うさ耳ファラお尻と行く聖杯戦争。 (神の筍)
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ファラお尻

・金には魔性が宿り、銀には退魔が宿る。
似ているようでその性質は真逆。特に鉱石なんかを好物にしてる竜種にはその結果が顕著に出る。
所業で邪竜と評価するのは初心者、しっかり生態から把握してあげないと竜種にも失礼だ。

彼らは俺たち以上の知性があるのだから。

——出典:《幻想種の生態とその環境 》著書:とある幻想種生物学者


 

 

 ——走る……!

 

「——今! この状況は生きてるって感じがしないか!?」

 

「——なにを云っているのですか! 私はもとより''英霊(サーヴァント)''!生きるもなにも、死ぬことはありませんっ!」

 

 ——走る……!

 

「——それは良かった! なら一つ、お願いしていいかッ!」

 

「——この状況で!? お願いもなにも、とりあえず早く!」

 

 ——走る……!

 

「——わかった! 死なないならできれば''あいつ''の囮になってくれると嬉しィ!? ——危な! 頭掠めたぞ今ッ」

 

「——気をつけてください! それより先ほどの答えですが——無理ですッ!」

 

 ——走る……!

 

「——ですよね!——森が見えてきた、あそこに入るぞ!」

 

「——はいっ、出ませいっ!」

 

 ——()をかけて走る……!

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎——ッ!!!」

 

 猛る——王者が。

 吼える——化け物が。

 腕を振るえば、大気が震える。巨腕が振り落とされると地面が砕け、白き神々は粉々に泡沫と化す。

 

「——あと少し、離したら離脱するから! というかあのメジェド様(・・・・)らは大丈夫なのか!? なんか弱くないか……!」

 

「——なっ、偉大なるメジェド様を弱いなどと! あの方たちは死を超えた先におわせられる存在です。粉々にされたくらいで死ぬことも……消えること——きゃあ——っ!」

 

「——危ないっ——痛っ、木々関係なしに突っ込んでくるのかよ!」

 

「——大丈夫ですか!? 私はサーヴァントだと先ほど」

 

「——今はいい。先の拓けたとこだ、掴まれっ!」

 

「——はい!」

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!」

 

 逃がさんとばかりに巨体は脚を踏み込む。振るう巨腕と、その先に持つ岩を荒削りして造った石斧で捉えられないと判断すると、突進による無力化を図る。

 

「——風乗り魔術(Venide)!」

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッ!——……◼︎◼︎……」

 

 刹那、怪物から逃げていた二人の姿を見失う。視界にはおらず、聴覚にも反応はない。

 主人からの命を失敗という形で終わらすのは遺憾だが、とりあえず報告をしようと白亜の城へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——はっ!」

 

「——うっ、気持ち悪い、ですね……」

 

 怪物から逃げていた二人——青いコートを着た男と、時代違いとも云える風変わりな褐色美女は、先ほどの町外れの森とは違い町内の路地裏へと突然現れた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。まさかアインツベルンがあんなモノを召喚してるとはな……」

 

「あの巨体に、岩みたいな斧」

 

「そしてあの強さ。全く見当がつかないし、ついたとしても勝てる気がしない」

 

「ええ……。貴方の英霊として、そう断言されるのは、す・ご・く文句を云いたいのですが私も同じ意見です。ええ、本当に文句を云いたいのですが」

 

「いや、なにも能力面全てで劣って、使えないなんてことは思ってない」

 

「本当ですか……。私が召喚されたときの驚きようといえば口にでも説明できるほどでしたよ」

 

「な、なに云ってるんだよ。君に驚いたんじゃなくて、召喚に驚いただけだから」

 

「へー、そうですか。これは失礼しました」

 

「なんだそれ。まあいい。先に腕の手当てだけしたい」

 

 コートの男は、持っていたアンティーク調のスーツケースを路地裏特有のゴミ箱裏に見えないよう(死角魔術を)施すと施錠を外し、開いた。そしてそのまま脚を入れると穴が空いているわけでもなしに降りて行った(・・・・・・)

 

「梯子が老朽化してるから気をつけて」

 

「これは……。煩雑な性格だと思っていましたが……。思ったより才知だったのですね」

 

 褐色の美女もゆっくりと降りて行く。下を見ながら梯子を掴むと、中は五畳ほどになっており、魔術師らしく様々なもので溢れていた。植物に、水槽に入れられた何十種類の小さな動物たち。ビーカーに火起こしなどで足の踏み場は少ししかない。

 

「——っ!!」

 

 次に踏み出すはずの一歩が無く、そのまま梯子から落ちてしまう。

 

「おっ!……と。怪我はないか?」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 生憎と体は頑丈にできているため擦り傷は一つもない。だが先に降りていたマスター(同盟者)に尻餅をついてしまったので礼を云った。

 

「良かった。こっちも大丈夫だから気にしなくていい。むしろ役得だ、柔らかくて、香りの良いお尻に踏まれたからな——っ」

 

 杖をできるだけ音を立てて立ち上がった。下で呻いている声が聞こえるが無視だ。

 

「おっほん。それよりあの鞄の中身がこれとは……。どうなっているんですか?」

 

 男性経験(殺した経験)はあるが男性経験(異性交遊)のない彼女は生前を含め、初のセクハラに少し頰を赤らめるが咳払いをして誤魔化した。

 

「空間置換を使ってるんだ」

 

「空間置換?」

 

「そ——」

 

 男はコートを脱ぐと、着込んでいたベストを脱ぎその下のシャツの腕をめくる。先ほどの怪物の攻撃がほんの少し擦り、止血した状態で残していた。

 

「魔力残照はあるか?」

 

「いえ……あの石斧はただの石斧ですね」

 

「つまり武器ありで英霊と召されたんじゃなく、武技で英霊になったのか……」

 

「あのサーヴァントは狂化(バーサーク)された状態であれでした、生前はかなり有名な英雄でしょう。それもこちらのメジェド様を容易く散らすほどです。神殺しもしくは神類か神格保持者だと見るのが妥当かと」

 

「それはめんどくさいな。——そこの水槽から緑色の魚を捕ってくれるか?」

 

 水槽を見てみると小さな魚が群れをなして泳いでいる。数匹緑色の小魚がいたため、素手で触るのもどうかと思い魔力で浮かし、マスター(同盟者)の元へと送る。

 

緑色の魚(ヴィリム)、こいつの(ひれ)はすり潰して月光草とあと一つとを合わせると瞬間回復薬になる。副作用は無し、すごいだろ?擬似不死鳥の涙だ 」

 

「少し見直しました。呼び出されていきなり狂戦士(バーサーカー)のとこに連れ出されることに比べたら全然ですが」

 

 皮肉交じりに云うとマスター(同盟者)は少し眉を顰める。数時間の付き合いだが、なにかと無茶をする性格だと把握したのでこれからは無しにしてもらいたい。

 

「最後に人魚の血。これはそこらへんの魔術師どころか協会の冠位持ちすら持ってるかわからないほどのレア。大西洋の洞穴に住む人魚に交渉して毎月注射器一本分だけ提供して貰ってる」

 

「人魚って、あの人魚ですか?」

 

「マーマンじゃないぞ? あれの血は呪いの便箋を書くときくらいにしか役に立たないからな。正真正銘呑むと不老不死になると噂されている子たちだ。殆どは裏側(・・)に行ってるから多分この世界にはあの子たちくらい」

 

「幻想世界ですね。スフィンクスたちも殆どはあちらに返ってしまったようですね」

 

「最後の一匹は石のふりをしてまだ来るべきときに待ってるみたいだけど……でだ、あくまでも人魚の血は本物の不死鳥の涙を再現するならまだしも、傷を塞ぐくらいなら使う必要は無いんだ」

 

「代わりがあると云うわけですね?」

 

「そ、なんだと思う?」

 

「私も極めることはなかったとは云え魔術師の端くれ、もちろん予想くらいはできます」

 

「じゃあ云ってもらおっかな」

 

「な——いいでしょう。しょ」

 

「しょ?」

 

「しょ、じょの血ですね?」

 

「処女の血、正解」

 

 こちらが羞恥を感じつつも、あちらは何事もなく云う様子になんとなく理不尽さを感じたので隙あらば杖を叩き込むと決めて話を進める。

 

「…………よし完成。あとは塗るだけ」

 

 軟膏を塗るように同盟者が傷口に塗ると、時間が巻き戻るかのように血の跡すら傷とともに消えた。

 

「余ったぶんは小瓶に入れてあとで渡すから。ミリでも繊維が繋がっていれば治してくれる。魔力も念じたらから英霊にも効くはずだ」

 

さて、と同盟者は捲っていたシャツを戻し、先ほどから私自身も気になっていた扉の前へ行く。

 

「きっとこれを開けるとお前は驚くだろうけど、驚くだけで決して杖や魔力を振るっちゃわないように。人見知りする奴もいるけど悪い奴は一匹もいないから。ついてきて」

 

 木扉に銅ノブでできたいかにも古い扉を開くと、そこには——もう一つの世界が広がっていた。

 

 四方には——山林(前)、渓谷(右)、雪原(左)、砂漠(後)が見えた。

 

「さっき云った空間置換の応用。俺の心象風景を固定化して、無理やり世界を引き延ばすことで世界の容量を裏側と繋げることで誤魔化している。もっと簡単に例えると見た目一階建てだけど実は地下もありました、みたいな感じかな」

 

 空間置換の応用、簡単に、などと云っているがそれは尋常ではない。鞄の入り口に縮小魔術がかけられており、私たちが小さくなったと云われたほうがまだ信じられる。

 

 

「心象風景……固有結界を持っているのですか?」

 

「持ってい()ってのが正しい。今はこっちに使ってるからね」

 

「ですが……固有結界とは魔術の最奥、準魔法級の強力なものですが維持するのには魔力が随時必要です。いったいどうやって」

 

「昔、ある生き物と出会って。たまたま話があったから魔力維持に協力してもらってる」

 

「生き物……? 」

 

「そ。そろそろ来るだろう」

 

 日が陰る。

 世界の中心にあった擬似太陽は外と同じ時間帯に合わせて明滅を繰り返すように設定されている。

 

「来たようだ」

 

 上を見上げる。

 

「——!」

 

 危うく腰を抜かしかけた。

 黒いシルエットに見えるのは、細長の頭、蛇のような首、煌びやかな鎧を纏った胴体、山脈なような尾。それは、それは、それはまるで——。

 

◼︎◼︎◼︎(ドラゴン)ッ!」

 

 思わず古代エジプト語を発してしまうほど驚愕した。静粛な性格でなければ地面に顎が付いていただろう。

 

「ただいま」

 

『——』

 

ドラゴンは同盟者に対してなにかを云っているようだ。私には喉を鳴らしているようにしか見えず、なにを云っているのかは全くわからない。ただでさえ幻とされる竜種なのだ、予想しているよりも遥かに——格が違うと感じられる。

 

「あはは、大丈夫。彼女は仲間だぞ。頼りにはならないけど用いることはできるからね、味方と判断しても構わない」

 

 突っ込む余裕などない。

 ファラオ時代からスフィンクスは見てきたのだ、幻想種にはある程度耐性があると思っていた。だがなんだあれは、スフィンクスなどとは比にならない。かつて帝冠する際に見た我が主神よりも——果たして。

 

「紹介する、彼女の名前は——ニトクリス(・・・・・)。今回俺が参加することになった聖杯戦争の相棒だ」

 

 私——こと、ニトクリスは思案する。

 とんでもない同盟者に呼ばれてしまったのではないか、と。

 

「確かに俺も気になってたんだよ。ニトクリス、この子が……っと、タンニーン(・・・・・)がお前の兎耳に興味があるらしい」

 

 二度気絶した。

 

 

 




「生態記録 ①」

語られぬ竜(タンニーン)

・彼女はとてもマイペースだ。
ご飯は自分で食べてるんだが、一週間に3回あげるおやつには毎回違う種類を出さないと怒ってしまう。一時期チョコレートにハマってるときがあって、彼女の息がチョコ臭くなったときもあった。

なぜ彼女だって? 一度人型になってもらったことがあるからね。

——出典:《幻想種の生態とその環境》 著書:とある幻想種生物学者


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ファラお尻の願望

・古の森には命が宿ると云われている。
事実、俺が見て来た中ではそうだった。
百年を超えた樹々は口を得た、千年を超えた樹々は耳を得た、万年を超えた樹々は目を得た。
決して迷うことなかれ、かの者たちの好き嫌いは激しい。時には竜種すら呑み込むこともある。

愛する気持ちだけが、かの者と共存するきっかけだ。

——出典:《幻想種の生態とその環境》 著書:とある幻想種生物学者


 

「あ、起きたな」

 

 目を覚ますとどうやらベッドに寝かされていたらしく、傍に同盟者がいた。読書をしていたらしい。題名にはただ''調教のやり方''と書かれていた。見なかったことにした。

 

「ど、どれくらい寝ていましたか?」

 

「時間にして一時間、タンニーンを前にして一時間寝ていただけだからさすが英霊様々って感じだな」

 

 気絶と云わなかったのは決してプライドに甘んじたなどではない。

 

「とりあえずかの竜種は置いて起きましょう。あの場所はいったい?」

 

「さて、さっきも自己紹介したけど俺は幻想種の保護と飼育を行なっている。ここは置換魔術と固有結界を合わせて創りだした場所。動物園兼保護施設ってところが安定だな。ちなみにこの部屋は薬を練った部屋の隣室だ」

 

周りを見てみると最初に入った部屋よりは片付いている。半分は和室、洋室と八畳ほどで分けられており私は洋室側のベッドにいた。と、見渡していると和室側に誰かいる。

 

「あの……彼女は?」

 

 彼女——。

 現代の''てれび''を見ながら寝転がっている。仰向けに向いているが顎に手を置いているようで角度が悪く顔を見ることは叶わなかった。しかし、黒いシャツに白字で''邪竜''と描かれた服を下から山のように押し上げるそれ(・・)から女性であると判断した。

 

「あー、あいつか。なんかいつの間にか住み着いていたんだよな……」

 

「そんな虫のように」

 

「ここって固有結界を基にして創ってるからか、存在が曖昧な生き物も迷い込んでくることがあるんだよ。彼女の場合は''想い''とか''可能性''とかから産まれたらしくてな、数年前は外に出て遊んでたりしたんだけどいつの間にかああやって引きこもりと化した」

 

 彼女の手元にあった''てれび''の''ちゃんねる''が同盟者に飛んで行った。がんっ、と音を立てながら落ちると同盟者は頭を抑えている。

 

「お腹空いてるみたいだ」

 

 いや、今のは''引きこもり''と云われた部分に問題があったのでは? と思うが見たまんま彼女は''引きこもり''っぽいので口に出すのはやめておいた。

 

「サーヴァントといえども食事をすればある程度ポテンシャルと魔力が維持されるだろ? 食事にしよう。口に合うエジプト料理は作れないけどな」

 

 同盟者はそう云うと台所と思わしき場所に歩いて行った。

 同盟者が読んでいた本が枕元に放り出されていたので手にとってみる。最初のページに''動物は大変賢い生き物です''と書かれていた。

 

「——で、あんたが今回選ばれた英霊なの?」

 

 安堵していると声がかけられた。相変わらず顔は見えないが、透き通るような声質から''邪竜''の彼女だ。生前ならば会話時は目を合わせなさいと一言云うところだが、なんとなく云ってもわからないような気がした。

 

「ええ、そうですが。——あなたは?」

 

「わたし? わたしはそうね……。聖杯的に云うと野良英霊(・・・・)ってところかしらね」

 

「前回の勝利者ですか?」

 

「違うわ。なんかおもしろそうなことしてるからって、聖杯内から落とされたのよ」

 

「ということは元は座に?」

 

「そ——。しかもあなたみたいなキャスターの既存クラスとは違ってエクストラクラス(Exstra class)。同じ存在とは思わないことね」

 

「そうですか。ファラオたる私にそのような不敬を許した覚えはありませんが、今回はマスター(同盟者)の知人ということで見逃しましょう。そして、あなたは勘違いをしている——。」

 

「ふん、なによ」

 

「あなたは私のことを魔術師(キャスター)と云いましたが……——今宵この身は影で隠れる傍殺者、ファラオとしての誇りが大い落ちますが行いを考えれば当然ですか……暗殺者(アサシン)、名をニトクリス。天空神の使いと心得なさい」

 

「アサシン……? その格好で?」

 

「はい——」

 

「ぷっ——あはははは」

 

「——っ」

 

 このあとめちゃくちゃキャットファイトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、二人とも親和行動するのはいいけどご飯だ」

 

「ふんっ、動物に例えんなっつうのよ」

 

「アロラビングするなら是非混ぜてくれ。三人でしよう」

 

 邪竜娘は意味がわかったのか、睨みを効かせている。ウブな子なのか顔が薄赤とし先ほどの性悪っぽいイメージが少し崩れた。

 アロラビングとはなにかあとで調べてみよう。聖杯からの知識で単語は知っているが実物を見るか、やるかでしか詳細は把握できない。

 

「初めて日本に来たということで、ニトちゃんには日本料理に挑戦してもらおう。無理だったら明日からはチーズバーガーだな」

 

「私はそっちの方がいいわよ」

 

「ファーストフードのある時代では到底ないのですが……」

 

「そうなのか? アジア民以外は口直しにチーズバーガーを食べると思ってたよ」

 

 とんだ誤解ですが、机に並べられた日本料理を見て胃が動くのを感じる。英霊とは三大欲求を肉体的に欲さないものだが、精神的作用はもちろんある。

 

「ニトちゃん、別に残してもいいから色々挑戦するんだぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「ねー、納豆は?」

 

「どれがいい?」

 

「大根おろし入ったやつ」

 

「了解」

 

 箸を並べて準備が終わると三人は席に着く。

 日本特有の''いただきます''と云うと、食事が始まるのだった。ちなみに私は箸ではなくフォークとスプーンをもらっている。

 焼き魚、煮物、汁物と手をつけていくと我が国と違って味が独特で美味しい。塩の流通が盛んで、食材独自の味を生かして作っていた当時とは全く異なる。

 

「美味しいです……」

 

「ありがとう。一番嬉しい言葉だ」

 

「私も美味しいと思ってるわよ」

 

「はいはい」

 

「なによ……。——ごちそうさま。今度ゲームの相手してよね」

 

 邪竜娘はそう云うと自分のぶんの皿類を片付け和室の方へ戻ってしまった。食後に寝転がる気はないのか、伸びをしつついつの間にやら持って来ていたコーヒーを呑んでいた。目の良い私には彼女がちょっとずつしか呑めないのが筒抜けだ。

 

 ——俺の前だとミルクと砂糖、心配するくらい入れるんだよ

 

 ——ブラックはダメなんですか?

 

 ——ニトちゃんがいるから見栄を張ってるんだ。意識高い系だから

 

 ——なるほど……

 ——可愛い性格してるだろ

 

 マスター(同盟者)が小声で教えてくれた。

 

「さて、食事もひと段落したからこのまま今後の動きについて話し合おうか。……ああ、食べながらでもいいぞ。細かく品とか気にしていないからな」

 

 同盟者はわかりやすいようにホワイトボードに聖杯戦争の開催地——冬木市の地図を貼って持ってきた。

 

「聖杯戦争の元祖とも云いきれる開催地がここ、冬木市だ。立地としては海沿いを上、今いる本町を中心に右に監督役である冬木教会、下に遠坂邸と冬木全体に繋がる下水道の入り口が多々、左にさっきちょっかいをかけたアインツベルンがある」

 

「いつの間にバーサーカーの写真を撮ってきたんですか」

 

「記憶の中からコピーしたのを少々」

 

 出会って半日、魔術師として同盟者の多才さを痛感した気がする。

 

「幻想種を飼育するにあたって、生態環境って云うのは大事だからな。あんまり賢くない生物はジェスチャーですらできないものもいるから、必要だった。悪用はしてないよ」

 

 なるほど、同盟者の魔術は根源を求めるための過程ではなく、信念の手段らしい。おそらく先のバーサーカーから逃げた魔術も危険な幻想種から逃げるために考え、身に付けたのだろう。

 彼の人となりが少しわかった気がする。

 

「この聖杯戦争を進めていくにあたって、最も重要な''願望''を聞いていいかな?」

 

 最も重要と自分で云いながらさらっと聞いてくるあたり全然わかっていなかったみたいだ。

 

「私の願いは、私を除く(・・)兄弟たちがあちらの世界でも幸せに生きてもらうことです」

 

「それだけ?」

 

「それだけと云われるのは癪ですが、そういうことです」

 

「私を除くということは、死後——ファラオ的に云うとあちらの世界での君はいいと?」

 

「そもそも聖杯戦争にやってきたのも後継の憂いを排するためです。私はファラオとして後任のお歴々になにも残すことはできなかった。ならば死後、その務めを果たすことができるならば望んで当然、というわけです」

 

「なるほど——よし、言質は取った。利害の一致だ。これからは手取り足取り腰取り仲良く行こう、よろしくニトちゃん」

 

 ファラオ的に雲行きが怪しくなってきた気がする。

 

「あの、付かぬも何もお聞きしますが……。あなたの願いは?」

 

「ん? 俺? 俺の願いは——"助手"が欲しかったんだ、とびきり優秀で、強くて……可愛い子をね」

 

 なにを云っているんだ、と思った。頭で考えるよりも心が反応した。しかし、こちらに来て竜種を見た驚きと比較すれば些細なことだ。

 

「助手……? あなたを補佐する的なあの?」

 

「あの、助手」

 

 目をぱちくりとしているて、横向きになりながら''てれびげーむ''をしている邪竜娘のにやにやとした顔が目に入った。

 

「あっちの引きこもりじゃいまいち手がかかってな、雑な性格だから頼りにならない」

 

 ご飯とかも適当に混ぜて作るし、と付け加えた。

「えっと、つまり……あなたの願いは」

 

「——君の"受肉"だニトちゃん」

 

 

 




「生態記録②」

真古樹(エント)

・彼らと話すのはとても疲れる。なにせ一言を表す単語を発するのに、一時間近くかかるのだから!
彼らの言葉を聞くのは難しいけど、もし出会ったら粘り強く聞いてあげて欲しい。……まあだいたいがしょうもないことなのだけれど。

自慢気に「エントが煙突に入る」という親父ギャグを三時間近くかかって聞かされたのは苦い思い出だ。

——出典:《幻想種の生態とその環境》 著書:とある幻想種生物学者


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ファラお尻の天才計画

・ブラウニーの一種で、よほどのことをしない限り家にいてくれる。ああ、餌をあげなくてもいつの間にかどこかに行くだろう。
体内に毒液を持ってるが危険はない。この子たちは体内のものを外部に排出する機能がまったく無いからね。だから排泄もしない。

雑食だからごみを食べて生きる。共存には嬉しい相手だ。

——出典:《幻想種の生態とその環境》 著書:とある幻想種生物学者


 

 次だ、とマスターとサーヴァントなら一番重要な部分を流しながら話を進める。こういう人かと理解しつつもなんとなくいいのかと少し疑問に思う私は悪くないはずだ。

 

「次は敵のサーヴァントについて。さっき確認したアインツベルンのバーサーカーに、三大騎士クラスはすでに召喚済み、キャスターは霊脈が堆積してる柳洞寺にて使い魔が確認している。神代、とまでは云わないが要塞化していたからアサシンとして微妙なニトちゃんだと入るのも困難だ」

 

騎乗兵(ライダー)は?」

 

「慎重を期しているのか、ライダーと思わしき痕跡は無し。正直一番見たいクラスなんだがな」

 

 ライダーとはその名も通り戦車(チャリオット)などに乗って戦う高機動クラスだ。あれ、それならば……。

 

「どうしてライダーを召喚しなかったのですか?」

 

「亜種聖杯戦争ならばサーヴァントは始まる直前に召喚したほうが強力な英霊(サーヴァント)が出やすいが、冬木は霊脈が通ってることもあってサーヴァントの差は触媒の差のみでつくらしい。ニトちゃんを呼び出したときは単にアサシンしか残っていたなかったんだよ」

 

「ほぅ、つまり私は惣菜なようなものだと」

 

「そんな言葉をいったいどこで……それに俺はまだ半日だけどニトちゃんを惣菜みたいなちんけな物だとは思ってない。お前の人となりもなんとなくわかったつもりだから、これから永い間一緒にいるんだ、仲良くしよう」

 

 惣菜のくだりは聖杯からの伝達である。

 

「まあいいでしょう。クラスの件はこっちも非がありますからね」

 

「そ。気にしなくていい。それより今は他のどのクラスよりも間違いなくバーサーカーだ。他クラスを考える前にあれをどうにかすることを念頭に考えなければ間違いなく生き残れない」

 

 灰黒い巨体に、大地と大木を容易に灰燼と化す石斧。なによりも身体能力との高さに、不意打ちにも刹那の合間に反応する理解力と判断力の速さ。

 意思疎通が不可能という部分を除いて無敵の存在だ。——私にとっては、だ。三大騎士が相手ならばどうかはわからない。

 

「なによりも厄介なのは武技で英霊に召された部分だ。音速並みの目眩しの紙鳥を七匹、一瞬で握りつぶされていた」

 

「なにかくしゃくしゃにしていたと思ったら……」

 

 余計にバーサーカーの異常さが光る。私の宝具、もしくは他クラスに戦ってもらい潰すしかない。

 

「正直、アーサー王みたいな聖剣頼りな武器が強いサーヴァントのほうがよほどマシだ。まぁ、アーサー王は死後理想郷(アヴァロン)に向かったらしいから召喚されることはないだろうけど。はっはっは」

 

 ''げーむ''をしながら流し聞きしていたらしい邪竜娘が反応した。

 

「まるっきしフラグじゃない、それ。でも物語すら再現するこの世界じゃアーサー王は召喚されないと私も思うけどね。あはは——」

 

 む、また聖杯からの情報伝達があった。このような状況を''ふらぐ''と呼ぶらしい。そして''ふらぐ''と指すことすらも''ふらぐ''に付属すると。

高笑いする二人に呆れつつもマスター(同盟者)に続きを促した。

 

「取れる選択肢は二つ。行動か静観か。俺は後者を取る気でいる」

 

「私も同じです。時を待つつ、お互いにできることを模索しましょう。現状あなたから送られてくる魔力の質はこの世でも最上なものです。アサシンですが十分魔術師の真似事もできます。本来の質よりも下がるのが、ここにきて痛手ですね」

 

「魔力補給に関しては考えなくていい。精神の半分を裏側に依存させているから、いざって時は向こうの空気中に含まれる濃密な魔力がニトちゃんの中に流し込まれるはずだ」

 

「神殿を作ることも可能というわけですか?」

 

「空間置換を使えば、この中に神殿を展開してから外にそのまま出すこともできる」

 

 擬似展開した世界の中のものを、外世界に移す。空間置換はそんな便利なものじゃない、同じ種類の空間を繋ぎ合わせるだけの筒みたいなものだ。しかし同盟者・は他世界のものを他世界へと……。それって——。

 

「いや、考えるのはやめましょう。あなたはただの……」

 

「学者だ。幻想種生物学者、職業的にはそう名乗ってる」

 

「そう、幻想種生物学者でしたね。魔術は手段に過ぎない、理解しました。理解したので次に行きましょう」

 

「あ、ああ。いいけどなんかやさぐれ気味だな……」

 

決して今の私よりもマスター(同盟者)のほうが強いんじゃないかとか思っていません。

 

「本も出してるからまた読んでみてくれ。で、次だ——」

 

 宣伝をされつつホワイトボードを見てみると戦力把握、と書かれている。今、何ができるかということだろう。

 

「俺ができるのは基本的な補助魔術と、それを応用した実践的な魔術。風乗りの魔術なんかは便利でよく使う。あと拡大・縮小魔術もよく」

 

「私のほうはマスター(同盟者)が云った種類も大体はできるでしょう。あとは——……」

 

 なにができるだろうか。

 魔術とは大雑把に云えばすべて補助から生まれたものであり、実践魔術はマスター(同盟者)が云った通りその応用に過ぎない。

 

「……あー、魔力を撃てたり?」

 

「っは、それはもちろん! 秒速十四発は軽いものと思ってください」

 

「あとはメジェド様が出せる!」

 

「メジェド様は一神々(ひとりひとり)に即死を与える効果を持っています。あれらはすべて魔力で投射された''あちら側''にいる本当のメジェド様の現し身に過ぎませんが、十分戦力になります」

 

「知性はどれくらいある?」

 

「ぎりぎりフラフープができるほどでしょうか……。ただその中身すべてが現しだされたわけではありません。あまり云いたくはありませんが……私自身メジェド様を爆弾のように扱ってるので……」

 

「破壊されることに抵抗はない、ってことか」

 

 マスター(同盟者)はそう呟くと冬木市の地図を見ながら思案している。

 

「……よし。じゃあ次は二トちゃんの宝具についてだ」

 

「私の宝具は《冥鏡宝典:アンプゥ・ネブ・タ・ジェセル》。聖杯戦争的に云うとランクBの対軍宝具です。しかしこれも即死が付与される宝具なので町中で使うのはよくないかと……」

 

 冥鏡宝典。

 私の人生を表した宝具、とでも云うのだろうか。これを用いて殺した政敵は数知れず、物心が付いたころは血の味を覚えていた。最後に兄弟たちを裏切った者共をナイル川に沈めたときもこれを使った。忌々しくも、頼もしかった魔術道具でもある。

 

「——それが当時の冥鏡宝典、か」

 

 わかりやすいように小さめに手にとって出した宝典を見ている。

 

「一応触媒にした古いぼろぼろの鏡片があるけど使うか? 時戻りの魔術を施せば鏡部分は使えるようになるはず、外縁に魔術的意味合いがあるだろうから幻想種生物に少し力を貸してもらって——」

 

 まだ残っていたのか。

 魔術的防護を施しているため、簡単には壊れもせず腐ることもないだろうが、さすがに今時代に残っているとは思わなかった。物心が付いたと理解した時期に、焼身自殺を試みて死んだ私の最期に持っていたものでもある——。

 

「最後のスフィンクスに感謝するといい。時期は少なくとも、お前がファラオだったことは事実だ。毒を廃することは長栄を願う者にとっては必ず通らなければならない道。些か一生を捧げ過ぎたと思うけどな。ニトちゃんと、兄弟やら他ファラオがどう思ってるか知らないけど、あのスフィンクスとそれを聞いた俺はお前がしっかりファラオしてたっていうのは識っているから」

 

 スフィンクスの歴史は古い。

 最古にして最初の女性ファラオとされる私よりも数百年。''畏怖の父''、''寡黙な知恵''とも称されるほど雄大な存在。

彼らが、私を認めてくれていたのだろうか。歴代ファラオを見てきた——彼スフィンクスらが。

 

「お礼を云いにいかなければなりませんね、彼らに。ありがとうございます、マスター(同盟者)。そのこと知らせてくれて。そして宝典をお願いします。今度はもう少し——誰かを幸せにできるような、そんなものにしてくれるとファラオ的に嬉しいです」

 

 心が軽くなった気がする。

 聖杯戦争とは過去の業を清算するような場なのだろうか。

 

「ああ、所業に罪を感じているならば俺の助手としてしっかり生き物に奉仕して贖罪してもらうから」

 

「え、ええ。もちろんです」

 

 いつかはファラオとしての畏怖と敬意をしっかりと説かなければなりませんね。聖杯戦争を無事終えたら……は。

 

「へっ」

 

 と、考えたところ邪竜娘がまたもやにやにやとしていた。そして声出さず口パクで''ふ・ら・ぐ''と見せつけてきた。

 

「しまった」

 

「どうかした?」

 

「いえ……なにも」

 

「じゃ、だいたいの動きをまとめた」

 

 冬木市の地図隣りに箇条書きで今後の動きがわかりやすくまとめられていた。

 

「・静観、これは神殿造りと敵サーヴァントの漁夫の利を狙って他が脱落するまでの時間。無いとは思うけどこの場所が見つかればいきなり戦いということもありえる。さすがに路地裏にあのバーサーカーが歩いてるとは思わないが。それにこちらは暗殺者(アサシン)。どの陣営にとっても真っ先に倒しておきたいクラス。顔見せすら危ないと思うから暫くはこの中で様子見だな」

 

「・行動、最低でも二騎落ちてから動き始めようと思う。一番はバーサーカー、二番はキャスターあたりが脱落してから動きたいけど」

 

「そして最後にメジェド様で工房に、直接爆破魔術を付けたメジェド様絨毯爆撃。これでこっちの勝ちだ」

 

「——わかりました。マスター(同盟者)の考えた動きは以上でしょうか?」

 

「まあそうだね。なにか質問は」

 

 静観もいい、行動も理に適っているだろう。バーサーカーは私では十割敵わない、キャスターも一々要塞と化した場所に私たちが行かずとも他のクラスにもバレているだろうから魔力耐性のある三大騎士が対処してくれればいい。

さて——。

 

「はい、実は最後の部分なんですが——」

 

 このあとはいかにメジェド様を粗雑に扱ってはいけないかを小一時間説いた。杖を使った気もするが詳しくは覚えていない。

 ちなみに、メジェド様絨毯爆撃は最終手段になったと云っておきましょう。

 

 

 




「生態記録③」

ゴミ箱の悪魔(ノェリ)

・一見禍々しくも見える見た目、しゅるしゅると独立した生き物にも見える見た目。小さな見た目だけどタンニーンに匹敵する古参の一匹でもあるんだ。知性は高く、外部に排出する機関がないから会話はできないけど身振り手振りで伝えようとする姿は巷の女の子も可愛いと断言するだろうね。

噂によると、長生きした個体は一度だけ脱皮して真性の龍になるやなんとやら。

——出典:《幻想種の生態とその環境》 著書:とある幻想種生物学者


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ファラお尻の偉大なる神殿計画

本来ならば、拙作の雰囲気を出すため適当に考えた幻想種のピンからキリを書いていたのですが、感想にて設定があやふやによる疑問が出ていたので数話後書きにてオリジナル単語の説明及び登場人物の紹介をネタバレが無い程度にさせていただきます。

拙僧の文体により困惑されていた読者に腹の底から謝罪を。(食いしん坊


 

 

 

 ——(そら)があった。

 

 色は青色ではない。

 翠、紫、紅、紺。

 

 星霜のような色をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来て数日、週が回ったくらいだろう。神殿作りを始めてはや三日。思ったより作業を進められたため、神殿が半分作り終われば紹介すると云っていた小さな幻想種の説明を受けていた。

 

「こいつの名前は''ごみ箱の悪魔(ノェリ)''、主食は生活ごみ一般。ごみを食べてくれるうえに排泄をしないからエコな生物。でも一度入れたら食べてしまうから気をつけて。それにたまにいたずらでごみを荒らすときがあるからそれを見たら注意してくれ」

 

 家庭用ゴミ箱の中に細長い蛇の体に、小さな翼を持った生き物がしゅるしゅると云いながらぺこりと頭を下げた。黒っぽい色に、黄色の斑点とは毒がありそうだが致死性は無いらしい。

 一度だけ羊皮紙をゴミと勘違いしてマスター(同盟者)と綱引きをしていたのを見た。

 

「ゴミを処理するには溶かすくらいの毒がいるだろ? それぐらいだから大丈夫」

 

 和洋折衷な部屋から出ると壁に掛けられた絵の中の剣が二本で戦っていた。魔術道具の一種だろう、絵に知性を持たせ装飾具にするなど余裕のない昔は無駄だと思っていたが何度も見ていると中々面白いものだ。

 廊下を抜け、例の竜種が現れた四方の中心へと出た。

 

「渓谷と雪原には翼竜と地竜が住んでるから気をつけて。タンニーンの寝床は地上には無いから、なにかあったら自分でこっちに来る。寝起きに俺以外の奴が行くと不機嫌になるんだ。同じ竜種でも消し炭にするくらい」

 

「……全然怖くありませんからね? 次に会ったらしっかり云わなければ」

 

「あっ、ちょうどよかったな——」

 

「——っ!」

 

「冗談だけど」

 

「くっ」

 

 思わず振り返ってしまう。

 もちろんそこには四種類の空が広がっているだけでなにもない。

 

「——本当はまだまだいるんだけど、全部説明すると一月も足りない」

 

 ゴミ処理担当の小さな悪魔、洗濯の役割を担う北風と太陽、お湯を沸かしてくれる湯沸か獅子(ロマンスライオネル)、温度調整ができる魔法の暗幕(マジックカーテン)など魔術道具も含めて色々見て回った。

 額縁の中で謳う詩人や、一人でに演奏するヴァイオリンなど娯楽として楽しめるものも紹介してもらった。

 

「ニトちゃんが作ってる神殿は、どういうモノにするんだ?」

 

 ここで云う神殿とは煉瓦を一つずつ組み立てるものではない。魔術で大地に陣を描き、触媒となる——つまり大きさは違えど作る神殿と同じ質量のものを利用して召喚、という形なのが一番正しい。

 陣を描くのと、触媒を用意するのが神殿を作る上で一番時間のかかる工程だ。

 

「エジプトをモチーフにすることで、ピラミッドを四方に建て不文律を作り私だけの世界にします」

 

「その不文律に''壊れる条件''を入れることはできるか?」

 

「ふむ……。壊れない概念を付与するのではなく、壊れる条件を付与することによって限定的な破壊のみを指定するのですか」

 

「そ——。敵には霊脈を確保して、神代魔術の結界を張れるキャスターがいる。生半可な不壊魔術ならすぐに解かれてしまうからね」

 

「それならば四方のピラミッドを破壊……。——いや、いくつかあるアヌビス神の像を対象に結界を作り——。ただし曖昧なものにしてしまうと——」

 

「エジプトをモチーフにすると敵にニトちゃんの名前が簡単にわかってしまう可能性が……。いや、わかってもあんまり変わらないか」

 

 ああ、それはつまり私には弱点が無いと云いたいのですね。きっとそうでしょう。決して他の偉大な英雄と比べて薄い人生なんて思われていないはず。

 

「そもそも私のことを''ニトちゃん''って呼んでる時点で隠す気ないじゃないですか」

 

 ジト目で睨む。

 

「幸いにも見た目キャスターだから初対面にはアドバンテージ取れそうだろ?」

 

「だからと云って''ニトちゃん''は……。''ファラオ''とか他にも……」

 

「…………クリちゃん?」

 

「——おいやめろ」

 

「ごめんごめん、だからその先端から刃が出た杖をこっちに向けないで!」

 

 生前にも使ったことがないほどの仕込み杖の秘密を出してしまうほどに憤慨する。エジプトの黒い土(ケメト)毒蛇(アペプ)眷族の蛇の毒液を混ぜ込んだ刃でつくっているため古代金属で編んだ王権守護者であるコブラすら溶かすものになっている。

