Fate/Sprout Knight (戯れ)
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十年前

 

「さぁ、桜よ」

 

 そう言って私の祖父となった人が指し示す先にあるのは、数え切れないほどの蟲、蟲、蟲蟲蟲―――

 床も壁も、天井すら埋め尽くさんとするほどの数の蟲達が蠢いている。

 

「ひっ…!」

 

「怯えている暇などないぞ。お前は既に、間桐の子なのだから」

 

 そう、私はこの間桐の家の子となった。

 なぜ、お父さんとお母さんが自分を手放したのかはわからない。

 確かなのは、私は捨てられたという事と。

 この間桐の家に拾われたという事だけだ。

 

「い、いや…っ!」

 

 あんなものの中に入るのなんて嫌だ。

 あの家に帰りたい。

 お父さんの居る家に。

 お母さんが居る家に。

 ―――いつも私を守ってくれる、姉さんの居る家に帰りたい。

 

「…ふん」

 

 けれど、その願いは届かない。

 後ろに立つ老人は、そっとその手に持つ杖の先を私の背に添えて―――

 

 

 

「待ってよ、お爺様」

 

 

 

「む?」

 

 老人は怪訝な声を上げて振り向いた。

 それを追って私も視線を上げる。

 

 そこには、私の兄となる人の姿があった。

 

「…何故ここにお前が居る?」

 

「それは当然、魔術を学ぶためさ。間桐の長男たる僕が、間桐の魔術を学ぶのは当然だろう?」

 

「………ハァ」

 

 不敵な笑みを浮かべる少年に対して、老人は「面倒なことになった」と言わんばかりに、深い溜息をついた。

 

「間桐の血筋はな、既に落ちぶれてしまっておる。魔術を行使する源たる魔術回路が、既に途切れているのだ。いくら長男たるお前であっても、魔術回路なくして魔術を行使することは…」

 

「つまり、魔術回路があればいいんでしょ?」

 

「何?」

 

 

 

「あるんでしょ?『刻印蟲』」

 

 

 

「…あれはな」

 

「間桐の魔術への適正っていう意味なら、そいつを改めて弄りまわすよりも、元から間桐である僕の方がずっと高い。それに、そいつ性格がてんで魔術師向きじゃないよ。こんなことでぷるぷる震えるような奴が間桐の魔術を継承できるわけがない」

 

 老人からの言葉を強引に遮り、少年は一方的に語り続ける。

 

「むぅ…」

 

 交わされる言葉の意味は、私にはわからない。

 ただ、少年と老人との対話の中で―――

 

 

 

「僕が、桜の代わりになる」

 

 

 

 その言葉だけが、嫌に印象に残っている。

 

「…よかろう。やってみるがいい」

 

「ハハッ!そうこなくっちゃ!」

 

 そして、意気揚々と降りてくる少年。

 すれ違いざま、

 

「兄、さん」

 

「じゃぁ桜、お前は上に戻ってろよ」

 

 ぎこちなく声をかけた私を一目だけ見て、恐れなど何もないとばかりに軽やかな足取りで蟲の蠢くただ中へと歩いていく。

 

 私は、そんな少年に背を向けて、言われた通りに蟲蔵の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか。

 それは、僕が僕自身の名を知ったときに自覚した。

 

 何故起こったのか。

 そんなことはわからなかった。

 

 そして、何をすればいいのか。

 そんなものは決まっている。

 

「待ってよ、お爺様」

 

「む?」

 

 僕は祖父であると聞かされている人物、間桐臓硯―――真の名をマキリ・ゾォルケンという魔術師へと声をかける。

 

「…何故ここにお前が居る?」

 

「それは当然、魔術を学ぶためさ。間桐の長男たる僕が、間桐の魔術を学ぶのは当然だろう?」

 

「………ハァ。間桐の血筋はな、既に落ちぶれてしまっておる。魔術を行使する源たる魔術回路が、既に途切れているのだ。いくら長男たるお前であっても、魔術回路失くして魔術を行使することは…」

 

「つまり、魔術回路があればいいんでしょ?」

 

「何?」

 

 そんなことは、産まれた時から―――否、産まれる前から知っていた。

 間桐家の血筋に、もはや魔術師としての希望がないことも。

 それ故に、遠坂桜が養子として迎え入れ、修練という名の拷問を与えられて間桐の魔術師を生み出すための胎盤として育て上げられるという事も。

 そんな彼女を、『僕』では救えないという事も。

 彼女が救われるのは、今から10年先、衛宮士郎という少年に出会うまでを待たなければならない事も。

 

 そう、『僕』では、間桐桜を救えない。

 間桐桜を救うには、衛宮士郎でなければならない。

 

 故に、僕の手で間桐桜を救う事は考えない。

 

 

 

「あるんでしょ?『刻印蟲』」

 

 

 

 それでも、桜を守ることは出来る。

 

 

 

「…あれはな」

 

 傷つけさせはしない。

 

「間桐の魔術への適正っていう意味なら、そいつを改めて弄りまわすよりも、元から間桐である僕の方がずっと高い。それに、そいつ性格がてんで魔術師向きじゃないよ。こんなことでぷるぷる震えるような奴が間桐の魔術を継承できるわけがない」

 

 必ず守り切って見せる。

 

 

 

「僕が、桜の代わりになる」

 

 たとえ、僕自身が犠牲になるとしても。

 

 

 

「…よかろう。やってみるがいい」

 

「ハハッ!そうこなくっちゃ!」

 

 呆れた様子の臓硯は、どうせ『少し味わえば音を上げる』とでも考えているのだろうが…。

 そんな事にはならない、必ず耐えきって見せる。

 

 臓硯の了承を得て、僕は更に階段を下りる。

 その途中、既に間桐の名を戴いてしまった少女に目を向ける。

 

「兄、さん」

 

 何もわからず、ぽかんとしている妹に声をかける。

 

「じゃぁ桜、お前は上に戻ってろよ」

 

 こんなところには居なくていい。

 温かな場所で、何も知らずに幸福を享受していればいい。

 

 それを奪う全ては、僕が全て消し去ってみせるから。

 

 

 

 

そして、蟲蔵(地獄)への一歩を踏み出した。

 

 

 

痛い、痛い、痛い―――!

自分の中に、自分以外のナニかが入ってくる。

自分の肉体が、自分のものでなくなっていく恐怖。

自分の神経が、蠢く蟲共に取って変わられていく激痛。

あぁ、覚悟はしていた。知っていた。この地獄の事は。

だが、想像と現実のあまりの乖離に心が折れそうに―――

 

 

 

『兄、さん』

 

脳裏をかすめた、本来この苦痛を受ける運命にあった少女の姿が、その心を繋ぎ止めた。

 

―――そうだ、僕が耐えられなければ、この苦痛をあの少女が受け止めることになる。

 

痛みに、恐怖に、歯を食いしばって耐える。

 

―――必ず救うと、誓った。

 

自分が桜を救う。

桜から幸福を奪う一切合切に己が立ち向かう。

 

 

それがきっと、僕がこの世界に『間桐慎二』として生を受けた理由だろうから。

 

 

 

 



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前日①

「桜?」

 

「っ…兄、さん?魔術の、勉強、は…」

 

「今日の分はもう終わったよ。…なんでこんな時間まで起きてるんだよ」

 

「あ…その…怖、くて」

 

「なんだ、怖くて眠れないのか?」

 

「…はぃ」

 

「…全くしょうがない奴だな、お前は」

 

「っ…ご、ごめんなさ…」

 

「ほら、手ぇ握っててやるから」

 

「…ぇ?」

 

「これなら怖くないだろう?」

 

「は、はい…」

 

「まったく、手のかかる妹だよ、お前は…眠るまでお前の部屋で手握っててやるから、さっさと眠りな」

 

「…はい」

 

「………」

 

「………」

 

「兄、さん」

 

「ん?なんだよ」

 

「あり、がとう…」

 

「………ま、兄貴ならこれくらい当然だろ」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「兄さん、朝ですよ」

 

 1月31日。

 この地特有の厳しくはない冬の寒さを感じながら、布団の中で休んでいる兄を起こす。

 昨日も夜遅くまで頑張っていたのだろうか、その眠りは些か深く、ゆすったくらいでは簡単に起きない。

 

「ん…」

 

「………ふぅ」

 

 あ。

 いけないいけない。いつまでも兄さんの寝顔を見て和んでいるわけにはいかない。

 前に一度、それで弓道部の朝練に遅れてしまったこともある。

 

「兄さん、起きてください。早くしないと遅刻しちゃいますよ?」

 

 幾度かしつこく呼びかけている内に、兄さんの瞳が少しずつ開かれていった。

 

「ん…あぁ、桜か。もう朝?」

 

「はい。朝ご飯の用意もできています」

 

「わかった。顔洗ってくる」

 

 あくびをしながら布団から這い出てくるのを確認した私は、朝ごはんを並べるためにキッチンへと戻った。

 

 

 

 

 

 

「兄さん、毎朝こんな早くに登校するのは辛くないですか?」

 

 登校途中。

 ふと気になっていたことを兄さんに問うてみる。

 私は弓道部に所属しており、弓道部では朝練が行われている。

 朝練は強制ではないが、兄さんから『弓道には真面目に打ち込むように』と言われているので、できるだけ参加するようにしている。

 けれど、そのために私はかなり朝早くから登校している。

 そんな私と一緒のタイミングに登校するのは、何の部活動にも所属していない兄さんにとっては無駄でしかないのでは?と思ったのだ。

 

「全く馬鹿だな桜は。僕は僕がやりたいようにやっているだけだよ。僕の心配をするなんてお前には10年早い」

 

「兄さん…」

 

 つまり兄さんは、私と一緒に登校したい、と考えてくれているという事だろうか?

 …そうだったら、嬉しいな。

 

「それに、朝早いくらいで僕が不調になんてなるわけがないだろう?」

 

「うふふ、そうですね。寝起きだからって調子が悪くなるなんてこと、兄さんに限ってある筈がありませんでしたね」

 

「「あははははは」」

 

 ?…今、誰かの姿が頭を過ったような?

 

 

 

 

 

 

「それでは兄さん、行ってきます。それと、行ってらっしゃい」

 

「あぁ。行ってらっしゃい、桜。行ってきます」

 

 学校に着いたところで、兄さんは校舎に、私は弓道場へ向かう。

 一応一年生の希望の星と言われている私は、朝練参加メンバーの中でも、とりわけ早く弓道場へ着いているようにしている。

 妹である私の行動で、兄さんの評価を下げることがあってはならない。

 こういった細かいところで綻びを見せるようなことはないよう、日頃から注意して生活しているのだ。

 加えて言えばクラスメイトや担任の先生を始めとした学校関係者とは好印象を持たれるよう丁寧な接し方を心掛けているし、成績だって、兄さんの助けもあってのことだけれども、トップを維持している。

 …それでも、兄さんに追いつけるとは微塵も思えないけれど。

 

 ともかく、私よりも弓道場に早く着くことがあるのは部長の美綴先輩と顧問の藤村先生くらい。

 その弓道場から話し声が聞こえてくる。最初は美綴先輩と藤村先生が話しているのかと思ったけれど、聞いてみるとそれは違うようだ。

 

「…かと言って、適当な男で妥協するのもね」

「そうね。そんなことしても心から勝った気にはなれないもの。試合に勝って勝負に負けた…ってやつ?」

 

声を聞いた限り、どうやら美綴先輩は遠坂先輩と話をしているらしい。

 

 遠坂凛。

 兄さんと同じこの学校の2年生で、この学校の男子の頂点が兄さんだとしたら、女子の頂点が彼女だ。

 成績優秀スポーツ万能容姿端麗…その上一見して深窓の令嬢めいた穏やかな佇まいもあって、2年生に限らず学校全体に彼女は『高嶺の花』として周知されている。

 そんな彼女が、弓道場で話し込んでいる。美綴先輩の他に誰も居ないからか、随分と砕けた口調で。

 これは美綴先輩共々なかなか隙を見せない二人の先輩の弱みを握るチャンス…もとい、楽しく話し込んでいるのを邪魔するのも悪いし、タイミングを見計らって中に入るとしよう。

 

「あんたに言うこと聞かせられるっていうのは魅力的だけどね」

「あら、奇遇ね。それは私もよ」

 

 うふふふふ…っと笑いあう二人。

 断片的な情報から察するに、二人の先輩方は賭けをしていて、負けた方が相手の言う事を聞く、という約束をしているらしい。

 肝心の賭けの内容は…どちらが先に自分にふさわしい相手と交際するか、といったところだろうか?

 普段から男っ気のない二人ならば、それが賭けの対象となる事は十分にありえそうだ。と、少しばかり失礼な事を考えている内に会話は進む。

 

「てか本当にアンタは気になる相手は居ないの?全く?」

 

「そうねぇ…まぁ、候補として考えているのは居るけれど…」

 

「実は私もなんだよね。…多分、あんたと同じ奴だと思うけど」

 

「そう?じゃぁ、せーので言ってみましょうか」

 

「いいよ。じゃ、せーの…」

 

 

 

「「慎二」」

 

ピシャ!

 

「お二人とも?余りふざけたことを言っているとその心臓(ハート)を射抜いちゃいますよ?物理的に」

 

 さてここから弓と矢を調達して二人に照準を付けるまでにかかる時間は最速で十秒足らずと言ったところだろうか。そうか、兄さんが弓道に打ち込むようにと言ったのはこの時の為だったのか―――

 

「あら、おはよう桜」

 

「おはよう桜。なんだ、聞いてたのか?」

 

「えぇおおよそ、先ほどの会話の内容を察することができるくらいには。それで先輩方…?」

 

「そんなに怖い顔しなくても大丈夫よ、桜。候補に挙げただけで、彼をどうこうできるだなんて、私達は思っていないもの」

 

 …それなら、まぁ。

 確かに、二人ともスペックは高いし、自身に釣り合う相手が中々居らず、消去法的に候補として兄さんを上げるのは理解できる。

 許すかどうかは別として。

 

「ま、そうだよねぇ…スペックは高いしイケメンだしツンケンしてるのは態度だけでなんだかんだ面倒見がいいけど、致命的な弱点があるからなぁ、あいつは」

 

「はい?弱点?完璧超人である兄さんに弱点?そんなものどこにもないと思いますけれど…」

 

「「………」」

 

 微妙な視線が私に向けられる。

 ………何故、私をそんな風にじっと見つめているのでしょうか、先輩方?

 

「さて、そろそろほかの部員も来るでしょ。遠坂」

 

「えぇ、時間つぶしに付き合ってくれてありがとう、綾子。それじゃぁまた。桜もね」

 

「…はい、遠坂先輩(・・)

 

立ち上がって去ろうとする遠坂先輩に対して、殊更に「先輩」を強調して挨拶すると、遠坂先輩の優等生の仮面がピクリと動く。

その微妙な動きも、私が幼い頃、彼女と数年間を共にしたからこそわかる程の微細なものだ。

 

 …私が生まれた家、遠坂。その長女である彼女は、私にとっては血の繋がった姉である。

 私は、幼い頃に遠坂から捨てられて、間桐に拾われた。

 けれど、そんなことを決める権限がただの子供にあるわけもない。もしかしたら姉さん個人は、大切な姉妹と離れ離れになったとその事を今も悲しんでくれているのかもしれない。

 だから、彼女にもう一度『姉さん』と呼びかけることも、もしかしたら許される…のかも、しれない。

 

 

 

 まぁ別に今更姉とか要らないけど。だって兄さんがいるし。

 

 勿論、遠坂先輩個人はとても尊敬している。認めるのは癪だけれども、兄さんと同じレベルの社会的な立ち位置を維持するのには並大抵の努力では足りなかっただろう。それは兄さんと共に過ごしてきた私はよく知っている。

 

 ただそれはそれとして。

 

 ああいう風に『あなたはもう私の姉じゃないんですよ』っていう態度をあからさまに取ったときの、「いや別に。私気にしてないし。無問題だし」という事を主張するかのようにピタッと表情が固まるのが面白くてたまらないのだ。

 遠坂先輩は、ポーカーフェイスという言葉の意味を正しく知らないらしい。

 アレは一切表情を見せないことではなく、表情によって相手に誤情報を与えることこそが肝要なのである。

 たとえほぼ完璧と言える鉄面皮を維持しようとも、それで相手に本心が伝わってしまえば意味はないのだ。

 

 彼女は、私に姉と思ってもらえないことをとても気にしているようだった。

 それが、ほんの少しだけ嬉しくて…とっても愉しくてしょうがない。

 

「じゃ、そろそろ準備始めようか、桜」

 

「はい、美綴先輩。今日もよろしくお願いします」

 

 気分も良くなったところで、弓道に打ち込むとしよう。

 

 兄さんの言いつけ通りに。

 

 

 

 

 

「お疲れ様、桜」

 

「…お疲れ様です、衛宮先輩」

 

 共に校舎に向かうのは、兄さんの友達であり、同じ弓道部の先輩である衛宮先輩だ。

 …けれど、実をいうと私はこの人の事がちょっぴり苦手なのである。

 

 別にこの人自体にこれと言って悪い点があるというわけではない。

 時々頑固だったり、善良な所が行き過ぎてちょっと扱い辛かったり、気が利く癖に女心に疎くて絶妙に頓珍漢な発言をするようなことがあったりはするけれど、基本的に優しくて良い人であることは否定のしようがない。

 その良い人ぶりと言えば、所属する弓道部だけでなく学校全体から便利屋扱いされるレベルであり、その程度は『穂群原のブラウニー』などという渾名を付けられる程である。

 

 兄さんの友達という事もあり、この先輩とは部活の先輩後輩として交友を持つ以前から面識がある。

 一人暮らしをするにはあまりに広い武家屋敷に、学校が終わった後に兄さんと二人で上がり込んで、そのまま日が落ちるまで遊びつくす、なんてことも、中学の頃はよくあった。

 

 悪い人ではない。

 間違いなく悪い人ではない。

 悪い人ではないのだが、兄さんよりも凄い人なのかと言えば、そんなことは全くない。

 

 …なのに、兄さんは。

 

『あいつは凄いよ。僕なんかより、よっぽど』

 

 たった一度だけだけれど。

 いつか辿り着きたいと願う憧れと、絶対に追いつくことはできないだろうという絶望。

 二つの感情がない交ぜになった、まるで私が兄さんを見ているときのような表情で、そんな風に呟いたことがあった。

 …そんな兄さんの姿が、どうしようもなく私は嫌だった。

 

 私にとって、全ての一番は、兄さんなのに。

 

「…えっと、桜?なんでそんなに睨むんだ?」

 

「…なんでもありません。先輩は何も悪くはありませんから」

 

 八つ当たりなのはわかっているけれど、どうしても、態度が刺々しくなってしまう。

 直さなければと思う心と、受け入れたくないという心がせめぎ合っていて。

 

 ―――私は、どうすればいいんですか、兄さん?

 

 

 

 

 

 

「あら」

 

「あ」

 

 校舎の中へと足を踏み入れた所で、私はそいつと出会った。

 

「おはよう、遠坂」

 

「おはよう、慎二」

 

 互いに、表向きは和やかに笑顔と共に挨拶を交わす。

 

 間桐慎二。

 私の同級生であり、眉目秀麗成績優秀スポーツ万能、粒ぞろいなウチの学校の男子の中でも頭一つ抜けた人気を誇り、しかしとある欠点故に絶望的に異性として意識されることがない男である。

また、私と血の繋がった妹である桜、その現在の兄でもある。

 …つまり、あの桜を誑かしてあんな風にしてしまった元凶であり、筋金入りのシスコンということで、それこそがこの男が異性として慕われる事がない最大の理由だ。

 

 私もまた、この男と同じように眉目秀麗成績優秀スポーツ万能で通っている。これは自惚れでも何でもなくただの客観的な事実である。

 その証拠に、私は昔からちょくちょく男子からの告白を受けており…稀に女子から告白を受けることさえある。

 …が、こいつが女子から告白を受けた云々という話は全く聞いたことがない。

 そしてこいつを異性として意識することがないのは、私も同様である。

 

 綾子との賭けについて考えた時に、真っ先に思いついたのはこの男の事だ。

 半端な男と付き合うのは私のプライドが許さない。

 その点、この男は能力は十分に高く、多少高慢ちきな性格もそれに見合うだけの成果を残している以上目をつぶる余地はある。

 

 何よりこの男は、私と同じこの地に住まう魔術師の家系を継ぐものでもある。

 

 正直、付き合うとなれば私の家系について黙っているわけにはいかないだろう。

 いや、勿論選択肢として黙っているというのはありなのだが、交際して関係を深めゆくゆくは『遠坂』を継ぐ子を産むことになるだろう事を考えれば、やはり交際相手には家系の事をいずれは話さなければならないと思う。

 朝綾子に話した通り、この賭けの為だけにその内別れることを前提として交際相手を決めるようなことは、妥協しているようで承服しかねる。

 魔術師は基本秘密主義であり、故に交際相手は魔術師から選ばなければならないのだが、そう考えるとぶっちゃけ現状では候補がコイツしかいないのである。異性で魔術師の知り合いなどコイツ以外に存在しないし。

 …一瞬、兄弟子であるどこぞの神父の姿が頭を過ったが、それこそ御免である。あんなのとそんな関係に成るくらいなら、ゴキブリにでも向けて愛を囁いた方がまだマシだ。

 

 まぁそんなわけで、ほんの少し間ではあるもののこの男をそういう対象として見てみて…

 

「…はぁ」

 

「?…なんだよ遠坂。人の顔見ていきなり溜息なんてついて」

 

「いいえ、人生っていうのは、ままならないものだなぁ…って少し思っただけ。気にしないで」

 

 即座に「ないな」と却下した。

 実の妹へのあの溺愛ぶりを見せつけられてなお異性として意識できるほど、やはり私は寛容ではないらしい。

 

 その代わりにと言っては何だが、私は内心でどうやってこいつをぶちのめしてやろうかと思考を巡らせていた。

 

 無論、そんな事を常日頃から考えるほど、私は暴力的な人間ではない。

 こんな事を考える理由は、近々始まる予定のある儀式に関係している。

 

「もうすぐだな」

 

「えぇ、そうね」

 

 主語のない会話。けれど、その意味は通じている。

 

 聖杯戦争。

 

 周期的にこの冬木の地で開催される、『万能の杯』を降臨させる儀式。

 …が、その内容は儀式という言葉から連想されるような荘厳なものではなく、戦争という言葉が指す通りの魔術師同士による野蛮な争い合いである。

 

 参加者である7人の魔術師は、それぞれが1体の『サーヴァント』を呼び出し、それを用いて戦いあう。

 その果てに最後に生き残った1組が、この地に降りた聖杯を手にして、あらゆる願いを叶える。

それが聖杯戦争だ。

 

 この地に住まう魔術師である『遠坂』、『間桐』、それともう一家を含めて、冬木において私たちは『御三家』と呼ばれており、聖杯戦争への参加の権利を生まれながらに有している。

 聖杯戦争が始まれば、私たちは敵同士。

 故に私が彼を下す手段を考えているのと同様に、彼もまた、私に勝つ手段に思考を巡らせているに違いない。

 

「そうだわ、折角だから何か賭けない?」

 

「賭け?」

 

「えぇ。私は別に聖杯なんていらないし、かと言ってせっかく勝っても賞品の一つもないってのもつまらないでしょう?」

 

「あぁ、それもそうだな。じゃぁこういうのはどうだ?『負けた方は勝った方のいう事を何でも聞く』…っていうのは」

 

「そんなこと言って大丈夫なの?まぁ、私は優しいからあまり酷い事なんてしないけど…だからって、『何でも』なんて約束して」

 

「あぁ、何も問題はないさ。だって勝つのは僕だからね」

 

「あら、大した自信ね、慎二。まさか本気で私に勝つつもりでいるの?」

 

「遠坂、まさか僕に勝てるつもりでいるのかい?」

 

「…うふふ」

 

「…ははは」

 

 最後に笑みを交わしあい、背を向けて歩き出す。

 あぁ、これで聖杯戦争が終わったときの楽しみが一つ増えた。

 あのわからず屋の桜に、昔の姉が今の兄に勝るという事実を突きつける最大の好機である。

 私の発想の許す限り、桜が悔しがるようなとびっきりの罰ゲームを考えておいてやろう。

 

 

 

 

 

 

「士郎様、朝です。起きてください」

 

「…ん、あぁ、ありがとう、舞弥さん」

 

「いえ、それが私の職務ですので。では、朝食の用意をして参ります」

 

 ペコリと一礼して出ていく舞弥さん。

 去年、俺がバイト先でヘマをやらかして以来、この家で手伝いをしてくれている、俺の友人の家に努めている家政婦さんだ。

 以前、一度俺の家を手伝いに来てくれてから、友人の意向によって朝晩にウチの家事を手伝いに来てくれている。

 友人曰く、「お前は一人で放っておくと際限なく働き続けるからな。やりすぎないようにストッパーが必要だろ?」との事だ。

 …反論したいところだったが、実際にバイトで働き過ぎたことが原因で怪我をして、その尻拭いをしてくれたアイツには、随分と迷惑をかけてしまった。

 だが、その上こうして家政婦のうちの一人を寄こしてもらっては、恩が重なるばかりで全く何も返せない、というわけで最初は断ろうとしたのだが…。

 

「で、また何かやらかしてこの僕に手間を掛けさせるわけだ」

 

 ひどく冷たい目であんな風に言われてしまっては、返す言葉もなく。

 極めて不本意ながら友人からの善意を受け取っているわけだ。

 実際、この広い家を一人で管理するのは大変で、舞弥さんの存在はすごく助かっている。

 何よりも…

 

 ―――『誰かが朝起こしてくれる』っていうのは、上手く言えないけど、何だかすごく、温かい。

 

 

 

「おっはよーう舞弥さーん!今日の朝ごはんはー!?」

 

 …かと言って、こうして爆音を起こして家の空気を瞬間沸騰させる存在には、一言モノ申したいところである。

 

「藤ねぇが一言言ったくらいで自分の行動を変えるわけもないけどなぁ…」

 

 さて、さっさと支度を済ませて居間へと向かおう。

 余裕があれば、朝に一品、オレの手で付け加えることもできるかもしれない。

 元々オレは、食べさせてもらうよりも食べて貰う方が好きな性質なのだ。

 世話になっている舞弥さんのあの鉄面皮を崩してしまえるような、あっと驚く逸品を今日こそは作って見せようじゃないか。

 …結局、今までは一度もその目標は達成できていないんだけれども。

 

 

 

 

 

 

「士郎様、藤村様、唐突で申し訳ないのですが、暫く私はこちらに来ることができません」

 

 朝食を食べ終えた後、みんなでお茶を飲んで一服している所に、舞弥さんからそんな風に話が切り出された。

 

 ちなみに、食卓はオレと藤ねぇ、それと舞弥さんの3人で囲っている。

 最初は、舞弥さんは「一家政婦がそのようなことをするわけには参りません」なんて言って断っていたけれど、生粋の庶民であるオレはそんな風に誰かを侍らすようなことに落ち着かず、どうしてもと頼み込んでこうして皆で卓に着くようにしてもらったのだ。

 閑話休題。

 

「え?舞弥さん来れないの?どうして?」

 

「実は、間桐の家の方が暫く忙しくなるとの事で、そちらに専念することになるのです。長くても、2週間ほどの期間となると思うのですが…申し訳ありません」

 

「そんな、舞弥さんが謝る事なんてないさ。そもそも、慎二の好意で来てもらってるわけだし、慎二が帰って来いって言ってるなら、仕方ない」

 

「うぅ…舞弥さんが間桐のお家から持ってきてくれる高級食材が…」

 

「…藤ねぇ、高級食材が食べたいなら自分で買ってきてくれてもいいんだぞ?レシピなら一応、オレだって教えてもらってるから」

 

「うぅぅぅぅ…士郎の意地悪っ!そんなことできないってわかってるくせに!ていうか士郎が買ってきてよそんなこと言うなら!」

 

「ウチにそんな余裕はない。わかったら我慢しろ、藤ねぇ」

 

「…食材がご所望でしたら、慎二様に言って下さればそれくらい都合がつくと思いますが」

 

「え、ホント!?」

 

「藤ねぇ…学校でその慎二と毎日顔を合わせるってこと忘れてないだろうな?教師としてちゃんと接してやれるのかよ、そんなことで…」

 

 いや、既に大分微妙だけれども。

 もし舞弥さんがこの惨状を慎二に報告していたら、間違いなく学校内でも藤ねぇは慎二に頭が上がらないだろう。

 

「や、やぁねぇ~流石に冗談よ~」

 

「どうだか…」

 

 ともかく、そう言う事なら仕方がない。

 舞弥さんが戻ってきたとき、「やはり私がいないとだめですね」なんて思われないように、暫く気合を入れて家事に努めるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ慎二君、ここ教えてくれない?」

 

「ちょっと!私が先に頼んでたのよ!」

 

「わりぃ慎二!3限の課題教えてくれ!」

 

「全くしょうがないなぁお前らは。どいつもこいつも、僕が居ないと何にも出来ないんだから」

 

 部活を終えて教室へと足を踏み入れたオレを迎え入れたのは、もはや名物とすらなっている慎二への質問攻めの光景だった。

 男子の最優秀成績者の慎二は、よく勉学について質問を受けている。

 しかも口こそ悪いが、質問者が完全に理解できるまできっちり面倒を見るのだ。

 オレも何度か世話になったことがあるが、理解できるまで何度も言葉を変え図解しつつ時にはジェスチャーまで交えてしっかり教えてくれる。

 担任である藤ねぇに聞いたところ、慎二のいるクラスは全体の平均点が向上するため、教師の間でアイツの存在はひどく重宝されているらしい。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

 チャイムと共に慎二に集っていた生徒たちは自らの席へと戻り、各々朝のHRに備え始める。

 それを尻目に慎二も自分の席である俺の隣に座り、「ふぅ」と一息ついていた。

 

「おつかれ、慎二」

 

「あぁ、おはよう衛宮」

 

「相変わらず大変だな」

 

 慎二とは、中学時代からの付き合いだ。

 慎二の完璧っぷりはその当時からずっと続いているもので、その時からクラスメイトの勉強を見たり、悩み相談染みた真似まで行っていた。

 

「はん、僕みたいな天才には、天才なりの責任ってのがある。その辺の有象無象を正しく導いてやるのも、そのうちの一つってだけ。いわゆる、ノブレス・オブリージュって奴さ」

 

「全く、すごい奴だよ、お前は」

 

「当然だろ。なんせ僕だぜ?」

 

 …この高慢ちきな性格も相変わらずだなぁ。

 オレはもう付き合いも長いからこれが一つの味ってことでむしろ面白いくらいに感じているけれど、こういう性格を嫌がる人もそれなりに居るだろうに。

 それでもあれだけ人が寄ってくるのは、慎二の人徳の為せる業かな。

 

 ………ダダダダダダダダダッッッ!!!

 

「みんなー!おはよー!よぉしギリギリセうわらばぬわあああああああああ!!!」

 

 担任である藤ねぇ…藤村先生が、いつも通りに美しい軌跡を描きつつけたたましい音をたてながらダイナミックな入室を果たした。

 

 今日もまた、いつもの日常が、始まる。

 

 



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前日②

「………」

 

「桜、それ今日のテスト?」

 

「ぁ…はい」

 

「ふーん…ん、満点?」

 

「えと、そう、なんです…」

 

「なんだ!やるじゃないか桜!」

 

「そ、そんな…た、たまたまです」

 

「たまたまで満点は取れないよ。よくやった…流石、僕の妹だ」

 

「っ…は、はい。ありがとう、ございますっ」

 

「そうだ!折角だから今晩の食事は豪勢にしよう!ねぇお爺様!今日寿司取っていい?特上で!」

 

「…えへへっ」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――痛い

―――痛い、痛い、痛い!

―――こんな苦しいのは嫌だ!

―――誰か、誰か助けてくれ!

 

「…慎二、どうした?まだ、終わってはおらぬぞ」

 

―――まだ、終わらないのか?

―――この地獄は、一体いつまで続くんだ?

 

「諦めるか?」

 

―――諦めるか、だって?

―――勿論、許されるのは、今すぐにでも…

 

「ならば仕方ない。もう戻るがいい」

 

―――あぁ、やったぞ!これで、僕は解放される…

 

 

 

 

 

「代わりに、桜を呼んでくるか」

 

 

 

 

 

「…冗談、でしょ。お爺様」

 

 拳を握り、歯を食いしばり、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「何も問題はないよ。さぁ、早く続けよう」

 

「…呵々、よかろう」

 

 蟲蔵の奥から、悍ましい数の蟲が湧き出してくる。

 視界一杯を埋め尽くすほどの数の蟲が、真っすぐ僕に向かってくる。

 

 恐いかだって?そりゃ恐いさ。

 逃げたいかだって?逃げられるなら逃げたいさ。

 諦めたいかだって?本音を言えば、今すぐ諦めて布団をかぶって大人しく寝たいね。

 

 けど、それはできないんだ。

 

 僕にはできないんだよ。

 

『兄さん?』

 

 

 

 だって僕は、桜の兄なんだから。

 

 

 

『兄さん、朝ですよ』

 

 

 

 

 

「兄さん、起きてください。早くしないと遅刻しちゃいますよ?」

 

「ん…あぁ、桜か。もう朝?」

 

「はい。朝ご飯の用意もできています」

 

「わかった。顔洗ってくる」

 

 僕が起きたのを確認して、とことこと部屋を出ていく桜を見送る。

 

「…チッ」

 

 耐え切れずに、舌打ちを一つ打ってしまう。

 修練の翌日の朝は、やはり目覚めが良くない。

 

「桜が居なければ、の話だけどな」

 

 桜の元気な姿を見れば、それだけで自分の中のすべての負の感情が流れ出してく。

 

 ―――あぁ、僕が生まれた意味は確かにあった。

 

そのことを、確信できるから。

 

 

 

「準備は良いか?慎二」

 

「…お爺様」

 

 どこからともなく現れた老人を、僕は苛立ちを隠すことなく刺々しい態度で迎える。

 

「まさか、お前がこうして聖杯戦争に参加するときが来るとはの。

 それより先に音を上げるか…そうでなくとも、本来の周期であればお前が参加できる筈はなかったのじゃが…」

 

 その視線は、僕の右手の甲に刻まれた赤い紋様、『令呪』へと注がれている。

 偽装用の蟲を張り付けて令呪を隠しながら、僕は立ち上がった。

 

「だから言ったろ?僕がアンタに聖杯をくれてやる…ってさ」

 

「ふむ。…期待しておるぞ、慎二」

 

 人を不快にさせるにやけ面を浮かべた老人は、そのまま部屋にできた影に溶け込むようにして姿を消した。

 

「…まったく、朝から最悪な気分だよ」

 

 さぁ、早く準備を済ませて、桜の元へ行こう。

 

 

 

 恐らくは最後となるであろう、掛け替えのない日常を味わうために。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、遠坂」

 

「おはよう、慎二」

 

 目の前にいるのは、遠坂凛。

 才能に恵まれ、血に恵まれ、環境に恵まれた、恐らくは僕の知る中で最も恵まれた、選ばれた人間。

 

 ―――僕とは違って。

 

「もうすぐだな」

 

「えぇ、そうね」

 

 互いの脳裏にあるのは、この冬木のおいて行われる大儀式。

 

聖杯戦争。

 

 僕の産まれてきた意味が決定する、最後の時が近づいている。

 

「そうだわ、折角だから何か賭けない?」

 

「賭け?」

 

「えぇ。私は別に聖杯なんていらないし、かと言ってせっかく勝っても賞品の一つもないってのもつまらないでしょう?」

 

「あぁ、それもそうだな。じゃぁこういうのはどうだ?『負けた方は勝った方のいう事を何でも聞く』…っていうのは」

 

「そんなこと言って大丈夫なの?まぁ、私は優しいからあまり酷い事なんてしないけど…だからって、『何でも』なんて約束して」

 

「あぁ、何も問題はないさ。だって勝つのは僕だからね」

 

「あら、大した自信ね、慎二。まさか本気で私に勝つつもりでいるの?」

 

「遠坂、まさか僕に勝てるつもりでいるのかい?」

 

「…うふふ」

 

「…ははは」

 

 もし、『遠坂凛』と『間桐慎二』が同じ条件で勝負をするとして、その結果はどうなるだろうか?

 考えるまでもない。『間桐慎二』の敗北で決着するに決まっている。

 それは当然だろう。『遠坂凛』に『間桐慎二』が勝るところなど一つもない。

 ありとあらゆる全ての才において『遠坂凛』は『間桐慎二』を凌駕している。

 その上『遠坂凛』は、才に胡坐をかいて研鑽を怠るような怠惰な人間でもない。

 全力疾走する兎である『遠坂凛』に、所詮は亀である『間桐慎二』が何をしたところで勝てる道理などないだろう。

 

 だが、この戦いだけは別だ。

 

 確かに、ただの『間桐慎二』には無理だろう。

 

 だがこの『僕』は、この戦いにおける3つの結末と、それらに至る過程を全て知っている。

 

 どれほど走る速度に差があろうと、ゴールを目の前にした()のアドバンテージは圧倒的だ。

 

 だから、遠坂からの提案は渡りに船だった。

 

 あの合理的な割に思いの他律儀な少女は、きっと約束を守ってくれるだろう。

 

 

 

 ―――()を守る役目を、(遠坂)になら、任せられる。

 

 

 

 

 

 

「おつかれ、慎二」

 

「あぁ、おはよう衛宮」

 

 挨拶を交わすのは、一人の少年。

 世界に、悲劇の中心にある事を望まれ。

 いずれ、世界の守護者として選ばれることになる。

 

 ―――運命と出会う事を、定められた少年。

 

「相変わらず大変だな」

 

「はん、僕みたいな天才には、天才なりの責任ってのがある。その辺の有象無象を正しく導いてやるのも、そのうちの一つってだけ。いわゆる、ノブレス・オブリージュって奴さ」

 

「全く、すごい奴だよ、お前は」

 

 …すごい奴、ねぇ。

 

 その言葉は、僕よりもむしろお前にこそ贈られるものだろう。

 確かに、今はまだ何もしていないかもしれない。

 だが僕の目の前にいるこの少年は、間違いなく人類史に名を刻むに相応しい偉業を成し遂げるのだろう。

 それを成すに足る才があり。

 そこに至るに足る意思がある。

 

 その事実を前に、凡庸な自分を自覚してしまい、強烈な劣等感がこの身を襲う。

 

 あぁ、僕にはきっと、何も成し遂げられない。

 『間桐慎二』には、何かに至る事ができるような運命を持たない。

 

 ―――それでも。

 

「当然だろ。なんせ僕だぜ?」

 

 それを押し殺して、僕は笑う。

 定められた運命も、決められた道筋も、まとめて笑い飛ばしてみせる。

 それでも、たった一人の妹を守ることくらいはできると、信じていたいから。

 

 

 

 

 

 

「それでですね?遠坂先輩ったらピタッて表情を固めてしまって…私、笑いをこらえるのに必死でした…ふふっ」

 

「へぇー、それは惜しかったな。指摘して弄りまわして指をさして笑い飛ばせたら、さぞ楽しかっただろうに」

 

「あははっ、そうですね。今度は兄さんの居るところでやってみます」

 

「あぁ、是非そうしてくれ、桜」

 

 学校も終わり、夕暮れ時の道を桜と共に歩く。

 不安も恐怖もなく、いつも通りの日常の中にある、楽しい思い出を反芻する。

 

 ―――それでいい。

 ―――桜がずっとそうあってくれるのなら、それだけで僕は満足だ。

 

 ふと衝動に駆られて、桜の頭を撫でる。

 

「兄さん?」

 

「ん…嫌だったか?」

 

「いいえ!私なんかでよければ、存分にどうぞっ!」

 

 そう言って、いっそ押し付ける勢いでずずいっと頭を差し出す桜。

 ならば、と遠慮なく差し出された頭を存分に撫でまわす。

 夕焼けを受けて映える『黒髪』を、傷つけないように、優しく。

 

「…兄さん?」

 

「ん?」

 

「何か、不安なことがあるんですか?」

 

「―――」

 

 不安気な妹の声に、思わず動揺しそうになる。

 それを表に出すわけにはいかない。

 

「何でもないよ。桜が心配するようなことは、なにもないさ」

 

 そう、桜は何も知らなくていい。

 

 ―――大丈夫、桜の事は、必ず僕が守るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の機会だ。存分に味わっておけよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!!」

 

 たった一言。

 しかしそれに凝縮された存在感は、それだけでこちらを圧し潰してしまいそうなほどに濃い。

 脳だけでなく全身が警鐘を鳴らす。今すぐに跪くべきだ、と。

 だがその本能に逆らい、僕はゆっくりと後ろを振り向く。

 振り向いた視線の先。

 

 

 

 

 

 最強の王を示す黄金、その中にある紅玉の瞳と、目が合った気がした。

 

 

 

 

 

 落ち着いてみれば、そんなものはありはしない。

 聖杯戦争を前に昂った気持ちが、あんな幻聴を引き起こしたのかとも思った。

 

 ―――いや、違う。

 

 今までは知識にあるだけだった。

 

 最強の王。

 最古の王。

 英雄の王。

 生まれながらにして王である生粋の王であり。

 死するその時まで常に王であった王の中の王。

 

 ―――その存在は、想像のはるか上をいっていて…

 

 

 

 

 

「兄さん?」

 

「…あぁ、悪い、桜。少し、ぼうっとしてた」

 

 …今更だ。

 

「桜」

 

「はい?」

 

「これから暫く、僕は忙しくするけど、あまり気にするなよ」

 

「え?…はい、兄さんがそう言うなら」

 

「あぁ。長くても2週間くらいだから、安心して待っててくれ」

 

「?…はい、わかりました」

 

 

 

 ―――彼の王が相手だからなんだというのか。

 

 ―――生まれた時から…いや生まれる前、桜を救うと決めたその時から。

 

 

 

 ―――僕は、運命すら敵に回す覚悟を、決めているのだから。

 

 

 

 



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1・2日目

「…」

 

「桜?何してんだよ、カレンダーなんか見て」

 

「あ、その…」

 

「三月の二日…あ!?そういえば今日お前の誕生日か!」

 

「は、はい…」

 

「馬鹿野郎!」

 

「ひっ、ご、ごめんなさい…!?」

 

「そういう事はもっと早く言えよ!あぁもうプレゼントも何も買ってないじゃないか…よし、出かけるぞ桜!」

 

「え、なんで…」

 

「何でも何も、妹の誕生日を祝わない兄なんて醜聞を僕に擦り付ける気か?ほら、とりあえず今日は、お前に一年で最高の一日を送るだけで妥協してやるから、さっさと準備するんだよ、ほら!」

 

「え、あ、はい!す、すぐに準備してきます!」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 近場であった殺人事件の煽りを受けて早期帰宅を命じられてしまった俺を含む弓道部員達。

 しかし、普段使っている弓道場を放置して帰るのもなんだと思い、ふと思い立って掃除に向かった。

 日頃使わせてもらっている礼を込めて、少し綺麗にしておくぐらいはしてもいいだろう―――

 

「なんて思ったのが、間違いだったのかなぁ…」

 

 始めてしまうと熱中してしまい、ついつい掃除を進めること数時間。

 時刻は、日もすっかり沈んでしまい、夕暮れ時をとっくに通り過ぎていた。

 

「まったく、俺って奴は…」

 

 これじゃホントに、慎二に返す言葉がない。

 まったくもってアイツの言う通り、俺のブレーキと言うのは故障していて使い物にならないらしい。

 

 

 

―――――――――…。

 

 

 

「ん?」

 

 ふと、風に乗って甲高い音が聞こえてくる。

 その音が嫌に気になって、音の源へと向かい―――

 

 

 

 そうして俺は、日常から足を踏み外した。

 

 

 

 

 

 

「…やめてよね。なんだって、アンタが」

 

 そこに倒れていたのは、あの間桐兄妹の共通の友人である、衛宮士郎である。

 心臓を穿たれ、明らかに致命傷とわかる傷を負っている。

 今はまだ生命の残滓が残っているようで、完全に死んではいないようだが、それもすぐに吐き出すことになるだろう。

 

 夜の学校。

 もう日もすっかり落ちている上に、今日は件の殺人事件のおかげで…というと少々不謹慎だが、生徒・教師両方が早期に帰宅している。

 

 だから…まだ何も知らない一般人の生徒が残っているだなんて思いもしなかった。

 

 …ただの一般人、巻き込まれたのが悪い。

 そう言って捨て置くのは簡単だ。

 

 …けれど、これは私のミスだ。

 

 人なんていないと思い込んで、ちゃんとした結界も張らずにサーヴァントに戦闘を命じた、私の軽はずみな判断が、こいつを巻き込んだ。

 

『なんだよ遠坂…お前のうっかりで人一人殺しておいて、よくもまぁそんな風に偉そうにしてられるな』

 

『そんな、衛宮先輩が…遠坂先輩最低です。私達の前に二度と顔を出さないでください』

 

 そんな幻聴が聞こえてくる。

 いや、彼や彼女なら容赦なくそんな事を言ってくるだろうけれど、別に彼や彼女にそんな事を言われるのが嫌だというわけではなく。

 今そんな未来が頭を過ったという事は…私自身、自分のせいで人が死ぬという、こんな無様な状況を許せないと、そう思っているという事なんだろう。

 

「…はぁ。仕方がない、か」

 

 申し訳ありません、お父様。私は、とんでもない薄情者です。

 

 

 

 

 

 

 そして俺は。

 

 

 

「問おう、貴方が私のマスターか」

 

 運命と出会い。

 

 

 

「喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」

 

 決意を胸に抱き。

 

 

 

「やっちゃえ、バーサーカー!」

 

 冬の少女との邂逅を果たし。

 

 

 

「決まりね。それじゃ握手しましょ。とりあえず、バーサーカーを倒すまでは味方同士ってことで」

 

 憧憬の少女と、手を組む運びとなった。

 

 

 

 

 

 

「概ね『原作』通り、ってところか」

 

 僕は、その一部始終を覗き見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―十年前―

 

 暗く冷たい土蔵の中で、自らの命脈が尽きるその時を待つ。

 既に切嗣は立ち去っている。

 この戦争に勝ち、自らの理想を叶えるために。

 平和となった世界を、私が見ることは叶わないだろう。

 

だがそれでもいい。

 あの人が救われるのなら。

 あの人の行いが報われるのなら。

 

 ―――それで、いい。

 

 

 

「ふむ、慎二の言った通りであったな」

 

 嫌悪感を引き立てる声に、最後の力を振り絞って顔を上げれば。

 そこには、悍ましい雰囲気を身に纏った老人の姿があった。

 

 一目見ただけでわかる。

 これは、関わってはいけないものだ。

 

「死にかけか。これを生かすのは些か手間がかかりそうだが…かわいい孫の頼みとあっては断れぬな…呵々」

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

「ぬ、目が覚めたようだの」

 

「…お前は」

 

「儂か?儂は間桐臓硯。おぬしの…まぁ、命の恩人じゃの」

 

「間桐…!?」

 

 間桐。

 聖杯戦争の中核をなす御三家の一つ。

 

 切嗣の…敵!

 

 すぐさま、武器となる物と目の前の老人の隙を探す。

 事情は分からないが、なんにしろこの老人の意のままに従っていてはろくでもないことになるに決まっている。

 元々すぐに消え去る筈の命だったのだ、今更惜しむこともない。刺し違えてでも―――

 

「がっ!?」

 

「おぉ、怖い怖い。血気にはやる若造はやはり恐ろしいのぉ」

 

 にたりといやらしい笑みを浮かべる老人だったが、その様子をつぶさに観察する余裕は、今の私にはない。

 自らの中で蠢く正体不明の存在。

 臓器の一部から走る激痛に、思わず身を縮めて耐える。

 

「呵々、流石に用心はしておるよ。おぬしの中には、儂が操る蟲の内の一匹を入れておる。その苦痛を味わいたくなくば、大人しく従う事だ」

 

 抵抗は、不可能。

 今のまま奴の命を狙ったとしても、こちらが殺されて終わるだけ…か。

 

「…いいでしょう。何の用ですか」

 

「あぁ、用があるのは儂ではないのだ。今呼んでくるでな、暫し待っておれ」

 

 そのまま、本当に立ち去ってしまった老人に拍子抜けする。

 手持無沙汰になった私は、自らの状態を確認する。

 

 傷はまだ残っているものの、日常生活には支障はないレベルでは回復している。だが戦闘を行うのは不可能だろう。体全体に血肉が足りていない。あれから、随分と長い事眠っていたようだ。

 …あれから、どうなっただろうか。

 切嗣は、勝利できたのだろうか。その理想を、遂げることができたのだろうか―――。

 

 

 

「あんた、久宇舞弥…で、あってるよな?」

 

「…はい?」

 

 現れたのは、一人の少年だった。

 切嗣の娘であるイリヤスフィールよりかは一回り上だろう、という程度の少年。

 あの老人のように何か歪なものが化けているような雰囲気も感じない。

 魔術師特有の特権意識からくる、自らよりも下位の存在に向けるような無関心な目つきもしていない。

 背格好のわりに随分と大人びた雰囲気ではあるが、この場にいるにはあまりに不釣り合いな…普通の、少年だ。

 

「あなたは…?」

 

「オイオイ、質問してるのはこっちだぜ?先に答えたらどうなんだよ、名無しのお姉さん?」

 

「………」

 

 私は答えない。

 この少年が何者なのかも、あの老人の目的もはっきりしていない今、唯の一つも彼に情報を与えることはできない。

 

「はぁ、面倒くさいなもう…それじゃ一つだけ僕から教えてやるよ」

 

 

 

「衛宮切嗣は聖杯戦争に勝利し、聖杯から世界を守るためにこの地に未曾有の災害を振りまいた」

 

 

 

「―――――は?」

 

 言われた意味が分からない。

 切嗣は勝利した。それはいい。何よりだ。

 だが、聖杯を以てこの地に災害を?

 そんなことを切嗣がするわけがない。

 けれど、世界を守るためならば?

