チートを貰ったが、異世界では……。 (月詠 秋水)
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〜プロローグ〜

こんにちは、秋水です。

少し別作品を描きたくて、新しく投稿いたしました!

今回のテーマは盗賊!

主人公を中心にどんな物語になるのか……波乱万丈?な異世界ライフを、是非お楽しみください!


俺は、こんな平凡な日々に飽きた。

 

これは、1つの口癖みたいなものだった。当たり前の様に学校に通い、そしてただ無意味な時を過ごす。つまらなく、長い授業を受けてる最中はいつもこう思う。

 

ただ居るだけの毎日、力も無く何も無い己が存在するだけの日常……。

 

都心の高校に通って早2年、俺こと風間 雪咲(かざま ゆら)は本日の授業を全て終え、部活に入ってる訳でも無いのに急々と帰り支度を整えていた。

 

そんな雪咲に、1人の少年と2人の少女が声を掛ける。

 

「雪咲っち〜、帰ろうぜ」

 

あだ名で呼んで来るのは、幼馴染の小鳥遊 皓(たかなし こう)。昔小さい頃に家の近場の剣道場に通っていた、いわば親友である。剣の才能は無かったが、皆とフランクに接する事が出来る性格と必死な努力で、皆から慕われていた。

 

正直、フランク過ぎて偶に心配になる事がある。

 

「雪咲くん……その……あの……」

 

少し話しづらそうに声を掛けてくるのは、この学校でも男女問わず人気がある生徒会会長の山形 眞弓(やまがた まゆみ)。普段は物静かで成績優秀、生徒会の仕事をこなしている時も指示伝達等何でもテキパキとこなせる。

 

それなのに、何故俺と居る時だけ顔を少し紅く染めるのか……恥ずかしい話をする訳でもあるまいに。

 

「眞弓、慌て過ぎ。もう少し冷静になさいよ」

 

苦笑気味に眞弓の背中を優しく叩いてるのは、眞弓の幼馴染で俺の母親の友人の娘でもある東雲 冬望(しののめ ふゆみ)。明るく元気があり男子からモテるのだが、全員の告白を断っていると言う噂だ。そして何故かよく雪咲の近くにいる事が多い。

 

……正直鬱陶しい。

 

「……何?」

 

皓には"眞弓達の話が終わるまで待ってあげて"と言って、2人の方に向く。当の本人は相変わらず顔を赤くし、ずっともじもじしていた。人気者の会長とモテる奴が居る為、周りがザワついて煩いが……。

 

小さな溜息をつきながら少し視線を外した瞬間……。

 

「あの……私達も一緒に帰っていいかな……?」

 

眞弓が勇気を振り絞ったように雪咲に聞いてくる。

 

「……あぁ、いいけど」

 

こうして、4人で帰ることになった。

周りが赤く染まる夕暮れ時、皓と眞弓と冬望がワイワイと話しながら歩いてる中、雪咲は1人他所を見ながら歩いていた。すると、眞弓がそんな雪咲に気付いて不意に声をかける。

 

「あの……雪咲くん?さっきから何故上の空なの……?」

 

「……」

 

同じ方向を見ても、眞弓は首を傾げるのみ。すると、皓が何かを思い出したように声を上げる。

 

「そうか、お前"あの場所"が無くなるの……まだ気になってたのか」

 

あの場所とは、雪咲が小さい頃の時だ。嫌な事があると必ずと言っていいほど行っていた神社の事だ、高く覆い茂った木に囲まれていて、都心とは思えぬ程静かな神社で雪咲のお気に入りの場所だった。

 

だが何故か知らないが、突然取り壊される事になった。それにショックを受けた雪咲は、暫く心ここに在らずだった。

 

「どうする?見に行くか?」

 

皓が隣に来て提案してきた。ゆっくりと雪咲は頷き、2人の足はその神社の方へ向かう。女子二2人は首を傾げながらもついて行く。

 

少し歩くと小さな山の入口に、石で出来た階段と紅い鳥居が見えた。4人は階段を登っていくと、取り壊される為にビニールみたいなのがかけられたお社が見えた。

 

「……っ」

 

悲しい気持ちを押し殺し、お社の方へ歩いた瞬間……足元に円形に模様が書かれた、光るものが足元に現れる。

 

そして、雪咲の近くにいた全員巻き込まれるように、その光る紋様に吸い込まれていく。

 

「何だ……」

 

真っ暗な空間で、何も出来ずにそのまま意識を手放す。




如何でしたか?

突然ではありますが、
もう1作の方は、少しお休みとさせていただきます。


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第1章 旅立ち、そして困難
第1章 突然の転生


今まで書いていたものとは少し趣向を変えてみました!


目が覚めると、雪咲は見知らぬ空間にいた。

 

起き上がり周りを見渡しても、辺り一面草花が広がる荒野のど真ん中。風も微妙に吹き、状況整理しようと頭を働かせると目の前に人が現れる。

 

「……」

 

声を掛けてきてるようだが、状況整理で頭がいっぱいで全然耳に入って来ない。

 

暫くして整理を終え、もう1度目の前を見てみると1人の男性が立っていた。容姿は白銀の長髪に蒼い瞳、まるで昔の武家の人を思わせるような綺麗な着物を来ていた。

 

「……綺麗」

 

思わず口に出してしまい、はっと口を抑えた。だが遅かったようで、その男性は少し顔を赤くしていた。

 

「そう言われたのは、初めてだ……ありがとう?」

 

何故疑問形だったのかは、すぐに察してしまった。

 

男性はコホンっと咳払いし、落ち着きを取り戻した所で雪咲に話しを始めた。

 

「えーっと、初めまして。僕の名前は神様だよ」

 

たははと笑いながら自己紹介を始める神様に、雪咲は内心戸惑いながらもじっと見つめていた。

 

「ここは……まぁ、君達でいえばあの世かな?」

 

その言葉に、雪咲は血の気が引いた。あの世と言う事は、自分はあの時死んだという事になる。

 

まさかと思い、あの3人が無事な事を祈りつつ尋ねた。

 

「あの世……!?という事は、一緒に居た3人も……?」

 

「いや、彼等は英雄召喚で呼ばれたみたいだから無事みたいだよ」

 

返ってきた答えに安堵の溜息を吐く、全身の力が抜けるのが感覚で分かるほどに。

 

「……でも待って、何で俺は死んでるの?」

 

「あぁ、それはね……」

 

神様が告げた雪咲の死因に、本人は唖然としていた。なんでも英雄召喚の影響で空間が裂け、そこに放り出されて死んだという。

 

「………………」

 

予想外の死因に、どう反応していいか分からず唖然としていた。

 

「……それで、俺はどうなるの?」

 

「君はあの3人が行った世界で生き返らせてあげるよ、勿論能力面は決められないけどサービスするからさ」

 

無邪気に微笑みながら、親指を立てていた神様。もう1度あの3人に会えるのかとホッとしていたのも束の間、神様に腕を掴まれ底の見えない穴に落とされた。

 

「……へ?」

 

「君なら、逞しく生きていけると信じてるよー!」

 

その言葉に返す事は出来ず、雪咲はただ叫びながら闇の底へと落ちていった。

 

次に目が覚めると、今度は森の中だった。硬い地べたに寝転んでるせいで体が痛くなり、耐えられず起き上がる。服装は変わらず学生服のままだが、頭部に違和感を覚え触れてみると……髪が長く伸びていた。

 

「……えぇ」

 

戸惑いの声を上げながらも自分の体をまさぐってみると、髪がかなり伸びていると体格が華奢になっている以外には何も変化が無かった。

 

「……自分の体を調べてても仕方ない、周りを探索してみるか」

 

そう呟きながら立ち上がった瞬間、脳内に神様の声が響いてきた。

 

(指でクイッと下から上に上げみな)

 

何故か楽しそうな雰囲気が伝わってきて、無性に殴りたくなったが抑えながらも言われた通りにしてみると……何も無いところにウィンドウが現れた。そして見てみると、それが自分のステータスということがすぐに分かった。

 

〜ステータス〜

 

名前:風間 雪咲

 

種族:人間(?)

 

ATAK:999(+999)

 

Break:999(+999)

 

DF:999(+999)

 

Magic:999(+999)

 

MagicATAK:999(+999)

 

MagicDF:999(+999)

 

Speed:999(+999)

 

スキル:神の力

 

スキルコピー

 

イメージスキル(想像魔法)

 

全異常状態無効化

 

心眼

 

神・魔王化

後は長いので、以下省略。取り敢えず、全スキルだよ!

by女神&神様

 

「……」

 

想像以上のチートに、自分でも苦笑してしまう。能力値は全てカンスト、スキルも全て……。これはもう、この世界で無双しろと言われている気がした。

 

「はぁ……取り敢えず、散策するか」

 

ウィンドウを閉じ、森の中を歩いて行く。暫く代わり映えしない風景に飽きながらも歩いて行くと、何やら物音がするのに気付いた。何かあるのかと走って森を抜けてみると、そこには壁で囲まれてる街へと続く道があった。街は目と鼻の先で、あと少し歩けば街の門に着く。

 

「……取り敢えず行ってみよ」

 

独り言を呟き、そのまま門を目指して歩いて行った。

 

「おい貴様!何者だ!」

 

……まぁ、当然言われますよね。

 

門に着いた早々、門番の兵士に見つかり槍を向けられ止められる。手を挙げ降参の意地を見せながら、穏便に済まそうとしていた。

 

「俺は風間 雪咲、遠い国から来た旅人だ……取り敢えず、ここが何処なのか教えてくれないか?」

 

「ここはアルザース帝国、この大陸の中央にあり、かつて英雄が呼ばれた街でもある」

 

英雄と言う言葉に、雪咲は少し反応する。

 

まさか、英雄って……

 

考え事をしていると、別の兵士がやってくる。

 

「あれ、どうしたんだ?」

 

「いや、こいつ街に入りたいらしいんだが……ギルド証も身分証も何も無いらしくてな」

 

「ふーん……」

 

剣を携えたおっさんの兵士が、雪咲を舐めまわすように見る。服装に差し掛かった瞬間、少し唸り声を上げる。

 

「どうかしたんですか?」

 

槍を向けてた兵士が尋ねると、おっさんの兵士は雪咲に視線を向けたまま話した。

 

「……この坊主、この前呼ばれた英雄達と服装がな……」

 

「……??」

 

何を言ってるか分からないという槍の兵士の顔を見て、おっさんの兵士は溜息をつきながら槍の兵士に向かった。

 

「いいから、通してやれ。責任は俺が持つからよ」

 

「は、はい……隊長が言うのでしたら……」

 

キョトンとした表情で、槍の兵士は構えを解く。

 

「坊主、話がある。案内してやっから、話聞かせてくれや」

 

「は、はぁ……」

 

こうして雪咲は、なし崩し的に街に入る事が出来たのだった。




次の話は、明日投稿したいいと思います!


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第2話 ようやく再会出来たと思ったら

チートな能力を授かりアルザース帝国近辺に落とされた雪咲、しかしそこで出会った謎のおっさんの兵士。話しながら街を歩き、何やら違和感を感じる雪咲。

一体どうなっているのか……?


「所で坊主、名前は?」

 

「風間 雪咲です」

 

「ふーん……珍しい名だな」

 

「貴方の名前は……?」

 

「俺はグレン・フォータスだ、グレンでいい」

 

おっさんの兵士ことグレンと、街中を歩きながら他愛もない会話をしていた。

 

……何故か、周りの雪咲を見る視線がおかしいと何となく感じていたが、あまり気にしないようにしていた。

 

ついでに、この街や周辺諸国の事も聞いてみた。

 

どうやらここは、大陸の中央であり最も人間が盛んな場所。他にも獣人や亜人等が住んでおり、皇帝は他種族を嫌わぬ温厚な人だと伺える。しかし度重なる魔物や魔獣の侵略により、苦渋の決断の末に英雄召喚を行使したの事。

 

「へぇ、魔獣や魔物なんて居るんですね」

 

「まぁな……皇帝は昔趣味で魔物狩りしててな、かなり強かったんだがな」

 

皇帝が魔物狩りしてたと言う事に、驚きを隠せなかった。そんなの趣味でやれる範囲では無いし、万が一の事があったら一大事だ。

 

「誰も止めなかったんですか?」

 

ズバッと言ってみると、グレンは苦笑を浮かべながら他所に視線を移し言い淀んでいた。

 

「……」

 

二人とも黙りこくって数分後、とても大きなお城の門の所まで着く。城はとても大きく、前にやったゲームの国王の城とまるで同じだった。

 

「グレン隊長!」

 

女性の声が聞こえそっちの方へ視線を移すと、ブロンドヘアーで鎧を着込んだ女性を筆頭に十数人近くこちらへ向かってきていた。

 

「おー、リィナ!どうした?」

 

グレンが彼女の名を呼ぶと、一瞬だけ嬉しそうな表情をする。だがすぐに気を引き締めて敬礼をする。

 

「いえ、巡回お疲れ様です!」

 

「おう」

 

グレンは笑いながらリィナの頭を優しく撫でると、みるみると顔が赤くなっていってるのが傍から見ててとても分かりやすい。そんな光景を見てると、リィナが雪咲に視線を向けた。

 

「隊長、彼女は?」

 

ん……?聞き間違いかな、今"彼女"って聞こえた気がする。

 

難聴だと信じ、首を傾げた。

 

「こいつは雪咲だ、言っておくがこいつは男だぞ?」

 

「はい……?」

 

まるで嘘だと言いたげな表情で、雪咲の方を見てくる。そしてツカツカと間近な場所まで歩み寄ってきて、雪咲の胸板に軽く触れた。

 

「……っ!!」

 

擽ったさと気恥しさに、少し顔を赤くしながらも少し後ろへ飛び退こうとした……刹那、信じられない事態が起きた。

 

軽く足に力を込めて後ろへ飛んだのだが、その速度は宛ら高速道路を走る車の如く。とてつもない速度で背後に飛んでいき、気が付けばかなり離れた……街の門の所まで飛んでいた。

 

「!?」

 

グレン・リィナはその場から動けずに唖然としていた。当の本人ですら放心していた。すぐにハッと意識を戻し、雪咲は二人の元へ少し小走りで戻った。さっきのように加速しないように、力を抜いて。

 

「貴方、一体何者よ!」

 

2人の元へ戻るなり、第一声がこれだった。

 

「お、俺もよく……」

 

「まぁまぁ、いいじゃねえか。雪咲は恐らく、皇帝……いや、下手したらそれ以上に強いかも知れねぇぞ?」

 

「……!」

 

今にも掴みかかりそうな剣幕で迫ってくるリィナの仲裁に入った筈のグレンの言葉で、雪咲は面倒な事に巻き込まれた。……と言っても、リィナは雪咲に質問攻めしていただけなのだが。

 

主にどうやって強くなったのか……とか、そんなのだが。そんなこんなで門の前で質問攻めにあってると、背後からとても聞きなれた声が聞こえる。

 

「……雪咲?」

 

その言葉に反応して振り向くと、そこには皓が居た。神様が皓達が飛ばされた世界に送ってくれると言っていたが、まさかこれほど早く会えるとは思っていなかった為に虚をつかれて唖然としていた。

 

「雪咲……なのか?」

 

その言葉に返すことも無く、ただゆっくりと頷いていた。そして皓が雪咲と確信した瞬間、思いっきり抱きしめてきた。

 

「よかった……突然居なくなるし、何故か変な世界に来てるし、お前だけあそこに取り残されたのかと不安で……!」

 

「……えっと……取り敢えず、大丈夫だったか?」

 

「んな訳あるか!いきなり英雄って言われても……実感湧かねーってか、現実味が……取り敢えず、王の間に来てくれ。二人ともかなり心配してっから、安心させてやらなきゃ」

 

そう言って皓は、雪咲の腕を引っ張り城の中へと消えてく。その場に取り残されたグレンとリィナは、二人の後を追うように城の中へと入る。

 

「そう言えば雪咲、お前少し見ない間に……その……随分と可愛らしくなったな……?」

 

「はぁ……?」

 

「あ、あははははは……」

 

質問の意図が分からなかったため、適当に受け流した。だが皓の視線は、何故か少しおかしく感じた。

 

 

王の間に入ると、そこはとても広い空間があった。まるでロープレに出てくる王の間まんまだった。一番奥の派手な装飾の施された椅子に座ってるのが、恐らく皇帝であろうとすぐ察する事が出来た。

 

「……皓殿、そちらは?」

 

皇帝の言葉に全員が雪咲の方に視線を向けてくる、するとこれまたよく見知った顔が二人、駆け寄ってきて力一杯抱きしめてきた。

 

「雪咲くん……!」

 

「よかった……無事なのね……!」

 

二人とも雪咲を抱きしめながら、泣きじゃくっていた。周りの兵士達はポカンとしているが、そんな事お構い無しだった。

 

「何処に居たのよ……馬鹿……!」

 

眞弓が嗚咽を堪えながらも訪ねてきた、雪咲はここに来た経緯を神様やステータスの事を無しで全て説明した。

 

……

 

「……つまり、この街の近くの森の中に飛ばされてたと言う事ね?」

 

「うん」

 

ようやく泣き終え、涙を拭ってた冬望がこちらを見てきた。内心何されるんだろうと思っていると、王の座から咳払いが聞こえた。それに反応したように、4人の視線は王に向いた。

 

「……それで、お主は何者だ?」

 

これで何度目の自己紹介だろうと思いつつも、ゆっくりと王の御前に立ち、傅く。

 

「俺は皓達の友人の風間 雪咲です」

 

「ふむ……私はアルザース帝国皇帝、ツァイ・ルグトラ・アルザースだ。…………うーむ」

 

皇帝は何か含みのある唸り声を上げながら、背もたれにもたれかかり天井を眺めていた。そして少しの静寂が過ぎ去った後、楽にして良いと言われたから普通に立ち上がる。

 

「……おかしいな、英雄は3人と文献に書いてあったんだがな……」

 

「それはつまり……」

 

最も最悪な自体、召喚事故である。国王の傍に居た人の話によれば、何らかの要因で召喚ゲートの転移先が一人分だけおかしくなったのこと。何故あんな所に居たのかは大体検討はついてるが、敢えて真摯に受け止めてるふうに聞いていた。

 

「……所で、ひとつ確認したい。ステータスを見せてはくれないか?」

 

その言葉に一瞬だけ固まった、あんなチートな能力を見られたらどんな反応されるか正直怖かった。しかしどう足掻いても逃げられそうにないし、何より皓達に迷惑がかかるかもと思い観念してステータスを表示する。自分からはやはりぶっ壊れた数値しか見えないが、他の人から見た感想が

 

ふ……普通……

 

だった。その言葉に考えを巡らせると、ある一つの要因が浮かぶ。それは神様が言ってた、その他全てのスキル……だ。恐らくその中に、ステータス詐称のスキルがあったに違いないと思った。

 

「う……うむ……これは……」

 

「雪咲……もしかしてお前……」

 

「雪咲くん……」

 

「あんた、巻き込まれただけなんじゃ……」

 

まるで可愛そうな物を見る目でこちらを見てくる、そんな視線に耐え切れそうにないと思っていた瞬間……グレンとリィナが王の間に入って来た。

 

「グレンさん……?リィナ……さん?」

 

「おう雪咲、丁度よかった……英雄も揃ってるな?」

 

グレンが辺りをぐるりと見渡し、不敵に微笑む。刹那、リィナはいつの間にか国王の御前へと移動していて、傅いていた。

 

「何事だ?」

 

「皇帝、グレンと英雄……雪咲で、軽く腕試しをさせて頂きたいのですが!」

 

その台詞に、誰もが騒然とした。

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

「隊長が、あの子と……?」

 

兵士はざわめき、皓や眞弓や冬望は固まっていた。

 

「な……何でですか?」

 

「ちょっとさっきの話を立ち聞きしてな……覗いて見たんだが、どうにも信じられん。だから、実力を見させて貰うぞ」

 

こうして、雪咲は言うも虚しく泣く泣く闘技場へと連れていかれた。




次のお話は、明日か今日の夜にでも投稿したいと思います!


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第3話 試合と言う名の決闘

グレンに案内された先は、アルザース帝国の立派なお城だった。そこで出会った新たな人物、リィナ……そして、再び再開する皓達。

そして遂に、国王と初対面する。さっきまでの状況などを説明し、自分のステータスを開示する雪咲。絶対に騒がれると思っていたのだが、別の意味で騒がれてしまった。

そして、それをきっかけに雪咲は、グレンに戦いを申し込まれてしまうのであった。


「はぁ……」

 

闘技場の控室にて、雪咲は制服では無い服に着替えさせてもらっていた。グレン曰く

 

”そんな高そうな服で戦われて、損傷したから弁償しろ”

 

なんて言われるのが嫌で、どうせならと動きやすそうな服を支給してくれた。材質は制服と同じ布で出来ているのだが、通気性も良くかなり動きやすい服装だった。

 

「うん……中々いいね」

 

グッっと体を伸ばし、柔軟体操をして、いざ出陣……と思った矢先、観客席の下の廊下で後ろから皓達が心配そうな表情で話しかけてきた。

 

「雪咲……本当に大丈夫なのか?」

 

「あ、危なくなったら……棄権してね?」

 

「……無茶するんじゃないわよ」

 

フッと小さく微笑み、三者三様の励ましの言葉を貰い、入場ゲートの方に向かいゆっくりと歩き出す。その途中、そっと目を閉じ3人にしか聞こえない音量で呟く。

 

……ありがとう、行ってきます。

 

聞こえたが分からないが、時間もそう長くはないのでゲートに向かって歩きだす。薄暗い廊下道からゲートを潜って出た瞬間、視界が光りに包まれ視界が奪われる。

 

眩く感じたのも束の間、完全に目が慣れきり目の前には砂漠を思わせるような舞台と、上に見える観客席、そして心配そうに見守る城の兵士達や皓達や国王。雪咲は初めて、こんな状況に胸を弾ませていた。

 

雪咲が入ってきたゲートの真正面のゲートからは、鉄の胸当てや籠手等を装備し木の剣の柄に手を置きながらグレンが歩いてきた。こういうのに慣れてるのか分からないが、とても落ち着いているように見える。

 

「………」

 

深く深呼吸し、雪咲も同じように剣の柄に手を添える。

 

「悪いな……急にこんなことにしちまってよ」

 

声のトーンから察するに、落ち着いているとは言え雪咲に対する罪悪感と言うものがあったらしい。

 

「……大丈夫、気にしてないから」

 

「分かった、なら俺の持てる力全てを振り絞って手加減無しで行かせてもらうぞ」

 

グレンが木の剣を抜刀し、見たこともないよな型の構え方をする。腰を落とし、剣を下の方に構え、剣を握っている手とは逆の手を腰の高さで止めておく構えだ。それに対し雪咲は、納刀したまま構えの態勢をとる。

 

そして、試合の火蓋は切って落とされた。

 

「試合開始!!」

 

兵士の掛け声と共に、グレンは急接近してくる。別に目に見えぬ速度というわけでは無いが、今まで手合わせしてきた中でも恐らくはダントツ的に強いと確信できる程の気迫というものがあった。

 

「ほらよ!」

 

地面スレスレから一気に木の剣で斬り上げてくる。

 

「うぉぉぉぉ、隊長お得意の斬り上げ!今まで何人もの兵士がこの技に破れたか……」

 

観客席で歓喜の声で解説している兵士が居たが、そんなのに耳を貸している余裕なんて無かった。

 

斬り上げを右足を軸に、コンパスのように体を少しずらして避けたまでは良かった。しかしそれを見越していたと言わんばかりに、グレンは体を空中で捻り、追撃の斬り下ろしが迫ってくる。予想外の攻撃に少し戸惑う雪咲だが、なんとかギリギリの所で頬を掠めてかわした。

 

「っ……」

 

態勢を立て直そうとするが、させんと言わんばかりに連続でグレンが斬り込んでくる。上からだけでなく、下からや突きなども併用して攻撃してくる。一方で雪咲はと言うと、木の剣を抜刀したまでは良いが攻めに転ずることが出来ず、グレンの攻撃を受け流すので精一杯だった。

 

くそっ、このままじゃ……。

 

そう思い、思いっきり横に飛んだ瞬間……壁に激突し、余計にダメージを食らってしまった。

 

「やはり……調節が難しい……そして痛い!」

 

休んでる暇を与えてくれるはずもなく、更にグレンの攻撃は激しさを増していく。さっきまでの打ち込みは少し力を抜いていたかの様に錯覚させるほど、打ち込みは鋭さと速さと勢いが増していく。

 

体感にして数分程度か、だが時間にして約1時間近く経とうとした頃だった。グレンの攻撃が止み、乱した呼吸を整えようとしていた。

 

これは……チャンスか?!

 

ここしか無いと思い、思いっきり木の剣で横なぎ払いを胴に打ち込もうとした瞬間にそれは起こった。

 

確かに捉えたと思っていたグレンの胴は一瞬遠のき、逆に自分の胴に打ち込まれてしまっていた。

 

「かっは……」

 

鳩尾近くを叩かれたため、痛みと同時に苦しさが襲ってくる。苦痛に歪めた表情でグレンを見ると、さっきまで見せていた疲労の表情は何処かへと消え去り余裕の表情が浮かんでいた。

 

「どうした、その程度かい?」

 

肩に剣をトントンと当て、こちらを様子見してくる。

 

流石、隊長と呼ばれているだけのことはあるな。このまま長期戦に持ち込まれたら、こっちが逆に不利になってくる。

 

腹部を手で抑えていると、いつの間にか痛みが消えていることに気が付く。

 

え……?

 

何度も手で優しく押してみるが、もうとっくに痛みなど消え去っていた。異常なまでの身体回復能力に、雪咲自信もゾッとしていた。しかしここで動揺し、自分のペースを崩すわけにいくまいと平静を装いつつ体制を立て直す。

 

「……仕方ない」

 

そっと構えを解く雪咲、それに少し驚きの表情を浮かべるグレン。

 

「おいおい、どうした……まさか、もう降参か?」

 

冗談だろと言わんばかりに鼻で笑うグレン、それに少しだけカチンッと来た雪咲は思わず口角が上がってしまう。それを見た瞬間、先程まで余裕の笑みを浮かべていたグレンは何かに驚いたように構え直す。しかし、それすらも遅く感じた。

 

「……」

 

木の剣の鋒をグレンに向けた……刹那、グレンは雪咲の姿を見失う。まるで瞬間移動でもしたかのように、突然目の前から消え去ってしまったのだ。

 

「くそったれ、何処に……!」

 

キョロキョロとあたりを見渡すが、何処にも雪咲の姿は見えなかった。次第に焦りが込み上げ、その場から少しだけ動いた瞬間……背後に気配を感じた。

 

「そこか!!」

 

渾身の横薙ぎを繰り出すも、そこには何もなく空振りで終わる。再度気配を手繰ろうとしたが、まるで舞台全てを埋め尽くすように雪咲の気配が感じられた。

 

「っ……」

 

一旦落ちうこうとした瞬間、剣を握っている手に鮮烈な痛みが走る。堪らず剣から手を離すと、木の剣は虚しい音を立てながら地面に転がり落ちた。それと同時に、グレンの喉元に木の剣の鋒が向けられていた。ハッと見てみると、汗一つ流さず可憐なフォームでグレンの首元に剣を滑り込ませていく。

 

「あーはいはい、俺の負けだよ」

 

諦めたように両手を上げると、雪咲は剣を引っ込めた。その瞬間、大歓声が闘技場を包み込んだ。暑い熱気を更に熱くするかのように、どんどん盛り上がっていく。それはまるで、留まるところを知らないように。




この話を書いている時、かなりワクワクしました(苦笑)

この高揚感を文にしたのが、こちらなのですが……正直、自信はあまり無いです。

長い戦闘シーン等はあまり書かないので、上手く行ってるかどうか……。

次話は、明日投稿に投稿しようかなと思います。


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第4話 ついに固めた決意

グレンと壮絶な戦いを繰り広げた雪咲、その戦いぶりに皆騒然となっていた。

皓達は勝利に安堵と嬉しさを得た。

そして国王からまさかの提案が!


「はぁ……疲れた……」

 

手にしていた木の剣をポイッと放り投げ、その場に座り込む。ついでに、傷だらけの破損した防具もその辺に置いた。グレンの方にちらっと視線を向けると、沢山の兵士達に労われていた。勿論その場にリィナも居る……やれやれとため息をつくと、背後から誰かが勢い良く抱きしめてきた。

 

「……?」

 

ゆっくりと視線を向けてみると、そこには冬望と眞弓が泣き出しそうな表情で力強く抱きしめてきた。皓はと言うと、ゲート付近でやれやれと肩を竦めその場から見守っているようだ。

 

「雪……咲くん……」

 

眞弓は今にも消え入りそうなほど、か細く弱々しい声で雪咲の名前を呼んでいた。後で皓から聞いた話だと、雪咲が戦っている間ずっと勝ちますように……と祈って居たらしい。

 

「ごめんな、心配かけて」

 

優しく涙を拭ってやり、頭をわしゃっと撫でた。すると、少し安心したのか力無く身を委ねてくる。それに比べ……

 

「馬鹿……馬鹿!何であんな無茶したのよ!!あと少しで負ける所だったのよ?!」

 

冬望は激しくご立腹のようだ。何をそんなにイライラしているのかは分からないが、ここは少しでも労ってほしいと内心思ってはいたが顔にも声にも出さなかった。

 

「ちょっと、聞いてるの?!」

 

「はいはい、聞いてるよ」

 

適当な生返事をしつつ、優しく冬望の頭も撫でる。すると先程までの凶暴性は何処かへと消え去り、すっかりおとなしくなってしまった。

 

「何よ……心配してたのに……馬鹿……」

 

雪咲には聞こえぬ小声で呟き、目元に溜まっていた涙をぐいっと拭っていた。

 

「お疲れさん、この色男」

 

誂う様に話しかけてきたのは、皓だった。何故か面白いものと見たと言いたげな表情で、雪咲の隣に座ってきた。

 

「誰が色男だ……全く……」

 

ぷいっとそっぽを向くと、誰かに髪に触れられたような感触があった。

 

「……?!」

 

驚き、触れた人の方に視線を向けると……眞弓と冬望だった。まるで高級なレースカーテンを触れるように優しく、そして味わうように触りまくっていた。

 

「……2人共、何してんの?」

 

「雪咲くん……何で髪長くなってるの?」

 

「それは俺が聞きたいよ……」

 

「まるで女の子ね」

 

冬望の言葉に、眞弓がクスクスと微笑む。まだ目元は赤いが、どうやら泣き止んでくれたらしい。それにホッとしたのはいいのだが、何故か執拗に髪を弄られる。編まれたり、結ばれたりと大変だった。

 

楽しく?わいわいとやっていると、グレンとリィナが声をかけてきた。

 

「大丈夫か、雪咲」

 

「怪我が無くて何よりです」

 

わははっと声を上げて笑うグレン、ホッと安心したように胸を撫で下ろすリィナ。

 

「怪我は無いけど、防具を破損させてしまった……やっぱり、調節が必要だな」

 

苦笑気味に答えると、苦笑で返されてしまった。グレン曰く、最初の打ち込みはほんの小手調べだったらしい。しかし生半可な事では試せないと思ったのか、隙を作るためにわざとフェイントをかけてみたんだとか。

 

「しかし……」

 

グレンが頭を掻きながら、言いづらそうな表情でこちらの様子を窺ってくる。理由は大抵察している……が、あえて少し意地悪を言ってみたい気持ちになった。

 

「何だ、持てる限りの力を振り絞って手加減無しで行くとか言ってた癖に、最初に俺の力を試そうとしたことについての詫びか?」

 

ニタァっと悪ガキっぽく微笑む雪咲に、グレンはうぐっと声を詰まらせる。

 

「冗談だよ、グレンが聞きたいのはあの技みたいなものだろ?」

 

そう、最後の最後で使った”アレ”である。グレンやリィナ、周りの兵士達は何のトリックがあるのかと耳を研ぎ澄ませながら静まり返っていた。だが……。

 

「アレは技でも何でもない、ただ単に速度を制御できないならと思って暴走させてみた結果がアレってだけのことだ」

 

「「……は?」」

 

何を言ってるのか分からないような感じで、首を傾げていた。分からなくもないだろう、だがこれは嘘ではなく事実の話だ。

 

「ほら、思いっきり横に飛ぼうとしたら勢い余って壁にめり込んだろ?」

 

「あぁ……」

 

「アレの応用さ、壁にぶつかる寸前に体に回転をかける。そうすることで壁にめり込まずに移動できるだろ?まぁ……こういう立地で、尚且つ制御出来ないというのが唯一のネックだが……」

 

そう、俺達の世界で言うなら”ベイゴマ”だ。

 

コマのように回転を加えることにより、壁にぶつかった衝撃で力が反発、そして弾かれ別の方向に。それを単純に繰り返したのが、さっきのアレの種というわけだ。お陰で壁に触れた防具は粉微塵になり、仕方なく生身でぶつかっていたのだが幸いなことに無傷だった。それほど雪咲の防御は高いという事実に本人だけは内心苦笑していた。

 

「なにそれ、出鱈目じゃん」

 

「ふふ、雪咲くんらしい」

 

「本当にもう……」

 

雪咲の近くに居た3人(うち2人は雪咲の髪の毛を弄っていた為密着している)は、呆れたようにため息を零していた。

 

「まぁ、兎に角……俺の負けだ、いい勝負だったぜ」

 

内心とても悔しかったのだろう、微笑んで手を差し伸べてきたグレンの表情の影にそんな感情が隠れていたのに気が付いた。

 

「……俺はもっと強くなりたい。この力を全てコントロール出来るように……。だから、グレンも強くなって……また戦おうな」

 

純粋な気持ちを込めてグレンの手を握り、ゆっくりと立ち上がる。一瞬あっけらかんとしていたグレンだが……。

 

「お前は……全く」

 

そう呟き、そっと雪咲の手をより固く、強く握る。

 

そんなやり取りをしていると、ゲートから国王が舞台に入ってきた。兵士達やグレンやリィナは傅き、雪咲や皓や眞弓や冬望は国王よりも頭が高くならないように正座をした。

 

「国王……」

 

グレンが声を出すと、国王ツァイは”うむ!”と答える。

 

「此度の戦い、実に良いものであった。グレンよ、お主以前よりも力をつけておるな?是非今度手合わせしたいものだ」

 

「ははは、お戯れを。私程度など、国王の足元にも及びませぬ」

 

ははっと深々と頭を垂れるグレン、国王ツァイが”皆の者、面を上げよ”と言うと家臣共々その場の全員が面を上げる。

 

凄いな、この人の人望の厚さは……。

 

心の中で感心していると、ツァイは雪咲の方に向き合った。

 

「して雪咲よ、お主に提案が有る。英雄のパーティーに入り、皆で力を合わせ魔王を討たぬか?」

 

「……!」

 

予想外の提案に、その場に居たものが全員ざわついた。眞弓や冬望は嬉しそうだが、皓は雪咲の表情をみて何を考えているかお見通しのようだった。その為、何を言っても驚かないと言う表情を浮かべていた。

 

全く……鋭いな、皓は。

 

目を閉じ、少し呼吸を整えてからツァイの瞳をじっと見つめ、そしてその”答え”を口にする。

 

「俺は……ー」

 

雪咲は戦う前から考えていた答えを口にすると、騒然としていた場が一瞬にして静まり返った。




果たして雪咲はどう答えるのか……?!

次話は、明日の夜に投稿致します!


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第5話 冬望と眞弓の想い……

グレンとの戦いを終え、国王ツァイから提案を受けた雪咲。その提案は英雄パーティーに入り、共に魔王を打ち倒してほしいとのことだった。

しかし雪咲には、きちんと考えがあった。それを曲げることは決してせず、自分の思いの旨を伝えることに……。

果たして雪咲の答えとは、そして2人が胸に秘めていた想いとは……?!


雪咲とグレンが戦ってから早数日が過ぎ去ろうとしていたある日、雪咲は城の中庭に独り座っていた。

 

「……」

 

空は青く澄み渡り、風は優しく全身を包み込んでくれているかのように静かに吹く。あの日から城の兵士達の雪咲を見る目が一変した、原因は恐らくグレンと繰り広げたあの戦いのせいだ。ステータス公開した時数値が低いと侮っていた奴が、いざ実際に戦いになれば化け物じみた強さを発揮する。幾ら英雄召喚の巻き添えでも、これは明らかにおかしいと怪しまれるほどに。

 

そして皓や眞弓や冬望は、今も城の何処かで魔物に備えての訓練をしている。流石の英雄でも、いきなりの実践では死にかねないだろうとの国王の達しでそうなった。それもそうだ、そういうのとは無縁の世界から来たやつを、何の訓練もさせずに魔王討伐に向かわせるのはあまりにも酷というものだ。

 

「後……2日か」

 

あの時闘技場でツァイに出した答えは、かなり大反対をくらった。だが事実上、そうでもしないと示しがつかないというのも確かだ。雪咲は確かに3人と共に居たいという気持ちもあった、だがその気持のせいで足を引っ張り、栄誉に傷を付けてしまっては面目が立たないというもの。

 

雪咲がツァイの提案に出した答えは

 

”俺は行かない”

 

ただその一言だけだ。周りにいた兵士達は

 

”その強さがあって戦いを放棄するか、臆病者!”

 

 

”友を見捨てるつもりか、薄情者!”

 

と毒を吐く。ツァイも雪咲の答えに、少し表情を曇らせていた。

 

「……理由を聞いても?」

 

「簡単なことさ」

 

”まず一つとして、俺はただの英雄召喚の巻き込まれただけの人……いわば、被害者だ。立ち位置としては、そこらの村人と何ら変わりがない。幾ら王国で口封じをしようとも、その噂は遅かれ早かれほぼ全ての国に伝わるだろう。そうなれば、皓達の立場や威厳が失われていく可能性がある。

 

二つ目、あの力はまだ制御しきれていない所だ。グレンとの戦いでも見た通り、全く手のつけられないじゃじゃ馬だ。こんな調子で魔王と戦ったら、確実に俺は邪魔になる。被害を出さずに済んだことが、大損害になってしまうこともあり得る。

 

三つ目、俺は元の世界に帰らない。……いや、正確に言えば帰ることが出来ない。理由は訳あって話すことは出来ないが、ずっとこっちの世界に居ることになる。だが皓達は魔王を倒すことができれば、元の世界に帰ることが出来る筈だろ?ならば、俺はいち早くでも元の世界に送り届けてやれる準備をしたいんだ。”

 

淡々と理由を連ねると、さっきまで雪咲の事を罵ってた兵士達が一斉に黙り込む。いや、この理屈に返せる言葉が見当たらないからだ。流石のツァイも、これ以上は何も言っては来なかった。

 

その代わりと言っては何だが、2つだけお願いをした。

 

1つ:皓・眞弓・冬望の魔力をきちんと測定し、然るべき訓練をさせることである。3人は他種族争いとは無関係の世界で生まれてきた、故に彼等はこの世界では無知同然なのだ。なのに即魔王退治に行かせるのは、雪咲は絶対に許さない。

 

2つ:この世界の事についてもっと教えて欲しいとのこと。雪咲も3人と同じように無知である。だからこそ知識が欲しい、そうすれば役に立ってみせると言った。

 

その願いを口にした時、ツァイはまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。それも無理はない、提案を蹴った上にこんな都合のいい願いなど聞いてくれるはずが……ー

 

「うむ……分かった、その願いを聞こう」

 

ーな……い……。

ツァイが否定すると思い、譲歩した願いを考えていた雪咲。しかしその読みが外れ、少し間の抜けた表情になる。

 

「しかし、お主はどうする……?」

 

「まぁ、3人が旅立った後にでもお話しますよ」

 

そう、皓達が魔王討伐に出かけるまで後2日しかない。それまでに魔物と戦えるくらいになっているのか、正直な所心配だった。

 

そして旅立ちの前日の夜、雪咲は見送るために早く寝ることにしていた。部屋を真っ暗にし、ベッドに潜り込み目を閉じた。

 

そろそろ眠りにつけそうだと思った矢先、部屋に2人忍び込んできた気配を感知した。ベッドから飛び起きて迎え撃つのも億劫に思った雪咲は、向こうが何か仕掛けてくるまで様子を見ることにした。

 

足音が直ぐ側まで近づき、掛け布団に手を触れた瞬間……忍び込んできた2人は、あろうことか雪咲のベッドに潜り込んできたのだ。

 

な、何が目的なんだ……こいつら……

 

うっすらと目を開け、布団の中を覗き込んでみると……眞弓と冬望が、雪咲を左右から挟み込むように抱きしめながら添い寝してきた。

 

……?!

 

予想外すぎる展開に、思わず小さく声を漏らす。その小さな声を2人が聞き逃すはずもなく……。

 

「ゆ、雪咲くん……?!」

 

「あんた……起きてたの?!」

 

とても動揺しながら飛び起きたて顔を近づけてきた。完全に目を覚まし、ゆっくりと雪咲は起き上がる。

 

「何で2人がこの部屋に……?」

 

その質問に、2人はたははと照れ笑いするだけで答える気配がない。

 

「全く……朝早いってのに、まだ寝ないのか?」

 

頭をボリボリと掻きながら訪ねてみる。

 

「……」

 

眞弓は、その問に答えなかった。だが一つ、少し前まで明るかった表情は陰り、胸の前でぎゅっと握りしめた手は僅かながら震えていた。そしてそれは、冬望も同じだった。

 

「……怖いのか」

 

静かに口にすると、2人はゆっくりと頷く。無理もないだろう、2人は17……ましてや女子だ、魔王退治なんて荷が重すぎる。

 

雪咲は2人の肩にそっと手を触れ、微力な魔力を流し込んだ。

 

「……!」

 

「……暖かい」

 

さっきまでの震えは収まり、陰っていた表情は明るさを少しだけ取り戻した。

 

「……あのね、ここに来たのは怖いからだけじゃないの」

 

「……は?」

 

眞弓の言葉に、間の抜けた声が口から溢れる。

 

「明日行くでしょ……?だから……もう……会えないんじゃないかって思ったら……私……っ!」

 

力の限り抱きしめてくる眞弓、雪咲の服を握りしめる手は多少なりと震えている。だがこの震えはさっきまでの”恐怖を抱いている震え”ではな無かった。その震えの理由は、すぐに分かった。

 

「私……私……ずっと、雪咲くんが……!」

 

そう言いかけた瞬間、言い終える前に眞弓の唇を人差し指で紡いだ。眞弓の顔を月明かりが照らすと、泣き腫らしたような顔だった。

 

「その言葉の続きは……魔王退治が終わった後にな、今は受け取れない」

 

「な、何で……?」

 

「それに俺が”今”答えてしまったら、きっと眞弓自信は満たされると思う。そう、”今”だけはな……だが、後になってきっと後悔する時が来るかもしれないだろう?だからそれは、胸に秘めときなよ。それにさ……」

 

雪咲がちらっと冬望の方に視線を送ると、”自分のほうが……!”と言いたげな顔をしていた。それに気付いた眞弓は、少し顔を赤らめる。

 

「ご、ごめんね……冬望ちゃん。私変な事を……」

 

そう言いかけた瞬間、冬望は首を横に振る。

 

「ううん……いいの、本当は気付いてたから……眞弓の気持ちに」

 

その言葉に、眞弓は目を丸くする。

 

「そう……気付いてた、それなのに私は……眞弓と同じ気持ちになってしまった。だから……」

 

どうすればいいのか分からない……。

 

言わなくても、その先の言葉は分かってしまった。雪咲はゆっくりと息を吐き、2人の頭に優しく手を乗せ、撫でる。

 

「2人の気持ちは分かった……けど、さっきも言ったように今は答えれない。だから、お互いにきちんと魔王討伐が終わるまで頭の片隅で考えておいてくれ。それでももし気持ちが変わらないというなら……」

 

そこで言葉を区切り、優しく微笑む。その瞬間、2人は憑き物でも落ちたかのようにベッドへへたり込む。

 

「……分かったわよ、その代わり……その時になって、逃げないでよね……?」

 

冬望の刺すような視線が刺さる、それくらい本気ということかと腹をくくる。

 

「分かった……絶対に逃げないさ」

 

冬望に目を逸らさずに答えると、柔らかく微笑み頷いた。

 

数分後、2人は雪咲のベッドですっかり眠てしまった。




次の話は、明日投稿いたします。

果たして、この後どうなってしまうのか?!


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第6話 英雄達の旅立ち

皓・冬望・眞弓がアルザース帝国を発つまで、後2日に迫っていた。そこで知り得たのは、眞弓と冬望の想いだった。

だが、雪咲は今は答えられないと返す。

思いが募っていく中、無事に魔王を討伐することができるのか……。

そして、英雄達は旅立ちの日を迎えるのだった。


「それではこれより、英雄達の旅立ちの儀を執り行う!」

 

国王ツァイは、王の間にて英雄達の旅立ちの儀式を執り行っていた。ツァイの前に英雄3人が傅き、周りに集っている兵士達は固唾を呑み見守っている。雪咲はこの儀には参加してはいない、ただ周りの兵士達に混ざって見届けているだけだ。

 

皓・眞弓・冬望の順に英雄の証をツァイから与えられ、髪留めや胸や腕の部分に英雄の証をつけていた。証と言っても、傍から見ればただのバッチみたいなものにしか見えない雪咲であった。

 

「……本当に行くんだな……」

 

周りの兵士達が騒がしくなっていく中、雪咲は一人何とも言えぬ複雑な表情をしていた。

 

旅立ちの儀は無事に終わり、3人は馬車に乗りアルザース帝国を出ていってしまった。最後の最後に何の言葉もかけることはなく、ただしっかりと見送っただけだった。

 

「……」

 

中庭にごろんっと寝転び、大の字になり目を閉じる。そこに浮かぶのは、昨夜の出来事だった。

 

~昨夜~

 

眞弓・冬望の2人が雪咲のベッドで寝てしまった後、掛け布団を優しくかけてあげた後その部屋を後にする。薄暗く静かな廊下を歩いていき、気が付くと中庭の方に出ていた。月明かりの照らす暗闇の中、草木を揺らす風の音だけが鳴る。それに耳を澄ませていると、隣に誰かが来たのが分かる。

 

まぁ、大体検討はついてるんだけどな……。

 

ちらっと横目で見てみると、皓がいつの間にか雪咲の隣に腰を下ろしていた。

 

「どうした、眠れないのか……?」

 

「そういうお前もだろ」

 

2人で笑いながら冗談を言い合っていると、そこで会話は途切れ再び静寂が辺りを包み込む。皓の様子を見ていると、特に緊張や恐怖を抱いている様子はなく、落ち着いているように見えた。

 

じっと横目で見つめていると、不意に目が合う。

 

「……っと、悪い。そこまでジロジロ見るつもりは……ただ、緊張とかしてないのかなってな」

 

はっと目を逸らし、呟くように口にする。すると、小さく笑う声が聞こえてくる。

 

「あはは……大丈夫……と言ったら嘘になるけど、何とかなるさ」

 

少し自信の無いような表情を見せたかと思えば、返しもあやふやだった。

 

「……」

 

雪咲は少しだけ息を深く吸い込み、パァンっと良い音がなる程度の力加減で皓の背中を叩いた。

 

「……?!?!」

 

何が何だかと言う顔をしている皓に、思わす笑いが込み上げてきた。だが、何とか耐えきって笑いかけていたと怪しまれぬように空を見上げた。

 

「……きっと大丈夫だ、お前ならあの2人を守れるさ」

 

何の根拠も無い言葉だが、それでも今の皓にとっては励ましの言葉にはなっただろう。そう思っていると、皓の口から大きなため息が溢れた。

 

「お前な……見た目は女っぽいのに、中身はそのまんまなのな」

 

その言葉に、少しだけムッとくる雪咲。

 

「女っぽいってどういうことだよ、髪が少し長くなっただけだろ?」

 

「い~や違うね、後で全身を鏡で隈なく見てみれば分かるさ」

 

「はぁ?」

 

このまま行くとヒートアップし過ぎてしまうと思った2人は、互いに月を眺めたまま深呼吸をする。皓とこんな時間を過ごしていられるのも今の内か……そう思っていると、不意に皓が話題を変えてくる。

 

「そういえば、お前は俺らが旅立った後どうするつもりなんだ……?」

 

「あぁ……その事か」

 

あの事はまだ誰にも言っていないと思い、あの戦いの後からずっと考えていた事を話し始める。それを聞いている時の皓の顔は、ちょっと心配そうだったが……全て話し終えると、納得したかのように頷く。

 

「そうか……お前がそうしたいなら、きっとそれが正解なんだろうな」

 

「なんだよ、きっとって……まぁ、どれが正解なんて俺にはわかんないがな」

 

ぼやくように言いながら、拳を皓の前に突き出す。何をするか察したのか、コツンっと雪咲の拳に合わせてくる。

 

「うまくやれよ……」

 

「はっ、お前こそな」

 

……

 

 

 

1人昨晩の思い出にふけっていると、1人の女性が近づいてくる。そっと起き上がり女性の方へ視線を向けてみると、その女性は雪咲の傍まで歩いてきた。

 

女性と言うには幼く、少女と言うには大人びている不思議な子だな……そう思っていると、女性はすぅっと息を吸い込み、言葉を口にする。

 

「はじめまして、私はアルザース帝国第1皇女”ユリアナ・ルメール・アルザース”です。貴方が英雄様のお連れだった、風間 雪咲様ですね?」

 

柔らかく微笑み、軽く会釈をしてくる。座って見ているだけも失礼だと思った雪咲は、そと立ち上がり会釈をする。

 

ユリアナ・ルメール・アルザース……まるでゲームに出て来る、お姫様の様な少女だと雪咲は思った。プラチナブロンドの髪に透き通るような白いきめ細かな肌、海のような深い蒼の瞳に華奢な体を派手すぎないドレスがふわりと包み込んでいる。

 

観察するように見つめていると、ユリアナの表情は何処か困惑しているようにも見えた。それに察し、急いで視線を逸らす。

 

「……それで、俺に何か?」

 

気まずさを少しでも和らげるため、そっと会話を持ちかけてみる。

 

「そうでした、お父様がお呼びになられてますわ」

 

クスクスっと笑いながら答えてくれるのを見てると、そこまで気にしてないと思い少しは気が楽になった。

 

「そうか……後これからは雪咲って呼んでくれ、ユリアナ様。どうも様付けで呼ばれるのはむず痒いというか……」

 

後頭部をボリボリと掻きながら笑いかける雪咲。

 

「分かりましたわ、雪咲。では私の事も、ユリアとお呼びください」

 

「あぁ……」

 

国王の娘をこんなに気安く呼んでも良いのかと内心思っていあのだが、まず先に終わらせなければいけないことを思い出す。

 

「そう言えば、国王が呼んでるんだっけか?」

 

「えぇ、なので王の間に来ていただこうとお探ししていたわけですわ」

 

ふふっと微笑みながら、そっと手首を掴まれ引っ張られる。

 

「さぁ、行きましょう」

 

「お、おい……?!」

 

若干どころか、かなり戸惑う雪咲。面識もないのに何故こんなに気軽に接してきてくれるのか、まだ雪咲には理解できなかった。

 

王の間に着くと、雪咲は真っ先にツァイの座っている王座の前に傅く。その隣に、ユリアはそっと立つ。

 

「おぉ、ユリアナ。ご苦労だった」

 

「お安い御用ですわ、お父様」

 

多少の親子の会話を楽しんだ後、ツァイは改めて雪咲に問う。

 

「それでは聞かせてもらおう……お主、この後どうするつもりだ?」

 

ツァイは言葉を良い終え、少しの間黙っている。周りの兵士達も、黙って見守っている。そんな中、雪咲は物怖じせず面をゆっくりと上げる。

 

「……俺は、この街を出ます」

 

はっきりと告げられた言葉に、誰もが騒然としていた。




次の話は、明日の夜に致します。

この話はかなり悩み、悩み抜いた結果がこれです。


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第7話 盗賊への第1歩

遂に旅立ってしまった英雄3人、それを見送り1人中庭で寝転ぶ雪咲。

目を閉じると、昨晩の皓との出来事が鮮明に脳裏に浮かぶ。

そして気配を感じ見てみると、国王ツァイの娘……ユリアナがそこに立っていた。

ツァイが呼んでいると、雪咲を探しに来てくれていたらしい。

そして、王の間に連れて行かれるのであった。

そこで待ち受けていたのは、今後どうするのかというツァイの質問だった。

果たして、雪咲はどうするのか……!


「俺は……この街を出ます」

 

はっきりと告げられた言葉に、ツァイは目を剥く。それも仕方のないことなのだろう、ついこの前まで英雄達と共にするのが嫌だと言っていた癖して……と、誰もが内心ではそう思っていることだろう。隣に立っていたユリアナですら、驚きを隠せない様子だった。

 

「……では、街を出て何を……?」

 

「それは……」

 

ずっと考えていた、生きていくために……楽しく生きていくために、何をしたいか。この世界に来てから、黙々と考えていた考え……。

 

それは……

 

「盗賊……理想的には程遠いですが、俺は盗賊になりたいです」

 

盗賊と聞いた瞬間、兵士達が雪咲の周りを取り囲むように立ちはだかる。しかしツァイは、兵士達を止めた。

 

「盗賊とな……?」

 

「はい……と言っても、人から何かを巻き上げるのが目的ではありませんけど」

 

「ふむ……聞こう」

 

雪咲が盗賊になろうと思った理由は2つ、1つ目は金銭面的に稼ぐのが容易そうだからだ。普通なら冒険者ギルドに登録し、正式な依頼を受けて達成したらお金をもらうというシステムだ。しかし盗賊ならばルールに縛られずに魔物を倒し、倒した魔物は商人にでも売れば高くつくと調べてある。

 

次に、自由だ。傭兵や冒険者なんかは、色んなしがらみに縛られるのが多いと前に本で読んだことがある。雪咲はこっちの世界に来てまで、そんなしがらみには縛られたくはなかったからだ。

 

「だが、寝床はどうする?」

 

それを聞いてきたのは、ずっとツァイの隣に控えていたグレンだ。

 

「商人に物を売って、貰った金で宿を取ればいい」

 

さらっと言葉を返すと、グレンは言葉に詰まったかのように黙り込む。だが周りの兵士達やユリアナ、ツァイの表情は明らかに納得行かないという顔である。

 

「……国王、貴方の考えは分かっているつもりです。ですが先程説明した理由の中で、自由……と言うものがあります。それはただ単にしがらみに縛られたくない……というだけではありませんよ」

 

「む……?」

 

苦し紛れの言い訳にしか聞こえないと思うが、それでも一応言っておかなければならない事だ。

 

「盗賊は何処にも属さない、故に情報収集が少しは容易かと思うのです。自由ならば何処にでも行ける、即ち英雄達の動向も探ることが出来ましょう。勿論、彼等が窮地に陥っていたならば即座に助けます」

 

「……」

 

雪咲は面を上げ、ツァイと視線を合わせる。決して視線を逸らさず、自分が本気であることを伝えるために。こうして睨み合っている間、暫くの沈黙が訪れたという。

 

やがてツァイは折れ、雪咲が盗賊になることを承諾してくれた……条件付きで。

 

「条件を出そう……それは、決して間違っても人族を襲うなという事だ。もしそうなった場合、俺の持てる権力を全て使ってでも……」

 

「っ……承諾しました」

 

まるで押しつぶされそうな程の覇気に、雪咲は冷や汗をかきつつも息を呑んだ。

 

 

 

「さてと……」

 

スキルの一つである”異次元袋”(アイテム欄)にツァイから頂いた支度金を入れ、少し名残惜しくも城を後にする。

 

これから、俺の……自由な盗賊への道が……!

 

そう思うと、とてもうれしく思えてくる。期待に胸を弾ませ浮かれながら町中を歩いていると、妙に周りの人たちからの視線が刺さる。

 

「ん……?」

 

その視線は、自分の体に来ていると分かった雪咲。自分で見てみると、元の世界から来てきた制服のままだった。

 

「あ……」

 

この世界では珍しい服装をしているため、どうしても周りから浮いてしまうことは否めない。少し恥ずかしく思えた雪咲は、急いで洋服屋に駆け込んだ。

 

その洋服屋は、外見は普通の民家に見える。しかし一度中に入ると、ただの服屋とは思えないほどの品揃えの良さ。アルザース帝国の服だけではなく、他の町や村の服まで揃っていた。

 

「すげぇ……」

 

目を輝かせながら店内を見て回ると、店員らしき女性が声をかけてきた。

 

「いらっしゃい、どんな服をお求めかな?」

 

「んー……」

 

様々なデザインの服……僧侶が着ていそうな修道服や、グレンが着ていたような戦士服。長い時間悩んでいたが……

 

「すいません、これください」

 

そう言って指差したのは、全身を覆い隠すことの出来る魔法のローブみたいな物だ。ステータスウィンドゥで効果を見てみると

 

スキル補正 

 

隠密+3 

 

偵察+2 

 

暗殺+2 

 

ステータス補正

 

魔法力アップ+30 

 

魔法防御+21

 

という効果がついていた。正直この世界では強いのか分からなかったが、姿を隠せればなんでも良いやと思っていた。そしてインナーやその他諸々買い揃えていたら、あっという間にツァイから貰った支度金が半分になってしまった。

 

「さてと……」

 

身支度も整った所で、遂に町の外に出た。来た時とは違い、今度はかなり遠くの方に小さく村が見える。

 

「……」

 

ちょっと試してみるか……。

 

そう思い足に力を込め、村に向かい駆け出そうとした瞬間……かなり遠くにあったはずの村の入口が、一瞬ですぐそこまで来ていた。そう思えるほどに、瞬間的な速度で走った事になる。

 

「ほぇ~……」

 

ちらっと振り返り自分が走っただろう道のりを見てみると、まるでジェット機が低空飛行した時のように猛烈な風が遅れて吹き付けてくる。

 

嵐のような風も止み、村に入ろうとした瞬間……女性の悲鳴がすぐ近くから聞こえてきた。

 

「……!」

 

何事かとその悲鳴の主の所まで小走りで駆けつけてみると、そこには……盗賊団がその村を襲っていたところだったようだ。その状況を察するが、特に隠れたりする素振りを見せずに平然と素通りしようと歩きだす。すると、案の定体格の良い男に呼び止められる。

 

「おい、そこのお前!!」

 

その声に少し驚き男の方に視線を向けると、大きな斧を振りかざしながらこちらに向かってきた。

 

「……」

 

この後の自体が予想できた雪咲は、ただじっとその場で構えていた。

 

「おぅ?やる気か……?」

 

男はニタァを笑みを浮かべながら、勢い良く斧を振り下ろす。だがその刃は、雪咲に一切届くことは無かった。何故ならば、届く前に粉微塵に破壊されたのだから。

 

「……は?」

 

先程の威勢の良さとは思えぬほどの間抜けな声を上げた瞬間、雪咲は一瞬の隙を見逃しはしなかった。腕をぐいっと引っ張り態勢を崩させ、すかさず腹部に膝蹴りを食らわせた。力加減をしたつもりだったのだが、男は血反吐を吐きながら倒れる。その様子を見ていた周りの盗賊団員達は、寄ってたかって雪咲に攻撃を仕掛ける。だが相手になるはずもなく、あっという間に片付いてしまった。

 

「この程度か……」

 

ため息を突きながら、最初に倒した男の近くに歩み寄る。すると、近くに”何か”の気配を感じる。

 

「……!」

 

あたりを見渡してみると、盗賊団が盗んだのであろう馬車の中から足の生えた袋が飛び出してきて……着地した瞬間転げた。

 

「……」

 

暫く観察していると、最初はジタバタしていた足が藻掻くのを止める。どうやら完全に諦めてしまったみたいで、ほぼ投げ出している状態と言ってもいいほどだ。そのままなのは可哀想だと思った雪咲は、袋の口を緩め手足の拘束と口を塞いでいた布を外した。

 

「げほっ……」

 

咳き込みながら力無く地面にへたり込む少女、姿から察するに種族は魔人の子供と言ったところか。魔族独特の角が頭から生えており、爪も長く瞳も血のように紅かった。髪は少し長めで色は黒、肌の色は至って健康的な肌色だった。

 

「大丈夫か……?」

 

優しく声をかけてあげるが、少女は警戒し雪咲から遠ざかる。

 

「やれやれ……」

 

小さくため息を付き、目を閉じ少女を縛り付けていた紐などを右手で握りしめた。その仕草に、少女は首を傾げる。

 

「……”物質変化:材質を布から編み込んだ布へ”」

 

呟くように唱えると、布切れが薄い光りに包まれる。そしてゆっくりと宙に浮き上がったかと思えば、白い光に包まれ見えなくなる。

 

少しすると、光は消えそこにはしっかりと編み込まれた布……布ロープが出来上がっていた。

 

「初めてにしては上出来か」

 

満足気に微笑み、気絶させた男達を全員縛り上げていく。そして一箇所に男達を転がして行くと、少女がトコトコと歩み寄ってくる。

 

「……ん?」

 

少女の方に視線を向けると、ペコリと頭を下げてきた。

 

「さっきは助けてくれたのに、あんな態度してごめんなさい。そして、助けてくれてありがとう!」

 

お礼を言い少女が顔を上げる、そして無邪気にニコッと微笑む。

 

「別に、通りかかっただけだよ」

 

雪咲もつられて、思わずクスッと笑ってしまう。

 

「私はユリナ、魔族なんだけど……奴隷商人に掴まっちゃって……」

 

ユリナがちらっと近くに転がっている男の死体を見る、雪咲も見てみると目の端に男の詳細が乗っていた。

 

ガイル

 

種族:人間

 

状態:死亡

 

職:奴隷商人

 

 

これ以上は、目を通してはいない。

 

「そうか……自己紹介が遅れたな、俺は風間 雪咲。通りすがりの盗賊さ」

 

自己紹介をすると、ユリナはきょとんとした顔で雪咲を見つめる。

 

「お姉ちゃん、女の人なのに”俺”なの……?」

 

そっち……?!

 

内心突っ込んでしまったが、ごほんっと咳払いをして優しく微笑みかける。

 

「俺は男だよ、何処からどう見てもね」

 

「でも……」

 

ユリナがそう言って手を雪咲の前に出すと、今の雪咲の姿がまるで鏡のように映り込む。その写り込んだ自分の姿に、一瞬思考停止する。

 

「……はぁ?!?!」

 

雪咲の間抜けな叫び声が、静かな村に木霊する。




次の話は、明日の夜に投稿いたします!

男達とユリア、どっちと絡もうと悩んだ結果……ユリアになりました(苦笑)

明日のお話では、どうなるやら……。

あと、おかげさまでUA700を突破いたしました!!

皆様、読んでいただき本当に感謝の念が絶えません!

ありがとうございます!!


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第2章 リオーネ編
第8話 新設!新しい盗賊団


盗賊になると決意し、国王ツァイにその旨を全て話す。最初はどうしようかと悩んではいたものの、雪咲が提示した条件に仕方なく折れる。

そして、決して人間を襲わないという条件を追加で取り付けたのであった。

ツァイから支度金を貰い街に繰り出す雪咲、しかし異世界から来て服装が制服のままだと思った雪咲はすぐさま服屋へと駆け込む。

そして長らく悩んだ末に購入したのは、全身を覆い隠すことの出来る魔法のローブだった。

中に着る服とかを買ったら、支度金が半分くらいになってしまった。仕方なく街を出てみると、少し遠くの方に村が見えた。その村目掛け実験しようと足に力を込め地面を蹴ると、もはや光速を超えているんじゃ無いかと思える程の速度で移動していた。

気を取り直し村に入ると、偶然にも盗賊団に襲われ村は大変なことになっていた。

そして村にいる盗賊団を気絶させ馬車の方を見てみると、袋詰にされて拘束されている魔族の少女……ユリナが飛び出してくる。

無事ユリナを助けた雪咲、だが自分を男だと言い張る雪咲に魔法を使って見せたのだが……?!


「ちょっと待って……」

 

魔族の少女ユリナが見せた雪咲の姿に、当の本人が一番驚いていた。無理もないだろう、今までずっと髪が伸びただけと思っていたのだから。

 

「嘘……だろ?」

 

自分が思っていた以上に、女性に近い見た目だった。髪が長く伸びているだけではなく、目元辺りや身体つきなど……何処をどう見ても、女性にしか見えなかった。

 

「まさか……」

 

刹那、今までの出来事をほぼ思い返していた。出会ってきた人達の視線がおかしく感じたのは、この見た目のせいでもあったのだ。そう考え納得すると、大きくため息を付きながら項垂れる。

 

ユリナは少し悪いことをしてしまったのかと思い、魔法を止めた。そして落ち込む雪咲に、静かにそっと寄り添う。すると、縛った盗賊団のリーダーらしき大男が目を覚ます。

 

「ん……?」

 

両手足を縛られていることに気付かない大男は、無理に立ち上がろうとしてすっ転び顔面を地面に打ち付ける。その様子を近くで見ていた雪咲は、不覚にもクスリと笑ってしまう。その声に反応したのか、大男が雪咲を睨んでくる。

 

「てめぇ、今見たのは忘れろ」

 

「ごめん、無理かも」

 

少し恥ずかしそうに唸りながら言い放つ大男に、間髪入れずに拒否の言葉を返す。

 

「ぐっ……」

 

地面に伏し、そのまま動かなくなってしまった……否、動けなくなってしまったのだ。先程雪咲に入れられた一撃が相当重かったのか、少し動くだけでもかなりの激痛が走る。

 

「やった本人が言うのも何だけど、あまり動くな。暫くは動けない様に、ちょっと強めに打ち込んである」

 

さらっと心配している風な言葉が出て来るが、勿論嘘だ。本当はそこまで打ち込むつもりはなく、凄く手加減をした結果がこうなってしまった。

 

服の襟を掴み、大男を壁にもたれかけさせて座らせる。

 

「っ……お前は、何がしたい……?」

 

苦しそうに言葉を吐く男の声を無視し、雪咲はスキルを使用した。

 

……スキル”鑑定”

 

心でそう唱えると、雪咲の目の前に大男のステータスウィンドウが現れた。

 

グラン

 

種族:人間

 

年:23

 

レベル:15

 

職:盗賊

 

これ以上は、目を通さなかった。すっとステータスウィンドゥを閉じ、男に自己紹介をする。

 

「俺は風間 雪咲、通りすがりの盗賊だ。この街に来たのは偶然だよ」

 

「……俺はグランだ」

 

グランは名前だけ言うと、それ以上は口を固く閉ざしてしまう。何を聞いても、沈黙しか返ってこなくなった。だから雪咲は、言いたい事を言うだけにした。

 

「俺が盗賊を初めたのは今日、だから仲間が一人として居なくてな……グラン、お前はもし俺がスカウトしたら入らないか?」

 

「……?」

 

「俺が作る盗賊団」

 

その答えに、グランは呆けてしまう。

 

「盗賊団と言っても、狙うのは人間じゃない。モンスターだけだ」

 

「はっ、お断りだ。そんなの傭兵と変わらねーじゃねえか」

 

「確かにね……まぁ、気が変わったらでいいからさ」

 

微笑みながらグランに背を向け、村の出入り口へ歩きだす。

 

「ねぇ、私は入っていい……?」

 

ユリナは、歩いている雪咲に近寄り声をかける。

 

「んー……」

 

考えながら歩いている最中、妙な物音が聞こえてきた。まるでとても重い巨大物質が、こちら目掛けて歩いてきているかのように。

 

「………?」

 

耳を澄ませ気配を研ぎすませた瞬間、村のすぐ近くに巨大な生命反応を感知した。ユリナを物陰に避難させてからすぐさまそこへ向かうと、魔物とは思えぬほどの巨大な鳥が居た。

 

おいおい、デカ過ぎだろ……

 

その鳥の魔物は鳥と言うにはあまりにも大きく、羽ばたいた時の風圧はまるで台風の時の暴風そのものだった。

 

「っ……」

 

あまりにも強烈な暴風に目を閉じ踏ん張っている、やがて風は止み目を開けると……先程まで居た鳥の魔物は忽然と姿を消していた。まさかとは思い上空を見上げていると、円を描くように村の上空を飛行している事が分かった。

 

雪咲は急いで村の中へ戻ると、グランは地を這いずりながら逃げようとしていた。

 

「こんな所で……っ!」

 

村の中央を少し過ぎた瞬間、あの鳥の魔物はグランに向けて急降下を初めた。

 

「……!!」

 

雪咲は思い出す、鳥の食べ物を。

 

そうだ、もしあれが鳥なら……恐らく食べるのは虫だ!

 

おおかた、地を這っているグランの姿が芋虫にでも見えたのだろう。鳥の魔物は鋭利な爪をグランに向け、狙いを定め急降下してくる。

 

あと少しでグランの頭を爪が貫こうとした瞬間、猛烈な速度で迫っていた爪が急に動かなくなった。驚きその止まった原因を見てみると、雪咲が横から鳥の魔物の爪を素手で掴んで止めていたのだ。

 

「……………!!!!」

 

鳥の魔物は大きな雄叫びを上げながら暴れる、しかし雪咲からは決して逃れることは出来ない。

 

「大丈夫か、グラン」

 

「……」

 

グランは呆れて物も言えず、ただただ頷くだけだった。それを見た雪咲はクスッと微笑み、手に力を込めた瞬間鋭利な爪はへし折れた。爪でも痛覚があるのか、鳥の魔物は地面に墜落し藻掻いていた。

 

「さてと……」

 

藻掻いている鳥の魔物に歩み寄り、見せた腹の上に乗る。暴れていようが、雪咲はお構いなしに腹の上を歩く。

 

この羽根……羽というより、まるで鋼鉄みたいに硬いな……。

 

そう思いながら歩いていくと、鳥の魔物の頭と首がすぐそこにある。雪咲はゆっくりとしゃがみ、藻掻いている鳥の魔物の首を掴んだ。そして力を込めた瞬間……鳥の魔物の頭と胴体は見事に千切れ、村中に魔物の血が降り注いだ。ユリナやグラン達は民家の軒下に隠れ血を浴びずに済んだが、村は血で真っ赤っ赤になってしまった。

 

「あちゃー……まさに阿鼻叫喚って感じだね」

 

呑気に笑っていると、グランが少し怯えた声で叫ぶ。

 

「お、お前は一体何者なんだよ……!Cランク級の魔物を素手で倒すとか、聞いたことがないぞ?!」

 

Cランク……?

 

その単語に首を傾げると、グランは更に驚く。

 

「いいか、魔物にはランクが有る。D~SSと、ランクが上がるに連れてどんどん強くなっていく。その分冒険者たちも比例して、同じランクでなければ倒すことは出来ない!それなのに、今日盗賊になったばかりのお前がどうして……?!」

 

グランの解説を聞くと、納得したようにあぁ……と呟く。そして鳥の魔物の腹の上から飛び降り、血濡れた地面に着地する。

 

「さぁ、なんとなくかな」

 

あははと笑いながら、グランに歩み寄る。そして手を差し伸べ……。

 

「グラン、今一度聞こう……俺の仲間になってくれ」

 

グランは暫く考え、そして結論を出す。

 

「……全く、化物みたいなお前に誘われるとはな……良いだろう、その話乗ってやる!」

 

その答えを聞き、雪咲は嬉しそうに微笑む。その時グランの顔が少し赤く見えたのは、夕日のせいだろう。




次の話は、明日に投稿いたします。

もはや男の子ではなく、男の娘と言う感じですね。まぁ、それを狙って書いてるのですが……。

そして早速雪咲くん無双入ります……が、そこまでと言うものでもありませんが。


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第9話 他種族繁栄都市、リオーネ

村に突如襲いかかる魔物、雪咲はその魔物を素手で倒してしまう。

そして、新たな仲間が2人加わった。魔族のユリナと、ガタイの良い大男のグランである。

はたして、この先何が待ち受けているのだろうか?!


