だから笑ってください (puc119)
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プロローグ



タイトルとあらすじの割にはかる~い作品となります
ですので、かる~い気持ちで読んでいただくくらいが丁度良いかと

それでもよろしければ最後までお付き合いいただけると幸いです




 

 

 

「クソがッ。油断、した……」

 

 沼地に現れたフルフル亜種を倒し、ホッと一息。今、私がいる洞窟の中はやはり寒く、吐き出した息が白く染まる。

 フルフルとは戦ったことがあるものの、その亜種と戦ったのはこれが初めて。その感想は……どうだろう。相手がG級ではなく上級モンスターってこともあり、それほど苦労することはなかったんじゃないかな。一度、どっかのバカに思いっきりシールドバッシュを食らって吹き飛びはしたけれど、それくらいだ。

 ホント、アイツはロクなことをしない……

 

「モミジ、お疲れ様ニャ!」

 

 愛用している片手剣を納刀し、今し方倒したフルフルから素材を剥ぎ取っている私の元へ、トコトコと走ってきてから、一匹のアイルーがそんな言葉を落としてくれた。

 

「うん、ミナヅキもお疲れ様」

 

 声をかけてくれたアイルーへ、その頭を一度撫でてあげてから、私も言葉を落としてみた。

 ミナヅキ。それがこのアイルーの名前。このパーティーにおける癒し担当。とあるひとりに対してのみ、やたらと辛辣な性格ではあるけれど、ちゃんと他人のことを考えられる優しい性格の持ち主だと私は思っている。それに、アイルーであるにも関わらず、その実力はハンターにだって負けないくらいだ。

 ミナヅキみたいな優秀なオトモが私のパーティーに居てくれて有り難いっていつも思っているよ。

 

「ちく、しょう……ブナハブラなんかに……」

 

 私とミナヅキ、そしてもうひとりのハンター。それが今の私のパーティー。

 そんな今の私のパーティーだけど……さっきも言った通り、ミナヅキに不満はない。そして、自慢をするようでアレだけど、私だってそれなりの実力を持っているハンターだと思う。

 

 じゃあ何が不満かってそういう話になる。

 

「……ねぇ、ミナヅキ。あのバカは?」

「あぅ、うニャ……ロロットならモミジに言われた通りランゴスタと戦っていたはずニャ」

 

 ああ、そっか。戦力にはならないし、むしろ邪魔なくらいだったから、私がランゴスタの駆除を頼んでいたんだった。

 

 正直なところ、あんな奴は無視してもう帰ってしまっても良いと思うけれど、一応アレも私のパーティーの一員なためそれもできない。そんなわけで、仕方なくあのバカを探してみることに。

 

「悔、しいぜ……」

 

 そして、私たちから少し離れたところでうつ伏せに倒れているバカを発見。

 ランゴスタの麻痺針にやられたのか、うめき声のようなものを出すばかり。やだ、めっちゃビクンビクンしてる。私とミナヅキが頑張っていたというのに、アイツは何をやっているのだろうか……

 

「あっ、でも、感じちゃ――

 

 ぶん殴っておいた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 私がハンターという職に就いてからそれなりの時間が経ったと思う。

 けれども、そんなハンターという職業は決して楽なものでない。だってハンターは人間の力を遥かに上回る、あのモンスターたちと戦わなければいけないのだから。……それに人間という生き物は残酷なほどに脆い存在だった。本当に、ちょっとしたことで壊れてしまうほど脆い存在。

 じゃあ、どうして私はハンターになったのか。自分たちよりもずっとずっと強い存在へ立ち向かわなければならない職業へ就いた理由。

 もしかしたら、何かしらの思いがあったのかもしれない。もしかしたら確固たる信念があったのかもしれない。けれども、そんなことも私は忘れてしまった。時が流れ、過去の記憶は色あせ……風化していく。

 忘れたくても忘れられないことはあるくせに、消えていくのはいつだって大切なことばかりだ。

 ……それも仕様が無いことなんだろうか。

 

「おい、ミナヅキ。俺の活躍はちゃんと見ていたか?」

「ランゴスタ相手にボッコボコにされているところなら見たニャ」

 

 ポッケ村の集会所へと戻る飛行船の上、ひとりと一匹の会話を横目にボーっと考えごと。

 飛行船の上で感じられる風は好きだ。地上で感じられるそれよりもずっと。それがどうしてなのか私には分からないけれど。

 

「おまっ、なんでそんなとこばっか見てんだよ! 俺だってちゃんと活躍してただろうが」

「よくそんなことが言えるニャ……少しはモミジを見習うといいニャ」

 

 呆れ顔で言葉を落とすミナヅキと、ヘラヘラといつも通り笑いながら言葉を落とすアイツ。

 ロロット――それがアイツの名前。でも、その名前を呼んだことは本当に少ないと思う。私とアイツの関係なんてそんなものだ。いがみ合う必要なないけれど、馴れ合う必要もない。そんな関係。

 ……それに正直なところ、アイツの笑い方は好きじゃない。それがどうしてなのかはやっぱり分からないけれど、アイツの笑い方が好きになれなかった。いや、まぁ、うん……私がアイツ自身を嫌っているだけな気もするけどさ……

 

 じゃあ、どうしてそんな奴とパーティーを組んでいるかってことだけど……ポッケ村の村長とギルドマネージャーに頼まれ、仕方なくこのパーティーを組んでいるだけ。この私の性格を考えるに、パーティーを組むよりソロでやらせてもらった方が合っているとは思う。ミナヅキがいなくなるのは痛いけれども、ポッケ村へ来る前はずっとずっとひとりで戦ってきた。そんな私にどうしてパーティーを組むよう村長たちが言ったのかは分からない。

 

「バッカ、お前。俺だってアレだぞ? 本気を出せばモンスターどもが逃げ出すレベルだぞ?」

「つまり、こやし玉レベルってことニャ。臭いニャ、近寄らないでほしいニャ」

「いやホント、お前は容赦ないな……」

 

 暴言を飛ばすアイルーと、それを笑って受けるハンター。そんなひとりと一匹を横目に何をするでもなく、ただただ風を感じ流れていく景色を眺める私。それがいつも通りの光景だった。

 

 これといった目的があるわけでもなく、これといった目標があるわけでもない。何がしたくてハンターとなり、何のためにハンターを続けているのだろう。そんな私が今、こうして生きている意味はあるのだろうか。

 考えれば考えるほど、思い浮かぶのはマイナスなことばかり。私はそんな性格だった。そんな自分自身を好きになれないのは仕方の無いことだと思う。

 

「へい、マイハニー。モミジからもこのネコ畜生に言ってやってくれ。コイツ、口を開けば直ぐに俺の悪口を言いやがるんだ」

 

 誰がお前のハニーだ。飛行船から叩き落とすぞ。

 あと、私を巻き込むのはやめてほしい。それほど強い相手ではなかったにしろ、疲れているのは確かなのだから。

 

「今日はお疲れミナヅキ。帰ったら美味しいものを一緒に食べようね」

「うニャ! それは楽しみニャ!」

「やだ、このパーティー敵しかいない……」

 

 フルフル亜種を倒した時と同じように、ミナヅキの頭を撫でてあげてから、言葉を落とした。アイツのことは無視の方向で。アイツの扱いはそれくらいが丁度良い。少しでも甘いところを見せると直ぐに調子に乗るんだ。……いや、まぁ、何もしなくとも調子に乗り始めたりするけどさ。

 

 いつも通り、辛辣な言葉を受け続けたにも関わらず、ヘラヘラと笑うアイツを見て、ため息をひとつ。何が楽しいのか分からないけれど、ホントよく笑うやつだ。

 

 ……笑う、か。

 

 私が最後に笑ったのはいつのことだろうか。そんなことも思い出せないほど、私の記憶は風化してしまっている。

 

 いつの日かまた、私も笑える日が来るのかな。

 

 そんな考えも進む景色とともに流れ、消えていった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 きっとそちらは今も雪が積もり、真っ白な景色となっているのでしょうけれど、お元気かしら? 此方は今日もまた順調にこの広い世界を飛んでいるところよ。フフッ、こうして手紙を書くのも久方ぶりとなるわね。

 さて、分かっていると思うけれど、こうしてこうして手紙を送るのはあの子の様子を聞きたかったらという理由。どう? あの子もそっちの空気に少しは慣れてくれたかしら。自分の感情を表すのが苦手なあの子のことだから、きっとなんでもないような振りをしていると思うわ。ハンターとしてのその実力は文句無し。それに、貴女も知っていると思うけれど、あの子はアタシが胸張って自慢できるくらいのハンターよ。

 ……ただね、あの子はなんでもかんでも全部自分で抱え込んでしまうの。別にあの子が悪かったわけじゃない。誰かが原因だったわけでもない。本当にただただ運が悪かっただけ。そうだというのに、あの子はきっと今も自分を責め続けている。だから、アタシは貴女に頼んだの。新しい環境に移れば、あの子も少しは楽になってくれるんじゃないかと思って。

 今のあの子を見ていると、考えられないでしょうけれど、昔はね、あの子も笑うことがあったの。何処か恥ずかしそうに、ぎこちなく、静かに……そっと笑ってくれることがあったわ。そんなあの子の笑顔がアタシも好きだった。だからね、もう一度そんなあの子の笑顔が戻ってくれればいいってアタシは思っているわ。

 それじゃあ、良い知らせを待っているわよ。

 

 ポッケ村村長へ。

 集会酒場マスター、ラヴェンダより。

 

 

 






読了、お疲れ様です
ここ最近書いていなかったので、ちょいと書いてみることに

暗い過去を持つ少女とバカとネコ、つまるところありがちなお話
でも、それがいい
前書きでも書いたように、かる~い作品となり、1話5000文字を超えないよう頑張りつつ、10話程度で終わる短中編を予定しています

それでは、次話でお会いしましょう



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もしディアブロスの角が俺のケツに刺さったらなんて想像もしたく……

 

 

「うおおっ! 唸れ俺の右腕ッ!」

 

 そんななんだかよく分からない叫び声を上げながら、あのバカは私をシールドバッシュで吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた体制を整え、あのバカに文句と共に渾身のハイキックを食らわせてやりたい衝動をどうにか抑える。邪魔をしてくる小型モンスターがいないから、手伝わせてみたらコレだ。この野郎、クエストが終わったら覚えてなさいよ。

 

 現在は角竜――ディアブロスの狩猟クエスト。フィールドは砂漠。時刻は真上で太陽が輝く昼。クーラードリンクを飲んではいるものの、照りつける太陽のせいで身体は焼かれ続けた。これだから砂漠でのクエストは嫌いだ。

 

「おほぉぉおおおッ! 突き上げしゅごいよぉぉおおおッ!!」

 

 そして、ディアブロスお得意の地面からの突き上げ攻撃があのバカに直撃。空高く舞い上がるあのバカはいつもより強く感じる太陽光を浴び、光り輝いていた。

 また意味の分からない言葉を叫んでいるけれど、そんなものもいつもの光景となってしまっている。もうヤダアイツ……

 お願いだからクエスト中はもう少し緊張感をもってもらいたい。どうせ言っても聞かないんだけどさ……

 

「ロロット! バカやってないでさっさと閃光玉を使うニャ!」

 

 オトモアイルーであるミナヅキの言葉を受け、あのバカが起き上がってから直ぐに閃光玉を使用。閃光玉により真っ白となった視界が晴れると、閃光玉で怯んだディアの姿を確認することができた。

 ハンターとして本当に残念な実力しかないあのバカだけど、アイテムの使い方だけは何故か上手い。あと耐久力も常人を遥かに超えている。ディアの突き上げ攻撃が直撃しておいてなんでアイツは普通に戦っているんだろう。これでもう少し戦力となり、あんな性格じゃなければなぁ……

 さて、そんな愚痴をこぼしていても仕様が無い。このチャンスに全力でいかせてもらおうか。

 

 目眩状態のディアへ一気に近づき、もう自分の身体の一部と言っても過言ではないほど使い慣れた片手剣で抜刀斬り。さらに、斬り上げ、斬り下ろしから回転斬りまでのコンボを叩き込んでやった。そして、その回転斬りを食らわせたところで、ディアが脚怯みによるダウン。

 

「ナイスだマイハニー!」

 

 誰がハニーだバカヤロー。いいからあんたは黙って戦いなさい。

 

 ダウンしたディアの脚へ私とミナヅキでラッシュをかける。あのバカはそんな私たちから少し離れ尻尾を攻撃。尻尾は既に切断してあるのだし、もう攻撃する必要はないのだけど、近くにいると絶対に邪魔だからこれで丁度良いと思う。

 2度ほどコンボを叩き込んだところで、ダウンしていたディアは起き上がり頭を大きく振った。むぅ、これで倒しきれなかったか。

 そして、そんなディアの起き上がりモーション後、また直ぐに真っ白となる視界。どうやら、あのバカがまた閃光玉を使ったらしい。ホント、アイテムの使い方だけは優秀な奴だと思う。

 

「捕獲する! 麻酔玉を用意しておいて!」

「あいよ、任せろ!」

 

