人狼は夢を見れるのか (渡邊ユンカース)
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始動

人狼は死んだ。

セラスという吸血鬼と戦い、銀を入れられて。

 

人狼にとって死というのは体と魂の分離と理解しており、戦場で死んだ戦士たちが行けるとされているヴェルハラに送られる、と少佐が言っていた。ロンドンで散っていった兵士たちもそこにきっと、いや必ず居るだろう。

 

人狼は倒れて、目を閉じた。

目を閉じると暗黒に体が包まれたように感じる。それと同時に今までの思い出がふつふつと沸騰した時の気泡の如く浮かび上がった。その思い出には戦場を駆け巡った思い出しかなかったが、彼にとっては良い思い出だった。

最後の思い出のシーンにはセラスが人狼を殺した瞬間のが映っていた。

 

満足だ。非常に満足だった。人狼から満足感が心という浴槽から零れて、顔に現れた。人狼の最初で最後の笑みだ。

セラスという吸血鬼が言うには、人狼の笑みはまるで小さい子供のような笑顔だったという。

 

体が青い炎に包まれた。ドクという科学者から入れられたチップによるものだろう。不思議と青い炎から熱を感じない。教養の少ない人狼でも、炎というものは赤色よりも青のほうが高温とされていた。それなのに感じないとなると、もう銀の毒が身体を巡回し、脳まで達しているのだろう。

 

さあ、寝よう。寝れば覚めた時にはヴェルハラに居る。そこで直にやってくる少佐とそこで待っている仲間と一緒に、また戦争を起こそう。

今度はどんな戦場が人狼を待ち構えるのか。とても楽しみだ。

 

 

青い炎は人狼の体を焼却した。最後だけは、炎が一瞬だけ狼のような姿になって吠えた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

人狼は目を目を覚ました。

とても寒く、雪がしんしんと降りかかっていた。寝ていた所はベンチであり、そこから辺りを見回すと公園だ。雪が服に軽く積もっているのを確認するとそれを払い、地面に足をつけた。

 

しかし、自然と転んでしまい、雪が顔と髪に付いたという結果になった。ベンチを掴んで何とかして立ち上がると人狼は気づいた。

 

身長が縮んでいる。身長は、元の身長よりも半分もない。服装としては布一枚の状態で

靴も帽子も無い。当然、拳銃も無いのだ。

まだ日は沈んではいないので比較的大丈夫だが、日が沈むと肌に寒気が突き刺さるほど寒いだろう。かなりお腹を空かせているので空腹が襲ってきた。

生きるためにはしょうがないので、ゴミ漁りに慣れない足取りで向かうことにした。

 

 

 

町の裏路地から観察して、わかったことが三つあった。一つは此処がドイツだと言うことだ。新聞に書かれている文字や通りから聞こえてくる声は全部ドイツ語だからだ。

 

二つ目は此処の国はドイツではなく、カールスラントという国名になっていたことだ。しかし人狼はこのことを気に留めずにいた。何故なら、容姿が変わっていることの方が衝撃が大きかったからだ。どうやらこの現象は他の国もそうらしく、フランスはガリア。ソ連連邦はオラーシャ。イギリスはブリタニア。日本は扶桑とされていた。

 

そして三つ目は、女性の多くが下着のパンツを履いていたことだ。流石の人狼もこれには驚いたらしく、眉間が一瞬ピクリッと動いた。寒くはないのかと不審に思ったがそんなことは今の人狼には関係の無いことだったので放置する。

 

ゴミ漁りで残飯を喰い、古びたナイフと紐を見つけた。そのナイフと脚を紐で縛った。防衛用の武器として使う予定だ。

必要な物は無いかと探りを入れている途中だった。

 

「どうしたのだ、少年よ」

「…」

 

背後から人狼に質問を浴びせる声がした。人狼はナイフを右手に触れて、いつでもナイフを刺せるような体勢をとる。声の主は背が高く、中年の男だった。首には十字架が掛かっていた。警戒をしている人狼を諭すように次々と声を掛けてくる。

 

「君は何処から来たんだい?」

「お腹は空いてはいないかい?」

「喋れるかい?」

「…」

 

心配をしているのだろう、しかし人狼は声を発しない。それどころか睨みを利かせていた。子供の状態になったからといっても人狼は人狼、人に恐怖を与えるには十分すぎる程だ。

人狼は迷った。この男を殺せば、金が手に入る。金を貰えば命が長らえられる。しかも、人狼の力を使えば捕まることも無い、仮に捕まっても少年院に入れる。雨風や食料については問題もなかった。

 

だが、この緊迫した状態は終わることになる。

 

「おいで、君に住むところを与えよう」

「…」

 

男は人狼の手をとった。手はゴツゴツと角ばっていて大きく、人狼の小さな手を包んだ。その手は非常に温かかった。暗く陰気な路地裏に積もった雪に、小さな足跡と大きな足跡が残った。

 

 

 

「ここさ」

「…」

 

路地裏から十分歩くと、男は指を指した。ふつうの家よりかは大きな建物だ。庭からは子供の遊んでいる声が聞こえた。看板には、光の家と書かれている。どうやらこの家は孤児院らしい。男は古いドアを開けて中へと人狼を連れていく。中には人狼と変わらない歳の子供が三人いるらしい。

 

「お前たち、新しい家族を紹介するから集まりなさい」

「「「はーい!」」」

 

庭へと続いているドアから三人の子供が入ってきた。男の子が二人に女の子が一人だ。

 

「どうしたの先生!」

「ご飯?」

「その子誰?」

「この子は私たちの家族さ」

「「「わーい!!」」」

「名前は言えるかい?」

「…」

 

どうやら人狼を紹介するらしい、だが人狼は喋らない。

 

「もしかして名前が無いのか?」

「…」

「うーん、それなら私が名前を付けるけどいいかな」

「…」

「わかった。そうしよう、君は…」

 

男は黙りこくってしまう。一分も沈黙を続けていたが、ようやく口を開いた。

 

 

「君の名前はハインツだ。ハインツ・ヒトラー」

 

どうやらハインツという名前を授かったらしい。人狼はこれからハインツという名前を受けて生きることは初めてだった。何故なら生まれた時に付けられた名前などはなかったからだ。仲間からは階級で呼ばれているのもそれのせいだ。

 

「ハインツよろしくね!」

「ハインツ!」

「遊ぼう!」

「こらこら、そろそろご飯にするから。そうだ、君はそろそろ小学校に入学できる歳っぽいから急いで戸籍をつくらないとね、八月に学校の入学式があるからね」

 

人狼は学校に行けるらしい。前の世界では小学校にも行けず、軍に入るまでは文字も読めなかった。それに人狼は胸を寄せた。

 

「そうだ。ハンス、ルーカス、ノアよ、ハインツと一緒に寝る部屋を案内してあげなさい」

「うん、わかった!」

「おいで、こっちだよ!」

「早く早く!」

 

人狼は子供たちに手を引きずられて二階へと向かっていった。

 

二階には飾りが付けられたドアがあった。子供たちが寝る所は此処らしい。子供たちはドアを開けて中へと入っていく。内部には二段ベットが二台付けられており、衣服が入っていると思われる木箱が子供一人に一箱設けられていた。ノアが新しい木箱を別の部屋から引きずりながら持ってきた。

 

「ハインツ。あなたの衣装ケースはこれよ!」

 

木箱にはハインツと、慣れない文字で書かれていた。

 

「俺の名前はハンス! 五歳だ!」

「僕はルーカス、君と同じ六歳だよ!」

「あたしはノア、五歳よ」

「…」

 

 

こうして、人狼の新しい暮らしが始まった。

 




名字の順番が違ってたので変えました


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出会

八月、人狼は小学校に入学した。

入学式から一週間も経過すると、子供たちは友達を次々に増やしていき、グループができ始めていた頃である。

本来、友達というものは、小学生のような年頃になると、一緒に遊んだだけで友達と繋がりが結成されるものだ。

 

しかし、その繋がりを作るきっかけとなった遊びに入れなかったらどうだろうか。

例を挙げるのならば、病気などで思うがままに運動が出来ない子供に対しては声をかけることもあるだろう。そして、声を掛けられた本人に好印象を与えることさえ出来ればいい。

 

 

だが、人狼は違った。

 

彼は孤立を好んだ。校庭や教室で遊んでいるクラスメートには見向きもせずに図書室へと向かった。

人狼に声を掛けてくる子供も勿論いた。だけど人狼はそれを無視した。子供たちはしつこく声を掛けてきたが、鋭い眼光で彼らを睨んだ。その眼光に当てられて子供たちは泣きじゃくった。先生が来て人狼に対し、何故友達を作らないのかと問いては見たものの、人狼は一切答えなかった。

その後、クラスからは危険人物というレッテルを張られることとなり、子供たちは人狼に声を掛けなくなった。

行為に対して、どうすることも出来ない人狼に、ついに教師たちも人狼を見捨てた。

 

 

そして、ある事件が起きた。

 

普段から丸眼鏡を掛けていたルーカスが、上級生に虐められてる姿を見られた時だった。

ルーカスが上級生のクラスが所持しているボールを間違えて使ってしまったのが事の始まりだ。

まだピカピカの一年生であるルーカスに対し、年相応にしては体つきの良い子供四人に囲まれて蹴られていた。

本を読みに図書館に行く途中に偶然居合わせた人狼がハンスの元へと向かった。そして、彼らの前に立ちふさがった。

 

「おい、なんだよ一年」

「友達を救いに来たのか?」

「へっ、くだらないぜ!」

「おらおら、友達の前で虐められている姿を見られてどうだ丸眼鏡!」

「ハ、ハインツ…。逃げて……」

「…」

「へっ、今回のとこは見逃して…」

 

いきなり人狼は一人の上級生を殴った。何かが折れたような嫌な音がする。彼は地面に卒倒した。

 

「い、痛てえええええええ!!」

「お、お前!よくも!」

 

今度は上級生のほうが殴りに来た。人狼はあらかじめ仕舞っていた胸ポケットから鉛筆を握り、相手の殴る力を利用して鉛筆を突き立てた。右手を必死に抑えていた。

 

「うぎゃああああ!!」

「ふざけんなよ!」

「う、うらっ!」

 

二人がかりで襲ってくる彼らに対し、拳を握りとめて見せた。そして、力をじわじわと入れていった。

 

「いだだだだだだ!!」

「て、手がああああ!!」

「…」

 

悶絶していた一人の上級生に蹴りを腹に入れた。多少吹き飛ばされて、背後から地面に着いた。立ち上がろうと、腹を抱えて立とうとしても昼に食べた物を吐き出す。

 

「ごごご、ごめんなさい!」

「…」

「どうか許して!」

 

拳を握っていた上級生が人狼を怯え、許しを必死に乞う。しかし、人狼は甘くはない。彼の鼻に右手を叩き込んだ。

バキッと鼻の折れる音が聞こえた。

 

「ふがふが…ッ!」

「ハ、ハインツ?」

「…」

 

地面に伏した彼らを見下しながらルーカスの手を引く、教師に見つかったら厄介になることを人狼は知っていた。ルーカスの手は恐怖で震えていた。

数分後、事態を収束しに来た教師たちはこの惨状を見る。

すぐに病院に駆け込まれて、処置されたが、この事件の犯人の噂は学校中に広がった。

幸運なことに、同じ家に住んでいるハンスやノア、ルーカスは行内から学区外にかけて虐められることはなかった。

 

その後人狼は、教師に席を一番奥の端っこに座らせるように指示した。噂を知っていた教師は彼を隔離させるべく、すぐに席を変えた。

変えた次の日に学校に行くと、机には落書きが書かれており、ゴミが大量に置かれていた。

しかし、人狼は何事もなかったかのように図書室にあった小説の短編集を読み始めた。本すらも満足に読めなかった環境に居た人狼は、精神年齢に合っていない授業を無視する。テストなどには参加したが、前世の記憶のおかげで全てのテストは満点だった。それを気に入らなかった子供たちは彼の虐めをさらに強くした。

 

 

 

そんな人狼に、未だに接してくる子供も存在した。

 

図書館で本を読み漁っていた時だ。授業が始める前のチャイムが校内中に響き渡る。図書館に居た子供たちは次々と出ていくに対し、人狼はその場に留まった。

次の授業は体育、人狼にとっては最も無駄な科目だった。存在的な人狼の能力を発揮しても、周りからは恐怖の目しか向かれることを危惧したのだ。それに、人狼一人抜けても全体が奇数だったので居ないほうが互いにペアを作りやすいと感じていた。人狼はいつも読んでいた短編集を読み終えて、今度は辞書のように分厚い本を読んでいた。

いきなり、凛とした声が人狼に向かって飛んでくる。

 

「おいっ!貴様何をしている!この学校の生徒ならば五分前には教室に着席しないといけないんだぞ!」

 

髪の毛を二つに結わいた女子が人狼に向けて叱咤する。人狼はそんな声を無視して読み続けた。

その姿を見た女子は苛立ちを覚えて、人狼に向けて口撃を始める。

 

「人が話している時は人の目を見ないといけないのことを教わらなかったのか!」

「…」

「聞いているのか白髪頭!」

「…」

 

人狼は席をムクリと立って、彼女に面を向かった。人狼特有の鋭すぎる眼光を彼女に突き刺した。一瞬、彼女は怯んだような様子を見せたが、それでも屈することもせずに睨み返す。

少女は人狼に対して、胸を張り強く見せているらしいが、彼女の足は小刻みに震えていた。

 

「そ、そんなんじゃ私は怖くは無いぞ!」

「…」

「な、何故また座る! 貴様それでも此処の生徒か!」

「…」

「何か言え、白髪頭!」

「…」

 

壁に向かって話しかけているかのように彼女は次々に指摘の声を浴びせた。それでも人狼は本を読む。

このままではどうにもならないと察した人狼は再び席を立ち、今度はその席から遠い位置に座った。無論、彼女は人狼に付いていく。

 

「動け! 早く行くぞ教室に!」

「…」

「動かないと遅れちゃうだろ! 規則は守らないといけないんだあああ!!」

 

ぐいぐいと人狼を引っ張る彼女の胸元から、チラリと彼女の名札が見えた。ゲルトルート・バルクホルンと書かれている。学年は人狼と同じ一年生だった。人狼は彼女は教室では見たことない、恐らく別のクラスだろう。

彼女の行動から察するに、規則厳守の頭の固い人間だと感じた。

ここで、授業開始のチャイムが鳴った。

 

「うわっ!? もう授業開始の呼び鈴が!! …ええい、噂に聞く白髪頭!今日はここまでにしてやるからな、私が絶対に授業に受けさすからな覚えてろ!」

 

バルクホルンという少女は猛ダッシュで図書館を抜け出し、自分の教室へと向かって行った。途中で他の教師が廊下を走るバルクホルンに注意を掛ける言葉を受けていると思われる声が聞こえた。

 

そこから彼女との長い付き合いが始まった。

 



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交友

人間というものは好奇心が旺盛だ。

 

その人間の好奇心の大きさというものは獰猛な動物以上のものとされることがある。

例えるなら、何故人間は空を飛ぶことが出来ないのか。それは単純に翼を持っていないから、そして昔の人々は鳥の様な翼を作った。

しかし、それは飛べずにいた。それは人間と鳥の筋肉の付き方が根本的に違ったからだ。

かの有名なレオナルド・ダヴィンチを筆頭に数々の発明家が空を飛ぶために案を模索した。魔女でもない人々でも飛べるような物を作るために。

 

 

そして、人類の夢は叶うことになる。俗にいう航空機だ。航空機という鳥の如く飛べるような万物が完成したきっかけ、それは長きに渡る人類の好奇心から出来たものだと思う。

人間は空を最低限飛べるにも関わらず、改良を加えていったのだ。

 

 

今日も人狼は昼休みに本を読んでいた。この頃になると人狼は図書館が閉まるギリギリまで入り浸ってしていた。図書館で読み切れなかったものは借りて孤児院で読んでいた。

そんな人狼に興味を持ったバルクホルンという少女は、最初は昼休みだけ観察していたが、最終的には毎日のように放課後も人狼を観察するようになった。

人狼はそんな彼女に目もくれず本を漁っていった。最初、バルクホルンは人狼の真似をして彼女の年齢に合わないような本を読んでいた。

人狼がどのような本を読んでいるのかを知るために読んだのだが、全くもって頭に入らない。それもその筈、人狼が読んでいたのは童話でも何でもない、政治に関する書籍だからだ。

政治関係の難しい本などは教員用の本棚にあり、そこから拝借した書籍だ。

読み始めて数日後、バルクホルンは自身の年齢に一致するような本を読んだ。前まで読んでいたものとはまったく違うメルヘンチックなものに変わった。

そんな難しい本を読んでいた人狼に対し、本当に内容を理解をしているのかどうかを調べるために、彼女はクイズを出すことにした。

 

「おい白髪頭。私がクイズを出すからそれに答えろ」

「…」

「第一問、過去には無くて未来にあるもので、目に見えないけど確かにやってくるものはなーんだ」

「…」

 

彼女は昨夜、自身の母親にクイズを出すように頼んだ。彼女の母親は今言ったバルクホルンと同じ問題を言った。

ちなみにこの問題は、バルクホルンには解けなかった。一時間かけていたのだが、それは無駄だった。

彼女に無理やりクイズを出された人狼は、今読んでいる分厚い本のページをペラペラと捲っていく。その姿は何かを探しているようにも思えた。

 

「どうした。もしかしてわからなかったから無視しているのか、きっとそうに違いない」

「…」

「ん? どうしたいきなりあるページを指差して」

「…」

 

人狼はあるページの文を指差した。

それは章の題名のようで、【第四章 明日へと続く道には何が起きるのか】の明日の部分を指していた。

彼女は人狼が何をしているか一瞬理解が出来なかったが、じっくり眺めるとそれは正解に当てはまってしまった。

先ほどまでの行動で、人狼はバルクホルンの出したクイズの正解を当てるためにページを捲ったのだと理解した。

 

「せ、正解だ…」

「…」

 

どうやらクイズは当たったらしい。

 

「第二問、朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の動物はなーんだ」

「…」

 

今度も書籍を使ってページを探す。

そして、【第二章 人間同士が争う理由】の人間の部分を指差す。

この章は人狼にとって一番好きな章であり、生前の第二次世界大戦を引き起こすこととなった理由が詳しく書かれている。

そして、人狼はこの世界でも後々大きな戦争が勃発することを察していた。

 

「くっ、正解だ。何故わかるんだ、私でもわからなかった問題なのに、何故…」

「…」

「母さんの問題は昔から難しかったのに…」

 

ぶつぶつとバルクホルンは独り言を呟いていた。人狼は再び読書を再開する。

いきなり、図書館が閉まる前に鳴るチャイムが二人しかいない図書館に鳴り響いた。

人狼は背表紙の番号のところに本を返した。教員用の本は基本的には貸出は禁止されており、赤いシールが貼られている書籍などは持ち出すことが出来ない。

バッグを担いで、すたこらと正門へと向かった。後ろからはバルクホルンが付いてくる。

 

「…じゃあな、白髪頭」

「…」

 

と、小さく手を挙げた。彼女が人狼に手を挙げる行為は、今回が初めてだった。

彼女とは通学路が別々だ。人狼は後ろを向き、孤児院へと帰っていく。

 

「人がお別れをしたんだから挨拶をしないか!」

「…」

 

人狼は振り返ることはなかったが、バルクホルンがした行為よりも、さらに小さく手を挙げた。

その姿を見て、彼女は口元を緩めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

挨拶をした次の日、人狼はいつものように図書館へと赴いた。

しかし、肩を掴まれた。

 

「…おい白髪頭。えーとそのだな」

「…」

「い、一緒に遊ぶぞ」

「…」

「け、健康な生活を送るためには適度な運動が必要と母さんが言っていた。だから一緒に遊ぶぞ」

「…」

「別にただお前と遊びたいだけじゃない! これは母さんが言っていたそう、規則なんだ!」

「…」

 

 

人狼は彼女に腕を引っ張られながら、彼女がよく遊んでいると思われる空き地に入った。土管がいくつかあった。

そして彼女は、土管からボールを取り出した。

 

「ここはな、私しか知らない秘密の場所だ」

「…」

「それじゃあ、サッカーをしようじゃないか」

「…」

「ルールはわかっているよな、まっ流石に知っているとは思うが」

 

二人でサッカーとなるとボールを奪取する遊びか、PKしか出来ないのを彼女は知っているのだろうか。

そんなことを気に留めずに、彼女はドリブルをしながら人狼に接近してきた。

 

「ふっ、白髪頭に私のボールが取れるか!」

「…」

「って取られた!?」

 

人狼は戦闘で鍛えられた動体視力と反射神経、それとシュレディンガー准尉に付き合わされた経験を使い、難なくボールを奪ってみせた。

一瞬の出来事だったので、バルクホルンは目を丸くしていた。

 

「まだだ、まだ負けてはいない!」

「…」

「ちぃ! まだまだ!!」

 

人狼はボールをキープしたまま放さない、バルクホルンは己が出し切れる技術を用いて攻撃を仕掛ける。

それでもボールは取れないままだった。

ずっと取れずにいたバルクホルンに対し人狼はボールを渡し、漁などで使われる網を木と木の間に結び付け、サッカーゴールの代わりとして利用した。

 

「えい!」

「…」

「今度こそ!」

「…」

「何故取られるんだ!」

 

二人しかいないサッカーは教会の六時を知らせる鐘が鳴るまで続けられた。

 

「マズい!そろそろ私の家の門限になってしまうぞ!」

「…」

「暗くならないうちに帰るんだな! 私はもう帰らなくてはならない、また会おう!」

 

バッグを背負って猛ダッシュで帰宅したバルクホルン。

人狼はボールと網の片づけを終えて帰る。夏とはいえ六時となると暗く感じた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ハインツ、今度は負けないからな」

 

初めてハインツという名前を言い、彼女はまたもや人狼に勝負を仕掛けてきた。

人狼は静かに前の場所へと向かった。

 



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恩義

人狼が入学をしてもう五年が経過した。

 

五年間で変わったことは、孤児院で最年少のハンスとノアが入学をして小学五年生になり、人狼は小学六年生になった。

人狼の背丈は155㎝を記録し、背が低い大人の女性と同じくらいになった。バルクホルンは人狼よりもやや低いが、クラスでは高い方だった。

それと今年、バルクホルンの妹、クリスが小学校に入学した。バルクホルンは妹を溺愛しており、たびたびクリスの元へと向かっていた。

人狼とクリスは遊んでいる時に乱入してくるので顔なじみだったが、背が高い二人が来たので萎縮していたが、クリスを通じて慣れたらしい。未だに人狼はクラスメートから警戒されているが。

 

また、人狼は三年前に重大な事実に気付いた。

それは今人狼たちを養ってくれている人物が前世では知らない人の多いとされている、人狼が属していたナチス・ドイツの総統、アドルフ・ヒトラーだったのだ。

よくよく見ると確かに類似点は多く、歴史の分岐点になった美術大学に受験をして無事合格という前世ではなしえなかったことが起きていた。

その後はしがないの画家として稼いでいたが、ここで俗にいう第一次ネウロイ大戦が勃発。彼は徴兵されて戦地に赴き、そこで活躍をしたため、彼は勲章を授与されて、伍長という階級になっている。

戦後この街はネウロイによる攻撃を受けて瓦礫まみれの状態から酒場で開いた彼の天才的な演説で住民をやる気付け、ここまで復旧させることに成功した。

要するに、街の英雄ということだ。

 

人狼はまさかこの人物こそが偉大なる総統閣下とは思ってもいなかった。何性格は温厚な性格になっているのもあるし、細々と孤児院の院長をしているのもあった。

不思議な運命に出会った人狼は彼に敬意を払っていた。

子供を四人養い、負担する金額自体が多いのにも関わらず、ヒトラーは経営を続けている。彼が孤児院の院長になった理由は、子供が単純に好きだった点と親を亡くして道で餓死した子供たちの姿を見てきたからだ。

一人でも多く助けるために彼は孤児院という決して楽ではないもの決意したのだ。

 

元々貯蓄の少ない彼は何とかやりくりして今までの生活を維持してきた。しかしそれも限界を迎えようとしていた。地獄の死者とされた怪異がまた出現し、武器を揃えるために税金が上がり、物価が高くなったのだ。幾ら周りの住民から支援を受けたところで現状を維持するのは難しかった。

人狼は彼に恩を返したかった。どうすれば彼を助けられるか日々模索していた。しかし十二歳の子供が出来る仕事など高が知れているし、年齢を偽ってもバレるのがオチだ。

そんな中、路地を歩いていくととあるポスターが貼られているのを見つけた。

 

 

【航空ウィッチ募集 祖国に報いよ】

 

 

人狼は解決する手立てを見つけ出した。人狼は考えた、もしかしたら狼に変身出来るのは一種の魔力による力ではないのかと。人狼はポスターを引っぺがし近くにあるウィッチたちがいる駐屯基地へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

駐屯基地の正門には二人の警備兵がそこに立っていた。

人狼は門を開けようと近づいていく。

 

「おい坊主、此処は立ち入り禁止だ」

「それにお前は男だろ、兵科が違う」

「あと三年は待つんだな」

「…」

 

そんな彼らの言葉を無視して門に歩み出て、こじ開けようとする。案外門は固く閉ざされていて、時間が掛かりそうだった。

 

「なっ!?」

「おいやめろ!」

 

一人の警備兵が取り押さえようとするが、人狼に軽々と投げられてしまう。警備兵は頭を強く打ち付けて気絶する。

瞬時にもう一人の警備兵が首に掛けていた笛を鳴らす。

 

「侵入者だ! 捕まえてくれー!」

 

それに応じるかのように、耳をつんざく程の音量のブザーが鳴り響き、建物からは警備兵が何人も現れて門を抑えた。三人ほどは門の後方で拳銃を構えている。

 

「何だコイツ!?」

「門が…抑えられない!!」

「耐えろ、耐えるんだ…!」

「うおおおおおお!!」

「…」

 

警備兵たちは奮闘を見せるも門はあっけなく人狼の力によって粉砕された。

警備兵たちは吹き飛ばされ、噴水まで吹き飛んで体を濡らすものもいた。今は春なので冬と比べたらあんまりツラくはないだろう。

人狼は施設内へと足を踏み入れる。

 

「これ以上中に入ると撃つぞ!」

「止まれ!」

「本当に撃つぞ!」

「…」

 

人狼は警告を無視し歩み出る。

 

「うわああああああ!!」

「待て!まだ威嚇射撃をしていないぞ!」

 

一人、興奮状態になった兵士が人狼に発砲した。

本来は最初に、威嚇射撃をして恐怖心を煽り逃げさせるのが手順なのに、彼は明らかに人知を超えた化け物に畏怖。経験したことのない恐怖心に襲われて発狂したのだ。

彼から放たれた三発の弾丸は収束されるが如く、人狼の方へ向かっていく。

しかし、人狼はそれを右手で受け止める。拳を開くとパラパラと弾丸が握りつぶされた形状で落ちる。カランカランと冷たい音が鳴る。

それを見た三人は一斉に射撃を開始した。

 

「うああああああ!!」

「コイツは一体何なんだ!!」

「死ね死ね死ね!!」

「…」

 

可能な限り弾丸を掴みとるが数発かは被弾する。本来ならば死ぬところにも当然被弾していた。

しかしそれは、人狼のシャツを赤く染め上げただけに終わった。

人狼は一気に彼らの元へと接近し、足蹴りをして一人を吹き飛ばす。

この光景を見て唖然としていた二人にも拳や蹴りが飛び、地面にボールがバウンドするかのように跳ねて着地した。二人は起きる気配がない。

 

「…」

「ば、化け物だ! ウィッチを呼べ!」

「魔女ならどうにかしてくれる!」

「早くしろ!」

 

人狼は正面玄関に侵入した。扉を開けると中には机で簡易のバリケードを作り、一挺のMG機関銃が設置されていた。

 

「撃てー!!」

「撃ち尽くせー!」

「兎に角押し返すんだ!」

 

ギャリギャリと音を立てて無数の弾丸が発射される。それと同時にライフルを持った兵士二人が人狼に乱射する。

肉が抉り取られて瞬時に穴だらけにされ、人狼は倒れこんだ。しかも銃の乱射が倒れた体にも撃ち込まれて、それが十秒も続いた。

 

「やっ、やったのか?」

「中尉! 完全に殺しました!」

「ざまあ見ろバーカ!」

 

人狼に対する歓喜の声と暴言が向けられた。だが、それはすぐに収まることとなった。

肉片となった物が集まりだし、それは元の人狼の体を構成した。

何とも言えない不気味さに体を包まれ、兵士たちは口を閉じ、冷や汗を垂らす。心臓の鼓動が早くなっていく。

 

 

化け物、ネウロイとは違った別の化け物。それは本当にこの世のものなのかすらも誰にもわからない。

 

 

混沌が渦巻く正面玄関、人狼は立ち上がり兵士たちに近づいた。

 

「う、うああああああああ!!」

「誰か殺せ、俺か化け物を殺してくれええええええ!!」

「帰る! 俺は家に帰るんだー!!」

「……死んでやる」

 

泣きじゃくりながらMG機関銃を撃つ者もいれば、失禁し、逃亡する者もいる。ライフルを捨て、口に拳銃を加えて引き金を引き、拳銃自殺をする者もいた。

人狼は機関銃を乱射する兵士の前まで歩く。もう弾が無いのに引き金を引きっぱなしの兵士に拳を振り上げて顔面を殴る。

吹き飛ばされて奥の扉に体を打ち付け、扉が開いた。奥にもMG機関銃を構えて陣地が構成されているのが確認できた。

 

 

まさにカオス、それが今の現状の様子に一番似合う言葉だろう。

いや、この人狼のために作られたものかもしれない。

 




この世界にはナチス政権が確立していないのに着目しました。
アドルフ・ヒトラーのもしもの世界


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戦車

出してほしい兵器などがあったら教えてください。
なるべく応えます。



人狼はバリケードとして置かれていた机に腰を掛ける。MG機関銃は地面に投げ捨ててある。

着ていたシャツは穴だらけでとても着れるような様子ではない、そのシャツを脱ぎ捨てて、拳銃自殺を果たした兵士の死体から上着を剥ぎ取った。

その上着には飴玉が入っており、暇だったのかそれを舐めていた。傍から見れば可愛らしい姿だが、悲惨な状態で行うのはあまりにも場違いだ。

 

それから十分が経った。

奥に投げた兵士は回収されて、バリケードには兵士が集まり、MG機関銃を増設し取り付けている。そしていつでも撃てるようにこちらをじっと見つめている。

 

その時、地響きが聞こえた。外からだ。

人狼は外に出て、地響きの原因を目にした。

 

 

戦車

 

鋼鉄の皮膚を纏い、凶暴な砲を積んだ恐ろしい兵器だ。

当時カールスラントで主力だったⅢ号戦車が姿を現した。暴徒鎮圧のためにこの軍事施設に五両置かれている。

 

前世の記憶から人狼はこの戦車の情報を知っていた。

通信機械等の全てが最新鋭に揃えられた電撃戦を支えた戦車だ。

五十ミリの砲はこの年代においては強い部類に入る。

しかし装甲はお世辞にも厚いとも言えず、1940年代に開発されたソ連のT-34と戦うには分が悪い。あちらは傾斜装甲と言う斜めに装甲を溶接させることで弾を弾き、そして砲のほうも七十五ミリと大きいからだ。

 

人狼が正面玄関で騒動を起こした時に、ある兵士が車庫まで走り、個人的な理由で戦車を動かすように懇願し、その気持ちに押され戦車を動かしたらしい。

通路の奥や建物の中から戦車を動かしたということに兵士たちの驚いた声があとも絶たない。だがそれは心なしか全部嬉しそうなものだった。

 

「いいぞー!」

「化け物を倒せ!」

「殺せー!」

 

歓声に応えるかのようにキューポラから車長が出てくる。戦車兵が必ずや被っている帽子に黒髪でチョビ髭を生やし、顔もいかつい男性だった。

 

「ったく、まさかこんな騒動を起こしやがって…」

「車長、あいつをコイツで倒しましょう!」

「そうだな、榴弾を装填! 砲を合わせろ!」

「完了しました」

「よし、奥の連中にぶつけんなよ」

 

ガシャンと榴弾が装填される音が車内に鳴り響き、砲塔がゆっくりと人狼に向けられた。しかし人狼は動かない。

照準が人狼を捉えた。

 

「撃てます」

「狙いを定めて……」

 

 

「撃てェ!!」

 

弾が発射されることで辺りの空気が震える。無機質な音が一帯を支配した。

榴弾は人狼の目の前に落ち、土煙が舞う。

榴弾の真価というものは、榴弾のそのものの爆風や破片による殺傷である。

つまり、榴弾が人の目の前で落ちたとなれば、その被害は尋常ではないほどになる。

人狼の身体に幾つもの破片が刺さり、破片が頭を抉りとった。頭だけを抉りとっただけではなく、右足や左腕を奪い取る。

人狼は爆風で投げ飛ばされ、体を強く打ち付けた。

 

「はっはー! やったぞ!」

「ナイス腕だ!」

「戦車兵のやつらありがとう!」

「…へっ、化け物とはいえガキを殺すのは胸糞悪いぜ」

「そうですね車長、僕にもあのくらいの子供がいますし」

「さて、早く帰るぞ。始末書を書かないといけないからな」

「私も手伝いますよ」

「ったく頼むぜ。さあ戦車前進だ!」

 

車長が上半身を車内に戻す。

戦車が車庫に戻るために前進しようとした、その時

 

 

ピクリと人狼の体が動いた。

 

「んあ? 今動いた気が・・・」

「車長、ふざけんのはいい加減にしてくださいよ」

「いや待て…動いてる! 動いてるぞ!」

「はあっ!?」

 

人狼の身体を再構築させるために身体の部位が集まり、身体を接着させてみせた。

人狼はゆっくりと立ち上がった。

 

「どうします!?」

「ちィ! 機銃で牽制を掛けつつ榴弾を再装填だ!」

「りょ、了解!」

 

車体や砲塔に備え付けられた機銃が発射される。

人狼は避けながらまた、正面玄関内に戻っていった。

 

「これじゃあ撃てねえな・・・」

 

中には奥にバリケードを築いた兵士の姿が見える。無闇な機銃掃射は味方に被害が出る。このままでは撃てない。

再び車長はキューポラから上半身を出し、拳銃を構える。

 

「次は、仕留めるからな・・・!」

 

 

人狼は正面玄関内に戻ったあと、さっき上着を剥ぎ取った兵士からライフルを拾い受け、残弾を確認する。

残弾は四発、これだけでは足りずに手から拳銃を奪い取り残弾を確認。

こちらはまだ七発。

右手には拳銃を構え、肩には身の丈に合わないライフルを掛けていた。

そして、戦車に向けて突撃をする。

 

「出てきたぞ! 機銃!」

「はい!」

「おらおらっ!」

 

機銃が人狼に向けられて連射をかます。車長も負けじと拳銃を人狼に向けて撃つ。

だが、人狼は少しでも攻撃を緩めさせるために、車長に拳銃を向けて撃つ。

 

「うわっ!? あのガキ撃ちやがった!」

「車長、すぐさま退避を!」

「そんなんわかってる!」

 

車長は急いで車内に戻っていく。

射線を読み、機銃の攻撃を躱す。

 

「くそっ! あいつ避けやがる!」

「接近される前に砲を撃て!」

「了解!」

 

またもや戦車は砲を放つ。すぐさま榴弾を人狼の鋭い蹴りで弾き、明後日の方向に着弾した。まさしく人技ではない。

 

「あ、ありえねえ…」

「車長! 接近されます!」

「…ちくしょう。下がれ!」

「了解!」

 

Ⅲ号戦車は後ろに下がる。

だが、人狼はライフルを構える。

構えた瞬間、人狼は気づいた。自分の体内に沸きあがる謎の力がライフルに注がれるのを感じていた。

引き金を引き、銃身から一発の弾丸が放たれた。

前世の記憶を辿り、サスペンションにめがけて撃つ。弾丸は戦車のサスペンションに損傷を与え、戦車は動かなくなった。

本来ならばライフルの弾など小口径の銃は戦車の装甲に防がれて効果はない。だがそれを可能にさせたのは人狼にあった謎の力のおかげだろう。

 

「しゃ、車長! 戦車が動きません!」

「はあっ!?」

「サスペンションの故障かもしれません!」

「んなこたぁ聞いてねえ! 撃て、撃ち続けるんだ!」

「うわああああ!!」

 

搭乗員は必死に機銃を操るが、それでも機銃は一向に当たらない。

砲の装填はされてはいない。あまりにも近距離過ぎて撃てない。

 

今度こそと言わんばかりに、機銃を狙いに定めて引き金を引く。

弾丸は機銃を撃ち続けていた搭乗員の肩を撃ち抜いた。

 

「痛てええええ!!」

「大丈夫か!?」

「すぐに止血をしろ!」

「化け物がもうそこまで!」

「クソがああああああ!!」

 

阿鼻叫喚となっている車内を知らず、人狼は戦車の元へとたどり着いた。

すると人狼は戦車を持ち上げようとする。

Ⅲ号戦車は22.7トンあり、クレーンでしか持ち上げられない。

それを人狼は持ち上げてみせた。

 

「う、浮いてるうううう!?」

「何が起きたんだ!」

 

人狼は戦車を持ち上げたあと、戦車を投げ飛ばした。

 

「うわあああ!?」

「うぎゃあああああ!!」

「地面があああ!!」

 

戦車は着地したあと横転し、ひっくり返った。

中から乗組員らが出てきて、走り去った。

 

「こんなんのと戦ってたまるか!」

「ふざけんのもいい加減にしろ!」

「ひいいいい!!」

「助けてくれー!!」

 

最後の見せしめと称して、ライフルに何かを注ぎ込んで戦車に向けて二発撃つ。二発の弾丸はⅢ号戦車の燃料タンクや弾薬を撃ち抜いて爆破した。

人狼は人々の罵声を聞きながしながら正面玄関内へと戻っていった。

 

「おいおい、こんな奴に勝てるのかよ」

「そんなの知らねえよ……」

 

人狼に対する不安が兵士たちに纏わりついていた。

人狼はその状況に気づいていた。

 

人々の不安や恐怖という感情が人狼に向けられ、その感情に人狼は心地よさを感じていた。

化け物と呼ばれる生命体は人々の不安を煽り、人を孤立させて一人になったのを狙う。

そのため、不安や恐怖などの気持ちは化け物にとっては道具にして同僚のようなものだった。

それは人を食らうことが無くなった人狼にも受け継がれていた。

死に場所を求めて人狼は戦場を駆けていた時に敵兵士から向けられた視線が忘れられなかった。

人狼は自分を恐れる気持ちを忘れることもなく、自分に合った死に場所を探しつつ、自分に向けられる恐怖心を堪能していた。

人狼が戦場を駆けまわった理由の一つだ。

 

ライフルを投げ捨て、机に腰を掛けた。

この世界で対等にやりあえる存在はいるのだろうか

己の期待に反するような世界に生まれてしまった人狼は不安を抱きつつ人狼は顔を伏せた。

 




Ⅲ号戦車

出身地はドイツで新たな戦車戦術に対応できるように開発された。スペイン内戦などにも参戦しており、先進的な技術が用いられている。
元々は十五トンを目指していたが詰めに乗せて二十トンを超えた。
砲の大きさは五十ミリと開発された時には大きかったが1940年代になると各国の戦車が七十五ミリを搭載し、装甲も厚くなるにつれて五十ミリでは力不足になっていく。ちなみにⅢ号突撃砲の車体はⅢ号戦車の車体を流用されたものである。
しかし、不利な状態で戦闘が行えたのは戦術や装備の充実さによるものだろう。
戦闘を行った戦地は多く、フランス戦や北アフリカ戦線、独ソ戦が代表的な例とされていく。
派生の戦車といえばⅣ号戦車だろう。


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将軍

人狼が正面玄関で騒動を起こし、暫く経った時、ある男性が正面玄関に向かうため階段を下りていた。途中でそれを制止するかのようにもう一人の男性も傍にいた。

 

「いけませんランデル閣下! 危ないですよ!」

「案ずることはない。安心しろダロン大佐」

「そんなこと言っても正体不明の化け物なんですよ! 非常に危険です」

「だから私は興味が湧いたのだよダロン大佐よ」

「駄目ですって!」

 

ランデル閣下と呼ばれた初老を超え、白髪のほうがやや多い黒髪の男性を頑張って制止させようとダロン大佐という栗毛色でやや小太りの男性が必死になっていた。

まあここの施設で一番階級の高い人物なので当然の行いだろう。

 

「にしても見たか、戦車を持ち上げる姿を!」

「見ました! だからこそ危険なんです!」

「あれは凄い馬鹿力だ!素晴らしいとは思わんかね!!」

「確かにあれは凄いですけど、閣下が赴く必要はありません!」

「ぐひひっ、まったく彼は素晴らしいよなァ!!」

「話を聞いてください!」

 

ランデル閣下に制止を促すように問うダロン大佐、しかし大佐の言葉を無視して下へと下りていく

 

「何故あんな化け物に興味があるんですか! うちのⅢ号戦車はまだ試作機の段階なのに無理やり強奪しましたよね。閣下は化け物に何を思ってるんですか!!」

 

大佐から放たれた言葉に閣下はピタリと止まった。

ようやく止まってくれたと安堵し、大佐の顔が緩んだ。

いきなり閣下はこちらを振り返った。そして、大佐に鋭い悪寒がはしる。

 

 

笑っていた。

 

 

しかも満面の笑みであり、例えるのならば、子供に欲しがっていた新しい玩具を買ってもらったかのような笑みだ。

 

「なあ大佐、君は戦争は好きかい?」

「…へっ?」

 

唐突な質問に大佐は意図がわからずに間の抜けた声をあげる。大佐は数秒間を置いたあと答える。

 

「いいえ、無作為に人が死ぬのは嫌です」

「そうかそうか、そういう考えもあるよな。ならば答えよ、貴官は何故軍に入った?」

「そ、祖国のために尽くしたいからです!」

「なるほど。…ちなみに君と私の考えは真逆だな、私は戦争が大大大好きだ!」

「なっ!?」

 

あまりの失言に大佐は驚いた。驚きすぎて卒倒しそうなほどに。目を見開きながら閣下は依然と口を曝したてる。

 

「何故私が軍に入るのかというと私は娯楽に飢えていた。そしてあの大戦を受け私は思った。あぁ戦場とはとても面白い所なのだとッ!当時は私は当時少佐で大隊を指揮していた。あの黒い化け物共は我らに恐れを知らずに弾丸や赤き光線を出して、私の大隊を消耗させていった。いやぁ、あれほど面白い場所など私は知らない」

「か、閣下もうやめてください。あ、頭がおかしくなりそうです」

「学校を出て間もない若き新兵たちが無謀と勇気をはき違え死ぬざまはまるで扶桑で見た桜のようだ。そして黒い化け物めがけて遠くから砲兵が高射砲を撃つ、その弾頭がネウロイにぶつかり爆ぜる瞬間はとても気分爽快で何でもやってのけそうな気持ちになった。新しい兵器がどんどん投入された。どうやって奴らに決定的な攻撃を仕掛ければ良いのかを考える時はそうっ、まるで! 子供の時に行ったピクニックを彷彿させた!!」

「もう…もうやめてください……!」

「あの戦争が終わってしまったら一気に私の人生はつまらなくなってしまった。戦車や兵器を眺めるのは楽しい、だがあの狂気あふれる戦争には断然劣る。しかし、喜ばしいことにこのカールスラントという国は! 戦争をするために備蓄をし始めた! それはあの黒い化け物共が再来したのだ! どうだね、またあの愉しい大戦争が繰り広げられるぞ!!」

「閣下ァ!!」

 

あの大戦を楽しかったと評価した閣下に怒りを覚えた大佐は、狂気に満ち溢れた閣下を殴ろうとする。だが拳は皺が増えてきた閣下の顔に当たることはなく、当たる寸前の距離で止まった。閣下はそれに動じずにじろりと大佐を見る。

 

「なあ大佐、君もあの戦争を生き抜いたんだろ? 楽しくて興奮するのもわかる。ちなみに私は最低限祖国に報いようとはする。だけどね、祖国というものに命を懸けて尽くそうとは思ってもいない、皆無だ。私は自分が好きな戦争をする、肝に銘じておけ」

「……はい」

 

大佐はゆっくりと拳を下した。

 

「そのために私は彼を、あの黒い化け物と匹敵する彼を兵器として手に入れる。さすれば祖国のために尽くせるし私の好きな戦争の準備にもなる。どうだ、一石二鳥だろ?」

「…」

「沈黙は賛同の意味だと言うだろう、さあ急いで彼を確保だ。行くぞ大佐」

「……了解しました」

 

二人はそのまま階段を下っていく。

 

 

 

「さてさて、此処があの化け物を覗ける場所だな」

 

閣下はバリケードでライフルを構えていた兵士に声を掛けた。兵士は銃を構えるのを止めて敬礼をしようとする。

 

「あぁ敬礼はしなくていい。彼はどうかな?」

「はい。先ほど投げ飛ばされた兵士を回収しました」

「おおっ、兵士を投げ飛ばすとは! あの華奢な身体でよくやるなァ」

「感心している場合ですか! 閣下、あの化け物をどう止めるべきが考えるべきです」

「いやいやさっきの話を聞いていたか? 彼を兵士として勧誘するのが止める案だろう」

「本気でやるんですか!?」

「左様だ。私は戦争に関しては嘘をつかない主義なのでね」

 

そう言って閣下はバリケードを超えようと机に身を乗り出した。

その行動を見て、慌てて大佐と先ほどの兵士が止めにかかる。

 

「マズいですってランデル閣下!」

「無謀です!」

「彼と私は同じだ。彼のことは私が一番知っている」

「ですが!」

「それにほらあれだ。私は昔、黒い化け物に肩を打ち抜かれたことはあったが銃弾には貫かれたことは無い。撃たれたらどういう感触なのか前々から気になっていたことだ。それに機関銃の威力を感じてみたいのもある。あぁ、どちらに転んでも私は愉しめるぞ!」

 

閣下は差し伸ばしてきた手をパシンと弾く。

ついにバリケードを超えた。ワザと軍靴の踵を鳴らしながら人狼に向かい始める。

 

人狼は踵を鳴らす音を聞き、こちらに顔を向けた。そして人狼は驚いた。

 

 

 

似ている

 

 

 

人狼は喋ってもいないのにも関わらず閣下の本質を見抜いた。人狼の前世で似たような人物がいる。

 

少佐

 

正確にはモンティナ・マックスと呼ばれる男性だ。お世辞には褒められない体型をしており、金髪で眼鏡を掛けていた。少佐の好きな物は閣下と同じ戦争。ただ似ていない点といえば、身体だけだろう。

 

「やあやあ元気かい、化け物の少年よ」

「…」

 

閣下が人狼に声を掛ける。後ろのバリケードではライフルや機関銃がいつでも撃てるように構えられていた。

前世の少佐に似ていたため、警戒心が微小ほど薄れた。

 

「そんなに睨まないでくれ、別に私は君を襲ったりはしないさ。ただお話をしに来たんだ」

「…」

「そうそれはとても簡単なお話、軍人にはなりたくはないかい?」

「…」

 

遂に人狼が望んでいたことが起きた。

人狼の年齢では正式に歩兵として軍に加入出来ない。ウィッチ募集も年齢だけは当てはまる。

じゃあどうすれば良いのか。それは直接軍事施設を襲い、自分の力を誇示させる。単純なものだ。

ズボンのポケットに仕舞っていたウィッチ募集の紙を見せつける。紙は戦闘のせいで損傷が激しかったが読めるほどの状態だ。

見せつける際に後ろの兵士たちが一瞬撃とうとするが、撃つなと閣下がサインを送っていた。

 

「ほうほう、ウィッチ志望か。……君まさか女子か?」

「…」

 

的外れな質問に人狼は僅かに首を横に振る。

 

「うーむ、魔法力の適正か…。そういや君、自己治癒能力や戦車を持ち上げたりライフルの弾で戦車を爆破させてたね、多分それは魔法力によるものかもしれない。いやっ、きっとそうだ!」

「…」

「人類初のウィッチか! …間違えたな、ウィザードとは私はなんと恵まれているのだろうか! どうだ、私と一緒に戦争を愉しみたくはないかね?」

「……」

 

閣下は人狼に手を差し伸べた。

 

「経験から私は戦場が何処で起きるのかが予測できる。きっと愉しめる筈だ。愉しいぞ、後悔はさせない。どうだね、兵士にはならんかね?」

「…」

 

人狼は差し伸びていた手を握った。交渉成立だ。

 

「そうかそうか!! ならばすぐに書類を作成しないとな! ささっ、早く家に帰りたまえ、なーに戦車などの破壊した物は弁償しなっくてもいい! 君はそれ以上の価値があるんだからね。二日後、うちの兵士が迎えに来るから荷物をまとめてくれ、そうそうこの事は明日家に手紙を送るから待っていてくれよ」

 

人狼は閣下の言葉に従い、折れ曲がった正門へと足を進めていった。

その後ろ姿を閣下は歓喜と狂気の入り混じった笑顔で見送っていた。

 

 

「ヤバくは無いですかダロン大佐?」

「……それは私がわかることだと思うかね?」

「で、ですよねー」

「はぁ、これからが心配だ……。胃腸薬欲しいわー、ちょっと君は買ってきてくれないか?」

「あっ、はい」

 

嬉しそうな閣下の後ろ姿を見てダロン大佐は心底呆れ、それと同時に不安が大佐の胸の内を占領していた。

 




kar98k

出身地はドイツで全体として1898年式の短型騎兵銃たるを示している。
口径は7.92ミリ、装弾数は五発のボルトアクション式のライフルでアメリカやソ連では半自動小銃を実用化に進めていた。しかし、命中精度や安全装置の設計が優れていた。
1937年に生産し、1945年まで生産されて数としては14000丁を超える。
精度の高い銃に四倍等のスコープを付けて遠距離銃としても活躍した。
余談だが某FPSゲームやゲームなどに幅広い範囲で登場している。


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迎合

軍事施設襲撃事件から翌日

 

人狼の孤児院で院長を務めているヒトラーのもとに一通の封筒が届いた。

ふと差出人を確認すると、軍隊からのものだと判明した。

 

「こ、これは!?」

 

急いで中身を開けると中には、人狼を兵士として受け入れるための書類や個人情報を書くための用紙が一式揃っていた。

すぐに院長は人狼を呼んだ。

 

「ハインツ! 話があるから来なさい!」

「…」

 

階段を下り、人狼は顔を出した。

院長は腕をつかみ、絵を描くために日頃から使っていた書斎に入る。

決して大きくはない書斎には絵具や筆、それと絵を描くために紙を固定する台が置かれていた。

人狼を中に入れるとドアに鍵をした。

 

「ハインツ、君は何をしたんだ!」

「…」

「何故! 何故軍隊から封筒が送られてくるんだ!」

 

院長は人狼の肩を掴んで体を揺らす。酷く動揺しているようで、普段の院長の目は優しい眼光であったが、この時は血眼になっていた。

人狼は封筒を院長から引ったくり、ある書類を見せる。

 

「ウィッチ特別手当だと……」

「…」

「そ、そんな…。君は男の子じゃないか!」

「…」

 

ウィッチと呼ばれる部隊は本来、女性しかなることが出来ない。何故なら、男性には魔法力という力が備わっていないからだ。

ましては、その魔法力を所持している人は女性でも数少ない、とても稀有な存在だ。

それなのに男性で魔法力を所持しているなんてものは、せいぜい神話上の話しか無いのだ。

 

「多分、間違えて送られてきたのだろう。なっ、そうなんだろう?」

「…」

「お願いだ。そうだと言ってくれ……」

 

人狼は首を小さく横に振る。

院長は驚き、目を大きく見開いた。

人狼は自分がウィッチとして志願したことを証明して見せるために、霧状になってみせた。

 

「なっ!?」

 

そして院長の背後に回り、姿を戻す。

虚ろな目で人狼を見る。

 

「…」

「…本当だったのか。君がウィッチに志願したということは」

「…」

 

こくりと人狼は頷く。

 

「…君は確かに他の子とは違うと私は認識していた。無口で非常に大人しく、子供の並大抵の筋力ではない筋力を持っていて、そしてなによりも達観視していた。一つ言うが、君は何者なんだ?」

「…」

 

人狼は答えない、いや答えることが出来ないのかもしれない。

人狼が前世で生まれた場所でさえも、親の顔すらも覚えてはいない。親から貰った名前すらも覚えてはいない、むしろ名前というもの自体を貰っていなかったのかもしれない。

モンティナ・マックス少佐が率いるミレニアムでは大尉や戦争犬と呼ばれてはいたものも、それは固有名詞ではない。判別させるための普通名詞にしか過ぎない。

 

一言で言うならば、名前の無い怪物

 

例として動物園で表すと、動物としての種族などの分類はわかるが、その動物の一個体としての名前が無いのだ。

そんな世の中で、人狼は狼男や大尉という普通名詞で呼ばれて生きてきた。

 

 

だが、その生き方は変わった。

 

 

前世では総統閣下として存在していたアドルフ・ヒトラーから名前を授かり、兄弟や少女からハインツと呼ばれるようになった。

普通名詞で呼ばれてきた生き方から固有名詞として呼ばれる生き方に変わったのだ。

人狼は嬉しかった。初めて自分を兵器や展示品として扱うのではなく、一人の人間として扱われたことに。

だから人狼は院長にお礼をしたかった。それは前世が総統閣下とは一切関係なしに、たった一人の恩人として。

 

「…そうか、けど答えなくてもわかった気がする。ハインツが私を助けようとしているのが」

「…」

「ウィッチになれば給料でこの孤児院を救えると思ったのだろう」

「…」

「一人が働けば子供たちを含め、私ら四人が貧困から救える。そう考えたのだろう?」

「…」

 

人狼は首を縦に振った。

 

「悔しい、悔しいよ俺は! 俺は子供たちの貧困から救うために、この孤児院を立ち上げた! それなのに! 結局のところ、未だに貧困という悪魔に苛まれ続けているんじゃないかッ!!」

 

院長は大粒の涙を大人げもなくボロボロと流していた。

 

「そんな俺たちを救おうと大切に育てた子供が危険な仕事場で働きに行くのが悔しい! そして何も出来ずにいる俺自身が悔しい! いやそれ以上に憎い!」

 

院長はハインツに抱き寄せた。強く抱きしめられている。

 

「ごめん、ごめんなぁハインツ…。どうか不甲斐ない俺を許してくれぇ…」

 

人狼は院長の頭をひたすらに撫でることしか出来なかった。

優しく、丁寧に撫でた。まるで子供をあやすかのように。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

約束の日がやってきた。

正午ちょうどに、一台の黒塗りの高級車が停まる。中からはダロン大佐と呼ばれる軍人が出てきた。

そして、ノックを鳴らした。

 

「こちら軍の者です。アドルフ・ヒトラー様はいますか」

 

軍人とは思えない丁寧な物言いで大佐は言う。

すると院長はドアを開けた。

 

「はい、私がアドルフ・ヒトラーです」

「ヒトラー様ですね。こちらに住まわれているハインツ君は居ますか?」

「…わかりました。ハインツ、軍の方がいらっしゃったから来なさい」

「…」

 

廊下から人狼が服などが入った木箱を抱えながら顔を見せた。

 

「…」

「すみません、無口で」

「いえいえ、お気になさらず」

 

大佐は目を疑った。

あの戦車を破壊した化け物がこんなにも小さく、幼いことに。

背の高さは大佐の胸元までしかない。

 

「小さいですね」

「こう見えても学校では一番大きい子なんですよ」

「そうなんですか。…さてハインツ君、早く車に乗りたまえ」

「…」

 

通れるように大佐は隅に寄った。人狼は空けて貰ったところを通り、車のドアを開けて荷物を入り、人狼も乗る。

非常に慣れた手つきだったので大佐は不審に思った。

 

「彼は車に乗ったことが?」

「私たちと暮らしている間は乗ったことありませんよ」

「…私たちと暮らしている間?」

「そうなんです。実はハインツは孤児でして」

「なるほど。その前は全くもって情報が無いと」

「えぇ、恥ずかしながら。しかし産婆や娼婦街で親を探そうとしましたが見つけられませんでした。不思議ですよね、特徴的な髪や肌をしているのに」

「確かにそうですね、私たち軍も調べましたが一致しませんでしたね。本来なら褐色肌で白髪頭だから印象に残るはずなのに、彼は何者なんですかね」

「それはまだわかりませんが一つだけわかったことがあります」

「何です?」

「ハインツは心優しい少年だということ、ただそれだけです」

 

院長は笑った。嘘偽りの無い笑顔だった。

大佐はその簡単な答えに納得した。確かに人狼が施設を襲撃した時も、怪我人はいたが死者はいなかった。正確には、一名だけ死者が出たがそれは自殺によるものだとわかった。

 

話が終わり、人狼が車の中で本を読んでいた時に孤児院の子供たちが窓から飛び出して車に近づいた。

それを見た人狼は、ドアを開けて降りる。

 

「ハインツ! どうして行っちゃうの?」

「俺らと暮らすんだろ!」

「僕たちは家族じゃないか!」

「…」

「また会えるよね?」

 

ハンスの答えに人狼は首を縦に振る。

 

「約束だからな!」

「約束の印でこれあげる!」

 

ノアから手渡されたのは人狼そっくりな人形だった。

彼女の顔をよく見てみると目元には隈がうっすら浮かんでいた。

 

「これ、ハインツのために作ったのよ。受け取って!」

「ハインツのために夜通しで作ったんだって」

「しかも泣きながらね」

「うるさいわね! あなたたちだって泣いてたじゃないの!」

「な、泣いてないし!」

 

そんな茶番をしている子供たちに人狼は三人を纏めて抱擁を交わした。

人狼のためにこんなに尽くしてくれたお礼だった。

三人糸が切れたかのように泣き散らした。

 

「…ハインツ、私からも贈り物を授けよう」

 

そう言うと院長は一旦孤児院に戻り、数分後には年季の入った規格帽を人狼に被せた。

 

「うん、非常に似合っているぞ。私のお古だ、気に入らなかったら捨てても構わない」

「…」

 

前世の記憶ではまだ規格帽の存在はない。しかし、それは前世の世界観であり、今の世界では第一次ネウロイ大戦中に存在が確立されている。

 

 

そして、お別れの時間になった。

ダロン大佐は人狼の隣に座る。エンジンが掛かり、車は前進した。

子供たちは腕を引き千切れそうなほど手を振った。

院長は叫んだ。

 

「必ず手紙を送れ! 我が息子よ!!」

 

人狼の心になにかが刺さる。そしてそれが何か理解した。

これが愛なのだと。

 




規格帽

ドイツでは全ての組織の帽子を揃えるために1943年に出来た。1943年に出来たのでM43帽とも言われる。
山岳帽やバイザー付きの略帽の長所を合わせた帽子になっている。
折り返しの部分に二つのボタンで折り返しを下げて耳を寒さから防ぐことが可能だった。


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決意

人狼が軍へと行って数日が経った。

 

バルクホルンはその数日間の間、図書館に一日も欠かさず行っていた。

学校でもなかなか出会うこともないので、きっと此処にいるかもしれないと信じて。

しかし、それはただの希望であり、実現するかは別のものだ。彼女は人狼と付き合っている時に、勉強を教えて貰っていた。そのおかげで彼女は学校のテストで常に満点を取っていた。そのため、人狼が読み進めていた本とまではいかないが、難しい本も読めるように成長した。

人狼との話題作りのために、たくさんのクイズや知識を蓄えていった。

だが、彼女が些細な努力をしても人狼は来なかった。

 

そして、ある噂を聞きつけた。

彼女が教室に居た時だった。

 

「なあ知ってるか?」

「なんだよ?」

「隣のクラスに居た化け物がどっか行っちまったって」

「知ってる知ってる! 軍人さんの車に乗って何処かに行ったのを見たってドーフが言ってたよな」

「そうそう! 俺の予想ではアイツは人体解剖をされて研究材料になったと思うね」

「俺はあいつのことを見抜いていたけどな」

「おい、お前たち」

 

バルクホルンは人狼についての噂をしていた二人の男子に近づいて、殴った。

頭の中は人狼のことで一杯だった。

人狼について深く探らなかった彼らが他人の意見にまんまと影響され、あたかも自分が最初から人狼の本質を知っていたかのように話していたため、無性に腹がたっていた。

彼女は見抜いていた。あの鉄仮面の奥には優しさがこれでもかと敷き詰められていることを。

 

「うぎゃ!?」

「なんで殴ってんだよ!」

「それはハインツの悪口を言っていたからだろ!」

「別にいいじゃねえかそのくらい!」

「なにがそのくらいだ!」

「ぐえっ!?」

 

彼女は持ちまえの力で男子二人を叩きのめした。

彼女の拳は熱く、まるで火傷を起こしたかのように痛かった。

 

「はんっ! 化け物の女は暴力的だな!」

「何だと!?」

「こらっ! 何をしている!」

 

騒ぎを聞きつけて教師がやって来た。

殴られた男子の一人が一瞬勝ち誇った笑みを浮かべ、教師に事情を説明する。

 

「先生! いきなりバルクホルンが俺らを殴ったんです!」

「とても痛いです!」

「何を言うか! もとはと言えばな、お前らがハインツの悪口を言うから!」

「わかったわかった! 兎に角お前たちは職員室に来なさい!」

 

教師は三人を連れて職員室へと足を進めた。

バルクホルンが今までにない程の眼光で睨むと男子二人は顔を背け、彼女を怖がっていた。

 

 

職員室から釈放されて、その足で人狼が暮らしている孤児院へ向かった。

何回か人狼の孤児院で暮らしていたので住所を覚えていた。

庭でノアとハンスが遊んでいる声が聞こえ、庭の柵から尋ねることにした。

 

「おーい」

「あっ! どーしたの?」

「ハインツは居るか?」

「…ハインツは居ないわ」

「何故だ?」

「ハインツはね、兵士になったんだ」

「へ、兵士だと!?」

「うん、だけど約束したのよ、また会えるって」

「…そうか」

 

彼女は噂が事実だったことを知った。直後、悲壮感が彼女の小さな体を包み込んだ。

少女はしゃがみ込み、涙が雨のように落ちてきた。

 

「どこに、どこに行ったんだよ。ハインツぅ…」

「…やめてよ。また悲しくなっちゃうじゃない!」

「ハインツとはまた会えるんだ。そう約束してくれたんだ!」

「もっと一緒に居たかったぉ!!」

「そ、それは私も一緒よ! 私だって、私だって…」

「うわあああああん!! ハインツに会いたいよおおおお!!」

「そんなの、知らないわよ…」

 

三人は泣いた。

一人の悲しみはペストのように伝染して、次々と伝染させていった。

夕日に照らされた庭に子供の泣き声が響き渡る。

院長は窓からその光景を見て、唇をこれでもかというぐらい噛みしめた。

 

 

十分ほど泣いたバルクホルンはようやく落ち着いた。目が涙で赤く充血していた。

 

「…ハインツはどの兵科に就いたんだ?」

「えっぐ、ウィッチだって…」

「…そうか、ありがとう」

 

バルクホルンは決意した。

自分がウィッチになれば早く人狼に会える。だったら自分がウィッチになれば良いのだと。

さっきまで泣いて充血していた眼の裏側には、固い決意が映されていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ちっくしょう、まーさかこんなことになるとはなぁ…」

「そうですね、それと僕の勝ちです」

「クソが!!」

 

カールスラント上空を一機の輸送機が飛んでいた。

輸送機の名前はJu52である。航空機の大手メーカー、ユンカース社が作り上げた輸送機で兵士からのあだ名がユーおばさんと可愛らしい名前が付けられている。

室内では以前、人狼が襲った軍事施設で戦車に乗って戦闘を行っていた車長と砲手だ。

二人は酔わない程度に酒をたしなみながらトランプでポーカーに興じていた。

車長は以前着用していた制帽からクラッシュキャップに変わっており、使いにくかったのか地面に投げられていた。

 

「また負けた! 仕組んでるだろ!」

「そんな車長じゃないんですから」

「俺のことを馬鹿にしてんのか! おおん!?」

「…してませんよ」

「何だ今の間は!」

「お願いですから搭乗中は静かに出来ませんか! ジェネフ少尉とエドガー上等兵!」

 

輸送機を操縦しているパイロットの一人から戦車組に激が飛んだ。

 

「す、すみません」

「…はぁ、うちの戦車の搭乗員が俺とお前を除いて退役するなんてなぁ」

「やっぱり彼がトラウマになったんでしょ」

「多分な」

「けど、予想に反して大人しいし、本当にあの子かどうか目を疑いますよね」

「…能ある鷹は爪を隠す、とも言うけどな」

 

ジェネフ少尉はチラリと視線を向ける。

その先には、一番奥の隅っこに人狼が乗っていた。人狼は黙々と本を読んでいる。

 

「さーてと、煙草でも吸うか」

「火出します?」

「結構だ。自分でやれる」

 

煙草を一本胸元から出して吸う。吹いた紫煙が輸送機内に充満した。

 

「おいハインツだったか。こっちに寄れ、暇だろ」

「…」

「ほ、ほらお菓子もあるよ」

「…」

 

人狼は立ち上がり、エドガー上等兵の隣に納まった。

少尉は本のタイトルが見る。

 

「…」

「へぇー、なかなか難しそうな本読んでんだな。お前」

「どれどれ、西部戦線異状なし。本当だ」

「第一次ネウロイ世界大戦を題材にしたやつだったな、ああいうの俺には向いてないから読んでないぜ」

「わからなかった単語があったら教えてくれ、こう見えても成績はよかったんだ」

「お前距離とか計算するの早いよな」

「まあお金があったら大学行けてたかもしれませんね」

「それなら俺もいけるかな?」

「無理です。自惚れないでください」

「う、うるせえ!」

「…だから暴れないでください! もうそろそろ基地に着きますよ、何かに掴まってください。それと舌噛まないようにしてくださいね」

 

輸送機の窓から滑走路と管制塔が遠くから見える。輸送機は着陸をするために高度を落としていく。

そして、車内に強い衝撃を与える。車輪が滑走路に着いた証拠だ。

 

「はべっ!?」

「あーもう、言わんこっちゃない」

「…」

 

少尉はパイロットの忠告を無視して喋っていたため、舌を噛んだ。少尉は口に手を当てて悶絶している。

みっともない姿を見て、上等兵は心底呆れていた。

 

「だらしのない人ですね、ハインツはこんな風な大人になっちゃ駄目だよ」

「…」

「なひがだらひのない人だ!」

「あっ、また揺れました」

「がふっ!?」

 

またもや少尉は再度舌を噛み、痛みのあまり涙目になっている。

エドガー上等兵はこんな人が車長だということを恥じていた。

 

 

輸送機が着陸を終えると、ドアを開けるように指示された。

ハインツは荷物を持ちながらドアを開ける。

そこには戦闘機や爆撃機が格納されているであろう格納庫があり、何人もの整備士たちが機体の整備を行っていた。

その姿は勇ましく、搭乗するパイロットと同じくらい光り輝いていた。

 




Ju52

ドイツで生まれた輸送機で、ユンカース社製。1930年に単発で飛んでいるが、1932年に三発のエンジンを載せることにより性能が向上した。終戦まで軍民で4800機製造された。
離着陸の距離が短いため、小さな飛行場でも離着陸が可能であった。
しかし、エンジンは非力で最大速度は295キロだ。そのため、防御機銃の貧弱さや制空権の喪失があり多くの機体が撃墜されることとなった。
スペイン内戦にも参入しており、ゲルニカ爆撃はこの機体が行った。
クレタ島における戦いではJu52が多数用いられた。


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満月

「はえー、なかなか基地の規模としちゃあいいんじゃねえか?」

「そうですね、管制塔にレーダーが備え付けられたらしいですよ」

「レーダーっていうと電波がなんか関係してるんだっけ」

「そうです。カールスラントで初めて配備されましたね」

「ふーん」

 

些細な会話をしながら降りてきた二人、人狼たちが地面に降り立った時、小走りでとある兵士がやって来た。

そして目の前で敬礼をする。

 

「お、お待ちしておりました!」

「…まさかだけど、お前忘れてたな」

「そ、そんなわけありません!」

「いや、忘れてたろお前」

「まあまあ、そんな弄らないであげてください。車長」

「けっ」

 

紫煙を吐き出しながら煙草を足元に投げ捨て、足で踏みつぶした。

煙草の中身が四散する。

 

「えーと、ジェネフ少尉殿とエドガー上等兵殿はあちらの車庫に訓練用の戦車が置かれているのでそこで確認を」

「わかりました」

「にしても、俺らが新人の訓練に付き合わせられるとはね」

「文句は言わないでください、戦車を勝手に出して挙げ句には壊してしまったのですから」

「そ、そうだけどな…」

「ほらっ、行きますよ」

「あ痛たたた!!」

 

エドガー上等兵はジェネフ少尉の耳を引っ張りながら車庫へと向かった。

先ほどの兵士はその二人の後を追いかけていってしまったので、なので人狼は何をすればいいのかを彼に説明されなかった。整備士たちの邪魔にならなさそうな場所で格納庫の壁にもたれかかった。

すると、誰かを探している女性が居た。人狼はまさか自分を探している人だと知らずに傍観していた。

ようやく彼女は人狼の存在に気づいた。

 

「あっ、そこの君。 此処は立ち入り禁止よ」

「…」

「ったく、警備が甘いわね。…もしかして君がハインツ・ヒトラー?」

「…」

「えーと写真は…。どうやら君ね、私の名前はクルマン・アニーサ。階級は中尉」

 

彼女は写真を確認し、彼女が探していた人物と気づいた。

そして要件を述べ始めた。

 

「待たせてごめんね。早速で悪いけど空を飛ぼうか」

「…」

「ほらっ、荷物持ってあげるから行くわよ」

 

彼女は人狼の好意で荷物を持とうとする。

しかし人狼は彼女に荷物を取られないように先に取った。

彼女は怪訝そうな顔を浮かべながらも人狼に基地を案内をする。

 

 

「ウィッチの適性のある男の子って不思議だわ、初めて見たわ」

「…」

「魔法力は普通は女性にしかないからね。てか、ここはウィッチの訓練所じゃないんだけどなぁ」

「…」

「まっ、上層部の命令だからしょうがないか」

 

実のところ、ランデル閣下は最新の設備や機材の充実している基地ところに人狼を訓練させるために、上層部の人間が持っている権力で圧力をかけた。

結果は閣下の思惑通りに人狼はこの基地で訓練を受けることが出来た。

 

「…あなた無口すぎないかしら! 私が話しかけているのだから何か答えなさいよ!」

「…」

「……まったく暖簾に腕押しね」

「…」

 

 

少し歩くと、ウィッチ専用の格納庫にたどり着いた。

大きく頑丈な門を開けるために、彼女はあるパネルに手を付けて魔法力を流す。その際に猫のような獣耳と尻尾が飛び出した。

門は地響きを鳴らしながら開いた。

 

「さーて、あなたはどういうのが合うのかしら」

 

格納庫の電気を付けて中へと入る二人、照明に照らされて数種類のポスターで見た機体が置かれていた。

 

「…」

「あらっ? あなた、もしかしてストライカーユニットを見たことないの?」

「…」

 

その質問に人狼は頷いた。

 

「意外と式典で見せてるけど、見たことない人もいるよね。じゃあ説明するわね、この機体に足を突っ込んで魔法力を流す。そしたら飛べるわ」

「…」

「な、なによその目は!?」

 

あまりにも大雑把な質問だったため、あまり理解はしていなかった。

その眼差しを見たアニーサ中尉は腕を揚げて怒っていた。理不尽である。

人狼は何故彼女が教育係なのか疑問に思った。

 

「兎に角、飛ぶまでに結構な時間使うけどきっと大丈夫よ!」

「…」

「さっさとあなたに合うストライカーユニット探しなさい」

「…」

 

人狼は彼女に言われたとおりに、自分に適合するユニットを探す。

ユニットが支えられている台には機体の名前が書かれている。

 

bf109・He112・bf110・Ju87

 

人狼は悩んだ。

問題はbf109とbf110のどちらかにするかだ。

航続距離に関してはbf110の方が上であるが機動力が劣る。

しかし、自らの性質を持ってすれば、機動力をカバーが可能だと判断してbf110の方に足を突っ込んだ。

入れた途端に、身体を突き抜けて電流が走る感触を感じた。

 

「へぇー、bf110にしたんだ。どうよ、今の電流が走る感じは」

「…」

「…特に影響はないらしいわね。それじゃあ魔法力を流して頂戴」

 

だけど人狼はどう魔法力を流せばいいのかわからなかった。

取りあえず、ライフルに何かを流し込んだ時を思い出しながらユニットに流し込んだ。

人狼とユニットが青く光り、髪の毛がたなびく。

 

「おおっ、やるじゃない。けど、耳や尻尾が無いわね。これじゃあどういう使い魔なのか判断できないわね」

 

人狼の使い魔は自分自身。本来のウィッチなら獣耳と尻尾が現れるが、例外としてごく一部のウィッチに獣耳と尻尾は現れず、髪の毛が一部変わるぐらいだ。

だが人狼は髪の毛が変わることもなければなんの変化も見られなかった。

 

「…多分特殊体質ね、初めて見るわね」

「…」

「まあそんなのはあとにして、訓練を始めるわ」

 

残ったユニットのbf109を履き、体を傾けて前へと進んだ。

 

「体を前に倒せば前進、後ろに倒せば後進よ。そして魔力を込めて上へと飛翔するイメージを浮かべれば勝手に飛ぶわ」

「…」

 

人狼は大雑把な説明を何とか理解しながら格納庫を出る。

確かに彼女の言った通り、前へ重心を傾けると前へ進んだ。太陽と欠けた月が確認出来る。

 

「そうそう、いい感じね。じゃあ魔法力を込めて」

「…」

 

アニーサ中尉は人狼を置いて天空へ急上昇する。

人狼は彼女の真似をして、魔法力という力を全力でユニットに流し込んだ。

すると、ユニットは音を立てて上へと飛翔した。

 

「私についてきなさいな!」

「…」

 

彼女は人狼について来いと指示をする。人狼はその指示に従い飛ぶ。

その時、人狼は飛んでいる最中にあることに気づいた。

 

 

月が近い

 

 

地上で月を眺めている時は地球と月はどのくらいの大きさなのかを考えたり、日本に伝承されていた月でウサギが食べ物を作っているという話や、神話などの神が存在していると聞き、おおいに胸を膨らませていた。

人狼にはちょっとした夢があった。

満月になると人狼に力を与えてくれる月に人狼が月面に降り立ち、そして月に関する話はどれが正しいのかを確かめることだ。

そのくらい人狼は月に興味があった。幼い子供のような夢がこそが、人狼にとってはいつかは叶えたい夢だった。

 

「の、昇りすぎよ! 早く高度を落として!」

 

人狼は彼女の注意を無視をしながら上へ上へと上昇していく。

月は大きさを変えないが、徐々に月に近づいていることが実感する。

 

 

高く高く高く

 

 

ユニットが悲鳴をあげるも無理やり魔法力を流し込み、上昇するのを止めずにいた。

人狼の子供のように煌いた眼が月を映していた。

 

しかし、人狼の履いていたユニットが突如小さな爆発を起こして黒煙を吐く。

ユニットは失速し、地球の重力に導かれて地上へと戻されていく。夢は実現が難しいから夢なのだ。

 

月が離れていく

 

人狼は腕を月に向けて掴もうとする仕草をする。それでも体は下へと墜ちる。

そして、人狼はまた月に近づくのを約束するかのように手を振った。きっと月はその光景を見て嘲笑っていることだろう。

 

 

墜ちる墜ちる墜ちる

 

 

風を切りながら猛スピードで墜ちていく。そのため、院長から貰った規格帽が外れそうになるのを右手で抑えていた。

墜ちている最中にアニーサ中尉が一瞬だが見える。遠目からでもわかるように非常に慌てている様子だった。

普通ウィッチならシールドという障壁を張られるのだが、出し方も知らない人狼は出来ずに墜ちていく。そのため、シールドによる着地は出来ないでいた。

 

地上は近づいていき、格納庫の屋根を突き破り、地面に激しく身体を打ち付けた。

腕や足、頭は離れ、五臓六腑を辺りにまき散らし、辺りを赤く染め上げた。

身体が治癒していく際、生まれて初めて月を間近で見た感動が心から離れずにいた。

 

人狼自身に秘められていた魔法力を大量に消費したため、大きな脱力感に襲われた。

脱力感から逃れるために、睡眠を取ることにした。

 




bf110

ドイツで開発された双発戦闘機で当時の双発戦闘機の波に乗った機体。1937年に正式採用が決まり、駆逐機と呼ばれた。
最高速度545キロで重武装で対地攻撃を得意とする戦闘爆撃機として活躍した。
しかし、戦闘機にはそうもいかず、1940年に起きたバトル・オブ・ブリテンでは惨敗を記録している。双発戦闘機は戦闘機と比べて重量が重すぎたのだ。
なので一撃離脱を基本とした戦闘となった。
シリーズは沢山あり、レーダーも搭載された。


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大人

午後七時を迎えた。

 

普段の職場から一時的に離れ、食堂をたくさんの人々で埋め尽くしている。

皆で同じ料理を食べ、共に味を共感しているであろう。そして、仕事を終えた、もしくは非番の者はビールを飲みほして笑顔を浮かべながら騒いでいる。

 

食堂には一番人気の無い場所がある。一番右端の三人分しかない場所でで、そこの椅子だけが壊れかかっている席だ。体重を載せて座るとギシギシと音をたて、背もたれに身体を預けようとするとひび割れが広がる。いつしか割れてしまいそうな状態であった。

 

人々は普段からそこを回避するかのように場所を取っているのだが、珍しく一人座って夕飯を食べている。

 

「…」

 

人狼だ。墜落し、軍医に運ばれて検査をされたが、何処も軽傷も見受けられなかった。

自身の履いていたユニットは壊れてしまったらしく、後で廃棄されるだろう。

医務室では人狼の指導に当たっていたアニーサ中尉に酷く怒られてしまった。それもそうだろう、教官でもあり上官の指示を無視し、高度を上げて、しまいには墜落してしまったのだから。

だが、中尉は頭を抱えて始末書が云々と愚痴を零してはいたものの、真っ先に駆けつけてくれたのは彼女だった。前世ではあり得ない話だ。

 

そして人狼の検査を行った軍医は知ることとなったであろう。魔法力と強い自己治癒の固有魔法を持っていたとしても、高度一万以上から落ちたら普通は死ぬのに、何故人狼は生きているのだろうと。

駆けつけて来た兵士や彼女、軍医は口々に奇跡だと言い張るが、そんな不確定要素が満ち溢れる甘いものでは断じてない。ほぼ確定的な人狼の保有している吸血鬼以上の自己治癒能力によるものだ。

これがある限り、銀を身体に入れられること以外の攻撃はほぼ無効化されるのだ。

 

「…」

 

しかし、常人では到底持ちえない異色の能力は、本来の人々から見れば恐怖しかない。化け物を所持している異端者を除けば、誰から見ても怖いだろう。

噂は瞬く間に基地内を回り、人狼を恐怖という負の印象を焼き付けることとなった。

そのことを察したのか、人狼は独り寂しく夕飯を食べ続ける。こちらに目を向けるようなことをしない、見たことによって、人狼の反感を買い、絡まれてしまうと思ってであろう。

 

 

だが、独りで夕飯を食べていた際に、机に強い衝撃と音を感じた。すぐさま音の鳴った方に顔を向けた。

 

「おうおう、独りで飯とかつれないぜ」

「車長、もうちょっと丁寧に料理置いてくださいよ。机が汚れてしまう」

「うっせ、どーせ俺らが最初で最後の使用者になるだろ」

「だとしてもですよ」

 

一緒にこの基地に越してきた戦車の搭乗員、ジェネフ少尉とエドガー上等兵だ。彼らは人狼を挟んで座る。

 

「けっ、にしてもここの飯はどうかと思えば、前の基地と同じ味してるぜ。ったく、美味い料理が食いたーい」

「大人げないですよ、第一食べられるだけいいではありませんか」

「だけどよ長年食ってるんだ俺は、いい加減飽きる。お前だって嫁の飯食いたいだろ?」

「なっ!?」

「知ってんだぜ、一週間に一度嫁に手紙を送ってんの」

「ぷ、プライベートですよ!」

「まあまあ気にするな。…俺なんて彼女も居ないし」

「髭でも剃ったらどうでしょう?」

「そうするか」

「そうだ、ハインツは身体の調子はどう?痛くはないかい?」

「…」

 

エドガーの答えに口の中にあった物を飲み込んでから頷いた。その答えを聞いたエドガーは安心してニコリと微笑んだ。

ジェネフは何処からともなく取り出したビールを飲み始めていた。

 

「くぅ~、仕事終わりのビールは最高だぜ!」

「明日も仕事なんで限度を考えてくださいね」

「…」

「そうだ、お前も飲むか?」

「ちょっと車長! まだ十六歳にもなってませんよ!」

 

ビールを人狼に突き出す。頷き、ビールを奪い口にする。喉を鳴らし、ビールを急な角度へと傾けていき、遂には全て飲み干してしまう。一滴も残らずだ。

 

「素晴らしい飲みっぷりだな! まだまだあるからな」

「はあ、ホントこの人は…!」

「怒るなって、嫁さんと娘に嫌われるぜ」

「怒る原因作らせてるの誰だと思ってるんですかまったく!」

「へっ、知らん」

「あぁランシー、お父さんこの人についていけないよ…」

「さあ酔って全て忘れちまおうぜ、ガハハハハ!!」

「アハハハハハ!! もう嫌だこの人!」

 

エドガーも自分の腰ポケットから金属の水筒を取り出して飲み始めた。匂いから察するにアルコール類だろう。彼は先ほどジェネフに言ったことを無視するかの如く酒を飲みに飲みまくった。このことを世間一般にはやけ酒と言う。

 

「生きているなら誕生日! 長年軍に居たものだけが知りえる事実だ、歌え笑え叫べ!」

「アッハハハハハ、愛しの嫁イメシアにその娘ランシーに会いたいな!」

「俺はー、すごいぞー! それなのにー女ができないー!」

「イメシアー! ランシー! お父さんは愛してるぞー!」

「…」

 

阿鼻叫喚となっている二人の行いはすぐに食堂を伝染させて一段と騒がしくさせた。ある者は笑い、ある者は下手くそな歌を歌い、ある者は愛しい者の名前を叫ぶ。

兵士たちが騒ぎを起こしていると聞きつけた上官を軽く引かせる惨状がそこにはあった。

人狼は黙って酒と料理を食べ進めていた。

騒ぎを起こしたジェネフから感じ取る。彼は油、それは燃焼性も高く、なおかつ広範囲に広がる油。彼は英雄になれる素質を備えていることに気づいた。

そしてそれは人狼にも伝染することがわかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

コーヒーの匂いが漂い、煙草の匂いが充満する。

そこではランデル中将とダロン大佐が仕事をしていた。

ランデル中将は眠気覚ましのコーヒー飲み干して、趣味の煙草に火を点けようとマッチを擦りながらダロンに問う。

 

「なあ、今の状況をどう思う?」

「はい、非常に面倒ですが諦めないでください。そうすれば残業を早くに終わらせることが出来ます」

「いいや、そうではないさ」

「何です? 今やることはこの書類の山を終わらせることです」

 

閣下の足元には沢山の書類が山のように積み重なっていた。

マッチを擦ってもなかなか火が点かないのを気に入らないのかその山を蹴飛ばし崩す。書類が床中に散らばった。

大佐は頭を掻きながら一枚一枚拾う、彼の目元には隈が出来ており、もう何日も安眠が出来ていないようであった。

大佐が拾い続けた結果、あと一枚で再び山が完成する。その最後の一枚を閣下は自らの手で拾う。

未完成の書類の山を机の上に置く。

 

 

「舞台の幕があがるのを予告するブザーが鳴った」

「はい?」

「舞台裏では役者や係が道具を揃え、観客は何が起こるかわからない舞台に構えている。それはただ楽しむものかそれとも恐慌か。幕はすぐになるであろう、人類を何度も何度も貶めたあの舞台が!」

「…まさか」

「そうだよ大佐。あの愉快でもあり恐怖の舞台が始まりかけている。戦争という舞台が! 今開けるのだ! 扶桑の海鳥がブザーを鳴らした! さあ整えろ揃えろ覚悟しろ、観客全員を巻き込んだあの動乱の舞台を今!」

「それは! それは止められますか!」

「無理だ。例え私たち観客が暴動を起こしてもあの舞台は必ずやるだろう。延期するのならまだしも中止は不可能、まあそれ以前に延期をするための時間はもう無い。我らはもう観客席に体を固定されているのだ。何が起きるかわからない舞台に覚悟することしか出来ないのだ」

 

閣下はようやく火がマッチ着火して火を点けた。そして火を煙草に移し口に咥え、書類の山を空中にぶちまけた。

書類は空中を飛散し、閣下が事前に拾っている書類を大佐に突き出した。それを見た大佐は目を丸くした。

 

「た、大戦の準備…!?」

「そうだ。ならば最後まで舞台を見終えることしか出来ないのだ」

「……まさか生きているうちで二度も体験するとは思いませんでした」

「私もだ。非常に胸が高鳴る、新しい兵器も手に入れたかいがあった」

 

閣下は不敵な笑顔を浮かべながら紫煙を吐き出した。

コーヒーの容器に書類が混入した。書類は端から近いところを浸食して黒寄りの茶色に徐々に染め始めている。

 

「たくさんの菓子を準備しようか、それが無ければ流石の私も詰まらなすぎて死んでしまうからな」

 




水筒

水を溜めることの出来る容器
当時の水筒はアルミ製で表面にはフェルトで覆われている。水筒のふたはコップとしても利用、パン袋に取り付けた。
そして何故かアルミの水筒の中身=酒、と解釈されている時がある。


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1939年 ダリア侵攻
開幕


人狼が軍に編入されて一年後です


ダキア

 

それは古代中央ヨーロッパの一地域でダキア人とゲタエ人が多く居た。

そして、今日も内海ならではの黒海が緩やかに波をたてる。魚を獲り、漁を行っているのが此処での生活風景の一つだった。

 

だが、今日で壊れた。

 

 

「おーい、ジョイル。網を揚げてくれ」

「はーい」

 

少年は父親らしき人物からの指示で船から海中へ降ろした網を引き揚げた。慣れた手つきで網を手繰り寄せる。

中には魚が泳いでいるのが確認出来た。

 

「よくやったな、流石は俺の息子だ!」

「へへへ、そうかな」

「あぁ、そうだ」

 

ジョイルは照れながらも網を揚げ終え、船に魚の詰まった網を置く。大漁だ。

父親は煙草を口にしてマッチを擦る。

 

「いやー、お前を見ていると俺がまだお前の時ぐらいを思い出させるよ」

「爺ちゃんのこと?」

「そうだ。俺の父さんにはたまーに海に落とされたからなぁ」

「どうせ、くだらないことしたんでしょ」

「そ、そんなことないさ。だってあそこに父さんの秘蔵のお酒があるのが悪いんだ」

「へぇー、会ってみたかったなぁ」

 

父親はその時の愚痴を零しているので、ジョイルは適当に相づちを打つ。

ジョイルは祖父に会ったことはない。何故なら、彼が産まれる前に死んでしまったからだ。祖父は昔、ネウロイと戦うために戦場に駆り出され、戦車の操縦手だった。彼の操縦する戦車はお世辞にも上手いとは言えないが、幸運なことに一撃も被弾はしなかったらしい。

祖父はそのことを誇らしげにしていたと父親から聞いている。

 

 

突然、黒海の波が高くなった。普段の波とは大きく変わっており、彼らが乗っていた漁船はグラリと揺れる。

 

「おっと!? 何だァ!?」

「いててて、いきなり何だろう。珍しいね」

「…なあジョイル、俺は酒を何杯飲んだ」

「えっ、まだ一杯でしょ。しかも度数の薄いの」

「そうだよな、じゃあアレは何だ」

「えっ」

 

父親は空に指を指した。指した先には黒い竜巻のようなものがダリア本土に近付いていく。竜巻が近付くにつれて風と波が荒れ始めている。

 

「す、すごい! 黒い竜巻なんて初めてだよ!」

「……ありえねえ。黒い竜巻なんて聞いたこともねえぞ…」

「じゃあ何だろう」

 

黒い竜巻から黒い瓦礫が飛び出し、こちらに飛来してきた。

父親が目を凝らすと、黒と輝く赤で染められている。すると、ある程度の距離に接近すると黒い物体からパチパチと光る。

すると、漁船が音をたてて新しい穴を空けていく。即座に父親はそれが銃弾であることを察知し、ジョイルを庇うように覆い被さった。

 

「うわああああ!!」

「ぐおおおおおお!?」

 

黒い物体は漁船を横切った。覆い被さっていた父親は横になる。

 

「ぐぅぅ!!」

「お父さん!」

「ちくしょう、肩をやられた!。ジョイル、お前が操縦してダリアに帰るぞ…!」

「わ、わかったよ!」

「俺はその間の間に無線で軍に知らせる!」

 

ジョイルは先ほどまで眠っていたエンジンを起こし、漁船を本土に引き返す。父親は肩を抑えながらも無線に手を伸ばし、軍へと繋げる。

 

「こちら黒海の漁船! 応答してくれ」

『こちらはダキア王国所属の黒海沿岸警備部隊。どうかしたか』

「竜巻の中から怪異が出現した!」

『……それは目の前のあれか』

「そうだ! 早く倒してくれ!」

『わかった。すぐにウィッチを派遣する。すぐに本土に引き返せ』

「今やっているさ!」

 

無線が切れた。さっき攻撃してきた怪異が再度攻撃を行うために旋回して来た。

とっさにジョイルは父親に向かって叫ぶ。

 

「父さん!!」

 

叫んだ時にはもう遅く、怪異の放った銃弾が漁船の燃料タンクに当たって爆発した。

 

「うわああああ!!」

 

少年は吹き飛ばされて海面にダイブした。奇跡的に怪我はなく、漁船の残骸を掴んで浮き代わりにした。

海面には燃料が漂っている。

 

「父さん! 父さーん!!」

 

少年は必死に叫んだ。すると、それに反応するかのようにある右手が流れる。

ガッシリとした手に手首に巻かれていたミサンガ、一目で自分の父親の物だと確認出来た。何処かへ流れていかないようにその手を捕まえた。

 

「あぁ、父さん…!」

 

怪異は漁船を撃破して満足したのか、踵を返すかのように黒い竜巻の中へと戻って行った。

そこに残ったのは漁船の残骸とジョイル、そして父親の一部肉塊だった。

 

「ふざけるな! 俺らは何もしていないだろ! クソたれええええ!!」

 

渾身の叫びは怪異には届かず、ゆっくりと竜巻が本土に近付いていくことを傍観することしか出来なかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あの竜巻が発生して約一時間が経過した。

怪異は竜巻から飛び出し、本土へ上陸、そして蹂躙を始めた。

道に車両を並べただけのバリケードを張り、二十人程度の警察や憲兵が小銃や拳銃を構える。

 

「沿岸警備隊はどうした!」

「恐らく、初撃で壊滅したかと」

「ちくしょう! 俺らより給料貰っている癖にちゃんと働けよ!!」

 

警備隊について警官や憲兵が愚痴を垂らし始めている。士気は最悪の状態だった。

指示を出すのは警察署長のラスだ。このダキア出身の人間でもあり、ダキアをこよなく愛していた。

テーブルに乗り、己の長い顎ひげを弄りながら、拳銃を抜き、いつでも指示が出来るように構えていた。

 

「ダキアは儂が守る」

「通信手から伝達! 陸上特化型の怪異が接近の模様」

「そうか、儂が指示するまで射撃はするのではないぞ」

「「「「了解!」」」」

「少しでも、少しでも数を減らす。そうすれば市民が避難出来る時間が増える」

 

ラスの額から汗が流れ落ちる。

するとその汗に応答するかのように、怪異が曲がり角から体を出した。前方に砲を構えた四足歩行型だ。

 

「怪異確認! 発砲許可を!」

「うぬ、撃てェ!!」

 

戦列を揃えた警官隊や憲兵から銃弾が放たれ、普段から訓練をしていた警官隊の銃弾は怪異に何発も当たる。

とある憲兵が手榴弾を投げ、弧を描いて怪異の目の前で落ちる。そして爆ぜた。

 

「やったあ!!」

「訓練の成果だな!!」

「まだだ! 弾幕を張り続けろ! 手榴弾を投げろ!」

「了解!!」

 

小銃を撃ち続け弾幕を構成、手榴弾による爆破で怪異に攻撃を続ける。

土煙が舞い、怪異の居た場所を隠した。

 

「……これほどやったんだ。死んでもらわなきゃ困るぞ」

 

ラスは銃を仕舞い、煙草を吸うために懐に手をかけた。

その時、目の前のバリケードが吹き飛び、構えていた警官たちを吹き飛ばした。不運にも首の骨を折り即死した者もいた。現場は叫び声で埋まっていた。

怪異は土煙を抜け出し、何事も無かったかのように前進を続ける。

 

「な、なんだと…!? 防衛線再構築! 弾幕を張れ!!」

 

生き残った警官たちは弾幕を張る。手榴弾を投げる。

しかし、怪異の砲が牙を剥き、小石を蹴り上げるかのように排除していく。

 

「ぎゃあああああ!!」

「痛え痛えよ!!」

「足が! 足が!!」

「足止めだけでも行えー!!」

 

必死に小銃を連射するも、それは効かずに弾幕は徐々に薄れていく。

ラスは持っていた煙草を落とし、自身の拳銃で撃ち、攻撃に参加した。

暫くしてからふと気づくと、防衛線には彼しかいなかった。警官たちの屍が辺り一面に散乱していた。

 

「…ハハハ、まさか防衛線が易々と突破されるなんてな」

 

もう彼の拳銃は空だ。どうすることも出来ない。拳銃を捨てて腰に掛けていたサーベルを抜く。

そして構えた。

 

「例え一秒でも、いや一瞬でも止められれば市民の命が助かるかもしれない。市民を守るのが、我ら警察の役目だ!!」

 

ラスは勇敢にも怪異めがけて突撃を始める。

怪異は彼を避けようともせずにただ前へ前へと進む。彼も負けじと前へ前へと前進を続ける。

 

「だああああああああああ!!」

 

 

怪異から放たれた砲弾が腕に当たり、身体ごと吹き飛ばされた。

彼は地面に強く叩きつけられてしまった。

 

「……情け、ない…死に、ざまだ……」

 

弱弱しく呟き、右半身を喪失した状態を目視して、彼は息を引き取った。

ラス・トライクス署長、五十八歳。市民を守るために奮闘し、殉死

 




マンリッヒャーM1895

オーストリア=ハンガリー帝国で生まれた小銃、そして第一次世界大戦の主力。
またオランダ陸軍が主力としていた。1940年のドイツ軍が侵攻してきた時に用いた。
高い発射速度と頑丈さで信頼を築いた。
銃口は7.92ミリで1895年から1940年にかけて約3,000,000挺以上が製造された。
ちなみにギリシャやブルガリア、ユーゴスラビアに使われており、国ごとにタイプが違う。



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侵攻(挿絵あり)

カスタムキャストで作成しましたアニーサさんです。

【挿絵表示】

可愛い


ダキアに怪異が上陸してから二週間が経過した。

 

ダリア王国の軍隊はほぼ壊滅し、武器は全体の七割を失う大損害を受けた。

そして怪異たちは止まることを知らずに、都市を次々と陥落させていった。

ダリア王国の民は周辺国に避難したものの、少なく見積もったところでは約百万人が犠牲になったと報道されていた。

黒海に停泊させていた軍艦も上陸されて間もない時に撃沈、戦車は全体の八割が撃破、砲などの被害も甚大で、生き残った兵士の数も全体の三割にも満たなかった。

ウィッチなどは元々百人在籍し、十個部隊が編成されていたが、怪異の数に押されてついには僅か十名ほどまでに減ってしまった。

制空権を取り返そうものの、航空機も少なくウィッチも少ない。残存兵力では勝ち目は無かった。

 

まだ怪異の群れは止まらない。

怪異たちはダリア王国だけでは飽き足らないのか、黒海を通じてオラーシャ帝国に侵攻した。

ダリア王国が侵攻されたのを境にオラーシャ帝国は軍艦を沿岸部に置き、固定砲台として使用。対空砲や高射砲を用意し始めた。最新の航空機や戦車を配備させて、常に万全の状態に揃えた。

ウィッチもオラーシャ帝国の精鋭部隊を配属、最新のストライカーユニットを与えていた。

 

それでも、怪異は鉄壁の守りを突破した。

蹂躙の蹂躙の蹂躙を続け、次々に都市を陥落させていった。

女子供を見境なしに殺し、歴史的建造物を破壊し、ただひたすらに前へ前へと突き進んでいく。

もはや簡単には止められない、全世界を巻き込んだ舞台が始まった。

役者の名前はネウロイ、怪異の役として会場を沸かせる。

 

進め進め進め、壊せ壊せ壊せ、殺せ殺せ殺せ

 

それだけが怪異たちの行うことが出来る演技である。

 

 

ネウロイたちはダリア王国全土を支配すると、次は周辺の諸外国に侵攻を始めた。

避難民を増やし、まるでゴミを掃けるかのように排除していく。

そんな中で、カールスラントからは義勇軍が派遣された。

ウィッチや戦車、歩兵部隊は戦場へ赴き、その中には人狼が居た。

 

人狼は一年間、ウィッチとしての訓練をみっちり受け、安定して飛べるようになるまで成長した。武装はMGFF機関砲を二梃装備している。

身長も大きくなったため、腰には銃身の長い特注品のモーゼルC96にその上からMGFF機関砲の予備弾倉が掛けられている。予備弾倉はドラム型なので大きく、まだ身長160センチ台の人狼の体には不釣り合いだ。取りあえずと集束手榴弾が後ろに括りつけられている。

素格好はアフリカ戦線で着ていた茶色のオーバーコートを身に纏い、院長から貰った規格帽を深く被っている。

 

「さて、ネウロイとの戦闘とは初めてだけど気ぃ引き締めていくわよ!」

「…」

 

長機のアニーサ中尉から注意されるのに対し、相変わらず人狼は黙っている。ちなみに今の人狼の階級は軍曹だ。

 

「まさか生徒と組むこととなるとはね、意外だわ」

「…」

「ちょっと少しぐらい喋りなさいよ。悲しくなるわ」

「…」

「はぁ、普段は言うこと聞いてくれる楽な生徒だけど何故こうなのかしら…」

 

左手で頭を押さえる。彼女の悩みの種は意思疎通だった。こちらから指示するとその通りに動いてはくれるのだが、人狼は普段喋らないために何を伝えたいのかがあまり理解できなかった。人狼が基本他者に伝える時は僅かな手信号だ。

 

こうして空を飛び続けて二十分、ネウロイによって炎上している街の上空から小型のネウロイが数を群れてこちらに攻撃を仕掛けてきた。

彼女の固有魔法はいわばレーダーのようなものでいち早くネウロイを発見することが出来た。

 

「散開!」

「…」

 

指示を促したあと、ネウロイから赤い光線が放たれる。

 

「ちぃ!」

 

彼女は障壁を張ってその攻撃を防いだ。

人狼は障壁を張らずにそのまま突っ込みながら、機関砲をひたすら撃ちまくる。

 

「…」

 

人狼の放った銃弾がネウロイに当たり、その身を削られながら白い破片へと変わり果てた。

初めての撃破である。

 

「私より先に初撃破とはやるじゃない。私も負けてはいられないわ!」

 

彼女は持っていたMG15機関銃に魔法力を注ぎ連射した。

音が繋がっているほど連射速度の速い機関銃はネウロイに当たり、削り、白い破片となって撃破した。

 

「やったわ! 初撃破よ!」

「…」

「…ごほん、さてお仕事お仕事!」

 

ネウロイの攻撃に怖気づくこともなく一体、また一体と人狼は撃破していく。

彼女も負けじと着実に撃破をしていく。

しかし、一本の光線が人狼の左腕を抉り取った。断面からおびただしいほどの血液が流失する。

 

「ハインツ!!」

「…」

 

人狼の特性は強い自己治癒能力だ。

左腕は機関砲ごと霧のようになり、霧は左手に撒き付いた。

すると、あろうことか霧は元の左腕の形に戻り、手には機関砲が握られていた。

人狼は機関砲ごと霧に変換することが出来る。しかしそれは、自分の身体の一部ではないため、魔法力を多少使うのが欠点だ。

 

「あ、相変わらず凄いわね。その能力…」

「…」

 

光線を放ってきたネウロイにお返しといわんばかりの銃弾を浴びせた。白い破片となって地上へと降り注ぐ。

後ろから追ってくるネウロイに彼女は右へ左へと攻撃を躱していき、ネウロイの隙を見て後ろに機関銃を向けて撃つ。弾丸はネウロイに無事当たり体を砕いた。

撃破したあと、機関銃に取り付けていた弾倉を捨てて腰から新たな弾倉を再装填した。

 

空戦を続けているうちに攻撃してきた小型ネウロイを掃討することに成功した。

だが、彼女の弾倉は一つだけで、人狼の弾倉は二梃の機関砲に入れている分だけだ。

そろそろ基地に帰投しなければならない。

 

 

しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「ッ!? 大型のネウロイが東から接近しているわ!」

「…」

「マズいわね、仲間も私とハインツの二人だけだし、てか偵察任務で大型に遭遇するとか運が無いわ!!」

「…」

「と、とりあえず基地に報告しなきゃ…!」

 

あたふたと慌てている彼女は基地に増援部隊の要請を頼んだ。

そんな彼女をよそに人狼は一人で大型ネウロイの元へと飛んで行ってしまう。

 

「あー!? 何で行っちゃうのかな、あの子!! えーと、まずは増援要請っと…」

 

 

人狼は魔法力を多く流し込み、大型ネウロイ目がけて急接近。するとネウロイの方も人狼の存在に気付いたらしく、何本もの光線を打ち込んできた。

人狼は障壁を最低限使用しつつ、基本的には躱しながら接近する。ネウロイの大きさは二百メートルほどだ。

ある程度まで接近したら機関砲を乱射、ネウロイの硬い装甲が二十ミリの圧倒的破壊力に負けて削られていく。

たまに光線が胴体や顔に当たるも即座に治癒、攻撃を再開する。

 

「…」

 

右手に持っていた機関砲を手放し、後ろに手を回す。後ろから集束手榴弾を取り出し、口でピンを引き抜き、自慢の腕力で投擲した。

ネウロイに当たった瞬間に大きく爆ぜた。

 

すると、ネウロイの中から大きな紅く光る大きな塊が露出する。それがネウロイの核だ。中型のネウロイや大型のネウロイには核があり、それを破壊すれば白い破片に姿を変えて撃破となる。

核を守るために装甲を再生をしようとするももう遅い、何故なら人狼は核目がけて機関砲の銃弾を全弾撃ちこんだからだ。

銃弾は核に吸われるかのように向かっていき、破壊された。

無数の白い破片が地上へと降り注いでいる。その光景は実に幻想的とも言えるだろう。

燃え盛る街に雪に似た破片がパラパラと舞い散る。

少し時間が経過すると耳に付けていたインカムからアニーサ中尉の声が響いた。

 

『ハインツ! 反応が消えたけど、もしかして撃破したの!?』

「…」

『…そうだったわ、普段喋らないあなたが無線だなんて使える筈ないわよね。なら撃破したのなら銃で音を鳴らしなさい』

 

人狼は真実を伝えるために機関砲の銃身とモーゼルの銃身で音を鳴らす。冷たく乾いた無機質独特の音だ。

 

『本当に撃破したのね、呆れたわ。さっさと戻りなさい、基地に帰投するわ』

「…」

 

ユニットを駆りたて、彼女の元へと向かう。

戻ったら彼女から拳骨を喰らう羽目になった。上官の指示を無視して行動したからだ。

 

 

余談だが、単独で大型ネウロイを撃破したことがランデル閣下に伝わると、喜びながらすぐに人狼の階級を上げるための書類を書き始めた。

その時、ダロンは思った。あの閣下が真面目に仕事をしている、と

 

人狼は十体の小型ネウロイのうち六体撃破、大型一体撃破という華々しい戦果はすぐさまラジオや新聞を通して民衆に伝わり、男性初のウィッチという称号にも負けないような戦果を出したために、カールスラント国内では英雄的扱いを受けていた。

人狼自身、顔は良い方なのですぐにファンクラブが設立され、多くのファンが人狼にワインや煙草などの物を贈った。

その中には同職のウィッチの存在もあったという。

 

 




MG FF機関砲

ドイツで生まれた機関砲。しかしライセンスはスイスのエリコンFF 20mmの派生である。1936年に開発された。銃口は二十ミリ。
第二次世界大戦の初期にドイツ空軍に使われたが1941年から20mm MG151/20に変更された。
ドラム弾倉型なので装弾数は少ないが数々の戦闘機の武装として活躍した。
余談だが、20mm MG151/20がbf110に搭載されても、後部コックピットにすっぽり納まったという。


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破壊

朝の七時、基地では起床して食堂に行って、朝食を摂る兵士で埋め尽くされている。

それはどの兵舎でも同じでウィッチの兵舎も例外ではなかった。

 

 

「端っこに居るのってハインツ軍曹じゃない?」

「きっとそうよ。カッコいいわね。昨日大型ネウロイを撃墜したって持ちきりよね」

「しかもああ見えてまだ十四歳にも満たないらしいわ」

「うっそ!? だけどそのギャップが良いわよね」

「そうそう! 愛くるしいわよね!」

 

一部人狼の話題で持ちきりなのを知ってか知らずに人狼は朝食を食べ続ける。

 

トレイに積まれていたパンの山が一つ、また一つと消えていき、パンの小山へ姿を変えている。その反応を見てあるウィッチは可愛らしいと声をあげている。

普段はアニーサ中尉と食べているのだが、今日は始末書やらで忙しいそうで、暫くは続くと考えられる。

出撃したいという気持ちが強まっているが、無口なので意思伝達が難しいという点と、見たら精神が削られるほど印象的な自己治癒があるので簡単には組めないでいた。

すなわち、出撃をしてもしなくてもいいということだ。

 

「…おい、ハインツ軍曹。隣に座るぞ」

「邪魔します」

「…」

 

誰も居ない隣の席に二人の女性が座る。

一人は長い銀髪を結わいている如何にも気の強そうな女性と氷のバラを彷彿させる女性だ。

特に断るような理由もなかったので頷き、隣に座ってもいいと許可を出す。

 

「ありがとうな、ハインツ軍曹。私の名前はハンナ・ウルリーケ・ルーデル。階級は大尉」

「ルーデル大尉の副官を務めるアーデルハイトです。階級は少尉」

「…」

「ふっ、まさか期待のルーキーが君のような男性だったとは、まさにお伽噺のようだな」

「…」

「…喋れないのか?」

 

 

階級的も年齢も自分より上の女性に問われたが人狼は一向に喋らずにいた。

そのため、このような事態になることが多々あったがそれは慣れている。彼女の問いに首を横に振る。

 

「そうか、単に無口ということだな」

「…」

「ルーデル大尉、食べ終わったらどうします?」

「何を言う、いつも通りネウロイを殲滅だ」

「…はあ、護衛のウィッチたちが嫌がっているのでやめてあげてください」

「断る。ネウロイをたくさん倒せば勝利が来る。これは子供でも出来る計算だぞ」

「その結論に至るまであと何体倒せばいいのですか?」

「無論、勝つまで」

「…」

 

 

似ている。

 

ほぼ無限に湧き出ている敵に対し、立ち向かっていく姿を人狼は見たことがあった。

 

 

アンデルセン神父

 

 

彼も大人数の敵に道を遮られようと彼は勇敢にも立ち向かっていった。勝ち目がほぼ零に近い確率であっても彼は諦めず、己の宿敵に立ち向かう姿が彼女と酷似していた。

 

人狼はルーデルの裾を引っ張る。

何事かと彼女が顔を向けたので、彼女の目を見つめる。

彼女は意図を読み取ったのか、口元を緩ませながらアーデルハイトに声を掛けた。

 

「…なあ、アーデルハイト」

「何でしょう」

「今日担当する護衛が決まったぞ」

「…まさか」

「あぁ、そうだ。彼にやらせよう、並のウィッチよりかは強いはずだからな」

「ハインツ軍曹、本当にいいのですか?」

 

彼女の問いに頷く、こちらが頼んだのだから断る理由など皆無だ。

するとルーデルは微笑を浮かべながら彼女の手が人狼の頭に置かれた。

いきなり頭を乱暴にに撫でられた。帽子の上からだったが手の温かさが確かに伝わった。

 

「お前は良い子だな」

 

手の温かさを感じていると、ふと脳裏に院長が言っていたセリフが横切る。

人狼が下の子の面倒を見ていた時に同じようなことをされたことを思い出す。

院長の手は大きく皺だらけで彼女の手とは断然違ったけれども心地良かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さて、何処にネウロイはいるのだろうか」

「ネウロイは金属を食べるとされているので街付近にいるかと」

「わかった行こう、護衛頼んだぞハインツ」

「…」

 

彼女たちはJu87のユニットを履き、250キロ爆弾を背負っている。

念のためとMP40を肩に掛けてはいるものの、いざネウロイと戦おうとしてもユニットが低速なので苦戦するだろう。なので護衛が必要なのだ。

彼女の目的は陸にいるネウロイを破壊することだ。

航空ネウロイとは違い、陸戦ネウロイは装甲が桁違いに厚いのでは航空ウィッチの機関銃では力不足だった。

そのため、空から攻撃を喰らわす方法は爆弾や大口径の機関砲、集束手榴弾だ。

 

「小型ネウロイ発見、一匹です」

「腕の見せ所だ。行け軍曹」

「…」

 

一匹の小型ネウロイが彼女の元へ迫ろうとしていた。

期待に応えるかのように小型ネウロイに向けて人狼は機関砲の引き金を引いた。

放たれた銃弾は易々とネウロイの体を抜いて撃破した。

 

「流石だ。君を護衛にして正解だった」

「そうですね、今の反応速度は恐れ入ります」

「…」

 

ユニットを暫く駆ると眼下には街が見える。

先日来た場所だ。燃えていた街は鎮火されており、辺りを黒に染め上げていた。

その時に、黒に紛れて紅く光るものをルーデルは見つけた。

 

「そろそろだな、行くぞアーデルハイト!」

「了解、軍曹も来なさい」

 

ルーデルを先頭に彼女らは降下を始めた。人狼もその降下についていく。

 

「さあ鳴らせ、ジェリコの笛を!」

「中型二体確認、左は私が」

「いいや、全部私がやる!」

「馬鹿言わないでください」

 

ユニットから出される風切り音がまるでラッパのように聞こえる。

けたましい音に気付いたのか陸戦ネウロイは光線を放つも彼女たちの障壁に遮られている。

彼女ら爆弾を手から離す。素早く体を起こして急上昇をした。

爆弾はシュルシュルと二体の陸戦ネウロイに吸いこまれていって爆ぜた。

残ったのは爆発でできた穴だけと周辺の建物の瓦礫だけ、それ以外は吹き飛んでしまった。

 

「…撃破したな。完璧に」

「そうですね大尉」

 

 

その時、人狼は何かを感じ取ったのか瓦礫目がけて撃ちこんだ。

瓦礫の中からは大型陸戦ネウロイが顔を見せる。そして顔から太い光線を放った。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

「…」 

 

すぐに障壁を展開する。彼女らを守るために余分な大きさの障壁を張っているので魔法力の消耗が激しい。

しかも光線の出力が高いのも相まって障壁にひびが入る。

ひび割れた所の隙間を縫って光線が人狼の脇腹を抉りとった。

 

「ハインツ!!」

「軍曹!!」

 

口から吐血し、霧が脇腹に撒かれる。

ひびが増えてそこから光線が侵入し、履いていたユニットを破壊させた。

不安定な状態に陥ったため、体のバランスを崩して人狼は眼下の街へ墜ちていく。

 

「今助けに!」

「うっ!」

 

ルーデルたちが急いで機体を駆ろうとするも再びネウロイが出した光線に足を止められていた。

人狼は空中でユニットを強制的に脱ぎ捨て、何とか地面に着地することが出来た。高度が低かったため足の骨折ぐらいで済んだ。

 

瞬時に治癒し、軍靴で瓦礫を踏みつけながら機関砲を乱射する。

体を露出していたため、弾が非常に当たりやすかった。

しかし、威力は不足していたので決定打を与えられずにおり、放たれた光線に体を切断された。

さらに不運なことに機関砲の弾薬と集束手榴弾に誘爆、体が銃弾に貫かれてしまった。

 

「ハ、ハインツ!!」

「きゃあああああああ!!」

 

霧が人狼の体を覆うかのように撒く、後から土煙が辺りを覆い尽くした。

その惨状を見たルーデルは唇を噛みしめ、アーデルハイトは顔を真っ青にしている。

 

「そ、そんな…」

「クソ! 私が、私があの大型に気付いてさえいれば…!!」

 

ネウロイは勝ち誇っているかのように穴を掘り、再び隠れようとしている。

 

 

だが、そうはいかない。

人狼は今の状態では勝てないと見込んで体そのものを変えた。

人間的だった顔は狼のような獰猛な顔に、人間的な体は大きく毛並みの揃った体に、爪を尖らして眼を紅く光らせ、三メートルはあるだろう巨体に変貌を遂げた。

 

人狼はネウロイの足の一部に噛みついて力任せに引きずり出す。

ネウロイは抗うことも出来ずに人狼の思うがままにされる。

鋭い牙と爪で足を切断されて再生するも再度切断され、腹部や頭部に核があると思い、切り裂いていく。

ネウロイは甲高い断末魔を上げる。

 

 

「な、なんだ! 何に対する絶叫だ!!」

「ま、まさかですけど。軍曹が…」

「だけど確かに切り裂かれて死んだはずだ! お前も見ただろ!」

「で、ですが」

 

土煙の中で行われていることに戸惑いを隠せない二人、ようやく核を見つけた人狼はその核を噛み砕いた。

大きかった体は白い破片となり、辺りに積もった。

標的を撃破したので人狼は元の体に姿を戻した。丁度土煙が晴れる。

 

 

「ハインツ!!」

「軍曹!!」

 

二人は人狼を見つけるとユニットを脱ぎ、駆け寄って来た。

ルーデルは人狼の肩を揺らしている。

 

「ハインツ体に異常は無いか? 何処も痛くは無いか?」

 

その返答に頷く、するとルーデルはうっすら涙を浮かべながら抱擁をする。

身長の高い女性に抱擁された経験など一度もないので少し困惑していた。

 

「よかった、本当によかった…!」

「…」

「だけど確かに体は切られたはずでは…」

「ハインツ、一度腹を見せてみろ」

「…」

 

人狼はオーバーコートを脱ぎ、腹を見せる。腹には傷跡がうっすらと残っている程度だ

しかし、幼くも鍛え抜かれた筋肉に二人は目が離せずにいた。

ルーデルに至っては喉を鳴らして生唾を飲み込んでいた。

 

「凄い筋肉だ。ガッシリしている」

「そうですね大尉。まさかコートを脱いだら裸だったのは驚きましたがこれも驚きですね」

「にしても見ろこの筋肉、これは将来に期待できるぞ」

「はい、大人なるのが楽しみですね」

何を言っているのか理解できない人狼は首をかしげる。

 

 

ルーデルたちは人狼を背負って基地へと帰投した。

基地に帰投したらアニーサ中尉が駆けつけて来てくれた。そして彼女から人狼の自己治癒の件を聞くとルーデルは羨ましそうな眼で人狼を見ていた。

 

その後、ルーデルとアーデルハイトは人狼のファンクラブに入り、ルーデルは後にファンリーダーを務めるほどになってしまうことを知る由はないだろう。

それと人狼の風呂上がりを盗撮された写真がウィッチ内で高く取引されていた。

 




Ju87

ドイツで生まれた急降下爆撃機でシュトゥーカ・スツーカ・ストゥーカ・ステューカと呼ばれている。ユンカース社製。
第二次世界大戦の終始主力として用いられた理由は後継機が出来なかったから。
逆ガルの翼で複座式の爆撃機で、固定脚が特徴で速くはないが頑丈。
初登場の戦場はスペイン内戦で急降下時に発する風切り音がラッパのように聞こえることからジェリコの笛ラッパと言われる。
急降下する際に付けられるダイブブレーキが有能であった。
武装は初めは七ミリ機銃二挺と後部機銃が七ミリのが一艇だったが、D型に変わると武装が二十ミリに後部機銃が七ミリのが二挺となった。
ガンポットが積めるので武装の向上化もあり、搭載量は1.5トンほどだ。
G型には三十七ミリ機関砲を付けていたが評価は悪い。

Ju87のパイロットと言えばルーデルが有名である。


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若狐

とある夜

 

この日は満月であり、普段よりも明るく辺りを照らしていた。窓から月光が漏れて部屋を明るくする。

ウィッチと兵士の一部を除いて殆どの兵士たちは兵舎で寝息をたてている。

しかし人狼は、人狼という種族特有の満月の影響のせいで身体が火照り、なかなか眠りにつけずにいた。

幾らベッドの上で態勢を変えて寝ようとするも増々眠気が消えていき、目が冴えだしてしまった。

仕方がないので外へ赴くことにした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

人狼は基地周辺を散策している。

滞在してもう一週間は居るがなかなか自由に動けずにいた。

辺りをうろついているだけでウィッチたちからサインを求められているからだ。アニーサ中尉やルーデル大尉が時折守ってはくれるものの、二人が居ない隙をついてサインをねだる。しかも、プライベートの時間にも見境なく行動する彼女らに対し、人狼は疲れてしまった。

このことを知った基地の責任者はすぐさま仮設の小さな小屋を用意と人狼を守る軍規を作ってくれた。

部屋は狭く、やや食堂からは遠いがゆっくりと過ごせるので苦は無かった。

 

 

暫く、外で歩いていると狐の耳を出した少女がオカリナを吹いていた。

ベンチに座って月を見つめながら吹いている姿は妖艶さを醸し出して、例えるなら銀狐が吠えているようにも見える。

自身の教訓を得てプライベートの時を邪魔してはいけないと思い、踵を返す。

だが不運にも木の枝を踏み鳴らしてしまった。

 

「誰?」

 

後ろを振り向いた少女に対して、脳裏にはそのまま走り去ってしまおうという案が浮上した。

しかしそれはあまりにも無礼な行動だと認識してそのまま動けずにいた。

 

「もしやハインツ軍曹ですか?」

「…」

「…そ、その見ちゃいましたか」

 

彼女の質問に人狼は正直に首を縦に振る。

みるみるうちに彼女の顔が朱色に染められていく、きっと彼女の中で羞恥心が感情を支配していると見受けられた。

 

「う、うるさくしてしまってごめんなさい。じゃ、じゃあこれで……」

 

彼女はそそくさと兵舎へと戻る。

しかしベンチの上にはオカリナがポツンと置かれているのが確認出来た。

人狼はすぐにオカリナを拾い、彼女の元へと走っていく。

だが彼女は走り向かって来る人狼に対し、恐怖感を抱いた。

何故なら無口で厳格と評判のエースが獲物を見つけたかの如く、こちらに走って来るからだ。しかも身長差は十センチ程離れているのも彼女の恐怖心を増長させているだろう。

 

「ご、ごめんなさーい!」

「…」

 

二人の壮絶な追いかけっこが始まった。

脚力が鍛え抜かれている人狼は瞬時に彼女の元へ接近するも、小柄な彼女は急なターンをしてなかなか追いつけずにいた。

その追いかけっこは狼が狐を狩ろうしている図そのもので、彼女は涙を浮かべながら必死に走っている。

人狼はというと前世で独りで生きていた頃に、動物を狩っていたことを思い出して、心なしか楽しんでいた。

 

 

だがその追いかけっこも終わることになる。

 

「きゃっ!?」

 

石畳と石畳の間に出来た隙間に彼女のつま先が引っかかり、転倒してしまったからだ。

追いついた人狼に対して、彼女は人狼に殺されると錯覚した。

 

「ごめんなさいごめんなさい、だから食べないで…!!」

 

ありもしないことを口走る彼女に首を傾けながら、両脇に手を突っ込んでそのまま持ち上げる。

そして軽い彼女を立たせた。彼女は目を未だにつぶっている必死に許しを請いていた。

彼女を追いかけた理由を伝えようとポケットからオカリナを出して彼女の目の前に差しだし、彼女の肩を優しく叩いた。

彼女は少しずつ目を開けていった。

 

「こ、これは私のオカリナ、どうして?」

「…」

 

その答えにベンチの方に指を差す。

彼女は何かを察したかのようにポケットをまさぐる。

 

「まさかオカリナを落としたことに気付いてくれたのですか」

「…」

 

ようやく出た答えに人狼は頷く。

 

「決して私を襲おうとはしてないと」

「…」

「はぁ、私はてっきり貴方が襲いに来たのだと。・・・あっ!? べ、別に敵意とか抱いてないですからね!」

「…」

「本当! 本当ですからね!!」

 

必死に弁解する彼女を人狼は信じることしか出来なかった。てかそれ以外に出来ないのだ。

寝る前の良い運動になったと感じた人狼は小屋へと帰ることにした。

 

「待ってください!」

「…」

 

彼女の言うとおりに歩みを止めて振り返る。

 

「ごほん、自己紹介がまだでした。私の名はエディータ・ロスマンです。階級は曹長です」

「…」

 

丁寧な言葉で彼女は自己紹介をしてくれた。

人狼は一本の枝を拾い地面に名前や階級を書いていき、それが終わると敬礼をした。

 

「敬礼なんてしないでください、私が無礼な行動をした訳ですし…」

「…」

「私とて善意を拒絶するようなことを起こしてしまった訳ですし、貴方が要望するものがあれば言ってください。…エ、エッチなのは駄目ですからね!」

 

 

人狼は彼女のオカリナが無性に気になっていた。だから彼女にオカリナを吹くように頼み込んだ。

彼女は要求を飲み、オカリナを吹き鳴らす。

 

それは綺麗な音色を奏でた。

人狼自身歌や音楽には疎かだったが、そんな素人にもわかるほど綺麗な音色である。

オカリナから発する綺麗な音色は、満月に向かって飛んでいく風景を想像して楽しんでいた。その音色は争いの連続で荒れていた心を僅かながら整えてくれた。

演奏が終わり、人狼は彼女に拍手を送った。彼女は照れているのか顔を染めて下を向いている。

まるで妹のノアのようにも思えたのか、自然と彼女の頭に手が伸びて撫でてしまった。

 

「ひゃう!?」

 

悲鳴にも似た声を上げる。しかし、最初は慌てふためいたが、徐々に満更でもないような顔立ちになった。

人狼が撫でるのを止めて離すと、彼女はもっと撫でてほしいのかこちらを上目づかいで見てくる。仕方がなしと人狼は撫でるのを再開した。

数分後、彼女は我に返ったのか人狼から距離を置いた。

 

「ご、ごほん! された後に言うのも何ですが、私の方が年齢も階級も上ですからね!」

「…」

 

無許可で撫でてしまったことに、すぐさま頭を下げて謝罪をする人狼。

突拍子もない行動に驚いたのか、彼女はたどたどしい声を上げた。

 

「あぁ別に嫌だったわけじゃないんです! ただ、そのですね、次回からは事前に言って貰わないと困ると…」

「…」

「そ、そうだ。ハインツ軍曹に伝えたいことがありましたね」

「…」

 

彼女は話を変えようと、別の要件を述べ始めた。

 

 

「実は私、第52戦闘航空部隊の曹長を務めており、別の前線基地で普段教育係を担当しており、その際に貴方をスカウトするようにフーベルタ・フォン・ボニン少佐とバルクホルン少尉からの要望です」

 

第52戦闘航空部隊、通称JG52。数々の武功をたててきたと評判だが、まさかそこに小学校時代のたった一人の友達が出てくるとは思ってもみなかった。

彼女はきっと人狼を追ってウィッチに入ったのだろう。

エリート組に格上げとなったら多くの人はそこに入るだろう。しかし、人狼は違った。

彼女たちの要望に首を横に振った。

 

「・・・そうですか」

 

するとロスマン曹長は悲しそうに答えてくれた。耳が垂れている。

己の死を知人には見られたくない、死ねないから死ぬための行動をする人狼の条件には合っていなかった。

 

「では、気が向いたらいつでも連絡してくださいね」

 

彼女はオカリナを大事そうに持ち、兵舎へと戻っていった。彼女の銀色の髪が月光で照らされて非常に美しい。

 

 

バルクホルン、彼女とは出来れば会いたくはない。

決して彼女を嫌っているわけではないが、人狼が死ぬ姿を見られたらきっと彼女は悲しむだろう。

その人狼の些細な優しさが、後に彼女を苦しめるきっかけになるとは人狼自身も知らなかった。

 




集束手榴弾

ドイツで生まれた手榴弾の一つ、大量の炸薬が入っており、有効範囲が十メートル、攻撃型手榴弾と呼ばれる。
第一次世界大戦に発明されたものでイギリス兵からはポテトマッシャーとも言われた。
なお戦車の装甲は破壊できないが、エンジン部や履帯の破壊などに用いられた。
ちなみに人狼が使っていたのはM24集束手榴弾。


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魔猫

「おりゃああああ!!」

「…」

 

アニーサ中尉が機関銃を振るうと小型ネウロイにまぐれで当たり、白い破片となって地上へ降り注ぐ。

人狼も負けじと機関砲を操り、予備弾倉も全弾消費すると魔法力を込めて今度は小型ネウロイに機関砲をぶつける。するとネウロイは粉々に粉砕されてしまった。

 

「いいぞー!」

「やっちまえー!!」

「流石はウィッチ様だな、男がいるが!」

 

下では兵士たちの黄色い声が上がる。

現在行われている戦闘は撤退戦だ。理由は至極簡単で、陸戦ネウロイが防衛戦を突破して内部に浸透してきたのでやむを得ずに撤退という判断に至ったからだ。

トラックには負傷兵で芋洗い状態になり、戦車の上には兵士が足を負傷した兵士が腰を下ろしている。

 

また遠方では爆発音が聞こえる。

ルーデル大尉率いるJu87爆撃部隊とHs123を操るダリア王国のパイロットたちが後方から追従してくる陸戦ネウロイを爆弾で粉砕、撃破を繰り返している。

二回ほど捌ききれなかった小柄な陸戦ネウロイを人狼が集束手榴弾と機関砲を用いた攻撃で撃破している。

 

「やるわねハインツ」

「…」

「撃墜記録は負けてるけど、私の方が訓練歴は長いんだからね!」

「…」

 

機関銃の再装填をしながら聞いてもいないことを言うアニーサ中尉、だが実際は、前世での戦歴を含めると人狼の方が断然上だった。

 

「あれがエースのアニーサ中尉とハインツ軍曹か…」

「すげぇよな、中尉もなかなかな戦果を挙げているけど軍曹もやべえ戦果挙げてるんだぜ」

「確か世界初の男性ウィッチ、じゃなくてウィザードで撃墜記録が五十機だっけ」

「しかも陸戦ネウロイも含まれてるらしいぜ」

「大した人だよ、まだ派遣されてから二週間なのに」

「俺らも頑張らないとな」

「おっ、ウィザートになるつもりか?」

「誰が童貞じゃボケェ!!」

 

「アニーサ中尉とハインツ軍曹、基地に帰投するわ」

『了解、すぐに代わりのウィッチがじきに着くので先に帰投せよ』

 

無線を切り、そのまま真っすぐ基地に帰投した。

下から湧き出る歓声に図に乗ったのかアニーサ中尉は手を振る。そしたら兵士たちがこちらに振り返してくれた。ある者は上着を脱いで振り回している。

皆が共通して笑顔であった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

基地に帰投して、ハンガーで人狼は己の機関砲の整備や拳銃の分解をして手入れをしている時に、不意に後ろから気配を感じた。

他の用事があるのだろうと無視して整備を進めていたら、後ろから棒状の物を振り下ろされた。

人狼はすぐに霧に姿を変えて後ろへ回り込んだ。そして相手の首に腕を回し、残った左腕で相手の腕を拘束した。

一瞬の出来事に相手は戸惑っていた。

 

「い、今のは…!?」

「…」

「なるほど、それが君の固有魔法というわけか、ハインツ軍曹」

「…」

「そろそろ拘束を解いてはくれないか、ハインツ軍曹」

 

長い髪に男と比べると華奢な身体付き、そして高い声を声を聞いて女性だということが判明した。

しかし、女性で暗殺を企てた人物など数知れず、人狼は拘束を解く兆しが見受けられなかった。

 

「…やれやれ、沈黙の狼は伊達じゃないな。私の名前はアドルフィーネ・ガランド、階級は中佐だ」

 

彼女は名前と階級を告げると、棒状の物を落として無抵抗を表した。

流石の人狼も軍法会議になると思ったのか、すぐさま彼女の拘束を解いた。

 

「流石だな軍曹、噂にそぐわぬ男だ」

「…」

「にしても、私は軍人だが仮にもレディだ。あまり乱雑に扱わないで貰いたい」

「…」

「まっ、私が最初に軍曹を攻撃したのがいけなかったがね」

 

彼女は己がしたことに対する非を認めていた。

だが人狼に攻撃するような理由が見つからない、単なる悪戯心かそれとも好奇心かはよくわからなかった。

 

「さてと、本題に移ろう。司令室に来てほしい、君に皇帝陛下とランデル中将から渡すように頼まれた物があるんだ」

「…」

「ちなみに拒否権は無い」

 

彼女は先ほどの棒状の物を拾う、その物体の正体は照準鏡であった。

腕を強引に引っ張られながら人狼は司令室に向かっていってしまう。

その光景を見たアニーサ中尉は、人狼のことをたらしだと言い漏らしていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

初めて入る司令室の感想は兎に角コーヒー臭いと表現出来るほどだった。

部屋の中は比較的まともだが、コーヒーの匂いが充満しており、飲みかけのコーヒーが机に置かれていた。

 

「そこのソファーに座っといてくれ、今コーヒーを入れるから待ってろ」

「…」

 

彼女の言うとおりに人狼はソファーに腰を掛ける。

暫く待つと、二つのマグカップを持ちながら近付き、人狼にそのうちの一つを渡した。

人狼のマグカップの絵柄はネズミで、彼女のは銃を持った猫だ。

飲んでみると軍用のコーヒーにありがちな苦みが口いっぱいに広がった。

甘みを感じないので恐らくブラックだろう、しかし前世で何回も飲んでいたので慣れてしまっていた。

 

「あぁ、砂糖無くても平気だったか?」

「…」

「そうか、大丈夫とはもう味覚が大人なんだな」

 

彼女と同様のコーヒーだろう、彼女も嫌な顔一つもせずに飲んでいる。

そして容器を机に置き、金庫を解錠した。

そこから黒塗りの小さい箱を取り出して、人狼の前に持ってきた。

 

 

「開けてみろ、驚くのが目に見える」

「…」

 

人狼はその箱を開けると、中からには一級鉄十字章がそこにはあった。

 

「皇帝陛下がお前に贈った物だ。皇帝陛下もお前のことが大変気に入っているそうでな、表面をよく見てみろ」

 

鉄十字章の表面を目を凝らして見ると、そこにはハインツ・ヒトラーと文字が浮き出ていた。

紋章が浮き出ているのは目にしたことがあったが、まさか己の名前が載っているとは思わなかった。

ドイツとカールスラントの共通した規定で必ず勲章は全て軍服に付けないといけない、それは決して安くはないからだ。人狼は戦闘の際に邪魔にならなさそうな場所に取り付けた。

 

「おうおう、似合っているぞ。ハインツ曹長」

「…」

 

突拍子もない発言で人狼は思わず首をかしげた。

 

「あと教えてないのがあってな、昇進おめでとう。ハインツ曹長」

 

昇進だ。

これはランデル閣下が階級が上がるように書いた書類が軍に認められたのを指している。

本当は閣下が人狼を少尉まで一気に階級を上げたかったが、流石にそれはないと上層部から文句を言われてしまった。

だけど閣下自身諦めてはおらず、人狼が戦果を挙げてくるたび、書類を書いては送ってくるため、じきに准尉になれると軍部では噂になっているらしい。

 

「まさか期待の新人がもう生まれるとは、此処の部隊も舐めたもんじゃないな」

「…」

「だけど書類を見ただけじゃ実感しなかったが、確かにランデル中将が好きそうな人間だよ、君は」

「…」

「固有魔法の複数持ちに類まれなる戦闘力、これは私も気に入るな。本当に君はまさに戦争をするために生まれた機械のようだな。…渡しそびれたけどランデル中将からの贈り物だと」

 

忘れていたのを思い出し、ポケットからドッグタグを取り出して渡す。

金属板にはWARDOGと刻まれている。前世のやつと遜色は無かった。

元から掛けていたのを外し、新しい方を首に掛ける。

 

「なかなか似合ってるぞ、専用のドッグタグを貰えてよかったな」

「…」

「それとこれだ」

 

一度彼女はコーヒーを啜ると、机の方に寄って引き出しから一枚の白紙の紙を提出された。

 

「これは私を組み伏せた際の景品だと思え。私も格闘は強い方だが君には負けてしまった。そこに絵を描いて貰いたい、それが君のパーソナルマークの図案だからな。エースには必要だろう、いつでも私に提出してくれたまえ」

「…」

「それとも今描くか?」

 

彼女の返答に頷く。

彼女から鉛筆を譲り受け、さらさらと、すでに決まっていたかのように描き始めた。

するとものの五分で人狼だけのパーソナルマークが完成した。

 

「ほう上手いな、走る銀狼に銃身の長い拳銃を腰に付けているのか。男らしいマークだな」

 

何故こうも速く上手に描けたかというと、昔院長が狼をモチーフに絵を書いてくれた。

人狼はその絵に感化されたが、流石にそのままだと悪いと独自要素である銃身の長いモーゼルを腰に付け足している。

 

「モノクロのシンプルなデザインなら明日にでも終わるからな、期待して待っているんだな」

 

彼女は笑みを浮かべながら答える。

翌日、人狼のストライカーユニットにはあのパーソナルマークが描かれていた。

その狼は長い間人狼と苦楽を共にする存在になることを強く主張しているようにも思えた。

 




Hs123

ドイツで生まれた急降下爆撃機、しかし複葉機である。
そしてダイブブレーキがないにも関わらず、スペイン内戦では活躍した。
速度は340キロで450キロの爆弾が一つ搭載可能。
1936年に運用されて1944年まで使われた。
頑丈で扱いやすいと評判が良い。

しかし史実ではルーマニアは使用してはいないが、物資でHs123が送られてきたと考えてください。


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前線

「あーあ、何でこんな事態に巻き込まれなきゃいけねえのかなぁ…」

「車長、そんなこと言ったって変わりませんからね」

「だってよぉ」

 

現在、ジェネフ少尉率いる戦車小隊がダリア王国の平原を走り回っている。

そして、撤退中の味方について来るネウロイを破壊することが使命だ。

戦車という物体は陸の王だ。

それは第一次ネウロイ大戦で有効であったことが証明されていた。

 

「まさかⅡ号戦車とか、ふざけてるのかよ!」

 

そう、以前使っていた戦車とは別物のⅡ号戦車だ。

この戦車は、1936年に運用が決まったもので、主力であるⅢ号戦車とⅣ号戦車のつなぎで作られた。

性能はお世辞にも良いとは言い切れず、砲は二十ミリ機関砲と非力なもので、対人戦ならまだしも、硬いを装甲持っているネウロイにはさほど効かないのだ。

しかも、人数が不足しているのでジェネフ少尉が砲手、エドガー上等兵が操縦手を果たしている。

カールスラントは必ずくるネウロイ襲来に備えて主力となっている飛行機や戦車はあまり送ってはおらず、旧式の兵器の在庫を売り捌き、資金を稼いでいた。

現在はダリア王国とオストマルクをはじめとする諸国らに売り捌いている。

 

「クソ、砲手慣れてないぞ」

「変わりますか?」

「お前に状況判断出来なさそうだからやめとくぜ」

「そうですか」

「……おっとお出ましのようだ」

 

ジェネフは双眼鏡を覗き、陸戦ネウロイを見つける。三メートルサイズが三体ほどだ

すぐさま無線のスイッチを入れた。

 

「こちらジェネフ少尉、敵を補足した。戦闘に移行する」

『『『了解』』』

「さーて、どうやって殺していくか…」

「散開して撃破は?」

「いいや、それだと経験の少ない新兵が各個撃破されて終わりだ」

「…密集します?」

「うーむ、それだと撃破されやすい。仕方がねえ、二両ずつの分隊で叩く」

『俺と二号は第一分隊で左翼を、三号と四号は右翼、そして挟んで殺す。あとガスマスク着用を忘れるな』

 

戦車兵たちはマスクを着用していく。ネウロイからは瘴気という有毒なガスが出され、ガスマスクを付けないと死んでしまうのだ。

 

 

交戦距離が百メートルと近付いてきた時に、ネウロイ側がこちらに気付いたらしく、頭部に搭載されている砲を放ち、攻撃を仕掛けてくる。

 

『うわああああ!!』

『こ、こんな攻撃受けたらたまらねえよ!!』

「落ち着けテメーら!こんな攻撃ここからじゃ当たらねえよ。進め、急いで進んで両翼から集中砲火だ!」

 

ジェネフは新兵を落ち着かせるように言葉を掛ける。

彼の額から汗が滲み出ている。

距離が挟み撃ちが可能になった距離にまで近付いた。

その時、ネウロイから放たれた一発の砲弾が二号車の正面を容易くぶち抜き、爆発四散する。

 

「車長、二番のⅡ号戦車が!」

「わかっている! けど前見て操縦しとけ、俺がアイツの分まで働く!」

「了解しました!」

 

何とか両翼に展開することが出来た小隊は砲を撃ち始めた。

二十ミリの弾が高速で発射される音が平原に響き渡る。

 

「おらあああああ!!」

 

ジェネフは何とか標準をネウロイの一体に合わせて引き金を引く。

弾は確かにネウロイの装甲を傷つけているものも、決定打にはならない。

 