「さてと……」

 

グラン達の拘束を解き、鳥の魔物の解体作業に移ろうとする。だがここで一つ、刃物系統を持っていない事を思い出す。

 

「どうしよう……」

 

持ち物を確かめるが、刃物の代わりになりそうなものはない。グラン達の武器は全て破壊してしまったし、他には何も思いつかない。頭を抱え考えていると、ユリナが服の裾をクイクイッと引っ張ってくる。

 

「ん……?」

 

「これ……使う?」

 

ユリナが差し出してきたのは、小さいナイフだった。雪咲は優しく微笑みながら受け取る。

 

「ありがとう」

 

ナイフを握りしめ、鳥の魔物に向かいゆっくりと振り下ろす……すると、頑丈な羽で覆われた体は一瞬にして真っ二つになってしまった。

 

「「「……」」」

 

予想外の威力に、その場に居た誰もが絶句した。何処にでも売っている家庭用のナイフでこんな威力を出した雪咲自身も、何も言えなくなってしまった。無残に真っ二つになってしまった鳥の魔物を見ていると、パリンッっと言う音が聞こえた。その音の方に視線を向けてみると、さっきまで手にしていたナイフが跡形もなく消え去っていたのだ。

 

「……?!」

 

それに驚き、握っていたナイフの柄を手放す。そして地面に落とした瞬間、一瞬でヒビ割れ砕けてしまう。その光景に、雪咲は内心苦笑する。

 

一振りだけで壊れちゃうのか……恐らくどんな武器でも駄目なんだろうな……

 

ため息を付きながら、諦めて鳥の魔物の羽を素手で毟っていく。まるで芝刈り機のごとく、近くに居たグランの隣にどんどん積もっていく。全ての羽を毟り終える頃には、民家一軒分くらいの高さまで積み上がった。

 

毟った羽全て異次元袋に仕舞い、鳥の魔物の肉も手頃なサイズに手で引き千切り仕舞う。

 

「さて、これくらいかな」

 

手をパンパンっと叩き、手についた油は異次元袋の中に入っていたハンカチで拭き取る。そしてハンカチを異次元袋に仕舞いながら歩いていくと、グランと盗賊団全員が後ろからついてくる。

 

「……もしかして、乗り物とか無いの?」

 

列をなしてついてこられると、色々と悪目立ちしすぎてちょっと遠慮したい。ちらっと少し離れている民家の付近に立っている小屋に視線を送ってみると、中には馬が数匹生き残っているようだ。雪咲は団員を小屋へ誘導し、そして馬を頂いていった。

 

雪咲・ユリナが乗っている馬を戦闘に、盗賊団員全員を引き連れ次の街を目指す。何故近くのアルザースに行かないのかというと、あそこの冒険者ギルドは雪咲達盗賊やユリナみたいな魔族を快く思っていない奴らが多くいる。その為、危険を避け別の街に行くことにした。

 

暫く走っていると、柵みたいな壁で覆われている街を見つける。門に近づくと、門番が門の前に現れた。雪咲はそれに気付くと、馬を門番の前に止める。

 

「貴様、何者だ!身分を示せるものを出せ!」

 

「はいはい」

 

苦笑しながら異次元袋を探り、取り出したのは国王ツァイから貰った雪咲の身分を証明する王印付きのギルドカードである。ランクはDだが、このギルドカードがあれば全てのクエストを受注できるとツァイから聞いていた。

 

なんかズルしている気分で、良い気がしないなぁ……

 

内心そう思いながらそのギルドカードを提出すると、門番は青ざめビシっと敬礼する。

 

「こ、これは……失礼いたしました!国王直属の方でしたか!」

 

「あ……!」

 

雪咲は急いで馬から飛び降り、門番の口を手で塞ぎ耳打ちする。

 

「すいません、その事は内密にお願いしたいのですが……」

 

「は、はぁ……」

 

門番が頷くと、ゆっくりと口を塞いでいた手を離す。そして馬を門番に預け、門を抜け街の中へと入っていく。

 

この街の名はリオーネ、アルザース帝国の次に反映している街だ。ここには魔族や獣人がアルザースよりも受け入れられ、物流はかなり凄いとアルザースの図書館の本に書いてあった気がする。

 

暫く歩いていると、大きな建物が見える。看板には”冒険者ギルド”と書いてあり、その中に雪咲は入っていく。建物の中はまるで酒場と思えるほどに人が密集しており、誰もが武装しておりガタイの良い男ばかりだった。

 

カウンターの方へ歩いていくと、受付嬢らしき女性が出て来る。

 

「こんにちは、何かクエストをお探しですか?」

 

「いえ、こちらを売りたいんですけど」

 

異次元袋から先程解体した鳥の魔物の肉と羽を取り出しカウンターに置くと、受付嬢は度肝を抜かれたかのように尻餅をつく。

 

「す、すいません……お手数ですが、ギルドカードをご提示できますか……?」

 

ボケットからギルドカードを取り出し受付嬢に渡すと、更にありえないという表情でこちらを見てきた。

 

「……すいません、少しお待ちを……」

 

受付嬢はギルドカードを手に、奥の方へ引っ込んでしまった。数分後、再び受付嬢が出てくる。だがその表情は、どこか緊迫していた。

 

「……?」

 

「すみませんが、一度こちらへ」

 

言われるがままにカウンターの中へ入り、ギルドのクエストカウンターの奥の部屋へと案内される。そこに居たのは、筋骨隆々な白髪のおっさんだった。




次の話は、日を跨がない内に投稿したいと思いまふ。


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第10話 予想通りの洗礼

鳥の魔物コカトリスの肉を分解し、換金しようとリオーネの街のギルドに足を運んだ雪咲達盗賊団一行。

しかし魔物のランクがランクなだけに、雪咲のギルドカードを見た受付嬢は血相を変えてギルド奥の部屋に行ってしまう。

数分後に戻ってきた受付嬢だが、なにやらただならぬ様子で奥の部屋に案内される。

その部屋に待ち構えていたのはギルドマスターらしき筋骨隆々の白髪のおっさん、はたして雪咲達の今後の展開は……?!


「どうぞ、おかけください」

 

筋骨隆々の白髪のおっさんに言われ、雪咲はソファーの真ん中に座る。その正面のソファーにおっさんが座り、雪咲の右にユリナで左にグランが座る。

 

「さて、唐突に呼び出して申し訳ない」

 

「いえ……」

 

おっさんは頭を下げ謝る、雪咲は少し動揺する。

 

「俺はギルドマスターのサモル、ちょいと話があってだな……」

 

すっと頭を上げ手にしていた鳥の魔物の肉片とギルドカードをテーブルの上に置く。

 

「俺はギルドマスターになる前は冒険者をしていてな、大抵のやつなら姿を見ただけでどんな実力を持っていのか分かるんだが……あんたは得体が知れない、しかもこの肉は……Cランクの鳥の魔物、コカトリスの肉じゃねぇか」

 

コカトリス……?

 

雪咲は首を傾げる、ギルドマスターはその様子を見て思わず苦笑いをする。

 

「嘘だろ、それを知らずに……幾ら帝国国王直下だとは言え、Dランクだろ?なのに1ランク上の魔物をこうも綺麗に倒すとは……」

 

サモルは手にしていたコカトリスの肉をマジマジと眺め、うぅむと唸っていた。まるで骨董品を手にした芸術家のように、サモルの視線は釘付けだった。

 

「綺麗に倒す……?」

 

「あぁ……普通の冒険者は何も知らずにナイフで解体してくる、だから素材の一番いい所が切れてたり潰れてたりしている。だがこいつは潰すどころか、まるで引きちぎったかのようにしてあまり手を加えてないからかまだ生きているようだ」

 

その言葉に、雪咲は目を閉じ少し前の記憶を遡る。すると異次元袋に入り切らないからと、手で引き千切りながら入れていた時のことを思い出す。

 

「あぁ、確かあの時……」

 

雪咲はあの時起こったことを、一部改変して入るもののありのままを話した。

 

……

 

 

 

「え~っと、つまりお前さんは異世界人で……英雄召喚によって呼ばれたというわけか……?」

 

「まぁ、ざっくりと言えばそんな感じですね」

 

サモルはうぅむと唸りながら、顎の髭に触りつつ何かを考え込む。流石にギルドカードを所持していながら、盗賊と言うには無理があるかなと思いきや……。

 

「……分かった、お前の言うことを信じよう」

 

以外にも信じてくれた。

 

「……理由を聞いても?」

 

「ギルドカードの王印は偽装不可能、更にコカトリスの素材は本物……疑う要素など一つも無い」

 

「……」

 

それを言われてしまっては、返しようもない。サモルからギルカを返してもらい、異次元袋に仕舞う。心機一転、雪咲はコカトリスの肉の相場を聞く。

 

「これくらい有ると……25万ゴールド位かな?」

 

「「25万ゴールド?!」」

 

ユリナとグランは、金額を聞くとガタッと血相変えて立ち上がる。それに比べ雪咲は落ち着いていると言うか、物価があまり分かっていないせいで置いてけぼりを食らっている気分だった。

 

25万……国王から頂いた支度金は50万ゴールド、つまり半額位だから……。

 

数分かけて計算を終え、金額の大きさに少し驚き始める。

 

「そ、そんなに貰って良いんですか……?」

 

「状態は良好、鮮度も良く量も多い……これでも少ないくらい位なのだが」

 

「い、いえ……十分です」

 

ユリナは若干遠慮気味に言うが、サモルはこれ以上は値段は下げられない……との一点張りだった。

 

 

3人は約束通り25万ゴールドを受け取り、ギルドマスターの部屋から退室した。ギルドの広場に出ると、何故か周りの視線が刺さるような痛みを含んだような視線になっていた。

 

「……?」

 

内心不安を覚えながらもギルド内から出ようとした瞬間、冒険者らしき甲冑を着込んだ男性ら10人が出口を塞ぐ。邪魔だと睨むように目を細めると、それが気に障ったのかいきなり雪咲の胸ぐらを掴む。

 

「……何だよ?」

 

「てめぇ、ここらじゃ見ねぇ顔だな……見てたぜ、あんな量の素材……大層な額になったんだろうなぁ?」

 

如何にも狙いがお金ですと、リーダーらしき甲冑の男が不敵に笑みを浮かべる。それに反応したのか、ユリナとグランが臨戦態勢になる。それを雪咲は横目に見て、大きく息を吸い込み……。

 

「手を出すな、2人とも!」

 

まるで暴龍の咆哮が如く、酒場が吹き飛ぶような大声で叫ぶ。その瞬間、胸ぐらを掴んでいた甲冑男は気を失い地面に倒れ込む。

 

「て……てめぇ……何をしやがった……!」

 

辛うじて意識を失わなかったのは、甲冑男の後ろに控えていた細身の男性。彼は耳を塞ぎ、何とか耐えしのいだようだ。

 

「別に、ただ少し腹から声を出してみただけさ」

 

クスッと微笑み、だが細身に向けた視線には無意識に敵意と殺意が篭っていた。

 

……これでビビって、大人しく引いてくれれば……

 

そう思っているが、雪咲の思惑とは裏腹に細身の男性は腰に携えていた剣を抜く。

 

「ふざけんじゃねぇ!!」

 

剣を構え雪咲に斬り込んでくる細身の男性、しかし雪咲はその剣を摘む様に受け止める。細身の男性は驚き身を引こうとするが、雪咲が掴んでいる剣だけは押そうとも引こうともびくともしなかった。

 

「ぐっ……!」

 

「……この程度?正直言って遅すぎるよ」

 

期待外れと思った雪咲は、摘んでいた剣を離し……細身の男性の額に軽くデコピンをする。刹那、ギルドの建物の壁を突き破り遠くの彼方へと飛んでいってしまった。

 

「あちゃー……」

 

男性の影が消え去るのを確認し、ユリナ達の方へと振り返る。2人共さっきの大声にびっくりしたのか、ずっと耳を塞いでこちらを見ていた。雪咲は苦笑を浮かべ、ジェスチャーで伝えると耳を塞ぐのを止める。

 

「しっかし、変なのに目をつけられましたね……」

 

「浅はかな男達ね、相手の力量すら測れないなんて……」

 

2人は呆れたようにため息をつく、雪咲はそんな2人を連れてギルドの外へ出た瞬間……外で見ていた野次馬に囲まれてしまっていた。なんでもさっきの大声に驚いて様子を見に来ていたらしく、見たら冒険者達を軽くあしらっている雪咲に見とれていたらしい。面倒くさいと思った雪咲は、盗賊団員を連れて目に止まらぬ速度でその場から逃げ出したのであった。

 

後になって聞いた話だと、雪咲達に突っかかってきた甲冑男達はランクAAのパーティー”4つ首の犬”(クアトロ・パピー)だそうだ。実力もランクと比例して強く頼りがいのあるパーティーらしいのだが、最近調子に乗りすぎて新人イビリや恐喝じみたことをしていて誰も手が出せないらしいのだ。あの騒動の後日雪咲は1人でギルドに出向きギルドマスターに謝りに行くと、問題児だということを説明された後いい薬になったろと言って笑って許してくれた。




最近の投稿が不定期で本当にすいません、風邪を引いてしまい書くのが億劫になっていたのです。

ですが、あまり間を開けるようなことはしないようにします!


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閑話 皓

今回の話は、皓視点でお送りいたします。

明日の話は、冬望か眞弓視点での話をしようかと思います。

ただ皓と同じ感じになってしまいますので、文字数はかなり少なくなってしまいますのであしからず。


雪咲と帝国で別れてから数時間後、英雄達はリオーネ付近の森の中で身の丈よりも大きなオーク3体と戦闘が始まっていた。皓はロングブレード・眞弓は機械弓・冬望はランスを使用し、必死に戦い抜いていた。

 

オークの1体が皓に向かい石斧を振り下ろす、それを皓は必死に受け流す。体制を崩したその一瞬で冬望が心臓にランスを深々と突き刺す。オークは薄緑に近い色の血を大量に吹き付けながら、その場に倒れ込む。それを見た残りのオーガ達は、冬望にターゲットを変更し襲いかかる。

 

「こ、こっち来んなぁぁ!」

 

冬望が叫びながらランスを構えると、背後から矢が飛んでくる。矢は冬望の髪をかすめ、オークの右目を射抜く。余程の激痛だったのか、眼を射抜かれたオークは石斧を放り投げ地面に転がる。

 

「ちょ、ちょっと……髪を思いっきりかすめたんだけど?!」

 

「ご、ごめんなさい……まだ慣れきっていなくて……」

 

先程の矢の件に、冬望はオークそっちのけで眞弓に突っかかる。

 

「2人共、今は言い争いしている場合じゃない!!」

 

地面に転がったオークの首を落とし、2人の元へ駆け寄ろうとした瞬間……最期の1頭のオークが2人に向けて猛スピードで襲いかかる。

 

「「……?!」」

 

恐怖で動けず、思わず獲物を手放してしまう。

 

「眞弓、冬望!!」

 

後少し……だが、皓の手はオークよりも遠い。必死に手を伸ばしても、オークのほうが早く2人を捕まえるのが早いだろう。

 

くそっ、どうすれば……

 

必死に考え走っている中、地面にロングソードの鋒がコツンと当たる。それに皓は、とっさにあることを考える。2人の方に視線を向けると、後数センチで怯え震えている2人を掴むことが出来そうな位置だ。

 

迷ってる暇は無いな……

 

そう思い、渾身の力で手にしていたロングブレードをオークの腕に投げつける。空を切る音と共に、掴みかけたオークの手をスパッと切り落とす。

 

「よし……”我は英雄、世界を救う光の御子。邪悪なる魔物を討ち滅ぼす力を、我に貸し与え給え”!」

 

詠唱を唱えながら2人の前に立ちはだかり、両手をオークの方へ突き出す。すると、黄色い魔法陣が展開される。

 

「……”穿て 閃光矢”!」

 

文言を唱えた瞬間、魔法陣から目に見えぬ速さで光の矢が打ち出される。貫いたのはオークの心臓、貫いても尚止まること無く閃光の矢は遥か彼方へと消え去ってしまった。

 

「た、助かった……」

 

「ありがとう……皓くん……」

 

2人はまるで呪縛から解き放たれたかのようにホッと安堵のため息をつき、その場にへたり込む。顔色は少し青白くなっており、冷や汗もかいている。それを見かねた皓は、心配になりタオルなどを渡して馬車の中へ乗せてく。

 

「大丈夫?」

 

顔色が悪く浮かない顔をしている2人に、少しあっけらかんとした表情で話しかける皓。

 

「えぇ……怖かったけど……」

 

「……」

 

冬望は何とか返事をすることが出来たが、眞弓はもやは口すら聞けないほどに恐怖の記憶が焼き付いているようだ。皓はこれ以上は口を開かなかった……2人を気遣ってなのか、考え事をしていたのかは分からない。

 

馬車に乗り少し走っていると、リオーネの門手前まで来る。

 

「よ、ようやく街ね……」

 

「……」

 

まるで家に帰ってきた時のように安心している2人、皓も固かった表情を少し緩める。門番をパスし、中へ入ると……色んな種族の人たちがそこらを歩いているのに3人は目を輝かせた。

 

「わぁ……色んな人達が……」

 

「獣人や魔族ね」

 

「賑わってていい街じゃないか」

 

正直な感想を各個で呟き、やがて宿屋の前で馬車が止まる。3人は馬車を降り、宿屋の中へ入っていく。お金を払い部屋へ案内してもらい、冬望・眞弓・皓は別々の部屋で武器の整備やアイテム整理等をしていた。皓は1人早く終わらせ、2人に言って1人で街を出歩くことにした。

 

「色んな物があるんだなぁ……雪咲に土産でも買ってやろうかな」

 

気が付くと、そんな事を考えていた。魔王退治の為に行動している皓達と、盗賊として活動していく雪咲……決してとは言わぬが、会うことはかなり少ないだろう。もう前のようには戻れない……そう考えると、少し胸が締め付けられるような感覚に陥ってしまう。

 

これでは駄目だと頬を少し強めに叩くと、その音よりも更に大きな音が町中の方から聞こえた。

 

「……魔物か?」

 

不安になり、急いで走っていく。すると、ギルドの前にかなりの人集りができていた。気になり間を縫って騒ぎの原因を見てみると、とても良く知った顔が冒険者に絡まれていた。

 

「まさか……雪咲?!」

 

呼びかけては見るが、こんな騒ぎの中ではかき消されてしまう。助太刀しようと腰に下げていた剣の柄に手を置いた瞬間、雪咲に斬りかかった甲冑を纏った冒険者達がものすごい速度で吹っ飛んでいった。

 

「……」

 

あまりの強さに、思わず苦笑してしまう。

 

……相変わらずだな。

 

こんな騒ぎで別れたばかりではあるが、雪咲の安否を確認出来たのは一番の収穫かもしれないと思った。

 

皓は何も言わず、その場を立ち去り宿屋へと戻っていく。




次回は明日の夜に投稿できたらしたいと思っています


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閑話 眞弓

今回は昨日(?)に投稿した閑話 皓と同じ時の眞弓編です。


私……このままでいいのかな……。

 

リオーネの街の森の中でオークを討伐し終え、今まさに街へと向かっている最中の馬車に揺られながら窓越しに外を眺めて呆けている眞弓。先の戦いでも皓と冬望の足を引っ張ってしまった、何より魔物だろうと命を奪うのがとても怖かったからだ。それと同時に仲間の命も奪われるのが嫌、その両方の気持ちを抱え苦悶していたのだった。

 

「……」

 

馬車の中はとても静かな空気なのだが、何処かピリピリしていて気安く話かけられる様な雰囲気ではない。お調子者の皓ですら、疲れたような表情で馬車に揺られている。冬望も何かを考えるように、腕を組みながら外を眺めている。途中皓が何とか話しかけてきてくれたのだが、何も答えることが出来なかった。

 

……早く魔王退治終わらせて、雪咲くんと一緒に居たいな。

 

雪咲の事を考える度に、眞弓は小さくため息をつく。あの時言葉を遮られ、あまつさえ答えを先延ばしにされた……それがかえって、気持ちを加速させていたのだ。

 

そう考えている内に、馬車はリオーネの街に着く。門番が通してくれて、馬車はやがて宿屋の前に止まる。中に入ると少し高身長のおじさんが出てくる、皓はお金を渡すと3人はそれぞれの部屋に案内される。

 

「ふぅ……」

 

部屋に案内され、ゴロンとベッドの上に横たわる。ようやく1人に……雪咲を思う事が出来ると思っていた矢先、急に部屋のドアがノックされる。

 

「は、はい」

 

急いで起き上がり、ドアの方へ駆け寄り開けてみると……そこには皓が立っていた。彼曰く、息抜きついでに街を見て回りたいと言っていた。そして一緒に行くかと、眞弓の部屋を訪ねたという。

 

「……私は疲れちゃったし、大丈夫」

 

そう言うと、皓はあっさりと行ってしまう。ドアを閉め再びベッドの上に倒れ込む、そして今日一日のことを振り返る。オークと戦ったことや、魔物とは言え命を奪ってしまったこと、皓が使った魔法の事、眞弓の矢が冬望の髪をかすめたこと……思い返すだけで、何故か少し怖くなってしまう。1人になるのは嫌なのだが、誰かに打ち解けようとしても体と口が追いつかない。本当は話してしまいたいのに、結局誰にも言えずにいる。

 

「……」

 

そんな事を黙々と考え込んでいると、地響きと共に大きい音が聞こえてくる。眞弓は驚き窓を開け外を見てみると、大きな建物らしき所から人が打ち上げられている瞬間を目にしてしまった。

 

「何……あれ……?」

 

他の建物とかで誰が打ち上げたのかは部屋の窓からは見えないが、とてつもなく強い人なんだろうなと心の中で思う。すると、すぐに雪咲の事が脳裏を横切る。しかし今朝はアルザース帝国で旅立ちの儀で見送ってくれた、だからこんな所に居るはずが無いと思い窓を閉める。

 

「……雪咲くん」

 

掛け布団を丸め、雪咲の事を思いながら抱きしめる。すると、不思議と心が安らぎ……涙が自然と溢れ出てしまう。夕焼けの赤い光が部屋に差し込み、閉じた瞼の裏側さえも赤く見えた。




次回は、冬望の話を書こうかなと思っています。


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閑話 冬望

今回は、冬望の物語。

彼女の内心と目的が、今明らかに……?!


腹立つわね……。

 

冬望は、リオーネに向かっている途中の馬車の中で腕を組みながら外を眺めていた。馬車に揺られ誰も気付いてはいないのだろうが、冬望はかなりストレスが溜まっていた。

 

全く……眞弓はオークを倒す事に抵抗があったようだし、皓……は多少なりと強いから助かるけど。なんで肝心の雪咲が付いてきてくれないのよ……。

 

ご立腹の理由は、雪咲が付いてこないことだったようだ。雪咲が何をしようとしているのかは、誰からも聞かされていない。皓に問い詰めても、適当な返事ではぐらかされてしまう。想い人が行方知れずというのが、一番冬望にとっては不安要素になっていた。

 

……兎に角、街について宿で落ち着いたら状況整理しなきゃ。

 

1人で意気込んでいる内に、馬車はすっかりリオーネの宿屋の前に止まった。いつの間にと言いたげな表情になるが、さとられぬように平静を保っていた。

 

部屋に案内され静寂だけが残る、誰もいない1人だけの空間……冬望は、1人外を眺めていた。

 

……本当に異世界なのね。あんな化物とか見てきて順応した気でいたけど……。

 

小さくため息をつき、椅子を窓の近くに置き腰を掛ける。

 

「……雪咲」

 

小さく呟くと、誰かが急に部屋のドアをノックする。誰かと思い出てみると、皓だった。どうやら気分転換に街に行くらしいのだが、一緒にどうだとお誘いに来たようだ。

 

「……ごめんね、今日はそういう気分じゃないの」

 

申し訳無さそうな表情で謝ると、皓は大丈夫と優しく微笑みかけその場を後にした。再び部屋に戻り、椅子に座る。外を眺めていると、夕焼けの光が窓から差し込み眩く思える。

 

「……」

 

それでも目を逸らさずに外を見ていると、突然地響きと共に下から上に向かって何かが飛んでいくのが見えた。

 

「……何よあれ」

 

思わず苦笑気味に呟く、すると何故か雪咲の事が脳裏に浮かぶ。昨晩の事で覚悟を決めたはずなのに、なぜだか揺らぎ始めている。逃げないと約束してはくれたが、一抹の不安が冬望の心を締め付ける。

 

「……っ」

 

グッと胸元を握りしめ、歯を食いしばる。気が付くと、止め処なく涙は溢れ出る。

 

”もし、雪咲が眞弓を選んだら……?”

 

”もし、自分が選ばれなかったら……?”

 

”もしも、雪咲が何処かで他の人を作っていたら……?”

 

「そんなの……分からない……けど……私は……」

 

止まることのない涙を流しながら、ずっと俯いていた。押し寄せる不安と絶望と悲しみが一度に押し寄せ、感情を操る事が出来なかった。溢れる言葉は泡のように消え、涙は服と手の甲を濡らしていく。

 

「怖い……怖い……よ……」

 

夕日が赤く染める部屋で、冬望は1人泣いていた。そして数時間と立たない内に、泣き疲れて眠ってしまっていた。泣いた後は不思議と、不安感や焦燥感と言ったものが先程よりも和らいでいた。




流石にあれだけだとと思い、今日冬望のお話も乗せておきます!


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第11話 遂に決まる盗賊団の名と今後の方針

遂に第2章!

今回はあらすじ風ではなく、普通にご報告したいことがございます。

それは……遂に、UA数が1500を突破いたしました!!

皆様、こんなに読んでいただけて嬉しみの限りでございます!

恐悦至極です!

これからも続けていく予定なので、どうか文才とか語彙力はありませんがどうか楽しんで頂けると幸いです!


リオーネから出て北東側にある森の中、雪咲達盗賊団は火を囲み話し合いをしていた。辺りは日が暮れたせいで真っ暗になり、唯一明るいのは光を放つ虫……光虫の光と焚き火の光だけ。そんな中盗賊団員は先程仕留めてきた(雪咲が)魔物の肉を喰らいながら、談笑をしていた。

 

「しっかし、雪咲さんって何者なんすか」

 

どうやらコカトリスの件だけではなく、先程食料として討伐してきた魔物を素手で捌き木の枝を加工して串として利用していた件もあるらしい。

 

「何者って言われてもな……普通に人間なんだけど」

 

苦笑を浮かべながら頬を掻く、するとさっきまで黙り込んでいたグランが唐突に質問をしてくる。

 

「なぁ、どうして宿屋ではなくここにしたんだ……?森の中は、特に夜だと魔物共が凶暴化して危険……」

 

雪咲はすぐには答えず、”うん”とだけ相槌を打ち少し考える素振りをする。そう……雪咲が最も恐れていたのは、情報の漏洩〈盗聴スキル〉のことである。民間の宿屋だと何処で誰が聞いているかわからないし、かといって大仕掛けのトラップや空間を捻じ曲げたりする魔法なども使えない。その点森の中ならば、余程の阿呆でない限りは夜中に出歩いたりなどしないはずだと踏んでいた。

 

ただ唯一心配なのが、ユリナの事である。盗賊団員は殆どが男性、こんな森の中だろうが恐らく平気であろう。だがユリナは唯一の女性だ、恐らく不安で仕方ないだろう……そう考えていたのだが……

 

「ん~、お肉おいし~」

 

当の本人は全く大丈夫そうなので、気を取り直しグラン達に内容を話す。

 

「魔物共の心配は大丈夫、ここの周りに強力な結界魔法を仕掛けたから。そして宿にしなかったのは、ちょっとした警戒だ」

 

すると、何かの単語に反応したグラン。それに気付き、どうした?と聞き返してみる。

 

「いや……その……結界魔法って何だ?魔法の一種なのか?」

 

「は?」

 

予想外の返答に、素っ頓狂な顔をしてしまった。まさか、剣と魔法のファンタジー世界の癖に結界魔法の概念すら無いとは思っていなかったのだから。だが気を取り直し、結界魔法の事を教えた。

 

「いいか、結界魔法ってのはいわば術者とそれが認めた者のみが立ち入れるちょっと特殊な空間を魔法で疑似形成した空間の事。この魔法はあ外からのらゆる魔法を弾き、中からの情報は一切外には漏れないという。」

 

淡々と説明するが、グランやユリナや盗賊団員達は理解出来てないのか首を傾げる。脱線した話を戻し、更に進めていく。

 

「今から話す話は、他の誰にも聞かれたくないんだが……俺達の盗賊団は名前がない。それに行動目的も……だろ?」

 

その言葉に、辺りが騒然となる。しかし結界魔法のお蔭で、森が騒がしくなることがないので少し安心している。

 

「だな……それで、どうするんだ?」

 

「うん、それなんだけど」

 

雪咲は話す、人を襲わぬ盗賊を目指していることを。人を襲わず魔物だけを襲う、多種族への偏見は一切捨て寛容な心で受け入れる。勿論無償ではなく、それなりの対価は貰う。例えば襲われている所を助けたならば、謝礼としてモンスターの素材並びに肉などは全て頂く……と言う風に。そして、人とは対峙せず傷付けないという事をアルザース国王ツァイと約束したということを。

 

「……と、そんな感じだ」

 

その理論に誰もが言葉を失う、何故ならそれは本当の盗賊とは言えないからだ。そんなのは百も承知、盗賊というのは単に自由に暮らしたい言い訳みたいなものなのだから。

 

「……で、どうする?俺に付いて来るかどうかはお前らが決めろ」

 

そう言い放ち、手に持っていた串を火の中に投げ込む。暫く騒然としていた中、ユリナに服の袖をクイクイっと引っ張られる。

 

「ん、どうした?」

 

ちらっとユリナの方へ向くと、何故か満面の笑みだった。

 

「面白そうね、その話……私、乗ったわ」

 

「お、おう……」

 

迷いのない即答ぶりに、雪咲は苦笑を隠しきれてはいなかった。だが、不思議と嫌な気はしなかった。それから数分後、話は纏まったみたいでグランが雪咲の方に向き向かい合う形になる。

 

「……分かった、付いていこう。本当ならあの村で死んでいた身だ、地獄の果までアンタに忠を尽くすよ……リーダー」

 

フッと微笑んだのも束の間、とても緊迫した表情で覚悟を口にする。

 

「オッケー、なら考えていたこの盗賊団の名前を決めよう!」

 

勢いよく立ち上がると、周りの連中も釣られて立ち上がる。だがユリナは、雪咲の袖を掴んだまま離さなかった。

 

「俺が考えていた名前……それは”自由なる盗賊団”〈フリーダム・シーフ〉なのだけど……どうかな?」

 

雪咲は向こうの世界でもネーミングセンスが無いと言われ続けていた、まさかこっちの世界に来て名を付けることになるとは思っていなかった雪咲は内心緊張状態だった。

 

……どうだ?

 

視線だけで辺りを見渡すと、グランが拳をこちらに向けてきたのが分かる。その拳に合わせるように、雪咲も拳を突き出すとコツンっと合わさる。

 

「良いな、その名前……気に入ったぜ!」

 

ニカッと笑うグランを見て、雪咲は心の底からホッと安堵した。周りの皆も、ワイワイしながら拍手をしてくれていた。ユリナは、雪咲の顔を見ながらニコッと微笑んでいた。

 

「いい名前ね」

 

「ありがとな」

 

優しくユリナの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めてた。この日雪咲達の盗賊団、フリーダム・シーフ結成の記念日としてそのまま宴会へ縺れ込んだ。宴会と言っても、酒などはなくただ単にありったけの肉でワイワイする程度のものだった。そして騒ぎ疲れたのか、暫くすると皆寝てしまった。ユリナも疲れてしまったのか、雪咲の膝の上に頭を乗せ完全に寝てしまっていた。

 

「ふぅ……」

 

小さくため息をつき、”おやすみ”と呟き火を消す。辺りが一気に真っ暗になり、雪咲はその場にゴロンと寝転ぶ。ユリナの頭を落とさないように、気を付けながら……。

 

空に浮かぶは綺麗な満月、そして無数の星々。向こうの世界の事を思い出し、皓達の事を思い出しながら瞳を閉じ……意識を闇の中へと手放していくのであった。




次話は、明日の夜に投稿致します!

尚、閑話は10話毎に挟んでいこうかなと考えております!


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第12話 巨大な大樹に封じられてたのは……

リオーネ付近の森の中で結界を張り、今後の事を話しどんちゃん騒ぎしていた雪咲達盗賊団御一行。

自由なる盗賊団〈フリーダム・シーフ〉と名も決まり、興奮冷めやらずそのまま宴会へと縺れ込んだ。

やがて全員睡魔に襲われ寝てしまう。


次の日、雪咲が目覚めると辺りが薄っすらと明るくなっていた。どうやら朝方に起きたらしく、まだ皆気持ちよさそうに眠っている。急に膝が痺れたと思い見てみると、ユリナが頭を乗せたまま眠っていたのを思い出す。そっと起こさないように自分の上着を丸め、枕代わりにユリナの頭を乗せる。そしてゆっくりと立ち上がり、結界の外へ音を立てずに出ていく。

 

少し歩くと、小鳥のさえずりや魔物や獣が活動を開始する気配を感じる。だがまだこちらには気付いてはいないようで、普通に無視していくことにした。

 

「……静かだ」

 

そう呟きながら薄暗い森の中を歩いていると、何やら大きな魔力を歩いている先に感じる。だがその魔力は何処か不思議で、まるで雪咲を招いているようにも感じた。雪咲は少し警戒しながらも近づいてみる、そこにあったのはとても幻想的な空間でとてもではないが森の中とは思えなかった。

 

一点の濁りもない透き通った湖、そのど真ん中に聳え立つ巨大な大樹。周りに浮かぶ球体のせいか、日中のように辺りが明るい。昔書物で見た水の都、それのイメージと瓜二つだった。

 

「……こんなものが」

 

ゆっくりと湖の方に歩いていくと、突如地響きが起こる。雪咲は驚き飛び退くと、水中から木製の橋みたいなのが浮かんできた。まるで大樹の方へ行けと言われているようにしか思えなかった。

 

「……」

 

ここで驚いていても仕方ないので、仕方なく大樹の方へ歩み寄る。1歩ずつ感じる魔力は大きくなり、大樹の傍まで来ると肌がピリピリするくらいに魔力は膨れ上がっていた。何故こんな夥しいほどの魔力を纏っているのかは分からないが、取り敢えず触れてみることにした。弾かれるかなと警戒しつつも触れた瞬間、一瞬で光に飲まれる。

 

「!?」

 

咄嗟に目を瞑るが、その光は目が痛くなるような光ではなかった。眩しくもなく、まるで真っ白な空間へ飛ばされたみたいに。だが何もないわけではなく、さっきまでふよふよと雪咲の周りを飛んでいた光る球体も一緒に居た。

 

此処は……

 

きょろきょろと見渡してみると、背後に妙な気配を感じた。思わず振り向いてみると、そこには謎の少女が雪咲の瞳を見つめ立っていた。年齢は10~12だろうか、とても綺麗な白銀の身の丈ほどの髪、宝石のように綺麗に輝く花萌葱色の瞳、白い肌に合わせるような純白のワンピースを着ている。

 

「……」

 

少女は何も言うことはなく、雪咲の袖口をそっと掴む。柄にもなくドキッとする雪咲、急激な心拍の上昇は恐怖からなのか驚いてなのかは分からなかった。少なくとも恐怖はあまりなかった、だけど底知れぬ不安みたいなものがあった。

 

「……君は」

 

一旦気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと呟くように言葉を発する。少女はそれに答えるように、言葉を紡ぐ。

 

「……私はアーシュ、この大樹に封印されし者」

 

「大樹に……封印?」

 

「そう、この大樹はただの木ではないの。古代封印魔法”ユグドラシル”……木を媒体として、どんな者も封じ込めてしまう禁術」

 

雪咲はその名前に少し反応する。出てくる前にアルザース帝国大図書館で見た書物にそんなのがあった気がする。内容は禁術〈ユグドラシル〉とそれに封じられている魔物、禁術はユグドラシル以外にも”バハムート”やら”リヴァイアサン”なんてものがあった。ほぼ全て、神話生物や龍の名に擬えていた。

 

禁術になるのは主にいくつかある、それは〈代償〉〈威力〉〈範囲〉〈使用する魔力量〉のどれか2つ以上が特化……若しくは膨大過ぎると、それに該当するものが禁術とされている。ユグドラシルが特化していたのは使用する魔力・代償だ、これは術者の全てと他100名以上の命と魔力を引き換えに、どんな強力な魔物……ましてや神さえも封印することが可能な魔法である。ただ媒体となる木もただの木で良いわけではない、だが肝心な所で読んだ書物が途切れていた。

 

「……アーシュ、一体何者なんだ?」

 

まどろっこしい事を考えるのは止め、素直に聞くことにした。

 

「私は……龍神、龍族全てを収める王……よりも高位の存在。少なくとも数万年前まではそう呼ばれていた……」

 

龍神……龍族の中では神と同列の存在、唯一無二の力と自在な力を併せ持つ龍。だが記憶している書物の中で、龍神どころか龍族の資料すら見かけなかった。

 

「……」

 

雪咲は少し考え込む、するといくつかの疑問を覚える。だから、いくつか質問をしてみることにした。

 

「……呼ばれていたと言っていたけど、今は違うのか?」

 

「分からない……新たな龍神が生まれ継いでいるのか、それとも滅びたか……」

 

とても曖昧な返しが返ってきた。

 

「次……何故ユグドラシルに封印されていたんだ?」

 

「私の力……それを利用しようと人族が……」

 

「力……?」

 

「そう、私には認めた相手だけに力を共有する力を持つ。不老不死や無限の魔力、彼等が求めたのは恐らくこれ」

 

「……」

 

これは……

 

思っていた以上に物凄い能力に、正直どうすればいいか迷っていた。確かに龍神に暴れられたら世界は壊れる、だから封印した……というのは表面上だろう、恐らく私利私欲で封印したのだろう。だがユグドラシルの代償を知らないばかりに、利用出来ずにこの世を去った。

 

脳裏で推測していると、アーシュが顔を覗き込んでくる。

 

「どうした?」

 

「貴方……不思議、普通の人族は逃げるか立ち向かってくるのに……その気が全く無いのね」

 

「まぁ……」

 

正直な所、雪咲はどうする気もなかった。もしこのまま逃してくれるのであればお言葉に甘えるが、戦えと言われれば即答で拒否する気でいた。幾ら神様からチートを貰った所で、完全にほぼ暴走状態な上に把握しきれていない。負けるだけならまだいい方、下手すれば死ぬ可能性がある。それは是非とも避けたいところではある。

 

どうするか悩んでいると、一つの案を思いつく。

 

「なぁ、アーシュはユグドラシルから出たいか?」

 

「……?」

 

唐突だったか、何言ってるんだ?みたいな顔をされた。

 

「もし出たいなら条件付きで出してあげてもいいけど」

 

苦笑気味に言うと、心の中を見透かしているのか分からないが小さくため息をつかれた。

 

「出るも何も、ユグドラシルの封印を解くことは出来ないでしょ……?」

 

「あ~……」

 

確かにと言わんばかりに、ゆっくりと頷く。ステータスウィンドゥを出して確認してみると、現在地点の欄に”ユグドラシル内”と書いてある。

 

え、封印の中……?

 

少し気になりマップも開いてみると、辺りには何もないまっさらな地形が映し出された。出口どころか換気口的な物も無く、完全に密封空間だった。

 

「どうすればいいかな……」

 

ステータスを見つめながら唸っていると、一つ気になるスキルが目に留まる。それはイメージスキル、いわば想像魔法というものらしい。説明欄に、丁寧に説明が書いてある。

 

”イメージスキル〈想像魔法〉:それは脳裏で想像した魔法を膨大な魔力と引き換えに実際に発動させるユニークスキル。どんな事でも出来るが、その分魔力はかなり必要となるため魔力切れ〈オーバーブロー〉には注意!”

 

これだ……!

 

「もしかしたら、アーシュをここから出してあげられるかも知れない!」

 

「……?」

 

雪咲の嬉しそうな言葉は、辺りに響き木霊となり消える。そしてアーシュは、理解不能と言いたげに首を傾げる。




正直ネーミングセンスが皆無過ぎて、ありきたりかなと内心思いました。

次の話は、明日に投稿したいと思います。


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第13話 いざ、想像魔法!

もしかしたら、明日は投稿出来るかわからないです!

もし投稿できなかったら、申し訳ありません!


さてと、やりますか

 

そう思い、目を閉じて頭を最大限に働かせる。イメージするのは全ての魔法を解除している所、封印を呆気なく打ち砕くイメージ。小さくため息をつき、スッと膝をつく。そして地面に手を触れる。

 

「……何をしてるの?」

 

アーシュは少し不安そうに見つめる、だが雪咲はその言葉を聞き流して考えついた言葉を唱える。

 

「……”全ての呪いを解く者、我その力を望まん。今此処にその力を顕現し、全てを開放せよ……”〈オール・リカバリー〉」

 

文言を唱え終え魔法の名を唱えた瞬間、全てが白い何もない空間だった場所は硝子のように割れてさっきの森の中の湖の場所へと戻ってきていた。先程までの大樹は段々と小さくなっていってしまっていた。

 

「……何が」

 

そう呟いた瞬間背後から強力なプレッシャーを感じる、冷や汗をかきつつ振り向いてみるとアーシュが少し離れた所に立っていた。見た目は少女のままなのだが、発せられているプレッシャーは強大な力の持ち主のそれだ。

 

「……」

 

黙りその場で動かずにいると、アーシュはふと微笑む。

 

「ありがと、私を開放してくれて……」

 

そう言うと。華奢な少女は急に見えなくなる。目を擦りもう一度見てみると……そこには巨大な白い龍がそこに居た。

 

「……」

 

思わず失神しそうになるが、何とか踏みとどまっている。冷や汗を流しながら黙りこくっていると、アーシュ(?)は元の少女の姿に戻る。プレッシャーは少し和らぎ、安堵のため息をつく。

 

「……意気地なし」

 

雪咲に聞こえない程度に呟くと、木製の橋の先……さっきまで大樹があった場所まで歩いていく。もうそこには先程までの立派な大樹は無くなり、代わりに小さな木が生えていた。アーシュはそっと木を撫でると、急速に大きさを取り戻していく。

 

「しかし大したもの……まさかユグドラシルを破るなんて……」

 

木を元の大きさに戻し終え、再び雪咲の方へと向く。

 

「……一体何者?」

 

アーシュは首を傾げ尋ねる、雪咲はどうしようかと考え込んでいた。異世界人だと言っても信じてくれるか分からないし、かといってただの盗賊と言ったら何されるか分かったものじゃない。だが下手な隠し立てをするよりは、普通に話してしまったほうが身のためだと思い……神様の事以外全てを話す。

 

……

 

アーシュは話が終わるまで黙って聞き続けた、そして話が終わるとクスクスっと笑い始めた。

 

「な、何でそんな笑う……?」

 

「だって、英雄召喚のオマケって……可哀想」

 

「うっ……」

 

図星をつかれ、雪咲は内心涙目状態。アーシュはひとしきり笑い終えると、項垂れている雪咲の頭を優しく撫でる。

 

「全く、今も昔も人族は世話が焼ける……」

 

まるで我が子を愛すかのように、優しく抱きしめた。見た目は少女なのだが、中身は年の離れた姉のようだった。そんなアーシュに雪咲は、少し恥ずかしがりながらも離れようとは思わなかった。

 

「……」

 

もう少しこのままでも……

 

そう思いかけた瞬間、背後から草木が揺れる音が聞こえ急いで離れる。何故かアーシュの顔は少し残念そうだったが、振り向いてみるとそこには眞弓が草むらから出てくる。それに驚き、どうしようか悩んでいる雪咲。幸いなことに、眞弓は此処が何処だか把握できておらずキョロキョロしているため雪咲の存在には気付いてない模様。

 

これは……

 

絶好の機会と思い、姿を隠す。勿論魔法で姿だけを消しているので、気配や視線などは恐らく隠しきれてはいない。アーシュも雪咲と共に姿を隠そうとした瞬間、眞弓に見つかり声をかけられる。

 

「貴方、こんな朝に此処で何を……?」

 

心配そうに駆け寄る眞弓、それに鬱陶しそうな表情を隠し無表情になるアーシュ。

 

「別に……」

 

ぷいっとそっぽを向くと、眞弓は少しショックを受ける。だがめげないと言わんばかりに、余計にアーシュに突っかかってくる。

 

「貴方みたいな小さな子を、放っておける訳ないでしょ!」

 

「……放っておいて」

 

このまま無限ループになりそうなので、盗賊団の所へ戻ろうとすると迂闊にも落ちている枯れ枝を踏んで大きな音を鳴らしてしまう。その音に2人が反応し、雪咲の方に視線を向ける。動揺のあまり、雪咲の透明化は解けてしまっていた。

 

「「あ……」」

 

雪咲の姿を見て、アーシュと眞弓は硬直してしまう。




次の話は運が良ければ明日、下手すれば明後日に投稿致します!


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第14話 交差する思い

ユグドラシルの封印の中へと入ってしまった雪咲、そこで出会ったのは龍神のアーシュだった。

そこで雪咲は、古代封印魔法 ユグドラシルの名を聞く。

アルザース帝国の大図書館で名前だけ知っていたが、実際はとてつもないものだったらしい。

想像魔法でユグドラシルの封印を解く雪咲、一段落したかと思っていたらそこに現れたのはまさかの眞弓だった!

この後の展開はいかに……?!



「ゆ、雪咲くん?!」

 

眞弓は思い切り雪咲に抱きつく、それを見ていたアーシュはぷくっと頬を膨らませる。当の本人は動揺し、一歩も動くことが出来なかった。

 

「え……え?」

 

戸惑いのあまり同じことしか言えなくなっていた、何故先に旅立った眞弓の方がこんなところにいるのか雪咲には分からなかった。

 

「何でここに……」

 

何とか気を取り直し此処に来た理由を尋ねる、すると眞弓は無邪気な微笑みを浮かべる。

 

「何となく散歩してたら、ふら~っとここに着いたの」

 

要するに、気まぐれ出来たということだ。小さくため息をつくと、背後から視線を感じる。ゆっくりと振り向いてみると、アーシュが今にも飛びかかりそうな勢いでこちらを睨みつけてきていた。

 

「……」

 

これはまずいと、雪咲は眞弓を引き剥がす。すると、眞弓はしょぼくれたように俯いてしまう。しかしあのままでは確実にアーシュは襲いかかってきていただろう、そうなればここらへん一体は焦土と化すかも知れない。それだけは避けたい事態であった。

 

「ごめん……だけど、いきなりは……」

 

「ううん……こっちこそごめんね……」

 

さっきまで少し上がり気味だった眞弓のテンションは、急激に下がっていくのを感じる。

 

「所で、何で雪咲くんがここに……?」

 

「それは……」

 

皓だけに打ち明けた盗賊になる話、それを言うかどうかで迷っていた。正直言っても良いのだが、その後どう反応するかが分からない。事と次第によってはこの後身動きを取り辛くなってしまう可能性もある、それだけはどうしても避けたかった。雪咲は本音では眞弓や冬望に嫌われた所で元の世界に戻れないのだから痛くも痒くもない、だが皓は唯一の男友達というだけあってあの2人よりも思い入れがある。だから皓にだけは、絶対に見限られたくないと思っていた。

 

どうするか決めあぐねていると、アーシュは思い切り雪咲の左腕に抱きついてくる。

 

「雪咲は私を呪縛から解き放ってくれた、だから私は雪咲のもの……」

 

その言葉に、眞弓は何とも言えぬような顔をする。泣きたいのやら笑いたいのやら、複雑な表情だった。拳を固く握りしめ、全身は震えている。

 

「わ、私のほうが雪咲くんとの付き合いは長いんだからね!」

 

「関係ない、これから親密になっていければ……」

 

「関係ある!だって……私は雪咲くんが……」

 

「……見れば分かる、けど負けない……」

 

「……っ!」

 

それ以上何も言えなくなった眞弓は、その場から走って去ってしまう。アーシュは悔しくて逃げたと思っていたらしいが、瞳から溢れ出た雫を雪咲は見逃さなかった。

 

「全く……」

 

 

…………

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

全力で走り息を切らした眞弓、少し休もうと森の入り口の近くの木にもたれかかる。視線だけで森の中を見るが、何もないのを知り空の方へ視線を移す。目を閉じると次々と溢れる熱い液体、瞳から頬へと流れ落ち……地面へと溢れる。

 

「雪咲くんの……馬鹿……」

 

独り言のように呟くと、すぐ近くの草むらからひょっこりと雪咲が出てくる。それに眞弓は一瞬驚くが、またすぐにふいっとそっぽを向く。

 

「……ごめん」

 

雪咲は申し訳なさそうに言葉を発するが、眞弓はそれに一切返答しなかった。それを言いたかっただけなのか、言い終えると森の中へ戻ろうと歩いていってしまう。

 

「……」

 

本当は呼び止めたいのに、さっきあんな冷たい態度をとってしまった眞弓は声をかけることすら出来なかった。本当はもっと話したい、色んな事を話したいのに……言葉が出てこない、眞弓は心臓を握りつぶされたような何とも言えない感覚に襲われる。

 

遠ざかる雪咲の背中を見送っていると、突然歩く足を止めちらっと振り返る。そしていつも通りの優しい笑みを浮かべ……

 

”死ぬなよ……”

 

声は聞こえなかったが、そう言っているように感じた。そして雪咲は、本当に森の奥へと消えてしまった。

 

「っ……」

 

眞弓はその場にしゃがみ込み、膝を抱え涙を流す。さっきあんなに酷いことをしてしまったのに、優しい言葉をかけてくれた雪咲に眞弓は嬉しさの気持ちでいっぱいだった。

 

「雪咲くんも……死なないで……」

 

泣きじゃくりながら、独り言の様に呟く。例えこの言葉が聞こえていなくとも、祈りが風に乗って雪咲に届くと信じて……。

 

 

 

「……」

 

「良いの、あのままで……?」

 

雪咲とアーシュは、少し離れた木陰から眞弓を見守っていた。アーシュの問に、雪咲は何も答えず小さく頷くだけだった。

 

「2人共素直じゃない……人間は気持ちを口にしないと、伝わらない……」

 

そんなのは分かっている、しかし雪咲は横に首を振る。

 

「伝わらないほうがいい思いも有るんだ……俺が眞弓の告白に答えたら、魔王討伐はどうする……?この気持が足を引っ張り、死なせてしまったら……俺は……」

 

冷静に言っているように見えるが、内心凄く動揺している。握った拳は震え、眉間にシワを寄せ、ギリッと言わんばかりに歯を食いしばっている。本当は雪咲だってきちんと眞弓の思いに応えたい、だけど起こった事態が事態なだけに無闇に答えるわけには行かなくなってしまった。

 

「じゃあ……雪咲は眞弓を守るために……?」

 

「……どうだかな、そう思ってるのは俺だけかも知れないけど……」

 

雪咲は小さく息を吐き、森の奥へと歩いていってしまう。

 

「……不器用」

 

聞こえない程度に呟くアーシュ、そして雪咲と共に森の奥へと姿を消すのだった。




ちょーっとありきたりな話になってしまいました


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第15話 いざ、初活動!

森の中で出会ったのは、まさかの眞弓だった。しかしアーシュと出会い、眞弓は傷心してしまい泣きながら森の入口へと走り去ってしまうのだった。

追いかけるが、眞弓は一言も話してはくれなかった。雪咲は謝罪の言葉だけ述べ、森の奥へと戻っていく。それを目で追いかける眞弓、すると雪咲が一瞬振り向いた気がした。

そして……”死ぬなよ”、そう言っていた気がした。眞弓は裏切られたのではないと感じ、その場で泣きじゃくってしまう。それを木陰で優しく見守る雪咲、アーシュには同情できぬ感情だった。

雪咲達は遂に、次の街へ行く決心を固める!


「んぅ……?」

 

ユリナは目を覚ます、そしてゆっくりと起き上がる。まだ重たい瞼をゴシゴシと擦り辺りを見渡してみると、雪咲が何処にも居ないことに気が付く。

 

「……何処にいるの?」

 

立ち上がりふらふらとした足取りで歩き回る、すると何かにボフッとぶつかる。ゆっくりと上を向いてみると、ぶつかったのは雪咲だった。

 

「……!」

 

ユリナは嬉しそうに抱きしめる、すると不意に視線を感じる。雪咲の後ろの方に視線を向けると、ユリナと同じ年頃の見た目の少女が恨めしそうな顔で睨んできていた。

 

「雪咲……この子は?」

 

「あー……何ていうかな」

 

雪咲は頭を掻きながら悩んでいると、寝ていた盗賊団員達が目を覚ます。

 

「ここは……」

 

「確か森の中で……」

 

それぞれぶつくさ言いながら起き上がる、グランも目を覚ましたようでムクッと起き上がる。

 

「すまん、いつの間にか寝てしまっていたようだ……いや何、新生盗賊団結成が嬉しくてな」

 

ガタイの良さに不釣り合いな程の純粋な微笑みを浮かべるグラン、雪咲はそれに苦笑していた。そして案の定その場に居た全員が、アーシュの存在に気付き動揺を隠せずに居た。

 

「お、おい……お前、まさか……」

 

「まさかなぁ……」

 

全員の脳裏に浮かぶ言葉は一つ、誘拐だ。だが雪咲はそんな事をする気なんてサラサラ無く、全力で首を横に振る。そして観念したかのように、アーシュとの出会いの件を包み隠さずに話す。聞いている最中誰もが”信じられん……”みたいな表情を浮かべていたが、グランとユリナは真剣な顔で最期まで話を聞き続けた。

 

そして雪咲は全てを話し終える、全員は頭の中で話を整理するので精一杯だったようだ。

 

「え……想像魔法?」

 

「何っすか、それ」

 

「ユグドラシルも、初めて聞いたっすよ」

 

この時雪咲は確信した、此処に居る殆どの団員達が無知だと。その事実に先が思いやられ、頭を抱える。

 

項垂れていると、グランがポンポンっと肩を叩いてくる。

 

「それで、その娘はどうするんだ?」

 

「確かに……」

 

ちらっとアーシュの方に視線を向けてみると、今朝戻ってくる時に取ってきたきのみを食べながら首を傾げていた。雪咲はアーシュが食べ終えるのを待ち、ゴクンっと飲み込んだ後にいくつかの質問をする。

 

「アーシュは、これからどうするの?」

 

「どうすると言われても……」

 

「行く宛は?」

 

「無い……」

 

「住む宛も?」

 

「無い……」

 

殆ど手詰まり状態に、雪咲は更に頭を抱え項垂れていた。

 

「じゃあ、どうするのさ……」

 

独り言のように呟くと、少しアーシュは黙り込む。そして……。

 

「勿論、雪咲に付いていく……退屈しなさそう」

 

アーシュの言葉に雪咲よりも、団員達(グランとユリナを除く)は一斉に盛り上がる。

 

「おっしゃ、華が増えたぜ!」

 

「やりがいがあるな!」

 

これ以上盛り上がると収集がつかなくなるので、思い切り手を叩き大きな音で周りを黙らせる。誰一人と話をすることも無くなり、全員が雪咲の方に視線を向けている。そんな中、1人立ち上がる。

 

「無駄話は後、まずは次の街を目指すことが先決!」

 

こうして、フリーダム・シーフ全員で次の行動を決めあった。その結果、リオーネの南側にある街……港街〈ハルカス〉を目指すことにした。しかし、そこで一つ問題が生じた。

 

「どうやって行くんだ?俺らだけで行くのか……?」

 

「んなわけ無いだろ」

 

そこは勿論考えていた、盗賊なら盗賊らしく……とはいかずとも、少しでもリスクを抑える方法はきちんと考えていた。

 

「それはだな……」

 

こうして、雪咲の提案した案はすぐに実行へと移された。

 

……

 

「今日はいい天気ですね」

 

「そうですね」

 

リオーネからハルカスを目指して馬車に揺られながら和気藹々と話しているのは、純白のドレスを着込んだ2人の女性。魔法を駆使して紅茶を嗜みながら出発……しようとリオーネを出た瞬間、急に馬車は動きを止める。その衝撃でなんとか紅茶を零すことは免れたが、衝撃で揺さぶられてしまう。

 

「い、一体何事ですの?!」

 

慌てて片方が飛び出すと、馬車の先頭に立ちはだかっていたのはローブを被った少女(?)と屈強な男達に囲まれた幼気な少女達。ドレスの女性は少女に歩み寄り、全身をまじまじと見つめる。

 

「「……?」」

 

少女は2人同時に首を傾げる、片方は魔族でもう片方はパッと見人間に見える。

 

「貴方達、一体何のつもりですの?私達はこれからハルカスへ……」

 

ドレスの女性が少し腹立たしそうに言葉を発すると、ローブ姿の少女(?)は女性の前に立ち、ペコリと頭を下げる。

 

「これは失礼しました、旅路を邪魔してしまったようですね」

 

「えぇ、邪魔よ」

 

スパッとした物言いに、少し言い淀む。だが負けじと、少女(?)は顔を上げる。

 

「私は雪咲、そして彼等はフリーダム・シーフ……所謂盗賊です」

 

その言葉に、女性は青ざめる。

 

「盗賊……?!まさか、その女の子たちも……?」

 

「えぇ」

 

きっぱりと返すと、まるでこの世の終わりと言いたそうな表情でへたり込む。それはそうだ、晴れやかな旅立ちの日に盗賊に囲まれるなんて……。

 

女性の前にアーシュとユリナが立ち、そっと手を差し伸べる。

 

「大丈夫、襲ったりなんてしないから」

 

「安心して」

 

その言葉に、女性は驚愕を顕にする。

 

「襲わない……?だって、盗賊でしょ?」

 

「えぇ、盗賊です。でも人を襲う盗賊ではないですよ?」

 

柔らかく言うと、女性は首を傾げる。そしてアーシュとユリナの手をそっと取り、ゆっくりと立ち上がる。そしてコホンっと咳払いした後、凛とした表情を取り戻す。

 

「私はアルステン王国第1皇女、コーネリア・リヴ・アルステン……馬車にはもう1人、妹のジュリア・ウル・アルステンが乗っています。それを知った上での狼藉?」

 

「いえ、知りませんよ?」

 

即答すると、コーネリアはキョトンとした顔をする。

 

「へ……?」

 

「俺達はあくまでハルカスに行きたいのです、ですが道のりを知りません。だから交渉をしませんか?」

 

雪咲の提案に、コーネリアは少しだけ食いつく。

 

「言っておくけど、お金なら上げないわよ?」

 

「別に恵んでくださいとは言ってない」

 

「じゃあどうすればいいの?」

 

「それは簡単ですよ」

 

雪咲はニコッと微笑み、そして異次元袋から1枚の紙と羽ペンを取り出す。

 

「俺達がハルカスまで護衛を致します、その代り同行させてください」

 

その言葉に、コーネリアは固まった。




昨晩は投稿できず、申し訳ない!

休みだったので、思わず……

明日は絶対に投稿致します!(夜中)


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第16話 襲い来る者とは?!

体調が悪いので簡潔にあらすじ。

今後の目的を決めた雪咲達は、リオーネの門付近まで移動する。するとそこに偶然出てきた馬車が……。

止めて見ると、中には2人の少女が乗っていた。コーネリア・リヴ・アルステンとジュリア・ウル・アルステン、2人はアルステン王国の皇女だった。

2人を護衛するということを条件に、雪咲達は次の街〈ハルカス〉へと歩を進める。

さて、どんな出来事があるのか?!


「それでは改めて……俺は風間 雪咲、フリーダム・シーフの長だ」

 

「私はユリナ、奴隷商人に攫われそうになった私を雪咲が助けてくれたの」

 

「私はアーシュ、まぁ人間で良い……」

 

「俺はグラン、サブリーダーだ」

 

雪咲達6人は、馬車に揺られながら自己紹介をする。中は少し窮屈だが、コーネリアとジュリアの希望でアーシュとユリナは2人の膝の上に乗せてもらっている。

 

「私はアルステン王国第1皇女、コーネリア・リヴ・アルステンよ。コーネリアで良いわ」

 

「ジュリア・ウル・アルステン……第2皇女……ジュリアで良い……です」

 

どうやらジュリアは極度の人見知りらしく、小声でボソボソと自己紹介をしていた。だが暫くすると次第に慣れてきたのか、会話が次々と膨らんでいった。そんな中、コーネリアが雪咲に一つ疑問を持つ。

 

「護衛するって言っていたけれど、そんな実力あるの?」

 

「勿論」

 

その質問には、迷わず即答した。コーネリアは案の定驚いていた。

 

「嘘……そんな風には見えないけど……女の子みたいだし」

 

雪咲は小さくため息をつき、ギルドカードをコーネリア達に差し出す。受け取って見てみると、2人は押されている王印に目を剥く。

 

「こ、これって……!」

 

「王族のみが使える印じゃないの、どうしてあんたがこれを持ってるのよ!」

 

経緯を全て説明するのも面倒くさく感じた雪咲は、さっくりと簡潔に説明する。

 

「だって、英雄召喚で呼ばれた友人のオマケだしな」

 

あまりにもあっさりとしすぎていて、逆に驚く。

 

「で、でも……強さはそれとは関係ないんじゃ……」

 

ジュリアの言葉に、雪咲は少し考える。そして異次元袋から取り出したのは、コカトリスの肉とギルドの品質証明書だ。品質証明書とは言葉のままで、ギルドがきちんと鑑定したという証。これがなければ売りに出すことも出来ないし、正式な値段なんてつかなくなってしまう。何処かの街の闇市では、そんな素材がゴロゴロあると聞いたことがある。まぁ、そんな事は置いておいて……。

 

「はぁ?!Cクラスの魔物、コカトリス?!?!」

 

「普通Cクラスの大型は兵隊並みのパーティーでようやく仕留められるかどうかの魔物なのに……」

 

2人は驚愕の表情を浮かべながら雪咲達を見る、だが雪咲以外の全員は首を横に振る。

 

「いや、コカトリスを倒したのはこいつ1人だ」

 

グランの言葉に、更に驚く。もはやオーバーリアクション過ぎると言っても過言ではないほどに、雪咲は頭を掻きながら大したことじゃないと言う。

 

「大したことよ、そんな……ありえない……」

 

コーネリアは何故か自分の手を見つめ、ガタガタと震えている。ジュリアは興味津々な視線を雪咲に向け、ススっと近寄る。それに反応したのか、雪咲もススっと遠ざかる。

 

「是非……その時の話を聞かせて」

 

目を輝かせながら雪咲に更に寄る、当の本人は苦笑しつつも距離を詰めさせまいと努力していた。

 

「別に聞いても…………ー」

 

言いかけた瞬間、突然馬車に猛烈な衝撃が加えられる。コーネリアとジュリアはアーシュとユリナを思い切り抱きしめ、馬車の壁に叩きつけられる。幸いにも怪我を負わずに済み、気絶も何とかしなかったようだ。

 

「雪咲……」

 

「わかってる」

 

グランと雪咲は、勢いよく外に飛び出す。そこで目にしたのは、まるで戦場だった。団員達は何とか生きてはいるものの、負傷し逃げ延びながら応戦している。馬車の周りには、無数のゴブリンが囲っていて簡単には突破できそうに無い。

 

「なんっつー数……」

 

ざっと数えただけでも、数万の大軍勢だ。近くに居た商人の馬車も襲われ、まさにゴブリンの群れの蹂躙劇だ。

 

「な……何よこれ……」

 

雪咲の後ろから外の風景を見た瞬間、3人は青ざめる。ただ一人の例外を除いて……。

 

「ふん、ゴブリン程度の下等な生き物が……」

 

アーシュが馬車を降りようとした瞬間、雪咲は片手でそれを止める。止められたことに不満を抱いたのか、雪咲を睨んでくる。

 

「何故止める……?」

 

「アーシュとグランは2人を守ってて」

 

それだけを言い残し、雪咲は飛び出すように馬車を降りる。コーネリアは手を伸ばして止めようとするが、後少しで届かずに行ってしまう。

 

 




熱を出しました。

体調が良ければ明日、優れないなら明後日に投稿致します


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第17話 圧倒的過ぎな力

そう言えば、気がついたらUA数2千を突破していました!

こんな作品を読んでいただけて、とても嬉しいです。

季節の変わり目で体調を崩してしまいましたが、少しずつ回復はしていっています。

ですので、文字数は少ないなりにちまちまと上げていこうかと思います。


「よっと……」

 

馬車から飛び降り、ゴブリンの群れのど真ん中に着地。辺りを見渡してみると一面がゴブリンだらけ、まるで人混みのように。少し考え込んでいると、そんな暇を与えてくれるはずもなく雄叫びを上げながら襲いかかってくる。

 

仕方ない……

 

雪咲は襲い来るゴブリンを仕留め、武器を奪う。そして次のゴブリンを仕留める頃にはその武器は壊れ、また新しく武器を奪い取る繰り返しの作業を淡々とこなしていた。傍から見れば地味かもしれないが、意外とこれが有効だったりする時もある。だが……。

 

「……やっぱりな」

 

いくら倒しても無尽蔵に増え続けるゴブリン、流石に1体づつ倒していくのは面倒くさく感じる。ちらっと横目で馬車の方を見てみると、自分たちの実を守るのでアーシュ以外は雪咲の方を見ていない。

 

これは絶好のチャンス……

 

そう思い、少し馬車から距離を取る。その場で構えるのを止めた瞬間、ゴブリン達の興味は雪咲から馬車にいるコーネリア達へと変わる。その隙を見て魔力を全身に込めた瞬間だった……近くに居たゴブリン共がまるで爆風を食らったかのように肉片へと成り果てる。どうやら雪咲の魔力が異常過ぎたせいで、吸収許容をあっという間に超えてしまい破裂したものと考えられる。その光景に、さっきまで女性陣の方に向いていたゴブリン達の興味は一瞬で変わる。

 

束のように襲いかかってくるゴブリン、だが平然としている雪咲。少し強めに手を合わせた瞬間、爆発のような強烈な威力とクラッカーの音を何千倍にもした鼓膜の破けそうな程の大音量が……。さっきまで威勢の良かったゴブリン達はふっ飛ばされるか気を失うかして、次々と地に伏し山のように積もっていく。無詠唱でも魔法の顕現が可能と知った雪咲は、一度やってみたかった”指パッチンで魔法を起こしてみる”をやってみる事にした。

 

右腕を突き出し手に力を込め、指を弾き音を鳴らした瞬間……ゴブリン達にとって地獄が始まる。

 

次々と体が風船のように破裂していったり、空に魔法陣が浮かび上がりそこからメテオが降り注いできたり様々だ。

 

「何だこれ……」

 

舞い上がった土煙が晴れ辺りを見渡した瞬間、雪咲は絶句した。そこはまるで天変地異が起きたかのように地形が変動し、ゴブリン達の血肉がそこらに散らばり、収まっても尚隕石の降り注いだ跡地には炎が渦巻く。これを地獄と言わず、なんとすればよいのか……。離れた木陰に避難していた団員達は全員度肝を抜かれ唖然としている、馬車の中に居た5人はまだ現場が理解できていないようだった。

 

「嘘……でしょ!?」

 

「あの軍勢を……たった数分で……」

 

「………」

 

雪咲は全く疲れては居ないのだが、疲れたふりをして馬車の方へと戻る。当然アーシュ以外の人達の視線からは畏怖を感じるようにもなったし、ゴブリン達の死体の山から素材を剥ぎ取っている時も色んな視線を感じた。




今回はゴブリン達を蹂躙しただけでしたが、次の話からはハルカス入国から始まります。


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第3章 ハルカス編
第18話 港町 ハルカス!


馬車の周りに、大量のゴブリンが発生!
これに対し、雪咲は圧倒的な力でその場を次々と制圧していく。

だが圧倒的過ぎる力のせいで、コーネリア達に怯えられてしまうことになる?!


