【完結】死に芸精霊のデート・ア・ライブ (ふぁもにか)
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本章 志穂リザレクション
プロローグ 残機∞の精霊



オルガ・五河士道「更新止めるんじゃねぇぞ……!」

 あけましておめでとうございます(大遅刻)。どうも、今回が2018年にて初更新となる、ふぁもにかです。『†ボンゴレ雲の守護者†雲雀さん(憑依)』の執筆意欲が全然湧かず、このままでは執筆活動すら卒業しかねないと危機感を抱いたため、地道に2話ほどストックを溜めていたデート・ア・ライブ二次創作を投稿しようと思います。多分、15話くらいで完結します。また、精霊たちの出番はあんまり期待できないと思われます。何てことだ。



 

「う、わあああああああ!?」

 

 五河士道は叫んだ。狼狽に満ち満ちた声を轟かせた。

 9月30日土曜日。天宮市。昼下がりのショッピングモール入り口にて。

 周囲は騒然としていた。人々のざわめきが士道の鼓膜をがんがんとうがつ。

 だが、今の士道に周囲の反応なんぞを気にかける余裕はなかった。

 士道の目線は一点に固定されていた。士道の視線の先には、赤。赤。粘性の赤。

 まるでペンキでもぶちまけられたかのような赤が地面に派手に飛び散っていた。

 そして、そんな赤を埋めるように重量感のある鉄柱が転がっていた。

 

 

「志穂! 志穂!」

 

 士道は一人の少女の名前を叫ぶ。

 パニック状態のまま鉄柱の元へ駆け寄り、必死に声を上げる。

 不意に上から落下してきた鉄柱の下敷きになってしまった少女の名前を何度も叫ぶ。

 

 

 この世には精霊という、尋常ならざる力を持つ者たちがいる。

 精霊は、最強の矛たる天使と、絶対の盾たる霊装をその身に備えている。

 そんな、普段はこの世界とは違う隣界に存在する精霊は、この世界に姿を現す時、基本的に己の意思に関わらず空間震を発生させる。ひとたび空間震が発生すれば、一定範囲の空間はまるで何もなかったかのようにくり抜かれてしまう。当然、空間震の現場に人がいれば消滅する。建物があれば消失する。

 発生原因不明。発生時期不定期。被害規模不確定の爆発、震動、消失をもたらす空間震。

 そのような災害を世界に持ち込む、これまた存在理由不明の迷惑極まりない精霊は、特殊災害指定生命体とも、特殊災害指定生物とも定義された。

 

 世界を確実に侵食する精霊を看過するわけにはいかない。

 精霊への対応を迫られた、精霊の存在を知る一部の人々は、精霊への対処法として、武力をもって殲滅する道を選んだ。天使と霊装に裏付けられた精霊の力は強大だ。一般的な兵器ではまるで攻撃が通じない。しかし、人類の技術は進化を続け、顕現装置の誕生により精霊を殺せる可能性に至った。そのため、陸上自衛隊の特殊部隊ことAST(アンチ・スピリット・チーム)(対精霊部隊)のような立場の者が、日々精霊を殺すべく暗躍している。

 

 だが、士道は。ラタトスク機関は。そのような精霊への対処を良しとしなかった。

 ラタトスク機関は、精霊との対話によって、精霊を殺さず空間震を解決するため、士道を精霊との交渉役に据えた。士道が選ばれたのは、士道に心を許した精霊とのキスを通じて精霊の力を士道の中に封印する不思議な力を持っていたからだ。精霊に力がなければ、精霊を危険視して殲滅する必要はなくなる。ラタトスク機関にとって、士道はうってつけの存在だったのだ。

 

 ゆえに士道は。精霊の存在を知った半年前の4月から、ラタトスク機関のサポートの元、精霊との交流(デート)を通じて、精霊から危険性を取り除いていった。

 結果、これまでプリンセスこと夜刀神十香、ハーミットこと四糸乃、イフリートこと五河琴里、ベルセルクこと八舞耶俱矢&八舞夕弦、ディーヴァこと誘宵美九の攻略に成功した。

 

 決して簡単な道のりではなかった。己の感情のなすがままに強大な力を振るう精霊を前に、精霊の力の封印を終着点とした士道の活動はいつだって己の命をすり減らすことを強いられていた。もしも士道が何の力も持たないただの一般人だったら、とっくの昔に死んでいた。今、士道が生きているのは、士道の中に取り込んだ精霊イフリートの身体再生能力のおかげである。

 

 そして、今回は霜月志穂という精霊の番だった。士道は志穂と接触し、デートの約束を取り付けた。そして、今日。9月30日。志穂とのデート当日にて。志穂と楽しくデートをして、志穂のことをたくさん知って。逆に、志穂に士道のことをたくさん知ってもらって。最終的に。志穂の精霊の力を奪うことと同義である、キスを認めてもらう。そんな、そろそろ慣れつつあるいつもの流れが士道に待ち受けているはずだった。

 

 だが、現実はこうだ。

 さぁ。次はショッピングモールで買い物デートだ。なんて方針の元、志穂と手を繋いでショッピングモールの自動ドアへとテクテク歩き始めた矢先。唐突に士道と志穂の真上から鉄柱が落下してきたのだ。鉄柱にいち早く気づいた志穂が士道を突き飛ばした直後、鉄柱は志穂の上に容赦なくのしかかった。周囲一帯に地響きが伝播し、鉄柱の落下地点を起点として赤色が派手に飛び散った。そして、今に至るわけだ。

 

 

『士道! 落ち着きなさい! 聞いてるの、士道!?』

「志穂! 志穂! 無事だよな!? 返事をしてくれ、志穂!」

 

 士道が右耳に装着しているインカムから妹の琴里の声が飛ぶ。

 だが、動転している士道に琴里の声は届かない。士道は必死に志穂の名前を呼ぶ。

 

 士道は信じられなかった。

 封印されていない精霊が、こんなにあっさりと。大怪我を負うなんて。落ちてくる鉄柱に為すすべもなく潰されるなんて。もしかしたら、死んだかもしれないなんて。

 

 そもそも、精霊はこんなことで死ぬような軟弱な存在ではなかったはずだ。

 だからこそ。ASTのような精霊殲滅を目論む部隊は、顕現装置を駆使してもなお、中々殺せない精霊を前に攻めあぐねている。そのはずなのに。

 

