ZERO×HUNTER (ゲロッパ)
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第一話 召喚の儀

 全く最低最悪の日だわ!

 

 

トリステイン魔法学院の貴族、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールは心の中で叫んだ。なぜ彼女は不機嫌なのか、話は少し前に遡る。

 

 ハルケギニアの小国トリステイン、この国の魔法学院に在学する彼女は二年生に進級するにあたり、春の使い魔召喚の義に臨んでいた。

 使い魔とはメイジの忠実な下僕となる存在、延いては今後の人生を共に過ごすパートナーとなる存在。メイジは召喚の魔法で、この世界の生物をランダムに呼び寄せ、キスによって使い魔のルーンを刻む。

 

 この召喚の儀式はメイジにとっていわば通過儀礼のような物で、過去に召喚に失敗した事例は無い。生徒達は様々な生物を召喚する。鳥や蛙、巨大なモグラ、果てはドラゴンまで召喚する者まで現れる。流石にこれには立ち会った教師も驚きを隠せないでいた。

 

 そして最後の一人、ルイズの番になった。ルイズは焦っていた。実は彼女には大きな悩みがあった。彼女は魔法が使えなかった。否、正確には成功しないと言った方が正しい。

 

 彼女はどんな魔法を唱えても爆発を起こす。初歩の魔法もそうでない魔法も例外なく。そんな彼女を周りの生徒は侮辱を込めて『ゼロ』と呼んだ。理由は魔法の成功率0%だから『ゼロのルイズ』

 

 

 ルイズ以外の生徒はニヤニヤと笑みを浮かべながらルイズの様子を窺っている。

 

 彼らはルイズが召喚に成功するなど露とも思っていない。どうせいつものように爆発して終わりだと思っている。そして失敗して悲しむ彼女を、思いっきり馬鹿にしてやろうと下卑た笑みを浮かべている。

 

 彼らはルイズに嫉妬していた。怒りっぽく我儘な性格を除けば才色兼備で公爵家であることに、しかし彼女は貴族ならば無くてはならない、魔法というピースが欠けていた為に、彼らのストレス解消の絶好の捌け口になっていた。

 

 そんな生徒達の顔を見てルイズは少し苛立ちながらも、すぐに冷静になり呪文の詠唱を始める。

 

 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! 五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ」

 

 瞬間、ルイズの目の前が眩く光ったと思うといつも以上に激しい爆発音と共に地面が弾ける。

 

 生徒達は余りの出来事に腕で顔を守ったり、耳を塞いで身を屈めたりしている。

 

 生徒たちは笑いを堪えるのに必死だった。まだ早い。煙が晴れて、何も無い場所を眺めて膝を付くルイズを思い切り笑ってやろうと思っていた。

 

 だがそうはならなかった。なぜなら、うっすらと煙が晴れた爆心地に立つ者が見えたからである。彼らは目を丸くした。

 

 ((まさか、成功したのか!?あの『ゼロのルイズ』が!?))

 

 生徒達は驚きを隠せなかった。しかしそれ以上に驚愕していたのは召喚に成功したルイズだった。頭では成功して欲しいと考えても、心の底では成功なんてするはずがないと思っていたのは、他でもない彼女自身だったのだ。

 

 ルイズは、今にも泣きそうだった。今まで一度も成功しなかった魔法がようやく成功した。ルイズは喜びに浸っていた。しかしその喜びも束の間、ルイズは一気に血の気が引いた。

 

 煙が晴れ、爆心地の中央にいたのは、人間だった。

 

 身長180サントを超える長身、青く光る素材に見慣れない絵柄の刺繍が施された服を着た男。男は僅かに腰を落とし右手と右足を前に出す構えを取り、鋭い視線で辺りを観察している。

 

 ルイズは頭が真っ白になった。確かに召喚の儀式ではなんの生物が召喚されるかはわからない。だが人間が召喚された事例は存在しない。まさに異例中の異例である。

 

 見たことの無い服だが貴族には見えないし、杖も持っていないということは間違いなく平民である。

 

 生徒達が一斉にどよめき出す。

 

 「おい、あれって人間じゃないか?」

 

 「見かけない格好だがどう見ても貴族じゃないだろ」

 

 「と言う事は平民か?」

 

 「はははは!ゼロのルイズが平民を召喚したぞ!」

 

 生徒達が一斉に笑い出す。

 

 ルイズは周りの嘲笑に胸が張り裂けそうなくらい恥ずかしくなった。よりにもよって人間を召喚するなんて、過去にそんな事例は無い。このままでは仕込みか何かだと要らぬ疑い掛けられかない。

 

 何はともあれ、召喚には成功したのだ。今はともかく進級の為になんとしてもこの事態をのりきらなければならない。

 

 ルイズは契約をしようと男に近づく、しかしそれを止める様に立ち会いの教師ジャン・コルベールが彼女の前に立った。

 

 「ミスタ・コルベール、一体何のつもりですか?」

 

 ルイズは不機嫌そうに尋ねるが、彼の鬼気迫る表情を見てすぐに黙った。

 

 「皆さん!使い魔召喚の儀は終了とします!各自校舎に戻りなさい!」

 

 コルベールは召喚された男から目線を切らさず生徒全員に呼びかける。それは授業終了の合図というより避難警告に近いものだった。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいミスタ・コルベール、急にどなされたんですか?」

 

 突然の終了の言葉に生徒の一人ギーシュ・ド・グラモンが不安そうに問いかける。

 

 「聞こえなかったかね?ミスタ・グラモン、早く校舎に戻りなさい」

 

 生徒達はその剣幕に圧倒され、ざわつきながらもフライを唱え急いでで校舎に戻っていく。

 その様子を男はかなり驚いた顔で見ていた。

 

 なぜコルベールは唐突にこのような行動に出たのか、彼の経験があの男を危険だと判断したからだ。大半が子供だとはいえこれだけの数のメイジを目の前にしてあの男は一切の恐れを抱いていない。

 

 恐れていないだけではない、その目には明確な殺意が込められていた。あの男は間違いなくメイジ殺しだ、其れもかなりの手練の、もし戦闘になれば倒すことはできるだろう、しかしその際に生徒が犠牲になる可能性が高い。

 

 だからコルベールは早々にルイズを除く生徒達を退散させた。コルベールは賭けに出た。戦闘は避け彼にルイズの使い魔になるように交渉する、もしも戦闘が避けられないのならばルイズだけでも逃がすと。

 

 コルベールは意を決し召喚された男に話しかける。

 

 「召喚されし者よ!我々に敵意はない!話を聞いてはくれないか!」

 

 「ミスタ・コルベール相手は平民ですよ?貴族が平民相手に下手に出るなど・・」

 

 「ミス・ヴァリエール!少し黙っていなさい!」

 

 コルベールに怒鳴られ、ルイズはビクリと肩を動かし再び押し黙った。

 

 そんな様子をただじっと見ていた男が構えを解きようやく口を開いた

 

 「@△*¥s+jp□#&∀◎★〆▼◇」

 

 「????」

 

 男が喋った言語は二人には聞いたことがないものだった。

 

 「すまないが一体何語ですかな。私の言葉がわかりますか?」

 

 コルベールは再び問いかけた。同時に非常に厄介だと思った。

 ハルケギニアは国によって訛りはあるものの一つの共通言語で統一されている。

 この者はもしかしたらハルケギニアではない未開の土地から来たのかもしれない。

 コミュニケーションが取れなければ交渉どころではない。

 コルベールは頭を悩ましていると

 

 「あーやっぱり今の言葉はわかんないのか、多分これで言葉は合ってるよな?」

 

 知らない言葉を喋ったかと思うと、今度は流暢なハルケギニアの言葉で喋りだす。コルベールは不安が杞憂に終わった事に一先ず安心する。

 

 「はい、言葉はそれで大丈夫です。先程も言ったように我々に敵意はありません。貴方が何者なのか教えていただきたいのです。」

 

 「敵意が無いって言うんならまずその手に持っている物を置きな、それと人に物尋ねる時はまず自分達の事から話すのが筋ってもんじゃねーか?」

 

 「失礼致しました。ここはトリステイン魔法学院です。私は教師のジャン・コルベールといいます。あなたを呼んだのはそこの彼女、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールです。今は春の使い魔召喚の儀式を行っており、貴方は彼女の使い魔として召喚されたのです」

 

 「ごめん、何言ってるのか全然わかんねーわ。トリステイン?聞いたことねーな。古代語なんかで話しやがって、適当にはぐらかすつもりなら相手が悪いぞ」

 

 「いや、私ははぐらかそうなどと・・・」

 

 「ちょっとあんたね!さっきから黙って聞いてれば言いたい放題言って一体何様なのよ!というか名前ぐらい名乗りなさいよ!」

  

 男の不遜な態度にいい加減業を煮やしたルイズが一喝する。

 

 ルイズの突然の怒号に男は面食らった表情を浮かべ少し笑いながら名乗った。

 

 「これは失礼した、俺の名はサイト、サイト=ヒラガ、プロのハンターだ。」

 

 「ハンター・・・?」

 

 ルイズとコルベールは訝しげに顔を見合わせる。

 

 「何よハンターって、猟師ってこと?要するにただの平民じゃない。平民の分際で貴族である私達に随分な態度とってくれたわね」

 

 「み、ミス・ヴァリエール・・・」

 

 サイトの事を全く恐れないルイズの強気な姿勢にコルベールは不安になる。

 

 「はあ?猟師?・・あんたら本当にハンターを知らねーのか?」

 

 「知らないわよ!あんたの方こそ適当にはぐらかそうとしてんじゃないの!?」

 

 余りにも噛み合わない会話にサイトも呆れて頭を押さえる。

 すると一匹の白い鼠がトコトコと走ってきてコルベールの足から肩に登った。

 

 「君はモートソグニル・・・」

 

 モートソグニル、この魔法学院の学院長オールド・オスマンの使い魔だ。普段は秘書のスカートの中身を覗き、その色を学院長に教えるというセクハラに使われているのだが、有事の際の伝令にも使われている。

 

 コルベールは彼の言葉に何度か相槌を打ち再びサイトの方へ顔を向ける。

 

 「ミスタ・ヒラガ!学院長が君に会いたいそうだ。すまないが会っていただけないだろうか。」

 

 「構わねーよ。その方が話が早い」

 

 「ミス・ヴァリエール、君もだよ」

 

 「わ、私もですか?」

 

 「当然だろう、君が呼んだ使い魔なのだから」

 

 はあ、とルイズは溜め息をついた。なぜこんなことになったのだろう。それもこれもこの猟師の平民がさっさと使い魔にならないからだ!と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 読んでいただきありがとうございます。
初投稿ということもあり、よく分からず書いている点が多々ありますので、ご指摘いただけると非常にありがたいです。




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第二話 そんな契約で大丈夫か?

