かるが・・・できるのか?」
「ええ。アラン様のお話で思いついたのですが、行政長官府の衛生院に士官学校時代の同期が勤務しています。そこから何か情報が取れるかもしれません」
「医薬品在庫か・・・!」
アランは秘書の目の付け所に感心すると共に、そうした指標に思い及ばなかった自分の頭の働きの鈍さに腹が立った。
戦争には準備が必要である。
軍事作戦というのは巨大な消費行動であるから、円滑な作戦実施のためには弾薬や燃料、食料等の在庫を大量に積み上げねばならない。
そのため投資家や経済学者であれば、戦争関連企業の活動には常にアンテナを張っているものだ。
中でも医薬品在庫は市井と使用される製品が直結しているため、最も観測しやすい指標の一つである。
今回、もしジオンが本当に地球侵攻作戦を実施するつもりがあれば、地上に降下する予定の兵士全員に地球型疾病の予防注射をしなければならない。
また、傷口を覆うための医療テープや戦傷に備えた抗生物質の備蓄も軍団単位で大量に必要となる。
製薬会社の製薬プラントの製造能力には限りがあるので、軍が大量に医薬品の備蓄を始めれば市井の医薬品供給が滞る。
「戦争の始まりを最初に知るのは医者である」と言われる所以だ。
「地球降下作戦を実施するとなると、医薬品だけでなく装備も必要になるはずだな」
「そうですね。MS06改修型を大量に降下させるとなるとムサイ級巡洋艦の大気圏突入カプセルでは追いつきませんから、HLVを使うことになるでしょう。機動性は高くありませんが、地球軌道上の地球連邦軍の戦力は一掃されています。十分に任務に耐えるはずです」
「造船所か。情報を掴むのは難しそうだな」
「そうですね。宇宙船ドックは機密区画に物理的に隔離されていますし、ルウムで傷ついた艦艇の修理も多いでしょうから電力や素材の市場データで把握するのは難しいかもしれません」
「となると・・・データ収集が容易な消費者市場と繋がっている製品で地上に降下する兵士が必要とするもの・・・案外、石鹸や食料品の在庫を確認すれば何か動きがわかるかもしないな」
「石鹸ですか?・・・・かもしれません。石鹸は衛生院の友人に聞いてみます。食料はどうしましょうか」
「あの運転手に確認してもらおう。彼なら食品の事情にも詳しそうだ。サイドの各バンチの食料品事情の調査を依頼するか」
「食べるのが好きそうでしたからね」
普段は堅い表情を崩さない秘書が、くすりと笑った。
何かを決定したいのにできない場合、それは決定者の意志力の不足でなく単なる情報不足の場合が多い。
仮説を持って情報を収集することで、何をするべきか見えてくるものだ。
アランと秘書は、ジオン公国が地球侵攻作戦を本当に実施するつもりがあるのか、足を使い情報を拾い集めるために活動を開始した。
◇ ◇ ◇
3日後、アランと秘書は再びホテルの事務所で収集したデータを前に唸っていた。
「・・・どう思う?君の意見を聞かせて欲しい」
「地球型疾病の市内医薬品在庫の備蓄が払底しています。注射器も大幅に不足しています。他の医療品もです。闇市場での値段も上がっているようです。石鹸についても情報は同様です。市場の一般商品ですが、不足はより広い範囲で確認できます」
「食料についても似たような状況だな。ただでさえ不足している配給品の質が下がり量も不足しだしている。特にフリーズドライ食品の類が市場から一掃されている。全てが軍用に回っているらしい」
「となれば、結論は一つと言えるのではないでしょうか?」
「そうなるか・・・考えたくはなかったが」
ジオン公国は、地球降下作戦を実行に移すつもりらしい。
次期主力モビルスーツは、地球上での戦闘能力も評価軸にいれなければならないようだ。
「しかし・・・宇宙戦争の経験しかないジオン軍に、本当に地球侵攻や地上での作戦が可能なのか?」
自分には手が出せないところで動き出した巨大作戦の見通しに、アランは強い懸念を隠せない。
アメリカ軍が戦争準備をすると特定の医薬品が市場から消える、ということは実際にあるそうです
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第26話 本当に戦争で勝ちたかったら
ジオン軍による地球侵攻作戦の実施が濃厚ということであれば、アランが総帥に提出する予定の「次期主力モビルスーツ選定レポート」には「新規モビルスーツの地上での作戦遂行能力」という項目が付け加えられることになる。
「非現実的な妄想だな」と吐き捨てたい気分がアランにはある。
「しかし、実際に地球侵攻作戦が行われる以上、新型には地上での作戦遂行能力は必須です」
アランの態度を秘書が咎める。
とは言え、アランにも言い分がある。
「地球環境で行動可能、と言ってもどこからどこまでを指すんだい?地球は宇宙とは違う。海もあれば砂漠もある。熱帯雨林もあれば極寒のツンドラ地帯もある。その全てに対応できる機体を開発するなんて非現実的だ。」
「お忘れかもしれませんが、MS06は10年間に渡って宇宙空間で過酷なテストを繰り返してきました。強い宇宙線や太陽表面爆発による電磁波放射、太陽輻射による高温、陰となる部分の極低温の環境テストもクリアしています。それだけの実績とノウハウがあれば地球環境でも一定の耐久性が期待できるはずです」
自国に圧倒的な勝利をもたらした兵器を悪く言われて気分の良い国民はいない。
MS06は単なる兵器にとどまらず、今やジオン公国の精神的な柱であり、勝利の象徴になりつつある。
マリーが地球育ちのアランに対して抗弁したくなるのも当然ではある。
「そうかもしれない。だけどね、マリー。地球には生物的な汚染だけでなく、本当に多様な自然環境があるんだ。例えば、海には塩が含まれている、というとは知っているかい?」
「当たり前です。サイドの小学校で習いますから、子供でも知っていることです」
「そうだね。自分もサイド育ちだからわかるよ。じゃあマリーは海で泳いだことはあるかい?たぶんないよね。私も地球の寄宿学校に留学したときに初めて見てね、その広さには驚愕したもんだ。
なにしろ水平線といって、視界の端から端まで海水で満たされている水だけの線が見えるんだ。あれは映像ではわからない感覚だよ。友人に勧められて海水浴、というものもした。海で泳ぐのはプールで泳ぐのとは全く違ってね、体は浮きやすいが海の水は口に入ると辛いんだ。独特の匂いもある。
それに海には波というものがあって、常に海岸に海水が吹き寄せられてくる。何千キロも離れたところで起きた風で押された海水が押されてそうなるんだ。それが不思議でね、波打ち際で何時間も眺めていたよ」
「お育ちがよろしいんですね」と、秘書の口調はにべもない。
「いやまあ、そういうことが言いたいんじゃないんだ。実家が経済的に豊かであることは否定しないけどね。話の続きはここからで、寄宿学校の友人の両親が資産家で海際に別荘を持っていたんだ。
そこに招かれて滞在している時に聞いたのだけれど、海際の別荘というのは維持費がかなりかかるらしいんだ」
「地球は土地がかなり高いと聞きますから。資産家だけが家を持つことができると」
「まあね。だけど維持費がかかるのは設備の話。何しろ海の塩で金属が直ぐに錆びるためだそうだ」
「錆びるというと、酸化現象ですか?コロニーでも同様の現象は起きますが」
「それがね、海際はそうでない土地の何倍も早く錆びるらしい。門やガレージの開閉装置、空調装置、庭の散水機、電気自動車もかなりの頻度で買い替えなければいけない、と友人の両親は愚痴っていたよ」
「・・・つまりモビルスーツにも同じことが起きると?」
ようやくこちらの意図が伝わったようで、秘書の口調に真剣味が増した。
アランは頷いて続けた。
「海洋でモビルスーツを運用する、なんて馬鹿な真似をすればそうなるね。MS06の装甲材に使用されている超硬スチールは、そうした海水の防錆テストをしているのかい?」
「わかりません。宇宙空間での使用が前提ですから。少しお待ち下さい」
秘書は断りをいれると、積んでいるファイルの幾つかを抜き出して猛烈な勢いでめくり始めた。
調査した資料の内容の凡その位置を記憶しているらしい。
さすがギレン総帥が送り込んできた士官だけのことはある。優秀だ。
数分後、秘書は該当個所を発見したらしく、ファイルの内容を読み上げた。
「超硬スチールの耐久試験の一貫として、1200時間の海水浸透試験が行われていますね。結果は問題なし、と」
「まさかだけど、板切れを塩水に沈めて錆びるかどうかの実験だったりする?波や何かも起こさず?」
「・・・そうですが」
秘書の返答に、呆れてため息を漏らすのを辛うじてアランは自制し、指摘する代わりに地球の話を続けた。