「ヤバい、削れないぞ!」

「車長、足を狙ってください!」

「足ってお前…」

「いいから早く!!」

「ああもうわかった!!」

 

ジェネフはエドガーの言う通りに攻撃を始める。

足に弾を集中すると、足が折れてネウロイの巨体が横転した。

すぐさまその背中に撃ちこみ、やっと撃破することが出来た。

 

「ハッハー! 一体初撃破だ!!」

「車長、新兵の援護を!」

「ああそうだった。……て二両失って一体撃破か、レートが悪いぜ」

 

覗き窓からは燃え盛る戦車が二両あった。

すぐ近くには奇跡的に戦車から降りた新兵が上半身を無くした状態で地面に倒れている。降りた時を狙われたのだろう。

 

「さて、最後の一体だ。突っ込め!」

「了解! 行きますよ!!」

「おどりゃああああ!!」

 

ネウロイに向かって突進、ジェネフは行進間射撃を始める。

難易度の難しい技ではあるが、これほどまで距離を詰めていたら簡単なものだ。

ネウロイは彼らの戦車に攻撃をしようと砲を向ける。

 

「早く足を!!」

「うるせえええええ!!」

 

必死の攻撃でネウロイの足を破壊することに成功した。

折った直前、地面に向けてネウロイが砲を放った。あと少し遅れていたら彼らの戦車に当たっていただろう。

地面に空いた穴を避け、体当たりをかます。

その際の衝撃が二人を襲うも、特に怪我はせず、零距離で機関砲を撃ちまくる。

 

「だああああああ!!」

 

みるみるうちに装甲が剥がされ、ネウロイの核が光り輝いているのが視認出来た。

しかし、それを壊すための機関砲の弾がなく、再装填が必要だった。

ジェネフはキューポラを開けて、腰に付けていたホルダーから拳銃を取り出す。

拳銃を核に向けて何度も発砲した。

すると核は難なく壊され、白い破片と姿を変えてしまった。

 

「……生き残ったな」

「そうですね、僕ら勝ちましたね」

「だな、戦力を失いすぎたが。まっ、あとの祭りさ」

「ですね」

「さっさと帰投するぞ、不味い飯が冷めてさらに不味くなるからな」

「同感です。あぁ家の家庭料理が食べたい…」

「ハハハ! だったらなおさら生き残らないとな」

 

その時、突如木が倒される音が聞こえる。

一瞬、同じ任務をこなしている味方だと思ったが、そうではないと瞬時に悟った。

 

「降りるぞ! 急げ!!」

「で、でも」

「いいから降りるんだ。死ぬぞ!!」

 

ジェネフ少尉が必死に説得してエドガー上等兵を戦車から降ろす。

すぐさま来た道を走り出した。

丁度いい大穴を見つけたので、そこで二人の体を隠した。

 

「うぅ、一体なんですか」

「静かに、死ぬぞ」

 

暫くしてから、放棄した戦車が爆発した。

遠くからのそのそと先ほどのネウロイよりも大きい五メートルサイズのネウロイが現れた。

ネウロイは鉄の残骸となった戦車を取り込んでいる。

 

「あ、危なかったですね…」

「だな、戦車使って逃げてたら撃破されてたな」

「根拠は?」

「俺の勘だ」

「…その勘に救われましたね」

「そうだな、感が鋭いのは昔からでな」

 

ガスマスクを着脱し、煙草を吸おうと胸をまさぐると、いきなり影が出来た。

何だと思い上を見上げると、なんとそこにはもう一体の陸戦ネウロイがこちらを覗きこんでいた。

 

「……は、背後の確認忘れてた」

「車長の馬鹿ァ!!」

「ハ、ハハハ……」

 

砲を向けていつでも撃てるように用意をしていた。

乾いた笑い声を発声しながら煙草に火をつけて吸って目を閉じ、死ぬ覚悟を決めていた。

 

 

その時、いきなり影が消えた。

いや正確には、飛ばされたのが正しいだろう。後から地響きが聞こえる。

そして、ストライカーユニットのエンジン音が聞こえる

 

「……遅えよまったく。ハインツの野郎、死ぬとこだったぞ」

「…」

 

人狼が仁王立ちをしながら空中に居座っている。

その姿を確認した彼らは笑みを浮かべる。

 

「遅いですよ、ハインツ」

「やっちまえハインツ、痛い目を奴に見せようぜ」

「…」

 

一挺の機関砲を投げ飛ばしたネウロイに向けて撃ちまくる。

魔法力を込めた銃弾は軽々とネウロイの表皮を破壊していき、終わりを告げるかのように集束手榴弾を取り出して投げつける。

すぐに爆発して核を覆っていた装甲と核をまるごと破壊した。

 

「やるじぁねえか!」

「ハインツ、受け取って!」

 

エドガーは自身の手榴弾を投げて渡した。

人狼はそれを掴み、遠くで戦車を吸収していたネウロイ目がけて投擲した。

集束手榴弾と比べて威力が少ないので魔法力をたくさん含んだ手榴弾は見事に当たり、爆発した。

遠くからでも核の露出が確認出来る。

すぐさま接近し、人狼は機関砲を撃ちこんで撃破した。

 

「ありがとうなハインツ!!」

「助かったよ!!」

 

飛び去る人狼に感謝を伝えるジェネフたち、それに応じるかのように人狼は敬礼をする。

あんなにも近かった人狼が徐々に離れていき、最終的には見えなくなってしまった。

二人は顔を見つめて笑いあっている。

 

「ハハハ! 立派になりましたね、ハインツ」

「アハハハ!! そうだな、立派だったぜ」

「てかどうします、帰り?」

「…徒歩だな」

「徒歩ですか…」

「しかも不味い冷や飯確定だ」

「嫌ですけど生きてるからいいや・・・」

 

 

その後彼らは不味い冷や飯を食うことになったが、ネウロイを二体撃破されたことが認められ、一週間後に勲章を貰えたという。

 




Ⅱ号戦車

ドイツで生まれた戦車で1936年に運用が始まった。
武装は二十ミリとかなり貧弱だが、軽戦車の正面を抜く威力はあった。
しかしそれはその時だけで、装甲が熱くなっていき、効果はなさなくなった。
電撃戦の主力であるⅢ号戦車とⅣ号戦車のつなぎである。
何気に色々な戦場を渡り、北アフリカにも進出している。
1942年までに532両作られた。


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異動

遅れてしまい申し訳ございません。
それとスオムスいらん子中隊の話は原作が進まないので書けません、すみません。


人狼が実戦を経験してから二か月が経過した。

 

戦況は悪化の一方で、ダキア王国全土をネウロイに占領され、ネウロイの侵攻は止まることを知らずにオストマルクのトランシルバニアを残して陥落していった。

人狼たちは後ろへと基地を異動していったが、カールスラントとオストマルクの国境線を境に非常防衛線を構築し、何とか侵攻を止めることに成功した。

しかし、それはあくまでも一時的なものであり、いつ破られるのかは保障されない。

 

特に変わったことといえば、アニーサ中尉が大尉になり、あがりが近づいてきたのことと重なって後方勤務に回されたことや人狼が小尉に昇進したことだろう。

頭角を現していく人狼を見て、講師であった彼女は人狼の活躍を肉眼で確認出来ないことを悔みながらも、エースである人狼のことを誇りに思っていた。

現在人狼は八十機の撃破を迎えた。本来ならば撃墜と呼称するのだが、たびたび陸戦ネウロイも撃破しているためこのような表し方になっているのだ。

 

一方、例の戦車組であるジェネフ少尉とエドガー上等兵はジェネフは中尉に、エドガーは兵長になっており、似合わないと指摘されたちょび髭を剃り、やや顔が若返っているようにも思えた。

彼らは国内のカールスラントの部隊に編成されて中隊長となり、日頃からⅢ号戦車を乗り回している。彼が言うからには、訓練が命を伸ばすと自負しており、新しい精鋭部隊を育成していた。それとちょび髭に代わり、黒い丸形のサングラスを掛け始めた。

 

人狼の活躍はカールスラントを超えてブリタニアや扶桑、リベリオンまで広がり、多くのファンからは酒や煙草やお菓子が贈られてくるので、その一部を孤児院に送り続けていた。

給料の方も戦時中と活躍ぶりが重なり合い、普通のウィッチの二倍ほどのお金が舞い込んできている。それは孤児院の維持費として送りこまれているが、院長がこっそり人狼用の口座を作り、そこに全額入れていた。何故かというと英雄を育てたと育成者と有名になり、買い物をする際も全て無料でくれるからだ。

そんなことを知らずに人狼の貯金は常に増えていくのであった。

 

 

だが、ある日を境に上層部で動きがあった。

カールスラントの防衛のため多くの義勇兵ウィッチたちを寄せ集めて防衛する計画にダメ出しを続ける者がいたからだ。

その名はランデル中将、彼だけは視点をカールスラントではなく北欧のスオムスを注目していた。そして中将という立場を利用して数名のウィッチをスオムスに派遣することとなったのだ。

ランデル中将の案に幾つかの国は賛成し、数名の義勇軍をスオムスに派遣する予定でいる。

 

だが、その派遣させるウィッチたちは国内でも問題を起こす問題児ばかりであった。

例えばウルスラ・ハルトマン、彼女は双子の姉としてエースの頭角を現しているエーリカ・ハルトマンを持ち、使い魔の耳や尻尾が表には現れないという特殊体質持ちである。

しかし彼女はある実験で部隊を壊滅させたという前科を持っていた。それから軍部から彼女は腫物扱いされていた。

何故癖の強い者しか派遣しないのか、やはり他国より自分の国のほうが大事であるからだろう。

 

そのスオムス派遣に人狼の名前が記載されている。

ランデル中将が絶対に此処こそが最初に攻められると踏んでの行いだった。

戦争を愛してやまない人間にとって、戦争行為が行われる場所など推測するのは容易いことで、過去にもネウロイが近い将来に襲撃するという考えを見事に当てた。

 

 

人狼はスオムスに行くため、兵員輸送船に乗り込む。ちなみに人狼の階級は少尉になっており、スオムス派遣に合わせて階級を上げたらしい。

出港してから間もなくした時に、二隻の艦艇が合流した。現在駆逐艦が二隻護衛しており、いつネウロイが出現しても対処が出来るよう万全の状態であった。

 

だが、ネウロイという存在はその万全の状態を容易く破壊する。

突如けたましいほどのサイレンが鳴り響き、中型のネウロイが船団を沈めに水平線の彼方からやって来たのだ。

あらかじめ迎撃のために付けられた水上機のストライカーユニットを履き、プロペラを回した。

Ar95を元としたユニットを駆り立てて人狼は空へと羽ばたいていく。

 

「エースやっちまえ!」

「沈黙の狼頼むぜ!!」

「ぶちのめしてしまえ!」

 

三隻の船からはエースの出撃姿を確認して歓喜の声をあげている。

目標のネウロイまで接近、ネウロイは先制攻撃を仕掛ける。

三条の光線を放つが、展開したシールドによって防がれ、反撃としてMG30を発砲する。

本来ならばMGFFを使用したいのだが、如何せんその機関砲が無く、代用として一挺のMG30を使っていた。

しかし、ウィッチたちが常に使用している機関銃なので、威力が弱いことを除くと特に弊害は見受けられなかった。

高速で放たれる銃弾は、まるで音が繋がっているようにも思え、ネウロイの装甲を削り取っていく。

 

ある時、引き金を引いても弾が出ない。弾切れだ。

早急に再装填を行おうと予備弾倉を取り出して装填、また攻撃を再開しようとした。すると途端にユニットが黒煙を吐き始めた。恐らく整備不足によるものだろう、徐々にユニットの出力が下がっていくことを実感し、早期決戦に持ちこんだ。

 

魔法力をユニットに注ぎ込み、一気に上昇、魔導エンジンが悲鳴をあげるも何とかネウロイの真上に移動し、そこでユニットを履き捨てる。

重力に従い降下を始める人狼、その途中で狼に姿を変えて着地する。そして爪や牙を用いてまるでクッキーを割るかのように甲斐を削っていく。

時々光線が装甲から照射され体をズタズタに裂かれるもすぐに再生、再度攻撃を行う。

ようやく分厚い装甲の中からようやく核が見えた。好機を逃す人狼ではなく核に向けて攻撃を仕掛ける。

人狼の爪が核を深く刺し込んで核を割る。するとネウロイは白い結晶に姿を変えて大海原に降り注ぐ。

足場を失って落ちていく人狼、人間の姿に姿を変えて海面に衝突する前にシールドを張り、少しでも衝撃から身を守った。

海に衝突するもどうにか犬掻きで浮上する人狼、傍から見れば溺れているようにしか見えない。

すぐさま駆逐艦に取り付けられていた救援ボートが向かい、人狼を拾う。

 

 

「流石だぜエース!」

「ありがとうなエース!」

 

船に戻ると水兵たちが船団を守ってくれた英雄として温かく迎えてくれた。さして人狼も悪くはなかった。

 

 

濡れてしまった服をこの船のカールスラントの水兵が着ている服に着替え、人狼は船を散策していた。

一番景色の良い場所で絵を描こうとスケッチブックを持ちながら船内を動き回っていると、ある眼鏡を掛けた金髪で幼い少女を見つけた。彼女は壁に寄りかかりながら本を読んでいる。

人狼は何かを思いついたかのように絵を描き始める。院長から絵の描き方について指導を受けていたため、鉛筆の筆使いが上手く出来ていた。

絵を書き始めて一時間、彼女が何を描いているのか疑問に思い、人狼に問いかけてきた。

 

「ハインツ少尉、一体何をお描きに」

「…」

 

人狼は彼女にスケッチブックを見せる。

そこには先ほどまで本を読んでいた少女の姿が描かれていた。まだ影を細かく描写していないので作品自体は未完成だが、本の質量や彼女の輪郭が細かく絵に表れ、まるで写真のようであった。

人狼は読書の邪魔をしたことを謝るかのように彼女に描いた紙を渡し、そそくさとその場から離れていこうとする。

 

「…お上手ですね、絵」

「…」

 

彼女が称賛の言葉を言うと歩きながらも人狼は軽く腕を上げる。

実はジェネフ中尉から教えられたことで、褒められたら腕を上げるとかの動作をしろ、と教えられていたからだ。

その後姿を見た少女は口元を緩ませた。第一印象で無口で強面、そして冷血という厳しいイメージだったが、この一連で人狼に対するイメージが変わった。

無口と強面なのは変わらないが、冷徹というイメージは取り払われ、そこに温厚が入った。

渡された紙の隅にある落書きを見つけ、くすりと笑う。それは隅には自分の名前がお洒落に記入してあり、裏を見るとその書き方に至るまでの経緯が所々書かれていたからだ。

それが沈黙を貫き通す人狼が、実はこんなお茶目な一面があったことが滑稽でたまらなかったからである。

 

その後、人狼はその名前の書き方を練習していた紙があの少女に渡した物だと気付き、顔に表してはいないものの内心、後悔が胸の内を支配し、枕に向かって拳を振るっていた。

一方で彼女はというと、道ゆく水兵たちにその紙を見せ回っていた。

 




Ar 95

ドイツで生まれた水上機、1935年に開発された。
武装は七ミリが攻撃銃座に一挺、後部銃座に一挺と貧弱だが、主な任務はは弾着観測や偵察であるため必要性は薄い。
Ar-195の開発の基礎となり、速度は255キロほどだが魚雷や爆弾が搭載可能。
実はスペイン内戦にも参加しており、1944年まで利用された機体でもある。


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1940年 ヨーロッパ大侵攻
派遣


スオムス義勇軍に人狼が派遣されて六か月が経過した。

 

スオムスではランデル中将の言っていたことが見事に的中し、大規模のネウロイがスオムスに侵攻を始めた。

しかし、新しく結成された多国籍の機械化航空歩兵、通称スオムス義勇独立飛行中隊の活躍により崩れた戦線を何とか立て直し、陥落したスラッセンを取り戻し、一躍注目を浴びた。

その中でも紅一点の存在はやはり人狼であった。

特に空戦技術などは劣ってはいたものも、霧化と高い治癒能力、そして人狼化を用いて空戦ネウロイだけでは飽き足らず、陸戦ネウロイも難なく撃破していった。

 

霧化や再生能力は他のウィッチに露見はしていたものも、狼化だけはしなかった。

理由は簡単、もしもこのことが上層部にバレたら悍ましいほどの人体実験を受けるかもしれないからだ。

生前、ナチスはユダヤ人を使って様々な人体実験をしているのを人狼は明確に覚えている。

治癒能力を初めて見せた時の反応というものは様々であった。

 

しかし誰としても戦闘後、人狼とは今まで通りに接し、おまけに心配までしてくれたのだ。

戦闘隊長を努めていた穴吹智子中尉からはお怒りの言葉をいただいたがアニーサ中尉と同じような内容であった。

 

最初の印象としては好印象と呼べるものではなく、自己紹介の際に黒板を使って名前と階級を記しただけであった。その態度に腹を立てた穴吹中尉が抜刀しようとしていたが、人狼の圧と睨みにより抜けずにいたがその場の空気は最悪の状況であった。

船に同乗していた少女、実は彼女はウルスラ・ハルトマンと最近噂になっている人物で、同じく所属しているメンバーに描いて貰った絵とサインを見せびらかすという半ばお節介でもあったが何とか孤立を防いだ。

数々の戦闘を切り抜けていく度に、穴吹中尉の方も人狼の性質が理解出来たらしく、一緒に酒を飲みあう中にまで進展した。

 

迫水ハルカという少女は誤射により人狼の高い治癒能力を披露する原因となった人物で、誤射による怪我という重大な事件によって彼女は一時心を閉ざしてしまった。

だが、自分は無傷だということを証明したり他のメンバーによる激励のおかげで復帰出来るようになった。

 

エルマ・レイヴォンという少女には人狼にちょっとした恐怖感を抱いていたが、絵を通じて仲良くなり、両者とも互いに絵を教えあう仲になることが出来た。

しかし天然とドジっ子を備えていたために絵具やコーヒーがよく人狼の顔面に直撃するという事故が多発、スオムス義勇独立中隊の中で一番被害が多かった。

 

ウルスラ・ハルトマンは輸送船からの付き合いで少し仲が進展していた。互いに口数が少なく、読書家だったので自然と隣で本を読んでいた。

訓練時には教本通りの動きを教えて貰ったり、実験の手伝いをしており、ロケットを飛ばした際に噴出された高温のガスによって人狼は顔に大火傷をしたものも無事であった。能力に感謝した瞬間である。

なお彼女は実の姉にコンプレックスを抱いていたものも、スオムス義勇独立中隊を通し、そのコンプレックスは解消されていった。

 

エリザベス・F・ビューリングはブリタニア空軍のなかで群を抜いての問題児であり、朝食が出来たことを知らせようと人狼が彼女の部屋に向かった際に、グルカナイフで切りかかってきた。

流石の人狼でもこれには今まで眠っていた対人戦闘能力を叩き起こし、ナイフを蹴り飛ばして壁に腕を抑えて、彼女を拘束した。僅か三秒にも満たない出来事に彼女は目を丸くしていた。

彼女の過去は自分の犯した失敗により親友を亡くし、自分の死に場所を追い求めていた。

だが穴吹中尉のおかげで己の場所を見つけ、行動は落ち着いていった。

生に関することは人狼によく似ており、すぐに打ち解けることができ、彼女によって勧められた煙草を人狼は趣味としている。時折一緒に飲みに行ったり、煙草を喫煙している姿が確認された。

勿論、穴吹中尉によって自らを犠牲にするような戦い方をやめるようには人狼は言われていたものも、それ以外の戦い方が出来なく、実は中隊の中では一番の問題児とされていた。

 

またキャサリン・オヘアというリベリオンから派遣された彼女は、悪名高いクラッシャーオヘアと呼ばれており、最初に見せた拳銃の乱れ撃ちの際に、人狼は弾を受け止めるという偉業を成し遂げてからは彼女に好かれるきっかけになった。

 

スラッセン奪還後に現れた新規メンバーとしてジュゼッピーナ・チュインニという少女は記憶喪失を患っていたものも、後に爆撃の名手として知られることになった。

穴吹中尉の空戦技術を盗むという高い能力を見せる。しかし人狼の戦い方は空戦は上手いとも言えないので盗み取ることはしなかった。だが、ネウロイとの肉弾戦を見せた際に彼女から真顔で真似出来ないと言われ、人狼を除く全メンバーが同情した。

 

その後何やかんやでルーデルたちと出会っていた。

鼻に怪我をしており、その原因はビューリング小尉にあったため敵意を見せていた。

また、穴吹中尉の隊長としての推量を量るために挑発的な態度を持って接していたが、人狼が顔を出すといなやその態度は一変し、まるで弟に会えて歓喜の表情を浮かべながら接していたため、彼女は悪くはない人物だと認識した。

ルーデル大尉が持ってきたカメラを使ってやたら激写しており、その一部を布教用にと穴吹中尉に持たせていたのが確認出来た。何気に一緒に煙草を吸いながらお酒を飲んでいた時が至福の笑顔を浮かべていた時だと、アーデルハイドは答える。

余談だが、人狼のファンクラブにはスオムス独立飛行中隊の全員の名前とハッキネン少佐の名前が記載されていた。

 

そしてクラウス・マンネルハイムと数回会ったことがあり、彼も人狼のことを評価し、人狼を派遣してくれたランデル中将に激励の意を込めた手紙を渡している。

ランデル中将からの返答には、マンネルハイム十字章を人狼に与えろ、さもないと人狼をカールスラントに戻す。という脅迫じみた返答に肝を冷やし、すぐさまマンネルハイム十字章を人狼に与えて留まらせた。まあ戦果が独りで大型陸戦ネウロイを撃破にその他ネウロイ諸々というあり得ない戦果を平然と挙げていた。

ついでに皇帝からも勲章を貰い、おまけにランデル中将によるプレゼントで中尉になっている。

 

 

そんな中、いよいよカールスラント本国に暗雲が立ち込めてきたということで人狼が本国に戻されることとなった。

流石に基地を離れることは出来ないので、その場にて別れることとなったが全員がまるで今生の別れをしているようで、迷惑を掛けた謝罪を込めて各人の似顔絵を渡した。

そして人狼は港へとユニットを駆り立てて飛んでいってしまう。人狼が見えなくなるまで手を振り続けていた。

実はその絵には童心が秘められており、各人の使い魔の絵がポップに描かれている。

その絵を見て普段大人の態度を取っている姿だが実はお茶目な一面があることを再確認した。

 

 

港に到着し、ユニットを脱いで箱に詰める。ユニットに愛着が湧いているので整備以外は極力自分で触るようにしていた。

ユニットを船に載せ、まだ出港するのには時間があったため適当に散歩をする。周りからは英雄やら軍神やらと称えられて、やや肩身の狭い思いをしていた。

すると、一人の女の子が花を持って人狼に寄って来た。彼女の意図を汲み取り膝を折る、彼女は花を手渡した。

カールスラントに居た頃、ノアと一緒になってその花を摘んでいたのを思い出す。その花の名はシロツメクサである。

お礼をしようと即席で絵を描いて渡す。絵にはウサギが跳ねている。

彼女はお礼を述べると何処かへ走り去って行く。

悪くはないと満足感を覚えて船に乗り込んだ。

 

船は出港すると徐々に小さくスオムスが小さくなっていく、甲板から景色を眺めていると、ふとエンジン音が聞こえたので上を向くも何も居ない。

どうやらスオムスに居た記憶が現実と重なったと人狼は判断した。

目を閉じるとスオムスに居た際の記憶が鮮明に蘇る。

彼女たちとスオムスに居る全兵士に幸運を、と存在しているのかもわからない神に向かって祈祷を捧げた。

 




ゾロターンMG30機関銃

ドイツで生まれた機関銃、空冷式で口径は七ミリ、バナナ型弾倉である。なお設計はドイツで部品はオーストリアが担当している。
派生型ではドラムマガジンを付けている。


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感知

数時間ほどの航海を経て、やっとのことカールスラントの港に到着した。

港には聞き慣れた母国の言葉が自然と聞こえ、此処がカールスラントだということを深く実感させた。

輸送船から物資が降ろされ、自分の船から降り立った。グラグラとたまに揺れていた地面とは違い、安心感がある。

 

「えーと、そこのHと書かれている箱の中にハインツ中尉のユニットだ。落とすなよ」

「了解しました」

「せーのッ!」

「重い! 兵長も力込めてください!!」

「俺も重いぞ!」

 

人狼を待っていたと思われる三人の兵士たちはいち早く使用していたユニットを見つけ、トラックに積めていく。だが、ユニットの重さにやや足取りが危うくなっていたため、人狼が擁護にまわる。

 

「す、すいません中尉」

「…」

 

車両にユニットを積み、彼らに一本ずつ煙草を渡す。些細な報酬だ。

彼らはその煙草を口に咥え、マッチに火を点けて煙草に移す。

 

「あぁ生き返る…」

「やはり仕事後の休息で煙草を吸うのは止められないですね」

「とはいえまだ仕事あるけどな」

「…」

 

人狼を含め四名から出される紫煙が辺りを漂う。不意に吹いた潮風により煙は掻き消されてしまった。煙草を一服し、彼らが持ってきたであろう灰皿に煙草を押し付ける。

 

「一応言いますが、ユニットは貴方が乗る列車に積まれる予定です。どうです? 搭乗して駅まで向かいますか?」

「…」

 

その返事に人狼は頷く、するとある兵士はユニットを奥に押し、助手席を綺麗にするために掃除をする。

暫くするとゴミ袋を持った兵士が笑顔を浮かべる。

 

「中尉殿、どうぞこちらへ」

 

彼の気付かいを無駄にしないために、人狼は助手席に乗り込んだ。煙草を車内でよく吸っていたのかヤニがうっすらと天井に付着している。

元々助手席に座っていたであろう兵士は荷台に乗り込んだ。

荷台からはもうちょっと詰めろやら媚びを売るなやらと聞こえていたが、運転席に座っていた彼らの上司と思える兵士が背後の壁を叩く。するとうるさかった声がピタリと止んだ。

 

「すいませんね中尉、奴らにはガツンと言っときますのでお気を悪くしないでいただきたい」

 

彼らが起こした悪行について謝罪の弁を述べる。人狼は気にするなと覗き窓の窓を開け、懐から酒の入った小瓶を取り出して、後ろの彼らに渡す。

 

「えっ、中尉殿いいのですか!?」

「……はぁ、中尉のご厚意だ、受け取ってけ。それとお前ら説教を覚悟しろ」

「はーい」

 

気の入っていない返事を返す。

兵長は車両を片手でハンドルを握りしめながら煙草を吸う、人狼は窓を開けて風を感じていた。

潮の混じった風が前髪を弄んでいるのが気持ちよかった。

 

 

三十分後、駅に到着した。

 

「中尉、ここから先は貨物等を運ぶ車両のための道路です。乗客として乗る中尉は一旦降りて通常の入り口から乗ってくださいね」

「…」

 

兵長の指示従い降車すると、荷台に乗っていた兵士たちから各々のハンカチとペンを渡される。

 

「中尉殿、よろしければサインを貰えませんかね?」

「出来ればお願いします!」

「お、俺もお願いします!」

「…」

 

人狼はハンカチを受け取り、ペンで己の名前を書いていく。

生地が布なので多少書きづらかったものも、三人分のサインを書き終えた。

それらを返すと三人は目を煌かせて喜んでいる。

 

「ありがとうございます!」

「大事にします!」

「俺はいっそのこと家宝にしますね!」

 

彼らは喜々として車両に乗り込んでいった。

人狼は列車に乗るために正面入口へと足を進めていく。

 

 

駅構内で乗車中に何か食べようと売店に立ち寄り、クッキーとパンを購入した。

まだ予定の時間よりも三十分あるが、特にすることは無い。

構内を探索していると一件の書店を見つける。

最近のカールスラントではどのような本が流行っているのかと気になり、書店へ入店した。

 

店内の様子はやや年季の入っていることを除けばただの書店であり。また本の品揃えもまあまあ豊富である。

店の奥には老婆が会計席に座っている。老婆は軍服を着て長身の人狼が物珍しいのかこちらを見つめている。

暇つぶしには丁度いいかと一冊の本を取った。題名は狼男と書かれているホラー系の小説であった。

会計席にいる老婆に本を出し、財布を取り出した。

 

「……あんた、噂のウィザードかい?」

「…」

 

唐突に問いだした老婆に首を振る。

すると老婆は人狼が金を払ってもいないのにも関わらずに紙袋に本を入れ始めた。

値段が記載されていなかったので幾らかはわからなかった人狼であったが、並大抵の本なら無料で手に入る程の金を置いた。

 

「金は払わなくて結構、要らないわ」

「…」

 

しかしそれを拒否し、お金を人狼に寄せる。理由がわからなかった人狼はそのまま老婆から紙袋に入った本を受け取った。

老婆は皺だらけの口を開いた。

 

「まさかあたしたちの世代には居なかったウィザードが現れるとは思わなかった。しかもエースとなればねぇ…」

「…」

 

どうやら老婆は第一次ネウロイ大戦のウィッチということを汲みとれた。

しかも胸元には古びた鉄十字章が一個付けられている。老婆も元エースだったらしい。

 

「私も若い頃は散々箒で空を飛び回っていたよ。あんたたちみたいな最新のユニットが無くても木製の箒さえあれば十分だったね」

「…」

「あたしは上がりを迎えて空を飛べなくはなったけど、空を飛ぶ同士たちのことは応援しているわ。まあこれはあたしの些細なプレゼントだと思ってくれよ、沈黙の狼とやら」

 

ニッコリと笑顔を浮かべる老婆、思わず人狼は敬礼をする。先輩である先代のウィッチに敬意を込めて。

 

「まあ上がりを迎えても空を飛ぶ子は稀有だけど存在したからね、きっとあんたもそうだと思うよ。えーと、確かあの子はアンナ・フェラーラだっけ、口が多少悪くても真面目で優しい子だったわ……」

 

 

人狼はその後、列車が来るまでの間、ホームに設置されたベンチに座って本を読み進めていた。

途中で列車が到着したので乗ったのだが、どうやらランデル中将がなかなか良い席を用意してくれたので落ち着いて読書が出来そうであった。

ついに列車が動き出す。列車は黒煙を吐き出しながら線路を走る。

車内からは景色が一望できるが、あまり風景が変わらないので再び本に視点を移した。

パンを齧りながら物語は序盤の山に迎えようとしていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はあ、俺らに仕事が回らないと期待していたんだけどなぁ…」

「しょうがねえだろ、最新のレーダーは稀に誤報するんだから結局は人力でするしかないんだ」

「シフトがギチギチでキツイですけどね…」

「まだいいだろ、オストマルクの国境線の方が辛いぜ」

「そうだけどさ…」

 

哨戒艇で兵士二人が愚痴を零す。

それもその筈、平時の倍ほどの出勤シフトのせいで休みが中々取れないのだ。

この頃には小さな哨戒艇で何日も寝泊まりをすることは普通であった。そのため、旧式の哨戒艇も引っ張り出し、船員が二人しか居ないということはざらであった。

双眼鏡を覗き索敵を続けるのだが、昨日には見られなかった変化がそこには映っていた。

 

「なあ、あれは飛行機かな?」

「どうせ民間機だろ」

「だけどよ、あんな沢山飛来するもんだっけか」

「…貸してみろ」

 

一人の兵士が双眼鏡を奪い、その変化を目視した。

するとその兵士の顔がみるみるうちに青く染まっていく。そして同時に怒号を散らす。

 

「急いで基地に連絡しろ! アイツらが襲って来るぞ!!」

「わ、わかった!」

 

指示された彼は急いで基地に信号を送る。

双眼鏡を持っていた兵士はエンジンをかけて舵をとり始める。

 

「哨戒艇じゃアイツらの侵攻を止められない。急いで退避するのが俺らの正しい選択だ!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『ッ!? 哨戒艇より連絡あり、ネウロイ出現のため急いで現場に駆けつけてください』

「わかったわ、私たち紅色隊が急行するわ」

『しかしアニーサ中尉は上がりを迎えてシールドは張れない筈です。直ちに帰投してください』

「大丈夫よ、伊達に義勇軍として派遣された訳じゃないの」

『…わかりました。幸運を』

 

無線を切り、一緒に飛行していたウィッチに指示をする。規模は中隊ほどではあったが実力は申し分ない部隊だ。

安全装置を外して即座に戦闘に移行出来るように準備をする。

 

「中尉、あまり無茶をしない方が…」

「何言ってるのよ、あの教え子以上の無茶はしないわ」

「ハインツ中尉の基準で比べたら駄目なんですけど!」

「平気平気、ハインツからこのバンダナを貰ったんだから死ぬわけにはいかないのよ」

「もう、知りませんからね!」

「わかってる。さーて、気ぃ引き締めて参るわよ!」

「「「「了解!」」」」

 

アニーサ中尉率いる紅色隊は破壊を演じる役者の元へとユニットを駆けていく。

その結果がどうなるかは彼女や将軍、ましては人狼でさえ知らない。

 




MP40

ドイツで生まれた短機関銃、九ミリで枢軸国の間で広く使われていた。
歩兵部隊の火力を上げるために全面的に配備され、一分間に五百発ほど連射出来る。
なお戦後には、朝鮮戦争にも用いられるほど評価は高い。


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空爆

列車に揺られて二十分ほど経過した。

車内では珍しく車内販売のための台車が人狼の部屋を通る。

幾つもの菓子や新聞、それに酒が置かれている。人狼は慣れた手つきで店員を呼び止め、酒を受け取り空いているスペースに置く。

酒はグラス越しから振動に揺れて波を立てている。

 

「ねー、お兄さん。ママ知らない?」

 

暫くすると通路のドアから顔をひょこりと出してきた。その返答に首を横に振る。

子供はどうやら親を捜しているようであり、彼一人で親を探すのは一苦労だと思ったのか人狼は席を立ち、協力することにした。

車内を二人で捜していると彼の母親が見つかった。

 

「本当にありがとうございます」

「お兄さんありがとう!」

「…」

 

母親は頭を下げて人狼に感謝の意を露わにしている。

子供はポケットから小さな飛行機の木製おもちゃを取り出した。

 

「僕はお兄さんのこと一生忘れないから名前を書いてよ!」

「…」

 

人狼は彼に言われるがままにおもちゃを受け取り、自身のペンで名前を書いた。

それを受け取った子供は母親と手を握り合いながら元の席へと踵を返す。

 

 

ふと、人狼は孤児院に同居していた三人の子供たちを思い出す。

六年前、人狼を含め四人の子供たちと院長と一緒にピクニックに行った。

その際にクリスが異常な程興奮して迷子になってしまったのを覚えており、院長と人狼の二人で捜して、ようやく院長がクリスを見つけ出した。

彼は泣きじゃくりながら院長の右手を握っており、微笑ましく思えた。

 

「ハインツ、君も手を繋ごう。もう迷子探しは勘弁だ」

「…」

 

そう言うと院長は人狼に手を伸ばす。皮が弛み始めた腕、長年絵を描いていたため手には硬いマメが出来ている。

人狼は出された手をそっと握る。まだ身体が幼い人狼の手には院長の手が大きいことを実感し、包まれると肌はごつごつで肌はやや荒れている掌でもあったが、同時に温かみを深く感じることができた。

院長は慈愛の溢れる笑顔を浮かべ、残していた子供たちの所へと足を進める。

人狼たちの歩調に合わせ、一歩一歩と地面を踏みしめていった。

 

人狼は淡くも懐古的な思い出を浮かべつつ自席に戻る。

窓を少し開け、懐からタバコとマッチを取り出して一服した。

紫煙はふわりふわりと部屋を漂い、広い世界へと向かって旅立つ。

先ほど買っていた酒を一口飲む。普段とは微妙に違う風味であったため新鮮であった。

人狼は席に横たわり、目を閉じる。

列車の不規則に揺れる振動が眠気を誘い、すぐに夢の中へと入国する。

背が高いため足を畳む姿は、まるでその姿は幼子のようにも見えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

人狼が目を覚ます。

列車はどうやら止まっているようで外の景色は殆ど変わってはいない。

人狼が眠りに落ちて間もなくした時に列車は停車したのであろう。

何が起きたか状況を収拾するためにドアを開ける。

すると男性の怒号が飛んでいた。

 

「おい、何で止まっているんだ! これから会議なんだぞ!!」

「ま、待ってください。今は落ち着いて…」

「何故落ち着かないといけないんだ! 会議に参加出来なかったらどうしてくれる!!」

 

どうやら中年の男性が車掌に向かって激を飛ばす。その周辺には彼に同乗する者が集まっている。

彼の激の飛ばし方がスオムス義勇独立中隊にて戦闘隊長を務めていた穴吹中尉を連想させた。

それに対し車掌の方も彼らの対応に追われている。

何か線路に問題が起きたのかと仮説を立て、暫くは動かないだろうと思い、自室から外に飛び出した。

 

 

 

そして硝煙と血煙の臭いを嗅ぎとる。

 

どうやら先ほどまで滞在していた街から臭いだしており、列車の上に乗って小さな双眼鏡で覗いてみる。

そこでは大規模な火災が起き、その上空には黒い雲が立ち込めている。

見覚えがある雲の色で、遠くから何かが向かっていることを視認出来た。

急いで双眼鏡で覗くと四体のネウロイがこちらに迫っている。

すぐさまそのことを知らせようと拳銃を引き抜き撃つ。

 

何事かと窓から顔を出す乗客たち、一人の乗客がネウロイに気づいた。

 

「ネウロイだ!?」

「な、何だと!?」

「馬鹿な、此処はカールスラント国内なのに!!」

「うわあああ!! 死にたくない!!」

 

すぐにパニック状態を引き起こした。

窓から飛び降りて退避を行う乗客も勿論いた。しかし車掌は外には出ずに車内で待機しろと指示を送る。

これにより九割以上の乗客は外に出ることが出来なかった。

人狼は出発前にユニットはその列車に乗せられていることを思い出し、すぐさま貨物の車両へと向かう。

鍵が掛かってはいたものも、強引に引きちぎり解錠、ユニットを外へと運び出して装着し、魔法力を流し込む。

 

だが、当然燃料が入ってはおらず起動しない。仕方がなしにMGFF機関砲二挺を持ち、対空砲の代わりを務めようとした。

その間にネウロイは列車に近づき、各々の爆弾を投下する。

人狼は機関砲を振り回して抵抗を続けたものも、爆弾は列車の一部に次々と当たっていき爆ぜる。

外からでも車内に居た乗客たちの絶叫や悲鳴が聞こえる。何処も彼処も阿鼻叫喚の地獄絵図であろう。

爆風で破片が舞い、人狼の頬を傷つける。すぐに治癒するが再度付けられる程にネウロイによる攻撃の手は激しかった。残った車両には人狼が立っている車両だけである。ネウロイの攻撃が集中した。

あの一家を守るために必死に抵抗を続けた。

 

人狼の胴体目がけて無数の弾丸が向かうのに対し、人狼は避けることも可能ではあったがそれよりもネウロイを追っ払うことに専念する。

そのせいで人狼の身体に無数の風穴を作るも対空射撃を続けていた。

だがそれも一体のネウロイによる体当たりで十メートル程吹き飛ばされてしまう。

その隙を見計らって、最後の爆弾を所持していたであろうネウロイが車両を吹き飛ばす。

 

そして爆弾は最後の車両にぶち当たり、盛大に爆ぜた。人狼はただただ傍観することしか出来なかった。

列車の残骸が頭上から降り、ある物が頭に落ちる。

幸い軽い物であったため怪我はなかったが、その物は人狼に強い衝撃を与えることとなった。

ややひびの外傷が確認出来る飛行機のおもちゃで、確かに人狼の字で名前が記入されている。

そうだ。あの子供に与えた物だ。

 

轟々と燃え盛る列車が黒煙を天へと伸ばす。

まるでそれは無念の死を遂げたものに送られる天国への道のようにも思えた。

その道をネウロイは喜々として煙を突き破る。よほど破壊出来たことに悦びを感じたのだろうか。

人狼は足を先ほど滞在していた街へと進める。

去り際に拾っておいたおもちゃを近くの炎に投げ込む。燃焼剤として心もとない量であるが、これにはちゃんとした訳がある。

それはあの子供の私物を渡すため、ただそれだけであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さあ諸君、戦争だ」

 

一方その頃、ネウロイの襲撃があった基地には新しい指揮官が置かれた。

皺だらけの顔面に白髪が増えた髪、そして仕事が忙しくなって剃れずにいた無精髭を蓄えた初老の男性、その名をランデル中将という。

中将は基地からスピーカーで全兵士につらつらと演説を叙述し始める。

 

『諸君らの働きに私はは多いに期待している。戦争は自由、無法地帯だ。愛国心を持っても持たなくても、あの化け物を殺しても構わない、むしろ大大歓迎だ。職場での日頃の鬱憤を奴らにぶつけてから死のう、そうすれば未練もなく死ねるぞ。そして戦友諸君にある股座を使って奴らを思う存分に犯してしまえ、例え穴が無くても無理やり作って挿れろ。そんな素晴らしくも阿保みたいなことが出来るのが戦争だ。さあ諸君!戦争を楽しんで死んでいきたまえ!』

 

狂気しかない演説だったが兵士たちの士気は高かった。

 

「クリーク」

 

一人の兵士がポツリと呟く、その呟きは黒死病の如く広がっていき、最終的には全兵士が右手を挙げ、戦争を連呼しながら一致団結する。

どの兵士の表情は狂気に満ちた笑顔を浮かべ、瞳孔を見開いている。その全体はほぼ宗教と酷似していた、

 

『さあ行け、自分が思うままに行動せよ。さすれば奴らに痛手を与えられるぞ』

 

ランデル中将は悪魔以上の狂気の笑みを浮かべる。

その姿は戦争という悪魔に取りつかれた被害者ではなく、戦争という悪魔そのものであった。

 




Z1型駆逐艦 レーベレヒト・マース

ドイツで生まれた駆逐艦で1935年8月18日進水。1937年1月14日就役する。
艦名は1914年のヘルゴラント・バイト海戦で指揮官を務めたドイツ帝国海軍少将レーベレヒト・マースから取られた。
1940年2月22日ヴィーキンガー作戦に参加。作戦中に友軍機に誤爆される。爆弾が命中しその後爆発、沈没。原因はイギリス軍の敷設した機雷による可能性あり。乗員286名が死亡する。
新型の高圧ボイラーを搭載したが、整備が困難で大きな振動を発するなどと十分な性能を発揮できずにおり、4隻で改良型の1934A型へ移行してしまった。
ちなみに人狼を護衛していたのはZ1とZ2である。


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空戦

「見えるかしら、結構な数がいるわね」

「見えませんよ中尉、貴女以外は固有魔法持ってないんですよ」

「あれっ、そうだっけ」

「そうです」

「港を攻撃されるのはマズいわね、停泊してる船には輸入した武器がある。それが誘爆やらしたら目も当てられないような惨状になるわね」

 

時を遡ること三十分、遠くを視認出来るアニーサ中尉はいち早くネウロイを視認出来た。数はおおよそ二十機ほどで五人編成の飛行中隊でも十分対処できる。

現在停泊している輸送船にはリベリオンから輸入した武器や旧式の戦車やユニットをスオムスへ輸送するための輸送船やらが幾つもある。それらを破壊され、誘爆すると港は壊滅の危機に陥るやもしれないのだ。

それを防ぐために一刻でも早くネウロイに接敵しなければならないのだ。

 

「中尉、港を抜けました」

「そうね、接敵間近よ。即時に戦闘態勢をとれるようにしなさい」

「「「「了解」」」」

 

港を抜け、少々の時間が経過すると固有魔法を持っていないウィッチでも視認出来るほどの距離まで迫った。

アニーサ中尉を以外のウィッチたちは全員実戦を味わったことのない新兵だ。己の傍らであぐらを組んで待機している死がその状況に慣れていない彼女らを怖がらせる。

アニーサ中尉自身も死という恐怖が捨てきれずにいる。無理もない話だ。人間だれしも死という概念は怖いものだ。一部を除いては

 

ネウロイがこちらに気付き迫る。

 

「いいかしら皆、距離が一キロ以上あっても確実に当たらない。だから至近距離で放ちなさい」

「わかってます。けど手が……」

「なーに言ってるの、皆そうなのよ貴女だけじゃない。貴女たちの大好きなハインツは喜んで突っ込んだけど」

「エースだから当然ですよ」

「誰しも初陣の時は恐怖で身体が支配するもんなの、私だってその日は手が震えてスプーン持てなかったんだからね」

「じゃあその反動で太ったんじゃないんですかね?」

「…帰ったらお説教ね」

「うぅ、嫌だけど喜んで受けますよ……」

「いい覚悟ね!」

 

まだ距離があるというのに牽制攻撃とネウロイが光線を照射する。

その光線はウィッチが避け、当たることはなかった。距離が一キロをきった辺りで彼女らも牽制攻撃と弾をバラ撒く。その弾に当たることにより黒煙を吹くネウロイが数機存在した。

彼女らは一人と二人の分隊二組に別れる。なお、隊長を務めているアニーサ中尉は一人だ。

 

「貰ったわ」

 

ヘッドオンを真下に潜って躱す。シールドを張れない彼女が行える最善の行為だろう。すぐさま旋回し、照準を前のネウロイに合わせる。そして引き金を短く引いた。

MG15機関銃から放たれる多量の弾丸はネウロイの装甲を抉り爆散した。

彼女は次の獲物をと偶然真上で飛んでいたネウロイを突き上げる。ネウロイは虚を突かれた動作をする時間も無く無慈悲に白い結晶となった。

 

一方の所で新兵たちはというと二人一組でのロッテ戦術を組むことにより互いを擁護することができ、ゆっくり着実に撃破していく。

その光景を見たアニーサ中尉は口角を上げ、インカムを彼女らに繋げる。

 

「やるじゃない、何か奢るわ」

『美味しいので頼みます!』

『てか生き延びます!』

「ハハッ、その意気込みよ!」

 

だがもう一つの分隊はネウロイに対応できずにやや押され気味である。すぐさま彼女は駆けつけ、機関銃を短めに撃つ。

ちょうど真上から攻撃をしようとしていたネウロイに当たり撃墜、アニーサ中尉が来てくれたことにより安堵の表情を浮かべる。

 

「ありがとうございます!」

「怪我は?」

「互いにないです」

「ならいいわ、なるべく擁護しに来るからそれまで耐えなさい」

「「了解!」」

「まだまだやるわよ!」

 

バンダナを口と空いた手できつく縛る。縛り終えると空高くへ急上昇を行い、ユニットに魔法力を多く流し込む。

ネウロイたちはそれに釣られて上昇しながら追いかけてくる。

その光景を見た彼女はニヤリと笑う。

 

「貴女たち! 釣り上げるからそれを狙いなさい!」

『『了解!』』

 

彼女らも上昇し、アニーサ中尉を追いかけていたネウロイにそれぞれの機関銃が火を噴いた。弾丸はネウロイを貫いていき、偶然アニーサ中尉のユニットを掠った。

 

「誰よ! 危なかったじゃない!」

 

流石の彼女でもこれには肝を冷やしたらしい。

ともあれ半数以下を減らすことが出来たことにより多少の余裕ができた。

今度はネウロイの方も一挙に襲い掛かる。

 

「…こうなったら一人ずつ分散、死んでも責任は無しよ」

「けど、私らは新兵じゃ……」

「大丈夫、私がいるじゃない!」

 

ニカッと満面の笑みを彼女らに見せつける。その笑顔を見た彼女らは意を決したように分散、攻撃を行う。

アニーサ中尉も遅れを取らずに接近して攻撃する。

一度ネウロイに背後を取られてしまうも縦旋回を数度行う。手慣れた機動により見事後ろを取り、その機動は曲芸だ。

 

「よくも私を殺そうとしてくれたわね、賠償よ!」

 

音が繋がるような発砲音に比例する程の弾丸が放たれる。その弾丸はネウロイを確実に貫き撃破、また前方からネウロイが迫り来る。

ネウロイからは銃弾がこちらも負けじと銃弾を集中させる。

彼女の柔らかな頬を傷つけるもネウロイは見事海原に白い結晶となって落ちていく。額に浮かんだ汗を拭う。

 

「ぜーぜー、やっぱシールド無いとキツイ…」

『隊長、こちら撃破し終えました。被害無しです」

「よくやったわね、じゃあ帰投しましょう」

 

 

基地に帰投しようとしたその時、突然大きな爆発が空中に響き渡る。

顔を青くしながら港の方へ顔を向けると港からは黒い煙が港を覆っており、轟々と燃え盛る炎を確認出来た。

 

「くそっ! 囮部隊だったか!!」

『すぐさま港を防衛しましょう!』

「そうね、すぐに…」

 

突如として無線からノイズが入る。何事かと辺りを見回すと黒煙を吐きながら何かが墜落している。

アニーサ中尉は目を凝らしてよく見るとそれはユニットでありユニットより上はなかった。

 

『あっ、あっ……』

「…一機撃墜確認。死を弔う時間は無い、救援に行くわ」

『はっ、はい!』

 

ユニットの出力を最大にして急いで向かう。

その間にネウロイが奇襲攻撃を仕掛けて一人のウィッチを殺した。その際の絶叫が耳にへばり付いて取れずにいた。

 

 

「小型の爆撃機ネウロイを撃墜しなさい!」

「「了解!」」

「はああああ!!」

 

背後から狙い撃つアニーサ中尉、自身目掛けて放たれる光線を紙一重で躱しながらダメージを蓄積し、ついに耐え切れなくなった左翼が折れ、墜落する。

これで六十機撃破なのだが嬉しいという感情は一切湧いてはこず、むしろ虚無感が大量に湧いてくるのだ。

 

「やらせない!」

 

一人のウィッチが急降下して爆弾を投下しそうなネウロイに追従し撃破しようと弾をバラ撒く。しかしあまりにも遠すぎてさして当たらずに投下させてしまう。

その際にネウロイが投下した爆弾が爆風を巻き起こし、彼女は巻き込まれてしまう。

何とか態勢を立て直せたのだが、遅れて鉄パイプが飛翔。運悪く彼女の首を串刺しにした。

 

「あがっ、がは……」

 

口から赤黒い血液を零し、眼が虚ろになる。鉄パイプからは水道をきつく止め忘れたかのように血がポタポタ垂れていく。

ユニットに魔法力が供給されなくなったためエンジンは停止、真っ逆さまになって墜落していった。

 

「そ、そんな…」

「…これが戦争よ。忘れないで」

「こ、こんな・・・。こんな恐怖を伴いながら死ぬなんて私には出来ない!!」

「落ち着きなさい! 錯乱しないで!!」

「こ、こんなのならウィッチにならなければ良かった……」

 

アニーサ中尉が必死に止めるも無視し、機関銃を手から離す。機関銃は瓦礫の野原へと落下していく。

すると彼女は腰に付けたホルダーから拳銃を取り出し、口に咥える。そして酷く無機質で冷たい音を響かせ、落下する。

 

「…ふざけるんじゃないわよ!!」

 

目尻に涙を浮かべて叫ぶ。涙が頬を撫で、傷口に染みた。

だがそれすらも彼女には感じなかった。それは自分に対する怒りとネウロイに対する憎しみのせいであった。

唇を思いっきり噛みしめると血がじんわりと滲み、血独特の味が口の中に広がる。それが彼女の感情を倍増させた。

 

「私は、私は生き残る! 生き残ってあの子に、ハインツに逢うんだ!!」

 

ユニットを駆り、無事かどうかすらもわからない基地に帰投しようとする。

その目には固い決意が浮かんでいる。

 

 

 

 

が、人生というものはそう簡単にはいかない。

知らず知らずに真上で狙っていたネウロイが取り付けられていた機関砲で撃ったのだ。

凶弾は確実に彼女の元へと向かっていく。

虫の知らせを感じ取った彼女は上を向くと、眼前に大口径の弾が迫っているのを視認した。

走馬燈が脳裏を巡る。走馬燈には色々な楽しかった思い出が次々と浮かび、中には人狼の姿があった。そして人狼と関わっている時が自分が一番輝いていた。

生き残りたいのに眼前には冷酷な死が差し迫る。憎しみから恐怖の涙に変換させてしまう。

 

「助けてハインツ」

 

彼女の願いも空しく頭部と右腕を消滅させ、彼女も加速を付けながらするすると落下していく。

港上空を飛んでいるウィッチは誰一人存在しなかった。

 




MG15

ドイツで生まれた機関銃、ラインメタル社によりスイスのMG30の発展型として開発された。
旋回機銃として利用され、毎分1,000発以上の発射速度を持っており、約4.5秒でマガジン内の銃弾を使い切る。
MG15は第二次世界大戦で旧式になったが汎用性が高かった。
しかし陸で使うのには不便で良い評判はない。


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兵士

人狼は燃え盛る街をひたすらに歩く。

地面には人狼よりもサイズが大きい足跡が幾つもつけられている。

懐から煙草を取り出し近くの炎から点火させ、吸う。紫煙を吹くと黒煙と混じり合ってすぐに掻き消されてしまった。

街に来たものも何をすればいいのかがわからない、到底この様子だと生存者は少ないに違いない、陸戦ネウロイが上陸しているため瘴気を辺り一面にバラまかれている筈だ。

仮に瓦礫との間に生存者が居たとしても瘴気によって殺されているだろう。

だがウィッチは違う。魔法力というものは便利なもので瘴気などの毒ガスを無効化出来るという。

 

「…」

 

弾の切れた機関砲を背負いふらふらと散策を続ける。

喉が渇いたので煙草を捨て、水筒を取り出すがどうやら底が空いている。先程の戦闘で割れてしまったようだ。

仕方がなしにただただ歩くこととなった。

 

途中、ネウロイが食べたであろう車があった。

所々穴が開いており、比喩するなら酸で紙を溶かすかのような状況だ。

幸運にもその車は警察車両らしく、助手席にはショットガンを見つける。

それと同時に運転席にはハンドルを強く頭にぶつけて死んだ警察官がおり、人狼はその警察官を車内から降ろして勢い盛んな炎の中に投げ入れる。

炎は燃焼物を入れられた喜びで勢いを強くしてみせた。

機関砲を地面に刺してショットガンを代わりに背負う。弾は四発と少なく貴重である。

一様、モーゼルが二挺あるのだがこれで難を乗り越えられるかは不安で肉弾戦が得意とはいえやはり遠方から攻撃したいに決まっている。

慣れた手付きで装填し終える。

 

 

散策してからもう一時間が経過する。

ふと嗅ぎ慣れた匂いが人狼を誘う。人狼は誘われるがままに連れられてしまう。

路地を抜けて横を向くと、そこには無残な遺体が一体横たわっていた。

その遺体には部品が飛散したユニットが履かれており、すぐに人狼と同職である航空ウィッチだと断定出来た。

遺体は高所からの落下で車に轢かれた蛙の如く臓物を地面に散乱させ、掻き消された頭部と右腕の損傷が霞んで見える程には。

 

生前からこのような惨状は初めてではなかった。これよりも酷い遺体を人狼は幾つも見ている。

敵の航空機から無数の弾丸が放たれる機銃掃射にて全身の体をミンチにされてしまった兵士、戦車砲が体に直撃して赤い霧となって消えた兵士、赤痢に掛かり水不足の北アフリカ戦線で脱水症状となって死んでいった兵士と戦争にはありがちな死に方だ。

 

火葬をするために彼女の遺体を持ち上げようとする。

そこで人狼は気付いた。

左手首にバンダナが巻かれている。青色よりかは藍色のバンダナだ。

記憶の海から鮮明な思い出が水泡のように浮上してきた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ねえハインツ、お別れなんだからさ何か頂戴よ」

「…」

「いいじゃないウィッチとしては前線を去るのよ私。思い出と表して何か欲しいわ」

「…」

「ちょっと何よバンダナって。てか、教え子から貰えるって…何か……こう照れくさいわね」

「…」

「何よ私が照れちゃいけないわけ! まっ、お互い死なずにいきましょう、スオムスから帰ってきたら思い出を肴にして飲みに行きましょう。当然貴方の奢りだから!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そう、人狼に航空技術を与えてくれたクルマン・アニーサ中尉だ。

彼女にしかこのバンダナをあげてはいない、人狼は瓦礫から板を引っこ抜き、それをスコップ代わりと地面を掘り進めていった。

お世辞には軟らかいとは言い切れない地面を板で削り掘っていく、三十分掛かってようやく人一人分の穴が出来た。

その穴に彼女の遺体を優しくいれて唯一火炎の中で生き残ったであろう花を一輪落とす。

最後にその穴を埋めて、ユニットを突き立てる。

人狼は膝をついて死者を追悼する態勢を取って祈る。

哀れな少女がヴェルハラで楽しめるように、と……。

突き刺していたユニットの一部に一筋、ひびが走る。

 

クルマン・アニーサ中尉、二十歳。紅色隊の隊長。港湾防衛のために命を燃やし尽くし、殉死

 

 

追悼を終えて散策を再開させる。

幸運なことにも一台のバイクを発見した。R32と呼ばれるオートバイだ。

傷も一切ついてはおらず、エンジンをかけるとすぐに起動し、排気ガスを単調なリズムを取りながら吐き出した。

人狼はバイクに跨りアクセルを回す。オートバイは歩くよりも断然速いスピードで前進する。

その風貌はまだ十四歳の子供とは思えない程、人狼に似合っていた。

 

 

オートバイを駆り出して二十分、地図を確認しながら結構な距離まで移動することが出来た。

もうそろそろ近くの基地に到着できるほどである。

だがそこで漆黒の化け物と出会う。

ネウロイたちは身長五メートルが四体と小規模な群れを作り、基地の方へと進んでいく。

これを止めなければいずれ基地が壊滅の危機に陥る、とそう判断した人狼はオートバイのエンジンを切り、安全そうな場所へ停める。

そしてネウロイたちに目掛けて突撃をかました。

 

ネウロイたちは突然の奇襲に反応できず、人狼の魔法力が込められたショットガンの一撃を放つ。弾はバラまかれ装甲を大きく削り、その内一体のネウロイの核が丸出しになる。

そして核を踏みつけて破壊、飛んだことにより七メートルほどの高度を得る。すると今度は空中で回転したことにより威力を増した踵落としをネウロイに喰らわす。

衝撃により内部の核ごと割れて白い結晶に姿を変えた。

 

だがここまで黙っているネウロイではない、幾つもの人間を殺してきた高出力の光線が人狼の頭部を掻き消す。

けど、それだけじゃこの化け物を殺せない。瞬く間に霧が損傷した頭部に巻かれる。

その霧は頭部を再構築させて、再生を終える再攻撃へと移行した。

リロードを終えてまたもや突進、脚部をショットガンで破壊し、そのショットガン本体で殴打するとネウロイは瓦礫へと吹き飛ばされる。

残ったネウロイは怒りを表すか如く金属音をあげるが、それはまったく意味の無い行動で人狼は狼化してネウロイを噛み、鋭い歯が硬い装甲を貫き、核まで達した。

歯が核まで達すると核が割れるのを感じたので離す。

背後から光線が何条も照射され、被弾するもそんなのは効果がない。

巻きあがった土煙を突っ切り人狼は爪で装甲を削る。核が露出したのでその核を前足で踏みつけると白い結晶となって消える。

 

最後のネウロイを倒し、狼化から姿を戻す。

殴打するために使ったショットガンは大きく湾曲して使い物にはならなかった。

地面に投げ捨てオートバイを取りに戻る。比較的安全な場所に停めていたため損害はなくエンジンを掛けて基地へと向かおうとした。

 

「おい、そこのお前待て!」

 

といきなり声を掛けられる。

狼だった際の姿を見られたら厄介だと腰に掛かったモーゼルに指を掛ける。

理由はというとどうやらこの世界において狼化などの獣化出来る魔女はほぼ存在しないらしく、ただでさえも男性で魔法力を保持している上、固有魔法を二つ持っていると稀有な存在と認識されているので狼化が新たに追加されると、国は研究材料と表し、数々の人体実験が行われると危惧したからだ。そうなると伝承通りに銀を埋め込まれ、人狼が志した死に方ではない死に方が待っているかもしれない。

後ろを振り向くとサイドカー付きのオートバイにヘルメットを被った軍人がそこに居た。軍服を見る限りカールスラントの兵士だ。

 

「今ネウロイの声がしたのだが何処に居るか知っているか?」

「…」

 

迷わず指を指す。うっすらとネウロイの白い結晶が残留していた。

驚きながら軍人は接近してきた。

 

「た、大したものだな。ん? 貴様顔を上げてみろ」

 

軍人に言われるがままに顔を上げると軍人はやはりと顔を緩めた。

 

「申し訳ない、ハインツ中尉殿。まさか貴方がネウロイを撃破するとは話に聞いてはいましたがまさかこれほどまでとは」

「…」

 

彼が言う分には狼化した際の姿は見られてはいないらしく、人狼の考えは杞憂であった。モーゼルの指を解く。

彼は敬礼をしながら告げる。

 

「申し遅れました。私の名はラッセル・ダイクレス、階級は軍曹です」

「…」

「ここで会ったのも何かの縁、どうです? 基地まで案内しますが」

 

どうやらラッセル軍曹は基地の場所がわかるらしい、地図を片手に移動するよりも効率は良かった。

人狼とラッセル軍曹は各自のオートバイを駆け、彼が在籍していたであろう基地へと向かって行くのであった。

 




ブローニング・スーパーポーズド

アメリカで生まれた散弾銃で天才発明家ジョン・ブローニングが最後に設計した銃である。開発は1920年代初頭に行われた。
欧州における第二次世界大戦の激化とベルギーの戦いで連合国が敗北しナチス・ドイツの占領下に置かれた事で生産中止となったが、1939年までに約17000挺が製造された
第二次世界大戦後、スーパーポーズドは1948年より生産が再開された。


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解散

人狼たちがバイクを駆ること三十分、舗装された道路の先には大きなバリケードが構築されているのが確認出来る。

よく見るとバリケードの隙間からは銃が先を出している。

 

「着きました。ここから先が我らの基地です」

「…」

「ちなみにバリケードを迂回するためにはあっちの小さな道を通ります」

 

軍曹が指を指す方向にはバリケードを避けて内部に入れるようにと簡単な道路が引かれており、爆弾を用いてで突貫工事されたのか少々道が荒く、狭さとしては何とかトラックが通れる程の隙間である。

曹長と人狼は一旦バイクから降りて道路を歩いていく。狭い道路を抜け、再びバイクに乗車、アクセルを回す。

バリケードを抜けてもなお陣地が設置されており、対戦車砲が3.7cmPaK36通称ドアノッカーを中心として建物の瓦礫や土嚢で守られている。

後に知りうることとなったが、基地周辺八百メートル圏内には戦車や対空砲に対戦車砲が息を潜め、歩兵が市街戦や索敵を可能にするために瓦礫の陰で待機している。

もしこれが対人戦争ならば効果絶大である。しかし、今回の敵は怪異のためどれほど通用するかはわからずにいた。

 

バイクを門の傍に停め、門を抜けて基地内に入ろうとする。

その際に門番らしき兵士が人狼たちを止めようとするも制服の階級章を見て敬礼した。

門を開け、基地の中へと案内される。

 

「私はまだ任務があるのでここでお別れです」

「…」

「それと閣下が呼んでいますのでお会いしてください」

 

曹長は踵を返して基地を出ていく。

人狼は一体誰が呼んでいるのかと疑問を抱きながら階段を上り、司令部へと歩みを始める。階段を上っている最中にふと窓を見た。万里の長城のようなバリケードが家を隔てる塀のように見え、バリケードが突破された際に対応出来るようにと対戦車砲が視認出来る。

重圧感が溢れる扉の前で居座る兵士に顔を見せると兵士は横に退け敬礼を行う。それは人狼の知名度が高いのか、それともあらかじめ来たら通すように言われていたのか。

年季の入った扉を開けて入室する。

 

 

「やあやあ久しぶりだね、私の大事な玩具君」

「…お久しぶりです。ハインツ中尉」

 

そこにはコーヒーを嗜んでいるランデル中将と忙しく書類を作成しているダロン大佐が居た。すぐさま人狼は敬礼をする。

ランデル閣下は狂気溢れる満面の笑みを人狼に向け、いきなり口を開きだした。

 

「やはり私の目には狂いは無かったぞ、沈黙の狼ハインツ・ヒトラー中尉。本当に君は素晴らしいなぁ」

「閣下、そろそろ休憩を止めて仕事してください」

「嫌だ。私は元々事務作業は苦手、むしろ陣地構築やら士気を上げたり作戦を指示する方が得意だ」

 

薄々人狼は勘づいていた。

完璧な陣地構築が出来る人間はそうそういない、自身の予見を活かせる人物は少ない。

しかもネウロイに襲撃されて一日も経っていないのにも関わらずに構築となると常に戦争について考えていた人物、それはランデル中将しかいないのだ。

ダロン大佐は駄々をこねる閣下を横目で流しながら人狼に問いかける。

 

「申し訳ないが中尉、貴方には戦ってもらいます」

「…」

「残念ですがもう拒否権は無いのです」

 

大佐は申し訳そうに人狼に語る。

それもそうだろう、子供に責任を果たすように指示しているからだ。このような事は彼の良心が痛んでいた。

 

「実はこの基地に一台のストライカーユニットがありまして、現在それを整備しています。それに履いてこの地区の制空権を保持していただきたい。さすればネウロイに対する反撃の糸口があるかもしれ」

「残念だが無理だ」

 

カップを空中にと放り投げる閣下、カップは重力に抗えずに弧を描いて割れてしまう。

床にはカップの欠片が散乱している。

 

「このカップを見ろ、衝撃を受けて割れてしまった。それが現在の我らの状況だ」

「…何が言いたいのかわかりません」

「そのままの意味だよ。もう崩壊は始まってしまい、我らの状況がこのカールスラントを言い表せるほどまでにきっとなるだろう」

「つまりは此処を破棄して逃げろと仰るんですが」

 

大佐の言葉には熱を帯びている。彼の鋭い眼光が老体の身である閣下に突き刺さる。

しかし閣下はそんな姿を見て笑みを浮かべだした。

 

「そうだその通りだ大佐。傷がさらに酷くなる前に何処かに保管してしまうのが一番なのだよ。さあ荷物を纏めてくれたまえ、カップの傷が少し広がったからな」

 

閣下が棚へと向かい、重要な書類を鞄に入れ始めた。その途端に無線が入る。大佐は即座に無線機を繋げる。

無線特有の雑音が部屋全体を支配した。

 

『北西部から報告します! ネウロイが現れました!』

「場所は?」

『い、今八百メートル圏内に侵入しました!』

「すぐさま迎撃せよ、戦車隊に位置を知らせろ」

『それが応答が無いのです!』

「はあっ!?」

『と、逃亡したと見受けられます!』

「…それはないと思うぞ兵士よ」

 

身支度を終えた閣下がいつの間にか大佐の隣に移動していた。

いきなり現れた閣下に驚いた大佐は無線機から手を離す。だがそれを受け止めて会話を続行させる。

人狼はいつネウロイが現れてもいいようにと武器を点検している。

 

「北西部に配備したF部隊は好戦的な隊員たちの集いだ。決して逃げることはない」

『では何故応答出来なかったんでしょうか』

「二つに絞られる。無線機の故障かF部隊の全滅だろう」

『ですが銃声も爆発音も聞こえませんでしたが・・・』

「ハッハー!我々の俗説通りにわざわざ動いてくれる怪異と思うなよ。恐らく奴らは音を抑える殺しをしたのであろう」

『そ、それは……』

「小型ネウロイの奇襲だろう、光学兵器は音も出ないしな」

『ま、まさかですが、今目の前に止まっている赤黒い蝶のじゃ』

 

ぷつりと無線は切れて再び雑音が部屋を包む。

先程の会話に満足したのか前歯がコーヒーと煙草を吸って黄ばんだ歯をむき出して、気色悪い暗雲一つも無いような快晴の笑みを人狼たちに向ける。

 

「大収穫、奴らは蝶にもなれるらしいぞ!」

「このことは全兵士に伝えましょう」

「そうだな伝えよう。絶対に驚くだろう、それこそ脳みそがぶちまかれるほどに」

「基地から出た大隊が戻ってくれば・・・!」

「現実逃避はよくないと日頃私に言っているだろう、多分全滅だ。壊滅してれば運がよければだがね」

 

その時、突如地震に襲われる。

タンスが倒れ、大佐を押し潰そうとするが人狼が支えて難を逃れた。

地震が起きて兵士たちもパニックになっているのか中からでも悲鳴や狼狽える声が耳に刺さりまくる。

 

「さあ、序章が始まるぞ」

 

閣下は窓枠に手を伸ばす。

門前からモグラが出てくるかのように地面が盛り上がり、そこから一本の触手が先程番をしていた兵士を叩いた。兵士はというと身体を強く打ち付けて内臓やらが露呈している。

あまりの惨状に付近で待機していた兵士は静まり返る。

その穴から顔を出した。勿論正体は言わずと知れたネウロイで、種類は大型の陸戦ネウロイだ。

我に返った兵士はネウロイに向けて発砲するも豆鉄砲では有効打にはならず返り打ちに遭っており、兵士が発する断絶魔がネウロイに対する恐怖をさらに増長された。

 

「ランデル中将にダロン大佐殿、それにハインツ中尉はすぐに避難を」

 

ドアの前に居た兵士は言い終えることもなく壁をぶち破って来た光線に身体を貫かれ絶命する。

再度間近でネウロイを視認した二人は正反対で、閣下は喜々としているが大佐は冷や汗を流して狼狽えていた。

 

「さあ逃げるぞ、今の彼の忠告を聞き入れようか。あぁ荷物を纏めて正解だった」

「くっ、まさかまた遭うとは…!」

「…」

 

 

二人と人狼は一階まで降りて車庫へと向かう、車庫にはよく磨かれた黒塗りの高級車が置かれていた。

だが運転手はおらず、仕方が無いので大佐が運転席に乗り込む。

人狼は車には乗らずにモーゼル二丁を抜いていた。

 

「中尉、乗ってください」

「いいやもう行こうか、愛しの兵器は戦いたいそうだ」

「…ご武運を!」

 

エンジンを吹かし二人は車庫を勢いよく飛び出した。

ネウロイの触手は車を押しつぶそうとするが人狼による援護射撃で難を逃れ、避難経路へと行ってしまう。

魔法力を込めた一撃が痛手となったのか穴へと戻っていく。

 

「が、がはっ…」

 

車庫を出ると息絶え絶えの兵士が横たわっていた。

傷の具合を見る限り助からない、服装からして整備兵らしく、工具がポケットに仕舞われている。

 

「ちゅ、中尉殿…ユニットは…もう、整備済み…です……」

 

それだけを言い残し整備兵は息絶えてしまう。

人狼は彼の言う通りにバンカーへと向かうのであった。

 

 

バンカーに辿り着くとある男性が銃を持ちながら酒を飲んでいた。

近づいていくとその素顔はラッセル曹長だった。

 

「ご無事で何よりです。さあ空路で避難を」

「…」

「あいにく武装はこのライフルですが無いよりはマシです。さあバンカーが攻撃される前に早く」

 

人狼はユニットを履きエンジンを起動させる。

種類はbf109で燃料は満タンと喜ばしい状況だ。曹長からライフルを受け取り、離陸する。

離陸して対地攻撃を行おうとした際に突如として基地が爆発する。

炎と爆音が暗闇によく映えた。爆風が人狼のバランスを崩そうと襲うも、何とか態勢を立て直した。

眼下は爆発の威力がわかる程の深い傷跡が残り、生存者は居ないと瞬時に判断出来た。

人狼はポケットを探って方位磁石を取り出した。

もしもこのまま西に行けば人狼の生まれ故郷が待っている。

 

 

家に帰りたい

 

 

いつの間にか人狼の心の中では帰巣本能が芽生えていた。

人狼はその感情のままにユニットを西の方角へと駆りだしていくのであった。

 




モーゼルc96

ドイツで生まれた拳銃。
C96は1896年から1937年までの41年間にかけて製造された。最終的な生産数は100万丁を超えると言われている。
国外からも評判は良く、若き頃のチャーチルも好んでいた。
ちなみに大量の拳銃を付けた後部機銃が存在する。


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帰宅

人狼が空を飛んで一時間が経過した。

幾ら燃料が満タンといえども出力を最出力にするのは愚策だ。現状では80%で抑えている。武装はライフル一挺にモーゼル二丁、それにライフルに至っては残弾が十五発しかない、モーゼルは今入っている弾倉と他の弾倉があと一つしかないという危機的状況である。

貧弱な武装を抱えて西へ西へとユニットを駆っていくのであった。

 

「おい早くしろ!」

「うるせえ! そうしてるんだよ!!」

「母さん早く!」

「わかってるわ、さあ行きましょう」

 

眼下には溢れ出る避難民がネウロイの脅威から一刻も早く逃れようと必死に移動している。空から一望するとそれはまるで蟻の行軍を彷彿とさせるものであった。

そろそろ孤児院に着くと思い煙草を口にし、マッチで点火、紫煙を吹きだす。紫煙は夕暮れの空へと溶けていく。

 

やっとのことで人狼が生まれ育った街に到着した。

上から見る限りどうやら市民の避難は終えており、先程までの光景は見られなかった。

人狼は何処に着陸しようかと辺りを見下ろす。すると通っていた小学校の校庭が見え、そこに着陸しようと考えた。

地面すれすれまでゆっくりと降下、出力を切りユニットの先端が地面に触れる。

しかし非常に不安定で道化師でもない人狼は態勢を崩して背中を打ち付けた。鈍痛が身体全体に走るも、ユニットを脱いで立ち上がる。

運よくリアカーを見つけ、ユニットを載せて引っ張っていった。

 

街の様子はというと人を見つけることができずに、この街には何も無かったかのようにも思えた。野良猫がのうのうとカフェのテラスにあったテーブルで寝ている。

やっとのことで孤児院に帰ることができた。

ポケットから古びた鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。鍵はカチリと心地よい音を立てて解錠する。人狼はリアカーと武器を置いて中へと侵入していった。

 

部屋の内装はというと殆ど変わっておらず人狼は自分がタイムスリップしたかのような気持ちに陥った。軽快な音を立てて階段を上がり子供部屋に入る。

そこには昔使用していたベッドに机があり、写真立てには院長とピクニックに行った際の写真を見つける。

それは集合写真で人狼以外に住んでいた三人の子供は太陽のような眩しい笑顔と何かを頬を緩めている院長の姿があった。

ふと赤いアルバム帳を見つけページを開く、そこには人狼が軍へと行ったその後の物語が貼られており、各々の喜怒哀楽が小さな写真に収められていた。その表情を見ることができなかった人狼は後悔しているようにも思えた。

 

 

 

「ハインツ」

 

 

後ろから声を掛けられる。

やたら耳にのこり慈愛に満ちて聞き慣れた声だった。人狼は後ろに顔を向ける。

 

「お帰り、我が息子よ」

「…」

 

そう、孤児院を経営しているアドルフ・ヒトラーだった。

彼の身長は人狼よりもやや小さいが、人狼にはとても大きく見えていた。相変わらずちょび髭を蓄えて、至る所にしわがあり、最後に見た姿と同じである。

ほんの少しばかり人狼の表情筋が緩んだ。

 

「今日お前に会うことができて私は幸運だな」

「…」

「大きくなったな、最後に会ったのはもう二年前だった。ラジオや新聞で話は聴いているさ、昇進おめでとうハインツ」

「…」

 

院長はしわ寄せた笑顔を浮かべ、人狼を抱きしめる。

近くに近寄ったことで気付いたのだが彼特有の黒い髪には幾つも白髪が混じっており、確かに時間が経過したことが非常に感慨深かった。

 

「安心しろ、この街に居るのは私とお前だけだ。子供たちは学校の教師に連れられて避難した」

「…」

「なに私は自らの意思で此処に残ったのだ。そう、お前が帰ってくると信じてな」

「…」

「そして私の思惑通りお前は来てくれた。こんな幸運は滅多にない、そう私の幸運を全て使い切ったようにも思えるよ」

「…」

「さあコーヒーを淹れよう、今は代用品のマズイコーヒーしか流通しているが本物のコーヒーだ。好きだっただろう」

 

人狼の手を連れて階段を下がった。

人狼はこんな楽しい時間は一生続けばいいのにと懇願した。

 

 

 

 

 

だが、それは怪異が許さなかった。

 

突如として轟音が鳴り響き、院長はバランスを崩して床に倒れ伏せてしまう。

急いで人狼は院長を立ち上がらせてリビングまで運び、椅子に座らせた。人狼は急いで孤児院の屋根に上がる。

そこに起きた光景は家が火炎に巻かれて炎上し、上空には小型の航空ネウロイが爆撃に機銃掃射と対地攻撃を行っている。

すぐさま反撃するために屋根から飛び降りてリアカーに載せたユニットを履きライフルを持った。リアカーを掴んで上手く離陸しライフルを抱えて上空に飛び立つ、その姿は己の縄張りを荒らされて怒り心頭の狼のようであった。

 

高度を早く取るために出力を最大出力にして上昇、bf109特有の高い上昇力を活かす事ができ、高度は二千メートルまで上昇することができた。

斜め上から人狼は加速しながら街を破壊していたネウロイに向けてライフルを発射、魔法力を保持した弾丸はネウロイを貫通して白い結晶へと姿を変える。流石のネウロイもこれには反応できなかったらしい。

コッキングをして次弾装填、次の敵へと照準を合わせる。

ネウロイは回避しようと旋回する。しかし、ユニットを格闘戦が不向きの重戦闘機ではないため難なく照準を合わせて引き金を引いた。

だが弾は逸れる。もう一度コッキングして放つもこれまた失敗、今度こそと放った銃弾は貫いた。だけどそれは致命傷にはならず白い煙を細くたなびかせている。

弾が当たったことによる効果でスピードを出せずにいるところを、人狼は急接近してライフルで叩き落した。落下している最中、態勢を立て直すこともできずにそのまま地面に衝突して爆散する。

最後にライフル内に残った弾丸を明後日の方向に打ち込み、新たな弾倉を取り出してリロードをする。

 

こちらに向かってネウロイ二体が光線を照射し、人狼の横腹が抉り取られる。仕返しと言わんばかりにライフルを撃つ。横腹には霧が巻かれて治癒していき、ものの一秒で完治した。

コッキングして発射、コッキングして発射を何度も繰り返す。その結果ようやく一体撃破するも後ろにつかれて光線を放ってくる。

人狼は眉を暗くする。何故なら人狼はユニットや己の体型状、格闘戦が不得意であった。そのためいつもは後ろにつかれたら僚機が対応してくれるのだが生憎今はいないのだ。

最後の弾丸を放ち終えてリロードしようと弾帯に手を伸ばすも、ネウロイは器用なことをやってのけた。それはライフルを破壊したのだ。一条の真紅の光線はライフルを貫通して人狼の胸を貫いた。口からは鮮血が零れる。

胸に霧が巻かれ治癒しようとするも次々と風穴を空けていき、攻撃により魔法力をユニットに上手く流せずにいた人狼を追い抜かす。

しかしそれは失態であった。それは人狼がモーゼル二丁を抜いていたのだ。

すれ違った一瞬の瞬間に抜いて連発、ネウロイの装甲は削られていき白い結晶となって消えた。

人狼は辺りを見回した。もうネウロイもいない、恐らくはぐれネウロイか偵察部隊だと踏んで孤児院に帰投しようとした。

 

 

だがその判断は間違えていた。

突如として街全体が空爆されたのだった。地獄の様子を書かれた絵画のように炎が街全体を包みこみ、ガスが爆破して激しく炎上していく。それは別の建物へと延焼していき、新たな建物が燃えていくのだ。

嫌な予感を感じて上へと視線を見上げる。

そこにはスオムスに居た時に見た大型ネウロイが二体空を航空しており、その周囲には子機が無数にも護衛している。

人狼は急いで孤児院に向かう。

 

孤児院はというとそれはもう悲惨な惨状であった。業火が瓦礫に移り炎上、よく遊んでいた手製のブランコが樹丸ごと燃えていたのだ。

人狼はリビングがあったであろう場所の瓦礫を退かしていく、感覚と嗅覚を研ぎ澄まして掘り出していくのだ。

そこで院長の指が露呈した。その指を辿っていくと院長を見つけた。

 

「あぁ、ハインツか……」

 

彼の目は虚ろでまさしく風前の灯火という状況に置かれていた。

しかし瓦礫によって下半身は隠されており、人狼はそれも退かそうと手を伸ばす。

すると手を彼は掴む、一切力を感じなかった。

 

「私はもう、助からない」

 

全てを理解した弱弱しい口調で、とてつもなく冷淡な言葉を彼の口から吐き出された。

その言葉を聴いて人狼は腕を止めた。

 

「や、やはり全ての…運を使い尽くして……しまったからなのか。残…念だ」

「…」

「やはり死ぬことは、怖いものだ……」

「…」

「なあハインツ…願いが、ある……」

「…」

「お前の、お前のもう一つの姿を見せてくれ……」

 

どうやら彼は人狼の正体を掴んでいたらしい。

霧化や恐ろしいまでの治癒能力、それから特定したのだろうか、人狼は一歩後ずさり姿を変貌させる。

身体は大きくなり、爪や牙がむき出しになる。そして艶のある銀毛に覆われた一匹の大狼が現れた。

それを見た院長は恐怖を抱くこともなく笑みを浮かべた。

 

「あぁ、俺が幼い時に夢で見た狼だ。……ありがとう、我が息子ハインツ・ヒトラー」

 

そのまま院長は瞼を閉じる。大きな特異点としては彼の死に顔は非常に満足げな笑顔であった。

ブランコを支えていた樹がついに折れる。

その街に場違いな狼の悲痛の遠吠えが遠くにまで響き渡った。

 

 




bf109

ドイツで生まれた戦闘機、ドイツの戦闘機と言えばこれと知名度は高い。
本機の生産数は30000機を超え、歴史上もっとも生産された戦闘機であると同時にエーリヒ・ハルトマンやゲルハルト・バルクホルンといったエースパイロットを輩出させた。
初実戦はスペイン内戦、速度も武装も機種を変えるごとに上がっていく。
とても評判が良い、しかし航続距離が短いためバトル・オブ・ブリテンではあまり活躍できずにいた。
なお、人狼が履いていたユニットはbf109E-1である。


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対峙

ネウロイに侵攻をされてから数週間が経過した。

その間に小ビフレスト作戦実施、ベルリン近郊より民衆を避難し、ガラ空きとなったベルリンは陥落、カールスラント皇帝家はベルリンより撤退することとなった。

しかし、依然として戦闘は続行、最悪の撤退戦になっていたのであった。

 

 

『陸戦ネウロイ確認、おおよそ二十体』

「了解した。偵察を続行しろ」

『了解』

 

それからというもの塹壕が構築され、町を全体に二重の防衛線を引かれている。西へと繋がる道路の十キロ先には難民キャンプがあり、此処を突破されると被害が確実にでるだろう。

突然、耳を傾けていた無線機から耳をつんざく雑音が通り抜ける。

思わず無線機を耳から離して耳を抑える。

 

「大丈夫でしょうかハンネス少佐殿!」

「…あ、あぁ大丈夫だ。気にするな」

「お、おい見ろよ!」

 

塹壕である新兵が指を指す。その先にはもくもくと黒煙が狼煙の如く上がっていた。それを見て少佐は口を歪める。

 

「…やっぱり撃破されたか」

「もしや偵察部隊ですか」

「そうだ。全兵士に告げろ、銃を構えていつでも撃てるようにしろと」

「了解しました!」

 

返事をした隣に居た兵士は塹壕の中で声を荒々しく叫びながら伝言を伝える。

それに反応した兵士たちは次々に銃を構える。

塹壕より少し前には対戦車砲が砲先を揃え、砲兵が砲弾を抱えて待っている。

 

「ぬおっ!?」

 

緊迫した空間の中、一匹のネズミが現れ、少佐の頭まで素早く登ってきた。いきなりの出撃に驚いたのかバランスを崩し、雨が降ったため土が湿って泥へと成り果てた地面に尻もちをついた。

 

その途端、彼の立っていた場所から二メートルの所に爆発が起きた。彼の近くで通信機の傍に居たある兵士が爆発によって吹き飛ばされ、壁に勢いよくぶつかって倒れる。

衝撃によって頭から落ちた制帽を被り直してその兵士に駆けよる。兵士はと言うと顔の右側に砲弾の欠片が突き刺さって絶命していた。それと爆発音のせいで耳の調子がおかしくなっていた。

少佐は息を飲んで塹壕から顔を出す。

そこには視認できる程近づいてきたネウロイへと向けて砲弾を発射している砲兵に、隣では銃を撃っている新兵の姿が瞳に映った。

命の恩人でもあるネズミに感謝しつつ、小銃を構えて戦闘に参加する。

 

「標準よし! 撃てェ!!」

「次弾装填、早く!」

「完了!」

「撃てェ!」

 

撃っては次弾を装填を繰り返す眼前の砲兵、そこに赤々と煌めく一条の光線が彼らを焼き払った。そして砲弾は光線により誘爆を起こした。

 

「うぎゃあ!?」

「エミール大丈夫か!」

「あ、俺の腕がああああ!?」

「衛生兵来てくれ!!」

 

数刻遅れて衛生兵がやって来た。

彼は腕を怪我をしている兵士を一目見て、背負っているバックから骨切りのこぎりを取り出す。

 

「い、嫌だ! やめてくれェ!!」

「落ち着けエミール!」

「・・・処置を始める」

「うわあああああああああ!!」

 

悲痛な絶叫が戦場の一つの音として混じり合う。傍に居た友人らしき人物は目を背け、衛生兵は淡々と腕を切断していく。あまりの痛さにエミールと呼ばれた兵士は失禁しながら気絶した。

少佐はそんな惨状を横目見て、今度は自分かもしれないという恐怖が彼の心の中にしがみ付いた。

衛生兵は切断し終えた断面に包帯を巻いていく。

だが、運命とは非常なり。三人のいる場所に一発の砲弾が着弾、塹壕が揺れ、その場所だけ見事に抉れていた。

そこには一片の肉塊すら存在しなかった。

黙々とネウロイが迫る。そこで少佐はある指示を出す。

 

「全員ガスマスク着用せよ!」

 

伝言は塹壕内を駆け巡り、各々はガスマスクを着用していく。ネウロイから放出される瘴気を吸うと人間はもがき苦しみながら絶命するからだ。しかし厄介なことにガスマスクというものは着用するまでガスマスクが働くかどうかの判断がわからないのだ。

 

「機関銃の弾が尽きた!」

「俺が取りに行く!」

 

機関銃の銃手を務めていた兵士が叫ぶ、それに応じて隣で弾を持っていた兵士が弾を取りに向かう。彼は何とか機関銃の弾が入った箱を抱えて銃手へと走り向かう。

しかし、ネウロイから放たれた一発の凶弾が銃手を貫いた。

 

「そ、そんな!」

「狼狽えるな、私がやる」

「少佐!?」

 

少佐が彼を抜かしてポジションに着いた。意図を読み取った彼は機関銃に弾を積め、弾帯を持つ。

 

「発射ッ!」

 

発砲音を連ねて聞こえ、無数の弾丸がネウロイへと向かっていき硬い甲殻を確かに削る。

しかし、如何せん攻撃力が足りない。すぐさま回復されていくのだ。

もう対戦車砲は存在せず、致命打を与えることはできないのだ。

 

「何て奴らだ……」

「うっ!? うがあああああ!!」

「どうした!」

 

突如、隣に居た兵士が悶える。

ガスマスクからは彼が吐血したのを裏付けるかのように血が滴る。小さくではあるが、頬の場所に損傷しており、そこから瘴気が侵入したのだろう。

少佐はそんな壮絶な死を迎えるのならば、とホルダーから拳銃を取り出して脳天目掛けて打ち込んだ。ぴくぴくと

身体を痙攣させ、暫くするとようやく落ち着いた。

 

「…身勝手なお節介ですまない、俺を憎め」

 

彼は独りで淡々と機関銃を連射する。

残存兵力はどれほどなのだろうか、もう一割ほどしかいないだろう。もはや撤退も不可能な状況、それなら手榴弾を抱いて自爆した方がいい。

その考えを思いついた兵士は次々と手榴弾を握ってネウロイに向けて突進。

ネウロイは造作もなく易々と彼らを殺して前へと進む。

 

「我々は、我々は屈するしかないのか……」

 

少佐の瞳には絶望しか残っていない。

彼はいつでも死ねるようにと目を瞑る。せめて死に際は決めさせてほしいという意思の表れだろう。

 

 

しかし、背後から聞き慣れた金属音が聞こえる。稀少の希望が生まれ、後ろを振り向く。

そこには人類の鉄の化け物が現れた。

 

『こちら山羊部隊、今から攻撃を行う。訓練の成果を見せつけてやれ!』

『『『『『『了解!!』』』』』』

戦車前進!(パンツァー・フォー)!』

「車長、兼任とか平気ですか?」

「ハッ、俺を誰だと思ってやがる。怪異殺しの山羊の異名を受け持つジェネフ中尉様だぜ」

「自称ですよね、それ」

「ハッハー! まあ活躍すれば正式採用さ」

 

七両で編成された戦車小隊はネウロイに向けて走りながら砲撃を始める。

戦車の種類はⅣ号戦車F型、性能を試すために送られてきた戦車。砲は七十五ミリと大きいが砲身は短い。だが熟練の戦車兵なら問題は無い。

小隊を率いるジェネフ中尉の戦車の砲塔の側面部には今にも暴れだしそうな山羊が描かれている。

塹壕を乗り越え、行進間射撃を放っていく。

 

「やってしまえ戦車隊!」

 

大人げなく叫んでいる少佐の元目掛けて一条の光線が戦車を過貫通して塹壕内に隠していた胸部を貫いた。ど真ん中に大きな風穴を空けられた少佐は状況を理解して倒れこんだ。

既に死亡しているのにも関わらず見開いた目には希望という灯火が灯っていた。

 

「さて、戦果上げるぜ」

「砲弾当ててくださいね」

「任せな、深夜まで訓練したんだ。期待してろよ」

「夜の街に出てた癖に…」

「バレてたか、まあ良い。お説教は終わったら考えてやるよ」

「何偉そうに」

「知らね。ッ! 右から来るぞ!」

「了解!」

 

エドガー兵長は戦車を左にずらす。本来いたはずの場所に光線が水平に飛来してきて、ジェネフ中尉は読みが当たったのかニヤリと嘲笑を浮かべる。

 

「お前らみたいに知能持ってんだよ、バーカ!!」

「煽る前に装填して撃って!」

「はいはい」

『…隊長すみません、私以外の搭乗員全滅しました』

「そうか、なら固定砲台になれるか?」

『勿論そのつもりです』

「その心構えよし! 援護頼むぜ!」

『了解しました』

「残存車両は確実に殺していけ、生きて基地に戻ったら倒したネウロイの数だけ酒を奢ってやる』

『『『『『『わかりました!!』』』』』』

 

ジェネフ中尉が士気を上げ、戦車中隊から放たれる砲弾はネウロイを捉えて精密に着弾していく。

あれほど突出していたネウロイの数は半分も撃破されており、被害車両は起動部をやられた一輌と履帯を切られた一輌だけだ。

 

何故ここまで抗えられるのか、それは全員実戦経験を思う存分積んだ戦士だからだ。

ヒスパニア戦役を始め、オストマルク防衛線を経験して現在乗っている戦車よりも格が劣る戦車で見事生き残ることができた強者揃いだ。

 

何かを感じ取ったネウロイは退却していく。ジェネフ中尉は追撃は必要なしと判断、基地に戻るように指示を飛ばす。動けなくなった戦車を牽引するためにワイヤーを取り付けるためにワイヤー片手に戦車兵が近づく。

 

 

しかし、いきなり地震が起きた。

 

「何だ!?」

「地震ですかね?」

「欧州の地震は主に火山によるものだ。だが此処には火山も無い!」

「じゃあなんですか!?」

「各車戦闘態勢!」

 

エドガー兵長が困惑の色を見せているのをよそに、ジェネフ中尉は無線機に激を飛ばす。

その時、突如として大きな触手が一本、地中から現れる。

そして、履帯が切れて動けなくなった戦車に絡みつき、高く持ち上げる。無線機からは車内の戦車兵たちの悲鳴が聞こえる。

触手は絡めていた戦車を投げ、ジェネフ中尉の戦車の傍に叩きつけられた。

叩きつけられた戦車は爆散、火炎と爆風が彼の車両を包み込んだ。

 

「ちくしょう、なんつう奴を敵にしちまったんだ…!!」

 

彼は呪言を吐き捨て、大幅が黒光りして禍々しくも光る赤い線を見つめることしかできなかった。

 




四号戦車

ドイツで生まれた戦車。1936年4月に完成したクルップ社のB.W.iを元に、増加試作車的なA型に次いでB・C型が作られ、1939年からD型が本格的に量産された。その後も戦局に対応するため改良が加えられ、最終型は長砲身の七十五ミリ砲を搭載したJ型である。
時速38キロとやや遅い。
F型の生産は1941年からだが実験投与としてジェネフ中尉率いる山羊中隊に配備された。


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多数

自身の黒く赤い筋が刻まれた触手を揺らし、次の獲物を選択しているのだろう。

禍々しく動く悍ましい触手の前に冷や汗を垂らし、歯を食いしばるジェネフ中尉。

同じくエドガー伍長も焦点がブレて視界が安定しない程、恐怖に感情を支配されかけていた。

 

「分散しろッ!!」

「ッ!? は、はい!」

 

ジェネフ中尉が無線機に指示を飛ばす。

この言葉に反応した各戦車兵たちは何とか正気を取り戻し、だらけていたエンジンを叩き起こして散会していく。

勿論のこと、彼の戦車も例外ではない。

 

「的はデカく弾は当たりやすい! 確実に当てよ!」

『『『『『了解』』』』』

「…やるか、エドガー。被弾するなよ!」

「任せてください!」

「その意気込みだ、信用してるぜ」

 

戦車は散り散りに動く、触手はやや狼狽えたような反応を示したがそれは一瞬の出来事で標的を決めると触手を振り下ろした。

その先には勿論戦車が在り、決して薄くはない装甲を軽々と叩きつけられた。何トンもの負荷には流石に耐え切れず戦車は破壊されてしまう。当然搭乗員の生存は見ての通り稀薄である。

 

「おらおらっ!」

「右左右ィ!」

 

弾を込めて発射、そして再装填して発射を繰り返す戦車隊。砲弾は触手に弾着して損傷を確かに受ける。少しでも損傷を増やすために機銃を発射する戦車もある。

しかし触手は動じず、自身の身体を鞭のように扱い、戦車隊に攻撃を加える。

 

「ぐおっ!?」

「ぎゃっ!?」

「あ、危ねー。あと少しずれてたら俺ら天国だ…」

「流石にそれは勘弁願いたいですねッ!」

「ハッハー、確かにそうだな」

 

触手はある戦車を掴み持ち上げる。他の戦車は救助するために撃ちまくるも離すことはなく、グシャリと握りつぶしてしまった。すぐに弾薬が引火して爆発が起こるも破壊にはまだ足りない。

偶然キューポラから上半身を露呈させていた車長の一人に爆発の時に生じた破片が首を切断し、残った部位が車内へと崩れ落ちていく。その車内では軽いパニック状態になるだろう。

不幸にもその光景を見てしまったジェネフ中尉はキューポラから頭を出そうとすることを控えようと決心した。

 

『だああああああ!?』

『きゅ、救援求む!』

「あ、あの野郎!!」

 

無線機越しに悲鳴が聴こえる。

履帯が切れて動けなくなったため、ワイヤーを繋いだままの車両が持ち上げられているのだ。

二車輌とも宙に浮かび、戦車同士を激しく衝突させる。

 

『痛い痛い痛い!!』

 

無線機が壊れているのか、それとも片方が全滅しているのはわからないが一両しか無線が通じない。

暫くすると触手は嗜虐に飽きたらしく、適当な方向に放り投げた。投げ飛ばされた鋼鉄の塊は地面に勢いよく叩きつけられて戦車は爆散、木々をなぎ倒していっま。

 

そんな中、ふと、いきなり触手の動きが止まる。

懐疑的に思った彼らだがこれを好機と見たジェネフ中尉は一斉砲撃を命じる。

鋼鉄の砲身から放たれた幾つもの砲弾は触手を捉えて弾着する。一点集中砲火に思わず笑みを浮かべる戦車兵たちだったが、その姿は健在。一斉砲撃を再開させようと機会を探り入れる。エトガー伍長は攻撃を避けるために覗き穴から覗く。

その際、先端が光るのをエドガー伍長は目撃し、すぐさまジェネフ中尉に伝える。

 

「ヤバいのが来ます!」

「何ィ!?」

 

目を見開いてジェネフ中尉は先端を観察、点滅していた光が徐々に継続的に輝き始めるのにつれて彼の心拍数が上がっていくのを実感した。

エドガー伍長は独断で危険な状況と判断、すぐさま車両の速度を上げて触手の根元まで接近した。

ジェネフ中尉は心を落ち着かせようと深呼吸を行う、ガスマスク越しで音が聴こえる程に。

 

 

その時であった。

先端から多大なる熱量を帯びた光線が照射されたのである。

赤く太い一条の光線は戦車隊を薙ぎ払い、戦車隊が居た場所を跡形も無くなってしまい、残されたのは深く抉れた地面だけだ。土が煙を揚げているのが見てわかるように、かなり高温の光線だったのだろう。

彼らの心は恐怖に支配された。そしてジェネフ中尉は余分に自身は何もできなかったという自責感が自身の心をベールのように二重に覆うのだ。

自分の無力さに腹を立てて顔面を思いっきり殴り、いつの日か吸おうとした際に落としてしまった煙草を力一杯踏みつける。中に内蔵された煙草の葉がはみ出る。

 

「…車長、指示を」

「わかってる」

「撤退か継戦、どちらで」

「……決まっているだろう」

 

 

 

 

 

「アイツを殺すぞ、断絶魔すらも上げれなかった奴らの弔い合戦だ」

 

 

「わかってました。やはり貴方こそが鋼鉄の山羊の名に相応しい」

「征くぞ、たった一両だが山羊隊だ」

 

アクセルを踏みしめ発進、砲塔を回して照準を触手に合わせる。

距離もほぼ離れておらず、きっと一撃が重いだろう。それを触手の根元に放つ。

至近距離の砲撃のあまりの痛さに悶絶したのか独特の機械音を放つ触手をよそにジェネフ中尉は無表情ではあるが彼の憎悪が挿入された砲弾が装填、そして殺意を込めて砲の引き金を引く。

エドガー伍長は己の小ささに立腹し、唇を噛みしめる。そこからは血が滴り、ズボンに赤く黒く染まる。彼もまた憎悪を込めてアクセルを壊れる程に踏み込み、同時に明確な殺意を持ってレバーを上げる。

 

一瞬としてただの鉄で構築された機械から、彼らの負の感情で構成された黒鋼の山羊が姿を表す。

鋼鉄の山羊は砲弾という鉄の蹄で深く深くと触手を傷つける。

反撃として触手は先端を鋭く尖らせて山羊を仕留めようとする。だが山羊は重々しい身体とは裏腹に岩を駆け巡るかの如く次々と攻撃を躱していくのだ。

 

「くそっ! 砲弾が尽きかけるぞ!!」

「ここまで来たんだから引き下がれませんね!」

「全くだぜ!」

 

そんな心配をよそに触手は突き立てようと狙いを定め、打つ。山羊の頭上から槍が迫る。

万事休すと思ったその時

 

 

 

独特なサイレンを鳴らしこちらに向かっているのだ。

それを不気味とも取れる音を聴いた彼らはニヤリと嘲笑い、突き刺そうとした槍が爆発する。

そこにはカールスラント魔女特集には必ずや刷り込まれている人物がMP40と最後であろうの百キロ爆弾を背負い空を飛来し触手を見下ろしている。

 

『こちらJu87爆撃小隊隊長ハンナ・ウルリーケ・ルーデル大尉。貴官を援護する』

「…ハハハッ!! 凶暴な山羊に羊飼いがいるとは驚きだな!」

『面白い冗談だ。後で一緒に牛乳でもどうだ』

「構わないぜ、けど俺はウィスキーでいかせてもらうがな」

『さて、では倒すぞ』

「勿論だ」

 

 

『我が祖国最強の急降下部隊を誇るこの……』

「我が祖国最凶の中戦車部隊を誇るこの……」

 

 

『私が相手をしよう』

「山羊隊が相手をしよう」

 

羊飼いは杖代わりに黒光りするMP40を撫で下ろし、山羊は触手に睨み付ける。

彼女は眉間にしわを寄せて睨む。一方車内では、僅かながら入り込む光でガスマスク内の眼鏡を怪しげに反射させる彼。また、自身が被っていたのクラッシュキャップを深く被り直す彼。

たった三人の兵士の眼中には共通して奴を倒す、ただそれだけである。

 

 

愛国心 憎悪 殺意 怒り 破壊 撃破

 

 

例え人種、性別や兵種が違えでも

例え魔力の有無があったとしても

それらの言葉を合言葉に結成された戦闘専門の兵士、己より格上の相手でも挑むような勇敢さ

この合言葉の全てを伴って戦闘する者こそ、真の強者といえるだろう。

そして今、その条件に当てはまる三人が此処に存在する。

 

 

戦車前進(パンツァー・フォー!)

「さあジェリコのラッパに恐怖を抱け!」

 

 

羊飼いは黒光りする杖を構え、山羊は鋼鉄の蹄を揃える。

自身の能力を信じ、背中を合わせる己と似た仲間に信頼を託して、激しく衝突するのであった。

 




クラッシュキャップ

ドイツで生まれた帽子の一つ、1934年に制定されるも1938年に廃止。
なお、クラッシュキャップとは俗称であり、正式には野戦帽 制帽のクラウンの中にあるワイヤーを抜いて崩し、フニャフニャにさせて、更に余計な装飾や部品を省いた、扱いやすくした軍帽となっている。
一旦は廃止されたが、扱いやすかったためか、オーダーメイドで作り使用する将校もいたようである。


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討伐

エドガー伍長はレバーを下げて勢いよく後進する戦車、一旦距離を置いて回避に専念するという考えで行われる。戦車は金属を擦り合わせた音を響かせて距離を置く。

勿論、触手も黙ってはいない。後進をする戦車に向けて触手を振り下ろしたのだ。

 

「やらせはしないぞ」

 

途端にMP40から放たれる弾丸に当たり、狙いがやや逸れる。その結果、逸れた触手は戦車の真横に突き刺さり、戦車はこの機を逃すまいと砲塔を回し、砲撃する。

砲弾は触手の装甲に弾着、砲弾は炸裂して装甲を剥ぎ取る。

なお、その際に生じた破片により戦車に無数の掠り傷が生まれるも、依然として攻撃を始める。

 

「車長! 砲弾は少ないので機銃を!」

「あいよ!」

 

ジェネフ中尉は言われるがままに機銃席に素早く移動、機銃を向けて発射する。パチパチと装甲に当たり火花代わりの破片を散らす触手、どうやら装甲自体はそう硬くはないらしい、弱点を確認した彼は微小ながらも口角を上げて機銃を連射し続ける。

 

「おらおらおらっ!」

「前進しながら回避行動します。ご注意を!」

「おうよ、全回避してやれ」

「了解」

 

レバーを使って戦車は後進から前進に直す。距離を取っていく合間に機銃の弾を装填、先程まで入っていた弾倉を投げ捨てる。無機質な音が車内に響き渡る。

再び触手に砲塔を回転、引き金を引いた。

今度は先程空けた風穴に向けての発射、装甲が剥がれたことによりそこの部分だけ、内部が露出しているのだ。

核を攻撃すればネウロイは撃破になるが、現状核の確認はできない。ウィッチの固有魔法では瞬時に核を見つけられるのがあって羨ましい、とジェネフ中尉は思う。

核が見つからないのなら徹底的に痛めつけて核を探すしかない、それは男性の全兵士にとって苦行であった。

男性は固有魔法も無ければシールドすらない、奴らの光線やら銃弾を防ぐものといえるものが無いの上で非常に困難だからだ。

彼は中々旨いところは貰えないと観念しつつ、無線機に要請を促す言葉を並べる。

 

「おいルーデル大尉! 爆弾があるのなら仕掛けてくれ」

『そのつもりだ。爆破に巻き込まれる心配を危惧して爆撃できなかったのでな』

「ハッハー! あんな悪魔にやられるのなら、美女にやられたいぜ」

『私は通称魔王だぞ、奴らよりも痛いのをお前らに喰らわせられる』

「そうかいそうかい、なら魔王とやらの力を証明してくれや」

『いいだろう』

 

彼女は一呼吸して目を瞑る。

 

「さて、あの躾のなってない羊に魔王の力を見せつけてやろう」

 

そして触手目掛けて急降下、空気を裂くような音を無人の町に教会の鐘音の如く響かせる。

音に気付いた触手は先端部から三本の光線を撃ち、撃墜させようとする。

だが、上がりを迎えかけたとしても戦歴が長い彼女は紙一重に躱して迫る。

 

「投下」

 

ユニットが爆風で損傷する一歩手前の高さで爆弾を投下、爆弾はするすると触手に向けて落ちていく。

魔王は静かに笑った。

何故なら爆弾は直撃進路に忠実に落ちていくからだ。

爆弾は触手に直撃、瞬時信管は接地した瞬間に爆発を引き起こす。偶にだが爆弾は不発という現象を招くが、そんな現象はそうそうもない。爆弾は無事に爆発、爆炎と爆風を起こし、一刻遅れて音が追いついた。

触手は激しく損傷させ、先端部は殆ど吹き飛び、治癒させようと断面部を煌めかせる。

しかし、山羊は見逃さなかった。

 

「…甘いぜ」

 

照準器をなるべく断面部に近い部位に設定し、砲撃。放たれたのは榴弾で、貫徹力は低いが、その分炸薬が多いため対小型には効果的だった。

激怒したのか触手はどこから出しているのか絶叫を上げる。

 

「くっ……」

「うっ!?」

「ぐあっ!?」

 

絶叫は耳を通して脳に響かせる。車内に居た二人でさえもあまりの音に耳を塞いだ。

しかし、あまりに耳障りな音に三人を余計にイラつかせ、瞬時に平然さを取り戻して攻撃を再開する。

光線という攻撃手段をを潰したお陰で攻撃が避けやすい、地面に打つ一撃は確かに破壊力は破格なものだろう。だがそれは当たらなければどうってことはない、扶桑軍人じみた発想ではあるが正論であった。

榴弾の数は残り十発、徹甲弾は五発と心もとない弾数だ。一方でルーデル大尉は自衛用で持ってきたMP40の弾倉三倉、おまけとしてPPKの弾倉が二倉と少なく、短期決戦で片をつけるしか生き残る手立てはない。

退却するという方法もあるのだが、そんな発想は微塵もしていない。

それは絶対に狩ると断言しときながら、おめおめと逃げ帰ることなど強者としてのプライドが許さなかった。それともしこの化物を放置したら味方に多大な損害を与えるのは確実であるからだ。

ならば今倒さねばならない。陸空の精鋭の中でもトップクラスの能力を持ち合わせる三人ならば勝算は必然的に高くなる。

眼をぎらつかせながらルーデルは空から、人を殺す勢いの眼光で睨めつけ砲撃しながらも、回避に専念するジェネフとエドガー。

 

攻撃は一向に減らない、少しばかり触手の治癒が遅れてきたようにも見える。

だが歴戦の強者たちの攻撃は衰える色を見せずにいた。

 

「フハハハハ!」

「アッハハハハハ!」

「ハッハハハハハ!」

 

むしろ笑っていた。

声を上げて笑い続ける。それは一つの戦場音楽として、砲撃と爆破、射撃音とともに混じり、新たな曲を作曲していった。

常人がこの異端な光景を見たらどうなるのだろうか、頭の狂った奴らだと認識されるだろう。だがその認識は合っている。そうでなければ、彼らは真の強者には昇華できないのだ。過程をクリアするにつれて何かが壊れ始める。それは戦いにおいて必要だ。そうでなければ些細なことで心を壊されてしまうからだ。

 

「さあ、もっとだ。もっと俺を楽しませろ!」

 

ある者はガスマスク越しでもわかる狂気の笑みを浮かべ

 

「どうしたその程度ではない筈だ」

 

ある者は顔に影を落として、ままならぬ雰囲気を醸し出す。

異名に合致する行為は触手を軽く圧倒した。負けじと触手は鳴き声を鳴らした。

魔王と山羊と触手、奇妙な組み合わせに乱入するものが姿を表す。

ピタリとそのお互い戦闘行為を停止、乱入者へ視線が注がれる。

 

「…」

 

長いコートに古めかしい規格帽、銃身が長すぎるモーゼルを二丁腰に掛けて、ライフルを所持する姿。

遠目からでも強者だと断定できる程の異質すぎる雰囲気を纏い、一歩また一歩を確実に地面を踏みしめて接近してくる。

 

「ハッハー! 援軍到着ってか、面白い!」

「また君ですか、慣れますね」

「ほほう、やはり私の見込んだ男だ」

 

山羊は歓喜に満ちた声を、魔王は必死に抑えているものも僅かに笑顔が溢れ、尻尾が揺れる。

褐色肌と比例して風に揺れる銀髪、褐色の肌に適合する真紅の目

人々は口々に言うだろう

 

エース

WAR WOLF

世界初のウィザード

お伽噺の到来

沈黙の狼

 

 

そして、人狼と

 

「…」

 

風に揺れるコート、触手に突き刺す程までの眼光を当ててライフルを構える。

バンッ、と先程の激しい戦闘と比べものにならない銃声が春特有の温い空気に響く。

一発の銃弾は標的へと飛来、硬い装甲に弾着すると物凄い爆破音を奏でた。人狼の魔力の大半を詰め込んだ一撃は強烈で触手の根元がやや抉り取られていた。

 

「…流石だハインツ」

『当然だ。私が認めた男なんだからな』

「ハッハー! 恋人面してんじゃねえよ、アイツまだ十四歳だからな」

『何、相手が二十歳超えたら私がハインツの妻になるつもりだ』

「怖い怖い、さっさと恋人作ってほしいもんだぜ」

『まあ彼が私のことを好きならばそのまま結婚してもいい。私も二十歳まであと少しだ。いつでも家庭を築ける』

「う、うわー。流石の俺もこれにはなぁ…」

「車長、ふざけてないでください! それとルーデル大尉、家庭は良いものですよ」

『ほうそうか、なら死ねないな』

「そうだな、俺らも負けらんない。それと彼女欲しいぜ」

 

ライフルを走りながら撃つ人狼をよそに戦車を動かし砲撃、ユニットを駆けて銃を乱射する。

人狼は持ち前の脚力で急接近、弾が切れたが装填し直す時間は無い、銃身を持ち替えて銃尻で触手に殴りつける。魔法力で強化されたライフルは効果的で装甲にひびが入る。

すると今度はひびが入ったところ目掛けて回し蹴り、装甲は割れて内部が露出する。そこに腰から銃剣を取り出して刺し込んだ。魔法力を付与した銃剣は強烈で下へ下へと地中に潜り、撤退の色を見せ始めた。

 

「ちくしょう! 逃げられる!」

「あぁ駄目だ。もう弾薬が無いぞ!」

『生憎こっちも駄目だな。銃身が摩耗してしまった』

「…」

 

追撃できなくなった途端、三人は惜しみさを加えた言葉を吐き捨てる。

だが攻撃の手を緩めない人狼は触手の先端部を掴む、再生したてで装甲はまだ軟らかい。

 

「先端部はやめろ!」

 

人狼は先端部から放たれる光線の存在を知らない。

一本の光線が胴を貫き、数メートル先に吹き飛んでしまった。

緩んだ手を強引に外して地面に戻っていく。

 

「ハインツ無事か!?」

「ハインツ!」

「ハインツ君!」

 

各々は自分の安全を捨ててすぐさま人狼に駆けよる。ルーデルのユニットが脱ぎ捨てられる。

人狼は不安を拭かのように自己治癒、霧が腹から解かれると風穴は埋まっていた。

 

「よかった…」

「つったく心配させやがって」

「けど生きててよかったよ」

 

三人は安堵の息をつく。

人狼はゆっくりと起き上がろうとするが魔女であるルーデルは許さなかった。彼女は膝に人狼の頭を載せる。俗にいう膝枕だ。人狼は太股の温かみを頭部で実感していた。

 

「先の戦闘で疲れただろう、今は休め」

「…」

「何、年下の世話をするのが年上の役目だろう」

「けっ、数分したら戦車を走らす。休息しとけ」

「あっ、そうだ。今の奴報告しなくちゃ!」

 

ルーデルは慈愛溢れる表情で人狼を撫でる。ジェネフは美女に膝枕されるという状況に嫉妬の色を見せながら殉死した隊員の遺品を探し始める。エドガーは久しぶりの再会に数週間ぶりの喜びを感じながら、無線機の元へと向かっていった。

 




銃剣

銃剣は17世紀に偶然発明された。
この時、興奮した農民が、マスケット銃の銃口にナイフを差込み、相手に襲い掛かったと伝えられている。
槍型や剣型と種類はある。
しかし、剣型の場合は両面の刃を研ぐと残虐な最後を送るという暗黙の了解がある。
ちなみに銃剣を着剣して突撃、相手を刺して射撃しようとすると精密射撃が難しくなるという欠点がある。


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子供

「ふわぁ~、眠いぜ」

 

ジェネフは大きな欠伸をして戦車の上で伸び伸びと寝転んでいる。どうやらネウロイの瘴気は晴れたようで、もうガスマスクの着用は必要ないと判断、ジェネフは誰よりも早くガスマスクを着脱した。

彼の勘の通りに、辺りには瘴気は消え去ってしまった。しかし、未だ鉄臭い臭いと硝煙の臭いが蔓延していおり、ガスマスクを取ってすぐに深呼吸をしてしまった彼は顔を渋らせ、煙草を口にした。

 

「ちょっと車長、仕事してください。生存者確認は大切な業務ですよ」

 

一方でエドガーはというと、持ち場の兵士の生存確認をしていた。

元々は百二十人ほどいた守備隊だったのだが、ネウロイの激しい交戦で過半数も喪失、生き残った兵士の殆どが大小問わず怪我を負っている。

手に持った書類には幾つものバツ印が付けられている。どうやら死亡した兵士に付けられているらしく、エドガーは深いため息を吐いた。

 

「まさか指示する士官までもが戦死なさるなんて、これからどうやってけばいいんだ…」

「あー、ゲレスト少佐だったっけ、あの人最近孫が産まれたと喜んでたんだけど、運命とは残酷だぜ」

「運命、ですか……」

 

ジェネフが呟いた言葉にエドガーは暗い顔になる。書類には力が込められており、ややしわが寄っていた。

気まずい雰囲気を察知したジェネフが話を逸らそうと焦燥感を覚える。そして必死の思いで提案、戦車から飛び降りて動作を刷り込みながら発言する。

 

「あっ!そうそうエドガー、なんか暫く経たない間にハインツの奴、デカくなったよな!」

「…あぁ、そうですね。車長追い抜かしましたもんね」

 

一呼吸遅れて応答するエドガーをよそに、次々と機関銃の如く言葉を紡いでいくジェネフ。

 

「いやー、俺とて百八十センチはあるつもりだったんだけど、まさか十四のガキに越されるとは思わなかった」

「僕はダリアで出会ったときにはもう抜かされていましたね」

「まさか戦場のど真ん中で遭遇するとは、俺ら何かに結ばれているかもしれないな」

「…まさか同性愛に目覚めましたか?」

「なわけあるか!!」

「…ほう、うちの自慢の男に惚れただと。痛めつけがいがあるな」

 

ジェネフの片に手が置かれる。彼はゆっくりと激しく動揺しつつ振り向いた。

そこには先程共闘したルーデルが居た。微かにだが額には青筋が浮かんでいるのを確認できてしまった。冷や汗が滲み、頬に垂れる。

 

「あ、あの違うからな! 俺は女が大好きなんだ、断じて男になんか手を出すつもりは無いっつうの!」

「おい聞き捨てならんな今のは。ハインツが魅力の無い男だと? 笑わせるな、しばき倒してやろうか山羊」

「うぎゃあ!? 勘弁してくれ! てか面倒なんだけどこの人!」

「問答無用、いち、にー、さんっ!!」

「ぐばっ!?」

 

そのまま彼女に腰に手を伸ばされてきっちり拘束される哀れなジェネフ。彼女が身体を大きく後ろに逸らすと彼の身体は一瞬宙に浮く。そして勢いよく地面に叩きつけられ、彼は情けない声を上げる。俗にいうジャーマンブレスだ。

先の戦闘で見せた強者としての尊厳は微塵も感じられず、そこにあったのは哀れな男ジェネフであった。

ジェネフは頭に星を回し、目には螺旋が渦巻いている。

 

「う、うーん…」

「な、何だ今の技は!?」

「ふっ、伊達にウィッチやってる訳じゃないんだ」

 

自慢げに鼻を鳴らして、水筒を口に咥える。

そこに人狼がゆっくりとした足取りで近づいてきた。

 

「むっ、どうした。誰かに虐められたのなら言え、ボコボコにし返してやろう」

 

過保護とも取れるこの発言に人狼は大きく首を振る。勿論横にだ。

エドガーはこんなに強いのに虐められることはないだろう、と飽きれて静観しているとギロリと鋭い眼光でこちらを睨むルーデルに委縮する。ジェネフが伸びた光景を一部始終見ていたから尚更だろう。

そんなこと知ってか知らずの人狼は、地面に平伏していたジェネフを起こす。

 

「…」

「はっ!? 俺は一体何を、てルーデル大尉! あんた何しやがるんですか!」

 

ぺちぺちと頬を叩かれたジェネフは意識を取り戻して飛び起きた。

息を切らせ、再度ルーデルの顔を視認、ゴキブリのようにカサカサという擬音語が似合いそうな移動をやってのけた。どうやら彼女に恐怖を抱いたらしく、エドガーの影に隠れた。

心なしか震えていて、情けない姿を見せる彼にエドガーはちょっとだけ同情していた。

 

「茶番はここまでにしよう。ではこれからどうしようか」

 

彼女が本題の口火を切り出す。

 

「そうですね、現場の指揮権はキラレス少尉に移行。とまあ衛生兵の方ですが…」

「指示経験は?」

「ありませんが幾多の戦場を切り抜けた方です。ある程度まともな指揮ができるかと」

「…マニュアルを作成した方がいい」

 

いつの間にか正気を取り戻したジェネフが仕事の顔を見せる。しかし依然としてエドガーの影に隠れており、ルーデルと視線が合うと情けない声を上げる。

 

「どういったのを組もう」

「は? ネウロイからの防衛は無理。だって人員すらないぞ、戦車砲も無いし」

「じゃあどうすんですか!」

「答えは簡単、地雷を使っての遅滞戦術だよ」

「…まさか」

「状況に対処できる時間を作る。それしかねぇ」

「確実に多大な犠牲は出るぞ! それも民間人もだ!」

「…悪いがこれしか案はない」

「ジェネフ!」

 

彼女は彼の胸倉を掴む、だが彼も負けじと彼女の胸倉を力一杯握り、両者の間から火花が散る。

両者とも憤怒の色を見せている。

 

「俺だって、俺だってそんなの嫌に決まってらァ! だけどな、だけどこれからどう動けばいいのかわからないんだ!何処を見てもネウロイは確実にガリアまで進行するんだ!」

「輸送船は!」

「…連絡が昨日、避難民を乗せてくれると伝えてくれた。だけど今日の朝頃から連絡がつかない、沈んだのだろう、どちらにせよ打つ手なしだ」

「くそっ!」

 

彼女は激しく叱咤しつつ地団駄する。

彼の左手は強く握りしめられていて悔しさがにじみ出ている。

 

「仕方が無いけど、避難民をいち早く何処かへ避難させる。明日の早朝に出発する予定だ」

「ちょっと待ってください、防衛マニュアルというのは…」

「ったく、お前ら早とちりし過ぎなんだ。防衛マニュアルは今日だけ、たった一片の希望を持ってガリアに行けばどうにかなるかもっていう生温い発想だ」

「…それを先に言え」

「アンタが胸倉を掴むから俺も熱くなっちまった。…それと先はすまないな」

「…あぁ。私も熱くなりすぎた。すまない」

「んじゃあ、とりま難民キャンプに戻るとするか、戦闘に関する書類整理しなきゃならないし」

「わかった」

「了解しました。エンジン起動させときます」

 

早歩きでエドガーは戦車の元へ走っていった。

 

「私は空から行く、ハインツはどうする」

 

今まで話に入る余地も無かった人狼は彼の提案に頷いた。

こうして彼らはキャンプへと向かっていく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

戦車に揺られて二十分、ルーデルはユニットを駆けていち早くキャンプ地へと帰還した。

人狼を車外の天板に座っている。いつでも戦闘が可能にするためライフルの弾を装填していた。ジェネフは上半身を出して煙草を吸う、紫煙が戦車後部の排気管から出ている排気ガスと混じり合った。

ついに難民キャンプに到着した。

 

「此処が難民キャンプだ」

 

そこは小さな町に沢山の人が建物内から顔をだしたり、路上で遊んでいる子供の姿を見受けられた。ここだけ戦争の色が薄れているようにも思える。

人狼は辺りを見渡すと見慣れた人影を視認した。ライフルを担いで飛び降りた。

一瞬目を丸くしたジェネフだったが、知り合いでも見つけたんだろうと思い静止を促す言葉を口に出さなかった。

 

人狼は人混みを掻き分け、とある子供たちの集団を再度確認する。

どうやら子供たちは仲良く談笑しているたしく、人形を持った女の子が笑っている。人狼が住んでいた孤児院の子供たちと後は小学校の同級生であったバルクホルンの妹だ。

一歩踏み出そうとしたが自然と足が動かない。

自分の存在はもう忘れ去られてしまったかもしれないといった不安が原因だろう。逆に来た道を戻ろうとする方が軽やかに行けそうな気がした。

人狼は帽子を深く被り目元を隠す。戻って来た道に踵を返そうとした。

 

 

「待って」

 

 

数歩程度歩いた時にコートの擦り切れた端を誰かが掴んだ。

人狼は張本人を確認するため、仕方なしに振り向いた。

その目先に居たのはかつて人狼に人形をくれたノアであった。

 

「…ハインツ、だよね?」

「…」

 

ジト目でこちらを凝視する彼女に人狼は思わず頷いた。

すると彼女は背後から抱き着く。力が込められ、掴んでいる布地にしわが走る。

 

「遅い、遅いよハインツ…!」

 

顔をコートにつけて涙声で怒りを表す彼女、しかしそれと同時に彼女に募った寂しさが解放されていくのを実感した。

人狼は大きくなった手を彼女の頭部に乗せて頭を優しく丁寧に撫でる。

それにつられて彼女は感情を激しく露わにしていく。

 

「どうしたんだいノア?」

「そうだよ迷子になったら面倒だろ?」

 

そして残りのメンバーと鉢合わせになる。

二人は時が静止無言のまま人狼の元へと駆け寄り、それぞれ余った場所に抱き着いた。

彼らも彼女とどうように泣き始めた。

 

「ハインツ兄ちゃん!!」

「久しぶりだね、ハインツぅ…」

 

彼らの気が済むまで撫で続ける人狼、全員が泣きやむまで三十分も掛かった。コートは彼らの涙や鼻水やらで湿っていた。

しかしそれほどまで人狼に会いたかったのだと人狼は悟る。そして自分は幸せ者だと少しばかり頬を少しばかり緩めざるおえなかった。

 




ワルサーP38

ドイツで生まれた拳銃、カールワルサー社で製造された。
ルガーP08の後継として作られ、第二次世界においてドイツ軍に使われた。
終戦までに約120万挺が製造されたとされる。
鹵獲することが一種のステータスであり、人気の品であった。
有名な使い手はルパン三世である。


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夕食

「ジェネフ中尉、被害を再度説明したまえ」

「はっ、百二十人の守備隊の内、百人ほどが戦死、もしくは行方不明。残った兵も全員が大小様々の怪我を負っており、ただでさえも少ない対戦車砲も四門全壊、その上指揮官が戦死なされました」

 

とある一室でジェネフ中尉と相対して席に着いた金髪の士官に報告する。身なりからして中佐で、よく磨かれた勲章が弱々しく光源に反射していた。

彼は手元にあった書き綴りの書類を眺め、頭を掻きむしってため息をつく。

苦言を呈するようにジェネフに語る。

 

「現状の指揮官は?」

「衛生兵のキラレス少尉に委任、防衛マニュアルの作成を願います」

「…そうか、戦車の損害も訊いておこう」

「戦車中隊壊滅、私を除いて。私の戦車もちょいとばかし修理が必要。あと砲弾が尽きかけました」

「手痛いな」

「戦争してるんですから当然でしょう」

「それで戦車の性能はどうだった?」

「その点におきましてはもう相方に資料を作成させておきました。読み進めながら説明しましょう」

「頼む」

 

ジェネフは手に持っていた資料を提示する。そして資料を彼に手渡した。

まじまじと戦車についての特徴やらを読んでいく。

 

「えーと、まずは口径。口径におきましては七センチとかなり大きい、ですが砲身が短いため威力と射程が半減します」

「確かに長い訓練が必要になるな」

「おっしゃる通り、そして速さです。中々速いとは思いますがネウロイには追いつけないのが痛い。オラーシャでは四号より速い戦車があるらしいです」

「戦車は迅速に動けなければならぬからな、それだけか?」

「はい、それ以外は応用性に長けている上、使い勝手がよろしいかと」

「流石だ中尉」

「ありがとうございますクラウン中佐」

 

顔を引き締めて敬礼を向けるジェネフ。

するとクラウン中佐は思い出したかのように口にする。

 

「そういえばハインツ中尉は戦力になりそうか? 此処にはユニットが無い、最後の燃料はルーデル大尉で尽きてしまったが」

「ハハハッ! そんなことでしたか!」

 

口を大きく開けて大笑いするジェネフをよそに、何がおかしいのだと言いたげな彼は頭を掻く。大きな帽子が落ちそうになったのを急いで直してジェネフは次々に言い放つのであった。

 

「アイツは、アイツは強いですよ。それはもう一師団を相手にできる程にね」

「それは幾ら何でも盛りすぎなのではないか? 彼は特殊な能力を持つだけの人間だ」

「いやいや、だったらルーデル大尉にも訊くといいですよ。彼女はきっと嘘をつきません。ハインツはあのネウロイの装甲を貫通できる拳、または凌駕する能力を持っている。とても頼もしい奴ですよ、本当に」

 

その発言を聞いた途端に、息を飲み込む中佐。ジェネフは自信満々に答え続ける。

どうやら鼻が高いご様子である。

 

「例え敵が俺やルーデル大尉が相手であっても勝ちます。例えハインツがエベレスト級のハンデを付けてもなお勝利を手にすることでしょう。これは確定事項、絶対なんですよ」

「…余程気に入っているのだな、君は」

「そりゃあ私を倒した奴だから当然。他にも大尉の他にあのスオムス一の名将マンネルハイムを始めとする数々の著名人が彼を気に入っている程に」

「あのランデル中将が好む色物と聞いていたがこれほどまでの人物とは…」

 

中佐は驚きを隠せずに流れる汗を拭いた。ジェネフはまるで自分のことを褒められたように数秒ほど遅れて急に照れくさくなったのか、少し顔色を赤く染め始め、頬を人差し指でぽりぽり掻いていた。

 

「にしてもアイツ、家族に逢えたそうで何よりです」

「そうか、それはめでたいな」

「本当にめでたいですよね、会えなくなった奴もいることでしょうし」

「彼らが避難できるように明日ガリアに行くことを知らせておいてくれ、家族は大切だからな」

 

中佐の放った発言に少し遅れて彼は反応を示す。

その顔には影が差し込んでいたが、顔を左右に振って拭き飛ばし、いつもの通りの締まらない顔に戻っていた。

 

「そのためには頑張らないと、ですね」

 

夕日が窓から零れ、部屋を夕焼け色の壁紙へと染め上げ、彼の目の奥には赤い炎が灯る。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ハインツ、今度はあたしの番ね」

「…」

 

ジェネフたちが報告しあっている中、人狼は孤児院の家族たちと遊んでいた。

何処からか拾ってきたボールでサッカーに興じていた。かれこれ二時間も遊んでいるが一向にやめる気配が見受けられない、しかし人狼は休まずに子供たちと遊び続ける。

それは人狼なりの気遣いだろう、何故なら数年も会えずにいた家族に対しての謝罪と育ての親である院長の死、院長についてはまだ言及していないがバレるのは時間の問題だ。彼らに問われたら嘘をつかないと心に決めている。

ならばその時まで楽しませようという思惑だ。

自身の長身と暇なときに鍛えあげたリフティングを併用しながら、ノアからボールを捕らせずにいた。

 

「つ、強いわね…!」

「流石だぜハインツ兄ちゃん!」

「相変わらずすごいな~」

 

隣ではバルクホルンの妹のクリスが眺めている。人狼は彼女に混ざれと言わんばかりの挑発をかます。

だが、それを自分にやられたと勘違いしたノアとハンスが二人がかりで攻撃を仕掛ける。

 

「でりゃあああ!!」

「おりゃ!」

 

日頃から戦闘で鍛えていた瞬発力で向きを推測、二人の攻撃を華麗に交わした。もう一度と仕掛けてくるも難なく躱した。

それでもしつこく攻めてくる二人に人狼はワザとボールを捕らせてあげた。

思惑通りにいった様子の二人は満更でもないような顔で鼻息を荒あげ、どうやら疲労と興奮が合わさった模様だ。

 

「や、やったわ!」

「ハインツ兄ちゃんに勝ったんだ!!」

「…けどワザと、じゃないですよね!」

 

クリスは何かに気付いた模様で、口にしようとするが、人狼は人差し指を立てて、内緒という意味を示す手話をする。その意図を読み取れたクリスは慌てて修正した。

二人は怪しいクリスの発言には気にもせず、遊びを続行しようとしていた。

 

「おーい皆、ご飯だってさ」

「マジか!?」

「さっ、早くいきましょ!」

 

ルーカスが夕食の知らせを聞きつけたらしく、早く並ぼうと催促を促す。子供たちは喜んで小走りで向かった。

人狼は徒歩で行こうとしていたが、子供たちに手を引っ張られて列へと向かうのであった。

 

 

 

「また乾パンかよ…」

「もう飽きたわ…」

「はぁ……」

「そんなこと言うんじゃない、今は非常時なんだ!」

「だって量少ないし」

「美味しくないからなー」

 

乾パン八個をそれぞれ受け取った人狼たちは空いていたベンチに座り、愚痴を零していた。

どうやら彼らが言うにもう避難した時から食べているらしく、普段からお利口なクリスでさえもため息をつきながら嫌々しく手に持った乾パンを眺める。

ルーカスはしょうがないと激を飛ばすが、彼もあまり食べたくはないらしいのが読み取れる。

人狼は各々に乾パンを平等に配り、ガサガサとコートから一個の缶詰を取り出した。

 

「ハ、ハインツ兄ちゃん!? それって…!」

「トマトの缶詰じゃない!?」

「えっ! ハインツさんいいんですか!?」

「…」

 

クリスが尋ねると人狼はこくりと頷いた。

すると子供たちの目は煌めき、先程までの表情が何処かに飛んでいってしまった。

缶切りで丁寧に開けると、中からトマトの匂いが漏れて、子供たちの食欲をそそう。

 

「けどハインツは食べなくていいのか?」

 

ルーカスの問いに人狼は縦に振って答える。

 

「ありがとうハインツ兄ちゃん!」

「感謝しますハインツさん」

「ありがとうねハインツ!」

「ありがとうハインツ」

 

口々に感謝の言葉を人狼に向ける。

人狼は水筒を開けて水を飲み、彼らを眺めながらつかの間の休息に浸る。

今まで人狼はネウロイと戦いながら独りで過ごしていたから羽を休めることがままならなかったのだ。

昔あんなにも小さかった子供がこんなにも大きく成長することは見ていて感慨深く、人狼は孤児院にあったアルバムと過ごした日々を思い出しながら本を読みだした。この本は駅で買った本である。

しおりが挟まれてあったページを開き、読み進める。何度も読んだ本であるため手垢や汚れがついており、ページが擦れていた。

開かれた場面はというと、狼男が最初に起こす事件の前日の話である。

 

その時、唐突に風が吹きさらし、ページを無造作に捲る。

捲られた先は最初の事件の真っ最中で、村人たちが混乱している場面だ。人狼はそれに違和感を覚え、しおりを挟み、本を閉じてしまった。

それは不幸の前触れなのかは誰も知らない。

 




缶詰

瓶に入れる方はフランスで生まれ、缶の方はイギリス生まれである。
一般に水分の多い食品を金属缶に詰めて密封した上で微生物による腐敗・変敗を防ぐために加熱・殺菌したもの
しかし、最初は接合の際に使われた鉛のせいで鉛中毒で死ぬ人や缶切りが発明されていないため、銃弾や銃剣で開けていたという歴史がある。
また、ジョーク商品として1968年には「東京の汚れた空気」の缶詰が売られていた。


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心配

「ねえハインツ」

 

突如、トマト缶を開けてパンに付けながらノアは尋ねる。手には限界まで乗せられたトマトのペーストが乾パンの

上で鎮座している。

 

「あたしたち、大きくなったでしょ」

「…」

 

その言葉に応対するかのように頷く。

彼女らの成長は孤児院に合ったアルバムにしっかりと残っていた。ハンスは昔一番小さかった背丈が、今となってはルーカスを追い抜かし、腕には年相応の子供の筋肉よりかは肉付きが良かった。無論のことノアも成長しており、ルーカスと同じ背丈だ。

自身が成長したのが慕っていた兄貴分に認められたのが嬉しいのか顔をリンゴの如く赤く染めながら顔を横に背ける。

 

「よかったねノア、ハインツさんに褒められて」

「べ、別に!」

 

何と自己都合的なのだろうか、クリスの問いに対して別に嬉しくはないと嘘をつく。

すぐに見破られる嘘が実に滑稽でくすっ、とクリスは笑う。

今度はハンスが声を上げた。

 

「ハインツ兄ちゃん、俺小学校のサッカー大会で優勝したんだ!」

「ハンスがまさかの土壇場でシュートを決めたお陰なんだ」

 

ハンスの答えに補足を付けるルーカス、人狼はハンスの頭を撫でる。実に微笑ましい光景だろう、満更でもなさそうな顔でにへへと笑いつつ、鼻を擦る。

小学校のサッカー大会は一クラスが一団となって行う学校行事だ。小学五年生になると開催される大会だが、その時にはもう人狼は軍に移ったため参加はできなかった。

 

もし参加できたとしても、人狼は学校の腫物的存在だったのでベンチをひたすらに温めていただろう。

恐らくシュートを決められたのは日頃の練習のことだろう。何故なら前々から彼は参加を夢見て練習をしていたのを人狼は知っていた。年相応以上の筋肉が得れたのはこれのお陰だろう。

そして努力が実を結び、クラスを優勝へと導いたのだろう。

 

「俺のサイキックシュートをハインツ兄ちゃんに見せたかったぜ」

「ハンス、一応言うがサイキックの意味知ってるかい?」

「当たり前だろ! 確かヤバくてスゴくて強烈という意味だ!」

「…全く違うよ」

「な、何だってー!? やっぱ物知りだなルーカス兄ちゃんは」

「そうだ。ルーカスさんは地区の勉強大会で一位を取ったんですよ!」

「ちょ、ちょっと!」

 

クリスの発言で慌てだすルーカス、眼鏡がずり落ちそうになっていた。

勉強大会は地区で行われる学力テストみたいなもので、一位になると感謝賞と贈呈品が貰える。とはいえ安い万年筆に金で自身の名前が刻印される物であるが。

 

幼い頃、バルクホルンが勝手に人狼を申し込み、受けて無事一位を取ると彼女に悔しがられた。補足だが彼女は二位である。

流石に同年代であるルーカスに頭を撫でることはできなさそうで、もししたら兄としての威厳が薄まると考えた人狼は最善の手段かもしれない拍手をする。

恥ずかしそうに頭を掻く彼をよそに、ノアが口を開く。

 

「そういやあたしがあげた人形は持ってるの?」

「…」

 

人狼はコートの内ポケットから贈られた人形を取り出してみせる。

少しばかり汚れてはいるものも、大切に扱っていた様子であった。実は肌身離さず人形を所持していた。そのため一度、風呂場まで持っていこうとしたのをジェネフたちに止められている。それほど彼女の人形は重要であった。

 

当然、院長から貰った帽子も所々ほつれている部分があるがそれを直して日々欠かさずに被っている。唯一取る時といえば就寝と入浴程度だ。過去に入浴の時間を狙って熱烈なるファンの一人が人狼の帽子を盗んだ事件が発生した際は、ただでさえ感情の起伏が少ない人狼が目に映るものを壊しまわるという惨状が起きていた。

 

この出来事にヤバいと感じ取った基地の最高責任者は直ちに犯人捜しを開始、一時間もせずに見つかり、無事返却された。

 

「なあハインツ兄ちゃんの話は聞いてるぜ、やっぱエースの称号は憧れるから俺も軍に入ってエースになりたい!」

「何言ってんの! 家族に二度と会えないかもしれないのよ!」

「だけど俺も男だ! いつまでも守られたいとは思わない!」

「アンタねえっ!」

 

ハンスの発言にノアが反応し、一触即発の空気が取り巻いた。

歳月が経つにつれて彼も守ってばかりはいけないと考えたのだろう。だけど彼女は人狼の喪失によって味わった感情がそれを否定する。

確かにそうなのだろう、人狼に再開して泣きじゃくる程まで戦場で戦う人狼に不安や心配を募らせたのだ。

そんな雰囲気を打ち壊したのは人狼であった。

二人を抱擁したのだ。身体の大きい人狼は容易く当事者二人を確保する。

 

「に、兄ちゃん!?」

「ハハハ、ハインツゥ!?」

 

いきなり行われたこの行動に頭が整理できないのか激しく動揺の色を見せつける。息が荒く、熱い吐息を体感する。

だがそれは数十秒もするうちに和らいでいった。

落ち着いたのを見計らって抱擁を解いて、ハンスに拳骨を喰らわせる。

 

「イダッ!?」

 

力加減をし過ぎて従来の力とは比べられない程の拳が彼の頭に響き渡る。

痛そうに頭を抑える彼は人狼の意図を組み取ったのか反抗、ましては人狼に理由を問わず、ただ頭を抑えて黙りこくる。

 

人狼が伝えた意図、それは家族が向ける心配だ。

人狼自身、自らが親孝行者だとは思わない。むしろ親不孝者だと認識している。

勝手に入隊書を突き付け、幾ら孤児院の経営が成り立たないからと理由を付けたとしても、それはあまりに自分勝手なことだ。

 

育ての親である院長や共に住んでいた家族に心配をかける、それはどれほどの重罪なのかは知っている。

初飛行の際もそうである。アニーサの命令を無視して墜落した際には、彼女は責任を感じ軍を辞めようと思考したまでと酒の席で彼女は言っていた。

心配される存在という当たり前のことは、前世には一ミクロも感じられなかった。しかしこの世界は違う、家族や友達、戦友または上司が自分のことを心配してくれるのだ。

 

「……私もお姉ちゃんが軍に行って寂しいです」

 

重々しい口調でクリスは話し始めた。

彼女の胸の内に秘めた思いを暴露し続ける。

 

「だって今みたいな現状でいつ死んでしまうのかが怖いです。例え死んじゃっても遺体が一部、酷くて何も還ってこないかもしれない。戦死したことがたった一枚の紙で伝達されるのも嫌ですし、平和な時でも軍に居るときには常に会えない状況があるので寂しいから」

 

声を時折震わせながら言う彼女、感情を制御させて筋の通った思いを口にしていた。

瞳は潤み、目尻には涙を溜めていつか泣きだしてしまいそうである。だが、それほど彼女は姉であるバルクホルンのことを思っていたのだ。それは軍に行ってしまった姉を思い続けて蓄積された思いなのだ。

幼い彼女はこれほどまで耐えて忍んでいた。決して表沙汰にせずに。

 

一本、彼女の頬に線が引かれる。透明で塩辛い線だ。

人狼は居ても立っても居られずに彼女を強く抱きしめた。その瞬間、彼女のダムは崩壊し、赤子の如く泣き始めた。普段大人しく、物聞きの良い忠犬のような人柄の彼女は人前で嗚咽を零す。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃんにまた会いたいよ!!」

 

強く、強く抱きしめる。蓄積された感情を全て放出させるのが一番だと踏んだからだ。

その光景は彼らにも覚えがあった。人狼が行ってしまった日から数日経っても、彼に対する思いを放出し続けたからだ。ハンスは顔を下に向け、自分がした愚行に憤りを覚える。

人狼はポンポンと背中を叩いて感情の放出を促せており、彼女の涙で肩の布地は濡れている。

 

数分ほど泣いていたクリスはどうやら感情の放出を終えたようで、普段通りの落ち着きを取り戻していた。

もう大丈夫かと抱擁を解こうとする。

 

「もう少し、もう少しだけ居させてください」

「…」

 

彼女の懇願に従い、そのまま居座させる。

数回深呼吸をした彼女は大丈夫だと伝えて、抱擁を解いた。彼女は抜けるとすぐに目元を裾で拭き払う。

宝石のような瞳の目元には赤く腫れているものも彼女は人狼に向かい感謝の言葉を吐きだす。

 

「ありがとうございますハインツさん、少し、いや大分荷が軽くなりました」

 

その言葉を聞き受け、同時にあまり手紙を送らなかった過去の自分を激しく叱咤していた。

少しでも多く手紙を出せば楽になった筈であっただろう。さすれば彼らも荷が軽くなったかもしれないといった推察が頭の中で渦巻く。

 

「クリス、いつでも困ったら言いなさい。僕たちが受け止めてあげるからさ」

「うん、わかったよ皆」

「へっ、気にするなよ!」

「当たり前よ、だって友達でしょ」

 

仲微笑ましい光景がいつまでも続けばいいと思った。むしろ願った。

だが物語には何かしらの出来事があるから劇なのだ。そうでなければ物語という概念に当てはまらないからである。

建物に取り付けた急ごしらえのスピーカーからけたましいサイレンの絶叫が町中に響く。

 

 

人々は困惑し、同時に絶望や恐怖を抱いた。

 

 

これからやってくる存在に恐怖を植え付けられていたから。

彼らも例外ではなく、ガタガタと足が震えている。それを収めるように人狼は四人の手を繋がせた。これは集団心理を用いた恐怖を軽減させる方法である。同じ恐怖を身体の接触で共有し、分散させるのだ。

 

人狼はサイレンが知らせる存在を排除するため、本部に急ぐ。

その後ろ姿にはいつも通りの家族思いの兄という姿ではなく、戦場で見せる沈黙の狼へと変貌していた。

 




M39卵型手榴弾

ドイツで生まれた手榴弾。
M24型柄付手榴弾の後継として1939年から生産を開始した。製造工法には大量生産を考慮して他のドイツ製手榴弾同様プレス加工が用いられ、製造工程が容易な事から、第二次世界大戦中はM24よりも総生産数は多かったとされる。
炸薬量は少なめで遠くに飛ばしやすいが、殺傷能力は低い。
安全キャップには塗装がされており、青だと通常の4-5秒、灰色だと10秒、黄色だと7秒、赤だと1秒である。


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此方

「ちくしょう、エドガー準備しろ!」

「大丈夫です!」

「ったく、仕事が多いと嫌になるぜ」

「書類仕事がしたいですね」

「たまには良いけど死にたくはないしな」

 

ジェネフとエドガーがそれぞれ愚痴を零す。

エンジンを叩き起こすと、車体が小刻みに揺れる。排気口からは黒い排気ガスがたちが上がる。キューポラから上半身を露出させているジェネフはこちらに走って迫る人狼の姿を見つけた。

 

「丁度いい、乗ってけ」

「…」

「お前武器は?」

「…」

 

ほぼ身軽と言える姿で戦車に乗っかる。

どうやら人狼が所持している武器は二丁の拳銃だけだ。さっきまで持っていたMP40やらkar98は先の戦闘のお陰で壊れてしまったらしい。

ジェネフは砲塔の側面に付いていたkar98を取り外した。

 

「弾はもう取り付けてあるが、この一つの弾倉だけだ。あとは現地調達でいいな」

「…」

 

人狼は頷き手渡された。

点検は特にされてはなく、砂や土が付着している。銃口に異物混入を防ぐために付けられたカバーを外す。弾倉をチェックすると僅か三発分しか残っていない。

兎も角、いつ何時でも打てるようにと慣れた手つきで安全装置を外し、コッキングをする。

 

「ちくしょう、ルーデル大尉はもういっちまった。あの位高速だと羨ましいぜ」

「ジェネフ中尉」

「はい何でしょう」

 

小走りで向かってきたクラウン中佐から声を掛けられた。

 

「これから我らは避難を開始する。捨て駒代わりに使われたと私を恨んでくれ、すまない」

 

それは人狼たちに対する謝罪であった。

頭を深々と下士官に対して下げているのは実におかしなことだ。彼の熱烈なる謝罪が伝わってくる。それほどまで罪悪感が込み上げてきたのだろう。

ジェネフはそんな彼を見て、ニカッと屈託の無い極上の笑顔を浮かべる。

 

「頭を上げてください中佐、俺ら下士官に対しそんな態度を取っては駄目ですよ。そんなことしたら第一我らも恥ずかしいですし、避難民から舐められてしまいます」

「…だが」

「はっはー! 軍人たる者、国民を守るのが義務です。それを行うために我らは守られる側から守る側へ移動したのです」

 

咎めるような姿勢を示さず、むしろそれを生き甲斐にしているジェネフ。

そんな彼を見て安心感を抱いたのか中佐は頭を上げる。

人狼は砲塔に描かれたエンブレムを叩く。冷淡な金属音が鳴るもそれは温かいものであった。

 

「そして我らは泣く子も黙る山羊隊ですよ。それに沈黙の狼もついています上、遅滞どころか殲滅させて御覧に入れましょう。その際は中佐率いる避難民たちと合流してもよろしいでしょうか?」

「…勿論許可する。貴官らにご武運を」

「了解しました。そんじゃあカッコいいとこ見せちまおうぜ、戦車前進(パンツァー・フォー)!」

 

戦車は金属同士が軋めきあう音を鳴らして出撃する。

中佐は凜とした敬礼を戦場に赴く戦士らに向けた。ジェネフと人狼は敬礼を返す。

すると距離が離れてくにつれて中佐が小さくなる。そこに更に小さな存在が立ち、声を荒げながら手を振っていた。

 

「ハインツー! 頑張りなさい!!」

「勝ってくれハインツ!!」

「ハインツ兄ちゃん頑張ってー!!」

「ハインツさん頑張ってくださいね!!」

 

四人の子供たちの声を聞き、より一層人狼の雰囲気が強まる。

普段見せない人狼の姿にジェネフは口元を緩めて人狼の頭に手を置いた。

 

「ハインツ、絶対に避難民を守るぞ」

「…」

 

人狼たちはネウロイが暴れまわる戦場に足を進めたのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

漆黒の化物と揶揄されたネウロイが大きな爪痕が残した塹壕を蹂躙を行っていた。

そのため対戦車砲も無い陣地にはもはや防衛力は残っておらず、明け渡すことしかできない。

しかし退却をしようが人間の足とネウロイの足ではネウロイ側が断然速い訳で、乗り物も所持しない守備部隊は退くこともできず、強制的に戦わされることを余儀なくされた。その上指揮官が衛生兵の少尉となっては適切な指示もなしにひたすらに黒い嵐に蹂躙され続けていた。

 

「戦力が足りない!」

「どうしましょうか小尉殿!」

「くそっ! まだ対戦車砲や兵士が多かったら……」

「小尉危ない!」

 

突如上から機銃を放たれ、それを確認した兵士が彼を押し倒した上で覆いかぶさった。

二度兵士の身体から振動を感じ取った。

 

「大丈夫か!?」

 

機銃掃射が終わり、彼は覆いかぶさった兵士を剥がし、医薬品を取り出しつつ傷跡を確認する。

しかし脈を測ると彼は絶命しており、心臓を撃たれたようであった。ガスマスクからは血が流れだした。

 

「すまない。俺のせいで」

 

急に金属音が聞こえ、顔を上げる。

其処にはあの忌々しい小型ネウロイがこちらを凝視している。彼はガスマスク内部から発しられた叫び声とともにワルサーPPKという名の拳銃を必死に乱射する。

弾丸はそのままネウロイに集束、見事に被弾して砕けちった。

 

「はぁはぁはぁ…」

 

腰を上げて塹壕から恐る恐る顔を出した。もはやネウロイたちがたむろしており、生存者は自分しかいないと予測できる程である。彼はしゃがんで壁に背中をつける。首に掛けていた十字架を握りしめながら必死に祈りを乞う。

 

「…主よ、どうか私に天国をお与えてください」

 

その懇願には諦めの意味を込められた祈りであり、死を前提とした祈りであった。

その言葉に誘われて一体のネウロイが接近する。大きさは五メートルと大きい。

徐々に近づくにつれ、頭部に付けられた砲塔を下向きへと下げる。一歩一歩踏みしめる際に地面が揺れるのをその身で体感し、確実にやってくる死の恐怖に怯えていた。

 

 

だが、その死は彼ではなく奴に向かった。

 

嫌でも聞き慣れてしまった甲高い投下音を耳に挟み、姿勢を更に低くする。

音が止んだと思った瞬間、爆発が起こり、土や小石が塹壕内に侵入していく。そして聞き覚えのおあるエンジン音を耳にする。

 

「ルーデル、参上した」

 

彼女はMP40を降下しながら連射する。魔法力を込めた一発一発はネウロイの甲殻を削っていく。時折、急接近を敢行して手榴弾を落とす。

これもまた魔法力が込められた物であるため常用のとは違う威力を提示する。

彼女が魔王と呼ばれる由縁がわかる戦いぶりであった。

 

「助かった…のか?」

 

まさかの救援に安堵の色を浮かべる小尉。当然やられていく同胞をただひたすらに眺めている化物ではなく、空へ向かって砲や光線を放つ。

 

「甘い、甘いぞ!」

 

残りの一個であった六十キロ爆弾を投下、小さな存在には大量の魔法力が刷り込まれているため、倍以上の爆発を見せつける。その衝撃は艦砲射撃を受けたかのようであった。

爆破に巻き込まれたネウロイはバラバラの残骸に成り果て、地面へと次々落ちていく。

彼女はニヤリと嘲笑をする。

 

「すごい、このままなら……!」

 

今度は遠くの方からキュラキュラと金属音が聞こえる。頭を撃たれないように地面に倒されていた立脚付きの塹壕潜望鏡を立ち上げて覗く。

レンズ越しからは金属本来の色を見せた兵器が迫る。彼はそれに喚起した。最初の攻撃を押し返した戦車、またチラリと見えた砲塔側面に書かれた黒い絵に。

 

「山羊隊だ!」

 

彼はそんな彼らに鼓舞されたのかライフルを取り、ネウロイに標準を合わせる。

狙うは小型のネウロイ、それ以外だと重厚な装甲に弾き返されてしまうからである。引き金に指を伸ばして引いた。

初弾は距離が届かずに手元に弾着する。その位置を調整し直して最後攻撃、今度は当たることができ、損傷を与えることができた。感覚を掴んだ彼は再度撃つとネウロイは黒の甲殻からガラスのように姿を変えて弾けた。

初撃破に思わず喜ぶ。

 

「このまま行けば、倒せる」

 

自信をつけて次の敵を狙おうと銃を動かす。だが向けた先々のネウロイが白い破片となり崩れていく。

何故なのか疑問に思った彼はまだ残っているネウロイに目をやる。

目をつけたネウロイの元に近づく一人の姿がそこには存在した。驚嘆しながらも視認するが、武器といえるような物は抱えておらず、素手で殴りつけていた。

殴りつけられたネウロイは吹っ飛びながら破片を撒く。続いては激しい損傷により使用できなくなった対戦車砲を軽々と持ち上げてみせた。砲身を掴みながらネウロイに向かって振り下ろされる一撃は強大で受けたネウロイは地面にめり込んだ。それはまるで杭を打ちつけるかのようだ。

 

「あれは誰だろうか」

 

胸を鳴らしながら塹壕潜望鏡で覗く、レンズ越しから茶色のコートを着て古びた野戦帽を被った姿で、褐色肌と対比する白髪が見える。その風貌を彼は知っていた。

 

「あ、あれが有名なハインツ・ヒトラー中尉なのか。まさに狼の如き荒々しい戦いぶりだ…」

 

息を呑みながら人狼を眺め続けていた。

しかしながら、不注意という言葉もあるように彼の元に二体の小型ネウロイが近づき、塹壕内に侵入する。

 

「あっ」

 

気づいた時には時すでに遅し、二体の小型ネウロイが跳躍し噛みついてきた。

態勢を崩して地面に倒れこみ、ある一体のネウロイが首を噛み千切る。声を出そうにも出せない状況でそこからは大量の出血、彼の視界は猛烈に悪くなっていく。

彼の息の根が止まり、今度は戦車に向かっていく小型ネウロイ、だが戦車はそんなネウロイを躊躇なく轢いた。

 

「さて、仕事をしよう。砲撃開始!」

 

残ったネウロイを掃討する戦車から砲弾が発射、そのままネウロイに着弾する。

ネウロイは核を露出、次弾は間に合わないと踏んだジェネフは機銃を連射、無事機銃は核に当たって破片になった。

 

 

最後の一体を人狼が倒す。ジェネフはキューポラから上半身を露呈しながら敵の残存兵力の索敵をしていた。

 

「何だあれは、まさかッ!?」

 

その時、空を飛んでいたルーデルから戦車に無線がなった。即座にジェネフは出て、目を見開いて驚いた。同時にありったけの冷や汗が額から染み出ている。

彼は急いで人狼に伝わるよう大声で叫ぶ。

 

 

彼方が赤い、と

 

 

人狼はその方角に目を向ける。

そこだけ空の色が明るく闇夜に近づく色を照らすと同時に死の色が深く汲み取ることができた。その光景は幻想的でもあった。

人狼は今までに出したことない速度で彼方へと走っていく。地面が抉れ、足跡が深々と残る。

 

 

 

勿論、その彼方という場所は避難民が避難した先(・・・・・・・・・)である。

 




ワルサーPPK

ドイツで生まれた拳銃、1931年に発売開始。ショルダーホルスターを用いて拳銃を携行する私服警官向けのコンパクトなモデルとして設計された。大戦中の生産数は150,000丁を超える。
色々な口径があり、その中でゲシュタポのエージェンとは七ミリ弾を用いた。
なおアドルフ・ヒトラーが拳銃自殺した際に用いたのがこのPPKである。


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彼方

日間ランキング58位とはたまげたなぁ・・・
こんな作品を読んでくれてありがとなす!