ゴブリンの群れを退け、雪咲達は再び馬車に揺られている。その間誰も何一つ物言わず、とても静寂な時間だけが流れていた。だが明らかにコーネリアとジュリアの見る目は変わっており、〈興味の対象〉から〈畏怖の対象〉になっていた。雪咲は当然分かってはいたが、あえて黙って無視していた。時折ユリナやグランが気を利かせ何かを言おうとするが、すぐに下を向いてしまう。

 

馬車に揺られること体感3時間、馬車は遂にハルカスに入る門を通過する。そこから窓の外に映る景色は先程の草原とは一変、とても賑わった町中で冒険者や漁船関係者みたいな人達がこれでもかと言うほど行き交っていた。屋台や店では魚みたいな見た目の魔物の肉や、海から取れる塩の結晶や海藻みたいなものが売られていた。

 

……微かに潮の香りがする

 

そんな事を考えながら別方向の窓の外に視線を向けると、一面が海の蒼色だった。現実世界の海とは少し違い、完全にほぼ蒼一色だったのだ。普通なら蒼以外にも多少の色はあったはず、だがここには多少の色さえ存在はしない。予想とは遥かに違う海の姿に、雪咲は興味深そうに外をじっと見つめる。無意識に手がそわそわし始め、今にも飛び込みそうだった。そんな雪咲の様子を見て、口にはしないが馬車内の誰もがホッコリしたという……。

 

「さて、着いたわ」

 

馬車が止まった所は、豪華な船が停まっている場所の近く。既に準備万端らしく、船の上に向けて木製の橋みたいなのが用意されていた。

 

「分かった、それじゃ俺たちは此処で……契約は完遂したし、料金も取らない。船旅、気を付けてね」

 

そう言い残し、雪咲達は馬車を降りる。コーネリアは名残惜しそうに頷き、馬車は船の上へと駆け上がっていく。普通なら重力で登りきれないような坂道だったが、どうやら魔法で重力一切を打ち消しているようだった。それにより抵抗なく登ることが出来、すぐさまその船は出港した。

 

「さてと、まずは皆疲れただろうし宿に行こうか」

 

雪咲が団員全員に聞こえるように声を上げると、歓喜の声を上げる。そしてお祭り気分な団員連中を引き連れ宿屋に入る、するととても賑やかだった宿屋は一瞬で静かになる。どうやら宿屋だけではなく酒場もしていたみたいで、常連客らしき厳つい男性達が皆して雪咲達のことをジロジロと見てくる。団員達が気後れして固まってる中、雪咲とユリナとグランとアーシュが受付らしきカウンターの所へ歩を進める。

 

カウンターの中からは、とても屈強そうな男勝りの恰幅の良い女性が現れる。その女性は明らかに、面倒事を持ち込まれたみたいな顔をしていた。

 

「えっと、これでこいつら全員止めることは出来る?」

 

そういって懐〈異次元袋〉から、金貨5枚をテーブルの上に置く。

 

何故異次元袋を隠す必要があるのかと言うと、どうやらこの世界では異次元袋のスキルを持った人は全然居ないらしい。数千万人に一人の確率という事をアーシュから聞き、今後は隠すよう努力すると誓った。そうじゃないと、殺してスキルを奪おうと考える輩が際限なく現れるらしいからだ。

 

話は逸れたが、金貨を出しても女性の顔はピクリとも動かない。何故だろうとキョトンとした顔で首を傾げると、女性は急にバンっとカウンターを叩く。

 

「アンタのギルドカードか、身分を確認出来る物を出せって言ってるんだよ!」

 

あまりに唐突だったため、少し驚き肩が跳ねる。だがそれも一瞬、雪咲はそっとギルドカードを提出する。すると、怪訝な目で見られる。

 

「アンタみたいなガキが、王印付きのギルドカードだぁ!?」

 

女性のその言葉に、酒場に居た男性達は声を上げて笑う。

 

「え……はっ!?」

 

思わず言葉にする雪咲、もしかしたら自分が可笑しい事でもしてるのではないかと思えて来た。だが、男性達の笑いのツボは別にあったようだ。

 

「アンタみたいなガキが王印付きのギルドカード見せても、何の威厳も無い。所詮は何の実力もない七光りって所だろう?此処は実力主義なんだよ!」

 

そう言って、ギルドカードを叩き返す女性。雪咲はそっと手に取り、小さくため息をつく。そのため息の意味はただ単に馬鹿にされたのに腹立たしく思い呆れたのではなく、今日も野宿をさせてしまうという団員達への申し訳無さで出たもの。それを見た女性はため息をついた雪咲に少しイラッと来たのか、男性達の中で1番実力のある男性を呼ぶ。

 

「もしアンタに実力があるってんなら、この男に勝ってみな」

 

「……」

 

自称1番の男は、品定めするかのようにジロジロと雪咲を見つめる。その視線に対して、少し殺意の篭った視線を向けると……男は少し後ずさる。

 

「何してんだい、さっさと口だけのガキなんざやっちまいな!」

 

女性は声を荒げ、男に武器を投げる。雪咲の足元にも投げるが、男のとは違い木製の剣。それに対して男の武器は、鉄製の剣だったことに腹立たしさを覚える。だがそれに腹立たしさを覚えていたのは雪咲だけではなかったみたいで、アーシュやグランやユリナまでもが臨戦態勢と言わんばかりに女性の方を睨んでいた。だが雪咲は、視線で落ち着けと伝える。すると、悔しそうな顔をしながらも抑えてくれた。

 

「武器が武器だ、お前さんから打ち込んできな」

 

男は煽るような口振りで言葉を吐く、その言葉にピクリと反応を示す雪咲。

 

「いいの?」

 

「あぁ」

 

その言葉に甘え、構える。力加減を間違えると死なせてしまうので、死なせない程度の力で……そっと剣を振り下ろす。雪咲からしてみれば、100分の1すらも実力を出してはいなかった。その筈なのだが、振り下ろした木の剣は目にも留まらぬ速度で男の剣を持っていた右肩を直撃。そのまま嫌な音が響き、肉が裂け辺りに血が飛び散る。その光景を目にしたユリナはそっと目を伏せ、グランは他所を向き、アーシュは笑いを堪えるので大変そうだった。

 

「あがぁあぁあぁあぁあぁあぁ!?!?」

 

声帯が張り裂けんばかりに絶叫する男、激痛の余りその場で気を失い失禁してしまう。その様子に誰もが唖然とし、女性は眼を丸くしていた。

 

「いやぁ、木の剣を渡すとか……意味分からないわ」

 

木の剣をポイッと捨てながら、女性に向かって微笑む。だが今までのような笑みではなく、殺意の篭ったような笑みで女性は心底ゾッとしていたようだ。一瞬で顔色は真っ青になり、カウンターに着いていた手はガタガタと震え始めている。

 

木の剣の方が痛みと傷が酷いと言ったが、半分は正解で半分は冗談だ。何故なら鉄の剣ならばすっぱりと絶ち斬ることが出来る、それ故に傷は今回の場合は右肩から腕1本だけで済む。しかし木の剣は切断力は一切無く、その代り肉を裂けさせる事は出来る。その為先程の嫌な音は骨の音だけではなく、ミチミチっと肉が裂ける音だったのだ。当然骨も見えているし、その骨は粉々になり恐らくは一生使い物にはならないかも知れない。意味分からないと言ったのは、この様な事も考えられた筈なのに雪咲に木の剣を渡したことに対してだった。

 

「それで……泊めてくれるの?無理ならいいよ……別行くから」

 

「っ……分かったよ、何日が希望だい?」

 

雪咲の殺意丸出しの視線に少し怯え、ようやく冷静に宿屋の仕事らしいことをし始めた女性だった。

 

ちなみに、雪咲は想像魔法の一つで終始動画として記録しておいた。




次の話は明日に投稿致します!

正直、この女将は頭逝ってる……と書きながら思いましたw


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第19話 商人の少女

見事ゴブリンの群れを退け、無事にハルカスへ到着する雪咲達。しかしそこで見たのは、現実世界の海とは全く違うものだった。

雪咲は内心はしゃぎ、そわそわしていた。

コーネリア達との契約を無事果たし、宿屋へと歩を進めるフリーダム・シーフ一行。

しかしそこで待ち受けていたのは、とても強情で訳の分からない女性だった。

見事女性の無茶振りで男性に打ち勝ち、部屋へと案内してもらうのだが……!


カウンターにいた女性のせいで変に疲れ、部屋に案内してもらい中に入るなり布団の上に速効でダイブする。アーシュとグランと雪咲が同じ部屋、その他は皆別々の部屋となって廊下で別れそれぞれ部屋の中へと入っていく。

 

さてと……

 

あまり長時間ゴロゴロは出来ず、雪咲はちょっと適当にふらついて来ると言って宿屋を後にする。アーシュとグランは何を思ったのか着いてこようとしていた、しかし特に重要な事はしないと1人で行ってしまう。

 

「まずは……」

 

最初の行き先は、ギルドだった。とても大きな建物が特徴的なギルドで、中はとても広く商人達は売買を嗜んでいた。売っているものは主に武器や回復ポーション、逆に買っていた物はモンスターの落とす素材だ。よくそんなので成り立つものだと思いながらフラフラしていると、1人の少女に声をかけられる。

 

「貴方冒険者?よかったらウチの所で買っていかない?」

 

その言葉に反応したのか、急に辺りの商人らしき人達が雪咲に視線を向けてくる。どうやら競争が激しいみたいで、冒険者は片っ端から声をかけられまくっていた。中には揉みくちゃにされてる人も……そんなふうにはなりたくはないから、仕方なく商談を受け入れることにした。

 

「それで、何を売ってくれるんだい?」

 

「えっとね……回復ポーションと解毒薬、後は剣くらいかな」

 

嬉々として語り始める少女、彼女には悪いが全てを鑑定して他の商人と比較してみた。値段は全て他の商人よりも高く設定されているが、それに見合うほどの良い品質のポーションと解毒薬だった。

 

例えば隣の商人の物と比較してみる、向こうは凄く安い小銅貨3枚なのに対しこちらは小銅貨6枚と2倍の値段である。しかし使用している薬草の違いか、回復量はあちらは全く回復しないのに対してこちらは体力の3分の1を回復するという。

 

解毒薬にしても、向こうは軽度な毒しか直せないがこちらのはある程度重度でも毒なら消すことが出来る。しかし値段も高く、同じく3倍の値段である。だが剣は同じ様な値段だった、その理由はよく見るとすぐに分かった。

 

何故なら、所々に刃毀れが見られるからだ。多少の刃毀れでも切れない原因になったりする場合がある、その為命がけの冒険者は一切買う素振りなんて見せず。

 

「大体は分かった……それで、買い取りはしてくれるの?」

 

「現金での買い取りは……店に有るものなら……」

 

どうやら物々交換なようだ、雪咲は仕方なくコカトリスの肉片(ギルド証明書を見せ)とゴブリンの体パーツ(部位はほぼ適当)を取り出す。すると少女は突然慌て始める、雪咲はどうしたのと首を傾げる。

 

「そ……そんな物と交換できるような品は……ウチには……」

 

その言葉を聞き、少女のボロボロな姿を見て小さくため息をつく。その姿にショックを受けたのか、今にも泣きそうな顔をしていた。そんな少女の頭に優しく手を置き、撫で始める。

 

「別にいいよ、お金目当てじゃない……ってのは嘘だけど、ちゃんとポーション買うから」

 

そう言うと、少女はポーションを纏め始める。

 

「そうだな……取り敢えず在庫全部頂戴」

 

そう言いつつ、懐から金貨を取り出しポーションと引き換えに渡す。すると少女は震え、返そうとする。

 

「お、多すぎます……余剰がお返しできな……」

 

「お返しはいらない、君は商人で俺は買いに来た客だ。遠慮する必要はない、それで美味しいものでも食べると良いさ」

 

あえて言葉を遮るように話し、ポーションを懐(異次元袋)へ仕舞い立ち去ろうとする。少女の方に視線だけで振り向いてみると、雪咲の方を向いてポケ~っと突っ立っていた。どうやら人生で初めて手にした金貨らしく、どうして良いのか分からないみたいだった。だがその時は何も思ってはいなかったが、後にこの事が大事を招くとは思いもしなかった……。




次回、雪咲が金貨を渡した商人の少女の正体が明らかに!?

そして、その事により雪咲は大変なことに巻き込まれることに!?


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第20話 一大事!?

※この話には胸糞成分が入っている可能性がございます、苦手な方は観覧をお控えください。

ハルカスに到着し、何とか宿を取ることに成功した雪咲達一行。

雪咲は町を見ると言って、1人外へと出ていく。向かったのはギルド、そこで雪咲は商人の少女と出会う。

ポーションをあらかた買い、代金の金貨1枚を渡して少女と分かれる。

だがその後に待ち構えていた一大事とは……!?


少女との商談を済ませ、雪咲はカウンターにてゴブリンの部位の正式な値段を聞いていた。どうやら殆どの部位が貴重品ではないらしく、合わせても銀貨5枚にすら至らなかった。そんな事はともかく、ギルド証明書を書いてもらい早々に立ち去ることを決めていた。しかし帰り道、その事件は起きた。

 

「てめぇ、何処見てやがんだ!!」

 

響き渡る怒声は、商人達が囲っている所から聞こえた。少し気になった雪咲はチラッと覗いてみる、そこで眼にしたのは……厳つい冒険者らしき大男と、さっきの少女だった。近くの商人に聞いてみた所、ぼ~っと突っ立っている少女に大男がわざとぶつかったらしい。その際に少女は雪咲から貰った金貨をギュッと握りしめたようだが、握りしめたものが何かを知っていた上で突っかかったらしい。

 

「んなアホらしい……」

 

大男の要求は、ぶつかった慰謝料に金貨1枚を寄越せとのこと。それに対し少女はそれを拒み、何も持っていないことを主張する。しかしそこで大男の仲間が到着し、少女を数人がかりで抱えギルドから連れ去ってしまう。一瞬静けさに包まれたが、すぐに何もなかったかのように周りはまた賑わい始めた。

 

「……」

 

雪咲はギルドを後にし、少女が連れ去られた方角を確認。すると、宿屋方面という事が分かり、帰る素振りをしながらゆらりと歩く。その足取りは静かに、だが胸糞悪いものでも見たかのように……静かに、だが明確な殺意を込めて歩く。理不尽な要求の上に寄ってたかっての弱い者虐めの現場を見てしまった以上、知らぬ存ぜぬで通す気などこれっぽっちもそんな気は無い。

 

雪咲は人気の無い所へと移動し、ローブのフードを深く被り魔法で作った面を被る。この面はユグドラシルの破片を加工し、小さい頃から好きだった狐の面へと作り変えた物だ。鑑定してみた結果、”魔力抑制”と”気配遮断”のスキルが高レベルで付与されていた。

 

狐面を着け終え、少女と男達の反応がする廃墟へと足を運ぶ。勿論足音でバレぬよう、慎重に足音を殺して……。

 

広い部屋付近まで近付くと、言い争うような声が聞こえる。影から覗いてみると、少女が何かを言おうとする度数人がかりで蹴っていた。まるでボールのように吹き飛ぶ少女、だが泣くこともなく男達を睨みつける。その眼が気に食わなかったのか、更に暴行を加え続ける男達……その少女が、元はどんな姿をしていたのか分からなくなるほどに。服はボロ布のようになり、顔は殴るなり蹴るなりされかなり腫れ上がり、体には無数の痣と傷が出来ていた。口の端からは血が滴り、呼吸が段々と苦しそうな音を上げる。だがそんな事もお構いなしと言わんばかりに、服をひん剥く。

 

「上等だ……なら、その躰で楽しませてもらおうじゃねえか」

 

下衆な笑い声と共に、男達は一斉に下の服に手をかけ始める。今から滾ったものをぶち撒ける準備をしようとしている瞬間、影から見ていた雪咲の中で何かが吹っ切れた。

 

「……」

 

気が付いたときには、すぐ近くの壁を素手で吹き飛ばしていた。猛烈な爆発音と爆風に、男達は驚き飛び跳ねる。土煙が蔓延する中、コツンッコツンッと足音を響かせながら雪咲は堂々と歩く。唐突に現れた雪咲に、男達は動揺しつつも強がる姿勢を見せる。

 

「おい、止まれ!」

 

「ガキを返して欲しかったら、そこで指くわえて俺らの性奴隷に成り果てる所を黙って見てな!」

 

「俺らは冒険者だ、魔物から町を救ってやってるんだぜ?これくらいの事、寧ろ当たり前だろ?」

 

他にも散々言葉を連ねる男達、そんな言葉最初から聞く気のない雪咲は一番近くに居る上半身裸の格闘家らしき男の肩に手を置く。

 

「あ?」

 

その手を振り払おうとした瞬間……男の腹部から大量の血液が吹き出る。その返り血が着くことも恐れず、開かれた腹部に問答無用で手を突っ込む。鈍く光るものを手に握りながら……。

 

「がふっ……」

 

「あぁぁ!?!?」

 

「てめぇ、何しやがる!?!!」

 

周りの罵声なぞ聞こえんと言わんばかりに、鼻で笑いながら男の腹部から手を引き抜く。血を流しながら、地面に倒れ込んだ瞬間……近くに居た多数の男達を巻き添えに、肉片を飛び散らせながら爆発四散する。音と衝撃が止み大男が閉じていた目を開けた瞬間、目の前に転がるは仲間の血肉の塊の山。生臭い周期を発していて、思わず鼻を塞ぐ。消えた雪咲の姿を探していると、足元に転がる少女に気が付く。すぐさまに少女の首根っこを掴み、剣を抜き少女の首筋に当てる。

 

「おい、少しでもなにかしようと考えてるんなら……この女の首跳ねてやらぁ!!俺の仲間を殺しやがって……!!」

 

所構わず怒鳴り散らす大男、だが警戒を怠る様子はなく少女を人質に取ったまま廃墟の出口までゆっくりと歩く。玄関口まで辿り着き、やっと外に出られて逃げられる……そう安堵のため息を零し一瞬の油断をした結果、大男の背後に居た雪咲はアイスピックのように鋭利な刃物で両肩を突き刺す。頑丈そうな鎧を着込んでいたのだが、まるで紙のようにいとも容易く貫通する。

 

「がっ……!?くそったれ……!!」

 

腕に力が入らず、少女と剣を床に落とす。だが諦めまいと、剣の柄を口で咥え少女の腹部に突き立てる。何度も何度も、息絶えるまで突き立てる。

 

「は……ははははは……!!ざまぁみろ!!」

 

狂気の笑みを浮かべながら笑い狂う大男、だが……上から落ちてきた木材の山に潰され、下敷きとなり死に果てる。無残に殺された少女をそっと抱きかかえ、声を殺して静かに泣きじゃくる……お面から伝う涙は、少女の頬へと伝い落ちた。力無く横たわる少女の手の中には、金貨が光を反射して輝いていた。




次回

少女を助ける為に動いたはずなのに、少女を死なせてしまった雪咲。どうしようと考えていると、近くに足音が……!?

次の話は、閑話となる為本編は一旦お休みです。ですが、この事件に皓達は予想外の展開で……。


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閑話2 皓

皓の話Part2です!


あの日から翌日、皓は酒場で他の人達から話を聞きいていた。眞弓と冬望の部屋を訪ねてみたんだが、どちらとも部屋に居ないのか物音一つしなかった。現実世界ならもうとっくに起きていてもおかしくはない時間帯なのだが……。そう思いながら、聞いた話を頭の中で整理しながら部屋へと戻る。

 

「……」

 

静寂な部屋で一人きり、そんな中でふと部屋の感じに違和感を覚える。ある筈ない気配が、まるですぐ目の前にまで迫ってきているような感覚。だがそれは決して殺意など害する気配ではなく、ただ皓だけを見えいるようなそんな視線。様子を見つつもじっとしていると、突如姿の見えなかった視線だけのものは姿を現す。まるで空気中に身を潜めていたかのように、ひょっこりと顔を出してきた。

 

「女の子……?」

 

その少女は少し褐色の肌、だが魔族のような特徴はなく普通の女の子だった。少し話を聞いてみることに、皓は椅子に少女をベッドの上に座らせる。

 

「どうしてこの部屋に……?」

 

「私は……ただの思念、此処には居ない……」

 

「思念……?」

 

「実態の肉体を一旦捨て、肉体が修復されるまでずっとこのまま……魂みたいなもの」

 

「という事は……つまり」

 

そう、肉体は今死を迎えそうなほどの……いや、もはや死体と同じということだ。体温も脈も無くなり、完全に死んでいる状態。だが魂だけは逃げ出し、自由に出来ると言っても限られた時間だけこの場にいるということ。ただし、肉体が修復されれば魂は肉体に戻り完全に生き返ることが出来る。

 

「……反魂の魔術」

 

皓が小さく呟くと、少女は頷く。

 

「それで、俺に何を伝えたいんだ?」

 

「あの人は今……ハルカスで戦っている、私の肉体を取り戻すために……だけど、恐らく間に合わない……お願い、あの人にこの事を……」

 

「ちょっとまって」

 

皓はある一つの疑問を浮かべる、それは魂だけになってしまったなら直接その人に伝えればいいだけの話。こんな回りくどい事をしなくとも、直接話せばいいだけ。それなのに、何故皓に言うのか……。

 

「そんな事、何故俺に……」

 

だが、その答えはとてもシンプルだった。

 

「この魔術は、生前に一度でも会った人には見えないし聞こえない。触ることすら……だから、見ず知らずの貴方にお願いしている」

 

「でも、何で俺?」

 

「それは……死んだ後、少しだけあの人の記憶を覗いたの……その時あの人と居たのが、貴方……此処とは違う世界で、一緒に……」

 

その言葉を聞き、すぐにそれが雪咲の事だと理解する。つまり、雪咲はこの少女を助けるために戦っているということ。それを考えた瞬間、座っていた皓は即座に立ち上がる。

 

「分かった、必ずこの事を彼に伝えるよ!」

 

その言葉だけを言い残し、皓は冬望と眞弓を叩き起こし馬車に乗り込む。最初は色々文句を言っていた2人だが、雪咲の事だと言った瞬間何も言わなくなった。ただ眞弓が何故か泣いた後のような痕跡があったのと、雪咲の名を聞くだけで悲しそうな表情になるのが少しだけ気がかりだった。だが今はそんな事は放っておき、急遽リオーネを飛び出してハルカスへ向かう。




次回は、眞弓編を書きたいと思います。

今日書いた閑話は、後々繋がっていきますので……!


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閑話2 眞弓

正直、この話は殆ど14話と同じなので割愛させていただきます


次の日の朝、眞弓は朝早くにリオーネ付近の森の中を一人で探索していた。雪咲の事もあり、部屋の中でじっとしていることが出来なかったからだ。早足で木々をかき分け、森の奥へと早足で歩いていく。

 

「……」

 

暫く歩いていると、とある広い場所に出る。そこは、少し大きめの木がある湖のある空間だった。そこに居たのは小さな少女、何故か昔の事を思い出す眞弓。この森は魔物が多く出現すると言われていたため、助けずには居られず話しかける。何故かその少女は自分に冷たく、反抗的だった。

 

少しの間話していると、すぐ近くで枯れた枝を踏みつけたような乾いた音が鳴る。そこに視線を移すとそこには、雪咲が少しだけ困惑した顔で立っていた。それを見た眞弓は、嬉しさの余り思い切り抱きしめる。

 

その後、雪咲に色々と説明されたが普通に返す。少しどころかかなり困惑されたが、溜まりに溜まった想いを伝えたくて仕様が無い衝動と葛藤しつつもそれを隠していた。だが本当に迷惑そうな雪咲の顔を見るなり、段々と冷静さを取り戻していった。

 

すると、少女は雪咲の左腕にこれ見よがしに抱きつく。その娘に雪咲は私のもの宣言され、自分の方が長い付き合いなことを主張する。だがそんな事は関係ないと言われ、完全にライバル視してしまうようになる。

 

絶対に……負けたくない……!

 

そう思いつつも、悔しさの余りその場を走り去ってしまう。涙を零してしまったが、見られていないことを祈りつつも森の出入り口を目指す。入口付近で立ち止まり来た道を振り返るが、誰も追いかけてこないことを確認すると余計に悲しくなってくる。余計に泣きじゃくっていると、何処からか雪咲が出てきてくる。だが泣いて逃げ出した挙げ句その上心配をかなりかけてしまったこともあり、その心苦しさもあってか黙り込んでしまう。

 

雪咲は必死に謝ってきてくれてはいるが、返そうと口を開こうとするが胸の苦しさが言葉を発するのを邪魔する。先程の少女が頭に離れなくて、余計に苦しくなる。そして、謝った後森の奥へと歩いていってしまう姿を見て更に苦しくなる。もはや呼吸困難になりそうなくらいに……遠ざかる背中を呆然と眺めていると、突然雪咲は振り返る。そして何かを伝えるように、口を開く。その後すぐに姿を消してしまうが、あの時”死ぬなよ”そう言ってくれた気がして更に涙が溢れ出てくる。

 

ちがう……謝らなきゃいけないのは……私の方なのに……!

 

そう思うと更に涙が止まらなくなり、その場に座り込み泣きじゃくる。ずっと心の中で雪咲に謝罪しつつ、声を殺して泣き続けていた。それと同時に、優しい言葉をかけてくれたことに嬉しさを覚えもした。1人先の言葉に小さく返事をし、その後は散々泣き続けていた。泣き止んだ頃には日は完全に上り、そろそろ戻らないとと思いリオーネの町へ戻っていく。

 

宿屋に入った途端、血相を変えた皓が慌てて宿屋から出て馬車に乗り込む姿を見かける。

 

「どうしたの?」

 

「急いでハルカスへ向かう、理由は後で話す!!」

 

少し呆然とし、されるがままにハルカスへと向かうことになった。




次回は、明日に投稿致します


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閑話2 冬望

今回は冬望のお話、だけどとても短いのでご了承ください。

明日からは、本編再開となります!


あの日から翌日、冬望は部屋の中に居た。朝早くから皓に叩き起こされ不機嫌になったが、居留守により部屋に戻ったため再度寝直した……筈なのだが、一度目が冷めたせいで二度寝は出来なかった。

 

「なんなのよ……もう……」

 

小さく呟きながら布団の上に座り込み、窓を開け換気をしながら荷物の整理をしていた。倒したオークの素材、道中少しだけ倒したスライムの素材等。武器の手入れも忘れずにしていると、眞弓の矢が自分の顔の近くを射抜いた事を思い出す。

 

「っ……」

 

あの時は少し怖いだけで済んだが、今思い返してみると後少しずれていたら……なんて考えると、手の震えが止まらなかった。もしかしたら眞弓は冬望のことを狙って射抜いたんじゃとも思っていたが、彼女がそんな事するはずないと知っていたので疑うことを一旦止める。それでも暫くは眞弓に気を付けなくちゃ……と思った矢先、再び部屋が激しくノックされる。

 

「何よ!!」

 

思わず頭にきてドアを思い切り開けると、皓はドアの角に頭をぶつけたのか”ぎゃっ!”と叫んでた。そう思ったのも束の間、冬望の話を聞かず急いで馬車へと駆け込む。その最中眞弓と合流したが、半ば強引に乗せられ急いで馬車は出発する。

 

「どうしたの?」

 

眞弓は驚いた口調で聞くが、急いでハルカスへと向かう模様。リオーネを出ても尚黙って先を急ぐ皓に痺れを切らせたのか、急に立ち上がったかと思ったら皓の胸ぐらをつかんで怒鳴る。

 

「ちょっと、先を急ぐ理由くらい言いなさいよ!!」

 

皓は少しの間何かを考えるような顔をしたが、観念したのか曖昧だが事の顛末を話す。

 

「えっと……詳しくは言えないんだが、恐らく雪咲が関係している……」

 

その言葉に、一瞬だが馬車内が静かになる。さっきまで怒り心頭だった冬望ですら、胸ぐらから手を離し座り直す。ここからは本当に誰も口を開かず、かなり急ぎ2時間もかからずにハルカスへと到着する。

 

そこについた時のお話は、また今度……。

 

 

~余談~

 

その頃雪咲は、少女の遺体をどうしようか悩んでいた。肉体を癒やせば蘇生できるか分からないし、勝手なことをして弄びたくはない。かと言ってこのまま死なせるのも可哀想で、本当にどうすれば良いのか分からずに只ひたすら泣いていた。声を殺して、一人静に……。

 

そこに、数人の足音が聞こえる。泣いていても分かるような大きな足音で、恐らく騒ぎを聞きつけた冒険者か憲兵の誰かだろうと思っていた。だがそこで雪咲は、思いもよらぬ展開へと巻き込まれる……。




明日の夜に投稿致します!


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第21話 少女は永き眠りにつく。

前回(第20話)の終わりと、閑話2の終わりの話しの続きみたいなものです。

という訳で、本編再開です!!


少女の遺体を抱き抱えながら静かに泣いていると、複数人の足音が聞こえこち何向かっていることが分かる。足音に混じり少し鳴る異様な音から、鎧を着込んだ連中だということが分かった。

 

「……」

 

少し様子見に、少女の遺体と共に身を隠す。その数秒後、勢いよくドアを蹴飛ばしながら考察どおり鎧を着込んだ男達が入ってきた。その風貌は宛ら冒険者っぽく、色んな者を壊しながら入ってくる。1人の鎧男が崩れた天井の木材の下敷きになっている大男の遺体を見るや、何処かへと持ち去っていってしまう。そこからか、鎧男達の捜索の仕方が荒くなっていく。

 

「生きてるやつ居んのかぁ!!」

 

「居るんなら出てこいや!!」

 

激昂している男達は、どんどんドアや壁を蹴破りながら建物の奥へと入り込んでくる。数分間捜索している内に、少女の遺体を抱き抱えた雪咲は1人の鎧男に見つかる。

 

「お前、何でこんな所に居んだ?」

 

「……」

 

仮面は予め外し異次元袋に仕舞っておいたため、変に詮索はされずに済みそうだ。しかし少女の遺体を目にした途端、鎧男の目の色が変わるのがすぐ分かった。

 

「おい、この女まさか……ギルドに居た商人娘か!?」

 

「はい」

 

頷いた瞬間、突然胸ぐらをつかまれる。

 

「てことは、あいつを殺したのもお前かぁ!」

 

「……」

 

この鎧男が指す”あいつ”が、大男のことだとすぐ分かり黙り込む。何も喋らず、だが視線だけは逸らさず……黙秘していると、胸ぐらを掴んでいた手を離し剣の柄に手を置く。

 

「あいつは俺の親友だった……のに、何故殺されなきゃいけないんだ!!」

 

剣を抜きながら叫ぶ鎧男、すると騒ぎを聞きつけたのか他の鎧男達も次々と合流する。まる最初から話を聞いていたかのように雪咲を敵視し、剣を抜き構える。そんな中冷静にゆっくり立ち上がり、まるで生気を失ったような無気力な視線を向けると鎧男達は少し怯む。怯えているわけではない、ただどう思ったのか数歩後ろへと下がっていく。だがそれも束の間、全員束になり雪咲に襲いかかってくる。

 

「相手は1人だ、やっちまえ!!」

 

「あいつの恨みだぁぁぁ!!!」

 

他にも罵倒を口にしながら斬り込んでくるが、誰一人雪咲に傷をつけることは出来なかった。それもそう、雪咲が少し魔力を込めるだけで薄い壁みたいなのが剣の刃を通さない。

 

「……さよなら」

 

小さくそう呟くと、一瞬にて辺り一面……と言っても、少女の遺体を残し廃墟だけを素粒子レベルにまで分解する。先程まで刃を向けていた鎧男達は当然、建物や他の人達の遺体までもが消え去っていた。

 

「さてと……」

 

フードを深く被り、狐面を付け、遺体を魔法で周りから一切見えないようにしてその場を立ち去る。大通りの方へ出ると、先程の大きな音を聞きつけた野次馬達が一斉に押し寄せてきていた。野次馬達をかわし、町の外へ出ようと少し早足で歩いていると、偶然か必然か一台の馬車とすれ違う。

 

「……っ!」

 

向こうは気付いているか分からないが、雪咲はしっかりと気付いていた。中に乗っていたのは、皓達3人だという事に。だが気のせいだと心の中で決めつけ、さっさと村の外へ移動する。

 

暫く歩いていると、見晴らしの良い所に出る。辺り一面何もなく、穏やかな風が吹く草原のど真ん中だった。そこに雪咲は人一人入れる位の穴を掘り、そこに少女の遺体を寝かせる。そしてその周りに魔法で作った花を敷き詰め、少しずつ土を被せていく。途中何度も涙を流し狐面を取りフードを脱ぎ、それでも黙々と土を被せていく。大体少女の姿が見えなくなるくらいにまで土を被せ少し息抜きとして立ち尽くしていると、背後から思い切り肩を鷲掴みにされる。驚きながらも魔力を高め手を弾き、掴んできたやつの方に向き身構えていると……そこに居たのは皓と、冬望と眞弓の3人だった。

 

「な……何で此処に……!?」

 

「話は後だ、早く少女を掘り起こして治癒魔法をかけてやれ!」

 

「!?!?」

 

意味が分からず思考停止するが、皓が無茶を言う時は十中八九なにかあるという事を雪咲は知っていた。その上で少女を掘り起こし、治癒魔法で肉体の傷を全て癒やす。途中皓が独り言みたいに何かを呟いていたりもしたが、取り敢えずは治癒に専念していた。

 

少女の全身の傷が治り、次はどうするのかと皓に聞いてみる。

 

「どうすればいい?」

 

「……反魂の魔術って知ってるか?」

 

その言葉に、一瞬血の気が引くのを感じた。反魂とはその名の通り死者の魂をあの世から呼び戻し、肉体に定着させる魔術の一つ。これは公では禁術としてされていて、使用が発覚した場合厳罰に処される。しかし反魂を使ったかどうかは背中を見ないと分からなく、反魂の紋様がしっかりと浮き出ているのを見られない限りは知られる可能性は限りなく薄い。

 

「だけど……!」

 

「これは彼女の意向なんだ」

 

「この子の……?」

 

観念したのか、皓はこれについての経緯を全て話してくれた。どうやら皓の所に少女の魂が行ったらしく、反魂のことを雪咲に伝えてほしいと頼み込んできていたそうだ。その事を初めて聞いた眞弓や冬望は、納得したようにゆっくりと頷いていた。

 

「……本当にいいんだな?」

 

「構わない、責任は俺が……」

 

「いや、責任は実行する俺が負う……そのことじゃなくて……いやいい、最終確認的なものだ」

 

そう言い、雪咲は結界を張る。中にいるのは少女含め5人だけで、外からは中の事情を一切見ることが出来ない結界を張った。だが、誰にもそれには気付いては居ないようだった。

 

仕方ないと腹を括り、少女の心臓部……胸にそっと手を当てる。眞弓と冬望の視線がとてつもないほど痛かったが、気にせず魔力をつぎ込む。

 

「……戻ってこい!」

 

その言葉を叫ぶと、少女が寝ている地面に魔法陣が浮き出る。突如眩い光を放ったかと思えば、一瞬で砕け散る。どうなったのか分からず皓の方に視線だけを向けると、悔しげな表情をしていることに気が付く。それを見て察したのか、雪咲は魔力を注ぎ込むのを止める。

 

「……」

 

少しの間誰も喋らずに静かな空気になったが、絶えきれなかったのか眞弓が口を開く。

 

「どうして……生き返らないの……?」

 

その声は糸よりもか細く、今すぐにでも泣き出しそうなほどに震えている。皓はただ黙っていたが、やがて目を閉じ首をゆっくりと横に振る。

 

「……申し訳ないが、時間切れだ」

 

「……っ!」

 

皓の言葉を聞いた瞬間、眞弓はその場で泣き出し冬望は泣いている眞弓を慰めている。皓も悔しさの余り涙を目元に溜め、拳を固く握りしめながら震えていた……のだが、一番ショックが大きかったのは雪咲のようだ。項垂れながら何かをつぶやき、よく聞いてみると只ひたすら”助けてやれなくて……ごめんなさい……”と繰り返しているだけだった。

 

「ごめんな……もっと俺が早く伝えてやれれば……」

 

「皓の……せいじゃない……」

 

必死に泣きそうなのを堪えているのか、雪咲の声は震えていてずっと俯いたままだった。そんな中そっと肩に手を当て、優しく抱き寄せる。

 

「我慢するな……」

 

その言葉で吹っ切れたのか、雪咲は一気に泣き出した。声をあまり出さずだったが、泣いている時ずっと少女にずっと謝罪をしていた。眞弓だけでは無く冬望も涙を流し、皆して雪咲の所へ集まってきた。眞弓は雪咲を抱きしめながら泣き、冬望は雪咲を慰めつつも泣いていた。

 

その後、泣き止んだ後に少女の墓を作った。現実世界風の立派な墓にはしてやれなかったが、近くの少し大きめな石を削って磨いたら大理石みたくなった。それを少女の眠る土の上にそっと起き、そこの前に花束を置き手を合わせ冥福を祈る。皓達3人も並び、全員で手を合わせる。




大理石っぽくツルテカの大きめな石を想像していただくと分かりやすいかと思います、それが一番の埋葬法だと思ったからです!

次の話は明日の夜に投稿致します!


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第22話 英雄と盗賊!

前回は、少女の墓を作った所で終わっています。

今回はその続きで、キャラ全員大集合致します。

そして、今後の話し合いをすることに……!?


少女の墓の前で暫く泣き続ける雪咲達、だがいつまでもそうしている訳にはいかない。皓は皆を慰め、落ち着きを取り戻した雪咲は結界を解くことに。すると先程まで誰もいなかった草原に、2人の影があるのに気が付く。そこに視線を向けてみると……見知った顔があった。

 

「遅いから気になって来てみれば……」

 

「……何やってるの?」

 

そこに居たのはアーシュとグランの2人、他の団員達は宿屋で爆睡、ユリナは今でも探し回っているとのこと。それを聞いて安心して小さくため息を零した瞬間、いきなりアーシュが横っ面を張ってきた。それもかなりの勢いのせいか、とてもいい音を立てながら。何が何なのか訳も分からなくなる雪咲、グランはただ黙って頷いていただけだった。

 

「……どれだけ……心配したと思っているの!」

 

柄にもなく大きく声を張り上げるアーシュ、普段見せない顔に少しだけビクッと縮こまる雪咲。

 

「……ごめん」

 

「知らないと思うけど……私達はずっと貴方を探していた、なのに貴方はそれすら気付かずフラフラと……!」

 

「色々あって……」

 

「リーダーの自覚が足りない……!」

 

「……」

 

アーシュの一括に、黙り込む。雪咲は言い訳を考えているのではなく、自分の行動を振り返っていた。宿屋を出てから今の今までの事を、次第に長い時間留守にしていたことが分かる。だが今何を言っても言い訳にしか聞こえないと思い、黙って俯き続ける。すると皓が口を開く。

 

「ちょいとごめんよ、そこら辺にしてやんなって。こいつだって悪気があってやったわけじゃないし、今だってちゃんと反省しているんだからさ」

 

「……部外者は黙ってて」

 

「残念ながら、そういう訳にはいかない。俺とこいつは長い付き合いなだけに、こいつの事はよくわかってるつもりだぜ?」

 

皓の申し開きに、怪訝そうに眉をピクリと動かすアーシュ。少し頭を冷静にして周りを見渡してみると、墓の前で呆然とアーシュを見つめてくる少女が2人居ることに気が付く。

 

「貴方は……」

 

涙を拭いながら立ち上がる眞弓、それを見て面倒臭そうと言いたげな表情になるアーシュ。

 

「あの森に居た……」

 

「……何?貴方には今用事は無いの」

 

「……!」

 

ど直球に言葉を放つアーシュに、戸惑いすら覚える眞弓。横から見ていた冬望が、思わず口を出してしまうほどに。

 

「ちょっと、そういう言い方はないんじゃないの?」

 

「……煩い」

 

ふいっとそっぽを向き一蹴、それに頭に血が上る冬望。そこを皓が間を取り持ち、何とか収めようと2人を宥める。

 

「まぁまぁ……」

 

「はぁ……」

 

何に呆れたのか、アーシュはため息だけついて何も言わなくなった。だが今度はグランが、雪咲に口を出す。

 

「兎に角、心配していたユリナにも謝っておけ……そして、リーダーとしての責任というかなんというか……とにかく、あまり不用意に出歩くな。何処で誰が狙っているのか分からんしな」

 

「……分かった」

 

まるで子供を諭すように言葉を連ねるグラン、それに少しいじけたように返事を返す雪咲。

 

「取り敢えず、宿屋に戻るぞ」

 

「それじゃあ、俺達も行くか」

 

「えぇ、そうね」

 

「うん……」

 

グランが雪咲を連れてアーシュ達と共に宿屋へ戻ろうとすると、皓達もタイミングを見計らったかのように話題を切り出す。この場では誰も反対はせず、普通に歩いて宿屋まで同行する。途中ユリナを見つけ、そして宿屋へ……。

 

皓達と団員の殆どを除く皆が、雪咲の部屋へと集結していた。カウンターで支払いなどを済ませ終えた皓達は、少し後からやってくる。そして円陣のように座り、皆が皆顔を合わせている状態になる。

 

「まずは自己紹介とするか」

 

ここで全員が自己紹介、皆知っている為雪咲はスキップするが。

 

「俺は皓、英雄召喚に呼ばれた一人だ。雪咲とは幼馴染的な存在で、小さい頃から一緒に居たから雪咲の事なら大抵分かる」

 

「私は眞弓、皓と同じく英雄召喚された一人。えっと……その、雪咲くんとは友達で……その……うぅ……」

 

眞弓は少しもじもじとしていたため、変わるように冬望が口を開く。

 

「私は2人と同じよ、そして眞弓の幼馴染でもあるわ」

 

皓達サイドの自己紹介をザックリ終えた所で、今度は雪咲達盗賊団の自己紹介へと入る。

 

「俺はグラン、アルザース帝国付近の村で雪咲に救われた。恩を返すって訳でもないが、こいつの力になるために共に居る」

 

「……私はアーシュ、ユグドラシルに封じられていたもの。それ以上は言わない」

 

ユグドラシルの単語を聞くなり、皓は少し眉を潜ませ他の人達は何を言っているか分からない様子だった。

 

「……貴方、ユグドラシルを知ってる?」

 

「まぁ……本で読んだ範囲では」

 

「そのユグドラシルを解いてくれたのが……雪咲……」

 

「……!」

 

皓は驚きの表情を隠しきれぬまま、雪咲の方に向く。それもそうだ、禁術であるはずのものを一人で解いてしまうのはとてもではないが常人では真似できないこと。いかに英雄だったとしても、困難を極める筈……だったのだ。

 

「お前……まじかよ」

 

「あぁ……うん」

 

あっけらかんと答える雪咲に、皓は小さくため息をついて耳打ちをする。

 

「お前、少しは力を隠せ……大事になる前に」

 

「……肝に銘じとくよ」

 

雪咲が承諾したのを確認し、そっと離れる。そして自己紹介も終えた所で、今後どうするのかじっくりと話し合うことになったのだった。




話し合いを終えどういう結論へと至ったのか?!

また、4人はどうするのか。


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第23話 想いと思考の葛藤

少女の墓の前で泣き、結界を解くとそこにはアーシュとグランが居た。

どうやら宿屋からでてからかなり時間が経っていたらしく、心配して探し回っていたらしい。

雪咲はアーシュに大目玉を食らい、雪咲を引き連れて宿屋へと戻る。皓達も付いていき、チェックインを済ませた後寝ている盗賊団員を除き全員雪咲の部屋へと集合することに。

そこでプチ会議が行われ、そこで話し合いをすることに。

果たして、一体何を話し合っていたのか……!?


「じゃあ、俺等はこれで」

 

そう言って、皓と眞弓と冬望は各自の部屋へと戻っていった。雪咲はげんなりして、ベッドにダイブする。深いため息を吐いた後、暫く黙り込みながら天井を眺める。そしてぼんやりと、先程の話し合いの内容を思い出す。

 

「……」

 

話し合いで決められたのは、いくつかの事。

 

・一つ 無闇矢鱈に魔法を使用しない(これは主に雪咲の想像魔法が強力すぎるため)

 

・二つ 今後、あまり接触をしない(眞弓と冬望の要望により、雪咲へベタベタとくっつくこと)

 

そして、もう一つは……必ず皆生きて元の世界に戻ること。これは皓達との約束であり、破ったらもう口を利いてくれないとのこと。

 

……果たせない約束しちまったな……

 

心の中で自己嫌悪しつつ、どうしようか必死に考えていた。あの時皓には何も言葉を返すことは出来なかった、それにアーシュや皓は薄々と感じ取っていたのではないかと思った。もう既に、雪咲がもう本来だったらこの場に居ないこと……それを幾度も言おうとはしたのだが、この関係が崩れ去ってしまうことが何より怖くて結局は口には出来なかった。

 

こんな秘密を隠しながらリーダーなんて務まるのかなと思ったり、不信からの仲間割れなんか起きたりしないかなと冷や冷やしていた。そんなこんなでもやもやと一人考え込んでいると、それを見透かしたかのようにアーシュは雪咲を連れて外に出る。買い物に付き合って欲しいとのことだが、明らかに買い物をするような場所ではない所に連れ込まれた。

 

「ここは……」

 

人っ子一人居ない路地裏、決して誰も通ろうとは思わぬ狭い場所。そこに着くなり、アーシュは雪咲と向き合う形で立ち止まる。

 

「……?」

 

「……何か隠し事してるでしょ」

 

顔に出ていたのか、それとも心を読んだのか……ずっと考えていたことが露見したと思い、手に汗握る。だがアーシュが口にしたのは”何か”であって、まだ確証は無いらしい。打ち明けようかどうしようかと悩んでいると、一歩ずつ歩み寄ってくる。また打たれると思ったのか目をぎゅっと瞑る雪咲、だが次の瞬間汗ばみ震えていた手をそっと握りしめてきた。

 

「悩みがあるなら……聞いてあげる、他言はしないから……ね?」

 

まるで子供をあやすかのような話し方で、雪咲に声をかけてくる。少しそれに甘えたくなったりもするが、幾ら嘆いた所でこの真実だけは変えることは出来ない。それに雪咲は薄々と、考えていたことがある。

 

それは、元の世界に戻らなくてもいいんじゃないかという事。確かにもう他界してしまったがたった一人の家族が居る、まだ中学に入りたての妹だ。雪咲は幼くして、妹は生まれた直後に母親を亡くし、その数年後に父親も亡くなってしまう。それからは血の繋がりなんて一切ない祖父母の家に引き取られたが、妹との扱いの差を前にいつの間にか妹に対して壁を作っていた。高熱を出して倒れ心配させた時もあったが、そこから更に距離を置くようになっていた。

 

決して可愛がられていた妹が羨ましいわけではない、ただどう接すればよいのか分からなかっただけだった。雪咲が高校に上がると同時に、祖父母は亡くなった。現在は妹は父方の実家で、雪咲は寮がある高校に上がり一人暮らしをしていた。そこで皓と再開したのだが、それはまた別の話……。

 

そんな世界に戻っても何も無い、だからずっとこっちの世界で生きていたほうが……と事ある毎に考えるようにもなってしまっていた。

 

「……」

 

「……」

 

お互いの無言の時間が暫く過ぎ、やがてアーシュは優しく雪咲を抱きしめ頭を優しく撫でる。

 

「……!」

 

思わず離れようとしたが、何故か離れることが出来ない。それどころか藻掻けば藻掻くほど、どんどん抱きしめる力が強くなってきている気がする。

 

「アーシュ……?」

 

訪ねながら顔を覗き込んでみると、そこにはさっきまでの凛とした表情は陰っていた。今にも泣き出すんじゃないかと思うほどに瞳に涙を浮かべ、抱きしめる腕は震えていた。決して恐怖や笑いを堪えているという訳ではなく、泣き出しそうなのを必死に堪え隠そうとしている証拠だ。

 

訪ねてから暫く、アーシュは震えた声で言葉を発する。

 

「……私達……会ったばかりだけど……そんなに信用ない……?」

 

思いもよらぬ問に、一瞬だけ固まる。

 

「……信用はしてる、だけどそういう問題じゃないんだ。なんというか……俺自身の問題だし、どう足掻いても変わらない事だし……でも……心配させたね、ごめん……」

 

「仲間なんだから……心配するのは当たり前……!」

 

「当たり前……かぁ」

 

遂には泣き出してしまうアーシュ、それを見て雪咲は今まで考えていたことを話そうと思った。現実世界での暮らしから異世界に来るまでの話、そしてこっちの世界に来たばかりの時から今の今までの話を全て包み隠さずに。最初は信じられないような顔で聞いていたが、次第に”辛かったんだね”とまで言われてしまい思わず涙が溢れ出そうになる。それを必死に堪え、それでも尚淡々と話を続ける。

 

「俺は、既に向こうの世界では死んでいる扱いなんだ。だから今更向こうの世界に帰れるわけでもないし、未練だって一切ではないけど無い。だから、あんな約束をしてしまった軽率な自分に苛立ちを覚えているんだ……」

 

「でも、あれは皓達を安心させるためじゃ……?」

 

「安心というよりは、納得してもらう……かな、」

 

それを言うと、アーシュは完全に黙り込んでしまう。

 

「ごめんな……これを言うと関係が完全に壊れてしまう気がしたんだ、だから言いたくなかったし躊躇ったんだ……」

 

雪咲はアーシュと目を合わせることが出来なかった、何故ならこの話を聞いてどう思ったかなんて知りたくなかったからだ。軽蔑や畏怖や愚蔑の視線を向けていると思っていたから……だが、アーシュから発せられた言葉は意外なものだった。

 

「それを聞いて確信した……私はずっと雪咲に付いていく、何があっても……絶対に」

 

その言葉に驚きを隠せず、アーシュの方に視線を再度向ける。彼女は涙を必死に拭っていたが拭いきれず、涙をポロポロと溢れさせながらも優しく微笑もうとしてくれていた。そんなアーシュを見たせいだろうか、胸が締め付けられるように苦しくなる感覚に襲われる。苦しいほどに鼓動は早くなり、傍に居てくれるだけで何故かとても安心するような感覚。

 

「アーシュ……」

 

彼女の名を呼ぶ頃には、既に抱きしめていた。今までとは違う、甘えでも何でも無い。とても愛おしく愛らしく、仲間としても個人としてもずっと大切にしていきたいと思えるほどに。アーシュはこれ以上は何も喋らず、只ひたすら優しく雪咲の頭を撫でていた。

 

 

「……良かったな……大切にしてやれよ……」

 

いつからか物陰から二人を見守っていた皓、小さく呟くと物音を立てずにその場から去る。




今回は少しだけシリアスな話になってしまいましたが、次回からは路線変更を正常化し普通のルートへと戻って行きます。

皓質とも、この後分かれる予定ではあります。その時の話は、次話でやりたいなと思っています!


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第4章 アルステン王国編
第24話 いざ、新天地へ!


これからはハーレム要素が少しだけ増えていくと思いますが、ご容赦ください!

前回のあらすじをサクッと……

アーシュにこっ酷く叱られ、全員で部屋に戻る雪咲達一行と英雄達。雪咲の部屋に集まり、今後のことについて少し話し合うことにした。

話し合いが終わった後、アーシュは雪咲を連れて人通りのない場所へと連れ込む。何をされるのかと思いきや、少し重い話になってしまう。信用に値しないの?と訪ねてくるアーシュに現実世界の時の話を全て話し、軽蔑などの視線を恐れていたが予想外にも理解してくれた。

この話を皓は隠れて聞いていたのだが、それはまた別の話……。


皓達と話し合いやらなんやらした翌日、妙にアーシュにベタベタとされることが多くなった。ユリナはそれを見て更に雪咲にくっつき、まるで引っ張り合いみたいな状態になってしまった。だが眞弓と冬望が様子を見に来るとさっと離れ、何もなかったかのように接してくる。皓は何を気遣っているのか、しょっちゅう様子を見に来てくれている。

 

「お前も大変なんだな……」

 

その言葉の意味が何を指しているのか分からなかったが、取り敢えず苦笑で誤魔化すことしか出来なかった。その日は皆休息を求め、一日中部屋の中で寛いでいた。まるで自分の部屋のようにダラダラと、こんな状態で大丈夫かと心配になってくるほどに怠惰な光景だった。

 

更にその翌日、午前中に皓達は次の街へ向かうべくハルカスを発った。名残惜しそうにはしていたが、一刻も早く世界を救わなくてはいけないため海は渡らずに別方向から違う大陸にアクセスするとのこと。

 

皓達を見送り、どうしようか考えていると後ろから優しくアーシュが抱きしめてくる。

 

「どうしたの?」

 

呆気に取られ、首を傾げ訪ねてみる。

 

「……貴方が向こうの世界で苦労した分、こっちでは幸せになる権利がある。だから……私は貴方を幸せに出来る一人になりたい」

 

「……!」

 

何となくアーシュが急接近してきた理由は心の何処かで分かってはいた、だが同情なんてされたくなかったしこの時の返答だってどう返せば良いのか分からなかった。ただ優しく抱き返し、感謝の言葉を呟くように言うことしか出来なかった。皓にすら話したこともない話もあったため、そういう意味では2人だけの秘密だなと思った。

 

「……ありがとう」

 

「うん……」

 

暫くの間静かな2人だけの空間で抱き合い、そしてそろそろ団員達が起きてくる頃だと思い少し離れる。あんなことがあったせいか、普通に接することがかなり難しく思えた。だが皆と話している内に、何となくではあるものの今後の方針とかそういうのが薄っすらと決まってきていた。

 

そんな中何処に行くかと話をしていると、一つの国が思い浮かぶ。それはあの皇女2人が行くと言ってた王都・アルステン王国、気になっていたし行ってみるのも良いかなと提案を出した。すると団員の一人が、少しなにか言いたそうな顔をしていた。

 

「どうした?」

 

それが気になり、聞いてみることにする。

 

「いやぁ……ちょっと小耳に挟んだんですが、今あの国は内戦状態らしいですよ」

 

「内戦?」

 

「えぇ、どうも現国王が出した法令が原因で……賛同派と反対派が戦争状態って」

 

その言葉を聞き、少しだけ考え込む。本来英雄ではない雪咲が首を突っ込む案件ではないのだが、内戦だとあの2人の皇女の命が狙われる危険性が高い。そこまで親密な仲ではないにしろ、一度助けた相手に死なれるのは気持ちが悪い。

 

「……どうする?」

 

珍しくアーシュが訪ねてくる、どうしようかと更に深く考えていると今度はユリナが寄り添ってくる。

 

「私……前はアルステン王国に居たことあるから、道案内とかくらいなら出来るけど……」

 

「じゃあ、迷う心配はなさそうだね」

 

冗談交じりに言いながらもユリナの頭を撫でると、まんざらでもなさそうな顔で表情を緩める。ただ、アーシュの嫉妬じみた視線が気になるが……。

 

コホンッと咳払いをした後、熟考の末どうすることに決めたかを団員全員に話す。皆”そんな感じで大丈夫か……?”みたいな顔をしていたが、グランは雪咲を信じているのか黙って頷くだけだった。

 

「……良いと思う」

 

「私も賛成!」

 

アーシュとユリナは何故かやる気満々で旅支度を初めた、それに釣られたのか団員全員旅支度を初め……支度が済んだのが午後一だった。宿屋の店主にありがとうという気持ちでカウンターに金貨を2枚ほど置いて宿を後に、船着き場の所までゆっくりと歩いていった。

 

泊めてある船は殆どが漁船らしく、客船は皆出払っているそうだ。どうしようかと考えていると、1隻の少し大きめな船の前で数人の男達が言い争っている姿が見えた。雪咲はちょっと行ってくると言って、男達の方へと向かっていく。

 

「あの……すいません……」

 

「だから、無理だって言ってるだろ!?」

 

「何も話を聞かずに断るこたぁねえじゃねえか!!」

 

「だけど、俺達に死ねって言ってるようなもんだぞ!?」

 

「それはそうだが……」

 

話が見えないので、少し大きめな声で割り込むことを決意する。

 

「すいません、少しお時間良いですか!?!?」

 

急に話に割って入ってきたせいか、驚いたようで誰もが黙り込んでしまう。だが話を聞いてくれそうな雰囲気でもあったため、構わずに話を続けることにした。

 

「アルステン王国に行きたいんですが、乗せてってくれませんか……?」

 

そう言って雪咲はギルドカードを提示しつつ、アルステンに向かってほしいとの事を伝える。

 

「お……王家の印の入ったカード!?あんた一体何者だよ……」

 

カードを手にし見ていた男性が驚きの声を上げ、その場の皆が雪咲に注目する。

 

「ただのしがない盗賊です、王国お墨付きのね」

 

その言葉に、誰もが頭に?を浮かべた。しかし丁度いいと思ったのか、一人の男性がある提案をする。

 

「別に乗せていくのは構わねえが……一つ頼みを聞いちゃくれねぇか?」

 

「何でしょう?」

 

「アルステン海域に差し掛かる所で、巨大な魔物が出たという目撃証言があったんだ。俺等はこれから仕事であるステン王国に向かわなきゃいけないんだが、その魔物に襲われねえという確証なんて無い。だからアルステン王国に付くまでの間、俺達を守っちゃくれねーかな?」

 

まさか向こうから言ってくれるとは思っていなかったため、少しの間呆けていた。だが利害が一致した以上、断る理由はこちらには一つもない。

 

「分かりました、ではこちらの紙に著名をお願いします」

 

優しく微笑みながら一枚の紙を差し出す、書かれている内容としては主に契約内容を事細かく記したことだった。

 

(我々盗賊団は契約者との契約を絶対遵守します、しかしこちらも生活がありますので倒し賜物の素材等はこちらに譲っていただきます。その為、賃金等は一切そちらには請求しないことを誓います)

 

書類に目を通した後、リーダーと思われる男は紙に名前を書いて雪咲に渡す。それをしっかりと確認した後、男達は船の中へと入っていく。雪咲達盗賊団員も乗せてもらい、船は大海原へと向かい出発するのであった。




次回は大海原のど真ん中から始まります!

投稿は……体調が良ければしたいとは思っています。


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第25話 海に潜んでいた魔物!

雪咲達フリーダム・シーフを乗せた船は、アルステン王国を目掛けて大海原を突き進んでいた。

そこに突如現れた魔物、この先どの様な運命を辿るのか。

そして、雪咲の決断は如何に……?!


雪咲達一行を乗せた船は、アルステン王国を目指し大海原の真っ只中を漂っていた。目視ではどの方向に何があるのかなんて分からず、羅針盤で方位を確認するしか無かった。船の中を案内され、雪咲達盗賊団はそれぞれバラバラになる形で部屋へと通される。部屋の中は船の中とは思えぬほど、人一人や二人程度なら両手足伸ばしてもかなり余裕がある広さだった。

 

「……」

 

部屋の中を少しだけ散策していると、一枚の写真を見つける。それに写っていたのは出向する前に見た4人と、見たこと無い3人の女性。写真自体はかなり古ぼけていて、相当前に撮ったものだと思う。

 

……この女性達は見かけなかった……仲間じゃないのかな?

 

深く考えようとしたが、それ以上は野暮だと思い止めておいた。写真を元あった場所へ戻すと、静かな部屋にドアをノックする音が聞こえる。どの部屋がノックされたのかは一瞬で分かる、何故ならこの船は部屋と部屋の感覚が異様に長いからだ。隣の部屋を誰かがノックした所で、並大抵の音ならこの部屋までは届いてこない。つまり、この部屋がノックされたということになる。

 

「はーい」

 

少しだけ警戒しつつも返事をすると、誰かが部屋の中に入ってくる。視線を移してみると、そこに立っていたのはアーシュとユリナだった。

 

「どうしたの?」

 

何故自分の部屋が用意されているのに、この部屋に来たのかと聞いてみた。

 

「雪咲は一人にすると、何処に行くか分からないから来たの」

 

「……同意見」

 

どうやらじっと出来ない人だと思われ、監視役に回ったようだった。確かにハルカスでの騒動で大変な迷惑をかけてしまったことに関しては反省しているが、別にそこまでしなくても良いのではと内心苦笑気味に思ったりもしていた。そう思っている内にアーシュは右腕、ユリナは左腕に抱きついてくる。

 

これは……両手に花ってやつなのか?

 

向こうの世界で見ていた漫画の事をしみじみと思い出しつついると、突然船はものすごい勢いで揺れる。まるで地震のように船は揺れ、机や棚の上にあったものは衝撃で地面に落ちる。立っていた雪咲達3人は急な衝撃に対応できず、振り回され壁に叩きつけられる。

 

「っ……!」

 

「きゃっ……!」

 

「痛っ……!」

 

強い衝撃だったせいか、アーシュとユリナは気を失い地面に倒れる。雪咲も意識朦朧とはしていたものの、なんとか踏みとどまり気を確かに持っていた。急いでアーシュ達の所へ行き、調べるとただの気絶だということが分かりホッと安堵のため息をつく。2人をそっとベッドに寝かせた後、何かあると厄介な為部屋にフリーダム・シーフ以外の者が入れぬように結界を張り船首の方へと向かう。

 

甲板辺りに出ると、外はさっきまでカラッと晴れていたにも関わらず黒雲が立ち込めていた。滝のように降る雨や次々と落ちてくる雷、挙句の果てには船を引っくり返しそうなほどの大波と吹き飛ばされそうな強風。天候は最悪、そんな中船員達は海を眺めて何か騒いでるのに気付く。

 

「どうしたんですか!?」

 

その騒ぎ様があまりにも異常だったため、思わず駆け寄る。

 

「魔物が……魔物がぁ!!」

 

船員の一人が海を指差し、指の差された方に視線を移してみる。するとそこに居たのは巨大な魔物……と言うよりは、現実世界で言う蛇と龍の中間あたりと言ったほうが良いか。巨大な体に小さな翼、牙は大きく鋭い。だが目は無く、どうやら蛇と同じくピット器官というもので獲物の位置を特定しているものだろう。

 

悠長に観察していると、魔物はこちらの存在に気付いたのか顔を向けてくる。何をするのかと思ったら、紫色の毒々しい液体をこちらに向けて吐いてくる。

 

「!!」

 

団員達は船内に逃げ込み、雪咲は階段を駆け上がり少し高い所……船の旗が刺してある所まで駆け上がる。紫色の液体がかかった所に視線を向けてみると、まるで溶解液のごとくみるみると怪しい色の煙を上げながら溶けていっていることに気が付く。

 

「これは……」

 

その液体の正体が分かりもう一度魔物の方へ視線を向けると、既にさっきと同じところにはもう居なかった。まるで消えたかのように思えたが、異常気象が収まらない所を見るとどうやら近場にまだ潜伏しているようだ。

 

「一体何処に……!」

 

キョロキョロと辺りを見渡していると、足元に大きな影が出来ていることに気が付く。まさかと思い上を見上げてみると、小さな羽で空を飛んでいた。何故空を飛べるのかと考えてはいたが、次々と上空から溶解液を吐いてくる魔物。

 

「くそっ……!」

 

雪咲は咄嗟に防御壁、及び結界を即時展開する。だがそれは呆気なく溶かされ、溶解液の飛沫が雪咲目掛けて飛んでくる。

 

「なっ……!?」

 

気が付く頃には、溶解液はすくそこまで迫ってきていた。

 

「雪咲!!」

 

船内からアーシュとユリナが甲板へと飛び出すが、そこで目にしたのは雪咲が紫色の溶解液に包み込まれ姿を消す所だった。煙が止んだ後雪咲が居た所まで駆け寄ってはみたが、そこには雪咲の服の切れ端以外何も落ちては居なかった。船に大きな穴が空き、界面が見えるほどの深い穴だった。

 

「雪咲!」

 

「……何処に居るの!!」

 

アーシュとユリナは声の限り叫ぶが、何処からも返事は返っては来なかった。




次の投稿は、明日の夜致します(体調が良ければ)

最近不定期更新になりがちな所もございますが、目を瞑って頂けると幸いです!

何分虚弱体質らしいので(風邪とか引きやすいからそう思っているだけかも知れないけど)


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第26話 大海の主討伐!

次回は、アルステン王国に上陸した所から始まります!

立ち上っていた黒き煙は一体何なのか、アルステン王国に一体何が起きているのか……!?


ユリナはボロボロになった船内で雪咲を探そうと来た道を引き返そうとした、だがアーシュはとある違和感を感じた。それは、姿形は見えないのにまるで雪咲がすぐ側に居るような安心感があったからだ。

 

「一体どこに……」

 

雨が痛いほどに打ち付ける中、必死に空を見上げていると……人影が浮いているような幻覚に襲われる。いや、それは恐らく幻覚ではなく実際にそこに誰かが居るのかも知れない……人影を見た時アーシュは確信した。そしてその人影はゆっくりと手を上げ、そして素早く振り下ろす。

 

何をしているのかと思っていた瞬間、その者が着ていたと思われし服のボタンが弾け飛ぶ。まるでマントを羽織っているかのように大きな布は風に揺れ、その者が纏っている魔力は重苦しく時空が歪んで見えるほどに濃密だった、

 

「あれは……」

 

薄暗くて良くは見えないが、ぼんやりと雪咲だということが分かる。だがまるで人が変わったかのような表情で遠くを見つめている、同じ方向に視線を向けてみるとそこにはまるで龍のような魔物がうねうねと蠢いていた。それを見た瞬間、猛烈な嫌悪感に襲われる。

 

「っ……」

 

アーシュは表情を歪め、そっと物陰に隠れる。ユリナも何かを察したのか、アーシュの隣に来る。

 

「雪咲……」

 

「……大丈夫かな」

 

2人の心配は、豪雨の音に掻き消されて雪咲本人には届かない。

 

 

 

ここなら被害は余り出ないはず……

 

魔力を若干開放し、遥か上空にて魔物を迎え撃とうとする雪咲。魔力開放の影響でローブのボタンは全て弾け飛び、丈が長い分風に揺られひらひらと若干鬱陶しく思える。だがそんな事を気にしている余裕は無く、魔物はこちらに向かいすごい速さで向かってきていることが分かる。

 

「させるかよ!」

 

魔力を込めながら両手を前に突き出すと、少し分厚い魔力で出来た壁みたいなのが張られる。魔物がそれに体当たりをした瞬間、同じ力で弾き返されたかのように魔物は吹き飛ぶ。

 

皓との約束は、人相手には魔法を余り使わない……だったしな、問題ないだろう。

 

心の中で自己完結し、更に魔力を高めていく。その影響で雷は更に激しくなり、風は鎌鼬かと思うほどに痛く吹き付ける。だが一瞬で終わらせる為、魔物に狙いを定める。両手を突き出したまま掌に魔力を集め、やがて大きなエネルギーの塊になる。

 

一度やってみたかったんだ……

 

気が付くと頬が緩んでいたが、気にせずエネルギーの塊をどんどん大きくしていく。それに焦ったのか、魔物は急速接近してくる。口の端から紫色の液体が少し溢れている所を見ると、溶解液をぶち撒ける準備をしているみたいだ。エネルギーを集めつつ観察していると、いつの間にか魔物はすぐそこにまで迫ってきていて背後から雪咲を思い切り鷲掴みしてくる。常人なら肋骨の半数以上はへし折れそうな圧力だが、魔力を通したローブのおかげか一切のダメージは無かった。

 

「これでお仕舞いだ……!」

 

集め大きくなったエネルギーの塊を魔物の方に向ける、そこから発射されたのは三日月形のような薄っぺらいものだった。だが数は多く、魔物を覆う程の量だった。

 

少しの間静かな時間が過ぎる……それもほんの一時、次の瞬間には魔物は鋭利な刃物にスッパリと切り裂かれたかのようにバラバラになり、船の甲板の上に落っこちる。雪咲は魔力を足元に集め、ゆっくりと甲板へと舞い降りる。

 

蛇と龍の中間辺りだった大きな魔物は、すっかり変わり果てただの肉塊へと変わってしまった。相変わらずのチートぶりに、内心苦笑気味だった。船に損傷は無いかと思い振り向いた矢先、すぐ傍の足元がポッカリと大穴になっていた。

 

「……」

 

中に居た団員や船員達は無事かなと思いつつ、船だけの時間を一日前に戻し損壊を”無かった事にする”。これも想像魔法の一つで、現実世界の方で言う所の”時戻し”だ。一応こっちの世界でもあると雪咲は知っていたのだが、代償が無く魔力だけを消費する想像魔法の方が瞬時に発動できると思い使ったのだ。

 

だが想像魔法でも時間を操作するには膨大な魔力が必要になり、雪咲は疲労の色を浮かべながら空を見上げる。さっきまで黒雲が立ち込めていた空には青空に、真っ白な雲がプカプカと浮かんでいた。まるで先の大嵐状態が嘘みたいに消え去り、雲の隙間から差し込む陽の光が眩しく思えた。

 

「雪咲……!!」

 

「……雪咲!」

 

雪咲は声の主の方に視線を向けてみる、そこには既に泣きかけたユリナと泣きそうな状態のアーシュが走ってこちらへと向かってきていた。そして2人の方へ体を向けた瞬間、飛びつかれ押し倒される。

 

「痛っ……?!」

 

船の床に頭を打ち付ける雪咲、そして倒れた雪咲を抱きしめながら声を抑え泣きじゃくる2人。

 

「大丈夫……?ゲガは……無い……?」

 

「痛い所があったら……すぐに言って……!」

 

……泣くのか心配するのか、どっちかにして欲しいな……

 

内心苦笑しつつも優しく泣きじゃくる2人の頭を撫でる、2人は落ち着くまで少し時間を要した。

 

その後はてんやわんやで、どうやら加勢に来た船員達が武器を手に甲板まで飛び出すと辺りには魔物なんて何処にも居ない。さっきまで荒れていた状態が元に戻っており、頭の中が混乱していたらしい。少しの間魔物を探し回っていたが、雪咲の近くに落ちている肉片の山を見るなり大喜び。その騒ぎに気になった盗賊団員も甲板へと集結し、雪咲が魔物を倒したという事だけが広まりまるで宴状態になる。

 

雪咲は泣き止みかけているアーシュとユリナを必死に宥めつつも態勢を起こし、丁度近くに居たグランに魔物の肉の回収を異次元袋を渡しながら頼む。文句は言いつつもちゃんとやってくれている所を見ると、少し微笑ましく思えてくる。数分後にグランが回収を終え、異次元袋を雪咲に返す。それをありがとうと言いながら受け取り、懐へと仕舞う。

 

そんなこんなやっていると船長が突然声を上げる、内容はもうすぐアルステン王国港町側へと到着するとの事。しかし様子がおかしく、町の奥の方で黒い煙が空目掛けてモクモクと立ち上っているのが遠目からでもはっきりと分かる。

 

「これは……少し急ぐぞ!!嫌な予感がしてならねぇ……」

 

船員達は駆け足で操舵室へと戻り、面舵一杯と叫びながら港町を全速力で目指す。大きな不安を抱えながらも、雪咲達はアルステン王国へと上陸するのだった……。




今回の話は、若干自身がないです。

ですが本命の話は次回!

新展開になり、いろんな事態に巻き込まれる雪咲達盗賊団一行。

大回りをした皓達は無事なのか!?


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第27話 上陸、アルステン王国……のはずが!?

少し早いと思いますが、アルステン王国編に突入致します!!