「その友人の両親はクルーザーも持っていてね、数ヶ月に一度はドック入りといって陸上に上げて船の底を掃除するのでお金がかかって仕方ない、と言っていた。そうしないと船の速力が落ちるそうだ」
「海水で船底が錆びるからですか?」
「いや。錆びもあるけれど、船の底には数週間で海の生物がびっしりとつくんだ。カキ殻とか言っていたけれど、海水中に浮遊する生物が船の底に定着して成長するらしい。それが船の抵抗を増やして燃費が悪くなる。ドックではそれを人手でガリガリと剥がすのさ。床磨きの強力なやつを逆さまにしてね」
「地球は海水も生物的に汚染されているんですか!?」
秘書の言い方に、アランは思わず微苦笑を浮かべた。
彼女の頭には、生物汚染された地球のイメージが強く焼き付いてしまったかもしれない。
しかし、それはあながち間違いとは言えない。
なにしろ「海は全ての生物の母」なのだから。
「そう。つまり、その試験は役立たずだよ。海の環境を想定した試験とは言えない。装甲材はまだいいさ。そもそも分厚いし多少のカキ殻がついたところで装甲の役目を果たせなくなることはないからね。地球産の塗料を塗れば錆びやカキ殻がつくのも防げるかもしれない。
だけどモビルスーツには関節装置もあればスラスターもある。核融合炉やセンサー類はどうなんだろう?それらは本当に地球環境を想定したテストは行われているのかい?」
「・・・わかりません。全ての部品に関するテスト記録を遡及調査しないと」
モビルスーツを構成する部品点数は数百万のオーダーに上る。その全てのテスト記録を追いかけることは紙媒体の資料しか渡されていない現状では不可能だ。
「少なくともジオニック社のシュミット氏には、こちらの懸念を早期に伝えた方がいいね。MS06の技術開発陣の中に地球育ちの技術者がいるといいのだけれど」
つい先日までジオン公国の最重要機密であったMS06の開発にアースノイドである地球出身者が入っている可能性は低いが、アランとしては言及せざるを得ない。
「海という環境一つとってもこうなんだ。砂漠だと細かい砂塵が関節装置やセンサー類に入り込むかもしれないし、寒冷地では雪や氷が可動部分を凍結させてしまうかもしれない。そうした地球環境の多様性に対して全ての部品がテストされているとは思えない。
何しろコロニーで環境を再現するのは困難だし、地球環境再現での耐久テストの勘所がスペースノイドの技術者には欠けているようだしね。もし本当に地球へ侵攻して戦争に勝ちたかったら・・・」
「・・・勝ちたかったら?」
「何とかして地球の技術者の協力を仰ぐ必要があるね。もし、本当に戦争に勝ちたかったら、だけれど」
案の定、秘書は露骨に眉をしかめた。
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第27話 地球侵攻作戦発動
我が忠勇なるジオン公国の兵士諸君!
我々は勝利した!
ルウムにおいて地球連邦の艦隊を打ち破り、歴史上初めて宇宙はスペースノイドの元に回帰したのだ!
我々ジオン公国は国力において地球連邦政府に対し国力では圧倒的に劣勢にある。いや、あった。
なぜなら、地球に残る者共は100年に渡り我々スペースノイドの生き血を啜り、肥え太ってきたからだ!
だが我々は勝利した!それは何故か!
それは我々スペースノイドに正義があり、アースノイドは悪だからだ!
にも関わらず連邦のモグラ共は潔く敗北を認めようとせず
未だ重力の井戸の底で地面に潜り、戦争を継続しようと嘯いている!
であれば!現実の見えない旧弊なアースノイドに対し
さらなる勝利をもって我々スペースノイドの勝利という現実を奴らに突きつけねばならない!
私、ギレン=ザビはここに地球侵攻作戦の本格発動を宣言する!
忠勇なる我がジオン公国軍将兵達よ!
連邦に死を!ジオン公国に勝利を!
ジーク・ジオン!ジーク・ジオン!!
宇宙歴0079年2月7日 ギレン=ザビ演説「地球侵攻作戦発動宣言」より
◇ ◇ ◇
「・・・茶番だな」
アランは義理の兄が大衆を効果的に扇動する様子を見ていられず、モニターの電源を消した。
だが、そうしてスピーカーからの音声を絶ったとしても、ホテルの窓から入ってくるメインストリートを埋め尽くす人々が「ジーク・ジオン!」と熱狂した歓声を上げるのまでは止められない。
ジオン公国の国民たちは初戦の大勝利をもたらした鉄の巨人達が、再びジオンに勝利をもたらすことを露ほども疑っていないのだろう。
もし多少の疑いを持つ者達がいても「ジーク・ジオン!」という狂熱の元ではその声はかき消されてしまっている。
「勝利というのは、怖ろしいな・・・」
100年に渡るスペースノイドの鬱屈を晴らした歴史的な軍事的勝利がサイド3の市民達を強く酩酊させているのだ。
アランは少しだけ彼らの単純さを羨ましく感じた。
結局、ジオン公国は地球侵攻の方針を決定後、たったの7日間で作戦を発動した。
驚異的という他ないスピードであり、迅速を通り越して無謀ですらある。
「本当は最初から地球侵攻の予定だったのか?君は何か知っているか?」
アランは傍らの秘書に問いかけたが、彼女は首を左右に振った。
「では、どこに降下する予定かも・・・知るはずがないよな」
「存じません」
今頃、作戦局のエリート達は徹夜で情報を評価しながらギリギリまで作戦計画を立てているのだろう。
兵力に劣るジオン軍地球降下部隊の数少ない強みは、まさに降下点を自由に選べることにある。
降下点については最高度の機密に決まっているし、その情報が漏れてときたしたら欺瞞情報として扱うべきだろう。
「・・・結局、レポートは間に合わなかったな」
「いえ。アラン様が暫定報告として提出された”地球環境でのモビルスーツ運用に関する一般注意”は広く軍内でも共有されている、と聞いております」
「あんな素人仕事が役に立つと言われるのも、いいのか悪いのか・・・」
アランは地球降下作戦の実施が近いことを察すると、40時間ほど徹夜して次期主力モビルスーツ選定レポートの代わりに、地球でのモビルスーツ運用に如何に困難が伴うか注意を喚起したレポートを突貫で作成して提出していた。
参考データについては、投資銀行時代の技術評価の経験を生かして地球企業の電気自動車や建設機械、船舶の極限環境におけるテストデータから適宜抜き出して添付した、文字通り切り貼りしただけの代物である。
その程度の代物であるが、ザビ家の名で出された報告書ということで軍内部でも回覧されたらしい。
「総帥府からも、レポートの続報を出すように、との要請が来ております」
「続報ねえ・・・」
アランは睡眠不足で目の下にできたクマを指でさすりつつ秘書に応じた。
「続報を出すならもう少し正直に書くよ。地球侵攻作戦は無謀です、とね」
「そのレポートは受理されないでしょう」
「冗談だよ」
「総帥は冗談を好みません」
生真面目な秘書に軽口を叩きつつも、アランの脳内には”ある無謀な計画”が形作られようとしていた。
感想、お待ちしております
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第28話 平和は戦争の準備期間
宇宙世紀0079年2月7日
ギレン総帥は地球侵攻作戦の発動を宣言した。
それから3日後の2月10日現在、未だジオン軍は動きを見せていない。
「まあ、そりゃそうだろうさ」
軍隊というのは何十万人もが連動して動く巨大組織だ。
組織というのは法律と権限と文書と慣習の伝言ゲームで動く恐竜のような生命体であり、「動け」とトップの独裁者が命令しても末尾に動作が伝わるまでは時間がかかる。
まして、この恐竜はこれまで宇宙で動いたことしかなかったのにもかかわらず「次は地球で動け」と前例にないことを命令されたのであるから、末端の混乱は察するにあまりある。
「ひどい有様ですよ。大混乱です。兵舎の連中は地上戦闘マニュアルなんてものを渡されましてね、毎日音読させられているそうです。ひどい付け焼き刃ですよ」
何度か下町で飯を奢ったことが口の滑りをよくしたのか、護衛の運転手は同僚の様子を雑談として教えてくれるようになった。
「そうかい。兵舎の食事の方はどうかな?しっかりと行き渡っているかい?」
「とんでもねえ!相変わらず石芋ですよ!まあ、地球に行けば美味い肉も食い放題ですからね、兵士達は楽しみにしています」
「そうだね、地球の食事は美味いと思うよ」
アランの予想では今頃は地球ではジオンが行ったコロニー落としの影響で大量の死者と難民が発生しているだろうし、流通も戦時体制への切り替えで食糧事情は悪化している、ということは口に出さなかった。
