魔法少女リリカルなのは -Crime seeker- (鹿丸)
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First chapter -邂逅篇-
PROLOGUE


さぁて我が息子よ、いい子はさっさと寝るもんだ。

 

何、寝れない?

 

何でだ? ははぁ、さては母ちゃんが一緒じゃないと寝れないってヤツか?

 

 

……そこまでガキじゃないか、じゃあなんで寝たくないんだ?

 

 

……お話してほしい? やれやれ、我が息子はまだまだケツが青いようだ。

 

だがそのケツの青い息子の相手が、親父であるオレの仕事だ。

 

枕を持ってベッドに入れ我が息子。オレがとびきり面白い話をしてやろう。

 

 

――さて、何を話してやろうか……

 

 

……そうだな、じゃあオレがまだお前くらいケツが青かった時の話をしてやろう。

 

まぁケツが青いと言っても、その時は既にもう経験済みだったがな……

 

 

おっと、これは母ちゃんには内緒な。バレたら黒焦げにされて明日の燃えるゴミに出されちまう。

 

 

そう、あれはオレが26の時だった……

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

――声も、出なかった。

 

あの時の周囲の状況を端的に説明するなら――最悪。

 

周りの地面や空間は崩壊し、詰まりそうな周囲の雰囲気の空気が、さらに圧を増す。

 

そして、なにより……

 

 

――目の前にいたハズの母さんが、崩れゆく地に飲まれた事だ。

 

崩壊が加速する地面は容赦なく母とその母が大切にしていた私の“源”を奪い去り、もう後戻りのきかない虚数空間へと引きずり込んだ。

 

 

その時の自分の頭の中は、きっと驚愕と絶望と後悔が絶妙なブレンドで混ざり合っていただろう。

 

そんな理性の飛んだ思考が下したのは、とにかく追い縋る事。

 

私は崩れ落ちる地面の端から、小さくなっていく母さんと“源”の姿を見つめ続けた。

 

 

――やがてそれは点となり、見えなくなった。

 

 

その瞬間、私の頭の中から絶妙にブレンドされた感情が去り、なんとも言い難い虚無感で満たされた。

 

ショックじゃない、と言えば嘘になる。

 

怖くなかった、と言っても嘘になる。

 

ただ私は、悲しかったのだ。

 

 

ただみんなで、あの頃のみんなで幸せになりたかっただけなのに。

 

もう一度、母さんの笑顔が見たかっただけなのに……

 

 

――母さんは最後まで、私を見ようとしなかった。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!!?」

 

瞬間、ガバリとシーツを退け、金色の髪が重く靡いた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

荒く息遣いをし、額に滲む嫌な脂汗を手の甲で払う。

 

「ハァ……」

 

フェイトは息を止め、口の中の生唾を飲み込んだ。

 

 

――まただ。

 

また、この夢だ。

 

最近多い。

 

あの時から既に、十年以上が過ぎているというのに。

 

「…………」

 

今まではこんなことなかったのだ。

 

確かに簡単に忘れられるほど、荷の軽い出来事ではなかったが、夢でうなされるほど自分を追い詰めていた覚えもない。

 

ただ最近になって、よくこの夢を見る。

 

 

「……母さん……アリシア……」

 

一体、何を意味しているのだろう?

 

この夢は、何を伝えたいんだろう?

 

 

 

――もしかしたら自分は……まだ苦しまねばならないのだろうか?



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Ⅰ Bottom in prison

某日。

 

この日は、とても寒かった。

 

まあそれも当然だろう。

 

ここは管理局が手綱を持つ世界、第マイナス13管理世界。プラットプリズム。

 

通称、“世界の監獄”だ。

 

このマイナスのレッテルを張られた世界というのは、大抵公外が憚られる特異な世界となる。

 

この第マイナス13管理世界も、その特異な条件下から、普段は人一人寄り付く事はない。

 

 

早い話が、“刑務所”なのだ。この世界は。主に保護観察処分という受け皿から漏れてしまった罪人が行き着く最終終着駅。

 

世界中……いや、様々な次元から集められた凶悪な次元犯罪者がこのプラットプリズムに収容される。

 

それは魔法を用いた恐喝や詐欺など小さな罪から、強盗や殺人など重い罪。

 

更には国に仇なす重罪人や反乱軍を率いていた革命家などケタの外れた罪人等、その質はピンキリだ。

 

その規模は年々拡大され、今では管理局にある意味無くてはならない世界となっていた。

 

 

――そんな世界に、ある一人の提督が現れた。

 

「彼は?」

 

「はい、地下154階の方に」

 

「わかった」

 

その男は目の前の厳重そうなエレベーターに乗り、高速で動く鉄の箱に身を任せた。

 

中にはその提督と、二人の職員がいる。

 

いずれの職員も、その眼差しには冷酷な冷たさしか宿していない。

 

「どうですか、彼は?」

 

「いつも通りですよ。死刑囚だからか、振る舞いが異常ですね」

 

「相変わらず、か……」

 

その若い提督はフッと笑い、その瞬間エレベーターは目的地に着いた。

 

エレベーターを降り、職員に案内された先は、面会室だった。

 

「面会時間は30分までです。なおデバイス等の武器はあらかじめこちらに……」

 

「わかってるよ。何回目だと思っている?」

 

その提督はデバイスを職員に預け、躊躇なしにドアノブに手をかけた。

 

「再三言いますが、これからあなたが面会される相手は魔力ランクオーバーSかつ、A級次元犯罪者の死刑囚です。くれぐれも刺激なさらずに……」

 

「…………忠告、感謝する」

 

職員の言葉を聞き流し、提督は扉を開けた。

 

 

「…………」

 

部屋の内装は一言で言うなら、白だ。

 

真っ白な壁、床、天井、テーブル、椅子。

 

無機質かつ暗がりを引き連れた、壊れたおもちゃ箱のような部屋。

 

――そしてその中心でふてくされながら座る真っ白な囚人服に、真っ白な髪をしたその男。

 

 

「久しぶりだね、ドア・ラファルト」

 

「……クロノか」

 

そう言い、ドアと呼ばれた男は皮肉めいた表情を浮かべながらクロノを見る。

 

その手には、手錠。

 

首には、四重にネックレス型のリミッターがかけられていた。

 

クロノは向かいの椅子に礼儀よく座り、ドアを見る。

 

 

その表情から、精神の乱れは見えなさそうだ。

 

「君がここに収容されてから、もう6年か……」

 

「おかげさまで、な」

 

「まぁそう捻くれるな。君の刑の執行を遅延させているのは僕なんだ。礼の一つの言い方くらい覚えたらどうだ?」

 

「あいにく、こちとら会話なんて何時ぶりか忘れちまってね。礼どころか、女の口説き方も頭から抜け落ちそうだよ」

 

「結構。元気そうだ」

 

クロノは懐から資料らしき紙を取りだし、テーブルに散らかす。

 

「ラブレターならお断りだぜ。俺にんな趣味は無い」

 

「心配するな、僕にも無い」

 

クロノの額にやや青筋が浮かぶ。

 

「――君の罪状は研究員53名の大量虐殺、殺人未遂、公務執行妨害等、計21の罪が課せられている」

 

「…………」

 

ドアはつまらなそうに話を聞く。

 

「この事から裁判の結果、君は死刑……獄中でひっそりと首を吊るということだな」

 

「人の傷口ほじくってそんなに楽しいか? 変わったなクロノちゃんよぉ」

 

「話は最後まで聞け」

 

クロノは資料の一枚を取り出し、ドアに放った。

 

ドアは受け取り、いぶしげに目で読み取る。

 

「……何だこりゃ?」

 

「ここ6年で起こったトップニュースだよ。君は外の事情は完全に無知だからな」

 

「ああ、お前の姓感帯なら知ってるけどな」

 

表情をひきつらせたクロノを無視し、ドアは情報を読み込んでいく。

 

「はは……ついにスカリエッティがパクられたか……」

 

「機動六課には世話になったよ」

 

「アイツどこにいんだ? まさかココ?」

 

「規則なんでね」

 

「あっそ」

 

さほど興味が無いのか、ドアは資料をテーブルに置く。

 

 

「……で? 結局お前はなんの用でここに来たんだ?」

 

 

 

「30分がリミットでね。手短に話す」

 

クロノは手を組み、ハッキリした口調で言った。

 

「……その前に二つ確認だ。一つは君の生きる意思を確認したい」

 

「…………どういうこった?」

 

ドアは怪訝そうに返す。

 

「簡単な話だ。生きたいか、生きたくないかを答えてくればいい。もし生きたいと答えたのならば、話を進めよう」

 

「…………」

 

ドアはやや考えた……いや、“考えたふり”をした後に答えた。

 

「どっちでもいいや」

 

「…………」

 

「こんなとこにブチ込まれた時点で、意思もクソもねぇよ。」

 

「…………」

 

「ただこういう考え方はできる。お前が今からする話によって俺が得すると判断できりゃ、場合によっては生きて得したいと考える。論外ならいうまでもねぇよ」

 

「……わかったよ。野暮だったね」

 

クロノは半ば納得しかけ、頭を掻く。

 

「もう一つだが……」

 

「…………」

 

「君が前に言った“あの話”……信じていいんだな?」

 

それを言った瞬間、ドアの表情に僅かな反応が見られた。

 

「……どういう風の吹きまわしだ?」

 

「再確認だよ。まだ誰にもこの事は言っていない。僕も独自で調べたが、ロクな情報すら入ってこない今では、君が嘘を言っている可能性すらあるからね」

 

「嘘、ね……」

 

ドアは天井を仰ぎ、息を吐く。

 

「……信じてくれたぁ言わねぇよ。もともとそっちの世界じゃ“ありえない話”だからな」

 

「…………」

 

「だからそれについても、お前に任せるよ」

 

「わかった」

 

クロノはようやく話を切り出した。

 

「……では話だが、単刀直入に言おう」

 

 

とんでもない、話を。

 

 

「――君は、釈放だ」

 

 

―ドアの皮肉めいた表情が、この日初めて崩れた。



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Ⅱ Edge of story

某日。

 

今日は異様に寒い一日だった。

 

プラットプリズムは亜寒帯で、年中寒気を感じるが、今日ほど熱が恋しいと思った事はないほどだ。

 

――今になって思えば、この異様な寒気は今日という日を暗示していたのかもしれない。

 

 

「出ろ」

 

「?」

 

獄中で寝ていた俺に、看守が声をかけた。

 

手際よく檻の鍵を外し、開ける。

 

「何、ついに執行?」

 

「違う、面会だ」

 

「面会?」

 

また物珍しい事で。

 

いつもなら鬱陶しいと追い返していたが、ここ数年間気晴らしもないので、気まぐれで俺は檻を出た。

 

――まぁ尤も、相手はかの提督サマだったからどの道拒否はできなかったらしいが……

 

 

まぁそんなのはどうでもいい。

 

俺はそれ以降口を挟む事なく、看守の後に続いた。

 

ちなみに今の俺はとてつもなく弱い。

 

首にかけられたリミッターのおかげで通常の1%の魔力も力も出せない。

 

つまり、今俺がここで良からぬ事をたくらんでも、すぐに取り押さえられて、即日で極刑っつー訳だ。うまい事できてる。

 

そんなこんなで俺は面会室へたどり着いた。

 

鬱陶しい説明を二度に渡り聞かされ、俺は面会室に入った。

 

何ヶ月ぶりかの面会室は、全く変わらなかった。

 

いつも通り、無機質。

 

俺は黙ってテーブルについた。

 

「…………」

 

 

――しばらくすると、部屋に誰かが入ってきた。

 

それは懐かしく、そして忌ま忌ましい面をした親友だった。

 

「……クロノか」

 

 

オレはとりあえず言葉を発した。

 

それからクロノと他愛もない話をし、それから本題に入った。

 

正直、さっさと済ませたかった。

 

可愛い姉ちゃんが来るならまだしも、むさい男二人で狭い部屋にいるのは、俺の性に合わない。

 

しかし、クロノのある一言で、それは一変した。

 

 

「――釈放だ」

 

 

 

――は?

 

 

こいつ、今なんて言った?

 

釈放?

 

「ついにボケたかクロノ?」

 

「話の腰を折るな」

 

「折りたくもなる。6年もクソまずい飯食わされてきたこっちとしてはな」

 

極刑を待つ死刑囚相手にそんな言葉を言えば、嫌でも相手にしてしまう。

 

 

「もう少し詳しく言おう」

 

「…………」

 

一体、なんだってんだ?

 

「一週間前、我々の監査隊がとある情報を掴んだ」

 

監査隊……クロノの私兵部隊っつったとこか。

 

「とある大量の質量兵器が、ミッドに密輸されているという情報だ」

 

質量兵器……局にいる人間ならわかる通り、その存在は御法度中の御法度だ。局の連中もずいぶん痛いドジかましたもんだな。

 

「それ以降も調査を進めているが、何分情報が少ない」

 

「それで……俺に何の関係がある?」

 

「関係はない。ただ親友として頼みたい事がある」

 

「?」

 

親友、か。

 

「その調査に、僕の妹も関わっているんだ」

 

妹?

 

「……なんだっけ、執務官やってるとか言った……」

 

いつぞやに聞いた事ある。

 

名前まではわからないが、記憶の端々にその存在がちらついていた気がする。

 

「そうだ。彼女には単独で調査に当たらしてはいるが、何分今回のヤマは危険が多い」

 

確かに質量兵器絡みの事件は、ただでさえ死が付き纏う。

 

規模にもよるが、クロノも相当骨を折っているのは確かなようだ。

 

「そこでだ、君には彼女の副官として護衛を頼みたい」

 

しかし、ここで飛び出したのは聞き捨てならない一言だった。

 

護衛?

 

俺が?

 

何で?

 

「お前、気は確かか?」

 

「だからボケてないと言ってるだろう」

 

「違う。何で犯罪者に執務官を守らせるんだって話だよ。そんなに水と油が弾けるところが見たいのか?」

 

立場的にも、執務官と犯罪者は追う者と追われる者。

 

その二つが手を組むなんて、聞いた事ない。

 

「異例中の異例だという事は百も承知だ。しかし人がいないんだ」

 

「犯罪者に手を借りなきゃならんほど、管理局の人材は手薄なのか。冗談じゃねぇ」

 

意味の無い問答を続ける気は起きず、オレは早々に椅子から立ち上がった。

 

しかしクロノはやれやれといった表情で、机を指で小突いた。

 

「……まぁ、そう言うと思ったよ」

 

 

 

そう言うと思った?

 

随分先を見越して話をしているな。

 

再びオレは体重を椅子に戻す。

 

するとクロノは懐から一枚の紙を渡してきた。

 

「…………これは?」

 

「僕の妹の身辺データだ」

 

「…………」

 

――フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。

 

俺は、その名前に多大な衝撃を受けていた。

 

「テスタロッサって……」

 

「そうだ。僕の妹はあのプレシア・テスタロッサの実子、アリシア・テスタロッサのクローンだ」

 

「っ!!!」

 

俺は冷静を装いながら、食い入るようにそのデータを読み込んだ。

 

フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。

 

顔はそれほどクロノに似ていない。

 

どうやら養子としてハラオウンの名をもらったらしい。

 

しかし、経歴はさほど重要ではない。

 

俺にとっては、“テスタロッサ”の名こそが重要なのだ。

 

「どうだ、やる気になってくれたか?」

 

「…………」

 

クロノはわかりきったような表情でこちらを見る。

 

ちくしょう。相変わらず忌ま忌ましい。

 

だが、コイツの予想通り、答えはもう出ていた。

 

ここで死を待つのもアリかと思ったが……

 

 

「……ふっ……はは、お前もここ数年でずいぶん腹を黒く染めたな」

 

肚はすでに決まっている。

 

「……お前の妹、口説きに行ってやるよ」

 

 

――やるべき事が、また見つかったからだ。



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Ⅲ Pierce of pair

翌日。

 

俺は、ヘリの中で頭を垂れていた。

 

「……安全運転はできないのか?」

 

「口を慎め」

 

横から監視員が言葉の槍を入れる。

 

俺は今、死刑囚として護送されている。

 

やはりいくら提督とは言え、A級犯罪者をおいそれと監獄から出せるわけではないらしい。

 

そこでクロノが考えたのは、俺の存在を机上で抹消し、別の人間として管理局につく事だ。

 

まず俺は死刑囚として極刑を受け、死ぬ。

 

しかしここで替え玉を用意する。

 

つまり死刑囚のすり替えだ。

 

すり替えられた代わりの死刑囚が死ねば、管理局側にはドア・ラファルトの名に“執行”のハンが押され、俺は存在しない事になる。

 

そこを上手く衝き、情報を改ざんするらしいが……

 

(大丈夫か? ……オイ)

 

今ヘリに乗っているのは、俺を含め監視員4名とパイロット1名。

 

このまま手筈通りに行けば、俺は護送先で見事に肉体と魂の分離に成功してしまう。

 

四方から監視されたこんな状態で、どうやって人一人をすり替えると言うのだろうか?

 

クロノからはただ“そこにいろ”という指示しか受けていない。

 

「…………」

 

しかし、今は待つしかない。

 

失敗したなら、そんときはそんときだ。

 

そんな鬱な思考を働かせていた時だった。

 

 

「…………?」

 

 

となりにいた監視員の気配が、急に沈んだのだ。

 

「…………」

 

どうやら、眠っているようだ。

 

かと思えば、次々と監視員が眠りに落ちていく。

 

「お、オイ……」

 

「や~っと寝てくれましたか」

 

途端、監視員の一人が立ち上がった。

 

 

「っ!!?」

 

そいつは帽子を取り、制服を脱ぐ。

 

現れたのは、管理局の制服を着た若い男だ。

 

「……サークルタイプの結界魔法か」

 

「催眠の術式ですけど……4人にしかけるの苦労しました」

 

男は若々しい仕種で敬礼し、ハッキリと発言した。

 

「申し遅れました。ハラオウン提督直属監査隊副隊長、フレイム・バッシュ二等空尉です」

 

若々しく、いや実際若いのだろう。赤い短髪が今時な感じがする。全然流行とか知らないけど。

 

「まぁ、犯罪者相手にそんな畏まんな」

 

「あ、はい」

 

何と言うか、堅苦しいのは苦手なのだ。

 

「俺の名は聞いてるな」

 

「はい、ドア・ラファルトさん」

 

いい子だ。

 

「……あ、先に預かっていた物を渡します」

 

「?」

 

フレイムは懐から小さなペアの金ピアスを俺に渡してきた。

 

「提督から預かってた物です」

 

「…………」

 

すっかり、破棄されたものと思っていた。

 

 

俺はピアスを両耳につける。

 

「……久しぶりだな、これも」

 

「それは、一体?」

 

「俺のデバイスだ」

 

それだけを言い、俺は周囲を見渡した。

 

それよりも、なんと手際のいいことか。

 

サークルタイプをわざわざ4人も……

 

 

ん?

 

 

4人?

 

 

「…………」

 

 

冷や汗が吹き出た。

 

「どうかしましたか? 顔が青いですよ」

 

今、ここにいるのは6人。

 

てことは……

 

 

グラッ

 

突然、ヘリが揺れた。

 

「? アレ、バランス悪いですね」

 

「そりゃそうだ。お前が眠らしたんだからな」

 

俺はそう吐き捨て、直ぐさま操縦シートに向かった。

 

やっぱりだ。

 

「はは、やってくれたな……」

 

「アレ、何か揺れが酷くないですか?」

 

「まあな。パイロットが寝てる」

 

「あ、そうですか……ってええええええっ!!?」

 

眠らした張本人が張り叫ぶ。

 

叫びたいのはこっちだよ畜生。

 

そんな間にも、揺れは加速し、ヘリは落下する。

 

 

「わあああああっ!! 変な浮遊感っ!!」

 

全くだ。

 

しかし、どうしたものか。

 

2秒くらい考えた結果、これしかないな。

 

「フレイム、俺のリミッターを外せ」

 

「は、はぃ?」

 

「レベル1だけでいい。だから早くしろっ!!」

 

「はい、わか、わかりまっ!!」

 

混乱しているようだが、とりあえず行動に移してもらえた。

 

フレイムは覚束ない手つきで、解除認証の魔法陣を呼び起こし、キーを入れる。

 

どうやらクロノもこの状況を見越して、部下にデバイスと一緒にリミッター解除も託していたようだ。

 

何はともあれ、助かった。

 

「解除……承認っ!!!」

 

「っ!!」

 

瞬間、首のネックレスの一つが弾けた。

 

体中に力がみなぎり、リンカーコアが呼び起こされる。

 

こんな感覚は、6年ぶりだ。

 

俺は直ぐさま、デバイスを起動させた。

 

 

「――起きろ、ストレイジっ!!!」

 

右耳のピアスが弾け、

 

 

瞬間。

 

 

スパッ

 

 

「っ!!!?」

 

 

ヘリが真っ二つに割れた。

 

否、俺が斬ったのだ。

 

右手の、コイツで。

 

「フレイム、監視員を拾えっ!!!」

 

「は、はいぃぃぃっ!!」

 

慌ててはいるが、さすが二等空尉。

 

手際よく眠りこける監視員とパイロットを拾い上げ、救助した。

 

真っ二つになったヘリは飛ぶ術を失い、落下する。

 

運よく海上を飛行していたらしく、残骸は海に沈み、燃料に引火し、爆発した。

 

「…………」

 

俺は宙に浮きながら久々の相棒、ストレイジを見た。

 

どうやら不要な改造はされていないようだ。

 

片直刃の日本刀に近い形をしている剣だが、鍔部分にはしっかりとカートリッジシステムが搭載されている。

 

ベルカ式のアームドデバイスだ。

 

「あわわ……ど、どうしよ~……」

 

となりでフレイムが海での惨事を目の当たりにし、震えている。

 

確かに、ヘリが落ちては護送もすり替えもクソもない。

 

「……まぁ、いいか」

 

「へ?」

 

俺の言葉に、フレイムがこちらを向く。

 

「クロノに何とかしてもらうわ」



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Ⅳ Weak roaring

数日後……

 

「……やってくれたね」

 

「…………」

 

「…………」

 

クロノの自室。

 

そこには青筋が浮かぶクロノと、青い顔をしているフレイムと、なんの反省の色のないドアがいた。

 

「まさか、こんな簡単な任務でこんな面倒な騒ぎになるとはね……」

 

「す、すみませんっ!!」

 

フレイムは直立したまま頭を下げ、謝罪を繰り返す。

 

「…………」

 

「聞いてるのか、ドアっ!!」

 

「ああ、いい部屋だな~って」

 

「聞いてないじゃないかっ!!」

 

息を荒げながら、詰め寄るクロノ。ドアは相変わらずどこ吹く風。

 

「というかオレは関係なくないか? ミスしたのアイツだし……」

 

「だからってヘリを叩き割る理由にはならないだろっ!!」

 

「どのみち海の藻屑になるもんブチ割ってなんか不都合あるのか? ヘリにやる気が足りなかったんだよそもそも」

 

「関係あるかっ!!!」

 

言い合う端で、フレイム未だにおどおどと反応を伺っている。全く小動物かお前は。

 

「……まぁいい。おかげで手順を省けた」

 

クロノは息を整える、再び席につく。

 

「君はあの事故で死亡した事にしておいた。君が勝手に招いた事故だとね。よかったよ。不要に死刑囚を使わずにすんで」

 

「そ、そうですね……」

 

これで、ドア・ラファルトという世間から忌ま忌ましがられていた犯罪者は消え去った訳だ。

 

まぁ面倒な手続きは別にして、少なくとももうあの監獄に戻る事はなさそうだ。

 

「さて……では今から君は別の人間になるわけだが……」

 

「どうせならカッコイイのにしろよな」

 

「まぁ黙って聞け。君の名は今日からドア・ケリウスだ」

 

「名前が変わってねーぞ」

 

「心配ない、表記がかわっている。doorからdoarにな」

 

「細かいな」

 

黙ってろと言われた手前、そんなんで大丈夫か? とは聞かなかった。

 

「君は元機動四課の実動部隊隊長だったが、執務官希望だったため僕の推薦を受け、ハラオウン執務官の副官として着任する……ここまではいいか?」

 

「ああ」

 

ガッチガチの嘘で固められた経歴を頭に叩き込む。

 

「魔導士ランクは総合AAA+。普段は首のネックレスでリミッターをつけていて、権限は僕。これはいつも通りだ」

 

「まぁな」

 

ちなみに俺の実際のランクは総合SSだ。若干空戦寄りではあるが。

 

獄中時代にはリミッターは四段階だったが、釈放にあたって一段階解除された。

 

今の状態では、いいとこがAランクだろう。

 

「そしてここが厄介だが……君の戦闘スタイルは近接型の格闘、我流のフロートクロスアーツと言ったか?」

 

「ああ」

 

雲の様に流れる剣筋から、そう名付けた。空戦で剣術というのもおかしな話だが。

 

「君は経歴上、執務官志望となってる。確か近接戦闘も重要だが、執務官は遠距離の射撃魔法の方がウェイトが高い。つまり……」

 

「射撃魔法をある程度使えるようになれ、と?」

 

「そういう事だ」

 

「……勘弁してくれよ」

 

正直、射撃魔法なんて物、生まれてこの方うまくいった試しがない。

 

おそらくそこいらの研修生に負ける自信すらある。

 

「だから厄介だと言ったんだ。君の力は昔から見てきているからな」

 

お互いに承知済みってわけか。

 

「そうかい……で、着任はいつ?」

 

「明日だ」

 

歩いてもないのに、思わずこけそうになった。獄中上がりのオレには早すぎる。

 

「……マジかよ」

 

「ああ、すでに妹には君の事を伝えてある」

 

「なんて?」

 

「今言った経歴、をだ」

 

つまり向こうは俺を単なる執務官志望の局員だと思っているわけだ。

 

こんな血にまみれ、嘘にもまみれ、人殺し以外に自分を名乗る術がない、オレを。

 

「心が痛むねぇ……」

 

「一番痛んでるのは僕だ。わかってると思うがくれぐれも正体を明かすなよ」

 

「わかっているよ」

 

そんないたいけな子供を傷つけるようなヘマを犯すつもりはない。

 

「そんで、これが終わったらどうすんだ?」

 

「自由にしてくれて構わない。プラットプリズムに戻りたかったら、そう計らってやるが」

 

「考えとく」

 

まぁせっかくもらった第二の人生だ。

 

キッチリと楽しませて貰おう。

 

「それじゃ、お前の妹口説きに行ってくるよ」

 

「ああ、行ってこい。それで感電死してこい」

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

よく眠れた翌日。

 

俺は久方ぶりのシャバの空気を満喫しつつ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの執務室があるという局の建物に向かった。

 

軽い足取りで建物に入り、受付嬢と軽い挨拶と身分証明書(偽造)を見せ用件をいい、行き先を聞いた。

 

俺はエレベーターに乗り込み、13のボタンを押す。どうやら俺は13という数字に縁があるようだ。

 

自身を押し上げる鉄の箱が目的階につき、エレベーターを出る。

 

「さて、と……」

 

確かエレベーターを降りて、真っ直ぐ……そんで右……

 

そうなこんなで、俺はフェイト・T・ハラオウンの札が掲げられた執務室の扉の前にたどり着いた。

 

「さて、と……」

 

二度呟き、ノブに手をかける。

 

どうやって開けようか。

 

向こうは俺を知っているなら、さほど警戒する必要もないハズ。

 

……いやいや、ノブを握る前にノックを忘れるところだった。

 

俺は扉を叩こうと額前辺りに拳を掲げた、直後だった。

 

ガツッ

 

「ヅっ!!?」

 

扉が急に開き、拳を挟んで俺の額に大きめの衝撃を与えた。

 

「あれ、何かな……?」

 

呑気な声だな、畜生。なんて思いながら、俺は廊下の絨毯の上に倒れた。

 

痛みは広がり、涙が出てきそうだ。

 

「だ、大丈夫ですかっ!!?」

 

そんな矢先、扉から出てきた金髪の女性が駆け寄ってきた。

 

「ああ、痛い。痛すぎるぞ畜生」

 

「た、立てますか?」

 

「何とか……」

 

俺は痛みをこらえ、自力で立ち上がった。

 

涙で滲む眼球を凝らし、目の前の人物を見た。

 

「……あれ、ハラオウン執務官?」

 

「……もしかして、ケリウスさんですか?」

 

「ケリ……ああ」

 

そういや俺はケリウスだったな。ラファルトじゃなくて。

 

それよりも、やはり聞かされていたらしい。

 

目の前の綺麗な美人さんは制服を払い、ルビーのような瞳でこちらを捉えた。

 

「兄からよくお話は聞いてますよ」

 

「ほう、それはさぞかしイイ男だと……」

 

「いい加減で、無鉄砲で、直ぐに女性を口説きたがって、何よりそれはそれは素晴らしい職務態度だとか……」

 

「…………」

 

皮肉としかとれないその台詞に、俺は今頃自室で紅茶でも嗜んでいるであろうクソ野郎を一生かけて呪った。

 

嘘の経歴にするなら、人柄くらい改ざんしてもいいじゃねぇかよ。畜生。

 

「あ、挨拶が遅れました。私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官です。話は中でしましょう」

 

そういって彼女は扉を開け、入るよう促した。

 

何だろう。心なしか値踏みするような目で見られた気が……

 

まぁ、どうでもいいや。

 

多分自分が若いからといって、ナメられたくないのだろう。

 

それならそれで、こっちもやりやすい。

 

下手に気を使われるよりか、100倍いい。

 

まぁ尤も、あのクロノの妹がそんなタマではない事ぐらい、承知済みだがな。

 

とりあえず、今度あの馬鹿兄貴に会ったら、グーの一発くらい見舞ってやろう。



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Ⅴ The beginning

執務室。

 

「――随分と、荒っぽい経歴だね」

 

「昔はやんちゃしてましたからね」

 

俺は天を仰ぎながら、あのクソ兄貴にありったけの呪詛を送った。今度本気で殴ってやらなきゃ気が済まない。

 

フェイトが今手にしているのは、俺の偽造の経歴書だ。

 

ただそれの偽造をクロノに任せたのがいけなかった。

 

大雑把にしか俺は聞いてなかったが、俺が機動四課時代に数人の女性とアレコレやらかして裁判沙汰になった事は聞いてもいない事だ。

 

てか、めちゃくちゃだろコレ。なんでこんな事が経歴書に乗るのクロノくん?

 

大方、ヘリをブチ落とした囁かな復讐だろうが、今の状況を見ればそれがいかに愚かか奴は理解するだろう。

 

つかそもそもアレは俺のせいじゃねぇし。

 

――そんなこんなで、俺は今自分より4つ年が下の美人の上司から軽蔑の篭った目で見られている真っ最中だ。

 

「――ケリウスくんの勤務態度を矯正してあげるよう兄から言われてるから、覚悟しといてね」

 

「余計な事を……」

 

「何か言った?」

 

「いや、ナンデモ」

 

ジト目で射抜かれる。耳がいいな、畜生。

 

「それはそうと、お願いがある」

 

「? 何かな?」

 

「ケリウスくんと呼ぶのは勘弁してもらいたい。なんか、気恥ずかしい」

 

「じゃあ何て呼べば?」

 

「ドア、もしくはドアちゃんで」

 

「ドア、早速仕事の内容だけど……」

 

一考くらいしろよ。失礼な。

 

俺は首の骨を鳴らし、応接様のソファに腰掛けた。

 

「私が今追い掛けてる事件は、質量兵器の密輸。それに関わっている組織について」

 

「あ~……ミッドにいるアレか」

 

来る前にクロノから聞いた。

 

「そう。実際に動いているのは私の兄の艦隊とその系列の部隊、そして私達なの。でも中々尻尾どころか影も見せない」

 

「組織の末端すら見えないのか」

 

「見つけても、直ぐにラインを絶たれるの。だから情報が入らない」

 

利用しただけ利用して、ヤバくなったら組織から切られるって事か。

 

「でも最近になって、やっと一つ手がかりを得た」

 

「ほぅ」

 

初耳だ。クロノも知らないのか?

 

「今から3日後に、とある場所で組織が質量兵器の実験を行うという情報が入ったの」

 

 

「随分急だな。それで?」

 

「私達を含め、別動隊と合流、その後一気に捕縛っていう手筈だよ」

 

「ふ~ん……」

 

何やら、随分簡単に済みそうだ。

 

まぁ質量兵器自体、管理局側からすればそれは確実に脅威だ。

 

簡単とはいえ、あまり荷の軽い仕事ではない。

 

「まぁ、そんなところかな」

 

「あい、わかった」

 

俺はソファから立ち上がり、執務室の窓からミッドの景色を見つめた。

 

「仕事の話は以上だよ」

 

「仕事の話は終わったが、まだ俺の身の上を聞いてない」

 

「……そうだったね」

 

フェイトは忘れてたらしく、頭を抱えながら喋りだす。

 

「ドアの部屋はあっちの扉」

 

フェイトが指差す先には、確かに扉がある。後で荷物を送っとく必要がありそうだ。

 

 

「お隣りの様だな」

 

「……夜は鍵閉めとくからね」

 

「心配すんな。ガキには興味ない」

 

なんて言うと、後ろからティッシュの箱が飛んできた。

 

「……それはそのティッシュで自慰でもしてろというメッセージか?」

 

なんて言ったら、今度は真っ赤な顔をして分厚い本を投げてきやがった。

 

うん、普通に痛い。

 

「まぁそれはいいとして、俺の勤務時間は?」

 

「基本的には24時間だよ」

 

「……はぁ?」

 

ふざけるな。オールて何だよそれ。

 

「毎日何時何処で事件が起こるかわからないし、法務や事務仕事もたくさんあるの。だから随時この部屋で待機」

 

「そんなことまで執務官ってやつはやるのか?」

 

「どんなイメージで執務官になりたいのかは知らないけど、戦闘寄りの仕事は少なめだと思っててね。基本的には指揮したりすることが多いから」

 

「あ、そ……」

 

俺は頭を抱え、中央の黒いソファに身を投げた。

 

「……監獄のがマシな気がしてきた……」

 

「え?」

 

「いや、こっちの話」

 

口が滑った。気をつけよ。

 

 

――にしても、アイツも何を考えてるのか……?

 

いくら親友とはいえ、俺の死刑の罪を消し去り、あまつさえ妹と行動を共にさせるとは……

 

しかも、今担いでいるヤマはもうすぐ終結、ときた。

 

こんな状況では、明らかに俺は不要だ。

 

本当に、何を考えてるんだ……?

 

それとも、まだ何か……

 

 

「ドアは、何で機動四課を離れたの?」

 

「?」

 

途端、フェイトが質問してきた。

 

離れた理由? そんなのはない。だっていたことすらないのだから。

 

「執務官になりたいから」

 

「……じゃあ、何で執務官になりたいの?」

 

「なりたいもんはなりたいんだよ」

 

嘘、理由なんてない。

 

「そっちは……あ、いや、大事な事を聞き忘れていた。俺は何て呼べばいい?」

 

「好きにいいよ。なんなら呼び捨てでもいいし」

 

「ならテスタロッサちゃんかハラオウン様で」

 

フェイトは何やら気持ちの悪い物を口にした表情をした。

 

「いや、フェイト。なら何でフェイトは執務官になったんだ?」

 

「……クロノがそうだったから、かな」

 

 

つまりあの兄貴に憧れたってとこか。可哀相に。

 

「……何か失礼な事考えてなかった?」

 

「気のせいだ」

 

エスパーかコイツ?

 

とりあえず俺は大胆の事は把握した。

 

把握した後、俺はこれからの事を考えていた。

 

この事件が終われば、俺は自由の身だ。

 

そのあとは、どうするか……

 

“あいつら”を探しにいくのか?

 

それとも……?

 

 

その瞬間、部屋中にけたたましいアラームがなった。思わず耳を塞ぎたくなる程の。

 

「もっと優しい音色はないのか? オルゴールとかオススメだぞ」

 

「それじゃ夜はたたき起こしてくれないよっ!!」

 

フェイトは急いでデバイスを取り出し、バリアジャケットを纏う。

 

「仕事が速いね」

 

「どうも、ドアは?」

 

「ジャケット無しでも飛べるんで心配なく」

 

そう、といいフェイトは執務室の巨大な窓を開閉するスイッチを入れた。

 

窓は直ぐさま空き、オレとフェイトはミッドの空へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「現場は?」

 

《中央区のアメトリス銀行です》

 

「なんだ強盗か? せちがらいなオイ」

 

《犯人は確認できるだけで最低5人、その全員が質量兵器を保持しています》

 

「っ!!」

 

「どうやら3日待つまでもなかったようだな」

 

その後、相互に情報を入れ合いながら、俺とフェイトは現場に着いた。

 

状況は普通に面倒そうだった。

 

犯人が質量兵器を保持しているからか、こちら側は相応の距離を取らざるを得ない。

 

取り囲むように駐車された車の近くに着地し、フェイトは現場の捜査官に話し掛けた。

 

「執務官のフェイト・T・ハラオウンです。状況は?」

 

「執務官殿ですかっ!!」

 

捜査官は畏まった様子で敬礼し、状況を説明しだした。

 

「犯人は約5名。その内数名が質量兵器を保持しており、中には数名の人質が……」

 

なるほど、典型的だ。

 

「質量兵器の概要は?」

 

「今確認出来ているのはオートマチック拳銃、機関式のライフル。それに手榴弾の類です」

 

「爆発物かよ、面倒だな」

 

ヘタにピンを抜かれれば、犯人もろとも人質も吹っ飛ぶ。

 

「犯人からの要求は?」

 

「逃走用のヘリを……」

 

俺はふと、銀行の様子を見た。

 

この距離からでも、犯人がいるのが見える。

 

あまり興奮はしていないようで、直ぐに修羅場というわけではなさそうだ。

 

だが、面倒な状況に変わりはない。

 

さて、どうしたもんか……

 

 

……ん?

 

 

あれは……

 

 

「今、突入の準備をしています」

 

「突入っ!!?」

 

捜査官の言葉に、フェイトが声を荒げる。

 

「銀行の裏口から魔導士を数名突入させて、一気に犯人を確保……」

 

「そんな……判断を誤れば人質が危険にっ!!」

 

「しかし、それしか……」

 

「なぁ、フェイト」

 

「?」

 

俺はフェイトの肩を叩き、あるものを指差した。

 

「アレ、使えねぇか?」



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Ⅵ 2nd rushing into entrance

「……涼しいな」

 

「でも環境は最悪だね」

 

《そこの角を右です》

 

「了解」

 

 

――現在、フェイトとオレは下水道を通っている。

 

今回の現場の銀行の突入口は正面、裏口、屋上の三つがあった。

 

しかし裏口は犯人が張っている可能性があるし、正面は論外。

 

ならば屋上、という選択肢もあるわけだが、このご時世で航空魔導師の存在を知らない無知者はいない。

 

という事は向こうからしたら、当然上からの突入も視野に浮かぶ。

 

 

――ならば地下はどうだろうか?

 

地下ならば必ず何処かに繋がっているし、一般的にも使用されない。

 

盲点があるとすれば、ここなのだ。

 

その提案をしたところ、フェイトはやや考え、行動に移した。

 

オレが先程見つけたマンホールから地下に潜り、目的の銀行下まで目指している。

 

ナビゲーションは念話を使い、局から流してもらっている。

 

《そのまま真っ直ぐです》

 

「了解」

 

しかし下水道であるせいか、当然臭いがキツイ。

 

「あ~……しばらく臭いとれねぇなコレ」

 

「髪の毛、結べばよかったな……」

 

「イザとなったら髪の毛ごと持ち上げてやるよ」

 

「ナンパ臭い匂いが付いたらヤダからいい」

 

「厳しいねぇ……」

 

さすが、腹違いとはいえクロノの妹。

 

「それよか、アイツらどう思う?」

 

「……確かに質量兵器を持っていたけど、私達が追っている事件とは規模が違い過ぎる」

 

考えてみれば、確かに連中は兵器は持っていても、その量はやや心許ない。

 

「組織の末端じゃねぇのか?」

 

「それでもそれなりの規模はあったよ。でもどの道見逃せないからね」

 

見逃せない、か。

 

《次を左です》

 

「はい」

 

それに従い、左に曲がる。

 

その時、目の前に人影が見えた。

 

「だ、誰だっ!!?」

 

瞬間、火薬が爆ぜる音。

 

「チィッ!!!」

 

舌打ちをかます間に、跳弾が下水道で暴れる。

 

どうやら、連中の一人と鉢合わせたようだ。アンラッキー。

 

 

オレは物陰に隠れた。フェイトも同様に。

 

「何人見えた?」

 

「一人だぜ、執務官殿」

 

ただ、拳銃を保持しているが。

 

「オレは射撃は苦手なんで、頼むわ」

 

「……じゃあ、見ててよっ!!」

 

「勉強させてもらいます」

 

フェイトはバルディッシュを起動させずに、手の平から光球を浮かばせる。

 

誘導制御された光球は真っ直ぐに、銃を構える一味の一人に向かった。

 

そして、直撃。

 

「かッ……!!」

 

犯人は倒れ、銃を手放す。

 

「勉強させてもらいました」

 

オレは犯人に近寄り、銃を回収する。

 

フェイトは気絶しているそいつにバインドをかけ、念話で局に回収にくるよう要請した。

 

「……どうやら敵さん。新しいオモチャで暴れたがりのガキじゃないみたいだな」

 

地下からの突入も想定できる判断力を持ち合わせた集団犯罪。

 

そして厄介なのが、それを実行に移せる程の戦力だ。

 

どうやら連中の戦力は5人6人に収まるほど小さくはないらしい。

 

「それよりも、さっきの発砲で場所が割れちゃうよ」

 

「だな」

 

モタモタしてたら、シャレにならない鉛玉を相手にしなきゃならない。

 

だが、同時にそれは戦力を引きずる事もできる。

 

「なら、もっと派手にいくか」

 

オレは拾った銃を彼方へ向け、引き金を引きまくった。

 

「キャッ!!?」

 

発砲音が下水道内でこだまする。うん、やかましい。

 

「何してるのっ!!」

 

「敵をひきずりだす。早くするぞ」

 

「……もうっ!!」

 

フェイトは今だに納得してないようだが、今は会話より行動だ。

 

オレはその場に銃を捨て、下水道を再び移動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「こっちだ」

 

「侵入者かっ!?」

 

「わからない。ただ発砲があった」

 

「急ぐぞっ!!」

 

階段から次々と質量兵器で武装した兵士が降りて来る。

 

その数は、ゆうに10を越える。

 

それを物陰から見ていたオレとフェイトは声を殺し、奴らが降りてきた階段を上がった。

 

「やっぱり、シャレになんないな」

 

「でも、組織との関連が強くなったよ」

 

「それは生きて出られてから話そうか」

 

正直、オレは驚いていた。

 

様子見であの人数……

 

大雑把に考えても、まずその総戦力は確実に40から50人はいく。

 

ヘタに突入すれば、どれだけ被害を被るかは目に見えていた。

 

 

「ここは?」

 

《銀行のちょうど下辺り……地下一階です》

 

「人質は?」

 

《恐らく、一階の受付に纏められています》

 

「いいね。わかりやすい」

 

オレは階段から下水道までの扉をロックした。

 

「さて、外にいるバカどもが逸る前に終わらすか」

 

「そうだね」

 

互いに頷き合い、オレはデバイスを取り出した。

 

「起きろ、ストレイジ」

 

右耳のピアスが刀剣に変わり、右手に収まる。

 

「ドアが前衛、私が後衛でいいね?」

 

「無論だ」

 

互いに近接型だが、射撃の腕を考えればそれが当然だ。

 

オレは前に出て、銀行の廊下を歩き始めた。

 

まずは階段を見つけなければならない。

 

「職員達も人質か?」

 

「多分そうだよ」

 

「……ふ~ん」

 

オレはストレイジを構え直し、周囲に目を懲らす。

 

そういえば質量兵器にばかり目を取られていたが、敵に魔導師がいないとは言い切れない。

 

むしろ、魔導師と質量兵器というコンビはある意味最悪だ。

 

 

 

そんな中、階段を見つけた。

 

「あった」

 

オレは躊躇いなく、足を階段にかけた。

 

瞬間、鉛がオレの右を掠めた。

 

「っ!!?」

 

頭上を見ると、踊り場から銃を構えている兵士が一人。

 

オレはストレイジを上に振り抜き、上の階の天井を斬った。

 

「ぐっ……」

 

上にいた兵士は呻き声を上げ、倒れ込む。

 

手応えとして、どうやら足を掠めたようだ。

 

「あっぶね~」

 

「もうちょっと慎重に行こうね。執務官志望の……」

 

 

瞬間、今度はフェイトの眼前に弾丸が通過した。

 

「っ!!?」

 

フェイトは弾かれたように反応し、光球を飛ばし、右にいた兵士に手痛い一撃をぶち込んだ。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「もうちょっと周りを見ようぜ。執務官さん」

 

「…………」

 

フェイトは返す言葉がないのか、悔しそうに唇を噛む。

 

まぁいい、お互い怪我がないのなら。

 

オレとフェイトは階段を上がり、一階にたどり着く。

 

一階の踊り場では、予想通り足を斬られてのたうち回る兵士がいたので、バインドをかけた。

 

まず最優先すべきは、人質の解放だ。

 

犯人の確保は、その後でも遅くはない。

 

「人質はどこに?」

 

《はい、そこを真っ直ぐ行けば受付に出ます》

 

「真っ直ぐ、ね」

 

オレとフェイトはさっきの教訓を生かしつつ、周囲を警戒しながら進んだ。

 

「……手薄だな」

 

「きっと受付に戦力を集めてるんだよ」

 

だと、いいが。

 

にしては、さっきから見張りに会わないのは何故だ?

 

というかそもそも、なんで受付近くに5人しか人を置かないんだ?

 

地下に10人送る位だ。受付にもっといたって不思議じゃない。

 

5人なんて、管理局側からナメられるに決まっている。

 

そんなんだから突入なんて考えが安易にうか……

 

「っ!!?」

 

不意に、一つ仮説が浮かんだ。

 

オレは立ち止まり、考える。

 

「…………」

 

「どうしたの?」

 

「そういや、屋上の方見たっけ?」

 

「……見てないよ」

 

瞬間は、オレは床を蹴った。

 

「っ!? ちょっとっ!!」

 

「悪い、屋上見てくる」

 

オレは走りだした。

 

階段に向かって。



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Ⅶ True purpose

「…………」

 

「ヒューリさん」

 

ヒューリと呼ばれた厳つい面に眼帯をかけ、サブマシンガンを肩にかけている男に、ニットを被った兵士が声をかけた。

 

「定時連絡か」

 

「はい。地下に不信な発砲音が……」

 

「何?」

 

ヒューリは眉間にシワを寄せ、報告してくる男を睨む。

 

「あ、いや、その……」

 

「ハッキリと言えっ!!」

 

「は、はぃっ!! 地下で見張っていた奴の一人が気絶させられていて、その……」

 

「もういい」

 

ヒューリは男を押しのけ、受付前に固められた人質達の前に立った。

 

それと同時に、ざわめき立つ人質達。

 

「…………」

 

絶望の表情漂う人質を見ながら、ヒューリは懐から拳銃を取り出し、発砲した。

 

「ああああああっ!!!」

 

弾丸は人質の一人の耳を撃ち抜き、血だまりが出来る。

 

悲鳴が沸き立つ中、ヒューリは指示を出した。

 

「音声を外に流せ」

 

「はっ!!」

 

部下達は音声機器を準備し始める。

 

どうやら人質の悲鳴を聞かせ、外に待機している実動隊の焦燥感を煽ろうとするようだ。

 

そうすれば、奴らは突入を余儀なくされるだろう。

 

そうだ、それでいい。

 

「ヒューリさん、上の連中の準備が終わったようです」

 

ここで、一人の男が再び報告に入る。

 

「そうか……」

 

ヒューリは満足そうに頷き、通信機を取り出した。

 

「各員に告ぐ。準備が完了した。直ちに避難せよ」

 

それだけをいい、通信機をその場に放る。

 

どうせ“使えなくなる物だ”。

 

 

 

「そろそろ突入か……」

 

ヒューリは足元に置かれた緑のボストンバッグを見つめた。

 

「ヒューリさん」

 

「ん?」

 

「さっきから気になってるんですが……コレ何ですか?」

 

「ああ、このバックか? コレはな……」

 

「いや、そうじゃなくて……この光の玉です」

 

「?」

 

男の目線の先。

 

そこには、確かにフワフワと漂う金色の光の玉があった。

 

さっきまでは、こんな物はなかったが……?