 もう捕獲できるほど体力は削ったはず。別に捕獲をする必要はないけれど、ディアは逃げるとき砂の中へ潜るせいで、一度見失うと少々面倒くさい。ここで終わりにしてしまおう。

 今日はもう、疲れたんだ……

 

 閃光玉で再び怯んだディアの脚元へ私が罠を設置。そして、罠へかかったディアにアイツが捕獲用麻酔玉を投げたところで相手は動かなくなった。これでクエスト完了。

 ああもう、ホント疲れたな……

 確かにディアブロスは強いモンスターではあるけれど、私がここまで疲れているのはそれだけが原因じゃないだろう。

 

「っしゃ、おらー! クエスト完了だー!」

 

 いつも通りのあの笑顔を浮かべ、眠っているディアの周りで踊るバカ。おかしい、なんでアイツはあんなに元気なんだろうか……

 また今日も何度かシールドバッシュで吹き飛ばされたのだし、そのお返しをしてやりたいところではあるけれど、今ばかりはゆっくり休みたい気分だ。

 

「……モミジ、お疲れ様ニャ」

 

 踊るバカを見てため息を落とす私に労いの言葉をかけてくれたミナヅキ。貴方がいてくれることが唯一の救いだ。ホント、癒される。いつもいつもありがとね。

 

 はぁ……こんな調子でこの先大丈夫なのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「いやー、今日も完璧だったな! 自分の才能が怖くなるぜ」

 

 クエストを終え、ポッケ村への帰り道。今日も今日とて私のパーティーのバカは元気な様子。

 どこが完璧で、どんな才能が怖いというのだろうか。普段ならツッコミのひとつでもやってあげられるけれど、そんな元気も今の私にはなかった。いや、まぁ、クエストが終わった後はいつもこうなんだけどさ。このバカの体力が異常なんだ。それだけ元気が余っているのなら、もう少しくらい上手く動いてもらいたいと願うばかりです。

 

 いつも通り騒がしいアイツを見て、いつものようにため息をひとつ。

 このパーティーとなり、そこそこの時間は経ったけれど、コイツのことはよく知らなかったりする。どうしてコイツがハンターをやっているのかとか、コイツの過去の話とか。仲良くする必要はないけれど、一応コイツとはパーティーを組んでいるのだし、もう少しくらいコイツのことを知っておいた方が良かったりするのかな。まぁ、別に知りたくないっていうのは本音であったりするけどさ。

 そんなことを考えつつ、ボーっとアイツのことを見ていて気づいたことがひとつ。

 

「そう言えば、どうしてあんたはそんな片手剣を使っているのよ」

 

 コイツが使っている武器種は私と同じ片手剣。一発一発の威力は低いものの、その手数の多さで火力は十分カバーできるし、盾を使えるおかげで安定した立ち回りもできる優秀な武器だと思っている。私だってそんな片手剣を愛用しているのだし、コイツが片手剣を使っていることには何の文句もない。

 じゃあ、何が問題かって言うと……

 

「それってハンターカリンガでしょ? もう少しくらいちゃんとした武器を使いなさいよ」

 

 ――ハンターカリンガ。

 それは片手剣を使うハンターなら誰もが使ったことのある武器。つまり、初心者用、初級の初級者が使うような武器だった。一流のハンターならどんな武器だろうと問題なく扱える、なんて聞くことがあるけれど、そんなはずはないってのが私の考え。一流のハンターならそれ相応の武器を使うべきだし、ただでさえ戦力になっていないコイツがハンターカリンガなんて使ったらもう……

 私とパーティーを組んでからそれなりの数のクエストをクリアしているのだし、素材やお金がないってわけではないはず。そうだというのに、どうしてそんな武器を使っているのやら……

 

「おおー、良くぞ……てか、やっと聞いてくれたか。実のところこの片手剣はな、超一流のハンターからもらった武器なんだ!」

「ねぇ、ミナヅキ。これホントの話?」

「嘘の話ニャ」

 

 うん、だと思った。

 コイツの過去は知らないけれど、超一流のハンターから武器をもらうとかはまずないだろう。どうせギルドからもらったものを今もまだ使っているとかそんな理由なはず。

 

「はぁ……ちょっとソレ貸して。どうせちゃんと手入れもしてないんでしょ?」

「うん? まぁ、貸すのはいいけど大切な武器だから丁重に扱ってくれよ」

 

 ハンターカリンガ程度が大切な武器って……武器屋に行けば普通に買える武器でしょうが。ポッケ村の武器屋なら600zとかだったと思う。とても安い。

 変な奴だとは知っていたけれど、コイツはそんな私の想像以上なのかもしれない。今更だけどホント、とんでもない奴とパーティーを組むことになっちゃったなぁ……

 

 なんとも複雑な気分のままアイツからハンターカリンガを受け取り、刃こぼれだとかそういうことがないか確認。しかしながら、意外なことに手入れはしっかりと行われているらしく、状態はかなり良い。長く使われているせいか、全体的にくたびれてはいるもののまだまだ使うことは可能だろう。

 ハンターカリンガは本当に初心者が使う片手剣だ。ソレをここまで使い込んでいるのは初めて見た。

 

「……あんた、武器の手入れできたんだ」

 

 直すような部分もなかったため、ハンターカリンガは返すことに。アイテムの使い方は上手いし、武器の手入れもできる。そんな風には見えないけれど器用な奴なのかもしれない。

 

「だから言っただろ、大切な武器だって」

 

 私からハンターカリンガを受け取り、少しだけ拗ねたような顔でアイツは言葉を落とした。いや、だって普段のコイツからはそんなこと想像もできなかったんだもん。そう思ってしまうのも仕方の無いことだろう。

 

「それは失礼しました。それにしても、ホントどうしてハンターカリンガなんて使っているのよ」

 

 現在の私たちが行くクエストのほとんどが上位クエスト。G級と比べたらまだ優しいレベルではあるものの、ハンターカリンガじゃ流石に無理がある。私だってハンターカリンガで上位モンスターと戦うのは遠慮したいくらいだ。

 

「ふっ、一流のハンターってのはな、武器を選ばないんだぜ?」

 

 コイツ、ぶん殴ってやろうかな。

 確かにそういう意見もあるけれど、コイツが言うともうギャグにしか聞こえない。武器くらいはちゃんとしたものを使いなさいよ。ただ、どうせ私が言っても聞かないんだろうなぁ……

 

「ねぇねぇ、ミナヅキ。コイツって昔からハンターカリンガを使っていたの?」

「……そうニャ。その片手剣をもらってからはずっとソレを使っているニャ」

 

 あっ、もらったってのは本当のことだったんだ。

 その時にどんな物語があったのかは知らないけれど、その人ももう少しくらい良い武器を渡してくれれば良かったのに……いやまぁ、ハンターカリンガだから渡したんだろうけどさ。

 きっとミナヅキも苦労していたんだろうなぁ。そして、今現在も苦労し続けていることだろう。……うん、一緒に頑張ろうねミナヅキ。私は貴方の力にちゃんとなってあげるよ。

 

 ……もらった武器、か。

 ヘラヘラと笑うアイツを見ながら、頭の奥でいつかどこかの記憶が浮かびかける。そうやって思い浮かぶ記憶は……いつだって悪いものだった。

 ホント、色あせず風化もしてくれない記憶はタチが悪いものばかりだ。

 別に前へ進む必要なんてない。けれども、私はいつになったら過去に縛られなくなるのだろうか。悩みひとつない顔で笑うアイツを見て、私はそんなことを思った。

 

 



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最近は叩かれたり殴られたりすることに喜びを覚えるようになって……

 

 

 溢れ出る赤が、止まらない。

 間に合わなかった。遅かった。ただそれだけのこと。きっとただ運が悪かったというだけのことなんだ。

 けれども、そんな小さなことで人間の命というものは散っていってしまう。それほどに人の命は儚い存在だった。

 

「えへへ、すみません。私……またミスっちゃいました」

 

 いつもと変わらない笑顔で、いつものように言葉を落とした彼女。けれども、その声は今直ぐにでも消えてしまいそうなほどに弱々しく感じた。

 解毒薬は使った、秘薬だって飲ませた。それでも、身体中に回ってしまった毒を消すことはできないらしい。

 

「自分のことです。私はもう助からないんだろうなってことは分かります。だから、きっとこれが最期の会話になっちゃうかと」

 

 彼女の身体から徐々に力が抜けていくのがわかった。

 いつもなら嫌になるほど冷静な思考が、まとまらない。溢れ出る後悔の念とともに、目からは何かが溢れた。視界が、ぼやけた。

 

「あのね……私、ずっと好きでしたよ。どこか照れくさそうに……静かに、そっと笑ってくれる貴方の顔が好きでした」

 

 

 ――だから

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目が覚めた。

 何かの、夢を見た気がする。けれども、どんな夢を見ていたのかは思い出せなかった。

 開けっ放しの窓から冷たい空気が入り込み、私の身体を冷やす。酷く汗をかいていたせいでよりいっそうポッケ村の空気は冷たく感じた。

 

 どんな夢を見ていたのかは覚えていない。けれども、これほどの汗をかき、目覚めだってよくはないんだ。どんな夢を見たのかくらいは私にだってわかった。

 過去にとらわれているつもりはない。でもきっと、私がそう思いたいだけなんだろう。ホント、いつになったら私は前へ進むことができるのだろうか。

 

「はぁ……シャワーでも浴びてこようかしら」

 

 独り言が落ちる。

 冷え切ってしまった身体。私が以前暮らしていた場所ならともかく、このポッケ村は寒く、このままでは風邪をひくかもしれない。眠気覚ましもかねて熱いシャワーを浴びるとしよう。

 

 寝起きのせいで身体は上手く動いてくれなかったが、どうにか脱衣所へ。

 

 そして、脱衣所の扉を開けると――あのバカがいた。

 

 

「うん? きゃああああっ! モミジさんのえっちぃぃいいいい!」

 

 

 引っぱたいておいた。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……流石にアレは理不尽じゃないだろうか」

「だから悪かったって言ってるでしょ?」

 

 私が引っぱたいた頬をさすり、少しだけその眉をひそめながら言葉を落としたロロット。

 扉を開けた瞬間、全裸のバカがいたためほぼ反射的に手が出た。とはいえ、流石の私でも申し訳なさは感じている。

 

「いきなり全裸のロロットが現れたら引っぱたかれても仕方無いニャ。モミジのアレは不可抗力ニャ」

「ホント、なんでお前は俺の扱いがそんなに雑なんだよ……」

 

 呆れたような顔をしながらも私をフォローしてくれたミナヅキ。ただ相変わらずあのバカには辛辣らしい。

 ……ロロットとミナヅキ。このひとりと一匹の詳しい関係を私は知らない。どんな過去があり、どんな経験をして今の状況になっているのか、などを。

 いくら他人に興味のない私といっても一応同じパーティーなのだし、聞いておいた方が良いのかもしれない。ただ……他人の過去を知るというのは少しだけ怖かった。それはきっと私の過去を知られるのが怖いという裏返しなのだろう。

 

「それにしても……随分と顔色が悪いが何かあったのか?」

 

 むぅ、まだ表情に出ていたのか。普段はただのバカだというのに、こういうことばかりは鋭いことで……

 

「……別に。ただちょっと昔の夢を見ただけ」

 

 本当にただそれだけのことだ。それがただ、嫌な夢だったというだけ。

 

「おおー、奇遇だな。実は俺も今朝、昔の夢を見たんだ」

 

 昔の夢、ねぇ。

 心の底から不本意であるものの、ふたり分の住居は流石にない、ということでこのバカとは同じ家で暮らしている。マジでやめてほしい。

 ……そんな状況ではあるけれど、私はコイツのことをほとんど知らなかった。そしてきっと、コイツも私のことをほとんど知らない。

 私たちの関係なんてそんなものだ。

 

「へー、どんな夢だったのよ?」

「うん? ああ、そりゃあもう凶悪なモンスターどもをバッタバッタとなぎ倒し、皆から褒め称えられるような夢だ」

 

 どうやら現世の夢ではなかったらしい。いや、前世とかの夢だとしても信じられることじゃないか。

 

「なんならもっと詳しく教えてやろうか?」

「ねぇ、ミナヅキ。貴方はいつからこのバカのオトモをやっているの?」

「あれ、無視? 無視される感じですか?」

 

 面倒なことはスルーするに限る。目の前で騒いでいるバカは放っておくことにしよう。

 とはいえ、このパーティーとなってからもうそれなりの時間が経った。このバカのことはもういいとして、いつも頑張ってくれるミナヅキのことくらいは私も知っておきたい。それくらいには私だって歩み寄ってみるのもいいと思う。

 

「うニャー……ひとつ言っておくと、ボクは別にロロットのオトモってわけじゃないニャ」

「え? そうなの?」

 

 いやでも、ギルドへは確かにロロットのオトモアイルーとして登録してあったはずなんだけど……

 まぁ、ミナヅキのような優秀なアイルーがあんなバカのオトモをしているのもおかしいと思っていたのは本当のことだったりする。オトモアイルーをつけたことはないけれど、ミナヅキの実力がすごいことくらいは私にだってわかる。