 きっと切嗣ならば、一地方どころが国一つ犠牲にしてでも守り切るだろう。

 切嗣は、そういう判断ができる人だ。出来てしまう人だ。

 けれど、そんな事をしなくて済む世界を、切嗣は望むはずではなかったのか。

 

 頭がまともに働いてくれない。

 思考は空転し、始まりと終わりを繰り返し続ける。

 結論が出ないままに袋小路に差し掛かり―――

 

「アンタが久宇舞弥なら、詳しい経緯を話してやるけれど?」

 

「っ!」

 

 こちらを見つめる一人の少年を見つめ返す。

 何かの罠かもしれない。

 ただの嘘であると断じた方が賢明だ。

 

 …けれど、私は知りたい。

 

「はい。私は、久宇舞弥を名乗っていたものです」

 

 切嗣が、どうなったのかを。

 

 

 

 

 

 

 そして少年から、事の顛末を聞いた。

 

 第四次聖杯戦争は、切嗣の勝利を以て終結した事。

 しかし、肝心の聖杯は第三次聖杯戦争の折に召喚されたサーヴァントのために汚染されており、本来の無色の願望器からはかけ離れた呪いの塊となってしまっている事。

 聖杯に触れてそれを知った切嗣は、セイバーに命じて聖杯を破壊させた事。

 結果的に、器が壊れたことでその呪いが溢れ出し、この冬木の地にて大災害を引き起こした事。

 そして現在、衛宮切嗣はその大災害を奇跡的に生き残った少年と共に、平和な暮らしを送っている事。

 

 気怠そうな態度に反して、少年は私からの質問に丁寧に答えてくれた。

 「信じられない」と言った私に対して、外へ連れ出して色々なものを見せてくれた。

 大災害の爪痕が残る冬木市民会館跡地周辺を始めとした、サーヴァントが消え、日常を取り戻しつつある冬木の地。

 

 そして、その日常の中の一つとして溶け込もうとしている、衛宮切嗣の姿を。

 

 私は、その姿を遠目に見るだけで、切嗣の前に姿を現すことはしなかった。

 私は既に、過去の異物だ。

 あの日常の中に、私が交わる事は、あってはならないだろう。

 ただ、折れてしまっただけなのかもしれない。

 諦めてしまって、膝を折り、立っていられなくなってしまっただけなのかもしれない。

 けれどそれでもいい。

 彼が、どんな形であれ苦痛に満ちた過去から遠ざかる事が出来たのであれば。

 

 ―――衛宮切嗣が戦う必要は、もうないのだ。

 

 

 

 

 

 

「…で、納得はいったかい?」

 

「えぇ、おおよそは。…それで、貴方の目的は何なのですか?」

 

 第四次聖杯戦争は終結した。

 で、あるならば私を態々生かす意味はないはずだ。

 現状を理解することはできたが、この少年の目的だけが分からない。

 

「あぁ…今から大体10年後、第五次聖杯戦争が起こる」

 

「…なんですって?」

 

「それを、唯の一人も犠牲も出さずに終結させて、呪われた聖杯を解体するのが、僕の目的だ」

 

「………は?」

 

「それを手伝ってくれよ、久宇舞弥」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「もっと気ィ抜いたらどうだ?舞弥」

 

「っ…」

 

 声を掛けられて、思わず手を強く握っていたことに気付く。

 

 衛宮士郎。

 

 今は亡き、衛宮切嗣の息子。

 

 あの少年と私には、本来何のつながりもない。

 ここ2年ほどは、監視の名目の元この間桐の家から派遣されて彼の世話をしていたが、所詮はその程度の関係。

 私が、ただの個人にこのような執着を見せるようなことなど、本来ある筈はない。

 

 ―――けれど彼は。

 

 ―――切嗣との幸福な思い出を持つ、数少ない一人だから。

 

 ―――だから私は、彼を守りたい。

 

「…慎二様」

 

「あぁ、別にいいよ素に戻って。面倒くさいし」

 

「…では間桐慎二。どういうつもりですか、あのような危険な目に遭う彼を放置するなど…!一言二言、注意してあげればこんな事には…!」

 

「そういうわけにはいかないんだよ、あいつには役割がある。わかってんだろ?」

 

「っ…ですが」

 

 確かに彼の言う通り。

 あの大災害を生き残るために、自らの中に『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を埋め込まれた彼がサーヴァントの召喚を行えば、間違いなくセイバーのサーヴァントである彼女が召喚されるだろう。そして事実、彼はあの最高の騎士を召喚してみせた。

 

「…こうなることを、アナタは知っていたのですか?」

 

「あぁ。前に言ったろ?『大体全部知っている』…ってさ」

 

 そう、この少年は多くの事を知っている。

 明らかに知る事の出来ないはずの過去も。

 起こりうる未来の可能性でさえも。

 

 だが、その出どころは、私には知らされていない。

 幾度かに渡って聞いては見たものの、帰ってくる答えはいつも同じ…『面倒くさいから話さない』。

 

「安心しろよ、別に僕の目的は変わっちゃいない。…ただ、流石の僕でも成し遂げるのは難しいから、ちょいと危ない橋を渡ってるってだけの事さ」

 

「………わかりました」

 

 どちらにしても、私には選択肢などない。

 私に出された指示は、『間桐邸に戻り、聖杯戦争におけるバックアップを務めよ』。

 自らの中に蟲を入れられた私は、未だ生殺与奪の権限を彼らに握られたままだ。

 もし彼らの裏をかいて何かを成すとしても、その瞬間私の命脈は今度こそ絶たれるだろう。

故に、私が成し遂げる一手は、その一手で致命となる物でなくてはならない。

 

 冷静に。

 機械のように。

 その隙を、私は待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

「ともかくこれで、セイバー、アーチャー、ランサー、そしてバーサーカーを確認できたな」

 

 今夜に起こった一部始終を、僕と舞弥は見届けていた。

 夜の学校にて、アーチャーとそのマスターである遠坂と、ランサーが出会い戦った事。

 それを目撃した衛宮が、神秘の隠匿のために殺害された事。

 殺害された衛宮が、遠坂によって蘇生された事。

 帰宅した衛宮がランサーの襲撃を受け、セイバーを召喚することで辛くもその危機を脱した事。

 セイバーが、勢いそのままに遠坂のアーチャーに深手を負わせた事。

 事情を理解していない衛宮を、遠坂が教会まで案内した事。

 その帰り道、イリヤスフィールと出会い、バーサーカーと戦闘になった事。

 そこでまたも衛宮は致命傷を負い、しかし全て遠き理想郷の効力によって回復した事。

 最終的に、運用できないレベルの深い傷を負ったアーチャーを擁する一級魔術師の遠坂と、マスターとして未熟極まりないが最優のサーヴァントを持つ衛宮が、バーサーカーを倒すまでという条件で同盟を組むことになった事。

 

「途中からは音だけだったから微妙に分かり辛かったが…ま、大体は僕の知っている通りの展開になってくれたな」

 

「…趣味が悪いですね」

 

「僕が趣味で衛宮の私生活なんて覗くわけがないだろ。聖杯戦争が終われば、お前に設置させた盗聴器類はちゃんと撤去するさ」

 

 そう、この一部始終を知ることができたのは、それら科学技術の結晶による成果である。

 衛宮の家に潜り込ませていた舞弥に命じて、あの武家屋敷の各所に秘密裏にそういった器具を設置させていたのである。

 魔術的なものでは、そう言った気配に敏感な衛宮には気付かれる可能性があるし、そうでなくともまず間違いなく遠坂なら気が付く。

 …が、魔術師は逆にこういった神秘を伴わない技術を毛嫌いし苦手とする傾向があり、その例に遠坂もまた漏れない。多分アイツが使えるのは普段使っているコンロや電子レンジの調理器具類くらいだろう。電話よりも高度な電子機器類はまず使えないと考えていい。

 衛宮は純粋な魔術師とは言い難いし、中学の頃は僕が持ち込んだ電子ゲームなんかも一緒に遊んだりしたこともあるから、そこまでひどくはないだろうが…こっそり設置された盗聴器の存在を察するほど詳しくもないしそもそも警戒してすらいないだろう。

 

 まぁ、そう言うわけで衛宮邸内に限れば情報はほぼすべて筒抜けと考えていい。

 そこ以外の場所に関しては、仕方がないので僕と舞弥でそれぞれ使い魔を用意して、遠目からできる限りの情報収集を行っている。

 

「…しかしそれならばやはり、監視機器の類も設置しておくべきだったのでは?」

 

「ダメだ。今回召喚されたアーチャーは、至極真っ当にアーチャーとしての能力を持っている上に、『前回』と違ってサーヴァントとして主に仕えることにあまり抵抗を持っていない。視線の通る類の監視じゃあマスターにその存在が知られる。

 使い魔だったら、それ自体がバレてもまだ他の魔術師の可能性を示唆させられるかもしれないけど…電子機器を使ってくる魔術師となったら100%僕だと遠坂にはバレる。

 そうなったらもう完全に警戒されて、情報を完全に遮断するよう対策されるだろうさ。ついでに言えば、今回召喚されたアーチャーは現代の英霊だから、電子機器の類への理解もそれなりにある。監視がバレたら、そのまま芋づる式に盗聴器の類の存在もバレかねない」

 

「…なるほど。だから監視機器の類は用意させなかったのですね」

 

「そういうこと。…さて、それじゃあとは任せるよ」

 

「どこへ?」

 

「もうそろそろ…僕自身も動かなきゃならないからな」

 

 

 

「サーヴァントを、召喚してくるよ」

 

 

 

 

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には大師シュバインオーグ。

  降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 何か思惑があるのか、それとも単純に期待していないだけなのかはわからないが、臓硯は僕に召喚用の触媒を渡すことはなかった。

 完全な縁召喚となるが、それも仕方がない。

正直に言えば、今回は己のサーヴァントを一切使わずに事態を収束するつもりなので、魔力供給の関係からマスターに自滅を強いることのあるバーサーカーでさえなければ、召喚される英霊は何でもよかった。

このタイミングならバーサーカーは既にアインツベルンが召喚している。少なくとも最悪の可能性はないとみていいだろう。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

  繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 己の内にある魔術回路を励起させる。

 

 間桐慎二に、間桐桜は救えない。

 それは、生まれる前から分かっていたことだ。

 けれど、愛する妹に少しでも幸福な日常を送ってもらうために。

 彼の少年の後を追う。

 彼の少年の歩んだ道筋を辿る。

 

 故に、僕が起動式とする文言は―――

 

 

 

「――――― 追走・開始(トレース・オン)

 

 これは聖杯戦争。

 人類史に名を刻む英雄英傑が一堂に会するという、埒外の奇跡が為す大儀式。

 そしてなにより、彼の王が居るという事実が、僕の不安を掻き立てる。

 

「――――――告げる」

 

 故に、せめて全力を注ぐ。

 

 魔術回路の起動に呼応し、神経に宿る『刻印蟲』たちが活性化を始める。

 

「―――っ…か、は」

 

 全身の神経が熱した鉄にすり替わるような感覚。

 心臓の鼓動は平常値を大きく上回り、己の体の変革を拒絶しようとする。

 

「――――告げ、る」

 

 ―――つまりは、いつも通りという事だ。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 

 苦痛に悲鳴を上げる体を意志一つで抑えつけて、詠唱を続ける。

 

 

 

『兄さん』

 

 

 

 ―――全ては、桜を守るため。

 

 

 

 「誓いを此処に!

  我は、常世総ての善と成る者!

  我は、常世総ての悪を敷く者!」

 

 薄暗い蟲蔵に眩い光が走る。

 

「 汝三大の言霊を纏う七天、

  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 目を開けるのも辛くなるほどに光は強まり、幾何かの時を置いて収束する。

 

 

 

「あなたが私のマスターですか?」

 

 

 

 現れたのは、妖艶な美女。

 淡い紫色の艶やかな髪。

 瞳を完全に覆いつくすように被せられた眼帯。

 

 ライダーのサーヴァント。ゴルゴーン三姉妹が末妹、メドゥーサ。

 

 

 

 

 

 

「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「桜!?」

 

 眠っていた所に飛び込んできたその悲鳴に、思わず飛び起きた。

 すわ襲撃か、こんな早期に動く陣営が居たとは、と身構える僕だったが―――悲鳴の元に目を向ければそこには五体満足で一人立っている桜の姿。

 一先ず桜が無事であることを確認して安堵するが、どうも様子がおかしい。

 桜は口をあんぐりと開け、顔を真っ赤にして僕の方を…正確に言えば、僕のすぐ脇の地点を指さして固まっている。

 何があるかと目を向ければ、そこには何食わぬ顔でベッドに腰かけているサーヴァントの姿が。

 

「………何をしてるんだ、ライダー?」

 

「?…いえ、とくには何も」

 

「…質問を変えよう。何でここにいる、ライダー」

 

「シンジが(召喚時の代償として)とても疲れているようでしたので、(他のマスターからの襲撃に備えて)傍についていました」

 

「ど、どういうことですか兄さんっ!その女性と、とても疲れるようなことをして!あまつさえその後に傍にいてもらうような関係だとでも言うんですか!?」

 

「待て桜、お前は何か酷い勘違いをしている」

 

「分かってはいました…私が、ただの妹としか見られていないという事は。…いずれはふさわしい人を見つけて、私を捨てていってしまうのかもしれないという想像を、していなかったわけではありません。…けれどだからって、こんな突然、何の説明もなく行為にまで及んでしまうなんてっ!」

 

「…ライダー」

 

「はい」

 

「霊体化してくれ」

 

「わかりました」

 

 僕の指示に従って姿を消すライダー。

 …素直に指示に従ってくれるサーヴァントで、本当によかった。

 

「こうなったら私もせめて兄さんの子供だけでも…ってあれ?今の女性は…」

 

「おはよう、桜」

 

「あ、おはようございます、兄さん。…あの、今の女性は…」

 

「女性?『何のことだ?』」

 

 魔力を込めて、桜に向けてライダーの事を忘れるよう暗示をかける。

 本来ならばこれくらいの暗示、多少の心得があればあっさりと弾けるものだが、知識も経験も魔術に関する一切を与えられていない桜には、普通の一般人とそう変わらないレベルであっさりとコレが通る。

 

「……ぁ、れ?」

 

「そんなことより、朝ごはんを用意してくれないか?」

 

「…あ!すいません、今すぐ…」

 

「あぁ、急ぐ必要はないさ。今日はちょっと僕、学校をサボるから」

 

「え?」

 

「昨日言っただろう?『少し忙しくする』…ってさ。僕は用事を済ませてくるから、学校には行けない」

 

「…はい、わかりました。じゃぁ朝ごはんは、兄さんが頑張れるよう、腕によりをかけて作りますね」

 

「あぁ、頼むよ。けど桜も、弓道部の朝練に遅れないようにな」

 

「はい」

 

 トタトタと歩き去る桜を見送った所で、扉を閉めて朝の支度を始める。

 

『…ライダー』

 

『はい』

 

 霊体化したライダーと、念話によって会話を行う。

 

『見ての通りだ。妹は、魔術についてほとんど何も知らない。当然、今回の聖杯戦争についても同様だ。存在を悟られないよう気を付けろ』

 

『申し訳ありません』

 

 

 

 

 

 

 昼間の内にゆっくりと休んで、夜間の内に柳洞寺へと向かう。

 日中のほぼすべてを休息に費やしたおかげで、体調も魔力もおよそ万全。

 ライダーを伴った僕は、薄暗く、神秘的な雰囲気を纏った山門を上る。

 

 今から行うのは戦闘ではない。

 が、この交渉の結果が、今回の聖杯戦争を決すると言っても過言ではない。

 失敗は許されない、覚悟を決めて今回のキャスターと対峙しなければ―――

 

「………?」

 

 半ばまで登ったところで、違和感に気付く。

 見上げてみても、山門を守護しているはずの、アサシンの姿がない。

 

「ライダー、サーヴァントの気配は?」

 

「…いえ、ありません」

 

「………」

 

 嫌な予感がする。

 先ほどまでとは別種の緊張感に急かされるように、山門を上り切る。

 そこで僕が見たのは―――

 

 

 

 無惨に殺されたキャスターとアサシンの姿だった。

 

 

 

「なっ………!」

 

 戦術爆撃にでもあったかと思うような惨状を晒す参道。

 その中で、致命傷一歩手前のまま放置されている、キャスターとアサシン。

 

「ここで、既に戦闘が…?」

 

「………」

 

「シンジ、これをやった英霊に心当たりが?」

 

「……………」

 

「シンジ?」

 

 何故だ、何故あの王が動いた?

 軽々に王が動くことなどある筈がない。

 狙いは何だ?目的は?

 一体どうして…?

 

「シンジ!」

 

「っ…あぁ、ライダー」

 

「一体どうしたのですか?突然呆けて…」

 

「………ともかく、一度離れろ、ライダー」

 

「はい?」

 

「あと、『喰い終わった』後に僕が倒れたら、家に運んでおいてくれ」

 

 ずるり、と。

 足元から、黒い『ナニカ』が這いずり出る。

 

「ッ!」

 

 その存在がサーヴァントの天敵であることを感じ取ったのだろう、ライダーは即座に僕から離れる。

 

「喰らえ」

 

 僕の意思に従って、黒い『ナニカ』は消えかけているキャスターとアサシンの骸へと近寄り、そして呑み込んだ。

 後には何も残らない。

 参道に残る破壊痕はそのままだが、この場に残っていた血肉…サーヴァントを構成していたものは全て消え去った。

 いや…僕の中に、取り込まれた。

 

「シンジ…今のは…?」

 

「っ…」

 

 そこまでが、僕が意識を保っていられた限界だった。

 

 

 

 

 

 

 




わかめ(あーよかった。DEADかBADになったらどうしようかと思った…)
余裕綽々なように見えて実は本当に危ない橋だった模様。


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3日目

「…兄、さん」

 

「どうしたんだ、桜?」

 

「…私が、兄さんと仲良くしているのは、おかしいのでしょうか」

 

「なんだよ、藪から棒に」

 

「クラスの子が言っていたんです。兄妹でそんな風に仲良くしてるのは、おかしい、って」

 

「なんで?」

 

「え?なんで…って、法律、とか…一般常識、とか…色々、あるじゃないですか」

 

「全く…馬鹿だなぁ桜は」

 

「あう」

 

「桜は、僕の事が嫌いなのか?」

 

「そ、そんなことありません!」

 

「だろ?ならそれが全てさ。何も気にすることなんてない」

 

「でも、それじゃ兄さんに迷惑が…」

 

「だから馬鹿だっていうんだよ、お前は」

 

「あう」

 

「妹の面倒を見るのが兄である僕の義務なんだよ。お前が僕の心配をするのは十年早い」

 

「兄さん…」

 

「いいか桜。お前は、僕に面倒を掛けたっていいんだ。ダメだったらダメだってきちんと叱り飛ばしてやる、だからお前はお前のしたいように、自由にしてればいいんだよ」

 

「………はいっ、兄さん!」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 夢、のようなものを、見ている。

 きちんとした肉体を持たない私達サーヴァントは、本来夢を見ない。

 

 しかしこうして、眠るのに近いレベルで自らの活動を抑制していた時に、まどろむ意識の中で見える光景がある。

 これは、パスで繋がったマスターの記憶。

 

 私のマスター。

 どこか、私を討伐したペルセウスを思い出す自信家な少年。

 しかしその実色々と考えをめぐらす策士でもある。

 何やら聖杯戦争にまつわるアレコレを、通常以上のレベルで知っているらしい。

 それを私に伝え聞かせるようなことはしてはくれないが。

 

 …正直、彼のような少年は好きにはなれない。

 

『見ての通り僕は何不自由なく順風満帆な生を謳歌してきたからね。野蛮な命の取り合いに真剣になるような理由なんてないのさ』

 

 聖杯にかける願いを問うた私に対して、あの少年はそんな返答を返してきた。

そんな彼と、私のような怪物が、気が合う筈も無い。

 触媒を用いた召喚ではなかったようだが―――触媒があったとして、敢えて怪物(メドゥーサ)を呼ぶようなことなどまずないとは思うが―――、何故彼によって私が召喚されたのか、全く予想がつかない。

 彼の記憶を見ても大したものが見れるとも思えないが…私と彼をつなぐ『縁』のようなものを見れるかもしれない。

 

 その程度の気持ちで、私は彼の記憶の中に没入して―――

 

―――え?

 

 

 

 視界を埋め尽くすほどに蠢く、蟲の姿を見た。

 

 

 

『あああああああああああああああああああああああああああ!!!』

 

 悲鳴を上げているのは、恐らくは幼少期であろう、あのマスターをそのまま幼くしたような少年。

 その少年は、全身から蟲に集られ、血肉を食い破られ…そこから侵入した虫が、彼の体内で蠢くさまが見て取れた。

 

『ふむ…もう終わりかの。まだまだ、今宵の修練の予定はあるのじゃが…』

 

 修練?

 拷問の間違いだろう。

 いくら何でも、こんなものが魔術の修練である筈がない。

 確かに、魔術師にとって人道なぞという物はほんの僅かな神秘を伴わない無用の長物である。

 他者を犠牲にすることに頓着する魔術師など私の時代にだってそうはいなかったし、現代でもそう変わりはしないだろう。

 いざとなれば自らの肉体を改造するような魔術だってあるかもしない…だが、これは。

 

―――あまりに…行き過ぎている。

 

 恐らくは10にも満たないであろう、少年に課すものではない。

 いや、成人した魔術師であろうと、こんな魔術などはよほどのことがない限り願い下げだろう。

 こんなものを味わっておいて…何不自由なく順風満帆な生活?

 そんなことを宣える彼の精神が既に崩壊している可能性に思考を巡らせて―――

 

 

 

「では、仕方がない。おぬしがもう駄目だというのなら…桜を連れてくるか」

 

「ッ…ハッ!」

 

 立ち上がった少年の姿に、それが間違いであると気づかされる。

 

「冗談言うなよ、お爺様…僕は、まだ全然…問題、ないって…」

 

「…呵々。そのようだの」

 

 明らかな虚勢。

 こんな拷問を受けて、なお立ち上がることができるものなど、人類史に名を刻んだ英雄の中でもそうはいないだろう。

 多くの英雄たちを屠ってきた私だからこそ、そう断言できる。

 けれど少年は、確かに立ち上がっている。

 その理由は―――

 

 そこで、場面が切り替わる。

 

 先ほどまでの不気味で暗い蟲蔵とは打って変わって、朝日の差し込む温かな団らんの風景。

 その中に居るのは、少年自身と…

 

『兄さん、どうですか?』

 

『あぁ、良い出来じゃないか、桜。よくやった』

 

『よかったぁ…ふふふ、今回のは自信作だったんです!』

 

 食事を用意したらしい少女と、それを美味しそうに頬張る少年。

 

 その光景を前にして、私は、私が彼の元に召喚された理由に思い至る。

 

 ―――あなたも、家族を守りたいのですね、シンジ。

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 傍らにはまだ眠っているシンジの姿。

 だが、私が目覚めたという事は、彼もまたもうすぐ目を覚ますことだろう。

 

 つい先ほどの事だ。

 突然倒れてしまったシンジをこの自宅まで運び、シンジの部屋へ寝かせた後。

 私の現界のために消費する魔力が負担となっていることを察した私は、少しでも回復が早まればと思い、霊体化した上でその活動を極限まで抑えていた。

 その結果として、彼の過去を覗いてしまったのは良かったのか悪かったのか…。

 

「っ…ぁ?」

 

「目が覚めましたか、シンジ?」

 

「…ライダー」

 

 まだ気怠そうにしているシンジの体を支え起こす。

 

「シンジ」

 

「ん?なんだよ、ライダー」

 

「勝ちましょう、必ず」

 

 一瞬、きょとんとしたシンジだったが、直ぐに小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、「当然だろ」と返してきた。

 

 私は必ず、アナタを勝利させる。

 私と同じ後悔を抱かせたくは、ありませんから。

 

 

 

 

 

 

「シンジ、体は問題ありませんか?」

 

「…あぁ、もう大丈夫だ」

 

「先程の魔術の反動ですか?…なんだか随分と、その…嫌な感じのする魔術でしたが」

 

「…まぁ、そんなところだ」

 

 ライダーからの質問に適当に答えながら、朦朧とする意識を整理する。

 

 元々あったプランは、完全に根本から瓦解した。

 要であるキャスターが既に脱落してしまっている以上、あらかじめ考えていた道筋は完全に途絶えたと考えるべきだろう。

 

 

 

 元々のプランでは、第五次聖杯戦争への参加者、ランサー陣営を除いた全員を味方にする予定だったのだ。

 今回の聖杯戦争での、各陣営での目的だが…

 

 セイバー:聖杯を獲得し、祖国を救済する。 

  マスター:この戦争を、誰も犠牲にせずに終わらせる。

 

 アーチャー:過去の自分自身を消し去る。

  マスター:聖杯戦争に勝利する。

 

 ランサー:強者と戦う。

  マスター:聖杯を誕生させる。

 

 キャスター:聖杯を使用して受肉する。

  マスター:キャスターの願いを叶える。

 

 アサシン:強者と戦う。

  マスター:マスター=キャスターのため割愛。

 

 バーサーカー:思考能力が存在しないため割愛。

  マスター:『衛宮』に対する執着。

 

 改めて整理してみれば一目瞭然。

 本気で聖杯を望んでいるのはセイバー、キャスター、それにランサーのマスターくらいなのである。しかもセイバーについては、『原作』の事を思えば説得で覆すことも可能。

 ランサーのマスターについては、目的と言うか人格そのものが歪んでいるので注意する必要があるのだが…ともかく、こと『聖杯の取り合い』という観点から見れば、始まった時点で既にほぼ決着がついているのである。

 そして、キャスターであれば聖杯を何の問題もなく消費しきることが可能であるため、聖杯の使用はキャスターに任せてしまえば問題ない。

 バーサーカーのマスターやアーチャー辺りの願いは流石に叶えさせてやるわけにはいかないが…ランサーのマスターを除いた『参加者全員で同盟を組む』ことについては、それ程難しいことではない、と考えていた。

 

 細かな問題を調節して、反抗してくるところは先に賛同を得られた陣営からの協力を得て力ずくで納得させて、話し合いで決着させることも可能であり、全陣営の足並みを揃えればランサーのマスター打倒を始めとして大抵のことは何とかなるだろう…だがそれは、楽観に過ぎたようだった。

 

 こんな序盤から『彼の王』が動いてくるのははっきり言って完全に予想外だった。

 

 一応、脱落したのは直接的な戦闘能力の低いキャスターとアサシンである。主戦力となるであろうサーヴァントは軒並み残っており、その残ったサーヴァントをまとめ上げれば…。

 

「…いや、これ以上楽観視はできない」

 

 『彼の王』がそう軽々と動くことはないだろう。

 そんな思考から生まれたのが現状だ。いつ王が動くのかの予想ができない以上、なるたけ不確定要素の少ない手段を取るべきだろう。

 セイバー陣営はともかくとして、味方になってくれるかどうかが怪しいアーチャー陣営、まず味方になってくれないであろうバーサーカー陣営辺りを頼りにするのは危うい。

 

 ならば。

 

「やっぱりそう上手くはいかないか…」

 

「シンジ?」

 

「プラン変更だ。…ライダー、ちょっと付き合ってくれ」

 

「?…はい、かしこまりました」

 

 僕は、ライダーを伴って蟲蔵へと足を進める。

 

 

 

 この戦争を、僕一人で終結させるために。

 

 



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5日目①

「…失敗、しちゃった」

 

「何してんだ?」

 

「あ、兄さん…」

 

「…それは?」

 

「た、卵焼き…です」

 

「真っ黒だな」

 

「ぁう…」

 

「ふぅーん…あむ」

 

「に、兄さん!?そんな、黒焦げなのを…」

 

「…うぇ、苦いな」

 

「っ…ご、ごめんなさい」

 

「僕が食べるものなんだから、もっときちんと作りなよ、桜。…あむ」

 

「あ…全部、食べて…」

 

「なんだよ、僕のために作ったんじゃないのか?」

 

「そ、そうです…けど…失敗、しちゃったから…」

 

「桜が僕のために作ったんだから、僕が全部食べるのが当たり前だろ?」

 

「兄さん…きっと!きっと、次は上手く作りますからっ!」

 

「あぁ、期待してるぜ、桜」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 俺と慎二が初めて会ったのは、中学の時だ。

 切嗣が死んでしまったばかりで、そのショックで多少荒れていた頃。

 

 その日の俺は、ひたすらに陸上の走り高跳びに挑戦していた。

 発端はよく思い出せない。思い出せないという事は、そう大した理由ではなかったんだろう。

 その頃の俺はとても不安定で、とにかく何かに熱中していたかったように思う。

 だから、何をしたかったのかと言えば、それは何でも良くて。

 ただ、何も考えずにがむしゃらになっていただけで、その日はたまたま走り高跳びだった…それだけの話なのだと思う。

 

 学校が終わってから、自分以外の生徒も残っておらずそろそろ日も沈もうかという時まで、俺は飽きもせずにずっと走り高跳びの練習をしていた。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 ―――ただの一度も、成功しないまま。

 

 そんなことをして、一体何になるのか。

 今思い起こせば恥ずかしくなってしまうような、そんな覚えていたくもないような思い出。

 けれど、その日の事は、きっと俺は一生忘れられないだろう。

 

 そろそろ終わりにしようか。

 馬鹿にも程がある当時の俺ですら流石にそんな事を考え始めて、少し休んだ後に使っていた道具をしまおうと腰を落ち着けた時。

 

 俺の隣を走って追い越した少年が、軽々とそのハードルを飛び越えた。

 

 その少年は、飛び終えた体勢から立ち上がって、座り込んでいる俺の方へ向き直ると。

 にやり、と勝ち誇った笑みを浮かべて、そのまま去っていった。

 

 初め、俺は呆気にとられた。

 その後、沸々と湧き上がってきたのは、怒りにも似た感情で。

 

 こうなったら、意地でも飛び越えてやる。

 

 そう思って臨んだ再チャレンジ。

 

 その一発目で、俺はずっと飛び越えられなかったそのハードルを飛び越えた。

 

 考えてみれば当たり前の事だった。

 何も考えず、がむしゃらに、全く同じことを繰り返していれば、そりゃ全く同じ結果しか得られないだろう。

 俺は、何も考えずにただ挑戦しているだけだった。

 何が悪かったのか。どうすれば飛べるのか。そんなことは一切考えずただ、『飛んで失敗する』という工程を繰り返していただけ。

 それで進歩なんて、得られる筈も無かったのだ。

 

 ただほんの少し、『正しい手本』を一度見せつけられただけ。

 たったそれだけで、飛び越せられる程度の差異でしかなかったのに。

 

 念願叶ったというのに、俺の中には達成感なんて欠片もなかった。

 あったのは、底の見えないほどの敗北感だけだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺はそいつの元を訪れた。

 訪れて何をしようというのでもない。

 文句を言える筋合いではないし、かと言って素直に礼を言えるほど俺は人間出来ていない。

 ただそれでも、このまま終わらせるのは、『違う』と感じたのだ。

 だから一先ず会ってみよう、そう思った。

 

 そいつの事は、労せず見つかった。

 なんせそいつは、とびっきりの有名人だったからだ。

 

 成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗の完璧超人。

 努力する者には際限なく手を貸し。

 怠け者にはとことん容赦がない。

 底抜けに優しいが、病的なまでに厳格である。

 

 学校一のカリスマ、間桐慎二。

 

 

 

 朝一番にそいつのクラスを訪れた俺は、クラスメイト…あとから思い返せば、他クラスの人間も混ざっていたように思う…に囲まれて、その全員を叱咤し、導き、窘め、激励している間桐慎二の姿を見た。

 

 そこで俺は間桐慎二の噂に嘘偽り、誇張がないことを思い知って。

 強くなった敗北感を前に打ちひしがれたまま、それでも間桐慎二から目を逸らさずにいた。

 

 そこで、じっと見つめていた俺に気付いた間桐慎二が、立ち上がってこちらへと歩み寄ってきた。

 

「よ、昨日は飛べたのか?」

 

 開口一番、何の遠慮もなくそんなことを聞いてくるあたり、こいつは良い性格をしている、なんてことを思いながら。

 

「…おかげさまでな」

 

 そう、精一杯の意地で返して。

 俺の返事を聞いた間桐慎二は、一瞬だけ驚くような顔を見せた後、デフォルトの傲慢な笑みを浮かべて、「へぇ」と一言呟いた。

 

 以来、何故かあいつは俺の世話をよく焼くようになった。

 放課後になると、いつの間にか一緒の帰路に着いていて。

 勝手に家に上がり込んだと思ったら、自由気ままに寛いで。

 何をしたいんだこいつは、なんて最初は思ったものの。

 人間というのは適応する生物のようで、そんな日常に俺はすっかり慣れてしまった。

 

 俺の行動の、何があいつの琴線に触れたのかは分からない。

 

 ともかく、その時から俺は、慎二とは唯一無二の親友である。

 

 …なんて、胸を張って言えればいいんだが。

 慎二の奴は、一体俺の事をどう思っているのか。

 それについては、今に至るまで相変わらず謎のままである。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 俺が間桐桜と出会ったのは、慎二とつるむようになってから、少ししての事である。

 

「僕の妹の桜だ。…ほら、ちゃんと挨拶しろよ、桜」

 

「は、はい!…ま、間桐桜です!…兄さんの妹ですっ!」

 

 当時の俺が、まともに交流を持っていた異性なんて言うのは藤ねぇくらいのもので。

 そしてそんな藤ねぇと比べるべくもない、俺を前に緊張している少女の姿に俺は戸惑うばかりで。

 慎二の奴は面白そうにニヤニヤしながらこっちを見るだけで。

 

 ともかく、俺が彼女に対して抱いた第一印象は、『大人しそうな少女』という物だった。

 なんで俺に紹介なんてしたのか慎二に問うと、

 

「コイツはちょっと僕に甘え過ぎだからな。ちょっとは他人と交流するってことを覚えさせないと。っつーわけだからよろしく頼むぜ、衛宮」

 

 …何故、俺なのか。

 思春期真っ盛りで男女の差なんてものに過敏になるお年頃である当時の自分にはあまりに酷なタスクであると抗議の声を上げたかったところであったが…というか実際に上げたのだが。

 お前の都合なんて知ったこっちゃないと、それから、慎二がウチに来るときは必ず桜が付いてくるようになった。

 

 それから、また俺の日常が塗り替えられた。

 勉強やら宿題やらに四苦八苦する俺と。

 それを小馬鹿にしながらもなんだかんだ助けの手を止めることはしない慎二。

 そこに大人しいながらもしっかり者の少女である桜が加わって。

 更に本来一番大人であるべき藤ねぇが誰よりも子供っぽく我儘一杯に振舞う。

 

 いつしかそんな光景が、我が衛宮家の日常となった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そして我が衛宮家の日常は、新たな変遷を辿る。

 

 それは俺達が高1となり、中学・高校で桜と別れて過ごす一年間に起きた事件である。

 

 弓道部からの勧誘を受けた俺と慎二は、その体験入部にて、『百発百中』という極めて類稀な功績を残した。

 勧誘は激しさを増し、更に顧問が藤ねぇであるという事も相まって絶対に断れない…正確には、断ったら何をされるかわからない…雰囲気を醸し出す中。

 

 俺は首を縦に振り。

 慎二は首を横に振った。

 

「ハァ?なんでできるのが分かってるのに態々やらなくちゃいけないんだよ」

 

 というのは、断ったときの慎二の言である。

 それでも諦めきれない藤ねぇの勧誘は続いたが…

 

「いいの?もう二度と衛宮の家に高級食材持ってってやらないよ?」

 

 藤ねぇは二度と勧誘の言葉を口にすることはなかった。

 

 ウチで遊んで、そのまま夕ご飯に…なんてことが俺たちの間ではちょくちょくあり、そして時折、慎二が家の金で高級食材を持ってきて、それを桜が調理する、という機会がよくある。

 勿論、そんなときに遠慮なく桜の手で極めて美味しく調理された高級料理を平らげる藤ねぇは、間桐家に完全に胃袋を掴まれていた。

 かくいう俺もなんだかんだあの大食い虎のエサやり(こんな物言いを本人に直接したら折檻間違いなしだが)には一役買っているのだが、余裕があるわけでもない衛宮家の財布事情では、あんな風に遠慮なく高級食材をドン!と提供することはできないのである。

 

 閑話休題。

 

 そんなわけで俺は弓道部へと所属し、慎二はそれからまたいくつかの部活動を見回ったらしいが結局帰宅部。

 

 事件が起こったのは、その後の大会の時だった。

 俺がバイト先でヘマをして、その時の怪我が原因で選手として活躍することが絶望的になったのである。

 

「エースが出られない」と弓道部は慌てて右往左往。

 もうどうしようもない…と誰もが諦めかけたその時。

 

 代役として出張ってきたのが、慎二である。

 

 慎二は見事俺の代役を務めて、我らが弓道部は栄光を手にした。

 …と、それだけならばただでさえ世話になりっぱなしの俺が、更に慎二に頭が上がらなくなるだけで済んだのだが。

 

 怪我で日常生活を送るのに支障を来す俺を慮って、慎二の奴が頼んでも居ないのに使用人の一人を俺の元へ派遣したのだ。

 名を舞弥というその人は、俺に母親が居たらこれぐらいの年齢だろうか、と思うような女性で、元々慎二…つまり間桐家の下で働く使用人だったらしい。

 

「こいつはほっといたら際限なく自分の体を痛めつけるからな。下手に怪我が長引いて僕に余計な手間を掛けさせないように、きちっと見張っておけよ、舞弥?」

 

「かしこまりました」

 

 と、俺の意志を完全に無視して話が進められて。

 それでも実際、誰も見ていなければ怪我に影響のない範囲でトレーニング自体は続けようかなーなんて考えていて、慎二の懸念はまさに的中しており。

 結局、俺は慎二に恩に恩を重ねて雁字搦めになる事を甘んじて受け入れるのだった。

 

 それから、何故か怪我が治ってからも舞弥さんはちょくちょくウチの様子を見に来るようになった。

 何故かと彼女に問えば、「慎二様からのご命令です」と返ってくる。

 どうしてかと慎二に問えば、「何、気に入らないの?」と不機嫌そうに威圧してくる。

 

 正直、慎二にはどうやったら返しきれるのかわからないほどの負債を抱えてしまって、何とも居心地が悪いのだが。

 助かっているかどうかで言えば大助かりである現状、今もなお、使用人の彼女に助けてもらう生活が続いている。

 

 かくして、衛宮家の日常に、また新たなメンバーが加わったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「この結界は…」

 

 聖杯戦争を止めるため、新都を探索していた俺とセイバー。

 発見したのはとある結界を発動させるための魔術の痕跡。

 その内容は、発動した瞬間その範囲内にある生命を喰らいつくす、凶悪な結界。

 放置する事は出来ないと俺はセイバーと共に夜の新都へと繰り出し、街中を探索する。

 その結界を設置した敵を探して―――

 

 

 

「慎、二…?」

 

「なんだ、衛宮じゃないか」

 

 

 

 親友にして恩人である相手の存在を見つけた。

 

 

 

「何してるんだ、慎二…?」

 

「ん?何って…お前もサーヴァントを連れてるならわかってんだろ?」

 

 聖杯戦争、だよ。

 

 そう、何でもない事であるかのように答える慎二。

 それ自体は、遠坂から話に聞いていた。

 間桐家は、この冬木の地に古くからある魔術師の家系であり、この聖杯戦争にも参加すると。

 そして実際、遠坂の言う通り、聖杯戦争が始まった日から、慎二は学校にも出てこなくなって。

 もしかしたら同盟を組むこともできるかもしれない…と思いつつも、そんな事になればまたアイツに頼りきりになってしまうだろうことを想像して二の足を踏んで。

 例え態々俺と同盟など組まずとも、慎二ならばきっとこの戦争を誰の犠牲もなく終わらせるために奔走してくれているだろうと信じて―――なのに。

 

「けど、お前…それは!」

 

 慎二の足元にある魔法陣。

 それは紛れもなく、あの悪質な魔術の魔法陣だった。

 

「あん?なんか文句でもあんのかよ、衛宮」

 

「お前、それが何なのかわかってんのか!慎二!」

 

「僕を馬鹿にしてんのか?そんなわけないだろう」

 

「じゃぁお前、どうしてそんな…」

 

「ハッ!お前も随分甘っちょろいなぁ、衛宮。これは戦争なんだぜ?有象無象の十や百の犠牲くらい、出るのが当たり前だろうが」

 

「なっ…!」

 

 慎二のその言葉に愕然とする。

 今までの日常を共に過ごした慎二の姿と、今の慎二の姿が合致しない。

 何かの間違いであると、そう考えて―――

 

「全く…その程度の覚悟もなく『こっち』に足を踏み入れたのかよ。『魔術師としての僕』は、元々こういう人間だよ。…ただお前には、見せてなかっただけの話さ」

 

「…本当に、お前は、人を殺すつもりなのか」

 

「あぁ」

 

 事も無げに、つまらなさそうな顔でそう即答する慎二。

 

 

 

「ならお前は…俺の敵だ!セイバー!」

 

「えぇ、シロウ」

 

 セイバーと共に、目の前の慎二…いや、敵である魔術師を睨みつける。

 

「いいぜ、それなら相手してやるよ、衛宮。…ライダー、お前の相棒を出せ」

 

「はい、シンジ」

 

 戦闘開始直後。

 ライダーは、慎二の指示を受けて、即座に自らの首に己の武器である釘剣を突き立てた。

 

「なっ!?突然何を…」

 

 驚愕するセイバーを他所に、ライダーの眼前に禍々しい魔法陣が現れる。

 さらにその魔法陣から眩い光が溢れ出し―――

 

「ぐっ…!?」

 

「危ない、シロウ!」

 

 セイバーに突き飛ばされて横転する。

 今さっきまで自分が居た位置を、轟音が走り抜ける。

 振り返れば、そこは真っ黒なアスファルトが砕け散っており、散々たる有様を俺に見せつける。

 

「なっ…!?」

 

 その光景を生み出した存在。

 まばゆい光の源泉に目を向ければ。

 

 

 

 そこには、この世のものとは思えないほど美しい、純白の天馬の姿があった。

 

「馬鹿な、幻獣だと!?」

 

 この世には存在しないはずの、翼持つ天馬―――ペガサス。

 そこに内包する膨大な神秘は、魔術師としては見習いも良いところである俺にさえ感じ取れるほどだ。

 

「僕を止めたいなら追って来いよ、衛宮!」

 

 そのまま、慎二とライダーをのせたペガサスは、すぐ傍にある高層ビルの屋上へと飛び立っていく。

 

「ッ…追うぞ、セイバー!」

 

「シロウ!?あなたまで行く必要は…くっ!」

 

 セイバーを連れて、俺は慎二の後を追った。

 

 

 

 

 



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5日目②

「えーっと、慎二、本当にその態勢でやるのか?」

 

「あん?なんだよ、文句でもあんのか?」

 

「?」

 

「いや、その…」

 

 胡坐をかいて座る慎二と、そんな慎二に乗っかって背中を慎二の胸に預ける桜。

 …座り辛いだろうとか、動きづらいだろうとか、それ以前に何故この兄妹の距離感はここまで近いのだろうか。

 

「ほら、ボーっとしてるとすぐ落ちるぜ?」

 

「え?うわ!?も、もう始まって…ちょ」

 

「はははははははは!!!」

 

「お前その空に上げた後にハメ殺しするのやめろぉ!俺なんにもできないじゃないか!」

 

「そうか?じゃぁ…」

 

「あ、丁度いいところに…えいっ」

 

ドゴォ!

 

「あ…」

 

「いえーい、桜。ナイススマッシュ」

 

「えへへ…」

 

「………はぁ」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

案の定、僕の後を追って屋上へと上がってきた衛宮とセイバーの姿を確認する。

 

「ライダー、やれ」

 

「…!」

 

「シロウ、下がって!」

 

「くっ…!」

 

 セイバーに突き飛ばされて、勢いそのままに転がってライダーの射線上から逃れる衛宮。

 残ったセイバーは、ライダーを迎え撃たんと剣を構えるが―――

 

「ぐっ!?」

 

 ライダーの余りの速さに追随出来ず、無様に受け流す事しかできない。

 ライダーが駆るのは、神代の幻獣、空を舞う天馬ペガサス。

 内包する神秘は膨大。いくら最優のセイバーと言えど、所詮人であるセイバーには、その神秘の塊を捕らえ、斬り伏せるには至らない。

 

「………くっ」

 

 だが、それでも英霊としての力か技術か、それとも意地か。

 襲い来るライダーを幾度も跳ね除け、戦況を拮抗にまで持ち込むセイバー。

 攻めきれないライダーと、反撃に打って出るに至らないセイバー。

 

 どちらが先に崩れるか―――。

 

「まぁ、そんな決着を待つまでもないなぁ…ライダー!」

 

 僕は、にたりといやらしい笑みを浮かべて、ライダーへと指示を出す。

 

「宝具の真名を解放し、あのセイバーに止めをさせ!」

 

「…はい」

 

 僕はそう声高に宣言する。

 ライダーは僕の指示に従い、膨大な魔力を迸らせる。

 渦巻く魔力はやがて一つの形を象り―――

 

 黄金の手綱となって現出する。

 

「それが、貴様の宝具か、ライダー!」

 

「えぇ…この子はとても優しい子でして、こうでもしないと、言う事を聞いてくれないのですよ」

 

 ライダーの意志を受けて、美しき天馬は殺意を植え付けられる。

 眼前にある、最優の騎士を抹殺せんと、嘶きながら天へと昇る。

 

「この子は強すぎる。…ですが、ここでなら、心おきなくその力を振るうことができる」

 

 笑みを浮かべるライダーには、既に勝利の確信があった。

 自らの宝具を用いて行われる、幻獣種による全力の特攻。

 そのような膨大な神秘を用いた絶対的な暴力を受け止められるものなど存在しない。

 

 だが、彼女は忘れていた。

 

 聖杯戦争。

 これこそは、そんな『絶対』を、各々の時代、世界において築き上げてきた、英雄英傑が揃い踏みする埒外の奇跡であることを。

 

 

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)―――――――――ッ!」

 

 

 

 それこそは、天馬に乗ってキマイラ殺しを成し遂げたと言われる英雄ベルレフォンの名を冠する手綱。

 その手綱で以て、全力を解放させられた天馬の突進は、幻想種最大最強と謳われる竜種の力にすら匹敵する。

 人のみでこれに耐えることは出来ず、流星の如く走るその光の本流に飲まれ、誇り高き騎士は跡形もなく消え去る―――

 

 だがそれは、その騎士が尋常なる人間であった場合の話である。

 

 

 

「『心おきなく力を振るうことができる』、か…」

 

 騎士の握る剣からもまた、光の本流が迸る。

 

「同感だ、ライダー」

 

 圧縮空気による光の屈折現象によって隠されていた騎士の剣が、その姿を露わにする。

 その剣は、美しき騎士が持つに相応しい逸品であり、見るものを魅了する輝きに満ちていた。

 それこそは、神秘の時代の終焉を飾った騎士たちの象徴。

 世界の危機すら救う、最強の一振り、星の聖剣―――!

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)――――――――――!!!」

 

 

 

 空を走る流星は、星々をも飲み込む光の本流に飲まれて消えた。

 

「なっ…!」

 

 衛宮士郎は絶句する。

 圧倒的な力を持つ聖剣に。

 そんなものを所有する少女の存在に。

 交わされた、この世の常識から外れた神秘の応酬に。

 

 自らの処理能力を超えた出来事を前に、呆然としていると―――

 

 コト。

 

 という、靴音が響く。

 その音に、衛宮士郎は現実に引き戻される。

 

 ―――そうだ、これで間桐慎二はサーヴァントを失った。

 

 それは即ち、聖杯戦争からの脱落を意味する。

 ならば、今この瞬間であるならば、彼の凶行を止めることができるのではないか。

 そう思い振り向いた先に―――

 

 

 

 光に飲まれて跡形もなく消えた筈の、騎兵の英霊を従えた間桐慎二の姿を目にした。

 

 

 

「な…に…!?」

 

「どうした衛宮。僕のライダーが生きているのが、そんなに信じられないか?」

 

「だ、だって、今目の前で、確かに消えたじゃないか!セイバーの聖剣にやられて…なのに、何で!」

 

「残念だったな。それはお前の勘違いだ」

 

 すっ、と僕は片手を挙げ、その手の甲を衛宮に向けて晒す。

 

 そこには、『一画欠けて二画となった』マスターの証、令呪が刻まれていた。

 

「―――ッ!」

 

 令呪。

 この聖杯戦争に参加するマスターであることの証明にして、サーヴァントに対して行使できる絶対的な命令権。

 マスターに対して三画与えられるこの令呪は、消費することによってサーヴァントに対して命令を行使できる。

 意に反する命令を無理矢理聞かせたり。

 逆に、サーヴァントの行動を助長する形で行使したり。

 

 そうそれこそ―――『相手の宝具を躱せ』と命じれば、サーヴァントは己の限界を超えてその命令を忠実に実行する。

 

「まさか、お前…それを使って…!」

 

「当然だろ。僕がみすみす、サーヴァントを無駄死にさせるような作戦を取るとでも思ったのか?」

 

 そう、僕の狙いは、セイバーの宝具を空振りさせることにあった。

 これによって―――

 

「お前は脱落だ、衛宮」

 

「それは、どういう…」

 

 僕が返答するよりも早く、その答えは出る。

 

 突如、聖剣を振るった態勢で静止していたセイバーが倒れ伏したのだ。

 

「ぐっ…」

 

「セイバー!?…慎二、お前、何をした!?」

 

「僕は何もしてないよ。…そいつが勝手に自滅しただけの話さ」

 

「何だと…!?」

 

 真っ当な魔術師として見れば極めて未熟である衛宮士郎には、サーヴァントへ魔力を供給する術がない。

 そんな状態で宝具を…それもあの聖剣のような超一級品を行使すればどうなるか。

 その答えが現状だ。枯渇した魔力を補いきれず、セイバーは立つことすらままならずに地に伏せる。

 

「じゃぁな衛宮。そのまま家で大人しくしてるなら、お前は殺さないでおいてやるよ」

 

「ま、待て!慎二!」

 

 その様子に満足した僕は、ライダーに命じて帰路へと着いた。

 背後に見える、悔し気に拳を握る衛宮の姿が、凄まじい勢いで離れていく。

 

 これによって、セイバーは使い物にならなくなった。

衛宮は、事実上の脱落状態。

 

 これで、布石は成った。

 

 

 

 

「…申し訳ありませんでした、シンジ」

 

「あん?」

 

「油断しました。まさかセイバーがあれ程の切り札を持っていたとは…おかげで、シンジに令呪を…」

 

「なんだ、そんなことか」

 

 突然謝ってきてなにかと思えば。

 セイバーがかの有名なアーサー王であることも、その宝具が星の聖剣、『約束された勝利の剣』であることも、僕は事前に知っていた。

 で、あるにも関わらず、ライダーにその情報を伝えず、出来る限り『原作』の状態を再現しようとしたのが今回の戦闘だ。

 つまり、概ね僕の思い通りに進んだのだった。

 

「何も問題はない。お前はそのまま、黙って僕の言う事を聞いて居ればいい」

 

「…はい、シンジ」

 

「さ、そろそろ人の居ないところへ降りろ。いつまでも天馬(こんなの)に乗っていたら、神秘の秘匿も何もあったもんじゃない。まぁ、それなりの高度を飛んでいるから、もし見られても普通は鳥か何かに見えるだろうが…」

 

「わかりました」

 

 程なくして、高層ビルの合間を縫うようにして人目を避けながら、地面へと降り立つ。

 

「…今日は随分と派手に戦ったからな。他の陣営に見つかる前に、とっとと帰ろうぜ」

 

 

 

 

 

「そんな釣れないこと言うなよ、坊主」

 

 その声に振り向けば。

 そこに居たのは、長身痩躯の、青いタイツのようなぴっちりとした衣装に身を包み、禍々しい気配を放つ赤い槍を手にした男と。

 その脇に立つ、スーツを身に纏った紫に近い赤色の髪をした凛々し気な女。

 

 ランサー陣営の二人は、各々殺気を漲らせた瞳で以て、こちらを見つめていた。

 

 

 



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幕間の物語 麻婆とワカメ


長くなってしまったので、今回は過去回想オンリー。





 その少年と出会ったのは、私が好む泰山の麻婆豆腐の激辛麻婆を食そうとしていた時の事だ。

 私が泰山へと入店したその直後、後を追うようにその少年は入ってきた。

 

「「激辛麻婆豆腐、1人前」」

 

 注文の声が被ったことに僅かに驚き、その方向を見れば、ウェーブがかった青に近い髪色をした年端も行かない少年の姿があった。

 

 正直に言ってしまえば、この泰山の料理は、真っ当な人間が食すものではない。

 その噂に引かれて数多の人間が怖い物見たさにこの泰山の料理を食してきたが、未だに私以外の真っ当なリピーターには出会ったことがない。

 たまに、その怖いもの見たさの人間がこの泰山の料理を食す様を見ることがあるが、たいていの人間は一口を食べた時点で、耐え切れずに退店するかショックで気絶するかの2択に別れる。

 それもさもありなん。まず見た目からして、明らかにおかしいのだ。

 私が好んで食する麻婆を例にとってみると…毒々しさすら感じるほど赤く染まったタレ。そこにたっぷりと振りかけられた多種多様にして大量の香辛料。そしてそれをしっかりと絡めとる熱々の豆腐と肉そぼろ。

 地獄のようなその辛さを私は好んでいるが、真っ当な味覚を持っているものがこれを食すことなど不可能だろう。

 

「へいお待ち!」

 

 注文も同時なら、運ばれるのも同時。

 そのあまりに赤々とした見た目にごくりと唾をのむ少年を横目に、私は麻婆を掻き込む。

 

「―――ッ!」

 

 ふむ、この喉の奥を焼き焦がすような辛さ。

 脳髄の奥が沸騰するような刺激。

 それらを助長し、煉獄への扉を垣間見るような錯覚を齎すアッツアツの具。

 

 ―――良い。

 

 だらだらと流れる汗にも構わず、ペースを変えずに、じっくりと味わいながらその麻婆を食し続ける。

 

 

 

「…ふぅ」

 

 食しきった後、一息つく。

 そこでふと、隣にいた筈の少年から、激しい物音が聞こえてこなかったことに気付く。

 ショックで気絶したならば、椅子を蹴倒して倒れる音が。耐え切れないと判断したならば脱兎のごとく退店する際の音が聞こえるはずだが。

 そう思いふとその方向を向けば―――

 

「あむ…んぐ、モグモグ…ごくっ…ぷはぁ!ごちそうさま!」

 

 まだそう暑い時期でないにも関わらず、半袖一丁になりながらも麻婆を食しきった少年の姿があった。

 

「…ほう?」

 

 よほど食すのにエネルギーを消費したのか、肩で息をしながら呼吸を整えているものの、その目の前には完全に空になった麻婆の皿がある。

 年若いながら見事にこの試練を乗り切った少年に対して、私は興味深げな視線を向けていた。

 

 すると、そんな私の視線に気づいた少年が、私のテーブルへと向かってくる。

 

「よぉ、エセ神父」

 

「む?」

 

 私をエセ神父と呼ぶ人間には心当たりがあるが、しかしこの少年はそれには該当しない。

 というかそもそも、この少年と私は初対面のはずだが…少なくとも、こんなにやついた笑みを浮かべながら親し気に呼びかけられる間柄ではないだろう。

 

「どこかで会っていたかね、少年?」

 

「いや?初対面だよ。…けど、あんたの話はお爺様から聞いてるぜ。僕の名前は間桐慎二、よろしく」

 

 間桐。

 その名前を言われれば、流石に思い当たらざるを得ない。

 私が監督役を務める大儀式、聖杯戦争。

 その根幹をなす御三家の一角の名である。

 その中で、『お爺様』と呼ばれるような御仁と言えば―――

 

「間桐の…ご老公のお孫さんかな?」

 

「はっ!別に気ィ使わなくったっていいんだぜ?素直に妖怪爺とか呼んだって、僕は別に気にしないからさ、事実だし」

 

「…ふむ、まぁ、人前で声高に叫ぶような呼称ではなかろう」

 

「確かにな。アンタにも、最低限守らなきゃいかない神父としての体面ってのもあるだろうし」

 

「………」

 

 この少年の目的は何だろうか。

 あの老人の手で何らかの改造が施されている可能性も考えたが、こうして相対して見る限りは少なくとも人格にはそうおかしなところのない普通の少年に見える。

 『間桐』が私に接触する要件など、聖杯戦争以外にはないだろうが…問題なのは、聖杯戦争についての何が目的なのか、ということだ。

 

「しかし、何故ここで食事を?」

 

 一先ず、適当な話題を振って少しでも情報を得ることにする。

 彼の方は私の事をある程度知っているようだが、私は彼の事を何も知らない。

 純粋にここで食事を取る人間が私以外に居ることに対する興味もあり、私は彼に質問した。

 

「…あー、まぁ、話すと長くなるんだがな」

 

「構わんよ。懺悔を聞くのが神父の役目、多少の長話には慣れている」

 

「ハッ、よく言うぜ、エセ神父の癖に」

 

 にやついた笑みを浮かべて言葉を紡ぐ少年。

 そこで私は、思いの外確信を突いた返答を返されることになる。

 

「…なぁ、幸福ってのはどうやったらなれると思う?」

 

「む?」

 

 突然哲学的なことを言い始めた少年。話題の跳躍についていけず、私からは目線を向けるだけに止める。

 

「僕が思うに、幸福を知るためには不幸を知らなきゃならないと思うんだよ。

 幸福とは須らく不幸からの脱却であり、満たされた人間が幸福を得るのは難しく、渇望の多い人間はそれだけ幸福になれるだけの素養があるってことだ」

 

「…ほう。不幸とは、幸福のための踏み台となるためにある、と?」

 

「そう。正義とは討ち倒すべき悪がなければ成り立たず、乗り越えるべき困難がなければ道を失い幸福にはたどり着けない。人は試練を求め、敵を求め、それらを標として道を歩む。

その標…『討ち倒されるべき悪』が存在しなければ、人類は正しき道を歩けない迷子となる」

 

「―――――」

 

 それは。

 

 古くから己の中にあり続ける、一つの問いに対する答え足りうるものだった。

 

「今の人類を見てみろよ。文明が進み、自らを脅かすものを失った人類は、ただ怠惰に日常を重ねて漫然と日々を過ごすだけ。人類を推し進める誰かが時折現れるが、大半はそんなごく一部の者から与えられる恩恵に与るだけの有象無象…だから」

 

 

 

「ウチの爺や、アンタみたいな人間も、たまには必要なんだと思うぜ?」

 

 

 

「………ご老公から、何か聞いているのかね」

 

「別に、大したことは聞いちゃいないさ。ただアンタの事を、『自分と同じ穴の狢だ』…って言ってたくらいかな」

 

 その言葉は確かに、あの老人から実際に己に投げかけられた言葉だった。

 あの時私は、その言葉を受け入れられずに拒絶したが、今冷静な思考でその時を思い返せば、その行為が同族嫌悪からくるものであったことを自覚できる。

 

「なるほど。私は、人類が前に進むための踏み台として存在している、か」

 

 その答えを聞いて、不快感は抱かなかった。

 むしろ、深い納得が心の内を満たしていた。

 

 見出した己の本質を違えることなく。

 清廉にして厳格だった敬愛する父の教えにも反する事はない。

 その答えを、私は良しとできる。

 

 ―――私が生まれた意味は確かにあった。

 

「いや、実に身になる話だった。神父としては恥ずかしい話かもしれないが、君には教えられたよ。感謝しよう、少年」

 

「そうかい?ま、それなら良かった。あぁ、ついでに一ついいか?」

 

「なんだね?」

 

「第五次の事についてなんだが」

 

「む」

 

 …ここからが本題、というわけか。

 

「僕とちょっとした約束をして欲しい」

 

「約束?」

 

「あぁ。『第五次には積極的に干渉しない』…っていう約束をな」

 

 それが今回の目的か。

 監督役である私は、いざとなれば彼らマスターの行動を妨害する役目を負っている。

 しかし―――

 

「ふむ、それはできんな」

 

「あ?なんでだよ」

 

「私は、かの儀式が円滑に執り行われるよう便宜を図ると同時に、無辜の人々に被害が及ばないよう調整する役目もある。もし、その約束をタテに不干渉を強要され、それを良いことに好き勝手されては教会の沽券に関わる」

 

「…なるほど?つまりその領分を超える事はしない、と?」

 

「基本的にはな。ただ、前回にはあまりに派手な事をしでかしたために、止むを得ず他のマスターを動員してその解決を計った…という事態にも見舞われた。君の言う『干渉』がどの程度を指すのか不明な以上、軽々しく頷くことはできんな」

 

 慎重に言葉を選びながら、彼の言葉からその真意を計り続ける。

 先ほどは興味深い意見を聞かせてもらったのだから、多少融通を聞かせていいのかもしれない、と思う程度にはこの少年個人には好印象を持っている。

 だが忘れてはならない。この少年は『間桐』…つまり、あの老人の手の者なのだ。

 うっかり言質など取られようものなら、何に利用されるか分かったものではない。

 警戒を密にしながら少年との会話を進めていくが―――

 

 

 

「そうだな、例えば…『マスターとして聖杯戦争に参戦する』、とかかな」

 

「―――――――――」

 

 この少年、どこまで知っている?