ゼロとあだ名される落ちこぼれメイジ、ルイズが召喚したのは、ハンターという職業を名乗る奇妙な男だった。彼はルイズに何をもたらすのか。

HUNTER×HUNTERとゼロ魔のクロスです。

主人公はあくまでもルイズです。




ルイズは自分が召喚したハンターと名乗る謎の男サイトと教師コルベールと共に学院の廊下を歩いていた。

 

「へえー石造りの校舎か、中々見事なもんだな。近代技術が全く使われてないな。かなり歴史のある建物なんだな」

 

 石造りの建物なんて珍しくもないでしょ。貴族への礼儀はなってないしほんとどこの田舎から来たのよ。なんでこんなのが来たのかしら、私ってやっぱり才能ないのかな。

 目を輝かせながら校舎を見回すサイトを見てルイズは溜息を漏らす。そうこうしてる内に一行は学院長室に辿り着く。

 学院長室の前に立ちコルベールがドアをノックする

 

「オールド・オスマン、コルベールです。ミス・ヴァリエールとその使い魔をお連れしました」

 

「うむ、入りたまえ」

 

「失礼します」

 

 ルイズ達は挨拶し部屋へ入る

 よく整頓された広い室内の奥には重厚なセコイアのテーブルがありその前に学院長は立っていた

 

 トリステイン魔法学院学院長オールド・オスマン、齢100から300歳と噂されており

 白髪の長髪に長い白髭をたくわえておりまるで仙人の様な出で立ちをしている

 

 学院長の横には眼鏡をかけた美人の秘書がおり名をミス・ロングビルという

 彼女の事はルイズもよく知らず、土系統のメイジであるということと学院長

 からよくセクハラされているということしか知らない

 

 

「よく来たの、おぬし達の様子はここから見ていた、おぬしがミス・ヴァリエールの召喚した使い魔君じゃな?」

 

「プロハンターをやっている、サイト=ヒラガと申します」

 

 サイトは先程までとは打って変わって礼儀正しくお辞儀をする。

 

「プロ…ハンター? なんじゃねそれは、狩人ということかね?」

 

「やはりハンター協会をご存知ないのですか」

 

「ハンター協会? 聞いたこともないのう、サイト君出身はどこかね?」

 

「ジャポンです」

 

 サイトの言葉に三人は一斉に首を傾げる。ハルケギニアにジャポン等という国は存在しない。

 

 

「ふむ、思ったより難儀な話になってきたのう。すまんがミス・ロングビル、ミスタ・コルベール、少しはずしてくれんかの」

 

 オスマンは二人に退室を命じる。コルベールは少し残念そうだったが、学院長の

 命令なので逆らうことはできず、静かに退室した。

 

「まあ立ち話もなんじゃしそこに掛けなさい」

 

 オスマンは二人に促し自分もソファに座る。

 

「さて、サイト君と言ったかの。もう一度聞くが、おぬしは一体どこからやってきたのかね。出来るだけ詳しく聞かせてもらいたいんじゃ」

 

「わかりました。私も聞きたいことが山程あるので情報交換といきましょう。 

 

 それからサイトは自分のいた世界の大陸の名前、国や都市、地名など様々な事を聞いたがいずれも二人には聞いたことの無い物ばかりだった。そしてサイトはこの世界に関することも聞いた。国や身分制度、魔法や使い魔のこと等できるだけ詳細に。

 話は二時間以上におよび、窓を見ると陽は既に落ち始めていた

 

「サイト君、おぬしの話が本当だとすると、君は異世界から来たということになるのう」

 

「学院長!この男の話しを信じるんですか!?そもそも使い魔の召喚はこの世界に存在する

 生き物を呼び出す魔法です。異世界から召喚するなんてありえません。彼は自分が使い魔に

 なるのが嫌で適当な嘘を言っているだけです!」

 

 長い時間おとなしくサイトとオスマンのやり取りを聞いていたルイズだったが既に我慢の限界だった

 この男の言うことはなんの信憑性もなくただ自分の妄想を語っているだけだとおもった。

 

「落ち着きなさいミス・ヴァリエール、私が彼の言うことを信じるにはちゃんと理由があるんじゃ」

 

「私は過去に彼と同じ境遇の人間に出逢っておる」

「え!?そ、それは本当ですか!」

 

 オスマンの言葉にルイズは驚きの声を上げる。

 

「うむ、今から三十年前になるかの」

 

 オスマンは静かに語りだす、その日の出来事を。

 

 

 30年前、オスマンは気分転換に一人、近隣の森を散策していた。立場や年齢を考えれば誰か一人でも付き添いを付けるべきだったのかも知れない。しかし、オスマン自身が高い実力者であったことと、近場で危険な生物も生息していない場所だった。

 

「思えばその判断が命取りじゃった」

 

 けたたましい羽音と共に『それ』は現れた。巨大な翼を持つ二本足のドラゴン、『ワイバーン』

 

 翼竜とも呼ばれ、風竜と似ているが腕が無く、その性格は凶暴で、戦闘力は極めて高い。だが普段は高い山に巣を作り縄張りにしている為、高山の麓でもない限り、滅多に姿を見せない生物でもある。なのでオスマンが歩いていた森などには、現れない筈だった。

 

 通常ではありえない状況に彼は動揺し、一瞬だが硬直してしまった。その僅かな隙を逃さず、ワイバーンはその鋭い爪を向け襲いかかった。間一髪その攻撃を避けるも杖を落としてしまった。彼は死を覚悟した、ワイバーンは再び攻撃を加える為飛び上がろうとする瞬間、藪の中から一人の男がオスマンの前に躍り出た。

 

 その男は見慣れない格好をしていて、二本の長い筒のような物を背負っていた。その内の一本を肩に担ぎワイバーンに向けた。そして大きな音と同時に筒が火を噴き先端から何かが発射された、それはワイバーンに当たると同時に爆発し、ワイバーンを粉々にした。仕組みは分からないが、手持ちの大砲のような物なのだとオスマンは理解した。

 

「彼はワイバーンを倒すと、ばったりと倒れおった。怪我をしていのじゃ。私は彼を学院に運び込み、手厚く看護した。しかしその甲斐もなく彼は・・・」

 

 オスマンは悲しげに顔を伏せた。

 

「私は彼が使った武器の一本を彼の墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名づけ、宝物庫にしまいこんだ。恩人の形見としてな」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!その『破壊の杖』の話、学院長を助けたのは名も知らぬメイジなのではなかったのですか!?」

 

 ルイズのクラスは以前、宝物庫を見学した際に聞いた破壊の杖の話は、名も知らぬ凄腕のメイジが、強力な火の魔法でオスマンを救ったというものだった。

 

「うむ、少し嘘を混ぜた、あの武器を単純に武器と認識させん為にな、あれは杖でありメイジでなくては扱えんと思わせれば平民は興味を抱かない、逆にメイジには先入観で杖と思い込んどる内は決して扱えん、要は盗まれた際の時間稼ぎじゃな」

 

「そこまでするならいっそ壊せば良かったのでは?」

 

 サイトの素朴な疑問に、オスマンは何処か遠い目をしながら答えた

 

「確かにの、じゃが私には出来なかった。恩人の形見を壊すのが忍びなくての、そして何より・・・」

 

 オスマンは言葉を詰まらせ顔を伏せた、その肩は小刻み震えていた。緊迫した空気が流れルイズは唾を飲んだ。そしてゆっくり顔を上げたオスマンは涙を浮かべて答えた。

 

「爆発すると思うと怖かったんだもん・・・!」

 

 オスマンの間抜けな言葉に二人は盛大にずっこけた。そんな二人を見てオスマンは泣きながら訴えた。

 

「だって、だってワイバーンを木っ端微塵にする爆弾が詰まっとるんじゃよ!?誰っだって怖いじゃろうが!」

 

「分かりました、分かりましたから落ち着いてください学院長!」

 

 涙と鼻水を撒き散らす老人を必死に制するルイズ、オスマンはハッと我に返り、身につけた高級ローブでゴシゴシと顔を拭くと席に着き、恥ずかしさを紛らわそうとゴホンと大きな咳払いをした。

 

「えー話が盛大に逸れてしまったの、私を救った彼についてなんじゃが、武器以外にも、彼は亡くなる間際までうわごとの様にハルケギニアとは違う言語で呟いていた。今思えば『帰りたい』そう言っていたように思えてならん」

 

 静寂が流れ、日もすっかり落ち部屋が暗くなったので オスマンは魔法で明かりをつける。そしてサイトがオスマンに質問する。

 

「話は分かりました、一先ずは貴方の言うこと信じましょう。ですが私や先程の彼が異世界から来た、というのは余りに早計なのではないですか」

 

「ほう、なぜそう思うのかね」

 

「私のいた世界もですが、このハルケギニア以外に大陸があって私や彼はそこからやって来たとは考えないんですか?」

 

「外の大陸か、確かに異世界という発想よりは現実的じゃな、情けない話、我々も外の大陸には未だ進出できたおらんからの、だが君にはもう一つ確認してもらいたい事がある。ついて来たまえ」

 

 そういうとオスマンは奥の窓際まで歩き出した。一体何を見せたいのかサイト達には検討もつかなかった。そしてオスマンは語り始めた。

 

「実は先程の話には保留にしていた部分があってな、夜でなければ話せんかった、私が瀕死の彼を学院に運ぶ際、日が暮れて夜になったんじゃ。そして彼は空を指差し酷く動揺していた。サイト君何か心当たりがあるかね」

 

 そう言われたサイトは空を眺める。雲一つない澄み切った星空、それらはサイトの世界と何ら変わりは無い、ただ一点を除けば。

 

「そんな馬鹿な・・・月が・・・二つ!?」

 

 サイトの顔から汗が噴き出す。ハルケギニアにやって来てから初めて見せるサイトの動揺にルイズは驚く、ルイズにはサイトが何故動揺しているのか分からなかった。

 

「どうしたのよ!月が二つあるのは当たり前でしょう!あんた大丈夫!?」

 

「当たり・・前?何を言ってんだ、月は一つだろう?」

 

「そうか、おぬしの世界では月は一つなんじゃな」

 

 二人のやりとりを見てオスマンは神妙な顔で言う。サイトは小さく頷いた、そしてふうーと溜息を一つついた。

 

「そっかあ、異世界か、マジかよ」

 

 サイトは遠い目になった。そんな姿を見てオスマンとルイズは何処か居た堪れない気持ちになった。特にルイズは彼を召喚した張本人というのもあり、余計心が苦しくなった。そしてオスマンの口から更に絶望的な事実が告げられる。

 

「すまんのサイト君、実に心苦しいのだが、おぬしを元の世界に戻す方法がないんじゃ。勿論現時点での話じゃ、おぬしが戻れる方法も全力で探そう、だからしばらくはここで生活せんか、衣食住は保証しよう。よいかなミス・ヴァリエール」

 

「はい、ですが、その・・・使い魔の事なんですが」

 

 ルイズはこのタイミングで使い魔の話題を出すのは迷った。オスマンの話とサイトの身の上を聞いた以上無理やり契約しようとはもう思わない、しかしこのままでは留年になってしまうし、またゼロと呼ばれるのは嫌だった。だから絞るような声で発言した。

 

「それについてじゃが・・・」

 

「いいですよ、使い魔ってやつをやっても」

 

 オスマンの発言に喰い込むようにサイトが言った。

 

「い、いや、しかしサイト君、使い魔になるというのは彼女の下僕として一生付き従わねばならんのだぞ!?それでもいいというのかね?」

 

「構いません、彼女は契約できないと留年なんでしょう?それにいくら学院長とは言え、独断でこんな何処の馬の骨ともわからん輩を養うなんて言ったら必ず反発されるでしょう。ですが彼女の使い魔ならば問題は生じない筈です」

 

「あ、あ、あんたって結構いい奴だったのね」

 

 ルイズは思わぬ問題解決に涙が出た。そしてサイトに対する認識を少し改めることにした。

 

「ただし、条件があります」

 

「ゑ?条件?」

 

 ルイズは嫌な予感がしたやっぱりこの男はただでは転ばないようだ

 

「条件は三つだけ、口づけによる契約はしないことと、契約期間は私が帰るまでということと、行動の自由これだけです」

 

「そ、それじゃ召使い雇うのと変わらないんじゃ・・・」

 

「なにか違いがあるんですか?先程の話の中で言ってましたよね、使い魔とは主人を守り、時に秘薬の材料となる貴重な素材を集めたりする存在だと、私なら全部できます!」

 

 サイトは自信満々にそして力強く宣言する。その剣幕に圧倒されそうになるルイズ。

 

 どこからその自信が沸いてくるのか分かんないけど、確かにこいつの言う事も一理あるかも使い魔は基本動物でペットみたいなもんだし、学院長に至ってはセクハラ以外に活用してるのを見たことがないし、でもコントラクト・サーヴァントは神聖なものなんだからないがしろにはできないわ

 