ここでの話は多少長くするつもりで、色々とやってみたいことがあります。

前回までのあらすじ(簡潔)

船旅の途中で巨大な魔物と出会う。だが、雪咲は一人でそれを退ける。悪天候は一瞬にして晴れ、船に乗っていた全員は無事だった。

船も無事に魔法で直し、アルステン王国へと再び向かうのであった。


アルステン王国に上陸する直前、アーシュとユリナは雪咲を物陰に誘い込む。

 

「どうしたの?」

 

キョトンとした顔で歩いてくる雪咲、後少しで上陸な為か少しだけそわそわしていた。

 

「一つだけお願いがあるの……」

 

「お願い?」

 

そう言うと、雪咲は不思議そうな表情で首を傾げる。

 

「……上陸しても、一人で勝手に行かないで。私達は何かあったらと心配になるし、寂しいから……」

 

若干私欲的な事も交えつつ、2人共通の願いと託つけた約束を取り付ける。雪咲も特には異論なしという事で、承諾されたのだった。

 

話が終わると同時に、船がガタンっと少し大きく揺れる。アーシュとユリナが転ばないようにしっかりと雪咲が支え、揺れが止むのを待つ。揺れはそこまで長くなく、数秒で止む。

 

「っしゃ、上陸出来るぞ!!」

 

船員達は声と同時に船を飛び出し、港町の奥の方へと走っていく。雪咲達盗賊団も船を降り、船員達の後を追うように走っていく。

 

港町方面から走ること数十分、町の出口件王国への入り口らしき大きな門が聳え立つ。門の前には先程走っていった船員達が立ち往生している、何をしているのかと追いついた雪咲達は聞いてみる。

 

「どうやら、内戦状態のせいで門番までもが出払っているらしい。だがこの門を開ける装置が何処にも見当たらなくて、困り果ててるんだ……」

 

ガリガリと頭を掻く船長、話を聞きながら辺りを見渡していると一つ気になるのを見つける。それは門の端っこ辺りに飛び出ている紐、雪咲は気になり力の限り紐を引っ張ってみる。すると門の上の部分から梯子がカタカタとかけられ、門の上の部分へと行けるようになる。

 

推測するにこれは、門を開けられなくなった時の緊急措置だろうな……。

 

そんな事を思いながら、先程かけられた梯子を登っていく。門が大きいせいか門の天辺まではかなり長く、団員達ならともかくアーシュとユリナは後半になるに連れてきつくなる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「……長い」

 

息を切らしながらも懸命に登ってくる2人、そんな様子を見ながら登っているといつの間にか一番上まで来ていたらしい。

 

「よいしょっと」

 

ひょいっと梯子の所から足場の安定した門へ飛び乗る、そしてアーシュ達に手を差し伸べ次々と門の上へと移動させる。全員が移動し終えた所で街の方に視線を向けてみる、そこに広がっていたのは穏やかな街並みとはかけ離れた戦場みたいな場所だった。戦火は次々と広がっており、建物の殆どは崩れているか燃えている。道の到る所には人が転がっており、真っ赤な鮮血を飛び散らせていた。

 

「これは……!」

 

「酷い……内戦ってレベルじゃ……」

 

見るからに兵士らしき武装集団は壊滅状態、町を彷徨いているのは武装した住民らしき人々……もはや反乱軍と言っても良い。だが様子が何処かおかしく、城の周りを取り囲むような形でわらわらと集まっていた。

 

「……仕方ないか」

 

雪咲は小さくため息をつきながら魔力を少しだけ高める、そして脳裏に浮かべたのは紙飛行機。だがただの紙飛行機ではなく、魔力で制御出来る物だった。そのまま脳裏にイメージを止めつつ魔力を目の前に集中する、そして作り上げられたのは人が数十人くらいなら平然と乗せて飛べそうな巨大な紙飛行機。雪咲はそれに飛び乗り、船員達含め団員全員を乗せて門の上から飛び立つ。魔力で緻密な制御をしつつ飛んでいくと、街の全体が見えてくる。

 

どうやらアルステン王国は王城を中心に広がる街らしく、だが王城の周辺360度全てが武装した者達に囲まれている。城門の内側では兵士達が身の回りを固め、いつ突破されても良いように身構えている状態。反乱軍と呼称することにした、雪咲は冷静に分析を開始し始めた。その結果ほぼ全員は特に秀でた魔力を持ったものは居なく、全員平等に近い魔力程度しか持っていないと踏んだ。

 

「ど、どうなんだよ……これ……」

 

柄にもなくグランが不安を口に出す。

 

「城門が破られるのは時間の問題だ……急ごう」

 

雪咲は全速力で上空から城門の内側を目指す、どうやら中は外みたいに石畳ではなく芝生が広がっている。その場所に狙いを定め、急降下しその場に魔力式紙飛行機を止める。だが止めた瞬間周りに兵士共が集まり、槍をこちらに向けて構えてくる。

 

「そ、空から……一体何者だ!!」

 

「反乱軍め、この様な物まで……!!」

 

どうやら兵士達は雪咲達の事を反乱軍だと思い、完全にテンパっている様子。だがそんなのを無視して、雪咲はひょいっと芝生の上へと降り立つ。すると、恐れたのか兵士達はジリジリと後ろへと下がっていく。それに乗じて、軍で一番指揮権の持つ人を探す。だがこの世界の兵士より上の立場、いわば指揮官の見た目はアルザース帝国の兵士達の指揮官の感じしか知らなかった。だが明らかに簡素な兵士共とは違い、3名装備が豪華そうな人達を見つける。

 

「いた……」

 

雪咲は魔力式紙飛行機に手出しが出来ないように結界を張り、指揮官らしき人達の所へ歩いていく。道中槍を散々向けられるが、全て鬱陶しそうな表情で払い除ける。

 

「この兵士を指揮している人は、貴方方で間違いありませんか?」

 

雪咲は指揮官らしき人の一人の前で止まり、優しく微笑みながら尋ねる。

 

「誰だ、貴様は」

 

「答える必要あるかな?」

 

「……」

 

雪咲は失礼と言いながら、懐からギルドカードを一人に渡す。

 

「王印付きのギルドカード……?」

 

「へぇ~……」

 

「……」

 

本当かなと言いたげな視線で見てくる、だが雪咲は表情を一切変えずに話を先へと進める。

 

「俺達は怪しいものじゃありません、確かに盗賊ですが故あって一度とある方をお守りしたことが……」

 

だが、言葉を遮られ何をされるかと思えば抜刀した剣の鋒を雪咲の喉元に突きつける。飛行機の所に居たアーシュとユリナやグランや団員達はざわめくが、大丈夫と視線でメッセージを送り両手を上に上げる。

 

「盗賊だと……?」

 

「信用出来ないね……」

 

「……第一、盗賊なんぞに護衛が務まるものか!」

 

全く信用してもらえず、若干途方に暮れる雪咲。すると、上の方から聞き覚えのある2つの声が聞こえてくる。

 

「あぁ~!!貴方は!!」

 

「雪咲さん!?」

 

城の窓枠らしき場所から顔を覗かせていたのは、コーネリアとジュリアだった。2人はリオーネの所で見た時と服装が変わっていて、白いドレスから少し赤の混じった派手なドレスになっていた。何をするのかと思いきや、2人は風魔法を応用してふわりと雪咲の隣へと舞い降りてくる。すると先程まで剣を喉元に突きつけていた人や後ろで散々言っていた司令官らしき人達は、いつの間にか抜いた剣を鞘へと戻していてコーネリアとジュリアに傅いていた。

 

「コーネリア……ジュリア……何か、随分と久しぶりに思えるね」

 

たははと苦笑交じりに冗談を言う雪咲、だがそれをお構いなしと言わんばかりに2人は雪咲に力いっぱい抱きしめる。




ちなみに、紙飛行機は若干無理があるかなーと思っていました。

でもそれ以外に案がなく、悩んだ結果魔動式紙飛行機になりました。

イメージとしては、巨大な紙飛行機に魔力制御装置を取り付けたような感じです。


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第28話 戦いの始まり!

アルステン王国編始まって間もなく戦の開始、次話は波乱な展開に!?

~あらすじ~

長い船旅を終えアルステンの港町へと上陸する雪咲達盗賊団一行、だが奥の方で黒い煙が空へ登っていくのを目撃。船長や船員達は慌てて走っていき、雪咲達も追いかけるように。

都市部へ入る為に門を開けようとするが、大きすぎて開けることは出来なかった。門の傍に飛び出た紐を引っ張る雪咲、すると上の部分から梯子が降りてくる。それを使い上に登ると、広がっていたのは残酷と言うにはあまりにも酷すぎる様な戦場だった。


唐突にコーネリアとジュリアが雪咲を抱きしめた為、指揮官らしき人達は驚きを隠せてなかった。抱きしめられた本人でさえ、ポカーンと呆けていた。

 

「……コーネリア様、ジュリア様……一体何を……?」

 

咄嗟に我に返った一人の指揮官らしき人。

 

「何って……挨拶みたいなものよ?」

 

「……駄目?」

 

「駄目です!!そんなどこの馬の骨かも分からない人と……!」

 

そうこうしている間に3人は言い合いみたいになり、挙句の果てにはコーネリアとジュリアを雪咲から引き剥がす。2人は名残惜しそうな顔をしていたが、指揮官らしき人の一括で抱き締めるのを諦める。だが、2人の渋々とした顔は当分忘れられそうになかった。

 

「……失礼、自己紹介がまだでしたね。私はアルステン王国騎士団長を努めているリーシアだ」

 

リーシアは先程までとは違い、きちっと身なりを正し軽く会釈する。サラサラの腰まで長いブロンドヘアに少しだけ長い耳、真っ白な肌を隠すように少し豪華な装備で身を覆っている。

 

「僕はフィーリエ、副団長だよ~」

 

フィーリエは身長は雪咲よりも小さく、まるで幼い少年みたいな子だ。鎧は豪華だが、着ているのは籠手と胴と胸くらいなものだった。割と美形で、少し長めのショートヘアーがよく似合う少年だ。

 

「……騎士団特別補佐官のヴァンだ」

 

バンは漫画とかでよく出てくる、厳つい感じの短髪のガタイの良い大男って感じの男性。腰に下げている剣も大きく、一撃の威力がとても強そうだと直感で感じる。

 

「改めて……新生盗賊団フリーダム・シーフ盗賊団長の雪咲です」

 

そう言ってペコリと頭を下げる、ちなみに名字を言わなかったのは皓からのアドバイスだ。どうやらこの世界では名字らしきものは王族か貴族ぐらいにしか無く、迂闊に使おうなら目をつけられ痛い目にあうらしい。雪咲は特に大丈夫だが、団員達に被害が及ぶのはどうしても避けたいことだった。

 

自己紹介は終わるが、どうしてもさっきから少し敵対的な視線を向けてくるリーシアが気になる。

 

「……どうしてそんなに警戒してるんですか?いや……警戒を解けっていう方が無理かもしれないですけど」

 

若干苦笑気味に言うが、それでも表情を一切崩すこと無くスッパリと答える。

 

「盗賊とは人を殺め盗みを働く者、皇女様達とは仲が宜しいようですが実際それすらも疑っています」

 

この人は思ったことを包み隠さず言う人なんだな……。

 

雪咲は内心しみじみと思う、すると背後のほうが少しだけ騒がしくなる。視線を向けてみると、アーシュやユリナやグランが魔動式紙飛行機から結界をすり抜けて出てきていた。兵士共はざわめき動揺、団員達は平然と雪咲の方へ歩いてくる。

 

「あら、皆様もご一緒なのですね」

 

「仲間ですから」

 

コーネリアの問に即答する雪咲、アーシュとユリナはそんな2人には目にも留めず雪咲に思い切り抱き締める。その勢いの良さに思わず倒れ込む雪咲、そんな事お構いなしに抱きしめ続ける2人。思わず周りに居た団員以外の人達はポカーンとなり、辺りは一瞬だけ静かな空気に包まれる。そんな中声を出したのは、コーネリアとジュリアだった。

 

「ず、ずるい!」

 

「わ……私も!」

 

2人が交わり、雪咲は揉みくちゃにされる。リーシア達騎士団の人々は呆然と立ち尽くしていたが、やがて我に返る。だがその瞬間、城門の方からとてつもない大きな音と衝撃が雪咲達を襲う。とっさに魔力を込め結界を張り、騎士団諸共衝撃から身を護る。

 

「な、何が……!?」

 

土煙が立ち込める城門の方を見てみると、そこに居たのは大量の反乱軍。まるで地平線の彼方まで続いていそうな人の群れは、到底数万という数じゃ割に合わないと思った。そして雪咲やコーネリア達の脳裏には、リオーネからハルカスへ向かう道中に襲われたゴブリンの群れの事を思い出していた。

 

「よいしょ……」

 

反乱軍の群れの方に気を取られている内にアーシュやユリナ、コーネリアとジュリアをそっと引き剥がし起き上がる雪咲。

 

「それで……どうするんですか?」

 

反乱軍から目を背けずにリーシアに言葉を送る雪咲、返事が返ってくるのは少しだけ時間がかかったが思ったとおりの返答だった。

 

「どうするも何も、我々がここで引いたら誰が国王をお護りする!どんな強敵だとしても、絶対に引くものか!」

 

「そうか……」

 

小さく呟き、雪咲は真っ先に女性達を城の中へと避難させる。アーシュやユリナは

 

「私も戦う!」

 

とゴネたが、皇女2人を頼むと言うと渋々と了解してくれた。そして女性4人を逃した後反乱軍の方に視線を再度向ける、反乱軍は今にもこちらに突撃してきそうな勢いだった。雪咲は魔力を込め空に放出、空に放たれた魔力は大きな音を鳴らしながら光放つ。

 

「フリーダム・シーフに告ぐ!騎士団と協力して反乱軍を蹂躙せよ!!誰一人逃すなよ!!」

 

大きな声で叫ぶ雪咲、少しの静寂の後団員達は士気を上げる為に雄叫びを上げる。それを合図に、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。先程まで呆けていたリーシアやフィーリエやヴァンは気を取り直したかのように騎士団達に命令を伝達している。




正直、ヴァンにするかバンにするかずっと悩んでいました。そして説明不足もありますが、この時船員の人達はずっと紙飛行機に張られた結界の中でじっとしていました。


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第29話 共通の予感……?そして発現する上級魔法!

あらすじ

アルステン王国内部へと入る雪咲達、だがそこでは反乱軍と騎士団が戦いを繰り広げていた。上空から入り込み、城壁の内部へと降り立つ。

そこで出会ったのが、騎士団長リーシアと副団長フィーリアと特別補佐官のヴァンだった。コーネリアやジュリア達も混ざるが、それとほぼ同時に反乱軍が城内の方にまで侵入してくる。

アーシュとユリナを含め4人を城の奥へと逃し、必死に敵を食い止めるグラン達盗賊団とリーシア達騎士団。

はたして、この先どうなっていくのか……!?


「うぉぉぉらぁぁぁ!!」

 

雄叫びと同時に大剣を振り下ろすグラン、相手の剣をあっさりとへし折り叩き切る。血を飛び散らせながら倒れる反乱軍の一人、それを気にせずグランは次々と切り倒していく。一方で騎士団の方は気遣ってなのか、切らずに気絶させる魔法で相手を倒していっている。だが気絶しなかった者も居て、背後から斬りかかろうとしていた。

 

「クソっ……!」

 

騎士団員が斬られる間一髪の所で間に割り込み、完璧に息の根を止める。気が付いてなかったのか、騎士団はグランに付いた大量の返り血を見て腰を抜かす。それに何を思ったのか、騎士団員の胸ぐらを掴む。

 

「気絶させるなんて甘っちょろい事してんじゃねぇ!!死にてぇのか!!」

 

怒鳴りながらも掴んだ胸ぐらを離し、次々と斬り進んでいく。だが一向に数が減る様子はなく、こちらの体力だけが消耗されていく感じがしていた。その頃雪咲は、リーシアの直ぐ側に居た。だがリーシアの少しだけ険しい表情に、雪咲は不思議に思う。

 

「……どうしたんですか?」

 

「いや……嫌な予感がしてな」

 

そう言って視線を向けたのは、先程アーシュがユリナ・コーネリア・ジュリアを連れて走っていった城の奥へと続く細い道。

 

「向こうにも侵入出来そうな場所が……?」

 

「いや……そう簡単に入れる場所では……」

 

その言葉が終えたと同時に、雪咲は4人の後を追いかけるように走り出す。

 

「俺が様子を見てきます、だからそっちの方は任せましたよ!!」

 

「ちょ……」

 

リーシアが何かを言おうとした時には既に雪咲の姿は無く、細い道の遥か奥の方に居た。

 

「……仕方ないか、皇女様を頼みましたよ」

 

小さく呟き、腰に携えていた剣を抜く。そして、騎士団員が戦っている場所へと乱入する。

 

 

嫌な予感……か……

 

そう思いつつも薄暗く細い道を走り続ける雪咲、曲道とか途中にあったのだがアーシュの魔力を辿っているため余計な回り道をするわけにはいかない。だから雪咲は、壁抜けの魔法を駆使して城の奥へと突き進んでいく。

 

~一方グラン達城門の方では~

 

無限に思える敵を次々と薙ぎ倒していく、だが盗賊団員達は次々と疲れ果てへばっていく。

 

「も、もうだめ……」

 

「疲れた……」

 

剣を地面に突き立て、荒くなった呼吸を整えている団員まで出てくる。騎士団の方も疲弊が激しいらしく、倒れている騎士団も少なくはない。中には血を見て倒れている奴や、死にたくないからと言って逃げ腰な奴らも居る。そんな中騎士団長であるリーシアやヴァンやフィーリエはそんな騎士団達を奮い立たせながらも戦っていた。

 

「”遍く安寧の鈴、聴くは我が旗印を持ちし者のみ。今立ち上がれ”……〈ヒーリング・ベル〉!」

 

フィーリアが詠唱を終え魔法を顕現させる、すると先程まで疲弊していたものや傷を負い倒れた者達が立ち上がる。そしてまた、反乱軍の方へと突撃していく。

 

「”我が剣は誓いを立てし者に捧げた、今こそその誓いを果たせ。尽くを以て全てを薙ぎ払い、数多もの敵を殲滅せよ”……〈アイシクル・ソード〉!!」

 

次はリーシアが魔法を顕現させる、魔力を込めると薄蒼く光を帯びる剣。光は一振りで消え去ってしまうが、その一振りで2割以上の反乱軍が氷漬けにされていた。

 

「”貴様らの一寸先は闇、呑まれ混濁の渦の中で足掻き苦しめ。闇の胃袋はどんな物も取り込み、強力な闇で解かし尽くしていく”……〈ダークネス・ストマッチ〉!!」

 

ヴァンが魔法を顕現させると、辺り一面が闇に包まれていく。そして次の瞬間……反乱軍の1割以上が消え去っていた。何処に言ったのかと視線だけで探してみると、上から何かが落ちてくる。見てみると、巨大な闇の渦から人骨が次々と落ちてくる。

 

ちっ……負けらんねぇな……

 

強力な魔法を使用する騎士団長達、そして平然と無詠唱で化物みたいな魔法を使う雪咲。少しでも追いつきたいとずっと思い、頭の中でずっとイメージしていた魔法を唱えようと準備に入る。

 

「……」

 

地に片膝を付き、そっと地面に触れる。そして魔法を使用した後の現象を考え、そして一気に魔力を放出する。最初は何も起こらなかったが、少し時が経った瞬間……突如地面が大きく揺れ、立っていたものの半数以上は転ぶ。そして転んだ隙を見計らい、更に魔力を放出する。すると地面が少しずつ盛り上がり、反乱軍の半数近くを上空の彼方へと打ち上げていく。魔法を使用した後の地面は、まるで断崖絶壁のような大きな山みたいなものが出来上がっていた。それを見たリーシア達は唖然とし、盗賊団員ですら呆然と立ち尽くしていた。反乱軍はまだ戦意があるらしく、回り込んでグランの方に斬りかかってくる。

 

「まだ残ってやがったか……っ!」

 

大剣を握りしめ立ち上がろうとする、だが魔力を使いすぎたせいか思うように体に力が入らず立つことが出来ずにいた。すぐ近くまで敵の剣が迫ってきていたが、後少しの所でピタリと止まる。見てみると、リーシアが横から敵を吹き飛ばしてくれたようだった。

 

敵を牽制しつつ、グランの元へと移動するリーシア。敵から視線を離さず、グランに声を掛ける。

 

「魔力の使いすぎだ、少し後ろへ下がっていろ!」

 

だが体が思うように動かない、そんなグランを後ろへと下がらせたのはヴァンだった。グランの腕を持ち、後方へと放り投げる。受け身すら取れないせいか、城の壁に体を打ち付ける。

 

「っ……!」

 

若干傷みはしたが、文句を言う気力すら無かった。

 

「……まさか、上級魔法を無詠唱とはな……面白い男だ」

 

嬉しそうに呟きながら反乱軍を斬り捨てていくリーシア、援護するようにヴァンとフィーリアがどんどん前へと突き進んでいく。




まさか此処で初呪文の詠唱を考えることになるとは……。

グランの無詠唱は、雪咲に影響されてなので別に想像魔法というスキルではありません。


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第30話 遂に反乱軍は……

今回の話でグラン視点の話はひとまず段落し、次話からはまた雪咲視点の話へと戻ります。4人の行方を追った雪咲、追いつきそこで目にしたものとは……!?


リーシア達騎士団とグランを除く盗賊団員は、半数以上の反乱軍を切り伏せ残るは数千にまで来ていた頃だった。流石のリーシアやフィーリエやヴァン達も疲労の色を浮かべており、息切れを悟られぬよう立ち回っていた。だが目には見えぬが明らかに反応速度等が遅くなり、剣を振るう速度も落ちてきている。現に、相手に剣戟で押し負けそうになったことが多々の場面でもあった。

 

「ちっ……この程度で……!」

 

本人はこの程度どうということは無いと言い張るが、誰から見ても働きすぎだ。共に戦っていたフィーリエとヴァンが、無意識にリーシアの護衛に徹しているほどに。

 

「リーシア、程々にしときなよー?」

 

「……倒れられても困る」

 

「大丈夫……まだ……いける……!」

 

ふらふらになりながらも必死に剣を振るい続ける、だが本人の意志とは関係なく体の限界はやってくる。剣を振りかぶった瞬間、握りしめていた手の握力は消え去り剣は地面に突き刺さる。再度握ろうとしても力が入らず、遂には魔法すら唱えることが困難になった。

 

「くそっ……まだ敵は居るのに……!」

 

そんな中でも敵は所構わずに襲い来る。少し後方から見ていたグランだが、周りの状況を見て顔色を変える。フィーリアとヴァンはリーシアから少し距離がある所に居て、逆にリーシアと反乱軍の距離は目と鼻の先に居る。

 

「なっ……!?」

 

「間に合わ……」

 

2人が悲痛の叫びを上げるが、剣を振りかぶられているため死への恐怖でリーシアはその場から一歩も動くことが出来ずにいた。

 

行けるか……!?

 

後少しでリーシアに剣が届く……だが、その前にグランが間に割って入る。残り少ない魔力を全て足に集中し、全力で地面を蹴る。グランは物凄い速度で移動し、恐らくだが他の人から見たら消えたようにでも見えていたのではないだろうか。グランが手にしていた武器で剣を弾き、空いている手でリーシアを抱き寄せる。

 

「ボサッとしてんじゃねぇ……よっ!」

 

少し声を荒げつつも敵を切り伏せる、思えばこの時からかも知れないと後にグランは思い知らされることになる。

 

死への恐怖がまだ離れないのか、呆然とただ立ち尽くしているだけのリーシア。そんな状態だと邪魔だと言い、フィーリアに頼んで後方に連れて行ってくれと頼む。ついでに

 

”後は任せておけ”

 

と言い放ち、反乱軍の方へと歩を進めていく。勿論体力もさほど回復なんてしていないし、魔力も先程のせいで底を突いた。残るは、この意識ある限り獲物を振るい続け、一人でも多くの団員達を生き残らせることだけを考えていた。戦い続けていること数十分、意識は朦朧とし始めもはや痛覚すら消えたのではと錯覚してしまうほどに。

 

反乱軍も後少しで片付く……そう思った瞬間何故か気が少しだけ緩み、その一瞬に足元を掬われる。剣を振り抜いた反動で体制を崩し、それを見逃さんと言いたげなように束になって襲いかかってくる敵。

 

「しまった……!」

 

急いで態勢を立て直そうとするが間に合いそうになく、魔法を使うにしても距離を取るにしても体の何処にもそんな力など残されてはいなかった……そう、ただひたすらに剣を構え振り抜いているだけだった。体の到る所から流血し、背中や腹部などには剣が突き立てられている。肉体が限界を通り越し、既にもう動かなくなっていた。それでも尚戦い抜こうと必死になっていると、グランを取り囲むように盗賊団員が円陣を組む。何をする気かと思えば雪咲が居ない分グランだけが頼りなんだと言い、個別で敵わなくても全員でなら勝てると踏んでグランを守りながら戦うという。

 

「馬鹿……無理だ、俺が足を引っ張ってしまう……!俺のことは放っておけ!」

 

ようやく戻ってきた痛みに顔を歪めながらも叫ぶ、だがその訴えは誰一人として聞く耳持たず騎士団員に激励の言葉を貰いつつも、渋々と後方へと下がっていく。この後、別の意味でグランには地獄が待っていた。

 

「さてと……やるぞぉ!!」

 

反乱軍の残りは数百程度、これが最期だと願いながらも出し惜しみ無く力を使い切るように戦う。最初の頃の勢いの良い激戦は無いが、一気に決着を付けるべく地味だが確実な方法で仕留めていく。チーム分けを事前にしており、罠を張る団員チームとそれまで時間を稼ぐチームと罠にかかった反乱軍を仕留めるチームの3つに分かれる。その作戦がうまく当てはまっていたのか、罠と言う名の落とし穴に嵌った反乱軍を寄ってたかって襲う。騎士団の連中も加わり、数百の軍勢はあっという間に壊滅したのだった。




本来なら次話は閑話なのですが、ネタも特に無くハルカスではずっと雪咲と行動していたので閑話は一先ず保留とさせていただきます。


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第31話 まさかの初苦戦の予感!?

今回は、雪咲視点でお送り致します。

リーシアの嫌な予感という言葉を聞き、雪咲は4人を追いかけるべく城の中へと追跡していた。だがそこで出会ったのは、予想外にも……!?


雪咲は走り続けている内に城の内部へと潜入、どうやら4人は王の居る所に居ると判断しそこを目指す。そんな中ふと違和感に気付き、一瞬だけ立ち止まる。耳を済ませてみると、先程まで薄っすらと聞こえていた争いの音が消えている。ただ単に石の壁が音を防いでいるのではなく、人一人の声すら聞こえない程に静まり返っていた。

 

まさか……もう終わったのか……?

 

得も言えぬような何とも言い難い不安を抱きつつも、再び4人の所に向かい走ろうとした時だった。何処からか視線を感じ、動いたら殺られると思いその場で静止する。視線の元を辿り逆に視線を向けてみる、そこには黒っぽい布で身を包み暗闇と一体化している人の姿が。手にはナイフらしき刃物が握られており、少しでも気付かない素振りを見せれば背後からずっぷりと刺す思惑だったのだろう。

 

誘き出すためあえて気付かない振りを通し、また走り出す。その瞬間背後に人影が移動してきたかと思えば、思い切り背中を小刀で刺してきた。しかも若干長い為か、体を貫通しまるで心臓の位置から剣が生えているようだった。だが妙な手応えを感じ取ったのか、人影はすぐに後ろへと飛び退く。だが一瞬遅かった、逃げる人影の手首を掴み引き寄せては魔力を込めて少しだけ強く投げ飛ばす。石の壁が崩れるかと思うほど鈍い音が響き、人影の主の声らしき音が聞こえてきた。それは呻き声みたいで、ずっと唸っていた。

 

「ん……?」

 

ふと違和感を感じ、雪咲は魔法で光源を作る。光源と言っても、松明みたいな物だが……。

 

倒れている人の頭に巻かれている布を取ると、その暗殺者は苦痛で表情が少し歪みつつこちらを睨みつけている少女だった。推定で齢12歳付近だろうか、小柄で胸の発育も途中。何よりも意外だったのは、この歳で暗殺業をしていることもそうだがそれを悟らせぬ技術力だ。今回は功を急いていたのか視線で分かってしまったが、鍛えればどんな強者だろうが問答無用で暗殺できる。

 

この技術は……。

 

あれこれ色んな事を考えていたが、気が付いたら少女はその場から既に消え去っていた。大方暗殺失敗して殺されると思い逃げたのか、任務失敗を雇い主(恐らくは反乱軍のリーダー)に伝えに行ったのだろう。

 

急がなきゃ……

 

背後から刺さっている小刀を引き抜き、走りつつ傷口を魔法で治癒していく。出血は止まったものの、痛みが消えることはなかった。そんな痛む胸を服の上から握りしめながらも、壁抜けを応用し先を急ぐ。

 

「……」

 

雪咲が走り去った後、少女は天井から落ちてくるように降りてくる。地面に着地し、雪咲が走り去っていった方をじっと見つめる。そして光源が時間で消えて辺りを闇が支配すると共に、少女はその闇に解けていくようにその場から消える。

 

魔力を探りつつ走っていると、雪咲は急に立ち止まる。隣の部屋の魔力を調べてみると、アーシュ達4人の魔力が知らない魔力約数百に囲まれていることに気が付く。アーシュ達4人はどうやら壁際まで下がり、結界魔法か何かで近づかれないようにしているみたいだが……結界が破られてしまうのも時間の問題だ。雪咲が居る所の壁際には幸いにも人は居なく、ここは一気にと魔力を拳に込めて思い切り殴りつける。

 

石の壁はまるで爆発したかのように轟音と土煙を立てて吹き飛ぶ、それに驚いたのかアーシュ達を追い詰めている男達は固まり音のする方へ視線を向ける。だが既にそこに雪咲は居なく、皆の視線を掻い潜りアーシュ達の元へと。コーネリアとジュリアは歓喜の声を上げようとしたが、今気付かれては面倒なのでそっと口を塞ぐ。

 

魔力を少し多めに込め、アーシュが張っていた結界を補強。そしてくるっと反乱軍の方へ向くと、既に全員の視線は雪咲の方に向いていた。ちらっと自分が入ってきたところを見てみると、既に土煙は晴れそこには何もない。

 

「何だてめぇは!!」

 

反乱軍の男が物凄い剣幕で叫ぶので、雪咲は平然としながら受け答えをする。

 

「ただの通りすがりの盗賊さんですが?」

 

「盗賊風情が何故此処に居やがんだ!」

 

「仲間と知り合いがピンチだからかな?」

 

普通に受け答えしているつもりなのだが、後ろからアーシュとユリナの笑いを堪える声が聞こえてくる。それを聞いてしまい、雪咲は内心恥ずかしかった

 

「邪魔だ……退け、あいつはお前らでは束になっても敵わんだろうよ」

 

後ろに気を取られ気付かなかったが、一人他の奴らとは体格も魔力の大きさも段違いに強い奴が目の前に現れた。これはまずいと思ったのか、雪咲は咄嗟に素手で構える。だが、何故か体の動きが鈍く感じる。

 

「……」

 

冷静に原因を探っていると、答えはとてもシンプルだった。目の前の強敵が、巨大な魔力を放出させ雪咲を威圧しているせいだった。冷静にとか言っていたが、実際にはかなり慌てている。無表情な雪咲の頬を、冷や汗が伝い……地面に落ちた瞬間、目の前の大男は剣を抜き斬りかかってくる。

 

「……!?」

 

速すぎるのかそれとも気が動転していたせいなのか、雪咲のかわすタイミングが少し遅れ髪が少しだけ斬られる。それだけかと思いきや、影でこっそりと治したはずの来ていたローブの前を止めるボタンが全て斬られていた。

 

「……こんなものか」

 

大男は少し残念そうな声色で呟き、剣を振り下ろし終えたまま切り払ってくる。これはどうにも無理だと判断した雪咲は、魔力を足に溜め瞬間移動のように離脱する。速度で言えば音速以上なのだが、大男はあろう事か予測していたかのように止まろうとしていた地点に待ち構えている。

 

嘘だろ……!?

 

どうしても逃げられぬと悟ったのか覚悟を決め、魔力で何かを作り出し大男の剣に向けて振り抜く。




今回で、雪咲くんは初苦戦を強いられると思います。

この先の展開は、作者である私ですら決め倦ねています。

ですので明日の投稿は少し遅い時間帯になってしまうと思いますが、あしからず


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第32話(前編)グランに訪れた春!

今回は、グランをメインとした話を書いてみました。

反乱軍との戦いで立てたフラグを、今ここで回収していきます。


「ふぅ……」

 

全滅した反乱軍を横目に、ようやく終わったかと一息つくグラン。盗賊団も騎士団もほぼ全員が疲れ果て、地面にゆったりと座り込む。さっきまでギスギスしていた雰囲気が一変、和やかになっていた。だがリーシアの様子がおかしく、ずっと何かを気にしてそわそわしていた。フィーリアやヴァンも気にしていたが、何となく察していたのかグランに様子を見てきてくれと頼んだ。

 

「は……?まぁ……いいけどよ……」

 

ダルそうにしつつもゆっくりと立ち上がり、そわそわしているリーシアの所へ向かう。直ぐ側に行くまで気が付いていなかったらしく、肩を優しく叩いた瞬間驚きの余り少しだけ飛び跳ねる。

 

「……どうした?」

 

そう声をかけるも、両手を頬に触れさせたまましゃがみ込んでしまう。その様子に、フィーリアとヴァンは面白いものを見るような視線で見ていた。グランもようやくその意図が分かったのか、しゃがみ込んだリーシアの頭に優しく手を置く。

 

「……お疲れ様、ゆっくり休みな」

 

リーシアは少しだけ唖然とした表情になるが、少し気恥ずかしそうに顔を赤くしながら労ってくれたことに嬉しさを覚え思わずグランに力いっぱい抱きつく。急に抱きつかれて驚いたのか、体制を崩し倒れ込む。倒れたグランを、リーシアが押し倒す形になっていた。

 

「す、すまない……」

 

顔を真っ赤にしながら急いで退くが、周りの雰囲気はすっかり毒気を抜かれ和やか通り越して甘酸っぱい感じになっていた。

 

「あ……あぁ……」

 

お互いに顔を赤くしながら見つめ合っていると、間にフィーリアが入ってくる。

 

「騎士団長さんは普段心強いけど、こういうのには慣れてないから余り遊んじゃだめだよ?」

 

少し意地悪な表情を浮かべていたが、何よりこの状況を楽しんでいる表情だった。ヴァンは何も言わなかったが、遠くから眺めているだけだった。

 

「……」

 

何かを言おうとしたが、全て茶化されると思い口を紡ぐ。リーシアはグランを横目でチラチラっと見て、本当に落ち着きがなかった。

 

……もし、向こうがその気なら……答えないわけには……

 

そう思い、グランはリーシアの方へ向く。すると同タイミングで、リーシアもグランの方を向きお互いに顔を合わせる形に。その瞬間2人共顔が赤くなるが、何とか踏み止まっていた。そして……

 

「あ、あの……!」

 

「え……えっと……」

 

ここぞとばかりに息が合い、お互いの言葉が同時に発され掻き消えてしまう。グランはそれで言うのを躊躇ったが、リーシアは完全に流れに身を任せ言葉の続きを口にする。

 

「も、もし宜しければですが……私を、ずっと貴方のお傍に……居させてください!!」

 

そう言ってリーシアはバッと頭を下げ、手をそっと突き出す。そのまま少しだけ静かな時間が流れたが、やがてグランはその手を優しく取る。顔を上げてみると、今にも蒸発しそうなほど赤くなりながらも顔を背けながらぶきっちょにはにかむ。

 

こうして、グランの甘酸っぱい日々が始まっていくのだった。




後編は、ついに雪咲の方で決着が付きます。
壮絶な戦いの末、勝利するのはどちらなのか……!?


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第32話(後編)敗北の予感……!

前回はノロケでしたが、今回は雪咲と大男の激戦です!

今回、大男の実力が少しだけ……!


「はぁぁぁ!!」

 

雪咲が迫る大剣に思い切り振り抜いたのは、日本刀だった。大男の大剣と雪咲の日本刀がぶつかった瞬間、ものすごい量の火花と金属音が鳴り響く。周りに居た人達は結界の中に居る4人も含め全員耳を塞ぎながら蹲り、石で出来ているはずの壁は次々とひび割れていく。

 

「ほぅ……」

 

大男は感心していたが、雪咲は正直それどころでは無かった。受け止めた大剣はそのまま日本刀と競り合い、押し潰しにかかってきていた。それをどうにか食い止めているだけでも精一杯なのに、大男の表情からは余裕の表情しか感じ取れなかった。

 

「そう言えば、まだ名乗っていなかったな……俺はアスト、この反乱軍の頂点だ!」

 

激しい剣戟の中、普通に日常会話を楽しむかのように名を口にしてくる。そして更に力を込めてくるアスト、これ以上は絶えきれないと踏んだのか大剣を横へ流す。

 

「……雪咲だ」

 

流した剣が地面に触れ、雪咲は伸ばした腕と脚の僅かな隙間を狙い刀を滑らせる。だが、あろう事かアストは剣の柄を持つ手を変えてそれを受け止めた。その衝撃は凄まじく、殆ど爆風みたいなものだった。雪咲はその場にとどまろうと必死だったが、アストはまるでそよ風に当たっているみたいな余裕の笑みを浮かべていた。

 

「……化物かよ」

 

「只の人間では、この俺には勝てぬさ」

 

その余裕さが、雪咲に焦燥を招く。力を抑制しているとは言え、それでも並大抵のやつなら十分過ぎるほど。それなのにアスト相手だと、全力を出しても叶うかどうか分からない。それくらいに今の実力には差がついている、どう足掻いても勝てる気がしない。

 

どうしよ……これ以上やると周りの被害が……

 

そうこう考えていると、目と鼻の先まで剣が迫っていることに気が付く。反応が遅れたが刀で流す雪咲、だが遅れたせいもあってか胸元に刀傷を負う。出血はそこまで派手ではないが、少しだけ勢いよく服に血が滲んでいる。生暖かい血で服が張り付き、多少気持ち悪くなる。だが少しでも気を逸らそうものなら、斬って捨てられるのはこっちの方だ。

 

「っ……」

 

雪咲はこれ以上は考えず、全身に力を込める。刹那、夥しい量の魔力が雪咲の周りを蠢く。まるで魔力自身が生きているかのように、纏わり付くように。光は歪み、空間さえもが歪んで見える。だがそんな魔力の奔流の中に、アストは躊躇無く飛び込んでくる。周りからはお互いの姿が闇に紛れたように見えなくなるが、雪咲だけはしっかりとアストの姿は見えていた。

 

「これで少しは……」

 

小さく呟き、ほぅっとため息を零した瞬間だった。頬のすぐそこを何かがとてつもない速度で通り抜けていく、遅れて頬が薄っすらと切れ血が垂れるように出てくる。横目で見てみると、飛んできたのはアストの剣だった。

 

なっ……!?

 

そう思いアストの方に視線を戻したが、既に遅かった。魔力の渦の中とは思えぬ速度で、雪咲の腹部に膝蹴りをしてくる。避けれるはずもなく、ダイレクトに食らってしまう。

 

「がはっ……!」

 

地に膝を付き倒れそうになるが、アストは雪咲の髪を掴んで更に追い打ちのごとく顔面に膝蹴りを連続でしてくる。蹴りとは思えぬほどに重く激痛が走るが、気絶出来ぬように力を弱め楽しんでいる風に見えた。

 

「まだ寝かさないぜ?」

 

力無く項垂れている雪咲の胸ぐらを掴み、宙に浮かせる。何をするかと思えば、そのまま両手を離して回し蹴りだった。脇腹にすっぽりと吸い込まれるように入り、嫌な音を立てながらも壁の所まで吹き飛ばされていく。

 

壁に激突した雪咲だが、1部屋だけでは無く3部屋位先にまで飛ばされた。ようやく止まったと思った矢先、アストが壁に埋もれた雪咲を引きずり出してさっきの大広間の所まで投げ飛ばす。

 

「っ~~……!!」

 

雪咲はただ衝撃に耐えることしか出来ず、ひたすら守りに徹していた。やがて全身がボロボロになり、ガードすらままならぬ体になってしまう。立ち上がろうとも、立てない雪咲の所へアストはゆっくりと歩いてくる。一歩……また一歩と、まるで死の間際みたいにゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「言っちゃぁ何だが、そこまで楽しくなかったよ」

 

立ち止まったかと思えば突き放すように言葉を発し、脚をゆっくりと高く上げる。

 

……俺は、これで……

 

もう内心諦め、完全に死を受け入れていた。だが最期に映ったのは、涙を堪えながら見守るアーシュとユリナ。そして泣きながら駆け寄ろうとしているが、結界で出ることが出来ないジュリアとコーネリア。

 

「……」

 

小さく呟いた瞬間、アストの脚はとてつもない土煙を上げて雪咲の頭を踏みつけた。これで雪咲の頭は砕かれ、終わる……筈だった。




こんなにボロボロになる雪咲は、おそらくこれが初めてだと思います。

自分も書いてて、正直苦笑しました。


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第33話 雪咲、遂に真の能力覚醒なるか!?

前回までは、雪咲がフルボッコにされていた所。

ても足も出ず、かけ離れた力に遠く及ばず敗北。




辺りには土煙が満ちている、そしてアストの足元には大穴が空いていた。雪咲の頭を踏みつけようと思い切り脚で踏みつけた際、威力が高すぎて空いたようだ。次にアストが視線を向けたのは、結界の中にいるアーシュとユリナだった。先の戦いの最中、ずっと雪咲の事を応援していた2人の事を煩く思ったのだろう。ゆっくりと歩むように近付くと、結界内の4人は縮こまるように壁際に集まる。

 

「……」

 

そしてアストは歩むのを止め、結界に手を触れる。触れている最中火花が散るが、お構いなしに結界を思い切り引っ張る。結界はまるでカーテンレールから外れるカーテンの如く、勢いよく剥がれていった。

 

「そ……そんな……」

 

「嘘よ……」

 

ジュリアとコーネリアは既に諦め、その場に膝を付きへたれ込む。ユリナはどうにかしようと思ったが、アーシュが行く手を阻むように前に躍り出る。

 

「……抵抗しなければ一瞬で逝かせてやる」

 

アストはアーシュの首目掛けゆっくりと手を伸ばす、だがその手をアーシュはパシッと払い除ける。そして、魔力を次第に開放していく。

 

くっ……ユグドラシルの中で訛っていなければ良いが……

 

咄嗟に手に魔力を込め、力強く前に突き出す。その手は、アストの腹部を貫いた……筈だった。しかし実際に貫いていたのは、アストではなく他の反乱軍の男の腹部だった。口から血反吐を吐き、地面に力無く倒れる男。アーシュはアストを見失い、視線だけで探していた。だが見つからないのも無理はない、何故なら……

 

「何処を見ている……?」

 

アストが居たのは、アーシュの背後。振り向こうとしたが、その前に首根っこを掴まれ持ち上げられる。低身長が祟ったのか、蹴ろうとしてもギリギリの所でアストに届かない。

 

「くっ……!」

 

「こ、この……!」

 

ユリナがアーシュを助けようと魔法を放とうとするが、アーシュを盾にする。そのせいで魔法が放てず、腹部に蹴りを喰らい動けなくなる。

 

「ゆ……ユリナ……」

 

手を伸ばすが届かない、それどころかアストがアーシュの腕を別の方向にゆっくりと曲げる。次第に痛みがはっきりしてきたのか、苦痛に表情を歪める。動けないユリナを除きコーネリアとジュリアがなんとかしようとするも、結局はアストには勝てず蹴り飛ばされたり吹き飛ばされたりされる。

 

「あぁぁ……っ!」

 

アーシュの腕が嫌な音を奏で始め、後少しでへし折れる……だが、完全には折れることはなかった。代わりにアストの腕がバキバキにへし折れ、掴んでいた筈のアーシュは何処にも居ない。それどころか、他の3人も見当たらない。

 

「あ……?」

 

一瞬に色んな事が起きて理解が追いつかながったアストだが、直感ですぐ近くの壁を蹴り崩す。崩れた壁の向こうでは、死んだはずの雪咲が4人を既に何処かに隠した後だった。

 

「……何故お前が生きてる?」

 

だが他の4人には目もくれず、まっすぐに雪咲だけを見てきた。

 

「さぁな」

 

雪咲は何処か落ち着いた表情で、だがさっきとは全くの別人のような魔力の質。荒々しくも、何処か深い闇のような……まるで、魔王を相手にしている気分だった。

 

「本当に……何者だよお前……」

 

アストの額からは冷や汗が止まらず、気が付けば手足が細かく震えている。恐怖に支配されるということがどういう事か、この時身を持って体験する。




次回、遂に隠された雪咲の真のスキルが発動!


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第34話 遂に決着なるか!?

今回は、雪咲とアストの戦いの決着編です。

長かったかと思いますが、下手すれば次回まで引っ張ってしまうことがあります。

ですが、激しい戦闘は恐らくこの話が最期だと思います。


「雪咲……」

 

「雪咲……?」

 

「雪咲さん……」

 

「雪咲……さん?」

 

4人はそれぞれの反応を示すが、雪咲は何も言わず4人の姿を魔法で見えなくする。その瞬間、すぐ近くの壁が音を立てて崩れる。土煙が舞うが、気にも止めず。アストはその場に踏み込もうとするが、瞬きした瞬間雪咲の姿を見失う。

 

「……!」

 

見えなくなることにより警戒を更に強める、だが反応は間に合わなかった。まるで別人のような動きの速さに、全てがまるで遅くなったように思えた。腹に蹴りを入れられると思い腕で防ごうとするが、寸前で軌道を変え脇腹に食らわせる。その場に踏みとどまろうとするも、威力が予想以上に強かったのかそのままふっ飛ばされる。

 

「ぐぬぅ……」

 

さっきの大広間まで飛ばされ、態勢を立て直す。だが追い打ちと言わんばかりにか、足元に魔法陣が出現する。感じる魔力量からして、強力な魔法に違いないだろうと予想。思い切り脚を踏み込んで魔法陣を破壊、だが魔力の上昇は一向に止まる気配は無かった。

 

「……もう、負けない」

 

崩れた壁の隙間を潜り大広間へ姿を現す雪咲、だが大広間に足を踏み入れた瞬間アストの蹴りが飛んでくる。それをまともに受けるが、血反吐を吐くだけでその場に踏みとどまる。

 

「何……?」

 

余程動揺し始めたのか、アストは少しだけたじろく。だが気圧されるわけにもいかず、投げたはずの剣を魔力で引き寄せ柄を握る。そして雪咲に思い切り振り下ろす、だがそれも雪咲は分かっていたかのように刀で流す。一瞬だけ態勢を崩すアスト、その隙を付かれ腹部を斬られる。内蔵にまでは届かなかったが、斬った所が悪かったのか出血が少し激しい。

 

「っ……!」

 

それでも負けじと何度も何度も斬りかかり、雪咲がそれを流すの攻防が暫く続く。反乱軍は既にアストと雪咲の戦いに巻き込まれほぼ全滅、城もかなりボロボロになっていた。剣と刀がぶつかりあう度に衝撃波が辺りに反響し、城の崩壊を加速させていく。

 

お互いに息が上がっていく中、アストは判断を間違え大振りをしてしまう。だがその判断を間違えたというのも見せかけ、本当はカウンター返しを目論んでいた。それを悟られぬよう必死でカバーし、この一撃に賭けていた。それを直感で見抜いたのか、雪咲は少し距離を取り魔法を使用しようと手に魔力を込める。その手を前に突き出すと、大きな魔法陣が描かれる。

 

「させるかよ!」

 

流石にこんな上位魔法を打ち込まれたらマズイと思ったのか、アストは地面を思い切り蹴って雪咲へと急接近する。そして剣を振り、魔法陣を打ち砕く。これで万策尽きたか……そう思ったのも束の間、もう一回り大きな魔法陣が砕いた魔法陣の影に隠れていたのだ。それも消そうと思ったが、既に発動寸前だった為か破壊より先に回避行動に移る。だが使われた魔法は、無詠唱とは思えぬほど強力で広範囲な魔法だった。

 

辺りは黒白に包まれ、形あるものは皆自壊していく。その魔法は魔法防御関係ないのか、魔性防壁を展開してもすり抜けてくる。しかも黒白の光に当たると自壊してしまうため距離を取るが、光速には流石に勝てない。範囲外を探そうとしても、死角なんて何処にも見当たらなかった。アストは何も言わずに、黒白の光に呑まれた。




次話は、恐らく騒動解決編になるかと思います。

皓達もよっては出るかも知れませんし、もしかしたら出ないかも知れません。


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第35話 事態の収集!

遂に、PV数1万を突破いたしました!!

ここまで見てくれた方、本当にありがとうございます。

これからも、精一杯精進致しますので生温い目で見守っていてくださいませ!


魔法を放ち終え、暫くの間警戒を緩めず辺りを散策している。すると物陰から剣が雪咲の頭を目掛けて飛んでくるが、刀で流して他所の場所へ飛ばす。逆に剣の飛んできた方向に視線を向けてみると、瓦礫に埋もれながらも必死に上半身だけを出してまだ戦おうとするアストの姿が。既に下半身は瓦礫の下、当然動けるはずもなく。しかもかなりの激痛なのか、時々苦痛に表情を歪める。だがそれにですら何の感情も湧いて来ず、喉元に刀の切先を突きつける。

 

「遠慮は無しか……いいだろう、やれよ」

 

アストは悔いも無いみたいな言い方だったが、どうしても雪咲には聞きたいことがあった。

 

「……どうして反乱を?」

 

「お前にはどうでもいいことさ……今更何を言ったって、何も変わりはしないのだから」

 

それだけ言い、まともに取り合おうとはしなかった。

 

「……なにか言い残すことは?」

 

「最後にあんたと戦えて良かった……楽しかったぜ、雪咲」

 

少し嬉しそうな表情で言葉を口にした瞬間、アストの頭は地面へと転がる。首の切断面からは血が噴水のように吹き出し、返り血が雪咲につく。だがそれを気にしない素振りで、遺体を魔法の炎で焼き尽くす。灰や骨すらも残さぬようしっかりと焼き、無に還す。

 

その様子を眺めていた4人と反乱軍は一斉に固まるが、先に動いたのはアーシュとコーネリアだった。皆の不見可も解けてユリナとジュリアは未だに恐怖の余り動けないが、2人は雪咲の元へと行くと返り血を布で優しく拭ってくれた。

 

「……ごめんな、こんな所見せちゃって……」

 

無言で血を拭ってくれるアーシュ、それを黙って見つめるコーネリア、そして少し離れた所から見つめてくるユリナとジュリア。この場に居る誰もがこの結末は予想が出来たはず、だが実際に起ってしまいどうすれば良いのか誰も思い浮かばなかった。雪咲でさえも、この場に居ることが少し嫌になってきていた。反乱軍達だけじゃない、ジュリアやコーネリアやユリナの視線は明らかに今までとは違うものだった。

 

そう……それはまるで、得体の知れぬ人ならざる者を見るような……

 

それを思ったら、唐突に胸を締め付けられるような気持ちになった。何も言わずにその場から走り去ろうと背を向けるが、思ったように力が入らずその場に倒れ込む。出血が収まっていた胸元の傷からまた血が吹き出し、その他に受けた打撲や傷が猛烈に痛み気が遠くなってくる。そんな最中、アーシュは何を思ったのか雪咲の隣に静かに腰を下ろす。そしてやさしく、ゆっくりと膝の上に雪咲の頭を乗せる。

 

「っ……」

 

少し動かされただけでも傷が痛むが、それ以上は何もしようとはしてこなかった。近くに居たコーネリアは反乱軍の方へ向く。

 

「リーダーは倒された、もう反乱は成り立たぬ!!降伏するものは武器を捨て、直ちにこの場から去りなさい!!」

 

少しの静寂の後、武器を地面に落とす金属音が少しずつ聞こえ始める。一人……また一人と、走り去るように逃げていく。やがて誰も居なくなり、その場には捨てられた武器だけが残っていた。その光景にユリナもアーシュも

 

「おぉ……」

 

と小さな声で呟いていたが、ジュリアだけは下を俯いていた。まるで肩身が狭そうに、只ひたすら下を向き続けていた。

 

誰も雪咲に視線を向けてないことを確認し、自分だけにしか見えないステータスウィンドゥを開く。ステータス面では一切変わっては居ないが、スキル面で多少変化が起きていたようだった。

 

名前:風間 雪咲

 

種族:人間・??

 

HP:90/9999999999

 

MP:1110/9999999999

 

ATK:999(+999)

 

DF:999(+999)

 

MATK:999(+999)

 

MDF:999(+999)

 

SPD:999(+999)

 

スキル

 

スキルコピー

 

想像魔法(重症により、一時的に使用不可)

 

全異常状態無効果(今だけは急速回復)

 

神眼(今回の件でスキルアップ)

 

神化(条件により、発動化)

 

魔王化(瀕死により発動化)

 

以降のスキル、変化なし(神様&女神)

 

「……」

 

 

実際に見てみると、多少どころではなくかなり大幅に変更されているようだった。しかも今回限定らしき超回復があったり、神や魔王化なんて灰色の文字でいかにも使えませんよみたいな感じを醸し出していたはず。だが今回の件で紐解かれたのか、条件さえ当てはまれば発動できるようになっていた。

 

これじゃ……ますます化物みたいだな

 

内心たははと笑いつつも、ステータスウィンドゥを閉じる。そして力無く寝そべっていると、雪咲の頭の上に優しく手が置かれる。

 

「……お疲れ様」

 

そう呟くように言葉を発したアーシュの顔は穏やかで、何処か安堵したようだった。




次話は、記念話としたいと思います。

内容はまだ未定です。


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特別話 あの日に至るまで……。

今回はUA数5千人突破記念といたしまして、特別話をここに上げます。

主な内容としては、雪咲くんと皓くんがメインの話となっております。

これからもこの作品をよろしくお願い致します!!


これはまだ英雄召喚される前、雪咲達が中学に上がった後のお話。

 

「雪咲~、入るぜ」

 

そう言って皓は、雪咲の家に上がる。そこまで大きくもなく狭くもなく、ごく普通の平凡な家だった。ただ一つ違ったことは、俺らが中学に上る前には既に両親が居なくなっていた事だった。それでも頼れる親戚が近くに一人も居なくて、雪咲はバイトをしながら妹を食わせていた。

 

「おーう」

 

いつもどおりな返事で返してくれるが、前にあった時より痩せていたと言うよりは窶れていた。頬もげっそりしていて、最近ろくに何も食べていない事が伺える。皓はそんな雪咲を引っ張り、ファミレスに直行する。

 

「ちょっ、俺お金が……?!」

 

「安心しろ、出世したら返してもらうからよ!」

 

それから皓は、何かある度に家に来ては何かを食わせてくれた。恐らくは同情か何かだと思っていたのだが、ある日聞いてみたら

 

「同情じゃねえよ、ただ単に一緒に飯を食いたくなっただけさ」

 

それ以外何も言おうとはしなかったし、問おうともしてなかった。だがそんなある日、妹は雪咲のバイト先に押しかけてきた。その頃丁度暇な時間帯で、皓と雪咲は話しながら仕事をしていた。皓も同じ所でバイトをしていた、バイトと言っても郵送会社みたいなものだった。荷物をトラックに乗せる仕事で、もらえるお金は少なかったがそれでも必死にやってきていた。だが突如妹が登場し、雪咲にバイトを辞めるように説得していた。何でも遠い父方の親戚らしく、雪咲と妹の2人を預かると言っていたそうだ。だが雪咲はそれを不審に思ったのか、”俺は行かない”を繰り返していた。そのうち妹も諦め

 

「じゃあ勝手にすればいい、後で後悔しても遅いんだからね!!」

 

と捨て台詞を残して逃げるように去っていった。その日の夜、結局妹は帰ってこなかったそうだ。

 

それから数年の月日が立ち、雪咲や皓も立派な高校生になった。バイトでは給料が少し上がり、それなりに充実した日々を送っていた。どうやら雪咲は妹が居なくなったことにより開放されたのか、今まで住んでいた所を引き払ってバイト先のおじさん夫婦の所でお世話になると言っていた。ただその分残業もするし、お金のことならこの先一生働いてでも返すからと言う条件で頼んだらしい。だがおじさん夫婦はその条件を突っぱね、雪咲が幸せになることを条件に受け入れてくれたそうな。

 

高校生活も板についてきて一段落した頃、突然雪咲の妹が帰ってきたらしい。既に妹は中学に入っており、ここらでは見ない中学の制服を着た女性が居ると連絡を受ける。どうやら今まで住んでいた所が引き払われ済みだという事も知らずに入ったら、鍵がかかっていて呼び出したら知らない人が住んでいたそうだ。それで雪咲のバイト先に現れ、雪咲とすぐ近くに居た皓は

 

「帰ってきてたの?」

 

とそっけない反応しか出来なかった。唯一の肉親である雪咲からそんな反応が来たら薄情とか思うかも知れないが、家の手伝いをするわけでもなくただ養って貰っていただけの妹が勝手なことをして家を出て、雪咲は珍しく内心怒っていた。

 

「……あのさ、勝手なことをして家出した挙げ句”私の家”?いい加減にしろよ」

 

「うるさい!!馬鹿兄さえ居なければお父さんもお母さんも死なずに済んだのに……!!」

 

「っ……お前……!!」

 

雪咲が完全にカチンと来て手を出そうとしたが、それよりも早く皓の平手打ちが妹の頬を直撃していた。パァンと響き渡るような音を立て、妹は驚いてか知らないが尻もちをつく。そして叩かれた頬にそっと触れ、涙目で皓を睨みつける。だが皓は既に沸点通り過ぎていたのか、完全に激怒していた。

 

「てめぇ、雪咲が今までどんな思いで働いてんのか知ってるんか!!ただ養ってもらってそれが当たり前ですとか思ってる奴が、ゴタゴタ抜かしてんじゃねぇよ!!」

 

「なっ……人の家の事情に口を突っ込まないでよ、馬鹿!!」

 

完全に妹は何も考えられず、声も涙で震えていた。

 

「馬鹿で結構、後先考えず身勝手な行動で迷惑しかかけず……雪咲がお前を食わすためにどれだけ苦労したか知らねえだろ!」

 

「……」

 

言うのを忘れていたが、雪咲の両親は妹を産んでしばらくした後に交通事故で亡くなった。その時葬儀とかどうしたのか聞いたが、答えず曖昧にされてその話は終わりとなった。だが皓は言われずとも知っている……だが、それを掘り起こす気もしなかった。

 

「……馬鹿兄!お前なんか死んじゃえ!!」

 

最後にそう吐き捨てて、妹は逃げるようにその場を後にする。そして、もう二度と帰ってくることは無かった。その年のほぼ暮れ付近、異世界に飛ばされるハプニングが起こる。密かに雪咲は心の隅で、罵られたあの日のことを思い返していた。そして……謝ることが出来なかったと心の中で悔いている。それを一日たりとて、忘れたことはない。

 

……

 

「……っ」

 

優しい風に起こされ辺りを見てみると、そこはどうやらお城の一室の部屋のようだった。豪華な装飾に柔らかいベット、更には豪華な照明まで。あまりの普段との環境の差に、内心戸惑いを隠しきれなかった。




次話からはまた通常路線へと戻ります!



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第36話 一時の安穏と理不尽

今回の話は、若干の胸糞要素が含まれています。

苦手な方は観覧を控えたほうが宜しいかと……(書いた自分でもイライラするほど)




雪咲が目を覚ますと、最初に目に写ったのは見慣れない天井だった。体を動かそうとするが全く動かないため、視線だけで辺りを見渡そうとした。その瞬間、両肩の所から不意に柔らかいものに包まれている感覚がする。しかも暖かく、微かに吐息だと思われる風も感じ取る。幸いなことに首だけは動くので思い切って左右を見てみると、右腕にしがみついて寝ているアーシュと左腕にしがみついて寝ているユリナが目に入る。

 

「え……えぇ……?」

 

小さく声を漏らしながら困惑していると、ベッドのすぐ近くに椅子を用意して座って居たのだろうコーネリアとジュリアが雪咲の方へと。

 

「お目覚めかしら」

 

「良かったわ……目が覚めて」

 

2人共とても安堵したようで、小さく溜息を零していた。

 

「えっと……どういう状況?」

 

雪咲は2人に尋ねる、2人は可笑しそうに微笑みながら顛末を聞かされる。

 

まず雪咲が寝込んでいたのは丸一日、医者が言うには体の傷が酷すぎて目を覚ますか不安がっていたらしい。それを聞いて何を思ったのか、その日の晩からアーシュとユリナが雪咲と一緒に寝たいと駄々をこね出したらしい。アーシュ曰く

 

”……雪咲に限って万が一なんて無いかも知れないけど、もし目が覚めた時に一人ぼっちだったら可哀想”

 

なんて言うものだから、コーネリアとジュリアも同伴で雪咲が眠っている部屋にずっと居座っていたらしい。

 

「……そうだったのか」

 

優しく頭を撫でてあげたい衝動に駆られたが、体が動かせないため断念した。すると、とある疑問が脳裏を横切る。

 

「……反乱軍はどうなったの?」

 

コーネリアとジュリアは最初言うのを躊躇っていたが、雪咲が後添えで”誤魔化すとかは無しでお願い”と言ったら何か複雑そうな顔をする。

 

「……反乱軍はほぼ死亡、死亡した殆どがアルステン王国に籍を置いている人達だった。父である国王はこの件を内乱とは悟られたくないらしく……その……」

 

「父上はこの件に関わった雪咲達を……国家転覆罪とでっち上げて処刑するつもりらしいわ」

 

「っ……!?」

 

余りの予想外な展開すぎて思わず我が耳を疑う状態だった、どうして助けたのに有りもしない罪を着せられて殺されなくてはいけないんだと。

 

「大体、国王はあんな大変な時に何を……!」

 

雪咲の焦りを含んだ問に、誰も答えられなかった。だがいつ起きたのか、腕を抱きしめながらアーシュがもぞもぞと動く。そのまま顔を少しだけ上げ、恐らくは推測であろう言葉を口にする。

 

「アルステン国王は……恐らく他国に内乱の事を言われるのを恐れている。その事による物流の頻度を減らされることや、国の品位や威厳を失うことが何よりも怖いのだと思う」

 

アーシュは続きを言おうとしたが、言葉を遮るように誰かが大きな音を立てて部屋に入ってくる。2人の兵士と間に立ちながら雪咲をみてニヤついているヒゲおやじ、そのヒゲおやじは多少恰幅は良いが顔立ちは何処か残念で、兵士達は槍の矛先を雪咲に向けつつヒゲおやじと共に近付く。そして何を思ったのか、いきなり高く足を上げたかと思えば雪咲の顔面を踏みつけてくる。布団の中から見ていたアーシュは飛び出そうとしたが、雪咲は腕に力を込めてそれを抑える。

 

「始めまして……だな、盗賊のクズくん」

 

上機嫌なのか少しだけ笑いを堪えているような声のトーンで言葉を吐き、足で頭をグリグリと踏みにじる。兵士達もくすくすと嘲笑っていたが、コーネリアとジュリアは無表情だったが内心怒りではちきれそうなのか手が震えていた。

 

「手伝ったのにクズ呼ばわり……か」

 

雪咲がそう呟いた瞬間、ヒゲおやじは雪咲の顔面に何度も何度も踵落としと蹴りを連発していた。

 

「このクズがっ……!誰が発言を許したかね??ん??」

 

この調子で一方的なリンチはヒゲおやじの体力が切れるまで行われた、勿論雪咲は顔面に魔力を込めていたため出血はするものの痛みなどは一切感じない。

 

「はぁ……はぁ……まぁいいさ、真実なんてどうだってな。俺の娘達と仲良くなったんだってなぁ?だが娘達の人生にこんなクズなんざ要らねぇ!!おい、誰かこいつを地下牢にでも打ち込んでこい」

 

ヒゲおやじがニヤニヤしながら雪咲の顔面から足を退けると、横に居た兵士二人が雪咲を布団から引きずり出す。だがアーシュは決して離れまいと、必死に雪咲の腕にしがみついている。ユリナも途中から起きていたのか、二人共決して諦めようとはしてなかった。

 

「ん……?待て、この女二人は後で俺の所に連れてこい。クズはクズだが女だ、タップリと楽しませて貰おうじゃないかね」

 

「…………!」

 

手をワキワキとさせながらアーシュとユリナに手を伸ばした瞬間、二人同時にヒゲおやじの手を払い除ける。そしていつでも受けて立つと言わんばかりに、雪咲を庇うようにして前に出る。少し呆気に取られたヒゲおやじだが、それでもニヤニヤした顔からは一変もしなかった。

 

「あれれぇ?良いのかな~……?後数日後に英雄殿がこの街を訪れる、その彼に国家転覆罪の事を話したらどうなるか……そして俺が全世界に言いふらしたらどうなるか、分からない訳じゃないよねぇ??」

 

 

ヒゲおやじは捲し立ててきた。

 

「なら、逆らわず従ったほうが懸命な判断じゃないのかなぁぁ??ん?どう思うかね?」

 

その傲慢な態度に腹を立てたのか、アーシュの魔力がふつふつと膨れ上がっていくのをいち早く誰よりも察した雪咲。小さく魔力で、アーシュに魔力を送る。その微量な魔力に反応し、雪咲に視線を向ける。

 

「こんなのに構うな……早くグラン達を連れて逃げろ……」

 

体力がまだ戻ってないのか、息切れみたいな症状を起こしながら逃げろと言う。兵士達はそんな雪咲を床に放り投げ、ヒゲおやじ含め3人で蹴り続ける。

 

「このクズが、誰が口を開いていいと言った……?あぁ?」

 

「まっ、英雄の眼の前で処刑されるだけ光栄に思うこったなぁ?」

 

ヒゲおやじの言葉に続いて兵士達も

 

「所詮クズは利用されて終わりなんだよ」

 

とか

 

「クズは喋んじゃねーよ!」

 

とかも言っていた。痛くは無いが、やはり屈辱的だった。それでもアーシュとユリナを逃したのは、きちんと策があるからだ。

 

散々蹴り終えて満足したのか、兵士達に連れられ雪咲は地下へと投獄されることになった。その現場を見ていたコーネリアとジュリアは、ただ怒りと恐怖に支配されその場で震えていることしか出来なかった。




次話ではスカッとさせたいです!

果たして、次回はどうなってしまうか……?


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第37話 陰謀の渦中

この話でスカッともさせようとしてみたんですが、もう少しだけ続けてみます。

ですので、まだまだ胸糞は続きそうです。


「おら、ここに入ってろ!」

 

そう言って兵士は、雪咲を薄汚い牢獄の中へと蹴り飛ばす。何とか受け身を取るも、すぐに牢の扉は閉められ独りぼっちになった。グラン達はどうしているかは分からないが、無事であってくれと祈らんばかりだ。

 

どうしようかと悩みつつも牢屋の中を見渡してみる、だが近場には何もなくただの牢だった。日はそろそろ暮れる時間帯と言った時でも、雪咲は特に騒ぎ立てること無くひたすらに体力の回復に望んでいた。

 

ああ言う馬鹿には、何を言っても無駄……

 

その思いを必死に飲み込みながらも、一切動こうとはしない。兵士が残飯を持ってこようが一切手も付けず、夜中誰もが寝静まる時を静かに待った。刻一刻と時は過ぎ、やがて周りも見えぬ静寂な闇が辺りを包み込む。

 

「……」

 

周りに誰も居ないことを確認、その瞬間雪咲は地面に何やらを空で書き始める。只ひたすらに、だが手早く書き綴っていた。そして出来上がったものは魔法陣、それに魔力を通した瞬間淡い光を帯びる。こんな暗闇の中でやるのはハイリスクだが、人目が一人でも少ない夜中の方が好都合だと思った。周りにかなり警戒しているが、光どころか物音一つにすら誰も気にする様子はない。

 

魔法陣が淡い光を失うと、再び暗闇が辺りを包む。だがそこに居たのは雪咲だけではなく、見た目は雪咲に似て入るが狐耳や尻尾と違う所はいくつでも見つけられる。

 

「……呼び出したのは君か?」

 

想像していたのとは遥かに違う声、完全に女性の声だった。だが今は気にしていられる筈もなく

 

「今は時間がない、急いで契約してくれ」

 

と言うと、突然雪咲(?)は雪咲の手首に触れる。そして何をするのかと思いきや、そのまま鋭利な爪で手首を切り裂かれる。出血こそは派手で少し血の気が引いたが、特に命に別状は無い程度の傷口しか作ってないそうだ。

 

雪咲(?)は噴水のように飛び散る雪咲の血を浴びる、本当ならとっくにドロドロになっていたはずなのだが……浸透するかのように血の色は消えていき、飛び散った筈の血液もいつの間にか綺麗サッパリと無くなっていた。

 

「ふぅ……契約は完了したよ、ご主人様。私は何をすればいい?」

 

雪咲(?)は嬉しそうに微笑みながら訪ねる、少し考える素振りを見せその子の肩に手を置く。

 

「……見た目混乱するから、名前を付ける。少し狐みたいだし、今から君は”月狐”と呼ばせてもらうよ」

 

「月狐……?」

 

そう言って雪咲が上を見上げる、つられて月狐も上を見上げてみる。地下なので空は見えることはないが、それでも雪咲は空に浮かぶ三日月を思い描いていた。だが月狐には分かるはずもなく、ただ首を傾げるだけだった。

 

そして少し無言の時が過ぎ、雪咲は思い出したように懐からとあるクリスタルを月狐に渡す。

 

「……これは?」

 

「ちょっと面白いものをね」

 

雪咲は怪しげな微笑みを浮かべていたが、雪咲の指示通り月狐は魔法で姿を消し気配も隠して牢をするりと通り抜ける。そして、あのヒゲおやじの部屋へと向かうのだった。

 

~ヒゲおやじの部屋~

 

その頃ヒゲおやじは、娘2人……コーネリアとジュリアを両腕で抱きながらニヤニヤと、2人はとても複雑そうな表情で居た。勿論いかがわしい事なんて一切無く、ただまるで勝ち誇ったような腹立つ顔をしていた。

 

「しかし、あの雪咲とかいうクズ……まさかアルザースのクソと繋がっていたとは。しかも王印付きのギルドカードとは、これはまた随分と堕ちたものだなぁ」

 

大いに笑いながら酒を飲むヒゲおやじ、それに対してコーネリアもジュリアも一言もしゃべらない。……いや、しゃべらせてはくれないのだ。ただ複雑な表情を浮かべながら、黙っていることしか出来なかった。

 

「アルザースなんて陳腐な国なぞ、ただ英雄を世界に放っただけの役立たず。しかもただのガキだと言うじゃないか、傑作だな!魔王を倒した後帰るつもりだろうがそうはさせん、どうせなら一度異世界の女と言うものを味わってみたいんだよなぁ」

 

抑えることもせずただ一人で欲をぶちまけているだけのヒゲおやじ、2人は英雄と聞くだけで気が来じゃ無かった。何故ならば……ヒゲおやじの机の上には書類が、そこに書かれていたのは雪咲が国家転覆罪の首謀者という事を王印を押して絶対に仕立て上げるための紙。そしてもう一つは、雪咲の仲間の団員達の指名手配と賞金首に仕立て上げるための紙だった。

 

「お父様、何もそこまで……」

 

一度コーネリアはそういったのだが

 

「お前は黙ってろ!あんな生意気なガキもその取り巻きも全員生かしてはおくものか!」

 

と言って、聞く耳持たなかった。一方ジュリアは……

 

雪咲くん……雪咲くん……雪咲くん……

 

と、ずっと心の中で雪咲の事を思い続けていた。次第に雰囲気は少しずつ暗くなっていき、その瞳からは”生気”ではなく”執念”じみたものまで感じるようにすらなってきていた。




次話は、明日体調が良ければ上げたいと思っています。


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第38話 アルステン王国壊滅……!

こんばんは、不眠症に悩まされながらも必死な秋水です。
ここからはあらすじ的なものは一切取り除き、コメントを此処に残していこうかと思っています。

まずは、最近不定期更新になりつつで大変申し訳ありません。
原因は上記の通りなのですが、その他にもメンタル的に……。

ですが、書くのは止めないので気長に待っていただけれは幸いです!

それと、1章はこの話にて完結と致します!
次の話からは、2章になります!