 

 あの老人の手の者である以上、私が前回の参加者であることは知られているだろう。

 だが、私が時臣師を裏切り、サーヴァントを手にした事は知っているのか。

 よもや、今もなお現世にとどまっている、あの英雄王の存在まで知っているのか―――。

 

「どうした?監督役だっていうなら、流石にそんなことはしないだろう?」

 

「…そうだな」

 

 仕方があるまい、流石にここまではっきりと明言されてなお言葉を濁していては、『自分は聖杯戦争に干渉する気がある』と言っているようなものだ。

 

「いいだろう。私は、第五次聖杯戦争にマスターとして参加することはない。監督役としての役目に専念しよう」

 

「…あいよ」

 

 その言葉に満足したのか、彼は立ち上がってこの泰山から出ていこうとする。

 そこでふと、結局最初の質問の答えを得られていないことを思い出し、再度質問しなおすことにする。

 

「ところで、結局ここへ来た目的は何だったのかね?」

 

「あ?あーそれはな…」

 

 それを聞かれた少年は、何でもないことのように、私の方を向いて告げた。

 

 

 

「愛する妹の料理を、きちんと美味しく味わうためだよ」

 

 

 

 

 

 

「貴様の言っていた道化に会ってきたぞ」

 

「む?」

 

 やけに上機嫌な英雄王に怪訝な表情を向ける。

 この男は、現代の世の在り方に極めて否定的だ。

 厳密にいうならば、世界を構成する『人間』の在り方に、だが。

 余りに無駄が多いと、この英雄はそう愚痴を零す。

 意味もなく価値もなく、ただ無為に増え続けた人間たち。

 旧き時代において、懸命に生きようとする人々を統治してきたこの男からすれば、今を生きる人々は確かに目障りだろう。

 そんなこの男が、外へ出て上機嫌で帰ってくるというのは割合珍しいことだ。

 

「私の言っていた…もしや、慎二の事か?」

 

「うむ」

 

 彼との邂逅は、あの時一度きりではなかった。

 妹の手料理を存分に味わうためにと、定期的にあの泰山にて食に対する感覚をリセットしにくるあの少年は、頻繁にあの店を訪れる私とよく食を共にする。

 

 話し合うのは他愛のない事…主に、私の妹弟子であり師の忘れ形見でもある遠坂凛の話をしている。

 彼からは、学校での凛が如何に完璧で優等生として完成されているかを語り、逆に私からは、昔の凛の話の失敗談を話すことでそれが如何な努力の果てに成し遂げた猫被りなのかを伝える。

 ―――いずれ凛は、彼が自らの虚飾に気付いていることを知り、羞恥の余りに私の居る教会へ怒鳴り込んでくるだろう。

 その時を思い、互いに愉し気に嘲笑(わら)いながら、凛の醜態を晒すその時に想いを馳せていた。

 

 閑話休題。

 

 そんな彼との話を、英雄王には『珍しい人間が居る』と言う事で漏らしたことがある。

 彼に対して悪意があるわけではない。むしろ私としては彼の事を、得難い友人と思えるほどには高く評価している。

 だからこそ、彼の望む通りに事が運ぶように取り計らったのだ。

 

『不幸の先にこそ、幸福はある』

 

 ならば、彼の為にも、困難多き道のりを私は用意すべきだろう。

 英雄王へ情報を渡したのはその一環だ。この男に興味を持たれては、彼の道は平坦では終わらないであろう。

 その成果は…予想以上のようだった。

 

「奴はな…我に近い視点を持つ道化よ」

 

「何?」

 

 その言葉に私は驚く。

 この男は、言うまでもなく限りなく自己評価の高い男だ。

 天上天下唯我独尊を地でいき、あらゆる頂点に君臨する王の中の王と自己を定め、実際その評価はそれほど間違っているわけではない。

 そんな男が、『自分に近い』などと評価するとは―――。

 

「どういう意味だ?」

 

「何処の誰に、どうやって植え付けられたのかは知らんがな、あ奴めは『この世界』を外側から眺めたことがあるようだ」

 

 確かに、あの少年は多くを知っているようだった。

 私が凛の話をした時も、『それは知らなかった』と口では言っていたものの、それ程驚いている様子はなかった。

 学校での凛しか見ていないならば私からの話は驚天動地の内容だった筈だ。にも関わらず、彼は私から話を聞く以前から凛の本来の性質のおおよそを知っているようだった。

 流石のあの老人も、凛の猫かぶり等まで知っているとは思えないし、知っていたとして態々誰かに話すような性格であるとはとても思えない。

 時臣師から聞いたことがある。彼のゼルレッチ翁は、並行世界の可能性や現在過去未来を見通すような『魔法』をも可能にするらしいが、その類だろうか。

 

「我は、上より総てを見下ろし裁定する。

 奴は、外より世界を眺め評価する。

 …その在り方は、まさに神の在り様よ」

 

「ほう?その割には不快なようには見えないな」

 

 神嫌いであるこの男が、このように親し気に『神の様だ』と評価をするのは意外である。

 

「あぁ、奴は神の視点を持っていたが―――しかし、無粋な神のように上から眺めるだけの分際で余計な茶々を入れるような事はしなかった。むしろ…奴はな、舞台に上がる事を選んだのだ」

 

「奴はこの世界(物語)の『何か』が気に入らなかったのだろう。故に見るだけでは飽き足らず、実際にこの世界(舞台)に上がり、観客ではなく演者であることを選んだ。―――世界(運命)に、弄ばれることを承知でな」

 

 故に、道化。

 運命に弄ばれ、しかし抗い、自らの望む結末を描くために。

 

「今の世を生きる雑種の中では、中々に気骨のある雑種よ…さて」

 

「何処へ行く、アーチャー」

 

「何、奴が少しでも踊りやすいよう、舞台を整えてやろうと思っただけのことよ。この我に捧げられる見世物だ、それなりに見所のあるものでなければならんからな」

 

 

 

 それから暫くの後、この聖杯戦争における、キャスターとアサシンの敗北の報が私へ届いた。

 

 

 



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5日目③

「別に、俺に習う必要はないと思うけれど?」

 

「こんな妹に家督を取られてしまった哀れな長男に、態々師事する理由なんて…」

 

「この教室だって、ちょっと家で肩身が狭いから暇つぶしに始めただけのものだし」

 

「君がそれでいいなら別に構わないけどね。…まぁ、そこまで真剣に頼まれたなら、それなりにはきちんと教えてあげるよ、間桐慎二君」

 

「えぇ、よろしくお願いしますよ、両儀先生」

 

 

 

 

 

 

「構えろ、ライダー」

 

「はい?どういうつもりですか、慎二?」

 

「何、これからの聖杯戦争、意外と面倒なことになりそうだからな…少し『調整』しておこうと思っただけさ」

 

「調整…?」

 

「付き合ってもらうぜ、ライダー」

 

 それだけ言って、僕は呆けているライダーへ向けて―――

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「やっと見つけました、一人目のマスター」

 

「おいおい、一人目ってこたぁないだろ。こいつで三人目だぜ?」

 

「私にとっては一人目ですので、間違ってはいません。…というか、私はまだ、あなたの独断専行を許したわけではありませんよ」

 

「好きにしろって言ったのは嬢ちゃんのほうじゃねぇか」

 

「それは、戦闘方法に関しての話です。戦術についてまでサーヴァントに丸投げする程、私は怠惰な人間ではない。それなのに、貴方は私が召喚の代償で臥せっている間に勝手に飛び出して…それと、嬢ちゃん、などと呼ぶのは止めるように言ったはずですが」

 

「はいはい、マスター殿。全く、お堅いこって…」

 

 

 

「…どういたしますか、マスター」

 

 どうもこうもない、最悪の状態だ。

 こちらは対セイバー戦で消耗した状態。対して向こうはおよそ万全と言っていい状態の様だ。

 もし戦闘になったら、こちらに勝ち目は極めて薄い。

 

「…よぉ、ランサーのマスター、でいいんだよな」

 

「あぁ?俺が他の何に見えるってんだ?」

 

 これ見よがしに手に持った赤い槍を見せびらかすランサー。

 

「槍を『投げて』扱うからアーチャーとか、複数ある宝具の一つとして槍を持っているからライダーとか、聖杯戦争じゃザラにあるからな。得物で相手を判断するのは危険なんだよ」

 

「あーなるほど…確かに、俺もライダーで召喚されても多分こいつは持ってくるだろうからな…だが安心しな坊主、俺は確かにランサーだよ」

 

「ランサー、これから戦う敵と歓談する必要はありません」

 

 僕とランサーの会話に水を差すランサーのマスター。

 けれどそれじゃ僕が困るんだよ。どうあっても、話し合いには応じてもらわなきゃならない。

 

「まぁそう言うなよ。こっちから提供できる情報もあれば、共闘する用意だってある。まだ僕で一人目なんだろ?他の参加者について知らない内から、軽々に動かない方が―――」

 

「いいえ、あなたはここで殺します」

 

 さらりと、ランサーのマスターは僕の提案を蹴る。

 

「…話くらいは聞いても」

 

「確かに、あなたの言う事は正論です。私の決断は、一見して早計過ぎるように思うでしょうが―――

私は、魔術師という人種を一切信用していない。

あなた達は、自らの神秘の探求にしか興味がなく、それ以外の一切について配慮しない。いずれ裏切られることは明らか。あなたから与えられる情報も、どれだけ信用できるかわかったものではない。

何より、あなた達は先程戦闘を終えたばかりで疲弊してるようだ。―――このような千載一遇のチャンス、逃す理由はありません」

 

「…そうかい」

 

 交渉は決裂。勝率は絶望的。

 

 ―――だからどうした。

 

 勝たなければならない。

 勝たなければ、桜は守れない。

 

 ならば、勝つだけの事だ。

 

 

 

「ランサーを抑えろ、ライダー!」

 

「はい、シンジ」

 

 

 

 

 

 

「私はマスターを仕留めます。あなたはサーヴァントを」

 

「あいよ、マスター」

 

 

 

 ランサーに指示を出して直後、私は走り出した。

 ランサーとライダーは衝突し、ランサーの槍と、ライダーの釘剣が鍔迫り合いになる。

 その脇を私は走り抜け、真っすぐにライダーのマスターへと向かっていく。

 それを、敵のライダーは見向きもせずに見送った。

 

「おいおい、いいのかよ。言っちゃなんだが、ウチのマスターは強い上に容赦がないぜ?」

 

「心配には及びません。何故なら―――」

 

 

 

「私のマスターも、強いですから」

 

 

 

 瞬間、世界が旋転する。

 

 

 

 

 

 

―――シンジ、あなたは一体、何者なのですか?

 

 湧き上がる疑問を抑えて、命令通りに、全速力で自らのマスターヘ向けて突撃を仕掛ける。

 

 初め、私はその意味が分からなかった。

 サーヴァントと戦うマスターなど普通はありえない。

 サーヴァントと言うのは、人類史に刻まれた英雄英傑、その影法師。

 皆が皆、常識の範疇からどこかしら外れた、ある意味では異常者と言うべき者達である。

 拳の一撃で岩をも砕く剛力の担い手も居れば、剣の一振りで山を切り裂く戦士もおり、現代文明における自動車ですら追いつけない健脚を持つものも居る。

 そんな者達に張り合おうなど、真っ当な人間の考えではない。

 いや、誰もがそんな風に、『特別な自分』を夢想するものだろうが、不可能という現実を前に、いつしかそんな幻想を忘れる筈だ。

 なのに―――

 

「っ…!?」

 

 ぐるりと、視界が反転する。

 シンジへと突撃を仕掛けた私は、衝突の瞬間、握った拳を両手で包み込まれた。

 そのままシンジは、その拳を受け止め切らずに肩先を掠めるようにして受け流し、そのまま流れるような動作で私の腕を取ると、背負い投げのような形で、私を投げ飛ばした。

 自らの突撃の力の全てを利用される形で受け流された私は、勢いそのままに上下を反転されたまま壁へと激突させられる。

 

「もう一度だ、ライダー」

 

「…っ、はい」

 

 そしてそれから幾度も、私は自らの無力さを思い知らされることになる。

 突撃。円を描くような動作で受け流され、射線上から離れられる。

 接近しての乱打。拳先を横から叩き落とされ、一撃たりともシンジには届かない。

 最終的には釘剣すら使用してシンジを襲い続けたが―――全て見切られ、避けられ、設置した鎖を逆に利用され、それらを足場に三次元的な動きを取る事で私の攻撃範囲から逃れすらした。

 偶然や奇跡の類ではない。

 シンジは確かに、磨き上げた自分自身の技術で以て、私の攻撃を凌いでいる。

 

 私は驚愕するしかない。

 私のステータスにおいて、敏捷値は最高クラスのAランク。筋力値はその一歩手前のBランクだが、怪力のスキルを持つ私の攻撃は、そのステータス以上の威力を誇る。

 そんな私を、まるで赤子の手をひねるように弄ぶシンジの能力は、通常の人間の範囲にない。

 確かにシンジは魔術師であり、現在も強化の魔術を全身に施すことでその能力を底上げしているようだが…。

 

「一体何故、そんな力を…」

 

「あぁん?決まってんだろ。お前みたいなのを相手にするのは生まれた時から知ってたから、その対抗措置だよ」

 

「生まれた、時から…?」

 

 シンジの幼少時の光景。

 私が見たのは、今は私とシンジしかいないこの蟲蔵で、修練と言う名の拷問を受けていた記憶だけだったが…。

 シンジはそれ以外にも、あんなレベルの苦行を、自らに課していたというのだろうか。

 まだ成人もしていない目前の少年が、何故そんな事をできたのか―――

 

 ―――それは、改めて問うまでもありませんね。

 

 自らの、最愛の妹。

 彼はずっと、それこそ彼の言った通り、生まれた時から、彼女を守るための修練を重ねてきたのだろう。

 

「…まぁ、こんなのはただのその場凌ぎにしかならないけどな。実際、お前の魔眼や、ましてや宝具に対する対抗手段なんて用意してない…っていうかできないし」

 

「それはそうでしょう。そこまで独力でできるようなら、サーヴァントの存在意義がなくなってしまいます」

 

「ま、そりゃそうだな。僕にできないことはお前にやってもらうから、精々頑張ってくれよ、ライダー?」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

「が、は…!?」

 

 地面へと投げ出された私は、辛うじて受け身を取って即座に反転、いつの間にか通り過ぎていたライダーのマスターに向き直る。

 

「今、のは…」

 

 何と表現すべきだろうか。

 私が彼の体に触れた瞬間、全身に滾る力の所有権を奪われたかのような感覚。

 

 確かに、攻撃したのは自分だった筈だ。

 拳を握り、臓腑を抉り貫かんと突き出した。

 

 しかし…無様に転がっているのは自分の方だった。

 

「くっ…!」

 

 もう一度、拳を握り、目の前の魔術師の少年へと殴り掛かる。

 更に早く、更に速く、更に迅く―――!

 

「―――ッ!」

 

 しかし、届かない。

 私の拳は彼へダメージを与えるに至らず、その手に触れた瞬間にまたもその方向を捻じ曲げられる。

 

「まだ…!」

 

 勢いそのままに転がって距離を取り、反転して魔術師へと向き直る。

 距離を保ったまま、しっかりと足を踏みしめ、自らの射程圏内ギリギリに魔術師の肉体を捉える。

 

 繰り出すのは、必殺の一撃ではなく、牽制の意を込めた乱打。

 それも、魔術によって強化された肉体によって放たれる私の拳打は、常人であれば必殺足りうるだけの威力を備えているが、魔術師である目の前の少年の命を奪うには足りないだろう。

 だがそれでもいい。

 今は、この魔術師がどんな魔術で以て私の力を受け流しているのか、それを見極めるのが先決―――!

 

「ふっ、はっ!」

 

 脇を閉め、細かく拳打を入れていく。

 その全てを流される。

 私が打ち出し、魔術師が受け流す。

 その応酬が幾度か繰り返されたのち―――

 

「まさかとは思いましたが、やはりですか…」

 

 都合、数十合。

 互いの拳を打ち合わせて、ようやく理解した。

 いや、納得することができた、というべきか。

 

「まさか、魔術師が武術とは…それは太極拳ですね?」

 

「へぇ、よくわかったな」

 

「えぇ、以前、その手の使い手を見たことがありますので」

 

「…そうかい」

 

「だが、そうとわかっていれば問題はありません。…私とあなた、武人としての純粋な技量の勝負。ならば私に、負けはない―――!」

 

 自らが重ねてきた努力を。

 自らが行ってきた鍛錬を。

 自らが積んできた功績を。

 

 それらを私は信じている。

 

 私の強さは、今までの私の行いが証明している。

 否、自らの強さを証明するための今までだった。

 

 自らの経験が語りかけている。

 

 この少年に、私が負けることは、ない。

 

 

 

 

 

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツから繰り出される、嵐のような拳打をひたすらに凌ぎ続けることに集中する。

 

「―――ッ!」

 

 魔術回路を励起させる。

 それは即ち、全身に巣食う刻印虫達を叩き起こす行為に他ならない。

 自身の内側を這いずり回る、あの吐き気を催す嫌悪感を伴った痛みに、歯を食いしばって耐える。

 

追走・開始(トレース・オン)

 

 全身に強化の魔術を施し、肉体の強度を底上げする。

 視覚と脳髄を中心に神経の伝達機能を強化し、反応速度を上昇させる。

 

 常識外の駆動を行うバゼットに対しては、ここまでやってやっと互角まで持ち込める。

 

(いや、互角ってのは盛り過ぎだな―――!)

 

 防戦一方。

 バゼットから繰り出される拳打を前に、僕は一切の反撃を許されない。

 反撃できるほどの隙が、バゼットの攻撃の中に見出せず、そもそも下手に反撃してもダメージを通すほどの威力を出せなければ次手の反撃で僕がお陀仏だ。

 

 故に。

 

「く…そがッ!」

 

 最低限の動きで。最小限の動作で。

 ひたすらに、バゼットの拳を逸らし、捻じ曲げ、受け流し―――耐えることに終始せざるを得ない。

 

 こんな千日手を繰り返していても意味はない。

 そもそものフィジカルからしてあちらの方が上。

 こちらから一切の攻撃を行えない以上、ダメージの蓄積はこちらの方が上。

 限界を迎える前に、一手でも僕が対応を間違えれば、その瞬間に僕は死ぬ。

 

 絶対的に不利な状況。

 

 それを、ひたすらに耐え凌ぐ。

 

 幾度、拳を躱したか、数えることすら億劫になる程の応酬の果て。

 強化された感覚が、その感覚の端に『ソレ』を捉えた。

 

「っ、らぁ!」

 

 拳打の中を強引に、その嵐の中を掻い潜るようにして抜ける。

 そして、そのままバゼットに背を向けたまま走り出した。

 

「―――愚かな」

 

 当然、無防備に背を晒した僕等唯の的でしかない。

 純粋な膂力で対応できないことは既に実証済み。

 ほんの数秒と経たず、その拳は僕の臓腑を抉るだろう。

 

 

 

「やれぇ、舞弥ァ!」

 

 

 

 その瞬間、人気のない暗い夜道の中に、マズルフラッシュの閃光が走る。

 

「っ!?」

 

 そこで反応できたのは流石封印指定の執行者と言うべきだろうか。

 音速を超えて迫るその弾丸に対して、その弾道上に自らの拳を置くようにしてその銃弾を凌ぐ。

 

「チッ、化物ですか」

 

「前もってそう言っただろうが!」

 

 トラックに乗って現れた舞弥は、拳で以て近距離から放たれたスナイパーライフルの弾丸を弾いて見せた執行者を前に悪態をつく。

 しかしそれでも仕事は正確だ。全速力で迫るバゼットに対して、舞弥は冷徹な機械の如き狙撃で以て対応した。

 

 セミオートのスナイパーライフル『ワルサーWA2000』を行使して弾丸を射出し、バゼットの足を止めることに成功した。

 だがそれでも、バゼットにはダメージ足りえない。

 真っすぐバゼットに向けられたその銃弾は、バゼットを傷つけるには至らない。故に、彼女は弾丸を回避するのではなく防御することを選んだ。

 その衝撃にほんの僅か、彼女は足を止めるだけ。極限まで強化された拳は、現代において作られた長距離狙撃兵器では貫くには至らない。

 ―――だが、時間稼ぎとしてはそれで十分。

 

 僕は、荷台に設置されていた長大なライフルを構える。

 もはやバゼットは目前に迫っている。打てる猶予は一発分のみ。

 それを眼前に捉え、バゼットは迎撃の姿勢を崩さない。

 多少その手に持つ武器を変わろうと、自らの鍛え上げられた肉体と強化された拳ならば弾き得る。

 その確信を―――

 

 

 

「僕の勝ちだ、バゼット・フラガ・マクレミッツ」

 

 撃ち放たれた弾丸が、文字通りに『吹き飛ばした』。

 

 

 

「―――――なっ」

 

 流石の執行者も、自らの右腕、その肘から先が吹き飛んだその光景に目を見開いた。

 

 そう、僕が武術を習得したのは、『殺す』ためじゃない。『生き残る』ためだ。

 才能のない僕は、攻める事も守る事も出来るような、万能の力を手に入れるには至らない。

 だから、あくまで僕個人は生き残る事に特化した。数ある武術の中から太極拳を選んだのもそのためだ。

 原作の知識から、遠坂が八極拳を習得している事は知っている。だが八極拳の理念は、『八極すなわち八方の極遠にまで達する威力で敵の門を打ち開く』。攻めの理念に傾倒する八極拳では、己の身を守るには不適格だった。

 だから僕は、太極拳を選択した。

 陰と陽。天と地。自と他。異なる二つを一つとするという基本構想。

 その方向性から、気配探知の要素も強く持ち、才能のない己でも相手の力を利用することで大きな結果を引き寄せることのできる性質、何よりその相手の力を自らの力として還元する武術特性が、間桐の魔術特性である『吸収』と相性が良かった。

 故に僕は、太極拳を習得、研鑽することで、不意打ち騙し討ちに対する手段とし、まさに今のような逃走の難しい局面においても生き残る事ができるように自らを鍛え上げた。

 

 そして、『攻め』においては、自分以外の力を躊躇なく使う事にした。

 ―――僕が取り出したのは、舞弥に用意させた『PGMヘカートⅡ』。

 ギリシア神話において死をつかさどる女神とされるヘカテー、その名を冠するこの銃こそは、12.7mmというワルサーの倍近い口径を誇り、その弾丸には12.7×99mmNATO弾を使用した、人ではなく戦車の装甲等をぶち抜くために設計された、対物(アンチ・マテリアル)ライフル―――!

 その威力は、対人用の狙撃銃であるワルサーの比ではない。

 

 ―――間桐慎二に才能は無い。

 

 そのことを、僕はよく知っている。

 僕一人でできることなどたかが知れている。

 だから、僕にできることを全部やるのは当然として。

 僕にできないことを何かに任せることに、僕は一切の躊躇を抱かない。

 

「あっ、がっ、何故…!?」

 

 血の噴出口を抑えて蹲るバゼットへ向けて、照準を合わせる。

 

 2発目の銃弾が、その頭蓋を穿たんと放たれ―――

 

 

 

 それを、血塗られた呪槍が打ち払った。

 

 

 

「させねぇよ」

 

 敵の追撃を振り払い、自らの主の危機に颯爽と現れ、それを救う。

 まさに英雄的所業。

 アルスターの光の御子の名に恥じない行い。

 

 ―――彼ならば、きっとそれが可能だろうと踏んでいた。

 

「喰らえ」

 

 槍を振り払った姿勢でいるランサーに対して、『ソレ』をけしかける。

 

「!?」

 

 『ソレ』は、地面から滲み出し、幾本もの黒い槍となってランサーへと襲い掛かる。

 ランサーも、それらを切り、払い、なんとか自らの身を守るが―――

 

「そっちもだ」

 

「っ!?マスター!」

 

 矛先を向けられたマスターを守るために、身を曝け出した。

 

 そう、僕は何でもやる。

 矜持になんて拘らない。

 必要とあらば、人質作戦紛いの事だってやる。

 

 ランサーによって蹴り飛ばされたことによって、やや強引ながらも『ソレ』の範囲から逃れるバゼット。

 しかしその代償に、ランサーはその肉体を完全に捉えられる。

 黒く染まり、闇へと飲まれていく。

 その呪いに、サーヴァントは抗えない。

 

「ら、ランサー!」

 

 バゼットの悲痛な叫びも虚しく。

 ランサーは、黒い『ソレ』の中へと、溶けて消えた。

 

 

 

 残ったのは、片腕を奪われ、サーヴァントを失ったマスター。

 ヘカートを構えた僕。

 ワルサーを構えた舞弥。

 自らの獲物である釘剣を構えたライダー。

 

「…くっ!」

 

 それらを前に、バゼットが選んだのは逃亡。

 流れ出る血を抑えながら、戦いの場であるここから逃走する。

 

「追いますか?」

 

「…いや、いい」

 

 手負いの獣程恐ろしい。

 奴は性質的にライダーとは相性が悪く、もし宝具や魔眼の使用に反応して奴の切り札を行使された場合、ライダーが脱落する可能性がある。

舞弥では地力で純粋に劣るため、追わせられない。

二人に補助に徹してもらった上で僕が向かえば確保することは出来るだろうが―――。

 

「僕もいい加減、限界、だし…な」

 

 もう、意識を保っているのも辛い。

 正直、逃げ出してくれて助かった。破れかぶれで襲い掛かって来られたら、負けはしないにしてもライダーか舞弥のどちらかが殺されていた可能性もあった。

 

 ランサーを喰らった反動で、僕はまた意識を失った。

 

 

 

 






ライダー「私の宝具は最強です」※ただし約束された勝利の剣には流石に勝てない
ライダー「私のマスターは最強です」※ただし封印指定の執行者には流石に勝てない
なんだか、ライダーさんが割とポンコツキャラ化してしまってるような…。



今回出てきた『両儀先生』はほぼオリキャラです。
それと、両儀家に太極拳が伝わっているとかいう設定も(多分)ありません。
作者が、マジカル☆八極拳があるならマジカル☆太極拳もありじゃね?→そういや両儀の家って太極から始まりの一に至る云々って話だったよな…太極拳によくある白黒のマークも良く出てきてたし→じゃぁ両儀の家の人間全員マジカル☆太極拳の使い手にしちゃおう!
という発想の果てに至った一発ネタです。
ワカメにマジカル☆太極拳を使わせたかったからそういう理由付けを作っただけで、特に伏線とかそういうのではないので軽く流してください。





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6日目①

「ひやぁ!?」

 

「どうした、桜!?…ってなんて恰好…うわ!?」

 

「に、にいさん…まど、まどに、おっきなむしが…!」

 

「チッ、あの爺一体何してんだ…?。ていうか、そんなに蟲が嫌いか、桜?」

 

「あ、あの…そうでもなかったはずなんですけれど…その、最近、は…」

 

「………ま、アレを見た後じゃな。…桜、一人でお風呂、入れないか?」

 

「…………………うぅ」

 

「…まだ小学生まだ小学生まだ小学生…よし」

 

「兄、さん?」

 

「じゃ、今日は一緒に入るか。背中流してくれよ、桜」

 

「え」

 

「やっぱ嫌だったか?それなら、僕は扉の前で待っててやるから…」

 

「い、いいえ!一緒に!一緒に入りましょう!兄さんっ!」

 

「お、おう…」

 

「~♪」

 

「随分上機嫌だなおい…ま、いいか」

 

 

 

――――――――――

 

――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「舞弥さん?兄さんは…」

 

「休まれています、桜様。大変お疲れですので、今は起こさない方がよろしいかと」

 

 あの戦闘の後、気絶した間桐慎二を運んでこの間桐邸まで帰ってきた後。

 例の黒い『ナニカ』を呼び出す魔術を行使した反動なのか、間桐慎二は未だ目覚めてはいない。

 

「あの、兄さんは、何をしているんですか?」

 

「…桜様が知る必要はありません」

 

「けど!…学校も休んで、食事も取らない事なんて、今まで一度も…」

 

「………」

 

 彼女が心配する気持ちはわかる。

 少なくとも彼女の前では、間桐慎二はただの優秀な最高の兄であり続けた。

 惑えば導き、躓けば手を貸し、臆したならその背を押す。

 彼女の事を大切に思っている…と、傍目にはそう見える。

 

 けれど私は、魔術師という物を知っている。

 間桐慎二は、あの間桐臓硯の手解きを受けた魔術師なのだ。内心で何を考えているか分かったものではない。

 一体、毎夜あの臓硯とどんな修練を行っているのかは知らないが、魔術師が『家族愛』などというものを持つような人種でないことを知っている私としては、間桐慎二が一体何が目的で彼女にあのように接しているのか疑わざるを得ない。

 

 対して、この間桐桜と言う少女は徹底的に何も知らない一般人だ。

 最低限、『魔術』という概念がこの世に今も確固としてあることは知っているが、間桐臓硯との修練も行っておらず、私の知る限り間桐慎二から何らかの手ほどきを受けている様子もない。

 毎日学校に通い、時にはクラスメイト達と遊びに出かけ、翌日の食事の献立を考えることが日々の楽しみであるこの少女が、魔術師であるとは到底考えられない。

 …それも、間桐慎二、引いては間桐臓硯が私を欺くための演技であるという可能性は捨ててはいないので、最低限の警戒はしているが。

 

 そんな彼女に、少なくとも表立っては、今間桐慎二が関わっている魔術儀式である『聖杯戦争』について情報を渡すわけにはいかないだろう。

 

「申し訳ありません、桜様。今回の一件は、間桐の家の魔術師としての責務に関わる事ですので…」

 

「そう、ですか…」

 

 そうかすれた声で呟いて眉根を下げる間桐桜は、純粋に兄を心配する妹にしか見えない。

 

 だから、だろうか。

 気まぐれに、そんな事を告げてしまったのは。

 

「…ご心配なさらずとも、そう遠くない内に終わりは訪れます。どうかその時に、桜様渾身の手料理を、振舞って差し上げてください。慎二様は、桜様の手料理が、何よりお好きですから」

 

「!…はいっ!その時は、腕によりをかけて作りますね!」

 

 パタパタと駆けていく間桐桜の背中を見送った。

 

 

 

「………」

 

 暫くして。

 間桐慎二は、まだ目覚めない。

 眠っている内に何らかの行動を起こすべきか、とも何度も思ったが、まだ間桐臓硯が健在である現状、監視の目がないわけではない、あまり派手な行動は取ることは出来ないか。

 受けた命令…聖杯戦争における助力の延長として、今は使い魔と盗聴器を使用した、衛宮家と衛宮士郎の監視を継続しているが…。

 

「!?」

 

 そこで、事態が動く。

 

 一人公園へと訪れた衛宮士郎が、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと接触し…誘拐されたのだ。

 

「これは…ッ!」

 

「何があった?」

 

「間桐慎二!?…起きたのですか」

 

「たった今な…で、どうなんだ?そろそろ、衛宮の奴がイリヤスフィールに誘拐された頃か?」

 

「なっ!?」

 

 どうしてそれを、まるで知っているかのように話すのか。

 この少年は、本当にどこまで未来を見ているのか。

 相変わらず謎を残すこの少年に対して不気味な物を見るような視線をつい向けてしまうが、それを意にも介さず少年は命令を下す。

 

「車を回せ、舞弥。アインツベルン城に向かうぞ」

 

 ―――向かって、どうするというのか。

 

 衛宮士郎の味方をするのか。

 イリヤスフィールの味方をするのか。

 

 それは即ち、敵となった相手を殺すという事だ。

 切嗣の遺志を継ぐ少年か、切嗣の血を引く少女の、どちらかを。

 

「…はい」

 

 私は、自らの命の使いどころが近づいていることを、感じていた。

 ―――結局、その予感は見当はずれなものだったのだが。

 

 

 

 

 

 

 慎二との戦いの後。

 魔力消費のために高熱を出して寝込んでしまったセイバーをどうすべきか、遠坂と話し合ったところ。

 結論として、どこかから補給するしかないという事になった。

 

 だが、それができるなら苦労はない。

 魔術師として未熟である俺からは、セイバーへの魔力供給が行えない。

 故に、方法としては一つ―――人を襲わせて、その命を奪う事で、生存のための魔力を得る方法だ。

 

 それは論外だった。

 俺は、犠牲を出さないためにこの聖杯戦争に参加した。そんな俺が、人の命を奪うようなことを容認できるわけもなく。

 また、高潔な騎士であるセイバーとしても、そのような方法を取ってまで生き延びようとはしないだろう。そんな事をするくらいなら死を選ぶ、そう反抗するセイバーの事を想像できるくらいには、時間を共有してきたつもりだ。

 

 だがそれは、セイバーを見捨てるという事で。

 

 …結局、決断を先延ばしにした俺は、この公園に足を運んだのだった。

 

 

 

 ―――そこで、冬の妖精のような少女に、誘拐されるとも思わずに。

 

 

 何故か俺に執着を見せるイリヤは、公園で俺を見つけると、俺に『自分のサーヴァントになれ』と言ってきた。

 既にセイバーが戦うだけの余力を失い、実質的な敗北状態である俺に、自分のものになりなさいと。

 無邪気に。

 断られるだなんて全く思わない、満面の笑みで。

 

 その提案を、俺は蹴った。

 

 俺はまだ、セイバーの事を諦められてはいない。

 人を襲わせるなんて論外だが、だからと言って彼女がこのまま消えるのを黙って見過ごすつもりもなかった。

 まだ手掛かりの一つもないが、何としてでも彼女を生かす。それだけは決めていた。

 

 それに、セイバーが居なくとも関係ない。

 例え俺一人だろうと、『この聖杯戦争で犠牲を出さない』という目的が変わることはない。

 ならば、この争いから自ら降りる理由もない。

 

 その返答に対してイリヤは―――俺を誘拐した。

 三流どころか見習い魔術師である俺は、一流の魔術師であるイリヤに敵う道理もなく。

 あっけなく彼女の魔術行使によって自由を奪われ、今は彼女の居城だという城の一室に、縛られたまま放置された。

 そして彼女は―――

 

『あいつらを殺せば、流石に士郎も諦めて私のものになるよね』

 

 その冷笑は、俺にたやすく、イリヤがセイバー達を殺すであろうことを直感させた。

 セイバーや遠坂を殺させるわけにはいかない。

 イリヤに人殺しをさせるわけにもいかない。

 

「ぐっ…クソッ!」

 

 放置された俺は、どうにかならないものかと身をよじっていた。

 感覚として、今俺を縛っているこの縄は、それ程強固に結ばれているのではなさそうだ。

 程なくして、俺を拘束していた縄はたわみ、床へと落ちる。

 

「よし…!」

 

 何をするにしても、まずは帰らなければ。

 このままでは、セイバーと遠坂がイリヤの襲撃を受けてしまう。

 逃げるにしても迎え撃つにしても、イリヤの事を伝えて対策を練らなければ―――!?

 

「誰か来る!?」

 

 廊下からの足音に慌てる。もしかしたら、イリヤかお付きの二人のメイドのどちらかが戻ってきたのかもしれない。咄嗟に俺は―――近場のベッドに潜り込んだ。

 ここで戻ってきた誰かをやり過ご………せるわけないだろ!?

 

 何を考えてるんだ俺は!ベッドにこんな不自然な膨らみがあったらバレるに決まってるし!あぁ駄目だ、もう足音がすぐそこまで近づいてきた!こうなったら、訪れた人間が極度の天然で俺のこの状態を見逃すことに祈るしか…。

 

「…何を遊んでいるのですか、シロウ」

 

 祈りは通じなかった。

 

「…ってセイバー!?どうしてここに!?」

 

 そこに居たのは、家で臥せっているはずのセイバーだった。

 

「マスターが危険に晒されている以上、サーヴァントである私がじっとしているわけにはいかないでしょう」

 

「だからって、そんな無茶…お前、息をするのも辛そうだったじゃないか!」

 

「ぐっ…い、いえ、こうして復調した以上、問題はありません」

 

「大ありだ!別に魔力供給の当てができたってわけじゃないんだろう?それなのに―――」

 

「ちょっと二人とも、今が緊急事態だってこと、忘れてない?」

 

 出口の見えない言い争いに待ったをかけたのは、セイバーの後ろに居た遠坂だった。

 

「っていうか遠坂!?いたのか!?」

 

「居たわよ最初から。セイバーしか目に見えてない衛宮君は、気付かなかったみたいだけどね」

 

「うっ…」

 

「ともかく、いつイリヤスフィールが戻ってくるかわかんないんだから、さっさと出るわよこんな所!」

 

 刺々しい態度の遠坂に促されて、俺達はイリヤスフィール邸を出ることにしたのだった。

 

 

 

「あら、どこに行くのかしら」

 

 そこに待ったをかけたのは、玄関口へと現れたイリヤだった。

 彼女のサーヴァント…バーサーカーを従えた状態で現れ、正面口から出ようとする俺達を見下ろしている。

 

「イリヤスフィール…!まさか、最初からバレて…!?」

 

「えぇ。面白そうだから、出ていったふりをして動きやすいようにしてあげたの。そしたら本当に思った通りに動いてくれるんだもの」

 

 そう言って笑うイリヤと、緊張から汗を流す俺達。

 状況は完全に不利だ。

 あの化物そのものなバーサーカーに対抗できるのは、遠坂のアーチャーだけ。

 それも比較的マシというだけで、アーチャーの勝利を期待できるほどではない。

 にも、関わらず。

 

「アーチャー」

 

「なんだね、凛」

 

「あなた、時間稼ぎをして頂戴」

 

「なっ、遠坂!?」

 

 アーチャーでは、あのバーサーカーには勝てないだろう。

 明らかに地力が違い過ぎる。

 無論、それ以外の選択肢はないのだろうが、だからと言って。

 言外に『死ね』と、そう命じるような真似を…。

 

「だが、凛。時間を稼ぐのは構わんが…」

 

 

 

「別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 

 

「―――――――――」

 

 暫し、呆然とする。

 アーチャーとて、アレに勝てないことは分かっているのだろう。

 だが、アーチャーはそんな言葉を紡ぎ、遠坂に向けて不敵に微笑んで見せた。

 そんなアーチャーに対して、遠坂は―――

 

「えぇ、アーチャー!思いっきりぶっ飛ばしてやりなさい!」

 

 最後となるであろう激励を送り。

 ぐずぐずとする俺達の手を引いて走り出した。

 後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、俺達は遠坂に従う。

 

 アーチャーの意思を、無碍にしないために。

 

 

 

 

 

 



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6日目②

「一先ずここで、対策を練りましょう」

 

 イリヤの居城から逃げ出した俺達は、森の中にある廃教会らしき建物を見つけ、そこに逃げ込んでいた。

 

「対策って…このまま街まで逃げるんじゃだめなのか?」

 

「ダメよ。誘拐されてきた衛宮君は分からないだろうけど、この森は広大で、しかもアインツベルンのお膝元。ただ逃げてるだけじゃ、逃げ切る前にあのバーサーカーに追いつかれるわ」

 

「けど、対策って言ったって…」

 

「セイバーに、戦ってもらえるようになるしかないでしょうね」

 

「セイバーに…?」

 

 それは、遠坂自身が不可能と言っていた筈だが…。

 

「えぇそうね。あの時は、ここまで切羽詰まった状態にいきなり放り込まれるなんて思わなかったから、詳しくは説明しなかったけど…方法は、まだあるわ」

 

「そうなのか!?」

 

「…あなたの魔術回路を、セイバーに移植するのよ」

 

 魔術回路。

 魔術師が魔術を行使する上で必要となる、世界から魔力をくみ上げるための機関。

 

 それから、遠坂は、その方法を伝えなかった理由―――それを行う上での問題点を挙げていった。

 

 失われた魔術回路は、二度と戻らない。魔術師にとっては時には寿命よりも優先すべき魔術回路を、永遠に失うという事。

 魔術回路は、神経の一部に等しい。それを移植するという事は、自らの神経を強引に引っこ抜くに等しく、その負担は計り知れない事。

 あぁ、確かに、まともな状況なら、まず行わないような手段だ。

 

 けれど―――

 

「わかった。やろう、遠坂」

 

「早っ!?ちょ、ちょっと、あなたちゃんと意味分かって言ってるの!?」

 

「あぁ、分かってる」

 

 俺は、別に魔術師として大成したいわけでもない。

 俺の負担なんて、考えるまでもない。

 

「それでセイバーが助かるなら、俺はそれで構わない」

 

「………はぁ、分かっちゃ居たけど」

 

「なんだよ、遠坂」

 

 遠坂の呆れたような態度を怪訝に思い、不満をこぼす。

 

「衛宮君、実はとんでもない馬鹿でしょ」

 

「なっ」

 

 反論したい。

 反論したい、のだが…。

 今までの俺の間抜けっぷりから考えるに、反論しても逆に墓穴を掘る結果に終わる気がする…。

 

「…あぁ、遠坂に比べれば、俺はとんでもない馬鹿だよ」

 

「あら、素直なのはいい事ね。…っ、ぁ!」

 

「遠坂!?」

 

 突然呻いて腕を抑える遠坂。

 その抑えた腕を見れば―――そこに刻まれていた令呪が、消失していた。

 

「そん、な…!?アーチャーの奴は!?」

 

「…消えたんでしょうね」

 

 そう、感情を見せずに呟く遠坂に、何かを言おうとして。

 努めて無表情を装う遠坂を前に、俺に言えることなど何もないと、口を噤むしかなかった。

 

「これで、本格的にセイバーに頼るしか道はなくなったわね。…始めるわよ」

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 目が覚めた俺とセイバー、それに遠坂は、対バーサーカー戦に備えていた。

 

「セイバー、大丈夫か?」

 

「はい、魔力供給を受けられるようになりましたので、問題はありません…!シロウ、リン、サーヴァントの気配です!」

 

「!!」

 

 セイバーからの警告に、戦闘態勢を取ってセイバーの指し示す方向へと体を向ける。

 現れたのは―――

 

 

 

「凛」

 

 そう、暗闇から語りかけてきたのは、あの皮肉屋の弓兵の声だった。

 その影は、木漏れ日の隙間を埋める暗闇に紛れていて、その詳細を判別できない

 

「アー、チャー?」

 

「他の誰に見えるかね?」

 

 いつもの調子でこちらに近づいてきたアーチャーに対して…

 

「止まりなさい」

 

「…何か、気に障る事でもしたかね?こちらは、あのバーサーカーを倒して帰還したところなのだから、少しくらいそれを配慮してくれてもいいのではないかと思うのだが」

 

「そんなわけない。…あなたは確かに消えた筈よ、アーチャー。少なくとも、あなたは私のサーヴァントじゃぁない」

 

「…それは、半分的外れだな、凛。私は見ての通りまだ消えてはいない…が、そうだな」

 

 

 

「もはや君のサーヴァントではないというのは、その通りだ」

 

 

 

「■■■■■■■■■■―――――!!!」

 

「バーサーカー!?」

 

 直後、廃教会が爆散する。

 あの暴力の塊からの攻撃を受ければ、こんなボロい教会、そうなっても仕方のない事だろう。

 衝撃に吹き飛ばされた俺は、バーサーカーと切り結ぶセイバーの姿を視界の端に捉え―――

 

「がっ!?」

 

 自分の首根っこを引っ掴んだアーチャーの手によって、セイバーと遠坂から無理矢理引きはがされた。

 

「シロウ!?」「衛宮君!?」

 

 そんな俺の目に、アーチャーの姿越しに、その景色が映った。

 

 

 

「よう衛宮、遠坂、それとセイバー。随分と無様だな」

 

 黒く染まったバーサーカーと。

 同じく黒く染まったアーチャー。

 それに、ぐったりとしているイリヤと。

 そんなイリヤを抱えて、主の傍らに侍るライダー。

 そして―――いつも通りの挑発的な笑みを浮かべた慎二の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「私も、ここまでか…」

 

 そこは、アインツベルン城の玄関口。

 広く、絢爛豪華なホール。

 だが、その様は一変していた。

 

 天井から吊り下げられたシャンデリアはボロボロに砕け散り。

 城を支える柱にはあちこちに罅が走っており。

 豪奢な文様が描かれた敷物は、ズタズタに引き裂かれている。

 

 その有様が、ここで行われていた戦闘の激しさを物語っていた。

 

「どういうことよ…なんなの、あなた。私のバーサーカーを、『六回』も殺すなんて」

 

「さて、誰だろうな、私は」

 

 驚愕するイリヤスフィールに対して、アーチャーは全く変わらない様子で減らず口を叩く。

 その返答に苛立つイリヤスフィールだったが、しかし勝敗は既に決している。

 

 六回に渡る殺傷。しかしそれでも、バーサーカーを殺し切るには至らない。

 

 バーサーカーの持つ宝具こそ、数多の試練の果てに、神より授けられた不死の肉体。

 乗り越えた試練の数だけの命を保有する埒外の奇跡。

 ギリシャ神話最大の英雄、ヘラクレスに相応しき生涯の体現。

 

十二の試練(ゴッド・ハンド)

 

 その効果は、十一の命のストック。

 バーサーカー自身の命に届かせるには、まずその十一の命を奪わなければならない。

 ただでさえトップクラスの身体能力を誇るバーサーカーを相手に、総計十二の殺害を実行しなければならない。

 更に、一度命を奪った方法には耐性を獲得するため、一回一殺ならば、十二の殺害方法を用意しなければならない。

 また、その神より授けられた加護を打ち破るには、並の手段では足りない。最低でもAランク以上の宝具を持ち得なければ、その盾を突破することは出来ないのだ。

 

 故に、六回殺されたとしても、あくまでその主は苛立つだけ。

どんなことがあっても自分のバーサーカーが敗れることなどありえない。

自らの(しもべ)は、最強なのだから。

 

 ―――だから、彼女は忘れていた。

 その英雄が、あくまで本来の姿の影法師。

 聖杯によって呼び出された、サーヴァントであることを。

 

「…もういい、やっちゃえ、バーサーカー!」

 

 ダメージゆえに、動くことすらままならないアーチャーは、突貫を掛けるバーサーカーを見やる。

 狂気に犯されながらも大英雄としての格を失う事はなかったそのサーヴァントは、荒々しく削り出された、辛うじて剣の形を保っただけの武器を振り上げる。

 その暴威がアーチャーの目前へと迫り―――

 

 

 

 

 

「侵せ」

 

 突如現れた黒い呪いに、飲み込まれた。

 

 

 

 

 

「―――――え?」

 

 その光景に、呆然とするしかない。

 突如現れたそいつは、全身から悍ましい気配を発する黒い触手を溢れさせ、それらが死に体のアーチャーと…自らのバーサーカーに纏わりつく。

 

 自らのバーサーカーは最強である。

 そんな彼を、討ち倒せる存在などある筈がない。

 絶対に、負ける事なんてありえない。

 そう思っていた。そして事実、その筈だった。

 しかし幼い彼女は知らなかった。

 

 ―――何事にも、例外はあるのだと。

 

「だ、だめ!逃げて、バーサーカー!」

 

「■■■■■■■■■■―――――――――!!!」

 

 苦し気に呻くバーサーカー。

 狂戦士に、主の意思を聞き届けることは出来ない。

 既に全身を侵していた『ソレ』は、彼の英雄を掴んで離さない。

 

 そしてとうとう―――抗いきれず、膝を屈した。

 

「そんな、バーサーカー…!?」

 

「ふぅ…まだ喰らうんじゃねぇぞ。そいつらには使い道があるんだからな」

 

「!…あ、あなたは!間桐の…っ!!!」

 

「よぉ、アインツベルンのマスター。初めましてだな」

 

 こちらを見やるその男には、嘲弄するような笑みが浮かんでいる。

 

「一体、どうやって…どこから!?」

 

「何、衛宮が攫われたみたいだったからな。外から様子を見て、適当な所でライダーに運んでもらっただけさ」

 

 その傍らには、美しき幻獣…有翼の馬に乗った、血も凍る程の美女が並び立っていた。

 なるほど、神秘深きあの幻獣ならば、こちらの知覚外から一瞬でここへ辿り着いたのも頷ける。

 だが、それ以上に―――

 

「よくも姿を現せたものね、間桐の盗人風情が…!それは、アインツベルンのものよ…!」

 

「あぁ、これか」

 

 そう言って二人が視線を向けるのは、今もなおアーチャーとバーサーカーを縛り付ける、黒い呪いの塊。

 

「ハッ!きちんと管理できてないお前たちが間抜けなんだよ。盗まれたくないなら、そうされないように対策を練っておくべきなのに…ていうかさ、今の状況分かってるのかよ」

 

「っ!!!」

 

 サーヴァントを失い、力を失くしたイリヤスフィール。

 そのすぐ傍に、天馬から降りたライダーのサーヴァントが立っていた。

 

「ライダー、そいつを寄こせ」

 

「はい、慎二」

 

「ちょ、やめなさ―――きゃぁ!?」

 

 ライダーによって、イリヤスフィールは投げ出される。

 その向かう先は、ぱっくりと口を開けた、呪いの渦。

 

「い、いやぁ…!た、たすけて…バーサーカー!!!」

 

 その声に、狂戦士は答えない。

 既に呪いの一部となってしまったバーサーカーには、その少女は既に『かつて主だったもの』でしかない。

 意識すら酷薄となった英雄に、その声を聞き届ける理由はなかった。

 

「イリヤ様を放しなさい!この下郎!」

 

「このぉ…!」

 

 イリヤスフィールを喰らう間桐慎二に、襲い掛かる影が二つ。

 お付きのメイドである、セラとリーゼリットである。

 だがそれも無駄に終わる。

 

「ライダー」

 

 リーゼリットは、戦闘用に特別に調整されたホムンクルスであり、その膂力は人類のそれではない…が、それでもサーヴァントを上回る物でもない。セラに至っては、そもそも戦闘能力を持ってはいない。

 両者は、ライダーの一撃によって呆気なく吹き飛ばされ、そのまま打ち付けられた壁に寄りかかって気を失う。

 

「…さて、ごちそうさん」

 

 残ったのは、呪いに犯され自意識を乗っ取られつつあるアーチャーとバーサーカー。

 それと、魔力を吸い尽くされ、気を失ったイリヤスフィール。

 

「さてライダー、移動するぜ」

 

「はい」

 

 目的を達した間桐慎二は黒い呪いを自らの中に再度しまい込み、ライダーの天馬に乗って、アインツベルンの森の中へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 



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6日目③

「慎二…!?あなた、どうしてここに!?」

 

「あ?寝ぼけてんのかよ、遠坂。今の僕達がやる事って言ったら、聖杯戦争以外にないだろうが」

 

「っ…それは、そうね。…もう一つ聞かせて頂戴。そのバーサーカーとアーチャーはどういう事?」

 

「あぁ、こいつらなら、僕が貰ったぜ?」

 

 事も無げにそう言い切る慎二。

 私のアーチャーを、『貰った』?…しかも、あのバーサーカーまで…!?