時は遡り十分前、避難民は迫まりくるネウロイから逃げるために町に敷かれた道路を埋める。

避難民は男女子供がおり、芋洗い状態となっていた。

 

「早く歩け!」

「殺す気か!」

「早くしないとネウロイが来ちまう!」

「皆さん落ち着いて!」

 

牛歩の如く進んでいく列に反感を覚える者も当然居る。それを諫めようと兵士は必死になっている。

ある者が列を早く進めるために走ろうとする。その際他の避難民にぶつかり転倒、その身が他の者に当たり態勢を崩していき、その負の連鎖が続き、将棋倒しという最悪の事態になってしまった。

 

「痛い足が!!」

「手前なにしとんじゃ!」

「あぁん!? そっちが転んだんだろうが!!」

 

避難民同士の喧嘩も勃発、余計避難速度が下がる。

人狼の住んでいた孤児院のメンバーはいつネウロイが襲ってくるのかという恐怖に葛藤、それに加えて大の大人の喧嘩により少なからず恐怖が助長されていく。

クリスやノアは涙を浮かべ、ハンスは顔色を悪い。そんな中、ルーカスは自分が年上なのを利用して、三人を励ましている。無論、膝を震わせながら。

 

「大丈夫だよ皆、きっとハインツが倒してくれる。だから僕らも頑張ろう」

「う、うん…」

「ハインツはまた腕一杯の食べ物を持ってきてくれるさ、ね?」

「わ、わかったよ。俺頑張る」

「そうさ、その心意気だ」

 

 

一方で先頭を先導する中佐はⅠ号対空戦車に搭乗しながら無線を飛ばした。

相手はここから八十キロ離れた航空基地だ。先ほど連絡したが一切繋がる様子は無く、これも駄目もとの一報であった。

しかし、雑音は濁流した川から平時の川へと姿を変える。

 

『…こちらは…航空基地……要件は何だ?』

「つ、繋がったぞ!!」

「ほ、本当ですか中佐!」

「あぁ本当だ! こちら第18中隊率いる避難民隊、ネウロイに襲撃される間際だ! 救援乞う!」

『…了解した。行くぞミーナ、ハルトマン!』

 

声色と無線を切り忘れた際に流れ出した女性の名前、察するにウィッチ隊だ。

生憎のことクラウン中佐はこの二人の名前を知らない、そもそも彼は陸軍の人間であり、管轄外だ。それにJg52の部隊は認知してても隊員一人一人の名前など覚えている訳は無いのだ。

彼は助けが来ることに安堵と喜びで満たされ、煙草を吸う余裕も生まれた。

そして煙草を吸い終えるとマイクを持ち、トラックに付けられたスピーカーから彼の声が避難民の列に流れ出した。

 

『諸君、これから我らにはウィッチ隊が護衛してくれる!』

 

「おい、本当かよ」

「助かる見込みができた…!」

「生きれる。生きれるぞ!!」

 

人々は喚起に満ちた。ネウロイを倒すのに一番適した兵科であるウィッチが来るのだ。それは第一次ネウロイ大戦や人狼の活躍を通して認知されている。

朗報を聴いたルーカスたちは喜んだ。そしてクリスはもしかすると自分の姉が居るという小さな期待を抱き寄せた。

 

 

そして数分後、その民衆たちが抱き寄せた期待を離すこととなる。

 

「敵機来襲!!」

「何ィ!?」

「南の方角です!」

 

僅かながらに残された他の対空戦車の見張り員から告げられる。

まさに最悪の事態である。陸と空からの同時攻撃は予測した中では断トツだ。

見張り員から告げられた方角に双眼鏡を向ける。空中には大型航空ネウロイが鯨の如く空を泳いでいた。

それを母体として、幾つかの小型ネウロイが投射される。

 

「すぐさま列の最後尾に居る対空部隊に知らせ!」

「了解!」

「機関砲回頭急げ!」

 

中佐は無線手に指示、対空戦車の車長は機関砲の向きを回すように指示する。

期待から絶望に変わった中、中佐はライフルを構える。それにつられて他の兵士も構えるのだ。微々たる戦力ではあるがしないよりかはまだ良い、それに少しだけ気持ちが落ち着くのだ。何故ならネウロイを仕留められるかもしれないという期待を抱けるからである。

 

「民衆には伝えますか?」

「いや、余計パニック状態になる。だったらしないほうがいいだろう」

 

知らないほうがいい事もある。まさにこれであった。

 

ネウロイは避難民の列に迫る。

対空戦車が機関砲を放つ。二十ミリの弾に入っている曳航弾が暗闇で目立ち、宝石のようで綺麗であった。

機関砲の音が避難民にも聴こえる。瞬時に理解し、慌てふためいた。

 

「うわああああああ!!」

「死にたくない死にたくない!!」

「早く助けろやウィッチ隊!!」

 

罵声、悲鳴、絶叫を泣き叫びながら人々は恐慌状態になる。

あまりにも強力かつ膨大な恐怖は伝染していき、兵士にも影響を受けることとなった。

 

「どうしましょう!!」

「あの家に逃げよう!」

 

ルーカスたちは空き家となった家に侵入して避難する。

道路からは大音量の悲鳴が聴こえ、ネウロイが対空砲火を切り抜け機銃掃射をかました。人が挽肉になる瞬間を見てしまったルーカスは置いてあったバケツに嘔吐した。

 

「ヴォエ!!」

「ルーカス兄ちゃん大丈夫!?」

「だ、大丈夫だよ…」

 

銃声が鳴り響く、それは味方か敵かは一般人の彼らにはわからない。

だがこちら側が不利であることにはかわりはない。彼らは陸から来襲するネウロイに備えて二階へと逃げていった。

 

 

先頭の対空砲を放つ銃手を余所に中佐もライフルを放つ。

当たっているかはわからないがいつかは当たると信じて乱射する。ネウロイは進路を虐げる対空砲火に向かって小さな爆弾を投下した。

 

「爆弾で――――」

 

注意を促そうとした車長の乗っていた対空戦車に爆弾は直撃、無事に爆破した。

爆風にもろに受けた中佐は吹き飛ばされる。幸運にも小型の爆弾だったので威力は少なく、それに加えて破片も刺さることもなかった。

地面に転がり、むくりと立ちあがる。

 

「大事な戦力が…!!」

 

しかし一度に幸運は二度も来ない。

彼の存在に気付いたネウロイはUターン、彼目掛けて機銃掃射。ボロ雑巾のように身体を引き裂かれたのちにぱたりと倒れこんだ。

この時までにはもはや対空砲火の効果性は零に近かった。何故なら対空砲火を効率的に行える対空戦車は全て撃破、破壊されてしまったからである。

あとは無慈悲な殺戮が繰り広げられた。逃げても逃げても追ってくる異形の化物に己の身を傷つけられ、絶命していく。

業火が町を覆い尽くし、その影響はルーカスたちにも及んだ。

 

「この家燃えているわ!」

「何処か安全な所へ避難しよう!」

「でも何処へ!?」

「それは…」

 

ルーカスは必死に案を練る。

そんな彼の元に一発の小型爆弾が屋根を貫いて二階の床へと落ちる。

黒々と禍々しく着色されたそれは死の臭いであり、爆弾本体から滲み出るのが確かであった。

彼の脳裏に映ったのは全滅、回避するのは一つしかない。

 

「うわああああああ!!」

 

何とルーカスは爆弾を抱き上げて窓へ向かって走り出した。

この行動にノアたちは悲鳴を上げる。窓を蹴破り、窓枠からその身を挺する。

 

 

「僕にも勇気ある行動が取れたよ、ハインツ」

 

 

小さく呟くと、爆弾は作動、爆発を起こす。

避難していた家に爆風を受け止めきれず半壊した。その際に飛来した木片がハンスの心臓に突き刺さる。

 

「ハ、ハンス!!」

 

即死であった。目を見開いて今にも動き出しそうなまでにその瞳は生気に溢れていた。

唇を噛みしめノアとクリスは手を繋ぎながら急いで家から逃げ出し、炎に溢れた町中をひたすらに走る。

敵がいつ来るのかと真上を見上げる。

空ではネウロイと交戦するウィッチらしき姿が映る。

 

「ウィッチ…」

 

力なくノアは呟き、手製の人形を握りしめながら安堵の息をついた。

だが彼女の中では家族である二人を犠牲にして得てしまったことに苛立ちを感じて人形を地面に叩きつけた。そんな自分が嫌だったのだ。瞳は徐々に光が失われていく。

 

「ノアちゃん…」

「ごめんね、ごめんねハンスにルーカス…!」

「…早く逃げようよ。二人を忘れないように」

「……うん」

 

ノアは熱が感じられない応えをする。ゆっくりとした足取りで安全な場所へと歩き回る。

時々近くで爆発が起きながらも歩いていた。

 

「ねぇノア」

 

クリスは後ろを振り向いた。

だが、その先には誰も居なかった(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「え?」

 

歩いていた道をなぞって戻る。

そしてやっとのことで彼女を見つけた。

 

 

 

上半身だけの姿となって(・・・・・・・・・・・)

 

 

「…ノアちゃん。 駄目だよ死んじゃ」

 

光が消えた瞳は何も応えない。瞬間、彼女は壊れた。

臓物が溢れだしたのにも関わらず彼女は必死になって彼女の身体に押し込んでいく。

彼女の瞳にも光は存在はしない。虚ろな眼で何かを案じた。

 

「そうだ。多分だけど包帯を巻けば治るよね、そうだよね」

 

彼女はノアに巻くための包帯を探しに燃え盛る町を探る。

どうやら上で戦っているウィッチ隊が大柄ネウロイを撃破したらしいく、白い破片がクリスに落ちていく。

 

「クリス!!」

 

とあるウィッチの一人が彼女の名前を叫ぶ。

ぷつりと糸が切れた人形のように倒れこんだ。そのウィッチはクリスを抱いて何処かへ飛んでいってしまった。

 

 

少し遅れて人狼がやってきた。

町は大きく変貌を遂げ、家族である彼らを捜索する。

人狼はある柔らかい物を踏みしめ、足をどかす。踏んでいたものはノアが所持する人形だ。

丁寧に土を払いしてから懐に入れ、そのまま捜索を続行、また事実に出会うこととなる。そう、彼女の上半身だ。

開かれた瞳を閉ざし、爆撃によって空いた穴に埋める。

他の家族を見つけるために奔走しているが、もはや誰が見ても生存は絶望的であった。

 

三本の電柱が交差しながらも何とか立っている。その中の一本が不意に崩れ落ちた。

残された二本の電柱はいつか倒れるだろう。

 




Ⅰ号対空戦車

ドイツで生まれた対空戦車でⅠ号戦車の車体を流用。
武装は二十ミリ機関砲ひとつで対戦車には向かないが、水平射撃による支援で東部戦線は活躍した。
何気なくであるがパント・オブ・ブラザーズに出演している。




そしてこの小説を読んだ読者さんはSAN値チェックです。1d100をお振りください。


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参入

ネウロイの欧州大侵攻から九か月が経過していた。

その間に起きた出来事は、カールスラント全土を完全占領、ネウロイは行く手を遮るものを薙ぎ払う如き勢いでガリアや近隣諸国に攻め入った。

マジノ線は二週間ほど耐えることには成功したものも、隣国から侵攻されマジノ線を含む地域は包囲、そしてマジノ線司令部から全滅の電文が打たれ、守備隊の全滅を確認した。

ネウロイは花の都パリが陥落、必死の民兵や兵士の抵抗を突破し、エッフェル塔を観光する者は誰一人いなくなった。ただそこにあるのは死体と瓦礫だけである。

ガリアや各国の残存兵力は西へと撤退を開始、その間に幾万もの火砲や人員、ウィッチも失ってしまう。

 

そこで各国家元首たちは欧州からの部隊の撤退作戦、通称ダイナモ作戦が施行された。

ドーバー海峡を超えて避難民や部隊をブリタニアに輸送する作戦が企てられる。そのためパ・ド・カレーに収集する必要があった。

幸いにも輸送船は扶桑とリベリオン、旧式ではあるがブリタニアから運用することになった。しかし如何せん輸送船が足りない、海上輸送する部隊や避難民の人員が多すぎるのだ。なのでブリタニアは民間船をも徴収した。その徴収には帆を用いる小船も例外ではなかった。

 

パ・ド・カレーを中心に何重の防衛線が張られることとなる。平原に掘られた塹壕、街を全体を用いた奇襲専用の砲、また常に制空権を抑えるために精密に編まれた防空網と厳重な守りを示した。

そのような強固な陣を組めるのは一人の存在があったからだ。

 

「あぁ、早く奴らの大攻勢起きないかねェ……」

 

ランデル中将はかつてネウロイの攻勢を受け、基地から奇跡的に脱出することができた。その先で出会った部隊と合流、各師団で決別してしまった部隊を纏め、おおよそ二個旅団程の戦力に仕上げた。一旅団ずつ平原や市街地に配置することで部隊の均一性を保ち、一隻でも多く輸送するための時間を作ることにした。

最も彼には民間人を守るという意思はさらさら存在しない、むしろ楽しむために殿部隊である守備隊の指揮権を志願していた。彼にとって民間人は基本的には邪魔になるが稀に使える武器としか見ていなかった。

実は二日前に少数のネウロイによる攻勢が行われたが、防空網による制空権保守によりJu87隊の爆撃やbf109の空戦、そして極めつけのウィッチ隊による攻撃。

被害を最小限にまで抑え、無事に死守することのできたランデル中将は各国の新聞の一面に飾られ、悪魔の魔術手という異名を獲得した。

 

 

そんなある日、彼の防衛戦に突如として一両の戦車が姿を現した。

平野には合わないような泥だらけの塗装、そこに薄くすすが目立つ砲塔である。しかし砲塔に描かれたエンブレムが歴戦の貫録を醸し出していた。

最初兵士たちは戦車を見た瞬間に色合いから敵だと判断、対戦車砲の砲撃を命じた。M1897 75mm野砲は本来ガリアの兵器ではあるが倉庫に眠ったままだと勿体ないというランデル中将の計らいで用いられた。まあ本当は砲声を聴きたいだけだとは思うが。

依然としてこちらに撃ってはこないのに不信感を持った小隊の指揮官が双眼鏡で覗くとただの戦車であることが判明した。

すぐさま攻撃を中止、指揮官は向かって自転車を漕いだ。

 

「止まれそこの戦車、部隊名と氏名、それと階級を述べよ!」

 

戦車の頭からぱかりと蓋が開かれる。中から青髭が薄く生え、クラッシュキャップを被った男の姿があった。

車長であろう男から強烈な臭いが彼の鼻を刺す。恐らくは長らくの期間、戦闘や撤退をしてきたのであろうと思わせる程である。同じく彼に対し悪寒が巡る。原因は彼から漏れ出す殺気だった。殺気は常人の兵士が出しうるものよりも断然違っており、例えるなら獣と真正面に対峙したような感覚である。

 

もしそのまま砲撃を続けたら、車長は戦車に攻撃の指示を出していたかもしれない。防衛線に設置された幾門の砲が彼の一両に対し砲先を揃え、放ったとしても確実にこちら側は痛手を受けていただろう。

 

「はっ、こちらはジェネフ中尉でございます。部隊は山羊隊であり戦車長を務めました」

「そうか、では残りの戦車は?」

「いいえ、この車輌だけが生き残りでございます」

「…よくぞここまで来た。歓迎する」

 

ジェネフは戦車から飛び降りて彼と握手を交わす。彼の手は汚れており、当初指揮官は拒絶反応を起こしかけたがそれは生き伸びた彼への侮辱だと感じ取り、両手でジェネフの汚れた手を包み込んだ。

 

「…あっ!? こんなにも汚してしまった!」

「何、気にするな、此処には海水がたんまりとあることだ。思う存分に身体を洗うがいい」

「やったぜ! 一ヶ月ぶりに身体洗えるぜ」

 

先程の態度とは一変し、ジェネフは子供のようにはしゃぎだした。指揮官は目を丸くし口をあんぐりと開けた。鋭すぎる殺気から激しい狂喜に移ったからだ。オンとオフが日頃から激しい彼に慣れるにはかなりの年数が必要である。

彼が叫んでいると運転席のハッチから一人の眼鏡を掛けた男が顔を出す。眼鏡を掛けた男もまた強烈な臭いを出しており、指揮官に対し敬礼をしながら所属の部隊を述べる。

 

「自分はエドガー・ブリンクマンであります。山羊隊の隊長車輌の運転手を務め、階級は兵長です」

「ご苦労であったな」

「はっ、しかし貴殿と合流ができて喜しいの一点張りでございます」

「他の搭乗員はどうした?」

「本来はこの二人でございます」

「他の搭乗員は?」

「馬が合わないと車長が断り続けた結果です。通信手や装填手は全て車長が務めていました」

「た、多忙であるな…」

 

内心、我儘かつ行動的なジェネフに対し畏敬の念を抱いた。

しかしとある疑問を抱いた。それは本来とエドガー兵長は言っていたからである。彼は尋ねる。

 

「一つ馬鹿な質問だが、その口調だと誰かがまだ居るらしいが」

「勿論居ますよ、大丈夫だから出ておいで」

 

するとキューポラから打ちだされた砲弾の如き勢いで何者かが飛び出した。一度の跳躍で車内から出てきたので彼は大変驚いていた。

そして、地上に降り立った正体を拝見して更に驚く。

 

「ハ、ハインツ中尉だと!?」

「…」

 

正体は人狼であった。人狼は彼に敬礼を向ける。

瞬間的ではあるものも、彼は呼吸困難に陥った。人狼の眼光や雰囲気は彼を貫通し、先程のジェネフよりも数倍以上の恐怖が植え付けられて、足の震えが止まらずにいた。

仮に戦車と人狼を双方相手取ったら部隊は壊滅していただろうと想定し、額から冷や汗が止まらずにいる。

 

「ゆ、行方不明になっていたはずなのに何故に貴方らの戦車隊と合流しているのだ…!」

「それは私が直々に話しましょう」

 

と、ジェネフが答える。

 

「えー、途中で拾った。それだけです」

 

全く説明になっていない発言がより一層悩ませる。あまりの酷さに呆れたのかエドガーはため息を漏らしながらジェネフの補足していく。

 

「どうやらハインツは列車に乗ってる最中、ネウロイによる攻撃で列車が壊され、徒歩で避難民を誘導する部隊と合流を果たしたそうです。そこから我らと一緒に行動を取っています」

「よくもストライカーユニットが無いのにここまで……」

「それがハインツは素手で撃破して乗り越えたらしく」

「はあっ!? 素手だとッ!!」

「まあ世界初のウィザードなので番狂わせくらいありますよ」

 

心底驚いた指揮官を嘲笑うかのようにジェネフは嘲笑を浮かべる。まるで自分のことを誇示するかのようにである。

そんな中人狼は地面に座り込んで、すやすやと寝てしまった。その際だけ、普段から見せない素性が微々ながらも浮き出ていた。慌ててエドガーは起こそうと声を掛ける。

 

「ちょっとハインツ、あと少しで司令部だから」

「いや休ませよう、流石の奴でも疲れたんだろうぜ。それに一度寝ちまうと命の危険があるまで起きねえぞ」

「…載せますか」

「だな、申し訳ないのですがちょいとばかし手伝ってもらえませんかね」

「あ、あぁ構わない」

 

かくして人狼を載せた戦車は本部へ向かって動き出した。

砲声飛び交う悲惨な戦地から平原に一筋の金属同士が軋む音だけとなり、戦地では中々お目に掛かれなかった大輪の花たちが人狼たちを興味津々に見つめている。

時折、潮風が人狼の前髪を揺らし、平穏を髣髴させていた。

しかしそこには、異形の化物が隣に居座っていることを忘れてはならない。

 




M1897 75mm野砲

フランスで生まれた野砲で1897年に採用。
七十五ミリと大きく、大砲界の革命児で改装すると一分間に十五発撃てる。
なお大量に輸出され、世界中に広がることとなる。
第二次世界大戦において砲不足だったドイツは鹵獲したものを用いた。


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着任

先の砲撃停止から四十分後、ようやく戦車の速度で街に着くことができた。

街の様子は民間人が誰も居ないようで、その代わりとガリアとカールスラントの戦車砲や野戦砲が堂々と鎮座していた。街の一部のオブジェクトと化している。

死角の多い市街の裏道は通りやすいように木箱やゴミ箱で封鎖されてはいない、おおよそネウロイの意表を突くためだろう。

実は家の中にも細工がされており、一階の一部の窓はガラスが取り外されたりして無くなっていたり、二階には機関銃が五軒に一軒程の感覚で設置されている。屋根にはこちらが上から移動するために厚い木の板で簡単な橋ができている。

 

「すげぇな…」

「本当ですね、市街地をただの要塞にするとは感服モノですね」

「ホントだぜ、しかしまあこんな器用なこと出来得る奴はそうそういねぇな」

「ある兵士から聞いたのですが、数日前にネウロイによる小規模攻勢を掛けられたそうです」

「損害は?」

「それが戦車砲三門に野戦砲一門、そして人員が十五名です」

 

エドガー自身から淡々と告げられるも若干熱味を帯びている。あまりの損害の少なさにジェネフは口元を引きつった。

 

「あー、やっぱりあの御方か」

「こんなことはあの人しかできませんからねぇ…」

「やっぱり恐ろしいほどの戦略眼を持ってるよな、ランデル閣下は」

 

ジェネフたちは西へと孤立しながら撤退を繰り返していたが、ある程度の情報は拾えていた。一つ目はパリ陥落、これは彼らがパリに着いてから間もない出来事であり、この目で陥落してしまった状況を視認していた。二つ目はランデル中将がパ・ド・カレーを防衛していること。無線機が壊れ実質連絡も取れずにいた。偶々落ちていたラジオと無線を繋ぎ合わせて情報を集めている最中に英語で流れていたからだ。このことに着目し、一行はパ・ド・カレー目指して進路を変えたのだ。補足だが本来はもっと西の方角にある国に逃げようとしていた。

 

「すみませんが此処にから北に一キロある所に戦車の収集場があるのでそこに戦車を停車してください」

「えーと、此処から北だな。わかった」

 

ある時に巡回していた兵士から声を掛けられる。その兵士は丁寧な口調で案内してくれたが、僅かに顔をしかめていた。ジェネフは余程臭いのだろうと改めて思った。

しかし、兵士を通り抜けた際に再度声を掛けられてしまう。

 

「あ、あの!」

「おう何だ」

「後ろに乗せられているのはハインツ中尉でしょうか?」

「そうだ。まあ荷台とかの載せるだけどな、起こしてやるなよ」

「それともしやその戦車は消失不明になった試作戦車部隊の車輌ですか!」

 

兵士は目を煌かせながら次々に彼に問いてきた。そこには一切の悪意はなく、疲弊した顔でやや老けているようにも思えたがまだ青年の兵士であった。戦車を停車させ、青年の話を聞く。

 

「聞いたことあるよな、山羊隊のこと」

「山羊部隊…?」

「あー、そうかぁ…」

 

初めて聞いた部隊名に首をかしげる青年、ジェネフはまさか部隊名が認知されていないことに肩を落としながらため息を吐いた。

ジェネフは汚れた手袋でさらに汚い砲塔側面を拭き、泥や煤を除外する。手袋が猛烈に汚くなるが、そのお陰で汚れのベールで隠されたエンブレムが露呈した。そのエンブレム強く象徴させるかの如く、己の手を砲塔に叩きつける。

 

「試作戦車部隊の別の部隊名、それが山羊隊よォ!!」

「こ、これが山羊隊の車輌…ッ!?」

「そして、この俺がァ! 山羊隊率いる隊長にして戦車兵最強の……」

 

 

 

「ジェネフ中尉だッ!!」

 

溜めに溜めた言葉は青年の脳裏に焼き付いただろう。彼はまるで英雄を見るかのような眼差しでこちらを凝視する。ジェネフはさらに恰好をつけようと煙草を一本吸ってみせる。先程よりも青年は何故か目を煌かせ、漫画ならきっと星が瞳に映っているだろう。

 

「こ、幸運だ! 僕はなんて運がいいのだろうか!!」

「はっはー! そうだろうそうだろう」

 

ジェネフは調子に乗って腕を組みながら首を頷きまくる。

 

「もう必要ないとは思いますが私の名前はクルト・フラッハフェルトです。階級は二等兵でございます!」

「ふっ、覚えたぜその名前。だからお前も俺らの名前を能吏か瞼の裏にでも焼き付けて大々的に宣伝してくれよ、クルト二等兵」

「はい了解しました!」

 

クルトは威勢の良い返事と今までの人生において最高の敬礼を彼に向ける。ニヒヒと煙草を咥えながら笑うジェネフは誰がどう見ても人の面倒見の良い不良かガキ大将を彷彿させるだろう。

彼を乗せた戦車は動き出し、彼から遠ざかっていく、しかし彼は戦車が敬礼を見えなくなるまで長く長く続けていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「失礼します」

 

収集場にて戦車を停車させ、先程同様に部隊の宣伝を挟みつつ、ランデル中将が居る本部である建物に向かった。

建物は赤いレンガで建造されており、ガリア公式の資料では第一次ネウロイ大戦中に造られたという。戦後は未だに軍の基地として利用されており、最近になって壁などの大規模改修工事が行われ、レンガは外観を重視しして残しているが、内部の素材は鉄筋コンクリート造りとなっている。

重い雰囲気を醸し出し、堅苦しい印象を与える木製の年季の入ったドアを開ける。入れと言われ、もう一度服を整え入室した。

部屋の中には前の基地で勤務していたと同様にコーヒーと葉巻を嗜みながら書類仕事をしていたランデル中将と毎度毎度苦労をランデル中将により掛けさせられているダロン大佐がファイルを探っていた。

 

「やあやあ久しぶりだ。ジェネフ小尉、いや失礼ジェネフ中尉」

「お久しぶりでございますね、ランデル中将。それにダロン大佐」

「貴官の話は聞いている。疲れただろう、気休め程度だがコーヒーを淹れようか」

「お気遣いありがとうございますダロン大佐。しかしながら私に今それを与えるのは悪影響ではないかと」

「何故だ?」

「それは私は長い間シャワーも浴びていないので臭いです。それにコーヒーの臭いまで付着するとさらに強力な悪臭へと昇化してしまいますので」

 

彼はダロン大佐の気遣いに丁寧に断りを入れる。やはりこの臭いで注目を集めることは彼自身あまりよろしくはなかった。早く臭いを落としたいのにコーヒー独特の香りまで付け足されたらたまったものじゃない。

その返答を聞くとランデル中将はケタケタと笑い出した。

 

「ははははははっ!! 残念だったな大佐、断られてしまったな」

「そうですね」

「けどジェネフ中尉」

 

ランデル中将は古めかしい椅子から立ち上がり、ゆったりとした足取りでジェネフに歩み寄る。

そしてあろうことか彼の臭いを嗅いだ。彼の身体を舐めとるように何度も何度も、いきなりの常軌を反した狂気的出来事に身の毛がよだち鳥肌が立つ。

そういえばこういう人物だったと、前の基地で一緒だった時の記憶が蘇る。

閣下の瞳には禍々しい螺旋がぐるりぐるりと回転しているようにも見えていた。

 

「私はこの臭いが好きだ。あぁ勿論良い方の匂いだぞ、この硝煙の匂いと汗、それに泥がいい感じにブレンドされていて大好きだ」

「そ、そうですか…」

「閣下、中尉は嫌がっているので遠慮していただきたい」

「そうかそうかすまないね」

 

大佐が狂気の混じった行動を打ち止めにするように勧告した。それに応じて閣下は元の席へ戻っていった。

窮地を救われたジェネフは大佐に向かって感謝の意を込めた視線を飛ばした。すると彼からウインクが返される。

それに含まれた意味にはさっき成しえなかった気遣いが含まれていた。

 

「んじゃあ本題に移るとしよう、大佐資料を」

「はっ」

 

お目当てのファイルが見つかったらしく、ファイルを開封して二枚の書類を提出した。

一枚目はジェネフを筆頭にした戦車中隊についての資料、二枚目はⅣ号戦車についてである。

 

「なるほど、戦車中隊を任されましたか」

「嫌だったかね」

「いえいえとんでもない、部隊名の宣伝にもなりますし」

「……どういうのだったけか」

「山羊隊です。あまり認知されていなくて残念ですよ」

 

彼は戦争好きの将軍にも知られていなかったことに彼は再度肩を落とした。

 

「いい名前じゃないか。如何せん蹴散らしてくれるのに期待しよう」

「ありがたきお言葉です」

「二枚目は要するにあれだ。使い心地についてでどうだい心地は」

「速さは遅くもないですが砲身ですかね、長砲身にしないと放たれる砲弾の威力が落ちるので」

「軍部大臣に訴えておこう、私の発言なら絶対通してくれるからな」

「…何やらかしたんですか!?」

 

ジェネフは唐突に発せられた爆弾発言に驚きを隠せなかった。

大佐は目を虚ろにさせながら立ちつくしてしいる。余程嫌な記憶なのだろうとさとれるだろう。

 

「数年前に起きたクーデターでこっそり大佐を護衛に回していたのさ。元々私だけがクーデターの情報を独自で掴んでいてね、半信半疑だったけどまんまと起きてくれた。軍部大臣も襲われそうになったけど大佐が追っ払ってくれたのだよ。彼は私に特大な借りがあるから実質反抗できないのだよ」

「あの時は死ぬかと思いましたよ……」

「今がその死ぬ時だけどな、ははははっ!!」

 

ジェネフは冗談にもならないレベルの不謹慎に口を閉ざすしかなかった。

笑い転げる閣下を余所に、大佐がその後の指示を教える。

 

「兎も角、中尉にとってその体臭は嫌だろう。こちらで服を新調するから海で入浴するがいい、適当な兵士に服を運ぶように指示しよう」

「ありがとうございます大佐」

「それとハインツ中尉にはストライカーユニットを用意しておいたと伝えておいてくれたまえ、配属部隊はないが制空権を保守するために頑張って貰いたいのでね」

「了解しました。では」

 

カツカツと靴底を鳴らし、部屋から出ていく。

ジェネフの顔には安堵が浮かべられており、その意味は二つほどあった。

一つ目は身体を洗い流せることと、二つ目は閣下と離れることである。閣下については仕事以外では関わらないと強く肝に命じた。

 

 




葉巻

葉巻たばこはタバコの葉を筒状に巻いたもので、タバコの加工技術としては最古の部類である。本来は儀式や祭典に用いられる物であった。吸い終わるのに最短でも三十分は掛かるという。
大きいサイズでチャーチルサイズというものがあり、勿論名前の由来は第二次世界大戦時の英国首相である。
革命家のチェ・ゲバラも愛用しており、蛭などを落とすためにも使えたという。


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浴水

「おいハインツ、起きやがれ」

「…」

 

ジェネフはランデル中将との話を終えた後、戦車の収集場に向かい、ずっと睡眠を取っていた人狼を起こす。戦車内からも寝息を立てている声が聞こえる。おそらくはエドガー伍長だろう。

彼は大声で人狼を起こそうとするが、野戦帽のつばで隠されている瞳が開かない。渋々彼はポケットからホイッスルを取り出して耳元で鳴らす。

すると人狼は速攻に身体を起こして戦車の陰へと移り、臨戦態勢へと移行していた。

きっと人狼は笛の音が敵襲来の合図だと勘違いしたのだろう。戦車内からも慌てふためいている様子が聞こえている。キューポラから顔をひょっこりと出したエドガーが現れた。

 

「敵襲ですか!?」

「違う、てかよくもまあ俺がランデル中将と話してる間に寝ていやがるんだ。俺なんか三徹中だぞ」

「知りませんよ、個人の自由なんですから」

「へっ、まあいいか。お前ら朗報があるぞ」

「何です?どうせ下らないことでしょう」

「…」

「おいそこの二人! 普段から俺はちゃんとしてるだろうが!!」

 

自己弁護に呆れるエドガーはそれを裏付ける証拠を言い放つ。

 

「夜抜け出して風俗行ってた人が何を」

「はいそれとこれとは関係ナッシング! 本題は風呂入れるぞ」

「…ようやくですか」

 

本来ならば喜ぶのだが、先程のやり取りと疲労で本当に喜んでいるのか怪しいものである。人狼に至っては立ちながら寝る寸前までに陥っている。もっと喜ぶだろうと踏んでいたジェネフは真逆の仕草に戸惑いを感じていた。

 

「身体を浸かれるんだぞ、どぼーんって」

「知らないです。後で入りますからお先にどうぞ、僕らは寝てるんで」

「折角の風呂なんだから一緒に入るしかねぇだろ、さあ行くぞお前ら」

 

彼は乱暴にエドガーを引っ張り出し、ずるずると海へと向かう。人狼もまたもや彼に起こされ、半ば強制的に連れ攫われる。エドガーは引っ張られている際に睡魔に負けて寝ようとしていたが、ジェネフの熱いビンタを喰らって起こされる。

すれ違う兵士たちからは奇異的なものを見る目で見られているが、彼らにとっては気にすることもなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

まだ六月のパ・ド・カレーの砂浜、輸送船が行きかうのが目視でき、資材や機材、弾薬が砂浜に集中して置かれている区域もあった。気温は暖かいが水温は二か月遅れである。太陽はさんさんと砂浜を焼き付け、砂浜で遊ぶ分には問題は無かった。

そしてそんな中、三人の人影が砂浜で遠目から見ると謎の運動を行っている。

 

「うぅ、何で海で泳がないといけないんですか・・・」

「ははっー! 気にすることはない、鮫やクラゲは居ないから多分」

「絶対水冷たいよ、死んじゃいますよ」

「人間そう簡単には死なないから安心しろ」

 

三人は実質下着一枚となって準備運動をして身体をほぐしていた。女性が見ればセクハラという意味の悲鳴が上がるだろう、人狼を除いては。

人狼の傷だらけの褐色肌に太陽が照らされて黒光りする。肉体は立派という言葉だけしか表現がしようがない。二人も負けてはおらず、そこらの兵士よりも鍛えられた肉体が露わとなっている。

スオムスに居た頃、人狼のコートが水で濡れてしまい乾かして預けた時があった。その際は意図せずに上半身裸となってしまい、一同をパニックに追い込んだことがある。

勿論、悲鳴などではなく、単純に驚嘆する者や惚れ惚れする者、あるいは性的に興奮する者が表れていた。穴吹は顔を真っ赤に染めながらも目を逸らしてはおらず、ウルスラがペタペタとその肉体を触っていたりした。その中の反応で面白かったのは意外にもビューリングであった。彼女は一見動揺していないようにも思えたが、煙草の向きを逆にしていた。

 

思い出に浸っているとジェネフが声を掛ける。

 

「おいおい、競走しようぜ」

「…」

「競走ですか? 何処まで」

「無論、あの海まで」

「やめましょうよ、のんびりしましょうよ」

「…」

 

人狼は黙ってクラッチングポーズを取る。それを見てジェネフはニヤリと口元を緩めた。子供のような笑みであった。

 

「おいおいコイツもやる気だぜ」

「ですけど…」

「よーいどん!」

「あっ!?」

 

突如として初めの合図を言うジェネフ、先に飛び出したのは人狼で、みるみるうちに差が開いていく、彼も負けじとせわしく足を動かしている。不意打ちを喰らい、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべたエドガーも気を取り戻し、愚痴を零しながら走って向かう。

 

最初に到着したのは人狼で、肩まで浸かっていた。二番手のジェネフは少し遠くまで泳ぎ、身体に付着した汚れを落としつつも水泳を楽しんでいた。最後は当然エドガー、彼は息を切らしながら腰まで浸かり、のんびりと身体を洗う。

 

「気持ちー」

「身体の不浄物質が流されていきますよね」

「そうだろう」

「…」

「それハインツ!」

 

人狼に近づいたジェネフは海水を掬って浴びせる。顔に当たり顔中水で濡れた人狼は顔を振って落とすと水滴が飛び散る。ジェネフは悪びれもなく水泳を続けていた。

 

「何してるんですか車長!」

「ははっー! やっぱり楽しまないとな」

「だけど宣告なしに攻撃はよくないですよ」

「そんなお前にもこうしてやるからな!」

 

と言うと彼は水中に潜水を始める。水面には彼の姿が見えない、エドガーは辺りを見渡し始め、後に到来する攻撃に警戒を強める。海水の透明度はあまり良いとは言えず、何処に潜っているのかが把握できずにいた。

そして、エドガーの近くの水面が泡立ったと思うと間髪入れずに彼が飛び出してきた。

 

「うおおおお!!」

「うわあああああああ!?」

 

驚いた拍子で尻もちを水中の中で行ったため、自然と顔も海水に浸かる。鼻にツンと独特の痛みが刺し、また海水を飲んでしまったせいでむせる。急いで顔を出す。

 

「げほげほ!!」

「はっはー! 油断はしてないと思うがまずは気配を探れのが一番だぜ」

「……そんなの無理ですよ、ごほっ」

「そうじゃないと生き残れないぜ、俺はできるが」

 

自慢げに話すジェネフ、しかしそんな中、彼に忍び寄る黒い影が襲来していた。それは彼よりも大きい影である。ふわりと身体が浮く感覚に包まれながら彼は察した。そう、自分が飛ばされているのだと。

己を飛ばした正体を確認するために下を向く、そこには人狼の姿が存在した。まさかの伏兵に彼は叫んだ。

 

「ハインツゥ!! がぼっ!?」

 

彼は見事に頭から着水した。水しぶきがエドガーと人狼に飛来する。プカプカとジェネフは浮上してきた。血こそは流血していないものも顔は赤く染まっている。衝撃による作用だろう、彼もむせながら鼻を抑えている。

 

「手前奇襲はないだろ!」

「先の貴方が言えますか? ハインツよくやったね」

「おぉん!? これでも喰らえや!」

「ぶぎゃ!?」

 

先程潜っていた際に引きちぎった海藻をエドガーの顔目掛けて投げてぶつけた。ハリセンで叩かれたような効果音を出し、たじろいだ。顔には海藻がべたりと張り付き、まるで擬態迷彩を着た狙撃手のようだ。ゲラゲラとジェネフは指を指して彼を嘲笑う。

 

「これさえ喰えば禿げないぜ、はははは!!」」

「……ブルーベリー手に入れたら目にぶち込んでやる」

 

目からはハイライトが消え、顔に影が差し込んだ。ボソリと呟いた言葉は彼の本心だろう、その発言を聞きとれなかったジェネフは何を言ったのかを訊く。

 

「えっ、何か言ったか? ヤバめの内容だったけど」

「さあ何でしょう?」

「絶対ヤバいやつだろが! おい!」

 

二人がやり取りをしている時、水中では人狼が何かを持って浮上してきた。その行動に気づいた彼らは人狼が何を持っているのかを確認するために近づいた。

 

「おいおい、どうしたんだよハインツ」

「何ですそれ?」

「…」

 

人狼は当然の如く二人にそれを突き出した。それは半透明なモノでゼラチンのようにプルプル震えている。二人はその正体を知っていたため、全速力で後退しながら叫んだ。

 

「クラゲじゃねーか!!」

「ハインツ早くそれを離さないとマズいよ! できれば遠い方に投げて!」

「…」

 

人狼は何故逃げて離せと命じられたのかを理解できないままクラゲを遠くのほうに投げ飛ばした。半透明の体は日光を鈍く反射させ、水面に着水した。

彼らは急いで人狼に接近する。

 

「はぁ、ハインツ手を出せ」

「…」

 

出された手を確認していくジェネフ、その後安堵の息をこぼしながら手を離す。

 

「ったくクラゲには刺されてないようだな、安心だ」

「…」

「でも何故クラゲなんかを捕まえに?」

「うーん…」

 

唐突に始めた奇行に頭を抱えるジェネフたち、頭から発光した電球が表れそうな勢いで、この謎を解き明かしたエドガーは声を上げる。

 

「もしかしたら喜ばせようとしたのでは?」

「どういうことだ」

「つまりは普段からお目にできないクラゲを僕らに見せて喜ばせようとしたんです」

「あー、成程なぁ」

「そうだろうハインツ」

「…」

 

人狼は彼の問いに静かにコクリと頭を振る。

 

「ありがとうねハインツ。そうだ後で甘いものでもねだりに行こうか」

「…」

「ちょっと待った、ちょっと待った。煙草も在庫がないから俺も行くぜ」

「えー、車長は駄目ですよ。恨んでます」

「何だとッ!?」

 

ジェネフは肩を掴んで彼を押し倒そうと押してくる。若干悲鳴交じりの声色で彼は抗議をする。

 

「押し倒そうとしないでください! ホントそういうところですよ!!」

「…」

「ハインツ! この人を放り投げてください!」

「…」

 

彼が言うと人狼はがっしりとジェネフを捕らえて、遠くの方に投げ飛ばした。

 

「うわあああああああ!?」

 

彼は先程クラゲが落ちたところに凄まじいまでの水柱を建設して着水した。かなり痛いだろう。

 

「うぎゃあああ! おい、さっきのクラゲ居るじゃねーかッ!」

 

遠くからは彼の悲鳴が聞こえる。それを無視してエドガーと人狼は浜辺に上がり、いつの間にか置かれている軍服に着替え始めていた。彼の悲痛な叫びが響くも誰一人として助けようとする者がおらず、三十分後に半泣きで砂浜まで自力で上がった哀れな姿があったという。

 




浮き輪

色んな種類があり、歴史は長い。
一般的にはビニール製のものが用いられる。幼い子供や泳げない人の遊泳の補助や釣りなどのアウトドア、及び水難事故の救助などに用いられる。
何気に北斎が浮き輪を描いている絵がある。


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序開

どうせ今日はいつもと同じだ。いつものように空を飛ぶだけだと俺は思う。

そして余談だが俺は日頃から運がついていない

 

「よおステック、任務か?」

「そうだよ。めんどくさい」

「へー、今日はお前の休暇だったんじゃねぇか?」

「まったく忌々しい、あの化物のせいで休暇が消えちまった」

「ありゃりゃ、そりゃあご愁傷様だこと」

「うるせえ」

 

本当は今日は俺の休暇の日だった。休暇の日は入隊以来俺は街中でカフェに行ってブリタニア紳士らしく紅茶を飲んで呑気に本を嗜むのが好きだった。

しかしネウロイっていうあの恐ろしい化物のせいでただでさえ少ない休暇がごっそりと減り、しかもこうやって取り消されることだってしばしある。笑えるだろ。俺の運のなさが伝わるだろう。

 

だけど、こう国民らを守るのは案外悪くもない事だ。飛び甲斐があるってことよ、まあたまには休みは欲しいけど。

俺は普段通りに戦闘機に乗り込んだ。哨戒ルートはいつもと同じで味がない、俺は遠くに飛べるからこそ空軍に入ったのに滅多に遠くには飛べないとは期待外れだ。いっそのこと除隊して得た退職金でのんびりと過ごすのも悪くはないだろう。

 

「早くしろステック! 俺ら待たせてるんだぞ!」

「へいへーい」

「ったく、これだからお前はいつも…!」

「堪忍してまーす」

 

あぁ、ハリケーンは良い機体だ。この機体は弾が当たっても修理が容易に行えるし、このマーリンエンジンはとんでもない馬力を生み出し旋回性能はまあまあ良いと言える。そして極めつけのこの二十ミリ機関砲四門は特に強い、この破壊力を持つ単座の戦闘機などいいないだろう。だけどイスパノ機関砲特有の弾詰まりやエンジンはマイナスGに弱いと欠点もあるが使いやすいから好きだ。

スピットファイアにも乗ってみたいが航続距離がいまいちなので気に入らん。

俺はエンジンを叩き起こし、隊長機に知らせる。

 

「エンジン始動、いつでも行けますよジョン隊長」

『わかった。お前ら二機は俺の後だ』

「了解しましたよ」

『了解』

 

プロペラは最初ゆっくり回っていたが徐々に早くなっていきしまいには見えなくなる。

ジョン隊長の機体が先行して離陸する。次は俺が飛ぼうとしようとするのを誘導員が止めた。

この行動が理解できず、コックピットを開け抗議する。

 

「馬鹿野郎、なんで俺を飛ばさない!」

「違いますよ、アーロン曹長が事前に俺が二番目だと言われたんです」

「何ィ!?」

 

アーロンが乗っている戦闘機はもう目の前に躍り出ている。エンジンの出力を上げてこちらも離陸しようとする。

アイツの機体に描かれた蛇のエンブレムがこちらに向かって嘲笑を浮かべているのが余計に俺の怒りを掻き立てる。

 

「待ってください! まだ安全では…」

「大丈夫だ!」

 

誘導員相手に怒鳴り散らしてコックピットを閉める。ちくしょう腹が立つ。

俺とアーロンは同期だ。そしてことあるごとに奴は俺に喧嘩を吹っかけてくる。それで何より腹立たしいのがアイツの方が階級が上だということである。俺は空軍に入って三年が経つが未だに軍曹だ。

前に作戦が連日行われてネウロイを撃墜する機会があった。その時で差が出たんだろう。正式記録アイツはで四機撃墜で俺は零機である。あんなに死に物狂いで敵の尻を追いかけてもおかしいものだ。俺はその時敵につかれないように上空を飛んでいた。

けどその時にネウロイの爆撃機を見つけてそこで二機墜としてやった。そんな時にウィッチ隊が残りを殲滅してくれて助かった。

まっ、俺が爆撃機撃墜したと言ってもアーロンが何かしら仕組んでそれは嘘だという結果に終わったけど。

 

『何しやがる! 危ねえだろ!』

「はんっ、そりゃあどうも」

 

俺はアーロンの機体の真下についた。アーロンが俺の機体を視認しようと機体をロールさせようとするが俺の発した忠告で行えなくなる。

 

「おっと、ロールするなよ。だって俺の機体は今、お前の真下(・・)にいるからよ」

『なっ!?』

 

しめしめ、あいつきっと驚いてるだろう、驚愕の事実を突きつけられて戸惑っているに違いない。自機のプロペラが当たるギリギリの場所で飛行してるんだから慎重に行動しないと空中衝突しちまうからな。

けど内心自分も心臓バクバクだったりする。

 

『おいお前たち何を遊んでるんだ!』

「すいませーん」

『ジョン隊長! ステックが勝手な行いを!」

「はいはい、今は任務中だから口を閉じようね」

『あぁん!?』

 

うるさい奴にはこれに限る。一度肝を冷やしてしまえばこちらが側が有利に立てる。にしても、アーロンは俺より階級高いから嫌なんだよな。俺は最高で小尉程度に留まったままがいい。それ以上になると激戦地に飛ばされるし書類仕事あるから。

 

『まったく、お前らはいつも…』

「それで、ルートはいつもと同じで?」

『そうだ。いつもと同じだ』

『ジョン隊長。たまにはもう少し奥までいきませんか?』

『何をふざけている。きちんと任務通りに動け、任務違反は許さん』

「ふっ、実績だけを追い求めてんじゃねーよ」

『基地に帰ったら模擬空戦でもするか、おい!』

『任務中だぞ、口を慎め!』

 

俺らの会話を一括する隊長、マジで尊敬します。やはりこいつは自分より立場の高い連中には逆らえない、いやむしろそれが普通だけど。こいつのうるさい口を閉めるには俺が階級を上げるに他ならないのかねぇ…。

 

 

そして、ここから状況は大きく変わった。哨戒している時、何故か雲が黒く、厚く密集している所を見つけた。位置は此処から二十キロ程だろう、パ・ド・カレーにも近い。その瞬間、俺はそのことを告げようと先頭の隊長機に無線で呼びかける。

 

「隊長、あちらの雲怪しすぎませんかね」

『…』

 

確かに電源は入っているはずなのにまったく応対してくれない。ひたすらにノイズが鳴る一方だ。

こちら側の故障かと思ったが先程まで使えていたはずだ。それなのに何故応えない、その答えは簡単で単に隊長が口にしていないだけだった。

 

『どうしましたジョン隊長?』

『…マズい』

『は?』

『…今からこの場から離れる。そしてアーロン、お前は無線で知らせろ。ネウロイの巣窟を見つけたと』

「マジか」

『わ、わかりました。至急連絡いたします!』

 

アーロンが無線のチャンネルを変えようとしたその時だった。

 

『ぐおっ!?』

「隊長!」

『ジョン隊長!』

 

突如として現れた赤い光線が隊長機の右翼を千切り取り、機体は下へ下へと錐揉み状態で落ちていく。その途端、俺は操縦舵を引いて上昇を開始する。まったく、敵と遭遇するとか運がない。まさかこの場にネウロイがいるとは、誰も思っちゃいないだろうな。

 

「高度を上げろ! 高度差は厄介だ!」

『そんなのわかってる!』

 

二百メートル上昇した付近で上昇を止め、辺りを見渡し始める俺たち。何処からともなく来襲したネウロイを索敵するのに手一杯だった。無線のチャンネルを変えて本部に連絡する。

 

「こちら第七小隊、ネウロイの巣が接近中!」

『了解した。至急帰投したし』

 

内容の割にはあまりに素っ気ない対応をされた俺は少なからず怒りが込み上げるも堪え、取り付けられたミラーを覗くと後ろにはいつの間にかネウロイが存在した。舌打ちを鳴らしながら無線のチャンネルを戻し、アーロンに指示を送る。

 

「アーロン墜とせ!」

 

短く告げ、ラダーを蹴り飛ばして機体を反転、操縦舵を思いっきり引く。すると機体は下方に動き、ネウロイもそれに釣られて動き出す。体にはそれなりのGが掛かるがそれを無視するに他ならない。後ろを細かに振り向きながら確認し、ネウロイが攻撃する瞬間にやや光るのを見過ごさず、光線の進行方向から避ける。

アーロンの位置を確認するとどうやらネウロイの真後ろにつけたようだ。後は俺が撃墜できるチャンスを作るだけだ。

高度を運動エネルギーに変換した力を惜しみなく使うことにした。操縦舵を引いて真上に、九十度垂直に向かって急上昇を始める。

ネウロイは俺に追従していき、幾つかの光線が放たれる。ある一条の光線がコックピットの俺の顔の真横を掠めて、飛行帽の布の焼け焦げた臭いが狭い密室に充満した。

ミラーを除こうとするもミラーも壊されてしまっている。だから感覚で避け続けるしかない。脳裏には走馬燈が駆けるが、悪いがこんな場所で死ぬわけにはいかない。

 

『いけるぜ』

「撃てッ!!」

 

アーロンの機体から二十ミリの弾丸が放たれる。銃撃する際に発生する連射音は紡がれ、昔子供の頃に見学した紡績場の機械のようだ。俺の体感上では大袈裟にも二百発近くの銃弾がネウロイに被弾していく。アイスキャンディーに似た曳航弾が伸び、機体の翼を掠め取り、翼の骨組みを露呈させていく。激しい攻撃を受けたネウロイは綺麗に爆ぜた。白い破片がまるで雪のようである。

 

自機の運動エネルギーが無くなり、失速を始めだして、機体はゆっくりと地面に向かって墜ちていく。下には俺よりも速度の速いアーロンの機体が存在している。

 

 

 

 

はずだった。

 

その瞬間、アイツのコックピットが音を立てて赤く染まる。力を無くした機体は急降下で聖なる大地へと墜ち始めてしまう。俺はその時に気付く羽目となるのだ。

 

ちくしょう、見誤った。

 

実はあの場には二体のネウロイがいた。経験の少なさから一体しかネウロイがいないと錯覚してしまった。

だけどこんな状況を和らげてくれる魔法の言葉が存在する。そんな都合のいい言葉を当たり前の如く俺は知っていた。

 

「あぁ、今日も不幸だ」

 

一機の戦闘機がガリア上空で激しく爆散した。

小さな一輪の花は紅い花弁を咲き散らすも、刹那として黒く萎え、しまいには枯れてしまった。

 




ハリケーン

イギリスで生まれた戦闘機、1937年に採用。第二次世界大戦で用いられた。
バトル・オブ・ブリテンなどで広く活躍し、スピットファイアとの競争作として知られる。 何気にスピットファイアよりも撃墜している傑作機である。
武装は七ミリ機銃を十二門搭載でき、二十ミリも積め、四十ミリ機関砲も搭載が可能である。マーリンエンジンは馬力がよく重宝される。かなり修復しやすい機体であった。
この機体の欠点はマイナスGに弱いこととイスパノ機関砲が弾詰まりしやすいといったことである。


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準備

Twitter始めました。作者欄のマイページに記載したので、いつ投稿するのかが把握できるようになります。


「伝達! 敵ネウロイ接近とのこと、それも巣です!」

「巣が相手か…」

「はい、到底敵う相手ではありません」

「知ってはいるが、これは難しいな」

 

小さな天幕で構成された即席の前線司令部にざわめきが起こる。此処は第一防衛線のため被害がどうしても大きくなってしまうのだ。一番死と接する場だ。あまりの強大な敵に対し呆れ果て、ため息を漏らす。

本来ならばパ・ド・カレーはネウロイが支配した欧州奪還の足掛かりとなるつもりだが今回防衛できるかも危うい状態であった。避難民も完全には収容できてはおらず、今頃必死になって輸送船が忙しく動いているだろう。最低限でも民間人だけは避難させなければならない。これは軍人としての義務であることを誰しもが知っていることだ。そして無事輸送船を出港させることがこの場に居る一人一人の兵士に課せられた使命である。

第一防衛線の指揮を任された指揮官は冷や汗を額から流しながらも兵にそれぞれの兵科に合わせた持ち場に就かせるように指示を送る。

 

『敵発見、それぞれの持ち場に就いて待機せよ』

 

事態を淡泊に告げるアナウンスとともにけたましく流れるサイレンで兵士はそれぞれの持ち場に向かって走りだした。トイレに行っていた者も軍機違反である賭博を行っていた者も必死に戻る。

塹壕では兵士がライフルを構え、機関銃手は相方とともにいつ頃から敵が来るかもしれない彼方を凝視して、砲兵が野戦砲などを標準を合わせて砲撃可能状態にする。

指揮官は最後に戦車部隊を後方から取り寄せるための無線を行う。

 

「こちら第一防衛線、戦車の取り寄せを要請する」

『了解、戦車中隊を送る』

「感謝する」

 

荒々しく無線機を切り、すぐさま地図を確認する。平原のある区域には線で丸に囲まれ、その中には×印が幾つも書かれている。

ネウロイの巣というのは非常に厄介な存在で、漆黒の竜巻の中には数多の航空ネウロイが存在する。それに追従して陸戦ネウロイも釣られていくという。あまりに厄介な敵を屠るために必死に策を練る。

 

しかし、戦の天才でもない彼はその作戦を思いつくことができずにいた。

幾つかの地雷を仕掛け前方五百メートルに地雷原を構築しても、これは第一波が喰らって役を終えることだろう、その後は地雷の数は減っていくのが必然の算段であるため、大数波と来襲したら地雷は無くなることだろう。

彼は軍帽を着脱したりと焦燥感を覚えるのが目に見えた。

手の震えが止まらない、むしろ悪化していく。震える手を抑え込み、部下に悟られないように隠蔽した。

 

「なんとか、なんとか耐えることしかできないのか」

 

ポツリと小言を呟いた。

絶大な力を前にして彼は絶望を目の当たりにした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ブリタニア本土の航空基地では人が、物資が、飛行機が止まることなく動いている。

爆弾を搭載した飛行機が今滑走路を離陸する。

 

「行くぞ、音信不通となったジョン隊長、それにアーロンの奴とステックの敵討ちだ!」

「「了解!」」

「しかしながら大量のネウロイ相手となれば殲滅はできるのでしょうか?」

「できるできないじゃない、やるんだよ!」

「そうですよね、やらなければいけないんですよね」

「勿論だ。それにアーロンやジョン隊長ならいざ知らず、ステックが死ぬはずがない」

「あの不運なナメクジの異名を持つ男ですからね、脱出してるか無線機が故障したんですよ」

「きっとな」

 

隊員と談笑しながらも飛行帽を被り、顎ひもを止める男。実はこの男は先程ステック本人と話を交えた者であった。彼とステックの仲は良好で親友と呼べていた。彼の瞳には復讐という業火が焚き上がっている。己が曹長である階級を示す章をチラつかせて一歩一歩力一杯に踏みしめていく。

 

「整備完了しました。クリフ曹長」

「ご苦労だ。さあ野郎ども行くぞ!」

「なあ、共同撃墜しようや」

「いいなそれ」

「おいおい、俺はお前らのこと手伝わないぜ。けど存分に暴れてこい」

「わかってます」

「陸さんと一緒に敵を殲滅しましょう!」

 

整備兵に感謝の言葉を伝えながら隊員らは各機体に乗っていく、機体は当たり前の如くハリケーンを使う。ベルトを締め、無線機に指示を送る。無線機の調子は良好、扶桑では不良が当たり前だというがここブリタニアは違う。故障している機体はあるがそれは稀であった。

 

「俺が先に離陸し、基地上空で小隊を編成する。いいな」

『『了解しました』』

 

エンジンを起動させてからエンジン出力を上げる。誘導員が指示を送りハリケーンは徐々にスピードを上げていき、ついに離陸する。風防を開けているため外から風が侵入し心地良いが、今となってはそれに浸る余韻は一切ない。

基地上空を二周するとどうやらいざこざも起きずに二機は離陸した。それを視認しつつ彼の機体を隊員に合わせ、先頭に立つ。

 

「無理な追撃は禁止とする」

 

昔、飛行訓練の教官から教わった言葉を伝えてパ・ド・カレーに向けて飛翔していく。方角は海峡ドーバー海峡を越えたガリアの地。流石に巣の撃退はできないものも現状維持は可能である。

 

 

 

その数分後、ある部隊にも動きが見られた。

 

「イーストウッド小尉、部隊の整備完了致しました」

「感謝する。よし、我ら爆撃隊も出撃するぞ」

「「「「了解!!」」」」

 

格納庫の待機室では初老の男性を中心に何十人の搭乗員が囲んでいる。傍から見ても一番偉い地位だと断定できるだろう。彼の一言で各爆撃機の機体の操縦手が、通信手が、機銃手が急いで自機に乗り込んだ。葉巻に翼を生やしてそれに二基のエンジンを搭載した爆撃機ウェリントン。鈍重ではあるが側面には機銃を生やし、搭載量は多い。

部隊の隊長を務めるイーストウッド小尉の機体には羽を生やしたタラのエンブレムが描かれている。彼曰く、自分は漁村出身で魚とは関わり深く、第一次ネウロイ大戦の際もこのエンブレムを描いたと言う。

一段と狭くもない爆撃機機内の通路を通って操縦席に着いた。

 

「やれやれ、まさかこの老いぼれにまだ仕事が来るとは」

「やめてくださいよ。貴方ほどの名操縦手は中々いませんよ」

 

と機体の後部銃座を務める隊員が煽てた。それに対し小尉はツッコミを入れる。

 

「そこは貴方だけと言ってほしかったが」

「はははっ、まあ何がともあれ頼りにしてますよ。リーダー」

「お前の方も頼りにしているぞ、何よりも後部銃座で敵を追い払えよ」

「任せといてください!」

 

後部銃座の若者は満面の笑みを浮かべる。それに感化された小尉もしわの増えた口元を緩め、略帽を深く被る。そして昔から気合を込めるためにしていた動作で両頬を叩く。するとどうだろうか目が鋭く細くなる。

 

「では出撃だ。第十四ウェリントン爆撃隊、通称フライングフィッシュ出撃する」

「「「「了解」」」」

 

皆に無線機で呼びかけ、エンジン出力を上げて滑走路を走行する。腹の爆弾槽には百キロ爆弾を十個搭載し、ネウロイが密集して作られる黒い海に向かって羽の生えたタラは発破効果を持つ卵を産卵するのために空を飛ぶ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「急げ急げ! 早く積み荷を船に載せろ!」

「ほらそこ何をモタモタしている。一刻の猶予を辞さない状況下に置かれているんだぞ!」

「す、すみません!」

 

港では物資や避難民を輸送船に積み込んでいた。誰もが汗を垂らし、一生懸命に動いている。避難民の全員が恐怖で顔が青ざめている。中には再度現れた恐怖に吐き気を抱いたり体調を崩す者もいる始末である。

しかし、その民衆の中には例外が存在した。

 

「許さない、これ以上はパリっ子じゃなくても許さないぞ!」

「そうだ! この最後の砦を俺の住んでいたパリのようにさせるか!」

「今度は今度こそは俺も戦うからな!」

「ただ守られるのは嫌だ。今度は守るほうに回るのだ!」

 

一部の民衆は戦意を高鳴らせ奮起する。ここまでくるに至っての鬱憤が積もりに積もって今爆発したのであろう。人々の目には魂を通して闘志という灯火が燃え盛っている。

親を殺された者、恋人を殺された者、そして土地や家族を全て無くした者が立ちあがった。それを諫めようとしている兵士には到底止めることができない。この闘魂を唯一消せるのはネウロイという異形の化物しかいない。前までは好戦性すら好まなかった文明人が近世の革命を引き起こした民衆の如く立ちあがった。彼らはきっと武器を持たずとしても、例えそれが匹夫の勇だとしても必然と戦いに赴くだろう。

 

「やはり、やはりこうでなくてはなァ!!」

 

この狂乱とした光景を見物していたランデル中将は歓喜した。膨大な力を誇るあの化物に立ち向かっていく姿はまさしくお伽噺そのものだ。巨悪に立ち向かう姿を感動を覚える。すぐさま側近のダロン大佐に声を掛け、耳打ちをする。大佐は驚嘆の声を上げるも意図を読み取り承認、書類作成へと移るために本部に戻る。

 

「さて、果敢なる弱者を纏め上げてしまおう。きっと役に立つに決まっている」

 

彼は相変わらずの狂喜的な笑みを浮かべ上げ、現状況に高揚しながら果敢な民衆らに近づいていった。

歴史上で彼らの望みに叶いつつも理にかなった、最悪最低非人道的な部隊を悪魔の魔術師という一種の怪物がこの戦場に生み落とした。

 




ウェリントン

イギリスで生まれた爆撃機、1937年頃に採用されて第二次世界大戦で活躍した。
葉巻のような形状で、金属製の細い素材を籠状に編み、その上から羽布を張った構造で、頑丈かつ軽量で多少の敵からの攻撃でも大きな破壊から免れることが出来るという利点があった。しかし、これが裏目に出て高高度性能は劣悪なものであった。それに速度も遅かった。
爆弾の搭載量はニトンとかなり大きいものであった。


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弾丸

ガルパンの作品、始めました。
日本兵が主役ですので見て、どうぞ。


「ネウロイ、視認できず」

「そうか、警戒を怠るなよ」

「了解」

 

ウェリントンの機内では銃手兼見張り員が辺りを見回して索敵をする。第十四ウェリントン爆撃隊の機体数はおよそ十機、Vの字型の陣形を二つ、それに加えて他の基地から離陸した第十五ウェリントン爆撃隊と合流を果たす。護衛機としてはハリケーンの小隊が五組が護る。

 

ドーバー海峡を超えて、一同はガリア本土まで辿り着いた。爆撃手が下を見下ろす。戦前までは賑わいを見せていただろう街が今ではその末端も感じることができない。

未だにネウロイが現れないのに対して不信感を抱きつつも、イーストウッド小尉は目的地へと赴く。彼はコーヒーを片手で持ち啜っている最中、胸騒ぎが心を駆り立てた。

何だろうとジッと前のフロントガラスを凝視して見る。夕焼けが目を刺して痛い、老眼が始まりかけたが、最悪を視認することができた。

 

「前にネウロイと思われる数多数!」

「時間がない上に面倒だ。我が隊は迂回せずそのまま突っ込むぞ。 すぐに護衛機を先方へ向かわせろ」

「ちょ、マニュアルにはありませんよ!?」

「迂回先に敵がいたら厄介だろう。我が隊は進路そのままだ」

「……あーもう、了解しました!」

 

同時に他の見張り員がネウロイに気付き、彼は通信手に指示する。通信手は無線を用いて半やけくそ状態で護衛機と同じ隊のウェリントンに伝える。するとハリケーンの小隊たちはエンジンの出力を上げて全体の小数の小隊を残して前方に突出した。小柄ながらも強力な歯を持つ鮫は敵へと接近していく。

ネウロイが側もこちらの存在に気づいたらしく、約二十体が速度を上げて接近する。距離は即座に近づいていき、ハリケーンとネウロイは同時に機銃や機関砲を撃ち放つ。

 

「うおっ!?」

「しまった!!」

「ぐっ……」

 

幾つかのハリケーンに銃弾が当たり、黒煙を上げながら落下たり翼が折られて墜ちていく。中にはコックピットの風防を突き破り身体に直撃し、即死する輩もいる。損失は八機被撃墜、そしてこちら側の戦果はネウロイを五機撃墜という手痛い代償を受ける。機体は小隊を解散してそれぞれ襲い掛かる。

 

「おら墜ちろ!」

「死ね化物!」

 

ハリケーンに搭乗しているパイロットにはヒスパニア戦役で戦った兵士もいる。このハリケーンで実践を経験してはいなかったが、それを難なく使いこなしてネウロイの後ろについて攻撃する。放たれた二十ミリは正しく真っすぐ飛来してネウロイの装甲を削る。仲間のネウロイを助けようと他の個体が襲い掛かろうとするも手慣れのパイロットにより撃墜される。

 

「ちゃんと後ろを確認しろ!」

『隊長感謝します』

「ネウロイはどこまで減らした?」

『あと八機です』

「こぼし損ねるなよ! こぼし損ねた数だけ爆撃隊が被害を喰らう!」

『了解』

 

激しい空中戦を目の前にしてイーストウッド小尉機の新兵は呟く。

 

「凄い……」

「これから嫌という程見ることとなるぞ、空戦地域を突っ切る。覚悟を入れろ!」

「「「「「りょ、了解!」」」」」

 

機体内には多数の返事で溢れかえる。エンジン出力を上げて早いうちに突破する目論見であった。爆撃隊は進路を一切変えずに空戦地域を突っ切り始める。

普通なら避けて通れとマニュアルでは書かれているが、それを無視して自ら危険に晒す愚行を見たパイロットは驚嘆しているものも、それを批判することは言えなかった。それはイーストウッド小尉のある逸話が基地各地で広がっているのが関係していた。

 

「流石は自由過ぎる魚(FREE FISH)と呼ばれるだけはあるな……」

 

彼は昔、第一次ネウロイ大戦の際に爆撃機パイロットとして戦った際に友軍を救うと言って規則違反である単機出撃を何度も犯し、その度に友軍が命からがら退却できたという話である。彼の後処理を担当する上官と救われた友軍から畏敬の意味を込めて自由過ぎる魚(FREE FISH)という二つ名を貰ったのだ。流石に初老を迎えた身体で無茶はしないだろうと油断した搭乗員たちは度肝を抜く羽目になるとは。

 

「うおおおお!!」

「来るな来るな!」

 

残ったネウロイがウェリントン爆撃隊に迫る。必死になって追い払おうと防衛機銃を忙しく働かせる機銃手。一見、七ミリの機銃は効果が薄いようではあるが集団だと濃い弾幕を構成させた。一体が七ミリの霰に屈して白い破片となって飛散した。ただあちら側も黙ってやられるだけではない。とあるネウロイが放った弾丸が幾つか羽に直撃する。

 

「被害確認!」

「被害は軽微、特に異常は見られません!」

「そうか、続行するぞ」

 

小尉の問いに見張り員が声を荒々げながら確認する。羽に当たったとはいえ目立った損傷は受けていないらしく息を撫で下ろした。通信手である新兵は頭を抱えながらうずくまる。そして信仰元の神に自身の安全を懇願している。

 

「主よ、どうか私をお救いください…」

「俺に任せて神を信じろ。少なくとも墜ちはさせない」

「今までに犯した罪を償います…」

 

安心させようと小尉が声を掛ける。だが依然として神に懇願するばかりである。己もこうであったか、と思い出に浸りながら空戦地域を抜けた。追従しようとしたネウロイは護衛機により撃墜された。

爆撃隊の損傷はなし、エンジンの一基が黒煙を上げている機体もあるが、爆撃には続行できそうである。大きな被害を受けた三機のハリケーンは基地へと帰投していった。

 

 

「もうすぐパ・ド・カレーだ。爆撃手頼む」

「了解、真上に落としてみせます」

「少しでも陸の奴らに楽をさせろ」

 

爆撃に成功しただけネウロイが減って防衛できる。これまで数多の規則を破って人々の命を救っていた小尉だ。助ける過程で幾つかの障害があったとしてもそれを強引に突破するのがイーストウッドという人間である。

爆撃手がパ・ド・カレーの防衛施設を確認して小尉に報告する。

 

「進路そのまま」

「よし、着いたか。先に制空権を守りに行った部隊があるはずだ。少しは楽になっても油断はするな」

「わかってますよ」

「で、間違えて味方陣地に落としたらお前を投下するからな」

「それは勘弁を」

 

爆撃手は軽い冗談を交わしながらも、標準機を覗いて敵で埋もれた地面を確認する。インクを紙一面に零したように黒く、恐怖を感じるものである。思わず彼から冷や汗が垂れるも拭い取る時間も惜しく、任務を続行する。

 

「投下準備―――」

 

部隊は各爆撃手の言われる通りに爆弾槽を開いていき、幾つもの爆弾が露出する。あまりの数に照準を合わせる必要がなく、タイミングを図る。あまりに近すぎると見方にも被害が及ぶ可能性があるからだ。十秒経過してから爆撃手は知らせる。

 

「投下!」

 

小尉の機体を最初に各爆撃機から爆弾が放たれる。爆弾は風切り音を立てて地面へと吸い寄せられていく。機体を急いで旋回、基地へと帰投しようとする。その数十秒後、地面が大きく爆裂して爆炎と煙をあげるのを視認できた。どのくらいのネウロイを破壊できたのかはわからない。だが確実に被害を与えることはできただろう、小尉は満足気に基地へ進める。

 

 

「ネウロイ真上から降下してきます!!」

「そう簡単にはいかないか、総員態勢を低くしろ!」

 

真上からの奇襲で機体に銃弾が貫通し、新たな風穴が生まれる。数はというと先程よりも断然多く、流石の護衛機でも対処しきれない。

 

『三番機、操縦不可です!』

『こ、こちら四番機。パイロットがやられました!』

『助けて、助けてくれええ!!』

『うわああああ!!』

 

無線から聞こえる阿鼻叫喚の報告、舌打ちを打ちながらネウロイから逃げる。助けを求められても何もできないのが腹立たしい。

すぐさま護衛機が奇襲を仕掛けたネウロイを討伐しに向かう、後部銃座ではひっきりなしに銃撃を続ける。

 

「墜ちろ墜ちろ墜ちろ!!」

「ぐおっ!?」

 

鈍重な音とともに機体がぐらりと揺さぶられる。また銃撃を浴びたようである。その瞬間、後部から鉄の生臭いがするのに気づいた。

 

「被害は!?」

「後部銃座沈黙! 一名やられました!」

「くそ、よりによって後部銃座か……」

「一基のエンジンが黒煙を上げ始めています!」

「一基ならいける。逃げ切るぞ!!」

「「「「了解!」」」」

 

エンジンの被害を気にせずに機体を駆らせる。爆撃隊は現在、十機のうち六機が墜落した。一緒に寝食共にしてきた仲間を喪うのはとてもツラく、さらに怒りが込み上げる。

けど今はそんな余裕は存在しない、歯を食いしばってただひたすらに逃げることしかできないのだ。

 

『ハリケーン小隊、被害甚大! ぎゃああああ!!』

「リーダー! 最後の護衛機が墜とされました!」

「密集陣形を維持して逃げ切るぞ、お前らならいけるはずだ!」

 

生き残るという強い意志を持って機体は空を駆ける。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ウェリントン隊帰投しましたー!!」

「損害が激しいな……」

「これは修復し甲斐がありますね」

「やめろ縁起でもない」

 

一機のウェリントンが基地に帰投してきた。途中で帰投したものなのかと整備兵一同が思ったが、着陸した瞬間に間違えていることに気付いた。

機体は穴だらけでエンジン二基からは黒煙を吹き、前方の銃座はガラスがひび割れて内部が見えずにいる。力なくウェリントンは胴体着陸、破片が滑走路に散らばっていく。

整備兵たちが目撃したのがそれは第十四ウェリントン爆撃隊の隊長を務めるイーストウッド小尉の機体であった。

 

「小尉!!」

 

中でも付き合いが長い整備兵が急いで駆けこみ、ドアをこじ開ける。

機内は酷く血生臭く、思わず鼻を摘まんでしまう程に。彼が操縦席へと足を進めているとぬるりとしたものに足を取られて転倒してしまう。

服にはべったりと血液が付着し、踏んだのが誰かの臓物であることに気づいて嘔吐した。一通り吐き終え、ふらつきながらも操縦席へ向かう。

操縦席にはぐったりとイーストウッド小尉が倒れていた。顔は青ざめて、虫の息である。しかし、着陸をしたということは先程まで操縦していたということに直結する。

こんな瀕死の重傷を負ったが意識を持っていることに彼は敬意を表した。

 

「今助けますからね!」

 

小尉を背負い、機内から出る。その二人の光景を見て殆どの整備兵たちが今戦争は身近にまで接近していることに気付かされた。

戦争はまだまだ続く。

 




イスパノ・スイザ HS.404

スイスのエリコン社が開発した初期型エリコン FFS航空機関砲のライセンスを取得してフランスでHS.7およびHS.9として生産を行った。
数々の国で使用されるも、初期型は旋回時の装弾不良などから部隊での評判は良くはなかった。
しかし、汎用性は高く、第四次中東戦争でも、旧式兵器でありながら航空機26機を撃墜する戦果を見せる。


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防空

「いつでも離陸可能です!」

 

誘導係が声を上げる。普通のエンジンよりも少しながら軽快な起動音がストライカーユニットの特徴である。黒鋼の重圧感を感じるであろう二十ミリのMGFF機関銃二門を両手に、腰にはそれの予備弾倉、そして背中にはMP40が。

このような重武装を成しえることができるのは人狼しかいない、人狼は手首を回したりと軽い準備運動をこなす。

 

「……」

 

いつも通りに何も喋らず人狼は滑走路に突っ込む、あまり舗装されていない滑走路だが、ストライカーユニットならさして問題はない。百メートルを切ったあたりで機体は急上昇、敵を殲滅するために放たれた矢が前線へと突き進む。

 

「ハインツ中尉頼みますぜ…」

「これで仕事がなくなったな」

「馬鹿者! 俺らはハインツ中尉が帰投した際の準備をしろ!」

「「「「「了解!」」」」

「まずはMGFF機関砲だ。銃口を磨きあげてもう一度点検、代えのユニットにも部品に油をさせ! 整備不良は許さないぞ!」

「「「「了解!」」」」

 

整備兵を纏あげ指示を起こる整備班長、彼の胸の内は不安と期待、それに屈辱だった。ネウロイが迫っていて不安に押しつぶされそうにもなるが同時に英雄の人狼ならどうにかしてくれるかもしれないというものだ。だが、反面して歳幼い子供が前線に赴き自分らは後方で整備する姿が何とも情けなく、屈辱的であった。

それでも彼は自分らが今できる最大限の役目をこなす。否、こなさなければならないのだ。整備兵という生半可の兵科ではできない整備が正解なのだと気づいた。

 

「頼みます。中尉」

 

ポロリと小さく、兵長から本音が漏れた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……」

 

矢は淡々と速度を上げて前線へと近づく、此処はまだ人類側の制空権を保持できているらしく、ネウロイの存在が確認できない。だが、何かを察知した人狼は急旋回する。

そして人狼が進んでいたであろう場所に赤い光線が突き刺さる。

雲の切れ間からネウロイが急降下して行ったのだろう、機関砲を構えて随時発射可能に移行する。顔を見渡して敵影を探ると小型ながらも三体群れているネウロイの姿を視認する。

 

「…」

 

ネウロイへ向かって速さを上げて接近する。人狼に気づいたネウロイは三体の内、一体がこちらに迫る。人狼は光線を最小限に躱しながら迫り、機関砲を連射した。黒光りする不吉な装甲が音を立てて捲れ、白い破片となって爆散した。人狼の脅威に気づいたネウロイは今度は二体の小隊として攻撃を仕掛ける。流石に二体から真正面に撃ち合いをするほど人狼は空戦技術が高くもなく、早くも後ろに二体つかれる。

 

「…」

 

高い金属音の鳴き声を鳴らしながら幾多の光線を躱す。ある攻撃が人狼の自体回避行動が間に合わずに足に被弾してエンジンごと消滅した。一基だけのエンジンでは飛行を維持することが難しく、失速した。後ろからネウロイたちが人狼を抜かした。

 

好機であった。足を霧化と治癒能力を併用して行われる機材ごとの回復、仕切り直しした人狼は追い抜かしたネウロイに標準を合わせ、連射。すると不意を衝かれたネウロイは成すすべもなく撃墜された。

この技は多用できない、何故なら本来霧化というものは肉体の一部が切り離された際に

一部の肉体を霧化、切られた箇所に霧が巻くことで発動する、人狼の特性とも言えよう。しかしこれはあくまで肉体(・・)の話であって付属されている部品や衣服は反映されないのだ。反映するためには魔法力を消費しないといけないのだ。ウィッチとして平均レベルの魔法力を所持する人狼にとってこれは痛手である。だから極力回避して避けなければならないのだ。

 

「…」

 

ネウロイは旋回して再度人狼に迫る。飛行を維持して急上昇する。ネウロイも追従して光線を何本か照射していく、人狼は雲を切りつつ高度を上げて魔法力をユニットに流し込む。ネウロイ側は失速寸前となり最高点になったため一瞬停止する。これが狙いであった。人狼も折り返してネウロイの元へと近づく、ネウロイは急いで態勢を立て直そうとするも間に合わず、機関砲の短射で木っ端微塵に粉砕される。

この勝利の余韻に浸る時間も惜しく、前線へと速度を上げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

人狼が前線に到達した時には前線では戦闘が始まっていた。

人類側の塹壕を超えようとネウロイが前進し、それを砲兵が迎え撃つ。地雷原で脚部を抉られたり吹き飛ばされたネウロイは砲兵やスナイパーにとって格好の的である。

 

「風向きは西から微弱」

「……撃つ」

 

前までは威力不足で破壊できなかった対戦車ライフルだが今は違う。ボーイズ対戦車ライフルは十三ミリの口径でなおかつ威力も強い。本来はブリタニアの武器だが支援物資として贈られたのだ。しかもそれを戦いを切り抜けた狙撃手が扱うため効果は絶大だ。

塹壕の対戦車ライフルから放たれた大口径の銃弾が小型ネウロイを吹き飛ばす。砲兵の榴弾をまともに喰らい爆ぜるネウロイも当たり前のように存在する。一見して人類側が優勢であった。

 

「ネウロイ接近、砲塔上げろ!」

「はい!」

「ハンドルを回せー!」

 

対空戦車ゲパルトの搭乗員はハンドルを回して仰角を上げる。そして八輌の対空戦車が対空砲火を形成する。八門の機関砲から放たれる弾丸は確実にネウロイにダメージを蓄積させる。夜間とは違い敵を捕捉しやすかったため命中度は高い。

 

「機関銃の弾がない! 次だ次!」

「はい!」

 

塹壕内の兵士が弾薬を取りに行っている際、目の前の地面が爆発した。思わず吹き飛ばされ頭をぶつける。幸いにもヘルメットを被っていたため頭に怪我はないようでまた走り出す。そして機関銃の弾を取って先ほどの場所に戻る。しかし、そこには機関銃で敵を向かい撃つ兵士の姿はなく、代わりに醜い肉塊がその場にあった。恐怖で視界が揺れながらも生き残るためには機関銃の弾を補給、代わって再開する。

 

「うおおおお!!」

 

機関銃は小型ネウロイに効果的で足を緩める。そこを狙撃手が狙撃、破壊していく。支援物資として送られた兵器の特性を理解しそれを生かすことができるのは戦争狂であり武器収集マニアであったランデル中将しかいない。

そしてウェリントン爆撃隊の爆撃が効いていたようでネウロイの数が三割ほど減っていた。そして第二波の爆撃の振動が伝わり地響きを鳴らす。

 

「勝てる。勝てるぞ!」

「負けるか、負けてたまるか!」

「殺せ殺せ!」

 

士気は上々、さらに拍車を掛ける影があった。

 

「……」

 

空に滞在していたネウロイが次々に撃破されていくのをある兵士が見つける。太陽で正体が確認しづらかったが彼には関係ないことだった。

 

「おい、あれ沈黙の狼じゃねえか!?」

「そうだ。この基地に居たんだ!」

「やっちまえー!」

「エースに負けてたまるかッ! 我らに続け!」

 

人狼は空で我が物顔でいたネウロイを一体ずつ撃墜、弾倉は少し前に交換していたのでまだ戦える。

航空ネウロイの中型らしい影が雲の切れ間から確認できた。おそらくは塹壕を爆撃するためだろう。撃墜するために急上昇をする人狼、高度を上げていき同高度までに辿り着いた。流石に気づいたネウロイは自身の身体に付けられた防衛機銃を総起動、人狼に狙いを定めて攻撃していく。よく使われている爆撃機の形状をしたネウロイだ。

だが、長期戦場で戦った経験は伊達ではない。光線を躱しに躱し、距離が五百メートルまで接近した時、人狼は機関砲を連射する。

 

「……」

 

しかし、光線が頭部を消し飛ばして頭部を無くした身体はバランスを崩して地面へ落下していく。何とか能力で頭部を復活させるがかなり遠くまで置いていかれてしまった。再度攻撃しようと高度を上げるが途中でエンジンから黒煙を上げる。どうやらエンジンがオーバーヒートした模様だ。それでも前線を維持するために気にも止めずに迫る。だがエンジンは損傷しているらしく中々速度を出せずに距離は徐々に離れていく。もう追いつけない、諦めて他のネウロイを攻撃しようとした、その時だった。

 

『久しぶりだな、ハインツよ』

 

無線機から聞き慣れた声が聞こえる。そしてネウロイの方へ振り向くと何かに反応して防衛機銃を動かしていた。その直後、左翼が吹き飛ばされ、バランスを維持できなかったネウロイは墜落していく。そこには二人の小隊を組んだウィッチの姿があった。人狼は黒煙を上げながらもその小隊に接近していった。

 

「今にも抱き着きたいほどお前を欲していたぞ」

「……」

「今は戦闘中ですのでやめてください」

 

そこには以前一緒に戦ったルーデル大尉とアーデルハイト小尉が居た。ルーデルは笑みを浮かべながら、アーデルハイトは一見、平常といった感じであるが口調から察するに再開を喜んでいた。二人のユニットは依然としてJu87で250キロ爆弾を背負っていた。MP40を持っているようだが彼女らにMGFFを渡す。

 

「どういうことだ」

「……」

 

ルーデルの問いに人狼はユニットを指差す。黒煙を未だに上げている様子を見て察したのだろう。彼女とアーデルハイトは微笑んだ。カールスラント軍で冷徹さの代名詞を指す彼女らが笑うことは珍しいのだが人狼の前ではよく笑っていた。人狼にだけ心を許していたのだろう。

 

「やはりお前は優しいな」

「わかりました。予備弾倉は要りませんが貴方はどうします?」

「……」

 

人狼は自身のモーゼルを見せつける。これがあるから大丈夫という意志表示なのだろう。

 

「よしっ、早く帰投して代えてこい。私らが前線を抑えるから安心しろ」

 

背中を激しく叩き激励し、人狼はその言葉通りに最大限出せる速度で基地へ帰投する。

 

「さあ私らも頑張りますよ」

「そうだな、ハインツには負けられないな」

 

貰った機関砲を構えてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。いつもの彼女らに戻った。戦争という狂気が彼女を巻いて敵を絶対に殺す強者へ姿を変える。

 

「それに羊飼いがいないと山羊が暴れるからな」

 

どうやら陸では強者が暴れているようで彼女らもそれに負けじと降下を早める。二本の彗星が地上へと降り注いだ。

 




ボーイズ対戦車ライフル

イギリスで生まれた兵器、1937年に採用された。
ボルトアクション方式の対戦車ライフルで十三ミリの銃弾を一メートルの銃身から放たれる。威力は遮蔽物を貫通して狙撃が可能、対人戦でも有効である。
戦車の装甲が強化され対戦車ライフルという意義が薄れていく中、太平洋戦争の戦場では終戦まで使われた。理由としては戦車が未だに薄かったという悲しい理由である。
スコープが付けられるようになったのはもう少し後である。
イギリス、カナダ合わせて約62,000挺である


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馴染

空では魔王と成り変わった戦乙女が飛行する化物を撃墜、陸を突き進む化物に爆撃を喰らえる。華々しい戦果をあげていく彼女を一目見た兵士たちが士気を高め防衛力を高め、より一層銃撃を濃くさせる。

そして、魔王にも負けじと山羊が化物を襲撃する。

 

「全車輌に伝達、生きるか死ぬかを重視し敵を貫けェ!」

『『『『了解!!』』』』

「車長、いつも通りに」

「わかってるって、俺らも大尉に負けないよう奮起するか」

「はい!」

 

ジェネフ中尉率いる山羊隊が塹壕を超えてネウロイに発砲、現在彼らが搭乗しているのは四号戦車F2型である。試作車輌と大きく変わったのは砲身、短砲身から長砲身に換装されているのだ。そのおかげで貫徹力は向上、大きな破壊力をもたらした。

 

「はっはー! どうよこの最新鋭戦車は!」

「まさか報告してから二週間でこれが来るとは…」

「それがランデル中将だからな、顔が広い」

「むしろ策略によってじゃないんですかね?」

「だろうな。やや前進しろ、当てにいくぞ」

 

ジェネフを乗せた四号戦車は前進、それに釣られて他の車両も前進する。彼の車両から放たれた砲弾が中型ネウロイを撃ち抜き破散する。この瞬間は気持ちがいい、と言い表せるように口角を上げ次弾を装填する。

 

「観測手、戦車隊の援護をする」

「わかりましたロイ軍曹」

「……撃つ」

 

一方では塹壕で敵を狙撃していた狙撃手が山羊隊の援護をする。十三ミリの弾丸がネウロイの脚部に命中、脚部は砕け散り態勢を崩す。すかさず戦車の砲撃により撃破していく。戦車隊の実力もさながら、軍曹の卓越した狙撃力もかなりのものだ。関節を狙い狙撃するので態勢が崩れやすいのだ。

 

「地雷原突破されました!」

「地雷原の方は砲の数が少ない弾幕を一点に集中!」

「了解!」

 

小隊長の言われた通り、機関銃を地雷原に向けて斉射する。弾丸は小型陸戦ネウロイを蜂の巣にしていき、中型の足を止める。欠かさず野砲が狙い撃つ。空からは小型航空ネウロイが塹壕目掛けて機銃を放っていく。土埃が舞い、赤い花を咲かせていく。

 

「ぐあっ!?」

「うっ…」

「手を休めるな! 守れ、守り抜けェ!!」

 

それでも必死の思いで兵士たちは銃を握り引き金を引く。上空では爆撃機ユニットを履いたルーデルたちが空戦を広げる。

 

「アーデルハイト右に避けろ!」

「わかりました」

「ふんっ!」

 

アーデルハイトを追従していたネウロイを撃墜するためにインカムに指示を送る。アーデルハイトはそれに従い右旋回する。ネウロイも旋回しようとした時、ルーデルのMP40の短射を受け、片翼が折れて錐揉み状態で墜ちていく。今度はネウロイの光線がルーデルに向かって伸びる。彼女は魔法障壁を張り防御、光線の射線を避けるとネウロイは彼女を追い抜かしていった。

 

「あのネウロイ通常より速いな、このユニットでは追いつけない」

「そうですね、bf109でも履けばよかったですね」

「在庫が無いのだ。仕方がない」

「……再度来ます」

「わかった。二人同時だ」

 

先程のネウロイに目掛けて彼女らは全速力で突撃、当然二人に光線が放たれるも魔法障壁で防御、距離が二百を超えたあたりで連射する。二挺の短機関銃から放たれる一撃はネウロイを撃墜するのには十分で追い抜かしざまに白く爆ぜる。

 

「やれやれ、アーデルハイトよ弾倉は幾つだ?」

「まだ六個です」

「半分寄越せ、じゃないと拳銃で戦うことになる」

「わかりました」

 

弾帯から三個弾倉を貰い受けるルーデルは直ちにMP40を装填した。

 

「なああと何体いるんだ?」

「巣が近づいているんですから何十体も」

「まったく、嬉しいな。全部倒せば勝利に近づける」

 

小学生でも考えられる馬鹿げた算段ににやついた。大勢の敵に向かい己の勝利を信じて戦うのが彼女だ。彼女にとってピンチは好機へと変貌する。アーデルハイトはため息を吐きながら呟く。

 

「そうでした。貴女はそういう人物でしたね」

「何を今更、さて空を支配するのは化物ではなく人間であることを奴らに知らしめよう」

 

魔王はユニットを駆り立て殺気飛び交う上空を飛び回る。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

人狼は今、最悪の状況に直面していた。

それはユニットの損傷が思ったよりも大きく、飛行能力が失われかけていたことだ。下を見ると市街地で、あと少しで飛行場だった。しかし、翼を持たないユニットは黒煙を上げ、エンジンが今にも止まりそうだ。高度は五百メートル、例え人狼がユニットを脱ぎ捨て落下したとしても着地は難しい。いくら強靭な脚力があったとしても着地時の負荷に耐え切れず裂けるだろう。

魔法力を消費するのを避けたい人狼は丁度目に見えた本部の建物で着地することにした。そこなら屋根の瓦礫がクッションとなって負荷を和らげると考えたのだろう。

 

「……」

 

人狼はユニットを脱ぎ捨て、本部へ落下していく。少しでも衝撃を和らげるため、大の字になって落下する。コートが激しくたなびき、重力に従い、建物の屋根が近づいていく。

しかし、そこには一つ過ちがあった。それは屋根が本当に耐えきれるかということだ。幾ら立て直したとはいえ落下による衝撃は配慮されてはいなかった。なので人狼は屋根を突き破り、あろうことか司令室へと降り立った。

 

そこには呆気にとられたダロン大佐とゲラゲラと大笑いしているランデル中将の姿が目に映る。

 

「アッハハハハハ!! 見たか大佐、ハインツが落ちてきたぞ!」

「ちゅ、中尉?」

「……」

「砲弾や爆弾じゃなくて人が落ちるとは! 笑い話だ!」

「……」

 

人狼は大中の瓦礫を仕事の邪魔にならないような場所に寄せ、何事もなかったように退室した。

戦闘が行われていることで道路は混んでいるため、建物を跳び進んで、飛行場へと到着した。まさか上からやってくるとは思わなかった整備兵たちはだらしなく口を開けている。

 

「お、お前ら武器の準備! ハインツ中尉、整備は完了しています。いつでも」

「……」

 

コクリと頷き、あらかじめ用意されたユニットに向かい走る。遠目から察するにユニットは同種のbf110、それと三機のユニットが出撃できるよう整えられた。

 

 

 

「ハインツ、なのか?」

 

 

聞き覚えのある声に反応してピタリと止まる。声の主は後ろで、振り向いた。するとそこには幼少期をともにしたバルクホルンの姿がそこにあった。背丈は昔よりも伸びても相変わらずの髪型である。彼女は呆然とした様子でこちらに向かい歩む。

 

「お、お前。生きていたのか」

「……」

「そうか、そうなのか」

 

彼女が人狼の傍まで寄ったと思うと抱き着いた。力なく抱擁をする彼女とは思えない行動だ。後方では二人のウィッチが驚いた様子でこちらを伺っている。

 

「お前だけは無事だったんだ……!」

「……」

 

すすり泣く声で人狼は察した。彼女の妹クリスは先の襲撃で亡くしたか大怪我を負ったのだろう。ただ人狼は泣きわめく彼女を今は抱きしめることができない。まだ戦闘は続いている、早く戻らなければ前線は崩壊する可能性があったのだ。

 

「……」

「ちょっとトゥルーデ! 気持ちはわかるけど離れなよ!」

「そうよ、今は戦闘が続いているのよ」

「すまない、すまない……!」

「ごめんね急いでいるのに」

 

後方に居た二人のウィッチがバルクホルンを引きはがす。一人は赤髪で容姿が良い、もう一人はウルスラに似たようなウィッチであった。

 

「ウルスラから聞いてる。私は姉のエーリカ・ハルトマン、階級は小尉」

「私はミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ、階級は中尉です」

「まさか此処で沈黙の狼、ハインツ中尉と会えるとは驚きだね」

「ところで戦況は如何で?」

「……」

「……忘れていたけど中尉は全然喋らなかったわ!!」

「うん、確かにウルスラが言っていた通りだね。だけどさ、ユニットもなしで来るってことはかなりヤバいよ」

 

ハルトマンの言っている通り、戦況は悪く、実質士気で賄っているようなもので物資の弾丸が不足しかけていた。装甲車による弾丸の運搬が行われているが波の如く迫るネウロイをを相手取るのはかなり難しかった。

 

「これから私らも出撃しますが、一緒に戦いましょう」

 

彼女の問いに人狼は頷き了承する。当然多いほうが戦いやすいからだ。

 

「……もう大丈夫だ。私もいける、戦える」

「トゥルーデは休んでなよ」

「気遣いありがとう、だが私もやらねばならないのだ」

「わかったわ、貴女を信じます」

「ありがとう」

「皆さんの準備ができています。いつでも離陸可能です!」

 

話し合いの末バルクホルンたちと共闘することとなった。心に傷を負った彼女を心配するハルトマンだが彼女の信念に負けて受け入れた。人狼たちはそれぞれのユニットを履いて武器を持つ。

バルクホルンはMGFF機関砲を自信の固有魔法で二挺持ち、ミーナとハルトマンはMG34を

装備している。人狼は先程と変わらずの装備だ。この重武装ぶりに彼女らはたいそう驚いていた。

 

「ではいくぞ!」

「了解!」

「わかったよ!」

「……」

 

空を駆けるエースたちが滑走路を離陸していった。

だがエースたちが状況を打破するとは必ずしも限らないのだ。

 




Sd Kfz 252

ドイツで生まれた弾薬輸送車。突撃砲部隊に随伴する弾薬運搬車として生産された小型の装甲ハーフトラックである。1938年に三号突撃砲の弾薬補給車輌として開発された。
1940年6月から1941年9月まで、413両が生産された。


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中隊

お気に入り300人突破ありがとうございます!
これからも精進していきたいと思いますので温かい目で見据えてください。


たった一本だけの矢に新たな矢が追加された。バルクホルン、ハルトマン、ミーナである。この三人は一見するとただの町娘を彷彿とさせる姿ではあるが第52戦闘航空部隊、簡単に言ってしまえば精鋭部たちに所属していたエースたちである。

並外れた空戦技術は人狼を軽く凌駕する実力の持ち主で幾多のネウロイたちを身体には不釣りあいの機関銃で撃ち破ってきた。

 

「……」

「ねーハインツ中尉、今まで何処で何をしてたのさ?」

「……」

「教えてくれてもいいじゃん、同郷のよしみでさ」

「こらハルトマン! ハインツを困らせるようなことをするな!」

「えー、だって謎が多いんだもん。戦歴なんてヒスパニア戦役を除けばほぼすべてに従軍しているんだよ。不思議がらない理由がないよ」

「だとしてもだ。すまないなハインツ」

「……」

 

しかしエースという風格にも似合わない彼女、特にエーリカ・ハルトマンは妹のウルスラとは違い、おとなしくしようとすることを一切しようとする素振りを見せない。おとなしめなウルスラとは違い口が常に開いている。

人狼は相変わらずの無口を発揮しながら右手に持っていた機関砲を左脇に挟み、懐から一本の煙草とオイルライターを取り出した。口に咥えオイルライターで着火、最近は片手で扱えるオイルライターを使用している。暗雲立ち込める空に一筋の紫煙が伸びる。

 

「にしてもトゥルーデの逢いたかったエースさんは緊張の色を見せていない立派な勇者様ね、如何せん貴方はお姫様といった部類かしら」

「な、何を言うんだミーナ! 私は姫だという高位に合うような人物じゃないぞ!」

「あら、ハインツ中尉のことは指摘しないのね」

「それも違うんだ!」

 

バルクホルンは顔を赤らめながら異を唱える。戦いの中に余裕があるのもエース特有のものだろう。ミーナのからかいにハルトマンも参戦して煽りだした。

 

「へぇー、部隊の中で一番の堅物のトゥルーデが。へぇー」

「なんだハルトマン、はっきり言わんか!」

「似た者同士ということだよー」

「そこまで私とハインツは似ていない! 喋るし!」

「そこを比べるの?」

 

慌てふためいたバルクホルンは弁解をするが指摘する箇所が彼女らにとって当たり前のであった。

人狼が鼻をひくつかせ、両手の機関砲を僅かに振って何か指示を送り人狼は急上昇する。あまりの唐突な行為に唖然としたが彼女も追従していった。

 

「どうしたハインツ!」

「……」

 

機関砲を向けた先にはネウロイが群れており、その数は十体程で小型ネウロイである。おそらくは空戦権を奪取するためであろう。人狼は出力を最大にして彼女らの編隊から離れ、群れとの距離は徐々に狭まっていき、人狼はその群れに勢いよく突撃した。

 

「ハインツ!」

 

幼馴染の彼女の声すらも聞こえない、突っ込んだ際に二挺の機関砲を短射する。二十ミリは装甲を破り二体のネウロイを墜とした。口に咥えた煙草を捨て再度上昇する。

遅れて人狼を襲おうと追従してきたネウロイの集団に背後から彼女らの攻撃が始まった。

 

「やああああ!!」

「はあああ!!」

「はっ!」

 

流石はエースといった様子で囮になった人狼に向かうネウロイを撃墜させていく。水平飛行に戻し右旋回、まだネウロイは追従しているらしく光線や弾丸が撃たれるも被弾はせず、その態勢のまま急降下を始めた。ネウロイも背後から来る彼女らを排除しようと旋回する。

 

「ハルトマンは私の援護を頼む!」

「任せて!」

 

バルクホルンは目の前で向かい合ったネウロイにバレルロールをしながら機関砲を撃ち込む、ネウロイも負けじと光線を放つも全て魔法障壁によって防御されて無傷であった。そんな中いくら装甲がやや固くても魔法障壁も張れない上にその装甲すらも貫通する威力を持った機関砲には勝てず、ボロ雑巾の如く破られて彼女が通り過ぎた時には白い破片となって地上へと降り注いだ。

 

一方でハルトマンはネウロイとの格闘戦に興じていた。彼女の小柄な身体は相手の弾を躱し、彼女の正確な射撃で撃ち落とした。

 

「エーリカ後ろよ!」

「わかってるよミーナ!」

 

背後についたネウロイに対し、自機の速度を落として絡みだす、この空戦技術をシザーズと言う。相手が速度過剰で彼女の前に躍り出た途端、形勢が逆転して至近距離で機関銃が撃たれ撃墜された。喜びに浸っている場合ではない、次の獲物を探しに奔走する。

ミーナは自らの固有魔法、三次元空間把握能力は感知系魔法の一種で一定範囲内の敵味方の位置を三次元で把握できる能力であった。それを使用して彼女は人狼を捜していた。

 

「何処にいるのよ……!」

 

先程の急降下以降、人狼の姿が一切見えないのだ。それどころか無線すらも応答しないためもしや撃墜されてしまったのではと危機感を覚え、冷や汗が垂れる。彼女はバルクホルンの心情を深く知っていた。故郷も家族も失いに喪った彼女を支える存在がハインツであった。もしもその支えが消えてしまえば彼女はもう立ち直れないだろう。

そんなことにはさせないと彼女は必死に捜す。

 

「ミーナ避けろ!」

「えっ」

 

感知するのに必死で注意を疎かにしていた彼女のもとに一体のネウロイが接近していた。魔法障壁を張ろうがそのネウロイは異常なまでに素早く、高度を運動エネルギーに変換したのもあいまっているため今張ろうものにも間に合わない。救援でバルクホルンやハルトマンが向かうがもう遅い、彼女は目を閉じて死を受け入れた。

 

 

 

はずであった。

 

「……」

 

実は人狼はミーナのすぐそばに存在していた。しかし何故気がつかなかったか、それは人狼が霧化を行い何かを捜す彼女の護衛をしていたからだ。霧化を解いて機関砲の引き金を引いた。すると弾丸はネウロイに収束していき命中した。

この行動に驚きを隠せない彼女らであったが安堵の色も浮かんでいるのも確かであった。

 

「ま、まさか霧に化けていたとは……」

「……」

「よくやったハインツ!」

「すごいよハインツ中尉!」

「……」

 

感謝の声が挙がっても人狼は表情を微塵も変えない。

だが、仮にも此処は戦場、ネウロイは人狼を一番の脅威と認識し、背後から光線を照射した。光線は頭部に命中して左半分が消失してしまう。口の中の歯が露呈している。

 

「……えっ」

「ちゅ、中尉……」

 

ミーナとハルトマンはこの惨状に口を開くしかなかった。そしてバルクホルンは身内の惨状に対し特に敏感であった。ふらりふらりと呼吸が荒くなり心臓の鼓動が痛いほど早くなるのに気づいた。止めようにもどうすることもできない、意識がいつ飛んでもおかしくはなかった。

 

「トゥルーデ落ち着いて!」

「ごめん許して!」

 

ハルトマンは両手で彼女の視線を切った。パニック状態ををこれ以上悪化させないようにである。冷や汗が垂れるミーナは人狼に目をやる、そこには普通なら醜い容貌に変わり果てた人狼の姿があるはずだった。しかしあいにく人狼は化物の類、銀の銃弾が撃ち込まれるまでは死ぬことはない。傷口には目を離した隙に霧が巻かれ、暫くするとその霧が解かれると元の容貌へと治っていた。

驚異的な治癒能力に目を見張るミーナはバルクホルンの目隠しを解くようにハルトマンに告げる。ハルトマンもあまりの出来事に目を擦っていた。

 

「な、なあ。生きてるんだよな、な?」

「……」

 

おぼつかない飛行で人狼に近づいてペタペタと顔を触りだした。手には血に濡れるといった感触は存在せず硬く筋肉質な頬が伝わる。赤く異端な瞳には彼女がよく映り彼女を抱き寄せた。

先程不意を衝いたネウロイが今度はとどめを刺そうと機関銃を乱射して来る。単純な進路で近づくネウロイに人狼は魔法障壁を張りつつ片手で機関砲を撃つ。弾丸と弾丸が交差していきネウロイの右翼に命中する。命中した際に飛行に重要な部位だったらしく動力を失い錐揉み状態のまま墜ちていった。

 

「…今のが最後の一体よ、もう来ないわ」

「ハインツ、もう無事か? どこか痛まないか?」

「……」

 

バルクホルンの応対に首を振って答える。

 

「これが沈黙の狼の由縁、通りで死なずに飛べる訳だよ」

「いくら何でも固有魔法二つ持ちで霧化は感知を避け、治癒能力は強力、戦うのなら恐ろしい相手ね」

「ホントそれ、しかもやけに戦闘慣れしてるし殺し合いは避けたいよ」

 

あまりの強さに二人は飽きれるとともに畏敬の念が浮上した。

 

 

「ハインツ本当に無事なのか、それは本当か?」

「……」

「あぁそうか大丈夫なのか、そうか良かった」

「……」

「ところでな私も強くなったんだ。見てくれたか、お前とまた張り合うために私も軍に入って強くなったんだ。これでまた張り合えるな」

 

バルクホルンの眼には狂気が孕み、瞳の中で大波の如く呻っていた。真摯になっていたハルトマンやミーナですら彼女が狂い始めている事実を知るのは同じ狂気に溺れた人狼しかいなかった。

 




イムコ

オーストリアで生まれたオイルライター、オーストリアの首都ウィーンにあるライター及び金属製品製造メーカーである。1907年に創業された金属ボタンメーカーから1918年にライターを製造し始めた。
第一次世界大戦で帝国政府の依頼に基づき、戦地で兵士が使用するためのライター、イーファを1918年より製造開始した。
なお第二次世界大戦ではドイツを代表するオイルライターへと昇化することとなる。
人狼が作中で扱ったライターはこれである。


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遭遇

「はっはー! 新型戦車をなめんじゃねェッ!!」

「お見事です。この調子でいきましょう」

「そうだな!」

 

確実に狙いを定めて放たれる砲弾、狙いは逸れることなくネウロイへと向かっていき見事撃破していく。

ジェネフはニヤリと敵を嘲笑しながら弾を込めて引き金を引き続ける。今回はより多くの砲弾を持ってきていたため長期戦が可能である。したがって砲弾の節約をしなくてもいいこととなる。これは隊員たちのモチベーションにも影響することだ。

ちなみにだがこの戦闘においてジェネフは三十体撃破で使用した砲弾四十発近くと狙撃の腕も徐々に上がってきていた。小型には榴弾か機銃で対応する。

この戦闘を含め非公式記録であるが百は撃破したという、戦車兵では最強を誇る存在だ。

 

『一体撃破!』

『こちらもです!』

「お前らその調子だ。流石は歴戦の猛者を集めた戦車中隊だ!」

「くっ!?」

「あいった!」

 

隊員たちに激を飛ばしていると突如ネウロイから放たれた砲弾が砲塔に命中した。しかし運よく弾くことができて難を逃れることに成功した。顔面蒼白になる車内一同、しかし気を取り直して攻撃を行ったネウロイを特定、照準を向ける。

 

「撃てッー!」

 

だが標準に捉えた瞬間に爆散していく、対戦車砲の3.7cmPaK36が火を噴いたのだ。案外対戦車砲部隊も捨てたもんではないとほくそ笑みながらも攻撃を続行する。

塹壕内にいる狙撃兵もスコープを合わせ、観測者に確認を取って狙撃。小型ネウロイを見事に破壊していく。機関銃手も猛スピードで迫りくるネウロイを得意の弾幕で足止めからの撃破という一連の流れができた。

 

「ネウロイ塹壕内に侵入!」

「くそっ! 銃剣とスコップで殴り倒しにいくぞ!」

「うああああ!!」

「よくやった!」

 

そしてネウロイが塹壕内に侵入したら即座に二人がかりで白兵戦を繰り広げた。

 

「我らも歩兵科の意地を見せてやれ!」

「……次だ」

「はい風速は東から微弱、いつでも」

「撃つッ」

「命中、脚部損傷しました。この調子でいきましょうマルセル上級兵」

「当然だ。次弾装填、撃つ」

「命中、撃破しましたお見事です」

 

対戦車ライフルも伊達ではなく急所を抉り、進行速度を遅くしている。対空戦車は一門の二十ミリ機関砲を空へと打ち出して急降下爆撃や機銃掃射を防ぐ。

 

「一体がこちらに急降下してきます!」

「ええい! すぐに弾幕構成だ!」

「了解!」

 

指示を仰がれた各車両は砲塔を回頭、仰角を上げて細い針金で作られた照準器越しに一斉射撃を開始する。

たかが一門の機関砲が束になって打ち出されることは恐ろしく、効果は絶大であり、機銃掃射や爆撃を受ける前に撃破していく。空の脅威を落とすといちいち歓声があがる。実はこの対空戦車部隊は適当な雑兵を補充していたためである。だが流石はランデル中将、雑兵たちの才能を見抜いて的確な部隊に送りあげたのだ。

 

 

「来るぞアーデルハイト!」

「障壁を張りますのでその隙に」

「言われなくてもだ」

 

空では航空ネウロイ多勢を相手に二人だけの航空ウィッチが陣取り合戦をこなす。アーデルハイトが障壁を展開することで防御、無防備になった時を狙い機関砲を短射して撃墜を果たす。

 

「ほう、こちらに来るか。ならばお前は!」

 

急接近してきたネウロイに対し、ルーデルは拳を振り上げてネウロイが攻撃範囲に辿りついた瞬間を狙って振り下ろす。甲殻が割れる音を残しながら下へと墜とされる。

相手にもならないといった風な笑みを浮かべる。その姿は実に魔王であった。

 

「これでだいぶ減ってきただろう」

「ですね、数が少なくなった気がします」

「けどまだまだこれからだ。気張るぞ」

「了解」

「ほら言わんこっちゃないな」

「援護します」

「任せるぞ」

 

空では陸では全てにおいて人類側が圧倒していた。人類の叡智が積もった兵器は得体の知らない化物に十二分なまでに通用したのだ。勝算はこちらに十分にある、もしかするとこのまま押し勝てるかもしれないと誰もが思った。

 

 

 

だが、化物側もスペードを切ってきた。

数々の戦場において体の一部を現れることで戦場を把握してきた魔法のカードの一つ。それはある意味化物の巣窟よりも厄介で恐ろしく畏怖しなければならないカードであった。

 

それは大きな地響きとともにやってくる。

大地が揺らされ立つことが危ういほどの力、車内では身体を打ち付けられ、砲兵は持っていた砲弾を足元に落とすまでに。

ジェネフはこの異変に気づき全車輌に通達する準備を始めた。

 

「またか、またあの規格外がやってくるぞ……」

「相手にはしたくないレベルの奴ですか……」

『全車輌に告ぐ!回避行動を専念し攻撃の手を緩め、躱すことに重視しろ!!』

 

 

「じ、地震ですか!?」

「馬鹿言え、カールスラント含む欧州は地中海側を除き少ないぞ」

「じゃあ何ですかコレは!?」

「わからない、だが確実に異端であることには違いない。一時待避、すぐ近場の家で狙撃だ」

「了解しました!」

 

 

「嫌な予感がする。アーデルハイトは上空で待機、孤軍奮闘を期待している」

「私一人ですか、まあいいでしょう。何処へ赴くんですか大尉」

「決まっているだろ、あの化物と再戦さ」

「なるほど、できるだけ頑張ります。どうやら制空権を抑えに戦闘機部隊がわざわざブリタニア本土から応援に駆けつけてくれましたし

 

そのカードと死闘を繰り広げた強者は身構え、経験がなくとも変化に気づいた強者は最善の案を浮かばせる。そして未来永興に伝わることとなる大激戦、パ・ド・カレー防衛線に強烈な色を着色する出来事、クラーケン(・・・・・)討伐戦が始まった。

 

 

八本の禍々しく黒い触手が地中から円を囲むように飛び出して地面を強く抑える。すると中央の地面が盛り上がり、タコのような身体を露呈させた。黒と赤がで禍々しく吐き気を覚え、巨大な図体からは隠しきれないほどの異様な雰囲気を醸しだす。

 

唖然としている兵士たちに一本の触手が無残に薙ぎ払われた。急いで塹壕内で屈みこんでやり過ごそうとするが触手の先端部が赤く赤く点滅していき、継続的に輝き始めると一条の太い光線を塹壕の線に沿って薙ぎ払われた。当然一瞬かつ即死の攻撃に断絶魔すら残すことも赦されずに焼失する。

 

「これが、アイツの本体……」

「デカい……」

『た、隊長どうします?』

「そんなん決まってるだろ、喰うぞ。神話上の生き物クラーケンを獰猛な山羊が突いて殺す!」

『了解しました!』

 

しかし、戦車隊では動揺が走ったものも彼の発言に勇気付けられて戦意を取り戻してみせた。ガスマスク越しからでもわかるように眼は絶望に染まってはおらず、意気込んでいる。山羊が呻りをあげる。

 

 

「これが、師団を壊滅させたという伝説の化物……」

「怖気ついたか?」

「恥ずかしながらそうです。逃げたい気分です」

「なら逃げろ、生に固執せよ」

「……ですが、ですがこの化物を退治しなければさらなる犠牲が生まれる。私らでやりましょう」

「いい覚悟だ。観測頼む」

「了解しました!」

 

初見にも関わらず戦意喪失しないマルセル上等兵、小屋へと向かいながら策を練る。どこを的確に攻撃すれば有利になるか、そもそも弱点はあるのかと多少弱気にはなるものも大した技量を持ちえない観測手の勇気にあまりにも無礼だと感じ、己の唇を噛みしめ罰した。

 

 

「久しぶりだな。今度は引き分けにはさせない、ここがお前の死に場所だ」

『久しぶりだな魔王の嬢ちゃん』

「この声はジェネフか、お前も気づいているよな」

『勿論、アイツは俺の部隊を壊したんだ。忘れるわけないだろ』

「だろうな、弱点を今探す」

『頼むぜ』

 

空では魔王が待機している。弱点を探しつつどう攻めるかを模索した。先程ハインツから受け取ったMG FFの残弾数を確認すると三発ほど、適当に撃ち込むが距離もあいまって効果は微小、舌打ちを鳴らす。だが同時に硬い甲殻で覆われているが距離を詰めれば効果的だと断定、MP40に持ち替えて構える。

 

 

「今度の戦いは勝ってやるぜ」

 

闘志むき出しの山羊

自身の蹄と角を向ける。

 

「魔王の恐ろしさをその身で堪能しろ」

 

冷徹に嗤いかけ、鼻に付けられた傷が疼く魔王

手榴弾がいつでも落とせるようベルトに手を、片手でMP40を向ける。

 

「観測を頼む、対戦車ライフルでどこまでいけるかわからんが」

「お任せを! 全力でサポートさせていただきます!」

「お前と俺は一蓮托生、二人で一つだ」

 

同じ意思を持った似た者同士の若い観測手と冷静な観測手

観測手は双眼鏡を覗きこみ風向きを調べ、狙撃手は触手の先端部に照準を合わせる。

 

 

「―――――撃てッ!」

 

対戦車砲の砲撃が戦闘のゴングとなり雌雄を決する戦いが始まった。

 




3.7cm PaK36

ドイツで生まれた対戦車砲、1928年末に開発された。
開発当時の対戦車砲としてはごく標準的な性能を有しており、初期型のIII号戦車の主砲として使用された。
ヴェルサイユ条約で重火器の製造は禁止されていたが秘密裏にソ連内で開発、製造していた。
スペイン内戦にも送り込まれた経験があり活躍したがフランス戦においては戦車の装甲増加に伴い威力不足とされ、連合国からドアノッカーと揶揄されることとなる。
ちなみに日本軍に日中戦争の際に鹵獲されていたりする。


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狙撃

対戦車砲の砲撃によって対奇形陸戦ネウロイとの戦闘が始まる。対戦車砲は胴体を集中して攻撃を開始、歩兵たちもライフルやら機関銃を用いて攻撃する。攻撃は全て胴体へと向けられた。

一方、触手に一定の損傷を負わせれば地中へと戻っていったことを把握しており、ある程度の損傷を与えたら撃破までは至らずとも逃げ出すと踏み、ジェネフたちとルーデルは触手に攻撃を掛ける。

 

「何であのウィッチと戦車らは何故胴体ではなく触手を攻撃するんでしょう?」

「おそらくは触手に対して解決策を持っているかもしれない、俺らも狙撃することにしよう」

「わかりました!」

 

マルセル上等兵は照準器の無い対戦車ライフルで狙いをは定める。距離はおおよそ四百メートル、決定打には到底なりえない。だから彼は戦車隊の援護に回ることにした。たかが十三ミリ程度の銃口で何ができるのかは一番理解していた。いかに無意味であってもやることに意味が存在したのだ。

 

「風なし、いつでも」

 

観測手が風向きを答える。無風で狙撃には持って来いである。大きな巨体を揺らす触手に狙いを定め、引き金を引き絞る。銃口からは鉛玉が射出され、高速で目標へと向かい、見事に命中を果たした。観測手が命中した結果を述べる。

 

「敵に損傷を与えることができましたが微力、再度攻撃を」

「わかっているがこれは無理があるかもしれないな」

「流石に尻尾巻いては帰れませんしね……」

「ならば核を的確に撃ち抜く、核が露出した時が出番というわけだ」

「それまでどうします?」

「決まっている。雑魚を喰らう」

「了解しました!」

 

忘れられているかもしれないが未だ小型ネウロイや中型ネウロイは存在している。触手が暴れるたびに敵側の戦力も擦り減るがまだ生き残りもいる。それが果敢にも対戦車砲や機関銃の元へと辿り着いた場合、確実に戦力は落ちていき、あの化物を殺しきれなくなるだろう。それを抑えるために狙撃手であるマルセルは小型たちの殲滅を担わなければならなかった。

 

「弾は幾つだ?」

「えーと、三十発です」

「ちょいとばかし足りないな、仕方ない。ライフルを塹壕から持って来い」

「はいっ!?」

「安心しろ、それまでの障害は排除してやろう」

「……わかりましたよ! やればいいんでしょやれば!!」

「有言実行だ。早く行け」

 

小屋の屋根から飛び降りてすたこらと塹壕へと戻る観測手、ネウロイ群との距離が遠く離れている此処なら瘴気の心配はないと思ったマルセルはガスマスクを外して汗をハンカチで拭う。綺麗なブロンドをした髪が風に吹かれてなびく。

 

「マスク着用だと狙撃はしずらい、だから瘴気の影響を恐れずに狙撃をした方がいいな」

 

ポケットからグチャグチャの煙草の箱を取り出してから一度一服すると、すぐさま激しくむせ込んだ。涙目になりながら口から紫煙を吐き出した。深呼吸して中の紫煙を吐き捨てると、照準器でライフルを取りに行った観測手を確認する。

 

「煙草は眠気覚ましにはちょうどいい、狙撃を始めるか」

 

双眼鏡からは彼へと狙いを定めるネウロイの姿が存在していた。独りで風向きを調べてから引き金を引く。一発の銃弾が二百メートル以上先の小型ネウロイに当たり砕け散る。

 

「ひえっ!?」

 

目の前に居たネウロイが唐突に砕け散るのに腰を抜かした観測手だったが、塹壕内のライフルを一挺とポケット沢山には入れた弾丸を持って小屋へと戻る。脱兎の如き逃げ足は向かってくる銃弾や砲撃を躱して彼の元へと無事戻ってこれた。

 

「はーはー!!」

「流石だ。どれ、本業を始めるとするか」

「何故私のもとに砲弾やらが飛ぶんですか!」

「飛ぶ砲弾やら落とせることはできない、そういうのは魔女にやらせとけ」

 

ライフルを手渡し即弾を込めるマルセル、双眼鏡を片手に観測手は状況を把握する。覗いた先には触手に向かって乱射をする機関銃手や一本の触手に潰される憐れな兵士、未知なる恐怖に自嘲の念を込めた笑顔を浮かべる兵士と十人十色である。しかし、人類側も奮闘しており戦車隊が放つ砲弾は触手に損傷を与えていき、ウィッチによる航空攻撃で破片が宙を舞う。

 

「す、すごい……!」

「そうだな、では俺らも追従しなくては」

 

あらかじめ持ってきて私用の照準器を取り付ける。カールスラントの照準器は精度がよく、精密な射撃ができるという評判であった。対戦車ライフルとは違い威力が弱いため一撃で屠ることはできないだろう。だがそれでも小型なら何とか相手取れること、小型の脚部を狙いを定め発射する。

 

「お見事」

「次弾装填、連撃を掛ける」

「にしてもマスク外しても大丈夫ですか?」

「大丈夫ではないのなら俺は死んでいる」

「そ、そうですよね」

 

再度脚部を失ったネウロイに攻撃、一脚ずつ破壊してダルマ状態に、必死に暴れるネウロイだが無慈悲な狙撃によって白い結晶となり崩れ落ちた。

 

「やれやれ、この距離だと威力が弱いな」

「ですがよくもまああの距離を当てれますね……」

「さあな、天性の才能だろうか」

「あっ!? 早く狙撃をして――――――」

 

観測手が捉えたのはネウロイが兵士に覆い被さり、爪を同化させた足で突き刺そうとしていた。だが、彼がそのことを指摘しようとした最中、一発の銃声が彼の言葉を遮った。

 

「もうしている」

 

目を丸くしながらも双眼鏡を再度覗くと覆いかぶさっていたネウロイが横腹を撃ち抜かれ、のたうち回る。その兵士ははいずりながらもネウロイから離れ、スコップや銃剣を着剣した兵士二名が救助と排除をするためネウロイに白兵戦を始める。スコップの先端が頭部に刺さり、銃剣を刺した兵士は脚部を刺し込んだ。

 

「なあ無線機はあるか?」

「あるわけないじゃないですか」

「そうか、なら行ってこい」

「ま、またですかァ!?」

「本部に状況を伝達、援軍を送ってもらう」

「……わ、わかりました。援護頼みます!」

 

こうして無線機で要請するために走り抜ける観測手、一度深呼吸をして照準を合わせる。障害となりえるネウロイを片っ端から狙撃、塹壕内に入り込んだネウロイを足止め。そこに近接武器を所持した兵士が向かい白兵戦、それに合わせて針に糸を入れるような技術でピンポイント狙撃していた。

 

「やれやれ、相手にもならんな」

 

禁煙家である彼は水筒の水を一口飲みながら照準器を覗いて映るネウロイを何度も狙撃する。

表情の乏しい彼は氷のような眼光でネウロイを射止めていた。

 

「そんな兵力に余裕があるとは思えないが、兎に角足掻くこととしよう」

 

彼は苦言を交えた独り言を漏らしつつ、自らを冷たく自嘲した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

所変わって本部、人狼が不時着した際にできた天井の瓦礫を簡単に掃除をし終え、書類作業に没頭するランデル中将にダロン大佐。そしてひっきりなしに電話や無線が掛かる司令室で対応に追われていた。

本来戦闘中、しかも指令室ならば数人の将兵が対応するはずであろう。だがしかし、ランデル中将はその将兵を全てブリタニア本土かヒスパニアの方に待避させた。勿論、自国を護ろうとするガリア将軍は居たものも、口車を回して戦闘という劇場から退場させた。

 