 

そう疑問に感じた瞬間。玉が弾けた。

 

「なっ!!!?」

 

 

弾けた玉は無数に散らばり、武装している部下達の急所に直撃する。

 

「ぐぅッ!!?」

 

「ガッ!!?」

 

気絶していく部下を見ながら、ヒューリはサブマシンガンを構えた。

 

「誰だっ!!?」

 

「武器を下ろしなさいっ!!」

 

「っ!!?」

 

右から、若い女の声が届いた。

 

声のした方を見ると、そこにはバリアジャケットを纏ったフェイトの姿があった。

 

手には、ハーケンフォームのバルディッシュが握られている。

 

「ちぃ……管理局かっ!!」

 

「時空管理局所属、フェイト・T・ハラオウン執務官です。武器を捨て、大人しく投降しな……」

 

「うるさいっ!!」

 

有無を言わさず、ヒューリはサブマシンガンの引き金を引いた。

 

銃口から大量の鉛玉が吐き出され、音速に近いスピードでフェイトに向かう。

 

しかし弾はフェイト近づくや否や、軌道を反らし、ありえない方向の壁や天井を砕いた。

 

「なっ!!?」

 

驚愕と共に、ヒューリは引き金にかける指の力を抜いた。

 

「電流と磁場の関係って知ってるかな?」

 

フェイトはバルディッシュを構えながら、物理の授業を始めた。

 

「ある程度の電流と磁場を作り上げると、力が生まれる」

 

つまりフェイトは、自身の周りに魔力から変換させた電気を使って電流と磁場を作りだし、絶妙なバランスで向かってくる弾丸に力を加え、軌道を反らしていたのだ。

 

 

もちろん、そんな物理学をヒューリが理解できるわけもなく。

 

「意味のわからない事を言うなっ!!」

 

ヒューリは再び、サブマシンガンから弾丸を放つ。

 

しかし、その時にはすでに目の前にフェイトの姿は無かった。

 

「でもね、その電磁場の物理計算って本当に大変なの」

 

「っ!!!?」

 

いつの間にか、背後から諭すような声。

 

しかし、気づいた時には、もう遅い。

 

「……カッ……!!」

 

ヒューリは嫌な違和感を首に受け、意識を飛ばされた。

 

「――だから、こうした方が簡単かな」

 

フェイトはバルディッシュを待機状態に戻す前に、気絶させた連中にバインドをかけた。

 

これで、とりあえずは一件落着だ。

 

「ふぅ……」

 

フェイトはその後人質を解放し、外で待機していた局員に連絡を入れた。

 

――事件は解決した、と。

 

 

「…………」

 

今、フェイトの周りでは様々な調査が行われていた。

 

事件直後の検証、というやつだ。

 

他の犯人達も士気が下がった頃合をみて次々と管理局によって捕縛されつつある。

 

「ご協力、ありがとうございました」

 

「はい」

 

フェイトは敬礼する局員に笑顔で返し、2、3報告をした後に自分もその検証に参加した。

 

もしかしたら、例の組織の情報が転がっているかもしれない。

 

そんな期待を感じた直後、念話が入った。

 

相手は――ドアだ。

 

《……おい、フェイト》

 

「何、サボりさん? もう事件なら解決しちゃったよ」

 

《説教なら後で聞く、とにかく確認したい事がある》

 

「?」

 

なんだろう、口調にいつもの余裕がない。

 

それに不思議と心臓が脈打つ。

 

嫌な、予感がする。

 

 

《今、どこにいる?》

 

「どこって、銀行の受付だけど……」

 

《直ぐに出ろ。死ぬぞ》

 

え?

 

 

今、なんと言った?

 

 

《そこにいる局員連中も連れ出せ。今直ぐにだ》

 

「え、ちょっと、それってどういう……ていうかドアは今どこに?」

 

《それは……》

 

瞬間、脳内にけたたましい銃撃が聞こえた。

 

「っ!!!?」

 

しかしそれは念話からだけでなく、しっかりと耳でも捕らえられた。

 

以外と近い。

 

そういえばドアは屋上へ向かったハズ。

 

フェイトは直ぐさま受付を出ようとした。

 

しかし……

 

「た、大変だっ!!!」

 

何処からか、局員の悲鳴が聞こえた。

 

「?」

 

何かしらの不安を感じ、フェイトはその局員に寄る。

 

「どうかしましたか……」

 

その後の台詞は、驚愕で飲み込まれた。

 

そりゃあそうだ、とみんなにいってもらいたい。

 

フェイトの目の前には、チャックの開いた緑のボストンバッグ。

 

 

――そして、その中に見えるのは“C4”と書かれた火薬と、それに繋がれたデジタルモニター。

 

そう、そこには04:02と表示された質量兵器――時限爆弾だった。

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

全く、困ったものだ。

 

これ程に最悪な状況は、未だに遭った事はない。

 

――なんせ今、廊下の上で、前方、背後から同時に銃口を向けられているのだから。

 

「…………」

 

オレは息を殺し、状況を整理した。

 

さて、状況はオレの読み通り、敵はやはり屋上に戦力を集中させていた。

 

それに至った理由は極単純。地下と受付の見張りがあまりにも手薄だったからだ。

 

ならば、何故彼らは屋上に兵士を集中させたのか?

 

それは、彼らの目的が金じゃないからだ。

 

彼らの目的は……

 

 

「撃てええぇぇぇっ!!!」

 

刹那、前後から銃撃が起こった。

 

こりゃヤバいわ。

 

自慢じゃないが、打つ手が無い。

 

 

――“一つしか”。

 

 

「――起きろ、“ウィルネス”」

 

 

――その時、オレの左耳のピアスが光った。

 

 

刹那。風が起こった。

 

それも、強烈な。

 

「なっ!!?」

 

兵士達は驚愕し、目を見開く。

 

 

「――ったく、リミッターありで“二刀”はきついぜ」

 

 

手は、一つしかない。

 

迫り来る弾丸を、剣一つで捌ききる事は出来ない。

 

 

だが、二刀剣なら。

 

オレのフロートクロスアーツの雛型、この二刀流ならば、捌ける。

 

 

オレの右手には、ストレイジ。

 

左手には、ウィルネス。

 

そう、オレは二刀剣士の魔導師だ。

 

自慢じゃないがな。



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Ⅷ Two swords

右手には、日本刀式のアームドデバイス。

 

名は、ストレイジ。

 

左手にはカットラスタイプのアームドデバイス。

 

名は、ウィルネス。

 

オレが得意として、専売特許としている戦術は、我流のフロートクロスアーツだ。

 

このフロートクロスアーツは基本的に剣術に備わっている“型”というものが無い。

 

実戦中に独自で戦闘プレーを想像し、リアルタイムで構築しなければならない。

 

いわゆるサッカーのように、ゲーム中に閃きと想像力でプレーを構築するように。

 

その為か、必然的に双剣の理が必要となってくる。

 

想像と閃きに頼る戦闘ならば、手数が多いに越した事は無い。

 

まぁ現代の魔導師の中でも、オレみたいなタイプの奴はほとんどいない。

 

オレの戦術は基本、対1戦闘しか真価を発揮できない。

 

ところが現代ではそんな弾丸野郎よりも、対多の出来る遠距離戦術に長けた奴が必要となっている。

 

例を出すなら、かの“エース・オブ・エース”がそうであるように、だ。

 

だからオレのランクSSなんていう肩書きも、実際にはなんの意味もない。

 

 

――話を戻そう。

 

 

結果、オレの戦術は接近オンリーであるってだけだ。

 

射撃などの技術は一切無い。

 

だが、逆に言えば……

 

 

――オレに対1で勝てる奴もいない、という事だ。

 

「そりゃ」

 

「ガッ!!?」

 

オレはストレイジを振り抜き、目の前の兵士どもを斬り飛ばす。

 

もちろん、後からフェイトにどやされないように、峰でやってる。

 

全く、殺さないように戦うってのは案外難しい。

 

オレはとにかく前に進んだ。

 

一応フェイトには、銀行から脱出するように一言入れてある。

 

ああ見えてやや頑固な部分があるから、少し怪しいが……

 

と、考えている間に、目の前から弾丸が。

 

オレはひらりと避け、道を右に曲がる。

 

しかしその先にも、武装した兵士。

 

しかも3人。

 

「撃てぇっ!!!」

 

当然、撃ってきやがる。

 

オレは両手の剣で弾丸を受け流すように捌き、目の前の兵士達に峰でたたき付けた。

 

兵士達は吹っ飛び、オレは進む。

 

「…………」

 

さて、再び状況の整理だ。

 

もし奴らの目的がそうなら、屋上にこそそのキモがある。

 

そいつを握り潰さねば。

 

――ここで運よく階段が。ラッキー。

 

オレは一気に駆け上がり、屋上を目指す。

 

「ハァ……ハァ……」

 

結構駆け上がった頃に、ようやく屋上への扉が。

 

オレは勢いに任せ、扉を叩き斬った。

 

 

「――……っ!!?」

 

 

……さ~て。

 

どうしますかね?

 

オレは屋上に飛び込んだ矢先、肩の力を抜いた。

 

 

――そうしなきゃ、オレの周りにいる武装した野郎どもに風穴増やさせそうだったからだ。

 

迂闊だった。

 

屋上に兵力が集中しているということは、その分危険も増すという事。

 

絶賛大ピンチ中だな。シャレになってない。

 

「…………」

 

「大層、暴れてくれたな」

 

ふと視線をくれてやると、バリアジャケットらしきマントを着た、スキンヘッドの魔導師が立っていた。

 

やっぱし魔導師も絡んでたか。畜生。

 

そのスキンヘッドの魔導師の腰には、予想通り拳銃が差してある。

 

「よく屋上に来る気になったな。根拠を知りたいよ、管理局」

 

「なぁに、根拠なんてもんはねぇよ」

 

確かに、根拠は無い。

 

だからこそ、フェイトを連れて来なかった。

 

「ただ単なる強盗にしちゃ不自然が多かった」

 

「ほう、聞きたいな」

 

ニヤリと笑うスキンヘッド。

 

その余裕かました面がムカつく。

 

「まずはアンタらの戦力だ。単なる金目当てにしちゃ、投入する戦力が不釣り合いすぎる」

 

「万全を期したいだけ、とは違うかな」

 

「じゃあ逃げる時どうすんだ? こんな団体客が逃走するにゃ、ヘリが何基いると思ってんだ?」

 

まず最初の疑問点はそこだ。

 

もしコイツらが本気で逃げる気なら、ヘリなんて要求せず、地下から逃げりゃいい。

 

「つまり、ヘリの要求はハリボテ。本当の目的を隠すためのな」

 

「…………」

 

相手は微動だにせず、ただ話を聞く。

 

「第二の疑問は、受付の兵力の手薄さだ。あれじゃ、いつでも突入してくれと言っているようなもんだからな」

 

「そうか。それは困ったな」

 

「ヘタクソな演技だな」

 

「これでも昔は役者志望だったんだがな」

 

「鏡見て言えや」

 

まぁそんなのはいい。無駄な事だ。

 

「そんでオレは一つの仮説を思い付いた」

 

そう、コレがキモだ。

 

「もしかしたらお前らの目的は強盗ではなく、“テロ”なんじゃないかってな」

 

 

「どういう事かな?」

 

「まず手薄な兵力で管理局のバカどもを銀行内に呼び寄せ、そこから一気に屋上から兵力を投下させて、叩く」

 

「…………」

 

「あるんだろ、時限爆弾か何かが下に」

 

「……御名答」

 

その言葉に、オレは内心舌打ちした。

 

恐らく、もう下の方には管理局がタップリ溜まっている。

 

ここで爆弾なんてもんに出張られたら、パニックになるに決まっている。

 

最善の手は、オレがここでコイツら全員をぶったたく事だが……

 

「さて、名推理を広げてもらったところで、名探偵殿には殉職してもらいますかな」

 

「…………」

 

スキンヘッドの野郎が拳銃を抜き、同時に周囲の連中も抜く。

 

もういつオレが天国に召されてもおかしくない位だ。

 

「……名探偵、か」

 

「?」

 

「オレには似合わないな」

 

「……どういう事かな?」

 

「だってオレ……」

 

 

――今だっ!!

 

 

「――っ!!?」

 

「犯罪者だもん」

 

瞬間、屋上の天空に、金色の閃光が現れた。

 

そして神懸かったスピードで兵士達を蹴散らし、混乱を誘う。

 

「なっ!!?」

 

「こっち見ろ」

 

オレはその隙をつき、スキンヘッド野郎の顎に峰でストレイジを振り抜いた。

 

顎が砕けた手応えを感じ、スキンヘッドは地に伏す。

 

いつの間にか、屋上にいた兵力は全滅していた。

 

 

「――ごくろうさん、フェイト」

 

「お疲れ様」

 

フェイトは屋上に降り、バルディッシュを待機状態に戻す。

 

「カ……何故だ……」

 

スキンヘッド野郎は呻きながら、何か言ってる。

 

「下には、爆弾が……」

 

「んなもん、もうバラしたよ。なぁ」

 

「ドキドキしたけどね」

 

「なっ!!?」

 

スキンヘッド野郎は悲痛と驚愕でツラを満たす。

 

「オレが何の為に名推理をわざわざ時間かけて聞かせたと思ってんだ、ハゲ魔導師」

 

「……まさか、念話かっ!!?」

 

「御名答」

 

そう、まさに念話だ。

 

オレは屋上で名推理を繰り広げている間に、念話でフェイトに指示を送っていた。

 

それは、時限爆弾の解体方法。

 

まぁ解体なんて上品なものではなく、もっと粗末なものだ。

 

C4というプラスチック爆弾は、瞬間的に冷却してやれば、解体に近い状態に持って行ける。

 

すぐさま冷却処理に必要な装備が用意できるかが不安であったが、幸いなのがあの場にいた魔導師に凍結の変換資質を持っていた奴がいたことだ。

 

それを指示した後、屋上に援軍に来るように伝えたのだ。

 

「そういうこった」

 

「く、そ……」

 

顎が砕けて上手く喋れないのだろう。

 

まあいいや、どうでもいい。

 

「じゃ、執務官殿、バインド頼んます」

 

「……少しは自分でやりなさい」

 

「さ、せるか……」

 

 

次の瞬間、何かが抜ける音がした。

 

 

「?」

 

オレはふと、スキンヘッド野郎を見る。

 

そいつの右手には、ピンが抜かれた手榴弾が握られていた。

 

「げっ……」

 

しかもそいつを、投げてきやがった。

 

 

あろう事か、フェイトに。

 

「っ!!?」

 

フェイトは勘づくが、やや遅い。

 

オレは手榴弾が破裂する前に、フェイトを抱き抱え、地面に伏せた。

 

おっと、やらしい意味は無いぜ。と自分に言い訳している間に、手榴弾は破裂した。

 

「キャっ!!?」

 

「グッ……」

 

 

爆炎と破片がオレの背中を焼き、二人もろとも吹っ飛んだ。

 

痛いなコラ、なんて思考する間もなく、激痛が全身に回る。

 

「くっ……」

 

やがて静寂が降り、フェイトは立ち上がった。

 

「――っ!! ドアっ!! 大丈夫っ!!?」

 

「みりゃ……わかんだろ……」

 

ここで減らず口の一つでも叩いてやりゃ、フェイトは安心するだろうが、残念ながらリミッターのかけられたこの体じゃ、そんな余裕もない。

 

フェイトは直ぐさま医療班を手配し、オレを抱える。

 

「……へへ、ちったぁコレで勤務態度、良くなるよな」

 

「ならないよっ!!」

 

「けっ、なら損したな……」

 

「損だよ、全く……ホントに……」

 

そう悪態をつきながらも、フェイトの表情は不安で一杯だ。

 

全く、執務官のくせに感情豊かな奴だな……

 

――“アイツ”みたいに。

 

「……やっぱし、似てんな」

 

「え?」

 

「あ、いや、こっちの話……」

 

たくよぉ、ズキズキするなぁ……

 

 

 

 

――こうして、アメトリス銀行の事件はこれで幕を閉じた。

 

しかし、終わりではなかった。

 

この事件は、まだただの"引き金"に過ぎなかった。



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Ⅸ Trigger

アメトリス銀行事件の翌日。

 

オレとフェイトは事件後の報告書を作成していた。

 

報告書といっても、執務官とその副官が行ったのは犯人の確保のみだ。

 

事件概要の全体を報告書に記す必要はない。

 

ただ、面倒なのが……

 

「……これで18人目か……」

 

「口動かす前に手を動かす」

 

「……へぃ」

 

そう、連中の人数だ。

 

オレ達がするべき報告は犯人の身辺、外形、動機などの容疑者の調査。

 

しかし今回の事件の容疑者は40人を越える集団犯罪。

 

必然と、調べなければならない人数も増える訳だ。

 

それを朝から夕方にかけてずっとモニター前でキーボードをカタカタやってりゃ、誰だって鬱になる。

 

「……あ~……」

 

マジで、監獄に戻りたい気がしてきた。

 

背中にデカイ火傷を負って、なお仕事を押し付ける上司を、オレならば“悪魔”と呼ぶだろう。白くねーけど。

 

とにかく、オレは、今膨大な事後処理に負われていた。

 

「…………」

 

カタカタ

 

「…………」

 

カタカタ

 

「…………」

 

カタカタ

 

 

――それにしても、さっきからキーボードを叩く音しか聞こえない。

 

「――ふぅ……」

 

ここで、やっとフェイトが息をついた。

 

「終わったのか?」

 

「うん。まだ別の事件の報告書が残ってるけどね」

 

そう言って、フェイトはキッチンに向かい、コーヒーを煎れる。

 

全く、執務官ってやつは多忙だな。

 

そんなもんになりたいのか、ケリウスくん。

 

ラファルトであるオレはゴメンだが。

 

 

「……そろそろ夜だね」

 

「ディナーにする事を希望する」

 

もう朝からロクなものを食べていない。

 

それに一度フェイトの目を離れて、やらなきゃならん事もある。

 

「そうだね……残りの仕事は私がやるから、休んでていいよ」

 

そいつはありがたい。じっくりとあの野郎に文句が吐けるってもんだ。

 

返事をした後、オレはジャケットをハンガーから取り去り、袖に通す。

 

「8時位には戻る」

 

「う~ん……」

 

「どうした?」

 

「……その時はお風呂に入ってるかも」

 

「安心しろ。この傷で乗り込んだりはしねぇから」

 

「……もし元気だったら覗くの?」

 

「そこまで命知らずじゃない」

 

リミッター付きのAとS+とじゃ、どっちがケシ墨になるのは明白だ。

 

オレは執務室を出て、エレベーターに乗り、局の食堂に入った。

 

そういえば6年間監獄ではロクなものを口にしていなかったな。今のシャバの食い物に少し興味が沸く。

 

オレはカウンターに行き、取り合えず目についたサンドイッチを注文した。

 

札を受け取り、待つこと数分。

 

オレはテーブルに着き、一人でサンドイッチをムシャムシャと口にしていた。

 

うん、美味い。

 

水を流し込み、オレは懐からクロノに渡された通信用のデバイスを取り出し、テーブルに置く。

 

ナンバーからクロノを選び、通信を飛ばす。

 

この時間帯なら奴は1番忙しい時だが、構うもんか。

 

数回コールした後、モニターに面倒そうなクロノの顔が映った。

 

「グッドイブニング、クロノ。ハッピーか?」

 

「君の顔を見て、アンハッピーだよ」

 

「奇遇だな、オレもだ」

 

だが顔を合わせねばリアクションが見れない。

 

「言いたい事が二、三ある。まずオレの経歴についてだ」

 

「素晴らしい経歴だっただろう」

 

「そうだな。素晴らしすぎて思わずお前の妹にお前の姓感帯を滑らしてしまうところだった」

 

瞬間、クロノにしまったという意が表情に浮かんだ。

 

ザマミロ。

 

「二つ目。リミッターの二段階目を解除してほしい」

 

オレのリミッターの権限は、確かクロノだったハズだ。

 

「なぜだ? 今の君はAランク相当の力を持っている。経験をプラスすれば局の実動隊よりも遥かに実力は上だ」

 

「おかげでこっちは背中に一生消えない傷を負うとこだったんだ。Aでは心許ねぇよ」

 

「…………わかった、考えておく」

 

てことは、解除する気はないって事だな。

 

「ダメだ、今決めろ」

 

「じゃあ決めた。ムリだ」

 

即答だな、畜生。

 

「今回はまだ火傷で済んだが、今度の捕縛ん時にバズーカ級の弾丸が背中に当たったらどうしてくれるんだコラ」

 

「そういう問題じゃないんだ。リミッターの解除には本局の申請がいる。それに君は表向きはAAA+になってるんだ。二段階目を解除すれば、どうなる?」

 

確かに二段階目を解除すれば、オレのランクはAA+相当になる。

 

残り二つのリミッターと兼ねても、バランスが合わない。

 

「……まぁいい。さほど考えてはいないからな」

 

駄目元で頼んだ事だ。どっちにしろどっちでもいい。

 

「三つ目だが……これが1番重要だ」

 

「なんだ?」

 

「――フェイトって、スリーサイズいくつ?」

 

瞬間、ブチっと荒っぽく通信を切られた。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

オレはサンドイッチを食した後、自販機前のベンチでコーヒー片手に落ち着いていた。

 

 

「ふ~……」

 

缶コーヒーを傾け、喉を潤す。

 

やっぱりこの味は、監獄では味わえない。

 

しかし第二の人生という割には、オレ自身はあまり変わっていないな……

 

缶コーヒーの好みだって6年前と同じでブラックだし、サンドイッチに入っていたトマトも、今でも食べられない。

 

「…………」

 

オレはふと時計を見た。

 

7時47分か……

 

今頃、フェイトはバスルームで全身を清めているだろう。

 

今執務室に帰っても、文句を垂れられるかもしれない。

 

なら、暇つぶしに行くか。

 

オレは空の缶コーヒーをダストボックスに投げ、見事に外れる。

 

「…………」

 

やはり、オレに射撃の才能は無いな。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

数分かけてオレが辿り着いたのは、資料室。

 

ここには、時空管理局が生まれてからの様々な資料が置かれている。

 

無限書庫には遥かに劣るが、それなりの情報がここにはある。

 

オレはパソコン前の椅子に腰を下ろし、データベースを立ち上げる。

 

そしてオレは検索の欄に“機動六課”と打ち込んだ。

 

すると、ズラリと情報が現れる。

 

オレは一つずつ情報を開き、読んでいく。

 

 

六課発足の歴史……

 

部隊員は八神はやてを筆頭に高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、ヴォルケンリッター……

 

後ろ盾として、聖王教会……

 

 

「素晴らしいね、オイ」

 

まるで、化け物集団だ。

 

あからかに一つの部隊で持てる戦力値をオーバーしている。

 

しかもその仕組みも巧妙だ。

 

フォワードメンバーも、今では各地で活躍している局員ばかりだ。

 

ただ地上本部とは仲が悪かったようだ。

 

まぁ当然だろうな。

 

オレは次々と情報を読み込み、やがてとある項目にヒットした。

 

「……戦闘機人」

 

それに関連するのは、ジェイル・スカリエッティ……

 

オレはその情報をこと細かに閲覧していく。

 

どうやら、答えはすぐ近くにあったらしい。

 

「戦闘機人、ね……」

 

通りで“あの時”、片腕が飛んでも生きてた訳だ。

 

 

――オレはその後、機動六課についての情報を読み込み、気づいた時には10時を回っていた。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

執務室の扉を開け、あっけらかんとオレは言う。

 

部屋に入ると、フェイトがモニターに向かって仕事をしていた。

 

どうやら風呂上がりらしく、僅かに髪の毛が艶っぽい。

 

「あ、おかえり」

 

「お仕事、ごくろうさん」

 

オレはキーボードの隣に、パックに入ったサンドイッチを置いてやった。

 

「え?」

 

「どうせ何も食ってねーんだろ。ガリガリになんぞ」

 

さっき食堂でテイクアウトしてきたものだ。

 

「あ、ありがと……」

 

「どういたしまして」

 

オレはジャケットをクローゼットにかけ、棚からバスタオルを取り出す。

 

「風呂入ってくるわ」

 

「うん、どうぞ」

 

「覗くなよ」

 

「ドアじゃあるまいし」

 

「言ってくれるな、オイ」

 

お互い、減らず口らしい。

 

オレはその後風呂でモニター熱でかいた汗を流し、全身を泡で清め、風呂を出た。

 

その後、やはり仕事の全てをフェイトにやらせるのは副官としてアレなんで、少し仕事を手伝った後、忙しい執務官殿は就寝した。聞くところによると明日は4時起きらしい。全く、忙しいね。

 

やっぱりラファルトは、執務官は向かないようだ。

 

オレは歯を磨き、背中に軟膏を塗ってから湿布をし、自室に入った。

 

荷物が届いているようで、整理しなければならない。

 

まぁ大方、クロノが送ってきた生活必需品だろうが。

 

まぁ様々あったね。

 

テーブルやらデスクやらカーテンやら……

 

オレは一時間かけて部屋を整理し、また風呂に入らなきゃならないくらい汗をかいた。

 

「……風呂入ろう」

 

オレはクロノが送ってきたクマ柄のバスタオルを持って、再びバスルームへと入った。

 

 

――クロノ。センス無いとかって嫁に言われないか?



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Ⅹ Arrest duty

二日後。

オレとフェイトは局の車でとある場所まで走っていた。

後部座席でオレは窓から流れる景色をずっと見つめている。

「…………」

今回の仕事は予定していた通り、組織の実験が行われる現場の差し押さえだ。

実際には執務官が行う任務ではないが、クロノ曰く“人手が足りない”らしい。

まぁどっちにしろいい。

とにかく今回のこの仕事が終われば、オレは晴れて自由の身らしい。

事件さえ解決してしまえば、オレがフェイトの側にいる理由はなくなるからだ。

恐らく、クロノもそのつもりだろう。

「にしても、何で連中はこんな一面カレッカレの荒れ地で実験なんかやんだ? 明らかに広すぎだろ」

「組織の密輸した質量兵器の量は、今や機動一個中隊にも及ぶからね」

「連中、戦争でもおっぱじめようってか。ご苦労だな」

「目的はわからない。でも、管理局からしてももう目をつむってられないから……」

にしては、動いている部隊が微妙だと感じているのはオレだけだろうか?

まぁいいや、なんだって。

連中が実験を行う場所は、クラナガンから約数百キロ離れた広大な荒れ地だ。

オレ達は今からクロノの部隊を使って、そいつらを一網打尽にしようとしてる訳だ。

クロノの部隊の規模は中々で、動くのは実動隊だけだが、その戦力は侮れない。

ただ侮れないのは、連中も同じだ。

今までただでさえロクな情報がないのだ。敵の規模もおおよそでしかわかっていない。

正直、今だに不安定さが否めない任務だ。

だが、これが事実上の決戦と言ってもいい。

その後の展開はどうあれ、質量兵器の尻尾を掴めるのだ。

後は、本体を引きずり出すのみ。

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

「やぁドア、グッドモーニング」

「やぁクロノ、ベリーベリーバッドモーニング」

「君はどうしても僕に喧嘩を売りたいようだね」

「そうか? なんなら今までお前に突っ掛かってきた女の情報をフェイト通じて嫁にバラして……」

「さて、仕事の話をしよう」

立場が悪くなったのか、クロノは背を向けた。ザマミロ、クソ兄貴。

オレとフェイトは車でクロノの待つ、艦隊の駐屯地まで運ばれた。

その後、クロノから一度呼び出しがかかったのだ。

どうやら、任務の詳しい概要を説明してくれるらしい。

「今回の任務はここから西に数キロ離れた位置で実験を行う予定の組織一味の捕縛だ」

「再三聞いたぞ、それ」

 

「確認だ。黙って聞いてくれ」

クロノは罰の悪い顔をする。

「具体的に何をするかと言うと、僕ら航空艦隊とフェイトは空からの監視、実動隊は地上で監視だ」

なるほど、二方向からの監視か……ってちょっと待て。

「ドアは何をするの?」

オレが感じた疑問と同じ事をフェイトが聞いた。

「ドアには、潜入捜査を頼みたい」

「潜入だぁ?」

潜入って……どういう事だ?

「ああ。実は実験が行われるポイントの地下深くに、正体不明の施設が見つかったんだ」

「んなの初耳だぞ」

「そうだ。僕も今さっき知った」

「それで……規模はどれくらいなの、クロノ?」

「簡単に言えば、ヘリの格納庫位の広さだ」

微妙な規模だ。研究する広さにしても微妙の一言だし。

「そこで君には、できる限り有力な情報を入手してほしい」

「えらい漠然とした内容だな。そもそもやる意味なくないか?」

「念を入れておきたいんだよ。もしこの作戦が失敗すれば、組織は本格的な質量兵器の密輸に乗り出す可能性だってあるんだ」

確かに、その可能性は十分にあるだろう。

ミッドチルダに質量兵器が溜まり、機がくればクーデター、なんて流れ誰だって想像できる。

「けどいいのか? オレがしくじればヘタに警戒されるだけかもしれねぇぜ」

「そこは君の技量だろう」

全く、簡単に言ってくれる。

最後の最後で、面倒な仕事になりそうだ。

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

「どうだ、ドアは? セクハラとかされてないか?」

「……しょっちゅうかな」

数十分後、作戦が始まった。

クロノの艦隊は動きだし、地上の実動隊も周囲で張っている。

ドアも、今さっき出発したところだ。

私は今、クロノと艦隊のブリッジで地上の様子を伺っている。

「そうか……ならアイツのリミッターのレベルを上げておかないとな」

「クロノ、仲がいいんだね」

「まさか」

クロノは言葉とは裏腹にフッと笑う。

「アイツとは、単なる腐れ縁だ。フェイトとなのは達のような関係とは違うよ」

「でも、同じに見えるな」

二人の様子を見てても、憎まれ口でも信頼し合っているように見える。

 

「同じか……」

「……?」

クロノは少し表情を固くし、どこか遠くを見るように口を開いた。

「アイツとは最初、戦場で会ったんだ」

「え?」

それを聞いた瞬間、気持ちの一部が沈んだ気がした。

「提督に成り立ての時に、第32管理世界に飛んだんだ」

そこなら聞いた事がある。政治状況が常に悪く、内戦が絶えないと……

「そこで僕は管理審査を任されたんだ。最初会った時、彼は反乱軍の傭兵として戦ってたんだ。けど会った場所は何故か街の喫茶店でね。偶然そこで会って、話が弾んだんだ。それから何故かよくあちこちで会うようになってね……」

「……なんか、変に運命感じちゃうね」

「止めてくれ」

クロノは小さく笑った。

「それから……まぁ、いろいろあってね……ずっとこんな感じだよ」

「へぇ~……」

正直、ビックリだった。

クロノに、こんなに親しい友人がいたことに。

「……でもクロノの友達なのに、今まで名前も聞かなかったのは、なんでだろ?」

「っ!!? ――なんでだろうな」

「…………」

一瞬だが、クロノの表情に陰りが差した。

「ま、まぁ僕とアイツの話はいいだろう。それより君達はどうなんだ?」

「え、わ、私?」

と、どうなんだろう?

顔を合わせてから、まだ3日4日しか経っていないが……

「なんだろうな……頼りにはなるよ。すごく頭いいし、それなりに強いし……でも」

たった一つ、気になっている事。

 

「――ううん、なんでもない」

 

でも、今は言うべきではない。

「……そうか」

クロノはただ力無く笑い、続けた。

「フェイト」

「?」

「アイツは減らず口でいい加減だが、いい奴だ。だからアイツの“何を知っても”……」

 

クロノは背を向け、ただ呟いた。

 

「――拒絶だけは、してやるなよ」

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

「ハックショイっ!!!」

不意に、くしゃみが出た。

 

誰かが噂でもしてんのか?

まぁ、いい。

今はくしゃみをしている暇ではない。

とりあえず、潜入はできた。

意外と施設への入口は簡単な場所にあったため、楽に中に入れた。

問題は、入ってからだ

 

施設に降り立った瞬間、オレを迎えてくれたのは、メカニックなソーセージ共だった。

まぁ、いわゆるガジェット・ドローンって奴だ。

スカリエッティが作り出した、半自律型の機械兵器。

この施設ではそれを改造して、見張りとして巡回させているらしい。

それが今、周囲にごまんといやがる。

多分、数にすると3ケタいくかいかないか位。

「…………」

さて、と……

ソーセージが調子に乗る前に、サクっといくか。

「起きろ、ストレイジ。ウィルネス」

オレの両のピアスが発光し、デバイスとして両手に収まる。

この数相手だと、ダラダラ戦ってたら圧死されるな。AMFあるし。

かといってリミッター一段階じゃ、“2ndモード”の起動すらできない。

だったら……

瞬間、ガジェットが動きだした。

ミサイルやら何やらを撃ちまくってくる。

オレは瞬時にステップを踏み、近くのガジェットをひたすら斬った。

 

――出来るだけ速く動いて、速く斬ればいい。

 

「だりゃああぁぁっ!!!」

横薙ぎにウィルネスを駆り、ガジェットを真っ二つにしていく。

しかし、どうしても数が多い。

オレはガジェットを斬りながら、とにかく逃げた。

目の前にガジェットが現れば叩き斬り、鉄塊に変えていく。

しかしその間にも、背後からガジェットが迎撃してきやがる。

ミサイルやら実弾やら、質量兵器も搭載していてこの上なく厄介だ。

 

――一瞬なら、行けるか?

10秒……いや、5秒っ!!

 

オレは背後から迫るガジェットに振り向き、ストレイジを向ける。

「感謝しろよ、ソーセージ共」

 

――今から、滅多に見れないもん見せてやるからよ。

 

「――ストレイジ、ブロークンモード、起動っ!!!」

 

その瞬間、ストレイジから大振りの魔力刃が展開された。

その長さは、ゆうに3メートル。

 

――一降りだけなら……まだ。

 

オレはストレイジを真上に掲げ、ガジェット共に振り下ろした。

 

振り下ろした瞬間、凄まじい衝撃が施設内に響き、ガジェット共の残骸が飛び散る。

オレは直ぐさまモードを戻し、ガジェット共の粗末なAIが混乱している間に施設内を飛び回った。

 

「ハァ……ハァ……」

 

しばらく飛び、オレは物陰に隠れた。

やっぱり一瞬とは言え、2ndモードはキツかった。

この時ばかりは、流石にクロノに食い下がらなかったいい加減な自分を怨んだ。

「ハァ……ハァ……」

息を整え、施設を歩く。

今は、ストレイジを待機状態にした。

気休めだが、負担を軽減できる。

しばらく歩いていると、広いところに出た。

 

「……?」

なんらかの研究施設だろうか?

そこには様々な機械があった。

ゴチャゴチャとしていてわからないが、大仰な機器がいっぱいある。

しかし無人なのはどういう事だろうか?

さっきからこの施設には、ガジェットの気配しかしない。

オレは捜索しながら、クロノに念話を入れた。

《――こちらクロノ。何かわかったか?》

「なんか怪しい研究施設みたいなのを見つけた。今調べている」

オレは研究台らしき物の上に置かれた、古いプレートを見た。

なんらかの対象につける名札だろうか?

そこにはただ一つ、“Ⅵ”と刻まれている。

「シックス?」

《? ……何の話だ?》

「変なプレートを見つけた。多分研究対象の名前だろ」

オレは奥に進み、今度は巨大なカプセルのような形のタンクを見つけた。

「……なんかタンクみたいなのを見つけた」

《タンク?》

オレはタンクに近寄り、そこに黒く書かれた名前を読み上げた。

「……Nuclear、reactor……」

 

オレは、内心焦っていた。

嫌な物を見つけたからだ。

オレはタンクに繋がっている、ぶっといパイプを見つけた。

「…………これは?」

《今度はなんだ?》

「いや、わからない……っ!!!」

不意に、思い出した。

Nuclear reactorの意味。

そして、このパイプ。

「…………」

オレは、さらに歩く。

すると、何やらチカチカと光る物を見つけた。

規則的な電子音と共に光るそれを見て、オレは一気に血の気が引いた。

「…………」

《どうした? 何があった?》

「クロノ……」

冷静になれ。

まだ、間に合う。

「実動隊を動かすのは、いつだ?」

《……何を言っている、もう周囲に張っているが》

 

「……クロノ、作戦は中止だ。今すぐに部隊を下げろ」

《……どういう事だ?》

「くそっ!! てことはあの事件も……」

オレは今世紀最大といえる位焦っていた。

完全に、敵の目的を履き違えていた。

完全にアメトリス銀行の時と、同じ手口だ。

敵を誘い出して、一気に叩く。

だから実験もクソもない。

「クロノ、よく聞け。奴らはここには来ない」

《何っ!!?》

「ホントにアンラッキーだぜ、クロノちゃん。叶うならリセットボタン押して、今日は無理矢理にでも休んだのにな」

《だから、何があったっ!!?》

クロノは次第に焦り出す。

でも1番焦っているのは、オレだ。

「オレがさっき見つけたタンクに書かれてた言葉に意味……ありゃ“原子炉”だ」

《原子炉?》

「そんでそれはデカイパイプに繋がれていて、極めつけは……」

オレは再び、それに目を向けた。

 

「――時限装置だ」

 

それは08:23とモニターされ、最悪なカウントダウンを刻んでいた。



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ⅩⅠ The stairs to death

ドアの報告を受けてから、艦隊はてんやわんやだ。

 

「直ぐに実動隊の近くに艦を降ろせっ!! 3分以内にだ」

 

「無茶ですっ!! 時間が足りません」

 

「ならロープを降ろせ。崩壊に巻き込まれる前に実動隊全員を救い上げる」

 

「そ、それなら……でもギリギリですよっ!!」

 

「とにかくやるんだっ!! 急げっ!!」

 

「はいっ!!」

 

クロノは一通り指示を出した後、再びドアに念話を飛ばした。

 

「ドア、どうだ?」

 

《無理だな。造りも意味不な上に、コードもアソコの毛並に縮れてやがる》

 

「解体は無理か……」

 

――ドアが見つけたのは、原子炉に繋がる時限装置だった。

 

仕組みは時限装置が0になった瞬間に原子炉が核分裂を起こし、繋がれた特注のパイプからその火力をここら一帯に繋げ、地下から周囲を崩壊させる仕組みらしい。

 

これなら実動隊を崩壊に巻き込むくらい訳はない仕組みだ。

 

施設自体は核シェルターで造られている為、施設周辺の崩壊は免れるらしいが……

 

「ならいい。ドア、直ぐにそこを脱出して空に逃げろ」

 

《それができりゃ、とっくにやるよ、クロノ》

 

「え……?」

 

どういう事だ?

 

《今いる施設にゃ、ガジェットがうろちょろしてんだ。考えなしに出てきゃ、直ぐに殺される》

 

ガジェットっ!!?

 

まさか、そんなモノが……

 

《わかるかクロノ。グロッキー状態のオレに、脱出の術は無い訳だ》

 

「なっ……!!」

 

何を言っている。

 

そんな、バカな事が……っ!!

 

その時。

 

「クロノっ!!」

 

「っ!!?」

 

後ろから、フェイトが駆け寄ってきた。

 

騒ぎを聞き付けたのだろう。

 

「いったい、何があったのっ!!?」

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

ピッピッピッピッ

 

「…………」

 

オレは、静かにカウントダウンを告げる時限装置をボーっと見ていた。

 

 

カウントは今、6分を切ったところ。

 

さて……

 

どうしたものか。

 

時限装置は難解。

 

逃げようにも、ガジェットの山。

 

打つ手、無しだ。

 

完全なる、ゲームオーバー。

 

「…………」

 

オレは不意に立ち上がった。

 

どうせなら施設を調べれるだけ調べて、それをクロノに伝えよう。

 

オレは周囲を見渡し、一つの本棚を見つけた。

 

あそこなら、情報がたくさんありそうだ。

 

歩き出すと、念話が飛んできた。

 

《……ドアっ!!》

 

クロノかと思ったら、妹の方らしい。

 

「よぉ、実動隊の様子はどうだ?」

 

《い、今回収してるけど……ってそうじゃないっ!!》

 

激昂された。そんな覚えないんだがな。

 

《どうして脱出しようとしないのっ!!?》

 

そんな事か。

 

頭のいいフェイトなら、解りきっているハズなのに。

 

「なら教えてくれよ。オレがここからガジェットに殺されずに済む手品をよ」

 

《……そ、それは……》

 

ほら、言葉に詰まる。

 

「オレは、ここで死ぬ。だけどタダで死ぬつもりは毛頭ない」

 

オレは本棚の前に立ち、ひたすら漁る。

 

「今からこの施設の情報をクロノに伝える。だから切るぞ」

 

《ま、待ってっ!! きっとま……》

 

オレは強制的に念話を遮断した。

 

「……悪いな、フェイト」

 

オレは再び念話を繋いだ。相手はクロノだ。

 

「よぉ、クロノ」

 

《……君も、とことん女性を泣かせる奴だね》

 

「泣いてたのか?」

 

《涙目でいつまでも君を呼んでいたよ。今さっきどこかへ行ったがな》

 

「そうか……」

 

とことん、優しい奴だ。

 

そんで、いい女だ。

 

「それはいいとして……状況はどうだ?」

 

《実動隊の回収は6割方終わったよ。このペースなら大丈夫そうだ》

 

「そうかい」

 

これで一応、奴らの思惑からは外せた訳だ。

 

オレは今取っている本のページをパラパラとめくり、重要そうな項目を探す。

 

その過程で、とある単語を見つけだした。

 

「……再生団《リプロード》?」

 

《リプロード?》

 

さっきから資料にちょこちょこ出てくる名だ。

 

「恐らく、これは組織の名称だな」

 

《そうか……リプロード。聞いたことないな。ドアは?》

 

「いや、オレもだ」

 

再生団、か。

 

原子炉使って一発やらかそうとしてる連中が、何を再生するってんだか。

 

つまらない話だ。

 

《それで、他には?》

 

「そう慌てんな」

 

オレは次の資料を手に取った。

 

これは……名簿か?

 

そこには、様々な名前が載っていた。

 

「いい知らせだクロノ。連中の名簿を見つけたぞ」

 

《何っ!!?》

 

「重要な奴の名前は……」

 

オレはとにかく主要メンバーの名を探した。

 

下位クラスの雑兵共じゃ話にならない。

 

こういうのは大抵、ページの最初に……

 

……あった。

 

「……主要メンバーは、全部で8人。名前は……」

 

オレはそれぞれのメンバーの名を読み上げた。

 

「……以上だ」

 

《わかった》

 

オレは名簿を脇に抱え、ふと時限装置を見た。

 

残りカウントは02:41。

 

もうオレはカップラーメンも食べられないらしい。

 

「……もうちょい調べるか?」

 

《いや、いい。そんな情報よりも……》

 

クロノは少し言い澱む。

 

《……親友の最後の言葉の方が、僕の今後の役に立ちそうだ》

 

「……へ、お前に友達なんていたのか? それは勘違いだ」

 

《うるさい、バカ野郎》

 

互いに、笑い合う。

 

「……悪いな」

 

《何がだ?》

 

「……フェイトの事だよ」

 

《…………》

 

「アイツには、伝えるのか? “あの事”」

 

《いや、僕の胸の中だけに納めておくつもりだ》

 

「……そうか」

 

その方がいい。

 

余計な期待を与えるだけ、残酷なもんだ。

 

《君には、世話をかけさせられたな》

 

「……そうだな、ホントに」

 

本当に、そう思う。

 

正直、コイツのおかげでオレは何度も救われた。

 

クロノがいなけりゃ、オレはとっくに極刑を受けてるところだ。

 

「……数日だったけどよ、まぁまぁ楽しかったわ。第二の人生」

 

《そうか、そいつは何よりだ》

 

「心残りがあるとしたら、まだシャバに出てから女を口説いてないって事だな……ハハ……」

 

オレはタンクにもたれ、力無く座り込む。

 

カウントは00:51。

 

そろそろだな。

 

もうすぐここは、エネルギーで埋め尽くされる。

 

《――そろそろだな》

 

 

――?

 

 

クロノは笑いをこらえるように言った。

 

 

「なにがだ?」

 

 

《いや、なぁに……》

 

 

次の瞬間。

 

 

《――口説く女だよ》

 

 

遠くから、爆発音が響いた。

 

 

「?」

 

なんだ?

 

この施設が、誘爆でも起こしたのか?