 志穂が。精霊が。こうもあっけなく、命を落とすなんて。

 士道は信じられなかった。何か性質の悪い幻覚でも見せつけられているかのような気分だった。

 

 

「ッ!?」

 

 が、ここで。異様な現象が発生した。

 散りばめられていたはずの赤色が、志穂の血が、一瞬にして消え去ったのだ。

 まるで。鉄柱に志穂が潰された事故など端から存在しなかったかのように。

 士道が単に、志穂が隣にいる白昼夢でも見ていたのだと世界が主張しているかのように。

 

 

「な、にが、どうなって……」

 

 士道の言葉は続かなかった。

 次の瞬間、士道の目の前に一人の少女が姿を現したからだ。

 肩口にかかる程度の長さのふんわりとした桃色の髪に、小動物を想起させるようなくりくりとしたエメラルドの瞳をした少女は、士道の表情を見ると「あー、やっぱりそんな反応になるよねぇ」とでも言いたげに苦笑いをする。

 その少女は、先ほど鉄柱に潰されたはずの精霊:霜月志穂本人だった。

 

 

「志穂! よかった、無事だったんだな!」

 

 士道は心の底から安堵した。志穂は精霊だ。天使や霊装を上手いこと使って、鉄柱に潰される未来を回避したものだと、士道は考えたからだ。

 

 

「いえ、無事じゃなかったッスよ。まぁでも、痛みを感じる間もなく一瞬で逝けたんで、今回はラッキーな方だったッス」

「え?」

 

 だが、志穂の発言は士道の考えを真正面から否定するものだった。

 困惑する士道を前に、志穂はつらつらと己の事情を述べ始める。

 

 

「士道先輩。私は残機∞の精霊なんスよ。いくら殺されても次の瞬間には隣界で復活できるッス。でも、その代わりなのか何なのか、私は精霊なら誰でも使えるはずの天使や霊装を使えないから、こっちの世界に現界するとよく死んじゃうんスよねぇ。今みたいに事故に巻き込まれて死んだり、世界各地の対精霊部隊の人たちに殺されたり。だから、今みたいに私がさっくり死ぬのは日常茶飯事ッス。こんなことで一々驚いてたら私とのデートなんて続けられないッスよ?」

「……」

 

 志穂はにこにこ笑顔とともに言葉を連ねる。死ぬのが日常茶飯事。死ぬのが当たり前。そんなことを平然と話す志穂に、士道は戦慄を隠せず、言葉を失うのみだ。

 

 

「もうデートって雰囲気じゃないッスねぇ。……だから言ったんスよ、先輩。私とデートしてもムードぶち壊しで、絶対それっぽい雰囲気にはならないって。私、世界に嫌われてますから」

「志穂……」

 

 志穂はやれやれと両手を広げつつ、自嘲の笑みを零した。笑みこそ浮かべているものの、士道には、志穂が絶望に泣いているように思えてならなかった。

 

 




 というわけで、プロローグは終了です。人物紹介は次回からとします。


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1話 攻略優先度の低い精霊


 どうも、ふぁもにかです。今回から本章スタートです。
 プロローグの時系列に至るまで、おそらく2話くらい使うと思われます。



 

 

 9月28日木曜日。つい1週間前に盛大に開催された天央祭の影響で浮き足立っていた天宮市が落ち着きを取り戻した頃。学校を終えた五河士道は下校のついでに商店街に足を運んでいた。ちなみに、いつも士道の隣にいることの多い十香は今、クラスメイトの亜衣、麻衣、美衣の3人とどこかに出かけている。

 

 

(う~ん、今夜は何にしようかなぁ)

 

 士道は今日の夕飯の献立を考えつつ、スーパーを巡る。自分1人のための料理であれば頭を悩ませずにテキトーな物を作って終わりである。しかし士道には、己の料理を待つ妹の琴里がいる。その上、五河家の隣に建設された精霊マンションに住む、精霊の十香、四糸乃、耶俱矢、夕弦、美九が士道の夕飯を食べにくることが多い以上、料理を雑に済ませるわけにはいかない。美味しい料理を前提として、彼女たち1人1人の好みを勘案した料理を振舞う必要があるのだ。

 

 だが、士道はそのことを面倒だとは思わなかった。むしろ、十香たちのために、こうして夕飯の献立を悩む今この瞬間が幸せだとすら思っていた。

 

 

(にしても、精霊のことを知ってから、まだ半年かぁ。もう5年くらい経った気がするぜ)

 

 そう。士道が最初の精霊、十香と初めて出会ったのは今年の4月10日である。

 そして今日は9月28日。大して時は経っていないはずなのに、十香と出会ったあの時がもう随分遠くに感じられる。それだけ、精霊と関わってから濃密な半年を過ごしたということか。

 

 士道はこれまで、十香、四糸乃、琴里、耶俱矢&夕弦、美九の6名の精霊を救うことに成功した。だが、まだ救えていない精霊は存在する。世界から討伐対象とされ、ありふれた平和な日常を過ごすことを否定されている精霊はまだまだ存在する。そんなまだ見ぬ精霊たちを全て救うその日まで、士道の歩みが止まることはない。

 

 

(これからも頑張らねぇとな)

 

 士道は改めて決意を抱きつつ、適当な食材を次々とカゴに投じていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 精霊たちとの和気あいあいとした夕食を楽しんだ後。士道はフラクシナスを訪れていた。フラクシナスとは、士道の住む天宮市の上空15000メートル地点に浮遊している巨大な空中艦のことだ。未だ表の科学の世界に明かされてない顕現装置などの技術を結集させて作られた空中艦の中には、士道と同様に精霊を救う意思を持つラタトスク機関のクルーが多数存在している。ちなみに、士道がフラクシナスに足を踏み入れられるのは、フラクシナスが士道を艦内に転送しているからだ。

 

 

「来たわね、士道」

「あぁ」

 

 士道が艦橋に着くなり、士道の気配を察知した琴里が艦長席で凛とした声色とともに、士道を迎える。琴里は士道の妹にして、ラタトスク機関の一員として、フラクシナスの艦長を任されるほどの重鎮である。艦長としての琴里の言動には威厳が伴っており、そのカッコよさには士道も度々感心させられていた。

 

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

「美九の一件も落ち着いたことだし、そろそろ士道に次の精霊を紹介しようと思ってね」

「次の精霊? 見つかったのか!?」

 