杖の説明をしたときに、アペプ眷族も大樹林のほうに行けば棲息していると聞いたのは少し驚いた。

 

「このままなにもしないのも暇だし、認識阻害かけて遊びに行くか」

 

 なにをバカなことを云ってるのかと思ったが、現代がどうなってるのか、生前全く関係ない東の都に対する興味はもちろんある。

 

「服は引きこもりに貸してもらって、ニトちゃんに似合いそうな服を探しつつ町内探訪だな」

 

 マスター(同盟者)はそう云うと食事をした部屋へと入って行った。

 おそらくあの邪竜娘のであろう和箪笥をあれでもないこれでもないと粗探ししている。

 

「なんだこの下着」

 

 ああ、と頭を抱える。

 マスター(同盟者)の手には蚊帳のように透けた黒い下着。

 

「——ちょっと! なにやってんのよ!」

 

「——いや、その……。ってなんだこの下着! お父さんはこんな娘に育てた気はありません!」

 

「——娘の下着を弄る変態が! 育てたもなにも生まれたときからこの姿よ!」

 

「——それよりニトちゃんに外に出れる服を……」

 

「——燃えろ!」

 

 軽く小火が起きているが洋室のほうへ行って傍観する。幾夜明けた関係だが、マスター(同盟者)が邪竜娘に手傷を負わせられることも、邪竜娘がマスター(同盟者)に手傷を負わすような存在ではないとわかっているからだ。

 マスター(同盟者)は運の良いことにこの時代においてかなりの実力者。弱点を上げるとすれば放任主義だったり、抜けているところがあるくらいだろう。現に神殿作りも触媒を用意すると隣で見ているだけだった。

 それでも場合や、所業が歯車のように重ねれば私たちと同じサーヴァントになれるほど。

 

「——部屋で旗出すな!」

 

「——うっさい!」

 

 クラスはキャスター、または幻想種生物学者と名乗っているあたりライダーが妥当だろうか。

 

「——あっち!」

 

「——はっ、ざまあないわね!」

 

 そういえば邪竜娘の名前を聞いていなかった。邪竜娘はなんの因果でここ(・・)に来たのだろうか。座から派遣されたのか? 人類の最高遺産とも云える聖杯から目をつけられたこの場所。——忘れられた大地(ロスト・エイジ)とでも呼ぼうか。 マスター(同盟者)は特に名前はないと云っていた。

 

「——左腕が溶けたぞ!」

 

「——あっ……。ご、ごめん」

 

 マスター(同盟者)は''想い''や''可能性''から産まれた存在が、世界の修正を受けないよう曖昧な世界であるここに紛れ込むことがあると云っていた。

 

「——溶け千切れた!」

 

「——ど、どうすれば——……あはは、あんたが悪いのよ! 全部!」

 

 つまり彼女も''大衆の支持を得た想い''、もしくは''辿り得た万感の可能性''から産まれたのだろう。

 ''女性、邪竜娘、黒、旗……引きこもり''……。何者なのかはまったく予想できない。

 

「——ごほっ……」

 

「——あ、はははははっ。ざまあないわね! あはは、あはははは!」

 

 ふう。

 さて——。

 

「——マスター(同盟者)! 邪竜娘! なにをしているのですか! マスター(同盟者)も最初から非を認めていればこうはならず、邪竜娘も大いにやり過ぎです! 割合にしてマスター(同盟者)が悪いですが、邪竜娘も——」

 

 頼もしいが、頼れない。

 私のマスター(同盟者)は、そんなマスターである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ねえ、バーサーカー。町を歩いてみて、あの二人の気配は感じた?」

 

「◼︎◼︎◼︎」

 

「そ——。まさか真正面からやって来てあなたから逃げるとは思わなかったけど。さすが聖杯戦争の参加者なだけあるのね」

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 

「当たり前じゃない。次こそは息の音を止めなさい。あいつらだけじゃない、他の参加者も一緒よ」

 

「◼︎◼︎」

 

「私に勝利をもたらす。それがあなたの使命。わかったわね?」

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎——ッ!!」

 

 

「——そろそろ他の陣営も動き出すはず。衛宮君がマスターなのは驚いたけれど」

 

「大丈夫なのか凛? 槍兵(ランサー)は私と同等、まだ余力を残しているとみた。それに柳洞寺に潜むキャスターは結界から見るにただ者ではないぞ」

 

「ライダーはまだ確認できてないし、バーサーカーはかなりやばい相手。なにより全騎揃ったのにアサシンの音沙汰無しはめんどくさいわね」

 

「案外、側まで来ていたりな」

 

「ちょ、ちょっと! あるかもしれない嘘は云わないの! これ、マスター命令よ」

 

「やれやれ、冗談で済んだらいいものだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣士(セイバー)、今日のご飯はなにがいい?」

 

「ふむ……。ではハンバーグを所望します」

 

「了解。でも意外だな、初日に作ったのが気に入ったのかな?」

 

「サーヴァントは本来食事は要らぬ存在。ただシロウは魔力量が少ないため食事から取れる微力な魔力も重要な供給源。やがて訪れる波乱を含む聖杯戦争に備えるため精神的——」

 

「はいはい、俺のせい俺のせい。とりあえずハンバーグはソースでいいかな?」

 

「シロウ、私は大事な——。いえ、もういいです。……それと、あの……きのこの煮込みハンバーグも作ってもらえたら……」

 

「よし、腕によりをかけて任された」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星々が輝いている。

 私が見ている星々よりも輝いてた。

 

 自然が生きている。

 私が見ている自然よりも生きていた。

 

 空が近くに見える。

 されど手に届くことはない。身近に感じるが、触れることは叶わない。

 

 地を見る。

 脚があった。

 

 ——私は誰で、ここはどこだろう。

 

 命が燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——さて、儂も動くとするかの」

 

 

 




一週間丸々進めました。時間があればこの一週間なにをしていたのか一話書きたいと思います。


・主人公【???】

今作の主人公。
現在わかっている点で「自称・幻想種生物学者」。
詳しく語ればそちらのイメージが付いてしまうので書きませんが、モデルにした創作人物がいます。
身長は180を超えており、魔術礼装である紺色のコートを着ています。(普通に服屋にあるリアルなものを想像していただければ)
20代後半から30歳くらいの''見た目''をしており、人種は不明。ただ10人中9人はイケメンという顔立ち。ただ初対面でもボサッとしたイメージがする。
魔術教会では退廃した「杖術」を使い、バーサーカーあいてに逃げ切れるほどの逃走術は持っている魔術師です。杖の大きさは30センチほどのものとなっています。
ただ、幻想種自体、存在するだけで「準魔法級(神代)」と称される面々なので、幻想種を飼育、管理している主人公の実力は逃走術''だけではない''です。

・ニトクリス【お尻】

拙作のお尻。
本来ならば「キャスター」で召喚されるはずですが、モデルを「ステイナイト」にする場合、生前を調べるとあのまま「アサシン」で召喚されても違和感はないと考えたので「アサシン」で限界しています。

・邪竜娘【引きこもり】

拙作の引きこもり。
ニトクリスが召喚されるよりも前に「聖杯から落とされた」野良英霊。
fgoではジルが聖杯に望んだがために生まれたとされていますが、こちらでは現代人が考察した「火炙りにされて人々を恨んだ聖女」の可能性として存在しています。あまり関係ないので正直どうでもいいです。聖杯に例外は付き物。
ニトクリスの悪き隣人として仲良くしてもらおうと思っています。なぜ聖杯から落とされたのかは追々と説明していきます。

・最期に……

今話はおおまかに説明させていただきました。
感想欄にて「亜種聖杯戦争を知っているのは矛盾している」とありましたが、この場面を言及するには主人公についてネタバレするので伏せておきます。今は「なぜ主人公が、第五次聖杯戦争に参加しているのに別世界の亜種聖杯戦争をしてるんだ? しげしげ……」程度に考えてくだされば。拙僧の地文が雑なことも原因で、申し訳ありません。

タグに「設定改変」とつけていますので、その意味を汲んでいただけると非常にありがたいです。
もちろん基本的なことは変えないつもりではありますが、何ぶんfate/自体セイバールートと、桜ルートしかやったことがない、他型付きでは魔法使いの夜、その他wiki知識とfgo(あんまり詳しくやってない)知識なのでおかしなところがあった場合は気付き次第随時直して行く次第です。

誤字脱字については気付いたときの空き時間、十話を目処に直させていただきます。


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ファラお尻のやっちゃった

尊敬する人は、ホビット村のバギンスさんです。


 

 

 

 人、人、人——。

 季節は冬。

 四季折々である東方の都——日本、そこでは様々な服装をした人が歩いていた。

 日差しが強いわけでもない。砂嵐が襲ってくるわけでもない。野盗が現れるわけでもない。穏やかな町並みが広がっていた。

 

「聖杯からの知識で知っていましたが、いざ目にするとなかなかすごいです」

 

「ニトちゃんたちが生きていたのは野性味溢れる時代だから、きっとどのサーヴァントも見たら同じことを云うだろうな」

 

「''かでんせいひん''と云うものも私の時代には無かった技術ですね」

 

 邪竜娘が使っていた''てれび''と''げーむ''を思い出す。彼女は''えふぴーえす''というものに今はハマっており、マスター(同盟者)に適当に買ってくるようお願いしていた。

 時間の空いた合間に、私も''こんとろーらー''を渡されたが、ぴこぴこする感じが上手くできず、結局十分足らずで追い出されてしまった。

 

「裁縫なり、スポーツなり、観光なり。この先生きていくなら趣味を見つける必要があるだろう」

 

 マスター(同盟者)ならば幻想種の世話が趣味だと云った。世界旅行もあの鞄一つでしており、邪竜娘も出てきて一緒にいろいろなとこを回ったらしい。

邪竜娘も今は''げーむ''に熱中しているが、一時期は自分で木を切り倒してきてログハウスを作ったと聞いたのは驚いた。

 

「——そう云えばマスター(同盟者)って何歳なんですか?」

 

 ふと気になったことを聞いてみる。

 あの世界を作るのに結構時間がかかった(・・・・・・・・・)、と云っていた。

 

「誤魔化す気はないんだが、実は自分の年齢がまったくわからなくてね。確実に人の一生より生きてるけど誕生日もわからないくらいだ」

 

 誕生日は引きこもりが適当に決めた日にしたけど、と付け足した。

 

「ずいぶん自分には無頓着なんですね」

 

「自分より眺められるものを見つけたら、いつの間にか時間っていうものは過ぎるものだからね」

 

「年の功、と云うわけですね」

 

 マスター(同盟者)はからからと笑うと服屋を指差した。

 

「あそこで着替えようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪竜娘から借りていたシャツと上から羽織っていたコート、スカートを脱ぐと、下着姿になる。曰く小さいサイズを買ってしまい一瞬付けただけで未使用と云っていた。南無。

 テンションの上がっていた店員が「若奥様」とか云いながら見繕っていた服を着ていく。

 

「——着れたか?」

 

「あ、はい」

 

 なかなか高級店なようで、試着室は大きかった。

 扉を開け、外に出る。

 

「——どうですか?」

 

「可愛い」

 

 カチューシャと云い通した頭の霊装を中心に、胸ポケットに花柄が小さく装飾された白いボタンシャツに紺色のジーパンを茶色ベルトで巻いて、赤いスニーカを履いている。風が吹いて肌寒くなればとリボンベルトのコートを持っていた。

 

「変じゃないですか?」

 

「いや、可愛い」

 

「ほんとですか?」

 

「もちろん。タグは切ってもらったし、会計も済ましたから行こうか」

 

「む、ありがとうございます」

 

 世俗に薄そうなイメージでしたがそういうこともできるのかとつい思ってしまう。

 

「気になるところはあったか?」

 

「では、手始めにあの屋台の大判焼きというものを——」

 

 たまたま見かけたその屋台を指す。

 大判焼き、名の通り手のひらに乗るサイズのお菓子。買う際に店主が私のことを外国人観光客と思ったらしく、二つ包む際に軽く教えてもらった。日本の伝統菓子らしく、かつて使われていた通貨をモチーフにして作られたものだと。

 

「あ、美味しい」

 

 一口食べると優しい甘さが口に広がる。カスタード味を頼んだため、少し癖のある後味だ。ふわっとした生地に包まれ、また一口、一口と食べたくなる。

 

「初めて食べたけど意外にイケるな……」

 

 どうやらマスター(同盟者)も初だったらしく、どこか感慨深く口を動かしている。

 

「——こっちの餡子も食べてみるか?」

 

 差し出された大判焼きを反射的に食べてしまった。や、なかなか渋い甘さの——いや、そういうことじゃない……!

 

間接キス、……私が」

 

 ええい! 出会って一週間で間接とは云え粘膜接触を許してしまうとはこのファラオ、気が緩んで——! キッと効果音が付きそうな勢いでマスター(同盟者)を見た。

 

「——あ、すいませんサツマイモ味」

 

「いくつで?」

 

「一つ」

 

「はいよ」

 

 新しい大判焼きを買っていた。

 

「——マスター(同盟者)!」

 

「ん、どうした? あ、半分あげるよ」

 

「ありがとうございます——って、そうじゃなくてですね……」

 

 歩きながら渡された半分を受け取る。サツマイモ独特の甘さが鼻腔を突く。

生前ならば食べ歩きなどはしたないと叱責した、しかし現代では食べ歩きという文化が屋台などを通じて一般化しているのであえて無粋な真似はしない。

 

「——さ、次はどこに行く?」

 

「はぁ……。そうですね」

 

 辺りを見渡してみる。

 駅前から少し外れ、半繁華街と化しているおかげで気になる店が多い。

 

「あれは……」

 

 この世界にもあんなものがあるのかと視線が止まる。

 この国ではああ云ったものは歴史的建造物として保存されていると聖杯からの知識であるが、町中でも残されているみたいだ。

およそ五百年前から日本では戦乱の世があり、各地に戦さの拠点とするために数多く建造されたらしい。現代でも、国外では侍の国と云われるくらいだ、簡単に壊せるものではないのだろう。

 平和になった世の中では、戦さの象徴とされたものは次々と取り壊されていった。存在するだけで忌まわしい記憶が蘇り、もしくは反勢力を助長させる可能性があるからだ。

 それでもなお遺し、進歩の糧とする。それは生前ファラオで一時とは云え、国を治めていた私も見習わなければならない慣習だ。

 

「——マスター(同盟者)

 

「ニトちゃんの頼みだったらどこにも連れて行ってやるからな」

 

「——あのお城(・・)に行きましょう!」

 

 私は指をさしてマスター(同盟者)に云うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——あははははっ! ひ〜っ、く、くくく——! ひっ、あははっ!」

 

 私の前には涙目になりながら馬鹿笑いしている邪竜娘がいる。

 

「それで? 入ったの? そのあんた曰く戦さのお城(・・・・・)ってやつに!」

 

「うっ……」

 

 笑い者になっている現状に歯を軋ませる。正直に話した私も悪いが、あのまま マスター(同盟者)と二人で無かったことにするにはあまりにも私は 耐性(・・)が無さすぎた。

 

「初めてあいつと町に出て、大判焼き食べて腹ごしらえして次行きたいところはラブホテル(・・・・・)って、笑い死にさせる気じゃない! あはは——。痛い、お腹痛いよ——」

 

 知らなかったのだ。

 まさかあの城がそういうこと(・・・・・・)を目的とした連れ込み宿だったとは。

聖杯からの知識とは私がおよそ取るであろう、関わるであろうことを予想して送られる。

 すなわちそれは——私が願望の聖杯すら予測できなかった羞恥をしたことになるじゃないですか!

 

「そ、そもそもマスター(同盟者)も云ってくれればよかったんですよ! 知ってるはずなのにそのまま行くなんて……。うぅ……」

 

——あそこか。どこがいい?

 

——どこ?

 

——ああ、階数のことだよ

 

——一番上まで行けるんですか?

 

——空いてるかどうかわからないけどな

 

——一番上に行ってみたいです!

 

——よし、じゃあ行こう

 

 後々マスター(同盟者)に聞くと私が昼間から嬉々としてあそこに行こうと指差した見慣れない若妻として噂になっていたらしい。

 

「ふっ、んん! あ、あいつにそんなこと期待しても無駄に決まってるでしょ。何歳かわからないけど、男だからそれなりにあるし。''据え食わぬは男の恥、据えられないなら据えてやる''って自分から云ってたもの」

 

 まだ笑いが残っているのか無理やり咳払いして邪竜娘はそう云った。

 

「くっ……。まさかマスター(同盟者)が不埒者だったとは……」

 

「いつか忘れたけど、''影の国''に行ったこともあるって云ってたからそれが移ったのかもしれないわね」

 

「''影の国''、ですか? あのケルトの戦士が名を馳せた」

 

「そ——。まだあるらしいわよ。それにあそこの''女王スカサハ''に、あいつが幻想種関連でこの世界の一部と繋げたって云ってたし」

 

 ''影の国''。

 武を志し、壁を超えてもなおその国の門扉を叩くことはできないと語られている。人間界とは違う異界にあるらしく、神秘が希薄とした現代では存在すら感じられず、殆ど隔離空間となっているらしい。しかし入国できないのはそれだけではなく、未だ衰えず神秘が残る世界に跋扈する数多の幻想種たち。スカサハが神代の生まれということもあり、強力な者たちも未だ健在。

 

「戦女神と名高いスカサハに物言いに行くなど、マスター(同盟者)の幻想種に対する好奇心は計り知れませんね」

 

「はん、結局は野蛮な奴らじゃない。目線が合えば乳繰り合うような奴が女王なんて大した国じゃないわよ。——あぁ。あんたみたいな奴らじゃないかしら?」

 

「…………」

 

「くふっ」

 

「——この邪竜娘が……!」

 

 結局第二次キャットファイトはマスター(同盟者)が呼びに来るまで続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「使い魔によるとライダーが落ち、同じ日に柳洞寺に巣食うってたキャスターも落ちた」

 

「——。そろそろ私たちも動くのですね?」

 

「ああ。それと、使い魔が変な奴を捉えた」

 

 紙に転写されたそれを見る。

 紫と黒が混じったような、不快な気を纏わせた理解不明なモノだった。

 

「なんですか、これ」

 

「使い魔を通して見ただけだから正直なにかわからない。似たようなものを何度か見たことあるが……」

 

 魔術は同じものでも、使用者が違えば魔力質によって見た目が変わる。簡易的な呪い魔術であるガンドなどが良い例だろう。余計な先入観を持たせないために、確信がなく、余裕のある今はまだ云う必要がないのだろう。

 

「神代並みの結界を張り、独自の空間を作っていたキャスターが簡単に落ちるとは思えない。明日は柳洞寺に痕跡が残っていないか探しに行くから、今日はしっかり休んでくれ」

 

「わかりました」

 

 ようやく、本格的に聖杯戦争が始まる。

 これより先は幾千の敵を踏破してきた猛者ばかりが集う戦場。

 ならば私も、気を引き締めなければいけない。

 

 マスター(同盟者)と、私の勝利を願い。

 

 

 

 

 




・主人公【???】

ケルト並みの感性を持っていることが判明した。
「〜だろうな」「〜だろうね」、と意識せず変わるときがある。基本前者だが、気が抜けているときや雰囲気によって後者になる。

・ニトクリス【チョロイン(new!)】別名:たまごっちヒロイン

拙作のチョロイン。
歩いてればたまごっちみたいに好感度上がるレベル。絆レベルは一話に一絆上がる。

・邪竜娘【引きこもり】

ケルト並みの感性を持っている主人公を知っている……?
未だ主人公との関係は不明なのか……。

・幻想種(生物)

拙作の幻想種の個体数はかなり多いです。
ピンからキリまでおり、具体的にはスライムからドラゴンくらいです。拙作では裏側の世界は星の内海ではなく、別世界と設定しており、神秘が薄まるに連れて力の弱いものは自動的に裏側の世界に行くことになっています。主人公は幻想種のピンからキリを、保護、養殖しており、絶滅危惧種などを番に見つけ、増やしています。

・固有結界【主人公】

心象風景を、現実世界に反映させその世界に行く魔術の最奥。
この固有結界を主人公は分離させ、裏側の世界に接着させることによって意識せずに発動したままになる。現在では発動というよりは、裏側の世界と人間界が直接繋がっている唯一の''橋''のようなもの。存在を曖昧にさせることによって繋がりを危惧する抑止力を誤魔化しており、それ故に''曖昧な存在=思いや可能性の世界''で生まれた存在が紛れ込むことがある。すなわちそれはこの世界が 並行世界(・・・・)と繋がっている(?)と示唆しているの かもしれない(・・・・・・)



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ファラお尻の頑張り

ファンタスティックビーストの続編が出ましたね。超ウレシーです。

これで年末まで生きれる。


 

 

 

 石階段を歩く。

 何段あるかはいちいち数えてはいない。少なくとも王の墓所よりは無い。

 私は今、柳洞寺への階段を魔術によって認識阻害・気配遮断を自分に施しマスター(同盟者)の隣を歩いている。不本意ながらアサシンで現界した私は耐久面がサーヴァントの中でも著しく低い。そのため不意打ち、真正面からの戦いを避けるべく動いている。

 礼装も元礼装と、マスター(同盟者)から頂いた能力低下耐性、呪い耐性、太陽と月が出ている時間帯は魔力量を自家発電できるローブを着ている。

 本来ならば、マスターを矢面に立たせて戦うような戦略は認められないが話し合った結果余程のことがない限り今の状況で落ち着いた。

 

「——ニトちゃん」

 

『ええ、血の匂いがします』

 

「それもかなり濃い」

 

 時刻は深夜——つまり魔術師の時間だ。閑静な町もあり、星々が点々と輝き欠けた月が自己主張している。

 木造の門まで来ると、おそらくキャスターが張ったであろう人払いの結界が残っていた。

 

『魔力は間違いなくキャスターのものだ、上手の魔術師かサーヴァントが上書きしたか……』

 

マスター(同盟者)

 

『場所はわかるか?』

 

『本堂の一階に二人、裏側の二階に二人。計四人の気配です』

 

『ニトちゃんは一階で様子見を兼ねてバレたら迎撃、状況を見て保護対象なら自分で考えて動いてくれ』

 

『待ってください、一人で行く気ですか?』

 

『ニトちゃん一人にしないほうがいい?』

 

『なっ、そういうわけじゃありません! マスター(同盟者)にもしものことがあったら……』

 

『逃げるのは得意だから大丈夫……。期待してるぞ?』

 

『——マスター(同盟者)!』

 

 マスター(同盟者)はそれだけ云うと私に任された方向とは逆へと歩いて行った。

スペアの鞄には魔術礼装があると云っていたが、それを準備する際杖を落としたと嘆きながら新しい杖を出していたのも知っている。

 

『……ええい、マスター(同盟者)を信じないとはなんてサーヴァント、とりあえず今は行きましょう!』

 

 身体に魔力を循環させ、攻防に備える。魔力供給は生前と同程度、魔力弾に至っては威力が上がるくらいにもらっているので問題はない。浮遊魔術を行使し、空いていた木戸から中の様子を見て回る。

 

『——お主は衛宮の倅じゃな』

 

『——あんたは慎二の、なんでここに』

 

 声がする。ちょうど先の部屋だ。

 浮遊魔術にて足音は立たないが、周囲に気をつけて近付いていく。

縁側と思わしき場所から障子に開いた穴を覗いた。

 

「路地裏以来じゃな、孫は終わったと云ったが儂自身はなにも云うとらんからのう。文句云われる筋合い無いじゃろうて」

 

「文句も何も聖杯戦争に参加しているならそれでいい。でも、あんたが柳洞寺(ここ)の僧侶を殺し尽くしたのなら許さない!」

 

「クカカ、正義感の強い男よの。お主も聖杯戦争の参加者ならば、多少の犠牲は付き物と聞いたじゃろうて」

 

「犠牲もなにも、ここの人たちは関係ないだろ! 無関係の人を巻き込むのはおかしいはずだ」

 

 木刀を持った赤毛の青年と、杖をついた老人が問答している。木刀は魔術強化されているようで、並みの真剣でも断ち切れないようになっている。対し老人は武器を向けられているにも関わらず悠然とし、口元には笑みすら浮かべている。

 

『……心臓が無い?』

 

 魔力の源である心臓が感じられない。気配はねっとりとした、全身ずぶ濡れの気味の悪さを感じる。

 

「——ふむ、少し魔術師がどういう者かわからせてやる必要があるようじゃの」

 

 部屋に充てられていた月光が塞がるように無くなり暗闇が広がる。咄嗟に後ろを振り向くと、そこには一面腕一本ほどの羽虫が飛んでいた。

 

『——っ』

 

 こちらに向かって来ると同時、障子から右へと飛ぶように抜け出す。しかし、その行動故か伸ばしたほんの少しの爪先が羽虫へと当たってしまう。

 

「ぬぅ……。盗み聞きしてる輩がいるな」

 

 空いた穴から部屋内を見ると赤毛の青年が天井から飛び出した虫を木刀で打ち落としている。

 本来部屋に入るはずだった羽虫はまだ認識されていないこちらに向き、飛んで来ていた。

 

『……仕方ありませんね』

 

 認識阻害はそのままに、気配遮断のみを解いてそのぶんの魔力を天空神の礼装へと移す。

 

「——羽虫如きが、不敬です!」

 

 それは太陽光。

 古来より汚れたもの、邪悪なものと対比されてきた原初の退魔。羽虫から感じ取った(よこしま)な気配から威光として照らし出す。

 

「陽の光じゃと! 小僧、お主同盟を組んでいたのか!」

 

 部屋の隅、影に逃げるように老人は後ずさる。

 目の前にいた三十を越す羽虫は全て灰と消え不愉快な砂埃が舞う。

 

「遠坂なのか?!」

 

 勘違いされているようで、部屋の前へと姿を現わす。

 汚らわしい虫を出されるのを防ぐため未だ威光は照らしたままだ。

 

「杖じゃと……? お主キャスターの真似事を。虫も反応せん気配遮断からアサシンじゃな」

 

「醜穢なる者よ、我が天空神の威光を前に傅くことすら許しません。そのまま消え去るならば尚の良し、残ると云うのならば容赦はしません」

 

 さらに威光を強め、羽虫の老人は目を開けるのすら困難らしく顔を手で覆っている。赤毛の少年も同じようで、目を細めながらこちらを見ている。

 

「——忌々しい光の徒如きが! 儂を舐めるなよ……!」

 

 威光を遮るように羽虫や這虫が老人の体から出てくる。潜んでいた虫も操るようで、部屋は一面真っ黒となる。いくら虫好きであろうと平常心を保つことはできないだろう。

 

「——舐められたものですね。はぁっ!」

 

 目眩が起こるほど発光すると、虫たちは全て消え去り、先ほどとは違い灰すら残ってはいない。

 

「っちぃ、引き時じゃな……」

 

 まるで崩れ落ちるように老人はその場からいなくなる。威光のダメージを受けていたようで翳していた腕が溶けるように虫たちと瓦解しているのを思い出す。最初から本体であろう心臓が無いのはわかっていたので気配察知の簡易結界を張り、威光を収めた。

 

「えっと、あいつとの会話を聞く限りアサシンでいいんだよな?」

 

「ええ。真名は明かせませんが、今宵の聖杯戦争、アサシンとして現界しています」

 

「助けてくれてありがとう。たぶん俺だけじゃあいつの虫には勝てなかった」

 

「いえ、マスター(同盟者)からの指示でもあったので。それより、あなたも聖杯戦争のマスターでよろしいので?」

 

「ああ。セイバーのマスターをやらせてもらってる衛宮士郎だ、よろしく」

 

「聖杯戦争中は同盟関係であらぬ限り敵対関係。結果的にあなたを助けましたが私が好意に接することはないでしょう」

 

「あ、はは。だよな。悪かった」

 

「理解してもらいなによりです。ときにセイバーのマスターよ」

 

「ん、なんだ?」

 

「あなたがここにいる事情はつゆ知らず。しかしあなたがここにいてセイバーがいないのは何故でしょうか」

 

「——しまった! 途中でセイバーと別れてそのまま! ごめん、改めて礼はする!」

 

 赤毛の少年はバタバタと足音を立てて私の横を走り去っていった。些か不敬ですが、私もマスター(同盟者)の下に参るためそのまま廊下を出て二階へと飛ぶ。

 

『—れ! なん——思?』

 

『わか——ん、それより——』

 

 声がする。

 一階と二階の高さでわざわざ空間が仕切られていたようで、二階の面に行ってようやくマスター(同盟者)の気配を感じた。

 

『——く! 逃げ——と、やば——』

 

『申し訳——』

 

 声はどんどん近付いてくる。

 数メートル行った先の角にいるようだ。

 

「——あぁ! ニトちゃん!」

 

 靴を滑らせながら角を曲がると、こちらに向かってくる。いつの日かのように逃げるように走り、目が合うと私を呼んだ。

 

マスター(同盟者)! ……と? 誰ですか——」

 

「今はいい! 下はどうなった? たぶんこいつのマスターがいたらしいんだが!」

 

 左腕で抱きかかえていたのは青いドレスに銀色の甲冑を着た男装風の少女。怪我をしているようで、脇腹から流血しているのが見て取れる。手先に持った鞄が忙しいそうに揺れている。

 

「——セイバー! ……と誰だあんた?」

 

「ニトちゃん、あいつがマスターか?」

 

「はい!」

 

「わかった、俺は二人を連れて行くからニトちゃんは先に門から出ろ! 今から追いかけてくるのはサーヴァントに対しては脅威だ!」

 

 瞬間、紫黒い波がマスター(同盟者)の背後に現れる。いくつも触手をねじるように動かし、木造の欄干をへし折りながら追いかけていた。

 

「そこの赤毛! 今から俺が勢いよくお前を担いで逃げるから用意しとけよ! ——ほらっ!」

 

「どういう——えぐっ!」

 

 背後でなにやら起きているが、今は気にせずに門を目指す。砂利の音がしているため、マスター(同盟者)は飛び降りて走っているようだ。

 

「ニトちゃん、後ろ!」

 

 速さはそのままに、後ろを振り返ると標的を変えたのか数十本の触手が私に迫っている。

 

「——太陽(・・)の光なら効果がある!」

「——天空神よ!」

 

 (サーヴァント)が呑まれたら終わりだ、と感じながら威光を出す。先ほどよりも最大限に、未知の恐怖からなりふり構わずに照らす。すると恐怖の元は逆再生のようにマスター(同盟者)を追いかけていた道に下がっていき建物の裏側に消えた。

 

「呑まれてたらうさ耳は拾ってた」

 

「骨も拾ってください!」

 

 門から出ると波は追いかけるのをやめたようで、安心からか冗談が口に出てしまった。

 

「ニトちゃん、風乗り魔術でいったん飛ぶから掴まってくれ。赤毛も今は安全なとこに行くから大人しくしといてくれ」

 

「わかった」

 

「わかりました」

 

 セイバーを抱きかかえていた腕を取る。彼女は傷の影響から気絶したのかぐったりとしている。

 

「しまった、手が動かないから杖が取れない。内側のポケットから杖を出してくれ」

 

 マスター(同盟者)のコートの胸を開き手を入れる。右利きだろうから左側を見てみると無い。右側かと思い覗いてみるがそこにもない。

 

「あ、ありませんよ! 杖!」

 

「なに?! また落としたか! 仕方ない……鞄に箒入ってるからそれで行くか」

 

「……これですね!」

 

「それだ!」

 

 スペアの鞄は空間拡張しているようで色々入っていたが大きめの箒はすぐに見つかった。

 

「箒って、魔法使いっぽいけどそれブラシじゃないか?」

 

「最近のホームセンターじゃあ魔法使いっぽい箒は売ってないから仕方ないんだよ。それよりお前の家は近いのか? セイバーを治療しなければならない」

 

「こっから歩いて二十分くらいだ」

 

「そっちのが近いか。しっかり掴まってろよ! 最新式だからな——!」

 

「最新式って——うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

マスター(同盟者)——! 待ってください!」

 

 箒を地面に置くと、スケートボードのように乗るとマスター(同盟者)は飛んで行ってしまった。それを追いかけるように私も直ぐさま飛ぶのであった。

 

 

 




・主人公【???】

毎度のごとく走る。ホントにこいつ魔術師か?グライダー魔術師か使ってねぇぞ。
セイバーを治療することにした。なぜか? それは次回に持ち越しか……?

・ニトクリス【初、ファラオらしい仕事をした】

頑張った。今回は頑張った。ゾウケンちゃんの虫と対峙したけどエジプトではスカラベとかタランチュラみたいな魔術的な意味合いで強大な虫がいるからあんまり動じない。形は気持ち悪いと思ってるくらい。

・邪竜娘【出番無し】

お家でゲーム中。

・衛宮士郎【主人公】

原作通り虫に襲われる。初で。箒(ブラシ)に感動する。

・セイバー【救出】

なんと拙作では助けられるという新展開。正直失敗したと思ってる。そのぶんライダー姐貴強化してるから多少はね? 首を切られることは無くなるのか……?!

・太陽と月のローブ【ファラオ・ウェポン①】

皆既日蝕、皆既月蝕の日にのみ編むことで作った燃費が良くなるファラオ・ウェポン。

・紫黒い波【???】

正体不明のなにか。


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ファラお尻の真剣な表情

あああぁぁぁぁニトクリス可愛いよぉぉぉぉ!!!!!
キャスターの最終再臨のいきなりおっきくなっちゃうおっぱいも触りたいし、すべすべのむっちり太もも間に顔いれてエレベーターみたいに動かしたいよぉぉぉぉぉぉ!
二人きりで暗いメジェド様掛け布団の中で「もうっ、マスター(同盟者)……どこ触ってるんですか。や、そこは……」っていわれたいよぉぉぉぉぉぉーーー!

ああぁぁぁ、ニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛いニトクリス可愛い。







「ふぅ……大丈夫だよみんな。俺は普通だから(ニッコリ)」


 

 

 

「——傷の治りが遅い。不死殺しにでも切られたのか……」

 

 衛宮士郎と名乗ったセイバーのマスターの家に着いてからすでに十分は経つ。現在はマスター(同盟者)がセイバーの傷を見ているが状況は芳しくないようだ。

 

「ニトちゃん。下の戸棚右上から左側四番目、上から二番目の''アイオーンの知恵の粉''小瓶一つ、机に置いたままの''人魚の血''、''三足烏(さんそくう)の卵の殻''が天井から架けられた鍋に入ってたはずだから取ってきてくれ」

 

 マスター(同盟者)にそう云われて鞄を開ける。これで三回目になるが鞄から下に行くのはなかなか慣れないものだ。

 先ほど云われたものを抱えながら梯子を登る。

 マスター(同盟者)はスペアの鞄から魔術道具の火種コンロと試験管、すり鉢を出していた。

 

incendium(着火)movere(動け)

 

 コンロに火が宿りすり鉢が動き出す。試験管は火にかけられ赤熱すると''アイオーンの知恵の粉''が入れられ蒸留水と共に煮込まれて液体に溶解する。

 

「セイバーのマスターはどうしている?」

 

「……奥の部屋で傷の手当てをしているようです」

 

 気配を探ると脳裏に包帯を巻いている様相が映し出される。

 なにか手伝えることはないかと何度も云ってきたが、魔力量も少なく聞いた限り強化魔術しかできないようなので今は自分の怪我を治して魔力供給を安定させることが先決だ、とマスター(同盟者)が窘めていた。

 

「——うっ」

 

「痛むか? もう少しで魔力薬が完成するからじっとしているんだ」

 

 サーヴァントは魔力で構成されている。外部から食事を乗り込むことによって魔力変換できるが、効能とまでなると肉体を持つならば効果が表れるが、サーヴァントでは製作者の魔力と噛み合わないため非常に効き辛い。

 生半可な魔力量ではただの苦瓜と化す。

 そのため製作者——マスター(同盟者)は自分の魔力を使った薬ではなく、自然界にある材料を使い、一から作ることによってその人の体質、魔力に合うようにしている。……と薬を作っているときに聞いた。

 神秘溢れる私たちの時代ならば材料となる幻想種たちがたくさんいたが、現代では使い魔程度の材料でも値が張ると嘆いていた。そのためマスター(同盟者)あの世界(・・・・)の者たちから少しずつ分けてもらっているらしい。

 

魔術(メイ)……(ガス)あれ(・・)……は?」

 

 あれ——紫黒い波のことだろう。

 

「ここはお前のマスターの家だ。マスターも無事で、あの黒い奴は追い払ったから安心しろ。オプションに治療薬も今塗ったからこれ呑んで寝とけ。——あれ(・・)今生きている(・・・・・・)者にとって悪質すぎる」

 

「……すみません」

 

 限界だったのか、マスター(同盟者)に緑色の薬を呑まされるとセイバーは気を失うように寝息を立て始めた。

 

「ここの主従はありがとうかごめんの二択だな。……さ、後片付けしてマスターに会いに行くか」

 

 使った魔術道具をスペア鞄に放り投げていく。その様子を見て慌ててマスター(同盟者)を止め叱責した。

 

「——そんなことをしているから杖も失くすんですよ! 片付けはしておきますから、マスター(同盟者)はあちらに行ってください」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 しっしっ、と手振りするとマスター(同盟者)はそそくさと退散していった。

 

——あんな性格だったっけな

 

 と、去り際に呟いているがむろん聞こえている。ファラオイヤーの距離は半径100メートル。ファラオの悪口が聞こえれば悪即斬です。

 鞄の内空間に投げ入れられた魔術道具を整理する。途中なにに使うのかわからないが、触れると反応するネズミ捕りのようなものや、掴むと勢いよく動き出すゴムボールなどもあったため少し時間がかかってしまう。

 セイバーの布団がずれていたため掛け直し、縁側に出てマスター(同盟者)たちがいる部屋を目指す。

 

『——じゅ、十二億!?』

 

『——お前は学生っぽいから利子無し死ぬまで返済のお得パックだ』

 

『ちょっと待ってくれ! いったん整理させてくれ……』

 

『いつでもいいぞー』

 

 中から声がする。

 薬代だろうか? 庶民では払えないだろう法外な値段を云われている。

やってから値段を云うとは、半ば詐欺師のようだがあれ(・・)と死にかけのセイバーを考えれば妥当。いや、人魚の血を使ったからその値段なのだろう。

 私がいる限り絶対は無いが、聖杯戦争に勝ち残れば余裕ではないか。

 

「おいで、ニトちゃん」

 

「はいマスター(同盟者)

 

 呼ばれたので隣に座る。

 未だセイバーのマスターは頭を抱えている。

 

「どうすればいいんだ……」

 

「大丈夫だよセイバーのマスター。俺は待ってるから」

 

「おぉぉぉ!」

 

 ——大丈夫なのですか? マスター(同盟者)

 

 ——なにが?