 

しかし、数秒後。

 

 

「――ドアッ!!!」

 

向こう口から、煤に塗れた金色の閃光がやってきた。

 

「っ!!? フェイトっ!!?」

 

オレは、心底ビビった。

 

それと同時に、カウントを確認した。

 

00:24。

 

もう30秒も無い。

 

フェイトはオレの前に降り立ち、呼吸を整える。

 

「バカ、お前っ!! 何しにきやがっ……ッ」

 

オレが言葉を紡ぐ暇無く、フェイトは俺の顔面を殴った。

 

しかも、グーで。

 

女の子がグーで殴るか? 普通。

 

「――バカはそっちだよっ!!!」

 

フェイトは言うやいなや、オレの首根っこを掴み、猛スピードで飛んだ。

 

 

閃光となり、施設の出口向けて飛び回る。

 

「バカッ、バカッ、バカッ!!! 何で諦めるのっ!!?」

 

フェイトは飛びながら、左手で掴むオレにひたすら罵声を浴びせる。

 

「少しは私を信じてよっ!!?」

 

すると目の前から、ガジェットが飛来してくる。

 

しかし、フェイトは癇癪を起こした子供のように、容赦なしガジェットを斬り裂く。

 

「仕事をいい加減にしてもいいっ!! 女の子にいい加減でもいいっ!! でも……」

 

出口に辿り着き、フェイトは上に飛ぶ。

 

「…………」

 

オレは呆然としながら、フェイトがシェルターの出口をザンバーで切り裂くのを見ていた。

 

 

「――生きる事をいい加減にしたら、許さないからっ!!!!」

 

 

瞬間、オレとフェイトは空に飛び出していた。

 

二度と拝む事はなかったハズの、綺麗な青空。

 

 

――次の瞬間。眼下の荒れ地が低い悲鳴を上げた。

 

そして一秒経つ頃には、崩壊が始まった。

 

凄まじい崩壊音と共に、崩れ去る地面。

 

まるで地球に小さな穴が空いたかのように、一瞬にしてそこは巨大なクレバスと化した。

 

「…………」

 

まさかここまで、とは。

 

正直、さっきまであそこの地下にいたと思うとゾッとする。

 

「…………ションベンチビリそうだぜ、ベイビー」

 

軽口を叩くが、フェイトは反応しない。

 

どうやら、かなりご立腹のようで。

 

仕方ない。

 

「――オレが悪かった。これからは一生懸命生きるとしよう」

 

オレが反省したように言うと、

 

 

「――よろしい」

 

 

フェイトは、そこで今日初めて笑った。

 

その笑顔は、この青空によく栄える。

 

美しいと、素直に思ったくらいだ。オレとした事が。

 

まぁ、どうだっていい。

 

今になって、ようやく気づけたのだから。

 

 

――死ぬ事より、生きる方が面白い、てな。



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ⅩⅡ Wound and kiss

管理局、食堂。

 

仕事合間の昼下がり。

 

オレはそこで少し遅めの昼食を取っていた。

 

メニューは今日はチャレンジ精神が沸いたのか、“うどん”とやらを頼んだ。

 

地球の食べ物らしいが……これが中々イケる。

 

ただ仕事に追われる男の身としては、カロリーが少々乏しいので、おまけとしてサンドイッチも備えてある。

 

正直、うどんとパンが合うとはお世辞でも言えなかったが、監獄のあのクソマズイ飯に比べれば天と地だ。

 

「しかし、随分と執務官ってやつは暴力的な仕事量なんだな。いっそ言ってくれ、これは暴力ですってな」

 

「執務官志望の補佐がそんな口聞いちゃいけません」

 

言ってくれる。と、オレは目の前でハンバーグを嗜む上司に対して思った。

 

今日は珍しく仕事が同時にキリがつき、どうせならとフェイトと一緒に昼メシを食っている。

 

「補佐だからこそ、上司の体を気遣ってんだよ。睡眠時間4時間なんて暮らし、オレならソッコーでボイコットだね」

 

「でもやり甲斐はあるんだよ。私だって、嫌でこんなに働けないよ」

 

「……やり甲斐、ねぇ」

 

そのやり甲斐ってのが犯罪者連中をしょっぴきまくるってやつだったら、犯罪者の立場から言えば身が震える思いだね。

 

――なんて事、口が裂けても言えないがな。

 

そろそろ執務官の話に飽きたのか、オレは別の話題を持ち出した。

 

「そういや、フェイトの友人は何やってんだっけ」

 

「え? 誰の事?」

 

どうやら彼女には、友達と呼べる奴らがいっぱいいるらしい。

 

うらやましいね。オレには親友なんて聞こえのいい奴らはいない。悪友なら腐るほどいるがな。

 

「あ~……エース・オブ・エース様?」

 

「なのは? 今も戦技教官やってるけど……」

 

フェイトは首を傾げながら、何でそんな事を聞くんだといった表情をする。

 

「いや、なぁに。この前パンフで顔見て、一度お目にかかりたいなって思ってたところだ」

 

高町なのは、と言えば誰もが知っているエースの中のエースと言うのは噂から知っている。

 

正に、憧れといったら彼女らしい。

 

結構美人だったしな。

 

「……なんかドア、やらしい顔してる」

 

勘がいいなオイ。やっぱエスパー?

 

「気のせいだ。それより聞きたいな」

 

「なのはの事?」

 

「ああ。食事の話題としては申し分ないと思うがな」

 

なんせ、管理局の憧れの友人視点からの話だ。

 

どこぞのおつむの悪い女のオチの無い話よりかは、だいぶ有意義だ。

 

「う~ん、そうだね。なのははとにかく凄いんだよ」

 

いきなり、自慢から始まるとは思わなかった。

 

まあ、いい。

 

「誰に対しても優しくて、面倒見がよくて、誰からも信頼されてる……もちろん、私も」

 

フェイトが生き生きしながら喋っている様子を見ると、どうやら話題選びに狂いはなかったようだ。

 

「私となのはが出会ったのは13年前なの」

 

「随分と古い付き合いだな」

 

「うん。最初はいろいろあったけど……今の私があるのは、なのはのおかげって言ってもいいくらいなんだ」

 

そう力説するフェイトの目に、お世辞の類の濁りは無い。

 

どうやら、本当に信頼している友人らしい。

 

「素晴らしいな。その熱い友情に乾杯」

 

「えへへ、乾杯」

 

オレは水の入ったグラスを掲げ、フェイトもそれに続く。

 

グラスの口同士がカランと音を立てた一秒後、またカランと音を立てた。

 

「?」

 

「私も、乾杯」

 

「なのはっ!!」

 

なんて偶然だいボーイ、とアメリカンテイストで言いたくなった。

 

なぜなら、テーブルの直ぐ側にあの憧れのなのは様がグラスを当ててきているではないか。

 

「隣、いいかな」

 

「あ、うん」

 

フェイトは慌てたように席を詰め、隣になのはが座る。

 

なのはのトレーの上には、カレー。

 

どうやら昼はガッツリいっとく派らしい。エース様は。

 

 

「どうしたの、なのは?」

 

「ちょっと仕事でね。ついでに挨拶しに行こうかなって思ってたけど、もう行かなくていいね」

 

「そうなんだ……」

 

「そちらは?」

 

と、ミス高町がこちらを見る。

 

フェイト、イイ男の体で紹介頼む。

 

「あ、彼は補佐のドア・ケリウス君。一週間くらい前に来たばっかりなんだ」

 

「初めまして、ドア・ケリウス三等空尉です」

 

オレは箸を置き、座りながら敬礼した。

 

「高町なのは一等空尉です。噂は兼がね、フェイトちゃんから聞いていますよ」

 

おおフェイト。さすがオレの上司。素晴らしい。

 

「それはそれは、さぞかしイイ男だと……」

 

「――何でも補佐として捕まえた犯罪者よりも、私事でお誘いした女性の人数の方が多い素晴らしい経歴をお持ちだとか」

 

「…………」

 

やってくれたな、金髪コラ。

 

オレはブリキのように首を動かし、静かにフェイトを睨んだ。

 

――まぁ、事実ではあるが。

 

しかし、こんな美人にいかがわしいイメージを植え付けられるのは、頂けない。

 

「いやいや、それはコミュニケーションの一環で……」

 

「へぇ~、それはフェイトちゃんも素晴らしい部下を持ったね~」

 

「…………」

 

絶えず、笑顔のエース様。

 

何だろう。イメージ以前に、明らかな敵意を感じる気が……

 

オレはいつもの口説き調子で話すのを止めた。なんか火傷しそうだ。

 

「……まぁそれよりも、オレは高町一等空尉を何と呼べばいいんですか?」

 

「お好きにどうぞ」

 

「……じゃあ、なのはちゃんで」

 

「フェイトちゃん。私、頭が痛くなっちゃった。何でかな? 耳からすごく不快な音波が入ってきて、頭が痛いな……」

 

「だ、大丈夫なのは?」

 

高町はわざとらしく額を抑え、フェイトに寄り掛かる。

 

何だこのサル芝居は?

 

「……じゃ、高町で」

 

「あ、頭痛が引いたかも……」

 

何なんだホントにさっきから?

 

凄まじく不快なのはこっちの方だ。

 

オレはうどんを高速ですすり、サンドイッチを無理矢理水で流し込む。

 

「それじゃ、仕事に戻ります」

 

「あ、仕事ならいいよ」

 

「何でだ?」

 

「今日は本当なら非番だから、午前中を仕事で潰してくれただけでも十分だよ」

 

それはそれは、知らなかったな。

 

「そうか。それはイイ事を聞いた」

 

オレは立ち上がり、トレーを持ち上げる。

 

「何時までに戻ればいい?」

 

「う~ん……7時かな」

 

つまり6時間弱はヒマを弄べるわけだ。

 

「わかった。それじゃ久々の休みを味わってくる。なぁに、少しそこらの女と一発しけこむだけさ。というわけで高町一等空尉。今日は一緒に……」

 

「お断りします」

 

即答だった。

 

顔を赤らめるくらいの反応は欲しかったが、伊達にエースやってない。

 

「そうか、それは残念だ。それじゃフェイト、7時には戻る」

 

「上司の友達に手を出そうとするロクデナシの部下なんて戻って来なくていいけどね」

 

「言ってくれるな、コラ」

 

オレはフェイトと高町を一瞥し、トレーをカウンターに戻した後、食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「――待ってくださいっ!!!」

 

「?」

 

局を出ようとした時、後ろから声をかけられた。

 

それが誰である事は、数分前の記憶から判断できた。

 

「……高町一等空尉」

 

「……なのはでいいです」

 

それはそれは、嬉しい限りだ。

 

しかし、不気味さは拭えない。

 

オレに敵意バリバリだったハズのエース様が、何の用だ?

 

「まさか、オレと一発しけこみたいとか……」

 

「違いますっ!!」

 

今度は顔を赤くしてくれた。うん、その方が愛嬌がある。

 

なのはは少し息を整えると、こちらを真っ直ぐ見てきた。

 

「――少し、お話があります」

 

「喜んで」

 

癖で即答してしまった。

 

まあ、いい。男なら断ってたが、女性からの呼び出しなら極力受けるのがオレ流だ。

 

 

なのはに連れていかれた先は、オレがいつもコーヒーを買う自販機のベンチだった。

 

そして連れて来るや否や、周囲を確認する。

 

「人に聞かれたくない話か?」

 

「はい、特にフェイトちゃんには」

 

その一言に、オレは緩んだツラを引き締めた。

 

そのワードが出たら、大体の想像がつく。

 

「実は……」

 

「クロノから聞いたのか?」

 

「えっ……!!?」

 

オレはなのはから言う前に、自分からけしかけた。

 

あまり、この話で手間取りたくない。

 

なのははやや俯き、キレの悪い話口で小さく呟いた。

 

「……はぃ」

 

「そうか」

 

クロノの野郎、喋りやがったな。

 

オレが犯罪者である事は、オレに取ってもクロノに取ってもマイナスな事実でしか無いはずだ。

 

……まぁ、それはどうだっていい。

 

しかしまぁ、これで何でなのはがオレに敵意があったのか、理解できた。

 

「不快だったろ」

 

「え?」

 

「人殺しのクズ野郎が、大切な友人の隣にいてさ」

 

「そ、そんな事……」

 

なのはは不意に言葉を切り、また俯く。

 

どうやら完全にそれを否定する気は無いらしい。

 

まぁ、それは当然か。

 

そんな生半可な正義で、今までエースの名を背負ってきた訳じゃないだろう。

 

オレは自販機の前に立ち、コーヒーを2本買った。

 

一つはなのはに渡し、一つは自分でプルを空けた。

 

「…………」

 

再三言うが、オレはこの手の話で手間取りたくない。

 

だから、オレはたった一言しか言わなかった。

 

「なぁに、簡単な話だ」

 

「え……?」

 

「もしオレがフェイトの隣にいるべき人間じゃないと判断した時ゃ、得意の収束砲をオレの背中にぶち込みゃいい」

 

まぁこの調子じゃ、直ぐにやられそうだがな。

 

 

「……にゃはは、そうですね」

 

その時、なのはは初めてオレに対して笑った。

 

「正直最初話を聞いた時は、不安で仕方なかったんです。フェイトちゃんにもしもの事があったらどうしようって……」

 

「そいつは君のせいじゃない。説明不足のバカ兄貴が悪い」

 

今度一回、本気でヤキ入れとく必要がありそうだ。

 

オレは腹で決意を固め、コーヒーを一口。

 

「でもドアさんって、イメージと違いました」

 

「そうか、じゃあ君から見たらオレはどんな人だ?」

 

「……いい加減だけど、いい人、かな?」

 

さすがだ。50点。

 

「いい人ではなく、イイ男と修正してくれ。そうすれば即座に満点だ」

 

「それなら私、一生満点には届かないですね」

 

「そんな事はない。フェイトならもう少しで満点いくぞ」

 

「……でもフェイトちゃん、ドアさんの事単なる給料泥棒って言ってましたよ」

 

「…………」

 

どうやら兄妹そろってヤキ入れとく必要がありそうだ。

 

フェイト相手はさすがに黒焦げにされそうだが。

 

「……まぁいい。それくらいの評価なら、贅沢はいうまい」

 

むしろ犯罪者にしては、上々だろう。

 

オレはコーヒーを飲み干し、ダストボックスに投げる。

 

今日は上手く入った。

 

「それじゃ、今日は休暇を楽しむ日なんだ」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

なのははお辞儀をし、オレは敬礼をする。

 

「……そういやオレは、女性と話す時は硬っ苦しいの嫌なんだ」

 

「?」

 

「だからこれからは、敬語はナシだ。お互いに」

 

「……そうだね」

 

順応が早い。そういう子は好きだ。

 

「それじゃあ、いい日を」

 

オレは背中越しに手を振り、自販機を後にした。

 



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ⅩⅢ Groovy

馬鹿でかい高層ビルが建ち並ぶクラナガンへは、執務室がある局からはバイクで30分弱かかる。

 

風を切る感覚って奴は、案外病み付きになる。

 

オレは6年ぶりのツーリングに熱が入り、通常より1時間かけてクラナガンへ到着した。

 

バイクを駐車スペースに停め、街を散策する。

 

クラナガンの町並みは、6年見ない内に随分変わったものだ。

 

高層ビルは急激に成長し、何より人が増えた。

 

それにちらほら見てると、デートスポットに最適なカフェやらブティックやらが一杯ある。

 

隣に女性がいれば今日の休日は最高だったが、仕方がない。

 

今日は、男の休日を楽しむとしよう。

 

オレは早速、ピンク通りへと入っていった。

 

おっと勘違いするなよ。別にヤラシイ店に入る訳ではない。

 

つかそんなモンが昼にやっている訳がない。

 

夜なら、まだ釣られたかも知れないがそれはともかく。

 

近道なのだ、ここは。

 

この先を行くと、オレの行きつけの店がある。

 

まだやっていればいいが。

 

オレはヤラシイ店が建ち並ぶ通りを抜け、ストリートへと出る。

 

そこの直ぐ側に、その店はあった。

 

 

「あったあった」

 

“CAPSULE BEAT”

 

そうデカデカとポップな字の看板が掲げられたその店は、行きつけの楽器屋だ。

 

オレがガキの頃から、ここには通っている。

 

オレは店が開いている事を確認し、戸を開ける。

 

中に入ると、いつものタバコのヤニ臭い匂いが漂ってきた。

 

店の中には、ギター、ベース、ドラムセット、ピアノ、教本やらが無造作に並び、年期の入った内装と言える。

 

「腐れニコ中、来てやったぞ」

 

オレは客一人いない店の中を、ズカズカと入っていく。

 

すると店の奥から、一人のロン毛野郎が出て来た。

 

「……よぉ、もう二度と会えないと思ったぜ。元死刑囚」

 

 

「それは奇遇だな。オレもだ、グラッツ」

 

タバコをくわえたそいつはキバミだらけのエプロンを着こなし、厭味な目つきでオレを見る。

 

この清潔感のカケラもないコイツの名は、グラッツ・ビル。

 

この楽器屋、CAPSULE BEATの店長だ。

 

店長と言っても、この店はこのニコチン野郎一人しかいないので、その肩書きも限りなく無意味だが。

 

グラッツとは、昔の飲み友達だ。

 

ギターの事について、よく聞きに来た。クロノとも面識がある。

 

「クロノから聞いたぜ。今、美人の姉ちゃんの補佐やってるってか。死刑囚から大出世じゃねぇか。羨ましいぜ」

 

「確かに美人には違いないが、羨ましがられるほどの環境でもないぜ」

 

オレは口を滑らせながら、6年ぶりの店内をしこたまよく見る。

 

やはり、まるで変わってない。年代物のブツばかりなのに、キッチリ手入れが行き届いている。

 

「置いてある連中も、まるで売られてねぇな」

 

オレはその中から一本アコギをチョイスし、近くの椅子に座って弦に触れる。

 

少し鳴らしてみると、やっぱり6年前から音の質は変わらない。

 

「そいつはついこないだネックを調整したばっかのやつだ」

 

「だろうな。しっくりくる」

 

オレは適当にコードを弾き鳴らし、指を馴らす。

 

「ところでだ。今日は何の用だ?」

 

不意にグラッツが煙とともにその台詞を吐いた。

 

「オレの相棒を取りに来た。まだあるだろうな」

 

「あ~……アレか……」

 

「オイ。まさか捨てたとか言うなよ」

 

「いや、あるにはあるぜ。だがしばらく触れてねぇから湿気でイカれてるかもしれんぞ」

 

「あるならいいや。出してくれ」

 

グラッツは返事をし、店の奥へ入っていった。

 

オレはアコギを戻し、今度はエレキベースを手に取った。

 

シールドを近くのアンプに差し込み、パワーを入れる。

 

音が入ったのを確認すると、オレは指で弦を引っかいた。

 

ボンッと低重音が響き、気分がすっ飛ぶ。

 

「あ~……久々だしな~」

 

オレは記憶を頼りに、ツーフィンガーでベースをブッ叩く。

 

やっぱり、ノリに乗れる。

 

しばらくすると、奥からグラッツがソフトケース片手に戻ってきた。

 

「ほれ。お望みのやつだ」

 

オレはケースを受け取り、チャックを開ける。

 

中から出て来たのは、黄色い木目のエレキギターだ。

 

「……久々だな、コイツも」

 

オレの自慢のレスポールだ。

 

「一応一年前に手入れはしてあるが、6年間ぶったたいてねぇから目ぇ覚ますかわかんねぇぞ」

 

「なぁに。コイツ次第さ」

 

オレはベースに刺してたシールドをレスポールに刺し、ピックアップをセンターに合わせる。

 

ピックケースからナイロン製のやつを取り、ストラップを肩に通し、立ち上がる。

 

「…………」

 

オレは躊躇いなく、レスポールを弾いた。

 

瞬間、破壊的なサウンドが店内を満たした。

 

「ッッ……」

 

オレは我を忘れそうになった。

 

6年構ってなかったってのに、容赦なしに暴れてくる。

 

オレは勢いに任せ、ピッキングのタッチを確認した。

 

やはり、素晴らしい。さすがオレの相棒。

 

「ははっ、どうやら機嫌いいみたいだな」

 

「ああ、最高だってよ」

 

それからオレは小1時間、レスポールを延々と弾きまくった。

 

グラッツのベースとジャムセッションしたり、二人で弾き語りなどして時間を流していた。

 

やがて3時近くになり、グラッツがようやく聞く。

 

 

「――なぁ、レスポールどうするんだ?」

 

グラッツは額に流れる汗を拭きながら、ウッドベースを鳴らす。

 

「ああ、執務室に送ってくれ。部屋で弾く」

 

「執務官の姉ちゃんにでも聴かせるのか? 妬かせるねぇ」

 

「いや。元々音楽の趣味が合わんからな、多分うるさいの一点張りだろうな」

 

前に、フェイトがお気に入りのシンガーの曲を聴かしてもらったが、どうにも良さがわからなかった。

 

オレにはわからんな、と言ったら妙に寂しい顔をされたのを鮮明に覚えている。

 

「ガッハッハっ!! うるさい、か。確かにな。お前のギターはやや暴れる味がある」

 

「へぃへぃ。じゃじゃ馬で悪ぅございました」

 

いいじゃないか。オレはロックが好きなんだ。

 

あの身体の芯ごとブルブル震わしてくれる、破壊的なサウンドが堪らない。

 

「まぁいいや。とにかくここの住所にちゃんとギター送っとけよ」

 

「おー。任された」

 

オレはさっき住所を書いた紙を指差しながら、立ち上がった。

 

「……なぁ、ドア」

 

「なんだ?」

 

「……これから死ぬってのは、どういう気分なんだ?」

 

「…………」

 

いきなり、何を聞くかと思えば……

 

「……死ぬなんて、たいした事じゃない」

 

「……そうか」

 

寂しそうな声だな。

 

「……けど、生きなきゃ許さないと言ってくれた奴がいるんだ」

 

「…………」

 

「案外コレ言われると、結構くるもんでな。死ぬ気なんざ吹っ飛んだぜ」

 

オレは髪を掻き乱し、肩越しに振り向く。

 

「だからオレは、今は生きる気満々だ」

 

「……そうか、ならいい」

 

そう言うと、グラッツはテーブルに置いてあった替えの弦をこっちに放り投げた。

 

「餞別だ。受け取れ」

 

「ありがたく」

 

オレは弦をポケットにしまい、店を後にした。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

しんみりとした雰囲気で店を出た事を、オレは軽く後悔していた。

 

今度、どんなツラであったらいいのかわからないからだ。

 

「あ~……めんどくせぇ……」

 

オレはベンチに座りながら、グラッツから内緒でくすねたタバコに火を付けていた。

 

執務官は禁煙だと再三言われてきたから、今更吸う気にはなれなかったが、今日は特別だ。

 

煙を肺に入れ、吐き出す。

 

6年ぶりというブランクがあるせいか、あまり美味く感じなかった。

 

オレは一回吸っただけのタバコを床に落とし、火を消した。

 

何をしようか迷っていると、遠くから聞き慣れないサウンドと歌声が流れてきた。

 

「?」

 

オレは気になり、音源に釣られて歩いてみる。

 

すると、だんだんと音の正体がわかってきた。

 

アコギのサウンドだ。

 

またしばらく歩くと、大通りの端でアコギを身体に下げて、弾き語りをやっている青年が見えた。

 

「ほぅ」

 

まさか、クラナガンにストリートがあったとは。

 

オレも昔は小銭稼ぎにやったものだ。

 

青年の周りには、幾人かの客が立ち聞きしている。

 

奏でられるサウンドは少々粗っぽさは残るものの、カントリーな曲調が心地良さを提供してくれるいい演奏だ。

 

うん、ずっと聴いていたい。

 

しばらく遠くで聴いていると、演奏が終わった。

 

オレはこのタイミングを見計らって、アコギをしまおうとしている青年に近づいた。

 

「いい曲だ」

 

「?」

 

青年はこちらを向き、首を傾げた。

 

「中々の演奏だったが、弦が若干ビビってたぜ。それなりに弾いてる音なだけに、少し目立った」

 

「あ、やっぱりそうですか……ちょっとネックが曲がってるんですよ、コレ」

 

そう言って青年はしまいかけていたアコギを見せた。

 

オレはそれを丁寧に受け取り、試しにアルペジオを弾いて見せた。

 

一つ一つを丁寧に弾いてみせるのが、アルペジオのキモだ。

 

「うわ、すご……」

 

青年は感心したように、オレの演奏を食い入るように見る。

 

「ストロークもいいが、アルペジオも情緒が出ていいぞ」

 

「はい、聴いてて気分が晴れるようでした」

 

中々、嬉しい事を言ってくれる。

 

ストリートのいいところは、直ぐに演奏者同士が打ち解けていける事だ。

 

「結構弾いてるんですね」

 

「ああ、10年になるな」

 

「僕はまだ3年です」

 

オレは内心たまげていた。3年で出来る安定感ではない。

 

「ならまだまだ上手くなれるな。プロを目指してるのか?」

 

「はいっ!!」

 

青年は爽やかな笑みを浮かべた。オレには一生できそうにない笑顔だ。

 

 

「そうか。今度はいつここで?」

 

「あ、ヒマな時はしょっちゅうここで弾いてます」

 

それなら、例え鬼の執務官がオレに地獄の仕事を課さない限り、また会う機会があるかもしれない。

 

「そっか。なら頑張れよ、若者」

 

「あ、ありがとうございますっ!!」

 

オレは青年の嬉しそうな笑みを見て満足したところで、踵を返した。

 

「あ、名前は?」

 

と、青年が名前を尋ねてきた。

 

「……ドアだ。ドア・ラファルト」

 

「ドアさんですね。僕はジャン・エイムスです」

 

オレは一瞬ケリウスを名乗ろうか迷ったが、止めた。

 

何故かこの夢見る青年に、偽る気が起きなかったのだ。

 

「ジャンか。また会おう」

 

「はいっ!!」

 

オレは今度こそ、踵を返した。

 

正直、本名を言ってしまった不安が残った。

 

 

しかし、それは図らずも杞憂に終わった。

 

 

なぜなら。

 

 

「――ガッ……!!?」

「?」

 

謎の刺突音が耳に障り、オレはふと振り向いた。

 

 

「――っ!!!?」

 

「ジャカジャカ、さっきからウルサイね」

 

目の前でさっきまで夢見る瞳をしていたジャンの左胸から、血が滴る腕が出ていた。

 

否、出ていたじゃない。

 

突き出ていた、だ。

 

腕は引き抜かれ、胸から大量の血が流れ、ジャンは道路に倒れる。

 

「……ジャン?」

 

呆然とするオレは、ふと“そいつ”を見た。

 

 

そいつは背後からジャンを刺した腕の血を拭きながら、ため息をついた。

 

「全く、耳障りでショウガナイよ」

 

 

――その時、突然起きた惨状を見た通行人が悲鳴を上げた。



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ⅩⅣ Groovy2

そいつは、一言で言えば甲冑騎士だった。

 

ただ騎士とは違い、ガッチガチの黒い甲冑で全身を固め、趣味の悪いヘルムで顔を隠している。

 

そして何より気味が悪いのは、その口調だ。

 

ネタネタのスライムを思わせる粘着質な語り口は、全身が拒絶するくらい不快に感じる。

 

「…………」

 

ただ1番不思議なのは、冷静でいられている自分だ。

 

目の前で殺人紛いの惨状が起きているというのに、頭の中は驚くほどクリアだった。

 

そいつは自分が刺したジャンを一瞥すると、こちらを向く。

 

「――さテ……」

 

ゾクっとした。

 

そいつの目は、まるで深く切り取られたかのように深淵な闇だったからだ。

 

そう感じた途端、そいつは空を飛んだ。

 

「――っ!!?」

 

――魔導師かっ!!

 

直ぐにオレは既に虫の息で横たわるジャンに駆け寄り、抱き起こす。

 

「……ぁ……ドァ……さ……」

 

「喋るな。息だけをしろ」

 

どうやら運よく、心臓の直撃は免れたようだ。もし心臓を突かれてたら、オレの名を呼ぶ余裕すらない。

 

だが、危険な状態である事も確かだ。

 

オレは通信機をたたき起こし、エマージェンシーを送る。

 

「オイ、緊急事態だ局のノロマ共。今すぐ医療班を寄越せ」

 

オレはそれだけを早口で言うと、通信機を放り、道路付近で怯えている野次馬共も手招きする。

 

「オイそこのリーマン。コイツを頼む。局のバカ共が来たら、そこに転がっている通信機を渡してくれ」

 

オレはアタフタとしている中年のリーマンの肩を叩くと、ヤツが飛び去った空を見上げた。

 

瞬間、オレはバリアジャケットを纏い、クラナガンの空を飛んでいた。

 

「…………」

 

オレは遠慮無しに今出せる最高速で風を切る。

 

クラナガンの高層ビルが流れる景色を横目で見ながら、ヨロイ野郎を捜す。

 

数十秒キョロキョロしていると、空を飛ぶ甲冑を見つけた。

 

どうやら、余り飛行は得意でないようだ。

 

それを確認するとオレは減速し、小回りが効かせられる速度に保った。

 

ヤツの反応を見るためだ。

 

ヤツはオレに気づくと、スピードを上げた。

 

振り切るつもりか?

 

残念だが、そいつは無理だ。

 

なんせこちとら毎日金色の閃光様と仕事をしてるんだ。

 

ついていける程度のスピードがなきゃ、話にならない。

 

オレはスピードを上げ、甲冑野郎に着いていく。

 

ヤツは蛇の様にウネウネとビル群を抜けていく。

 

――どこに行く気だ?

 

クラナガンを出るつもりなら、こんな複雑なルートは通らない。

 

スピードで勝てないとわかって、オレを撒こうってか?

 

オレは負けじと甲冑野郎に着いていく。

 

すると、ヤツは一つの廃ビルの窓を割り、中に入っていった。

 

どうやらヤツは、逃げるのを諦めたらしい。

 

オレはそれに続き、廃ビルに入っていく。

 

地面に足を付け、デバイスを起動させた。

 

「起きろ、ストレイジ。ウィルネス」

 

両手にデバイスが収まる感覚を確かめると、オレは廃ビルの中を歩きだした。

 

どうやらここは元は立体駐車場だったようだ。消えそうな白線があちこちに見える。

 

壁はかなり崩壊し、剥きだしのパイプがやたらめったら生えている。

 

ヤンキー共がたまるには絶好のスポットだ。オレならば連れと一緒に来て、鍋パーティーでも開いているだろう。

 

しばらく歩いていると、ヤツが見えた。

 

余裕ぶってるのか、ブロックに腰かけている。

 

「よぉ、ヤンキーちゃん。ココは今日からオレの縄張りだぜ、陰キャラ野郎」

 

「……来たカ」

 

ヤツは立ち上がり、その不気味な瞳をこちらに向ける。

 

「……さぁて、お前をスコスコにボコる前に、まずいくつか聞きたいな」

 

「……なんダ、管理局のイヌが」

 

「犬ッ……て、オイ」

 

給料泥棒やら、ロクデナシやらいろいろ言われては来たが、犬と言われたのははじ……

 

いや、待てよ。

 

今コイツ、“管理局の”って言わなかったか?

 

まさか、コイツ。

 

「……ずっと、オレをつけてたのか?」

 

「…………」

 

沈黙の肯定である。

 

「てことは、最初からオレをここに誘い出す為に……」

 

「アタリだ、ドア・ケリウス」

 

「……わざわざ名前まで調べてくれるたぁ」

 

偽名である事がまだ救いだ。

 

下手に真実を知られても、つまらない。

 

 

「……お前、何者だ?」

 

「――我等は、再生団《リプロード》」

 

半ば予想していたワードが出て来た。

 

オレが犯罪者連中に怨みを買うと言えば、リプロード絡みしかない。

 

「世界と時空の再生ヲ志す、王に集いし一団ダ」

 

「――リプロードのメンバーか」

 

思わぬ所で核心に触れたものだ。

 

ココでこのヨロイを引っ捕らえれば、重要な証拠となる。クロノ辺りは大喜びだ。

 

「……じゃあ、何故オレを狙った? お前らを調べてる連中なんざ、局にはごまんといるはずだ」

 

腑に落ちない事はコレだ。

 

何故リプロードのメンバーが、まだ捜査に参加したばかりのオレを狙うのか。

 

「――簡単なコトダ。お前は我等の秘密をミタ」

 

「秘密?」

 

名簿の事か?

 

それならもう今更だ。既に内容はクロノに渡っている。

 

「まぁ、それはいいが……最後に一つ」

 

オレはデバイスを握る手に力を込めた。

 

 

「――なんで、ジャンを刺した?」

 

「……ジャン?」

 

「ギター弾いてた奴だ。オレを狙ってたんなら、オレだけを狙えばよかったはずだ」

 

自然と、口調が高ぶる。

 

それと同時に、思考もクリアになる。

 

「そんなモノ、決まっている」

 

 

ヤツは甲冑の上から頭をかき、当然のように言い放った。

 

 

「――耳障りだったカラ。それだけダ」

 

 

「…………」

 

 

どうやら、思考がクリアになっていたという表現は、間違っていたようだ。

 

クリアになったんじゃない。

 

クリアな怒りで一杯になってたんだ。

 

それこそ純粋な、濁りの無い怒り。

 

それを自覚した途端、オレは真っ直ぐ突っ走っていた。

 

ウィルネスを叩き込み、一秒遅れでストレイジを一突き。

 

手応えは……なかった。

 

「…………」

 

「終わりカ?」

 

そいつは右手でストレイジの刃先を、左手でウィルネスの刀身を軽々と掴んでいた。

 

「……オイオイ、今の結構本気だったんだぜ?」

 

「そうカ。それは悪かっタ」

 

オレは距離を取り、構え直す。

 

コイツ、強い。

 

殺す気で斬ったつもりだったが、まるで相手にされなかった。

 

「サテ……ではサッソク」

 

ヤツは懐から、何かを取り出す。

 

「……マジかよ」

 

 

オレは瞬時に背を向け、走った。

 

途端、背後からタップライターのような音。

 

しかし音ともに放たれたのは、凄まじい量の銃弾だった。

 

 

イングラムM10。

 

小型のサブマシンガンで、片手で扱える大きさの裏腹に、32発の弾倉をたかだか1.5秒で空にしてしまうその火力は誰もが鳥肌が立つ。

 

オレは銃弾の雨を横っ飛びで回避し、息を立て直す。

 

冗談ではない。

 

あんな弾丸のシャワー、浴びれば一瞬でオレの身体は風通しがよくなる。

 

「クッソ……」

 

オレはヤツとは違う方向に駆け出した。

 

なぁに、逃げるわけではない。

 

タイミングを見計らうのだ。

 

ヤツのイングラムも弾が切れる、タイミングを。

 

しかし。

 

「ミツケタ」

 

「っ!!?」

 

走った先に、そいつが先回りしていた。

 

当然、イングラムはこちらに向けられている。

 

オレはまた横に飛び、飛来する銃弾を避ける。

 

剣と銃では、ハナっから勝負にならない。

 

オレは走りながら念話を飛ばした。

 

 

相手は……クロノだ。

 

 

「おい、クソ兄貴。聞け」

 

《なんだ急に? 用件は?》

 

余裕だなオイ。今すぐに立場を代わってやりたい。

 

「一度しか言わない。能力限定の二段階目を解除しろ」

 

《急に何を言い出すんだ?》

 

「いいからしろ。もしやってくれればお前の事を一週間神と崇めてやる」

 

《……なんか、安っぽそうだな》

 

「いいから、頼むぞ」

 

オレは一方的に言い放ち、念話を切った。

 

信用してくれたかどうかは危ういが、まあそこは賭けだ。死んだら化けて出てやるまでだ。

 

しかし、その間にも。

 

「……ッぐぁッ!!」

 

右ふくらはぎに熱が帯びたかと思うと、一気に激痛が上ってくる。

 

どうやら弾が右足を掠ったようだ。

 

オレは痛みを引きずりながら、逃げつづけた。

 

今のままでは、勝ち目はない。

 

クロノを信用するしかないのだ。

 

その時、オレは階段を見つけた。

 

少し考えたが、ここは上に昇った。

 

足に堪えたが、歯を食いしばる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

オレは血の流れる右足に鞭を打ち、立体駐車場を走る。

 

このまま、時間稼ぎができれば……

 

 

「ムダダ」

 

しかし、再び背後から銃弾の雨。

 

今度は、まともに避けられなかった。

 

「ぐぁッ!!!」

 

銃弾が肩やら腕やらに食い込み、貫通していく。

 

オレは勢いに負け、床に引きずられた。

 

デバイスだけは、離さなかった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「終わりダ」

 

かろうじて目をやると、ヤツはイングラムのマガジンを換えながら、近づいてくる。

 

どうやら余程確実にオレを殺っときたいらしい。

 

全く、人気者はホントに辛い。

 

ヤツはイングラムを構え、断罪の一言を放った。

 

 

「――シネ」

 

 

瞬間、窓から入ってきた桃色の魔力光がヤツに直撃した。

 

「っ!!?」

 

ヤツは吹っ飛び、崩れかけた壁にたたき付けられる。

 

「…………へへ」

 

どうやら、援軍らしい。

 

それも、とびっきり優秀な。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

クラナガンの空。

 

そこには、白を基調としたバリアジャケットを着た、一人の魔導師。

 

「……気絶したかな?」

 

《I don't understand.》

 

栗色の髪の、サイドポニー。

 

機械的な音声を発する、インテリジェント・デバイス。

 

「そうだね……油断はしないよ、レイジングハート」

 

《All right!!》

 

 

――それは、管理局のエースの凱旋だった。



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ⅩⅤ Groovy3

オレは銃弾で傷ついた身体を無理矢理立ち上がらせ、距離を取った。

 

この隙に、どこかに隠れてしまおう。

 

なのはの援護をしてやりたいのは山々だが、こんな役立たず状態のオレでは足手まといもいいとこ。

 

せめて、クロノがリミッターを解除してから……

 

「……フン」

 

その時、ヤツが立ち上がった。

 

甲冑についた埃やら煤やらを落とし、窓の先のなのはを見つめた。

 

「……援軍カ、コザカシイ」

 

舌打ち混じりにそいつは言い、今度はこちらを向く。

 

「キサマも、中々やってクレル」

 

それが皮肉だとわかるのに、時間はかからなかった。

 

「いいのか? グロッキー状態のオレなんて見てて? まだ全力全開食らうぞ」

 

まぁ尤も、今のは威嚇に近いだろうが。

 

「フン。管理局のエースの全力ガ、この程度なワケがナイ」

 

「それはそれは、よくご存知で」

 

ヤツは足元に落ちてたイングラムを拾い、しかし魔法を撃たれた衝撃で銃口がイカレている事を知ると、その場に捨てた。

 

「ダガ、お前タチも見落としているナ」

 

「…………」

 

オレは砂でジャリジャリする唾を吐いた。

 

「優秀な魔導師が巣くうクラナガンに、我がタッタ一人で乗り込むカ?」

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「立ち上がったっ!!」

 

なのははレイジングハートを構え、放つ準備をする。

 

まさか、何のダメージもなく……?

 

もしかしたら、あの甲冑に何か秘密が?

 

とにかく、もう一発……

 

 

しかし、それは憚れた。

 

背後に、嫌な気配を感じたからだ。

 

「っ!!?」

 

なのはは直ぐに距離を取り、ソイツを見た。

 

「――感づいたんだ~……ハハ」

 

「…………」

 

レイジングハートを構える手に、力が篭る。

 

 

オレンジの短髪のソイツは背中に巨大なバズーカ砲を背負い、ラフな服装をしていた。

 

「誰っ!!?」

 

「僕? 僕はメルク。メルク・アロ・ガローン」

 

メルクと名乗ったそいつは自己紹介すると、なつっこい表情をした。

 

「いや~、まさかジグに着いていくがてらに、こんなキレイなお姉ちゃんに会えるなんて。ラッキー☆」

 

「……あなたは、何者?」

 

その敵意を感じさせない雰囲気からも、なのはは決して気を許しはしなかった。

 

何かが危ないのだ。この少年は。

 

「だ~か~ら~、言ったでしょ~。僕はメルク・アロ・ガローンだよ。牡羊座のA型☆」

 

それでは、答えになっていない。

 

これ以上追求してもあまりいい答えは返ってきそうになさそうだ。

 

「そう。メルクくんって言ったね?」

 

「うんっ!! うんっ!!」

 

満面の笑みで頷く。

 

「あなたは、何をしにここにいるの?」

 

なのはがそう聞いた瞬間、メルクはニンマリと口元を緩めた。

 

「よくぞ聞いてくれましたっ!! そうそう、僕はね~」

 

 

瞬間。

 

 

「――お姉ちゃんを殺しに来たんだよ♪」

 

「っ!!?」

 

メルクの拳が、眼前まで迫っていた。

 

なのはは瞬時にレイジングハートでガードしたが、勢いまでは殺せない。

 

子供とは思えない力で吹っ飛ばされ、ビルにたたき付けられる。

 

「あぁっ……!!」

 

苦痛に表情が歪むなのは。

 

「アハハ。だ~いじょ~ぶ?」

 

メルクは宙を浮ながらはしゃいだ様子で聞いてくる。

 

油断してちゃダメだっ!!

 

なのははレイジングハートを構え、魔砲を放つ。

 

「――ディバイン・バスターっ!!」

 

刹那、桃色の魔力がメルクに向けて放たれた。

 

それに対し、メルクは……

 

「え~と……そ~れっ!!」

 

メルクは背負っていたバズーカ砲を小さな手で構え、引き金を絞る。

 

「しゅーと☆」

 

バズーカ砲から緑色のまがまがしい魔力が放たれ、ディバイン・バスターと相殺される。

 

「くっ……」

 

「アッハッハ~」

 

メルクはバズーカ砲を振り回しながら、子供がするようにポーズを決めた。

 

「――僕のポイズンシードに、殺せないものはないっ!!!」

 

キラっとウィンクするメルクに、なのははどこか苦々しい表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!!!」

 

ストレイジを横に一閃。

 

しかし、弾かれる。

 

「フン」

 

ヤツは拳を引き絞り、正拳を放つ。

 

ギリギリで避け、今度はウィルネスで斬りかかる。

 

しかし、またしても甲冑に弾かれる。

 

「クソッ!!」

 

オレは一旦距離を取り、二刀を交差させて構える。

 

「ハァ……ハァ……」

 

息も荒い。

 

やはり一段階だけでは、どうしても無理がたかる。

 

クロノ……早くしろっ!!

 

「フン、急いでいるヨウダナ」

 

ヤツは拳を鳴らしながら言った。

 

「ああ。早いとこアンタ潰して、エース様の援護しなきゃならんからな」

 

なのはなら多分、あんなガキ一人に遅れをとる事はないだろうが、ヤツの事だ。もう一人か二人仲間を隠していても不思議じゃない。

 

「メルクカ……奴なら心配するナ。直に終わル」

 

直に終わる?

 

「け……随分な自信だな。あんなガキに、管理局のエースの相手が務まるとも?」

 

「メルクの性格を知れバ、その考えも即座に間違いだとキヅクだろう……」

 

「?」

 

「奴の性の悪さハ、“再生団”<リプロード>の中でもヒケをトラナイからナ」

 

「……あっそ」

 

オレは両の剣を一気にヤツに叩き込んだ。

 

しかし、手応えは同じ。

 

「何度ヤッテモ同じダッ!!」

 

「ぐはッ!!」

 

腹に拳を入れられ、オレの身体はキレイに飛び、壁に叩きつけられる。

 

「ちくしょ……」

 

「シツコイナ」

 

とうとうヤツはオレをなぶるのに飽きたのか、オレの首を掴み、持ち上げる。

 

「かッ……」

 

「実力の差ハ歴然ダ。もう諦めロ」

 

首を掴む手に、力が篭る。

 

「がッ……ああ……!!」

 

苦しい。

 

息が詰まりそうだ。

 

オレは必死でもがき、暴れる。

 

しかし徐々に頭に酸素がいかなくなり、力が入らなくなる。

 

「くっ……そ……」

 

デバイスを離しそうになった、その時だった。

 

 

《……ドア》

 

 

念話が飛んできた。

 

 

クロノだ。

 

受け答えしようにもそんな余裕はない。

 

《――神が来てやったぞ》

 

 

その一言を聞いた瞬間、オレの首のネックレスが一つ弾け飛んだ。

 

「?」

 

ヤツはそれを怪訝そうに見る。

 

全く、やっとかよ。

 

神様って奴は、余程時間にルーズらしい。

 

「オイ」

 

「?」

 

 

ズバッ

 

 

オレは軽々と動く右手を動かし、ヤツの右足を甲冑ごと斬り裂いた。

 

「ナッ……!!?」

 

ヤツは突然のダメージに驚き、手を離す。

 

 

「クソッ……いったいナン……」

 

 

 

刹那。

 

 

 

「ダ……」

 

 

オレは瞬足のステップで踏み込み、ヤツの右腕を斬り飛ばした。

 

身体が、動く。

 

いつもよりも、軽快に。

 

ヤツは斬り飛ばされた右腕を眺めながら、距離を取った。

 

ボタボタと赤い血が流れ、一気に鉄臭くなる。

 

「血、赤いんだな」

 

「我を何だと思ってイル? 人間ダ」

 

「そうみたいだな。勘違いしてたよ」

 

全身に魔力がみなぎり、力が沸く。

 

撃ち抜かれた腕や肩の痛みも、今では楽になっていた。

 

いける。これなら。

 

「さぁて、こっからが本番だ、陰キャラ野郎」

 

 

オレはウィルネスを掲げ、リンカーコアにエンジンをかけた。

 

 

「――ウィルネス、“2ndモード”」

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

「それ、それ、それぇっ!!!」

 

メルクはじゃれる少年のように、ポイズンシードから魔力の弾丸を放つ。

 

「くっ……」

 

なのははそれらを避け、構える。

 

「ディバイン……」

 

魔力が収束され、放つ。

 

「バスターーーッ!!!」

 

太い魔力砲がメルクに直進し、空気を薙ぐ。

 

しかし、メルクも撃ち返す。

 

「スケィル・バスターッ!!!」

 

まがまがしい緑の魔力が撃たれ、なのはのディバイン・バスターと相殺される。

 

なのははそれを確認した後、必要以上に距離を取った。

 

どうみても、子供が撃てる魔力じゃない。

 

少なく見積もってもあの少年はAA……いや、AAAランク級の力を持っている。

 

私一人じゃ、街の上空で戦うには厳し過ぎる。

 

「とにかく……離れなきゃ」

 

「さ~せない」

 

「っ!!?」

 

瞬きした瞬間、目の前にポイズンシードを構えたメルクが現れた。

 

「粉々になるまで、帰さないよ☆」

 

爛々たる、笑顔。

 

なのははその笑みに、鳥肌が立った。

 

年端もいかない子供も笑顔のはずなのに、煽られる恐怖。

 

なのははさっきから、恐ろしいのだ。

 

この子供の、無邪気な笑顔が。

 

 

「しゅーと☆」

 

 

刹那、まがまがしい緑色の魔力がなのはを包んだ。

 

「アハハ、アハハハハハっ!!!」

 

延々とバーストする魔力。

 

やがて魔力が晴れると、メルクは首を傾げた。

 

「アレアレ~? 形も残らないくらい粉々になっちゃったかな~?」

 

そう、そこにいたはずのなのはがいないのだ。

 

「どこいっちゃ……」

 

「動かないで」

 

メルクが進もうとした、その時だった。

 

首筋に、金色の刃が当てられた。

 

 

「――誰?」

 

 

メルクは笑顔を引っ込めず、微動だにしないで言った。

 

メルクの背後にはなのはを右手で担いだ、ドアの上司が金色の鎌を構えながら、そこにいた。

 

 

「――フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官です。おとなしく投降しなさい、僕?」

 

フェイトはまさに子供に諭すように言った。

 

「しつむかん……?」

 

メルクは首を傾げた。

 

その際に首筋に近づけていたバルディッシュの刃が首に食い込んだ。

 

「っ!!?」

 

当然、吹き出す大量の血。

 

「あ」

 

しかしメルクは気にも止めず、ただ首筋に触れた。

 

「……やっちゃった☆」

 

顔を血で濡らしながら、メルクは笑う。

 

その笑顔にフェイトは戦慄し、本能的に距離を取った。

 

この子……何かが危ない。

 

「フェイト……ちゃん」

 

その時、なのはがようやく言葉を発した。

 

「大丈夫、なのは?」

 

「ありがとう、フェイトちゃん」

 

なのはは一人で飛べるから、と言い、レイジングハートを構える。

 

「なのは、あの子は?」

 

「わからないの、どこの子かも……でも」

 

「うん、わかってる……」

 

フェイトは指についた血をご機嫌な様子で舐めるメルクに目を遣り、気を引き締める。

 

――絶対に、油断してはいけない。

 

 

「アハハ~、またキレイなお姉ちゃんが増えた~」

 

メルクは右手でポイズンシードを振り回し、ぷらんと浮く。

 

「こりゃ、バラバラのしがいがあるぞ~♪」

 

構え、引き金を引く。

 

「スケィル・バスターっ!!!」

 

 

緑色の魔力が、フェイト達めがけて直進する。

 

「なのは、援護お願いっ!!」

 

「うん、フェイトちゃんっ!!」

 

 

互いの合図の後、二人は各方向に散開した。



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ⅩⅥ Groovy4

「……ウィルネス、“2ndモード”」

 

オレは掲げたウィルネスをヤツに突きだし、右手のストレイジは待機状態に戻した。

 

こっちの方が、速く動ける。

 

 

「――イグナイトモードっ!!」

 

起動した瞬間、ウィルネスの刀身に僅かな薄緑の魔力光が宿った。

 

オレは両手で構える。

 

「……特に変わった事はナイようダガ?」

 

「直ぐにわかる」

 

ジリッと足を滑らし、踏み込みの準備をする。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

一歩。

 

 

「グハッ!!?」

 

 

飛び上がる、鮮血。

 

 

そしてまた、一歩。

 

 

「ガッ!!?」

 

 

オレは高速で動き、剣を振るう。

 

そして一歩踏み込むごとにヤツとすれ違い、斬撃を加えていく。

 

 

(は、早過ギルっ!!!)