この場で運転手に予想を伝えて納得してもらえるとは思えないし、ましてその先にいる同僚達が理解してくれるか、といえば甚だ疑問符がつくからである。
わざわざ上機嫌な運転手の夢を打ち砕く必要もない。
それに「地球の連中は俺たちの税金で贅沢な飯を食っている」というのがスペースノイド達の通説であり、ある程度は事実でもあった。
食い物の恨みは怖ろしい、という。
ジオンの兵士達の食糧事情が貧しいのは、地球のコロニーに対する重税もあるが、民衆の恨みを連邦に向けるためのギレンの巧妙な民衆操作の一環なのかもしれない。
アランは、若き独裁者の酷薄な素顔にまた一つ触れた気がして、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
◇ ◇ ◇
ジオン公国の食糧事情の悪化は、アランにも他人事というわけではなくなってきた。
「本日はビゴール豚の良いものが入りましたので、そちらをオススメしております」
事務所にしているホテルでの食事の際、注文を取りに来たウェイターに、ふと思いついてアランは訊ねた。
「最近は地球からの流通はどうなっているんだい?戦争が起きて大変じゃないか?」
腰をかがめた初老のウエイターは、アランにだけ聞こえるよう声を潜めてささやいた。
「さようです。特に地球産のビーフについては入手が難しくなりそうなのです」
「その他の肉はどうなんだい」
「ポークは減りましたが、何とか。チキンは特に問題ありません。羊は難しくなっています」
「ふうん」
サイド3ではかなりの高級ホテルでこれならば、ジオン全土ではかなり食糧事情が厳しくなっているのかもしれない。
もっとも、贅沢品の類は大抵が地球から輸入されているので、その影響がピンポイントに及んだ可能性もある。
メインで提供されたビゴール豚は気のせいか、以前よりも味の質が落ちているようにい感じられた。
もっとも、戦争が長引いて今以上に食糧事情が悪化すれば、そんな贅沢なことも言っていられなくなるだろう。
自分がフリーズドライされた芋のペーストのブロックを水でふやかして食べているところを想像してみたが、なんとも現実感がなかった。
少なくとも、今のところは。
「食い物の恨みは怖ろしい、か」
アランは地球人用に淹れられたコーヒーを啜りつつ、呟いた。
◇ ◇ ◇
ホテルの食事が不味く思えてきた結果、アランの外出は増えた。
「困ります」と秘書は言うが、外食の魅力は小言に勝る。
運転手の案内で下町の食堂を制覇するのは学生時代を思い出させる愉快な体験であるし、もう一つのアランの目的を偽装するにも役立ってくれる。
そして運転手から町の噂という形で提供される情報は、アランにとって大きな価値を持つ。
「ちょっと妙な噂を聞いたんですが」
その情報も、別の情報と同じく「町の噂」という形で運転手からもたらされた。
「なんだい」
「兵舎の奴に聞いたんですが、幾つかの部隊に転属した連中と連絡が取れないらしくて」
「それは作戦前だからじゃないかい?何か極秘作戦とかを実行しているとか」
「いや、サイドの派遣艦隊の連中ですから、今はローテーションで戻ってくるはずなんです」
「作戦中の行方不明は珍しくないのでは?」
「いえ、認識番号も消されていないしきちんと給与も振り込まれているとかで。家族にも説明がない、とかで連絡が来たんです」
「それは妙な話だね」
ジオン公国に勝利をもたらした兵士達は、今やスペースノイドの英雄である。
まして勝利のために戦死した兵士ともなれば、英霊として家族には伝えられバンチを上げて盛大な合同葬儀が行われるものである。
陰でこそこそと処理されるような話になるのはおかしい。
「あとで調べてみるよ」
運転手の要望を軽い気持ちで引き受けたことを、後にアランは強く後悔することになる。
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第29話 戦争景気と勝利の期待値
ギレン=ザビが地球侵攻作戦を発動して数週間、サイド3の民衆達は戦争準備景気、とでも呼ぶべき奇妙な活況の中にあった。
戦争準備という国家をあげた巨大な消費活動が全力をあげて行われる中、それと比例して経済活動も加熱する。
食料、医薬、弾薬の必需品の多くがが軍需に回ったとしても、それが全く民需に回らないということはない。
結果として連日連夜の生産活動に参加している市民達、そして重力適応訓練のためサイド3に戻ってきた兵士達の懐にはたっぷりと配給チケットとジオンマルクがうなることになる。
手元にあぶく銭を得た上に気分の高揚した彼らが赴くところ、すなわち盛り場であり、酒場である。
とくに一時帰宅を許された兵士達が戦争報償と手柄話を手にコロニー中のパブや酒場に繰り出すと、年寄りから若い女性までが群がって彼らの武勇伝を聞きたがるのであるから、兵士達の舌も酒の力でなめらかに言葉を紡ぎ出すのだ。
「それで、連邦の戦艦を沈めてやったのかい!あんた、あのザクのパイロットだったんだろう?」
「そうそう!あのエリートぞろいのモビルスーツのパイロットだって聞いたよ!そのジオン青銅勲章は、戦艦を沈めた証ってね!」
軍事に疎い市民にとって、兵士と言えば戦艦乗りかモビルスーツパイロットなのである。
酒杯を勧められた若い兵士はアルコールで大きくなった気分も手伝い、今日で何度目になるか、少しばかり膨らませた話を聴衆にぶち上げた。
「おうよ!ザクが、正式にはMS06って言うんだが、あいつの腹の中には核融合炉が詰まってるて知ってるかい!核融合炉だぜ!!」」
「知ってるぜ!イヨネスコ式とかいうやつだろ!」
酔客の方も慣れたもので、ときどき合いの手が入る。
「おっ、今日のお客さんは詳しいな。そう。超小型の核融合路、連邦なら戦艦なんかに積む奴が俺の背中2メートルの場所で唸ってるわけだ。こいつはなかなかのスリルだぜ。で、そいつのパワーで、背部のブースターをガツンと吹かしてやるとな、連邦の宇宙戦闘機も戦艦もこっちを見失ってオロオロするわけだ。で、哀れなそいつらを、大砲みてえなマシンガンでズドンってすんぽうだ!地球育ちの連邦の連中なんて、どれだけ来ても宇宙育ちのジオン軍人の敵じゃねえってことよ!」
「おうよ!連中は宇宙服の着方も知らなけりゃ、宇宙に出たら酔っぱらっちまって使い物にならねえって聞いたぜ!」
「オレんとこの現場に来た地球育ちの管理主任の若造なんてよ、どんなエリートだか知らねえが宇宙服の中で吐いちまってすげえことになってたぜ、ったくザマぁみろってんだ!」
地球の連中は宇宙では戦えない、いい大人のくせに宇宙服の着方も知らない、というのはスペースノイドが地球育ち(アースノイド)をくさす時の定番の文句だ。
実際、サイド3の人々はコロニー内の災害と戦争に備えて月一で空気漏出対応訓練をしているし、小学生でも高学年になれば一人で宇宙服を着られて当たり前。
中学、高校ともなればコロニー外の職業体験訓練が行われる。
そうした生粋の宇宙育ちからしてみれば、地球育ちの連中が宇宙で何をできるものか、と思っていたし、それが現実化して戦争の勝利がもたらされたのだから酒が不味いはずがなかった。
だからモビルスーツパイロットのはずの兵士の肩章が、パイロットになるには少しばかり位階が足りなかったり、ジオン青銅勲章が対空砲座から連邦の宇宙戦闘機を撃ち落としたものであったりすることは、些細などうでも良い問題なのだ。
ジオン公国の市民達は、勝利の美酒を存分に楽しんでいた。
◇ ◇ ◇
「この景気は長続きしない。ジオンが勝利するには短期決戦しかない」
「なぜです?」
「戦争資金(かね)がなくなる」
戦争景気に湧くズム・シティのざわめきもホテルの奥まった場所にある事務所までは聞こえてこない。
アランは秘書を相手に戦争の今後の見通しについて議論をしていた。
「戦争国債は人気だと聞きますが」
戦争には資金がかかる。が、それを単独で調達できる国家は希だ。
そのために国家は通常、戦争のための国債を発行して国際市場から資金を調達して必要な資金を賄うことになる。
国力が地球と比較して圧倒的に劣るジオン公国が初戦で地球と勝負できるだけの軍備を整備できた絡繰りがこれだ。
おそらくは水面下で他のコロニーや地球連邦政府内の反連邦勢力などへ極秘に債権を販売したのだろう。
そして債権の引き受け手は、それを分割し「高利回りの金融商品」として、他の金融商品に紛れ込ませ、世界中にばらまくことで利益を得る。
ある種のマネーロンダリングである。
「最近もうかると評判の資源衛星開発債」に「ジオン公国軍備充実のための資金」が含まれていると、誰にわかるだろう?