「で、でもコントラクト・サーヴァントぐらいはしておかないと神聖なものだし」

 

「マスター!」

 

 突然のサイトの怒号にルイズはビクリと肩を震わす。

 

「マ、マスター?」

 

 ずいっとサイトはルイズに顔を近づける。この男は中々の強面なのでルイズは目をそらしつつ半歩下がった

 

「そうです!貴方はもう私のマスターなんです!私は動物ではありません、知性ある人間です!そのような洗脳まがいの事などせずともこうして契約できるのです!」

 

 サイトはさらりと儀式を侮辱する発言をするがルイズの耳には最早届いていなかった。早く話を切り上げたいとすら思っていた。

 

「わ、わかったわ、貴方の条件を飲むわ、だからその、もうちょっと離れてくれる?」

 

「ありがとうございます!マスター!」

 

 その様子を後ろで見ていたオスマンは言葉を失っていた。

 

 なんちゅうゴリ押しじゃ、あんなルイズ君は初めて見たわ。

 

「・・・・すごい漢じゃ。」

 

 等とどこぞの不破流忍術の師範のようなセリフを呟いた。

 

 そしてオスマンはレビテーションで、棚の中からワインとグラスを取り出し、そのままコルクを抜きワインを注いだ、地味だが並のメイジには出来ない芸当だ。

 

「どれ、異例の使い魔契約を祝して、乾杯といこうかの」

 

 それを聞いたルイズはぱあっと明るい笑顔を浮かべた。先程の契約で酷く疲れたらしい。

 

「是非頂きます!」

 

 三人はグラスを向き合わせ、オスマンが乾杯の音頭を取る

 

「この新たな使い魔とその主に始祖ブリミルの御加護があらんことを、乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

 グラスを合わせ三人は一気にワインを飲み干した。

 

「お、そうじゃそうじゃ」

 

 オスマンは使い魔契約に必要なある物を思い出した。

 

「まあ、いくらコントラクト・サーヴァントをせんといってもルーンが無いと使い魔として何かと面倒じゃろ、私が代わりのルーンを印してやろう。」

 

「それって消えるんですか?」

 

 サイトの率直な疑問にオスマンは笑顔で答える

 

「勿論じゃ!消えるというよりおぬしの意志で付けたり剥がしたりできる。安心せい」

 

 そういうとオスマンは呪文を唱えサイトの左手にルーンを張った。

 

 そのルーンをまじまじと見ながらルイズが質問する。

 

「どういう意味のルーンなんですか?」

 

 その質問にオスマンは力強く答える。

 

「古代ルーン文字で狩人・・・ハンターじゃ!」

 

 かくしてここに一人の使い魔(?)が誕生したわけだがルイズはサイトに圧倒され最も言及すべき条件を見逃していた『行動の自由』という条件を・・・

 

 

 一方その頃…

 

 

 

「遅いですなあ…あの二人」

 

「そうですね…詰みです」

 

「ぬおぉぉぉっ!また負けたあぁぁぁっ!」

 

 すっかり待ち惚けを食わされていたコルベールとロングビル

 二人はコルベールの研究室で東方からもたらされた軍儀というボードゲームに興じていた。

 

 コルベール、現在20連敗

 




なんだか無駄に長くなってしまいました。

なぜいきなりロケランの人の話を入れたか、なぜあのような契約なのかというと、HUNTER×HUNTERの住人なので納得のいく説明がどうしても入れたかったから、契約に関してはサイトは念能力者なので、ああいう儀式は絶対受けないだろうと思ったからです。


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第三話 ごきげんな朝飯

 「…きろ」

 「‥ おきろ」

 「起きろ!!」

 「ひゃう!?」

 

 サイトの大声にルイズは飛び起き、そのままベッドから転がり落ちた。

 

 「いたたた、な、なによ!なにごと!」

 「おはよう、マスター」

 「ああ、おはよう…って誰よあんた!」

 「どうも、平民の使い魔です。」

 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日召喚したんだっけ」

 

 ルイズは起き上がり、あくびをした。そんなルイズを見てサイトは怪訝な顔を浮かべた。

 

 「しっかりしてくれよ…。仮にも俺の主人って事なんだからよ。昨日も酔っ払ったお前さんを誰がここまで運んだと思ってんだ」

 

 「よ、酔っ払った?」

 

 ルイズは痛む頭を抑えながら、昨晩の学院長室での出来事を思い出す。ルイズはワインを飲みすぎてベロベロになり、途中から痺れを切らして戻ってきたロングビルとコルベールの案内で、サイトにおぶられながら、自室にはこばれてきたのだった。

 

 「学院長が言ってたぜ、私が就任して百年以上経つが、学院長室で酔っ払った生徒はお前が初めてだってな」

 

 ゲラゲラと笑うサイトを見て、ルイズは顔を真っ赤になった。そしてふと鏡を見ると、そこには裸にネグリジェ一枚の自分の姿が写っていた。瞬間、ルイズの脳裏に昨晩の出来事が再び蘇って来た。

 

 

 

 昨晩ルイズはコルベール達と別れ自室に戻ると、徐に服を脱ぎだしそれを乱暴に籠に放り投げた。

 

 「おいおいおい~。いくら何でも酔いすぎだろう。仮にも貴族だろうがみっともない」

 

 サイトは呆れ返った。どうやら完全にできあがってしまったらしい。

 

 「うっさいわね~。あんたはつかいまれひょ~?つかいまにみられらっれじぇんじぇんはずかひくないもんれ~」

 

 ろれつの回らない口調でとんでもない屁理屈を言うルイズにサイトは頭を抱えた。そしてタンスからネグリジェを出せと言われ溜息をつきながら従った。

 

 「これか?」

 「着せて」

 「はあ?」

 「きせなさいよ!きぞくはね~。げぼくがいるときはじぶんで服なんかきないのよ」

 

 ルイズの滅茶苦茶さにいい加減痺れを切らし、サイトは服をルイズに投げ捨て、寝るとだけ言い残して床に寝そべった。部屋の隅には、ルイズが使い魔用に用意した藁が敷いてあったが、彼女が説明しなかった為、使われることはなかった。

 

 ルイズは二、三度目をぱちくりさせ、無言で服を着てそのままベッドに倒れ込んだ。

 

 そして現在、事の顛末を思い出したルイズは、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆って膝をつき、泣き出してしまった。

 

 「う、う、もうお嫁に行けない」

 「まあ、気にすんなよ。酔って全裸になるなんてよくあることじゃねえか」

 「無いわよ!」

 

 サイトのフォローになってないフォローに全力でツッコミを入れるルイズ。

 

 するとその時コンコンとドアをノックする音が響いた。

 

 「おはようございますミス・ヴァリエール、洗濯物をお預かりに来ました」

 「シ、シエスタ!?ちょっと待…」

 

 ルイズが言うをより早く失礼しますという声と共にドアが開き一人のメイドが入ってきた。

 

 「今日も爽やかな朝ですね。ミス・ヴァリエ…」

 

 シエスタと呼ばれた少女は言葉を失った。なぜならそこには薄いネグリジェ一枚のルイズに見知らぬ平民らしき男。この状況をシエスタは瞬時に分析し答えを導き出した。

 

 「タイヘンシツレイイタシマシタ、ミス・ヴァリエール」

 「待ちなさい、シエスタ」

 

 カクカクとロボットのような動きで籠を取り、部屋から出ようとするシエスタの肩を掴み必死の弁明を試みるルイズ。

 

 「貴方…。何か勘違いしてるでしょ?」

 「わかってます。わかってますよ。年頃の女の子ですもんね…。大丈夫です。決して口外致しませんから。ただ、立場を考えると平民の男性は流石にまずいのではと…」

 

 「絶対わかってないでしょおおおおお!」

 「サイト!ぼさっとしてないであんたからも誤解だって言いなさい!」

 

 ルイズが振り向くと、そこにはサイトの姿はなく、開いた窓と、吹き抜ける風がもの悲しげにカーテンをたなびかせているだけだった。

 

 に、逃げやがった!あの男!てゆうかここ何階だと思ってんの!?

 

 「次の仕事が控えてますので失礼します!すみませんでした!」

 「待ちなさい!話はまだ終わってないわよ!」

 

 ルイズの静止も聞かず、シエスタは脱兎の如く逃げ出した。ルイズはこの世の終りのような顔でへたりこんだ。

 

 「終わったか?」

 

 サイトが窓からひょっこりと顔を出した。どうやらこの男は飛び降りたのではなく指を引っ掛けぶら下がっていたようだ。そんなサイトを疲れきった目でルイズは一瞥した。既に怒る気力も無くなっているようだ。

 

 「災難だったなマスター。まあ、あんな誤解すぐ解けるって気にすんなよ」

 「何で逃げたのよ」

 「いや~あの状況で下手に言い訳するほうが傷口広げるんじゃないかと思って」

 「逃げる方がよっぽどまずいでしょ、全く…」

 「そんなことよりよ。早く準備しないと遅刻すんじゃねえか?」

 

 言われてルイズはハッと我に帰った。時計を見ると既に遅刻ギリギリの時間になっていた。

 

 「もう!あんたのせいで遅刻するじゃない。早く着替えとって!」

 「着せてやろうか?」

 「殺すわよ…3秒以内に部屋から出なさい」

 

 メラメラと怒りの炎を燃やすルイズにサイトは怖い怖いなどと言いながら部屋を出て行った。

 

 はあ、何で朝からこんなに疲れなきゃなんないのよ…裸は見られるわ、シエスタには誤解されるわ、踏んだり蹴ったりだわ…というかそもそもなんであいつは私の裸見てあんなに平然としてんのよ!女として見られてない!?いや、そんなわけないわ、そうよ!きっとあいつ、ホ○なんだわ!間違いない!でもいけない、私としたことが、人間には様々な愛の形があるの、ホ○だからって差別するのは良くないわ。主として寛大な心で受け入れましょう。

 

 とんでもない自己解決をして、着替えを終えたルイズは部屋を出た。廊下にはサイトが壁にもてられて、腕を組んで待っていた。

 

 「行くわよホ○野郎」

 「なんだいきなり!?」

 「いいわ、みなまで言わなくて、私にはわかってるから、でも学院の男子に手をだしちゃだめよ」

 「喧嘩売ってんのか!」

 

 二人がそんなやりとりをしていると、隣の部屋のドアが空き、赤髪の美しい女性が出てきた。

 

 「おはようルイズ、朝っぱらからうるさいわね」

 

 彼女を見て、ルイズは嫌そうに挨拶を返した。

 

 「おはよう、キュルケ」

 「あなたの使い魔って、それ?」

 

 それ呼ばわりされ、顔には出さないが、サイトは僅かに不機嫌になった。そしてサイトは、にっこりとわざとらしい作り笑いでキュルケの前に立ち、右手を差し出し、自己紹介した。

 

 「初めまして、ミス・ヴァリエールの使い魔になりましたサイト=ヒラガと申します。以後、お見知りおきを」

 「サイト=ヒラガ?変な名前、それに平民の分際で家名を持つなんて、おかしな奴ね、この手は何?平民が貴族に握手を求めるなんて、いい歳して常識がなってないわね。どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよね~。フレイムー」

 

 キュルケは名乗りもせずサイトを罵倒し、勝ち誇ったように自身の使い魔を呼んだ。キュルケの部屋の中からの熱気を放ちながら、真っ赤な巨大トカゲが現れた。

 

 「ほう!サラマンダーですか!」

 

 ハンターの血が騒いだのか、サイトの目が輝く

 

 「あら、あなた知ってるの?そうよ、火トカゲよ。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ?」

 「へえ、そりゃ凄い。触ってもいいですか?