 

ヤツは斬られた傷を確かめながら、オレを捕らえようとする。

 

だが、それは無理だ。

 

オレはまた更に、ウィルネスを振るう。

 

そして再び、ハッキリした手応え。

 

「ぐぅッ!!」

 

オレは一旦減速し、床に急ブレーキをかける。

 

「キサマ……なんだそのスピードハっ!!?」

 

ヤツは初めて、声を荒げた。ざまあみろだ。

 

「……簡単な話だ。ウィルネスの2ndモードは、オレのスピードを特化する。ストレイジが“力の剣”ならば……」

 

オレはウィルネスを掲げた。

 

「ウィルネスは“疾さの剣”だ」

 

「……フッ」

 

ヤツは短く笑い、ボロボロの身体をひきづる。

 

「ソイツはまた、面倒ダナ」

 

「そうだろう」

 

 

オレは再び踏み込んだ。

 

ヤツは必死に反応しようとするが、

 

 

「遅い」

 

 

オレはウィルネスを振り抜き、ヤツの残り一本の腕を斬り落とした。

 

ガチャリと腕は床に落ち、既に鉄臭いこの場に更に鮮血が流れる。

 

 

「――勝負アリだ」

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

一方、クラナガンの空。

 

「左っ!!」

 

「うん」

 

フェイトからの指示を受け、左に旋回するなのは。

 

前方からは、やたらめったらに直射魔法をぶっ放すメルク。

 

「それぇっ!!」

 

「くっ……!!」

 

以上な数の弾幕に、フェイトはビルを使って姿をくらました。

 

(あんなにたくさんの砲撃……なのに魔力が尽きないなんて)

 

さっきから反撃のチャンスをなのはと一緒に狙ってはいるが、放たれる砲撃が収まる気配がないのだ。

 

もしかしたら、無尽蔵に魔力を生成する何かが……

 

「フェイトちゃんっ!!」

 

「?」

 

突然呼ばれ、反応するフェイト。

 

何かと思い右を振り向くと。

 

「――ッ!!?」

 

砲撃が――曲がったっ!!

 

撃たれた緑の直射魔法が、なんと孤を描いてこちらに向かってきたのだ。

 

フェイトは直ぐさまバリアを張るが、やや遅い。

 

「あぁッ!!」

 

バリアごと砲撃に圧され、無理矢理彼方へと飛ばされる。

 

(まさか……あんな複雑な制御までできるなんて……!!)

 

もはや、子供にできる攻撃ではない。

 

フェイトは姿勢を取り直し、メルクの姿を確認する。

 

「アッハッハ~、当たった当たった♪」

 

幼い歓喜を振り撒きながら、ポイズンシードをこちらに構える。

 

 

――もう、相手が子供だの何だの言ってられない。

 

「なのはっ!!」

 

「――うんっ!!」

 

二人は一斉に空を駆け出した。

 

複雑な滑空を見せ、メルクの視野を撹乱する。

 

「それぇっ!!」

 

バスターを撃ちまくるが、それを上手くかわす。

 

「サンダーレイジーッ!!!」

 

「ディバインバスターッ!!!」

 

フェイトから雷光が放たれ、その直ぐ後ろから桜色の魔力が直射される。

 

 

「む~」

 

メルクは小さな右手を突きだし、バリアを張る。

 

しかし……

 

「あれ?」

 

 

二人の放った攻撃は、そんなチャチなバリアでは防げなかった。

 

メルクはバリアごと吹っ飛び、空中で数回回転した後、無造作にポイズンシードを構える。

 

「痛いな、もうっ!!!」

 

乱射される、砲撃。

 

しかしフェイトとなのははそれを難無くかわす。

 

「当たれ~っ!!!」

 

メルクは一気に勝負を詰めるため、数秒チャージをかけた後、集束砲を放った。

 

バカデカイまがまがしい緑が、クラナガンの空に走る。

 

「だりゃあ~~っ!!!」

 

メルクは集束砲をバーストしたまま回転し、周囲を薙ぎ払う。

 

 

「…………やったかな?」

 

メルクはようやく砲撃を止め、肩から息を崩す。

 

しかしそれは、油断に繋がった。

 

「ディバイン・バスターっ!!!」

 

「ッ!!?」

 

背後から迫る桜色の砲撃に、やや反応が遅れた。

 

回避行動を取るが、間に合わない。

 

メルクはディバインバスターをモロに食らい、一瞬息が出来なくなる位の衝撃を受けた。

 

「カッ……!!」

 

メルクの小さな身体は撃ち上げられ、ビルの壁にたたき付けられた。

 

 

「……大丈夫かな?」

 

レイジングハートを構えるなのはは、少しだけ不安の表情を浮かべた。

 

敵とはいえ、彼はどう見たって年端もいかない子供なのだ。無理もない。

 

「非殺傷設定なら気絶するだけだよ」

 

隣に並ぶフェイトが諭すように言った。

 

「うん、だけど……」

 

気持ちはわからないでもない、しかし相手は明らかにデバイスを物理破壊設定にしていたのだ。

 

子供だからと油断すれば、負けるだけではすまないのだ。

 

「……ねぇ、ドアは?」

 

「あ、まだ戦ってるかもっ!!」

 

なのはは今気づいたように、口元に手を当てる。

 

ドアの実力は確かだが、こんなデタラメな子供も連れてる奴らだ。

 

早く援護に行かなければ……!!

 

「それじゃ、なのははあの子を連れていって。私はドアのところに……」

 

「――痛いなぁ」

 

 

その瞬間、子供の低い声が重く響いた。

 

「ッ!!?」

 

フェイトとなのはは弾かれたようにデバイスを構える。

 

「痛くて、痛くて……泣きそうだよ」

 

吹っ飛ばしたビルの先から、メルクがデバイスを握りながらゆっくりとこちらへ迫る。

 

「お姉ちゃん達……せっかく粉々にしてあげよーとしたのに……」

 

その時、メルクは俯かせていた顔を上げた。

 

 

――その目は、もう無邪気な子供のものでは無かった。

 

 

「……ッ」

 

まるで深淵なる闇を間近で見てるような感覚に、二人の背筋が凍る。

 

 

「もーいいや、お姉ちゃん達……」

 

 

メルクはポイズンシードのトリガーを二回短く引き、天に掲げた。

 

 

「――おふたり仲良く毒殺してあげるから★」

 

 

瞬間、ポイズンシードが可変した。

 

 

大仰なバズーカ式から、徐々にコンパクトなシルエットが見えて来る。

 

「…………フェイトちゃん」

 

「うん、わかってる」

 

 

やがて可変が終了し、メルクはそれを両手で構えた。

 

 

「――2ndモード、ミクスチャーモード」

 

 

――可変されたポイズンシードの概要は、一言で言えばライフル銃だった。

 

そしてメルクのバリアジャケットは、白衣のようなそれに変わっている。

 

 

「もうお姉ちゃん達、ダメだよ」

 

 

「?」

 

 

メルクはライフル銃と化したポイズンシードのスコープを覗きながら、言い放つ。

 

 

「――直ぐに、もがき苦しむ“激痛”<ペイン>をあげるから」

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

「調合師、だぁ?」

 

「アア、そうダ」

 

廃ビル、元立体駐車場。

 

オレはそこで身体についた血を落としていた。

 

もう自分な血なのか、ヤツの血なのかわからない位の量だったから、拭くのにかなり苦労したがな。

 

「メルクは魔力ヲ様々な薬品に換えらレル、非常に特異ナ変換資質の持ち主ダ」

 

ヤツは今、腕の無い状態で壁に寄り掛かっている。

 

両腕を斬り落とされ、戦意を喪失しているようだ。

 

 

「こと毒殺にかケテ、ヤツに敵うモノはイナイ」

 

「…………」

 

 

毒殺、か。

 

 

それは確かにやっかいそうだな。

 

大丈夫か、なのは?

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

「しゅーと★」

 

メルクはライフルのトリガーを絞り、ニードル状の弾丸を射出した。

 

「ッ!!!」

 

なのはは回避を取ろうとしたが、肩に違和感を感じた。

 

――放たれたニードルが、バリアジャケットを貫通して肩に刺さっていたのだ。

 

 

(――速いっ!!!)

 

フェイトは戦慄した。

 

弾速が、ケタ違いに上がっている。

 

 

「何、コレ……?」

 

なのはは刺さったニードルを抜こうとするが、どれだけ力を加えても抜けない。

 

 

「――早く抜いた方がいいよ」

 

メルクは他人事のように呟く。

 

 

「それ、中に入ってるの塩酸だから」

 

 

「ッ!!?」

 

 

瞬間、なのはの肩から肉の焼ける黒煙が立ち上る。

 

そして遅れてくる、激痛。

 

 

「あ、ああああああああッ!!!」

 

「なのはっ!!!」

 

急に隣で苦しみ出したなのはに、フェイトは駆け寄る。

 

「い、痛いッ……フェイト、ちゃ……」

 

「なのはっ!!」

 

フェイトは直ぐさま、肩に刺さっているニードルに手をかけ、力任せに引っこ抜いた。

 

引っこ抜いたニードルからは薬品が滴り、それを直ぐに捨てる。

 

「なのは、大丈夫っ!!?」

 

「……うん、なんとか……あぁッ!!!」

 

再び、肩を抑えながら激痛に苦しむなのは。

 

「――このッ!!」

 

フェイトは振り向き、勢い様にプラズマスマッシャーを放つ。

 

しかしそんな雷速の攻撃を、メルクは難無くよける。

 

(――2ndモードを起動してから、身体能力も上がっている……)

 

フェイトはなのはを抱え、とにかく距離を取った。

 

自分でさえ見えなかった毒の弾丸を、とにかく回避しなくてはならない。

 

「……しょーがないな~」

 

メルクはスコープを覗き、高速移動をするフェイトに向けて撃つ。

 

「しゅーと★」

 

ニードルは正確に真っすぐ進み、フェイトの頬を掠る。

 

「ッ!!!」

 

 

驚く程精密な射撃に、フェイトは更にスピードを上げる。

 

「フェイト、ちゃん……?」

 

「なのは、待ってね。直ぐに医療班のところへ……」

 

しかしなのはは、フェイトの腕を掴んだ。

 

「……なのは?」

 

「いいよフェイトちゃん。直ぐに、反撃しなきゃ……」

 

「何言ってるのなのはっ!!!」

 

そんななのはに対し、フェイトは力強く激励した。

 

「そんな無茶ばっかりして、なのははいつもだよっ!!!」

 

「……フェイトちゃん」

 

 

もうなのはの身体はJS事件の時の無理が祟り、見えなくともそのツケは身体に蓄積されているハズなのだ。

 

そしてそれはいつ、なのはから魔法という力を奪ってもおかしくはない程に……

 

 

「もう、あんな目には合わせないっ!! 私が、絶対にっ!!!」

 

力強く言うと、フェイトは更にスピードを上げた。

 

自然となのはを抱える腕に力が篭る。

 

 

「……見つけた」

 

フェイトは地上で待機している医療班の車両をみつけた。

 

「なのは、直ぐに連れて……」

 

 

刹那。

 

 

「ッ!!?」

 

 

フェイトは、足に違和感を覚えた。

 

それは奇しくも、なのはが感じたものと同じ違和感。

 

 

「…………ほぅら」

 

 

――フェイトの足に、ニードルがヒットしていた。

 

 

「――逃がさないよ♪」

 

 

スコープを覗くメルクの目は、これ以上ない程に爛々と輝いていた。



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ⅩⅦ Groovy5

最初は、小さなアタリだった。

 

指で弾く位の、小さな衝撃。

 

でもそれが及ぼすものは、決して小さなものではなく……

 

 

「――くぅ、ああっ!!!」

 

 

――足を焼き切る程の、激痛をもたらした。

 

「フェイトちゃんっ!!」

 

「足がッ……!!」

 

フェイトは痛みにバランスをやられ、飛行に安定が無くなる。

 

このままではマズイと思い、塩酸で焼けそうな足を抱えながら、フェイトは医療班の元へ降り立った。

 

「くぅッ……誰か……」

 

「大丈夫ですかっ!!?」

 

車両から、医療班のスタッフが何人で駆け寄ってくる。

 

「誰か……なのはを……」

 

フェイトは抱えていたなのはを医療班に渡し、自身はようやく一息ついた。

 

しかし、休んでもられない。

 

「大丈夫ですかっ!!?」

 

「酷いな……濃塩酸を撃ち込むなんて……」

 

「鎮痛剤を……ストレッチャーを早くっ!!!」

 

医療班のスタッフがテキパキとなのはを運び込む準備をしている中、フェイトは再び、空へ飛び立とうとする。

 

「待って下さい、あなたも足がっ!!」

 

そんな中、医療班の若い男性スタッフがフェイトに近寄る。

 

しかし、フェイトは。

 

「大丈夫です。これくらい……」

 

「しかし、血が……」

 

フェイトはスタッフが止めるのも聞かず、痛みをこらえながら飛んだ。

 

男性スタッフは信じられないような表情をしていた。

 

 

――なのははもう、十分無茶をした。

 

今度は、自分が無茶をする番だっ……!!

 

 

そんな思いを腹に沈め、フェイトはザンバーフォームのバルディッシュを構える。

 

向こうが遠距離で仕留めてくるならば、こっちは近距離だ。

 

一気に距離を詰めて、捕縛するっ!!

 

 

すると瞬間、フェイトの頬を何かが掠めた。

 

「っ!!?」

 

掠めた傷から血が流れ、フェイトは右に飛ぶ。

 

しかし、それに合わせてニードルが撃たれる。

 

おそらく塩酸が混入した弾丸――

 

まともに当たれば、それだけで致命傷だ。

 

だが、対処が無い訳ではない。

 

 

「ッ!!?」

 

 

旋回した直後、フェイトの右肩にニードルがヒットする。

 

「このッ……」

 

フェイトは直ぐさまニードルを引っ掴み、力任せに引っこ抜いた。

 

「ぐぅッ……!!」

 

引っこ抜いた先から、血が腕にかけて滴る。

 

自分も一度足に食らったからわかるが、ニードルがヒットして塩酸が流し込まれる迄に、数秒のタイムラグがある。

 

なら塩酸が流し込まれる前に、ニードルを無理矢理にでも引き抜いてしまえばいい。

 

フェイトは引き抜いたニードルを握り込み、加速した。

 

「……右っ!!」

 

右から迫るニードルを、フェイトは旋回してかわす。

 

 

「……当たんないな~」

 

メルクはレバーを引き、カートリッジを装填する。

 

「なら、これなら~♪」

 

鼻歌混じりにスコープをフェイトに合わせ、引き金を引く。

 

「どうだっ!!?」

 

メルクが叫んだ瞬間、銃口から連続でニードルが射出された。

 

 

「カートリッジ――やっぱりベルカ式……」

 

なら、たった今一時的に機能が上昇したはずだ。

 

フェイトは動きながら、構える。

 

しかし。

 

「……ッ!!?」

 

警戒した矢先、左肩にニードルがヒットした。

 

フェイトは直ぐさま抜こうとするが……

 

 

「――なッ!!!」

 

 

同時に、右太ももと左腕にも衝撃が走った。

 

見ると、数本のニードルが刺さっている。

 

(まさか、弾速が更にっ……!!)

 

フェイトは肩に刺さったニードルを引き抜いた後、直ぐに他のニードルも抜くが、如何せん量が多い。

 

数秒のタイムラグが過ぎ、焼け付く痛みが走った。

 

「ぐぅ、ぁぁ……この……っ!!」

 

フェイトはようやく全てのニードルを抜き終えるが、流し込まれた塩酸は全身に至る。

 

焼け付く激痛を堪えながら、フェイトは一度ビル群に姿をくらませた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

痛い。

 

まるで全身に、焼印を押されているようだ。

 

ドアの口ぶりで言うなら正しくこうだろう。まるで全身に焼け付くような熱い視線を食らっているようだ、と。

 

全く、どうしたらそんな皮肉が言えるのか一度聞いてみたいくらいだ。

 

……と、それはともかく。

 

「ハァ……どうしよう……ハァ……」

 

状況で言えば、久々のピンチだ。

 

全身に塩酸を撃たれ、今の状態ではマトモに戦闘も出来ない。

 

接近戦に持ち込めればわからないだろうが、それ以前に“おかしなこと”がある。

 

あの子供の、生命力だ。

 

確かにあの時、なんらかの不注意であの子供の首にバルディッシュの刃が食い込み、細い頸動脈が切れたはずなのだ。

 

それにも関わらず、あの子供は平然と血を流したまま、戦っている。

 

その生命力なら、なのはの砲撃を受けてもびくともしない理由もわかるが……

 

そんな敵相手に、非殺傷設定の攻撃が通用するのだろうか?

 

「……リミットブレイク、かなぁ……」

 

フェイトの選択肢に浮かぶ、一つの道。

 

それは、フェイト自身のリミットブレイク、真・ソニックフォーム。

 

アレの為す限界スピードを駆使すれば、背後を取って攻撃する事はたやすいだろう。

 

しかし、それは身体に巨大な負荷を負う事を意味する。

 

こんなダメージを受けた状態でリミットブレイクを行えば、後でどんな目に遭うかわからないのだ。

 

 

「……でも、もうそれしか」

 

「みーつけた」

 

「ッ!!?」

 

突然右からかけられた声に、反応するフェイト。

 

そこには、ライフルを構えたメルクが。

 

まさか、居場所がバレたっ!!?

 

 

そう頭に過ぎらせた瞬間、腹にニードルが刺さる。

 

「ッ!!?」

 

急いで抜くが、突然の不意打ちからか薬品が僅かに流れ込んだ。

 

フェイトは激痛を覚悟した。

 

しかし、一向に来ない。

 

「?」

 

「あ~……今撃ったヤツね~、塩酸じゃないから」

 

塩酸じゃ……ない?

 

その台詞を聞いた直後、フェイトはようやく自分の身体に異変が起きている事を自覚した。

 

「ッ……何……コレ?」

 

目の前が歪み、バランスが取れない。

 

気持ちが悪い。吐き気がする。

 

フェイトの顔は一気に青ざめ、吐き気を堪えるように口元に手を当てる。

 

「それね~頭をグチャグチャにしちゃう神経毒なんだ~。今スッゴく気分悪いでしょ?」

 

そんなメルクの言葉でさえ、今のフェイトでは聞き取りづらかった。

 

――頭が割れるようだ。

 

フェイトは流れる脂汗を拭わず、拙い手でバルディッシュを構える。

 

「……そんな少量でここまで効果があるなら実験は成功だね♪ さ~て、次は……」

 

メルクは新たにカートリッジを入れ、装填する。

 

「新作の神経毒。こっちは致死性だよ★」

 

スコープをフェイトの額に合わせ、引き金に指をかける。

 

ダメだ。銃口を向けられているのに、反応が出来ない。

 

 

「――それじゃお姉ちゃん。さよなら♪」

 

 

殺られる。

 

フェイトは思わず、目をつむった。

 

 

「…………」

 

 

しかし、一向に衝撃はこない。

 

それとも五感がやられる位に、毒が回ったのだろうか?

 

フェイトは瞼を開き、赤い瞳をあらわにする。

 

すると……

 

 

「ッ!!?」

 

 

その光景は、正に決定的瞬間だった。

 

 

――なんせそのタイミング、メルクが背後から差し出された足に蹴りを食らっている瞬間だったからだ。

 

 

フェイトは、そのルビーのような瞳を見張った。

 

メルクはビルにたたき付けられ、やや唸り声を上げる。

 

そして蹴った奴は頭を掻きながら、怠そうな表情で飄々と言いのけた。

 

「……随分とボロボロだなオイ。まさか君がショタの気があるなんて、兄になんて報告すりゃいいんだ?」

 

「違うからっ!!」

 

まともに思考できない頭でも、それくらいの反論は出来たらしい。

 

――拙い視界に映るそいつは、フェイトのよく知るロクデナシの部下だった。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

「……違うのか?」

 

「そうだよっ!!」

 

まぁ元気に反論してくる。

 

せっかく助けてやっと言うのに、礼の一つも無いらしい。

 

「まぁいい。そんな事よりも、なのはは?」

 

「……い、医療班で手当、を……」

 

瞬間、フェイトはふらついた。

 

そういえばさっきから飛行が覚束ない。

 

「そうか、ならベッドは隣同士だな」

 

オレはウィルネスを肩に乗せ、フェイトの手を引いた。

 

「え……?」

 

「オレの魅力もわからない位に頭がイカレてんなら、さっさと医療班の所に行けって話だ」

 

「そ、そんなの……まだ……」

 

「強情だなオイ。いいからさっさと」

 

 

刹那、首に違和感が走った。

 

「?」

 

オレはフェイトの手を離し、首に触れる。

 

何かが首に刺さっているようだ。

 

「何だコレ?」

 

 

「――ッ!!?」

 

オレはふとフェイトを見ると、メチャクチャ青ざめた表情をしていた。

 

「……フェイト?」

 

 

次の瞬間、フェイトはオレに飛び掛かった。

 

「ッ!!? ちょ、オイっ!!」

 

フェイトはオレの首に刺さったニードルを引き抜き、首に痛みが走る。

 

「痛ッ!!」

 

「そんな……毒がっ!!!」

 

フェイトは引き抜いたニードルを仇を睨むような目で見る。

 

「毒だぁ?」

 

オレはニードルが飛んできた方向を見る。

 

 

するとそこには、オレが蹴り飛ばしたはずのガキがライフルを構えてニタニタ笑っていた。

 

「当たった当たった~っ!!!」

 

 

「……お前か」

 

「お兄ちゃんそれ、致死性の猛毒だよ★ ヒットしたら最後、心臓は二度と動かなくなっちゃうよ♪」

 

 

「そんなッ……」

 

フェイトは悲痛を食らった顔をする。

 

「……猛毒ねぇ」

 

オレはフェイトの手からニードルを取り上げた。

 

「? ドア……?」

 

「心配いらねぇよ」

 

オレの台詞に、フェイトは豆鉄砲を食らった顔をする。

 

ホントに、コイツは色んな表情をしてくれるから面白い。

 

 

「――オレに、毒は効かねぇから」

 

 

「え?」

 

 

「オイ、クソガキ」

 

オレは奴……確かメルクとか言ったか?

 

メルクに振り向いた。

 

 

「……アレ~? おっかしいな~? 失敗しちゃったかな~」

 

メルクは首を傾げながら、また引き金を絞った。

 

射出される、ニードル。

 

オレはそれを、首を動かして避けた。

 

「……よくもウチの上司を泣かしたなコラ」

 

まぁ実際には泣いてないだろうが。

 

刹那、オレは真っすぐメルクに向かって飛んだ。

 

「ッ!!? この、この、このっ!!!」

 

慌てたように引き金を引きまくり、ニードルを撃つ。

 

オレはそれを全身に浴びるが、まるでダメージはない。

 

だって、オレに毒は効かない。

 

“そういう身体”だからだ。

 

オレは一気に距離を詰めると、メルクのライフルを蹴り上げ、顔面を掴んだ。

 

「むぐッ!!」

 

じたばた暴れるメルクを羽交い締めにする。

 

「オイクソガキ、昼寝の時間だ」

 

オレは握り込んでいた致死性猛毒入りのニードルをつまみ、メルクの首筋を狙いをつけた。

 

 

「――さっさと悪い子はオヤスミしやがれ、ベイビー」

 

 

そしてオレはニードルを一気にメルクの首に刺し込んだ。

 

瞬間、流れる猛毒。

 

「――ギャアアアアアアアアアアァァァァーーーーッ!!!」

 

 

メルクは目を剥き、甲高く醜い悲鳴を上げた。

 

全く、見た目の割にはエグイ悲鳴だ。

 

オレはメルクを蹴り飛ばし、壁にたたき付けた。

 

「どうだ、自分で作った毒の味は?」

 

「グゥウウ、アアアァァァァッ!!!」

 

「その様子じゃ、味見してねぇみたいだな。料理の基本だぜ、味見は」

 

「クソォ……ヨクモ……アア……」

 

メルクは今まででは想像できないほど怒りに満ちた表情をした。

 

全く、だからガキは嫌いなんだ。

 

メルクはオレを血走った目で睨むと、背を向けた。

 

「クソ……ジグの奴、負けやがって……覚えて、ろよっ!!!」

 

そして一目散に逃げようとした。

 

「ッ!! 追い掛けなきゃ……」

 

フェイトは直ぐに追跡しようとするが、まだ毒が残留しているのかスピードが出ない。

 

オレはそんなフェイトに肩を貸してやる。全く、世話のかかる上司だ。

 

「無理するのは感心しないな」

 

「じゃあドアが追い掛けてよ」

 

「無理だ。スピードが出ん」

 

実際、ヤツとの戦いで至るところを撃たれているのだ。

 

魔力に問題は無いが、スピードを出せば筋肉が堪えられない。

 

「どうしよう……追い掛けれないなんて」

 

「追い掛ける必要はないだろ。ここからあのガキを落とせばいい」

 

メルクも毒を受けてか、あまりスピードが出てない。

 

今ならたやすく落とせる。

 

「どうやって? 私はこんなだし、ドアだって射撃は苦手だし……」

 

フェイトは息を整えながら言った。

 

そうだ、確かに射撃は苦手だ。

 

だが、フェイトは一つ勘違いをしてる。

 

「確かにこんなイケてるオレでも射撃は苦手だ」

 

「寝言は聞きたくないよ」

 

「ああ、だが寝言かどうかは、この台詞を聞いてからにしてくれ。さぁ言うぞ」

 

オレは一度フェイトを肩から降ろし、ウィルネスとストレイジを握った。

 

 

「――オレがいつ、“オレに遠距離攻撃はない”と言った?」

 

 

「……え?」

 

 

フェイトは再び、豆鉄砲を食らったような顔をした。

 

さて、じゃ見せようか。

 

 

フロートクロスアーツ流の、射撃を。

 

オレはウィルネスとストレイジのカートリッジを一発ずつロードした。

 

この技はカートリッジの使用と、リミッター二段階解除が前提になる。

 

魔力が剣に宿り、オレは二刀を肩の後ろの方まで構えた。

 

「――?」

 

フェイトには、これから何がおきるのか想像がつかないのだろう。

 

そんなフェイトを傍目に、オレは“狙い”を定めた。

 

 

ターゲットは、あのクソガキ。

 

オレは両腕に力を込め、全身から無駄な力を抜く。

 

 

「――飛べ」

 

 

そして、一気に両の剣を縦に振るった。

 

 

「――牙蓮砲ッ!!!」

 

刹那、両剣の刃先から凄まじい突風が起きた。

 

 

否、突風ではない。

 

飛ぶ“斬撃”だ。

 

オレが起こした魔力光を帯びた斬撃は空を走り、真っすぐメルクに向かう。

 

 

「――?」

 

 

メルクは背後から向かってくる風圧に気づくが、もう遅い。

 

振り向いた時には、斬撃はメルクに直撃していた。

 

「ッ――!!?」

 

一瞬、メルクには何が起きたか良くわからなかっただろう。

 

だが、この視点からならよく見える。

 

斬撃はメルクに直撃すると竜巻のような形になり、その小さな身体を斬り裂いた。

 

メルクは身体から血を吹き出し、クラナガンの空からビルの屋上に落ちた。

 

 

「……ふぅ」

 

 

オレはウィルネスとストレイジを待機状態に戻し、やっと一息ついた。

 

 

「――疲れた、な……」

 

オレは空中で横たわり、器用にその場にとどまる。

 

「――ビックリしちゃった」

 

フェイトはようやくその可愛らしい口を開いた。

 

「そうか、じゃあオレの代わりに通信で言っといてくれ。敵を捕縛して連行してくれってな」

 

「もう、私頭ガンガンしてるんだよ……」

 

「そうぼやくな。オレには大事な仕事があるんだ」

 

オレは身体を起こし、首の骨を鳴らした。

 

 

「ふぅん……どんな?」

 

フェイトは呆れたような顔で聞く。

 

オレはフェイトに向き合い、手を差し出した。

 

「――頭ガンガンしてる上司を医療班までエスコート、と言った所か」

 

「…………」

 

 

――瞬間、フェイトは直ぐに顔を背けた。

 

さて、どんな表情をしているのか見てやりたかったが、オレは止めた。

 

その前に、フェイトが口を開いたからだ。

 

「――じゃあ、お願い」

 

「喜んで」

 

オレは即答すると、差し出したフェイトの手を掴んだ。

 

素直な反応だ。

 

――そんな女を、オレは嫌いではない。



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ⅩⅧ Mass×magic

鼻が利くとは正にこの事だ、とオレは思う。

 

オレがエマージェンシーを送ってから一時間しない間に、クロノの艦隊がクラナガンの空を覆いやがったのだ。

 

確かに再生団《リプロード》を追っている立場としては、オレらが今回捕まえた二人のメンバーはクロノにとっては重要な参考人となる。

 

だから管理局の管轄外の人間に取られる前に、どうしてもクロノ自身で身柄を抑えたかったらしい。

 

まぁそんな事は知ったこっちゃない。

 

おかげで連中をテキパキと拘束でき、面倒な報告書はほとんどクロノの管轄でやってくれるらしいから、完全に厄介虫という訳ではない。

 

クロノは医療班からなのはを受け取り、オレやフェイトからも話を聞くためにオレ達を艦に上げた。

 

「痛だだだだだだッ!!!」

 

「我慢してくださいっ!!」

 

その艦の医務室……そこでオレは大の大人らしからぬ情けない悲鳴を上げていた。

 

医務室の主、シャマル医務官はオレの身体を見るや否や、直ぐさまベッドに倒し、無理矢理治療を始めやがったのだ。

 

シャマル医務官は機動六課時代に訓練で生傷が絶えないフォワードメンバーを影から支えた功労者らしいが、それはともかく。

 

オレのデリケートな肌に針をぶっ刺し、麻酔もまだ中途半端にしか効いてない状態で銃創を縫っていく。

 

しばらくオレの悲鳴が続き、ようやく終わるとシャマルは治療に使った道具を片し始めた。

 

「もう、無茶ですよ。こんなに身体が穴だらけなのに戦うなんて……」

 

「穴だらけ? おいおい目を凝らして周りを見てみな。身体中が溶けかかってんのに戦ったバカもいんだぞ」

 

「あうぅ……」

 

隣のベッドで身体中に包帯を巻かれたフェイトが顔を俯かせる。

 

医務室に運ばれ、この中で一番ダメージが酷かったのは間違いなくフェイトだ。

 

シャマルも顔を青くしながら治療していたのをよく覚えている。

 

「どうやら機動六課の連中ってのは、聞き分けのないじゃじゃ馬だらけみたいだな」

 

「あうぅ……ぅぅ……」

 

言い返せない様子のフェイトの隣でにゃははと笑うなのははふと肩に触れる。

 

なのはのダメージは比較的軽いが、やはり過去に蓄積された疲労やダメージは根っこに溜まり続けているようだ。

 

オレはベッドに身を沈め、天井を眺める。

 

「……まぁいいや。無茶したってのはお互い様だし……」

 

「……ごめんね、ドア」

 

おっと、珍しく我が上司の心が弱っている。

 

「詫びる気持ちがありゃ十分だ。それを身体で表現してくれ」

 

「……ドアが言うと途端にイヤらしく聞こえるよ」

 

「おっと、見かけによらず大人だな。夜はクマがいなきゃ寝れなさそうなナリなのに」

 

フェイトはムッとした顔をしてオレに枕を投げてきた。

 

「こ、こう見えてちゃんと女性としての部分は大人だよっ!!」

 

フェイトは顔を赤くしながら、そのデカイ胸を張る。

 

「ああ、わかってるよ」

 

オレは適当にはぐらかし、目を閉じた。

 

その時、医務室の自動ドアが機械的な音を立てて開いた。

 

「治療は終わったのか?」

 

どうやら神様が来たようだ。

 

「うん、大丈夫だよクロノくん」

 

「そうか、今回ばかりは心配したぞ……特にドア」

 

クロノはオレが寝てるベッドに近づき、側の椅子に腰を落ち着ける。

 

「どうだ、リミッター二段階目を解除した感想は?」

 

「それは神からの啓示か? 随分器の小さな神もいたもんだ」

 

「フェイト。君の部下の口がひん曲がっているようだ。僕がレンチを使って直してやろうか?」

 

「――簡単には直らないと思うなぁ」

 

「良くわかってらっしゃる、ウチの上司は」

 

「君が言うなよ、君が」

 

クロノは眉間を抑えながら唸る。

 

「……まぁいい。それより聞きたい事がある」

 

「――連中の事か?」

 

「ああ」

 

だろうな。単に見舞いだけに来るほど、コイツは要領が悪くない。

 

「その前に、そっちが得た情報を聞きたい」

 

「そんなに大した事は得てないぞ。奴ら、尋問にも人一倍耐えてるからな」

 

そりゃあ、両腕斬り落とされても声色一つ変えない奴らだ。たかだか言葉責めで口を割るとは思えない。

 

「ただお前が腕を切り落としたヤツの名前はジグ・レイン。リプロードの構成員で、名簿に載っていたメンバーのようだ」

 

「メルクの方は?」

 

「同じく、主要メンバーの一人だ」

 

「あんな子供が……」

 

なのはは信じられないような表情で口元を押さえる。

 

「ヴィヴィオと同い年位だったもんね……」

 

「ヴィヴィオ?」

 

聞かない名に、オレはフェイトの方を向いた。

 

「なのはの子供だよ」

 

「……へへぇ」

 

「おいドア。今絶対に良からぬ事を想像してただろ?」

 

勘のいいクロノが口を挟む。

 

「いやいや、まさかエース様が既婚者だとは思わな……」

 

「違うよ、養子」

 

「養子? 何だ、つまらん……」

 

オレは舌打ち混じりにため息をついた。

 

管理局の若きエース様も、やることはきっちりやってるかと思ったが……

 

「それよりも連中の話だ。ドア、奴らに心当たりは?」

 

「これっぽっちも無いな」

 

オレは指で僅かな隙間を作ってやる。

 

「なら連中の力量はどれだけだ? それで組織の戦力を計りたいのだが」

 

なるほど、一理ある。

 

「そうだね……メルクの方は魔力値が年の割に異常じゃないかな」

 

「扱ってるデバイスもベルカ式で、中~遠距離型の魔導師……完全には言い切れないけど、ヴィータと同じレベルだと思う」

 

「そうか……」

 

確かに毒の変換資質に、それに通じる博識な知識。

 

それらを子供にして兼揃えている点は、正に天才だろう。

 

「にしては、フェイトもなのはも二人揃ってやられてたじゃねぇか」

 

「クラナガンの真上でフルパワーの魔力を使えば、さすがに被害無しって訳にはいかないよ。あの時は70%が精一杯だったし……」

 

なるほど、あんなガキ相手に管理局のトップクラス魔導師がやられていた理由がわかった。

 

「ジグの方はどうだ、ドア?」

 

「…………」

 

オレは瞼を半分閉じ、口元に手をかざす。

 

「……正直、わかんねぇ」

 

「何を言っている。ヤツと直に戦ったのはお前だろ」

 

そう、確かにオレはジグと戦った。

 

だが、その戦いにはおかしな点がいくつもあったのだ。

 

「……あの時、ヤツはオレと戦ってる前半は質量兵器――イングラムで攻めてきてた」

 

「その傷を見ればわかる」

 

「だがなのはの砲撃でイングラムが使い物にならなくなった後半で、ヤツは素手で戦ってやがった」

 

そう、つまりジグは――

 

 

「――ジグは、一度もデバイスを使ってねぇんだよ」

 

「えっ……?」

 

その場にいるみんなの表情から感情が引いていく。

 

ジグは空戦魔導師でありながら、その魔導師の要であるデバイスを一度も使ってなかった。

 

まさかデバイスを家に忘れた訳ではないだろう。

 

「それにジグは、オレがメルクと戦っている最中にも微動だにしなかった」

 

オレはメルクと戦っている最中、片時も意識をヤツから離してはいなかったが、ジグは逃げるそぶりすらしなかった。

 

「まるで、管理局に捕まる為に戦ってたような……」

 

「…………」

 

「それ以前に、連中の並外れた生命力も気になる」

 

頸動脈を切られようが、両腕が飛ぼうが平気でいられる連中の精神と生命力はどう見たって異常だ。

 

普通に考えて、連中は人間ではない。

 

「ヤツらが何者なのか……それ以前にリプロードが何なのか……」

 

「もっと、調べる必要があるね……」

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

数十分後、医務室に別のヤツが来た。

 

「失礼しますっ!!」

 

元気よく敬礼してスタスタと入ってきたのは、数日前オレと一緒に危うく海の藻屑になりかけた監査隊副隊長のフレイム・バッシュだ。

 

「お疲れ様です、提督」

 

「ああ、楽にしてくれ」

 

クロノがそういうとフレイムは直立姿勢をやや崩す。

 

「久しぶりだな、フレイム」

 

「あ、お久しぶりです、ドアさん」

 

オレとフレイムはあれからちょくちょく電話などを入れて話をする関係になっていた。

 

音楽の趣味も合うので、仲良くさせてもらっている。

 

「ドアの知り合い?」

 

「ああ、オレの良き舎弟だ」

 

フェイトが聞いてくるので、オレはそう答えた。まぁ間違ってはないだろう。

 

「それでフレイム、どうした?」

 

「あ、隊長からご報告ですっ!!」

 

「ケルビンからか?」

 

「はい。参考人のジグ・レインから重要な情報を聞き出した、との事です」

 

それはいい報告だ。

 

しかしオレはそれと同時に嫌な悪寒も感じていた。

 

あの陰キャラ野郎が、たかだか数時間で口を割るとは思えなかったからだ。

 

「それで、ヤツは何と言った?」

 

クロノはやや興奮気味になりながら、フレイムの報告を聞き入れた。

 

「はい。どうやらリプロードの連中、質量と魔法の融合兵器の完成が目的らしいんです」

 

「質量と魔法の融合兵器?」

 

「はい。何でもそれでクーデターを狙うとか何とか……それらしい事を証言してました」

 

「……ふむ」

 

質量と魔法の融合兵器、か。

 

それならリプロードが質量兵器を大量に密輸してた理由も、わからなくはない。

 

大方、実験に使う試作品のベースに使うのだろう。

 

「報告は以上か?」

 

「大方は。後、不可解な言葉を……」

 

「不可解な言葉?」

 

「はい。確か、“13年前の遺産”がどうとか……」

 

13年前の遺産。

 

その言葉が出た瞬間、なのは達は顔を強張らせた。

 

「13年前って、確か……」

 

「……ああ、あの事件だ」

 

クロノが搾り出すようにそれを言った後、フェイトが低く呟いた。

 

「……プレシア母さんの……」

 

「…………」

 

何か思い詰めたその表情は、いつものフェイトらしからぬ顔だった。

 

プレシア・テスタロッサ。

 

魔導師の間では知らない者はいない、歴史に残る大魔導師だ。

 

それと、ヤツらが……?

 

「まさか、それと何か関係が……」

 

「そんなはずはない。あの事件は、とうに終わっている。我々が見落としている事など……」

 

クロノはそう断言するが、オレの中で何かが引っ掛かっていた。

 

連中の言う“13年前の遺産”がもし、プレシア・テスタロッサと関係しているとしたら……

 

恐らく、“あいつら”もこの事件に繋がる。

 

いや、繋がってしまう。

 

「…………」

 

「ドア、どうしたの? 考え事?」

 

隣からフェイトが不安げに聞いてくる。

 

どうやら普段のオレとは違うツラをしてたようだ。

 

「いや、何でもない」

 

「……嘘だ、そんな顔してる」

 

「嘘じゃない。オレは元々こんなツラだ」

 

それきりオレはベッドに潜り込む、何も考えてないようにした。

 

それと同時に、オレの中にある決意が沸いた。

 

もし本当にリプロードの連中がプレシア・テスタロッサとの事件に関連があるとしたら……

 

 

――もう、ダラダラとしてられない。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

それから二三報告を聞き、フレイムは医務室から退室した。

 

そのタイミングでオレはクロノを外に連れだし、医務室を出た。

 

さすがに怪我人を長時間外に出すのはいただけないということで時間制限をつけられたが、まぁいい。直ぐに終わる。

 

オレは艦の中のレストルームのフカフカソファに腰掛けた。

 

「話とは、何だ?」

 

クロノは先程買ったコーヒーに口をつける。

 

「……オレの身の上話だ」

 

「つまらなさそうだな」

 

「まぁ聞け。面白いから」

 

オレだけが、と心の中で付け加え、オレは続けた。

 

 

「――オレがフェイトの補佐になってから、もう十日くらい経つな」

 

「そうだな。お前にしてはよく耐えてる」

 

余計な一言だが、否定できない。

 

「いや何、それなりに楽しませてもらってるよ。何せ美人揃いの六課メンバーと知り合いになれたんだ。感謝してるよ」

 

「素直に受け取れないがな」

 

「それでな、そんなクソが付くほど楽しいとこにいるとよ……たまに忘れるんだ」

 

「何をだ?」

 

 

「――自分が、人殺しのクズ野郎って事をだよ」

 

オレは眉間を押さえる。

 

前々から感じていたが、オレはあの空間にいるには不釣り合い過ぎる。

 

なんせフェイトもなのはも、恐ろしく優しいんだからな。

 

こんな血に汚れたクズにも、それと同じように接してくれる。

 

あいつらは本当に、優しい。

 

まぁ恥ずかしいこんな事、クールなキャラの手前誰にも言えないがな。

 

 

「――この事件が解決したら、オレは監獄に戻る」

 

「…………」

 

クロノは答えず、オレは続ける。

 

「ただその前に、やっとかなきゃならん事があるのに、今さっき気づいたんだ」

 

ここからが、本題だ。

 

「もしリプロードの連中がプレシア・テスタロッサの事件に関わっているのなら、連中はいつか必ず、“あいつら”に近づく」

 

それは近い将来、必ず起きる。

 

「だからその前に、“あいつら”とフェイトを会わせてやりたいんだ」

 

だから、オレにはそれを止めなきゃならん義務がある。

 

その義務を抱えたまま死ぬ事は、許されない。

 

「……いいのか」

 

クロノは組んでいた足を組み直す。

 

「何がだ?」

 

「フェイトはもう既にあの事件にキリをつけている。そんな事をして、何の意味がある?」

 

「…………ハァ」

 

オレは力無くため息をついた。

 

「たくよぉ……お前それでも兄貴かオイ?」

 

「?」

 

「もし心の中でキリがついてたらな……」

 

オレはフェイトの思い詰めた表情を思い出した。

 

「……あんなツラ、できる訳ねぇ」

 

不安と後悔を抱えたままキリをつけられるなら、人間は悩まない。

 

人間は悩むから、不安や後悔と戦うんだ。

 

「……そうか。そうだな」

 

クロノは空になった紙コップを握り潰し、立ち上がった。

 

「君がそうしたければ、そうしてくれ。だがな、二つだけ言わせてくれ」

 

クロノはこちらを向き、ハッキリと言う。

 

「一つは、君を監獄には戻さない。もう一つは、例えどんな結果になろうとも……」

 

「…………」

 

 

「――フェイトを泣かす事だけは、許さないからな」

 

それだけを言い、クロノは早足でレストルームを出た。

 

「…………ふぅ」

 

オレはソファにもたれかかり、天井を仰いだ。

 

「――あったりまえだっつの……オレを誰だと思っている」

 

女神すら惚れる宇宙一イイ男、ドア・ラファルトだぞ。

 

――たった一人の女幸せにするくらい、訳はない。



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ⅩⅨ Mercenary period

オレはクロノに話をつけた後、シャマルに決められた時間通りに医務室のベッドに入っていった。

 

生暖かい自分の温もりを感じつつ目を閉じると睡魔が襲ってきたので、オレはおとなしく白旗を上げて睡魔に降伏してやった。

 

 

しばらく眠っていると、不意に目が覚めた。

 

働かない頭を引きずり、ベッドの隣の備え付けの時計を見た。

 

モニターには23:24。

 

どうやら完全に起きる時間と寝る時間を擦れ違えたらしい。

 

二度寝する気力もなく、オレは身体を上げた。

 

周りには保健室でよく見られる白いカーテンが張られていて、隣で寝ているであろう上司の姿が見えない。

 

こんなカーテン一枚の境界では心許ないとは思うが、オレにそんな趣味はない。

 

まぁ尤も、S+ランク魔導師に対してアレコレいかがわしいことをしようなんて度胸の持ち主がいたら、喝采と黙祷を送ってやるがな。

 

オレは暇になり、ベッドを降りようとした。

 

「……ドア?」

 

その時、か弱い声色で隣で寝ているはずのフェイトが声をかけてきた。

 

オレはシーツから出した足を引っ込め、またベッドに寝る。

 

「怪我人はおとなしく寝てろ」

 

「ドアも怪我人でしょ?」

 

「確かに。だがオレは夕方から今にかけてキッチリ睡眠は取ったんだ」

 

「……でも今は夜中だよ」

 

「夜中でも、腹が減ればディナータイムだ」

 

正直、今腹が減ってしょうがないのだ。

 

この時間で食堂が開いてるとは思えないが、忍び込めば何か食えるものくらいあるだろう。

 

「……テーブルの上」

 

「何?」

 

「テーブルの上にご飯あるよ。ドアが寝てて食べなかった分が」

 

「それはありがたい」

 

恐らく冷めてるだろうが、この際仕方ない。

 

オレはベッドを降り、カーテンを開けてテーブルを見た。

 

あった。確かにトレイの上に飯がある。

 

だが、トレイの上にある器が空っぽで、デザートのバナナしかないというのは嫌がらせだろうか?