このあたりの絡繰りはアランも承知している。
というか、おそらくはロンドンのアランの元の職場も積極的に関与した可能性がある。
戦争協力行為で反国家的行為であろうが、利益は正義、利率は倫理。
金融ルールブックに記された唯一のルール、それは「儲けるためなら手段は選ぶな」であるのだから。
「戦争に勝っているのです。戦時国債の販売は好調なはずです」
秘書の言葉は正しい。ジオン戦争国債は空前の売れ行きを示している。
戦時国債の購入は、投資家にとってある種のギャンブルである。
勝てば利率の良い投資になるが、負ければ只の紙切れになる可能性がある。
また、勝ったところでピュロスの勝利のごとき犠牲の大きすぎる勝利であれば、そこに返済体力のない国家が残るだけなので投資は無駄になるリスクがある。
かように戦時国債というのは投資家にとってロマンに属する商品なのであるが、勝率が十分に高ければ投資しても構わない手堅い商品に変貌する。
つまり、現在のようにジオン公国が戦前の予想に反して大勝利を納めたために、事前に戦時国債を購入していた投資家達は大幅な利益を獲得しているはずであり、乗り遅れた者達は更なる発行を、つまりはより完璧なジオン公国の勝利を望んでいるのである。
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第30話 これだからアースノイドは
どうしてジオンがあれだけの軍備ができたのか
戦争の資金調達に戦時国債を販売するのは必要不可欠な行為である。
そして勝利は国債の販売を容易にする。
「で、どうやって返すつもりなんだ」とアランは問いかけた。
国債というのは債権であるから、要するに借金の一形態である。
借りた金は返さなければならないし、期間とリスクに応じて利子をのせる必要もある。
「連邦から賠償金として返させればいいではありませんか」
当然ではありませんか、と秘書が胸を張るのに、アランはため息をついた。
軍人さんは、これだから困る。
今や連邦はコロニー住民を毒ガスで殺戮するほどに必死なのだ。
対して、ジオンはそのコロニーを地球に質量兵器として落下させることで復讐を果たした。
今回の戦争は、経済的な次元で手うちにできる段階をはるかに踏み越えてしまっている。
戦争が決着したとして、そのときに双方の国家がまともな財政を保っているか。
ジオンが勝ったとしても、敗北した連邦に支払い能力があるかについて、つまり借金は帳消しに出来てもさらなる賠償金がとれるかどうか、アランはかなり怪しいと見ている。
「連邦からの借金なら戦争の勝利で踏み倒せはするだろうけどね、ジオンはおそらく他のサイドにも借金をしていると思うよ」
「・・・それは確かですか?」
ジオンの財政院を訪問した経験から、アランはジオンが国家ぐるみで二重帳簿をつけている、との確信を強く抱くようになっている。
それが支出だけでなく、借り入れについてもそうだろうと想像するのは自然なことですらある。
要するに表の政府官僚が関与しないところでザビ家が借金の証文を乱発している可能性がある、ということだ。
政府のガバナンス機能として、非常に危ういことこの上ないとしか言えない。
もっとも独裁国家というのはそういうものなのだろうが。
「確か、とまでは言い切れないけどね。これでもサイド3赴任前にかなりの期間、物資と資金の流れについては調査したんだ。地球とジオンの間に怪しげな資金の流れがあった、と上層部に不要な報告をあげたせいで、ここにとばされて来たわけだしね」
記憶力に優れた秘書がアランの記録を覚えていない筈がない。
「それは存じていますが」と、うなずく秘書にアランは続けた。
「だけど、それだけの金額じゃ今のジオンの軍備は説明できない。小惑星帯で金かダイアモンド鉱山でも発見したのでなければ、その資金の出所は宇宙でしかあり得ない。
おそらくザビ家は、ギレン総帥はかなりの無理をして他のサイドや月からも資金を調達したはずさ。総帥本部に飾られている古代中国の壷が抵当に入っていても不思議じゃない」
「・・・それは」
「それはつまり、ジオン公国は他のサイドからの借金をどうにかして返さないとならないし、戦争は短期間で勝利しなければならない、ということさ。期間が長引けば利子は増える一方だし、負けそうだ、と見なされれば戦時国債の利率があがって財政的に破綻する」
ジオン公国は勝っている。連邦という巨大国家をモビルスーツを用いた強力な先制パンチでコーナーまで追いつめた。
だが、戦争はまだ終わってはいない。次の戦争の舞台は連邦の有利な地球だ。
一方でジオン公国というボクサーには、もうスタミナが残っていないように見える。
早急に決着をつけなればならない。
「連邦も、それは同じ状況なのでは」
反射的に言い返した秘書の観測をアランは否定する。
「連邦はまだ戦時経済に舵を切っていないし、GDPでの国力はジオンの何十倍もある。そもそも国家として蓄積してきた資産の桁が違うからね。
連邦は他サイドに借金をしなくとも戦争ができるよ。連邦なら戦時国債を銀行を通じて自国民と企業に売りつけて、返済に困ったらインフレで相殺できる。長引けば資金の面でも連邦は絶対的に有利ということになるし、極端なことを言えば、連邦はじっと待っているだけで、ジオンが借金の利子で潰れるのを見ていればいい。
連邦はジオンには戦わなくても勝てる。少なくとも、財政的にはね」
「連邦の資産は、一世紀のあいだ全てのスペースノイド達から収奪したものです!」
こらえきれなくなったのか、秘書は金切り声をあげた。
「・・・まあ、そうなんだけどね。金は金だよ」
「これだから、金の亡者のアースノイドは・・・」
秘書の憎々しげな小声の呟きについては、アランは聞こえなかったふりをした。
少し内容が小難しいかもしれません。
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第31話 侵攻目標
大規模な戦争準備にサイド3全体が熱気に包まれている一方で、アランが居所とする事務所は冷涼な空気に包まれていた。
ことり、とコーヒーカップを置く音でさえ響きわたりそうな静寂な密室で、アランは秘書にその日、何度目になろうかという問いを繰り返していた。
「それで地球侵攻作戦は、正確にはいつになりそうなんだい?」
「お答えできません」
「次期主力モビルスーツの開発計画に関わる重要な情報なんだけど、密かに教えてもらうわけには」
「お教えできません」
「実は知らされてなかったりする?」
「答える必要を認めません」
と、まあこんな調子である。
(少しばかり苛めすぎたかな?)とアランも反省しないでもないが、一方で秘書を通じてギレン総帥に少しでもこちらの懸念を伝えておく必要性は感じる。
猜疑心が強く自己の才幹に肥大した自信を抱く独裁者であるからこそ、己が手配したスパイからの情報は重視するだろう。
ジオン公国による地球侵攻作戦はいつ実行に移されるのか。
実行の有無について疑念を抱く向きはすでに世間から消えていた。
問題はいつか、だ。
アランのみならず、地球圏全体がギレン総帥の一挙手一投足を息を詰めて見守っている。
実のところ既に実行されている可能性もある。
派手な発表を行い周囲の耳目を集めた上で、実質的な裏工作を行うというのは企業買収でもよくある手法だ。
「そもそも地球連邦も一枚岩とは言えないしな」
アランの独り言に反応して秘書が瞳をギラリと光らせた。
大変にわかりやすい。
「そもそも最初の侵攻地点はどこになるのだろうね?」
回答を期待せず口にしてみる。
アランの考えるところ、ジオン軍が執るべきシナリオは大きく3つに分けられる。
政治目標の追求、軍事目標の追求、そして経済的目標の追求である。
政治目標としてはニューヤーク。軍事目標としては南米ジャブロー基地を攻略する。
これらは以前、検討したときに考慮した目標である。
前者を落とせば連邦政府を降伏させられる可能性があるし、後者を落とせば自動的に地球圏の覇権はジオン公国の元に転がり落ちる。
どちらも、ジオン公国の政治的勝利を基準とした目標設定だ。
一方で、ジオン軍の宇宙覇権を確定させるため、ルナツー要塞を陥落させるという方向も考えられる。