現在この戦闘で大規模な指揮を行っているのはランデル中将ただ一人、ダロン大佐はその補足として努めていた。小隊や中隊、それに大隊などの指揮権は全て彼が担っている。仕事量は多くその老体ではあまりにも過労な作業を喜々として行い、民兵の装備を損傷し多少修復したばかりの銃や倉庫に眠っていた旧式の銃、下手をすれば何処の博物館から拝借してきた骨董品のマスケット銃を引っ張り出してきた。

 

上質なワインを可能な限りモロトフ火炎瓶の如く全て火炎瓶に、銃剣の代わりにバターナイフにフォーク、使えるもの全てを民兵に持たせ武装させた。こんな劣悪な装備を手渡された市民もとい民兵たちは不思議と不服を零すことはなかった。逆に家族や故郷を破壊しつくした化物共に抗えると新しい玩具をプレゼントされた子供の如く喜んでいた。

 

だが当然なことでお粗末もいいところな武装に訓練経験のない民兵たちは戦力としてはせいぜい分間隔の時間稼ぎ、だがそれでもランデルという男は彼らに利用価値があると感じていた。

民兵として徴用をした数を引けば先刻ほど前に輸送船に避難民全て乗せられてブリタニア本土に向かっていった。

これで民間人を動乱の戦場から脱出することができ、最低限の責任は果たし終えた。あとは全兵士(・・・)たちによる拠点防衛だけだ。

 

街におけるゲリラ戦も可能、第一波、それも少数ならば殲滅することができよう。だがそれはあくまで乱入者なしの理論でしか過ぎない。空襲は極小規模ながらも被害を受け、そして何よりもあの()や触手の出現で一気に崩れ去る。例えるのなら盤上の駒を盤台ごとひっくり返すようなものだ。

 

「こちら司令室」

 

手元にあった無線が鳴る。すぐさま出るランデル、そして通話相手の戦況を告げられると彼は目元に影を落として無線を切る。何も応答をしないでだ。

 

「なあ、大佐」

「な、なんですか……」

 

不吉な予感を感じ取った大佐はおどおどとしながら応答する。

そして、彼の口から予想外な思惑が告げられる。

 

 

「敗北が決まったぞ、喜びたまえ」

 

本来ならば絶望の表情を浮かべ言う台詞を彼は満面の笑みを浮かべながら答えた。

 




モロトフ火炎手榴弾

レーニングラードで製造された火炎手榴弾、フィンランド軍が主に使って冬戦争で活躍した。
艦内での白兵戦を想定されており、取り扱いは難しいが市街地戦では効果的であった。
実際に投下された小型焼夷弾を収納するコンテナやそれを投下した爆撃機のことをモロトフのパン籠と呼ばれ、火炎瓶のことを「モロトフ(に捧げる特別製の)カクテル」という皮肉のこもった通称で呼びはじめたという。
スペイン内戦にも登場している。


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救済

「くそっ! 停止!」

「はいッ!」

 

車長であるジェネフは自機を操るエドガーに指示を送る。彼はジェネフの言葉通りに一時緊急停車をさせると、眼前に赤く輝く光線が通過する。その先にあった木々や簡易トーチカが消滅し、威力を表す。

前線では戦車隊がタコ型のネウロイに向けて中隊規模の砲撃を一本の触手に直撃させることとした。各一本ずつの触手を攻撃すると時間が掛かる上に決定打には到底及ばない。

だが、一点に集中して集中砲火を喰らわすことで一本一本着実に減らしていくという算段だ。これを俗にいう一点集中ドクトリンである。

 

「よしっ! 損傷が蓄積している。あと少しで一本破壊だ! テメエら気張れ!」

『『『『『了解!』』』』』

 

各車輌の激励し、士気を高める。無線機を投げ捨て砲塔を回頭、機銃による攻撃へと移る。幾ら多く弾薬を持っていたとしても節約を心掛けなければ長期戦は難しいものとなるからだ。有効打とは思えないがバチバチと弾は触手の装甲に弾けて、地道に損傷を与えていく。

 

「車長、この調子なら…!」

「確かにいける。だがな、俺らは規格外の化物に挑むわけ、そうやすやすとやられるタマじゃない」

「そんじょそこらの雑魚とは勝手が違いますよね」

「まあそうなる。あー、ちくしょう煙草吸いてぇ……」

「今は吸わないでくださいね、瘴気で戦場は満ちているんですから」

「わかってる。それに今煙草を吸っちまったら一生煙草吸えなくなりそうだ」

 

軽く冗談を交わすも、内容としては重々しいもので現在の戦況の壮絶さが無意識に表れ、常に気が抜けない状況では一瞬の油断が死を招くことを示していた。マスク内では緊張の影響でで汗が吹き出し、大変気持ち悪い。呼吸をするたびに息が詰まりそうなほど切羽詰まった状況ではむしろ息をしないほうが楽な風に思えた。

 

 

「装填急げェー!」

「完了しました!」

「狙いは塹壕内の友軍を襲っているあの触手だ! 撃て!」

「発射!」

 

対戦車砲や旧式となり、お蔵入りになった野砲が火を噴く。砲弾は放射状に飛来し何発も命中し、外した砲弾は小型や中型を地面と一緒に耕した。装填手が重い砲弾を運び、装填し発射。相次いで漆黒の触手へと砲撃されていく。

戦車隊が集中攻撃した触手が力を無くして地面に伏して、本体は悲痛な叫び声をあげる。

 

『やったぜ!』

『一本落とした!』

 

無線からは歓喜の声が鳴り響く、自惚れた彼らをジェネフは一喝する。

 

「馬鹿野郎お前ら! まだ敵は生きているんだ、たかが腕一本落とした程度で図に乗るな!!」

『し、失礼しました!』

「ならば砲兵隊がしつこく攻撃している方を支援、弾は節約しろよ早漏共!」

 

無線機を乱暴に切り、再度視界を触手に移すジェネフ。しかし、彼も嬉しさを堪えきれずにガスマスク内部で口角を上げていた。口に汗が入るも気にしなかった。

 

一方で塹壕内部は地獄と化していた。幾ら撃っても撃っても殺しきれない小型や中型ネウロイは塹壕内に侵入、眼前のネウロイに気を取られた兵士に向かって銃弾を飛ばす。白兵戦を行うも、まだ実戦経験の無い新兵たちは無残にも脚で胴体切り裂かれ、頭をザクロの身の如く割っていく。

古参兵を中心にスコップとライフル片手に白兵戦を繰り広げるも何度倒しても次の個体がやってくる。地雷原の方も踏まれたことで爆発したり、砲弾や銃弾によって爆発したため埋めた地雷の数は少なくなっていった。

そのため、地雷原を切り抜けたネウロイたちは砲兵や塹壕内の兵士を無残にも殺戮していったのだ。

 

「止まれ止まれ止まれ!!」

 

憐れにも半泣きで機銃手が群れながらこちらに突進してくるネウロイへ向けて機関銃を撃ちかますも一向に止める余韻を見せつけず、ついには塹壕内に侵入した。

 

「あ、ああああああ!!」

 

尻もちをつき、身体が硬直して動けない。それはまさしく蛇に睨まれた蛙のようで、目からは無数の涙が零れ落ち、泥まみれになった顔に道を作る。必死に逃げようと這いつくばるが無慈悲にも太股に鋭利な足先が突き刺さる。

 

「ひぎッ!?」

 

余りの痛みで悶絶し、思わず失禁してしまう。彼を刺したネウロイは赤い斑点を美しく光らせながら次々と彼の身体を刺して、まるで幼子がバッタの脚をもぎ取るように弄ぶ。

 

「痛い痛い痛い痛い!!」

 

喚きまわる彼はもう腹部までに刺されてしまった。もはや逃げる気力を失い大声で悲痛な喚き声しかあげれずにいる。だがそんな時、塹壕の角からこちらを覗く人影がありこちらを覘いていた。彼はそれに気付き声を上げる。

 

「ギャラス助けてッ! 俺何でもするから!」

「じゃ、じゃあさ……」

 

それは博打仲間のギャラスであった。彼とは親交を深め、親友とも呼べる間柄であった。

 

 

 

「俺らのために死んでくれ」

「へっ?」

 

彼からある物が投げ出された。それは兵士である者なら誰もが知っているもので、信頼できるものの一つでもあった。

投げ出されたのは一本の棒に数個の丸い物体が取り付けられたモノ、そう収束手榴弾である。それをギャラスは襲われている親友の元へと投げた。ギャラスは一よりも何百を選んだこととなる。

 

あっけに取られた彼は素っ頓狂な言葉を漏らし、見事に爆ぜた。爆発音とネウロイが出す独特な金属音とともに彼は姿を消した。

ギャラスは親友を自らの手で殺してしまった罪悪感がむせ返り、急いでマスクを外してその場で嘔吐する。吐いても吐いても気持ちは楽にはならない、強引に掻き消そうにも死に際の顔が脳内にフラッシュバックした。喀血する前にマスクを装着して、フラリフラリと数歩歩いた後、小さく(うすくま)る。

 

「もう嫌だ。何でどうしてあんな化物と戦わないといけないんだよ、帰りたい、温かかった家に還りたい」

 

それは叶わない戯言だと知りながらも彼は呟く、弱音を吐くことにより少しでも気を紛らわせようと思ったのだ。彼の瞳には絶望という淀みに塗れ、一片の希望が灯ってはいない。当然、再び銃を持って戦う気力は消し失せた。

 

そんな時である。塹壕を覘き見るように一体のネウロイが顔を出した。汚らしくも彼は喘ぎながら必死に助けを乞いた。

 

「お願いします! どうか見逃してください、どうか、どうか愚かな私を見逃してください!」

 

涙をぼろぼろ零しながら彼は乞う、果たしてそれはネウロイに通じるのかどうかは知らない。だが彼はこの手しか生き延びる方法しか知らずにいた。ネウロイは彼へ近づいて親友を突き刺したのと同種の脚で右頬を傷つけた。頬にはレの様な傷が掻かれ、流出する血液が涙に混じる。

 

 

しかし、とある奇跡が起きた。それは何ということか、ネウロイは彼を殺しはせずにそそくさと去っていった。その行為に唖然とした彼は暫し呆然とする。だが目を覚ました彼はおもむろに立ち上がり、手を天へと伸ばした。

 

 

「……あぁそうか、そうだったのか」

 

彼は笑みを浮かべ、何かを悟ったかのような表情を浮かべてケタケタと不規則かつ気色悪く笑い始めた。瞳には絶望が消え去るも、それは決して純粋な希望と呼べるモノではあり得なかった。

 

「俺は今わかった! そして唯一理解してしまった! ネウロイとは会話が可能、心を込めて神に救済を求めるように言葉を紡げばそれはきっと彼らにも通じるのだ! つまり、

我らが親身に接すれば必ずやあちらも受け応えてくれる!」

 

先程の態度とは打って変わって元気に言葉を発する彼、眼を限界まで開きながら自身の頬の傷を擦り、血のべったりと付着した右手を左頬に擦り付けた。

 

「彼らは神と同意義な存在、それに匹敵するほどの力を保持しているからだ! この荒れ果てた世界を淘汰してくれる存在! 俺はそんな彼らのために信仰を集めなければならない、さて神を傷つける憐れで失礼極まりない戦場から去らなくてはいけない。そしてこの思想を民衆にも伝え、信仰を集わなければ!」

 

ギャランは全ての武器を捨てて、塹壕から飛び出していく。銃弾が飛び交う中、一切止まる仕草を見せずに笑顔で走り去った。

此処に一人の狂信者が誕生した。

 




塹壕

戦争で歩兵が砲撃や銃撃から身を守るために使う穴または溝である。野戦においては南北戦争から使用され始めた。個人用はタコツボという。
第一次大戦では四年間塹壕戦が行われ、塹壕内は劣悪なモノへと変わり果てた。
特に水虫や凍傷は足を切らないといけないほどに脅威があった。
機関銃で武装し突撃を阻止することもでき、爆弾で一挙に死なないように曲がりくねっている。
だが第二次世界大戦では電撃戦の影響で塹壕の価値が薄まるが未だに使われている。


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粉砕

戦闘が始まる一時間が経過した。

戦況はというと人類側が優勢、塹壕は半壊してネウロイが所々に侵入するも白兵戦で撃破、戦線を維持し続けた。銃弾の薬莢が塹壕の底へと落下し、川の砂金のように煌いた。

 

弾薬や兵士が時が経つにつれて消耗していく中、タコ型ネウロイに決定打を与えられないままだが、確かに損害を与えている様子が(うかが)える。対戦車砲はこれまでに十門程度失うも、まだその倍近くは存在する。

戦線の後方では高射砲が天使の太鼓を叩きならす如く鳴り響き、リズムが崩れた音楽を奏でる。奇抜な太鼓から出された砲弾という名の音符は観客席で乱闘騒ぎを起こすネウロイにぶつけていく。砲弾を受けた黒き観客ネウロイは命中してバラバラへ、至近弾でも関係なしに容易くバラバラへ砕け散った。

 

「はははっ! 砲兵は戦場の女神だ。この圧倒的な女神の拳に震えるがいい化物め!」

「早く装填しろ、この馬鹿者が!」

「わかってますって!」

「しかしまあ、砲兵は楽な仕事だ。後方で命の危機に陥る状況が前線組より少ない」

「……おいおい、仮に空から放たれた銃弾一発が弾薬に当たったらお陀仏確定だぜ」

「はははっ、ようやすやすとなるわけが…」

 

後方で砲兵たちは油断しきっていた。命に曝される危険がこうも少ないと自らが戦場に身を置いていることを深く実感できないようである。そんな時である。

 

上空にポツリポツリと飛行する物体、最初は自軍のウィッチや航空機だと思っていた物体はこちらに向かって降下を始める。危機感を覚えながら双眼鏡で覗くと案の定、爆弾を持った小型の航空ネウロイがこちらに攻撃を仕掛けようとしていた。しかも厄介なことに爆弾を搭載している。

 

「マズいぞ! 対空戦車、砲塔を東の向きに回せ!」

「はっ、はい!!」

「撃て撃て!」

「おいっ! 即席の対空トラックも回せ」

「砲兵はその場から急いで待避しろ!」

 

いちようは二十輌ほどの対空戦車に加え、民間のトラックに無理やりMG34機関銃を乗せた対空トラックが十輌がネウロイ十体に火箭を張る。曳光弾が入り混じれ、彼らの必死の抵抗空しく爆弾を次々と落とし、人間では到底真似できない機動で再上昇をして離脱した。

 

投下された爆弾は砲兵たちが受け持つ高射砲へと届いていき、地面に接した瞬間、大きな爆発を巻き起こした。ただでさえも火の取り扱いに注意しなければならない弾薬が爆弾の爆発に巻き込まれて、新たな爆発を起こしていった。

 

「熱い熱い熱い!!」

「身体が焼けてしまう!」

「俺の下半身……」

「衛生兵来てくれ!」

 

余裕溢れる空間は瞬く間に阿鼻叫喚が溢れる空間へと様変わりする。服に燃え移った炎を転がることで消火する者や、下半身が吹き飛び這いずり回る者。だがそんなのはまだマシな方で、身体そのものが爆発で消滅した者が当然のように存在した。

高射砲を指揮する下士官は爆破の影響で片目が薄ら機能していないものもまだ指揮できると判断、ふらつきながらも適切な指示を送る。

 

「衛生兵は直ちに救護者に手当てを、助からない者はその際無視しろ!」

 

この指示は確かに非人道的でありながらも適切なモノであった。当然、反対する者も存在するわけでとある衛生兵部隊を務めるザイス少尉が即座に反論する。

 

「しかし! まだ命あるものを殺すわけには!」

「貴様何ふざけているのか! 死にかける者に手当てを施してみろ、どうせ死ぬのに貴重な医薬品を消費するわけにはいかないのだ!」

「ですが彼らも人間です! せめて最低限の施しをしなくてはなりません!」

「ならばすぐにでも楽にしてやるがいい、その腰に付けた拳銃でな」

「……クソが!」

 

少尉は顔をしかめながら救護者の元へと向かって走り出した。確かに彼の言い分は間違えてはいない、だがそれ以上に指揮官の方が適切であった。僅かな医薬品を瀕死状態に陥った兵士に使わすという贅沢はできず、それならばまだ助かる見込みのある者に使った方が得策なのだ。

周囲からやりとりで残虐無比という印象を植え付けられる指揮官であったが、内心彼も心を痛めていたのだ。自身よりも若い若者たちは呆気ないほど簡単に死んでいく状況を嘆くも、もうこれ以上の犠牲を生まないために決断した苦渋の策であった。握りこぶしからは血が滴り、歯が割れてしまうほどに強く噛みしめる。それしか今の彼にできうることであった。

 

「耐えねば、耐えて此処を護らなければ」

 

決意を映した瞳は前線を捉えていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「風向きは無風、いつでも」

「……撃つ」

 

一方、砲兵部隊とは少し違う後方で狙撃に勤しむマルセルと名前を一向に覚えてもらえない観測手。主な仕事は塹壕内に侵入しようとするネウロイの狙撃や足止めだ。

周囲を度々索敵しながらもマルセルは照準器の中心に捉えたネウロイに損傷を与え、観測手は風向きや目測で対象との距離を測る。完璧な連携でネウロイを射止めた。

 

「命中、もう今回だけで二十体倒しましたね。流石です」

「ふっ、まだまだいけるぞ俺は」

「しかしまあ減る兆しがしませんね……」

「そんな簡単に壊滅してしまったらナポレオンや第一次の時で絶滅するぞ」

「はははっ、絶滅危惧種とかワシントン条約に指定されますね」

「下手すればこちらがそうなるかもな」

「嫌なこと言わないでくださいよ……」

 

 

 

 

「うおおおおお!一本撃破してやったぜ馬鹿野郎!!」

「あとは六本ですか」

 

その頃、ジェネフ中尉率いる戦車中隊は何とか優勢を維持しながら触手目がけて砲弾を撃ち込んでいた。歴戦の搭乗員の錬度の高さに加えて新型戦車四号戦車の性能は確かなものであり、その結果触手を二本撃破した。

車内の搭乗員の士気はほぼ最高潮に達して、それに感化された塹壕の兵士がカールスラント軍の5cm leGrW36という迫撃砲を撃ち鳴らして中型のネウロイに着弾させていく。

 

『いいやあと五本だ』

「あぁん!?」

 

突如、視界内に収まっていた触手が、急にけたましいまでの絶叫を上げてから力を無くして地面に伏した。

上空を見上げるとルーデル大尉が機関銃を片手で持ちこちらに無線を送っていた。いかんせん魔女は恐ろしいものである。大の大人が何人がかりで動かした戦車が多数存在しても錬度によっては撃破が難しいというものなのに彼女は一人でやり遂げる。彼女の本質も関係しているだろうが生まれ持った能力も恐ろしい。

 

無線を受け取ったジェネフは冷や汗を垂らしながら畏敬の念を込めた笑みを浮かべる。だがそれは面白い話を聞いた際に起きるものではなく、ただ単純に引きつった笑みである。

 

「ったく、なんつう規格外のお嬢さんだ。…いやこんなのお嬢さんじゃないな、いかんせん魔王が合うな」

「私は魔王だからな。だがお前もお前だ、よく障壁のない機械でこれまで戦えていけたのだか不思議に思う」

「けっ、何事も経験よ経験。けどな経験は必要だがお前に度数の高いウォッカを飲ませるべきではないな」

「あいにく悪いがその記憶があやふやでわからないのでな」

「後始末大変だったんだぞ、まったく……」

「けど今の方が大変な状況だ。一気に潰すぞ」

「そんなのわかってる。これまでに死んでいった同胞の仇を討ってやろうぜ」

「了承しつくした!」

「おうよ!」

 

魔王と山羊は空陸から攻撃を再度続ける。

対戦車砲は僅かな数になろうと攻撃をやめない、損傷を与え続けているネウロイ側の脅威を消そうと小型や中型ネウロイが攻め込むも、機関銃による掃射や迫撃砲の攻撃に屈していった。戦車は目の前で脚を折られて動けずにいる小型ネウロイから無数の銃弾を受けながらも、自機の履帯で躊躇なく轢殺する。

 

『こちらもう徹甲弾ありません!』

『こちらもです!』

「ちぃ、長期戦はやはり難しいな。ここは弾薬輸送車が運んでくれた砲弾を後方の集積場で補給させるべきか」

「それが一番かと」

「そうだなエドガー、よし弾薬不足車輌はすぐに後方へ……」

 

彼が指示を仰ごうとしたその時

 

「核だ! 本体の核が確認できたぞ!」

 

何と今まで微少だと思っていた本体の核が分厚い装甲から見事に露呈した。黒光りする装甲とは程遠い大きな紅石のようで前線で守備する約過半数の兵士が赤く光り輝く核に魅了されていた。しかし此処は仮にも戦場、それもより激しさ増す最前線なのだ。すぐに意識を戻し、核に向かって自身が持てる最大戦力で挑んだ。

ライフル、拳銃、狙撃銃、機関銃、対戦車砲、迫撃砲、手榴弾、しまいには手のひらサイズの石といった様々な武器を核に撃ち込んでいく。

 

「いけいけいけいけ! 俺らも便乗して殺してしまえ!!」

『『『『『『了解!』』』』』』

「魔王の神髄を見せてやろう!」

「……やれやれ、狙撃の的がデカいといいな」

「はい、やっつけちゃいましょう!」

 

そこに戦車砲と彼女が操る魔法力込みの機関銃や対戦車ライフルが加勢、より一層攻撃が苛烈になる。

このような攻撃をしていると核は次第にひびが走り、タコ型ネウロイは独特な奇声を発っしりながらも見境なく暴れていく。そのせいか周りで動いていた小型や中型をも巻き込んだ。

 

最終的にはタコ型は最後の最後まで暴れまわり、核が木っ端微塵に粉砕された。

この総攻撃で長きに渡る大戦闘は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

かのように思えた。

 

 




5cm leGrW36

ドイツで生まれた迫撃砲、ラインメタル社で開発されて1936年に採用された。
当時としては歩兵小隊の火力を上げるために配備され、命中力がよかったものも、精密な設計や高価、それに重いといった問題が起きることとなる。
砲弾は対人戦で有効な榴弾を用いた。


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閃光

ジェネフのモチーフはパンプキン・シザーズの


「はっはー! やってやったぜこの野郎!」

「やりましたね!」

 

内部の核を粉砕されたタコ型ネウロイは先程散々暴れまわっていたのに対し、今は銅像のように動かずに立ち尽くしてしまった。辺りでは歓喜に浸る者の声で溢れかえり、戦車の無線からも聴こえた。兵士と兵士が抱き付き合い喜びを共有している者もいた。

皆笑顔かつ子供のようにはしゃいでいるのが窺えた。

 

「……これでひとまずは」

「ですねマルセル上等兵!」

「ふっ、生きて帰れたら飯でも奢ってやろう」

「マジですか!? 自分、シチューが食べたいです!」

 

生還した後に飯を奢る者

 

「……これでハインツと肩を並べられることができるな」

 

自称弟である人狼の名前を出し、固く締めた口角を緩める者

 

「お前ら、仇は俺が討ってやったぞ。ヴァルハラから見守ってくれた隊員諸君」

 

仇を討つことを果たした者は天国から見守る今は亡き戦友に向けて呟く者。

各々、形式は違うとしても共通して等しく同じモノであった。

小型や中型のネウロイはピタリと攻勢を止め、身体を反転させて蜘蛛の子を散らすように逃走していく。弾数も少ないため追撃は不可能であるが、皆はかなりの数を減らしたと満足気でもあった。

 

 

そんな時、ある異変に気付いた者がいた。

 

「……おかしい、何故崩れない」

 

その者は空中でホバリングを続けるルーデルであった。

彼女が疑問視したのは、本来ネウロイという異質な存在は核を破壊されたことで崩壊するのが常識だと考えられていた。古代や中世でも昔から一貫して核を破壊されると光の粒となって崩壊すると文書で書き残されていた。

だが今回は違う。核を破壊されたことによる崩壊も起きず、身体を維持し続けている。胸騒ぎを覚えた彼女はインカムに手を伸ばし、一度だけ共闘した山羊の元へと無線を繋げる。

 

『あーこちら山羊隊のジェネフ中尉』

「おい山羊、気づいているか?」

『何をだ。要件を話せ』

「私らは今、核を破壊したはずだ」

『まあそうだな、確かに俺らは核を破壊した。それが?』

「では何故あの巨体が崩壊を起こさない?」

『……たまたま、だと信じたい』

「何が起きるかわからない、お前だけでも離れていろ」

『了解、それとな、さっきから各車輛の無線が繋がらないんだが…』

「何だと!?」

 

 

その時、地面が大きく揺さぶられた。振動により兵士たちは尻もちをつき、必死に立ち上がろうとするも態勢を崩して転ぶ。ジェネフも流石に立つこともできず、砲手の席へとへたり込んだ。

そして、沈黙したと思われたタコ型は再起不能と判断していた触手を器用に動かし始める。すると触手は胴体を地表から浮かせるように持ち上げて停止した。

あまりに突拍子な行動に呆気を取られる兵士たち、気を取り戻した少人数の兵士が再度ライフルなどの火器を照準に捉えかけた際、猛烈な突風が彼らを襲う。

 

「な、何だこの風は!?」

「くそっ! 何故アイツの方へ吸い込まれるんだ!!」

 

だが不思議なことに風はタコ型を中心に吹き、押すような風ではなく吸い込むような風でもあった。木々を激しく揺らす程度で人間は何とか持ちこたえられる風力である。姿勢を低くして地面にへばり付き、風に身体を持っていかれないようにする兵士たち、当然身動きも取れるわけがなかった。

 

「くっ!? 機体が持ってかれる!!」

「ルーデル大尉!」

「アーデルハイトか!」

「今牽引します!」

「すまない、頼むぞ」

 

上空でもその風は力を振るい、彼女の機体を安定を崩してこちら側に吸い込もうとしていた。だが、救援にやって来たアーデルハイトの力を借りて、機体を持っていかれないために、彼女らはさらに上昇していく。

地上では繋がらない無線機を片手に、必死な形相を浮かべながらエドガーに指示を送る。

 

「俺らの車輛のように早く戦車を後退させるんだ! てか、お前ら聴こえているのか!」

「車長! 後ろに塹壕が!」

「そんなの強引に押しきれ! どうせ中に居る奴は避ける!」

「う、うおおおおお!!」

 

後退しつつも塹壕を乗り越え、風でやや後退速度が遅くなりながらも一キロ半離れることができた。しかし、指示を送れずにいた車輛は皆、後退することができず立ち止まってしまっている。繋がらない無線機に必死に呼びかける彼、再度仲間を喪うことを恐れて、冷や汗が滝のように流れ落ちる。

 

 

「屋根の瓦が!」

「くそっ、ライフルが…!」

 

後方で狙撃に勤しむ彼らにも暴風は襲い掛かり、小屋の素材をバリバリと削り取っていった。その際に、ガスマスクやライフルが風に攫われてしまう。また、ボーイズ対戦車ライフルの予備弾倉も殆どが奪われてしまって、現状手元にあるのは装填していた分しかない、三発きりだ。

 

 

二分程吸引を続けていたタコ型ネウロイは唐突に吸引を止めると、タコの口の部分に当たる部位が赤く輝き始めた。それは大変眩く、目を細め、腕で顔を覆い隠す者が大半である。

光は徐々により明るく光り続けて、胴体などに描かれた赤い線が通常よりも濃く光りだす。

 

「あ、あれ。風が止んだ」

「今のは一体……」

「と、とにかく銃を構えなければ!」

 

銃を構え始める兵士を尻目にタコ型から赤い紅い球状の謎の物体が産み落とされる。物体は地面に接すると、ただちに眩い閃光を放ちながら周囲を照らして、とてつもない衝撃と轟音を与える。

その波動のように広がる衝撃を受けた兵士の姿は目視できるわけでもなく、赤い閃光の中へと吸い込まれていき、一キロ半まで避難したジェネフ一行も無情にも飲み込んだ。

 

「うがあああああ!?」

「うわあああああああ!?」

 

戦車は衝撃と熱波に押されて、地面に激しく打ち付けられて転がり続ける。十何トンもある車体を軽々しく吹き飛ばすほどの威力に戦車内でも感じる熱波に悶えながら吹き飛ばされ続ける。もしも、重圧な装甲を持ちえない生身の兵士、そして近距離で衝撃を喰らった戦車たちの末路はきっと想像を絶するものだろう。

 

「ぐおっ!?」

「ぐあっ!!」

 

後方でも衝撃は力を振るい、少しばかり前線から距離が離れていたため威力が落ち、閃光は届かなかったがそれでも生身の人間には脅威を及ぼす衝撃が二人を吹き飛ばして砂塵を撒かす。

 

 

体感で一分ほどに感じた攻撃を耐え抜くことができた者は稀有な存在で、横転した戦車は針金で曲げたようグネグネに砲身が歪み、履帯が外れて何処かへ飛んでしまっていた。そこからジェネフが這い出る。

 

「ち、ちくしょうが……」

「うっ、くそが……」

 

左腕でエドガーを引きずり出すも、もう一方の右腕はぶらりとぶら下がったままだ。おそらくは転がり続ける戦車の車内で激しくぶつけ骨折してしまったのだろう。

鋭く刺さる痛覚に堪えながらも外へと脱出し、横転した戦車を壁に立ち上がる。

 

「ふざけるんじゃねえぞ、このタコ野郎!」

 

憎悪を剥き出しに怒鳴り散らす彼、しかし聞こえてはいるのか、はたまた理解しているのかどうかわからないタコ型ネウロイは彼を無視する。拳銃のホルダーに手を伸ばして、拳銃を抜くも射程は足りない。あまりに非力な火器であるも所持していた方が心強く思えた。

 

 

ルーデルとアーデルハイトの両機体は先の衝撃のせいか、ユニットが破損して黒煙を噴き続ける。ふらつきながらも伊達に戦場を駆けた強者、見事な手腕で地上へと不時着して、いつ爆発するかわからないユニットを履き捨てて、唯一の生存者であったジェネフたちに近づいた。

 

「お前ら無事か!」

「あぁ、俺は無事だ。だけどジェネフは気絶してしまった」

「マスクの破損はないようでよかった」

「この戦車も弾が少なく、そして燃料も少なかったから爆発を起こさずに済んだ。運がいいぜ、まったくよ」

 

彼は余裕ぶって笑みを浮かべることができずにいたが声色だけは平然と装っていた。

 

「おい、どうしたその腕は」

「あぁこれか? ちょいと捻っちまっただけだ」

「……」

「イテテテテ!!」

 

ルーデルは彼の右腕の袖を捲り上げると、刺激されたことにより激しい痛覚を突き刺して、堪らず悶絶する。腕は赤く腫れあがり、見るからに骨折だと判断ができた。

 

「完全に折れてるな」

「……へっ、バレたか」

「そんなバレバレの演技してたらわかりますよ、ジェネフ中尉」

「演技の指摘どうも、美人なお嬢さん」

「すまないが私らは治癒魔法は使えない、最低限の処置だけでもするぞ」

「なら頼むぜ」

 

彼女は戦車から一本の鉄パイプを引っこ抜くと彼の腕に当て、腰に付けた応急処置箱から包帯を取り出してグルグルと巻く。一周する度に激痛が走るもそこは耐え忍び、何とか処置することができた。

 

「あ、ありがとうな大尉にお嬢さん」

「お嬢さんと呼ばれるのは心外です。アーデルハイトと呼んでください」

「……しかしマズい状況だな、どう前線から離脱する?」

「車両も吹き飛ばされされて使えないですしね」

「負傷者もいるからな」

 

ルーデルはこちら側に目を向ける。

 

「おいおい、俺は大丈夫だ。だけどエドガーがまだ気絶中だ、それにいつまた撃ってくるかわからないからな」

「ともかく今は待避を重視して……」

「!? 走れッ!!」

「何ッ!?」

 

一度タコ型ネウロイに視線を移した彼は気絶しているエドガーを担ぎ上げて走り始める。彼女らは彼に言われるがまま走り出しながら、タコ型に目を向ける。

すると八本の触手を触手を四方八方に向け、先端部を赤く点滅させていた。嫌というほどにこの攻撃方法を体験していたため、その意味を深く知っていた。

 

今、触手から太く高温な一条の光線がタコ型を中心に線を地表というキャンバスに焼き描かれた。

 

「ぐあああああ!!」

「きゃあああああ!!」

「ぐっ!!」

 

四人衝撃に吹き飛ばされ、地面を転がる。ジェネフは負傷者のエドガーを傷つけないように前から転倒して、右腕を打ち付け、苦悶の表情を浮かべた。彼女らは頬に擦り傷を作りながらもどうにか立ち上がる。

 

「くっ、もうここまでか」

「結局私らは、あのネウロイには勝てないのですか……」

 

空中ではネウロイに脅威を振るったウィッチたちもいざ地上へ降りると奇怪な力を所有する女子に成り下がる。目には絶望が染まり、魔王と揶揄された彼女にもその色が浸食を始めていた。

 

 

だがそんな中、しぶとく絶望に染まることを決して赦さなかった者が存在した。

 

「諦めるんじゃねえぞお前ら!」

「…ですが」

「ですがもあるかこの野郎! お前らは何のために戦う! 国のため国民のため、そして夢半ばに散っていった友のためじゃないのか!!」

 

折れた腕でアーデルハイトの襟を掴む彼女の顔を近づけるジェネフ、当然痛覚はあるわけだが、そんなものは怒りよりも劣るものであった。彼の威圧は魔王と呼ばれる彼女すらも黙らした。

 

「仲間はお前らに希望を託して散っていった。それなのにお前らがこうやすやすと絶望に染まってどうする気だ!」

「……」

「……」

「絶望するならさっさと死ぬかその前に軍に入るな! さっさと家族を作っちまえ! 悪いが俺は最後の瞬間まで絶望を抱かない、むしろ高笑いをしながら死んでやる! 何故ならそれが死んでいった隊員の想いだから!!」

 

彼の想いを彼女らにぶつけ終える。一瞬の間が置くも二人は肩を上下に小さく揺らし、ついには笑い出した。

 

「……ふ、ふははは!」

「くっ、くくく……」

「はははははっ!! そうだ、そうだったな!! 私は家族を作れると思うかアーデルハイト」

「残念ながら無理難題をクリアできる男性の方が少ないかと」

「そうかそうか! 酷いことを言うじゃないか、さしずめギリギリ中尉が条件をクリアできると思うが!」

「はっはー! 冗談はやめてくださいよ、俺は家庭的な女が好きなんです。貴女みたいな豪傑な女性は好みではない、諦めてください」

「そうか、残念だな。まあ私はハインツが居るのでな」

「ハインツも気苦労が堪えませんな!」

 

これといった雑談を終えると身体をタコ型に向け、負傷者のエドガーをそっと横たわらせる。彼女らも自身の拳銃を引き抜き、拳銃を向ける。

 

「さあ行こうか」

「そうですね」

「さあ死にに行こう、これは絶望による死ではないのだから」

 

足先を揃え、突撃を敢行しかけた、その時である。

触手から白い破片が散らばりいくのが確認でき、驚愕の表情を三人は浮かべる。だが目を凝らすとそれは三人にとても印象深い存在であることが一目瞭然であった。

 

「おいおい、お前は毎度こういう時には来るんだな」

 

 

 

 

「そうなんだろ? ハインツ!!」

 

人狼はこちらに顔を向け、自身が弱肉強食の頂点を担う存在であることを彼らに提示した。それは一筋の彼らの希望でもあり、人類の希望でもある存在でもあった。

 




包帯

傷や出血などの箇所に、包帯での圧迫によって出血を止めたり、吸水性の高い綿で血や膿などを吸収させたり、あるいは清潔を保つために当てる保護ガーゼを固定するガーゼ生地の布である。
用途は様々で汎用性があり、古代ギリシャの時から存在する。


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一発

突如として現れた人狼、人狼は脚部に履いたユニットを駆けてタコ型に攻撃を加えていく。武装としては申し分ない二十ミリのMGFF機関砲を携え、厚い装甲を砕き、確実に損害を与えていった。

怪鳥の如き断絶魔をあげるタコ型、しかし抵抗として回復し終えた八本の触手を振り回し、太い光線を空へと揚げる。それでも戦闘の天才の片鱗を見せつけるように、感覚で避けて防ぎきれなかった場合には、魔法障壁を光線に見合うサイズで防ぎきる。

 

「ハインツ中尉ならあの化物を…!」

「違うぜ嬢ちゃん、ありゃあちょいとばかし押されている」

「そうだ。元よりアイツは卓越した戦闘のプロではあるが、空戦技術としては一般のウィッチ程度」

 

アーデルハイトから吐かれた希望的観測にジェネフとルーデルは否定する。むしろ彼女の思っていたことと異なる劣勢だと判断していた。それに疑問を抱いた彼女は二人に訊く。

 

「だけど苛烈な攻撃を躱していくのはどうしてでしょう?」

「恐らくは勘だな」

「だな、ハインツは阿保みたいに鋭いからな。まるで野生動物だ」

「では勘だけを用いてあんな回避を!?」

「もしも、もしもアイツが空戦の天才なら一度も魔法障壁を張らずの機動が可能であろう」

「けど実際はどうだ。アイツは空に関してはまったくの凡人、下手すりゃあ以下だぜ」

「見ていてひやひやする場合が多いな、現に今だが」

 

彼女に指摘され、改めて人狼の戦い方を見ると空戦技術を纏って初陣のピスパニア戦役に赴いた自分の姿が徐々に重なっていく。確かに機動は訓練生レベルの出来かつ、戦いの動力源であるユニットを完全には使いこなせてはいない。

人狼がそう見えるのは勘によるモノだということを彼女は実感した。

隣に居たジェネフは頭を掻きながら小言を吐き捨てる。

 

「何であんな色物を空へ飛ばすんだろうな、陸上で戦った方が性に合うぜ」

「だが私は航空ウィッチを選んでもらって感謝している。なんせ弟と飛べるからな」

「勝手に弟にしてんじゃねーよ」

 

 

場外の観戦者の声も聞こえるはずもなく、人狼はただひたすらに攻撃を仕掛けてこなしていった。二十ミリの弾丸を乱雑に当てて触手や胴体にダメージを蓄積させていくが、引き金を引こうとするも二挺から弾が射出されない。

 

弾切れである。

 

一挺の機関砲を口で加え、即座に装填させるために腰から弾倉を取り出して手に持ったもう一つの機関砲に再装填しようとした。

 

「!? マズい!!」

「避けろハインツッ!」

「逃げて!」

 

触手から放たれた光線が今に人狼を消そうと伸びていく、すぐに魔力障壁を張ろうと魔力を絞り出すが、その際に若干羽の回転数が落ちる。俗にいう魔力切れ、人狼には魔力が一般のウィッチ程度しか持ちえず、長い時間ユニットを扱いのと魔力障壁により枯渇する手前であった。

仕方なしに少しでも体を軽くして回避に努めようと、口にした機関砲や握っていた機関砲を離す。二挺が地面に吸い込まれていく中、人狼も地面に吸い込まれるように急降下して避ける。

 

だが、それを狙っていたかのように前方から一本の光線が人狼の元へと突き進む。もしも光線が当たれば確実に存在自体を消滅させられる。今、霧へ姿を変えたところでその霧全体がすっぽりと光線の中に収まってしまう。単独では解決するのができない、要するに詰み。

半ば諦めて己の死を受け止めようと目を閉じる人狼であった。

 

 

 

しかし此処はルール無用の戦場(ステージ)だということを忘れてはならない。

 

 

突然としてユニットが爆散し、それが光線に身体が包まれても身体の一部が出る推進力へと変化した。左腕を目いっぱい伸ばした後に光線が身体を包み込んだ。光線内部は熱いという感情を抱く前に意識が途切れる。場外からはルーデルたちの悲鳴や絶叫が鳴り響いた。

 

一部だけ消滅から逃れることができた左腕は、地面から二十メートルを切ったところで霧化、十メートルのところで霧が身体を構築可能なほどに増量、そして約五メートル地点で身体を構成させていき、全貌が露わとなる。

上半身が半裸の状態で着地を決め、交戦状態へ移行した。

 

「な、何だ今のは!! 一体、何が起きたァ!?」

「た、確かに身体は飲み込まれたはずじゃ……」

「……死んだと錯覚したのに復活を遂げるとは、姉を驚かす悪い弟め」

 

ジェネフとアーデルハイトは驚愕の表情を浮かべ、またルーデルは涙目ながらも呆れたような笑みを浮かべる。

勿論、その現象に至ったまでの経路が存在する。偶然的にユニットが壊れた、という訳でもなく故意に行われたモノだった。

 

 

 

「まったく、エースは危なっかしいな」

 

この現象の立役者となったのはマルセル上等兵である。彼はダラダラと脂汗を掻きながら自身よりも大きい対戦車ライフルを構えていた。再装填しようとコッキングしようとすると口からは鮮血が吐き出され、むせかえる。

 

「ゴホ、ゴホッ!? …そろそろ俺もヴァルハラ行きか」

 

自らを嘲笑をするかのように口角を上げるマルセル、先程の攻撃で無残に崩れた小屋から少し離れた場所で狙撃をした彼だが、横に居た観測手は存在しない。

小屋の瓦礫の中から一本の腕が飛び出しているのがわかる。それはあの観測手の一部で衝撃波を喰らった際に小屋が倒壊、それに巻き込まれてしまったのだ。

 

幸運にもマルセルだけは重傷を負いながらも脱出することに成功した。だけど観測手は彼が声を荒げて確認を取るも返答にも応じない。代わりに腕が飛び出ているだけだった。屈みながら彼の元へと寄り脈を測ると、意識不明の重体でもなく、彼は即死したのだとマルセルは判断した。

 

「血が止まらない。意識も薄れていく……」

 

脇腹に包帯で止血の処置を終えたのにも関わらず、大量の血液が漏れている。倒壊した時に瓦礫の一部が彼の内部に深く刺さったのだ。

やっとのことでコッキングをし終えた時に視界に白みが掛かり、猛烈な眠気が襲う。引き金に力を込めるも一寸も動かない、ただただ時間だけが経過する。

 

何故彼が正確に人狼のユニットを撃ち抜き、間一髪で助けることができたのか。実はマルセルは人狼の霧化を一度だけ見たことがあったのだ。それは戦傷で祖国に送還される前のダリアで戦った際に照準器越しから人狼を覗いた。すると、焼失したはずの腕の断面から霧が巻かれそこから新たな腕が生えた瞬間である。

これを踏まえた上で彼は狙撃をしたのだ。勿論、かなり不利な博打ではあるものも全てのチップを賭けた狙撃は成功を修めた。

 

「やはり、俺の見込みは…正しかった。後は頼む…ぞ……」

 

これ以上引き金を引くことも出来ずに、かくして彼は生涯を終える。

まだ二十六歳と若く将来が有望な天才狙撃手であった。

 

 

人狼は先程の爆破に疑問を浮かべていたがすぐに切り替えて、戦闘を行う。右足を地面に強く踏みしめてから走る。触手は人狼を狙い、鞭のように撓らせる。その攻撃を容易く飛び跳ねて躱すと向かってきた触手一本を蹴る。

装甲はひびが入り二撃目を与えると砕ける。金属音のような絶叫をあげ、上から触手を振り下ろす。人狼はそれを受け止めるが、あまりの負荷で地面にクレーターを作り、タコ型は潰そうと奮起していた。

 

しかし霧化をすることで触手は空を切り、地面にぶつかる。霧化を伏した触手の上で解除して全力の乱打を叩きこむと、みるみるうちにひび割れ完全に動けなくなり、その触手を伝って胴へ接近する。必死に動けなくなった触手ごと他の触手で叩くも、抵抗虚しく自らの部位をより傷つけるだけだった。

 

胴体へとたどり着いた人狼は全身全霊を込めた拳を叩きこむ。しかし、損傷は与えているものも力が足りず、横から触手で殴られ吹き飛ばされる。吹っ飛ばされながらも足を擦って着地に成功、一拍置いてから攻撃を再開した。

 

「なあジェネフ中尉」

「どうしたんだ大尉」

「思ったよりも胴体の装甲が硬い」

「見ればわかる。恐らくは最初の核撃破の際により硬く硬化した」

「ということは魔法力を失ったハインツには勝ち目がないとでも?」

「おいおいそんな奴に見えるか、アーデルハイト。ハインツは隠し玉を持っている」

「だな」

 

力不足が考慮される中、何度も何度も攻撃に移るがどうしても胴だけには確実な損傷が与えられずにいた。

そこで人狼はある考えにでた。

 

 

狼化

 

 

この能力を使わなければ勝利は得れない、きっとまた地中に戻って再び人類の脅威になろう。だが使えば自分も化物の一種だとバレてしまう、後ろには共に戦った四人が残っているからだ。

 

 

 

だからこそ人狼は信じることにした、彼らとの信頼を。

 




ヴィッカース重機関銃

イギリスで生まれた機関銃、1896年にヴィッカース社が開発、1912年にイギリス軍に正式採用されて、第一次世界大戦と第二次世界大戦の両大戦を通じてイギリスで運用された兵器。冷却装置は水冷式である。
百万発で百本の銃身が磨耗して交換しなければならないが、故障が少なかった。また第二次世界大戦の北アフリカではそれが重要になった。
未だに使われている国がある名機関銃でもある。また航空機にも取りつけられた。


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本性

 

「…」

 

猛攻を加えていた人狼は一旦、攻めの手を緩め、腕を地面に着かせる。四つん這いとなった人狼を遠目から見たジェネフたちは怪訝そうな表情であった。

 

「どうしたんだアイツ」

「実はかなりの怪我を与えられていたのでは!?」

「大尉落ち着いてください、私たちから見ても彼らは攻撃を全て躱していました。その心配はないかと」

「なら何故だ?」

「地面に何か落としたのか?」

 

様々な憶測が飛び交う中、毒ガス弾がガスを出すように人狼から漂い始める。人狼の能力をあらかじめ認知していた三人はそれが霧という結論に至った。みるみるうちに霧が周囲に漂い、包んだ。

これが好機と言わんばかりのタコ型の攻撃が霧を破り去った。千切れ千切れに吹き飛ぶ霧、その中には人狼の姿はおらず、空を切る。

 

 

だが、攻撃した触手の上に居た一匹の猛獣、大きさはとしては同種の既定の大きさを軽く超え、銀色の体毛を(なび)かせる。無論正体は狼、異変に気付いたタコ型はすぐさま振るい落そうと触手をがむしゃらに振るうが、そんなのお構いなしに狼は胴体へと駆ける。

 

重力を無視するかのような跳躍、かなりの知能を持つ頭脳による判断が攻撃を的確かつ

繊細に避けていき、僅か五秒で胴体の元へとたどり着く。黒々とした装甲、そこに全身全霊を乗せた体当たりは装甲に亀裂を走らせ、ガラスの如く割れていく。本性を曝け出した人狼の攻撃には一切の制御が掛からない、なので一発の攻撃でここまでの損失を与えることができたのだ。

 

怪鳥のような悲鳴をあげるタコ型、それでも満足できない人狼は高くへと跳躍、己に備えられていた爪で表面を切り裂いて内部を露出させ核を探す。一度だけ触手に束縛されるも、強引に解除させて攻撃を再開する。

タコ型も必死の抵抗を続ける。敢えて自分の攻撃を喰らっても人狼の攻撃を止めた方がいいと判断、何発かの攻撃を自分で受けて損害を蓄積させ、肝心な人狼には攻撃が当たらない。

 

「な、何なんだ…!」

「あの狼は一体……」

「と、ともかくこちらが優勢だ! 早くやっちまえ!」

「そうだ倒してしまえ!」

「頑張れー!」

 

応援を背に受け人狼は蹂躙を始める。地面へと降り立つと否や触手を口に加え、犬が玩具で遊ぶように振り回す。何十トンもの体積を地面へ叩きつけられ、一発一発を受けるために衰弱を始める。あちらこちらで傷を回復させようと構築を始めるが修復する方よりも受ける方が数を上回り、間に合わない。

 

地面を強く踏み込むと地面が多少抉られ、天高くにタコ型を放り投げる。地が無いと動けない陸戦ネウロイに当たるタコ型は高々と上げられて、今、最高点へと至る。そこに後からその最高点へと合わせ跳躍した人狼の姿が待ち伏せており、後ろ蹴りが炸裂した。重力と押す力による落下時の速度はかなりのもので、撃墜した際、周囲に地響きを鳴らす。

 

後ろ蹴りを喰らわせた人狼は、タコ型が踏み台となりより高くに、最高点へと至った人狼は縦運動で回転を始め、落下していく。速く縦回転する物体は地面に伏して悶えるタコ型を軽々しく貫いた。

けたたましい絶叫を響かせるのをよそに、人狼は体内を荒す。臓物などの仕組みが見られない存在には効果が望めない。だが荒らしていくと分かるように効果的であることが判明した。

 

絶えずに荒らし回ると、暗黒に包まれた空間を照らす赤い発光物を見つける。これがネウロイを動かす動力源である核、これを壊せば全てが終わる。爪や牙といった方法で攻撃を喰らわせた。

これ以上損傷を蓄えられない核は無様に壊れ果てる。体は崩壊を始めると共にあの耳をつんざく声がピタリと止んで、辺りは静寂に包まれた。

 

 

荒れ果てた大地には戦車の残骸、原形を留めない死体、塹壕跡地、そしてタコ型ネウロイの死という事実だけが残留した。

 

 

「……私らは勝てたのか?」

「そう、みたいですね」

「は、ははははっ……。なんとも呆気ない終わりだ、変な気持ちになる」

「私らが必死こいて戦って敗北したのにこうも蹂躙して終えるとなるとな」

「まあ私たちが勝てたのだけよいとしましょう」

「…そうだな」

 

確かな勝利を受け止められないジェネフたち、そこへ人狼が巨体を揺らしながらゆっくりと迫る。通常なら未知なる生物を前に、武器を取り威嚇。もしくは攻撃をするのが一般的だが、彼らはそれをしなかった。いや、できなかったという表現が正しいだろう。

 

接近して三メートル程、人狼は姿を戻す。霧が風船から空気が漏れるように放出していき、何メートルもある体を二メートル程度へと戻し、いつもの上半身の服以外は元通りになる。

その光景を見た彼らは目を見開き驚いている様子が見て取れたが、その色に恐怖という概念が一切感じられなかった。人狼は向きを反転させて、ネウロイたちが攻めてきた方面へと歩み始める。人間とは圧倒的に違うことを見せつけて敢えて別れを選んだのである。

 

すると後ろからルーデルの声が人狼を呼び止める。

 

「待てハインツ」

「…」

 

その返事に応じるように顔だけをこちらへ向けると、彼女の眼には哀しげな視線で何故去るのかを必死に訴えかけていた。十秒ほど静寂に包まれると彼女の口が開きだした。

 

「よくやったな」

「…」

 

それは決して人狼を咎める言葉でもなければ恐怖に怯えるものではなく、ただただ純粋に賛美する言葉であった。彼女はつらつらと言の葉を紡ぎだす。

 

「別にお前の側面を見たからと言って私らはお前を拒絶しない。勿論お前を畏怖する行為もなしに今まで通りに接するだけだ。だから……」

 

 

 

 

「去らないでくれ」

 

彼女の涙が頬に一筋の線を書く。今まで自らの力を誇っていた姿とは一転、年相応の女性として振る舞っていた。アーデルハイトは歩み寄って人狼の腰を掴んだ。彼女も同様に涙を流しながら、涙声で言う。

 

「貴方は、貴方は何に姿を変えてもハインツ・ヒトラーであることには変わりはないのですよ」

「そうだ。お前が何をしようも弟であることには変わりはない」

「…」

 

必死の静止に戸惑っていた人狼に追撃を掛けるようにジェネフが声をかける。

 

「もう俺とエドガーはたくさん喪失した。家族に一緒に飯を食らい飲んだ戦友や隊員を亡くし、戦車や故郷を無くした。……これ以上、これ以上に失いたくはない。お前だけがあの地平線を超え、荒廃したカールスラントで残ったモノだから」

「……」

 

ガスマスクからでは感じることは出来なかったが彼から哀愁漂う声である。彼も余程の絶望を胸にしていたのが嫌々とわかった。いや、わかってしまった。

今まで兄貴分として慕っていたジェネフは今となってはその片鱗を見せない。絶望に片足を突っ込んだ一人の人間であった。

 

 

人狼は決心をせざる終えなかった。彼を突き放して何処か遠くへ逃げるのも一つの選択肢。もう一つは彼らのために一緒に戦い続ける、この二つだ。

もしも、人狼がこの世界に転移しなければ前者を選んだはずだ。だがこの世界で人の温かさを存分に受けた人狼は後者を選んだ。

 

「…」

 

今度は彼女らの元へと反転、そのまま真っすぐと本部へ進んでいく。彼女らの顔が明るくなるのが見て取れた。壊れた戦車の横で伏したエドガーを背負い、人狼一同は歩み続ける。

 

一歩一歩確かに踏みしめ、希望を見出すために。

 




三脚

元々はカメラなどを固定するために作られたものだが、時代とともに被写体を捉えるものから敵兵を捉えるものへと変わる。
対空砲火をする際に仰角を上げることが可能で、機関銃を固定できる。通常は二脚を塹壕などで用いる。
機能の高いものは35から40kg程度の重さがあり、設営・撤退・移動の際は分解し、2-3名で分担して持ち運ぶ。


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撤退

ヨーロッパ撤退戦は終盤を迎えました。


かつて、その街には何千人もの民衆が家庭を持ち、仕事を持ち、各々の人生を謳歌していた。酒場では仕事の自慢話や恋人の愚痴といった話題で常夜賑わい続けていた。

人々は笑い、歌い、いつまでもこの生活が続けもいいと誰しもがそう想った。

 

しかし、現状のこの街に活気は溢れず、むしろ死体や瓦礫で溢れかえる。バラバラに飛び散る五臓六腑に人体の部位、破壊されたバリケードに崩壊した建物。

最初訪れた時のような風景はその場にはあらず、たった一日前の風景とは酷くかけ離れている。

 

瓦礫が散在する道路を車が走る。

普段の小型とは打って変わって、より小さなネウロイが剥き出したパイプやら鉄片を食らっているところを踏みつぶす。ネウロイは簡単に壊され、車内に振動を与える。

 

「ちぃ、こんな光景になっちまったか…」

「そうですね、元々綺麗な街でしたので心に刺さりますね」

「だな。こんな感じじゃ生存者も期待薄だろう」

「…」

 

車の運転をしているのはジェネフ、助手席に負傷して気絶したままのエドガー、ルーデルやアーデルハイトは後部座席、そして肝心の戦力である人狼は車の天井に乗っかり、辺りを索敵していた。

人狼の手には唯一無事であったkar98、後部座席の足元には第一次ネウロイ大戦で用いられたMP18が横たわる。壊滅した前線の司令部から拝借した一品でかなり古めかしいデザインであるものも未だ使用可能であった。

 

「砲弾の誘爆で前線司令部が全滅するとは、撤退の道しかないな」

「ですね、航空戦力が少ないのに、よく前線はタコ型を倒すのに耐えきれましたね」

「まあ兵士の士気とあのランデル閣下のお蔭だ」

「ともかく、これからどうするかが肝心だな」

 

ルーデルは煙草を口しつつ、これからを模索していた。

どうにもこうにも市街地の防衛線はズタズタに引き裂かれ、地図を見る限り、本部がある港の防衛線しかないと踏んだ。

 

「このまま港の防衛線まで下がるのはどうだろうか、それなら残存部隊と合流可能だ」

「……それが一番ですね、今は合流が先かと」

「じゃあそっちに向かうという流れで」

 

行き先が決まり、そこに車を走らせる人狼一行。

 

 

しかし、十分ほど経過した時、車の天井に乗っかっていた人狼が天板を踏み鳴らす。すると後部座席に着いた彼女らは足元に置いていた機関銃を後ろに向け、ジェネフがハンドルを握っている片手に力が入った。

 

途端、後方から五体の陸戦ネウロイが建物の陰から出現し、こちらを追跡してくる。天板から機関銃の発砲音が聴こえ始め、彼女らもトランク越しから射撃を始める。後方のガラスが機関銃で割られ弾丸が車外へと射出されていく。魔法力を込められた一発一発は、確実に装甲を削りいき、一体ずつ消滅させていった。

 

「マズい、前からもだ!」

「くそっ!」

 

前方には銃声を聴きつけたネウロイが十体ほどの集団でこちらに向かう。人狼が反転して前方へと射撃を開始するがこのままでは衝突は免れない、とっさの判断で狭いが車一台分のスペースがある路地へと進路を変更した。

ネウロイたちは普通に道路を駆けて追いかけてきたり、建物の壁に張り付きながら迫りいくが、如何せん幅の広さの問題のせいでどうしても数は絞られ、難なく撃破・消滅を繰り返していく。

 

再度大通りに出ると別のネウロイの集団から追われるはめとなった。その中には中型ネウロイの姿も確認でき、ほぼ車長の勘を用いて激しい回避軌道を描く。激しく揺れる車内で強制的に起こされたエドガーは眠気眼の状態で辺りを見渡す。

 

「……あれ、タコ型は?」

「アイツは殺した。だけど今はこんな状況に陥ってしまった!」

「げっ!? しかも此処パ・ド・カレーの街並みじゃないですか!」

「ちなみに防衛線はほぼ全滅、武器はどれもこれも故障品ばかりだ畜生!」

 

今度は人狼たちの車が来るであろう位置を予測し、中型ネウロイは頭部に付けた砲を放つ。車は中型が思った通りに動き、砲弾はそこへと収束をしていく。本来なら木っ端微塵に車は粉砕されるが、人狼という存在がそれを覆した。人狼は砲弾を蹴りあげ、明後日の方向へと飛ばしたのだ。人狼は最大の脅威として車から降車し、中型へと接近する。

 

接近する最中に勿論、他の小型が襲い掛かるも、圧倒的な戦闘力の前では無残に蹴散らかされて、難なく中型へ攻撃を加えることに成功した。途中で回転を行うことで回し蹴りの威力を上げた必殺の一撃が自慢の砲塔を砕く。そのまま中型を踏み台として利用することにより高度を得てから、踵落としを決める。中型は酷く脚部を痙攣をしつつ、ガタが外れたかのように風船が割れるように弾け散った。

 

「…」

 

集団を壊滅させると人狼特有の脚力で屋根に飛び乗り車の元へと走り抜ける。ちょうど車を十メートル越した所で屋根から飛び降り、再び車の天板へ着地を決めた。

やや天板の中心が凹んだ気がするも走行するのに問題はない。

 

「……今何キロで走行していましたっけ」

「八十キロだ」

「八十キロの車に追いつくとかどんな脚力をしているのだろう……」

「気にしたら負けですよ、エドガー兵長」

「これで脅威は去ったわけだが、もし残存部隊と合流を果たせたとしてもどうやってドーバー海峡を越えてブリタニア本島に撤退する?」

 

最終的な問題はこのブリタニア本島に撤退である。船が存在すればいいのだが、この防衛戦で本部の方にもかなりの被害を受けていると判断した。

もうじき夜を迎えようとして、夕焼けが目に刺さる。今日避難することができなければこちらが圧倒的不利に立たされるのが確定であろう。何せこちらは主に視覚を頼りに生きている生物だ、夜でも夜目が利くネウロイ側が有利なのだ。

 

「泳ぐしたって無理だ。体力が持たないし俺とエドガーは怪我人だ、渡ろうにも渡れそうにもない」

「そうなんですよね、私らも体力が残ってはいませんし……」

「あとはドーバー海峡を渡っている最中に襲われたら元の子もないぞ」

「問題しかないじゃないか!!」

 

どうやってこの問題を解決しようかと各々の思考を巡らすが一向に良案が思いつかない。むしろ非現実的な案が浮かんでくるのである。その一例としてはいきなり伝説上の竜が現れ助けてくれるやら、扶桑やリベリアンの軍艦が偶然向かってくるといったものばかりだ。

 

 

そして気が付けば本部の元へとたどり着いてしまった。

車の燃料も切れて移動手段は徒歩しかない、一同は降車して本部内を散策する。室内はネウロイに蹂躙されて間もない鮮血が壁に描かれ、時折ネウロイが天井にぶら下がっていたりする。死体を避け、ネウロイを撃ち殺しながら進むと見覚えのある扉へとたどり着いた。

 

「司令室大丈夫かね」

「大丈夫なわけありませんよ、駄目もとの救出なのですから」

「まっ、万に一つはいるといいな」

 

荒廃した本部へわざわざ向かった理由、それは将軍の救出。生存が見込まれない状況ではあったが一応は確認し、亡骸の一部や遺品回収するのが目的である。

 

「では開けます。構えてください」

 

それぞれの火器を携えて、アーデルハイトが扉を蹴破る。中からネウロイが出てこないのを確認すると慎重に部屋へと侵入する。当然室内は荒らされており、書類や家具が散乱や破損していた。誰の死体か見分けがつかないほどに原型を保たない亡骸に憎悪感を覚える。

ルーデルが執務机の引き出しを弄ると、中から一つのやや錆びたロケットを取り出した。

 

「ランデル閣下のだな、それ」

「わかるのですか?」

「そりゃあ俺は以前あの人の軍事施設に居たんだぜ、その時に一度だけな」

 

彼女がロケットの蓋を開けると中には、まだ若かりし士官の時のランデル閣下に彼を取り囲む若者たちがいた。彼らはどうやら新兵らしく、おろしたての軍服の彼らは誰もカメラに笑顔で向けていた。

 

「……こんな顔見たことないぜ」

「ですね、あの人が戦争以外でこういう笑顔をしてはいなかったから」

「どういうことだ?」

「何かこう、一人の青年としての笑顔だ。今のような狂気の笑みとは断然違うモノだ」

 

人狼はルーデルからロケットを引ったくり自身のポケットへと突っ込んだ。そして人狼だけは写真について気づいたことがあった。ある一人の若者だけが唯一ちょび髭を蓄えていた。

まだ若人である彼にはまだ合わないものだったが、不思議とそれが似合っている。

 

 

その青年こそがアドルフ・ヒトラーであった。

 

 

彼は終始、第一次ネウロイ大戦のことを口にはしなかったが彼にもこんな一面があることを初めて知ることができた。

人狼たちは港へ向かうために、一旦装備を整えることとした。幸いにもランデル中将の趣味が功を奏し、隠し扉を発見して抜けると、大量に銃器が掛けられていた。

拳銃を始めとし対物ライフルがあり、各自に合う武器を携えて、港へと足を進めた。

 




MP18

第一次世界大戦末期にドイツ帝国で開発された短機関銃で1918年3月のドイツ軍春季大攻勢用の決戦兵器として35,000挺製造された。後継の銃はこれを受け継いでいる。
塹壕を突破するために作られた一品で、何気に上海事件でも使われている。


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水面

これで欧州撤退編は終了で今度はアフリカ編が始まります。
それと巻きで作ったため、長文かつ誤字もあるかもしれませんのでご了承ください。


様々な歴史を紡いだ欧州には少ならからず数医学や物質に数式が生まれ、それは将来の発展の礎となった。

 

時にある者は今は亡き大陸国の錬金術書を何処からか手に入れ、実験をし、結果的には金よりも価値がある白雪のような皿を生み出した。

 

時にある者は天才と称されるほどの能力を得ていた音楽家は、近代音楽の基盤となり未だに聴かれることとなる名曲を生み出した。

 

時ある者は異形の侵略者に対し、新たな戦略を用いて撃退したちまち英雄へと昇華して人類を救済した。

 

 

世界にとって欧州という存在は非常に重要な文明の発展場だったと言えよう。欧州は晴天の星空をも打ち消すほどの明かりを手に入れた。

だが、一世紀の前半期に三度に渡る異形の侵略者によって土地は崩壊していき、ついには欧州の大部分を失うという結果に終わってしまう。

 

人々は悲愴し憤怒や絶望に浸ったが、それに勇敢にも立ち向かい、自らの国を奪取しようとする人間も当然の如く存在した。彼らは歯がゆい想いを募らせつつも武器を揃え、好機を待ちわびていた。

そんな中、陥落したパ・ド・カレーでうごめく影がそこにはあった。

 

 

「畜生、あっちもこっちも敵ばかりだ。何でも俺らは戦車乗りだから大して戦えないからなぁ……」

「愚痴を吐き捨てるな、その口を開けられなくしてやろうか」

「おいおい、ただでさえ右腕負傷してるんだからやめてくれ」

「車長、ハインツが索敵して迂回してくれているのです。泣き言は言わないでくださいね」

「……けっ」

 

建物の陰ではルーデルとアーデルハイト、それに山羊隊のジェネフにエドガーが待機していた。司令室から武器を何挺か拝借して武装、ルーデルとアーデルハイトはMP35を装備、ジェネフは右腕を骨折しているため片手で扱え、慣れていたワルサーP08となった。

エドガーも訓練時から使っていたKar98を用いる。

 

煙草を吸い少しでも恐怖を紛らわせることも瘴気の影響できず、苛立ちが隠せなくなっており、それをエドガーが落ち着けと諭していた。

ルーデルは先程のジェネフとのやり取りとネウロイによって彼女も苛立ち始めていた。彼女はネウロイを倒すのを一種の生きがいとしていたため、このような状況に陥ると無性に腹が立って仕方がないのだ。アーデルハイトはエドガー同様に諭す。似た者同士である。

 

不意に空から何かが落ち、地面に着地をする。すぐさま彼らは銃口を向けて臨戦態勢を取るが正体は人狼であった。人狼の手には相変わらずの腕力でMG30を抱いている。

一同は安堵するとすかさず迂回できる道があるかを訊きただす。

 

「道はあるのか?」

「…」

 

人狼は頷く様子を見ると彼らは武器を下げて軍靴の靴紐を締める。人狼が先導して建物の陰を抜ける。眼前には荒れ果てた建物や死体が散乱しているがそれを避けてネウロイに見つからないように隠密行動を行う。

何故このような残虐な地を平然と歩けるのか。まあ要点だけを話すのなら、戦場に慣れてしまいこれが普通だと錯覚していたのが一番の理由である。

 

 

「…」

「!」

 

人狼が街角の十字路へと至った瞬間に、彼らに向かって待てと示すハンドサインを送る。それに応じて各々は武器を構えつつ、障害物へと散開した。

一人人狼から離れることがなかったルーデルは人狼が街角を凝視している方向へ目を移す。その先には嗜虐の行為だろうか、一人の若い青年がすでに息絶えているのにも関わらず、その四肢を脚で刺して壁に張り付けている小型ネウロイの姿があった。

 

ルーデルは激しく奥歯を噛みしめる。もしもこの場にストライカーユニットが存在すればあの程度は倒せる。だけどそれは仮定の話で今は魔法力を扱えるだけの女子だ。一人果敢に攻めてもネウロイは倒しきれないだろう。己の非力さと残虐行為に浸るネウロイに激怒していた。

 

人狼はMG30の引き金に手を掛け、角から飛び出そうとした。

だがここで予想だにしない出来事が起きる。

 

 

「やめろおおおお!!」

 

何ということか、角から最初に飛び出し攻撃を加えようとしたのは現段階の一行の中で

一番の負傷をし、一番貧弱な武器を携えたジェネフだった。

彼は激しい怒りを放出し、ネウロイへと向けて銃弾を放つ。当然、魔法力もなく、銃の威力は低いためネウロイへの表面に与えた損傷は小さい。しかし彼はそんなことお構いなしといった風に全ての弾を打ち切るまで銃撃を続ける。

 

弾を撃ち終えて息を切らす彼を照準に補足したネウロイは内蔵された機関銃を撃ち始める。そのうちの一つが彼へと収束していき、ガスマスクを貫通して眼球に命中した。

 

「ああああああああ!!」

 

貫通されたことによる鋭い痛覚が彼を刺し、けたたましい悲鳴をあげる。すぐさま人狼が彼を引っ張って射線から抜け出す。ルーデルに彼を預けると人狼はネウロイのもとへと駆け抜ける。全ての銃弾を人狼は大きな瓦礫を手に持ち、盾として用いて防御する。至近距離になった瞬間に零距離で機関銃の引き金を引く。

軽快な音を同等の音で紡ぐように発射され、見事ネウロイは撃破される。

 

倒し終えると即座に負傷したジェネフの元へと駆け戻る。

彼はエドガーによる応急処置を受けている最中である。ガスマスクを一時的に取り懸命に包帯を巻く。すぐに包帯は真っ赤な鮮血に染められていった。

意識だけはあるようで脂汗を掻き、虚ろな視線で空を見上げる。

 

「何故そんな無謀な行為をしたんだ! 今のお前は非力だというのに!」

 

ルーデルは彼を糾弾した。彼女は何故あれほどまでに愚かかつ無謀な行為に出たのかを知りたかった。そして溜まった鬱憤を彼にぶちまける。

そんな姿を見たジェネフは哀しげにその原因を呟き始めた。

 

「……俺は、殺されたアイツを知っている。この前街に来た時に出会った奴で名前はクルトと言うんだ。最初に俺の戦車隊のファンとなってくれた青年だった…」

「ただ…ただそれだけでお前はあんな無茶な行為をしたのかッ!」

「馬鹿野郎、俺は昔から短気で口よりも先に手が出ちまう。遅かれ早かれ俺はこんな行為に出たはず、だ。…そ、れに……」

「車長! 喋らないで、今このガスマスクを!」

 

エドガーは予備のガスマスクを彼に装着させ、瘴気による死因を防いだ。だが、止血はしているが早くこの傷を手当しなければ出血多量で死ぬだろう。すぐさまにブリタニア本島に向かわなければならない。

 

「俺は、年長者だ。お前らみたいな若い奴に戦争を任せたくはないしな……」

 

マスク内でニヒルな笑みを浮かべるジェネフ、そしてどう移動するかが問題となる。しかし瀕死の重傷を負った彼を背負うことを自ら名乗りでたのは以外にもルーデルであった。

 

「私は何も動けなかった。実際のところ恐怖で怯えていたのだろう、だけど今は違う。片腕を負傷して的確な対抗手段を持ちえなかったジェネフがこうも決死の行為を犯したのだ。そう考えると私も負けてはいられないと思ったからだ」

「……わかりました。では私が大尉の分まで働くとしましょう」

「頼むぞ」

 

アーデルハイトは二挺のMP35を持ち、エドガーはジェネフの所持品を持つ。

二人の上官は似たもの同士で共に面倒事を起こす問題児だったが、恩情と信頼を与えられていた。少なからず自分が怪我を負い、万事休すとなっても直々の上官である彼らなら助けてくれると思っていた。ならば、今度はこちらが助ける番、熱い奮起の火を眼に灯した。

 

「死なないでくださいね、車長……!」

 

 

迂回ルートで進み続けて三十分が経過した。彼に返事を送っても弱々しく返答するばかりで死は近くへと迫りくるのを深く実感する。

遭遇する少数のネウロイを人狼が蹴散らして、やっとのことで港へ出ることができた。

当然、軍艦は存在するはずもなく、黒く油で汚れた水面には船の残骸らしき物体が浮遊して、何もできない彼らを煽り続けているようにも思えた。

ルーデルは舌打ちをし、激しく怒りを露わにする。

 

「くそっ! やはり船は……!」

「……車長起きてくださいね、車長」

「起きてるぞ……」

「どうしましょうか、救援は来るはずもないですし」

「それにいつアイツらが来ても撃沈されるのが関の山だ」

 

一同は頭を抱えて考え込む、ドーバー海峡の上空には航空ネウロイが新しく手に入れた空を自由に飛び回っているのに対し、人類側の機体は何処にも存在しない。

例え制空権を再び奪取するとなるとかなりの年数や数が必要となるだろう。空輸による脱出は不可能と定め、海上から脱出するしか手がなくなってしまった。

 

エドガーはどうしたものかと辺りを見渡すと、約二百メートル先に小さな漁船が孤独に浮かんでいるのを視認する。この撤退には民間の漁船も動員されているのであり、別におかしくはない。

 

「あれ、使えるかも……!」

「どうした?」

「あれ、漁船ですよ。故障していなければ動かせます!」

「……けど何故あの場に放棄されているのでしょう?」

「乗員がネウロイに攻撃されて、操縦されないままあそこに流れ着いたとか」

「もしその船を動かせたのなら、僕らは助かることができます!」

「けど実際、簡単にいくものか?」

 

エドガー自身、かなり不安に駆られていた。あの船はエンジンが壊れて放棄された、もしくは船体に損傷を受けて動けなくなったという考えが飛び交う。それに船まで辿り着く間に攻撃を受けたら死ぬ可能性も浮上した。

しかし、現状の状況を打破するにはこれが最適だと判断し、深呼吸をして走りだそうとする。

 

「正気か、不確定要素が多すぎる!!」

「正気ですよ、だけど今やらなければ僕の馬鹿な上官が死んでしまう! 僕がやらなきゃ誰がしますか!!」

「だが…!」

「大尉、彼の言うことは最もです。彼に任せることにしましょう」

「アーデルハイトまで…!」

「私も彼と同じですよ、自分に親しく接してくれた上官を助けようとするためには手段を選ばない。やらせてあげましょう大尉、きっと成し遂げてくれます」

「……わかった。だけど、だけど必ず船を持ってこい!」

「了解しました! この山羊の名に懸けて!!」

 

彼は船へと全速力で駆けだす。山羊の名は決して軽いものではない、しかとて別段重いものでもない。ただジェネフが非公認に呼んでいるだけで書類には試験戦車中隊と書き綴られているだろう。けれども、彼はこの名前を戦前から呼称して、誇らしげにしていた。

それが子供のようだと呆れていた自分にも、いつしか誇らしく感じていた。

彼は全身全霊で走る。例えその脚が砕けても、這いずってゴールへと至ろうとすることだろう。

 

「うおっ!?」

 

途中で建物内から出現したネウロイが彼を殺そうと飛び出すが、遠方から発射された機関銃がネウロイに損傷を与える。撃ったのは人狼、照準をあえて彼に合わせ援護をしていた。彼はこちらを振り向くこともなく船へと走る。

人狼は彼の援護で手が離せない、見計らったネウロイが数体正面からこちらへ接近する。

なお、結果としてはアーデルハイトのMP35で蹴散らして結晶へと変わり果てる。

 

「私も何か仕事をしなければ無能になってしまいます」

「何言ってるんだ。初めての冗談がそれでいいのか?」

「手を焼く上官同士、通じ合うものがあるのです」

「ほほう、あとでみっちり訓練してやろう」

「喜んで」

 

何度も何度も彼へと攻撃の手が伸びるも人狼は排除、援護を切るためにネウロイが迫るがアーデルハイトが防衛に努める。何回も同じ場所で発砲しているのが響いたのか、数も徐々に増加の一途をたどる。

始めは一体や二体ほどだったのが、いつしか倍へと変わり攻め手を緩めない。人狼も援護しようと銃撃するが、一体撃ち漏らし、彼へ手腕を伸ばした。

 

「うあっ!?」

 

しかし間一髪で回避すると、所持していたライフルの銃床で殴り、僅かながらに距離を置いてからの射撃。銃の扱いは元砲手だったため上手く、銃の威力を考え脚を狙った。脚は砕けてバランスを崩し、なんとも苦しそうにもがき始める。

彼らしからぬ中指を立ててから船へと向かう。追撃をしようとネウロイは脚を生半可に治すが人狼の射撃が無残にも砕き去られた。

 

 

「動け、動いてくれ!」

 

漁船へと飛び乗ったエドガーはエンジンを起動させようとレバーを引く。掛かりそうで掛からない音を鳴らし、呼応はしない。汗が首元に垂れて酷く緊張する。いつネウロイがこの船に乗ってもおかしくはないのだ。

居ても立っても居られなくなった彼は、感情のままにエンジンを殴り付ける。するとエンジンは無理やり起床させることに成功して、テンポよく振動するのを実感した。

 

「行くぞ!」

 

漁船は小さいながらも精一杯にスクリューを回して前へ進む。舵も利くようで、彼が立てた仮設が当たっていたらしく、緊張から感じなかった嗅覚には血の臭いがする。木箱の陰に臓器の一部が隠れ、船の側面には血が付着していた。幸いにもエドガーは漁村出身で船舶の取り扱いには慣れていた。

 

 

「船は出た。私らは船が来るまでの間、耐えきれば勝利だ!」

 

ジェネフを背負いながらも自身の拳銃を撃つルーデル、人狼はバナナ型弾倉を新たに代えると射撃を続行する。魔法力入りの機関銃ともなると絶大な威力を与えてくれる。アーデルハイトは器用にも二挺の銃を振り回し弾幕を張る。

 

なかなか前へと進めないが、一歩、また新たに一歩と全身を止めない。数も終結してきて倒されたら後ろから現れ、きりがない。これしか手段は無いために必死に足止めを行う。ジェネフも戦うと擦れた声で言うもルーデルに今度こそ邪魔だ、と断られてしまった。

最初は二百メートルもなかったのに、いつしか百メートルへと進行される。このままでは危ういと感じ取った人狼は機関銃を捨てて突出する。ネウロイの群れへとダイブし、無茶苦茶に場を乱す。千切っては投げ、蹴り飛ばし、振り回しといった行動だ。

正面からでは分が悪いと何体かのネウロイは横から攻め込むがアーデルハイトが阻む。

 

人狼は途中で狼化、牙や爪で切り裂いて進行を停滞させる。鋭利な足が顔を刺しても手は緩めず、逆にそのネウロイを壁に叩きつける。股の間を潜り抜けたネウロイに対し尻尾で弾き飛ばした。

 

 

「みなさん、乗ってください!!」

 

エドガーが舵をする漁船はルーデルの元へと辿り着き、乗るように催促する。ルーデルは渾身の力でジェネフを背負ったまま跳躍すると、船体ギリギリに着地することができた。続いてアーデルハイトが最後の攻撃と横から攻めくるネウロイに銃の弾倉を投擲し、さらには手榴弾をも投げた。

手榴弾が発破すると、先に投げた弾倉に誘爆して威力が増す。爆炎がネウロイを包み込むのを確認した。

 

「ハインツも来い!」

「早くしてください!」

「ハインツ!」

「…」

 

必死に催促をするが人狼は一向に乗ろうとはせず、逆に去れというような仕草を見せる。横からは新たにネウロイが攻め、この漁船も襲撃される恐れが出てきた。エドガーは苦渋の選択を責められることとなる。彼は唇を噛みしめながら船を出すこととした。

 

 

船が陸地から十メートル離れた頃、人狼は狼化したまま攻撃の手を止めて船へと向かう。陸地の瀬戸際で前に跳躍

し、船に跳び移ろうとする。確実に船へ収束をしていく中で、機銃を備えたネウロイが人狼へ射撃を行う。太股や尻尾に命中するも変わることなく船へと進み、着地するギリギリで狼化を解除した。

あまりの速度で着地した人狼は反動を制御することができずに猛烈な勢いで転がり出した。

 

「止まれ!」

「…」

 

背負ったジェネフを降ろしたルーデルが受け止め、海上へ落ちることを阻止し、一同は安堵する。

かくしてルーデル、アーデルハイト、ジェネフ、エドガーは命を落としかけて欧州から脱出することに成功した。

後世に映画化されるほどの脱出劇となった出来事だったが、それは人類が生き残ることができたifの世界かもしれないし、その逆もある。

 

しかし、どうあっても人狼たちの脱出には変わりない真相である。

その日の夕日は燦々と眩しく輝いている風に想えた。

 




MP35

ドイツで生まれた短機関銃、1932年に開発された。
第二次世界大戦中のナチス・ドイツで開発された短機関銃で、ドイツでは国防軍や武装親衛隊、その他の警察組織で広く使用された。
数々の銃会社が生産しており、装弾数は二十四発から三十六発と弾倉で変わる。
特徴的な部分としては、弾倉が銃の横から差し込むことである。


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1942年 北アフリカ戦線
天幕


ようやく原作(スピンオフ)に介入できました。
それとかなりの時間が経過していますのでご注意を。


欧州撤退戦が終焉を迎えて二年、戦争は膠着状態から緩和されていった。

1941年の初夏に大規模作戦バルバロッサ作戦、同月にタイフーン作戦が開始され、ペテルブルグ解放とツァリーツィン解放することに成功した。

これにより人類はまた一歩と勝利に近づけたが、それは千里の道の一歩にすぎず、未だにネウロイ側の優勢である。

 

そして夏に連合軍における統合戦闘航空団の組織化が始まる。

これはスオムス空軍義勇独立飛行中隊を基盤とした組織で、多国籍の優秀な魔女で構成されたもので、装備や武装の補充には骨が折れるものも、確実な戦果を得れると確証したのだろう。

各戦術的重要都市に配備されることが決まった。

 

しかし、翌年の冬に北の冬将軍が到来したためにバルバロッサ作戦やタイフーン作戦は中止となり、人類は一時的に反抗の手を緩めることとなる。

 

 

そんな中、二番目に組織された統合戦闘飛行隊アフリカでは1942年夏にネウロイを足止めするために築かれた防衛戦であるハルファヤ峠で行われた攻防戦に加え、ペデスタル作戦を開始した。

この道中にマルタ島にネウロイが大型ドーム状ネウロイを基盤に根城を作成するも、撃破する。

 

九月には各国の戦艦や空母が力を集結し、唯一のガリアの象徴とも呼ばれたリシュシューが凌ぎを削ったダカール沖海戦やイコシウム防衛戦によりアフリカの戦線を維持し続けていた。

だが、激しい戦線で戦力は減っているのにも関わらずに補充や物資の輸入が間に合わない。アフリカの部隊は着実に疲弊しきっていた。

 

 

荒野の砂漠に築かされた滑走路に所々に存在するテント、各所に設置された8.8 cm FlaK高射砲が強力な対空防御陣形を形成する。アフリカの昼夜の寒暖差は激しく、たき火がポツポツと周囲をほのかに照らす。月明りはあっても、星々が煌めいる。

 

周囲のテントと幾分大きめなテントに設置された統合戦闘飛行隊アフリカ司令室に、突如としてロンメル将軍に知らされた内容に動揺が走り抜けた。

 

「えっ、あの狼がアフリカに?」

「そうだ」

 

動揺が走り終え、暫しの静寂がこの場を包み込んだ。そしてこの静寂を打ち壊したのは、かつて扶桑にてストライカーユニットで扶桑海事変に参加した加東圭子だ。彼女はカメラマンの職業をこなしていたが、とある出来事でアフリカの指揮官的な役職に就いてしまった。彼女は頻繁に飯を食らいに来るロンメル将軍に再度確認を取る。

ロンメルは返答し、その経緯を話し始めた。

 

「我が師団は後に重要地点であるスエズ運河を奪還するために攻勢に出ることとなった。それには幾戦の猛者であるハインツ・ヒトラー大尉の手が必要不可欠であるからだ」

「ハ、ハインツ大尉ですか!?」

「そうだ、ライーサ少尉」

 

司令室の机の隅っこに立っていた金髪でショートカットヘアーの少女が人狼の名称について理解していなかったのか思わず驚嘆の声を漏らした。

それもそのはず、新兵として名乗りを上げた時に付いた、沈黙の狼という渾名は歳を重ねるごとに言われなくなり、いつしか本名のハインツ・ヒトラーと呼ばれるようになったからだ。

 

これには最強とも揶揄された人狼に敬意を払うのに対し、軽々しく渾名呼びは失礼だという風潮が出回ったため、パッとしなかったのだろう。それに人狼の渾名に影響されたエースが続々と狼と名乗り、狼関連の渾名が世に乱造されたのもある。

 

「それに戦車大隊を担う大尉と戦車がこちらに向かう」

「戦車ですか」

「素敵なお嬢さんたちみたいに私らは魔力を張れないからな、それにあの忌々しいパットンやモントゴメリーが所持する戦車隊よりもずっと強い戦車大隊が欲しいからな」

「えぇ…」

 

半分私怨を踏まえた言いぐさをロンメルは零す。よほど戦果を挙げる二人の戦車隊が悔しかったのだろう。今にも地団駄を踏みそうな雰囲気で話を続ける中、一人の少女がその言葉を妨げた。

 

「ロンメル将軍、つまりは私らの実力が信じられないとでも言うのか」

 

その正体は綺麗なブロンド色の長髪を靡かせ、黒の軍服がさぞ似合う美女だ。

彼女はカールスラントが誇るウィッチの一人、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ。未でに数々の輝かしい戦果を挙げて、彼女が居なければアフリカの戦線は維持出来なかったとされている。そのためか彼女のブロマイドの売り上げは非常に良く、統合戦闘飛行隊アフリカの数少ない資金源となっていた。

 

彼女の勝気な性格からしたら、人狼の存在が必要不可欠な作戦に若干の苛立ちを覚えていた。理由としては簡単なもので、彼女は己の腕に自信があった。だが、将来実施されるだろう作戦においては、自分の実力すら物足りず、部隊全体の力でもまだ力不足だと指摘されてしまったからだ。

彼女は威嚇をするかのように圧を掛けながらロンメルに発言する。

 

「私も歴戦のウィッチだ。誰にも負けない自信だってあるから増援は必要ない」

「確かにマルセイユのようなウィッチに加え、ライーサ少尉や稲垣軍曹も不動の実力者だ。しかし、まだ足りない。このままの面子で作戦を開始すれば物資と人材の浪費で終わるには飽き足らずに、このアフリカまでも手放さなければならなくなる」

「だけど!」

「君らの腕は大変素晴らしいものだ。だからこそ失いたくはない、それに私も彼の腕は買っていてな」

 

彼女は不機嫌そうに舌打ちを鳴らし、司令室のテントから出る。それを追いかけるようにライーサがテントを抜け出していく。

マルセイユは外に出るといなや、近くにあったガソリンが入っていないドラム缶を蹴り飛ばした。感情が込められた一蹴はドラム缶はべコリと凹まし、音を立てた。

怒りが込められた金属音を適当に聞き流しながら加東は頭に手を置き、やれやれと頭を振る。

 

「……まったく驚いたわね、またハインツ大尉と対面するなんて」

「初対面ではないのですか?」

「そうね、実は過去に取材をしたことがあって――――」

 

ため息を吐きながら彼女は今まであったことを話し始める。

彼女は半年前に人狼と会合し、取材をした。だが、かなりの無口な上にかなりの身長差に圧迫されて緊張しっ放しだったという。それに反して成果としては一切喋らなかったため、写真だけ撮ったという嫌な思い出があった。

あはは、と自嘲気味の笑い声をあげる。

 

「扶桑本国ではハインツ大尉の話は出ても話題には持ち上がりませんでしたからね」

「そういうものよマスメディアは。いつも一つしか見てなくて、その他はまあ大きくなったら少し取り上げるか程度の認識よ、現にアフリカの状況やスオムスの時だってそうだったじゃない」

「何か解せない気持ちですね」

「軍人なんてそんなものよ」

 

国としては重点的に力を置いている戦線や地域に報道を集めるのは当然のことだ。嘘でも過大な戦果を挙げることによって支持率や期待が高まるのだ。

社会の闇を知ってしまった稲垣は暗い表情になる反面、人狼はどういう料理が好みなのかが無性に知りたくなった。ここまで謎のベールに包まれた存在なのだ、彼女の探求心が疼いた。

 

「ロンメル将軍、大尉の料理の好みとかってわかります?」

「……そうだな、前にランデル中将が言っていた気がするのだが。資料とかに記載されていたっけか」

 

そう言って人狼に関係するファイルを弄るロンメル将軍、やや書類で分厚いファイルから一枚の紙を取り出し、朗読した。重要資料をそんなので大丈夫なのか、と疑問に思う加東であった。

 

「えーと、ブレット俗にいうハンバーグにポトフ」

「案外英雄も庶民的なものね」

「けど流石に作れませんね」

 

口々に呟く苦労人と調理人、しかしロンメルの口から放たれた言葉によってその口は閉じるはめとなる。

 

「酒に煙草に……女」

「ぶっ!?」

「ふぇっ!?」

 

唐突に発せられた衝撃発言に驚きを隠せな二人、稲垣は顔を紅潮しあたふたとして、歳相応の行動に出る。まだ初心な彼女には早すぎたようだ。

一方のところ加東は唖然とした表情で、無口な彼の横に全裸の女性が居る想像をしてしまい違う意味で赤らめる。如何せん彼女はそっち系のことを想ってしまうむっつりなのかもしれない。

 

「おおっと、これ戦車隊の大尉の方だ」

「お、驚かせないでください!」

「ははは、すまないね」

「本当にロンメル将軍間違えないでください! セクハラでリベリオン合衆国にて訴えますよ!」

 

加東は変な想像をしてしまった自分に羞恥心を抱きつつも、裏ではこのようなことを抱いていた自分を今すぐにでも処したいとも心の中で感じていた。

補足ではあるがリベリオン合衆国は裁判大国とも呼ばれ、よく裁判が開廷されて、この場合だと彼が多額の賠償金を払うこととなる。

 

「…見つけたが記載されてはいない。残念だな、彼らをもてなそうとしたのだろう」

「はい、けど皆さんから受けがいいカレーライスを出そうと思います」

「それは楽しみだ。私も彼らの到着を待つとしよう」

「ちなみに到着する日程は?」

「確か明後日だ。航海に何かしらの影響がない限りは」

 

 

ある者は緊張を、ある者は期待を、そしてある者は不信感を胸に抱いて明後日を待つ。

朝日が乾いた地平線から徐々に上がっていき、人狼を乗せた船は着実にトブルクの港へと航跡を曳いていく。

 

「…」

 

船の甲板上では人狼が煙草の紫煙を吐いて、これから降り立ち、戦闘を繰り広げる戦場へと視線を向けた。

 




8.8 cm FlaK高射砲

ドイツで生まれた高射砲、1928年にクルップ社とラインメタル社によって開発された。
対空砲として開発された8.8cm砲であったが、同時に優れた対戦車砲としての能力も有し、有名な重戦車ティーガーに載せられ、弾の芯にはタングステンが用いられた。
戦後にスペイン、ポルトガル、ユーゴスラビア、アルゼンチンで用いられるほどである。
日本にも輸入されてはいるが、海上戦闘用の物で別物ある。


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軍港

アフリカ最大の港湾都市を誇るダカール。

 

ここでは亡命ガリア政府や欧州などの植民地の影響下にあったためか、街は栄えて、アフリカ独自の文化と欧州文化が交えた地域だ。

この軍港はガリア政府が組織された際に、ロマーニャ政府とともに改築されてより強固に、そしてアフリカ戦線を維持するのには欠かせない場所となった。

 

 

 

そんな素晴らしい軍港ではなく、トブルクにてある一隻の輸送艦が停泊した。

やや旧式の輸送艦ではあったものも、未だに使われる一品であり、甲板には対空戦闘の機関砲が二挺取り付けられている。

船内からは大きな木箱が幾つも船乗りによって降ろされていく、その光景は蟻が角砂糖を運ぶようにせっせと忙しい。

 

また、停泊中の輸送艦から大きなボストンバックを持ち階段を降りる影が三つほど存在した。

 

「ふぅ~、やっと着きましたねハインツ」

「…」

「よ、ようやく着いた……」

 

それは欧州撤退戦を共にし、肩を並べあったジェネフとエドガー、人狼であった。

エドガーや人狼は二年前とほぼ変わらない風貌であり、変わった所といえばエドガーの眼鏡が新調された程度だろう。なお、彼の身長はとうに成長期を越していたために伸びず、人狼はついに二メートルへと成長を遂げた。

 

だが、ジェネフだけは違った。

彼はというと、例のクラッシュキャップを被り続けてはいるが、左目には皮で出来た眼帯が着用していた。補足ではあるが、眼帯の裏には自身の象徴である山羊の刺繍が施されている。

 

欧州撤退戦の終盤で喰らわされた銃弾はマスクを破壊した際に威力が幾分か落ちたらしく、眼球内で弾は止まって死亡するのには至らなかった。

これによって左目は機能を失い使えぬものとなり、一時は軍を辞めることを上層部に勧められたが、何人もの将軍たちに今までの戦績や高い実力が評価されて未だ戦線へと赴くことができた。

 

この推薦には裏があり、己の戦車長兼信頼する友が去るのを恐れたエドガーが今までに赴いた戦線の将軍に呼びかけて阻止した。

もしもこの暗躍がなければジェネフは軍を辞めていただろう。

 

「にしても熱い。なんだこの暑さは……」

「そりゃあアフリカですよ、砂漠や荒野が広大なね」

「あーもう、南リベリオン大陸で教官として残ったほうが良かったかもしれないな」

「招集されたとき浮足立っていたくせに何を」

 

現に南リベリオン大陸はカールスラントが政治中枢を移し、臨時政府を立ち上げることに成功した。その土地にカールスラントの難民が暮らすが、貧困の問題が大きく治安が悪い。

生産力は工場を建てることに専念したお蔭で、カールスラント全盛期の三分の一を有した。

 

「けどアラビアの物語で出てきた褐色肌の美女とかいそうだよな」

「まったく、貴方はいつもそれだ。事あるごとに女性女性と、結婚願望を抱いてる女性と出会ってお付き合いでもしたらどうです?」

「馬鹿、お前は何もわかっちゃいない。俺は案外ロマンチストだぜ、夢がある結婚がしたいわけ」

「へー」

 

彼のどうでもいい文句に終始呆れっ放しのエドガー、けど彼は一方で歓喜を覚えていた。

それは戦傷がきっかけで意気消沈し続けた頃とは段違いの元気のよさを見せたのだ。一時期は軍医に鬱病と診断された覚えがあるほどに落ち込んでいた。

そんな彼をエドガーは奮起を促し続け、ようやく立ち上がることができ、それが今に繋がるからだ。

 

 

潮風と熱風に身を当てられながらも階段を降り終え、無事に到着できたのを祝おうということで煙草を一服する人狼とジェネフ、人狼らが煙草を吸うといなや紫煙を避けるかのように身を引くエドガー。

そんな彼らに一人の軍人が近づいてきた。

 

「ようこそジェネフ大尉とエドガー兵長、それにハインツ大尉」

「……ロ、ロンメル元帥!?」

「そのようなお言葉、勿体ない上でございます!」

「……」

 

各々は口に煙草を加えながらも急いで敬礼の態勢を取る。何せ、下士官以下の人狼らをわざわざ迎えに来てくれたのだ。当然虚を突かれるに決まっていた。

その滑稽な様子が不思議と面白かったのかロンメル将軍は豪快に笑い出した。

笑う動作の影響で胸元が揺れ、首元に掛けたブリタニア製のゴーグルを目が痛くなる程に眩しい日差しで鈍く反射させる。この反射光の行方はというとジェネフの目に刺さることになり、思わず瞼を閉じる。

 

「はっはは!! そんなにかしこまらなくてもいい、それよりも長い航海ご苦労だったな」

「いえいえ、我らにとって屁でもありませんでした!」

「そうかそうか、大いに結構」

「新型戦車が乗れなくても、Ⅳ号戦車があれば思う存分に戦ってみせましょう!」

「うむ、よい心がけだ。しかしジェネフ大尉、何故貴官は目を閉じっ放しなのだ」

「それは元帥のカリスマ性が私の眼球を突き刺すのです!」

 

ジェネフは人伝いに聞いた噂が真実かどうかを確かめるために冗談を言う。

すると彼はジェネフが伝えたい意図を汲み取ったらしく、笑みを浮かべながら返答を返す。

 

「面白い冗談だ! ならばこのままにしようかね」

「私が盲目になるかもしれませんのでそろそろやめていただきたい!」

「それは困る。折角取り寄せた勇者が戦力外になってはな。どれゴーグルを外すとしようか」

「ありがとうございます!」

 

彼はジェネフの指摘によりゴーグルを外して、ベルトに取り付ける。

このやり取りで長年相棒を努めていたエドガーに至っては、猛暑とは別の汗で背中に汗の跡を残した。自分よりも地位が上の元帥に冗談を交えた会話など考えられないからである。

 

「さて」

 

ロンメルは一息吐くと態度は一変し、仕事時の元帥へと変わる。そして船に積み込まれた物資について言及する。

ジェネフの方も照明のスイッチを押したかのように仕事の雰囲気へと変わり、エドガーは密かに似た者同士だと感じた。

 

「この輸送艦の中には戦車が十輌、対空戦車が五輌、それに三号突撃砲が追加で明日到着する」

「弾薬は」

「安心したまえ、砲弾も弾薬輸送車も当然こちらで用意した。それにトラックもある」

「ほう、素晴らしいです」

「であろう、反抗作戦なのだからこのぐらいは当然だ」

 

ロンメルとジェネフは口角を上げる。けれど、この弾薬などを手配したのはロンメルではない。彼は兵站などを軽視する傾向があるために、いつも参謀の左官が苦労していた。

そんなことを知ってか知らずのロンメルは平然と口を開き続ける。

 

「言っておくが、君たちが着任する基地は非常に粗末なものだ。天幕を張りたき火をする程度だが、君たちを歓迎する」

「欧州の時は天幕すらも張れない状況下でしたので平気です。そうだよなエドガー」

「は、はい!」

「……あぁ、そうだ。ハインツ大尉」

「…」

 

すると重要な思い出したかのように彼は人狼に話を振る。

人狼は赤い眼で彼の顔をジッと凝視して、口を開くのを待つ。

 

「貴官には一足先に所属する基地へと行ってもらう」

「…」

「ストライカーユニットがもうじき輸送機に載せられている頃合いだろう、貴官にはユニットとともに搭乗してもらうが、構わないか」

「…」

 

彼の問いに人狼は頷いて返答した。

「そうかそうか」とロンメルは満足げに呟くと、人狼たちに一枚の写真を手渡した。

その写真には綺麗な美女が被写体であり、カメラに向かって決めポーズをしているもので裏には彼女のサインが書かれている。

 

「私からの歓迎の印だ。受け取りたまえ」

「…」

「ア、アフリカの星!?」

「ほういい女だ。悪くないな」

 

各々の反応はわかりやすく差分されており、人狼は平常運転で、エドガーはブロマイドの事情を知っているためか驚いていた。またジェネフに至っては自身の合格水準を超える美貌だと漏らす。

煙草を加えていた人狼とジェネフは火が口元へと攻め入っていることに気づき、足元へと吐き捨て足で潰す。煙草は中の葉を熱された地面に散乱させる。

 

「どうだ。これかなりのレア物でな、私が直々にマルセイユにねだって得たものだ」

「…」

「へぇー、こんな美女が映されている紙切れ一枚だけに元帥が面子丸つぶれの行為をするとは。小官にはそれほどの価値があるとは考えられないが」

「車長! マルセイユ中尉は世界のスターですよ!」

「ははっ、アフリカの星だけにか」

「洒落とかいうじゃないです! いいですか、このブロマイド一枚に大金を出す者も存在するのですよ!!」

 

熱弁を語る彼にジェネフはやや引いていた。

そんな中、問題児ジェネフにはある考えが頭の中に浮かんだ。

 

「……俺のサイン付きブロマイドとか売れない?」

「無理です諦めてください。てか、上映されてるプロパガンダ映画で貴方出演してるじゃないですか」

「嫌だ! あの映画俺という何かじゃねぇか、それに髭面じゃない!!」

「しょうがないでしょ、貴方大根役者なんですもん。それで審査落ちたのでしょ」

 

実はプロパガンダ映画が作られており、【欧州の悪魔】という勇ましい題名が付けられていた。カールスラントの皇帝が扶桑で作られた映画に感化されたらしく、こちらもと製作された。

なお、同日に二作公開されており、その一作というのウィッチ募集を促す作品で暗い一面が少なくこちらの方が売り上げがよかった。まあ男が戦うよりも美少女が戦うシーンの方が面白いのだ。

 

ちなみに、【欧州の悪魔】は戦車や歩兵がメインの作品で人狼やルーデルたちの存在を消した作品だ。理由として損傷を多く与えていたのは魔法力を使える人狼たちだったので、主体がウィッチに移ってしまうからだ。

事実の改変で怒られた脚本家は人狼役を凄腕狙撃手に変えて、ウィッチ役を女性パイロットという役に代えた。

 

しかし何十年後かに、事実に基づいたリメイク版が製作されることとなるとは知りえないことだろう。

 

「……案外男性に売れるかも」

「流石にやめろ、俺にそっちの気はない」

「…」

「映画は私も見たが面白かったぞ」

「元帥……!」

「結局はウィッチ主体だった映画の方が好きだが」

「ちくしょう、ちくしょう……!!」

 

途方に悔しがるジェネフに哀れみの言葉が見つからないエドガー、最近調子に乗っていたから丁度いいかと思っていた。毎度の通りに人狼は黙りこくる。

 

「ま、まあ山羊隊の名前を広めているはず。当然だ」

「山芋隊とか山執事とか言われてましたがね……」

「安心したまえ、私は覚えているぞ」

「……手前ら大っ嫌いだ」

 

無様にも涙を尻目に浮かべる彼は何とも悲愴感に溢れ、同情を誘うものであるが、付き合いが長い人狼とエドガーは無対応で、似た波長を持ち合わせたロンメルは「可愛そうだけど、まあいいか」と思っただけで終わった。

周囲で荷物降ろしの従事していた船乗り曰く、偉大らしい独りの男が小さく見えたと証言した。

 




三号突撃砲

ドイツで生まれた突撃砲、1940年に大量生産された。
当初は歩兵戦闘を直接支援する装甲車両として設計され、三号戦車の車台を流用して製造された。所属は戦車部隊ではなく砲兵科に属する。
東部戦線では一キロ先に存在するT-34を一キロ先から撃破できる攻撃力を持ち、歩兵からは最強の盾と親しまれた。主砲は七十五ミリと大きい。
装甲戦闘車輛中では最大の生産数を誇るものであり、ミハイル・ヴィットマンを生み出した車輛である。


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故郷

お気に入り400人突破、ありがとうございます。


「あーあー、とうとう俺らだけになっちまったぜ」

「ですね」

 

人狼が輸送機で一足先にアフリカ部隊の所属する基地へと向かい、二時間経過した頃には船の積み荷は降ろされて、戦車や弾薬は街外れの集積地へと送られていた。

その間、暇でしょうがなかったジェネフとエドガーはこのトブルクの街を散策し、郷土料理や特産品で楽しんでいた。

時間を確認すると前もって知らされていた時刻となり、彼らは約束の地へと歩みを進める。

 

やってきた場所は街外れの集積地、此処には先の輸送船から降ろされた車輛や弾薬が収められており、新品同然の車輛から使いまわされて塗装が剥げ落ちたものと混同している。

見張りの兵士に挨拶を交わし、奥へ進み自身の車輛の捜索を始める。

とはいったものも、砲塔に山羊隊を象徴するデカールが描かれているため瞬時に見つかった。

 

「見つけたぜ俺の愛車」

「うわぁ、やっぱり砂漠迷彩されてますね…」

「俺としてはあの灰色のままがよかったのだが、てか問題視するところは暑さだな」

「冬は寒いわ、夏は蒸し暑いはでかなり過酷ですよね。どうにかしてほしいです」

 

塗装が変わっていることうより、この過酷な地、アフリカで戦車特有の欠点に愚痴を連ねる。

ため息を吐きつつも、百戦錬磨を共にした愛車に乗り込もうとエドガーは扉に手を掛ける。

 

「待て」

 

どうせつまらないことだろう、とエドガーは振り返るとジェネフは自身の拳銃を抜いて彼を狙っていた。冷淡な目付きで威嚇するかのように彼を捉えた。

普段から拳銃より断然大きい砲身と口径で戦っていたエドガーだったが、向けられた拳銃の口径が恐ろしく思えて息を呑む。

この暑さで気が狂ったのではと考察する暇もなく、瞬時に両手を高く挙げ、反抗の意思はないと彼に見せつける。

 

「退け、エドガーお前ではない」

 

その彼にそこを退けと言われ、結局は何がしたいのかと疑問に思うエドガーだが、その理由はすぐさま判明した。

誰もいないはずの車内から、操縦席側の扉が開く。中からはまだ未成年とも呼べる青年が顔を出した。

 

「す、すみませんッス!」

「謝罪は求めてはいない、誰だ」

「しょ、小官はカールスラント所属で名前はジョイル・ニクラエ! 階級は上等兵ッス!」

 

まだ幼さ溢れるジョイルと呼ばれる少年に、確信はまだ得ないがジェネフは名字でダリアの人間だということに気づいた。

さらに橙色の髪に紺碧のように純粋で青い目でより確信に近づく中、相方のエドガーが丸眼鏡を光らせて、問題の彼に話しかける。彼が嘘を吐いてはいないかを確かめるために、一言一言に注意を払っている。

 

「君はどうして車内に? 配属先は確実にこの戦車ではないと思うんだ」

「いやー、ほらこの書類を見てほしいッス」

「……アフリカ大隊の一番車輛の操縦手に配属する、と確かに記入されていますね」

「はあっ!?」

 

車内から這い出て提示してきた書類を奪い取り、隅から隅まで早口で音読するジェネフ。ジョイルは先程の雰囲気から大きく変貌を成した態度に多少困惑気味でいた。

ようやく読み終えたのか、彼は大きなため息を吐きながら穴が開く程度にジョイルを凝視し、愚痴よりの独り言を零す。

 

「何でこんなひよっこを俺が面倒しなきゃいけないのだ……」

「ひよっこじゃないッス! こう見えて軍学校で訓練を乗り越え、操縦の腕は一番だったッス!!」

「そういうことを言ってんじゃねえよ! お前を面倒するのが嫌なわけ!!」

「迷惑は掛けないッス、絶対に!」

「……はっ、馬鹿馬鹿しい。俺はこの冴えない眼鏡野郎だけで事足りるんだよ、さっさと帰ってママと寝てろ」

 

ジェネフは構ってもいられない程度にあきれ果て、彼の横を通り過ぎて戦車に乗り込む。最初の雰囲気を身に纏いエドガーでさえも声が掛けられない。

しかし、突然彼は背を向けたまま大声で叫ぶかのように語りだす。

 

「小官の家族は、かつてのダリアの土地で果てました!!」

「……」

 

乗り込もうとキューポラに手を掛けたが、その叫びにピタリと止まる。

背後を睨むかのように小さく振り向く。

ジョイルは握りこぶしを握りしめ、下を向くように頭を垂れている。

 

「小官はあの戦いで家族を、故郷を喪いました。小官は幾つもの死体を乗り越え、一時的に戦火を免れました。ですが、避難した先にネウロイが到来して親身に接してくださった方も皆皆死んでしまった!」

「…」

 

彼の心の叫びを聞き流すこともなく、ただただ無言で黙りこくるジェネフ。この鋭い眼光はまっすぐに彼を捉えている。

 

「怪我をしても自力で対処してあの惨劇から生き延びました。当然生き延びられなかった者の方が多く、その多くが故郷へ還りたいと告げて死にました。だから――――」

 

 

「小官は軍に入隊し、この過酷な地アフリカへと所属を希望したのです!」

 

彼の足元にはぽつりぽつりと滴が垂れ、後半に至っては半ば嗚咽交じりで必死に話していた。きっと顔面は涙や鼻水で濡れて、醜悪な面構えいるのだろうと容易に察しがついた。

ダリアでの惨劇、突如として現れたネウロイにより何の対処もできずに国は崩壊した。民間人の半数が死に絶え、避難先の基地もオストマルクの攻勢や周辺国は被害を受けて避難民も助かったはずの命を落とした。

 

「復讐でもするつもりか、お前」

 

百獣の王獅子でさえも射止めるような眼光を向けるジェネフは酷く低音で脅すように問う。

故郷の土地を取り戻すといった建前は嫌というほどに聞いた。彼が内地で教官に務めていた際にも、恨み籠った口調で入隊理由を言及する若者も少なからずいる。

本来ならそういう者に限り、死にたがりや常軌を逸する行動を取る者が多いことを重々承知である。そしてその者の最後は悲惨なものであることも承知であった。

 

 

「いいえ、小官はただ故郷を取り戻して死者を故郷に埋葬したい。ただそれだけッス」

「……」

 

予想外の返事に彼が反論しようとしていた内容が払拭されてしまう。

はいと答えたなら、彼は即座に殴り、昏倒させてから箱に隠し終えた後に、再度輸送船に乗り込ませようと画策していた。それが彼の常套手段だといえよう。

無作為に煙草を取り出してから火を点ける。大きく紫煙を吸いこみ吐きだすと、舌打ちを鳴らし重い口を開く。

 

「おいエドガー」

「はい」

「お前今日から砲手担当だ」

「えっ!? それって……」

「……こいつに操縦席を譲ってやれ」

 

淡々と彼が告げ終えた途端にキューポラを開けて車内へと入る。

灼熱の車内が身体を蒸す中、彼は堂々と従来の車長が座る席へと座り込む。今まで使われていなかったためか、至極新鮮であった。

エドガーはジョイルへ薄い青のハンカチを渡す。

 

「ジョイル君、これで顔を拭くといいよ」

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!!」

 

手渡されたハンカチで顔面を拭くと、ただひたすらに腰を曲げて上げてを繰り返して謝意を表す。折角拭いた顔も涙と濱水で台無しになっていく。

何度も何度も感謝の念を紡いでいくのに不満を持ったのかジェネフはキューポラから頭を出して怒鳴りつける。

 

「おら早く動けこの野郎、俺ら一番車輛は一足先に基地に到達して書類作成に勤しまないといけないんだ」

「わかったッス!!」

「よかったね、ジョイル君」

 

彼は歓喜しながら操縦席へと進み、席へと着く。

中はより一層に蒸し暑く思えるが、この車輛を操る一員として戦うことに喜びを得ていた彼は、むしろそれ以外は何も感じない、灼熱の車内でさえもだ。

うきうきと歳相応の反応でレバーを掴む彼に対し、臨時的に務めていたエドガーはこの車輛のくせを事細かに言及し始める。

長年とはいかないものも、操縦士として戦場を生き延びた。だからより詳細に伝えることができたのだ。

 

「普段よりレバーが重くなる際、それは別に壊れていないから。それと急停止する時には声を掛けなくていいよ」

「ふむふむ、なるほどッス」

「それに―――」

「おい早くしろ、走らせてウザったい蒸し暑さとお別れしたいんだよ」

「はいはい、じゃあ行こうか」

「了解したッス!」

 

この暑さに業が煮えたのか、ジェネフは早く出せと熱々の鉄板に地団駄する。

それを軽く受け流し、エドガーはまだ初々しい操縦士の肩をポンポンと叩いて応援の意を見せる。

彼はレバーを引き、ついに戦車を前進することができた。

戦車は彼の意向を受け止めたのか、はたまた単にエンジンの調子がよかったのか判断できないが、その巨体は確かに前へと前進した。

 

 

久しぶりに新たな仲間を迎え入れることにしたジェネフは、まだ若く新兵だった頃の自分と人物像を被せて煙草を吸う。

煙草の幸福感にやられたのか、つい本音の一つが漏れてしまう。

 

「すまないな」

 

小さくか弱く、ただ若いのが取り柄の少年兵に隊長車輛という重責を背負わすことに。

嬉しさ半面とは一切いかず、ただ背徳感と大人の仕事である戦争に子供を参加させてしまったことの後悔とぶつけどころのない怒りが紫煙と共に吐きだされた。

戦車を動かすことで一喜一憂するあの少年に申し訳なさに胸を締め付けられた。

 




つるはし

ピッケルに似た形をした大型工具で鶴の嘴に似ていることからつるはしとなる。
旧日本陸軍や自衛隊では十字鍬と呼称する。
色々な派生が存在し、鉄道つるはしと呼ばれる物は西洋から伝来した。
寒冷地では氷を砕くのに使われ、用途上頭部の一方が斧状になった。


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降下

案外ジョイルのことを覚えていない方が多いと思いますのでちょっとした説明を。
ジョイルは『開幕』という章にて登場した漁船の男の子です。


轟々と輸送機は雲一つない空を飛行する。

ふと下を見下ろすと荒野が地平線の果てまでに広がり、一片の緑は存在しない。

アフリカ戦線は話に聴かれたよりも過酷な土地だということを改めて認識した。

 

そんな大地に一本縦にひび割れた所が存在し、人狼が目を凝らしてみるとそこは味方の塹壕らしく、少し離れたところの小山には防御陣形が布陣されている。

人狼は煙草を吸いながら荒野に何かいないのかを探る。

今日は運がいいのかそれともネウロイどもが大規模作戦を考えているのかは不明であるが陸上ネウロイの影を見つけられない。

 

『ハインツ大尉、そろそろ基地上空となります』

「…」

 

数時間後、固い座席で読書に浸っていた人狼に基地が近いと通達される。

人狼は本を仕舞うと同時にボストンバックを持って扉の前に立つ。

いささか早いと前もって知らされていまい者は嘲笑うだろう。何故ならまだ着陸もしていないのに気が早いと口々にするからだ。

だが、前もって知らされて輸送機の操縦士は息を呑み、緊張した様子で人狼に語りかけてくる。

 

『大尉殿、本当にやるのですか?』

「…」

 

人狼はその質疑に首を縦に振って答える。なお操縦席と扉前に居る人狼のジェスチャーは通じないと思うが。

操縦士は事故っても責任はない、と自分に言い聞かせながら輸送機の扉を開ける。

扉からは猛烈な風が吹き曝し、流石の人狼も片手で扉の縁に捉まり耐える。風が帽子を奪い盗ろうとし、もう一つの手で帽子を押さえる。

下を向くとテントや飛行場がゴマ粒サイズで視認した。

滑走路は荒野の砂がタイヤ痕を残し、模様を描いており芸術的なモノを感じた。

 

人狼はついに輸送機から飛び出し、地上に向けて降下を始める。

耳に風を切り裂く音が聞こえ、それはストライカーユニットを履いている状態とは違った感覚だ。

そもそもユニットを履き飛行する際には風防対策が施されており、極薄の魔法障壁が張られる。この魔法障壁で風を半減させ、従来の飛行が可能となるのだ。

しかし今はユニットすらも着用していない、ユニットは現在輸送機の中で後に降ろす。

 

常に帽子を押さえたままと降下する描写はまさにオズと魔法使いを想わせるだろう。

地上との距離は徐々に近づいていき、三千メートル、二千メートルと縮まるばかりでテントの大きさも比例して大きくなる。

千メートルを超えた辺りで地上に向けて発動する障壁を準備し始める。かなりの高度から落下じみた降下はかなりの落下エネルギーを有する。

普段から使用している厚さのものだと糸もたやすく砕け散るため、何倍もの魔力を抽出して障壁の厚みを上げる。

 

誰もいない空間を狙って降下したため、人にぶつかるという不幸な事故は起きない。

地面に足が接地する手前に構築していた障壁を展開、何十の魔法陣が地面に写されていき、突風と砂埃を巻きあげる。

それによってテントはなびき、周辺にいる兵士たちは目を覆う。

その後、まさか突風を与えた正体がカールスラントで最強を誇るハインツ・ヒトラーだと知り、唖然とした表情で立ち尽くした。

その面子には、アフリカの魔女たちが同席していた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

人狼が降下する前のこと。

昼食を食べ終え、各自休憩をする兵士たち。

その中には、普段アフリカの制空権を始めとし数々の困難を切り抜けた勇ましい魔女が雑多な木箱で作られた長椅子に座り、だらけていた。

上にはテント同様の布の屋根が張られてはいたが、この灼熱の太陽のもとでは一定の効果しか果たさない。

 

「あ、暑い……」

「そうだね、また氷があれば少しは楽になるけど……」

「使い果たしてしまったからね、こうなったら冷蔵庫に入ろうかな」

 

略帽を被った金髪の少女と黒髪の小さな少女が向かいあい、机に突っ伏している。

天気が快晴という状態は裏返せば雲によって一瞬でも太陽が遮られるといった状況が起きないことを意味する。

彼女たちがアフリカで重要な存在を受け持つ航空ウィッチたちだ。一見して身長が平均よりも低い黒髪の少女稲垣は、その華奢な体系とは裏腹に8.8 cm FlaK高射砲を使用して大型ネウロイを破壊した戦績がある。

 

そのテーブルの隣にはむしゃくしゃと不機嫌そうにチェスの盤面を睨みつけるゴーグルを着けた金髪の少女に相対し、奪った駒を弄ぶ扶桑風の女性がため息を吐く。

ゴーグルの少女は何か打開策を想い浮かんだのか自信満々に一手を指すが、相手の彼女は勝利を確信した表情を浮かべることもせず、詰みであることを宣言する。

 

「チェックメイトよ、マルセイユ」

「ぐああああ!! 何故私は負けたんだあああ!?」

 

後ろに仰け反りやや過剰にリアクションを取るマルセイユ、彼女が負けた理由を淡々と並べる扶桑の女性。

ぐぬぬといった表情でマルセイユは彼女を睨みつけるも決して威圧といった感じではない、負け惜しみに近い何かである。

 

「もう、何で最初にこう一気に攻めちゃうのかしら。防衛のことを忘れるのが敗因ね」

「……私にはケイとあの無駄飯食らいのロンメル将軍だけでうちの参謀は務まる。私はこのクイーンのように駆け撃破するだけだ」

「まあ参謀とかマルセイユには似合わないわね、頭使わないし」

「頭は使うぞ、どこの部位を攻撃すれば倒せるかとか」

「いやま確かに天賦の才だけどね、貴女」

「そうだろうそうだろう!」

 

マルセイユは仮にもエース。それもトップクラスの者で怪我をして除隊する前の私であっても勝てないことは見抜いていたため、彼女に演習を仕掛けなかった。

もっとも、上がりを迎え能力的に戦闘が不向きになったことや、普段から会計などの細かい事務をこなす彼女が仕掛ける余地もない。

そして彼女は仕掛ける側より仕掛けられる側である、主にマルセイユに。

 

頭を使って疲れたのか酒を持ってこようとするマルセイユを加東は見透かし止める。

まだ真昼間でいつネウロイが襲ってもおかしくはない状況で飲酒をさせるのは愚かである。近場の農業で手に入れた絞れたての牛乳で我慢していただきたい。

それに今日はカールスラントのエースがこの場に居合わせるのだ。せめて初対面はふつうにしてもらいたいのだろう。

彼女は不服気味に再度席についてチェスの駒で遊び始める。

 

 

だが唐突にマルセイユが何かを感知し、自身の使い魔である大鷲の翼が頭横から対称に生える。左右の翼は整っており、羽色も美しい。

彼女は険し気な表情へ移り変わり、屋根から出て胸に掛けていたサングラスで空を凝視する。

この奇妙な行動に違和感を覚えたのか、稲垣やライーサ、そして加東が外へと。

 

「どうしたのよ、いきなり」

「何かが、来る」

「はい?」

「まさかネウロイ!?」

「けどライーサさん、警報すらもならないしこの晴天の空では姿を見られずに飛来するのは無理だと思うよ」

「じゃあ何だろう」

「何だろうこの感じ。私らと似て――――――」

 

マルセイユが言い切ろうとした時、突如目の前の空き地から何かが墜落して砂埃や突風を生み出した。

強烈な風と砂塵に思わず目を覆う一行、他の兵士も同様で顔を隠したり、砲弾が飛来したのかと察した兵士は地面に伏せる。

マルセイユは拳銃を抜き、その落下物に対し臨戦態勢を取って銃口を向ける。

 

 

だが砂塵の中央から銃声が響く。

放たれた銃弾はまっすぐに彼女の拳銃へと収縮していき、火花を鳴らして彼女の手から手放される。

砂塵が晴れると落下物の正体が露わとなる。

当然、その中心に居たのは沈黙の狼こと人狼であった。

 

「はあっ!?」

「なっ!?」

「えぇ!?」

「ひゃっ!?」

 

各々は驚嘆を隠し切れずに声を漏らす。

声に恐怖などが入り混じる少女もいるが人狼はあえて無視し、向けた拳銃をホルダーに納めて、統合戦闘飛行隊アフリカで責任者のような立ち位置の加東に敬礼を向ける。

階級は同級ではあるが、責任者という立場上彼女のほうが上であるため敬意を払わなければならない。

彼女も敬礼に気付いたのか、彼女も敬礼を返してあらかじめ決めていた詳細を口にする。

 

「よくこの辺境の大地アフリカに来てくれたわね、感謝するわ。輸送機で来るはずだったのになんで降下してきたのかはわからないけどこれからよろしく頼むわね」

「…」

「もう貴方用のテントは準備してるからそこに荷物とか置いて待機してて、後で呼びにいくから」

 

人狼は頷くと大きめなボストンバックを手にそのテントへと向かおうとする。

しかし、敵意の眼差しを持った彼女が人狼を睨みつける。人狼は不思議に思ったのか振り返るとマルセイユが、彼女は唐突に何を思ったか爆弾発言を言い放つ。

 

「お前、私と勝負しろ」

「…」

 

それはまさかの演習の申し込み。

人狼はその申し込みを怪訝そうな顔でまだ火が着火していない煙草を咥えながら見つめる。

彼女は決して人狼に臆することなくまっすぐに人狼を捉えており、隣に居たライーサが止めにかかり、また加東は面倒なことに進展したといった風に手を頭で押さえている。

人狼は彼女の申し込みを無視してテントへと向かおうと足を進めようとする。

 

「喰らえデカブツ!」

「…」

 

しかし前に進もうとするが彼女から飛び蹴りが繰り出され、嫌が応でもそれに対処しなければならない。

ボストンバックで振り向きざまに盾として使用、攻撃を防ぐと空いた手で彼女の頭部を鷲掴みににして持ち上げる。

 

「離せ離せ!」

「…」

 

だが痛覚をそれほど感知しない程度に押さえて、持ち上げたため彼女は焦燥に満ちた顔をしながらも苦痛を漏らしてはいない。彼女は必死に手足をバタつかせて無意味な抵抗を続ける。

 

「やめなさい!」

 

この一連のやり取りに危機感を抱いた加東が間に入り止めに掛かる。

人狼としては敵意などは皆無だったのですんなりと手を放して彼女を開放する。

これで懲りたかと目的のテントに向かう人狼にマルセイユは牙を向けて吠える。

 

「私と空で勝負しろ!」

「…」

 

彼女は加東の制御を振りほどこうとして暴れまわる。

どうやらこれを受諾しない限り、この一連は収まらないらしい。

人狼は渋々といった雰囲気を醸し出しながら片方の手袋を彼女に向けて投げる。

 

ガリアの血筋である彼女はこの動作を知っていた。

これは昔ながらの決闘を受諾、もしくは申す動作で作法としては知っていたがまさか実際にやられるとは思わなかった。

 

「ユニットが届いたらすぐにだ。いいな」

「…」

 

彼女が断る理由もなく決闘の時刻を決めるとその手袋を拾って人狼に投げ返す。

後頭部に当たる前に受け取って着用した。

問題事を起こし続ける彼女に呆れた加東は非常に大きいため息を吐き、今夜の夕食は何だろうかと現実逃避をしていた。

 




土嚢

土砂を詰め袋を縛り積み上げることで、水や土砂の移動を妨げることができる。
昔は麻袋を用いたが今はプラスチック系統。
どこにでもある土で防弾壁を作る土嚢は軍隊の基礎的なモノでスコップと土嚢で陣地を作る技能は兵士が修めるべき基本的なものとされる。
短時間で大規模な野戦築城が可能である。


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演習

「お前ら慎重に扱え、何せ英雄の逸品だ。生半可に扱うと罰が当たるぞ」

「「「了解しました」」」

 

整備兵が人狼のストライカーユニットを木箱から開封する。

そこから分解されたユニットを取り出し、慣れた手つきで組み立てる。

このアフリカ部隊のカールスラントの整備兵は能力的に優れているおり、以前にマルセイユの機体を改造をこなしている。辺境かつ僅かしかない予備の部品で改造が可能だったかは今までの経験を基盤とし、整備兵全員で結論を求めたためである。

 

また組み立ての際に内部構造を覗いて欠陥がないのかを確認、組み立てが終えると表面の塗装や小さな凹凸がないかを手の感覚で探る。

表面に異常が見られないことを確認すると若き新兵がその機体の感想を呟く。

 

「……美しくも、勇ましい」

「そりゃあお前、皇帝陛下から幾つかの勲章を授与したお方だ。超一級を与えなければ国としての面目がないだろ」

 

完成した機体は黒光りし、一見すると普段から使われているであろうbf110そのものだ。

だが、内部構造については高出力の魔導エンジンを始めとする幾つかの機構が違う。

その中で特異性を放ったのはユニット後部から小さく突出する機関銃だ。

例え、飛行機の方のbf110には後部銃座が付いているものもストライカーユニットには付けられない。問題点としては二つ存在する。

 

一つは重量について。当然、機関銃やそれを起動させるための弾薬を載せるので重量は増すため、機動性や速度に安定性が悪くなる。しかしエンジンや本人の魔法力により可能になる場合がある。

だが二つ目の問題でそれは構わない。

 

それは被弾時のことだ。足にただでさえ燃えやすい燃料を積んで飛行するのに追加で弾薬を搭載するのだ。一発でも被弾すると最悪、弾薬が爆発したら燃料がその爆発に助長するのは確実。魔法力があるからといい、近場の爆発を防ぎきるとは到底想えない。

これは道徳上の問題であった。

 

けれど、人狼特有の驚異の自己治癒の能力が問題を解決させた。

開発当初は非難の声が後を絶たなかったが、戦闘に参加するにつれ歓喜へと変わっていった。

 

後部機関銃に通常より半分程度の演習弾を装填する。

ペイント弾ではあるがやはり物資が足りない。節約しなければならなかった。

ちなみに機関銃はドライゼMG13という骨董品である。

 

 

「大尉殿、一度履いてもらえますか? 計測して問題がないかを調べたいので」

「…」

 

人狼は近場の椅子で組み立ての工程を見守りつつも何年も前に購入した狼男の小説を読み進めている。これが何度目かはわからないが、不思議と愛用していた。

それは故郷のカールスラントの物だからということもあるだろう。

人狼は立ち上がり器具で固定されたユニットに足を挿し込み、魔法力を流し込んだ。

 

「す、素晴らしい! かなりの回転数だ!」

「最高速度はきっと本来のF型より上でしょう!」

「こりゃあ整備のし甲斐があるな」

 

興奮気味の整備兵を横目に、マルセイユが近づいてくる。

彼女に気づいた整備兵らは敬礼をしざるおえない。普段はマルセイユに対し友好的に振る舞い、畏敬の念は抱いてはいなかった。

だが今は異なる。

彼女は自身の使い魔に匹敵するだろう眼光でこちらを睨めつけ、敵意を剥き出しにしているからだ。殺気は感じられなくとも灼熱の空気が冷える。

 

「私は先に行く」

「…」

「そして勝つ、絶対にだ」

 

再度、宣戦布告を告げると踵を返して自身のユニットの元へと戻る。

彼女が立ち去った後、整備兵たちは冷や汗を拭い、演習弾が込められた二挺の機関銃を渡す。

五分後、彼女は固定された機具から飛び出して大空へと飛翔する。その姿はまさしく鳥であった。

 

ヘイトの先となった人狼に向けての同情の眼差しを投げかけられる中、人狼は牙を見せる。

今の今まで己を英雄だ救世主だと持ち上げられ、自身に敵意を向けるのは異形の怪物のみとなって物足りなさを覚えていた。

しかし、このアフリカの地で久しぶりに人間である彼女が人狼に敵意を向けたのだ。新鮮かつ好戦性が増すような感覚が胸をときめかせ、目を濃く染める。

戦闘にすべてを賭けた種族は固定機具を外され、空へ向けて飛んだ。

 

 

『ほう、怖気づいて逃げてしまうかと思った』

 

耳からはインカム越しで無線が、そして彼女の声を聴く。彼女は精神的に動揺をかけているのか、あるいは単に自身からきた慢心なのか。

人狼は彼女と向かい合い、互いに威嚇をするかのように睨む。

すると彼女は目の前の大物から放たれる異常なまでの圧に押しつぶされそうにはなるも、意地が張ったのだろか堪えて睨み返す。流石にアフリカの星と呼ばれた人物でもあり、地上でされたモノより鋭利な敵意を感知する。

 

『内容は簡単、ペイント弾で被弾だけだ』

「…」

『ふん、黙りこくってばかり。少しは喋ったらどうだ』

「…」

『……無視か』

『ちょっと貴方たち!』

 

人狼の対応で不機嫌になったマルセイユ、詳細を説明された後に第三者からの声が聴こえる。

その声の持ち主は加東で心配そうに人狼らに語りかける。

 

『貴方たち模擬戦をするのもいいけど、気をつけなさいね』

『わかってる。私は強い、怪我をさせないようにはするさ』

『ならいいけど……』

『開始の合図は再度向かい合いながらすれ違う』

「…」

 

頷くと彼女はすぐさま離れて距離を離す。

人狼も離れ、彼女と向かい合う。彼女の方が先に勢いよくこちらに突っ込む、速度を上げようとしているのだろう。人狼も遅れて魔法力をユニットに注ぐ。

双方のエンジン音が大きくなり、ついに交わり模擬戦が始まる。

 

先手を打ったのはマルセイユの方だった。

彼女はすれ違い、右へと旋回。その際にエンジンの出力をあえて下げることで旋回時の無駄な半径を極力減らすことにより、後ろにつけるようにだ。

一方で人狼は空戦技術に関しては普通程度で二年経過するとそこそこの実力はついたらしく、後ろにつかれないようにと左右に旋回していた。

 

だが空戦、そして格闘戦ではマルセイユが優位に立てた。

彼女は完全に人狼の後ろをとると安易に銃を撃たずに照準を絞って短射する。

即座に人狼は躱し、彼女へと振り返り銃弾を浴びせる。けれど未来を予知していたかのように、躱されてしまう。

人狼はシザーズと呼ばれる空戦技術を行い、マルセイユをわざと追い抜かされようとした。

単調な動きでシザーズを行う人狼に舐められているのかと思ったマルセイユはシザーズが行われている最中にもついていく。イラつきながらも動作に追いつき、嘲笑う。

 

『馬鹿にするのもいい加減にしろ、英雄』

「…」

 

彼女は弾を何度もばら撒くが未だに当たらずにいた。

いくら空戦軌道が雑だからといっても、人狼には能力の他にもう一つだけ、彼女よりも優れた点があった。

それは豊富なまでの戦闘経験、背後からの攻撃などは経験済みであった。そのためか攻撃パターンは読めており、暫くは避けることが可能である。

 

だが、やられるのは人狼の性ではない。

一瞬背後を見るとともに魔力をユニットに流す。しかしエンジンの方ではなく、とある機構にだ。

するとユニットのプロペラの軸から左右それぞれ弾丸が放たれる。

あまりに近接したため紙一重で避けれたがペイント弾が頬を掠めて色を付け、もしもコンマ単位で気づかなかったら彼女の美貌がオレンジ色に染まっていただろう。

エースと自負していた自身に肝を冷やすような経験を与えられた彼女は、英雄と称された人物が狡猾な小技を使ったことに業を煮やし怒涛の攻撃がなされる。

 

『当たれ!』

「…」

 

普段とは打って変わっての態度に、無線越しからは加東とライーサは戸惑っていた。

彼女の怒気に震えた様子の稲垣、これほどまでに彼女が感情を露わにするのを見たことがなかったのだ。

加東はあまりの態度に「これ以上何かをしでかすのでは?」と不安視して、無線で中止を呼びかける。

 

『模擬戦は中止! さっさと戻りなさい!!』

『うるさいぞケイ! 私は英雄の実態に怒っている。勝つまでは続ける!!』

『いいからさっさと―――!』

 

加東が言い終える前にマルセイユの無線が意図的に切られる。

人狼は彼女が言うように荒ぶったままの彼女が事故を起こすのではと危惧し、早期決戦を心に決めた。

その決め手になるのは霧化である。シザーズと同様に抜かされた際に瞬時に背後を取り、機関銃を放とうという作戦だ。

 

 

ここで異常事態が起きた。

何故か霧化ができないのだ。何度も何度も霧化を試みるが一片も身体は霧へと変貌せず、彼女が後ろから詰めてきたが人狼に手札は残されてはいない。

 

人狼はあえなく全身ペイントで塗られ、ユニットのデカールである狼が駆ける姿が染められた。

拍子抜けた行動や姿に呆れたのか、冷たい視線を向けるマルセイユ。そして不機嫌そうに舌打ちを鳴らし基地へと一人戻ってしまう。

 

地上に降りた人狼は、何故霧化ができなかったことが理解できずに首を傾ける後ろ姿は情けなくも思え、兵士たちの士気が下がり、面倒なことになってしまったとより加東の頭を抱えざる負えなかった。

基地の端で独り虚しく、慣れない環境で吸う煙草はあまりにも空虚である。

そんな人狼をマルセイユの相機を務めるライーサが心配そうな眼差しで遠目から見つめていた。

 




ドライゼMG13機関銃

ドイツで生まれた機関銃、1932年に採用された。
ライメタル社製で歩兵が携行運搬可能な空冷式軽機関銃とする開発方針を定めた。
ちなみにヴェルサイユ条約で禁止されていたが何とか隠蔽して開発をしていき、戦車の機銃やJu87の後部銃座に取り付けられ、ポルトガルではあ1960年まで使われた。
給弾式はドラム型やバナナ型と二つある。


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砂塵

あけましておめでとうございます(激遅)


人狼がアフリカに着任した翌日。

辺境の地アフリカには合わない朝飯を食し終え、自室とも呼べるテントにて読書にふけっていた。

 

何故そんなにも美味な飯が食えるかというと食品などの管理が行き届いていることに加え、ロマーニャの料理人が駐在しているのだ。

これにより常に兵士の士気は一定を保ち、素行などの問題点が収まったのだという。

おまけにではあるがもう一つ要因が存在する。

 

それは扶桑のウィッチである稲垣軍曹が自ら調理場に立ち料理を振るう。

これには嫌が応にも兵士たちは歓喜し、当時なら食べることはまず少ないだろう扶桑料理を定期的に食べれるのだ。

だが人狼は久しぶりに食べる日本食ならぬ扶桑食には普段通りの鉄面皮で食すので、彼女は料理が美味くないのかと落ち込んでいる様子が見てとれた。

 

兵士たちは食後に何処からか採ってきたサソリを戦わせ賭けをしたり呑気に葉巻を吸って悠々と過ごす。

別段訓練やらをしている様子がないがこれでも何年もアフリカの地を防衛してきた古参兵で、誤報で飛び込んできたネウロイ来襲の際も忙しなく働いていた。

 

 

今日は何事もないだろうと人狼が再度一から読み直そうとページに手をかけた時、けたましいサイレンが耳をつんざく。

テントから這い出ると太陽が人狼を刺すかのような日差しが降りかかり、兵士たちは持ち場へと着き、高射砲に対空砲の準備や銃器の弾倉を用意していた。

人狼も急いで司令官的ポジションに収まった加東の元へと駆け出す。

 

「ハインツ大尉出撃よ」

「…」

「ここから南に四十キロも離れたところにネウロイの群体が見つかったの、前線の兵士をサポートするべく今から飛んでもらうわ!」

「…」

 

人狼は頷き、加東と共に滑走路の元へと向かう。

そこにはユニットを脚に履き、今にも空へ飛びかねないライーサとマルセイユの姿がそこにはあった。武装としてはMG42を携え、二人の腰には幾つかの弾倉を括り付けている。

マルセイユは人狼を見ると否や敵意の籠った目でこちらを睨めつける。

 

「おい私はライーサと共に行かせてもらう。お前はついてくるな」

「我が儘言わないの、大尉と一緒に行ってもらうわよ」

「ふざけるな、こんな噂だけの男が居ても邪魔になるだけだ。先に行くぞライーサ!」

「け、けど……」

「いいから行くぞ!!」

「う、うん」

 

怒声を散らしたマルセイユはエンジンを轟々と鳴らし、固定機具を外して滑走路を走る。百メートルも超えない内に大空へと飛翔した。

ライーサはマルセイユに言われるがままに滑走路を抜け、二人は前線を維持するために向かっていってしまう。

人狼は彼女らを節目に整備兵からMGFF機関砲を受け取って安全装置を外す。両手に持つと有事の際に解除できないのだ。

 

傍のテーブルにまた機関砲を置いてから今度は自身の所持するモーゼルC96の弾倉を確認、弾倉は四つで後から集束手榴弾を腰に一個取り付けた

あまりの重装備に加東と途中からやってきた稲垣がやや引き気味にこちらを見つめている。

 

「確かに此処のネウロイは強いけどそこまで重装備だと悪影響よ」

「…」

「取りあえずは稲垣軍曹と二機編成で飛ぶからよろしくね」

「お、お願いします」

「…」

 

ぺこりと小さな身体を頭を垂れてより小さくする。

人狼はこの世界の礼儀作法と元の世界の作法と同じことを改めて認識した。

彼女がユニットを装着し、自身の武器であるボヨールド40mm砲を二人の整備兵から受け取る。

小柄な体格なのに大の大人が二人がけて持ってきた機関砲を彼女は両手に易々と持つ、ため人狼は筋力を向上させる能力か念力系統なのかと予測を立てる。

 

「ハインツ大尉、いつでもどうぞ」

「…」

 

人狼は彼女が現状報告を聞き入れ、エンジンに魔法力を流し込む。

エンジンのプロペラは徐々に速くなり轟かせるような轟音を周囲に鳴り響きさせる。やはり特注のエンジンは伊達ではなかった。

一定の魔法力を感知し固定機具が外れると滑走路をかなりの速度で滑走する。

滑走路で見守っていた新兵の一人は「マルセイユの速度を更新したぞ」と黄色い声を上げ、彼の班長にげんこつを喰らわされる。

続いて稲垣もやや遅くではあるがエンジンを乾燥した空気に響かせて空へと飛び立つ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

空に飛び立ち二機編成の編隊飛行をする人狼と稲垣。

今回は初めてのアフリカの戦闘のため長機は彼女が務めており、後方で人狼は辺りを見渡して索敵をする。

本来の出撃の際は軽い会話などを挟むのが常だがあいにく今回はそうといかない。

理由は簡単かつ簡潔で人狼は喋らない、それだけだ。

 

「あ、あのーハインツ大尉は好きな食べ物とかはありますか?」

「…」

 

後ろを振り向いて会話の糸口を模索するが、人狼からは何も返されない。

好きな花やら好きな色やらと幼稚もいいところの話題を振るが一向に答える兆しは見えず、辺りを索敵するだけ。

威圧的な雰囲気に怖気づき、猛暑や戦闘とは違う汗を掻いていた。

 

『こちらマルセイユ、戦闘に移行する』

 

そんな中、耳のインカムから特徴のある声が聴こえる。

どうやらマルセイユの編隊は空戦をし始めたらしく、より一層空気が張り詰め、まだ戦闘慣れしていない彼女は息を飲み込む。

 