 

 ——家は現代に比べ広いですが、見たところ彼は一人暮らし。この先働いても到底払えそうに無いですが。

 

 ——別に今すぐってわけじゃないし、それに払われなくても構わないからな。言動からおそらく聖杯戦争から魔術に関わった素人。魔術師は等価交換だってことを示さないとこの先が大変だからな。

 

 ——超一級のセイバーに素人マスター、難儀な者です。

 

 ——こっちとは逆だな。

 

 ——む、どういうことですか、それ?

 ——いや別に

 

マスター(同盟者)の太ももを抓る。ズボンの上からだが痛そうにタップしてくるが無視だ。

 

「えっと、あんたとそっちのサーヴァントが俺とセイバーを助けてくれたってことでいいんだよな?」

 

「そ——。特にセイバーは危なかったぞ。魔眼で動きが封じられていたうえに、後ろからあれ(・・)に取り込まれそうになっていた」

 

あれ(・・)って、黒い波のことか?」

 

「ああ。あれ(・・)は恐ろしく稀少で、使用者の性格だったり魔力質によって性質が変わる。お前のとこのセイバーと戦っていたライダーも、あれに取り込まれたな」

 

「取り込まれたって……サーヴァントがそんな簡単に。——というか、あれ(・・)がなんなのかわかったのか?」

 

「……マスター(同盟者)?」

 

あれ(・・)は魔術において本来属しているはずの地・火・水・風・空に含まれない、''架空元素''とその一種類である''虚数''だ」

 

「虚数魔術……」

 

「虚数魔術?」

 

「虚数って云ってもイメージし難いが、簡単に''影''みたいなものだと考えてもらってもいい」

 

 ''架空元素・虚数''。

 五大元素とも云われる魔術の基本に属していない稀少属性。そもそも''架空元素''を持つ魔術師は、魔術師の母数が減った今では研究対象として価値のある人間だ。それに加え''虚数''と云う未知の力を使う。魔術協会が知れば黙っていないだろう。

 

「この聖杯戦争の中にその''虚数魔術''ってのを使う奴がいるのか?」

 

「マスターで参加しているのか、サーヴァントを使い魔にするために来たのかわからないが間違いなくいる。だが問題はそこ(・・)じゃない」

 

「虚数魔術だけではサーヴァントを侵し、取り込むことはできない。それ以外の要因があると云うわけですね?」

 

「その通りだ。あの虚数魔術には冠位持ちの魔術師すら簡単に用意できないような呪詛が籠っていた。それも人類規模で行うような、悪神に連なる類の」

 

「それで天空神が……」

 

 悪神、地域では邪神とも呼ぶ。

 人の感情を操って国の内乱を起こしたり、気紛れに疫病を蔓延させ大災害を及ぼす人類の敵とも云える存在だ。

 私が生きていた時代も悪神は存在し、太陽神ラーに連なる神々が天上でアペプを筆頭にした悪しきものたちと争っていた。ファラオとは蛮族と、その悪しき者たちと戦う 神々の剣となる役割も担う。私も幾たびか苦渋を飲まされ、疫病に倒れたことがある。

 

「悪神に連なるナニか……。正直聖杯戦争どころじゃないのかもしれないな……」

 

 神霊に近いものが人間界に降臨するには何らかの触媒がいる。もしくは著しく神格を落とし、英雄並みの人間になる。

 それが悪神ならば——呪いとなって人間界に墜ちることができる。

 

「聖杯戦争は一時中断ってことか?」

 

「さあ、例外があるなら監督役がマスターに対して行動を起こすだろうが……」

 

「あいつか……」

 

「今はどうなるかはわからないけど。俺は俺なりにやることができたから今夜はもうお暇させてもらう」

 

「そうか。わざわざありがとうな、助けてもらったうえにセイバーのことまで」

 

「謝礼はしっかりな」

 

「うっ、その話はもう少し待ってくれるとありがたい……」

 

 立ち上がり、玄関へと向かう。

 入りしには気にさなかったが、感知結界が張られてるようで、敵意を持つ者には反応するらしい。

 

「俺たちはあの影の正体を掴むまで自発的に攻撃することはない。もちろん攻撃して来た場合は対処するが」

 

「わかった。こっちも今同盟を組んでる奴がいるから、そっちと話をしてこれからのことについて話し合うとするよ。セイバーにもアサシンを見ても攻撃しないように云っとく」

 

「そうか。セイバーが魔力枯渇によって傷が開かないよう、呑み薬だけ三日間分置いてあるからしっかり朝晩呑ませるように。本物の不死殺しなら薬程度で治らないが、聖杯が魔力で再現した不死殺しならあの薬で十分治る」

 

「本当にありがとう。アサシンもあのとき来てくれなかったら間桐の爺さんにやられていたと思う」

 

「あのときはタイミングよく私たちが来ましたが、次は無いと思いなさい。あなたはセイバーという高潔な騎士のマスター、彼女の信頼を裏切るようなことをしてはいけませんよ」

 

「今回でよく身に染みたよ」

 

 セイバーのマスターは苦笑いしながら肩を竦めている。

 

「じゃ、行くかニトちゃん」

 

「はい、マスター(同盟者)

 

 軽く頭を下げ、虫が散る電灯の下を歩く。

 そういえばと、口を開く。

 

「——マスター(同盟者)、私が一階で追い払った羽虫の老人も陽の光を嫌っていましたが、関係あるでしょうか」

 

「セイバーのマスターも云ってたが、それは間桐家のとこの奴だな。魔術協会では五百年生きた妄執やら、妖怪なんて呼ばれている。……間違いなく関係はある」

 

「少しきな臭くなってきたでしょうか」

 

「……しょせん極東の魔術儀式なんて云ってる奴が協会にはいたが、なかなかどうしておもしろくなりそうだな」

 

「悪そうな顔してますよ?」

 

「あれ、本当に? ダメだな、しっかりしないと。気を抜いたら——こっちも喰われそうだ」

 

 にやにやと、珍しく魔術師っぽい笑顔を浮かべた マスター(同盟者)がやけに印象的だった。

 

 

 




約週二で投稿されるうち一つが説明会になるのも私は嫌いなので今週に持ち上げました。みんなも説明会は好きじゃない、はっきりわかんだね。

・主人公【???】

今話で初見(?)で虚数魔術とわかり、それに悪神の呪詛が混じってると見極めた。
ニトクリスをいじっているだけだが、その実力はいかに……?

・ニトクリス【偉大なるファラオ】

ほんと可愛い。話し相手がマスターじゃない他人だったら声音が硬くなる感じ。萌え。
念話ではいじりあってる。

・邪竜娘【出番無し】

夜だからお休み中。

・衛宮士郎【主人公】

【悲報】借金億単位。ただやがてできる投影でボロ稼ぎできるので返済は容易?

・ライダー【超強化】

拙作のライダーはセイバーオルタ姐貴に勝るくらい強化されてます。
元は神格持ちに縄、石化、魂食い、不死殺し……あっ、強い。不死殺しはなぜ……(?)

・最後に……

見切り発車で始めたわりにみなさんから感想をもらい、高評価もたくさんいただき本当にありがとうございます。
書き溜めをしているとこの先十話くらいで筆が進まなくなってきたので、切りのいい残りの先五話(この時点で半分かその手前あたりです)くらい更新したあと一旦停止し、気分転換いい気分(711)で違うほうを執筆したいと思います。

このうさ耳ファラオを楽しみにしていた方は、その間はうさ耳ファラオの同人誌で我慢しましょう(自明の理)。


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ファラお尻の夢の魔術師

……正直、この話はあまり筆が乗らなかった。

——神を冠する筍は、シガレットを口に呟いた


 

 

 

「——衛宮クン、なにこの明細書? 私よく宝石魔術でお金使うけどこんな額見たことないなぁ〜?」

 

「うっ、いや、その遠坂……」

 

「馬鹿者が。魔術のマの字も知らん素人が見知らぬ魔術師に助けられ、挙げ句に億単位の借金を作るとはな……」

 

「シロウ……」

 

「いや、でも……結果的に俺もセイバーも助かったし、なんか聖杯戦争に虚数魔術? ってのがサーヴァントを呑み込んでるってのを知れたから……」

 

「——あぁ?」

 

「……それにセイバーも調子が良いって……なんか俺の魔力よりも魔力があるとか……なんとか……」

 

「確かに、あの魔術師(メイガス)が置いていった呑み薬は豊富な自然魔力が込められているようです。おそらく全て呑めば、全力戦闘に加え、宝具二発は撃ち込めます」

 

「だからと云って! なんかあとから来る遅効性の毒薬だったりしたら……」

 

「そもそも虚数魔術の使い手がその魔術師ということはないのか? 一応広い家屋を持ってる貴様にたかりに来た可能性もあるぞ」

 

「おい! 命を助けてくれた奴をそんな風に云わないでくれ! それにたぶん、あれは間桐の爺さんの仕業だと思う……」

 

「間桐があの場にいたのか?」

 

「ああ。俺とセイバーが別れたあと、一階であの爺さんが出てきて襲われたんだ。アサシンがいなければ俺はやられてた」

 

「はぁ……。っち、やばいのが出払ってきたわね。セイバーは?」

 

「私もあの魔術師(メイガス)が虚数魔術の使い手だとは思えません。呑み込まれる瞬間、彼の身体も呑み込まれていました。あと一歩遅ければ、私もこうしてここにいなかったでしょう」

 

「アサシンにそのマスター、間桐の当主に謎の虚数魔術使い……。もー! どうして私のときはこんなにめんどくさいことが多いのよ!」

 

「お、落ち着けよ遠坂」

 

「普段の装いが剥がれているぞ、リン」

 

「うっさい! あんたの借金と、アーチャーの記憶喪失もよ!」

 

「うぐ……」

 

「くっ……」

 

「はぁ……。ん? この明細書の紋様……」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、なんとなく見覚えがあった紋様があってね。私の勘違いよ」

 

 こめかみを押さえながら息を吐く。これからどう進めようかと考える脳裏に浮かぶのは、何故か亡き父の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——これを使えば間違いなくあの(・・)サーヴァントが呼び出せるだろう

 

 ——しかし……これは些か高い……

 

 ——買えば根源に到達して、金のことなんてすぐ解決だ

 

 ——確かに、あのサーヴァントを呼び出せるならば私の勝ちは確定

 

 ——じゃあ買うしかないだろう?

 

 ——ぐっ。私は宝石魔術の使い手で、ただでさえそっちにかかるのです……。どうにか、どうにか少しだけでも安くなりませんか……!

 

 ——まぁ、魔術協会でもよく面識のあるお前だ。わかった、半額の170億だ

 

 ——本当ですか!? あ、ありがとうございます!

 

 ——友達じゃないか。——はい、明細書

 

 ——必ずや支払わせていただきます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 今のは夢だろうか。

 魔力で繋がったマスター(同盟者)英霊(わたし)はどちらかの生きていた、生きてきた世界の夢を見る。少なくとも私にあのような髭を生やした魔術師の知り合いはいない。つまるところ、あれはマスター(同盟者)の記憶なのだろう。

 

「…………」

 

 一番最初に見た夢は綺麗な世界が広がっていた。

 あれがおそらく''裏側''という世界だろうか? 次も見ることがあれば、私が見たことのない幻想種たち。ときおりマスター(同盟者)と邪竜娘が話してくれる、マスター(同盟者)が巡ってきた冒険譚のような一部が見れると思ったのだ。

 

「…………なんですかあれ」

 

 やっとかと思えば髭に蛇の脱皮? のようなものを170億で売りつけていた場面だ。確かにサーヴァントと云っていた、つまりいつの日かの聖杯戦争の触媒になったのだろう。

 横を見るとマスター(同盟者)が口を開いてアホそうな顔して寝ている。

 ちなみに同じベッドで寝ているわけではなく、ビジネス(・・・・)ホテルのように横並びになっているだけだ。邪竜娘は和室に適当に敷いた布団に雑魚寝している。この前布団にスナック菓子の食べ屑を落としすぎるなと怒られていた。

 

「取れるとこではしっかり取ってたんですね……」

 

 マスター(同盟者)は、基本的に幻想種の材料は魔術師には売らないと云っていた。売る場合は直接 マスター(同盟者)が魔術師に会い、売ってもいいか査定すると。もちろん生き物を売るのではなく、卵の殻や自然に抜け落ちた羽、落し物と云ったものだ。

 一応(・・)魔術協会に属していたらしいが、封印指定を受けたときに、めんどくさがって出奔せず魔術協会に行くと何人か襲ってきたので踊る装飾品にしたと笑いながら怖いことを云っていた。今でも廊下を歩けば踊っているらしい。

 能力と、持ち運んでいる神代の幻想種の多さから彷徨海と一部のアトラス院が目をつけて、(物理的に)勧誘に来たらしいがその粘着質の高い勧誘に苛ついたマスター(同盟者)が彷徨海の移動石柩の三割を削ったと笑いながら怖いことを云っていた。実際に話を聞いただけで、その移動石柩とやらがどんなものかわからないが山脈並みと云っていたのでとんでもないこと間違いない。

 

マスター(同盟者)が怖い。

 

 まあ、つまることなんなのだろう。

 あの髭の魔術師は、マスター(同盟者)にとって愛している幻想種の一部を売ってもいい、きっと芯の通った魔術師だったのだろう。

 

「——そいつの顔ジロジロ見てなにしてるのよ」

 

「いえ、マスター(同盟者)の記憶を見まして」

 

「へぇどんな?」

 

「赤い服を着た魔術師でした」

 

「赤い……。んー、いたようないなかったような……」

 

「知っているんですか?」

 

 邪竜娘は寝ていた布団を抱き枕のように抱えると話し始めた。

 

「私が寝坊助(そいつ)のとこに来てちょっと後、雌狼(アセナ)に会いに行くってトルコ行きの飛行機にイギリスから乗ったわけよ。んで着陸寸前に私たち以外の乗客が……」

 

「乗客が……?」

 

「——全部爆発したのよ」

 

「ば、爆発?!」

 

「そ——。なんかそいつによると『またか……』って云って」

 

「それが私の夢に出てきた赤色の魔術師ですか」

 

「たぶんね。でもびっくりして私が飛行機ごと全部燃やしちゃったから。それで下に落ちる際に『だから傷んだ赤色(スカー・レッド)って呼ばれるんだ』とかも云ってた」

 

「まさか、そんな魔術師だったとは……」

 

「そうよ。碌でもない魔術師よ、きっと」

 

 どこかずれた、朝の一幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——今日は監督者のところに行くぞ」

 

「冬木教会ですね」

 

「外は雨が降ってるからそこにある傘と、寒いだろうからコートは忘れないように」

 

「準備おーけーです!」

 

「よし、行くぞ。……留守番頼んだよ引きこもり」

 

「頼みましたよ引きこもり」

 

「——うるさいわよ」

 

 邪竜娘の言葉を背に受けながら最初の部屋(さぎょうべや)を抜け、梯子に登り外へ出る。

 マスター(同盟者)が先に傘をさしてくれており、濡れる心配はない。

路地裏のゴミ箱に紛れて置いた鞄はもちろん防水機能を施している。重さで流されることもない。

 

「どんな人でしょうか」

 

「行ったことないからね、ある意味楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の柳洞寺とはまた違った装いの建物が冬木教会だ。石の塀に鉄の柵が敷かれ、不気味な雰囲気が漂う。裏には西洋式の墓石もあるようで、その表面が少し見える。

 木扉に鉄の装飾があしらわれた扉を開けると、軋む音とともに聖域が露わになる。

 

「——ようこそ神の館へ、迷える子羊……ではなさそうだが」

 

 そこにいたのは男だった。

 カソック着に、金色の十字架。聖職者であろう。

 

「お前が監督役であってるかな?」

 

「いかにも。此度の第五次聖杯戦争の監督役、言峰綺礼だ」

 

「言峰綺礼か。挨拶はいい……——なにかあったのか?」

 

「ふむ……」

 

 周りを見てみると長椅子が砕け、散らかっている。壁もなにかに切り裂かれたように割れており、青銅の破片が至る所に落ちている。

 

「昨日、キャスターの竜牙兵に襲撃されてな。あまりに数が多かったためまだ片付けていない。少し埃っぽいが、許してほしい」

 

「キャスター……? 倒されたはずでは」

 

「そちらが今回のアサシンか。……ハサン以外の者が呼ばれるとは、珍しいものだ。それに、可愛らしい装いをしている」

 

 あの体躯で可愛いと云われると少し身構えてしまう。本人は悪気は無いのだろうが、似合わないものだ。

 

「ニトちゃんが可愛いのは知ってる。それよりもキャスターだ、なぜ倒されたにもかかわらず生きている」

 

「それを話すのには少し長くなるが、よろしいかな?」

 

「時間はある、大丈夫だ」

 

「始まりはライダーが間桐に召喚され、そのまま自害を命じられて死霊術によって隷属させられたところから始まる」

 

「死霊術……!」

 

 どこの地域にもある、忌まわしき呪術の一種だろう。

 

「ライダーを隷属させた次に狙ったのはキャスターだ。キャスターのマスターであった穂群原学園が教諭、葛木宗一郎を間桐の虫によって捕らえた間桐は葛木宗一郎を人質に柳洞寺に赴きキャスターを自害させた。

 

——''愛''という捨てきれぬ俗念の果てにな。

 

真に愛する者のために死を選ぶ。ライダーを見てなお選択するとは、なかなか信心深いものだ」

 

 俗念の果て、彼はそう云った。

 ''愛''とは原初より人に備わる感情で、人に与えらた最初の価値だと聖書には綴られている。

 聖職者にとって''愛''とは自らを形成する芯である。それを妄執と表すには、彼はあまりに 無感情(・・・)すぎるのではないか。

 

「間桐が二体のサーヴァントを操ってるということは、虚数魔術も間桐側の人間か」

 

「——ほう、あれ(・・)を見たのかね?」

 

「無事襲われたよ」

 

「くっ、そうか。しかしあなたとアサシンは無事生還した。それだけで今回の聖杯戦争、勝敗がある程度読めるというものだ」

 

「オプションにセイバー組みも助けたけどな」

 

「衛宮士郎に会ったのかね?」

 

「セイバーのマスターか。うちのアサシンが助けたから、やられてたセイバーの治療代に億単位の借金を取り付けてきた」

 

「は、はははっ——。なるほど、それは」

 

「監督役が教えてくれる情報はそれくらいか? 無いならそろそろ行こうかと思うんだが」

 

「最後にまだ一つ。間桐の隷属したサーヴァントを討ち取った場合は令呪二画の贈呈をこちらからする。あまりイレギュラーが続いた場合はこちら側が被る被害も多く、最悪の場合は聖杯が異常を察知して動き出すかもしれないのでな。できれば早急に対処してくれるとありがたい」

 

「二画か。ニトちゃんに命令できると考えればほしい……」

 

マスター(同盟者)……?」

 

「あはは、冗談だよ。二割」

 

「ほとんど本気じゃないですかっ!」

 

 そんなものを手に入れたらマスター(同盟者)のことだ、とんでもないことに使いそうだ。最初の三画が消費されずに残っているのに、二画増えればさらにややこしいことになってしまう。

 

「ふっ——。仲が良さそうでなにより。二人がそのまま勝ち進むことを、私は祈っておこう」

 

 わざとらしく十字を切るのを見届け、私たちは振り返る。天窓に打ち付けられる雨音がやけに聞こえる。

 扉に手をかけたとき、ふとマスター(同盟者)を見ると杖を取り出し頭上に掲げていた。

 

「——話をしてくれたお礼だ、言峰綺礼」

 

 円を描くように杖を動かすと、音を立てて散らかっていた瓦礫が動き出す。

 

「…………これは」

 

 竜牙兵の残骸を残し、教会は元どおりになる。扉に破損は無かったようで、もう一度軋むような音を聞いて外に出た。

 

「——マキリの杯、おそらくそれが今回の騒動の枢要となっている」

 

 閉まりゆく扉から、その言葉が投げられた。

 

 

 

 




・主人公【???】

傷んだ赤?誰だそれは。過去なにかあった?
第四次聖杯戦争の間接的な元凶。

・ニトクリス【夢を見た】

赤い髭魔術師が出てきた。もう少し良い夢を見たい。

・邪竜娘【昔語り】

傷んだ赤と赤い宝石魔術師を勘違いしてる。

・言峰綺礼【苦労人】

一番の被害者。
寺の住職死体に、血の跡。全部後処理こいつやぞ! 教会は直してくれてすごく助かった。愉悦が反転するレベルで胃痛。たぶんエクスカリバー使ったら手術受ける。原作より愉悦寄りじゃない。

・令呪二個

すでにマキリは一般市民に被害を出してるから妥当か?第四次で放っておけば自衛隊出てくるまでの事態を見てるからこそ、マスターたちにより動いてもらえるよう一個増やした。

・マキリの杯

マキリが聖杯を模倣して、願望を叶える能力はないが蓄える能力はある。たぶんどっかのヤンデレが吸収属性と合わせて悪いことしてる。
なぜ言峰綺礼が知ってたかというと街中で見かけたとき面白そうだったから調べただけ。

・最後に……

書き溜めしてた次話が投稿予定しようとコピーしたところ誤って違うものをペーストしてしまい、全削除という大事件に見舞われたので次の投稿は遅れます。

ぜんぶmhwと雨降ってるのが悪いんや。
次話割と気に入ってたんやけどなぁ……


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ファラお尻のお話喫茶

最近FGOやってない驚愕の事実。
二トクリスがメインに出ないFGOは〇〇ゲー、はっきりわかるんじゃな!

今話はpcで書いたため文章がいつもより変わっています。ルビとか一つも振ってません。


 

 

「――午後はどうしますか? 同盟者」

 

 冬木教会から話も聞き、いまだ雨が続く昼。

 私とマスター(同盟者)は昼餉、そして雨宿りもかねて駅近くの喫茶店へと訪れていた。私は旬野菜のサラダとフランスパン、マスター(同盟者)はライスバーガーを食べている

 

「そうだな……とりあえず、雨も続いてるからそろそろホテルに移ろうか。いつまでもあそこから出入りは嫌だろう?」

 

「当然です。というか今更ですか、最初から借宿を取っていればいいものを……」

 

「本当は取ろうと思ったんだが、ここに来てからあんまり時間が無かっただろう? それでな……」

 

 ふむ、確かに……ん?

 初日はバーサーカーと追いかけあい。二日目は自己紹介。三日目は神殿造りを始めた。そこから約一週間はマスター(同盟者)の世界で神殿を設計しながら草原でピクニックしたり、永遠に桜が咲き続ける山でのんびりしていた気がする。そしてそのあとはマスター(同盟者)と一緒に町内探索にでかけたり……。

 

「…………確かに無かったですね」

 

「だろ?」

 

「……ええ」

 

「……どうした?」

 

「いえ――」

 

 はっ、私の聖杯戦争ほのぼのすぎ! などと先日見たテレビCMを思い出すがきっとこれでいいのだ。「戦争とは始まる前に終わっている」とはこの世界でも有名な言葉だ。策略とは、策を弄するための策を練ること云うのだ。それを考えれば、この地より闞沢な魔力が蔓延る世界を持ってるマスター(同盟者)に、間違いなく軍配が上がるだろう。

 

「……それにしても、あのマキリの死霊魔術はなんとかしなければなりませんね」

 

「そうだな。さすがにサーヴァントが最低でも二体。意識がないとはいえめんどくさいな」

 

 死霊となり、肉体のみ隷属されたサーヴァントには少し同情してしまう。

 願いを持ち、聖杯戦争に参戦したが召喚された直後に自害を命じられ魂なき死霊と化す。それはあまりにも残酷で、外道すぎる。

 

「――一度だけ、マキリをロンドンの魔術協会で見たことがある」

 

「あの老翁をですか?」

 

「いや、当時はアレもそこまで腐ってなくてな。俺が見たときはまだ若く、人だった。格好も今みたいな腰の曲がったもんじゃなく、背筋が張って見聞しただけだが人気だったらしい」

 

 腐敗。

 マスター(同盟者)は現在の老翁をそう言葉にした。確かに、私が会ったときもすでに命の気配はなく、まるで無機物になにかが取り憑いて動いてるかのようだった。実際に、魂を肉体から剥離させるような魔術を使い自分を隠していたのかもしれないのだが、それでも言動にはやはり外道の気色を隠し切れずにいた。

 

「生き物が好きだって、俺はよく云ったろ? それはもちろん人類にも当てはまって、面白そうな奴がいれば声をかけるんだ。当時はマキリよりも面白い奴が何人かいてな、そっちと関わったりしてたんだがそれでもマキリの噂は耳に入ってきた。今はなにをしようと、考えてるのかはわからないが――“人類の救済”それに近いものを奴は求めていたようだ」

 

 だが、とマスター(同盟者)は続ける。

 

「人の寿命は歴史の中では白露が落ちるほどに短い。それが自分では無理だとわかったマキリは後継者に自らの願いを託すことにした。幸い、容姿も相まって相手はすぐに見つかったんだが……いい後継者ができなかったらしい。マキリの刻印は特殊で、長い間その身に慣れさせるために一種の蟲毒みたいなものだ。当然それに耐える子供なんていないし、たとえ終わるまで生きていたとしても廃人みたいに使いものにはならない。後継者造りが無理だと分かればマキリの考えは少しずつ歪んでいった。――永遠の命。それで、願いを叶えようとした」

 

「永遠の命……」

 

「そ――。他人から生きる力を奪い、それを糧に延命し続ける。そんな魔術を開発した」

 

「――なっ! 人を救う願いを持った人物が、自ら人を殺すようなことを!」

 

「元々、人類ってのは人間の寿命で生きれるように設定されている。人間を構成している魂、肉体、精神、この三つは特に遵守する。これは他の生き物にも云えて、もし永遠の命を宿すならば先の三つすべてを永遠に適応させなければならない」

 

 魂が永遠ならば、肉体は腐敗し、精神はすり減りやがて無に帰る。

 肉体が永遠ならば、魂は流され、精神は消滅しやがて無に帰る。

 精神が永遠ならば、魂は存在せず、肉体も無いためにやがて無に帰る

 自然が許さないのだ。中途半端な永遠を。

 永遠になるならばどれかを犠牲にしたうえで成り立っている。だからこそ魔術師たちは本当の意味で不老不死を叶えることはできずに、延命に終わっている。

 

ただ、この世界にも魔術師程度ではない例外は存在するが。

 

「たぶん、マキリは肉体のみに固執して魂や精神までに手を回せなかったんだろう。五〇〇年、その歳月を積み重ねたマキリに、自我は残ってないだろう」

 

「では、あれはなにで生きているとお考えで……?」

 

「――妄執。それは五〇〇年に及ぶ妄執だ。今の奴を表すには“過去”が正しい。ただただ、そこに間桐臓硯の意思はなく残り香と呼べる感情が無数の歳月を経てすり減ったものしか残っていないだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨はまだ止まない。

 横凪の風が窓を叩きつけているのが、昼餉の会計をしているマスター(同盟者)をしり目に見える。

 

「とりあえず今日はカバン取りに行ってホテルの予約に行くか」

 

 自動ドアを抜けると冷たい風が体を刺す。魔力で構成されている、なんて云うが五感まで正確に表現するとは奇特な製作者である。

 

「別に霊体化してもいいんだぞ?」

 

「いえ……せっかく買っていただいた服もあるので……」

 

「気にしなくてもいいのに……あ、霊体化したら服だけ残ってしまうのか」

 

「そうですが……ダメですか?」

 

「や、そういうわけじゃないよ。また別のも買いに行かないとね」

 

「私に似合うものがあればいいですが、ね」

 

「似合うもなにも、ニトちゃんが着ればなんでも可愛くなるぞ」

 

「もう……世辞を云ってもなにも出てきませんよ」

 

「世辞じゃないからなにも出てなくてもいいよ」

 

「なんですかそれ、そうやっていろいろな人に云ってるんですか?」

 

「いや、そういうわけじゃ――」

 

 どうでもいいこと交わしながらカバンのある路地裏へと向かう。

 同盟者はカバンをただの飾りだと云っていたがそれでも必要なものには変わりない。それに雑に扱い続けてマスター(同盟者)に変な癖がついたら困る。

 いつもの路地裏の入り口に入る――入ろうとして足を止めた。

 

「血の匂い――」

 

「それと焦臭……」

 

 霊体化し、服を脱ぐ。地面に付く前に疑似空間にしまい礼装を具現化させる。

 

「――ずいぶんお早い帰りじゃない」

 

 声がする。 

 溝は雨水に溢れかえっており、それでも掃除は行き届いているのかゴミは無い。影のかかった電柱のそばからでそんな言葉とともに姿を現したのは――邪竜娘だった。

 

「なにがあったのですか、邪竜娘」

 

「なぜ外に出てるんだ、引きこもり」

 

 その姿はいつものTシャツに適当なジャージズボンといったラフな格好ではなく、おそらく外出用であろう黒いシャツに上から着た女ものの黒いコート、ジーパンは長い脚の彼女によく似合っている。

 しかし、そんな彼女の美麗な容姿と同等に目立つのは二つ――“黒い旗”と私服の上から装備された金属の“籠手”。

 

「あんたたちが外に行ったあと、少しして扉が叩かれる音を聞いたの。まあ、二人じゃないってのはわかってたけど一応確認しに行ったらいきなり真っ黒な奴から襲われたのよ」

 

「……襲われた?」

 

 マスター(同盟者)はそれを聞いて訝し気に顎に手を当てた。

 

「ほい、カバン」

 

「ん、ありがとう」

 

 旗とは逆の手に持っていたカバンを渡している。

 

「ん……」

 

 ふと疑問に思う。確かマスター(同盟者)は、カバンには気配遮断、防犯、魔力保護を備えていると云っていた。しかし敵はキャスターもいるため、カバンの存在自体はばれることはなんらおかしくはない。だが……

 

「もしや、マスター(同盟者)はかけ直し忘れていましたか……?」

 

 本体にかけているのか、空間にかけているのか。気配遮断などは特にそこが顕著になる。

 森の中に一本の木があるとする。その木を気配遮断によって隠したいのならば、魔術をかけれる者はその木自体に気配遮断をかけるだろう。しかし、より高度な者は一本の木を中心に周辺の木々すべてに気配遮断を浅くかけ、木に近づくごとに深くかける。なぜなら一本の木が遮断されているという状況に、違和感を感じるものがいるからだ。木々ならばその違和感は魔術師だけではなく、植木職人にすら見破られるだろう。

 だからこそ、マスター(同盟者)の気配遮断はこの路地すべてにかけていた。路地ならば誰もいなくとも不自然ではなく、自分自身が寄り付かないのは不思議ではない。

 

「…………」

 

「あのセイバーを治療するときに、カバンを動かしたときですね?」

 

「……か、かなぁ?」

 

「……………はぁ」

 

 ため息が漏れてしまう。

 

「そんなことより、場所がばれたんでしょ。移動するの?」

 

「ああ。そろそろこの辛気臭い場所からも移動しようって話になってな。とりあえずホテルに移ることになった」

 

「ホテル? 久しぶりじゃない。私、あの回転するベッドがあるとこがいいわ」

 

「む、それもいいな。駅前のホテルがとれなかったらそこだな」

 

 回転するベッドとはなんだろうか? この国には娯楽を踏まえて、睡眠中にも楽しめるものがあるようだ。聖杯からの知識が送られてきたが、見てはいけないような気がする……うっ。

 

 「ええ、それもそうですがマスター(同盟者)。今回の不始末は完全にマスター(同盟者)の責任ですよね? これから気を付けてくださいよ」

 

「そ、それはもちろんだ。結果的に引きこもりが無事にいたが、今後無いように気を付ける……」

 

 マスター(同盟者)はカバンには登録された人にしか開けないように鍵魔術をかけていると云っていた。正確には、開けても扉が見えないような魔術なのだが……

 

「そうよそうよ、お詫びになにかしなさいよ」

 

「おい、汚れるだろっ」

 

 邪竜娘は雨で濡れた頭を同盟者のコートに擦り付けている。犬のように見え、マスター(同盟者)は少なからず罪悪感があるのか顔をしかめつつも退けようとはしなかった。

 

「――さっきので魔力使ったから補給してよね」

 

「――わかったから、あんまり濡らさないでくれ」

 

「自業自得よ」

 

 邪竜娘はふん、と鼻を鳴らしながら礼装を解いた。

 

 はて、魔力補給とは……?

 

 

 

 




・主人公【???】

特になし。ほんとに主人公か……?

・ニトクリス【もはや主人公】

この二次小説のお尻役。もぅかぁぃくて仕方ない。ほんと立ちバックしたい。

・邪竜娘【初見せ場……?】

旗持ちに軽鎧……いったい誰だ?

・マキリ

主人公が呼ぶ場合はマキリ、ニトクリスが呼ぶ場合は老翁と固定します。ある意味今作が一番最近に書いたのでこの先の数話まばらになってることがあるので追い追い変えます。

・最後に……

待たせてすいません。
自分はニトクリスと同じでピコピコするマシンみたいのが苦手でよく誤操作してしまいます。
会社でも「お前はpc使うとよく失敗するから、タイプライターでいいんじゃないか? はっはっは」っていわれるくらいです。

書きかたですがpcで書いたこっちの方が良かったら★マークかなんか規約違反にならないていどに付けといてくれるとありがたいです。


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ファラお尻のホテルハプニング

True courage is about knowing not when to take a life but when to spare one.
真の勇気とは、いつ命を奪うかではなくいつそれを救うべきかを知ることだ。

——花火好きな灰色の魔術師

これは色んなアニメでも見かけますが、やはり灰色の魔術師が言ってる場面が個人的に最高です。


 

 

 

「——7泊8日でお願いします」

 

「かしこまりました。料金のほうはこのようになっていますが……」

 

「宿泊が延びるかもしれないので、先にお金を渡しておいて必要なければ返金という形にしておけますか?」

 

「その場合キャンセル料が取られますがよろしいでしょうか?」

 

「大丈夫です。それとベッドメイキングや食事の手配はこちらからフロントに連絡した場合のみお願いします」

 

「かしこまりました。では——」

 

 路地裏での一件から一時間も経たないうちに、ここ冬木で一番大きいホテルへと部屋を取りに来た。二人は悪ふざけか例のホテルへ行こうとしていたが、なんとか阻止してここまで連れて来た。

 

「——マスター(同盟者)と邪竜娘。一番大きいお部屋を取れましたよ」

 

「よし、ナイスよ!」

 

 おかげで私が手配を任せられ、マスター(同盟者)からは纏めたお金を渡された。そのマスター(同盟者)は従業員に荷物は自分で運ぶと伝えている。

 邪竜娘も軽鎧——籠手や関節防具のみ——から下の私服へと着替え、旗も具現化させていない。

 

「お風呂も大きかったら最高ね」

 

「名前の違う三人だと勘違いされたのか少し訝しげに見られました」

 

「見た目的に大学生の旅行に思われてるかも」

 

「いや、外国人観光客じゃないか?」

 

 マスター(同盟者)は黒髪で日本人っぽいが日本人にしては鼻が高い。邪竜娘もフランスだと聞いたことがあり、私はエジプト人だ。確かに外国人観光客だ。

 

「……あ、ここですね」

 

 最上階に着き、部屋番号を見つける。ルームキーを翳して開けると、まず最初に大きな窓ガラスが目に入った。

 

「うわ、すごい。うちのよりテレビ大きくない?!」

 

 邪竜娘は早速テレビを付けて騒いでいる。テレビや普段過ごす部屋はここで、隣にはベッドルームがあるみたいだ。

 マスター(同盟者)は景観を楽しもうとしているが、あいにく外は雨が続いているので唸っている。

 

マスター(同盟者)、先に認識阻害をかけていたほうが良いのでは?」

 

「む、確かにそうだな」

 

 先ほどのフロントでも、私たち以外が立ち入らないように軽い暗示魔術を使っている。あまりしたくないことではあったが、神秘がなにも知らない一般人に及ぼす影響を考えれば仕方のないことだ。

とは云え、マスター(同盟者)は基本あっちの世界で魔術関連は済ませているので仮に入って来たとしても危険なことはないだろう。

邪竜娘が、自分のテリトリーに見知らぬ人物を入れることを嫌ったために施した術なのだ。

 

「認識阻害と気配察知、警報機能。一応三人以外が入ってきたときに扉を開けてもこちらには来れないようにしよう」

 

「半ば異界化ですね」

 

「まあここまでしなくても大丈夫だと思うが。まさかホテルごと爆発するような奴はいないだろう」

 

「それもそうですが……念には念を、ですよマスター(同盟者)

 

「わかっているよ」

 

 なにがあるかわからない。

 それが聖杯戦争だ。現に間桐のサーヴァントなり(くだん)の虚数魔術など例外が発生している。

 残る正統なサーヴァントはマスター(同盟者)が助けたセイバー、まだ見ぬ弓兵(アーチャー)にランサー、あのバーサーカーの私を含めた五人。今のところ順調に情報を集め、進んでいるとはいえマスターはともかく強力なサーヴァント一人で戦況は容易く変わる。

 

「——ニトちゃん、先に風呂に入ってきたらどうだ?」

 

「いえ、マスター(同盟者)から……」

 

「俺はあとでいいよ。スペアの鞄を見ていたら汚れるからな」

 

「あ、私も入るわ。広いから一緒でいいわよね?」

 

 もちろん私も負ける気はない。

 聖杯に願う——兄弟たちのあちら側での幸せ。そしてマスター(同盟者)の願い。

 だからこそ私は、勝ち残る。

 

「——マスター(同盟者)、絶対に勝ちましょう」

 

 私のその言葉に、マスター(同盟者)は目を丸くしている。きっと突然で驚いたのだろう。

 数秒見つめ合ったあと、いつものような揶揄う笑みを浮かべた。

 

「——初めから勝つことしか考えてないよ。(ニトクリス)もいるんだ、負けようがないさ」

 

マスター(同盟者)……」

 

「——ほら、なにしてんのよ。はやく入るわよ」

 

「ああ、はい。待ってください——!」

 

 後ろにいた邪竜娘に慌ててついて行く。

 

「あ、下着とか出してない。まあいいっか、二人だし」

 

「なっ、いいわけないですよっ。マスター(同盟者)!」

 

「あら、バレたか」

 

「——もうっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——特にすることがないな」

 

 そう呟いたのはマスター(同盟者)だ。

 時刻は二十二時を回っており、窓の外を見ると日中より弱くなった雨がしとしと降っている。十九時過ぎに見た天気予報では今日から明後日にかけては雨が続き、外出には不向きと云っていた。

 雨が降っているから聖杯戦争は中断だな、と抜かしていたマスター(同盟者)はとりあえず絞めておいた。昼間の意気込みはなんだったのかとぼやきたくなる。

 

「次の映画はザ・クリムゾンだって」

 

 ホテルに兼ね備えていた映画チャンネルを見ていたが、それでも何時間も観ていると飽きが来る。

 生前は娯楽があまり無かった私にとって現代の映画はすべて面白く、まだまだ見れるが二人は飽きてしまったようだ。

 マスター(同盟者)はあちらの世界での幻想種たちの世話は一通り終わっており、一目している生物にはなにかあった場合に害のない呼び出し魔術をかけているらしく、基本的に介入することなく伸び伸びと暮らしている。

 幻想種の飼育・保護をしていると云っていたが、生態系を崩さないように自分から接することのほうが少ないらしい。

 

「下の売店になにかあったっけ?」

 

「トランプとか座卓遊戯ならあった気がするな」

 

「行きなさいニトクリス!」

 

「どうしてですか、あなたが行けばいいじゃないですか……ファラオたる私をこき使おうとはいい度胸ですね」

 

「ふん、なら勝負よ」

 

「——ほぅ。挑まれた勝負は逃げないのがファラオの定め。なんでも(・・・・)かかってくるといいでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

「——4,362円になります」

 

「5,000円でお願いします。……あ、2円あります」

 

 売店と呼ばれるホテル一階の店にてお釣をもらう。

 

「ありがとうございましたっ」

 

 新人だろうか? 思ったより若い女性が店員をやっている。

 エレベーターのボタンを押し、降りてくるのを待つ。どうやらちょうど上に行ったらしい。

 

「くっ、まさか''げーむ''を持ってくるとは……」

 

 ファラオとしての誇りを持って臨んだ私だが、誰にも云えないくらいそれはそれは負けた。

 なんでもかかってこい、とは云ったがすぐさま相手が苦手なものを持ってくるだろうか。普通お互いに実力差が無さそうなものを持ってくるんじゃないだろうか。

 

「しかし前にチェスのゲームをしたとき、操作に慣れていなかったとはいえ私が負けましたからね……。意外と頭もいいんでしょうか?」

 

 仮にもサーヴァント、戦力だけで座に至ることは不可能。

 知力は無くとも知恵はあり、賢者でなくとも戦略は出る。

 

「こうなればセネトを用意して……しかしファラオである私がそんなせこい真似を……」

 

 やってきたエレベーターに乗る。

 初エレベーターだったりし、最初に三人で乗ったときに浮遊魔術と違った感覚に少し浮き足立ったのは内緒だ。

 

「もしかすると彼女は生前、前に出て戦うのではなく戦場を見極める目、智慧を駆使して勝利に導いた英雄だったのでしょうか……?」

 

 それならば''旗''を持っていた説明ができる。

 戦に必要なものは古来より——蛮勇な戦士、猛り立てる音楽、そして誇りを示す''軍旗''だ。先の鎧も、守りを重視したものとは思えない。

 

「……女性、旗を持ち味方を鼓舞した英雄」

 

 そうなれば対象者はかなり絞られる。その中でも英雄にまで召される人物。

 

「まさか……」

 

 ちん、と目的階に着いた合図が鳴る。歩きながらも思案にくれ、その考えから早歩きになる。

 

「しかし……彼女が? もしそうだとしても……」

 

 怠惰な様子からそれはありえないと自らの考えを一掃する。

 だがしかし、彼女(・・)以外に当てはまる人物はいるだろうか?