ルウム戦役の敗残兵が逃げ込んだ宇宙要塞を落とすことができれば、連邦軍は宇宙軍と宇宙での軍事的拠点を失う。
宇宙での軍事的勝利を確定させることができれば、宇宙はジオン公国の手に落ちる。
宇宙戦はジオン軍の得意とするところであるし、MS06を地上用に改修する手間も省ける。
限定的ではあるが確率は高い。ジオン公国の軍事的勝利を基準とした限定的政治的勝利を目指す目標設定だ。
そして経済的目標。
これについてはアランも昨日までは考慮してこなかったのだが、意外と可能性が高いのではと思っている。
ジオン公国は借金に喘いでいる。となれば、投資家達の期待値を煽る見せ金として、連邦政府の何らかの資産を占領ないし強奪するのが手っ取り早い。
戦争は儲かる、ジオンが勝てばもっと儲かる、具体的にはこれだけ儲かった!とニュースを流せばよい。
「悪辣な連邦政府が一世紀にわたりスペースノイドから搾取してきた資産を正当な持ち主の元に返す」とでも宣伝すれば政治的効果も抜群だ。
「もし自分が強盗だったら・・・・」
仮定にそって思考を進めるのは、アランの得意とするところだ。
もしも自分が地球圏の資産を強奪できるほどの腕力を持った強盗だったら、何が欲しいか。
地球圏の軍事力はどうだろう。いや、軍事は金食い虫のコストだ。旧態依然とした組織と人材と兵器を抱えた組織は敵であった方が都合がよい。
連邦の金融資産については、アランは専門家としてその仕組みを熟知していることもあり高く評価はしていなかった。連邦が意図的にインフレでも起こせば目減りをするし、そも強盗であれば腕力に訴えて奪う方が手っ取り早い。法律で雁字搦めの金融商品を介する必要がない。
人材は欲しい。とくに技術者が欲しい。モビルスーツ関連の技術分野についてジオン公国は10年の先行リードがあるが、アランの見るところ技術全体を見渡せば歪であり、数年で連邦に逆転される程度の僅かなリードにすぎない。
ジオン公国という、たかが辺境サイドが新規技術に一点賭けした成功の産物がモビルスーツ関連技術のリードであって、ジオン公国の産業総体では技術者の不足は否めない。
とはいえ、誘拐してサイド3に連れてきても産業基盤がなければ技術の生かしようもない。現地で協力者に仕立て上げるのが責の山だろう。
資源はどうだろう?小惑星帯の鉱山開発を主要な事業としてきたサイド3は資源については比較的困っていない。
だが一部のレアメタルについては地球資源の鉱山から採掘する必要があるかもしれない。
MS06の製造に必要なレアメタル一覧と地球の鉱山のリストを比較することができれば何らかの示唆が得られる可能性はある。
もっとも、その種の軍事機密情報を得られるとは、とうてい思えなかったが。
「マリー、君ならどうする?軍人としての意見を聞きたい」
アランに軍人としての見識を問われれば、秘書としても士官学校出の自尊心として素人には負けられないのだろう。
ざっとしたアランの説明にうなずいた後で、宇宙軍の軍人としての意見を開帳した。
「いかにも素人の発想です」
「そうかい?じゃあ君ならどうする?」
「軍人ならば、まず撤退する際の退路を確保します」
「なるほど」
軍人は成果最大ではなく、リスク最小化の観点から考えるのか、とアランは発想の違いに感心した。
「となると・・・狙うのは宇宙空港?」
「私なら、ですが。軍港を含めれば宇宙基地の可能性もあります」
「となると、絞りきれないな。いや規模で絞ればいけるか?」
宇宙世紀の初頭、多くの人民を宇宙に打ち上げた宇宙空港ならば政治的、経済的、軍事的目標として申し分ない。
地球侵攻するジオン軍が降下できるだけの規模と設備を備えた空港や基地ともなれば、数はそれほどないかもしれない。
降下後の展開を考えれば、ニューヤーク、ジャブロー、レアメタル鉱山地帯の何れかに近い宇宙空港か基地を侵攻拠点にするだろう、という見方はそれほど的外れではないだろう。
アランの計画にとっても、都合がよい。
「戦地の絞り込みができれば、モビルスーツの性能評価基準にも方向性を持たせられるかもしれないな」
アランは胸中の想いを隠しつつ、秘書に微笑んでみせた。
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第32話 モビルスーツだけで戦争はできない
正直なところ、アランは現在の仕事の方向性に迷うこともある。
なにしろ仕事の前提となる戦略的な状況の変化が早すぎるのだ。
あえて最大公約数的に記述するならばアランの仕事は「次期主力モビルスーツを選定すること」のだが、周辺の仕事範囲がどこまで及ぶのか定義しにくい部分がある。
具体的に目の前にモビルスーツがあって、そのどちらかを選ぶということであれば話は簡単だが、戦略的状況の変化に右往左往しているのはジオニック社とツィマッド社のモビルスーツ製造企業も同じであろう。
組織の混乱は末端にいけばいくほど大きくなる。
上層部の方針の大きな変更で、末端の要求仕様が二転三転し、それに振り回される現場、という状況が容易に想像できる。
この状況下、現物のモビルスーツが存在しない中で自分ができることは、どちらのモビルスーツが優れているか、いざ現物が出そろった時に納得と説明性の高い評価基準を作る、ということに尽きる、とアランは考えている。
しかし、それとて容易なことではない。
これが宇宙用モビルスーツの評価、ということであれば、評価基準を作ることはある意味で簡単な話で済んだ。
成功した宇宙用モビルスーツであるMS06という基準があり、選定基準は「MS06よりどれくらい優れているか」で統一できたからであり、アランの仕事は最小限で済んだ筈だ。
だが地上侵攻作戦が発動し、そこでも役立つ次期主力汎用モビルスーツを評価する、という話であれば全く話は違ってくる。
宇宙用の対艦兵器であるMS06が地球上でどの程度まで戦えるか。
それはジオン軍中枢部でも正確には把握していない究極の問題である。
地上に降下した結果、よたよたと歩いているところを連邦の61式戦車やフライマンタにタコ殴りにされて「そもそも地球上ではモビルスーツ戦闘を行うべきではない」という戦訓が引き出される可能性もある。
実際アランは「地上戦でのモビルスーツ不要論が」確立する可能性は低くないと見ていた。
先日、ジオニック社の技術者からヒアリングを行ったときの自信なさげな様子も、その見方を後押ししている。
だがジオン軍には、地上戦でモビルスーツを役立たせなければならない理由があるのだ。
「ジオンに地球用の兵器はあるのかい?」と、アランは秘書に尋ねたことがある。
「地上車でありましたら、コロニー警備軍の装備を転用する、と聞いております」
「・・・ああ、そう」頭を抱えたくなる回答に、アランは絶句した。
戦争はモビルスーツだけではできない。
地上で戦闘しようと思えば膨大な数の地上車、水上・水中艦艇、航空機と、それらを支える装備と人員が必要である。
その程度の基本的な認識は、ジオンの上層部もできていると信じたいところだ。
地上戦闘用の装備という量だけでなく、質についても怪しいところはある。
たとえばコロニー警備隊のような、お上品な装備が地上でものの役に立つのか、とアランは疑念が隠せない。
一応、ジオン公国内にもコロニー内の暴動鎮圧のための警備隊は存在するが、たかだか数十キロメートルの大きさしかない人工的環境のコロニー内で必要とされるスペックと、あらゆる悪天候に晒されて数百から数千キロメートルを機動しなければならない地球上での戦闘に要求されるスペックは、文字通り桁が違う。
ズム・シティの街角でピカピカの装甲板を磨いているような兵隊は欧州やアジアの広大な平原の戦闘で敵を発見できるのか。それ以前に道に迷ったあげく遭難するのではなかろうか。
宇宙育ちが地球でまともに戦えるのか、根本的なところでアランは疑っている。
「ジオンに航空機はあるのか?」とアランが続けて尋ねたのにも理由がある。というのも、飛行機はジオン軍の兵器体系には存在しなかった装備だからだである。
全長数十キロ、直径数キロのコロニーは高速戦闘機を飛ばすにはいかにも狭いし、そもそも円筒形コロニーの中心付近は低重力地帯のために、強い揚力を必要とせず飛行できる。