 

「どういう、意味よ」

 

「そのまんまさ。今やそいつらは、僕の手駒だってこと。…さて」

 

エミヤ(・・・)、さっき言ったとおりに頼むぜ」

 

「は?」

 

 アーチャーの手で捕らえられたままの衛宮君は、その言葉に怪訝な声を返す。

 その言葉の意味は、直ぐに彼の目の前居る存在から発せられることになる。

 

「了解した、マスター」

 

 『エミヤと呼びかけられたアーチャー』は、慎二の言葉に返答する。

 

「は?…ちょ、ちょっと待ちなさい!一体…!?」

 

「悪いが凛、その説明を果たす義理は、既に今の私にはない」

 

 

 

―――体は剣で出来ている(I am the bone of my sword.)

 

血潮は鉄で、心は硝子(Steel is my body, and fire is my blood. )

 

幾度の戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades. )

 

ただの一度も敗走はなく(Unknown to Death. )

 

ただの一度も理解されない(Nor known to Life. )

 

彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う(Have withstood pain to create many weapons. )

 

故に、その生涯に意味はなく(Yet, those hands will never hold anything. )

 

その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS. )

 

 

 

 詠唱を完了させたアーチャー―――エミヤは、過去の己自身と共にこの世界から消失した。

 

 

 

「消え、た…!?」

 

「安心しろよ、死んじゃない。…少なくとも今はまだ、な」

 

「くっ…シロウを返しなさい!ライダーのマスター!」

 

「ハッ!素直にお前の言う事を聞くとでも思ってんのか?」

 

「…ならば、力ずくで!」

 

「バーサーカー」

 

 襲い掛かるセイバーに対して、慎二はバーサーカーをけしかける。

 まずい、ライダーだっているっていうのに、バーサーカーまで居るなんて…!

 

「■■■■■■■■■――――――――――!!!」

 

 だが私の不安は、あらぬ方向に自らの武器を振り下ろしたバーサーカーによって、僅かに揺らぐことになった。

 

「まさか…今のバーサーカーは、目が見えてない?」

 

 アーチャーが何かしたのか、はたまたイリヤスフィールから強奪した際の副作用なのか。

 バーサーカーはただ暴れ回るばかりで、その攻撃をまともに命中させられない。

 これならば―――そんな希望は、もう一騎のサーヴァント、ライダーの手によって潰えることになる。

 

「ライダー、お前も行け。あぁ、それは遠坂にでも預けとけ」

 

「わかりました」

 

「え、ちょ!?」

 

 無造作に私に向けて投げ捨てられたイリヤスフィールの体をキャッチする。

 イリヤスフィールはぐったりとして気を失っており、その様子は彼女が魔力切れである事を指し示していた。

 

 セイバーを追い越して背後へと回りこんだライダーは、セイバーを狙わず、その先に居るバーサーカーへと攻撃を加えた。

 それでバーサーカーが傷つくことはない。だが、そのせいでバーサーカーの攻撃はライダーの方向へと向かう事になる。

 それはつまり、その直線上に居るセイバーも、ただでは済まないという事だ。

 

「くっ…」

 

 ライダーの誘導によって、セイバーを攻撃し続けるバーサーカー。

 その照準は正確なものではない。

 だが、あのバーサーカーの膂力が並ならぬものであることは、一度剣を合わせているセイバーもよくわかっているようで、油断せずにその攻撃を避け、時には受け流し続ける。

 更に、背後に居るライダーとて、バーサーカーの誘導しかできないわけではないだろう。

 もしセイバーがライダーを無視してバーサーカーのみに注力したのならば、その瞬間あの釘剣の矛先がセイバーへと向けられるであろうことは想像に難くない。

 

 バーサーカーの暴威。

 ライダーに背後を狙われる緊張感。

 

 そんな極限状態の中で、セイバーはよく戦っている。

 だが…。

 

(まずい、慎二の奴の目的は―――!)

 

 決定打に欠けるセイバー達の攻防。

 しかし時間が長引けば長引くほど、アーチャーによって攫われた衛宮君の命は危うくなる。

 折角魔力供給ができるようになったというのに、今ここで彼を失えば、そのままセイバーは消失せざるを得ないだろう。

 

(こうなったら、私が慎二の奴をぶっ飛ばして…!)

 

 元々、あいつだけはどうあっても倒すつもりだったのだ。

 幸い、サーヴァント二騎はセイバーにかかりきりで、今の状態ならば慎二と一騎打ちに持ち込める筈。

 私とアイツの一騎打ちならば、勝つのは私の方―――!

 

 いざ覚悟を決めて一歩踏み出して、しかしその瞬間、まるでその思考を読んでいたかのように、サーヴァント達の戦闘が止まった。

 

「もういいぜ、お前等」

 

「何…!?」

 

 慎二の言葉に従って、バーサーカーは停止し、ライダーもまたその釘剣を下げる。

 その二騎は、慎二とセイバーの間に立ち塞がるようにその傍に控えているため、慎二にその剣を届かせることは出来ないが―――

 

「どういうつもりだ、ライダーのマスター」

 

「お前もこれでわかっただろ。戦闘になっても千日手状態、このまま時間を稼いでいれば、その内お前のマスターはやられて僕の勝ちだ」

 

「…それは分からないだろう。それより先に、私の剣が貴様を討つ」

 

「まぁそう焦るなよ。…だから、一つ賭けをしよう」

 

「賭け、だと?」

 

「あぁ。これから僕がお前と話をして、まだ戦意を保っていられるようなら、その時点で僕はこの場は大人しく引こう」

 

「何だと?」

 

 ボロボロになり、魔力も切れて、立ち上がるのも辛いような状態でも、衛宮君を助けるためにアインツベルン城に突貫かますようなセイバーが?

彼女の意思の強さは、私もずっと見てきた。

 あのセイバーが、戦意を失うような話?

 …そんなもの、考えつかない。

 

 それに、そんな話をアイツがするとして、そんな話をしている内に衛宮君がやられてしまうかもしれない。

 もし万が一、それでセイバーが戦意を失ったとして、その約束をアイツが守る保証もない。

 確かに状況としては私達の方が不利で、追い詰められているのも私達の方だが、だからと言ってこんな提案を受ける理由はない。

 

「そう不安そうな顔するなよ、遠坂。別に心配しなくても、僕は本気でセイバーの戦意を折る気でいるさ。…それは、僕の妹にかけて誓おう」

 

「妹…?」

 

「慎二の提案を受けて、セイバー!」

 

「凛?」

 

 アイツがああ言う以上、アイツは必ず約束を守る。

 妹―――桜の名に懸けて誓って、それを破るなんてことは、アイツに限っては絶対にありえない。

 だから問題は、アイツの『話』とやらで本当にセイバーの戦意を折れるかどうかという一点のみとなるが…セイバーの意志の強さは、私もよく知っている。

 勝算は十分。なら、受ける価値はある。

 

「…いいでしょう。受けて立つ、ライダーのマスター」

 

「あぁ、セイバー。…いや、アルトリア・ペンドラゴン」

 

「!」

 

「なっ…」

 

 私ですら知らない、セイバーの真名を言い当てた慎二は、言葉を続けた。

 

 

 

「お前みたいな小娘が、王になったことは間違いだった。それを今ここに証明しよう」

 

 

 

 

 

 

「小娘…だと?貴様、私を愚弄するか!」

 

「あぁするさ、当然だろう。お前みたいな奴は王だなんて相応しくない。大人しく片田舎に引っ込んで村娘でもやってれば良かったんだ」

 

「…確かに、私は王に相応しくはなかったかもしれない。だが、何も知らないあなたからそんな罵りを受ける謂れはない」

 

「知っているさ。お前の真名も、お前が生きて何を成し遂げたのかも、何を思ってそれをしてきたのかも、そしてその果てに聖杯なんてものに縋って何を願おうとしてるのかも、全て知っているさ。…だから言ってるのさ、『小娘』…ってな」

 

「………ッ!」

 

 怒りの余り、これが話し合いであることも忘れて強く剣を握りしめた私は、しかし辛うじてその手を抑える。

 

 ―――何を言われようと、私の戦意は衰えない。それを証明すればいいだけの事。

 

「確かに、私は王に相応しくはなかった。だからこそ…」

 

「だから、王の選定をやり直そうとしている…ってか?」

 

「…そうだ」

 

 何故、彼が私の真名を知っているのか。

 何故、彼は私が聖杯に掛ける願いすら知りえているのか。

 不可思議なことは山程あるが、今は彼の言い分をへし折る事だけに集中する。

 私の願いが間違っているなど、認めるわけにはいかないのだから。

 

 ―――私は、あの結末を、変えなければならない。私には、その責任がある。

 

「何故、私の願いの邪魔をする。私の願いを否定するだけの願いが、貴様にもあるというのか!」

 

「別に僕は聖杯に願わなきゃならないことなんてないよ」

 

「ならば、何故!」

 

「それじゃぁ、ブリテンは救えないからさ」

 

 ブリテンを、救えない?

 …いや、確かにその可能性はある。

 あのブリテンが終わりを目前にしていたことは、統治した私が一番よく理解している。

 大地は痩せ、日々外敵の脅威にさらされるあの地を救えるものなど、本当は居ないのかもしれない。

 

 ―――それでも

 

「それでも、私以外の人間が選ばれるのならば、あのような結末は迎えることはなかった筈だ」

 

「少しでも、マシになる筈だ…ってか?」

 

「そうだ。だから私は、聖杯を取る。私のせいで不幸にしてしまった民達を、騎士達を、少しでもより良い未来へ導くために!」

 

 そうだ、この想いが、間違っているはずなどない。

 この理想が、間違っている事などあるわけがない。

 間違ってなど居る筈がない―――

 

 

 

「誰ならそんなことができる?」

 

 

 

 そう、思っていたのに。

 

「聖者の数字を持つ、太陽の騎士ガウェイン?最優と名高い湖の騎士ランスロット?それとも、お前に反抗する勢力をまとめ上げて見事反乱を成し遂げたモードレッドか?」

 

 私は、答えない。

 

「無理だよなぁ。最高の騎士として名高い彼ら十三…お前を抜けば十二人の円卓でさえも、あのブリテンを救えはしない。もし救えるとしたら、お前はその誰かにその王座を譲った筈だ」

 

 私は、答えない。

 

「お前の目的はブリテンを救う事。王座や権力、富に固執することなく、ただ『ブリテンの救済』という理想に自らを捧げ続けたお前なら、それでブリテンが救えると思ったなら、躊躇なくその座をその誰かに明け渡していたはずだ」

 

 私は、答え、られない。

 その時点で、私は空転する思考に囚われ、まともな思考能力を失っていた。

 目の前にいる敵の事も忘れ、ただ何故、と己に問い続けていた。

 

 それは確かに、彼の言う通りだ。

もし、自分以外の誰か、もっと王に相応しい誰かが居たのなら、私はその誰かに王の位を譲っていただろう。

 何故、私はそうしなかった?

 だが答えは出ない。いや、出せない。

 もしこの答えに辿り着いてしまったら、私は―――

 

「けれどこれくらいの事、お前なら分かって然るべきだったよな。

 王として相応しくなくとも、お前の王としての能力は本物だった。だからこそ、どん詰まりにあったあのブリテンを、辛うじて守っていられたんだから。

 もしお前が居なかったら?…そりゃぁ散々な未来があっただろうな。『自分こそが王足り得る』と叫ぶ騎士達がブリテンという王冠を取り合って、その間に無辜の民たちは恐ろしい幻獣魔獣の襲撃を受けてその命を散らし、そして土地は侵略者たちによって奪われる。…それを阻止できる人間なんざ、お前以外には居なかった筈だ」

 

 私は、私は、私は――――!

 

 

 

「なぁ、お前、ブリテンを救おうだなんて考えちゃいないだろ」

 

 

 

「そ、そんなわけがない!」

 

 そうだ、そんなわけがない。そんな事があってはならない。

 私は、確かにブリテンを救おうと、どうにかしてあの血塗られた結末を変えようと、そう思って。

 だから、そんなわけがないのだ。

 

「いいや、それは矛盾してるぜ。あのどうしようもなかったブリテンにおいては、お前がたどり着いたあの結末でさえ、十分に救い足り得る結末だった筈だ。お前がどれだけ心で納得できていなかろうと、現実としてあの地は滅びを定められていて、それでもあそこまで終わりの瞬間を引き延ばしたお前の行動は、紛れもない偉業だった筈だ。けれど、お前はそんな事をなかったことにしたいという。それは、ブリテンを救うという気持ちに根付いた願いじゃぁない」

 

 やめろ。

 

 やめてくれ。

 

 その先を言わないでくれ。

 

 その先を言われたら、私は―――

 

 

 

 

 

「お前はただ、『自分がブリテンを滅ぼした』という責任に、耐えられなかっただけだ」

 

 

 

 

 

 私は、その瞬間、膝を折った。

 

「ぁ………ぁ………」

 

 彼の言う通りだった。

 私は、ブリテンを救おうなどとは思っても居なかった。

 

 ただ、最後のあの景色が、自分の生み出したものだという事実に耐え切れなくて。

 

 全てをなかったことにしてしまおうとしただけだった。

 

 

 

 ―――自分が救おうとした筈のブリテンの民の事など、私は考えてなどいなかった。

 

 

 

「セイバー!?」

 

 私は、手にしていた聖剣を取り落とす。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。

 

あぁ、なんと虚しい響きだろうか。

こんな、私のような小娘に、勝利を約束したとて、意味はないだろうに。

 

既に、勝敗は決した。

 

彼らと戦うべき私は、既に戦う理由を失ってしまった。

聖杯に掛ける願いはなく。

故に、この戦争に残る意味はない。

ただ、この身が消えるその時を待つだけ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、世界がひび割れ、二人の人間が姿を現した。

 それは、私のマスターであるシロウの姿だった。

 その目の前には、彼と共に消えたアーチャーの姿もある。

 

「俺の、勝ちだ」

 

「あぁ、そして私の敗北だ」

 

 

 

 衛宮士郎は、未来の己に打ち勝った。

 

 

 

 



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6日目④

 その空間は、初めて見る筈なのに、なぜかずっとそばにあったかのような錯覚を覚えた。

 

 乾いた大地と、そこに突き立てられた無数の剣。

 

「これは、私の心象風景だ」

 

 声の方向に目を向ければ、体中に黒い筋が走り、何らかの呪いに汚染されていることが見て取れるアーチャーの姿があった。

 

「『固有結界』―――魔術の中でも大魔術に分類される魔術で、自らの心象風景によって現実を塗りつぶす、そういうものだ。…そして、お前がいずれ至るであろう可能性の一つでもある」

 

「俺が…?」

 

「もう、気付いているのだろう?お前は、この景色を見た時点で、感じていたはずだ。既視感、共感―――」

 

「…まさか、お前は」

 

 

 

「俺の名前は、エミヤシロウ。正義の味方―――つまり貴様の理想、その成れの果てだ」

 

 

 

 

 

 

「がっ、はっ!?」

 

 この結界の中に入ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 あれからずっと、俺はアーチャーの手で痛めつけられ続けている。

 拳打を受けては腰を折り、蹴りを受けては吹き飛ばされる。

 そんなことを繰り返される中で、俺の体はボロボロに痛めつけられ、無様な姿を晒している。

 

 だが、それ以上に―――

 

「づあ…っ!!!」

 

 流れ込んでくる映像がある。

 

 助けを求める声があった。

 嘆き呻く声があった。

 救いを叫ぶ声がった。

 この世に『正義』はないのかと、そんな風に世界を呪う声があった。

 

 その全てを諸共に吹き飛ばし続けていた。

 

 それは、世界の意思、人類の無意識の集合体、『アラヤ』と契約を果たした、一人の英雄の生涯だった。

 

 人類の歴史の中で、どうしようもなくなった瞬間。

 そのまま世界が回り続ければ、いずれ人類が多大なダメージがあるであろう、歴史の分岐点。

 そんな時に、その英雄は現れ―――そして、全てを消し飛ばしていった。

 

 正義の味方。

 あぁ、確かに、彼の行いによって、多くの命が将来救われたのだろう。

 そうしなければ、もっと多くの命が失われたのだろう。ひょっとすると、人類丸ごと滅ぶような未来が訪れたのかもしれない。

 

 ―――けれどそんな大義名分は、この景色の残酷さの前では、虚しく響くだけだった。

 

「これ、は…!?」

 

「そうだ、それこそが、(お前)の生涯。正義の味方であることを望み、その理想に準じた結果、人殺しの掃除屋にしかなれなかった、世界の抑止力、その一つ。…それが、(お前)だ」

 

 こんな未来を迎えるのか。

 こんな生涯が、俺の未来なのか。

 

「借り物の理想を、後生大事に抱え続けた結果がそれだ。俺は、そんな血に塗れた未来を消すために、今…ここにいる」

 

「諦めろ、衛宮士郎。お前では、お前の思い描く正義の味方には成れはしない」

 

 

 

「お前の存在そのものが、間違いだったのだ」

 

 

 

 そうなのか。

 

 駄目なのか。

 

 成れないのか。

 

 俺が正義の味方を目指すのは―――間違っているのか。

 

 

 

 

 

『僕はね、士郎。正義の味方になりたかったんだ』

 

 

 

 

 

「…じゃない」

 

「何?」

 

「間違いなんかじゃ、ない―――!」

 

 綺麗だったから憧れた。

 

 確かに始まりは、仮初だったかもしれない。

 俺は別に、理想を目指したわけじゃない。

 ただ―――

 

『ありがとう!ありがとう!…生きていてくれて、本当に―――!』

 

 俺を助けた時の切嗣の姿が、本当に嬉しそうだったから。

 もし、俺にもあんな風に喜べる時が来るのなら。

 そう思って、切嗣の姿を追いかけていただけだった。

 

 理想は借り物で。始まりは仮初で。

 目指していたのはただ、正義の味方ではなく、正義の味方だった男―――衛宮切嗣の後ろ姿だった。

 

 けれど―――

 

 より多くの人の幸せのために。

 より多くの人が救われるように。

 より多くの人が笑っていられるように。

 

 そんな願いが、間違っているわけがない。

 

 綺麗だったから憧れた。

 あんな風になりたいと思った。

 借り物の理想でも。仮初の始まりでも。

 

 

 

投影・開始(トレース・オン)ッ!!!」

 

 

 

 僅かばかりとなった魔術回路を励起させて、その技術を模倣する。

 己がいずれ至る境地を、今ここで再現する。

 

「くっ…私の記憶を覗き見て、その技術を模倣したか…だが、そんな拙い投影で!」

 

 干将・莫耶。

 奴が―――俺が、好んで使うこの双剣を投影し、奴と打ち合う。

 

 そして―――俺の剣が、砕け散った。

 

「ぐっ…!まだ、だぁ!」

 

 投影する。

 

 砕け散る。

 

 投影する。

 

 砕け散る。

 

 何度も、何度も、何度も―――。

 

 初めは、一合と持たない。

 次は、二合。

 その次は、三合。

 

 徐々に、俺の投影は、その精度を上げていく。

 

「何故だ…何故抗う!もはや立っている事すら難しいはずだ!己が間違っていると気づいた筈だ!それなのに―――」

 

「それでもッッッ!!!」

 

 追いついて見せる。

 

 追い抜いて見せる。

 

 お前がたどり着けなかった場所に、辿り着いて見せる。

 

 何故ならば―――

 

 

 

「俺が目指した正義(理想)は、決して間違いなんかじゃぁない!」

 

 

 

 両手に握った双剣が、奴の胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「俺の、勝ちだ」

 

「あぁ、そして私の敗北だ」

 

 私の作った世界が砕け散り、現実へと舞い戻る。

 

 結局、私はマスターの命令を遂行できなかった。

 

『殺すな。ただ、その理想を砕け』

 

 あの呪いで以て、凛から私のマスター権を奪い、そう命じてきた現在のマスター、慎二。

 殺すなという縛りさえなければ、即座に殺して終わりだったというのに。

 

 そのせいで、思い知ってしまった。思い出してしまった。

 自分がどれだけ頑固な人間で、どれだけ、諦めの悪い人間なのかという事を。

 

 ―――この男は、死んでも止まらない。

 

 それに気づいた私は、振り上げた剣を降ろした。

 奴が諦めることがなく、私に奴を殺すことができない以上、どれだけ戦い続けても、最後には私の敗北で終わる。

 その未来が、はっきりと見えてしまったからだ。

 

 

 

 

 

 

「なんだ、結局負けたのか、アーチャーの奴…まぁ、それならそれでいいさ。戻れよ、アーチャー」

 

 幻想の世界から現実へと戻ってきた俺を迎えたのは、膝を屈するセイバーと、汗を垂らして油断なく辺りを見回す遠坂…そしてそんな俺達を余裕綽々な態度で睥睨する慎二の姿だった。

 

「慎二…ッ!」

 

「お、なんだよ衛宮、やる気か?そんなボロボロの体で、この局面を一体どうしようってんだ?」

 

「どうにかするさ…誰かを犠牲にしようだなんていう、お前の行いを、俺は許すわけにはいかないッ!」

 

 そうだ。

 俺は決めたんだ。

 この理想を掲げ続ける。

 俺は、正義の味方であり続ける。

 ―――あの、俺の始まりである光景(地獄)に報いるためにも。

 

「全く、役に立たないどころか、敵に塩送るような真似しやがって…ま、それならそれでいいさ。僕自身が出張るだけだ」

 

「っ!」

 

 俺は意識を戦闘に備えさせる。

 既にアーチャーとの戦いの中で俺の体はボロボロだが、それでも抗う意志だけは絶やさない。

 

 ―――だが、続く言葉は、その意志を砕こうとするものだった。

 

 

 

「聖杯、お前にくれてやろうか?衛宮」

 

「………なん、だと?」

 

「だから、聖杯だよ。万能の願望器。僕は別に要らないからさ、お前にくれてやろうと思って」

 

「なん、で…そんな、こと…」

 

「だって、お前にはあるだろう?叶えたい願いが、願わなきゃならないことが」

 

「そんなもの、オレには―――」

 

「あるだろう。十年前の悲劇を、なかったことにするっていう願いが」

 

「――――――」

 

 絶句する。

 それは、あまりにも。

 甘美に過ぎる、誘惑だった。

 

「十年前の地獄。お前達が味わい、そしてお前だけが救い出された、前回の聖杯戦争の最後の瞬間。

 数多の命を奪い、数え切れない人々の人生を滅茶苦茶にした、この冬木で起きた大災害。

 そこで唯一人生き残ったお前は、こう思っているはずだ―――『あんなことが起きなければ』ってな」

 

 あぁ、確かにそうだ。

 あんなもの、起きなければよかった。

 あれのせいで、どれだけの悲劇が生み出されたか知れない。

 

「もし聖杯があれば、本当になかったことにできるぜ?衛宮」

 

 その誘惑に、俺は―――

 

 

 

「いいや、そんなものはいらない」

 

 

 

 首を、横に振った。

 

「………何?」

 

「いらないって言ったんだ。…あの悲劇を、なかったことになんてしない」

 

「お前、何言ってるかわかってんのか?お前なら救い出せる。あの時失われた命を、あの時叫ばれた嘆きを、その全てをなかったことにできるんだぞ?」

 

「そんなこと、出来ない」

 

「見栄張るのはやめろ衛宮!お前にはずっと後悔があったんだろうが!ずっと、ずっとずっとずっと、あの時から自責の念が、お前を縛り付けていたはずだ!『自分だけが助かった』という罪悪感が、お前の中にずっとあった筈だ!

 だからお前は、そんな風に自分を蔑ろにして、当たり前みたいに誰かを助けるために動き続けた!本来、魔術をちっとかじっただけの一般人だったお前が、こんなとち狂った戦争に頭を突っ込んだ!…そんな生き方辛いだろう、苦しいだろう?なのに何で、それから逃れようとしない!」

 

「それでも―――!」

 

 確かに、悲しくて、辛くて、苦しくて。

 それでも―――

 

「それだけじゃ、なかった筈だ」

 

 悲しくて涙を流して。

 辛くてしょうがなくて。

 苦しくてどうしようもならなくて。

 

 けれど、それを乗り越えて今がある。

 

「それでも、耐え続けて、前に進んできたから今がある。悲しくても、辛くても、苦しくても、それでも諦めなかった、今の俺がある!

 他の誰かだってそうだったはずだ!何があっても、逃げ出さずに進み続けて築かれた今が―――」

 

 

 

「間違ってなんて居る筈がない!」

 

 

 

「…それがお前の答えか、衛宮」

 

「あぁそうだ。だから、お前の誘いには乗れない。お前がまだ聖杯戦争を続けるっていうんなら―――俺は、お前を止めるぞ、慎二!」

 

「―――そうかい」

 

 かちゃり、と。

 セイバーが、剣を握る音が聞こえた。

 

「セイバー、お前…」

 

「確かにあなたの言う通りだ、シンジ。私は、王になど相応しくはなかった。

…私は、シロウ程強くはなかった。今まで積み重ねてきたことを、あの終わりを受け入れられなかった。だから―――

せめて『私』は、『私』としての誇りだけは守り切ろう。『王』としての意思ではない。私は、『私』の意思でシロウの剣となり、シロウと運命を共にすることで、人としての最後の尊厳を守る。…それが、『私』の選択だ、シンジ」

 

「チッ、アーチャーの事を笑えねぇな、これじゃ」

 

 そして慎二は―――踵を返して、ここから立ち去ろうとした。

 

「ちょ、慎二、どこに行くつもり!?」

 

「どこって…帰るんだよ。まだ随分と戦意たっぷりのようだからな。あーあ、こんな事なら迂闊に変な約束なんてするんじゃなかったぜ。

じゃぁな遠坂、それと衛宮にセイバー。ま、準備ができたら来いよ、いつでも相手してやるぜ?」

 

 そう言って慎二は、本当にそのまま、ライダーの手で運ばれていった。

 

「そういう事だ、ではな未熟者。…次に出会う時は、殺し合う時だ」

 

 アーチャーは、そんな慎二を追いかけていく直前、最後に俺に向けて語りかけてきた。

 

 

 

「その時こそ、俺を殺して見せろ。―――未来の自分自身()を、超えて見せろ」

 

 

 

 

 



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6日目⑤

「が、はぁ…!」

 

「シンジ、本当に大丈夫なのですか?」

 

「あぁ問題ない…!お前は黙って僕を柳洞寺まで運べばいいんだよ…ッ!」

 

 遠坂、衛宮、セイバーとの戦いを終えた後。

 僕は、柳洞寺へ向けて急ぎ移動していた。

 移動手段はもはやお馴染みとなったライダーのペガサス。

 …だが、実を言うとこの状態は大分辛い

 

 ―――オナカスイタ。オナカスイタ。オナカスイタ。

 

 ―――タベタイ。タベタイ。タベタイ。

 

(黙ってろ…ッ!)

 

 あの『呪い』を酷使しすぎた反動だろう。

 今まで感じたことのない程の酷い『空腹』を感じていた。

 頭の中で、魔力(食事)を求める声が反響し、ガンガンと鳴り響く。

 自分がしがみついているライダーも、騎乗している天馬も―――今の自分には極上のエサに見えて仕方がない。

 

(もう少しだけ、待っとけ…!)

 

 ―――喰らうべきエサなら、きちんと用意してあるのだから

 

 

 

 

 

 

「ここは…」

 

「っ…やっと、着いたか。ライダー、お前は、離れて、ろ…!」

 

 辿り着いたのは柳洞寺にあるとある洞穴の奥…大空洞。

 聖杯の祖、ユスティーツァ・フォン・アインツベルン、その魔術回路が刻まれた場所。

 

即ち―――聖杯降誕の地。

 

「アーチャー、バーサーカー」

 

 呼び出すのは、既に汚染済みであるサーヴァント二騎。

 本当なら何かあったときの為の戦力として手元に残しておきたかったが、仕方がない。

 もう、空腹が限界に来ている。既に気が狂いそうになるほど飢えが思考を埋め、まともに頭が働かない。

 

「喰らえ」

 

 僕の言葉に従って、地面から黒い触手が現れ出る。

 歓喜を感じさせる躍動感のある動きで目の前のサーヴァント()二騎に絡みつき、そのまま捕食する。

 強烈な空腹感が満たされていくのと同時に―――

 

 

 

 ―――ドクン

 

 

 

「がっ…!」

 

 自らと接続した『モノ』の胎動を、感じた。

 

 取り込んだ英霊はこれで五騎。それもその内の一騎は、ギリシャの大英雄ヘラクレス。

 ここまで器に並々と魔力が注がれたなら十分だった。

 

「クッ…ソッ…!」

 

 膨大な活力を得た『ソレ』―――『聖杯』が、その意志を露わにする。

 

 

 

「ああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 

 ―――ニクイ

 

 ―――ニクイニクイニクイ

 

 ―――ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

 本来、無色である筈の願望器。

 それは、既にとある存在の手で黒く塗りつぶされていた。

 

 膨大な呪い。

 圧倒的な悪意。

 人の業、その極限の一つ。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)』が、僕の体を依り代に顕現する。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 意識を取り戻した僕は、自分の状態を確認する。

 既に魔力の奔流は落ち着き、全身を走る激痛は止んでいる。

 だが依り代になった代償か、その見た目は大きく変わっていた。

 髪は老人のような白色に染まり、衣服は禍々しい黒衣に赤い線の入った装いとなっている。

 何よりの違いは―――

 

 ―――ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ

 

 ―――シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

 今もなお、頭の中で鳴り響く呪詛の声だろうか。

 僕は、その声に―――

 

「あぁ、全くだな」

 

 同調、する。

 

 ―――僕は、この世界が憎い

 ―――僕は、この世界を殺したい

 

 

「呵々、ようやく、『成った』ようだの」

 

 そんな瞬間を見計らったかのように表れたのは、僕をこんな風にした原因である妖怪の姿だった。

 

 ―――憎い

 

 ―――憎い、憎い、憎い!

 

 ―――今、僕の目の前に居る老人が、何よりも憎い!

 

「間桐、臓硯…!」

 

「ふむ。儂を憎むか…それも、致し方のない事だの。だが…」

 

「がっ…!」

 

 心臓の中から、血管を伝って何かが這いずり回る感覚。

 それが何なのか、僕は知っている。

 

 老人自身の格となる魂を治めた、指先程の小さな蟲。

 僕の心臓に巣食い、僕をずっと縛り続けていた老人の本体である。

 

「貴様の命は、当の昔に儂が握っておる。さて、余計な事をされる前に、その体と力、頂くとしようかの!」

 

 間桐臓硯は、心臓から上へ上へと昇っていく。

 目指す先は、僕の脳髄。

 

 この老人の願いは、不老不死、永遠の命。

 健康な肉体で以て、悠久の時を生きる事。

 

 そのためにこいつは、僕の体を乗っ取る気だった。

 

「―――ッ…!」

 

 間桐臓硯が、喉元まで上がってきた。

 血管の中を内側からゴリゴリと削りながら進む蟲から与えられる激痛に喘ぎ、しかし喉が圧迫されて声を上げるのも難しくなる中―――

 

 ずぶり、と。

 僕は、僕の喉元めがけて自らの手を突き入れた。

 

「んな…っ!?」

 

 手に握られたのは、僕の中を這いずり回っていた小さな蟲…間桐臓硯の本体だ。

 その代償に、突き破られた喉からはどくどくと血が溢れている。

 

「ば、馬鹿な…貴様、死ぬ気か!?」

 

「そんなわけないだろうが」

 

 『治った喉を行使して』、目の前の老人へ向けてそう告げた。

 僕が死ぬ事を、僕と繋がった聖杯は許さない。

 降誕の為には、聖杯は僕を依り代とせざるを得ない。

 故に聖杯は、僕の傷を立ちどころに治してしまう。

 

「さて…覚悟は良いか?間桐臓硯」

 

「ま、待て、慎二―――!」

 

 怯え、ビチビチと僕の手の中で跳ね回り、どうにか逃げようとする蟲を、握りつぶそうとする。

 そこで、はた、と思い至る。

 

 ―――僕は、なんでこんなちっぽけな老人を憎んでいたんだっけ?

 

 

 

 

 

『兄さん!』

 

 

 

 

 

「―――!」

 

 ブンッ!と腕を振るって、手の中に居た蟲を投げ捨てる。

 

「さぁ、目を覚ますときだぜ、間桐臓硯」

 

 聖杯へと、この老人の願いを叶えるよう願う。

 今度は、僕の意思を阻害することなく、聖杯は大人しくその機能を行使する。

 単純に聖杯を害する願いではなかった故なのか、それとも―――

 

 ―――その願いこそが、この老人を最も苦しめる呪いだからなのか。

 

 自らが接続した聖杯に願い、その膨大な魔力、そのほんの一部を引きずり出す。

 方法も手順も全てすっ飛ばして、ただ結果だけを求める。

 この、目の前の老人を、若返らせるという願いを。

 

「お、ぉ…おおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 しわがれた皮膚には瑞々しさが与えられ。

 枯れ枝のようだった手足はスラリと伸びていく。

 徐々に、その姿は、若かりし頃を取り戻す。

 

 体も―――心も。

 

 ―――おぉ!

 

 ―――ようやくだ!

 

 ―――これで…!

 

 

 

 ―――人類救済という、我が理想を成し遂げることができる!

 

 

 

「目は覚めたか?」

 

「わた、しは…」

 

 昔々あるところに、一人の魔術師が居た。

 その魔術師は、魔術師にしては極めて珍しいことに、一般的な倫理観と真っ当な正義観を備えていた。

 魔術師は、人々の平和を、幸せを願い、それを叶えようとした。

 けれど、それには人の寿命だけで辿り着けるものではなく。

 

 ―――まだ、死ねない。

 

 ―――まだ、死ぬわけにはいかない。

 

 ―――まだ、自らの理想を、遂げていないのだから!

 

 …いつから、だろうか。

 

 あくまで前提条件の一つであった筈の自らの生存が、至上命題となってしまっていたのは。

 

 魔術師は、長く生きるうちに胸に抱いた理想を忘れ、いつしか守ろうと思った無辜の人々から血肉を喰らう事で生きながらえることを良しとしてしまった。

 

 そうして過ごして数百年。

 魔術師はとうとう、自らの理想を取り戻す。

 

 

 

 ―――いくつもの、取り返しのつかない罪を重ねた果てに

 

 

 

「私は、なんということを―――!」

 

 若さを取り戻した間桐臓硯は、命を取り戻した自らの手の平を見つめている。

 まるでそこに、今まで自らが喰らってきた血肉で汚れた、真っ赤な手を幻視するかのように。

 

「何してんだ、お前」

 

 膝を屈し、自らの罪深さを悔いる魔術師へ向けて、聖杯となった僕は語りかける。

 

「反省も後悔も全部後に回せ。お前には、まだやる事があるだろうが」

 

 そう言って自らの後ろにある、膨大な呪いの奔流となってしまった聖杯を指さす。

 

「こいつをどうにかしろ。…そのためのお膳立てはしてある」

 

「………っ」

 

 そうだ、全てはこの時の為に。

 『原作』通りに事を進めることで、不完全なセイバーの召喚を真っ当な形にし。

 アーチャーをけしかけて、衛宮士郎の覚醒を促した。

 遠坂凛もイリヤスフィールも生存したまま、僕以外の戦力が一所に集結している。

 

「ライダー!令呪を以て命ずる!間桐臓硯を連れて、この場から離脱しろ!」

 

「シンジ!?何を…ぐっ!?」

 

 抵抗しようとしたライダーだったが、令呪の強制力に対抗する能力をライダーは持たない。

 即座に間桐臓硯を抱え上げて、この場から離脱していく。

 

 ―――マテ、マテ、マテ!

 

 ―――タベタイ、タベタイ、タベタイ!

 

 ―――モット、モット、モット!

 

 ―――ソウスレバ…

 

「黙ってろ…!」

 

 頭の中で喚き回る声を抑えつける。

 生まれ出でようとする悪をねじ伏せる。

 

「お前に出てこられちゃ、全部台無しになるんだよ…!」

 

 

 

「桜の生きる世界に…お前は邪魔だ!」

 

 

 

 急いでくれよ、間桐臓硯。

 それに衛宮、遠坂、セイバー。

 僕が僕を保てるうちに。

 

 ―――どうか聖杯()を、消してくれ。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…」

 

「ふぅ…やっと令呪の効果が切れましたか」

 

「ま、待て…ライダー」

 

「…私は、シンジのサーヴァントです。あなたに従う理由はありません」

 

「待て、今戻っては、慎二の邪魔になるだけだ。…今の状態の慎二に、サーヴァントが近づいてはいけない」

 

「…どういう意味ですか?」

 

「一先ず、私の家に…間桐邸に戻ろう。こんなところで長々と話をするわけにもいかない」

 

 地面に投げ出された私は、そうライダーのサーヴァントに提案した。

 

 胸の内には、果てしない後悔の感情がある。

 今まで喰らってきた無辜の民の命。

 無碍にしてきた、今を生きる人々の幸福。

 だが、それを理由に立ち止まるわけにはいかない。

 

 ―――この世の誰よりも私を恨んでいるだろう少年から、この世界の未来を託されたのだから。

 

 

 

 



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7日目

「どうしたものかしらね…」

 

 慎二に見逃されて生き延びた俺達は、全員揃って俺の家に集っていた。

 気を失っていたイリヤは客室の一つに寝かせて、俺と遠坂は今後の方針を話し合うために、居間で膝を突き合わせている。

 セイバーには、そんなイリヤの傍についてもらっている。未だイリヤスフィールとは友好的な関係を結んだわけではない、なんて遠坂が言うからだ。

 そんなもの必要ない…と俺は言ったのだが、「あんなにあっさり誘拐された身で反論なんてするの?」とステキナエガオで言われては、抗う事も出来なかった。

 まぁ、別にイリヤを害するわけでもない。渋々、俺はイリヤの監視を受け入れた。

 

「一先ず、衛宮君の話を聞かせてもらえる?一体あの時、何があったの?」

 

「あぁ、それは―――」

 

 俺は、あの時のアーチャーとのやり取りと、奴とぶつかったことで知った己が辿る可能性の一つにおける生涯について、遠坂に話した。

 アーチャーの正体が、未来の俺自身であることに始まり。

 あの時俺が消えたのは、アーチャーの発動した固有結界に取り込まれたからであること。

 そしてその中で見た、俺自身の素質、投影魔術―――ではない。現実にある剣を模倣し、己の中に内包し、それを現実へと写し出す、衛宮士郎の持つ力。

 アーチャーは、その力を世界に巣食う人類の無意識の集合体『アラヤ』に認められ、世界の守護者として契約した、自分の未来の結果であること。

 守護者となった己を嫌悪しているアーチャーは、過去の自分自身を殺すことで、己が生まれる可能性を消すことを企んでいたこと。

 最終的に、何故かは分からないが戦意を失ったアーチャーが、俺の攻撃を防御しなかったことで、戦いが決着した事―――。

 

 俺が連れ去られる前の会話で、アーチャーの正体が俺だというのはある程度想定していたのか、遠坂はそこではあまり驚かなかった。

 だが、話が俺の素質―――固有結界の話になると、遠坂が途端に眉根を寄せた。

 最後には、分かりやすく頭を抱える遠坂の姿があった。

 

「あの、遠坂…?どうかしたのか?」

 

「どうもこうもないわよ!あなたねぇ、その力がどれだけ途轍もない物なのか分かってるの!?」

 

「え?」

 

「固有結界は、術者の心象風景で現実を塗りつぶして内部の世界そのものを作り変える大魔術で、魔法に最も近い魔術と言われているの。…そんな物を持っているなんて知られたら、アナタ一発で封印指定喰らうわよ!?良くて監視付きの一生を送るか…最悪、解剖されて隅々まで解析されるでしょうね」

 

「解剖…!?」

 

「…そんな事になりたくなかったら、その力は死ぬまで隠しておくこと!いいわね!?」

 

「あ、あぁ…肝に銘じておく」

 

 まさか、そこまで大事になるようなものだったなんて…。

 つい昨日まで、三流どころか魔術師見習いだった俺からすれば、まさに青天の霹靂と言うべき変化だった。

 いや別に、だからって俺の魔術師としての腕前が上がったわけじゃないんだろうが…。

 

「…まぁいいわ。いえ、全く良くはないけれどそれへの対応はまた今度に回しましょう。今は、使える戦力が増えた、と言う事に素直に喜んでおくことにするわ」

 

「あ、あぁ…それで、遠坂の方はどうだったんだよ。正直、何が何だかよくわからない内に、慎二が帰ってしまった…って感じなんだが」

 

「それは―――」

 

 それから、俺は慎二の語った内容を遠坂から聞いた。

 

 慎二の話を聞いてセイバーが戦意を失わなかったら、自分は大人しく引き下がると約束した事。

 セイバーが、ブリテンの救済を願い、その為に王の選定のやり直しを、聖杯に望むつもりだった事。

 それでは、ブリテンを救うことは出来ないであろう事。

 それを理解出来たはずなのにしなかったセイバーは、ブリテン救済の意思が本当はなかったであろう事。

 自らの持った願いは、掲げた理想の為ではなく、自身が抱いた後悔をなかったことにするという自分勝手な思いから来たものであろう事。

 

「自分のたった一つの願いだったブリテンの救済が出来ないと知って、セイバーは戦う理由を失っていた。しかも、元々抱いていたその願いが、自分本位な理由だったかもしれない可能性に気付かされて、自責の念に駆られていたんでしょうね」

 

「そんな…」

 

「ま、それもこれも、衛宮君のおかげで何とかなったけれどね。慎二に向けて切った啖呵は、なかなかカッコよかったわよ?………衛宮君?」

 

 それを聞いて、俺の中に湧き上がった感情は―――怒りだった。

 

 セイバーと繋がって、俺はセイバーの記憶を夢で見た。

 

 選定の剣を抜き放ち、星の聖剣を手に取って。

 数多の戦場を駆け抜け。

 王としての責務を全うし。

 多くの人々を助け、救い。

 そしてその果てに―――臣下の裏切りによって幕を閉じた、アーサー王の生涯を。

 

 それでも、まだ足りないというのか。

 もう、彼女自身が救われてもいいんじゃないのか。

 十分に、彼女は頑張っていたじゃないか。

 なのに、どうして彼女は―――。

 

 セイバーは、余りに自分に無頓着すぎる。

 彼女はもっと、自分の事を考えるべきだ。

 自分だけの幸福を追求するべきだと思う。

 彼女にはその権利と、義務がある。少なくとも、俺はそう思う。

 

 だから―――なんてことを考えていたからなのか

 

「ともかく…これからどうする、衛宮君?」

 

「あぁ、明日、セイバーとデートをする」

 

「は?」

 

「あ」

 

 咄嗟に、思っていたことをそのまま口に出してしまった。

 

「ぷっ、ふふ…あっははははははははは!!!」

 

「…遠坂」

 

「いやごめんごめん、だって、衛宮君がいきなり変な事言うから…ぷっ、くく…」

 

「へ、変な事ってなんだよ!いやまぁ確かに、ちょっと飛躍しすぎてるかもとは思ったけど、これでも、俺なりに真剣に考えて…」

 

「ふぅーん、なるほどねぇ…そっかぁ、衛宮君は真剣にセイバーの事を考えてるのね…そっかそっか」

 

 にやにやとこちらを見つめる遠坂に、むっとした顔を向けるも、遠坂はそれを意にも介さず、笑みを絶やすことはない。

 

「ま、いいんじゃない?」

 

「は?い、いいって…」

 

「だから、デートして来ればいいんじゃない、って言ったの。これから慎二に挑むにしても、準備にある程度時間はかかるけど、衛宮君に手伝ってもらうようなこともないしね。どうせ暇になるなら、少しでも有意義に時間を使う方が合理的でしょ?」

 

「い、いやでも…本当にいいのか?」

 

「だから、良いって言ってるでしょ?…ま、頑張んなさい。セイバーは難敵だけど、私も応援してあげるから」

 

「…助かるよ、遠坂」

 

 

 

 こうして、俺は遠坂の協力を得て、セイバーを思いっきり楽しませるために、デートプランをみっちり練るのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「それでね、セイバー。衛宮君から話があるんだって」

 

「はい、なんでしょうか、シロウ」

 

「と、遠坂!?」

 

 朝食を終えて一服していた俺達に、とんだ爆弾を投げ込む遠坂。

 いや、言わねば言わねばと思ってタイミングを見計らってはいたのだが、まさかこんな風に遠坂の手で無理矢理タイミングを作られるとは思っていなかった。

 セイバーは大声を上げた俺を不思議そうに見つめているし、遠坂はそんな俺達を見て吹き出しそうになるのを必死にこらえている。

 ―――あ、後で覚えてろよ、遠坂…!

 

 そんな、絶対に叶わないであろう反逆の意思を胸に秘めて、意を決してセイバーへと向き直る。

 こほん、と咳ばらいを一つ入れて語りかける。

 

「あ、あぁ…その、セイバーと、デートしようと思っているんだ」

 

「でーと…とは、なんでしょう?申し訳ありません、シロウ。その言葉は、聖杯から与えられる知識にはないので…」

 

「え」

 

 まさか、説明しなければならないのか?

 デートとは、一般的には恋仲か、それに近しい関係にある男女が行う物であり。

 互いの仲を深め、より親密な関係になる事を目的として遊び回る事で。

 今回、俺がセイバーを連れ出そうとするのも、そういった意図があるという事を―――。

 

「―――っていう意味よ、セイバー。わかった?」

 

「はぁ…は!?」

 

 と、遠坂ァァァアアア!!!

 俺がうだうだしている間に、遠坂は細大漏らさず、現代にてデートと言われる行為に関する説明をおおよそ終えてしまっていた。

 セイバーにとっては、驚天動地だろう。今は聖杯戦争の最中。そんな中、態々デートに出ようなんて阿呆な事を考えるマスターについては、セイバーの想像の外に違いない。

 

 だが、俺に諦めるという考えはなかった。

 

 俺はセイバーに、きちんと幸せになって欲しい。

 少なくとも、そうなりたいと、セイバー自身が思うようになってほしい。

 抱いた思いは、間違いなく本物なのだから。

 

 その後、自暴自棄気味に強引に話を推し進める俺の意見に折れる形で、セイバーとのデートの約束は成ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 それからは、怒濤の一日だった。

 

 

 

 結局、特に希望を告げることのなかったセイバーを連れて、新都のあちこちを渡り歩いた。

 慣れない女性服専門店に寄って、さっぱり興味を示さないセイバーと全く勝手の分からない俺とで右往左往して、結局店員さんのおすすめのままにセイバーを着せ替え人形にして。セイバーという極めつけの美人を前に舞い上がって気合を入れて衣服をチョイスする店員さんと、それに戸惑うセイバー。着替えを終えたセイバーを前に感想を求められたけれど、普段と装いの異なるセイバーを前に緊張しきりだった俺は、碌な答えを返すことは出来なかった。

 他にも、アミューズメント施設に寄って、様々なゲームを楽しんだりもした。ボーリング等の体を動かすようなスポーツに近しいゲームでは完敗だったけれど、慎二と共に電子ゲームの類もよく遊んでいた俺が勝ててしまうようなゲームもあった。少なくともセイバーは、音楽を奏でる才能には些か難があるらしい。新しい発見。

 遠坂おすすめのクレープ屋台にも寄ったりした。考えてみれば、家で出すのは普通の料理ばかりで、こういったデザートの類を作る事はなかった。流石のセイバーも、現代の甘味という未知の刺激には驚いたのか、無意識に顔を綻ばせていた。

 

 色々あったけれど、俺は確信する。

 セイバーは、義務感だけで出来上がった無機質な王なんかじゃない。

 ちゃんと感情があって。何かを楽しめる気持ちがあって。

 

 幸せにすることができる人間であることを。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 一日遊びつくした俺達は、日もすっかり落ちて、街を照らすのは転々と存在する電灯のみ、なんて時間帯になった頃。

 手頃なベンチに座って、家に戻る前の一服としていた。

 

「シロウ、今日は何故こんな事を?」

 

「え?」

 

「シロウは、今日は随分と疲れているように見えます。本来、戦いの前に休息を取るべきなのに、態々街に出てこのような事をする意味が…私には、わかりません」

 

「なぁ、セイバー…今日、楽しかったか?」

 

「え、えっと…その、目新しい事ばかりで、新鮮だったのは認めますが…」

 

「そっか…なら良かった」

 

 その言葉を聞いて、俺はセイバーと向き合い、真正面から彼女と視線を合わせた。

 今日、ずっと考えていたことを、セイバーに告げる。

 

「セイバー、俺は、セイバーは幸せになるべきだと思う。

 …セイバーと繋がったせいか、セイバーの生前の姿を夢に見た。

 国のために、民の為にって戦って、勝って―――そのたびに、誰かを犠牲にして。

 だからって、セイバーの気持ちが分かるとは言わない。けど、俺から言わせてもらえれば、もういいんじゃないかって、そう思う。

 もう、セイバーは十分に頑張ったじゃないか。出来る限りを尽くしたじゃないか。救うために自分を犠牲にするばかりで―――セイバーは、全然幸せになんてなれていないじゃないか!」

 

「それは―――できません、シロウ」

 

「セイバー!」

 

「シロウ。私は、あなたがアインツベルン城で、ライダーのマスターに向けて言った言葉は、正しいと思う。

 『全てを無かったことになんて、してはいけない』―――その通りです。私は、ブリテンを守るために剣を取り、そして戦った。だからと言って、私だけが懸命だったわけではない。

 共に戦った騎士も居ました。飢えに耐え凌ぐ民が居ました。そんな彼らの行いすら消す権利は―――私にある筈も無かった。…私は、大馬鹿者です。

 ですが、それとこれとは話が違う。

 私は、紛れもなくブリテンの王です。聖剣を抜くことを決意し、そして選定の剣を抜いた時点で、それは決まっていた。そしてそれは、ブリテンという国に対して、責任を負うという事です。

 …結局ブリテンを救えなかった私には、救われる権利などありはしない。あってはならない」

 

「そんなことないっ!確かにブリテンは、国としては滅んだかもしれない。けど、慎二だって言っていたんだろう!セイバーじゃなければ、もっと多くの犠牲が出ていた筈だ!…なら、セイバーの力で救った人の分だけ、少なくともセイバーには幸せになる権利があって然るべきじゃないのか!?」

 

「いいえ。…シロウ、これは私の納得の問題なのです。…私は、私を許せない」

 

「―――っ」

 

 沈痛な面持ちでそう呟く彼女を前に、怒りが頂点に達する。

 何故、そんな事を言うのか。

 何故、わかってくれないのか。

 何故―――自分を思う誰かの存在を、認めないのか。

 

「この、分からず屋ッ!!!」

 

 あぁいいだろう!

 なら言ってやる、言ってやるとも!

 こんな察しの悪い頑固者に、こんな回りくどい言葉で届くわけもなかったんだ!

 

「セイバー、よく聞け」

 

 

 

「俺は、お前が好きだ」

 

 

 

「………は?シロウ、何を」

 

「権利だ義務だ、納得だなんて、はっきり言っちまえば、本当はどうでもいい。俺はただ、セイバーが不幸なのが我慢できないだけだ!好きになった女の子が、そんな風に沈んでいる姿が見ていられないだけだ!

 これは俺の我儘で、勝手な言い分だけど―――セイバーには幸せになって欲しい!セイバーを幸せにしたい!」

 

「し、ろう…」

 

 呆然とするセイバーを前に、自棄になった俺は頭に浮かぶままに言葉を羅列する。

 

 自覚がある。

 俺は、今とてつもなく恥ずかしい事をしている。

 正直、後で思い返したら絶対に後悔することになるであろう所業を積み上げている。

 

 だが、そんなこと構うもんか。

 セイバーを幸せにできるなら、俺はなんだってする。してみせる。

 人を好きになるっていうのは、きっと、そういう事だと思うから―――!