 士道が本題を尋ねると、琴里は口にくわえていたチュッパチャプスの棒をピコピコと動かしながら返答する。士道は『次の精霊』とのワードにすぐさま反応する。士道の使命は、1人でも多くの精霊を、一刻も早く封印し、平穏で幸せな生活を送ってもらうことだからだ。

 

 

「見つかったというよりは、既に見つけていたと言った方が正確になるわね。まずはこれを見てちょうだい」

 

 琴里の合図とともに艦橋のメインモニタに一人の少女の姿が表示される。淡くきらめく桃色の髪に、小動物を想起させるようなくりくりとしたエメラルドの瞳をした少女だ。琴里と同じくらいの体型の少女は、霊装の代わりにシンプルな色合いのグレーのパーカーに青色のホットパンツで着飾っており、いかにも外向型のアクティブな少女、といった印象だった。少女が精霊だとわかりやすく証明してくれる霊装は纏っていないものの、少女の現実離れした美貌は、士道に少女が精霊であると信じるに足るものだった。

 

 

「氏名不詳。識別名はイモータル。私たちラタトスク機関が把握している精霊の中で最も観測数の多い精霊になるわ」

「そんなにたくさん姿を現しているのか?」

「ええ。イモータルは4年前の初観測以降、毎日のように世界各地に姿を現しているわ。朝大阪で発見されたと思ったら昼にはイギリス、夜にはシンガポールって感じで、やたらと現界と消失(ロスト)を繰り返しているわ。もちろん、天宮市にも現界したことがあるし、ここ半年は天宮市に頻繁に現界しているわね」

「……なら、どうして今までイモータルのことを教えてくれなかったんだよ?」

「簡単にいうと、イモータル攻略の優先度が低かったからよ」

「優先度? どういうことだ?」

 

 琴里から新たな精霊:イモータルのことを聞いた士道は率直な疑問を琴里にぶつける。これまでに天宮市に何度も姿を現しているのなら士道がイモータルを攻略する機会は多々あったはずだ。それなのに、琴里がイモータルのことを今まで士道に伝えなかった。その状況が、士道に疑問を呈したのだ。だが、対する琴里は士道の質問は想定内と言わんばかりにつらつらと言葉を紡いでいく。

 

 

「士道。おさらいするけど、精霊はなんで人類にとって危険なのかしら?」

「なんでって、人間の常識を超えた、圧倒的な力を持ってるからだろ? それに、意図的じゃないにしろ、空間震を起こして街を一瞬で破壊できるわけだし」

「そうね。でも、イモータルはラタトスク機関が観測した限り、一度も天使を使ったことがないし、霊装を身に纏ったこともないのよ。それに、イモータルはほとんど静粛現界で、この世界に姿を現しているようなの」

「え?」

「加えて、イモータルがごくたまに起こす空間震の規模も凄くしょぼい。十香なんて、現界する時にかなりの範囲の空間をくり抜いたでしょ? でも、イモータルの場合、空間震の被害は精々直径10センチ範囲。わざわざ空間震警報を鳴らして住民を避難させなくていいレベルの空間震しか起こしてないの。というか、そもそもここまで空間震の範囲が小さいと空間震の事前感知すら難しいんだけどね。ま、そうなると、十香たちに比べると遥かに無害。速やかに精霊の力を封印する必要はない。だから、士道には今までイモータルのことは伝えずに、速やかに霊力を封印してほしい十香たちの対応を任せたの。……でも、今はこれといった攻略優先度の高い、放置できない危険な精霊を見つけられてないからね。せっかくイモータルが天宮市に出現するようになったんだから、今の機会に士道には彼女とデートしてもらおうってわけ」

「なるほどな」

 

 士道は琴里の主張に納得し、うなずく。確かに、天使や霊装を全然使わず、空間震の規模が極端に小さい。そんなほぼ無害な精霊であれば、他の精霊よりも霊力の封印を後回しにするのは何もおかしいことじゃない。精霊を封印できるのは士道だけだ。焦って複数の精霊を同時に攻略しようとして、結局精霊を1人も封印できませんでしたではシャレにならないのだ。それに、イモータルは4年前の初現界から、毎日のように現界しているとの話だ。メインモニタに映るイモータルが霊装を纏っていないことからも、イモータルは世界に上手に溶け込み、対精霊部隊に見つかることなくやり過ごしているものと容易に推測できた。そういった意味でも、イモータルを即刻攻略して保護しなくても大丈夫という琴里の見解は妥当なのだろう。

 

 

「けど、イモータルは静粛現界が多いし、仮に普通に現界して空間震を起こしても、空間震を感知できるとは限らないんだろ? だったら、どうやってイモータルと会えばいいんだ?」

「さっき言ったでしょ。イモータルはここ半年、天宮市に頻繁に現界してるって。私たちがテキトーに市内に自律カメラを飛ばすだけでもイモータルを発見できる可能性は高いのよ。それに、士道がその辺をぶらつくだけでばったりイモータルと接触、なんてこともあり得るわ。何せ、士道はイモータルより遥かに観測数の少なかった十香や四糸乃と偶然出会えたぐらいだもの」

「あはは、確かにな」

 

 士道の次なる疑問にも琴里はさくさくと返事をする。一方の士道はイモータルに思いをはせる。精霊ならば誰しも天使や霊装を行使できるはずだ。十香や四糸乃のような純粋な精霊じゃない琴里や美九だって、謎の精霊:ファントムに精霊の力を与えられた時点で、力の使い方を理解していたとのことだ。だから、イモータルは敢えて天使や霊装を使っていないことになる。となると、イモータルはきっと、四糸乃みたいな優しい精霊なのだろうか。

 

 

「でも、気をつけなさい。いくら相手が天使や霊装を全然使わない精霊でも、精霊には変わりないわ。士道がうっかりイモータルの地雷を踏めば、彼女の天使の標的にされかねない。イモータルの天使の情報がない以上、イモータルが天使を行使する展開は避けるべきよ。それに、イモータルはあのナイトメア、時崎狂三と接触し、交流を深めている精霊でもあるの。人類にとって危険な思想を抱えているかもしれないわ。油断は禁物よ」

「ッ!」

 