 

「……食ったのだれだ?」

 

「さぁ、誰でしょう」

 

悪戯っぽく笑うフェイト。この野郎、やりやがった。

 

もしフェイトが男だったら上司であろうと問答無用でパンチを入れてやるが……まぁいい。

 

寛大なオレは笑って見過ごし、トレイの上の三本のバナナを口に運びながらベッドへ戻った。

 

「オレは猿じゃないんだがな……」

 

「でも寝顔は可愛かったよ。猿みたいで」

 

オレはバナナを落としそうになった。

 

「……見てたのか」

 

「うん。写真取っちゃった」

 

「そうか。じゃあ今すぐにそれを得意のハーケンで消し炭にしてくれ」

 

「……今持ってない。クロノに渡しちゃった」

 

よりによって、バカ兄貴に渡したらしい。

 

どうやら向こう数ヶ月は、ヤツの言いなりにならなければならないようだ。冗談ではない。

 

「勘弁してくれよ。オレのキュートな寝顔は国家レベルの宝なんだぜ。世界遺産と同列にしてくれてもいいくらいだ」

 

オレは低い声で唸ったが、それに対する答えは堪えるような笑いだった。

 

「……まぁいい。ヤツとは取引するさ」

 

クロノの弱みならば、グラッツに聞けばいくらでも出てくるだろうし。

 

「さて、同じ台詞を二度言うが……怪我人さっさと寝ろ」

 

「……なら、何かお話してほしいな」

 

「ハァ?」

 

オレはつい素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「そうだな……ドアの昔の話が聞きたい」

 

「オイ、ちょっと待て。君はいくつだ?」

 

「今年で22。大人でしょ?」

 

「ほう、どの口が言うんだ?」

 

オレは一本目のバナナを食べ終わり、皮をそこら辺に放る。

 

「……私達って上司と部下って関係でしょ。だから、お互いよく知った方がいいと思うんだ」

 

「知らなきゃよかったと思う事だってあると思うがな」

 

特にオレは黒歴史の塊をしょってるようなもんだ。

 

「……それでもいいよ。きっと、これから長い付き合いになるだろうし……」

 

「…………」

 

長い付き合い、ね。

 

今のオレにとっては皮肉でしかない言葉だ。

 

「……それは、上司命令か?」

 

「上司命令だったら、お話してくれる?」

 

「いや、オレはそこまで融通が効かなくはない」

 

「……じゃあ、お願い」

 

オレは二本目を食い終わり、後頭部に手を添えた。

 

乗り気はしなかったが、暇を潰すには調度いい。

 

さて、何を話してやるべきか。

 

オレの獄中時代の話なんてのは論外だし……

 

少々考えた結果、1番当たり障りのない話を選んだ。

 

割りとハードな話でもあるがな。

 

「そうだな……オレが傭兵として戦ってたって話は聞いたか?」

 

「うん。クロノから聞いたよ」

 

「なら話は早い」

 

オレは頭の中でクソッタレな過去の記憶を呼び覚まし、追って話を始めた。

 

 

「――あれば11年前……オレが15の時の事だった」

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

オレはその時、反乱軍の傭兵として雇われてたんだ。

 

その世界の政府を転覆させようと戦ってる連中でな、結構長く戦っていた。

 

その内戦の間、オレは様々な“死”を見てきたんだ。

 

戦って死ぬヤツ。

 

巻き込まれて死ぬヤツ。

 

飢餓で飢えて死ぬヤツ。

 

生まれたばかりなのに、流行り病で死ぬヤツ。

 

いろいろいたな。

 

オレは様々な戦いに参加し、戦って、殺して、仲間が死ぬのを見てきたんだ。

 

 

――あれはオレが傭兵として雇われて3ヶ月位経った時だった。

 

何もない荒野を、オレと仲間の20人位で巡回してたんだ。

 

その仲間の中に、ウィーストンってヤツがいてな。

 

ソイツは婚約してた相手を国外に亡命させた後に、戦場にやって来たんだ。

 

つまり戦場の外で、彼女が戦いから帰ってくるのを待ってたって訳だ。

 

オレとウィーストンは妙に気が合った。

 

色々と話をしてても、ヤツの口から出るのは外で待ってる彼女の話ばっかりだ。

 

写真を見せてもらったが、これがなかなかの美人でな。

 

顔で言うと、若干なのはに似てたくらいだ。

 

その時もウィーストンは彼女の写真をいつもの胸ポケットに入れて戦場に来ていた。

 

そんなウィーストンをオレは絶対護ってやりたくてな。

 

でもその時は運が悪かった。

 

巡回してた場所に、政府軍が来やがったんだ。

 

ロクな装備もないオレ達が政府軍と鉢合わせた時、さすがに背筋が凍ったな。

 

政府軍はオレ達を発見した瞬間に、攻撃して来やがったんだ。

 

そん時は確かに質量兵器は規制されてたが、そんな規制は内戦の拡大が揉み消しやがってな。

 

政府軍も、反乱軍も装備してたのは質量兵器だ。魔法なんてクリーンな力を持ってんのはオレぐらいだ。

 

――そこから、戦闘が始まった。

 

銃をぶっ放し合ってる中、オレもその時は質量兵器を使っていた。

 

だけどオレは戦闘中にベテランの3人に追われててな、仲間とはぐれたんだ。

 

オレは何とか3人を倒して、急いで仲間が戦ってる戦場に戻った。

 

けどな、その時には戦いなんてのはやってなかった。

 

やってたのは、“狩り”だった。

 

ロクに装備のない反乱兵を、最新の武器で追い回す政府軍。

 

ケラケラと笑いながら、政府軍は逃げ惑う反乱兵を殺していくんだ。

 

そんな光景を見て、オレは足がすくんでな。

 

一人、また一人と仲間が殺されてるってのに、オレの足は動かなかった。

 

動けよ、オレの足。こんな光景、いつもの事だろ。

 

そうやって何度も呟いたが、オレの足は言うことを聞かなかった。

 

――やがて、仲間は全滅した。

 

もちろん、ウィーストンも殺された。

 

戦闘が終わって、やっとオレの足は言うことを聞きはじめたが、もう遅いってのはわかりきってた。

 

その時、オレは自分の足を何度も殴ったな。

 

殴って、殴って、殴って。次は自分の顔を殴った。

 

もちろん、仲間が殺されて悔しかったし、怒りも沸いて来た。

 

けどオレが1番に感じた感情は――安堵だった。

 

殺されたのが、オレじゃなくてよかった。

 

そんな最低な思いが、何より頭の中の前に出てた。

 

そんなクソッタレな頭を、オレは何度も殴ってた。

 

――やがて我に返ると、政府軍のヤツらがまだいたんだ。

 

オレは勢いで連中を殺してやろうかと思ったが、それは留まった。

 

ヤツらが、ウィーストンの死体に近づいて来たからだ。

 

恐らく、装備を剥ぎ取るんだろうと思った。

 

けど連中は、ウィーストンの胸ポケットに手を入れやがった。

 

ヤツらはそこに入っていた写真を取り出し、ところ構わず大爆笑しやがった。

 

何でかって? 知るか、そんなの。

 

とにかくヤツらはそれを見て、仲間の政府軍に回しやがった。

 

それを見て、その仲間も大爆笑。

 

オレは何で連中が笑ってるのか、理解できなかった。

 

でも、聞こえたんだ。

 

 

――女はイケてるのに、男の方は目もあてらんねぇな。

 

 

それを聞いた瞬間、オレの心臓が熱くなるのを感じたよ。

 

それからヤツらは、笑いながら言った。

 

 

――これなら、オレの方がマシだな。

 

――トカゲ見たいなツラしやがって、女の方も見る目ないな。

 

――なんならこのツラ、もっとグチャグチャにしてやるか。

 

オレの血液は徐々に熱くなって、身体がマグマのようになったその時だった。

 

政府軍の一人が、ウィーストンの顔にマシンガンで弾丸を撃ち込みやがった。

 

 

瞬間、オレは脳みそが沸騰するのを感じた。

 

それと同時に、デバイスを握りしめ、連中に斬り掛かった。

 

オレは怒り狂ったように剣を振るい、連中を斬り裂き、殺した。

 

全身に弾が食い込もうが、知ったこっちゃない。

 

オレは連中がそうしたように、逆に連中をグチャグチャにしてやった。

 

やがて応援を呼ばれて、更に攻撃は続いた。

 

そっから先は、覚えてない。

 

戦ってるか、死んだか。

 

 

――オレはやがて、意識を失った。

 

どれくらい気絶してたかは、わからない。

 

ただ、オレはその時まだ生きていたんだ。

 

 

やがて目を覚ますと、オレは砂漠にいた。

 

さっきまで戦っていた荒れ地ではなく、渇ききった砂漠にな。

 

オレは周囲を見渡した。

 

すると、後ろから誰かが歩いてきた。

 

その時オレは、目を疑ったね。

 

だって歩いて来るソイツは、オレのよく知るウィーストンだったからだ。

 

 

――ウィーストン、生きていたのかっ!!

 

オレはそう吠えたが、ウィーストンは何も言わなかった。

 

ただ手を振って、オレから離れていく。

 

それに続くように、様々なヤツらが現れた。

 

死んだハズの、仲間達だ。

 

オレは必死でそいつらの名を呼んだが、ただ手を振ってくるだけ。

 

オレはヤツらに着いて行こうとした。

 

すると、急に足が動かなくなったんだ。

 

びくともしない足を殴りながら、オレはまた叫んでいた。

 

 

――行くな、ウィーストンっ!!!

 

オレは本能的に、ウィーストン達がどこに行こうとしてるのかわかってきたんだ。

 

 

しばらく叫んで、オレはまた気を失った。

 

気がつけば、オレは反乱軍の医務室で包帯だらけで寝ていたんだ。

 

 

当然、その場で生きていたのはオレだけだった。

 

他は仲間も敵も、みんな死体だったそうだ。

 

泣きながら、神を怨んだ。

 

――何故、オレを連れていかなかったっ!!?

 

しばらく、そんな呪詛を振り撒いていた。

 

けどな、やがて気づいたんだ。

 

あの時、オレを足を止めたのは神様じゃなく――

 

 

――仲間達なんじゃないかってな……

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「――仲間が、まだ来るなって言ったんだね」

 

フェイトの声が、カーテン越しから聞こえた。

 

 

「――さぁな」

 

オレは三本目のバナナを食べ終わり、皮をそこら辺に捨てる。

 

「ううん、きっとそうだよ」

 

フェイトは優しい声音で、オレの胸の蟠りを溶かしていく。

 

「だって、私はドアがその時生きて帰ってきてくれて嬉しいもん」

 

「…………」

 

不意に、目頭が熱くなった。

 

これだから、昔話はいけない。

 

オレは目から流れそうになるそれを必死で堪えると、ベッドに横になった。

 

「……お話は終わりだ。さっさと寝ろ、怪我人」

 

若干涙声だが、オレはごまかすように言い放つ。

 

「……うん。わかった」

 

その言葉の後に、シーツを被る音。

 

どうやら、今度こそ寝てくれるようだ。

 

「…………」

 

 

――ごめんな、ウィーストン。

 

オレもそっちに逝く予定だったが、スケジュールが狂っちまった。

 

説教ならそっちに逝ってから聞いてやる。だから……

 

 

もう少し、待っててくれな。

 

 

オレはどこに浮かんでるかもわからない星に、そう念じた。

 

「……寝るか」

 

オレはしんみりした脳みそをリセットしようと、目を閉じた。

 

――しかし、それはうるさく響くアラームによって妨げられた。

 

 

それは、エマージェンシーを表す緊急アラーム。

 

「ッ!!!?」

 

 

オレは起き上がり、隣のフェイトとなのはも目を覚ます。

 

 

「一体何だってんだ?」

 

オレはベッドから飛び降り、着地しようとした。

 

しかし足が何やら摩擦を失った何かを踏み、バランスを崩した。

「痛ッ!!?」

 

オレは後頭部を打ち、すぐにそれを見た。

 

 

「……あ~」

 

 

――それは、オレが食べたバナナの皮だった。



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ⅩⅩ Spider string

けたたましい爆音アラームが医務室を騒がしくする中、オレはクロノに通信を入れていた。

 

それを後ろから覗き込むフェイトとなのは。

 

しばらくコールすると、モニターにテキパキと周囲に指示を下すクロノが映った。

 

指示をし終えると、クロノはこちらを向く。

 

「おいバカ兄貴。何の騒ぎだ?」

 

「エマージェンシーって……まさか敵襲っ!!?」

 

フェイトが声を荒げると、クロノは早口で言った。

 

「いや敵襲ではない。むしろ内部だ」

 

内部? 艦の中って事か?

 

「――特別留置室から、ジグ・レインとメルク・アロ・ガローンが脱走した」

 

「ッ!!?」

 

脱走――ッ!!?

 

 

「報告によると、何故か留置室のカギと手錠が外されていたようだ」

 

「オイオイ、誰だよそんな素敵なイタズラするバカは?」

 

「そんな……まさか局員の誰かがっ!!?」

 

なのははが驚愕の声を上げるが、それ以外に何がある?

 

「……それを調べるのは後だ。それよりも、今は脱走した二人を捕らえるのが先だ」

 

「ヤツらは今どこに?」

 

「ああ待ってくれ。今モニターを……どうやら第三区画を移動しているようだ」

 

「第三区画?」

 

オレは医務室の壁に掛けられている経路図を見た。

 

どうやら医務室と第三区画の間には、それなりの距離があるようだ。

 

だが、走れば間に合わない距離じゃない。

 

「チッ……面倒な仕事を増やしてくれるな」

 

「本当だね」

 

オレとなのはとフェイトは通信を切ろうとした。

 

「待て、君達どうするつもりだ?」

 

「オイオイ、通信を入れてきた当の本人がよくそんな事を言えるな」

 

クロノは苛々したように頭を掻くと、こちらを見る。

 

「“二人は君達から離れているから心配するな”という意味で通信を入れたんだ。それに君達は怪我人だろ」

 

「クロノ。オレが珍しく仕事をやる気になっているのに、お前はその腰を折ろうってのか?」

 

全くだね、と背後の二人が息を合わせて言ってきたので、オレは自分が転んだバナナの皮を投げてやった。

 

「ああ。全く珍しい事だが、君達はそこのベッドでくつろいでてくれ」

 

「敵が艦にいるってのに、やすやすとくつろげる訳がないだろう」

 

「……だが今回はダメだ。僕と監査隊でケリをつけるから、心配するな」

 

「…………」

 

「再三言うが、これは命令だ。君達にはそれに従う義務がある」

 

それだけを言うと、クロノは通信を切った。

 

背後のフェイトとなのはが何か言いたそうだったが、命令と言われたのが効いたのだろう、不服そうに口を紡いでいた。

 

「……あのクソ兄貴が」

 

クロノの力は知っているが、正直あのバケモノ二人では分が悪い。

 

監査隊の力も期待できない分、余計な犠牲が増えるだけだ。

 

そんな状況である事は、クロノも承知のハズだ。

 

それなのに、アイツはオレ達に動くなと命じた。

 

怪我人とはいえほぼ完治状態のオレ達を動かした方が、確実に捕らえられる確率は高まるハズなのに……

 

「クロノ……」

 

「さて、と」

 

オレは通信機を畳み、ハンガーから白いジャケットを取った。

 

「……ドア?」

 

「フェイトとなのははその最高のベッドでくつろいでな」

 

襟を正し、首の骨を鳴らす。

 

「ドアはどこに行くの?」

 

「悪いが、遊園地で女を待たせてるんだ」

 

「――行くんだね?」

 

オレの軽い嘘をアッサリ見破ったフェイトは、自分も行かんとばかりに準備をする。

 

「怪我人はおとなしく寝てろ」

 

「だから、ドアも怪我人だよっ!!」

 

「何度も言わせるな。オレはきっちり寝てたおかげでバナナを食うハメになったが、君達二人は暖かいメシを食っててロクに寝てないだろ」

 

そう言われて、フェイトは一歩引き下がる。

 

「――フェイトちゃん、ここは任せよう」

 

「なのは……」

 

ここでなのはが助け船を出してくれた。

 

「フェイトちゃんも私もあまり寝てないし、これ以上無茶する訳にはいかないよ」

 

「……なのはに言われたくないなぁ」

 

フェイトは微笑みながら、納得したようになのはの肩に手を置いた。

 

「――うん、わかった」

 

「いい子だ」

 

オレは振り向き、ポケットに手を入れる。

 

「なぁに知っているだろう? オレに毒は効かないんだ」

 

「…………」

 

フェイトもなのはも真顔だが、それは不安を押し込める仮面に過ぎない。

 

「そういえば、二人は料理は得意か?」

 

「「え?」」

 

二人は少し悩み、互いに顔を見合わせ、「少しなら……」と遠慮がちに言った。

 

「そうか。なら部下からの囁かなお願いがある」

 

オレは肩越しで振り向き、余裕の笑みで言ってやった。

 

 

「――とびきり美味いパエリアを作って、待っててくれ」

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

――前方に局員二人、デバイスを構えている。

 

「抑えろっ!!!」

 

局員は魔法を撃つが、通路に立つソイツのバリアによって防がれる。

 

その直後、ソイツの肩越しから現れたライフルの銃口からニードルが射出された。

 

ニードルは局員の首筋にヒットし、昏倒させる。

 

「わ~い、当たった当たった~♪」

 

「……全ク、少しは静カにシロ」

 

 

――通路でのたうちまわる局員を眺めるのは、脱走したジグとメルクだった。

 

 

腕の無いジグの肩に、メルクが体を落ち着けている。

 

「ぐああッ……虫ッ……虫ィィィッ!!!」

 

局員の一人は地面をはいつくばりながら、見えない何かに脅えるように悲鳴を上げ、もう一人はぴくりとも動かない。

 

「撃った毒ヲ変えたノカ?」

 

「うん。面白いからアトランダムに変えてるんだ★」

 

メルクはジグの肩から飛び降り、苦しんでいる局員に近づくとその首に刺さったニードルを指差した。

 

「この緑色のニードルが幻覚症状を起こす神経毒で~」

 

次にメルクはびくともしない局員の首筋のニードルを差した。

 

「この赤色のニードルが致死性の超猛毒だよ★」

 

「……酔狂ナ」

 

メルクは猛毒を撃たれた局員の顔をジーッと見つめ、瞳孔を見る。

 

「う~ん、ちゃんと死んでるんだけどな~……何であのお兄ちゃんには効かなかったんだろう?」

 

「サァナ。ヤツ“も”人間じゃなインじャないカ」

 

「かもね~」

 

ジグとメルクは先を走り、やがてひとつの分かれ道に辿り着いた。

 

 

「――メルクは右へイケ。ソウスレバ甲板に辿りツケルハズダ」

 

「ジグは?」

 

「……少し、用事がある」

 

「ふ~ん」

 

メルクは興味なさそうに吹いた後、ジグの肩を降りた。

 

「それじゃ、また後でね♪」

 

「アア」

 

メルクは手を振ると、矢の如く通路を進んでいった。

 

 

ジグはそれを見送ると、振り向いた。

 

「――また後デ、カ……無茶をイウ」

 

小さく呟くと、ジグは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

「……第三区画、か」

 

オレは通路の経路図を見上げながら呟いた。

 

さっきからコレに頼りっきりな上に、思うように動けていない。

 

「だいたい入り組み過ぎなんだよこの艦。立体迷路にしたらどうだ?」

 

皮肉を込めて言ってやったが、言う相手がいないのは寂しいものだ。

 

オレは“ある場所”を目指していた。

 

連中二人が行きそうな場所に、心当たりがあるからだ。

 

「……こっちか」

 

オレは経路図を一瞥すると、その通路を突っ走った。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

「状態はっ!!?」

 

クロノはS2Uを装備した格好で、通路で待機していたフレイムに状況を聞いた。

 

「はい、現在第5、6班が脱走者を発見したという報告を受けましたが、それきり応答がありません」

 

フレイムはキビキビと、しかし悔しそうな口調で伝えた。

 

「そうか……それなら、網を張ってた方が良さそうだ。各員に深追いはするなと伝えておいてくれ」

 

「了解しましたっ!!」

 

指示を受けると、フレイムは通信機を取り出し、広域念話で指示を繰り返した。

 

クロノは目の前の通路を見通した。

 

恐らく敵の目的が艦からの脱出ならば、この道を使うハズだ。

 

甲板に続く扉をロックできればよかったが、それは無理だった。

 

なぜならブリッジからの報告によると、艦の管理系統に何者かがアクセスして、システムの一部をロックしたらしい。

 

おかげでロックの解除に手間取り、全く艦の防御システムが働いてくれない。

 

しかし、これで局員の中にリプロードのスパイがいる事は確実となった。

 

ある意味不名誉な事だが、立派な情報だとクロノはポジティブに捉える。

 

ともかく、だ。

 

敵は必ずこの通路を使う。

 

なら、ここで捕らえればいい。

 

ただ気配を出来るだけ気取られないように、役目はクロノとフレイムの二人精鋭で行う。

 

「……提督自ら、大丈夫ですか?」

 

フレイムは横に並び、心配そうな表情で聞く。

 

「何、僕もたまには実戦の空気に触れないとね。それよりフレイム、デバイスを展開しろ」

 

「は、はいっ!!」

 

フレイムは慌ててポケットからカードを取り出し、デバイスの名を呼ぶ。

 

「――ラケルタ、セットアップっ!!」

 

カードが光り、それは徐々に銃のシルエットを現す。

 

セットアップが完了すると、拳銃型デバイスのラケルタはフレイムの右手に収まった。

 

 

「――準備、完了です」

 

「そうか、では警戒を」

 

瞬間、クロノの首に何かがヒットした。

 

 

「ッ!!?」

 

クロノは倒れ、首に触れる。

 

「提督ッ!!」

 

「だ、誰だっ!!?」

 

クロノはありったけの声量で撃ってきた方向に叫んだ。

 

すると物陰から、ライフルを構えたメルクが姿を現す。

 

「……あ~あ緑かぁ……運がいいね、黒いお兄ちゃん」

 

髪色の特徴を言っているのだろう。

 

メルクはそのままこちらに近づき、クロノに銃口を向ける。

 

「――でももう一回やったらどうかな?」

 

メルクはニヤニヤ笑いながら、躊躇いなく引き金を引いた。

 

 

ニードルが飛び、クロノの額に向かう。

 

「――ッ!!?」

 

しかしそれは、間に踊り出たフレイムによって妨げられた。

 

ニードルはフレイムの肘にヒットし、クロノに覆いかぶさる。

 

 

「フレイムっ!!?」

 

「あ~あ……まぁいっか」

 

メルクは飽きた様子でクロノとフレイムの側を通り、引き続きニヤニヤした表情で言い放った。

 

 

「――どの道、みんな死んじゃうしね♪」

 

メルクはライフルを肩に乗っけると、猛スピードでかけていった。

 

「……ぁぁ……フレイム、無事、か……」

 

 

クロノは迫りくる幻覚に堪えながら、何とか意識だけは保とうと足掻く。

 

「…………」

 

「……フレイム?」

 

返事の無いフレイムに、クロノは霞む視界を働かせ、フレイムの肘を見る。

 

 

「――フレイム?」

 

 

――微動だにしないフレイムに刺さっていたのは、赤いニードルだった。

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「フゥ……辿り着いたか」

 

ジグは目の前のビート板千枚分くらいの巨大な扉を目の当たりにし、息をつく。

 

――ここは、機関室。

 

様々な重機械で敷き詰められたそこは、いわば艦の心臓部。

 

ジグはその巨大な扉の前に立ち、体をひと捻りしたあとに蹴りで扉を蹴破った。

 

ロックは解除してあるが、それも“どうでもいいこと”だ。

 

ひしゃげた扉を一瞥し、ジグは若干暗い機関室へと足を踏み入れた。

 

「…………」

 

 

中に入ってジグが最初に見えたのは、大層立派な魔導機関でも、コアのようなエネルギー体でもなく……

 

 

「――こんな遅クまで働クとハ、仕事熱心ナンダナ」

 

 

――双剣を構えた、ドアの姿だった。

 

 

「なぁに、今日は特別だよ。何せ家に帰ると楽しみがある」

 

ドアはストレイジを突き出すと、不敵に笑った。

 

 

「――とびっきりの美人二人と、とびっきりのパエリアが待ってるんだからな」



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ⅩⅩⅠ Spider string2

オレは目の前で突っ立っているジグを見据えつつ、ストレイジの峰で肩を叩いた。

 

「あ~……ガキは一緒じゃないのか」

 

「メルクか……今頃外デ空を走ってるダロウ」

 

逃がした、って事か……

 

まぁいいや。予想してたし。

 

「ヨク、我がココに来ルとわカったナ」

 

「なぁに。珍しく勘が働いたのさ」

 

実際、半分は勘みたいなものだ。

 

「そうカ……だが、根拠がアルハズダ」

 

「…………」

 

「――ドコで気づいタ?」

 

 

オレはストレイジを下ろし、ウィルネスで左肩を解す。

 

 

「――思えば、アメトリスん時から引っ掛かってた」

 

アメトリス銀行……オレとフェイトで解決した強盗事件だ。

 

「あの時の連中の目的はテロだった。けど、その真意が見えなかったんだよ。なんで連中はテロを計画したのか? それを考えてる時に、あの原子炉ドッカーンだ」

 

オレが危うく骨も残らない目に遭うところだった、あの事件。

 

「あれの目的は見えてた。多分、クロノの実動隊の戦力を削る事。それ以外にあるとすれば、あの施設の処理か……いや、それはついでか」

 

「ついで、トハ侵害ダナ。あの施設ハ我々が長年実験に使ってイタ言わば実家ミタイナものダ」

 

「だから、ケリをつけた、と」

 

「――サァナ」

 

まぁいい、続きだ。

 

「アメトリス……原子炉……この二つの事件がオレの中で繋がったのは、お前がここに現れた瞬間だった」

 

「……ホゥ」

 

ジグは面白そうに笑う。

 

「オレとお前がクラナガンで戦っていた時。お前は明らかに手加減……いや、完全に負ける気だった。そうしなきゃ、お前の目的が果たせないからだ」

 

「……デハ聞こウ、その目的とヤラハ?」

 

挑発するような声色で、ジグは答えを誘う。

 

 

「――お前、言ったよな? ”クラナガンは優秀な魔導師が巣くう場所だ”って。つまりそれはお前らリプロードにとって、邪魔な魔導師がうろちょろしてるという裏返しの意味がある事になる」

 

「…………」

 

「アメトリスん時も、原子炉ん時も、アレはクラナガンにいる邪魔な魔導師を消すのが目的……今回だってそうだ」

 

いよいよ、核心だ。

 

 

「――お前は邪魔なクロノの部隊を潰す為に、この艦に捕まりに来たんだろ」

 

「――ホゥ、面白イ。続きヲ聞きタイものダナ」

 

お望みなら、いくらでも聞かしてくれる。

 

「アメトリスの事件はさしずめ、原子炉を使った事件の実験……爆弾といい目的といい酷似しすぎているからな。しかしアメトリスも原子炉も失敗……だから今度は艦を狙った。艦に入っちまえば後は簡単だ。艦にいるスパイに拘束を解いてもらい、艦を落とすだけ」

 

オレはウィルネスの刃先で背後の機関部を差した。

 

「その為には、機関室が手っ取り早いだろ。なんせ機関室の半分を吹っ飛ばせば簡単に艦の推力は落ちて、直ぐに墜落だ」

 

クロノの艦はそれなりのデカさだが、推力を担う機関部はマシな魔導師なら直ぐに潰せる。

 

つまりジグは、ハナから艦を潰す為にクラナガンを訪れたのだ。

 

「なんであのガキまで連れてきたのかはわからんがな」

 

「――フフ、ハハハ……」

 

途端にジグは身を引き攣らせ、低く笑い出した。

 

 

「――80点ダナ」

 

「何?」

 

「その答えでは80点ダ。確かに我ハこの艦を落とス為に捕マッタ。ダガ、決してワザト負けたワケではナイ」

 

だろうと思った。

 

「管理局に捕まるコトなど、キサマを殺してからデモ造作もナイコト……それニ、メルクまで捕まるコトは予想外ダッタ……」

 

「エースオブエース様をナメすぎだ」

 

「ダガ、メルクにはイイ教訓にナッタダロウ」

 

ハタ迷惑な事限りなしだがな。

 

さて、名探偵ドアの名推理は以上だ。

 

他にも聞きたい事はあるが――それはこの陰キャラ野郎を潰してからだ。

 

「――さぁて、名推理の後のアクションタイムだ。観念しろ」

 

「ハハハ、そうダナ……」

 

ジグは少し首を動かし、甲冑に隠れてたであろうペンダントを垂らす。

 

「……ようヤク、コイツを使う時ガ来たヨウダ」

 

「…………」

 

オレは剣を握る手に緊張を走らせた。

 

ついに、来るぞ。

 

ジグのデバイスが。

 

 

「――タラントレント、セットアップ」

 

 

 

刹那、ジグのペンダントが強烈な光を放った。

 

目に光が入り、オレはつい目をつむる。

 

「くっ……」

 

徐々に薄目を開けていくと、そこには人のシルエット。

 

――いや、完全な人のシルエットだった。

 

 

「――立派な腕が生えたな、オイ」

 

視界が完全に戻った時に見えたジグの姿は、今までとそう変わらなかった。

 

変わったとすれば腕が再生し、その手に長い鎗が握られている事くらい。

 

しかしそんな普通に近い姿でさえ、オイは戦慄した。

 

普通、腕が生えるかオイ? イモリじゃねぇんだぞ?

 

「――驚いたカ?」

 

「そりゃ、ね。普通腕なんて生えないだろうが」

 

「我は、普通の人間とは違うからな」

 

「そりゃ織り込みずみ」

 

腕をぶった斬られて、ヘラヘラできるヤツをオレは人間とは呼ばない。

 

「――我々ハ、“プロトクルス”」

 

「プロトクルス?」

 

聞かない名前だ。

 

「人造魔導師トモ、戦闘機人トモ違う、全く新しい種の人工生命体――リプロードの王以外の主要メンバーは全員プロトクルスで構成サレテイル」

 

人造魔導師とも、戦闘機人とも違う存在――?

 

そんなモンが出来上がってたのか――!?

 

「並外れた魔力量、生命力を生まれながらに持ち、不老不死の如く力を授かる」

 

オレの脳裏に、ジグの腕を斬り飛ばした時の光景が浮かぶ。

 

「我はその“6番目の実験体”。被験体名“ヘキサプロト”ダ」

 

「――参ったね、ドギモ抜かれたよ」

 

つまりその王ってヤツを除けば、リプロードにはコイツとメルクを含めて後7人もプロトクルスという化け物がいる事になる。

 

オイオイ勘弁してくれよ。そんなモンが事実なら……

 

いや、もう事実だとか嘘だとかの議論は無意味だ。

 

既にオレは……この目で見ている。

 

だとしたら、これは質量兵器よりタチが悪い。

 

なんて面倒臭い事になったもんだ。こういうのはクロノの仕事だってのに。

 

「――化け物じみてるとは思ってたが、まさか現実に化け物だとはな」

 

「……そうカ、ダガ我から見れバ、キサマも十分にプロトクルスのようだゾ?」

 

「――ハァ?」

 

「メルクの毒をモノともシナイその肉体――実にプロトクルスのヨウダ」

 

それはそれは、光栄だが不名誉だか……

 

だがオレが毒をものともしないのには、“別の理由”がある。

 

プロトクルスなんてものは、一切関係していない。

 

「――サテ、能書きをタレルのはこのクライだな」

 

ジグはそう言い鎗型デバイス、タラントレントを構えた。

 

何が能書きだ。冗談じゃない。

 

――どうやらオレは、一生に一度起きるかどうかわからないやる気の使い所を間違えたようだ。

 

 

「――イクゾッ!!」

 

瞬間、ジグは猪の如く突進し、鎗を突き立てた。

 

オレはそれをウィルネスでいなし、臨戦体制に入る。

 

「ウィルネス、2ndモード」

 

ウィルネスから魔力光が放たれ、モードが起動する。

 

「――イグナイトモードっ!!」

 

「フン、スピード強化カ……」

 

オレは強化された脚力でジグに剣を振るう。

 

しかし、それは寸出で防がれる。

 

スピードを生かした斬撃を加えるが、鎗で防がれ、あわよくば反撃までくる。

 

「チッ……」

 

オレは一旦距離を取った。

 

どうやらデバイスの力は相当なモノらしい。

 

「確かニ速いガ……止められないワケではナイ」

 

そんなのはわかっている。

 

野郎、完全に見切ってきやがるのだ。

 

 

オレはその場で双剣を振るった。

 

「牙蓮砲ッ!!」

 

衝撃波を得た斬撃が真っ直ぐにジグに向かう。

 

しかしそれは力強い鎗の振りで消し飛ばされた。

 

「――参ったね、どーも」

 

オレは口を滑らせながら、ジグに突きを放つ。

 

そこから追り合いに持ち込み、力比べだ。

 

「ハハッ、随分苦しそうダナ」

 

「病み上がりなもんでっ!!」

 

互いに弾け、再度ぶつかり合う。

 

正直、イングラムで撃たれた部分はまだ完全には治っていないのだ。

 

無理をすれば血が滲み、弱点を曝すようなものだ。

 

オレは地味にくる痛みをこらえながら、ひたすらに斬撃を加えた。

 

左に転がり、勢いでストレイジの突きを撃つ。

 

それをいなされたと同時に、今度はウィルネスで連撃を与える。

 

 

(……やはり、厄介な剣ダナ、コイツ……)

 

ジグは絶え間無く放たれる攻撃の数々に舌を巻いていた。

 

ドアの剣術は本来なくてはならないハズの“型”というものがない。

 

それゆえに、対応が効きづらいのだ。

 

その証拠に、先ほどからジグからの攻撃はほとんどない。

 

今は精一杯防いではいるが、いつこの均衡が崩れるかわからない。

 

 

(……勝負ヲ、決めるカ)

 

 

「だりゃあっ!!!」

 

ストレイジの力の斬撃が鎗を払い、ウィルネスの突きが甲冑を掠る。

 

「ムゥッ……」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

あんだけ速く動いて……ようやく掠るぐらいか……

 

どうやらプロトクルスってヤツらはガチで化け物らしい。

 

オレは二刀を横に構え、ステップを踏んだ。

 

また追り合いに持ち込み、互いに押し合う。

 

「……突っ込むシカ能がナイナ」

 

「そうでも、ないぜ」

 

 

瞬間、オレは地面を蹴った。

 

「ッ!!?」

 

オレの体は高く飛び、真下にジグが見える。

 

オレは振り落とすように両剣を構え、重力と体重と魔力を込めて、一気に振るった。

 

 

「――墜蓮砲ッ!!!」

 

 

振り下ろされた“落ちる斬撃”は、鎗を構えるジグに真っ直ぐヒットした。

 

「グァッ!!?」

 

 

鎗で受けきれなかった斬撃がジグの五体を吹っ飛ばし、地面を引きずる。

 

オレはスタッ、と着地し、上がった息を整える。

 

「――フフッ、ハハハ」

 

ジグは起き上がり、鎗を地に立てた。

 

甲冑には、若干ながらのヒビが入っていた。

 

どうやら直撃させないと、ダメージが入らないらしい。

 

「ヤハリ……キサマも人間デハないナ。プロトクルス相手に、ここまでヤルのダカラ……」

 

ジグは鎗を横に翳し、魔力を集中させた。

 

「――ダガ、本気になったプロトクルスにハ、敵うマイ」

 

「――ッ!!?」

 

 

刹那、異様な殺気を感じた。

 

まるでピリピリとした空気を送り込んだような……

 

 

「――タラントレント、2ndモード」

 

鎗が魔力光でうめつくされ、ジグの体すらを覆う。

 

 

「――スパイダーモードッ!!!」

 

 

瞬間、魔力が弾けた。

 

 

――怒れた蜘蛛の、反撃が始まる。



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ⅩⅩⅡ Spider string3

「ですから、提督からの連絡はまだ……」

 

「そんな……しかし、部隊の指示はクロノが……」

 

「提督からの指示で、部隊は今下がっています。なので指揮系統も今は通っては……」

 

 

煮え切らない会話を通信機を通じて交わしているフェイトは、つい唇を噛む。

 

もういいです、と言い放ち、フェイトは通信機を畳んだ。

 

フェイトとなのははバリアジャケットを着たまま、落ち着かない様子でベッドに腰掛けた。

 

ドアはああ言ってはいたが、やはり緊急を考えると準備をしない訳にはいかない。

 

なるべくクロノとドアの言葉を尊重はしたいが、如何せん状況がわからない。

 

そんな生殺しのような状況が続き、少なくともフェイトの焦燥感は募るばかりだ。

 

「……フェイトちゃん」

 

「なのは……」

 

「信じるしかないよ。それが、私達にできる事だもん」

 

「…………」

 

なのはの言う通り、ここは信じるしかない。

 

どうか、無事に――っ!!

 

 

 

その時だった。

 

医務室の自動ドアが、滑らかな音を立てて開いたのだ。

 

 

「ッ!!?」

 

フェイトとなのはは直ぐにそちらを見る。

 

一瞬、ドアが余裕な顔をしながら入ってきたのかと期待をした。

 

しかし、現実は違った。

 

 

「ハァ……ハァ……フェイ、ト……」

 

 

――そこには、やたら汗をかきながらフレイムを背負い、必死に妹の名を呼ぶクロノだった。

 

「クロノッ!!」

 

「クロノくんっ!!!」

 

フェイトとなのはは直ぐに駆け寄り、クロノに肩を貸してやる。

 

クロノは背中のフレイムをなのはに渡し、フェイトに体重を預ける。

 

「僕より……フレイム、を……」

 

めちゃくちゃ顔色の悪いクロノは精一杯絞るように声を出した。

 

「フレイム……?」

 

 

「フェイトちゃんっ!!!」

 

フェイトが聞き返そうとした直ぐに、なのはが張り叫んだ。

 

「直ぐにシャマルさんを呼んでっ!!! 大変だよっ!!」

 

 

なのはは泣きそうな表情で叫んでいる様子から、フェイトはフレイムを見た。

 

 

――見てしまった。

 

 

「――ッ!!!?」

 

 

フェイトは思わず、口元を覆った。

 

 

――そこに見えたのは、肘から先が無い右腕を必死に抑えているフレイムの苦痛の表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「……オイオイ、マジかよ」

 

オレはその悍ましさに、本能で一歩下がった。

 

ジグの2ndモード。

 

 

それの正体は、とてつもなく不気味なものだった。

 

「――ドウシタ?」

 

「…………」

 

「我が、コワイカ?」

 

「……ああ、思わずクソ垂れそうだぜ」

 

精一杯のジョークを放つが、シャレが効いてないあたりオレの頭は随分てんやわんやらしい。

 

 

――なんせ、今のヤツは蜘蛛にしか見えなかったからだ。

 

単純に言おう。今ヤツの腕は、8本ある。

 

まず普通に生えてる立派な腕が2本

 

そして、背中から生えた長い腕が6本。計8本。

 

その8本の腕全てに、増殖したタラントレントが握られている。

 

まるで地球の日本という国にある千手観音のようだ。

 

全く、ハッキリ言って見るに堪えない姿だ。

 

「立派な腕が8本もありゃあ、大層たくさん女も抱けたんじゃないか?」

 

「ハハ、残念ナガラ、そんな趣味はナクテナ」

 

「……ああ、そうっ!!」

 

オレは一気に駆けた。

 

腕が増えたからってなんだ。

 

野郎の勢いに呑まれる前に、ケリをつける。

 

オレは上段からストレイジを振り下ろし、ウィルネスで反撃を待つ。

 

しかし初手のストレイジを右腕の鎗で防がれ、オレはウィルネスを突き立てる。

 

だがそれも弾かれ、めげずに連撃を加えようとしたが、ダメだ。

 

ジグは背中の6本の腕を動かし、やたらめったらに鎗で突きを放ってくる。

 

「クソッ……」

 

悪態をつきながら捌こうとするが、ハナから手数が違う。

 

切り替えして反撃を狙うが、無数の鎗がそれを拒むように上段から降り注ぐ。

 

オレはそれらを交差して構えた両剣で受け止めるが……

 

 

「ソコダ」

 

「ッ!!?」

 

 

ジグの――右腕の鎗がオレの脇腹を貫いた。

 

 

「ヂィッ……!!」

 

 

オレは血を流す脇腹を抑えながら後退した。

 

どうやら7本の鎗で上を応戦している間に、右腕の鎗で正面を狙ってきたらしい。

 

「ハァ……ハァ……」

 

バリアジャケットに血が滲み、痛みが広がっていく。

 

冗談じゃないぞ。あんなん、スピードとかパワーとか言う前に数が違う。

 

8本の鎗を、剣2本でどう防げっつーんだ?

 

「休んでイル暇はナイゾ」

 

後退した矢先、ジグが8本の鎗を構えながら突進して来た。

 

オレはかろうじて剣を構えるが、鎗と剣が交えた瞬間、シャレにならないパワーがオレの腕にのしかかった。

 

「ぐぅ……ぁ……」

 

徐々に力負けしていき、押し切られそうになる。

 

やはり腕8本分のパワーはかなり堪えるな。

 

「フン」

 

すると途端にジグは鎗を外に振るい、オレの二刀を弾き飛ばした。

 

 

――しまった、構えを――っ!!

 

 

がら空きになった、正面。

 

そこをジグは見逃さなかった。

 

「――八又屍突ッ!!!」

 

 

8本の鎗を真っ直ぐに構え、一気にオレの腹を目掛けて突き立てる。

 

「このっ……!!」

 

オレは必死に弾かれた腕を振るい、鎗を斬り飛ばす。

 

しかし、全ては無理だ。

 

4、5本の鎗はそのまま勢いを殺せず、オレの体の各所を貫いた。

 

 

「グフッ!!?」

 

 

串刺しになり、血が飛ぶ。

 

幸いにも急所は避けたが……

 

「ゼェ……ゼェ……」

 

「……キサマは、ヨクヤッタ」

 

ジグは鎗を引き抜き、血を払う。

 

オレは膝をつき、かろうじて剣を地面に突き立てて姿勢を保っている状態だ。

 

「プロトクルス相手に、2ndモードを起動サセタのダカラナ」

 

「……るせぇよ」

 

「?」

 

オレは体に力を入れ、なんとか立ち上がる。

 

「うるせぇよ、蜘蛛野郎。プロトクルスがなんだってんだ。そんなに偉いのか、プロトクルスは?」

 

「…………」

 

 

「大体、お前相手にオレが本気を出すわけないだろ」

 

それは半分事実だ。

 

オレの首には、今だに二つのリミッターがかかっている。

 

 

「――ソウカ、それは安心シタナ」

 

「?」

 

ジグはおどけた様子で、その増えすぎた腕を竦める。

 

「我のヨウナ“失敗作”ニ負けてモラッテは、あの方も退屈ダロウ」

 

 

――失敗作? あの方?

 

 

「ダガ、キサマのソノ様子では、タダノ虚勢にしかミエンガナ」

 

 

「……へへ」

 

 

オレは感覚の鈍った腕に鞭を打ち、ストレイジを掲げた。

 

「虚勢がどうかは……こいつを見てからにしやがれ、蜘蛛野郎」

 

魔力を集中させ、力を解放する――

 

 

「ストレイジ、2ndモード、ブロークンモードッ!!!」

 

刹那、ストレイジから力強い赤い魔力光が放たれた。

 

それは刃を象り、ストレイジを覆っていく。

 

 

「――2ndモードの二重起動、カ……」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

一瞬、足元がふらついた。

 

正直、AA+ランク状態での二重起動は自殺行為に等しい。

 

魔力も、体力も、直ぐに枯渇しちまうからだ。

 

 

だが、これしかない。

 

パワーのストレイジ。

 

スピードのウィルネス。

 

この二つの力を合わせた時、ようやくフロートクロスアーツの真価が発揮される。

 

 

「――こっからが、“闘い”だ」

 

「フン……コイッ!!!」

 

 

――次の瞬間、オレはジグの真っ正面にいた。

 

 

「ッ!!?」

 

ジグは驚いた様子で、瞬発的に鎗を振るう。

 

しかし、もう遅い。

 

 

「ナッ……!!?」

 

刹那、ジグの腕が一本飛んだ。

 

否、オレが斬り飛ばしたのだ。

 

この、ストレイジで。

 

「あ~と7本~」

 

「キサマ……何をシタァッ!!!」

 

ジグは怒れた覇気を表し、鎗を突く。

 

大したモンだ。

 

だが、オレはそれを立て続けに捌いた。

 

次々と鎗の連撃がオレを襲うが、それを上回るスピードで弾いていく。

 

(何故ダ……何故防がレル?)

 

さっきまでは、確かに互角――いや、それ以上に圧倒してたハズだ。

 

まさか、2ndモードの二重起動が、ここまで――

 

刹那、また腕が飛んだ。

 

 

「ッ!!?」

 

ジグは一旦後退し、血が吹き出ている斬り口を見る。

 

 

「あ~と6本~」

 

余裕の笑みを浮かべながら、ウィルネスを肩に乗せる。

 

いや、実際には余裕などなく、すでにフラフラだった。

 

2ndモードも化した両剣が、絶え間無く魔力を喰らっていく。

 

早めに、ケリつけねぇと。

 

 

――瞬間、互いの武器が激突した。

 

追り合いに持ち込み、またしても力比べ。

 

しかし結果は、さっきとは違うものだった。

 

「らぁッ!!!」

 

「グゥッ……!!?」

 

ストレイジがジグのタラントレントを押し返したのだ。

 

僅かにグラつくジグ。

 

その間隙を、突く。

 

オレはストレイジの魔力刃を強化し、一気に降り抜いた。

 

 

ドンッ

 

 

追突音に似た響きが渡り、それに続いて腕が飛ぶ。

 

それも、2本。

 

「あ~と4本。蜘蛛ちゃん」

 

「キサマァァァァッ!!!」

 

腕を斬り飛ばされ、怒りに満ち足りた様子で吠えるジグ。

 

その行動には、徐々に冷静さが失われているようだ。

 

 

――決着の時だった。

 

「……悪いな、もう余計な血は流したかないんだ」

 

オレはストレイジの赤い魔力刃を2メートル台に大きくし、低く構える。

 

 

これから放つのは――牙蓮砲。

 

しかし今からのコレは、少し違う。

 

 

ウィルネスの緑色の魔力光は――加速度。

 

ストレイジの赤色の魔力刃は――破壊力。

 

この二つが合わさった時――威力は数倍から二乗にも及ぶ。

 

 

ジグは鎗を構え、突きを放とうとした。

 

その防御不可のチャンスを、待っていた。

 

「――血で滲んだパエリアは、マズそうだからな」

 

 

――目を光らせ、オレは両剣を降り抜く。

 

 

「――紅蓮砲ッ!!!」

 

刹那、巨大な“赤い斬撃”が矢の如く撃たれた。

 

空気を裂き、地面を砕く勢いの斬撃はジグの構えていたタラントレントを完膚なきまでに砕いた。

 

 

「――ッ!!?」

 

――そしてジグは吹っ飛び、鎗と一緒に甲冑も粉々に散る。

 

甲冑の破片が散らばり、鮮血が舞う。

 

ジグは地面にたたき付けられ、少し呻いた後、力尽きたように倒れた。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

オレは直ぐさま、2ndモードを解除した。

 

これ以上魔力を食われれば、くたばりかねない。

 

全く、欲張りなデバイスどもだ。

 

「ハァ……ハァ……」

 

荒れた息を整えながら、オレはジグの元へと歩み寄った。

 

全身が激痛に漬かるが、無視した。

 

「…………」

 

甲冑は砕かれたのに、今だにヘルムは健在だった。

 

「……素顔くらい、見せやがれ」

 

「……フン、知らナきゃヨカッタ、と後悔スルゾ」

 

「残念。後悔するのには慣れてるんだよ」

 

「フフ……」

 

 

ジグは薄く笑い、血まみれの手でヘルムに手をかけた。

 

 

――そして、静かにヘルムが外された。



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ⅩⅩⅢ Face where it played

オレは、顔は“人間性の入口”だと思っている。

 

人は初対面の時必ず顔を見るし、相手の感情だって大方表情で判断する。

 

男も女もまず顔から惚れるパターンが普通だし、そこから内面が感化される事だってある。

 

顔は当てにならない、だって?