 

「改めてもう一回、はっきり言うぞ、セイバー」

 

 

 

「俺は、お前が好きだ」

 

 

 

「―――――――――ぁ」

 

 潤んだ瞳でいるセイバーから、俺はずっと視線を外さずに見つめ続ける。

 思いの丈はぶつけた。言いたいことは言い切った。

 あとは、セイバーの返事を待つだけだ。

 

 数秒か、数分か、それともいつの間にか数時間くらい経ってしまったか。

 バクバクと心臓がうるさく鳴り響く中、時間の感覚も曖昧になる程緊張したまま、俺はセイバーの言葉を待ち続ける。

 

 そしてとうとう、セイバーがその口を開き―――

 

 

 

 

 

「我が伴侶たるセイバーを娶ろうとは、随分と思い上がった雑種も居たものよ」

 

 黄金の王が、現れた。

 

 

 

 

 

 

「まさか人類史最古の王、ギルガメッシュとはね…」

 

 予想もしなかったビッグネームに、思わず唸る。

 夜遅くまで帰ってこない衛宮君達に、『これは朝帰りかな?』なんて呑気に考えていた所、その予想に反して二人が帰宅。

 しかし予想に反していたのはそれだけではなく、衛宮君は全身血まみれになりながらセイバーに支えられて帰ってきて、それにぎょっとしつつもとりあえず適当にその血で汚れた体を綺麗にし、今は衛宮君の自室に寝かせている。

 そこまで終えて、私はセイバーから事のあらましを聞いた。

 

 前回の聖杯戦争参加サーヴァント、アーチャー・ギルガメッシュが受肉しており、そのギルガメッシュと戦闘になった事。

 セイバーはそれに打ち勝つことができず、絶体絶命まで追いやられた事。

 その時、衛宮君に宿っていた『永遠に遠き理想郷(アヴァロン)』が起動し、二人を守った事。

 ギルガメッシュなりの拘りなのか、『このような道端で再開を終わらせるのも興覚めだ』とかなんとか言って、再会を一方的に約束したギルガメッシュは去っていった事。

 

「まさか、慎二の勢力以外に聖杯戦争への参加資格を持つ者が残っていただなんて…」

 

 先日あの兄弟子であるエセ神父に聞いた限りでは、キャスターとアサシンの組は脱落、ランサーもまた脱落し、そのマスターは教会で保護している、と聞いていた。

 そうなれば残っているのは、セイバーとそのマスターである衛宮君、アーチャーとそのマスターだった私、バーサーカーとそのマスターだったイリヤスフィール、そして現在はアーチャーとバーサーカー、そしてライダーを擁する慎二だけ。

 

 …の、筈だったのだが。

 

「ていうか、アイツ監督役なんだからギルガメッシュが残ってたの知ってる筈よね…あんにゃろう、今度会ったら絶対殴る…!」

 

 意図的にこちらに情報を渡していなかったであろうエセ神父の顔を脳内でフルボッコにしつつ、セイバーへと向き直る。

 

「しっかし、永遠に遠き理想郷かぁ…衛宮君が固有結界なんて大魔術の素質を持っていたのは、そんなのを埋め込まれていたからってわけね、納得したわ」

 

「それで、どうするの、リン?」

 

「どうもこうもないわ。出来る限りの準備をして決戦に臨む。…結局、そうするしかないのは変わりないもの」

 

 問いかけてくるのは、昼間の内に目を覚ましたイリヤスフィール。

 彼女とも色々あったけれども、最終的にはこうして、私達と慎二、及びギルガメッシュを倒すための戦力となる事を承知してくれていた。

 そんな彼女と共に一度遠坂邸に戻った私は、遥か昔、魔法使い(キシュア)の残したとある切り札に関する物を探して、そしてそれを見事手に入れた。

 衛宮君の投影…ではなく、固有結界を用いれば、恐らくだが原典そのものとはいかないまでもそれなり以上の出来の強力な礼装が手に入る。

 

 サーヴァントであるセイバー。

 永遠に遠き理想郷。

 衛宮君の固有結界。

 私と、切り札となる例の礼装。

 あとはまぁ、イリヤスフィールも戦力に加えるとして。

 

「この面子で、あの二人に挑むわけだけど―――」

 

ピンポーン。

 

「来客?こんな時間に?一体だれが…セイバー?」

 

「…サーヴァントの気配がします」

 

 警戒心を露わにするセイバーに問えば、そんな返答が。

 もしやギルガメッシュ―――とも思うが、聞いた限り、さっきの今で訪れるような性格のようには思えないし、ギルガメッシュならギルガメッシュだとセイバーも言うだろう。けれど他に候補と言えば―――もしや、慎二だろうか?

 アイツもあのギルガメッシュに出会い、敗れ、逃走。そして共闘の申し出をしてきた。その可能性が、現状では一番高い気もする。

 ギルガメッシュのようなイレギュラーが居る状態で、聖杯戦争を無理に推し進めることもないだろう。もし慎二だとしたら、ギルガメッシュを倒すまでという条件で共闘し、しかる後に決着をつける…というのも、十分に有りなように思える。

 

「…一先ず出てみましょう。セイバー、着いてきて」

 

 セイバーを伴って玄関まで向かう。

 扉越しに見れば、そこには光に照らされて四人分の人影が浮かび上がっている。

 

「どちら様かしら」

 

「………私は、間桐臓硯」

 

「間桐…臓硯?」

 

 確か、現在当主である老人で、慎二と…今は桜の祖父でもある魔術師…だった、筈だ。

 そんな男が、何故…というか、聞いて居た限りでは老人だったという話だが、それにしては随分と声が若いような…?

 

「こちらに戦闘の意思はない。私達は―――情報の提供、そして交渉をしに来た。どうか聞き入れて欲しい」

 

「リン、どうしますか?」

 

「…セイバー、サーヴァントの気配は一つだけ?」

 

「はい」

 

「ギルガメッシュでは、ないのよね」

 

「えぇ。この気配は、恐らく…ライダーのものかと思います」

 

「ライダー?それは慎二のサーヴァントだったんじゃ…いえ、話していても仕方がないわね。セイバー、いざという時は…」

 

「えぇ、私が剣となり盾となる。安心してください、リン」

 

「…なら、決まりね。いいわ、入ってきなさい」

 

「感謝する」

 

 その言葉と共に、衛宮家玄関の戸が開けられる。

 

「なっ―――!?」

 

 戸を開けた先に居たのは、セイバーが感じ取った通り、ライダーのサーヴァント。そしてたった一人の男性であるところからして、中心に立っているのが間桐臓硯だろう。その後ろにいる妙齢の女性は知らない人間だ。

 だが私は、戸を開けた一人の少女の姿にこそ驚愕した。

 

「あんたは―――!」

 

 

 

 

 

 





我様「我が嫁となれ、セイバー!」
セイバー「( ゚ω゚ ) お 断 り し ま す」

どうやっても原作そのまんまにしかならないので省略。



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対決、英雄王①

「―――――――――来たか」

 

 大空洞の奥で一人、その時を待っていた僕は、訪れた気配に目を開いた。

 徐々に歩み寄ってくるその気配を前に、最後の時が近いことを察する。

 

 ―――あぁ、これで、終わる

 ―――僕の願いが、結実する

 

 訪れたセイバー…アルトリア・ペンドラゴンの持つ聖剣によって、僕は聖杯と共に消え去るだろう。

 そうなれば、聖杯戦争は終結する。

 あの間桐臓硯も、若返ったことで真っ当な理性と倫理観を取り戻している。

 衛宮と遠坂なら、きっときちんと…桜の事を守ってくれるだろう。

 

 訪れるのは、何の変哲もない日常。

 僕が、生涯を掛けて、桜に贈ると誓ったモノ。

 

 それが、とうとう―――

 

 

 

「ッ――――――!」

 

 それが、勘違いである事に気付く。

 

 訪れた気配は、衛宮士郎達の者ではなかった。

 そも、よくよく気配を探ってみれば、気配の総数は一つだけ。

 そしてそれ以上に、その気配の放つ存在感が、圧倒的に違っていた。

 

 それを感じたのは二度。

 初めては、桜と共に歩いていた放課後。

 二度目は、柳洞寺にてキャスターとアサシンの最後を目にしたとき。

 

 どちらも、ほんの僅かの、ともすれば夢かと思ってしまうような刹那。

 だが、その存在感は、はっきりと僕の中に刻まれていた。

 

 

 

「よぅ道化。この我が、来てやったぞ」

 

 ―――英雄王ギルガメッシュがそこに居た。

 

 

 

「…どうして、ここに」

 

「何、セイバーを迎え入れるのに丁度良い場所を探していてな。セイバーが来るまで、貴様の後ろにあるその腐り濁った汚泥でも見て、僅かな暇を潰そうかと考えていたまでよ」

 

 ―――どうする?

 

 目の前にいるのは英雄王ギルガメッシュ。

 間違いなく、僕の目的の障害となるであろう存在。

 抗うべきだ、反逆の意思を向けるべきだ―――戦う、べきだ。

 そんな事は、分かっているはずなのに。

 

 ―――勝てる、わけがない

 

 そんな思いが、僕に二の足を踏ませる。

 

「ところで」

 

 緊張の余り押し黙る僕に対して、何を気負う事もなく気安く英雄王は語りかけてくる。

 

 

 

「いつまで我を見下ろしているつもりだ、雑種」

 

 

 

 それが、開戦の合図となった。

 

「―――ッ!!!」

 

 突如として撃ち放たれた宝具を前に、僕は無様な横っ飛びで回避する。

 ついさっきまで僕が立って居た位置の岩が砕けて四散する。

 その衝撃に吹き飛ばされながらも、どうにか体制を立て直して英雄王へと向き直る。

 

 いつの間にか上へと上がり、自らが砕いた位置へと陣取った英雄王は、今度は逆に僕を見下ろしてくる。

 

「く、喰らえッ!!!」

 

 それは、何も考えてはいない、反射的な行動だった。

 王の威圧感に恐れをなした僕は、恐怖故に咄嗟に王を害そうと考えた。

 選んだ手段は、キャスターとアサシン、それにランサーを喰らい、アーチャーとバーサーカーを呪いで染めた力。

 サーヴァントである限りは逆らえない、聖杯から零れ出た呪いの奔流―――!

 

「ふん」

 

 それを、王は事も無げに一蹴する。

 背後から立ち昇る聖杯の放流から逸れた一本の呪いの鞭が王へと襲い掛かるも、黄金の波紋から撃ち放たれた一本の宝具が、その鞭を打ち落とす。

 

「クソッ…!」

 

 あくまでそれは、ただの呪いだ。

 英雄に振るわれるわけでもないただの力の奔流は、例えサーヴァントに対する極大の特攻を持っていたとしても、届き得なければ意味がない。

 

「どうした、終わりか?」

 

「ッ…いや、まだだ!」

 

 ―――おい、聖杯

 

 僕は、聖杯へと語りかける。

 

 ―――このままだと、器である筈の僕が死んじまうぜ?

 

 シヌ?

 イヤダ。

 シニタクナイ。

 シニタクナイシニタクナイシニタクナイ―――!

 

 ―――だったら、奴を倒すための力を寄こせ!

 

追走・開始(トレース・オン)―――夢幻召喚(インストール)ッ!」

 

 選択するのは、一人の英雄。

 英雄王に対抗し得る唯一と言ってもいい手札。

 世界(アラヤ)と契約し、自らの正義を張り通した英雄。

 無限の剣を内包した世界を形作る贋作者、錬鉄の英雄―――!

 

 アーチャー・エミヤ。

 その力を、僕の身に宿すことで行使する。

 

「ふん、贋作者(フェイカー)か…」

 

 英雄王は、動かない。

 興味なさげに、こちらを睥睨しているだけだ。

 

 ならば、と僕は詠唱を紡ぐ。

 

 

 

 

体は剣でできている(I am the bone of my sword)

 

 

 

血潮は鉄で、心は硝子(Steel is my body,and fire is my blood)

 

幾たびの運命に於いて敗北(I have created over thousand bleades)

 

ただ一度も救われず、ただ一度も救えない(Unknown to Relief, Nor known to Life)

 

彼の者は常に独り至らぬ己が身を呪い続ける(Have withstood pain to create many weapons)

 

故に、その生涯に意味はなく(Yet, those hands will never hold anything)

 

 

―――無限の剣製に、希う(So as I pray,”Unlimited Blade Works”)

 

 

 

 繰り広げられるのは、固有結界。

 『エミヤ』が内包する、無限の剣が存在するだけの世界だ。

 

「ふん、醜悪な…」

 

 あぁ、そうだろう。

 あらゆる宝具の原典を持つ王ならば、こんな光景には眉を顰めるしかないだろうさ。

 ここにあるのは、全てが贋作。

 研鑽を重ねたわけでもなく、悲劇の上に成り立つわけでもなく、奇跡を以て精製されたわけでもない。

 確かに、その構成は完璧に模倣されているのかもしれない。その意志を読み取り受け継いでいるのかもしれない。そこに至るまでの過程を正確に再現しているのかもしれない。

 ―――けれど、この光景はやはり醜悪に過ぎる。

 

 どれだけ真似ようと、その深淵なる神秘を、『ただの道具』として使い捨てている以上、それは真作への冒涜に他ならない。

 ただ、既にそこにある神秘を模倣しただけの、『過去に対する敬意が欠片も存在しない』世界だ。

 

「だがそれでも構わないさ!元より、手段にこだわってアンタを超えられるなんざ思っちゃいない!」

 

 桜を守るためならば。

 

「僕は、外法にだって手を染めるさ!」

 

 ―――投影・開始(トレース・オン)

 

 地面へと突き立てられた聖剣、魔剣、宝剣、邪剣、神刀、妖刀が、僕の掛け声一つで、英雄王へと襲い掛かる。

 幾億千の『剣』の概念を内包するあらゆる武器が、僕の周囲へと集う。

 それを―――

 

「ふん」

 

 英雄王は、鼻で笑う。

 見るにすら値しないと言わんばかりに瞳を閉じた英雄王。

 その周囲が歪み、黄金の波紋が波打った。

 そこから現れるのは、この手に握る贋作の元となった真作―――その起源となった、最古の原典。

 

 もっとも古き王である英雄王の蔵に収められた、この世に二つとない類稀なる価値を持った宝具の数々だ。

 

 一つ一つが、誰もが全てを掛けて得ようと望むほどの価値を持った宝。

 それを投げ捨てるように、文字通りに散財させる英雄王。

 

 衛宮士郎の作り出した贋作と、英雄王の持つ原典。

 それらが中空で交わりあい、火花を散らす。

 

「チィッ!」

 

 当然、この程度では英雄王に届くわけもなく。

 状況は拮抗し、戦況は膠着する。

 

 ―――いや、遊ばれているだけだ。

 

 英霊の器を身に宿し、聖杯と繋がる僕の中に、果てしない全能感が駆け巡る。

 だがそんな僕を、つまらなさそうに見つめる視線が、高揚する僕の心に冷や水を浴びせる。

 

 たかが英雄の力を手に入れた程度で。

 聖杯と言う、無尽蔵のエネルギー源を手に入れた程度で。

 僕と言う矮小な人間が、彼の英雄王に追いつけるわけもない。

 

 ―――だからこそ、そこに勝機を見出す!

 

 英雄であるアーチャー・エミヤ自身ならば、こうはいかないだろう。

 英雄王からすれば同じ雑種とはいえ、あくまで英雄になったエミヤであれば、英雄王は『興が乗って』しまう。

 そうして、わずかばかり大きく開いたその門からは、数多の宝具が放たれ、アーチャー・エミヤは討たれるだろう。

 だが僕のような『雑種風情』に、英雄王は絶対にそれ程の力を行使することはない。

 だからこそ、その油断と慢心に全力で付け入る。

 

 誇りを捨てろ。

 あらゆる手段を模索しろ。

 己の、掛けられるもの全てを掛けて、目前の絶対者の喉元に食らい付いて見せろ!

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 次々と贋作を作り出しながら、それを盾に英雄王へと向けて駆ける。

 砕け散る贋作の欠片が、防ぎ切れなかった原典が、僕の体を切り裂き抉る。

 だがそれでも僕は止まらず、ひたすらに真っすぐ、彼の王へと向けて走り続ける

 肉が裂けようが、骨が砕けようがそんな事は意にも介さない。

 

 ―――あの首を獲るまで保てば、それで構わない!

 

 宝具の嵐を抜けて、そこまであと一歩と言うところまで辿り着く。

 英雄王の目には、相変わらず退屈が浮かんでおり、心底から見下すような目つきを僕に向ける。

 

 ―――精々見下していてくれよ、英雄王!

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 夫婦剣、干将・莫耶を投影。

両手で握り、無防備な英雄王へ向けて叩きつける。

 

 

 

 

 

 ―――その剣閃を、中空に表れた『盾』が阻んだ。

 

 

 

 

 

「……………は?」

 

 砕け散る夫婦剣。

 何に驚いたのかもわからないままに、呆然とする僕。

 

「ふん、下らん」

 

 気付けば、周囲には僕を取り囲むように黄金の波紋が波打っていた。

 

「ッッッ!!!」

 

 投影、そして回避。

 とにかく生き残る事だけに全力を注ぎ、英雄王の眼前から離脱する。

 

 宙を裂いて飛ぶ宝剣に、片腕が吹き飛ばされる。

 衝撃そのままに地面を転がりながら、それでもなおも襲い来る宝剣たちを瞳に捉え、投影した贋作で以て叩き落しながら、ひたすらに、無様に逃げ延び続ける。

 どうにかこうにか見つけた隙の中で、聖杯の魔力に任せて腕の再生を進めながら、這いつくばって宝具の嵐の中から逃げ延びる。

 

「戯けが。この我の持つ宝に、よもや『剣』しかないなどと思っているわけがなかろうな」

 

 ―――それは、その通りだ。

 

 彼の王は英雄王。

 最古の英雄にして、王の中の王。

 その欲望のままに、世界中のあらゆる財をその蔵に収めた、強欲なる英雄。

 

 剣があるだろう。

 盾があるだろう。

 斧があるだろう。

 槍があるだろう。

 鎧、毒、薬、酒、食、城―――。

 

 世界に『財』としてあるあらゆる神羅万象、その原典が収められている。

 そんな事はわかっていたはずだ。

 

 ―――なのに、なんで僕はこんなにも、信じられない思いでいっぱいなんだ?

 

 剣戟の暴風の中に晒され、絶えず生き残るために全身全霊を注ぎながらも、それでも思考が止まらない。

 

 例えば。

 もし今戦っているのが本来のアーチャーであるエミヤだったのならば、僕は驚かなかっただろう。

 英雄王は、戦う相手の格に合わせて、どれだけの宝物を開帳するかを決定する。

 

 例えば、半神半人のギリシャ神話最高の大英雄ヘラクレスを、天の鎖を以て縛ったように。

 例えば、星の聖剣・約束された勝利の剣(エクスカリバー)を振るうアルトリア・ペンドラゴンには、真なる奥の手である乖離剣を以て凌駕したように。

 

「ハハ」

 

 けれど、あの半端物。

 贋作者の域にすら辿り着いていない、現代の魔術師。

 未だ英霊とはなっていない、唯の正義の味方を目指しているだけの未熟者。

 それ故に、英雄王にその剣を届かせた、運命を背負った少年。

 僕が、その背中を追う存在。

 

 衛宮士郎。

 

「ハハッ!」

 

 

 

 ―――あいつとの戦いでは、剣しか使っていないのではなかったか?

 

 

 

 その答えに辿り着いて、歓喜のあまりに全身が震える。

 

 ―――英雄王の過大評価?否、こと人間の評価に限って、彼の王が間違いなど侵す筈も無い。

 

「ハハッ!ハハハハハハハハッ!」

 

 

 

 

 

 そうか、僕は―――衛宮士郎を、超えられるのか。

 

 

 

 

 

「………ほう?」

 

 ここで初めて、英雄王の表情が、喜悦に歪む。

 

 

 

 僕には、不可能だと思っていた。

 全力で臨まなければならない…そうは思いつつも、それでも僕の―――『間桐慎二』の全力程度では成し遂げられないと、どこかで諦めていた。

 

 届かない。

 

 追いつけない。

 

 

 

 僕に桜は―――救えない。

 

 

 

「そんなことは、ないっ!」

 

 彼の英雄王のお墨付きだ。

 できるはずだ。

 辿り着けるはずだ。

 『原作』において、衛宮士郎が届いた場所に。

 

 覚悟を決めろ。

 

 絶望など踏みつけろ。

 

 

 

 

 

『兄さん』

 

 

 

 

 

「僕は、(アイツ)を救うと、誓ったんだ!」

 

 

 

 

 

超越・開始(オーバー・ロード)ッッッ!!!」

 

 限界を、超える。

 否、もとより人に限界などない。

 限界とは、人の手によって決定しただけの、唯の甘えだ。

 

 その決意を、言葉として紡ぎ誓いとする。

 

 

 

―――二重・夢幻召喚(クロスリンク・インストール)

 

 

 

この身に宿すは、錬鉄の弓兵。

更にそこに、もう一つ、とある英霊の魂を重ねる。

 

彼の英雄は、綺羅星の如く存在するギリシャ神話の中でも、最高と謳われた半神半人の大英雄。

その力を、この身を以て具現化する。

 

「かっ…はっ!」

 

 肉体が、尋常でない悲鳴を上げる。

 僕が今まで味わってきた拷問そのものの苦痛などこの比ではない。

 余りに強大すぎるために、無理矢理に詰め込まれた身体が爆散しそうになる。

 それを、聖杯からくる無尽蔵の魔力で以て、強引に抑えつける

 

 さながらそれは、噴火する火山を鎮めるために吹雪を巻き起こすかのような荒業。

 大英雄の魂と、聖杯からくる膨大な魔力に比べれば、張り詰めた風船並みの脆さである僕の体は、その衝撃に絶叫上げて拒絶の意を示す。

 

 ―――けど!

 

 ―――これぐらいしなきゃぁ…!

 

 

 

 ―――あのギルガメッシュに、届くわけもないだろうがぁ!!!

 

 

 

 

 

「が、あ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 バチバチと流れ出る魔力の本流。

 視線も通らぬほどになったその光を前に、英雄王も目を細める。

 

「………どうした道化。身の丈に合わぬ高みに手を伸ばし、その果てに自らを滅ぼしたか?」

 

 ともなれば、拍子抜けだな。

 

 そう、一人呟く英雄王の前に、ヒトガタの影が現れる。

 

 

 

「安心しろよ、英雄王」

 

 

 

 そこにあるのは、全身が真っ黒に染まり、赤い外套を身に纏った、歪に繋ぎ合わされた、英霊もどきの成れの果て。

 

 

 

「ここからが、本番だ」

 

 

 

 エミヤとヘラクレスの力を取り込んだ、間桐慎二の姿があった。

 

 

 

 



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対決、英雄王②

 

贋作者(フェイカー)だけでなく、あの狂戦士の魂までも取り込んだか」

 

 余裕を崩さない英雄王を、真っすぐに見据える。

 僕にとっては一世一代の大きな決断でも、王にとってはその程度。

 細胞一つ一つが余さず悲鳴を上げている現状、少し気を抜けばそのまま塵一つ残さず消えてしまいそうな物理的なプレッシャーを感じる中にあってなお、王にとってはこれで『最低限』。

 この身に溢れる力は、人類史においても比類なき位階のモノではあるが…人類史の頂点にある王にとっては、ここまでやっと目の前に立つことを許されるような地点でしかない。

 

 ―――あぁ、ようやっと見れるだけのものになったか

 

 傲慢な笑みは、まるでそう僕に語り掛けているかのようだった。

 

「さて、それでは小手調べだ」

 

 王の両脇に、黄金の波紋が波打った。

 そこから現れ出てくるのは、相も変わらず至高の財。

 もしアレが命中すれば、今の僕とて無事では済まないだろう。

 

「そら、凌いで見せよ」

 

「―――投影(トレース)

 

 使うのは、贋作者としての力。

 だが、作り出すのは贋作者の記憶にあるモノではない。

 引き出す記憶は、ギリシャの大英雄が握った斧剣。

 硬くて重い。それのみに特化した、武骨極まる暴力の具現―――!

 

開始(オン)!」

 

 本来の自身ならば持ち上げることすら困難なそれを、片手に握って容易く振るう。

 大英雄の膂力を身に宿した今の自分ならば、これくらいは造作もない。

 迫り来る二本の財を、ただ一振りで打ち払う。

 弾き飛ばされた財は、吹き飛ばされた先で大地を抉ってその威力を物語る。

 

「ならば、次は倍だ」

 

 四本の財が迫り来る。

 迎撃は可能。

 

「これはどうだ?」

 

 八つの財が迫り来る。

 まだ、なんとかなる。

 

「そろそろか?」

 

 ―――現れたのは、十六の波紋。

 自身に宿った魂が語り掛ける。片手で打ち払うのは、もう限界だと。

 

投影・開始(トレース・オン)!」

 

 ならばもう一本作るまで―――!

 

 もはや弾幕と呼べるレベルまでになった、財の嵐。

 そのど真ん中を、無理矢理に突っ切る。

 

「らぁっ!」

 

 裂帛の気合と共に、両手に握った斧剣を振るう。

 次々と飛んでくる財達を、一振りで二つ三つ弾き飛ばし、都合十六の砲撃を捌ききる。

 

「ならばこれでどうだ!」

 

 瞬間、次々と現れる黄金の波紋。

 現れ出ずるそれは、こちらにとっては砲門と同じ。

 ただの一つでも打ち漏らせば、その先にあるのは―――死。

 両手で足りる数であるかどうかなど考えるまでもない。

 

投影・開始(トレース・オン)!」

 

 ―――両手で足りないのならば。

 ―――作り出した世界すら酷使する。

 

 砲門と同じ数だけの贋作を呼び起こす。

 視界全てを覆うほどの、眼が眩むほどの財の壁を前に、醜悪な贋作で以て対抗する。

 矛先を変えるのが精一杯の贋作もあれば、衝突の瞬間に無様に砕け散る贋作もある。

 アーチャー・エミヤならば、いずれそこに至る衛宮士郎ならば、いくら贋作とはいえここまでの醜態は晒さなかったかもしれない。

 所詮真似事まででしかない僕の力では、暴威の嵐の中を走り抜ける『目』を作り出すところまで。

 

 ―――だが、それでも構わない。

 

 足りない力は、別から補う。

 未だ、投影した斧剣は健在。

 ならば、問題はない。

 どれだけ無様でも、醜悪でも、この剣があの王に届きさえすれば、僕の勝ちだ―――!

 

 ダンッ!と英雄王の目前の大地を踏みつける。

 もはや、王までの距離はあと数歩。

 ここまで来れば、十分に届く!

 

 振るうは、大英雄がたどり着いた一つの結論。

 数多の命を持つならば、その全てを殺しつくせばいい。

 死ぬまで殺せばいずれ死ぬ。

 そんな思考の果てに行き着いた、武の極限、その一つ。

 技も神秘も関係ない。ただ、己が振るう武のみを絶対と信じた一人の男の終着点―――!

 

射殺す(ナイン)―――百頭(ライブス)ッ!!!」

 

 反動で腕が千切れ飛びそうになるのを必死に繋ぎ止めながら、斧剣を振るう。

 大気は破裂し、踏み込んだ足は大地に埋まり、余りの暴力に世界が収縮するような錯覚すら感じる中。

 一息の間に、百閃。握った斧剣は耐え切れずに爆散する。

 この身を砕くことなく、僕はその力を振るいきり、見事―――

 

 

 

 英雄王の盾を、『たった一つだけ』粉砕することに成功した。

 

 

 

「ッ―――!」

 

「ハッ」

 

 振るった力の大きさの余り、脱力しそうになるのを必死にこらえて、全速力で離脱する。

 大英雄の膂力、その全てを注ぎ込んで飛んだ僕が見たのは―――再度放たれる、視界を埋め尽くす宝具の壁。

 

投影(トレース)―――くっ!」

 

 間に合わない。

 そう確信した僕は、中空で身を捻じり、手足を盾にその嵐を凌ぐ。

 掠っただけでそれらの宝具はこの身を切り、抉り、盾とした手足は拉げて弾け飛ぶ。

 衝撃に吹き飛ばされる形で王の眼前から遠く離れた僕は、聖杯の魔力と、大英雄がその身に宿す奇跡―――命のストックを用いて自らの肉体を復元させる『十二の試練(ゴッド・ハンド)』を用いて、再生させる。

 その様を、追い打ちをかけるでもなく、王は愉悦の笑みを浮かべて眺めていた。

 

「うむうむ、中々の見世物だったぞ。そのような矮小な雑種の身で、よくもまぁあのような無茶が出来たものだ。

 その身の丈を弁えない愚行―――セイバーを待つまでの手慰み程度にはなった。褒めて遣わすぞ、道化。

 …だが、我はそろそろセイバーめを迎え入れる準備をせねばならん」

 

 

 

「もう、死んでよいぞ、道化」

 

 

 

 再開される散財。迫り来る至高の財の嵐。

 今一度斧剣をその手に握り、その乱気流の中を生き延びんと足掻く。

 

「投影―――」

 

 弾き飛ばした宝具が爆散し、土煙を上げる。

 一撃一撃が必殺と呼べるだけのモノ。

 もう、王は僕を殺すことに躊躇いはない。既にセイバーの事を考えている王は、僕の事を払うべき埃程度にしか気に掛けてはいない。

 

「投影―――」

 

 財の嵐を掻い潜る中、獅子に追われる兎になったような感覚を味わう。

 いや、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。ならば、これは猫に遊ばれる鼠と言うのがより相応しいだろうか。

 

「投影―――」

 

 まだ、王は油断している。

 いや、王が僕を前に、油断を失くすことなど有り得ない。

 事実、王が今の状態を維持するだけで、僕は容易く息絶えるだろう。

 無尽蔵の魔力供給があろうと、それを用いて命を蘇らせることが出来ようと、行使するのが僕である以上その速度には限度がある。

 もはや王には、僕を生かしておく理由などない。むしろセイバーを迎え入れる準備をするために、僕の事などさっさと片付けなければ、などと考えている事だろう。

 ならば先程のような温情は期待できない。手足の一つでも捥げたその瞬間、再生を超えた速度で僕は殺しつくされるだろう。 

 

「投影、投影、投影―――ッ!!!」

 

 だから、その前に勝負に出る。

 『もう十分』と同時に、『もう限界』と感じた僕は、意を決して再度英雄王へとその足を向ける。

 もはや、時間稼ぎはこれで限界。だがしかし、もはや十分に、『弾頭』の数は揃えた。

 

「ふん、何度やっても同じこと―――」

 

「同じじゃねぇよォッ!!!」

 

 手に握るは斧剣。

 だが、それだけではない。

 僕の後ろに続くのは、逃げ惑う中で投影し続けた―――百の贋作。

 

「なっ―――!」

 

 ここで初めて、王の顔が驚きに染まる。

 宝具の掃射を続けながら、自らの目前に波紋を呼び起こした英雄王は、数多の盾をそこに打ち立てる。

 さながらそれはもはや、盾を超えて一つの要塞の様相を呈していたが―――関係ない。

 

 百の贋作(無限の剣製)でも破れない。

 究極の一(射殺す百頭)でも届かない。

 

ならば。

 

 ――――究極の百を、叩きつけるまで!

 

宝具錬成(ファンタズム・アルケミクス)―――」

 

 

 

 

 

―――――無限の・射殺す百頭(アンリミテッド・ナインライブス)―――――

 

 

 

 

 

 

「おのれ―――!」

 

 まずは二振り、両手に握った斧剣を叩きつける。

 

「おのれ―――!」

 

 全力で叩きつけられた斧剣は、即座に砕け散る。

 空いた両手に、新たな贋作を手にする。

 

「おのれおのれおのれ―――!」

 

 叩きつけ、破砕する。

 

 ただそれを、繰り返す。

 

 繰り返す。

 

 繰り返す。

 

 繰り返す。

 

「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれ――――――ッッッ!!!」

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 ただひたすらに、目の前の壁を削り続ける。

 その奥に居る、王を討ち取るために。

 

「らぁッッッ!!!」

 

 最後の一振り。

 それを叩きつけた瞬間、数多の盾はとうとうその最後の一枚までも砕け散る。

 余波によって巻き上げられた土埃が、王と僕を覆い、視界が途絶える。

 

「貴、様―――!」

 

 力を出し尽くし、その反動で、肉体は砕け散る。

 一振り一振りに、大英雄の全力を費やしたその百にして単一の奥義は、多大な負荷を僕に与えていた。

 もはや腕は千切れ飛ぶどころでは済まず、細胞の一つに至るまで余さず砕け散っている。

 それを支え続けた両足に胴も、腕程ではないにしろ碌でもない有様だ

 

 だが、まだチャンスはある。

 

 自らの宝が打ち破られた事に呆然とする王は、未だに僕に止めを刺すという思考に至っていない。

 生きている以上、僕にはまだ抗う余地が残されている。

 

 もはや、王を守る盾はない。

 力も、数も、もはや必要ない。

 ただ、その心臓を抉る一突きさえあれば―――!

 

「…、幻召喚(ストール)

 

 聖杯から汲み上げた魔力に任せて再生させたその手に握るは、紅の魔槍。

 因果逆転にして必中の呪いを持つ神秘を保有する、アルスターの光の御子の切り札―――!

 

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)―――ッ!」

 

 

 

 全てを掛けた、最後の一撃は。

 

 

 

 撃ち放たれた一本の槍に阻まれる。

 

 

 

 ―――それが宝だというのならば

 ―――我が持っていない道理はあるまい?

 

 この世の全ての財を集めた王。

 ならば『因果逆転の魔槍』の原典も、当然ある。

 

 双方から放たれた必中の槍は、同一の因果を持つが故にその矛先は集約し、互いに打ち払い合う。

 阻まれた槍は、英雄王に届くことはない。

 そしてそれはそのまま、自身の死を意味する。

 このまま後は、王の意志一つで百を超える宝具が放たれ、次の瞬間には、五体がバラバラになっている事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――返し」

 

 重ねて放たれた、更なる二本の因果がなければ、の話だが。

 

 

 

 

 

「が…はっ…!?」

 

 何が起きたのか。

 確かに、英雄王が放った槍は、紅の呪槍を打ち払った。

 その因果は届かなかった。

 だが英雄王は知らなかった。

 けれど僕は知っていた。

 

 『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』は命中しないという事を。

 

 そんなのは、ただの迷信のようなもので。

 本来、考慮するようなものではないのかもしれない。

 だが実際『原作』において、唯の一度も、この呪いの槍は戦いの中で心臓を穿つことは出来ていないのだ。

 

 だから僕は、油断なく、慢心なく、弱者らしく万全を期した。

 

 ケルトにおける大英雄、クー・フーリンの魂を取り込もうと考えたその瞬間、もう一騎の魂―――

 

 

 

二重・夢幻召喚(クロスリンク・インストール)

 

 アサシン―――ただ武技のみで魔法にまで至った侍を、取り込んでいたのだ。

 

 その男は、何も特別な事などなかった。

 優れた血統に産まれたわけでもなく、神秘深き時代を生きたわけでもなく、偉業を成して死んだわけでもない。

 ただ―――『空を飛ぶ燕を斬ろう』。

 戦士ですらない唯の農民が、その一念で桑の代わりに刀を握って振るい続けた結果。

 常識の埒外にあるその奇跡を宿した剣技、その名を―――『つばめ返し』

 

 一振りで三閃を放つという、『多次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)』という魔法を内包した、これもまた武の極限の一つ。

 

 因果逆転・必中必殺の魔槍。

 次元屈折・一振三閃の魔剣。

 

 その二つを合わせて放った一撃―――

 

『宝具錬成―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)・返し』

 

 必中の一突きを、必殺の三撃とする魔技である。

 

 その矛は確かに、英雄王の心臓を貫いて見せた。

 

 

 

 

 

 

「貴ッ様…!」

 

「悪いな、英雄王」

 

 突き立てた朱槍を押し込む。

 

「恨みはない。けど…桜の幸せのために」

 

 ―――死んでくれ

 

 背から倒れ込み、聖杯へと立ち昇る渦へと飲み込まれていく英雄王。

 その様を見届けた僕は、己の身に宿していた英雄の魂を解放する。

 

「………ハ」

 

「ハハ、ハハハハハ!」

 

 ―――あぁ、これでもう、思い残すことはない。

 

 ただ一つの不安要素。

 出来るだけ十分な戦力が残るよう調整したとはいえ実際に英雄王に勝てるかどうかは分からなかった。

 そも、英雄王に確実に勝てる存在など居ない。

 王が唯一友と認めるエルキドゥでさえ、勝率は五分五分だろう。

 だから僕にできるのは、英雄王に勝った『原作』のルートを再現できるよう、なるべく可能性を残しておくことまでだった。

 だが、その憂いも既に僕自身の手で取り除くことができた。

 

 

 

 そこでようやく、近づいてくる沢山の気配を感知する。

 

「あぁ、なんだ、今更来たのか」

 

 ともかく、そろそろ僕も消える時らしい。

 

 既に、目的は達したに等しい。

 

 間桐臓硯や英雄王と言った不安要素は取り除き、衛宮士郎と遠坂凛という保護者足り得る人間も生きている。

 言峰綺礼に関しては微妙な所だが…まぁ、アレも僕が死んだ後に態々ほぼ一般人である桜を狙うほどの理由は持たないだろう。

 

 完全に魔術の世界を断って、一般人として過ごしていくのもいい。

 遠坂や衛宮の後を追って、魔術師としての大成を望むのもいいだろう。

 どんな形にせよ、後は―――

 

 桜が幸せに生きていける、唯の日常が続いていく。

 

 ―――だから、もう十分だ

 

 

 

「慎二!」

 

 現れたのは、衛宮にセイバー、そして遠坂に、臓硯とライダーも現れ、舞弥まで一緒に着いてきている。

 随分と大所帯なようだが、それも構わない。見送りに来る人間が多くて結構なことだ。

 そして、更に奥から出てくる気配がもう一人―――

 

「なっ―――」

 

 ―――お前は

 

 ―――お前だけには

 

 ―――来てほしくは、なかったんだけどな

 

 

 

 

 

「兄さん!」

 

 

 

 ―――あぁ、全くなんでお前が来ちまうのかな、桜

 

 

 

 

 

 





宝具錬成(ファンタズム・アルケミクス)
FGOでは絶対に実装されないであろう(コンプガチャ的な意味で)要素。
拙作におけるコレガヤリタカッタダケーその二。
ちなみに、その一はマジカル☆太極拳。





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前夜

解説回…的な何か





「ただいま戻りました」

 

 返事の帰ってこなくなった自宅へ向けて、帰宅の挨拶を告げる。

 

 兄さんが家を空けるようになってもう一週間。

 舞弥さんとついでにお爺様も居ない家は、私が帰宅しても出迎えてくれる人は誰も居ない。

 

「はぁ…」

 

 もう少し、もう少し…そう思ってずっと耐えてきたけれど、そろそろ限界が近い。

 

「むむむ…いい加減、兄さん成分を補給したいんですけれど…」

 

 ここ一週間、まともに姿も見れず声すら聞けていない兄さん。

 このままでは禁断症状が起こってしまう。というか、既に起きている。

 

 朝、ご飯を作る時についつい兄さんの分まで用意してしまったり。

 学校から帰る時に兄さんのクラスを覗いて来てはいないかと確認したり。

 夜寝る時は、余りに寝付けないものだからこっそり兄さんのベッドに忍び込もうかと扉の前を一時間くらいずっとうろうろしていたりしたのだ。

 

「―――寒いなぁ」

 

 あまり寒くないはずのこの冬木の大気が、何故だかいつにもまして寒く感じる。

 これほど兄さんと長く離れていたことなどなかった。

 学校に行くときは大抵登校時も下校時も一緒だったし。

 休日だって、月に一回は必ず兄さんとデートしていた。

 

 まだこの家に来たばかりの頃、慣れない家に戸惑う私の手を引いて導いてくれた兄さん。

 そんな優しい兄さんに甘えて、小さい頃は色んな事をしてもらったっけ。

 

 ―――よし、全部終わったら、思いっきり兄さんに甘えよう

 

 休日を使ってどこかに旅行にでも行こう。魔術の修練があるから、っていつも断られていたけれど、これだけ長い間働いた後なら、一緒に来てくれるかもしれない。

 どこかの山奥の旅館なんかに泊まって、景色でも楽しみながらゆっくり過ごして。

 お風呂は個人で使用できるタイプの旅館を選ぼう。それなら、兄さんと二人っきりで一緒に入れるし。

 夜は添い寝をしてもらおう。ずっと寂しい思いをした分だけ、兄さんに抱き着いて、兄さんの温かさと匂いを感じる中で朝まで過ごそう。

 あぁでも、旅行中は私の料理は食べて貰えないのか…まぁ、全部一気にやることもない。どうせ朝昼晩と機会はいくらでもあるのだから、旅行から帰ってきた後に存分に食べて貰おう。

 普段なら、兄さんにこんな迷惑をかけようだなんて思わないけれど…今回だけは別だ。一週間も妹を放っておいたのだ、その罰はきちんと受けてもらわなければ。

 

「だから…早く帰ってきてください、兄さん」

 

 

 

 

 

「それは、叶わないかもしれない、桜」

 

 声に驚いて顔を上げれば、そこに居たのは見覚えのあるようなないような、不思議な感覚のする男性が居た。その傍には、舞弥さんが控えている。

 お客様だろうか。だとしたら、もてなしもせずにこんなところで呆けているわけにもいかないが…。

 いや、そんな事よりも、今この男は、聞き逃せない言葉を吐かなかったかだろうか。

 

「…それって、どういう意味ですか。あなたは、誰なんですか!」

 

「臓硯だ」

 

「………へ?」

 

「君にとっては『初めまして』の感覚かもしれないが、私にとってはそうではない。聖杯…今、慎二が関わっている儀式の恩恵によって、若返ったのだ」

 

「え、えええぇぇぇ!?」

 

 わ、若返った!?

 い、いえ、魔術なんだからそういう摩訶不思議な事も引き起こせるんだろうけれど…魔術について一切かかわってこなかった私にとって、いきなりのコレは衝撃的すぎる。

 だが、言われてみればその顔つきには兄さんの面影が見える。いや実際には、この男性の面影が兄さんに宿った、と言った方が正しいんだろうけれど。あの老人の姿は人としての面影も何も読み取れるような造形ではなかったので分からなかったが、なるほどこれなら、二人が血縁関係にあると言われても納得できる。…祖父と孫と言われて、納得する人は絶対にいないだろうが。

 というか若返り…そんなことができるなら、増えてしまった体重を調整したりもできるんだろうか!?もう体重計に乗ろうとするたびに恐怖に震えるような日々を送らずとも―――

 

「い、いえ、そんなことはどうでもいいんです。いえ、気になる事は気になりますが今は重要じゃありません」

 

 若返り、という非常に魅力的な言葉から思考を引きはがし、目の前の男性に問い糾す。

 

「兄さんが、帰ってこないかもしれないって…どういうことですか?」

 

「その言葉の通りだ。…このままでは、慎二は死ぬ」

 

 突きつけられた言葉に、思考が凍り付く。

 

 兄さんが…死ぬ。

 

 そんなわけがない。

 そんなことがある筈がない。

 だって、兄さんは、強くて、カッコよくて、完璧で。

 いつだって、私の理想の兄さんだったんだから―――

 

「彼は一度でも、君に『帰ってくる』と、そう告げたかね?」

 

「――――――」

 

 それは、ずっと考えてこなかったこと。

 様子のおかしかった兄さんに、問い直すことを躊躇して。

 『安心しろ』『二週間もすれば終わる』そんな言葉は何度も掛けてもらったけれど。

 『必ず帰ってくる』とは、一度も言われなかった。

 

 兄さんは、一度も私に嘘を吐いたことはない。

 そんな兄さんが、帰ってくると言ってくれなかった。

 

 だから、それは、どういう意味かなんて、考えればすぐわかる事で―――

 

「そんなこと、ある筈有りません!きちんと、家で良い子にしていれば、帰ってきてくれます!兄さんが死ぬだなんて、そんな荒唐無稽なことを言わないでくださいっ!!!」

 

 辿り着いてしまいそうになる思考を必死に押し留めて、お爺様を名乗る男の言葉を悲鳴を上げて遮る。

 

「…そう、だろうな。彼は、君には絶対に弱みを見せることはなかった。彼は、君の前では…いや、君の知る事の出来る範囲において、完璧で理想な兄をずっと演じ続けてきた。そんな君に、私の言葉を信じろというのも無理な話だろう。だから…」

 

 差し出された手に乗っていたのは、手の平サイズの―――大きな、蟲。

 

「っ!?」

 

 蘇るのは、この家に来たばかりの頃。

 視界全てを覆いつくすほどの、蟲の海の中に居た時の記憶。

 あれ以来、私は大の蟲嫌いになってしまった。

 

「これには、私の記憶の一部を封入している。これを飲めば、君は私の記憶を疑似的に体験することができる」

 

「の、飲む!?これをですか!?」

 

「…これに封入されているのは、私の視点で見た慎二の姿だ」

 

「!」

 

「君には、これを見る権利と…義務がある。少なくとも、私はそう思う」

 

「…ご安心を。これと同一のものを、私も飲みました。これが桜様を害するものではないことは、私が保証いたします」

 

「舞弥さん…」

 

 見ているだけで吐き気がするこの蟲を、飲み込む。

 はっきり言ってあり得ない。そんな事をするくらいなら兄さんが何故かいきつけにしている泰山の麻婆豆腐を一気食いする方がましに思えるくらいだ。

 …けれど。

 

「これを飲めば、兄さんの事を知ることができるんですね」

 

「あぁ」

 

 ならば、飲もう。

 それが、兄さんに関わる事ならば。

 私は、知りたい。

 私の知らない、兄さんの姿を。

 

「っ―――――」

 

 掌に乗った蟲の感触に、そのまま壁にでも叩きつけてしまいたい衝動に駆られるが、それをぐっとこらえて、目をつぶり、呼吸も止めて、一息に。

 

「ごくっ」

 

 飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 多くの記憶が私の中に流れ込んでくる。

 

 ―――聖杯戦争

 ―――一定周期で、七人の魔術師の手で行われる大儀式

 ―――その目的は、万能の願望器、『聖杯』の奪い合い

 ―――その内容は、魔術師同士が召喚した、サーヴァントを用いた殺し合い

 ―――それが、兄さんの関わっている事件の概要

 

 それらの知識を見せられながら、私はさらに深く没入していく。

 あの蟲の見せる光景―――間桐臓硯の持つ、間桐慎二に関する記憶に。

 

 それは、私が逃げ出したもので。

 私が、ずっと考えないようにしてきた光景だった。

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 それが初め、兄さんだとは分からなかった。

 私の知る兄さんは、いつも自信満々に笑っていて。

 不出来な人間を見ては不満げに眉をひそめながら手を差し伸べて。

 でも、寝顔は安らかでまだ幼さの残る可愛らしい…そんな兄さんの姿しか見ていなかった。

 

「あああああ…は、がふぅ…ぁ、ぃぃぃぃいいいいい………ッ!」

 

 全身を侵されて。

 精神を犯されて。

 涙を流しながら、痛みに悲鳴を上げる兄さんの姿なんて、見たことなかった。

 

「ふむ、そろそろかの」

 

「ぁ………ぁぁ………」

 

「ようやっと壊れたか。随分と長い事保っていたようだが…お前もここまでだな。では…」

 

 

 

「桜を、連れてくるか」

 

 

 

 ―――いやだ

 

 ―――いやだ、いやだ、いやだ!

 

 ―――こわい、こわい、こわい!

 

 ―――こんなつらいこと、わたしはいやだ!

 

 その瞬間、立ち去ろうとするお爺様の足を、小さな手が掴んだ。

 

「ま、てよ…かってに、きめ、んな…!ぼくは、まだ…たえられる、ぜ…?」

 

 涙で腫れぼったくなった目でお爺様を睨みながら、幼い兄さんは不敵に笑う。

 

 そこまで見て、やっと理解した。

 今でも、心に残っている。

 どうして、それをいつまでも覚えているのかわからなかった。

 けれど、今ならわかる。

 こんな光景を見た今、理解せざるを得ない。

 

 

 

『僕が、桜の代わりになる』

 

 

 

 その言葉が、持つ意味を。

 

「ふむ…よかろう」

 

 お爺様の意思に従って、再度兄さんへと悍ましいほどの数の蟲達が群がる。

 その光景に絶望する兄さんは、それでも恨み言も弱音も諦めも告げず、歯を食いしばって耐えていた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 また、兄さんの悲鳴が響き渡る。

 

 ―――…なさい

 

 蟲達が、兄さんの体を喰らっていく。

 

 ―――ごめんなさいっ…!

 

 私のせいだ。

 私が逃げたせいで。

 兄さんは、こんな目に…!

 

 ―――ごめんなさい、兄さん…っ!

 

 弱い妹で、ごめんなさい。

 あなたの助けになれない、役立たずの妹で、ごめんなさい。

 考えればわかる事なのに、ずっと目を逸らすだけだった、怖がりな妹で、ごめんなさい。

 兄さんが、どんな苦労を背負っているかも知らずに、私ばっかり幸せになって、ごめんなさい。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―――!

 

 

 

 

 

 

「ごめん、なさい………?」

 

 気が付くと私は、舞弥さんの運転する車の中で横になっていた。

 

「…ぁ」

 

「目が、覚めたようだな」

 

「ッ!!!」

 

 その姿を目にした瞬間、怒りで頭が沸騰する。

 ―――間桐臓硯。

 ずっと、兄さんを苦しめ続けてきた、諸悪の根源。

 この男さえいなければ、兄さんは―――!

 

「その殺意は正しい。だが…」

 

「…いいえ、これは、ただの八つ当たりです」

 

 確かに、この男さえいなければ、兄さんはあんなに苦しむことはなかったかもしれない。

 けれど、それは私も同じだ。

 あの時私が逃げ出していなければ。

 『私の代わりになる』という意味に、少しでも考えを巡らせていれば。

 兄さんは、あんな目に合う必要はなかっただろう。

 この男を責める権利は、私にはない。

 罪の如何を問うならば、私だって同罪なのだから。

 

「そうか。…何はともあれ、着いたぞ」

 

「ここって…」

 

 そこは、良く見慣れた武家屋敷。

 兄さんの友達で、私の先輩である…衛宮士郎の住む家だった。

 

 

 

 

 

 

「どうして、あなたがここにいるの?」

 

「それはこちらの台詞です、遠坂先輩。何故衛宮先輩の家に…」

 

「それは当然、この冬木の地に住む魔術師だからよ。これは、そういう集まり…だから、魔術師でもないあなたが居ていい場所じゃ…」

 

「それは違う、遠坂の当主。今回の集まりは、聖杯戦争を目的としたものではない」

 

「は?」

 

 衛宮。

 前回、アインツベルンに雇われて聖杯戦争へと参加した外来の魔術師。

 その一族の住まう屋敷の居間に通された私は、遠坂の当主の言葉を遮った。

 部屋の中に居るのは、つい先ほど起きてきたらしい衛宮の当主、そのサーヴァントであるセイバー、遠坂の当主、アインツベルンの娘。

 こちら側は私と桜、それに久宇舞弥と、サーヴァントであるライダー。

 総計8人…この武家屋敷が広いとはいえ、流石に手狭になるレベルの人数だが、そんな事に構っては居られない。

 

「…まず、君たちに、正しく現状を把握してもらいたい」

 

「現状?」

 

 私は、懐から一つの手記を取り出した。

 これは、慎二の私室においてあったもので、私に…正確には、『この若返った私』に向けて宛てられたもの。

 慎二が自由の利かない状態になった時に備えて書かれたものらしく、今回の聖杯戦争を攻略する上での必要な情報と、そして今回の聖杯戦争で起こった出来事の情報がおおよそ書かれていた。

 ずっと慎二の心臓に巣食っており、この手記の存在を知っていた私は、確認と証明のためにこの手記を手に、間桐の家を出てここに来た。

 

「まず、現在残っているサーヴァントは、ここにいるライダー、セイバーを含めて三騎だ」

 

「三騎?…セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカーで、四騎じゃないの?」

 

「いいや、今回のアーチャーとバーサーカーに関しては、既に慎二が『喰らった』」

 

「喰らった…?」

 

「………」

 

 意味が分からず膠着する遠坂と、私の言葉を理解したのか、不満げな表情を見せるアインツベルン。

 

「その辺りについては順を追って話していく」

 

「…そう。なら、話の続きを聞きましょうか。アーチャーとバーサーカーが居ないのなら、残っているのはこっちのセイバーとそっちのライダーで二騎だけじゃないの?」

 

「いいや、まだ『前回の』アーチャーが残っている。故に、三騎だ」

 

「…」

 

 押し黙る一同。

 驚いた様子のない辺り、どうやら既に接触があった様だ。

 敢えてこちらに情報を伏せたのは…殆ど初対面に近い私を信用して全てを話すわけもない、妥当な判断か。

 

「知っているなら話は早い。残っている問題は、そのアーチャーと、聖杯の処理だ」

 

「聖杯の…処理?」

 

 それから私は、慎二の手記にあった内容に、私の知識を合わせて説明を続けた。

 

 現在の聖杯は、第三次聖杯戦争の折に汚染されており、その願望器は既に無色のそれではなくなっている事。

 そんな聖杯を使用すれば、どんな願いにせよ大災害が起こる事は間違いないであろう事。

 それを知ったうえで使用することを考えている、英雄王のような存在がある事。

 そのことを知っていた慎二は、これら双方を阻止するために、今回の聖杯戦争で暗躍していた事。

 

「キャスターさえ生きていれば問題はなかった。今回呼ばれるキャスターは極めて高い魔術的知識と技術を持ったサーヴァントで、被害を出さずに聖杯に溜まった魔力を消費することができる能力を保有していた…の、だが」

 

「キャスターは、既に脱落している」

 

「そうだ。しかもそれを行ったのは英雄王…聖杯を安全に処理する手段を失い、英雄王の動きを警戒した慎二は、自分の元に戦力を集めるのは諦め、英雄王と聖杯を打倒できる可能性を出来るだけ残しつつ、独力でこの事態を解決するために動き出した。

 セイバーと衛宮士郎のパスが繋ぎなおされる事態が引き起こされるよう、セイバーをぎりぎりまで消耗させ。

 アーチャーと衛宮士郎を衝突させることで固有結界の覚醒を促し。

 遠坂とアインツベルンを残したまま、この局面まで事態を推し進めた」

 

「なるほどね…私達を殺さないのは、ただの余裕か、力の誇示かと思っていたけれど…そんな事を考えていたのね、慎二の奴。

 …でも、そんな事、何で慎二は知っていたの?聖杯の汚染やギルガメッシュの事はまだわかる。けれど、セイバーの召喚が不完全になる事や、衛宮君が固有結界の保有者だったことなんて、知りようもないと思うけれど」

 

「それは…私にもわからない」

 

「わからない?」

 

「なぜかは分からないが、慎二は、『生まれた時から』この世界が辿る可能性を知っていたらしい。その理由は慎二自身も知らないようで、手記には『誰かの奇跡か、それともどこぞの神の気まぐれか』などと推測されていたが…」

 

「…まぁ、情報の出所は良いわ。現状があなたの言う通りになっている以上、とりあえずはそういう事だとしておきましょう。それで?あなたは私達に何をして欲しいのかしら、間桐臓硯」

 

「その前に一つ確認だ。…衛宮士郎、君は、今回のキャスターの宝具を投影できるかね?」

 

「キャスターの宝具?…いや、無理だ。キャスターの宝具は…というか、キャスター本人さえ一度も見ていない。流石に、全く知らないものを投影することは出来ない」

 

「では、アーチャーから受け取った記憶の中に、魔術殺しや呪詛殺しの宝具はないかね?」

 

「………いや、ないな」

 

「そう、か」

 

 …ならば、仕方がない。

 最後の希望は消えた。

 もう、残された手段は一つだけ。

 私を救ってくれた彼の事を、私の力では救えない。

 せめて、彼の目的だけは、達成しよう。

 それが、私にできる精一杯の恩返しだ。

 

「では、遠坂、衛宮、アインツベルン。…頼む、どうか慎二を、殺してほしい」

 

「は?」

「なっ」

「……」

 

 間の抜けた声をだす遠坂。

 何を言っているんだ、と言わんばかりの衛宮。

 既に理解したのか、無表情で大勢を見守っているアインツベルン。

 

 だが、最も大きな声を上げたのは、当然桜だった。

 

「ふ、ふざけないでくださいっ!に、兄さんを殺す?そんな事、なんで…これは、兄さんを助けるための話し合いじゃなかったんですか!?」

 

「不可能だ」

 

「不可、能…?」

 

「現在、慎二は既に聖杯と『成っている』。…そのことは、アインツベルンの娘、お前の方が詳しいだろう」

 

「イリヤが?…どういう意味だ?」

 

「それは、私が本来の聖杯だからよ」

 

 衛宮の疑問に、アインツベルンの娘は答える。

 

「聖杯が行使するのは、時間を掛けて土地から汲み上げた魔力…じゃあ、『ない』。

 それはあくまで、サーヴァントを呼び出すために消費されるためのもの。聖杯を願望器として完成させるには、器に水を注ぎこむように、サーヴァントの魂をくべなければならない。

 英霊という、望外の魔力リソースを世界の外から呼び出して形を与えて、それを崩すことでまたただの魔力リソースとなったそれを器に注ぐ。そうすることで、万能の願望器は完成するの。

 …本来なら、その器の役は、アインツベルンのホムンクルスである私の役割だった筈だった。けれど、その役割を間桐が奪っていった」

 

「…そうだ。私は前回の折、破壊された聖杯の破片を回収し、それを慎二の体へと埋め込んでいた。それによって聖杯としての役割と力を手に入れた慎二は、討たれた英霊たちを魔力として取り込むことで、自らを聖杯として完成させていった」

 

「…でもそれは、それだけ強く土地に根付く聖杯本体と繋がるという事。もし、臓硯の言う通り聖杯が汚染されているとしたら…既にもう五騎もの英霊を取り込んだ慎二に、真っ当な理性が残っていることを期待するのは不可能よ。聖杯が完成すれば、どんな形になるにせよその呪いはこの地に降りる。そうなればどうなるかは…士郎なら、わかるよね?」

 

「っ―――」

 

 冬木の大災害、その生き残りだという少年。

 あの大災害がもう一度起こると聞かされて、平静ではいられないだろう。

 

「キャスターさえ残っていれば、問題は解決できた。キャスターの宝具は魔術殺し…聖杯から切り離し、慎二に残った呪いの残滓も取り除くことが可能だった。…だが、逆に言えばサーヴァントの宝具レベルの魔術殺しでもなければ切り離せない程、現在の慎二は聖杯と繋がっている。ならば、後は聖杯が完成するのをただ待つか…慎二ごと聖杯を破壊するしかない」

 

「そ、そんなの…そんなのってないですっ!だって、兄さんは、兄さんが、死ぬ、なんて…!」

 

 その悲鳴を、その訴えを、私は聞き届けることができない。

 もしそれを聞き届けてしまったら、彼の唯一つの願いさえ、踏みにじる事になるのだから。

 

「桜。…恐らく次に会う時が、慎二との最後の会話になる。…何を話すか、よく考えておくんだ」

 

 

 

 

 

 



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最終日

「兄、さん」

 

「…桜」

 

 間桐慎二は、目の前に現れた間桐桜に、厳しい目を向ける。

 

 ―――どうして、お前が来るんだ

 ―――後は、僕が消えればそれで終わりだというのに

 ―――お前は、聖杯戦争(こんなもの)に関わらなくていいのに

 

「兄さん…そんなところで、何をしているんですかっ」

 

 スカートの裾を握って、俯いたまま、涙でにじんだ声で。

 

「一週間も、私を放っておいて…ずっと、ずっと寂しかったんですよ?