 と、ここで。士道があまりイモータル攻略に緊張していない様子を受けた琴里が新たな情報を提示する。と、同時にメインモニタに狂三とにこやかに談笑しているイモータルの画像が表示される。時崎狂三。精霊は総じて保護すべき存在、守るべき存在。そのように考えていた当時の士道に多大なショックを与えた危険な精霊だ。天使刻々帝(ザフキエル)を使うために膨大な量の時間を必要とし、時間を調達するために実に多くの人間から寿命を吸い上げてきた狂三とイモータルとの仲が良い。その情報を受けて、士道は少々緩んでいた気持ちを改めて引き締めた。

 

 

「わかった。俺に任せてくれ」

「ふん、すっかり頼もしくなったわね。でも衝動に任せてイモータルを押し倒してそのまま――なんてことはくれぐれもしないように」

「誰がするか、誰が」

 

 士道が胸にとんと拳を当ててイモータル攻略への意気込みを告げると、対する琴里は腕を組みつつ、冗談に走る。士道はそんな琴里の発言を半眼とともに否定するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 琴里からイモータルのことを教えてもらった次の日。9月29日金曜日。

 いつものように学校を終えた士道は帰路についていた。9月も下旬とあっては、うだるような暑さは鳴りを潜め、士道にとって非常に過ごしやすい気候となっている。

 

 

(しっかし、そう簡単にイモータルと出会えるかぁ?)

 

 士道は昨日こそ琴里の考えに同調したものの、今はイモータルとすぐに邂逅できる、なんて楽観的には考えていなかった。何せ、天宮市は意外に広い。それに、天宮市には様々な商業施設や観光スポットが存在するために市外からの観光客も多く、天宮市は全域で一定度の賑わいを見せる街なのだ。いくら前例があるとはいえ、この天宮市でそう易々とイモータルを見つけられるとは士道には思えなかった。そう、例えば今こうして帰宅している最中にイモータルに会えるなんて――

 

 

「――あッ」

 

 その時、士道は立ち止まった。視線の先は、細い路地裏。そこに1人の少女を発見したのだ。淡くきらめく桃色の髪に、小動物を想起させるようなくりくりとしたエメラルドの瞳をした少女を。そんな、精霊:イモータルと合致した容姿をした少女は非常に焦っている様子だった。

 

 

「ぐ、ぐぎぎぎぎ……! 抜けない! 抜けないッス! これピンチッスよね!? 超ピンチ! 一世一代の大ピンチッス! ヤバいヤバいマジヤバい。これもし私の下に誰か性欲に支配されたクマ吉みたいな人が来たら壁尻展開じゃないッスか!? やだー! てか、このままでもし対精霊部隊が『来ちゃった♡』してきたらそれはそれでアウトッスよね! えーと、日本だと確かASTだったかな? マズい、奴らに見つかったらフルボッコルート一直線ッス! また『この精霊、イモータルというよりただの練習台(プラクティス・テーブル)ですよね?ww』とかASTの新人辺りが呟いて私のハートまでもがフルボッコなコースッスよ!? 次回『志穂ちゃん、死す』でデュエルスタンバイされちゃうッスよ! あーうー! 早く抜けてくれぇえええええええッス!」

「……あー」

 

 なぜかイモータルがアスファルトの地面に埋まり、上半身だけ地面の上に露出していること。イモータルの慌てる様子が、イモータルの現実離れした美しさとセリフのギャップからか、やたらとコミカルに見えること。早々都合よくイモータルと会えないだろうと予測した矢先にすぐさまイモータルを見つけたこと。以上のことから、士道は困惑とともに頬をかくのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。困っている人、絶望している人を助けるためなら己の命よりも優先して手を差し伸べる傾向にある。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。琴里たちのサポートの元、士道が精霊の好感度を上げ、キスとともに精霊の霊力を封印するというのがいつもの流れである。
イモータル→ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。普通に現界し、空間震を起こす際も、空間震の規模が非常にしょぼいため、現状確認されている精霊の中で総合危険度が最も低いと判断されている。

 というわけで、1話は終了です。現状、何となくイモータルが二亜と似ている感。果たしてイモータルが他の精霊たちと被らないだけの個性を確立できるのかはまだまだわかりませんね。


 ~おまけ(ラタトスクの観測精霊データ)~

            ※参考データ(十香の場合)
名前:不明        名前:十香
識別名:イモータル    識別名:プリンセス
総合危険度:E      総合危険度:AAA
空間震の規模:E     空間震の規模:B
霊装ランク:ー      霊装ランク:AAA
天使ランク:ー      天使ランク:AAA
STR(力):20     STR(力):230
CON(耐久力):16   CON(耐久力):202
SPI(霊力):100   SPI(霊力):125
AGI(敏捷性):80   AGI(敏捷性):142
INT(知力):65    INT(知力):32
霊装:不明        霊装:神威霊装・十番(アドナイ・メレク)
天使:不明        天使:鏖殺公(サンダルフォン)


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2話 テンションの高い精霊


 どうも、ふぁもにかです。今回は士道とイモータルとのファーストコンタクト回となります。原作の傾向からして、精霊とのファーストコンタクトは割と失敗しがちな士道さんですが、はたしてこの作品ではどうなることやら。



 

 

「いやぁー! 助けてくれてホント助かったッス、先輩! 先輩は私の命の恩人ッス! よ、救世主! カッコいいぜ、ヒーロー! ひゅーひゅー!」

「そ、そうかな。はは……」

 

 9月29日金曜日、放課後にて。帰り道で、なぜかアスファルトの地面に下半身が埋まっていたイモータルを見つけるという、衝撃的な初邂逅を果たした士道。士道は最初こそ困惑していたが、イモータルが助けを求めていたため、イモータルに近づき、イモータルの両脇に手を入れて精一杯持ち上げて引っこ抜く形でイモータルを救出した。

 

 その後、場所を移し。公園にて。お礼として缶ジュースを奢られた士道は今、イモータルに事あるごとに感謝され、持ち上げられていた。イモータルのような美少女に真正面から褒められるという状況を前に、士道は照れ隠しのために缶ジュースを飲む。冷たい紅茶が、イモータルを引っこ抜いて少し疲れた士道の体を癒してくれる。

 

 

『コラ士道。あなたが精霊に攻略されてどうするのよ?』

「いや、それはそうなんだが……」

 