 

「あー……まぁ、そうだな。建前上そうするしかないからコイツは俺のオトモになっているだけだ。コイツのご主人は別にいるよ」

 

 本当のことだったんだ……

 ただ、そうなると別の疑問が浮かんできてしまう。ミナヅキほどの実力があればオトモにしたいハンターなんていくらでもいる。本当なら私だってオトモになってもらいたいくらいだ。

 

「じゃあなんでミナヅキはあんたなんかと一緒にいるのよ?」

 

 そんな当たり前のような疑問。

 いくらミナヅキが優秀なアイルーだろうと、下手なハンターといるより上手いハンターと一緒にいたほうが良いに決まっている。それに、そもそもとしてご主人がいるのなら、どうしてそのご主人と一緒にいないのだろうか。

 

 そして、私の質問に対し、あのバカは直ぐに答えた。

 

 

「俺が無様に死ぬところを見るためだよ」

 

 

 いつものようにヘラヘラと笑うあの顔をしながら。

 

 ……正直なところ、ロロットの言葉の意味がわからなかった。

 確かに、ミナヅキはロロットに対して辛辣だ。けれども、それは仲の良さからくるものだと思っていたし、実際そうとしか見えなかった。だから、ロロットのその言葉を聞いた私の思考は止まってしまうことに。それくらいには衝撃を受けたってことなんだろう。

 

「……一応、言っておくとそんな理由じゃないニャ。ロロットがあんまりにも頼りないから仕方なくボクがついていてあげているだけニャ」

 

 ため息混じりに言葉を落としたミナヅキ。

 さっきから思考が追いつかない。何が本当で何が嘘なのやら……

 

「あれ? そうなのか? だって俺と一緒に行くことになった時、お前そう言ってたじゃん」

「そんなの嘘に決まっているニャ」

「この野郎……」

 

 そして始まるいつもの取っ組み合い。まぁ、一方的にあのバカがやられるだけなんだけどさ。

 

 きっとミナヅキの嘘にあのバカが騙されただけ。別に気にする必要なんてない。頭ではちゃんとそう思えている。けれども、ロロットのあの言葉がどうしても引っかかってしまっているのは事実だった。

 ……これだから他人の過去に関わるのは苦手なんだ。

 

 

 

 

 ひとりと一匹の喧嘩……というより、ひとりがただボッコボコにされるイベントも終わり、クエスト出発前の食事をすることに。

 

「そういやさ、モミジはなんでポッケ村なんかに来たんだ? モミジも出身はこの村じゃないんだろ?」

 

 顔中に引っかき傷を作ったあのバカが食事をしながら聞いてきた。見ていて痛々しいほどの傷ではあるけれど、ディアブロスの突き上げが直撃しても元気なコイツにとって、これくらいの傷はなんてことないんだろう。ホント、体力だけは一人前以上持っている。

 

「特に深い理由なんてないわよ。こっちのギルドにハンターが足りていないって言われたから来ただけ」

 

 それは本当のこと。けれども、全ての理由ってわけではなかった。だって、例え全てを話したところで何かが変わるわけでもないのだから。

 何もなかった。何も、なくなった。それだけのこと。過去を変えることなんて誰にもできやしない。

 

「ふーん……よくわからんが、まぁ、いろいろあったってことか」

 

 それだけの言葉を落とし、それ以上アイツは聞いてこなかった。デリカシーの欠片もないような奴だと思っていたけれど、一応の配慮くらいはできるらしい。私だって好き好んで話したいことでもないのだから、有り難いことではある。

 

 アイツはそれ以上言葉を落とすことはなかった。けれども、何故か私から視線を外そうとしない。

 むぅ、そんな見られながらだと、すごく食事をしづらいんだけど……

 

「……なによ?」

 

 そして、私がそんな言葉を落とすと、アイツは何も言わずに立ち上がり、私の前へ立った。

 別に怖いとかそういう感情はないけれど、少しだけ心臓の動きが速くなる。

 

「はぁ……全くそんな仏頂面をしちゃってさ。君にそんな顔は似合わないぜ? だからほら、笑ってごら――

 

 ぶん殴っておいた。

 

 残りわずかとなっていた料理を飲み物と一緒に流し込む。

 ごちそうさま。今日も美味しかったよ。

 

「ほら、さっさと起き上がりなさい。クエストへ行くわよ」

「りょ、了解。マイハニー……」

 

 笑い方なんて……もう忘れてしまった。

 自分がアレから前へ進めていないことくらいわかっている。そんなどうして私がまだハンター続けているのかなんてわからない。それでも私は……

 

 答えがわからない。だからきっと、私はその答えを見つけるためにハンターを続けているんだろう。例えそれが遠回りだとしてもそれ以外の方法を私は知らない。

 ホント、自分のことだけど不器用な性格だと思っているよ。

 

 

 



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普段は小さいけれど、いざとなったら大きくなる。なるほどこれがギャップ萌えってやつか、ってモミジに言ったらぶん殴られ……

 

 

 心地の良く穏やかな風が流れ、天気は晴れ。

 場所は森丘。もしこれがクエストでなかったら、この心地の良い空気に包まれながらひと眠りでもしたいくらいだ。

 

「しっかしねぇ、何だって今回は採取クエストなんかに行かないといけないんだ? 俺はもっと強いモンスターとかと戦いたいんだがなぁ」

「ロロットがあまりにも弱いのが原因だと思うニャ」

「ふっ、俺の実力がわからないとはギルドも見る目がねぇなぁ」

 

 穏やかな風とともに流れてきたひとりと一匹の会話。その会話からもわかるように、今は森丘で行う採取クエストに来ているところ。内容は特産キノコ15個の納品とそれほど難しいクエストではない。てか、こんなもの初心者ハンターが受けるようなクエストだ。あのバカならともかく、私やミナヅキが受けるクエストではないだろう。報酬金だって美味しくないし、本当なら遠慮したい。まぁ、他に受けるクエストがなかったのだから、仕様がないのだけど。

 

「ほら、馬鹿言ってないでさっさと集めてしまいましょ」

 

 ノルマはひとり5個。さくっと終わらせて、今日はゆっくりお酒を楽しませてもらいましょうか。

 

「了解マイハニ「死ね」ヤダ辛辣……よ、よしっ、それじゃあ皆で競争だな! 一番最初に特産キノコ5個を集めて納品した奴が勝ちで、一番遅い奴は帰ったらキングターキーをおごるってことにしようぜ!」

 

 最初は採取クエストってことに文句を言っていたバカだったけれど、いざクエストが始まるとやはりいつものように騒ぎ始めた。元気なのはいいことだ。いいことなのだけど……もうちょっとこう……ね。一応、ロロットだって私と同じ上位ハンターだ。けれどもホント、なんでこのバカは上位ハンターになんてなれたのだろうか。

 

「ロロットは最初からもう1個持っているからずるいニャ」

「バカ、俺のオニマツタケを納品できるわけないだろうが」

 

 死ねばいいのに。切り取られてしまえ。

 ……はぁ、もうホント、なんで私はこんな奴とパーティーを組んでいるんだろう。

 

 

 

 

 クエストが始まり直ぐに飛び出して行ってしまったバカは放っておき、ミナヅキとふたりで探索を開始。そして、マップでいう7番エリアで運良く、特産キノコの群生地を見つけることができた。

 特産キノコは味と香りがよく、食材とした重宝される物だ。けれどもその需要に対して、供給は絶対的に少ない。大きさは小指程度しかなく探すのも大変だし、今回のように群生していることなんて本当に珍しいこと。素人には特産キノコを見つけるのも難しく、納品クエストとしてハンターが採取することはよくあった。

 とはいえ、それでも簡単に見つけられるものでもないし……まぁ、今回は運が良かったってことなんでしょうね。

 

「前も聞いたけど、どうしてミナヅキはあのバカと一緒にいるの?」

 

 この場所だけで15個は集まるだろうし、これでクエストも完了。どうせあのバカはまだ特産キノコを5個見つけられていないでしょうし、ポッケ村に戻ったらキングターキーをおごることもほぼ決定。ついでにお酒を付けてもらうことにしよう。

 

「うニャ? うニャぁ……本当にただ、ボクのご主人からロロットのことをよろしくって頼まれただけニャ」

 

 ミナヅキとロロットの仲は悪くない。むしろ、良いコンビだと思ってしまう時もあるくらいだ。けれども、ミナヅキに対してあのバカの実力が低いのは事実。だから、そのことはどうしても気になってしまった。

 

「ミナヅキはそのご主人さんの元には戻らないの?」

「……今のところそれは考えていないニャ。それにご主人ならひとりでも大丈夫ニャ!」

 

 そんな言葉を落としたミナヅキは少し恥ずかしそうにしながらも――笑ってくれた。

 あのバカの笑顔は苦手だけど、ミナヅキのその笑顔は素直に素敵だと思ってしまう。だからきっと、私も笑顔が苦手ってわけじゃないんだろう。たぶん、単純にあのバカのことが苦手なだけ。どうして苦手だと思ってしまうのかは自分でもよくわからないけれど……

 

 ミナヅキのご主人さん、か。あれほどの実力を持っているミナヅキのご主人さんなんだ。きっと一流のハンターなんだろう。私だって自分の実力にそれなりの自信はあるけれど、そんな私には想像もできないくらいのハンターなんだろうなぁ。

 

「そっか。そのご主人さんってどんなハンターなの?」

「んー……ニャ。うニャ、すごく変わったハンターだったニャ。けれども、自慢のご主人ニャ!」

 

 そう言って嬉しそうに笑うミナヅキ。かわいい。ホント癒される。ミナヅキを見ていると私もオトモがほしくなる。

 

 それからもミナヅキと雑談をしながら採取を続け、私が8個、ミナヅキが7個の特産キノコを採取し、目標納品数に到達。あれ? じゃあ、あのバカはいらなかったんじゃ……まぁ、いつものことか。そうか。

 

「よし、これで15個集まったし、納品しに戻ろっか。帰ったらあのバカにいっぱいおごらせてあげようね」

「うニャ。楽しみニャ」

 

 私の性格的に、納品クエストよりも狩猟クエストの方が合っているとは思う。けれども、こうして同じパーティーの仲間と雑談をしながら行える納品クエストだってたまには悪くないのかもしれない。……いろいろなことを忘れ、ただただ全力でモンスターと戦い続けることはやっぱり疲れてしまうから。

 そう思ってしまうことくらいは許してもらいたい。誰に許してもらいたいのかはわからないけれども。

 

 そして、納品のためベースキャンプへ戻ろうとしているときのことだった。

 何もなく、ただただ平和に終わる。そうなれば一番なのだろうけれど……ハンターという職業はそんなに甘いものじゃない。

 そんなことは痛いくらいわかっている……

 

「はっ、は……あ、ハ、ハンター……さん? 良かった……」

 

 今にも泣き出しそうな声。見るからに疲弊した様子。そんな状態の少女が私たちの目の前に現れた。

 ギルドからは何も聞いていないし、たぶん目の前の少女の存在は私たちにとってイレギュラーなもの。けれども、放っておくことなんてできやしない。

 

「どうしたの? 何かあった?」

 

 その手に握り締めた薬草を見るに、たぶんこの少女は森丘へただ採取に来ただけなんだろう。とはいえ、少女ひとりでこの場所へ来て良いほど此処は優しい場所じゃない。

 

「……モミジ、来るニャ」

 

 私の質問に少女が何かを答える前に、ミナヅキが言葉を落とした。

 そして、木々を薙ぎ倒し轟音を響かせながら現れたひとつの巨体。どうやら、ハンターの日常が戻ってきてしまったらしい。

 

「はぁ……リオレウス、か」

 

 無意識のうちに溢れるため息。火竜、天空の主――飛竜の王リオレウス。

 採取クエスト中、モンスターが乱入することは決して珍しいことじゃない。むしろ乱入してこない方が珍しいくらいだ。だって、今私たちのいるこの場所はそういう場所なのだから。

 

 けれども、今は少女というイレギュラーがいる。状況は――かなり悪い。

 

 止まっている時間も、考えている時間もない。しかし、この状況に身体は動こうとしない。いつか昔の記憶が頭の中に広がる。忘れたくても忘れられない。頭の中にこびり付いた嫌な記憶が。

 

「へい皆さん。そっちはどんな状況だ? いやぁ、厳選キノコは見つかるんだが特産キノコが……あ? あー……これはまた笑うしかない状況なことで」

 

 聞こえてきたいつも通りの軽い声。その声が聞こえたことでやっと動くようになった身体。

 

「ハ、ハンターさん! 助けて! 助けて、ください……」

「あいわかった。任せとけ、マドモアゼル。俺が来たんだ、もう安全だぜ」

 

 泣き叫ぶような少女の言葉に対し、いつも通りヘラヘラと笑いながら言葉を落としたロロット。

 どうする? どうすればいい? まずはこの少女を安全にベースキャンプまで連れて行くことが最優先。けれども、現れたリオレウスがそれを簡単にさせてくれるとは思わない。何から? 何からすればいい?