 

断言してやる。顔は当てになる。

 

だから、オレはまず内面を見てもらう前に外見を見てもらおうと顔を磨いた。

 

モテる為に、ひたすらカッコイイ言い回しも考えた。

 

それがオレの楽しみであり、生き甲斐だったからだ。

 

 

――まぁ何が言いたいかと言うと、オレは顔を見て内面を想像するということだ。

 

断定はしない。ただ想像するだけ。

 

だからオレは、ジグがどんな顔かを見て、その人間性を想像してやろうかと思った。

 

けど、甘かった。

 

“プロトクルス”ってヤツは、どうやらオレの人知を遥かに越えた連中らしい――

 

 

 

「――ッ!!?」

 

「……フフ、ドウダ?」

 

オレはヘルムから現れたジグの顔を見た瞬間、背中がゾワッと震えたのを感じた。

 

なんせそれは、とても“顔”とは言い難いものだった。

 

やたら張り巡らされた、継ぎ接ぎ。

 

歪んだ虹色に変色した皮膚。

 

更にはニキビとも言い難い、不気味な吹き出物。

 

そして全体的に凸凹した、顔のパーツ。

 

それはまさしく、化け物。

 

そんな、顔だった。

 

「…………」

 

「フフ、言葉も出ないか……」

 

ジグは腫れまくった口を小さく動かす。

 

「後悔、シタカ?」

 

「――何で、そんな面白いツラ……してんだ?」

 

オレから精一杯捻り出した言葉は、それだった。

 

「言ったダロウ、“失敗作”ダトナ」

 

ジグは「コレを見ろ」と言い、やたら脈打つ首筋を指差した。

 

そこには、“Ⅵ”と描かれたプレートが埋め込まれていた。

 

「――コレ、どっかで……」

 

そう、オレはコレを何処かで見覚えがあった。

 

「ヤハリ知っていたカ……我々の秘密ヲ」

 

「秘密?」

 

そういや最初会った時、秘密を知ったからどうとか言ってたな。

 

そんな時、不意に思い出した。

 

「ッ!! ……ア~、あのプレートか」

 

そう、原子炉が爆発したあの事件。

 

あの研究施設の中に、この“Ⅵ”と描かれたプレートを見たんだ。

 

まさか……コレがソレ?

 

「このプレートは、プロトクルスの情報を管理するチップ……言わば、“第二な脳”ダ」

 

「第二の、脳……」

 

だから、秘密か。

 

あの研究所にあったチップに、情報が詰まっていたかもしれないから。

 

「プロトクルスにも、序列がアッテナ……」

 

「?」

 

「“6番目の実験体”と呼ばれてはイルガ、ソレは開発サレタ順番デハナク、単純ニ能力の序列を表してイルノダ」

 

「……能力の序列」

 

オレは嫌な唾を飲み込んだ。

 

ジグの話が正しけりゃ、“Ⅵ”というナンバーはプロトクルス7人の序列で言えばビリ2だ。

 

つまり、後少なくとも5人のジグより強いプロトクルスがいる事になる。

 

……いや、まだもう一人いたな。

 

「答えろ、ジグ。リプロードを統べているヤツは誰だ?」

 

「…………」

 

ジグは真顔になり、何処か虚空を見つめだした。

 

そう、プロトクルス7人を統べている、王。

 

そいつが、今回の事件の主犯だ。

 

「…………」

 

「答えろ」

 

オレが冷たく放つと同時に、ジグは短く息を吐いた。

 

「リプロードの王……我らが王の名ハ……アプロシアス・レルエッシュ」

 

 

――アプロシアス・レルエッシュ。

 

「それが、王の名か?」

 

「アア、世界を再生し、ソシテ……」

 

「…………」

 

 

「――管理局を、再生する為にウマレタ、王ダ」

 

「ッ!!?」

 

 

オレは嘆息に、息を飲んだ。

 

次から次へと、とんでもない事を吹き込まれる。

 

プロトクルス――

 

ナンバーの序列――

 

アプロシアス・レルエッシュ――

 

 

有益な情報は、十分に得た。

 

だが最後に、一つ残っている。

 

オレにとっては、コレが1番最重要項目だ。

 

 

「最後に聞きたい……」

 

 

「…………」

 

まだ何か、という表情のジグに、オレは重く言い放った。

 

「――“13年前の遺産”ってのは、何なんだ?」

 

 

13年前の遺産。

 

コレの謎を、知りたい。

 

コレが、何を意味しているのか……?

 

 

「……フフ、ハハ」

 

途端に、ジグは息を引き攣らせた。

 

そして、それは高らかな笑いに変わる。

 

 

「ハハハハハハハハッ!! ハハ、ハハッ!!」

 

 

「何が可笑しいんだ?」

 

 

「ハハ……いや何、キサマが面白い事を聞くカラナ……」

 

そしてまた途端に、ジグは笑いを殺した。

 

不気味な静けさが残り、オレは元から悪かった居心地が更に悪くなる。

 

――刹那、ジグが口を開いた。

 

 

 

「――物語は、スデに始まったノダ」

 

 

「……?」

 

 

“ジグがそれを言った、瞬間だった”

 

 

「大魔導師、プレシア・テスタロッサガ……」

 

 

“この物語が……”

 

 

「十数年前ニ……」

 

 

“不穏な音を立てて”

 

 

「――フェイト・テスタロッサを生み出した、瞬間ニナ」

 

 

「――ッ!!!?」

 

 

 

“ゆっくりと、動き出した”

 

 

 

「――お前、それはどういう事だっ!!!?」

 

言葉の意味を飲み込めた時、オレはジグの胸倉を強く掴んでいた。

 

何故だか、わからない。

 

だがそれを聞いた瞬間、動悸が激しくなり、頭が熱くなる。

 

いつものクールなオレはもう何処かへ飛び、オレはジグからひたすらに答えを引き出そうとした。

 

しかしジグら聞こえるのは、渇いた笑いだけ。

 

「……ジグッ!!!」

 

「ハハハ……ハハ……」

 

ふと、ジグの表情が固くなる。

 

「……我ハ、駒ダ」

 

「――駒?」

 

 

「アプロシアス様が楽シムゲーム台の上で動く……タダの駒」

 

 

ジグの声が段々と小さく、生気の無いものへと変わる。

 

「――そしてアプロシアス様ハ、我を動かシタ」

 

オレはジグの胸倉から力を抜いた。

 

その拍子だった。

 

 

――ジグの首筋が、あらわにになり……

 

 

「――“捨て駒”とシテナ」

 

 

「ッ!!?」

 

 

ジグの首筋には、赤いニードルが深々と刺さっていた。

 

まさか――コイツッ!!!

 

 

「ハナっから、死ぬ気だったのか……?」

 

「…………」

 

「クラナガンに来た時から、死ぬ気で……」

 

ジグは答えない。

 

いや、答えられないのだ。

 

既にニードルは首の深くまで刺さっていて、抜いたとしても毒は既に全身に回っているハズだ。

 

もう、口を動かす事すら――

 

 

「……物語ハ」

 

 

「――ッ!?」

 

しかしジグは、声を絞った。

 

全身が麻痺し、心臓が止まりかけているにも関わらず、口を動かす。

 

 

「……物語、ハ……既に、動き出しテ、イル……」

 

「…………」

 

「アプロシアス、様……ソシテ、13年前の……遺産……」

 

「…………」

 

「キサマに、ソレを護れルカ、ナ……?」

 

「…………」

 

 

――コレは、挑戦状か。

 

ヤツからオレへの、挑戦状。

 

覚悟を試しているのだろう。

 

オレが物語とやらに加わり、アプロシアスを止められるかどうか……

 

そして、13年前の遺産を護れるか、どうか……

 

 

――オレは、殺人犯だ。

 

今更、何かを護るなんて、可笑しい話だ。

 

だが、そんなオレでも、護れるものがあるなら……

 

 

「――護るさ……死ぬまで」

 

 

「…………」

 

 

「あの世で吠え面かくなよな、陰キャラ野郎」

 

「……ハハ、ッ」

 

 

ジグは一瞬笑い、一瞬の内に目を閉じた。

 

――そして、その鼓動は止んだ。

 

 

「…………」

 

ふと意識すると、自分の心臓の鼓動がうるさく感じられた。

 

 

久々に、見たな。

 

 

これが――“死”か。

 

“死”を見ると、自分の“生”を嫌でも意識してしまう。

 

オレは、ヤツの言った言葉を頭の中で繰り返した。

 

 

『――フェイト・テスタロッサを生み出した瞬間ニナ』

 

 

「…………」

 

オレは、思い違いをしてたのかもしれない。

 

今までオレは、“13年前の遺産”とは、“あいつら”と関係があるものだと思っていた。

 

しかし、もしかしたら――

 

 

――13年前の遺産ってヤツは、フェイトと繋がってるんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

それからは、慌ただしかった。

 

クロノの部下達がジグの遺体を回収し、艦は無事に本局にたどり着いた。

 

そこでジグにうめこまれていたチップを解析し、情報を割り出すようだ。

 

結局、メルクは捕らえられず逃がしてしまったが、チップの事を考えればお釣りが出るらしい。

 

なのはは一通り治療を受けた後、通常業務通りに戦技教導官としての仕事に戻った。

 

オレとフェイトは本局の病院に3日間ぐらい入院するハメになった。

 

オレが新しく受けたダメージにシャマルがぷんすかぷんすか言っていたが、まぁ例の如くスルーさせてもらった。

 

――そして、オレとフェイトは通常通り執務官とその補佐の生活に戻った。

 

 

 

「――邪魔するぞ」

 

退院してから2日経ったある日、オレは仕事の合間に病院に来ていた。

 

オレは部屋番号を確認した後、ノックをせずに扉を開ける。

 

なぜなら、立派な病室のベッドで寝ているソイツは、オレの舎弟だからだ。

 

「――うわっ!!? ドアさんっ!!」

 

 

――フレイムは驚いたような反応をし、つい畏まる。

 

病人服を着たフレイムの右腕には、痛々しい包帯が巻かれ、数々のチューブが繋がれている。

 

「お見舞いに来てやったぞ」

 

「お、お見舞い?」

 

怪訝そうな顔をしてやがる。

 

「感謝した方がいいぞ。オレが男の見舞いにやって来るなんてのは滅多にないからな」

 

「は、はぁ……」

 

それでもまだ何やら怪しそうなツラをしていたので、オレはその頭を叩いてやった。

 

「痛ッ!!」

 

「痛いのは生きてる証拠だ」

 

オレは備え付けの椅子に座り、姿勢を楽にする。

 

「――腕は、痛むのか?」

 

オレは包帯に巻かれた短すぎる腕に視線を寄越した。

 

「……はい」

 

「あのガキの毒にやられたんだって?」

 

「……はい」

 

オレはため息をつく。

 

フレイムは肘から先のない腕を左手で抱え、笑顔で答える。

 

「……提督があの時こうしてくれなかったら、今頃僕は死んでました……」

 

 

その話はクロノから聞いた。

 

メルクの猛毒を食らったフレイムが動かないのを見て、クロノが神経毒でやられた拙い頭で考えた結果らしい。

 

肘から毒を流されたのなら、それが心臓に至るまでにその道を切ってやればいい。

 

クロノは断腸の思いで、魔力刃でフレイムの腕を斬ったのだ。

 

フレイムを、生かす為に。

 

分の悪い賭けではあったが、なんとかフレイムは生きられた。

 

だが失ったものは、魔導師にとっては大きなものだった。

 

フレイムはもう、十分に戦う事ができない。

 

その事について、クロノはひたすらフレイムに頭を下げたそうだ。

 

自分がフレイムの命を救った、のにも関わらず。

 

提督という立場にいる癖に、妙な所で真面目なのだ、あいつは。

 

「――新しく腕はフックにしたらどうだ? キャプテンになれるぞ」

 

「あ、僕ディズニーならアラジン派です……」

 

「ならランプでも括り付けろ」

 

その途端、ポッケの通信機が久々にベルを鳴らした。

 

オレは通信機をテーブルに置き、モニターに表示された相手の名前を見てため息をつき、フレイムの方を向いた。

 

「――やっぱりこの通信機を付けたらどうだ? いつでも金髪の魔神を呼び出せるぞ」

 

「……ドアさん。もう通信入ってます」

 

引き攣ったフレイムの言葉を聞くと同時に、オレはモニターに顔を向ける。

 

 

「――ふ~ん……、私は通信機の魔神様なんだ~……」

 

そこには、ジト目でこちらを睨みつける我が麗しの上司様がいた。

 

「失敬、女神と言うべきだったな。ミッドチルダで1番美しい至高の女神様……」

 

「そうやってたくさんの女の子をたぶらかしてきたんでしょ」

 

「たぶッ……」

 

オレが口を詰まらせたのを見て、フレイムが笑いを堪えているのが見なくてもわかった。

 

「――それより、いつまで仕事をサボる気なのかなっ!!?」

 

フェイトは眉間をつまみながら声を張り上げる。

 

「君は部下に友達の見舞いにも行かしてくれないのかい?」

 

「あ、いや、そんな事はないけど……って昨日もそう言って確かパブにいたよね……」

 

「あそこも病院だ。オレの仕事でやつれた心を癒してくれる」

 

そこまで言った所で、フェイトの体からバチバチッと電気が起こる。どうやらふざけが過ぎたようだ。

 

「わかった、15分で戻る」

 

「ちゃんと戻らなかったら、ドアの相棒のギター黒焦げにするからね」

 

どうやら、我が麗しのレスポールを人質に取られたらしい。

 

「肝に免じとくよ」

 

「それじゃ、フレイムくんにもよろしくね」

 

そう言って通信が切れ、オレは肩を竦めてみせた。

 

「どう思うよ、あの悪魔?」

 

「あ、いや、綺麗な人だなぁ……と」

 

やれやれ、どうやら彼には足りないものがあるらしい。それは“歳”だ

 

フレイムが後10ばかり歳をとっていたら、そんな純粋な考えは腐り落ちるだろう。

 

「――それじゃ、邪魔したな」

 

「あ、お疲れ様です」

 

職場じゃないのに敬礼するフレイムに対し、オレは手を振りながら病室を出た。

 

「――さて、と」

 

オレは病院の廊下を歩き、とある病室を探した。

 

今日ここに来たのは、二つの用事があったからだ。

 

一つはたった今済んだ。

 

 

そして、もう一つは……

 

 

「――あったあった」

 

オレはとある病室の前にたどり着いた。

 

――部屋の札には、ジャン・エイムス。



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ⅩⅩⅣ The name of story is “Fate”

清潔感あふれる病院独特な香りを感じつつ、オレは扉をノックした。

 

「ジャン。入るぞ」

 

オレがそう言うと、向こうから小さな声で返事をもらったので、オレは扉を引いた。

 

病室のベッドの周りには、フレイム以上に仰々しい機器が並び、それら全てがベッドで寝ているジャンに繋がっている。

 

オレは病室へ入り、傍の椅子に腰掛けた。

 

「……元気か?」

 

「見ての通りです」

 

「……そうか」

 

オレは自然と口数が減ったように、俯く。

 

ジャンのジグから負った怪我はかなり重症だったらしく、もう少し対応が遅れていれば死んでいたかもしれなかったらしい。

 

現在は容態も良好で、胸に空いた穴が塞がるのも時間の問題との事だ。

 

――だが、それは結果論に過ぎない。

 

オレは目の前に居たにも関わらず、目の前のジャンを守ってやれなかった。

 

ただ怒りに奮え、敵を潰しただけ。

 

そんなのは、所詮自己満足だ。

 

「……悪かった、な」

 

「え?」

 

オレが謝罪を口にすると、ジャンは不思議そうな顔をした。

 

「な、何であやまるんですかっ!!? ドアさんは、僕を助けてくれたじゃないですかっ!!!」

 

そう、確かにオレは医療班を呼んだ。

 

しかしそれはオレの仕事での範囲に過ぎない。

 

オレは執務官補佐としてではなく、ドア・ラファルトとして謝りたいのだ、

 

「……いや、いいんだ。ありがとう」

 

しかし、オレはそれを言わない。

 

ただ単に話をややこしくしたくないし、何よりジャンは無事だったのだ。

 

ならば余計な心労はかけたくない。

 

そのまま元気になり、またギターを弾いてほしい。

 

「――ギターはこれからも弾くのか?」

 

「……はい、もちろん。夢ですから」

 

そうか。

 

それだけを、聞きたかった。

 

オレはゆっくりと頷くと、ポケットに手を入れたまま立ち上がった。

 

「――これ、つまらないもんだが」

 

「?」

 

オレはポケットに入れていた物を取り出し、ジャンに渡した。

 

それは、オレがグラッツから餞別に貰ったギターの弦だ。

 

ポッケに入れたままジグと戦りあったので、若干血染めになってしまったが……

 

「――ありがとうございます」

 

ジャンはそれを大事そうに胸にしまい、礼を述べた。

 

「なぁに、若干汚れてるが使えるだろ」

 

オレはそう言葉を残し、病室を去ろうとした。

 

すると、背後からジャンが声をかけてきた。

 

「――ド、ドアさん」

 

「?」

 

オレは立ち止まる。

 

「――ま、また僕の演奏、聴いてもらえますかっ!!?」

 

「…………」

 

そんなの、言うまでもない言葉だ

 

 

「――喜んで」

 

 

オレは今までレディにしか言わなかったこの言葉を、初めて野郎相手に使った。

 

全く、オレにもヤキが回ったもんだ。

 

オレはジャンが小声で返事をしたのを確認すると、静かに病室を出た。

 

 

――結局オレは、ジャンに何を与えられたのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

オレはバイクで病院から建物に急ピッチで移動し、直ぐさま執務室に戻ってきた。

 

執務室の扉を開け、時計を確認する。

 

よし、大丈夫だ。タイムは13分弱。

 

無事に帰還を果たしたオレはジャケットを脱ぎながら歩き、ソファに放る。

 

その時、ふと良い香りがした。

 

「――?」

 

その匂いに釣られてテーブルを見てみると、そこには湯気の立ったパエリアが置いてあった。

 

「……ほほう」

 

どうやら、オレは忘れかけていたようだ。

 

あの事件のゴタゴタのおかげで、オレもフェイトとパエリアだの何だの言えた状況ではなかったからだ。

 

オレはテーブルに着き、備え付けてあったスプーンを手に取る。

 

知っている人も多いかと思うが、パエリアとは、米と水と山の幸をふんだんに鍋に入れて煮込んだスペインの郷土料理だ。

 

目の前のパエリアには主に鶏肉とインゲンマメ、パプリカが大量に詰まれ、調味料に頼らない食材本来の香りが鼻をくすぐる。

 

所々にマカロニが添えられている点は、フェイトのオリジナルだろう。うん、いいセンスだ。

 

オレはスプーンでパエリアを掬い、口に運ぶ。

 

数回咀嚼すると、食材の甘味が口いっぱいに広がった。

 

「――うまいな」

 

「ふふ、そうでしょ」

 

ふと背後の扉が開き、制服を着たフェイトが姿を現した。

 

制服の上にはかわいらしいピンクのエプロンを着てやがる。

 

「――いいセンスだ」

 

「ふふ、ありがと。なのはに教えてもらったんだ。作り方」

 

いや、パエリアではなくエプロンの事を言ったのだが……まぁいい。

 

「まさか、覚えててくれたとはな」

 

「――約束だったしね」

 

それはありがたい。ちょうど、腹も減っていた所だ。

 

オレは次々にパエリアを口に運び、その旨味を味わった。

 

「……にしても君が料理できるなんて、意外だったな」

 

「女の子だからね」

 

「はは、違いない」

 

オレも幾度となく女性を見てきたが、料理の腕と女性の価値というのは大抵比例するものだ。

 

料理が無茶苦茶な女に懲りずに煮え湯を浴びせられたオレだから言うが――料理が上手い女ほど、男は弱い。

 

「にしてもフェイトには感心する事が多いな」

 

オレがそういうと、フェイトは“またぁ”といった顔をする。

 

「そんなの、いろんな人に言ってるんでしょ?」

 

「そんな事はないさ」

 

――多分、と付け加えておくべきかどうかは記憶が定かではない。

 

「それにオレは君の心配もしているんだ。執務官かつS+ランク魔道師、更に料理もできて美人ときた。そんなダイヤモンドを誰が放っておく?」

 

「う~ん……」

 

フェイトは考え込むように、顎に手を当てる。

 

「確かに、告白とかされたりは、する、けど……」

 

「その中に玉の輿はいたか?」

 

「そんな選び方はしないよっ!!」

 

顔を真っ赤にしていきり立つフェイト。

 

「ほう、ならどんな選び方なんだ?」

 

「――し、正直わからないよ……だって誰かと付き合うなんて、考えた事もなかったし」

 

その台詞を聞く限り、どうやらフェイトは恋愛に関してはDランクらしい。

 

「なんなら、オレがそこら辺手ほどきしてやろうか?」

 

「――ロクな事教えないでしょ?」

 

オレはパエリアを完食し、水を流し込む。

 

「そんな事はないさ。セクハラしてくるオヤジに対する対処法なんかは必要だと思うがな」

 

「へぇ……その時はどうすればいいの?」

 

「簡単な話だ。そのオヤジにぶら下がっている粗末なソーセージを蹴り上げてやれ。そうすれば丸くおさまる」

 

オレが食器をシンクに置いたと同時に、背後から飛んできた辞書が後頭部にクリーンヒットした。

 

「痛ッ!!?」

 

「――もうちょっと聞くのにマシな事言ってよっ!!」

 

顔を熟れたトマトみたいに赤くしながら、第二波となる相棒レスポールが握られる。

 

フェイトは思いっきり振りかぶり……

 

「ちょ、それは、まっ」

 

 

――刹那、レスポールがオレの額にストライクした。

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

「……終わったのか?」

 

「はい」

 

本局、クロノの執務室。

 

クロノは応接用のテーブルに腰掛けながら、とある資料を見ていた。

 

その資料の向こうには、一人の局員。

 

名をケルビン・ジューダラッド。

 

クロノの監査隊の隊長だ。

 

つまり、フレイムの直属の上司と言うことになる。

 

「――つまり、ミッドチルダはフェイクだと?」

 

「はい。結果にもそう……」

 

「ふむ……」

 

クロノが今見ている資料は、ジグに埋め込まれていたチップの解析結果だ

 

チップから得られた情報は多岐に渡って有益なものが多かった。

 

特にドアから聞いたように、プロトクルスについての情報の裏付けが取れたのはかなりの前進だ。

 

 

――しかし、同時にとんでもない事実も知ることになった。

 

 

「――結果は見ての通りです。チップのデータを信用するならば、リプロードの連中はほとんど、ミッドチルダには潜伏していません」

 

「つまり、ヤツらはクラナガンに質量兵器を密輸していない……」

 

「はい、そして代わりにこの世界に……」

 

ケルビンは資料の一ページを広げ、ある項目を指差した。

 

「――第36管理世界、“エアレイン”――惑星ミトラスの“アプリス王国”」

 

「リプロードの連中は、この世界に質量兵器を密輸しています。それも、大量に」

 

「よりによって、こんな面倒な場所にか……」

 

クロノは苦悶の表情で頭を抱える。

 

 

クロノ達の監査隊は、今までクラナガンに質量兵器が密輸されているという情報を前提に調査を進めてきた。

 

しかし、それは全くの的外れ。

 

通りで、今まで尻尾が掴めなかった訳だ。

 

「――情報は理解できた」

 

「はい」

 

「そうだな。近日中にアプリスに潜入する部隊の編成を行おう。メンバーは僕達監査隊の精鋭と、はやての所からヴォルケンリッターを数名……」

 

フェイクにしていたクラナガンにさえ、あのレベルのプロトクルスを送る位だ。

 

質量兵器密輸の心臓部であるアプリスには、それ以上の戦力があるとみて間違いない。

 

監査隊のみの戦力では心許ないのが現実だ。

 

「後、僕の妹と……その補佐を」

 

「了解しました。部隊に通達しておきます」

 

ケルビンは立ち上がり、敬礼をした後に執務室を出た。

 

 

「――ふぅ」

 

 

クロノは疲れを吐き出すようにため息をついた。

 

恐らく、リプロードの戦力の大半がアプリスにいるだろう。

 

今回の潜入はヤツらの本拠地にカチコミをかけるようなものだ。

 

恐らく、一筋縄じゃいかない。

 

フェイトの身だって、完全な保障など無い。

 

 

「――ドア、頼んだぞ」



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EPILOGUE

「…………」

 

そこは、太い柱と大理石の床だけの空間だった。

 

天井は持ち出したかのような星空で満ちており、周囲は壁が無いと錯覚するくらい虚が永遠と続いている。

 

そんな空間を、ある男がポッケに手を突っ込んだまま歩いていた。

 

 

「――貴様がここに来るとは珍しいな、“第2の実験体”ゾット・モルスリード」

 

「たまには実家が恋しくなる時だってあるさ、“第4の実験体”フーレ・オルトス」

 

星空を仰いでいたハスキーボイスの青年は、歩み寄って来るその男に声を落とした。

 

フーレと呼ばれた青年は燃えるような赤髪に歳にそぐわない葉巻をくわえ、常に狩人のような鋭い瞳をしていた。

 

対してゾットは高そうなスーツを纏い、ヤーさんが着けそうなサングラス。そして銀髪をオールバックと大人の魅力が前面に出された風体だ。

 

「実家か……確かに実家みたいな場所だな、ここは」

 

フーレは水晶のピアスを揺らし、辺りを見渡す。

 

「そうだな、違いない」

 

「ところで貴様はどこをほつき歩いていた? この大事な時期に……」

 

「なぁに、“地球”だよ」

 

「地球?」

 

フーレは首を傾げた。

 

「魔法の無いド田舎さ。だがあそこは酒と音楽と女に関しては群を抜いてる。今度連れていってやるよ」

 

「道楽に更けてた訳か……このリプロード一の遊び人が」

 

フーレは忌ま忌ましそうにゾットを睨みつけた。

 

「まぁそういうな。それより兄弟達は?」

 

兄弟、というワードを耳にした瞬間、フーレは鼻で笑った。

 

「兄弟か……そんな意識、持った事無い」

 

「つれないねぇ……せっかくの家族だ。楽しくいこうぜ」

 

「そんなツマラナイ言葉、貴様が1番似合わないぞ。アプロシアス様ならお休みになられた」

 

ゾットは肩を竦め、サングラスを取った。

 

「ほう、我等がボスはおねむと……リエーラは?」

 

「ドードーと遊んでいる」

 

「虐めてるの間違いじゃないのか、メルクは?」

 

「さっき戻ってきた。どうやら遊び疲れたようだな」

 

「ヤンチャな年頃だからねぇ……ゼクロスは?」

 

「ヤツか……ヤツはアプリスにいる」

 

「アプリス……」

 

聞き慣れない言葉を耳にしたように、ゾットは顎に手を当てる。

 

「貴様は人の話を聞いていないのか?」

 

「すまないね。歳なもんで」

 

「――質量兵器の密輸先だ。ゼクロスが管理している」

 

「へぇ……」

 

ゾットは興味ありげに口元を緩める。

 

「あの楽園にゼクロス一人で……羨ましい事限りなしだ」

 

「ヤツは貴様の様な職務放棄の道楽者とは違う」

 

バカな事を言うゾットに、フーレは厳しい言葉を浴びせる。

 

「――オジサン傷ついたわ。そんで、ジグは?」

 

「ジグか……」

 

フーレは表情を固くし、重い言葉を呟いた。

 

 

「――ヤツなら、死んだ」

 

 

「……あ、やっぱり?」

 

 

ゾットは調子の外れた様に言った。

 

「知っていたのか?」

 

「ああ、さっき聞いた」

 

「誰から?」

 

「マイロード、アプロシアス様」

 

その言葉に、フーレはつい舌打ちを打つ。

 

「……なら、大体は知っているじゃないか」

 

「大体、はね」

 

まばゆい星空を見上げながら、ゾットは透かした様に呟く。

 

「まさか、ジグが死んじゃうなんてねぇ……」

 

「ヤツは所詮“失敗作”だ。成功体の我等とは格が違う」

 

「――その台詞、ドードーの前では言ってくれるなよ」

 

やや凄みの入り混じった声音に、フーレは目線を反らした。

 

「――そこまで無神経じゃないさ」

 

「ならいい」

 

「――で、貴様は結局何しにここに来た?」

 

「よくぞ聞いてくれました」

 

楽しみを迎えられた子供のように、ゾットは声を弾ませる。

 

「……フーレ・オルトス。リエーラ・クラウドの両名は至急アプリスに直行し、ゼクロス・ホークと合流し、“例の計画”を進めよ、との事だ」

 

「――なんだって?」

 

いきなり命令の様な台詞をまくし立てられて、フーレは再度聞き直した。

 

「二度言うのは面倒だから、後はアプロシアス様に聞いてくれ」

 

「……と言うことは、それはアプロシアス様の言葉なんだな」

 

「そりゃモチロン」

 

ゾットは踵を返し、カツカツとブーツを鳴らす。

 

「言いたい事はそれだけだ。兄弟」

 

その場から去ろうとするゾットに、フーレは一度だけ声をかけた。

 

「……貴様は今からどうするんだ?」

 

「なぁに、管理局のジジイ共とお話さ」

 

「先方からは何と?」

 

「嗅ぎ付けられる前に融合兵器の開発を急げ、だとさ」

 

呆れたように言うゾットに、フーレは同調して笑う。

 

「そうか……愚かな連中だな」

 

「その愚かな連中の中に、彼女はいる訳でしょ。確か、フェイ……なんたら」

 

「フェイト・T・ハラオウンだ。いい加減覚えろ」

 

「そうそう、それそれ」

 

指差すゾットは笑い、それにフーレは再三呆れたような表情をする。

 

「ま、その彼女も管理局も、お手柔らかにしてやってな」

 

そう言い、ゾットはふらついた足取りで虚の中へと消えていった。

 

 

後に残されたフーレは、ただ一言呟いた。

 

 

「――お手柔らかに、か……何時だってあの男は、真意の真逆を口にする」

 

 

フーレはただ笑いながらそう漏らし、自身も虚の中に消えていった。

 

 

――後に、不気味な静寂のみが降りた。

 

 

 

 

First chapter:邂逅篇

 

 

――~END~

 

 

Second chapter:アプリス篇

 

――Coming soon……



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Second chapter -アプリス篇-
PROLOGUE


さてさて、これがパパが1番大変だった仕事の話だったが……どうだ、我が息子よ?

 

 

――何、続きが聞きたい?

 

 

おいおい、冗談は止せよ。もう日付が変わってるんだぜ。

 

 

――気になる? そんな事を言うな、可愛い息子よ。

 

 

そんなママ譲りの真っ赤な目で見つめられたら、話さない訳にはいかなくなるだろう。

 

 

――しかたない、ベッドに横になれ。

 

 

次に話すのはな、パパが初めて出張に出たときの話さ。

 

 

あの時は大変だったな~……

 

 

何、能書きはいいって? おいおい、誰に似たんだその辛口な所は?

 

 

ママか? ママだな? ママなんだな? そうだ、ママに違いない。

 

オレの遺伝子から、こんなハードなモンが受け継がれる訳がない。

 

 

――まぁ、それはいいとして。

 

 

あれは、オレがレスポールを投げつけられてから二日経ったある日の事だ……

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

深夜、クラナガン。

 

人気の無い、頼りないネオンだけが照らす裏路地。

 

散らかるゴミを踏み付け掻き分けながら、そこに“彼女”はいた。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

その小さな体に負ったいくつもの擦り傷を無視し、何かに追われるかのように彼女は走り続けた。

 

薄暗かった路地を抜け、煌びやかな大通りを走る。

 

 

――やがて、彼女はとある公園にたどり着いた。

 

人気など皆無の、やや寂れた公園。

 

彼女はようやくそこのベンチに座り込み、すっかり荒くなった息を整えようとする。

 

熱くなった肺を冷やすように深呼吸を繰り返し、やがてそれは落ち着いた。

 

「ハァ……会わなきゃ……」

 

月明かりに照らされた彼女の姿は、まさに歳半ばの少女。

 

白く透き通った肌に、アメジストのような大きな瞳。

 

見た目からして、恐らく小学生高学年。どう見積もっても中学生くらいだ。

 

各所が擦り切れた赤のワンピースを纏った少女は、仕切りに何かを呟いていた。

 

 

「……会わなきゃ……ポストおじさんに……ハァ……」

 

深い海の様な青いロングヘアーを振り乱し、少女は立ち上がった。

 

「……休んでる暇なんて、ないよね……」

 

額から流れる汗も、疲労で迫り来る嗚咽も、全て無視した。

 

そんなのは、きっと許されないからだ。

 

少女はまた呼吸を整えながら、また暗闇の都会を走り出した。

 

薄暗い闇を駆け抜けるその姿は、背に見える景色とはあまりにも不釣り合いであったが、お構いなしに少女は走る。

 

やがてその姿はクラナガンの星屑のような光に消え、またいつものような喧騒混じりの景色へと姿を変えた。

 

__この少女の存在によって、"物語"は次の舞台へと移る。



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Ⅰ Sickle that reaps

その日オレが覚醒したのは、珍しく朝方だった。

 

「……ん……ぁぁ」

 

重たい瞼を開き、シーツを蹴り飛ばしてベッドが下りる。

 

酸素を求めて欠伸をすれば、体に嫌でも力が入った。

 

「……朝、か」

 

眺めのいい窓から昇ったばかりの太陽を一瞥し、オレはとりあえず時計を見た。

 

 

……05:52。

 

 

「――奇跡だ」

 

オレがこんなに気持ち良く朝を迎えられ、尚且つそれが5時台ときた。

 

――今日は何やらいいことがある気がする、なんて根拠もない事を思いながらオレは自室を出た。

 

真っ先にオレが向かったのは、執務室の洗面台だ。

 

オレはそこの青い蛇口を捻り、水を顔面に被る。

 

半ば寝ぼけていた意識がすっかり覚醒し、オレは隅に備えてあったヒゲ剃りを取った。

 

仕事をする男の嗜みとして、フェイトから渡されたものだ。

 

あまりオレにはヒゲは生えないが、まぁ目立たないに越したことは無い。

 

オレはすっきりと顔面を洗い流し、服を着替え、洗面台を出た。

 

――さて、今日は何をする日だったか……

 

確か昨日は一日中犯罪者共の罪状リストを整理してた気がする。

 

オレは考えながらソファに腰掛け、備えつけてあるテレビの電源をつけた。

 

チャンネルをいくつか変え、しかし面白い番組が無いのを知ると電源を落とす。

 

「……クソ」

 

悪態をつきながら、オレはキッチンの冷蔵庫を漁った。

 

執務室の冷蔵庫は基本は空だ。

 

あるとすれば気まぐれでフェイトが作る料理の材料か、オレが寝酒として嗜むバーボンか、二人で兼用しているミネラルウォーターくらいだ。

 

菓子やらジュースなんてのは、滅多に無い。

 

ところがその日は、面白いモノが入っていた。

 

「アー……懐かしいな」

 

オレは冷蔵庫の奥に入っていた黄色い“棒アイス”を取り、頬に当てた。

 

冷たい。

 

「……大丈夫だ、よな」

 

そんな事は微塵も思っていない癖にそう漏らし、オレは歯で一生懸命アイスの固いビニールを破き、シャリシャリとシャーベットを喰らう。

 

どうやらグレープフルーツ味らしい。オレには当たりの味だ。さっそくいいことがあった。

 

しかし、ヒマなのは変わらない。

 

「……ヒマ過ぎて死にそうだ」

 

オレはふと、妙な事を思い付いた。

 

自室に戻り、早速行動に移す。

 

棒アイスを口でくわえながら、オレはギターケースと取り寄せた50Wのアンプを持ち出した。

 

アンプを執務室のプラグに差し込み、ギターケースから取り出したレスポールをアンプに差す。

 

アンプのパワーをONにし、レスポールのボリュームを10に合わせる。

 

オレはレスポールを体にかけ、ピックをつまむ。

 

その状態で、オレはフェイトがすやすやと寝ているであろう寝室の扉に向けてアンプを置き、その隣にオレも立つ。

 

 

「――痺れるモーニングコールをプレゼント・フォー・ユー」

 

瞬間、オレはレスポールを掻き鳴らした。

 

まるで執務室を破壊せんとするような暴力的なサウンドが響き渡り、オレは得意のリフを弾き鳴らす。

 

恐らくここが田舎の住宅街ならば、即座にオレは街の嫌われ者になっていただろう。

 

数十秒して、ようやくその嫌われ者に対して罵声が飛んできた。

 

 

「――うるさいっ!!!」

 

突然扉が開き、フカフカの枕がオレの顔面に直撃した。

 

その時オレはようやく腕を止め、軽くチョーキングした。

 

「……グッドモーニング、フェイト」

 

「ぜんっぜんっ!!」

 

イラついた様に金色の髪を振り回し、ムスっとした口元をガミガミと動かす。

 

「私はね、数少ない睡眠時間を大事に使いたいの。わかる?」

 

「わかるさ、君のその顔を見ればね」

 

「ふ~ん……どんな顔をしてる?」

 

「鏡で見てくるといい。怒れる美人が見れるだろうな」

 

そう言うとフェイトはため息を吐き、洗面台へと向かった。

 

オレは十分楽しんだ所でアンプとギターを片し、ソファでミネラルウォーターを飲んでいた。

 

しばらくするとビシっと制服に着替えたフェイトがデスクに着いた。

 

「もう仕事か?」

 

「せっかく早く起きたんだもん。今日は早く終わらせて早く寝たいしね」

 

それは素晴らしく合理的だな。

 

「そうか、なら頑張ってくれ」

 

「ドアもね」

 

やっぱりかい。

 

オレはやれやれと肩を竦め、補佐役のデスクに着いた。

 

「アー……今更眠くなってきた」

 

「なら早く終わらせようね、早起きの頑張り屋さん」

 

明らかに皮肉としかとれないその言葉に、オレは笑うしかなかった。

 

「……ハハ、余計なモーニングコールだったみたいだな」

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

しばらくキーボードをカタカタと打ち、気が付けばもう夕方。

 

しかし早めに起きた事が良かったのか、今日の仕事は既に佳境に入っていた。

 

この分なら、今日の夜は遊べそうだ。

 

――その時、不意にフェイトが席を立った。

 

「……?」

 

「ちょっと飲み物買ってくるね」

 

そう言いながら、フェイトは執務室を出ようとする。

 

「そんなモン、補佐に任せろよ」

 

「だってその補佐に任せたら、何処でサボるかわからないもん」

 

それにしたって、上司から率先してする事ではないと思うが……

 

「ほう、誰だろうな、そんな素晴らしく立派な補佐は」

 

その台詞にフェイトは呆れたような表情をし、しまいには舌を出してきやがった。

 

 

「じゃ、ちゃんとデータの整理しててね」

 

「……ちなみにコレが終われば、今日はもうオフでいいか?」

 

「う~ん……そうだね。特に大きな仕事も無いし」

 

「それはありがたい」

 

今日は夜はグラッツと一緒にバーで愚痴り合いだな。そんで時間が開けばパブでオレの擦り減ったヒットポイントを……

 

自然と笑みがこぼれ、キーボードを叩く指も軽快になる。

 

――なんて考えていると、いつの間にかフェイトの姿は執務室には無かった。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

静かに下るエレベーターの中、フェイトは何を買うか考えていた。

 

ミネラルウォーターは補充するとして……後は確かドアがコーヒーがどうとか……

 

よし、ミネラルウォーターとコーヒーだね。

 

そうだ、朝の仕返しで加糖コーヒーを買ってこよう。

 

それを飲んで眉を曲げるドアを想像して、フェイトはつい笑みを浮かべた。

 

しばらくニコニコと笑っていると、エレベーターは地上一階にたどり着いた。

 

フェイトはエレベーターを降り、目指すは一階のレストルーム。

 

あそこの自販機にしか、加糖コーヒーはないのだ。

 

 

――ふと目線を受付に向けると、意識がそちらに入った。

 

「?」

 

受付嬢が何やら困った顔をしながら、小さな子供にまくし立てられていた。

 

子供は青いロングヘアーを垂らし、やや煤に塗れた服装をしている。

 

 

「……何かな?」

 

と呟きながらも、フェイトはその光景に背を向け、レストルームへと歩いた。

 

付近の自販機にたどり着き、ミネラルウォーターととびっきり甘い加糖コーヒーを買う。

 

ささやかな悪戯を想像しながら、フェイトは執務室に戻ろうとした。

 

 

――そしてまたふと、受付に目線をやると。

 

 

「――だから、何度も言っているじゃないっ!!!」

 

さっきの子供が幼い怒声を当たり散らしていた。

 

 

「――?」

 

一体、何なのだろうか?

 

フェイトは気まぐれに事態が気になり、その喧騒に近づいていった。

 

「何度もおっしゃるように、ウチにそのような局員は……」

 

「あ~、もう話にならないわねっ!! わかったわ、責任者を出しなさいっ!!」

 

「いぇ、ですから……」

 

「どうかしましたか?」

 

声をかけると、今まで言い合っていた二人が一斉にこちらを向いた。

 

「ハ、ハラオウン執務官……」

 

「――誰?」

 

受付嬢は助け船を得たような安堵の表情を浮かべるに対し、少女の方はいまだにムスっとした表情だ。

 

「こちらの子が、何か?」

 

「はい、先程からどうにもポストという局員に会わせろと……」

 

「ポスト……」

 

フェイトは顎に手を当て、少し思考した。

 

すると、その名前に心当たりが出てきた。

 

 

「……ねぇ、あなた?」

 

フェイトは少女と向き合い、ややしゃがむ。

 

「あなたじゃない。リープよ」

 

リープと名乗った少女は腰に手を当てながら、強気の姿勢で構えている。

 

「じゃあリープちゃん。ひょっとしてポストって……ポスト・ブレーメン博士の事かな?」

 

するとリープは首を傾げながら言い放った。

 

「――そうだけど?」

 

「ッ……」

 

瞬間、フェイトの表情に険しさが宿った。

 

そして再び顎に手を当て、少し考えた。

 

 

「――すみません。この子の件、私が預かっていいですか?」

 

「……はい、構いませんけど」

 

そう言う受付嬢に対してフェイトは「ありがとう」笑い返すと、リープがフェイトに詰め寄ってきた。

 

 

「あなた……誰なの?」

 

「あ、自己紹介がまだだったね」

 

フェイトは中腰になり、顔を近づけた。

 

 

「――私はフェイト。フェイト・T・ハラオウン執務官だよ」

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

それからフェイトは戸惑うリープを執務室に招き入れた。

 

部屋を見渡してみると、仕事をしているハズのドアの姿が無い事に気づく。

 

「もう……また逃げて」

 

溜め息を吐くが、一応指示したノルマは片付けてあったようなので、咎めは無しにしよう。

 

オフにしていい、といったのは私だしね。

 

フェイトはリープをソファに促すと、キッチンに向かった。

 

「何かいる?」

 

「……甘いものがいい」

 

それはいいタイミングだ。

 

フェイトは冷蔵庫の前に立ち、取っ手に手をかける。

 

確か昨日なのはからもらったヴィヴィオの棒アイスが……

 

 

「――あれ?」

 

 

無い。

 

あのグレープフルーツ味の、アイスが。

 

 

「……まさか」

 

フェイトは眉を潜めながら、キッチンのダストボックスを見た。

 

見ると、粗末に捨てられたアイスのビニールが無造作に詰めてあった。

 

「……もう、少しは気をつかってほしいな」

 

あの憎たらしい笑みを浮かべるドアを想像しながら、フェイトは乱暴に冷蔵庫の扉を閉めた。

 

 

フェイトは仕方なく、先程買ってきた加糖コーヒーをリープの前に出した。

 

「これでいいかな?」

 

「――まぁいいわ」

 

リープは不満げに顎を上げ、フェイトはまた頭を抱えた。

 

――ずいぶんと高飛車な態度の子供もいたもんだ……

 

フェイトは向かいのソファに腰掛け、話を聞く体制を作った。

 

「――ところで、今日は何をしにここに来たのかな?」

 

リープは口をつけたコーヒーを置き、落ち着いた様子で答えた。

 

 

「――ポストおじさんに会いに来たの。ここに来れば会えるって聞いて」

 

「ポスト、おじさん……」

 

フェイトは更に顔を険しくさせた。

 

「ポストさんは、あなたの家族が何か?」

 

「家族じゃないけど……家族と同じかな? だって私が子供の時にずっと面倒を見ててくれたもん」

 

今だって十分子供だよ。と内心フェイトは思う。

 

 

「――じゃあ、大切な人なんだね」

 

「……まぁ、そうかな」

 

リープは照れながら、目線を逸らす。

 

どうやら、悪い子ではなさそうだ。

 

そして、事情はやや掴めた。

 

 

――だからこそ、この事実を伝えるのが苦しい。

 

「あのね、リープ」

 

「?」

 

しかし、言わなければ。

 

 

「そのポストおじさんなんだけどね……」

 

 

「うん」

 

 

リープは加糖コーヒーを掴み、そして……

 

 

 

「――もう、死んじゃったんだよ」

 

 

「――ッ!!?」

 

 

前触れなく、コーヒーを落とした。

 

黒いシミがカーペットに広がり、しかし二人ともそれには見向きもしない。

 

 

しばらく沈黙が続き、リープは歯を震わせながら言葉を絞った。

 

 

「――ど、どういう事?」

 

「正確に言えばね、殺されたの」

 

「だ、誰に……そ、そんなっ!!」

 

「落ち着いて聞いて」

 

フェイトはあくまで冷静な態度でリープを抑えた。

 

――この事は、フェイトもついさっき思い出したのだ。

 

法務を担当する執務官だからこそ、様々な事件に触れる機会がある。

 

コレも、その一つだ。

 

「……ポスト・ブレーメン博士は、研究所で研究を行っていたところを、研究員と一緒に殺されてしまったの……」

 

 

「…………」

 

 

リープは俯きながら、ただ話を聞く。

 

言動から感じてた事だが、どうやら見た目以上にリープは大人のようだ。

 

目の前の現実を受け止め、そして考える許容がある。

 

 

ふと、リープは静かに呟いた。

 

 

「……ょ」

 

「?」

 

 

「……誰が、おじさんを……」

 

 

リープの目から、堪え難い涙が落ちる。

 

この子は、強い。

 

強いて言うなら、なのはに似た強さを持っている。

 

堪え難い現実を受け止めつつ、前に進もうとする。

 

 

そんなリープの様子を見つめながら、フェイトは言った。

 

 

 

 

 

「――犯人は、“ドア・ラファルト”と言う次元犯罪者……だよ」

 

 

 

 



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Ⅱ Sake and grumble

小汚いシミが点在する内装。

 

若干窪みの目立つ木目のカウンター。

 

カントリーな雰囲気を醸し出す、明暗。

 

そしてところ狭しと並ぶ数多くのアルコール。

 

 

そんなバーに、オレとグラッツはウイスキー片手に腰を落ち着けていた。

 

「……酒はいいな」

 

「いきなり何を言うんだ?」

 

「……オレのナイーブな心を優しく撫でてくれる」

 

そう呟きながら、香りの強いウイスキーを嗜む。

 

「何かあったのか?」

 

「ああ、この世の終わりを肌で感じたよ」

 

「そいつは大変だな。で、何があった」

 

「パブが開いてなかった」

 

またしてもウイスキーを傾け、カラリと氷がグラスにぶつかる。

 

「そんなんでこの世の終わりか……」

 

「ああ」

 

「めでたいヤツだ。めでた過ぎてゲロが出る」

 

カウンターの上のピスタチオを指先で掻き混ぜながら、グラッツは悪そうな笑みを浮かべる。

 

「……そんなに頭がめでたくなるほど仕事キツイのか?」

 

「まぁな。何なら代わるか?」

 

「遠慮しとく」

 

そりゃそうか、とピスタチオを噛みながら呟いた。

 

「いや実際、仕事は苦じゃねぇよ」

 

「ほう」

 

グラッツは興味ありげに口元を緩ませる。

 

「ただ、あんまりああいった雰囲気にオレは慣れないんだ」

 

「――慣れないんじゃなくて、“慣れたくない”んだろ?」

 

「…………」

 

 

「いや、“慣れる訳にはいかない”と言い直そう。違うか?」

 

「…………」

 

オレはしばらくピスタチオを浴びるように食らい、口をパサパサさせた。

 

そうでなきゃ、酒で下手に口が回りそうだったからだ。

 

 

「――そろそろいいんじゃないか?」

 

「何をだ?」

 

「6年前の事件の事だよ」

 

グラッツはグラスのウイスキーを飲み干し、バーテンダーに“もう一杯”と言う。

 

「一体、研究所で何があった?」

 

「…………」

 

 

6年前の事件。

 

それは、オレが6年間ブタ箱にぶち込まれるきっかけとなった事件だ。

 

ミッドチルダの辺境にあるブレーメン研究所で、ポスト・ブレーメン博士を含む研究員53名が殺害された。

 

それの実行犯は、ドア・ラファルト。

 

つまり、オレだ。

 

オレは駆け付けた武装局員に身柄を取り押さえられ、そのままの流れで留置、裁判、実刑という結果だ。

 

 

――それが、表向きの真実。

 

実際には、やや異なる部分がある。

 

まあそれは、ただ単に管理局側にとっての事件のマイナス要素を排除しただけの事。

 

 

――オレが53……いや、それ以上の命を奪った事に変わりはない。

 

「言えば、言い訳になるな」

 

「いいじゃないか。得意分野だろ?」

 

「そんな単純なモンじゃないさ」

 

顔をカウンターに伏せ、寝てしまいたい衝動にかられるが、堪えた。

 

 

認識しろ。

 

 

オレは、人殺しだ。

 

 

あんな暖かい所に、やすやすと居ていいヤツじゃない。

 

 

そうでなきゃ、オレは――

 

「――お前の悪い所は」

 

グラッツはタバコに火をつけ、煙と共に放った。

 

 

「アルコールが入るとすぐに自己嫌悪になっちまう所だな」

 

そう言うとグラッツは席を立ち、カウンターに札を一枚置く。

 

「一晩じっくり酔って、じっくり忘れろ。そんで頭カラッポになってから、また考えな」

 

グラッツはそう言ってオレの頭を叩き、バーテンダーに挨拶した後、店を出た。

 

 

「…………」

 

 

考えろ、か。

 

簡単に言ってくれる。

 

自己嫌悪になるのも、わかってほしい。

 

 

だって本当にオレは、“オレ”が嫌いなのだから……

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

ポスト・ブレーメン博士。

 

享年、63歳。

 

有名医大を首席で卒業した後、僅か齢23にして学界の権威に並び、数えられる。

 

医学、生物学、心理学の三分野を専攻し、いずれの分野においても、学界でその名を知らない者はいない程の学者に大成。

 

特に生物学においては“人工生命”という難題の基礎を作り上げ、その発展を後世に投げかけた。

 

 

――皮肉にもその完成された基礎が、“人造魔導師”の雛形として世に花開くのだが。

 

その後も数々の研究を重ね、今の生物学の支柱を担う立場を得た。

 

――しかし、そこで事件は起きた。

 

研究中、ブレーメン博士は何者かに殺害された。

 

他にも研究員が多数殺害され、研究所の職員はほぼ全滅。

 

通報を受けた武装局員が突入した所、容疑者と思しき青年、ドア・ラファルトを拘束。

 

調査により証拠が認められた為、容疑者逮捕という結果に至った……

 

 

「――ふぅ」

 

フェイトはモニターに映る事件のデータを眺めながら、今日何度目かの溜め息をついた。

 

 

6年前のこの事件は、執務官の間では大変な噂になった。

 

何せ、学界の要人の殺害かつ、大量殺人が絡んだ異例の事件だ。

 

事件簿の新たなモデルケースとなる事は、誰の目からも明らかだ。

 

裁判の結果は当然死刑――そのせいか顔写真は公表されていない。

 

 

しかしフェイトは内心、憤りを隠せないでいた。

 

何故、ここまでやる必要があるのか……?