 一人で食べるご飯は味気ないし、家の中でしゃべる相手も居なくて、勉強にも身が入らなくて…」

 

「桜」

 

「兄さんがいない間に、たくさんお料理の練習したんです。どうせ食べるのは私一人だからって、独自にレシピを考えてみたりして、失敗してとんでもない味の料理が出来たり、思いの外上手くいったり…今度、兄さんに食べてほしいって思って」

 

「…桜」

 

「学校の皆だって心配してました。藤村先生だって、美綴先輩だって、何で学校に来ないんだって何度も聞かれて。兄さんのクラスメイトの人達に、兄さんは大丈夫か、何かあったのかって尋ねられて…」

 

「…桜っ」

 

「大丈夫ですってそのたびに応えて、でも兄さんが何も言ってくれないから、もしかしたらって私も心配になって…だから、全部終わったら、旅行に行きましょう?一人で寂しかった分、兄さんに甘えさせてください。私、兄さんが居ないとダメなんです、一人じゃなんにもできない、不出来な妹なんですっ、だから…だからぁ!」

 

「桜っ!」

 

 怒鳴りつける間桐慎二の声を、間桐桜は聞かない。

 ただ一方的に、自らの願望を吐き出し続ける。

 

 

 

「お願いですから、帰ってきてください…兄さん」

 

 

 

―――あぁ、そうえいば、桜にお願いなんてされたの、ほとんどなかったな

 

そんな事を、間桐慎二は思った。

間桐桜は、なんだかんだ能力が高いくせに、妙に引っ込み思案で、自己主張をしない少女だった。

何か困っているときでも、自分で何とかするか、出来なければ一人で我慢するか…そんなだからいつも、俯く間桐桜から無理矢理何がしたいのかを聞き出していた。

そんな間桐桜が、久しぶりに口にした、心からの願望。

 

兄として、叶えないわけにはいかないだろう。

 

 

 

「それは無理だ、桜」

 

 

 

 けれど、その願いは聞けなかった。

 

「どう、して―――」

 

「もう、聞いてるんだろ?聖杯(こいつ)をどうにかするには、僕ごと破壊するしかない。

 今はまだこうして、会話ができるくらいには理性が残っているけれど、それもいつまで続くかわからないしな」

 

 今もなお、間桐慎二の頭の中でガンガンと響く呪詛の声は変わらない。

 まして、英雄王を倒してしまったのだ。王を取り込んだ聖杯が、どれほどの力を手に入れるか…それを思えば、間桐慎二の理性のタイムリミットは、英雄王の消化が終わるまでの、極僅かな時間だけだ。

 そこを過ぎれば僕は、聖杯の完成の為だけに、辺り一帯の命を喰らいつくすだろう。

 その暴食から逃れられたとして、出来上がるのは呪われた黒き聖杯…そこから放たれる力が、どれほどの被害をまき散らすのかまで考えれば、取るべき選択肢は一つしかない。

 

 もしそれを躊躇えば、間桐桜の命が、失われるのかもしれないのだから。

 

「桜、よく聞け。

 何かあったら遠坂を頼れ。肝心な所でやらかす遺伝的な悪癖があるが、基本的にソイツは優秀だ。それに妹のお前には甘いようだから、大抵の事は何とかしてくれるだろう」

 

「兄さ―――」

 

「どうしようもないことがあったら衛宮を使え。ソイツには、山ほど恩を着せてある。衛宮の性格からして、僕の妹であるお前からのお願いは、絶対に断らないだろうさ」

 

「いや―――」

 

「臓硯の奴も、若返って今は割と綺麗な性根をしてる。多分、お前が真っ当に生きて死ぬまではそのまんまだろうから、ソイツに頼るのもいいだろ。義理とはいえ、お前のお爺様だしな。もう、そんな見た目じゃなくなっちまったが」

 

「やめて―――」

 

「舞弥の奴を頼ったっていいし、美綴とかみたいな学校の奴に頼りにするのもいいだろう。その辺の男子ひっ捕まえてこき使ってやるのもいい。お前から頼まれて断るような男は居ないだろうしな。ま、変に期待させても悪いし、この手を使うのはほどほどにしておけよ?」

 

「どうして、そんな事言うんですか、兄さんっ!!!」

 

 

 

「僕は、もうすぐ死ぬからさ」

 

 

 

 あっさりと。

 間桐慎二は、間桐桜の希望を打ち砕く。

 

「いや…いやぁ…!そんなのいやです、兄さん!」

 

「そんな顔するなよ…全く、心配性だな」

 

 ―――お前は、幸せになれるだろうさ。

 ―――臓硯も聖杯も英雄王も、お前の幸せを邪魔する奴は大体何とかしてある。

 ―――お前を幸せにしてくれる、遠坂や衛宮だって生き残ったまんまだ。

 ―――後はただ、お前の日常を、送っていればそれでいい。

 

「幸せになれよ、桜」

 

 

 

 ―――ドクン

 

「あぁ、時間切れだ」

 

 とうとう、聖杯の中へ引きずり込まれた英雄王が、完全に取り込まれた。

 王の持つ膨大なエネルギーを得た聖杯は、更なる活性化を遂げる。

 

 ―――モウスコシ

 

 ―――モウスコシ、モウスコシ、モウスコシ

 

 ―――モウスコシダケ、タベタイナ

 

「がっ、は…っ!」

 

「兄さん!?どうしたんですか、兄さん!!!」

 

 餌を求めた聖杯が、その魔手を伸ばす。

 最初に狙うのは―――最も近かった、間桐桜。

 

「来るな、桜ァ!!!」

 

 声を上げるも既に遅い。

 眼前へと迫る魔手を、間桐桜は呆然と見つめている。

 

「桜!このバカ…っ!」

 

「え…あ!?」

 

 飛び出した遠坂凛が、間桐桜の手を引っ掴んで衛宮士郎たちの待つ地点まで下がる。

 置き土産とばかりに投げ飛ばされた宝石が、大爆発を起こして魔手を押し留める。

 

 ―――イタイ、イタイ、イタイ!

 

 ―――ジャマスルナ、ジャマスルナ、ジャマスルナ!

 

 ―――タベサセロ、タベサセロ、タベサセロ!

 

「うる、さい…!あと少し、黙ってろ…!」

 

 ―――どうせもうすぐ、僕と一緒に消える運命なんだから

 

「衛宮ァ!早くしろ!」

 

「っ…ふざけんなよ慎二!何で、お前を―――」

 

「そうじゃなきゃたくさんの人間が死ぬぞ!…っ、しっかりしろよ、正義の味方ァ!」

 

「ぐっ…」

 

 その呼びかけに、衛宮士郎は言葉に詰まらざるを得ない。

 救うと誓った。

 助けると決めた。

 より多くの人を、理不尽な災禍から守ると。

 ならば、衛宮士郎は間桐慎二を殺さなければならない。

 ―――正義の味方になるとは、そう言う事だ。

 

「早くしろ!早く…僕に桜を、殺させる気か!!!」

 

「でも、だからって…!」

 

 それを、間桐慎二が望まないのは理解できる。

 それだけが、間桐慎二にとって許せないことなのは明白だ。

 衛宮士郎にできるのは―――それだけしかないのは、分かっているはずだ。

 

 けれど、その手は動かない。

 蘇るのは、共に今までを過ごしてきた間の記憶。

 

 ―――一方的なものかもしれないけれど、勝手な思いかもしれないけれど、俺は、お前を、ずっと友達だと思って…!

 

 

 

「なぁ、頼むよ、衛宮…僕達、友達じゃないか」

 

 

 

「―――おま、え…それは」

 

 間桐慎二は言った。

 衛宮士郎の遥か先を行く間桐慎二は、衛宮士郎を友と呼んだ。

 だからこそ、友として…望まぬ道を歩かされようとしている間桐慎二を、この場で止めてくれと、そう懇願した。

 

 ―――卑怯だろうが

 

 ぽつりとそう呟いた衛宮は、令呪の刻まれた手の甲を晒す。

 

「―――セイバー」

 

「………いいのですね、シロウ」

 

「あぁ。…令呪を以て、命ずる。…聖杯を、破壊しろ」

 

 命令に応え、星の聖剣がまばゆい光を放つ。

 

「先輩!?何を…」

 

「やめなさい、桜」

 

 自らのサーヴァントに、最後の命を下した衛宮士郎に、間桐桜は食って掛かる。

 何故、そんなものを振りかざしているのか。そんな事をしたら…

 

 ―――兄さんが死んでしまう

 

「どいて!放してください!」

 

「やめなさいって言ってんのよ!…もう、あなたの駄々が通るような状況じゃないことくらいわかるでしょう!」

 

「わかりません!わかりたくありません!そんなの…」

 

「…桜」

 

「そんなの、認められるわけありませんっ!だって、兄さんがいなくなったら、私…!お願いです、私にできる事なら、なんだってしますから、お願いですから兄さんを助けて―――姉さん!!!」

 

「―――ッ」

 

 久しぶりに。

 本当に久しぶりに、彼女からそう呼ばれた。

 それは、喜ぶべきことのはずだった。

 かつて、互いの意に添わずに引き裂かれた少女たちが、もう一度姉妹であることを認めることができたのだから。

 

 だが、遠坂凛は唇を噛むだけだ。

 どれほど懇願されようと、手段がない。

 誰か代わりに犠牲にすれば、確率の低いギャンブルに出れば―――そう言った段階は、とっくの昔に越している。

 既に、間桐慎二が助かる可能性は潰えている。

 

「ごめんなさい、桜。私には、無理よ」

 

 

 

約束された(エクス)…」

 

 騎士王は、自らの剣を強く握る。

 いくつもの争いを駆け抜けてきた。

 その中には、数多の犠牲の果てに辿り着いた勝利もあった。

 …けれど、

 

 ―――ここまで虚しい勝利は、初めてかもしれませんね

 

勝利の剣(カリバー)――――――――――!」

 

 騎士王は、自らの全力を以て聖剣を振るう。

 撃ち放たれた光の奔流は、大地から立ち昇る呪いの渦を呑み込んでいく。

 

 ―――その中心にいる、一人の少年を諸共に

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 勝利を飾る光が輝く中。

 少女の悲鳴が、木霊した。

 

 

 

 

 

 



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後日談

「…なるほど、おおよそは理解した。おかげで、教会へ提出する報告書の内容もそれなりの出来になりそうだ」

 

 うむうむ、と満足げに頷く神父。

 

「しかし、分からないな。重要な事を一つ語り忘れているのではないかね?」

 

 重要な事?

 はて、まだ話していないことが何かあっただろうか…。

 

「今の話では、君は死んでいるはずではなかったのかね?―――間桐慎二」

 

 

 

 

「あぁ?なんで僕が生きているのか分からないのか?」

 

 背もたれに体重を掛けて、背後へと回った神父へ逆さの頭を向けた僕は、不満げな声を零した。

 

「そんなもん、決まってんだろ。僕が生き残るのは本来なら不可能だった。なら、答えは一つだ。…それは、お前には予想がつくんじゃないのか」

 

「確かに。聞いた限りの状況の中で、君を生き残らせることができるモノには心当たりがある。…が、奴がそんな事をする理由は思い当たらないのでな。実際、不思議には感じているのだよ」

 

「あーそれはな………」

 

 

 

 

 

 

 聖剣の光の奔流に、背後の聖杯の『穴』諸共飲み込まれていく。

 

 ―――これで、全てが終わる

 ―――桜はきっと、何の憂いもなくなった世界で、ありきたりな日常を、幸福に生きていく事だろう

 

 ―――後悔はない

 

 ―――後悔はない

 

 ―――後悔はない

 

 

 

『兄さんッ!!!』

 

 

 

「あぁ―――クソッ!」

 

 臓硯も、余計な事をしてくれたものだ。

 最後に見た桜の顔が、あんなぐちゃぐちゃの泣き顔だなんて。

 

「心残りが出来ちまった」

 

 ―――死にたくない

 

 ―――死にたくない

 

 ―――死にたくない死にたくない死にたくないッッッ!!!

 

「後悔がないわけ、ないだろうが…ッ!」

 

 桜の為に生まれて、桜のために生きて、桜の為に死ぬ。

 その事に僕は納得していた。

 けれどだからって、何も好き好んで死んだわけじゃない。

 

 桜に見送られて学校を卒業したかったし、桜が卒業するところを見送ったりもしたかった。成人式なんかで晴れ着を着た桜はきっと綺麗だっただろう。料理の腕は未だに上昇を続けているし、僕が居ない間に作ったという創作料理の味だって気になってしょうがない。その内、僕の手から離れて衛宮…は、セイバーの事があるから難しいにしても、誰かと結婚して幸せになってる桜を見たかったし、なんなら甥か姪を抱いてみたりしたかった。将来は専業主婦だっただろうか、それともキャリアウーマンにでもなっただろうか、魔術師だけはやめて欲しいところだが、遠坂や綺麗になった臓硯やらに師事すれば桜の才能なら一門の魔術師にはなれるだろうしもしかしたらそれでも上手く行ったかもしれない。

 

 思い巡らせばキリがない。

 一つ思い浮かべれば次から次へと後悔と心残りが浮かんできて止まらない。

 

「あぁ―――――――――死にたくないなぁ」

 

 

 

 

 

「我を驚かせるという偉業を成し遂げながら、更なる先を望むか。人間とは、ほとほと強欲なものよ」

 

「ッ!?」

 

 気が付くと、僕は、何もないまっさらな空間で、黄金の鎧を身に纏った英雄王―――ギルガメッシュと向き合っていた。

 

「英雄、王―――!?アンタ、何で!?」

 

「戯け、我があのような汚泥に精神を飲まれるわけがなかろうが…サーヴァントという縛りがある故、確かに肉は溶かされてしまったがな。今、我と貴様は共に聖杯の中に居る。ならばこうして、顔を合わせることも出きようさ…ところで」

 

 英雄王は、愉悦の笑みを浮かべてこちらを見下す。

 その手が中空に浮いた黄金の波紋へと差し入れられ―――

 

「………は?」

 

 思わず間抜けな声を出した。

 何故ならそこから英雄王が取り出したのは―――膨大な神秘を匂わせる、黄金の杯。

 多くの魔術師が、それを得るために命を賭した聖杯、その原典―――!

 

「我の所有する、『ウルクの大杯』だ。これさえあれば、貴様の望みは叶うだろうよ」

 

「…どういうつもりだよ、英雄王」

 

「ただの道化かと思っていたが…中々どうして、我を愉しませてくれたからな。一つ、投資でもしようかと気紛れを起こしただけの事よ」

 

「投資?」

 

「あぁ。道化…いや、若芽よ。貴様が根を張るための『土と水』は我が与えてやろう。その代り…必ずや、我の期待に応えてみせよ。…その約定を交わすならば、これを貴様にやろうではないか」

 

「――――――――――」

 

 その提案に、絶句する。

 英雄王からの期待を受ける。

 これがどれ程名誉な事なのか、この王を知る人物ならばわかるだろう。

 人類という種をこの星に初めて刻み込んだ王から、『期待している』と言われたのだ、この時抱いた僕の歓喜は、想像を絶する。

 だが同時に、これは悪魔の契約とも感じた。

 期待に応えられなかったら。

 英雄王を、失望させるような事があったら。

 もし、そんな事になれば、今抱いているものの比ではない後悔を胸に、死ぬことになるだろう。

 

 手を伸ばせば、後戻りはできない。

 

 グラグラと揺れが激しくなり、空間に亀裂が入り始める。

 

「ふむ、セイバーも加減を知らんな。もうこの空間も崩れるか…さぁ、どうする?」

 

 こちらを見やる英雄王は、こうやって苦悩する様すらも見ものであると語るかのように、あくまでも愉しげだ。

 

 ―――できるのか?

 ―――やれるのか?

 ―――応えられるのか?

 

 不安が鎌首をもたげ、心の奥に染み込んでいく。

 目の前の王の威光が、僕に二の足を踏ませ―――

 

 

 

 僕は、ウルクの大杯を掴み取った。

 

 

 

「…やってやるさ」

 

 桜を救う事が出来た(運命すら変える事が出来た)僕に、不可能なんてあるわけない。

 

「やってやろうじゃないか!アンタの期待に応えて見せる!元々、僕が生きて何の変哲もない人生で終わるわけがなかったんだ!なら、特等席でたっぷり見ているといいさ、英雄王!」

 

 虚勢を張って。

 大見得を切って。

 目の前の王に宣言する。

 

「あぁ、精々気張るがいい」

 

 笑みを深めた英雄王は、そのまま背を向けて歩き去っていく。

 その途中、ふと足を止めて、僕に向けて問うた。

 

「おぉ、すっかり忘れていた。…貴様、名は何という?」

 

「慎二、間桐慎二だ。…覚えておけ、英雄王ギルガメッシュ」

 

「よかろう、シンジ。…では、また会おう」

 

 英雄王が歩き去ると同時に、本格的に聖杯の崩壊が始まる。

 去っていく王の背中を見送った僕は、手に握った大杯へと願った。

 

 

 

「ウルクの大杯よ!僕を生きて、桜の元へ連れていけ―――!」

 

 

 

 

 

 

「なるほど、渡されたのは聖杯の原典か。体に支障はないのかね?」

 

「あぁ、全く。所が、以前よりも体の調子がいいくらいさ。…そう言えば、お前の方はどうなんだ?」

 

「どう、とは?」

 

「体調だよ。臓硯の奴にお前の蘇生は頼んでおいたが…上手く行ったのか?」

 

 この神父は、前回の聖杯戦争の折に致命傷を負っていた。それを、聖杯と繋がる事で生きながらえていたのだ。

 当然、この神父を生かしている聖杯がなくなってしまえば、この男も共に死ぬはずだった―――のだが。

 それについては臓硯の奴に渡す予定だった手帳に記している。その情報と一緒に、こいつは生かしておくように手記に記しておいたのだが、しっかり仕事はこなしてくれたようだ。

 

「ふむ、問題はないな。少なくとも、日常生活には支障はない。…私の命を握るのが、あの老人というのは中々に複雑な心境だがね」

 

「もう老人じゃないぜ、アイツ」

 

「…の、ようだな。いやはや、若き頃の奴はあんな姿で、あのような思想だったのだな…フフッ」

 

「何嘲笑(わら)ってんだよ」

 

「いや何…ああして、必死に善人の皮を被っている間桐臓硯の姿が愉快でな。命が危うくなれば、あのかつての老人のようになるのに、と」

 

「…あぁそうかよ」

 

 どうやらこいつの人格は、死にかけようが変わるものではないらしい。ま、『私綺麗綺礼!これからは心を入れ替え、世のため人のために働きます!』なんてことになったら気持ち悪い事この上ないし、別に構わないけどな。

 

「だが、解せんな」

 

「あん?」

 

「何故、私を生かした?私がどのような人間なのかは、君とて知っている筈だろうに」

 

「あぁそれか。…今回の僕の目標は、『第五次聖杯戦争の無血終結』だからな。単純に人死にを嫌った、っていうのが一つ。もう一つは…僕は別に、アンタの事は嫌いじゃない」

 

「………」

 

「そりゃ、アンタは社会とか倫理とか常識とかから考えれば、余り褒められたものじゃないんだろうが…前にも言ったろ?今の世界には、アンタみたいなのも必要なんだよ。

 精々、お前を殺す正義の味方が現れるまで、健やかに悪役やってろよ」

 

 こいつを殺すのは、僕の役目じゃない。

 こいつを乗り越えなければいけない正義の味方は、他に居るのだから。

 

「…成程。いいだろう、君の思惑は理解した。最後までそれに乗るかどうかはともかく、生かしてくれたことには純粋に感謝しておこう」

 

 そこまで話し込んだところで、バタンッ!と教会の入り口が開かれる。

 

「言峰神父、裏の掃除が終わりました…む」

 

「よぉ」

 

 目の前に現れたのは、暗めの紅色の髪を短く切った、シスター服の女性。

 その凛々し気な佇まいと、楚々としたシスター服の不協和音に笑いだしそうになるのを堪えながら片手を挙げて簡単に挨拶をする。

 

「あなたは、ライダーのマスターの…」

 

「あぁ。調子はどうだ?バゼット・フラガ・マクレミッツ」

 

「問題はありません。貴方が都合してくれたこの義手のお陰で、日常生活に困る事もありませんから」

 

「そうかい。いや悪かったな、アンタの右腕吹っ飛ばしちまって。アンタ達強いから、こっちも手加減する余裕なかったんだよ」

 

「戦場でのことです。少なくとも私は、貴方を殺すつもりだった。ならば、片腕一つで文句を言う権利はないでしょう」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。アンタみたいなのに背中を狙われる日常なんてゾッとするからな」

 

「………それはそうと、貴方は何故さっきから半笑いなのですか」

 

「鏡でも見てくれば?理由が分かるぜ」

 

「…………………………失礼します」

 

 自覚があるのだろう、渋い顔をしたシスター服のバゼットは、八つ当たり気味に荒々しく扉を閉じて去っていった。

 元封印指定兼執行者の剛力を受けた教会の扉がバキリという悲鳴を上げる。

 

「彼女については、君の所で預かった方が良かったのではないかね?彼女が執行者の地位を降ろされたのは、君が彼女の腕を奪ったからだろう?責任を取る意味でもそうすべきだったと、私は思うがね」

 

「いやいや、流石に右腕吹っ飛ばした相手とずっと一緒ってのもお互い気まずいだろ。ま、命を救ってやった借りってことで、一つ頼むよ」

 

「いいのかね?私の所においておけば、彼女がどのような目に合うかは保証できないぞ?」

 

「それはアイツの自業自得さ、アゾられるようなことがあるとして、それはアイツがアホだっただけの事。…そこまで責任は持てないよ」

 

「アゾる?…まぁ良い。君がそういうスタンスだというのなら、私は私で好きにさせてもらおう」

 

「あぁ。…さて」

 

「行くのかね?」

 

「そうだな、そろそろ行くよ。教会の外に待たせてあるしな」

 

「そうか…では、おめでとう、と言わせてもらおう。君の願いは、ようやく叶ったようだからな。…随分と多大な負債を、抱えてしまったようだが」

 

「………」

 

 確かに、その通り。

 未だに、ウルクの大杯は僕の中にある。

 軽々しく使うつもりはないが、この存在がある限り、僕の生涯はこれに縛られることになるだろう。

 

 この行いは、英雄王の眼鏡に叶うのか。

 この行いは、英雄王が見るに値するものか。

 常に自問自答を続けながら、自らの生涯を磨き上げ続けなければならない。

 

 そうして出来上がった生涯は、英雄王ギルガメッシュへと献上されることが決まっているのだから。

 

「…何ニヤニヤしてんだよ」

 

「鏡を見たらどうかね?理由が分かるぞ」

 

「僕を見て愉しんでんじゃねぇよ、愉悦神父」

 

「おっと、これはすまない。性分なものでな」

 

「ふん」

 

 最後の余計な一言のせいで、ささくれ立った心で僕は教会を去る事になった。

 

 

 

 

 

 

 教会を出た僕は、こんなところにある辺鄙な教会にしては立派な構えの門をくぐり、外へと向けて歩き出した。

 そこで待っていたのは、衛宮に遠坂、それとイリヤスフィールと―――

 

「兄さん!」

 

「桜、ただいま」

 

「はい、お帰りなさい!」

 

 妹の、桜。

 

 駆け寄り抱き着いてくる桜を受け止める。

 そのまま脇へと回って腕に手を回した桜と共に歩き出した。

 

「全く、仲が良い事ね」

 

「お前が言うかよ、イリヤスフィール。お前だって衛宮にべったりじゃねぇか」

 

「ふふーん、いいのよ私達は。なんてったって、繋がって奥の奥まで見せ合った仲なんだから…」

 

「いいいいいイリヤ!?その説明の仕方じゃぁ…」

 

「衛宮先輩って、まさか…」

 

「違う。断じて違うぞ桜!それは間違いなく誤解だ!だからそんな目で見るな!」

 

 今回の聖杯戦争においては、衛宮は遠坂とではなくイリヤスフィールから魔力供給を受けることで固有結界の発動を可能としたらしい。

 本来の原作においては、最終決戦時においてイリヤスフィールは退場していたし、今回の聖杯戦争では遠坂との仲は特に進展することもなかったようだから、その辺りが関係しているのだろう。

 それはつまり、遠坂とやる筈だったアレヤコレヤをイリヤスフィールとやったという事で―――

 

「甘んじて受けろよ、衛宮。やる事やったんだから、そう間違ってるわけでもないだろう?」

 

「ちょ、慎二!?お前には事情を話しただろう!?だからあれは、仕方のない事で…」

 

「へぇ…聞いたかよイリヤスフィール。衛宮はお前との行為は仕方がないからやっただけで、衛宮の奴はお前のこと何とも思ってないんだってさ」

 

「そんな…士郎、酷い!」

 

「い、いや、何とも思ってないとまでは言ってないだろう!?」

 

「先輩、最低です」

 

「なんでさああああああああああああああ!?!?!?」

 

 絶叫する衛宮を三人で一しきり笑い飛ばして、そこでふと、今までずっと静かに後ろをついてきていたもう一名に目を向ける。

 

「あら遠坂先輩(役立たずさん)、さっきから静かですけれどどうしました?」

 

「アンタたちがいちゃついてるから独り身の私は居辛いのよ!っていうか桜!いい加減その呼び方はやめなさいっ!」

 

「お断りします。改めさせたいなら汚名返上できるような事をきちんと成し遂げてからにして下さい」

 

 遠坂に向けて絶対零度の瞳を向ける桜。

 あの最終局面、恥を忍んで『姉さん』と呼びかけたのにもかかわらず何もできなかった遠坂に対する桜の評価は完全に地に落ちている。

 もはやもう一度姉と認めてもらう事など望むべくもない。その前に、蔑称呼びが完全に固定されてしまっている現状を変える必要があるだろう。

 

「まぁそう言ってやるなよ、桜。実際こいつは優秀なんだぜ?一般人としても、魔術師としても。

 今回の聖杯戦争じゃ、召喚時間は間違えるし、呼び出したサーヴァントはセイバーとの戦闘であっさり戦闘不能になるから偉そうにしてるけど基本衛宮に頼りきりだったし、一度も勝利してない所かそもそも戦闘らしい戦闘なんてしてないけど」

 

「貶すかフォローするかどっちかにしろ!」

 

「今回の聖杯戦争じゃ実際役立たずだったんだから暫く我慢すれば?」

 

「だからって貶すなああああああ!!!」

 

今でこそこうして情けない姿を晒しているが、実際遠坂が大成するのも時間の問題だろう。

自分の所に来た時点で宝石剣を手にしていたようだから、後は時間さえあれば魔法使いになれるような魔術師なのだ。うっかりにうっかりを重ねた今回の聖杯戦争が割と例外なだけで。

 

何はともあれ、第五次聖杯戦争は終わった。

ならば心配することはない。

桜を救う事が出来た僕ならば、きっと何があってもなんとかできる。いや、してみせる。

もう、諦めて誰かに縋る事はしない。僕は、僕の手で、運命を決めて見せる。

 

「桜」

 

「はい?なんですか、兄さん?」

 

「これからは、ずっと一緒に居よう」

 

「――――――――――」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

 桜が花開くような笑みを浮かべた彼女の姿に、僕は満足する。

 さぁ、僕たちの日常は、これからだ。 

 

 

 

 



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前日譚―間桐兄妹の休日―



聖杯戦争以前は、こんな日常を過ごしていた、というお話




 

「兄さん、今日はお暇ですか?」

 

「ん?あぁ…午後からは特に予定はないな」

 

「でしたら、お出かけに付き合ってもらえませんか?夏も近くなってきたので、新しい服を買いに行きたいんです」

 

 ある日の休日。

 そう言ってデートに誘った私を見て、兄さんは「あー…」と納得したような声を上げる。

 

「育ち盛りだもんな、お前も」

 

 兄さんは背の伸びを確認するように私の頭を撫でながら―――最近Eカップにまで育った胸元に視線を寄せる。

 …けれど、そこに情欲の色は見えない。ただ本当に、『育った』という事実を確認しようとする意志しか見出すことは出来なかった。

男性にそういう目で見られるのは嫌だけれど、兄さんにならちょっとくらいそう言う目で見てもらってもいい、むしろ見てもらいたい。

 なのに、兄さんはあくまで私をただの妹として扱って、そこに何かの欲望をにじませることはない。そこが兄さんの尊敬できるところの一つでもあるけど、ここまで女性として意識してくれないのは同時に非常に不満でもある。

 

「あぁ、別に構わないぜ。行こうか、桜」

 

「はいっ、兄さん!」

 

 ―――今回のお出かけで、なんとかこの状況を脱却しないと!

 

 決意も新たに、私と兄さんは新都へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「どれにしましょう…?」

 

 ぐるぐると女性服コーナーを回りながら、どんなコーディネートを行うかを考える。

 

「兄さんは、どんな服が好みですか?」

 

「好み、ねぇ…特に『これ』っていうのはないな。服ってのはあくまで装飾品、本人を一番引き立てるのが『良い服』だろ。どれだけ高級で煌びやかな服を着ても着てる人間が碌でもない人間なら意味はないし、逆にどんな襤褸を着ても着ているのが相応の人間ならそれなりの見てくれになるもんだ」

 

「…なるほど」

 

 装飾はあくまで装飾。重要なのは、あくまで着る本人がどういう人間なのか…ということか。

 また一つ賢くなってしまった。兄さんといると勉強になる事ばかりだ。

 

「桜の場合は大抵の服は着こなせるだろうから…ま、自己表現でもするつもりで選べばいいんじゃないか?」

 

「はい、頑張ってみますっ!」

 

 自己表現―――今回衣服を選ぶ一番の目的は、兄さんに女性として意識してもらう事だ。

 兄さんに特に好みがないという事なら…何はともあれ、今の自分が昔とは違うと知ってもらう事―――妹扱いからの脱出が最優先だろう。

 となれば、私が選ぶべきは、今まで私が選んできた傾向とは外れたもので…。

 

 

 

 

 

 

「着替えたか?」

 

「は、はい…着替えました、けど…うぅ、足がスースーする…」

 

「開けるぞ、桜?」

 

「は、はい!いつでもどうぞ!」

 

 シャッとカーテンを開けた兄さんの前に、私は今までとは大きく異なる装いを晒け出す。

 

 白地に桜色のストライプが入ったTシャツの上からフード付きのパーカーを羽織ったスタイルなのだが、どちらもそういうデザインなのか、全く丈が腰まで届いておらず、腰回りが完全に露出している、いわゆるへそだしルックであった。

 履いたスカートは非常に丈が短く、太腿の半ば程から完全に外に出ており、健康的な肌が惜しげもなく晒されている。

 

「お前が普段着てる私服とは、大分雰囲気が違うな」

 

「た、たまには、こういうのもイイかとって…あの、どうですか、兄さん?」

 

「ふーん?…ま、いいんじゃないか?悪くはないよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「あぁ、流石は僕の妹だ」

 

「…えぇ、はい、分かってましたけれど」

 

 褒めてもらえるのは嬉しいけれど、相変わらず私は、兄さんにとってはただの妹のようだった。

 

「何をがっかりしてるんだ、桜?」

 

「いえ、乗り越えるべき壁を前にナーバスになってしまっただけです。気にしないでください」

 

「?…ま、お前がそう言うならいいけどさ。で、どうする?ここからはその服で歩き回るか?」

 

「え、いや、その!…それはまだ、心の準備が…!」

 

 流石にこの服を着たまま往来を歩く勇気は、私にはまだ…!

 

「まったく、その辺の度胸がないのは相変わらずかよ。…なら、それはまた今度ってことにするか」

 

「!…は、はい!また、どこかへ一緒に遊びに行きましょう、兄さんっ!」

 

 その後も、幾つかの服を試してはみたが、結局兄さんの印象を変えるには至らなかった。

 けれど、また今度デートをする約束をしてくれたから、今回はそれで良しとしよう。

 機会はまだいくらでもあるのだから。

 

 

 

 

 

 

「いっぱい買っちゃいましたね…」

 

「別にいいんじゃないの?これくらい」

 

 私は一つ、兄さんは二つ、紙袋を引っ提げて歩く。

 家に置いてある衣服については、大半が入らないかそうでなくともサイズが合わないかになってしまっていたため、思い切ってたくさん買ってしまった。もうこれ以上大きな成長を期待するのも難しいだろうと思ったというのもあるが。

 重さはそこまででもないが服と言うのはどうしても嵩張るもので、どうしてもこれくらいの量になってしまう。

 

 

「あ」

 

「ん?」

 

 甘い香りに引かれた私の目線の先にあるのは、美味しいと評判のクレープ屋である。

 

「あぁ、そういえば出かけてから何も食べてなかったな。折角だから食べながら帰るか、桜」

 

「はい、兄さん」

 

 クレープや屋台へと並び、今度のお出かけはどの服を着てどこへ行こうか、なんてことを話しながら待つこと十数分。

 私はイチゴを、兄さんはチョコバナナを頼み、それを頬張りながら帰路へと着く。

 

 アイス、シロップ、果実のストロベリー三連コンボを頬張ると、強い酸味が口の中に広がる。それを包むクレープ生地はふっくらと焼き上がっていて、その味はストロベリーと対照的に非常に甘みが強い。

 噛むごとに二つの味が調和して絶妙な味わいを醸し出している。

 

「うーん…♪」

 

「美味いか?桜」

 

「はいっ!とってもおいしいです!」

 

「そうか、そりゃよかった」

 

 兄さんも手に持ったチョコバナナを頬張りながら、満足気に笑みを浮かべる。

 夕焼けを受けて映える、そんな兄さんの横顔につい見蕩れてしまった。

 …それがいけなかった。

 

「…って桜、アイス垂れてんぞ!?」

 

「え、きゃ!?」

 

 うっかりしている間に、焼き立てのクレープ生地の熱さに耐え切れずに溶けだしたアイスが手にまで垂れてしまっていた。

 慌てて溶けだした部分を頬張り、手に垂れていたものも舐めとったが、勢いよくかぶりついてしまったせいで生クリームが頬にべっとりとついてしまう。

 

「えっと、どうしよう…」

 

 私も兄さんも、片手に紙袋、もう片方にクレープと言うスタイルのために両手が塞がってしまっている。

 仕方がないのでなんとか紙袋を肘関節にひっかけて、空いた手にクレープを持たせて一度顔を綺麗にしようか―――

 

「まったくどんくさいな、お前は…動くなよ」

 

「え?」

 

 

 

 頬に、柔らかな感触。

 

 私に口づけて生クリームを舐めとった兄さんの顔が、至近距離から私の瞳に映りこんだ。

 

「―――――――――」

 

「ったく、気を付けろよな…ほら、言ってる傍から!そんなぼーっとしてると、また垂れるぞ!」

 

「あ、はいっ、すいません、兄さんっ!」

 

 ストロベリーの果実にも負けず劣らず真っ赤になった顔で、クレープを頬張る。

 

 動悸が激しくなり、バクバクと心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴り響く。

 緊張の余り味も何も分からなくなったクレープを食べることに一生懸命集中しながら、それでも頭の中はキスの感触と至近距離から見た兄さんの姿の事で一杯だった。

 

 

 

 




あとがき

今回出てきた衣服はぶっちゃけて言えばアストルフォ霊衣です。
アストルフォコスの桜…ちなみに、この状態だとただでさえ小さなTシャツが豊満な胸に押し出されて更に大変なことになっていて、下から見上げるととてもシアワセな光景が広がってしまう事に、本人は気付いていない模様。



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後日談―序列決定戦①―




バトルの方が筆の進みが良い…イチャラブも書きたいのに…





 二つの剣が打ち合う音が鳴り響く。

 

 小太刀二刀を手に果敢に攻め立てる衛宮士郎。

 それを受け止めるのは大太刀を両手で握った間桐慎二だ。

 

「はあッ!」

 

 士郎は手数の多さを生かして間断なく自らの剣を叩きつける。

 さながら絶え間なく吹き付ける強風のような士郎の剣は、慎二に一切の反撃を許すまいとどんどん苛烈さを増していく。

 しかしそれに対して慎二は、一切動じずにそれらの全てを受けきる。

 その在り様は高くそびえたつしなやかな竹のよう。鍔に近い位置で受け、剣先を使って弾き、時には体を半身だけずらすことで衝撃を流し、最低限の動きで堅実に士郎の攻めを掻い潜っていく。

 

 だが、それも徐々に追いつかなくなっていく。

 速度を増していく士郎の剣は慎二の防御を崩し始め、剣の交差する位置が少しずつ慎二の体へと近付いていった。

 そしてとうとう、慎二の剣は士郎の攻めに耐えかねて剣先が地に向けられる。

 

 ―――いける!

 

 これを好機と取った士郎は、大きく踏み込むと同時に両手を高く振り上げて必殺の一撃を放とうと構え―――

 

 ―――にやりと笑った慎二の姿に、これが誘いであると気づかされた。

 

 振り下ろされた剣にもはや止まる術はない。

 これに慎二は、『意図的に遅くしていた』自らの剣、その本来の速度を解放し、切り上げの軌道で以て士郎の二刀を同時に払う。

 

「っ―――!」

 

 たまらず体勢を崩した士郎から慎二は距離を取る。

 そして構えるは、彼が取り込み模倣した剣士の秘奥―――

 

 

 

偽・燕返し(つばめがえし)

 

 

 

 放たれたのは、目にもとまらぬ高速の三連閃。

 

 一振り目、袈裟懸けの軌道を描いて小手を狙って放たれ、士郎はその手に持つ小太刀を取り落とす。

 二振り目、振り下ろされた位置から返す刀で切り上げられた一閃が残ったもう一太刀を捉え、それを握る手から弾き飛ばす。

 三振り目、二振り目の勢いそのままに大上段に構えられた剣から、無防備な士郎めがけて最後の一撃が振り下ろされ―――

 

 

 

 

 

「………参った」

 

 目と鼻の先で止まった木刀の剣先を前に、士郎は降参の意を示した。

 

 

 

 

 

 

「くそ、イケると思ったのに…」

 

「馬鹿が。衛宮なんかが僕に勝とうなんざ十年どころか百年早い。『イケる』と思ったんならその時点で僕の掌の上だって気付け馬鹿」

 

「そんな馬鹿馬鹿言わなくたって…」

 

「実際馬鹿だろうが。お前は馬鹿正直すぎるんだよ、もっと駆け引きってものを覚えろっての。違和感を抱かせない程度に少しずつ剣速を遅くしてたのにも気づかなかったし、そうして感覚を誤魔化したところに付け入れられそうな隙をワザと作ったら喜び勇んで飛び込んで来やがって…」

 

「………」

 

 ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。

 これでもセイバー仕込みの剣はそれなりだと自負していた―――勿論、セイバー自身に勝てたことなど一度もないが―――のだが、慎二と立ち合う内にその自信もぽっきり折られてしまった。

 ちなみに、これで立ち合いは三度目。戦績は俺の全敗。

 俺はずっと小太刀二刀だったが、慎二は立ち合いの度にそのスタイルを変えていた。

 

 一戦目に使ったのは槍。慎二がこの聖杯戦争で実際に使ったという紅の槍…を元にして投影したという細長い棍棒を手にした慎二と戦った。

 俺のそれとは違い、強度も大したことはなく十分もすれば消えてなくなる、程度の低い投影だった…らしいのだが、それでも十分だった。

 試合時間は限界時間の半分である五分。道場内を縦横無尽に走り回る(文字通りに、床も天井も関係なくだ)慎二に追いつけなかった俺は、背後を取られて背中のど真ん中を棍棒の先で思いっきりど突かれて終わってしまった。

 

 二戦目は更にどうしようもなかった。

 振るうのも難しいだろうという大剣(これは俺も見た事があった。バーサーカーが手にしていたものだ)を投影した慎二は、開始と同時にその斧剣を両手で握って横なぎに切り払った。

 その威力は防御した俺をその防御ごと打ち払うもので(元のままでは流石の慎二も振るえないのだろう、中身を完全には投影していなかったのか重量は見た目ほど常識外れではなかった。それでも十分すぎるほどだったのだが)、あえなく俺はワンパンノックアウト。

 

 そして太刀同士ならと臨んだ三戦目の結果もご覧の通り。

 相変わらず、俺が慎二に何かで勝ること何一つなかった。

 

「はぁ………」

 

 必ず追いついて見せる。

 初めて会った時に、そんな決意を抱いて早数年。

 いつまでも遠い友人の背中に、追いつく日は来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ―――ったく、無様だなぁおい

 

 溜息を吐く衛宮を前に、内心でそう『自嘲』する。

 

 衛宮は僕に戦闘で負けたことでなにやら落ち込んでいるようだが、それは致し方ない事だ。

 あの英雄王との戦いで、総計4人の英霊の霊基を取り込んだ僕は、肉体のポテンシャルも戦闘技術も衛宮とは隔絶している。

 アーチャー・エミヤにセイバーの適性がない事からもわかるように、衛宮士郎に戦う才能は『無い』。

 にも関わらず、先ほどの戦いでは随分と綱渡りな戦いだった。もし衛宮が剣士としてもう少し成熟していれば、もしくはその精神が老成していれば、結果は分からなかっただろう。

 

 そも、衛宮士郎とは『戦う者』ではない、『創る者』だ。

 投影…のように見える刀剣作製こそが衛宮士郎の能力であり、それを可能とする内に秘めた精神世界、固有結界こそが衛宮士郎の本質。

 もし魔術もありのルール無用の戦いであれば、条件次第では衛宮にもいくらでも勝ち筋がある。

 

 衛宮の努力故か、僕の怠慢か。

 

 表向き、衛宮へは嘲笑を向けながら、僕は更なる研鑽を積むことを決意するのだった。

 

 

 

 



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後日談―序列決定戦―②

 

 

 

「昼飯にはまだ少し時間があるな…」

 

「あら、それなら私と手合わせでもしない?」

 

 そう言って、衛宮との戦いを終始見つめていた遠坂は、僕へ向けて不敵な笑みを向けてきた。

 聖杯戦争における自身の不甲斐ない戦績がよっぽど腹に据えかねたのだろう、笑みを浮かべながらもその瞳の奥には『ボッコボコに叩きのめしてやる』という強い決意が垣間見える。

 遠坂の操る八極拳は相手にする上で不足はない。了承の返答を返そうとして―――

 

「あら?役立たずさんで兄さんの相手になるのですか?」

 

 桜の声によって、それは遮られた。

 

「桜、いい加減その呼び方やめなさいって何度も言ってるわよね?」

 

「その度に言っているじゃないですか。やめさせたいなら相応のモノを私に示して下さい、と」

 

「………」

 

「………」

 

「ハァ…」

 

 バチバチと目線で火花を散らす二人に嘆息する。

 どうにもこの二人の仲は、聖杯戦争の時に悪化して以来改善する兆しが見えない。

 

 原因は明らかだ。遠坂の事を徹底的に役立たず扱いする桜である。

 どうやら、あの最後の局面で桜の助けになれなかったことがよっぽど腹に据えかねたらしい。

 まぁ、長らく口にしていなかった『姉さん』まで解禁したのにも関わらず全くの無意味だったのだから、それもさもありなんと思わなくもないが―――

 

 いい加減、顔を合わせる度にこの有様では面倒でしょうがない。

 

「…じゃあ桜、お前、遠坂と戦ってみるか?」

 

「は?」

 

「…望むところです」

 

 僕の言葉に傲慢な笑みを浮かべて道場の中央へと立った桜。

 それを、遠坂は険しい顔つきで見つめている。

 

「桜、本気?いくら何でもあなたに負けるとは思わないけれど?」

 

「やってみなければ分からないですよ、役立たずさん?」

 

「…いいわ、あなたに身の程ってものを分からせてあげる」

 

 笑みを崩さない桜に対して、遠坂もまた立ち上がって道場の中央を挟んで二人は向かい合う。

 それを見送った僕に向けて、衛宮が声を潜めて話しかけてきた。

 

「…おい、慎二っ」

 

「あんだよ衛宮」

 

「いいのかよ?本当に二人戦う事になりそうだぞ?」

 

「別にいいさ。ちょっと調子に乗ってるようだし、灸をすえるのには丁度いい」

 

「けど…」

 

「さぁ二人とも、準備は良いな?」

 

 心配する衛宮の声を遮って二人に向けて語り掛ける。

 遠坂は、桜へ向けて冷たい視線を向け。

 桜は、遠坂へ向けて傲慢な笑みを向ける。

 既に準備は万端、そう判断した僕は―――

 

 

 

「始め!」

 

 

 

 戦いの決着は、即座に着く事になる。

 

 

 

 

 

 

 兄さんの合図と同時に踏み込んできた役立たずさんの姿に、私は笑みを深めた。

 

 どうやら彼女は、私の事を戦闘能力のない完全な一般人だと思っているようだけれど、それは違う。

 こっそり私は、護身術と健康維持を兼ねて、兄さんから習っていたのだ。

 

 中国拳法の一つ、太極拳を。

 

 お爺様から魔術の修練を受けるようになって完成された、兄さんが『マジカル太極拳』と呼ぶこれは、もはや一般人の枠に収まるものではない。

 しかも、これは相手の攻めに対する反撃に特化した武術。攻め一辺倒の八極拳とは、極めて相性がいい。

 猪の如く突進してきた彼女の手を取りさえすれば、それで決着―――

 

 

 

 その瞬間、視界から彼女の姿が消失する。

 

 

 

「え」

 

 直後に私の背後で、ダンッ!という激しい踏み込みの音が響く。

 回り込まれた―――そのことを知覚した私はその音を追って振り返り、再度彼女の姿を視界に捉える。

 

 ―――フェイントをかけてきたことに驚きはしましたが、それでも…

 ―――私の勝ちは揺るがない。その拳打に触れることさえできれば!

 

 彼女から打ち込まれる拳の軌道上に、自らの掌を置く。

 後は、獣が罠にかかるのを待つように、彼女の攻撃が自身に届くのを待ってさえいれば…。

 

 だが、ここで更に私の予想外の事が起こる。

 

 私の掌に触れる直前、ぬるりとした蛇のような動きをした彼女の手が、私の手首をつかみ、思いっきり引っ張ったのだ。

 

「ぁ!?」

 

 たまらずバランスを崩す私の背後に再度回った彼女は、空いていた腕を私の首に回すと、私の手首を握っていた手を放し、両手を使って首を絞めにかかった。

 

 ―――こ、これ、チョークスリーパー…!?

 

 喉を絞められて呼吸する機会を奪われた私は、締め上げる彼女の腕を掴んで引き剥がしにかかるが、彼女の腕は万力のようにびくともしない。

 徐々に酸素を失った私は、すぐにでもその意識を闇に落すだろう―――

 

 

 

「そこまで!」

 

「かっ、はぁ…!」

 

「ふぅ…」

 

 開始と同じく兄さんの合図で以て終了が告げられ、解放された私は失った酸素を求めて見苦しく喘ぐ。

 

「しかし遠坂、チョークスリーパーなんてどこで覚えたんだよ」

 

「チョークスリーパーじゃなくて裸絞め。ま、同じことだけど、一応柔道の技として覚えたんだからこう言った方が正しいでしょう?」

 

「あぁ、なるほど。最近美綴の奴に生傷が多いような気がしたのはやっぱりお前のせいだったか」

 

「ていうか慎二、桜に太極拳なんて覚えさせてんじゃないわよ」

 

「何かしらの護身術は女の嗜みだろう?お前の八極拳だってそうじゃないのか?」

 

「一般人が使うには過剰だって言ってんの」

 

 和やかに彼女と話す兄さんに、驚きの色はない。

 つまり兄さんは―――この結果を、想定していた?

 

「さて、桜」

 

「っ…」

 

 兄さんから声を掛けられて、私はびくりと肩を震わせる。

 兄さんの声音は冷たく硬い。

 随分久しく聞いていなかったが、これは兄さんが私を叱りつける時の声色だ。

 

「僕が何を言いたいか、分かってるか?」

 

「………」

 

「遠坂の奴は遺伝的な呪いのせいでいっつも肝心な所でポカをやらかすし、聖杯戦争ではその呪いが本領発揮したせいで全くと言っていいほど良いところがなかったが…」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

「それでも、才能に恵まれていてなおかつ怠惰に過ごすことを勿体ないと感じて努力することを止められない貧乏性で…」

 

「やっぱり喧嘩売ってるわよねアンタ」

 

「実際その能力は優秀だ。今のお前で勝てる相手じゃあない。冷静になって考えればわかる事だ」

 

「っ………」

 

「なのにお前は慢心して、視野狭窄に陥ってこんな結果になった。…お前がきちんと遠坂を正しく評価して警戒していれば、ここまで無様を晒すことはなかっただろうさ」

 

「………………」

 

「…桜?」

 

 

 

 

 

 

 いつまでも俯いたまま返事を返さない桜を訝し気に睨む。

 桜は頭は悪くない。僕の言い分に理がある事は分かっているはずだ。

 にもかかわらず頷く気配は一向に見えない。なぜこうも意地を張るのか、こんなことは今まではなかったのだが…?