 

「ッハ、ニャ……うニャ……」

 

 さらに、いつもは冷静なはずのミナヅキの様子が少しおかしい。マズい、思考が安定しない。ゆっくりと何かを考えている時間はないはずなのに……

 

「おい、落ち着けミナヅキ。モミジ、とりあえず君はこの少女をベースキャンプまで連れて行ってくれ。この空飛ぶトカゲは俺とこのネコ畜生でどうにかする」

 

 いつも通りの間の抜けたような表情。けれども、この状況で一番冷静なのはロロットだったんだろう。

 本当に情けないことではあるけれど、私だって冷静じゃなかった。

 

「ど、どうにかするって、レウス相手にあんたでは無理じゃ……」

「俺だってハンターだ、なめんな。はぁ……無理でも無茶でも無謀でも! 女の子から助けてって言われたらやらんきゃしゃーないだろっ!」

 

 急に真剣な顔になったロロット。

 落ち着け私。このバカだってこれでも一応ハンターなんだ。このバカが簡単に死ぬようなやつじゃないことくらいわかっている。優先順位を間違えるな。

 

「ボ、ボクもモミジと一緒にこの子を……」

「ミナヅキッ!!」

 

 どうしてなのはわからないけれど、さっきからミナヅキの様子がおかしい。そんなミナヅキに対してロロットは今まで聞いたこともないような大声で叫んだ。

 ロロットのその声で震える空気。まとまらず浮ついていた考えが一気に収束。

 

「クエスト中だぞ! いらねぇ感情や考えを斬り捨てろっ! お前がいなくなったら誰が俺を守るんだッ!」

「ッツ……うニャ、ごめんニャ」

 

 普段のヘラヘラとしている表情からは想像もできないほど真剣な様子のロロット。なんか最低な言葉も聞こえたけれど、今はこのバカの言葉に従おう。とにかく今はこの少女の安全を確保することが最優先事項。

 

 それにしても、ミナヅキのこの状況はいったい……

 

「ちょ、ちょっと! ミナヅキはどうした、の?」

「心配いらん、アイルーによくあるただの発情期だ。ベースキャンプまで無事送り届けられたらサインを1回。何かヤバいことが起きたらサインは2回。……その女の子のこと、頼んだぞ」

 

 そんな言葉をロロットが落としたところで、ついに動き出したリオレウス。

 あのバカの声なんかとは比較できないほどの咆哮が空気を揺らした瞬間――視界は真っ白に。それはあのバカが使った閃光玉によるもの。ホント、アイテムの使い方だけは優秀な奴だ。どこでそんな技を覚えたっていうのやら。

 

「走れっ! 俺のことはちょっと心配してくれるだけでいい!」

 

 閃光玉により怯んだリオレウス。その隙に少女の手を掴む。

 いらない感情を斬り捨てる。今はただ、この少女を守ることだけを考えよう。

 

 

 



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誰よりもカッコ悪く、誰よりも情けなく。そんなハンターでしかないけれ……

 

 

 自分よりも少しばかり小さな手を取り、ベースキャンプを目指して森丘を駆ける。いつかの昔、何処かのあの時は守ることができなかった小さな手を――いや、いらない感情は切り捨てるんだ。今はとにかくこの少女を守らないと。

 

「頑張って。此処からベースキャンプまでは近いから」

 

 私の手をギュッと掴んでいるその少しばかり小さな手は、確かに震えていた。不安や恐怖、そんなものが握った手を通して伝わってくる。

 

「あ、あの男のハンターさんは……」

「大丈夫。アイツ、バカみたいに強……くはないけど、体力があるやつなんだ。リオレウスくらいならなんともないよ」

 

 少しでもこの少女が安心できるような言葉を落とす。

 ……本当なら笑って言えるのが一番だってわかっている。けれども、こんな時だって私は笑うことができやしなかった。

 

 幸いなことに、この少女と出会った場所からベースキャンプまでの距離はそれほどない。だからあの場所でロロットとミナヅキがリオレウスを引き止めてくれていれば、私はこの少女を安全にベースキャンプまで連れて行けるはず。それに少しくらいのモンスターなら、例えこの少女を守りながらでも戦うことはできるだろう。

 それでも……私の頭の中ではどうしても嫌なことばかりが浮かんでいた。

 そもそもとして、ロロットがリオレウスを相手に引き止められるとは思えないこと。頼りになるミナヅキの様子が明らかにおかしかったこと。私を不安にさせる材料が多すぎるんだ。今は気にしたって仕様が無いことはわかっている。それでも、気にせずにはいられない。だから私はパーティーが……

 

 どうしても思い浮かんでしまういらない感情。それよりも今は考えなきゃいけないことがあるというのに。

 

 そして、私と私が手を引く少女の前に数匹のモンスターが現れた。

 別に油断していたわけではなかったはず。それでも、ここまで近づいてくるまで認識できなかったってことは、私も普段の調子じゃないらしい。何をやっているんだか。ホント、面倒なことだ……

 

「ハ、ハンターさん……」

 

 震えるような少女の声。私の手を握る力がより一層強くなった。

 現れたのは数匹のランポスと、そのランポスよりもふた回りほどの大きさを持つ――ドスランポス。

 数が多いとはいえ、普段なら苦戦するような相手じゃない。けれども、今はこの少女がいる。ホント、面倒なことで。

 

 さてっと。できることなら、ランポスたちを無視してベースキャンプを目指したいところではあるけど……そんなことを許してくれるとは思えない。

 

「……ねぇ。貴女、名前は?」

「え? あ、えと……エ、エーファ、です」

 

 女の子から助けてと言われた。だから、やらなければ仕様がない。それがあのバカの言葉。あんな奴に言われたのは腹が立つけれど……本当に、全くもってその通りだ。

 今はただ、とにかくこの子のために全力を出すだけ。

 

「そう、良い名前ね。私はモミジ。……ねぇ、エーファちゃん。ちょっと怖いかもしれないけれど、目を閉じて60くらいの数字を数えていてもらえる? その時、そうだなぁ……帰ったらどんなおいしい料理を食べようかなぁ、とか楽しいことを考えながらさ」

「あっ、え、えと……で、でも、危なことがあったら知らせろってあの男のハンターさんが……」

 

 今はまだ警戒している。けれども、目の前にいるランポスたちはいつ私たちに襲いかかってきてもおかしくない状況。残されている時間はあまり長くない。

 

「ふふっ、本当に危なくなったらね。大丈夫、大丈夫だから、エーファちゃんはちょっとだけ待っていてもらえる?」

 

 上手くはできなかったと思う。笑っている、だなんて思われないくらいのもモノだったかもしれない。それでも、私にできる精一杯の笑顔をしながらあの少女に言葉を落としてみた。少しでもこの少女が安心できるよう、そっと、そっと。

 

 そして、そんな言葉を聞いた少女は、私の手を離し、両手で耳を塞ぎ、ギュッと目を閉じた。

 

 さて、さてさて……やっとこれで私も動くことができる。思う存分暴れることもできる。野蛮な性格だと思われるかもしれないけれど、やっぱり私には採取クエストよりも、討伐クエストの方が合っているのだろう。大丈夫、これくらいの状況はなんてことのない、普通の状況だ。

 

 それじゃあ、ひと狩りいくとしようか。

 

 ランポスの数は5、ドスランポスは1。少女が目を閉じていることを確認。アイテムポーチから閃光玉を取り出し、ランポスたちの前へ。

 その瞬間、真っ白に染まる視界。あのバカとパーティーを組むようになって、閃光玉の使い方は私も上手くなったと思う。あんなバカでも役に立つこともあるものね。

 

 全てのランポスたちの怯みを確認し、再びアイテムポーチから、いくつかのアイテムを取り出す。こんな状況なんだ。いくらランポスが相手とはいえ出し惜しみはなし。最初から最後まで全力で。

 最初に怪力の種を口へ放り込んでから直ぐに噛み砕き、鬼人薬グレートとともに流し込む。さらに、怪力の丸薬も口に含んでおく。

 ドーピングにより、身体の奥から力が湧いてくる感覚。これを使うと次の日の筋肉痛は避けられないけれど……それよりも大切なのは今。制限時間は約60秒。今の私には迷っている時間だってない。

 

 いつもよりもずっと強い力で片手剣を握り締め、手始めにジャンプ斬りで一番近くにいたランポスの頭を斬り飛ばす。それから直ぐにローリングで次のランポスへ距離を詰めてから、相手の脚を狙って斬り上げ。斬り上げにより転倒したランポスへ、そのまま斬り下ろしと横斬りで2頭目も討伐。

 3頭目のランポスへはシールドバッシュを叩き込み、怯ませておく。怯んでいる間に4、5頭目へローリングで近づき4頭目へ斬り上げ、5頭目へ斬り下ろし、そして――2頭まとめて回転斬りで頭を斬り飛ばした。さらに、シールドバッシュによって怯んでいた3頭目のランポスもジャンプ斬りを食らわせたところで、5頭全てのランポスの討伐が完了。

 

 飛び散るランポスの体液とともに舞う、私の使う武器から出た氷の結晶。

 

 ナールドボッシュ――それが私の使っている片手剣の名前。氷牙竜の素材を用い、この地方でナールドボッシュを使っているのは私だけだろうし、生産すらされていないんじゃないかな。けれどもそれは、私がずっとずっと愛用している大切な片手剣だった。

 

 5頭のランポス討伐にかかった時間は約40秒。残りは20秒で、ドスランポスはまだ無傷のまま。

 閃光玉による怯みが解け、周りの惨状に気づいたドスランポスは私を威嚇するように大きな声を上げた。

 

「……別にさ、貴方たちに恨みとかそういうものがあるわけじゃないんだ」

 

 20秒。つまり、あのアイテムの効果時間と丁度同じ。

 最後の1頭となったドスランポスの方を向いてから……口に含んでいた怪力の丸薬を噛み砕く。その瞬間感じたさらに膨れ上がる力。

 効果時間は決して長くない。けれども――このアイテムの効果は絶大だった。

 

 ジャンプ斬りで相手との距離を詰めながら、最初の1発。赤色とともに舞う透明な結晶。

そこから、斬り上げ、斬り下ろし、横切り、水平斬り、斬り返しと片手剣お決まりのコンボを容赦なく叩き込んでから――最後に回転斬りで、相手の頭を斬り飛ばした。

 

「けれどもきっと……私たち(ハンター)貴方たち(モンスター)の関係はこういうものなんだと思う」

 

 ドスランポスを倒した瞬間、怪力の丸薬の効果が失われ増幅されていた力が一気に抜ける。どうにか制限時間までに相手を倒すこともでき、ほっと一息。

 そして、握っていた片手剣を納刀してから少女の様子を伺うと、恐る恐る――といった感じでゆっくりと目を開け始めていた。

 

「ひっ……あ、た、倒した……のですか?」

 

 辺りに飛び散ったランポスたちの死体とその体液。そんなものを見てか、少女は大きく身体を震わせた。ごめんね、怖がらせちゃって。私たちハンターにとってこれは別段おかしな状況ではないけれど、一般人であるこの少女にとってこの光景は、非日常の光景でしかないだろう。

 

「うん、もう全部討伐できたから大丈夫だよ。もう邪魔をしてくるモンスターもいないだろうし、それじゃベースキャンプへ行こっか」

 

 例えどんなに洗ったとしても落ちることはない、汚れ切ったこの手でこの少女の手を掴んで良いものなのか、少しばかり考えてしまう。

 けれども、そんな私の手を目の前にいる少女は何の迷いもなく、もう一度掴んでくれ、それが……少しだけ嬉しかった。

こんな私でも、この少しばかり小さな手を握っても良いんだって思えた気がしたから。

 

 

 

 

 それからベースキャンプまでは本当に何事もなく、無事少女を送り届けることに成功。少女を送り届けてから直ぐ、あのバカに言われた通りサインを1回出した。

 

「それじゃ、私はちょっとメンバーの様子を見てくるね。もう少しだけ時間はかかっちゃうけれど、エーファちゃんはここに居て。ここならモンスターも来ないし安全だからさ」

 

 とりあえず一番大きな課題はクリアすることができた。

 そうなると次は、ロロットとミナヅキのことが心配になってくる。きっと何も起きていない。無事でいてくれる。そう思うようにはしているけれど……膨れ上がるのはマイナスの感情ばかり。

 あのひとりと1匹と別れてからまだそれほどの時間は経っていない。ミナヅキほどの実力者なら大丈夫だろうし、あのバカだって普通のハンターの何倍もタフな奴なんだ。だから大丈夫、大丈夫なはず……

 

 こんな状況なせいか、まだ不安そうな様子ではあったけれど、私の言葉を聞いた少女はしっかりと頷いてくれた。

 そんな少女に対して、またできる限りの笑顔を向けてから、直ぐに強走薬を飲み込みロロットたちのいるはずの場所へ向けて走り出す。余計なことを考えないよう、とにかく全力で。

 