マルセイユたちとは時差があったとはいえ僅か七キロ程度の差で無線が入った二分後には戦闘空域に突入する。

このことを基地にいる加東に知らせて、味方地上部隊を確認するとミミズが這いだ跡の如し塹壕が引かれ、塹壕内から小銃や機関銃、暫し離れたところからドアノッカーと名高い3.7cmPaK36が土嚢越しから砲撃をしている。

 

このことから地上に陸戦ネウロイがいることを把握した稲垣は地上の低空へとダイブする。人狼は地上支援をする彼女を護衛するために追従した。

地上には十体後半の陸戦ネウロイが中小揃っており、形態としては欧州で視認した小型のアリと中型のクモが居る。

塹壕との距離としては三百メートル、即座に撃破ができなくては地獄の白兵戦が繰り広げられるだろう。

 

彼女は低空を飛行しているが、標的に捉えた一体にまたも降下して四十ミリの砲弾を二連射する。一発目は外したものも二発目は見事に命中し、核が粉砕されたのか弾けた。

対地に関しては人狼を超えるもので次々に命中撃破していく。

 

何度も攻撃を行う彼女を流石に放っては置けなかったネウロイは彼女を倒すために襲い掛かる。

だが人狼は彼女を襲うだろうと当に予測し、光線を照射させる前に二挺の機関砲を短射して三体中二体を撃破する。

残りの一体は被弾したのか塔のような身体をふらつかせながらも、細い光線を照射するが、難なく人狼が魔法障壁で防衛し魔法力で強化した機関砲を殴りつけて地上へと叩き落とす。

 

「な、なんて鮮やかな手際……」

「…」

 

それでも彼女を墜落させるためと十体のネウロイがこちらへ続々と降下する。

あんなにも墜とされていった仲間が何故墜ちたのかという理解がないのか、纏まって動くので機関銃を先程同様に発射して一面に破片の雨を降らせた。

一体が人狼の後ろへ付いて光線や弾丸を飛ばすが、搭載された後部銃座機能が作動して独特な形態の上下部分を分解した。

 

また新たに二体のネウロイが機銃を撃ちながら突入してくるのではないか、人狼は引き金を引くが二挺から何も発射されない。

太陽が雲に隠された時、人狼の身体からは血飛沫が飛ばされた。損傷箇所は胸に頭部といった急所ばかりである。

 

「大尉!!」

 

態勢を崩して武器を手から落とし、頭から落下していくのに対し彼女と離れているためか受け取り救うことができない。

それでも彼女は首に武器を掛け、魔法力をつぎ込んでエンジンを加速させる。

地面まで接地する百メートルに達すると被弾した所が霧に巻かれ態勢を取り戻した上で静止する。

 

人狼は不可思議といった風に両手を見つめて、何が起こったかが理解できずに首を傾けている。

遅れて彼女が涙目になりながら人狼の元へと向かい、慌てふためいたように口にする。

 

「い、今応急手当を!」

「…」

 

医療箱から包帯を取り出して首を確認するが傷の一つも見当たらない。それどころかただ血で濡れているだけだ。困惑の色が見てとれる。

傍から見れば不可解極まれりだが一応にも戦場、人狼が地上を指差して再度攻撃の指示を促す。ハッと気づいた彼女は包帯を仕舞い、武器を手に地上にいるネウロイに撃つ。

 

対戦車砲の活躍や塹壕の兵士たちが一生懸命に撃ち続けたお蔭で数も減らされている。

片手にモーゼルを携え、もう一方には集束手榴弾を。

口で安全ピンを外してから集束手榴弾を全身の力を込めて投擲する。

投げられた物はメジャーリーガーも驚きの速度で最後の一体となった中型ネウロイに命中してから爆散、魔法力を込めた甲斐もあり塵芥となって果てた。

 

「…」

『お見事です!』

 

無線から年頃らしき少女の声が響き人狼は深く戦闘帽を被る。

 

『こちらマルセイユ、全て撃墜した。これより帰投する』

『制空権を奪取してくださってありがとうございます!』

『何、当然のことだ。私だってどこぞの誰かとは違い、異名で呼ばれているエースに相応しい活躍をしなくてはな』

『ちょっとティナ!』

 

明らかに人狼を意識した発言に相方のライーサが注意を促す。

マルセイユは彼女の注意を無視し嘲笑うかのように溢れんばかりの失言を言い放つが、これ以上は関係が悪化すると察した加東が阻止した。

彼女は愚痴を零しながらも一足先に帰っていった。

 

罵倒には慣れたという風格で塹壕をジッと凝視する人狼に稲垣は早期の帰投を促した。

しかし人狼は先に帰れという仕草をして帰らせる。

その後、塹壕を沿うようにに十分間飛行した後に帰投した。

加東から何があったかを聞かれたが、人狼は何も答えずに自身のテントへと戻り去ってしまうのであった。

 




グロスフスMG42機関銃

ドイツで生まれた機関銃、1942年に開発された名機関銃である。
ラインメタルMG34は優秀な銃だったが、部品に削り出しを多用するなど生産性や高価格という欠点を抱えていたが、プレス加工の多用により、MG34のおよそ半分の人手や低いコストで製造できた。
MG42の発射速度は毎分1,200発とかなり速く、ヒトラーの電動のこぎりとも呼ばれる。

よくゲームに登場しており、派生が今なお使われている。


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帰投

アフリカでの初戦闘から数時間が過ぎた。

あれほど照り付けていた太陽は完全に隠れて辺りは暗くなる。

落陽して暫く経つと次第に寒さが荒野と基地を斡旋し、兵士たちは等間隔、または乱雑に置かれたドラム缶に火を灯し始める。

時代の進歩で此処にも電気は存在するのだが、たかが基地の街灯如きに使うのは愚かであった。

 

その中で人狼のテント周辺にも誰が置き灯したかわからない即席の街灯に火が灯る。

尉官や佐官などのテントには一個の電球があり、線を辿ると司令室へと至る。

理由としては至極普通で、換えも利かずネウロイに効果的な魔女を一般兵と同じ扱いとすることはできないのだ。

 

 

しかし他とは違ったところが一つある。

 

それはウィッチとの接触についてであった。

実際ウィッチという存在は基本的に美女や美少女が多く、血気盛んな男衆は彼女らを口説こうとして軍紀が乱れたり、強姦などの不祥事で魔法力を行使できなくなるという事件を未然に防ぐためだ。

極稀に例外はいるものも、処女でなければ魔法力は行使できないという面倒な発動条件である。

過去に欧州でロマーニャの兵士がウィッチを口説く姿を高官にバレて最前線送りとなった経歴がある。

 

だが此処ではそんな規則は過酷なアフリカということで緩和されており、兵士たちは気軽に話しかけることが可能で、ウィッチのテント付近は立ち入り禁止となっているだけだ。

 

人狼はどうだろうか。

魔法力を所持しユニットを駆けるとして男性という性別だ。

ということは言わずにも理解はできるだろう。

実際に人狼のテントには侵入禁止を促す看板は立てられておらず、男性なのにユニットを使えるということで兵士たちは興味津々だった。おまけにカールスラントのエースでもある。

けれど人狼のテントには誰も近寄れなかった。

理由としては威圧感があり近づけない等とのこと。

 

人狼は誰も来ないテントの中で本を読み続ける。

木箱を並べて作った即席のベッドに手持ちの荷物を何も金品はないからといった風に不用心に投げ捨てられている。

 

それでも一つ、変わったものがあった。

やや糸が解れて何度綿が出て縫い直したのかがわからない人形である。

これはもう人狼が軍に入隊した際に今は亡き妹分のノアから受け取ったもので、人狼人形の傍にはノアの遺品でもある彼女そっくりな人形だ。

人狼は家族だった数少ない遺品を前線へと赴く以外、常に傍に置いておりエースは人形遊びに忙しいと罵られても無視し、補修を行っていた。

 

 

「ハインツ大尉、夕食ができました」

「…」

 

人狼しか通らなかった出入り口からはらりとこの基地で一番に小さい稲垣が現れる。

とても小柄にも関わらずあの機関砲を手に奮闘していたとは想えない、人狼は手にしていた本を置き、外へと出る。

食堂らしきところでは兵士たちが地べたに座り調理された夕飯を嬉々として喰らい、喜びを共有している。

 

「今夜はカレーですよ。扶桑風、いやブリタニア風がわかりやすいですかね」

「…」

 

彼女とともに列へ並んだと思うと、彼女はカレーやらを提供する方へと回り、コックとともに配膳する。

彼女の慈善精神はどこから湧くものであろうか。

周りから視線を感じるのを慣れたと言わんばかりに無視して己の皿にカレーが添えられる。スパイスが効いて、食欲をそそる。

人狼は兵士を気遣ってひっそりとテントで夕飯を食べようと、足を進めようとした時。

 

「ハインツ大尉こっちよ」

「…」

 

後方から声がするので振り返ると司令官的ポジションに収まった加東の姿が映る。

隣にはマルセイユの相機を務めたライーサが椅子に座りカレーを食していた。

どうやら人狼が座るであろう席には張り紙が置かれてあり、公用語でもあるブリタニア語を始めロマーニャにカールスラント、しまいには扶桑語が羅列している。

意味としては「大尉が座ります」と書かれており、どの言語にもそう書かれているに違いない。

 

加東の指示に従い、人狼は四か国語で書かれた指定に座る。

人狼は数秒目を加東らへと向けた後、スプーンを手にしてカレーを食べ始める。

 

「あ、あのお疲れ様です」

「…」

「地上支援をする稲垣さんを護衛してくださってありがとうございます」

「…」

 

人狼はそんなのは当然だと雰囲気を醸し出す。

それでもライーサは黙々と食事をしている人狼に対し、完全には恐怖心が拭いきれずにいてやや萎縮している。

まあ場数を潜ったとしても年頃の女子にはきついであろう。

しかし加東は人狼の雰囲気を察知し、怖がるライーサを尻目に苦笑しつつも稲垣から報告されたことを口にする。

 

「聞いたわよ、被弾したのだって。本当に傷口大丈夫なの?」

「…」

 

忙しく動かしていた手を止めて、コートの袖口を捲る。

皮膚には先の戦闘で負傷したとは想えないほどに何もなく、むしろ筋骨隆々の腕が姿を見せ、たくましくも肉体美に溢れた腕を二人は凝視して息を呑む。

 

「スゴイ筋肉ね…」

「そうですね…」

「確かにこれならば機関砲二挺にその他諸々を持てるわ」

「例えるのなら彫刻…」

「…」

 

それなのに人狼は褒められているにも関わらず、依然として態度を崩さない。

人狼と呼ばれる種族なのだから怪力なのは当然なのだ。

現に怪物と見なされる吸血鬼はセラスのような一般婦警でも重々しく武骨な機関砲を背負い弾が切れるまで気球船に射撃を行った。

淡々とカレーを食す人狼を目に加東は申し訳なさそうな表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「ごめんなさいね、マルセイユが失言をあんなにも吐いてしまって。本当は優しくて人を思いやれるいい子なのだけど貴方を何故か敵対視してしまってるの」

「…」

「元々好戦的な子ではあったけどあそこまで過激になるとは想像しなかったわ」

「私もあそこまで乱れたティナは久しぶりです」

「戦闘から帰還した際にガツンと言ったから許してもらえると嬉しいのだけど」

「…」

 

人狼は手を止めて、まるでマルセイユの保護者のような彼女を見つめる。人狼はコクリと首を大きく振り許すということを表す。

実際にはこの手のことは少なからず存在したので特に精神的苦痛は無い、平然とカレーを口にしている。

そんな人狼を差し置いて彼女はまるで自分のことのようにほっと胸をおろした。第一印象がかなりアレだったのであろう。要因がカレーや暑さではない冷や汗がうっすらと浮かんでいる。

 

「マルセイユ本人が謝ってくれると、なおさら楽なのに……」

 

彼女もかなりマルセイユに苦労を掛けさせられているらしい。どこぞの大佐みたいな苦労人気質なのであろう。

唐突に彼女がいたたまれないような立ち位置に同乗したのか人狼は水筒とは別の水筒を取り出して加東に突き出す。

加東は首を傾げながら蓋を開け、匂いを嗅ぐと中身は上質なウィスキーが入っていた。人狼が傷口の手当にも使えるという理由で常日頃から持ち歩いているのだ。

 

「へぇー、中々いいの持ってるじゃない」

「何でしたか中身?」

「お酒よ、しかも良質なウィスキー」

「最近は仕事でお忙しそうでしたね……」

「まったく、ロンメル将軍ったら書類仕事はまあ得意だとはいえ頼りすぎなのよ!」

 

今までに溜まっていた不満が酒の匂いで爆発したのか、一気に水筒を傾けて効果音が出そうなほどに飲み続け、空となった水筒を机に勢いよく叩きつける。

自分の所持品でもないのに叩きつけたため、水筒の角がやや凹んでしまった。

 

「ったく、マルセイユも将軍もどうして身勝手な人が多いのかしら。やってられないわよ……」

「あ、あははは……」

 

同情の目を向けつつも、彼女の豹変っぷりに引き気味のライーサ。彼女の笑みが引きつり乾いた笑い声を発する。

中身は度数の高い一品であったためか酔いが早く、凡人より酔いが早く酒癖が悪い彼女は頬を染めて瞳をダランと垂らす。

時折怒り口調で喋るので怒り上戸なのだろう、稀にしゃっくりを鳴らしながら愚痴を呟き始めている。

 

「ちょっと大尉聞いてるの? 被弾した知らせを聞いた時はすっごく肝が冷えたのよ、知ってるのかしら!」

「…」

「貴方ホント無口すぎるのよ! 挨拶ぐらい言わないともうぶっちゃけると怖いのよ、わーかーるぅ!?」

 

人狼は人知れずに迷惑を掛けたと腰から新たな水筒を取り出し細長いタイプを差し出す。中身は同種のウィスキーである。

隅で面倒事に絡まれないようにライーサは何故水筒を三本も持っているのだろうと不思議に思っていた。

 

その日は人狼とライーサ、それと追加で巻き添えを喰らった稲垣がどこの繁華街に居るであろう、へべろけと化した加東の愚痴を散々と聞かされた。

 

話を中途半端に聞いてると途中で彼女に見透かされて、激怒しつつ酒を飲めと要求するのだ。

その結果、加東のテントでは少女二人が容易く許容量を超えてダウン。

人狼は持ち前の酒の強さを存分に発揮したためか加東が寝静まるまで起きていた。

翌日、謝罪の言葉が当の本人から口にされ、人狼と二人はアフリカ一の苦労人である彼女がいたたまれなくなり、暫くは気遣ったという。

 




ウイスキー

イタリアの貿易都市で生まれたもの。
蒸留酒の一つで、大麦、ライ麦、トウモロコシなどの穀物を麦芽の酵素で糖化し、これを発酵させ蒸留したものである。
日本で有名なウィスキーのメーカーはニッカウヰスキーであり、その会社を元とした『マッサン』というNHKドラマがある。


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平手

「いやごめんね、本当にごめん!」

「加東さんそんなに謝らなくても……」

「そ、そうですよ!」

「……」

 

現在、加東の仮住居であるテントで加東がまだ二十歳にも満たない三人に土下座をして謝罪の言葉を連ねる。

そんな彼女に激しく困惑した様子の若き少女らライーサと稲垣、別に何ともなさそうに呆然と彼女を見つめる人狼。

頭を情けなく地面に擦り付ける様はとてもアフリカを指揮する者とは想えない。

 

「うぅ、まさか自分でもこんなにダガが外れるとは思わなかった……」

「ま、まあ加東さんもスッキリしたのでは?」

 

よくよく考えてみれば同情せざるおえないことに気づいた稲垣は苦笑いで彼女を諭す。

実際加東の行ってきたことは全てが激務であり、不良行為を繰り返すマルセイユに優柔不断なロンメル将軍、しまいには問題の火種と化した人狼だ。

ただでさえストレスが溜まっていたのだろう、泥酔中の愚痴で散々聞かされた。

 

「取りあえず皆は先に朝食摂ってきて、私は片付けをしてるから……」

「了解しました。行こうマミ」

「あ、うん」

 

稲垣はライーサの手を引かれてテントから出る。

後から人狼も敬礼をし、ただでさえも酒臭い空間出ようとしたが彼女に呼び止められる。

 

「大尉待ちなさい」

「…」

 

二日酔いで頭痛に顔を顰め、頭を押さえながらも加東は人狼に対し言い放つ。

 

「うちのマルセイユをよろしく頼むわね」

「…」

それはまるで一児の母親が子の同級生に頼み込むような優しい眼差しを向けた。

彼女の言葉を真摯に受け止めた人狼は、二日酔いで数秒後に嘔吐する彼女の無残な姿を一切合切見ることもなく出る。

ついでに情けなく聞こえる嗚咽に人狼は耳を塞ぎ、歩みを早める。

その後加東はしばしの間、禁酒令を自分に勅令した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…」

 

朝食を摂り終えた人狼は自身が携帯している拳銃をバラシて整備を始めていた。

人狼特注のモーゼルで一番目立つであろう象の鼻の如き銃身からススを掃き取り、弾倉に込められた弾を磨く。別段、狙撃のためというわけでもなくただなんとなくで行っている。

アフリカには娯楽が少ないためかこういう整備しか人狼は時間を潰せない。他には鍛錬や読書だが本は夜に回し、鍛錬は基地を周辺を走り回るとマルセイユから苦情を受け付けるため、室内でできる簡易的なものしかできずにいた。

 

バラシていた拳銃を組み立ててから煙草を口にする。

紫煙が口一杯に広がり、脳を幸福感が刺激し、吐きだしてからもう一度口に運ぶ。三分間それを繰り返して放心していると、聞き覚えのあるサイレンが鳴り響く。

召集を呼び掛けるサインにすぐさまテントを飛び出して司令部であるテントへと駆ける。

 

室内では二日酔いが抜けないままの加東が椅子に脱力して座り、心配そうに顔色を伺う稲垣とライーサ、普段と同じ態度を取るマルセイユだ。

相変わらず人狼が着いたとともに不機嫌になる。

 

「また敵が確認できたわ。場所は味方の前線から南に何十キロも離れたところよ」

「で、編成はいつものでもいいよな」

「いいえ、今回のは陸戦ネウロイではなくて航空ネウロイだけよ」

「じゃあ私とライーサだけで終わりだな」

「……今回は大尉も連れていってもらうわ」

「…何だと?」

 

聞き入れない発言にマルセイユは加東を睨む。そこまで毛嫌いしていた人狼と組むのが嫌だったのだろう。

加東は胃を痛ませながらマルセイユに厳しく指摘する。

 

「あのねマルセイユ、此処は戦場なの。一人が好きにできると思わないでちょうだい」

「そんなのはわかっている。だけど何故コイツを!」

「大尉はこのアフリカの地形や環境を知らない。だから今慣らしておくのが一番だと思ったの」

「それなら哨戒の機会に設ければいいだろう!」

「哨戒でも限度があるわよ。あくまでこの基地を中心に飛ぶわけだし」

「ッ!!」

 

マルセイユは彼女に言い分に虫をかみつぶしたような表情になり、大きく聞こえんばかりの舌打ちを鳴らす。

緊迫した空気の中、気の弱い稲垣は怖気づいている。

気が立っているマルセイユを諭そうとライーサは必死になる。

 

「私も居るし別に二人で飛ぶわけじゃないからね。あとハインツ大尉は優しいし」

「……ライーサ、コイツの手駒にされてるぞ」

「え?」

「……皆だ。皆がコイツに騙されている!! コイツは偶然魔法力を得ていて、偶然飛べて、偶然生き残っただけに過ぎない! こんな過大評価されていた男と組んで―――――」

 

 

 

「マルセイユ、歯を食いしばりなさい」

「え」

 

ゆっくりと椅子から立ち上がった加東は激怒するマルセイユに忠告を促した後、彼女の頬をビンタした。

バチンという音だけがテント内に響き、何が起きたか理解できないマルセイユは放心し、ただ頬だけが赤く染まる。

その光景を見た少女三人は唖然とした表情で、また室内で事務作業に追われていた男衆は音の出所へと振り返り見つめる。

ようやく自分が何をされたか理解できた彼女は、頬を触り、目元に薄く涙を滲ませながら知っているありとあらゆる罵倒を吐き捨てて去ってしまう。

 

「……加東さん」

「気にしないで、あの子にいつかしなきゃと思ってたの」

 

力強く叩いたためか赤く染まる掌をジッと凝視する。

叩いた本人も苦悶な表情を浮かべていた。

それでも今自分がするべきことへ振り返り、人狼たちに命令を下す。

 

「ライーサと大尉はマルセイユと編成して航空ネウロイの迎撃へ」

「…了解」

「…」

「稲垣軍曹は一応この基地周辺を哨戒してもらえるかしら。重いと思うけど機関銃も頼める?」

「わ、わかりました」

「ごめんね皆、場の空気悪くしちゃって」

「い、いえ別に」

「……ならよかったわ。じゃあ皆頼むわね」

 

一同はユニットを起動させるために自身のユニットへと向かうが、突如滑走路からけたましいエンジン音が荒野に響き、代わりに各々のユニットが固定されている所にはマルセイユの姿は見受けられなかった。

近くで控えのMG40を点検していた整備士から聞くともう飛び立った模様だ。

おおよそさっきのエンジン音は彼女だと見当がつくだろう、まあ此処にはウィッチしか存在しないが。

 

「……仕方ありません、いずれマルセイユとは会えるので先に編隊を組みましょう」

「…」

 

ライーサの意見に賛同した人狼は首を縦に振る。

彼女が先に武器を受け取り固定具から発進、続いて人狼も重装備で発進する。

脇目では整備士たちが自分の代わりに出撃をする人狼らに祈祷の意味を込めた笑顔を作り帽を振っているので、人狼も年季の入った祈りが込められた帽子を振り返した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

何故、私がこういう目に会うのだろう。

私は全速力でユニットを駆けて敵の元へと駆ける。

JG52ではエースとして活躍したのだが欧州での戦い以降皆バラバラになってしまい、ライバルであるハルトマンとの決着もついていない。

部隊の再収集がかけられると踏んでいたが、南リベリオン国内で忙しい様子で音沙汰もない。

しまいにはこの辺境の地アフリカに飛ばされてしまった。気に入っているのだが。

 

アイツさえ居なければこのアフリカは楽しく過ごせたのだ。

アイツさえ居なければ私が叩かれる羽目にならずに済んだのだ。

あぁ、今思い出すだけで虫唾が走る。

 

ケイもライーサも皆してアイツに味方して私を追いやる。

おかしくはないか? 私はただ真実を口にしているだけなのに。

 

空戦技術だって練習生程度で射撃も上手いとは言えない、むしろ普通だ。

ただ噂に尾ひれがついただけでピカピカの高性能なユニットを皇帝陛下から貰えるとは、カールスラント軍も末期だな。

全てにおいて私が勝ったのにアイツに踏みにじられるとは屈辱だ。

世界が私の敵でも私はアイツを否定する。

 

下に味方の長い塹壕が見えた。

敵の群れが待ち構えていることは、あと少しで私の鬱憤が捨てられる。あの出来損ないの歪なカップを何個も何個も叩き壊し、破片を荒野に降らそう。恵みの雨ではなく、酸性雨に似た類だけど。

インカムからはライーサの声が聞こえるが切ってしまおう、友の声も今では耳障りなだけだ。

 

 

それでも捨てきれなかったら酒でも飲んで自暴自棄になって加東たちを困らせてやる。

いい仕返しになるだろう。

 

 

「精々、私を楽しませてくれよ。化物」

 

ユニットに魔法力をより多く流し込み、加速させた。

 




ボフォース 40mm機関砲

スウェーデンで生まれた対空機関砲、ボフォース社が開発。
第二次世界大戦で用いられ、各国が用いた。
アメリカで最も使われており、航空機用にも転じたことがある。
1934年から現在でも配備されていたりと何気にスゴイ兵器である。


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白煙

見直してみると誤字多くて危機感を覚えたゾ。


「ふんっ、やはりその程度か」

 

マルセイユは前方からヘッドオンを仕掛けた小型ネウロイをロールで躱し、身体を捻りこむ。小型ネウロイの後方に着いて、MG34の引き金を引いた。

アイスキャンディーの如き曳光弾がネウロイに命中し、コップのような頭部が割れる。

それと同時に残った部分も弾けて白い破片となる。

 

彼女はニヤリと微笑を浮かべ、後方から襲い掛かるネウロイに対し急降下する。

それに釣られたネウロイ二体がマルセイユに追従し、放たれたネオンライトに酷似した光線を彼女は左右に振って躱す。

 

ネウロイも彼女を追従するのは得策ではないと察したか、それとも単に飽きたのかは定かではないが前の高度を取り戻そうと上昇を始める。

 

それを確認した彼女はインメルマンターンというUターンを行う。この機動の利点は速度を失う代わりに高度を得られるということだ。

今度はこちらがネウロイを追従する。

 

これにはネウロイも群れていたら撃破されると直感したのか、それぞれ左右にバラけようとする。

だが彼女は回避行動を見据えてか片方のネウロイに機関銃を短射した。

命中した一体は、体の安定感を保つ機関がやられたのか左に激しく寄り、彼女を共に追従し隣を飛翔していたネウロイに激突して白く爆ぜた。

 

破片が飛び散る空間を魔法障壁を張り通過、次の敵へと銃先を向ける。

 

「今回はまあ多いか」

 

この場にいるネウロイの頭数は約三十体、しかも適当に数えただけなのでこの数よりも多い。それに今日はアフリカにしては珍しく雲が掛かり、雨は降らなくてもやや暗い。

雲という存在自体がネウロイが隠れて奇襲を行える絶好のモノなので、現時点でマルセイユは劣勢に立たされているとも言えよう。

 

「弾は大量、銃身も予備がある。今回もスコアを伸ばしてやる」

 

自身のライバルでもあるハルトマンの顔を思い浮かべ、敵に再突撃を始める。

ヘッドオンには少量の弾を放つことで節約をする。放たれた僅かな弾は的確に致命的な部位や機関を破壊、ネウロイ同士の衝突という二次被害を(こうむ)らせる。

 

 

彼女はある固有魔法を所持している。

偏差射撃、と呼称されるモノで固有魔法の中で強力な能力と言われる。

未来視・三次元空間把握・魔弾の三つの魔法を組み合わせた能力で隙が無い。

未来視で敵の攻撃や移動先を予知し、三次元空間把握で敵の大まかな位置を把握、魔弾で弾を強化して威力を上げて撃つのが一連の流れだ。

 

この能力を駆使して彼女はカールスラントの五強に選抜される程の実力者となったのだ。

また能力だけに固執するのではなく日々の訓練やらの成果もあったりする。

 

「この調子じゃ私は墜とせないぞ!」

 

彼女の存在を強く主張するかのように大声で叫ぶ。

刺激されたネウロイが続々と背後に迫り光線や銃弾を飛ばすも難なく避け、魔導エンジンを出力させる魔法力を敢えて絞り込み、減速しつつ右へとバレルロールをする。

 

当然、ネウロイの方が速度が速いため彼女を追い越す。ネウロイたちは慌てて右へと急旋回をして躱そうとするも呆気なく破壊されてしまった。

 

先の減速による反動で速度が落ちたマルセイユを狙い、一体のネウロイが横腹を刺そうと乱射するも魔法障壁を張って防御、直角に急降下する。

重力にユニットや身体が悲鳴を上げながらも態勢を強引に立て直す。

お蔭で高度を減らした分、速度を得ることができた。

 

「まだだ。まだこれではハルトマンには勝てない…!」

 

上空で彼女を見失ったのか悠々と飛ぶネウロイを発見、即墜とすために上昇を始める。

辺りを確認しても近距離には敵を視認できず、今が好機であると彼女は感じた。

下方から突き上げるようにネウロイを撃ち破壊、失速寸前になった彼女は重力に導かれて下へと落下する。

 

 

しかし、彼女の腹を目掛けて高速で飛翔するネウロイを補足した。

規格外れのネウロイが現れてやや慌てるつつも対処するために機関銃を向けた。

銃先とネウロイの距離が急激に縮まっていき、ネウロイが辿り着くよりも先に彼女が引き金を引く。

 

ところがネウロイは奇怪な形状にひびが入る程まで無理やり右に避け、放たれた弾丸に命中することはなかった。

 

「なっ!?」

 

普段通りに対処しようと短射したのが返って仇となり、とうとう懐へと入り込まれてしまう。

咄嗟に強力な魔法力を流して魔法障壁を張る。

ネウロイが勢いよく衝突することで白い破片が眼前で広がるが、それと同時に魔法障壁も砕け散る。それに加えて、衝撃までもが相殺できるわけでもなく後方へと吹き飛ばされる。

 

「ぐああああッ!!」

 

体勢を高度を下げることでようやく立て直すもネウロイが接近し、銃撃を浴びせる。

衝突のせいでユニットの機関が破壊され、最低限の動きで躱したり魔法障壁を最小限に張ることで対処するも、乙女の頬や脚に擦り傷を増やしていく。

もう機関銃を引く余裕すらもない。

 

ある一本の光線が片方のユニットのプロペラを捥ぎ取るように消失させると小さく爆発。

残されたユニットも爆発で故障したのかプロペラは回らず白煙を上げるばかり、しまいには彼女も爆破時の影響で意識を失ってしまった。

 

一切の供給を断たれたユニットは空を飛翔することもできずに、彼女の頭部を下に落下を始める。

それはまるでバトミントンのシャトルが落ちるようであった。

 

 

「ハンナ!」

 

後から飛行場から出撃したライーサが武器を放り投げ、墜落して空に白煙を伸ばす彼女を抱き締める。

落下エネルギーは相当なモノで彼女のユニットでは力不足、それに魔法障壁を地表で張っても衝撃までも消せるわけではない。身体が無事でも臓器やらの器官が破損するのは目に見える。

 

それでもライーサは彼女を救いたかった。

例えそれが無謀や愚策だと罵られても。

 

精一杯ユニットに魔法力を流し込み上昇を行うが一向に上がる気配を見せないでいる。

時間経過とともに少女の腕力ではマルセイユを持ち上げるのがキツくなる。

加速でユニットの装甲が捲れ始めた頃に、ライーサは最善の策を思い浮かんだ。

 

 

「あぁ…そうだ。……私が下敷きになれば確率を上げれる」

 

まさにそれは狂気の沙汰とは思えないモノであった。

確かに確率を上げることができるとはいえ、僅かにしか上げることはかなわない。

高確率でどちらも死ぬ。

 

それでも彼女はこの策を行えば自分を犠牲にマルセイユは助かるという結論に至った。

より一層強く抱き締め、絶対に空中で離れないようにする。

 

アフリカの辺境で勇ましくも気高く戦うマルセイユを常に見ていたライーサは当然彼女の重要性を知っていた。

彼女はアフリカにとって欠かせない存在で各国の兵士たちに勇気を与えてくれる。まさに孤独に光輝く一等星の如き存在。現にライーサも勇気を貰った一人であった。

 

彼女を救うためには犠牲を厭わない。

多くの司令官が聞けば愚かだと指摘するが、マルセイユにはそれほどの価値があった。

 

弾丸の如く風を切り裂き、徐々に意識が朦朧とするライーサにゆっくりと走馬燈が脳裏を巡る。

楽しかったことや悲しかったこと、全ての籠ったフィルムは右から左へと流れていき、最後を飾るように今の状況が映し出される。

 

「これでお終い……」

 

ライーサは自身の運命を受け入れるように目を瞑り意識手放した。

二人はそのまま落下し、地表まで千メートルを切る。

ネウロイは彼女に対し追撃をしなくても勝手に死ぬと見定めたのか、もう手出しはしていない。

 

あと数秒程で地面に鮮血で彩られた花が二輪咲かせるであろう。

 

 

 

 

人狼が居なかったらの話ではあるが(・・・・・・・・・・・・・・)

 

彼女たちの落下地点を予測した人狼が横から受け止めるように飛来、ライーサのユニットとは違い特注のbf110の馬力は二人分の体重を持ち上げることに成功する。

 

双発戦闘機の利点の一つ、搭載量である。

二基の魔導エンジンで搭載できる重さは爆弾だけで一トンを超えるため少女二人程度なら造作でもない。

 

 

人狼はガッチリと長く太い腕で彼女らを包み込み、地表すれすれまで速度を落として飛行する。

ちょうど直径五メートルの大きなクレーターが空いていたのを発見し、穴の中で優しく彼女らを降ろした。

 

現在、人狼の武装は拳銃二丁と集束手榴弾三つに後部銃座の機関銃だけ、この武装でネウロイに戦いを挑むのは言語道断、呆気なくやられてしまう。

それに負傷した彼女らの応急処置をしなければならない。

 

ユニットを脱ぎ捨てて懐に入れた応急処置用の救急箱を取り出す。

ライーサを診てみると被弾した様子もなくただ気を失っただけで、じきに目を覚ますだろう。

 

問題なのはマルセイユで頬や額からは出血していた。

爆発の際にユニットの破片で切ってしまったのだろう。

人狼は包帯と消毒液を取りだし、短く千切った包帯に消毒液を染み込ませて彼女の傷に当てる。

傷に染みて痛みが走ったのか気を失いながらも苦痛の表情を浮かべていた。

その後は包帯を頭に丁寧に巻いて、絆創膏を頬に貼る。

 

呼吸音や心拍は何事も問題はなく、骨折などの類は見られなかった。

生きている二人に安堵したのか人狼もゆっくりと腰を降ろした。

 

ふと人狼が上を見上げると、ネウロイは勝利の凱旋をしているのかグルグルと回りながら飛行していた。

明るいうちに行動するのは危険だと判断し、夜になってから行動をしようと決め、人狼は二人にコートを覆い被せた。

 




救急箱

その置かれている場所・使う人によってその内容物・適用される外傷や疾患の種類や程度に差があるが、いずれにせよ急を要する外傷や疾患への初期対処を目的としたものである。
オーストリアでは全ての車両に取り付けることを義務付けられている。

ちなみに人狼の救急箱にはモルヒネとそれを注入するための注射器がある。


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花弁

お久しぶりです。
決してスランプとかなったわけでもないしやる気が無くなったわけでもありません。
繰り返しますが決してないです。
再三ですがないです。


 

マルセイユは夢を見ていた。

野原で彼女の両親ともいえる人物らと弁当を広げピクニックをしている夢だ。

何年も昔の過去を振り返るようなものなのでこれは夢だと気づいた。

野原には白や黄色と色彩豊かな花が所々咲き、快晴の天気が花々を祝福している。そんな風にも思えた。

 

「おはようハンナ」

「さあ、ランチにしましょう」

「うん」

 

手元にあるバケットから母親はサンドイッチを取り出して彼女に渡す。

彼女はそれを頬ばった。懐かしの味で、かれこれ二年は食してはいなかった。

一噛み一噛み、味と思い出を思い出しながらサンドイッチを食べる。

 

「やっぱり母さんの作るサンドイッチは最高だよ」

「あらあら嬉しいわ」

「ははっ、ハンナ口元にパン屑が」

 

熱心に食していると彼女の父親は笑みを浮かべながら口元に付いたパン屑を拭いた。

春の暖かさにも負けないほどのモノがそこにはあった。

 

 

「ライーサにも食べさせてやったらどうなるんだろう」

 

不意に溢した一言に両親はピクリと肩を揺らし、沈黙する。

唐突に反応が無くなったのに気づいた彼女はゆっくりと顔を上げて両親を伺う。

二人の顔は先程と同様の明るい表情とはいえず、むしろ真逆のモノで、目元が暗くよく見えない。

不思議に思った彼女は二人に訊いた。

 

「どうしたの父さん母さん」

「……」

「……」

 

二人は何も答えずただただ沈黙を続ける。

首を傾け何ともいえない奇妙さに疑問を持ちながらも再びサンドイッチに視線を投げる。

だが思い出の一品はその手には収まってはおらず、硬く味がないKパンに変わっていた。

 

「えっ」

 

驚きの表情を浮かべつつバケットに目を向ける。中身はKパンや乾パン、さらにはおが屑入りパンへと変わっており激しく困惑した。

「何かがおかしい」と感じた彼女は辺りを見渡すと晴天の空が黒々とした曇天へと変わり、野原に咲いていた花々は花びらの色に合った火炎を伸ばす。

鼻からツンと硝煙や火薬の臭いが突き刺さる。

 

「な、何だこれ……ッ!?」

 

「これは夢だわ」

「あぁ、確かに夢だ」

「けど夢は現実を反映する」

「だからこういうことにもなる」

 

無表情で両親は交互に彼女へ向けて告げる。

その姿は不気味そのもので顔には血色がない、言葉の通りに血液が通っていないのだろう。

 

動揺を隠しきれない彼女はパンをシートの上へと落とす。するとパンは小さな爆発を起こして、シートにクレーターを作りだす。

爆心地を注視すると、見るも無残な姿になったキューピー人形が横たわり、人工の瞳と彼女の瞳が合うとケラケラと嗤い出した。

 

「あ、ああああああああ!!」

 

彼女は素足のまま途方に広い野原を駆ける。

精神的にやられてしまった彼女は無我夢中で走り廻る。

いくらエースと称されても齢十五の少女だ無理もない、むしろ吐き出さなかっただけましだあろう。

 

ようやく息を切らしながらその場でへたり込んだ。

地面には大量の赤い花がその場だけ咲き乱れ、何故だか落ち着く。独りではないような気持ちにさせてくれるのだ。

小休憩をして体力を回復させ、再度走ろうと立ち上がると赤には合わないクリーム色の布を見つけた。

 

先の前例を経験済みだったため、起きうる事象に極度に構えつつ布を拾うと、鷲のマークとラウンデルが縫われている。

 

「そうだ、そうだった―――――」

 

彼女は咄嗟にこれが何なのかを察知してしまった。

この布は何十回もペアを組んで飛んでいたライーサの帽子の一部だと。

冷や汗を無数に垂れて息が苦しくなる。また動機も速くなり落ち着かない、視界も暗転してきた。

ゆっくりと視界を戻す。

 

 

赤い、紅い花畑の上で二人の少女が折り重なって倒れていた。

一人はライーサで、頬からは花弁が乗せられている。

もう一人はマルセイユ本人だった。

一見して何も知らない人が見れば、美しいやら綺麗だと賛美の言葉を送るであろうが、この事象はマルセイユにとって衝撃的なモノで残酷で非情なモノである。

 

立ち続けることもできなくなった彼女は膝から地面に崩れて、空を見つめる。

頭上には鳥ではなくネウロイが八の字に飛行を行い、彼女に対し嘲笑っている印象を植え付けた。

 

「わ、私は……私はなんて……」

 

「君が悪いのさ、ハンナ」

「そうよ、貴女が悪いの」

 

いつの間にか両親が背後に立ち彼女に指を指す。奥から人々が集まり皆も彼女に対し例外なく指を指す。

一本、三本、六本と数は増していき、次第に彼女を中心に円陣が組まれる。

中には見知っている人物も混じって指を指す。

 

「うん、貴女が悪いです」

「貴女が悪いのよハンナ」

「マルセイユ大尉が悪い」

 

人々から非難を浴びせられ彼女は頭を抱えて丸くなる。

それでも衰えることなく心無い一言が彼女を深く深く突き刺して、言葉という見えない鉄柱で串刺しにしていく。

 

肩を優しく叩かれる。

彼女は恐る恐る顔を向けると、目の前には伏していたはずのライーサがしゃがみ込んでいた。顔の半分は花弁が鱗のようにくっ付いている。

ライーサはニコリと笑みを浮かべて抱きしめる。

 

「ハンナ、ありがとうね」

「ラ、ライーサ……」

 

涙を無数に溢しながらライーサの抱擁に彼女は首元に顔を伏せる。

嗚咽を混じりながら唯一の味方であるライーサに壊れかけていた心は寸でのところで支えられた。

 

 

 

 

「けど私は貴女を許さない」

「ああああああああああああああああ!!」

 

 

耳元でぼそりと呟かれた一言で、瀬戸際を保っていた彼女の心は瞬時に瓦解した。

唯一、助けの手を伸ばされそれを掴んだら、即座に裏切られる。これほど傷つけるものはそうは存在しない。

追いやられたことで精神状態は非情に最悪の状態へとなり下がり、悲鳴と泣き声を合わせた騒音が野原を支配した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あああああああ!!」

 

衝撃的な夢から叫び声を上げながら目を覚ました彼女は辺りを確認することもせず、ひたすらに泣き散らしながら暴れまわる。

その声を聞き驚いたライーサは即座に彼女の元へと駆け寄った。

気が動転して暴れまわる彼女をライーサは必死に抑え込みながら彼女に落ち着きを促すように声をか掛け続ける。

それでも赤子の如く泣きわめく彼女を止められないでいた。

 

「落ち着いてハンナ!」

「ああああ! 嫌だ嫌だ嫌だ!! 早く家に帰ってママのご飯食べてパパと遊ぶんだ!!」

「ハンナッ!!」

 

このままでは止められないと踏み込んだライーサは苦渋の決断を行い、苦虫を噛み潰したような表情で彼女の頬を叩く。ベシッという音がクレーターに響く。

すると彼女は叩かれたことで僅かに冷静さを取り戻したのか大声で泣くことをやめて、おとなしくなる。

それでもすすり声を漏らし嗚咽を鳴らす。

 

「ひっぐえっぐ……ッ!」

「大丈夫大丈夫、安心してね」

「怖い、怖いよぉ……」

「よしよし」

 

彼女は赤子をあやす様に背中をポンポンと叩き落ち着かせる。

次第と息も収まり静かになった。

真っ赤に目を腫らすマルセイユにライーサはハンカチで涙を丁寧に拭き取る。

目元にハンカチを当てた際に、肩を震わせ恐怖の色を見せたマルセイユにライーサは心に大きなトラウマを負ってしまったことを確証する。

 

「……此処は何処なんだ?」

「此処は出撃した所だよ」

「私らはかなりの高度から墜落したはずなのに何故生きているんだ?」

「ん?それは――――」

 

クレーターの外から地面を蹴る音が聴こえ視線を移す二人。

ライーサは当分戦力にならないとマルセイユを後ろに使い魔を出して抵抗できるように身構える。

外は夜なので鮮明には見えないが、こちらをジッと赤い眼光を光らせている生物がこちらを見つめていた。突き刺すような眼光が二人を射貫き、気味の悪さをマルセイユは感じ取り、それがいつの日に見たホラー映画を思い出したマルセイユは短く悲鳴を上げて身体を縮こませる。

 

けれどライーサは安堵した様子で使い魔を戻し、鋭い眼光の生物に言う。

 

「見張りありがとうございます。ハインツ大尉」

「…」

 

その生物というのは人狼で、三日月が背景によく合っていた。

跳んでクレーター内に侵入する。深さといっても二メートル程度で内から外へ出ることは容易く、それと姿を隠すには最適な深さだ。

人狼はマルセイユに近づき、視線が合うようにしゃがみ込む。ただでさえ図体の大きいため、かなり膝を曲げている。

 

目には恐怖に怯えて瞳孔が揺れ、息も荒くなり始めた。

精神的にかなり参っていることを感じた人狼は羽織っていたコートを着せる。コートを脱ぐと褐色肌で筋骨隆々な素肌が露出、ライーサとマルセイユは思わず顔を赤く染めた。

 

「ハ、ハインツ大尉!?」

「な、何で脱ぐんだお前!」

「…」

 

顔を紅潮した様子でマルセイユは抗議、またはライーサは手で顔を覆っているものも指の間からチラチラとその肉体を覗いている。

人狼は不思議に頭を掻いて何が悪いのかと理解できずにいた。

実際、基地の兵士たちは異性かつ乙女の彼女を気遣って上半身を露出するのは避けているため、耐性がなかった。

 

キャーキャーと叫ぶ乙女二人と上半身裸の不審者だけがその地域に存在した。

 




キューピー

言わずと知れた有名な人形。
1909年に米国のイラストレーターのローズ・オニールがキューピッドをモチーフとしたイラストで発表したキャラクターである。
性別は不明。
1925年以降になると材質はセルロイド製が主流になった。第一次世界大戦で疲弊したドイツに代わり日本がセルロイド製品を多く手がけるようになる。

結構色々なアニメキャラがキューピーになっているものがある。(アトムやら忍者ハットリ君やら鬼太郎とか)
日本では三分クッキングの印象が強い。


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露見

ライーサって可愛いのにアニメに出てるのはOVAしかない、何故だ。


 

暗闇が荒野を支配し、唯一その支配から逃れることができた三日月と天上の星々は抗うかのように煌いている。

僅かながらの光が大地を照らすが喧騒とした市街とまではいかない。それどころか過疎化が進んでいる村よりも暗い。

誰一人いない荒野ではそれが普通、むしろそうでない方が異例なのだ。

 

けれども、今夜に至っては異例に当てはまった。

何故なら二人の少女と一体の人狼が此処に居たからである。

 

人狼はこの地域の地図とにらめっこをしていた。

初めての地域だったので場所が特定できないのだ。人狼は悩んだ様子を見せ、必死に考えたが遂に投げ出した。

帽子越しに頭を掻いて地図を折りたたんでクレーターの底に投げつける。その光景にマルセイユとライーサは人狼の本質を垣間見ていた。

 

マルセイユは一見、人狼は無口で不愛想な人物だと思っていたのだが、この行為を通して自分と似ている点があると感じた。

実際に彼女は勉学において難題にぶつかると投げてさっさと次の問題に移行するか、他の人に解かさせていた。

もっとも人狼は難題を他の人に解かすという選択肢はないのだが、次の問題に移行するという点は彼女と似通っていた。

 

一方でライーサは、超人ではない人間だと感じていた。

全てを超人並みにこなす人狼と凡才の自分では全てが違うと勝手に判断していたのだ。しかし本当は、人狼にとって得意な分野が戦闘なだけで、それ以外はあながち普通か苦手なのかもしれないと。

現に人狼は地図で居場所が理解できないので地図を投げるという行為に至ったわけだ。

つまりそれは地図を読み取るのが苦手ともいえよう。

 

彼女は人狼の地図を拾い、現在地を探る。

地図にはクレーターの情報は一切書かれてはいない、手で木目のように表された起伏の線をなぞっていく。

大まかに見当を二つつけ、クレーターの中から小さな頭を出して周囲はどういう地形なのかを確認する。

暗闇が荒野を大規模に支配するも魔法力を目に集めることで多少の視野を手に入れる。

辺りの確認を終えた彼女は人狼から赤鉛筆を借りて丸をつける。

 

「ハインツ大尉、今はどうやら此処ですね」

「…」

 

人狼は開かれ丸の書かれた地図を眺める。

前線から五十キロも離れているようで基地からは八十キロもある。それに昼間は夜間の冷えた大地を灼熱の大地へと変える。

水も食料も僅かな人狼たちには厳しい状況だ。

 

「……こうなれば救援を待つか」

「うーん、無作為に歩くよりかは体力を温存した方がいいかな」

 

二人は体力を温存する傾向であり、待機して救助を待つという案に出た。

徒歩でぶっ通せば半日で近くの前線にはたどり着くだろう。しかしお世辞にも身を照り付けるような暑さの中歩くにはいささか厳しい。

それならネウロイをやり過ごせるだろうクレーターに身を隠し、救助を待った方がいいだろう。

 

 

待機という考えを思い浮かべていた時である。

腹にくるような重低音が聴こえ、二人は思わず耳を塞いだ。何事かと人狼たちはクレーターの外を確認する。

無論、ここには人間が存在しない。それなら考えられるのは一つ。

二人は麗しい顔を蒼白させ、絶望を纏わせながら呟くのだ。

 

「ネ、ネウロイ……ッ!?」

「ど、どうしてこんな時に……」

 

四本の脚で大地を踏みしめる中型のネウロイ一体に小型が三体が頭部から生えている砲を味方の陣地に向かって撃ち込みまくっていた。

欧州でもこのような形状のネウロイは見たことがあったが、問題はそこではなくどう対処するのかという点だ。

クレーターの中で息を潜めればやり過ごせるかもしれないが、そのネウロイ群は自分らに向かっているのだ。進路の関係上、見つかる可能性が高い。

 

やり過ごすにしても機関銃は存在しないしユニットも破壊されているので、圧倒的不利である。

一歩一歩近づいてくる恐怖に彼女らはクレーターの隅で涙を浮かべながら口を押さえて、僅かな可能性に賭けることにした。

 

 

しかし、少女だけであったらの話だ。

クレーターの中から飛び出した人狼は携えていた銃身の長いモーゼルを発砲、注意を集めていく。

 

「何をしているんだアイツ! 戻れ!!」

「ハインツ大尉!」

 

自暴自棄になったか、それともとち狂ったのかと少女たちに勘違いされた人狼は彼女らの声を一切無視して発砲を続ける。

魔法力を込めた一発は脚を傷つけたり、装甲を貫通させていた。弾倉に込めた弾丸を全て消費したのを確認すると二つの集束手榴弾を腰から外し中型に投げつける。

 

中型は爆発をもろに喰らい、高温の機械音の悲鳴を辺りにまき散らして嘆いていた。これにより暫く中型は行動できない。小型は三センチほどの砲を人狼に向けて砲撃を行う。

 

「危ない!」

「避けろ!」

 

人狼は飛び跳ね転がったりとして砲弾を躱すが限度があり、腹部に砲弾の破片が突き刺さる。

ライーサが悲鳴を上げるもそんなのは気にせずに距離を詰めて、小型の一体に殴打を喰らわせた。

小型は二メートルほどのけ反り、なんとか持ちこたえるが殴られたところを中心にひびが走っている。脚も産まれたての小鹿の如く震えていて立つのもやっとであった。

しかし、続けて喰らわされる空中での鋭い蹴りはその身体を木っ端微塵に粉砕した。

 

一体の小型ネウロイが空中に滞在している人狼に砲を向け砲弾を放つが人狼は頑強な肘を上から振り下ろすことで砲弾を撃墜させ、真下の地面から土煙を起こす。

土煙の中の人狼を捉えようと右往左往に砲を向けるも、飛び出してきた人狼を補足することはできず、懐に侵入させられた。

 

懐に侵入した人狼は脚を両手で掴み、ありったけの力を込めて持ち上げる。椅子を持つかのように持ち上げた人狼はハンマー投げの要領で振り回し、近くに居た別の小型ネウロイに向かい投げ飛ばす。

二つの漆黒の塊は衝突したと思ったら即座に爆ぜて白い結晶を散らす。

 

「す、すごい……」

「伝説は嘘ではなかったのか……ッ!?」

 

少女二人は目を見開いていた感嘆の声が漏れていた。

そんな中、唐突に人狼は爆音とともに後方へと吹き飛ばされる。少女たちの感嘆の声が短い悲鳴へと変わる。なおこの際、両足が吹き飛ばされた。

顔中から切り傷や破片が刺さり、激しく流血するもすぐに治癒し、両足にも霧が巻かれ始めて三秒後には元通りになった。ついでに突き刺さったままであった腹部の破片も抜いた。

 

頭を振って状況を理解する。

どうやら爆発を喰らわせた中型が復帰したらしい、人狼は指の関節を鳴らし四つん這いになる。

 

霧化の使える今なら――――――

 

人狼の周辺に霧が顕現し、人狼を包むように巻かれ始める。

霧が濃くて中の様子が見えない。それどころか人狼を包む霧が次第に大きくなっている。最初は一メートルほどの高さが五メートル十メートルと移り、少女たちは唖然とした。

何故なら、こんなにも不可思議で奇妙な現象は見たことがないからだ。

 

霧の中心からけたましくも高貴な遠吠えが聴こえる。

マルセイユはクレーターから身を乗り出してその正体を視認しようとしていた。本来なら巻き添えを避けるために制止をさせるのが相棒の務めではあるが、ライーサ自身も目の前の怪奇に視線が向いていた。

 

霧が散り、中から現れたのは巨大な白銀の狼。あの赤い眼光を光らせ、月光が薄く狼の体毛を反射させた。キラキラとレースのように銀色に煌かした。

 

「これが、これがアイツだというのか!? あの狼こそが、ハインツ・ヒトラーだというのか!!」

「固有魔法は自己治癒だけではなかったのですか……ッ!?」

 

唸り声を上げて視線の先のネウロイに威嚇、牙を剥く。

中型ネウロイの方も黙ってはいられなかったのか、七センチの砲を向けて怪鳥の如し奇声を発して威嚇する。

両者とも各々の威嚇が続く中、最初に動いたのは中型ネウロイだった。

急かされたのか、あるいは焦ったのか砲からは四号戦車と同等の砲を放つ。

 

しかし放たれた刹那の瞬間、大きく前に飛び跳ねて躱すことに成功した。前に跳んだ人狼は大きく開かれた口で砲塔を噛み砕いていた。

悲痛ともいえる声が響くも同情の余地はない、跳びついた人狼の重さでバランスを崩したネウロイは大きな土煙を上げて倒れこむ。

続いて鋭い爪で強固な装甲を引っ掻いて傷物にしていく、野生の本能剥き出しの戦闘は図鑑で見た獰猛な肉食獣の狩りの仕方と同じであった。

 

そして、そんな野生にマルセイユとライーサは魅せられていた。

現実とはかけ離れた戦闘スタイルが新鮮で、人間が行うような知的な要素が一切合切ないのだ。息を飲み、自然と目が離せられない。

 

何度も何度も爪で引っ掻いていると、赤く光り輝く核を見つける。人狼はその核に渾身の力を込めて押し潰す。

耐えきれないまでの過負荷を与えられた核はコップが割れるように易々と砕け散る。すると巨体も爆ぜ、幻想的な結晶の山が完成した。

 

 

人狼はその姿でクレーターに避難している彼女らの元へと向かおうとする。

彼女らも人狼がこちらに向かっている意図に気づき、彼女自身からこちらに駆け寄ってきた。

 

「なあ大尉! どうやってその身体になるんだ!? そしてその毛を触らせろ!」

「ハ、ハンナ? 流石に気持ちはわかるけどあまりにそれは無礼じゃ…」

「…」

 

童心に帰ったマルセイユが人狼の身体を興味津々に眺めており、特に銀色の体毛に興味が湧いていた。

そして昨日までの態度とは打って変わって非情に友好的であった。

ライーサはマルセイユに気持ちを抑えろと注意を促すが、彼女自身も触りたいという願望を完全には隠しきれてはいない、好奇心からかそわそしている。

彼女らの願望に応え、人狼は伏せて尻尾で器用に好奇心に沸く少女を背に乗せる。

 

「な、滑らか!」

「もふもふかと思ったら案外違うものだな。まあ尻尾は心地いいから合格点だな」

 

各々感想や評価を述べる彼女らを差し置いて、人狼はむくりと立ちあがる。

 

「ど、どうしましたか?」

「まさか敵か!?」

「……もしかしてハインツ大尉に乗っかって基地に帰ろうと?」

「あーなるほど、よし行け大尉! ハイヨーシルバー!!」

「えっ、ちょっ、キャッ!?」

 

人狼はマルセイユの期待に応えて駆け出した。

四肢を前後に動かし走るので速度は速い、それに巨体なので一歩一歩が大きいのも重なり、時速六十キロで荒野を走り抜ける。

なおまだ本気ではない模様で最高時速は百キロを超える。

 

「あはは!! いいぞいいぞこの調子だ!!」

「進路はそのままでお願いしますね!」

 

歓喜に湧くマルセイユとナビゲーションに努めるライーサ、そして昔話級の狼。

荒野には珍しい面子が荒んだ大地には合わないような声を上げて力強く足跡をつけていく。

月は謎の面子たちを見て、三日月の如き満面の笑みを浮かべてジッと見つめていた。

 




地図

表面の一部あるいは全部の状況を、通常は縮小して、記号化し、平面上に表現したものである。そして文学よりも古いコミュニケーションともいわれる。
現在発見された最古の地図は紀元前六百年のバビロニアのものである。
地図関連で日本の偉人といえば伊能忠敬である。


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喧騒

令和という元号に決まってからの初投稿です。
十八年経てばR18年生まれが誕生するのか……。

ジェネフに名字付けたはずだったのに忘れてしまった。わかる人いればコメントください。


マルセイユたちが基地に帰還してきて一週間が過ぎようとしていた。

被撃墜時の基地の様子は大変慌てふためいており、加東が血相を変えて捜索隊を即座に結成させて戦闘があった地区に送らせていた。

この捜索隊の規模は他所の基地とは大きく違い、炊事の者を含む非戦闘員までもが自ら志願し捜索をしたという。

それほど彼女の存在は大きいのだ。

 

そんな時に人狼が彼女らを連れて帰還したらどうなるのか、それはおのずと想像できるだろう。

人狼は狼化を解いてマルセイユを背負い、片腕でライーサを抱いてやって来た際には歓喜と喝采が基地中から響き渡り、一種のお祭り状態となった。

無論、この報を受けて加東も思う存分にはしゃぎ喜んだ。

 

 

だが、それが一週間を過ぎても衰える様子もなく、むしろ前より盛り上がっている。

昼間から本部の天幕外から聞こえる叫び声や歌が頭の中で反響し、煮えたぎる水の如く苛立ちが込み上げてくる。

ただでさえ暑いこの地に嫌気が差しているのにも関わらず、喧騒が相まるともう我慢ができない。

 

地団駄を踏み鳴らすように彼女は天幕から出てその喧騒を鳴らす主犯格の元へと向かう。

挨拶を掛けようと寄る者やただその場に居た者が彼女の通過により、まるで背中から氷を入れられたかのように身震いをして、何が起きたのかと辺りを見渡す。

事情を察することができた兵士は同情したように苦笑いを浮かべる。

 

主犯格の周りには人だかりができている。今は昼で小規模なのだが夜になると中規模へと遂げる。

人だかりは彼女を見るといなやモーゼが海を割るように避けていき、主犯格へと続く一本の道が完成し、彼女はより一層腕を振り接近した。

そしてその場に怒声が響いた。

 

「さっきからうっさいのよ! ジェネフ大尉(・・・・・・)!!」

 

主犯格の人物はジェネフ大尉、人狼と長らく関係を持っている人物の一人にしてパ・ド・カレーの英雄と呼ばれた男だった。

むくりと立ち上がり、持参してきたギターを仕方なしに座っていた椅子の置いた。

身長は加東を平然と超す高さで自然と見下ろすような視線になってしまうが加東は動じることもなく鬱憤を吐き出していく。

周りの者はそそくさと散っていく。

 

「さっきから貴方たちが騒ぐせいで苛立ちが溜まってるの! 夜だったらまだしも、昼間からどんちゃん騒ぎとか貴方おかしいわよ!」

「いいじゃねえか、俺らなんて前線張る兵士なんだぜ? 好きなだけ騒げずに死んだら勿体ないだろ」

「それでもなのよ!」

 

確かに彼の言い分は正論でもあった。

彼女自身も扶桑でユニットを履いて戦っていたため気持ちはよくわかっていた。

だけど今は違う。後方で組織を取りまとめる司令官的立ち位置、この騒ぎで常務に支障が出ることを彼女は危惧していた。

……まあ、私的な理由もあったが。

 

「それに俺ら戦車大隊に仕事なんてないしな」

 

実質これも正論であった。

現在この基地にはジェネフ率いる戦車大隊が駐屯して、暇を持て余している。

他の基地と比べ備蓄しているオイルや部品が少なく、訓練をすることができない。

他にすることといえばただただ騒ぐ、それだけである。

一応、いつでも出撃できるように整備や飲酒禁止をしていたりと最低限のことはしていた。

 

「はっはー、俺らはいち早く派遣された北アフリカ独立混成旅団の大隊長だ。残りがやってきたらさらに騒がしくなるぜ」

「……戦力的には嬉しいけど業務に差し支えるから本当にやめて欲しい」

「まあまあ慣れるさ」

「能天気ね羨ましい程に!」

 

北アフリカ機甲独立混成旅団というのは増援で送られるカールスラントの軍隊で一足先に戦車大隊の大隊長を務めるジェネフとその搭乗員が基地に駐屯していた。

そして驚くべきことに、その旅団の指揮をするのは言わずと知れたランデル中将であった。

 

「じきに大規模作戦が始動するんだ。まっ、目的としてはスエズ奪還だよ」

「……貴方、作戦のことは受けていたのかしら」

「戦車大隊を任されてるんだ。当たり前だろう」

 

大規模作戦をジェネフが切り出した時に、目の色が変わる。

まるで狩人のように鋭利な眼光と雰囲気に彼女は認識を改めた

 

彼の第一印象はただ声の大きいだけのお飾り、欺瞞に溢れた男というもので、カールスラント軍のプロパガンダ通りではパ・ド・カレーに出没した陸戦型の大型ネウロイを倒した英雄の一人と称されていたが、ただそこに居た兵士を担ぎ上げただけだろうと思っており、今に至るまで英雄という威厳は垣間見ることもなく、逆に歓楽街で見かける酔っ払いと同等だと印象づけてもいた。

 

しかし、ジェネフから投げ飛ばされる幾多の戦場を生き抜いてきたと瞬時に察することができる眼光と威圧に認識を改めざるおえなかったのだ。

そんな眼光を当てられた加東は思わず息を呑み、彼から紡がれるであろう言葉を緊迫した状態で待つ。

 

「…ということで、またどんちゃん騒ぐからよろしくな!」

「馬鹿でしょ!」

 

あまりのギャップに調子が狂わされた加東はズコッとバランスを崩し、転倒しかけた。

陽気に何も考えてはいないだろう笑みに彼女は再度認識を改める。

「あぁ、こいつはロンメル将軍と同じ性質か」と

 

ケタケタと笑うジェネフのもとに何処にでもあるような握りこぶし程の石が向かっていき、見事頭部に命中した。

声にもならないような悲鳴を上げてうずくまる彼に近寄る眼鏡を光らせた人物がジェネフの背広を掴み引きずろうとする。

 

「ほら車長、迷惑なのであっちに行きましょう」

「うおおおお、人に投石するとか信じられない!」

「皆様の迷惑ですからいいでしょう」

「た、助かったわ。ありがとうエドガー兵長」

「いえいえ、この人を止めるなら強引にやっちゃってください」

「肝に銘じるわ」

 

意外な救世主に彼の取り扱い方を教えてもらった加東は、無様に引きずられていく彼をよそに本部へと戻ることにした。

その道中、マルセイユを含む少女たちと人狼がトランプに興じているのを見つけた。

 

「あらトランプやってるのね」

「む、ケイか。いやぁ大尉のポーカーフェイスが強くてな、中々勝てないぞ」

「うん、しかもポーカーだと勝てない戦いは乗らないという冷静な判断もできていて中々だよね」

「将棋ならまだ勝てましたけど……」

「あら稲垣軍曹勝ったの?」

「はい。だけどやるにつれて成長していって今はもう……」

「恐ろしい成長力ね」

 

加東が話題の人狼に目を向けると人狼はただひたすらにカードをシャッフルしており、その手の速さに戦場で鍛え抜かれたはずの目が追い付かなかった。

これには加東も苦笑いを浮かべる。

 

「にしてもマルセイユとハインツ大尉は一時期どうなるかと思ったけど安心したわ」

「あぁ、あの一件か。私の方も大人げなかった、申し訳ないと思っている。……どうしたケイ、そんなに目を見開いて?」

「マ、マルセイユが非を認めているですって……ッ!?」

「それはどういうことだ!」

 

思ってもみなかった行動に加東は目を見開いてあんぐり口を開ける姿に、すかさずツッコミをいれるマルセイユ。

その滑稽な光景に微笑む稲垣とライーサ、人狼もシャッフルを止めてこっちを温かい視線で見つめている。

マルセイユは「それに……」と口ずさんで顔を赤らめてモジモジとした様子をする。

 

「た、大尉を抱いてしまったわけだし……」

「……はあっ!?」

 

加東は二度仰天した。

まさか人狼とマルセイユがそういう関係になっていたなんて知るよしもなかったのだ。

暴露された情報に加東を始めとする少女たちも驚きを隠せないようすで動揺が走る。

なお当の人狼は加東の裾を引っ張って首を横に振り続けている。

 

「ま、まさかマルセイユからいったなんて……!? 大胆すぎるわよ! それに処女を失ったら空を飛べないのよ!!」

「…」

「ひ、秘密の愛……」

「それっていいですよね、ライーサさん!」

「おっ、これはめでたいなハインツ!」

「おめでとうございますハインツ先輩!」

 

何処からともなく登場したジェネフとジョイルがハインツに祝言を言う。エドガーの手から脱走してジョイルと合流したのだろう。

人狼は収拾がつかなくなったと諦め、雲が太陽を覆った瞬間に姿を霧にして何処かへ去った。

 

無論これはマルセイユの冗談であり、抱いたというのは狼化した際、人狼に乗るために抱き着いたという表現が正しい。

彼女の冗談はたちまち基地の人間へ、そしてロンメルの元へと知れ渡る。

後日、人狼はロンメル将軍率いる【ハインツ大尉ぶん殴る軍】に追いかけられるハメになるのであった。

 

 

なお、この誤情報は南リベリアンのカールスラントの皇帝の元へと届き国内は騒然とした。

「あれ、案外このカップルはいけるのでは?」と考えた両者のファンと「マルセイユは俺の嫁」というマルセイユファンクラブの過激派が乱闘騒ぎになるという珍事に、マルセイユも流石に危機感を抱いてか謝罪文を本土に送った。

 

 

 

 

「あの生意気な奴が恋人だと!?」

「落ち着いてトゥルーデ、これはデマよ」

「そうだよ、うん」

「……ちょっと問いただしてくる」

「馬鹿じゃないの!? 言うけど彼は今アフリカだからね!」

「離せハルトマン!」

「恋は盲目にさせるというけどまさかここまでだとは思わなかったわ……」

 

また、別の場所でも珍事が発生していた。

 




ギター

ギターはおそらくスペイン起源の楽器であり十六世紀に派生したといわれる。
1600年の前に5組目の弦が加えられた。18世紀の終わりころには6組目の弦が加えられた。
ジェネフが持参してきたのはアコースティックギターである。

ギター侍懐かしいですよね。
テツトモの方が好きですが。


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傷心

マルセイユ視点と三人称視点があります。


 

私はある列車に居た。

ガタンゴトンと車内は揺れて立っているのが難しい時もあった。車内にはスーツを着た大人や学生服を着慣れてはいない学生が読書、または談笑をしたりしている。

混んではいないものもやや見渡しづらい。

 

けれども「マルセイユこっちだ」と奥の方から聞こえる声に導かれて私は人込みを掻き分けて進む。

すると眼前には私の両親の姿があった。二人は向かい合う席に座りこっちに来いと手招いている。二人の容姿は軍に入ったときと変わっていないことに気づいた。

私は母親の隣に腰を下ろした。車窓から見える光景は何処かの田舎風景で、じゃがいも畑とトウモロコシ畑が広がっている。

 

「マルセイユ、最近はどうだい?」

「何ともないとは言えないけど楽しいよ」

 

確かに大尉が来てからはより楽しくなったと思える。

元来、ケイが来た際もそうだったのだがこの基地には娯楽が少ない。だからこそ微々たる変化で楽しいと思えるのかもしれない。

 

にしてもいつに経っても大尉は喋らない、舌が付いていないのではというぐらいに。

だが悪い奴ではない。

この前は無謀かつ躍起になっていた自分のせいで墜落し、しまいには僚機のライーサまでも巻きこんでしまった。

自分は少なからず負傷をしていたため無理に歩くこともできず、しかも微小の救援物資しか持ち合わせていなかったため、二人での脱出は難しかった。

しかし、大尉自身が極秘にしていたと思える能力を発動してくれたので私は今でも飛び回れると思っている。

 

私は軍や個人の範囲に触れない程度に両親に話した。

二人は笑いながら相槌を打ちながら私の話を静かに聞いてくれた。

 

 

私が話し終えた時に当然列車が止まる。

車窓を見ると駅なのだろうか、ホームの大半がレンガでできている小ぢんまりとしたプラットホームだ。

いつの間にか開けられていた扉から人々は次々と降車していき、外へと続く改札へと進んでいく。

すると両親も腰を上げて列車から降りようとした。

私は母さんの手を掴んでそれを止める。

 

「待って」

「ごめんなマルセイユ、君はこの列車に乗り続けなさい」

「えぇ。貴方はアフリカの星なのよ」

「……違う、いや私は星だ。だけど別れたくはない」

「別に今生の別れではないだろう」

「そうよ、またいつか逢えるわ」

 

そう告げると私の手を優しく丁寧に解いてしまう。二人は列車の床を響かせるように降り去ってしまった。

何故だが呪詛に体を拘束されたかのように身動きが取れない。どうにかして動きたいために魔法力を発動させようと画策するも魔法力自体が発動できない。

空の燃料タンクで空を飛ぶような感覚だ。

 

とうとう空気が抜けるような音を立てて扉が閉まってしまう。

閉まった途端に体の自由が利いて扉の元へ移動して強引に開けようとするも頑強に占められているため開くことはない。

ならば車窓からと力を込めるもこれも駄目だった。

 

列車はガタンと大きく揺れると、二人を左へと流していく。列車が動いているのだ。

必死に私は追いかけるように車内を走る。両と両を隔てている扉を勢いよく開けた。

だが、私の健闘空しく二人との距離は十メートル二十メートルと離れていってしまったのだ。

私は力を使いすぎたのか不思議と脱力感に苛まれて近くの座席に横たわりそのまま目を閉じた。

その姿は赤子のような有様だったと感じている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……やはり夢か」

 

私は見慣れたテントの中で目を覚ました。

あくびをしながら眠気で目をこすると濡れている感触があった。きっと私は泣いていたのだろう、滅多に使用しない鏡に視線を移すと両頬からそれぞれ一筋の跡が残っている。

基地の皆にバレないよう羽織った軍服の裾で涙の跡を拭く。

証拠隠滅した私は普段と変わらない態度を取るように布の扉を勢いよく開ける。

開けるといなや太陽の突き刺すような日差しが目をより覚醒させた。

 

ちょうどこの時間帯とあってか、基地の皆は朝食と食べるために配膳を受け取る列に並んでいた。

いくら階級が上だからといって職権乱用はしない。此処アフリカには基本的に階級による差別はない。何故なら皆が協調し合えるから此処の基地は成り立っているのだから。

 

「よお、元気かマルセイユの嬢ちゃん」

「……えーとジェネンコフ大尉、おはよう」

「あぁん!? ジェネフだ!」

 

背後から数日前に基地に就いたジェネフという男に声を掛けられた。

近づいてみればわかるのだがかなり煙草臭い、被っている制帽にも臭いがこびり付いているのだろう。まあ私は嫌煙家ではない、むしろその逆だから気にはしないが。

そういやこの前、一緒に酒と煙草を飲み交わして交友を深めたな。酔っていたから忘れていた。

 

彼は壮絶な戦闘を切り抜けたのだろうか、彼は悪趣味な眼帯を付けている。眼帯に羊の顔とか非常にナンセンス過ぎる。

しかも服装はこんな暑苦しいというのに手袋を付けている。いやだけどこれは大尉も一緒か、つまりは大尉も変わり者だということか。

……喋らないから当然とも言えるが。

 

「おいおい、俺はこう見えても一騎当千の隊長なんだぜ?」

「はいはいそうだな」

「もうちょって聞いてくれたっていいんじゃねーのか?」

「あいにく、私が興味あるのはハルトマンと大尉だけだ」

「おお年頃の娘っぷりを見せたか」

 

ジェネフは可笑しな、いや不愉快かつ馬鹿にしている表情を向けているため、無性に腹が立つ。

しかし、蹴るなどといった行為には至れない。

普段なら将軍でも構わずに蹴り飛ばしているのだが、その元気すらも起きないのだ。これもあの夢のせいだろう。

怒りはため息をつく程度に収まった。そんな私を見て彼は何かを想ったのか顎に手をやっている。

 

「あー! 車長ズルいッスよ、また配膳貰おうとして!」

「げっジョイル」

 

確かあの兵士は奴と同じ搭乗員だったはず。

これはいい、私も追い打ちを掛けるとしよう。やられたらやり返す、これが私の礼儀でもある。

 

「おいジェネフ大尉? そういうことはよくないってケイから説明受けなかったか?」

「そんなこと受けてないナー」

「嘘つきめ! 私が数回してるからそういう規定になったんだ!」

「お前もしていたのかよ。てかしょうがないじゃねーよ、此処の飯美味いし美少女が作ってくれるんだぜ?山羊隊の長である俺大歓喜」

「それでもズルいっす!」

 

するとジェネフに関する喧騒を聞いたのか、奥の方から漆黒のオーラを漂わせた奴の搭乗員が向かってきた。眼鏡を掛けた男性で左手の薬指には銀色に輝く指輪がはめられていた。一見、大学生にも見えるのに既婚者とは中々やるな。

 

「さあお説教をしましょうか車長」

「おいおい、飯が美味いから仕方ないぜ。山羊隊は暫く美味い飯にありつけなかったじゃねーか」

「いいから!」

 

確か名前はエドガー兵長といったか、ジェネフの奴が彼に向けて愚痴を零していたな。

彼はジェネフの背広を掴んで列から抜いて、何処かへと連れ去ってしまった。

 

にしてもよくジェネフは大尉という階級につけたな。

あんな身振りでは間抜けと思われて部下からの信頼をなくすというのにな、珍しい奴だ。服装や眼帯から推察するに古参兵なのはわかるが。

しかしまあアイツが口々に言う山羊隊ってなんだ?聞いたこともない、一種の暗号なのか?

 

まあいいや、取りあえずは朝食だ朝食。

最近のケイは禁酒例もどきを出しているせいで酒という楽しみが消えてしまった。ジェネフの奴と供に飲んだ酒が余計に美味く感じ取れたな。

常に飲めないのはつらいがそこは耐えることにしよう。きっと大規模作戦が発動し終えたらいつもと変わらない程に酒をたらふく飲めるんだから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

アフリカの夜は殺風景ともいえる。

辺り一面の荒野はまるで世界が滅んでしまったようにも感じられる程に。

唯一、人工の照明ともいえるドラム缶炎は辺りを照らすも闇の中へすぐに吸い込まれてしまう。火の子は上へと多少上昇してから消滅する。

 

大量のテントの中では兵士が寝息をたてて寝ている。ウィッチも国籍も関係なしに夢の中へと旅立った。

そんな中、あるテントだけが光を灯している。外部からもわかるように隙間から光が漏れている。

 

中では、実質司令官的立ち位置にある加東圭子が未だ終わらぬ書類仕事に手を焼いていた。周りに兵士はおらず、彼女一人だけ。周りの兵士はというと全員寝てしまった。

代用コーヒーをたまに口にして眠気を覚まし、書類仕事に打ち込んだ。

 

その漏れる光に誘われて接近する影があった。街頭に集まる羽虫や蛾のように軽々とよるのではなく何かを決心したかのように踏みしめて歩み寄る。

軍靴で暗闇を蹴飛ばした影はテントの扉を勢いよく開けた。

加東は思わぬ来訪者に目を丸くしながら、その者の名を紡いだ。

 

「どうしたのかしら――――――」

 

 

 

 

「ジェネフ大尉」

 

そこにはかつて山羊隊と呼ばれる戦車中隊を率いた強者、あるいは英雄が存在した。

 




トウモロコシ

イネ科の一年生植物である。これはよく入試に出るので覚えたほうがいい。
穀物として人間の食料や家畜の飼料となるほか、油にもなったりする。
多日照でやや高温の環境を好む。
1492年にコロンブスが新大陸を見つけた際に持ち帰ったモノの一つ。


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説得

ガバガバ表現あると思いますので許してください。


基地の歩哨を除いた全ての人員は寝静まり、まるでこの世界には自分と対面しているジェネフ以外は存在しないのではと錯覚する加東。

きっとそれは故郷の扶桑とは違い、コオロギの音やカエルの鳴き声が聞こえないからであろうか。

 

にしても何故ジェネフが此処にやってきたのだろうか。

疑問に駆り立てられた彼女はその原因を模索する中、ジェネフは一兵士としての雰囲気を漂わせながら口を告げる。

 

「休暇申請について申し上げたい」

「……は?」

 

重々しい雰囲気から発せられたのはまさかの休暇申請。これには彼女もひょんな声を上げる。

 

「ちょっとふざけてるのかしら」

 

加東はこの発言に呆れたと同時に、このどうでもいいことに怒りを覚えた。

それもそのはずだろう、ただでさえも毎日毎日昼夜問わず喧騒を騒ぎ立てているくせに休暇を寄越せと言うのだから。

そのくせ自分は休みの一つも貰えない常に働き詰め状態だ。

所持していたペンを弱くも叩きつけ、彼を圧迫するように声に怒りを混ぜる。

 

「常に騒ぎ立てているくせに休暇を寄越せとか。貴方舐めているのかしら」

「なわけないだろう、俺は真剣だ」

「どうせ貴方が休暇を取ったら軍規が乱れるようなことをするんでしょ。目に見えます」

 

彼女の発言にジェネフは反応した。そして頭を掻いて、何かを説明しようとしているのだが言葉が思い浮かばず、黙りこくる。

加東は自分が為すべき仕事を終わらそうと書類を記載していく。

ジェネフが口を閉ざして五分経過したときだった。

 

「いや俺ではなく……マルセイユのことなんだ」

「……どういうことよ」

 

まさか彼ではなく第三者のマルセイユだったことに驚きを隠せない様子の彼女。言葉では平静を偽ってはいるが、心情としてはかなり戸惑っていた。

陸の専門である彼と空の専門のマルセイユ、だが接点なんて両者とも尉官であることぐらいだ。交友関係は良いとは聞くが実際にはわからない。

 

加東が疑問に思う中、ジェネフは腹の中のモノを全て吐き出すように全貌を伝える。

 

「つまりだ。マルセイユを休ませてはくれないか、南リベリアンで」

「はあっ!?」

 

再三に驚嘆させられるような発言を繰り返すジェネフに彼女は驚きを隠せないほどの大声を上げる。様子としても目を見開き、口を大きく開けてだ。

余計彼女の中では疑問が渦巻く。「一体どうしてそんなことをする」「何故わざわざ南リベリアンまで行かせる」といった風に。

目頭を抑え、内容を整理していく。

 

一秒が一分のようにも感じる状況から導き出される答えはあまりにも常識的なモノだった。

 

「無理よ。なんでアフリカの最高戦力であるマルセイユを後方までに行かせて休ませないといけないのかしら」

 

口調を強めながらジェネフに問う。

それもそのはずだろう、マルセイユは基地に大事な存在かつ収入源の一つだ。

彼女が居るからこそ部隊の兵士は士気が高く、彼女が基地に存在しているから民衆からスポットを浴び、支援物資やプレゼントが届くのだから。

長年戦っていけたのは彼女の存在である。もしもマルセイユではなく他のウィッチでならありえたことだろうか。

普段から兵士と関わりを持つジェネフならこのことは認知していたはずだろう。

それなのに何故そのような結論に至るのかが不思議で仕方が無い。

 

そんなジェネフはきっぱりとその意図について応えた。

 

「あんたらにとって、マルセイユと存在はまさに一等星の如き光り輝く存在だろう。だけどな、プロパガンダから乖離してみると不思議なことに少女が生まれる」

「……意味が分からないわ」

「はっはー。あんたも本当はわかっていたはずだ、いやわかっていた(・・・・・・)。だけど指揮官という立場は加東圭子という感情を忘れてしまった」

「……」

「つまりだ、あの娘に必要なのは金でも武器でも嗜好品でも戦友でもない」

 

ジェネフは勇ましく加東の元へと迫る。加東は近寄らせまいとジェネフの顔を睨め付けるも、彼は臆しなかった。

腕を机越しから伸ばせば届くだろうという範囲で立ち止まり、彼は腰を曲げて座っている彼女の顔へ迫る。

加東の吐く息からは先のコーヒーの香り、ジェネフの吐き出す煙草の臭いが交錯しする。

 

「家族。あの娘には家族愛(・・・)が必要なんだぜ」

「……」

 

彼女はジェネフが告げた言葉の意味がどうしてそうなるのかを考えていた。

普段から明るく陽気に振る舞う彼女の口から家族が恋しいといったことは聞いていないからだ。

 

しかし、彼女はいつ頃から戦っていた(・・・・・・・・・・・・・・・)?。議題に移ると納得せざる負えないのに気づいた。

ネウロイがカールスラント含め欧州に侵攻を始めた頃、マルセイユは軍に在籍していた。そこでエリート揃いのJu52で撤退戦を支えた。

その後はアフリカに配属されて戦いに明け暮れて今に至るわけだ。

 

だが、ある疑問が生まれる。

それは彼女の家族の安否だ。

早急に避難指示が出されたとはいえども、犠牲者は多い。道中に出現したネウロイに殺害されたのも事実だ。

 

「マルセイユの家族は死んでいるかも知れないのにどうして言い切れるのかしら。納得できる情報源は何よ」

 

不明実なことには確実な情報源が無い限りは認めない。それは加東がカメラマンとして生きていた際に養った教養だ。

ジェネフは顔を上げ、ポケットを弄る。目当ての物を見つけたジェネフは机が音を立てるほど激しく叩きつける。

振動でカップが揺れて、中のコーヒーが零れそうになる。けれど、彼女の視線は一枚の用紙に向けられていた。

 

彼女は叩きつけられた書類を手に取り、まじまじと読む。

その用紙に書かれていた全容はマルセイユのファンクラブの加入書だ。まさかこのファンクラブの用紙がマルセイユの両親が生きているという証言なのかは到底ありえない。

 

「こんな紙切れ一枚で何が―――――」

 

加東が用紙を投げ捨てようとした時、あるところに目がいく。

それはファンクラブの創設者兼責任者の名前だ。

そこにはマルセイユのあの長ったらしい名字が二名とも記載されている。一人は男性の名前で二人目は女性の名前だ。

 

「ま、まさかこれって……ッ!?」

「そうだ。マルセイユの両親は生きている」

 

思わぬ事実に無意識に用紙に力が込められ、息を呑む。

創設者だけだったら死んでいても記載されるだろう。だがしかし、責任者となれば話は別だ。死人に責任を負わせることはできないからだ。

日付を確認しても先月刷られたものであることがわかる。

 

 

「これで十分だろう、さあ彼女に休暇を――――」

「めでたいことだけど、却下だわ」

「何故だ」

 

始めてジェネフが睨みつける。間違いなく敵意が混じっている。

彼女はため息を吐いてから、理由を淡々と述べる。

 

「ただでさえもこのアフリカには戦力が無いの。だから彼女の協力が必要」

「どうかマルセイユを家族の元へ帰らせてもらえないか!毎度偉い方々の勝手な事情に振り回されて、後悔するのは常に俺らだ。あの娘はいつか精神が壊れてしまう!お願いだ!」

 

確かに今までもそうだった。

いつの間にか彼女がアフリカの司令官的立ち位置になったり、無謀ともいえる作戦に参加させられたことは経験済みだ。

幾度の難易度の高い挑戦には勝ったものも、下士官の自分らはさして報酬は貰えない。

貰えたとしても、安っぽい名誉を与えられプロパガンダに使用されるのが関の山だ。

今までの境遇には共感せざる負えない、彼女も隠していた本音を漏らす。

 

「……ごめんなさいね、私も本心を告げると彼女を後方に送らせたい。だけど今は無理なの」

「く、くそ……!!」

「やめなさい馬鹿!」

 

抗うことができない事実に膝から崩れたジェネフは悔しそうに何度も地面を殴る。

痛みが無いのだろうか、幾度も殴っていくので加東も離席して止めに入る。腕を残り少ない魔法力で強化して掴む。

多少の抵抗はあったものも時機に落ち着きを取り戻した。手からは血を流しているものも骨は折れてはいない。

 

ハンカチを取り出して応急処置をする彼女は、どうしてそこまで躍起になってマルセイユを助けようとするのかが疑問に思った。

恋愛的感情はないだろう、あのマルセイユが恋をするとは想えないからだ。それならば何故だろう、彼女は息を整えている彼に訊いた。

 

「なんで躍起になれるのかしら?」

「……戦友がな、大事な家族をなくしてしまったからだ」

 

ポツリと彼女は小さく告げる。

 

「そいつ自身の両親も亡くし、妻も子供も全員だ。全員亡くしてしまったからだ」

「……」

「残ったのはそいつ一人。何度も何度も女を紹介してもアイツは妻が居るからといって断り続ける。俺ら軍人はいつ死ぬかはわからない、それならせめて死ぬ前に家族に逢いたい、ただそれだけなんだよ」

「相手が死んでも?」

「勿論だ。軍人は色々な所に配属されて家族とは離れ離れだ。その家族にとっても再開は嬉しいものだからな」

 

ジェネフはむくりと立ち上がり、ふらふらとテントから出て行った。

取り残された加東はため息を再度吐く。散々に自分で荒らしていったくせに最後は意気消沈して何処かへ消えてしまう、その行為に呆れたからだ。

責任を持てない人間は彼女の嫌いな分野に入る。

とあるファイルから一枚の書類を引き出し、書類仕事を再開した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから二週間が経過した。

いつも昼食後はポーカーをしているウィッチたちの面子の中にマルセイユの姿はなかった。現在居るのは稲垣とライーサ、それに人狼である。

相変わらずポーカーでは人狼の無表情の強さを発揮して、二人を差し置いて勝ち続ける。

一方、マルセイユのことを敬愛するマティルダがマルセイユを捜していた。

ちょうどよく、彼女の目の前を加東が通過したのでマティルダ。は加東に声を掛けた。

 

「鷲の使いを知らないか?」

 

すると加東は笑みを浮かべながらこう答えた。

 

「鷲は思っていたよりも小鳥だったわ」

 

 

とあるアフリカの港湾都市では、金髪の少女が二人の中年の大人に抱きかかえられて船の汽笛以上の歓声を上げた。

彼女の頭上では大鷲が旋回しながらその様子を眺め、かつて己もそうであったことを回想し、鋭い嘴から口角をつり上げる。

祝福するかのように鷲は空に向かって啼いた。

 




マンリー級高速輸送艦

アメリカで生まれた輸送艦、建造期間は1917年から1920年だが、就役期間したのは1940年から1946年である。
第二次世界大戦当時のアメリカ海軍の高速輸送艦の最初の艦級である。

アメリカ海兵隊は、1920年代より島嶼部での戦闘に関する研究に着手し、そのなかで、小部隊での襲撃においては、小型・高速の輸送艦が特異な有用性を備えると考えるようになった。
大戦末期にはレーダーピケット艦として運用され、特別攻撃機の目標となることも多く、四隻が特攻により戦没し、他にも多数の艦が損傷している。
1946年に除籍。


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合流

「さあ、来いよマルセイユ! 貴様のカードはもう知っている!」

「いい威勢じゃないかジェネフ大尉。私のカードに恐れを為すがいい」

 

両者はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

ポーカーに興じているのだが、感情を隠そうとする気配は皆無で逆に勝気に威張り散らしている。

たった一日の休暇申請を経たマルセイユは以前までの活力を取り戻し、着実に撃墜スコアを伸ばしていった。

前のような悪夢は見なくなり、快適な睡眠を取れたのもあるだろうが一番のモノといえば両親との再会だ。

 

ジェネフが無理やり指揮官である加東に休暇申請を受諾させることに成功した後にもちょっとした出来事が存在した。

 

 

それはジェネフが去ったあと、加東はいかにマルセイユを前線から離脱させずに南リベリオンで暮らす彼女の両親に逢わせるのかを考えた。

思考を巡らしたのか長々と唸り続けたため脳みそがオーバーヒートした。無理難題を押し付けてきたジェネフに愚痴を吐きつつ頭をグシャグシャに掻いた。

すると、長時間思考したのがまるで嘘のように、パッと名案が思い浮かんだ。

 

「だったら両親をこっちに連れてくればいいじゃない!」

 

その後の行動は実に迅速であった。

わざわざ二人の人間を乗せるために輸送艦なんて用意できない。とかいって、物資などを運ぶ輸送船も先日南リベリオンから出航したばかりである。

下手に自国以外の輸送船に乗せたら、それをダシにカールスラントの損失に成りかねない。それに、そもそも外交のカードに用いられる自体マルセイユも好かないからだ。

 

もう一つの損失としては部隊アフリカの貴重な収入源であるマルセイユのプロマイドが他国のカメラマンに撮られ販売されるのを惜しんだ。

独占して売っているため、基地としても痛かったのである。

 

ともなればどうすればいいのか、彼女はある書類を作成し電文を自ら打った。

南リベリアンに届いた電文は対応に応じた電信員が困惑する内容であった。

 

『マルセイユノ リョウシンヲ リョダンニノセロ』

 

電文を受け取った司令部は至急マルセイユの両親をある大隊の輸送艦に乗せた。

その大隊の名前こそ北アフリカ独立混成旅団である。

旅団長はこれを快く容認し、二人を乗せてアフリカへと出航したのだった。

 

 

「では3、2、1――――」

「ふっ、ロイヤルストレートフラッシュ」

「はっはー、ロイヤルストレートフラッシュだ!」

 

ジェネフのカウントダウンに合わせ二人は手札のカードを露呈させる。

しかし、ロイヤルストレートフラッシュというポーカーの役は僅か0.00015%で、それも二人同時である。つまり何がいいたのかというと――――――

 

「ジェネフ大尉! さてはイカサマをしたな!」

「何を言うマルセイユ。お前だってやってるだろ!」

 

両者ともイカサマを行ったのである。

イカサマの種は簡単で、あらかじめ袖などにカードを隠し相手が隙を見せた途端にカードを入れ替えたのだろう。無駄に手先が良い両者である。

二人は椅子から勢いよく立ち上がり、犬歯を見せつけるように睨みつける。

 

唸り声を発しながら山羊と鷲が睨みあっていると、人狼と稲垣が何処からか現れた。二人の口には何故か一枚のせんべいが咥えられており、おそらくは扶桑の整備兵から貰い受けたと推察できる。

この奇妙な光景に稲垣はおどおどとして慌てているが人狼は冷静に二人の間を割って入った。

 

「大尉聞いてくれ。あの眼帯がイカサマをして私の酒を奪おうとしたんだ」

「なあハインツ、あの悪ガキ俺の煙草欲しさに騙そうとしたんだ」

 

両者とも食い違う意見に人狼は若干困惑していた。

いわずとも、両者ともイカサマを行ったのは確実であるからだ。

人狼が入ってもなお、障害物を避けるように両者は頭を動かして睨みあいを続ける。

 

『至急ウィッチとハインツは司令室に来なさい』

 

各所に取り付けられた拡声器から加東の声が響き渡る。

急用だと感じ取ったマルセイユは喧嘩を辞めて、小走りで司令室へと向かった。

人狼と稲垣もそれに追従して司令室へ足を進める。

 

「……そろそろか」

 

一方、一人となったジェネフは立ち上がった際に倒れた椅子を立て直し、腰をおろす。長年愛用していた煙草ではないリベリアン製の煙草を吸うと、舌を出して苦渋の顔を浮かべた。

 

「……不味い、これだからヤンキーは信じられないんだ。やはりカールスラントのやつが至高だ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「では何故集めたのかを説明するわ」

 

加東は咳払いをし、皆の視線を集中させる。

実戦経験がまだ少ない稲垣は重大なことだと背筋を伸ばして息を呑み込み、逆にマルセイユは慣れ切ったのかクシャミをする。

 

「そこまで緊張しなくていいからね。今回は護衛よ」

「護衛ですか?」

「そう。まっ、大雑把に説明すると旅団が此処まで来れるように誘導と護衛ね」

「旅団ならある程度のネウロイなら対応が可能じゃないのか? 私たちがする意味はないと思う」

 

護衛という地味な任務に不満を持つマルセイユ。

それを咎めるように加東はその真実を伝える。

 

「その旅団の旅団長が中将だからよ」

「中将だとッ!?」

「えぇっ!?」

 

目を見開き口をあんぐりと開けて、いかにも仰天している様子だ。

驚きのせいかパクパクと稲垣は声にもならない発声していた。

まあ彼女らが驚くのも無理がない。

なにせ旅団長は基本、少将が担うもので中将という階級が請け負うにはあまりに非常識であるからだ。

 

「でも何故、中将がこの基地にやってくるんですかね?」

「悪いけどそれは守秘義務なの。ごめんなさいね」

 

落ち着きを取り戻したライーサは加東に問う。しかし、加東は彼女の質問に答えることを拒絶した。

テント内に居る人狼たちは、少なからず大きなことが起きると踏んだ。

 

「というわけで明日の早朝、護衛任務が開始されるわ。無事に彼らを此処に連れてきて欲しい」

「「「了解」」」」

「…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『あーつまらない』

『まあまあ、そんなこと言わないでハンナ』

『そうですよこれも重大な任務ですから』

『…』

『敵なんてそうそう来ないのにどうして護衛なんかしなくちゃならないんだ!』

 

現在、人狼を含めた基地アフリカのメンツは索敵を効率化させるために分散し、ライーサとマルセイユは中高度の北と南に分かれ、稲垣と人狼は低高度の北と南に分かれる。

ネウロイへの対地攻撃が効果的な人狼らは低空にし、空戦技術に優れたマルセイユが中高度に陣取っていた。

 

一本に連なる黒い線は、目を凝らしてみるとモゾモゾと揺れている。蟻の行列の如く見える正体は高度を落としていくたびに鮮明になり、それがトラックと戦車であることが識別できる。独立混成旅団だからか、やけにトラックの数が多い。

 

 

護衛開始から二時間が経過したとき、人狼が目を凝らし、列の最後尾から二キロ先に何やら黒い影が蠢いているのを発見した。

ユニットを轟かせ向かうと影に赤が追加され、地面を這うように進んでいた。

小型の陸戦ネウロイである。

人狼はネウロイ目掛けて急降下を行い、MGFFの弾をバラ撒く。ネウロイは奇声を発することなく容易に撃破された。

 

銃声を聴いた陸地の兵士はトラックの中からいつでも出られるように身構え、戦車は車長がより一層警戒を高めている。

 

『こちら稲垣、敵ネウロイを前方に捕捉しました! 撃ちます』

『私もちょうどその瞬間だ。スコアを伸ばしてやる』

『まだ私は見つかっていないので、引き続き索敵を行います』

『…』

 

辺りを見渡し人狼はネウロイを探す。特に巨大な岩を重点的にだ。

理由としては、何処かの岩陰から列の一部が撃たれると搭載された弾薬や砲弾が引火して誘爆のきっかけを生むからである。

すると案の定、ネウロイが顔を出して頭に生えた砲から砲弾を飛ばした。初弾は列に着弾することはなく、手前に落ちる。

 

第二射を撃たせないためにも人狼はユニットを駆けて接近、頭上から二十ミリの洗礼を浴びさせる。

中高度では、マルセイユとライーサが空で踊っていた。所持する機関銃でネウロイを一体ずつ着々と撃破、撃墜を繰り返す。

ライーサが単独で戦うのは久方ぶりではあるマルセイユの僚機として活躍した経験が報いた。ネウロイたちは彼女らとは踊り切れないと匙を投げるよりも前に撃墜されていく。

 

『ッ!? こちら稲垣、列の前方に陸戦ネウロイの群れが出現! 私だけでは対処が難しいです!』

『…』

 

人狼は稲垣の応援に答え、人狼は急いで対処に向かう。

確かに列の前方では、三十ものネウロイが列めがけて突進を行っている真っ最中であった。ネウロイの全体像としては五メートルで砲を持たない、いわば突進に特化した前時代のネウロイだ。

人狼はネウロイの頭上から銃撃をかますとある一体が足に被弾して転倒、その後ろに走っていたネウロイは将棋倒しに転倒の連鎖を繋げる。

好機と捉えた稲垣は対戦車ライフルを撃ち続け、柔らかい腹部を引き裂いていく。

 

「…」

 

人狼は残りの突進を続けるネウロイに対して、口で銃身を咥えて落とさないようにしてから、集束手榴弾を二本取り出した。

魔法力を限界にまで込めてから手榴弾を投擲した。

直線に飛ぶ二本の手榴弾はネウロイに命中すると大きく爆ぜる。百キロ爆弾二発程の威力はネウロイを消し去るには十分なものであった。

 

再度辺りを見渡すとこれで最後らしい。損害は皆無で、怪我人は一人もいない。

口から機関砲を外し一息吐くと、インカムから不思議なノイズが混じった声が聴こえ始めた。

 

最初はノイズが大半を占めていたので何を伝えたいのかはわからなかったのだが、十秒二十秒と経過するにつれて声は鮮明に聴こえだした。

人狼はその声の主に会ったことがあった。

特徴的な声でもない、別段なまりがあるような声でもない。だが、言葉からでも伝わる雰囲気には覚えがあった。

忘れることができない声だったのだ。

 

 

『久しぶりだなぁ――――ハインツ大尉』

 

声の主はパ・ド・カレー防衛線を指揮したランデル中将、その者であった。

無線越しでも伝わる狂気が人狼の身体中を駆け巡った。

 




プロマイド

写真用印画紙、又はこれを用いた写真のこと。またはマルベル堂などが発行している、タレントなどのコレクション用肖像写真のこと。
浮世絵の人物画もプロマイドと同じ意味合いを持つ。


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概要

カスタムキャストで今は亡きアニーサ中尉を作成しました。初心者なので許してください。

【挿絵表示】




人狼が滞在する基地にランデル中将を始めとする北アフリカ機甲独立混成旅団が現在、駐在している。

辺り一面が荒野のため兵士が寝泊まりするテントの設営には困らないものも、最新のカノン砲である17cmK18や伝令のバイク、または物資などは従来の布設の収容範囲が超過してしまったために、新しく作らなければならない事態へと陥った。

 

司令室のテントの中にはランデル中将、ロンメル元帥、加東と人狼含める航空隊、それにロンメルと鉢合わせると喧嘩が起こることで有名なバーナード・モントゴメリーとジョージ・S・パットン、それに各兵科の指揮者が着席し、狭く暑苦しい室内に詰まっていた。その中には当然ジェネフも出席している。暑い室内というのに彼と人狼は帽子を着用していた。

 

テント設営時のピンを叩く金属音や指示を出す怒声が外から聴こえる中、室内は重々しい雰囲気に包まれており、稲垣とライーサは委縮してしまっている。マルセイユと加東も表には出してはいないものも、顔に緊張の色が見受けられる。ジェネフが彼女らにちょっかいを出すも何も返答もないほどに。

 

それに対し、遠方からの来訪者ランデル・オーランドは常に口角を上げて皺を伸ばす。狂気が溢れる態度がよりこの雰囲気にした原因とも思える。ロンメル、パットン、モントゴメリーはランデル中将の側近から配られた書類を読み通していた。

人狼はその側近には見覚えがなく、前任者のダロン大佐は何処に居るのかふと疑問に思い、辺りを見渡す。

 

「ハインツ、残念だがダロン大佐は此処にはいないぞ」

「…」

「彼は戦死してしまったからな。あのパ・ド・カレーで無残に、そして華やかしく」

 

そう言って彼はおもむろにポケットに手を突っ込んだかと思えば、何かを机に置いた。それは一片の白い物体。戦場に慣れ親しんだ皆は、それが何なのかが察することができた。

 

「ひっ!?」

「ッ!?」

 

唖然とした表情や短く悲鳴を上げて少女たちは物体に視線を集める。それは人骨であった。どこの部位なのかはわからなかったものも、それはまさしく骨であった。

稲垣とライーサは恐怖で青ざめ、加東とマルセイユは目を見開いて無意識に口を思わず押さえる。ジェネフはやっちまった感を醸し出して手で顔を覆う。

ロンメルは当然、発端の主であるランデルに注意を促す。

 

「ランデル中将、兵士の士気を下げるのはやめてもらいたい」

「何を言うのです。私は別に意図的にしたことではなく、ハインツに大佐は死んだことを伝えようとしただけで」

「おい、これ以上乙女を怖がらせ続けるのなら俺がぶん殴るぞ」

「忌まわしきパットンの発言に同意しよう、今は」

 

バキバキと拳を鳴らすパットンとモントゴメリー怒気で満ち溢れている。それに対しニタニタと常時不気味な笑みを浮かべるランデル。

辺りは緊迫した状況に陥り、今にも暴力沙汰になりえそうな雰囲気が立ち込める。

しかし、この状況を打破するのは以外にもあの人物であった。

 

「申し訳ないですが各方面軍の将軍様方。ここはニューヨークの裏路地でもスラム街でもありません。ここは両者とも拳と感情を抑制して作戦概要を説明していただけませんか?」

 

啖呵を切ったような発言をするジェネフは、将軍三人を部下同士のいざこざを止めに入る際に使用した眼光で睨みつける。

鋭い眼光で貫かれたパットンとモントゴメリーは仕方なしに席に着く、それでもランデルは薄気味悪い笑みを浮かべ続けている。一触即発から脱したことに安堵した加東はため息を吐いた後に、ジェネフの印象を再度改めた。

ジェネフも冷や汗を隠すように制帽を被りなおす。まあ将軍に立ち向かうのは勇気がいることなので致し方ないが。

 

「では私が直々に作戦概要を説明しよう」

 

このままランデルが説明しようものなら今後の作戦に影響するだろうと察したロンメルは代わりに概要を説明する。

 

「我らの任務といえばスエズ奪還にある。スエズ運河はブリタニアだけではなく、各国の海運の重要拠点である。ここが封鎖されたことにより、物資の運搬はほぼリベリオンを経由しての海運で非常に時間の掛かる航路だ」

「確かにこのアフリカだとかなりの時間が掛かる。ヒスパニア方面のジブラルタルから侵入するわけだし」

「そうだ。幸いにも農場や酪農、家畜に関しては不足していないものも数が限られる。マルタ島などの防衛は当然のこと、地中海に住む各国の民を飢えさせてしまう」

「配給で成り立ってるらしいですしね」

 

ライーサとマルセイユは相槌を打ってロンメルの話を補助する体となる。

 

「そして黒海の奪還。遂にはダキア王国にオラーシャ帝国、及び近隣諸国の奪還も夢ではない」

「ロンメル将軍待ってください。そういえば、ダキアとオラーシャの黒海艦隊はどうなったのですか?」

「あぁ、オラーシャ帝国の潜水艦一隻を除く艦艇は全て撃沈だ」

 

実際、黒海から現れたネウロイの巣は沿岸防衛を任された艦隊を造作もなく薙ぎ払い。潜水艦の艦長が独断で撤退、なんとかオラーシャの黒海艦隊は全滅することはなかった。

しかし、職務を全うできなかったという理由づけて艦長は降格後、前線であるバルト海での哨戒艇の艦長へと転じられた。人々は艦長を罵るが人間として仕方のない行為であった。

 

「さて話を戻そう。スエズ奪還においてはリベリオンのパットン将軍率いる師団とブリタニアのモントゴメリー将軍率いる師団、そして私と新大陸からやってきたカールスラント旅団率いるランデル将軍で攻勢を掛ける。なお、この際指揮権は統一することはなく、四つの梯団で仕掛けることとする」

「ちょっと待ってください。それでの師団間での連絡が」

 

加東は声を張り上げて指摘する。

各軍の連携が命の戦場においてこの戦闘でのカギを握るのにそれができないとなると潰走は免れない。下手すれば現在滞在している基地すらも放棄しなければならない状況が生まれる。さすれば、ロマーニャやヒスパニア進出の足がかりを構築されてしまう恐れがある。

 

「あぁ安心したまえ。そこは考えがある」

 

今度はロンメルではなくランデルが声を上げる。

机に置いた遺骨を仕舞い、封筒をがそごそと探っていると例の書類を見つけて加東に投げる。手裏剣の如く投げられた書類は見事、加東の目の前に止まる。

加東は渡された書類を手に取り、じっくりと読み進める。「なるほど」と読み終えた後は納得した様子で書類を置いた。

 

「最新の無線機ですか」

「そう、カールスラントとリベリオンの研究者が英知を絞って完成にこぎ着けた逸品だ。砂嵐は勿論のこと爆発の中、砲弾降り注ぐ嵐の中でも機能する画期的な逸品だ。それと砂塵による機器の故障を比較的抑えている」

「ちなみに戦車隊にも取りつけられてて、試験ではバッチリの感度を示してくれたぜ」

 

信頼性をアピールするようにジェネフもランデルの言葉に付け加えた。確かにカールスラントとリベリオンは優れた科学技術や電気工学を所有している国であり、扶桑では量産が難しいような無線機を世界に輸出していることで有名だ。

最近の扶桑の物はまだましなのだが、加東が現役だった頃はお粗末なものであったと記憶している。

昔のことを思い浮かべて加東は苦笑する。隣ではキョトンとした様子で稲垣が首を傾げる。

 

「これのお蔭で救援要請が楽になるな。こき使ってやる」

「そうだな、モントゴメリーが直にやってくる機会が減って気分がいいわ。ネズミの顔など見たくもない」

「どういうことだ」

「おっ、やるか」

 

パットンとモントゴメリーが火花を散らす中、ロンメルは慣れたように無視し、説明を続行する。

 

「北からリベリオン、ブリタニア、ランデル中将の旅団、そして我らだ。なおこの際、指揮官が死亡した際は戦力的に比較的余裕のある者が指揮する方針となる」

「ほほう、つまり将軍三人方が戦死なされば私に指揮権が」

「ま、まあ極論では」

「そうかそうか、いい話だ」

「……ランデル中将、もしや戦死させようとしてないですか?」

「なに、そんなことはないさ」

 

期待で胸が膨れ上がっている様子のランデルを諭すようにジェネフが告げる。ランデルは屈託もない笑みを浮かべ否定するが今までの言動と前科のせいで説得力がない。

ランデル・オーランドという人物を目の当たりにした加東たちは乾いた笑いを発して口角をひくつかせ。本当にやりかねないのが恐ろしい。加東は余計に胃を痛めた。

ジェネフは面倒な上司を持ったと呆れるように頬を掻き、人狼は慣れていたため表情を崩さずにいる。

ちなみに前科というのは勝手に私用の武器を所持したり、戦車隊を私物として運用していたりと盛り沢山だ。

 

「作戦名は彗星作戦。諸君らの健闘を祈る」

 

かくして始まったスエズ奪還作戦、結末がどうなるのかは未だ神すらも知らない。

 




D型潜水艦

ソ連で生まれた潜水艦、正式艦級名称は第1系列潜水艦デカブリスト。
ソビエト連邦海軍が、最初に運用した潜水艦である。また、様々なソ連内の混乱により海軍力は落ちていたため、船体はイタリアから輸入した図面を参照し、発動機はドイツ共和国のMAN社より輸入した鉄道用ディーゼルエンジンを参考とした。
バラストタンクの配置が悪く、潜航時には船体重心に偏りが生じたので不十分な性能で六隻しか建造されなかった。


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野球

名前の通り野球をする話です。
今回は前半パートとなっております。


「第一回、チキチキ野球大会ー!」

「Yeah!!」

 

マイクを持ったロンメル将軍が野球大会の宣言をし、リベリオン出身のパットン将軍は大いに盛り上がっている様子で、流暢な母国語を叫ぶことによって興奮を露わにしている。

その一方で、大会のために設営されたと見受けられるテント下で、頭を抱えてゲンナリとしている様子の加東はぽろりと本音を零した。

 

「どうしてこうなった……」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この大会が開かれる二日前のこと。ロンメルを含める将軍と一部の士官はあることに気づいた。

この以下の者は本部であるテントに集まり、夜に密会を開いた。

 

アフリカの結束率がさして高くない。

 

そのような事実に行きつくまでには、とある事件が関係していた。

南リベリオン大陸からやってきたカールスラントの兵士、おそらくはランデル将軍の旅団所属の者だろう。その者たちが、先に現地に居たロマーニャ兵、もしくはブリタニア兵やリベリオン兵士と口論をしていたところを加東と共に灼熱のテント内で書類作業に勤しんでいた扶桑人士官が目撃した。

慌てて扶桑人士官は止めに入り暴力沙汰にはならずに済んだものも、このことは作戦に響くかもしれない、もしくは作戦が破綻する原因になると危惧した士官は加東を通して将軍たちに伝えられた。

 

いくら部隊内では結束率が高いとしても全体の結束率が普通かそれ以下だと連携を重視する本作戦の失敗する一因になるかもしれない。

一度失敗すればアフリカでの戦力が減るだけではなく、ネウロイに押し潰される可能性だって増加する。それだけはなんとしても避けたかった。

そこでリベリオン出身のパットンがとある提案をした。

 

「ここはいっそのこと野球をするのがいいのではないか?」

 

その提案に賛同する者が過半数になったため、無事野球大会が開催されるのが決まった。その時のパットンは内心ウキウキの様子で、翌朝大量のグローブとボールを何処からか仕入れてきたという。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

後から聞いただけである加東は実質巻き込まれたようなもので、この野球大会自体任意参加ではあるため加東は参加しなかった。否、するはずがない。

天候はいつもと変わらない。ようするに太陽が満遍なく顔を出して熱波と紫外線を振りまいている有様だ。体内から水分が干上がっていくのを体感する。

一応に野球の知識はラジオから流れる甲子園から学び、ある程度実践できる程には知識はあった。

加東はこの炎天下の下で誰が運動なんてしてたまるかといった風に机に顔を付けて傍観していると見知った面子がグローブと硬球を持って現れた。

補足として、この場所は試合を観戦するには適した配置となっている。

 

「よっし! 狙うは優勝だ!」

 

珍しく黒の軍服を脱いで白いシャツだけの状態のマルセイユ、肌は白く焼けてはいないものも、もはや男子である。グローブに拳をパンパンと鳴らして皮を柔らかくしようとしている辺りが手慣れている感満載だ。

まあ確かに勝気な彼女であれば大会に参加せずにはいられないだろう。

 

「…」

 

続いて現れたのはこんなにも暑いのにも関わらず初期からずっと羽織っているアフリカ仕様のコートを着てグローブを嵌めている人狼だ。人狼は地面に書かれた線に導かれるようにセカンドに就いた。ちなみに投球するのはマルセイユで前には彼女が居た。

ベースに着くとやる気が無さそうに構えたりはせずにただ呆然と立っている。

 

「なんだろう。無理やり参加させられた感が凄いわね」

「案外そうでもないみたいですよ」

「あらそうなの」

 

突っ伏している加東の左隣にライーサが座る。

手には水筒を所持しており、此処で観戦するつもりだろう。

 

「確かティナに勧められたり、えーと戦車隊の隊長さんからも勧められて今に至ったらしいですね」

「……あのねぇ。それは半ば強引にやったんじゃ」

「いいやそれはないぜ」

 

また、右隣に煙草と油と火薬の合わさった不思議な臭いが加東の鼻を刺した。ため息を吐いた後、ゆっくりと右に振り向くと悪趣味な眼帯と見栄っ張りのために着用していると思われる制帽が目に映る。

 

「何よジェネフ大尉。貴方も参加しないわけ?」

「まさか、娯楽の少ない戦場では持って来いのイベントだ。後から参戦するぜ」

「で、何で強引にうちのハインツ大尉を参加させたわけじゃないって言えるのよ」

「はっはー、そんなの決まってるだろ。アイツは基本NOと言えない男だからな」

「……やっぱり強引じゃない」

「はははっ! ……アイツを楽しませてやるぐらいには俺も演じてやるさ」

 

唐突に高調した声と変わって先のテントで聞いた声に移った瞬間を目に捉える加東。彼女はこの人物と人狼は戦前からの付き合いであったことを思い出した。

やはり彼にもまだ幼い人狼に対し思うところがあるのだろう、でなければ遊び人を装っている彼がそのような声色を出さない。そのことを加東はこの前の出来事を通して体験していた。

 

「んじゃ、ミーティングが始まるまで相席させてもらうぜお嬢さん(フロイラン)

「どうぞジェネフ大尉。ゆっくり観戦を楽しみましょう」

「そりゃどうも、麗しの乙女」

「別にいいのよ、こんな人相手に丁寧に接しなくても」

「おいおい、そりゃないぜ加東隊長殿」

「そんな軟派に接してくる男はロクでもないのよ。知ってた?」

「ははっー! こう見えて硬派な男なんだけどな俺」

 

 

三人は気さくな会話を楽しんだ後、ついに試合が始まった。

初戦はブリタニア対カールスラントだ。カールスラント側にマルセイユと人狼が所属している。試合が始まっても隣のジェネフが行かないので、きっとランデル将軍の旅団でチームに所属しているのであろう。

 

試合の結果としてはブリタニアの惨敗であった。

ブリタニア兵士たちは日頃から紅茶の国というわけで紳士の国のイメージを払拭するような暴言と罵倒を繰り返して退場した。理由としては野球に触れ合ってきた人口が少なく、慣れていなかったからだ。まだラグビーやサッカーなら勝てたかもしれない。

しかし、暴言を吐き捨てる割には皆の顔はどこか満足気で清々しい表情を浮かべていた。度重なる戦闘での重圧に一時的にも開放されたようにも思える。

補足するとマルセイユと人狼は持ち前の運動神経でホームランやヒットを連発した。

 

 

続いてはロマーニャ対ランデル将軍率いる旅団だ。

試合に赴こうと腰を上げたジェネフは、相変わらず熱と日頃の過労でダレている加東に向かって親指を立てていつものような余裕ぶった笑みを浮かべる。

 

「はっはー! んじゃ勝ってくるぜ」

「はい、頑張ってください」

「作戦に差し支えない程度に遊びなさいねー」

「任せておけよ。優勝してくるわ」

 

軟派な男たちが集まったチームと比較的軟派、もしくは正体不明の旅団チームが開幕の投球を始めた。ロマーニャの兵士たちは少しでも格好をつけてウィッチたちにモテようとして、何処からかくすねた最高級のワックスを付けて参加している。

対して、獰猛に目を光らせる旅団の兵士たち。そして明らかに無理に連れてこられたと思われる常に眼鏡を掛けていてもはやジェネフの世話役となったエドガー伍長と短期間の訓練でまだ半人前の兵士になった青年ジョイルがベースに就いた。

 

一方で肩をグルグルと回して慣している様子のジェネフ。立ち位置的に彼はマルセイユと同じピッチャーとして活躍するつもりだ。加東らが度々彼に視線を投げかけているのに気づくとニッカリと笑みを返す。

ライーサは小さく手を振り応援しているが加東は何もせずにただ傍観していた。

試合が始まると意外にもピッチャーとしての才覚が表れたのかバッターを次々にアウトにしていく。全て三振でアウトにしていき、投球した球の種類もカーブやフォークといった変化球を使い分けている。

これには思わず加東も驚き、旅団側が完全有利とも思える投球に舌を巻いた。

 

今度は旅団側が攻勢につくと、いかにも運動ができなさそうなエドガー以外は基本的にいい線をいった。

ジョイルは二度ストライクした後にヒットを打ち、三塁に居た仲間が戻り一点入り、ジェネフに至っては弟分である人狼に負けじとホームランを叩き出した。

 

この試合の勝敗はジェネフの所属する旅団が勝利した。カッコいいところを披露できずにいたロマーニャの兵士は固めた髪型をグシャグシャにして悔しさを露わにする。

試合後、汗だくの状態で真っ先に加東の方へとジェネフは走り寄ってきた。

 

「見たか今の試合。ざっとこんなもんよな」

「はいすごかったですよ、ジェネフ大尉!」

「おうそうか! で、加東よどうだった今の試合は!」

 

彼は腕を組みいかにも自慢げな風の態度を取る。普段なら軽くあしらうのだが、今回ばかりはかなりの活躍をやってのけたので正直に称賛することにした。

 

「確かに凄かったわよ。特に変化球とかね」

「はっはー! そうかそうか、いやー南リベリオンで練習した甲斐があったぜ」

「……そういえばそっか。リベリオン大陸ならあの強さは納得がいくわね」

 

リベリオンは野球大国である。野球に対しては世界一の腕を持つチームがあり、世界中の野球ファンを新聞の度に熱気に湧かせるのを彼女は思い出した。まあその分、サッカーに関してはお世辞にも強いとは言えないのだが。

しかし隣のライーサはあることに気が付いた。

 

「しかし何でまた南リベリオンで野球何ですか? リベリオンは野球強くて人気でしたが南の方はサッカーが人気だったはずですよね?」

「確かに辻褄が少し合わないかも」

「えっ。そんなの決まっているだろ」

 

ライーサの疑問に対し、ジェネフは単刀直入に答えを述べた。

 

「サッカーはやり過ぎて飽きた」

 

この答えに二人は椅子からズッコケそうになる。カールスラントのサッカーチームは強豪で欧州の人気も高い。なので幼少時からサッカーに触れ合う機会も多く長年親しまれてきたのだが、流石にそればかりだと飽きてきたのでジェネフ主催の野球大会が度々開かれたそうだ。

優勝賞品はチョコレートや酒に煙草と嗜好品が多く、どこも品薄状態のため価値が高い。主催者であるジェネフはその商品の金は自分で出さないといけないのでどうしても勝ちたかった。だからジェネフはエドガー、それに数合わせのマネキンとだけでチームを結成し全ての試合で優勝を捥ぎ取ったのとか。

 

中々に自分勝手な思考に加東は愕然とし、ライーサは苦笑を浮かべざるおえなかった。

 




チョコレート

チョコレートはよく市場に回る固形化されたものが最初にできたのはイギリスである。
カカオの種子を発酵・焙煎したカカオマスを主原料とし、これに砂糖、ココアバター、粉乳などを混ぜて練り固めた食品である。
語源に関しては辞典などでナワトル語のチョコラトルが由来とされているが、アステカがスペインに征服される前にはチョコラトルという用例が無い。

戦時中は嗜好品として高級品となった。


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投球

野球界の後半パートです。
スポーツ物書いたことないから表現が幼稚になってしまいますね。


太陽が南中し、正午を超えて一時を知らせる。この時間帯になると地温が空気を暖めることで気温が一日でもっとも高くなる。しかも今日は今まで以上に暑く、テントの日陰にいたとしても汗が止まらない。

トーナメント戦で進む今大会は、カールスラントチームと旅団チームがぶつかりあうこととなった。

 

パットン将軍が率いるリベリオンチームは現地の力を見せてやると豪語したのだが、人狼が所属するカールスラントチームに敗北した。

確かにどのチームと比べるとヒットが多かったものも、守りに入ると人狼を主力とした攻めを受け止めきれずに大量得点を入れられていた。一度人狼がバットを振ると確実に当たり、ホームランを叩き出す。人狼が単体なら一点だけ加算されるのだが、野球という競技は塁に人が存在するほど点が加算されるのだ。

 

それにマルセイユの投球もストレートしか投げない、いや投げられないのだがコントロールも上々で球速も速い。国民的スポーツとして習慣付いたリベリオン兵士をもってもこの球でホームランを狙うのは難しかった。

なお、例えホームランを打ったとしても人狼が持つ驚異の脚力で捕るだけなのだが。

 

トーナメントはついにカールスラント旅団チームとぶつかった。

 

 

「うひゃー、えげつないな先の試合」

「あら怖気づいてしまったの?」

「はっ! 馬鹿言うな。山羊隊の隊長様が投げる球はエース級だぜ。相手に人狼やマルセイユの嬢ちゃんが居ても俺は勝って、加東隊長殿にこれが勝利だと見せつけてやるよ。約束だ」

「はいはい、せいぜい頑張ることね」

 

テントの下の観戦席ではジェネフがダルそうに立ち上がり、試合に赴こうとする。彼の表情は緊張からか引きつっており、自身が勝てるか半信半疑であった。その様子を加東に見られて揶揄われると、彼は日頃の強気な姿勢を取り戻す。

 

「どっちのチームも頑張ってほしいですけど、ジェネフ大尉も頑張ってくださいね」

「おうよ!」

 

ライーサにも激励された彼は一歩また一歩と足を踏み出す。こちらに優位を持てない状況はその足取りを重くするのだが、彼は無理やり動かして進む。彼は臆していると試合も勝負も敗北すると心得ていたつもりだが、どうやらそうでもなかったらしい。

己の弱さを再確認したジェネフは審判の整列という声に導かれてチームごとに列を作る。旅団チームにはジェネフが、カールスラントチームマルセイユが先頭に立ち整列する。

 

「ふっ、ようやくここまで来たな。ジェネフ大尉」

 

チームのキャプテンを努めるマルセイユは頬に土汚れを付着しながら男勝りなセリフを吐く。この台詞も相まってか、女性らしい部分を幾つか消せば美男子そのものである。なんとも男らしい。

これにはファンクラブができるのも裏付けよう。

 

「そうだな。お互いにいい試合にしようではないか」

「だが勝利するのは我々だ」

「おいおい、その台詞はうちのモノだ」

 

ジェネフとマルセイユは言葉で牽制し合うのに対し、人狼と対面したエドガーは人狼に対しいつものように優しく告げる。

 

「まあ交友試合だから仲良くやろうかハインツ」

「…」

 

どうやら人狼もそこまで勝利に執着していない様子で、首を縦に振る。また、ジェネフの戦車の操縦手を務める新兵ジョイルは、無茶というよりかははしゃぎすぎて、熱中症で医務室送りとなった。まだ齢二十にもなっていない少年なのだから仕方がない。

先に攻守を決めるコイントスの結果、旅団側が最初に守り側となる。両チームはそれぞれのポジションに続々と就き始める。

 

「んじゃまあ、派手にいこうじゃないか」

 

ジェネフはボールとグローブを合わせるように叩き手首を慣らす。先頭打者に立ったのは誰よりも一番を好むマルセイユであった。彼女もバットを構えていつでも打てるように準備する。

 

「さあ来い! 私が打ってやる!」

「いくぜ!」

 

ジェネフは取り敢えず相手の様子を探るためにストレートを投げる。マルセイユと同じほどの球速である。彼女はバットを振るも、空振りしストライクになる。

続いてフォークをジェネフは投球する。打者である彼女は先程と同じストレートだが勘違いしたため、この変化に対応できなかった。打とうとバットを振るも当たる手前に球が下方へと落ちてキャッチャーのグローブへと収まった。

 

「クソッ!!」

 

彼女は自分が思った以上に打てずに苛立ちがこみ上げる。戦闘で鍛え上げた観察眼でジェネフはやはり彼女が変化球に慣れていないことに勘づき、次の投球も変化球にしようと決めた。

 

「さっきのでいいか」

 

ポツリと呟いたジェネフはキャッチャーに向けて再度フォークを叩きこむ。今までに変化球どころか野球にすら深い関係を持っていない者なら対応できまいと投げた一球は偶然か必然か、カキンという独特な音を立てる。マルセイユは即座に一塁へと駆け出す。

 

「一塁に行ってやる!」

「ちィ!!」

 

彼の油断が仇となり、打たれた一球をエドガーが追いかける。あまりに球が低いため、通常の姿勢では捕れないと彼は判断し、腹からスライディングを行う。これによりエドガーのグローブへとギリギリ接地しない高さのところで収まった。

このエドガーの奮闘によりマルセイユはアウトとなる。

 

「よくやったぞエドガー伍長!」

「流石我らの隊長の搭乗員だ!」

「よっ! 既婚者!」

「う、うおおおおお!!」

 

外野からは彼を活躍を称える歓声がひっきりなしに飛び交う。稀に馬鹿にするような言葉もあるのだが、彼の耳には自分に得のある声しか聞こえなかった。

これに気分がよくなったのか、彼は大声で叫びグローブを高く掲げることでより活躍をアピールする。

 

「エドガー伍長もやるじゃない。流石ジェネフ大尉の保護者役ね」

「今の動きも凄かったですけど、一番の驚きはエドガー伍長は既婚者だったことですね」

「そうね、彼からはあまり話をしないけどそうらしいわね」

「一度話を伺ってみようかな」

 

 

一方試合はマルセイユの後釜を務める打者二人もジェネフの投球には敵わずストライクによりアウト。これにより攻守が逆転した。

先頭を立つのはエドガー、スライディングのせいで左頬に異常なまでに砂が付着し、一種の迷彩のようになっている。

彼の相手は無論マルセイユ。さっきの球を捕った恨みでもあるのか彼に尋常なほどに圧が掛けられる。思わず気圧されたエドガーは動けずに見過ごし三振でアウトとなる。

 

「なにしてんだエドガー!」

「けど車長! アレはきついですってええええッ!!」

「大の大人だろお前は! 何故少女に気圧されてるんだよッ!」

「いッ!?」

 

活を入れるためにジェネフはエドガーの背中を思いっきり叩く。エドガーは短い悲鳴を零し飛び上がった。背中には場所違いな紅葉ができているだろう。

ため息を吐いたジェネフはマルセイユの球の癖を今までの試合観戦で見抜いていたのか、二番手の打者に対マルセイユの忠告する。伊達に戦場で戦い生き延びた兵士ではないのだ。

 

「いいか。彼女の球は確かに速いしコントロールも良い。だけれどもアイツはストレートを投げる時には普通の球よりもやや上気味に飛ぶから上向きに振れ、いいな?」

「了解しました」

 

二番手打者がバッターボックスに立ち構える。マルセイユはジェネフと二番手打者が何を話していたかは理解できなかったが、警戒するには越したことはない。警戒心を高めながら彼女は投球する。

打者はジェネフの忠告通りにやや上向きに飛来し、バットを降る。カキンと心地の良い音が響く。

 

「何だと!?」

 

驚嘆する彼女をよそに打者は走る。打った球はかなり高くまでに上がり、ホームランをも狙えるほどであった。例え風が吹いて勢いが弱くなっても二塁まではいけるとカールスラントチーム以外の誰もが思った。

そうカールスラントチーム以外は(・・・・・・・・・・・・・)

 

「…」

 

人狼は地面を蹴り上げ高くへと跳び上がるがそれでも球には届かない。今度は手にハメていたグローブを球の軌道を予測して投げつける。球は下から上へと目指して上げられたグローブに命中し遠くへと飛ばそうとする力の向きが衰える。しかしその代わりに球はより高くに上げられた。

人狼が着地して即座に球の落下地点へと移動する。何もハメていない素手、それも片手でボールを鷲掴みにしてアウトにした。

 

「うっわ、ハインツえげつない……」

「こりゃホームラン飛ばせないですね」

 

ホームランという夢を諦め地道に塁目指すことに決めた旅団チーム一同。また観客席では加東がゲームバランスが崩壊しそうなことを予見して、ライーサが目を煌かせて興奮していた。

 

「あー、こりゃハインツ大尉が原因でバランス崩すわねこれ」

「けどけど、今の見ましたか! 凄い捕球の仕方でしたよね!」

「確かに生涯の内に一度しか見れない光景だったわ。さあどうするのかしらあの大隊長さんは……」

 

 

だがしかし、彼女が予見していたようにワンサイドゲームという形にはならなかった。それは旅団チームであるジェネフが予想以上に大活躍を決めていたからである。いくら人狼の破格ともいえよう運動能力を持っていても、野球は団体競技だ。一人一点しか決められない。

 

ジェネフは打者が人狼以外の時には全ての球をストライクか敢えてフライを打たせてアウトにさせるといった小細工を行い見事成功させる。すると人狼が打者として立つ頃には塁には誰いない。ジェネフはどうせ全力を込めても打たれてしまうことを察してか適当に投げる。それは当然ホームランになりカールスラントチームに一点加点される。

 

だけどやられっぱなしのカールスラントチームではない。マルセイユの球は忠告を貰っていたとしても打ちづらく、仮に高く打ったとしても人狼に止められる。

だからこそジェネフはとある作戦を考え付いて、カールスラントチームから点数を獲得していった。

その作戦内容は高く上げても人狼が存在するから捕られてしまう。ならば、人狼を避けてなおかつ低く下げてしまえばいいという内容。

この作戦は功を奏し、地道に一点また一点と稼いでいった。

 

 

試合はもう九回表、点差は無しの同点だ。

かなり体力を消費したジェネフは肩で息をし、投球のホームを取る。

 

「あ、あと九回投げちまえば勝てるんだ……」

 

体がふら付き、気温と太陽で自分が相当やられてきているのを実感する。心なしか視界がグラついてきた。彼は作戦を考えすぎるあまり水分補給と塩分摂取を怠っていたのだ。そのため重度の熱中症になっていた。だが投手交代をせず、一人の投手として最後までやりきろうとした。

俺は強くて精鋭である戦車隊の大隊長なのだ、と自分を鼓舞し投球を続ける。一人、また一人と打者をアウトにしていく。

 

「あ、あと一人……」

 

もしもこの投球で打者をアウトにさせれば勝てる見込みが増える。それに人狼の番ではないため安全だ。

息を切らし、次の打者を待つ。出てきたのは金髪で長髪の少女、同じ投手であり、キャプテンを務めるマルセイユであった。

 

「散々と好きにやられたが今度こそ勝つ!」

「はっ、鳴いてろよ。鳥が」

 

もうその頃には彼の体力と共に気力が尽き、具合の方も最悪な方へと悪化している。視界がグラつき視野が狭まる。それに猛烈な吐き気が常に襲い、酷暑とも呼ばれるアフリカで寒気を感じ汗が出ない。息も次第に苦しくなり、マルセイユの返事もままならない。

何故、立っていられるかは勝負で敗けたくないという目的と旅団チームを勝たせ加東に勝利というモノを見せつけようとする一途な想いからであった。

 

一球目はカーブを見過ごしてストライク、そして二球目はフォークを見過ごしでストライクを取る。

 

「最後、これが最後なんだ……」

 

自分に言い聞かせ絞りカスとなった気力と体力を身体の底から呼び起こす。もう何も見えない、瞼は開いているのに何も見えずに真っ暗である。もはや感覚で投げるしか手段は無い。ジェネフは全身全霊の力を込めた投球をキャッチャーに向けて放つ。

 

何も見えない彼は正確にキャッチャー目掛けて投げることができた。最後の球はストレート、もう細かい動作ができず、それしか投げられない。

これを打たれなければ希望が繋がる、と想いを乗せた球は―――――

 

 

 

 

心地よくバットが響く音に彼の希望は掻き消され、観客席からはホームランに興奮する歓声が無数に上がる。

そう、マルセイユは見事なまでのホームランを打ってみせた。きっと彼女はリベンジが成功して喜びながら塁を踏み回っているだろう。

 

「はっはー。やっぱり……俺はどこ…か…ミス…るな……」

 

とっくのとうに体力と気力が消え失せ、屈強な精神すらも摩耗したジェネフが立っている意味もなく、膝から崩れ地面に伏した。もはや地面の熱すらも感じさせない。

倒れた後に、彼は自分の力を出し切ったのがよほど満足したのか笑みを浮かべながら意識を手放した。




熱中症

本質的には、脱水による体温上昇と、体温上昇に伴う臓器血流低下と多臓器不全で表面的な症状として主なものは、めまい、失神、頭痛、吐き気、強い眠気、気分が悪くなる、体温の異常な上昇、異常な発汗がある。
特にIII度の熱中症においては致死率は30%に至るという統計もあり、特に重症例では脳機能障害や腎臓障害の後遺症を残す場合がある。


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救護

今回はジェネフ視点があります。


いつからだろうか、俺がここまで真剣になるのは。

幼少期はやんちゃ坊主として町の皆に認知されていて、父親も外で遊ぶことを勧めていた。学校から帰るとすぐに友達と公園に遊びに行った。

 

だが母親は違った。父親は俺が八歳の誕生日を迎える前に亡くなり、その日を境に勉強漬けの日々を送ることとなった。元々教育方針については二人とも意見を違えては論争になることもしばしばあった。

 

嫌々したくもない勉強をしていた時期に一つの趣味ができた。それはギターで、学校帰りに路上でお洒落な服を着た男がギターで当時話題になっていた曲を弾いている姿を目撃したのがきっかけだ。

俺の家はレコードは無かったため音楽に乏しかった俺は余計にハマり、小遣いをコツコツと貯めて、安い中古のギターを購入した。初めて買ったギターは表面が大きく傷ついているも弾くことには支障はなかった。

 

母親に内緒で購入したので母親が居ない間に弾いてみたり、人気のないところで弾いてメキメキと腕を上達していった。自慢ではないのだが、俺は要領の良い子供だったためギターの参考書に書かれている難易度の高いコードも二週間ほど練習するだけで弾けるようになった。

初めての曲を一通り弾き終わると俺は満足感が体中を駆け巡り、その日はどんなつらいことがあっても笑って過ごせた。だから気が狂わずにいられたと実感する。

 

しかし、内緒というのは隠し通すことが非常に難しい。

十歳の時に普段からギターを隠していた屋根裏部屋がついに見つかった。母親はすぐに俺を呼びつけて酷く叱りつけた。母親はヒステリックを起こして愛用していたギターを大きく振りかぶって破壊してしまった。

今までは母親には暴力を振るわなかったのだが、今回ばかりは振るってしまい、顔を殴りつけると母親は「お前なんて産むんじゃなかった」と俺に怒鳴りつけた。俺は憎悪と怒りを胸の内に抱きながら、即家を出た。

 

もうこんな家出ていきたかった。

だったら何処か遠くで独りで自由に暮らそうと考え、一人旅を決心した。しかし、警察にあえなく補導されてあの家に帰ってきてしまう。

この件以来、より勉強への束縛は強化されて友達と一緒に外で遊ぶことはできなくなったなり、友達も次第に減った。

唯一、頭だけは良くなった。

 

ある時、俺に転機が訪れる。

それは軍の士官になるための試験だ。母親は大学受験よりも難しいとされる士官の試験には積極的で俺も親元を離れることができるので大変喜ばしかった。

だから俺は一日の勉強量を増やし、合格しようと必死になった。合格すれば自由が訪れると信じて、ペンが血塗れになるほどに努力した。

結果としては合格、晴れて俺は士官学校へ通うこととなった。

 

士官学校では自由が少ないといえども、家よりかは存在し俺は満足した生活を送った。士官学校を卒業すると、あのランデル閣下の下に着任して初任給で再度ギターを購入し仲間の前で披露した。補足としてギターは新品で値が張る種類の物である。

少年だった際はギターの存在を隠し通すために友達にも内緒にしていたのだが、もう違う。俺は仲間の前で昔に流行った曲を弾く。久しぶりに弾いたので拙いところもあったのだが、評価としては拍手喝采で、喜んでくれた。

皆の喜んで満足げな表情を見て、俺も満足した様子で笑った。

 

それ以来俺は人を満足させることができる魔法の道具を使って演奏を続けた。後から着任したエドガーもハーモニカを吹けたこともあり、二人で演奏を週末の夜に行う。観客は機甲科を飛び越えて、歩兵科や工兵化を飛び出して、しまいにはランデル閣下までやってきた。

 

そして俺は人を楽しませることに憑りつかれ、何処の基地に行ってもギターを奏でて演奏を行った。

パ・ド・カレー、南リベリオン大陸、そしてこのアフリカでも続けた。

 

だが、アフリカでは俺の音楽を聴いて好しいと思わなかった人物が存在した。

加東圭子、扶桑人のカメラマンでありながらアフリカの部隊の指揮権を持つ女性だ。いつも通りに兵士たちを楽しませていると彼女から苦情を言われ、俺は不思議に感じた。

何故他の皆は楽しんでいるのに彼女だけは喜ばないのかと。

扶桑ではギターが流行っていないのかと同じ出身国の兵士や稲垣軍曹から訊いてもそうでは無いと言う。

 

ならば他に原因があるのではないかと彼女を探った。

案外理由というものはあっさり見つかるもので、どうやら音楽を楽しむ時間が無いとのこと。毎日彼女は働き詰めの日々を送り、緊急時には自身も出撃するといった激務を行っていることや基地全体の責任を負う彼女に畏敬の意を表した。

扶桑人は働き気質という言葉があるのだが、あまりに度が超えている。気休め程度になればいいと何か喜ばせるものがないか模索した。

戦果を挙げたとしても書類の処理をしなければならない、それ以前にうちらが出撃する機会がほぼない。

一度書類作業を手伝おうとしたのだが、加東からキッパリと断られてしまった。常におちゃらけている態度から俺を信用できなかったのだろう。

 

幾多の失敗を経て辿り着いたのは今回の野球大会の優勝である。きっと優勝を獲得できれば彼女は喜ぶかもしれない。そうすれば初めて彼女を楽しませることができるかもしれない。

俺は戦闘並みに集中力を働かせ、真剣に戦った。

 

 

だけどまさかあそこで意識が遠のくとは思っていなかったのだが。

 

 

ゆっくりと俺は瞼を開ける。目に映るは緑色の天井、左右に頭を振ると空いているベッドがあり挟まれている。おそらくは此処は救護室だろう。

体を起こそうと力を込めるもめまいで思うように動かせず、視界がチカチカする。体もダルい。手首には点滴が打たれており、ベッドの横には点滴台がある。

 

「そういや俺、倒れたんだっけ」

 

目を覚まして時間が経つと記憶が徐々に思い出してくる。体調不良でぶっ倒れたことや球が打たれてしまったことが次々と浮上し、自身のずぼらな体調管理に呆れて思わず大きなため息を吐いた。

目を覚まして十分が経過、指先の細かな動作や体を起こせるようになった俺は点滴の針を外して外に出ようと考えていると、不意にテントの扉が開き、そこから見知った人物が入室する。

 

「あら起きてるじゃない」

「……加東隊長」

 

その人物は栗毛の短髪で赤いマフラーを常に着けた加東であった。彼女はづかづかと俺の横まで迫り見下ろす。俺は寝たまま対応するのは悪いと考え上半身を起こす。

 

「なら丁度いいわね」

「は?」

 

バシンとテント内に乾いた音が響く。俺は何をされたか目を大きく見開き、次第に痛む右頬に手を添える。

 

「貴方馬鹿じゃないの!? たかだか野球の試合でぶっ倒れる馬鹿は何処にいるのよ!!」

 

彼女は俺に向かって罵声を浴びせる。絶賛病んでいる俺の耳に猛烈に響くも、俺は未だ何が起きているのかが理解できずに困惑していた。

そんなのお構いなしに彼女は次々と怒気の籠った罵声を浴びせ続ける。

 

「なんで変なところでやる気が出るのかまったくもってわからないわ! 俺は旅団を代表とするエースなんだってほざいても結局はただの球児じゃない! いや、それ以下の草野球をするありふれた子供よ貴方は! 水分補給を怠り、それが原因倒れて死んだらどうするのよ、仮にも貴方は戦車隊の隊長でしょう!!」

「はっはー、やっちまったな」

 