雪咲を地下牢に閉じ込めた翌日の昼下がり、ヒゲおやじは外交のために隣街であるヴィーネに来ていた。話し合う内容は、雪咲の国家転覆罪を広めるためと物資の交渉だ。だが馬車で他国の王や偉い人が集まる大きな建物に向かっている最中、何やら視線がいつもと違う感じがした。尊敬等の感情はもとより感じたことは無かったが、今の視線は明らかに愚別と侮辱だ。

 

「おのれ、一体何が……」

 

建物へ到着するがが、護衛兵士は終始嫌そうな雰囲気を漂わせていた。それでも仕事だから、嫌々やってると顔に書いてあるほどに。それに文句を垂れながらもとある一室に向かう、部屋の中で待っていたのはアルザース帝国の国王やリオーネの偉い人達が集まっていた。だが何故か、全員のヒゲおやじを見る視線は軽蔑と愚別等が混ざっていた。

 

「一体何かね!誰もが私をそんな目で見る……いい加減に!」

 

言いかけるが、アルザース帝国王はその言葉を遮り急に立ち上がる。そして手には、一転の曇もない綺麗なクリスタルが握られている。

 

「ん……?」

 

気になりクリスタルに視線を移してみる、握られているクリスタルは薄っすらと光を帯びたかと思えば少し強めの光を放つ。そこに映っていたのは、昨日部屋で娘と3人だけだった時の独り言だ。そこには確かに雪咲や英雄を貶める発言や、他国をよく思わぬ独尊的な言動がきっぱりと映し出されている。

 

「なっ……!?嘘だっ……!!こんなもの、でたらめだ!!」

 

身振り手振りで訴えるが、誰も相手にせず。何を言おうが喚こうが、虚しく部屋は静まり返る。その中で、アルザース国王は静かに口を開く。

 

「……この発言を元に、今よりアルステン王国を敵と見なす。加担するものは容赦せず、全力を持って潰させてもらおう」

 

その言葉に、この場に居た全員が一致と頷く。ヒゲおやじは気を動転させながらも室内を見渡すが、誰一人として味方は居らず部屋の出入り口を兵士数人が逃さないように立ち塞がっていた。

 

「このっ……仕掛けたのはあのクズかっ!?」

 

ようやく犯人が分かり……と言うよりも、有る事無い事全てを雪咲のせいに仕立て上げようと喚く。だが、誰一人として聞く耳は持たず。

 

「アルステン国王……貴様の言葉は一切信じられん、それに英雄やその友人を侮辱する発言……みすみす見逃せぬ」

 

アルザース帝国王は、苛立ちを隠す気は全く無い素振りだった。

 

「所詮はクズに王印が入ったカードを与えた国だ、揃いも揃って……」

 

「貴様の国はその者によって滅ぼされている最中であろうな」

 

「何を!今は地下牢の中だぞ、どうやって?!」

 

「ふっ……さあな、少なくとも私はこの件に関しては黙認するつもりだし、許可を出してある」

 

ヒゲおやじはその言葉を聞くなり、血相を変えて部屋を飛び出していく。コーネリアとジュリアも、何か不安そうな表情を秘めながらも付いていく。

 

ヒゲおやじはアルステンに着くなり、城下町には何一つ被害が無い事を見て安堵する。だがそれも束の間、突如城の隙間から強烈な光と共に黒い”何か”が外に飛び出していくのが見える。慌てて追いかけてみるも、見失ってしまう。仕方なく城の中へ入るも、誰一人として居なくなっていた。騎士団すらも居なくなり、慌てて地下牢へ行くも捉えていたはずの雪咲は何処かへと言ってしまった。

 

「ぐぅっ……!コケにしおって!!」

 

ヒゲおやじは直ぐ様部屋へ戻り、代々伝わる宝剣を手にする。宝剣と言っても大したものではなく、魔法を封じた剣に豪華な装飾が施されているだけの物だった。宝剣を手にし自惚れたヒゲおやじは、意気揚々と外へ飛び出す。だが外にも人一人居なく、あまつさえ街の人間すら居ない。魔力探知を使用してみるも、魔力反応はアルステン王国内には一つとしてなかった。しかし、よく知った魔力反応を王国外で感知したヒゲおやじは、娘2人を置いてその場所へ急ぐ。

 

魔力反応があった場所は、帝国門を出たすぐ側の平原。そこに立っていたのは2人、雪咲とリーシアだった。

 

「このクズが……何をした!!それに、騎士団長であるお前が何を……!!」

 

「黙れ……」

 

ヒゲおやじの言葉を遮る雪咲、最初は驚きを隠せてはなかったが段々と苛立ち始めた。手にしていた宝剣の切先を雪咲に向け、ここぞと言わんばかりに怒鳴り散らす。だが雪咲が発する言葉は、一つ一つが地のそこから這い出てきたような畏怖を纏ているようだった。

 

「コケにしやがってぇ……!!」

 

顔が真っ赤になったかと思えば、雪咲に斬りかかるヒゲおやじ。だが振り下ろしたはずの宝剣どころか、自身の腕事吹き飛ばされたことに唖然としていた。最初こそ何も言わなかったが、噴水のような出血と強烈な激痛から喚き散らす。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

だがそれを見ても雪咲は何も思わず、隣でリーシアがオロオロとしているにも関わらず無表情にヒゲおやじを見ているだけだった。

 

「貴様……!覚えてろよ……!!」

 

声を震わせながらも逃げようとした瞬間、ヒゲおやじの足は地面に飲み込まれ始めていることに気が付く。恐怖に、言葉を発することすらも忘れて……。

 

「……地獄で人生を振り返れ、そして永遠に悔いろ……」

 

今まで誰にも見せたことのない雪咲の憤怒の感情を垣間見た瞬間、リーシアは青ざめヒゲおやじは小水を垂れ流しながら必死に泣き喚いていた。だがそれも聞くに絶えず、スッと手を伸ばす。すると、ヒゲおやじの足元には真っ黒な魔法陣が出現。黒く眩い光を放出しながら、次々と圧迫感に襲われる。血液は辺りに飛び散り、宝剣はその場に突き刺さる。隣で見ていただけのリーシアも、雪咲の底の見えない魔力に晒されているせいか今にも意識を失い倒れそうになっていた。

 

「い……いやだぁぁぁ!死にたく……ないぃぃ!!!俺は……俺は、まだ……!!覚えてろ……クズがあぁぁぁぁ!!」

 

その断末魔を最後に、雪咲が差し伸ばしている手を握りしめるとヒゲおやじは”何か”に押しつぶされたように塵すら残らずに消滅する。その潰されようはあまりにも残酷で、隣でリーシアは余りの気持ち悪さに吐き出していた。それでようやく冷静になったのか、放出していた魔力を収めるとリーシアはなにかに開放されたように気を失って倒れ込む。

 

……さて、どうしようか

 

考え込みながらも振り向くと、そこにはアーシュとユリナを抱えながら息を切らしている皓と口元を抑えながら顔面蒼白で震えている冬望と眞弓が……。




今回の雪咲くんの本気度は20%程度かなと自分の中では思っています。

ヒゲおやじざまぁ
独裁者は、何故かこういう結末が多いですよね。


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第39話 すれ違う思い

こんばんは、最近は気温も少し上がり過ごしやすい季節となりましたね。

明日からGWという事で、皆様は如何お過ごしになりますか?
私は……一日中寝て過ごす予定です!




抱えていたユリナとアーシュとそっと降ろし、雪咲の元へ駆け寄る皓。だがいつもの元気さは何処へやら、ずっと無言で佇んでいただけだった。何か明るい話をしようとしたが、とても辛そうな雪咲を見て皓も何かあったのかと聞く。そして、あのクリスタルに記録された映像を見せた。

 

「……なるほど」

 

映像を見終え、皓は深くため息をつく。さっきまで興奮気味だったテンションは、一気に下がったのが分かるほどに。剣が刺さっている所に視線を向ける、そこには飛び散った血液と地面に突き刺さった宝剣だけがその場に残る。

 

「……行こうか」

 

皓は優しく呟き、雪咲とリーシアを連れて5人で冬望達の待つ馬車へと戻る。馬車の周りには団員がボロボロの状態で、グランや騎士団の人達も一緒に居た。

 

「雪咲……!」

 

グランが駆け寄るが、リーシアの顔色の悪さに驚く。そして、静かな場所へと2人で行ってしまった。馬車に乗ると、とても嬉しそうな表情の2人が出迎えた。だが余りの雰囲気の暗さに、2人の表情も陰っていく。それから、少しの沈黙の後雪咲は小さく呟く。

 

「……もう……来てたんだ」

 

「当然だよ」

 

「あぁ……」

 

皓と眞弓は即座に返事を返すが、冬望は何やら意味ありげな視線で雪咲を見つめている。そして、話はこれからどうするのかという方向へと進んでいく。

 

「……俺等は、今までどおり旅するさ」

 

膝の上に乗っているアーシュとユリナを優しく撫でながら発するが、そこで冬望がようやく口を開く。

 

「……そんな調子じゃ、すぐ死ぬわよ。アーシュちゃんとユリナちゃんから話は聞いたわ、全く……無茶して……」

 

その口調はまるで諭すようで、且呆れているようだった。その言葉に周りは静まり返るが、雪咲は小さく頷く。

 

「……分かってる、けど……俺は……」

 

この世界を自由に見て回りたい……その言葉が言えずに口を紡いでいた。だが、冬望は断固としてそれを認めようとはしなかった。

 

「雪咲はこの世界の住人じゃない……だから、私達と行動するのが得策なのよ」

 

「だけど……俺はもう盗賊だ、英雄達と行動は出来ない」

 

「それは世界中に広まってるの?広まってないなら問題ないじゃない」

 

「……国王や国のお偉いさんには広まってると思うよ」

 

「なら、事情を説明した上で共に行動すればいいじゃない」

 

「第一、何で俺にそこまで執着する……?俺は英雄じゃない……俺は選ばれてすら居ない……そんな俺に、共に行動する必要なんて無い」

 

断固として意志を曲げようとしない雪咲に小さくため息をつく冬望。

 

「……もういい、なら何処へなりと行きなさい。そして勝手に野垂れ死ねばいい」

 

「そうさせてもらう」

 

即答が意外だったのか、それとも是としたのが意外だったのか、冬望はキョトンと呆けた顔をする。だが知ったことではないと、雪咲は馬車を降りる。アーシュとユリナにどうするか聞いてみるが……

 

「この子達は私達で預かるわ、貴方と一緒だと可哀想だし」

 

冬望は感情を込めずに言おうとしたのだろう、だが声は若干ではあるが震え始め唇を噛み締めている。だが次の瞬間、雪咲の姿は何処にも無くなっていた。慌てて眞弓は馬車を飛び降りるが、団員達を残して雪咲だけが居なくなっていた。アーシュとユリナは不安そうに、瞳に涙を浮かべている状態だった。皓はやれやれと言った感じで、冬望の正面に座る。

 

「……」

 

窓の外を眺めているが、拳を固く握りしめながら震えていた。小さくため息をつき、何もない天井を眺める。そして、独り言のように呟く。

 

「……あいつは、素直じゃないんだよ。あいつは誰にも相談しないから、周りから誤解を受けやすいんだ……」

 

そのまま、静かな時間は過ぎ去っていく。団員達もいつの間にか何処かへ言ってしまい……と言っても凡そ予想は着くが。皓達は、馬車をゆっくりと走らせアルステン王国だった街の隣街を目指す。

 

 




次の話は、雪咲だけのお話です。

今まで一切綴られなかった心情が、次の話で明らかに……!?


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第40話 気付かれたくない思い、そして謎の刺客?!(前編)

今回は、雪咲だけのお話となっております。(ただし登場するのは雪咲だけとは言っていない)




冬望と言い合った後、雪咲は独りで草原を歩いていた。適当に移動してしまったが為に此処が何処なのか分からないが、どうしようかと途方に暮れながらも歩き続けていた。

 

「……静かだ」

 

暫く無かった一人きりの静寂、雪咲は少し胸に寂しさを覚えながらも歩き続けていた。日もゆっくりと沈んでいき、夕焼けは辺りを紅く照らしている。空はほぼ暗くなり、星が無数に煌めいている。少しだけ肌寒くなり、そのせいか若干ではあるものの身震いをする。不意に空を眺めてみると、気付かぬ内に瞳から涙が頬を伝う。脳裏には冬望と言い合った事だけでなく、現実世界での方での記憶もが流れていた。

 

「っ……」

 

必死に涙を拭うも、次々と溢れ出る。二日前のヒゲおやじにされた散々な仕打ちもそうだが、最近ろくな事になっていない気がしていた。それにアルザース帝国王との、最初の”人を殺めない”と言う約束を破ってしまった。仕方ないこととは言え、許可が出たとは言え、その事がどうにも気がかりだった。

 

……俺だって……俺だって……っ!

 

まるで叱られた後の子供のようにいじけていたが、途中からは泣き疲れて夜の草原に大の字になって寝転がる。無数の星空の中には流れ星もあり、まるで雨のように降り注いでいる。優しく風は吹き、闇夜の中で草花はふわふわと揺らめいている。

 

気が付けば、涙は止まっていた。伝い落ちて濡れた頬は乾き初め、荒れていた感情はいつもの平坦へと戻っていた。そんな中雪咲は、気付かぬ内にきらきら星を口ずさんでいた。小さい頃からこの曲が好きで、何かある度に口ずさんで気持ちを宥めていた。

 

暫く口ずさんでいると、急に吹いていた風が止まる。流れ星も途中で止まり、まるで時間そのものが止まった気がした……いや、実際に止まっていた。何が起きたのかと飛び起きてみると、少し離れた所から誰かが歩いてくる気配を感じ取る、星の灯があるとは言え薄暗く、目を凝らして見てみる。すると、そこに現れたのは一人の男性だった。着ている服は現実世界で言う和服で、色合いまでは分からないがとても綺麗な色合いをしているのだと思う。体型からするに女性で、近付くに連れ美しい女神のような風貌は明らかになっていく。艶のある綺麗な長い黒髪をたなびかせ、凛とした表情と鋭い視線で雪咲を見つめてくる。

 

「……」

 

緊張した雰囲気に驚くが、平静を装って普通に起き上がる。だがその女性は雪咲から視線を外すこと無く、そのまま静かに睨み合いは続く。このまま永遠に続くんじゃないかと思っていた矢先、女性は静かに口を開く。

 

「……貴方は神が蘇らせた、雪咲様ですね?」

 

神と言うワードに息を呑む雪咲、だが何も答えないのもどうかと思い静かにゆっくりと頷く。すると、女性は凛とした表情を崩すこと無く安堵のため息をつく。

 

「実は、貴方に頼みがあって此処に来ました」

 

すると女性はゆっくりと頭を下げる、それに対し雪咲はオロオロとしていた。女性に頭を下げられるような覚えはないし、どうすれば良いのかと混乱していた。だがそんな雪咲を置いて、女性は話を勧めていく。

 

「この度は神が勝手に蘇らせたことに謝罪する、本当に申し訳ない!本当ならば貴方の魂は浄化を受けた後に来世に生まれ直すはずだったのだが、あの馬鹿神が”面白いから”とか”可哀想”とか意味の分からない事を抜かして……!」

 

「えっ……」

 

雪咲は呆然と、ただその話を聞いているだけだった。

 

「兎に角あの馬鹿は暫くお仕置きとして痛めつけたが、恐らくまた同じことをするだろう……だから、貴方の事はせめてしっかりと幸せにするために浄化しに来ました」

 

「浄化ってまさか……」

 

「そうです、貴方を一度殺して魂を高天原へ持ち帰ります」

 

高天原……日本神話に登場する、神の住まう國。今まで名を挙げてきた歴史上の人物の殆どがそこに行き、剰え神と同等の座を譲り受ける事もあると女性から説明を受ける。つまり、名は上げては居ないがこちらの不始末のせいで異世界へと蘇らせてしまった。そのせいで世界の法則が若干ではあるものの乱れ、神々は混乱しているらしい。

 

「本当にこちらの身勝手ですまない……貴方の要求は出来るだけ呑もう、それで許しては頂けないだろうか……」

 

深々と頭を下げたまま上げようとしない女性に、雪咲は戸惑いながらも顔をあげるようにとお願いする。

 

「俺は……」

 

雪咲は、その言葉を口にするかどうか躊躇った。




神と知り合いみたいな口振りの女性、果たして正体は一体……!?

そして、雪咲の決断は……!?

次話へ続きます。


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第41話 気付かれたくない思い、そして謎の刺客?!(中編)

今回は(前・中・後)の3つの編成となっております。

前回は導入と言った所で、今回はメインと言った感じになっています。
散々悩んだ方針へ、今後はゆっくりと向かっていきたいと思います!


目を覚ますと、見慣れた部屋の天井が視界に映った。不意にとてつもない違和感を感じ飛び起きてみる、辺りは白い絨毯にテレビから何までの家電が揃っている部屋だった。

 

「……あれ?」

 

そして何に対して違和感を感じたのかさえも忘れてしまい、雪咲はベッドを出て部屋を出る。少しだけ狭い廊下はいくつかの部屋へと続いており、反対側には1階へ続く階段へと繋がっている。無意識に階段の方へと歩き、1階へゆっくりと降りていく。リビングに居たのは、自分よりも年下であろう少女だった。

 

「あ、お兄ちゃん。起きるの遅いよ!」

 

何食わぬ顔で妹は朝食の準備をしている、途中

 

あれ……俺妹なんか居たっけ……?

 

と思ったりもしたが、アホらしくなり考えるのを止める。妹に急かされるがままに制服に着替え、朝の食卓についていた。すると突然2階から誰かが降りてくるような足音が聞こえる、リビングにやってきたのは寝癖もボサボサの男性とうとうとしながらも男性に支えられている女性だった。

 

「あ、お母さんお父さんおはよ~。朝ごはんできてるよ」

 

妹の言葉に、表情が柔らかくなる2人。そのまま父らしき男性……と呼称するのは些か長いので、父と呼ぶことにする。

 

父と母は同じ食卓につく、配置は雪咲の隣に父が座り妹の隣に母が座る形になり、家族で朝食をとった。トーストにサラダにベーコンエッグ、どれも朝食の定番だ。特に変わった様子も無く、皆和気藹々としていた。雪咲と言えば無表情に、静かに、家族の輪に中々入れずに黙々と黙って食していた。

 

別に何時も通りの朝の筈なのに……なんでこんなにも胸が締め付けられる思いなんだろう……

 

手にしていたコーヒーの入ったコップをテーブルに静かに置き、瞳を伏せ食卓をぼんやりと眺めている。すると突然隣に居る父から、話しかけられる。

 

「どうした?やけに今朝はテンション低いな……大丈夫か?」

 

心配そうな顔をしながら額にそっと手を触れてくる、そして熱がないと確認したのか更に心配そうな顔をしてくる。雪咲はせめて安心ぐらいはさせてあげなきゃと

 

「大丈夫、考え事していただけだから」

 

といい、優しく微笑む。それに対して父もとやかく言うつもりはないらしく、あっという間に父は出勤の時間帯を後数十分にまで迫っていた。みるみると父の顔は青ざめていき、急いで食卓を離れる。どうしたのかと思えば。髭剃りから歯磨きから着替えまで急ピッチで身支度を整えていた。全て終えるのに、恐らく数十分すら経っていなかったと思う。

 

「じゃ、行ってきます」

 

「行ってきま~す!ほら、お兄ちゃんも行くの!」

 

「……行ってきます」

 

3人揃って家を出て、門を出た後父は少し小走りで先に行ってしまった。妹はぼーっとする雪咲の腕を引っ張り、そのまま学校へと向かう。そして、学校に向かっている最中重大なことに気が付く。それは、自分と妹意外に周りには人が一人として存在しないことに。人通りが少ないとかそういう次元ではなく、完全に別次元に迷い込んだ感じだ。

 

「……っ!」

 

色々考えていると、急遽激しい頭痛に見舞われてしまう。意識は混濁し、妹の声すらぼやけては闇の中へと消えて行く。そのまま、雪咲は意識を手放し気を失ってしまう。

 

次に目が冷めた時は、外に居た。上を見上げれば満点の星空、なはずなのに時間が止まっているみたいに動きもしなければ色もかなり褪せている。足元には小さく咲いた草花から、少し伸び茂った雑草が生えている。眼の前には、和服の女性が真剣な眼差しで雪咲を見つめている。そして、気が付いてしまう。

 

さっきのは……まさか……

 

そう思い口にしようとした瞬間、女性に遮られてしまう。

 

「先程貴方が体験したのは、貴方が本当に心の底から望んでいる光景……若しくは、望んでいた光景です。浄化されれば、先の光景を現実へとさせてあげることも出来なくはないです。如何なさいます……?」

 

女性のその問には、すぐに結論を出すことは出来なかった。だが……先からずっと、胸が締め付けられる感覚に襲われ続けている。ただの一時も休まること無く、ずっと……。

 

気が付けば、また涙が頬を伝い落ちていた。そして、既に自身の心は決まっているんだと気が付く。

 

そっか……うん……

 

溢れ出る涙をそのままに、雪咲は静かに息を吸いこむ。そして少しの間の後、静かに言葉を発する。

 

「俺は……-」




次話は後編です、次で決着つきます。
少々の戦闘シーンもありますし、頑張って書き上げたいと思います!


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第42話 気付かれたくない思い、そして謎の刺客?!(後編)

今回は、結構な病んでる展開に……女性のキャラ崩壊?元からこんなキャラです。
ヤンデレは自分も大好物なんで、書いてる内に凄く楽しくなってきましたよ(苦笑)

ちなみに、女性はこれから激しくヤンデレ化する予定ですのでお楽しみに(何を)



「俺は……この世界に残りたいです」

 

雪咲の柔らかな表情からこの言葉が出ると、女性は不思議そうに首を傾げる。

 

「……何故ですか?この世界には貴方の幸福なんて……」

 

だが、女性は言葉を最後まで言うのを躊躇う。本当は本人も薄々勘付いているんじゃないか、だがあえて何かを伝えようとしているのではないかと考えた。しかし、雪咲の答えはほぼ予想とは程遠いものだった。

 

「俺は自分が幸せになれなくていい……俺がこの世界に残りたいのは、皓をちゃんと元の世界に戻してあげたいだけ」

 

「……この期に及んでまだ他人の心配ですか」

 

女性の呆れ返ったため息に、少しだけむすっとなる。刹那、雰囲気が急激に変わるのを見逃さなかった。

 

「良いでしょう、貴方にその覚悟があるか……見定めさせてもらいましょう」

 

そう言って女性が取り出したのは、一本の日本刀。だが抜刀してみると、さっきまで静かだった周りは急に騒ぎ出す。止まっていたはずの時間は流れ始め、強く風は吹き荒れる。

 

「っ……」

 

身構えてはみるが、途轍もない威圧感。まるで宇宙空間のような、息をすることさえ忘れさせてしまう程の……今まで感じたことのない恐怖。必死に頭でどうすれば勝てそうか模索してみるが、どの方法でも瞬殺される未来しか見えなかった。一か八かと雪咲も日本刀を出すが、手は震えカチャカチャと虚しく金属音だけが辺りに響く。それでも平静を装い、足に魔力を込め地を蹴る。女性は雪咲の姿を見失うが、微動だにせず。

 

何か策……いや、あれは単なる余裕だろうな……なら!

 

女性のすぐ隣に姿を表し、神速を越える程の斬撃をお見舞いする雪咲。女性は防ぐどころか、慌てる素振りすら見せず一歩前に歩き出した。すると、雪咲の刀はまるで”自身から避けた”かの様にするっと躱されてしまう。即座に切り払おうとするが、既に女性の刀の切先は雪咲の喉元にあった。剣筋どころか、腕を動かす仕草でさえ目視することが出来なかった。思考を巡らせる前に飛び退き、距離を取る。だがいつ女性の刀に触れたのか、頬が薄っすらと切れて血が滴る。

 

「……この程度なのですか?」

 

表情一切変えない女性、雪咲は悍ましささえ感じた。だが此処で怯んだら殺される、その気持を以て自身を奮い立たせる。小さく息を吐き魔力を全身に巡らし、またもや雪咲は姿を晦ます。

 

「またそれですか」

 

退屈そうに刀をプラプラと揺らす、雪咲は女性の死角部分に姿を表し斬り込む……のだが、雪咲の刀は女性の刀の鞘に弾かれる。

 

しまっ……!?

 

弾かれ態勢を崩した瞬間、急に視界が暗くなる。気が付けば、雪咲は戦っていた場所から結構離れた場所に横たわっていた。気を失ってから何分経ったのか、すぐ近くで女性は刀をプラプラさせながら鼻歌を歌っていた。だが雪咲が目を覚ましたのに気付いたのか、鼻歌は止む。

 

「貴方……あの馬鹿神から力を貰ったくせにあの程度なんですか……?刀の使い方も全然なってませんよ」

 

「……」

 

黙ることしか出来なかった、何故なら神から貰った力はどれも癖が強くて簡単に使いこなせるものでは無かったから。だがこれを言っても言い訳にとしか聞いて貰えそうに無い、だから雪咲は歯を食いしばる。そして手にしていた刀で、自分の喉を突き刺す。女性は驚き、少しだけ距離を取る。さっきまで消えそうな程の魔力しか纏っていなかった雪咲が、自身の喉を突き刺した瞬間膨れ上がったのだから。しかし強大になった魔力は禍々しく、だが女性にとっては少し懐かしい感覚だった。

 

「これは……ふふっ、そういう事ですか」

 

さっきまで無表情だった女性、懐かしい魔力の感覚に嬉しそうに頬を緩める。だが、刀は構えたまま。

 

喉から多量に出血し、瀕死状態に陥る雪咲。朦朧とする意識の中、女性が少しずつ歩み寄ってきているのを感じた。だが体は動かず、ただ衝動に身を任せることしか出来ずに居た。そして雪咲が意識を失う頃には……女性に飛びかかっていた。ドス黒い魔力を纏い、それの全てを刀に込めて。だが惜しくも届かず、女性の刀は雪咲の心臓部を的確に貫いた。そして、雪咲は力無く地面に倒れ込み動かなくなる。

 

「やれやれ、まさか本当に使いこなせていなかったとは……折角あの馬鹿から適当な理由をつけてまで遠ざけたのに……」

 

小さくため息をつき納刀、刀を仕舞い倒れる雪咲の隣にそっと座る。そして、頬を優しく指でなぞる。まるで小動物を可愛がるかのように、優しく撫でていた。

 

「高天原からずっと見てたけど、貴方は少々馬鹿の力に頼りすぎ……そして他の子に気を許しすぎ……!」

 

撫でたかと思えば、拗ねたようにきゅっと頬を抓る。だが、雪咲はピクリとも動かない。

 

「これは貴方への天罰……なんてね、冗談よ。この刀で貫かれた者は、私と同じ力を手にすることが出来る……つまり、いわば一心同体みたいなものかしら」

 

一人で盛り上がり、周りの目なんか気にせずに燥いでいた。そして、うっとりとした表情で雪咲の顔をじっと見つめる。

 

「貴方は誰にも渡さない……とまでは言わないし他に女の子を作ってもいいけど、一番は私じゃなきゃ嫌……」

 

女性は微笑みつつも、そっと膝の上に雪咲の頭を乗せる。そして、愛おしそうに優しく撫でていた。




果たして神は無事なのでしょうか……(苦笑)
次話では、女性の名前と目的(?)が雪咲に伝わる。

果たして、どんな展開になるのやら……


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第43話 改めての旅立ち

今回から、アメノウズメノミコトが仲間になりました。
仲間と言っても戦いとかに干渉するわけではなく、ただ単に雪咲と観光を楽しむだけな感じになります。

ですので、天宇受売命の本気の戦いはこの先出てこない可能性が高いと思います。ので、あしからず。




目を覚ますと、雪咲は女性の膝の上に頭を乗せて横たわっていた。何がどうなってるのか分からず、記憶を辿ってみる。すると、先の戦闘の記憶が断片的に思い起こされる。少なからず気が動転し、情けない声を上げながら飛び起きる。そして女性の方に視線を向けると、何か言いたげな不満そうな表情で睨まれていた。

 

「俺……死んだ筈じゃ……」

 

胸をペタペタと触るが、刺された傷が見当たらない。それどころか、先の戦闘が嘘かのように全身の傷すらも無くなっていた。

 

「当たり前でしょ、元々あの刀は殺傷用じゃ無いんだから」

 

「え……じゃあ何で……」

 

「当然よ、だって……私が此処に来たのは、貴方と居るためだもの」

 

「え……」

 

余りにも予想のしていない答えに、本当に戸惑いを隠しきれずに居た。隠すどころか、思い切り表情に出てしまった。よく見てみると、女性の顔が少し赤くなっているのに気付き本気なんだと悟る。

 

「だけど……なんで戦いに発展したの?」

 

女性の答えを聞き、真っ先に思ったことが口に出る。

 

「だって……ずっと見てたけど、貴方力を使いこなせて無くて弱かったんだもん。心配だから私の力と同じものを与えに来たのよ」

 

その言葉を聞いて、雪咲は思わず苦笑してしまう。力を使いこなせていなかったのは事実だし、実際に何度か死にかけている。

 

「だけど、決まりがあるんじゃ……」

 

「そんなの貴方に合うための口実に決まってるじゃない」

 

再び唖然とする雪咲、女性は少し気恥ずかしそうにもじもじとしていた。

 

「でも良いの……?」

 

「何が?」

 

「これがバレたら大変なことになりそう……」

 

ただでさえ世界の法則を無視しているのに、これ以上やってしまったらどうなってしまうかわからない。それどころか、一度やってしまえば後は行ける所まで言ってしまえと女性は言いたそうだった。それを口にしようとした瞬間、雪咲は不意に思うところがある。

 

「そう言えば、貴女の名前を聞いてない……」

 

「私ですか……?私は天宇受売命(アメノウズメノミコト)よ」

 

天宇受売命、日本神話では名の知れている神の一柱。余り史実は分からないが、名前だけは聞いたことがある程度だった。

 

「俺は雪咲……」

 

名を口にしようとした瞬間、アメノウズメの人差し指が口を塞ぐ。

 

「貴方の事は全て知ってる……だって、生まれ落ちてから今の今までずっと貴方を見てきたのだもの」

 

あまり聞き捨てのならない言葉を聞き驚く、アメノウズメの表情を見るや少しだけゾッとした。普通に見れば優しい微笑みなのだが、何か得体の知れない”何か”を秘めているような気がした。

 

「それで、貴方はこの後どうしたいの?」

 

「へ……?」

 

警戒していたせいか、予想外の問に呆けてしまう。だがすぐに気を取り直し、瞳を閉じて考え込む。

 

アーシュやユリナ達盗賊団員には何も言わずに来てしまったし、今更皓や冬望や眞弓には会い辛い。かと言ってこのまま何もしないのも何だし、どうせならと思い瞳をそっと開く。

 

「……ゆっくりとこの世界を観光してみたいな」

 

その言葉を聞くや、アメノウズメは嬉しそうに微笑みながらそっと何かを渡そうとする。受け取ってみると、それはブレスレットの様な物だった。蒼い宝石が埋め込まれていて、かなり豪華な装飾が施されている。慌てて返そうとするも、アメノウズメは横に首を振る。

 

「それは貴方が持っていて……それは、貴方と私の縁なのだから」

 

縁が何を指しているのか分からず、首を傾げる。

 

「ふふ……今はまだ分からなくてもいいの」

 

そう言って、バッと雪咲の腕を掴む。そしてブレスレットの様な者を雪咲の腕に嵌めたかと思えば、さり気なく腕を組む。

 

「……?」

 

いきなりの出来事に立ち尽くしていると、アメノウズメが首を傾げる。

 

「どうしたの、行かないの?」

 

その言葉にハッとする。

 

「もしかして、アメノウズメ……さんも行くの?」

 

「さんは要らないわ……そうね、今更高天原へ帰ったって何もないもの」

 

クスクスと無邪気に微笑むアメノウズメ、雪咲は不安を心の中に感じながらも2人で旅をすることを決意する。




遂に4連休きたー!!

寝に寝まくってやるぅ……ただ、小説はきちんと投稿する予定ですよ。

それでは、月曜に疲れを残さない程度に充実した連休をお楽しみください!


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第5章 フェルナ編
第44話 自由な街”フェルナ”


こんにちは、秋水です。

今日は少しだけ早めの時間帯に投稿したいと思います(特に理由はなし)



雪咲とアメノウズメは、元アルステン王国から少し離れた街へ来ていた。そこはフェルナ、王国とは少し違った町並みで入国も出国も手続きは要らないフリーな街だ。だがかなりの人で賑わっており、色んな事があって落ち込んでいたテンションは次第に回復していた。

 

「雪咲、あれ美味しそうですね」

 

そう言ってアメノウズメが指さしたのは串焼き、Cランクの魔物”ディルピッグ”の肉を濃いめの味付けのタレを漬けて焼き上げたもの。ディルピッグとは元の世界で言う豚みたいなもので、フェルナでは名産品にまでなっていた。

 

「だね……すいません、ピック串を2つください」

 

雪咲は露店へ立ち寄り、アメノウズメが食べたそうにしていたピッグ串を2本購入する。露店のおじさんは目の前で焼いてくれて、出来たて熱々をくれた。お金を払い、串を持ってアメノウズメの所へ戻る。1本を渡し、いただきますと呟いて湯気を出してる熱々の肉にかぶりつく。

 

「……ふまい!」

 

肉と肉汁の熱さではふはふとしているが、余りの美味さに目を輝かせる雪咲。

 

一見分厚くて硬そうに見える肉だが、口に入れ歯を立てた瞬間ホロリと抵抗なく崩れる。噛みしめる度に中からは濃厚な肉汁が溢れ出し、口の中一杯に広がる。タレの複雑な味と仄かに感じる果物の風味、スパイスのピリッとした感じが口の中で渾然一体になって得も言えぬ至福に包まれる。ゴクッと喉を鳴らし飲み込むが、それでも尚幸福感は消える気配がない。

 

「ん~……」

 

何かしらの不満があるのか、短い声を漏らすアメノウズメの方に視線を向けてみる。すると、首を傾げながら何かを考えていた。

 

「……どうしたの?」

 

「いやぁ……これは如何にも日本酒が合うかなって思いまして」

 

どうやら、既に飲みたい欲に支配されていたようだった。たははと苦笑しながらも、雪咲は肉を平らげる。アメノウズメも食べ終えるが、どうしても酒が頭から離れないようだった。

 

「お酒は夜になってから……ね」

 

「そうですね……」

 

少ししょんぼりと気を落としていたが、他の露店を見るやテンションが上がっていた。やれやれと肩を竦めながらも、次は何を食べようたとアメノウズメと2人でウロウロすることになった。

 

一方その頃でアーシュ・ユリナ・皓・冬望・眞弓・盗賊団員達は、フェルナへ向けて馬車を走らせている所だった。消えた雪咲の行方を気にしながらも、先を目指すことに決めたのだった。馬車の中にはユリナ・アーシュ・冬望・眞弓が乗り、皓・グラン・リーシア・盗賊団員達はそれを囲むような陣形。走っている馬車の中では、色々な情報交換が行われていた。

 

「……そういうことだったのね」

 

これまでの雪咲との旅の話を聞いた冬望は小さくため息をつき、少しだけ難しい顔をしていた。眞弓は小さく頷いていたが、雪咲の名が出てくる度に明らかに表情が暗くなっていた。

 

「はぁ……何と言って良いのやら……」

 

雪咲とアルステン王国皇女姉妹が知り合いだったこと、既にリオーネに行く道中で知り合っていたこと、海を越える最中龍みたいな魔物と戦っていたこと、アルステン王国の反乱を収めたのは実質雪咲だったということ、それを利用し雪咲を国家転覆罪で逆に反逆者に仕立て上げられそうになっていたこと、ヒゲおやじの企みを全て映像として記録した上で知りうる人全てにそれを見せたこと、そしてそれを理由に雪咲は……一国を滅ぼしたこと、聞くだけだと一瞬だが想像すると膨大な時間が過ぎそうな濃密な話を聞かされていた。アーシュやユリナが嘘や話を盛っている雰囲気ではなく、ただ単純に真実をありのまま口にしていた感じだった。

 

そんな目にあっている癖して……なんで私達と行動しようとしないのよ……!

 

心配や安堵や苛立ち等の感情が心の中でごっちゃになり、冬望自身でもどうすればいいのか分からなくなっていた。

 

「……どう思う?」

 

馬に揺られながら、グランが皓に質問をする。

 

「どう……とは?」

 

「雪咲の事だ」

 

「んー……」

 

皓は本当は知っていた、雪咲が何故自分たちと行動したがらないのか……だが、この話は他の誰かに話しても良いものなのか正直分からなかった。

 

「まぁ……あいつとは小さい頃からの付き合いだからな、考えてることは何となく分かるさ」

 

「……」

 

横目でグランの表情を見てみる、主に不安と心配しか感じられなかった。そこまで雪咲の事を思ってくれているならとも思ったが、信憑性が薄いのとそれを立証する術が何処にもない。こればかりは、本人の口から聞くことしか信じられることはないだろう。

 

「……アンタはどうなんだ?」

 

「俺は……取り敢えず急に居なくなった事に関しては、納得できるまで問い詰めるつもりだ」

 

「ははは……余り苛めてやるなよ?」

 

「ふっ……」

 

2人は意気投合し、その後も話を続けていた。次第に馬の速度が落ち、気づけばフェルナが目と鼻の先の所まで来ていた。皓は馬車の隣まで移動し、窓を指で軽く叩く。音に気づいた冬望が、窓を小さく開ける。

 

「どうしたの?」

 

「もうそろそろフェルナに着くぞ」

 

「分かった」

 

短い会話を終え、皓は元の位置に戻る。そして、英雄一行&盗賊団一行はフェルナの街に入っていった。




正直、食レポとかは得意ではないので書くのに少々手間取ったりもしました(苦笑)

後は雪咲と皆をどう引き合わせるか次第なのですが……(悩)


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第45話 巡り合わせの縁

こんばんは、秋水です。

この度は投稿時間が遅れて申し訳ないです、理由は……聞かないで頂けると幸いです。

明日もこの時間帯に投稿するつもりですので、あしからず!(用事が立て込んでいるため)


英雄一行&盗賊団一行がフェルナに入り真っ先に目に入ったものは、街の賑わいと種類豊富な露店の数々。誰しもが目を輝かせ、心は童心に帰っていた。

 

「わぁ……!」

 

「凄い……賑わい……」

 

ユリナとアーシュが感激の声を漏らす、連れて冬望や眞弓や皓も感激の声を漏らす。

 

「こんな賑わい……向こうの世界じゃ、お祭りくらいなもんだろ」

 

「そうね……確かに凄い賑わいね」

 

「あれ食べたい……あ、あれも……」

 

色んな露店に目移りする中、皓はその中に異様なものを見つける。それは余りにも馴染めてなさすぎて、呆気なくすぐに見つかるほどに存在感を放っていた。だが皓以外の誰もが気付かず、ふと視線で追いかけていた。

 

「……悪い、ちょっと一人で見て回りたい」

 

存在感を放っていたものが人混みに消えた瞬間、それを追いかけるように一人別行動する。それは何故か、知っている人達に目撃されて余計なトラブルになるのを避けたいがための行動だった。

 

「えっ……?」

 

「ちょ……皓……!?」

 

困惑し声を上げる2人を置いて、皓は人混みの中へと消えていくのだった。

 

時を同じくして、雪咲はアメノウズメと2人でフェルナ観光を謳歌していた。自由に美味しいものを食べ歩き、見て回りたいものを見て回っていた。何不自由ない中、完全に他の人達の視線を忘れていた。ハッと我に返り周りを見渡してみると、皆の視線が物珍しいものを見るかのような視線だということに気付く。そしてその視線の原因が、アメノウズメだという事も。

 

「……ちょっとこっちに」

 

そう言って、雪咲はアメノウズメを人目の付かない場所へと連れて行く。別に如何わしい事をするわけではなく、ただ単にアメノウズメの服装が周りに馴染んでいないだけだと気付く。こっちの世界では見ない綺麗な和服、人の見た目だとは思えぬ程の美貌、しっかりと手入れのされた艶のある長い髪の毛、人の視線を引くには十分すぎる要素だった。

 

「……という訳で、服を買いに行きたいと思うんだけど」

 

「う~ん……気に入っているのよね、これ」

 

そう言って透き通るような綺麗な羽衣をひらひらとさせる、雪咲は予め買っておいた服をアメノウズメにそっと差し出す。

 

「これに……」

 

「……分かったわ」

 

雪咲から衣服を受け取ると、スッと姿を消してしまう。この場から消え去ったわけではなく、ただ単純に姿を不可視化して眩ましているだけだろうと思っていた。暫くすると、背後から何者かに抱きつかれる。ふっと視線を向けてみると、着替え終えたアメノウズメがそこに居た。上は気温が少し高めなので薄めの半袖、その上から半長袖の純白なYシャツを。下は少し黒めの色のジーンズ、綺麗な羽衣はマフラーみたいに首にそっと巻き付けていた、

 

「どう……かな?」

 

まるで期待するような瞳を濡らし、上目遣いで懇願するような瞳で見つめてくる、それに生唾を静かに飲み込み、ゆっくりと感想を口にする、

 

「凄く……綺麗です、似合っているし……良いと思います」

 

途切れ途切れな言葉のせいか、上手く聞き取れなかったようだがそれでもニュアンスだけは伝わったようだった。嬉しそうに微笑み、無邪気にはしゃぐ姿を見て何故か心の底がじんわりと暑くなる感覚を覚えた頃。

 

「雪咲……っ!」

 

とても聞き慣れた声を感じ取り、ゆっくりと振り向いてみる。そこには息を切らせ、必死に深呼吸している皓の姿があった。

 

「皓……?」

 

先程までじんわりと暖かかった心の奥底は、緊張と動揺で一瞬で何処かへと吹き飛んでしまう。場の静けさのせいもあってか、まるで水底のような静けさが辺りを包み込んでいた。




アメノウズメの服装は、完全に好みで決めました。
こうラフな感じの女性って凄く良いと思うんです、きっちりとした格好の女性も良いとは思いますが。

でもやはり一番好きなのは、和服姿の女性ですね~……


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第46話 離れゆく気持ち

こんばんは、秋水です。

今日は遠出してきて、いくつかの古本屋や書店などへ行って参りました!
昔の漫画から今の漫画、小説も沢山あり財布の中が殆ど持っていかれた気分です(苦笑)




時は逆上って数刻前、皓が一人で何処かへ言ってしまった後冬望と眞弓はユリナとアーシュとグランとリーシアは観光を満喫していた。最初は暗くなっていた雰囲気が、楽しむ毎にどんどん明るくなっていた。露店を周り食べ歩き、気に入ったものがあれば購入していく。

 

「ふふっ……楽しい」

 

「えぇ、そうね」

 

何より、ユリナとアーシュは満足そうに微笑んでいた。雪咲が居なくなった後の悲壮感たっぷりな表情のままだったらどうしようかと考えたが、ちゃんと楽しんでくれていたようで何よりだった。それに、この街には人間だけでなく他の街には居ないエルフやハイエルフ、更には理性ある魔物達が共存していた。

 

「凄いわね……この街……」

 

冬望は静かに呟く、眞弓は人混みの雑音のせいで聞き取れなかったらしいがアーシュはしっかりと聞こえたみたいだった。上がりまくっていたテンションが、更に上がっていくのを感じた。こうして一行は、街の雰囲気を楽しみながらも英気を養っていくのだった。

 

「皓……」

 

その頃人気は無いが景色の良い展望の場所では、皓と雪咲とアメノウズメが居た。雪咲は戸惑いと困惑、皓は不安と安堵とちょっとした怒りの感情が出ていた。

 

「お前……何で何も言わずに居なくなるんだよ……!どれだけ心配したと……!」

 

「心配……それは冬望が?それとも団員達が……?」

 

雪咲の言葉の真意が分からず、少し口を紡ぐ。だが、続けるように言葉を発する。

 

「そりゃあ皆に決まって……」

 

「……団員達やアーシュやユリナに心配をかけたことに関しては後で謝る、皓や眞弓にも……だけど、俺の考えすぎかも知れないけど……冬望は心配なんてしてないと思う」

 

「冬望だって……心配くらいは……」

 

「それは嘘だよね……?だって皓、嘘つく時必ず視線合わせないもん」

 

そう、皓は嘘をつく時必ず視線が泳ぐ癖がある。雪咲はどんな時も話す時は相手と視線を合わせるのだが、皓のはまるで逃げ道を探しているかのように思える。

 

「はぁ……ったく、確かに冬望の言い方も悪かったとは思ってる。だが、それに仲間を巻き込むのはどうかと思うぞ……?」

 

「それは冬望が言ったことであって俺が決めたことじゃない、そもそもあの時付いて来るかどうか聞いた時点で既に決まっている。なら、未練なんて一切無くスパッと消えたほうが……」

 

「……妹の事、まだ……?」

 

その言葉を聞いた瞬間、雪咲の表情から一切の余裕が消え去る感覚がした。それどころかトラウマに近いものを引き起こしたらしく、固く握った拳は細かく震え始め足もやや覚束ない感じになってしまった。

 

「わ……悪い、悪気があったわけじゃ……」

 

「……その話、他の誰かにはしたの?」

 

「いや、話してないけど……」

 

すると、雪咲は少し長めの時間考え込んでいた。アメノウズメは雪咲を心配そうにしつつ、何故か皓から距離をとっていた。

 

無言の時間が暫く流れた後、雪咲は静かに口を開く。

 

「一つ……頼まれてくれないか……?」

 

その言葉は強く、且印象深く皓の頭の中に刻みつけられる。何故なら、想像もしていない言葉が出てきたのだから……。




ちなみに、レギュラー降板とかはありません。

出番が減るくらいです


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第47話 余り言いたくない真実、そして巻き起こる波乱!

どうも、秋水です。

GWは皆様方満喫出来ましたでしょうか?自分は余り休めませんでした(苦笑)

友人たちに誘われて、結局一日も寝て休む日が……

明日から仕事だぁ……


「一つ、頼まれてくれないか……?」

 

「……何をだ」

 

雪咲は一呼吸置き、ゆっくりと口を開く。

 

「……暫くの間、皆から姿を晦まそうかと思っている。その間、皆の動向を教えて欲しいんだ」

 

「え……それって、お前……!」

 

掴みかからんばかりの勢いだが、咄嗟に冷静さを取り戻し一度深呼吸する。そして、冷静に思考を巡らせていく。

 

「お前……何故俺達と共に行動するのが嫌なんだ?俺達に迷惑がかかるとか、そんな事はどうでもいい。お前の本心が聞きたい」

 

雪咲はまるで心の隅まで見透かされているような気がして、とても居心地が悪かった。心拍数は上がり、呼吸のリズムは乱れ、冷や汗はじっとりと滲み出る。本当のことを口にするのが、恐怖以外の何物でも無かった。

 

「……」

 

言うかどうしようか戸惑っている内に、時間は無情にも流れていく。辺りは薄らと陰り始め、日は落ち始めていく。だが皓は、本当のことを聞くまでその場を動かないつもりだと顔に書いてあった。眼を見てみても、一切逸らす気がない。本当に、聞きたがっている目だった。

 

「……そんなに……聞きたいの?」

 

「当たり前だ」

 

「誰にも……言わない?」

 

「内容次第によるな」

 

「……」

 

煮え切らない態度に少し戸惑うが、長い付き合いなのを信じてみようかなと思い始めていた。思い返せばいつも皓に助けてもらってばかりで、ちゃんとしたお返しは余り出来ていなかった。だから、きちんと全てを話すことがお返しになるかなと少し思っていた。

 

「分かった……話すよ、理由を……」

 

そう言い、雪咲は数刻だけ口を閉ざす。そして魔力を少しだけ放ち、辺りに人が誰も居ないかを確認する。そして誰も居ないことが確認できると、ぽつりぽつりと少しずつ事の顛末を口にし始める。雪咲だけが別の場所で召喚されたのは事故なんかじゃないこと、本当は既に死んでいること、神様がチート能力を授けて転移させてくれたこと、今まで誰かに相談しようかと思っていたがそれぞれ忙しそうだし急にこんな事言われてもと思い誰にも言えなかったこと、もう二度と現実世界には帰ることが出来ないこと、冬望や眞弓の気持ちを知っているからこそ言えないこと、2人の気持ちを薄れさせる事で少しでも傷を浅くしてあげること等。だが、皓は納得出来ないような顔をしていた。

 

「……雪咲と一緒に居る女性は誰なんだ?」

 

「私は天宇受売命、名前くらいは聞いたことありますか?」

 

「それって……日本神話の……?」

 

「はい」

 

「……本人?」

 

「はい」

 

迷いのない返事に、納得せざる得なかった。それに内面から感じる魔力の質で、普通の人間でないことはすぐに分かっていた。だが面と向かって神と言われても、すぐには実感が湧かなかった。

 

「……まぁ、良かった……のかな?」

 

「どうして?」

 

クスッと嘲笑った皓に訳が分からず、首を傾げる。

 

「だってよ、新しい女が出来たから2人のことを諦めんじゃないかって心配だったからよ」

 

「そんな訳……」

 

「有り得そうだからな」

 

その言葉には何も答えることが出来なかった、だが決してあの二人を貶めるつもりはない。ただ諦めてもらうために、時間を置きたいだけだった。

 

「まぁ、聞いちまったし……仕方ない、協力する」

 

ため息混じりに呟くように言葉にする皓、そっと手を差し伸ばしてくる。その手を優しく握ろうとした瞬間、とてもではないが立っていられないほどの地響きが起こる。それにびっくりし、その場に居た3人は体制を崩し地面に座り込む形になってしまう。

 

「な、何が……!?」

 

「何だぁ……!?」

 

「何……!?」

 

驚きの余り冷静を欠きつつも辺りを見渡してみると、門の向こう側に何か大きい物体が動いている様に見える。それに気付いた3人はよく目を凝らしてみると、巨人のような大きな人形の頭部だということが分かる。

 

「やべぇ……俺、皆を避難させてくる!!」

 

「あ……あぁ!」

 

皓は街の方へ一目散に走っていく、アメノウズメと雪咲はゆっくりと立ち上がりながら何かがある門の外側の方をじっと眺めていた。




次話では、新たな魔物が出現致します!

もう、これ以上街への損害は出したくはないのです……と思っていたら、思った以上の展開に!?
果たして、どうなることやら!


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第48話 今覚醒する力……!?

どうも、秋水です。

ずっと前から考えていた神人一体が、遂に此処で出すことが出来ました!
書きたかった所が書けて満足……!

GW明けでとても眠いので、今のうちに上げたいと思います……それでは、良い夢を!


「------!!!」

 

巨大な人形の魔物は空に向かい雄叫びを上げる、その振動で建物は崩れ人々に悪影響を残す。耳を塞いでても破れそうな鼓膜、まるで爆心地に居るかのような衝撃、立っていられないほどの地揺れ。皓や皆が結界を瞬時に張ったお蔭で被害は街並みが壊れただけで済んだが、それでもかなりの損害。

 

「……!」

 

急いで巨大な魔物の所へ飛ぼうとしたが、アメノウズメに腕を掴まれ飛べない。

 

「ど、どうして……?」

 

「貴方……今の状態で勝てるのですか?」

 

「それは……やってみなければ分からないけど……」

 

少しの間、2人は口を塞ぐ。余り静かではない沈黙が通り過ぎ、小さくアメノウズメがため息をつく。そして、ゆっくりと手を握る。

 

「はっきり言いましょう……まず無理です、勝算がありません」

 

「だ、だからって……」

 

言葉の続きを言おうとしたが、思ったように口が動かず何も言えない。少し冷静さを取り戻そうと、深く深呼吸をする。そして巨大な魔物の方へ視線を向ける、魔物は少しずつこちらへ向けて歩いてきているのが分かる。亀みたいにゆっくりとした動きだが、地を踏み込む時の衝撃波は近くに居たら一溜まりもない程だった。

 

「……どうすればいい?」

 

どうしても自分一人だけでは勝てる算段が付かず、言葉を発しながらアメノウズメの方へ向く。アメノウズメも最初は驚いた顔をしていたが、少ししてまた巨大な魔物の方へ向いてしまう。だが、それでも雪咲の手はずっと握ったままだった。

 

「簡単なことです……そのまま、私に身を委ねてください」

 

何を言っているのか分からずアメノウズメの方に視線を向けたが、巨大な魔物から一時も目を離さずに手だけを強く握りしめた。何をするのか気になったが、時間も無いのでアメノウズメの言う通り身を委ねることにした。委ねると言っても、ただ単にそっと寄り添って体を密着させるだけだが……。

 

「……目を閉じて、意識を私に集中させてください」

 

雪咲はアメノウズメの言葉通りにする、すると体の底がじんわりと暖かくなる気がする。何処か懐かしく、儚げに悲しい。それなのに、力が溢れ出るような感覚……手を握っている感覚が急に消え、驚いて目を開けてみる。隣に居たはずのアメノウズメが消え、代わりに薄い綺麗な羽衣が首にそっと巻かれていた。

 

「……これは」

 

羽衣にそっと手を触れてみると、ほんのりと温かい感触。まるで優しく包み込まれている感じで、薄らと涙が滲み出る。

 

っ……こんな所で泣いている場合じゃない……

 

ぐいっと涙を拭い去り、手に感覚を集中させる。刀を握っている時の、ずっしりと重いが手に馴染んだ感覚を……。

 

そして一気に魔力を込めると、まるでずっとそこにあったかのように日本刀がいつの間にか手にある。そしてゆっくりと抜刀する、スラリと美しい一点の曇りもない刀身が顕になる。刀身には薄っすらと魔力が巡っており、そこから微かに子供の頃一度だけ嗅いだことのあるような懐かしい匂いが鼻孔を擽る。

 

「……」

 

もう少しだけこの余韻に浸っていたかったが、今の状況ではそんな余裕は無い。雪咲は足に魔力を込め、巨大な魔物の所へと急ぐ。




次の話は、雪咲が色々やっている間の皓達のお話になります。

視点は主に皓の予定、そして魔物の正体とそれを指揮する者の正体も判明……!


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第49話 一蓮托生!

どうも、秋水です。

今日は雨のせいで気分が乗らないのですが、書きたい話があったので書いてみました!
こういう2人のタッグバトルって熱いですよね、かっこいいと思います!!

刀と槍は、結構相性が良いのでは……!?


「皆さん、慌てないで避難してください!!」

 

皓達や盗賊団の団員達は、街の人達を避難させていた。巨人の魔物が街より少し距離があったのが幸いし、順調に住人を避難させることが出来ていた。しかし、パニックに陥っている住人達の避難は最後らへんで滞り、冷静な判断が出来ずに軽い騒ぎになっていた。

 

「おい、押すなよ!俺が先だ!!」

 

「お前こそ押すんじゃねぇよ!!」

 

押すな押すなのテンヤワンヤで、まさに阿鼻叫喚状態だった。今にも殴り合いが始まりそうな一触即発の状態だったが、皓とグランはそんな事お構いなしに安全な場所へと放り込んだ。そして結界を張り、誰一人傷つかないようにグランが結界の中に残ることになった。

 

「後は任せろ、お前らは早く行ってやれ!」

 

「分かった!」

 

皓は魔力を込め、全速力で巨人の魔物の方へ走っていった。何故なら、そこに雪咲が居ると思っていたからだ。アーシュやユリナや眞弓や冬望は結界の中で呆然としていたが、何を思ったのかグランの目を盗んで結界の外へと出ていってしまった。

 

一方その頃、雪咲は巨人の魔物の元へと辿り着いていた。特に変わった様子はないが、魔物が街へ向かってゆっくりと歩いている。魔物の通った後には草一つ残らず、若干荒野と化していた。その理由はすぐに分かる、何故ならば石にも似た肌には魔力が通っている。その魔力は触れたものの全てを吸収し、魔物の原動力へと変える性質を持っていたからだ。このまま刀で斬り込んでも良いが、刀も雪咲も無事で済む保証は何処にもない。それに何よりアメノウズメが言った一言、勝算がない事だった。この魔力ごと断ち切るのは骨が折れるし、途中で刀がへし折れる未来が見えてしまった。刀は美しいし切れ味も良いが、若干折れやすいのが難点。だが達人が扱う刀はどれだけ使っても圧し折れず、美しいままを保つ。

 

「っ……!」

 

そうこう考えている内に魔物の手がこちらへ伸びていて、すぐ目の前までに迫っていた。ぎりぎりで避けることは出来たが、衣服の一部が魔物の動力源へと変わってしまった。そっちの腕に気を取られている内に、またもう一つの腕が雪咲へと伸びていく。流石にこの距離と速度では避けることは出来ず、なんとか流すことを考え刀を構える。だが横から魔法が飛んできて、腕の進行方向を強制的に変更する。魔法が飛んできた方に視線を向けてみると、そこには皓が居た。

 

「こ……皓!?何やってるんだ……逃げてっ……!」

 

「ふざけんなっ、お前だけに任せてられるかよ!!」

 

怒鳴り合いしているうちにも雪咲に向かい魔物の腕は伸びる、それを刀でするりと流していく。だがまた死角から腕が雪咲へ迫る、その腕を中距離から槍で弾き飛ばす。やりと言ってもただの槍ではなく、魔力を吸収しその属性に応じた攻撃方法で相手に攻撃することが出来る。

 

「取り敢えず、気を抜くな……!まずはこいつを倒すぞ!」

 

「う……うん!」

 

2人は背中合わせで、魔物を迎え撃つ。




次の話では、激戦が繰り広げられます。

皓と雪咲の息のぴったりな動き、強大な敵をどうやって迎え撃つのか……?


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第50話 激闘の末、現れたのは……

どうも、秋水でございます!!
今回は何と、記念すべき50話でございます!

これも、色んな方が見てくださっているからこそ書き続けていけるのかなと思っております。これからも書いていきたいので、生暖かい目で見守ってください!

あ、変な所が御座いましたら修正致しますので遠慮なく申し付けください(苦笑)


雪咲と皓は、巨人の魔物と接戦を繰り広げているように見えた。魔物の攻撃をかわしつつ魔法を打ち込んでいる、だが魔法は全て吸収されてしまう。雪咲の刀で切りつけてみたが、薄皮一枚切れるかどうかだった。刀に魔力を込めても吸われるし、刃物だけだと刃毀れが心配だ。

 

「ちっ……」

 

舌打ちをしながらすっと後退する皓、入れ替わるように雪咲が前に出る。守りが甘いと思っていた関節部分でさえ固く、絶つことは出来なかった。

 

「何だよこれ……っ!」

 

魔物の攻撃を避けながらも悪態付く雪咲、だがこのままでは勝てない。どうしようかと考えていると、急激に魔物の魔力が高まっていく気配を感じる。

 

これは……まずい!

 

そう思った時には、雪咲は魔物の上に飛んでいた。皓はその行動の意味が分からなかったが、取り敢えず雪咲に付いて行った。

 

「なんで戦い辛い上に……!」

 

「説明は後……取り敢えず、あいつの気を街から離して!」

 

「わ、分かった……!」

 

皓と二手に分かれ魔物の頭部を執拗に攻撃を繰り返す、そうする内に魔物の顔は雪咲達の居る上空に向けられた。そしてその魔物の口に魔法陣が現れそこから放たれたのは、大樹よりも太く禍々しい色の極太なビームだった。雲が多かった空だがビームが通った後は蒸発し、円形の穴が空いたような夜空になってしまった。星にまでは届かなかったのは幸いだが、これが街に向けられていたらと考えるとそれだけでゾッとする。

 

皓は言葉を失い、ただ黙って飛び回っているだけだった。先程の強大な魔法を見せられたら誰だって放心状態になる、だが辺りにまで気を使う余裕がなかったのか皓は呆気なく魔物に掴まってしまう。

 

「うがっ……!?」

 

「皓……!」

 

情けない叫び声を上げ、必死に振りほどこうともかいている。だがその程度で外れるわけもなく、徐々に握り締められていく。骨からは嫌な音が段々とはっきりと聞こえるようになり、痛みは鮮明になっていく。雪咲が助けようと飛んでいくが、魔物はそれを狙っていたかのように薄ら笑う。手に握っている皓を突き出し、そう簡単に攻撃させないよう人質としていた。

 

「小賢しい……!」

 

皓に当たらぬように刀を振るえばとも思ったが、刀の角度に合わせるように手首を捻り必ず皓に当たるように仕向けてくる。それにカチンと来た雪咲は地面に降り立ち、魔物が踏みしめている地面にそっと手を触れる。

 

「……アース・クェイク!」

 

脳裏にパッと浮かんだ言葉を叫ぶと、急激に体内の魔力が消費されるのが分かる。そして少しした後、魔物の足元の地面が割れたかのように崩れ去る。急激な崩落に驚いた魔物は皓を離し、膝から崩れ落ちるように地に手をつく。

 

「どんな巨体でも、支えられるものがなければ脆い……!」

 

この機を逃すまいと、地面から飛び出た石を針山のように細く鋭くする。そのおかげか、守られていない目や口の中に思い切り刺さる。血液のような真っ黒な液体が飛び散る、液体が触れた所がどんどん解けて無くなっていっていることに気が付く。

 

「んなっ……!?」

 

皓は少し離れた所に退避しているのを確認した後、街を覆うように結界を張る。内側からは柔らかいが、外側からの攻撃は一切合切遮断する特殊大結界。そこに大量の体液が降りかかるが、何事も無かったかのように結界自体には無傷だった。だが結界の中から出てくる4つの影を見つけた魔物は、そちらの方へ手を伸ばす。いち早くそれに気付いた雪咲は、その4人の前と魔物の間に割り込むように身を入れる。

 

「っ……早く結界内に……!!」

 

雪咲は魔物の手を刀で受けながら4人の方へ視線を向けると、その正体に言葉を失う。結界内から出てきたのはアーシュ・ユリナ・眞弓・冬望だった。

 

「ゆ……雪咲……!?」

 

「何であんたが……」

 

「……っ!」

 

「これは……」

 

拮抗に見える力比べをしている様に見える中、中々結界の中に入ろうとしない4人。

 

「早く結界内に入れって……!!」

 

「雪咲くんを置いて逃げられない……!」

 

「皓が戦っているのに、何で仲間である私達が逃げないと行けないのよ!」

 

「雪咲を見捨てては逃げない……」

 

「わ、私は……アーシュと同じ意見……!」

 

そんな問答に苛立ち始める雪咲、だがそっちの方に気が散ったせいなのだろうか。本体なら避けれた鈍速な魔物のパンチを食らってしまい、地面に吹き飛ばされてしまい減り込んでしまう。

 

「ぐっ……」

 

口の端から血液を流しながらも、それを指で拭いながら起き上がろうとする。だが体が思うように動かず、意識だけが体にある感覚。そして聞こえる悲鳴、4人が魔物に狙われているようだ。

 

体が……動かな……

 

意識が遠のく中、雪咲は不思議な声が聞こえた気がした。それは何処か穏やかで、だけども何故か悲しい。言葉は上手く聞き取れなかったが、雪咲は否定もせず肯定もしなかった。それをどう捉えたのか、妙に早くそこで意識は消え去る。




記念話とかは、また後ほどに設けたいと思います。記念と言っても、特にネタはないんですが……。

魔物との戦いの最中、意識を失ってしまった雪咲。4人は一体どうなっているのか、そしてこの魔物には勝てるのか……その話は、次話で片がつくかと思います。


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第51話 深層心理、そして包まれる心

どうも、秋水です。

今回はどうも眠いのでちゃんとした文になっているか心配です(苦笑)

本当ならこの話で決着を付けたいと思っていたのですが、楽しみは次の話に取っておきたいと思いました!


何もない暗闇の中、ただただ静寂だけが辺りを支配していた。前に進もうと足を動かしても感覚はなく、何より五感が何一つ感じなかった。

 

俺……このまま死ぬのかな……

 

そう考えている内に段々悲しくなってきて、無意識に涙が溢れ出る。感覚はなかったが、恐らく涙だったのだろうと思った。感覚無くても拭っていると、次第に足元から何かが這い上がってくるのが見える。驚いて見てみると、そこには闇としか言いようのないモノが体伝いに這い上がってきていた。

 

「な……!?」

 

得体の知れなさに恐怖し、完全に逃げ腰になる。だが胸元辺りまで来た瞬間、闇の動きは完全に停止する。その理由を探してみると、アメノウズメから貰ったブレスレットみたいなのが光り輝いていた。光が闇を消し去り、そしてまた何も無くなってしまう。そう思っていたが、闇が消えると同時にアメノウズメが何処からか駆けつけてくれたみたいだ。

 

「な……なんで……?」

 

「だって、此処は貴方の心の奥底だもの……入り込むにはかなり苦労したけどね」

 

たははと苦笑しているが、先程渡したばかりの服はかなりぼろぼろになっていた。少し悲しくなったが、それ以上に自分のためにしてくれたことに嬉しくてまた涙が出そうになっていた。

 

「ふふ……もう、泣くのは後に……ね?」

 

「うん……」

 

涙を拭い、そしてアメノウズメはそっと手を差し出す。その手を何の躊躇もなく握り締め、目を閉じ意識を集中させる。先程よりも暖かい気持ちが溢れ出し、暗闇だった周りはパッと明るくなったように思った。そして次の瞬間、体に意識が戻るのを感じた。

 

「っ……!」

 

雪咲は声にならない悲鳴をあげる、全身は血まみれでボロボロで到る所の骨は既に折れている、何故か臓器は無事で、だが全身はどこも動かすことが出来なかった。少しでも動かそうものならば目眩がするほどの激痛に襲われ、言葉すら出すことは出来なかった。それでも何とか視線だけ移してみると、魔物から逃げ回っている4人の姿が目に映る。

 

「こ、こっちに来るんじゃないわよ……!!」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

「これは……無理……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

冬望と眞弓は叫びながら逃げ回り、アーシュとユリナはひたすら黙々と黙りながら逃げ回っていた。冬望を後少しで掴みそうな距離にまで来た瞬間、横から次々と魔法が降り注ぐ。視線を移してみると、膝を震わせながらも必死に魔法を唱えまくっている皓の姿が。だがその魔法は呆気なく吸収され、皓は魔力切れでふらふらと地面へと落ちてゆく。そんな皓を冬望は必死で抱き受け、そのまま地面へと倒れ込む。その時を狙っていたのか、大きく手を振りかぶった魔物はそのまま勢いよく地面へと手を叩きつけようとしていた。

 

「に……逃げろ……!」

 

「あ……ぁ……」

 

逃げるように叫ぶが、その声は届かず冬望は死への絶望に飲み込まれかけていた。そして手が後少しで2人を潰しそうな距離まで迫っていた。だが、その手は2人に届くことは無かった……何故なら、雪咲は動かない体を魔力で無理矢理動かし折れた刀で攻撃を受け止めていたからだ。

 

呆然としている2人に何を言っても無駄だと思った雪咲は、皓含め5人を結界内へと弾き飛ばして外に出られないように細工をした。必死に出ようとするアーシュと冬望とユリナと皓と眞弓だが、手も足も出ない為か結界の中で何かを騒いでいた。だがこれ以上グダグダにはしたくなかったので、聞き流すことにした。

 

「さてと……やりますか」

 

スッと隣にアメノウズメが出現し、ゆっくりと頷き2人共に手を取り合う。そして、雪咲とアメノウズメは魔力を開放し、そして放たれた魔力は次第に一つになっていっていた。




今度こそ本当に次話で決着を付けたいと思います!

結界内と外は干渉不可能領域に設定したのですが、そうしたらもう出れなくなるんじゃ……。


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第52話 決着する戦い、そして胸に残る不安

どうも、秋水です。

昨日は投稿できずに申し訳ありません、色々と用事がございまして横須賀の方へと赴いておりました。その旅路人生初の船だったのですが、興奮で酔うどころではなかったのでその点では良かったのかなと思っております。




混ざりあったアメノウズメと雪咲の魔力は留まることを知らず、どんどん膨れ上がる。だが魔力が周りに与える影響は少なく、結界の仲間では被害は及ばなかった。膨れ上がり溢れ出した魔力はイメージとして具現化し、それが雪咲とアメノウズメに纏わり付いた。その時に発された光はとても眩く、結界内に居ても思わず目を瞑ってしまうような強烈な光。だが同時に暖かく、陽だまりの中で転寝をしているような気分になる。

 

「----?!?!」

 

魔物の叫びが響き渡るが、その音は結界内には一切届いていない。それどころか雪咲とアメノウズメにさえも届かず、魔物は雪咲の魔法で鋭く尖った岩を掴み投げる。だが光の根源に勢いよく向かっていくが、一歩手前でその動きは完全に停止する。一つの岩だったのが真二つになり地面に落ち、魔物の岩を投げた腕もが体液を吹き上げながら地面にボトリっと落ちる。辺りに飛び散った体液だが、それに触れた物は一切解けずにいた。それもその筈、雪咲の放った斬撃には浄化の能力が込められていたのだから。

 

「……これは」

 

覆っていた輝きは消え去り、雪咲は改めて自分の姿を見てみる、着ていたローブは完全に消え去り代わりに桜色の和服を着ていた。袴の色も薄ら桜色で、羽織に関しては桜の刺繍までもが入っていた。流石に少し照れくさかったが、今はそんな事を気にしている余裕はない。どうやらこの状態になっているにもタイムリミットがあるらしく、多く見積もっても20分近くが限界だろうと勘付いていた。

 

折れたはずの刀はいつの間にか治っており、寧ろさっきまでよりも切れ味が数段にも上がっている気がしていた。そんな刀をゆっくりと振りかぶり、魔物目掛けてスッと振り下ろす。すると魔物は、まるでかち割られたみたいに真二つになりその場に倒れ込む。もはや完全に再起不能状態で、ピクリとすら動く気配はなかった。

 

これで終わり……だと思っていたのだが、何か胸に引っかかる感覚が否応にも残る。何かを見落としているような、気持ち悪い感じが。じっと辺りを見渡してみると、魔物の亡骸に近付く人影を見つける。目を凝らしてみると、その人影はローブに包まれて顔までは見えなかったが女性のようにも見えた。その人影はこちらへちらっと視線を送り、そのままぼんやりと姿を晦ましてしまう。

 

「……何だろう、あの人」

 

小さく呟きながらも街に張り巡らせた結界を解除し、魔物の亡骸を解体して異次元袋の中へと仕舞い込む。何度も和服に魔物の血液が付着したが、指を鳴らせばすぐに消え去ってしまうので問題はなかった。

 

何か……嫌な予感が……

 

その予感は不運にも的中してしまい、混乱状態に陥ってしまうことになる。だが、今の雪咲にはそれを考える余裕は無かった。




中途半端な所で終わり申し訳ないと思っています、でも一徹の後で考えるには流石にそんな体力は……。

魔物の亡骸に接触した人物は一体、そしてこの後に起こる大波乱とは……!?


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第53話 不可解過ぎる現象!?

どうも、秋水です。

少しミステリーみたいになってしまいましたが、そこまで凝ったものを作る気はないのでご安心ください。




魔物を倒し終えた為結界は雪咲が消滅させ、街の人達は自由となり開放された。中から出れなかった皓達も外に出ることが出来るようになり、全員で外に出てみる。だが何処にも雪咲と魔物の亡骸が見当たらなく、探しても探しても見つかりはしなかった。

 

「雪咲……!」

 

「……雪咲!」

 

「雪咲……」

 

「何処だ!」

 

必死に探せど、何処からも返事は帰っては来なかった。やがて薄らと日は昇りかけ、仕方ないと今の時だけは探さずに大人しく宿に戻ろうとする。だが街に入った途端街の人達に囲まれ、感謝の意や言葉を沢山頂く。

 

「た、倒したのは俺達じゃなくて……!」

 

「倒したのは雪咲で、私達は何も……!」

 

もみくしゃにされながらも必死に声を出すが、雪咲の名を聞いた時誰もが首を傾げていた。最初は見間違いかと思っていたのだが……

 

「誰だ……雪咲って……?」

 

「そんな人、居たかしら……?」

 

等、初対面の人の名を口にするみたいに覚束ない感じだった。冬望がいつの間にか隠し撮りをしていた写真を見せるも、誰も覚えていないようだった。

 

「だって、あの魔物はお兄ちゃん達が倒してくれたじゃん!」

 

そう言って少年が取り出したのは、見覚えのあるクリスタルだった。それは幸か不幸か、雪咲が倒したことを証明するいい機会だと皓や冬望は考えた。しかしその考えを裏切るように、予想の斜め上を行く事実が目に写ったのだ。

 

「うそ……っ」

 

「まじかよ……」

 

クリスタルが映し出していたのは、皓と冬望と眞弓とアーシュとユリナが必死になり魔物を討伐している動画だった。誰が撮っていたのか分からないが、決定的な瞬間を見ていなかった人達からすればこの映像だけが真実への頼りだった。それでも尚冬望は異を唱えようとしたが、皓はそれを無言で止める。静かに首を振り、街の人達の謝礼等を受け取る。皓以外の誰もが怪しんでいたが、睡魔もあってかその時は考えることはしなかった。

 

その後皓達は宿屋へ行き、部屋を撮って仮眠をとることにした。だが寝不足のせいもあってか、思ったよりも長時間眠ってしまっていたのだ。既に太陽は真上に登っていて、時間で言うとお昼くらいになっていた。慌てて冬望達を起こしに行くも、寝ているのか部屋に居ないのか、返事すら返ってこなかった。仕方なくフロントの方へ行ってみると、そこにはさっきまで部屋を回っていた、探していた人達が居た。

 

「なんだ、もう起きていたのか」

 

何食わぬ顔で合流してみるが、何だか元気がなかった。そのため、皓は理由を聞いてみた。

 

「本当は雪咲が倒したのに……何でだろう……」

 

「やってもいないことで褒められるのは……何か違う気が……」

 

「それに、誰もが雪咲を知らないというのが気になる」

 

「確かに、誰か目撃した人が居てもおかしくない筈……」

 

それぞれ意見を出し合い、必死に知恵を振り絞る。だが思いついたのは全て現実味がなく、却下論となっていた。だが諦めないと、今度は盗賊団員達も使って街の中を散策していた。皆皓達の話で盛り上がていて、人を探すどころでは無くなってしまう。だが、そうでもしないと情報が手に入りそうになかったからだ。

 

結局その日一日掛けて街中を散策してみたが、誰も雪咲を見た人は居なかったという。




次の話では、違和感の正体と雪咲の件について関わらせてみようか悩んでおります、



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第54話 見つからぬ雪咲と、冬望の思い……!