 「いいわよ。ただし気性が荒いから気をつけることね。」

 「サ、サイト、危ないわよ」

 

 ルイズの静止を聞かず、サイトは恐れる様子もなく、フレイムを撫で始めた。

 

 「お前、フレイムっていうのか。よろしくな、フレイム」

 

 サイトに撫でられたフレイムは、気持ちよさそうに顎を上げ、終いにはゴロンと腹を見せ、仰向けになった。それを見たキュルケは、驚愕の表情を浮かべた。そんなキュルケの顔を見て、ルイズは悪戯っぽい笑みを見せながら、キュルケに近寄った。

 

 「あらら~確か動物がお腹を見せるのって、服従の証よね。つまりフレイムちゃんは私の使い魔に屈したってことよね。それってつまり、私の使い魔の方が優秀ってことよね~」

 「ぐぬぬ、ふん!もういいわ!行くわよフレイム」

 

 キュルケは不機嫌そうにフレイムを呼ぶと食堂に向かった。ルイズは勝ち誇ったように胸を張り、サイトを賞賛した。

 

 「やるじゃない、あんた。サラマンダーを服従させちゃうなんて、ちょっと見直したわ」

 「別に大した事じゃない。要は恐れなきゃいいんだよ。恐れずにこっちが上だって事をわからせれば、あの程度の知能の動物なら簡単に懐く」

 

 否、実際は人間サイズの獣をあやすなど、そう容易にできるものではない。しかしろくに動物を知らないルイズは、そんなものかと、特に疑問を抱く事もなく、二人は食堂に向かった。

 

 食堂に着くと、ルイズは厳しい顔で指を立てた。

 

 「いいこと?本当なら使い魔はこのアルヴィーズの食堂に入ることは許されないの。くれぐれも主である私に恥をかかせるような行動は取らないでね」

 「ハイハイ、気をつけますよ。そんなことよりもう遅刻寸前なんだから早く入ろうぜ」

 

 サイトのやる気のない返事に、ルイズは少しイラッとしながらも、なんとか堪え二人は食堂に入った。中はかなりの広さがあり、百人は優に座れるであろうテーブルが三つ並んでいた。学年別に分けられているらしく、二年生のルイズ達のテーブルは真ん中だった。すべてのテーブルには豪華な飾り付けが施されており、上にはワインに山盛りのフルーツ、巨大なローストチキンに、鱒の形をしたパイなど、およそ朝食とは思えないラインナップの料理が並んでいる。

 

 「ごきげんな朝飯だ…」

 「メシ…?なんの事かわかんないけど、トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ」

 

 ポカンとするサイトにルイズは得意げに言った。

 

 「『貴族は魔法をもってしてその精神をなす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」

 「そのモットーなら魔法だけ教えてりゃいいじゃん、豪華な食卓関係ないじゃん」

 

 サイトのツッコミにルイズの怒りが爆発した。

 

 「いちいち揚げ足とんじゃないわよ。この屁理屈男!食事抜くわよ。さっさと椅子を引いてちょうだい。気の利かない使い魔ね」

 

 虎の尾を踏んだサイトは、しまったと思い、苦笑いをしながら椅子を引いた。そして自分もルイズの隣に座ると、ルイズがポンポンと肩を叩き、床を指差した。そこには一枚の皿が置いてある。皿には小さな肉のかけらが浮いたスープと、端っこに硬そうなパンが二切れぽつんと乗っていた。全てを察したサイトは、額から汗を流しながらルイズの顔を見て一言。

 

 「マジ?」

 「マジ」

 

 ルイズの顔は真剣そのものだった。

 

 「それが今のアンタの『価値』よ。アンタ、私に言ったわよね?なんでもできるって。だったら私に実力を示しなさい。そうしたらもっとまともな扱いをしてやるわ」

 

 ルイズの言葉にサイトは笑みを浮かべて、どかりと床に胡座をかいた。

 

 「確かに…俺はここに来て、まだ何もしちゃいなかったな。感謝するよ。今の俺には上等すぎるぐらいだ」

 

 生徒達が始祖ブリミルに祈りを捧げる中、サイトは一人、両の手のひらを合わせ、『いただきます』と一言いい、目の前の料理を平らげた。

 

 

 

 

 




だいぶ投稿が遅くなりました。申し訳ありません。



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第四話 ルイズ ~怒りの錬金~

魔法学院の教室は、大学の講義室のようだった。講義を行うメイジの教師が、一番下の段に位置し、階段のように席が続いている。サイトとルイズが中に入っていくと、先に教室にやってきていた生徒達が一斉に振り向き、くすくすと笑い始めた。先ほどのキュルケもいた。男子生徒に囲まれ女王のように祭り上げられている。

 

 皆、様々な使い魔を連れていた。猫やフクロウ、窓から覗く巨大なヘビ。しかしサイトの目を引いたのはそんなものではない。サイトの世界で架空の存在とされてきたUMAがうようよいるのである。サイトは生き物専門のハンターではないが、それでも興味を注がれる。無邪気な子供の様にルイズに質問する。

 

 「マスターあの目玉は何ですか!?」

 「バグベアー」

 「あのタコ人魚は!?」

 「スキュア」

 「あれは!?」

 

 サイトの質問攻めに、ルイズはいい加減痺れをきらし声を荒げる。

 

 「あーもう!いい加減にしなさい!みっともない!おとなしくしてなさい!」

 

 まるで母が子供に叱りつけているような姿だが、叱られているのは長身のいかつい男、叱っているのはその一回り小さい女の子である。そのシュールな光景に教室が爆笑の渦に包まれる。

 

 ルイズは恥ずかしくなり、顔を赤らめてサイトを睨んだ。そんなルイズをよそに、サイトはポケットから黒くて小さな板のようなものを取り出し、教室の使い魔に向ける。

 

 何をするのかとルイズが思っていると、カシャッ!という聞きなれない音と共に、板から光が発せられた。光を当てられた巨大モグラはびくりと体を震わし、周りの使い魔達もギャーギャーと騒ぎ始めた。その瞬間、生徒達の顔から笑顔が消え、場が凍りついた様に静まり帰った。

 

 そして一人の金髪の生徒が怒りの表情を浮かべ、サイトに歩み寄ってきた。

 

 「貴様ァ!僕のヴェルダンディに一体何をした!返答次第ではただではおかんぞ!」

 「いやいやすみません。悪気はなかったんです。これはその…ちょっとしたマジックアイテムなんです。見ててください。この板をこうして私たちに向ける」

 

 サイトの黒い板に、まるで鏡の様にギーシュとサイトが映る。そしてサイトが画面に触れると、再びカシャッ!と音が鳴り、画面に映っていたサイトとギーシュは、時間が止まった様に停止して画面に残った。

 

 「ね?これはただ板に映った映像を閉じ込めて保存するだけの物なんですよ」

 「ふざけるな!貴様!」

 

 金髪の少年は全く聞く耳を持たず、サイトの胸ぐらを乱暴に掴んだ。そこにルイズが慌てて割って入った。

 

 「ごめんなさいギーシュ!こいつかなりの田舎者だから常識知らずなの。でも他人の使い魔に害をなすようなことをする奴じゃないわ。ほら、あんたも謝んなさい!」

 「申し訳ありませんでした」

 

 ルイズに言われサイトは深々と頭を下げた。

 

 「ふん、去年のメイドの事といい、君は僕のことを、相当舐めているようだな。昼休みにそこの木偶の坊とヴェストリ広場に来い。逃げるんじゃないぞ」

 「わかったわ…」

 

 三人は自席に着いた。ギーシュは怒りが収まらないのか、不機嫌そうに腕を組んでいる。その様子を見たルイズは小声でサイトに話しかける。

 

 「全くなにやってんのよあんたは!勝手な行動は慎みなさい。生徒全員を敵に回すところだったわよ!」

 「悪かったよ、以後気をつける。それにしても俺たち、あのガキに説教でもされんのかな?」

 

 サイトの呑気な発言にルイズはため息をついた。

 

 「だったらまだいいわね」

 

 その程度で済む筈ないでしょ。もうこいつクビにしちゃおうかしら…

 

 そんな事を考えながらルイズが頭を抱えていると、扉が開いて、教師が入ってきた。

 

 紫色のローブに身を包み、とんがり帽子を被り、ふくよかな体型のその風貌は、まさにTHE・魔法使い。カボチャの馬車を召喚しかねない雰囲気である。サイトは肩を震わせ、必死に笑いを堪えていた。

 

 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュブルーズ、こうして春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 

 ルイズは俯いた。

 

 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール。彼は随分震えていますが、体調が優れないのかしら?」

 

 シュヴルーズが言うと、サイトは顔を伏せ、震えながら右手を上げた。

 

 「あら、何か質問かしら?使い魔さん」

 「あの、ビビディ・バビディ・ブーって言ってもらっていいですか?」

 「ビビディ…?何かの呪文かしら?」

 

 なんの事かわからず、シュヴルーズが首を傾げると、ルイズがわぁーと叫びながらサイトの口を抑えた。

 

 「な、なんでもありませんわ!ミセス・シュヴルーズ。彼は平民なので、早く魔法が見たくてしょうがないみたいなんです」

 

 ルイズは脂汗を滲ませながら、無理やり笑顔を作った。

 

 「そ、そうですか、それは結構なことですわね。焦らなくても、ちゃんと魔法は見せてあげますよ」

 

 教室の中は静まり返っていた。少し前なら、ルイズの使い魔がおかしなことを言ったと、笑いが起きててもおかしくなかったが、今の生徒達のサイトに対する認識は、おかしな平民の使い魔から、貴族を敬わない無礼な平民に変わっていた。皆、サイトの不躾な態度に憤りを感じていた。特にギーシュは、鋭くサイト達を睨んでいる。

 

 そんな教室の空気に、一人事情を知らないシュヴルーズは、息苦しさを感じつつも優しい笑顔を見せる。

 

 「で、では授業を始めますよ」

 

 シュヴルーズはこほんと重々しく咳をすると、杖を振った。机の上に、石ころがいくつか現れた。

 

 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・マリコルヌ」

 「はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」

 

 シュヴルーズは頷いた。

 

 「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは、私が『土』系統だから、単に身びいきしているというわけではありません」

 

 シュヴルーズは再び、咳払いをした。

 

 「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すこともできないし、加工することもできません。建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取るでしょう。このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」

 

 「全部、魔法なくてもできるけどな」

 

 サイトがぼそりと呟くと、ルイズがしー!と指を立てた。

 

 「今から皆さんには『土』系統の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。既に出来る人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」

 

 シュヴルーズは、石ころに向かって、手に持った小ぶりな杖を振り上げた。そして短くルーンを呟くと、石ころが光りだした。光がおさまり、ただの石ころだったそれは、ピカピカ光る金属に変わっていた。

 

 「ゴゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」

 

 キュルケが身を乗り出した。

 

 「違います。ただの真鍮です。勝手にゴールドやシルバーを錬金で作るのは犯罪ですよ。それにゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの『トライアングル』ですから」

 

 シュヴルーズの言い方は謙遜しながらもどこか得意げだった。

 

 「マスター」

 

 サイト再び小声でルイズに話しかけた。

 

 「授業中よ。後にして」

 

 そういうルイズを無視する様にサイトは話を続けた。

 

 「確か、系統を足せる数でメイジのレベルが決まるんだったな」

 「そうよ、四つ足せて『スクウェア』、三つで『トライアングル』ね」

 

 以前、サイトは学院長と話した際に、系統魔法やクラスに関する大まかな情報を聞いていた。

 

 「つまり、あのフェアリーゴッドマザーは三つしか足せないってことか」

 「そういうことね」

 

 フェアリーゴッドマザーがシュヴルーズの事を指していることは明白だったが、ルイズはスルーした。もはやこの男に一々ツッコミを入れてたらキリがないと思ったのだ。

 

 「その足せる系統には得意なものや苦手なものはあるのか?」

 「当然あるわ、火と水、風と土はそれぞれ対極ね。スクウェア自体少ないけど、さらに四つの系統全てを足せるメイジは極僅からしいわ」

 