 

「聞いてみる必要がありますね」

 

 ポケットに入れていたルームキーで扉を開ける。

 先ほどの考えを聞いてもらう、

 

「——あれ?」

 

 二人がいない。

 テレビは付けっ放しになっており、ザ・クリムゾンが放映されている。佳境に入ったのか主人公と思わしき者が崖っぷちで殴り合っている。

 

『ねぇ——』

 

『——ってるよ』

 

「む……」

 

 どうやら二人して隣の部屋に移ったらしい。

 私にお使いを頼んで放ったらかしとはなかなか肝の座った者どもだ。

 

『—って、——りだから』

 

『——たら——ょ—しようか』

 

『それは——しい—ね』

 

 半ば大股になりながら歩み、隣に通ずる扉を音を立てながら開ける。

 

『——こぶかしら?』

 

『—ら、はやく』

 

「——二人とも! 私に買い物を任せて放ったらかしとはなんたる不敬! さすがの私でもこんな仕打ちは怒りますよ! 特に最近はそういうのが…………」

 

「……」

 

「……」

 

 二人が見ている。こちらを。

 

「…………」

 

「……」

 

「……」

 

 マスター(同盟者)はいつものコートを脱ぎ、ボタンシャツでベッドに寝転がっている。

 

「…………」

 

「……」

 

「……」

 

 邪竜娘はいつもの邪竜Tシャツに、下は黒の下着姿だ。マスター《同盟者》に跨って顔を合わせている。

 

「…………」

 

「……」

 

「……」

 

 景色が目まぐるしく回っている気がする。落ちつけ私、落ちつけファりゃお。

 

「…………」

 

「……」

 

「……」

 

「——うっ、わあぁぁぁ!」

 

「……マスター(同盟者)?」

 

「落ちつけ引きこもり! いくらお前が吸血鬼(・・・)だとしても今は血を吸うんじゃない!」

 

「——ううううるさいっ! よ、よよよこしなさい血を!」

 

「聖杯戦争中だ!」

 

「し、知らないし! じゅ、じゅるじゅる吸ってやるわ!」

 

「うわぁぁぁ!」

 

「…………」

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「……」

 

「……」

 

「——だ」

 

「「だ……?」」

 

「——騙されるかぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 二人に二撃、ホテルが揺れた。

 

 

 

 

 




・主人公【???】

なにしようとしてたんですかねぇ……

・ニトクリス【だ、騙されるかぁぁぁ】

超純真ピュアホワイト褐色ファラお尻。
手を繋いだだけで顔が真っ赤になり蒸発する。

・邪竜娘【魔力補給】

なぜこの方法を選んだのか。
原作でもソレ以外の方法あっただろ! おい! 真相は次回!

・最後に……

来週は一話になるかもしれません。


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ファラお尻の知らない心

今回はいつもより一〇〇〇字少ないです。
申し訳ねぇ……


 

 

「——ねぇ、衛宮君。最近間桐さんはどう?」

 

「桜のことか……? そう云えば最近来てないな」

 

「そ。一応明日間桐のとこに行くわよ」

 

「っ、わかった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し開きはありますか? 変態」

 

「——ない」

 

 マスター(同盟者)は清々しくのたまった。

 不埒な一件から、邪竜娘はとばっちり——ではないが——そそくさと退散してしまい、ベッドルームでは私とマスター(同盟者)の二人だった。

 

「黙っらしゃい。少し反省というものをしてはどうですか?」

 

「反省もなにも、あれはニトちゃんが見てきたような……」

 

「見てきたもなにも、私が帰ってくると知りながらあのようなことをした倫理観に物申しているんです! あなたと邪竜娘の関係はいまいちわからないですが今日を境にな、なんとなくわかったつもりです。——ええ、本当に誠遺憾ながら。しかし! マスター(同盟者)がいくらそ、そそのようなことをなさろうと、せめて聖杯戦争中……いやっ、私のいないところで……」

 

「ごめんよ。でもあれは——」

 

「——いえ。 マスター(同盟者)があのようなことをしたいならば一言……いや、 マスター(同盟者)は私を求め呼んだわけで、なおかつ願いは私を受肉させること……初めてあったときも ()が欲しかったと云っていましたから——」

 

「ニトちゃん……?」

 

「そうです。ただでさえマスター(同盟者)はダメ人間なんですから邪竜娘ではなく私のような心身支えるような存在が必要です。これから先マスター(同盟者)が気ままに過ごせるような生活を、私が身の回りを管理することで……」

 

「大丈夫か?」

 

「——すべてはマスター(同盟者)のためなのです。杖の一件も、鞄の一件も、どうみてもマスター(同盟者)は一人でやっていくには少し腑抜けすぎです……やはりファラオたる私が……でもファラオである私が一人の人間に? ——しかしファラオとしての誇りは消えませぬが多くの民を率いたのは生前の話。かのマネス様も死後は向こう側の世界で生前愛したただ一人の女性と仲睦まじく過ごしたと云われています……」

 

「……」

 

「死とは生まれ変わり。この聖杯戦争で得られる聖杯を黄金に、私も——」

 

 長考する。

 座へと赴くとき、聖杯は私に提案した——生前の憂いを果たすも良し、生前の果たせない思いを成すのも良し。つまり、二度目の生を得て謳歌するのも構わないと。

 

「——マスター(同盟者)、私は少し考えることができました。ですので今回は不問とします。しかし次もあのような場面を私が目撃すれば容赦無く杖を振りかざすつもりなので、そのつもりで」

 

「わ、わかった……」

 

「いいですね?」

 

「……はい」

 

 ——なんか勘違いしてるが……まあいいか

 

 この一件、あっていないようであっているという結果は同じでも過程はすれ違いが起きている。

 邪竜娘——聖杯から落とされた彼女は半ば隔離された世界で過ごしている今は聖杯からのバックアップを受けておらず、魔力補給をされていない状況にある。

 あの神秘が内包された世界で過ごすならば、空気中に含まれた魔力で供給分を確保することができるが、それは濃密な魔力(神代)に適した場合である。この魔力は神代に近い者、もしくは竜の心臓など根本的に人から乖離した生物のみが取り込むことができ、中世の英雄である彼女は時代差からうまく適合せず、この世に駐留するだけの最低限の魔力しか保持していなかった。

 そのため、なんらかの方法で魔力供給をする必要があり、空気中の魔力ではうまく適合しなかったため最終案として同盟者()というフィルターを通すことによって補給していたのだ。実に八年間この方法をとっている。

 それに加えて先日のライダー襲撃にて、礼装と戦闘に限られた魔力を使ってしまったためやろうとしたのだ。

 根本は変わらないが、決して精神的、肉体的欲求からのモノではない。()は。

 

「……ふむ、いささか禍根は残りますが今夜はこれでよかったでしょう」

 

 マスター(同盟者)はすでに隣の部屋へと行った。

 少し騒がしい声が聞こえてくるため、私が買ってきた座卓遊戯でも触っているのだろう。

 

「私が……死後を考えるようになるとは……」

 

 生前では考えも寄らなかったことだ。

 

 故郷(エジプト)では死んだときに持っていた黄金(ざいさん)を通貨に、死後どう過ごすことになるか別たれる。日本では''地獄の沙汰は金次第''というが、それと似たものだ。

 もちろん多ければ選択肢は増え、最上のものは''来世''を得られることだ。

 しかし死ぬ直前、私は全てを棄てた。——全てを無くすために、全てを棄てたのだ。

 黄金(かね)も、黄金(とも)も、黄金(みかた)も、黄金(かぞく)も——黄金(あい)と、黄金(わたし)自身も。

 川の冷たさに曝され、最後は燃えて炭と化した。残ったのは割れた鏡のみ。肉体が消え、魂が流された私は門を通ることはできず永遠に彷徨うことになった。

 そのときだった、目の前に黄金(せいはい)が現れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜は——夢を見た。

 

 願望、過去、未来……夢とは人体のどの器官で投影されたのかはわからないが、私が見ているのは間違いなく‘‘過去’’だ。

 

『——大丈夫か? お前はまだ脚が弱いんだ。あんまりやんちゃするものじゃないぞ』

 

 手慣れた手つきで巻かれていく白い布は、包帯と呼ぶにはあまりにもきめ細やかだ。おそらく包帯ではなく、衣服から破いた布なのだろう。

 

 ——っ

 

 布を巻かれた黒猫がひと鳴きした。

 ありがたいと云ってる反面、その眼は傷が痛いと訴えかけているように見える。

 

『自業自得。これに懲りたら身の丈を考えて生きろ……ほら、行っていいぞ。布は完治できるころには勝手に取れるからな』

 

 またひと鳴き。

 珍しい鍵尻尾をふわりと振ると「ありがとう」と云った気がする。

 

 ——場面が変わる/私は丘に立っていた

 

 空があった。

 高く、高く、高く——。

 初めて夢を見た日の空とは違い、どこまでも高い蒼穹な——空。

 翼がなくとも、坂道から下れば、小さく跳べば、どこまでも飛べそうな、吸い込まれそうな大空だ。

 

 ——!

 

 私が立っていた場所に大きな影が翳る。

 背後から突風が吹き、脇腹を撫でながら虚空へと消え去った。

 

 思わず空を見上げる。

 

「——!!」

 

 金色の体躯。

 一つ一つの小さな鱗が風を掴んでいるのか戦慄いているのが見えた。

 

  —— — —— —!

 

 鼓膜が震えた。

 金色が吼えた。

 存在が明確に塗り付けられる。

 その偉大さと、眩しい赤い太陽の光に目を瞑り、手を仰ぐように翳してしまう。

 その隙間、あらゆる宝よりも価値のある瞳が私を見た気がした。

 

 ——場面が変わる/私はオリーブの木の下に座っていた

 

 見慣れた横顔があった。

 口元に笑みを浮かべ、いつものように喉でくつくつと笑っている。

 慈しむような眼差しは三匹で騒ぎ合う子狼を見ていた。優しい手付きで撫でられる猪は目を細めていた。肩には白い鳩が二匹、毛づくろいをしている。オリーブの木で囲まれた泉では黒毛の馬が馬足を鳴らしながら遊んでいる。

 穏やかな景色に、頬が緩みくすりと声が漏れた。

 

 ——私を見ていた

 

 楽しそうにしていた動物たちが、全て。

 十は容易く越えた目に見られている恐怖よりも、場が凍ったように続く沈黙よりも、私に気付いた疑問よりも——私は納得した。

 

 ここは聖域だと。

 

『——大丈夫だ』

   

 一声、それで全てが戻った。

 子狼は騒ぎ、猪は目を細め、鳩は紡ぎ合い、馬は遊んでいる。

 

『ここにいるのはいいけど、そろそろ起きる時間じゃないか?』

 

 聞き慣れた声音でそう云われ、意識が反転するのを感じた。

 

 

「 バー……サーカー?」

 

「クカカカ。悪く思うなよアインツベルンの聖杯。此度の聖杯戦争、もとより道を歩く気は無いわ」

 

「どうして……どうしてサーヴァントが 三体(・・)もいるのよ!」

 

「ふむ、疑問に思うのも仕方なきことよ。二体は狙ったものじゃが、セイバーを取りに行く途中思わぬ拾い物をしてな。幸運じゃったわい」

 

「く——人でなしとはお前のようなことを云うのね」

 

「カカカッ、とうに人間は辞めておる。さて、ぬしの中の聖杯——いただくぞ」

 

 

 




・主人公【???】

夢を介して少しずつ過去が垣間見えてくる。


・ニトクリス【夢をみた】

主人公の夢をみた。
彼は誰なんだろうと疑問に思いつつ、死後のことを考える。……あれ、病んでるのか……

・邪竜娘【テレビなう】

ある意味元凶だがどこ吹く風。
「私、魔力補給しようとしただけだもーん」

・アインツベルン一族史上最高のホムンクルス

「バーサーカーは最強なんだから!」

・マキリ

死体あさり中。桜は何処へ……





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ファラお尻の探訪

 

 

 

「——マスター(同盟者)……マスター(同盟者)……」

 

 いつもよりふかふかのベッドで起きる。

 鞄の中のベッドより柔軟すぎて体が痛くなりそうだが一日目は快適な朝だった。ちなみにキングサイズのベッドが一つだったので三人で川の字で寝た。

 今日は間桐邸に行く予定があるため、午前から動くことになる。普段から午前はだらだらして、午後から部屋に出るような生活をしているマスター(同盟者)の体を揺すり起こす。

 

「——おはよう……ニトちゃん」

 

 奥歯が見えるくらい欠伸をしている。

 聖杯戦争だというのに呑気なものだ。

 

「そのパジャマ似合ってるな」

 

 昨夜は三人でトランプをして遊んだ。順位は下から私、邪竜娘、マスター(同盟者)の順で終わった。

 序盤は邪竜娘の独占の勝率だったが、中盤は盛り返した私だったがそれを見た邪竜娘が露骨にイカサマ魔術を使い始めてからはそれをいかに出し抜けて勝てるかに変わり、汎用魔術ではマスター(同盟者)に軍配が上がり負けてしまった。

基本ロイヤルストレートフラッシュのポーカーや、七秒で終わる七並べなんてもうやりたくない。

 

マスター(同盟者)と邪竜娘が着ろって云ったじゃないですか」

 

 そこで最後は罰ゲームをかけて三番勝負をした。結果は私0、邪竜娘1、マスター(同盟者)2と云う散々だった。

 その罰ゲームこそマスター(同盟者)が云ったパジャマだ。

 

「うさうさ波とか出しそう」

 

 オレンジ色を主体とし、胸に''兎''とワッペンがされている。数年前に流行ったアニメの主人公の道着らしい。

 

「なんですかそれ、出しませんよ……あと私のは天空神ですからね」

 

 私も時々、鏡の前で「あれ、ちょっとうさ耳に見える……」と思うときがある。

 

「まだ天空神のうさ耳は付けないのか?」

 

「寝るときは外してますから。変な折り目が付くと機能しませんし」

 

 礼装とは絶妙なバランスの中で保ったものだ。さすがに折り目がついた程度で効果が消えるわけではないが、天空神への信仰心から成り立っているため、その折り目によって先端が空を向いていない状態になるのが不味いのだ。

 

「……可愛いな」

 

「——わぁ。もう、いきなり撫でないでくださいっ」

 

「普段、礼装付きなのに見慣れてると珍しくてな」

 

「だからと云って淑女の頭を軽々しく触らないでください」

 

「次からは重々しく触るとするよ」

 

「なんですかそれ……」

 

 思わず撫でられた部分を両手で重ねてしまう。

 撫でられた記憶など生前にも無い。

 高貴な血筋であった私は存在自体が天に近いとし、触れることすら憚られるような生活だった。両親とは幼少より離れて育ち、仲が良かったのはお付きの年老いた侍女くらいだった。

 

「準備するか」

 

「はい」

 

 邪竜娘はすでに起きて隣で朝のニュースを見ていた。

 マスター(同盟者)は着ていたシャツの上からベスト、コートを羽織りスペア鞄の中を見る。

 

「虫除けスプレー、不死避けスプレー、悪神避けスプレー……完璧だな」

 

 会社かなにかだろうか。

 

「杖もあるし財布も持った、よし行くか」

 

「ハンカチとティッシュもですよ」

 

「お前は親かなにかか」

 

従者(サーヴァント)です」

 

 エジプシャンジョークである。

 テレビ部屋に移動して邪竜娘に声をかける。

 

「結界を張ってるから、誰も来ないと思うがなにかあったらすぐ呼ぶんだぞ」

 

「わかってるわよ……ん」

 

 邪竜娘が手のひらを差し出している。

 

「ん……あぁ、寂しいんだな」

 

 マスター(同盟者)はソファに座っていた邪竜娘と目を合わせるようにしゃがみ片手で包んで頭を撫でた。

 

「——違うわよ! お金よお・か・ね!お菓子と課金とゲーム買いに行こうと思ってるからちょーだい」

 

「そ、そうか……いくらだ……」

 

「んー、その中の半分でいいわよ」

 

「わかった……」

 

 どことなく悲しそうな相を浮かべながらマスター(同盟者)は財布から出した最高価値のお金を数枚渡している。情けない夫と強気な妻、いや父親と我儘娘か。

 

「ありがと。気をつけなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——あんな風に甘やかしてばかりじゃダメですよ」

 

 外は昨日より小振りな雨が降っている。

 半壊した傘は捨て、ホテルの一階で傘を買ってから間桐邸に向かっている。

 

「いや、わかってるんだが……あいつにとってはあれが楽しいことだったりするからな」

 

「それでも限度があるんじゃないですか?」

 

「限度なく楽しむのが、一番いいことだと考えてるからダメだとは思っていない!」

 

「しょうもない胸を張らないでください」

 

 はぁ、とため息を吐く。

 それと同時になんとなくわかってしまう。サーヴァントとは寿命や死因を踏まえてもすでに一生を終えた存在。終わったと知りながら、心の中で当時の高鳴りを記憶しているのだ。

 だから、いくら見知らぬ現代だとしてもいつか飽きがくる。

 

「ふむ、幸運だったのかもしれませんね」

 

「なにが?」

 

マスター(同盟者)みたいな人のところに現れて」

 

「いささか財布と見られてるのは否めないけどな……」

 

「——安心してください! 私が受肉すればきっちりさせますので!」

 

「頼もしい、安心だな——」

 

 マスター(同盟者)は目を瞑りながら二度頷いた。

 

 時間にして一刻、間桐邸が見える坂下へと着く。

 やはり、というべきか忌々しい気配は感じられず無人の邸が存在していた。本当にいないのか、それとも気配遮断をしているのかは読み取れない。

 

「——宝具級の隠蔽道具を保持していない限り、サーヴァントの気配はありません」

 

「マキリは寄生型の蟲を使う。本人はいなくとも蟲が残っている可能性があるから注意するんだ」

 

「あの蟲、ですね。私たちの半径ニメートルに三重結界を張っておきます、くれぐれも離れないように」

 

「わかった、頼んだぞ」

 

 小さな動きも察知するもの。敵意、害意を知らせるもの。一定以下の外部からの魔力を遮断するもの。半径ニメートルに留めることで、純度を高め確実性を持たす。

 例の教会ほどではないが、大きな鉄の門扉を開け放つ。錆び軋む音が鳴り響くと館の上から烏が飛んだ。

 

『……趣味がいいとは思えませんね』

 

『外道の法で五〇〇生きているんだ、感性がおかしくなるのもしかたない』

 

 五〇〇年の妄執、マスター(同盟者)はかの老人をそう表した。

 

『一階は特に無し、か。先に二階に行くぞ』

 

 一階にはリビングと思わしき部屋、キッチンなど普通の住居が広がっている。

 赤い絨毯が敷かれた階段を登る。

 

『奇妙だな……』

 

『と、云いますと?』

 

 マスター(同盟者)は廊下に飾ってある壺の中を覗きながら話す。

 

『ここの家には少なくとも三人が住んでいたんだろう? 普通の家庭であればこの規模で十分だ。間桐邸はアインツベルンに及ばずとも由緒ある魔術一族。地下(・・)を除いて工房が無いのはおかしい』

 

 二階部屋最後の部屋に入る。

 扉に掛けられていただろうネームプレートはまるで削られたように読めなくなっている。

 

「女の部屋か……」

 

 薄桃の掛け布団と枕脇に人形が飾られ、小さなテディベアは耳に赤いリボンが付けられていた。

 そして、なぜか布団の匂いを嗅いでいた。

 

「なにしてるんですか……」

 

「いや、温かければまだ近くにいるかもしれないと思ってな」

 

『いるわけないじゃないですかっ!』

 

 思はず、咄嗟に念話で叫んでしまう。

 なんだか最近、少しずつマスター(同盟者)の変態性が見えてきてしまった気がする……。

 

「——ニトちゃん、それ」

 

 本棚にあった適当な本を手にとっているとマスター(同盟者)がこちらを見ていた。私が手にとったのは数式が書かれた本、いわゆる教科書か参考書、表紙を見てみると——、

 

「——穂群原学園」

 

「あのセイバーのマスターも確か……」

 

「ええ。玄関先に置かれた鞄に穂群原学園とローマ字で刺繍されたのをこの目で見ています」

 

「名前は?」

 

「——"間桐桜"……娘でしょうか」

 

「桜……?」

 

「覚えがあるのですか? この国にも同じ花があると記憶していますが」

 

「昔会った魔術師の一人に、その名前の娘がいてな。ただその子供は間桐(・・)じゃなかった」

 

「間桐じゃない、ですか。同姓同名か、はたまた——」

 

「養子に出されたか。魔術社会では当主は一人の子供に専念して己の魔術回路を受け継がせる、というのが基本だ。この国の一般家庭で養子は珍しいが、魔術社会では珍しくないからな。それに間桐が受け入れるほどとなれば……」

 

「その才能、もしくは持っていた起源(もの)はかなりのものかもしれないと」

 

「マスターの可能性もある。それにマキリが虚数魔術ではないのは確定しているから、その女が虚数魔術の使い手の可能性は高い」

 

「まだ学生の少女ですか……」

 

「思うところがあるのか?」

 

「いえ……その、私が生きていた頃より魔術師は下品になったと思いまして……」

 

 私が生きていた時代は、生きるために生きていた(・・・・・・・・・・・)人がいる時代だった。誰もが明日だけのことを考え、明日あるからこそ次があると。それは魔術師たちも同じで、明日をより改善させるために魔術を振るった。しかし、今は己の欲のために魔術を振るう者が大半だ。

 正直、私には理解はできても受け入れることは到底不可能だ。

 万人に不必要な根源(もの)を、万人に水を与えられる魔術師(もの)が追い求め、数人を除き死んでいく。

 

「——全くもってその通りだ」

 

マスター(同盟者)……」

 

 かつて、魔術は過程ではなく手段だと云っていた。マスター(同盟者)は見てきたのだろう。魔術師の目で、魔術師の移り変わりを。

 

「——お喋りはここまでみたいだな」

 

「——ええ、入ってきましたね」

 

 館前に感じる強力な気配。間違いなくサーヴァントが一体いる。

 

「どうしますか?」

 

「セイバー組なら話を聞こう。それ以外ならば相手が攻撃態勢に入り次第戦闘に入る」

 

「ですがこの気配はおそらく——セイバーではありません」

 

 あの騎士から感じられた神聖な雰囲気を捉えることができない。それならば別のサーヴァント、邪な気配がしないことから正統な。

 

「マスターは俺が相手をする。ニトちゃんは敵を近付けないように対処してくれ」

 

 マスター(同盟者)がそう云うと、杖を構えた。

 

 

 

 

 




※まだ後書きが書けてません><
一週間前に書く予定だったのですが忘れてました。次話までには書き出しておきます。m(__)m


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ファラお尻の赤い悪魔と同盟者の

おまたせしました。


【久しぶりな人のための大雑把な説明】

主人公???⇨虚数魔術を追いかけて、マキリの屋敷に潜入中
ニトクリス(アサシン枠)⇨同じく。

散策中、二人は外から気配を感じた。


 

 

 

 ——Gandr(ガンド)

 

 古代スカンディヴィアにて、多数の魔術を表すものだ。

始まりのガンドは全てを含めた効果を秘めていたと云われるが、現在では離別化され使用者によってその効果は違う。

 精霊を呼ぶ者、準魔法級とされる大魔術・転移魔術の呪文に組む者もいれば——呪いを込め簡易攻撃魔術にする者もいる。

遠坂家が長女——天才と称される遠坂 凛は圧倒的後者だった。祖シュバインオーグから受け継いだ宝石魔術を長女とする遠坂家は魔術の殆どを宝石を媒介とし使用する。故にその出費は計り知れず、親族、後ろ盾共に——神父がいるが——頼りない凛にとって普段から連発できるものではなかった。

 だからこそ、目につけたのは己の魔力一つで柔軟が効くガンドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ガンドっ!」

 

 黒い呪いが指先より出された。

 速さは銃弾に近く、されど無音のままに発射。速さと、それに伴う突発性により一般人ならば反応できないモノにアサシン——ニトクリスはローブを翻すことにより完全防御した。

 

「っち、アーチャーはサーヴァントをお願い!」

 

「……任された」

 

「——ニトちゃんはそのまま近くで援護」

 

「了解です」

 

 赤い外套を纏う、アーチャーと呼ばれた男はマスターに云われ、ほんの一瞬逡巡したがマスターと挟むように館の上に飛び乗り弓を可視化させた。

 

「動かないで。一歩でも動きを見せたらアーチャーに速射してもらうわ。アサシンであるそちらと、三騎士のアーチャー、どちらが有利かわかるわよね?」

 

 遠坂凛は、抑揚もなくただ合理的に云い放つ。

 アサシンは具現化し、後ろからやられる心配は皆無。サーヴァント以外による不意打ちは二人に目を向けつつも視界以外で周囲を監視するアーチャーが防いでくれるだろう。

 

「……どちらが有利、か」

 

 

 

 風を切る音がした。

 

 

 

 ただ一射。

 いつものように手を顎にやろうとしたアサシンのマスターを射殺す。

 魔力が込められた黒い矢が飛んだ。

 

「——」

 

 その光景に、遠坂凛は然程驚きはしない。爆風により多少眉根は歪んだものの、聖杯戦争において殺しは常套の手段で、殺される気は無いがその覚悟はある。息を吐くこともなくアーチャーに次の行動を指示しようと目を向けた。

 

「……アーチャー?」

 

「凛——どうやらまだ終わってないらしい」

 

「っ、追撃!」

 

 一瞬気が緩んだ自分に喝を入れ指先を向ける。

 爆風により舞い上がった砂煙に視界は悪いが、やらないよりはマシだろうとガンドを繰り出した。

 

「——サーヴァントの攻撃は頼んだ、後ろにいてくれ」

 

 陽に照らされ肌色になった砂煙から青い光が見えたと思えば、紺色のコートが突出して走り込んだ。

 持っていたアンティーク調のカバンは消え、コートはアーチャーによる攻撃で裾に穴が見える。

 

 だが、それだけだった。

 

 投影魔術を駆使し、ランクは落ちるとも宝具を使い潰せるアーチャーの、サーヴァントの最上の一手の一部を食らいながらマスターである、サーヴァントでもない人間が服装以外の欠損は無し。その結果に遠坂凛は頭を痛めたくなるが、すぐに振り払い——拳を構えた。

 

「——女で魔術師だからって、近接格闘ができないと思わないでよね!」

 

「もちろん、そんなことは考えていない!」

 

 両腕、両拳に濃密な魔力を込め迎え、討つ。

 

「——はっ!」

 

 骨が軋む音がした。

 

「っ!?」

 

 遠坂凛の腕からだ。

 魔力は腕が血飛沫を上げない程度に込められ、尽力は大の男を上回る。走っているものは無理かもしれないが、止まっている車くらいならば殴り飛ばせる。

 疑問に思い、目を上げた。

 

「————陣術ッ!? あんた何百年前の魔術師よ!!」

 

 そして声を荒げた。

 

 ——陣術

 

 遥か昔、魔術というものが編み出され形態化され始めた頃の魔術構築法である。

魔術は自らの魔力を媒介にするが故、その消費を極力抑えるのが常。そのため西暦になった現在、単純な強化魔術は魔法陣を空間に描かずとも工程を省くことで簡略化された。

 

「最近の流行りにはついていけなくてな、途中で魔力切れなんてことは起こらないから心配しないでくれ」

 

 そう云って、淡く滲む深緑色の魔法陣を両拳に纏わせながら構えた。

 

「……」

 

 遠坂凛の額に汗が流れる。

 人数は同じ、サーヴァントの力量は僅かに上か。しかし先ほどの攻撃がなんらかによって無力化されたのは事実。そしてマスター同士の実力の差。旧々世代あたりに位置する魔術の使い手、燃費が悪く、古臭いと一蹴できればいいが近接魔術の至高の一端であることは変わりない。

 

「——ふぅ」

 

 だからと云って。

 遠坂凛に引くことは無い。

 相手が自分よりも格上ならば、

 

 ——自らがその上をいけばいい

 

 腰を落とし、五メートルの距離を瞬きの間で埋める。初動なく、相手の意識外をついた一撃——では終わらず、両腕ともに同時に突き出すことによる中国拳法の技。

 

「はッ!」

 

 肘から手首にかけ、ほぼ同時に捻り体内に衝撃を伝える。たとえ腕を前に防いだとしてもその上から肉を抉る。

 

 ——が、それは陣が弾いて終わった。

 

「堅っ……どれだけ魔力込めてんのよ!」

 

 右足に魔力を循環させて土を蹴った。アサシンのマスターは思わぬ奇襲に魔法陣を纏った右手を前に出した。

 その隙に一歩下がる。赤いコートの内側から小石サイズの宝石を二つ取り出し、夜空へと投げる。

 

Gewicht(重圧)! ……アーチャー、サポート!」

 

マスター(同盟者)……やらせません!」

 

「弓兵に背を見せるか、アサシンが!」

 

 鈍く、紫の明かりに一面が包まれる。そこに現れるのは結界。地面が陥没し、尋常ではない重力がかかる。

 

「鉱石魔術か、俺とあんまり変わらないじゃないか——」

 

 肩が降りていきそうなアサシンのマスターの姿が地面に吸い込まれるように消えた。

 

「凛……!」

 

「いっ、み、わかんない、し!」

 

 そして、重力に飲まれた場所に現れたのは遠坂凛だ。逆にアサシンのマスターが入れ替わるように遠坂凛の場所にいた。

浮いていた宝石を二つ、アーチャーがアサシンを射るよりも優先して砕いた。三発目にアサシンに狙いを付けたが、その周りにある白く捻れた異様な空間を見て下がった。

 

置換魔術(フラッシュ・エア)——。日常生活程度の役に立つものだが、戦闘用にまで昇華したか。

 そのレベルの魔力ならば別の魔術に傾倒するものだが、物珍しい」

 

 再び距離を置き合間見える。

 

「完全に利用された。宝石は使うわ、仕留めきれないで大損」

 

「いや、むしろ良いほうだろう。才能差はわからんが、向こうの魔術師のほうが経験から来る戦闘は上。現状その他の知識も比較できるかはわからん。マスター同士の戦いでは負けたな、凛」

 

 皮肉めいたアーチャーの言葉に舌打ちで返した。

 鉱石魔術も一度といえど返され、本来不意打ちで使うべく格闘術にも対応された。さらには卓越された置換魔術。先ほど条件付き転移魔術のような芸当を見せられたのだ。才能だけでは埋められぬ経験の溝が存在した。

 

マスター(同盟者)

 

「問題はないか、ニトちゃん」

 

「ええ。こちらも、向こうも様子見で終わりました。向こうは弓を除く手の内を晒すことなく、こちらも問題はないです」

 

「無事で良かった」

 

 マキリの虫が飛んだ。

 羽に映えた月光が視界に散らつくが、意識は両者とも眼前の敵を見やっている。ぬるい風が遠坂凛を撫でれば、相対していた男は腕を下げた。

 拳に纏われた陣がガラスの音と共に消えていく。粉々に砕けたそれは地面に残留することなく水のように溶けていき、剣呑な気も男から霧散した。

 

「アーチャーの英霊と、歳に合わない魔術の器用。君は遠坂で良いのかな」

 

「ええ、どこぞの古臭い魔術師さん」

 

 辛辣な評価のされ方に男は困ったように笑った。

 

「セイバーのマスターからなにも聞いてないのか?」

 

「……」

 

 今思えば、勢いのまま戦闘に入ったのではないかと遠坂凛は自身に投げかける。同盟者の衛宮士郎はアサシンとマスターについて聞いており、同盟とまではいかないまでも事実上の不可侵を一定期間敷いたと話していた。サーヴァントの様子から瞬時にアサシンと判断したとこまでは良い。しかし、間桐家から出てきたため敵と決めつけガンドを撃ち込んだ。

 引けも引けぬ状況を見たアーチャーが口を開いた。

 

「幸いにも、こちらが構えた矛より先に向こうが下げてくれた。あの小僧のこともある。ここは正直に頭を下げることが君のするべきことじゃないか」

 

「わ、わかってるわよ……」

 

 そう言いながらも不満げな顔をしていた。それは男への理不尽な感情の表れではなく、たまに出る自身の感情的な行動に対してであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態はとりあえず収束に向かった。

 未だ聖杯戦争という大ごとに呑まれている状況に変わりはないが、杯を求める以上にやるべきことがある現状無駄な戦闘を避けられるのはありがたい。

 

「——伝承科(ブリシサン)臨時講師!?」

 

 そして、現在はマキリの屋敷から少し離れた展望台にて情報を交換していた。途中まで大人しく話を聞いていたアーチャーのマスターだったが「この地を治める私はともかく、あなたはどこの魔術師なの」と言った疑問が上がった。そのため、マスター(同盟者)は口で説明するよりも早いと思ったのか、コートから適当に入れていたであろう中折れしたカード(?)を渡すとアーチャーのマスターは声をあげた。

 

「りり、臨時講師って……」

 

 魔術協会における三大部門の一角——時計塔。

 時計塔は魔術を習うのはもちろん、基礎を学びさらに十二の自分に合った学科へ分かれる。分かれて以降はその学科に専念するのが基本だが、『中立派』と呼ばれる学科は『貴族主義派』と『民主主義派』の学科とは異なり別学科の授業を掛け持ちすることもある。

 十二の学科はそれぞれ『全体基礎科』『個体基礎科』『降霊科』『鉱石科』『動物科』『伝承科』『植物科』『天体科』『創造科』『呪詛科』『考古学科』『現代魔術科』『法政科』からなる。君主(ロード)と呼ばれる各学科を牛耳る一族を中心に魔術師が寄り、排他的な学科からオープンな学科まで選り取り見取りである。

 

「アーチャー、あんた澄まし顔してるけどわかってるの?『伝承科』っていうのは院長自らが指揮を執る、この世に存在しないものを継承し続け、研究する十二の学科でも一際異質なところ。そこの臨時(・・)講師よ!講師ってだけで意味わからない役職なのに、臨時まで付いたらめちゃくちゃよ!」

 

「あ、ああ……」

 

 八つ当たりのように、後ろで腕を組んでいたアーチャーに吠えた。

 

「どういうところなのですが、マスター(同盟者)?」

 

「彼女が云ったこととあまり変わりないさ」

 

 マスター(同盟者)は肩を竦めた。

 不意に、あのときの夢が脳裏を過ぎった。静謐な、神代の香りがした世界。オリーブの木漏れ日から差す陽射しを私は憶えている。女王をしていた頃の、太陽(ラー)とは違った優しく包んでくれるような光。

 彼は一体、何者なのだろうか。

 

「時計塔の講師ならまだはっきりしてるか。この烙印は間違いなく院長の印、あれは偽造できないしね」

 

 偽造と、不必要な摩擦を防ぐため時計塔院長の印、そして名前すら書くことができないよう魔術的措置を施されている。そもそも院長の名前を知らない者が殆ど。君主(ロード)でやっと、以下の者は見たこともなければ、興味を抱くことも少ないかもしれない。

 

「遠坂の名において、今より不可侵の事を認めます。衛宮君とセイバーが見た聖杯戦争のイレギュラーであろう呪詛、虚数魔術。それを解決、もしくは処理するまで私たちアーチャー陣営もこちらから手を出すことはないと約束しましょう。