 イモータルを救出し公園に移動する間に、ポケットの中に入れていた小型インカムをちゃっかり装着し、フラクシナスと交信できるようにしていたために、士道の耳に琴里の声が届く。きっと今、琴里は自律カメラごしに士道のことを半眼で見つめていることだろう。士道とて、精霊に攻略されている場合ではないことぐらいわかっている。しかし、士道は今まで、攻略する精霊の機嫌を常にうかがう側だったために、今回のようにイモータルから全力で褒めちぎられると、どうしても照れてしまうのだ。

 

 

「ところで、なんであんな所に埋まってたんだ? 落とし穴でもあったのか?」

「おお、いい線いってるッスね、さすがは先輩。理由は簡単、精霊たる私がこの世界に現界した際、地面をちょこっとだけくり抜く空間震を起こして、そこに私がすっぽりハマっちゃったからッス」

「え」

「全く、私のドジっ子属性の健在っぷりには困ったものッス。でも、現界時に『いしのなかにいる』なことにならなかっただけマシだったッス」

 

 半ば冗談で落とし穴説を提唱しつつ、先ほどイモータルの下半身が埋まっていた理由を尋ねた士道は、イモータルの返答に思わず動揺の声を漏らした。イモータルがさらっと、己が精霊であることを明かし、さらに現界だの空間震だの、精霊に関する用語を繰り出したからだ。イモータルはそんな士道の様子に気づかずに立て続けに言葉を紡いでいく。

 

 

「いやはや、あの時先輩が私を引っこ抜いてくれなかったらと思うと背筋がガクブルするッス。あのままだとASTに見つかってマジで殺される5秒前だったッスから。対精霊部隊の人たちってば私の顔をもうバッチリ覚えてるから、例え私が空間震を起こしてなくとも、霊装を纏ってなくても、私を見つけたら即刻殺しに来るんスよねぇ。今回もそのパターンかと諦めてたらASTの代わりに先輩が颯爽と登場してきて『大丈夫か? 手を貸すぞ』なんてイケボイス投下してきたものだから本当にびっくりだったッス。現代社会にも白馬の王子さまっていたんスねぇ。マジ感謝感激雨あられッス」

「は、白馬の王子さまって、それはさすがに言いすぎじゃないか?」

「そんなことないッス。……なるほど、先輩は自己評価低い系ピーポーなんスね。把握したッス。ところで、缶ジュースごときじゃまだまだ全然恩返しした気分じゃないんで、もっと他にも恩返しをしたいんスけど、先輩は何か希望あるッスか?」

 

 どうやらイモータルの中で士道の存在はかなり美化されているようだ。さすがに白馬の王子さま扱いは恥ずかしい。士道がイモータルの主張を過言ではないかと口にするも、対するイモータルには、士道への印象を修正する気はないらしい。イモータルは缶ジュースを奢る以外の恩返しの案を士道に求めてくる。イモータルのエメラルド色の瞳が『何でも来いッス! ウェルカムッス!』と、きらきら輝いている。

 

 

『士道、選択肢が出たわ』

「……」

 

 どう返答したものか。士道が思案に入ると同時に、琴里から士道の発言を制するように声がかかる。選択肢。それは士道が精霊を攻略する際にラタトスク機関が提供するサポートシステムの一種である。フラクシナスに搭載されたAIが、精霊の好感度や機嫌メーターなどの数値から、現状で士道が取るべき適切な行動の選択肢をフラクシナス艦橋に待機するクルーたちに三択で提示してくるのだ。その三択の選択肢をクルーが吟味選別し、琴里が士道に指示を下す。これが士道の精霊攻略のオーソドックスなパターンなのだ。

 

 

①『じゃあ今度、俺とのデートに付き合ってくれないか?』イモータルをデートに誘う。

②『気にしなくていい。君の気持ちだけで十分さ』イモータルの恩返しを断る。

③『くくく、ならば君の体で恩を返してもらおうか』早速大人のホテルに直行する。

 

 此度の選択肢は上記の通りである。なお、選択肢は通常、『本命』『対抗』『大穴』で構成されており、今までの精霊攻略においては、たいてい①か②の選択肢が採用されがちであった。

 

 

「総員、選択ッ!」

 

 フラクシナス艦長、琴里の号令の元、フラクシナスのクルーたちが手元のコンソールを通して素早く士道が取るべき選択肢を選ぶ。5度もの結婚を経験した恋愛マスター・<早すぎた倦怠期>川越、夜のお店のフィリピーナに絶大な人気を誇る・<社長>幹本、100人の嫁を持つ男・<次元を超える者>中津川、恋のライバルに次々と不幸をもたらす午前2時の女・<藁人形>椎崎など、実に個性あふれるメンバーが士道の取るべき選択肢を提示する。琴里は手元のディスプレイで集計されたクルーの意見を確認する。結果、今回もまた①か②の選択肢が拮抗しており、③を選んだ者はほんの少数だった。

 

 

「イモータルの士道くんへの好感度は確かに高いですが、③ですぐに2人がゴールインできると考えるのは早計でしょう。ここは着実に好感度を積み上げるべく、次につながる①がベストアンサーだと愚考します」

「イモータルは自分を助けたという事実を盾に、士道さんが何か無茶な要求をするような人なのか様子をうかがっているように見えます。ここはそんな打算なしにイモータルを助けたんだよと主張できる②がいいのではないでしょうか」

「しかし、イモータルは静粛現界が非常に多く、こちらからイモータルの居場所を観測しにくい精霊です。ここでデートの約束なしに別れてしまえば、次いつ接触できるかわかりません。①が安定なのではないかと思います」

「うーむ、安定がベストとは限りませんぞ。現状、イモータルの士道くんへの好感度は高く、機嫌メーターも上々です。ここは冒険して③を選び、勝負を仕掛けるべきでしょう。仮に失敗したとしても、今のイモータルの好感度であれば、十分挽回可能だと私は判断します」

「ふむ」

 

 クルーたちは簡潔かつ口早に、琴里に意見を届けていく。フラクシナスのAIから選択肢が提示された場合、最も避けなければならないのはどの選択肢が良いか長考することである。なぜなら、琴里たちが悩んだ分だけ士道とイモータルとの会話が無言のまま途切れてしまうからだ。ゆえに、琴里はクルーの意見を速やかに脳で処理し、この場で最善と思われる一手を士道に指示した。

 

 