 そんな風にしゃべっていると、シュヴルーズに見咎められた。

 

 「ミス・ヴァリエール!」

 「は、はい!」

 「授業中の私語は慎みなさい」

 「すいません…」

 「おしゃべりをする暇があるなら、あなたにやってもらいましょう」

 「え?わたし?」

 

 ルイズが指名されると教室が一気にざわついた。

 

 「そうです。ここにある石を、望む金属に変えてごらんなさい」

 

 ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだ。そんなルイズをサイトが促す。

 

 「ご指名だろ。行ってこいよ」

 「ミス・ヴァリエール!どうしたのですか?」

 「先生!」

 

 シュヴルーズが再び呼びかけると、少し離れた席から手を上げる生徒がいた。先程サイトといざこざを起こした、金髪のキザな少年、ギーシュである。

 

 「どうやら、ミス・ヴァリエールは体調が優れないようです、なので僕が代わりに錬金をしましょう」

 

 すると一斉に拍手が巻き起こった。それを見たサイトはかなり異様だと思った。サイトが感じた違和感はなぜか生徒たちが皆『安堵』しているということだった。

 

 さっきのいざこざを引っ張っての事じゃない。彼らはルイズが錬金を行わなかったことに対して、心からほっとしている。そんな風な雰囲気をサイトは感じ取っていた。ルイズの方を向くと、彼女は座らずに顔を伏せ、拳を握っていた。

 

 

 「お静かに!全く大げさな。一体どうしたというのですか。では、ミスタ・グラモンにやってもらいましょう」

 

 ギーシュは壇上に立つと、キザな仕草でバラの造花を模した杖を取り出し、ルーンを呟く。杖が光り、目の前の石ころは青銅に変化した。

 

 「お見事です。ミスタ・グラモン!」

 

 ギーシュはシュヴルーズと生徒に向けてお辞儀をした。再び拍手が起きた。そして自席に戻らず、立ったまま俯いているルイズの元に歩いて行き、横に立つと耳元で囁いた。

 

 「掃除する手間が省けたな。感謝しろよ。『ゼロ』のルイズ」

 

 その瞬間、ルイズの目がカッと見開き、一瞬ギーシュを睨みつけると、無言で教壇に向かった。

 

 「おい!何をする気だ『ゼロ』のルイズ!」

 「席に戻れよ『ゼロ』のルイズ!」

 

 生徒たちは一様に『ゼロ』と叫びながら、ルイズを止めようと野次を飛ばす。しかし今のルイズには完全に逆効果だった。一切を無視して壇上に立った。シュヴルーズが心配そうに声をかける。

 

 「ミ、ミス・ヴァリエール、体調は平気なのですか?」

 「はい、もう大丈夫です。ぜひ、私にも錬金をさせて下さい」

 「ええ、もちろん構いませんよ」

 

 ルイズはにっこりと微笑み、杖をとった。それを見た生徒たちは、一斉に机の下に隠れ始めた。

 

 ルイズは目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。

 

 杖がまばゆい光を放ち、同時に爆発が起きた。爆風を受け、ルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。

 

 驚いた使い魔たちが一斉に暴れだした。キュルケのサラマンダーが口から炎を撒き散らし、衝撃で割れた窓ガラスから巨大な蛇が入ってきて、目の前にいたスキュラを、頭から丸呑みした。その光景を目にした女子生徒が悲鳴をあげた。

 

 一瞬で教室は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

 一方、爆風を受けたルイズとシュヴルーズはというと。シュヴルーズは完全に伸びており、ぴくぴくと痙攣していた。ルイズは煤で真っ黒になりながらも、立ち上がり、大騒ぎの教室を意にも介さず、優雅な仕草でハンカチを取り出し顔を拭いた。

 

 「失敗しちゃった♡」

 

 ルイズはわざとらしく頭に手を回し、舌を出してウインクした。それを見たキュルケが、激昂して立ち上がった。

 

 「しちゃった♡じゃないわよ!全然可愛くないのよゼロのルイズ!」

 

 「失敗しかしたことないだろ!いつだって成功率、ゼロだろ!」

 

 他の生徒も罵声を飛ばすが、ルイズは耳を塞ぎ、聞こえないアピールをした。その表情はどこか爽やかで満足げだった。

 

 「なるほど、『ゼロ』のルイズね」

 

 そんな様子を見ていたサイトは、うっすらと笑っていた。

 



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第五話 魔法と念

やっちゃった…

 

 箒を片手に、ルイズはめちゃくちゃになった教室を見てため息をついた。

 

 あの爆発から数分後、騒ぎを聞きつけ、やってきた教師たちにこってり絞られたルイズは、教室の後片付け、及び、新たな魔法を覚えるまで、学院内での魔法の使用禁止を命じられてしまった。生徒が魔法を禁じられるなど、学院創設以来、初めての事だった。

 

 一年前から、ルイズは爆発を起こしていたが、今までは運良く怪我人が出なかった為、注意される程度に留まっていたが、今回はシュヴルーズや、他生徒の使い魔等に大きな被害が出てしまった。

 

 本来ならば、退学になってもおかしくなかったが、あの後、保健室で目を覚ましたシュヴルーズが、今回の一件は、ルイズの事をよく調べていなかった、自分の落ち度だと言い張り、現状に落ち着いた。

 

 「はぁ…私ったら、最低ね。あんな事言われたぐらいで感情的になるなんて」

 

 ルイズが悲観に暮れていると、掃除を手伝っていたサイトが話しかけてきた。

 

 「なあ、マスター。ちょっと質問があるんだが、いいか?」

 「なによ」

 「メイジってのは魔法に失敗すると、皆爆発すんのか?」

 

 サイトの質問にルイズは少し不機嫌そうに答えた。

 

 「しないわよ。自分のレベルに見合わない魔法を唱えたって何も起きない。もしくはそれに見合った現象しか起こせないわ」

 

 ルイズは忌々しそうに顔をしかめた。

 

 「ならなんで、マスターの魔法は爆発するんだ?」

 

 サイトの問いにルイズはキレた。

 

 「そんなのこっちが聞きたいわよ!馬鹿にしてんの!?」

 「違う、違う!悪かったよ。お前自身も原因はわからないんだな?」

 「当たり前でしょ。だから私は『ゼロ』なのよ。魔法成功率0%の『ゼロ』のルイズ…」

 

 ルイズは益々落ち込んでしまった。

 

 「なぁマスター、もし俺が魔法が使えるって言ったら、信じるか?」

 

 サイトのとんでもない発言に、ルイズの目が大きく見開いた。が、すぐに閉じて、ため息をついた。

 

 「何を言い出すかと思えば…ジョークなら、もう少し笑えるやつにしてもらえないかしら」

 

 ルイズは鼻で笑ったが、サイトの顔は真剣そのものだった。

 

 「マジだぜ。まあ、魔法とは少し異なるけどな」

 「話してみなさい」

 

 ルイズも真剣な面持ちになりサイトの方を向いて椅子に座った。

 

 「順序を追って話そう。まず俺が、ハルケギニアとは別の世界から来たってことは信じてくれてるんだよな」

 「一応ね」

 「オーケー、話を進めよう。俺がいた世界には、『念能力』という、魔法に似た特殊能力が存在している」

 

 サイトは、ルイズに『念能力』について大まかに説明した。

 

 1、『念能力』とは、全ての生物に流れる生命エネルギー、『オーラ』を操る技術の事。

 

 2、系統魔法と同じく、『念』にも大別して、六つの系統が存在し、サイトはその内の、『強化系』に属する使い手である事。

 

 3、『念能力』を習得すれば、『オーラ』を視覚化したり、感じ取るができるようになるという事。

 

 4、魔法とは違い、個人差はあれど『念』は修行によって、誰でも習得できるという事。

 

 そこまで説明しサイトは一息ついた。

 

 「少しかいつまんで話したが、念については大体こんな感じだ、詳しくはまた今度話す。何か質問はあるか?」

 

 サイトが尋ねると、ルイズは目を閉じてはぁっと息を吐いた。

 

 「いきなりそんな話を信じろって言われてもね…仮にその話が本当で、アンタがその念とかいうのの使い手だとして、それが魔法と何の関係があんのよ」

 

 半信半疑のルイズに、サイトは自信有りげに答えた。

 

 「関係は大いにあると思うぞ。あくまで俺の見立てだが、メイジが魔法を行使する際に使う『精神力』と、念の『オーラ』は同質のものである可能性はかなり高い」

 「理由は?」

 「幾つかあるが、現時点で話せるのは、俺にはマスターの精神力が視えるからだ。マスターは魔法を使う時に、自分の精神力を視たり感じたりできるか?」

 「視えはしないけど、僅かに感じるくらいは」

 

 ルイズの答えに、確信を得たようにサイトはにやりと笑った。

 

 「やはりな。マスターは念を覚えた方がいい。魔法が使える糸口に繋がるかもしれない」

 

 魔法が使えるかもしれないという言葉に、ルイズの目が輝いた。

 

 「本当に魔法が使えるようになるの!?」

 「落ち着けって、あくまで可能性の話だよ。俺が見た感じだと、マスターは他のメイジより明らかにオーラのコントロールが出来てない。必要以上に膨れ上がったオーラが暴発している様に見えたんだ」

 

 ルイズは首を傾げた。

 

 「つまり、どういうこと?」

 「詳しく言うとだな。メイジが魔法を使う時のオーラの流れ、俺に視えたのは、まず杖を取った時に体からオーラが溢れ出た。そして呪文を唱え始めると、そのオーラは杖先に集中するのが視えた。そんで杖を振り上げて魔法を発動させていた」

 「魔法を使う一連の流れね」

 「そう、マスターとあの先生たちの違いは、その時に体から溢れるオーラの量がマスターは尋常じゃなかった」

 「尋常じゃないって、どれくらい?」

 「俺が見た感じ、軽く10倍以上だな」

 「じゅ…!」

 

 ルイズは驚愕した。それは例えるなら、なにかとても柔らかくて壊れやすい物を、全力で殴って壊し、それがなぜ壊れたのか理解してないのと同じだとサイトは説明した。

 

 「要するに、力み過ぎって事だな。まあ、それがなんで爆発という結果になるのかは謎だけどな」

 「その、念能力ってどれくらいで身に付くものなの?」

 「うーん、才能次第だが、最初の基礎をマスターするのに、早くても数ヶ月はかかるかな」

 

 それを聞いて、ルイズはがっくりと肩を落とした。

 

 「随分かかるのね…」

 「そう気を落とすなよ。噂じゃ、数日で念を習得したって話も聞いたことがあるし、十分見込みあるよ」

 

 フォローを入れるサイトに、ルイズは疑いの眼差しを向けた。そしてルイズはスっと席から立った。

 

 「証拠を見せて」

 「証拠?」

 「アンタの話はそれっぽいけど、やっぱりどうにも胡散臭いのよね。証拠がなきゃ信じないわ」

 

 サイトは少し沈黙すると、フッと不敵に笑った。

 

 「確かに、百聞は一見に如かずというしな。良いだろう。ただし、ちょっとしんどい思いをすることになるがいいか?」

 「構わないわ」

 

 サイトは「よし」と一言いい、ルイズから僅かに距離をとった。そして右手を前に出し、手を広げた。

 

 「今から、俺の殺気を乗せたオーラをマスターにぶつける。かなり加減はするが、辛いから覚悟しろ」

 「何度も言わなくていいわ、早くしてちょうだい」

 

 サイトが「いくぞ」と言うのと同時に、ルイズの体に凄まじい悪寒が走った。目に見えない、何かとてつもなく嫌なものが、サイトから発せれているのがわかった。

 

 な、に…これ…苦しい…!息が…できない!動けない…!