 

 

 

「アンタが不甲斐ないから頷けないのよ、桜は」

 

 それに答えを出したのは遠坂だった。

 

「…何?」

 

「桜にとってアンタは、頼りになる兄で、絶対の指標だった。その信頼は、もはや信仰と言っても過言じゃないレベルに達していたわ。

 けど、聖杯戦争の結果を受けて、アンタが何でも何とかしてくれる神様みたいな人間じゃないって桜もやっとわかった。…わかってしまった。

 だから…慎二が私に負けてしまうのが怖いんでしょう?桜」

 

「ち、違います!兄さんが負けるなんて、そんなこと―――」

 

 あるはず、ありません。

 

 呟かれた言葉は、耳に届くか怪しいほどにか細いものだった。

 それはとりもなおさず、僕への信頼が揺らいでいる事の証で。

 ―――全く、遠坂に言い返せないな

 ―――僕としたことが、不甲斐ない

 

「…ったく、お前も衛宮に負けず劣らずの馬鹿だな、桜」

 

「っ、すいません…兄さん」

 

「僕が遠坂に負けるなんて、そんなことあるわけないだろう?」

 

「…え?」

 

 ―――けど、失った信頼は取り戻せばいい

 

「へぇ、言うじゃない慎二。そんなに言うなら一戦やる?」

 

「いいぜ、元々そのつもりだったんだ。聖杯戦争で収めた勝利がなんの偶然でもない、確固たるものだったってことを教えてやるよ」

 

 

 

 



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後日談―序列決定戦―③

 

 

 

 今度は、私と慎二が、道場の中央に立って正対する。

 腰を低く落として両手を構える私に対して、慎二はだらりと手を垂らして構えらしい構えを取る事はない。

 

 ―――十中八九、誘いでしょうね

 

 慎二が操る太極拳は、相手の攻撃を返す『後の先』を極限まで極めた武術だ。

 迂闊に飛び込めば、桜がやろうとしたように、受け流された上で一発入れられてゲームセット。

 しかも桜との戦いで手の内を一つ見せてしまったことで、慎二の警戒度は上がっている。…まぁこれについては、綾子の様子から既に察されていたようだから、大して変わりはないかもしれないけれど。

 

告げる(セット)

超越・開始(オーバー・ロード)

 

「ちょ、本気か!?二人とも!?」

 

「っ…!」

 

 互いに、魔術回路を励起させる。

 全身に強化を施す私達に驚愕する衛宮君の声と桜の息を呑む音が聞こえるが無視する。

 負けるとは思ってはいないが、手加減して勝てる相手だとも思っていない。

 

 ―――今の私にできる限りを、尽くす!

 

 

 

 板張りの床を踏み抜かないぎりぎりを見極めて慎二へ向けて踏み込む。

 常人には視認すら不可能な速度で慎二の周りを巡る。

 慎二の奴が絶対に対応できない位置を探ろうとした―――のだが。

 

 ―――反応が、ない?

 

 私のリーチ限界ギリギリから、拳一つ分しか離れていない位置まで、様々な位置に踏み込んでフェイントをかけたが、その全てに慎二は反応を示さない。

 だらりと手を垂らしたままの、無防備な姿を晒し続ける。

 

 ―――反応できない…わけはないわよね

 

 慎二は待っている。

 私が、慎二が対応できない位置に打ち込もうと画策しているように。

 慎二は、私が堪え切れずにもう逃げられない位置にまで打ち込んでくる時を待っている。

 互いの思惑が噛み合い、膠着状態を生み出しているのだ。

 

 なら、後は純粋な力勝負だ。

 

 私が、慎二の速度を抜いて一発打ち込むか。

 慎二が、私の速度を上回って反撃するか。

 

 ―――いいわ…その勝負、乗ってあげる!

 

 打ち込むのは背後から。もっとも手の届きにくい、背中のど真ん中。

 万全の構えを取った私は、全身全霊を込めて拳を打ち出す。

 ことここに至れば、付け焼刃の技術では追いつけない。

 

 私の最も信頼する一撃、最上・最速の拳打を打ち込む!

 

 後拳三つ。全身を一つの発射台として繰り出された砲弾の如き拳打が走る。

 後拳二つ。亜音速にまで達した私の拳が、風を切って走る。邪魔だとばかりに押し出された空気が挙げる悲鳴が聞こえた気がした。

 後拳一つ―――ここで、とうとう慎二が動く。体を捻じり、その拳の軌道からずれようとする、が…

 

 ―――私の拳がたどり着く方が、速い!

 

 

 

 

 

   バ   ァ   ン   ッ   !!!

 

 

 

 

 

 ダンプカーの衝突にも匹敵するエネルギー量を内包した拳が、左わき腹に命中する。

 

 ―――獲った!

 

 その確信を抱いたのも束の間。

 

 慎二は、止まることはなかった。

 

「え」

 

 ぐるりと旋転した視界に間抜けな声を上げた私は、背中から道場の床へ打ち付けられた。

 慎二の右手が私の顔を引っ掴んで床へ押し付けていて、左手は私の右手首を握って捻じり上げており、空いていた私の左手には右足が乗っけられていて動けない。両足はなんとか自由であるものの、体の上部をガッチリと固定されてしまっているこの状態から抜け出すことは不可能だ。

 

「な…な…」

 

「さて、まだ続けるか、遠坂?」

 

「なんで、あんた動け…」

 

「なんだよ続けるのか?なら…」

 

「あいだだだだだだ!?ちょ、右手捻じるな!わかった!わかったわよ!降参!降参するから!」

 

 

「な・ん・であんたは動けるのよ!?」

 

「なんでって…気合?」

 

「はぁ!?」

 

 そんなわけあるかぁ!

 いくら魔術で強化を施してたからって、私の拳があそこまで完璧に決まって動ける生物がいるわけないでしょうがぁ!

 

「お前、そんなレベルの拳を躊躇なく打ち込んだのかよ…」

 

「うっ…いやでも実際、あれくらいしないとアンタ止まらないじゃない!ていうか止まってないじゃないのよ!」

 

「ま、そうだな。…種明かしをすると、遠坂の拳を返すのには苦労しそうだったから、最初から一発は受けるつもりでいたんだよ」

 

「さ、最初から…!?」

 

「あぁ。全力でさえなければ、その攻め手を取って返せる自信はあったからな。最近覚えたばっかりだっていう柔道だのなんだのの技だったら問題なかった。

 一番警戒してたのは、遠坂の出せる限界の速度だけだった。ただ、それを返そうとして構えちまったら遠坂は打ち込んでこないだろうから―――お前が打ち込むのを待ってたんだよ。それさえ耐えちまえば、後はどうとでもできるからな。

ま、ようするに今回も、お前は最初から最後まで僕の掌の上だったってわけだ」

 

「ぐ、ぐぬぬぅぅぅぅ………!」

 

「おっと、そろそろ昼飯じゃないか?桜、衛宮、準備頼むぜ」

 

「お、おう。…し、慎二、遠坂がすごい顔で睨んでるけど、いいのか?」

 

「は?何?勝った側である僕が何で負けた奴の機嫌を取ってやらなきゃいけないわけ?」

 

「え、えーっと…」

 

「あ、イリヤスフィールには用事があるのを思い出した。ついでに呼んできてやるから、お前らは先に居間に行っててくれよ」

 

 

 

 

 

 

 そのまま、スタスタと歩き去ってしまう慎二。

 残されたのは、今にも地団太を踏むんじゃないかと思うような面持ちでいる遠坂。

 いたたまれない感情を押し隠せない俺と―――

 

「うふふ…」

 

「随分機嫌がよさそうね、桜」

 

「えぇ、やっぱり兄さんがナンバーワンだってことが分かりましたから」

 

「…それは良かったわね」

 

「はい。…あぁそれと、遠坂先輩」

 

「え?」

 

「今までの失礼な態度は謝罪致します。身の程もわきまえず、『兄さんが負けるかもしれない』なんて下らない勘違いで八つ当たりをしてしまって、申し訳ありませんでした」

 

 謝罪の言葉を口にする桜だったが、その口は弧を描いた形のまま固定されている。

 

「いつか、遠坂先輩の事は追い抜かせてもらいますから…その時まで、どうかご指導ご鞭撻、よろしくお願い致します」

 

「っ………」

 

 何か言い返そうとする遠坂だったが、慎二に敗北したばかりの今、いくら何を言い募っても墓穴を掘るだけだと思ったのだろう、口をパクパクさせるだけで、そこから言葉が出てくることはない。

 

「さ、衛宮先輩。兄さんの為にも、腕によりをかけて昼食を作りましょう!」

 

「え、あ、そうだな。うん」

 

 後ろから無言で睨んでくる遠坂が恐ろしいが、そんな遠坂に話しかけることの方が俺には恐ろしい。

 少しでも機嫌が直るよう、俺も今回の昼食には力を注ぐことにしよう。

 

 

 

 

 

 

「入るぜ、イリヤスフィール」

 

「…何の用かしら、シンジ。昼食の時間なのは分かっているから、呼びに来ただけならもう行っていいわよ」

 

「そう邪険にするなよ。今日はちょっと頼みがあってな…」

 

「私にそれを聞く理由がある?」

 

「昔の衛宮の恥ずかしい話はどうだ?」

 

「しょうがないわねえ話だけは聞いてあげるわ!」

 

 ガッチリ食いついてきたイリヤスフィールの様子に安堵する。

 正直、そろそろ涼しい顔してるのも限界だったからな。

 

「で、頼みってなにかしら?」

 

「こいつ、治してくれないか?」

 

 そう言って僕は、背中を向けたままシャツの裾を捲ってその場所…遠坂の拳が打ち込まれた位置をイリヤスフィールに晒す。

 ―――内出血で真っ青になっているわき腹を。

 

「!…あなた、これどうしたの?」

 

「遠坂の奴と一戦交えたんだよ。…つか、マジでヤバいから急いでくれると助かる」

 

「全く、無茶したものね。えーっと…骨は折れてはいないようだけど、罅が…ちょっと待って、拳を打ち込まれただけにしては随分と範囲が広くないかしら?」

 

「衝撃を全身で満遍なく『吸収』したんだよ。間桐の魔術傾向を利用して、太極拳の理論を実践するって目的でつくった術式なんだが…」

 

「成程ね。そんな事をしたからこんなに…こんなに…なんでわき腹で受けた衝撃が足首にまで届いてるの?」

 

「それはこんな威力の拳を躊躇なくぶち込んで来やがった遠坂に言ってくれ。こうでもしないと拳の形に内臓ごとごっそり持っていかれるところだったんだ」

 

「こんな状態で道場からここまで歩いてきたの?…大変ね、お兄ちゃんは」

 

 呆れた様子で溜息を吐くイリヤスフィールに何も言い返せないまま、僕は黙って治療を受けるのだった。

 

 

 

 




 


気合で耐えたけど実はとてもつらい(小並感)感じだった慎二。
流石に命を懸けてまで勝ちに来るのは凛にも想定外だった模様。


ちなみに、拙作における序列

 戦闘能力序列(武器アリ)
 慎二≒士郎>凛

 戦闘能力序列(無手)
 慎二(相性勝ち)>=凛>士郎

 魔術関連能力序列
 凛>>>才能の壁>>>士郎≒慎二

 戦闘能力(ルール無用)
 慎二(現代兵器の使用・徹底したゲリラ戦闘等、関係のない人間さえ巻き込まないなら一切の手段を問わない)>凛(優雅(笑))>士郎






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ルート分岐―BAD END―


感想欄に余りに愉悦部の方が多かったので…


間桐桜に一切合切を―――

  伝える
 →伝えない
 
臓硯「彼女に態々辛い事実を伝える必要もないだろう」






 

 

 

 

「桜」

 

 部屋の隅で虚空を見つめている少女へ向けて語り掛ける。

 何日も食事を取っていないのだろう、頬はこけて唇はかさつき、かつての快活な面影は影も形もない。

 呼びかけに反応することもなく、変わらず虚ろな目で虚空を見つめ続ける。

 

「しっかりしなさい!…慎二も、そう望んでるわ」

 

 慎二。

 その言葉に、少女は反応する。

 

「…たが」

 

「………桜?」

 

「あなたが、それを言うんですか。…兄さんを助けなかったあなたがッ!!!」

 

「っ…」

 

 桜は、私に掴みかかって壁へと押し付ける。

 私はその激昂を甘んじて受けることを選んだ。

 

「かっ、は…!」

 

「兄さん、兄さん、兄さん…!兄さんが、どこにもいないんですよ?兄さんが、帰ってきてくれないんです。あなたのせいだ。あなたが役立たずだから…!あなたが!あなたがッ!!あな、っ…ごほっ…!」

 

 衰弱していた体には、そうやって叫ぶだけでも辛かったのだろう。

 私を壁へと抑えつけていた手を放して、せき込む口元を覆って体を丸める桜。

 

「…桜」

 

「出ていって」

 

「ねぇ、聞いて桜」

 

「出て行ってッ!!!」

 

「………また来るわ」

 

 今はまだ、どうにもできない。

 ともかく時間を置いてもう一度来ようとだけ決めて、私は引き下がる事にした。

 

 

 

 

 

 

「桜」

 

 次に現れたのは、兄さんの面影が垣間見える人物。

 私の現在の祖父である間桐臓硯だった。

 

「………慎二を、取り戻せる方法がある」

 

「!?」

 

「全魔術師が共通して持つ野望がある。この世界の、全ての始まりが記録されているという場所。アカシック・レコードとも呼ばれるそれは、魔術師達の間で『根源の渦』と呼ばれている」

 

「根源の、渦」

 

「そうだ。全ての始まりであるその場所は、逆説的にあらゆる場所へと繋がる場所でもある。

 そこに辿り着けたのならば…恐らくは、慎二を取り戻す方法も手に入れられるはずだ」

 

「………」

 

「だがそれは、あらゆる魔術師達が、何世代掛けてもなお辿り着けない場所だ。

 そこに辿り着ける可能性は―――」

 

「でも、兄さんを取り戻すには、そこに行くしかないんですね」

 

「…少なくとも、魔術的にも科学的にも、死者の蘇生は不可能だとされている。

 それこそ、魔法を用いてもなお、な」

 

「なら、辿り着いて見せます。たとえ―――」

 

 

 

―――どんな犠牲を、払う事になったとしても

 

 

 

 

 

 

「…また邪魔をしに来たんですか、先輩」

 

「えぇ、あなたにそんな事をさせるわけにはいかないもの。

 …現存人類、およそ70億をエネルギー源として利用する、根源の渦への到達。そんな所業、許すわけにはいかないわ」

 

「もうやめろ桜!こんなこと、慎二の奴だって―――」

 

「うるさいッ!!!」

 

 少女の悲痛な叫びが、洞窟の中に木霊する。

 

「誰のせいで、こんなことをする羽目になったと思ってるんですか!…あの日、あなた達がきちんと兄さんを助けてくれていれば、私は、私達は―――!」

 

「そうね、そこは言い訳しないわ。私達は慎二の奴に助けられた。慎二の奴を助けられなかったのは、私達に力が足りなかったから」

 

「そう思うなら、邪魔をしないでくれませんか?」

 

「そういうわけにはいかないわよ。…慎二の奴から、アンタの事を頼まれているもの。アンタを、人類絶滅の引き金になんてするわけにはいかないわ」

 

「―――あなたが」

 

 

 

「あなたが、兄さんの事を口にするなッ!!!」

 

 

 

 

 

 

激しい戦いの果てに、勝利したのは私達だった。

ボロボロになったまま洞窟の壁面に体を預ける桜に、私は手に持つアゾット剣を突きつける。

 

「これで終わりよ」

 

「どう、して…私の、邪魔ばかり…そんなに、私が嫌いですか…不出来な妹が幸せになるのが、そんなに許せませんか?ねぇ、姉さん?」

 

 姉さん、と。

 ずっと、そう呼び掛けて欲しかったのに。

 そう呼び掛けられた私は、ひどく胸が痛んでしょうがない。

 

「―――――――――」

 

「私は、ただもう一度、」

 

 

 

 ―――兄さんに会いたかっただけなのに

 

 

 

「それすら許してくれないんですか、一度も助けてくれなかったのに、手を差し伸べることすらしなかったあなたは、ひたすら私の邪魔ばかり…あなたなんて、あなたなんて―――最初から、居なければ良かった………ッ!!!」

 

 奥歯が噛み砕けるほどに歯を食いしばって、目の前の少女を睨みつける。

 

 なけなしの命の灯火と。

 ありったけの憎悪を込めて。

 

「さようなら、桜」

 

 ―――それと、ごめんなさい

 

 その言葉を、口にすることは出来なかった。

 それこそ、私にそんな権利はないだろう。

 

 子供の頃に別れて以来、アナタの事を忘れた事なんてなかった。

 私が必死に研鑽を積んでいれば、苦痛から逃げずに立ち向かっていれば、その分あなたは幸せになるんだと無邪気に信じて。

 そんな思いでずっと、優等生として表の顔を保ってきたし、血反吐を吐くような魔術の修練も我慢してきた。

 

 なのにアンタは、そんな私とは無関係に、勝手に幸せにしてもらっていた。

 

 ずっと、そんな未来を思い描いて努力してきた筈なのに、いざあなたが慎二と一緒に幸せそうにしているのを見たら、なんだか微妙な気分になって、でもまぁ幸せならそれでいいかって、無理矢理自分を納得させて。

 

 

 

 ―――私は、そんなあなたの幸せを、守ってやる事さえできなかった。

 

 

 

 不甲斐ないお姉ちゃんでごめんなさい。

 役に立たないお姉ちゃんでごめんなさい。

 あなたを幸せにしてあげられなくて―――ごめんなさい。

 

 言葉で謝ったって、意味なんてないわよね。

 あなたが愛したアイツを見殺しにした私に、もはや償う手段なんて存在しない。

 ならせめて、これ以上あなたの罪を重ねさせないことが、私にできる精一杯の―――

 

 

 

 がしりと、首を握られる。

 

「あなた一人、幸せになんてさせない。―――私と共に地獄に落ちろ、遠坂凛!」

 

 心臓を貫かれた桜が、最後の力を振り絞って、私の喉元に触れた両手から虚無の魔術を発動させる。

 咄嗟に対抗魔術でレジストしようとしたけれど―――

 

 ―――いいわ。せめて、一緒に居てあげる

 

 憎悪を込めて私を睨む桜の姿に、私はその気を失ってしまった。

 大好きなあの子をこんなにしてしまったのは私で。

 それを償う方法なんてないと思っていたけれど。

 

 あの最期の瞬間、慎二は満足して逝った。

 『桜を頼む』だなんて身勝手な願いを私達に押し付けて。

 そんなアイツは、きっと天国で能天気に過ごしているんだろうし。

 

 ―――そうね、あなた一人地獄に行かせるわけにもいかないわよね。

 

 

 

 憎悪によって磨かれたあの子の憤怒の咆哮が、私の首を噛み千切った。

 

 

 

 

 

 

「皆、死んじまったよ、爺さん」

 

 青年となり、孤独になった少年だった者は、自らが追うべき背中を見せてくれた男の墓標の前に立っていた。

 

「なぁ…俺はどうすればよかったのかな」

 

 返答はない。

 

「けどさ、これからどうするかは決めてるんだ」

 

 

 

 ―――俺はやっぱり、アンタの後を追う事にする。

 

 

 

 一を殺して十を救う。十を殺して百を救う。百を殺して千を救う。

 理想とした背中を見せた男は、そんな生き方を選んだ、度し難いほどの聖人だった。

 恩人だった親友もその手で殺し、その妹へ報いることすら叶わず、共に戦った少女を守り切る事も出来ず、父だった男の忘れ形見である姉を救う事も出来なかった少年に―――もはや、殺せない命はない。

 

 きっと彼は、素晴らしき正義の味方になることだろう。

 

 

 