どうも、秋水でございます。

今回の話では、ちょっと意味深的な発言が含まれています。
別に今後の展開のネタバレと言うほどではないのですが、察しの良すぎる方なら一瞬で見抜かれてしまうと思いますがご了承くださいませ。


「どうだった……?」

 

「駄目、こっちも目撃は無かったみたい」

 

「私の所も……」

 

「くそっ……」

 

一通り雪咲を探し終えた一行は、情報整理すべく宿屋の一室へと集まっていた。そこに居たのは皓・冬望・眞弓・ユリナ・アーシュ・グラン・リーシア、他の団員達は引き続き探してくれるとのことだった。だが一向に目撃証言すら入ってこず、途方に暮れていた。人気の無いところにも行ってみたが、空振りで終わった。

 

「グラン、他に雪咲の行きそうな所に心当たりはあるかな……?」

 

「俺は無い、アンタのほうが長い付き合いじゃなかったのか?」

 

「正直、行きそうな所はすべて探したよ……だけど、見つからなかった」

 

「そうか……」

 

全員の雰囲気が少し悪くなり、その日は解散ということになった。だが皓は、ふと思うところがあり冬望の部屋を訪ねてみる。

 

「まだ起きてる?」

 

「……どうしたのよ」

 

「いや、いくつか聞きたいことがあってな……中いいか?」

 

「……好きにしなさい」

 

「じゃ、そうさせてもらうわ」

 

そう言って、皓は怪しまれぬようにヘラヘラとしながら部屋の中に入れてもらう。少し視線だけで部屋の中を見渡し、物音を立てぬようにそっと近くの椅子に腰を掛ける。冬望はベッドの上に座り、皓の方に向かい合うように座っていた。

 

「それで……話って?」

 

「いやな、ちょっと前から気になってたんだが……何でそんなに雪咲に執着するんだ?客観的な考えで教えてほしんだが」

 

「……」

 

暫くの間無言の時間が続き、静寂が辺りを包み込む。一切冬望の目を見て離そうとしない皓と、視線を泳がせどう言い訳しようか考えている冬望。このまま平行線になっていくかと思いきや、冬望はそっと深くため息をつく。

 

「……このまま黙っているのも無理そうね、だけど一つだけ条件があるわ」

 

「条件?」

 

皓は首を傾げる。

 

「そう、”誰にも言わないこと”……これだけは約束して欲しいの。例え雪咲であっても」

 

「……分かった」

 

皓は思う所があるのか、静かに首を縦に振る。そして、冬望は小さくポツリと話し始めた。

 

一方その頃雪咲は、アメノウズメと共に次の街へ行くべくフェルナを旅立っていた。ゆっくりと歩きながら、話しながら歩いていた。

 

「それにしても、どうして歩きなの……?」

 

「ん~……早くあの街を離れたかったのと、偶にはこんなのもいいかなって」

 

「やっぱり……皆と居るのは嫌?」

 

「……」

 

雪咲はその質問には口にして答えはせずに空を眺めながら歩く、だがその様子を見ている限りでは何を思っているのか一目瞭然だった。

 

「……こんなの、永遠に繰り返していかなきゃ行けないのかな……」

 

そう呟く雪咲の瞳は、何処か思いつめたような感じだった。




次話では、冬望の思いが皓に……!
そして、雪咲に襲いかかる異変も……!?


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第55話 思考の終着……

どうも、秋水です。

今回の話で、冬望の気持ちを書かせていただきました。次の話では雪咲がメインです、前よりも違った思考を手に入れた雪咲が出した結論とは……。


皆が寝静まった夜、皓と冬望は宿屋の一室で話をしていた。

 

「……どうして私が雪咲に執着するか……よね」

 

「あぁ……」

 

皓はどうしても聞きたかった事なのだが、いざ聞こうとすると少しだけ怖いという感情が芽生えてくる。だがこれを聞かなければ、今後どうなってしまうか分からなかったからだ。

 

「……あいつの事好きなのって、眞弓だけじゃなく……私もなのよね。だけど目を離したらすぐにどっか行っちゃうし、他の女の子連れてきちゃうし……」

 

そう呟くように言葉を発している時の冬望は、まるで落ち着かないかの様にもじもじとしながら頬を赤らめていた。

 

「それってつまり、嫉妬……なのか?」

 

「そういうのとは違うんだけど……なんて言えば良いのかな……」

 

ポリポリと頭を書きながら言葉を模索し、次に口にしようとしている言葉を探している。

 

「不安……なのかな、正直。途中で死んじゃったらとか、他に好きな人ができちゃったらとか……それに雪咲って強いから、一緒に戦ってくれたほうが心強いし……」

 

「成る程な……」

 

そっと腕を組み、背凭れに凭れ掛かり小さく頷く。冬望まで雪咲の事が好きなのは薄々と勘付いてはいたが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。それに、雪咲に執着する理由もわかった気がした。

 

「……だけど、それが執着していい理由にはならないだろう?」

 

「だ、だけど……」

 

「あいつは何よりも自由を望んだ、向こうの世界では手に入らなかった物を……今度は冬望がその手で自由をあいつから奪い去るのか?」

 

「そんなつもりじゃ……」

 

「そっちにその気はなくても、あいつからしたらそう思うんだろうな……」

 

皓の口調は段々苛立ちを含んできた……皓は雪咲の事になると、たまに冷静さを見失うことがある。例えその相手がどんな輩でも、怯まずに正論で捻じ伏せてしまう。

 

冬望の様子は段々憔悴していき、終いには涙ぐんでいた。少し動揺する皓だが、無言でそっとハンカチを差し出す。それを受け取った冬望は涙を拭い、膝の上にそっと乗せて綺麗に折りたたむ。

 

「……そういえば、冬望は知らないんだっけ。眞弓も……」

 

「何を……?」

 

「雪咲が、一体どんな生活をしていたのか……」

 

その言葉に動揺したのか、ハンカチを折りたたむ手は一瞬止まる。顔を見てみると、少なからず動揺を隠そうとしていた。

 

「……図星か」

 

「……」

 

皓は小さくため息をつき、少しだけ雪咲の過去について語ることにした。後で眞弓にも伝えるつもりだった、伝えても問題のなさそうな話だけを厳選して……。

 

 

 

その頃雪咲とアメノウズメは、誰も居ない星の灯しか無い草原の下で寝転がっていた。なにか敷いているわけではないが、この世界には蚊などの小さい虫は存在していないらしい。

 

「……いつ見ても綺麗な星だ」

 

「そうね、でも何処か儚い……そんな感じがしますね」

 

そんなやり取りをしている中、雪咲は少し気になっていたことを口にする。

 

「……どうして偶に敬語が出てくるの?」

 

「まぁ……癖みたいなものです、気にしないでください」

 

アメノウズメはクスッと無邪気に微笑む、それを見た雪咲は動揺してしまい黙って空をまた見上げた。胸の鼓動が高鳴り、顔が熱くなるような感覚……。

 

もしかして……いや、そんな筈は……

 

悶々と心の中で考え事をしていると、肩を突かれる感覚を感じる。視線を向けてみると、アメノウズメが雪咲の方を見ていた。

 

「どうしたの?」

 

「先程言っていた”永遠に繰り返す”とは、どういう意味なのでしょう……?」

 

「それか……」

 

雪咲は少しだけ話すのを躊躇い、沈黙の時間を作ってしまう。だがそれが逆に、冷静になれるチャンスだと思った。暫くすると思考が正常になり、心の整理も付いていた。

 

「……聞きたい?」

 

「はい」

 

小さく頷くアメノウズメ、雪咲は黙って空を見ながら小さく呟くように話し始めた。




次話、雪咲メインのお話となります。

雪咲の出した結論に、アメノウズメはどう答えるのか……!?


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第56話 残された時間は……

どうも、秋水です。

今回の話は、ほぼ独自の設定が出てきます。ですが解説もきちんとしますので、置いてけぼりは無いと思います。




「俺のスキルの中に、神・魔王化というのがあるでしょう……?」

 

「そうですね、ですがこれに何の関係が……?」

 

「あったんですよ……関係」

 

すると、アメノウズメの表情はだんだんと親妙になってくる。そう、まるで仲間を見つけたかのように……。

 

「……どうやらこのスキルがある限り、俺は”死”も”老”も”生”も無いらしいんです」

 

この世界では様々な言い伝えがあり、その最も有力かつあの神様が教えてくれた信用ありそうな情報。死が持つ性質、それは転生を表す。老が持つ性質、それは年季。生が持つ特性、それは命。人間にはその3つが備えられており、誰とてそれは例外ではない。不老長寿とまで言われたヴァンパイアですら、3つの概念は兼ね備えている。だがこの世の者でない物……妖怪・幽霊・神は、これに該当しない。妖怪や幽霊は退治と言っているが、実質追い払っただけで退治など出来るはずがない。生の特性を持った人間は特性を持たぬ者に干渉出来ず、しかし逆は有り得る。しかし直接的な干渉は出来ず、間接的ではある。

 

雪咲には3つの特性は持ち合わせていない、つまりはこの世には存在しない者としてある。言うなれば概念と言えようか、しかし干渉が出来ぬ概念ではない。では何故干渉できるのか、それは……。

 

「……神卸の禊ですね」

 

神卸の禊とは、ある程度神に見初められた者にのみ与えられる祝福の一つ。本来であれば清められた魂は同じ世界に生を受けるまで保管される仕組み、しかしこの禊はその場では清めず新たな新天地にて転生を行う。その地で生きていく内に魂は清められていき、やがては神と同等の存在になるチャンスを得る事が出来る。しかし新天地では不老不死の存在として居なければいけないため、普通の転生よりも心身共にかなり消耗する。つまり、神からお迎えが来ない限りはずっとその世界に取り残されることになる。

 

恋をしようが世帯を持とうが神はそれには触れぬが、全ての行動は自己責任で行われる。

 

「貴方はさしずめ、神様見習いと言ったところです」

 

「見習い……」

 

その言葉を噛みしめるように、ゆっくりと口にする。その光景を前に、アメノウズメはうっとりとした顔で見つめている。

 

「貴方にお迎えが来るのは、早く見積もっても数万年後だと予想できます」

 

その言葉に、雪咲の表情は微笑んだまま固まっていた。あまりにも長過ぎる年月に、頭の中では処理しきれなかった。

 

「まぁ……そう気を落とさないでください」

 

言葉を口にしながら空を見上げる、そこには無数の星星が煌めいていた。それにアメノウズメは少し感動していたが、雪咲はそれどころでは無かったようだった。このまま、ただ無情に時は流れるだけだった。




神様の仲間入り、出来るならしてみたいですね。それどころか、異世界に行きたいです。

っと失礼、願望が表に出過ぎましたね(苦笑)

次話では、2人の巡り合わせが……!


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第57話 そして、また動き始める

どうも、秋水です。

昨晩は投稿できずに申し訳ないです。理由は様々ですが、一番の理由は愛用のPCが逝ってしまったことです。フリーズが頻繁に起こるようになってしまったり、偶に起動しなくなってしまったりと……はぁ、買い替え時ですかね。


第57話 そして、また動き始める

 

 長く感じられた夜は終りを迎え、日が昇り朝がやってくる。宿屋に宿泊していた英雄達や盗賊団員達は、朝早くから旅支度をしていた。

 

「さてと……」

 

 旅支度を終えた皓は、一足早く馬車の待つ外へと向かう。一番乗りと思い馬車に乗り込んだ瞬間、既に中で待っていたアーシュと鉢合わせになる。

 

「あ……」

 

「お、おはよう」

 

 2人はややぎこちない挨拶をかわし、お互いに向き合うように座る。2人共暫くの間無言だったが、皓から話を振ってみる。

 

「アーシュ、あんたはどうしてそこまで雪咲に……」

 

「……」

 

 アーシュは暫くの間黙り込んでいたが、ぽつりぽつりと話し始める。

 

「禁じられた魔法……ユグドラシル、それに封じられていた私を助け出してくれたのは雪咲だけ。まぁ……偶然だったけど」

 

「偶然かよ……」

 

「でも、魔力で導いたのは私……この世界の人達とは、なにか違う気配を感じていたから」

 

「……」

 

 そこまで聞くと、皓は考え込むように口を閉ざす。皓はアーシュが既に死んでいることは知っていることは知っていたが、この後……つまり、”あの”場所で雪咲から聞いたことを話してもいいかを考えていた。

 

『アーシュは雪咲とこの世界で一番付き合いが長いみたいだからな……でも、あいつは誰にも言うなって……』

 

 悶々と考えた結果、遠まわしにそれを匂わせてみることにしてみた。

 

「なぁ……死者って、どうなると思う?」

 

「死した者……?当然浄化されるんじゃ……」

 

「じゃあ、例外があるとしたら……?」

 

「……それは」

 

 そこまで来てアーシュはコクンっと首を傾げる、皓はもう少し分かりやすいほうがいいかなと考えつつ、続きを話していく。

 

「例えば何だけど、神様に見初められて別世界に転生させてくれるとしたら……?」

 

「神はこの世に……存在するのか分からない、私も龍神とは言われているけどそれと言って特別な事はできない。ただ死なないのと無限の魔力しか……って、まさか」

 

「恐らく、あいつは……」

 

 そこまでしか皓は言葉にしなかったが、ニュアンスで察したのか空いた口が塞がっていなかった。そしてアーシュも熟考し始めていた。

 

『……すまんな、雪咲。だけど、これだけはどうしても話しておかないと。今後お前の為に……な』

 

 皓はまだ誰も来ないのを見計らい、窓に頬杖をつく。

 

「……これは本当の本当に戯言みたいなものだが、恐らく雪咲は死んでから神と同等の存在になったんじゃないかと俺は思ってる」

 

 小さく呟くように発した言葉だったが、アーシュは聞き取り思考回路がショート寸前の顔をしていた。だがそれよりも最悪な自体が起こってしまった、皓が言葉を言い切る前に馬車の戸が開かれてしまった。それにより、すぐそこに居た冬望と眞弓に聞かれてしまった恐れが高い。

 

「「…………」」

 

 2人は馬車の中へ入ろうにも入れぬ空気になってしまい、そのまま呆然と立ち尽くしていた。皓は内心かなり焦り、聞かれていないことを祈っていた。

 

『やべぇ……聞かれてた!?だがタイミング的に……いや、どうなんだこれ……聞かれていたとしたら、どやされるじゃ済まない気が……』

 

 膝の上で拳をグッと握り締め、気が付けば変な汗が額から伝い落ちていた。だが数秒後、2人は普通に馬車の中へ入ってきた。その様子を見て、皓は安堵のため息をついた。だが2人の思考は、皓が考えていたより明らかに最悪な方へと向かっていたのだった。そんな2人の考えを知る由もなく、馬車は次の街へと向けて出発する。




次の話からは、また平常路線……と思っていたら大間違いですよ?

もとより、決まった路線なんて無いですから!

ですので、この先どうなってしまうのか自身でも分かりかねます。


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第6章 エルティア編
第58話 森の洗礼、そして通りすがりの女性


どうも、秋水です。

登場させる街の数、後どのくらいにしようかなーと悩み中です。

というよりも、若干スランプ気味になっている気が……。

それでも書くのは辞めないので、生暖かい目で見守っててください!


 目を覚ますとそこは、だだっ広い草原のど真ん中。隣にはアメノウズメが無防備に寝ており、それ以外は何もなかった。草花が風に揺られ、木々が心地よい音を奏でている。日は真上よりも若干登りかけの状態、まだ午前中だということが何となく分かる。

 

「ふぁぁ……」

 

 欠伸をしながらふと起き上がる、するとその音のせいかアメノウズメも目を覚ました。

 

「……おはようございます」

 

「おはよう……ごめん、起こしちゃった?」

 

「いえ……大丈夫ですよ」

 

アメノウズメも起き上がり、2人して暫くの間座って景色を眺めているだけだった。だが日が丁度真上に登った頃合いを見計らい、雪咲は立ち上がる。

 

「さて……行こうか」

 

「はい」

 

 そう言って、2人は次の街である〈エルティア〉を目指し歩き初めた。〈エルティア〉はそこまで栄えた街では無いらしく、森の中にあると言われている。木々に囲まれ、とても静かで穏やかな街だと言う。この情報は、事前に前の街で人から聞いたものだ。詳しい場所までは得られなかったが、大まかな位置さえ聞ければ後は現地に行って探すのみ。

 

 だがそううまくいく筈もなく、森に入った瞬間魔物に囲まれてしまう。熊の様なちょっと大きめの魔物が3体、兎に角を生やしたような小さな魔物が5体、小さな鳥のような空を飛ぶ魔物が15体と、軽い動物園状態だった。雪咲は特に動揺などせず、平然と懐から刀を取り出す。

 

『連日大型の魔物とか相手にしてたから、感覚が麻痺したのかな……』

 

 そう思いながら抜刀すると、とてもでは無いが目を疑いたくなるような現実を目の当たりにしてしまう。それは美しく研がれたはずの刀身が”消えて”いたのだった、前回巨人の魔物と戦った後からの記憶が全く思い出せない状態だった。刀をどうしたかすら覚えていない状態で、無意識に使えるだろうと思いこんでいた。

 

「まじかよ……」

 

「ま、まぁ……この程度なら、軽い魔法だけでも吹き飛びますよ」

 

 苦笑気味にアドバイスをくれるアメノウズメ、その空気の緊張感の無さにいたたまれなくなった。なにはともあれと、魔法を唱えるために魔力を全身に巡らせていた最中、森の奥の何処からか矢が無数に飛んできた。だが雪咲とアメノウズメをまるで”遠隔操作”しているみたいに避け、魔物だけを的確に射抜いていた。

 

「……え?」

 

「……」

 

 何が起きたのか理解出来ず立ち尽くしていると、森の奥から一人の女性が姿を表した。その女性は身長が雪咲よりも少しだけ高く、耳は普通の人よりも長く尖っているようにも見えた。美しく風に揺られるブロンド色の艶のある髪、普段陽の光を浴びているのかと心配になってくるほどの真っ白な肌、まるで海の底みたいな少し暗めの蒼い瞳の色、控えめな胸、スラッとした見た目、細くささくれ一つ無い指先。雪咲の視線は、その女性に釘付けになっていた。一方隣では、アメノウズメが少しだけムスッとしていた。だが、それにすら雪咲は気付かなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 その女性は心配そうな顔で話しかけてくるが、雪咲は少しの間女性を見ながらただ呆然としていた。だが一気に現実に引き戻されたのか、気を確かに持ち心を落ち着かせていた。

 

「はい……助けて頂き、ありがとうございます」

 

 ペコリと頭を下げると、女性は突如慌て始める。

 

「そ、そんな畏まらないでください……この先にあるエルティアという街に戻る途中、偶々貴方達を見かけて……襲われていたので、助けただけですから」

 

「それでも、助けて頂いたことには変わりありません」

 

「そうですね……危ない所でした、ありがとうございます」

 

 アメノウズメも軽く会釈をし、2人同時のタイミングで下げた頭をゆっくりと上げる。

 

「貴方達はどちらへ……?」

 

「エルティアという街に行こうと思ったのですが、大まかな位置しか知らなくて……」

 

 街の名を口にした瞬間、ほんの僅かだが女性の雰囲気が変わったのを感じ取った。常人であれば絶対に気付け無い程の変化なのだが、雪咲は無意識に感じ取っていた。アメノウズメも同じようで、面には出さないものの内心では警戒していた。

 

「……エルティアには何を?」

 

 女性の口から発せられた言葉は、何処か恐れを抱いているような感じがした。外敵を寄せ付けたくないというか、”何か”に警戒しているように……だが、その真意を雪咲達はまだ知る由もなかった。




次話では、エルティアが出てきます。

広大な樹海のど真ん中にある街って、何かロマンがありますよね。自分も一回だけでいいから行ってみたい……。


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第59話 エルティアで起こっている事態とは……

どうも、秋水です。

最近昼間暑いと思ったら夜が急激に寒くなったりと、気温変化に置いてけぼりにされかけています。

おかげさまで体調は本当に優れません……。

ですが、書けると思った時にはきちんと書こうかと思っています。

あとは、カラオケで友人と歌っている最中曲の歌詞とかで想像し、この後どうしようかなと色んな方向でのアイデアが止まりません。


「エルティアには何をしに……?」

 

 警戒心をほんの少しだけ剥き出しにし、手に持っていた弓を強めに握っていた。しかし魔力は一切感じられず、単に警戒しているだけだと直ぐ様理解した。

 

「只の観光ですよ」

 

「はい、私達は世界を旅する旅人なのです」

 

 その言葉が信用できていないのか、一歩も警戒を緩めようとはしない。

 

「ほ……本当に旅……なんですか?」

 

「……どういうことですか?」

 

 少女の謎の焦り具合に、雪咲は少し不審に思い首を傾げる。そして、すぐに何かあったのかと分かる。

 

「もしかして、俺達が来る前に何かあったんですか……?」

 

「……えぇ、まぁ」

 

 何度聞いてみても曖昧な言葉しか返ってこず、雪咲は悩んでいた。一体どうすればいいのか、この状況をどうすれば打破できのかと……。すると、アメノウズメが口を開く。

 

「仕方ないわね……街へ案内してくれませんか?」

 

「っ……どうしてですか?」

 

「私達は街の細かな位置すら知らないし、何かお手伝いできることがあればと思うのですが……?」

 

 アメノウズメの予想外の提案に、一瞬呆然となる少女。しかし直ぐに気を取り直し、首を横に振る。

 

「……貴方達も疑わしいには変わりありません、ですので街へは案内することは出来ません」

 

 一切考えを曲げず、只管街へ案内するのを拒否する。

 

「はぁ……分かりました、自分達だけで何とかしてみます。助けて頂きありがとうございました、俺達はこれで失礼します」

 

 雪咲は小さくため息をつき、お礼を口にしながらペコリと頭を下げる。そしてそのまま頭を上げたかと思えばふっと振り向き、更に森の奥へと歩みを進める。何かに警戒してなのか足取りはゆっくりだが、着実に遭難すると思った少女はグッと弓を握り締めて俯く。

 

『……仕方ないのよ、これは……私は悪くない、悪いのは街を……』

 

 悔しさと憎悪を何処にぶつければ良いのか分からない少女は、そのまま一人雪咲達が消えた方とは逆方向の森の奥へとそそくさと消えてしまう。この後、雪咲は災難に巻き込まれるのだが……それは別の話。

 

 一方その頃皓達一行は、雪咲が率いてた盗賊団員達を英雄一行へと引き抜き一つのチームとして結成となる。英雄一行のリーダーが皓に決まり、サブリーダーが眞弓になる。皓がリーダーに選ばれた理由は、雪咲と特に仲が良かったのと、思慮深い行動と仲間思いな所から適任だと指摘される。眞弓がサブリーダーに適任だと思われた理由も、それだ。負傷者を手厚く看病し、皓と同じくとても仲間思いだったからだ。

 

 そんな一行は、馬車に揺られながら雪咲達の向かってるエルティアとは別方向の街へと向かっていた。馬車の進む速度は若干数日前よりも遅くなっており、下手すれば日暮れ時になってしまうかも知れなかった。




次話では、エルティアで起こっている事態の真相が明らかに……!?

そして、少女の正体も……!?


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第60話 苦難続きの旅

どうも、秋水です。

最近新しい服を買い、多少なりと浮かれています。
着る前も来た後も楽しみは残っていましたが、着慣れた今となっては快適しか残っていません(苦笑)

夜の気温も上がり始めてきたので、丁度よいかなと思っています。


 深い森の中を歩み進んで数分、とある違和感に襲われる雪咲。まるでとても大きな祭りが行われているのかと思えるほどの爆音と自揺れと人の声、それに何を思ったのか雪咲とアメノウズメは歩速を早める。

 

 暫くの間音だけを頼りに歩き回っていると、何かが見え始める。地面に倒れており、それはまるで人のようにも見える。小走りからいつの間にかダッシュに変わっており、倒れている”もの”の所へと急ぐ。間近で見てみると、”それ”は人では無く、人の形をした何かだった。

 

「……一体これは」

 

 ゆっくりとしゃがみ、何かに触れようとした。だが手を差し伸ばした瞬間、、木の根っこの様な蔦のような物に手を弾かれる。蔦のようなものは地面から生えており、その地面には魔法陣が描かれていた。その為、意志のある者がやっているということは火を見るより明らかだった。

 

「アメノウズメ……この人をお願い」

 

「……分かりました」

 

 倒れている”もの”をアメノウズメに任せ、雪咲は走りながら魔力の出処を探る。すると近くの木陰から、微量な魔力を検出。そこに向かって小さな刃物を投げ込むと、カッと木に刺さる音と同時に声みたいなのも聞こえた。雪咲は恐る恐る覗いてみると、今にも逃げ出したそうな少年の肩の服の布を、刃物と木で繋ぎ止めていた。幸いなのか、何処にも外傷らしき外傷は見当たらなかった。

 

「お、お前何者なんだよ……!」

 

「俺は只の旅人だけど……?」

 

 体を縮こまらせガタガタ震えている少年と相対して、雪咲は涼し気な表情で凛としていた。

 

「旅人が……何でこんな所に……!?」

 

「いや、エルティアという街を探しててな……お前、知らない?」

 

「あ……あそこは……もう……」

 

 先程とは打って変わり、小さくモゴモゴと話し始めた。その少年の話によると、エルティアは数日前にかなり酷い有様になってしまったらしい。その原因は旅人で、倒れている所をエルティアの住人が助けたそうだ。しかしその旅人がクズらしく、街中の女性に声をかけてほぼ強引に夜の営みに誘うどころか、図々しくもその街に住むと言い放ったらしい。

 

 しかしそれに耐えかねた街長は、その旅人を追い出すことにした。だがそれから後が最悪だったらしく、街の女性が一歩でも町の外に出れば行方不明になり、活動している人が少ない時間帯を狙い隠密魔法で金目の物を掻っ攫っていく。どんなに結界を張ってもバリケードを建てても、その日の夜中には音もなく壊されている。それがどんどん続き、やがて街の中にも密偵が居ると住人たちが疑心暗鬼になってくる。少年は時折言葉に詰まりながらも、聞いたらしき話を全て口にする。

 

「……それで、その旅人は?」

 

「知らね……俺は昨日エルティアに行ったが、酷ぇ惨状だったよ……」

 

「じゃあ、森の入り口辺りで出会った弓をもった少女は……」

 

「エルティアの騎士……それだけは分かるが、後は知らない……」

 

 話し終えた少年は気力を持っていかれたみたいにぐったりとし始め、口数が少なくなってくる。これはもう無理だと思った雪咲は、感謝の言葉を口にしアメノウズメの所へ戻る。だがその途中、雪咲はとんでもない場面に出くわしてしまう。

 

「え……」

 

「えっ……」

 

 倒れていた”もの”を抱き抱えていたアメノウズメだが気が付いた時には、首元に深く銀色のナイフが突き刺さっていた。血液が噴水の如く吹き出し、その場に倒れ込む。”もの”は少し眼を離した隙にアメノウズメから距離を取り、もう一方の手には2本めのナイフが握られていた。




次話では、アメノウズメがどうなってしまうのか。そして、雪咲と”もの”とのやりとりが……!?

正直、今回の話は只の導入に過ぎないと思っております。そしてエルティア編は、恐らくアルステンよりも長くなるかと思っております。


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第61話 旅人の正体!

どうも、秋水です。

今回の話では特に報告は無いので、呆気なく終わってしまいます。

ちなみにエルティア編は、森に入った所からエルティア編となります!


「えっ……!?」

 

 気が付いた時には、アメノウズメは地面に倒れ込んでいた。どんどん血溜まりが広がっていき、雪咲の頭の中は真っ白になっていた。さっきまで横たわっていた”もの”は、ケタケタと笑いながらこちらを見つめている。

 

「こいつっ……」

 

 咄嗟に刀を取り出して斬り込むが、圧し折れた刀では傷をつけることすら出来なかった。それどころか更に砕かれ、もはや刀身は全て無くなってしまう。武器は全て失ってしまい、魔力を込めようとする。だが突如襲われる虚脱感、気になり辺りを見渡してみると足元に何かが絡みついているのが分かる。それが雪咲の魔力を奪い取り、魔法の発動を阻害していた。

 

「っ……!」

 

 急激に魔力を吸い取られて全身の力が無くなっていき、地に膝をつく。顔色がどんどん青白くなっていき、目の前が霞んでくる。

 

『くそっ……一度に急激に魔力を失いすぎたせいで……!』

 

 すると、物陰に隠れていた少年がひょっこりと顔を出す。逃げろと言わんばかりに目配せをするが、さっきと雰囲気が打って変わっていた。さっきまでガタガタ震えていたのだが、今となっては狂ったのか声を上げて嘲笑っていた。”もの”が少年に視線を向けるが、興味が無いのかそれとも他の”関係”があるのか直ぐに雪咲の方に視線を戻す。

 

「ひーっひっひっひ!!こいつ騙されてやがらぁ!」

 

「なっ……」

 

 思っても見なかった言葉を聞き、思わず我が耳を疑った。そう、この少年は”もの”と仲間通しだった。

 

「お前ら……何物……」

 

「そうだなぁ、今から死ぬお前だけには教えてやるよ……さっきの旅人の話覚えてるだろぉ?俺がその旅人さ!こいつはシュリア、エルティアで契約した殺戮の悪魔さ!」

 

 少年は嬉しそうにシュリアに頬ずりする、一方シュリアはただ無表情に雪咲の事だけを見つめていた。その瞳には光はなく、ただ本当に殺戮のことだけしか頭に無いような感じがした。

 

「……可哀想に……」

 

 聞き覚えのある声が何処からか聞こえてくる、雪咲は思わず声の聞こえた方に視線を向けてみる。するとそこに立っていたのは、先程喉元を刺され倒れたはずのアメノウズメだった。よく見てみると傷は無かったことになっており、出血の跡も血痕さえすら無くなっていた。

 

「なっ……お前、一体どうやって!?」

 

「貴方には関係のないことよ」

 

 少年の言葉を遮り、アメノウズメは少年に殺意を向ける。悲鳴のような声を出した瞬間、シュリアは少年とアメノウズメの間合いのど真ん中に割って入ってくる。少年を守るように……近づけさせぬように。

 

「……ちょっと我慢しててね」

 

 アメノウズメがそっとシュリアの額に触れると、見たことのない魔法陣が現れる。それが消えたかと思えば、シュリアが突然と苦しみだす。血反吐を吐き、涙を流し、地面に膝をつく。

 

「お前、何を……!」

 

 その言葉を言い切る前に、アメノウズメは間合いを一気に詰める。そして背後から手をそっと首元へ滑り込ませ、一気に骨をへし折った。ゴキッという快音と共に、少年は口元から唾液を垂らしながら力無く地面へと倒れ込む。息の根は完全に止まり、そのまま無に帰す。

 

 シュリアはというと、先程までの禍々しさや殺意などは一切取り払われていた。だがその途中の苦しみに絶えきれなかったのか、気を失い地面に倒れてしまう。

 

「……」

 

「……これで終わりです」

 

 そう呟くように言葉を発するアメノウズメは、何処か悲しげな雰囲気を漂わせていた。




次話では、遂に街の状況がどうなっているのか……!

そして、シュリアの運命やいかに!?


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第62話 エルティアの門の前……!

どうも、秋水です。

昨日弟のせいで体調を崩してしまい、今頭が余り働かないです……(涙目)


 雪咲は倒れたシュリアを抱き抱え、アメノウズメと共に森の中を彷徨い歩いていた。何度も見覚えのある場所を通り抜け、遂に見覚えのない木製の門が目に留まる。

 

「ここは……まさか……」

 

「エルティア……ですかね」

 

 少し悩んだ結果、門の方へと歩を進めてみる。すると、何処からか銀色に光る”何か”が飛んでくる。雪咲はそれをひょいっと避けてみると、”何か”は地面に抉れ込む様に突き刺さる。よくよく見てみると、地面に刺さったそれはごく普通の矢だった。だが、ほんの少しだけ魔力が込められていた。

 

「一体どこから……」

 

 矢が飛んできた所に視線を向けてみると、直ぐに矢を射った人は見つかった。なんと、門の上で弓を構えていた。その人は、森の入り口で出会った少女だった。だが出会った時とは違い、完全に敵意を雪咲達に向けていた。

 

「貴方……何故その女と……!」

 

「森の中で偶然出会って……」

 

「嘘っ……!」

 

 雪咲は本当のことしか言っていないのだが、少女はどうしても信じようとはしなかった。雪咲の言葉を片っ端から否定し、完全に他の声なんて聞き入れない感じだった。

 

「一体どうしたっていうんだよ!」

 

 訳が分からなくなり、自然と声を荒げる。だがそれが逆効果となってしまい、逆に相手を威圧する形になってしまう。だがそこで事故が起こる、少女の構えていた弓の弦が絶えきれなかったのか、ヒュンっといい音を立てて切れてしまう。

 

「きゃっ……!」

 

 小さい悲鳴が聞こえたかと思えば、びっくりして構えていた時に手にしていた矢を雪咲に向けて射ってしまう。弦が切れた衝撃で弓を離してしまい、勢いの付いた弦で少女は頬を斬ってしまう。一方で矢の方はと言うと、雪咲の目と鼻の先にまで迫っていた。だが考える時間が無く、咄嗟にシュリアをアメノウズメに渡して呆気なく雪咲の頭部に突き刺さりその場に血を吹き出しながら倒れ込んでしまう。

 

「っ……」

 

 痛みを堪えながらも少女は雪咲の方に視線を向ける、その光景を見て顔からどんどん生気が無くなっていくのが分かる。アメノウズメは若干驚いてはいたが、雪咲の事を知っているので矢を抜いて、どんどん傷を癒やす。

 

「私……本気で当てるつもりじゃ……」

 

 少女は今にも泣き出しそうで、膝から崩れ落ちていた。弓を握っていたはずの手は細かく振るえ、完全に自責の念で押し潰されそうになっていた。

 

「……雪咲、そろそろ起きてあげてください。偶然とは言え、彼女がちょっと可哀想です」

 

「そっか……仕方ない」

 

 雪咲は小さくため息をつき、ゆっくりと起き上がる。アメノウズメが治してくれたおかげで傷や痛みはほぼ完治し、意外とあっさりとした顔だった。その光景を目の当たりにし、少女は悲鳴を上げる間もなく気絶し倒れてしまう。

 

「あ……」

 

 先程まで騒がしかった雰囲気が、一瞬にして静まっていくのを感じた。




次話では、エルティアの街の中へと入ります!

そこで待ち受けていたのは……。


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第63話 エルティアの長老の家にて

最近、皆様は如何お過ごしでしょうか。
体が弱いせいか、度重なる体調不良に苛まれている秋水です。

皆様も、熱くなってきたからと言って体を冷やし過ぎぬようお気をつけください。(小説関係ないやん)

遂に、エルティアの街へと入りました!



 雪咲は門の所に倒れた少女を抱え、門をすり抜けて中に入ってく。エルティアの街の中に入り、辺りを見渡す。家は何処にも見当たらず、上を見上げてみると木の上の所に木造の建物が沢山建っていた。だが全員警戒心剥き出しで、誰一人雪咲達に近付こうという者は居なかった。このままでは埒が明かないので、雪咲の方から歩み寄ることにした。

 

 街の中央部の噴水らしき場所の所まで行くと、杖をついた老人がゆっくりと雪咲達の所へと歩み寄ってくる。後ろには剣を帯刀している若い男が2人、そして担がれている少女の姿を見て、老人の顔色が変わる。

 

「貴方は……?」

 

 雪咲の問に答える前に、老人は頭を下げる。そして、後ろに居た男2人も同時に頭を下げ始める。よくよく見てみると、3人共エルフみたいだと気が付く。

 

「頼む、儂はどうなっても良い……じゃが、娘だけはどうか……!」

 

 頭を下げている老人は小さく震え、まるで押し潰されそうな恐怖に必死に耐えているかのように見えた。何が何だか分からずに首を傾げていると、アメノウズメが指で肩を優しく突いてきた。そしてそのまま、耳元にそっと顔を近づける。

 

「雪咲、この人達は恐らくあの場所で出会った旅人と間違っているのでしょう……誤解を解いてあげてください」

 

「でも、聞く耳持たなそうだし……どうすれば?」

 

「そうですね……これまでの経緯を説明して差し上げるのはどうでしょうか」

 

「そうだね……」

 

 雪咲がコホンッと咳払いをすると、老人達はビクビクと視線を上に上げる。

 

「……取り敢えずこの娘はお返し致しますので、出来ればお話を聞いて欲しいのですが……」

 

「で、では私の家へ……」

 

「分かりました、それでは少々お邪魔させていただきますね」

 

 怪訝そうな老人達の後に付いていき、雪咲とアメノウズメとシュリアと少女は老人の家へとお邪魔する。中に入ってみるとかなり広く作られており、通された客室は厳かな雰囲気を漂わせていた。雪咲は家の人に頼んで、少女をゆっくりと出来る場所で寝かせて貰うために家の人に少女をそっと渡す。

 

 客室にそっと座っていると、先程の老人と男達が現れる。老人が雪咲の正面に座ると、男達はお茶を淹れ始める。

 

「私はこの街の長老を努めている……後ろの二人は護衛じゃ。それで、お話というのは……」

 

「はい、まず単刀直入に言って……俺は今日此処に来るのは初めてなんですよ」

 

「なっ……!?しかし、何処からどう見てもあの旅人に……」

 

「人違いです、取り敢えず俺が何処から来たのかから話す必要がありそうですね」

 

 この後雪咲は、約1時間程の時間を掛けて長老を説得する。流石に異世界から来たことは話せなかったが、話せる限りの事は全て話したつもりだ。アルザース帝国から、今の今までどんな生活をしていたのかも、ぽつりと話し始める。やがて時は過ぎ、雪咲の話が終わると長老含め客室に居た人達は何故か涙を目元に貯めていた。

 

「……?」

 

 何故泣いているのかと首を傾げる雪咲、それに気付いた長老はそっと涙を拭う。

 

「……儂の娘と年が近そうなのに、大層苦労しとるんじゃな……」

 

「……否定出来ないです」

 

 雪咲は若干照れくさそうに苦笑するが、長老の後ろに居た2人の男達は雪咲の所へ来て背中をバンバン叩いていた。

 

「よく頑張った……!」

 

「これからも、負けるんじゃないぞ……!」

 

 周りが同情的過ぎて、逆に遠慮してしまいそうになる。だがその時だった、閉まっていた襖がゆっくりと音を立てて開く。そこに立っていたのは、まだ若干寝ぼけている少女だった。

 

「お父さん、何騒いで……っ!!」

 

 眠気も雪咲を見た瞬間何処かへと吹き飛び、声にならない声を上げてその場でへたり込む。

 

「な、何で貴方が此処に……!」

 

「何でって……誤解を解くためだけど?」

 

 2人の会話に、長老は首を傾げる。

 

「2人共、既に知り合っておったのか?」

 

「まぁ……矢で討たれただけですが」

 

「そ、そうよ……なのにいきなり動き出すもの!」

 

 客室に居る誰もが、頭に?を浮かべていた。雪咲が事細かく説明すると、誰もが言葉を失っていた。




次話では、雪咲と少女がトラブルに巻き込まれる……!?

明日から忙しくなるので、更新する時間帯が不安定になってしまいます。
今でも不安定なのですが、もっとです。

ですが投稿は致します!


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第64話 事実確認、そして親密になっていく仲

どうも、秋水です。

昨日は投稿出来ず、申し訳なかったです。
色々と面倒事が起きてしまい、書く暇が無かったのです。

帰ってきたのが日の出頃の時間帯で、そのまま書いても良かったのですが……何分頭が働いていなかったものでして、そのまま寝てしまいました。

まぁそんな言い訳は置いておいて、続きのお話をお楽しみください!


「えぇっと……つまり、貴方は不老不死で……隣りにいる女性は神様で、この世界のことを知らない……というわけですか?」

 

 雪咲の話をじっと聞いていた長老の家の客室に居た人達、誰もが信じられないような顔で首を傾げていた。だが少女だけは違う、実際に死なない所を目撃しているため頭の中では納得していた。だが心の中では整理が付かず、悶々としていた。

 

「あぁぁ……もう、意味が分からないわよ!」

 

「そう言われても……」

 

 少女は雪咲に指を指し、そして頭を抱えて項垂れる。

 

「……ちょっと待って、じゃああの旅人は……?出会ったんでしょう?」

 

「あぁ……」

 

 雪咲は思い出したかのように、ポンっと手を叩く。

 

「多分だけど、その人なら魔物に食べられてるんじゃないかな?」

 

「へっ……?」

 

 記憶にある限りの森の中での出来事を、真実のままに話す雪咲。そしてあの旅人が口にしていた惨状が、事実であるかを確認する。

 

「いえ……先程の話を聞く限り、殆ど有り得ません。旅人がこの街の女性を攫おうとはしていましたが、娘がそれを止めたのです。それに見た所、被害が出た家は無いようです」

 

「じゃあ……あいつの話は……」

 

「はい、殆どが作り話です」

 

 雪咲は小さくため息をつき、額に手を当て何か唱えるようにぶつぶつと言葉を口にする。

 

「じゃあなに……俺死に損?ド頭貫かれてまで身の潔白を証明しようとした自分がアホらしい……」

 

「あはは……」

 

 雪咲が一人自分の世界に入っている中、隣でアメノウズメは静かにお茶を啜っていた。すると、少女が何か言いたげな視線で見つめているのに気付く。そっとお茶を置き、少女の方へ微笑みを向ける。

 

「あの……如何なされましたか?」

 

「え、えっと……お名前聞いても宜しいですか?」

 

「私は天宇受売命です、気軽にアメノウズメとでも及びください」

 

「そ、そんな……神様を友達感覚でなんて呼べません!」

 

「ふふふ……それで、貴方の名前は?」

 

「失礼しました、私はリィンです。私の父でありこの街の長老をしている、ガイルの実娘です」

 

 リィンは、深々と頭を下げる。それに連られるように、ガイルも頭を下げる。

 

「こちらの側近の二人、少し黒っぽい髪の方はリュカ、ブロンド髪の方はアルヌです」

 

「どうも」

 

「お見知りおきを」

 

 ガイルの後ろで、二人同時にお辞儀をする。

 

「……」

 

 この場にいる皆は自己紹介を終え、和気藹々とした雰囲気に包まれていた……ただ一人を除いては。

 

 雪咲は、今もなお自己世界へ入り込んでいて周りの話を全く聞いていなかった。アメノウズメがポンっと肩を叩くと、まるで今気が付いたかのような反応を示す。

 

「次、貴方の番ですよ」

 

「何が……?」

 

「自己紹介です」

 

「あぁ……」

 

 コホンっと咳払いをし、簡単に終わらせようと口を開く。

 

「えっと、俺は雪咲と言います」

 

「……雪咲」

 

 雪咲が自己紹介を終えると、何故かリィンは俯きながら何度も雪咲の名を繰り返し口にしていた。だが、雪咲は気付いてはいたが特に気に留める様子もなかった。




次話では、安穏なエルティアの街に異変が……!?

果たして、どんな異変が……?

そして、それに対し雪咲達は……!


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第65話 空を覆う不穏な影

どうも、秋水です。

今回の話では、リィナとの距離が……!
自分の中では、かなり好きな部類かと……。


「さて、俺達はこれで……」

 

 雪咲はスッと立ち上がり、アメノウズメも立ち上がる。そして部屋を出ようとすると、ガイルに呼び止められる。

 

「君たちは、これからどうするおつもりで……?」

 

「んー……暫くは観光で滞在するかと思いますが、どうか宜しくおねがいします」

 

 ペコリと頭を下げ、襖にそっと手をかける。その瞬間、後ろからリィナが服の裾をクイクイっと引っ張ってくる。それが気になり、視線をリィナに向けてみる。すると、ちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめながら雪咲を見つめていた。

 

「……どうしたんですか?」

 

「えっと……その……あの……」

 

「……?」

 

 雪咲は容量の得ない途切れ途切れの言葉に、首を傾げる。

 

「……私のせいで迷惑かけちゃったし……その……お詫びと言っては何だけど、街を案内するくらいなら……」

 

「……ふふ」

 

 必死に言葉を口にしているリィナの横で、密かに笑みを浮かべているアメノウズメ。そのまま雪咲の肩に手を置き、そっと言葉をかける。

 

「この子、どうやら貴方と一緒に街を回りたいみたいですよ。私は一人でも大丈夫ですので、一緒に行ってきてあげてください」

 

「……っ!」

 

 アメノウズメの言葉が聞こえていたのか、リィナの顔がみるみると赤くなっていく。それを見て察したのか、雪咲は優しく微笑み頷く。

 

「分かった……リィナさん、宜しくお願いします」

 

「は……はい!」

 

 リィナは元気よく返事をし、雪咲の手を握ってそのまま外に出る。周りに居た他の皆は何かを察していたのか、その場でポカンっと呆けていた。引きずられるように連れて行かれた雪咲だが、嫌そうな顔は一切していなかった。

 

 街に出てみると、先程まで静まっていた街中は賑やかさを取り戻していた。多種多様なエルフが居り、ダークエルフやハイエルフ等様々だ。だが、街の皆は雪咲を見るなりそそくさと視線を逸らす。だがリィナはそんな少し気まずい雰囲気の中でも雪咲に積極的に接してくれ、本当に楽しそうに振る舞ってくれていた。

 

「街の真ん中にある石の作り物、あれは噴水と言うものです。あそこから水が噴き出し、街全体に水を送り込んでいるんです」

 

「へぇ……あれは何ですか?」

 

 雪咲が指差したのは、木の上に聳え立つ不思議な魔力の込められた石像。見た目は龍なのだが、何か不思議な感じがした。

 

「あれは数千万年前、世界を統べたと言われていた龍神様を讃える為に作られた石像だと言われています。けど現在は、この街を外的魔法・物理衝撃から守るための結界の核になっているの」

 

「……結界の核か」

 

「はい、いかなる攻撃も霧散させる結界です。これは禁術の一つとされているので詳しく教えるわけにはいきませんが、石像が核となってからは一度も破られたことはありませんよ」

 

「じゃあ街を探すのに手間取ったのは……」

 

「はい、結界が関係していると思われます」

 

〈……不可視の守りか〉

 

 雪咲は顎にそっと手を当て、ぶつぶつと考え事をしていた。だがそれも束の間、先程まで地を照らしていた陽の光が雲に隠れ辺りは薄暗くなってしまう。街の人達の不安の声の中、小さく地揺れが起こる。

 

「きゃっ……!」

 

 リィナは驚いて何かに捕まろうとし、雪咲の腕に触れそのまま抱きしめてしまう。雪咲は地揺れに慣れている為動揺はしなかったが、抱きつかれたことによって別の意味で動揺してしまう。

 

「ご……ごめんなさい」

 

「だ、大丈夫……」

 

 2人は頬を赤らめ離れるが、続く地揺れに恐怖し再度雪咲に抱きつくリィナ。ふと空を見上げる雪咲、その眼には信じられないものが飛び込んできた。先程まで雲ひとつ無かった空を覆う分厚い雲、街の真上に飛んでいる巨大な影。よく見てみると、龍に見えた。

 

「あれは……」

 

「……っ!」

 

 巨大な影は、街のすぐ近くに落下するように落ちていく。雪咲は嫌な予感が胸を駆け巡り、その場へ行こうとする。だが服を引っ張られ、前に進めなくなる。振り向いてみると、リィナが今にも泣きそうな眼で見つめていた。

 

「……」

 

 雪咲が何を言っても、服の裾を掴む手の力は緩まなかった。




次話では、不穏な影の正体が……!

そして、明かされる石像の秘密!


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第66話 ミツマタノオロチ!

どうも、秋水です。

今回から、1点だけ変更点を加えたいと思います。

1話かプロローグで言っていた毎日投稿のことなんですが、体が持たないという事で1日開けての投稿としたいと思っています。

突然の変更で大変迷惑を掛けてしまうかも知れませんが、ご周知の程よろしくお願いいたします!


「……」

 

 巨大な影の所にいち早く向かいたかったが、服の裾を握って離さないリィナ。その瞳は、まるで今にも泣きそうに潤んでいた。

 

「早く逃げ……っ!」

 

 雪咲が言葉を最後まで言い切る前に、巨大な影が落ちた所から鼓膜が破けるかと思わんばかりの声が聞こえてきた。音量の大きさからして、すぐ近くに居ると判断がつく。

 

〈やばいな、下手をすれば結界が……!〉

 

 動揺を隠しきれなかった雪咲、リィナの肩をそっと両手で掴む。

 

「え……??」

 

 同じく動揺するリィナ、しかし雪咲はそれ以上にテンパっていた。

 

「選んで……今すぐ安全な所へ逃げるか、俺と一緒に来るか……!」

 

「じゃあ……貴方と一緒に行くわ、雪咲……!」

 

 戸惑うと思っていた返答が即答で、内心驚きを隠しきれなかった雪咲。だが優しく微笑み、そっとリィナを抱き上げる。抱き上げると言っても、普通のお姫様抱っこだが。

 

 驚きを通り越して声も出ないリィナに目配せし、これから先は声を抑えてくれと頼む。リィナは頭の中で目配せの意味を理解すると、小さく頷いた。そして雪咲はそのまま、リィナを落とさないように強めに抱きながら走り出す。足に魔力を集中させ、衝撃を殺し、力強く地面を蹴ると……景色は全く見えなくなり、気が付けば入り口の門付近の所まで来ていた。

 

「……!?」

 

 声を出さないが、それでも起こった事が理解できずに居た。だがそれも束の間、ズシンっと響くような足音がすぐ近くまで迫っていた。雪咲は門の隙間からチラッと覗いてみる、するとあることに気が付く。それは、巨大な影の正体は三首の龍だった。それぞれの首がそれぞれの方向を向き、街を探している風に見えた。だがその三首の龍の様子がおかしい事には、すぐに気づいた。

 

「……リィナ、ちょっと後ろに……」

 

「何をする気……なの……?」

 

「いいから……」

 

 少し不満そうな表情だったが、渋々言うことを聞いてくれた。離れたことを確認すると、雪咲はおもむろに懐からボロボロの日本刀を取り出す。既に刃の部分は無くなっており、もはや刀とは言えない悲惨な状況だった。だが雪咲がそれに込めた魔力のせいか、三首の龍は何か苦しげな叫びを上げながら荒れ狂う。

 

「何を……したの?」

 

「俺が感じた、街にあった石像と同じ様な魔力を拡散してみた。思った通りだけど……」

 

「……?」

 

 静かに考え込みそうになる頭をブルブルと振り、まずは眼の前のことから片付けなければと気持ちを入れ替える。

 

〈龍って、魔法効いたかな……〉

 

 そう思い、雪咲は結界の中から飛び出す。リィナが止めようとするも、その声届かず……。

 

 雪咲の存在に気付いた三首龍、噛み付こうとしたり火を噴いたりと様々な攻撃をしてくる。雪咲はそれをひょいひょいと避けつつ、頭の中で魔法を描きつつ魔力を貯めていく。

 

〈龍を……倒す魔法……〉

 

 何かを閃いたのか、動き回っていた雪咲だったが突如止まってしまう。今度は逃さぬようにと3方向同時に噛み砕こうとしてくる。だがいち早く雪咲が動き、魔力を体に溜めたまま手を突き出す。するとそこに現るは巨大な魔法陣、それに驚き一瞬だが怯む三首龍。それでもまた動き出す、だが……。

 

「ぶっ飛べ……!」

 

 雪咲が突き出した手をグッと握り締めた瞬間、魔法陣から出てきたのは見えぬ風の刃みたいなものだった。だがそれが通り過ぎた瞬間、龍の首3つが地面にボトリと落ちる。それと同時に、遅れて血液が噴水のように吹き出る。

 

 結界の中にまで血が飛んでいそうだったが、いざ中に戻ると血飛沫は微塵も飛んでこなかった。むしろ中に居た人達は、三首龍の血液で真っ赤になった雪咲をみて倒れそうになっていた。

 

「ガイルさん、あの龍は一体……」

 

 すぐ近くまで来ていたガイル、雪咲はそれに気付き駆け寄った。

 

「……龍神様の下僕の龍、”ミツマタノオロチ”、龍神様と同じくらいの時に封じられたはずなのじゃが……」

 

「……もしかして、龍の石像と何か関係が……?」

 

「……」

 

 最初は黙り込んでいたガイル、だが少しずつ言葉を口にし始める。

 

「……元々、あの石像は結界の核なんかでは無いのじゃ。」

 

「……!」

 

「どういう事……?」

 

 その話に、リィナも食いつく。そしていつの間にか、アメノウズメも雪咲の隣に居た。

 

「……石像は、この世界にいくつもある。そしてそれぞれの石像に、それぞれの龍が眠っているのじゃ」

 

「じゃあ、あのミツマタノオロチが眠っていた場所は……」

 

「言い伝えによれば、アルステン王国付近の何処かじゃと言われておる……」

 

「……!」

 

 アルステン王国といえば、皇女姉妹が居る街だ。だが今何をしているのか全く見当がつかず、頭の片隅に追いやっていた。だが今この時、はっきりと2人の顔が脳裏を過った。

 

〈まさか……ね……〉

 

 また熟考しそうになった瞬間、アメノウズメがパンパンっと手を鳴らす。その音に、周りの皆がアメノウズメに視線を向ける。

 

「今この場で話し会ってもキリがありません、ですので今は解散としませんか?」

 

「そうじゃな……せっかくじゃから雪咲殿、ウチの風呂でも入っていきませんかの?」

 

「え……いいんですか?」

 

「勿論ですとも!」

 

 思っても見なかった提案に、雪咲は少し目を輝かせる。体を拭いていたとはいえ、最近はまともに湯に浸かっていない。その為、体に蓄積された披露は半端ない程だった。

 

「すいません、じゃあお言葉に甘えます」

 

「では、行きましょうか」

 

 ガイルの言葉で、この場は一時解散となる。護衛の2人は、ミツマタノオロチの解体作業をすべくこの場に残るという。ガイル・雪咲・アメノウズメ・リィナは、ガイルの家へと向かっていた。




次話では、お風呂シーンが!

雪咲と、アメノウズメと、リィナがどんな絡みを見せてくれるのか……?


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第67話 一人でのんびり入浴する筈が……!?

どうも、秋水です。

1日置きペースにしてみた所、丁度良い自分のタイミングというものが掴めた気がします。
最近は本当に踏んだり蹴ったりで、心が折れそうです……。


 ガイルの家の風呂場の前の脱衣所に案内された雪咲、一人になったのを確認するとゆっくりと血塗れの服を脱ぎ始める。脱いだ後の服をどうしようか考えていると、近くに洗濯カゴみたいな物が置かれていることに気が付く。

 

「……此処に入れれば良いのかな」

 

 小さく呟きながら汚れた服をかごの中へ入れる、かごは隙間が会ったので血が床とかに付かないように気をつけながら……。服を脱ぎ終え腰にタオルを巻き、風呂場に入ってみると中の広さに驚いた。人2~3人程度ならば寛げそうな広さ、浴槽も大きく足を伸ばしても若干余りが出来そうなくらいだ。シャワーヘッドが置いてある場所の近くには、少しだけ大きめの鏡が壁にかけられてあった。

 

〈……そういえば、鏡を見るのなんていつぶりかな〉

 

 鏡に写っていたのは、最後に前の世界で見た時の姿とは異なる姿の雪咲が映っていた。痩せ細っていただけの体はいい感じに筋肉がついて、短かった髪の毛は女性のように長くなり、白い肌には痣や切り傷等が薄っすらと残っていた。

 

 シャワーヘッドを手に取り水を出してみると、最初はひんやりと冷たい水が段々と温かいお湯に変わっていく。 そのお湯を頭から浴び、全身の汚れを落とすように指でワシャワシャと洗っていく。髪が均一に濡れた所で一旦お湯を止め、キョロキョロと辺りを見渡してみる。シャンプーやリンス等はある筈もなく、置いてあったのは真っ白な石鹸だった。

 

「……ちょいと試してみるか」

 

 雪咲は目を閉じ念じると、異次元袋の口の部分だけが眼の前に現れた。そこへおもむろに手を突っ込み、中身を掻き回すようにガサゴソと探っている。目当てのものが手に触れ、それを掴んで異次元袋から取り出してみると……雪咲の手に握られていたのは、向こうの世界で愛用していたシャンプーとリンスだった。指を鳴らし異次元袋を元の場所へ収納し、シャンプーボトルのノズルを押す。すると馴染み深い液体が手に滴り、適量が掌の上に乗った所でノズルから手を離す。

 

〈やっぱりこれじゃなきゃ……〉

 

 クスッと微笑みながら、濡れた髪にシャンプーをつけて乱暴すぎない程度にワシャワシャと掻くように泡立てる。心の底から落ち着くような、安心するシャンプーの匂いが浴場に広がる。

 

 髪をしっかりと洗い、再度お湯を出して優しく泡を洗い流す。その後、掌にリンスを適量出ししっかりと髪に馴染ませていく。シャンプーの香りとは少し違い、薔薇のような匂いがシャンプーの匂いを上書きし、浴場に蔓延した。髪の到る所にリンスを馴染ませられたと思ったら、洗い流すのではなく少しだけ放置し、先に体を洗おうとしていた。すぐ近くに置いてある石鹸を手に取り、そのまま掌の上で泡立てていく。十分に泡立ったと思ったら石鹸を元の場所へ戻し、体を泡で包み込んでいく。

 

 雪咲の体が石鹸の泡に包まれた時だった、脱衣所の方でガサゴソと何か物音がすることに気が付く。最初は泥棒かと思ったが、アメノウズメもリィナも居る所に盗みを働く奴が来るとは考えにくかった。

 

「……」

 

 咄嗟にお湯を出し、先にリンスを洗い流す雪咲。ある程度リンスが流れたと思った所でお湯を止め、タオルで優しく包み込むように髪を拭き、腰に再度タオルを巻いたその瞬間、浴場の戸が勢いよく開かれた。

 

「……!?」

 

 そこに居たのは、バスタオルで体を包んでいるアメノウズメとリィナだった。2人は浴場へと入ってきて、そのまま雪咲を挟むようにして座り込む。

 

「な……何で……!?」

 

「体を流してあげようと思ったのですが、遅かったようですね……既に洗っている途中でしたか」

 

「石鹸の匂い以外にも……何かいい匂いが混ざってるわね……」

 

 アメノウズメとリィナは、泡まみれの雪咲の腕にそっと抱きついた。泡が摩擦を軽減している為滑りやすく、必然的に雪咲の両腕は2人の胸の間に挟まれる形になってしまう。

 

〈あ、当たっているどころじゃ……〉

 

「あら、顔が真っ赤になっていますね」

 

「ふふ……可愛い」

 

「……~っ!」

 

 雪咲は耐えきれなくなり、お湯で体の泡を洗い流した後直ぐ様脱衣所へ出てしまった。2人は呆気に取られていたが、クスクスと笑っていた。雪咲は恥ずかしさで内心悶つつも、用意しておいた大きめのバスタオルで体の水気を拭き取った。




次話は、ガイルの家にお泊り!
そして、リィナが……。



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第68話 雪咲の決断、口から出るは過去……。

どうも、秋水です。
一度に様々な事が起こりすぎて、自分でも対処に困っている所です。頭痛で夜は眠れないわ、歯が痛いわ、Twitterアカウントロックされたから仕方なく新しいアカウント作ったわ、ミリシタにハマるわ……等。

投稿期間が少し空いてしまい、楽しみにされていた方々本当に申し訳ありません。

それとこの度、秋水から狐饂飩へと改名しようかなと考えております。
それにつきましては、また後日Twitterの方で報告させていただこうと思います。


 風呂から上がり室内用の着物に着替えた雪咲、首にタオルを巻きながら客室の方へと戻ってみる。そこにはガイルしか居らず、他の皆はミツマタノオロチの解体作業で出払っているそうだ。

 

 雪咲は客室に入り、ガイルの正面に少し離れゆっくりと腰を下ろす。

 

「そういえば、風呂場が騒がしかったが……何かありましたかな?」

 

「あー……えっと……」

 

 雪咲はしどろもどろと話し始める、途中ガイルは額に手を当て小さくため息をつく。

 

「全く……すみませんね、何せ娘は同じ年頃の……ましてや人族とは関わったことの無い箱入り娘でして……」

 

「い、いえ……どうせアメノウズメに何か吹き込まれたのでしょう、余り叱らないであげてください」

 

「はぁ……」

 

 苦笑気味の雪咲に対し、何故かガイルの表情は深妙だった。最初は何故かと思っていた雪咲だが、後に理由を知ることになる……。

 

「所で……雪咲殿には、許嫁は……?」

 

「ぶっ……!?ごほっ……ごほっ……」

 

 予想だにしていなかった質問に、思わず口に含んでいたお茶を吹きそうになる。何とか堪えたのは良いものの、器官に入ってしまい噎せてしまう。

 

「す、すまない……」

 

 咳き込んでいる雪咲の背中を優しく擦るガイル、しばらくすると心の平安と共に咳が収まりお互い初期位置へと戻る。

 

「いえ……こちらこそ取り乱して……許嫁と言いますか、想ってくれている人は居ると思います……今もかは分かりませんが……俺はこんな体ですし、今後接触はしないようにとしているのですが……」

 

「雪咲殿の体の事情は把握しているつもりだが、何故……?想っていてくれているなら、答えてあげようとは思わないのかね……?」

 

「それは……」

 

 雪咲は内心”しまった……”と思い、墓穴を掘ってしまったことに言葉を口にした後に気が付く。何とか言い逃れの言葉を探すも、ガイルの表情は生半可な言い訳では聞き入れて貰えそうにないほどに緊迫していた。少し気分を紛らわせるために窓から視線だけで外を眺めてみると、既に日は落ちトップリと夜が更けていた。

 

〈……仕方ない……のかな……〉

 

 一呼吸置き、呼吸を整える。そして薄っすらと目を閉じ、少しだけ乱れた心と心拍数を一定値に戻すべく軽い精神統一状態……いわば”無”へと入る。

 

「……どうした?」

 

「いえ……」

 

 ガイルの少し心配そうな声で現実に引き戻され、雪咲はコホンっと咳払いをする。そしてそのまま左手で自身の胸元に手を当て、深く息を吸う。そして……。

 

「……分かりました、知りたいと言うのであればお話しましょう。俺の出生の部分は自分でも分かりませんが、何処から来てどういう生活をしていたのか……」

 

「しかし、それは少し前に聞いた気が……」

 

「いえ、それは”こちら”へと来てからの生活です」

 

「”こちら”とは一体……?」

 

 仕方ないと腹を括った雪咲は、自身の記憶の中で知りうる限り、且話しても問題なさそうな話を語る。雪咲は別の世界の遥か遠い国に生まれたこと、その国には魔法が無いこと、アルザース国王の手で友人と共にこちらの世界へ飛ばされたこと、友人は英雄と呼ばれているが自分はそうではないこと、こちらの世界へ来る途中不慮の事故で死に絶え生き返ったこと等々……。

 

 話している途中、ガイルはにわかに信じられぬような顔をしていた。それでも、雪咲は話し続けた。既にアメノウズメとリィナが風呂から上がり、客室の戸の前に立っている事に気付くこともなく……。




次話、客室の前で雪咲の過去を聞いていたリィナ。全てを知っているアメノウズメはうんうんと頷いて聞いているだけだが、果たしてリィナはどう思うのか……。
そして、ガイルもどう思いどのような返しをするのか……。


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第69話 夜中に起こった事態

どうも、秋水(狐饂飩)です。

名を変えようかと思いましたが、面倒くさいのでやめときました。


「……と言う訳です」

 

「まさか……有り得ぬ……訳では無いが……」

 

 途切れ途切れで言葉を発しつつ、髭を弄る。

 

「……信じられないとは思いますが、これはいずれ皓がこの街に来れば分かることです」

 

 そう言い、雪咲はゆっくりと立ち上がる。そして出入り口の戸に近づき勢いよく開く、すると雪崩込むようにリィナとアメノウズメが部屋に入ってくる。

 

「……で、盗み聞きしていたんだね?」

 

「うっ……いや……」

 

 苦笑気味で目を合わせようとしないリィナ、雪咲は額に手を当てため息をつく。アメノウズメにも視線を向けると、テヘッと言いたそうな顔をしていた。

 

「別に聞かれても困らないんだけどさ、盗み聞きされて広められると困るんだ。聞きたかったなら言ってくれれば聞かせてあげたし、あまり言い触らさないで欲しいんだけど?」

 

「……わかった」

 

 ボソッとリィナが言い、雪咲は黙ってコクンっと頷く。そして再び外を見てみる、先程と変わりなく辺りは暗く月が登っている。

 

「夜になったし、宿どうしようかな……」

 

 ため息混じりに独り言を言っていると、ガイルが雪咲の近くまで歩いてくる。

 

「折角じゃ、家に止まっていくと良かろう。寝室も用意しとるし、問題は無かろう?」

 

「良いんですか?」

 

「街を救ってくれたんじゃ、そんな人を無下にはせんよ」

 

 そう言い残し、ガイルは客室を出て二階へ上がっていく。雪咲とアメノウズメが付いていくと、通路の奥の一部屋に入っていく。入ってみると、広くもなく狭くもない、丁度よい部屋だった。一つ気になったのが、ベッドが一つだけだったということだ。

 

「雪咲殿はこの部屋を使ってくだされ、アメノウズメ殿は隣の部屋を」

 

「分かりました、ご厚意に甘えさせていただきます」

 

「分かりました」

 

 ガイルは部屋から出ていき、アメノウズメも隣の部屋へ入っていく。雪咲は誰も居なくなった部屋で一人、ベッドにそっと腰を掛ける。ギシッとベッドが音を立て、ふわっとした敷布団の感触が良い。そのままゴロンと寝転んでみると、まるで柔らかい羽が全身を包んでくれている様に暖かい。

 

「……石鹸の匂い」

 

 ゴロゴロしていると、布団の匂いが鼻孔を擽る。石鹸独特の良い匂いが、慣れぬ部屋でのストレスを軽減してくれていた。

 

 寝転んでいると、睡魔に襲われてしまいそのまま目を閉じ、意識を手放す。

 

「……」

 

 気が付くと、雪咲は辺りを見渡す。それは、掛けた憶えのない掛け布団が体の上にあったのだから。それに付いていた部屋の電気も消えており、寝起きの働かない頭を回転させつつ首を傾げる。

 

〈誰か来たのかな……〉

 

 そう思いつつ布団を出ようとすると、右手に何か柔らかいものを掴んだような感触が。ふとその方へ視線を向けてみると、雪咲の右腕を抱きしめながら小さく寝息を立てて眠っているリィナの姿があった。ベッドの近くの窓から月明かりが差し込み、リィナの寝顔を照らしている。右手はというと、少しはだけているリィナの胸に覆い被さるように触れていた。

 

「……」

 

 夢かとも思ったのだが、手に伝わる感触がその選択肢を消し去る。これは紛れもなく現実であり、実際に起こっている事態だった。




次話は、夜中ハプニングの続きです。


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第70話 春の予感……?

どうも、秋水です。

いやぁ、最近滅法暑くなってきましたね。皆様は如何お過ごしでしょうか?
クーラーを点けたいところなんですが、そうすると体調をまた崩しかねないんです。
ですので毎晩暑い中窓開けて汗かきながら夢の中へダーイブしているわけです(苦笑
皆様も暑いからと言って、アイスを食べ過ぎたりクーラーガンガンにしないほうが宜しいかと。


 寝ぼけている頭を必死に回転させ、今起こっている現状を冷静に判断してみる。起きたら夜中で消した憶えのない電気が消え、掛けた憶えのない布団が掛かっており、隣には一緒に寝た憶えのない女性が寝ており、しかも自分の右手は彼女の胸を鷲掴みにしている。

 

「これは……」

 

 雪咲は起こさぬようにそっと手を引き、自分の胸元にそっと置く。起きていないのを確認し、ふと目を閉じる。手に残る感覚と感触が蘇り、顔辺りが熱くなるのを感じる。雪咲は心を落ち着けるべく布団を出ようとも思ったのだが、リィナが腕を掴んで離さない。このまま無理矢理にでも剥がそうとすれば、起きてしまうのは必死だろう。

 

 どうしようかとしばらく考え込んだが、特に布団を出てやることも思いつかないので再度寝転がることにした。結局寝ても覚めてもやることが無いのは同じで、どうしようかと途方に暮れていた。

 

「……綺麗だ」

 

 仕方ないので静かに月を眺めていた、向こうの世界とは違ってこの世界には街灯が一つもない。そのためか月の灯が阻害されず、直に届いている気がした。小さく言葉を呟くと、隣で寝ているリィナの寝息が若干乱れた気がした。気になりリィナの方へ視線を向けてみると、不意に目が合ってしまった。

 

「……もしかして、起きてた?」

 

「つ、ついさっき……」

 

 とてつもなく気まずい雰囲気に、言葉を失う。しばらく静寂な時間が過ぎ去った後、そっとリィナが言葉を発する。

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

「あの話……本当なの?」

 

「あの話?もしかして、俺が別の世界から来たという話のこと?」

 

「うん」

 

 そっと頷くリィナの顔は、何処か淋しげな雰囲気を漂わせていた。だが決して泣きそうではなく、胸が締め付けられてる感覚だった。それは雪咲も同じで、なんと言えばよいのか分からなく頭の中が真っ白になっていた。

 

「ほ、本当の事だけど……どうして?」

 

「だって……最初の時話してくれなかったじゃない」

 

「それは……言い触らすものでもないでしょう?」

 

「そうだけど、でも教えて欲しかった」

 

 そこまで来て、雪咲はようやく違和感を感じる。

 

〈どうしてリィナは、ここまで積極的に聞いてくるんだろう……異世界者がそんなに珍しいのかな〉

 

 雪咲の感覚では数十年に一度と思っているが、実際に行われている英雄召喚は数百年に一度という頻度。実際にはそこまで魔物や魔王の危害に合っているわけでもなく、今回の英雄召喚は特例という事。

 

 雪咲が違和感に感じているのは、ほぼほぼ敵意剥き出しだったリィナが何故此処まで自分に寄って来るのかが分からなかった。何か裏があるとは思ってはいるものの、彼女の仕草一つ一つに心が思わず舞い上がってしまう。そして、雪咲にはこの感じには心当たりがあった。

 

〈この感覚は……〉

 

 そう思った瞬間、急にリィナと顔を合わせるのが恥ずかしく思えてきた。




次話では、雪咲の心境に変化が……?
そして、この後どうなってしまうのか!