 

 ルイズが苦しさに耐え兼ねて膝を着くと、ぴたりと嫌な気配は消えた。サイトがオーラの放出を止めたのだ。ルイズは全身から滝の様に汗を流し、心臓がバクバクと音を立てているのを感じた。

 

 「く、悔しいけど…ハア、本当みたいね。今のが…『念』」

 「そうだ、お前たちはこれを、魔法を使うための、単なる燃料程度にしか思っていないだろうが、オーラそのものにも物質を破壊する力がある。邪念をもってオーラをぶつければ、人間の肉体は簡単に壊れる」

 「なぜ、それ程の力を私に教えようと思ったの?」

 

 サイトは腕を組み、うーんと唸った。

 

 「理由は幾つかあるんだが、まず一つは、マスターのオーラを見たからだな」

 「私の?」

 

 サイトはこくりと頷いた

 

 「ああ、あれ程のオーラを練るのは、念能力者だって、並の使い手じゃ中々できない。単純にすごい才能だと思ったよ」

 

 ルイズは少し頬を染めて照れくさそうに顔を掻いた。今まで、家族も含めて誰一人、自分に才能があるなんて褒めてくれたものはいなかった。サイトの言葉はそんなルイズに強く響いた。

 

 「二つ目は、まあメイジが念を覚えたらどうなるんだっていう、単なる好奇心だ」

 

 ルイズはプッと吹き出した

 

 「どうせ、それが本命でしょう」

 「まあな」

 

 二人は顔を見合わせ笑った。すると教室の入口からガシャン!という音が聞こえた。二人が振り向くと、そこには今朝、ルイズの洗濯物を取りに来た、メイドのシエスタが立っていた。音の正体は、彼女が掃除用具の入ったバケツを落とした音だった。

 

 シエスタは、ルイズの教室爆破の話を聞きつけ、掃除の手伝いにやって来たのだった。そして彼女が教室の入口で見たものは、今朝、ルイズの部屋にいた怪しい平民と、大量の汗をかき、膝をついたルイズの姿、シエスタの中で、再びいけない妄想スイッチが起動した。

 

 「お、お、お邪魔をして申し訳ありませんでした!」

 

 彼女は脱兎の如く教室から逃げ出した。

 

 「追うんですよサイトさん!!つかまえなさい!!!」

 

 髪の毛ピンクの少女が、二の腕pinkの宇宙の帝王のようなセリフを叫んだ。

 

 命令を受けたサイトは、人間とは思えない速度で追跡し、数秒後に、捕まえたナメック星人の子供のように、シエスタを脇に抱えて戻ってきた。捕まったシエスタは、両手と両足をばたつかせながら、助けてー!犯されるー!などと泣きながら叫んでいた。

 

 床に下ろされたシエスタが顔を上げると、そこには、不気味な程の笑顔を浮かべたルイズが腰に手を当てて立っていた。

 

 「全く、アンタという子は…間が悪いというかなんというか、変なタイミングで現れるわね」

 

 観念したシエスタは、正座をしてションボリとうなだれてた。

 

 「で、でもこんな場所で、堂々と事に及んでるミス・ヴァリエールも悪いと思…」

 「いい加減にしなさい!!シエスタ!」

 

 シエスタの勘違いに、ルイズの堪忍袋の緒が切れた。

 

 それからルイズは、なんとかシエスタの誤解を説いた。シエスタは何度もルイズに頭を下げ、二人は仲直りした。そして三人で掃除を再開した。

 

 「使い魔だったんですね、その人。私はてっきり街のゴロツキかとばかり…」

 「アンタ、私がゴロツキをはべらせてたと思ってたわけ!?」

 「いえ…意外とああいう野性的なタイプの顔の人が好みなのかなーって」

 「無い無い無い!野性的っていうか、ただのけだものでしょ、アレは」

 

 二人のガールズトークは、ばっちりサイトに聞こえていた。彼は新しく運んできた窓ガラスで、自分の顔を舐める様にチェックしていた。

 

 三人が掃除を終えたのは、昼食が始まる時間を少し過ぎた頃だった。この学院では遅刻は厳禁で、遅れた者は教室や食堂には入れない決まりになっていた。

 

 「しょうがねえ。俺が森に行ってなんか狩ってくるか…」

 「なんかって何よ」

 「そりゃ、森にいる動物だよ。いなかったら、その辺に生えてるキノコとか、蛇とかとって丸焼きにして…」

 「嫌よ!そんなの!それだったら食べない方がマシよ!」

 「なに言ってんだ!蛇は意外と美味いんだぞ!」

 「絶対いや!」

 

 二人がギャーギャーと言い合いをしていると、シエスタが恐る恐る声をかけた。

 

 「あのー…よかったら厨房に来ませんか?賄い程度だったら用意できると思うんですけど」

 

 その瞬間、二人は口論を止め、見開いた目でバッとシエスタの方を向き、ルイズは思いきり彼女に抱きついた。その目には涙が浮かんでいた。

 

 「う、う、やっぱり持つべきものは、使い魔じゃなくて友ね。シエスタ、貴方は最高の友達よ!」

 「そ、そんな大げさな、それに平民の私が友達だなんて恐れ多いです」

 

 シエスタは僅かに顔を赤らめた。ふとサイトを見ると、彼も目に腕を当てて男泣きしていた。

 

 

 




 修正
 3話における誤字脱字が多すぎましたので修正いたしました。
 
 念と魔法を独自解釈で結びつけました。
 他にもまだマギ族の事など沢山あるんですが、それは次回以降補足していきたいと思います。
 テンポが遅かったり、安易なパロディネタ等ぶっこんでますが、生暖かい目で見ていただければ幸いです。
 批判でも、注意でも、何でも感想があればそれが励みになります。感想頂ければありがたいです。
 
 


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第六話 我らが貴族

シエスタの案内でルイズ達は厨房の前に着いた。

 

 「少し待ってて下さい。料理長に事情を話してきます」

 

 そう言うとシエスタは厨房の中に入っていった。シエスタを待っている間、ルイズは内心不安だった。というのも、ルイズは平民たちが自分たち貴族をあまり快く思っていないことを知っていたからだ。何か理由をつけられて断られるかもしれないと思っていた。

 

 そんな事を考えていると、厨房からシエスタが戻ってきた。

 

 「料理長から許可が下りました。二人共、中へどうぞ」

 

 ルイズはホッと胸をなでおろした。厨房に入ると、そこは別世界のようだった。

 

 釜戸から伝わる熱気、包丁が料理を刻む小気味良い音、鼻腔を突く出来たての料理の香り。何よりルイズが目を見張ったのは、その中で忙しそうに働く料理人やメイドたち。まるで戦場の様に厨房を駆け回っていた。

 

 料理を運ぶメイドの一人が、大声でシエスタに呼びかけた。

 

 「ちょっとシエスタ!アンタ何やってたのよ!忙しいんだからそっちは料理長に任せて、アンタはこっちを手伝って!」

 「す、すいませんでした!あの、ミス・ヴァリエール!後の事はそこにいる料理長に聞いてください!」

 

 仲間のメイドに引きずられながら、シエスタは厨房の奥へと消えていった。

 

 ルイズが呆気にとられていると、後ろからガハハと豪快に笑う大柄の男が現れた。浅黒く焼けた肌に白いコックコートを着込み、丸太のような筋肉質の腕をした男。料理長のマルトーである。

 

 「いやあ、うちのシエスタがいつもご迷惑おかけしてます。ミス・ヴァリエール。さあ、どうぞこちらへ」

 

 マルトーは大柄な体格には似合わない丁寧な仕草で、二人を隣の部屋へ案内した。そこは料理人たちが賄いを取る部屋らしく、少し広めで、長机が二つ並んでいるだけの質素な部屋だった。

 

 「こんな汚い場所で申し訳ありません。すぐに料理をお持ちしますんでしばしお待ちを」

 

 ルイズは少し困惑していた。招き入れてくれたとはいえ、もう少し邪険に扱われるかと思っていたが、マルトーの態度からはその様な雰囲気は微塵も感じられなかった。それが逆にルイズには不気味だった。

 

 少しするとマルトーが料理を運んできた。食堂に並ぶもの程ではないが、十分過ぎるご馳走だった。

 

 「こんな余りもんしか無くて、すいません」

 「そんな!十分ですわ、ミスタ」

 「ミスタだなんてやめてくだせえ!マルトーで結構でさあ!それじゃごゆっくり」

 

 照れくさそうに頭を掻きながらマルトーは部屋を出た。そして二人は各々の食事作法をして料理を食べ始めた。

 

 しばらくすると、サイトがルイズに話しかけた。

 

 「貴族ってもっと平民に嫌われてんのかと思ったけど、マスターは割と敬われてんだな」

 「当たり前でしょう?私を誰だと思ってんの?公爵家よ、こ・う・しゃ・く・け!他の貴族とは格が違うのよ、格が!」

 

 ルイズは誇らしげに鼻を鳴らしすが、サイトはふーんと、さも興味ありませんといった顔をした。そして話しを再開した。

 

 「けどよ、それだけじゃシエスタちゃんが執拗にマスターの世話を焼く理由にはならんよな?あの様子だとあの子、自分の仕事ほったらかしてまで教室に来たみたいだったぞ。なあ、あのギーシュとかいうガキが言ってた去年のメイドの事ってシエスタちゃんの事だろ?なんかあったんだろ?あのガキとの間で」

 

 サイトの問いにルイズは目を丸くした。なぜならサイトの推理はほぼ当たっていたからだ。ギーシュとのあの僅かなやり取りでそこまで推察したのかと、ルイズは少し関心した。

 

 「アンタ、中々洞察力あるわね。まあ別に皆知ってるし、隠すような事じゃないから話してもいいけど、シエスタには私がこの話をしたことは内緒にしといてね」

 

 サイトが頷くとルイズは語った。

 

 

 一年前

 

 

 実は、ルイズとシエスタは同じ時期に学院に入っていた。当初は二人共なんの接点もなく、立場の違いもあり、挨拶以外に言葉を交わすこともなかった。

 

 一ヶ月が過ぎた頃、その事件は起きた。

 

 それは昼休みの時間、生徒たちは各々の友人と優雅にティータイムを取っていた。シエスタはメイドとして生徒たちのテーブルに茶菓子を運んでいると、一人の生徒のポケットから何かが落ちるのが見えた。

 

 それは小さな小瓶で、中に鮮やかな紫色の液体が入っていた。シエスタは瓶を拾い、落とし主に声をかけた。その落とし主はあの金髪の少年、ギーシュだった。

 

 「あの、すいませんミスタ。これ、落としましたよ」

 

 シエスタが言うと、ギーシュは瓶を一瞬見て、フイっと横を向いた。

 

 「これは僕のじゃない。君は何を言ってるんだね?」

 

 ギーシュの言葉にシエスタは、はあっと困惑した返事を返した。それを見ていた横の生徒がシエスタの持つ香水を見ると、大声で騒ぎ始めた。

 

 「おお?その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

 「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分ためだけに調合している香水だぞ!」

 「それが、お前のポケットから出てきたってことは、もしかしてつきあってるのか?」

 「ち、違う、いいかい?彼女の名誉のために言っておくが…」

 

 ギーシュが何か言いかけたとき、後ろのテーブルに座っていた少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって歩いてきた。

 

 「ギーシュ、どういうこと?貴方、この間私に、僕の中に住んでいるのは君だけだとか言ってたわよね?」

 「ケ、ケティ、誤解だよ。これは街の雑貨屋で買ったもので…」

 

 ギーシュが弁明をしていると、また一人、少女が歩いてきた。香水をプレゼントしたモンモランシー本人である。

 

 「あら、偶然ね。私もついこの間、全く同じセリフを言われたわ。その雑貨屋で買った香水をプレゼントした時に…!どういうことか説明してもらえるかしら?」

 

 どうやらギーシュは二人の女の子に浮気していたらしい。三人の間に沈黙が流れ、ギーシュが恐る恐る口を開いた。

 

 「そ、それはきっと、僕のドッペルゲンガーが…」

 「「うそつき!」」

 「ブルガリ!」

 