―――BAD END―――

 








~~~キャスター道場~~~



マスター・リリィ(巫女服に身を包んだ謎のキャスター、の若き日の姿)「というわけで!多くの皆様のリクエストにお応えして!バッドエンドルート解禁でございます!」

弟子ミ二号(ふんどし一丁にねじり鉢巻きの謎のアサシン)「応よ、マスター!今回のBADの条件はなんだったんでい!?」

マスター・リリィ「それは、終盤で間桐臓硯に、真っすぐ衛宮邸に向かわせてしまったこと!要らない気遣いが最悪の結果を呼び寄せてしまったわけです!
 主人公に安らかに逝かせてはいけません!最後の瞬間までみじめったらしく声を掛けて、未練たらたらの状態にしてしまいましょう!
そうでもしないと、『あぁ、安心した…』なんて言って大人しく( ˘ω˘)スヤァしてしまうので!」

弟子ミ二号「応、マスター!諸君は最後の選択肢に戻るべし!最後の瞬間、間桐慎二少年に未練を呼び起こせそうな人物が、兄の帰りを待って食事を作っているはずだ!」

マスター・リリィ「その通りです!間桐慎二は聖剣の光に飲まれて( ˘ω˘)スヤァしている頃、少女が『兄さん、まだかな…』なんて言って膝を抱えて夜の空を見上げているので!きちんと死に目に会わせてあげる事!それがハッピーエンドの条件になるのです!」

弟子ミ二号「…ところで、何故このコーナーを私達が?」

マスター・リリィ「いやほら…私達、本編で全く出番がなかったから」






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後日談―桜と添い寝―

聖杯戦争終了後。
桜とイチャイチャ第二弾。
イチャイチャって、書くの難しい…書いてる内に何故か事前的な雰囲気に…なので微エロ注意

っていうか展開を考えてて思った
この主人公(傲岸不遜な完璧超人)、イチャイチャ展開に向いてねぇ!


「兄さん、まだ起きてますか?」

 

「あぁ。どうした、桜?」

 

 日も沈んで、月が天高く昇った頃。

 私は兄さんの部屋を訪れていた。

 

「あの、今日は兄さんと一緒に寝てもいいですか?」

 

「…は?」

 

「そ、その!…かれこれ一週間、兄さんと離れ離れだったから、兄さん成分がまったく足りていないと言うか、可及的速やかに補充をしたいと言うかですね?」

 

 緊張で支離滅裂な言葉を吐きながら、兄さんの様子を伺う。

 ガシガシと頭をかく兄さんは、少しばかり悩んだ様子を見せた後、「はぁ…」と深いため息を吐いて―――

 

「ま、別にいいぜ。こっちこいよ、桜」

 

「!…はいっ」

 

 お許しが出た所で、トテトテと小走りに兄さんのベッドへと走り寄る。

 そのまま、兄さんの手で持ち上げられた布団の中、その奥に見える兄さんの胸元へ向けてダイブする。

 

「おっと…」

 

「~♪」

 

 兄さんに抱き着いて、その感触を存分に堪能する。

 胸元に顔をこすりつけて深呼吸。兄さんの匂いを、肺一杯に吸い込む。

 兄さんがちゃんと傍にいるという安心感が、私に麻薬染みた多幸感をもたらした。

 

「すぅー…はぁ…あぁ、兄さん…!」

 

「ったく、何してんだよ、桜」

 

「だって…本当に、怖かったんです、あの時」

 

 目の前で、聖剣の光に呑まれた兄さんを見た時。

 私は、世界が真っ暗に染まって閉ざされる感覚に陥った。

 

 私の全ては、兄さんで出来ている。

 

 私が不幸を知らずに生きてこれたのは、兄さんが私の代わりに不幸に耐えていたからで。

 私が幸福に今を生きていられるのは、兄さんがいつも私を守り導いてくれたからだ。

 

 そんな兄さんが、私の人生から失われてしまったら、私はこれからどうやって生きていけばいいのかも分からなくなっていただろう。

 

「だから、一杯兄さんを、感じさせてください」

 

 兄さんがきちんとここにいる。

 その実感を、与えてください。

 

「そいつを言われると弱いな…仕方がない。暫くは、お前の望むままに甘えられてやるよ」

 

「はいっ!」

 

 ならば存分に、甘えさせてもらおう。

 

 一先ず深呼吸を止めた私は、優男染みた雰囲気に反してとてもたくましく育てられた兄さんの胸元に頬ずりする。

 硬く鍛え上げられた胸板が、私の頬を押し返してくる。その感触がたまらなく、やめられなくて止まらない。

 

 そんな私を、兄さんは抱き上げて自らの上に乗せる。

 片腕でがっちりと私を固定した兄さんは、その体勢のまま頬ずりする私の頭を優しく撫でる。

 ごつごつとした男の人らしい感触が滑る感覚に、脳髄の奥の奥まで蕩けそうになる。

 

「ん、はぁ…兄さん」

 

 兄さんの胸の感触を堪能した私は、両腕を首元に回して、ずりずりと兄さんの体の上を這いずって、兄さんと頭の天辺を合わせるように体を持ち上げる。

 

 目と鼻の先にある兄さんの顔に緊張しながら、今度はゆっくりとその頬へ向けてすり寄った。

 犬猫の赤子が親にそうするように自らの頬を兄さんの頬へとすり寄せる私に対して、兄さんもまた、私の頭を撫でる手を止めることなく、私の方へと体を押し付けてくれる。

 

「兄、さん…」

 

 私は、潤んだ瞳を兄さんへ向ける。

 

「桜…」

 

 私の名を、愛おし気に呼んでくれる兄さんへ向けて近づく。

 

 そして。

 

 唇と。

 

 唇が。

 

 

 

 ―――そこで、私の意識はぷっつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 桜を暗示で眠らせた僕は、胸元に崩れ落ちた桜を、床に落ちてしまわないよう抱き寄せる。

 

「ったく、こいつはもっと自分ってものを自覚するべきだな」

 

「それを阻害しているのは君ではないかね?慎二」

 

「…覗き見ってのは趣味が悪いんじゃないのか、臓硯?」

 

「ふむ、それは私もそう思う。…だがまぁ、館の中で魔術行使の気配を感じれば、家主として確認しないわけにもいかないのでな」

 

「…チッ」

 

 起き上がって、ベッドの際に立つ臓硯と向かい合う。

 こいつの言う通りだった。

 使用したのは、ここに桜が訪れたその瞬間。

 

 薄桃色の薄手のネグリジェに身を包んだ桜。

 月明りに照らされて映る、緊張に紅潮している頬。

 今にも零れ落ちそうになっていた豊かな双丘。

 透き通ったネグリジェ越しに見える真っ白な肌。

 女性らしい丸みと細さを見せつける剥き出しの肢体。

 

 目に映る全てが官能的であり、その姿に僕は見蕩れ、全身の血液が興奮に沸騰するのを 抑えつけるため、自己暗示の為に魔術を行使したのだった。

 

「君が自己暗示などせず、生物として正しい反応を返せば、彼女とて自分自身の魅力を理解するのではないかね?」

 

「正しい反応、ねぇ」

 

 胸元にダイブされた時、そのまま押し倒して、衣服の役割を果たさないその薄布をはぎ取ってしまおうかと悩んだ。

 自身の上に乗った桜が、脱力して体を預ける様子を見て、このまま彼女の全てを貪ってしまおうかと思案した。

 僕の匂いを胸一杯に吸い込む姿を見て、『僕だって同じように、桜を全感覚で感じ取りたい』という欲求を抑えるのはとんでもない苦行だった。

 最後、桜の顔が目の前にあった時、全ての理性を手放して彼女に手を出す決断をしなかったのは奇跡に近い。

 

「何故、この子を拒絶する?君もこの子も、そうある事を望んでいるのではないのか?」

 

「…理由は、色々あるがな」

 

 なんとなくの流れで彼女との『初めて』を済ませてしまう事を惜しんだというのが一つ。

 桜の方は準備万端で臨んできたのかもしれないが、こちらはそんなことは全くなかったため、不測の事態を避けたかったから日を改めたかったというのが一つ。

 直接的な行為に及ぶのは、年齢的に不味いだろうという常識的判断が一つ。

 

「けどまぁ、突き詰めれば僕の『覚悟』の問題さ」

 

 僕は、『間桐慎二』だが、『間桐慎二』ではない。

 僕は、『間桐慎二』ではないが、『間桐慎二』である。

 

 『間桐慎二』では、この世界に辿り着くことさえできなかっただろう。故に、僕は『間桐慎二ではない』。

 だが同時にどうしようもなく『間桐慎二』であり。

 

 

 

―――僕は、桜をきちんと幸せにできるのだろうか

 

 

 

「…私からしてみれば、君以外の誰にこの子を幸せにできるのか、と問いたいところだが」

 

「別に、出来ないとは言っちゃいない。ただ、簡単に結論を出せる問題でもないってだけさ。…こいつの事もあるしな」

 

 トントン、と叩いた胸元に今もなお埋まっているのは、英雄王より貸与されし万能の杯。

 こいつの支払いを済ませない内は、おちおち一息つくのもままならない。

 そんな自分が、他人の面倒まで見れる自信があるか、と言えば…これもまた、簡単に結論の出せる問題でもないだろう。

 

「そうか。…ならば、もう何も言うまい。私にできることは、せめて少しでもその『覚悟』を決める時が早まるよう、助力する事だけだ」

 

「ま、その辺は頼むよお爺様」

 

 そのまま闇に溶け込んで来たときと同じように音もなく去っていく臓硯を見送る。

 二人きりになった部屋で、安らかに眠る桜の寝顔を見つめる。

 

「んぅ…兄さん、大好き、です………すぅ」

 

「…あぁ、僕もだ」

 

 

 

 ―――愛してるぜ、桜

 

 

 

 この言葉を、直接彼女に届ける日は遥か遠い彼方か、それとも―――

 

 

 

 





 後日、最後の最後で一線を越えさせてもらえなかった桜がぷんすかと怒っていじけてしまうのは、また別の話。



拙作は、これで一先ず終わりとなります。
色々書きたいもの、考えていることはあるのですが、それを書く暇が…
貧乏暇なしとはまさにその通りですね。仕事とFGOをやっていたらもう暇な時間が残りません。

拙作のようなものを読んでいただき、誠にありがとうございました。
もし何かまかり間違って作者が続きか別の作品を書くことがあれば、そちらもご一読いただければ幸いです。


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新たな始動

※投稿日時をよくご確認の上お読み下さい


「フゥ―――…」

 

 一呼吸ついて、自らの中に眠る英雄の因子―――その記憶を呼び覚ます。

 薄暗い蟲蔵の中を飛び回る、『燕』の影を幻視する。

 

「―――疾ッ!」

 

 自らの領域に踏み込んできた燕へ向けて、手に握る刀を一閃。

 しかし、その剣閃が燕を捉えることはなく、ふわりとした軌道で剣先すれすれを通り過ぎた燕は、挑発するかのようにまた自由に空を舞う。

 

 やはり、届かない。

 

「まだ、遅い―――!」

 

 幻の燕へ向けて、僕はもう一度挑みかかった。

 

 

 

 

 

 

 眼前に立つのは、妖艶な雰囲気を醸し出す妙齢の女性。彼女の手に握られているのは、僕が操るのと同じ朱槍。

 

 女性は巧みな槍捌きで以て、僕を苛烈に攻め立てる。

 ただの一振りも見逃すまいと、目をカッと開いて全身全霊を掛けてその槍の穂先の行く末を見極める。

 それでも、追いつくことは出来ない。眼前に迫った槍の穂先を自らの槍で振り払いながら首を傾けることで回避する。しかし避け切れずにその穂先は首を掠り、赤い筋を一本残して去っていく。

 振るわれた槍を避けようと一歩後退するも、やはり間に合わずに額には一文字に瑕が刻まれた。

 

 反撃など叶うべくもない。

 ただ生き残るために、その朱槍を見つめ続ける。

 

 ―――だが、それすらも、今の僕には成し得ない。

 

 槍に集中するあまり、繰り手本人への警戒がおろそかになっていた僕は、意識外から放たれたその蹴りに反応することができなかった。

 

「ッ―――!」

 

 体勢を崩し僕の喉へ、その朱槍が叩き込まれる。

 切り裂かれた首から真っ赤な血が溢れ出し、僕はもう何度目か数えるのも億劫なほどの死を迎えた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 緊張を解いて、全身を解しにかかる。

 幻想の中の赤い血液は消え失せ、現実通りの健康な肉体を正しく認識する。

 

「燕はともかく、やっぱり仮想スカサハを相手にした鍛錬は、身にはなるが身が保たないな…」

 

 これが、僕の最近の日課だった。

 僕の中に残った英霊の因子―――その内の二人、佐々木小次郎とクー・フーリンの残滓を励起させることで、仮想敵を作り出して、それを相手にして鍛錬する。

 佐々木小次郎からは、空を舞い、あの魔技『燕返し』を生み出させたという燕を。

 クー・フーリンからは、影の国の女王スカサハを。

 それぞれ呼び出し、模擬戦めいた事を行っている。

 

 …が、結果は全く以て芳しくない。

 燕の方は相変わらず掠りもしない。振るわれる位置が徐々に近づいてはいるのだが、近づけば近づくほどあの燕は機敏に回避するようになるので、届くには本当に『燕返し』を習得するしかない。しかし武術を極めるだけで第二魔法を実現させるという離れ業、一朝一夕にできるわけもないので、届くのはいつになることやら。

 スカサハとの戦いは、どうやってアレを倒すかというよりも、最後まで生きて立っているための方法を確立する方が先だろう。アレとは何度も戦っているが、今でも五分に一回は殺される有様だ。…初めは十秒も保たなかった事を考えれば、進歩してはいるのだろうが。

 

「こんなザマで、英雄王の満足の行く人生なんぞ送れるのかねぇ…」

 

 僕の中にわずかに残った英雄の霊基…から絞り出した記憶の搾りかす…を元に僕が想像する仮想敵。

 当然、劣化に劣化を重ねた粗悪な練習相手だ。

 その程度の相手ですら今の僕には荷が重いというのだから、僕が…というよりも英雄王が『十分』と判断するような場所はどれだけ遥か遠い場所なのか―――。

 

「クソッ、下らない事考えてる暇なんてないっていうのに」

 

 最近の遅々とした歩みに、どうにもナーバスになっているようだ。

 何はともあれ、他に道も見つけられない以上、このまま続けるしかないだろう。

 

「締めの筋トレに入るか」

 

 壁面近くにどけてあったバーベル(100kg)を頭上へと持ち上げて屈伸運動から開始する。これはヘラクレスの因子を意識したトレーニングメニューだ。

 そろそろこれも随分と軽く感じるようになってきた。そろそろ重量を増やしてもいい気がする。新しいものを買ってもいいが、折角だからルーンを刻んで重量を倍加でもさせてみようか―――

 

 

 

 

 

 

「兄さん」

 

「あぁ桜、どうした?」

 

 シャワーを浴びてすっきりとした僕は、家の居間へと上がってきていた。

 食欲を誘ういい匂いを漂わせる桜の料理に意識が奪われそうになりながらも、用件を切り出そうとする桜へと顔を向ける。

 

「兄さん宛に、こんな手紙が…」

 

「うん?」

 

 簡素ではあるものの細やかな装飾が施された高級感を感じさせる便箋を見る。

 裏返し、差し出し人を見て―――頭を抱えた。

 

「兄さん、どうしたんですか?」

 

「あぁ、うん…最近の悩みが解決したんだ」

 

「解、決…?むしろ、新しい悩みが増えた、みたいな感じですけれど…」

 

「まぁ、な」

 

 この問題を解決できたなら、きっとあの英雄王も満足する事だろう。

 もしできなければ―――人類が滅亡することになるのだが。

 手紙の裏に書かれていた名前は、本来僕が見ることのないものの筈だった。

 

 

 

 ―――人理保証機関 フィニス・カルデア―――

 

 

 

 

 ~Fate/Sprout Knight 人理修復編、開幕~

 

 

 




※しません




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序章―冬木―



続かないと言ったな、あれは嘘だ。

いえ違うんです。本当にこんなの書いてる暇はないんです。
けど妄想が止まらなかったんです。せめて思いついたアイディア一通りぶちまけるだけでもしたかったんです。



注意書き
・ダイジェスト
・雑クォリティ
・勢い100%
・やりたいこと、やったもん勝ち

それでもよろしければ、どうぞ―――



 

 

「もう!何よ!何なのよ、こいつらは!」

 

「落ち着いてください、所長!」

 

 オレ事藤丸立香は、意味不明な事態に見舞われていた。

 

 街で行っていた献血に参加して、そこで『君には資格がある!』と怪しげな文句を告げる関係者の人にあれよあれよという間に『人理継続保障機関 フィニス・カルデア』なる場所に連れてこられ。

 そこで『人理の崩壊』などというスケールの壊れた話を聞かされ、しかもそれを防ぐのはオレ達だと聞かされて。

 紆余曲折の末―――オレ達はこの燃え上がる街に放り出され、歩く骸骨の群れに襲われている。

 

「ハァッ!」

 

 気合の掛け声とともに骸骨を吹っ飛ばしたのは、マシュ・キリエライト。

 オレの事を何故か『先輩』と呼び慕ってくれる、可愛らしい女の子だ。

 そんな彼女が、自分よりも大きいあの巨大な盾を振り回しながら、歩く骸骨たちを追い払ってくれている。

 それは、サーヴァントが憑依したからだとか、そもサーヴァントと言うのは過去・未来において人類史に名を残した人々の魂だとか…一通りの説明は受けたけれど、正直オレにはちんぷんかんぷんだった。

 ただ一つ確かなのは、オレにできるのはこうしてマシュの背中に隠れて大人しくしていることくらいだということだった。

 

「…エネミーの殲滅、完了しました」

 

「っ、ふぅ…よ、よくやったわ。いえそれよりも!これはどういうこと!?一体何が起こったの!?」

 

『それについては、僕から説明します』

 

 モニターに映し出された、ロマ二・アーキマン―――本人は、ドクター・ロマンと呼んで欲しいと言っていた―――…現在のカルデアをまとめ上げる、医療部門のトップだという人物が、所長であるオルガマリー・アニムスフィアへ現状を説明する。

 それにヒステリックに喚き散らす所長。ドクターが何故そこで実権を握っているのかという詰問に始まり、次から次へと罵倒と文句が飛び出てくる。

 無理もない。見た所、オルガマリー所長は成人してもいない女の子だ。どんな経緯があって『所長』なんていう地位についてるのかは分からないけれど、そんな女の子が自分がトップを務める組織が、人員的にも物理的にも壊滅状態にあるなんて話を聞かされたら普通は平静ではいられないだろう。塞ぎ込んだり逃げ出したりせず、ヒステリックに喚き散らす元気がある分だけまだマシなくらいだ。

 

「これから、どうなるのでしょうか…」

 

 

 

「それを考える必要はありません。あなた達はここで死ぬのですから」

 

 マシュの呟きに、返答の声が上がった。

 そこを見やれば、立っているのはサディスティックな笑みを浮かべた妖艶な美女だった。

 

「サーヴァント!?まさか、こんなところで!?」

 

「先輩、下がって!」

 

 盾を構えたマシュへと向けて、その美女が突貫する。

 ダンプカーの正面衝突のような豪快な音が鳴り響いた。

 

「ぐっ…この力、竜牙兵とは比べ物になりません…っ!」

 

「こ、これが、サーヴァント!?…ど、どうするのよ!どうすればいいの!?もう、誰か助けて!助けてよぉ、レフぅ!」

 

 

 

 ―――随分と元気だなぁ、メドゥーサ

 

「!?」

 

 更にそこに、新たな声が存在を主張する。

 

 ―――その手に持ってるのは僕の槍か?

 

 ―――死因が武器になる事もあるって聞くが、本当にそうなんだな

 

 ―――ま、お前みたいな怪物が、人間様の武器を満足に使えるわけもないけどな

 

 ―――なんなら、僕が使い方を教えてやろうか?

 

 ―――代金は、お前の首で『また』払ってもらうけどな。ハハハハハ!

 

「お前…お前、まさか…出てこい!私の前に姿を現せ!殺してやる…お前を殺してやるぞ…」

 

 

 

「ペルセェェェウスッ!!!」

 

 

 

「残念だったな、もう無理だぜ」

 

 美女…メドゥーサの背後に突然姿を現した青年は、背後を振り返らせる間もなく、その手に握ったメドゥーサが持つのと同じ槍を振るって、その首を斬り落とした。

 

 

 

 

 

 

「あなたも、デミ・サーヴァントに…?」

 

「どうやらそうらしいな。意識としては間桐慎二としての意識の方が強いが、きちんと『ペルセウス』としての意識や記憶も持ってる」

 

「ペルセウス…ギリシャ神話において謳われる、神に愛された英雄、ですね。メドゥーサを討伐した英雄としても有名で、メドゥーサ打倒のために神から多くの道具を与えられたとか。…その手の槍は、不死殺しの槍であるハルペーですか?それに、先ほど姿を隠していたのは、ハデスの闇兜…?」

 

「そうそう。なんだ、詳しいじゃないか」

 

「い、いえ、それほどでも…」

 

「…って、何和やかに会話してるのよ!?今がどういう事態か分かってるの!?」

 

「…どういう事態なんだ?」

 

「緊急事態よッ!!!」

 

「まぁそういきり立つなよ」

 

「何でそう落ち着いていられるのよ!?なんで、何が起きたのかもわからないのに!しかも今いるのは特異点だっていうこの燃え上がった街で!辺りには敵性エネミーやサーヴァントまで歩いていて!そんな状態で…」

 

「だから、落ち着けって、な?」

 

「っ…」

 

 オルガマリー所長の唇へ、人差し指を当てる青年―――間桐慎二。

 甘いマスクの慎二から間近で微笑まれて、頬を染めて押し黙る所長。

 

「大丈夫だ。どんな理由だとしても、何が起きたのだとしても、ここがどこでどんな場所だろうが、僕が何とかしてやるさ」

 

「ぁ…」

 

「アンタは落ち着いてふんぞり返ってればいいんだよ。どうせ僕が全部解決してやるんだから、その時を大人しく待ってさえいればいいのさ。…な?簡単だろ?」

 

「っ、ぁ、その…わ、わかったわ。…あなたのその言葉を信じましょう。実際に聖杯戦争を戦い、勝ち残ったというあなたの手腕に期待します」

 

「そうそう、それでいいのさ」

 

 

 

 狂乱するオルガマリー所長を見事に口説き落として見せた慎二…いや慎二さんに対して、オレは同じ男として畏敬の念を抱かずには居られなかった。

 

 

 

 

 

 

「セイバー…何で、そんなところに居るんだよ…!」

 

「それを今、あなたが問う余裕があるのか?」

 

 黒い光の奔流が、セイバー…アルトリア・ペンドラゴンの握る聖剣から放たれる。

 

「まずい、避けろ!」

 

 慎二さんは傍に居た妹の桜と所長を。

 魔法少女姿のイリヤは傍に居た弟(兄?)である赤い外套を身に纏った少年、士郎を。

 そしてマアンナという乗り物(弓?)に乗る凛がオレとマシュの手を取って、それぞれ聖剣の射線上から逃れようとする―――が、

 

「逃しはせんさ」

 

「しまった!?」

 

 セイバーの傍に控えるアーチャーから放たれた弓矢が、凛がオレへと伸ばした手を遮った。

 

「戦力の弱いところから狙う、戦術の基本だろう?」

 

 そのままアーチャーから追撃を加えられて、凛はオレ達から遠く離れてしまった。

 

 

 

約束された(エクスカリバー)勝利の剣(モルガーン)ッ!」

 

 

 

 黒い閃光が、オレとマシュを呑み込まんと迫る。

 それを前に、マシュは盾を地面に突き立てて構えた。

 

「ぐ、ぅぅぅぅううううう!!!」

 

 軋み悲鳴を上げるマシュの体を前に、何もできない自分を恥じる。

 

「くっ、そぉぉぉぉおおおお!!!」

 

 ―――オレには、何の力もない

 

 ―――他の人達みたいに、サーヴァントの力をこの身に宿しているわけでもなければ

 

 ―――所長のように、魔術を習得してすらいない

 

 ―――ただの一般人が、こんなところに居るのが間違いだった

 

 

 

 ―――それでも

 

 

 

「頑張れ、マシュ!」

 

「先輩!?」

 

 聖剣の光に押され、倒れ伏しそうになるマシュの体を抱き留め、支える。

 盾を握るマシュの手を上から握り、その手の重みを少しでも受け止めんとする。

 盾から溢れ出した黒い光の奔流の余波が、己の皮膚を焼き焦がしながら通り過ぎていく。

 

「っ、ぐっ…!」

 

「先輩!下がってください!ただの人間である先輩では、ただの余波だけでも…!」

 

「それ、でも!!!」

 

 

 

 ―――オレは、男だろうが!

 

 ―――何もできなくても!何の意味がなくとも!

 

 ―――目の前で頑張ってる女の子一人支えるくらいできなくて、どうするんだ!

 

 

 

「先、輩………っ、ぅ、ううううううああああああああああああああああ!!!!」

 

 マシュが支える盾から溢れ出る光が、迫り来る黒い閃光を押し返していく。

 

「馬鹿な…!」

 

 聖剣を耐えきったオレ達を前に驚愕するセイバー。

 

「チッ…」

 

 満身創痍となったオレたちへ向けてアーチャーが弓を向ける…が。

 

「こんのぉぉぉおおお!!!」

 

「ぐっ!?」

 

「アーチャーの癖によくもやってくれたわね!これじゃ私がドジっちゃったみたいじゃないっ!折角元に戻した評価がまた下がったらどうしてくれるのよ!」

 

「もう手遅れです。役立たずさん♪」

 

「ほらぁ!あぁもうちっくしょう!全部アンタのせいだぁぁぁああああ!!!」

 

「それは八つ当たりではないか!?」

 

 桜と凛の猛攻を受けて、その攻め手を防がれる。

 

「いっけぇぇぇぇええええ!士郎ぉぉぉぉぉおおおお!」

 

「ううううううおおおおおおおお!!!」

 

 空を舞うイリヤの手から投げ出された士郎は、その両の手に構えた夫婦剣をセイバーへ向けて投げつける。

 

 

 

 ―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)

 

 ―――心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

 

 ―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

 ―――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

 

 ―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)

 

 

 

 ―――鶴翼三連

 

 

 

 

 四方から迫る夫婦剣に、セイバーは討たれた。

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハッハ、無駄な事を!どのみちその女の肉体は既に死んでいる!このままカルデアに戻ろうと、その瞬間に『肉体が死んでいる』という事実によって世界の修正力が働き、その女は完全に死に至る!…今カルデアスに放り込まれるのを阻止しようと、結果は変わらん!…まぁそもそも、皆人理焼却によって死するのだがな。フハハハハハ!」

 

 高笑いと共に消え去ったレフ・ライノール。

 残されたオレ達の間には、気まずい沈黙が降りた。

 

「い、いや…いやぁっ!いやよ!私まだ死にたくないっ!だって、私まだ誰にも認めてもらってない!誰にも褒めてもらってないのっ!」

 

 慎二さんと彼が駆るペガサスによって救出された所長は、慎二さんに縋りついてもはや悲鳴に近い懇願をする。

 

「っ………ドクター、何か方法はないんですか!?」

 

「そ、そう言われても…」

 

「っ!人理の修復が…!」

 

 ゆっくりとホワイトアウトしていく視界に、この世界の崩壊が近づいていることを悟る。

 それは、オレ達にとっては元の世界に帰る時が近づいていることを指すが…所長にとっては、死へのカウントダウンと同義だった。

 

「ねぇ!あなた言ったじゃない、何があってもなんとかしてくれるって!じゃあ私の事もなんとかしてよ!私の事を助けてよぉ!」

 

 縋りついて泣き喚く所長の姿に、慎二さんも苦い顔をする。

 …かと思ったら、ガシガシと頭をかいて、「まったく、しょうがないな」なんて呟いて。

 

「後になって文句言うなよ?」

 

「へ?」

 

 

 

 突如、所長の唇を強引に奪った。

 

 

 

「んぅっ!?」

 

「ん、ちゅ、じゅる、ちゅ…んぐ…」

 

「は、…ぷは、はぐ…ちゅ、じゅる…!?!?!?」

 

 訳が分からず目を白黒させる所長。当然オレ達にも何が起きてるのかさっぱりわからない。

 せめてもの反抗と、慎二さんの胸を押し返す所長だったが、女の細腕では見た目に反して英霊の依り代として選ばれる程の肉体を持つ慎二さんを押し返すには至らず、口をぴったりと閉じようとしても歯と歯の間に親指をねじ込まれて強引にその口を開けさせられる。

 口内に舌をねじ込まれ、溢れ出る唾液を啜り上げられる所長は、羞恥か快楽か分からないが顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせている。

 

 そんな光景を最後に、オレ達は人理修復に伴いカルデアへと送還された。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。魂だけの存在となっていたオルガマリーをサーヴァントのように繋ぎ止めようとしたんだね。確かにこの方法なら、肉体を持たないオルガマリーの事を現世に止めておける。令呪という、サーヴァントを縛り付ける要を作った間桐の家ならではのやり方だ。そしてそのためには彼女と魔術的な回路(パス)をつなげる必要があり、その為には粘膜接触という肉体的な接触と、快楽の共有という精神の共有が必要だった…というわけだ」

 

「解、説…どうも!」

 

「…というわけだから、その(トリシューラ)、下ろしてあげてもいいんじゃないから、桜ちゃん?」

 

「にいさんにいさんにいさんにいさんにいさん………」

 

「あぁ、ダメだねこれは。完全に話を聞いてない」

 

「お前どうして諦めるんだそこで!もっと頑張れよシジミもトュルルっていうか本当にもっと頑張れよじゃないと僕が殺されるだろうがぁ!」

 

「き、きす…は、はじめて…しかも、あんなはげしいのを…ふわぁ…!」

 

「うぅぅぅぅ…また役立たずと言われたのだわ…もう姉としての威厳なんて残ってないのだわ…」

 

 

 

「…これ、どう収集つけようか」

 

「…さぁ」

 

 妹の桜に突き付けられた(トリシューラ)を、自らの(ハルペー)で受け止める慎二さん。

 完全にトリップしてロマンチック乙女回路がMAXになっている所長。

 突然金髪になって黒い衣装に身を包んだかと思うと泣き崩れた凛。

 

 この事態をどう収拾しようか、そもそも収拾できるのかどうか。

 士郎とオレの二人は、揃って半ば諦めながらも考えを推し進めるのだった。

 

 

 

 





没案
・桜の元になったキャラってふじのんだよな
・『虚無』と『虚数』って似たようなもんだよな




桜「凶って、凶って、凶って…そして、死んでください」

―――宝具錬成 禍識・歪殺の魔眼

効果:視界に入れた対象を死の線に沿って凶ることで死に至らしめる。

没理由:強すぎ




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幕間の物語 英霊召喚、その他

「報告しなければならないこと、話し合わなければいけないことは色々あるんだけれど…先ずはこの事から、かな。

 レフ・ライノールの罠によってマスター適正者のほとんどは瀕死かそれに近しい重傷を負って、現在はコールドスリープを行っている。

 けれど、比較的軽傷な人が1人だけ居てね。君たちがあの冬木の地に居る間に目覚めたんだ。…入ってきていいよ」

 

「お前、白野!よかった、無事だったのか!」

 

「あぁ、立香。お前も無事でよかったよ」

 

 ドクターに連れられて出てきたのは、オレと共にここに連れてこられた一般人である岸波白野だった。

 ドクターに詳しく聞きたいところでもあったが、冬木に居る間は(主に所長のヒステリーのせいで)そんな余裕もなく、自分の事で手一杯だったのもあって聞くことができていなかったので心配していたのだ。

 こんな訳の分からない状況で、信頼できる友人が居るというのは本当にありがたいことだ。

 

「彼には、目が覚めた時点で冬木の状態を僕達と一緒に見てもらっていたんだ。

 その上で、彼はこの人理定礎復元に参加することを約束してくれた。…今後は、彼にも協力してもらう事になる」

 

 

 

 

 

 

 その後、ドクター・ロマンの指示に従ってオレ達は新たに英霊を召喚する事となった。

 レイシフト時にいつの間にか英霊が憑依してデミ・サーヴァントとなって戦うなんてことは完全に想定外で、本来はマスターとなってサーヴァントを使役して戦うのが正しい形である、とのことだった。

 そのため、全員がそれぞれ一騎ずつ英霊を召喚することになり…

 

 

 

 

 

 

「問おう、あなたが私のマスターか?

…あの夜も、同じようにあなたに問いかけましたね。

あなたの声に応え、今ここに参上いたしました。

どうか私に、もう一度あなたと共に戦う栄誉を、頂けますか?」

 

「勿論だ、セイバー。もう一度、一緒に戦ってくれ」

 

 衛宮士郎は、金髪の美しい女性剣士、あの冬木の地で戦ったアルトリア・ペンドラゴンと再会し。

 

 

 

 

 

 

「よう、メドゥーサ。僕の事は覚えているか?」

 

「はい、シンジ。どうやらあなたと繋がる事で、あなたに関連する記憶も引き継ぐことができたようです。聖杯戦争を戦い抜いたことも、あの燃え上がる冬木の地で首を落とされた事も、きちんと覚えています」

 

「そうか。…お前を殺したことについては別に謝らないぜ?」

 

「構いません。あの時の私は、マスターを持たず近くの生命体を無差別に食い尽くす化物と化していましたし、当然の判断かと。…マスターにあの男の魂が宿っていることについて、思う所がないと言えば嘘になりますが」

 

「ま、意識としては『僕』としての意識が強いから安心しろ」

 

 

 

 

 

 

「ご用とあらば即参上!貴方の頼れる巫女狐、キャスター降臨っ!です!」

 

「………」

 

「あぁ!?なんという冷たい目つき!あなたのようなイケ魂マスターにそんな目で見つめられちゃったら、私、傷ついちゃいます…くすん」

 

「………お前、何だ?」

 

「さり気なく人外判定!?いえ、何と言うか、ここで召喚されておかないと私の出番がなくなる危機と言うか…それだけならまだしも某皇帝とか某大王とかに好き勝手活躍されるのを許すのは我慢ならないと言うか…」

 

 

 

 

 

 

「さて、良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」

 

「どっちでもいいさっさと話せ」

 

 ハリウッド映画みたいな台詞をあっさりと流されたドクターは、若干涙目になりながらも説明を続けた。

 

「じゃぁまず、良いニュースから…現在、七つあると思われる特異点の内、五つまでの特異点を観測することに成功した」

 

「よくやったわ、ロマン!これで、前もって準備を進めることが…」

 

「で、悪いニュース。その理由は、各特異点の進行が活性化したからで…ぶっちゃけて言うとタイムリミットが劇的に早まっている」

 

「何やってるのよロマン!」

 

「うぇええ!?これは別に僕のせいじゃないですよ所長!」

 

「現状から鑑みて、各特異点に一人以上の人員を派遣し、それぞれの特異点を修復するしかない。しかも、私達はみんなが特異点で意味消失しないよう観測に専念することを余儀なくされる。特異点に入ってからは、私達の補助らしい補助は受けられないと考えてくれたまえ」

 

 

 

 

 

 

「第一特異点・オルレアンには、衛宮士郎とアルトリア・ペンドラゴン、イリヤスフィールとヘラクレス!」

 

「第二特異点・セプテムには、藤丸立香とマシュ・キリエライト、岸波白野と玉藻の前!」

 

「第三特異点・オケアノスには、間桐慎二!」

 

「第四特異点・ロンドンには、遠坂凛とアーチャー・エミヤ!」

 

「第五特異点・イ・プルーリバス・ウナムには、間桐桜とメドゥーサ!」

 

「以上の人員を以て、この緊急事態に対処する!…冗談でも比喩でもなく、人類の存亡がかかった戦いだ。君達には…特に、一般人である藤丸君や岸波君には辛いかもしれないが、僕達も出来る限りを尽くす!…どうか世界を、救ってくれ!」

 

 

 

 

 



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第一章 ―オルレアン―

「どうかお逃げください、ジャンヌ…」

 

「嫌よ、ジル!どうしてあの女から尻尾撒いて逃げるような事…」

 

「今の私達では太刀打ち出来ません。…案ずることはありません、ジャンヌ。あなたの胸に怨嗟の炎が燃えている限り、我らの希望が潰えることはありません!あなたが生きる限り、いつか神をその御座から引きずり下ろすときは来るのです!」

 

「ジル…」

 

「ですから、今はどうか…幾何かの雌伏の後、必ず再起の時は訪れます…ッ!」

 

「なら、ジルも一緒に!」

 

「なりません。…彼奴等めを足止めする者が必要でしょうから」

 

「っ…!」

 

 

 自らを焼き尽くした理不尽への怒りをその身に宿した聖女―――ならぬ、竜の魔女は。

 腹心であるジル・ド・レェの言葉を聞き、死してなお自らを襲う不幸に歯噛みしながら、燃え盛る城を後にした。

 

 

 

 

「…これで、聖杯は完全に私達の手中に落ちました」

 

「では、ジャンヌ」

 

「えぇ、ジル。始めましょう。…主の嘆きを取り除くため」

 

 

 

「現存人類を、抹殺します」

 

 

 

 狂信者となった聖女が、動き出した。

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

 振るった双剣が、翼竜の喉笛を切り裂き絶命させる。

 しかし次から次へと湧いて出てくる翼竜の群れが尽きる時は訪れない。

 

「あぁもう、鬱陶しいわね!シロウ!一回どこか別の場所に行きましょう!」

 

「ダメだ、イリヤ!」

 

 イリヤからの提案に、頷くことは出来ない。何故ならば―――

 

 

 

「うわあああああん!ママぁぁぁ!」

 

「大丈夫、大丈夫だからね…!」

 

「おぉ、神よ…!」

 

 

 

 俺達が最初に辿り着いたこの街には、まだ大勢の人たちがいる。

 この人達を見捨てることは出来ない。

 

「まったく、シロウってば、本当にお人好しなんだから…バーサーカー!」

 

「■■■■■■■■■■―――――!」

 

 咆哮と共に、その斧剣を一閃。

 翼竜にも迫る体躯を持つ狂戦士の剣戟が、一振りで何匹もの翼竜たちを薙ぎ払う。

 

「これだけの幻想種が、この時代、この場所にこれだけの数が居る筈がありません!これを発生させている何かが…」

 

「でも、そんなのどこにあるの!?」

 

 

 

「あなた達は、カルデアの人間ですね」

 

「!?」

 

 翼竜たちの攻撃が停止する。

 声の元に振り向けば、そこには一際大きな竜の上で旗を手に立っている、一人の少女の姿があった。

 

「私の名前はジャンヌ・ダルク」

 

「ジャンヌ・ダルク…!?フランスを救った英雄が、何で…!」

 

「その最期を思えば、別に不思議な事じゃないでしょう、シロウ?ジャンヌ・ダルクはフランスを救った…にも関わらず火刑で以て処刑された。これは、その復讐と言う所かしら?」

 

「いいえ。私はフランスを恨んでなど居ません」

 

「は…?」

 

「私は、この地に降り立ち戦う中で、主の嘆きを聞いたのです。『何故人類と言うのは、こうも見るに堪えないのか』、と」

 

「なっ…」

 

「だから貴様は、人類を滅ぼす災厄の一つとなったというのか、ジャンヌ・ダルク!」

 

「はい。…やはり、理解してはいただけませんか」

 

「当たり前だ!そんなの許せるわけないだろう!」

 

「いいでしょう。ならばやはり、貴方達を敵として処理します!」

 

 大地へと降り立ち、竜を侍らせるジャンヌ・ダルクは俺達と正対して旗を構える。

 

 

 

「隙だらけよ、聖女様?」

 

 

 

 迸った一筋の炎が、ジャンヌ・ダルクを焼き払った。

 

 

 

 

 

 

「お前は…何なんだ?」

 

 火傷を負ったジャンヌ・ダルクは一時撤退を選び、一時の休息を得ることになった俺達は、その少女と対面していた。

 

 先ほどまでいたジャンヌ・ダルクと瓜二つ。しかし身に纏う衣装は対照的に真っ黒に染まっており、浮かべる嘲笑は似ても似つかない、その少女を。

 

「初めましてカルデアの皆さん。唐突だけれど同盟を組まない?協力してあのクソッタレな聖女様をぶち殺すのよ。」

 

 

 

 

 

 

「あら…可愛らしい女の子がいるわね。さぁ、私の美しさを保つための糧となれることを光栄に思いなさい?」

 

「ひっ…!?」

 

 カーミラの細く美しい手が、幼い少女へと伸ばされる。

 それに捕まったが最後、血の一滴まで絞りつくされた少女はその儚い命を散らせることだろう―――

 

 

 

「ハァ!」

 

「!?」

 

 

 

 その手を、魔女の旗が振りはらった。

 

「っ…追い落とされた魔女様が、随分と威勢がいいじゃない」

 

「はん。若さに嫉妬するオバサンの声はキーキー耳障りでしょうがないわね」

 

「オバ!?…よく言ったわ小娘。まずあなたの血から絞りつくしてあげる!」

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、ジャンヌ。街を守るのに協力してくれて」

 

「ハァ?馬鹿じゃないの、あなた」

 

「ば、馬鹿…?」

 

「今私達が協力しているのは、あのクソッタレな聖女様を倒すっていう目的があるからよ?それさえ済ませてしまえば、私達は敵同士。精々どうやって私を出し抜いて聖杯をあの女から奪い取るか、算段を立てておくことね」

 

「でも、なんだかんだ言いながらこの皆を守る事には協力的じゃないか」

 

「はん、やっぱり馬鹿ねアナタ」

 

「ま、また…そんな皆して馬鹿馬鹿言わなくてもいいじゃないか…」

 

「実際馬鹿なんだからしょうがないでしょう?嫌なら少しはまともな言葉を吐く事ね。

 …私が今この街を守っているのは、自分の手で復讐するためよ。私以外の…それもあの黒幕から洗脳を受けて狂わされた聖女様の手で代わりにやってもらうなんて御免だわ。私が聖杯を取り戻して復讐をするその時まで、人理に崩壊されては困るんです。…そこの所、勘違いしないことね」

 

 

 

 

 

 

「私が、贋作、ですって…?」

 

「その通り。あなたは、狂った私が聖杯の力を用いて作った偽物です。…ジャンヌは、決してフランスを憎まなかった。僅かたりとも報われず、最後は彼女が救った者の手で火刑に処されてなお、彼女は『救った』という事実の前に全てを良しとして受け入れた!

 …後年の私は、それに思い至らず狂乱の坩堝へと落ちたようですが、この私にはわかる。あなたはジャンヌの別側面などでは決してない。

 ただ、こうあって欲しいと願って作られた、ジャンヌの形を真似ただけの偽物です!」

 

「偽、物…」

 

「故に、この結果は必然でした」

 

 

 

「贋作が真作に勝る道理など、ありはしないのですから」

 

 

 

 振り上げられた剣が、偽りの聖女…黒き魔女へと振り下ろされる。

 狂気に落ちた一人の男の幻想は、ここで潰える―――

 

 

 

 

 

「違うッッッ!!!」

 

 

 

 

 

「なっ…!?」

 

 一対の夫婦剣が、その剣を振り払った。

 

「贋作だから劣るなんて誰が決めた?偽物だから勝てないだなんて誰が決めたんだ!?」

 

 模倣だから超えられないのか。

 背を追う者は一生追い越せないのか。

 

「そんなことは、ない!」

 

 例え、真作を真似て作った贋作でも。

 例え、本物に似せて創造した偽物でも。

 

「そこに込められた思いまでもが、偽物ではないのなら」

 

 一人の少女を、救う事が出来なかった男の嘆きが。

 一人の少女を、救わなかった国への憤怒が。

 一人の少女と共に、未来を歩めなかった絶望が。

 

「それは、本物に勝る事も出来る筈だ!」

 

 そう、偽物の贋作者は吠え立てた。

 

「立てよ、ジャンヌ!誰に植え付けられたとか、誰から受け取ったとか、そんな事は関係ない!

 お前は、お前の想いが本物であると証明しろ!」

 

 

 

 

 

 

「何故まだ戦うのですか、偽りの私。もう知ったのでしょう?自らがどういう存在なのか」

 

「はん!どうでもいいのよそんな事は!」

 

 まったく、世話を焼いちゃって。

 正義の味方が、悪の魔女を焚きつけてどうすんのよ。

 本っ当に馬鹿ね、あのどうしようもない甘ちゃんは。

 

 

 

 ―――ま、そんな馬鹿の言葉でやる気を出してる私だって、人の事は言えないけれど!

 

 

 

「私は、アンタが気に喰わない!だからアンタを殺す!それでいい!それ以外はどうでもいいのよ!アハハハハ!」

 

「ぐっ…」

 

 

 

 

 

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)ッ!」

 

 同胞を守るために振るわれる旗が、魔女の攻撃を防がんと光を放つ。

 

 

 

吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)ッ!」

 

 だが聖女は忘れていた。魔女の操る炎が―――

 

 

 

 ―――自らを焼いた炎であることを。

 

 

 

「づ、ぁ、ああああああああああああッ!?」

 

 身に纏った加護を素通りして、自らを焼き尽くす炎に悲鳴を上げる聖女。

 ただの炎ならば、その守りは火の粉一つ通さずに聖女を守り切っただろう。

 だが、この炎だけは例外である。

 

 魔女の憎悪が込められたこの炎は、源流を辿れば聖女が守ってきた同胞たちの手で焚き上げられた炎である。

 主への信仰を示す旗は、同胞へ降りかかる災厄を守ってくれる。

 

 

 

 ―――しかし、同胞から下された裁きからは、守ってはくれなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「あーあ、終わっちゃった」

 

「ジャンヌ…」

 

「何をそんな景気の悪い顔してるのよ、アンタは。目的を達したんだから、もっと嬉しそうにすればいいのに」

 

 悲痛そうな顔を浮かべる馬鹿を嘲笑いながら、特異点が修正されるその時を待っていた。

 

「ジャンヌ…これで、良かったのか?」

 

「は?何?アンタ、私に復讐を遂げさせたかったの?」

 

「そうじゃない!…このままだと、お前は…!」

 

「…そうね。私は、人類史に刻まれた英雄じゃない。ジルが作り出したただの幻想。…だから、この特異点が修正されてしまえば、完全に消えるでしょうね」

 

「それが分かってるなら、なんで、そんな顔してられるんだよ!?もっと、何か方法が…」

 

「いいわよ、別に」

 

 確かに、私という存在は消えるだろう。

 

 私は、証が欲しかった。

 

 綺麗な方のジルに、私が偽物だって知らされた時、『自分には何もないんだ』って絶望した。

 誰にも覚えてもらえず、誰にも認められず、誰にも愛されることはない。私は、そんな存在なんだって思えてしまって。

 それで一度は膝をついて、けれどそんな私を叱り飛ばした馬鹿が居て。

 

 きっとこの馬鹿は、飽きもせず私みたいな偽物の事を、ずっと覚えていてくれるだろう。

 

「聖女様もしっかり燃やせたんだもの。それだけでも良しとするわ」

 

 けれど、そんなことを言うほど私は素直な女じゃない。

 捨て台詞めいたそんな調子で、赤くなった顔を逸らして言葉を紡ぐ。

 

「あーでもアンタ、この旅が終わってちょーっと平穏な生活でもしたら、直ぐに私の事を忘れちゃうんだろうなあ」

 

「そんなことない!俺はずっと覚えてる!一緒に戦ったお前の事…他の誰が覚えて無くたって、俺だけは!」

 

 拗ねた調子で言ってみた冗談に、泣きそうな表情で必死に反論してくる馬鹿。

 …冗談、のつもりだったんだけど。

 言葉にしてみたら、実際にそんなことはありそうだ。こいつは馬鹿だから、放っておいたら新しい事に必死できっとすぐに私の事も忘れちゃうんじゃないかと不安になってきた。

 

 どうせ最後だ。やり残しのないように、出来ることは全てやってしまおう。

 

「残念だけれど、私はあの聖女様みたいな素直な女じゃないの。とてもじゃないけど信じられないわね。だから―――」

 

 振り向いた私は、目の前にいた馬鹿に飛びついて。

 

 

 

 深く、口づけた。

 

 

 

「んっ―――っ、――――…―――!?!?!?」

 

「ぷはぁ!…ふふっ、ファーストキスです。これでもう、忘れられませんね?」

 

 瞳を白黒させる大馬鹿者の姿を最後の思い出に、私は消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「この霊基パターンは…エクストラクラス、アヴェンジャーです!」

 

「え…?」

 

 眩い光の中から現れたのは、漆黒の鎧を身に纏い、竜を象った紋様が刻まれた旗を持つ、聖女の写し見の姿だった。

 

「あ…じゃ、ジャンn」

「ヴァァァァァァアアアアアカッッッ!!!」

「うおおおおおおおお!?!?!?」

 

 あっぶな!?い、今避けてなかったら確実に死んでたぞ!?

 

「い、いきなり何するんだよジャンヌ!」

 

「うるさいうるさいうるさい!何で私みたいな復讐者なんて呼んでるの!?馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけどここまで馬鹿だよは思わなかったわよヴァァァカッッッ!!!

 …どうせ最後だと思ったから、あの時…ッッッ!!!」

 

「貴様、ジャンヌ・ダルク!どういうつもりだ!何故士郎を襲う!」

 

「キスもまだの小娘がピーピー煩いのよ!何?八つ当たり?ぐだぐだしてた自分の不徳を差し置いて私にこの馬鹿のファースト・キスを奪われたのがそんな悔しいの?ねぇ、悔しい?プークスクス!」

 

ブチィ!(アホ毛が引き抜かれる音)

 

「いい度胸だ小娘。そこに直れ、折檻してくれる」

 

「シロウ!本当にあなたは女にだらしないんだから!罰としてまずはお姉ちゃんともキスしなさい!」

 

「なんで…なんでこうなるのさああああああああああああああああ!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

「燃え盛る」と打とうとして「萌え栄える」と打ってしまって一瞬手が止まってしまったのは内緒

 

 



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第三章 ―オケアノス―

特にネタが思いつかなかったので第二章は省略




「くそっ、くそっ、くそっ!!!」

 

 地団太を踏んで苛立ちを露わにするのは、見目麗しい金髪の青年、イアソン。

 この第三特異点・オケアノスにおける聖杯の所有者に選ばれた彼は、一つの不安に押しつぶされそうになっていた。

 

「まさか、ヘラクレスの奴がカルデアに召喚されるなんて…!」

 

「イアソン様…」

 

「アーチャーなら問題ないか?いや、バーサーカーの力が百だとするならアーチャーの力は百二十…凡百の英霊なんぞ五か十が精々だろうが五人、六人と連れてこられて支援されたら埋まる程度の差しかない…!」

 

「イアソン様、心配には及びません」

 

「何がだっ!向こうにはバーサーカーとはいえヘラクレスが要るんだぞ!何かまかり間違って僕が殺されたらどうするつもりだ!」

 

「ご安心ください。聖杯の力があれば、このような事も出来るのです―――」

 

 

 

 

 

 

「おいおいおいおい!?一体何だいあんたは!?」

 

「あー、改めて説明するとなると面倒だな…」

 

「つーかそいつは何だい!?」

 

「あ?見りゃ分かんだろ、ペガサスだよ」

 

「ぺ、ぺがさす…!?なんでそんなもんに…」

 

「しょうがないだろ。いきなり海のど真ん中に放り出されたんだから。こいつにでも乗せて貰わないと僕が海に落ちちゃうだろうが」

 

「は?え?…あぁもうどうでもいいさね!ともかく、そんなお宝目の前にぶら下げられて引き下がれるかってんだい!野郎ども!準備しな!あの天馬、私達が頂くよ!」

 

「「「あいよ、船長!」」」

 

 

 

 

 

 

「………いやあの、ほんとすんませんでした」

 

「海賊風情がチョーシこいてマジですんません」

 

「オレらが悪かったっす。だからもうこれ以上は勘弁して…」

 

「なんだ?もういいのか?」

 

「アンタ、強いねぇ。まさか全員のしちまうなんて…ていうかなんでアンタ銃弾素手で弾けるんだい?」

 

「そんなもん鍛えたからに決まってんだろ。ま、普段から舞弥…メイドに対物ライフル打たせてそれ弾く練習してたし、僕を銃で打ち抜きたいんだったらさっきの十倍の弾速が要るだろうな」

 

「………あっはっはっは!アンタほど滅茶苦茶な奴ぁ見た事がないよ!

 さっきは襲っちまって悪かったね。アタシの船に乗せてやるから、そいつでチャラにしてくれやしないかい?」

 

「あぁ、良いぜ。多少じゃれつかれたくらいで目くじら立てるほど、僕も狭量じゃないからな」

 

「オレら、一応本気で殺すつもりだったんだけどなぁ…」

 

「完全に舐められてますね…」

 

「しょうがねぇだろ。あんなバケモンオレらにどうしろってんだ…船長が話を上手く纏めたみたいだし、オレらはそれに従うだけよ」

 

 

 

 

 

 

 ――――おい、冗談だろ…!

 

 僕はその光景に絶句する。

 確かに、この特異点ではヘラクレスが出てきていた。二十年近い歳月、それも密度の極めて濃い今世の中で欠けてしまった記憶も多いが、それくらいは覚えている。

 

「フハハハハハ!随分とみすぼらしい船が海を泳いでいるな!そんな船に乗っていないで、こちらに来ないか、女神よ?」

 

「ふん、誰が行くもんですか」

 

「えう、りゅあれ、わたさない…!」

 

「そうか、交渉は決裂か…まぁ別にいい。では行け、ライダー」

 

 イアソンはまるで自分の宝物を見せびらかしたくてしょうがない子供のように上機嫌な様子で、ヘラクレスへ語り掛ける。

 

「む?この身一つで良いのか?」

 

「仕方がなかろう。他のこの身では海を飛べんのだからな」

 

「まぁ、飛べないのなら泳げばいいだけではあるが…」

 

「この身が複数でかかる程の相手でもあるまい」

 

「この身はイアソンの守護に専念しよう。頼んだぞ、ライダーのこの身よ」

 

 ヘラクレスが問いかけ、ヘラクレスが返答し、ヘラクレスが他の選択肢を示し、ヘラクレスが傲慢にこちらを見下し、ヘラクレスがヘラクレスに言葉を掛ける。

 

 …何言ってるか分からないって?

 

 あぁ、出来る事なら僕もわかりたくないね。

 この目の前に広がる光景を受け入れたくない。

 けれど、いつまでも目を逸らしているわけにもいかないだろう。

 

 

 

「では、死合おうか、海賊たちよ」

 

 

 

 このオケアノスには、五人のヘラクレスが召喚されていた。

 

 

 

「ふっざけんなあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 僕は、力の限りこの理不尽を呪った。

 

 

 

 

 

 

「おらおら野郎どもォ!撃って撃って撃ちまくれェ!

 なぁ~にが『ライダーのヘラクレスが居ればお前らのような海賊なんぞ要らん』、だ!

 実際その通りだけどなァ!こっちだって海賊の…いや、男の意地くらいあるわァ!

 拙者たちを舐めた事、その身を以て後悔させてやるでござるよ!イアソンの野郎!」

 

「アッハッハッハ、いいねぇ!アンタみたいな威勢のいい奴ぁ大好きさね!さぁ、やってやるよ黒髭ェ!」

 

「え、マジで?…あ、いや、ふ、ふん!別にBBAに褒められたって、嬉しくなんてないんだからね!」

 

「誰も得しないツンデレなんてしてないでしっかり指揮しなさいな!」

 

「純粋にキモイ」

 

「皆、頑張れー」

 

「やる気削ぐぐらいなら船の中に引っ込んでてくださいますか!?」

 

「正直ダビデ、邪魔でしかない」

 

 

 

 

 

 

「…この身を迷宮に閉じ込めたか」

 

「ぼく、えうりゅあれ、まもる…!」

 

「この身を殺すか、ミノタウロスよ」

 

「うん…って、いいたい、けど、しない。

 しんじ、いってた。しんじにかてないぼくじゃ、へらくれすにはかてない、って」

 

「だろうな。いくら我が弓が本領を発揮できない迷宮の中とは言え、この身は純粋な力勝負で負ける気はしない」

 

「うん。だから、ぼくのやくめは、しんじが、いあそんたおすまで、おまえ、ここに、とじこめておく、こと…!」

 

「…よかろう、ミノタウロスよ」

 

「ちが、う」

 

「む?」

 

「ぼく、なまえ、ある。ぼくはたしかに、かいぶつの、みのたうろす、だけど、いまのぼくには、きちんとなまえでよんでくれるひと、たくさん、いるから」

 

「…それは失礼した。では名を聞こう」

 

「あすてりおす」

 

「この身の名はヘラクレスだ。…いざ尋常に、勝負と参ろうか、アステリオス!」

 

 

 

 

 

 

「ふん、貴様一人でヘラクレスの相手をするか、カルデアのマスター」

 

「あぁ。僕くらいしか、ヘラクレスを殺せる奴なんざ居ないからな」

 

「ハッ!随分と思い上がったな!貴様一人では、たった一人のヘラクレスすら殺せはせんよ。…それを証明してやれ、セイバー!」

 

「む、よかろう」

 

「この身はいかずともよいのか?」

 

「ふん、アイツ一人殺すのにヘラクレスが二人も必要なわけがないだろう」

 

「…なるほど。ならばこの身は、お前を守る事に専念しよう、イアソン」

 

「話はまとまったみたいだな。…かかって来いよ、セイバーのヘラクレス!」

 

 

 

 

「ぬんッ!!!」

 

「づ、ぁ…!」

 

 一際甲高い音を立てて、セイバーの振るう剣を弾いて距離を取る。

 

「はぁ、はぁ…!」

 

「珍妙な槍技だ。いくら打とうともまるで大気に向けて振るっているかのような感覚ばかり…こんな技を使う者は、ギリシャのどこにも居なかった」

 

「…ま、そりゃそうだ。発祥は中国で、三千年だか四千年だかの歴史程度しか持たない武術だからな。お前の時代には、まだなかったもんだろうよ」

 

「成程」

 

 歓談もそこそこに、また殺し合いが始まる。

 ヘラクレスの剛剣を前に、良く保っていると自分でも思う。

 

 しかし、状況は良くない。

 

 以前のバゼットとの対決の時と同じだ。

 いくら技術を注ぎ込もうと、絶対的なフィジカルの差で押し込まれてしまう。

相手の圧倒的な攻撃力を前に、反撃の糸口がつかめない。

 このままでは徐々に押し込まれ、最終的には僕は敗北するだろう――――――

 

 

 

 

 

 

女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)!」

 

 僕の背中へと向けて撃ち放たれたそれを、ヘラクレスへと誘導する。

 

 

 

 

 

 

「ぬっ!?」

 

 その矢を突き立てられたヘラクレスは、ボーっとした表情で、ある一点を見つめてしまう。

 そこにいるのは一柱の女神。

 ただ『男を魅了する』ことだけに特化した、ゴルゴーン三姉妹が次女、エウリュアレ―――!

 

 その魅力に、所詮男であるヘラクレスは逆らえない。

 無防備に目の前に晒される心臓へ向けて―――

 

 

 

不死殺しの槍(カレス・オブ・ザ・ハルペー)ッ!!!」

 

 

 

 必殺の槍を、叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

「よくやった、エウリュアレ」

 

「偉そうにしないでくれるかしら。それと足!とっととここから遠ざかりなさい!ヘラクレスに狙われたらどうするつもり!?」

 

「…分かった。この扱いに色々と言いたいことはあるが、我を活かすならばこうするしかないことも理解している。狩人として、獣として、汝と共にあの大英雄から逃げ切ってみせよう」

 

「あぁ。なんとかまた隙を作って見せるから、そん時はまた頼むぜ、エウリュアレ。あとアタランテ」

 

「だから偉そうにしないでくれるかしら!」

 

「我はついでか…」

 

 

 

 

 

「ハルペー、だと…!?ということはアイツはペルセウスか!?くそ、だからヘラクレスの再生が起こらないのか!

 くそ、いけ、いけ!ヘラクレス!」

 

「わかった、どちらが行く?」

 

「両方だ!」

 

「…何?」

 

「馬鹿かお前は!アイツはそんじょそこらの英霊じゃない!お前と同じ時代を生きて、俺と同じく神に愛された男だぞ!そいつがあの女神の助力を受けてるんだ!まかり間違ってまたお前が殺されたらどうするつもりだ!」

 

「この身が信用できんと?」

 

「男の尻追っかけて俺の船を降りたお前が女神の魅了に耐えられるのか!?」

 

「…………………………そうだな」

 

 ペルセウスだけならば一人でも何も問題はなかっただろう。事実、セイバー一人でもあと一息で殺せるところだったのだ。

 しかし、あの女神の助力まであるというのなら話は別だ。

 十二の試練(ゴッド・ハンド)の力を無為に帰すあの不死殺しの槍を手にした英雄の前では、一瞬の隙が命取りになる。

 

「行くぞ、ペルセウス。今度は我々二人が相手だ」

 

「僕はペルセウスじゃないよ。ただ、ペルセウスの力を借りてるだけの現代人だ」

 

「…成程、マスターでありながらサーヴァントでもある、と随分と奇妙な事になっているな」

 

「改めて名を聞こうか、カルデアのマスター…いや、カルデアより来たりし戦士よ」

 

「間桐慎二。折角だから覚えて帰れよ、ヘラクレス…!」

 

 

 

 

 

 

「がっ…は…!」

 

「もはや終わりだ。女神もこちらの手に落ち、お前も満身創痍。…二人のこの身を前に、よくここまで戦った」

 

「…っ、は!勝ったつもりか?この僕に。アンタ随分と脳筋なんだな」

 

「?」

 

「確かに、アンタ達と僕の戦いは、僕の負けだよ。けど…この戦いは、僕の勝ちだ」

 

「何を………イアソンッ!!!」

 

「ん?」

 

 余裕綽々のイアソンは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ)ァ!!!」

 

 世界のあらゆるものを貫くと讃えられた槍の直撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「が、は…!?ヘク、トール…貴、様…!」

 

「いやぁ、オジサンも別に、裏切る気はなかったんだけどね?アンタの『ランサーのヘラクレスが居ればお前は要らない』っていう言葉も、そりゃそうだ、としか言えないし。

 …たださぁ、ヘラクレス―――『アキレウスを超える英雄』から勝利をもぎ取るチャンスっていうのに、年甲斐もなくときめいちゃってね」

 

 だから、ごめんね?

 

 いたずらっぽく微笑むヘクトールに見送られて、愚かなる船長の写し見は、この世から姿を消した。

 

 

 

 








「セイバーのヘラクレス、ヘラクレスレッド!」
「アーチャーのヘラクレス、ヘラクレスブルー!」
「ランサーのヘラクレス、ヘラクレスイエロー!」
「ライダーのヘラクレス、ヘラクレスホワイト!」
「アサシンのヘラクレス、ヘラクレスブラック!」

『五人そろって、ヘラクレンジャー!!!』チュドーン!(背後に爆炎)



 FGO編におけるコレガヤリタカッタダケーその1。



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第六章 ―キャメロット―

四章、五章はネタが思いつかなかったので(ry


 相対するのは、今もなお名高き円卓の騎士、その十三人の中でも『最強』と謳われる二人の剣士。

 

 サー・ガウェイン。

 サー・ランスロット。

 

「だから、今度こそ…最後のその時まで、我らは王に忠誠を捧げるのだ」

 

「あぁ。…今度は、もう王を裏切らない。…それが例え、異なる世界の王へ反逆することになったとしても」

 

 ガウェインは告げる。最後の戦いの折、自らが私怨に囚われず王へ忠誠を捧げるべきだったという懺悔を。

 ランスロットは告げる。騎士として、男として、ギネヴィア妃を見捨てきれず、王から離反してしまった後悔を。

 

 現代にまで語り継がれる、誇り高き騎士の言葉を――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざっけんじゃねぇッッッ!!!」

 

 衛宮士郎は、両断する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」「なっ…」

 

「お前達が…お前達が、そんなだから!」

 

 

 

「セイバーが、いつまで経っても幸せになれなかったんだろうがッ!!!」

 

 

 

 『貴方こそが王に相応しい』、『貴方こそが真の王だ』、『貴方以外に、王となるべき人間など居ない』。

 

 そんな言葉が、セイバーを王へと追い立て、縛り付け、その身を国の為に捧げさせるに至ったのだと…衛宮士郎は、その怒りを目の前の騎士たちへとぶつける。

 

「っ…何も知らない、現代の魔術師風情が!貴様に何が分かる!あの時を必死に生きてきた民達の嘆きを!そんな民達を守るために戦い続けてきた騎士たちの奮闘を!そして、そんな我々を束ねる王の苦悩を!」

 

「何も知らない貴様に、詰られる謂れなど、ない!」

 

 まったくもってその通り。

 衛宮士郎は、そんなものは知らない。

 何の罪もない人々が、どんな思いで生きていたのか。

 そんな人たちを守るために、どんな覚悟で以て騎士たちが剣を振るってきたのか。

 

「そんな、こと―――」

 

 衛宮士郎が知っているのは―――

 

 

 

「知った、ことかぁッッッ!!!」

 

 自らの愛する女(セイバー)が、幸せになれなかったという結果だけだ。

 

 

 

 その身命を投げ打って。

 全てを国へと捧げ、尽くして。

 それでもなお、心は晴れず。

 世界と契約し、死後すらもその国の為に捧げた、愛する彼女の生涯だけだ。

 

 それは、彼女自身の選択だったのかもしれない。

 彼女が『かくあるべし』と己に望んだ結果、そんな事になったのかもしれない。

 

 だがそれでも―――誰か、止められたんじゃないのか?

 

 たった一言でいい。

 『もう十分だ』と、そう伝えるだけで、少なくとも死後を捧げてしまうほどの後悔を抱いたまま世界と契約してしまう事はなかったんじゃないのか?

 共に同じ時代を生きたお前達ならば、セイバーの残酷なあの最期を、変えることができたんじゃないのか?

 

「俺は、お前達を許さない…!絶対にッ!」

 

「っ…黙れ、魔術師ィ!」

 

 振るわれた太陽の聖剣が、衛宮士郎が両手に握る、干将・莫耶が打ち砕かれる。

 

 ―――ダメだ、このままじゃ

 

 ―――これじゃあ、こいつらを倒せない

 

 ―――もっと

 

 ―――もっと、強い剣を…!

 

投影・開始(トレース・オン)―――」

 

 何を投影するべきか。

 そんなものは決まっている。

 投影すべき真作ならば。

 

 今、この眼前にあるのだから。

 

 

 

「はぁッ!」

 

 

 

「「!?」」

 

 一刀で以て振り払われた己の剣に、二人の騎士は驚愕する。

 だが、それ以上の驚きが、目前の魔術師が握る剣によってもたらされる。

 

 

 

「貴様、それは私の転輪する勝利の剣(ガラティーン)!?」

 

「私の無毀なる湖光(アロンダイト)までも…!」

 

 衛宮士郎が投影したのは、眼前の騎士がその手に握る二本の聖剣だった。

 

「くっ…だが、例え剣を真似たとて!」

 

「我々に勝てる道理など!」

 

 二人の騎士の強さは、聖剣によってもたらされたものではない。

 それに足る強さを持つからこそ、その聖剣を与えられたのだ。

 魔術師風情がその聖剣を握ったとて、その真価を発揮するなど有り得ない。

 まして、太陽の騎士と湖の騎士の二人を凌駕するなど―――

 

 

 

―――是・聖者の数字(セイントナンバー・ブレイドワークス)

―――是・騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー・ブレイドワークス)

 

 三倍の力を得た最優の剣が、二刀を共に斬り払った。

 

 

 

 衛宮士郎の技術は、

 創造理念を鑑定し、

 基本骨子を想定し、

 構成材質を複製し、

 製作技術を模倣し、

 蓄積年月を再現し、

 

 そして―――成長にいたる経験に、共感する。

 

 

 その担い手が、陽が昇っている限り加護を得るという太陽の騎士だったというならば。

 その担い手が、最高の剣技を持った最優の騎士と呼ばれる男だったというのならば。

 

 衛宮士郎は、その担い手の力すらもその剣の中に投影する。

 

 

 

「ば、かな…!?」

 

 戦況は拮抗―――しない。

 騎士たちの力が足し算だというのならば、衛宮士郎の力は掛け算。

 『三倍の力』と『最優の剣』の足し算では、『三倍の力を得た最優の剣』という掛け算を凌駕することは出来ない。

 元の力が大きければ大きいほど、その差は隔絶したものとなる。

 

「我々が、敗北するなど―――有り得ん!」

 

 だが、騎士たちも、己の矜持に掛けて敗北するわけにはいかない。

 自分たちの敗北は、そのまま自らが忠誠を捧げる王の敗北へと繋がるかもしれないのだ。

 もう二度と、そんな事は許せないと。

 だからこそ、かつては共に戦った騎士たちすら文字通りに斬って捨てて、あの王への忠誠を捧げたのだから!

 

 

 

縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)ッ!!!」

 

「がっ…!?」

 

 湖の騎士の全力が、二刀の贋作を打ち破る。

 その衝撃に衛宮士郎は吹き飛び、二人の騎士から遠く離れる。

 力の源を砕かれ、騎士たちの眼前に大きな隙を晒すことになった衛宮士郎。

 

 そこを狙いすましたかのように、太陽の騎士が剣を構える。

 

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)ッ!!!」

 

 太陽の力を得て放たれる熱線が、衛宮士郎へと迫る。

 回避は不可能。防御も無駄。敗北は必至。

 

「負けて、られる、か…ッ!」

 

 敗北するわけにはいかない。

 衛宮士郎は、彼らを許せない。

 この手に勝利を。

 そう望んだ衛宮士郎が投影したのは―――

 

 

 

 

 太陽の剣と対をなす、星の聖剣。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァァァァァアアアアア!!!!!!」

 

 王に、常に勝利をもたらしてきた星の聖剣が、太陽の聖剣の炎を、打ち払った。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、私は悲しい」

 

 その唇に薄い笑みを浮かべた、反転した悲嘆の騎士トリスタンは、その手に構えた弓を衛宮士郎へと向ける。

 二人の騎士に見事勝利した衛宮士郎。

 しかし当然のことながら無事では済まない。既に全身はさび付いた鉄のように朽ち果てる寸前だ。

 

「止めなさい、バーサーカー!」

 

「■■■■■■■■■■――――――!!!」

 

「やらせはせんよ…!」

 

 狂戦士が少女の意を受けてその斧剣をトリスタンへと向けるも、それを阻む黒衣の騎士アグラヴェイン。

 その力量差は圧倒的であり、アグラヴェインは今にも息絶えそうな程に絶体絶命だ。

 しかしそれでも、トリスタンが一矢放つ間ぐらいは持ちこたえて見せることだろう―――

 

 

 

 

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッド・アーサー)!!!」

 

 

 

 

 

 だがその弓矢は、放たれることなく極大の雷霆に飲み込まれた。

 

「モードレッド…貴方、何故…」

 

「…オレは叛逆の騎士だ。チャンスがあるなら、それに乗っかるまでさ」

 

「モードレッド、貴様ァ…!」

 

 突如剣を下した叛逆の騎士に訝しむセイバー。憤怒を隠そうともしないアグラヴェイン。

 

「さぁ行け!異なる世界のアーサー王!」

 

「………感謝する、モードレッド」

 

 セイバーは最後に、その言葉だけを絞り出した。

 自分が、この騎士に掛けることができる言葉などないだろう。

 

 自らが最期を迎えることになった原因の一つである騎士。

 そして、自らが拒絶した、自らと同じ血筋を持った子。

 

 親としても王としても、彼女と交わす言葉を自分は持たない。

 

 だからただ、この場で助けとなってくれたことに対する純粋な感謝だけを口にした。

 

 

 

「………ハハッ」

 

 セイバーの言葉を聞いたモードレッドは、震えそうになる体を抑えつけて、力一杯剣を握った。

 

 ―――子として褒められたことはなかった

 ―――騎士としてその働きを労われるくらいが精々だった

 ―――感謝なんて、一度もされたことなどなかった

 

「全く…たったそれだけで何をこんなに嬉しがってんだ、オレはぁ…!」

 

 

 

「おい、アーサー王のマスター!」

 

「ッ?」

 

 後を追って走り出した衛宮士郎に、叛逆の騎士から声を掛けられる。

 

「オレが何か言えた義理じゃないんだが…父上の事、頼んだぞ」

 

「………」

 

 セイバーの生涯において、最後の引き金となった騎士。

 本来ならば、衛宮士郎は彼女の事もまた憎んでしかるべきなのかもしれない。

 だが、衛宮士郎はどうにも彼女の事を嫌えなかった。

 その理由が今になってやっと、なんとなく理解出来た気がした。

 

「勿論だ」

 

 そこは戦場。そう長く言葉を交わすことは出来ない。

 ただ短く一言約束して、衛宮士郎は走り出した。

 

「やはり貴様は殺しておくべきだった、モードレッド…!」

 

「ハッ!できるもんならやってみろよ…ここは通さねぇぞ、アグラヴェイン!」

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎達は、その門を前に立ち尽くしていた。

 敵対する者を阻む、絶対的な白亜の門。

 たとえギリシャの大英雄、ヘラクレスの剛腕で以てしても、この門は破れない。

 

「私の、約束された勝利の剣ならば…!」

 

 剣を構えるのはセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。

 この居城の本来の持ち主、それと同一存在である彼女の振るう剣を、この門が『敵』と断ずることはないだろう。

 なればこそ、この門を破る事が出来るのはセイバーのみ―――

 

「いいや、俺がやる、セイバー」

 

「シロウ…?」

 

 衛宮士郎自身理解している。

 これは、ただの八つ当たりだ。

 セイバーを縛り付けていた、嫌味ったらしいほどに美しく綺麗なこの白亜の門を、自らの剣で砕きたいと、願う。

 

 

 

 作り上げるのは―――

 

 

 

十三聖剣(ブレイド・サーティーン)―――装填開始(バレット・オン)

 

 其れは、資格者を王へと導く、選定の剣―――勝利すべき黄金の剣(カリバーン)

 其れは、湖の騎士が振るいし、最優の剣―――無毀なる湖光(アロンダイト)

 其れは、王の威光を輝き示す、雷霆の剣―――燦然と輝く王剣(クラレント)

 其れは、忠節の騎士が担いし、太陽の剣―――転輪する勝利の剣(ガラティーン)

 

 

 

 其れは、騎士たちを束ね、民を守り、世界を救う、星の聖剣―――

 

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 

 

「是こそが、今もなお語り継がれる伝説―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    騎士の栄光よ、永遠なれ(ソード・キャメロット)

 

 

 

 

 

 




コ レ が や り た か っ た !



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終章 そして後日談

「人類史全てを熱量へと変換した光…だと!?」

 

「それが、ソロモン…いえ、ゲーティアの持つ宝具!この人理焼却を行った目的!」

 

「そうだ!この力で以て、私はこの地球を作り直す!」

 

 圧倒的脅威を前に、衛宮士郎が、遠坂凛が、岸波白野が、藤丸立香が、膝をつきそうになるのを必死に堪えて立っている。

 だがそれも、あの光がこの場所に届くまでの僅かな間の事。アレが自分たちを消し去れば、人類最後の希望も潰えるだろう―――――

 

 

 

 

 

「それはおかしいなぁ、ゲーティア」

 

 それはあり得ないと、間桐慎二は不敵に笑う。

 

 

 

 

 

「…なんだと?」

 

「『人類史を焼却して得た熱量』…なら前提として、人類史は焼却されてなけりゃいけないよなぁ?」

 

「そうだ。既に人理焼却は成った、故にあれ程の熱量を―――」

 

「いいや、まだだ」

 

 

 

「まだ僕達は、ここに居る」

 

 

 

「――――――――――」

 

「21世紀に生を受け、そしてここまでたどり着いた僕達が居る」

 

 胸元から取り出したるは、英雄王より預かりしウルクの大杯。

 

「そんなもので何を成す?今の私の力の前では、聖杯一つではちり芥ほどの価値もない」

 

「だから、それは人理焼却が本当になっていたら、の話だろう?」

 

「さっきから、貴様は何を―――」

 

「ほれ、イリヤスフィール」

 

「えっ!?」

 

 無造作に放り投げられた聖杯をキャッチするイリヤスフィール。

 

「第一特異点、そこでお前は何を見た?」

 

「!…百年の争いの果てに統一された国家の戦いを。…ハクノ」

 

 意図を察したイリヤスフィールは、次は岸波白野へとその聖杯を投げ渡す。

 

「岸波、お前はどうだ?」

 

「全ての道へと通ずるローマ、その場所で最も美しい皇帝を。…慎二」

 

「あぁ。僕は、世界一周を成し遂げた海賊フランシス・ドレイクの生き様を。…ほら、遠坂」

 

「えぇ。産業革命時代、死の霧が煙るロンドンの街を。…桜」

 

「はい。私は、世界最強の国家誕生に至るための戦いを。…先輩」

 

「え、あ、あぁ…俺は、多くの人達が聖都とあがめる土地、その中で信仰と共に必死に生きる人達を」

 

 そして、最後は―――

 

「藤丸」

 

「あぁ。…始まりの時、人類と言うものを世界に刻んだ人々の戦いを」

 

「そう!僕達はずっとそれを見続け、その一つとして共に戦ってきた!そして、その縁は皆、この場所に集っている!」

 

「まさか、貴様―――!」

 

 そう、この場所には―――『共に戦った』、ただそれだけの細く薄い縁を頼りに駆け付けてくれた人類史に名を刻んだ英雄たちが集った。

 フランスの聖女、ジャンヌ・ダルクが。

 薔薇の皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスが。

 太陽を落とした女、フランシス・ドレイクが。

 叛逆の騎士、モードレッドが。

 クリミアの天使、フローレンス・ナイチンゲールが。

 聖槍を持つ獅子王、アルトリア・ペンドラゴンが。

 原点にして頂点、英雄王ギルガメッシュが。

 

「人理定礎復元は、『既に成った』ッ!さぁ、やってやれ藤丸!」

 

「あぁ!」

 

 聖杯がまばゆい輝きを放つ。

 人類史を証明する者達が、一堂に会するこの場所ならば。

 人理焼却を根幹とする、あの光帯は―――

 

 

 

 

 

 宝具・人間賛歌(グランドオーダー)

 

 

 

 

 

 

 ゲーティアの宝具、誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)が、砕け散った。

 

 

 

「なん…だと…!?」

 

「その宝具は人理焼却されていることが前提だ。けど人類史に名を刻んだ多くの英雄たちが集うこの場所では、その存在自体が矛盾している」

 

「ぐ、ぬぅ!間桐、慎二!…衛宮士郎!岸波白野!遠坂凛!間桐桜!藤丸、立香…!貴様らぁ…!」

 

「さぁ、僕たちの勝ちだ…第一の獣、ビーストⅠ・ゲーティア!」

 

「いいや、まだだ!貴様らを殺し!英雄たちを殺し!全てを消し去れば!…人理定礎復元を保証する物は無くなる!ならば、貴様ら人類の尽くを殺しつくし、再度人理焼却を保証するまで!」

 

「やれるもんならやってみろよォ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーぉ遠坂、久しぶりだな!」

 

「えぇ、久しぶりね。綾子」

 

 私達が再会したのはとある飲食店。

 個室が用意されているやや高級な食事処である。

 

「本当に久しぶりだよな。お前達が揃って帰ってきたとき以来だから…」

 

「もう十年になるわね」

 

「十年か!お互い歳とったよな」

 

「そうね」

 

「で?お前の方は見つかったのか?」

 

「そういう綾子の方はどうなの?」

 

「……………」

 

「……………」

 

「やめましょう、この話題は」

 

「あぁ。互いに無駄に傷つくだけだ」

 

 …結局、高校時代に交わしたあの賭けの決着はまだついていないのよねえ。

 あの賭けを交わしてからもう十年、お互い相手が見つからないままもうじきアラサー。

 いい加減妥協を覚えるべきだろうかとも思うがそれは優雅ではないし…。

 

「いやしっかし、本当にびっくりしたよ、あの時は!」

 

「…どれの事?」

 

「どれもこれもだけど、まぁまずビックリしたのは衛宮だよ!まさか嫁さん三人も連れてくるなんてさ!しかもあんな綺麗処を!」

 

「あぁ…アルトリアにイリヤスフィール…それとジャンヌね」

 

 確かに、高校時代までの衛宮君しか知らない綾子からしたら、びっくりだったわよね…。

 イリヤスフィールは、あの後お嬢様然とした雰囲気を保ったまま順当に成長した。上流階級としての教育を受けて育ったイリヤスフィールの猫かぶりは私が惚れ惚れする程で、けれど昔のいたずらっぽい部分も残っており、他人の居ないところで衛宮君をからかうのは止めてはいないようだ。

 ジャンヌはあのツンケンした態度はそのままだけれど、衛宮君が行っていた家事を一手に引き受けるようになった。料理洗濯掃除買い物…『全く私以外全員ダメ人間なんだから!』と言いつつきちんと家の事を全部完璧にこなすジャンヌは完全にただのツンデレにしか見えない。

 そして一番凄まじいのがアルトリアの成長っぷりである。約束された勝利の剣を捨てて成長するようになったアルトリアだが、彼女の召喚当時の姿が本当に幼い姿だったという事を思い知らされることになった。何よあの暴力的な体積と質量は…こっそりこっち側だと思ってたのに、今では桜すら圧倒する程のボリュームを誇る美女になってしまっている。

 

 そしてそんな美女三人を娶った(勿論、現代日本では法的に認められていないので事実上の、ではあるが)衛宮君は、ご近所さんから羨望と嫉妬の視線を向けられている。

 

「しかし衛宮の奴、どうやって生計立ててるんだろうな?」

 

「あら、衛宮君はきちんと仕事をしてるじゃない」

 

「刀鍛冶、だろ?…でも、今時刀なんて売れないだろう?」

 

「あー…まぁ、いつの時代でも金持ちのモノ好きっていうのは居るものだから」

 

 人理修復の旅を終えた衛宮君は、刀鍛冶となった。

 魔術で造ったものではない、きちんと衛宮君自身が打って作った刀を売っている。

 

 あの旅を通してたくさんの『剣』を見て思う所があったのだろう、『自分の手で』きちんと刀を打ちたいと言った衛宮君は、あの旅の褒賞を使って工房―――魔術的な工房ではない。刀を打つためのものだ―――を作り、そこで刀を打っている。

 

 ………ぶっちぎりでイカれた性能のモノを。

 

 例えば、ラーマヤナの英雄ラーマの所有していた刀剣のように魔性に対して強烈な特攻を持つモノであったり、ジークフリートの持っていた竜殺しのように竜に対して絶対的な優位を持てるモノであったり、コルキスの王女メディアが所有していた短剣のようにあらゆる契約を破戒するものであったり、初代山の翁が振るう剣のように天命にある命を必ず殺す剣であったり…勿論、オリジナルの刀剣そのものと言えるほどの性能ではないけれど、現代においては破格の性能である事には違いない。

 まぁ、そんな性能なものなわけだから、協会の執行者だの教会の代行者だの、第一線でいわゆる『化物』と呼ばれるような相手と戦うような人種がこぞって大金を積んで買いに来るのだ。それこそ、一本あれば普通の人の一生くらいなら遊んで暮らせるような額がポンポン。非常に羨ましい。

 イリヤスフィールは、アインツベルン家の伝手を使って、そういった刀剣の売買の仲介を行っている。そしてアルトリアはそんな彼女の護衛だ。カルデアに侵攻してきた武装勢力を一人でまとめて薙ぎ払ったアルトリアならば、現役の代行者だろうが執行者だろうが襲撃を受けても遅れを取る事はないだろう。ましてや錬金術師の大家であるアインツベルンの魔術師であるイリヤスフィールがサポートについているのだ。襲撃した側に同情してしまうレベルである。

 …そんな調子だから、特異点のフランスで竜の魔女だなんだと恐れられていたジャンヌが、衛宮家の家事を引き受けることになったのである。どういうことだ。

 

「後はまぁ、やっぱり間桐の奴だよな」

 

「あの兄妹がデキてた事?」

 

「そんなのはこっちに居た時点で自明だったろ。びっくりしたのは、帰ってきた時点で子供まで作ってた事」

 

「…………………………あぁ」

 

「あの涙子ちゃんももうすぐ中学生なんだよなあ…この前三人で新都に来てた時に会ったけど、すっかり女の子らしく可愛くなってて…?どうした、遠坂?顔色悪いぞ?」

 

「いえ、気にしないで。お願いだから」

 

 …そうなのよね。

 あの人理修復の旅で七つの聖杯を手に入れた私達は、話し合ってそれらを使い切ってしまう事にした。

 残していたって碌なことにならないのは目に見えているし、人理修復の為に使ってしまったことにしてしまおう、と慎二の奴が言い出したのだ。そんなわけで…

 アルトリアやジャンヌは受肉を果たし、衛宮君も度重なる魔術行使でボロボロになった肉体を回復させていた。

 イリヤスフィールと、そのお付きの従者たちは普通の人間並みに健康な肉体を獲得し。

 私は普通に、今後の魔術研究の為の金銭を手に入れた。

 岸波君のサーヴァントも受肉していた。暴虐皇帝に悪逆妖怪、そして破壊の大王のトライアングルに囲まれた彼は今どこでどうしているだろうか…。

 藤丸君はマシュの寿命を延ばすために使った。本当なら元からそういう風に設計されていたマシュの寿命を延ばすことは出来なかった筈だった。いくら聖杯が、その膨大な魔力を以て『過程を省略して結果を得る』としても、辿り着く結果が正しく思い描けなければ省略するも何もない…のだが、そこの問題はホムンクルスの専門家であるイリヤスフィールが解決した。彼女の…というかアインツベルンの知識と技術を以て聖杯を行使すれば、その設計そのものを弄り回すことも可能である、と。

 

 もうここまでで既にヤバいことが重なりまくって三倍満になってるような状態だけれど…もうそんなアレコレをぶっちぎるヤバイ案件があの兄妹の所にあるのよね。

 

 間桐涙子。

 桜と慎二の間に生まれた子供。

 そして、『とある存在の触覚』としての役割を持った子。

 …彼女の意向次第では、人類は再度滅びの危機に晒されるかもしれない。

 

『いやあ、ああいうどうしようもないヤツを見るとどうしても救いたくなっちまって…つい』

 

 つい…じゃねえわよ!

 何てことしてくれてるのよアイツは!

 それを受け入れる桜も桜よ!全く本当にあの兄妹は!

 

 まぁ、色々文句を言いたいところではあるけれど、あの二人ならきちんと何とか治めてくれるでしょう。というかそうしてくれないと人理が滅ぶから本当に頼むわよ…?

 

 

 

「ま、平和が一番よね、ホント」

 

「あぁ、全くだ」

 

 そう言って私達はまたお酒を酌み交わしながら、互いの近況報告を行っていく。

 そうして暫くの時間を過ごし―――

 

 

 

「さて、それじゃあ私はそろそろお暇させてもらうわ」

 

「ん?…あぁ、もう随分と長い事喋ってたな」

 

「じゃぁまた。元気でね、綾子」

 

「あぁ!いい加減いい男見つけろよ、遠坂!」

 

「人の心配してる暇はないでしょうに…」

 

 久々の友人との語らいでいい気分になった私は、そそくさとその場を後にする。

 ついつい長居してしまった。早くしないと『見つかってしまうかも』―――

 

 

 

『やぁやぁやぁ!見つけましたよ凛さん!』

 

「げぇ、ルビー!?」

 

『ぐふふふふ…今日こそ私と契約して魔法少女に…』

 

「だれが!アラサーになった今、魔法少女になんてなったら色々な意味で私が終わっちゃうでしょうが!ずぇったいにお断りなんだから!」

 

 あの愉快型魔術礼装にそう吐き捨てた私は、異次元に放り込んでおいた宝石剣ゼルレッチを取り出して、無造作に何もない空間を斬り払う。

 するとそこには多次元宇宙が広がり、私は躊躇なくその空間に飛び込んだ。

 

 

 

『あらら…逃げられちゃいましたね』

 

「ふふ、かくれんぼの次は鬼ごっこか。年甲斐もなく楽しくなってきたな」

 

 そして、アラサー魔法少女を爆誕させようとする愉快な魔法使いは、自らと同じ魔法を習得した魔法使いを追って、自らもまた多次元宇宙へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 




 ぶっちぎりでヤバイ案件だという(ティア)間桐(マトウ)…一体なにマトなんだ…?

というわけで、本当にこれで拙作は終了です。
 これ以上はどうまかり間違っても続くことはないです。多分、きっと、めいびー…。
 貧乏に暇はないのです。早く定職につかないとまずいのです。もし作者が宝くじが何かにあたって暇になったらまた書き始めるかも…そんな感じです。
 こんな拙作にここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!




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