果たして、気持ちの整理はつくのだろうか……。


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第71話 蘇るトラウマ、乱れる心

どうも、秋水です。
結論から言いますと、狐饂飩はTwitterだけでいいかなと思えてきたので変更無しで行きたいと思います。



「……」

 

「……」

 

 何を話せばよいのか分からず、2人共黙り込んでしまい辺りは静寂に包まれる。だがただ黙り込んでいるわけではなく、お互いの顔色を伺う様な感じだった。チラチラと目配せし、視線が合えばまた逸し……の繰り返し。2人共胸の奥にくすぐったさともどかしさを憶えながらも、それが心地良く感じてしまい動けない状況になってしまっている。

 

 しかしここで、雪咲は過去の事を思い出してしまう。それはフラッシュバックかの如く脳裏に浮かび、暫くの間頭から離れなくなり苛まれる。過去の事というのは前の世界に居た妹の事で、リィナの雰囲気は何処か妹に似ていた。危なげと言うか、何を考えているのか分からない所がまるでそっくり。先程までの胸の高まりは、いつの間にか動悸へと変わっていた。冷や汗が頬を伝い落ち、視線が震えるように泳ぎ、呼吸がかなり乱れ始める。

 

「……雪咲っ!?」

 

 リィナも雪咲の変わり様に驚き、抱き締めるように肩にそっと手を触れた。だがその瞬間雪咲は吐き気にも似た感覚を催し、頭を抱え込んでしまう。だが両腕で自身の頭を締め付ければ締め付けるほど、脳裏に刻み付いた記憶は色濃くなっていき……そのまま、倒れるように気を失ってしまう。意識を闇に手放す直前、リィナの叫びにも似た呼び声が聞こえた気がした。

 

----------

 

「ん……」

 

 雪咲は意識が戻ったのかと思い目を開けてみると、辺りは暗闇の空間に一人ぼっち。他には誰も居らず、生き物の気配すら感じない。

 

「な、何が……此処何処!?」

 

 嫌な胸騒ぎがし、平安を保てなくなりつつあった雪咲の心は揺れに揺れていた。自分以外誰も居ないという状況は、今の雪咲にとって最も恐れている事。そんな中、突如強烈な頭痛に襲われる。まるで金槌で思い切り殴られたかのように、鈍く鋭いような痛み。立っているのすら困難で、暗闇の空間の中思わず足腰の力が抜けてしまいそのままへたり込んでしまう。

 

「っ……!」

 

 顔を歪めながらクシャッと自分の髪を撫でるように頭を抑える、だが痛みは和らいでいくどころか鮮明さを増していくばかり。痛みに苦しむ最中、一瞬テレビの砂嵐の様な所に一人立ち尽くしている女性が脳裏を横切る。その光景は瞬きする間に消えてしまい、また現れる。それはまるで点滅しているかのようで、現れては消えてを繰り返していた。

 

 しかし不可解なことが起こる、それは女性の人数が1人から2人に増えたり消えたりしていることだった。だが一見してみれば別人の様だが、髪の長さを変えれば瓜二つ。顔までははっきりと見えないが、この違和感には憶えがあった。

 

「……玲那……なのか……?」

 

 とっさに口にした名はとても馴染み深く、いつも口にしていたような感覚。その感覚に頭を悩ませていると、不意にその少女の口元が動く。そしてそれは、確実にこう言っているように思えた。

 

”……お兄ちゃん”




次話、深層心理!

内容は……お楽しみに!


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第72話 因縁の終わり!

どうも、秋水です。
今回で、雪咲と玲那の関係を終わらせようかと思っています。

また再登場するかは、ストーリー次第ですが(苦笑)


”お兄ちゃん……”

 

 そう呟く少女の顔は何処か悲しげで、今にも泣き出しそうだった。だが雪咲の方は、今にも逃げ出したい思いでいっぱいだった。必死に吐き気を堪え、引いていく血の気を止めようとしていたが止まらず、いつの間にか顔色は死人同然に真っ白になっていた。

 

「何で……」

 

”当たり前でしょ、私達は兄弟だもの……いつも一緒だよ”

 

「違う……!玲那は……俺を見捨てて伯父さんと遠くへ行ったはず!その時点で俺とは関係ないだろう!」

 

”見捨てたのはお兄ちゃんでしょ?帰ってきたのに家は売っちゃうし、荷物は残しておいたもの全部捨てちゃうし……”

 

「大体、俺は行かないって何度も言った!忠告も多少なりとした!それなのに、いきなり帰ってきたと思えば……!」

 

”知ってる?私が伯父さんの家でどういう暮らしをしていたか……”

 

 消え入りそうな声で呟く少女は、既に涙を流していた。悲しげに、だけど憎々しげに泣いていた。その顔を見た雪咲は、悍ましささえ憶えた。

 

”散々酷いことされたよ……生活費出す代わりに抱かせろとか、言う事聞かなければ殴られ蹴られ、お兄ちゃんの所に戻りたくて近くの高校探していたら却下され、あまつさえその理由が”遠くに行かれたら手が出せなくなる”だよ!?それでお兄ちゃんに助けてもらいたかったのに……家は売られているし、お兄ちゃんは皓さんと楽しくやっているし……!”

 

「俺はその件に関しては謝ろうとした、だけどそれを聞く耳持たずで責め立ててきたのはお前だろ!」

 

”うるさいっ!何でお兄ちゃんだけ幸せなの……?ずるいよ、不公平だよ……!!同じ兄弟なのに、どうして!?”

 

「皓はお前にもちゃんと接していたのに、まともに相手にしてなかったからだろ!」

 

 話していく内に、玲那の言葉が聞き取れなくなっていた。まるでフィルターでも掛かっているか水中にでも居るかのように、音が籠もっている感じがする。次第に玲那の涙は赤黒くなっていき、血のようにも見えた。体もボロボロになっており、見るに堪えない状態だった。

 

 その状態を見た雪咲は、言わずも理解していた。玲那が罵倒して何処かへ行ってしまった日、心の何処かで今まで暮らしていた妹はもう何処にも居ないことを。そして目の前でお兄ちゃんと言っている女性は、玲那の皮を被った”何者”かということも。それでも、脳裏を過った最悪の結果だけはどうしてもイメージしたくなかった。気がつけば、言いたくもない言葉が勝手に口から溢れてた。

 

「何でお前の為に働いていたのに責められなきゃいけないんだ!?何で全て俺のせいにするんだ!?寂しい思いをさせていたのは理解しているし謝る、だけど生きていくためには仕方のないことだって理解していただろう!?」

 

 溢れ出した言葉は止まらず、気付かぬ内に涙を零しながら叫んでいた。途中女性は”嘘だ!”とか”煩い!”と叫んだ。しかし、一度付いた勢いは中々止まらなかった。その勢いを止めたのは、何処から現れたのかアメノウズメだった。背後から雪咲を優しく抱きしめ、泣き叫んでいた筈の雪咲はアメノウズメを見るなり無言で泣きじゃくった。

 

「よしよし……貴方がどの様な思いで居たのか、痛いほど分かっておりますので大丈夫です」

 

 子供をあやすように優しく抱きしめ、そっと頭を撫でる。泣きじゃくる雪咲の体は震え、アメノウズメの服の裾をぎゅぅっと握り締めていた。一方玲那は、ギリッと歯を食いしばり今にも襲いかかりそうな眼で雪咲とアメノウズメを睨みつける。だがアメノウズメはそれに動じず、静かに言葉を放つ。

 

「……貴方がどういう人生を送ったのかは分かっています、ですがそれは自業自得というものです。あのまま雪咲と共に居ればあんな人生には……」

 

”黙れ!お兄ちゃんにベタベタするな!お前は一体誰なんだ!”

 

「はぁ……自分の住んでいた国の神すら覚えていないのですか?」

 

”っ……!”

 

 アメノウズメの言葉に、ハッと我に返る玲那。

 

「確かに雪咲にも反省点はありますが、それを貴方が責め立てる権利は何処にもありません。大人しく去りなさい!」

 

 その一喝で、玲那は姿を消した。だが雪咲の心は既に崩壊寸前で、塞ぎ込みそうな感じだった。

 

「……気を確かに持ちなさい!そして、しっかりと現実を見て生きなさい」

 

 それだけを言い残し、アメノウズメはいつの間にか姿を消していた。




次話、心の整理、そして向き合う現実!



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第73話 後悔と選択肢

どうも、秋水です。

今日はとても寒く、6月とは思えないくらいです。
お蔭で体調は崩しかけ、具合もあまり良くはありませんが……。

更新ペースはまた落ちてしまうかも知れませんが、それでも待って頂けたなら幸いです!


 アメノウズメが消えてから、数分経った頃だった。何もない真っ暗な空間から一転、目を開くことの出来ぬ眩き光に包まれる。だがその光は直視不可な程の光なのに、身体的に特に異常は感じられなかった。それどころか、砕けそうになった精神を暖かく包み込んでくれているようだった。

 

「……これは」

 

 見に覚えはなかったが、もう暫くその光に身を委ねてみようと思った。そして再度目を薄っすらと開いてみると、見知らぬ天井がそこにあった。何が起こったのか分からず動揺しながらも視線だけで横を見てみると、雪咲の手をしっかりと握り締めつつウトウトしているリィナ。その後ろには、心配そうに見つめてくるアメノウズメが。

 

「良かった、目を覚ましたのですね」

 

「……一体何が」

 

 取り敢えず状況を整理しようと身を起こすが、途中でアメノウズメに止められる。

 

「まだ寝ていてください」

 

「でも……」

 

「……言いたいことは分かります、ですが今は体と心を休めてください」

 

「……」

 

 雪咲はアメノウズメの言う通り再度横になる、するとリィナは微かな振動で目を覚ます。そして雪咲の顔を見るなり、瞳が潤んでいく。そして涙が頬を伝い、勢いに任せ雪咲を思い切り抱きしめる。

 

「もう……心配したんだから……バカぁ!」

 

「ご……ごめん……」

 

 それ以上は何も言えず、黙って優しく頭を撫でた。すると、一つの疑問が頭を過った。

 

「そういえば……今何時くらいかな……?」

 

「今は丁度お昼過ぎた所ですよ」

 

「え、もうそんな時間!?」

 

〈体感だとまだ昼前かと思ってたけどなぁ……〉

 

 そう思いながら窓の外へ視線だけを移す、小さめの鳥が元気よく空を飛んでいるのが目に映る。それと同時に、雲一つ無い青空に何を思ったのか、手を空に向かって伸ばした。

 

「……俺の望んでいた自由って、何だったんだろうな」

 

 小さく呟く雪咲、リィナは首を傾げアメノウズメは黙って俯くだけだった。

 

「それって、どういう意味?」

 

「ん……気にしないで、ただの独り言だから」

 

「そう……?」

 

 首を傾げていたリィナだが、少し時間が経つと何か軽く食べられそうなものを作ってくると言って部屋を後にする。その後、アメノウズメはそっと雪咲の寝ているベッドの端に腰を掛ける。

 

「……後悔しているのですか?」

 

「何が?」

 

「盗賊になった事です、貴方は自由を取るためでしたよね?」

 

「うん……だけど、もしあの時皓達と一緒に行くと決めていたらどんな事になっていたのかなって……」

 

「……それは分かりません、ですがそれはその時になってみなければ分からないものですよ?」

 

「それは分かってるんだけど……偶に考えちゃうんだよね」

 

 小さくため息をつく雪咲、気が付くとアメノウズメは雪咲の手にそっと手を重ねていた。

 

「考えるなとは言いませんが、程々にしないと前に勧めませんよ?」

 

「うん……」

 

 そのまま静かな時間が経ち、リィナが部屋へ戻ってくる。アメノウズメはいつの間にか少し離れていて、そのまま自身の部屋へと戻っていった。その後雪咲は、リィナが付きっきりで看病してもらい数日間ここに滞在することを決めた。




次話、平穏な1日!

数日間滞在することを決めた雪咲、次の話ではその1日が描かれる!


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第74話 平穏な一日

どうも、秋水です。

この前腕がすごく痒くてボツボツが出来ましたが、一種のカブレの一つだと判明致しました。どうすれば早く治るかは分からなく、只管痒いから掻くの毎日です。

特効薬があればよいのに……。

今回の話は特に戦闘や騒動などはなく、ただの平凡な一日です。


 雪咲が目覚めてから翌日、普通に回復しベッドから起き上がり訛った体をゆっくりと準備体操をしていた。その中リィナが部屋に入ってきて、大層を一時中断する雪咲。

 

「おはよう、もう体を動かして大丈夫なの?」

 

「うん、それにずっと寝てるのも性に合わないし」

 

「そう……今日はどうするの?」

 

「うーん……」

 

 ん~っと唸りながら首を傾げ顎に手を当てる、そして思いついたのは一つだけだった。

 

「……適当に散歩でもしようかな」

 

「だったら、私も一緒に行っていい?」

 

「別に構わないけど……」

 

 そんな会話をしていると、アメノウズメが雪咲の部屋に入ってくる。

 

「あら、朝からお揃いですね」

 

「そうだ、アメノウズメさんも一緒に行きましょうよ!」

 

 リィナの急な提案に雪咲は苦笑、アメノウズメは案の定首を傾げて?を浮かべていた。

 

「行くって、何処へですか?」

 

「お散歩ですよ」

 

「そうですね……いいですよ」

 

 優しく微笑み答える、それに嬉しげにやったと言うリィナ。その後朝食を取り、雪咲は一足先に外へ行くといい玄関へ向かう。そして少ししてから、リィナとアメノウズメが家からでてきた。

 

「じゃあ行こうか」

 

「うん!」

 

「はい」

 

 こうして3人は、歩幅を合わせてゆらりと歩くことにした。街の様子は相変わらず平穏で、のんびりした雰囲気を漂わせていた。散歩の途中いろんな店に入ったりして、特にリィナとアメノウズメはショッピングを楽しんでいた。それこそ日が落ちるまで……。

 

 日も大分落ち夕暮れ時、3人は飲食店に入っていた。飲食店と言ってもカフェみたいなもので、だが現実世界とはかなり違う雰囲気の店だった。人は然程多くなく落ち着いていて、色んな料理のレパートリーがメニューに載っていた。すると、雪咲はとあるものに目をつける。

 

「これは……?」

 

「それは焙煎した豆を挽いてお湯で戻した飲み物です、私は苦くて余り好みではありませんが」

 

「へぇ……コーヒーみたいなものか」

 

「コーヒー……?」

 

「いや、気にしないで」

 

 苦笑いしつつも再度メニューに視線を向ける雪咲、内心ではコーヒーを懐かしく思っている。この世界に来る前、眠い時とかによく飲んでいた思い出がある。それを思い出し、雪咲はコーヒーを頼もうと決めていた。

 

 少しすると店員がやってきて注文を取り始める、雪咲はコーヒー(こっちの世界ではコーフェと言うらしい)、アメノウズメは紅茶、リィナはお茶に甘い砂糖菓子を頼んだ。店員は注文を取り終えると奥へ引っ込み、3人はふぅっと一息つく。

 

「しかし、こんな静かな店があったとは……」

 

「えへへ、私のお気に入りの場所なんだ」

 

「確かに良い趣の店です、メニューも豊富で」

 

 こんな感じの話をしながら、店員が来るまでずっと話し続けていた。




次話、星空の導き!


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第75話 知り得なかった感情!

どうも、秋水です。

最近、夜メインで活動しているため”朝:睡眠 夜:活動”と言うサイクルになってしまい小説を書く時間が中々取れませんでした!

ですがこのサイクルにも何とか慣れ始め、ようやく書き始めた所存です。

今回は雪咲とアメノウズメがメインのお話です。


「わぁ、真っ暗ね」

 

「仕方ないよ、あんなに喋ってたんだから……」

 

「私、先帰ってるね。お父さんたちが心配していると思うから……」

 

「うん、分かったよ」

 

 喫茶店を出る頃には既に日は落ち、辺りは真っ暗になっていた。リィナは一足先に家に帰り、雪咲はそれを見送った後別の方へ歩き出す。街を出て少し歩くと、そこは森の中枢と言うにはあまりにも幻想的な光景が目の前に広がっていた。

 

 月明かりが差し込むその場所は、まるでひっそりとした隠れ家のよう。古びた木造の小屋、屋根は半壊状態だが綺麗な星空が小屋の中からでも見える。丁度狙っているかのように月光は小屋の屋根の穴に差し込み、雪咲は月光を浴びながら空を眺めていた。辺りに灯りが一つもないせいか、向こうの世界よりも星々は輝いて見えた。そんな中、アメノウズメは静かに言葉を口にする。

 

「……後悔は済みましたか?」

 

「やっぱり分かってたか……」

 

「それは、貴方の様子を観察していれば分かりますよ」

 

 雪咲のしている後悔、それは”あの日”の……アルザース帝国での選択が本当に正しいものだったのかだった。頭ではそれは分からないことだと理解していたのだが、心がずっとその事を引っ張っているのだ。

 

「後悔……そう言われればそうかも知れないな」

 

「貴方の選択は確かに異例ではあります、ですがまだそれが間違いだったとは限りませんよ?」

 

「それも分かってるさ、盗賊団を立ち上げたあの日から……それは理解しているつもりだよ」

 

「では、何が気掛かりなのですか?」

 

「……」

 

 雪咲は一瞬、何かを言いかけたが声に出す前にそれを止める。そして無言のまま、ゆっくりと空を見上げる。

 

「……では、雪咲は皓さん達と旅をしたかったのですか?」

 

「それは……あるかも知れない、もし死んでなければあるいは……」

 

「仮に雪咲が行きたままこの世界に来たとしたら、その場合はどうします?」

 

「……それは」

 

”一緒に旅がしたいに決まっている”

 

 その言葉が喉の中央辺りまで出掛かるが、またもや口を閉ざしてしまう。ただ一言言えば済む話なのに、頑なに心がそれを言いたがらなかった。

 

”あれだけ身勝手なこと言って、結局は寂しいんですね”

 

 アメノウズメは心の中で思いとどめ、クスッと優しく微笑む。

 

「……何?」

 

「いえ、何でもありませんよ」

 

 ムスッと頬を膨らませる雪咲、アメノウズメは微笑みながらも優しく抱きしめる。

 

「……!?」

 

 動揺して言葉がうまく出せない中、それでも尚アメノウズメは抱きしめ続けた。そして優しく頭を撫でると、雪咲は完全に身動きを取るのを止める。

 

「良いんですよ……寂しがったって、寂しいと思うのは人間だけでは無いのですから」

 

「寂しい……のかな、俺……」

 

「その感情は間違いなくそうですよ」

 

「でも、俺は殆ど一人で……いや、違う」

 

”思い返してみると、いつも皓が一緒に居てくれた。2人だったからこそ、色んな辛いことも乗り越えられたのかも知れない……”

 

 気が付けば、雪咲は小さく嗚咽を漏らしながら涙を零していた。そして、寂しいと言う感情が初めて芽生えた瞬間でもあった。




次話は、雪咲とリィナがメインのお話にしようかなと思っております。


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第76話 距離のある2人そして……。

どうも、秋水です。
最近日中が暑すぎて、溶けかけています(苦笑)

そして友人との卓球のせいで、下半身筋肉痛が酷い……。

今回はリィナと雪咲のお話です!



 一頻り泣き終え気持ちがスッキリした雪咲、アメノウズメといろいろ話した後2人で家に戻る。玄関に行くと、リィナが不安そうな表情で出迎えてくれた。

 

「只今戻りました」

 

「戻りました……って、どうしたの?」

 

 不安そうな表情のリィナに、首を傾げる雪咲。隣ではアメノウズメが小さくため息をつき、先に部屋で休んでると告げ離脱する。何が何だか分からない表情で突っ立っている雪咲を、リイナはやや強引に手を引っ張り共に外へ出る。

 

「え……帰ってきたばかり……」

 

「良いから、ちょっと来て」

 

 こうして2人は、人気の少ない見晴らしの良い展望台へと来ていた。辺りは暗いが灯籠にも似た薄暗い光がそこら中に存在していた。

 

”……一体どんな原理で光ってるんだろう”

 

 そんな事を思いながらも辺りを見渡しつつ引っ張られる雪咲、光源は目視はできない。そのため普通に見たら何もない所が薄っすらと光っているという向こうの世界では有り得ない事が起こっているため、雪咲の頭の中では?が大量に浮かんでいた。

 

 そんな事を考えている内にリィナは急に止まり、危うくぶつかりかける。だが間一髪の所で止まるが、リィナはそんな事お構いなしと言わんばかりに雪咲の方に向く。その表情は何処か思いつめていて、今にも消えてしまいそうなほどに儚げな雰囲気を帯びていた。

 

「……何か俺に話したいことでも?」

 

「うん……話したいことと言うか、聞きたいことというか……」

 

「答えられる範囲内であれば答えるよ」

 

「……」

 

 リィナを気遣って優しく接しようとする雪咲、だが優しく接しようとすればするほどに言葉を出し辛くしてしまっていた。

 

 少しの間無言の時が流れるが、小さく、消え入りそうな声でリィナは声を出す。

 

「……雪咲は、向こうの世界に戻りたいの?」

 

「それは……分からない、けど俺はこっちの世界の方が少なからず良いとは思ってるよ」

 

「じゃあ、ずっとこっちの世界に居てくれる……?」

 

「……そうだね」

 

 話している内に、雪咲の視線は何処か遠くを見つめていた。

 

「……じゃあ、私も一緒に旅に連れてって……欲しい」

 

「良い……ん?」

 

 遠くを眺めていた雪咲だが、先の問に違和感を感じハッと意識を戻す。見てみると、リィナの表情は今にも泣きそうなほどに目を潤ませ、頬を赤く染めていた。

 

「……旅に連れて行くと言ったって、ガイルさんの許可は?」

 

「頑張って得るわ」

 

「いつ死んでもおかしくない、危険な旅だよ?」

 

「死なないように貴方が守ってくれるでしょ?それに、私だって戦えるのよ?」

 

「それに旅なら一人でも、それが駄目でも他の人と……何も俺じゃなくても……」

 

「嫌!私は雪咲が良いの!!」

 

 気が付けばリィナの目に溜まっていた涙は零れ落ち、頬を伝い落ちていた。

 

「短い間だけど、私は貴方の事が……その……好きになっちゃったのよ……!」

 

「……!」

 

 思ってもみなかった告白に、雪咲は言葉を失った。




次話は、この話の続きです!


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第77話 最悪な再開!

どうも、秋水です。

今回は、少し投稿スペースが空いてしまい申し訳ありませんでした!
今後の展開をどうしようかなと悩んでいる内に、とんでもないことに……(苦笑)


「す……好きになったって……言ったのよ……!」

 

 余りにも突拍子のない告白に、雪咲は少しの時間固まってしまう。だが直ぐに我に返り、思考を巡らせる。

 

”どうしてこうなった……皓ならまだ格好良いから分かるけど、何で俺に……それに如何に覚悟があったとしても、本当に何かあったらガイルさんに合わせる顔が……”

 

 出来る限り冷静に分析している、しかし時間が長引けば長引くほどに答えは出し辛い物へとなってしまっていた。それをどう形容して良いのか分からず、更に時間を喰ってしまう。途中から、リィナの表情には焦りが浮かんでいた。

 

「だ……駄目かな……?」

 

「っ……」

 

 潤目で若干上目遣いで縋るように視線を合わせてくるリィナ、雪咲は意識すればする程に気持ちが昂ぶり、胸が締め付けられるような苦しみがはっきりとしてくる。だがそれと同時に、その気持の正体も分かってしまった。

 

 それは……紛れもなく恋心だった。

 

「……駄目じゃ……ない」

 

 気づいた時には言葉にしてしまっていた、それを聞いたリィナはポロポロと涙を零しながら優しく微笑んでいた。

 

「ありがとう……そして、これからも宜しくお願いします」

 

 リィナが言葉を発し終えた瞬間、雪咲は勢い余って思い切り抱き締めてしまう。

 

「こちらこそ……俺を選んでくれて、ありがとう……!」

 

 喉が緊張のせいか限界までに乾き、ずっと握り締めていた掌は汗で湿り、心臓は今にも張り裂けるかと思うくらいに高鳴っていた。

 

 気が付けば夜もすっかり老け込んでしまい、辺りに付いていた灯りは全て消えてしまい完全な暗闇になってしまっていた。

 

「……帰ろうか」

 

 か細く言葉を口にする雪咲、だがリィナはゆっくりと首を横へ振る。

 

「まだ……ここに居たい……」

 

「……分かった」

 

 辺りを見渡し、手頃な石を見つけては2人で分け合うように腰を下ろした。空を見上げると、まるで2人を祝福してくれているかのような満天の星空。時偶流れ星を見つけては、心の中で小さく祈りを捧げる。そんな事をしていると、気が付けばリィナはそっと雪咲の手に手を重ね合わせていた。まるで絡むように、しっかりと繋ぎ止めるように……。

 

 すると、突如背後に人が立つ気配を感じ取る雪咲。思い切って振り返ってみると、そこには黒いローブ姿の人が立っていた。そう、それはあの時見かけた黒ローブと同一人物だと一瞬で悟った。

 

「なぁんだ……つまらないの」

 

 黒ローブは、退屈そうにそうつぶやきながらリィナに視線を向ける。それを見て、雪咲の脳裏には嫌な予感が即座に駆け巡る。黒ローブがリィナに手を差し伸ばそうとした瞬間、2人の間に雪咲はスッと小さな刃物を入れる。

 

「……お前、あの時の……デカイ魔物の時に居ただろ」

 

「あれぇ、気が付いてたんだ……流石だねぇ、”お兄ちゃん”?」

 

「……!!」

 

 ニヤッと口角を上げる黒ローブ、その言葉にリィナは首を傾げる。だが……。

 

「あれぇ、どうしたの?”お兄ちゃん”……顔色がすごく悪いけど?」

 

 さっきまで高鳴っていた鼓動は別の意味で加速し、額からは滝のように嫌な汗が滲み、保っていたはずの意識が朦朧としてくる。

 

「お前……誰だ……!」

 

 即座に立ち上がり、黒ローブに向き合い構える。だが黒ローブは構えるどころか、身動き一つすらしなかった。

 

「酷いなぁ……私の顔を忘れちゃったの?」

 

「お前は……こっちには居ないはずだろ……玲那!」

 

 雪咲が黒ローブに向かって思い出したくない名前を口にする、その瞬間黒ローブの被っていたフードが風に揺られて頭部が顕になる。そして……月明かりに照らされそこに居たのは、向こうの世界と何も変わらない姿の玲那だった。




次話は、玲那と雪咲とのお話です。

無事結ばれたリィナと雪咲だが、果たして一体どうなるのか……!?


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第78話 縺れる運命!

どうも、秋水です。
梅雨も明け、本格的に夏が始まりました!

夏といえば海に祭りに花火!楽しみなイベントが盛りだくさんですねぇ。




 向こうの世界に居た時と全く姿形が変わってない玲那、そんな彼女を目の当たりにした雪咲は激しい目眩と頭痛に苛まれていた。呼吸はどんどん荒くなっていき、足元が覚束無くなってきていた。

 

「気分が悪そうね……大丈夫、お兄ちゃん?」

 

「止めろっ!その声で……その姿で、俺の前に現れないでくれ……!」

 

 ジリジリと、フラフラと、ゆっくり後退りして距離を取ろうとする雪咲。だが玲那はそれをさせず、雪咲が下がった分以上に距離を詰める。そして雪咲の手首を掴み、クイッと引っ張った瞬間2人の間にリィナが割って入る。

 

「いきなり現れて、何なんですか……!」

 

「退いて……貴方には関係ない」

 

「関係無くありません、だって私は……雪咲の事が好きなんです、だからこそ雪咲を守る権利が私にはあります!」

 

「ふーん……」

 

 興味のなさそうに雪咲の腕をグイグイと引っ張る玲那、リィナは連れて行かれないように必死に力を込めていたが雪咲からの抵抗が一切無いように感じた。思わず視線だけ向けてみるも、雪咲は既にパニック状態に陥っていたため抵抗どころか身動き一つすら出来ずただ項垂れているだけだった。

 

「雪咲……!しっかりして!」

 

 リィナは必死に呼びかけてみるも、視線を向けるだけで言葉一つすら返すことは出来なかった。

 

「うるさいなぁ……」

 

 玲那は鬱陶しそうな表情を表に出し、掌をリィナの腹部に向け魔力を集めている。何かを察した雪咲は、引っ張られる引力を利用し玲那の掌とリィナの腹部の間にスッと小刀を間に挟む。

 

「な……何をするつもりかは知らないけど、させない……」

 

「へぇ、そんなものを使って何をするつもりなのかな……お兄ちゃん?」

 

「っ……」

 

 雪咲は小刀の鋒を玲那の喉元に向けているが、手が震えるため狙いが定まらない。それを見越しているかのように、玲那はくすくすと微笑んでいた。

 

「分かったわ、お兄ちゃんがそう言うなら仕方ない……さぁ、行こう」

 

「行くって……何処にだ……?」

 

「勿論、2人きりになれる場所に決まっているじゃない。でも……これはいらないよね?」

 

 すっと雪咲の小刀を握っている手に手を重ねる、すると込めていた握力がなくなり小刀は音も無く地面に深く突き刺さる。そしてリィナが握っている手に衝撃を与え、手を離した瞬間風魔法で遠くへ吹き飛ばした。リィナは少し離れた所にある大きめの岩に背中から激突し、意識を失ってしまう。

 

「リィナ……!」

 

「だぁめ、お兄ちゃんは私だけを見て……?もう絶対に離さないから、じゃないともう許してあげないんだから……」

 

「分かった……分かったから、もう誰も傷つけないでくれ……!」

 

「ふふっ、じゃあ行きましょう。そろそろ”邪魔者”も到着すると思うし」

 

 パチンと指を鳴らす玲那、静かな辺りに響き渡る音。少しすると、辺りに広がっていた闇がどんどん2人の所へ向かってくる。

 

「っ……!」

 

 全てを包み込む闇を目の当たりに、雪咲は歯を食いしばり目を瞑る。だが……向かってる闇が、突然2つへと裂けた。

 

 

 そこに居たのはアメノウズメ、しかし玲那は平然とした態度を終始崩してはいなかった。

 

「あら、意外と早かったのね」

 

「雪咲を離しなさい、貴方には絶対に渡しません!」

 

「お兄ちゃんは私だけのもの、”渡す”じゃなくて”返して”貰うわ」

 

「貴方という人は……!」

 

 アメノウズメは苛立ちを隠しつつも玲那へと刀の鋒を向ける、だが一方で玲那は微動だにすらしなかった。

 

「どうしたのですか……構えなさい、戦いもせずに負けを認める貴方ではないでしょう?」

 

「だって、戦う必要は無いからね……」

 

「それはどういう……」

 

 そう言いかけた時だった、まるで玲那と雪咲が溶ける様に地面へと消えていくのが分かった。アメノウズメは舌打ちをしつつも半溶け状態の玲那を手にしていた刀で斬り裂く、だが手応えを一切感じなかった。

 

「……やられましたね」

 

 2人は消え、アメノウズメは悔しげに下唇を噛む。少し離れた所で意識を失っていたリィナだが、既に目覚め2人が消える様子を遠くからただ眺めていることしか出来なかった。




次話

連れ去られてしまった雪咲、一体何処へ行ってしまったのか!
そして、アメノウズメとリィナの2人はどうするのか?


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第79話 皓達との合流、そして雪咲への歪み過ぎた感情

どうも、秋水です。
投稿期間が空いてしまい、申し訳ないです。

今回は、アメノウズメ視点と雪咲視点の2つがあります。


 雪咲が連れ去られてしまい、その場に残されたリィナとアメノウズメ。アメノウズメは悔しそうに表情を歪め、リィナは何がなんだか分からないような顔をしていた。どうしようかと考えているも、そうはさせてはくれなかった。街の入口付近に、馬車と数匹の馬の駆ける音が聞こえたのだ。

 

「こんな時に……」

 

 アメノウズメは街の門のすぐ近くへと急行してみると、そこには大人数の人集りができていた。しかし全員街の人ではなく、雪咲のよく知った人物の連れだということがすぐに分かる。なぜなら、その本人が馬車の中から出ていたからだ。

 

「貴方は確か……」

 

 その人物の側へ転移し声をかけてみる、その人物は別に驚いた様子を見せずに振り向く。そしてアメノウズメの姿を見るなり、場の雰囲気が少し変わる。

 

「貴方は確か雪咲と一緒にいた……」

 

「アメノウズメです」

 

「……貴方が一人という事は、雪咲は別行動ですか?」

 

「お察しが良くて助かります」

 

 その人物とは、皓達の事だ。

 

「しかし、何故急にこの街へ……?」

 

「夜も更けてきたし、近くの村の付近で野営しようかなと思った矢先この街を見つけましてね」

 

「成程……」

 

 皓は仲間達に、街にある宿屋を探して出来れば止めてもらうことを頼むよう指示を出す。そして眞弓と冬望とアーシュとユリナは、既に馬車の中で眠ってしまっていた。それを警護するかのように、馬車の近くには皓とグランが立っていた。その皓のすぐ近くに、アメノウズメが居る状態。

 

「それで、一体そっちは何があったんですか?」

 

「そうね……一応話しておかなければいけないわね……」

 

 アメノウズメは、皓含めその場にいるグランにも事の顛末を伝える。雪咲が攫われたという所以外グランは首を傾げて?を浮かべているだけだったが、皓は雪咲を連れ去った犯人の名と特徴を聞いた瞬間顔色が変わった。

 

「あいつ……まだ諦めてなかったのか……!」

 

 それは怒りでもあり、憎しみにも似た感情が孕んだ声だった。その様子に驚いていたのは、隣に居たグランではなく馬車の中で眠っていたはずの4人だった。その驚きの意味が、どういう意味なのかはまだ誰も知る由もなかった。

 

 一方で雪咲の方ではというと、丁度目を覚ましたところだった。だが両手足が太い紐のような物で固く縛られていて、どうにも出来そうになかった。

 

”何だ……この縄みたいなの……”

 

 魔力を込めて引き千切ろうと試みるが、まずその魔力自体を感じ取ることができない。感じ取るだけではなく、込めることすらもできなかった。

 

”まさか……”

 

「あら、起きたのね。おはよう、お兄ちゃん」

 

 縛っているものを引き千切ろうと奮闘している中、いつの間にか玲那はすぐ近くでクスクスと笑っていた。

 

「……この縄、縛った物の魔力を封じる奴だろ?」

 

「流石、洞察力は相変わらずね」

 

 クスクスと笑っては、一歩ずつ着実に近づいてくる玲那。雪咲は特に取り乱すこともなく平穏を保つことができていた。だが額からは冷や汗が滝のように流れ落ち、心臓の鼓動と呼吸は早くなっていた。

 

「ふふっ、もう死にそうな顔……」

 

 玲那はスッと顔を近づけ、雪咲の胸にそっと手を触れ膝の上に向かい合うように座る。

 

「可愛い……もう何処にも行かせはしないんだから」

 

 その言葉に雪咲はゾッとしたが次の瞬間……何かとても柔らかいものが唇に押し付けるように触れていた。そして気付く、自分が今どういう状態になっているのかに……。




次話、更に玲那は狂っていく。そして、アメノウズメと皓達はどう動くのか。


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第80話 次第に奪われていく心、そして……。

どうも、秋水です。
この度は、投稿が1週間以上伸びてしまい申し訳ないです。
原因としては、慣れないことでの疲労やパソコン不調のせいでネットに繋がらない現象が勃発してしまった事です。

慣れないことは既に慣れ始め、なんとかなっては居ます。
ですが、パソコンの不調ばかりはどうも……新しいのに買い換えようかと思ったら、諭吉さんが足りないじゃありませんか!?

ですので、暫くは諭吉貯金になるかもしれないです……。

                                 以上が近況報告

次にこの作品の方向性なのですが、どうやらここでも自身の詰めの甘さが大いにあったようです。←過去作と同じ過ちを繰り返しそうになっている状態
ですので、多少方向性が当初と違ってきてしまうという場面も少なからずあるとは思います。ですが、どうかそこは突っ込まず生暖かい目で見守っていただけましたら幸いでございます。
例)
盗賊で自由に暮らす→まだ未定


 唇に伝うふにっと柔らかく、ほんの少しだけ熱を帯び、適度な湿っけ。本来なら絶対触れることのない……そう、触れていたのは玲那の唇だった。その瞬間、雪咲は玲那に感じていた筈の畏怖の感情が少し揺らぐ。それは些細なことであり、とてつもなく重大なことでもあった。

 

「っ……ふふ」

 

「っ……」

 

 少しの間口付けし、その後少しだけ玲那は離れる。やってしまったと、どうしようかと言うような表情をしている雪咲に対し玲那は、何か思いつめたような表情で立ち尽くしていた。

 

”お兄ちゃん……すごく長くて、険しい道程だったけど……”

 

 離れた距離を再度詰め直し、そっと雪咲の膝の上に座る。そしてまた、今度はゆっくりと……深く唇を重ねる。静かな空間の中、2人の吐息と唾液の水音だけが響く。

 

”これでずっと……今度は誰にも邪魔されずに、一緒に居られるね……。邪魔する奴は誰であろうと、この世から塵一つ残さず消してやるんだから……”

 

 かれこれ数分は経ったであろうか、ようやく雪咲は玲那の口付けから開放される。

 

”何でだ……玲那は俺を恨んでいたはず、それなのにどうして……まさか、復習?だけどなんで今更……”

 

 雪咲は必死に思考を巡らせるが、いくら考えたところで答えなど出るはずがなかった。本来ならば玲那に殺されさえすれど、口付けなどされる筋合いは何処にもない。何か策略でもあるのかと思えば、あの時の玲那の事を思い出してしまう。

 

”っ……分からない、何で……何でだよ……!”

 

 いつの間にか、雪咲は苦虫を噛み潰したように表情を歪ませていた。それに対し、玲那は少しだけ驚いたような表情を浮かべる。

 

「どうしたの……?もしかして、いきなりは嫌だった……?」

 

「っ……違う、そんなことじゃない。何で……何でこんな事……!お前は、俺のことを死ぬほど恨んでるんじゃなかったのか……?!」

 

「……」

 

 その悲痛の叫びにもにた問いに対し、少しだけ悩む仕草をする玲那。そして答えが出たのか、そっと耳元に顔を近づける。

 

「そんなの当たり前だよ……でもね、私気付いちゃったんだ……」

 

「何に……?」

 

「この殺したい程の思いは、本当は恨みじゃなくって……」

 

「……!!」

 

 玲那から返ってきた答えに、驚き……最早驚愕の色を隠しきれない雪咲。返ってkチア答えとは……。

 

”恨みじゃなくって、大好きな人に裏切られた悲しみ……それ故の、狂気を帯びた愛……なのかもね”

 

 それを聞き、心の何処かで微かに納得してしまった雪咲が居た。

 

”そう言えば、やたらと俺と居ることに拘っていたような……だけど、結局は……”

 

 しかし、頭の中では認めることなど到底出来ずに居た。

 

「そんなの……いつも素っ気ない態度ばかりだったし、何かといえば嫌そうな顔をしていたし、剰え俺に死ねと言ったじゃないか……!」

 

 一瞬だけキョトンとする玲那、だがその表情も直ぐに狂気を帯びた微笑みに変わる。

 

「だって、お兄ちゃんはいつも皓さんと一緒だったじゃない……私はあの人が堪らなく嫌いなの、それなのに……。それに、本当だったら高校上がった時にお兄ちゃんの所へ戻るつもりだったのよ?それなのにお兄ちゃんったら家を売っちゃって、二人の愛の巣を無くしちゃうんだもの。そりゃあ怒るわよ」

 

「じゃあ……俺に死ねと言ったのは……?両親が死んだのは俺の所為だと言ったのは……?」

 

「死んじゃえって言ったのは、ただの私の悔し紛れ。両親が死んじゃったのは、交通事故だったのだし仕方のない事じゃない?ただ単に妄言みたいなものよ」

 

 そうして少しの間、問答している内に雪咲はあることに気付く。それは……。

 

”それじゃあ、俺の深層心理の中に現れた玲那はまさか……”

 

 それを考え、ゾッとする。その表情を見て、玲那は興奮したように頬を赤らませ微笑みの表情を歪ませる。

 

”まさかあれは……俺が作り出してしまった偶像……なのか……?”

 

 玲那がベタベタとくっついてくる中、雪咲は次第に何か大切な事を見失っていると思ってくるようになっていた……。その大切な事とは、今はまだ誰も知りはしなかった。




色々と衝撃的な事実を目の当たりにした雪咲、玲那の言っていることが嘘なのか本当なのかはまだ分かりはしない。しかし一つ言えること、それは……目の前に居る玲那は幻でも妄想でも何でもなく、紛れもない現実ということだ。

次話は、アメノウズメ視点かもしくは皓視点になるかと……。


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第81話 雪咲の所へと繋がる門!

どうも、秋水です。
最近何故か知らぬのですが、猛烈に腹を下しました……。
すごく痛い……



 一方その頃、皓達の方は野営の最中で一段落し終わった所だった。疲弊した人達はテントの中で休息を取り、まだ動けるものは辺りの見回りをしていた。そんな中皓とアメノウズメとグランは、野営地とは少し離れた雪咲が連れ去られた場所へと来ていた。

 

「ここ……ですか?」

 

「えぇ、そうです。ここで闇に飲まれて消えるのを、私は見てましたから」

 

「……」

 

 グランは内心信じることは出来なかった、だがその信じられないことが実際に起こってしまった。事の発端を知らぬグランは悩み、知っていた皓は別のことで悩む。

 

”誤算だったな……まさか、この世界に来ていたとは。目的は何だ?復習……報復か……?”

 

 考えれば考えるほどに焦りが視野を狭め、いつしかどう考えても雪咲が死ぬ未来しか脳裏に浮かばなくなっていた。だがその心を読んでいたのか、アメノウズメはそっと皓の肩に手を置いた。

 

「少なくとも、貴方が考えているような事は無いと思いますよ」

 

「……何故、そう言い切れるんですか?」

 

「あの子の様子を見てれば分かります……あれは、復習の意味で狂っているわけでは無さそうですからね」

 

「……」

 

 その言葉を聞き、玲那は本当に狂っているのだと改めて思い知らされる。

 

「なら一層の事早く見つけなきゃ……!」

 

「そうですね、ですが場所の検討はついているんですか?」

 

「それは……」

 

「ついていないのであれば、闇雲に探し回っても無駄です」

 

「っ……」

 

 皓は悔しげに表情を歪める、だがそんな中一つの違和感に気づく。さっきまで馬車の中にあった筈の人の気配が、一切なくなっていることに。本来寝ていても、人の気配は肌で感じる事が出来る皓。だがその感覚が遮蔽されてしまったかのように、何も感じれないでいた。

 

”……まさかね”

 

 気になり馬車の中をチラッと覗いてみると、皓は我が目を疑った。さっきまで寝ていたはずの眞弓や冬望やユリナやアーシュが、いつの間にか姿を消していた。

 

「なっ……!?」

 

 慌ててアメノウズメの方に視線を向ける、そこには気配を消しているのか作業をしているアメノウズメの背後辺りでじっと待機していた。駆け足で4人の方へ寄ろうとした瞬間、とてつもなくゾクッとするほどの気配を感じる。その気配の正体は……アメノウズメが開いたゲートだった。

 

「……これは?」

 

「雪咲の所へ強制的に繋げたゲートです、感知は出来ずとも脳裏に雪咲を思い描けば必然とその場所へ飛べるかと……安直な発想ですけどね」

 

「ちなみに、本当に雪咲の所へ繋がっている確証は……?」

 

「8割と言ったところでしょうか……」

 

 その確率を聞き、ゲートに飛び込む決心がつく。だがその前に、4人が我先にとゲートへと飛び込んでいった。皓は何も言えぬままだったが、ここまで来てしまったら仕方ないと腹を括り勢いよくゲートへ飛び込む。

 

 そのゲートは、行く先々まで真っ暗な……闇と呼ぶに相応しく暗かった。




アメノウズメが開いたゲート、それは元々神々が集まる時に使う特殊な門の一つ。本来であれば神格ある者しか通れぬのだが、今回は神格を持たぬ者でも通れるように調節してある。そして、門の先で皓達が目にしたものとは……!

次話、遂に……!


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第82話 あまりにも呆気ない終わり

どうも、秋水です。
最近く、ちょっと実家でドタバタがありまして……
それでも、投稿は続けていくつもりです(ペースは落ちるかと思いますが)
そして腹を壊して、WCから出れなくなりました……もう腹痛怖い……

今回の話で、玲那のは終わりとなります。恐らく、次章がラストになるかなと自分の中では思っております。



 真っ暗なゲートを抜けた先は、見たこともないまるで廃墟のような建物の中だった。天井はいくらか穴が空いていて空が見え、床は踏み込む度にギシギシというような音を立ててた。4人は慎重に、皓とアメノウズメは平然と奥の方へと歩を進めていた。しかし幾ら前に進めど最奥は見えず、まるで同じ様なところを何度も行き来している感覚に襲われる。

 

「一体ここはどうなってるんだ……」

 

 小さくボヤきつつも前へ進む皓だったが、突如異様な雰囲気を肌で感じとった。誰も気付いては居ない様子だったが、明らかに少し奥の方の部屋の雰囲気が違和感の塊だった、

 

”まさかな……”

 

 ゆっくりとその部屋の前へ移動し、音を立てずに戸を開いてみる。そして皓の目に飛び込んできたのは、柱の様なものに縛り付けられている雪咲とそれに絡みつくように抱きしめている玲那だった。2人は……というよりかは玲那が一方的に何度も雪咲と唇を重ね、蕩けたような表情で夢中になっていた。

 

 部屋の中に突入するか否か決め倦ねていた時だった、背後から何かに押される感覚があった。驚いて背後に視線を向けると、玲那の事を知らぬ4人が恨めしそうな表情であの光景を見ていることに気がつく。そして皓が何かを言おうとするが、その前に4人は勢いよく部屋に飛び込んでいく。

 

「貴方達、一体何をしているの……!?」

 

「雪咲君……その人、誰?」

 

「……」

 

「雪咲……」

 

 まるで昼ドラの様な場面だが、玲那は雪咲からそっと唇を離した後ジトッとした視線で皓達を睨みつける。アメノウズメと皓以外は怯んでしまうが、2人だけは負けじと睨み返す。

 

「また……邪魔するんですね」

 

「お前が間違ったことをしているからな」

 

「妹が兄を愛して、何がいけないの……?」

 

「”家族”として愛しているなら俺は何も言わないが、お前の愛はどうしてもそうには思えないからだ」

 

「ずっと……いつもお兄ちゃんを独占していたお前が偉そうに……!!」

 

 駄々っ子のように泣きわめく玲那、だが次の瞬間……玲那の中の魔力が膨れ上がる。そして気付いた時には、既に魔法が放たれていた。それはまるで、全てを焼き尽くすような炎だった。近づくに連れ熱気を感じ、焼かれているかのような感覚に襲われる。だがそれは幻覚などではなく、正真正銘現実だった。そして、皓にはそれを防ぐ術など持ち合わせてはなかった。

 

”畜生、ここまで……なのか!”

 

 迫り来る”死”の感覚よりも、またしても玲那を止められなかったという悔しい思いに歯を食いしばり、固く拳を握る皓。だが……その魔法が皓に届くことはなかった。突如、玲那の放った魔法があっけなくも消滅した。

 

「なっ……!?」

 

 ふと気になり皓の横に視線を向けると、アメノウズメがいつの間にか刀を手にしていた。その刀は皓からすれば見るだけで悍ましく、寒気が全身を走り、何か言い表せぬような物を纏っていた。

 

「……さっきから黙っていれば、随分と自分勝手ですね」

 

「煩い煩い煩い!!」

 

 次々と強大な魔法を連射する玲那、だがそれら全てが一瞬の内に掻き消されてしまう。

 

「何で……!」

 

「当然です、その程度の魔法で手傷を負うとでも?」

 

「っ……!」

 

 一歩ずつ着実に、アメノウズメは玲那の方へ歩み寄る。来させまいとありったけの魔力を使い弾幕を張り巡らすも、尽く掻き消されていく。

 

「もう良いです、眠りなさい……-無限の夢の彼方で-」

 

 アメノウズメが言葉を言い終えた瞬間……手にしていた刀は既に玲那の胸を貫いていた。そして有無も言わさず、玲那はその場から何も残す事が出来ずに霧散し消え去ってしまう。

 

「……」

 

 その場に居た誰もが言葉を発することが出来ず、ただ立ち尽くしているだけだった。そう、一人を除いて……。

 

「あれ……」

 

 言葉を口にしたのは、雪咲だった。まるで今目が覚めたかのように微睡み、何が起きているのか分からずに辺りを見渡しているだけだった。皓は、ただ黙って雪咲の元へと歩み寄っていた。




アメノウズメの一撃で、あまりにも呆気なく消え去ってしまう玲那。その重い空気の中、何が起きたのかすら理解出来ていない雪咲。


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第83話 雪咲の答えた結論……。

どうも、秋水です。
最近本当にパソコンの調子が悪く、また自身の調子も悪くてどうすれば良いのか分からぬ状態です。
もう一層のことパソコンとルーターを取り替えたいですが、そんなお金ガガガ……。




 皓が雪咲の拘束を外し、アメノウズメは全員元の場所へと手にさせる。転移した場所はエルティア南部にある森の中、背の高い木以外何もない場所。月明かりしか光源が無いが、気配で何とか誰が何処に居るか分かる雪咲。それだけを頼りにその場を去ろうとするも、何かに服の裾を4方向からがっしりと掴まれていて身動きを取ることが出来なかった。

 

「何処に行こうとしてるのかしら……?」

 

「雪咲……目を離すとすぐに居なくなるから、確保……」

 

「もう逃しませんよ、雪咲くん」

 

「逃さない……」

 

 暗闇で目が効かずとも、服の裾を掴んでいる4人は声で分かってしまった。眞弓、冬望、アーシュ、ユリナは誰しも離す気は一切感じられず、まさに四面楚歌と言うに相応しき状況だった。皓に助けてと意思表示をしようとも試みてみたが、暗闇の中で声を使わずに助けを求めるのはほぼ不可能だった。

 

 どうしようかと黙り込んでいると、不意に誰かが雪咲の手首をギュッと握りしめる。

 

「雪咲くん……お願いだから、ちゃんと答えを聞かせて……?」

 

「そうよ、答えを出さずに逃げるのは許さないわ」

 

「ちなみに……私とユリナの分も答えて欲しい……」

 

「……」

 

 手首を握っているのは冬望だと分かると、即座にアルザースでのあの記憶が脳裏に蘇る。そう、今まで答えを保留にしたまま逃げ回っていた……つまり、早く開放してくれとの意思表示かと雪咲は勝手に思い込んでいた。

 

「……分かった、俺の答えを言うよ」

 

 そう呟くように言葉を口にし、少しだけ間を開ける。4人は今か今かと待ち望み、手首や服の裾を掴む力が少しだけ強まった気がした。そして……

 

「俺は……」

 

 そこまで言いかけた瞬間、誰かに肩を掴まれる。雪咲は驚いて言葉を止め、肩を掴んでる人の方に視線を向ける。ただ、暗闇な為顔は見えないが恐らく皓だと思っていた。

 

「どうした……?」

 

「お前……本当に良いんだな?」

 

 皓はそう言って、雪咲の耳元へそっと顔を近づける。

 

「それってどういう意味……?」

 

「お前が結論を出せば、必ず納得出来ない奴も出る……その時に全てを話す覚悟は出来ているのかと聞いている」

 

「それは……」

 

「どうなんだ……?言っておくが、生半可な答えじゃ納得しないぞ」

 

「……」

 

 黙っていると、肩に置かれていた手がスッと離れていく。

 

「まっ、それはお前が決めると良い。どうなろうとも、俺はお前の味方だという事を忘れるな」

 

「……ありがとな」

 

 柔らかく微笑み、コホンっと咳払いをする。そして、小さく息を吸い……結論を口にする。

 

「俺は……誰とも付き合うことは出来ない」

 

 その言葉を言い終えた瞬間、辺りの緊迫した雰囲気が一瞬で凍りついた気がした。




次話、四面楚歌の状態からどうなってしまうのか……!?


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第84話 切なる想い、そして不穏な影

どうも、秋水です。
盆も過ぎ去ってしまい、気温が下がり過ごしやすい季節になりました。
そのせいで体調を崩してしまったりともありましたが、何とか無事に書き上げることが出来ました。


「俺は……誰とも付き合うことは出来ない」

 

 その瞬間、辺りの空気は凍りついた気がした。その場から誰も一歩も動けず、呆然と立ち尽くしていた。

 

「ごめんな」

 

 小さく呟き、服の裾を掴む手を優しく解きながらその場を立ち去ろうと1歩足を踏み出した雪咲。しかし、真弓だけは雪咲の服の裾を握って離さなかった。

 

「どうして?」

 

 その声は震えていて、今にも消え入りそうだった。握っている手も震えていて、崩れ落ちてしまうのではと思えていた。それでも雪咲は振り返らず、そのまま言葉を口にする。

 

「最初に言った筈だよ、その気持は魔王討伐が終わるまで胸に秘めときなって」

 

「でも!」

 

「それに理由を話してもいいけど、それを聞いても何事もなかったかのように振る舞える?」

 

「それは」

 

 それを最後に、真弓は口を閉ざしてしまう。雪咲はそれ以降何も言わず、真弓の手を解き森の奥へ歩いて行ってしまう。それには誰も何も言うことは出来ず、立ち尽くしたままになる。

 

 暗い森の中、一人フラフラと彷徨う雪咲。ふと空を見上げて見ると、真っ黒な夜空の中に微かに光る星々、時々落ちる流れ星は宛ら頬を伝い落ちる涙の雫の様だった。気付いた時には、自身の頬にもポツリと伝い落ちていた。

 

「あれ?おかしいな。何で泣いてるんだろう」

 

 ハッと俯き、両手で顔を覆い隠すように涙を拭う。刹那、背後に誰か人が居るような感覚に襲われる。涙を吹くことを忘れ、バッと振り返ってみるとそこに居たのは息を切らした皓だった。

 

「お前、何であんな言い方した?真弓達泣いてたぞ、あんなに想ってくれていたのにどうして?」

 

 皓は怒鳴ることなく、ただ静かに聞いてきた。だが怒っていない訳ではなく、静かに怒気を孕んでいた。

 

「俺だってあんな言い方したくなかったさ、あんな顔見たくなかったさ。けど、他にどうすればよかったんだよ!」

 

「もっと優しく断ればよかったんじゃないのか?」

 

「優しく断れば、未練なく俺を忘れてくれるのか?違うだろ、全てをバッサリと切り捨てるにはこうするしかないだろう!」

 

 雪咲の叫びの中には、様々な感情が込められていた。怒り、悲しみ、悩み、苦痛、その他にも数え切れぬくらい。

 

「だからって」

 

 皓が何かを言いかけた時だった、何か只ならぬ雰囲気が2人を包み込んだ。まるで底なし沼のように、沈み込むような感覚。重くて、深くて、ゾワッと全身に鳥肌が広がる。

 

「これは」

 

「何だろ」

 

 とても息苦しい空気の中、ゆっくりと2人は後ろを振り返る。そこには、ただ暗闇が広がっているだけだと思っていた。だがそこに居たのは、一人のフードを被った男が立っていた。




今回は、少しだけ書き方を変えてみました。

次話では、遂に最終章へ突入致します!


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第85話 余りにも不可解な出来事

とうも、秋水です。
最近投稿期間がかなり空いて、申し訳ないです。

周りを取り巻く環境が余りにも変化しすぎていて、頭がついて行けてない状態です。
他にもいろいろとあるのですが、(ry

次話は、なるべく早く投稿しようかなと思っています。


 雪咲と皓は、何処からか現れた黒フードの男を前に言葉を出すことも忘れてただ固まっていた。ただ一回の呼吸でさえ、まるで制限されているかのような重い空気。指一本でも無闇に動かそうものなら、即座に首が地に落とされそうな威圧感。2人は一言も言葉を発する事は出来ず、ただ立ち尽くしているだけだった。すると、黒フードの男が静かに口を開く。

 

「貴様が我が手駒を屠った男か?」

 

 黒フードの男は、雪咲に静かに指を指しながら言葉を口にする。その質問に対し、雪咲は言葉の真意が分からずに首を傾げる。

 

(手駒?一体何のことを)

 

 一回、たった一回だけ瞬きした瞬間の出来事だった。先まで数歩先に居た男はいつの間にか姿を眩ませる。何処へ言ったのかと視線で追っては見たものの、気配も何も感じることが出来ない今手がかりと呼べるものは一つもなかった。だけど見失ってからも油断が出来ず、息が詰まる思いをしていた。

 

 そんな中、皓は顎に手を当てながら何かを思い出すように呟いている。その様子に、雪咲は疑問を抱く。

 

「どうしたの?」

 

「いや、ちょっと幾つか気になる点が」

 

「気になる点?」

 

「何故あの男は俺達に。いや、お前にあんな質問をしたんだ?」

 

「それは。あれ、何でだ?」

 

 皓の言葉でふと考える、言われてみると確かに皓の言う通りだ。大抵初対面の人に何かを尋ねるときは、その関係者という可能性が高い。何も関係ない人が、初対面の人にあんな質問をするとは考えにくい。かと言って、黒フードの男の言う手駒が何を指しているのかが分からず、更に頭を悩ませる。

 

 すると、とある一つの思い出が脳裏を駆け巡る。それはごく最近であり、とても鮮明に覚えていた。

 

「もしかしたら、あれか?」

 

「あれとは?」

 

「ほら、フェルナで巨大な魔物と戦った時だよ」

 

 そう、あの時雪咲はあの人物に出会っていた。しかしその時は体の輪郭はぼやけ、男女どっちかすら判別できないほど曖昧な存在だった。だが今日改めて出会い、男だと断言できるところまで来ていた。しかし皓はイマイチピンときてないのか、首を傾げるだけだった。

 

「もしかして、覚えてない?」

 

「いや、それ以前に多分俺出会ってないぞ?だってあの時あの魔物を倒したのは俺達という事になって、そんな余裕無かったしな」

 

「あ……」

 

 そう言えばと言う表情で小さく声を上げる雪咲、街中の人達の記憶を消したという事実をすっかりと忘れ去っていた。

 

 一人頭の中で納得していると、皓が何かもどかしげな表情をしていた。どういう事かと皓に説明しようとした瞬間、またさっきのような悍ましささえ覚えるような重くドス黒い雰囲気が辺りを包み込んだ。警戒しようとしたが、遅かったようだ。

 

「え?」

 

 いつの間にか、皓が目の前から姿を消していた。それは本当に唐突で、余りにも突然だった。辺りを見渡しても人一人見かけないし、気配すらも感じることが出来ない。

 

「皓!!何処へ言ったんだ!!」

 

 声を上げても、虚しく響くだけで返事は一向に帰ってこなかった。




謎に包まれた黒フードの男、彼が現れてから不可解な現象ばかり起こる。

皓がその場から居なくなり、気配が濃くなったり薄くなったり。
そんな中、とある大事な事実が見えなくなってるのにすら気づかなかった。

次話、どうなってしまうのか。


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第86話 戸惑う雪咲……だったのだが?!

黒フードの正体、それは次話公開予定!
性別は男と記述していますが、正確にはあやふやの状態なのです。


「皓!!何処へ行ったんだ!!」

 

 大きく声を張り上げる雪咲だが、何一つ物音は聞こえてこなかった。心の内に積もる不安、それを何とか振り払おうと別の思考に切り替えてみた。だが今まで皓と一緒に居た時、皓だけが一人で居なくなることはまず考えられない。いつもは雪咲が一人で勝手に消えて迷子になるのだから、しかし今回は話が全く違う。雪咲は皓と話している時その場所から一歩も動いてすらいない、それなのに皓が突如姿を消してしまっていた。

 

 気配を探ろうと何度も感覚を研ぎ澄ませているが、妙な違和感とともに掻き消されてしまう。その違和感の正体を突き止めようとするも、色んな場所に分散されすぎていて分からない。

 

「一体どうなって……?」

 

 ふと空を見上げ我に返る、その理由は。

 

(あんな星あったっけ?)

 

 目に止まったのは夜空に煌めく一つの星座、最初に見た時と明らかに星座の位置がズレている。それも時間に伴うほんの少しのズレではなく、まるで空間そのものが別物に感じられる大きなズレ。北東にて煌めいていた星が、南西の方にあった。

 

 その事に気付くのに多少時間は掛かったものの、それを踏まえて思考を巡らせた。

 

 ー雪咲が熟考している頃、皓の方ではー

 

 「ん?」

 

 意識を失っていたらしく、ゆっくりと瞼を開ける。そこにはさっきまで居た筈の雪咲が居なくなっており、また何処かへ行ったのかと小さくため息を零しながら探そうとしたその時だった。全身がピクリともしない、指を動かすことでさえ出来なかった。

 

(なんだこれ?!)

 

 不意に違和感を感じ腕の方に視線を向けてみる、腕に絡みついていたのはまるで鉄線かと思えるほどに細く硬いものだった。少しでも体を動かそうものなら鉄線のような物は皓の体をきつく締め上げ、肉にめり込んでいき、やがては肉さえも断ち切ってしまいそうなほどな硬度だ。

 

「無駄だよ、それは素手では決して壊れない」

 

 どうしようか考えていると、不意に左方から声をかけられる。その声がした方に視線を向けてみると、そこに居たのは雪咲と一緒に居た時に出会った黒フードの男だった。

 

「お前、どうやって俺を運び出した?」

 

「というと?」

 

 黒フードは面白おかしそうに首を傾げる。

 

「そんな華奢な体で雪咲の目を掻い潜って俺だけをこんな暗闇の空間に、しかも装備をしたままの俺をだ。一体どんな魔法で?」

 

「なぁんだ、そんなことか」

 

 黒フードはくすくすと笑いながら、皓の方に歩み寄る。

 

「疑問はそれだけじゃねえ、あの時は分からなかったが……お前女だろ?」

 

 その言葉に、黒フードの動きが一瞬だけ止まる。

 

「面白い考え方をするね、一体どうしてだい?」

 

「それは……」

 

 皓は自身の推測の内を言葉にする、それを聞いた黒フードはニヤリと怪しげな笑みを浮かべていた。




次話は、まだ未定です。


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第87話 長きに渡る因縁の終止符

あらすじ

突如辺りが暗闇に包まれ、気がつくと雪咲と皓は離れ離れになってしまう。
雪咲は皓を探すためにいろいろと思考を巡らせており、皓は黒フードに連れ去られ縛り付けられていた。
皓は連れ去られる際に、ある事に気がつく。


「お前女だろう?」

 

「どうしてそう思ったのかな?」

 

「幾ら隠そうとしても女性特有の骨格や、癖の一つ一つで分かるとまでは行かなくとも察することは出来るさ」

 

「驚いた、だけど私がわざとそう思わせるように振る舞っていたとした場合はどうするんだい?」

 

「外したなら外したで構わないさ、どうせただの推測なんだし。その時はそっちの演技の方が上手だったと言わざる得ないがな」

 

 少しだけ長い沈黙が訪れ、黒フードがクスクスと笑う。そしてフードをそっと脱ぐと、皓は思わず言葉を詰まらせる。

 

「まぁ、当たりなんだけどね」

 

 黒フードの中は、どこかで見たことのあるような顔をした華麗な女性だった。そう、少し前にアメノウズメに消されたはずの玲那と同じ顔だった。

 

「あ、有り得ない……お前、アメノウズメに刺されたはずじゃ」

 

「私があの程度で死ぬとでも?それこそ有り得ないわ。警戒して影武者を送り込んどいて正解だったわね、おかげで違和感なく私が動きやすくなったもの」

 

 腰に手を当て、やれやれと行った感じで肩をすくめ首を横に振る。そして皓の視線に被せるように目を合わせ、そのままゆっくりと近づいていた。

 

「お兄ちゃんと私の仲を引き裂こうとする人は許さない、誰であろうと始末してあげる。お兄ちゃんを誑かす人も、誘惑する人も……絶対に無事じゃ済ませない!」

 

「”それ”が間違っているものだと、なぜ気付かない!」

 

「間違っていても、私にはどうすることもできない!お兄ちゃんが好きなことも、湧いてくるようなこの怒りも、憎しみも、殺意も身を任せることしか私は出来ない!」

 

 先まで笑っていた顔とは思えぬほどに歪み、涙を流していた。

 

「確かに私は身勝手なことばかりしてお兄ちゃんに迷惑をかけていた、けど私は私なりにお兄ちゃんに幸せになってもらいたかった!あの時遠い親戚の人の所に行こうって言ったのだって、お兄ちゃんにあのままずっと苦労した生活を送ってほしくないから言ったの!」

 

「出任せを……!なら何故お前はあの時雪咲を手伝ってやらなかった、あいつがどれだけ苦労していたか分からないわけじゃないだろ!」

 

 皓はいつの間にか、怒りに任せ怒鳴っていた。体に巻き付いている物が肉に食い込むのも気にせず、体にありったけの力を込めて。

 

「家の事以外で、私が何を手伝えるのよ。あの時小学生よ、何が出来るってのよ!中学に上がって遠いけど親戚の人も見つかって、これでお兄ちゃんもちゃんとした生活を送れるって思っていたのに……!」

 

「じゃあ何でお前がここに居るんだ!その遠い親戚とやらに引き取ってもらって、ちゃんとした生活を送っていたんじゃなかったのか?」

 

「……私だけ一人で行って、そこに私の居場所があるとでも?」

 

 そう呟くように口にした言葉はどこか暗く、ゾッとするような程深い闇を見つめているような雰囲気に切り替わる。

 

「確かに叔父さんと叔母さんは優しかった、けど表面的にしか過ぎなかった。学校でも転校という形になって、お兄ちゃんも近くにいるわけじゃないから守ってくれる人も居なかった。新しい学校で待っていたのは酷い虐めと差別、教師も見て見ぬふり。だけどお世話になっている叔父さんと叔母さんには迷惑かけたくないから、いつも明るく振る舞っていた……。」

 

「……っ!」

 

「その数カ月後、叔母さんが突然亡くなって叔父さんは変わったの。私に対して暴力を振るうようにもなったし、そこにはもちろん性的暴力だってあった。それでも私は中学の間だけ耐え抜けばお兄ちゃんの所に戻れると信じてた、けど1回だけ耐えきれずにお兄ちゃんの所へ行った時があるの」

 

「まさか……」

 

「そうよ、だけど私は素直にはなれなかった。そのせいでお兄ちゃんと口喧嘩になっちゃって、その末貴方に叩かれた。行き場をなくした私は逃げて逃げて……その結果どこかの山奥で力尽きたわ」

 

 皓は話を聞き終え、先まで怒りで高ぶっていた心が急に冷静さを取り戻す。そして、あの時の事が鮮明に脳裏に蘇る。

 

(じゃあ、あの時こいつは雪咲に助けを求めて……それを聞かずに俺はあんなことを……)

 

 そう思うたび、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。助けを求めて差し伸ばした手を、その場の怒りに任せてしまいその手を払い除けてしまった。その事実に、皓は大きなショックを受け俯いた。玲那の手には殺意の籠もった魔力、ゆっくりと皓に近づいていた。

 

 しかしその瞬間、何かがひび割れるような音が響く。何事だと玲那は辺りを見渡す、視界に写ったのは真っ暗な空間に白い亀裂が数多に走っていた光景。

 

「なっ……?!」

 

 白い亀裂が黒い空間の隅々まで行き渡った後、まるでパズルのピースのように剥がれ落ちて地面に消えていく。その空間の向こうは、ついさっきまで自分が雪咲と居た場所と同じ光景だ目に映る。

 

「私の結界が破られるなんて……」

 

 呆然と立ち尽くす玲那、何処からか雪咲の声が聞こえてくる。

 

「この程度の結界なら破れないことはないよ、そんなことより黒フードの正体が玲那だったとはね」

 

 結界が破られたことにより、雪咲が目視できる距離に現れる。玲那は警戒し少し後ずさり、雪咲は少し早足で玲那と皓の所へ向かう。雪咲が手を皓を縛っている物に触れた瞬間、まるで刃物で断ち切られたかのように切れするりと地面へ落ちていく。体が自由になった皓は、何処か以上はないか調べるようにその場で少し体を動かす。その後、雪咲は玲那の方へ改めて歩を進める。

 

「こ、来ないで……謝るから、私をもう……殺さないで……」

 

 玲那はパニック状態に陥っており、冷静な判断ができない状態になっていた。手に集めた魔力を物質へと変換し、気がつけば手には鋭利なナイフが握られていた。それを雪咲に向け、ブンブンと振り回しながら後退りしていた。しかし、背後には大木があり既に逃げ場はない状態になっていた。

 

 そんなことも気にせず、雪咲は玲那に近づく。手の届く距離に入り、ナイフが頬を掠める。傷口から滲み出るように赤い血が頬を伝い、地面に落ち行く。それに何を思ったのか、玲那は”ひっ”と小さく声を漏らしナイフをその場に落とす。体を小刻みに震わせながら、目をぎゅっと閉じた。

 

「……大丈夫」

 

 雪咲は小さく呟き、そっと玲那を抱き寄せる。顔を覗いてみると目はぱちくりとしていたが、震えは収まっては居なかった。そのまま優しく頭を撫で、雪咲は目を閉じる。

 

「大丈夫だよ、さっきの2人の話は結界の外でも聞こえていたよ。そして、あの時の事を一瞬たりとて忘れたことはない。」

 

「私……お兄ちゃんに死んじゃえって……」

 

「確かにあれは辛かったな、けど俺は玲那の気持ちを察してあげられなかった」

 

「あんなに……色々と酷いこと言っちゃったのに……」

 

「それでも兄弟だからな、守ろうと必死だったから……ごめんな、玲那」

 

「私こそ……ごめんなさい……!」

 

 雪咲の腕の中で、玲那は静かに泣き崩れる。雪咲は静かに、玲那の頭を優しく撫で続けていた。




今回の話は、少しばかり長くなりました。
まぁ、玲那と仲直り出来て良かったということで。

次話、雪咲は冬望・アーシュ・真弓・ユリナ・アメノウズメに自分の気持ちを打ち明ける。
受け入れてくれるのだろうか、そんな不安を胸に続きます。


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第88話 遂に動き出した者達

 先まで泣き崩れていた玲那、今は何とか心が安寧を取り戻しつつあるようだ。俺はそっと涙を拭ってやり、優しく頭を撫で続けていた。前の世界に居た時より涙脆くなってるなと思ったのは、恐らく自分だけだろうな。

 

 

「落ち着いたか?」

 

 

「うん……ごめんね、取り乱しちゃって」

 

 

「いや、大丈夫」

 

 

 少しすると2人は離れる、すると空気を読んで黙っていた皓が静かに口を開く。

 

 

「それで……今後どうするんだ?」

 

 

「今後?」

 

 

 首を傾げる、確かにそうだ。玲那は少しだけ考え込み、眉間にシワが寄る。

 

 

「雪咲は……まだ分からんから後で聞くとして、俺は魔王討伐がまだ残っている。だが玲那、お前はどうするんだ?」

 

 

「私は出来ればお兄ちゃんと一緒に居たい」

 

 

「だがアメノウズメもいる、果たして一度雪咲の驚異になったお前を仲間として迎えるか?」

 

 

「それは……」

 

 

 玲那は俯いて考え込んでいる、それと同時に少しだけ震えている気がした。”俺は別に構わないけど”という言葉を口にしようとした瞬間、何処からかとてつもない魔力の波動が伝わってくる。それと同時に、誰かの言葉が念となって3人の頭の中に響いてきた。

 

 

 ”役立たずめ”

 

 

 何処からこの声が聞こえてくるのだと思い辺りを見渡す俺と皓、すると上空の方に肌を切り裂くような程の強大な魔力が集まる感覚。その魔力溜まりの方へ視線を向けてみると、真っ黒な空に広がっていく謎の煙のようなもの。空の黒を更に深くしたような色で、煌めいていた星々を全て飲み込んでいく。変な例えをするなら、テーブルの上にコーヒーを溢してしまった時のようなあの広がり方だ。

 

 

 空で起こっている謎の現象に恐怖心を抱きつつも警戒していると、不意に背後から新たな気配を5つ感じ取る。俺は咄嗟の判断で気配の方に視線を向ける、そこに居たのはアメノウズメ・冬望・眞弓・アーシュ・ユリナだった。

 

 

「なっ……!?どうしてここに!」

 

 

「いきなり空が変なことになって、もしかしたら雪咲くんが大変なことに巻き込まれているんじゃないかって心配になって……!」

 

 

「全く、何であんたの所で頻繁にこういうイベントが起こるのよ!」

 

 

「……トラブルに愛されている」

 

 

「……」

 

 

「それに関しては否定出来ないわね」

 

 

 眞弓は心底心配そうに、冬望は呆れながら、アーシュはため息混じりにユリナはそれに同意、アメノウズメは苦笑を浮かべつつも皆が皆雪咲のことを心配していた。その気持を感じ取ることは出来たのだが、俺は上空に現る無数の邪悪な気配にみんなが巻き込まれないか逆に心配だった。

 

 

「だめだ、逃げろ!!」

 

 

 俺が皆に向けて言葉を口にした瞬間、空からの思念にかき消されてしまう。

 

 

 ”もう遅い!我は今この時より復活するのだ!”