ようやく状況が飲み込めた俺は普段みたいに軽口を言う。ヘラヘラとする態度が気に食わなかったのか彼女は俺の頭を鷲掴みにして力を込める。

いくらあがりを迎えているからといっても僅かに魔法力はあるため、ミシミシと頭が割れるぐらいに痛む。悲鳴を上げながら彼女の手を剥がそうと抵抗する。

 

「痛いって加東隊長!」

「……どれだけ私が心配したかわかってるのかしら」

 

十秒ほど鷲掴みされて解放されると彼女は突然しおらしい表情に変わり俺の方を見つめる。突然の変わりっぷりに一瞬理解できなくなるも、その意味を理解した俺は俯いて一言呟いた。

 

「ごめんな」

「……ばか」

 

それは謝罪の一言。彼女の意図を理解した瞬間、罪悪感がこみ上げてきてその一言しか言えなかった。普段から謝り慣れていないのもあってか、ついたどたどしくなってしまう。

怒気の籠っていない小さな罵声を俺にぶつけた後、何処からか椅子を持ってきて俺の横に座る。まだ夫婦仲が良く俺が風邪で寝込んだ時と一緒の構図である。

彼女はどこか温かさを感じさせる視線を俺に向け、腰の小さな鞄から果物ナイフと新鮮なリンゴと小皿を取り出した。

 

「加東隊長、新鮮なリンゴなんて珍しい。普段じゃドライフルーツでも良い方なのに」

「たまたま昨日私用で買ったのよ」

「はっはー、物流が中々行き届かない状況なのにわざやざ俺にくれるんですかい? 変わった人だ」

「そう。ならリンゴは要らないのね」

「いやいや、そうは言ってないでしょうよ」

 

彼女は慣れた手付きでリンゴを剥く、器用に剥くのだと感心しながら彼女が剥き終わるのを待った。俺は普段から待つのが苦手であったのだが、不思議と彼女がリンゴを剥く姿に夢中になって眺めていた。

剥き終わり、食べやすいサイズに切ると今度はフォークを取り出してリンゴを刺して俺の前に差しだした。俺は彼女の意図を読み取り、にやけ顔で彼女を揶揄った。

 

「俺にリンゴを差しだしてどうしたんですかい? いやー、扶桑の文化はよくわかんないですわ」

「な、何言ってるの! ほらさっさと口を開きなさい!」

「おお怖い怖い」

 

俺が口を開けると彼女はリンゴを口の中に突っ込む。俺はそれを咀嚼する。シャリシャリとした感触と酸味が効いて大変美味い。これほどまで美味しいリンゴは初めてであった。

一個目を食べ終わるともっと寄越せと雛鳥の如く口を開く。彼女も俺に応じてリンゴを差しだす。これを何度も繰り返している内に、とうとう皿の上にリンゴが一つだけとなった。

 

「悪いけど一口貰うわね」

 

彼女が半分食べリンゴを味わう。このまま食べるのだろうと予期すると、あろうことか彼女は俺に半分となったリンゴを差しだした。俺は大いに慌てふためいた。普段冷静で思慮深い彼女がなんでこの行動に出るのかがわからなくなっていた。

熱さで脳が壊れたかと彼女の顔を見ると、彼女は麗しの乙女のように顔を赤らめて恥じている様子であった。彼女が羞恥していることを知り思わず俺も顔を赤らめる。

このまま期待に応えなければならない。

俺は勇気を振り絞りリンゴを食らう、先程と味は変わらないのに味が感じない。おかしい。

 

彼女はというと皿やナイフを片付けこの場から即立ち去ろうとしている。

勝ち逃げというのは卑怯だ。俺だってやられてるだけじゃ終われない、隊長としてではなく一人の男としての威厳が保てない。

 

「なあここだけの話があるんでちょっと顔を寄せてくれると嬉しいぜ」

「……何よ?」

「いいからいいから」

 

彼女は俺の作戦通り顔を近づける。もう顔には赤みはなく、通常時と同じ顔色だ。

近づいてきた彼女の後頭部を掌で当てるように腕を回し、そのまま彼女の頭を一気に寄せる。彼女は驚いた声を上げることなく、彼女の唇に俺の唇を当てる。接吻、すなわちキスである。

 

状況を理解した彼女は瞬時に顔を赤くして目を見開いた。

しかし俺を剥がそうと思えば剥がせるのに抵抗することなく彼女は俺の舌を受け入れた。相変わらず成長の早い俺は娼婦館などでキスの技術を習得し、いつのまにか娼婦をキスだけで相手を絶頂へと導くことができるようになっていた。

静かに粘液が絡み合う音が小さく鳴り、俺は満足したのか舌を戻して紅潮させて惚けた様子の彼女に俺が心の底から感じたことを確かに伝えた。

 

 

「お前が好きだ」

 

 

真剣になおかつ正直に伝えた一言は彼女を正気に戻すのには十分すぎた威力で、戸惑った様子で口をパクパクさせる。普段なら間抜け面だと馬鹿にしていたのだがその姿すら愛おしい。

この愛おしいという感情を抑えきれなくなった俺は再度意中の彼女ににキスを行うのであった。

 




フルーツナイフ

西洋料理のコースなどで、食卓で果物を食べるために用いる小型のナイフ。フルーツフォークと対で使用する。
フルーツナイフは果物ナイフの別名である。


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開始

ロンメルの演説をオマージュしています。
興味があったら本家も見てください。


北アフリカ

この土地では幾多の歴史が紡がれてきた。ローマの宿敵ともいえようカルタゴや古代エジプトの王たちによって建築されたというピラミッド、そしてイスラム王朝。

数多の指導者は地中海の要所となる北アフリカを獲得しようと戦争を起こし、手に入れて繁栄を続けていった。

例え、片方の陣営が負けてもそれは人類にとっての損失にはならず、むしろ利益を生み出していった。

 

だがしかし、突如として現れた異形の化物は人類の成長を無視するかのように強奪していった。今までにも、異形の化物たちが襲来してきたのは古代の文書にも記載されてはいるものも、一か国や同盟国だけで対処できた。

だが、今回ばかしは違った。1939年の冬に化物たちは何処からともなく出現し真っ先にエジプトを占領、ブリタニア軍が持ちこたえようと必死の防衛を行うも大敗、スエズへと退却する。

 

スエズにはスエズ運河があり、地中海の海運を担う重要な拠点のため絶対に防衛を成功させないといけなかった。ブリタニア軍は限られた物資と弾薬を用いて防衛線を構築、また民兵を集いスエズという要所をより強固にさせた。

しかし、新たに現れた光線を発射するネウロイには強固な防衛線はあっさりと瓦解しスエズは占領されてしまった。

 

さらに悲劇的なことに、エジプトなどの都市から避難してきた難民はスエズから北上するも、突発的にアラビア方面から現れた少数のネウロイにより蹂躙され、オストマンの領地に辿り着けたのは僅か三十名だったという。

エジプトやスエズには瘴気が振りまかれ続けている限り生物は棲むことができないという。

 

一方で、この惨劇を傍観していたロマーニャはすぐにブリタニアとガリアに援軍を要請し、自国の領土を他国と共同で守ることを取り決めた。

ロマーニャは第一次ネウロイ大戦において無謀な作戦で兵士を死なせた国と評されることが多々あったものも、ロマーニャは外交に関しては一流の腕であった。自らの軍事力では防衛は不可能と現実を見ることができたため即決することができたのだ。

無論、自国の領土を守るということで他国も介入するので、他国の兵站もロマーニャが請け負うこととなった。ロマーニャはローマ帝国からインフラ整備や兵站には優れていたため難なく数年間も継続させた。。

 

だが果たしてこのままではいいのだろうか。

いつか化物の方も行動を起こし、先制攻撃を仕掛けてくるであろう。そうなったら人類は対処しきれずに敗北するかもしれない。

だからカールスラント、ブリタニア、リベリオン、ロマーニャの四カ国は先に先手を打つことにした。

 

 

現在、人狼たちが滞在している基地では歩兵や工兵と兵科を問わない一同は広く平たい荒野に整列している。誰もが顔を引き締め背を伸ばし、目には並みならぬ闘志を燃やして直立する。現在の時刻は五時、普段なら起きている者の方が少ない時間帯だ。

兵士たちを囲うようにして臨時の拡声器が取り付けられて、そのコードは兵士たちが視線を向ける方へと一本、また一本と集束していく。

 

コードを伝っていった先には流行りの歌手が持つかのようなマイクを前にしたロンメル元帥が後ろに手を回して堂々と立ち、元帥としての威厳を醸し出していた。

荒野に風が吹き、彼の背広がゆっくり揺れる。彼は深呼吸をするとともにマイクに話し始めた。

 

「軍は欧州でネウロイを攻撃したものより小さいが、我が軍の一部は偵察のため危険な敵地へと進撃した。海岸線の一部を無理やり奪取して我が軍の進路を確保した」

 

ロンメルは偵察に従事した兵士に敬意を表しながら言い放つ。整列する兵士はこの朗報を喜々として喜ぶこともなく、ただただ緊張した面持ちで彼を見つめる。

 

「五月は特に厳しい戦いだった。だがカールスラント兵とロマーニャ兵は困難を乗り越え努力した」

 

ここ数か月を思い出すかのように彼は言う。五月はネウロイが急激に活性化し、マルタ島や陣地を脅かした。

しかしそれはウィッチの力や兵士の努力によって、犠牲を払いながらもそれは解決した。

 

「六か月も取り組んだ攻勢を諦め敵前で撤退するのはとても難しかった。大変さなど南リベリオンのカールスラント兵士はわからないだろう。我が軍には車がなかった」

 

六か月にも及んだ初期の攻勢は失敗に終わり、敵を目前に撤退することは困難を極めた。ウィッチが献身的なサポートを行うもそれは一時的なものにしかならず、撤退中にも断続的にネウロイに襲われて被害を生んだ。

この際、ロンメルの決死の案として囮部隊を作り本隊は撤退させるといったもので、選出された兵士たちに激励を送った過去を一生忘れることはないだろう。

全員死ぬであろう部隊になるであろうというのに、誰もが不満や涙を零さずに満面の笑顔で本隊と離脱した。

数日後、ウィッチの偵察によって囮部隊の全滅が確認された。彼は悔し涙と自身の不甲斐なさに涙を零した。

 

だからこそ死んでいった兵士のためにもどうにかしてスエズを奪還しなければならなかった。

 

「さあ往くぞ、我らは誇り高き人間という種である! 正義という言葉は人間が生み出したのなら、常に正義は我々にあるということを忘れるな!」

 

ロンメルは渾身の声量でマイクに向かって吼える。兵士たちは感化され大声で叫ぶ。アフリカの狐は兵士全員の恐怖や緊張を騙し、しまいには勇気を取り付けた。

狐が振り返る先には早くも太陽が顔を覗かせ、こちらを眺める。あの地平線の向こうにはエジプトとスエズがある。

亡き市民や戦友のためにロンメルは地平線を睨み続けるのであった。

 

 

人狼の腕時計が六時を迎えた。

人狼は横で同じようにストライカーユニットを履いて待機している稲垣やライーサ、マルセイユを見た。全員決心した様子で銃を構えていつでも離陸できるようにしている。

この中では経験が少ない稲垣も今では他方でエースを務めるほどにまで成長した。ある程度の空戦もこなせるまで成長していた。

マルセイユは無言を貫き、ひたすらに集中している。おそらくはネウロイの動きを想像してどう避けるかイメージトレーニングを行っているのだろう。

ライーサはお守りとして持っていた小さな十字架を片手に目を閉じて祈る。

 

人狼は最後の武器の確認をした。

MG FF機関砲二挺にモーゼルC96二丁、それに腰に集束手榴弾二つとMG FF機関砲の予備弾倉を括り付けている。このいつもと変わらない装備に追加でコートの内側に信号弾とそれを発射する信号拳銃に八個の手榴弾を取り付けた。

かなりの人狼の重装備を目の当たりにした稲垣は唖然とした。

 

「裸の上にコートでコートには重武装ってスゴイですね……」

「…」

「い、いや他意はないですからね!」

 

こんなやり取りも最後になるのかもしれないと思うと稲垣は寂しくなった。もしも自分が戦死したら笑うことも泣くこともできなくなると思うとより一層寂しく思ってしまった。けれどいつかはやらなきゃいけないことだ、と無理やり納得し決心を再び固め直すのであった。

 

 

主に戦車隊などが集う旅団側で戦車長のジェネフは車長の席に座り考え込んでいた。

もしも以前のタコ型ネウロイのような亜種が現れたらどう対処するのか、もしくは補給を考えないで積極的に弾薬を使うかといった問題にだ。

いくら答えを模索しても経験値がまだ足りずに導き出せない。暑苦しい車内の仲、ジェネフは頭を掻き毟った。

 

「くそっ! どうすりゃいいんだよ」

「どうしたんですか車長」

 

彼の愚痴を砲手のエドガーが拾う。

 

「前みたいなタコ型に似たやつが現れたらどうしようかと悩んでいてな」

「なるほど。確かにその問題は重要ですよね」

「そうなんだよなぁ……」

 

二人は脅威を知っていたためか黙りこくり考え込む。最新車輛に乗って戦った中隊が一時間後には全滅したのだ、忘れることもできない。

考える度に不安が増し、恐怖も浮上する。己の命令で大隊は全滅してしまうこの責任に押し潰されそうであった。

だが、この最悪な雰囲気を払拭したのは意外にも新兵である操縦手のジョイルであった。

 

「だったら勝てばいいだけッスよ」

「は?」

「えっ」

 

想定外の発言にジェネフとエドガーは驚いたように口をあんぐりと開ける。

ジョイルはさも当然のことだと感じ言ったのか、真顔である。先輩であるジェネフとエドガーが恐れていることをジョイルは気にしなかった。何故なら二人に絶対の信頼を置いていたからだ。意外にもジョイルは肝が座っているのかもしれない。

 

「……はっはー! そうだったな忘れていたぜ!」

「……ふふっ、確かにそうだったですね」

 

何故かその言葉が面白かったのか笑いがこみ上げてきた。ゲラゲラと独特の笑い声を発しながら笑うジェネフとくすくすと笑うエドガー。この二人の言動に理解できないジョイルは首をかしげている。

 

「あぁそうさ。俺らは最強の戦車隊、山羊隊だ。簡単に負けるわけにはいかないよな」

「そうですね。僕も砲手としての腕を存分に振るいたくなりました」

 

二人は自信に満ちて、なおかつ獲物を捉えるかのような凶暴な笑みを静かにジョイルに向ける。そんな笑みを向けられて背筋が凍るジョイルをよそにジェネフは腕時計を確認する。

 

時刻は六時半、作戦開始の時刻だ。

キューポラから上半身を出してこれから赴く方角を見つめる。

間も無くすると赤の発煙弾が放たれて空に赤色の狼煙が伸びているのを確認すると、ジェネフは後続に集う戦車隊に向けて大声で言い放つ。

 

「さあ野郎共、出撃だ! 人類の力を見せてネウロイをぶっ潰せ! パンツァー・フォー(戦車前進)!!」

 




発煙弾

ようするにのろしである。昔から伝達の際に用いられた。
直接の目的は、任意の場所に発煙をもたらす事にあり、煙幕や観測などに使用された。


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初回

アフリカ編で一年経過しそうだと感じていても二作品連載しているから仕方がないと開き直る作者でございます。


荒野に土煙を立てて進む一台の車両が存在した。一見、普通のトラックのように見えるが、近場で確認すると従来の既製品の物と大きく変わっていた。

本来、後輪が存在するであろう箇所には戦車に用いられている履帯が存在し、エンジンの馬力も変わっていた。

勇ましい音を立てて進むハーフトラックの布製の壁を捲り、辺りを確認する兵士の姿があった。彼は辺りを確認し終えると荷台に搭載した無線機に語り掛ける。

 

「こちら旅団偵察車両一号、敵を補足せず」

『了解、任務を続行せよ』

「了解」

 

兵士は再度、壁を捲って辺りを双眼鏡で確認する。この車両に乗車している人数は彼のように無線機を用いる兵士二人と運転手が一人だ。また、兵士はガスマスクを着用していないが、これにはネウロイから撒かれる瘴気は広大なアフリカという土地のおかげで濃度が薄く、害にはならないという理由がある。裏返せば、都市部にネウロイは大量に居ると考えられ自然と瘴気も濃くガスマスクを着用しなければならない。

 

本作戦における進行の手順はかなり慎重である。それは三日に渡って進行先の偵察を行い逐一報告する。三日間、何も起きることがなかったらそのまま進軍。もしもネウロイが現れたのなら、航空ウィッチ、あるいはリベリオン軍に所属する陸戦ウィッチの戦闘部隊、通称パットンガールを要請しこれを撃破する。

この際、各軍戦車を用いることはなく戦車はここぞという時や遭遇戦にしか運用しない。

 

彼らは単独で今日も荒野を巡る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

太陽が顔を出すのをやめ、地平線へ潜り去ってしまった頃、カールスラントの軍団で主にウィッチの指揮官を務める加東は日々の職務を終えて、気休めにと外を散歩していた。月は満月で太陽と同じく辺りを照らすも、月には太陽並の熱波や明るさを放出することは無く薄暗い。おまけ程度に星々が無数に煌いている。

アフリカは夜になるよ昼とは打って変わって寒くなるため、彼女は扶桑から持ち込んだコートを羽織っていた。

 

作戦期間中であるため兵士は飲酒を許されてはおらず、酒代わりの嗜好品として煙草を楽しんでいた。何処でも吸っているため煙草の臭いは辺り一面から漂い、彼女は顔を顰めるとマフラーで鼻まで覆い隠し、なるべく臭いを吸わないようにした。

彼女は喫煙者ではない。理由としては煙草の放つ独特な臭いが好きではないからだ。元より、扶桑人で煙草を吸う女性は中々嫁に取ってもらえないため、喫煙する女性は一部だ。これは軍に在籍していたころと変わらない。

 

「煙草のどこがいいのかしら」

 

誰かを思い出したかのように彼女は苦言を漏らす。最初に思い出すのはアフリカの星マルセイユだ。彼女も喫煙をする人間で主に葉巻を吸うことが多く、彼女が酒で酔いながら絡んでくるとアルコールの臭いと煙草の臭いが口から蔓延する。それにマルセイユは酔うとより面倒な人間に変わるので彼女にはいつか禁酒と禁煙の命令していみようと加東は考えた。

 

続いては人狼だ。人狼もまた喫煙者であるが、酒で酔い面倒ごとを起こさないという点で見れば何の問題も無いようにも思える。しかし、人狼の問題点としては殆ど喋らないためコミュニケーションによる意思疎通が難しいところだ。以前、哨戒中の人狼がネウロイを発見した際には無線に銃身を三度鳴らす音で知らせてきた。当初、何を行っているか理解できなかったが、帰投後に必ず書く書類には小型ネウロイを三体撃破と書き留められていた。何故三度銃身を鳴らした意味がわかった。

マルセイユたちに意思疎通の件で訊いてみると、自分が思ったことを行動に出したりしてくれるので問題は無いとのこと。

 

彼女は最後の人物を浮かべると何か恥ずかしいことを思い出したのか顔が朱色に染まり出す。心臓の鼓動も早くなり、顔が熱く、おかしな汗も出てきて無性に叫びたくなった。

彼女が思い浮かべたのは、制帽を被り眼帯をしている陽気な男ジェネフだ。ジェネフを毎度想像すると、どうしてもあの救護室の記憶が共に浮かんでくるのだ。頭を振り余計な記憶を払おうとする。

 

「ケイ、耳まで顔を真っ赤に染めてどうしたんだ?」

 

ふと、マルセイユが加東の背後から現れて顔を覗き見る。マルセイユの気配を一切感じなかったため加東は驚かされて、上ずった声を上げる。

 

「ふぇっ!? マ、マルセイユ!?」

「ははーん、なるほど。ついにケイにも恋人ができたのか」

「はあっ!? 付き合ってもいないわ!」

 

勘のいいマルセイユの問いに加東はすぐさま否定した。紅潮しながら眼を大きく見開いて必死に首を振り否定する姿がどうもおかしく、マルセイユは彼女をもっと揶揄ってみたいと悪戯心に火が点いた。口角を上げて加東を問いただす。

 

「もしかして、あのジェネフ大尉か? まさかケイはああいうタイプが好きなのか、意外だなー」

「何を言っているのかしら貴女は! 第一、私があの人を好きになるようなところがわからないわ! それに私の好みは彼みたいな陽気でおちゃらけてて過剰に他人を尊重する人じゃないから!」

「へぇー、ジェネフ大尉の良いところいっぱい言えるくせに好かないのはおかしいと私は思うぞ。それに案外ケイのような人物はああいう陽気なタイプに惹かれるジンクスがある」

「うぅ…」

 

マルセイユは彼女を散々にはやし立てる。彼女はまるで子供がお菓子を買ってもらえずにいじけるように座り込んでは真っ赤になった顔を伏せてしまった。しゃがみこむ彼女からは時々、小さく可愛らしい悲鳴が漏れていた。

流石にやりすぎたと体感したマルセイユは彼女の目線が合う高さまでしゃがみ、謝罪をする。

 

「流石にやりすぎた。ケイ謝るよ」

「うぅ。あの人が、あの人が悪いのよ……」

「なあケイ聞いてるか?」

「あの人が野球大会の時に私にキ、キスをしたのが悪いのよ!」

 

加東はマルセイユの肩を掴み、彼女を圧倒するか如く先の件を述べる。マルセイユは加東らしからぬ行為に驚き気味だが、マルセイユは好奇心に対し弱い。だから彼女は黙ってその後の話を聞くことにした。ある意味、ガールズトークであるがマルセイユ自体恋がわからない女子である。

 

「確かに彼のキスは凄かったわよ! なんで洋風の映画のヒロインはあんなにもキスをするのかが理解できたほどに! それに彼その後何を言うと思ったら俺の女になれってどういうことよ!」

 

加東はムキになっているのかボロを排出していくばかりだ。

 

「ほほーう。中々お伽噺に出てきそうな内容だな、いささか過激だが」

「だけど私はまだ付き合うのは早いって言ったら、彼はいつ死ぬかわからない戦場だからそういうのは早い方がいいとか言うのよ!」

「受け取ってしまえばいいのに」

「だって出会ってまだ二か月よ! あまりに早すぎるわ!」

「扶桑の整備兵が扶桑の結婚適齢期を過ぎると嫁として引き取ってもらえなくなると言っていた。早いうちが良いとか」

「うっ……確かにそうだけどさあ……」

 

彼女にも思い当たる節があるのだろう。威勢は小さくなってしまった。

実際、彼女の親からいつになったら結婚するのだ、とか孫の顔を見てみたいと言われることが多々あった。彼女は自分には仕事があるからといって毎度避けてきたが、いざ親の要望を叶えることができる存在に出会うと内気になってしまい、何も動けずにいたのだ。さながら乙女の初恋のようである。

 

「やれやれ困った指揮官が居たものだな」

「じゃ、じゃあ貴女だってそういう異性はいるんじゃないの!」

「私か……私は競い合う相手や飲み交わす仲間さえいればいいからな」

「じゃあハインツ大尉はどう思うわけ?」

 

加東からの質問にマルセイユは悩んだのか顎に指を当てて考える仕草を見せる。何を思ったのか彼女は口を開き、答えを言う。

 

「そうだな、私にとって大尉は競い合うことができる少ない人物だ。彼の空戦技術は私と比べると格段に劣るが、その分能力の応用が凄まじい。それに、演習で何百回も勝ったとしても戦場で一度死ねばそれで終わりだ。大尉にはそれがないから私と同じように強いんだ」

「……貴女の話はあまりわからないけど、端的に言うと恋愛感情じゃないのね」

 

マルセイユの変わった価値観に加東は半目でマルセイユを見つめる。何がおかしいのだと首をかしげるマルセイユは、立ちあがり星に指を指して言う。

 

ああやって昔から光る星もいつかは消える(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。ケイの想い人が乗車する戦車の丸眼鏡を掛けた砲手は言っていた。私らは今戦場で前線で戦っている。ジェネフ大尉が言っていた通り、魔法力を持たない一般人はウィッチよりあっさりと死んでしまう。だから彼は早くに告白をしたのだろうな。永久に口が塞がる前に」

「…」

 

マルセイユの話を聞き終える頃には、もう顔に熱を帯びてはおらず冷静になることができた。歩兵や航空兵よりも強固な装甲を持つ戦車を操り戦っていても、ただでさえ魔法力を持たない男性は死亡しやすい。それは歴史や加東の体験が示す事実だ。

あの時のジェネフの発言はそのことを見据えた上での発言だったのだろう。

 

加東は彼が何処かの戦場に赴いて死んでしまう前までに答えを言わなければならない。そうしなければ恋は成就することはなく、思い出したくも無い嫌な記憶へと変わってしまうから。

決心を決めた彼女は立ちあがり、満月の月を見上げる。月は麗しの乙女が決心した想いに満足するかのように微笑んでいるようにも思えた。

 




Sd Kfz 11

ドイツで生まれたハーフトラック。ハンザ・ロイド&ゴリアテ社が1934年に開発された。
第二次世界大戦のドイツで一万両以上も生産された。よく兵員や砲弾を運ぶ際に用いられた。


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前哨

今回はかなり久しぶりに、とあるキャラクターが再登場します。


荒野では大量の戦車が先頭になり前進し、その後を連ねるように兵員を輸送するトラックや野戦砲、最後尾には物資を積んだトラックや装甲車に司令部となる大型の車両が一台、そして護衛のつけた少数の戦車が走り抜ける。

前方の戦車は傘のように広がり、索敵範囲を広げると同時に味方をを覆うような構成となる。

 

その戦車の種類は、度々戦線で使われてきたマチルダの代わりに本土から持ち込まれたクルセーダー巡行戦車だ。何故、今まで用いられてきたマチルダ歩兵戦車ではなくクルセーダーが選ばれたのかは二つの理由があった。

 

一つ目は速度である。リベリオンのシャーマン戦車やカールスラントの四号戦車は不整地でも時速三十キロは出せるのだが、マチルダは整地の状態で時速二十四キロ台しか出せない。主な原因としてはこの戦車ができた時の戦車運用にある。

マチルダという戦車は当時の歩兵を援助するという運用を元に作られた兵器なため、速度の心配は必要なかったのだ。

しかし、時代は変わり今は機動力が売りの機甲戦が主流となった。本作戦は速さが命なので他国の軍隊に追従できなければ作戦は瓦解する。

 

二つ目は砲弾である。マチルダは砲の威力不足により小型陸戦ネウロイに効果的な榴弾が撃てないのだ。ロンメル将軍曰く、「歩兵戦車のくせに敵歩兵に撃つべき榴弾が用意されていないのは何故だろうか実に興味深いものだ」と皮肉で言われたこともある。

 

マチルダにも一応二ポンド砲から三ポンド砲に換装した種類もあるのだが、それだと一つ目の速度の問題が解決しない。

だからブリタニア軍はマチルダからクルセーダーを作戦で用いることにしたのだ。

一応、今まで使用されたマチルダはブリタニア軍の予備機体として残留か本土に送られたり、補給を維持する役目を負ったロマーニャ王国が受領した。

 

車両が土煙を起こしていく地上を優雅に眺める一人の男が存在した。

飛行帽を被っているとはいえ金髪の触覚が三本ひょっこりと出て、西欧ならではの緑色の瞳をした男だ。

彼はウェストランド ライサンダーという開戦時から使用されてきた偵察機を用いて空を飛翔していた。

 

「改めて見るとこりゃあすごい。マチルダじゃないから滅茶苦茶に進軍が速い」

 

エンジンが轟いているので操縦席は煩いものもヒューと口笛を吹いた。

 

「しかしまあ、退院したらこんな戦場に送られるなんてねぇ」

 

彼は自身の左脚を眺めて撫でた。本来、脚の触感というのは柔らかいというのが世間一般の常識だろう。だが、彼の脚は指をめり込ませても一切沈むことはない。彼がノックをすると服越しに高い金属音が鳴る。

 

「ったく、パ・ド・カレーで撃墜されても脚一本を犠牲にギリギリ助かったのに、今回は運が味方してくれないとは」

 

と、彼は自虐風に呟く。

彼の名前はステック・セラック。階級は曹長に昇級した。

三年間彼は軍曹であったが、パ・ド・カレーの際にネウロイの巣を報告し形はどうあれ生還したという成果を出したからである。

 

それに航空ネウロイによりベテランパイロットの数も減り、各国は徴兵でパイロットを募った。その結果、空軍は人員補充に成功するが未熟な者ばかりで構成された飛行隊は軟弱であった。なので戦前からの熟練パイロットの価値はダイヤモンドに勝るほどに上昇し、その一人であるステックを手放したくはなかったのである。

ブリタニア軍は彼を曹長に昇級させた後、殊勲飛行十字章を受け賜ると義足のエースとしておおいに祭り上げた。

 

彼自身当初は慣れない人気に困惑していたが、現在ではもう慣れた様子である。

彼が脚を失った経緯としては、ハリケーンが爆発する瀬戸際に脱出したが、爆発時に生じた金属片が脚に深く刺さり、パラシュートを開きながら気絶。海で二日間遭難して傷が悪化。そして漁船が偶然にも救助し、病院に運ばれたが脚は傷を中心に壊死がつま先まで始まっていたので脚を切断した。

 

最初こそは歩くのには慣れず、毎夜幻肢痛が襲うも時期に痛みも消えて慣れていった。

リハビリをこなし退院後、楽な仕事がいいだろうと上司の気遣いでこの偵察機のパイロットになったのだ。

世間的にもエースが戦いに赴かないのはおかしいという世論もあったので、数週間だけ偵察機のパイロットとしてアフリカに赴いたのだが、まさかこの作戦が発動されるとは思わなかった。不運な男である。

 

空は若干雲がある程度なので索敵が容易だ。ため息を吐いて辺りを見渡していると、遠くの空に点々と黒粒が存在しているのを視認した。

首に掛けていた双眼鏡を手に、操縦桿を股に挟む。やや機体が揺れる。

 

「……うん、ネウロイだわ」

 

双眼鏡には小型ネウロイの姿が二十体程度映る。

誰が見ても明らかに嫌気で満ちた表情を浮かべると、無線機のスイッチを押して地上にあるブリタニア軍司令部に語り掛ける。

 

「ステック機航空ネウロイ発見。種類は小型で数は二十。至急ウィッチの支援要請を頼む」

『了解。ただちにウィッチを寄こします』

 

スイッチを切り、彼を乗せた偵察機は航空ネウロイに捕捉される前に逃げようと機体を旋回させようとした。すると地平線の向こうから小さく土煙が舞っているのを確認したため、旋回を止めて再度双眼鏡で確認した。

 

双眼鏡に映るのは小型と中型で構成された陸戦ネウロイの集団だ。数は土煙から見て三十程度、急いで無線機のスイッチをつけて連絡する。

 

「陸戦ネウロイも視認! 中型と小型の混成!」

『了解。連絡感謝します』

 

この報告は各国の司令部に届いた。

 

 

『陸戦と航空ネウロイをブリタニア軍方面で視認。ただちに向かってちょうだい』

「わかった。現場に直行する」

 

マルセイユは加東からの連絡に応じ、相機であるライーサとともにユニットを駆る。後方に主に陸戦ネウロイを殲滅するのに向いた人狼と稲垣が続く。時速四百五十キロという速度で向かう姿は一見、流れ星と見間違える。魔導エンジンを轟かせ五分足らずで現場に到着する。

 

地上では歩兵と戦車隊が迎撃態勢を整え、後方では砲兵が野戦砲を起こし、もう撃ち始めていた。野戦砲はいつでも撃てるように牽引していたので行動が速かった。

その五キロ先では砲撃の雨を外傷を負いながら突破してきたネウロイと鉛筆の芯ぐらいに航空ネウロイが迫っていた。

 

「行くぞ! ブリタニア軍を守り抜け!」

「了解!」

「了解!」

「…」

 

マルセイユがインカムで命じると各々それぞれの役目へ別れた。

マルセイユとライーサは人狼たちを無事突破させるために航空ネウロイに切り込みを行い、その隙を突いて人狼たちが陸戦ネウロイに攻撃を行うのがいつもの戦法だ。

 

切り込み隊はエンジンの出力を上げて人狼たちと距離を離してからネウロイとヘッドオンする。

赤い光線が放たれるも回避や魔導障壁を張り防御しつつ銃撃を加えて通り抜ける。ここで五体破壊した。ネウロイは彼女たちが通り過ぎると反転し背後につこうとする。何度も何度も光線が飛来するも難なく躱し、逆に仲間撃ちが起こる。

彼女らは素晴らしい連係プレーでネウロイを何体も撃墜していき、スコアと白い破片を増やす一方だ。

 

人狼と稲垣はマルセイユたちに惹かれている隙を見事突き、高度を下げて速度を増やす。陸戦ネウロイと距離が三キロ、二キロと迫る中、とある航空ネウロイが人狼たちに気づき、光線を浴びせようと急降下してきた。だが人狼は二挺の機関砲を急降下するネウロイに向けて短く引き金を引く。

音が連なる銃声は容易く黒光りする体を破壊すると全身を白い破片へと姿を変えた。

 

「ハインツ大尉ありがとうございます」

「…」

 

稲垣は感謝の気持ちを伝え、真下に位置する陸戦ネウロイ目掛け急降下する。高度は八百メートル、数字に表すと高いのだが実際速度の問題で低く感じられる。人狼も彼女に追従するように急降下を行う。

 

急降下中、機関砲を構える稲垣と人狼は高度百メートル手前で銃撃を始めた。二十ミリよりも倍大きい口径は航空ネウロイより強固な陸戦ネウロイの胴体を貫き確実に損傷させていく。

人狼は小型ネウロイを主体に銃撃を始める。ネウロイの脚が二十ミリの破壊力には耐え切れず捥がれて地面でもがいている。

ボヨールド四十ミリ砲は中型ネウロイを殲滅しMG FF機関砲は小型を殲滅していく。

 

「おいおい、俺らの戦車の出番ないぜこれ」

「そうだな。これは助かる」

「全くだぜ」

 

クルセーダー巡行戦車の搭乗員は各々の車長のから伝わる情報に喜び、歩兵たちは安堵していた。常に前方で蹂躙される側の人間たちにとってウィッチの存在は偉大であるのだ。慢心の雰囲気に呑み込まれそうになる中、一発の銃声が辺りを緊張へと引き戻した。

 

「ぬわぁにをしているのだァッ!! 怠けるのはブレイクタイムだけにしとけェッー!!」

「モ、モントゴメリー将軍!!」

「た、たたた大変申し訳ございませんでしたァー!」

「そんな謝罪文を言えるのならさっさと眼前の敵に集中しないか!」

「は、はい!」

 

意外にもそれはモントゴメリー将軍本人であった。数々の経験上、ウィッチの参戦後の空気は緩み切ることを認知していたため、モントゴメリーはわざわざ兵士たちに喝をいれるためにやってきたのだ。

なお、部下などに止められていたが、こんな体たらくでは犬猿の仲であるロンメルやパットンに顔向けできないといった理由があった。

 

「異教徒どもに邪魔される前に何としてでも成功させなくては……!」

 

モントゴメリーは力強く呟くと自身の拳銃を構えて眼前のネウロイに照準を合わせる。その顔は非常に焦り何かに急ぐ面持ちであった。

その後ネウロイは人狼たちに駆逐されて、ブリタニア軍の消耗はモントゴメリーが放った一発だけであった。

なお、部下からブリタニア国王にこの件が届き、国王から称賛されるもモントゴメリーは酷く叱られたという。彼の行為を全て称賛する者は首相のチャーチルしかいなかったという。

 




マチルダII歩兵戦車

イギリスで生まれた戦車。ヴィーカース社が1934年に開発した。
搭載された武装は二ポンド砲および同軸機銃と比較的小さめであり、速度も最大時速二十四キロと低速で榴弾が撃てない。これにはロンメルも馬鹿にしていた。
装甲はある方であり、四号戦車の砲も防いだ。
ソ連にレンドリースされるも不評であったが、日本軍の火点潰しにおいて火炎放射使用のマチルダは有効であった。


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黒槍

「こちらブリタニア軍偵察車両四号、敵補足せず」

『了解、一度基地に帰投せよ』

 

帰投命令が下された後に司令部の無線が切られ、偵察車両の面々は再度目線を市街地へと向ける。

彼らの目の前には広大に広がるであろう市街地とその奥にそびえたつ大きなピラミットだ。スフィンクスの姿も確認できる。

そう、このブリタニア軍偵察車両はエジプトの都市まで赴いて偵察をしていたのだ。困難を表すかのように、リベリオンからレンドリースされたM3ハーフトラックの車体には

ネウロイに襲われてできた弾痕が幾つも存在した。

 

「暑いな。この暑さどうにかならないか」

「おい脱ぐなよ。死ぬぞ」

 

エジプトはネウロイに占領されている土地であって瘴気が蔓延しなおかつ濃い。この瘴気の影響で市街地の木々は枯れ果てている。今ここで魔法力も持たない彼らがガスマスクを外してしまえば一分も持たずに死んでしまうだろう。

ハーフトラックはエジプトの都市に尻を向けて即席の基地へ帰投しようとする。荒野で車内が揺れ続ける中、荷台で偵察に勤しむ兵士たちは互いにジョークを言った。

 

「ちくしょう。このマスクさえ外せりゃ今頃はエジプト美女と一緒にシッポリだったのによ」

「面白い冗談だな。けれどお前の顔は絶世の醜男だろう。マスクを着けていれば一人前の男だ」

「うるせーよ」

 

お互いとも視線を別方向に向けながらも会話を楽しむが、そんな中最初に冗談を言った兵士がある異変に気付いた。

 

「なあ、今気づいたんだけどさ」

「どうした?」

「俺らは敵がたくさん居るエジプトの都市にやってきたのに何故反撃されないんだろうな」

 

各偵察車両はこの都市に向けて近づくにつれ、ネウロイとの遭遇率も次第に増えていった。この偵察隊も先日襲われたばかりであるが死傷者は零であったものも、他所の偵察隊では死者も出した。

そのぐらいネウロイは都市に近づく人間に対し迎撃を行ってきたものも、今となってはその姿すら見せない。不自然な話だ。

 

「俺らはネウロイ研究者ではないからわからない。まあ運が良かったということで」

「……そうか。うわっ!?」

 

不意に車体が大きく縦に揺れて、手にしていた双眼鏡を床に落とした。取るために一度視線を双眼鏡へと直して取った。

現在乗っているM3ハーフトラックは常に天井が空いている。雨や砂嵐の際には布の屋根を広げてもいいのだが、偵察の視野を広げるため通常時の展開を禁じた。

何を思ったのか彼は視線を大空へ向けると小さな黒い塊が都市側から飛来しているのを確認した。

 

「ネウロイじゃないな」

 

彼は双眼鏡で謎の物体を確認した。

それは砲弾であった。細くて砲弾で、全体としては黒で稀に赤い線が側面に引かれている。彼の乗るハーフトラックの頭上に到来した時、その砲弾は突然爆ぜた。

 

「おい! ネウロイの攻撃だ!」

「くそっ! 何故こういう時に!!」

 

焦りながらも彼はもう一人の兵士に向かって指示する。もう一人の兵士も無線機で状況を説明する準備を整える。

だが、哀れにもその無線が本部には繋がることはなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うわー。マジでやだな。エジプトの傍とか飛びたかないって」

 

愚痴を吐きながらも操縦桿を操り、雲の中を飛び続けるのは片脚の英雄ステック・セラックだ。先程の司令部からの無線で音信不通となった偵察隊の確認をしろという命令が下った。

 

「だいたいそこでロストしたってわかってるくせに確認させるとか、おかしいんですけど。まっ、仕事だから仕方がない」

 

彼は燃料計を確認する。基地まではギリギリ帰投できる程残されているが、ネウロイとの遭遇を考えると何処かで不時着して基地まで歩く羽目になる。片脚の彼には少々困難である。

高度を落として雲を突き抜けると、眼前には都市を跨いでピラミッドとスフィンクスの姿が視認できた。

 

「おおっ。こりゃあすごい、無料でエジプトのピラミッドとスフィンクス見れたぜ」

 

カメラのフィルムに余裕があったので一枚、その光景を撮影する。私用として現像するのだろう。彼は任務を再開した。地上に目を通していくと、一本の黒煙が狼煙を上げるかのように伸びていた。撃破されたのだと確信しつつも、彼はより高度を落としていく。

高度二百まで降下すると繊細に被害がわかる。ハーフトラックは未だ火を吹いて黒煙を伸ばし続けている。そんな光景をカメラで撮影すると、彼は違和感を覚えた。

 

「……なんか刺さってないか?」

 

航空兵は目が良い。いち早くその違和感に気付くと酸素マスクを外して、すぐにガスマスクへと着け替えた。

本来なら必要のないマスクだが、彼はわざわざ不時着をするために取り付けたのだ。彼は通常のネウロイとは変わった点を本部に伝えなければ、もしかしたら作戦は失敗して偵察隊の犠牲は無駄になると思考する。

高度と速度を限界まで落として荒れた大地に着陸した。コックピットを開いて、セラックは地面に足を着けた。

 

「さて、偵察偵察っと」

 

燃え盛るハーフトラックに足を進めている最中、彼は驚くべきものを目にした。

 

「これは、槍か?」

 

長さ二メートルの漆黒の槍が深々と刺さって地上に飛び出している。目に見えない地下にも一メートルぐらいあると考えて、約三メートルの槍だ。

ハーフトラック周辺ではこれが何十本も確認でき、ハーフトラックにもその槍は刺さっていた。この槍が原因で偵察隊はやられたのだろう。

撃破されて燃え盛るハーフトラックと槍を写真に収めると彼はすたこらと偵察機に戻り、その場を立ち去った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この報告は各軍団に知らされた。

そのため、今後のことを考えての作戦会議がカールスラント師団の即席基地で行われることとなった。大きなテント内は大きな机と机を取り囲む将軍四人と加東とジェネフで狭くなっていた。

重圧感のある将軍たちと珍しく張り詰めた様子のジェネフに圧倒されて、加東は思わず息を呑んで緊張を隠せなかった。

 

「まさかここで登場するとはな」

「まあ想定の内だっただろう。最悪の想定だがな」

「ぐぬぅ。どうしたものか」

 

苦渋の顔を浮かべるロンメルとバーナード・モントゴメリーにジョージ・S・パットン。彼らの額には大粒の汗を浮かべている。そんな中、一人だけ邪悪な笑顔で現像された写真を見つめる者がいた。

 

「いやぁ。これは僥倖だ。何かが無いとつまらない」

 

不謹慎とも言える発言に将軍三人は発言主のランデルを睨みつける。そんなこと知ってかしらずか、ランデルは言葉を紡ぎ続ける。

 

「このような大型のネウロイが存在することは不思議じゃない。過去にも事例があるだろう、ほら扶桑の化物の話やドラゴンの話だって例外じゃないだろう」

「そんな与太話は必要ではない。今、我らに必要なのはどうやってこの槍を大量に放つネウロイに対しどう戦うかだ」

「ロンメル元帥、策なんぞいらないのですよ。おそらくこのネウロイは他のネウロイとは違う属性を持っています。通常種を基盤とした作戦なんて簡単に瓦解する。なんたってコイツはトランプでいうクイーンなんでね」

 

持っていた写真を机に放り投げるとランデルは一枚のカードをポケットから取り出した。そのカードの表の絵柄を将軍たちに見せつける。カードにはハートのクイーンが描かれている。

カードを見せつけながらランデルは将軍たちに言い放つ。

 

「さて、ブラックジャックをしよう。このカードをどうやって倒そうか」

「そんなの十一以上の手札で倒せるだろう」

 

パットン将軍は当然のことのように告げると、ランデルは片方の手で積み重ねられた大量のトランプを取り出して、カードを引いた。カードはダイヤの二だ。

 

「我らはカードで表すとこの低い数字カードだ。しかも数が集まってこれ一枚」

「ならどうやればよかったのだ!」

 

声を上げてペンを投げつけるパットン。投げたペンは積み重ねてたカードに命中し、バラける。

ニヤリと嘲笑を浮かべランデルは散らばったカードから三枚のカードを取り出した。

 

「一枚目は四。これはうちの戦車大隊のこと。彼とその搭乗員は規格外のネウロイとの戦闘経験者だから絶対に役に立つ。二枚目は五、これは全軍のウィッチを示す。魔法力は強いから当然だろう」

「じゃあ最後の一枚は何だ。もしや自分と言うわけでもなかろう」

 

モントゴメリー将軍はため息を吐いて、さぞかし呆れた様子だ。ランデルは顔を横に振り、拒否の意を表した。

 

「私ら将軍はプレイヤーだ。プレイヤー無しではゲームは始まらん」

「ではその一枚は誰を指す」

 

狂気をテント中に蔓延させながらカードを裏返す。カードにはジョーカーの絵柄が描かれており、ランデルは大声で笑う。

悪魔のような笑い声は加東と将軍たちの心を振り子のように揺さぶった。ジェネフだけは面倒くさそうに頬を掻く。

笑い終えるとランデルは先程の態度とは打って変わって淡々と告げ出す。

 

「普段ならジョーカーはブラックジャックでは登場しない。だがね、ハインツ・ヒトラーがいるだけでこのカードは使用可能になる。このカードが表すのは完全なる勝利だ(ブラックジャック)。差の全てを補充してくれる」

「ランデル中将、彼はまだ青年だ。そんな力あるとは思えないのだが」

「青年は確かにそうでしょう元帥。ですがね、アイツはネウロイ側ではないが確固たる化物の一体だ。彼がいるだけで戦場は勝てる。例え、ウィッチやうちの戦車隊や全兵士を捨ててもね」

 

告げ終えると、今度は真顔で片手に持っていたクイーンを口に入れて咀嚼を始めるランデルに激しく動揺する将軍たちと加東とジェネフ。

そして全員が彼と自分が同じ人間であるのか疑い、彼が化物と言っていたが本当の化物は(ランデル)なのではないかと。

 

「さあさ、作戦は明後日だ。もう私は帰ろう。年寄りに風邪は手厳しいので」

 

他人ごとかのように言い捨てるとランデルはそそくさと自分の指揮する陣地へ向けて帰っていってしまった。将軍たちも何事も告げることなく、ただただ無言で自陣地へと帰っていく。ロンメルも何処かへ行ってしまった。

 

取り残された加東とジェネフ。加東は未だにテント内に蔓延る重圧ともいえよう残滓に身が怯み、動けなくなっていた。

そんな加東を見計らってジャネフ彼女の頭をポンと叩いて手を置いた。

 

「ハインツは化物じゃない。ランデル閣下はそう言うが俺はそうも思わん。お前もそうだろう」

「……うん」

「なら気にするな。そして逆に考えろ。ハインツが存在するだけで勝つんだ。約束された勝利の兵士だなんてカッコいいだろ。俺が例えいなくてもアイツならやってくれるさ」

 

乱雑に頭をなで終えるとジェネフは自陣地へ向けて帰っていく。その後ろ姿を加東は目で追い、誰にも聞こえないほどの小声で愚痴を零した。

 

「自分を少しは尊重しなさいよ」

 

テントにはウィッチを指揮する指揮官としてではなく、一人の恋する乙女が居た。

夜は着実に明けていく。

 




M3ハーフトラック

アメリカで生まれた車両。オートカー社が1940年に生産を始めた。
歩兵部隊が機甲師団に随伴するための車両としても有効であると判断され、車体後部を延長し、歩兵1個分隊を輸送できるロングボディのT8が試作された。
トラックの後輪部を装軌式にし、申しわけ程度の装甲を施しただけの車両ではあるが、比較的強力なエンジンを持ち前輪も駆動することから、より高価で複雑なドイツ式ハーフトラックよりも実用性と機動性で勝り、路上でも72km/hの最大速度を発揮した。

様々な用途で利用されて色々な種類がある。戦後も用いられるほど優秀な車両で、大戦時には他国にレンドリースされた。


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出没

今現在、広大な荒野に四つの大きな砂煙が立っている。

カールスラント、カールスラントの旅団、リベリオン、ブリタニアだ。

先頭にて常に索敵をする戦車とトラック、上空では各国の偵察機が飛んで所属する軍に逐一伝達を行う。

 

リベリオン師団では先頭の戦車に続いて歩兵を乗せたトラックが走る。ハーフトラックは値が張るので歩兵を移動させるのには通常のトラックを用いていた。荷台でガスマスクを被って兵士が輸送される姿はいささか家畜の出荷と類似している。

兵士たちは今回の戦場で自分は生き残れるのかと不安で誰一人喋ろうともしない。手にしている銃を力一杯握りしめていた。

 

「そんな様子じゃ有事の時に疲れるだけだ。休めろ」

 

奥に座る軍曹の徽章が付けられた兵士が死地に対する恐怖を無くせと無理を言った。軍曹の年齢は詳しくわからないものも、やたら落ちついている様子である。おそらくは様々な死地を経験してきた者だろう。

軍曹の言った言葉に反応こそするが、誰一人声を出さない。彼はガスマスク越しからでも聞こえる大きなため息を吐いた後、狭い車内で立ち上がり言葉を紡いだ。

 

「いいか新参兵どもよく聞け。俺の実家は牧畜が盛んに行われているところでな、馬や乳牛が飼われてたんだ」

 

唐突に始められた話に兵士たちは彼に目を向ける。注目されていることを確認した軍曹は話を続ける。

 

「それである時、俺の友人のトーマスの家も牧畜をやっていたのだが夜中、馬泥棒が来てないかパトロールしたんだ。そうしたらな、馬二頭が交尾しているのを見たんだ。普通ならごく当たり前のことだと鼻で笑うがそうじゃない」

 

軍曹は話を盛り上げるため一度言葉を区切る。ガスマスク内でニヤリと笑みを浮かべながら結末を述べた。

 

「トーマスの家には馬はオスしかいないんだ。つまりは馬同士でもそういう感情があるってことだ」

 

結末を述べると今まで緊迫した面持ちだった兵士たちがドッと笑い出したのだ。若い青年たちの笑い声に軍曹は一瞬だけ顔を顰めるも、大声で笑う兵士たちに混じって笑い出した。

 

「ほら、お前らもジョークを飛ばしあえ。一緒に笑い合おうぜ」

 

軍曹が強引に次にジョークを飛ばす者を指名すると、指名された兵士が起立してジョークを話し始めた。兵士たちのジョークは運転手にまで聞こえていたようで、運転席から笑い声や野次が飛んだ。

 

 

一方でシャーマン戦車に乗る車長は異様なモノを見つけて、双眼鏡で凝視する。その先にはこちらと同じように砂煙を立てる陸戦ネウロイの姿があった。ネウロイの種類としては突進しかできない前時代の個体だ。

何故先に上空の偵察機が見つけられなかったのかと舌打ちを打つも、ただちに通信手に状況を知らせ司令部に連絡する。

 

「こちら一号車敵を発見しました。前時代のネウロイと断定」

『了解、こちらは各兵科に報告する。戦車隊はいつでも戦闘ができるように待機を。健闘を祈る』

「了解」

 

連絡が切られたのを確認すると、車長は通信手に指示を送る。

 

「百メートル進んだら後続のトラックを守るように布陣しろと伝達」

「了解」

 

一号車から全車両に伝達されると指示通り、百メートル進んだ後に傘の如く後続を守る布陣を整えた。遥か遠方に砲手は照準を合わせて、車体の機銃手は引き金に指をかける。装填手は次弾を素早く装填するために二発目の砲弾を抱えて待機する。

 

歩兵を乗せたトラックは停車すると荷台から兵士たちが小銃や機関銃を手に戦車より前方に陣地構成する。臨戦態勢用に持ってきていた土嚢を防壁として設置している。

トラックより後方では三十輌もの自走砲が空に向けて砲を傾けて、遠距離からの砲撃でネウロイを撃破しようとしていた。

 

「仰角よし。これより砲撃を始める」

 

砲撃を指示する砲兵幕僚が声を張り上げて、他の自走砲の兵士たちに伝える。地図と腕時計を交互に見てから砲兵幕僚は指揮棒を振り下ろし砲撃の指示を送った。

 

「撃てェッ!」

 

多重にも重なる重低音の爆音が辺り一帯に鳴り響く。リベリオンが用いるのはM7自走砲であり、百五ミリもの主砲による砲撃はネウロイにとって効果的であった。放たれた砲弾は緩やかに弧を描いてから地面に向けて落下する。動物や生物なら風を切る音に怯むのだがあいにくネウロイは聴覚がないのかそれを恐れない。だからこそネウロイは砲弾の暴雨に次々と突っ込んでいくのであった。

 

百ミリの榴弾は確実にネウロイを傷つけていく。個体の大小を問わず直撃すれば木っ端微塵に吹き飛び、地面に弾着した砲弾は弾けて深々とネウロイの体に突き刺さる。砲弾で舞い上がる土煙の中からネウロイはけたましい鳴き声を上げる。

 

「へへへっ、こりゃあいいな」

「そうだな。だけど完全に殺しきれないだろう」

 

先程ジョークを飛ばした軍曹が目の前の事象について指摘する。砲弾の暴雨を突破してきた十数体のネウロイがこちら目掛けて突進をし続けているのだ。軍曹の言っていた通りに殲滅し切ることはできなかった。

ボロ雑巾のように穴の空いたネウロイの体は白い破片を撒き散らしながらも少しずつ癒えていく。

 

『照準を合わせたな。これより戦車隊は攻撃を行う!』

 

戦車隊長が直接指示を飛ばし、各車輛の砲手及び機関銃手は息を呑んだ。

 

「撃てェッ!」

 

隊長車輌である一号車が最初に砲撃すると他の車輛も後から続いて砲撃を始める。シャーマン戦車の主砲は七十五ミリ、直撃すれば撃破も可能。最初に放たれた徹甲弾はシュルシュルと伸びていき、ネウロイに突き刺さるとネウロイは白い破片へ姿を変えて消滅した。

間髪入れずに撃たれていったことで、完全に癒えていた個体は再度傷だらけになる。

しかしそれでもネウロイたちは突進をやめない。歩兵との距離が三百になった時、歩兵の持つ気休め程度にしかならない小銃による射撃が始める。

 

「うおおおおお!!」

「馬鹿野郎! 引き金を長く引くな!」

 

興奮して若干錯乱したのか、機関銃を撃つ機関銃手が長く連射しているのに軍曹は気が付いた。急いで軍曹は彼の元に向かい、機関銃手のヘルメットに拳骨を落とす。すると彼はハッとした様子で正気に戻った。

 

「す、すみません」

「ったく、機関銃は人を魅了する。それに呑まれたらもう使えなくなるからな!」

「わ、わかりました」

 

正気に戻り機関銃の注意を促した軍曹は再度射撃を始める。前時代のネウロイということもあって、突進しか攻撃手段がない。あの巨体で体当たりをされたら戦車でも致命傷になるのだが、逆に捉えると接近させなければいいだけの話だ。面白いことにこのネウロイは光線や銃撃といった遠距離の攻撃は保有していない。

 

歩兵との距離が百まで迫った時、ネウロイの最後の一体が砲弾の直撃を受けて破散した。弾こそは消費したが人員の損害は零だ。また、ネウロイの撃破により前哨戦とはいえ大きく士気も上がっていた。

 

「見事だ戦車隊!」

「自走砲にも感謝だな!」

「もしかしたら今回の戦場、ネウロイに勝てるのでは!?」

 

歓喜に沸く兵士たちをよそに軍曹はどこかしら危機感を募らせていた。特に勝ち越したことには変わりはないのだが、不思議と体がざわつくのだ。何かが旨くできすぎているといった具合にだ。

防壁として築かれた土嚢の上に座っては顎に手を当てて考えていると、不意にうなじに冷たい感触を感じた。

 

「……何だ。今の感覚」

 

辺りを見回すも陸戦ネウロイの姿も確認できない。かといって上空を見上げてもこちらに迫る航空ネウロイの姿も見受けられない。黒く太った鳥が飛んでいるだけ(・・・・・・・・・・・・・)

杞憂だろうと視線を戻そうとした瞬間、その違和感に気付いた。こんなにも暑さで過酷な土地に熱を吸収する黒い鳥がいるだろうか。そんなはずはない。

 

再び天空を見上げるとそこには鳥の姿は無く、代わりに細く黒い何かがこちらに向かって降り注いでいた。すぐさま体を小さくし、即座に確実に迫る脅威に身構えた。

 

 

身構えてからすぐの事だった。近くで何かが爆発したのだ。その際に生じた爆発音と衝撃は臓物を僅かに揺らし、彼の恐怖を倍増させた。

幾多の風を切り裂く音が辺り一面に聞こえ始め、歓喜に沸く兵士たちの声は悲鳴や叫び声へ移り変わっていく。生々しく何かが突き刺さる音が堪らず、軍曹は味方の砲撃に怯える新兵のように耳を塞いだ。目を閉じて恐怖が過ぎるのをひたすらに待つ。

 

体感時間では十分が経過し、彼は目を開けた。俯いていたので当然目に映るのは地面だ。しかし、足元には赤いシミができていた。彼はそれが何なのかを理解してしまった。軍曹はゆっくりと何かを悟った風に立ち上がると、辺りの惨状を確認する。その後、彼は顔に手を当てて絶叫した。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

眼前には中世の拷問やダリアの偉人ブラド三世が行った串刺し刑が広がっていた。戦車は黒い槍のような物体に突き刺されて爆散や炎上、仮にそうでなくても何十本も刺さっているので搭乗員は無事ではないだろう。装甲のある戦車でさえもこの有様なら歩兵はもっと残酷であった。胴は槍に突き刺さり今なお悶え、頭に当たったであろう者は頭自体消滅して、その代わりにおびただしいほどの流血により大きなシミを作っていた。

 

人々に想像された地獄の絵画では当然のように書き込まれていた串刺しの描写は、彼をより此処は地獄だと認知させた。

この惨状によって狂ってしまった彼は、自身の小銃を咥えて引き金を引いた。寂しい破裂音が荒野に響いた。




M7自走砲

アメリカで生まれた自走砲。兵器局が1942年に開発する。
ハーフトラックよりも戦車の車体を流用した方が良いと結論付けてこの車輛が生まれた。
1944年3月からは使用する車体がM3中戦車からM4A3中戦車に変更され、M7B1と呼ばれた。その後、榴弾砲の装備位置を一段高くし、最大仰角をそれまでの三十五度から六十五度に引き上げたM7B2が生産された。
イギリスにもレンドリースされて中東戦争にも使われた。


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壊滅

「……壊滅ゥ!?」

 

司令部である車輛からロンメル将軍の怒声とも受け取れる驚嘆した声が聞こえた。あまりの大声で顔を顰める無線手に操縦手。だが、単に声が大きかったからといった問題ではなく別の要因で彼らは顔を顰めたのだ。

 

今から数分前に突如として陸戦ネウロイがリベリオンの師団へと向かい、これを殲滅するも一瞬にして二個戦車中隊と一個歩兵中隊が壊滅したのだというのだ。

しかも、撃破された地にはたくさんの黒槍が突き刺さっていたのだという。確実にロンメルたちが危惧していたネウロイによる攻撃だろう。

こうも早く相手側が手を打ってくると予想できなかったロンメルは受話器を壊れんばかりに握りしめた。

 

『あぁ。うちのパットンガールは幸運にも配置していたところには槍が降らなくてな、無傷だ』

「それはなによりだ」

『だが部隊の再編成、または戦死者を回収するのに時間がかかる。一旦、リベリオン師団は離脱する』

「待てパットン! そうしたら旅団とブリタニアで槍の主へ挑めというのか!」

『……そうなるな』

 

リベリオンは工業力が高く、物量の面ではどの国よりも優っていた。リベリオンの師団に配属されている兵士は旅団を除いては変わらないものも、自走砲や戦車などといった車輛ではリベリオンが数を有していた。

エジプトに到着したら都市を一度砲撃して都市部に潜むネウロイをある程度殲滅する予定があり、リベリオンの数による火力が重要視されていた。

しかし、自走砲こそ被害はないものも戦車は大打撃を受けて部隊の再編成で一旦離脱されては、その砲撃は中途半端なモノになってしまう。

 

「ならお前の自走砲と兵員を寄越せ!」

『申し訳ないがそれはできない』

「何故だ!」

『こっちも合衆国の威厳を背負っている立場なのだ。俺が戦死して指揮権を失ったらの場合ならまだいいが、俺はまだ死んでいない。そして、他国に自軍の指揮権を委ねたと合衆国の民衆に知られたら一国の軍隊としての面子を失うこととなる』

 

実質、ネウロイを倒すために幾多の国が参戦している。もちろんリベリオン合衆国もその一員なのだが、リベリオンの特徴は物量作戦。大量の機械などを用いて戦闘をするため膨大な人員が必要不可欠なのだ。しかもただ前線で戦うだけではなく、後方で物資を輸送する人員にも割かなければならないのだ。

現在、リベリオンでは戦時体制に移行し徴兵制を取っているが、それ以前のリベリオンは良くも悪くもモンロー主義を貫いていた。補足としてモンロー主義とは他国に介入することを避ける主義である。

 

マスコミの力や国家規模の陰謀が働いた末にどうにか戦時体制に移行してネウロイとの戦いに参戦したのだが、民衆にもしも他国に自国の軍隊の指揮権を委ねたと知られたら民衆たちは不信感を募らせるだろう。

このことをパットン将軍は避けたかったのである。

 

「確かにその通りだ。だがそれは今回勝てばうやむやにできる案件だろう!」

『……そうかもしれんな』

「だったら早く指揮権を俺に委ねろ!」

『そして俺は考えた』

「何をだ!」

 

無線機越しに何か意味ありげな沈黙をするパットンにロンメルはその何かを問う。するとパットンは覚悟を決めたのか重々しく口を開いた。

 

俺が戦死すれば解決するんだよ(・・・・・・・・・・・・・・)

「……何をしようというのだパットン!」

 

さも当然のことを言ったパットンに対しロンメルは苛立ちを募らせる。しかし、真意に気付いたのかロンメルは目を見開いて息を呑んだ。

 

『つまり……こういうことだ(・・・・・・・)

「やめろパットン!!」

 

何かしらの金属音が小さく聴こえたと思うと耳をつんざくような音がロンメルの鼓膜を襲った。軍人なら誰しもが聴いたことのある音、つまり銃声だ。自殺という愚かとも捉えられる行動により、彼は一層怒りを募らせると同時に喪失感が胸を覆う。

 

『……代わりまして副官です。あなたに我が国の軍隊の指揮権を委ねます』

「わかった……」

 

パットンに代わって若干声がパットンより高い副官が相手になった。彼は淡々と会議で決めた約束事を述べる。ロンメルはパットンが自殺したという事実を受け止めきれず、張りのない声で了承する。

ロンメルは副官に対し、自走砲と生き残った歩兵部隊を当初の予定通りエジプトへ向かわせるように指示を送る。

 

「大馬鹿野郎が」

 

今は亡き憎ましい相手に小さくも悲しそうに罵倒を浴びせた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おいおいおい、見えてきたぜ市街地がよ」

「車長、あまりはしゃぎ過ぎないでくださいね」

「わかってるって」

 

一方、旅団ではリベリオンと同様に戦車を前方に配置した戦車二個中隊の丁度真ん中に位置するところにジェネフが居た。彼はガスマスクを被りつつも、キューポラから体を出して双眼鏡で索敵していた。もはや市街地と距離が三キロに差し迫っていた。

事前に知らされていた情報に注意しながら、旅団の戦車大隊は一輌も脱落することなくことが進んでいった。

 

車内では砲手が本来の本業であったエドガーと初めての戦いに緊張した面持ちのジョイルが居た。エドガーに至っては何度も視線を潜り抜けているため慣れていたのだが、ジョイルは緊張してレバーを握っている腕が震えていた。

 

「ジョイル君」

「は、はひぃっ!?」

 

エドガーはしゃがんでから優しい声色でジョイルの肩を叩く。驚いたのかジョイルはびくりと体を震わす。極度の緊張は戦闘に影響を及ぼすのだが、新兵である彼にとってその緊張を解かすのは難しい。そこでエドガーは砲手の定位置に就いた後、彼にとある話をする。

 

「今ではああやって見栄っ張りで傲慢な車長なんだけどね。実は彼ね、初めての戦闘というか演習なんだけど演習弾が初めて自分の戦車に当たった時に腰を抜かして暫く立てなかったらしいよ」

「えっ。あのジェネフ大尉がですか?」

 

どうしても滑稽な姿のジェネフを彼は想像できなかった。エドガーは首を縦に振った後に話を続けた。

 

「しかも演習が終わっても立てなかったから、彼のあだ名が足の折れた案山子って言われててね」

「おう聞こえてんぞエドガー」

 

まさか戦場で今までに付けられて嫌だったあだ名で上位に入る名を聞くとは思わなかったジェネフはげしげしとエドガーの肩を踏みつける。

キョトンとした様子でジョイルをよそに、ジェネフが仕返しといわんばかりに、エドガーの黒歴史を言った。

 

「なあ知ってるかジョイル。このクソ眼鏡はなヒスパニア戦役でネウロイと相対したときにちびったんだぜ。こいつ妻子持ちのくせしてな」

「ちょ、ちょっと車長!」

「お返しだバーカ」

「いいんですか? 貴方の黒歴史だって僕いっぱい知ってるんですからね」

「オオン? そんなら俺だって手前のエッチな小話とか面白エピソードあるからな」

 

思わぬ反撃にエドガーは羞恥心で頬を赤く染めてジェネフの方に視線を向ける。そのやり取りが面白かったのか先程まで緊張していたはずのジョイルはくすくすと笑い声をあげた。そんな彼の様子を見て互いに顔を見合わせたエドガーとジェネフは、してやったりといったように互いの拳をぶつけ合わせた。

 

「まあなんだ。誰にだって童貞や処女があるように初体験があるんだ。気張るのもいいが失敗しない程度、まあ冗談で笑みを浮かべられるぐらいに余裕を持て」

「…わかったッス!」

「車長? 今の表現は未成年に適さないと思うんですけど」

「知るかそんなもん」

 

下卑た笑い声をあげるジェネフとくすりと笑うエドガー、それにつられてジョイルも笑い出した。車内はたちまち笑い声で埋め尽くされて場の雰囲気は明るくなった。

 

しかし、突如として辺りに響き渡る砲撃音によってその雰囲気は打ち壊された。もう市街地に向けて自走砲が砲撃したのだろうか。目の前の都市から土煙と黒煙が上り始め、建物が倒壊していく音も聴こえた。

笑い声はピタリと止んで殺伐とした雰囲気へ変わる。着けている制帽を被り直すジョイルに手袋を嵌め直すエドガーは強者ならではの殺気を飛ばしながら辺りを警戒する。

ジョイルは改めて二人が歴戦の兵士だということを認識した。

 

「全部隊の中隊長に連絡。各中隊ごとに距離を置け」

『『『了解』』』

 

ジェネフは首に手を当てて咽喉マイクを起動させて各中隊の指示を飛ばす。このマイクは新たに開発されたマイクで騒音などを気にせずに連絡することが可能な便利品だ。無論、車内にも無線機は搭載されている。

そして彼は三人の中隊長が了承するのを耳につけたインカムで確認した。

 

「エドガーは司令部に連絡を」

「もうしてあります車長」

「さて、山羊隊がネウロイをぶっ潰すところを他国の野郎共に見せつけてやろうぜ」

 

獰猛な山羊がまだ見ぬ標的に狙いを定め、鋼鉄の群れは恐れずにそのまま進軍を続けていった。

 




二号自走重歩兵砲

ドイツで生まれた戦車。アルケット社が開発し、1941年2月に試作車が完成する。
この車両は、ベース車体として二号戦車B型が用いられており車内に無理やり十五センチの砲を載せることとなった。車体は装甲も薄くてオープン・トップ方式で戦闘する。
機関室を冷やすため外気を直接導入していた。
1942年のアフリカ戦線に配置されて同年のエル・アラメインの戦いで全滅するまで各地を転戦した。


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傍受

十月なんで更新が多いかって?
流石にアフリカ編終わらせないといけないでしょう。


 

砲撃は念入りに行い十数分も続いた。元々エジプトの建築物は土壁などで構成されているため衝撃に弱く、たちまち街は廃墟と化した。砲撃には三カ国の自走砲が協力のもと行われた。

その際、リベリオンの自走砲が遅れてやってくると予想されていたが、攻撃で故障した

戦車やトラックを現地で放棄して兵士の遺体回収はわずかに残した歩兵一個小隊に任せて都市へと向かわせたのだ。

 

「うひょー、こりゃあすごいな」

「三カ国同時攻撃ですからね。今でも砲撃音が耳から離れません」

 

現在、旅団のジェネフ率いる戦車大隊は中隊規模に分散し待機していた。市街地までたったの一キロである。砲撃が終わり、上空の偵察が済んだあとに戦車隊と歩兵隊は市街地に突入する流れになっている。

後方では歩兵小隊ごとにトラックから降りて手には小銃を持って待機している。

 

「にしてもどこかおかしい」

「……わかりますか車長」

「あぁ」

「えっ? 何がですか?」

 

ジェネフとエドガーはどこか払拭できない違和感を感じていた。顎に手を当てて双眼鏡を除くジェネフ。エドガーも目を凝らしながら辺りを確認する。辺りにはただ荒野と廃墟となった街しかない。

対してジョイルは彼らがどこに疑問を抱いているのかが理解できなかったため、疑問符を浮かべていた。

 

「……敵がいない」

「それっていいことじゃないッスか」

「確かにそうだ。だがな、ネウロイによる攻撃を受けたというのだからネウロイは街にいるはずなんだ」

「ジョイル君、僕たちは蜂の巣を突いたんだ。すると激怒した蜂が僕らに向かって襲い掛かるのが普通なのに何故か来ないんだよ」

 

ネウロイは獣と同意義であるという説が通説であった。理由としては目についたものを片っ端から破壊し殺戮するからである。いくら姿形が違ったとしても自立して考えることはできず、本能に従った行動に出ることが多かった。

あるネウロイ研究家はネウロイは太古の昔に滅んだ生物なのではという説があがるほどに獣そのものであった。

 

しかし今回は巣であるはずの街を破壊しても一切の反応を示さない。非常に不自然であり、いくらあのぐらいの砲撃を行ったとしてもネウロイは全滅させることはできないとジェネフたちは知っていた。

エドガーはこの問題を司令部に連絡、ジェネフは警戒を高めるように大隊の全車輌に通達しする。

 

 

一方で人狼が所属する部隊アフリカは偵察の任務を兼ねて制空権を取るため市街地の上空を飛んでいた。下を見下ろすと土煙と黒煙が舞い上がり、狼煙のように線を引いていた。

 

「人々の家がこうも簡単に……」

「これはまた派手にやったな」

「家の持ち主の方可哀想ですね……」

「…」

 

マルセイユ、ライーサ、稲垣、人狼が分隊を組んで陸戦ネウロイ及び航空ネウロイを索敵していた。遠方で黒点を発見したと思ったらそれは他国の偵察機で、危うくライーサが連絡してしまうところであった。

リベリオン軍とブリタニア軍は航空ウィッチをアフリカに有していないのか、旧式の偵察機を用いていた。いくら誤認を防ぐために青色に塗ったり国家マークを大きくしても離れすぎていては意味がない。それに加えて、十機の偵察機がこの上空を飛び回っているので誤認しやすい状況が生まれていた。

 

「あー面倒くさい。面倒くさいぞこれ」

「ハンナ、外国のパイロットの皆さんも頑張って偵察任務に従事しているのだからそんなこと言っちゃ駄目だよ」

「けどなネウロイか味方かを判断するの神経を使う。これで集中力が切れてネウロイに撃墜されては本末転倒だ」

 

マルセイユは不機嫌そうに愚痴を吐いて、味方である黒点に機関銃の照準を合わせた。

 

「バババババッ」

 

子供が遊ぶように機関銃の銃声を口で再現するマルセイユ。

すると突如、彼女が照準を合わせた味方の下方の街から突き上げるように赤い光線が迫るのを視認した。光線に貫かれた偵察機は爆散し黒い花を咲かせる。

 

「敵だ! 散れッ!」

 

マルセイユの号令とともに人狼たちは普段の相機同士で分散する。稲垣は耳元のインカムを起動させて状況報告を行う。

 

「こちら部隊アフリカ。ネウロイの攻撃を確認!」

『了解。注意……され…し』

 

雑音が所々混じるがこの情報を伝達することができたことを確認し、無線を切ると一本の光線が彼女を掠める。あと数センチ寄っていたら今頃自分は戦死していたかもしれない。恐怖と不安が彼女の心を覆い、動揺を生んだ。

再度彼女の元目掛けて光線が放たれ、その光線は確実に頭を狙おうとしていた。

 

「しまっ―――――」

「…」

 

だがギリギリのところで人狼が彼女に体当たりをすることで回避に成功する。彼女は酷暑なのに背筋が凍る体験をして肌寒く感じた。お礼を言おうと人狼の方を振り向くと、人狼の右頬がさっきの光線で抉り取られたのか生々しい断面図を残していた。

自分の不注意で人狼を傷つけてしまった事実に罪悪感が彼女の心を責め立てる。

 

「ご、ごめんなさい! 私の不注意で!」

 

涙を浮かべて謝る稲垣に対し、人狼はいつもと同じように何事も言わずに沈黙を続けていた。彼女は何度も人狼を相機として組んで飛んでいるのでこの沈黙には慣れていたが、この時だけその目は自分を責めているようで怖く思えてならなかった。

 

「すいませんすいません……」

 

その視線から逃れるように顔を伏せて、多量の涙をボロボロと零しながらひたすらに謝罪を続ける彼女に人狼はコートの襟で傷を隠す。

 

『大丈夫か稲垣!』

 

インカムからはマルセイユが彼女を心配をしている様子で呼び掛けた。

 

「は、はい。けど私のせいでハインツ大尉が怪我を……」

『怪我ァ? 大丈夫、アイツはお前が原因で自分が怪我をしたことに対し怒りとかそういう感情を微塵も思ってないぞ。アイツの顔を一度見てみろ』

 

マルセイユは過去に自分が原因でライーサと人狼を事故に巻き込んでしまったことを深く反省していた。自分が人狼に負けないという意地を張り無茶をしてしまった末に事故が起きて、その結果ライーサと人狼を巻き添えにする大事故に転じたのだ。

 

だが、この事件をきっかけに人狼の性質を知ることができたのだ。常に無言を貫いて感情など無いと事件前までは考えていたものも、実際は確かに無口でありながらも人を心配し気遣うことのできる優しい男だと彼女は感じ取ったのだ。

 

稲垣はマルセイユに言われた通りに再度人狼に目を向けると、右頬にあったはずの傷はとうに消え失せていた。そしてどこが温かみのある眼差しを彼女に投げかけていた。

 

『なっ。図体とか雰囲気は怖いくせして中身は良心のあるんだよ大尉は。だから稲垣も気にすることはない、なにせ自分の意志に基づいて大尉は行動しただけなんだから』

 

そういうとマルセイユの無線が切れた。稲垣は涙を袖で拭い、ただちに臨戦態勢を取る。地上の何処から攻撃を仕掛けてきているのかを目を凝らして索敵する。けれど、現在敵が潜んでいる地域には砂埃や黒煙やらが煙幕として機能しているため、こちらからでは見つけられない。

 

「けどネウロイはどうやって私たちを探知したんだろう」

 

稲垣はネウロイの特徴を思い出す。そしてネウロイの巣近くで行われていた実験を思い出した。鉄製の釘すら一切使わない木製の船が巣の周辺に存在したにも関わらす、無傷であったことに。

 

「ネウロイはどうして一斉に攻撃しないんだろう……」

『そっ…発見……か?』

 

マルセイユの声が雑音に混じりながらも稲垣の耳に届く。すると真下から光線が迫っているのを視認、ただちに回避した。彼女はマルセイユたちが飛んでいる方角に視線を移すと、マルセイユの方も同様に光線が飛んでいた。

度々訪れる雑音と同時攻撃に稲垣はある結論に辿り着く。

 

「無線を傍受して発信源と受信源を探知して狙っている!?」

「…」

 

まさか無線が傍受されていたこと知り驚嘆する稲垣と事実を知っても驚く素振りを見せない人狼。彼女はマルセイユたちに伝えようと無線を繋ぐ。

 

「今すぐ無線封鎖を! このネウロイは無線を傍受して私らを探知します!」

『わか……気を付…ろ』

 

確認を聞いた後に再三ネウロイはマルセイユと稲垣を攻撃するために光線を投射する。予期していたことなので難なく避けるのだが、避けた先にも光線が迫る。彼女は魔法障壁を張り攻撃を防いだ。

 

「…」

「真下からの攻撃ってことはそういうことですね!」

 

上空の人狼たちを真下から攻撃してくるということは、ネウロイは空中の人狼たちを狙って光線を真上に飛ばせるところに潜んでいるということになる。

急降下する稲垣と人狼。対地目標である陸戦ネウロイ目掛けて、稲垣は四十ミリの弾丸というよりかは砲弾を撃ちこんで人狼は二十ミリ機関砲を二挺撃ち続ける。

 

暫くの時間が経過すると煙幕と化していた土煙と黒煙が徐々に晴れ始めた。地表が少しずつ露呈していく。

だが、人狼たちが撃ち続けた場所にはネウロイの破片すら残っておらず大穴を幾つか空けた程度であった。稲垣は何が起きているのか理解できなかった。

 

人狼たちが疑問を浮かべている傍ら、全体が黒く尻尾の先端に鋭利なモノを取り付けた巨大な何かが瓦礫の陰でひっそりと動いた。

 




咽喉マイク

マイクの一種で喉の振動を用いるので周りの雑音を拾わない。
某女子戦車アニメで知っている人も多く、プラモデルなどでこのマイクを着けた戦車兵がある。


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混戦

 

「おいおいおい、全然ネウロイのやつらいないな」

「んだなぁ。あの砲撃でバラバラになったのか?」

 

廃墟と化した市街地をブリタニアの歩兵一個歩兵小隊と戦車小隊が残敵を掃討するために一メートル、また一メートルと奥へ進んでいく。

各国の自走砲及び野戦砲の影響でどの建物も損傷しており、無傷の建物を探すのが難しい程だ。魔法力を持たない兵士たちは暑苦しいガスマスクを着けているので苛立ちといつネウロイが襲い掛かってくるかわからない恐怖を覚えながら進軍を続ける。

 

「暑いしなんだこの戦場は。息をするだけでもつらいぜ」

「外すんじゃねえぞ。死ぬからな」

「わかってるって……ッ!?」

 

歩兵たちが愚痴を零しながら進んでいると突然、前方の塀の壁が激しく崩壊して土煙が発生する。すぐさま小銃を構えて射撃の構えをして臨戦態勢を取る歩兵小隊一同。戦車小隊も異様な雰囲気を感じ取ったのか砲身を音の鳴った方へ向ける。

緊迫とした空気が張り詰め、兵士たちは息を呑んだ。

 

「……ただの偶然か」

「ちっ。驚かせやがって」

 

土煙が晴れるとそこには何も存在していなかった。安堵した兵士たちは舌打ちを打ち小銃を下ろした。だがしかし、一発の味方の銃声が辺りに響き渡る。

歩兵たちは引き金を引いた味方に目を向ける。引き金を引いたと思われる新兵は恐慌した様子で小道の方に銃口を向けていた。銃口の先には何もいない。ため息を吐いた古参兵の一人が新兵に振り返る。

 

「どうしたロック一等兵」

「い、今そこにデカいサソリが……ッ!」

「サソリだぁ? そんなもんいるわけない。第一ネウロイの撒く毒ガスはどんな生物でも殺してしまうのだ」

「そ、それでも私は!」

「ダーウィンの言っていた進化論がここでも通用するとでも? そんなもんは―――――」

「あっ」

 

新兵に半ば説教紛いのことを言う古参兵の頭が吹き飛び、その後の言葉を紡ぐことができなくなった。吹き飛んだ頭部はぐしゃりと鈍重な音を鳴らし、内部から脳みその一部や血液が地面に撒かれた。額には風穴が空いている。

 

「戦車の背後からだ!」

「敵だッ!!」

 

戦車の背後から撃たれたことを察した古参兵たちはすぐさま近くの障害物に体を隠す。新兵は何が起きたのか理解できずに硬直している。三輌の戦車は砲塔を背後に回そうとするも、それよりも速く直径三センチ程度の数本光線が全車輌の砲塔部を沈黙させた。砲塔部の回転は停止し、前方のハッチから生き残った戦車兵が拳銃だけの武装で飛び出して近場の障害物へ身を潜めた。人員の問題で戦車の戦闘が不可能になったのだろう。

 

「ど、どうしよう」

「取りあえず身を隠さなくては!」

「いやもっと遠くに逃げよう!」

「おいお前ら勝手に行くな!」

 

気を取り戻した新兵たちは蜘蛛の子を散らすが如く市街地に散っていく。古参兵や上官たちは彼らを必死に呼び止めるが遠くに逃げて行ってしまった者が十人中四人。六人は古参兵の元へ滑り込むように隠れることができたが、その後遠くに逃げた四人の悲痛な悲鳴が小さくも聞こえた。

 

「ちくしょう! 軽機関銃をセットしてもどれぐらい倒せるか!」

「グレッグ上等兵殿、この手榴弾でも撃破は可能ですか?」

「無茶を言うな新兵! 俺らが支給されている手榴弾はな、自害用だ!」

「そ、そうですか……」

「でもな、うちらの潜んでいるところにはいないが別の所に迫撃砲を持つやつがいる。そいつに期待するしかないな」

 

ブリタニアの小隊には二インチ迫撃砲が配備されており、威力の方も申し分ない。戦車の天板を狙えば撃破も可能だ。噂をしていると都合よくポンポンと音を鳴らして戦車の残骸の後方目掛けて撃ちこんでいた。姿を視認できなくても大まかな損害さえ与えればいいと考えたのだろう。三発目を打ちこんでいると耳を塞ぎたくなる金切り声が上がる。命中したのだろう。

 

すると迫撃砲の存在を脅威と察したのか、戦車をよじ登りついにネウロイが姿を見せる。

 

「うわっ!? デカいサソリ!」

「サソリ型のネウロイか、まったく嫌なものだな!」

 

驚愕する新兵を置いて古参兵は次々と射撃を始める。弾倉を鶏の鶏冠のように刺したブレン軽機関銃は全長一メートルのサソリ型ネウロイの装甲を削っていく。それに続いて小銃が放たれる。見る見るうちにネウロイの装甲を削り見事に爆ぜる。音につられて三体のサソリ型ネウロイが迫るも同様に対処した。

 

「はははっ! なんだこいつら装甲が薄いぞ!」

「まるでコンドームみたいだな!」

「ほれ、俺の弾丸をくらいやがれ!」

 

ネウロイが撃破されるごとに歓声が上がり士気も上がっていく。初めての戦闘に新兵たちは小銃を抱いて味方の邪魔にならないよう固まっていた。ああも人は凶暴になり、攻撃的になる姿を見ていつか自身も彼らみたいになるのではないかと危惧した。

そんな時、何かが割れる音がした。

 

「何だろう?」

 

新兵が視線を向けた先には現在、味方たちが対処しているサソリ型ネウロイと同等の個体がたった五メートル先にいた。そのネウロイの足元には瓶が粉々になっている。

新兵はとっさに小銃を構えて引き金を引く。一発目は命中、前脚に当たる。

 

「よし!」

 

新兵は二発目、三発目とネウロイの体に叩きこんでいく。ネウロイは悲鳴も上げず淡々と銃弾を受けていき、とうとう破片となって散った。初撃破した際の興奮と喜びが胸にへばり付いて自然と笑みを浮かべる。

 

「この調子で僕も――――」

 

弾を装填する新兵、これで古参兵にどやされずに済むと考えているともう一体ネウロイが現れる。先程のようにネウロイに照準を合わせて銃弾を撃ち込み二体目を撃破する。だがさらに三体目と四体目が同時に現れ、新兵目掛けて突進してきた。

 

「に、二体は無理だって!!」

 

突進を腹で受け後ろに倒れこむ新兵、二体のネウロイは尾にある鋭利な針で太股と腹部を刺した。

 

「うがああああッ!!」

 

猛烈な激痛と体中の血液が沸騰しているように感じ、悶える新兵。ネウロイ二体は一度打ち込んだら満足したのか、軽機関銃を撃つ古参兵目掛けて接近する。その光景を新兵は惜しみながら眺めていた。

 

「肌が痛い!!」

 

手袋を無理やり脱ぐと手の甲が泡のように膨れ上がり、破裂しただれてきている。自身の体がグロテスクなモノへと移り変わる光景に悲鳴を上げる。そして目元が痒くなる。ガスマスクを着用しているので目を擦れない。かといってガスマスクを外したら瘴気のせいで死んでしまう。

 

だがそれでも新兵は取りたかった。我慢できなくなった新兵はガスマスクを外し、目を掻いた。するとどうだろうか、彼の眼球が溶けていたのである。擦った手の甲には白い液体がついている。目に激痛が走るも擦った際の快感がやめられないのか何度も何度も擦っていく。

気が付いた時にはもう目玉は無くなり頬の肉もただれ、掻いていた手から骨が見えていた。

 

「……体が痒いよぉ……ママ」

 

瘴気の影響で喀血した後、新兵は動かなくなった。まだ親元が恋しい青年であった。

 

 

一方で、軽機関銃を撃ちまくっていた古参兵も新兵を刺したネウロイの存在に気付いた。軽機関銃を二体のネウロイに向けて撃ち対処するも、さらに奥からぞろぞろと姿を現す大量のサソリ型ネウロイたち。

思わず息を呑む古参兵とは弾倉を入れ替えて再度射撃を始める。

 

「オラオラオラ! さっさとくたばれゴキブリ野郎が!!」

 

装甲が薄いため呆気なく撃破されていくネウロイたち。接近してきた一体のネウロイであったが古参兵は足でネウロイの背中を踏みつけて動けなくさせる。尾の針にも意識して躱し、軽機関銃を放つ。今度は飛び跳ねてくるが銃身でネウロイを突き放す。

 

「そんな原始的な攻撃じゃ俺を殺せは―――――」

 

慢心して気が緩んだのか胸元に戦車に撃ちこまれた際の太さの光線が胸元を貫いていた。古参兵は喀血して膝を地面に着くと大量のネウロイたちが襲い掛かる。彼も新兵同様に針を刺されて痛みが全身に駆け巡るも、腰のベルトから手榴弾を取りだして安全ピンを引き抜いた。

 

「俺だけで死ねるかああああ!!」

 

手榴弾が起爆し小規模の爆発はネウロイを粉砕、もしくは吹き飛ばす。爆風でひっくり返ったネウロイは尾を用いて立て直し、他の兵士の元へと迫る。

そして市街地では多量の群大による蹂躙が今まさに行われようとしていた。

 




SBML 二インチ迫撃砲

イギリスで生まれた迫撃砲。エキア社が最終的に開発した。
SBMLとはSmooth Bore Muzzle Loadingの略で日本語で滑空砲、前装式を意味している。
最初の二インチ中迫撃砲(マークI)は1918年の塹壕戦で登場したが、1919年には廃止されたが1930年代半ばになって歩兵小隊レベルで運用する軽量迫撃砲の必要性が高まったことにより、新型迫撃砲の試作・評価が行われた。
戦後は改良型の51mm軽迫撃砲L9A1へ移行して1980年代までイギリス軍で装備されていた。


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万歳

『こちら第一中隊所属二号車! 敵と交戦終わり!』

「損害は?」

『はっ! 損害は歩兵が三人負傷、こちらの搭乗員は無傷です』

 

現在、市街地に乗り込んだ北アフリカ独立混成旅団第二、第三、第四戦車中隊から各々の戦闘状況を報告されていた。

その無線を受信するのは無論、隊長車輌であるジェネフの戦車。ジェネフはインカムから入る情報を頼りに市街地の地図にマークを書き、どのルートで行くと被害が軽微なものになるか考えていた。

 

ジェネフとしてはこのような書類仕事は得意ではないのだが、彼は大切な兵士である前に幾つもの命を握る存在だからこそ、この作業は間違えてはいけない。分刻みに報告される情報を纏めるために購入したメモ帳は裏表を用いても二枚目に突入した。

 

「そのまま第二中隊はそのまま前進。何か問題があったら知らせよ」

『了解しました』

「……あぁそうだ。ネウロイの形状はどんなものだ?」

 

ジェネフは思い出したように前線にいる搭乗員に尋ねる。ジェネフたち第一中隊は万が一のことに備えて前線には赴かず、市街地の出口から二百メートルの位置で待機しているのだ。

 

『サソリのような形状のネウロイですね。光線も出せるようなのですが、非常に装甲が薄く、歩兵の軽機関銃でも撃破は可能です』

「そうか。引き続き任務を継続せよ」

『了解』

「……サソリ型ねぇ」

 

ジェネフはやはり特殊ネウロイなのかと顔を顰めた。彼はかつてパ・ド・カレーでタコ型ネウロイと対峙した際に、数多の犠牲を強いて撃破したという苦い思い出があった。

通常の個体とは変わった能力を持ち、なによりも特筆するべきところは動物の姿をしているということだろう。そしてモデルにした動物が所有する能力をネウロイはアレンジして戦うのだ。

 

「さて、どうしたものか」

「戦線は大丈夫なんッスカ?」

「まあ順調だ。あと、俺がある程度の対処法を搭乗員の連中に教え込んだからそう簡単にはやられないぞ」

「アハハ……車長みっちし鍛えてましたからね」

 

苦笑いをするエドガー、彼はジェネフが行った訓練の内容を思い出す。訓練内容は各戦線で武勇を馳せた者や激戦地で生き残ることができた者を集結させ、鍛え上げるという一見普通のものであった。

しかし、その兵士たちは歩兵や砲兵、奇しくも海兵といった感じで兵科の隔たりもなく集めた。無論そこには戦車兵の姿もある。ジェネフは戦車など触れたこともない者たちに戦車の操縦やエンジンの直し方、さらには偏差射撃をスパルタ教育で教え込んだ。

当然、脱落者や離反者もいるがその者はランデル中将が直々に激戦地へと送り込む書類を書き込み、早々に二階級特進を遂げた。

 

このことを耳にした兵士たちは横暴だと抗議し、ストライキを行おうとするもジェネフの武力行使に打ちひしがれて呆気なく終焉を告げた。このストライキの主導者は人を纏める能力があると考え、中隊の中隊長にした。

 

「皆さんかなり技能が高い方なんですね。日頃からドンチャン騒ぎしてわからなかったッス」

「見かけに騙されちゃあかんぜ。草食系男子代表のエドガーでさえ妻子いるんだから」

「さらっと酷いこと言いますね」

「じゃあかなりの前の場所にいるんですね、皆さん」

 

そこで一本の無線が入った。ジェネフはインカムを繋いだ。

 

『こちら第一中隊二号車、敵に包囲されました! やつら数で攻めてきます!』

「マズい! 至急離脱せよ!」

 

―――――――しまった出過ぎた。

歯を食いしばり地図を凝視するジェネフ。報告を入れてきた車輌の現在の位置は市街地の中間部、一応は他国の動きに合わせて行動していたのだがある時を境に連絡が途切れた。幾度も連絡を飛ばしても連絡がつかない。

だが、このまま連絡がくるのを待機しては逆襲を受ける可能性があった。ランデル中将にこのことを連絡すると、前進の許可を受けて今まで前進していた。

 

これを境に相次いで無線が入る現状にジェネフは拳を車内の壁に叩きつける。金属音が車内に響き、エドガーとジョイルの視線を集めた。ジェネフは自身の判断ミスで起きたことに憤怒しており、額に血管を浮かせて赤面していた。

 

「クソクソクソッ!!」

「車長落ち着いてください!」

「ああわかってるッ! 取りあえず全車輌を後退させる!」

 

ジェネフは命令を全車両に伝達する。内容としては一時後退、始めから決めていた第一後退ラインまで後退させるのだ。現在の戦車小隊の位置は第一後退ラインから百五十メートル離れている。その間、撃破または損害を受けないようにジェネフは無線をある所に繋いだ。

 

「こちら北アフリカ独立混成旅団戦車大隊大隊長ジェネフ・ハイゼンベルクだ!要件がある!」

『こちら対地班の稲垣軍曹、要件は』

 

彼が繋いだのは人狼がいる部隊アフリカであった。包囲下からの撤退は難易度が高く、空からの支援が必要不可欠になる。いくら戦車といえども光線の前では厚い装甲も紙きれ同然だ。

 

「うちの戦車小隊が包囲された。至急空からの援護を願いたい!」

『了解しました。可能な限り援護します』

「頼む!」

 

 

命令を受けた稲垣と人狼はただちに旅団の戦車大隊の元へ直行する。地上では黒い点が無数に存在し、通りで包囲されて立往生している戦車の姿があった。黒点で構成された輪は徐々に徐々に狭まり始めていた。

 

「対空攻撃が無い今がチャンスです!行きます!}

「…」

 

支援要請を受けた人狼と稲垣は急降下をして銃を構え、射撃を行う。空から放たれた弾丸は地上のサソリ型ネウロイに多数命中し見事に爆ぜる。急上昇してから再度急降下をし、後退の妨げとなっていたネウロイの数を減らす。これを見た戦車小隊、及び歩兵小隊は後退を始める。

戦車が前方のネウロイ目掛けて榴弾を放ち牽制、歩兵小隊は背後を戦車に向けて後退の道を作っていく。

 

「次です!」

「…」

 

高度を五百メートルに維持して次の場所へ急行する。先程と同じようにネウロイ目掛けて射撃を行うも、ネウロイたちは三センチ程の光線を急降下する人狼と稲垣目掛けて照射する。紙一重で躱すか魔法障壁を張って攻撃を防ぎ、機関砲の引き金を引く。

縦一列に地面が小さな煙を立て、その直線状に存在したネウロイにミシン目を付ける。

 

「おおありがたい! 早く後退するぞ!」

「ありがとうウィッチとウィザード!」

「戦車を守れ!」

「戦車にネウロイを近づかせるな!」

 

人狼たちが道が開いてくれたことに感謝する兵士一同。そしてこの援護で士気が上がったのか、果敢にも半壊したネウロイの大群に突っ込み白兵戦を行う兵士たちをよそに次の場所の援護に向かう。

 

しかし、どの場所でも包囲下から脱出することはできない。次に人狼たちが行ったところはネウロイにより包囲の網を狭まれられて、もはや脱出不可となった部隊であった。

戦車は光線で貫かれ弾薬に誘爆したのか砲塔部分が地面に吹き飛び、その砲塔が下敷きとなり死んだ兵士もいた。残された五人の歩兵たちは残骸と化した戦車の上に立ち必死の抵抗をするも、それは些細なものであった。

 

「い、今助けにッ!」

「来るんじゃない!」

 

稲垣はユニットの魔法力の出力を上げて突入しようとするも、空のウィッチに気付いた戦闘帽を被った伍長らしい兵士がそれを引き留めた。凝視すると襟元の腕章には戦車兵を表す徽章が存在している。

 

「何故です! 私は貴方方を救おうと――――」

「俺らはもう駄目だから! 助からない!」

「でも!!」

「弾薬と時間が勿体ない。さあ早く他の部隊へ!」

「……すみません」

 

こうしている間にも戦車の上に乗った兵士たちは一人、また一人と地面に引きずられていく。稲垣は悔し涙を滲ませて彼の言われるがままに他の部隊へ行ってしまった。残った人狼は自身の自己保身のためではなく、他者に気遣う彼の心に敬意を評して彼に向かって敬礼を行う。

すると最後の一人となった伍長が人狼に向けて言い放った。

 

「エース殿からの敬意を受けるとは思いませんでした! さようなら、うちの大隊長を任せます!」

 

ニヤリと笑みを浮かばせた伍長は引きずり降ろされ、ネウロイの大群に埋まってしまった。人狼は立ち去ろうとユニットに魔法力を注ぎ込もうとするが、一人の男の声がそれを止めた。

 

「皇帝陛下万歳!ライヒに黄金の時代を(Für das goldene zeitalter des Reich)!」

 

突如として爆発が起こり、爆風と衝撃は周囲のネウロイを蹴散らした。人狼はその光景を見て、かのイスカリオテ十三課の狂信者たちを彷彿とさせた。

絶対の信頼をアレクサンドリア・アンデルセン神父に捧げた狂信者たちは、宿敵アーカードが繰り出した死の河を神父が突破させるためにその身を犠牲にして援護していた。宗教とは無関係の今回の出来事ではあるが、敬愛していたことには変わらない。

敬愛するモノのために身を犠牲にする面持ちをアーカードは重要視していたのかもしれない。

 

人狼は犠牲となった彼を含む兵士たちに向けて煙草を箱ごと落とした。彼らが兵士としての褒美ではなく、彼らが人間として行うべき行為を取ったことに対しての褒美であった。

 




ワルサーPP

ドイツで生まれた拳銃。カール・ワルサー社が1929年に発表した。
ダブルアクション式自動拳銃としては世界で初めて商業的成功を収めた製品ともされている。
ナチス・ドイツの時代には、国家社会主義ドイツ労働者党が有する準軍事組織(SA、SSなど)、警察組織、そしてドイツ国防軍によって制式拳銃として採用された。
開発以来80年以上を経過した古典的拳銃であるが、使用弾丸規格が市場の主流規格であることや、21世紀初頭でも通用する安全機構を備えた高い設計完成度によって市場での商品性を保っており、姉妹モデルであるワルサーPPKと共に、現在でも生産が継続されている。


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悪運

「あちゃー、これは危ないな」

 

地上部隊は現在ネウロイとの苛烈な戦闘を強いられている中、男は呑気に独り言を呟き視線を地上に向けていた。その男の名はステック・セラック、片足の英雄と称されてしまい階級も昇進してしまった憐れな男である。

 

地上では後世にサソリ型ネウロイと呼称されるネウロイが各国の歩兵部隊または戦車部隊が一進一退の攻防戦を繰り広げ、人類側は損耗が激しかった。しかし、ネウロイ側は個体数を武器に攻めてくるため、損耗などお構いなしに肉薄攻撃、もしくは近接して光線を放って攻撃している。

 

「……毎度思うけど、俺パイロットでよかったわ」

 

地上で行われている戦闘を想像し戦慄の表情を浮かべる。口からは虚しさを表す乾いた笑いが小さく零れる。

ステックは今回の作戦で地上部隊に攻撃するネウロイを見つけ、報告を司令部を通してウィッチが撃破するという任務に就いた。だから本来なら味方が見える範囲で彼と同じく空を飛んでいるはずなのだが、地上からの対空射撃や航空ネウロイによって撃破されてしまった。悪運が強いのか、ステックは対空のために上がった光線しか攻撃を受けていない。

 

「ったく、いくら偵察機といいながらも少しは良い機体に換装してくれてもいいんですよ将軍方」

 

彼が搭乗しているのはウェストランドライサンダーというもので、1938年からブリタニアで軽爆撃機として運用がなされるも低速であるため、ネウロイに撃破されやすかった。しかし、戦術偵察や着弾観測の任務や救援物資などでは重宝し運動性もよかった。

それと短距離離陸着陸もよかったため連絡機として用いた。

 

「いくらエンジンがよくなって長く飛行が可能になってもこれはきつい。ネウロイと相対したら死ぬぞ」

 

しかしそれだけである。ネウロイと相対したら負けてしまう性能だ。運動性能がよくてもそれ以外がお粗末ならどうしようもないのだ。

彼は本国にある使用勝手が利くハリケーンを想い、深いため息を吐いた。

 

「まあ最悪上空の雲に逃げればなんとかは……」

 

そう思っていると、目の前にゴマ粒ほど小さい黒点がぽつんと現れた。時間が経つ度にその個数が増えているのを感じ、双眼鏡を使って正体を確認した。

その正体は巨大で禍々しく赤のラインが数本引かれた物体、いわばネウロイである。大きさから察するに爆弾を落とせる爆撃機型だろう。

彼は面倒な仕事が増えたなと察しながら無線機のスイッチを押した。

 

「こちらステック機航空ネウロイ発見。種類は中型で数は五」

『りょ…い……』

「あれ? 無線が―――――」

 

司令部に無線を繋ぎ連絡をするも、返答の言葉が若干途切れ途切れになる。無線機の故障かと考えるも最新鋭の物に代えたという整備兵の言葉を思い出した。となると砂嵐の影響なのかと察した時、下方から一本の真紅の光線が迫っていた。

 

「な、何だあああああ!?」

 

しかし普段は腑抜けていても彼は熟練パイロット。己に迫る危機に気付くと、すぐさま機体を傾けて左に旋回する。光線はかつて彼が居たところを通過した。

一度攻撃を躱しても攻撃は続く、彼が存在する位置目掛けて五秒程の間隔をあけて光線を放つのだ。彼も卓越した技量でその攻撃を右へ左へ躱していく。

 

「いきなり騒がしくなりやがって!」

 

彼は照射するネウロイを特定しようと地上に目を向けるも光線は様々な箇所から飛ぶので特定ができない。それに徐々にネウロイ側も彼の動きに慣れてきたのか、偏差で当てようとしてくるのだ。

 

「本部に報告したいが特定が無理だ! でも何故今となっては俺を攻撃し始めたんだ?」

 

光線を避けつつもステックを攻撃してきた要因を探し始める。彼は決して頭がよかったという人間ではなく、ただ悪知恵や発想が閃く男である。物事を筋道立てて唸りながら考えると、彼は攻撃に受ける直前に何をしていたかに気付いた。

 

「……そうか無線か! ったく、俺の会話を盗聴するとか恐ろしいやつですこと」

 

無線のスイッチを切ろうと手を伸ばすも、せっかくならついでにあることもしてしまおうと考えて再度無線機に向かって語り掛ける。

 

「こちらステック機。ネウロイは無線を盗聴することにより我らの位置を特定しようとしている。注意されたし」

『了……注意…し』

「了解!」

 

ようやく無線のスイッチを切り、最後の光線を回避するステック。猛攻撃されることはないと一息吐いたのか平行飛行に戻して再度任務を完遂しようとした。

 

けれども攻撃は終わらない。息をつくのもつかの間、不意に上空を見上げると上から垂直に降下していく小型の航空ネウロイの姿がそこにはあった。赤いラインを不気味に光らせて降下していく様子はさながら悪魔のようだ。

距離は約二キロ、すぐにでも回避しないと機体はネウロイの攻撃で簡単に撃墜されてしまう。彼は大声で叫びながらラダーを蹴り機体を直角に傾けて操縦桿を引いた、先程と同様の回避術を用いて回避しようと企てたのだ。

 

「ぐぬあああああッ!!」

 

もしもあの時、自分が上を向いていなかったら撃墜されていたと冷や汗を掻く。

なんとか回避に成功したステックはより下に通過したネウロイに目を向けると、ネウロイは高度を失って得た速度を使って俺を追従しようとしていた。ネウロイは彼の機体の下方から突き上げるように攻撃を加える。

 

「もう一度いけるか!?」

 

彼は同様の回避を行いこれも回避するのだが、ネウロイはしつこく彼を追いかける。速度差は当然あちらの方が速く、距離も縮まってきている。旋回性能がよくても、ネウロイの対空射撃のお蔭でそんな体力は残されていない。

そうなるともう手段は一つしかない。高度計は現在三千メートルを示している。彼は意を決して操縦桿を前に押し込んだ。

 

機体は垂直に降下していき、時間が経つごとに落下速度に耐える機体の振動が操縦席に伝わってくる。彼が後ろを振り返るとネウロイもきちんと追いかけてきているようだ。この機体はあまり頑丈に作られていないのだからこのまま降下し続けるのは難しい。下手すれば空中分解してしまう。

 

速度が五百キロに達した頃、彼は操縦桿を力の限り引いた。凄まじいGと機体の揺れに恐怖を抱きながらも操縦桿を引き続ける。ミシミシと機体が軋むが、速度計を確認すると速度は四百キロへと落ちていた。今なお降下を続けるネウロイの速度が断然速いこととなり、自然と彼の機体を追い越してネウロイは下へ突出する。

 

「待っていましたぜ。この時を!」

 

本国に居たころ、仲間内でステックは回避が上手いが射撃は駄目だという評価を受けていた。理由としては射撃訓練の際、よく弾を外して幾つもの訓練で当てられた数が合計が零であったからという話からきている。

けれど実際は違った。彼は弾を標的に当てるだけの技量は存在した。訓練生時代では射撃の腕に関して中の上を記録していた。

だが何故そうなってしまったのか。それは彼は常に不運に見舞われていたのだ。例えば、エンジンが不調で速度が出ず追いかけることができなかったり、弾が最初から弾詰まりしてしまったりという具合にだ。

 

この不運な出来事を近くで体験していた仲間の一人が気味悪がって魔女の象徴であるカラスのようだと言った。その仲間の感性も個性豊かなのだが、本人はあえて気味の悪いマークや呼称をつけることで不運が逃げていくのでは、と考えた。それ以降、彼はカラスのマークを機体に描いたりして厄払いをしていた。

 

「いくら運が悪くてもこの距離ならやれるぜ」

 

通過したのを確認するとステックは操縦桿を再度押して、ネウロイを追いかけるように追従する。いくら相手が速くても距離は近い、約二百メートル。彼はスイッチを押して三門の機関銃から弾丸を放つ。七ミリとはいえ近距離なら勝算はある。

 

「落ちやがれええええ!」

 

その射撃は確かにネウロイの装甲を削り取り、ズタボロとなったネウロイはやがて白い破片を空で散りばめた。ネウロイの破片が舞う空間を彼が搭乗する機体が突っ切る。その光景は文明化が進んだ時代では珍しいほど幻想的な一枚であった。

 

「て、偵察機でネウロイを撃墜するのは疲れる……」

 

航空帽を脱ぎ捨てて汗まみれの頭を掻く彼だが、再三にも彼のもとに不幸が迫っていた。なんと、新たに小型のネウロイ一体が彼の元へと迫っていたのだ。彼は安堵しきっていたのでネウロイに気付くことができず、徐々に徐々に接近していた。

そしてネウロイは照準を彼の機体に合わせて光線を照射しようとする。

 

「悪いがやらせないぞ」

 

照準を合わせたネウロイは直後、白い破片へ姿を変えて地上へ降り注ぐ。機関銃の銃撃に気付いた彼は焦りながら銃声がした方向を向く。

その場に居たのはネウロイではなく、金髪の長髪を持つ少女であった。彼女はユニットの出力を絞り、彼の機体を同じ速度に調整して右翼に捕まった。彼の機体の翼はコックピットより高い位置につけられているので彼女が見下ろす形になる。ステックは風防を開けて彼女と会話しやすいようにした。

 

「助かった……」

「なあお前大丈夫か?」

「無事です。お蔭で助かりましたよ」

「お前の偵察機しか飛行機は飛んでなくてな」

「あー、全員やられちまいましたか。そりゃあ残念だ」

「さっきの空戦を見ていたが、お前中々の腕前だな。偵察機で飛ぶのがもったいない」

「元は戦闘機乗りでね」

「……あぁ、そういや元戦闘機乗りの英雄が偵察機乗りとしてアフリカに居るという噂を聞いたことがある。つまりお前か」

「そういうこと。祭り上げられてしまいましてね」

「同じエース同士仲良くしようじゃないか」

「生きていたらのお話ですがね」

 

悪運に護られたエースと稀代のエースが相対する。カラスと鷲がこの戦場でどうなるのかはまだ誰も知らない。

 




ウェストランド ライサンダー

イギリスで生まれた偵察機。ウエストランド社が開発する。
1938年夏から運用が開始され、第2次世界大戦の開始とともにフランスに送られ軽爆撃機として用いられたが低速であり、ドイツ軍の前に大きな被害を出すも高度15mまでの離陸距離250m、着陸速度90km/hというSTOL(短距離離着陸性能)を活かして連絡機としての運用が主体となり、イギリスの特殊任務部隊で、フランスなど他国のレジスタンスへの物資補給、スパイの潜入などに用いられた。


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突出

「いいかッ!? 絶対にその防衛ラインを死守しろ! なんとしてでも俺ら戦車隊が橋頭保を確保せにゃならんッ!」

『『『『了解!』』』』

 

先のネウロイの異常とも呼べる程の物量攻撃により多数の戦車、及び随伴歩兵を減らしたがなんとか防衛ラインに辿り着いてからは決死の防衛を開始した。

防衛線はあらかじめ用意してきた土嚢や民家から持ってきた椅子などの家具でバリケードを作成し、簡易陣地を構築するもそれがはたして相手の攻撃に効果があるかはわからない。飛距離が短い光線とはいえ貫通はする。現に土嚢を背に負傷者の手当てをしていた衛生兵の喉元を一本の光線が貫く。

 

『第二防衛ライン突破間近! 至急援軍を!』

『了解した。至急、予備の機械化歩兵を引き抜いて向かわせる』

『了解……うおッ!?』

『どうした応答せよ。何が起きた』

『―――――』

 

それは各軍同様でリベリオン軍、カールスラント軍、ブリタニア軍、そして旅団にも無線から現場の兵士たちの悲痛な声が聞こえる。ある者は絶叫をあげて、またある者は号泣しながら無線を司令部に飛ばしていた。司令部にて無線手を務める兵士は顔を苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて何も成せないでいる自分を恨んでいた。

しかし、無線手に休みはない。ひっきりなしに掛けられる無線の応対をしなければならなかったからだ。

 

「……マズいな」

 

カールスラントのアフリカ軍団を指揮するロンメル元帥は焦っていた。ある程度の犠牲は覚悟はしていたが、これほどまでに兵士の損耗が激しく、なおかつ想定外の戦法を使うネウロイに対してロンメルは焦りを覚えた。

 

机の上に広げられた市街地の地図には丸とバツ印が書かれており、補佐を務める左官がその丸印にバツ印を上書きする。このバツ印の意味は部隊の壊滅、または全滅を表すものだ。今現在、バツ印がまだ丸印よりも少ないがこの勢いだと逆転してしまう恐れもある。

ロンメルは毛根のない頭を撫でてから重々しくため息を吐く。

 

「撤退させるか、しないか……」

 

ロンメルは究極の判断を委ねられていた。

部隊の損耗率は後の撤退戦にも関わることでもあり、基地の維持にも関わる重大なものである。第一次ネウロイ大戦では敵の奥地へと無理して進行しても、味方の増援のための橋頭保を確保することができずに易々と壊滅したという話もある。

それに大西洋もネウロイの手で海上輸送が妨害されてしまったら次に来る人員補充はいつになるのだろうか。それまでアフリカを手放さないでいることはできるのだろうか。名将ロンメルはこの思考の渦へと陥りつつあった。

 

そんな中、一本の無線が入る。

無線手はその無線を繋ぎ、ヘッドフォンに耳を傾けた後に無線手はヘッドフォンを外してロンメルに声を掛ける。

 

「ロンメル元帥、ランデル中将からです」

「何?」

 

ロンメルは疑問符を浮かべながらヘッドフォンを無線手から受け取り、頭に挟む。無線を繋げてきたランデル中将は不安で胸いっぱいのロンメルとは対照的に高揚感を隠せずに声が上ずっている。ロンメルの脳裏には嫌でもランデルの喜々としている表情を思い浮かべ、薄気味悪さにゾッと悪寒が走る。

 

『やあやあロンメル元帥。ご機嫌いかがお過ごしですかな?』

「……ランデル中将、早急に要件を伝えてもらいたい」

『渾身の冗談をスルーされるのは悲しいものだ。さて、本件を伝えましょうか』

 

試合観戦でもしているかのような軽薄な態度にロンメルは腹を立てた。今現在、幾つもの部隊が全滅していく中でどうしてその態度でいられるものだろうか、普通の人間ならばそうはならない。至極当たり前のことだ。そんな苛立ちを覚えるロンメルの態度をランデルは見越しつつも淡々と要件を伝えだした。

 

『我ら精鋭揃いの旅団は現在、順調に攻勢中(・・・)なり。それに続くように各師団、及び各部隊を前進させてほしい』

「なっ!?」

 

聞かされたのはとんでもない報告であった。どれも等しく被害を受けつつあるのにも関わらず、ただでさえ頭数が少ない旅団が何故突出するように前進するのか。ロンメルにとって理解しがたい内容であった。もしや兵士に前進を強行させているのか、と疑いロンメルは人権と損耗を理由にこの前進を止めようとする。

 

「ランデル中将! 即刻前進を中止せよッ! 無駄な損耗は許されんぞッ!」

『……元帥、私にはその理由がわかりませんな』

「では何故だ!」

 

返されたのは疑問が込められた一言。間を置いての発言から察するに彼は本当に理解できなかったのだろうと受け止められる。そして何故かという問いにランデル中将は無線越しに悪魔的笑みを浮かべながら、その答えをゆっくり丁寧に述べ始めた。まるでそれは子供を相手にするような声色であり、ロンメルは彼に不快感を覚える。

 

『いいですか元帥。このまま防衛ばかりしていたらネウロイの数に飲み込まれて壊滅します。いくら飲み込まれる前に撤退しても、二度とこの攻勢をすることがないと考えられる。理由としては膨大な弾薬や数多の兵士を犠牲にしたからということで』

「かといって兵士たちを無謀に殺すことなぞできるか!」

『はははっ! まったく元帥も冗談がお上手な人だ。わざわざ戦地に来てるやつなんて人権もないのも同然。兵士をカードのように使ってやるのが我ら将軍という立場でしょう』

「……ッ!!」

『それに我らが旅団はお国のためと簡単に命を投げ出してしまうほど精神面でも優秀だ。戦闘面としても古参兵揃いのエリート集団で申し分ない。もうこの者たちの後釜は国内でも少ない。もしもこの戦いで撤退するなら彼らは無駄に(・・・)命を落としたことになる』

 

ロンメルはランデル・オーランドという存在に畏怖した。ロンメルはただならぬ者として薄々会議などでも感じ取っていたが、まさかここまでとは想定していなかった。以前にロンメルは彼の経歴及び資料を確認しても、第二次ネウロイ大戦が勃発するまで平凡な将軍であったと記憶されている。時折改ざんされている箇所も見受けられたが、大事になるようなことはしでかしていない。もはや何十年も厚い厚い化けの皮を被っていたランデルには正直脱帽ものである。

 

『なので元帥、どうか各師団の前進命令を』

「……」

 

ロンメルは今までの人生で最大級の問題にぶつかり悩み込んだ。確かにこの作戦が失敗すれば二度目の大規模攻勢は行われない可能性があるとともに、自殺してまでリベリオンの師団の指揮権を委ねたパットンにも面目が立たない。ロンメルは頭を抱えて数分間考え抜いた。思考している間にも兵士は死んでいく、それはまさに砂時計のように。

そしてついに熟考した末に辿り着いた答えをロンメルは意を決したかのように大声でランデルに伝えた。

 

「許可する! ここまでの道のりにて死んでいった仲間の意思を継いで我らは進むぞッ!」

『素晴らしい! 素晴らしいぞロンメル元帥!』

「だが失敗は許されぬ、存分に力を発揮せよッ!」

『了解した』

 

悪魔に唆されたロンメルは一枚の手紙を万年筆でしたためた。宛先は妻と子供の元、短くも丁寧に書かれた文章には愛や感謝が十分に詰められており。彼の後ろ姿は一人の将軍ではなく一人の父親となっていた。書き終えると手紙をポケットに入れて拳銃を引き抜いた。彼特注の拳銃はライトの光に当てられて黒光りしている。その拳銃を地図の邪魔にならないところに置いた。

この光景を見ていた副官はもしも作戦が失敗したらロンメルは責任を持って死ぬのだろう、と安易に察することができた。

 

「……頼むぞ。必ず成功してくれ」

 

彼の誰にも聞こえない独り言には悲壮感や疑問が存在するが、僅かに希望が込められていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「俺についてこい! 俺ら中隊が突破口を開いてやる!」

「うおおお!!」

「行っちまえー!」

 

現在、ネウロイを踏みつぶしながら進むのは戦車大隊の指揮を行うジェネフ車、その後ろにはジェネフと共に控えていた戦車に加え、被弾痕を無数につけた戦車と負傷しながらも戦意を失わなかった屈強な古参兵たちが戦列に加わった。腕がなくなっても拳銃を片手にする者、砲身が割れている車両がその身を犠牲にしながらネウロイに挑んでいく。

まさに英雄に導かれる兵士そのものであり、勇ましく神々しい光景だ。

 

「ううっ……。いつ攻撃されるんッスか?」

「僕にもわからないよジョイル君。けど攻撃されるときはされるから構えた方がいいよ」

「そうだぞジョイル。攻撃を避けるために神経尖らせろ」

「……了解ッス!」

 

初めての実戦で不安と緊張が胸の内に渦巻きつつも、レバーに伸ばした手は震えていない。もう彼は覚悟は決めたのだ。もし、この戦いでジョイルが死んでしまったら彼の目的である亡き祖国への帰国も不可能になる。それに、この戦車に搭乗する二人の命も奪ってしまう。彼の責任は重大、少しの失敗は許されない。

 

「急停止ッ! 三百メートル先の正面に敵の集団!」

「わかってますとも」

 

ジェネフが敵の出現場所を報告するとエドガーは砲身の俯角を下げてから引き金を引いた。長い砲身から榴弾が放たれ、突撃してくるネウロイの集団の最前列が爆裂した。前列を破壊したとしてもネウロイたちは破壊されたネウロイの破片の山を乗り越えて今だに迫る。

 

「めんどくさいッ!」

「二発目いきます」

 

エドガーが二発目を装填して発射、これまた新たに構成された前列を破壊する。ジェネフはというと、砲の装填を手伝いながら砲塔に取り付けられた機関銃を斉射する。小型ネウロイには有効で、次々と撃破していく。背後の歩兵たちも小銃を撃って抵抗している。

 

「二号車と三号車は建物を破壊しろ! ネウロイを優位に立たせるな!」

『『『了解』』』

 

ジェネフは無線で中隊の車輛に建物の破壊を命じる。いくら先の砲撃で建物が崩落しようがいくつかの建物はいまだ健在しており、この建物などは戦車の進行を遅らせたり、ネウロイが奇襲を成功させてしまう要因となることもある。まして、本来戦車を市街地に進軍させること自体悪手なのだが、歩兵の火力ではネウロイを破壊することことが難しいと判断され、苦渋の判断で戦車を投入させたのだ。もっとも、ランデル将軍だけは当初から投入を決めてはいたが。

 

「……こりゃあエジプト市民に怒られますよ」

「仕方がないだろ。こうやるしか方法はないからな」

「なんか可哀想ッスね」

「まあこれが戦争ってやつだ」

 

歩兵の援護を受けつつも、順調に進撃を続けるジェネフ一行。何度か危うかった場面もあったが、歩兵とウィッチの支援攻撃のお蔭でなんとか切り抜けたが、敵地に突出して進軍を続けるということは死と緊張という二つのプレッシャーを多大に受けることとなる。それに灼熱の暑さはガスマスク内が息苦しくさせた。精鋭揃いの旅団兵士とはいえ肩で息をするものが殆どだ。

 

「つ、疲れた……」

「暑苦しい……」

「気を抜くと死ぬぞッ! 耐えるんだ!」

 

戦車隊の後方では歩兵小隊の兵士たちが弱音を出している。体力と士気もが低下していた。一方、車内に居る搭乗員も灼熱の空間で忙しく戦闘を行っていたため、酸欠状態となってグロッキーになる者も続出した。

そんな時であった。

 

「お前ら頑張れ! あと少しで市街地を突破できるぞッ!」

 

ジェネフが振り向いて疲弊する味方に対し檄を送っている彼が搭乗する戦車の正面で突如大きな轟音と耳障りな音を耳にする。即座に彼は状況を確認するため戦車正面に目を向けると、前方二百メートル先に巨大な土煙が周囲の建物を覆い隠すように立ちあがっていた。

ただならぬ予感を察したジェネフは戦車を縦一列から横一列に組むように全車輛に伝達する。これは巨大な光線、もしくは強力な光線に中隊全車輛が一斉に撃破されるのを防ぐためである。今までは小型のネウロイということで光線の火力は低く縦一列でも問題はない、と彼は考えていた。

 

しかし彼はこの目の前に起きる事象に対しどこか見覚えがあって、大きな恐怖心を抱いたのだ。目の前の事象は彼とエドガーにパ・ド・カレーでの悪夢を彷彿とさせた。

 

その場に居る兵士全員は全神経を土煙の中に存在する不明確な現象に向けて、警戒心を最大までに高める。パ・ド・カレーの際に従事していた者はジェネフとエドガーだけだが、幾多の死線を潜り抜けた古参兵は動揺こそするが確かに戦意はあった。最大級の脅威に立ち向かう心構えはできていた。ほぼ全員が小銃や機関銃の再装填を行い、射撃体勢を取る。

 

 

緊張感に包まれて静寂した空間に突然強めの風が吹いた。風は土煙を剥いでいき、中にいる物体をゆっくりと露呈させていく。

 

「おいおい、こういう敵かよ……」

「……土地柄には合致してますよね、車長」

 

彼らの眼前に居たのは通常のネウロイよりも濃い黒色の甲殻と六本の脚、それに特徴的なのは左右に一本ずつ構成された大きく見る限り鋭利なハサミと尾の先端にある鋭い突起物だ。半壊した建物よりも大きいことから察するに高さは五メートルほど。

そしてこのネウロイはとある生物と異常なまでに酷似していた。

 

「今度は大サソリ(・・・・)退治かよ……。害虫駆除を生業にしてねぇぞ」

 

大きなハサミ二本に尾に付けれられた針、それはまさしくサソリであった。

漆黒の大サソリはハサミを威嚇するかのように挟み鳴らし、針の先端をジェネフたちに向ける。いつでも戦闘が可能だと意思表示をしていた。

対してジェネフたちも、全戦車は砲の照準を大サソリ型ネウロイに合わせて隊長であるジェネフの号令一つで一斉に砲撃できるように構えている。歩兵なども射撃体勢へと移行して、ピッタリ照準を合わせる。

 

ここに山羊対大サソリの決闘という後世にも語られる稀代の戦いが今勃発しようとしていた。

 




万年筆

現在の万年筆の原型はエジプトのファーティマ朝カリフであるムイッズが衣服と手を汚さないペンを欲したことから、953年に発明された。
ちなみに日本では江戸時代以前「御懐中筆」の名で万年筆の前身らしきものが発明されてたりする。
逸話として、第二次世界大戦中のアメリカ軍はフィリピンの抗日ゲリラに対し、パーカー社の万年筆を勲章の代わりに授与したりする。

あと万年筆は、まんねんぴつ ではなくまんねんひつ(・・・・・・)と読む。


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屈折

……おかしい。主人公は人狼なのに今ではジェネフが主人公ではないか。


「な、なんですかあれは……」

「…」

 

地上に大サソリがジェネフたちの進行を止めるかのように出現した大サソリの存在は、無論上空からでも確認できた。

 

人狼と相機として空を飛んでいた稲垣は、他の兵士同様に大サソリ型ネウロイの存在に狼狽している。それもそのはず、いくら稲垣がアフリカにて様々なネウロイを撃破してきたとはいえ、実際の生物を模したネウロイには出会ったことがなかった。また、他の大型ネウロイとは微妙に違った違和感を感じ取ったる。

 

「……大きさとしては六メートルあるかないか。だけどどこかしら異質ですね」

「…」

「は、ハインツ大尉は確かガリアであのネウロイと似た生物型と戦ったことがありますよね。……あのネウロイはかなり強いですかね?」

「…」

 

人狼は彼女の問いに頷く。前回、人狼が戦ったタコ型ネウロイも八本の触手を見事に活かして攻撃を行っていた。しかも、人狼でさえも光線に直撃すれば光線に飲み込まれてしまうほど大きかった。初見殺しもいいところである。

 

「とりあえずは攻撃を行ってみたいと思います。援護をお願いします」

「…」

 

稲垣は機関砲を構えて大サソリ型に向けて急降下し、人狼も彼女の後に続く。現在の高度は六百メートルだったので数秒で地表近くへとなるだろう。

彼女と人狼が大サソリ型を狙って急降下していることが、目標である大サソリ型自身にバレてしまい、大サソリ型は土を掘り起こして砂煙を起こして砂煙の中に身を隠してしまった。

これでは攻撃ができないと踏んだ稲垣と人狼は急降下から上昇へと移る。

 

稲垣と人狼が上昇をする中、下方から黒い光りする砲弾が砂煙を破って迫る。本能が働き、すぐさま危機を察知した人狼は大量の魔力を用いて稲垣と自身を保護できるような大きな魔法障壁を下方に張る。

張り終えた直後、黒光りする砲弾が上方へ向けて突如として炸裂した。爆発音は無く、ただ砲弾内に内包された無数の黒槍の空気を割く音だけが聞こえる。上方に向けて発射された黒槍は容赦なく魔法障壁に直撃していき、次第に亀裂が入り始める。

 

「ハインツ大尉!」

 

異変に気付いた稲垣は慌てながらも人狼が張った魔法障壁よりも若干上の位置に張ることで、人狼の魔法障壁が破られても彼女の魔法障壁で防げるようにした。案の定人狼の魔法障壁は音を立てて割れて、稲垣の魔法障壁へと黒槍は押し寄せる。

けれども、最初に張った魔法障壁がかなりの間耐えてくれたお蔭で稲垣が受け持つ時間は少なく、彼女の魔法障壁に亀裂が入る前に黒槍の攻撃は終わった。

 

「はぁはぁ……」

「…」

「あ、あの時黒槍の攻撃に気付いてくださってありがとうございます。助かりました」

 

息を切らしながらも人狼にお礼を伝える稲垣、日頃から礼節を弁える娘としてアフリカ部隊の人気一位二位を争う彼女の前にしても人狼の表情は動かない。人狼は機関砲の残弾を構えなおして大サソリ型ネウロイへと視線を落とす。

かなり範囲が限定されるとはいえ、間髪を置かない大量の黒槍による刺突を前にして自身を防衛する手立てが見つからない。人狼が大量の魔法力を消費しても割られてしまった。

 

そこで人狼たちは一度大サソリ型ネウロイの出方を伺うことにすることにした。稲垣もその趣旨はわかっていたのだが、彼女は地上で戦う兵士たちを援護できないことに悔しんでいた。

 

 

ところ変わって地上で大サソリ型と睨み合うジェネフたち。先程の空中での防衛を見てジェネフは頭を抱えた。大量の黒槍の攻撃を魔法障壁のない一般兵士がどのようにして撃破すればいいのかを考えるが、どうしてもある一つの考え(・・・・・)しか思い浮かばない。

もっと他にも手はあるはずだ、と考えに耽るもどうしても思いつかない。あぁでもない、こうでもないと唸っているとエドガーから声を掛けられた。

 

「車長、今あのネウロイはハインツたちに気を取られています。攻撃しましょう」

「……だな。よしお前ら、発射用意!」

 

唯一思い浮かんだのはこちらが撃破される前に撃破するという安直な案。

ジェネフはキューポラから上半身を出して、歩兵小隊にも伝わるように大声を張る。歩兵たちはとうに構えて待っていたのか誰一人として構え直す者はいない。改めて精鋭たちが集まっているのだとジェネフは察した。

 

大サソリ型によって起こされた砂煙も風が吹くことでその場が晴れる。あいも変わらず大サソリ型ネウロイは堂々とした態度で居座っている。まるで彼らのことが眼中にもないのかと言い表すほどに。

ジェネフはガスマスク内の蒸し暑い空気を吸い込み、大声で叫んだ。

 

「撃てッ!!」

 

ジェネフの号令と共に大小の弾丸が大サソリ型目掛けて放たれた。彼らが放った弾丸は大サソリ型が存在したであろう地点を再三砂煙を起こした。戦車隊が放ったのはソフトターゲットに有効な榴弾であり、命中すると砲弾は炸裂するため殺傷範囲も広い。だから炸裂して吹き飛んだ金属片が辺りに命中して砂煙を起こしてしまったのだ。

 

「攻撃は続行だ! 徹底的にぶったたけッ!」

 

ジェネフは一撃ではあのようなタイプのネウロイは撃破できないことは経験済みだったので、全員に何度も砲弾あるいは弾丸を放つように指示する。ジェネフ自身も装填手としてエドガーをサポートする。この一斉攻撃は一分間にも渡った。

 

一撃目で大サソリ型の脚部を破壊できれば回復しきるまでそこに居させられる。もしも脚だけが回復しきったとしても新しく脚を破損できれば相手は停止したまま攻撃することができる、とジェネフは考えていた。

モクモクと砂煙が立ち上る。砲弾を拾っては詰める拾っては詰めるという作業は相当体に答えたのか息を切らすジェネフ。エドガーはそんな彼を無視していつでも撃てるように構える。

 

「け、結構ダメージ負わせたんじゃないか?」

「さあどうッスかね」

「……手ごたえがありませんでした」

「何?」

 

ジェネフはエドガーの言葉に眉を顰める。今までジョイルが来るまで戦車の操縦、または砲撃を行っていたのはジェネフとエドガーの二人。他にも搭乗員はいたのだが人狼が基地に襲撃して以降元の搭乗員は除名して、新たに補充としてやってきた搭乗員も主に車長であるジェネフと馬が合わず他の車輛へと移された。

何故エドガーが本職である砲手の役から外れて操縦手になっていたのかというと、単純にジェネフの運転が乱暴かつ下手くそだったからである。案外、その判断は正しくて今なお二人は生き残っている。

 

そしてカールスラントの戦車搭乗員の間ではこの二人は伝説的な戦車乗りとして有名で、よく車長のジェネフに注目が集まるのだが、相方のエドガーもかなりの強者であることを忘れてはならない。

彼は類稀なる空間認識能力に記憶力と驚異の暗算速度を有するバリバリの理系である。戦前のブリタニア軍との共同訓練においてブリタニア軍が得意とする行間射撃を彼は難なく行い成功させる才能人であった。なお、本人はそれを否定するが砲手に就く者全員に彼が凡人であることを否定された。当然、経歴も腕もジェネフより上である。

だからこそ彼は手ごたえがないことに気付けたのだ。

 

「……とりあえず砂煙が晴れたら再攻撃するか。無線を繋げ」

「えぇ。そうです―――――」

 

エドガーが相槌を打ったその時であった。

土煙から嫌というほど視認した光線がこちら目掛けて直進するのだ。咄嗟の攻撃ではあるが若者特有の瞬発力で操縦手のジョイルはレバーを下げてバックをしながら右折する。そのお蔭で間一髪で躱すことができた。

だがしかし、その光線はジョイルたちを通り過ぎた後に不思議な軌道を描く。

 

「な、何で光線が曲がる(・・・)んだよ!」

 

光線はジェネフたちを追い越して百メートル程度離れると突如として直角に曲がり再度こちら目掛けて突き進むのだ。今までのネウロイは光線を放ってもそのまま直進するのが全てだったのだが、このネウロイだけは違った。

異変に気付いたジョイルはレバーを忙しく動かして回避行動を行う。

 

「躱せええええッ!!」

 

光線は彼の戦車を掠り、前にあった建物に命中する。あと少し気づくのが遅かったか、もしくは操縦が間に合わなかったらあの光線に貫かれていたと思うとジェネフたち一同の背筋が凍る。そして中隊や歩兵小隊もこの光線に恐れおののいてしまう。

 

しかしこれでは全力で戦うことはできないと危惧したジェネフは戦車の上に仁王立ちすると、声を張り上げて一同に向かって言い放つ。

 

「お前らがあの大サソリ野郎を打倒できれば俺らは寝物語として、現地の子供に言い伝えられるだろう。此処に辿り着くまでに戦死した戦友や異国の同志の願望が叶えられるだろうよ。さあ戦え、戦ってあの野郎をぶっ倒してしまおうぜ!」

 

ジェネフはネウロイに狙撃されることを恐れずに行った演説はその場にいる兵士の心を掌握した。雄叫びこそはなかったものも、一同の瞳には闘志が再点火された。

 

「行くぞ野郎共ッ! 戦車前進(パンツァー・フォー)ッ!」

 




サソリ

鋏角亜門・クモガタ綱のサソリ目に属する節足動物の総称である。体の前端に鋏型の触肢、後端に毒針を有する捕食者である。
1700種以上を含め、最古の化石記録は4億3千万年前のシルル紀まで遡る。そして毒持ちは少ない。
サソリの天敵はイタチやジャコウネコや、鳥類、爬虫類、他に同じサソリや、肉食性の昆虫類にオオヅチグモ類やムカデ類など、他の節足動物にも捕食される。
神話では英雄オーリーオーンを殺してさそり座になったサソリの話が有名である。


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大鋏

ダウンタウンにでた元SMAPメンバーが一世を風靡したアイドルらしからぬネタを披露していて笑いました。


「いいか、二号車と歩兵小隊はこの場でやつを引きつけろ。そして俺と他の車輛で挟撃を行う」

「「「了解」」」」

「んじゃあ、行動開始!」

 

ジェネフの指示通りにジェネフの乗る戦車は左へ、三号車四号車は右へと回頭する。歩兵小隊と二号車を置いて、三輛は路地を走って挟撃の手筈を整える。

しかし、市街地ということで建物の多くが半壊しているといっても時折通行の妨げとなっていた瓦礫を砲撃して踏破していた。

 

「あぁクソ! 弾がもったいねぇ。ジョイル! そのまま建物を突っ切っちまえ」

「はあっ!? そんなことしたら砲塔にダメージが!」

「砲塔を上げさせるから大丈夫だ。行けッ!」

「わかりました!」

 

ジョイルは彼のされるがままにギアを上げて勢いよく建物に突っ込む。操縦席からは数年前までは人が暮らしていたのだろうと察せられる形跡があった。けれど、数秒だけ感傷に浸るだけで最後の壁を突破すると、新たな路地に出た。

土煙を引いて戦車は砲身を天に仰いだ状態で爆走する。

 

「砲身に異常なし。戦闘可能です」

「そうか。で、あるなら―――――ッ!?」

 

エドガーの報告を聞いてさらなる指令を出そうとした瞬間、車輛の左側面から衝撃と共に耳障りな金属音が車内を揺らしてから響かせた。それでも戦車は止まることなくそのまま走っていく。

ジェネフは頭から落ちそうになったクラッシュキャップを被り直し、先程何が起きたのかを把握するためキューポラから顔を覗かせた。すると突然、頭上を一本の光線が通り過ぎていく。間一髪である。

 

「……やっぱりな」

 

半身を出してから体を反らして左側面を確認すると装甲として張られていた装甲版がやや溶けていたのだ。この場所において、戦車の装甲を溶かす要因といえば一つしかない。辺りを見渡してから、すぐさま彼は車内に戻った。

 

「ここら辺、小型のサソリがいやがるな。しかも多い」

「当り前じゃないですか。最前線ですから」

「そうなんだけどな。こうなりゃ狙われないように走るか回避しろよジョイル。光線の方向は俺が知らせる」

「無茶すぎるッス!」

「それができて一端の山羊隊だ。そもそも操縦手は搭乗員の命を預かってんだからな、責任もってやれよ!」

「が、頑張ってみるッス!」

「で、エドガーは見敵必勝(サーチ・アンド・デストロイ)だ。機関銃使ってやれ」

「うへぇー、機関銃苦手なんですよね」

「ごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ。……右前方五メートル!」

「ッス!」

 

ほぼ無茶ぶりともいえる命令にできると宣言してしまった以上、ジョイルは成し遂げなければならない。ジェネフの発言に合わせてレバーを引いた。すると車輛は急停車しようと地面を滑り減速する中、三メートル前の右側から一本の光線が通過する。建物の陰から小型ネウロイが待ち伏せをしていた。

 

「エドガー!」

「お任せを」

 

砲塔を回してネウロイが潜伏する建物へ機関銃を放つ。逃げようと背後を見せたネウロイの背には無数の弾痕が生まれて爆ぜてしまった。撃破を確認すると車輛は速度を上げて大サソリへと向かう。

 

「よ、よく建物の陰にいるのにわかるッスね……」

「長く戦車乗ってると勘が鋭くなるんだよ」

「昔から勘鋭いですからね、車長は」

「うるせえ! けど対処できないやつもあるからそればかりは運だ」

「大丈夫ッス。俺の爺さんは元戦車の操縦手だったッス、被弾はしなかったらしいッスよ」

「それが遺伝しているといいな。後方左」

「了解ッス」

 

指示に合わせ右に車輛をずらすと後方から串刺しにするように光線が通過する。流石に後方には砲塔を回すと、いざ挟撃する際に砲塔が回頭しきらないという滑稽な光景を避けた。代わりにジェネフが拳銃をキューポラから出して数発撃っていた。

 

「そろそろだ。一つ先の角を曲がったら奴の横腹に砲弾を喰らわせろ」

「あの二輛に伝達します?」

「必要ない。同時に攻撃ができそうな気がする」

「だといいですね」

「角曲がるッス!」

 

数本のレバーを忙しく操作させて右折する。なおその際、戦車はカーレースの如く大きくドリフトして曲がり、エドガーは大サソリ型ネウロイへと照準を合わせた。

 

 

――――――はずだった。

 

「んなッ!?」

「何処に行ったッ!?」

 

そう照準器の中には挟撃を仕掛けた三号車と四号車の姿しか映されていない。おそらくはあちらの隊員たちも攻撃目標の消失に驚いているであろう。ジェネフは上半身を車外に曝そうとした次の瞬間―――――。

 

 

照準器が作り出した視界の中に一輛の戦車が上空から降ってきた。戦車は砲塔部から地面に叩きつけられた衝撃で様々な部品を散らかしてその場に鎮座した。哀れにもその砲塔は直角に曲がり、地面とキスしている。また、戦車側面には逆さで2と書かれていた。

 

「……二号車が空から、だと?」

「た、確かに降ってきたッス!」

「まさかあの大サソリが!?」

 

一同はあの細身の体で十数トンもある戦車を投げ飛ばすことが可能な能力に震えた。なお、人狼はさらに小さい子供の体で戦車を投げ飛ばしていたりするがジェネフとエドガーは忘れていた。

叩きつけられた二号車は幸いにも炎上及び爆散することはなかったため、生存者の可能性が見込めた。ジェネフは無線を同伴していた歩兵小隊に繋いで彼らの救出を命令しようとする。

 

しかし、無線は繋がらない。再度掛け直そうとスイッチに手を伸ばした瞬間、ひっくり返った戦車に攻撃目標である大サソリが迫り、車体の底部に自身の大きなハサミを突き刺した。戦車の底部は装甲厚が薄いため小型ネウロイの光線でも容易に風穴が開く。もしそれが大きなハサミだとしたらどうなるのだろうか。