『士道、①よ。イモータルと次につながる機会をここで確保しなさい』

「了解。そうだな……じゃあ今度、俺とのデートに付き合ってくれないか?」

 

 インカム越しに琴里からの指示を受け取った士道は改めてイモータルに向き直り、選択肢そのままの言葉を放つ。内心、選択肢③の『くくく、ならば君の体で恩を返してもらおうか』と言わずに済んで良かったと安堵しつつ。

 

 

「え、デート? そんなのでいいッスか? ……あー、でも。オススメしないッスよ。私とデートしてもムードぶち壊しで、絶対それっぽい雰囲気にはならないッスから。それでもいいならデートの件、OKッス。けど、あまり長い時間は取れないッスよ。精々2時間が限度ッス」

『んー。今のイモータルの言い方、ちょっと気になるわね。士道、少し踏み込める?』

「そう、なのか? せっかくデートするんだから、できれば君と1日中過ごしたいんだけど……ダメか?」

「うぅ、私もできることならそうしたいんスけど、私にも事情があるんで。世の中、知らない方がいいこともあるってことッスよ。特に、先輩みたいな優しい人にはね」

「……そうか。事情があるなら仕方ないな」

『はぐらかされたわね。ま、聞く機会は後にもあるでしょうし、今はこれくらいで引いておきましょ』

 

 イモータルが士道とのデートを了承しつつも意味深な言葉を残したことが気になった士道と琴里。士道は琴里の問いに答えるようにイモータルと2時間以上デートをしたい意思を告げるも、イモータルはなぜ最大2時間しかデートに応じないかの理由の言及を避けた。今、無理に理由を追及してイモータルの好感度を無駄に下げる必要はない。士道と琴里はお互いに似たような思考回路の元、この話題を終わらせることとした。

 

 

「ところで、どうして先輩は今日会ったばかりの私とデートしたいんスか? 私にとっての先輩は白馬の王子さまだけど、先輩にとっての私はただのドジな一市民ッスよね? デートしたいなら、もっと日頃から先輩と交流のある女の子にお願いした方がいいんじゃないッスか?」

「それは……」

『士道、選択肢よ』

 

 話題転換とともにイモータルから放たれた問いに士道が少々答えに迷っていると、ここで琴里から士道の返答に待ったがかかった。再びフラクシナスのAIが士道の行動の選択肢を提示してきたようだ。

 

 

①『俺、友達いなくて、えっと、それで、誰かと一緒に街で遊ぶって奴を、その、経験したくて……』コミュ症っぽく理由を説明する。

②『君を初めて見た瞬間から一目惚れしたからさ!』自信満々に宣言する。

③『君に色々とコスプレ衣装を着させて堪能したいからね、ふひひ』下心満載で攻める。

 

 

「総員、選択ッ!」

 

 琴里の号令の元、再びフラクシナスのクルーたちが各々が考える最善の選択肢をコンソールに入力する。結果、今回は②が優勢となり、①と③はごく少数のクルーしか選択しなかった。というか、③のような大穴な選択肢を毎回選ぶ者が存在すること自体がラタトスク機関の業の深さを如実に表しているといえよう。

 

 

「③です! ③しかあり得ません! どうもイモータルは士道くんのことを男性として意識していません! このままではデートをしても大して好感度は上昇しないでしょう! ここは士道くんがイモータルのコスプレ衣装を鑑賞したがっていることを伝え、イモータルに士道くんの男を意識させるべきです!」

「いや、③は論外でしょう。①も微妙かと。イモータルは士道さんを白馬の王子さまだと表現しています。イモータルからは、今の士道さんは少女漫画に出てくるような頼もしい男性キャラのように見えていることでしょう。そんなカッコいい士道さん像をわざわざ壊すことはないでしょう。②こそが王道にして至高の選択肢だと思います」

「そうね。③って選択肢もアリだとは思うけど、士道の男を意識させる機会ならデート中にいくらでも用意できるでしょ。てことで、士道。②よ。くれぐれもセリフを噛むんじゃないわよ?」

 

 琴里はクルーたちの意見を聞き入れた後、今度は②を採用する。そんな琴里の発言をインカム越しに確認した士道は改めてイモータルを視界に映す。人間離れした美しさを備えた精霊の容姿を十分に意識し、鼓動を高鳴らせるとともに、はきはきと言葉を紡いだ。

 

 

「君を初めて見た瞬間から一目惚れしたからさ!」

「……ふぇ? え、ちょッ、えええええええええ!? マジッスか!? マジで言ってるんスか!? こんなちんちくりんに一目惚れ!? 冗談ッスよね、先輩!?」

「い、いや。冗談でこんなこと言わないって。それに、君はちんちくりんなんかじゃないよ。凄く、かわいい女の子だよ」

「お、おおう。そうッスか……な、何かむずがゆいッスね」

 

 ドンッと効果音が付きそうな勢いで士道が一目惚れ宣言をすると。対するイモータルは目をパチクリとさせ。首をコテンと傾け。その後、狼狽とともに声を上げ。士道に詰め寄った。上目遣いで問いかけてくるイモータルのかわいさを前に、士道は目を逸らしつつも、イモータルを褒めにかかる。結果、イモータルは数歩士道から後ずさると、紅潮する頬を隠すように両手を頬に当てつつ感想を呟いた。

 

 

「で、では。ふつつかものですが、先輩とのデート、付き合わせてもらうッス。よろしくお願いするッス」

「あ、あぁ。よろしく」

「さて、それじゃ待ち合わせ日時はどうするッスか?」

「そうだな。明日の午前10時にこの公園前で集合ってことで、どうだ?」

「了解ッス。デートプランは先輩に任せていいんスよね?」

「あぁ。もちろん」

「えへへ。明日、楽しみにしてるッス!」

 

 イモータルがキリッとした表情を浮かべてペコリと頭を下げてきたため、士道もまたイモータルに頭を下げる。その後、士道はイモータルとのデートの日を明日に定める。明日は土曜日。デートにはちょうどいいだろう。デートプランも請け負う旨をイモータルに伝えると、イモータルは照れ顔を最後に、士道と別れようとする。パタパタとした足取りで公園を後にしつつ、時折士道に手を振ってくるイモータル。士道はそんなイモータルの様子を微笑ましく感じながら手を振り返す。と、その時。士道は大切なことに気づいた。

 

 