 それからそれほどの時間をかけることもなく、その場所に到着。

 どんな戦闘があったのかはわからないけれど、焼けた匂いと所々に残る何かが燃えたような跡。

 

 そして――

 

「うニャ。やっぱりロロットじゃご主人の足元にも及ばないニャ」

「あーもう、うっるせーな。騒ぐな、火傷したところが痛むだろうが。だいたいお前のご主人が異常なんだよ。それにレウスだって倒したんだから別に問題ないだろ」

 

 もう動くことはないだろう火竜――リオレウスと、そのリオレウスの前に立ち、いつも通りの会話を続けているロロットとミナヅキの姿があった。

 

 

 



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そんなハンターではあるけれど張りたい意地や通したい筋くらいは残って……

 

 

「今日は本当にありがとうございました!」

 

 少女をベースキャンプまで無事送り届け、本来の目的であった特産キノコの納品も終え、今は飛行船に乗ってポッケ村へ戻るところ。

 そんな飛行船の上で今回助けた少女――エーファが深々と頭を下げた。

 

「別にそんな気にしなくていいわよ。私たちハンターにとっては当たり前のことなのだから」

 

 それは嘘偽りのない本音。

 クエスト中に一般人を助ける、なんてことはなかなかないけれど、それも私たちハンターの仕事だと思っている。

 ホント、この少女を無事に助けることができて良かったし、今はそのことだけを喜ぶ場面なんだろう。

 

「このお礼は帰ったら必ず……」

「あー、モミジも言ってるが、ホント気にしなくていいぞ?」

 

 真剣な表情の少女に対し、ヘラヘラといつも通りの顔をしながら言葉を落とすあのバカ。ただ、リオレウスとの戦闘のせいか、その表情は少しばかり疲れているようにも見える。

 

「戻ったらちょっと俺と結婚を前提にお付き合いいただけるだけで――」

 

 ぶん殴っておいた。

 なんてことを言ってるんだコイツは。台無しだし、最低だよ。

 

「ああぁあっ! レウスとの戦闘による傷がぁぁああ「うっさい!」あっ、はい。すみません……」

 

 私とバカを見て、少しだけ困惑している様子の少女。ごめんね、こんな変な奴で。勘違いしてもらいたくないけれど、コイツがおかしいだけで、他のハンターは皆ちゃんとしているからね。

 

「今回はとにかくエーファちゃんが無事で良かった。ただね、これからは本当に気をつけて。村や里から少しでも離れちゃうと、そこはもうモンスターたちの領域なの」

 

 私たちハンターはそんな場所が普通。けれども、この少女のような一般人にとってあの場所は危険すぎる。だからこそ、この世界ではハンターという存在が貴重なんだけどさ。

 

「あっ、はい……これからは気をつけます」

 

 うん、そうしてもらえると嬉しいかな。

 今回はたまたま私たちがいた。けれども、ハンターがその場にいない時の方が絶対に多いし、それで散って逝ってしまう命も少なくはない。……本当に簡単なことで命は散ってしまう。それほどにこの世界は人間にとって厳しい世界なんだ。

 

「それにしても、よくミナヅキだけでリオレウスを倒せたわね」

「あれ? 今、普通に俺の存在がスルーされなかった?」

 

 ミナヅキの実力は私だって知っている。けれども、あの時は様子もおかしかったし、いくらミナヅキといってもあの小さな身体でリオレウスを倒せたことが信じられなかった。あのバカは……まぁ、うん。頑張っている場面を想像するのはちょっと難しいかな。

 

「レウスくらいボクならどうってことないニャ!」

 

 私の言葉に胸を張って応えてくれたミナヅキ。ホントかわいい。癒される。ついつい抱きしめてあげたくなるけれど、流石に引かれそうだからそんな気持ちはそっと沈めておくことに。

 

「嘘つけ、俺がいなかったらレウスだって倒せなかっただろうが」

 

 そんなミナヅキと私を見ながら、少しだけ拗ねたように言葉を落としたロロット。

 このバカの実力が残念なことは私も知っている。けれども、ロロットもアイテムの使い方だけは本当に上手い。たぶん、今回もこのバカがアイテムを使ってミナヅキをサポートしながら戦っていたのだろう。オトモアイルーをサポートしながら戦うハンターとか聞いたこともないけれど……

 

「そう言えば……あんたも怪我をすることってあるのね」

 

 リオレウスの炎を受けた影響か、防具は焦げているし火傷のような怪我も見える。毎回モンスターからボコボコにされるロロットではあるけれど、今回のように目に見える怪我をすることはなかった。

 

「そりゃあ、俺だって怪我くらいするわ。俺をなんだと思っていたんだ……」

 

 だって、いつもならモンスターからどんな攻撃を食らってもピンピンしているじゃない。だから、今回は珍しいなって思っただけ。

 

「……それで? 戦闘はどんな感じだったの?」

 

 ロロットがミナヅキをサポートしたのは確かだと思う。ミナヅキの実力だって知っている。それでも、リオレウスを倒せるほどの火力が出せるとは思えない。

 ミナヅキは無傷だけど、あのバカの怪我を見るに、決して楽な戦いではなかったはず。

 

「うん? そりゃあ、決まってるだろ」

 

 拗ねたような表情から、いつもだらけ切った表情に戻るあのバカ。

 

「レウスの股間へ俺がシールドバッシュを叩き込み続けただけだよ」

 

 そして、いつも通りのヘラヘラした表情であのバカがそんな言葉を落とした。

 はぁ、ホントどうやって戦っていたのやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「おい、バカネコ。どうだ? 少しは落ち着いてきたか?」

 

 俺が投げた閃光玉によって怯んでいるレウスを見ながら、ミナヅキへ言葉を送る。

 モミジとあの女の子の姿はもう見えない。つまりこれで、レウスだけに集中することができるってもの。とはいえ、流石に俺だけじゃあコイツを倒すことなんてできやしないし、そもそも足止めすらできない可能性が高い。

 自分で言っておいて悲しくなってくるが、俺の実力なんてそんなものだ。

 

「……ニャ。もう大丈夫ニャ」

 

 拗ねたようなミナヅキの声。それでも、いつも通りになってくれたのは有り難い。

 

「んじゃま、相棒。この目の前のでっかいトカゲをどうにかするぞ」

「ボクはロロットの相棒なんかじゃないニャ。……それでもまぁ、手伝ってやるニャ」

 

 相変わらずの減らず口なことで。いつも通りになったと思ったら直ぐコレだ。ま、お前と俺との関係はそんなものでいいって思っているけどさ。

 

 ……閃光玉は残り4個。調合分も含めると14回。それだけで稼げる時間は7分が限界だろう。シールドバッシュによるスタンと罠の拘束も含めると……10分程度の足止めくらいだ。10分もあればモミジがベースキャンプまで行く時間は稼げるが、あの少女を連れているってことを考えると……まぁ、厳しいか。

 そうなるとやっぱ、レウスを倒すしかないよなぁ……

 

「ミナヅキ、10分あればコイツを倒せるか?」

「ロロットは戦力にならないし、今のボクだけじゃ無理ニャ」

 

 まぁ、そうだよなぁ……いくらミナヅキに実力があるとはいっても、ちゃんとした装備もない状態でレウスを倒すのはかなり厳しい。ホント情けない限りだが、俺が全力を出したところで、レウスを怯ませられるかもわからない程度。

 モミジがいないだけでここまで火力が落ちるとは……まぁ、今できることをやるしかないわけだが。

 

「どうするのニャ? ボクの準備はいつでもできているニャ」

「もう少しだけ待て、下手に怒らせてかーちゃん(リオレイア)が来たら面倒だ」

 

 ミナヅキに()を使わせるか? いや、それでも火力は足りない。今は逃げられることもレイアを呼ばせないほども早く倒す必要がある。

 考えろ、最善策は他にあるはずだ。

 

「……レイアはこの場所にいるのかニャ?」

「クエストが始まって直ぐに巣を確認した時、痕跡はなかった。ただ、アイツが急に現れることくらいお前だって知ってるだろ」

 

 俺がそんな言葉を落とすと、ミナヅキの表情は一気に暗くなった。

 あーもう! いらんことを言った。余計なことを考えるなって言ったばっかだろうが。

 

「……ミナヅキ」

「うニャ……大丈夫、ボクは大丈夫ニャ」

 

 頼むぞ、俺だけじゃあコイツをどうにかすることなんてできないのだから。

 さて、そろそろ閃光玉による怯みだって解けるだろうし、動き出さなければいけない時間だろう。

 

 頭のどこかではわかっているんだ。どうするのが正解なのかってことは。……けれども、ソレを俺ができる自信はない。

 

 ま、『助けて』なんて言われてしまったんだ。やらなきゃしゃーないだろう。

 今度こそはきっと誰かを守れるようこの武器を選んだ。今、その守る対象はいないけれど、この武器だからできることがある。

 

「ミナヅキ、サポートを頼む」

「それはいいけれど、どうするつもりニャ?」

 

 閃光玉による怯みが解けたレウスへ、もう一度閃光玉を喰らわせる。真っ白に染まる視界。絶対にお前を逃がしやしない。なんと言われようが、今ここで倒させてもらうよ。

 

 

「お前のご主人の真似……かな」

 

 

 ミナヅキのご主人によってその火力は保証済み。調合分まで含めた素材も持ってきている。あとはそれを俺ができるかどうかってだけだ。準備よし、覚悟よし。

 そんじゃま、始めようか。

 

 小さく折りたたまれた大タルを組み上げ、その中に爆薬とカクサンデメキンを詰め込んでから、レウスの前へ設置。そして、直ぐに片手剣で斬りつけて起爆。爆炎はローリングで回避し、また直ぐに大タルを作り調合を開始する。

 むせ返るような炎と煙の匂い。ローリングで回避はしているものの、炎で身体が焼ける。さらに、煙のせいでレウスの様子が全く見えない。

 

 ……ホント、アイツはよくこんな戦い方を続けていたもんだよ。

 

「尻尾攻撃来るニャ!」

 

 煙のせいで見えないため、レウスの動きはミナヅキの声で確認。頼むぞミナヅキ、お前のサポートがないとこの戦い方はできないのだから。

 ミナヅキの言葉を受け、調合作業を止め、ローリングでレウスから距離を取る。その瞬間、相手の尻尾が煙を切り裂いていった。やってられん、マジで怖い。相手が見えないと、ここまで戦いにくいのか……

 

 回避後、調合を再開し再び大タル爆弾Gを設置し直ぐに起爆。

 慣れていないせいで、爆炎を上手く避けられない。身体が焼ける。正直、こんな戦い方なんてやってられないが、今はこの方法しか思いつかない。無理やりでもいい、止まるな、身体を動かせ。

 

「ブレスニャ!」

 

 あいよ、了解。

 股下へ潜り込むようにローリングをして調合、設置、起爆。

 

「閃光怯み解けたニャ!」

 

 アイテムポーチから閃光玉を取り出し、レウスの顔の位置を確認。そして、顔の前へ閃光玉を投げる。目が痛くなるほどの白。鬱陶しいことに煙が目に染みて涙だって出てきやがる。涙邪魔! 引っ込んでろッ!!