 絶対遵守の法(セルフ・ギアス・スクロール)でも結ぶ?」

 

「いや、別にいい。そちらがキシュアに連なる誇りがあるならば俺はそれを信じよう。時計塔でも遠坂の家訓は聞いていた。君の様子ならば大丈夫だろう」

 

 口より紙を信じる魔術師にしてはマスター(同盟者)はきっと異端だ。魔術師は人より自身が魔術師であることを優先する。

 魔術師でありながら、人っ気の強い同盟者がなんとなく誇らしかった。

 

 

 

 

 






・主人公
ほんとこいつ何者なんだよ……。
「伝承科」臨時講師。一体なにを伝承というか持ってるんでしょうねぇ……。
伝承科については設定資料集等をお読みください。もしくはネットで調べるのだ!
割と軽そうな口調をしてますが、優しい声音を想像しながら自分は書いています。

・ニトクリス
ケツ担当。

・遠坂凛
殴ればわかる、という家訓の元今日も魔術を振るう。

・アーチャー
ある意味一番の苦労人。いれば頼りになるってなかなかいないですよね。

・その他
ちょっとルビについて整理したい。
弓兵とか剣士とかに振っても仕方ないから全部カタカナ表記に改稿します。一話書いてからしたいので、少し時間がかかりますがちょいちょい編集していきます。

割と本気で完結まで持ってきます。






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ファラお尻の現状とかつての聖杯戦争

連投でございます。
また、物語を進めていく上で私なりに付け足した、解釈した部分もございますのでご了承ください。




 

 

 

「似てる、か」

 

 冬木市の地図をテーブルに広げながらマスター(同盟者)が呟いた。

 

「虚数魔術ですか?」

 

 以前、使い魔を通じて撮影した虚数魔術の写真を手に取る姿からそう聞いた。

 

「虚数じゃなくて、あの神父の中にあるものと虚数魔術に加えられた呪詛が似ていた」

 

 あの神父——とは冬木教会の男だろう。普段''君''と称するマスター(同盟者)が珍しく初対面にもかかわらず''お前''と云っていたため記憶に濃い。聖杯戦争の戦い自体には直接関係ない監督者でありながら襲撃され、穴の空いた教会に滞在していたのは肝が太いのかもしれないがどこか気味の悪い気配があったのは私も同じだ。中立地帯の教会に行くため、外側に向けた感知魔術を使っていなかったのが仇となった。

 

「マキリの杯。これが本当に実在するのであれば、今回の聖杯戦争は聖杯が二種類存在することになる」

 

 御三家が一つ、マキリ。

 主に令呪の開発に尽力したとされるが、当然超抜級の魔術炉心である聖杯の製作にも関わっているはずだ。当時の製作方法を知っている唯一の人物で、それなりの技術を持つ老翁であるならば擬似聖杯を作ることは可能かもしれない。

 

「元々、聖杯っていうのは二つあった。

 戦い、サーヴァントを降すことでその御魂が魔力源となり願いを叶える聖杯。これを、小聖杯(・・・)

 

 マスター(同盟者)によると、この小聖杯はかつて時計塔伝承科に所属していたアインツベルンのホムンクルスが『ラインの黄金』と呼ばれる、今では考えられないほどの魔性が篭った鉱物で作ったものらしい。魔術師からすれば黄金ほど魔力の込められるものは存在せず、炉心としてはこの上ない。それが神話に語られるものならば願望機として役割は十分果たせるだろう。

 

「そして、この冬木にて聖杯戦争の地盤を固める役割を担う大聖杯(・・・)

 

 願いを叶える小聖杯に対して、サーヴァントたちを召喚する大聖杯。

 小聖杯とは本来大聖杯の一部といえるものだが、第三次聖杯戦争で破壊される事態が起きてからはアインツベルンがホムンクルスを用意し、自立した小聖杯の依代として参加させているようだ。

 

「まあ、よく聞くのがサーヴァントがマスターを裏切る要因になる『自身の願いが本当に叶えられるのか』という疑問だが……これはマスターの魔術師が『根源への到達』を望んだ場合のみ成就されない」

 

 サーヴァントには知らされない聖杯戦争の裏側。

 根源とは魔術、命、生死のあらゆる要素の始まりの何か。根源への到達とはそれをいずれかの分野で理解、もしくは見てしまったことを意味する。世の真理を理解することは生半可な力でなすことができず、それを果たした存在は人類の歴史が始まって以降六人のみ。

 ちなみに、魔法使いは誰もが破綻者であるのは魔術世界では既知のこと。

 

「待ってください。それでは根源への到達を望んでいないマスター(同盟者)はともかく、今までの聖杯戦争参加者は一体……」

 

 最後の一人として願望機を勝ち取った者はどうなったのか。

 

「願望機には時間制限があるんだ。令呪を刻み、マスターであることを示す準備期間。そして、本格的なサーヴァント同士の戦いが始まる現在。最大期間はサーヴァントが七騎揃って一月程度か。これを越せば大聖杯に満たされた魔力は龍脈に散り、サーヴァントたちは強制的に座へと還される」

 

 大聖杯が作られた1800年。そこから聖杯による根源到達を目指し争い始める。もっとも、第一次では戦争を始める予定などはなくスムーズに願いを叶える予定であった。しかし、製作当初は聖杯システムがまだ未完全なこともあり、御三家はサーヴァントを呼び、その御魂を贄にすることで願いを成就する方針へ変更された。

 

 第一次聖杯戦争——聖杯システムが未完全なこともあり期間内にまとまらず勝利者無し。

 

 第二次聖杯戦争——御三家は外部魔術師も招くがそれが仇となり早々に離脱。結果、他四組も全滅し勝利者無し。

 

 第三次聖杯戦争——帝国陸軍、ナチスらが介入。前哨とし帝都で行われるがその間に小聖杯が破壊され無効試合となった。勝利者無し。

 

 第四次聖杯戦争——アインツベルンは小聖杯を自立式ホムンクルスへ依代とし参加させる。勝利者は衛宮切嗣。願いはわからないが、冬木が壊滅する事態となった。

 

「この人はまさか」

 

「セイバーのマスターの関係者だろう」

 

 衛宮切嗣——。

 前回の聖杯戦争の唯一の勝利者。魔術師殺しと名を馳せた、アインツベルンが雇った刺客。莫大な魔力を秘めた小聖杯の依代をマスターにするわけでなく、どういうことかアインツベルンには到底敵わないであろう歴史の新しい魔術師を雇ったようだ。

 

「小聖杯を有するアインツベルンだ。マスターの衛宮切嗣と、魔力源はホムンクルスと何か仕掛けを施したのかもしれない。正しく魔術祭儀の戦争に魔術師殺しに長けた人間が一人、アインツベルンも本気だった分勝利してもおかしくはない。

 ……なにを願ったのかは知らないが」

 

「これではまるで、聖杯本体が根源に至らぬよう細工をしているようで……」

 

「もっと()かもしれない」

 

「まさか——」

 

「さぁ、それが正解かどうかはわからないが、根源に至る人間はこの世から乖離した力を持つ者だ。満ち足りた世の中にまた新しい例外が一つ」

 

 さて、とマスター(同盟者)は置いていたコーヒーを飲んだ。

 

「マキリの杯によって聖杯自体に異常があれば、今回の聖杯戦争は根本的におかしい。マキリが隷属、死霊魔術でサーヴァントを使役しているなら俺たちが狙われるのも時間の問題だ。その場合、複数のサーヴァントに攻められたらニトちゃんだと手も足も話す間もなくやられてしまう」

 

「おい」

 

「神殿の準備は?」

 

「…………生前より強固な仕上がりになっています。マスター(同盟者)からいただいた幻想種の材料も相まって、破壊条件の守護は生半可な攻撃も通すことはないでしょう」

 

「そうか……なら、外に出ているときはいつでも展開できるよう意識してくれ。マキリが擬似聖杯を持っているならば転移魔術の類を使用できる可能性が高い。邪神や呪詛に連なるアレが元になっているならば、神殿の陽光で跳ね返せる。あの類に包まれたら、令呪を使っても強制転移ができない」

 

「わかりました」

 

「邪竜っ()

 

 マスター(同盟者)は椅子の横に置いていた鞄を漁りながらソファの上でうつ伏せになっていた邪竜娘を呼ぶ。怠そうな表情をしながら顔を上げると、鞄からなにかを取り出したマスター(同盟者)が手招きをする。

 

「タンニーンからもらった燐源(・・)だ。魔力置換しにくいかもしれないが、水に溶かすか口に含めば宝具数発分の魔力にはなるから持っておけ」

 

 燐源——タンニーン、竜種は脱皮をする生き物である。原生爬虫類よりその頻度は少なく、数千年に一度の割合らしくワイバーンですらその竜燐は高値で取引される。鱗一枚で数十人分の魔力が必要な魔術を起こすことができ、神代クラスの竜種の伝説は生前にも書物で読んだ。そして、今渡した燐源であるが、竜種にもワイバーンから始まる位があるらしく、原初級と名付けた竜の脱皮鱗は通常の竜種とは異なった物質らしい。いや、物質と称して良いのかわからない。マスター(同盟者)の手のひらに乗ったそれは形を成しているのか不明で、鈍く金色に輝く光が二、三個乗っているだけなのだから。

 

「なんか美味しくなさそう」

 

「良いから黙って持っていけ」

 

 邪竜娘はそれ掠め取るように手にする。感触はあるのか、指先でごろごろとしていたが一つ取ってなにを思ったかそのまま食べてしまった。

 

「——チョコ味ね」

 

「キャラメルとストロベリーも用意しておいた」

 

「及第点よ」

 

 いやはやまったくもって意味がわからない二人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽も当たらぬ暗窟の間。微かな火種が祭壇へ続く道を照らした先にその化け物はいた。

 見た目は人間であるが、中身はひどく醜悪な人から最も遠い存在。

 

「もう少し、もう少し。我が手中に収めたサーヴァントは四騎。バーサーカーの霊基を取り込めなかったのは残念じゃが器への献上品としては一級。杯を満たすには十分過ぎた代物。

 残りはセイバー、アーチャー、アサシンの三騎。狙うはあの霊格高いセイバーじゃな。あれを取り込めば七騎分の御魂は揃えられる——ク。クカカ、クカカカカッ……」

 

 灰色の祭壇に老翁の影が一つ。そして、石壇には人の色を失った銀髪の少女が横たわっていた。

 

「前回の聖杯戦争の生き残りかわからんが桜も不可解なものを喰いよった。よもや儂が把握しておらんサーヴァントを喰らうとは」

 

 神殿の最奥にはもう一人の少女があった(・・・)

 その姿は異質で、元々持った髪色の色素は失い白髪へと変化している。肢体に絡みつくよう巻きついた黒いなにかは彼女を頭上から泥が降り注ぐ聖杯に縫い留め、苗床のように養分を吸い取っている。時折彼女の周りには拳大の黒い球が浮き上がり、弾けるように棘を出す。

 

「埋め込んだ【吸収】の刻印が作用し、元の聖杯に潜んでいた悪意を吸い込み扱いやすくなった——ぬ」

 

 一つの棘が老翁の目を刺すと、血が出ることもなく黄色汁が舞う。二匹、三匹と羽虫が落ちると金切り声を立てて絶命した。

 

「正気を失ってもなお儂への恨みは忘れんか。だが残念よな、お主はこのまま儂の願望を叶えるための苗床となってもらう。死ぬときは意識を取り戻すかもしれんが、最後くらいは好いたあの倅の骸を持ってきてやろう。

 

——カカカッ、クク、クカカカカカカッ!」

 

 

 

 

 




次話にてまとめてあとがきを書かせていただいています。


聖杯戦争って早めに終わるんですね。一ヶ月とかやってそうですが、二週間足らずで終わってたのか…まさに「stay night」(やかましい


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ファラお尻の憂鬱

 

 
 立っても尻立っても尻。

            by ふぁらお


 

 

 

 凍りついた土が軋む音を立てる。

 正午の白い太陽を背に、私たちはアインツベルンの居城が存在する森へ足を踏み入れていた。

 雪など、夜や暗闇の寒さを除いて冷たさから無縁の生活をしていた私にとって面白いものだ。ふわふわとしていながらも確かな形をもったそれは、よく見れば結晶を作り一つ足りとも同じものはない。特に寒さが厳しいこの時期だからこそ見れた特別な雪だとマスター(同盟者)は云っていた。雪は手のひらに積もることはなく、聖杯によって再現された体温で溶けていく。

 

「珍しさに目を丸くするのは良いが、気を抜きすぎないように」

 

どこか優しい目を向けてきたマスター(同盟者)に早口で返してしまう。

 

「べ、別に気を抜いてなんかいませんっ。ちゃんと結界は張っていますから、常に緊張状態を保っていれば——」

 

 と、自身が話せば話すほど追い込まれると気付いたのは半壊した城の頭が見えてくる頃だった。

 鷲をモチーフに門柱へ飾られた鳥の彫刻は首元から折れている。銀の門扉は退魔の術を敷いていたのか地面から掘り起こされ大きく凹み、片方は地面へ、片方は城の二階部分に突き刺さるという災害級の爪痕を如実に語る。結界に込めた魔力をさらに強くし、羽虫にすら反応するよう鋭敏化させた。

 両開きの扉から中に入る。内部は大理石に包まれた眩い部屋——だった(・・・)のだろう。内部は外と変わらない。崩れた天井が床に広がり、まだ少し砂埃が舞っている。穴の空いた天井から雪が吹き、赤い絨毯は白く染まっていた。

 

「あのバーサーカーはどこへ」

 

 唸りを上げ、丸太のような巨腕を振るってきた大英雄の気配を感じたサーヴァント。正体を知ることはなかったが、もしあれがバーサーカー以外のクラスで、明確な意識を保持していれば私たちはあのとき逃げきれた可能性は低い。正面からぶつかり合い、どうにかして作り出した隙を縫って逃げ出すしかないだろう。マスター(同盟者)の手数は未だ把握しきれていないが、あのバーサーカーは並みの幻想種を凌駕する覇気を感じた。

 

「中庭に出てみようか」

 

 中央階段へ上ることなく、その下にある外廊下へ出る。そこは目を覆うような花が咲いていた。雪の中でも咲いているのは魔術か、それとも季節に咲く花なのかは植物に見識の薄い私にはわからない。それでも、

 

——花壇に咲いた赤い花には思はず口を抑えずにはいられなかった

 

「あれは……!」

 

「アインツベルンのホムンクルスだな」

 

 身体は白い花の上に、血しぶきを巻きながら捨てられていた。流れる血は寒さによって凍りつき、滑らかな切り口は数分前まで生きていたかのような鮮やかさを見せている。無惨に両断された生首は十字に分かたれた花壇の中心へ、目が開かれ向かい合わせ状態で添えられていた。

 

「悪趣味な」

 

 生前を終えた俯瞰的な思考、ある意味見慣れた処刑法と似た状況から目を背けるわけではないが、それでも生を終えた者に対する仕打ちではない。晒し首に相応する罪を犯した者への罰ならば理解できるものがある。しかしここは誰も寄らぬ辺境。ただ殺戮者の欲を満たすために晒されるのは、サーヴァント(終えた者)以外の生に許された行いではない。

 

自動修復(リペア)術式が作用していない。不死殺しか……セイバーが会ったサーヴァントと同一犯」

 

「……マスター(同盟者)、彼女たちを」

 

「ああ。丁重に弔ってやろう。人形といえど意思あるものは生き物と変わらない」

 

 マスター(同盟者)はそう云って横たわったホムンクルスの一人を抱えあげた。どちらがどちらの頭かわからないが、マスター(同盟者)は確信があるのか頭部がある中心に寝かせる。もう一人の死体を並べる頃にはコートが血跡で濡れていた。

 

clarus(浄化)concilio(元へ戻れ)

 

 懐から取り出した杖を振るう。灯されるように淡く死体が光ると肉体と首が結合されていく。

 

「不死殺しは魂に傷を付ける。完全に死んでいるならばセイバーのマスターのように修復できないが、存在を構成する三つの要素、肉体と精神が元通りなら——libero(解き放て)

 

 足を踏み入れた当初からあった忌々しい気配が消える。それに合わせ、ウアス杖を地面に一鳴らし。

 

「楽園へ、彼女たちの霊魂を運び給え」

 

「——この地に残された性質の悪い不死殺しの魔力が消えて、彼女たちも報われるだろう」

 

 雪雲が流れ一筋の光が顔を出す。

 生前では陽の光は神聖すぎるため人の霊魂を運ぶには値しないとされるが、極東の地では僅かな地域差で埋葬法が変わる。これが気まぐれな天気の仕業か、所業に見兼ねた御使いが訪れたのかはわからない。ただ、この地で風化するしかなかった彼女たちはきっと救われるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインツベルンの居城には残された死体以外に事態の収拾へ繋がるようなものは無かった。

 城内を散策するにどうやらあの二人が侍女の役割、アインツベルンの小聖杯を担う完成されたホムンクルスが一人いた。侍女ホムンクルスのうち一人はマスター(同盟者)曰く、肉体ではなくエーテルの塊で何らかの役割があったはずであると。あくまでも予想だが、

 

道具(・・)として運用されるはずが、あまりにもヒトに近い人形で自我が存在。そのためここを襲ったマキリは通常のホムンクルスと判断して見落とした』

 

 さらに、

 

『耄碌したマキリはすでに正常な判断が下せないんだろう。正しく魔力を見れば彼女(・・)の肉の器に違和感を持って生かしているはずだ。

 そこまで急いた理由として考えられるのは一つ。マキリの杯がマキリ・ゾォルケンの願望機ならば——杯はもうすぐ満たされる』

 

 マスター(同盟者)の言葉が反芻する。

 聖杯からあった聖杯戦争の情報と違ったイレギュラー。聖杯が大小に分かれ、根源到達が願いならばすべてのサーヴァントを自害させると聞いただけでも私は驚いた。残る正規のサーヴァントは私を含め三騎。もしマスター(同盟者)以外の彼らが聖杯を手に入れれば、サーヴァントを自害させるのだろうか?

 

「…………」

 

 昼間からはしたないがクッションを抱えてソファに寝転んでしまう。邪竜娘はここにおらず、一階の売店へ行った。もしかすれば狙われるかもしれないと説いたが、マスター(同盟者)が『生半可なサーヴァントにやられることはないよ。そいつを初手で仕留められるサーヴァントなら遠くからでも感知できる』と云っていたので引いた。何だか私よりさらっと強いと言われてるようで癪に触った。結局部屋を出るまでエクストラクラスであることをまた自慢してきたので押すように部屋から出し今に至るのだ。マスター(同盟者)はいつものように幻想種のお世話に行っている。

 珍しく一人の空間に溜息を吐いてしまった。

 こちらに来てまだ二週間を回ったか。思えば随分馴染んでしまったものだ、と自嘲気味に呟いた。

 

「初めはファラオである私に対する態度を改めさせようと思ったのに」

 

 驚くことばかりである。

 何故いるのかわからない邪竜娘に、マスター(同盟者)は幻想種を集め、裏側と現世を無理やり繋げた世界で暮らしている。下手すれば抑止力に狙われるのではないかと質問したが、そこは均衡が取れるよう上手くやっていると話していた。幾分はぐらかされたような気もしたが、多分それはまだ私が受肉していないからだろう。今では何となくマスター(同盟者)の性格や考え方がわかって来たような気もするが、やはりどこか線引きされている。

 

マスター(同盟者)……」

 

 いつかその胸の内を話してくれるときは来るのだろうか。

 なにが起こるかわからないイレギュラーだらけの聖杯戦争。ファラオとして勝利以外の結果は出さないが、それでも考えの及ばぬことが容易に起こる。そのときはせめて、最期までサーヴァントとしての責務を果たしたい。

 

「——呼んだ?」

 

 開いた鞄からマスター(同盟者)の頭が出ている。草花を弄っていたのか知らないが頭には葉が一つ付いており、どうやら気付いていないようだ。

 

「はぁ」

 

 また溜息を一つ。

 クッションを置いてソファから立ち上がる。

 

「頭に付いてますよ」

 

 なにが、と言わせる間もなくしゃがみ込む。有無を言わせず頰に手を当て頭を固定し、そのまま乗った葉を取りお小言を一つ。

 

「この部屋の汚れは私たちが掃除しなければならないのですからね。入ってくる前に自分の姿を確認してください」

 

「ごめんよ。番のバイコーンを移動させてる途中に付いたみたいだ」

 

「番でもバイコーンでもかまいませんが、気をつけてくださいね」

 

 鼻先を指で押した。

 

「ああ、次から気をつけるよ」

 

「それで良いのです」

 

 立ち上がって持った葉をゴミ箱に捨てる。マスター(同盟者)に伺おうか迷ったが、止められなかったので大丈夫だろう。相変わらず幻想種たちを相手にしていると子供らしいと思っていると声をかけられる。

 

「今は暇?」

 

「ええ。特にすることがないから寝転がっていたので……」

 

「ファラオなのに?」

 

「そ、それは関係ないじゃないですか」

 

 もちろん見られていた。

 

「せっかくだ、まだ二組のバイコーンの移動があるから手伝ってくれないか?」

 

「仕方ないですね。このファラオ直々に手を貸してあげましょう」

 

「……バイコーンは純潔だと気性が荒くなるが大丈夫かな」

 

「む、それはどういうことですかマスター(同盟者)

 

「ああいや、別に。じゃあ下で待ってるから」

 

 跳ぶように下へ降りたマスター(同盟者)をすぐに追いかける。

 

「こら、待ちなさい。私が馬を降せないとはどういうことか話を——きゃあっ!」

 

「別に深い意味は——っと……初めてニトちゃんが会ったときのことを思い出した。相変わらず良いお尻をしてる。柔らかい」

 

「どこ触ってるんですかマスター(同盟者)!今すぐそこから退いてください!」

 

「無理を言わないでくれ、ニトちゃんが乗ってるから——」

 

「——ただいまぁって、誰もいないわね…………あれ、二人とも中でなにしてるのよ」

 

「見ての通りニトちゃんが落ちてきた」

 

「馬鹿ねえ。一度痛い目見たなら二度目くらい注意しなさいよ」

 

「な、それはどういうつもりですか邪竜娘!私が鈍臭いみたいな……」

 

「そうだから云ってんのよ。現状を省みなさい、あなたを擁護する理由は一つも無いわよ」

 

「くっ、まさか邪竜娘に」

 

「それは良いから、はやく退いてくれニトちゃん。さすがに直で木床に抑えられたら痛い」

 

 上から罵ってくる邪竜娘に真っ向から反論する。やがて不毛な争いだと互いに理解するのだが、それに気付いたのは私の下敷きになったマスター(同盟者)の背中が真っ赤になる頃だった。

 

 

 

 




・主人公
幻想種を正面から相手をしているといこともあり、観察眼に優れます。動物の性質を機敏に判断する癖がついているため、それは人間にも適応され直視したものはだいたいどんな人物までかわかる。そのため、ふぁらおが良いお尻を持っていることはすぐにわかった。

【口調の差】他話でも書きましたが、おそらく読んでいると、主人公が口調がぶっきらぼうなときとふわっとしたときがあると思います。別に橙子さんなみにわけているわけではないのですが、幻想種やニトちゃんたちと接しているときは「〇〇だよね」「大丈夫かい?」「ほら、落ち着いて。キミならきっといける」みたいに言葉尻が優しくなります。まあこれは人間がネコちゃんやイヌと接するときに「やぁん可愛いでちゅね。肉球ぽよぽよしちゃう」と普段口にしないような声音になるのと一緒と考えてくださるとありがたいです。

・お尻
生前生き埋めにしておいて、生あるものにする仕打ちじゃないとか言う資格のあるのか!このケツがぁ!……と思いの方もおられるかもしれませんが、彼女の場合は時代と、それなりの理由があった。裁く、と同じなのでノーカンとします。

・邪竜娘
まあほんとにニート生活を送ってる。あんま聖杯戦争には特に関わらない子。

・他陣営
士郎と遠坂陣営→原作サクラルートよりまだ戦力的にはマシ。セイバーが生き残り、アーチャーもいるため余力はある。虚数魔術の一件から、アーチャーは私怨を優先できる状況ではないと判断したため比較的協力的。

マキリ→マキリの杯の完成が思ったより早く、桜を人質にライダーを自害させ隷属魔術を使った。マキリの杯を中から取り出した桜をそのまま苗床扱いにして大聖杯のある場所でマキリの杯の完成を急ぐ。
桜→マキリの杯を取り出した際、意識を失う。マキリの【吸収】によってもとの聖杯の悪意を吸う、その後身体を侵され虚数魔術が暴走している状態。それをマキリが利用して、扱われている状態。
ライダー→反転し、不死殺しを持っている。

・その他
拙作では、聖杯の悪意が原作よりも意志が濃いとなるかもしれません。書いてうちに設定は少しづつ変わっていってるのでどうなるかわかりませんが、大幅な変更はしないよう気を付けていきます。

次話は来週である!


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ファラお尻の三者三葉尻模様

 

 

 

 黒い泡が弾けた。

 

 

 

 

 

 この世の負を煮詰めたそれは一目見るだけで常人を発狂に追い込む。

 

 

 

 

 

 黒い泡が弾けた。

 

 

 

 

 

 五感すべてに悪意を訴えかけ、己に生きている価値はないと叫び続ける。

 

 

 

 

 

 黒い泡が弾けた。

 

 

 

 

 

 耳を塞げども悲鳴は聞こえ、目を閉じれど瞼の裏には泥が塗りたくられる。

 

 

 

 

 

 黒い泡が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——死ね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——死ね死ね死ね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ね死ねシね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシね死ね死ね死ね死ねしね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシね死ね死ね死ね死ねしね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシね死ね死ね死ね死ねしね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ねしね死ねしネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————死ね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ッ」

 

 内側から叩きつけてくるような心臓と、気持ちの悪い汗が額と背中に流れていく。

 眼を開ければいつもの天井があって、隙間風が入って来ていたのか電灯の紐が微かに揺れている。吐いた息が自分の体のすべてを持っていくような虚無に溺れ、尻をついているにもかかわらず手をついた。未だ火花が散ったような頭に手をやって目眩を抑える。片目を(つむ)りながら横を見ると、いつの日か自身を守ると云ってくれたセイバー(彼女)が規則的な寝息を立てていた。

 掛け時計の長針は午前3時を指している。

 汗が滲んだ服と、濡れた布団にせめてタオルでも敷こうかと立ち上がる。寝起き特有の痺れに足をもつれないよう気をつけながら静かに襖を開けた。

 

「一体、なんだったんだ……」

 

 酷く嫌な夢を見た。

内容は覚えていない。それでも、自身がそれを見てどう感じたのかは今の身体が物語っている。

 酷く嫌な予感がした。

 セイバーほどの勘ではない。漠然とした、宙をたゆう煙のような感覚だ。

 見慣れた冷蔵庫から水を取り出す。冬場といえど、プラスチックを通して伝わる冷たさは熱くなった身体にちょうど良い。ひっくり返すようにコップを傾けた。

 

「……ふぅ」

 

 晒した鉄のように熱が引いていく。

 

「——っ」

 

 たたらを踏んで膝を曲げる。

 思わずカウンターに手をついて身体を支えた。

 

「これからが大事だっていうのに……」

 

 心にあるのは、家族同然だった後輩——桜。

 聖杯戦争が始まるまではいつも通りだった。問題はあの影に襲われてから。急熱を出し、瞳もどこか朧げ。何度か声をかけたが結局薄く笑ってかわされるばかりだった。同盟相手である遠坂に相談しても、彼女は彼女で冬木市に被害を及ぼす影を追っていて頼りになる答えはもらえなかった。

 水分補給を済ませ、洗面所に置いているタオルを取りに行こうと廊下へと出た。足元を照らす明かりは月明かりで十分でわざわざ電気をつける必要はない。

 

「——シロウ?」

 

 棚からタオルを取り出していると後ろから声をかけられた。振り向いて見るとそこにいたのは寝ていたはずのセイバー、いなくなっていたことに気付いて探しにきたようだ。

 

「ああ、ごめんセイバー。汗を掻いたからタオルを取りに行ってたんだ」

 

「そうでしたか。またシロウがなにか突飛押しもないことをしているのかと心配しました」

 

「おいおい、さすがの俺も今回ばかりは一人で行こうとは思ってないぞ」

 

「もちろんです。私たちにはリンもいる。彼女が今情報を集めているようなので、吉報を待ちましょう」

 

「……うん」

 

「心配ですか、サクラのことが」

 

 正面から投げられた言葉に息を詰まらせてしまう。図星を突かれたことにではなく、心配を掛けさせてしまう自身を少し呪った。

 

「心配だよ。桜は、桜は俺の大事な後輩なんだ」

 

 誰よりも彼女が頑張っていたことを知っていたから、誰よりも心配する。だからこそ、誰よりも助けたいと足が勝手に動きそうになる——今、すぐに。

 

「シロウ——」

 

 握った拳が優しく解かれる。

 

「サクラはシロウが学校に行っている間、私が暇にならないようにとテレビの使い方を教えてくれました。二人が学校から帰ってきて、シロウが夕飯の支度をしているとき衣服の折り方を教えてくれました。サクラのご飯は、シロウに負けないくらい美味しかったです。私もサクラがいないのは寂しいです。それでも——それでも今は待つべきです。あなたは一人ではない。サーヴァントである私も、リンも、アーチャーも。アサシンとそのマスターにも助けられました。頼れる味方が周りにいるなか、自分だけがと生き急がないでください。

 私はあなたのサーヴァント。あなたは私のマスターです。頼ってください。私はいつでも、あなたの前に現れたときからあなたの——剣です」

 

「セイバー……」

 

「シロウ。必ずサクラを救いましょう。私はもう一度、二人と、タイガがいる食卓を囲みたいです」

 

 いつのまにか日常になっていた。

 切嗣が亡くなって、一人だったこの家に藤ねえが来てくれた。二人だったこの家に、桜が心配して手伝いに来てくれた。三人だったこの家に、セイバーが助けに来てくれた。

 俺はもう一度、あの温かい日常を取り戻したいだけなんだ。

だから、

 

「力を貸してくれ、セイバー」

 

「ええ、もちろんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋根伝いに飛び走る影が一つ。ときおり街灯に照らされたそれは赤色が舞う。

 

『アーチャー、なにか街に不自然な点はあった?』

 

『今のところは特にない。路地裏で酔った客か暴漢がいるだけで、魔術的な痕跡は見当たらない——な』

 

 暗闇に降りたったアーチャーは今にも殴りかかりそうに取っ組みあった酔っ払い二人に手刀を入れた。このまま転がしておけば朝には酔ったまま寝たと勘違いするだろう。スリに狙われないよう落ちていた段ボールを適当に被せ、再び屋根に上がる。

 

『そう——やっぱり桜は……』

 

『ああ。柳洞寺だろう』

 

『よりにもよって……っ』

 

 念話を通じて遠坂の舌打ちがアーチャーには聞こえた。いつもなら「淑女が」と小言を挟むものだが現状いちいち云うことではないと口を噤んだ。

 

『間桐桜は間違いなくマキリに囚われている。聖杯の降臨が柳洞寺ならば、マキリは聖杯に小細工を施している可能性が高い。向こうが聖杯の力を利用して場を整えているぶん、分が悪いぞ、凛』

 

『わかってる。でもやるしかないのよ、私たちはもう止まれない。間桐が人を侵すやり方をしたのならば、私は遠坂として粛清しなきゃいけない』

 

 ビルの谷を抜けた風が、貯水塔に立つアーチャーの白髪を揺らした。

 

「この禍々しい気配、おそらく虚数魔術と聖杯のアレ(・・)が交わったか。小僧が触れた以前の虚数魔術はともかく、今のはリンたちが触れるだけでもまずい」

 

 山の一部から噴き出る黒色がそこにいる正体を現していた。

 

「——こんなつもりではなかったのだがな」

 

 吐き捨てるようにアーチャーは呟いた。

 誰しもが逸物を抱える聖杯戦争の参加者たち。願いを叶える聖杯の手前、当然欲はあるものだがアーチャーの場合は違った。彼の目的は聖杯戦争の参加——衛宮士郎の抹殺であり、自身が今に至る可能性を殺すこと。悔いた自分を取り戻すために、正義の味方の成れの果てから救いを求めて召喚に応じたのだ。私怨を成すつもりが彼が体験した聖杯戦争と大きく乖離し、今はそれを忘れかつての自分を救おうと奮闘してくれたマスターのための剣となることを決めた。

 

 一つ、彼の鋭い鷹の目がこちらに向かってくる影を捉えた。

 

「あれは……」

 

 正体を悟った彼は戦闘は避けられまいなと弓矢を出す。黒弓は夜の暗さに紛れ、矢の白さだけが不気味に浮き出いる。

 

「どうやって堕ちたのかは知らんが、外の器だけ利用されたか——ランサー」

 

 その正体を知っているアーチャーは出した弓をしまい、代わりに夫婦剣を複製する。

本来ランサーは青い様相が目立つ男だったが、悪意ある聖杯に晒されたおかげなのか全体像に靄がかかっている。武技で英霊となったわけではないアーチャーの瞳にも、以前のような野性味はとうに消え、意思の枯れ果てた人形にしか見えない。

 衝突は僅か、

 

『凛。ランサーに見つかった、これから戦闘を開始する』

 

『アーチャー、ここで仕留めるのは良いけど一番はあんたの帰還よ』

 

『——ふん、了解した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宝石で編まれた蝶がなにかを伝えるように旋回した。八の字を描いたそれは、正面で見ていたマスター(同盟者)の頭に砕けるようにして消えた。

 

マスター(同盟者)?」

 

 手を顎に持っていったマスター(同盟者)はふいに窓の外を見た。ホテル最上階のこの部屋は冬木の街を一望でき、後ろの窓からは海をなぞった地平線も伺うことができる。

 龍脈の収束地である柳洞寺から逸れた低いビルが立ち並ぶ、現時刻は人気の少ないそこになにか煌めいた。

 

「アーチャーがランサーと接敵、救援を打診したが断られた。どうやら向こうは今仕留める気はないみたいだ」

 

 遠見の魔術を行使する。マスター(同盟者)が見えているのかはわからないため、具現化させた鏡を反射させ、開いた壁に映し出した。そこには一度戦ったアーチャーと、見たことのない黒い影のようなランサーが矛を交えていた。

 

「あのライダーと形態が違うな……」

 

「セイバーと邪竜娘が襲われたというライダーですか」

 

「ああ。あのライダーには意識があった。不敵な笑い声を浮かべて鎌を振るってくるサーヴァントだったが、こっちのランサーは一言も発さない。どころか、槍を振った瞬間、アーチャーの剣を受け止めたときに息をも漏らさない。

これは……」

 

 ——中身がない。

 

「この気配、中に満たされたのはあの影に感じたナニかですね。太陽神とは対を成す、悪神の類」

 

「それも端材にすぎない。聖杯にアレの本体がいるなら、少し厄介だぞ……」

 

 思案するマスター(同盟者)を尻目に戦闘を眺める。

 一合二合と苛烈を増していく戦闘に、生前でも珍しい純粋なランサーの槍捌きに息を飲む。外側だけといえあの戦闘力。私はもともと近接戦を行う者ではないといえ、戦の常套の時代に生きてきたファラオである。故にわかる。あのランサーは——バーサーカーに並ぶほどの大英雄だと。

 アーチャーが二対の剣を投げた。そのまま飛んでいくと思いきや剣は輪を描き中心にいたランサーに向かっていく。手首のみで槍を動かしたランサーはたやすく弾くが、そこに追撃するように矢が何本も放たれた。

 

「あれは——『矢除けの加護』!」

 

 滑るように地面へ消えた矢はランサーの足元を崩す。飛び移ろうと力を込めたが、アーチャーが射たもう一矢によって足を滑らせた。

 

「血のような赤枝に、稀に見得る槍捌き。そして神々に愛された証明である加護。

 あのランサーの正体は『アルスター物語』の大英雄。誉れ高きケルトの戦士——''クーフーリン''」

 

 離脱するアーチャーがこちらを見た気がするが、それに気付かずに消えていくランサーを見つめる。やられたわけではないだろう、おそらくマスター(同盟者)が危惧していた転移魔術。

 

「自我を持って存在するならば手を焼きましたが、アーチャー相手にあの戦闘。マキリという敵がいる以上、事実上同盟を組んでいる私たちにはセイバーもいるので問題ないでしょうか」

 

「不死殺しを持つライダーもある。油断はできないが、サーヴァントは頼んだよ」

 

「ええ、私も尽力します。

 ……時にマスター(同盟者)、邪竜娘はどうするのですか?」

 

「あいつは特に動く予定はない。ここの聖杯(・・・・・)とはまた別の用件で呼び出された存在だから、あまり大きく動いたらなにかしらエラーが起こる可能性がある。解決するなら、ここの聖杯で呼ばれた者たちだけが好ましい」

 

「そうですか——」

 

「ニトちゃん、昼にセイバーたちのところに行こうか。即席で組んで向かえば、太陽神の威光を受けた君ならともかく他のサーヴァントは取り込まれてその場で敵になりかねない」

 

 最優のサーヴァントと称されるセイバーがいるが、そのセイバーは不死殺しのライダーに瀕死にされた経験がある。それはマスターが素人同然の未熟さもあるが、ライダーの技量を表す。私がキャスターとして召喚されず、アサシンとして召喚されていないように適正値が低いクラスに当てはめて召喚された可能性がある。それがマキリの杯によって霊基を弄られれば、ライダーはクラス騎兵(・・)の垣根を超えた戦闘能力を持つことになる。

 

マスター(同盟者)

 

「ああ……」

 

「今回の聖杯戦争、どうあれ——」

 

「そろそろ白澤のご飯の時間だな」

 

「——え?」

 

「——ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——機は熟した」

 

 

 

 

 

 ——黒い泡が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





停滞した夜は漸く星が動き始める。
物語は佳境の門を潜り、序章を迎える鐘は鳴った。






後書きは次話なのじゃっっっ!