「あ、そうだ。おーい!」

「ん? 何スか、先輩?」

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は五河士道。君は?」

「私は霜月志穂って言うッス!」

「志穂か。良い名前だな」

「話がわかるッスね、士道先輩! 私もこの名前、最高だと思ってるッス!」

 

 士道はイモータルを呼び止めた後、お互いに自己紹介をする。その際、士道はさらっと志穂を名前で呼び、同時に志穂という名前に対する正直な感想を述べる。すると、志穂はにひひと、今までで一番の笑みを浮かべるのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。これまで6名の精霊を攻略しているためか、やり慣れつつある感。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。今回は割とまともな選択肢を採用している模様。
イモータル→名前は霜月志穂。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。語尾に「ッス」をつけることが多く、またテンションが高めである。

 というわけで、2話は終了です。現状だとかなり順調に志穂を攻略できている士道。はたしてこのまま順風満帆にゴールインまでこぎつけることができるのか。


 ~おまけ(もしも別の選択肢を選んでいたら)~

問い:志穂「ところで、缶ジュースごときじゃまだまだ全然恩返しした気分じゃないんで、もっと他にも恩返しをしたいんスけど、先輩は何か希望あるッスか?」

→②『気にしなくていい。君の気持ちだけで十分さ』イモータルの恩返しを断る。

士道「気にしなくていい。君の気持ちだけで十分さ」
志穂「おおお、おおおおお! 凄い、先輩が凄く輝いて見えるッス! これが白馬の王子さま特有のオーラ……! ふぉおおお!(←興奮中)」
士道「……えっと、大丈夫か? もしもーし?」

 結論。志穂の好感度や機嫌メーターは上がるが、デートの約束はできない。


→③『くくく、ならば君の体で恩を返してもらおうか』早速大人のホテルに直行する。

士道「く、くくく、ならば君の体で恩を返してもらおうか」
志穂「ッ!? え、え!? それって、あれッスか!? 18禁的な意味ッスか!? おおう、現代の白馬の王子さまは肉食系なんスねぇ。勉強になったッス。ところで……えっと、本気ッスか? 冗談ならここらでそう言ってくれると助かるんスけど」

 結論。志穂の好感度に変化なし。機嫌メーターは若干下がる。


問い:志穂「ところで、どうして先輩は今日会ったばかりの私とデートしたいんスか?」

→①『俺、友達いなくて、えっと、それで、誰かと一緒に街で遊ぶって奴を、その、経験したくて……』コミュ症っぽく理由を説明する。

士道「俺、友達いなくて、えっと、それで、誰かと一緒に街で遊ぶって奴を、その、経験したくて……」
志穂「うぇ!? そ、そうなんスか!? 先輩、交友関係広い印象だったんスけど。しっかし、そうか。そうッスか。ふふふ、それなら人間関係構築技術に一日の長のある志穂お姉ちゃんが先輩を導くのが筋ってものッスよねぇ? いやはや、デートの日が楽しみになってきたッス!」

 結論。好感度や機嫌メーターが大幅に上昇。だが、キスで完全に霊力封印できる段階ではない。


→③『君に色々とコスプレ衣装を着させて堪能したいからね、ふひひ』下心満載で攻める。

士道「き、君に色々とコスプレ衣装を着させて堪能したいからね、ふひひ」
志穂「ちょッ、私に何を着せる気ッスか、先輩!? 嫌ッスよ!? 露出度高い奴とかお断りッスよ!? 痴女だとか馬鹿だとか思われるじゃないッスか!? 私が『ピンクは淫乱』って偏見を覆すためにどれだけ努力してるか知らないからって酷いッスよ、先輩! ……はぁ、先輩ってもしかして下半身だけで生きてる人種だったりします? やっぱり白馬の王子さまなんて今の世の中にはいないんスねぇ」

 結論。好感度や機嫌メーターが大幅に下降。だが、ブチ切れたりはしない。


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3話 騒ぎを収める精霊


 どうも、ふぁもにかです。今回でストックくんの霊圧が消えちゃいましたので、次回以降の更新は遅めになることでしょう。すみませぬ。



 

 

 士道が新たな精霊:イモータルこと霜月志穂とデートの約束を取り付けた翌日。9月30日土曜日。士道は待ち合わせ場所の公園へと歩を進めていた。

 

 現在時刻は9時25分。待ち合わせ時刻は10時だが、志穂が早めに公園に姿を現し、士道のことを待っている可能性もある。女性をそう長い時間待たせるわけにはいかないため、士道は9時30分に公園に到着するつもりで、今朝家を出発していたのだ。

 

 

「違う! 確かに私は人を轢いてしまったんだ! 本当だ!」

「……ん?」

 

 士道が目的地に向けてテクテク歩いていると、前方から唐突に大声が響く。疑問符を脳裏に浮かべつつ、士道が声の元に近づくと、数人の野次馬に、警察官、そして明らかに冷静を失っており、声を張り上げる中年男性がいた。中年男性の傍らには白色の軽自動車があり、軽自動車のボンネットは大きく凹み、フロントガラスには派手にヒビが入っていた。

 

 

「私はつい居眠り運転をしてしまって、目を開けたら女の子を轢いてしまったんだ! 本当だ! ほら、車もこんなに凹んでいるだろう!」

「確かに車は酷く凹んでますね。しかし、あなたが轢いたという女の子がどこにもいない上に、車や周辺にその女の子の血が付着していないのはおかしいでしょう。きっと、寝ぼけて電柱に車をぶつけただけですよ。人を轢いてなくてよかったじゃないですか」

「そんなわけあるか! 私は確かに見たんだ! 人を轢いてしまったんだッ! あああああ、もう何もかも終わりだぁ……!」

 

 中年男性は車のボンネットの凹みを証拠として自分が人を轢いたと主張するも、警察官は中年男性の主張を信じない上で落ち着かせようとする。が、男性はそんな警察官の態度を不誠実として怒鳴りつけつつ、同時に自分が人を撥ねたことにただただ絶望する。

 

 

「あ、士道先輩。こんちわッス」

 

 つい士道が立ち止まって中年男性たちの様子をうかがっていると、士道の背後から声がかかる。振り向くと、志穂が手を軽くひらひらと振りながら士道の元へと近づいてきた。どうやら志穂もまた、士道と同様に待ち合わせ場所の公園へと向かう途中だったようだ。

 

 