 

「やめろおおおおッ!!」

 

紙を破るかのようにズタズタに挟み斬っていく、しかもタチの悪いことに戦車の奥深くまで刺しているため搭乗員の空間は無事では済まない。暫時、中を荒らしていると何かを察知したのかハサミを引き抜いて後ろへと飛び退いた。それから十秒が経過すると戦車は内部から激しく火を噴いて穴という穴から火山が噴火するかのように炎を伸ばした後に爆散しする。

 

ジェネフを含む搭乗員たちは一から最後まで見届けるだけで、何もできずにその残酷な行為を止めることができなかった。そのことをジェネフは人一倍後悔しつつも、無線を三号車と四号車に繋げた。

 

『各員それぞれで攻撃に移れ!』

『『了解』』

 

ジェネフの乗る戦車は燃え盛る戦車の元まで走らせて、砲塔を回して後退した大サソリに攻撃しようとしたが、もうその場には存在しない。辺りを見渡すと大サソリは円筒状の塔にしがみ付いてこちらに針を向けている。

 

「退避と同時に砲撃!」

「了解ッス」

「了解」

 

すぐさまジェネフの指示に従い後退する最中、エドガーは後退中にも関わらず砲撃を敢行した。行進間射撃は後退の速度が前進よりも遅いからといえど、停止しながら撃つよりも難しい。けれどもエドガーは難なく大サソリに当ててみせた。

 

大サソリはドラム缶を小刻みで叩いたかのような奇声を発しながら光線を放つ。案の定光線は彼らが居る角へと曲がった。突然眼前に光線が出現したかのように見える中、ジョイルの車輛は後退しながらも右に方向を変える。

後退し建物を突き抜けて回避に成功、光線は直進し進行方向にある建物を破壊した。

なお、光線を放った大サソリは砂煙を派手に巻き起こしながら穴を掘り、何処かに姿をくらましてしまった。

 

「あ、危ねぇ……」

「心臓に悪いッスよ……」

「けどナイスだよジョイル君。車長の指示に即行動できたのは」

「へへっ、そうですかね」

 

先輩であるエドガーに褒められて頭を掻いて照れている様子のジョイル、そんな彼らを傍らにジェネフは無線機をあるところへと繋げる。

 

「こちら山羊隊隊長のジェネフだ。おいハインツ聞こえているか」

『…』

 

無線を繋げた先は人狼であった。

実はこの新しく製作された無線機にはある機能が追加されていたのだ。その機能というのは誰が無線を送ったのかというもので、この無線機の技術の応用で日頃ウィッチがつけているインカムにもこの機能が追加されていたのだ。なお問題点としては各々の無線の周波数をあらかじめ登録しなければ宛先がわからないのだが、人狼は登録していたようであった。

 

「この前と同様に陸空協力して大サソリを撃破する。連携プレーは久しぶりだがいけるよな」

『…』

「……よし多分賛成だな。では稲垣の嬢ちゃんと共に頼むぞ」

 

ジェネフは人狼の無線を切ると、今度は各車輛に繋いで指示を飛ばす。

 

「隊長から全車輛へ。本命の曲がる攻撃に気を付けて攻撃、サポートはウィッチがしてくれる」

『『了解』』

「なお大サソリの攻撃パターンがわかねぇ、注意しろ」

 

無線機のスイッチを押して無線を切ったタイミングで、大きく車体が揺れるのを感じた。隙間窓から垣間見ると数体のサソリ型ネウロイがいつの間にか接近して体当たりや光線を放っていた。このまま攻撃を受け続けてはいつか故障してしまうだろう。だが彼は慌てた素振りを見せることなく冷静に搭乗員である二人に命令する。

 

「即座に移動、また小型ネウロイには機関銃を喰らわせろ」

「了解」

「了解ッス」

 

命令に従い戦車を急発進させて小型ネウロイの群れから脱出するも、しつこく砲塔付近にしがみ付くネウロイが一体いた。そこでジェネフは拳銃を取り出してキューポラを開ける。そこで腕だけ出してむしゃらにネウロイに向かって銃撃をすると、ネウロイは被弾したのか戦車から剥がれ落ちる。

 

一方で人狼と稲垣は先程の無線を傍受されて地上からの光線を躱し続けていた。雲が存在し回復は可能であるが、裏返せば雲で太陽が隠れるまで回復できないということで人狼はその身を犠牲にした戦法を取れずにいた。けれど攻撃を躱している間も人狼と稲垣は姿を消してしまった大サソリを探していた。

 

此処に人狼と山羊による討伐が再始動する。

 




ドラム缶

二百リットル以上の大型の金属製の缶のことで、1900年にヨーロッパで金属製の樽が登場し、1902年に米国のスタンダード・オイルがこれを大量生産して使用を始めた。
どうでもいいけど土管くんのことドラム缶くんと思ってました。


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衝突

大サソリ戦決着です。
あと一話でアフリカ編終了です。


「左前方に小型が二だ。エドガー」

「了解」

「そして次の角を右折、再度攻撃する」

「了解したッス」

 

エドガーとジョイルは着々とジェネフの命令に従って行動を行い、ジェネフは無線を三号車と四号車に繋ぐ。

 

「いいか。今から俺が仕掛けて囮となる。その間にお前らが攻撃しろ」

『了解しました』

『了解。ですが小官の車輛と四号車は散会しています。それに大隊長の場所さえも不明。連携は可能なのでしょうか?』

「はっ、お前らの位置は把握しているさ。お前らの行動パターンを考えて行動しているし、上空から嬢ちゃんが位置を把握している。連携は可能だ」

『……必ずこなしてみせましょう』

「その意気よし。期待するぜ」

 

彼は無線を切り、くしゃくしゃの地図を凝視して鉛筆でマークを付ける。上空を見上げると稲垣と人狼が何条の光線に追われながらも戦車の位置を把握するついでに、大サソリ型ネウロイに攻撃を仕掛けようとしていた。

 

人狼が大サソリ目掛けて急降下して、両手にした機関砲を撃ち鳴らす。稲垣も人狼に追従して三十ミリの砲弾を飛ばす。大サソリは銃撃を避けようと回避運動を取るも、やはり数発喰らい、重厚感のある奇声を発する。

 

「ハインツ大尉!」

「…」

 

大サソリも負けじと尾の先端から光線を発射して人狼たちを狙うも、稲垣の先頭にいた人狼が彼女ごと魔法障壁で守る。しかし、光線はかなりの熱量、及び威力を持つのか魔法障壁にひびが入っていく。このままでは人狼の魔法障壁は貫通して、背後の彼女にも被害が生まれてしまう。

 

 

「デカい目印助かるぜ」

 

そこにジェネフを乗せた戦車が街角から姿を現して、一時停止してから即座に砲撃。人狼と稲垣の持つ機関砲より口径が大きく異なる砲弾が砂色に染められた砲身から射出された。

今にも貫かんとする砲弾は見事に尾に命中し、尾の先端が揺らぎ光線は狙いから逸れた。好機を見逃した大サソリは怒りを表すかのように咆哮する。

 

「はい撤収。後進しながら先の道順で逃走」

「了解ッス」

 

ギアを動かしてジェネフの戦車は後進し始めると、大サソリは数本の足を動かして彼らを追う。彼らが角を曲がったところに大サソリは正面を向けると突然三発の砲音と共に鋭い衝撃を受けて吹き飛ばされる。

建物の外壁に穴を開けた大サソリの眼前には三輛の戦車が堂々たる存在感を放ち、砲口からは白煙を伸ばしていた。

 

「ビンゴ。三輛による同時攻撃、これには効果がないはずがない」

「お見事です車長」

「……んじゃ、再装填もした。撃て」

 

ジェネフの砲声を皮切りに他の二輛も砲撃を大サソリに集中させた。他の二輛からは気休め程度の機関銃が使われた。

攻撃をしていく度に土煙は徐々に巨大化、あっという間に大サソリがめり込んだ地点はモクモクと覆いかぶされてしまった。ジェネフは攻撃停止の合図を出し、土煙が晴れるのを待った。

 

「す、すごい。流石はパ・ド・カレーの英雄と謳われる隊長、たった三輛でここまで追い込むなんて……」

「…」

 

上空からは稲垣が先の戦闘の進行に驚嘆している様子であった。悲しいことに彼女から見たジェネフの評価としては野球とギターが上手くて陽気な大隊長というお世辞にも素晴らしいとは言い難い人物だったが、これを機に評価が更新された。

一方で人狼は土煙の中に居る大サソリのことを気にかけていた。

 

「これぐらい攻撃できれば――――――」

 

彼女が安堵の色を見せた次の瞬間

 

突如黒い円柱状の砲弾が地上から打ち上げられた。砲弾は高度三百メートルのところで炸裂して中から多量の黒槍が放出された。すぐに稲垣と人狼が二重の魔法障壁を張って防衛に努めるが、魔法力を持たないジェネフたちはその黒槍の脅威を味わった。

 

「建物の中に突っ込めええええッ!!」

 

焦燥を隠さずに、ジェネフは無線機を起動させながら自身の車輛に指示を飛ばす。そのお蔭で彼の車輛は建物を突き破り、気休め程度の屋根を確保した。

だが、咄嗟の指示についていけなかった三号車と四号車は大量の黒槍を上部から受けて、ただでさえ薄い装甲を貫いていく。

 

『助けてくれええええッ!!』

『終わってくれえええ!!』

『痛い痛い痛いッ!!』

『か、母さん……』

 

無線からは車内に居る彼らの絶叫がジェネフの耳を襲った。悲痛感で溢れる悲鳴に彼はガスマスクの中で眉をしかめる。ジェネフの車輛にも黒槍が当たるが、気休め程度の屋根が威力を減少させてくれたため、貫通には至らなかった。

だが、砲身は黒槍が何度も衝突するため凹みがいくつもできてしまい、再度の射撃は不可能であった。

 

黒い雨が止んだ時には被害を受けた二輛は弾薬に引火し炎上、空では人狼が稲垣を庇って背中に数本の黒槍が突き刺さっている。この一度の攻撃で人類側はかなりの被害を被ってしまった。

 

「ハインツさんッ!!」

「…」

 

血を喀血し特に苦しむ様子を見せないで背中に生えた黒槍を抜いていく人狼。手には稲垣を庇うために機関砲や弾倉を捨ててしまい何も無い。あまりの凄惨さに稲垣は小刻みに震え、目には涙が溢れる。

 

瓦礫の中からゆっくりとジェネフの戦車が這い出て、キューポラからジェネフは顔を出した。

 

「車長、射撃は可能でしょうか?」

「無理だ。このまま撃てば暴発する」

「……決定打を与えられなくなりましたか」

「馬鹿野郎。こんなことで諦めるんなら俺の搭乗員じゃない」

「だったらどうしたらいいんですか!!」

 

エドガーの諦念が込められた一言を否定するジェネフ。なら手はあるのか、と逆上するエドガーにジェネフは獅子のような眼差しで彼とジョイルを睨む。

 

「例え角が折れても蹄で戦え。蹄が駄目なら口を使え。俺らが戦場に来たらその命尽きるまで戦わなければならない。どんなに弱音を吐いても戦わなくてはいけない。それが一兵士としての原則事項だ。さあ戦うぞ」

 

ガスマスク越しからでもわかるように彼の瞳には確かな闘志が灯っていた。ギラギラと赤く煌めく(闘志)はまさに灯台、明るく熱い覚悟に感化されたのか、やれやれとジョイルは膝を叩いて立ちあがった。

 

「……わかりました。一兵士として職務を果たしましょう」

「お、俺も!」

「なら結構、俺らがアイツに決定打を与えるぞ!」

「了解!」

「了解ッス!」

 

 

一方で魔法力が不足し飛行が覚束ない様子の人狼を支える稲垣、元々人狼の魔法力は普通で長時間の戦闘には向いていない。まだ太陽は雲に隠れていないため、回復も暫くは見込めない。最悪な状況であった。

今は稲垣が人狼を支えているためなんとか飛行できているが残り数分ほど。これを越せば人狼は地上へと叩きつけられてしまう。

 

「ハインツ大尉の魔法力が弱くなってきてる……何処か安全な場所で降ろさないと……」

「…」

「何処か安全な場所は……」

 

彼女が辺りを見渡すが、此処は戦場のど真ん中でネウロイも無数に息を潜めている。いくら人狼の能力が自己治癒とはいっても、体を日陰に置かない限り回復しない。

狼狽える稲垣の真下から一条の光線が音を立てず高速で迫る。人狼と稲垣はその光線には気づいていない様子であった。この一撃が命中すれば必然的に地面へと落とされてしまう。

 

「危ない稲垣ッ!」

「うわっ!?」

 

しかし、高速で何かがぶつかったことで光線を紙一重で躱すことができた人狼と稲垣。息を漏らす声と長髪の金髪からその正体を即座に看破する。

 

「マルセイユさん!?」

「はぁはぁ、やたら私の中で警鐘が鳴っていると思ったらお前らだったか。間に合ってよかった」

「ハンナたちも無事なの?」

 

後からマルセイユを追うようにライーサが出力を上げて近づいた。流石はマルセイユ専用のユニットである。速度が通常のユニットよりも速い。人狼へとマルセイユとライーサは目を向けると、衝撃的な格好に唖然として口を大きく開けている。まあ、背中やらに黒槍が刺さっていてハリネズミ状態なのだから当然ともいえる。

 

「お、おい! 大尉、流石にそれはマズいんじゃないのか!?」

「そそそ、そうですよハインツ大尉! いくら回復力があるとはいっても重傷じゃないですか!!」

「…」

 

なお彼女の心配をよそに人狼は空いている手で拳を握り親指を立てた。まさに大丈夫と言わんばかりのハンドシグナルだ。能天気ともいえるサインにやや引き気味になる少女三人、それに対し人狼は何故そのような反応をするのかわからなかった。

 

「……戦いが終わったら病院行きましょうね、ハインツ大尉」

「…」

「さて、今の状況はどうなんだ稲垣」

「はい、現状況はかなり面倒な事態となりました。地上にて大型サソリ陸戦ネウロイと接敵した戦車大隊長であるジェネフ大尉の中隊と随伴歩兵一個小隊は壊滅しました。そして先の面攻撃にてジェネフ大尉含む三輛は生死不明です」

「……かなり厄介だな。他の戦線ではこちらへ援軍を出せない状態だ。どうにかして私らで倒さないといけないのか」

「困りましたね。航空ネウロイとの戦闘に特化した私たちは、陸戦ネウロイには効果が薄い機関銃。どうにかして外殻を割らないと」

「それもあるし、要ともいえる大尉も負傷。太陽が隠れるまで回復もできない、そして何よりも魔法力が枯渇している」

 

もはや人狼のユニットの出力は落ちて通常時よりも半分程度。十分な機動も速度も出せない。また、陸戦ネウロイに効果的な武装は稲垣の機関砲と人狼が持つ集束手榴弾一つだ。

目標が目の前にいるのにも関わらず何も手出しができない状況に、思わず歯を噛みしめて悔しがる素振りを見せるマルセイユ。ライーサも打つ手はないのかと渋い顔で模索していた。

 

 

そんな状況に一本の無線が入る。

 

『こちらジェネフ大尉。ウィッチの嬢ちゃんたち聞いてるか?』

「なんだジェネフ大尉。やつらに狙われるから無線を止めてもらいたいのだが」

『なら手短に言う。俺らが突破口を開くからそれまで空で踊れ』

「はあッ!? 何を言うんだジェネフ大尉!」

『俺を信じろ』

 

あまりにも突拍子もない発言に困惑と八つ当たりに近い怒りがこみ上げるマルセイユ。たった戦車三輛で大サソリを仕留めることができるはずがなく無謀だと察したが、どこかその言葉が信頼できるような気がした。錯覚なのだろうか、と彼女は考えるも何もしないよりかはした方が得策だと決めて、彼女はため息を吐いて了承した。

 

「……いいだろう。ただし失敗はするな、私らのダンス披露会は高いことを思い知らしてやろう」

『感謝する』

 

彼からの無線が切れる。マルセイユは呆れた顔で人狼たちに告げる。

 

「どうやらジェネフ大尉は私らに踊れと指図してきた。だから私たちは派手に踊るぞ」

「……囮ですか」

「その通り。その代わりに彼らは私らに高いプレゼントをくれるそうだ。奮起しなくちゃな」

「ついでに終わったら高いお菓子でも貰いましょう、ハンナ」

「が、頑張ります!」

「稲垣らはそのまま待機。大尉を支えて踊れるはずじゃない、お前らがジェネフ大尉のプレゼントを受け取れ」

「わかりました」

「では散会!」

 

稲垣と人狼を置いてそれぞれの方角へ飛び出した二人、無線機のスイッチを入れたまま飛んでいるため、ネウロイに探知され地上から多数の光線が彼女らに迫る。しかし、空戦機動で鍛えた回避能力は非常に高く華麗に舞って躱し続ける。時折、普通とは違う太い光線が襲ってくるも難なく躱した。

奇襲でこそ攻撃を受けたものも、用心した彼女たちにとって難題ではなかった。

 

 

「何処かに本命が潜んでいる……。何処なの?」

 

稲垣と人狼は目を平たくして大サソリの捜索に努める。しかし、中々見つからない。大サソリの光線は一度だけ曲がることができるので直線上にいないことが多いのだ。彼女と人狼が必死の捜索に努める中、一本の宛て先不明の無線が届いた。

 

『大サソリの場所は井戸のある広場だ。アンタらから見たら東側ですぜ』

「協力感謝します! だけど貴方は誰ですか?」

『ん? あぁ俺か。んじゃ悪運のカラス(・・・・・・)とだけ覚えていてくれ』

 

聞いたことのない単語に思わず疑問符を浮かべる稲垣。だがしかし、そんな余裕は無いとすぐにジェネフに連絡をする。そして、この連絡をした片足のカラスことセラックはできるだけのサポートはしたとほくそ笑んでいた。なお、この支援が後に過大評価されて彼を激戦地へ送る要因となるのはまた別のお話。

 

 

「よしッ! 大サソリの野郎を見つけたぜ!」

「はい。けど機関銃でやるんですか?」

「いいや、武装は何も使わん」

「はっ?」

 

稲垣からの連絡が入り数分後、ジェネフたちはあらゆる障害を突破して広場の入り口を差し迫った。覗き窓からは大サソリが広場の中心でマルセイユとライーサに釣られて懸命に射撃をしていた。いくら撃っても二人は回避するので躍起になっているのだと一目でわかった。大サソリは眼前にぶら下がった猫じゃらしに夢中になる猫のように熱心で、彼らは眼中になかった。

まさに好機である。

 

「じゃあ何で攻撃するんスか!?」

 

そしてジェネフの何も使わないという発言に裏声になって叫ぶジョイルを横目にニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。もう戦車は入り口を抜けて、前方百メートルには大サソリが存在している。

 

「体当たりに決まってんだろッ!!」

「えええええッ!?」

「アンタ馬鹿じゃねえの!? 車長死ねッ!!」

「行けえええええ!! スピード上げてぶつかれえええ!!」

「ああもうどうにでもなれッス!!」

 

自棄になってジョイルは速度を最高速にするためにギアを上げる。大胆かつド派手な攻撃方法に思わず罵倒するエドガー、ジェネフはゲラゲラと爆笑をしてどこかしら吹っ切れた様子であった。まあ元々ジェネフは狂っている方ではある。

 

「構えろ!」

 

各々が対ショック態勢をとって衝撃に身構える。数秒後、ジョイルら一行が乗る戦車は見事に大サソリの横腹に衝突する。彼らの体が衝撃で前へ出そうになるが耐える。戦車は速度を下げながらも大サソリを押して前進を続ける。流石の大サソリもこれには対処ができなかったのか、されるがままである。

 

そして目の前に造られた枯れた噴水に大サソリの体は板挟みになるように叩きつけられた。噴水はもったよりも頑丈な建造物だったのか壊れずに、戦車と大サソリはその場で止まる。大サソリの背中の甲殻は板挟みになった衝撃のせいで派手に割れて内部を露出させた。移動しようにも板挟みとなって大サソリは動けない。

内部には紅の核がキラキラと輝きながら回転している。

 

「ハインツ大尉!?」

「…」

 

今が撃破が可能な最後のチャンスだと踏んで稲垣の腕を振り払い落下する人狼。すでにユニットは外されており、身軽になっている。身軽になった人狼は膝を折り曲げて縦回転して蹴りの威力を最大までに上げる。高度三百メートルからの一撃となるとかなりのものになる。

 

幾多の回転を経て人狼の攻撃範囲に入る。甲殻は核を隠そうと回復を始めていたがもう遅い。

人狼は渾身の踵落としを核に目掛けて落とし込んだ。

 

「…」

 

踵は甲殻をも砕いて核に命中する。踵はガラス細工の彫刻を破壊するかのように容易く真っ二つに両断した。二つに分裂した核は瞬時にひびが入ると、大量の白い破片へと姿を変えていった。

 

 

アフリカの熱風が吹いた。

風に乗せられて破片は宙に舞い、空中でパラパラと分解されてしまった。

その光景はまさに人類の勝利を祝うかのような祝福の紙吹雪のようであった。

 




噴水

池や湖などに設けられる水を噴出する装置、またはその噴出される水そのもののことである。広場や庭園、公園の装飾的設備として設けられることが多い。
有名なのはブリュッセルの小便小僧やシンガポールのマーライオン。

あと作品に出た広場の噴水は滅茶苦茶頑丈、多分だけど戦車砲も弾ける。


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汽笛

これで一年三か月も続いた北アフリカ編終了です。
次回からアニメ編です。


エジプト奪還から一週間が経過した。

エジプト奪還の際には散々兵士たちを苦しめていたサソリ型ネウロイは人狼が大サソリを撃破した途端に一斉に体の崩壊を起こし始め、都市から一掃された。地域一帯に蔓延する瘴気のほうも二日で消え去った。

かくして、人類側の勝利となった。

 

各々の国籍、文化、所属を問わず皆一同に大声で雄たけびを上げて歓喜と勝利を共有しあった。念願の祖国が還ってきたこともあり、ブリタニア軍に従事するエジプト人たちは大粒の涙を雨季のように流していた。

数年もこの北アフリカという土地で幾人もの戦友と部下を亡くした下士官は、亡き人たちへと十字を切る。

 

無論、ウィッチたちも例外ではなくマルセイユはさも当然かのような態度を繕ってはいるものも口元が喜びで歪んでおり、ライーサは頭に生えた使い魔の耳をパタパタさせていて、稲垣も尻尾をブンブンさせている。

人狼は帽子を外して胸に当てて、倒れていった者たちに追悼の意を表していた。

 

エジプトを占領し防衛させるための兵力を置いた各将軍たちはエジプトに赴く前の基地へ撤収していった。

兵員を乗せたトラックの荷台には服の至る所が砂だらけになっているジェネフ、エドガー、ジョイルの姿がある。三人は膝を折り曲げて、両膝に頭を突っ伏して寝息を立てていた。寝息も寝言もほぼ同時で行われており、寝言同士で会話をすることもあった。

その場に居合わせた兵士はこの奇妙な光景を見て、本当に戦車大隊の隊長なのかわからなくなっていた。

 

数時間の帰路は、道中ネウロイにも襲われることもなく無事帰投。疲労困憊の兵士たちが基地で真っ先に感じたものは美味しそうなシチューの匂い。兵士たちは思わず生唾を飲んだ。ここ最近の食事は粗末で簡素なものであったため、彼らは両の手を打ち鳴らして猿になった。

トラックが停車した瞬間、兵士たちは一目散に飛び出して急いで配給先へと向かう。ちょうど電信員や無線手が列を構築始めようとするが、傷と砂だらけの兵士たちは電信員たちを全員吹き飛ばし、長い行列を作った。

 

配給のメニューはシチューとパンとマッシュドポテトにザワークラウトとカールスラント人が慣れ親しんだものばかり。トブルクの町でこっそり仕入れた酒をここぞとばかりに引っ張り出して、大きな宴会が開かれた。

男所帯の宴会にマルセイユが乱入して宴はおおいに盛り上がり、ジェネフとエドガーも得意の楽器を演奏し周囲を湧かせる。そして最大の功労者である人狼は基地の皆に胴上げをされた。その宴会は一週間も続いたという。

 

 

さて、カールスラントの師団長を務めるロンメル将軍のテントに一人の来客が現れた。人狼と独立大隊をアフリカへと派遣して指揮したランデル・オーランドその人だ。彼は来る前よりも何故か若返ったかのような肌つやであり、心なしか生やしている髭に黒い毛が数本存在している。

彼は部隊の損耗を記した書類を提出した後に、椅子に座った。

 

「さて、どうでありましたか? 此度の戦は」

「……正直に言うと負ける確率が高い戦いであったと感じられる」

 

あのまま防衛をしていたらネウロイの数に押されて部隊は壊滅していただろう。幾重にも築かれた防衛線が何度も破壊されている。時間の問題ともいえた。

 

「ほう。まあ、もしも私が攻め続けずに防衛へと回っていたら負けていたでしょう」

「貴殿の敏腕な指揮を目の当たりにすると自分はまだまだなのだと感じる時がある。これは経験で補えるものではない、一種の才能」

「いいや違うよロンメル元帥。私には才能は無い。あったのは狂気だ」

「何?」

 

ロンメルが彼の指揮力に対して妬んでいることを、彼は察知すると生徒に間違えを教える教師かのように優しく否定した。彼の口から淡々と述べられる事実(正解)にロンメルは案外驚いていた。理由としては、彼自分で自身の持つ狂気を自覚していたからだ。

 

「私の指揮はお世辞にもロンメル元帥を含む元帥たちには劣りしょう。だけど、私だけが唯一持っていて貴方方には持っていない力があった」

「それはなんだ?」

「人に狂気を付属させて従属するカリスマ力と言えましょう。どうしても戦闘には士気が必要不可欠、これが低ければ烏合の衆、武器を持った市民と変わらない。だけど私にはその士気の問題を無視できた」

「……信者みたいなものか」

 

実際、士気が落ちるに連れて脱走兵の割合も増えてくる。脱走した兵士は後に夜盗やならず者として世に跋扈し始めるのだ。それが歴戦の勇士であればタチが悪い。

 

「信者というよりは狂信者ですな。その狂信者たちは私を信じ命を捧げる。例え死ねと命令するなら彼らは喜々として、死ぬ」

「悪魔だな」

「あぁ。あながち私の祖先か、或いは前世が悪魔かもしれませんな。人を唆す怖い怖い悪魔」

「……ならば貴殿の旅団は悪魔の旅団であるな」

「ですな」

 

冗談が冗談でないような雰囲気に包まれるロンメル。第一次ネウロイ大戦で彼は好青年と評されていたが、本性をただ隠していただけなのだろうか。そのことを知るのは現状本人しかいない。

パラパラと提出された資料を眺めていると、疑問を覚えた点を一つ見つけた。顔を近づけて穴を開けるように凝視する。

 

「なんで憲兵が一個中隊もいるんだ? 人との争いではないからパルチザンなど沸かないぞ」

「あぁ。説明が遅れていました」

 

彼はわざとらしくポンと手を叩くと三重に折りたたまれた一枚の紙を胸元のポケットから取り出してロンメルに渡す。グシャグシャになりかけている紙に目を通すと、そこには人名がびっしり書き込まれている。

 

「何だこれは?」

「これは新興宗教の信者リストでこの土地で暗躍する信者です。タチの悪いことにネウロイ崇拝とか恐ろしいことをやってくれる」

「何ッ!?」

「彼らはネウロイを救世主として認知している。このまま野放しにすればパルチザンのような行動を起こされて軍は崩壊する。それを防ぐのが私の第二の仕事ですよ」

「……私や現地に居る将軍に頼めばいいのだが?」

「ところがそうはいかない。何人か上層部にシンパが存在するので」

「……面倒なことになったな」

 

まさか人との争いが勃発しかけているなんて彼は思ってもいなかった。上層部にシンパが潜り込んでいるだなんてもっての外である。彼は新たな問題を目に頭を抱えた。

 

「まあ現地で暗躍する信者たちはアジトを見つけ次第、即射殺したのでご安心を」

「…」

 

そしてランデルの仕事の早さに沈黙した。

報連相ができていない典型的な駄目なパターンである。

 

「そういうのは早くに伝えてくれ……」

「次からはそうしましょう」

「まあ貴殿らは明日南リベリオンへ帰るのだろうが」

「えぇ」

 

増援として派遣されたこともあって、滞在時間は短い。もうすでに旅団の船も手続きも完了していてすぐにでも帰れるようになっていた。戦場から離れたくは無いという哀愁が密かにランデルから流れている。

 

「では私はこれで」

「あぁ。増援として今までにないほどに感謝している」

「左様ですか。……あぁ、そうだこんな噂をご存じで?」

 

椅子から立ち上がり出口へ向かおうとするランデルがくるりと身を翻してロンメルを見る。ロンメルは新たな問題なのかと構えていた。当然だろう。

 

「実はパットン将軍は生きているらしいですね、直々に会いに行ってやればいいのでは?」

「……本当か?」

「悪魔は嘘はつくけどつまらない嘘は言わないので」

 

ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべてランデルはその場から立ち去って、猛烈に輝く太陽下へと行ってしまった。ロンメルは犬猿の仲ともいえるが互いの実力を認めたパットンの生存に内心笑みを浮かべながら、カレンダーを見た。

ちょうど明日は予定が空いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……大尉、別にアフリカに残ってもいいのだぞ?」

「…」

 

人狼は現在、マルセイユの猛烈なる説得を受けていた。内容は人狼のアフリカ残留を望むもので、かれこれ二時間は彼女のアプローチを受けている。

船が出港するのは正午、あと十分で此処を出る。時間が経つに連れて彼女の説得は熱を帯びてきた。

 

「今なら私のサイン付きプロマイドとカレンダー、または私と同じサングラスを与えよう。これで不満なら私の使う同型の拳銃も用意しよう」

「…」

「これでも足りないというのなら私のお気に入りのワインと毎日私と一緒に寝てやる権利もプレゼントだ」

「…」

 

彼女は商人のような言いぐさで説得を試みるが、人狼は動じない。事実、人狼が惹かれそうなものは拳銃程度だ。刻々と時間は迫り、彼女はヤケクソになって駄々を捏ねていた。流石の人狼もどうすればいいのかわからなくなっている様子であった。

 

「駄目よハンナ。ハインツ大尉だって任務で此処に来たんだよ」

「それはそうだけど……」

「ハインツさんも仕事だから仕方ないんですよ。ね、そうですよね!」

「…」

 

ライーサと稲垣が彼女の説得に取り掛かり、稲垣が人狼に同意を促すように問う。人狼は即座に首を縦に振る。

彼女は意気消沈という感じでしょげていた。彼女にとって人狼は数少ない友達であったのだ。元より彼女の性格上、友達よりも敵の方が多かったため、友達の価値が非常に高かったのだ。

 

「……わかった。なら大尉、月に一回でもいいから手紙を送れ」

「…」

 

説得を諦めたマルセイユは人狼に条件を提示した。月に一度という簡単な条件を人狼は認めた。

 

「ならいい。大尉とはいっぱいあったけど楽しかった。共に戦えてよかった」

「わ、私もハインツ大尉には助けられました! ありがとうございました」

「ハインツさんにはまだ敵わないけど、いつかハインツさんを凌駕する技術を習得しますね!」

 

三人から激励の言葉を受け取り、握手をされる人狼。人狼はこんな経験はなかったから珍しく戸惑っている様子であった。

 

握手が終わり、自身の荷物を持って輸送艦へ乗船する人狼。甲板にはエドガーとジョイルの姿があって、もう赴くことは無いかもしれない北アフリカを肌身で感じていた。

 

「ハインツ、よかったね可愛い女の子に好かれてて」

「羨ましいッス!」

「…」

 

エドガーとジョイルがもてはやすので、人狼は二人の背中を掴んで海へ落とそうと持ち上げる。これはたまらないと笑い合う二人、しかし輸送艦にジェネフは搭乗してはいなかった。

船の汽笛が残り一分を知らせる。一分が経過すれば船は出港してしまう。

 

汽笛が鳴り終えた頃にジェネフが片手にトランクを持ちながらせこせこと走ってやってきた。遠くからでもわかるように、大きく吐息を漏らし汗を流している。

船員が船の渡し板を片付けようとしているのを止めてもらい、彼は無事に乗船することができた。

 

「ぎ、ギリギリセーフ…ッ!!」

「残り一分ですけど、何があったんですか?」

「いやちょっとした約束(・・)を結んだだけさ」

「約束?」

 

疑問符を頭に浮かべる人狼と二人にジェネフはニヒヒと笑みを漏らした。

その時、出港を知らせる汽笛が街全体に知らせるように大きく響いた。ゆっくり船は動き出しているのを体感する。

人狼と三人はふと陸上へ目を向けると、陸ではライーサにマルセイユ、稲垣が此方へ向けて手を振っていて、現地の住民たちもネウロイから奪還した救世主として誠心誠意で手を振っていた。

 

人狼たちを送り出すかのようにアフリカの熱風がひゅるりと吹いた。人狼は帽子を飛ばされまいと帽子を片手で抑えると、ジェネフも帽子を守るために同じ動作をしていた。目が合った人狼とジェネフは、空いた手でパチンと両者の手を打ち合わせた。

 




ベレッタM1934

イタリアで生まれた自動拳銃。ベレッタ社が開発し、1934年に正式採用。
第二次世界大戦全般に渡ってイタリア陸軍に使用されることとなった。
近代的な軍用拳銃の必要条件を満たし、自衛用としては充分な性能を備えた拳銃となっている。敗戦までベレッタ社は機関銃やM1934を製造するが粗悪品が多くなってきた。
1950年に生産終了する。


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1944年 欧州制空権奪還
制圧


南リベリオンカールスラント領

 

この土地はかつて帝国の植民地支配の国家方針に則って占領、開拓した土地である。

当時では植民地を得ることは大国として当然であった大国間の流行りがあって、この

領地確保によってリベリオンが生まれることとなる。

 

そして幾多の原住民との闘争を経て、カールスラントの開拓者は開墾を成し遂げたのだ。現地ではコーヒー、煙草の草、鉱石が産出ができて港町はおおいに栄えた。

港町では教会や市場に学校や役所が置かれており、それは二十世紀に突入しても続いていた。

 

しかし、ネウロイによる欧州侵攻により大量の難民が飛び地である南アフリカ領に流れ込んできた。本土の国民の大勢がこの土地にやってくるので、食料や家が足りずたちまち暴徒化し、治安が悪化してしまった。

ただちに難民テントの増設と私財を投げ打ってまでの食料購入をカールスラント皇帝が直々に行い、暴動は沈静化する。

だが、元々住んでいた開拓者の子孫たちは本土からの難民に侮辱と軽視といった悪意を込めて見下していた。

 

 

ある日、一両の車両が山奥へ続く道路を走行していた。車の車種は何処にでもあるありきたりの車両である。森を切り開いて作られた道路の先には一つの廃坑があった。

五年前までその坑道は実際に採掘ができたので道路はさほど荒れてはおらず、雨季でもないので道もぬかるんではいない。

砂煙を上げて車は行動へ進む。

 

十分後、坑道の入場門が視認できる辺りで車は停車する。門は固く閉ざされていた。

黒塗りの扉が後部座席から開かれて車内からは二メートルほどの大男が現れた。緑色の軍服に身を包み、一昔前の戦闘帽を被り、腰にはやたら長い銃身の拳銃二丁が取り付けられている。

大男の正体はかつて欧州の各地で戦功をあげて、北アフリカでも活躍した人狼であった。

 

「…」

 

ジッと入場門を見つめて、やがて走り出した。

距離はおおよそ三百メートル、人狼は全力疾走で門へと迫る。

入場門付近では何処からか仕入れてきた第一次ネウロイ大戦の機関銃が二挺を中心とした簡易陣地が門の左右に構築されていて、陣地の中では上半身から下半身を漆黒に染めた人たちがトランプで遊んでいた。左陣地に三人、右陣地三人で計六人だ。

 

「敵襲だー!!」

「う、うわっ!? 此処にも来たか!」

「なんてこった!」

 

なお、人狼が猛速度で迫るのを認知した彼らは異様なまでに慌てだした。トランプをバラまいて急いで機関銃の射手につく者やその場から逃走しようとして仲間に肩を掴まれる者の姿が人狼の獰猛な赤い瞳に映る。

 

機関銃の射手らは人狼に照準を合わせて引き金を引いた。人狼に向けて一秒に数発撃ちこまれた。

 

「…」

 

人狼はこの攻撃を受けて怯むどころか、速度を次第に上げていく。脚と腹部に被弾しても走りをやめない。額や首に命中してもまだ走り続ける。まさに猪突猛進という言葉を体現化していた。

門への距離が五十メートルとなった頃、人狼は腰から拳銃二丁を取り出しては両陣地の機関銃手らに向けて射撃をする。長い長い銃身から放たれた銃弾はぶれることなく彼らへ目掛けて飛んでいき、二人の脳天と首に命中する。

 

「ひいいいい!?」

「な、なんだよおおおッ!!」

「やめろおおお!!」

「来るなァー!!」

 

残された人たちは全員悲鳴を上げて人狼に恐怖した。恐怖のあまり体が硬直してしまい、自由に動けなくなっていた。歯を噛み鳴らして尻目に涙を浮かべる者も存在した。

そんな彼らに向けて人狼は無慈悲に銃撃を始める。引き金を引くことに阿鼻叫喚の声は一つ、また一つと消えていく。人狼が入場門を蹴って中へ侵入する時には、両陣地に生きている者はいなかった。

 

内部へと侵入した人狼は残弾を確認するとまた走り出した。人狼の目的は坑道であり、それを妨げる人間はただの障害物にしかならなかった。

サーベルや着剣済みのライフルを手にした者が人狼に迫るも、即座に首を落としたり脳みそを散らして無慈悲にも彼らを蹴り殺した。

 

「軍の犬めッ! これでも喰らえ!」

「死にな!」

 

トンプソンやルイス機関銃で武装した者が人狼に向けて射撃をするのだが、素人の弾道は極めて読みやすいので容易に躱し、人狼はゼロ距離で長い銃身を彼らの腹部に当てて撃つ。二人は後ろに吹き飛ぶとカッと目を見開いて死んでいた。

拳銃を戻し、先程殺害した二人から機関銃二挺と弾を奪うと再度走り出す。

 

「た、助けてッ!!」

「来ないで!」

「いやあああ!!」

 

鹵獲した機関銃を用いてすれ違う通行人に対しても引き金を引いた。通行人は漆黒の衣装に身を包んでいたが、血によって黒色に染みを作る。赤黒くなった死体が生産された。死体には女性や子供が含まれているのだが、人狼は躊躇なく引き金を引き続ける。

制止を促したり命乞いの声を無視して引き続けた。

 

人狼の進撃をなんとか止めようと目の前からトラックが計二台迫る。無論、運転手がハンドルを握り、助手席からはライフルで乱発する者がいた。

 

「ここから先は行かせねえええッ!!」

「うおおおおおおッ!!」

 

人狼は冷静に二人の運転手へ銃口を向けて引き金を引く。フロントガラスに蜘蛛の巣状のひびが入り、運転手の鮮血で蜘蛛の巣が赤く染められた。隣でライフルを撃っていた者は急いでハンドルを握って進行方向を調整している。

今度は人狼は車両のタイヤを撃つ。その際に、あえて車両の互いに面するタイヤを撃つことによって、二両はバランスを崩して二台が横腹を合わせて衝突する。

 

「離れろ!」

「お前が離れろよッ!」

 

口論をする両車両に向けて人狼は魔法力を込めた一撃を撃つ。魔法力を込めた一撃は強力で、貫通した後に内部で爆裂した。おそらくは内部のガソリンにまで銃弾が貫通して着火したのだろう。

片方のトラックが爆発したので、もう片方のトラックは爆風と熱風に押されて横倒しに転倒した。中に居た運転手も爆風と熱風に身をやられて生きてはいないだろう。仮に生きていても大きな障害を抱えることになる。

轟々と燃え盛るトラックを通過して人狼は進む。

 

 

そんな調子で数分走り続けると坑道の入り口を視認できた。

入り口を塞ぐように荷物が置かれ、二百人規模の人間がそこを死守しようと武器を持って待機していた。中には武器というにはあまりに粗末な木の棒や食事用のナイフを持つ者や、拳銃を持つ者もいた。そして、二百人規模の集団の中には十代の少年少女やそれ以下の子供が居た。

 

人狼は密集して待機している彼らに向けて、魔法力の込めた射撃をする。普通の弾とは断然違うので、生身の人間がこの銃弾を受けると過貫通を起こして突き進むのだ。

とある実験で魔法力を込めた一撃はどのくらい貫通するのかを検証した。それによると魔法力の質に問わず、余裕で人を五人も貫通することが判明した。

 

過貫通で飛び出した銃弾は新たに過貫通を起こして、また過貫通を起こす。焼き鳥の串の如く、銃弾は彼らを貫いていく。銃弾は性別や年齢も区別することなく貫いた。

 

「…」

 

銃弾が引き金を引くが弾切れで弾はでない。装填するにも時間がもったいない。なので人狼は彼らに向けて機関銃を投擲し、素手のままで集団に突っ込んだ。

今が好機とばかりに彼らは人狼を取り囲んでは武器を構えて迫るが、人間と人狼とでは体格も能力も違う。

人狼が一息深呼吸すると、迫ってきた者に対して徒手空拳を喰らわす。人狼の一撃は人間の頭蓋骨をクッキーのように砕き、頭部を吹き飛ばす。人狼の横腹を薙ぐような蹴りは胴体を引き千切り、臓物を簡単に散らすことができた。

 

人々は後悔した。

人狼が接近したのはこちら側の好機などではなく、あちら(人狼)側の有利だったのだ。

踵を返してその場から逃走を図ろうとする者には拾ったナイフを投擲して殺害、人狼と一緒に自爆を試みようとする女性に対しても爆弾の導火線をその女性の血液で消火させて防いでいた。人狼は常に血を舞わせて戦闘を行っていた。

 

五分もすれば辺りは鮮血で地面が染められて大量の死体が乱立していた。生存者などは存在しない。人狼は全員の致命傷を狙って攻撃をしたのだ。人狼の全身は血によって赤く染色されており、人狼の白髪にも誰のかわからない血が付着していた。

 

人狼は死体を踏み分けて坑道の入り口へと迫る。

入り口はバリケードで塞がっているとはいっても、容易に突破ができる。人狼は渾身の蹴りをバリケードに放つ。バリケードはいとも容易く破壊されて、破片の一部が坑道へ

飛来した。

 

土煙の中から人狼が姿を現して、坑道の深部へと歩み始める。

坑道は異様な雰囲気を纏っており、壁には謎の紋様が描かれた旗や落書きが描かれている。落書きの中にはネウロイを賛美する内容が書かれているモノもある。人狼はそのような類を目にすると、瞬時に蹴りで壁を削り取った。

 

坑道の内部でも機関銃陣地が三重に築かれており、無数の銃弾を飛ばすも先程と同様に拳銃を撃ち鳴らして撃破した。人狼が通過したところには必ず生存者はいなかった。

 

 

「やあ、待っていたよ」

 

最後の機関銃陣地を突破した人狼が目にしたのは、他所よりも広い空間で松明を灯りとして用いている部屋だ。部屋の奥の正面には大きな石造りの椅子に座り、体を漆黒で包んだ男で、顔にはネウロイを意識したと考察できる模様が痛々しく刻まれていた。

椅子の後ろの壁には大きな旗が張り付けられていて、不気味なマークとネウロイを称賛する文言が記載されていた。

 

「ようこそ。秘密結社黒の先導者へ」

「…」

「私の名前はロゲス・ヴィンターフェルト。秘密結社の教祖だ」

 

人狼はヴィンターフェルトという自らを宗主と名乗る男に人をも殺すほど殺意で溢れた視線を向ける。そんなこと知ってか知らずかヴィンターフェルトはのうのうと口を開いた。

 

「そんな怖い顔をするなよ。君の噂は知ってる。だってウチの支部を制圧して回ってるんだ。嫌でもわかる」

「…」

「どうせ君の狙いは私の殺害、及び本部の壊滅だろう」

 

人狼が此処に来た目的は黒の先導者の本部の壊滅とその教祖であるヴィンターフェルトの殺害だった。これまで人狼を邪魔してきた人たちは黒の先導者の構成員であり、信者だったのだ。

だから統一された衣服であり、人々は教祖を守ろうと武器を所持していたと納得できるだろう。

 

「いやはや、かつてはパ・ド・カレーの英雄と持て囃されて沈黙の狼と言われた貴殿も地に落ちたものだ」

「…」

「……興味はないのだな。まあいい、貴殿に提案だ」

「…」

 

つまらなさそうに彼は人狼に話を持ち掛けてきた。

 

「私の構成員となれ。さすれば女も地位も金も保障して――――」

 

 

次の瞬間、彼の額に風穴が空いた。

不思議そうな顔をして彼は額を触り、人狼を侮辱するように嗤ってみせた。

 

「つれない化物め」

 

椅子にもたれながら彼は絶命した。

人狼は彼に向けて引き金を引いたのだ。拳銃を収めて人狼は入場門へと踵を返す。

もはや人狼は二年前の人狼ではなく、前世での冷酷さと無常さを取り戻した人狼に変わっていた。すなわち、第二次世界大戦で暴れまわった人狼になったのだ。

 

人狼の次の任務は久しぶりの航空ユニットを用いてのネウロイ討伐でブリタニア島へと赴く。その先の基地では昔馴染みの少女が三人いるのだが、彼女らを微塵も思ってはいない。

人狼は種族として例外のない人狼(ワーウルフ)となったのだった。

 




トンプソン・サブマシンガン

アメリカの短機関銃。オート・オードナンス社によって開発されて1919年に試作された。
第一次世界大戦時に、塹壕内の敵を一掃できる短機関銃として開発されている。なお生産されたのは1920年。
トムソン銃、シカゴ・タイプライターといった通称を持つことで知られていて、禁酒法時代のアメリカ合衆国内において警察とギャングの双方に用いられたことで有名になった。1919年から累計170万挺以上が生産される。傑作銃の一つ。
第二次世界大戦でも用いられて、最近ではボスニア紛争でも用いられた。


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再会

バルクホルンが一年ぶりの登場をします。君遅くない?


連合軍第501統合戦闘航空団。別名ストライクウィッチーズ

この航空隊が滞在するのはブリタニア本島の離れにある島。古城を改築して滑走路や倉庫が作られた。建築当時の雰囲気が石レンガや壁に飾られている絵画が醸し出す。

そして、談話室にて少女三人が談笑していた。

 

「あー、エイラのサルミアッキ美味しくなかった」

「わかるぞハルトマン。私もあの味はどうにも舌が受け付けん。栄養重視のレーションよりも不味い」

「そうかしら? 私はいけるけど」

「いやそれはミーナの舌がおかしい」

 

その三人というのはハルトマン、バルクホルン、ミーナといった過去に人狼と一緒に味方地上部隊を援護したことがあるエースたちだった。ハルトマンは撃墜数を着実に伸ばすエースとして名を馳せて、バルクホルンもハルトマンに次ぐ撃墜数を誇る。ミーナは撃墜数は二人には劣るものも、連合軍第501統合戦闘航空団の隊長として指揮に優れており階級は中佐である。

 

「そうだハルトマン。貴様の部屋をどうにかしろ。カールスラント軍人として恥ずかしくないのか」

「はいはーい。あとでやっときますよーだ」

 

ハルトマンはバルクホルンの注意を面倒くさそうに受け流した。彼女の部屋はひどく潔癖とは離れた次元の住人で、ガラクタや雑誌に食いかけのチョコレートといった具合に

散らかっているのだ。しかも、床に散らばるだけでは飽き足らず、山のように積もっているところもある。バルクホルンが以前に、あまりにハルトマンが起床しないということで彼女の部屋に訪問すると、ガラクタの山が崩れて足だけが突出した状態の彼女を見つけたのだ。それ以降からハルトマンに対する整理の目は厳しい。

 

「チース、バルクホルン。何話してるんだ?」

「……貴様はいつも能天気だなリベリアン」

 

扉から勢いよく扉を開けてきた少女に対しバルクホルンは視線を向けて呟いた。その少女は胸が大きく身長も高くて、まるでグラビア雑誌のモデルのようなであった。当然彼女は地味なリベリオン空軍の制服を着ているのだが、それでも彼女の体の線は隠せないでいた。

 

「シャーリー聞いてよ。私の部屋が汚いって言うんだ」

「あー。私もそう思うな」

「ひどいっ!!」

「ったく、私のように最低限の暮らしができればいいんだ。第一ここは戦場なのだから―――」

「始まったよ。戦中だからこそ私的な空間は自由に扱いたいんだよ」

「あまりに者が無さすぎるのもどうかと思うけどな」

「あのな、今日着任するハインツだって私の意見に同意するぞ」

 

本日、この第501統合戦闘航空団に人狼が着任する予定である。定期的に送られる電文で人狼が無事に護送がされていることが確認できている。

 

「またハインツ大尉だよ。一度写真とかで見たことあるけど私のタイプじゃなかったな」

「はっ、言っていろリベリオン。面識のあるミーナとハルトマンはどう思う」

「私は悪い人じゃないと思うわ。他人を気遣えるほど戦闘では余力を見せているし」

「それには同意だね。けど初対面の人には第一印象は悪そう」

「……それはわかる。初対面の時、周りの人とは違ったオーラを醸し出すから緊張してしまった」

「……あら、ハインツ大尉のお話ですの?」

「ぺりーヌか」

 

眼鏡を掛けて長く艶のある金髪を揺らしながらこちらに歩む少女は空いていた席に淑女らしく座り、手にしていた本を膝に置いた。

彼女はブリタニア島にて自由ガリア軍に志願してウィッチになったガリア人であった。

 

「ハインツ大尉は極めて卓越した戦闘技量を持ち、坂本少佐に匹敵するほど素晴らしい人物だと私は考えていますわ」

「そういえばペリーヌさんはパ・ド・カレーでブリタニア本島に避難したのでしたっけ」

「その通りです。ハインツ大尉は私らを輸送船を送り届けるために無数のネウロイと戦ってくれたのだから、私が今生きているです」

 

ペリーヌは胸に手を当てて目を閉じて回想に浸る。パ・ド・カレー最後の輸送船が出港した頃には市内へのネウロイの侵入が始まっており、輸送船が安全な場所まで行く間、人狼やジェネフを代表に兵士たちは時間を稼いでいた。

大型ネウロイのタコ型がパ・ド・カレーに出現した時には、輸送船はブリタニア海軍の駆逐艦や護衛艦と合流して遠ざかることができたのだ。

 

「まあ規格外の英雄がうちに来るんだ。これを機に大規模作戦実施してネウロイの巣を叩きたいな」

「そうですわね。早く私の祖国を奪還しないと」

「……そろそろハインツ大尉を乗せた輸送機が着く時間帯ね。トゥルーデ、迎えに行ってあげたら?」

「あぁ、そうするよミーナ」

 

バルクホルンはソファーから起立して留守番していた子が親を出迎えるように走って滑走路へと向かっていった。喜々として走り去った彼女にシャーリーとハルトマンはニヤリと笑い、両者顔を合わせた。

 

「おいおい、見たかあの顔!」

「うんうん、見たよ。まるで恋する乙女って感じだよね」

「あの堅物でも色恋とかあるんだな!」

「実は二年前にハインツ大尉と他のウィッチが恋仲じゃないかって噂を聞いた時、トゥルーデのやつ慌ててアフリカに飛び立とうとしたんだよね」

「はいはい、あまり彼女を茶化さないで。トゥルーデは旧友との出会いを一日千秋の思いで待ち焦がれてたのよ」

 

ミーナはバルクホルンのことを話し終えた瞬間、彼女の恋人であったクルトのことを彷彿とさせた。クルトと最後に出会い何を話したのかも記憶していて、再び逢えるので想起させるがもう帰ってはこないという現実が甘美な妄想を打ち砕く。

彼女の恋人であったクルトはパ・ド・カレーの守備隊としての任務を果たして戦死した。これは一兵士として尊敬できるが、一恋人としては悲しくつらい出来事であった。

 

「あとはクリスちゃんが目を覚ませばいいのだけど」

 

ミーナは誰にも聞こえないほど小さな小声で呟いて、窓から移る飛行機を眺めた。

 

 

一方、滑走路にてバルクホルンは椅子に座り人狼を乗せた飛行機が来るのを待機した。まだかまだか、と腕を組みながら貧乏ゆすりをして待っていると聞きなれた轟音が聞こえた。

上空を見上げると一機のJu52をスピットファイアの一個小隊が輸送機を護衛している。Ju52は旋回を繰り返して速度と高度を落として、滑走路に機種を向けると車輪を展開させた。車輪が滑走路に接地する瞬間、煙と音を立ててた。Ju52は徐々に速度を落としていき、後輪が接地して無事着陸した。

 

すると一機の隊長格であろうスピットファイアが上空にてエンジン部から黒煙を上げると、瞬時に中のパイロットが機内から脱出してパラシュートを開いた。空に一つの傘が開くと、乗っていたスピットファイアは重力に引かれて地上に叩きつけられた。

 

「今のは事故か? まあいい、今はハインツだ」

 

人狼を出迎えるために彼女は走ってJu52の出入り口へと向かう、彼女が出口まで着いた頃にはすでに開けられており、今か今かと彼女は人狼を待った。

機内から緑色の軍服を身に纏い古びた戦闘帽を被って褐色肌の大男が現れ、バルクホルンの方を一見してから降りる。手には使い古されたボストンバックを握っている。

彼女は人狼へと駆け寄り、声を掛ける。彼女は高揚した心を隠し切れずに上ずった声色であり、なんとも初々しかった。

 

「ひ、久しぶりだなッ! 今まで元気にしていたかッ!?」

「…」

 

人狼は彼女の問いを無視して基地へと足を進める。それでも彼女は人狼を追従して声を掛け続ける。

 

「エジプトではかなり活躍したと報じられていたがどうだった?」

「…」

「ロンドンに美味しいコーヒーが飲める場所を見つけたんだ。後で教えてやろう」

「…」

「そうだ。ハルトマンとミーナもお前に会いたがっていたし、お前のファンも居るから後で話を聞いてやってくれ」

「…」

 

何度も声を掛けるも応えは沈黙。話を聞くような素振りを見せず、人狼はただただ歩む。彼女は人狼が自分を忘れてしまったのではないかと不安になるが、そんなことはないと頭を振りひたすらに声をかけ続ける。それでも人狼は彼女を無視し続けた。

その時、彼女は人狼にとある質問を投げかけてしまった。

 

「なあ、南リベリオンカールスラント領でお前はどうしていた?」

 

その瞬間、彼女の体は宙に舞った。バルクホルンは自分が何をされたのかわからなかったが、一秒後に彼女の背中から鈍痛が伝わり、眼前には人狼が高いところでこちらを見下ろしていた。肺の中の空気が全て抜けて、酸欠状態になってから、ようやく彼女は気付いた。

自分は投げられたのだ(・・・・・・・・・・)と。

 

彼女を投げたのを確認した人狼はそのまま基地へと進んでいく。咳き込みながら人狼の背中を見た彼女は、人狼は四年前にあった当時と大きく変わってしまったのだと理解した。以前までは威圧感を多少感じるがどこかしら人狼の情愛深さを実感していたが、今となっては殺伐とした雰囲気しか感じられない。

獲物に対し警戒心を高めて殺意に満ちた狼そのものであった。

 

「どうしたんだ。ハインツ……」

 

彼女は変わってしまった人狼に対し、悲愴感を覚え嘆くように独り言を漏らした。

この一連の動作を眺めていた古参の整備兵は、悲しみに打ちひしがれた彼女の姿がまさにか弱い少女のように幼く哀れに見えてしまった。

 




スピットファイア

イギリスの戦闘機。スーパーマリン社で開発されて1937年に開発された。
第二次世界大戦時に活躍した名戦闘機で七ミリや二十ミリといった機関銃に機関砲が歴代つけられて、1950年まで使用された。速度も世界トップクラスであった。
バトル・オブ・ブリテンにてイギリスをドイツ空軍から救った救国戦闘機とも呼ばれる。
イギリスの元植民地である国が参戦した中東戦争では、敵味方にわかれてスピットファイア同士が戦う場面も見られた。かつてのライバルBf109の戦後型であるアヴィア S-199との戦闘も発生している


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変貌

 

「ハインツ大尉、ようこそおいでくださいました」

「…」

 

人狼はすぐ第501統合戦闘航空団にて隊長を務めるミーナの部屋へと趣き、面会を果たした。彼女の机には人狼の情報が封入されたファイルの他に設備の書類や兵装に関する書類が山のようにはといかないが積まれていた。

 

「貴方の着任を私やハルトマン、そしてトゥルーデが心待ちにしていました。では、隊に所属しているウィッチたちをブリーフリングルームに集合させています。まずは自己紹介を行ってください」

「…」

 

人狼は彼女に対して小さく頷いて、ブリーフリングルームに向かおうとする。同行してミーナも人狼の後ろを歩こうとするが、霧化を使われて一瞬にして彼女の背面に回り込んだ。彼女は何故そんなことをするのか理解できなかったが、口には出さずそのまま向かう。

 

 

ブリーフリングルームの年季の入った扉を開けると、教会の講堂のように配置された長机と長椅子には八名のウィッチが座っており、軍服もリベリオンやカールスラントにオラーシャ帝国、スオムス、そして亡命政府ガリアのもの存在した。無論、滑走路で遭遇したバルクホルンの姿もあった。

一斉に視線がこちらを向くが人狼は戦闘帽のつばを深くして、自身の視線を向けないようにした。人狼はミーナにつられて最前列の台に立つ。

 

「皆さん。今日この基地に着任したハインツ・ヒトラー大尉です。言わずと知れた有名人だけど、ハインツ大尉挨拶を」

「…」

「……あのー、ハインツ大尉? 別に話してもいいのよ」

「…」

 

人狼は沈黙を続ける。彼女は無口は厄介だな、とため息を吐く。

ハインツはミーナの指示を待ちそのまま直立を続ける。彼女自身もこれでは何も起こることはないな、と察して皆に解散の号令を出そうとした時。

 

「うりゃー!」

 

奇襲と言わんばかりに背後から忍び寄った褐色肌の少女がこちらに向かって飛びついてきた。両腕を伸ばして人狼の腰を抱こうとした少女に対し、人狼は即座に霧化を行う。

少女が抱き着いたのは虚空であり空しく空振る。その光景を見たウィッチの一同は驚愕の表情を浮かべる。

そして左右に顔を振る少女の背後に人狼が現れ、彼女の頭を鷲掴みにし右腕を掴むと彼女の足元をすくい転倒させた。俗にいう組手だ。

 

「うぎゃっ!?」

「ハ、ハインツ大尉!?」

「ええっ!?」

 

少女は必死に人狼の拘束を解こうと魔法力を込めて抵抗するが、人狼相手には意味が無い。そのまま人狼は片手に力を込めて頭部を潰そうとした。

 

「やめろハインツ!」

「…」

 

しかし、突如として人狼に向かって勢いよく飛翔する長椅子の破片を避けるために人狼は少女の拘束を解いてから、破片を蹴り飛ばした。

人狼は投擲先の相手を睨みつける。視線の先には同郷のバルクホルンの姿があった。暫しの沈黙が場を制圧し、その沈黙が破られたのは先程まで拘束されていた少女の泣き声であった。

 

「うわーんッ!!シャーリー!!」

「ほら来いルッキーニ!」

「…」

「ハインツ大尉。先程はルッキーニ少尉の仕業ですが、彼女は決して貴方に危害を加えようとしたわけではありません。なので、どうか拳銃から手をどけてください」

「さもないと私が貴様を撃つぞ!」

「…」

 

人狼は腰に付けた拳銃を抜こうとしていたが、ミーナとバルクホルンに応じて手を放す。ウィッチたちの視線には様々な感情が含まれていて恐怖や警戒が混在していた。人狼はそれらの感情を受け止めた後に、出口へと歩きだした。

 

するとその時、けたたましいサイレンが基地内に響き渡る。

 

『ガリア方面から中型ネウロイが二体接近』

「こんな時にネウロイかよ!」

「ッ! とりあえずシャーリーとルッキーニ以外は出撃よ!」

 

指定された彼女たち以外は全員バンカーへと向かおうと立ち上がる。人狼も出口の扉を蹴飛ばして一足先にバンカーへ向かった。

格納庫では整備兵が人狼のストライカーユニットを木箱から取り出して、一度解体して点検を行おうとしていた。人狼のストライカーユニットはアフリカ戦線から愛用しているbf110で型も同じであり、他のウィッチのストライカーユニットと比べて旧式であった。そして側面に描かれていたエンブレムは非常に掠れていて、正体が分かりづらい。

 

 

「待ってくださいハインツ大尉! まだ試運転をするための燃料しかユニットに積んでいません!」

「…」

「後部機銃の弾薬もありませんけど!」

「…」

 

それでも人狼は無理やりユニットに脚をはめて魔法力を流し込むとエンジンはどうにか動いた。整備兵は狼狽ながらも近くにあったM1918自動小銃と三つの弾倉を手にし、人狼に渡す。人狼はそれを受け取り、弾倉をポケットに入れてBARの安全装置をオフにする。

 

「…」

 

ユニットを取り付けていた固定具が外れ、バンカーから飛び出した。ユニットの重量は軽くなっているので速度と上昇力があり、すぐに高度五千メートルへと移る。

人狼は人狼という種族特有の視力で五十キロ先で飛翔する二体の中型ネウロイを見つけた。中型ネウロイの周りには小型ネウロイが護衛をしてはいない。機動力で劣るユニットで小型ネウロイと戦闘をするのは苦難であったため人狼にとって都合がよかった。

 

ユニットに魔法力を流して急接近を試みる人狼、互いに向かい合っているため接敵は早く、中型ネウロイの光線の射程距離へと至った。

人狼の姿を認知したネウロイは光線を照射して人狼を墜落させようとするが、人狼はそれを紙一重で躱していく。人狼とネウロイの距離が一キロに迫ると、光線を回避しながらすれ違いざまに射撃を行う。しかし魔法力を込めた射撃はネウロイの甲殻を縦一列に傷つけただけで、撃破には至らなかった。

 

「…」

 

悲鳴とも捉えられる奇声を発したネウロイは人狼を殺そうと光線を放つ。そのうちの一本が人狼の胴体を貫く。大穴が空いた胴体には人狼がたじろぐはずもなく、瞬時に治癒して攻撃を続行する。

人狼が所持している武器はBARと二丁の拳銃だけだ。強烈な打撃力を与えられる集束手榴弾は所持していないが、撃破するには現在の武装は十分であった。

 

「…」

 

人狼はネウロイを追従しながら射撃を開始、ネウロイの後方部分が白い破片となって散って大西洋に降り注ぐ。弾が切れたら新たに弾倉を変えて射撃、切れたら射撃を繰り返す。急いで治癒しようとするネウロイは人狼の妨害のため、さほど回復できない。

後方から穴を広げていくと、人狼は赤く光る核を見つけた。人狼は核を照準に収めて射撃をしようとBARの引き金を引くも、弾は出ない。

銃器として意味を成さないBARを投棄し、自身の拳銃に手を伸ばす。

 

「…」

 

手にした二丁のモーゼルで核を破壊するために引き金を引く。

長い銃身から放たれた数発の弾丸は赤く輝く核へと収束していき破壊に成功する。核を破壊されたネウロイは断末魔の声をあげた後に、その全体は破片と化して空中に飛散する。

 

それでも人狼は残り一体の中型ネウロイを倒さねばならない。人狼はその一体を相手にするために魔法力をユニットに込めるが、徐々に魔導エンジンの出力が下がっているのに気づいた。燃料切れだ。

人狼とネウロイの距離はゆっくりと離されていく、人狼はその後ろ姿を黙って見つめることしかできなかった。

 

 

けれど、ネウロイを打倒するものは人狼だけではない。

 

「はあああああ!!」

「やるよトゥルーデ!」

「もちろんだ!」

 

ネウロイは前面から多量の破片を飛び散らす。何故なら人狼の後から離陸したウィッチたちが攻撃を始めたからだ。しかも、ネウロイに相対する相手はエースとして名高いバルクホルンとハルトマン。そして後続には他のウィッチたちが攻撃を始めようとしていた。

 

「ッ! 核が見えたぞ、ハルトマン!」

「まっかせてー! シュトゥルム!」

 

核を露出させたネウロイにハルトマンは固有魔法を発動させた。大気とエーテルを彼女自身に纏わせて強力な風を発生させた。そして核目掛けて突進、修復しようとする甲殻を無残にも突き破り、核を派手に貫いた。核を貫かれたネウロイは例外なく塵と化して空中に散らばる。

 

その光景を終始眺めていた人狼はいつのまにかエンジンの出力が完全に止まり、悲しくも滑空状況に至ろうとしていた。

いち早くその状態に気づいたペリーヌとミーナは人狼に接近すると、人狼の両腕を二人は肩で組んで落とさないようにした。

 

「ったく、ハインツ大尉お願いですからチームで行動してくださいね」

「そ、それと暴れないでくださいまし!」

「…」

 

人狼は彼女らの申告を聞いているのか聞いていないのかわからないような表情を浮かべて極めて無様な格好で基地へと向かった。人狼もこの状況で暴れるほど愚かではないので終始そのままの体勢であった。

 




ブローニングM1918自動小銃

アメリカの自動小銃、ブローニング社で1917年に開発された。
アメリカ軍をはじめとする各国軍において、20世紀を通して使われた。
とりわけ軽機関銃の不足が深刻でブローニングはコルトにて新型自動小銃の設計を行っていた。初の実戦投入の評価は良い。
第二次世界大戦において兵士から人気のある銃器ではあったが八キロと重いので苦情が相次いだ。分隊支援火器としては優秀であった。
朝鮮戦争やベトナム戦争でも使われ、1990年代まで使われた逸品である。


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新入

 

基地は主に石造りで建設されている。遠い昔に作られた城をブリタニア軍が最大限改築して現代の基地へと近づけた。

そして、城ということもあり部屋も豊富に存在してウィッチ一人に一部屋割り当てられていて、それは男性である人狼も含まれていた。

 

「…」

 

人狼は現在何をしているのかというと、もう四年前から所有している狼男が題材の小説を読んでいる。本はもう何十回も読まれているのでシミができたり多くの折り目がついている。

人狼の部屋はとても殺風景であり、私物は持ってきたボストンバック内の物しかない。しかも娯楽といった物はこの本しかない。読書以外の暇潰しといえば拳銃の整備や鍛錬ぐらいだ。

 

人狼以外のウィッチは他国のウィッチと交友関係を深めたりしているのだが、人狼は訓練や出撃以外に交友を持たない。人狼が進んで孤立しているのもあるが、やはり自己紹介時にルッキーニに行った行為も一因である。

つまり人狼に対する好感度はゼロに近い。かろうじて基地内で好意を持っているのは幼馴染のバルクホルンやハルトマンにミーナ、そして畏怖の念を抱いているペリーヌである。

 

人狼はおもむろに煙草を吸いながらガラス越しに外を眺める。外ではペリーヌが傘を差して軽装状態で日光浴をするシャーリーとルッキーニと談話をし、ハンガーへと哨戒を終えたサーニャとエイラが帰還した。

実はネウロイが来襲するパターンをある程度把握しているので、初戦と比べると気楽に待機できるよう進歩していた。

 

慌ただしく腕を振るペリーヌを傍目に人狼は二本目の煙草を口にして火を点けようとした頃、突如としてアラームが基地内に鳴り響いた。当然、この警報が知らせる内容とはネウロイ来襲のことである。

人狼と外に出ていたウィッチたちは急いでバンカーへと向かい、バンカー内にて合流した。出撃するメンバーが黒板に記されている。ペリーヌ、バルクホルン、ルッキーニ、

そして人狼だ。

 

「赤城からの電報でネウロイは赤城率いる艦隊を襲撃中のこと。すぐに出撃してちょうだい!」

「あ、赤城って坂本少佐が搭乗しているんじゃ!?」

「そうよ。現在迎撃中らしいわ」

「すぐに出ますわ!」

「…」

「あ、あわわッ! ハインツ大尉ッ!!」

 

ルッキーニは人狼の名前を確認すると先の行動を思い出したのか顔を青ざめていた。完全に恐怖を植え付けられていた。

 

「流石に大丈夫だ。ハインツは何もしない」

「けどぉ……」

「じゃあペリーヌをハインツの分隊にして、ルッキーニは私の分隊になればいいだろう」

「……わかったよぉ」

 

ルッキーニの返事を聞いたバルクホルンたちは速やかにユニットを履き魔法力を流し込んだ。四つのプロペラは爆音と風を生み出し、整備兵から武器を受け取る。武器の種類は多国籍であり、MG42やブレン軽機関銃にM1918である。小口径の銃器を使うウィッチが殆どなのに、二十ミリの機関砲と後部機銃を扱う人狼は異彩を放っていた。

しかも、風でコートがなびくと腰から弾倉以外に集束手榴弾に二丁の長い銃身が露出した。この重装備を見たウィッチたちは思わず顔をしかめたり、やや引き気味である。

 

「うへー」

「すごい重装備ダナ」

「人間武器庫だ」

「重くないのかな」

 

そんな彼女たちをよそに人狼たちは勢いよくバンカーから飛び出した。空中で編成を組み、全速力でネウロイのもとへと向かう。

編隊中では沈黙が続いていた。戦闘を指揮するのはバルクホルンは飛行中に雑談をしない性格であり、必要な会話以外避けていた。しかも重圧を常に放つ人狼に坂本少佐のことばかり考えているペリーヌ、とてもルッキーニが話しかけられる状況ではなかった。

まだ齢十二歳の彼女には居心地が悪すぎた。

 

「き、昨日のチョコ美味しかったね!」

「ルッキーニ、無駄な会話は避けてくれ」

「……ごめん」

 

可哀想である。

しかもこの状況が十分も経過した。ルッキーニは早くネウロイとの戦闘をもはや心待ちにしていた。

そしてルッキーニ待望のネウロイが目に見えた。人狼たち一同は緊張感に包まれる中、ルッキーニはネウロイに照準を定めて十発の銃弾を放った。ルッキーニは天才的な空戦技術及び射撃能力を有しており、期待の星であった。

 

その銃弾はネウロイに全弾命中し、ネウロイは眩く赤く発光した後にに白い破片となって空に散布するのを確認した。

ルッキーニは喜々とした声で撃墜を確認報告をする。

 

「コア破壊確認!十発十中だよ!すごいでしょー!」

「こちらも確認した。ネウロイ撃墜、戦闘を終了する」

「…」

「坂本少佐ー!ご無事ですかー!」

 

インカムに連絡するバルクホルンとは反対的にペリーヌが迎撃にあたっていた坂本のもとへ急行していく、その光景を見たルッキーニは彼女を馬鹿にしていた。人狼は辺りを見渡して他のネウロイが存在しないかを確認して、脅威が存在しないと判断して安全装置を切る。

眼下には轟沈した艦やその破片、そして艦から救命ボートに乗った乗員が漂っていた。しかし、無事な艦もあるのですぐに救助活動が行われるだろう。

 

そして坂本のもとへと接近するにつれて彼女一人でないことを視認し、彼女は一人の少女を胸に抱いていた。その光景はまさに白ユリの花びらが舞う中、王子が姫を抱きしめている姿そのものだ。幻想的だ。

なお、坂本を敬愛するペリーヌにとって、彼女が見知らぬ少女を抱きしめているのは気に食わないのでペリーヌは怒り心頭といった具合に騒いでいた。

 

人狼はペリーヌ同様、坂本が抱いている少女に疑問符を抱いていた。莫大な魔法力を感知したが坂本のものではないと本能的に察した。坂本も初戦から活躍した古参のエースだが齢十九歳になると聞いていた。ウィッチは二十歳を迎えるころには上がりを迎えるので魔法力が衰えるのだ。

だからこそ、あの莫大な魔法力の発生源は胸に抱いた少女であると結論を下した。

 

「流石だな坂本少佐は。ハインツ、貴様はどう思う」

「…」

 

バルクホルンから掛けられた言葉に人狼は無視した。人狼に無視されたバルクホルンは顔に影を落とすと同時に、人狼が最後に会った頃と今とでは大きく変わってしまったことに疑問を抱いた。

少女を抱きしめた状態の坂本と一緒に帰還した人狼たちは再度各々の行動を行うためにバンカーから離れていった。

 




ブレン軽機関銃

イギリスで作られた軽機関銃、エンフィールド王立造兵廠で1935年に開発された。
1930年代、イギリス軍は新型軽機関銃について競作を行った。その結果、採用されたチェコスロバキアのZB vz 26軽機関銃を、使用弾薬を変更してライセンス生産したのがブレン軽機関銃である。
射弾の散布界が非常に狭いため、ブレンガンの射撃精度が高すぎると指摘したが熟練すれば可能である。
インドやパキスタンなどの旧英領諸国では、現在も現役兵器として使用されている。


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新兵

人狼の朝は早い。

まだ水平線から太陽が半分も昇るころには寝室を出て、拳銃といった軽い武装を身に着けた状態で日々の鍛錬であるランニングを行う。

朝の風はひんやりと冷たく人が少なくて心地が良い、普段から警戒心を高鳴らせている人狼にとって安らかな気分にさせた。人狼が一歩一歩地面を踏み込むたびに異様な二丁の拳銃も喜びを示しているのかカチャカチャ喋り出す。

 

浜辺へと差し掛かった際に、一キロ先のある一か所が太陽光を反射して時折光るのを目にした。点滅する場所や規則性も不規則に変わるこの現象に人狼はその正体を突き止めるために、目を凝らしめた。

 

「…」

 

人狼の視界に映るわ白い軍服を上半身に纏い演武をするかのように扶桑刀を振るう一人の黒髪の少女であった。その演武は華麗とも呼べる半面、少女が行う振りや突きには隙はなくこなしていくうちに魔法力も高まっていることを感知した。

人狼は彼女のことを書類上で確認していた、と思い出して記憶から彼女の素性を突き止めようと探り、数秒のうちに彼女の素性を突き止めた。

 

彼女の名前は坂本美緒、扶桑皇国の軍人で階級は少佐。

彼女の所有する固有魔法は魔眼、感知系魔法の一種で超視力で通常見ることができない領域まで見通すことができる。極めて優れものだ。

戦績も七年前から戦場で活躍しているので人狼よりも古株であり、此処の基地で人狼の上官とも呼べる立場だ。

 

今まで人狼はミーナ以外の隊員とは面として対峙したことはなく、せめて人狼より階級の高い坂本には顔を見知ってもらおうとした。本来なら昨日中に坂本と会合することは可能だったが、人狼は基地に帰投後そそくさと自室に籠り夕食も個人で食していた。

 

行動が決まったのなら人狼は速かった。自慢の脚力を用いて一キロ先の坂本まで走り、地面を踏み込むごとに砂が激しく舞い、足跡が十センチも深くできた。

このいかにも異様に迫りゆく人狼の姿を視認した坂本はすぐさま刀をこちらに構えて臨戦態勢を取る。人狼と彼女の距離は着々と迫っていく。

 

そして坂本の刀の制空権へ人狼が侵入した瞬間、彼女の突きが炸裂した。人狼の胸元目掛けて切っ先は伸び、その速度は卓越したものであった。だが、人狼は姿を霧に変える能力を持っている。アフリカでは気温と太陽の弊害を受けてさほど上手く扱えなかったが、ブリタニアでは違う。

 

体全体を霧化して攻撃を躱し、素早く彼女の背後へと回り込んだ。でも、瞬時に気配に気付いた坂本は左足を軸にして半回転をしながら人狼に斬り込んできた。人狼はその横薙ぎを所持していた左腰の拳銃を半端に抜いて、その異常にも長い銃身で横薙ぎを防ごうとした。

しかし、その判断は間違えていた。なんと銃身は呆気なく切られて胴へと刃が向かう。早々から流血事件を起こす勢いで振られた一閃は、人狼のコートの布地にギリギリ接しないところで止められた。

 

「……流石の運動神経と能力だ。伊達にカールスラントの豪傑だな」

「…」

 

坂本はニヤリと先程の戦闘を満足したかのように笑うと刀を納めた。人狼は階級が上である彼女に対し敬礼する。

変なところで律儀な人狼に坂本も応対して敬礼を返した後に、彼女は自身の名前と階級を述べた。

 

「私の名前は坂本美緒、階級は少佐。もう認知しているだろうが第501統合戦闘航空団の戦闘隊長だ」

「…」

「はっはっは! やはり無口も伊達ではないなハインツ大尉。確かに指示を送る側からしたら厄介者だが、あの戦闘技術ならさほど問題はないだろう」

「…」

 

ポンポンと胸を叩く彼女はいかにも陽気で快活な性格だと人狼は実感した。人狼は戦闘で用いた拳銃を仕舞うのだが、その仕舞う動作を見てとあることに気付いた坂本は額から汗を流し、何かに慌てたような表情を浮かべた。

 

「あっ、あーその拳銃どうしようか。特注品でハインツ大尉の主要武器って書類には書かれていたけど、それ切っちゃたよ私。お願いだから弁償するからミーナには内緒にしてくれないか?」

「…」

 

先程の戦闘のせいで人狼の長い銃身のモーゼルはただのモーゼルへと変貌してしまった。人狼の腰には現在、異様に長いモーゼルと通常サイズへと変更されたモーゼルが差されており、長いモーゼルがより一層異様感を醸し出している。

 

本来なら弁償の話をするだけで終わるのだが、問題なのはミーナだ。一応これは官品扱いになるので書類を書かねばならない。追加として特注品であるため、代わりの銃身を準備する時間は長くなる。さらに問題発生として人狼の主要武器である拳銃を味方である扶桑軍人が壊したことが露呈すると、扶桑は英雄の武器を傷つけたとしてバッシングを受ける。

 

この面倒くさい問題を持ち掛けてきたらミーナは仕事を増やされて青筋を立てることになるのは必至だった。

 

「…」

 

人狼は首を縦に振り彼女の意見に同意を示す。人狼もその問題点を危惧していたのだ。

同意に安堵した坂本は胸に手をおいてため息を吐いていた。

 

「そうだ。ハインツ大尉、私の烈風斬を見ていくか? 私の必殺技だ」

「…」

「こう海面をズバッーと割ってしまう威力の技で、斬れぬものは大体無い!はっはっは!」

 

人狼は彼女の問いに対し意外にも拒否した。理由としては彼女のもとへ近づく足音が聞こえたからだ。足取りは軽いのでウィッチだと判断するが、今の人狼はあまり人とは関わりたくはなかった。だから人狼はすぐにこの場を去るのが最善と考えたのだ。

 

「そうか、なら仕方ない。戦闘でも見せるからその時に」

「…」

 

第三者と遭遇するのを嫌った人狼は、彼女に短く敬礼をした後に脚に力を込めて来た道を戻っていく。人狼が去ったその一分後に直感した通り昨日着任した宮藤芳香が坂本と遭遇した。その様子を遠方から人狼は一見した後に基地へと向かって走っていった。

 

なお一部始終を見ていたペリーヌは人狼の戦闘技術の高さに再度畏怖しつつも、談笑を楽しむ宮藤に嫉妬の念を抱いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして午前十時頃に隊の全てのウィッチがブリーフリングルームに集められた。当然その中には人狼も含まれていた。

 

人狼は皆がそれぞれ座り終えるタイミングを見計らってから入室し、椅子に座るのではなく壁を背にして立ち、皆に威圧するかのように圧を醸し出していた。

室内がひりついた空間になり、元気活発なルッキーニや誰とでもフレンドリーなシャーリーも流石に息が苦しくなった。

その様子を打破するかのようにミーナが両手を叩き、新たな隊員となった宮藤の紹介を始めた。

 

「はい皆さん注目、新ためて今日から仲間になる新人を紹介します。坂本少佐が扶桑皇国から連れてきてくれた宮藤芳香さんです」

「宮藤芳香です。皆さんお願いします」

「階級は軍曹になるので同じ階級のリーネさんが面倒を見てね」

 

同じ階級の隊員の世話を任されたリーネは薄らと歓喜に満ちた声で返事を送る。

ミーナは宮藤に必要な書類や衣類に階級章、認識票を説明している最中に宮藤は何かを見て顔を顰めた。

 

「あの…これは要りません」

 

そう言って宮藤は自身の官品である拳銃をミーナに手渡した。

 

「何かの時には持っといた方がいいわよ」

「使いませんから……」

「そう……」

 

この行為に反応する者は十人十色であった。

ミーナと同様に困惑する者、坂本のように笑う者、ペリーヌのように怒るものもいた。宮藤の態度をいけ好かないペリーヌは彼女に愚痴を吐きながら退室した。

 

では宮藤の態度に人狼はどのような態度を取ったのか。それは疑問であった。

本来なら戦場とは銃器を手にして戦闘するのが当然であり、その銃器を携帯するのを拒否したとならば何故彼女は此処に赴いたのかが人狼にはわからなかった。少なからず新兵として教育を受けていたはずの芳香がこの態度を取るのかわからなかった。

宮藤が他の隊員とじゃれ合うのを傍目に、二重の疑問を浮かべながら人狼は退室しようと足を進める。

 

二重の疑問を抱いた少女は第501統合戦闘航空団、通称ストライクウィッチーズに大きな波紋を広げることとなるが今はまだ誰にも知られていない。

 




日本刀

日本で生まれた刀剣で、一般に日本刀と呼ばれるものは平安時代末期に出現した。
反りがあり刀身の片側に刃がある刀剣のことを指して世界で有名な刀剣類の一つとして現在でも人気である。
なお、ストライクウィッチーズの世界では日本刀ではなく扶桑刀に置き換わっているので間違えないように。あと軍刀とも微妙に違う。


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麻薬

「監視所から報告が入ったわ。敵、114地区に侵入。高度はいつもより高いわ、今回はフォーメンションを変えます」

 

宮藤が入隊してから一週間も経たない頃に、早朝にネウロイが侵入したという報告がされて基地のサイレンがまるで目覚まし時計のように辺りを刺激する。慌てて飛び起きたウィッチが大半だが、訓練を行っていた人狼や坂本に職務のため徹夜をしていたミーナは一足早くハンガーへ待機していた。

 

「バルクホルンとハルトマン、そしてハインツ大尉が前衛、シャーリとルッキーニが後衛、ペリーヌは私とペアを組め」

「残りの人は基地で待機です」

 

かくして人狼も上がることとなり、前衛のハルトマンとバルクホルンの間に挟まる位置で飛行する。人狼の武装はいつもの機関砲に集束手榴弾、そして銃身がバラバラな二丁のモーゼルだ。

敵と接敵するまでは会話らしいものはなく、ネウロイとの距離も近かったことから無言の間による圧力を受けずに済み、前回の出撃で被害者だったルッキーニは安堵した。

 

「敵発見!突撃ー!」

 

坂本の号令で前衛の人狼たちが眼下に存在するネウロイに向かって急降下を行い、それを援護するかのようにシャーリーとルッキーニは銃撃をする。

人狼たちから出された交差する三本の雲が引かれると、ネウロイの上部装甲が白い破片を飛ばしながら奇声を発する。その三秒後に小規模な爆発がより一層破片を飛び散らす。ネウロイも反撃しようと光線を照射するが一向に当たる気配はない。

 

「手ごたえがなさすぎるわ……」

「おかしい…コアが見つからない…」

「まさか揺動ですの?」

「だとしたら基地が危ないッ!」

 

ネウロイとの戦闘を見ていたペリーヌと坂本がこの状況に違和感を覚えた。今まで襲来してきたネウロイと比べて動きが単調で攻撃もろくに照準を定めていないのだ。

このことから坂本たちが察した一つの考え、それは核を持つ本体が基地への攻撃だということ。

 

現在戦闘を行っている前衛の人狼たちを囮のネウロイに対処させて、それ以外の隊員と坂本たちはすぐさま基地へ向かうのであった。

 

「了解。ハルトマンにハインツ、坂本少佐の無線を聞いた通りにこいつの足止めだ」

「わかってるよ」

「…」

 

仮にもエース揃いの第501統合戦闘航空団でその中でもトップクラスの撃墜数を誇るハルトマンとバルクホルン、それに度重なる死線を幾度も切り抜けてパ・ド・カレーの英雄となった人狼、いくら核が無くて決定打が出さないが半ば無限ともいえる回復力が取り柄のネウロイ相手ではあまりに過剰な戦力であった。

 

「ハインツが左翼ハルトマンは右翼、私は真ん中を受け持つ」

「了解したよ」

「…」

 

一旦距離を取って、人狼は空になった弾倉を取り換えてハルトマンと同時に任された箇所へ突撃する。当然のように赤く煌めく光線も人狼たちに向かって伸びるが光線の力も弱く、魔法障壁での対処が容易だ。

 

最初にハルトマン、続いて人狼が攻撃を始めると円盤型のネウロイから新たな翼が生えたかのように破片が飛び散る。人狼たちに反撃を企てるも中央の箇所がバルクホルンの攻撃によって装甲を剥がされる。

これにはネウロイも堪らず悲鳴ともいえる奇声を発するが人狼たちが攻撃を止めるわけない。何度も何度も繰り返して攻撃されるのでネウロイは徐々に力を失って高度を落としていく。

 

「うわっ、うちらやり過ぎみたいだよ」

「関係ない、木っ端微塵になるまで叩けばコアが無くても消滅する」

「エグいね」

「そうだろハインツ」

「…」

 

あまりに豪快な思考に思わずハルトマンは苦笑いを零す。人狼は適切な処置だ、と言うかのように首を縦に振る。

 

 

しかし、そんな蹂躙ともいえる戦闘はミーナ率いる別動隊が無事に本体を撃破したと連絡が入った直後に人狼たちが相手をしていた囮ネウロイは呆気なく崩壊した。ネウロイは今まで受けた苦痛から逃れるかのように一分も経たずで消滅してしまった。

 

「ネウロイ撃破を確認、帰還する」

 

バルクホルンは基地に無線を送ると機関砲の残弾を確認する人狼のもとへと迫る。

 

「さっきの戦闘はなんだ。コアが無くて動きが単調なネウロイだったから今回はよかったものも、まともなネウロイだったら貴様撃墜されていたぞ。もう少し危機感を持ってなおかつ仲間との連携をしろ」

「…」

「おい、どうして無視する。私はお前を気に掛けているんだぞ!」

 

人狼はバルクホルンに指摘されるも普段通りに冷淡な態度を取り、その場から避けるかのようにエンジンの出力を上げる。エンジンの音が段々と大きく響く。

 

これを見た彼女は眉を顰めて人狼の肩を掴もうとした。しかし人狼は肩を掴まれる前に彼女へ体当たりを行い双方の距離を取り、よろめきながらも唖然とした表情を浮かべる彼女に二挺の機関砲を人狼が向ける。

安全装置も外されており、銃口はまっすぐ彼女の胸元を向けられていた。人狼が人差し指に少しでも力を込めればバルクホルンは数発の弾丸で哀れにも胸を貫かれることとなる。下手すれば血潮に果てる。

 

このやり取りを傍観していたハルトマンもすぐさま人狼に機関銃を向けて牽制するが、霧化や銀が体内に入らない限り死ぬことはない人狼相手には分が悪い。辺りは緊迫した雰囲気に包まれる。

永遠ともいえる冷たく緊迫した空間の中、最初に言葉を発したのはバルクホルン自身であった。

 

「……すまない、お前はああやって今までの戦場を切り抜けたんだよな。口出しして悪かった、忘れてくれ」

「けどトゥルーデ!指摘されただけで銃を向けるハインツ大尉の方が悪いよ!」

「いいんだハルトマン。人には人のやり方があるのを忘れていた私が悪い」

 

虚ろな目で感情や思いを押し殺しながら見繕った笑みを浮かべるバルクホルンに対し、ハルトマンはまるで自分自身が苦痛を受けたかのように歯を噛みしめる。彼女は初めて見せる醜悪でぐちゃぐちゃなバルクホルンの笑みが、戦争のストレスで過剰にモルヒネを打つ戦友のように見えてしまったのだ。怒りと悲しみがハルトマンの心を混合し合う。

ハルトマンが顔を歪める中、バルクホルンはそんな笑みを浮かべた状態で人狼に言う。

 

「……もしお前が困ったらいつでも呼んでくれ、私がすぐに飛んで何でも助けるよ」

「…」

 

ハルトマンは彼女がこのままではマズいことに気付いた。彼女にとって人狼の存在はモルヒネのような劇薬で、快楽をもたらす代わりに依存してしてしまう悪魔の二面性を持つ。ハルトマンは中毒者の末路を悲しくも知っていて、ストレスでモルヒネを多量に打つようになった戦友たちは正常な判断ができずに戦闘で死ぬか精神病棟に更迭される姿を数年のうちで何度も見ていた。

 

「…」

 

対して人狼は彼女の返答に無言を貫き、首を振ることはなかった。この態度で人狼も彼女を思うがままに酷使することはないことを悟りひとまず安堵した。冷淡かつ過激な行動を取る人狼にもある程度の良識は存在したのだ。

 

「基地に帰投しよう。戦闘後に起こした行動は皆忘れてくれ」

「……わかったよ」

「…」

 

人狼はバルクホルンの言葉を聞くとエンジンの出力を上げて、一足先に基地へ帰投する。バルクホルンは人狼が見えなくなるまでジッと魅入られたかのように見つめていた。それは恋人や想い人に向ける視線ではなく、神を崇拝するかのようにだ。

あまりに彼女が熱狂的だったのでハルトマンは息を呑んでしまった。

 

もしもこのことをミーナに伝えてしまったらどうなるのだろうか。そんなことをハルトマンは考えた。ハルトマンという小さな少女は能天気でマイペースな性格なのだが、時折頭が切れる場面がある。伊達に彼女の妹で科学者のウルスラと姉妹ではない。

 

ミーナはパ・ド・カレー防衛戦で恋人だったクルトを失い、それ以降ウィッチが男性との接触を非推奨にしている。おそらく人狼を隔離するか何処かの基地に移すだろう。

それに上層部にも知らされたらバルクホルンが精神病患者として更迭されることもありえる。これにより第501統合戦闘航空団の戦力の低下にも繋がる。

厄介な人狼とバルクホルンの拗れた関係にハルトマンは思わず頭を抱えた。下手に手を打ってしまうと、よりバルクホルンは人狼に依存してしまうし、ただでさえも妹のクリスの件もあるのにより戦闘にも支障が出てしまう。

 

「じゃあハルトマン先に帰るからな」

「うん、わかった」

 

人狼と彼女がその場から去った後にハルトマンは面倒な隊員が来たな、とため息を重々しく吐いた。

過去の人狼はあそこまで性格が拗れていたかと記憶を思い出すも、そんな記憶は無かった。数年前は素直に指摘に従ったり、仲間を気に掛けていたのに何が人狼をあそこまで変えてしまったのかわからなかった。

 

「ちょっと調べる必要があるね」

 

ポツリと自分に言い聞かせるように呟いて、ハルトマンはバルクホルンの破滅を防ぐために決心した。友人である彼女を護るために。




タイプライター

デンマークで作られた機械で、ラスムス・マリング=ハンセンが1865年に開発した。
1870年に(一応は)製品として商業生産して、パリ万博では賞を獲得した。なおアメリカに特許を買収された。
タイプライターが普及するとタイピストと呼ばれる職業が生まれ、女性が多くその職に就いた。


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悪夢

バルクホルンは夢を見ていた。

四年前のカールスラント撤退戦の中で、眼下はネウロイの光線や銃弾にて炎上する街が存在し、炎は地獄の炎を体現したかのように燃え盛り、人が焼けていく臭いも僅かに漂う。炎はその場に留まり炎上を続けるのではなく、闇雲に火を移していく炎上範囲を広げるのであった。

 

そしてその炎上を起こした原因である中型ネウロイが黒雲を貫いて出現すると、彼女は歯を痛いほど噛みしめて鬼の形相で睨みつける。憤怒と憎悪が異常なまでに湧きあがり今までの疲労を無視して、彼女はネウロイに突貫して機関銃を撃つ。

 

「うああああああ!!」

 

光線がバルクホルンに向かって迫るも魔法力で魔法障壁を展開し防御、彼女の突撃に同伴し僚機が懸命に怒りで我を忘れている彼女の援護を行い、彼女はそのネウロイの核を破壊した。

ネウロイを形成していた漆黒の甲殻が一瞬で白い破片となり、地上へ降り注ぐ中彼女は気まぐれに下を見てしまった。それが悪かったのだ。

 

ちょうどそこにはバルクホルン自身の妹であるクリスが巨大な破片が降り注ぐ街で泣いており、彼女の頭上に破片が落ちた。

 

「クリスッ!!」

 

彼女は夢から覚めて飛び起きて辺りを見渡すも、そこは四年前のカールスラントの戦場ではなくブリタニアに設立された基地内である。あれが夢であったのを認識したバルクホルンは最悪な記憶と生じた感情を無理やり胸の内に秘めてベッドに就くが眠れるはずもない。彼女はただ横になって時間が経過するのをジッとしていた。

 

「なんで今頃あんな夢を……」

 

 

朝になると食堂では新たに入隊した宮藤とリーネが進んで食堂で配膳を行っており、ほとんどのウィッチがそこで朝飯を貰い食していた。しかし、人狼はそこにはおらずキッチンからパンと肉の缶詰が少量消えているので、おそらくは自室で食べていると彼女たちは予想した。

 

「ねぇ芳香ちゃん聞いた?カウハバ基地が迷子になった子供のために出動したんだって」

「えー、そんな活動もするんだ。すごいね」

「うん、たった一人のためにね」

「でもそうやって一人一人を助けないと皆を助けるなんて無理だよね」

「そうだね」

「……皆を助ける、そんなの夢物語だ」

 

ちょうど彼女たちの談笑に割り込むように宮藤の意見を単なる理想だと否定した。実際バルクホルンの意見は正しく、ただでさえも日常生活で行うことが難しい行為が過酷な戦場で果たして行えるだろうか。それに軍隊というのはを小を生かすために大を投入することは滅多になく、むしろその逆を頻繁に行うからだ。

 

「えっ、何ですか?」

「すまん、独り言だ」

 

バルクホルンが席に着くと何か思うことがあるのかスプーンを手にしたまま黙り込むと、彼女を挟むようにハルトマンとミーナが座る。

 

「どうしたのトゥルーデ、浮かない顔ね」

「食欲もなさそう」

「そんなことない」

「食事だけはしっかり摂るトゥルーデが手を付けないなんて」

 

ハルトマンに指摘された途端、バルクホルンは顔を顰めた状態で手を動かして無理やり口に頬張る。数度口にした際に食堂で背を向けて調理をする宮藤を見つめた。宮藤もバルクホルンの視線に気付いたのかこちらを振りむくが、その時には彼女は視線を戻して朝食を食べていた。

 

「そういえばハインツはどうしたのだろうか。体を壊してないといいが」

「大丈夫でしょ、あんな大きくて丈夫な大男が体調を崩すとは到底思えないね」

「こらハルトマン、言い方」

「……確かにそうだな。確かにあいつはそう簡単に不調を起こさない男だからな。忘れていた」

 

その後彼女は少しだけ配膳の具を食べただけで満足したのかキッチンに配膳を置いて何処かへ去ってしまった。

宮藤はこの態度に思わず疑問を持つが、思考を遮るようにペリーヌが配膳に添えられた料理に苦言を呈す。

 

「バルクホルン大尉じゃなくてもこんな腐った豆、とてもとても食べられたもんじゃありませんわ」

「納豆は体にいいし、坂本さんも好きだって言っています」

「さ、坂本さんですって!?少佐とお呼びなさいって、私だってさん…付けも……まだ……

とにかくいくら少佐がお好きでもこの臭いは絶対に我慢ができませんわ!」

 

実際に扶桑人でも一部は抵抗がある納豆が外国人に受けるかといったら正直苦手な者が多いだろう。見た目や臭いに感触といったところが独特だからだ。しかもアジア系ならまだ知れず、ヨーロッパ系ならなおさらだろう。

まあまあの騒ぎがありながらも無事に食事は終了した。

 

食事が終わり宮藤とリーネはシーツや洗濯物を干しに中庭へ向かう最中、廊下で大きいサイズの木箱を二つ持ちながらこちらに来る人狼に遭遇した。ちょうどこの廊下には人狼の寝室が存在しており、普段は余程ではない限り自室に籠っている。

宮藤とリーネは二人で協力してネウロイを撃墜した戦い以降人狼の姿を確認してはいなかった。普段はほとんど関わりがないため、故に宮藤は人狼と友好を築こうとした。

 

「あのー、ハインツ大尉」

「よ、芳香ちゃん止めた方が」

「…」

「その木箱、中身は何ですか?」

 

宮藤が人狼のもとに駆け寄り声をかける。人狼は無論、赤い瞳で彼女を捉えると無言を貫いていた。険悪な雰囲気になってしまったらどうしようかと気弱な少女リーネは動揺するのを傍らに、宮藤は積極的に話しかける。

 

「もしかしてその中身ってお菓子とか美味しいものですか?」

「…」

「そういえばハインツ大尉は出身がカールスラントだからバームクーヘンですかね」

「…」

「うちにもバームクーヘンに負けないようなお菓子があって、羊羹っていう小豆を使った美味しくて甘いお菓子があってですね!」

 

彼女と人狼の一方通行な会話は一切合切進展することはなく、人狼はこの場から立ち去ろうと、正面に立ち塞がる彼女を避けようとするも右に避けると彼女も右に、左に避けると彼女も左に移る。彼女は会話ができるまでその場に居座って人狼の動きを妨害するつもりなのだろうか。この無礼ととれる行動にリーネは固唾を呑んで見守っていた。いや見守ることしかできない。

 

「それで私の故郷ではですね」

「…」

 

あまりにしつこく彼女が妨害を続けるので人狼は折れたのか手にした木箱を床に置いて、その一つの箱の蓋を彼女の前で開けて中身を開示する。

中には五個の集束手榴弾や使用するモーゼルの弾倉と銃弾が幾つか、そしてやたらと長いモーゼルの銃身であった。どれも新品であるからに人狼の本国から送られてきた特注品なのだと宮藤は理解した。

 

彼女が見終えたことを認識するとすぐ蓋を閉じて手にする。そして行く先を妨害されまいと人狼の所有する霧化を使用してこの場から消失した。

 

「よ、芳香ちゃん怖くなかったの?」

「正直怖かったけど何故か怖くなかったよ」

「矛盾してない?」

「うーん、なんだろうね。なんて伝えればいいかわからないや」

 

宮藤はそう直感した内容を告げて頭を掻いておどけたように笑っていた。

 

 

時が経ち夕暮れになるとハルトマンが手にした給料を握りしめて愉悦に浸り、ミーナがバルクホルンに給料はどうするのかを問う。

 

「またいつもの通りにしてくれ」

「少しは手元に置かないと」

「衣食住全部出るのにそれ以外必要ない」

 

バルクホルンは給料を受け取ることなく、リーネにいつも通りにするよう伝えた。バルクホルンは給料日になると給料の全てをクリスのために費やす。

四年前の事故以来クリスは目を覚ますことはなく、ブリタニアの病院で昏睡状態に陥っている。医療費をクリスに費やすにしても半分は残るが、過剰に彼女はクリスに費やしていた。おそらくそれは彼女自身が死んでもクリスが病院で療養できるようにだ。

 

「そういや、クリスの医療費を払ってくれる謎の人物にも感謝しなくてはな」

「本当ね。いつも月初めになると病院に妹さん宛にお金や病院の子供のために絵本やおもちゃを提供するからいつか恩返しがしたいわね」

「そうだな」

 

クリスが入院する病院に数か月前から毎月月初めになるとクリスに向けての多額の金と入院する子供に向けておもちゃや絵本を提供する謎の人物が存在した。手口としては、早朝の正面扉に一つの大きな木箱が置かれている。中身のおもちゃや絵本もどれも新品かつ新しく発売された物が多く、患者の子供が要求していた品も入っている場合もある。

 

一時期、院長や看護師はその正体を特定しようと正面扉を見張るが、ふと目を離したうちに置かれたことが何度もあり、最終的には監視をやめてしまった。

いつしかその人物のことを誰かがこう呼び、伝承した。紳士の妖精(シルクハットマン)と。

 




足長おじさん

アメリカで生まれた児童文学、ジーン・ウェブスターが1912年に発表した。
身寄りのない少女に進学のための援助を行なう内容で、現代日本では広く学生への援助者の意味で用いられ、遺児奨学金のための原資拠出を行なう人をあしながさんと呼ばれることが多い。
アメリカをはじめとして数度映画化され、日本では1979年と1990年にテレビアニメ化された。


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回復

宮藤が人狼に接触した翌日、滑走路には新米のリーネと宮藤を指導するためにバルクホルンと坂本が居た。今日は編隊飛行の訓練を行うので、リーネは坂本とペアを組み宮藤はバルクホルンと組むこととなる。

宮藤は先日のバルクホルンの態度を不思議に思っていたため、坂本の応答に多少遅れてしまう。

 

「二番機はひたすらリーダーの後についていけ、他は見るな。方向転換したらそれについていく、射撃指示が出たら撃つ。リーダーは敵から目を離さず二番機に的確な指示を出していく、だから安心してついていけ」

「「はい」」

 

 

新米の二人の一番機である坂本とバルクホルンは古参であり精鋭、坂本は彼女たちと一緒に飛行しながらロッテ編隊やこれから行う訓練の内容を話す。なおバルクホルンは普段とは違い、何かを気にして坂本の指示を聞き逃しているようにも見えた。

 

「どうしたバルクホルン、聞こえてないのか?」

「…大丈夫だ。行ってくれ」

 

数秒遅れてバルクホルンは坂本に準備が完了したことを伝えると、坂本はリーネを引き連れて降下した。スピットファイアと零式戦闘機の二発のエンジン音がその場に響く。

 

「行くぞ新人」

「はいッ!」

 

先行した坂本たちを追うためバルクホルンたちは旋回して下降する。一方で宮藤たちの訓練を遠方から眺めていたペリーヌは坂本と一緒に訓練を行っている宮藤に対して嫉妬していた。実際には坂本とペアを組んだのはリーネであり、宮藤は完全にとばっちりを受けている。哀れであるがどうせ宮藤は気にしないので問題はない。

 

 

突然、訓練が始まって間もない頃に基地の方からサイレント空砲が鳴り響く。

 

「敵襲!」

「えっ!?」

「まさか!?」

「敵かッ!」

 

基地で一番高いと言われている監視塔からは一人の兵士が黒板にネウロイが出現したであろう座標を書いて坂本たちに伝える。

 

「ネウロイだ!グリッド東07地域高度15000に侵入!」

 

即座に黒板を確認した坂本は高度を上げて散会していたバルクホルンと合流し編隊を組み、出現地点へと向かう。その道中で基地から新たに出撃したミーナたちと合流する。なおミーナの編隊には人狼の存在もある。

 

「最近やつらの出撃サイクルのブレが多いな」

「カールスラント領で動きがあったらしいけど詳しくは」

「カールスラント……ッ!?」

「どうした?」

「いや、何でもない」

 

ミーナと坂本の話を聞いてカールスラントという言葉に反応するバルクホルン、クリスの一件や祖国であるカールスラントの話題が重なってしまったから過敏に反応してしまったのだろう。

 

「よし隊列変更だ。ペリーヌはバルクホルンの二番機に、宮藤は私のところに入れ」

 

またもや内心で宮藤に嫉妬するペリーヌ。新米でありながらも少しばかり危険な行動に走る宮藤を援護するには歴戦の猛者である坂本がちょうどいいのだ。

坂本は自身の魔眼でネウロイを視認して報告、ミーナがバルクホルン隊に指示を出してバルクホルン隊を突撃させる。坂本隊は彼女の援護を行うため後を追うような形で突撃する。

 

「そしてハインツ大尉は…行っちゃったわ……」

 

人狼にも指示を出そうとしたミーナであったが、人狼はもう突撃をしてしまいその場にはリーネしかいない。人狼は何年もネウロイと戦闘を繰り広げているから何も言わなくても自身の役目を理解しているであろう、とミーナは内心でため息を吐きながらも察した。

 

ネウロイへの攻撃は各小隊によって行われるが、その中でもバルクホルンの動きがおかしい。何故ならバルクホルンは常に二番機を視界に入れた状態でネウロイを攻撃するのだが、今回の戦闘において彼女はそうではなかった。ペリーヌや他の小隊と連携を取るわけでもなく、単独でネウロイに率先して銃弾を浴びせていたのだ。

この事実に、長年彼女と共に戦闘を行っていたミーナはそのことに気づいた。

 

「あそこを狙って!」

「はいッ!」

 

ミーナの指示でリーネはバルクホルン隊が率先して攻撃していた部分に目掛けて、対物ライフルの引き金を引く。

弾は彼女たちに誤射することなくネウロイに命中、細かい破片が煙のように散らばる。

ネウロイは体の至る所から幾つもの光線を放ち、反撃を行う。そして人知れず人狼の胸元に光線が命中して穴が開くも、それだけでは死ぬことができないため瞬時に治癒して戦闘を続ける。

 

「近づきすぎだバルクホルン!」

 

坂本の注意を聞かずにバルクホルンは憑りつかれたかのようにネウロイに至近距離からの銃撃を行い、彼女のもとへ光線が放たれるも流石エースと呼ばれたウィッチは伊達ではない、即座に上昇してその攻撃を躱す。だが彼女の後ろにはペリーヌがおり、寸でのところで魔法障壁を張って防御するも光線の反動は殺しきれず後ろに飛ばされる。

 

そして不幸なことにペリーヌが飛ばされた場所にバルクホルンが存在し、衝突してしまう。弾かれたバルクホルンは体勢を立て直すも眼前には赤い一条の光線が迫る。咄嗟に魔法障壁で対処を試みるも、防ぐことはできたが魔法障壁で反らした光線が彼女の持つ機関銃に当たり、暴発を招いた。

 

暴発というものは恐ろしいもので彼女の腹部を破片が貫き、発生した爆風に巻き込まれた。負傷した彼女は体勢を立て直すこともできず地上へ向けて急降下を始める。

すぐさま宮藤とペリーヌが彼女の救助に向かい、人狼はその様子をただ眺めていた。

 

「大尉ッ!」

 

なんとか落下する彼女を捕まえて宮藤とペリーヌはゆっくりと地上へ降り立つ。宮藤とペリーヌはユニットを脱いで、寝かしたバルクホルンの傷を処置しようと彼女の服を脱がす。暴発による傷は深手であり、出血が止まらない。彼女のシャツは真紅へと染まりつつある。

 

「私のせいだ…!どうしよう!」

「出血が……ッ!動かせない、もっと酷くなる。此処で治療しなきゃ……」

 

狼狽えるペリーヌを傍目にどうにかできないかと努力する宮藤、そんな二人のもとにもう一つの落下物が存在した。

その落下物は木の枝が折れる音や葉が揺れる音を豪快に鳴らして、さらにまだ足りぬと地面を何度も何度も転がった。思わず目を落下物に注視する三人、その眼前はむくりと立ちあがり二メートルほどの巨躯を彼女らに見せつけた。

 

「は、ハインツ大尉……」

「…」

 

体に付いた葉や枝を払いながら彼女らに近づき、懐から謎の箱を取り出して蓋を開ける。そして中からある物を取り出して寝ているバルクホルンの腕を掴む。

ペリーヌと宮藤は人狼が手にしていた物体を知っており、その存在は軍にいるものなら誰でも知っていると言っていいほどの知名度を有していた。

 

「……モルヒネですか?」

「…」

 

人狼は宮藤の質問に首を縦に振り応答する。そして手際よくアンプルを折り注射器がモルヒネを吸うのを確認し、彼女の腕に注入した。

すると苦痛に苦しむ彼女が徐々に和らいでいく。

 

これを機に宮藤は大きく深呼吸して決心すると、バルクホルンの傷に自身の手を当てて魔法力を注ぐ。宮藤の持つ固有魔法は治癒能力、すなわちその能力をバルクホルンに行使しているのだ。

宮藤を中心に魔法力からなる青い半球が広がっていく様子にペリーヌは驚愕した。人狼も例外ではなく、見たことのない魔法力に微々たるものだが動じている。

 

「こんな力が……」

「…」

 

しかし、最中にネウロイは負傷したバルクホルンと懸命に処置をする宮藤に攻撃を始める。ペリーヌは素早く魔法障壁を張って光線を防ぐ。彼女を援護するかのように人狼も一緒になって魔法障壁を張る。

 

「今治しますから!」

「私に張り付いていたらお前たちが危険だ。離れろ、私なんかに構わずその力を敵に使え……ッ」

「嫌です。助けます、仲間じゃないですか……ッ!」

「敵を倒せ。私の命など捨て駒でいいんだ……」

「貴女が生きていれば私なんかよりもっともっと大勢の人を守れます」

「無理だ。皆を守ることなんてできもしない。私はたった一人でさえ……ッ!」

 

バルクホルンが想起したのは妹のクリス、彼女は妹が昏倒してしまったあの時まで悔い続けていた。ただひたすらに自分を咎め続け、度重なる重責に苦しんでいた。

 

「もう行け、私に構うな」

「皆を守ることなんて無理かもしれません。だからって傷ついている人を見捨てるなんてできません!一人でも多く守りたい、守りたいんです!」

 

この間にもネウロイの攻撃は激しくなり、人狼とペリーヌの魔法力では光線に耐えきれるほどの魔法障壁を維持できない。

 

「早く!もうあまり持たないの!」

「もう少し、もう少しだからこれで―――――」

 

バルクホルンの傷がそろそろ完治に至るが、光線に耐えきれなくなったペリーヌと人狼は軽々と吹き飛ばされる。人狼は足を地面に擦りながら着地し、体勢を整えて光線からの回避をできるようにする。

だが、バルクホルンに全力の魔法力を注いでいた宮藤も流石に魔法力が底を尽いたのか気を失ってしまう。人狼でも三人を回収して回避はできないので万事休すに陥っていた。

 

 

「――――今度こそ守って見せるッ!!」

 

 

だが、一人の果敢な少女は見事立ちあがる。

傷は処置により完全に癒えて、宮藤とペリーヌの武器を拾う。魔法力を回してユニットを回せるほどにまで回復できたのだ。

 

「バルクホルンさん……」

「迷惑かけたな、皆」

「…」

 

バルクホルンは彼女らと人狼に笑みを浮かべ、そのまま上空に存在するネウロイに向けて急上昇した。幸い、ネウロイの核は露出しており簡単に撃破できるようになっている。坂本とミーナの援護下でバルクホルンは勇ましい雄叫びをあげて手にした機関銃を乱射して突撃する。

 

少女から伝導した固い決意と屈強な意志を得た弾丸は核を容易く粉砕し、ネウロイは奇声を発した後に塵となって落ちる。

撃破の余韻に浸るバルクホルンのもとにミーナが足早に向かい、バルクホルンにビンタする。ぴしゃりと乾いた音が響く。

 

「何をやっているの!貴女を喪ったら私たちはどうしたらいいの!」

 

涙声で切実に叫ぶミーナにバルクホルンは動揺した様子で俯いた。

 

「故郷も何もかも失ったけど私たちはチーム、いえ家族でしょ!部隊の皆がそうなのよッ!貴女の妹のクリスだってきっと元気になる。だから妹のためにも新しい仲間のためにも死に急いじゃ駄目ッ!!」

 

ミーナは彼女に抱き着いて泣きながら言い続ける。

 

「皆を守れるのは私たちウィッチーズだけなんだからッ!!」

「……すまない、私たちは家族だったんだよな。休みを、休みをくれないか?見舞いに行ってくる」

 

決心したバルクホルンは家族と仲間を悟り、ミーナに休暇申請を申し込むのであった。

その様子を地上から眺めていた人狼は使用したアンプルと注射器を捨てて、箱を閉じようとした。

 

その瞬間、突如として突風が吹いた。突風に煽られた箱は地面に落ちて、中から二つのアンプルが転がる。

一つは先程使用したモルヒネのアンプル、そしてもう一つのアンプルのラベルにはシアン化カリウムと記載されていた。




シアン化カリウム

別名青酸カリウム、毒物の代名詞的存在だが、工業的に重要な無機化合物である。毒物及び劇物指定令でシアン化合物として毒物に指定されている。
第二次世界大戦のドイツ軍人が服毒自殺をする際によく用いており、ヒトラーやロンメルにゲーリングといった主要メンバーが摂取した。
なお偶然にもナチスドイツの最高傑作であるエニグマを解読したアラン・チューリングも服毒した。


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見舞

 

「なあハインツ、一緒にクリスのお見舞いに行かないか?」

「…」

 

基地の多くの隊員が寝静まった頃、普段は誰一人訪れることのない部屋にて珍しく一人の訪問者の姿があった。

 

その正体は人狼と同じくカールスラント軍に所属しているバルクホルンで、彼女は入室しドアを閉めて、近くにあった椅子に腰かける。人狼は自身の武器であるモーゼルを床で分解整備を行っているので、敷かれていた新聞紙の上には無数の部品が存在した。

人狼は彼女の話を聞いているのかいないのか黙々と銃身に溜まった煤を拭きだしている。

それでも彼女は話を続ける。

 

「数か月前に病院の院長から電話があってな、どうやらクリスに私以外の多額の金が送金されて、しかも病院で療養する子供たちにもおもちゃや絵本を送る紳士がいると聞いた」

「…」

「その正体はお前なんだろ。ハインツ」

「…」

 

ピタリと人狼の手が止まる。

人狼は初めて彼女の顔を下から覗くように凝視する。怒りや羞恥という感情が込められてもいないにも関わらず、無意識に人狼から圧力がかかる。バルクホルンは人狼と長い付き合いのためその程度のことは慣れていたが、理解の少ない人間だと思わず怯んでしまう。

 

「何故お前に至ったかは至極単純、送金については南リベリア大陸から送られていることが判明している。それにクリスのいる病院にしかその送金やおもちゃが送られてはいない」

 

彼女はその証拠となる発言を行う。すると人狼はゆっくり立ちあがると、部屋の隅に置かれていた二つの木箱を持って近づき、彼女にその内部を見せる。

中には新品の可愛らしい人形や絵本が込められており、それはまさに人狼がその正体を明かしたことを意味し、バルクホルンは薄っすら笑みを浮かべ安堵した。

 

バルクホルンは今まで、四年前とは違った雰囲気と態度に戸惑いを隠せずにいて、一時は冷徹かつ残忍な者へ変貌を遂げたと不安視していた。だが、今となってはその疑いは晴れた。

子供の頃と同じく、無口で威圧的で不器用ながらも弱者や子供を思いやれる気持ちを有していたからだ。

 

「だからお前はクリスと対面する権利がある。今からでもミーナは夜勤をしているから休暇申請書が間に合う。きっとクリスもお前を望んでいるよ」

「…」

「そしてそれは私からの望みでもある」

「…」

「……だめか?」

「…」

 

バルクホルンは油まみれで汚れた人狼の手を躊躇することなく握りしめ、こちらの顔を伺う。いつものような勇敢で恐れを知らない兵士の顔ではなく、歳相応の少女としての顔であった。

 

人狼は暫時沈黙を貫くも彼女の想いに根負けしたのか、人狼は立ち上がると机の引き出しを開ける。中には封筒が存在し、一つの封筒の封を切る。そして休暇申請書を取り出すと、記入欄に書き込み始め、ものの数分で記入し終えた。

あらかじめ休暇申請書が入った封筒の封が切られていなかった様子から察するに、人狼もバルクホルンのように休暇しなかったのだ。

 

記入し終えた申請書を見た彼女は笑みを浮かべた。

その後バルクホルンと共にミーナのもとへ赴いて申請書を提出した人狼、ミーナはバルクホルンを一見すると含みのある笑み(・・・・・・・)を浮かべて人狼の申請書を受理した。

バルクホルンは数刻遅れて意図に気付き、顔を赤らめて必死に弁解するがそれは逆にミーナを笑わせるだけで効果はない。なお、その原因となった人狼は顔を小さく傾けた様子で疑問符を頭に浮かべていた。

 

 

バルクホルンと人狼は送迎車に乗せられて基地から市街へと運ばれ、病院の前で降ろされた。運転手が言うには夕方の五時になるまで自由にしてもいいとのこと。

 

「違うぞハインツ! 私らはクリスのお見舞いに行くだけだからな!デ、デートとかじゃないからなッ!」

「…」

 

人狼に対しても彼女は弁解している。周りを通り過ぎる通行人からは老若男女に問わず微笑ましい視線と笑みを向けられて余計彼女はむず痒くなり、羞恥の炎で身を焦がしていた。頭からは沸騰しているのか湯気も出ている。なお依然として人狼は無表情かつ普段の態度だが。

 

「さっさと入るぞ! クリスも最近目を覚ましたらしいし、喜ばせないといけないな!」

「…」

 

人狼は彼女の返答に頷くとクリスの居る病室へと足を進める。院内にはアルコールの臭いが常に香り、怪我をした子供が車椅子で看護師に運ばれていたり松葉杖を突いている大人の姿もある。そして異色の雰囲気を放ち、看護師をナンパしようとする義足の男もいる。

 

「……私たちが一刻でも早くネウロイを殲滅しないとな」

「…」

 

ネウロイが侵攻し人類に過大な被害を生み出していることにバルクホルンは実感し、より決意を固くする。この病院では比較的処置のしやすい患者を搬送しているので重傷者の姿はないが、他の病院や軍病院では死神が重病者の命をいくつも回収している惨状だ。五体不満足の患者も少なくはない。

 

「……なあハインツ、もしもだがクリスが私のことを嫌っていたらどうする」

「…」

「ほら、今まで私はクリスと会ってなかったことを知ったらさ…嫌われちゃうよな……」

「…」

 

クリスの居る病室の扉前まで辿り着いた人狼と彼女だが、彼女はここにきて今までの態度や行動を振り返ってしまったため日和ってしまった。自らで行こうと決めて人狼も誘った彼女は何処にいったのやら。

悶々と最悪な状況を不安視しし頭を抱える彼女に対し、人狼は扉を勝手に開けた。そして彼女の背中を押して強引に室内に入れた。

 

「お、お姉ちゃんッ!!」

「ク、クリスっ!?」

 

突如として押し入った侵入者に驚く様子のクリスだが、姉の顔を確認するやいなやスリッパも履かずに彼女の胸元に抱き着いた。バルクホルンは最悪の想定が外れたこととクリスに嫌われていなかったことに安堵したとともに、こうしてクリスが元気に抱き着いてきたことに感動した。

バルクホルンは最愛の妹を強く抱擁し、もう逃げないと告げるようであった。山よりも高く海よりも深い姉妹愛が室内に溢れた。

 

人狼はその様子を入り口から覗くように眺める。人狼とて普段は喋ったり意見を基本具申しないが、空気は読める。二人が満足するのを待ち、邪魔にならないよう扉を閉めて気配を消していた。

 

「そうだクリス。お前に会わせたい人がいるんだ」

「会わせたい人?」

「入ってくれ」

 

バルクホルンの指示のもと、人狼は扉を開けて入室した。

クリスは馴染みの人狼のことを視認して一度は明るいが、すぐに俯いてしまい、顔に影を落としてしまう。

予想していた反応とは違う彼女の反応にバルクホルンは首を傾げ、彼女に問う。

 

「どうしたクリス。昔一緒に遊んだハインツだぞ」

「うん。それは知ってるよ……」

「ならどうして喜ばない?」

「……私だけ生き残ったから」

 

ポツリと彼女は呟くが、その言葉は小声であっても場の空気を凍らせるには十分すぎるモノだった。

クリスは当時住んでいた地域の住民と一緒に避難していた。その避難民には人狼と一緒に暮らしていたハンス、ルーカス、ノアがおり、四人は基本的に一緒になって行動していたのだ。

しかし、避難民を狙うようにネウロイが襲来してルーカスは皆を守るために爆弾を抱いて外へ出て爆死、ハンスは爆風で飛んだ木片が急所に当たり絶命、ノアは爆発により飛来した瓦礫に上半身を吹き飛ばされて死んだ。

あくまでも自分のせいではないとわかっていながらも、途方もない罪悪感を抱いてしまうのは当然だ。しかも大人でも抱くのにましては少女である。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……!!」

「仕方がなかったんだクリス。お前は悪くない、お前は悪くないんだ……ッ!」

「ハインツお兄さんごめんなさい……!」

「…」

 

ただただ泣きじゃくるしかないクリスをバルクホルンは抱きしめて落ち着かせようとしていた。人狼はクリスのもとへ寄ると、バルクホルンごとクリスを抱擁する。巨躯で長い腕は二人を包むのは容易い。人狼の腕には二人の少女の温度が伝わり、鼻を啜る声が双方から聞こえた。

 

そう、バルクホルンも泣いていたのだ。あと少し早ければ避難民を救えたのかもしれないという意味のない葛藤と妹が抱える罪悪感に共感した。それに死んだ三人と一緒になって遊んだことがあり、若くして死んでしまった彼らに悲しみを覚えた。

 

二人が泣く中、人狼は涙を流せない。人狼は悲しむことはあっても涙の流し方など知らないのだ。姉妹が泣き止んで落ち着くのを人狼はひたすらに抱きしめて待っていた。

 




義足

紀元前から作られており、下肢切断者が装着していた。
病院で医師の処方・リハビリ計画に基づき、義肢装具士が製作する。下肢の切断後、機能の再現を目的に装着する義肢で、目的により、訓練用・常用・作業用に分類される。
機能的義足、装飾用義足、部位別分類が存在して発展途上国の人々のため、プラスチックや竹の義肢の開発が進められている。

そして大隈重信も義足を着用していた。


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海水

「えっ!?海に行くんですか!?」

「あぁ、明日からだ。場所は本島東側の海岸」

「いやったー!海だー!海水浴だーッ!!」

 

ミーティング室にて基地内のほとんどのウィッチがその場で集まる中で、宮藤だけが坂本から告げられた宣言に大いに喜んでいた。ただ単純に海に行くのが好きなのもあるのだろう。だが宮藤は夢でリーネの胸を揉んでいたり、朝方にリーネの胸を実際に揉もうと画策するほどの隠れた変態である。

きっと彼女は水着という薄布一枚で隠された少女たちのことを想像したのだろう。スケベな少女だ。

 

「あれ、皆さん海嫌いなんですか?」

 

邪な想いを馳せる宮藤だが、何故か皆の顔はよろしくない。傍にいたリーネが彼女に小声で伝える。

 

「芳香ちゃん、訓練よ訓練」

「訓練……」

「その通りだ。我々は戦闘中に何が起ころうとも対応せねばならん。例え海上で飛行不能になってもだ。そこで海に落下した訓練も必要なのだ」

「……なるほど」

 

内容を全てを納得した宮藤は愕然とした様子でため息を吐いて気を落とした。訓練となると新兵である宮藤は厳しく扱かれるのは必至なのだ。しかもまだ行ったことのない訓練なので不安気であった。

 

「なんだ宮藤。訓練が嫌いなのか」

「えー、そうじゃないですけど……」

 

一に訓練、二に訓練、三四も訓練、五も訓練という扶桑帝国軍人の模範である坂本の問いに宮藤は怖気づきんがら否定する。

 

「うふふっ、集合場所は此処。集合場所は十時よ、いい?」

「「「了解」」」

「わかったわね宮藤さん」

「はい」

「以上の内容をシャーリーさんとルッキーニさんに伝えてください。そうだ、トゥルーデはハインツ大尉に伝達よろしくね」

「了解した」

「シャーリーさんは朝からハンガーに居るわ。ルッキーニさんは……基地の何処かで寝てると思うから探してみて」

「わかりました」

「そうそう宮藤さん。別に一日中ずっと訓練じゃないのよ」

「へっ?」

「つまり訓練の合間にはたっぷり海で遊べるということ」

「ミーナ中佐……ッ!」

 

ミーナの発言に歓喜して大きな期待を抱く宮藤。そして彼女は明日に胸を躍らせながらリーネを連れて二人を捜しに行ってしまった。

一方で坂本はシャーリーたちがこれから問題を起こすのではないかと予見してため息を吐いた。いくら厳格な帝国軍人といえども陽気なリベリアンには強くないのだ。

 

 

「おいハインツ。明日の十時に海上訓練をするため全員ミーティング室に集合だ。お前は此処に来て一度も訓練をしていないから受講者の一人だぞ」

 

ミーナからの伝言を受け取ったバルクホルンは人狼の部屋まで赴いてドア越しに要件を伝える。確実に人狼はその部屋に滞在しており、耳をドアにつけてみると室内からは武器を分解点検をしている音が聞こえる。

おそらく人狼は命令となれば明日はミーティング室に行き皆と一緒に訓練を受けるだろう。

 

彼女は毎食人狼へ届けるために持ってきた朝食のトレーを屈んで手にする。食器には野菜の一欠けらも残されてはおらず、綺麗に完食している。今日は納豆があったので人狼は食べてくれるのかと彼女は不安視していたが人狼には好き嫌いはなかったようだ。

 

トレーを食堂に返してから部屋でトレーニングをしようと考えて食堂へ歩き始めた彼女だったが、突如として彼女の背後から何者かが腰に勢いよく抱き着かれた。

突然の出来事に彼女は素っ頓狂な声をあげる。

 

「ひいッ!?」

「あれれ。トゥルーデでもそんな声をあげるんだ~」

「ハ、ハルトマン!」

 

彼女の腰に抱き着いた正体はハルトマンだった。ハルトマンは彼女を揶揄うように笑っては馬鹿にしていた。

 

「あんなに武人を気取ってたトゥルーデが可愛い声出しちゃって、これが恋が人に与える影響ってやつかな」

「な、何を言うんだ!」

「赤面してもわかってんだよ。ハインツ大尉のことが好きだなんて四年前からね」

「そ、そんな私は上手く隠してたぞ!」

「いやいやいや。ラジオでマルセイユがハインツ大尉と恋仲になったっていうニュースを聴いて基地から飛び出していこうとしたり、トゥルーデの寝言で彼に心境を述べていたり」

「うわああああ!!忘れろハルトマン!」

 

ハルトマンに捲し上げられてバルクホルンの顔はますます赤くなり、ついには頭から湯気が出ている。そしてハルトマンの彼女の反応が面白いのか徐々にノリと捲し立てるスピードが上がってきていた。

 

「私は知ってるよ。明日に備えてハインツ大尉にどんな水着を披露しようとか、彼の水着姿を想像したりとか」

「してない!そんな破廉恥なこと私がするわけないだろうッ!?」

「ホントかな~? そしてしまいには、『俺、お前のことが好きだ』『私もお前が好きだ』とか言っちゃって……!!」

「やりすぎだハルトマン!」

「ぐえッ!?」

 

人狼とバルクホルンを主役にした恋愛即興劇はバルクホルンの頭突きというゴングで終えられた。二人の身長差を用いた強烈な一撃は彼女を黙らせるには充分であった。

ハルトマンは痛む頭を両手で抑え、涙目の状態でバルクホルンを下から覗き込む。

 

「だいたいアイツがそんなこと言うわけないだろう!そもそもアイツの声を聞いたことない」

「えっ。それはもう無口通り越してない?」

「まったくだ。やれやれ、明日こそハルトマンは寝坊するなよ」

 

バルクホルンが思い返すには人狼は一度も喋ったことない。どんな時でも辞書や動作で意思を伝えていた。人狼に一番いらない部位は口であるといっても過言ではない。

彼女はハルトマンに散々弄られたことで文句を零しながら当初の目的である食堂へと足を進める。そんな中、ハルトマンは彼女に声を掛けた。

 

「トゥルーデさ」

「なんだ。つまらないことならもう一撃喰らわせるぞ」

「……いつまでご飯を届けるのさ」

「……」

 

いつになくハルトマンの声は真剣なモノであった。先程までの人を馬鹿にするために明るく軽快な口調ではなく、重々しく芯の通った声質。バルクホルンは幾度も戦場で聞き覚えのある声で彼女が纏う雰囲気も瞬時に理解した。本気なのだと認識した。

バルクホルンは意識を切り替えて手元のトレーを見つめる。皿には食材の存在こそ存在しないものも、確かにそこには存在した(・・・・)

もう人狼と物理的距離があるとは言えない。

 

「アイツが心を開くまで」

「……そう」

 

しかし未だに距離(・・)はある。手を伸ばせば相手の熱と感触が認識できるのに、何かが掴めない(・・・・)でいる。煩わしく心にモヤが生まれて解消しないでいる。

だがいつかは、いつかは人狼がこちらに振り向いて心も開いてくれるとバルクホルンという一人の少女は信じていた。

 

「じゃあもし開いてくれなかったらどうするのさ?」

「その時はその時だ」

 

彼女はそう呟くとハルトマンから距離を置くように離れていった。一人残されたハルトマンは両手に強く握りこぶしを作っては人狼を想起した。せっかくバルクホルンは長い間、姉妹愛という鎖で拘束されてようやく解放されたのにも関わらず新たなる問題に恨みと怒りが湧き上がる。

 

「私もトゥルーデを想ってるんだよ」

 

彼女はポツリと呟いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふぅあ~」

 

誰もいなくなったハンガーにて一人の少女が寝ぼけ眼をこすりながら起床した。彼女の名前はルッキーニ・フランチェスカ、幼くしてエースに抜擢された逸材である。

彼女は辺りを見渡すが誰もいない。けれども偶然彼女の目の前に目を引く物が存在した。

 

「てぃてぃてぃーん!」

 

目を輝かせた状態でユニットの傍にあったそれを取る。彼女が手にしたのはシャーリーのゴーグル。シャーリーが日頃から使用しているゴーグルに彼女は少なからず憧れがあった。

 

「ん?」

 

しかしゴーグルを取ったがために、シャーリーのユニットが台座から外れて倒れてしまう。倒れたユニットからはオイルが溢れて細かい部品が飛び出している。

顔面蒼白で急いでユニットを元の位置に戻して部品を入れ直す彼女、しかし彼女はあいにく機械を扱う知識はない。どれも似たり寄ったりの部品に苦闘しながら適当にハメていく。

 

「どどどどうしよう!どうしよう!……あれこの部品どっちだっけ、こっち?」

 

本来なら此処は彼女だけでシャーリーのユニットを治すのだが、偶然にももう一人その修理に加わった。その者は男性で足を引きずる素振りを見せながら彼女へと近づいた。

 

「おいおい、デカい音したと思ったらユニット落としちまったか」

「うじゅ!? こ、これはその!!」

「うわぁ、派手にやったね嬢ちゃん。しょうがないから俺も手伝ってやんよ」

「あ、ありがとうおじさん!」

「俺はそんな歳喰ってないと思うんですけど。まあいいや、多少は航空機の応急修理には心得が……」

 

男が床に落ちた部品を拾ってユニットに取り付けようとするが合わない。他の部品を試すもこれも合わない。男は冷や汗を流して苦笑いを浮かべた。

 

「ないわ。ごめん」

「うじゅ!?