 

 ……集中しろ。絶対に手順を間違えるな。気にしなければいけない仲間はいない。今はただ、コイツを倒すことだけ考えていればいい。

 

 

 

 

 どのくらいの時間、そんな戦い方を続けていたのかはわからない。それでも、その時間は永遠のように長く感じた。

 ……情けないことではあるが、ここのところはずっと楽をしてきたんだ、それも仕方の無いことなんだろう。

 

「……討伐、完了ニャ」

 

 閃光玉は残りひとつ。大タル爆弾Gの調合素材は残りふたつ分だけ。

 そんなギリギリの状態まで追い詰められたが、それでもレウスを倒すことはできたらしい。もし相手がG級個体だったのなら無理だっただろうが……まぁ、今回は運が良かったってことなんだろうな。

 

 爆炎を喰らい続けたことで身体はボロボロ。こんなに怪我をしたのは本当に久しぶりだ。ああ、本当に疲れたな。

 無事にレウスを倒し安心したところで襲いかかってきた疲れと痛み。ヤバいことが起きた時、知らせるように言った2回サインは出ていないし、今ばかりはちょいと休ませてもらうとしよう。

 

「ニャふ。ボクのご主人と比べて全く上手くできていなかったけれど、さっきのロロットの姿ならモミジも褒めてくれると思うニャ」

 

 俺のことをバカにしたように笑いながら言葉を落としたミナヅキ。

 

 ミナヅキのご主人……か。俺もこの武器を使い続けていれば、いつかアイツみたいに上手く戦えるようになるのかねぇ。

 ま、そんな気は全くしないわけだが。師匠といい、ミナヅキのご主人といい俺の周りにいたハンターはバケモノみたいな奴らばかりだ。

 

「バカ言え。あんなカッコイイ姿を見られたら惚れられちまうだろうが」

 

 そんな姿は俺にゃあ似合わんよ。

 誰よりもカッコ悪く、誰よりも情けない……俺はそんな人間なのだから。

 

 そして、ミナヅキと会話をしていたところで、モミジが出したと思われる1回だけのサインを確認。ああ、良かった。あっちもどうやら無事だったらしい。結果論でしかないが、あの女の子をモミジに任せたのは正解だった。

 

 今、俺のしていることが正しいだなんて思っちゃいない。どう考えたってバカなことをしているってわかっている。

 それでも今回、あの女の子を守ることができたのは本当に嬉しいと感じている自分がいた。

 

 

 







これまでの作品で大タル爆弾を使う場面は何度も書かせていただいておりますが、あんな大きなアイテムをどうやって持ち運んでいるんでしょうね
ちなみにですが、大タルが折りたたみ式という設定は公式にありません



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立てば金獅子、座れば牙獣種、歩く姿は……まぁ、つまりはラージャンってことだ

 

 

「っつー……ったく、ホント怪我だけは勘弁してもらいたいな」

「ロロットの自業自得ニャ」

 

 本当に怪我が痛むのか、顔をしかめながらあのバカが言葉を落とした。

 これまで、コイツとは何度もクエストへ行っているし、そのクエストの度、モンスターからボコボコにされていた。けれども、コイツが怪我をしたところは見たことがなかったし、それほどに丈夫な身体なのだろうと思っていたのは本当のこと。

 だから、今のロロットの様子はやたらと新鮮に感じた。

 

「はぁ、暫くは休んでいなさい」

「モミジはどうするのニャ?」

 

 ん~……どうしようか、私は別に怪我をしているわけでもない。だから直ぐにでもクエストへ出発してもいい状態だ。

 

「そうね、私は何かのクエストへ行くことにするわ。ミナヅキはどうする?」

「うニャ……ロロットをひとり残しておくと何をするか心配だから、ボクは残ることにするニャ」

「いや、俺は別に何もしないぞ?」

 

 それもそうね。いくら残念な奴とはいえ一応、パーティーを組んでいる仲間なんだ。問題でも起こされたらたまらない。

 ミナヅキが来てくれないのは確かに寂しい。でも、ひとりのクエストは慣れている。……私にとってはそれが普通だったのだから。

 

「それじゃ私はクエストに行ってくるけど、あんたはおとなしくしてなさいよ?」

「あいよー。モミジなら大丈夫だろうが、気をつけて行ってきてくれ」

 

 言われなくても。それに、大変なクエストに行くつもりはないからまず大丈夫だと思う。

 

 

 そんな会話をしてから、軽く準備をして直ぐに集会所へ向かうことに。止まっているのはどうにも苦手なんだ。

 

 そして、難しいクエストを受けるつもりはないけれど、流石に採取クエストじゃなぁ……なんてことを考えている時だった。

 

「おっと、ごめんよ」

 

 私も私で上の空になっていたのは確かだったと思う。なんだか意識しているみたいで腹が立つけれど、あのバカがああして怪我をしてしまったことを気にしている自分がいたのだろう。

 

「あっ、こっちこそごめん」

 

 集会所へと向かう途中でひとりのハンターとぶつかってしまった。

 その相手だけど……背は私よりも高く横幅は2倍くらいもある巨体の女性ハンター。その背に大きなハンマーを担いでいた。これほどの巨体なんだ。一度見たら忘れることはないはず。つまり、今の私のいるギルドとは違うギルド所属のハンターなんだろう。

 

「あたしは大丈夫だけど、アンタは大丈夫かい?」

「う、うん、大丈夫。えと……見かけない顔だけど貴女は?」

 

 もしかしたら、いきなりそんなことを聞くのは失礼だったかもしれないけれど、どうしても気になってしまった。いや、それくらいにインパクトのあるハンターだったんだ。

 

「普段はバルバレにいるハンターだよ。たまたま近くに来たものだからバカ弟子の顔を見に来たのさ」

 

 なんて目の前の女性は笑いながら言葉を落とした。見るからに豪快そうな人だ。きっと実力もあるハンターなんだろう。

 それにしても、そうですか。バルバレといえば砂漠の近くにあるギルドだったはず。このポッケ村とは正反対の気候だけど、大丈夫だろうか。

 

「っと、そうだ。アンタ、ロロットっていうハンターを知らないかい?」

 

 あ、うん……それ、よく知っている奴です。

 なるほど、あのバカのお師匠さんだったのか。ロロットの過去はほとんど知らないけれど、アイツもバルバレのハンターだったってことかしら?

 

「ええ、知っているわ。ソイツならここを真っ直ぐ進んだ先の家にいるはずよ」

 

 私とパーティーを組んでいることは言わなかった。別にこれと言った理由はない。ただ、なんとなく。

 

「そうかい、そうかい。ありがとね」

 

 どういたしまして。

 そんな会話を私と交わすと、そのハンターは直ぐに私たちの家へ向かっていった。ドスドスという効果音がよく似合いそうだ、なんて思ったけれど、流石にそれは失礼か。

 どんな教育をしたらあんなハンターになるのか、とか色々と言いたいこともあったけ。でも、私からは何も言わなかった。踏み込んじゃいけない気がしたから……ってことだと思う。たぶん、おそらく、きっと。

 

 全く気にならない、と言ったら嘘になる。けれども、その時はそれ以上考えることもなく、直ぐに集会所へ向かってしまった。

 

 ……ここで、今出会ったハンターについていったら、このお話がもう少しだけ違うものになっていたのは確かだろう。けれども、そんなことを考えたって仕様が無いんだ。きっときっとそういうこと。

 

 

 そして、集会所にしては珍しい相も変わらずのんびりとした空気の中で、どのクエストを受けようか、ボーっとクエストボードを見ているときのことだった。

 

「失礼。最近他のギルドから此方へ来たというのは、君で間違いないだろうか?」

 

 整った顔立ち。使用武器はライトボウガン。見るからに強者。そんな男性のハンターから声をかけられた。

 

 それがきっと何かの始まる合図だったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 身体中が痛む。クエスト中はまだどうにか動いてくれたが、今はもう動ける気がしない。ホント勘弁してもらいたいよ。

 そんな俺を置いてモミジはクエストへ行ってしまったが……まぁ、モミジなら大丈夫だろう。いやでも、ミナヅキくらいはついて行った方が良かったかもしれないな。

 

「それにしても情けないニャ」

 

 俺がまともに動けないのをいいことに、腹の上でピョンピョン跳ねながら挑発してくるネコ畜生。ああもう、鬱陶しいな。そんなに暇ならクエストでも行ってこいってんだ。

 

「あの戦い方をしたのは初めてなんだ、しゃーないだろ」

 

 今の俺にはアレが精一杯。お前のご主人ほど器用な人間じゃないんだ。我武者羅に武器を振り回すことしかできない不器用な人間だよ。

 

「……それなら、もっと違う戦い方をすればいいニャ」

 

 そんなミナヅキの言葉に何かを返してやることはできなかった。

 今、俺のやっていることが正しくないことはわかっている。けれども、一度やってみようと思ったことを曲げるつもりはない。それが筋ってものだろう。

 

 はぁ。とはいえ、今のこの姿をあの師匠に見られたら何を言われることやら……少なくとも褒められはしないだろう。

 

「そういやさ、お前って俺の師匠と会ったことはあるんだっけ?」

「どっちの師匠ニャ?」

「キリンを食べる方」

 

 いや、食べないけどな。でも、あの師匠は見た目がもうキリンを美味しくいただきそうなんだ。ホント、ラージャンって感じ。

 

「……食われるかと思ったニャ」

 

 ああ、会ったことはあるのか。

 まぁ、そうだよなぁ。これまでいろいろなモンスターと戦ってきたが、どのモンスターよりもあの師匠が俺は怖いよ。ウルクススに背負投を決めるハンターなんてあの師匠くらいだろう。人間じゃない。見た目も中身も。

 

 そんな仕様も無い会話をしている時だった。噂をすればなんとやら。まさに青天の霹靂。ホント勘弁してもらいたいよ……

 

 

「邪魔するよ」

 

 

 なんて、声がしたと思ったら、どんな力を込めたのか分からんが、けたたましい音が響き家の扉が開いた。

 

「うん? なんだい、随分と元気そうじゃないか」

 

 別段、俺もハンターとして小さい方ではない。けれども、そんな俺と比べて遥かに大きい背に、とにかくでかい横幅。もうなんか、明らかにヤバい奴。驚くべきことに生物学的分類上は雌になる。

 そんな人間(?)が現れた。

 

「うニャー! ラ、ラージャンニャー! こやし玉、こやし玉を使うニャ!」

「落ち着けミナヅキ! ラージャンにこやし玉は効果がないぞ!」

「あたしゃ人間だよ! この大馬鹿者っ!!」

 

 人間ピンチになれば多少はキツくても身体は動いてくれるものだ。アレだけ痛んでいた身体も動き、自分でも驚くような早さで戦闘態勢へ。

 

「お、お久しぶりです師匠。え、えと……すみませんが、丁度キリンの素材は切らしていまして」

 

 はて、ラージャンって毒生肉は食べただろうか。残念ながら、ラージャンに対する知識はそれほど持ち合わせていない。

 

「いるか、そんなもの! はぁ……まったくどうしてこんな性格になってしまったのやら」

 

 鏡、持ってきましょうか? それともモンスター図鑑のラージャンのページを見せればいいだろうか。

 まぁ、とにかくそんな人に育てられたのが原因だと思う。

 

「武器防具を没収されて原生林に一週間ほど放置されたりした影響かと」

 

 狂竜化したガララアジャラと出会った時は本当に死ぬかと思った。

 

「良い師匠じゃないか」

 

 あらやだ、会話にならない。

 

「そ、それで、今日はどうしたんです? 雪山へ里帰りですか?」

「あたしの故郷はバルバレだよ! なんだって、そういうところばかり、あのバカに似ちまったんだい」

 

 いやだって、こんなやり取りばかり見せられていましたし、師匠の扱いはそうするものだと、あの人から習いましたし……

 

 師匠とはそんなやり取りを続けていたが、やはり師匠が怖いのか、ミナヅキは完全に避難していた。ラージャンとソロで戦うとか本当に勘弁してもらいたい。

 

「はぁ、たまたま近くまで来たものだから顔を見に来ただけさね。それにしてもなんだい? 随分とおかしなことをしているようじゃないか」

 

 壁に立てかけてあるハンターカリンガをチラと見てから師匠はそんな言葉を落とした。

 ……信頼できる相手だ。別に隠そうとは思わないが、全てを説明する気にはなれない。だって、絶対に怒られるし。

 

「……自分なりにいろいろと考えているつもりです」

「やめときな。アンタが考えたところで良い考えなんて思い浮かぶはずがないさね」

 

 それはわかっています。それでも、今の自分でできる限りのことはやってみたいんだ。例え、それが間違っていることで、望まれていることじゃないとしても。

 

「ま、どうせあたしが言ったところで、アンタが聞きゃしないのもわかっているよ。ホント、そういうところもあのバカそっくりだ」

 

 そう言って師匠は呆れたように笑った。曇ひとつない純粋な笑顔。どっかの誰か笑顔とは大違いだ。

 

「それに、それはアンタが決めたことなんだろう? それなら頑張りな。胸張っていけばいい。なんたってアンタはこのアタシとあのバカが育てた唯一のハンターなのだから」

 

 本当にカッコイイ人だ。俺なんかの師匠にはもったいない。

 ……自分が恵まれた環境にいるのは確かだろう。俺がこの師匠や、世界を幾度も救ったあの人に追いつける日は来るのかねぇ。そんな自分なんて想像もできないんだけどさ。

 

「とりあえず、元気なようで良かったよ」

「今は怪我でボロボロですよ?」

「それくらい怪我のうちには入らないさね」

 

 相変わらずのスパルタ。それでも、今の自分がいるのはこの師匠のおかげってのもよくわかっている。

 ホント、俺の周りにいるハンターはバケモノだらけだ。モンスターなんかよりもよっぽど怖い。

 

「今度はアンタから顔を見せに来な。そうすればアイツも喜ぶよ」

「えー……でも、どうせ行ったところであの人はいないじゃないですか」

 

 面倒くささが半分。恥ずかしいのがもう半分といったところ。ただ、会いたいと思っているのも本当のことだ。

 

「あー……忙しい奴だからねぇ。『次で最後! これが最後のクエストだからっ!』とか言っていたけど……まぁ、ダメだろうさね」

 

 5年前にも同じセリフを聞いた気がする。てか、出会った時からずっと、ハンターなんてもう辞めてやる! とか言っているような人だった。良い加減にしないと、本当にあの美人な奥さんに逃げられるじゃないだろうか。

 まぁ、あの人がギルドから離れる影響がどれほど大きなものかは皆わかっているだろうけどさ。相変わらずな人だ。

 

「それじゃ、あたしはもう行くことにするよ」

 

 あら、もう行ってしまうのか。そうなるとなんだか寂しく思ってしまう。まぁ、いろいろあったとはいえ、お世話になったのは本当のことなのだし、それも仕方の無いことだろう。

 