 ギーシュの余りにも酷い言い訳を聞く前に、二人のグーパンが同時に炸裂した。彼は訳のわからない叫び声をあげながら倒れた。

 

 その一部始終をシエスタは震えながら静観していた。よもや落し物を拾っただけで、こんな事態になるとは思ってもみなかった。鼻血を流しながら倒れているギーシュに、シエスタは心配そうに声をかけた。

 

 「あの…大丈夫ですか?ミスタ」

 

 ギーシュは鼻を抑えながら、苦しそうに起き上がった。

 

 「大丈夫なわけがないだろう…クソ!全部君のせいだ!」

 「え…そんな、私は何も…」

 「いいや!僕は君が香水を拾った時、知らないフリをしただろ。話を合わせるぐらいは出来た筈だ!その程度の機転も効かせられないようじゃメイドなど務まらんな。君はクビだ!さっさと学院から出て行け!」

 「そんな…無茶苦茶な…」

 「できないと思っているのか?残念だがここでは貴族の言うことは絶対だ。適当に言い繕えばメイドの一人や二人、クビにする等造作もないことだ」

 

 ギーシュの横暴に、シエスタは膝をついて泣き出してしまった。

 

 その時、別の席で一人紅茶を飲んでいた少女が立ち上がり、二人に向かって歩き出した。ルイズである。

 

 「その辺にしときなさいよ、ギーシュ。見苦しいったらないわ。紅茶が不味くなるのよ」

 「君には関係ないぞ、ゼロのルイズ。引っ込んでいろ」

 

 突然、横槍を入れてきたルイズに、挑発をしながらギーシュは睨みつけた。しかし、ルイズはギーシュを無視して、シエスタの方に歩み寄った。

 

 「貴方、名前は?」

 「シ、シエスタです」

 「おい!無視するな!!」

 

 ギーシュが怒鳴り声を上げるが、ルイズは振り向きもせず言葉を続けた。

 

 「シエスタ、こんな奴の言葉なんか気にする必要なんてないわよ。貴方は何も悪くないし、生徒に従業員をクビにする権限なんてないわ。大方そう言って脅せば、勝手に自分から辞めると踏んでたんでしょ」

 「貴様には関係ない事だろ!引っ込んでいろ!ゼロのルイズ!」

 

 ギーシュのセリフにルイズはプッと吹き出した。

 

 「アンタ、さっきと言ってる事がまるっきり一緒よ。ちょっと動揺してるんじゃない?」

 

 ギーシュは、うぐ…!と言葉を詰まらせた。

 

 「大体ねえ、根本的にアンタが浮気なんてしてるのが悪いんでしょ。それを他人に、ましてや女の子に責任転換して罪を擦り付けるなんて、アンタそれでも貴族の紳士なの?恥を知りなさい!」

 

 ルイズに完膚なきまでに正論を叩き込まれ、ギーシュは押し黙った。そして一言「覚えていろ…」と憎しみを込めた声で言った。しかし彼女は意に介した風もなく

 

 「今度、彼女にちょっかい出してみなさい。私がアンタを退学に追い込むわよ」

 

 と逆にギーシュを脅した。

 

 「行きましょう、シエスタ」

 「は、はい!」

 

 そして二人はその場を後にした。

 

 それからというもの、シエスタはルイズを慕うようになった。それまで友達のいなかったルイズも、満更でもないといった様子で、今では週末に二人で街に遊びに行ったり、帰省の際には付き人として、ヴァリエール家に連れて行ったり、シエスタの故郷のタルブ村に招待されたりと、すっかり親友となったのだ。

 

 

 そして現在。ルイズはこの話をかいつまんでサイトに話した。

 

 「なるほどねえ、そんな事が、いやいや立派じゃないですか。まさかマスターがそんな優しさを持っていたとは」

 

 サイトが感心したように言うと、ルイズは少し顔を赤くした。

 

 「べ、別に優しさとかそんなんじゃないわよ。私は自分のプライドの為にやったのよ。弱者がいたぶられるのを黙って見てるなんて、貴族じゃない。そう思っただけよ」

 「いや…それを優しさって言うんじゃ…」

 「うっさいわね!違うったら違うの!大体、あの状況で何もいわない周りの連中がおかしいのよ。私は唯、貴族として当然の行いをしたまでよ」

 

 ルイズが顔を真っ赤にして言った。その時、後ろのドアが勢いよく開き、ルイズはビクッと肩を震わせた。入ってきたのは、料理長のマルトーだった。片手にはデザートの乗ったお盆を持っていた。

 

 「素晴らしい!やっぱり貴方様は、俺の思った通りの本物の貴族だ!」

 

 マルトーはボロボロと泣きながら、ルイズの手を握った。

 

 「俺は今、猛烈に感動してるんでさあ、この学院にも貴方様のような、ご息女がいらっしゃる事に!貴方様こそ『我らが貴族』だ!」

 「え?我らが貴族?」

 

 ルイズはマルトーの言ってることが解らず、マヌケな声がで聞いた。

 

 「はい!無礼を承知で申し上げますが、俺は正直、貴族という人間たちが嫌いでした。いつも威張り散らして、俺たちを家畜の様に扱って…」

 

 マルトーは言葉を詰まらせ嗚咽を漏らした。

 

 「しかし、貴方は違う!平民であるシエスタを身を呈して助け、そして今!それが当たり前だと言った!俺は生まれて初めて、本物の貴族に出会えたんです!」

 

 マルトーの手を握る力がより強くなった。

 

 「あ、あのミスタ、お言葉は嬉しいのだけど、少し、い、痛いですわ」

 

 マルトーの気持ちとは裏腹に、ルイズは複雑な気分だった。なぜならマルトーの手は汗でびしょびしょだったのだ。嬉しい半面、気持ち悪いとはとても言えず、ルイズは苦笑いしながらやんわりと伝えた。

 

 「おっと、俺としたことがつい力んでしまって、申し訳ありません」

 

 マルトーはそっと力を緩めたが、その手は離さなかった。

 

 ち、違う!そうじゃない!キモイから離せって言ってんのよ、筋肉オヤジ!サイト、助けて!

 

 ルイズが目配せすると、サイトはうまいうまいと、運ばれてきたアップルパイと紅茶に舌鼓を打っていた。そしてルイズは、もうどうでもいいやと、放心状態になった。結局、ルイズが開放されたのは、それから12秒後の事だった。

 

 食事を終え、二人が厨房の入口に着くと、マルトーやシエスタをはじめとする、厨房のコックやメイドたちが見送ってくれた。ルイズは皆に頭を下げた。

 

 「料理、とっても美味しかったですわ。本当にありがとう」

 「やめてくだせえ!ミス・ヴァリエール!」

 

 ルイズのお礼にマルトーが慌てて両手を出した。そしてすぐ笑顔で言った。

 

 「ここには貴方を嫌う平民は一人もいません。またいつでも来てくだせえ。食堂では出さねえ裏メニュー用意して待ってますんで!」

 「そうね、楽しみにしてますわ」

 

 そう言ってルイズ達は厨房を後にした。

 

 そして約束の昼休みの時間となり、二人はギーシュの待つヴェストリ広場に向かった。

 

 

 

 

 

 



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第七話 決闘

 

 ヴェストリ広場

 

 魔法学院の敷地内『風』と『火』の塔の間にある中庭である。

 

 西側にある広場なので、日中でも日があまり差さない場所である。

 

 ルイズ達が着くと、そこは大勢のギャラリーで溢れかえっていた。ギーシュは中央に仁王立ちで立っていた。

 

 「よく来たな。ゼロのルイズ」

 「アンタが来いって言ったんでしょうが」 

 

 ルイズが気だるそうに言った。

 

 「君、自分の立場がわかってるのか?まさか、さっき自分がやった事をもう忘れたのか?」

 

 軽薄な態度を取るルイズに対し、ギーシュは前髪を指で持ち上げながら、嫌みたらしく言う。

 

 「その、みんなの使い魔を傷つけた事は謝罪するわ。本当にごめんなさい」

 

 ルイズは深々と頭を下げた。しかしそれを許さんとばかりに周りの生徒は彼女に容赦ない罵声を浴びせる。

 

 「ふざけるな!謝ったぐらいで許されるか!僕の使い魔はお前の爆発のせいで死んだんだぞ!」

 「そうよ!私の使い魔も怪我したのよ!」

 

 生徒たちは一様にルイズに恨みの言葉をぶつけた。ルイズは頭を下げたままじっと耐えた。

 

 「静粛に、みんな落ち着きたまえ!」

 

 ギーシュが両手を上げながら言うと周りは静まった。

 

 「わかったろうルイズ、君が謝った所でもう収拾はつかないんだよ」

 「だったらどうしろっていうのよ」

 「簡単な事だ。君にもみんなと同じ目にあってもらう、君の使い魔と僕とで決闘をしたい」

 

 ギーシュの申し出にルイズは猛反発した。

 

 「ふざけないで! なにが決闘よ! 体のいい甚振りじゃない! 大体決闘は校則で禁止されてるでしょ!」

 「それはあくまでも生徒同士の話だろう。使い魔と決闘してはならないという決まりはない」

 「そんなのただの屁理屈でしょ! とにかくそんな申し出は受けられないわ」

 「まあまあ、落ち着いてマスター」

 

 興奮するルイズの肩に手を置きサイトが前へ出る。

 

 「分かりました、決闘の申し出を受けましょう」

 「サイト!?」

 

 困惑するルイズにサイトは顔を向けると一瞬ニヤリと笑った。その顔を見たルイズも真剣な表情に変わり一瞬うなずく。

 実は二人にはこの展開は予想できていた。

 

 数分前、二人が広場へ向かう道中での事。

 

 「ねえサイト、これはあくまでも予想なんだけど、多分ギーシュの事だから広場に着いたらアンタに決闘を申し込んでくるわ」

 「決闘?俺と一対一で戦うってことか?」

 

 サイトの問いにルイズはええ…と呟いた

 

 「本来は学生同士の決闘は認められてないけど、相手が使い魔なら規則には違反していないわ。今回の問題を口実にして一方的に甚振る気ね、あいつはそういう奴なの。もっとも、アンタを広場に呼び出した時点でやる気満々だったみたいだけど」

 

 ルイズの考えにサイトはなるほどと思いながらあご髭をさすった。確かにあの少年は目立ちたがり屋のナルシストという感じがにじみ出ている。

 過去にルイズに恥をかかされた事もあるし、ここでサイトを叩きのめせば他の生徒から英雄視されるし、自分の恨みも晴らせて一石二鳥というわけだ。

 

 「で、そこまで予想できていてマスターは俺にどうして欲しいんだ?」

 

 サイトの問いにルイズは少し顔を伏せた。

 

 「何もしなくていいわ。この一件は私に責任があるわけだし、アンタが普通じゃないことはわかってるけどそれでも相手はメイジよ、軽い怪我じゃ済まないわ。逆にアンタに勝ってもらいたくもない、決闘自体が無意味なのよ。どんな形でも私が責任を取る」

 

 ルイズの決意に満ちた表情を見て、サイトはフッと少し笑いおもむろに彼女の頭を撫でた。

 

 「優しいんだな」

 

 急に頭を撫でられたルイズは顔を赤らめながらサイトの手を振り払った。

 

 「ちょ!何すんのよ! べ、別にアンタやギーシュなんか知ったこっちゃないわ! ただこれ以上問題を大きくしたくないだけよ!」

 

 顔を真っ赤にしながらルイズは全力で強がった。父親以外の男性に撫でられるのは初めてだった。

 

 「マスターが頭下げんのは一回でいい。決闘を申し込まれたら受けてやる」

 「あ、アンタ私の話聞いてたの?私は…」

 

 ルイズの言葉を遮るようにサイトが手をルイズの前に出した。

 