最近知ったんですが、誤字脱字報告から飛んで自動で編集する機能があったんですね…
それを知らなくて誤字脱字報告があっても自分で編集してました。みなさまがわざわざご指摘してくださったものはすべて前後を読み返し編集してまいりました。これからも見落としないよう、度々読み返して気をつけていきます。




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ファラお尻のカタルシス

 

 

 

『——新都周辺で起きた''ガス漏れ事件''。市は都市ガスが漏れた疑いがあると専門家立ち合いのもと捜査を進め、配管等に穴がないか調査しています。また、原因が判明するまでの対処法として、ガス特有の匂いがすれば屋内の場合は火元を断ち、すぐに屋外に退出し緊急機関に通報を——』

 

 無機質なアナウンサーの声が居間に響く。やけに静かに感じる部屋にはセイバーのマスター、衛宮士郎、セイバー。アーチャーのマスター、遠坂凛、アーチャーの四人が集まっていた。凛が士郎の家に滞在するようになってから騒がしい生活が続いていたが、今は全員の顔が神妙である。

 セイバーが飲んでいるお茶と、次のニュースに入ったアナウンサーの声が嫌に耳に入る。

 

『次のニュースです。今月2日から起きた''冬木通り魔''事件に依然進展はなく、警察は周辺宅に聞き込みをしていますが犯人の目星は未だついていないということです。遺族からは「はやく捕まえて欲しい」との声が上がり、警察は不審な人物が写っていないか監視カメラを調べ——』

 

「……冬木もずいぶん物騒になったわね」

 

 柱に背を持たれ座っていた凛が云った。

 

「最初は私という魔術師の足がかりにしようと思ったんだけど、初めから出鼻をくじかれて」

 

 思い出すのは隣で同じように佇むアーチャーとの初邂逅。まさか館の時計全てが一時間早まっていたことに誰が気付こうか。召喚の陣を敷いたときにはすでに遅く、悔いるよりも前に隣部屋の天井に穴を開けてアーチャーが落ちてきたのだ。

 

「学校でランサーと戦って、どういうわけか士郎を生き返らせた。で、結局何やかんや私が狙ってたセイバーを士郎が召喚したと」

 

「悪かったな。私のような半端者が君のサーヴァントで」

 

「別に気にしてないわ。どんなサーヴァントが現れても私は勝つつもりだったもの。命令を聞かないサーヴァントが現れれば命令を聞くよう教育するし、実力の低いサーヴァントが現れれば今以上に全力でサポートする。

 結果的にあんたみたいなだいたい何でもできるサーヴァントを呼んで正解よ」

 

 むしろラッキーだわ、と凛は加えた。

 誰にも聞かせない、まるで独白のような言葉に士郎もセイバーとの出会いを思い出していた。

 始まりは夜の校舎。剣戟の音に誘われて気付けば自分は死んでいた。なぜ生き返ったのかも分からず、白昼夢に会った気分で家に帰った。するとまた殺されかけ、彼が逃げ込んだのは蔵の中。死棘が迫る中、唐突にあたりが輝き出し、彼は運命に出会ったのだ。

 

「あと少し。頑張るわよ、士郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れた冬木の街は、初めてマスター(同盟者)と歩いた日より活気がなかった。今着ている服を買ってもらった店も、大判焼きを売っていた屋台も、一連の事件を通して一時休業しているらしかった。この二店どころかその並びの店は軒並み休業しており、開店しているのは大型スーパーとチェーン店くらいだ。

 商店街を抜け、閑静な住宅街へ差し掛かる。見覚えのある日本家屋に着くと呼び鈴を鳴らした。

 

「いらっしゃい、でいいのか?アサシンに、アサシンのマスター」

 

「久しぶりだな、セイバーのマスター」

 

「お久しぶりです」

 

 軽く挨拶を交わして中に入らせてもらう。

 

「アーチャーのマスターは来てるのか?」

 

「遠坂は前からここに住んでるんだ。俺が不甲斐ないばかりで、魔術の指導もしてもらってる」

 

「柳洞寺の一件でそれがさらに厳しくなっただろう」

 

「うっ、よくわかったな。あんたに借金したこともばれてこってり絞られたよ……」

 

「割り引かないぞ」

 

 背中越しに上がった肩は、このあと相談しようとしていたことをよく物語っていた。

内廊下と外廊下を経由し、居間にやってきた。障子を引くと部屋にはいつか見た三人が集まっており、セイバーは軽く頭を下げた。

 

「やっと来たわね」

 

 この中でも魔術世界に造詣の深いアーチャーのマスターが最初の舵を切った。

 今回集まったのは他でもない、マキリの杯について。あの老翁をどうにかせねば通常に聖杯戦争を運ぶことはできず、また聖杯の行方も知れない。そのため、一度不可侵を敷いて聖杯の有無を確かめてからまた始めると言ったものだが状況はこちらが把握しているより芳しくなかった。

 

「小聖杯——イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが捕らわれたか」

 

 二人によると、やはり間桐桜が虚数魔術の使い手であることは正しかった。詳しくは説明されていないが、遠坂家には元来二人の愛娘がいた。普通の一家であれば二人は平等に愛を受けて育まれるはずが魔術家系ではそういかず、一子相伝の風習のまま同じ御三家の間桐へ養子に出された。アーチャーのマスターは知らなかったようだが、間桐の館に訪れたときに見た地下室は彼女のための修練場であったそうだ。聖杯戦争が始まってすぐ、間桐桜がライダーのマスターであると判明。それを知ったセイバーのマスターは間桐桜に不戦条約を結ぼうとするが、義兄——間桐慎二によって間桐桜が人質に取られてしまう。アーチャーとそのマスターの助力もあって、なんとか窮地から脱したようだがその一件から少しずつ間桐桜はセイバーのマスターから距離を置き始めた。違和感を感じたセイバーのマスターだが、そういうこともあって引け目を感じ深く追求しなかったようだ。

 

「桜はたぶん、虚数魔術を暴走させられてる。ただでさえ正体不明な魔術属性を間桐なんか性根から腐った奴に利用されたら、聖杯に辿り着くまでに私たちがやられるわ。

聖杯は柳洞寺の地下にある。上空から奇襲をかけることもできないから、取れる行動は正面突破だけ」

 

 古地図だろうか、色の褪せた地図を座卓に広げた。マスター(同盟者)が持っていた冬木の地図より細かい柳洞寺について描かれており、セイバーのマスターによると寺に住んでいた知人から借りたものらしい。

 

「柳洞寺の麓には10年前の大災害で空いた穴があるの。一般人が立ち入らないようにそこは封じられてたんだけど、そこは今人除けの魔術で仕切られてる」

 

「それであの影が……」

 

 近くに本体があったからこそ、あそこ一帯を覆うような影が襲って来た。さらにマスター(同盟者)はあれがまだ成長中と云った。アーチャー組が知る虚数魔術と、こちらが把握していた悪神の類がなんらかの要因により交ざり理解の及ばぬ範疇になっている可能性が高い。

 虚数魔術について話しているとアーチャーが口を開いた。

 

「あの虚数魔術は影を主体に触れた空間を抉り取る。おそらくだが、直接触れたものだけではなく私たちの影をも喰うだろう。影は肉体があっての影だ。影が喰われれば、私たちの肉体も奴の口の中だ」

 

 私たちは影を踏まれても痛みを感じることはない。アーチャー云いたいのは、つまりそういうことだろう。

 

「それだけじゃない。俺の使い魔があそこに竜牙兵を見た。ただの骨兵ならまだしも、大量の竜牙兵になると君たちの手に余る。地下洞窟に密集されるとなればサーヴァントでも一掃するのには時間がかかる。宝具を放てば楽だが、それは虚数魔術に頼みたい」

 

「——待ってくれ!あんた、桜ごと吹っ飛ばせって云うのか!?」

 

「既に無垢の民に被害が出ています。あなたがやるべきことは今、早急にこの事態を収めること。間桐桜が操られていようが解決するのがこの戦争に参加している責務では?」

 

「でも——いや、ダメだ。そんなことは絶対にさせない——!」

 

「——フ」

 

マスター(同盟者)……?」

 

「なんでもないよ……そのための宝具だろう?あの影を乗り越えて君が助けたい間桐桜の下に行くには、どのみち彼女たちの助けが必要になる。あれを生半可な気持ちで乗り越えようとしないほうが良い、影といえどれっきとした悪意だ」

 

「……」

 

「セイバーに渡した霊薬はまだ残っているのか?」

 

「あ、ああ。大切なものだからって云って、奥にしまってる」

 

「出し惜しみは厳禁だ。セイバーも、俺が云うことじゃないが必要あればすぐに宝具を切ってくれ。君が敵になるのは、うちのニトちゃんでは敵わない」

 

「またですかマスター(同盟者)、いい加減にしないと本気で怒りますよ!」

 

 私に反応もせずマスター(同盟者)は続ける。

 

「竜牙兵はニトちゃんの使い魔で抑える。虚数魔術と交じった悪意も神殿を展開したら弱まるだろう。それでも影自体が退くわけじゃない。そこから先は君たちでやるんだ」

 

 竜牙兵は基本的に作り手の命令を忠実に聞くだけだ。『侵入者を排除する』という短調の命令下ならば私の使い魔でも十分だ。メジェド様ないし、身体が小さい黄金スカラベならば優勢的に戦うことができる。

 

「あなたはどうするのよ、アサシンのマスター」

 

「俺は聖杯の中にあるものを処分する。神霊レベルの悪意が溢れてくれば、この冬木どころか、国単位で混乱が起こる」

 

「……セイバーから話は聞いていたけど、そんなにやばいものなの?」

 

「まあ、ここにいる面子があれの本体を消滅させるとなれば霊格が高いセイバーが、自身の霊基も犠牲にして宝具を打たなければならないな」

 

「宝具って……彼女の正体を知ってるの?」

 

鼓動(・・)を聞けばわかる。セイバー、その心臓は人のじゃないだろう?」

 

「……っ」

 

「人外の臓器を移植し、並外れた力を得た存在を何人か知っている。

 

 たとえば、『ニーベルングの指環』の英雄——ジークフリート。彼は悪竜ファーブニルを討ち倒したことにより、その身に血を浴び不死となった。結果ヒイラギの葉が付着していたことにより背中に弱点ができ、殺されることとなったが死ぬまで竜の如き力を持っていたのは真実だ。

 そして、君の心臓は竜種が持つ特有の拍動と似ている。一つ動けば周囲を圧するような、小さな幻想種を脅かす最強種のものだ。竜の成り代わりなのであれば、そうであっても何ら不思議じゃない。だが、なぜ心臓のみが竜種なのか?それは、竜種の根源が齎す魔力製出器官を求めてのことだろう。マスターが素人であった、準魔法級の竜種の心臓を聖杯が再現しきれなかった。(なり)だけ似せてその心臓は本来の役目を果たしていない」

 

「それは——っ」

 

「なにより、俺は幻想種のもとに赴き続け、その拍動を持つ竜種は一体しか会ったことがない。

 君の心臓は、

 

 ——『ウェールズの赤き竜』ア=ドライグ=ゴッホのものだろう?

 

 アーサー・ペンドラゴン——いや、女名にすればアルトリア・ペンドラゴンかな」

 

「アーサーってまさか……!」

 

「セイバーが、アーサー王!?」

 

 名高い騎士王がまさかこんな少女だったとは……。先で驚いているマスター二人より表情は出さないが、私も驚いている。国が求めるのは基本的に男の王(・・・)であり、力の象徴とされる者だ。私がいたエジプトでは男尊女卑、よりも血筋のほうが重要視され、能力と状況次第ではいくつもの女王を輩出してきた。

 だが、ブリテンはその()が強かった。血筋を重要視せず、予言と呼ばれる神託を重要視する。

 だからこそ、

 

「男装することで、国をまとめたのですね」

 

 最後まで正体を偽ることでブリテンの終わりを迎えた。ゆえに、現代もアーサー王はアーサーとして伝わっているのだ。

 

魔術師(メイガス)、あなたは一体……」

 

 自身の正体が見破られたことにセイバーは唖然とする。

 宝具を見たわけでもない——。

 彼女の話を聞いたわけでもない——。

 サーヴァントの夢を見たわけでもない——。

 マスター(同盟者)は、ただセイバーの鼓動を感じたのだ。

 

「おそらく君の宝具は聞きしに勝る聖剣——エクスカリバー。その光があれば、悪意を含む影も抑えられるはずだ」

 

 ——エクスカリバー。

 アーサーがアーサー王になるより前に授かった、湖の乙女が紡いだ神造兵器。一振りで地脈を流し、世を平定させるために星が生み出した至高の剣。

 

「君がセイバーのクラスで、真にマスターの剣であると証明するならば掲げると良い、その名を——」

 

 意地悪な人だ。

 マスター(同盟者)はわかって云っているのだ。彼女の性格を、彼女の本性を。彼女がマスターを助けるためならば、勝利を掴むためには容易くその剣を鞘から抜くことを。

 生き物を見ることに長けているマスター(同盟者)は気付いているのだ。

 

「いつ決行するのですか、アーチャーのマスター?」

 

「うぇ、わ、私?」

 

「そちらのほうが戦力は大きいのです。ならばそちらが最高のポテンシャルを発揮してくれる日が望ましい」

 

「そ、そうよね…………たしか、次の満月は明後日か……」

 

 満月は最も魔力が活性する日である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りしな、目の前を歩くマスター(同盟者)のワークブーツをなんとなく眺めていた。元は明るい茶色だったのだろうが、色褪せ、土に揉まれて焦げた色になっている。 揺れたコートの袖を掴んだ。

 

「……ニトちゃん?」

 

「あの——」

 

 

 

 




・主人公
セイバーの正体知ってた。

・クリちゃん
あぁ、なにしてんのかなぁ。なにしてんのかなぁ。

・邪竜娘
ホテルでゲームしてる。本格的に関わってくるのはステイナイトが終わってからである。



溜めて書くと後書きを書くのが大変だなぁ。



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ファラお尻の夜

 

 

 

 浮ついた身体に違和感を持つ。

 泳ぐように腕を掻くがいつまで経っても陽射しは現れない。

 

 寒い、寒い、寒いと声に出そうとするが誰にも届かない。

 

 意識が朦朧としてきた。

 

 ——ああ、これは……

 

 私への贖罪なのだ。

 神が私に与えた、罪滅ぼし。

 

 生きて埋めた、私に対する罰。

 

 それでも——、

 それでも————叶うならば。

 

 誰か私の手を取ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい水を掻いた手に暖かさを感じた。

 

 

 

 

 

「——頭からうさ耳が生えている。新しい幻想種かな?」

 

 

 

 

 

 ——あなたは、誰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が輝いている。

 今夜はあのときのように欠けた月ではなく、満ちたりた月だ。

 背中に芯が通ったような感覚と、月光から与えられる万能感。マスター(同盟者)からは潤沢な魔力が流れ続け私に多幸感を齎してくれる。余るほどの魔力は私をより生前に近付け、冬の夜の刺々しさを肌に伝えてきた。清んだ空気が鼻を抜け肺に貯められる。息を吐けば白い煙とともに邪念が振り払われ、成すべきことへの薪となる。

 

「杖は持った……コートも着た……靴紐大丈夫……」

 

 今夜すべての決着がつく——にもかかわらずマスター(同盟者)は遠足に向かう前の児童のようにコートのポケットに手を入れている。不必要な、いつか適当に突っ込んだ紙を握っていればくしゃりと潰してゴミ箱に放った。

 まあ、いつものことなのでいちいち云うまい。どうせ云ったところでバツの悪そうな表情と、適当な言い訳が帰ってくるだけなのだから。

 かく云う私も、なんというか……これから死線を潜ろうとする心情ではない。今夜はまだ通過点で、これから始まる膨大ななにかの始まりにすら感じる。それはおそらくまだ決まってもいない聖杯戦争後のことで、私は甘くも先のことを考えてしまっている。奥底にしまうように頭を振るう。頭ではわかっている、これから向かうはまごうことなく死がある場所。気を抜けば、死ぬ。

 

「箒に乗っていこうか」

 

 無駄な消費を減らすべきなのかマスター(同盟者)は鞄の中から箒を取り出す。乾いた枝の張った箒はこれぞ魔女の乗り物であると主張する。

 ホテルから歩いた路地で箒に座る。生前はキャスターの真似事をしていたがこればかりは思いつくことがなかった。製作した魔術道具といえば持っている杖と、精々日常に役に立つもの。宝具である冥鏡宝典(アンプゥ・ネブ・タ・ジェセル)はもともと宝物殿に眠っていた古の祭具であり、私自ら製作したものではない。多少の改良は加えたが、微量の神性さを感じたことから神々がきまぐれに地上に落とした物であろう。

 箒に乗っている間、マスター(同盟者)の肩を切って風が吹いていることに気付いた。風除け魔術は使わないのか、どうせ雰囲気が出るとか心地良いとかそういう理由。自然なままを愛するマスター(同盟者)は必要以上に改良を加えることはしない。

 目を瞑ったり、月を見ながら風の音を聞いているとそれに混じって鼻歌が聞こえてきた。特別音楽が好きではないため、どこの歌か知らないが穏やかな曲調だ。それこそ今聞いていた風のようで、こちらは草原を揺らす風が似合いそうだ。

 

 あ……

 

 と、声は漏らさない。

 目立ってリズミカルなわけじゃないが、それでも耳に残るこのリズム。そうだ、思い出した。

 

 これは——夢で見たマスター(同盟者)の、傍にいた女性(・・)が歌っていた曲だ。

 

 言語は理解できなかった(・・・・・・・・)。私が、言語は理解できなかった。起きれば醒めてしまう夢の、名残のように響く歌。発音しようとも発音できなかった(・・・・・・・・)、彼女が歌っていた曲。

 

 幻想が溢れ、輝いた世界——。

 

 覚えがない。

 見覚えがない。

 聞き覚えがない。

 鞄の中(・・・)の世界ではない。

 夢の中で見た世界は、すべてあの世界のことだと思っていた。マスター(同盟者)の固有結界で仕切られた先はこの世界を生きる者、マスター(同盟者)を除きただ一人理解不能、証明できない——星の内海

 

 なぜマスター(同盟者)は幻想種を保護しようとしたのか——。

 なぜマスター(同盟者)は生き物を慈愛のような目で見つめるのか——。

 なぜマスター(同盟者)は星の内海を自由に行き来できるような様子を見せるのか——。

 

 星の思惑を超えた権能は神々によって与えられる。三次元の世界を抜けた上位世界におわせられる神々は常に私たちを眺めているが、神代が終わって以降直接こちらに降りることは不可能となった。向こうの世界とこちらの世界を繋いでいた楔と鎖が千切れたことにより遥か遠くへ行ってしまったのだ。そのため、神々は自身の御使いを通して、まるで現代のテレビを見る感覚でこちらを傍観している。

 星の内海に入った以上、幻想種は自力で出ることはできない。それとは逆に、星の内海へ入ることは外に生きる者にとって不可能だ。ましてや人間など、幻想に生きていない者は知ることすらない。過去に訪れた人型がいるならば、それは心臓などを幻想種のものに変えた存在だろう。だが一つ、例外がある。星から遣わされた——精霊/星霊ならば内海に続く道を開けることができる。星の内部で結晶、精製された神造兵器を人に与えるとき、アーサー王伝説に現れるような精霊が人に渡すのだ。

 考えは戻るが、

 

 マスター(同盟者)は精霊種だろうか?

 

 ——答えは否。

 マスター(同盟者)から精霊の香りはせず、人間の気配しかない。精霊は存在するだけで辺りを神聖領域に変え、現代でいう禁足地となる。そんな人物がいればたちまち噂になり、魔術世界ではすぐにお尋ね者となる。

 

 結局、答えは出ない。出せない、が正しいだろう。なにか決定的な一つが足りず、最後は誰であってもおかしくないというひどく不明瞭な答えに辿り着く。さすがに「ファラオでした」みたいな結末はないだろうが、冷静さを心がけている私が声を漏らしてしまうような正体が隠れているのか……?

 

 そこまで考えて身体がぐんと揺れた。降下を始めた合図で、下を見るとセイバーのマスターたちが庭先でこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか今の時代、箒で空を飛ぶ魔術師がいるなんて……」

 

 眉をひそめて凛がぼやいた。隣にいた士郎も乾いた笑みを浮かべており、首根っこを掴まれたまま飛んだことを思い出しているようだ。セイバーもなにか呟くように箒を見、唯一アーチャーだけが冷静に佇んでいた。

 

「作戦を確認するわ——」

 

 縁側に乗り、一段高くなった凛が云う。

 

「私たちの敵は『虚数魔術・影、聖杯に潜むナニか、不死殺しを持つライダーを中心に外見だけのサーヴァント、それを操る間桐臓硯』。聖杯に潜むナニかを担当するアサシンのマスター以外は単独行動は控え、できるだけマンツーマンで移動すること。セイバーたちには杞憂かもしれないけど、間桐は虫だけでもめんどうだわ。卵を産み付けられたら魔力が永遠に吸い続けられると思って」

 

「わかりました」

 

「死地に赴く私たちに決して死ぬなとは云わない……それでも生きて、帰ってきましょう。士郎も、アーチャーも、セイバーも、まだまだ話したいことはある」

 

 そして、

 

「——アサシンのマスターに聞きたいこともあるしね」

 

 と、赤い服のポケットから取り出したのは二枚の紙。一枚は士郎に渡した霊薬の明細書。そして——二枚目は凛の父、遠坂時臣に渡した明細書。同じ紋様が描かれ、同一人物からだとすぐにわかる。そこには''遠坂時臣''でサインされているわけではなく、''遠坂''でサインされている。つまり、当事者が払いきれなかった場合、代々その子孫が払い続けるという証。紙は痛まず、燃えず、濡れずの特殊加工で鬼の如き耐久性を見せる。魔術師は自身の名前に誇りを持つ。ぞんざいな扱いで捨てでもすれば、路傍の魔術師にでも手が渡りあっという間に借金一家と名が広がる。

 

「懐かしい一品だ」

 

 顎を手にやったいつもの癖でくつくつと笑った。

 

「明け方に会いましょ。それまでに立っていたら——私たちの勝利よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結末はわからない。

 正常に動作していない聖杯にもそれは予測できない。決めるのはただ一つ——生きるか、死ぬか。

 

 妄執に囚われた怪物。

 奇跡を悪意に染める泥。

 

 それを打ち倒す、

 正義の心を持った少年——

 お人好しな赤い魔術師——

 応えたのは、

 ——青き聖剣を携えた剣士(セイバー)

 ——錆びた心を持った弓兵(アーチャー)

 支えたのは、

 鞄を携えた奇妙な魔術師——傍にいる、太古のファラオ。

 

 存在証明(レゾン・デートル)を示す運命の夜(ステイナイト)が、

 

 

 

 今——始まった。

 

 

 

 




・主人公

……。

・ニトちゃん

同盟者の正体に迫りつつある。

・その他

どうでも良いけどレゾンデートルってのはフランス語で、英語と並んでるのおかしいなぁって感じなんですけどかっこいいから使いたかったんです……ライダー許して。




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ファラお尻の夜Ⅱ

『挨拶』

最近久しぶりに小説情報というものを見まして、この「ファラお尻」にカラー評価が付いているのを拝見しました。正直タイトル詐欺で「ギャグ路線か、読も」みたいな感じでお目に通していただいている中シリアスにもそんなギャグ路線にも染まらない半端な二次小説かもしれませんが、多くの方々に評価されるのはとても励みになります。
遅ればせながら、この前書きにて「読者様、これからの読者様、ならびに評価者様とお気に入り登録者様方」に感謝の気持ちを。
stay nightは終盤に入り、最終回近いこの二次小説ですが最後まで付き合っていただけると嬉しいです。

神の筍










 

 

 

「我が魔力の寄り辺となり力を貸したまえ——出ませい!」

 

 『目によって撃ち、姿は見えない』

 伝承に記された——メジェドは白布をまとって現れた。尖った眼は見つめると不気味さから思わず体が硬直してしまいそうになり、すらりと伸びた生足は妙に情を煽る。怪物の定義である''正体不明''を見事に体現したメジェドは二人のマスターの視線を背に浴びながら竜牙兵を怪光線で焼いていく。

 

「これがアサシンの使い魔ですか……珍妙な……」

 

「なにをおっしゃるのですかセイバーよ。あなたにはこのお方たちの素晴らしさがわからないというのですか? 穢れを知らぬ、むしろ穢れすら飲み込む神威。瞳からもたらされるビーム(恵み)はああやって傅かない者たちを楽園へ送るのです。

かのブリタニアの王が理解できないとは……」

 

「聞き捨てならないぞ、アサシン。

 私は幼少より王になるべくして生きてきた身、世の流行程度とうに理解している。たしか、マーリンもあんな感じのを着ていた」

 

 それはまた違うだろう、と突っ込むものはいない。

 メジェドの召喚によりアサシンはもちろん、凛と士郎は怪訝な視線を向け、アサシンのマスターに至ってはなにか幻想種を見るような少々マッドな光を目に浮かべている。依然アーチャーは冷静に努め、緩んだ空気を締めるように「気を抜くな」と云った。

 

「強いわけではない。だがこうも雑兵が続くと疲弊するのは当然。士郎、下がっていてください。私も加勢します」

 

「——待て、セイバー。ここは私が行こう。私の能力と宝具ならば対多数戦闘に向いている。アサシンのマスターから貰った霊薬はあれど、できるだけ魔力の消耗は避けるべきだ」

 

 そう云ってアーチャーは黒い洋弓を投影する

 

「————赤原猟犬(フルンディング)

 

 赤い猟犬が洞窟内を駆けた。壁に天井、と走る抜ける猟犬はのろのろと動く竜牙兵の頭部を砕いて倒していく。破片が散り、それによってさらに進行が遅れる。その隙に走り出さした五人はすれ違うように竜牙兵を倒していった。

 視界不良はあるがそのたびに凛が小さな宝石を砕いて投げる。小さな宝石は一面を照らしてなんとか足早に奥へ向かった。

 

「まったく、あんまり近接格闘は苦手なんだが——なっ」

 

 陣術を発動したアサシンのマスターは二体三体と竜牙兵を殴りつける。背後に回った竜牙兵が剣を振り上げるが、アサシンが杖で脚を破壊しとどめを刺した。

 

「ガンド——! ガンド! ガンド、ガンド、ガンド!——もう、減らないわね!ガンド!」

 

「供給源から経つしかない。近くにキャスターの影があるはずだ、探せ!」

 

 アーチャーが手を仰げば空中に剣が投影される。音速で発射されたそれは直線上すべての兵を倒して道を開け、間を縫うように走っていく。殿にアーチャー残してセイバーが対魔力の壁を張って先行する。

 

「弓兵です、気を付けて——!」

 

 岩陰に隠れた竜牙兵は躊躇なく弓を引く。たやすく頭蓋を貫く矢はアーチャーの一撃には到底足らないものだが、魔術師である凛と士郎には致命的な攻撃となる。

 

「風よ——はぁ!」

 

 横薙ぎ一線。

 風を受けた矢はそのまま跳ね返り地面へ落ちる。待機していた斧を持った兵にあたり自滅を誘う。

 

「セイバー」

 

「大丈夫です、士郎。ただ崩落の危険があるため何度もできませんが……進みましょう」

 

 セイバー、アサシン、そのマスター、士郎に凛、背後に目を光らせるのはアーチャー。とりあえず一掃した竜牙兵にすら注意して前に進む。岩肌の鋭い地形を抜け、一際広く空いた空間に出た。

 セイバーが一歩踏み込むが、異変はない。

 

「下がって——」

 

 剣を前にセイバーが腕を出す。止められた士郎たちはたたらを踏んで前を見た。

 そこにいるのは黒い影をまとったあの夜の——ランサー。

 そして、

 目を剥いたまま、口から虫を出す——キャスターであった。

 

「なにあれ……」

 

 生きている気色ではない。白より白い、青褪めた表層はただの屍であることを証明している。口から溢れ、隙間から見えた甲虫類は間違いなくマキリの虫。体内はすべて食い尽くされ、ただの魔力炉と化したキャスターは魔方陣を展開した。

 

「来るぞ——ッ!」

 

 紫光が煌めきセイバーは剣の()を解く。

 初めて見るその輝きに目を奪われそうになるが、状況は切羽詰まっておりすぐに脚を動かした。左右に分かれた凛、士郎とアサシンとそのマスターは挟み込んで挟撃の隙を狙う。対魔力に優れたセイバーはキャスターを狙い、アーチャーは牽制するようにランサーへと剣を投げた。

 

「やることがないな、ニトちゃん」

 

「なにを呑気なことを——っ、マスター(同盟者)、あれは」

 

「援軍ってわけじゃなさそうだね。キャスターはゴーレムを混ぜていたか。竜牙より脆いが、また数を揃えられたら面倒だ」

 

「では」

 

「ああ。サーヴァントは向こうに任せる」

 

 今来た道をなぞって、空いた空間の入り口でアサシン組みは竜牙兵と、破壊されたが地面を取り込んで再生したゴーレム兵の相手をする。敵サーヴァントに完全に背を向ける形だが、今のところ優位に立っているならばかまわない。アサシンは竜牙兵の相手を使い魔に任せ、自身は背後から攻撃されないように身を構える。

 

「傀儡にされてもなお、私の対魔力を削るか。そこまで卓越したキャスターがなぜ——せあっ!」

 

 手のひらから出した魔力塊ごと切るが宙へとキャスターは逃げる。空を飛べないセイバーは鋭い目を向け、凹凸のある壁を無理やり身体能力で登り、飛んで剣を何度も振るったが蝶のようにローブを広げて舞うキャスターにはあと一歩足りなかった。

 

「——ふんっ」

 

 白黒の双剣は赤い魔槍に吸い込まれるように弾かれる。

 弓兵(アーチャー)にもかかわらず、剣技を基本に戦うアーチャーとランサーの戦いは未だ決着は付かず、武器がぶつかり合う金切りだけを響かせる。

 むやみに宝具を開帳できないアーチャーと、泥に侵され英霊としての宝具を失ったランサーとの戦いは拮抗にもつれ込んだ。

 

「——ッ」

 

 百戦錬磨の槍技は肉の器のみであっても油断ならない。

 正しく武技でサーヴァントに至ったランサーの槍は、しょせん贋作を揃え弱点を突くような戦いをするアーチャーを歯牙にもかけず攻めたてる。武器の数で優っているアーチャーは武器を捨てる気でその技をしのぎ、やり過ごすがそれでも肌を擦る一撃に眉を顰める。

 

「その槍技に鈍さは見当たらんか、まことやり辛い——!」

 

 突き、薙ぎ、切る——すべてを修技したランサーに隙はない。

 正面から挑めば軈てじり貧に陥るのは悪手。ならば後左右から剣を振り上げるがすべて躱され受け止められる。投影した剣に振動が与えられ、筋肉が硬直したのも束の間。ランサーは己のクラスと生前に山谷を踏破し鍛えあげた脚力から齎される視認不可能の速さで後ろをとってくる。小さな小競り合いも含めれば、踏んで来た場数は大英雄に負けず劣らずのアーチャーは脳の痺れを頼りに身を低くする。

 

「……ぐっ!」

 

 槍の一撃を避けた先の強烈な蹴りが腹部を襲う。

 態勢の崩れたアーチャーはもろに受け、唯一残っていた右足で踏ん張るが岩壁へ叩きつけられる。

 

「アーチャー!」

 

「……問題ない」

 

 衝撃で三半規管が朦朧とするが、すぐに立ち上がり剣を投影する。真っ向から届かぬランサーとの差を自覚し、如何に相手を崩そうか思考した。

 

「——待て!」

 

 不意に、セイバーの声が聞こえた。

 決してランサーから焦点を離さぬようセイバーを伺うと、どうやら天井に近い宙で旋回するキャスターに攻めあぐねているようで、決定的な一撃が当たらない。長期戦になれば圧倒的にこちらが不利で、いつ士郎の魔力が尽きるかわからない。

 光明を見出したアーチャーは走り出す。再び双剣を手に、ランサーに切り出した。

 

「——セイバー!」

 

 声高にセイバーを呼ぶ。同時タイミング、投げて回転した白黒の剣がランサーの上で舞った。

 

「っ——わかりました!」

 

 キャスター狙っていたセイバーは最初と同じように聖剣に輝きを灯す。矢を払ったときと同じように横に薙ぐと、強風に煽られたキャスターが魔方陣を展開して低空飛行になるが、その上から勢いよくセイバーは聖剣を叩きつけた。

 

I am the bone of my sword——赤原猟犬(フルンディング)!」

 

雑兵を倒すものではなく、今度はサーヴァントを貫くレベルまで魔力を込めた必殺の一撃。

 

風王(ストライク)——」

 

腕を肩まで上げ、剣を耳の横平行に構えたセイバーに光の奔流が走る。

 

「——鉄槌(エア)!」

 

 聖剣の名を隠した宝具『風王結界』を利用した攻撃。先ほどまで風を起こしていた正体はこれであり、ただの風と雖もそれは人を容易く撃ち落とす。

 そこで初めてキャスターとランサーが苦悶の表情を見せた。

 魔方陣を食い破るように現れた猟犬はキャスターの脆い体に食らい付き、風王の嗎はランサーの構えた槍を抜け、右半身に大きな穴を開けた。

 

「一匹たりとも逃がさん!」

 

 消滅したキャスターの肉体からマキリの虫が溢れ出でる。数百を越すそれはセイバーに襲いかかろうと牙剥けるが、事前に矢を射ったアーチャーによってすべて爆破された。

 

「アーチャー、他は?」

 

「マキリの虫も含めてこの空間にはいないようだ」

 

「先を急ぎましょう士郎。この先から、柳洞寺で会ったものより嫌な感じがする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「向こうは終わったみたいだな」

 

「ええ、しかしキャスターを倒してもまだ出てきます。この洞窟内に召喚陣が」

 

nodus(結び) ac argentum(銀よ)

 

 杖を取り出して呪文を唱える。すると地面や壁は粘土細工のように渦を巻いて来た道を塞いでしまう。

 

「幸いにもメジェド様が竜牙を焼いてくれた。再生に利用されるのがこの材質のものなら、同じ壁を用意して魔除けの銀を込めればあいつらには壊せない」

 

 念のため、と一重二重と渦を巻く。帰る場合は呪文の主か、同じ呪文を逆巻きに唱えられる者がいれば簡単に開けることができる。もし壊される心配があれど、壊される頃はどちからに決着がついている頃である。

 

「先に進もう」

 

 再び、五人は奥へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランサーとキャスターがやられたか……まぁ、あのセイバーたち相手なら当然。よもやアサシンと組んでいるとは思わなんだが、奇怪な魔術師が一人おるな」

 

 虫を介して臓硯が見たのは洞窟内を動かして道を封鎖した魔術師。虫がいたのは彼らが通ってきた天井で、ばれないように監視していた。虫一つ通れないよう封鎖されたことにより追いかけることはできないが、サーヴァントが倒された時点で虫でどうこうできる相手ではない。

 

「……」

 

 注目すべきは奇怪と称した魔術師。

 紺のコートを纏い、振るったのは魔術世界形成初期に魔術師たちが使っていた短杖。今では必要ないと手放されたもので、陣術を使えるなら普通使わないものである。

 前回の聖杯戦争参加者である遠坂時臣も似たような杖は使用していたが、あれは遠坂家の特性である''転換''を利用し、魔力を宝石に溜めていたからだ。そして、なにより注意すべきは——「聖杯の魔力で満たされた洞窟を、自身の魔力で上書きし動かした点」だ。

 

 どろりと、マキリの杯が蠢いた。

 

「主もなにか感じておるか。その生命への冒涜さ、見せてみよ——」

 

 

 

 




・主人公

おさらいですが、主人公の青いコートはよくアニメとかで出て来る変なコートではなくて、現実の衣服みたいなコートです。コートは良いですよね、雨の日も晴れの日も雪の日も着ていけますし。

・お尻

最近礼装がパーティー画面で動かせるようになったので、ステキなお臍を見ることができます。みんな見よう(提案

・その他

キャスター……最近公式で魔法使いより技術があると知りました。さすがというかやっぱりかというか…神代は魔法使いみたいなやついっぱいいたとかやべぇよ…やべぇよ…。本作では原作桜ルートと同じく虫で傀儡にさせられてます。ただ、虚数に吸い込まれてはいません。

ランサー……セイバーとライダーのいざこざのあとにお爺ちゃんが拾った。バーサーカーを虚数含めて仕留めるために役にたった。こちらはシャドウサーヴァントのような状態で、黒い靄と宝具開帳はできません。また、(悪神による)黒化しなかったのは太陽神ルーが父にいるため、反転せずにシャドウサーヴァントみたいになっています。

マキリ……原作が遠坂は慎重さから、アインツベルンは焦った、マキリは腰が重かった故に。だとするとこの二次小説はマキリの腰が軽かったお話になります。



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ファラお尻の夜Ⅲ

戦闘描写いと難しい……





 

 

 

 遥か昔、とある村の飢えと貧しさ——呪いから解放されるために人柱にされた青年がいた。

 村人は彼を「村人たちの善を脅かす悪」、「物事がうまくいかない元凶」、「無条件で貶めてよい何か」として選び、山頂へ幽閉した。罵り、斬りつけ、石を投げた村は次第に裕福になり、彼を捧げた翌年には飢饉が嘘のように豊作となった。また呪いが起こってはならないと考えた村人はその年も彼を苦しめ、その次の年も、さらにその次の年も、延々と責め苦に浸し続けた。やがて村が滅び、肉体を捨て「呪い」となっていた彼は幽閉された山の頂から人々が住む街を眺めていた。人の営み、醜さ、喜びを何年も見続けた彼はやがて「なぜ自分には暖かい日々」を過ごせなかったのだろうかと疑問に思う。

 そして、いつの日か彼は「村を救った」功績を讃えられ聖杯に招かれる。

 

 彼が山頂に幽閉されてから遥か後。

 名前のない被害者である彼は誰にも知られず顕現しようとしていた。

 彼を形成するものは四つ。「器」、「泥」、「肉塊」、最後に、

 

 

 

 ——「六十億人を殺す」という呪いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、アサシンのマスターはなんで聖杯戦争に参加したのよ?」

 

 洞窟を走る中、凛がアサシンの横で走るマスターの男に問う。

 洞窟は人除けの魔術を施しているがなにを原因に一般人が侵入するかわからない。そのため、迷い込んだ者に万が一聖杯が見つからないよう入り組んだ迷路状となっており、見た目にそぐわない空間になっていた。

 

「あんたも''根源''ってのに到達したいのか?」

 

 聖杯には願いを叶える力がある。この世を変えることができる最上級の神秘は人の身に余る御業。

 十年前に起きた、死傷者六〇〇〇人超の未曾有の大災害。それが繰り返されるならば士郎はなにがあっても止めなければならない。もし共に走る魔術師が人に仇なす願いを——そこまで考えて士郎は頭を振った。力を貸してもらっている相手に失礼だと、誰かを助けるために走っている彼がそんな願いを求めるわけがないと。疑うよりも先に信じようとする青年はただ男の言葉を待った。

 

「別に大した願いじゃないさ。ニトちゃんを''受肉''させようと思ってな」

 

「じ、受肉?ニトちゃん(・・・・・)って……?」

 

「アサシンの真名だ。

 エジプト第六王朝最後のファラオ——ニトクリス」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「知らないな?」