結果として重力と揚力を均衡させて飛ぶ飛行機の設計開発に長けた技術者がほとんどいないのだ。模型飛行機については愛好者も少数いるだろうが、軍事的に役立つとは思えない。
「開発した新型航空機を投入予定、と聞いております」
新型ときたか。まあ、実際には設計とコロニー内の飛行テストだけは済んでいる程度の代物だろうが。
それをいきなり地球で飛ばすという神経には恐れ入る。
「・・・避雷針ぐらいついているよな」
「それはどういった装備ですか?」
「空を飛ぶと雷が落ちてくる。それを保護する装置だよ」
「雷という現象は聞いたことはあります。全ての宇宙船には太陽風から回路を保護する機構がついていますから対応可能なはずです」
「だといいけどね」
雨雲、雷、乱気流。調整された天候でしか飛んだことのないジオンの航空機パイロットは地球の自然環境の中で飛行機を飛ばせるのだろうか。
そして飛行機に必要とされる大量の航空燃料をどうするつもりなのか。
まさかサイド3から輸送するわけにもいかないだろう。となると・・・
「油田と精製施設も侵攻作戦のターゲットになるのか?」
まさか核融合炉を飛行機に積むわけにもいかないだろう。
人も装備も燃料も、何もかもが足りない。
そして、最も不足しているのは時間だ。
「こんな状態で本当に地球侵攻作戦を行うつもりなのか?」
「・・・作戦は順調、準備は万全である、と聞いております」
完璧に形式に則った秘書の回答に、アランはジオンの置かれた状況が理解できた気がした。
モビルスーツだけで戦争はできない。
それでも、ジオン軍はモビルスーツだけで戦争するしかないのだ。
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第33話 箱庭の独裁者
0079年3月1日
その日、アランと秘書は黒塗りの高級電気自動車で、ジオニック社に向かっていた。
一向に上層部から情報が降りてこない現状にアランが痺れをきらした結果である。
情報がこなければ、自分で取りに行くしかない。
その上、本社の綺麗な会議室でなく研究開発部門を直接に訪ねたいとアランが希望したものだから、調整は難航した。
セキュリティの高いホテルに担当者を呼び出す案は、アランの方で拒否した。
綺麗な紙の上の資料では何とでも糊塗できる。アランは実際に動いているモビルスーツを確認する必要性を主張した。
外出した上に不特定多数の人間に接触するという提案に秘書の上層部は難を示したが、それを言うならアランと秘書はさんざん労働者街に出かけては外食を繰り返しているのだから、今さらの話ではある。
アランの粘り強い、居直りとも言うべき態度に珍しく軍の上層部も折れて、アランはサイド3に来て初めて民間企業の空気へと触れることができることになった。
「ご機嫌が良さそうですね」
後部座席で車窓から通りを眺めるアランに、秘書が声をかけた。
「まあね。わりと現場は好きなんだ」
「意外です」
「スーツで会議室に座っているのがお似合いだと思ったかい?」
たしかにアランの同僚にはオフィスから一歩も出ない主義の人間もいたが、アランは金融畑ではあっても、技術を直接評価する部門として、外部の工場を訪ねて技術者と直接話をするスタイルを好んでいた。
「こういう仕事をしていると、詐欺師も多いのさ。またそういう連中に限って資料も綺麗、見た目も普通、説明も巧いものだからね。しっかりと現物を判断する癖をつけさせられたものだよ」
「モビルスーツは詐欺ではありません」
「まあね。でも地球上でも戦える、という宣伝は詐欺になるかもしれない」
「MS06は地上でも戦えます」
「それは、今後の歴史が判断してくれるさ。・・・おっと、そろそろついたかな」
ジオン公国のコロニーは全て密閉型と呼ばれる長さ35キロメートル、直径6..4キロメートルの円筒形であり、立法・行政・司法の独裁者であるズム・シティには各金融機関や軍需企業の本社が集中して存在する。
そして総帥府からよこされた黒塗りの電気自動車の通行を妨げようとする人間は、このバンチには存在しない。
結果として、アランが滞在するホテルからコロニー内のどこへ移動しようとも、その電気自動車の乗車時間は10分以下になるのである。
「効率的で結構なことだけどね、ここの人達はもう少し歩いた方がいいよ」
「兵士達は訓練で十分にランニングは行っています」
「そういう意味じゃないんだけどね」
アランは車から降りると、久しぶりの外気を胸に吸い込んだ。
完璧に人工的に設計された、不快な羽虫もアレルゲンの花粉も飛ばない、巨大な空調システムで調整された清浄な大気。
やや乾いた大気の肌触りも、午後には気象管理システムが適量の雨を降らせてくれることだろう。
空を見上げれば雲の向こうには対面の大地と、円形の地平線が見てとれる。
ふと、独裁者(ギレン)はこの完全に自儘になる箱庭から一歩も外へ出たことがないのでは、という深刻な疑念が湧いた。
◇ ◇ ◇
大企業だけあって、ジオニック社のロビーは業務内容の後ろ暗さと反比例するように明るく広い。
白い大理石風の床と高い天井はコロニーの重量制限と空間という贅沢な資源を無駄に使うことで、国家と直接取引する軍需企業の富と勢いを示しているようだ。
また、ジオニック社のロビーには自社製品のプレゼンテーションを兼ねた製品サンプルが幾つか展示されている。
その一番目立つところに、MS06ザクの数分の一の模型が置かれ、背後のモニターにはルウム戦役のものらしき実践映像が繰り返し流されていた。
「ジオンの精神を形にした、か」
アランはMS06の模型の解説に記された一文に、つい皮肉げに唇をゆがめた。
アランもサイド3育ちなので、ジオニズムについては強く影響を受けた。
スペースノイドの自主独立を、という主張には頷くところも多い。
だが、宇宙に出た人類が革新をする、だのスペースノイドは選ばれた民である、といったオカルティックな主張については、そのアジテーションも含めて合理的なアランの受け付けるところではなく、自然と距離を置くことになった。
ジオンの精神は、こんな鉄の塊の人形などではなく、もっと合理的な戦いによって成し遂げられる、と地球とジオンが開戦した今でもアランは思うのである。
それは他人から見れば愚者の夢想でしかなかったが、アランは己の信念を捨てるつもりはなかった。
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第34話 モビルスーツ万能論
0079年3月1日
ザビ家の係累というのは便利なものだな、とアランは半ば呆れつつ己の立場を皮肉に思い起こした。
ジオニック社の案内係の先導に従いアランが進むと、社の何重にも封印された重厚なドアや、複雑な機構の気密扉が次々と目の前で開いていく。
ザビ家の一族と書いて「アブラカダブラ」とでも読むのだろう。
その呪文があれば大抵の無茶は罷り通る。
ジオン公国とは名ばかりのザビ家一党独裁国家の体質だ、とアランは嫌悪する。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない」
秘書のマリーが聞き咎めるのを、手を軽く振って否定する。
この女秘書が独裁者《ギレン》のスパイなのはわかっているが、密告の材料をこちらから提供してやる必要もない。
「それにしても厳重な管理だな」
「それはもう、社運、いえ国運がかかっておりますから。機密の維持には万全を期しております」
水を向けると、ジオニック社の案内係が固い表情で同意した。
今さらジオン公国から連邦に寝返る者がいるとも思えないが、どちらかというとライバル企業ーー具体的にはツィマッド社ーーに対する警戒であろう。
「こちらが設計開発室になります」
最後のドアを抜けた先の部屋は、微かに金属臭がした。
◇ ◇ ◇ ◇
「次期主力モビルスーツ選定のため地球上での戦闘技術開発状況を知りたい」というアランの要請に応え、ジオニック社は数人の技術者を対応に送り込んできていた。
促成教育で知識を詰め込んでいるとはいえ、アランは兵器開発に関しては素人である。
そのあたりの事情を勘案した秘書のマリーのアレンジで、まずは技術者側の説明が行われアランが質問をする形となった。