 「まあ聞けよ。これはいい機会なんだ、俺にとってもマスターにとっても」

 「どういう意味よ?」

 「殺意をもったメイジと戦えるなんて中々無いことだろ?俺はまだここに来て日が浅いんだ、本気のメイジが俺にとって驚異となり得るのか測れるチャンスなんだ。マスターだって念の力がどれ程かより知っておきたいだろ?」

 「それは…確かに知っておきたいけど…」

 「マスターの言いたいことはわかってるよ。安心しろ、アンタの心配する通りにはならねえからよ」

 

 そして現在

 

 ルイズの予想通りギーシュはサイトに決闘を挑んできた。そして手筈通りサイトは決闘を受けた、しかしルイズは不安だった。サイトはギーシュに手は出さないと言っていた。

 前に自分にやったようにオーラをぶつければ触れずに勝つことは可能だろう。でも、そのやり方じゃ不信感を抱かれるのは必至、一体サイトはどうしようというのか。

 本来、メイジに平民が勝つことは不可能だ。メイジ殺しと呼ばれる者も僅かにいるが、そのほとんどは入念に相手を調べ対策した上で、不意打ちや闇討ちといった奇襲で戦う。今のサイトのように準備もなく、決闘というやり方では勝機は無いに等しい。

 ここに来る前にギーシュの得意とする魔法、青銅のゴーレムであるワルキューレについて説明した。しかしルイズ自身もそれ程詳しくは無いし最大何体出せるかはわからなかった。しかしサイトはそれだけわかれば十分だと言った。

 

 そしてギーシュが声高に決闘の宣言する。

 

 「諸君! 決闘だ! 諸君らの使い魔たちの無念晴らす為、僕が君達に代わり、悪の使い魔に正義の鉄槌を下す! そして必ずや勝利し、亡き使い魔たちの墓前に花として添える事を誓おう!」

 

 相変わらず大仰な身振り手振りで、演劇の役者のような物言いのギーシュを見てルイズは呆れてため息をついた。

 何が、正義の鉄槌よ。単にこれまでの私やサイトに対するうさを晴らしたいだけじゃない。私のしたこととはいえ、皆の使い魔の死をダシに使うなんてとことん最低な男ね。やっぱりサイトには徹底的にぶちのめして貰えばよかったかしら…

 そんな事をルイズが考えていると、上着を脱いだサイトが声をかけてきた。

 

 「すまんマスター、上着を預かっていてくれ。こっちじゃ手に入らない逸品なんだ、汚したく無いんでな」

 「全く、どこの世界に主人に上着持ちさせる使い魔がいるのよ」

 

 悪態を付きながらもルイズはサイトのスカジャンを預かった。そしてTシャツ一枚のサイトの上半身を見て思わず息を飲んだ。

 白いシャツから伸びる腕はマルトー程の太さは無いが、まるで幾重にも結った縄のような筋肉にうっすら血管が浮き上がっている。何より目を見張るのがそのシャツ越しからでもわかる背筋だ。過去に力自慢の学生が上半身裸で腕相撲をしているのを見たことがある、彼らも凄い肉体をしていたがサイトのそれはまるで異質で、歪と表現していい程背筋が盛り上がり、見事な逆三角形を作り出していた。

 ルイズが知る由も無い事だが、この肉体こそ、サイトが気の遠くなるような鍛錬と数え切れない程の実戦重ねてきた結晶なのである。

 ルイズだけではない、先程まで罵声と歓声で沸き立っていたギャラリーも決闘の場に立つサイトを見て、彼の纏う得体の知れない雰囲気を感じ、皆押し黙った。

 ギーシュも僅かに動揺していたが、なんとか平静を保っていた。

 

 「な、中々いい肉体をしているな、多方体術に自信有りってとこかな? しかし悲しいかな、君たち平民がそんな涙ぐましい努力を重ねても我々メイジに勝つことは不可能だ。君の努力に敬意を評し特別に3体で相手してやろう!」

 

 ギーシュが手に持っていたバラの造花を模した杖を掲げると、3枚の花弁が地面に落ちる。それと同時に地面から青い粉塵が舞い、忽ち3体の女戦士の形をした鎧人形が現れた。3体の鎧人形の手には重厚なメイスが握られている。その様子にサイトは目を見開いて驚愕した。

 

 「驚いたかい?これが僕の『戦乙女ワルキューレ』だ! そして僕の二つ名は『青銅』青銅のギーシュだ。いくら君が強く肉体を鍛えても青銅の頑強さには遠く及ばない。さあゆけ! ワルキューレよ、目の前の木偶の坊を叩き潰せ!」

 

 ギーシュの命令と同時に、1体のワルキューレが素早い動きでサイトに迫った。残りの2体はサイトの背後に回り込んだ。どうやら3方向から攻撃を仕掛けるつもりらしい。

 

 正面のワルキューレ飛び上がり、サイトの脳天にめがけメイスを振り下ろした。だがそれを読んでいたようにサイトは身を躱しバックステップで距離取り、左の下段廻し蹴りを放った。ゴッ! と鈍い音が広場に響いた。

 

 速い・・!! その場にいた全ての人間がそう思った。サイトの蹴りがワルキューレに当たるまでその一連動作はルイズを含めギャラリーの誰一人捉える事ができなかった。 が

 

 「痛ってぇ~~~~!」

 

 蹴りを打ったサイトが脛を抑えて蹲りフゥーフゥーと息を吹きかけている。

 青銅の塊のワルキューレに生身で蹴り込んだのだから当然といえば当然の結果だろう。唖然としていたギャラリーから次第に笑い声が聞こえてきた。

 

 「はははは! なんだただのバカじゃないか!」

 「当たり前だよなあ?」

 

 その間抜けな姿にギーシュ腹を抱えて笑っている。

 

 「おいおい笑わせて隙を作ろうって作戦か? だとしたら少しは効果があったなあ、まあこうなるのは当然だ最初から君は負けてるんだよ!」

 

 ギーシュはワルキューレを操り体制を崩したサイトの顔面をメイスで思いきり殴った。

 

 「ぐはァッ!」

 

 うめき声を上げながらサイトは地面に転がった。

 間髪入れずに3体のワルキューレは一斉に飛びかかり、メイスで袋叩きにする。サイトはどうにか頭を抑え無様に蹲りながら防御の姿勢をとる。

 

 「もうやめてぇ!」

 

 ルイズが涙を流しながら叫んだ。しかし周りの歓声と混じり興奮するギーシュにはその声は届かなかった。

 やがてサイトのガードが下がり、顔面を滅多打ちにされる。

 そんな一方的にやられるサイトを見て、ギャラリーの一部からヒソヒソと不安気な声が漏れ出した。

 

 「ちょっとやばいんじゃないか?」

 「もう死んでるだろアレ」

 

 そんなギャラリーの声をよそにギーシュは止めと言わんばかりの全力の一撃を側頭部に叩き込み、サイトは力なく仰向けに地面に倒れた。

 それでも尚追撃しようとするギーシュにとうとう限界を迎えたルイズはギーシュに飛びかかり、押し倒した。

 

 「な、何をする!? 神聖な決闘に割ってはいるとはどういう了見だ!」

 「何が神聖よ! 倒れて動けなくなった相手に攻撃するなんて、もう決闘でも何でもないただの虐殺よ!」

 

 ルイズの言葉に我に返ったギーシュは、ワルキューレを止めサイトの方を向いた。

 サイトは完全にのびていて、ピクピクと痙攣していた。

 

 「あー…確かに、君の言う通りだな。すまなかった、僕も少々興奮しすぎていたらしい、ではこの決闘は僕の勝ちということでいいかな?」

 「聞くまでも無いでしょう…」

 「ふふ、そうか。諸君! この決闘は僕の勝利だ!」

 

 ギーシュが高々と杖を掲げると大きな歓声が上がりギーシュコールが巻き起こった。

 

 「ギーシュ!! ギーシュ!!」

 

 ギャラリー達の歓声にギーシュの高揚は最高潮に高まりうっとりと恍惚の表情を浮かべた。

 

 「諸君! ありがとう! 今夜は祝杯だ!」

 

 歓声がより一層大きくなり盛り上がりを見せるが、やがて皆帰り、広場にはルイズとサイトだけが残った。

 ルイズは倒れるサイトの元に駆け寄り、必死でサイトの名を呼び掛けた。

 

 「サイト! しっかりして! 目を開けて! サイト!」

 

 ルイズの言葉に反応するように、サイトの目がカッ! と見開いた

 

 「ヒャアァァァァ!?」

 

 サイトの突然の開眼にルイズは思わず大声を上げ、腰を抜かした。

 そんなルイズをよそに、サイトは大きなあくびを一つかいた。

 

 「ホアア…、なんだよ、目を開けて~とか言ってたのはそっちだろ? 全く…、耳元でうるさいんだよぉ、せっかく人が気分よく寝てたってのに」

 「あ、アンタ、生きてたの? その、何ともないの?」

 

 どうやら彼女は彼が本当に死んだと思っていたらしく、その余りの能天気な様子に困惑を隠せなかった。

 

 「全然平気、それより周りの連中はいなくなったか?」

 「え? ええ、皆帰ったわよ」

 「そうか、よっこらしょっと」

 

 サイトは何事もなかったかの様に起き上がり、コキコキと首を鳴らした。

 ルイズは改めてよく彼の顔や体を見る、派手に転がったせいで汚れてはいるものの、殴られた痕どころか血の一滴も流していない。

 

 「全部演技だったの?」

 「おうよ、中々上手かったろ?」

 

 ルイズの問いにサイトは笑顔で答えた。

 

 「アンタが無傷なのも、その…『念』の力なの?」

 「まあな、全身をオーラで覆って防御する念の基礎だ」

 

 サイトは落ちていた上着を拾い、パタパタと手で汚れを払いながら言った。

 

 「そう、すごい力なのねオーラって」

 

 基礎? メイジでいうところのコモンマジックみたいなものなのかしら。

 

 ルイズが考え込んでいると、広場の入り口の方からルイズとサイトの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 声の方を見ると、シエスタが薬箱を持って走ってきた。さらにその後ろには二人の少女、キュルケと青髪に眼鏡かけた少女が歩いてきた。

 

 「シエスタ!来てくれたのね、ありがとう。なんか余計な奴も来てるけど」

 

 ルイズが毒づくと、キュルケは意に介した風もなくフンと得意気に鼻を鳴らした。

 

 「アンタたちが派手にやられたって聞いてね~、慰めの言葉でもかけてやろうと思ったの」

 「よく言うわよ、馬鹿にしに来ただけのくせに…」

 「まあ本当は初めから観戦したかったんだけどね、タバサが興味無いなんて言うもんだから、やっと連れ出してきたのにもう決闘終わっちゃってるし」

 「それは残念だったわね。用が無いならさっさと帰ってくれないかしら」

 「言われなくても帰るわよ。ところでそこの使い魔の彼、しこたま殴られたって聞いたけど案外元気そうね?」

 

 キュルケが尋ねると二人はビクッと肩を震わせ、途端にサイトがわざとらしげに痛がった。

 

 「イタタタタタ、キュウニキズガイタミダシター、アーイテテテテ」

 「だ、大丈夫ですか!?サイトさん! 殴られた衝撃でおかしくなっちゃったんですね、早く治療しないと」

 

 サイトの超絶棒読み演技にシエスタは本気でサイトが頭をやられたと思ったらしく、さらっと酷い事を言いながら薬や包帯を取り出した。

 

 「アーダイジョブダイジョブ、トリアエズイムシツニイコウ」

 「そ、そうね、早く医務室で診てもらいましょう。そんなワケだから私たちは失礼するわ。じゃあねお二人さん」

 

 ルイズたちはいそいそとその場を後にした。

 

 「なんだったの?あいつら…」

 

 残されたキュルケはポカンと口を開け呟いた。

 しかしもう一人の少女、タバサは無表情ながら真剣な眼差しでじっとサイトを見ていた。

 

 

 



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