 

 

 その言葉と共に空に漂っていた無数の邪悪なる気配は一箇所に集まり、それは大きな一つの邪悪となってそこに顕現する形になってしまった。その姿はまさに”恐怖”そのもので、人の形というものやもはや生物の生態系を崩しかねぬような、悍ましい見た目をしていた。




次話は、出来るだけ早く投稿したいと思っております。


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第89話 驚異!そして雪咲の決断

目覚めてしまったとあるもの、彼は一体何物なのか!?
そして、雪咲はどういう決断をするのか……!


”ふははははは!!、我は復活なり!!”

 

 高笑いをしつつ現れたそれは、まず人の形ではなかった。胴体がとても太めの楕円形を描いており、そこから生えている4本の腕らしきものはとてもではないが1本1本がまるで大木のように太い。顔は最早顔と呼べるか分からず、真っ黒な球体に無数に目玉が蠢いている。俺の頭の中で例えるなら、某ゲームに出てくる魔王の最終形態のような感じ。

 

 雪咲達はその異形なものを目にして、誰もが怯えを隠しきれずに居た。冬望とユリナと眞弓は気分が悪そうに顔を伏せ口元を手で塞ぎ、皓と俺とアーシュは顔を引き攣らせながらも警戒を怠らない。アメノウズメは大丈夫かなと視線を向けてみるも、先程まで居た筈だったのだが姿が見当たらない。あのような異形のものに恐れ慄くなど有り得ぬことだと思いながらも、眼球の動かせる範囲内でキョロキョロと探していた。

 

 そのようなことをしていると、向こうから話をかけてくる。

 

「ふむ、久しぶりの世界の香り……だが、紛れ込んだ羽虫共が居るようだな?先程から臭うと思ったわ」

 

「っ……!」

 

 無数の眼球は一斉にこちらを向き、狙いを定めるかのように一点集中で見つめてくる。目を合わせぬようにしていた俺だが、どうやらユリナが目を合わせてしまったらしい。その場で倒れ込んでしまい、少し痙攣した後動かなくなてしまった。

 

 俺は急遽ユリナの元へ駆け寄ってみたが、既に息は耐えていた。その事実を受け止めながらも、体は勝手に動いていた。

 

「皆、あいつの目を見るな!」

 

 その言葉と同時に、俺はアーシュを中心に魔法陣を展開。眞弓・冬望・皓・ユリナの体を魔法陣が包み込み、淡い光に包まれていく。

 

「ゆ、雪咲くん!?これは……!」

 

「俺の事は心配しなくていい、だから……せめて安全な街でこいつを倒せるように祈っててくれ」

 

「あんた、それってあんまりじゃ……!」

 

「……死ぬ気?させない、こんな魔法陣なんか……!」

 

「雪咲!てめぇ……!」

 

 皓が怒鳴り、眞弓は泣き叫び、冬望は魔法陣の中から出ようとし、アーシュは魔法陣そのものを破壊しようとしていた。眞弓は必死の思いで雪咲に向かい手を伸ばす、ほんの少しでも届けばと思って。だが……。

 

 眞弓の指が僕の服に届きそう、そんなほんの僅かの距離まで迫っていた。しかしそれは届くことはなく、魔法陣は眩く輝き出し皆を包み込む。

 

 視界がほんの少し暖かい白に包まれ、眞弓は雪咲の姿を見失ってしまう。そして気が付いた時には、皓達は旅の始まりの地……アルザース帝国のど真ん中に突っ立っていた。幸い夜中なため帝国の皆は夢の中だが、異変に気付いた衛兵達が皓達の居る場所へ向けて走ってくる。

 

「何だ、さっきの光は!」

 

「底にいるのは誰だ!!」

 

「え、えっとここは……」

 

 皓は戸惑いながらも声を出す、すると衛兵達は驚いた声を出していた。

 

「な、なんと……皓殿か!?」

 

「まぁ……はい」

 

「して、何故にこのような時間にこの場所に?」

 

「色々とありまして……国王にも話したいことがあるのですが、日が昇ってから城へ赴いても?」

 

「か、畏まりました!門番にはそのように伝えておきます!」

 

 こうして衛兵達は元の配置に戻るために走り去ってしまった、取り残された皓達は兎に角朝になるまで各自宿を取り仮眠を取ってから再集合という形で解散したのであった。




どうも、秋水です。今回から、主コメは後書きに書こうかなと思っております(むしろそれが普通だったり……)
もう11月に入ってしまいまして、年月が過ぎるのは早すぎるなぁとしみじみ思っております。


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第90話 魔王との戦い(前編)

遂に復活した魔王、雪咲はその恐怖に何を思ったのかアメノウズメ以外をアルザース帝国へと魔法により強制的に転移させる。

そして対峙する2人、勝負の行方はどうなるのか!?


(ちゃんとアルザースに着いているといいな……)

 

 俺はそっと目を閉じ想う、何もない黒空に顔を向けながら。背後には圧倒的恐怖が存在しているはずなのに、何故か皆が居なくなった瞬間心が軽くなった気がした。その理由は言うまでにも非ず、数分の刻が過ぎ去った後恐怖へと視線を向ける。

 

 そこには先程の異形の姿ではなく、上半身裸の白銀の長髪男性がそこに立っていた……否、浮いていたのだ。特に魔力を感じ取れる訳もなく、翼をはためかせている素振りすら無い。

 

「……終わったか?」

 

 男性は退屈そうな表情で問いかける、俺はその問いの言葉に掛けられたプレッシャーをその身に受けながらも自然と口角が少しだけ上がった。

 

「待たせて悪かったね」

 

「構わぬ、これくらいすら待てぬ我ではないわ」

 

 ふんっと鼻を鳴らし、怪しげな笑みを浮かべながらも俺の事をじっと見つめてくる。また先程の”アレ”を使用してくるのではと警戒したが、何も起きないことからただの杞憂に終わってしまう。

 

「そう身構えるな、我はまだ名すら口にしてはおらぬぞ」

 

「そ、そうだったな……」

 

「改めて……我が名は”クレア・ヴィルへルア”!、この世界を統べる魔の中の王である!」

 

 クレアが名乗りを上げると、静かだった森が急にざわめき始める。何事かと視線を向けてみると、そこには……暗闇の中に無数の紅い点が広がっていることに気が付く。その紅い点は時たま消え、まるで生物のまばたきみたいだと思い魔力を薄く広げてみる。するとあり得ない程の数の生命反応、この場だけでも千体は下らないほどの魔物の群れだった。

 

「ほれ、貴様も我に名乗ることを許そう」

 

「……」

 

 魔物の群れに驚いているとクレアが退屈そうに言い放つ、俺は伸し掛かる重圧に負けじと薄く自身に魔力を纏わせてから口を開く。

 

「俺は雪咲、ただの盗賊だ」

 

「ほう、ユラか……もしや貴様この世界に惹き込まれた”訪問者”だな?」

 

「……!」

 

「貴様の魔力の使い方の拙さ、質、名の珍しさでそんなもの分かるわ。なんせ我を封じたのも前に来た訪問者だったのだからな」

 

 何故それを……そういう前に先に理由を言われてしまった。

 

「俺の他にも訪問者とやらは居たんですか?」

 

「如何にも、人間達もよくやるものだ……さて、無駄な話はそろそろやめにするか?」

 

 そう言うと、クレアは両腕をばっと広げた。刹那、黒い魔力のような靄がクレアを包み込む。俺はその魔力の少しに触れていたが、息も出来ぬ程の濃密な魔力に冷や汗が止まらない。

 

 濃密な魔力が辺りに充満すること数秒、段々と集まっていた魔力が霧散していくのが分かる。ある程度まで霧散すると濃度が下がったのか、なんとか呼吸だけは出来るようになる。だがクレアの姿を見て、俺は言葉を失うことになる。

 

 先程まで何も着ていなかった上半身には黒いシャツみたいな服がいつの間にか生成されており、その上から赤淵の黒き鎧を身に纏っていた。背中にはマントが風にたなびいており、腰には少し大きめの剣を携えていた。白銀の長髪は後ろで束ねており、前髪の分け目からは一本の黒い角が生えていた。

 

「封じられている間退屈だったのでな、早速ではあるが遊ばせてもらうぞ?」

 

「期待に添えるか分からないけどね……」

 

 俺は即座に刀を生成する為に魔力を手元に集める、だが思うように魔力を操作することが出来ない。その理由はすぐ分かることになる……。

 

「残念だったな、この場では我がいる限り貴様は魔力を自由に扱うことは出来ぬ」

 

「なんつーチートだよ、それ……」

 

 泣き言のようにぼやいていると、クレアがすぐ隣にまで瞬間的に移動していた。やばいと思いクレアの方に視線を向けると同時に、首元に向かって白銀の”何か”が目にも留まらぬ速度で迫ってきているのに気が付く。

 

(このままじゃ本気で死ぬ……!!)

 

 体が思考よりも無意識に反応し、思い切り手を振り上げ俺は体制を崩す。白銀の”何か”はゴンッと言う鈍い音と共に軌道が少し上に逸れ、俺の前髪を少し切り裂いて空を切る。

 

「ほう……?」

 

 クレアは空を切り動きを止めた後自身の刀身を眺める、俺はその時初めて”何か”の正体がクレアの剣だということを知る。

 

「……アレを避ける人間は貴様が初めてだ」

 

「そりゃどうも……」

 

 口だけは余裕があるような感じだが、実際の所何かを考えている余裕がこれっぽっちも無い。先程剣を弾いた手は赤く腫れ上がり、ズキズキと痛む。ダメ元でスキルの一つ”魔王化”を発動してみる、どうせ駄目だろうなと思った矢先……何やら体に違和感を感じた。

 

「……!?」

 

「ほう」

 

 クレアは面白そうに目を見開き口角を上げるが、俺自身途轍もない苦しみの奔流の中に居た。う薄っすらと紅の混じった黒い魔力に包まれ、俺の全身に纏わりつくように収束していく。ズキズキ程度だった手の痛みは何十倍にも膨れ上がり、目・鼻・口からは血が流れ落ち、頭の中にノイズと激痛が走り、まるで何者かに意識ごと体を乗っ取られているのでは無いかと思う程の苦しみ……否、苦しみと言う言葉では言い表せない。自分の中の全てを破壊し尽くされ、それに耐えかね思わず声を出し無意識が侭に身悶える。

 

腕を振るうと辺りの木々は枯れ果て、地面に頭を打ち付ければ大きな亀裂となり地面を走る。

 

「あっ、あぁぁぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 渾身の力を振り絞り叫ぶ、大地は微かに揺れ辺りの枯れた木々はざわめき始める。それと同時に、俺に集まっていた魔力は落ち着きを取り戻したのか一片ではなく少しずつ纏わり付くように流れを変える。その結果魔力は未だに流れ込んでいるものの、黒い魔力が隠していた俺の姿を顕にしてしまう。

 

 顕になった俺の姿は人間とは思えぬ程の禍々しく夥しい程の魔力を纏い、筋力や骨格などの根本的な所から最早異形の者へと成り果てていた。綺麗だった黒き髪の色はまるで頭から血でも被ったのかと思うような深い朱、肌の色は生気を失い透き通る程透明な白、瞳の色はまるでオレンジを連想させるような色だ。

 

「……貴様、何をした?」

 

「っ……」

 

 興味なのか好奇心なのか、クレアは掲げていた剣を下ろして雪咲に問う。だが当の本人は先程まで味わった地獄のせいか、その問いに答える余力が残っていなかった。そうと分かると、クレアはため息を付きながらも下ろした剣を雪咲の胸元へ向かい突き立てた。だが手応えが一切無く、視線を向けてみればそこには先程まで居た雪咲が居なくなっていた。

 

「何処へ……!」

 

 そう口にしかけるも、その言葉は途中で中断されることになる。先程まで雪咲の姿を捉えていたクレアだが、瞬間の内に姿を見失ってしまっていた。感覚的に視線を思い当たる所へ向けてみるも、何処にも雪咲の姿はクレアの瞳には写り込まなかった。だが、明らかにすぐ近くに居るという気配だけを感じる。

 

 色々と思考を巡らせている我だが、一向にユラの姿を捉えることが出来ぬ。正直な話、今まで数多もの人間を相手取ってきたがここまで到達しうる人間は一人とて見たことがなかった。この世界、の中で最強とも言われた我が、まさか翻弄される日が来ようとは夢にすら思わなかったからだ。

 

「調子に乗るなよ、人間が!」

 

 魔王スキル”第六感”を使用し感知した場所に剣を振り下ろすも、一向に手応えがない。それどころか、高速で移動しているせいかユラの気配がどんどんと数を増やしているような気がしてならぬ。本来ならば絶対に有り得ぬことだが、一つだけ思い当たるスキルが脳裏を過る。

 

 特殊スキル”瞬気”……このスキルは本来人間ではなく、足の早い天狗等の種族が会得できる唯一のスキル。目にも留まらぬ速さで移動し、相手に自身が増えたと錯覚させるようなスキルである。

 

 以前我も天狗と相見えたことがあったものの、ここまで翻弄されてはおらなんだ。人間のくせにと言う悔しさとは裏腹に、心の底では面白いとさえ感じていた。生まれ落ちてから今まで一度も味わったことのない高揚感に身を任せ、我は魔力を開放した。




どうも、秋水です。
最近になり、ようやく身を貫くほどの寒さに見舞われてきましたね。
そんな自分はというと仕事三昧の毎日に心が休まる暇が余りありません。土日が定休日という形になってはいるのですが、会社が忙しいと出てこいなんて言って休日出勤なんてことにも……。
これ以上言ってしまうと愚痴になってしまうので言いませんが、どうかこれを見てくださっている方々には私と違い良き会社・人々に恵まれる事を……。


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第91話 魔王との戦い(後編)

遂に姿を表した魔王クレア、それに対抗すべく雪咲は魔王化を発動する。だがいつもとは違い、変な違和感に気づく。だが時すでに遅く、雪咲は理性を持たぬ獣と成り果てていた。
クレアは雪咲の豹変と急なパワーアップに戸惑いつつも、取り敢えずは捕縛する手立てを思考していた。


(ここは……何処?)

 

 気が付くと、俺は真っ暗闇の真ん中に立っていた。先程まで魔王と名乗るクレアと戦闘を繰り広げようとしていたのだが、魔王化を発動し激痛に苛まれてからというものずっとこんな状態である。歩けど歩けど先は見えず、途方に暮れていた。

 

 その頃現実世界では、既に意識を失い暴走状態の雪咲がクレアと戦闘を繰り広げていた。もはや言葉という言葉は発することが出来ず、雄叫びを上げながらも高速移動しながら色んな角度からクレアに斬りかかる。目で捉えることの出来ない速度で移動している為翻弄されるが、それでも様々なスキルを使用し防いでる状態だ。

 

「くそっ、この我が翻弄されるなど……!」

 

「ーー……!!」

 

 激しい剣戟やスキル・魔法の押収が繰り広げる中、我の中にユラの記憶の断片が脳裏を駆け巡る。今までどのような暮らしをしていたのか、こちらの世界に来てからどのように暮らしていたのか……生まれた時から今の瞬間までの事。今まで感じた事の無い感情を胸に抱きつつも剣を交える。

 

(……一体何なのだ、この感情は。胸が締め付けられるような、とてつもなく苦しい感覚……っ!)

 

 悶々と考えていると手にしていた白銀の剣が空を舞う、そして数回転した後深々と地面に突き刺さる。チャンスとばかりに雪咲がクレアに向かい刀を振りかぶる、だがその瞬間に動きを止めてしまう。ほんの一瞬という時間だったが、クレアにはその一瞬だけでも十分な時間だった。

 

 手首を掴み取り刀を奪い取る、そのまま魔法で四肢を拘束し動きを一切合切封じる。

 

「っ……!!」

 

 拘束を解こうともがくが、一切溶ける様子が無い。息を整えながら少しだけ様子を見るクレア、意識もなければ本能だけで動いている雪咲。戦う前までの落ち着いた魔力の波動とは違い、今となっては高低差の激しい山の如くブレている。綺麗な顔を歪ませながらも暴れる様は宛ら、理性を失った獣と言ったところか。

 

「……未熟者め」

 

 そう言ってクレアは、雪咲の胸元に深々と手にしていた剣を突き刺す。雪咲は動きを止め、口から血を吐きまるで全身の力が抜けたようにダランと身を投げ出す。これで一件落着したかと思われたが、そうは問屋が卸さない。

 

 深々と突き刺した剣と雪咲の肉体の間から、得体の知れない黒い瘴気のようなものがモワモワと外へ放出されていくのが分かる。その瘴気は雪咲の肉体から全て抜けた後空に留まり、人の形を成していく。

 

「此奴、やってくれたものだ……まさか我と言う魔王を倒すためだけに、その魔王よりも邪悪な存在の封印を紐解いてしまうとは……」

 

 我は一先ずユラの拘束を解き、黒いゲートを作りそこへ放り込む。ゲートの先は魔王城、かつて我が魔王として覇せていた頃拠点としていた場所。そこに転送されたことを確認すると、ゲートを閉じ瘴気の方へ目を向ける。そこには先程まで瘴気だったものが肉体を持ち、まるで本当に生ける人間のような見た目をしていた。

 

「やれやれ、ユラに力を託したのはお前か……先代魔王・ジルニトラ?」

 

「……久しいですね、後継者よ。ずっと貴方の事を見守ってきたのですが、やはり後釜は貴方にはキツかったですかね?」

 

「はっ、ぬかせ……」

 

 ジルニトラはクスクスと笑いながらも赤色の瞳でクレアから視線を離さない、クレアはジルニトラの発する威圧に内心冷や汗をかきつつも平静を装う。

 

「そう身構えなくても良いのですよ、私は単に姿を表しているだけに過ぎません。本来私はこの世界では死を迎えた者、長く留まってしまえば”向こう”の世界を追われるでしょうし……」

 

「……色々と聞きたいことがあるが、真っ先に聞かねばならぬことがある。あの人間に力を貸したのは何故だ?しかもあのような過去一番の出来損ない、獣魔王・レオネスティの力だけを……」

 

「さては貴方、勘違いしてませんか?」

 

「は?」

 

 ジルニトラの予想だにしない答えに、クレアは首を傾げる。

 

「レオの力が顕現したのは、あの者の心に乱れが生じていたから。本来魔王化と言うものは、硬い決意と覚悟の元に漸くきちんと発動出来るもの。心が乱れたままでは私の力どころか、レオの力ですら宿らなかった可能性もあります」

 

「……」

 

 クレアは顎に手を当て考え込む、ジルニトラは小さくため息をつく。

 

「彼に伝えておいてください……もし次に魔王化を使うのであれば、もっと覚悟を決め心を出来るだけ平坦にしてから使いなさい……と」

 

 それだけを言い残し、ジルニトラはまた黒い靄に戻ってしまう。そのまま風に流され、どこかの方向へ飛ばされていった。そして辺りに静寂が戻り、クレアは取り敢えず黒いゲートに消え去る。




どうもお久しぶりです、秋水です。
今回の話で通算100部(まだ話の話数的には91話ですが)達成となりました!!
100話ぴったりに特別な話を設けようかとも思ったのですが、中々にどんな話にしようかまとまらない……ので、100~105話位までifの話を書こうかと思っていおります。
内容につきましてはまだ考えてはおりませんが、少なくとも現段階で申せることは恋愛が必ず絡んでくる……ということで!


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第92話 戦いの後

激闘を繰り広げていた雪咲とクレア、しかし雪咲の暴走により一時中断となってしまう。

クレアはとっさの判断で雪咲を別の場所へとゲートで飛ばすが、雪咲から出てきた黒い靄。その正体は先代魔王・ジルニトラだった。

彼女曰く、雪咲の暴走の原因は本人の気持ちが不安定だったからだという。そして、それだけを言い残して消えてしまったのである。

複雑な思いを胸に、クレアは雪咲を飛ばした場所へとゲートで戻る。


 雪咲が目を覚ますとそこは薄暗い部屋の中、辺りに人の気配は無く必死に記憶を遡ってみる。

 

「えっと……確かクレアに変な闇のゲートみたいなのに放り込まれた所まではうっすらと覚えているんだけど、ここどこなんだろう」

 

 乱れた髪を手櫛で整えながらもキョロキョロと辺りを見回してみる、雪咲が座っている場所はベッドの上だと分かる。余り手入れはされていないようだが、少しだけ埃っぽいが綺麗に片付いていた。寧ろ机と椅子とベッドしか部屋の中に家具が無い、とても簡素な部屋だ。それと同時に雪咲の頭の中で、現実世界での苦き思い出が脳裏を駆け巡った。

 

(そうだ、ずっと住んでいた家を離れる時もこんな感じだったっけな……)

 

 しんみりとしつつもベッドから下り窓の外を見てみる、そこに広がっていたのは果てしなく黒い世界。草も生えてはおらず、あまつさえ太陽すら無い。そもそも空という概念すら無く、地平線の彼方は闇で覆われていた。

 

「何だここは……」

 

 まるで死後の世界かと思えるような光景に、一人唖然としていた。すると突然、背後に魔力を感知する。振り返ってみるとそこには、クレアがゲートから出てきた。

 

「何だ、もう起きていたのか」

 

「魔王……クレア」

 

 ピリピリと肌を刺すような魔力を身に感じつつも、平静を保たんと警戒心を最大へ引き上げる。その様子を見て少しため息をつくクレア、雪咲は少し疑問を感じたのか警戒を少しだけ緩める。

 

「何故……俺を助けた?」

 

「助けたつもりはないのだがな……強いて言えば気紛れだな」

 

「……」

 

 その言葉を聞き、更に雪咲の疑問は深まっていく。

 

「クレアは……何故世界を手中に収めんとする?」

 

「それが我魔王の役目だからだ」

 

「何故人間と敵対する?やろうと思えば共存だって……」

 

「甘いな」

 

 雪咲の質問に嘲笑うかの様に鼻で笑うクレア、その反応を見て少しむっとする雪咲。

 

「我らが努力しようが、今まで積み重なってきた怨恨は途絶えはせぬ。それこそ人間と魔族を同時に絶滅させ、新たな生命に共存させるように仕向けるしか無い」

 

「そんな……」

 

「大体我自身も争い続けることは、余り気が進まぬ。だが我がいくら魔族を静止したところで、人間側からちょっかいは必ず来る。負の連鎖という物は一度嵌ったら二度と抜け出せぬのだ」

 

「……じゃあクレアは、仕方なく魔王をやっていたと?」

 

「ふん……」

 

 その言葉を聞き腕を組みそっぽを向くクレア、雪咲はそれを見て疑問が確信へと変わる。だが……。

 

(どうするか……ここでクレアを倒してしまうのは、何か間違っている気が。かと言って倒した報告をしなければ、人間サイドは納得しないだろう)

 

 顎に手を当て考え込むも、何も良き案が思い浮かんでこない。そのまま無言の時が過ぎ、雪咲にとってはとても気まずい状況となっていた。するとふと脳裏にあることが思い浮かぶ、クレアと戦っていた時暴走した自分から何かが出てくるのを。あの時は黒い靄しか見えなかったが、それが解決策へのヒントになった。

 

「そうか!」

 

 雪咲は閃いたと手をぽんっと叩く、クレアは不思議そうな表情で首を傾げた。




どうもお久しぶりです、秋水です。
皆々様、新年明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いいたします!(遅い)
最近仕事が不安定になりすぎて更新速度が遅くなっておりますが(元から不安定更新)、このお話を終わらせるまでは疾走するつもりはないので気長にお待ちいただけたら幸いにございまする!


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第93話 雪咲の決断、そして終戦

目を覚ますと雪咲は知らぬ場所にいた、そこはベッドと机や椅子しか無い物悲しい部屋の中。外の風景は真夜中かと思う程に暗く、明かりという明かりは決して多くは無かった。

どうしようかと考え込む中、そこへクレアがやってくる。そして少し話をしてみると、魔王と言う割にかなり良い奴だと雪咲は思った。そして同時に、こんな良い奴を倒さなければいけないと言う絶望に直面する。



雪咲は何かを思い付いたように手を叩くが、クレアは何も分からず首を傾げながら怪訝そうな表情で雪咲を見る。そんな事お構い無しにクレアの肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。

 

「思い付いたんだよ、クレアを殺さずに魔王を討伐したって言い張れるような方法を……!!」

 

「何……?その話、詳しく聞かせてもらおう」

 

「簡単な事だったんだよ……封印と言う形にはなってしまうが、俺の中に入れば良いんだ!」

 

「……は?」

 

雪咲の突拍子も無い考えに思わず言葉を失う、だが雪咲はキラキラとした曇りなき眼でクレアを見つめる。

 

「クレア自信を俺の中に封印すれば運命共同体……もとい俺は死なないからクレアも死ぬ事は無い、少しクレアの角とか頂ければそれを討伐した証として報告すればクレアが生きたまま魔王討伐という事になる。勿論永久に封じ込めておくわけじゃない、時期が来たら必ず封印は解くよ」

 

「待て、幾ら貴様が強かろうが我の魔力を完全に封じる事など出来るはずが……」

 

「大丈夫、それに関しては考えがあるから」

 

その言葉を聞き思わず心配になるクレア、だが既に腹積もりは決まっている。雪咲の頭にそっと手を置き、小さくため息をつく。

 

「……我の命を預けよう、だがこれはあくまで貴様の力だけは認めたと言うだけの事。心が揺らぎ隙だらけになれば我は遠慮なく乗っ取るからな?」

 

「まぁ……そうならないように気を付けるよ」

 

2人は互いに苦笑を交わす、そして封印の儀式の準備を始める。

 

ーーーーー

 

 

クレアは予め自らの角を折り、雪咲に渡しておく。そして雪咲は自らの頸動脈に傷をつけ、多量に出血させる。そしてその血で地に円を描き、六芒星並びに文字をササッと画く。

 

数分後には大きな血文字魔法陣が完成し、その中に二人入る。

 

「じゃあ……始めるよ?」

 

「あぁ……」

 

ゆっくりと深呼吸し、目を瞑り言葉を口にする。今まで聞いた事も無い言語を唱え始め、魔力を次第に魔法陣へと流し込む。それに呼応する様に魔法陣が薄らと輝き始め、言葉を紡いでいくに連れ光も眩くなる。そして眩い光が2人を包み込み、暫く視界の効かぬ白き闇へと身を投じる。

 

ーー。

 

脳裏に浮かぶ言葉を全て唱え終え目を開けてみる、すると目の前には先程まで居たはずのクレアが消えているのを確認する。その後服の上を捲ってみると、胸元の所に蒼き紋様が刻まれていた。そして、自分の中にクレアを確かに感じることが出来る。

 

「成功かな……?さて、皓達の所に……戻りたくないな」

 

出会って速攻で怒られる事は火を見るより明らか、雪咲は心重くも魔力を込めようとした瞬間意識を手放す。

 

それと同時刻、人間界では朝になろうとしていた。アーシュは1人静かにアルザース帝国の門を潜り外に出ようとする、だがそこに走ってくる影が3つ。

 

「何処へ行くんだ、アーシュ……?」

 

切れた息を整えながらも問わずには居られぬ皓、アーシュから帰ってきた答えは皓の予想通りだった。

 

「……雪咲の所へ行くの」

 

「行く宛は?」

 

「……私なら魔力を感知して転移が出来る」

 

「なら私達も連れてって……!」

 

「全く……世話の焼けるわね、あいつは」

 

冬望と眞弓も行く事を決意し、アーシュは予めまだ魔王が居ることを想定して皆を結界で保護する。そして雪咲の魔力を感知すると、アーシュは少し怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「どうした?」

 

「……私達エルティアの森の辺りで魔王と出会った……よね?」

 

「あぁ……確かな」

 

「……雪咲の反応、何故か魔界」

 

「「はっ!?」」

 

予想とは違う場所から雪咲の反応を感知したと聞くと、全員が口を揃え驚く。

 

「……取り敢えず転移してみる」

 

「あ、あぁ……頼む」

 

アーシュは目を瞑り、魔力を込める。さっきまで静かだった辺りが風で騒がしくなり、足元に魔法陣が描かれる。

 

「……転移!」

 

淡いが強烈な光に包まれ、誰しもが目を閉じる。そして白い光に包まれ、暫くすると瞼の裏に映る光景が白から黒へと変わる。

 

皓とアーシュは恐る恐る目を開けてみると、目の前には豪勢な黒いベッドが佇んでおり、地面には大きな血の魔法陣が描かれているが他は血溜まりとなっていた。そのベッドの上に力無く倒れてる雪咲を見つけ、皓は血相を変えて駆け寄る。

 

「っ……雪咲!!」

 

「雪咲……!」

 

何やら尋常では無い雰囲気に眞弓と冬望も目を開ける、そしてスプラッターな光景に眞弓は気を失いかける。だが何とか踏みとどまり、2人も雪咲に駆け寄る。

 

「雪咲くん!」

 

「しっかりしなさいよ、雪咲!」

 

しかし幾ら呼び掛けても返事は無く、皓が震える手で雪咲の首筋に手を当ててみる。

 

「……」

 

「ねぇ、どうなの?雪咲は大丈夫なの?」

 

「……あぁ、脈はあるし息もしてる。だが皮膚が驚く程冷たい……まるで氷のようだ……」

 

「良かった……生きてた……」

 

「……そんな悠長には出来ない、早くアルザースへ戻る。暖めて休ませてあげないと」

 

「そ、そうね……」

 

眞弓は雪咲を背負い、冬望は雪咲の手をしっかりと握る。皓は心配そうな表情ながらも、優しく雪咲の頭を撫でる。すると、アーシュは違和感を感じる。

 

「……魔王が居ない、雪咲が倒した?でも気配が……」

 

色々考えるが、雪咲を最優先にアルザースへ転移する。




どうもお久しぶりです、秋水です!
今回は初めて携帯で書いたので、誤字脱字等が多いかと思われますので悪しからず。


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第94話 魔王討伐後

無事に魔王を討伐(?)し終え、気を失った雪咲は皆に連れられアルザース帝国へと戻ってくることになる。



 意識を失った雪咲を抱えた皓達は急いで城へ向かい、空いている寝室を使わせてもらいベッドに雪咲を寝かせる。

 

「全く……無茶しやがって」

 

「本当に良かった……生きてて」

 

「もう……」

 

 皓と冬望は少し呆れながらもため息を付き、眞弓は安堵のため息をつく。だが一切言葉を発しないアーシュを見て、皓は少しだけ疑問を抱く。

 

「どうした?」

 

「……もしかしたらだけど、魔王を倒したのって雪咲かも知れない」

 

「やはりか……」

 

 アーシュは皓だけに聞こえる声量で伝える、幸いなことに眞弓と冬望は気づく素振りを見せなかった。

 

「だけど魔王の魔力がまだ完全に消えたわけじゃない……まだ用心は必要かもしれない」

 

「分かった……気を付ける」

 

 こうして午前中は雪咲の件もあり各自自由に過ごすことが出来た、だが眞弓と冬望とアーシュは雪咲の側から一切離れようとはしなかった。ベッドで横になっている雪咲にずっと付きっきりで看病している眞弓、部屋の掃除をしつつも差し入れで貰った果物の皮を剥いて食べやすい大きさに切り分けている冬望、ベッドの近くの椅子に座り何かを考え込んでいるアーシュ。

 

 雪咲が目を覚ましたのは昼の少し前、部屋の中に居た皆は軽くパニック状態になっていた。皓が部屋に入ってきて混乱は加速し、無茶しやがってと怒られたり散々泣き付かれたり悪態つかれながらも優しくされたり無言でずっと抱きしめられたり。やがてその混乱は収まり雪咲も自由に歩き回れるまで回復した時、全員アルザース皇帝に王の間へ来るようにと呼び出される。

 

 王の間に入るとツァイは何やら嬉しそうに口角を上げる。

 

「よくぞ魔王を討伐してくれた英雄達、時期に世界は魔族の驚異を恐れること無く平和になるであろう」

 

「ありがとうございます、ですが今回の一件私達は大したことはしておりません」

 

「……どういうことだ?」

 

 その言葉を聞いたツァイは少し不思議そうな表情を浮かべる、それに構わず皓は話を続ける。

 

「今回魔王を討伐したのは雪咲であり、俺達は一切と言っていい程手出しすることが出来ませんでした」

 

「なんと……!」

 

「俺達では魔王に一切手出しすることが出来ず、また雪咲と共に旅をしていた仲間の一人が魔王の目を見た瞬間……亡くなってしまいました」

 

「……其の者はどうしたのだ?」

 

「誠に勝手ながら埋葬させていただきました」

 

「そうか……辛い思いをさせてしまったな」

 

「いえ……」

 

 先程の嬉しそうな空気が一変ししんみりとした空気になってしまう、そんな中ツァイは雪咲の方に視線を向けた。

 

「して雪咲よ、魔王を討伐した証は有るか?」

 

「はい、遺体を運ぶのは手が折れますので角だけなら」

 

 そう言って雪咲は懐からクレアの角を渡す、それを見てツァイは驚きが隠せなくなっていた。

 

「なんと……偽物ではなく本物の魔王の角、これは認めねばならんかもしれぬな」

 

 ツァイはそう呟くと、そっと角を部下に持たせ立ち上がる。

 

「魔王討伐大儀であった、して雪咲と英雄達には褒美を渡さねばな。何か欲する物はあるか?」

 

 その言葉を聞き皓達は眞弓や冬望と視線を合わせながらざわついている、だが雪咲は迷うこと無くそっと手を挙げる。

 

「申してみよ」

 

「出来ることであれば、皓達を元の世界に戻してあげたいんですが……出来ませんか?」

 

「……すまぬな、召喚魔法の陣は一方通行なのだ。向こうの世界から呼び出すことが出来ても、こちらの世界から送ってやることは出来ぬのだ」

 

「ではもし出来るのでしたら戻してあげても構わない……と?」

 

「そうだな、それが英雄達の幸福になるのであれば」

 

「ありがとうございます」

 

 雪咲は頭を下げ、皓達に向かい合う。

 

「おい……それってまさか」

 

「そうだよ、元の世界に戻れるよ」

 

「良かった、またいつもの学園生活に戻れるのね」

 

「早く家に帰ってシャワー浴びたいわね」

 

 元の世界に戻れることを知った眞弓と冬望は2人で少しはしゃいでいる、だが皓だけは何処か暗い表情のままだった。そう……皓だけは雪咲が元の世界に戻ることが出来ないことを知っていたからだった。

 

 雪咲はツァイの方にもう一度向き直す。

 

「ここで魔法を使用しても?」

 

「許可しよう」

 

 その言葉を聞き終え、雪咲は目を閉じ魔力を込める。すると足元に少し大きめの魔法陣が現れ、皓・冬望・眞弓の体を淡い光が包み込んでいく。それと同時に、眞弓・冬望の2人は気を失うように目を閉じ倒れ込もうとする。だがその前に体が浮き上がり、天へと昇って行く。

 

「っ……雪咲!最後だから行っておく……今までずっとありがとうな!お前は大変そうだったが俺はお前と居れて楽しかった!離れ離れになるが……元気でいろよな!」

 

 皓の言葉を最後に3人の言葉は光の粒子へと姿を変え、天に消えていく。それをただ黙って見送る雪咲だが、握った拳は震え瞳からは無数に涙が溢れ出ていた。

 

「……その言葉はこっちの台詞だよ……皓こそ元気でいてくれよな……ありがとう、そしてさよなら」

 

 小さく、誰にも聞こえぬ声で呟く。魔法陣が役目を終えて消え、後には何もない静寂だけが残される。涙を拭い去り、皇帝の方に体を向ける。

 

「……雪咲は帰らぬのか?」

 

「俺は……もう向こうの世界には帰れぬ身ですので」

 

「そうか……ではもう一つ何かくれてやろう、これは同情などではなく追加報酬みたいなものだと思ってくれ」

 

「ありがとうございます……ではお願いがございます」

 

「何なりと申すが良い」

 

「アルザース帝国から北方に見える山、そこの中腹あたりのほんの一部の範囲の土地を頂けませんか?」

 

「良かろう、一部と言わず中腹より上をくれてやろう」

 

「ありがたき幸せ」

 

 こうして雪咲は土地の私有権利書を貰い、北方の山の中腹より上の土地を手に入れることが出来た。




どうもお久し振りです、秋水です。
今回の話からはほのぼのとした後日談になっていくかと思います。
そして100話調度で区切るかどうしようかと作者自身が悩んでいるという……。


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第95話 英雄達の帰還後 その1

無事目的も果たし五体満足で帰れることに喜んでいた冬望と眞弓、だが元の世界に帰れないことを知っていたのは皓ただ一人暗い表情をしていた。元の世界に帰ってまで自分の事を思い返して辛い思いはして欲しくない、そんな願いから雪咲は元の世界に着いた瞬間に雪咲に関する記憶を全て消去するような魔法を忍ばせていた。
そして、ここからの話は英雄達が帰った後の後日談みたいなお話。


皇帝との謁見を終え荷物を取りに向かっている途中、アーシュと遭遇する。

 

「……皆は?」

 

「元の世界に返してあげたよ」

 

「そう……眞弓や冬望は雪咲と離れる事については嫌がってなかった?」

 

「その事は一切言っていないからね、向こうの世界に付いた時点で俺に関する記憶全てを失われるように魔法陣に細工しておいたからね」

 

「酷い人……」

 

 

 淡々と部屋を片付け荷造りをしつつアーシュと会話する、そして全ての作業を終え雪咲は再び皇帝の元へと赴く。

 

 皇帝のみが立ち入ることを許された部屋、いわば自室。雪咲はその部屋の前に立ち、軽くノックする。

 

「何者だ」

 

「雪咲です、荷造りを終えたのでその報告と出発する前に挨拶をしておこうかと思いまして」

 

「……入れ」

 

「失礼します」

 

 少しずつドアを開けるとそこには書類などが綺麗に整理された大きめの部屋、皇帝は椅子に座りながら紅茶を嗜んでいる光景が映っていた。軽く会釈をしながらドアを潜り、部屋の中へと入りドアをそっと閉める。

 

「まぁ立ち話もあれだ、座り給え」

 

 ツァイは座っている椅子の正面にある椅子を指す、雪咲はそっと頷きその椅子に腰を掛ける。

 

「そんなに固くならなくていい、今の私は皇帝でも何でも無い……ただのツァイさ、普通に呼び捨てで構わない」

 

「……良いのですか?」

 

「完全なプライベートルームだからな」

 

「分かりました」

 

 雪咲は自然と緊張感が体から抜け、空気も少し和やかになっていた。

 

「単刀直入に聞いて良いか?」

 

「どうぞ」

 

「雪咲は先程”帰れぬ身”と言ったが、差し支えなければその言葉の意味を教えて欲しい」

 

「……」

 

 どうしようかと考えながらも少しツァイの方に視線を向けてみる。、ツァイは何も言葉を口にせず黙って雪咲の方を見据えていた。

 

「……分かりました、では最初の方から話しましょう」

 

 雪咲は召喚に巻き込まれ死んだことや、神に出会い様々なステータスや能力を与えられてこの世界に来たことや、アルザース帝国を出た後の出来事等を話した。流石に魔王を実は討伐してないことは言わなかったが、話せる限りのことに関しては全て話した。話を聞き終えたツァイはまるで信じられないような表情を浮かべていたが、それと同時に申し訳無さそうな表情を見せた。

 

「そうか……こちらの都合で呼び出してしまった挙げ句、雪咲の命を奪ってしまった事になるのか。大変に申し訳無いことをしてしまった」

 

 ツァイは手に持っているティーカップを置き、深々と頭を下げる。

 

「か、顔を上げてください……皇帝、俺は別に……」

 

「ツァイ……」

 

「?」

 

「呼び捨てで構わないと言っただろう?」

 

「あー……ツァイさん、俺は別に気にはしてませんよ。大変なことも色々とありましたが、結果的には良好な方へ進めたと思えるので」

 

 冗談交じりにtあははと苦笑する雪咲、それを見て少しだけ柔らかく微笑むツァイ。

 

「全く……君は不思議な人間だよ」

 

 そう言うとツァイは椅子から立ち上がり、そっと雪咲に右手を差し出す。

 

「でもそういう人間は嫌いじゃない、もし困ったこととかあれば相談してくれれば助けになろう。偶には遊びに来てくれると嬉しいけどな」

 

「ふふっ……ありがとうございます、では困ったことがあればお願いするかもしれません。後は街にはたまに来るので、その時に寄らせていただきますね」

 

 クスッと笑い、椅子から立ち上がり差し出された手をそっと握る。こうして2人の間に立場を無くした関係が築かれた瞬間であった。

 

 少しの間雪咲とツァイは談笑し、外を見てみるとそろそろ夕暮れ時に差し掛かろうとしていた。雪咲は何かを思い出したように立ち上がる。

 

「そうだ……今日中に家を建てようと思っていたの忘れてた……」

 

「家……?」

 

「はい、中腹辺りに建てようかなと思ったんですよ。あそこは草木が生い茂っていますし、静かに暮らすには丁度いいかなと」

 

「では明日にすればいいのでは?家なんて一日そこらで建つものでは無いだろうに」

 

「大丈夫ですよそこは、魔法で何とかしますので……ちょっとだけ席を外しますね」

 

 そう言い残し、雪咲は瞬間退場を使いその場から消え去る。ツァイは唖然としつつも、一人紅茶を啜る。こうして10分経つか経たない内に雪咲が戻ってくる。

 

「どうしたんだい?なにか忘れ物でもしたのか?」

 

「いえ、全ての作業を終わらしてきたので戻ってきました」

 

「……ゑ?」

 

 予想していたよりも早い時間に、ツァイはぽかんとした表情を浮かべる。

 

「だってまだ10分そこらしか経ってないんじゃ……」

 

「家自体を建てるのは魔法なら簡単なんですよ、でしたら一度見に来ます?」

 

「良いのかい?」

 

「はい」

 

 ツァイは雪咲が建てた家に興味を示したのか、少し目を輝かせていた。

 

「じゃあ……行こうかな」

 

「それでは俺の手を握ってください」

 

「こうかな?」

 

 椅子から立ち上がり雪咲の右手をそっと握る、そして雪咲が魔力を込めると……さっきまでツァイの自室だったのが一変、森の中に建つ厳かな家の前に転移していた。

 

 塀や門はそこまで大きいものではなく成人男性位の高さ、中に入ってみると少し広めの庭と端の方に耕された土、家は少し大きめの和風家屋を想定し瓦屋根に引き戸、玄関を超えて中に入ってみると渡り廊下は綺麗に目を揃えた木材が敷き詰められている。部屋は全て障子で開けてみると畳の敷き詰められた藺草の香りが充満した部屋、台所は冷蔵庫やいろんな棚があり様々な皿や調味料や揃えられていた。

 

「凄いな……あの短時間でこんな立派な家が……」

 

「俺が居た世界の昔の家を想像して作ってみました」

 

 こうして日が沈むまでの間、ツァイは雪咲の家をしきりに探索……もとい見て回っていた。そして満足したのか、また転移でツァイの部屋へと戻っていく。

 

「いやぁ楽しかった、また遊びに行ってもいいかな?」

 

「えぇ、お待ちしておりますね」

 

 2人はそこで解散し、雪咲は部屋に置きっぱなしの荷物を回収しに行く。そして部屋の戸を開けた瞬間、アーシュが物凄い形相でこちらを睨みつけていた。

 

「え、アーシュ?てっきりもう帰ったのかと……」

 

「……ずっと待ってたのに、雪咲全然戻ってこなかった」

 

「ごめん、皇帝に建てた家を見せてたりしてたら遅くなっちゃった」

 

「……美味しいものごちそうしてくれるなら許す」

 

「分かったよ、取り敢えず家に荷物を運んじゃうよ」

 

 雪咲は纏めてある荷物を手に取り、そのまま転移魔法で新しく建てた家に転移する。そして玄関から上がり居間になる部屋の済に置く。こうして今日という日は膜を下ろしてゆく。




どうも、秋水です。
3/1が丁度誕生日だったのでこの話を投稿しようかなと考えていたのですが、思いの外仕事の疲れが溜まっていてこんな時間に……。

それはさておき、このお話も初投稿からかれこれ1年が経過しようとしています。次回作に関してはどんな話にしようか考えて入るのですが、自分一人ではなく知人と2人で作った話を投稿していこうかなと思っています。

このことに関してはまだなんとも言えないので雪咲くんのお話は、まだまだ続くと思いますがどうか最後まで見て頂けたら嬉しいです!


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第96話 英雄達の帰還後 その2

 皓達が元の世界に帰ってから早1週間以上が経とうとしていた、新しく建てた家でのんびりと寛いでいた時だった。突如玄関の方に人の気配を感じ気になって出てみる、するとそこに立っていたのは皇帝ツァイの遣いの者だった。その人は雪咲にそっと手紙を渡すと、そそくさと森の奥へと消えていく。

 

「……?」

 

 雪咲は気になり手紙の中を見てみる。

 

ー拝啓 雪咲殿

 

 本日はお日柄も良く……なんて堅苦しい挨拶は無しにしよう。今回君に手紙を書いたのは他でもない、少し君に伝えて置かなければいけないことがあるんだ。それに伴って私の城へ来て欲しいんだが……。日程は今日より2日後の太陽が登り切る前には、城の控室に居て欲しいって感じかな。伝えたいことと同時に渡したいものもあるから、正装で来てくれると助かる。

 

                                      皇帝 ツァイより。

 

「渡したい物?」

 

 雪咲は首を傾げながらも手紙をまじまじと見つめる、何だろうと思いつつも部屋の中へ戻る。そして居間の障子に手を触れた瞬間、何かを思い出し玄関口の方へと戻っていく。玄関口の戸の中に隠していたのは木材で出来た桶、中には柄杓が入っている。それを持ち外の水道で水を入れ、花を適度に見繕って家の裏から山の上の方へと昇っていく。

 

 頂上付近に脇道に逸れる道があり、脇道の方へと歩を進めていくとそこには立派な奥津城があった。底に刻まれていたのはユリナの名前、クレアの(即死ノ魔眼)で亡くなってしまった仲間の一人だ。きちんと墓石を清掃し、前に刺した花を取り替え、全体に水をかけてあげる。そして墓前で手を合わせ合掌、刹那ユリナと出会ったばかりの時の事を思い出す。

 

「……ごめんな、助けられなくて」

 

 小さく呟き、そのまま後片付けをして山を下り自分の家へ戻る。

 

ー最中、不自然な視線を感じながらも……。

 

 家の敷地内に入り玄関の戸にそっと触れる、刹那背後から殺気にも似た気配を感じ取る。何事かと即座に振り返ってみても何も無い、そんな不可解な現象に首を傾げる。先程まで静かだった森の中が急にざわめき出し、ほんの少しだけ寒気を感じる。

 

「……何だろう、少しだけ胸騒ぎがする」

 

 服の裾をぎゅっと握り締め口内に溜まる唾液をゴクリと飲み込む、手に汗がじんわりと滲み気の所為か額から汗が伝い落ちてくる。ここに居てはまずいと思い家の中に入る、すると先程のような冷たい雰囲気から少しだけ逃れることが出来た気がする。

 

「はぁ……疲れた」

 

 縁側に座布団をいくつか持ってきて並べる、その上に横たわり日を浴びながら意識を遠くへ飛ばしている。空の果てを眺め飛び立つ小鳥やワイバーンを眺めていたら、いつの間にか視界が暗転……軽く眠りについていた。

 

 

ーーー

 

はぁ……はぁ……

 

 息を切らせ森の中を彷徨う少女、彼女は縄張りに入ってきた侵入者を追跡していたがどうやら見失ってしまったようだ。

 

早く見つけないと……あれは危険すぎる……。

 

 侵入者から感じ取ったあの魔力、底が見えずまるで暗い深海に投げ出されたかのようなイメージが脳裏をよぎる。試しに殺意を飛ばしてみても全く手応えがなく、あんなに感じていた驚異は突然跡形もなく消えてしまった。

 

 自慢の耳をぴょこぴょこと動かしながら音を聞き分け、自慢の鼻で侵入者の残り香を辿る。しかし底に見えたのは、見えぬ壁に遮られた何もない場所。否、景色が歪んでいるためそこに何かがあるのは確かだろう。

 

 少女は結界の中に入れるかどうかを試そうとしていた、だが荒げていた気を落ち着かせてみたら意外とすんなりと入れてしまった。物々しい見えぬ結界の中に広がる景色は少女を魅了し、まるで心の底から渇望していた光景と頭の中でほぼ一致する。家があり、庭があり、見慣れぬが緑があり、色取り取りな花があり、綺麗な水があり……それはまるで、楽園と言っても過言ではなかった。

 

わぁ……!

 

 先程まで強張っていた少女の心が少しだけ緩み、結界の中の色んな所を見て回っていた。それは宛ら遊園地に来た子供のように、見て触れて感じて楽しんでいた。

 

 少女は頭の片隅で考えていた、先程の侵入者がここに居るのではないのかと……。だがその考えすら止め、その可能性を完全に捨て去ってしまった。そう……侵入者はすぐそこで寝ているのに。それに気付いた瞬間、少女は思い出す。何のためにここまで来たのかを……だがすやすやと気持ちよさそうに眠っている侵入者からは、先程のような悍ましい魔力は感じられない。

 

……今なら殺すのは簡単、けど私の目的はあくまで警告。

 

 侵入者の寝顔をじっと見つめてみる、女性のような顔立ちにサラサラとしつつもしっとりとしている髪、細く簡単に折れてしまいそうな胴体や手足、それは本当に子供の寝顔でも見ているようだった。そっとその頬に触れてみようとした瞬間、侵入者の目は薄っすらと開く。それに驚き飛び退く少女。

 

……

 

ーーー

 

 雪咲は何者かの気配を察知しゆっくりと瞳を開いてみる、すると目の前には見たことのない少女がこちらを睨んでいた。




どうも、秋水です。
この作品も初投稿日からまるっと1年が経過しました!!
あまり変わらないただの作品ですが、まだまだ続くのでこれからも気が向いた時にでも見て頂けたら幸いでございます。


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第97話 英雄達の帰還後 その3

うたた寝から目を覚ましてみると、目の前には見たことのない少女が立っていた。その見た目は綺麗な白銀の髪に血液のような紅い瞳、薄っすら紅色の唇の隙間から見える牙にパタパタと揺れている尻尾。アーシュと似て年端も行かぬ少女……いや何処からどう見ても幼子にしか見えないが、その少女からは殺意などは感じられずただ自分に警戒しているようだった。

 

 少しでも動きを見せれば良いのだろうが、その瞬間に向こうが何をしてくるか分からない。なので、少しだけ様子を見てみようと思う……が、暫くの間2人共黙りこくったままだった。そんな重苦しい空気に耐えきれなかった雪咲は、言葉を口にする。

 

「えっと……まず色々と聞きたいことは有るけれど、君は?」

 

 首を傾げ優しく微笑む雪咲、だがそれが逆に少女の警戒を強めてしまった。

 

「……名なんて無い」

 

「そっか、じゃあ何でここに居るの?ここは俺の敷地であり、家なんだけど」

 

「……貴方はさっき私の縄張りに入った、けど何もしなかったから忠告しに来ただけ」

 

「縄張り……もしかして、ここの山頂付近の森?」

 

「そう、貴方の魔力はとてもじゃないけど多すぎる……それが危険だと感知したから最初は殺そうかと思ったけど、私じゃ手も足も出ないのは明らか……」

 

「物騒だな……」

 

 たははと苦笑いする雪咲だが、少女は微動だにせずまるで凍りついているみたいに一ミリも動こうとしない。恐らくだが、少しでも動いたら殺られると思われているに違いない。

 

(はぁ……どうしたものかな、アーシュが居ればまた話は違ってきたんだろうけど……)

 

 そんな事を思いながらもよっこらせと立ち上がり、居間の奥へと雪咲は消えていく。少女は緊張から少し解かれたかのように、その場にへたり込む。

 

ーーー

 

”怖かった……話している分には優しそうに見えたけど、感じる魔力が……まるで闇の底に沈められたみたいに冷たく、静かで暗かった。”

 

 私は滲み出る冷や汗をさっと拭い、もう一度立ち上がろうとする。だけど膝が笑ってしまい、まともに立つことすら出来なくなっていた。もしあの魔力で発動する魔法が自分に向けられたら……そう思うだけで泣き出したくなる程に恐怖を覚えてしまっていた。全身も震えだしてしまい思うように力が出せず、気が付けば私は……その場で静かに泣いてしまった。

 

 それは決して怖くて泣いている訳じゃない、いや……恐怖もあるだろうけど一番泣きたくなったのは、私はこのままこの場所で殺されてしまうのではないかと言う不安。そして極度のストレスに私は、うまく感情を抑えられなかったのかも知れない。

 

「うっ……うぅ……」

 

 必死で涙を止めようと試みるも、無尽蔵に溢れ出てきてしまう。それこそ体中の水分が枯渇してしまうのではないかと言うほどに……。もうどうすれば良いのか分からない、だからこの感情に身を任せてみることにした。

 

ーーー

 

 雪咲が2人分のお茶を入れ戻ってくると、少女が蹲りながら泣いていた。それは怯えているようでもあり、何かを悲しんでいるようにも見えた。

 

「……。」

 

 小さくため息を零し、お茶の入った湯呑2つを乗せたお盆をそっと座布団の隣に置く。そしてそっと少女の真ん前にそっと座り込み、優しく頭を撫でる。それでも少女は泣き止まず、どうすれば良いのかと雪咲は正直途方に暮れていた。

 

「何で泣いてるの?俺何か泣かせるような事をしたかな?」

 

「ぐすっ……貴方の……その膨大な魔力が……溢れ出すぎてて怖い……」

 

「……もしかしてかなり溢れてる?」

 

「……全然抑えれてない」

 

「……」

 

 一頻りの沈黙の後、雪咲は

 

「ごめんね……」

 

 と言って優しく頭を撫でる。そして小さく目を瞑り、どうすれば魔力を溢れさせず抑えきれるのかと考えた。その結果、ある一つの考えが脳裏を過った。

 

「そうか、その手が……」

 

 早速イメージを頭の中に浮かべ、実行に移してみる。すると、先程まで震えていた少女の体が少しずつ震えが消えていくのを感じた。先程まで感じていた魔力が収まってきたからであろうか、ようやく泣き止んでくれた。

 

「……一体何をしたの?」

 

「いやぁ……まぁ適当?」

 

「……」

 

 たははと雪咲は苦笑いするが、少女はジト目で雪咲の事を睨んでいた。




お久しぶりでございます、秋水です。

最近色々とやらなければいけないことが立て込んでおりまして、中々小説を考える時間がありませんでした。ですので、うp出来る内にと思いまして今上げております。

次はもうちょっと早く更新したいものです……まぁがんばります!(何を


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第98話 溢れる涙、新しき名

 ジト目で雪咲の事を睨み続ける少女、それに雪咲はたははと苦笑いを浮かべていた。だがその苦笑いも一度のため息で吹き飛び縁側に腰を掛ける、そのまま置いておいた湯呑を手に取りずずずっとお茶を啜る。口の中に広がる緑茶の風味を楽しみつつも余韻を逃さず、喉を通り過ぎてもなお漂い続ける。

 

「ふぅ……」

 

 雪咲の幸せそうな顔に感化されたのか、座っている雪咲の隣にちょこんと座り、置いてある湯呑に恐る恐ると近づく。そしてそのまま少しずつ鼻を近づけ、毒ではないと分かると湯呑をそっと手に取る。そして恐る恐る口の中に茶を含むと熱い液体が一気に入ってきて驚き湯呑を落とす、だがその最中に雪咲は地に落ちる前に湯呑を掴み茶は少し溢れてしまうが湯呑は無傷で済む。

 

「……!」

 

 少女は涙目で口元を抑えている、どうやら冷まさずに飲んだせいで口内を火傷しかけたようだ。

 

「あはは、ちゃんと冷まさないからだよ」

 

 

「……貴方は普通に飲んでたのに、どうして熱くないの?」

 

「ん、熱くないわけじゃないけどちょっとは冷ましてるよ」

 

 少女の分の湯呑をそっと置き自分の湯呑の縁に唇を付け、ふぅふぅと少し冷ますように息を吹きかける。

 

「これで少しは冷めるはずだよ」

 

「……やってみる」

 

……。

 

 私は再び湯呑を手に取り、見よう見まねで冷ましてからもう一度茶を口の中に含む。すると味わったことのない風味が口の中いっぱいに広がり、だが緊張した心が少しずつ解きほぐれていくような優しい味。ごくんっと喉の奥を通り抜けていくと今度は体の芯から温まるような感覚で溢れていた。

 

「美味しいでしょ?」

 

「……うん」

 

 どうしてか分からない、この男と一緒に居ると先程まで緊張していた自分が馬鹿らしく思えてきてしまう。彼から出てくる雰囲気がそうさせるのか、それとも……。

 

 どうして見も知らずの私に、先程までツンケンとしていた私に優しくするのだろう。私は生まれつき普通の人間ではない、それ故に人里に降りれば恐れられ刃さえ向けられさえした。その時私は思った、私に優しくしてくれる人間なんて居ないのだと。それからというものの私は人間に対して心を開かないようにした、誰しもが敵だとすら考えていた。けどこの男だけは違った。この男は私を恐れるどころか勝手に敷地に入ってきた私に対してこんな不思議な飲み物をくれた、罵倒も刃物も飛んでこない飛んでくるのは優しい言葉のみ。彼にとってはそれが普通なのかもしれない、でも私にとってはとっても不思議なこと。

 

 なら、私も少し勇気を出さなきゃ。この男だったら、もしかしたら……。

 

……。

 

 幸せそうにお茶を啜っている雪咲の服の裾をちょいちょいと引っ張る少女、それに気付き雪咲は湯呑をそっと置き少女の方に向かう。

 

「どうしたの?」

 

「……貴方はどうして見も知らずの私に優しくしてくれるの?」

 

 唐突な質問に虚をつかれる雪咲。

 

「どうして、と言われてもな……特になにかされた訳でもないし、これと言って邪険にする理由が見当たらないからかな?」

 

「……理由があれば邪険にするの?」

 

「俺にとっての大事な人を殺されたとか、そういうアレなら邪険にするというか許さないというか」

 

「……それは私も同じ」

 

「でしょ?ならそれでいいじゃん。無駄に争うよりこうやってのんびりしていた方が絶対にいいって」

 

「……変なの」

 

 少しの間静かな時間が続く。

 

「……そういえば、貴方の名前を聞いてなかった」

 

「俺は雪咲だよ」

 

「……そう」

 

「君は名前が無いんだったよね」

 

「……」

 

 少女は静かに頷く。

 

「……少し前までは”フェンリル”って呼ばれていたけど、それは種族名であって私自身の名前じゃない。だから私は名前がない」

 

「フェンリル?」

 

 雪咲は前に何かで見たことがある、この世界におけるフェンリルは大昔氷の神様として讃えられていた。だがあまりにも強大過ぎる力を持っている為、いつかその力が暴走するのではという考えを持たれ人々に恐れられているとか。また個体数が少なく、今では伝説の魔獣と呼ばれているそうな。ただフェンリルの幼体は警戒心は強いが、一度心を許すととてつもなく甘えん坊だという。

 

「んー、名無しだと呼び辛いし名前をつけてもいい?」

 

「……勝手にして」

 

「……」

 

 雪咲は顎に手を当て考え込む、どうせ名前をつけてあげるなら誰に聞かせても恥ずかしくない名前にしてあげたい。かと言って雪咲が思いつくのは安直な名前か日本名くらいなもので、この世界で立派だと思われるような名前を知らない。

 

「ん~」

 

 頭をフル回転させ、思考を巡らせているうちに無意識に声が出ている。

 

……。

 

「……」

 

 私は正直驚いていた、まさか自分の名前をつけてくれる人間が居るとは思っていなかったからだ。先程の反応からして既にフェンリルという存在がどういう物かは知っていたと思うけど、それを聞いてもなお動揺するどころか普通に受け入れられてしまった。別に名前を付けられて嫌とかそんなんじゃない、けどもし仮に私を拒絶されたら悲しいなんて思いが脳裏を過ってしまった。

 

 受け入れられて嬉しい、名前を付けてもらって嬉しい、だけどその嬉しさとは真逆に私から溢れる涙、そして溢れる嗚咽。いつの間にか私は俯き身を縮こまらせ泣いていた。

 

「どうしたの?やっぱり名前を付けられるの嫌だった?」

 

「……っ!」

 

 私は全力で首を横に降る、嫌な訳がない。なのにどうしてか涙が出てしまう。雪咲のこの優しさを言い換えてしまうなら暖かいような感覚とでも言おうか、先程飲んだ不思議な飲み物よりも暖かく心が落ち着く。それは、私が今まで経験したことのないような種別の温もり。

 

……。

 

 雪咲は少女が落ち着くまでそっと頭を撫でながら空を眺める、だがその間ずっと頭の中はどういう名前にするかをずっと思考中だった。

 

(何か良い名前……フェンリル……泣いてる……涙……ティア……そうだ!)

 

「ティル、なんてどうかな?」

 

「……ティル?」

 

 ふと少女は涙を拭い、雪咲の方を向いた。

 

「あぁ、ティルだ。と言ってもフェンリルとティアを組み合わせただけだけどね」

 

 雪咲は苦笑いで少女の頭を撫でている、だが少女は嬉しそうに雪咲が口にした名を何回も口にする。

 

「ふふ、気に入ってくれた?」

 

「……うん」

 

 いつの間にかティルの表情から涙は薄れ、代わりに可愛らしい笑顔が咲いた。




どうも皆様お久しぶりでございます、秋水です。

平成も終わりを告げ令和を迎えました、そんな令和最初のお話となります!
平成最後に完結させたかったのはありますが、色々とありまして断念しました。
なので気を切り替えて、これからも話を綴って行こうかと思っております!

いつも読んでくれている皆様、誠にありがとうございます。
これからも宜しくお願い致します。


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第99話 パレードとツァイとの対話

どうもみなさま、大変お待たせいたしました。
秋水です。
最近はやることも色々多くなり、小説に割く時間がどんどん消えていってしまいました。

周期的ではありませんが、気が向いた時にでも投稿していくスタンスにしていこうかなと思っております。



最後にお知らせがございますので、お楽しみに!


謎の少女に”ティル”と名付けてから2日後、雪咲はツァイの手紙通り正装にてアルザース帝国城の控室に来ていた。執事に案内されてから数分、何をするのだろうという緊張と不安が雪咲の胸を締め付けていた。すると……

 

 ”雪咲様、準備が出来ましたので王の間へどうぞ”

 

 兵士がそれだけを言い残し、その場を去ってしまう。

 

「考えていても仕方ないか。」

 

 小さくため息を付き王の間へ歩を進める、閑散とする場内を歩きながらも。

 

(それにしてもおかしい、こんなにも人が居ないなんて)

 

 そう思いながらも歩みを進めていると、いつの間にか王の間の前まで到着していた。今一度衣服に乱れがないかを自身で確認し、音を出さぬように小さく咳払いをしてから大きく胸に空気を入れ込む。

 

「……お待たせいたしました、雪咲ここに出頭いたしました!」

 

 閉ざされた扉の前で大きく声を出す、そして暫くすると中から

 

「よくぞ参った、入れ」

 

 というツァイの言葉を聞き、すっと扉を開ける。すると……その向こう側に居たのはこれでもかという程の人工、玉座に座りながらも拍手をしているツァイ。この城のメイドや執事達も、兵士や騎士団長達も拍手をしていた。

 

「えっと、これは一体……」

 

「まぁ良いではないか、疾く我が前に来るが良い」

 

「は、はぁ……」

 

 戸惑いながらもツァイの前まで歩き、後少しで触れられそうな位置で動きを止め膝を折り傅く。

 

「ではこれより、魔王を倒した英雄を表彰する式を挙げる!」

 

 その言葉に雪咲は。

 

(成程……まぁいいか、ここは乗っておこう)

 

 とそのまま式を続行することを決意、して雪咲は無事に式を終え英雄として全世界に名が広がることとなったのだった。

 

ーツァイの私室ー

 

 式を終えたツァイは雪咲を私室へと招いていた、そして雪咲が入ってくるなり”楽にしてもらって構わん”と言って身につけていた仰々しい物を全てポイッと床へ投げ捨てる。

 

「それで、何でこんな式を開いたんですか?」

 

「決まっているだろう、雪咲の名を全世界に広めるのと同時に後世に伝えるべきかと思ってな」

 

 ドカッと椅子に座るツァイ。

 

「本当は穏便に済ませたかったのであろうが、そうでもしないと他の皆が納得しないと思ったのでな……特に隣国に関しては、本当に魔王を雪咲が倒したのかを疑っている始末ときたものだ」

 

「は……ははは……」

 

苦笑している雪咲だが、内心ではこの式典が今後どういう展開に発展していってしまうのか不安で仕方なかった。だがそんな事を今気にしていられるはずもなく、ツァイの言葉は続く。

 

「魔王を倒したということはそれだけ一大事ということなのだ、今までずっと世界を脅かし続けてきた”あの”魔王が討伐されたのだぞ?それは喜ばしい事と同時に危うい状況でもある」

 

「……といいますと?」

 

「反乱する危険性ありとみなされ、国家反逆の罪で逮捕し処刑……なぞと表向きでは発表され、その事実単に王が勇者の素質に怯え処分するというつまらん結果になり得る可能性だってあるということさ」

 

「でも、ツァイさんはそんな事をする小心者では無いのでしょう?」

 

「さぁな、正直雪咲の素質に怯えてるやも知れぬぞ?」

 

「ふふっ、ご冗談を」

 

 静かな部屋に二人分の小さな笑い声が反響する、それは他愛もない冗談と共にツァイはそういう事を一切する気がないと言う意志の表れでもあった。

 

 雪咲から見てツァイは、この世界ではたった一人の同族の友人でありこの世界で初めて”この人になら……”と思えた人でもある。絶対に壊したくない関係であるし、失いたくない大切なものになっている。

 

(……決めた、俺は)

 

 そう思い瞳をそっと閉じ、座っているツァイの隣へと移動する。

 

「俺決めました、これからの事を」

 

「ほう、教えてはくれぬか?」

 

「いいですよ」

 

 そう言って雪咲は自身の心の中で固く誓った事を口にする、最初はどんな反応をするのか少し怖かった雪咲だったがツァイの反応を見るなりホッと胸を撫で下ろす。

 

「はっははは!そうか、それは面白い!」

 

 大変愉快そうに笑い、腹を抱えていた。

 

「そうか、確か雪咲は死ねぬのであったな」

 

「まぁそのような感じです」

 

「そしてその特性を活かしこの街を護っていきたいと……ふっ、確かにお前以外には叶えられぬ決意であるな」

 

「その為にはもっと力をつけなければと思いまして……」

 

「否、お前がすべき事はそんな事ではない」

 

「え?」

 

 先程まで抱腹絶倒していたツァイがいつの間にか感情が戻っており、何時も通りの凛とした皇帝の顔をしていた。

 

「お前が今するべきことなのは力を付ける事ではなく、この地を深く学び、学を高め、我の右腕として共に道を切り開く他無かろう?」

 

「右腕……ですか?」

 

「そうだ、正確に言えば我の副官として力になって欲しいという事だ。我を護る護衛として、国を護る皇帝補佐……どうだ?」

 

 雪咲を見据えるツァイの瞳は決して逸らされることはなく、まるで釘付けにされたかのように一ミリすら動かすことない。

 

「……俺にそんな大役が務まりますかね?」

 

「だからこそ学を高め、この地を学べと言っておるのだよ。最初から完璧に補佐出来る者など一人とて居らん、努力してこそ限りなく完璧に近づくというものなのだ。少し厳しいことを言うようだが、最初からそんな弱腰で恐れている者が務まるか等の疑問を抱く資格は無い。」

 

 静かに言い放つツァイ、雪咲はぐっと服の裾を握り締める。

 

「我とてなりたくて皇帝になったわけでは無い、この体に今も流動している皇族の血と民の声によるものだ。だがそんな我でさえ一国を任された時……言わば皇帝の座についた時、今にも逃げ出したくなるような緊張と使命というか責任感みたいなものに駆り立てられていた」

 

 ポツリとツァイは語り始める。

 

「幾度も失敗を繰り返し、時には失望に近い感情さえ抱かれたこともある。だがどうしてそんな我が未だに皇帝の座から降りぬか分かるか?それは努力したからだ。分かりきっていたことでも何か見落としがあるのではないかと一から学び直し、皆が床につこうが何をしてようが国と皆の事を思いひたすらに努力をした。」

 

「時には血反吐すら吐いたこともある……だがそのお陰で我は今も皇帝として皆を導き、全てを護ることが出来ている。では何故ここまで出来たのか、思いが強かったから?違う。意地?違う。最初から出来ると踏んで躊躇わなかったからだ」

 

「本当にそれだけで……」

 

「あぁ出来るとも、個人差はあるがな」

 

「……」

 

 雪咲は顎に手を当て、考える。

 

「……まぁ今すぐに結論を出せとは言わぬ、じっくりと考え込むが良い」

 

「分かりました」

 

 こうして一日が過ぎ、雪咲は尚も考え続けていた。




ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
さてまえがきにも記載したお知らせですが、実は……この作品を100話丁度で完結させるのと同時に、最新作を作成中でございます。
内容に関しては、気が向いた時にツイッターの方で呟きますので、乞うご期待!


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