「頑張れ。あたしからはそれしか言わないよ」

「はい、頑張ります。俺からもそれしか言いません」

 

 不出来な弟子であることは確かで、貴方のように強い心も、あの人のように世界の危機を救えるほどの実力もない。

 それでも、貴方たちの唯一の弟子であることは誇りに思っている。だから、俺なりにできる限りのことをやってみるつもりだ。

 

 そして、そんな会話を交わしたところで、師匠はそれ以上言葉を落とすこともなく行ってしまった。どうして、片手剣を使っているのか、どうしてポッケ村にいるのか、聞きたいことはあったと思う。落とされた言葉はあまりにも少なく、素っ気無さすら覚えるが……それが今は有り難かった。

 信頼されている……ってことなのかね。いや、それは考えすぎか。

 

 さってと、なんだかんだでやる気が出てしまった。

 残念ながら怪我のせいで今直ぐに動くことはできないが……まぁ、予定よりも少しだけ早く動いてみるとしようか。

 

 それにしても……

 

「ミナヅキ。お前、いつまで隠れているつもりだ?」

「……ラージャン、怖かったニャ」

 

 心の底から同感だよ。

 

 

 



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火傷した部分は痛むが、なんだかそれも快感になってき……

 

 

「失礼。最近他のギルドから此方へ来たというのは、君で間違いないだろうか?」

 

 声をかけられた。

 今思うと、きっとそれが何かの始まる合図だったんだろう。私の知っている所でも知らない所でも何かが動き出した合図。

 

「……貴方は?」

 

 この地方出身でないということもあり、このポッケ村周辺で私の知り合いは少ない。

 ……いやまぁ、元々人見知りだし、例えここが故郷だったとしても知り合いはそれほどいなかったでしょうけど。

 ま、まぁ、そんなことはいいとして、声をかけてきた人物を確認してみた。

 頭防具は外しているものの、防具はレイア一式に、武器はライトボウガンでそちらもレイア素材を使ったもの。そして恐らく、上位の更に上――G級の装備。

 

 となると、このハンターはG級ハンターってことだろう。さて、そんなハンターが私に声をかけてきた理由はどうにも思いつかない。私だってそれなりの実力は持っているとは思っているけれど、G級ハンターと比べてもそう言えるとは流石に思えないのだから。

 

「おっと、失礼。つい舞い上がってしまって……僕はリュオン。これでも一応G級ハンターをやっているものだよ」

 

 リュオンと名乗ったハンターは少しだけはにかみながら、そんな言葉を落とした。整った顔立ちからそんな表情はずるい。きっとモテるんだろうなぁ。

 それにしても……なんだろう。別段おかしくもない極々普通な会話なはずなのに感動している私がいる。誰のせいだ。あのバカのせいか……

 

『よ、初めましてだな。俺はロロット。右利きだが相棒は左手だ』

『死ね』

 

 ……今思い返してもアレは最悪な出会いだった。うん、忘れることにしよう。ホント、どんな教育を受ければあんな性格になるっていうんだ。

 

「私はモミジよ。それでG級ハンターさんが私にどんな用事?」

「うん、よろしくモミジ。実は君に僕たちのパーティーに加わってほしいんだ。あっ、ずっとわけじゃなく、一時的にだけどね」

 

 なるほど勧誘、か。それ自体は別にいいのだけど、やっぱり私を勧誘する理由がよく分からなかった。この彼はG級ハンターで私はまだ上位ハンターでしかないのだから。まぁ、流石に足を引っ張るようなことにはならないと思うけど。

 

「どうして私を?」

「さっきも言ったけれど、最近他のギルドからこっちへ派遣されたのがモミジなのだろう? その実力は僕も聞いている。詳しい話はまたするけれど、今は君の力がほしいんだ」

 

 むぅ、なんともやりにくい。過小評価されるのは嫌いだけど、過大評価されるのも迷惑だ。まぁ、私がこっちのギルドへ派遣されてきたのは確かで、その理由ってのいうのがきっと……はぁ、ギルドマスターもそれなら最初からそう説明してくれれば良かったのに。

 

「分かったわ。貴方に協力する。と言っても、私にそこまでの実力を求められても困るわよ?」

「ふふっ、そんな謙遜しなくても大丈夫だよ。こっちに来てからの君の成績は僕も聞いているから。それを知っているからこそ、こうして頼んだんだ」

 

 あー……ダメだ。なんというか、すごく苦手なタイプだ。いや、良い人だっていうのはわかるのだけど、根本的に私と合わないのだろう。

 

「まぁ、とりあえずよろしくね、リュオン」

「ありがとう。短い間になるだろうけれどよろしく頼むよ、モミジ」

 

 そして、そんな会話を交わしてから握手。なんというか、こそばゆい。こういうのには慣れていないんだ。自分で言っていて悲しくなるけれど、基本私はソロハンターだったし……

 

 

 

 

 

 

「それにしてもモミジが僕の提案を受け入れてくれて本当に良かったよ。実のところもっと堅い性格だと思っていたんだ」

 

 クエストカウンターでクエストを受注しながらリュオンはそんな言葉を落とした。しっかりと確認することはできなかったけれど、受注したクエストは下位クエストだったと思う。

 

「……そうね。もう少しだけ昔の私だったら断っていたと思う」

 

 昔じゃ考えられなかったけれど、パーティーを組むことに抵抗が少なくなっているんだろう。それはきっとあのバカとパーティーを組むようになったのが原因。

 

「そっか、それなら丁度良いタイミングだったね。それと、君はもうパーティーを組んでいただろう? そのことも不安だったんだ。ロロット君……だったよね? 彼から了承を得なくても良かったのかい?」

「ああ、それなら大丈夫よ。アレとパーティーを組んでいるのもなんとなく成り行きでってだけだし」

 

 現在アイツはケガでダウン中。まぁ、私がリュオンとパーティーを組んだことを知ったらどうせアイツは騒ぐだろうけれど。

 

「それに、アイツがパーティーに加わっても困るでしょ?」

「ま、まぁ、ちょっと変わったハンターだってことは聞いているよ」

 

 どんな言葉を落とせばいいか酷く迷っている様子。まぁ、私と同じパーティーの人間を悪くは言いにくいんだろうなぁ。別に私は気にしないけれど。

 そして、やっぱりアイツのことも知っているんだ。まぁ、あんなハンターなんてなかなかいないのだし、噂くらいにはなっているだろう。ホント、どんな噂をされているのやら。

 ふと思ったけれど、そんな奴とパーティーを組んでいる私って……

 

「それで? どんなクエストへ行くのかしら」

「雪山の採取ツアーだよ。……表向きはね」

 

 後半の言葉の声を小さくしてリュオンは答えた。

 ……表向きは、ねぇ。

 そういうクエストを受けることは私もあった。普通ではないクエストを普通のクエストとして受けることが。ホント、なんとも懐かしい感じだ。

 

「それと言っていなかったけれど、もうひとりメンバーがいるんだ。見た目は少しばかり怖いけれど、中身は良い奴だから安心してほしい。あとその実力も保証するよ」

 

 あら、後出しの情報提供ですか。見た目通り、しっかりとした性格なんですね。

 なんて、思ってしまうのは私の悪い癖なんだろう。

 

「別に私は気にしないわ」

「ふふっ、そっか。それなら良かったよ」

 

 私の言葉に対してリュオンはそう答えてからまたはにかむように笑った。

 うーん、やっぱり私とは性格が合わないかなぁ。これならまだあのバカの方が……いやいや、落ち着け。私は今何を考えようとした。

 

「さて、今回は調査が中心となるだろうけれどクエストへはもう行けそうかな?」

「ええ、いつでも」

 

 食事は済ませてあるし、アイテムの準備もできている。どんなモンスターがターゲットとなるのかは分からないけれど、いい感じの緊張感になっている。久しぶりの感覚。でも悪い気はしない。

 

「よし、それじゃあ早速出発するとしよう。もうひとりのメンバーはもう出発口にいるはずだ」

 

 なんて言葉を落としたリュオンに続いて私たちもクエストの出発口へ。

 

 そして、そこにいたのは――

 

「おう、リュオン漸く来たか。うん? もしかして一緒にいるのが例のハンターなのか?」

 

 武器はハンマー。見上げてしまうような高身長に。私の倍以上の横幅。それは、つい今さっき見たような外見で……まぁ、なんというか……すごくあのモンスターを彷彿させるハンターだった。

 初めての出会いなのだし、色々と言わなきゃいけない言葉はあったと思う。けれども、そのハンターを見て最初に私が落とした言葉は――

 

 

「えっと、貴方もしかしてお姉さんがいる?」

 

 

 なんてものだった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 お返事、ありがとう。其方はやはり今でも雪が降っているそうね。ずっと空の上にいる私も久しぶりに大地を踏みしめたくなったわ。フフッ、なんてね。

 さて、あの子も元気でやっているようで私は嬉しく思うわ。ちょっと癖が強いみたいだけど、良いハンターとパーティーを組むこともできたみたいね。きっとあの子がまた昔みたいに笑ってくれる日も近いんじゃないかしら。

 貴女の腕の立つハンターを派遣してほしいという意見と、あの子に新しい環境を知ってほしいという私の意見が合ったからあの子を貴女の元へ送ったのだけど、間違いではなかったようね。どうかしら? 雪山で起こっている異変の原因もそろそろ分かってきたのでは?

 もちろん、私にだって不安はある。けれども、それ以上にあの子のことを信頼している。大丈夫、きっとあの子なら貴女の期待に応えてくれるはずよ。

 それじゃあ、きっとあの子が掴んでくれる良い知らせを待っているわ。

 

 ポッケ村村長へ。

 集会酒場マスター、ラヴェンダより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……行くのですか?」

 

 決して広いとは言えない部屋の中。クエストへ行く準備をしているのか、どこか上機嫌にアイテムボックスをあさる男へ、女性がため息混じりにそんな言葉を落とした。

 

「まぁな。別に俺が頼まれたわけじゃない。けれども今回ばかりは自分で行きたいって思うんだ」

 

 あきれ顔の女性の方を向いてから男はそう言って笑った。

 普段からもうハンターなんぞ辞めてやる、なんて言葉を重ねている男にしては珍しいセリフ。けれども、その女性は男がそう答えることはわかりきっていただろう。それでも、聞かなければいけない気がした。

 

「自分の子どもように可愛がってきた奴が困ってるかもしれねぇんだ。師匠っぽいことは何もできなかったもしれないけどさ、たまには師匠面したくもなる」

 

 そんな男の言葉を聞いた女性はため息をまたひとつ。

 そして、そんなため息を落としてから――優しく笑った。

 

「最近はずっと顔も見せに来ないんです。たまには帰ってくるように言ってくださいよ?」

「ああ、きっと伝えるよ。そんじゃ、あんま待たせるとアイツが激昂状態になるし行くとするわ」

「ええ、どうかお気をつけて」

 

 女性が落とした言葉に対して、手を挙げることで応えてから家を出た。

 

 

 







あと3話ほどで完結……できたらいいなって



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全男性諸君の夢を叶えるためゲリョス素材を用いた従来品へザザミの素材を加えることで驚異の耐久性と薄さを実現! その感触はまるで生! 俺はこのアイテムをzazami originalと名付……

 

 

「それじゃあ、今回の目的を説明するよ」

 

 雪山へと向かう飛行船の上、リュオンが言葉を落とした。

 このクエストの目的が調査だとは聞いているものの、その詳しい内容は知らないから助かります。まぁ、どうせ簡単な内容でないことは確かなんだけどさ。

 

「モミジも聞いていると思うけど、現在雪山では異常が起きているんだ。どうやら雪山の生態系がおかしくなっているらしい。それで僕たちの目的はその原因の調査と解決だよ」

 

 そんなこと初めて聞きました。

 そういえば、ポッケ村の村長の横にいたやたらと貫禄のあるアイルーがそんなことを言っていたような気もするけど……

 

「調査ねぇ……俺はそういう細かいことが苦手だな。とりあえず、雪山にいる強そうなモンスターを狩ればいいってことだろ?」

 

 そして、そんな言葉を落としたのは、リュオンとパーティーを組んでいるレッジというハンターだった。

 体格もそうだけど、その性格も分かりやすそうなもので助かる。まさに戦闘民族といった感じ。まぁ、別に仲良くなるつもりはないんだけどさ。

 ちなみに、姉はいないらしい。ホント、あの時すれ違ったハンターとそっくりなんだけどなぁ……

 

「最終的にはそうなるだろうけれど、まずは原因を見つけないとだよ。モミジ、このことに関して何か知っていることはあるかい?」

「残念ながら私は何も知らないわ」

 

 雪山でそんなことが起こっていることを今知ったくらいなのだから。

 生態系に異常が起きたって原因を普通に考えると、強いモンスターが現れたってことになると思う。よほど獰猛な性格をしているか……天災を引き起こすあの古龍のような存在が現れたとかそんな感じ。

 とはいえ、流石にG級の古龍を相手にできる自信はない。

 

「了解。それじゃあ今回はモンスターとの戦闘はできる限り避けて調査をメインにしよう」

 