 

動機は定かでは無いが、少なくとも研究に纏わる事だろう。

 

ならば博士ならまだしも、他の研究員まで殺害する必要は無いはずだ。

 

 

――明らかに、人殺しを楽しんでいるとしか思えない。

 

 

ドア・ラファルト。

 

彼こそ、私の中ではジェイル・スカリエッティに並ぶ位の最低の次元犯罪者だ。

 

 

しかも質が悪いのは、この死刑囚は既に亡くなっている事だ。

 

しかも実刑ではなく、事故で。

 

つまりそれは結果は同じにしても、正当な裁きを受けていない事になる。

 

 

――今でもこうして、事件に苦しんでいる人がいるというのに。

 

 

フェイトはページを消そうとキーボードを叩いたその時だ。

 

 

ひょっこりと小さな影が、フェイトの視界に入る。

 

「――ふふ」

 

「何よ」

 

脱衣所から綺麗なパジャマに着替えたリープがこちらに睨みをきかせていた。

 

フェイトは一旦リープを落ち着かせる為に、風呂に入る事を薦めたのだ。

 

リープ自身も汚れていて、服もあちらこちら破けていたというのもある。

 

というか単純に、“女の子はいつも綺麗でいなくちゃ”的な美意識が働いたの方が近いだろう。

 

リープは風呂上がりからかやや頬を上気させ、長い青色の髪も艶が見える。

 

「ちょっとは落ち着いた?」

 

「――子供扱いしないで」

 

相変わらずツンとした態度で、リープはソファに腰掛けた。

 

まぁ、ちょっとは大人になりたい年頃なのだろう。

 

フェイトはデスクから席を立ち、向かいのソファに座った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 

ニコニコ顔のフェイトに対し、仏頂面のリープ。

 

そんな沈黙を分けたのは、リープの一言だった。

 

 

「――ありがとう」

 

小さく、それは届いた。

 

「――どういたしまして」

 

フェイトはフワッとした笑顔で、それを受け止めた。

 

やっぱり、素直じゃないけどいい子だ。

 

そんなリープに、フェイトは微笑ましい気持ちになった。

 

だからこそ、こんな痛いけな子を悲しませる、ドア・ラファルトが許せない。

 

こんな事は何度だってあったが、今回は人一倍気持ちが肥大していた。

 

「ところで、リープはどこから来たの?」

 

「――アプリス」

 

 

「アプリス? あの有名リゾート地の?」

 

その言葉に、リープは小さく頷いた。

 

 

アプリスと言えば、聞けば誰もが知る超有名リゾート国家だ。

 

美しい海に鮮やかな青空。それらが人の心を魅了して止まないせいか、つねにアプリスには観光客がずらりと並ぶ。シーズンになれば尚更だ。

 

フェイトも一度は行ってみたいなぁ、とぼんやりとだが思った事がある。

 

「へぇ~、海が綺麗な場所でしょ?」

 

「そうね。別の所よりかは」

 

「砂浜も、宝石みたいにキラキラしてるって」

 

「砂は宝石じゃないわ」

 

「食べ物だって、すごく美味しいって……」

 

「止めた方がいいわよ。カロリー高いし」

 

「…………」

 

次から次へと地元の否定をするその口を、フェイトは唖然と見つめていた。

 

「……でもアプリスって観光地なんでしょ? すごく良いところじゃ……」

 

リープは肩を下ろし、溜め息と共に言う。

 

「あのね、18年もずっといる地元な事をそんなに褒めたたえられるほど私は地元ラブじゃないわ。それに年がら年中よそ者がワーキャー騒ぐし、鬱陶しいったらないわ」

 

「あ……うん」

 

フェイトは半ば変に納得しかけたが、何か引っ掛かった。

 

そして、それは直ぐに思考に落ちる。

 

 

――18年っ!!?

 

 

「リ、リープって……もしかして18歳?」

 

「? そうね。後二ヶ月で19になるわ」

 

目が飛び出るくらい、驚いた。

 

なんせリープの背格好を見るかぎりじゃ、フェイトとなのはが初めて会ったぐらいの年齢を想像する。

 

少なくとも自分が18の時は、ここまで発育が悪くは……

 

 

「ちょっと今、失礼な事考えてたでしょ」

 

「ふぇっ!!?」

 

図星を当てられ、つい変な声が出た。

 

しかし、まさかこのナリで18とは……

 

 

世界は広いなぁ、とぼんやりフェイトは思った。

 

「まぁいいわ……とにかく私はアプリスに住んでるの、わかった?」

 

「は、はい」

 

つい畏まって返事をしてしまった。

 

何か、妙な威厳を持ち合わせている子だ……

 

そう感じたと直ぐに想像したのは、仁王立ちするアリサの姿だった。

 

重ねてみても……似てる。

 

「ところで、フェイトはここで仕事をしているの?」

 

部屋中を見渡すリープに若干呼び捨てにされた事に気づかぬまま、フェイトは普通に返した。

 

「うん、普段は補佐と一緒に……今はいないけど……」

 

「ふ~ん……男?」

 

 

瞬間、フェイトは口と鼻の両方から吹いた。

 

――いきなり何を聞くの、この子はっ!!?

 

フェイトの反応にニヤニヤしているリープを睨みながら、とりあえず大人の威厳を保ちつつ答えた。

 

 

「ま、まぁそうだよ……」

 

「へ~……最近じゃやっぱり職場恋愛からそういうのが……フムフム」

 

「ちょっとまってリープ。私そんな事言ってないから」

 

 

そんな弁明さえも、リープには届かないようで。

 

「でも仕事中にそんなアレは……キャ~ッ、やっぱりあるのかな? 大人だもんね、やっぱり」

 

「……リープ、もう一度お風呂に入ろう」

 

眉をピクピクさせながら、フェイトはリープの肩を叩いた。

 

もし私とあんな女たらしの部下とそんな展開になろうものならば、速攻でバッドエンド行きが決定するだろう。

 

「……とにかく、私とその補佐とで仕事をしてます。それ以上でもそれ以下でもありませんっ!!」

 

「わ、わかったわよ……」

 

迫らんばかりに来るフェイトに、リープはとりあえず納得した表情を作った。

 

「……はぁ、今日は疲れたなぁ」

 

「お風呂に入ってきたら?」

 

「――うん、そうするよ」

 

 

すっかり主導権が移り、フェイトは何も口を挟む事なく脱衣所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「ア~……、頭イテェ……」

 

すっかり闇に落ちた人通り。

 

オレはふらつきながら、家路につこうとしていた。

 

すっかりアルコールにやられた頭を引きずりながら、猫背で歩く。

 

オレは元々、あまり酒には強くない。

 

しかし女の前では強がってガンガンいく、というスキルは知らぬ間に身につけていたせいで、無茶してアルコールを浴びる事には慣れている。まぁ今回は一人ぼっちだったが。

 

建物の中にたどり着き、オレはエレベーターを動かした。

 

乗り込み、妙な浮遊感を楽しみつつ、目的の階にたどり着く。

 

執務室の扉を開け、オレは開口一番、ゲロを吐きそうになった。

 

が、とりあえず堪え、いつも仕事をしている部屋に入る。

 

 

「ア~……帰ったぜフェイト。水を頼む」

 

せり上がって来る嗚咽を必死に堪え、声を出す。

 

しかし、返事は無い。

 

「?」

 

覚束ない視野で部屋を見渡すと。

 

 

「あんた……誰?」

 

 

「…………」

 

――なんか、フェイトがちっちゃくなっていた。

 

 

「ア~……、だからいつも早く寝ろと言ったんだ。成長ホルモンが足りてないぞ」

 

「ハァ、何言ってんのアンタ?」

 

随分と口が悪くなったもんだ。我ながら情けない。

 

「まぁいい。それより水をくれないか?」

 

「それくらい、自分でやんなさいよ……てか酒臭っ!!!」

 

そりゃあそうだ。ウイスキーのアルコールをナメてはいけない。

 

しかし無愛想になったもんだ。背が縮むと器まで縮むのか?

 

まぁいい。水ならいくらでもあそこにある。

 

「わかった。わかったよ」

 

オレはフラフラとしながら、バスルームへと歩いた。

 

あそこならば、文字通り湯水の如く水がある。

 

脱衣所に来ると、何やら水がバシャバシャと流れている音が聞こえた。

 

「……水を出しっぱなしにするバカは溺れて死ねばいい」

 

やけくそな台詞を吐きながら、オレはバスルームの扉を引ったくるように開けた。

 

ムワっと溜まっていた湯気とシャンプーの香りが顔面を直撃し、やや酔いが醒める。

 

 

――しかしそんな事を自覚する間もなく、オレの目は“あるもの”に奪われていた。

 

 

「――えっ、ちょ……」

 

 

オレが目にしたのは、女性らしい丸みを持った白い肢体に、豊満なバスト&ヒップ。

 

黄色い錦糸のような髪は泡で包まれ、帽子のように乗っかっている。

 

そんなフェイトの表情は、一様に拍子抜けな感じ。

 

オレは真顔でそれらを品定めするように眺め、ひとしきり満足した後に言った。

 

「――水をくれないか? 酔いを覚ます位とびっきり冷たいヤツを」

 

「きゃああああああああああああああああああああっ!!!!?」

 

その注文の返答は、とびっきり熱いシャワーだった。

 

オレは顔面にそれを浴び、次に投げられたスポンジをヘディングすると、そうそうに逃げ出す。

 

しかしアルコールのせいか足が絡み、みっともなくコケてしまう。

 

立ち上がろうとしたが、時既に遅し。

 

 

「ド~~ア~~……」

 

まるで地面が唸るように捻り出されたその声音は、オレの心臓を握るのに十分過ぎた。

 

「いや、コレはアレだ。不可抗力だな。うん、そうだろう。きっとそうだ。何故かって? オレにはそんな気はサラサラ無いからだ。考えてみろ。女に不自由しないイケてるオレが今更君の裸体を眺めないといけない? いや確かに君のプロポーションは素晴らしいが……」

 

回る舌でマシンガンのようにまくし立てるが、効果はいまひとつのようだ。

 

背後からの殺気が収まらないと感じ、観念したオレはゆっくりと振り向いた。

 

 

「――今度一緒に風呂に入ろう。それでチャラだ」

 

 

――刹那、落雷のような轟音と共にオレは意識を手放した。

 

 

 

その雷鳴の一端をソファでくつろぎながら聞いていたリープは、ポツリと呟いた。

 

 

「――何だかんだ、結局いいカンジじゃない」



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Ⅲ Encountered

「…………」

 

焼け付く痛みでオレが目を覚ましたのは、太陽が昇りかけた早朝だった。

 

身体の節々に感じる痛みをどっぷり噛み締めながら、オレは少しずつ記憶を呼び覚ましていく。

 

 

「……ア~……」

 

納得した。

 

 

そういやオレ、ザンバー喰らって気絶したんだっけ?

 

オレは起き上がり、酷くかいた寝汗をタオルケットで拭く。

 

 

――身体が問題無く動くという事は、どうやらそれなりに手加減してくれたらしい。

 

あんな犯罪紛いな事をされて、よくもまぁ……

 

オレは内心、そのさりげない優しさに感心しつつ、服を着替えた。

 

飲みに行ったままの服装だった為、もうドロドロに汚れている。

 

代わりのシャツに袖を通しながら、オレはすっかり覚めた頭を振った。

 

「――そういや、あのガキは……?」

 

ふと口から出た疑問に、オレは再び記憶を呼び起こした。

 

もし記憶に欠損がなければ、あんなちっこいガキをオレは知らない。

 

という事は、フェイトのツレか?

 

――はたまた、フェイトの子供?

 

「…………」

 

そんな訳ナイナイ、とオレは手を振った。

 

着替え終わり、オレは自室を出た。

 

直ぐに飛び込んできたのは、モニターに向かって仕事をするフェイトの姿だった。

 

 

「おはよう、フェイト」

 

「…………」

 

何の気無しにオレが声をかけた瞬間、フェイトはそっぽを向きやがった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「今日もいい天気だな。海水浴日和だ」

 

「…………」

 

「……何か手伝う事はあるか?」

 

「…………」

 

 

どうやら昨日の腹いせにダンマリを決め込むらしい。オレに対しては何のアクションもせず、ただひたすらにキーボードを叩いている。

 

生意気な。オレに対して、生意気な。

 

あのさりげない優しさは何処へ飛んだのやら……

 

 

オレは溜め息をつきながら、振り向かせる為の一言を囁いた。

 

 

「――そういや昨日わかったんだが、君はどうやらワンサイズ小さいブラを使っているようだな」

 

 

――刹那、フェイトは口に含んでいたであろうミネラルウォーターを口と鼻の両方から吹き出した。

 

モニターが濡れ、ポタポタと吹き出た水がデスクに垂れる。

 

 

「すまない。今ティッシュは切らしているんだ」

 

「――なら直ぐに買ってきてっ!!!」

 

今日初めてフェイトと交わした会話は、命令だった。

 

オレは「嘘だ」と宣いながら、ソファのティッシュを放ってやる。

 

大慌てでティッシュを取り、デスクとモニターと自分の顔をあたふたと拭くフェイトの姿を、オレはソファでくつろぎながら眺めていた。

 

「あ~、もう。服がビショビショだよ……」

 

「人の制服を黒焦げにしたヤツがよく言うな」

 

「あ、ごめん……って全部ドアのせいだよっ!!!」

 

今更気づいたのか、激昂するフェイト。

 

どうやらまだ昨日のアレをまだ根に持っているらしい。

 

「……ていうか、何で知ってるの?」

 

「何がだ?」

 

「だから、その……私の、ブラ……」

 

「……ああ」

 

オレは天井を見詰めながら、自信満々に言った。

 

「オレは一度見た女の裸は是が非でも目に焼き付けるタイプでな。それと照らし合わせただけだ」

 

「…………それって、凄くいやらしい目だね」

 

軽蔑の篭った眼差しが妙に痛い。馴れてるつもりだったのに。

 

「なぁに、気に入らない女なら半日で忘れるシステムなんだ。逆に素晴らしかったら永久保存フォルダ行きだ。最も、今そのフォルダの中身は空だがな」

 

 

「……世界中の女の子に謝った方がいいよ」

 

「拗ねるなよ。誇ってもいいんだぞ。なんせ初めて永久保存フォルダに重みが乗ったんだからな」

 

「……もう、調子がいいんだから」

 

どうやら本当に拗ねたフェイトはこちらに顔が見えないようにモニターに向かい、仕事を再開した。

 

機嫌を取り直そうとオレもデスクに向かうが、ここでふと思い出した。

 

「――そういや、昨日ここにちっこいガキがいなかったか?」

 

「あ、うん。いたよ」

 

どうやらアルコールで見た幻覚ではないらしい。

 

「今は私の部屋で寝てるよ」

 

「へぇ、一体誰なんだ?」

 

「う~ん……話すと長くなるんだけど……」

 

 

前置きを言い、フェイトはあの謎の少女について話し出した。

 

 

――少女の名はリープである事。

 

――ポスト・ブレーメン博士の事。

 

――そして、あの事件の事。

 

 

「…………」

 

 

数分間ばかりの説明を聞き終え、オレは心の中で頭を抱えた。

 

――まさか、朝っぱらからこんな話が飛び出すなんて夢にも思わなかった。

 

「……あのガキが、ねぇ……」

 

「うん、だからね。私がリープを保護してあげたいんだ」

 

 

そいつは大層立派な台詞だ。

 

「…………」

 

しかし、オレはそれを言葉にせず、腹に沈めた。

 

何か気の利いた台詞を言う余裕なんてのは、今のオレにはない。

 

「……最悪だな」

 

「え?」

 

「いや、何でもない」

 

「何でもない、じゃない。聞こえたよ。何が最悪だって?」

 

どうやら気を悪くしたらしい。

 

オレはクルクルと回る椅子で回りながら、ごまかしの一言を言った。

 

「なぁに……そのドアとかいう最悪の犯罪者と名前の読みが一緒って事がもう最悪って意味さ」

 

口で言ってみてわかるが、この台詞。オレにとっては最強の皮肉だ。

 

ドア・ラファルトを否定する、ドア・ケリウス。

 

悪い冗談としか思えず、オレはシニカルに笑った。

 

「そんなの気にするの? ……らしくないよ」

 

「言ったろ。オレはナイーブなんだ」

 

「……そんな事、言ってない気がする」

 

そういえばそうだった。言ったのはグラッツだ。

 

全く、嫌になるな。

 

「…………」

 

オレはミネラルウォーターを口にし、ふとこんな思いが湧いた。

 

 

――もしフェイトがオレの正体を知れば、彼女はどうするだろうか?

 

今までのような関係でいられない、というのは確かだ。

 

憎悪? いや、違う。

 

 

軽蔑? いや、どうだろう?

 

 

恐らく、彼女は優しい。

 

だから、そっと距離を置くだけか……

 

 

と、ここまで考えてオレは振り切った。

 

何を甘い事を考えている? バカか?

 

そんなに嫌われたくないのか、オレは?

 

――どうやらオレのハートはこの暖かい空間ですっかり弛緩してしまったようだ。

 

今一度、心を張り直せ。

 

オレは……誰かに優しくなんて野郎じゃない。

 

軽蔑される位が、丁度いい。

 

 

「……そういう事情か。わかった」

 

オレは話の軸を戻し、腰掛けの位置を正した。

 

「で、何でアイツはわざわざアプリスからこんなとこまで飛んできたんだ?」

 

「……多分、久々に博士に会いたかった、とか」

 

まぁそれならわからなくも無い。

 

それならそれで、尚更リープが不憫でならないだろう。

 

「今度聞いてみたらどうだ?」

 

「う~ん……今はそっとしてあげたいな。色々と整理したい事もあるだろうし……」

 

フェイトは憂いを帯びた表情でリープの寝てる自室のどうだに目線をやる。

 

 

「……そうかい」

 

それきり、オレはキーボードを叩く事に集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

それからクロノから呼び出しがかかったのは、数時間してからの事だった。

 

オレとフェイトは大急ぎで仕度をし、クロノの執務室へ飛んだ。

 

何やら急ぎの用事らしいが、その詳細はうろ覚えであまりわからない。

 

オレとフェイトがいつも見慣れた執務室の戸を叩いたのは、呼び出されて40分ぐらい経った後だった。

 

「遅かったじゃないか」

 

デスクで紅茶を飲んでいるクロノは、やや眉をひそめる。

 

「そうか? これでも急ピッチで来たんだがな。急ピッチ過ぎてアクセルとブレーキを踏み間違えたレディのおかげでボンネットの修理に手間取ったくらいだ」

 

意識して嫌な視線をフェイトに向けると、目を合わせたくないのか顔を背ける。

 

「あ、アレはドアが、変なトコ触るから……」

 

「オイ誤解を招くような発言は止めてくれ。カーステのボリュームをミスっただけだろ」

 

突然の爆音でビビったフェイトのあの時のツラは、オレの永久保存フォルダの二枚目になるくらいレアな代物だったが。

 

そんなやり取りをクロノはやれやれといった表情で見ていた。

 

「……とにかく、用件を言おう」

 

「手短にな」

 

「そんな立場か」

 

オレは応接用のソファに腰掛け、フェイトの続く。

 

「……実は、チップの解析結果が出たんだ」

 

「へぇ」

 

それは面白い展開だ。

 

「結果を手短に言えば……リプロードの質量兵器の核となる場所がわかった」

 

「……その場所は?」

 

 

「――アプリスだ。聞いた事はあるだろう?」

 

「っ!!?」

 

普通に驚いた。

 

まさか……偶然か?

 

フェイトも面食らったような顔をしている。

 

「それで用件なんだが……そのアプリスに潜入する部隊に参加してほしいんだ」

 

「潜入する部隊?」

 

「ああ、そうだ」

 

あの誰もが知っている楽園、超リゾート国家に……潜入?

 

 

「ずいぶんと仰々しい話だな」

 

「……そうか、君はアプリスがどういう国が知らないんだったな」

 

そりゃあ、ね。

 

6年の知識の穴はデカイ。

 

するとフェイトが耳打ちするように話し始めた

 

「アプリスはね、管理世界の中でも数少ない例外……管理局の干渉をほとんど受けない国なの」

 

「干渉を受けない?」

 

「うん。一応魔法も存在しているし、魔導師もいるんだけど、アプリスは特殊な自治権を持っているの。独自の防衛手段も持っているから、管理局の助けは必要無い。その理念からずっと管理局の手をアプリスに入れる事ができないの」

 

 

――なるほど。

 

つまり管理局の管理から逃れた、完全なる独立国。

 

故に、管理局の邪魔が入らない。

 

リプロードの連中にとっては、絶好の隠れみのになる訳だ。

 

「……それで潜入、と」

 

「仕方ないんだ。正式に入国すれば連中にバレる危険性もある」

 

「……潜入もバレたらマズくないか?」

 

「確かに危ない橋には変わり無いが……これが今できる内の最善の手なんだ」

 

クロノの様子を見る限り、どうやら苦渋の判断のようだ。

 

「――協力させて、クロノ」

 

と、ここでフェイトが口を開いた。

 

「いいのかい、フェイト?」

 

「うん。元々乗っていた船だしね」

 

「……だそうだが、ドア。君はどうする?」

 

「オイオイ、クロノ。どこの世に上司が危ない船に乗ろうとしているのに、それに続かない部下がいるんだ?」

 

元々、肚は決まっていた。

 

リプロードの連中とは、必ずケリをつけてやる。

 

「そうか……ありがとう」

 

そう言うとクロノはデスクの上の通信機のモニターをスクリーン台にまで拡大させ、データを映した。

 

 

「出発は二日後の朝。出港場所は記載されてる所に。……長旅になるからな」

 

「なぁに、久々の旅行だと取っておくさ」

 

「言っておくが、遊びに行くんじゃないからな」

 

強く念を押される辺り、オレはまだ信用されてないらしい。

 

「……あと同行するメンバーも確認してくれ」

 

 

オレは送られたデータを通信機でスクロールしながら確認していく。

 

 

クロノの監査隊の精鋭が数十人……

 

どうやらなのははいないらしい。

 

後はオレ達と……

 

 

 

「――ヴォルケンリッター?」

 

不可解な項目を見つけた。

 

「ああ、それは特別枠だ」

 

「特別枠って……」

 

「はやての所からも来るの?」

 

フェイトは弾んだような声音で聞く。

 

「ああ。戦力としては申し分ないハズだ」

 

「うん、うんっ!!」

 

 

オレは傍目でやり取りを見ながら、その記載された二人のヴォルケンリッターの名前を眺めていた。

 

 

一人は知っている。

 

 

湖の騎士、シャマル。

 

オレが世話になった医療のスペシャリストだ。

 

少々おっとりしているが、確かに参謀としては優秀だ。

 

しかし、もう一人とは面識がない。

 

 

だがその名から、厳つそうなイメージだけは汲み取れた。

 

 

「――剣の騎士、シグナム」



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Ⅳ Fight of borrowing dye

――誰か教えてくれ。

 

どうして、こうなった?

 

 

「それじゃあ、ルールは戦闘不可の状態になるか、降参させた方が勝ちって事で」

 

「ああ、問題ない」

 

 

――誰か、教えてくれ。

 

どうして、オレはデバイスを握っている?

 

 

「それにしても任務前なのによくやるな」

 

「二人ともほどほどにね~」

 

 

――誰か教えてくれ。

 

何で目の前に、レヴァンティンを構えたシグナムが、戦闘準備万端みたいなオーラをして立っているんだ?

 

 

「…………」

 

「では、よろしく頼むぞ」

 

 

――な、何故?

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

事は、数時間前に遡る。

 

オレとフェイトはアプリス潜入任務の為、クロノの艦隊が出港する軍港に来ていた。

 

そこで結団式を行い、乗艦した後、次元空間を飛んだ。

 

向かう先はもちろん、アプリス。

 

時間的に言えば、2時間弱で到着するらしい。

 

それまでに任務の概要を前日に読み込んでいたオレとフェイトは、限りなくヒマだった。

 

 

「ア~……」

 

オレは艦隊の食堂でサンドイッチをほうばりながら、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 

今、目の前にフェイトはいない。

 

どうやらクロノ辺りと任務の打ち合わせをしているようだ。

 

「……ヒマだ」

 

執務室での日々に慣れ、寝てる暇すら惜しい仕事量にすっかり身体があてられたようで、ヒマの持て余し方を身体が忘れてしまったらしい。

 

もしここがいつもの執務室ならばグラッツの店に顔でも出しただろうが、生憎ここは次元空間。

 

外に出ようものなら途方もない歪みの餌食だ。

 

 

「…………」

 

 

そこまで考えて、オレは食堂の外をフェイトが歩いているのを見つけた。

 

話しかけるか、否か。

 

それを考えている間に向こうから気がついたようで、軽く手を振りながらこっちにやって来る。

 

「打ち合わせは終わったのか?」

 

「うん。そんなに時間はかからなかったし」

 

打ち合わせと言っても、アプリスで動く際の注意事項のおさらいだろう。

 

向こうは自治でやってる為、どんな法律があるかわかったもんじゃない。

 

執務官試験ではこういうマイナーな部分が出題範囲で出されるんだよ、とフェイトがぼやいていたのを思い出した。

 

「食事は済ませたのか?」

 

「ううん、まだだよ」

 

「そうか」

 

オレはテーブルの隅に置いていた食券を取り、投げてやった。

 

「だろうと思ったよ」

 

「…………」

 

フェイトは寒気がしたように身体をわざとらしく摩った。

 

「どうした?」

 

「……絶対何かある。……きっと後で何かやらされる」

 

「……オイ」

 

オレは青筋を立て、頭を抱えた。

 

「だ、だってそんな、似合わない、から……」

 

「失礼だな。この手口でオレがどれだけの女を引っ掛けた事か」

 

仕事終わりにコレをやれば、疲れきった女など八割方落ちる。

 

「……でも私は簡単には落ちないよ」

 

「わかってるさ。君は頭がいいからな」

 

「……それって褒めてる? それとも皮肉?」

 

「どっちだろうな」

 

オレは笑いながら、引き換える為に立ち上がったフェイトを眺めた。

 

フェイトは恋愛経験など皆無のくせに、やや背伸びする節がある。

 

そこを刺激してやるのが、面白いが。

 

オレはサンドイッチを水で流し、時計を見た。

 

――後一時間ちょいか……

 

時計から目を外すと、いつの間にかトレイを持ってきたフェイトが仏頂面で座っていた。

 

オレはニタニタと笑いながら言ってやった。

 

「……君は見た目に反して、ずいぶん赤いものを食べるんだな」

 

「ドアが、注文、したん、でしょっ!!!!」

 

一つ一つ丁寧に区切って発せられたフェイトの怒声に、オレは手を挙げた。

 

フェイトの持ってきたトレイの上には、まるで地獄を再現したかのように真っ赤なラーメンが乗っていた。

 

「なぁに許せ、君の好みがわからなかったんだ」

 

「……誰も激辛ラーメンが好きなんて言ってないよ……」

 

今度はフェイトが青筋を立てる番だ。

 

しかし青筋を立てながらも、フェイトは律儀に激辛ラーメンを食す。

 

「…………ゴホッ」

 

やはり、むせた。

 

フェイトは麺を切り、水を飲む。

 

しかし、すぐに空になった。

 

「水ならタダだ。持ってきてやろうか?」

 

「ゴホッ、ゴホッ……は、早くッ!!」

 

どうやらガチで苦しそうなので、オレはやや早足でコップに水を入れた。

 

席に戻る途中にフェイトを見てたが、あれだけむせたにも関わらず、果敢にラーメンと戦っていた。

 

全く、律儀なのか、天然なのか……

 

オレはそんなフェイトが微笑ましくなり、口元を緩めたまま席に着いた。

 

「ほれ、水だ」

 

「あ、ありがと……」

 

むせながら水を飲み、またラーメンに挑んでいく。

 

全く、コレではキリがない。

 

そう思った時だった。

 

 

――“ヤツ”が現れたのは。

 

 

「テスタロッサ」

 

「は、はひ……」

 

辛さで回らない舌を動かしながら、フェイトは後ろを振り向いた。

 

そこにはピンクのポニテを垂らし、凛々しい姿の騎士様がいらっしゃった。

 

「し、しぐなむぅ……」

 

「どうした、声が変だか?」

 

事情を知らないシグナムはやや心配そうな表情になり、首を傾げる。

 

「あ、うん、ちょっと……」

 

「……?」

 

「ほっといてやってくれないか。今戦ってる最中なんだ」

 

オレがそういうと、シグナムはこちらを向いた。

 

「あなたは……」

 

「あ、オレはドア・ケリウス。そこでヒーヒー言ってる執務官様の補佐だ」

 

自己紹介すると、シグナムはやや引っ掛かった表情をし、しかしすぐにそれが取れたように顔つきが変わった。

 

「ああ、思い出した。そういえば主から聞いていたな」

 

「ほう、それはさぞかしイイ男だと……」

 

定番の流れだが、まぁ聞いておく。

 

「いい加減で、女たら……」

 

「ああ、いい、もう」

 

しかし、それがロクなものじゃないとわかると同時にオレはシグナムの言葉を切った。

 

全く、少しはロクな評価をしてほしいものだ。

 

「……確かケリウスは剣術を嗜んでいると聞いたが……」

 

「?」

 

突然、前触れなくシグナムが言った。

 

実はもうここで嫌な予感はしていた。

 

「ま、まぁそれが主体だし……」

 

「そうか……」

 

シグナムはフッと笑い、ラーメンと戦っているフェイトの肩を叩いた。

 

「テスタロッサ。すまないが部下を借りるぞ」

 

「……ふ、ふぇ?」

 

「……大丈夫か?」

 

涙目で辛さと戦うフェイトは、何かいつもの殻がない感じだ。

 

何か、こう、素のままというか……

 

 

……まあそれはいい。

 

今なんと言った、この女?

 

部下を借りる?

 

それってオレの事か?

 

 

「……あの、一体何を……」

 

「何……」

 

シグナムは背を向け、肩越しに顔を向けて言った。

 

 

「――暇つぶしさ」

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

そんな感じだ。

 

オレが今、デバイスを握って、艦の模擬戦用のトレーニングルームにいるのは。

 

「…………」

 

正直言おう。

 

 

めちゃくちゃ帰りたい。

 

良く考えてみてくれ。相手はかのヴォルケンリッターの一騎当千の騎士、シグナム様だぜ。

 

魔導師ランクS-の怪物騎士に、いいとこランクAA+のぺーぺーがどう戦えと?

 

「……クロノ」

 

オレは念話で監視兼見物に来たクロノに話しかけた。

 

『なんだ、わざわざ念話で?』

 

「……リミッター外してくんない?」

 

『無理だ。わかるだろう。解除には局の申請がいる』

 

「……じゃあ緩くできるか? 三段階目の完全解除はできなくても、緩和するくらいなら……」

 

『それなら緊急時のシークエンスでなんとか……だが、数分しか許可が下りないぞ』

 

「十分。それならギリ戦える」

 

オレは念話を切り、デバイスを握り込んだ。

 

しばらくして、オレの首のネックレスが若干変色し、リミッターが緩和された。

 

全身がやや軽くなり、少しはマシになった。

 

感覚からして……おそらくAAA+にはなったか?

 

これならS-とそんなに差はない。

 

「……準備はいいか?」

 

「ああ」

 

正直、今でも乗り気じゃない。

 

――だが、そのままおいそれと負けるのも、趣味ではない。

 

 

「それじゃあ……始めっ!!!」

 

 

フェイトのアナウンスがルームに響き、ゴングが鳴った。

 

瞬間。

 

 

「――ッ!!?」

 

目の前から、レヴァンティンの一閃が迫った。

 

それこそ、数ミリの間。

 

オレは瞬発で動き、レヴァンティンをウィルネスで弾いた。

 

しかし圧が強すぎた。

 

オレは勢いに負け、背後に吹っ飛んだ。

 

 

「チィ……!!」

 

足で減速をかけ、勢いを殺す。

 

真っ直ぐ地面に足が着いている感覚を確認すると、直ぐさま構えた。

 

 

しかし。

 

 

「――ッ!!?」

 

一瞬で、距離を詰められた。

 

オレは鍔追り合いに持ち込むが……

 

 

「甘いッ!!」

 

シグナムはカートリッジをロードした。

 

んな至近距離で――っ!!

 

 

「はぁあああっ!!!」

 

刹那、シグナムは魔力の篭ったレヴァンティンを振り抜いた。

 

 

ありえないケタの衝撃がオレの両剣を巻き込み、ガードを固める間すら許さない。

 

オレは仕方なく堪えるのを止め、勢いを流した。

 

距離を取り、直ぐさま構える。

 

 

「…………」

 

 

わずか、数秒の追り合い。

 

だがそれだけで、目の前の騎士がどれ程バケモノか嫌と言うほど実感できた。

 

 

何なんだ、あのケタの違うパワーは。

 

しかもスピードはフェイトの次点。

 

守護騎士の名は伊達ではないらしい。

 

 

「……オイオイ、クールなお嬢騎士かと思いきや、とんだ検討違いだな」

 

シグナムはレヴァンティンを構えながら、堂々と闊歩する。

 

 

「――とんでもねぇ、じゃじゃ馬騎士じゃねぇか」

 

オレはストレイジとウィルネスを掲げ、魔力のタガを外す。

 

 

「2ndモード、起動っ!!」

 

両剣に僅かな魔力光が宿る。

 

普段の2段階状態ならギリギリだったが、今は緩和しているから2.5段階と言った所だ。

 

この状態なら、数十分フルに戦える。

 

「――ここからだ」

 

 

「――来いっ!!」

 

 

――互いに覇気を放ち、その刹那、剣戟が鳴った。



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Ⅴ Fight of borrowing dye2

まさか、こんな展開になるとは夢にも思わなかったなぁ、とフェイトはヒリヒリする舌を動かしながら思った。

 

何せシグナムからドアに模擬戦を申し込んだのだ。

 

いくらバトルマニアの血が流れているとはいえ、こんな突発的に……

 

 

「……シグナムとドア、剣VS剣か……」

 

隣で眼下で行われている模擬戦を観覧席で眺めているクロノは、小さく呟いた。

 

「というか、いいのかな? 任務前なのに……」

 

「……まぁフラストレーションを溜められるよりかはいいだろう」

 

クロノはため息混じりに言った。

 

どうやら止める気力も無かったらしい。

 

フェイトはやれやれといった仕種をしながら、ガラス越しに模擬戦の行方を見た。

 

「……どっちが勝つのかな?」

 

「普通に考えれば、シグナムだろうな」

 

クロノと同じく、フェイトも同意見だった。

 

純粋に魔力値が違うし、まず経験に差がありすぎる。

 

恐らく、5分もつかもたないか……

 

 

「だが、な」

 

「?」

 

クロノは眉をひそめながら、腕を組み直した。

 

 

「――ドアもそこまで弱くはない」

 

「…………」

 

それに関しても、同意見だった。

 

というより、フェイトは戦闘に関してはドアを高く評価している。

 

特に対1戦闘に置ける立ち回りなどは、恐らく一朝一夕では身につかないレベルだ。

 

 

――たまにだが、その底知れない戦いに身震いがするほどに……

 

 

「そうだね……あれだけ動けて、スピードもそれなりだし……」

 

「……“それなり”?」

 

クロノのまるで引っ掛かったような物言いに、フェイトは声を落とした。

 

「クロノ……?」

 

「そうか、アイツはまだ見せてないんだな……」

 

「え?」

 

クロノは眼下で剣を振るうドアに目線を向け、呟いた。

 

 

「――ドアの力には、まだもう一段階“上”がある」

 

「え?」

 

「だがそれは、両刃の剣でな……あまり褒められた力でもないんだが……」

 

しかし、純粋に驚いた。

 

 

ドアの力は、ストレイジとウィルネスの2ndモードまでしか知らない。

 

その力の、更に“上”?

 

 

まさか、そんなものが……

 

 

毒の効かない身体。

 

並外れた戦闘知識。

 

そして魔導師ランクに括られない、底知れない戦闘力……

 

「ドア……」

 

あなたは……

 

 

あなたは一体、何者なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「らぁッ!!」

 

「フンッ!!」

 

振り上げる二刀と下ろされるレヴァンティンが火花を散らし、一瞬の内に互いが距離を取った。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「…………フゥ」

 

シグナムは引き絞るように構え、そのタイミングでドアが飛ぶ。

 

 

(左右にフェイントを振って……否っ!!)

 

ドアは振りかぶり、剣を薙ぐ。

 

「――墜蓮砲ッ!!!」

 

「ハァッ!!!」

 

ドアが撃った“落ちる斬撃”を、シグナムは力任せに弾いた。

 

しかし、猛攻は続く。

 

「――牙蓮砲ッ!!」

 

薙いだ剣を更に薙ぎ、アクロバットに斬撃を飛ばす。

 

シグナムはギリギリで反応し、空気を切り裂く牙蓮砲を受け止める。

 

その斬撃を斬り伏せたと同時に、ドアは動いた。

 

 

「――砕蓮砲ッ!!!」

「ッ!!?」

 

 

シグナムに接近し、超至近距離でウィルネスとストレイジをこじ開ける様に振るう。

 

 

撃ったのは、“砕く斬撃”。

 

相手の構えを崩し、隙を作り出す技だ。

 

シグナムはその意図を肌で感じ、直ぐさま距離を取った。

 

しかし、ドアは逃さない。

 

瞬発力で動き、開きそうな距離を縮める。

 

 

「くそっ!!」

 

シグナムはカートリッジをロードし、ありったけの力で地面を砕いた。

 

「なっ!!?」

 

粉砕された粉塵と破片が舞い、コンマ数秒視界が閉ざされた。

 

――そんな僅かな間だが、危ない。

 

ドアは追うことを止め、背後に飛んだ。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

そんな戦闘の様子を、二人は目を見はって見ていた。

 

「ドア……凄い」

 

「シグナム相手に、良く戦うな」

 

実際見てても、シグナムに余り余裕は感じられない。

 

――お互いに、ガチの殴り合いだ。

 

 

「……思った以上だ。流石だな」

 

シグナムはやや荒れた息を整える。

 

「やはり、テスタロッサの補佐なだけはある」

 

「そりゃ、どーも」

 

ドアは唾を吐き、呼吸を戻す。

 

そして、再び構える。

 

今度は、逆手に……

 

「?」

 

シグナムは眉を潜めるが、考える暇を与えたくない。

 

 

ドアは腕を引き、足で軸を取った。

 

「走れ――」

 

 

そして、振り抜く。

 

 

「――走刄ッ!!!」

 

 

ウィルネスが地面を砕き、その瞬間、崩壊が走った。

 

「なっ……!!?」

 

 

“走る斬撃”が地面を砕きながら一直線に突っ走る。

 

しかし、一直線すぎるのが難点だ。

 

シグナムはあっさりそれを避け、反撃に出た。

 

疾風の様な動きの最中、カートリッジをロード。

 

炎を纏ったレヴァンティンを構え、ドア目掛けて振り抜く。

 

 

「ハァッ!!」

 

ドアはその太刀を受け止め、堪える。

 

 

「あんな単純な筋の攻撃が、通ると思ったのか?」

 

「単純な筋、だぁ?」

 

 

ドアはシグナムを……いや、シグナムを見透かして遠くを見るような目で見返した。

 

 

「――どこがだ?」

 

 

刹那。

 

 

「――ッ!!?」

 

 

シグナムは、感づいた。

 

背後から迫る、“走刄”に。

 

 

「くぅ……!!?」

 

シグナムは苦い表情で追り合いを回避し、ギリギリで避ける。

 

しかし、その隙を見逃さないのがドアだ。

 

 

「――紅蓮砲ッ!!!」

 

赤い魔力で強化された巨大な斬撃を飛ばし、防御もままならないシグナムに向かう。

 

「チィ……」

 

 

シグナムは慣れないバリアを張るが、数秒で砕ける。

 

魔力が散り、斬撃は留まらない。

 

 

――しかし、その“数秒”に価値がある。

 

 

シグナムは直ぐさまレヴァンティンを構え、斬撃に向かえ撃った。

 

そして、カートリッジをロードし……

 

 

「――紫電一閃ッ!!!」

 

魔力で纏った熱斬撃を作りだし、追り合いから瞬く間にそれを斬り裂いた。

 

 

真っ二つになった赤い斬撃はバラバラに飛び、壁や天井を勢いよく砕いた。

 

 

「――やるねぇ、流石騎士様」

 

軽口を叩くドアだか、内心冷や汗をかいていた。

 

 

紅蓮砲。

 

 

それは“今の状態”でのドアの最強の技だ。

 

それを、カートリッジ一発分の魔力で破られた……

 

 

守護騎士・将。

 

剣の騎士、シグナム。

 

 

――強い。

 

 

ウィルネスのスピードも、ストレイジのパワーも通じない。

 

 

オレに残っている手は……

 

 

「――どうやら」

 

「ッ!!?」

 

ふと我に帰ると、シグナムがレヴァンティンを水平に構えていた。

 

「私は本気で、楽しみたくなってきたようだ……」

 

 

カートリッジをロードし、薬筴が弾ける。

 

そして……

 

 

「レヴァンティン……シュランゲフォルムだ」

 

――刹那、レヴァンティンの形状が変化した。

 

 

両刃から、連結刃――

 

それが鞭のようにしなり、シグナムの周りを囲んだ。

 

 

(なんだ、あれは……? 連結刃?)

 

刃の一つ一つがうようよと動いている様子を見る限り、どうやらあの連結刃はシグナムの意思で自由に動かせるようだ。

 

 

しかも元の剣からは釣り合わないくらいに、長い。

 

 

「……参ったね、こりゃ」

 

唇を噛み、息を吐いた。

 

 

瞬間。

 

 

「行くぞっ!!!」

 

 

シュランゲフォルムの刃が、蛇のように動いた。

 

――あんな不規則な動きに合わせるなっ!!!