「地上侵攻作戦の実施にあたりジオニック社ではMS06を地上戦闘に対応できるよう急ピッチで改修を施しております。元々、MS06は月面上で地上戦闘実績もあり、その際のデータを元にショック吸収装置及び間接装置の強化、噴射装置の配置変更、装甲バランスの調整、間接装置のシール、推進剤の変更、光学センサー入れ替え、音響装置の追加、各種装備のハードポイントの追加等を行っており、その変更箇所は783カ所、全体の7%にあたります」
「かなりの箇所の変更になるな。それで地上での戦闘は可能なのか。生産に問題は出ていないか」
アランの問いかけに技術者は胸を張って「無論です!問題など出ておりません!」と答えた。
「軍の仕様調達書によれば、地上戦で61式戦車3両を単独で撃破できること。無補給で1000kmの歩行が可能なこと。間接装置と噴射装置は1G環境下で50回のジャンプに耐えること・・・他にもかなり厳しい条件が課せられているが、それらを全て達成したということか」
「はっ!その通りであります!」
兵器開発にあたり、通常は軍から開発企業に「これこれ、この程度の性能を達成して欲しい」という目標を記した仕様調達書、というものが発注される。
ジオン軍がザビ家独裁国家であるからといって、そうした官僚的手続きが皆無なわけではない。
官僚機構の迂遠さと非効率を憎んでやまないギレン総帥であるが、独裁者の理不尽な怒りを回避するために却って書類という名の責任回避の手段が量産されるのが人であり、組織というものである。
そうした官僚達の思惑が相まって作成されたジオン軍からの仕様書は、初めてそれを目にする機会を得たアランにとって非現実的に映る無理と無茶の集合であった。
ジオン首脳はモビルスーツを万能兵器か何かと勘違いしているのか。
戦場における警戒・偵察・機動・地上兵器及び施設破壊・占領という一連の行為を全て、モビルスーツだけで行うことが可能であることを要求している。
アランもイギリスの寄宿学校で多少の戦史教育は受けているし、歴史上、万能兵器などというものが成立したこともなければ活躍したことがないことを知っている。
敢えて言うなら、どの時代も人間が人間に対し戦争をする以上、歩兵こそが万能の兵器と言えるかもしれない。
MS06がなまじ人型で歩兵の延長であるように見えることが、首脳部の認識を誤らせている。
MS06は宇宙空間戦闘に完璧に適応した対宇宙戦闘艦兵器であって、機動で宇宙戦艦を上回り、火力でミノフスキー粒子干渉下の宇宙戦闘機や対空火器を上回ったからこそジオン公国は数で勝る連邦に対し完勝を納めることができたのだ、という事実をアランは理解するに至っている。
なのに、この仕様調達書の性能要求の八方美人具合はなんだというのだ。
ジオン軍首脳部は現実感覚を失っている、としか思えない。
要するに、MS06は活躍しすぎたのだ。
その活躍の光芒の眩しさにジオン軍の指揮系統の脆弱さ、地上兵器体系の不在、泥縄式の作戦計画。
全ての危うさが覆い隠され、ジオン公国の国民全員が負の要素から目を背けている。
アランはジオン軍の地球侵攻作戦の先行きを悲観せざるを得なかった。
「水中戦の仕様はないようだが」
アランが無茶な条件を挙げたのは、半ば呆れたが故の反射であっただろう。
しかしジオニック社側の技術陣は左右で視線を交わし頷き合った。
「水中戦型についても、設計は進んでおります。設計図から起こしたCG映像のみになりますが・・・」
技術陣が手元の装置を操作すると、卓上に1メートル程度に縮尺が調整されたモビルスーツイメージが浮かびあがった。
「MS06水中型です。MS06の核融合エンジン熱を利用した長大な航続距離と沿岸部の奇襲効果が期待できます」
それは宇宙空間で戦艦を翻弄したMS06を元にしたにしては、酷く不格好な機体のようにアランには映った。
人が旧いダイビングスーツを着て泳いでいた時代を連想させるような、水中抵抗も大きく潜水深度も望めない玩具の類だ。
こんなコロニーの水溜まりでしか使えない玩具で戦争をするつもりなのだろうか。
ジオンの兵器開発体系は地上侵攻作戦を機に方向を失い、混乱しかけている。
それがジオニック社を訪れたアランの認識だった。
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第35話 宇宙移民、地球に降り立つ
ジオニック社からの帰り道、不機嫌にむっつりと黙り込んだアランとは裏腹に秘書のマリーは興奮を隠せない様子で、有り体に言えばハシャいでいた。
「アラン様、ジオニック社の技術陣は素晴らしかったですね」
「そうだな。その点に異論はない」
ジオニック社の技術陣はジオン軍上層部の無茶な要請を、その高い技術力で以て無理矢理に解決しようとしていた。
彼らの熱意と知力と献身に疑いを挟む余地はない。
「ですが、ご不満のように見えますが・・・」
「不満はある。ジオンはモビルスーツに頼りすぎる!戦車も飛行機も潜水艦も全てをモビルスーツで相手にするつもりなのか?」
アランの詰問に、マリーは少し困ったように笑顔を浮かべた。
「それは・・・ジオニック社はMS06を作ったの自分たちだ、という自負もありましょうから」
「ある種のデモンストレーションだ、というのか?」
「ええ。ジオニック社の立場からすれば軍部にそのようなイメージを売り込むのが当然でありましょう」
「軍上層部の方が乗せられている、ということか」
「ジオニック社のMS06はドズル閣下の肝煎りですから」
またザビ家、か。
アランはマリーに気づかれないよう、心中で小さくため息をついた。
ジオン公国が非合理に見える決断を下すとき、そこには常にザビ家の影がちらつく。
宇宙移民こそは選ばれたエリートではなかったのか?人類の革新である、とジオン・ズム・ダイクンは言わなかったか?
実際にやっていることは、中世紀の古くさい貴族政治ではないか。
「地球侵攻作戦のモビルスーツ以外の地上兵器の情報は見られるか?開発はどこの企業か」
「早急に調べて報告します」
「頼む」
地球はとてつもなく広く、荒々しい自然が待ち受けている。
地球の全てに侵攻し、占領するなど全てのジオン国民を動員しても不可能だ。
ましてモビルスーツだけで戦争はできない。
◇ ◇ ◇ ◇
0079年 3月5日
結果から言えば、アランは間違っていた。
「・・・その情報は本当か?」
「はい。間違いありません。複数の情報ルートから、地球侵攻作戦は成功裏に終了した、との報告が入っています!」
メモを読み上げるマリーの表情が、珍しく興奮で上気している。
「詳細は?」
「はい。ジオン公国軍地球方面軍は宇宙巡洋艦ムサイ級大気圏突入艇及びHLV400機により電撃的に地球機動へ突入。0079年3月1日。ムサイ級大気圏突入艇及びHLVにて大気圏を突破し、宇宙基地制圧隊は連邦軍バイコヌール基地を降下攻撃。守備隊の抵抗を排除し占領に成功。続いて3月4日。旧ウクライナのオデッサ鉱山へ公国軍資源発掘隊が降下、占領に成功し第一次地球侵攻作戦は成功裏に終了した、とのことです」
「宇宙基地と鉱山を抑えたか・・・」
宇宙基地を最初に占領したのは兵理として筋が通っている。
軍隊というのは、最初に撤退するための手段を確保しておくものだ。
まして地球降下作戦のようにリスクの高い大作戦であれば尚更だ。
宇宙港を抑えておくことで、ジオン軍の兵士達にはいつでも宇宙へ退却できる、という心理的な安心感を与えることができるし物理的には宇宙からの補給や援軍を受け取りやすくなる。
また、軍事的には連邦軍の宇宙への打ち上げ能力を一カ所潰すことができる、という意味もある。
オデッサ鉱山を抑えたのも大きい。
ジオン公国は小惑星資源開発コロニーを前身としたコロニー国家であり、木星船団との繋がりも強いため基本的な鉱物資源とエネルギー資源については自国で賄うことができる。その自給自足に近い経済体制がまた独立の機運を生む遠因ともなったのだが、ただレアメタルについては小惑星資源からは算出せず、大いに不足する状況にあった。
レアメタルを豊富に産する鉱山の占領は、コロニー経済の高度産業化を抑圧し、サイド3を単なる鉱山コロニーに押しとどめんとする連邦資本の搾取に耐えてきたジオン公国にとっては戦略目標として譲れないものであり、また経済・軍事両面での悲願でもあっただろう。
「作戦の損害は?」