「いやー、航空機ならいけるけどストライカーユニットとは構造が違うな」

「おじさん無能!」

「いやいや、取りあえずはできる限り修復しちまおう。後で嬢ちゃんがこれを直すように整備の連中に伝えてくれ」

「わ、わかった!」

 

表面上の修復を終えたルッキーニだったが、夕食を食べた後にはこの出来事をシャーリーと整備士に伝えるのを忘れていた。

それが明日に起きる事件へと繋がっていくのであった。




ゴーグル

目を保護するための、側面が顔面に密着する道具。眼球を粉塵・砂塵・花粉・液体・汚物・風・雪・寒気・光線 等々から守る。
1900年初頭に登場した飛行機のパイロットが使用し、操縦席が密閉されていない機体では風で目が開けにくくなることや、虫やゴミが衝突しやすいため必須の装備である。視界が広く取れるようにレンズが大きいのが特徴である。

ちなみにロンメルが着けているのはイギリス製である。


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音速

更新速度を戻します。
にしても新シリーズのストパン面白いですね(何週遅れ)


「「やっほー!!」

 

晴天の中、二人の少女は喜々として浜辺を走り、五メートル程度の落差がある崖から飛び降りる。二つの大小の水柱が穏やかな海面から噴出した。

そして近場ではバルクホルンとハルトマンが泳ぐ。バルクホルンは手本通りのクロールで泳ぐが、対象にハルトマンは何故か犬かきでバルクホルンを追う。

 

「肌がヒリヒリする……」

「腹減ったなぁ~」

 

ある場面では北欧出身のエイラと東欧出身のサーニャが浜辺に座り込んで泳いでいる彼女たちを眺めていた。彼女たちの肌は紫外線に弱く、夏場はすぐに赤く焼けてしまう。

そんな彼女たちを見かねた人狼は大きめのパラソルを運び、二人が影には入れるような位置に差した。

 

「あっ、ありがとうございます」

「…」

「せっかくサーニャがお礼を言ってるんだから素直に喜べヨ」

「エイラ、そんなこと言わないで」

「むむむっ」

 

サーニャは人狼にお礼を言うも人狼は相変わらずの態度であるため、エイラが悪態づく。しかしサーニャに諭されてしまい悔しそうな表情を浮かべた。

ちなみに人狼は真夏にも関わらず普段と同じ格好である。近づいただけでも暑苦しいのに人狼は少しも顔色を変えないでいる。一応、コートの下は常に半裸の状態だがこの事実を知っているのは極一部しかいない。

 

「なんでこんなの履くんですかァ!」

 

悲痛な叫びが聞こえ、人狼たちは声の方向を見る。そこには比較的新兵の宮藤とリーネが教官である坂本とミーナに説明を受けていた。二人は可愛らしい水着とは不つり合いの重々しいユニットを履いて崖に立っていた。

 

「何度も言わすな!万が一会場に落ちた時のためだ」

「他の人たちもちゃんと訓練したのよ。あとは貴女たちだけ」

「つべこべ言わずさっさと飛び込めッ!」

 

実際、ブリタニアに基地を構えるため海に不時着する可能性は考えられる。そのためウィッチを生きて回収をするにはこの泳ぎの訓練は必須となる。本来なら泳ぎの訓練は前線に赴く際に履修しているのが普通だが、宮藤とリーネは未熟な技量の状態で着任していた。そのため生存率を上げるためにこの訓練を行う必要があったのだ。

 

坂本に脅されるように急いで飛び込んだ宮藤とリーネは大きな水柱をあげて海底へと沈む。二人はいち早く海面に浮上しなければならないので必死に腕を動かすも、悲しくもユニットの重量で沈んでいく。

 

「浮いてこないな」

「えぇ」

「やっぱり飛ぶようにはいかんか」

「そろそろ限界かしら……」

 

教官組は新兵の宮藤とリーネを案じると海面から必死の形相で二人は顔を出した。なお、ペリーヌはそんな彼女たちを見て呆れた表情を浮かべていた。

 

 

時刻が十二時になったタイミングで坂本は皆に休憩を知らせる。

トボトボと重いユニットを両脇に抱えて宮藤とリーネは海から上がる。その二人の姿は哀愁が漂っており、悲壮感が感じられる。

 

そんな光景を傍目に人狼は煙草を一服しようとしていると、バルクホルンから声をかけられた。振り向いてみると彼女は黒を基調としたビキニを着ており、可愛さとセクシーさを両立していた。グラビア女優顔負けな肉体美を持つ彼女は紅潮しながらたどたどしく人狼に問う。

 

「ど、どうだ? 似合っているのだろうか?」

「…」

「だ、黙ってないで教えてくれ!」

 

恥じらう姿は模範的な軍人といったものではなく、ただ何処にでもいる少女であった。流石の人狼でも美的センスは存在したため首を縦に振る。すると彼女は恥じらいと喜びが入り混じった表情を浮かべる。

 

「そ、そうか!似合っていたか!」

「…」

「べ、別にお前のために用意したものではないからな!そこは勘違いするなよ!」

「…」

「ちなみにこの水着は独りで購入したものであって、ハルトマンやミーナの忠告は得てないからな!うん、そうだ!」

 

目を泳がしながらたどたどしく振る舞う彼女に、人狼はすぐにそれが嘘であることを見抜いた。だがそれを言及するほど人狼は愚かではない。人狼はただ黙って彼女を見つめた。その視線に気づいた彼女は俯いてからポツリと呟く。

 

「……そんなに見られていると恥ずかしいぞ、バカ」

 

 

そんな時間も束の間、聞きなれたサイレンの音が基地に響き渡る。人狼とバルクホルンは意識を切り替えてすぐさまハンガーへと走る。人狼以外の隊員は水着姿でかつ裸足なので走る速度が遅い。だが、人狼がハンガーまで残り百メートルに接近した段階でシャーリーが滑走路から離陸するのを視認した。

 

ハンガー内に到着すると意外にも宮藤とリーネが先にユニットを履いて出撃準備を整えていた。人狼はユニットを履くと日頃から用いている武装やインカムを整備兵から受け取ることなく、即座に出撃した。後から二人が人狼を追随するかのように出撃する。

 

人狼とリーネと宮藤は最高スピードを出してシャーリーに追随しようとするも、シャーリーはネウロイに追いつくため固有魔法を発動した。

彼女の固有魔法は加速。さらにユニットも独自の改造がなされているため突風を巻き起こしてネウロイを追いかける。あまりの突風に巻き込まれた人狼と少女たちは態勢を直し、できるだけ彼女を援護できる位置を取ろうとする。

 

一方、シャーリーのユニットが危険な状態であることをルッキーニから知った坂本たちは無線で彼女に呼びかけるも電波やインカムの調子が悪いのか彼女は反応しない。また、彼女は日頃とは違う心地の良さを感じ、もう一段速度を飛ばす。魔法力と固有魔法を最大限に活用し、速度は徐々に上がり続ける。

 

シャーリーがある感覚に既視感を覚えた瞬間、彼女は人類初の偉業である音速を超えた。音速を超えた際に生じるソニックブームが海面や大気を大きく揺るがした。

 

「うわあああ!?」

「きゃあああああ!?」

「…」

 

その衝撃は後方で飛んでいた人狼たちにも影響を及ぼすほどに強烈なものであった。

 

「あ、あたしマッハを超えたの?これが超音速の世界!?すごい、すごいぞ!やった、あたしやったんだッ!」

『聞こえるか大尉!返事しろッ!』

「少佐やりました!あたし音速を超えたんです!」

 

ようやく繋がった無線に自身が音速を超えたことを喜々として知らせるシャーリー。シャーリーはこの音速を超えた状態を保とうと魔法力や固有魔法を緩める気配はない。しかし、彼女はあることを忘れていた。

 

『止まれ!敵に突っ込むぞ(・・・・・・・)!』

「へっ?ええええええッ!?」

 

坂本の注意に呆然とするシャーリーだったが、前方に怪しく光る色を認識した彼女は驚嘆の声を高らかにあげた。今までネウロイを追うために速度を上げていたのを愚かにも忘れてしまっていたのだ。眼前にはネウロイの後部が猛スピードで近づいてきている。

この速度と進路では衝突は避けられない。彼女は咄嗟の判断で魔法障壁を展開し、衝撃に備えた。

 

魔法障壁を展開したため、彼女はネウロイを貫くことができた。偶然にも核を破壊することができたため、ネウロイは白煙を体から噴出させてから派手に爆散した。

その光景の一部始終を人狼たちは確認していた。

 

「敵撃墜です!」

『シャーリーさんは?』

「えっと……」

 

シャーリーを捜す人狼たちは一条の飛行機雲が上空を目指して一筆書かれているのを見つけた。

 

「大丈夫です!シャーリーさんは無事です!」

 

彼女のもとへ駆けつける人狼たちだったが、先程の負荷と整備不良により彼女のユニットが停止してしまった。さらに衝突した際に唯一着用していた水着は破れ散り、一糸纏わない恰好へとなってしまう。

ユニットが両足から外れて海面へと落下し、それと共にするかのように彼女の体は重力に導かれる。彼女は魔法力と固有魔法の負担や衝突時にかなりの体力を消費してしまったのが原因で気絶してしまった。

 

「全然無事じゃなーい!」

 

急いで宮藤は落下するシャーリーを救助しようと魔法力をユニットに流し込もうとした際に、突如人狼に体を持ち上げられた。意味不明な行為に困惑を覚える宮藤だったが、そんなこと知ってか知らずかといった人狼は勢いよく彼女を投げ飛ばした。ついでとばかりにリーネも同様に投げ飛ばした。

当然シャーリーのもと目掛けて投げたため、二人は悲鳴をあげながらも人狼の意図に気づき、なんとか態勢を整えてから魔法力を流し込む。

 

「うわあああああ!?」

「きゃああああああ!!」

 

この野蛮な行動のおかげで海面にぶつかる前にシャーリーを救助することに成功した。

そして宮藤は救助した際に偶然にもシャーリーの豊満な胸を揉むように彼女を押さえていた。最初は混乱する宮藤であったが掌に伝わる幸せに顔を綻ばせ、無線越しに心配する坂本の指示を自然と無視していた。

その状況に顔を赤らめたリーネはシャーリーを確保したことを坂本に報告する。なお報告中にも関わらず宮藤はシャーリーの胸を堪能していた。

 

一方で人狼は海面すれすれでシャーリーのユニットを回収することに成功した。シャーリーのユニットは特注であるため高価だからだ。

 

「腹減ったぁ~」

 

なおシャーリーは呑気にも寝言を言って爆睡していた。

後日シャーリーとユニットが破損した元凶であるルッキーニに一週間の清掃を鬼の形相となったミーナに命じられて、この件は終息した。

 

補足として紅潮させたバルクホルンからシャーリーの裸を見たのかと、言及された人狼は正直に首を横に振って否定した。だがシャーリーが彼女を弄ぼうと嘘をついたために事態は厄介なことになる。不運にもこの騒動に巻き込まれる人狼であった。




超音速

媒質中で移動する物体と媒質の相対速度が、その媒質における音速を超えること、およびその速度を指す。対地速度1225km/h(340.31m/s、15℃・1気圧)をマッハ1。
音速との比であるマッハ数を使えば、マッハ数が1より大きいとも定義できる。 ただし、速度単位としてのマッハは対気速度で気温や気圧によって変化する。

なお水平飛行でかつ公式で音速を超えた人物は、シャーリーの元ネタとなったチャック・イェーガーである。ちなみにまだご存命中。


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夜間

八月十六日の夜。その夜空は雲がありながらも星霜の星々が視認でき、月光が太陽の代わりといって静謐と雲海を照らす。雲海の下では雨が降っている。

この時代でも街の明かりにより夜空が視認できない地域も増え始めるが、ネウロイとの戦争により灯火統制が街々に敷かれていた。もっとも、ネウロイは視角を有しているのかはまだ研究段階ではあるが。

 

そんな静かな空に一機の輸送機と一人の少女が静穏を引き裂いて、特定の目的地へと進んでいた。

 

「むぅ……」

「不機嫌さが顔に出てるわよ坂本少佐」

「わざわざ呼び出されて何かと思えば予算の削減だなんて聞かされたんだ。顔にも出るさ」

 

坂本は上層部から直接通達された予算削減という告知に腹を立てていた。今にも切りかかりそうな剣幕に対して同行しているミーナは慣れた様子で手帳に書かれた明日の計画を確認していた。坂本の隣では暇つぶしと言わんばかりに宮藤が外の風景を眺め、人狼は汚れた本を読んでいた。

 

「彼らも焦っているのよ。いつも私たちばかりに戦果を挙げられてはね」

「連中が見てるのは自分たちの足元だけだ」

「戦争屋なんてあんなものよ。もしネウロイが現れていなかったら、あの人たち今頃は人間同士で戦いあっているのだろうね」

「さながら世界大戦だな」

 

その話を傍から聞いていた人狼にとってそれは周知の事実であり笑えぬ話だった。前世では言わずもがなであるが、実際カールスラントはネウロイが出現する前に戦争の準備を着々と行っていた。

そうでなければ一大大国であるカールスラントが平時の戦力で数か月間も遅滞戦闘や前線の維持に務められるわけがない。その裏付けに人狼と縁のある人物でかつ狂気の名将と名高いランデルが在籍していた駐屯基地には莫大な弾薬と銃器が置かれていた。

 

「ハインツ大尉、何を読んでるんですか?」

「…」

「へー、狼男ですか。私も此処に来る道中に読みましたよ。面白かったです」

「…」

「悪かったな宮藤。せっかくだからブリタニアの街を見せてやろうと思ったのに」

「いえ、私はその……軍にもいろんな人がいるんだなって」

 

宮藤が話している最中に何処からか少女の歌声が機内に届いた。落ち着きのある声で聞き覚えのある声だった。

 

「あの何か聴こえませんか?」

「ん? あぁ、これはサーニャの歌だ。基地に近づいたな」

「私たちを迎えに来てくれたのよ」

 

窓の向こうではサーニャが固有魔法の全方位広域探査で敵を索敵しながら飛行していた。線が細く華奢な体の彼女だが、その姿には似合わない大型で武骨な兵器を手にしていた。

 

人狼はその兵器を知っていた。兵器の名前はフリーガハマー、無誘導ロケット弾を撃つことが可能である。発射する際に後部から放出される高温ガスには注意が必要で、過去に人狼もまともに喰らったことがある。その理由としてあげられるのは開発者と知り合いだからだ。

開発者の名前はウルスラ・ハルトマン、エーリカ・ハルトマンの妹でありスオムス義勇独立飛行中隊で人狼と共にしたウィッチだ。人狼は彼女と兵器運用や設計に携わっていたため、失敗のたびに治癒と着替えを繰り返していた。

 

「ありがとう!」

『うぅ……!』

 

宮藤がサーニャにお礼を言うと彼女は頬を赤らめて下の雲海へと潜ってしまう。

 

「サーニャちゃんってなんか照れ屋さんですよね」

「うふふ、とってもいい娘よ。歌も上手でしょ?」

 

しかし落ち着きがあり上手いという評判のその歌は突然止まる。不思議に思った坂本は彼女に無線で呼びかける。

 

『誰かこっちを見ています』

「報告は明瞭で大きな声でな」

『すみません。シリウスの方角に所属不明の機体が接近しています』

「ネウロイかしら」

『はい間違いないと思います。通常の航空機の速度ではありません』

「私には見えないが」

『雲の中です。目標肉眼で確認できません』

「そういうことか……」

「ど、どうすればいいんですかッ!?」

「どうしようもないな」

「そんなッ!?」

 

ネウロイの発見で慌てる宮藤と対照的に落ち着いて何処か諦観した様子の坂本。人狼はそそくさと機内に取り付けられたパラシュートを背負い、いつでも脱出できるように準備していた。

 

「悔しいけどストライカーがないから何もできないわ。……まさかそれを狙って!?」

「ネウロイはそんな回りくどいことしないさ」

『目標は依然高速で近づいています。接触まであと三分』

「サーニャさん、援護が来るまで時間を稼げればいいわ。交戦はできるだけ避けて」

『はい。目標を引き離します』

「無理しないでね」

 

ミーナの指示に従い、フリーガーハマーの安全装置を外してネウロイを迎撃すべき輸送機から離れる。満月に重なる彼女の姿は幻想的であった。

 

「サーニャちゃんはネウロイが何処にいるかわかるんですか?」

「あぁ、あいつは地平線の向こうにあるものだって見えているはずだ」

「へぇー」

「それでいつも夜間の哨戒任務に就いてもらっているのよ」

「お前の治癒魔法みたいなもんさ。さっき歌を聴いただろう?あれも魔法の一つだ」

「歌声でこの輸送機を誘導していたのよ」

 

サーニャの特徴を彼女たちが説明していると雲海から幾つかの爆炎があがる。爆発で生じた爆風は周りの雲を吹き飛ばした。

 

「反撃してこない……?」

 

サーニャは訝しみつつも好機と捉えて何発もロケットを発射する。しかしサーニャのもとには一発も光線は飛んでこなかった。

 

「流石ね、見えない敵相手によくやっているわ」

「私にはネウロイなんて全然」

「サーニャの言うことに間違いはない。サーニャ、もういい。戻ってくれ」

『けど、まだ……』

「ありがとう独りでよく守ってくれたわ」

 

サーニャは肩で息をしながら一度も反撃を行わなかったネウロイに疑問を持ち、穴だらけとなった雲海を見下ろした。いつの間にかネウロイも正反対の方へ去ってしまい、彼女はその夜引き金を引くことはなかった。

 

 

「それじゃあ今回のネウロイはサーニャ以外誰も見ていないのか?」

「ずっと雲に隠れて出てこなかったからな」

「けど何も反撃してこなかったっていうけどそんなことあるのかなぁ?それ本当にネウロイだったのかぁ?」

 

談話室では先程のネウロイを話題とした話がされていた。そこで緊急出動したハルトマン、エイラ、バルクホルン、ペリーヌはそのネウロイを視認できなかったと話す。ハルトマンはそれは本当にネウロイだったのかと疑う。

その言葉を聞いたサーニャはムッとした表情で黙ってしまった。

 

「恥ずかしがり屋のネウロイ……なんてことはないですよね、ごめんなさい」

「だとしたらちょうど似た者同士、気でも合ったのではなくて?」

 

ひりついた空気を解そうとリーネが慣れない冗談を言い放つがそれは哀れにもスベり、落ち込んだ様子で俯いた。ペリーヌはその冗談に悪ノリするとサーニャは誰にも事実を信じてもらうことができず悲痛な沈黙を続けていた。エイラは彼女の悪口を言うペリーヌに舌を出して嫌悪感を露わにした。

 

「ネウロイとは何か、それがまだ明確にわかっていない以上、この先どんなネウロイがいても不思議じゃないわ」

「し損じたネウロイが連続して現れる確率は極めて高い」

「そうね。そこで暫くは夜間戦闘を想定したシフトを敷こうと思うの。サーニャさん、宮藤さん、そしてハインツ大尉」

「は、はい!」

「当面の間、貴方たちを夜間専従班に任命します」

「えっ!?私もですか!」

「今回の戦闘の経験者だからな」

「私はただ見てただけ――――」

 

夜間飛行をしたことない宮藤は困惑した様子である。夜間飛行は常時暗闇で行うため平衡感覚が狂いやすく見失いやすい。新兵にはまだ早い任務であったが、戦歴の長い人狼と夜間飛行専門のサーニャがいれば安心だとミーナは考えたのだろう。

 

「はいはいはい!私もやル!」

「じゃあエイラさんも含め四人ね」

「すみません私がネウロイを取り逃したから」

「へっ?そんなこと言ったんじゃないから」

 

サーニャは罪悪感で苛まれた様子で宮藤に謝り、宮藤は別に気にしてはいないと彼女を慰めた。

 

 

翌日、朝食のテーブルには山盛りのブルーベリーがボウルに積まれていた。

 

「あらブルーベリー、けどどうしてこんなに?」

「私の実家から送られてきたんです。ブルーベリーは目にいいんですよ」

「いただきー!」

「確かにブリタニアでは夜間飛行のパイロットがよく食べるという話を聞くな」

「芳香!シャーリー!ベーしてべー!」

「こう?」

「こうか?」

 

先にブルーベリーを食していた宮藤とシャーリーはルッキーニに言われるがまま舌を出す。二人の舌はブルーベリーの果汁により青くなっていた。三人は青くなっているのを確認するとゲラゲラと笑い始めた。

ペリーヌはそんな三人を傍目に口元をハンカチで押えていると、背後から忍び込んだエイラによって口を開かれた。無論、彼女の口も青かった。

そして不運なことにそんな光景を自身が敬愛する坂本に見られ、羞恥のあまり紅潮させて涙を浮かばせた。

 

その時、珍しく人狼が食堂に来ていた。野外で鍛錬を行い水分を補給しにきたのだ。そこで人狼はブルーベリーを皆が食しているのを見て夜目を利かすためにブルーベリーがいいというガセネタを思い出した。

 

当時イギリスでレーダーの存在を隠避するためにバラまかれた情報であるが、まさかここでも広がっていたことを知った。やはり戦争準備を各国がしていたという情報は間違いではなかった。補足だが栄養素の関係上ニンジンなどを豊富に取るのがベストだという。




フリーガーファウスト

ドイツで生まれたロケット砲。フーゴ・シュナイダーAGが1944年に開発した。
ドイツ陸軍の多くは、前線に到着する前に、イギリス空軍・アメリカ陸軍航空軍のP-47やP-51といった戦闘爆撃機により陸上兵器の多くを喪失する事が多かったため、それの対策として開発させた。
なお開発時期やインフラの破壊により前線に届くことはなかった。


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祝福

百合の中に混ざる大尉とか絵面がひどい。
まあ百合に割り込む悪いオタクではなく、むしろその様子をカメラに収めるカメ子だからセーフ。


夜間哨戒当日、哨戒を行う人狼と宮藤たちはペリーヌお手製のマリーゴールドの紅茶を飲んだ後に滑走路に立った。

滑走路は暗闇に包まれて何も見えないが、手前から順に夜間用のライトが点灯していく。ライトはあくまで滑走路の存在を知らせるためのものなので、いまだ暗闇が滑走路を包んでいた。

 

「ふ、震えが止まらないや」

「なんで?」

「夜の空がこんなに暗いだなんて思わなかった」

 

夜間飛行の乏しい宮藤はいつもとは違う環境に恐怖と不安を覚えていた。実際に夜間飛行は上下の区別がつきづらく、現状の所在地も特定できない。百戦錬磨のウィッチでさえも間違えることがある。宮藤が怯えるのも当然のことであった。

 

「夜間飛行初めてなのカ?」

「無理ならやめる?」

「…」

 

心配するサーニャとエイラに震える手を前にして宮藤はある提案をした。

 

「手、繋いでもいい?サーニャちゃんが手を繋いでくれたら、きっと大丈夫だから」

 

サーニャは静かに驚いているのか固有魔法の全方位広域探査で飛び出した緑色の魔導針が紫色になる。エイラは宮藤のそんな提案に嫉妬を覚えたのか、半目でジッと睨んでいた。

 

小さくて柔らかみのある宮藤の手を優しくサーニャは握った。するとエイラも若干頬を染めながら乱暴に宮藤の手を握った。

 

「さっさと行くゾ!」

 

エイラは宮藤に向けて言い放ち、魔法力をユニットに注いだ。サーニャも同時に魔法力を注ぐ。魔法力が流されたことで二人のユニットは推進力を得て、滑走路を駆けていく。

 

「えっ!?ちょっ、心の準備が!」

 

情けない悲鳴をあげながら夜空へと飛び立った宮藤たちを遠目に、後から人狼もエンジンに魔法力を注いで夜空へと飛び立つ。実際人狼は夜間飛行をすることは少ないが一応飛行はできる。多少ふらつきながら滑走路を駆けて離陸する様子にハンガーにいたウィッチや整備兵は冷や汗を掻いた。

 

人狼はユニットの速度を上げて上空に居る宮藤たちと合流すると、二人に牽引されるように宮藤が飛んでいた。

 

「手を放しちゃだめだよ!絶対放さないでね!」

「もう少し我慢して、雲の上に出るから」

「おっ、ハインツ大尉も来たナ。へへーん、私と手でも繋ぐカ?」

「…」

「うー、無視するナヨ」

 

人狼が合流するのを確認したエイラは気安く冗談を人狼にかける。しかし人狼は彼女の冗談が聞こえていないのかわからないが応答しなかった。むくれながらエイラはソッポを向いた。

 

人狼たちは雲を突っ切り、雲海を抜けた。雲海を越えた先には満月と満点の星空が姿を現し、月光が人狼たちに降り注ぐ。雲海の表面も月光で照らされてやや明るい。人狼は今日が満月のせいか体中から力が込み上げてくる感覚を感じた。一方で宮藤は生まれて初めてこの幻想的な風景を見たのか、はしゃぎながら軽快な軌道で飛行する。もう恐怖や不安は拭い切れたようだ。

 

「すごいなー!私独りじゃ絶対こんなところまで来れなかったよ!サーニャちゃん、エイラちゃん!」

「ふふん」

「いいえ、任務だから」

 

エイラは宮藤に感謝されて嬉しそうに鼻を鳴らすが、サーニャは離陸前とは違った冷淡な態度を取る。そのことに宮藤は疑問を抱く。

この夜は何事も起きることなく平穏であった。

 

次の夜も人狼と宮藤たちの組で夜間飛行をした。宮藤も夜間飛行に慣れたのか以前ほど怯えてもいない。また宮藤はサーニャとエイラと親睦を深めたのか喜々とした様子でサーニャたちに伝える。

 

「今日はね、私の誕生日なの」

「えっ?」

「なんで黙ってたんダヨー!」

「…」

 

驚いた様子の二人といつもと変わらない態度の人狼に宮藤はその理由を話した。

 

「私の誕生日はお父さんの命日でもあるの。なんだかややこしくって皆に言い忘れちゃった」

 

宮藤の父親は魔導エンジンとストライカーユニットの新技術である宮藤理論を提唱した研究者である。これにより人類は強大な力を持つネウロイに対抗できる手段を手に入れたが、彼女の誕生日に彼女の父親は共同研究中に後戦災に遭い死亡したとされる。

事情を聞いたエイラは頬を緩め、父親の命日を気にしていた宮藤に優しく語り掛ける。

 

「馬鹿だなお前。こういう時は楽しいことを優先してもいいんダゾ」

「えー、そういうものかなぁ」

「そうダヨ」

「宮藤さんとハインツ大尉、耳を澄まして」

「えっ?」

 

サーニャの言うとおりに宮藤は耳を澄ました。耳を澄ましてみるとノイズが混ざるが、管制塔のものではない声や音楽が流れてきた。

 

「あれ?何か聞こえてきたよ」

「ラジオの音」

「夜になると空が鎮まるから、ずっと山や地平線の音も聞こえるようになるの」

「へー!すごいすごい!こんなことできるなんて!」

「うん、夜飛ぶときはいつも聴いてるの」

 

彼女の固有魔法はいわばレーダー、電波を飛ばして物に当たって跳ね返ることでその物の所在を特定する。彼女の固有魔法に加えて軍から探知機も導入されているため、固有魔法では聴きえない音も捉えることができる。さらに固有魔法に魔法力の出力を上げることで近場の通信機に電波を共有することが可能である。

 

「二人だけの秘密じゃなかったのカヨ」

「ごめんね、でも今夜だけの特別」

 

宮藤と人狼にサーニャとエイラとの二人だけの秘密が暴露されたのが嫌だったのか、サーニャに小声で文句を言う。しかしサーニャはこの楽しみを共有したかったのかエイラを諭した。するとエイラは理解したのか手を広げたままクルリとバレルロールをする。

 

「ちぇ、しょうがないナー」

「えっ、どうしたの?」

「うん、あのね」

「あのな、今日はサーニャの――――」

 

サーニャとエイラが宮藤にその訳を説明しようとした瞬間、サーニャの魔導針が色を変えた。サーニャは目を見開いて何かに気づいた様子であった。

 

「どうした?」

 

エイラがサーニャに訊いた瞬間、人狼たちのインカムから不協和音でありながらもリズムが組まれたノイズが流れる。この音は基地にまで届き、管制塔に居た坂本やリーネも耳にしていた。すぐさま坂本は人狼や宮藤たちを帰還させようとするも、ノイズにより通信や位置の特定が不可能であった。

 

「これ歌だよ!」

「どうして……」

「…」

 

この音に対して驚愕と猜疑心を抱いた少女三人を傍目に、人狼は二挺の機関砲の安全装置を外した。

 

「敵かサーニャ」

「ネウロイなの!?どこ!?」

「…」

「三人とも避難して」

 

そう人狼たちに告げるとサーニャはネウロイと接敵するために出力を上げて人狼たちを置き去りにして去った。

サーニャが飛び立ってからすぐに、突如として彼女に向けて一本の光線が雲海から突き出た。光線はサーニャへ迫るも、なんとか彼女は避けることに成功する。しかし彼女の片方のユニットが光線により破壊された。

 

「サーニャ!」

「…」

 

宮藤とエイラは被弾した彼女の救助に向かう。一方で人狼は雲海の中にネウロイが居ると断定し、エイラと宮藤がサーニャを救助するための時間稼ぎ役として人狼は単独で雲海への突入を行う。

 

「馬鹿!独りでどうする気ダヨ!」

「敵の狙いは私、間違いないわ」

「私から離れて。私と居たら……」

「馬鹿!何言ってるんダ!」

「そんなことできるわけないよ」

「だって……!」

 

自分を犠牲にしようとするサーニャにエイラは彼女の世話を宮藤に任せ、彼女からフリーガーハマーを奪い取った。

 

「どうするの?」

「サーニャは私に敵の居場所を教えてくれ。大丈夫、私は敵の動きを先読みできるからやられたりはしないヨ。あいつはサーニャじゃない、あいつは独りぼっちだけどサーニャは独りじゃないダロ?私たちは絶対負けないヨ」

 

エイラはサーニャを心配させまいと覚悟を決めた様子で語り掛けた。宮藤も頼ってほしいと言わんばかりにサーニャに笑みを浮かべる。その様子にサーニャも決心した面持ちで索敵した結果を二人に伝えた。

 

「ネウロイはベガとアルタイルを結んだ線の上もまっすぐこっちに向かってる。距離約三千二百」

「こうか?」

 

エイラは彼女の指示を受けて的確な位置にフリーガーハマーを向けることで照準を合わせ、待機した。

 

「ハインツ大尉との戦闘で加速してる。もっと手前を狙って……そう、あと三秒」

「当たれヨ」

 

エイラがフリーガーハマーの引き金を引いて三発のロケットが発射された。それと同時にネウロイが彼女たちに向けて光線を放つが、彼女たちはエイラの固有魔法の未来予知により光線を躱した。

 

一方ロケットは三発中一発がネウロイに命中したのか、被弾音とネウロイの断絶魔をあげた。攻撃を受けたネウロイは彼女たちの真下の雲海に潜ったまま通過した。

 

「外した!?」

「いいえ速度が落ちたわ。ダメージは与えてる」

 

後から人狼が雲海を抜けて宮藤たちと合流を果たすも、かなり苦戦していたのか左手にしか機関砲は無く、服の所々が焦げている。だがそれはまだマシな方で、右腕に至っては袖すらもない。

 

「ちょっと、ハインツ大尉大丈夫ですか!?」

「…」

 

宮藤の心配する声に人狼は首を縦に振って戦闘継続が可能であることを伝える。

 

「戻ってくるわ」

「戻ってくるナ!」

 

Uターンして再びネウロイは人狼たちに迫る。エイラは二発ロケットを発射するも、ネウロイは猛スピードを出しながら回避する。エイラは焦りながらもロケットを撃つ。その一発が命中したため、ネウロイはけたたましい悲鳴をあげながら出現した。そしてネウロイはこちらに体当たりをしようと突撃してきた。

対処しようとエイラと人狼は機関銃と機関砲を乱射して対応しようとする。

 

「二人とも駄目!逃げてッ!」

「そんな暇あるか!」

「…」

 

奮戦している人狼とエイラの助力になろうと宮藤はサーニャを背負いながら人狼たちの前に出る。そして人狼たちをまとめてカバーできるほどに大きい魔法障壁を展開してネウロイからの攻撃を防いだ。

 

「気が利くな宮藤」

「私たちきっと勝てるよ!」

「それがチームだ!」

「…」

 

サーニャは必死に戦う人狼と彼女たちに感化されると、宮藤の機関銃を借りて銃撃を始める。

人狼とエイラとサーニャから放たれた無数の弾丸はネウロイの先端部の装甲を剥ぎ取っていく。ネウロイも突入経路を変えられないのか銃撃を躱すことができない。徐々にネウロイは欠けていき、ついにネウロイの核まで至った。そして赤く煌めく核は誰かの銃撃により破壊された。

 

宮藤が前方に張ってくれた魔法障壁が功を奏し、崩壊時の爆風や破片を防いだ。その爆風は雲海に大きな穴を開けるほど強烈な風力であった。

ネウロイが撃破されて本来は音は消えるはずだったが、いまだにその音はインカムから流れ続ける。

 

「……まだ聴こえる」

「…」

「なんで、やっつけたんじゃ!」

「違う。これはお父様のピアノ」

 

サーニャは魔法力と片方のユニットを調整して上昇する。

 

「そうかラジオだ!この空の何処からか届いてるんだ!すごいよ奇跡だよ!」

「いや、そうではないかも」

「へっ?」

 

エイラは先程言い損ねていたことを宮藤に伝える。

 

「今日はサーニャの誕生日だったんだ。正確には昨日かな」

「えっ。じゃあ私と一緒」

「サーニャのことが大好きな人なら誕生日を祝うだなんて当たり前だろ。世界の何処かにそんな人が居るならこんなことが起こるんだ。奇跡なんかじゃない」

「エイラさんって優しいね」

「そんなんじゃねーヨ。バカ」

 

誕生日を祝ってもらうことは人狼もこの世で経験していた。自分が生まれた月日はわからないが孤児院の院長は初めて人狼と出会った月日を誕生日とした。それから人狼は孤児院の皆やジェネフやマルセイユといった戦友たちから祝福を受けた。

この世界に来たおかげで人狼は祝福を受けた喜びを知り、遠くで生きているサーニャの父親から与えられたプレゼントに喜ぶ彼女の気持ちに共感した。

 

人狼はかつてのことを思い出したことで、基地に来てからは常に鋭く濁った赤色の瞳がその時だけは少年のように柔らかく光沢のあるものへと変わった。

人狼は顔を上げて、月明かりに照らされた彼女を見つめた。その夜の月は見事な満月であった。

 




スオミ KP/-31

フィンランドで生まれた軽機関銃、銃設計技師アイモ・ラハティが開発。
冬戦争で兵力と火力共に劣勢のフィンランド軍は善戦し、KP/-31もその一翼を担うことになる。スキー部隊でも使用されて、シモヘイヘも使用していた。
なおこの銃がソ連に鹵獲されて、PPSh-41など短機関銃開発の参考にした。


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乾杯

今回はかなり短めです。
本当に申し訳ない(某博士)


ネウロイを撃破した人狼と宮藤たちはすぐに基地に帰投した。

基地ではミーナや坂本が出迎え、サーニャと人狼は体に異常がないか検査のため医務室に赴いた。両者とも体に異常がないのを軍医が確認し、無事解放された。その際に軍医から所々焼失していた人狼の軍服の代用として別の軍服を手渡した。医務室には各国の軍服が揃えられており、人狼が常に着ていたタイプの物もあった。

 

「…」

 

道中でコートを羽織り、調理場へと足を進める。部屋で食べる用の缶詰の在庫がなくなってしまったからだ。別に人狼は缶詰の味に重点を置いていないので、スパムやレーションでも構わない。栄養になればそれでいいのだ。

 

人狼が食堂に着き、調理場に視線を向けた。すると人狼の気配に気づいてか、調理場内の暗闇の中に人影が一瞬現れた。

 

「…」

 

人狼は音を立てず静かに調理場へ着くと一気に飛び出した。そして対象に視線を向けて拘束できるように構えた。

 

「うわぁー!悪気はないんだ!つまみが欲しいだけで!」

「…」

 

人狼の眼前にいたのは、左目に眼帯をしてクラッシュキャップを被った男であった。許しを得るため必死の懇願を行う惨めな男を人狼は見知っていた。

 

「……おおっハインツか!久しぶりだな」

「…」

 

カールスラントの戦車隊で随一の実力を誇る山羊隊の隊長を勤めるジェネフがそこにいた。ジェネフと人狼は言わずもがなの戦友であり、アフリカや欧州といった戦地では裸の付き合いをするほど仲が良かった。

ジェネフは立ち上がりことの顛末を話し始めた。

 

「こんなところでまた逢えるとは運命だ。いつか逢おうと思っても連日仕事で行けなかった」

「…」

「まあ偶然この基地に立ち寄る用事ができた」

「…」

「で何でこんな場所に居るかというと此処の整備兵たちと馬が合って飲み会が始まり、おつまみが切れたから此処にきたってわけよ」

「…」

 

昔から変わらないジェネフの態度に人狼は気と顔を緩めた。人狼は棚からウィスキーと二個のウィスキーグラスを取り出して調理台に置いた。

 

「おっ、飲むのかい。どれ久方ぶりの弟分との酒盛りに断る理由はないな」

「…」

「なんだその弟分になった憶えはないといった目は。何年お前と一緒に居ると思ってんだ」

「…」

「ったくそんな不愛想だと恋人できねぇぞ。一応モテるのに勿体ないぜ」

「…」

「あー、俺もたくさんのファンの子からファンレター欲しい!俺のファンはむさ苦しいおっさんばかりだしなぁ!」

 

茶々を入れてくるジェネフを傍目に人狼はウィスキーを注ぐ。人狼が飲む方には溢れる瀬戸際まで注ぐが、ジェネフには少しの量しか注がない。人狼に茶々を入れるジェネフへの仕返しとも思える。

 

「おいおいそりゃあないぜハインツ。謝るからもう少し注いでくれよ」

「…」

「サンキューな!ついでに氷もくれ。俺は冷えてるのが好きなんだ」

「…」

「痛ったッ!?氷投げるな馬鹿!」

 

人狼が先制攻撃と言わんばかりに手に取ったいくつかの氷を散弾銃の如くジェネフに投げつけた。手加減したとはいえそれなりの威力だったらしく、ジェネフは痛がる素振りを見せながらもなんとか氷を入手した。彼はコップの半分ほどに注がれたウィスキーに氷を入れるとチャポンと心地のよい音が聞こえる。

 

「それじゃあ乾杯するか」

「…」

 

人狼とジェネフはお互いのコップを持ち、乾杯をしようとした。すると人狼が食堂に入った方からカツカツと足を鳴らす音が聞こえた。基地のおおよそのエリアが人狼を除いて男子禁制なので、階級が中佐になったジェネフですら罰の対象になりうる。

ジェネフはコップを置いて屈んだ状態で素早く窓辺まで行く。そしてジェネフは窓を開いてパイプにしがみ付いた。

 

「じゃあなハインツ。くれぐれも俺が居たことを漏らすなよ」

 

そう告げるとジェネフはするすると下へパイプを使って降りていった。人狼は地上に降り立ったジェネフを確認すると窓を閉じた。

 

「あらハインツ大尉。珍しいわね深夜の食堂に居るなんて」

「…」

 

人狼は窓を閉じてからジェネフのコップという証拠を隠そうとした時、食堂の入り口からミーナが現れた。おそらくミーナは徹夜で今夜起きた内容を書類にまとめていたのであろう。その眠気覚ましにコーヒーでも飲もうとしたのか、彼女の手には代用コーヒーではない本物のコーヒー豆が入った小袋を持っていた。

パチンとミーナは食堂と調理場の電源を点ける。部屋が明るくなると彼女は人狼に近づいてきた。

 

「まさかハインツ大尉にも眠れない夜があるだなんて意外だわ。にしてもどうしてコップが二個出されているのかしら」

「…」

 

部屋が明るくなったことでミーナに二個のコップが見つかってしまった。彼女は疑問に思いながら人狼に尋ねようとした。しかしその前に人狼は二個のコップを一度に飲み干した。突然の行為に唖然とした様子のミーナを傍目に人狼は逃げるようにその場を後にした。

 

「……何かをバレたくなかったのかしら?別の人が居たとしてもハインツ大尉しか(・・・・・・・・)反応はなかったし。うーん、なかなか読めない人だわ」

 

ミーナは人狼の疑問を浮かべた状態でコーヒーを作ろうとした。しかしその疑問に注意を向けすぎていたのか、人狼が投げた氷の一つを踏んで尻もちをついた。地面に転がっていた氷やコップに入れられていた氷はすでに半分ほど溶けていた。

 

 




代用コーヒー

十九世紀のアメリカで生まれたもので、主にタンポポを用いて作られている。
そしてカフェインを含まず、不眠症患者や子供、妊娠・授乳期の女性でも飲用できる。
コーヒー豆の供給が困難になった第二次世界大戦の交戦国、特にドイツで代用コーヒーとして広く飲まれた歴史を持つ。


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四角

あけましておめでとうございます。
今年も頑張り猿野で応援をお願いします。
あと最終回見ましたが、やはりストライクウィッチーズは最高です。


ズボン盗難事件が発生した翌日、ストライクウィッチーズの隊員全員がブリーフリングルームに集合し、作戦の概要を聞いていた。サイレンが鳴り響く中、ミーナが壇上に上がり話を始める。

補足だが盗難事件が起きたその日に人狼は別の要件で基地から離れていた。そのため少女たちの醜態を異性に曝さずに済んだ。特に安堵していたのはミーナやバルクホルンの二人である。

 

「ガリアから敵が進行中との報告です」

「今回は珍しく予測が当たったな」

「えぇ。現在の高度は一万五千、進路はまっすぐこの基地を目指しているわ」

「よし、ルーチンの迎撃パターンでいけるな。今日の搭乗割はバルクホルン、ハルトマン、ハインツが前衛。ペリーヌとリーネが後衛、宮藤は私とミーナの直援、シャーリーとルッキーニ、エイラとサーニャは基地待機だ」

「お留守番、お留守番~!」

「ユニットの設定でもするかぁ」

「よし準備にかかれ」

 

坂本に命じられた人狼とウィッチたちはハンガーへ赴いて、各自の武装とユニットを身に着けて大空へと羽ばたいた。ハンガーの出入り口では待機組となったルッキーニとシャーリーが手を振って見送った。

 

大空で雲の間を駆け抜けること約二十分、坂本は自身の固有魔法である魔眼の探知能力でネウロイを発見した。

 

「敵発見!」

「タイプは?」

「三百メートル級だ。いつものフォーメンションか?」

「そうね」

「よし、突撃!」

 

前衛である人狼たちが最初に降下し、その後に後衛組の二人も降下する。ネウロイの形態はキューブ状のもので所々赤い斑点が存在する。ネウロイも人狼たちの存在に気付いたのか、奇声を発した。

 

「ええっ!?」

「何!?」

「分裂した!?」

 

人狼たちがいざ銃を撃とうと照準を合わせたその時、突如としてキューブ状の体がより小さなキューブ状の体へ分裂を遂げて、それぞれが自由に動き始めた。初めて見るネウロイの特徴に隊に動揺が走る。

するとミーナだけは固有魔法の三次元空間把握能力で冷静に空間を把握し、指示を送る。

 

「右下方を八十、中央百、左三十」

「総勢二百十機分か、勲章の大盤振る舞いになるな」

「そうね」

「で、どうする?」

「貴女はコアを探して」

「了解」

「バルクホルン隊中央」

「了解」

「ペリーヌ隊右を迎撃」

「了解」

「宮藤さんは坂本少佐の直援に入りなさい」

「了解」

「いい?貴女の任務は少佐がコアを見つけるまで敵を近づけさせないこと」

「はい!」

 

かくして戦闘が始まった。ミーナの指示通り前衛組はネウロイをすれ違いざまに撃墜したりネウロイ数機にドッグファイトで勝ち難なく撃墜していた。お伽噺の再来にして沈黙の狼として幾多の戦場を駆けまわった人狼、模範的なカールスラント軍人にして固有魔法の怪力でネウロイを破壊してきたバルクホルン、天才肌にして僚機を失ったことのない撃墜王のハルトマンにかかればネウロイに遅れを取ることなどほとんどなかった。

 

「これで十機!」

「こっちは十二機!久しぶりにスコアを稼げるな」

「ここのところは全然だったからね」

「…」

 

人狼の後ろにネウロイが迫るがユニットに取り付けていた後方機銃を作動させた。放たれた銃弾はネウロイに命中して破壊とまではいかないが怯み、その隙を人狼が逃すわけもなく振り向いて機関砲を撃つ。二十ミリでなおかつ薄殻榴弾は多大な破壊力を生むため、ネウロイは木っ端微塵に破壊された。

 

「流石だハインツ!腕を上げたな!」

「…」

「この活躍を休暇の際にクリスに話してやるからな。だからもっと活躍して話題を増やさせてくれ!」

「…」

 

バルクホルンと人狼は肩を合わせて銃撃する中で彼女は告げる。バルクホルンは今まで使用していなかった休暇を使用しクリスのもとへ行き、人狼のことをよく話していた。

 

「ハインツあれを見ろ。たくさんのネウロイがこっちに来ているな」

「…」

「たまには共同作業といこうじゃないか」

「…」

 

人狼とバルクホルンの眼前にはイワシの群れのようにネウロイたちが集団となってこちらへ向かっている。普通のウィッチなら怖気づいて逃走するか自棄になる者が多いが、エースの中のエースである人狼とバルクホルンは余裕があるようだった。

人狼とバルクホルンは肩を回したり残弾を確認すると、突撃を行う。そしてその群れに頭から突っ込んだ。

 

「やあああああ!」

「…」

 

人狼とバルクホルンは機関銃と機関砲を最大限に活用させながら群れを内部から破壊していく。光線も当然照射されるが息の合った連携プレーで相互に魔法障壁を張って防ぐ。残弾が無くなり弾倉を変える暇がないのなら銃身を持ってハンマーの如く振り回す。魔法力で強化された一撃は重く、ネウロイを叩き壊す。

 

「そこを退けええええ!」

「…」

 

人狼たちとバルクホルンが群れから抜けた頃にはネウロイの数は三分の二ほどにまで減少していた。

 

「うわぁ……破壊者のコンビヤバいね。力こそパワーって感じ」

『聞こえてるぞハルトマン』

 

この様子に思わず苦笑いを浮かべて困惑するハルトマン、長年パートナーとして繋がりを持っていた彼女でもこの光景は刺激的なものであった。

人狼とバルクホルンは同時に弾倉を換えて同時に再度攻撃に移る。幼馴染のコンビはここまで結束が固いものなのだと実感したハルトマンであった。

 

『全隊員に通告、敵コアを発見。私たちが叩くから他を近づけさせないで』

 

十分程度戦うとミーナから通信が入る。時間稼ぎを任せられた人狼たちはミーナたちのもとへネウロイが行かないように足止めを行う。核を確認されたとネウロイ側も感じたのか即座にミーナたちを墜としに行こうとするも、それをペリーヌのトネールで薙ぎ払いリーネの狙撃で確実に落としていく。

 

「…」

 

残弾がもう無い人狼はその場で機関砲を捨てて、腰のモーゼルに切り替える。すると前方から人狼とヘッドオンになったネウロイと猛烈な撃ち合いを繰り広げる。

光線が人狼の肩や頬を突き抜けるも人狼は絶えず銃撃を続ける。ネウロイの体もボロボロとなりながらも光線を照射する。意地の張り合いともいえるこの戦いは観戦している者の鼓動を速くした。

ついに人狼とネウロイがすれ違った際にこの決着がついたのか、ズタボロとなったネウロイの体が破裂した。

 

また、ミーナたちも同時刻に核を破壊したのか分裂していたネウロイも自壊を始めた。

 

「大丈夫かハインツ!いくら傷が治るからといっても一人で無茶はするな!」

「…」

「無茶をされると私だけじゃなく、皆が悲しむんだぞ!」

「…」

 

負傷した人狼のもとにバルクホルンがやってきた。彼女は怒りと心配が入り混じった感情を露わにして人狼を怒鳴る。人狼に唯一効くのは銀だけなので、傷口はすでに回復している。しかし人狼の秘密を知らず、さらにクリスを喪いかけたバルクホルンにとって心を大きく揺さぶった。

 

「もう私は失いたくはない……」

「…」

 

バルクホルンは手にしていた機関銃を離して人狼に抱き着いた。人狼の胴は大樹のように太く硬かったが、大事なものを二度と離すまいとバルクホルンは自然と情熱的かつ力強く抱擁する。多くの隊員にその様子を見られながらも気にせず彼女は続けた。

しかし抱き着かれた人狼は虚ろな眼差しで空から落ちるネウロイの白い破片を眺めていた。

 

「やっぱりハインツ大尉は……」

 

唯一、この異常さに気付いたハルトマンは何かに確証した様子であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の深夜、ハンガー付近の木陰である人物が煙草を吸っていた。その者は身長百八十センチで痩せ形の男性だ。その男は月を見上げながら紫煙を吹き出す。紫煙は月を目指して上昇していくが、やがて霧散した。

 

「初めまして。わざわざ来てくれたことに感謝します」

「そりゃあ俺宛に手紙が来たんだし行かないわけにはいかないしょ」

 

煙草を吸う男の背後から突如声をかけられたため、その男は思わず振り向いた。その際、警戒して拳銃がすぐに出せるようにしていたが、声をかけてきた人物がわかると男は物珍しそうな表情を浮かべて警戒心を解く。

 

「で、何の要件ですかハルトマン中尉。そんな様子じゃ告白って柄じゃないでしょ」

 

男の視線の先に居たのは意外なことにハルトマンだった。普段は不真面目で適当な彼女が今は真面目な顔でこちらを見つめるので男も只事ではないと確信する。

 

「知りたい人物がいるんだ。教えてくれない?」

「……おたく、俺を過剰評価してない?ただの軍人だぜ」

「いや、君はあの人の過去を知っているはずだよ」

「私用の頼みらしいし報酬はどうする。俺の故郷を守ってもらってるのはありがたいが、それはウィッチとして当然だ。個人の報酬じゃない」

「……何が欲しいの?」

「質のいい紅茶。それこそ首相や国王が飲むような」

「……それでいいの?」

「それでいいのさ。紅茶は俺にとって人生で重要なカギだからな。アフリカで重要性をより感じた」

「じゃあそれでいいね。よろしくね――――」

 

 

 

ステック・セラック(・・・・・・・・・)少尉」

 

不意に月明かりが彼を照らす。そこには片足の英雄としてブリタニアのプロパガンダとして散々利用されながらも高度の空戦技術を有するステック・セラックが居た。

アフリカで間接的ではあるが人狼たちと共闘し、人狼が501の基地に来る時と同時刻に別件で来たが機体が故障して墜落した。そして、なんやかんやあって此処に滞在することになっていた。別名不幸な男(アンラッキーマン)と呼ばれている。

 

「さて、じゃあ話そうか。ハインツ大尉の過去を」

 

ステック少尉は周囲を確認して誰もいないのを確認するとハルトマンに伝えられる限りの情報を話し始めた。

まだ夜は深い。




格納庫

航空機を風雨や砂塵などから守り、中で整備や補給、待機などを行う格納施設のこと。
ハンガーの語源は家畜小屋を意味するフランス北部地方におけるフランス語の方言である。


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染色

(更新が遅れて)本当に申し訳ない。(某博士感)


ロンドンのとある病院を目指して急行する一台の軍用車があった。病院指定の駐車場に急いで止めると、茶髪の少女が金髪で小柄な少女を引っ張りながら車外に飛び出して病院に入る。彼女たちの名前はバルクホルンとハルトマン、今日はバルクホルンの妹クリスの面会日だった。

 

「病室ですよ、お静かに」

「あっ、すみません。急いでいたもので」

 

妹を思い急ぐ気持ちを抑えきれなかったバルクホルンは、偶然居合わせたナースに怒られて顔を赤くする。バルクホルンの後ろではハルトマンがベッドに居るクリスに手を振った。そのクリスは姉の失態にクスクスと笑う。

ナースは空気を読んで病室からこっそり抜けた。

 

「やっぱりお姉ちゃんはどこか抜けてるよね」

「なっ!」

「その通りだよ。私に風紀だの軍規だの言うくせに熱が入ると周りが見えなくなっちゃう。そのせいで危ない時もあったし」

「お姉ちゃん……」

「お前!今日は見舞いに来たんだぞ!そういうことは……」

「だってホントじゃん」

「ないないそんなことないぞ!私はいつだって冷静だ!」

 

日頃の行いをハルトマンから暴露されてバルクホルンは急いで弁解をする。

 

「あー、ハインツ大尉にも判断してもらおうかなー」

「は、ハインツは関係ないだろ!何を言う!」

「この前ね、トゥルーデがハインツ大尉に見せるための水着を買ってさー!」

「お、お前!」

「いやー、堅物生真面目女軍人のトゥルーデがあそこまで乙女を見せるとはね。恋って面白い病だよ」

「うわああああああ!言うなぁ!」

 

バルクホルンはさらに顔を紅潮させて腕をブンブン振るのをよそに、いたずらな笑みを浮かべてハルトマンは笑う。

 

「……お姉ちゃんなんか楽しそう」

「そうか?」

「それは宮藤のおかげだな」

「宮藤さん……?」

「うん。この間入った新人でね」

「お前に少し似ていてな」

「私に!?会ってみたいなぁ!」

「そうか。じゃあ今度来てもらおう」

「ホント?お友達になってくれるかな?」

「ははは、かなりの変わり者だけど良い奴だ。きっといい友達になれるさ。あっ、似てると言っても当然お前の方がずっと美人だからな」

「姉馬鹿だねー」

 

バルクホルンの妹愛は数年時が経過しても変わることはなかった。

クリスの午前の検査が始まるまでの間、バルクホルンとハルトマンは病院に滞在して雑談をした。話題でよく取り上げられたのは人狼との関係や基地の仲間の話で、特に人狼の話になると唐突に保護者目線になったり露骨に顔を染めるのでハルトマンとクリスは見ていて飽きなかった。

 

「そろそろ結婚してもいい年齢だからハインツさんと結婚したら?」

「ハ、ハハハインツは関係ないだろぉ!だ、第一あいつは私のことをそういう目で見てないと想うし……」

「そうかなぁ?案外ハインツさんはお姉ちゃんのことが好きだったりして」

「そもそも無感情で顔色の一つも変えないやつだぞ!恋愛感情だって持っているのかすら怪しい」

「つまり、ハインツさん恋愛感情持ってたらオッケーなの?」

「何故そうなるんだ!」

「ほらトゥルーデには秘密兵器があるじゃん。そのダイナマイトボディーを使って色仕掛けを仕掛けちゃいなよ!」

「い、色仕掛けぇ!?」

「……お姉ちゃん頑張れ」

「クリスぅ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

バルクホルンたちが病院に居る同時刻に、第501統合戦闘航空団の基地近郊の平野を五人のウィッチと一匹の人狼がその上空を駆ける。ウィッチのメンバーはペリーヌと宮藤、シャーリーとルッキーニでそれぞれ二機ずつ編成を組んで訓練を行っている。残り一人のリーネは審判役だ。

 

人狼は空戦技量があまり高いとはいえないためバルクホルンの手によって彼女らの訓練に付き合うことになった。なおシャーリーたちのグループに属しており、持ち前の速度と上昇力を生かして先頭を飛ぶペリーヌの上を陣取って隙あらば彼女を攻撃をしかけようとしている。

 

「宮藤さん後ろを取られてましてよ」

「あっ、うん……」

「へっへ~、いただきィ!」

 

宮藤の背後に第501統合戦闘航空団で最年少のルッキーニが宮藤を照準に入れた。ルッキーニは齢十二歳にしてエースの仲間入りを果たした空戦の天才児だ。易々と彼女の狙いから逃げることはできない。ペリーヌは宮藤の被弾を確信した。

 

だが、そのペリーヌの予想は覆した。

 

「あの技は……!」

「……」

「うわぁー!」

「おー!」

 

宮藤は縦回転をすると、最高地点で体を翻して態勢を変えてシャーリーとルッキーニの背後を取る。たどたどしい機動であったが背後を取るのに成功した宮藤は驚きを隠し消えれないまま模擬銃の引き金を引いた。

模擬銃から発射されたオレンジ色のペイント弾がシャーリーとルッキーニを汚して、二人はリーネから撃墜判定を受ける。二人は唖然とした様子で宮藤を見つめる。

その宮藤の機動を見たペリーヌは驚き、一瞬上空にいる人狼の警戒を怠ってしまう。

 

「……」

「しまった!」

 

その隙を生粋の戦闘マシーンである人狼が見過ごすはずもなく、急降下しながら射撃を開始した。瞬く間にペリーヌの体とユニットはオレンジ色に着色されて、やってしまったと落胆するペリーヌ。

人狼は即座に反転して宮藤へ攻撃を仕掛けようとした時、制限時間になったのを知らせる笛が吹かれたため、この模擬空戦は終わった。

 

慣れない機動で体力を大きく消費して息をきらす宮藤は人狼との戦いを避けれたことに安堵した。流石に人狼の方が空戦技術は上であり、なおかつ霧化を用いたトリッキーな戦法もあるので相手にはしたくなかった。

残数こそは同じだが二対三の戦いであるため、宮藤とペリーヌチームの勝利となった。

 

「おっかしいなぁ、絶対後ろについたと思ったのに」

「だいぶ成長したな宮藤」

「えっ、そうですか!えへへ」

 

模擬空戦の帰路、敵対していたシャーリーとルッキーニが宮藤を称賛した。当初、基地に来た頃の宮藤はなんとか飛行できる程度だったが、今では油断したエースを落とせるぐらいには成長していた。

なお、ルッキーニが宮藤の胸を揉むが一切そこは成長していないとのこと。悲しいかな、ルッキーニの計測は正確である。

 

「でも腕を上げたのは確かだ」

「でも高高度だったらこうはいかなかったけどねー」

「私たち案外良いペアかもしれませんね」

「ご冗談を。真っ平ごめんですわ」

 

宮藤に声を掛けられたペリーヌは不満げにそっぽを向いて、オレンジ色に染まった髪をいじった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

模擬空戦に参加したウィッチ全員が基地に帰投した後に風呂に入っている最中、ミーナが日頃から書類仕事を行う司令室にはミーナ、坂本、ハルトマン、バルクホルン、そして人狼が居た。

バルクホルンは一便の手紙を取り出してミーナに提示する。この手紙は今日の午前に休暇を取ったバルクホルンとハルトマンが見つけたモノで、クリスに面会するために乗ってきた車に挟まれていた。明らかに狙った犯行だ。

 

「悪いが中身は勝手に見させてもらった。深入りは禁物、これ以上は知りすぎるな。これはどういうことだ」

「興味あるね」

「やましいことだのしていない。だろ、ミーナ」

「……えっ、えぇそうよ。私たちはただネウロイのことを調べただけで」

「それでどうしてこんなものが届く」

「差出人に心当たりは?」

「ありすぎて困るぐらいだ」

「そうね。私たちのことを疎ましく思う連中は軍の中にいくらでも居るから……」

「が、こんな品のない真似をするやつの見当はつく。おそらくあの男はこの戦いの確信に触れる何かをすでに握っている。私たちはそれに触れたんだろう」

「あの男って?」

「ドレヴァーマロニー、空軍大将さ」

「……」

 

人狼はこの男に聞き覚えがあった。

第501統合戦闘航空団を創設したヒューゴ・ダウディング空軍大将を失脚させて、その後に同部隊の上官となった者だ。タカ派な野心家でウィッチに不満を抱いていた。ある意味ネウロイとは違った第二の敵だ。

 

そして意外にも狂気の名将ランデル・オーランドと面識があり、ランデルはマロニーのことを

つまらないが面白い男だと評していた。

狂人がいう他者の評価など第二者及び第三者から見ても意味がわからない、人間でもない人狼でもわからなかった。

 




キューベルワーゲン

ドイツで生まれた軍用車、フェルディナント・ポルシェらにより設計された。
兵士に軍馬代わりに使用されて評価は良く、エンジンは空冷のため冷却水やラジエターが不要で、厳冬時や厳寒地においても取り扱いの面倒な不凍液を必要としなかった。そのため東部戦線からアフリカ戦線まで使用できた。
戦後はこの技術をもとに東ドイツの車両が作られた。


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友好

そういや前回で百話突破したんですね。
これからもよろしくお願いいたします。


午前に行われた演習の決闘を申し込んだペリーヌと申し込まれた宮藤はハンガーに居た。宮藤は当然演習を行うということなので演習用の模擬銃に手を伸ばした。

 

「そっちじゃなくてよ」

「でも、それは……」

「私たち決闘をするのですのよ」

 

そう言うとペリーヌは自分が愛用しているブレン軽機関銃を取り出した。人に向けるように作られた模擬銃とは違って、何かを殺すために作られた機関銃は冷たくて恐ろしい印象を宮藤に与えた。

 

「そんな……私嫌ですッ!本物の銃を人に向けるなんて」

「まさか本当に撃つはずありませんでしょ。気分ですわよ気分」

「だからって嫌です!私はそんなことするためにウィッチーズに入ったわけじゃありません!」

「まったく、入隊の時も貴女そんなおバカなこと言っていましたわね。言ってるでしょ、形だけですから」

 

楽観視して述べるペリーヌに宮藤は不安を払拭しきれなかった。ネウロイを粉々に粉砕することができる機関銃を人に向けたくはない。いくら安全装置が掛かっていても人に向けるには抵抗があった。

しかし宮藤はペリーヌに押されて、そのまま演習を行うことになった。

 

『宮藤さん、聞こえまして?十秒以上後ろを取った方の勝ち、それだけよ。だったらいいでしょ?』

「……安全装置は、うん掛かっている」

 

飛行中宮藤は自身の機関銃の安全装置が働いているかを視認した。万が一、引き金を引いてしまう可能性を無くそうとしたからだ。

 

宮藤とペリーヌが高速ですれ違う。

すぐさまペリーヌは旋回して宮藤を捜す。辺りを見渡していると地表すれすれを飛行する宮藤の姿があった。ペリーヌは高度を落として宮藤の背後に迫る。

宮藤はシザーズでペリーヌを追い抜かせて背後を取ろうと奮闘する。それによりペリーヌは翻弄されていた。

 

「まったくもう!ちょこまかちょこまかと!」

 

宮藤の軌道にペリーヌは苛立ちを覚える。何故背後を中々取れないのかというと、二人の履いているユニットに関係する。ペリーヌが履いているユニットはVG.39だ。汎用性の高いユニットで稼働時間こそ短いが基本性能は悪くない。

一方で宮藤が履いているユニットは零式艦上戦闘脚である。少ない魔法力で長時間飛行可能で高い運動性を有する。しかしその代償に防御力が低く、新兵の生存性は良いとはいえない。

何が言いたいのかと言うと運動性能が高いほどドッグファイトは優位に立てるのだ。

 

白熱した両者の戦闘が繰り広げられる中、突如として基地からアラームが鳴り響いた。

 

「警報よ」

「ネウロイが来たの?」

『グリッド東23地区、単機よ。ロンドンに向かうコースを』

「中佐!ペリーヌです。私と宮藤さんが訓練で飛んでいたところです。そのまま先行して」

『何ですって!?そんな予定は聞いていないわよ。貴方たちはそこで待機してください。いいわね?』

「は、はい」

 

珍しく何かに急ぐミーナの様子に困惑しながらペリーヌは生返事で答えた。

 

「ペリーヌさん!」

「聞いての通りよ。皆が来るまで此処に――――」

「先に行ってます!此処で待ってたら逃げられちゃいます!」

 

宮藤はユニットを吹かして現場へ先行した。ペリーヌはこの無謀ともいえる行為を止めるために無線から制止を促した。

 

『ちょっと命令違反よ戻りなさい!』

「心配しないでください!私にだって足止めぐらいできますから!」

『調子に乗るのもいい加減になさい!こらぁ!』

 

 

ペリーヌの制止を振り切って宮藤は現場に急行したが何処にもネウロイの姿は見えない。暫くの間索敵を行っていると、奥の方で何かが赤く煌めいた。無論、そんな光を発するのはネウロイしかいない。

 

「見つけた!……あれ?」

 

しかし何故か胸の内に引っかかった。宮藤がネウロイに近づくと、雲海の上を小さなネウロイがいた。

 

宮藤は小型のネウロイなら倒せると安堵して銃口を向ける。

するとネウロイは宮藤に気づくといきなり旋回して近づいた。あまりに近くを接近させられたため宮藤は混乱しながら機関銃の引き金を引いた。

しかし宮藤は機関銃の安全装置のことをすっかり忘れており、すぐに安全装置を切った。

 

「ええっ!?」

 

安全装置を切るために目を離した瞬間、ネウロイは宮藤の傍で形状を変えた姿になっていた。その姿は明らかに宮藤の姿を模倣しており、宮藤の頭に生えている使い魔の耳やユニットの造形もコピーしていた。

 

隙を何度か見せても一向に攻撃をしないネウロイに宮藤はある淡い希望を抱いた。もしかしたらこのネウロイは友好的なのではないのかと。

試しに引き金から指を離して銃口を下に向けるとネウロイは喜んだ様子で両腕を挙げて宮藤を軸にグルグル飛行した。ウィッチの如く飛行するネウロイは宮藤に抱き着こうと寄ってきた。

 

「ちょ、ちょっと待ってー!」

 

宮藤がネウロイに制止を促すとネウロイは指示に従って止まる。人の言葉が通じたことを確認すると、それ以降宮藤はネウロイに並走して質問をしたり追いかけっこをして遊んだ。

不思議と宮藤は笑っていた。

 

「ねぇ、貴方たちは本当に私たちの敵なの?」

 

唯一友好的に接しているこのネウロイに疑問を投げかけた。ネウロイは依然として沈黙を続けたままだが、触れと言わんばかりに胸元に収納された核を見せつけた。核は従来のネウロイのものより赤く輝いている。

宮藤は躊躇しながらもその核にゆっくり手を伸ばして触れようとした。

 

『何をしている!宮藤!』

「坂本さん!」

 

しかし宮藤は坂本の登場により核には触れられなかった。坂本は声を張り上げて宮藤に射撃を促した。

 

「撃て!撃つんだ宮藤!」

「違うんです!このネウロイは!」

「何してる!いいから撃て!」

「待ってください!」

 

宮藤は坂本にネウロイが撃たれないように自らを楯にした。

 

「惑わされるな!そいつは人じゃないッ!」

「違います。そういうことじゃ……!」

「撃たぬならどけっ!」

 

坂本は宮藤とその背後に控えるネウロイに照準を合わせる。ネウロイはそれに気づくと宮藤から離れるように上昇した。

直後に坂本は機関銃を撃ち攻撃を始めるが、ネウロイは銃弾を躱して光線を腕の先から照射した。赤く太い光線が迫っているのを坂本は確認してすぐさま魔法障壁を展開した。

 

「ぐっ!?」

 

しかし上がりを迎えかけている坂本の魔法力では光線を完璧には防ぐことができず、少し漏れ出た光線が坂本を襲う。その漏れ出た光線が手にする機関銃に命中して暴発した。

暴発により坂本の体は吹き飛ばされて海上へ落ちていき、ユニットも破損からか両脚から外れた。

 

「坂本さん!」

「坂本少佐!」

 

急いでペリーヌと宮藤が落下する坂本の体をキャッチして意識を確認するが応答はなくうなだれていた。胸元からは出血で白い軍服を赤黒く汚している。

 

『どうしたの!何が起きたの!』

「少佐が!ネウロイに撃たれて!」

「シールドは張ったのに!……まさか!」

『……バルクホルン大尉ネウロイを追いなさい』

「しかし少佐が」

『追いなさい!命令よ!』

「わ、わかった!」

 

普段の冷静な態度ではなく情にほだされたミーナの命令に出撃したウィッチは困惑しながらも了承した。

 

「あのネウロイの強さはわからない。だから編隊を組んで冷静に対処を――――」

「お、おいハインツ大尉先に行ったら!」

「戻れハインツ!」

 

命令を聞いた人狼は即座にユニットに魔法力を叩き込むと、独りでネウロイに接近して銃撃を始めた。ドラムを叩くかのように放たれた銃弾はまっすぐネウロイに向かうが、ネウロイは小柄な体を活かして躱す。

ネウロイはその場から撤退しようと速度を上げてガリア方面へ向かう。人狼も同様に速度を上げて追いかける。

 

『待てハインツ!編隊を組まないと!』

「…」

『おい聞いてくれ!頼むから!』

「…」

 

バルクホルンの懇願を無視して人狼はネウロイを追う。背後から機関砲を撃って何度も攻撃を仕掛けるも射線を予知されてその都度躱される。ネウロイは急旋回して人狼とドッグファイトに持ち込んだ。

グルグルと横に旋回しながらお互いの背後を取ろうとするが、やはりユニットを持たないで飛行するネウロイの方が有利で人狼は背後から攻撃を受ける。

 

「…」

 

人狼は立ち止まってから後ろに振り向いて魔法障壁を展開した。人狼は光線を防ぎ切ったが、その無防備になった人狼に接近したネウロイはゼロ距離で光線を照射した。

光線は確実に人狼の顔を焼失させた。愛用している帽子と一緒に人狼の首なし体は落ちていく。

 

人狼の撃墜を確認したネウロイが再度ガリア方面に行こうとした。その瞬間、ネウロイの背後の装甲に強い衝撃を受けて弾け飛んだ。ネウロイは奇声を発しながら振り向くとそこには先程首なし遺体になっていた人狼の姿があった。

顔にはまだ霧が巻かれており完璧には回復していないが戦闘は可能な状態だ。ネウロイも驚いているのか呆然と眺めている。

 

「…」

 

人狼は首をコキコキ鳴らして一気に接近戦に持ち込んだ。自分に有利な戦闘状態を望んだからだ。ネウロイも迫る人狼を迎撃しようと光線を放つが、先程の失敗から紙一重の回避を行う。

何度も被弾して体の一部が欠損したり二挺の機関砲が暴発しても人狼は迫り続ける。

 

「…」

 

人狼がネウロイのもとに辿り着いた頃には上半身裸で左肩ごと左腕が焼失していたが、その眼には未だ戦意が灯っていた。

人間ならありえない姿と能力を前にネウロイは硬直していた。その間に人狼は肩の可動域の限界まで右腕を引いてから全力で殴りかかる。

 

「…」

 

その拳が当たったネウロイの頭部はバキバキと音を立てて装甲が割れていき、あまりの衝撃でネウロイは体ごと吹き飛ばされた。光線を顔面に当てられたお返しである。

次の攻撃を仕掛けようと人狼は魔法力をユニットに流し込むが、プスンと気の抜ける音を立てた。ユニットを確認すると黒煙をこれでもかと吐き出していてプロペラも停止している。

 

推進力を失った飛来物はどうなるのか。それは至って単純な答えである。

 

「…」

 

重力に負けてそのまま落ちていくだけだ。

一応人狼は入手困難で高価なユニットを手放すまいと膝を抱えて回転しながら落下するが、落下時でもなおネウロイに脅威と見なされて狙撃された。

ネウロイの狙撃は的確で人狼の頭だけを残した。

 




VG.39

フランスで生まれた戦闘機、ドイツ占領下に細々と開発がされた。
VG.33の性能を大幅に向上させるためにイスパノ・スイザ12Y-89エンジンを搭載して生まれたがVG.39である。
なお一機しか製作されなかった悲しい機体。


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処遇

今回は短めです。
まあ人狼が関与したら面倒な場面だから仕方がない。てか原作が完璧で付け込めれない。


坂本が撃墜された日の夕暮れ、基地内の雰囲気は暗く淀んでいた。それもそのはずで、人型ネウロイと交戦した坂本が負傷したからだ。幸いにも体には光線は当たらなかったものも、手にしていた機関銃が暴発を起こして破片が腹部に刺さった。

すぐに医療室へと運ばれて医療処置と宮藤の回復魔法のおかげで一命は取り留めたが余談は許せないままだ。

 

司令室にてミーナと旧友であり戦友であるバルクホルンとハルトマンが戦闘での宮藤の行いを指摘した。

 

「独断専行命令違反、その結果上官を負傷させて敵をとり逃がすとは重罪だな」

「えっ!?もしかして軍法会議でバーン?」

「そこまでは言っていない」

「だよね、そうなったら私なんて何回も死んでるよねー」

「エーリカ、もうちょっと真剣にだな」

「……判断は坂本少佐が目覚めてからにします」

「はーい」

「甘いぞミーナ」

 

バルクホルンは口調を強めてミーナの甘えを注意する。ミーナの階級は中佐であり、第501統合戦闘航空団の隊長を務めている。本来ならばミーナ自身の手で判断しなければならないはずだが、それを部隊長である坂本に任せようとしている節あった。

 

「それにな今回は幸運と固有魔法に恵まれたからこそ現状死者ゼロだ。もしもハインツではなく他の誰かだったり、光線でハインツの体全体を焼失していたら助からないんだぞ」

「えっ、そうなの」

「……ッ」

「……奴は決して不死身ではない。いくら霧化で体の欠損を防いでも一瞬で体全部を失えばお終いだろう。あいつはパーツさえあればそこから復活できるからな」

「対人だったら無敵だけど対ネウロイじゃあまり活かせないね」

「まあ今まで無茶して戦ってきたツケが回ったんだろうな」

 

人型ネウロイを追跡した後に戦闘した人狼は頭部以外のパーツを失ったまま落下した。人狼の能力は霧化で体を復元する能力、すなわち取り巻く環境に影響されやすい。なので海中では再生が不可能だ。

 

なんとか海に沈む前に体を再生させた人狼は海底に沈むのを未然に防いだが、問題は続く。人狼が再生できるのはあくまで肉体だけで衣服の再生はできない。

なので救助用のスピットファイアに乗った片足の英雄ステック少尉が見つけた際には、全裸で基地へ泳いで帰投しようとする人狼にやや引き気味であった。

 

補足だがそのことを基地へ報告したおかげで人狼が基地に帰投した際には待機していた男性職員が駆けつけて衣服を提供した。年頃の少女たちに全裸姿の異性は刺激が強すぎた。

なお人狼の生存を聞いて急いで駆けつけたバルクホルンだったが、褐色で肉体美にあふれる筋肉を前に鼻血を吹きだして悶絶していた。

 

「ハインツのストライカーユニットの喪失も含めるといくら私でも宮藤じゃなかったら叩きのめしていたぞ」

「それがもし私だったら?」

「地面にお前の頭を突き刺してやる」

「うわー、かなり暴力的」

「……わかったわ。明日私が決めます」

「そうしてくれ」

 

宮藤の処罰に対する決定期限を交わしたハルトマンとバルクホルンは司令室から出て行った。一人残されたミーナは頭を抱えて重々しくため息をつく。

マロニーの台頭、宮藤の命令違反、人狼の態度と喪失したストライカーユニットの手配、親しい間柄である坂本の負傷が板挟みになってミーナを苦しめた。中佐として第501統合戦闘航空団の隊長を一任されている身だが、まだ齢二十にもなっていない少女には変わりはないのだ。

あまりにその負担と不安は少女の一人の身には重すぎた。

 

「どうしたらいいのクルト」

 

ミーナは誰にも聞こえないほどの小声でかつての恋人に助けを求めた。

 

 

翌朝、ミーナによる宮藤の処遇が決まったためハルトマン、バルクホルン、宮藤、人狼を司令室へと呼び出した。

坂本の容態も回復してきたことからミーナは昨日よりも顔色がよく見える。

 

「宮藤芳香軍曹。貴方は独断専行の上、上官命令を無視。これは重大軍規違反です」

「はい……」

「この部隊における唯一の司法執行として質問します。貴女は軍法会議の開催を望みますか?」

「あ、あの……」

「返答はないので軍法会議の開催を望まないと判断しました。今回の命令違反に対し勤務食事衛生上已むおえない場合を除き、十日間の自室禁錮を命じます。異議は?」

「あの私ネウロイと……」

 

ミーナはかなり強引な手法で宮藤の処遇を推し進めた。その際、宮藤はネウロイと通じ合えたことを伝えようとした。

 

「改めて聞きます。異議は?」

「聞いてください!」

「異議は?」

「……ありません」

 

声を張り上げて主張する宮藤だったが、ミーナに気圧されてしまい異議はないと答えて以降口を噤んだ。宮藤が肩を落として退室した後に、今度は人狼のストライカーユニットについての話になった。

 

「ハインツ大尉。貴方にも伝えなければならないことがあります」

「…」

「まずは喪失したストライカーユニットについてです。残念ながら今月中に貴方のユニットを手配することができませんでした。かなり特殊なエンジンを使っているため代用が利きません」

「…」

「そして貴方も宮藤軍曹と同様に命令違反や独断専行についてです。貴方はエースとしてある程度の自由が許されていますが、これまでの件を鑑みて処遇を決めました」

「…」

「貴方は宮藤軍曹と同じ一週間の自室禁錮です。異議はありませんね」

「…」

 

人狼は己の処遇に相槌を打って静かに答えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

人狼たちの処遇を決めている一方で、郊外にある実験室にて極秘裏に大掛かりな輸送が行われていた。

 

両脚の大掛かりなストライカーユニットと両腕に取り付けられた戦闘機のようなガンポッドが搭載された頭部のない人形のようなモノを丁重にトラックへと固定した。研究所の外では護衛車両としては以上戦力ともいえる歩兵を乗せたトラックや装甲車が待機していた。

 

「こちらA班、対象の固定を終えました」

「ご苦労」

「……完成させるにはかなりの年月を要しましたね」

「……何度も挫折しかけたが、ついに出来上がった。これさえあれば流れを変えられる」

「これでネウロイを倒せるのですね!ウィッチの力なく!」

「そうだ。もうウィッチという専門職を無くせるわけだ」

 

軍帽のツバを上げて男は完成したモノの写真を見つめた。

すると輸送するために実験室の巨大な金属製の扉が開き、外の日差しが薄暗い研究室に差して男を照らした。

 

「見ていろよウィッチどもめ」

 

写真を見て笑みを浮かべる男の正体、それはドレヴァー・マロニー空軍大将。ある意味ネウロイよりも手強い敵である。

 




ガンポッド

パック状の容器に収められた機関砲や機関銃であり、固有の武装を備えた、または固有の武装を持たない軍用機に外装式に取り付けられる。
ガンポッドはその外付けという構造上の性質上、反動による振動が大きくなるため、内蔵機銃に比べ命中精度に劣り空気抵抗も大きく戦闘機との格闘には向かない。

しかし火力の補強やレーダーの取り付けという面から見て有効的である。


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命令

ハーメルンに出会い系のメールが送られてきてビビりました。
長年ハーメルンに居ましたがそんなことあるんですね。


「ご苦労だったミーナ中佐」

「まるでクーデターですね。マロニー大将」

「命令に基づく正式な配置転換だよミーナ中佐。この基地は私の配下である第一特殊強襲部隊、通称ウォーロックが引き継ぐこととなる」

「ウォーロック……?」

 

宮藤が独断専行で再度人型ネウロイと接触したため救出部隊として駆け付けたミーナを始めとするウィッチ隊だったが、沈黙を貫いていた人型ネウロイが突然活性化した。

苛烈な攻撃だったものも犠牲者を出さずに帰還したミーナたちであったが、出迎えるように奇妙な兵器とマロニーが居た。

 

並々ならぬ雰囲気を感じ取ったのか待機していた人狼とサーニャとエイラとリーネ、そして怪我人である坂本とその看病に徹していたペリーヌがその場に集まった。

 

「ウィッチーズ、全員集合かね。君が宮藤芳香軍曹か」

「……はい」 

「君は軍規に背いて脱走した。そうだな」

「えっ……。あっ、その後ろの!私見ました。それがネウロイと同じ部屋で!」

「な、何を言い出すんだ君は!」

「でも私見たんです!」

 

何故か宮藤がウォーロックを見たことあると言うとマロニーは狼狽えた。その反応をミーナが見過ごすはずがなかった。

 

「質問に答えたまえ。君は脱走をしたんだな」

「はい……でも」

「中佐、私は脱走者を撃墜するよう命令したはずだ」

「はい。ですが」

「隊員は脱走を企てる。それを追うべき者も司令部からの命令を守らない。まったく残念だ。ミーナ中佐、そしてウィッチーズの諸君。ただいまをもって第501統合戦闘団ストライクウィッチーズは解散する」

 

そして突如として宣言された解散命令にウィッチーズ全員が驚いた。今まで解散の前兆すらなかったのだから当然であろう。ただ例外として人狼だけは依然として顔色を変えずに黙って立っていた。

 

「可及的速やかに各国の原隊復帰せよ。以上、わかったかねミーナ中佐」

「……了解しました」

「君の独断専行が原因なのだよ。宮藤軍曹」

「私、でも私……」

「安心したまえ。ネウロイはこのウォーロックが撃滅する。ブリタニアを守るのに君たちは必要ないのだ」

 

自身が原因で部隊が解散することになったと知らされた宮藤はショックとストレスでその場で気絶した。周囲のウィッチたちは急いで宮藤を介護にあたるが、人狼はその場から立ち去ろうと歩み始めた。基地へと進む人狼にマロニーは声をかけて近づいた。

 

「久しぶりだねハインツ・ヒトラー大尉。君の活躍は本国からよく聞いている」

「…」

「君は今までよく戦ってくれた。それこそダリアの時から今にかけてね」

「…」

「だからこそ君は少しの休養を取るべきだと私は打診するよ。大丈夫、君にはネウロイ以外(・・・・・・)を倒す仕事がまだあるのだから」

 

そうマロニーに告げられた人狼はピタリと足取りを止めた。いきなり立ち止まった人狼に何か疑問を抱いたのかマロニーは人狼の肩を捉えた。

それはこの現状でしてはいけない行為だった。マロニーが肩に触れた瞬間、人狼はパシンとその手を払う。そして振り返りざまに殴り掛かったのだ。拳には濃厚な殺意と敵意が込められており、間違いなく殺す気であった。

 

「ひっ!?」

「何をしてるんだハインツ!」

「…」

 

マロニーの顔面に拳が当たる直前にバルクホルンは咄嗟に静止するよう促した。そのおかげか拳はマロニーの鼻先すれすれで止まる。人狼の殺意と自身の死を間近にした感じたマロニーは腰が砕けて尻もちをつく。マロニーの取り巻きの兵士たちが異変に気付き、装備していたステン短機関銃を人狼に向ける。

人狼は多数の銃口が向けられているのにもかかわらず棒立ちでマロニーを見下す。

 

「き、貴様ッ!仮にも上官である私に暴行するとは軍規違反だぞ!」

「…」

「いくら貴様が魔法力を有する男のエースとはいえ軍法会議は免れないぞ!」

「…」

 

マロニーが喚き散らしながら人狼に追及するも人狼は態度を崩さない。いきなり殺されかけたのだから無理もない。すぐに只事ではないことを察知したバルクホルンが人狼とマロニーの間に入って人狼の擁護に回った。

 

「すみませんマロニー大将!ハインツのやつにも言いつけますので!」

「カールスラントの軍人がブリタニア軍の私を殺しかけたんだぞ!」

「ですからもうさせないとハインツのやつに誓わせますので今回はお許しを!」

「無理なもんは無理だ!ハインツ大尉には後日、軍法裁判に出廷を命ずる。いいな!」

「マロニー大将!」

「黙れ!」

 

冷静さを欠いたマロニーがバルクホルンを一喝する。それでもバルクホルンは食い下がらずに徹底抗戦の構えを見せるが、業を煮やしたマロニーが頬を叩こうと腕を振るう。

しかしその手が頬に触れることはなかった。人狼がバルクホルンを引っ張って守ったからだ。回避したのを確認した人狼は臨時で装備していた拳銃を向けた。

 

「ハインツ!銃を下ろせ!」

「……ッ!はっ、ついに拳銃まで抜いたかハインツ大尉。もはや軍法会議は免れぬなぁ」

「…」

「私は大丈夫だ!だからもうやめよう!」

「貴様は一応エースとしての実績と評判が世間には知られているそうだが、真実を彼女らには伝えたのか?」

「…」

「真実……?」

 

人狼の射貫くような視線が強くなる一方でバルクホルンが首を傾げる。マロニーはしたり顔で人狼の真実を話し続ける。

 

「どうやら彼女の反応から察するに知らないようだ。まあ無理はない。貴様はスオムスから501に着任するまでの空白の期間、すなわち血濡れた一年をな」

「血濡れた一年……だと?どういうことだ」

「…」

「ッ!?トゥルーデ聞いちゃダメ!」

「いいや彼女には理解してもらうよハルトマン中尉!」

 

その事情を察したハルトマンが大声でバルクホルンに注意する。ミーナはハルトマンが何故焦っているのかが理解できず眉を顰める。人狼のスオムス帰還から501に着任するまでの空白の期間については何も知らされていないのだ。それをハルトマンは知っているとなると不自然で仕方がなかった。

 

「バルクホルン大尉はネウロイを神や天使と称して進行するカルト宗教をご存知かな」

「もちろん知っています。過激な思想を持つ信者が多いと」

「すると信者から見た我らは敵ということになる。だが何故信者たちは我らに関与してこないのか気にならないか」

「……確かに普通なら妨害工作を仕掛けるはず」

「しかし今までそれは表沙汰には表れてはいなかった。理由は簡単、ハインツ大尉がネウロイを善とする団体を掃討していたからだよ」

「……えっ」

「女子供老人を皆殺しにしてまでハインツ大尉は活躍した。陰の仕事だったため世間から人狼のトピックが新しく上がることはない。そういうことを考えると辻褄がつくだろう」

「は、ハインツ。本当、なのか……?」

 

バルクホルンは晒された人狼の真実に狼狽えた。嘘やデマだと信じたかったが今までの冷徹で身勝手な態度の原因だと考えると合致してしまう。すがるような眼でバルクホルンは人狼を見つめるが、人狼は依然として敵意をむき出しにして銃を構える。いつ指先の引き金を引いてもおかしくはない状態だ。

 

「貴様は民間人の無差別殺害、上官に対する暴行。唯一、魔法力を持つ男といってもこれほどの罪を無罪にできるわけがない」

「…」

「だが私の支配下に入るのならば前者の罪は致し方がない偶然として処理、後者は何事もなかったことにしよう」

「……まさかマロニー大将はそれが狙いで挑発を!」

「汚いぞ!」

「挑発ぅ、汚い?何を言うかと思えば訳のわからぬことを。私は何も仕組んでいないが?」

 

思惑に気づいたミーナと野次を飛ばすハルトマンに向けてマロニーは不敵に笑った。501と人狼が勘づいた頃にはマロニーの策略にハマっていたのだ。それこそバルクホルンが車で見つけた手紙を発見する前に。

緻密な計画と豊富な人脈を使って根回しをする用意周到な男、それがトレヴァー・マロニーという男だった。伊達に空軍大将まで出世した者ではない。

 

「さあ決めたまえハインツ大尉。軍法会議で処罰を受けるか我らとともに活躍するか」

「…」

「中佐である私が貴方を守りますから屈しないで!」

「私も弁護するから言っちゃ駄目だ!」

「答えろハインツ・ヒトラー大尉!」

「…」

 

苦渋の決断を突き付けられた人狼は何も答えることができずに、いつものように押し黙る。しかし幼少期に傍で人狼を見ていたバルクホルンだけは気づいていた。人狼は今とてつもなく動揺していることに。

たった一瞬が永遠に続くように感じるほどだったが、ようやく人狼に動きがあった。

 

「……ようやく銃を下ろしたか」

「…」

「結果はわかる。私のもとへ来るがいい」

 

マロニーが人狼の手を取ろうと手を差し伸ばした。だがその瞬間、人狼の体から大量の霧が噴き出した。ドライアイスの如く冷気を振りまき、敵味方問わず周囲は混乱状態となった。何をしでかすのかと霧に包まれる人狼とバルクホルンに注目がいくが人狼は完全に霧に吞まれて詳細に見ることができない。

 

「こ、これはいったい!?」

「おいおい何が起きたンダ!」

「……なんだか嫌な予感がするよ」

「わかるわ。大型ネウロイを相手取るのと一緒の感覚ね」

 

起きている不可思議な事象を前に悪寒が走るミーナとハルトマン、周囲が完全に霧に包まれた時人狼が居たところから狼の遠吠えが上がった。臓器を揺らすほどの力強さがある遠吠えは聞いた者全員に恐怖を与えた。ステン短機関銃を構えていた兵士たちも混乱して照準が定まらない。

使い魔による者ではないかと推察した坂本だったが、明らかに並大抵の大きさの動物が出せる声量ではない。それこそ大太鼓を叩く以上の音だ。

 

 

 

そして霧が晴れた。

 

 

 

―――――――そこにいたのは人狼ではなく、巨大な狼だった。

 

「で、デカい狼だと……!?」

「うわあああああ!!」

「な、なんなんだあれは!」

「ば、化け物め!!」

「殺せ殺せ殺せ!」

「ま、待て!」

 

兵士たちはマロニーの静止を無視して機関銃を連射する。しかし何十発も弾丸を撃ち込まれても大狼は動じない。それどころか兵士たちの方へ凍てつかんばかりの視線を向ける。

 

「か、体が動かねぇ……」

「見られただけなのに、なんだこの震えは……!」

「か、勝てねぇ……本能で理解した……」

 

一瞬にして兵士たちの士気を挫いた。ウィッチの全員も奇想天外なこの状況には絶句し、体が動かせなかった。幾多の戦場を駆けたエースでさえも耐えることはできなかった。

 

大狼の足元ではバルクホルンが意識を失って倒れていた。遠吠えによるショックと明かされた真実がバルクホルンの精神に深刻なダメージを与えたのだ。

ギラギラとした眼光でバルクホルンを一瞥すると、大狼はマロニーに関心を向けることなく建物を飛び石のように使いながらその場を立ち去った。

現場には大きな足跡だけが残されていた。




ステン短機関銃

イギリスで生まれた短機関銃。エンフィールド王立造兵廠が1941年に開発した。
ダンケルク撤退でイギリスまで逃れた英仏軍の兵士たちの多くが無装備状態であった。従ってこれを補う小火器の大量供給は急務となった。
レンドリース法でアメリカからトンプソンなどの銃器が送られるがドイツ軍の潜水艦によるウルフパックで中々得ることができないでいた。
ドイツ製のMP28とMP40を参考にステン短機関銃は作られた。一丁あたりの製造単価はわずか7ドル60セントであるためイギリス軍の再配備に活躍したという。


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暴露

apexとウマ娘が楽しすぎるので投稿遅れました。すみません。
ちなみに私の推しキャラはダイワスカーレットとトウカイテイオーです。


「芳香ちゃん……」

「リーネちゃん……?」

 

マロニーが第501統合戦闘団を宣言した数時間後に宮藤は医療室で目が覚めた。辺りを見渡すと人狼を除く全員がその場に居た。

リーネは親友である宮藤が目を覚ましたことに安堵し、周囲の空気も若干ではあるものも柔らかくなった。

 

「よかった」

「皆、私……」

「さっき滑走路で倒れたんだよ」

「蓄積した疲労とショックで意識を失ったの」

「そうだ!あのウォーロックってなんかおかしいし、ハインツ大尉の捜索もしないと!皆でやればなんとか―――ッ」

 

宮藤はリーネたちの足元にボストンバックが置かれていることに気づいた。嫌な予感が脳裏を横切った。

 

「皆、それは?」

「命令で今から私たちはここを出なきゃいけないの」

「それじゃ、やっぱりウィッチーズは解散……」

「……うん」

 

改めて冷酷な真実を目の当たりにした宮藤は涙をポロポロと流して泣き崩れた。自分の浅はかな行動が解散のきっかけとなってしまったことに罪悪感を抑えきれなくなったのだ。大粒の涙がシーツを濡らす。

 

「ごめんなさい……皆っ」

「芳香ちゃん……」

「ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで……!」

「違うよ。そうじゃないよ!」

「芳香、元気出せ!」

「ごめんなさい…ごめんなさい……」

 

今の芳香にはただ泣きながら皆に謝ることしかできなかった。少女にこの重責は重過ぎたのだった。リーネとルッキーニは慰めるために激励の言葉をかけるがさほど効果はなかった。

 

「ハルトマン大尉。貴女、マロニー大将がハインツ大尉のことを暴露してた時に何か知っている様子だったが何を知っていたの」

「本当かハルトマン」

「……うん。そうだよ」

 

宮藤が泣き止んで多少落ち着きを取り戻した頃、ミーナはハルトマンに先程の反応について訊いた。人狼が行方不明で気掛かり気味であったバルクホルンは食い入るように反応した。彼女は人狼の空白の一年(血塗れの一年)こそが無口ではあるが温厚な存在を冷酷なモノへ変えてしまったのではないかと睨んでいたのだ。

一度、通路に誰もいないのを確認したハルトマンは真剣な眼差しで深呼吸をする。

 

「皆、ちょっと過激な話になるけど大丈夫かな」

「……いざとなったら私がルッキーニの耳を抑えるから」

「わ、私もサーニャのことは守るからナ!」

「ありがとうエイラ。けど私はそんな子供じゃないわ」

「じゃあ話すね」

 

重々しい雰囲気が室内に立ち込めてくる。覚悟して聞き入れようとする者、何が明かされるかわからずに怯える者の二極に分かれるが共通してその場から立ち去ろうとする者は居ない。

誰もが人狼の過去について知りたがっていた。

 

「ハインツ大尉は北アフリカ戦線で活躍したのは知ってるよね」

「もちろんだ。そこでマルセイユとの関係やエジプト奪還の立役者になったと報道されていたな」

「そのニュースはリベリオンにも届いたぜ」

「私も聞いたことある!」

「そうだね。そしてハインツ大尉と親身になっていたジェネフ・アイヒマン大尉率いる山羊隊がスオムスに行ったんだ」

 

スオムス、そこは小国でありながらも第二次ネウロイ大戦の初期からネウロイと交戦して前線を維持し続けている国だ。

何故そんな小国が戦線を維持できているのか、それには二つの要因があった。

 

一つ目は各国からの支援物資だ。仮にスオムスがネウロイによって占領されてしまうと欧州奪還の拠点となっているブリタニア本島にも脅威が迫ることになる。それを避けるために比較的余裕のあるリベリオンやブリタニアといった国々が支援をしていた。

二つ目は優秀な兵士が指揮及び戦闘に従事していることだ。数々のネウロイの攻勢を跳ね返し要所の奪還に成功してきた名将マンネルハイム。あがりを迎えてもいまだに陸戦ウィッチとして活躍するエイラの姉アウロラ・E・ユーティライネン中尉。

 

しかし、1943年にネウロイの大攻勢が数々の予兆から予想された。いくら二つの要因が戦線を支えてきたとはいえ大攻勢に耐えきれるかとなれば話は変わる。そのため各国の軍隊は優秀な人材をスオムスへ派遣する算段をつけたのだ。

各戦線から優秀な兵士や兵器がスオムスに派兵されて、その中には人狼とジェネフ率いる山羊隊が含まれていた。

 

「そういや、その頃にハインツ大尉と会ったっけカ」

「エイラそうなの?」

「うん。担当区域が違ったからあまり関係を持たなかったけど今みたいにギラギラしてなかったナ。それとアウロラ姉ちゃんが事あるごとにハインツ大尉の電報打ってタ」

 

人狼が1943年にスオムスに派遣されたが、すでに1939年に義勇軍として赴いていた。そこでは義勇独立飛行中隊、通称いらん子中隊で全隊員及び将官から絶賛されるほどに活躍していた。

なおエイラが親愛するアウロラは人狼を弟にしたい公言するほどに溺愛しており、度々送られてくる人狼を賞賛する電文にウンザリしていた。

 

「よくダイナモ作戦と北アフリカでの活躍が取り上げられてたけど1939年から兵士として従軍していたわね」

「あぁ。なんならダリアの時からいるぞ」

「マジで歴戦のエースだよな」

「すごいね!」

「うん。それでハインツ大尉と山羊隊はネウロイと激戦を繰り広げていくんだ。だけどそんな中、悲劇が起きた」

「悲劇?」

「その山羊隊がネウロイとの一戦で全滅状態、誇張抜きで生存者なしになるんだ」

「待て。いくら親しい関係を気づいていた部隊とはいえ、戦死したぐらいであそこまで冷酷になれるか?それにあいつは戦場で長く生きてきたから多く経験しているはずだ」

 

バルクホルンは疑問を抱いた。戦場では親しい兵士と死に別れてしまうことはよくあることで、心に傷を負うことはあっても今の態度に至るにはいかないと考えたのだ。

ハルトマンはそんな疑問に返答した。

 

「確かに山羊隊はネウロイにやられた。けど精鋭中の精鋭が一戦で全滅状態になるにはわけがあるんだ」

「わけ……だと?」

「それがハインツ大尉を変貌させた元凶だよ」

「……もったいぶらずに教えてくれ」

「いいけどここから刺激が強くなるからシャーリーよろしくね」

「よしきた」

 

ハルトマンの忠告に沿ってシャーリーはルッキーニの耳を前もって塞ぐ。

これから衝撃の事実が暴露されるとなるとバルクホルンたちは緊張で顔が強張り、息を呑んだ。

ハルトマンも覚悟を決めた様相で固く閉ざされた口から重々しく言葉を発した。

 

「ネウロイを信仰するカルト宗教が関与していたんだ」

「それって!?」

「まさか!?」

「その通りだよ。後々掃討することになる教団さ。彼らの妨害工作で戦車の故障が起きた状態で通信網が途絶、そして部隊は孤立しちゃうんだ」

「そ、そんな!」

「に、人間同士がそんなことをするなんて……」

「酷い……」

 

明かされる人狼の真実に多くの者が口を押えて絶した。何故なら彼女らにとって自国の格差や目線があるとはいえ、手を取りあえばどんな状況でも打開できると信じていたからだ。

 

「……スオムスの一件は聞いたことはあります。けどハインツ大尉が関わっているだなんて……」

「親しかった人を間接的に殺されたハインツ大尉は教団に復讐心を持ってしまった。南リベリオンに帰還した後、彼は掃討部隊に志願して世界中を回ったんだ」

「……人を殺しすぎたからあいつはあそこまで」

「けど彼の行為は決して賞賛されることではないけど、ある意味私らを守ることになったね」

「確かに大尉の活躍が無ければ私たちは信者たちの妨害工作を受けていたかも知れません」

 

結果的には人狼の行った行為は正しかった。女子供問わずに信者を虐殺することで妨害工作に対する抑止力として機能したのだ。現に信者による妨害工作は行われていない。

バルクホルンは人知れず心を病んでまでネウロイとカルト宗教に立ち向かった人狼のことがいたたまれなくなり、部屋を飛び出そうとする。そんな彼女をシャーリーが引き止めた。

 

「何処に行くつもりだ」

「……ハインツを捜しに行く」

「すぐに此処を出ないとマズいぞ」

「トゥルーデ、やっぱり本気なの?」

「当然だ。あいつは私が支えないと壊れてしまう」

 

バルクホルンはかつての自分と人狼を重ねていた。妹を一時的に喪失し、その責任を背負い自暴自棄になっていた自分と陰ながら連合国を支えるために狂信者を掃討したが故に心を病んだ人狼、環境こそ違うものも両者には似通う要素があった。

自分が宮藤に助けられたように今度は自分が人狼を助けようとしたのだ。

 

「……もう修復できないぐらいに壊れているかもしれないのに?」

「それでもだ。あいつは私みたいに何でも独りで抱え込んでしまう不器用な人間なんだ。けど重荷を独りで抱え込むなとミーナが教えてくれた」

「トゥルーデ……」

「だから私はあいつを支えてやれる存在になりたい。一緒に泥水を啜って醜態を晒していきたい。そしてハインツ・ヒトラーという人間を救いたい」

 

バルクホルンは恥じらいを持たずに人狼を生涯の伴侶とするような告白を披露する。これは本心なのだろう。それほどまでに彼女の意思は強固であった。

かつて自分たちが言ったことをここで引用されるとミーナとハルトマンは反論できる余地がなくなってしまう。

二人はやれやれといった様子で同じ言葉を紡いだ。

 

「「行ってらっしゃいトゥルーデ」」

「あぁ。行ってくる」

 

二人の後押しを受けてバルクホルンは扉を開けた。

その扉は驚くほどに軽かった。




マンネルハイム線

ソ連軍の侵攻に対抗するためフィンランド軍がラドガ湖とフィンランド湾の間のカレリア地峡に長さ135km、幅90kmに亘り築いた防衛線のこと。
1918年のフィンランド内戦の直後にマンネルヘイムが構想したが、彼が下野したために実現しなかった。その後1921年より1924年、および1932年以後の2期に分けてトーチカや機関銃座が建設されたが未完成の状態でソ連との冬戦争に突入した。
なお地形や倒木による障害物を多用したため、コンクリートの量はヘルシンキにあるオペラハウスよりも少ない。


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対話

久しぶりにバルクホルン視点で書きました。
このシリーズでは三人称がメインだったのですごい新鮮に感じます。


 

私はどのくらいあいつのことを知っていたんだろう。

最初の出会いは小学校の図書室だった。黙々と本を読み続け、しまいには次の授業を知らせるチャイムが鳴り響いてもあいつは本を読み続けていた。その姿はただ退屈そうに何かを求めているようにも思えた。

規則というものに絶対の使命感を抱いていた当時の私はあいつに注意した。それが今に至る関係になるとは誰が思うだろうか。

 

話しかけるとあいつは鈍く瞳を光らせてこちらを一瞥すると、すぐに本へ目を戻した。明らかに無視された私はやっきになって説得を試みるも失敗、それで仕方なしに私は教室へ戻ることにした。その授業を終えて図書室へ見に行くと、まだ中にいた。

 

私はその時思った。どうして誰もあいつを連れていかなかったのかと。

図書室には私が入って以降、誰かが入室した様子はない。変わっている点としては机の上に置かれた本が数冊増えただけだ。

もしかしたらあいつは私にしか見えない幽霊なのではないかと考えたこともあったが、授業を受けている最中に外でけだるそうに運動をする姿を見たことがある。

 

誰にも相手をしてもらえず、誰にも注目されないあいつがすごく可哀想に思えてしまった。同情してしまったのだ。

そして私はある決心をした。それはあいつと友達になってやることだ。友達になればあいつもきっと心変わりするかもしれないし、何より学校の規則に従わせることができると踏んだ。

 

結果としては上々だった。

何日、何週間、何か月かけてあいつのもとへ通った。次第にあいつも心を開いてくれたのか、一緒に帰ってくれるようになった。強引に頼めば授業を受けてくれるようになった。

 

さらに良かったのは妹のクリスがあいつと同じ孤児院に住む子供たちと仲が良くなったことだ。私とあいつだけの個人の繋がりは、いつの間にか家族同士を繋ぐものへと昇華した。

私の家族からは寄付金や生活品の援助、院長のヒトラーさんは私たちに無料で絵の指導を行ってくれた。こうした活動を通して繋がりは強くなっていき、私とクリスは楽しい日々を送っていた。

 

しかしそんなある日、あいつは孤児院から去った。

理由は孤児院を少しでも豊かにするためだ。ウィッチになれば高収入を得ることができ、軍でも高い地位につける。

そのことを初めて聞いた時は何かの冗談だと思った。ウィッチは魔法力を持つ女性にしかなれない職だからだ。そもそも男性であるからなれないはずなのに、あいつはあろうことかウィッチになってしまった。

非現実的な話が真になってしまったが故に、私は泣いて別れを悲しんだ。目が腫れ上がり声が潰れるまで泣いた。そして無様に泣き叫ぶ私はその時誓ったのだ。

 

将来ウィッチになればあいつと一緒になれると。

 

 

その日以降、私は勉強や体力強化に励んだ。ウィッチになるための試験は倍率が高く、落とされても仕方がないと言われるほど難しい。

だが私は祖国とあいつに対する思いと訓練の成果を披露し、無事合格した。

きつい訓練を軍で受けていると心が挫けそうになる時が何回もあった。だけど新聞で報道されるあいつの活躍を見るごとに悩みは吹き飛び、前向きに捉えることができた。そのおかげで私はトップの実力で卒業することができた。

 

卒業後に発動したダイナモ作戦では新兵でありながらも前線で酷使された。何度も死にかけたが私のすべてのために戦闘を続けた。そうしているうちに屈指のエースとなっていた。

ある日、ようやくあいつと合流することができた。妹を負傷して傷心していた頃にあいつと出会えて少し心に余裕が生まれた。あいつも多くの者を失い、意気消沈だったが依然として戦う気力は保っていた。

 

私は初めてあいつと肩を並べて戦闘を行って強さに気づいた。空戦技術こそは平凡だが、固有魔法と経験を活かした戦闘は素晴らしかった。被弾しても霧にまかれて回復する様子は羨ましさを覚えたが、同時に胸がちくちく痛かった。

勇敢で頼もしいとさせる戦闘が私には心配で悲しかった。

 

ダイナモ作戦以降、あいつはアフリカへ飛ばされた。

あいつのアフリカでの活躍には心が躍らされたが、アフリカの星マルセイユとの熱愛報道を読んで私は何度もアフリカへ赴こうとした。

 

 

そして501で久しぶりに出会えたと思ったらあいつは酷く変わっていた。

ギラギラと目を光らせて殺気を纏った様子は私に戸惑いを生ませた。本当に優しい心を持つあいつなのかと疑ってしまった。声をかけても無視されたり素っ気なく対応されて私は悲しかった。あんなに思いを馳せた人物がこうも変わってしまったことに。

クリスとあいつという心の支えを失い、私は自暴自棄になっていた。今思えば宮藤がいなかったら私は死んでしまい、皆を悲しませていたことだろう。深く反省している。

 

今回、何故あいつがここまで堕ちてしまったのかがわかった。そして私はいつも助けられていたことに気づいたのだった。

そこからの行動は早く、考えるよりも体が動いていた。最初は心配そうにしていたハルトマンたちだったが、私を見て支持してくれた。なんて素晴らしい仲間なんだ。

 

あいつは意外と単純なやつだ。それ故にすぐ見つかった。

 

「ハインツ、こういう場所が好きだな。昔から」

「…」

 

やはりあいつは此処に居た。

比較的基地から近く海が一望できる展望台だ。今は軍の機密を保持するために一般人の立ち入りが禁止になっており、人気がない。今ブリタニアの飛行艇であるサンダース・ロー ロンドンが空へと飛び立つ。

あいつは見知った人型の状態でベンチに座り、海を眺めていた。その背中からは哀愁が漂い、顔を見なくても哀しんでいることは確かだった。

私はあいつと同じベンチに座る。

 

「聞いたよ。私たちの見ず知らずのところで戦ったんだってな」

「…」

「わかっている。お前が対応していた連中は敵意を持っていた。仕方がなかったことだ」

「…」

 

本当に私の話を聞いているのかわからないほどにあいつは茫然と無気力に海を眺めていた。焦点をただ前に向けるだけでカカシのようだった。

私はポケットから常に携帯しているチョコレートを取り出し、手渡した。するとあいつは僅かに視点が移り、チョコレートを受け取った。

 

「そのチョコレートはブリタニアの名店で作られた高級品なんだぞ。材料が足りないなかで私たちに融通してくれたんだ。大事に食べろ」

「…」

 

あいつは片手で半分にチョコレートを割った。そして銀紙を丁寧に剥いで、もう片方のチョコレートを私に渡した。私は昔と変わりない態度に懐かしさを覚え、くすりと笑ってしまった。

……あぁ、やっぱり優しい心は残ってるんだな。

 

「ありがとう。一緒に食べた方が美味しいからな」

「…」

「……私はお前と一緒に居たい」

「…」

 

私は本音を暴露することにした。いつもハルトマンに向けて言う説教とは違い、今回そんな余裕はない。また想いを伝えるには短めのほうが良いと考えた。

あいつはこちらを一見してくれた。僅かにだがあいつの瞳が開かれているから驚いたのだろう。私じゃないと気づけないな。

 

「私はお前と出会って毎日が楽しかった。クリスや孤児院の皆と一緒にサッカーに励んだり、テストでも勝負をしたな。忘れられない思い出だ」

「…」

「アドルフ・ヒトラーさんが開いてくれた絵画教室ではお前が一番上手かった。私は前よりかは絵が上手くなったが全然ダメだった」

「…」

「あと一緒にピクニックにも行ったな。クリスたちが迷子になって大変だった」

「…」

 

色褪せない思い出をいっぱい話した。あいつが聞いているのかはわからない、だけどどうしても私は話したかった。今まで話せずにいた鬱憤が爆発したのだ。

あいつはただ黙ってチョコレートを齧り、海を眺める。一方的なこのコミュニケーションは次第に成立しているように感じ始めた。何故ならあいつの目の色が徐々に輝きを取り戻していき、視線をこちらに移すようになったからだ。

 

「私はお前のことを責めないし馬鹿にしない。お前のことは私がよく知っているし、私以上にお前のことを想う人間はいない」

「…」

「お前は私にクリスやハルトマンたちとは違った感情を抱かせてくれた唯一の人物だ。だから私はお前の全部を大事にする。だから―――――」

 

 

 

「私を愛してくれないか?」

 

いつの日にか私はハインツ・ヒトラーという人間に惹かれていた。この想いは決して文面に表してもうまく伝わらないだろう。不器用な私はこの方法しか想いを伝えられないのだ。

例えこの想いが否定されても悔いは残るが仕方がないと納得できるはずだ。それがあいつのためならなおさらだ。

 

あいつは口を堅く閉ざしてこちらをジッと見つめる。何か思うところがあるのだろうか、私たちの間で沈黙が生まれる。その沈黙は恥じらいや気まずさから立ち去りたいと思わせない不思議なものだった。

永遠に思える時間を経て、ついにあいつは決断した。

 

「…」

 

チョコレートを食べ終えると、私の頭に手をのせて優しく撫でる。温かくて優しい撫で方で懐かしさを覚える。

一通り撫で終えるとあいつは席を立ち、こちらに手を伸ばす。心なしか顔色が良くなっている。

 

「お前はこういう時ぐらいは喋ったらどうだ」

「…」

 

私は差し出された手を強く握り、立ち上がる。

あいつからの返事は|承諾≪YES≫だった。




サンダース・ロー ロンドン

イギリスで生まれた複座式飛行艇、サンダース・ロー社で開発された。
1936年からイギリス空軍での運用が開始された。第二次世界大戦の勃発前には退役予定であったが、後継機種が失敗に終わり継続された。
ショート サンダーランドの代替え機として救助や潜水艦の攻撃などで活躍した。


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狡猾

基地郊外のバス停ではミーナとハルトマンが次に来るバスを待っていた。両者は失意と不安でいっぱいいなのか顔色が悪い。

ミーナは密かに発動していた固有魔法を解いてため息を吐く。

 

「やっと監視も無くなったわ」

「あいつらずーと後を付けてきてさ。面倒だったね」

「そうね。けどいくら優秀でも固有魔法で引っかかってしまえば意味はないわ」

「どうするミーナ。このままカールスラントに残って祖国奪還のために戦っちゃう?」

「あら、冗談かしら」

「そうなことないよーだ。だってさ、ようやくハインツ大尉とうちらで戦えたんだよ?もったいないじゃん」

「あら、貴女と私はほぼ同意見よ」

 

人差し指を立ててニコリとミーナは笑う。ハルトマンは自分と意見が合致したことに喜ぶ半面、笑顔の裏にどこか闇があるのではないかと察した。伊達に上層部と張り合っていることはある。

 

「それにね宮藤さんが言っていたことも気になるの」

「ネウロイと友達になるってことか?」

「いいえ、ウォーロックがネウロイと接触していたって話。宮藤さんがあの話をしていた時のマロニー大将の焦りは何か秘密があるんじゃないかしら」

「あっ!そうだよミーナ。報告義務違反とかの何らかの問題を提示して基地に再侵入しちゃえばいいんだ!」

「そういうこと。けどここからどうやって……」

 

基地郊外といえど基地に向かうにはいささか遠い。歩いて向かえば着くのは夜になってしまう。とかいって基地に向かうバスはない。

二人はベンチに座り、頭を捻っていると車のエンジン音が近づいてきた。

 

「あっ!そこのトラックー!」

 

我先にと立ち上がったハルトマンは手を頭に回してくびれを主張したポーズを取って車を静止させようとした。

しかし現実は非常にもハルトマンのために止まることなく通過してしまった。

 

「こらー!このセクシーギャルを無視すんなー!」

「しょうがないわよ。次の車を狙いましょ」

「うぅ……納得いかないよ」

「ほら次の車が来たわよ。今度は私もやるから」

「本当!?ナイスバディな二人だったら余裕だね!」

「そ、そうね」

 

ハルトマンの発言に一瞬だけ困惑するミーナであったが、いつ次が来るかはわからない車に乗るために気合を入れた。

こちらに向かってくる車種はフォード・プリフェクトと呼ばれるブリタニア製の車だ。丸みを帯びたボディと改造余地の大きい構造なので人気は高かったが、今大戦が勃発してからは生産されなくなった。なので非常に珍しい車輛である。

 

「そこのお兄さーん!止まって~!」

「そ、そうよ。止まりなさ~い!」

 

何故か慣れているハルトマンと羞恥心を最後まで捨てきれなかったミーナはタコ踊りでも踊っているのかというレベルのポーズを決めた。

普通ならこのダンスを前に止まる者はほぼいない。しかしあろうことかその車は彼女たちの前で停止した。

 

「やったー!」

「すみませんが乗せてくれませんか?」

 

ミーナは運転席に居る運転手に交渉をするため近づいた。するとキュルキュルと音を立てて窓ガラスが開いた。

 

「……どうしてミーナ中佐が?」

「…」

「あー!君はッ!」

 

運転をしていたのはハルトマンと密会を開き、また片足のエースとして名を馳せたステック・セラック少尉が居た。

何かマズいものでも見てしまったと困惑しながらも歪な苦笑いで場を乗り過ごそうとするステックにミーナは羞恥で紅潮し、顔を覆い隠している。一方でハルトマンは顔なじみに会えたことに驚いていた。

 

「久しぶりだねステック少尉。まだ基地に居たんだ」

「そうですよ。まったく何故貴方たちがタコ踊りをしていたのかは知りたくもないですが、基地の様子が若干怪しそうですね」

「もういや…私だって乙女なのに……」

「えぇ!?なんで知ってるの!?」

「そりゃあ今日俺は非番だから仲間からの依頼品を買って帰ろうとしたんです。そしたらやたら戦車や装甲車や人員トラックやらで道が混んでで大変でしたね」

「どのくらいの量だったか覚えてる」

「いいやわかりませんが、無駄に戦車と装備が最新鋭でしたぜ。何か大規模攻勢でも仕掛けるつもりで?」

「……じゃあうちらも基地に行くよ!ほらミーナ行くよ」

「もうお嫁にいけない……」

「……まさかだけど貴方ら解散命令喰らいました?」

 

二人の行動に不信感を持っていたステックは鋭い観察眼で第501統合戦闘団ストライクウィッチーズの解散を言い当てた。図星をつかれてギクリと肩を震わせるハルトマンにステックはため息を吐いた。

 

「どうしよっかなぁ。いくら貴方たちの階級が上とはいえ、うちの軍隊じゃない。それに貴女らの命令違反に加担するわけだし、悩むなぁ」

「お、お願いだからさ!」

「いやだってさ。うちの最新鋭戦車が走ってたんだぜ、絶対うちの大将の誰かですぜ。まあ検討はつくんですけど」

「そ、そんなこと言わないでさ。ほらサインもあげるしセクシーポーズもしちゃうから」

「……そんな貧相なボディでよくやろうと思いましたね。義手まで鳥肌が立ちそう。てか俺の性癖普通だし」

「何をー!」

 

ひどい言われようにムキになるハルトマン。ステックはしょげているミーナに一瞥すると、やれやれという態度でため息を吐いた。

 

「まあミーナ中佐には世話になったんだ。わかりました、俺が貴女らを連れていきましょう」

「本当!?」

「……それって嘘じゃないわよね?」

「そうですよ。その前に貴方らにはしてもらうことがある」

「何だよー」

「乗車中は俺に拳銃を向けた状態にしてください」

「本気で言っているのかしら」

「せめてもの保身です。脅迫されて仕方なく運転していたとわかれば、俺は無罪。さらに運転の最中に検問に捕まってもそれを俺を人質に強く出れる」

「……失敗したら軍法会議もんだよ」

「わかったわ。貴女の提案に乗りましょう」

「いいのミーナ?」

「えぇ、これも仕方がないことよ」

「交渉成立です。ささっ、早くお乗り」

 

自分が痛手を被らないように保険を掛ける男、それがステックという人物だった。姑息でずる賢いのはブリタニア紳士のさがである余談ではあるが渋滞に巻き込まれるのが嫌だったので、渋滞が解消するまでの間呑気にカフェで紅茶を嗜んでいた。

 

かくして車に乗り込んだ一行は基地へと出発した。車内では言われるがままにハルトマンとミーナは銃口をステックに向けていた。しかし先程の発言が気に障っていたハルトマンはゴリゴリと銃口をステックの頭に押し付ける。

 

「滅茶苦茶痛いんですけど。恨みとかあります?」

「全然ないよー」

「嘘だぁ!絶対恨みあるでしょ!あくまで俺は真実を言ったまでなんですが!?」

「そんなの知らなーい」

「……まあセーフティーが掛かっているなら安心――――」

 

不意に車が地面の凸凹で跳ねた。車内はぐらりと揺れてしまい、ハルトマンは不意に引き金を引いてしまった。パーンと乾いた銃声が車内に響き、火薬の臭いで充満した。フロントガラスには弾丸が突き刺さり、ひびが入っていた。

 

「あんた馬鹿かッ!? 何故セーフティーが外れてんだ!!」

「あれぇ?整備不良かな」

「マジで言ってんの!?」

「……あの失態を帳消しにするには殺害すれば」

「どうしてミーナ中佐は証拠隠滅のために暗躍しようとするんですか!さっきのは墓まで持ってきますから!」

 

ステックはすでにハルトマンたちを乗せてしまったことに後悔していた。先程の事故が起きないよう慎重に車を運転していると、基地の方からキラリとした輝きが上空に向かって飛んでいった。

 

「あれはもしかして……!」

「ウォーロックだわ」

「大忙しだね」

「軍の上層部にウォーロックの強さを認めさせたいのよ。そして量産の指示を取り付けたい。それにしてもウォーロックは一機しかいないのに実戦なんて」

「戦果を挙げて隠したいことがあるんじゃないか?」

「彼らの化けの皮を剥すチャンスね」

「……あれ、もしかして俺大変な事態に巻き込まれてる!?」

「にしし、少なくとも君は共犯じゃないから安心してよね。……まあ秘密裏に消されるかもだけど」

「嫌だー!どうしてこんな不幸なことに巻き込まれるんだ!」

「ほらあまり動くとまた撃っちゃうぞ」

「あぁやめてやめて!銃口を頭に押し付けるな!」

 

小悪魔というよりは悪魔に化けたハルトマンは悲鳴をあげるステックで愉しんでいた。これをご褒美と受け取る変人もいるが、残念ながらステックは普通の感性を持っていた。

片足の英雄は泣き言と愚痴を零しながら三人のエースは基地へ急行した。

 




フォード・プリフェクト

イギリスで生まれた車輛、イギリス・フォードが1938年に開発した。
英国フォードの低価格クラスを担う主力車種としてシェア獲得に貢献し、戦時下では生産はされなかったが1961年まで生産された。
軽量ボディと扱いやすい直4エンジン、平凡堅実で改造余地の大きい構造によりモータースポーツ愛好家から愛された。


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洗脳

間違えて長年続けてきた七時投稿をミスるという事故。
本当に悲しくなる。


ウォーロックとネウロイの戦いは終始ウォーロックに軍配が上がっていた。

いかなるネウロイの攻撃を躱し、搭載されている光線兵器でネウロイを一撃粉砕した。とても試作機とは思えないような性能でネウロイを蹴散らしていくので、基地の管制塔でマロニーたちは歓喜した。

 

だが、ここで異変が起きる。

ウォーロックはネウロイがひしめき合う巣へ突入を開始した。ウォーロックに搭載されたレーダーからは多数のネウロイを検知し、管制塔に不安を与える。

そして何故かウォーロックの心臓部であるコアを自発的に稼働させた。何らかの不具合だと案じたマロニーたちだが、作戦を継続して巣のネウロイ全てを支配下に置くことに成功した。

ウォーロックの支配下に置いたネウロイたちを操り、ネウロイ同士で攻撃をさせて巣の殲滅に成功した。歓喜に沸く管制塔だったが、突如として近場を航海していた赤城に攻撃を仕掛けた。

 

混乱する管制塔で、スタッフの一人がマロニーにウォーロックの強制停止を進言するもこれを一時は拒否した。しかし襲われている赤城が沈めば国際的な問題になってしまうのを考慮し、苦渋の決断でウォーロックの強制停止を命じた。

 

だが壊れた兵器(戦士)は止まらない。

赤城から上がる対空砲火を魔法障壁で防御すると、赤城の側面に回り込んでは光線を照射する。熾烈なる攻撃を浴びせられた赤城からは損傷個所が増えていき、ついには格納庫まで破壊された。そして赤城という船には宮藤、坂本、ペリーヌが乗艦していた。

 

傾く甲板の上で坂本は宮藤に自分のストライカーユニットを渡し、宮藤は艦からの避難と救援が来るまでの間の時間稼ぎを任された。

そして基地の管制塔では狼と軍犬が暴れまわっていた。

 

「ふん……」

「…」

 

バルクホルンが自慢気に拳を握りしめて、人狼は破損した椅子を手にしたまま立っている。近接格闘に秀でた人狼とバルクホルンは何人もの兵士を容易く返り討ちにすることができた。

一方でステックによって運ばれたミーナとハルトマン二人は机に置かれていた計画書を流し読んでいた。なお、上官に顔を覚えられては堪らないということでステックは外で待機している。

 

「我々をどうするつもりだ……!」

「どうするミーナ」

「ふぅ、ウィッチーズを陥れようとして随分色々となさったようですね。閣下」

「くっ」

「ウィッチを超える力を得るため、敵であるネウロイのテクノロジーを利用。その事実を隠そうとしてウィッチーズを解散させようとした。よい計画でしたが宮藤さんの軍の理解を超えた行動に慌てたのが失敗でしたね」

「もっと、もっと早く宮藤を信じてやっていれば……」

「おーい大変だよ!赤城が沈みそうだよ。ウォーロックとウィッチが戦っている!誰だ?」

 

ハルトマンからの知らせを受けて、ミーナは固有魔法を用いて誰なのかを特定した。

 

「……宮藤さんだわ」

「宮藤が!?」

「ありえん。お前たちのユニットはすべてハンガーに封印されているはずだ」

「……このユニットの波形は美緒のストライカー!?」

「うっそお!やるなぁ宮藤!」

「敵を欺かんとするならまずは味方か。ふふっ、流石坂本少佐だ」

「…」

 

人狼はそれはないだろうなという顔で手を振って否定した。良くも悪くも坂本が単調な人であることを見抜いていたからだ。ちなみに坂本は人狼が敬愛するジェネフと同タイプである。

 

「宮藤さん一人では時間稼ぎが精一杯よ。行きましょう!」

「それもそうだな。行くか!」

「ま、待て待て待てー!」

「…」

 

人狼たちはマロニーを捕縛すると、急いでハンガーへ足を運んだ。移動中、バルクホルンは偶然ネウロイとウォーロックの繋がりに気づいた宮藤を賞賛していた。ミーナとバルクホルンはまた始まったと言わんばかりに生返事を返す。

 

「つまりだ。宮藤がネウロイに接触したから、やつらは慌てて尻尾を出したってことさ。わかるだろうミーナ」

「んー、はいはい」

「だろエーリカ」

「あぁ、もう私の知ってるトゥルーデじゃない」

「そうだよなハインツ」

「…」

「あっ!エイラさん、サーニャさん」

 

鉄骨によって封鎖されたハンガーの出入り口ではすでにサーニャとエイラが待機しており、どうしようかと考えている最中だった。

サーニャとエイラはすでに北欧行の列車に乗っているものだと考えていたので、ミーナたちは驚いていた。

 

「あっ、えと、あの、えー列車がさ、二人とも寝てたら始発まで戻ってきちゃっテ……ほら仕方ないからここの様子でも見ようカナーテ。なあサーニャ」

「今芳香ちゃんたちが戦っている。私たち芳香ちゃんを助けに来た」

「あぁサーニャ、おいィ!」

 

歯切れが悪い言い訳をするエイラに対し、サーニャは真実を告げた。暴露された真実にエイラは赤面して慌てふためいていた。それをニヤニヤと小馬鹿にするようにハルトマンは笑う。

 

「素直じゃないなぁ」

「私たちも同じよ」

「えっ違う!私は違うぞ!」

「そんなことよりさ」

「すぐに始めましょ」

「そ、そうだな。さあ、やるぞハインツ!」

「…」

 

人狼とバルクホルンは前に進みだし、バルクホルンは一本掴み、人狼は大狼化していくつもの鉄骨を縄で結び、それを腹に括りつけるようミーナたちに身振りで指示をする。どうやら引っ張るつもりだ。

 

「わー、すっげぇ大きいナ」

「うん、本当に大きくて毛並みも綺麗」

「……もふもふしたいなぁ」

「霧化とそれに伴う再生能力、そして変身。一人で二つの固有魔法を持つだなんて、流石はおとぎ話の再来と言われたまでのことはあるわ」

「あれ、つまりこの状態って全裸状態なの?」

「ぶーッ!?な、何を考えているんだハルトマン!ハレンチだぞッ!」

「だって衣服ないからさ。気になるじゃん」

「ほら、早くやってちょうだい。二人しか力自慢はいないんだから」

「う、うぅ。わ、わかった。いくぞハインツ」

「…」

 

バルクホルンに向けて人狼は頷く。そして合図とともに双方で力を込めて鉄骨を撤去しようとする。全身の筋肉が無駄なく活用し、数トンはある鉄骨をなんとか引っこ抜いては後ろに放り投げた。

 

「おりゃあああああ!!」

「…!」

 

人狼は大きな音を立てて鉄骨を引っこ抜き、一度に十本の鉄骨を撤去することに成功した。その光景に思わずミーナたちは感嘆の声を漏らす。人狼たちの活躍でユニットの搬送が格段に効率が上がった。

汗を流して息を整えるバルクホルンに大狼化を解いた人狼が拳を向ける。バルクホルンはふと笑みを浮かべ、自身の拳を合わせた。

 

「スゲー!」

「すごい力持ち」

「流石ね二人とも!」

「よくあんなの持ち上げられるね。たいした馬鹿力カップルだよ」

「か、カップルだなんて!!」

「いや、うちらにあの宣言したらそうなるにきまってんじゃん」

「あらあら。羨ましいわ」

「ま、まずは健全な付き合いからだな!」

「あっ、ハインツ大尉が元の姿に」

「やっぱ服着てんだな」

「…」

「ほら、ユニットを外に出すわよ」

 

ミーナはくすりと笑いながらも、ユニットの搬送を指示した。整備兵はいないながらも簡易的なメンテナンスはできる。各自のユニットと武器を点検し、問題がないかを確認した。

 

「機関銃の整備は大丈夫。弾薬の補充も十分だ」

「いきなり解散させられたからね。問題はないでしょ」

「けどハインツはどうする? こいつだけユニットがないぞ」

「そうなのよね。代わりのユニットはある分にはあるけどスピードに問題がある旧式だし……」

「…」

 

ユニットの不足に頭を悩ませるミーナとバルクホルン、しかし人狼はバルクホルンに指を指す。何かを悟ったミーナは驚愕する。

 

「……まさか空中で投下するの!?」

「なんだそれは!?」

「随分と破天荒ダナ……」

「何も付けずに空中戦ができると思うか!馬鹿!」

「…」

「こうなったら仕方がありません。旧式のスピットファイアを使ってもらいますが構いませんね」

「…」

 

人狼はミーナの提案に相槌を打って応えた。

ハルトマンたちがユニットを履いて武器を構えていると、一機の飛行機がハンガー前に着陸した。オレンジ色に塗られたソードフィッシュには航空帽を着けたウサギのエンブレムがある。二つの座席から見慣れた顔が並んでいた。シャーリーとルッキーニだ。

ルッキーニはある人物を見つけて声をかける。

 

「リーネ―!」

 

リーネは息を切らしながら全力疾走でハンガーへと向かっていた。リーネの姿を見たバルクホルンたちは柔らかい笑みを浮かべて出迎えた。

 

「わぁ!来た来た」

「遅いぞリネット・ビショップ」

「おかえり貴女が最後よ」

「はい!」

 

皆に迎えられたリーネは満面の笑みを零しながら自身のユニットへと向かう。リーネのユニットと武器にはすでに手の空いていたバルクホルンとハルトマンが点検し終えている。人狼の臨時のユニットも調整を終えたところだ。今すぐにでも皆が飛び立てる状態だ。

 

今ここに軍規違反を盛大に犯した第501統合戦闘団、通称ストライクウィッチーズが再結成された。

 




日本で生まれた空母。呉海軍工廠が1920年に起工した。
言わずと知れた日本を代表とする空母だが、元々巡洋戦艦として起工されていたのを空母に改造された。そして空母にも砲撃戦に参加できるとして対艦戦闘用の砲が備えられている。
排気の関係上、居住性が悪く赤痢や結核を患う兵士が続出して「殺人長屋」と言われるほどになる。そのため廊下や格納庫に寝床を作る兵士もいたという。

ミッドウェー作戦では急降下爆撃により、格納庫内で誘爆を起こして沈んでしまった。かの「運命の五分」と呼ばれる時間がなければ誘爆はしなかったというが、装備転換は五分で終わるものではない。
2019年にポールアレン財団は深海調査船ペトレルが赤城を海底で見つけた。

ちなみに赤城の由来である赤城山は、後に某峠で競い合うレース漫画の舞台となる。


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終端

ウマ娘の短編を書いたのでぜひ見てください。
ヒロインはみんな大好きダイワスカーレットです。


宮藤はウォーロックの攻撃に魔法障壁を展開して防ぐ。背後に展開された魔法障壁は放たれた機銃弾を弾く。

 

「はあああああ!!」

 

一瞬の隙をついて、いざ攻勢に出ようと銃口を向けるもウォーロックは察知して撃たれる前に躱す。Gなんて知ったことかと言わんばかりの軌道で宮藤に迫る。宮藤はウォーロックから全力で逃げる。

これを何度も何度も繰り返していた。

 

並みのウィッチ、いやエースでもウォーロックを単独で相手にするのは難しい。むしろよくここまで宮藤が粘っていた方がすごい。

 

「はぁはぁはぁ……」

 

いくら魔法力が多い宮藤でももう限界に近かった。息は切れ動悸が速くなり、魔法力をうまくユニットに回せない。それにまだウォーロックには一発もダメージを与えていない。

時間稼ぎが目的とはいえ心理的負担が大きかった。

 

「くっ!?」

 

ウォーロックは両腕を広げると、そこから多数の光線を放つ。その一撃は中型ネウロイなんて木っ端微塵にするほどの破壊力を有する。宮藤はその攻撃を何倍も防御力を増して作った魔法障壁で身を守る。

 

「まだ、やるの……ッ!?」

 

矢継ぎ早にウォーロックは光線を放つので、動きを止めて防御に徹している宮藤の体力と魔法力がどんどん削り取られていく。いつまで魔法障壁を張れるかもわからない状態に宮藤はもう駄目だと諦めかけていた。

 

 

そんな中、一発の鈍い光弾がウォーロックに直撃した。

爆風をあげて自身の破片を撒き散らしながらウォーロックは赤城の方へ墜落していく。そして赤城と衝突して爆ぜた。その衝撃からか赤城はウォーロックと一緒に海底へと沈んでいく。

 

「やった……」

 

何が起きているのか理解できなかった宮藤はポツリと呟く。

後方からは聞きなれたエンジン音が複数聞こえる。間近にまで迫ると持ち主が宮藤に声をかける。

 

「お待たせ!」

「芳香!」

「皆!」

 

振り向くとそこには第501統合戦闘団ストライクウィッチーズの隊員全員がその場に居た。坂本はミーナといつの間にかユニットを履いているペリーヌに肩を貸している状態だ。

ちなみに旧式のユニットを履いている人狼はまともに戦闘ができないだろうという自らの判断で武器弾薬庫兼ユニット運送係を務めている。なので腰のところには武器を詰めた箱を腰に吊り下げて飛んでいるため、傍から見ると滑稽な姿となっている。この無様な姿に流石の坂本も苦笑した。

 

「よく耐えたな宮藤」

「坂本さん!」

「これは必要なくなったようだな」

「…」

 

ピクリと人狼は赤城が沈んだ方を見つめる。エイラもその場でタロット占いをすると塔のカードが出てきた。意味としては緊迫、突然のアクシデントだ。

 

「そうでもないかも、ほら見て」

 

エイラが視線を飛ばした先にはかつて赤城があった場所だ。いきなりその地点で大きな水柱が立った。

 

「何だ!?」

「いったいどうなっているんだ!?」

「何なんだいったい!?」

「……まさか」

 

海上では避難している赤城の乗組員が慌てふためいていた。唯一、赤城の艦長を務めていた杉田は最悪の未来を予想した。

そしてその予想は見事的中することになる。

 

「あっ!?」

「ウォーロックが赤城と……!?」

 

まるで一匹の大鯨が海上に跳ねるように海中から赤城が現れた。鋼鉄の装甲で灰色となっていた全体色がネウロイと同じ黒と赤いラインに変わっている。艦首の戦闘にはウォーロックが航海の安全を願う女神像の如く収まっていた。

浸食された赤城は空中に舵を切り、上昇を続ける。不気味で奇妙な光景でありながらも幻想的であった。

 

ユニットを履き替えた宮藤と坂本は人狼から武器弾薬を貰う。

ちょうどその時に赤城は艦尾付近から何十条もの光線を放って宮藤たちを攻撃する。

しかしこの場に居るのは全員が名高いエース、瞬時に回避軌道を取り離散した。そして一気に上昇して、螺旋を描くように赤城との距離を詰める。

 

「美緒できる?」

「あぁ、大丈夫だ」

「ハインツ、お前は無理して戦闘をするな。ユニットが型落ちなんだ」

「そうだよ。これ以上トゥルーデを悲しませないでね」

「…」

「ッ!?なんだこれは」

「ウォーロックと赤城が融合してる……!?これじゃ手を出せないわね」

「だがやるしかない。あれはウォーロックでもネウロイでもない別の存在だ。我々ウィッチーズが止めなければ誰もあれを止める者はいない!」

「来ますッ!」

 

サーニャが攻撃を察知して注意を呼び掛ける。呼びかけ通りに赤城は光線を密度の濃い攻撃を打ち込んでいく。

 

「ストライクウィッチーズ隊、全機攻撃態勢に移れ!目標、赤城及びウォーロック!」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

「…」

 

ミーナの号令とともに全員が攻撃を仕掛けにいく。ミーナは坂本と手をつなぎ固有魔法の魔眼を共有することで核の在処を見つける。しかしそこは重厚な装甲で覆われたところだった。

 

「コアは赤城の機関部だ」

「外からじゃ破壊できそうにないわね。内部から辿り着くしか」

「内部を知っている私がいく」

「私が行きます!」

「私も行きます!」

「わ、私も内部なら多少知っていますわ」

「ありがとう!」

「べ、別に貴女のためじゃありませんわ」

「ペリーヌ、お前が付いていてくれれば心強い」

「えっ!はい!」

「…」

「ハインツ、お前も行きたいのか」

「…」

「お前のユニットと技術では機敏に動けないだろう。どうするんだ?」

 

疑問に思っているバルクホルンに人狼は自分のユニットを指差す。真意を知ったバルクホルンは肩をすくめてやれやれといったよう様子だ。

 

「……わかった。なら行ってこい。そして必ず帰ってこい」

「…」

 

人狼はバルクホルンの問いかけに深く力強く頷いて答える。

 

「ではその他各員は四人の突入を援護。突破口を開いて」

「「「「「「了解!」」」」」」

「攻撃開始!」

 

雲海に突き出した赤城はその雲海を海の如く進んでいく。そして攻撃を仕掛けていくウィッチたちを迎撃しようと再度無数の光線を放つ。

 

「他の連中に手柄を寄越すなよ、ハルトマン」

「ふふっ、先に行ってるよー!シュトルム!」

「私の仕事!」

 

圧倒的破壊力を持つ機関銃とハルトマンの固有魔法で分厚い装甲を削っていく。一方でサーニャを抱きしめた状態でエイラは未来予知から出た指示を送る。

 

「……右ダナ」

「うん」

「上ダナ」

「うん」

「眠くないカ?」

「うん。大丈夫」

 

小柄なサーニャには似つかわないフリーガハマーを発射して高威力の弾頭は赤城に炸裂する。皆が熾烈な攻撃を仕掛けたおかげで赤城から照射される光線の数が減っていく。

 

「攻撃が弱まったぞ」

「行っちゃう~?」

「GO!!」

 

艦首目掛けてシャーリーとルッキーニは突撃を敢行した。そしてシャーリーはルッキーニを捕まえて思い切り前方へと投げる。

 

「行っけぇ!ルッキーニ!」

「あっちょー!!」

 

何十もの魔法障壁でドリルのような形を形成、そしてユニットの出力を上げて加速して、艦首から艦尾にかけて一気に貫いた。文字通りに突破口が開かれる。

人狼はハンドサインで突撃をすると伝える。

 

「…」

「行きますわよ!」

「うん!」

「はい!」

 

艦内へ突入した人狼たちは隔壁に行く手を阻まれる。人狼はその場でユニットを脱ぐと、肩を回して調子を整える。

 

「リーネちゃん!」

「はい!」

 

リーネは対戦車ライフルで隔壁を撃ち抜いた突破して前進を進める。しかし宮藤たちは通路に用意された光線照射機関から攻撃を受ける。狭い空間で光線を躱して宮藤たちは迎撃に当たるも数が多く対処しきれない。宮藤とリーネは回避の際に武器を落としてしまった。

だが、攻撃ができるのは武器だけではないと赤城は知ることになる。

 

「ハインツ大尉!」

「…」

 

大狼化した人狼は体をドリルのように回転させながら分厚い装甲を何重も突き破り暴れまわる。爪で隔壁や照射期間を破壊し、牙で食い破る。まさに己の本領を発揮するには絶好の機会であった。

自然と赤城は脅威度の高い人狼に攻撃のソースを集中させるので、宮藤たちへの攻撃が手薄になる。閉所で大きな体は不利なため、無数の光線を撃ち込まれる人狼。しかしそれでも暴れ続ける。

 

「ハインツ大尉、今助けます!」

「…」

 

助けに行こうとする宮藤とリーネに人狼は任せろと言いたげな熱い視線を送る。真意を理解した二人はペリーヌと共に機関部へと移動する。

 

「…」

 

上へ上へと装甲を破り続け、ついに甲板に飛び出した。ちょうど飛び出した際、横にはバルクホルンが居て互いに目を合わせた。

 

「うおおおお!ハインツ!」

 

武器から手を離したハルクホルンは人狼を掴み、力の限り投げ飛ばした。人狼の進行方向には艦橋があった。再度ドリルのように回転させ、艦首と激突する。艦橋には大きな風穴ができ、下へ向かって人狼は突き進む。

 

「……二人の共同作業がこれっておかしいよ」

「何を言うんだ。あいつもきっと同じことを考えていたはずだ」

「そうかなぁ」

 

なお人狼はそんなこと思っていなかった。偶々甲板に出てしまっただけなのだ。それなのに突然投げられるとは完全に想定外だった。

 

機関部へと辿り着いた三人はまたもや隔壁に行く手を遮られた。ペリーヌは持っていた機関銃で破れるかを検証するが、予想通り破ることはできなかった。

仕方なしにペリーヌは隔壁に手をついた。

 

「最後にとっておくつもりでしたのに」

「えっ」

「トネール!」

 

ペリーヌの固有魔法は雷撃、魔法力を高威力の電撃に変換できる攻撃型である。これにより隔壁は六角形に切り取られた。

隔壁を抜けた先には巨大な核があった。核はギラギラと燃えるように輝いている。

 

「芳香ちゃん!」

「宮藤さん、何をするつもりですの?」

「リーネちゃん、ペリーヌさん。私を支えて」

 

二人に支えて貰った宮藤は足を閉じてユニットを合わせる。ユニットの出力に限界が来たのか一度は止まるが、なんとか再起してくれた。

 

「ありがとう」

 

戦友に礼を言うように宮藤は感謝を述べる。そしてユニットを脱いだ。

魔法力をある程度ユニットに残していたのか、ユニットはバラバラになることなく両脚揃って下へとゆっくり降下していく。

核へと到達した瞬間、眩い閃光を撒き散らしながら爆ぜた。

 

赤城はクジラの咆哮のような声をあげて雲海へと沈んでいく。まさに艦としての死と生命体の死が重なり合うように小規模の爆発を起こし、一瞬にして破片へと姿を変える。爆音が花火のように辺りに響く。

これが意味するもの、すなわちストライクウィッチーズはこの異形の化け物に勝つことができた。

 

「やったな」

「芳香だ!」

「わあ!」

「よし!」

 

ユニットを失った宮藤はリーネとペリーヌに支えられて飛翔する。無事に帰ってきたことに全員は歓喜した。リーネは宮藤に抱き着いて喜びを露わにし、ペリーヌは照れ臭いのか顔を背けていた。

すると背けていた先にあったネウロイの巣が徐々に晴れていく。ネウロイの巣があった地点、そうそこには奪取されたガリア共和国があった。

 

「私の故郷が解放された……!」

 

ペリーヌは思わず感激して涙を流す。四年間もの間、手が届きそうで届かなかった夢がついに実現したのだ。泣かずにいられる方がおかしかった。

 

「ハインツー!!」

「…」

 

一方で人狼は絶賛落下中だった。

ユニットを脱ぎ捨てているため飛翔することはできないので落ちるしかないのだ。墜落する人狼のもとに一番にやってきたのは幼馴染のバルクホルンだった。

バルクホルンはこちらに手を指し伸ばし、人狼は真っ先にその手を取る。

 

「まったく、お前はいつも無茶をするんだから」

「…」

「やれやれ。ほら、基地に帰るぞ」

「…」

「ふっ、子供の頃は私が背負われていたが今度は私が背負う番だな」

「…」

 

バルクホルンは人狼を一度空中に放り投げて背中で受け止める。あまりにポンポン人を投げるので人狼は人使いの荒さを実感した。一方で人狼よりも脳筋なことばかりしているバルクホルンにハルトマンは苦笑した。

 

「うわぁ。ありゃ結婚したら尻に敷かれるね、基本受け手だし」

「いいじゃない。だからこそトゥルーデと相性良いんだから」

「まっ、そうかもねー」

「……終わったな」

「えぇ。ストライクウィッチーズ全機帰還します」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

 

こうして赤城とウォーロックの激闘を終えた。

基地ではいつの間にか元々在籍していた整備士がおり、ミーナの部屋の前ではステックが堂々と待ち構えていた。ミーナと坂本がどうやって整備士と機材を取り戻したのかと訊くと、ステックは非常に面倒くさかったと愚痴を零した。だがその言葉に悪意はなく、喜んでいた。

後日、ステックは楽な仕事に戻れると期待しながら書類を読む。そこに書かれていたのはアフリカへの転属だった。悪運と踊り《ダンス》をする男、それがステック・セラックだった。

 

 

一方で夜、公園のベンチで人狼とバルクホルンが座って月夜に照らされた海を眺めていた。この場は人狼がバルクホルンに諭された場所だった。

バルクホルンは何かを決心した面持ちで人狼に問う。

 

「なあハインツ」

「…」

「暫くストライクウィッチーズは結成されることはない」

「…」

「だから、その……」

「…」

「い、一緒に私の原隊で活躍してくれ!」

「…」

「だめか?」

「…」

 

不安げに瞳を揺らすバルクホルン、そこにエースとしての風格はない。

人狼はその返事に黙って答えたのに彼女は満面の笑みを浮かべる。何故なら人狼は子供のように幼い笑みを向けたからだ。明らかに肯定の意を示すものであった。

 

「よ、よかった。私はすごく嬉しいよ」

「…」

「ど、どうした?顔が近い――――ッ!?」

 

人狼はバルクホルンに顔を近づけ、そのままキスをした。頬や額に向けて行う類ではなく、互いの口を合わせたロマンチックなものだ。

赤面しながら慌てふためくバルクホルンだったが、やがて幸福感と満足感に吞み込まれてキスを受け止めた。

 

人狼は夢を見れるのか。結論は人狼、いや()は夢を見ることができた。

それが刹那の夢であっても幸せな夢であることには変わらない。人間になった彼を祝福するかのように大きな満月が笑った。

 




これにて最終回です。
三年間今まで読んでくださって誠にありがとうございます。

本来なら三期までやろうと考えていた本作ですが、モチベーションの低下と新生活で投稿が難しくなってしまいました。現に巻き気味に一期の話を終わらせてしまいました。
えっ、欧州編とアフリカ編が長すぎるのと道中でガルパンの連載をしたからだと言われてもその通りなんで何も言えません。
日本兵SSを昔に書いてしまったから書きたい欲求が増してしまったんだ……。

ちなみに後書きで兵器開設やらをする際にネタ切れで半ば雑用品紹介になってしまいました。

それと一話か二話追加のエピソードを載せようと思います。これは完成次第載せていきたいと考えています。

再度この作品を読んでくださった方に感謝の意を露わにしたいと思います。
本当にありがとうございました。


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