 

ドアは右から襲い掛かる刃を受け止め、後ろに流す。

 

しかし肝心の相手が中距離にいるため、反撃ができない。

 

「くそ……」

 

ドアは仕方なく、無理矢理連結刃をいなしながら接近した。

 

それしか、手が無い。

 

しかし、シグナムも動く。

 

「はぁっ!!!」

 

 

視界がシグナムを捕らえている間に、背後から迫る連結刃――

 

 

「チィっ!!!」

 

ドアは振り向き、ストレイジで防ぐ。

 

しかし、それが隙。

 

 

「後ろがガラ空きだぞ」

 

 

「ッ!!?」

 

攻撃を防いだその瞬間、背後から重い打撃が襲った。

 

 

「ぐぁッ!!?」

 

シグナムが肘打ちを食らわしたのだ。

 

ドアは歯を食いしばりながら、体制を立て直す。

 

しかし、その間すら攻撃を緩めない。

 

 

シグナムはカートリッジをロードし、やや柄を引く。

 

 

――そして、ありったけの力で振るった。

 

 

「――飛竜、一閃ッ!!!」

 

 

刹那、連結刃を炎を纏った魔力が包み、凄まじい速度でドアに迫った。

 

 

正に、砲撃級の威力。

 

ドアは腕を引き絞り、再び真っ赤な魔力刃をストレイジに纏わせた。

 

 

そして、振り抜く。

 

 

「――紅蓮砲ッ!!!」

 

真っ赤な斬撃が飛び、飛竜一閃とぶつかる。

 

 

しかし、威力が段違いだった。

 

少しの間格闘したが、飛竜一閃が紅蓮砲の斬撃を食い破るようにバラバラにした。

 

 

――そして、ドアに向かう。

 

攻撃をして防御の手段を失ったドアにできる事は、ひたすらに自身を魔力で覆う事。

 

 

しかしそれすらも虚しく思える程の威力の一閃が、ドアを襲った。

 

 

「がッ……!!!?」

 

 

地面ごと周囲を焼き切るその一閃は、五体を吹っ飛ばし、壁にたたき付けた。

 

爆発痕のような焼け跡が残り、その威力をまざまざと見せ付けられる。

 

ドアはかろうじて立ち上がるが、すでに虫の息だった。

 

 

「――ここまで、か」

 

そう呟いたクロノを、フェイトは切なげな瞳で見た。

 

「…………」

 

 

――一方、シグナムは。

 

「降参は、しないのか?」

 

「ハァ……ハァ……」

 

一時的に連結刃を戻し、しかし隙の無い立ち回りでドアに問う。

 

「……へ、へへ……」

 

 

すでに多大なダメージを負ってるにも関わらず、ドアは笑う。

 

そしてその薄ら笑いのまま、口元を動かした。

 

 

「――ここで屈したら、男に生まれた意味が無いだろうが。覚えときな、嬢ちゃん」

 

「そうか……」

 

シグナムはそっと目を伏せ、レヴァンティンを構えた。

 

 

「――なら、気絶してもらうしかないな」

 

 

連結刃を再び展開させ、真っ直ぐに構える。

 

 

「…………」

 

 

ドアは両剣を力無く構え、すでに短い息を繋ぐ。

 

 

(……これだけは、やりたくなかったがな)

 

 

ドアはストレイジとウィルネスを逆手に構え、腰を低く落とす。

 

そして四股を踏むかの様に両足を構え、息を殺す。

 

 

「…………?」

 

 

その奇妙な構えに、シグナムは首を傾げた。

 

見たことの無い、構え。

 

何かの技か?

 

 

シグナムがそう考えを巡らせていた……

 

 

その、瞬間だった。

 

 

ドアと、目があった。

 

 

「――ッ!!!!?」

 

 

シグナムの背筋に、言い知れない悪寒が走った。

 

全身の毛穴が死滅したかのような、嫌な寒気。

 

まるで触れてはいけないモノに触れたかのような……生存本能に直に問い掛けるアラート。

 

 

――ドアの目は、今までに見た事ない程に冷たく、何かを見据えていた。

 

シグナムは、それは“命”を見据えいるように見えて仕方なかった。

 

 

――その悪寒は、遠くにいたフェイト達にも届いていた。

 

 

「――何、コレ?」

 

フェイトはつい、我が身を摩る。

 

あんな表情のドアを、見たことがない。

 

 

「…………」

 

 

何故すでに虫の息であるはずのドアに、ここまでプレッシャーをかけられるのかはわからない。

 

 

たが、マズイ。

 

 

何が起こるかは、わからない。

 

しかし、確実にマズイ。

 

それだけは、直感から理解できた。

 

 

シグナムは本能的に、ドアに向けて連結刃を振るった。

 

 

出る杭は、打つっ!!!

 

しかし、その連結刃を見据えながら、ドアは両剣を僅かに動かした。

 

 

「――3rdモード、……」

 

 

「待てっ!!!!」

 

正に、その時だった。

 

――クロノがガラスをブチ破って、勢いよく介入してきたのだ。

 

 

「ッ!!?」

 

 

ドアも、シグナムも、クロノの介入に目を見張る。

 

しかし、クロノは止まらなかった。

 

 

「模擬戦は中止だ。結果は引き分け。これでお開きだ」

 

 

「なッ……!!?」

 

「クロノっ!!?」

 

シグナムは声を詰まらせ、フェイトは驚いたように叫ぶ。

 

 

――しかしドアは、微動だにしなかった。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

ドアは膝を付き、デバイスを待機状態に戻す。

 

そんなドアに、クロノは静かに近づいた。

 

「ドア……」

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

今だに息が荒れるドアに、クロノは――

 

 

「君は……今、何しようとした?」

 

「……さぁ、な」

 

「とぼけるなっ!!!」

 

クロノの滅多に無い怒声が響き、周囲は萎縮する。

 

「君は、今、間違いなく、シグナムを殺そうとしたっ!!!」

 

「っ!!!?」

 

その台詞に、シグナムは瞳に驚愕を宿らせた。

 

もちろん、フェイトも……

 

 

「君の3rdモードは、君も、敵も、全てを壊すんだ。それを、君は仲間に向けようとしたんだぞ」

 

「…………」

 

ドアは罰の悪そうな表情で息を吐き、そのまま床に横たわった。

 

「…………」

 

 

しばらくして、ドアは口を開いた。

 

 

「…………すまないな。熱くなりすぎた」

 

「……そうか」

 

 

まるで冷水をぶっかけたように、クロノは直ぐに強張った表情を直した。

 

「……なら、いい」

 

クロノは踵を返し、シグナムに向かい合う。

 

「すまない。邪魔をした」

 

「……いや、いい」

 

いつもと違い、シグナムは冴えない表情でただ頷いた。

 

 

正直、シグナムもホッとしていた。

 

――あの得体の知れない、恐怖の正体。

 

それを知ることなく、事無きを得れた。

 

「――また別の機会に、頼もう」

 

「そうしてやってくれ」

 

それだけを言い、クロノはフェイトの元へヒラリと飛んだ。

 

 

「…………」

 

今だに言葉の見つからないフェイトに、クロノは囁いた。

 

 

「――ドアを、頼んだ」

 

「ッ!!?」

 

 

クロノは疲れを抜くように息を落とし、その場から去っていった。

 

 

「…………」

 

 

フェイトは、揺らいでいた。

 

それと同時に、クロノの言葉が蘇ってきた。

 

 

(――『アイツは減らず口いい加減だが、いい奴だ』――)

 

 

リプロードの捕縛任務の時に語った、あの言葉。

 

 

(――『だからアイツの“何を知っても”』――)

 

 

――その言葉は、強くフェイトの揺らぐ心を叩いた。

 

 

(――『拒絶だけは、してやるなよ』――)

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

――場所は変わり、某所。

 

 

「……くそっ!!!」

 

投げやりな悪態が響く空間。

 

そこは、西洋を思わせる宮殿。

 

アカデミックな魔法学校のような造りの廊下を、一人の男が歩いていた。

 

――そいつはフーレ・オルトス。

 

リプロードのプロトクルス。“第4の実験体”。

 

 

フーレは頭を引っ掻き回しながら、目の前の巨大な扉を蹴破った。

 

そこは、かなり広い空間。

 

 

大会場の如く広いその場所は、まるで清潔感そのもの。

 

質のいい絨毯に、骨董的な価値を感じる随所の装飾。

 

そしてフーレから真っ正面には、まさしく“王座”と呼ぶに相応しい、豪華絢爛の椅子。

 

 

そこに、とある女性が座っていた。

 

「……もう少し優しく開けてくださらないかしら」

 

「緊急事態だっ!!!」

 

王座に礼儀よく腰かけたその女性は、紫色のウェーブがかかったロングヘアーを垂らし、薄い生地の柔らかいドレスを着ていた。

 

気品のある顔立ちで、美しいの代名詞ととっても差し支え無いだろう。

 

「それで、どうなさったのかしら?」

 

おっとりした口調で、女性は言う。

 

「……ゼクロスがいやがらねぇ……あの野郎、どこ行きやがったっ!!?」

 

「……多分、外じゃないですか?」

 

「ああ、だろうなっ!!」

 

「あらあら……」

 

「あらあら、て……」

 

フーレは頭を更に引っ掻き、ため息をついた。

 

「あのなリエーラ……コレは一大事なんだよ。わかるか?」

 

 

「わかりますよ~、それくらい」

 

リエーラはニコニコしながら、平然と言った。

 

 

「――ゼクロスさんが、勝手に管理局を皆殺しにしちゃうって事、ですよね~」

 

「……そうだ」

 

 

フーレはその場に座り、胡座をかく。

 

「一応オレ達はアイツの指示を受けてアプリスで動く為に来たんだ。なのにアイツがいなきゃ動けねぇよ」

 

「あらあら……」

 

「……もういい」

 

 

フーレはダランと横たわり、天井を仰いだ。

 

「それで、どうするんですか~?」

 

「どうしようもねぇよ。ゼクロスが動いたってんなら、もう手遅れだ。事後処理が忙しくなる」

 

「それは、大変ですね~」

 

 

フーレは目尻を掻き、投げるように呟いた。

 

 

「――どっちにしろ、管理局の連中がアプリスの地を踏むことはねぇよ」



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Ⅵ Panic factor

「――航空状態に異常はないか?」

 

「はい、特には」

 

「予定に遅れは?」

 

「出ていません」

 

「出現予定地域のイレギュラー調査は?」

 

「98%セーフティーです」

 

「よし。予定通りだ」

 

 

クロノは軽く頷き、艦のブリッジで仕事をしているクルーに向けて激励を送る。

 

 

「到着まで後40分弱だ。気を引き締めてくれ」

 

了解っ!! とハキハキとした返事が飛び、クロノは満足そうに頷いた。

 

 

「…………」

 

とりあえず、次元航海に問題はなさそうだ。

 

 

――問題があるとすれば、それは艦隊の中……

 

ドアの事だ。

 

一応熱くなった頭を冷やしてもらう為に自室で休む事を命じたが……

 

 

――まさかアイツに、まだ“あんな部分”が残っていたとは……

 

「…………」

 

正直、模擬戦で負った外傷よりも、心のケアの方が重要だろう。

 

アイツに殺しの記憶を蘇らせるのは、トラウマに回帰させるに等しい事だ。

 

 

そんなアイツを、癒せる人物がいるとすれば……

 

 

「――“君”しか、いないだろうな」

 

クロノはそんな言葉をそっと呟き、嘆息に息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、艦の個室。

 

局の隊舎の個室ほどの広さで、フェイトの執務室ほどではないが色々と用品が置いてある。

 

 

――それらのシングルベッドの上に、オレは身を投げていた。

 

虚ろな眼差しを天井に向けながら、力無く呼吸を繰り返す。

 

「…………」

 

 

――オレは、何をしてるんだろうか?

 

そんな事を思いながら、ふと自分の手の平を視界に持ってくる。

 

血に塗れた、人殺しの手。

 

クロノの言う通りだ。

 

オレはあの時間違いなく、模擬戦を忘れていた。

 

模擬戦というセーフティーな垣根を壊し、“殺し”に持って行こうとした。

 

なんの事はない。

 

 

――オレはただ単純に、戦いに高揚していたのだ。

 

オレと同等、またはそれ以上の実力者と相対し、剣を交じらせた時にだけ得られる脈動する鼓動に似た、あの感覚。

 

互いにぶつかる、剣戟。

 

立ち込める、硝煙。

 

ベタつくような血の匂い。

 

そして、削り合う“命”。

 

 

戦いにおけるそれら全てに、オレは完全に呑まれていた。

 

陶酔してた、とも言えるだろう。

 

オレも、人の事は言えない。

 

いくらクールに、シニカルに、ハードに振る舞おうが、オレも所詮はバトルマニアだ。

 

 

――結局オレは、6年前から何にも変わっちゃいない。

 

 

変わっちゃ、いないんだ。

 

「…………」

 

オレはすっかり緩んだ眉間に触れてみる。

 

その時だった。

 

コンコン、と誰かが部屋をノックした。

 

誰が来たのかを考える前に、オレは口を開いた。

 

 

「……今は、来ないでくれるとありがたい」

 

そう呟いた矢先、扉が開いた。

 

 

全く、オレのリクエストはクールにシカトらしい。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……何の用だ、フェイト?」

 

オレはふて腐れたような態度で、ベッド脇に佇むフェイトを一瞥した。

 

「…………」

 

「……ま、招いた訳ではないが座ってくれ」

 

「あ、ありがと……」

 

オレが座るように促すと、フェイトはやや躊躇がちに椅子に腰掛けた。

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

それからは、重い沈黙だった。

 

向こうから来たにも関わらず、フェイトは一向に口を開かない。

 

全く、どうせ来るなら言葉を用意してから来てほしいモノだ。

 

 

――なんて、悪態をつける立場にはいないがな。

 

オレはそんな沈黙が嫌になり、自分から切り出した。

 

 

「――“満ちたりた愛よりも、飢えた愛の方が強い”」

 

「え?」

 

「昔、オレに女遊びを教えてくれた奴が言った台詞だ」

 

この台詞は、今でこそオレが掲げる座右の銘として輝いている。

 

「愛ってのは、遊んでる時は満ちていって、気がつけば器いっぱいに溜まっている。捨てるに捨てられないから、その愛を他人に分けてやろうと惚気話をする。けどまだ満ちている。次にやるのは喧嘩だ。その器いっぱいの愛が、実はカラじゃないかどうか確かめる為にな。けど、それは確かに愛だった。けど、満ちていた。だから、男と女ってのは遊んでると飽きるんだよ。――もう、そこに愛は継ぎ足せないから」

 

これは、自然界では不変の法則だ。と、少なくともオレは思っている。

 

「けどな、男と女が真剣に向き合うと、そこに生まれてくるのは飢餓感なんだよ。今度の愛は満ちていかず、逆に飢えていく。飢えて飢えて、腹が減って仕方ないから、相手を求める。けどどんだけ相手を求めても、貪っても、愛に飢えていく。だから、互いに相手を放せない……」

 

「…………」

 

「――“永遠の愛”、なんてモンがもしこの世にあるなら、オレは“飢えた愛”がそれに1番近いんだと思う」

 

――ここで、オレは気づいた。

 

オレは何が言いたいんだ?

 

ただ沈黙が嫌で、あのバカ野郎の話を持ち出したが……変な方向に行きそうだ。

 

「……けど、それは満たされてるハズだよ」

 

「?」

 

そんな風に思案していると、フェイトがようやく喋りだした。

 

「愛って満たされるとかされないとか、そんなんじゃないと思うな……もっと身近にあって、暖かい……“ただそこにある”だけの存在、なんじゃないかな」

 

「…………」

 

なるほど、ね。

 

……経験皆無のお子様でも、美人が言うと妙に納得してしまうのは魔法だろうか?

 

「……まぁ、いいじゃないか。そんな事は」

 

「え?」

 

オレはベッドから降り、首の骨を鳴らしながら備え付けのクーラーボックスからミネラルウォーターを取り出し、一口含む。

 

「――それより、オレは君の用件を聞いていない」

 

「あ、そうだね……えと……」

 

と、フェイトは小さく咳ばらいし、話し始めた。

 

「ドア……大丈夫かな、て」

 

「何がだ? オレはいたって健康体だぞ」

 

「そうじゃなくて……ちょっと、いつもより元気なさそうだったから」

 

全く、よく見てらっしゃる。

 

……て、誰だってわかるか。

 

どうやらフェイトは、模擬戦でちょっとやらかしたオレが傷ついてないか心配してくれたらしい。

 

「……優しいな、君は」

 

「え?」

 

「いや、何でもない」

 

言葉をごまかす様に、再び水を含む。

 

オレはミネラルウォーターをデスクに置き、ベッドに腰掛けた。

 

「心配しなくても、オレは元気だ」

 

「ホントに?」

 

「ああ」

 

「ホントのホントに?」

 

「子供か、君は」

 

えへへと笑うフェイトを見て、オレも不思議と口元が緩んだ。

 

その緩んだ笑顔を見てると、さっきまで頭にのしかかっていた重い何かがスルリと落ちていく。

 

「…………ハハッ」

 

「ハックションッ!!!」

 

オレが笑いを飛ばした瞬間、どこかから突飛なくしゃみが聞こえた。

 

「…………」

 

「…………」

 

オレとフェイトは顔を合わせ、互いに首を捻る。

 

少なくともオレではない。

 

もちろん、フェイトでもない。

 

――て、ことは?

 

 

「…………」

 

オレはさっきまで自分が寝ていたベッドを敵を見つけたかのように睨みつけた。

 

 

……まさか。

 

 

「…………」

 

 

オレはベッドの足を引っつかみ、軽く持ち上げた。

 

フェイトと一緒に生まれたベッドと床との隙間から、下を覗き込むと……

 

「――何してんだ?」

 

「ありゃりゃ……」

 

 

――ネズミのように身を縮めているリープの姿があった。

 

バツの悪そうにチロリと舌を出し、のそのそとベッドの下から這い出てくる。

 

「リープッ!!?」

 

「こんにちわ、フェイト」

 

「こんにちわ、じゃねぇよコラ」

 

オレはリープの首ねっけを掴み、その軽い体を持ち上げた。

 

「ちょ、離しなさいよっ!! バカ、変態っ!!」

 

「バカはお前だ。いつの間に忍び込みやがった?」

 

「…………」

 

瞬時に口を閉じやがったリープを、オレはベッドにたたき付けた。

 

「ぷぎゅっ!!!」

 

ぷぎゅ、じゃねーよ。

 

「――フェイト、バインドでふん縛っちまえ」

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「離してよっ!! もう、バカっ!!!」

 

「フェイト、教えてくれないか? やたらうるさい生意気なガキを黙らせるにはどうしたらいいのか」

 

「……とりあえず、引きずるのをやめようね」

 

そんな会話をしながら、オレはリープの服を掴んで引きずっていた。

 

とりあえずブリッジに行って、この不法侵入者をクロノに突き出さねばならない。

 

ついでに言うならば、ようやく艦隊がアプリスに到着したようだ。

 

一度ミーティングを行いたいと言ってきたので、まぁついでだ。

 

「というか、何でお前は艦に乗り込んだりしたんだ?」

 

「…………」

 

また黙秘かよ。

 

「アプリスから来たお前が、何でわざわざアプリス行きの艦に密航する必要があるんだ、って聞いてるんだ」

 

「……言わなきゃ、ダメ?」

 

なんて生意気にも上目遣いしてきやがったので、オレはジグザグに引きずってやった。

 

「ちょっと止めてっ!!! 痛い、バカ、変態、ノロケ、除き魔っ!!!」

 

うるさい。誰が除き魔だ。

 

ほら、おかげで隣のフェイトが顔を赤くして距離開けちゃっただろうが。

 

そんなこんなで、オレ達はブリッジにたどり着いた。

 

すると自動ドアが開いた瞬間、凄まじい光景が目に飛び込んだ。

 

「うお……」

 

「――凄い」

 

ブリッジのメインモニターに映された景色は、それはそれは絶景だった。

 

――雲一つ無い、パレットに広げたような青空。

 

――宝石のような輝きが眩しい、太陽。

 

 

――そして何より、一面に日光が照る、エメラルドブルーの大海洋。

 

 

そんな景色が、広がっていた。

 

「ここが、アプリスか……」

 

 

「ああ」

 

横からクロノがひょっこりと現れ、モニターに視線をやる。

 

「惑星ミトラスの地表面積の約98%は濁りの無い海洋だ。観光エリアは僅か2%の人工島のみ」

 

「なるほど。こんな見惚れる景色がそこら辺にある場所なら、確かに住みたいね」

 

「本当に、凄く綺麗……」

 

目をキラキラさせながら景色に見とれるフェイトが、それを証明していた。

 

確かに光化学スモッグが1mmも無い空は、賭値無しに憧れる。

 

「……所で」

 

「?」

 

クロノは目を掻きながら、オレの手元を指差した。

 

「君の左手にいる、その子は?」

 

「――このガキ、実は……」

 

 

オレがリープをクロノに突き出そうとした……

 

 

その瞬間だった。

 

 

「提督っ!!!」

 

ブリッジを管理していたクルーの一人が、モニターを指差した。

 

「どうした?」

 

「ぜ、前方に、謎の人影が……」

 

「?」

 

クロノを含め、オレ達はモニターに目線をやった。

 

するとモニターに移る海と空の地平線の中央に、確かに人影があった。

 

「魔導師か?」

 

「いや、それが……魔力反応がありません」

 

「何?」

 

てぇ事は、アイツは魔法とは別の何かで浮いているって訳か。

 

にしても、不気味だな。

 

「モニターを拡大してくれ」

 

「は、はい」

 

クルーが操作し、モニター上の人影が大きく映る。

 

拡大されたそいつの姿は、黒いローブで全身を包まれていて、顔は勿論、体格ですらあやふやだ。

 

「……まさか、再生団《リプロード》か?」

 

「マジかよ」

 

可能性はある。

 

アイツら、いきなり先制を……

 

いや、それ以前に……

 

何で、今回のこの作戦がバレてるんだ?

 

やはり、管理局内部にスパイが?

 

「――私が確認してくる」

 

すると、フェイトが様子見に名乗りを挙げた。

 

「いいのか?」

 

「うん。ドアもシグナムも、さっきの模擬戦で疲れてると思うし」

 

「それはありがたいが……」

 

だがもしヤツが再生団《リプロード》の一員で、かつプロトクルスだったら……

 

様子見のつもりで出れば、確実に痛い目を見る。

 

しかし、フェイトならそんな愚は犯さないだろう。

 

「……なら、油断はするなよ」

 

「わかってるよ」

 

フェイトは振り向き、ブリッジを駆け足で出た。

 

「…………」

 

オレは再び、モニターに目をやった。

 

 

「……どう見る?」

 

「不気味、の一言だな」

 

黒いローブを纏った、魔力を持たない存在。

 

なのに、飛行が可能。

 

もしヤツがプロトクルスなら、あの8本腕のジグよりも強敵である可能性が高い。

 

「……スピードの土俵なら、まず負けないだろうが」

 

「だが、それ以上に……」

 

 

ヤツの得体が知れない。

 

そんな不気味な雰囲気を、感じざるを得なかった。

 



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Ⅶ Panic factor2

澄み切った空を切り取ったかの様な景色に、私は数秒見とれた。

 

けど気を引き締め直し、ハッチから飛ぶ。

 

空に体を投げ出し、スカイダイビングしてる最中にバリアジャケットを展開した。

 

「バルディッシュッ!!!」

 

「――Yes sir」

 

インパルスフォームとバルディッシュを身を装着し、体で空を切る。

 

 

「――こちらフェイト。聞こえる?」

 

『こちらクロノ。確認した』

 

どうやら唯一の不安要素だったミトラスの大気でも、念話は通じるようだ。

 

「今から目標と接触します」

 

『ああ、くれぐれも注意してくれ』

 

了解、と返した後通信を切り、私はクラナガンとは違う広々とした空を滑空した。

 

目標は、すぐに見つかった。

 

黒いローブを来たその人は動きを見せず、ただユラユラと佇んでいるだけ。

 

私はバルディッシュをハーケンフォームで構え、息を吸い、声を上げた。

 

「――時空管理局、フェイト・T・ハラオウンですっ!!」

 

「…………」

 

「どうか、ご同行お願いできませんかっ!?」

 

「…………」

 

しばらくの間、目の前のその人は無反応だった。

 

 

「――あの~」

 

 

「…………ドォ」

 

 

「ッ!!?」

 

刹那、黒いローブがこちらを向いた。

 

「……ドォーー……ドォーー……」

 

謎の雄叫びを上げながら、こちらに近づいて来る。

 

私は自然と距離を取り、背中に冷や汗をかいた感覚を覚えた。

 

(何なの、いったい?)

 

明らかに、普通じゃない。

 

フェイトも執務官ゆえ、それなりに場数は踏んでいるつもりだ。

 

実際に相対した次元犯罪者の数も、そこら辺の武装隊と比べても桁違いだと自負はしている。

 

 

その中には強い魔導師や、質量兵器に頼る一般人。

 

力量に関わらず、常人、狂人、悪人、異端者……

 

 

様々な力や意志を持った犯罪者達をたくさん見てきた。

 

 

――しかし、目の前の“ソレ”は、そのどれらにも当て嵌まらない。

 

力も、意志も、その正体も……

 

 

「…………くっ……」

 

 

コレは本当に魔導師なのか?

 

いや、それ以前に……

 

――目の前にいるのは、本当に人間か?

 

そんな泥のような迷いが頭に差し込み、バルディッシュを握る手に汗が滲む。

 

 

――刹那。

 

 

「ドォーーッ!!!」

 

 

「ッ!!!?」

 

ヤツの全身から、漆黒の濃粒子が吹き出てきた。

 

それらはシミのように広がり、清閑な青空を闇色に染めていく。

 

正に、闇に支配された空。

 

フェイトはその不気味な光景に、必要以上に距離を取った。

 

 

(何なの、アレ……)

 

今までに見たことの無い類いの現象。

 

 

故に、アレが攻撃なのかすら、判断できない。

 

そんな不可解なモノに、触れる訳にもいかない。

 

しかし。

 

「ドォーーッ!!!」

 

 

唸りのような掛け声と共に、その漆黒の粒子は触手のような形を成し、フェイトに迫った。

 

「ッ!!?」

 

フェイトは速度をかけ、空を駆け回る。

 

触手は数を増やしていき、凄まじいスピードでフェイトを捕らえようとする。

 

「この……ッ」

 

体を捻り、直進する触手を躱す。

 

飛沫のような粒子はそれぞれが意志を持ったように動き、また更に形を成していく。

 

まるで、蚊の群れが動いているかのようだ。

 

 

(このまま逃げてても、キリがないっ!!)

 

フェイトは身を翻し、バルディッシュを振りかぶる。

 

「――ハーケンセイバーッ!!!」

 

 

金色の鎌形魔力刃を回転させながら飛ばし、迫る触手を切り裂いていく。

 

しかし形が崩れただけで、また直ぐに粒子は群れを成す。

 

 

「くっ……」

 

単純な魔法攻撃は効かない。

 

あの粒子そのものを消滅させる魔法じゃないと――

 

 

フェイトはまた閃光のように空を翔け、ヤツから上のポジションを取った。

 

こうなった、術者ごと――

 

 

フェイトは自身の周りに雷を帯びたフォトンスフィアを展開させた。

 

それも、通常の数倍近い量の。

 

「――フォトンランサーッ!!!」

 

 

掛け声と共に、そのスフィア達は真っ直ぐに迫る粒子に向かい、雨のような攻撃を与えた。

 

怒涛の連撃に粒子は散り、形を成す暇もない。

 

 

――攻撃が終わると、漆黒の粒子達はさ迷う蝿の様に辺りをユラユラと漂っていた。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

フォトンはバルディッシュを握り直し、その様子を静観していた。

 

 

しかし、変化は直ぐに訪れる。

 

「――ッ!!?」

 

 

粒子達はまた統制を取り戻したかのように動き出し、触手を成していく。

 

 

「くっ……まだ……っ!!」

 

 

斬撃も、射撃も無効化する粒子。

 

こんな魔法、見た事がない。

 

 

――いや、これは本当に魔法なのか?

 

 

そう思考を巡らせていた、その時だった。

 

 

――周囲を、闇が包んだ。

 

「ッ……しまっ」

 

悪態を言い切る前に、漆黒の粒子がフォトンの身体を包み込む。

 

油断した。

 

あれだけ、ドアに油断するなと言われたのに。

 

 

必死に振り乱すが、粒子はまるで力を持ったかのように身体を押さえ込んでくる。

 

「……う、動けない……ッ」

 

どれだけ力を込めても、身動き一つ許されない。

 

すると、フェイトの目の前に黒いローブが現れた。

 

「……ドォ――」

 

 

「――あなたは、何者……なの?」

 

喉から絞るように、フェイトが聞く。

 

――しかし、目の前のソイツは一切反応しない。

 

 

「何が……目的、なの?」

 

「…………」

 

回らない舌を回すフェイトだが、その過程で妙な違和感を覚えた。

 

まるで、人と話している感じではないのだ。

 

その印象に、背筋が凍る思いだった。

 

――無限の闇に包まれたような、究極の無。

 

何もない宇宙にいきなり放り出されたような感覚に、フェイトは全身が震えた。

 

 

攻撃を受けた訳ではない。

 

寧ろ、まだダメージはない。

 

ただ、拘束されただけ。

 

 

なのに、この胸を圧してくる恐怖は何なのだろう?

 

こんな事は、初めてだった。

 

 

――その時だった。

 

 

 

 

“――……ケテ……”

 

 

 

声が、聞こえた。

 

 

「――?」

 

 

まるで、脳に直接問いかけてくるような、幼い声。

 

 

 

“――……スケテ……”

 

 

フェイトはその声の主を探そうと周りを見渡すが、誰もいない。

 

いるのは、目の前にいる得体の知れない敵だけ。

 

 

しかしフェイトは、そんな得体の知れないヤツを、恐怖ではなく確認の意で見つめた。

 

 

すると。

 

 

“――タスケテ”

 

 

「ッ!!!?」

 

 

聞こえた。

 

 

ハッキリと、聞こえた。

 

 

助けて、と。

 

 

「……まさか、君?」

 

フェイトは拍子抜けしたような声で、そう聞いた。

 

「…………」

 

 

しかし、ヤツは答えない。

 

答えてくれない。

 

また、その刹那だった。

 

 

「オイ」

 

今度は、聞き慣れた声だった。

 

そして、後ろから抱きしめられるように掴まれ、闇から掬われるように視界が晴れた。

 

「キャッ……」

 

風を切る感覚を身に感じ、ふと肩に手を置かれる。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「……ドア」

 

 

そこにいたのは、勿論ドア。

 

声を聞いた時から、わかっていた。

 

フェイトはホッとしたように表情を緩ませ、ドアから離れる。

 

「その様子じゃ、大丈夫そうだな」

 

「――うん、ありがと」

 

不思議と、声が弾んだ。

 

「……で、何なんだアイツは?」

 

フェイトはドアと一緒に、闇を纏うヤツを見た。

 

「わからない……でも攻撃は何やってもすり抜けちゃう……」

 

「それは見てた。それより、あの黒いモヤモヤしたヤツは?」

 

「あ、アレも攻撃は効かないよ。でもダメージは無いかな」

 

「――そうか」

 

ドアは満足げに頷き、デバイスを展開させた。

 

両剣を握り、構える。

 

「そんだけわかれば、十分だ」

 

瞬間、ドアは飛んだ。

 

「ドアッ!!」

 

ドアはヤツの方へ向かっていき、ストレイジを粒子に向けて振り抜いた。

 

しかし当然のように、粒子は形を崩しただけ。

 

また直ぐに再生する。

 

しかし、ドアはそれに目も止めなかった。

 

目の前に憚る粒子を、ただ黙々と斬り裂く。

 

 

「……そうか」

 

 

ドアの狙いは、粒子を攻略する事じゃない。

 

むしろ、そんなものはどうでもいい。

 

ダメージが無い攻撃等、関わるに値しない。

 

それよりも、“本体”なのだ。

 

「らぁっ!!」

 

ドアは壁のように塞がる闇を、ぶった斬る。

 

そして、ヤツの前に踊り出た。

 

「……一刀」

 

 

“本体”を叩く事が、何よりも重要なのだ。

 

 

互いに目が会う。

 

そしてドアは、構えた。

 

「――白斬《しらぎく》ッ!!!」

 

一瞬にしてウィルネスを縦に振り抜き、ヤツを一刀両断した。

 

 

――白斬《しらぎく》。

 

ドアの剣技の中で、最速の居合技。

 

 

一線がヤツの身体を縦に沿って入り、時間差でヤツはパカッと真っ二つに割れた。

 

 

――しかし、そこから吹き出たのは血ではなく……

 

「……ッ!!?」

 

 

「キャッ!!!」

 

 

――夥しい量の、粒子だった。

 

「ちっ……」

 

ドアは舌打ちしながら、防御の姿勢を取る。

 

まだまだ吹き出る粒子は空中で一カ所に固まり、浮遊しながら形を象っていく。

 

 

そして全てが吹き出た事には、その粒子はまた元の形に戻っていた。

 

「……なんつー身体してるんだよ」

 

ヤツは……再生したのだ。

 

「真っ二つにされて生きてるか、普通?」

 

ドアはヤツを睨み、出方を伺う。

 

「けどまぁ、コレでハッキリしたな」

 

ドアはデバイスを待機状態に戻し、急いで踵を返した。

 

「……ドア?」

 

「帰るぞ」

 

「えっ!!?」

 

「クロノが今瞬間転移をスタンバってる。あんなバケモン相手にしてられっかよ」

 

それは、確かに一理ある、とフェイトは思った。

 

あんな無敵に近い敵を相手にしてては、日が暮れる。

 

だが、放っておくには余りにも危険過ぎる。

 

「で、でも……」

 

「いいから」

 

ドアはフェイトの手を引き、待機している艦隊へ向かった。

 

「う、うん……」

 

フェイトは頷き、一度だけヤツを肩越しで見た。

 

「…………」

 

どうやら追ってくる様子は無いようだ。

 

もしかしたら、こちらから仕掛けたからこそ、向こうも襲ってきたのかもしれない。

 

それに……あの“声”

 

“助けて”という、幼い声。

 

あれがどうにも引っ掛かっていた。

 

あの得体の知れない敵と、その助けを求める声……

 

わからない事だらけだ。

 

そんな悩みを胸に抱えたまま、フェイトは艦隊へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

「……計画は今どの段階だ?」

 

『は……既に最終段階まで……』

 

「ディープドームに仕掛けたアレは?」

 

『既に整っております』

 

「そうか……ならそのままのペースで確実に事にあたれ」

 

『――了解しました』

 

ガチャ、と回線が切断され、フーレは通信機を仕舞う。

 

ここは、とある喫茶店。

 

アプリス内の領土に位置する、オーシャンビューを一望できるオープンカフェだ。

 

フーレはそこのテーブルでアイスコーヒーを嗜みながら、通信機をいじくる。

 

「……計画も、後少しか。そうなればこの国も、もう……」

 

 

そう呟いた、直後だった。

 

通信機が鳴り出したのは。

 

フーレは回線を開き、通話ボタンを押した。

 

「……こちらフーレ・オルトス。どうした?」

 

 

『――僕だ、フーレ』

 

 

「ッ!!?」

 

フーレは手元のアイスコーヒーを落としそうになった。

 

 

「――ゼクロスっ!!!」

 

『仕事は頑張っているかい?』

 

通信機から聞こえてくるその声は若く、淡々とした調子だ。

 

「それよりお前……今いったいどこだ? 仕事をサボって何をしている?」

 

『何って……今アジトにいるよ』

 

その言葉にフーレは声の調子を外した。

 

「何っ!!? お前、アプリスに侵入してくる管理局の連中を片付けてたんじゃないのかっ!!?」

 

『何で僕がそんな“つまらない事”をしなくちゃならないんだい? 時間のムダだよ』

 

ゼクロスは呆れたように言う。

 

『ゴメンだけど、今回の仕事にはもう飽きたよ』

 

「な、何っ!!?」

 

『毎日毎日質量兵器の番は退屈さ。だからアプリスの仕事は君に任せるよ。それじゃ、また今度』

 

それを最後に向こうは切ろうとしたが、追伸が入った。

 

『……あ、お土産に“南国まんじゅう”お願いね』

 

今度こそ通信が切られ、フーレは唖然とした表情をしていた。

 

そして我に返ると、フーレは通信機を引っつかみ、その場で軽く握り潰した。

 

メキメキと金属が曲がり、破片が飛び散る。

 

「……なんでウチの連中はこう……」

 

怒りに震えるフーレを宥める者は、ここにはいない。

 

とりあえずひとしきり怒りをグチャグチャの通信機に向けた後、フーレはアイスコーヒーを飲み干した。



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Ⅷ Paradise

あの不気味な、闇野郎。

 

ソイツから逃げる為に、オレ達は艦隊の緊急用システムである空間転移を使って、アプリス付近の海上まで一気に移動した。

 

幸いオレとフェイトにダメージは無かったが、もしヤツに殺傷能力があったのなら、コレでは済まなかっただろう。

 

転移した先でオレ達は、少々情報の整理を行った。

 

まずアプリスに潜入する際の注意。

 

まず不用意に現地の人と関わらない事が大原則だ。

 

そしてもし万が一、再生団《リプロード》の構成員を見つけたなら、直ぐに近くの局員に連絡し、確保する事。まぁ各自の判断でオッケーだろう。

 

だがオレは、既に連中にはオレ達が潜入している事はバレている、と思っている。

 

アプリスに来て早々にあんな不気味かつ得体の知れない敵に遭遇。

 

アレは間違いなく、“プロトクルス”だ。

 

少なくとも、オレはそう睨んでいる。

 

そして、“ヤツ”の事……

 

戦っている間もクロノにヤツをサーチしてもらっていたが、確証のあるデータは得られなかった。

 

 

――つまりヤツは、今まで管理局の誰しもが相手をしたことの無いアンノウンという事になる。

 

ヤツが“プロトクルス”であると睨んでいる根拠はそこだ。

 

 

それらの注意を再確認しつつ、オレ達は艦隊から小型船に乗り換え、アプリスへとたどり着いた。

 

 

“ようこそ、空の楽園アプリスへ”というバカデカイ立て看板に迎えられ、オレ達はアプリスの国境へと入っていった。

 

偽の身分証明書を向こうの管轄に提示し、アプリスでの仮住民票を発行。

 

 

コレでオレ達は、一時的にアプリスの住民になれた訳だ。

 

まぁ向こうからは観光に来た団体客にしか見えないだろう。

 

 

――それからオレ達は事前に予約しておいたホテルに到着し、各客室で待機していた。

 

 

「…………」

 

客室に入ってのオレの第一印象は、まさしく“楽園”。

 

南国を象った壁紙に、爽やかな空気。

 

明らかにマイナスイオンの量が違う。

 

呼吸するにも新鮮さを感じられ、オレは即座にフカフカそうなベッドにダイブした。

 

モフッと音が聞こえる位の柔らかさに、オレは早速眠りに付きそうだった。

 

「……ア~……素晴らしい」

 

まさしく、楽園だ。

 

まさかホテルの部屋だけで、ここまでのサービスがあるとは……

 

他にも部屋には最新のクーラーボックスに一人ではもったいない位のバスルーム。

 

スムージーをいつでも飲めるジューサーに、棚には大量のフルーツが完備されている。

 

更には電話一本で極上マッサージや五つ星ルームサービスなど、まさにいたりつくせり。

 

――これでスウィートクラスの二つ下のランクの部屋なのだから、アプリスは怖い。

 

まさに、サービスに特化した企業大国だ。

 

勿論、アプリスの素晴らしさはこんなものではない。

 

ホテルのサービスなど、末端の末端の末端だ。

 

「フ~……」

 

こんな素晴らしい所、隣に女がいれば言うこと無しだったが、生憎世の中はそこまでの贅沢は許してくれないようだ。

 

オレがフカフカの羽毛ベッドをゴロゴロと楽しんでいると、ポケットの通信機がベルを鳴らした。

 

無視したいのは山々だが、部屋に直接来られるよりかはマシだ。

 

「……何だ?」

 

『――楽しんでいる所悪いが、打ち合わせの続きをやるぞ』

 

クロノの野郎だ。ファッキン。

 

「さっきやっただろ。嫌というほどな」

 

『あれは注意事項の確認だ。今からは任務の細かい概要を伝えたい』

 

「今言ってくれないか? ベッドの上の方が聞き取りやすい」

 

『僕もそうしたいのは山々だが、それではいつ君が眠りに落ちるかわからないんでね』

 

確かに、的を射ている。

 

「……わかった。クソ、わかったよ」

 

『わかったなら早く来てくれ。53階の53D27という部屋だ』

 

通信が切れ、オレは投げやりに舌打ちをした。

 

「……せめてマッサージを受けてから連絡して欲しかったものだ、ファッキン」

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

それからオレは仕事を嫌がる身体を引きずって、来たくも無いクロノの客室の扉をノックした。

 

「ヘイ、来てやったぞ」

 

オレは返答を待たずに扉を開ける。

 

心なしか部屋がオレの客室より広いと感じるのは、オレの心が狭いからだろうか?

 

「来たか。待っていたぞ」

 

待たれても、全くうれしくは無いが。

 

部屋にはクロノは勿論、フェイトとシグナムが腰を落ち着けている。

 

そして、もう一人……

 

「初めまして、ケルビン・ジューダラッドです」

 

「……ああ、よろしく」

 

真面目そうな優男の差し出された手を、オレは淡々と握る。

 

「彼は僕の監査隊の隊長なんだ」

 

「はい、よろしくお願いします。ケリウスさん」

 

丁寧にお辞儀をするケルビンを、オレは妙に冷めた感じで見ていた。

 

監査隊の隊長?

 

こんな優男が?

 

人は見かけにはよらない、とは言うが……

 

「……ま、それはいいが……」

 

オレは眉を震わせながら、フェイトの傍らで我が物顔をしといる“ソイツ”を睨みつけた。

 

「ここに不法侵入者がいるってのは、どういう悪ふざけだクロノ?」

 

――オレの目線に気づいたリープは、首を傾げながらこちらを見る。

 

「……え、私?」

 

「当たり前だ、ネズミ女」

 

「だ、誰がネズミ女よっ!!!」

 

髪を振り乱し、いきり立つリープ。

 

その様子にクロノは軽くため息をつきた。

 

「――彼女はアプリス出身なんだろ? なら我々よりも現地には詳しいハズだ」

 

「任務に協力してくれれば、黙ってついて来た事には目をつむってくれるってね」

 

そう自慢げに言うリープに、ドアは管理局という組織のユルさを感じた。

 

 

「――それじゃあ、始めるぞ」

 

オレは壁に寄り掛かりながら、クロノが打ち合わせの合図に手を鳴らす様子を見ていた。

 

「今回アプリスで主な目的は二つ。一つは質量兵器の密輸の証拠を掴む事……そしてもう一つは再生団《リプロード》のメンバーの確保だ」

 

クロノはケルビンに目配せし、彼は脇のカバンから一つの資料を取り出した。

 

「……これはアプリスにおける主要都市の内情を示したものです」

 

テーブルに広げられた資料には、アプリスの地図と一緒に人口密度やら所得割合やらのグラフがゴチャゴチャと書かれていた。

 

「かい摘まんでいいますと、ヤツらが質量兵器を保管していると思われる場所は二つ……一つはアプリス南部にあるスラム街の“アウラタウン”」

 

「アウラタウン?」

 

「簡単に言えば、ホームレスのたまり場よ」

 

ホームレス? アプリスに?

 

「ほら、このアウラタウンだけ異様に所得割合が低いでしょ」

 

リープが指差す場所のグラフは、確かに割合で言えば他より伸びが無い。

 

「空の楽園~なんて言われてても国である以上、アラは必ず出てくる。むしろ余所からお金が入ってくる分、経済格差もシャレになっていないわ。その経済ヒエラルキの最下層にいる人達が集まるのが、このアウラタウンって訳」

 

「……よくわかった」

 

つまり経済的にも貧困している場所に、アプリスの自治は行き届かない。

 

つまり、犯罪しやすい場所って訳だ。

 

「それで、もう一つの場所が……」

 

ケルビンは地図のとある場所を指差した。

 

 

「――ここ、ディープドームです」

 

「ディープドーム?」

 

「……アンタ、物を知らなさ過ぎよ、それ」

 

リープのバカにしたような口調に、ややカチンと来た。

 

「まず大まかに言うとね、アプリスは基本的に三つのエリアに別れるの」

 

リープはテーブルの上に置いてあったペンを掴み、資料の白紙部分にサラサラと書いていく。

 

「まず一つはアプリスの天空に位置する、“天空王宮”」

 

天空王宮と書き、サッと下線を引く。

 

「ここはアプリスの王族が住む天空の島……私達が今いる場所の3000メートル位上にあるわ」

 

次にリープは天空王宮と書いた所の下に、“安住地”と記す。

 

「その下……つまり私達の今いるこの島が第二のエリア、“安住地”よ。ここは基本アプリスの国民全てが住むエリアで、主にホテルや住宅街が並ぶわ。アウラタウンもこのエリアにある」

 

そしてリープは“安住地”と書かれた場所から下に向けて線を繋ぎ、大きめの字で“ディープドーム”と書いた。

 

「そして私達の下にある三つ目のエリア……そこが“ディープドーム”よ」

 

「……ちょっとまて」

 

オレは髪の毛を掻きながら、白紙に書かれたディープドームの字を指で叩いた。

 

「天空王宮や安住地はよくわかる……だが私達の下って、下は深海だぜ? ディープドームってのは竜宮城かオイ?」

 

「……ま、竜宮城って表現もあながち間違ってはいないわね」

 

どういう事だ?

 

竜宮城?

 

「ディープドームはね……海にあるのよ。それこそ、竜宮城みたいにね」

 

 

「オイ、冗談はよせよ。オレ達にウラシマになれってのか?」

 

「話は最後まで聞いてよね」

 

しかし、いくら何でも……

 

「ディープドームは安住地から地下300メートル近い海の底に作られた、言わば深海のドーム。海の底にバカデカい半球体ガラスを置いた、て言った方が想像しやすいかしら」

 

……確かに。

 

「中は基本的に娯楽施設よ。カジノやスパやバー。レストランにレジャータウン。そんな遊び場をギュウギュウに詰め込んだような場所よ」

 

「つっても深海だぞ。どうやって行き来するんだよ?」

 

「ドームの上部に、安住地と繋がっている直通のエレベーターがあるのよ。150基ぐらいあって、どれもゾウが乗ってもびくともしない造りになってるわ」

 

安住地とディープドームを繋いだ線を指で叩きながら、リープは続けた。

 

「つまりアプリスは空陸海にそれぞれエリアがあって、効率的なリゾートを作ってるって訳よ」

 

――何だか、絵本を現実にしたような国だな。アプリスってのは。

 

天空の城に、竜宮城。

 

おとぎの国も顔負けだな。

 

「……よくわかったよ」

 

つまりレジャーのたまり場であるディープドームに、誰も質量兵器があるなんて思わない、と言った所か。

 

「――リープさんの言った通り、ディープドームは海にあります」

 

ここでケルビンが、話を元の軸に戻す。

 

「我々はこの二つの場所を重点的に捜査し、質量兵器の尻尾を掴みます」

 

「……という訳で、まず最初に捜査する場所は――」

 

 

クロノは地図の、とある場所を指差した。

 

 

「――アウラタウンだ」

 



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