 そんな流れで、このパーティーでのハンター生活は始まった。

 とはいえ、リュオンが言っていたように、このパーティーでの活動は調査がメインとなるのは本当らしく、例えモンスターを見つけたとしても戦闘になることはなかった。そのことをレッジは不満に思っていたけれど、戦闘をしなくて済むのならそれが一番だ。

 

 今のところは本当にただの調査だというのにも関わらず、リュオンからもらえる報酬金はかなりの額で上位モンスターのクエスト1回分よりも多いくらいだった。私としては有り難いことだけど、ほとんど何もしていないのにこれだけもらうのは少々気が引ける。まぁ、もらえるものはもらうんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

「今日もお疲れ様。残念ながら今回もこの異変の原因はわからなかった。とはいえ、異常が続いているのは確かだ。明日も引き続きよろしく頼むよ」

 

 毎度恒例となってしまった、クエスト後の打ち上げ。

 リュオンが言ったように、未だに異常の原因とやらはわかっていない。それでもギルド曰く、本来は雪山の奥にいるモンスターが下りてくることが多くなっているらしい。まるでその住処を追い出されたかのように。

 

 今回でもう5回目の調査となってしまっているけれど、こんな調子で大丈夫なのかしら? 焦ったところで仕様が無いのはわかっている。

 ただ、気づいた時にはもう全てが遅い。私たちが戦っている相手はそんな理不尽の塊のような存在なのだから。私たちの物語はそういうものだ。昔から。いつだって……

 

「おう、お疲れ様だな。それにしたってもう少し情報とかはないのか? このまま続けたって解決できる気がしねぇぞ」

 

 豪快に麦酒を呷りながらレッジが言葉を落とした。

 随分と荒っぽい考えだけど、それには私も同意する。私はただの手伝いなのだし、そこまで気にする必要はないのだけど、このままじゃモヤモヤとしたままだ。

 

「うん、それは僕も分かっているのだけど、他にやりようがないんだ。とりあえずもう少しだけ続けてみよう」

 

 リーダーがそういうのなら仕方ない。了解しました。

 はぁ、最初に考えていたよりもずっと長いクエストとなりそうだ。そろそろあのバカだって騒ぎ始めるだろうし……やることが多いなぁ。

 まぁ、何をやればいいのかなんてわからないんだけどさ。

 

 

 

 また明日、とリュオンたちと言葉を交わしてから集会所を出ることに。

 そして、集会所を出て直ぐにあのバカを見つけてしまった。

 

「おっ、モミジじゃん。お疲れ様、今日のクエストは終わったのか?」

「まぁね、それにしてあんたは何をやっているのよ」

 

 あのレウスとの戦いで負った傷はもう治ったらしく、今じゃ元通りのバカとなってしまっている。確か、今日は採取クエストへ行くと言っていたはずだけど……

 

「うん? ああ、全男性の夢を叶えるためのアイテムの提案をしていたのと、ネコートさんに用事があったんだよ」

 

 全男性の夢を叶えるアイテムって何よ……まぁ、どうせろくなものじゃないんでしょうけれど。

 それで、ネコートさんっていうのは確か、よくポッケ村の村長さんの横にいるやたらと貫禄のあるアイルーの名称だったはず。ホント、あのアイルーは何者なのかしら。

 

「んで、モミジの方はまだ解決できそうにないのか?」

「……そうね、あとどれくらいかかるのか分からない感じ」

 

 元々私はこういう調査みたいなことが苦手なタイプだ。あのレッジほどではないと思いたいけれど、何も考えずにモンスターと戦っている方が合っているんだろう。

 

「そっか……モミジなら大丈夫だと思うが、気を付けてくれよ? あっ、もしアレなら俺も一緒についていってやろうか?」

「あんたがいると余計に危ないわよ」

 

 ミナヅキならまだしも、このバカがいるのは流石にマズい。私の精神的にも。

 

「まぁ、他の奴らとクエストへ行くのはいいが……浮気しちゃダメだぞ?」

 

 蹴りを入れておいた。

 

 それから相変わらず何が楽しいんだかわからないけれど、へらへらと笑うバカと一緒に自宅へ。

 そうやってあのバカと一緒に歩いている状態がなんだか、当たり前のようなことに感じて……それがなんだかむかついたから、何となくアイツにまた蹴りを入れておいた。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして、その次の日。

 もう当たり前のようになってしまった雪山の調査をしている時だった。

 

「リュオン! 今回ばっかりは問題ないよなっ!」

「……そうだね、流石にこれは戦闘を避けられそうにないかな。モミジ、申し訳ないけれど、僕たちはこのモンスターと戦ったことがないんだ。指示をお願いするよ」

 

 雪山の山頂から少しだけ降りた場所。マップでいうとエリア6。私たちの前にモンスターが現れた。

 氷牙竜――ベリオロス。

 大きく発達した特徴的な牙と雪色に溶け込む白銀の体躯。飛竜種の中でも知能と活動性、そして危険度も高いモンスター。

 おとなしい性格をしているモンスターではないけれど、その時のベリオロスは明らかに興奮していた。リュオンが言っていたように戦闘を避けるのは無理だろう。

 

「了解。レッジは弱点である頭を! リュオンは私と一緒に翼にある棘を狙って! それを破壊できれば機動力を一気に落とせるから」

 

 ただ……貴方にだけは負ける気がしない。

 

 気持ちを切り替える。左手に持っている剣の重さが増した気がした。

 雪山の冷たい空気を吸い込む。全身をめぐる血液が一気に冷めるあの感覚。

 

 

 そんな感覚が……どこか心地良かった。

 

 

 口へ入れ、噛み砕いた怪力の種を鬼人薬グレートで流し込み、怪力の丸薬を口に含めば準備は完了。

 雄叫びをあげながら殴りかかるレッジを横目に狙うはベリオロスの翼の縁にある棘。

 そして頭へ殴り掛かったレッジとほぼ同時に、私もベリオロスの棘へジャンプ斬り。攻撃後、直ぐに横へローリングをすると、私が攻撃した場所と全く同じ部位へ、ボウガンから放たれた弾が直撃した。気持ちが悪いほどに正確な狙いだ。

 そして、レッジの2発目の攻撃が頭へ入ったところで、ベリオロスは怯んだ。その瞬間に口へ含んでいた怪力の丸薬を飲み込む。

 

 たった20秒間のドーピング。でも、この20秒間の私は案外強かったりする。

 

 体勢を整えてから再びジャンプ斬り。さらに、斬り上げ、斬り下ろし、水平斬り、斬り返し、回転斬りのコンボを一気に叩き込む。

 確かに私の使っている武器、片手剣の一発一発の威力は低い。けれども、狙った部位へ一気に攻撃を叩き込めるこの武器の火力は、想像よりもずっとずっと高かったりする。確かに大剣やハンマーほどの豪快さはないかもしれない。それでも、高い機動力と臨機応変さを持ったこの武器は強いんじゃないかな。

 

 定点コンボを入れてからローリング。私が攻撃していた部位へボウガンの弾が直撃。そこで、翼にある棘の破壊を確認した。

 ……すごいってことはわかっていたけれど、こうして一緒に戦ってみるとG級ハンターっていうのがどれほどの存在なのか改めて理解させられる。

 

 そして何より、パーティーで戦うというのがどういうことなのか初めて理解できたと思う。いやまぁ、あのバカとパーティーを組んでいるわけだけども、それはまた別のお話ってことで。

 つまるところ……このパーティーならモンスターに負ける気がしなかったっていうこと。

 

 

 

 

 

「ふぅ……討伐完了だね。モミジとレッジもお疲れ様」

 

 ベリオロスとの戦闘は何の問題もなく終了。戦っていた時間は本当に短かったと思う。ベリオロスは決して弱いモンスターじゃないし、私以外のふたりはこれが初見。それでも、こうしてあっさり倒してしまうとは……世界って本当に広いんだなぁ。

 

「噂にゃ聞いちゃいたが、モミジもやるじゃねぇか。どうだ? いっそ俺たちとパーティーを組んでみないか?」

 

 まさかのお誘い。G級ハンターに私の実力が認められたようで、素直に嬉しかった。

 

「いや、それはダメだろう。モミジは既にパーティーを組んでいるのだから。僕だってモミジがこのパーティーに入ってくれれば嬉しいけれど、モミジにはモミジの都合がある」

 

 はい、そうなんです。あのバカはまぁいいとして、私が離れてしまったらミナヅキが可哀想だ。それに私だっていつまでもポッケ村にいるわけではない。しばらくしたら元のギルドに戻らないといけないだろう。

 

「そうね、申し訳ないけれど、私は貴方たちのパーティーには入れない。でもありがとう、貴方たちのほどのハンターからこうして誘ってもらえただけでも嬉しく思う」

 

 それは素直な私の気持ちだった。昔じゃ絶対にそんな言葉は出なかったというのに、なんというか……私も成長したのかなって思う。

 ただ、どうして私が成長できたのかっていうことは考えないでおいた。少なからずアイツの影響を受けてしまっているのは事実なのだろうから。

 

 

 

 久しぶりの戦闘も上手くやることができ、嬉しい言葉をかけてもらえたこともあって、いつもより少しだけ気分良く帰宅。ただ、帰ってきた自宅にあのひとりと1匹の姿は見当たらなかった。

 

 なんだ、いないんだ……

 

 極々自然に、無意識のうちに気持ちがこぼれそうになる。いやいや、何を考えているんだ私は。別にアイツと会いたかったわけじゃないというのに。

 

 そんな自分のよくわからない感情にモヤモヤしつつも、その日はアイツが帰ってくる前に寝てしまった。

 失って初めてソレの大切さに気付くことがある。今回は別にそういうことではないはずだけども……なんだろう、私の中の気持ちがざわついているのは確かだった。

 

 

 そして次の日。

 今日も今日とてリュオンたちと一緒に調査へ向かいましょうか。

 リュオンたちとも話したけれど、昨日のようにベリオロスが雪山に現れるのは別におかしなことじゃない。けれども、あのベリオロスの興奮した状態は明らかに異常だった。だから、その日に何かが起きたっておかしくはなかったんだと思う。

 まぁ、その時の私はそこまで考えていなかったのだけどさ。

 

「そんじゃ、俺とミナヅキはクエストへ行ってくるよ」

「うニャ、行ってくるニャ」

 

 昨日、私よりも遅く帰ってきたはずのひとりと1匹は私よりも早くクエストへ出発するらしい。ぶんぶんと私に手を振ってくれるミナヅキに癒される。

 そういえば、このひとりと1匹は今日何のクエストに行くのだろうか。最近は一緒にいる時間が少ないせいで、そんなことすら知らないことが多い。まぁ、ミナヅキがいるのだし、そんな危ないことにはならないと思うけれど。

 

 そして、問題が起きたのはその後のこと。

 寝起きで寝ぼけていたってこともあると思う。久しぶりにモンスターと戦い、その疲れもあったのかもしれない。

 

「……うん、気をつけてね」

 

 そんな状態だったせいか、私の口からそんな言葉が落ちた。

 

 まさか私がそんなことを言うとは思っていなかったから、私自身すごく驚いたし、それ以上にあのバカは驚いていたんじゃないかな。

 いつも通りへらへらと笑っている表情から、急に心配そうな顔をするあのバカ。

 

「え……だ、大丈夫か?」

 

 大丈夫なわけがないでしょうが、恥ずかしくて仕様がない。いや、ホントどうして私はあんな言葉を……

 

 そして、心配そうな顔から今度は真面目な顔になったアイツが言葉を落とした。

 

「……今日の雪山は荒れる。今回ばっかりは本当に気をつけてくれ」

「うニャ。今日のモミジはちょっとおかしいから、気をつけるニャ」

 

 何かの言葉を返さなければいけない気がした。けれども、そんな言葉に対して私は何も返すことができなかった。その時はとにかく恥ずかしくて仕様が無かったんです。

 そんなんだから、ロロットからの助言もすっかり忘れてしまうことに。もしなんてことを考えたって仕様が無いけれど、そのことをしっかりと覚えていれば、この物語の内容はもう少しだけ変わったものとなっていたのかもしれない。

 まぁ、それもこれも、全部あのバカがちゃんと言ってくれないのが悪かったのだけど。

 

 ロロットとミナヅキがこのポッケ村へ来た理由。

 ロロットいうハンターとは。

 

 そんなものをようやっと知ることができたのはもう少しだけ先の未来お話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 勇気と無謀は紙一重であるものの、踏み込み過ぎては戻れなくなってしまうこともある。

 一時の感情に身を委ね、引き返せない状況とさせないため、そのような参事を引き起こさないため、飽くなき向上心と探求心溢れる君へこの手記を残したい。

 

 どれほど耐久性を上げ、どれほど絶縁性を上げようが越えられない壁というものは存在する。いつの日か君がその壁を乗り越えてくれる日を楽しみにしているが、ひとりの先駆者として、君へ言葉を贈りたい。

 

 

 フルフルだけはやめておけ。

 

 

 zazami original 製作者より。

 勇気ある君へ。

 

 

 



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