「大気圏突入時にHLVが数機失われた以外は、極めて小、とのことです」
「実質的な抵抗はなかったわけか」
ある日、空から巨大な人型兵器が大量に降ってくる、という事態に対応できる軍隊があるだろうか。官僚組織は想定外の事態に弱い。
まして連邦軍は先のルウム戦役により地球に落着したコロニーの影響で指揮系統も通信状況もズタズタだったわけで、十全に準備したジオン軍に対し為す術もなかったのだろう。
完璧な奇襲だ。
「それにしても中央アジアを狙うとは・・・ギレン総帥の政治的センスも侮れないな」
「・・・どういうことです?」
軍事戦略以外の地球の状況に疎い秘書に、アランは説明する。
「バイコヌール宇宙基地がある旧ロシア連邦カザフスタン共和国・・・どんな場所か君は知っているかな?」
「お待ちください・・・ソ連時代からの伝統ある宇宙基地である、とだけ。鉱山も枯れておりますし」
秘書の言葉に、アランは頷いた。
「そう。何もないところさ。宇宙基地以外にはね。あの土地は連邦に見捨てられた土地だからね」
「見捨てられた・・・」
「地球環境保護のため、地球から多くの人が宇宙へと送り出されて80年になる。中央アジアからも多くの人々が宇宙へと移民した。今では、あそこには何もない。ごく少数の独裁者あがりの金持ちと、独自の文化を持つ民族が少々いるだけさ。抵抗なんてあるはずがない。宇宙基地の警備部隊程度では、相手にもならないさ」
勇ましい戦闘の末に勝利した、という栄光に満ちた物語ではないかもしれない。
しかし、それだけにギレン総帥の戦略眼が際だつのだ。
「それでは、オデッサ鉱山は・・・?」
「ウクライナだからね。あそこは昔から旧ロシア系との間で民族紛争が耐えなくてね。連邦になってからも小競り合いばかりしていた。多分、そうした内紛も利用したんだろう。政治というより謀略の次元の話かもしれない」
地球連邦は秩序と理想に裏打ちされた一枚岩の組織ではない。多くの民族や地域のエゴと欲求がぶつかり合うモザイクのようなピースの寄せ集めだ。
それがジオン公国との戦争、という一大事に対し団結することなくバラバラになろうとしている。
いや、そうした政治的動きを読み切って攻勢をかけたギレン総帥の手腕だと言えるだろう。
ジオンには10年という準備期間があった。
それはモビルスーツ開発のみならず、地球の抵抗勢力への秘密裏の資金提供やジオンに好意的な人物や組織への切り崩しという形で表から裏から粘り強く行われていたに違いない。
ジオンは兵器の優秀性に頼ることなく、謀略と政治で連邦に勝利した。
0079年3月1日。それは宇宙移民100年の歴史において、初めて征服者として宇宙移民が地表に降りたった日でもある。
人類の歴史は巨大な転換期を迎えた。
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第36話 第二次地球侵攻作戦
0079年3月12日
その後もアランの予測に反し、ジオン公国地球侵攻部隊の快進撃は続いた。
3月11日、つまり昨日には「北部アメリカのキャリフォルニアベースを無血に近い形で占領した」という信じがたいニュースが入ってきた。
北アメリカに宇宙世紀が始まってからも強大な経済力と広大な穀倉地帯を抱えた戦略的重要拠点であり、政治的にもニューヤークに連邦議会ビルがが存在する。
重要さに比例して配備されている軍事力も強大なはずであり、紛争地帯の鉱山でしかないオデッサや見捨てられた土地の宇宙基地に過ぎないバイコヌールとはわけが違う。
「プロパガンダニュースの類ではないのか?」
「いいえ。総帥本部からの正式な発表です。間もなく国営ニュースでも同じ情報が流れるはずです」
ーーーーー
国営放送では、きっちり髪がセットされた女性アナウンサーが総帥府から発表された原稿を喜々として読み上げていた。
軍の広報部から提供されたものであろう映像には、地上攻撃で破壊された基地の様子や、キビキビと動き回る精鋭ジオン軍の兵士達、そして兵士達を指揮する前髪の長い若い士官の姿の良い様子が長時間に渡り映っている。
「ーーニュース速報です。地球降下部隊が北米地域の制圧を完了しました。詳細はまだ明らかにされておりませんが地球方面軍司令ガルマ・ザビ閣下の指揮する地球攻撃軍が数に勝る連邦軍に圧勝したとのことです。ガルマ司令はデギン公王のご子息であらせられ将来を嘱望された身でありながら兵士達と共に前線で戦われています。兵士達の間ではルウムの戦いで大勝利を納められたドズル・ザビ閣下に勝るとも劣らぬ英雄であると賞されていますーーー」注)
ガルマ・ザビ。言うまでもなく実質的なジオン公国の支配者であるザビ家の三男である。
軍人というよりアイドルでもしていた方が似合いの甘いマスクだが、ジオン公国国民の女性達には絶大な人気を誇るらしい。
「さすがのデギン公王も末っ子には甘いらしいな」
「ガルマ閣下は士官学校も主席で卒業され立派に任務を果たしておられます!」
うっかり呟いた皮肉に女性秘書から猛烈な反駁を受けたという事実が、人気を端的に示している。
とはいえ、婚約者が地球で行方不明だというのにホテルに軟禁されている身を鑑みれば、同じザビ家の一族として皮肉の一つ言いたくなるのが人情というものではなかろうか。
いや、同じとは言えないか。アラン《自分》とガルマではザビ家の血の濃さが違う。
中世的な血族主義を支配原理とするザビ家からすれば、ガルマ・ザビは本流も本流で日のあたる道を歩ませるのが自然。
そして亡きサスロ・ザビの婚約者の血族で地球育ちの傍流は、使い捨ての任務につかせ軟禁して当然というわけだ。
それにしてもデギン公王も思い切ったものだ。
猫可愛がりしていた末っ子を地球に降ろすとは。作戦に余程の自信がなければできないことだ。
あるいは、そもそも作戦前に成功を確信していたか。
「たかが数百機のモビルスーツ降下部隊程度の戦力で北米基地を占領できる方がおかしいんだ」
「たかがではありません。モビルスーツ1機は巡洋艦1隻に相当します。正面戦力でジオンは連邦を遙かに優越しております」
「モビルスーツ1機は巡洋艦1隻、ね」
MS06は優秀なモビルスーツであり、ルウム戦役での歴史的大勝利に貢献したために言われだしたプロパガンダだ。
確かに数字上はそれだけの戦果を上げたのかもしれないが、モビルスーツを使用した初の会戦であったこと、連邦軍側にミノフスキー粒子を前提とした装備やドクトリンがなかったことなど、幾つかの好条件が重なった結果に過ぎない。二度目の再現はないだろう。
また、地上の占領はコロニーとは違う。
大気循環装置と宇宙港湾ドックを抑えることで住人の生殺与奪を握れる宇宙コロニーと異なり、地球ではどれだけの軍隊を送り込んでも人から空気を奪うことはできない。
北米では多くの住人が家に銃器を持ち、都市を占領しても郊外へ逃げることも、また逆に潜入や密輸も容易である。
住民を敵にまわせばゲリラ化し易く殲滅は難しい土地柄である、とも言える。
「キャルフォルニアには海軍基地もあったはずだが」
「そちらも抑えた、との情報があります」
「ならば、決まりだな」
無血占領を達成したということは「現地の軍人もしくは政治家にジオン公国に強いパイプを持つか連邦政府を裏切った人物がいた可能性が高い」ことを示している。
でなければ強大な軍事力を抱える北米地域全体が、たったの1日かそこらで占領されるわけがない。
戦勝の暁には北米大陸の地球連邦からの独立でも約束したか。あるいは単に人口密集地を抱える政治家としてコロニー落としから市民達を守るために早期に降伏した、ということもあり得る。
「ガルマ閣下の見事な指揮とお人柄の賜でありましょう」
「そうとも言えるかもな」
ガルマ・ザビに心酔している秘書には、とりあえず頷いておく。
特集番組で繰り返し移される純粋そうな末っ子の表情を眺めているうちに、アランの中であるアイディアが形を成しはじめた。
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注)アナウンサーのニュースの内容は「ゲーム:ギレンの野望のオデッサ占領のナレーション」に準拠しております
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