 

 エジプト、ファラオ、と並び誰が来るのかとマスター二人は身構えたが、エジプト文明に焦点を置いて勉学を収めたわけではないため聞いたことのない名前だった。凛は聖杯戦争が始まるまで、独学で人類史を学んでいたため唯一''エジプト第六王朝''が如何に古く、幻想が当然のように跋扈していた神代に近い時代かは知っていた。

 

「…………まぁ、良いですとも。むしろ私はファラオではありますがあまり誇れない身。数々の逸話を残した偉大なるファラオたちと同じ並びにされるのは畏れ多いというものです。

 ただ、それでもお忘れなきよう。私は天空の神ホルスの化身にして冥府の神。不敬な態度を取ればそれだけの罰が下ると思いなさい」

 

 器用に走りながら杖を鳴らすと、速さに沿うように頭上へ開かれた空間からメジェド様が半身を出して見つめていた。

 

「や、いや、そういうわけじゃないんだ!俺はもともと英霊に詳しいわけじゃないから……あはは」

 

「はぁ……いいでしょう。いかな時代も、実際に偉大な者を見たときは自身の価値観が間違っていると教えられますからね」

 

「女の子のセイバーがアーサー王だったのは驚いたけど、彼女はなぁ」と一同は考えたが口にすることはなかった。

 

「英霊を受肉って、どうなるかわかってるの?そんなことをしたら協会に目を付けられるか、最悪封印指定(・・・・)よ」

 

「別にかまわないけど、俺が封印指定になることはない。そうなれば時計塔はアルビオン(・・・・・)の管理ができなくなり、今まで受けた、これからも受ける恩恵すべてがなくなる。組織の成立に不可欠なあれが無くなるような真似はできないさ」

 

 ——アルビオン。

 正しくその名を知っているのはこの中で二人。ある程度時計塔について調べた凛と、生前関わったアーチャーだけだ。強いて、セイバーは自身の心臓であるア=ドライグ=ゴッホの対となる竜として聞いたことがあるが、云い方からしてそれとはまた似て非なるものだろうと判断した。

 

「どういうことよそれ。あなたが霊墓の」

 

「——凛、話はそこまでだ。どうやら目的地が見えてきた」

 

 アーチャーに遮られた凛は先に目を凝らした。先ほどサーヴァントと戦った空間よりも広い空間。そこには、

 

 贄の祭壇に寝かされたイリヤスフィールと泥に包まれた間桐桜。横に佇むマキリ、そして——桜を捕らえた泥が無数に沸き続ける黒い聖杯があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——桜!」

 

 士郎の叫びが洞窟に反響した。

 広く開いたその場所には、古代の神殿に似た贄の祭壇と、闇より黒い太陽がすべてを呑み込まんと輝いている。不快な泥が処女(おとめ)の涙のように溢れると、真下で囚われた桜と、赤筋の通った黒い聖杯に溜まっていく。

 

「あれがマキリの聖杯……」

 

 アーチャーの解析魔術を伴った鋭い目と、アサシンのマスターの慧眼が薄く細められた。

 直接アレの脅威を知らない凛でさえ、黒い聖杯と頭上にある黒い太陽はマズイものだと悟った。

 

「——遅かったの、魔術師供」

 

「臓硯……!」

 

「間桐家当主。あれが五百年生きる怪物」

 

 皺の入った顔には不敵な笑みが浮いていた。肉体はすでに人間の形を捨て、何度も腐敗と再生を繰り返している。生命力を失った虫たちは地面に落とされるたびにマキリの背後にある杯から伸びる泥に吸い込まれ、死骸一つ残さない。

 

「一体、桜になにをしてるんだ——!」

 

 十字に晒された桜の瞳は閉じられている。肉体は泥に閉じ込められ、泥は体内にも入り込んでいるのか口からも溢れていた。

 士郎の声に反応することなく桜に意識はない。泥に囚われた少女に願いはなく、ただ死を齎す感情に支配されていた。暗闇の中では無数の手のひらに追い詰められ、''死''という文字の海に呼吸さえままならない。

 

「ふん——衛宮の倅に、遠坂の娘。そして、外来のマスターよ」

 

 くかか、とマキリはおかしそうに笑った。

 

「聖杯戦争が始まって二〇〇余年、我ら御三家が手に入れるはずだった聖杯を貴様のような外来が前にするとはな。いやはや、我らも落ちぶれたもんよ……」

 

「落ちぶれたのは誰だ、マキリ」

 

 肩を竦めて云ったアサシンのマスターの瞳は同情に染まり、アサシンは一歩踏み出して警戒している。

 

「はぁ——カカカ、落ちぶれた。落ちぶれたの、儂も。

 聖杯を求め、不死を求め五〇〇年。儂はただ永遠に生きる魔術を求めた。初めは人の体を捨て——虫となった。次は人の魂を捨て——他者から吸魂するようになった。今は、人の精神すら捨て化け物に成り果てようとする」

 

 水の満たされた器をひっくり返したようにマキリが弾けた。

 

「——時間が、無いのだ。もはや儂の身体は正常に保てん。儂には、時間が無い」

 

 足元から朽ちた虫は、足元から生まれていく。何度も、何度も、何度も、冬木の住人から吸魂した魂を力に再生を繰り返す。

 

「もらうぞ——、もらうぞ——。

 

 ——その、魂を。

 竜の心を宿す、アーサー王よ」

 

「っ、セイバーの名前を!?」

 

「なにか来ます、マスター(同盟者)!」

 

 凛が驚くのも束の間、アサシンの杖から魔力の奔流が起こる。

 

 

 

『——餌が、六匹。

 

 優しく、優しく……』

 

 

 

「——殺してあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライダー!」

 

 黒化したライダーが泥の中から飛び出して来た。

 

「手筈通り、聖杯は頼んだわよアサシンのマスター!」

 

 その身はただのライダーではあらず。

 かつて紫髪に動きやすいライダースーツをまとっていた彼女の洋装は一変して鎌を持つ。

 

「セイバー、あなたはライダーをお願い。士郎は私と来て桜を返してもらうわよ。アーチャーは泥を見て遊撃!」

 

 鎌の名を''ハルペー''。

 先端が鈎のように曲がったそれはライダー——ゴルゴーンの首を切断した不死殺しの武器。いかな英霊といえどその身を裂かれれば最後、神造級かそれに匹敵する宝具を待たなければ開いたままの傷から絶命に至る。

 いつの日かセイバーが受けた傷は、ライダーの霊基が泥に侵食されていなかったがゆえに完治できたが、今回は半端に攻撃を受けることすら致命傷になる。神の毒は傷口から蝕み、自らの身体を自壊させていく。

 

「——ッ」

 

 空中で身体を捻らせ勢いを付けたライダーの鎌とセイバーの聖剣が鍔迫り合い火花を散らした。

 

「聖杯は奥か……ニトちゃん、君はアーチャーたちと協力して泥に対処。危なくなったらパスで知らせてくれ、令呪で補佐する」

 

「わかりました。ご武運を!」

 

 祭壇に向かう階段に登らずにアサシンのマスターはその横合いから奥に向かった。

 

「アーチャー、手伝いましょう。泥は天空神の光を不得手としています。陽の光と似なる武器があるならばそれの準備を」

 

「把握した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのときのセイバー、ふふふ。次は逃しません」

 

「侮るなよライダー、あのときの私とは違うと思え」

 

 泥に触れ、侵食される最中にセイバーはライダーの不死殺しに斬りつけられた。幸いにもアサシンのマスターに助けられることになったが、今回はその助けもない。無論、誇り高い騎士王。一度起こしてしまった不手際は払拭し、次は確実な成果を上げるべく成長していく。

 弾かれたように二人は飛び退いた。

 構えるは星の聖剣と、不死を殺す邪魔(ジャマ)の鎌。

 

「——はぁ!」

 

「——ふ」

 

 聖剣の一撃を軽やかな身のこなしで捌いていく。セイバーは懐に入るが、ライダーのローブから出た鎖は天井に刺さりライダーの動きをさらに加速させる。

 鎖は六本。

 螺旋状にセイバーへと迫り、ライダーの足場を作りセイバーの懐を削る。生半可な刃を通さない神鉄はライダーを相手に片手間に切れるものではなく、変則的な攻撃は少しずつセイバーに届いていく。

 

「……剣士(セイバー)、さすがに正面から挑むのは無理ですか」

 

 はらりとライダーが被っていたローブが取れる。

 

 咽が震える音がした。

 ライダーでも、セイバーでもない。対峙する二人の間にいる者ではなく、正体はライダーの髪。不安になるほどの無表情さを包む髪は一本、いや一匹ずつ意思がある。舌を出し、セイバーを捉えた細い瞳は妖しく輝いていた。

 

蛇の髪(メデュシアナ)……貴様はギリシアの怪物、ゴルゴーンか!」

 

「懐かしいですね、その名前。

 私の真名はメデューサ。ゴルゴン三姉妹の末妹。今、あなたを殺す怪物です」

 

 鎌の柄に巻かれていた鎖分銅が地面に落ちる。ライダーは軽々しく鎌を振ると、セイバーの周囲に張り巡らされた鎖に鎖分銅が巻かれた。

 

「——蝶のように舞い」

 

 払うように鎌を投げた。鎖分銅で繋がれた鎌は弦を描きセイバーに迫る。

 

「——蜂のように刺し」

 

 凶刃は左からセイバーを狙う。

 ライダーが身を屈める袖から二本の杭を取り出した。影を残す速さで動き出す。先ほどよりも圧倒的に速い動きにセイバーは音を頼りに眼を向ける。

 

「蜘蛛のように」

 

 首筋に冷たい感覚が伝わった。

 

 

 

 

 

「——捕食しましょう」

 

 

 

 




・主人公

もはやしろーたちの保護者。

・ニトちゃん

やっと君の活躍の場所だぞ!

・ライダーについて

かなり強化されています。ごるごーん、あな、めでゅーさの複合型、いいとこどりウーマンみたいになってます。格好としては、FGOの冬木にいたランサーを基に、鎌と杭、鎖をぽんぽんつかってきます。髪はすべて蛇の髪ではなく、一部蛇になっている感じでございまする。


・その他

思ったより戦闘描写に難航しています。語彙力がほんと壊滅的、またひらがなばっかの擬音語バトルにもできないので完結直前で一週間更新になる可能性が高いです。お気長に、とまでは決して言いませんがちょっとペース落ちちゃう、ということは記述しておきます。






『霊墓アルビオン』

時計塔地下深くにある霊墓。
魔術協会がここを本拠地として活用する一番の理由であり、豊富な資源を齎してくれる濃密な神秘が地球上に残る数少ない楽園。正体不明の竜の死体が苗床となっていくつかの幻想種、その産物が生育している。入るには協会の許可が必要であり、多くのものが名前を聞くだけでその全貌を目にすることなく去っていく。

噂によると、管理者は学部長、学長ではなく一人の臨時講師が管理している。また、ときたま時計塔地下から地鳴りが聞こえてくると「地下に潜む正体不明の怪物」として霊墓自体が七不思議の正体にもなっている。

出典:《魔術協会――時計塔に迫る!――》~小話項目より~ 著書:???


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ファラお尻の夜Ⅳ

 

 

 

 セイバーとライダーの戦闘が始まり、アサシンのマスターは祭壇よりも奥にある大聖杯の場所へと向かった。この空間は今現在も少しずつマキリの杯から溢れる泥によって浸食され、半日もせず洞窟をすべて飲み込んだあと都市部を襲うだろう。祭壇に続く階段の横合いから、泥に浸された地面を頭だけの岩肌を野兎のように飛んで行った。

 

「……」

 

 そんなマスターの背中を見てアサシンは思わず安堵の息を漏らした。

 

「心配なら別について行ってもかまわんのだぞ」

 

「アーチャー、あまり私のマスター(同盟者)を見くびってもらっては困りますよ。マスター(同盟者)は一度あの泥から無傷で逃げおおせ、あなたのマスターを完封した実力もあります。あなたがここを任されたとして、それでも彼女を信じれずに後ろを歩きますか?」

 

「実力不足と判断すれば当然私はついていくさ」

 

「つまり、そういうことです」

 

「なるほど。堅物に見える君だがそれなりにマスターとサーヴァントの関係は良好というわけか」

 

 アーチャーは一本の宝剣を投影した。直視したものの目を焼くほどの光量、剣というには少し短い長さが特徴か。それは先ほど戦ったアルスターの英雄、槍に勇名を馳せたクーフーリンが振るった剣――クラウソラス。名前通りの剣の輝きは僅かながらに泥の侵攻を退かせた。

 

「銘はわかりませんが、高名な剣。アレにも有効なようです。頼りにしていますよアーチャー」

 

「ああ、今は出し惜しみしている暇はない。天空神と讃えられたその力、頼りにするぞアサシン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントと別れた士郎と凜は階段を駆け上がっていた。

 ひどく高く感じる一段はどちらかの足をもつれさせたが気にしている暇などなく無理やり踏み込んで進む。二人の背後で自身のサーヴァントが戦う剣戟が聞こえた。いつもなら振り返っていただろう。それでもと、その気持ちを踏み込む足で押し込んだ。触れた指先には磔にされた――妹/後輩。

 

 ――助けなければ

 

 ――救わなければ

 

 今まで同盟相手だと語ってきた二人の行動は始めて重なった。

 一人は、幼いころに引き離された妹を。

 一人は、いつの間にか家族になっていた後輩を。

 

「足引っ張ったら許さないわよ、士郎!」

 

「わかってるさ、遠坂!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしました、最初の勢いが無いですよ……!」

 

 蜘蛛の巣のように張った鎖を使いライダーは全方向から杭を立てんとする。セイバーの自身の身の丈に匹敵しないとも云えない長さの聖剣では振り切れず、ライダーのローブに触れるだけで終わる。細やかな足捌きは耳と目を取り入れた宮廷剣術のセイバーを見事に惑わせて幻影を見せた。

 

「確かに、あのときとは違うようだッ!」

 

 鎌を霊体化させ、杭に持ち替えたライダーの刺突を聖剣の腹で受けたセイバーは大きく薙いでライダーを後退させた。その勢いにライダーは自身が張った鎖にぶつかりそうになるが軽快に身を捻ると地面と平行に鎖上に立つ。

 

 異質な光景であった。

 

 巣の主人だけが重力から逃れた動き。

 それでもセイバーは生まれ持った反射神経と、未来予知に匹敵する特有の直感で対処する。

 セイバーを睨む蛇の髪(メデュシアナ)が囁くように揺れていた。

 

 ライダーのときより桁違い——いえ、もはや存在の格自体が変わったと見て良い。それにこの鎖、路地裏であったときより魔力の形成が巧い(・・)。まるで、一本の鎖にもかかわらず、何百の鎖に編まれてるようだ。

 

 この防戦一方の状況に一石を投じるには、巣の破壊が先決。

 

 あれは狡猾だ。

 私がこの巣から逃げれば、間違いなく私を無視してマスターたちを狙う。

 

「…………」

 

 ——正面からの戦闘はこちらが上。ですが安易に宝具を使えない分圧倒的に不利。

 

 ライダーが屈伸運動とともに他の鎖に飛び移ると聖剣を横平に構えた。

 

 ——狙うは確実に行動不能にする一撃。

 

 それを可能にするには自分から攻めるのではなく、ライダーがしかけてきた後の隙間。苛烈な攻撃を全て防ぎ、体勢を整えるために飛び退く刹那。

 

「—————」

 

 早く、速く、疾く。

 ライダーは僅かに弛んだ鎖を利用して最高速に至る。もはやそれはセイバーの傍を通っているにもかかわらず、セイバーは聖剣を振らずにその一瞬を待つ。仮初めの心臓の鼓動が停止近くまで遅くなり、五感すべてが鋭利な刃物へ変化した。

 

 花弁でも落とせば真っ二つにする抜き身の刃——。

 

 直感で察し、耳で知る。目で追えば肌に風を感じる。

 

 

 

「————ッッツ!!」

 

 

 

 上下正面背後、ライダーが選んだのは頭角頂上、生物の死角。

 

「……!」

「——!?」

 

 ライダーは構えた杭の先端に、セイバーの瞳がこちらを捉えたを確かに見た。

 青い魔力が滲む。足を重ねていた地面に罅が入り、トップスピードでライダーに向かって跳ね上がる。彗星の如く発射したセイバーは風圧に負けない筋力で聖剣を振りかぶった。

 

 

 

 

 

「……甘いですね」

 

 

 

 

「なっ……!」

 

 隕石のような勢いで落ちてきたライダーは剣先に触れる寸前で停止する。何事かと確認する間も無くライダーは右手を引いて、手首に絡まっていた鎖で右に逸れた。さらに左手を引くと弧を描き聖剣を振ったままのセイバーの側面に辿り着く。

 そして、

 

「ぐぁ——ッ」

 

 軋むのはセイバーの首。

 弧を描いて巻きついた鎖は首輪のようにセイバーを締め上げた。

 自身の体重に引かれるがままにライダーは落下していく。特別重いわけではないライダーでも、落下に加えられた重力と腕力によってセイバーの体は浮き上がった。

 

「……っ」

 

 ライダーが一際強く鎖を引いた。セイバーの肉体ががくんと揺れると今まで離さんと持っていた聖剣が輝きを失って落ちていく。寸でで指をかけたセイバーだが、指先に走った痺れから力が抜ける。

 

「——っかは!」

 

 視界は徐々に白く染まり意識が沈んでいく。元よりその肉体は魔力、しかし聖杯が精密に再現したそれは死を迎えることはないが、意識が途絶える原因にはなる。意識を失うとは即ち、セイバーという戦力が消え、ライダーが野放しになる。唯一優っていた数の利を埋められる。

 そして、あの泥によって人形のように使役される可能性がある。

 セイバーの思考は刹那を過ぎて完結に至る。

 現状を把握、先を理解し、自身がやるべきことを最速で直感する。

 マスターと同調した目に見えない繋がりが強くなった。細く伸びたそれは新米マスターである衛宮士郎の、最初の頃よりは少し開いた魔術回路の撃鉄を刺激した。首に巻きついていた鎖が弾かれるように切れる。

 

「……はぁ——」

 

 佇んでいたライダーは目を細めて見遣った。

 一瞬の隙も晒さずに呼吸を整え、セイバーは未だ鈍痛がある肌に指の腹を滑らせる。おそらく跡が付いているそこを今は無視をし、地面へ転がった聖剣掬って構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで地面に吸い込まれるような虚脱感が彼を襲った。

 

「衛宮君——!?」

 

 膝から崩れ落ちそうになった身体を地面に手をついて支える。登った先にいる救うべく後輩を思い、すぐに立ち上がった。

 

「大丈夫だ。目眩がしただけで……」

 

「アレに当たったのかしら、触れたような気配はなかったけれど」

 

「いや、たぶんセイバーが魔力を持って行ったんだと思う」

 

 ほんの少し振り返ると入り地口付近まで移動したのか、ライダーが作り出した鎖の間で剣を振るうセイバーが見えた。一瞬目があったような気がしたが、勘違いだったのかこちらが何とか目に追える速さで互いに肉薄し合っている。

 

「そう。倒れることは許さないからね、倒れていいのは桜を救ってから」

 

 そう言って再び階段を駆け上がる。石段は最上に向かうたびに広くなっているような気がし、足が少しずつ重くなる。それでも、ただ囚われた彼女を救うべく走る。

 ほとんど平地と化した階段をようやく登ってそこに到達した。

 本当に地下にあるかと疑うほどの広場、その半分を埋め尽くしたその祭壇は都市部のビル並みに大きい。士郎と凛の二人が辿り着いた先に——最初に見た桜と、マキリが不敵な笑みを浮かべて待っていた。

 生気を感じさせぬ皮が笑う。

 人であるが、人ではないと二人に言い知れぬ不安が伝う。

 

「確か、衛宮士郎に遠坂凛」

 

 マキリは二人の前を横切るように歩いた。

 

「前回の聖杯戦争の参加者、衛宮切嗣と遠坂時臣の関係者。まさか此度の聖杯戦争も似たような面子でやるとは思わなんだ。おかげで儂の計画もずれ、今のような状況に至る。

 もっとも、それはただ一人のイレギュラーであった男の仕業かもしれなんだがな」

 

 持っていた杖を石畳に勢いよく叩きつけた。その余波か足元から溢れていた虫が死に、士郎と凛は僅かにたたらを踏んだ。

 

「ああ不快。

 よもや本来の聖杯戦争から乖離したこの戦いは聖杯戦争とは呼べぬ。ただの闘争に成り下がった儀式は根底から直さねばならぬ」

 

「そのための桜だって言うの?」

 

「遠坂も良い苗をくれた。この娘よりお主を選び、本質を見ることができなかった奴のおかげで漸く擬似聖杯を作り上げることができた」

 

 一人の父親であることより、一人の魔術師であることを選択した男がいた。

 

「マキリの杯とは、すなわち新しい聖杯。

 当初の計画ではその器から新調するつもりであったが思わぬ拾い物と出会った。アインツベルンが用意した小聖杯——イリヤスフィール・アインツベルン」

 

「イリヤにもなにかしたのか!」

 

「そう怒気を強めるな、殺してはおらん。殺せば小聖杯は完全に停止し、その神秘を龍脈に散らされる。そうならんよう意識を失っておるだけだ。あのマスターが行った先での」

 

 士郎が一歩、強く踏んだ。それに気づいた凛は手をやって静止させる。

 容易くないであろうが、この場でマキリを下し桜の下に駆けつけるのが先決。だが、そのあとはわからない。五百年生きた怪物が施した聖杯を桜に移植する儀式を解除できる方法が不明である。狡猾なマキリから少しでも情報を抜き取るのがすべてが収まる標となる。

 

「ふぅん、そ。あんたがどんなけ計画を練って願望を叶えようが、私たちは桜たちを返してもらうわよ」

 

「かかかっ、その減らず口、どこまで続くかのッ!」

 

「衛宮君!」

 

「ああ……投影開始(トレース・オン)

 

 

 




・主人公
聖杯の下へ。

・ニトちゃん
次回輝く。活躍の場が来るぞ!

・他陣営
セイバーはライダーと戦ってる。アーチャーはニトちゃんと泥退治。マスター二人臓硯と対峙よ!

・その他
最終回に近いということで、終わりを意識しすぎて省略的な文章になっているかもしれません。終盤だからこそ再考と改稿を慎重にしていますが、拙い文章技術で表現するのはやはり限界があるのでご了承ください。




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ファラお尻の夜Ⅴ

 

 

「穢らわしい呪い如きが、平伏しなさい」

 

 一際強くアサシンの頭部にあるホルス礼装が輝く。輝きは染み入るように辺りを照らし、醜く前進していた泥を脅かす。それでもただの光に消滅することはないのか少し停滞させただけであった。泥は光を飲み込むように重なり合い、宙に浮いたアサシンを目掛け触手を伸ばす。しかし、横合いからアーチャーの打った矢がその姿を散らした。

 

「泥は聖杯の魔力から生成され続ける。依り代となった間桐桜を救い出すか、聖杯を破壊するまで止まらんぞ」

 

「効いていたはずの天空神の光も効き辛くなっています。時間が経てばこちらが不利になるのは確定ですか」

 

「仮に私の宝具を出してもせいぜい時間を稼ぐだけだな。状況は変わらん」

 

「わかりました。そうであるならば、私が切り札を出しましょう。アーチャー、少しの間任せました。私が今から行うことは、不浄なものが入れば不安定なものになります」

 

「結界のようなものと考えて良いな、任された」

 

 赤い外套を靡かせて矢を出すアーチャーを見送り、アサシンは膝をつき地面へ人差し指を付ける。

 周囲の魔力は地脈上であるから潤沢、マスターの状況はわからないがここが瓦解すればすべてが終わる。自身と繋がったパスを意識すると波のような勢いで身体に流れてくる。

 

「——ここに地を、

 

 ——ここに天を、

 

 ——ここに恵みを齎す太陽を。

 

 信仰は具象化し豊穣を表す。

 豊穣は富を築いて民を救う。

 民は石を抜いて住処を造り出す。

 神々への賛歌を持ってその対価とする。我が名は天空と冥界の化身、ニトクリス。

 その銘を持ち、

 

 ここに生きとし生けるものの故郷を——冥天座す王冠神殿(ドゥアテ・ミテュア・シャシュヌ)

 

 アサシンの詠唱は生前の営みを再現するためのもの。

 作り上げた神殿は鞄の中の世界に存在し、その超抜的容量を持った世界は安易に地上へは出せない。故に、ほんの少しだけ騙す。一つずつ積み上げ、まるで元あったかのように詠唱で細工を施す。本来あるはずの積み重ねは莫大な魔力を代わりとし、結果だけを召喚する半固有結界。本来の固有結界と違うのは世界の侵食ではなく、塗り替え(・・・・)といったところか。

 

「この場にて呪い(あなた)を裁きます。忘れることなかれ」

 

 黄金の神殿が現れる。

 金が使われているわけではない、金に勝る砂が使われているのだ。ここはかつてアサシン——ニトクリスが女王となった、憎むべき、誇るべき世界。始まりの場所であり、終わった場所。

 右手に持ったウアス杖を甲高く鳴らした。

 

「——その罪は重い」

 

 刹那、再び世界は輝き出す。

 

 しかし何故だろうか——?

 

 その輝きに瞼を閉じることも煩わしく思うこともない。

 輝きは鋭さを増し、泥とアーチャーの間へと射し込む。触腕を伸ばしアーチャーを狙っていた泥は煙を立てて溶けゆき、アーチャーの致命傷には及ばない微かな傷を癒す。

 ——悪に悪を、善には善を。

 太古の法。単純なまでにわかりやすく、それでいて強大な力が支配していた。

 

「……そんなものがあるならば最初から使ってくれても良かったんじゃないか?」

 

 神殿の頂上にいたアサシンにアーチャーが皮肉気に言った。その顔に疲労は見えるが傷はない。時機に元へ戻るだろう。

 

「一度出せば簡単には戻らないものなのです。強大なものはそれだけ世界に綻びを生む、固有結界ならば話は別だったんですがね」

 

 そうか、と短く返したアーチャーは一瞬アサシンを見る。

 格好は先ほどまでの姿と違い、肌の多かった魔術礼装の上に羽織のような薄いローブを纏っている。首回りには赤と白の羽根と、頭にはホルス神をモチーフにした額当てがある。足元はサンダルから金属のブーツに変わっており、間違いなく最盛期だということがわかる。

 

「——アーチャー」

 

「ああ」

 

「あの呪い、もはや神域に到達しかけています。これ以上魔力を込められればただ魔術師には対処しきれないものになるでしょう」

 

「君の神殿でも消滅しきれないのか?」

 

「できるにはできます。しかし、その場合は洞窟ごと焼き尽くしてしまいます。私の魔力源であるマスターはともかく、他のマスターや間桐桜は助かりません」

 

「それは……出来んな」

 

 頂上から階段状に続く神殿の、街のような先に未だ泥は蠢いている。二人が戦っていたときほどの勢いはないが、消滅することなく、少しずつ地面を侵している。

 

「ぎりぎりまで待ちますが、無理ならば私は陽光を解放します。そのときは覚悟するよう、わかっていますね」

 

「それまでに決着をつけに行け、ということだな」

 

「ええ、この場は私に任せて行きなさい。あなたが遠坂凛のサーヴァントならば力になるべきです」

 

 アサシンはそう言って浮遊した。神殿の柱の隙間から下へ滑空すると泥に向かって杖を振るい、さらに強力な光を浴びせる。

 残されたアーチャーは逡巡したがすぐにその場から二人のマスターたちの下に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この光は、アサシンの宝具……」

 

 ライダーと対峙していたセイバーは光に気付くと声を上げた。暖かな輝きは彼女を癒す。

 

「——っ、何ですかこれは!?」

 

 ライダーが着ていたローブが煙を立てる。不浄なものを廃する光はライダーの器、その中にあるものを浄化していく。

 

「中のものに反応しているのか——聖剣よ!」

 

 セイバーの剣が神殿の光に負けないほどに輝く。明確な脅威を悟ったライダーは下がろうとするが足の力が抜け膝をつく。

 

「不死殺しを被った(よこしま)よ、生に仇為す貴様に同情の余地は無い」

 

 地面を掴み這い蹲るライダーの前に歩み寄る。聖剣は振り上げたセイバーに呼応するかのように輝きを増す。

 

「——消え失せろ!」

 

「——ッ」

 

 脳天から真下へ振り下ろす。振り切った聖剣の輝きはライダーの崩れ落ちた身体とともに元に戻る。

 セイバーの下で落ちたライダーが唸った。

 

「……セイバー、桜を頼みました」

 

 それはあるはずのない思念。

 殺され、肉体を利用されるだけであった本来のライダーの意識。身体の片隅に乗っていた残照だった。

 

「私に頼まなくとも士郎がいる。安らかに眠れ、ギリシアの怪物よ。あなたの想いは私が桜に伝えましょう」

 

「……」

 

 光となってライダーは消えていく。

 最後までマスターを思い続けた彼女は、結局最後はマスターに会えず消失する。神話において怪物と称された彼女には相応しい幕切れであったのかもしれないが、最後まで想い続けた彼女をセイバーは知った。ならば、あとは全てを終わらせるのみ。

 振り返ったセイバーはアサシンの神殿とは逆に位置するマスターたちがいる神殿を見上げる。

 あそこに最後の戦いがある。

 今も戦い続けるマスターの下へセイバーは駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンが神殿を展開し、陽光が降り注ぐ。その威光は腐敗した魂を持つマキリにも当然の如く届いた。

 

「アサシンめの宝具か、忌々しい光を出しおって。泥よ!」

 

 泥は傘のようにマキリが作り上げた祭壇を覆う。光に当たった泥は収縮を繰り返すが淵源であるそこは無限に溢れ続ける。

 

「王手よ、間桐臓硯。あなたのサーヴァントはもういない。これ以上無駄な足掻きを続けないで桜を解放なさい!」

 

「そうはいくか。いくまい。まだ儂は敗れておらん、聖杯の完成は間近。アサシンの光が持つか、この泥が溢れるか。諦められるものか——!」

 

 数百匹の虫が羽音を散らす。凛が撃ち落としたのは三桁に届こうとし、士郎は魔術回路を酷使しながら距離を埋めていく。どれだけ凛の才能があろうとも数の差は埋められずに開けた穴も数秒で埋まる。

 

「小賢しい、小賢しい!我が五〇〇年の願い、容易く覆せると思うなよ!」

 

 腐敗、再生、腐敗、再生、腐敗、再生——、繰り返したマキリの人間性()は脆くなっていく。

 ガンドと宝石、そして士郎の剣の猛攻は確かな道を築き桜へと近付く。

 

「士郎!特大の宝石を投げるからどうにかして砕きなさいっ——起動(Starten Sie)!」

 

 拳大半の青い宝石が覆う泥に投げられる。

 

「わかった!」

 

 それは凛が用意したマキリと泥に対する切り札であった。その宝石は先代、遠坂時臣が聖杯戦争に用いるはずだった宝石の一つで、ある聖骸布で包まれた聖性を帯びた神聖な宝石。

 宝石はマキリと泥の間、気を失った桜の前で宙に浮く。鈍く光る宝石は振動するかのように動き、なにかを待つ。

 

「今——!」

 

「——ッ」

 

 士郎が幻視したのはアーチャーとランサーが戦っていた始まりの夜。剣であるにもかかわらず投擲するという埒外の戦法。やり方はわからない、だが、引き合いの強さは剣の特有の性質だと()っている。

 腕をクロスさせるように動き、そのまま開いて投擲する。燕の如く舞った二振りの剣は宝石に向かって飛んでいく。途中、何十もの虫が邪魔しようとしたがガンドによって撃ち落とされた。

 

 距離は僅か、

 接地、

 あとは砕けるのみ。

 

 しかし、視えていた結果を残すことはできなかった。

 剣は左右に分かたれることなくそのまま刺さって(・・・・)しまう。磁力のように引き合い剣はむしろ宝石を強固に止めただけであった。

 

「なにしてんのよバカッ!」

 

「わ、悪い!」

 

 どうするべきか、考える間も無く不敵に笑うマキリが虫を殺到させる。

 休止危うくか、二人の耳には声が聞こえた。

 

 

 

「未熟者だな、衛宮士郎。私ならば容易く砕ける」

 

 

 

 鶴翼が舞う。

 白黒の剣は鉄の翼となりて宝石に刺さった士郎の剣を押し、宝石もろとも砕いてしまった。

 

「アーチャー!」

 

「待たせた、凛」

 

 砕かれた宝石は中に抑えていたソレを響かせる。邪悪を払う、清める効果がある——鐘だった。

 

「液体に近い泥は一部を震わせばそれは奥底まで伝わっていく。偽聖杯が桜に繋がって壊せないのなら、その中身を断つのが早い」

 

 鐘は洞窟に響き渡り泥を震わせる。叫び声を上げるかのように動き回り、マキリの杯から溢れ続けている泥は小さくなっていく。

 

「凛、上の泥も——」

 

「——頭を下げてください、吹き飛ばします」

 

 祭壇を上がってきたセイバーは即座に状況を把握して風を起こす。横薙ぎに払われた風王の力は頭上に落ちようとしていた泥を全て払った。

 

「ありがとう、セイバー」

 

「ええ。それよりも桜は……」

 

 前方には手のひらを杯に翳しながら塵と化していくマキリと、その光沢が剥がれていくマキリの杯。

 杯と繋がり生命の供給を受けていたマキリはその基が朽ちていくが故に枯渇し、聖杯は姿を成すことが叶わず崩壊する。

 

「桜……!」

 

 根のように絡まっていた泥から桜が解放される。走りよった士郎は寸でのとこで受け止めると腕の中で横たえる。

 

「外傷はない、気を失ってるだけね」

 

 額に手を当てた凛が言った。

 

「衰弱している。アサシンの光に当てておけ、多少はマシになるだろう」

 

 士郎は桜の膝裏に手を通し持ち上げる。祭壇の端、階段の頂上へ来ると暖かな光に包まれる。苦悶を浮かべていた表情が少し和らいだ気がして安堵を覚えた。

 

「あの泥は一体どうなったのでしょうか」

 

「そっちはアサシンのマスターがどうにかしてるでしょ。『任せてくれ』って言った手前、失敗したら容赦しないんだから」

 

「あのマスターがどんな男かは知らんが、不死の霊薬を持っているほどだ。下手な時計塔魔術師よりは任せられるだろう」

 

 アーチャーはセイバーが渡された薬と、凛と見た時計塔『伝承科(ブリシサン)』臨時講師と記された紙を思い出す。実際には不死の霊薬などという各地方に伝わる伝説級のものではないのだが、調合と少し素材を変えれば殆どそれに等しい薬になることを、解析魔術によって知っていた。

 

「それにしてもあのアサシン、いつまで宝具を展開しておくつもりかしら?」

 

「私たちが排除したのはあくまでも泥の破片、警戒しているのだろう」

 

 本体は聖杯、即ちアサシンのマスターが向かった方にある。

 主敵であったマキリを倒し、桜も救い出した。あとは胎動する聖杯内の呪いを排除するのみであり——。

 

「——士郎、凛っ!」

 

 セイバーの叫ぶ声、二人はそちらを見れば同じく剣を出したアーチャーと向き合うその正体を見た。

 

「……黒い太陽」

 

「直視するなッ!あれは視界からお前を蝕むぞ、衛宮士郎!」

 

「一体どうして、マキリの杯は壊したはずよ!」

 

「器を壊しただけで中身は消滅しなかったか!」

 

「士郎、セイバーに宝具の解放を命じなさい!まとめて吹っ飛ばすの!」

 

「セイバー——!」

 

 黒い太陽が膨張する。

 今までの比にならない悪意と呪縛、ただ人類に害を成すという全きの悪。

 

 人はそれを——この世全ての悪(アンリマユ)と呼んだ。

 

 膨れ上がった悪意は津波のように彼らを呑み込まんとする。

 聖剣の輝きも増すが、それ以上の速さをもって肉薄する。背後からそれに気付いたアサシンの光が当たるがもはや闇と化した悪意に光は吸い込まれるばかりであった。

 

「もう一度令呪をもって命じる。あれを吹き飛ばせ、セイバー!」

 

 最後の令呪が消えた。

 

 

 

 

 




・主人公
……。

・ニトちゃん
オリジナル宝具よ!!!

冥天座す王冠神殿(ドゥアテ・ミテュア・シャシュヌ)
 ランク :A
 種別  :対軍宝具
 レンジ :1~50
 最大補足:500人
 固有結界の類ではない。あくまでも世界の上書きであり、簡単に出せるものではない。固有結界が人引き込むものならば、これは人ではなく世界丸ごと現実世界に召喚するものである。
 ニトクリスが女王、ファラオであったときの古代エジプトを召喚する宝具。営みを表現し、国の法により対象を拘束する。ニトクリスが善とするものは恵みを、悪とするものは罰を与える。また、本来の魔術礼装から、この世界の範囲にいる場合は戴冠時の王族礼装へと変化しておりステータスも耐久度を除き大幅に上昇する。






 これは彼女がいた本来の古代エジプトではない。
 この世界を作り出すとき、彼女は自身の願いを組み込んでかつて兄弟たちを死に追いやった者の記憶、記録すべてを抹消し作り上げた。この世界こそが彼女が願った世界であり。女王として望んだ場所だった。





(オジマンさんの下位互換とか言わないのよ)




・その他
ライダーを倒した? 臓硯が消えた?

アンリマユ「 ま だ だ ッ ! ! ! 」







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■■■■▪■■■

 無数の触腕が伸びる。

 ——死——を体現した黒い太陽は輝きを放つ聖剣、セイバーを見て思い出す。

 

 聖剣(あれ)は、自身を破壊したものである。

 

 と。

 そして、同時に怒りの感情が浮かぶ。あれによって蘇ろうとしていた自分は再び深淵に押し戻された。あれによって自分は幾度も苦痛を飲まされることになった。怒りはすぐに殺意へ変わり、殺意は死へ変わる。死は肉体を持ってセイバーを呑み込もうと殺到した。

 

約束された(エクス)——」

 

 振り下ろすより早く、輝きの名を示すよりも速く。黒い触腕は聖剣ではなく、持ち主であるセイバーの腕を狙う。絡めとられた腕はただの魔術放出では離れず、木の根に固定されたかのように動かない。

 

「——I am the bone of my sword」

 

 状況を即座に把握し、手早くアーチャーは弓と矢を投影する。

 狙うはセイバーを絡め取るもの————ではなく本体。あの黒い太陽が少しでも怯めば触腕は下がる。その下がった瞬間が次の狙い目、あとはセイバーの宝具で決着がつく。

 マスターの意思をも確認せず矢をつがう。マキリと戦い少ない魔力だが、たとえ了承を得ずとも遠坂(・・)がなにも言わないことを知っている。

 

「——偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)ッッッ!」

 

 空気を裂いて必滅の矢が迫る。

 アーチャーのカラドボルグの真価は決して狙撃ではなく、その後に来る壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。何らかの方法で黒い太陽が道を塞げど貫くことを絶対とする矢は何人足りとも止められない。黒い太陽は格子のように触腕を張り巡らせるがものともせず矢は迫る。鷹の目によって、矢がそれに当たる瞬間アーチャーは呟いた。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 かつてのバーサーカー戦よりも近い死線上、爆発の威力はマスターたちにも伝わるがダメージはない。

 風圧によって膝をつく二人と、それでも引くことのないセイバーへの拘束を見てアーチャーは目を見開いた。

 

「取り込んだか——!?」

 

 爆発と爆風、込められた魔力は無へ還り悪となり死へ変わる。

 アーチャーの失考は一つ。

 それは呪い——黒い太陽に自我のようなものがあることだった。

 遥か昔、とある村の人柱が元になった黒い太陽は何十年と聖杯に潜むことでかつての人に対する憎悪を煮詰め、より害を成せるよう進化する。蘇るまでにあったマキリと、間桐桜という苗床。彼女の魔術属性であった虚数・影と、マキリ特有の吸収を学習(・・)したのだ。故に、アーチャーの一矢は理解し得ない虚数世界へと誘われその魔力だけが吸収された。

 

「ぐっ——ァァァあああ!」

 

 セイバーの叫び声がした。

 三人は目を向けると、明滅したセイバーがなにかに耐えるように聖剣を握りしめていた。

 士郎は桜を寝かせ、駆けつけて名前を呼ぶが、セイバーの瞳は半ば碧眼から金眼に変化していく。

 

「っ、まずいぞ!セイバーがマキリのサーヴァントのようになれば今度こそ手が無くなる!」

 

「返事をしてくれ、セイバー!」

 

「駄目よセイバー!」

 

「……ッッ、く——!」

 

 アーチャーは手当たり次第に矢を投影し射るが、その効果は全く現れない。あらゆる属性を含む矢も、すべて吸収されるか虚数で流されて無駄に終わる。

 

「……っ」

 

 構えていた弓を下ろした。

 今回の聖杯戦争に参加したのは偶然であり必然。定められた運命の夜だったが、すべてがあの黒い太陽によって狂わされた。

 

「凛、最後の魔力をもらうぞ」

 

 眼前でセイバーを引っ張るマスターを見ながら呟いた。

 自身の宝具ならば黒い太陽を隔離できる。魔力が尽きれば再びこの地に現れることになるが、逃げる時間さえ稼げればそれで構わない。あとはセイバーと二人をアサシンたちに任せ、何とか賭けるしかない。

 膝を折り、前に出した右手首を抑えながら詠唱を開始した。

 

「I am the bone of my sword.

 ――― 体は剣で出来ている

 

 Steel is my body, and fire is my blood.

 血潮は鉄で、心は硝子

 

 I have created over a thousand blades.

 幾たびの戦場を越えて不敗

 

 Unknown to Death.

 ただの一度も敗走はなく

 

 Nor known to Life.

 ただの一度も理解されない 」

 

 ——すまないな、凛。だが、あとは任せた。

 

「Have withstood pain to create many weapons.

 彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う

 

 Yet, those hands will never hold anything.

 故に、その生涯に意味はなく 」

 

 目を瞑り夢想する。

 剣の丘、回り続ける歯車を。

 

 ——皮肉なものだ、全てを終わらそうとしたが、結局戻ってくるとは。

 

「So as I pray……

 その体は……」

 

 最後の一節、地面が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンはその言語(・・)に既視感を覚えた。

 

 アーチャーはその()に違和感を覚えた。

 

 マスターたちはなにも聴こえない(・・・・・・・・)が動きを止めた。

 

 黒い太陽は下から迫り来る、自身とは真逆のそれ(・・)に恐怖し悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——◼︎◾︎、◼︎◼︎◾︎◼︎◾︎◼︎◼︎◼︎◾︎◼︎◾︎◼︎◾︎◼︎◼︎◼︎◾︎。

◾︎◼︎◼︎◼︎◾︎◾︎◼︎◾︎◼︎◼︎◾︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◾︎◼︎◾︎◾︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◾︎。◾︎◼︎◼︎◼︎◼︎◾︎◾︎◼︎◼︎◾︎◼︎◾︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎。◾︎◾︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◾︎◼︎◼︎◼︎

 

——◾︎◼︎◾︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 

 アサシンの神殿の光でも、セイバーの聖剣の輝きでもない新しい光が地面から溢れてくる。

 その色は黒い太陽とは真逆の——白。

 

マスター(同盟者)……!」

 

 神殿を停止したアサシンが、祭壇下で佇んでいたマスターの下に飛んでいく。それ気付いたアサシンのマスターは手を上げて反応した。

 

「これは……一体……」

 

 浮いていたはずのアサシンと、地面に立っていたはずのマスターの目線が同じ高さになる。アサシンが下がったのではない、マスターが同じ高さにいるのだ。

 その正体は白いナニ(・・・・)か。床のような不明なもの。

 未だ全貌が見えぬそれに恐る恐る足をつけたアサシンは、その瞬間意識を失いそうになった。

 

「ああ、ニトちゃんならまあ……近い(・・)か。慣れるまで時間がかかる、それまでゆっくりしているんだ」

 

 尻餅をついた先からひんやりとした感触が伝わる。ざらざらとした肌触りは砂地なのか、しかし木目のようなものも見える。

 

「四人を回収してくる。いや、少女も含めて五人か」

 

 白いナニかは祭壇を透けるように存在していた。

 足を踏み入れてしまった四人と桜は、セイバーを除いてアーチャーすら意識を失っていた。残っているセイバーも黒い太陽の攻撃に抗ったことと、急に現れた白いナニかにあたって(・・・・)息も絶え絶えといったところだ。

 

魔術師(メイガス)、これは」

 

「四人は任せて今は眠ると良い」

 

 セイバーの瞼が落ちゆく。立とうと身体を捩らせるが指の先すら動かない。

 

「それと先に、謝らなければならないことがある」

 

 遂に意識が失われるとき、セイバーの耳にはアサシンのマスターの声が残った。

 

「君はまだ生……、でも……おかげで……。すまないな。

 

 

 

——残りの余生、楽しんでくれ」

 

 







魔術世界には、誰も知らず知られず理解できず理解せず……そんな言語が一つ、存在する。






急ぎ足なような気もするのである。
まとめは次回、のまた次かな…?






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ファラお尻の明けた夜

 

 

「――まさかこんな結末になるとは」

 

 花の楽園。白亜の塔が聳える中心でとある魔術師は呟いた。

 始まりはある少女が生まれ、剣を執り、国を導く物語。後に騎士王と称される彼女の話。

 

「急に来てもらってごめんね。まさか私もこんなことにはなるとは思ってなくて」

 

 魔術師は白いフードを揺らしながら言った。相手はセイバー――でいいのだろうか。士郎たちが見ていた鎧ではなく、白いワンピースを着ている。

 少女は珍しく罰の悪そうな顔している魔術師に首を傾げた。

 

「どういうわけか、君は生き返った(・・・・・)

 

 花弁が舞った。

 幾重も重なり世界を犯していく美しさは非現実的な光景だ。

 

「いや、君はずっと生きていた。この場合は、君の止まった時間は進み始めた、と言うのかな」

 

 少女は永久に記憶する。あの丘の結末を、祖国の滅びを。

 カムランの戦いと言われる少女の結末はまだ終わっていない。やがて聖杯によって救済するはずの祖国もまだあるものだった。キングメイカーであるこの魔術師も少女の運命を見守り続けていたのだが、すべては終わった。

 

「私も含め、この世界に観測者は何人かいる。

 過去を見通す者、現在を見通す者、未来を見通す者、見ている視点は違えど全員がその結末を知っていた。だからこそ、彼らは自らが介入――執筆者となり物語を綴る」

 

 人類の繁栄を望んだ王がいた――人は人であるべくと説き、神々の傀儡となる運命の鎖を断ち切った。

 世界の繁栄を望んだ王がいた――すべての悲劇を見た彼は人類ですら愚かと罵り、辿り着く先を悲嘆にくれた。

 

「しかし、この世界には執筆者を除いてあと一人、介入者がいる」

 

 魔術師は持っていた杖を石塔の壁に向ける。現代の映写機のように画像が映し出されると、そこには少女が見知った姿があった。

 紺色のコートにアンティーク調の鞄を持つ姿、画像は少し乱れているがおおよそそこまで見える。

 

「私たちが執筆者に対し、彼は――編纂者(・・・)

 好きなように物語をまとめられ、それでいて面白いものは保存、面白くないものは無かったことにできる類の。編纂者って例えたけど、編()者でもあるのかな? まあ、そこのところはどちらでもいい。とにかく私とはまた違った場所から世界を観測している者と考えてもらって構わない。

 ともかくだ、改めて言おう――アルトリア。

 君は生き返った」

 

 魔術師の言葉に少女は意味が分からないと言う。こんなところにはいられない、まだ戦いは終わっていない。早く――帰してくれ、と。

 

「はは、確かにそうだ。でも安心するといい、戦いは終わった」

 

 無言で返す。

 

「聞きたいこともあるだろう、帰りたい場所もあるだろう。でもね、アルトリア。今の君は一体、

 

 ――カムランの丘/マスターの下(どっち)に帰りたいんだい?」

 

 

 

 

 

 

①  

 

 

 

 

 

 なにかの音に目を覚ました。

 もう一度目を瞑れば深い眠りにつけそうな誘惑と、それでも良いんじゃないかと手を広げてくる布団に負けそうになるが上体を起こした。少し痛む頭を押さえつつ、突いた手はいつも寝ていた布団の上で意識がはっきりとした。

 

「桜――っ」

 

 頭を振って周りを見るがそこに桜の姿はない。何があったのかと思い出そうとするが、疲労からかノイズが入ったように頭が働かない。ようやく身体に感覚が戻り、立ち上がろうとして横を見たときだった。

 艶のある黒髪、長い睫毛は嫌なほど女性らしさを感じさせる。一緒に家を出たときのままの赤い服装は紛れもなく――遠坂凜だった。

 

「……」

 

 口が開いたままで声が出ない。

 そして、

 

 

 

「――うわぁぁああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩――!?」

 

 どたばたと足音が一つ。勢いよく襖が開かれると士郎にとって見慣れた後輩が立っていた。

 

「……桜?」

 

 いつも見ていた制服姿ではなく、普段着用の和服を着ている。どこからか手ごろなものを引っ張り出してきたのだろう。その上に桜色のエプロンを着用し、右手には杓子も持っていた。

 

「ええ、そうですよ先輩」

 

「え、ああ。うん。おはよう……」

 

「おはようございます」

 

 毎朝のように言葉尻を上げて挨拶を返してくれるのは間違いなく後輩の桜だ。

夢ではない、ならなぜ俺はここに? ――状況が把握しきれない士郎に気付いたのか、桜が声をかける。

 

「えっと……私はさっき起きたんですけど、どうやらアサシンのマスターが運んでくれたみたいで」

 

「アサシンのマスターが?」

 

「はい、居間に書置きがあって。私は誰かわからなかったんですけど先輩たちの、聖杯戦争の同盟者、でいいんですよね?」

 

「そうだ。アサシンのマスターは桜を助けるのに手を貸してくれていたんだ」

 

 頭が痛んだ。思わず抑えるが、あの夜のことが途切れながらも思い出される。

 

「黒い太陽が出て、あれからどうなったんだ……」

 

 魔術回路を酷使しすぎたせいか腕の痛みが酷い。古傷が開いたかのような鈍痛に顔を歪める。

 

「っ、大丈夫ですか」

 

「少し痛むだけで問題はない。それより、桜は大丈夫なのか?」

 

「今のところは……むしろ何だか身体が前よりも軽いという感じがしまして。起きてから少し休んで、今は昼食を作っていました」

 

「そっか――」

 

 ガッツポーズをする桜を見て、初めて士郎は肩の力が抜けたような気がした。

 

 ――良かった。俺が選んだ道は間違いじゃなかった。

 

 一歩でも、なにか一つでも欠けていれば終わっていた夜。最後まで救おうと足掻いた少年はこうしていつもの日常へと帰る。桜と、下宿に来ている凜。そして――、

 

「桜、セイバーとアーチャーはどこにいるんだ?」

 

「セイバーさんとアーチャーさんなら先に起きていたようで、セイバーさんは道場へ、アーチャーさんはお昼の買い出しに行ってますよ?」

 

「道場か。それにしてもアーチャーが買い出しか、起こしてくれれば俺が行ったのに」

 

「ダメです! 先輩は私のために頑張ってくれたと聞いてます、まだ休んでいていください!」

 

「それなら桜のほうが……」

 

「私はもう大丈夫ですから、先輩はゆっくりしていてください!」

 

 強情な士郎に痺れを切らした桜はじゃれるように士郎を押して布団をかける。なんとか抵抗としようとした士郎だが思うように力が入らず押し倒されてしまった。

 そして、虎の尾を踏んだ。

 

「――(いった)いわねぇ、士郎?」

 

「げ、遠坂」

 

 後ろに腕をついた先には寝ていた凜の頬があり、思い切り押してしまう形になってしまった。

 

「あら、おはよう桜。元気は良いみたいね」

 

「おはようございます遠坂先輩……えっと、私はご飯の準備があるので後ほど……」

 

「さく――ぐぇ」

 

「しーろーう? あんたはいつから私をひじ掛けにできるほど偉くなったのかしら、ねっ!」

 

「遠坂、待っ――!?」

 

 

 

 

 

②  

 

 

 

 

 

「散々な目にあった……」

 

 士郎は拳を食らわされた背中を撫でながら道場までの道のりを歩いていた。

 凜が起き、再び士郎が目覚めたときにはアーチャーも帰ってきており、あとは道場に向かったセイバーだけがいなかった。もうすぐ昼食ができるのでセイバーを呼びに行く最中である。

 縁側を抜けて道場の入り口へと回る。桜が言っていたように鍵は開いており、中からは人の気配がした。

 

「セイバー、入るぞ」

 

 一声かけて中に入る。特に返事は無かったがいつものように瞑想をしているのだろうと予想したが、案の定だった。

 

「……」

 

 寡黙なまでの空気は少し重さも感じられる。

まるで初めて会ったときのセイバーのようだ、士郎はふと思った。

 

「セイバー、お昼ご飯ができたぞ」

 

 目を瞑るセイバーに反応はない。いつもならば士郎の手を引っ張ってでも行こうとするが、どうやら今日は様子が違うようでどうしたものかと立ちすくむ。道場に着いてからちょうど短針が一周した頃にセイバーの瞳は開かれた。

 

「――目覚めたのですね、シロウ」

 

「さっきな……セイバーは? その、元気か」

 

「おかしなことを言いますね。私はあなたのサーヴァントだった、あなたが健在である限り私もまた同じです」

 

「そうだよな。悪い、変なこと言って」

 

 二人して笑い合った。

 薄く開かれた口元に手をやり、小さく笑うセイバーには気品がある。これでも初めて会ったときより距離が縮まったのだが、むしろそれが士郎に懐かしさを髣髴とさせた。ひとしきり和んだ空気の下もう一度昼食のことを口にしようとしたとき、セイバーが切り出した。

 

「シロウ、一つ尋ねたいことがあります」

 

 士郎は真剣な表情のセイバーへ向かい合うように正座した。

 

「あなたは私に、正義の味方になりたいと言った。それは、今でも変わっていないのでしょうか?」

 

 ――正義の味方。

 人間ならば誰しもが一度はなりたいと願うヒーローで、しかし一番諦められてきた夢。たとえ正義の味方が空想上の、おとぎ話の登場人物だとしても士郎は愚直なまでにそれになろうと邁進し続ける。それが自身の家族であった、衛宮切嗣が最後に残してくれた言葉なのだから。

 

「変わってないよ。たぶんこれからも……この夢は変わらない」

 

 「ならなくてはいけない」と言い聞かせてきた士郎は、たとえその夢が子供だと笑われようが張り続ける。

 

「シロウ、あなたは――キリツグとは違う」

 

 衛宮切嗣と衛宮士郎を隣で見てきたセイバーは知っていた。

 人形になろうとした男と、人になろうとする少年。同じ夢を持った彼らは根本で始まりが違う。すべてを見て悟った男は、いつしかすべてを救おうとせず多数を選択してきた。願いを聞いた少年は、男のやり方を知らずにすべてを救おうとする。

 その小さな矛盾は少しずつ広がり続け、いつしか士郎は破綻してしまうではないか。

 

「……一緒だと思う」

 

 少年はそう言った。

 

「きっと、切嗣も最初はすべてを救おうとしたんだ。きっかけはなにかわからない、それこそ幼いころに見た夢のような話。いつしか夢は現実に代わって、守りたいと思っていたものを失った」

 

 それは切嗣が誰にも話さなかったある島の悲劇。愛していた妻、アイリスフィール・フォン・アインツベルンにすら一度も話さなかった閉ざされた記憶。

 士郎の考えは正しく、いつしか選択肢を選ぶようになってしまった男は正義の味方(偽善者)になった。

 

「――それでも。

 それでも、あの日取った手のひらのぬくもりを俺は忘れない。炎の中、動けずに朽ちていくだけだった俺の冷たい手を取ってくれた切嗣は泣いていた」

 

「しかしっ、あなたは同じ正義の味方を最後まで目指し続けた男の末路を知っている! それなのになぜ、なぜシロウは……っ」

 

なりたい(・・・・)と思ったからだよ。その夢が、どんな夢よりもかっこいいと思ったから」

 

 

 

『――カムランの丘/マスターの下(どっち)に帰りたいんだい?

 

 いや、質問が悪かったね。アルトリア、君はもう王じゃない。君の帰る場所はすでに一つだ』

 

 

 

 セイバーの心内に何かはまるような感触があった。

 王ではない。そう言った魔術師の顔は寂しそうで、それでいて背中を押してくれたのだと。どこまでが本心で適当なのかはわからない、しかしあのときは本心だったかのように感じる。

 私が――帰る(・・)場所。

 

「……ふ、シロウは子供ですね」

 

「いきなりだな……」

 

「その歳になって正義の味方とは、笑われてしまいます」

 

「言っただろう、別にかまわないって」

 

「ですから――」

 

 ――ありがとう、マーリン。あなたは最後に道を示してくれた。

 

「ついていきましょう」

 

「……?」

 

「だから、ついていくと言ってるのです」

 

「セイバーが?」

 

「ええ」

 

「でも、その……聖杯戦争は終わったからもうすぐ……」

 

「言ったでしょう、シロウ。

 『私はあなたのサーヴァントだった』。つまり、パスは繋がっていますがすでにマスターとサーヴァントの契約は切れています。あいにくとこの身は受肉(・・)しているようです。竜の心臓は現代に適した質へ変化していますが、それでも十分な魔力生成が望めるでしょう」

 

「は――え、受肉? 一体なにがどうなって……」

 

「覚悟しておくことです。これから厳しく戦闘訓練を課していきますからへこたれないように」

 

「ちょっと待ってくれ! 何で受肉を」

 

「話はあとです! お腹がすきました、食卓へ行きますよ!」

 

 立ち上がったセイバーは士郎の腕をとって走る。正座をして足が痺れた士郎は慌ててバランスをとるが何度も転びそうになった。

 

「ああ、もう――」

 

 きっとそれはこの家にいる誰もが望んでいた光景。士郎も、セイバーも、凜も、アーチャーも、桜も。

 季節は冬を過ぎ暖かな風が吹き、訪れは木々の彩を持って知らされる。

 

「――なんでさ!」

 

 春手前、何が何だかわからない士郎の声が響いた。

 

 

 

 

 

③  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親愛なる少年少女へ

 

 これを読んだ頃には俺はもういないだろう。まあ、それも当然で世界を回りながら、もしくはこの世界にすらいないこともあるかもしれない。なにを言っているかわからないと思うだろうけど、魔術師というものはこういう生き物だからいちいち驚かないように。特にセイバーのマスターはね。なにはともあれ、君たちは今回の聖杯戦争を勝ち残った。これは事実だ、誇って良い。おめでとう!

 しかし、勝って終わりだと言われても納得できないだろう? なので、ここにおよそことの顛末を書き残しておく。

 まず、あの呪いについてだが完全に消しておいた。あれの発生原因はともかく、現代にあってはいけないものだ。古い魔術師のお節介として、責任をもってしておいたから今後は気にしなくてもかまわないよ。次に、間桐桜についてだが正常の身体に戻しておいた。気色の悪い虫の残骸が巣食っていたが綺麗にしておいたから、これを本人以外が読んだら伝えておいてほしい。あと、彼女には自身の魔術に向き合うことも。それを生かすか殺すかは彼女次第だ。三つ目に、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンについてだ。彼女は聖杯と繋がっていたおかげかひどく呪いに侵されていた。根が深く取り除くには少し時間がかかるが、時期に良くなるはずだ。彼女は地脈上の遠坂邸に使い魔とともに安置しているから、余裕ができたら迎えに行ってあげてほしい。一通り説明しているが、やはり一人は寂しいからね。

 残すことは以上だ。

 もし時計塔に来ることがあれば同封している紹介状を教師に見せると良い。きっと役に立つ。

 

                 アサシンのマスターより

 

 

 

 







あと一話。


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ファラお尻、また会う日まで。

 

 ファラオとはなにか——?

 

 その単純な疑問は一見簡単に思えるが、ひどく難しいものである。

 ファラオとは即ち、王。高尚な存在で、偉大な位。民を睥睨し、民は見上げる存在である。時として同じ地に立つことで歩んだ者もいたが、いつの時代も彼ら/彼女ら(ファラオ)は神の代弁者であった。かくいう私も天空と冥界の神の化身であり、その意思と考えを現世に反映させる役割を持つ。天空に冥界、たとえば両方の意見が相反した場合どうするんだと思われるかもしれないが、そのときは状況や情勢に応じて動く。

 なにはともあれ、ファラオとはすごいのだ。

 

「……はぁ」

 

 と、考えながら長袖シャツにオーバーオール姿の私は腕いっぱいに持った藁を置く。

 ああ、腰が痛い。これが受肉(・・)した影響ですか。

 茶白色の藁と、少し黒ずんだ藁をわける。これ食するのは囚牛(しゅうぎゅう)である。発祥は中国、竜の子でありながら牛の性質を持つあの子は肉食なのだが藁も食べる。マスター(同盟者)曰く、藁はある程度形を残し排泄されるため、雑食な囚牛は藁を食べることで体内調整を行っているらしい。

 縁の下の力持ちを貶すつもりはないが、こんなことをしていると現役の私に伝えればえらく笑われるだろう。ファラオに戻りたい、いや今もファラオなんですけどね!

 

「やれやれ……結局、あの夜のこともまだ聞けていません。マスター(同盟者)はなにをしているやら」

 

 あの夜——聖杯戦争が終結した夜だ。

 私たちアサシン陣営はセイバー、アーチャー陣営と同盟を組んでマキリや神性レベルの呪いと戦った。マスター(同盟者)の博識さも含め、内情はある程度把握し、対処は可能だったにしろどう転んでもおかしくはなかった。セイバーのマスターのような素人もいた、誰が死んでもおかしくはない。仮にセイバーが呪いに汚染された場合、こちらの敗北は確定だったかもしれないのだ。世に聞く聖剣が、私たちに向けば切り札である神殿や鏡を用いても精々一度防ぐだけで再び放たれてしまえば対処はできない。

 すべて終わったこととはいえ、考えてしまう。だが、それよりも考え、知らなければならないことができた。——マスター(同盟者)だ。

 私はどこか、マスター(同盟者)に問うことを恐れていた。初めて彼と邂逅した夜、いきなりバーサーカーにちょっかいを出して追いかける破天荒さを見せられたからではない。

 すべてが異質過ぎる(・・・・・・・・・)。鞄の中のこの世界も、あの白いナニかも。

 私はこれでも魔術師だ。

 今回はアサシンのクラスで呼ばれたが、最適クラスはキャスター。アーチャーのマスターによると今回のキャスタークラスは神代の魔女メディアであった。さしもの私でも純粋な魔術技術で勇名を馳せるメディアに勝てるとは思っていない。ならば、アサシンのクラスは生前の行いと、触媒を用意して召喚されたのだから納得はできる。

 話は逸れたが、魔術師である私は知識に富んでいる。古代に生きた私は現代の薄い神秘に生きる魔術師より具体的な知識と経験があり、活用できる方法も知っている。

 しかし、それでもだ、

 

 ——私はあの言語を理解できなかった

 

 つまり、そういうことなのだろう。

 私が生きている時代よりも遥かに古い、過去・現在・未来、時空を超越した聖杯すら見通せないあったのかも不確かな————バベルの時代。

 あらゆるものが繋がり、真に一つだった時代。やがてそれは天を目指そうとした人類を危惧した神によって壊されるのだがその話は今は良いだろう。今回はその言語が存在していたこと自体がとんでもないことなのだ。

 『統一言語(・・・・)』と呼ばれるもの。すでにこの単語を知っている者は限られ、この言語を知っている者はいない。

 当たり前だ、すべて神によって壊されたのだから。徹底的に。

 万が一、ただの一人。もしかすればという不確定な要素、言語の起源を遡った鬼才、天才、秀才あらゆる才を煮詰めたような存在が稀にたどり着くこともあるかもしれない。

 

 ——だが違う

 

 マスター(同盟者)理解してしまった(・・・・・・・・)から話しているのではない。知っているから(・・・・・・・)話していたのだ。漠然とした感覚、直感はそれが正しいと伝えてくる。前世から頼りにしてきたものだ、確かだろう。

 しかしそれが正しければ、マスター(同盟者)はすべてを滅ぼそうとした神の選別を超えた、神ですら選別から外し、生かしたかった存在になる。

 私が元から知っている知識と、聖杯から蓄えられた知識を含めそんな人物を私は一人しか知らない。

 

「…………」

 

 険しい顔をしているのがわかる。

 ピッチフォークを用いて藁をわける。これで今日の仕事は終わりだ、あとは囚牛が開けている入り口から気ままに入ってきて食べる。

 同盟者や邪竜娘が生活している場所(部屋)に戻る最中も考えることをやめない。

 結論に至る。

 ——否定。

 結論に至る。

 ——再び否定。

 結論に至る。

 ——尚も否定。

 結局に至る。

 ——それでも否定し続ける。

 だって、おかしい。

 それは否定しなければならないものだ。あってはならないものだ。バベルの塔が存在していたのなら、それ以前の終末(・・)もあったことになる。

 彼の存在を肯定するならば、人類史の否定になる。

 彼が正しいと肯定されれば、あらゆる神話体系の創世を否定される。

 私たちの存在は最初から一つの神から生まれたのならば、すべての信仰の否定となる。

 

 問わなければならないときがきた。

 

 雑に取り付けられた木扉を開ける。

 マスター(同盟者)が集めた魔術道具や小さな幻想生物が騒々しい廊下を抜けていつもの部屋に辿り着いた。

 部屋の中にはいつものように邪竜娘がてれびげーむをしており、マスター(同盟者)の姿は見えなかった。

 

「邪竜娘」

 

「ん、なに」

 

 口にチョコスティックを加えた邪竜娘がめんどくさそうに顔だけをこちらに向けた。

 

マスター(同盟者)はどこへ?」

 

「あー、確か……ケルピーの相手してずぶ濡れだったから洗面所じゃないかしら」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 洗面所、身体を流しているのですか。とりあえず行動に移した手前、ここで挫かれると酷く足がすくみそうになる。

 本当に聞いて良いのか、と。

 普段食事をとっている椅子に座っていると邪竜娘が、てれびげーむのこんとろーらーを布団に投げてこちらへ向いた。

 

「——気付いたのね?」

 

 嫌に真を突いた言葉だった。

 今更否定はしない。表情で察したのかそのまま続けて話す。

 

「あんたがどう思うかは知らないけど、世界には知らなくても良いものもある」

 

「……」

 

「もちろん、知っているほうが有利になることは多いけど、極稀にそうじゃないことがある」

 

 珍しく真面目な表情をした邪竜娘が立ち上がる。

 少しビクッとしてしまった、びびってない。反射だ。

 肩が上がったのがわかったのか、私を小馬鹿にしながらくつくつと笑う邪竜娘が言った。

 

「覚えておくと良いでしょう。

 たとえなにかが否定されようが、それが正しいわけじゃない。それが正しかろうが、なにかが否定されるわけじゃない。

 ——世界は針の上で成り立っている(・・・・・・・・・・・・・・)

 ひどく不安定な世界は想像しうるすべてが存在する。それは古今東西、別世界も含めて。その証拠に私という、私がいる(・・・・)

 あんたがあいつの正体に気付いたとしても、否定はされない」

 

 口を噤む私に彼女は言った。

 

「まあ、それでも悲嘆するならば悲しいわね。せっかく暇なこの場所に弄りがいのあるあんたが来たのに、

 

 ——聖女の可能性()を否定するなんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻がむずむずとした。

 誰かが俺のことを話しているのかな?ケルピーと戯れていたから、毛がまだついているのかもしれない。今ちょうど換毛期だから抜け毛時期は世話役としてちょっと辛い。

 流し場を抜けて洗面所に出て適当に身体を拭く。追い打ちに乾燥の魔術をかけてやると完璧に乾くのでおすすめだ。予め持ってきていた下着やズボンを履き、最後に上着に手を通したときに違和感を感じた。

 

「ああ、そうか——」

 

 首元、僅かに肌色のずれ(・・)が見えた。

 

「もういらないか」

 

 そして、そのままずれに指をかけて上に持っていく。

 剥がれていくそれはまさしく——マスク。

 目元まで来ると両手で一気に抜きとった。

 

 

 

 人は彼を、何と表現するだろう……?

 

 

 

 あらゆる生き物すら魅了しそうな切れ長な瞳には赤薔薇が咲き、髪は冬木の街を歩いていた黒から羊毛のような白。肌も日本人の近さから離れ、雪のような感触がある。

 人外の容姿からは冷たさと、すべてに慈悲と慈愛を持って抱擁せしめる交わらない暖かさを感じる。

 彼を知っている人が見れば、あの神を魅了したのも頷ける(・・・・・・・・・・・・・)と語るだろう。

 

「やれやれ、ニトちゃんはびっくりするかな?」

 

 顎に手を当てる。

 悪戯好きそうな笑みを浮かべて彼はそう言った。

 

 
















本来ならば後書きと行きたいのですがその前に……。



この作品には、なにに繋がるかは置いておき伏線となるものがいくつかあります。

一つ、主人公の正体
二つ、主人公が持つ、幻想生物が暮らす星の内海と現実世界の間にある酷く不安定な世界
三つ、邪竜娘がなぜいるか?
四つ、別世界の亜種聖杯戦争の示唆
五つ、最終話なのにまだ主人公の真名を出さないか

私が意図的に張ったものは以上です。
いくつかはすでに分かった人も多いと思われます。かなり深く答えを出しているものもあるので当然でしょう。しかし、最初のほうの亜種聖杯戦争を知る理由や、邪竜娘等完全にこちらの設定として存在しているものがあります。
なぜ未だ伏線として残っているのか、それは——











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 始まりは、些細な疑問だった。

 

 

 

 

 

「——ねぇ、マシュ。カルデアを表すこのマークはなにか意味があるのかな?」

 

「私も目にするのが当たり前すぎて、気にしたことはありませんでした。ですがなんとなく察することはできます。これは、

 

 ——大洪水とオリーブの葉。

 

 旧約聖書の創世記に記される、『ノアの方舟(・・・・・)』を表しているのでしょう」

 

「ノアって人が神様に選ばれて、舟を貰って生き残ったんだっけ」

 

「少し違います。ノアは神に選別されてから、その造り方を教わったのです。一から舟を造り上げたノアはあらゆる動物の雌雄を一匹ずつ舟に乗せ、大洪水が引くまで暮らしたとされます」

 

「へえー、すごい人なんだね。そんな人がうちに来てくれたら絶対頼りになるよ!」

 

「……どうでしょう。

 聖書はあくまでも人の営みに対する教訓としてあるものです。発端となった聖人ならばともかく、創世記レベルならば実在性は皆無に近いかと」

 

「むむ、残念。神様に選ばれた人とお話してみたかったのに」

 

「ふふ、先輩らしいですね。もし本当に実在していたなら、神様に選ばれるほどの方です。きっと人格者でしょう」

 

「だよね……あ、でも神様かぁ。うちにも何人かいるけど、頼りになっても個性的な人が多いから……」

 

「期待は……怪しいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しい特異点が見つかった?」

 

 人理焼却を阻止してから少し、中央室で指揮を取っていたダヴィンチの耳にそんな言葉が入った。

 職員によると詳細は不明だが、次元に揺らぎが見られる。今はまだ大きくないが、その波紋が少しずつ拡大しており正史世界に影響を及ぼす可能性がある。

 

「データを回してくれ、私が確認する」

 

 すぐに端末に送られて来たデータを開く。最先端技術によって空間に投影されるとノイズのように散る線図が確かにあった。

 

「場所は判明しているのかい?」

 

 それが——、と職員は言い渋る。

 やがて職員は困惑気味に話し出し、ダヴィンチは目を開いた。

 

「——地球上に、ない。だと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——特異点の発生と思われる揺らぎを発見した」

 

 マスターである藤丸立香を含め、カルデア職員、現界しているサーヴァントすべてが『疑似地球環境モデル・カルデアス』の下に集められた。中央室にいた職員はともかく、その他の作業員たちは再び特異点という言葉を聞いて騒めいた。それもそのはずで、ここにいる者たちはすべて人理焼却に繋がる七つの特異点を勝ち抜いて来た生き残り。

 特異点という言葉に良いイメージはない。

 

「驚くのもわかる。だが、私たちがここにいるのは人類の存続を確かなものにするためだ。ならば一つの揺らぎも見逃してはならない。君たちが今もなおここにいる理由を、勇気を、私は忘れていない」

 

 たとえ世界が知らなくとも、人類を救った功績はここにある。

 

「前回の人理修復の旅は逃げられないものだった。しかし、今回は別だ。人類は存続している、逃げてもらってかまわない。逃げても良い。逃避ではなく防衛はするべきだ。誰かが責めるならば、私が糾弾しよう。

 去る者はいるかい?……ふむ、いないようだ」

 

 集まった全員が見えるようにモニターを映す。

 

「特異点と称したが、その場所が厳密に特異点なのかはわからない。なぜならそこは本来存在していない、してはいけない場所だからだ」

 

「存在してはいけない場所?」

 

「神秘も薄れ、魔術が否定される現代よりも遥か以前。人が当たり前のように魔術を使い生活に役に立てている時代があった」

 

「いわゆる古代。そしてヘラクレスさんやメディアさんたちが生きていた神代と呼ばれる時代ですね?」

 

「マシュの言う通りだ。しかし、その時代はなにも魔術師だけが当たり前にいたわけじゃない。そこには魔術師と同様、魔力や神秘的な力を内包した生物——幻想種がいた」

 

 近世から架空として語られるようになったドラゴンや妖精。他には巨人族なども当てはまるだろう。

 

「幻想種は魔術協会の地下霊墓などを除いて滅多に姿の見られるものではない。神秘が否定され、魔力が薄くなっていく世界に幻想種がとった行動は地上から姿を消すことだった」

 

「地上から?宇宙に行ったってこと?」

 

「——逆だよ。

 彼らはね——星の内部(・・・・)に潜ったんだ。物理的な地下という意味じゃないよ。私たちが生きている世界に対し、一つ世界を隔てて存在する影のような場所——星の内海。

 地球という星で、今もなお神代の生態系が続く場所だ」

 

 

 

「故に、今回は特異点ではなく別称を用いて表すことにする。

 

 ——特質点、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——この世界に外からの客人とは珍しい。なにをしに来たんだい?

 

 人理を救った少女は彼に出会った。

 幻想種に溢れる世界を自由に闊歩する彼は一体何者なのだろうか。

 

 

 

 ——マスター(同盟者)が拾ってきた落とし子ですか?…………誰がうさ耳ですか、高貴な天空神の礼装ですよ!

 

 少女は見覚えがあった。

 彼女はかつての旅を助けてくれた心優しきファラオ。彼女はなにも知らないが、少女はただ「ありがとう」と言った。

 

 

 

 ——うわ、なんであんたがいるのよ!

 

 覚えていたのか、と少女は抱きついた。

 最後に会ったのは決戦のとき。場所はどうであれ、幸せそうで良かったと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曖昧なままに在る不確かな世界。

 肯定も否定もなく、星にすら認識されず、人類が介入できない郷里への関門。時に理想郷の代名詞とされたその地を、

 

 

 ——アルカディア(・・・・・・)

 

 

 と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特質点??? : 翡翠色のバベル

 ——AD.2019 星海巡遊楽園 アルカディア——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいも変わらず神は性質が悪い。

 

 ——くれるのは救済ではなく、いつだって試練だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














くくく、愚かなりうさ耳め。
君の聖杯戦争はあくまでも序章、すべてこの物語への導入に過ぎなかったのだ……ということで、物語の進行になにか抜けている感じがあったり、若干流すような雰囲気があったのは大変申し訳ありません。自身の拙さと、能力の限界を恥じるばかりです。

オリジナル展開があまり好きではない、という方は比較的ステイナイトに沿った拙作にお付き合いいただき本当にありがとうございます。UA(読者数)を見るたびに執筆意欲をいただいて大変励みになりました。よろしければ、もう少し続く彼らの物語をお読みいただけると幸いです。

改めまして、『うさ耳ファラお尻と行く聖杯戦争。』をお読みいただきありがとうございます。
ニトクリスが好き好きでたまらなくてなんかもうお尻とかお胸とか最高なうさ耳ファラオへの愛から始まった作品。ただニトクリスを書きたいがために作った舞台装置が未だ続くと、作者でありながら驚いております。一話も投稿していないにもかかわらずですが、続編の土台となる世界がFate/Grand Orderであり、比較的自由度の高い世界なため安心しております。また、主人公の正体を隠し続けるために「ニトクリス視点」という破天荒なことから解放されると考えると嬉しい……ごめんようさ耳。
なにはともあれ『うさ耳ファラお尻と行く聖杯戦争。』はこれにて終了でございます。
続編作『AD.2019 星海巡遊楽園 アルカディア(仮題)』でお会いしましょう。

今までの読者様、これからの読者様すべてに感謝を。

——神の筍




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