「……どうしたんスか、この騒ぎ?」

「ああいや、俺にもよくわからないんだ」

 

 志穂は周辺に響く喧騒に首を傾げ、士道に問いかける。が、士道とて男性が思いっきり混乱していることしか把握していない。士道はその旨を正直に志穂に返答する。

 

 

「ッ!! き、君は……!」

「ふぇ?」

 

 と、ここで。警察官にまくし立てていた中年男性が志穂に気づいた途端、目をグワンと見開く。そして、ふらふらとした足取りで数歩、志穂へと近寄ったかと思うと、ダダダダと足音を鳴らして志穂との距離を詰めにかかった。対する志穂は中年男性の行動の意図が読めず、コテンと首をかしげるのみだ。

 

 

「ちょッ、おい! 志穂に何する気だよ!?」

「君、邪魔をしないでくれ! ……あぁ、あぁ! この子だ! この子で間違いない! 私はこの子を轢いてしまったんだ! すまない、私の不注意で君の人生をメチャクチャにしてしまった! いくら謝っても許されないだろうが、それでも謝らせてくれ! この通りだ!」

 

 このまま放置していては中年男性が志穂の体をガシッと掴みかかる未来が透けて見えた。そのため、士道はとっさに志穂と中年男性との間に入り、中年男性が志穂に触れないようにする。一方の中年男性は一時は煩わしそうに士道を見やるも、士道ごしに志穂の顔を観察した後、自分が車で轢いてしまった被害者として志穂を認識し、その場で土下座を始めた。

 

 

「すまない、すまない……!」

「え、えぇーと。おじさん? 状況がよくわからないんスけど、私、別に轢かれてないッスよ? ほら、私はこの通り、ピンピンしてるじゃないッスか」

「……あ、そうだ。確かに。なぜ、君は無傷なんだ? 確かに轢いてしまったはずなのに」

「人間、車に轢かれたらタダじゃ済まないッス。だけど、おじさんが轢いちゃったらしい私は元気いっぱいッス。ということはつまり、私を轢いたってのはおじさんの勘違いだったってことじゃないッスか?」

「勘違い? 本当に、そうなのか? 信じていい、のか? そうか、良かった。良かった……」

 

 志穂は状況が読めないながらも1つ1つ順を追って話すことで、中年男性に冷静さを取り戻させ、中年男性が主張していた、志穂を車で轢いたという出来事が発生していないと認識させることに成功する。結果、中年男性は深々と安堵のため息を吐いた。

 

 

「君たち。彼を落ち着かせてくれてありがとう。助かったよ」

「いえ、俺たちは大したことは何もしてませんよ。お巡りさんも、お仕事頑張ってください」

 

 騒ぎが収束したことを受けて、中年男性の相手をしていた警察官が士道と志穂にお礼を告げてくる。士道は警察官と言葉を交わした後、志穂とともに騒ぎの現場を後にした。

 

 

「いやはや、何だか奇妙な騒ぎだったッスね」

「あぁ。一体、何だったんだろうな」

 

 志穂の感想に、士道もまた己の正直な心境を吐露する。今のは単にあの男性が志穂を轢いたと勘違いした、ただそれだけの出来事だ。なのに。それなのに。士道はなぜか、今の騒ぎに何とも知れない違和感を抱くのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 士道が志穂を連れてやってきたのは、天宮クインテット。去年完成したばかりの新しい複合商業施設である。水族館、ホテル、室内遊園地、映画館、ショッピングモールなどが集結し、まるで1つの小さな街のようになっている天宮クインテットは観光地として人気が高く、連日賑わいをみせている。完成後の今もなお、経営グループが顧客の要望を元に天宮クインテットのクオリティを日々向上させている辺りも、天宮クインテットの人気の秘訣だ。

 

 士道が志穂とのデート場所として天宮クインテットを選んだのはいくつか理由がある。1つ目の理由は、士道がかつて十香、折紙、狂三とトリプルデートを敢行した際に天宮クインテットを訪れており、ある程度天宮クインテットのことを知っているから。2つ目の理由は、これだけ多くの商業施設がそろっていれば、志穂にデートを十分楽しんでもらえそうだから。そして、3つ目の理由は、志穂がここ半年頻繁に天宮市に現界していることからして、志穂には天宮市に留まっていたい何らかの理由があり、天宮市から離れた場所でデートしようとすると志穂の機嫌メーターが下降するかもしれなかったからだ。

 

 

「おおお、大盛況ッスねぇ!」

 

 志穂は目をきらきらと輝かせながら、右へ左へと忙しなく視線を動かす。志穂が既に天宮クインテットを訪れたことがある可能性も士道は想定していたのだが、この様子だと志穂は初めて天宮クインテットにやってきたらしい。

 

 

「ねね、先輩! どこ行くんスか!? 早く行きましょ!」

「そうだな……」

『士道。早速選択肢よ』

 

 志穂は興奮のままに士道の袖を引っ張り、天宮クインテットを今すぐ堪能したい旨を主張する。士道は志穂が一番楽しんでくれそうな施設名を口にしようとして、ちゃっかり装着済みの小型インカムからの琴里の声に遮られる。薄々、ここでフラクシナスのAIから選択肢が示されるだろうなと考えていた士道は、志穂への回答を悩むフリをして琴里からの指示を待ちにかかる。

 

 

①室内遊園地

②ショッピングモール

③映画館

 

「総員、選択しなさい!」

 

 フラクシナス艦橋にて。艦長席に座する琴里の号令の元、フラクシナスのクルーたちが手元のコンソールを操作して迅速に士道と志穂とのデート内容を選択する。今回の結果は、①が僅差で②に勝っており、意外にも③を選んだ者は存在しなかった。

 

 

「ここは①でしょう。天宮クインテットの顔と言っても過言ではない屋内遊園地には、ジェットコースター、お化け屋敷、観覧車などなど、男女の仲を深めるアトラクションに事欠きません。それに、志穂さんに何か苦手なアトラクションがあるなら、それこそ士道くんの男を見せる絶好の機会となります。屋内遊園地が良いのではないでしょうか?」

「まずは②がいいと思いますよ。今日も志穂さんはボーイッシュな格好をしています。ここで士道さんが志穂さんに女の子らしい服装をプレゼントすれば、志穂さんは士道さんをますます白馬の王子さまとして認識を深めてくれることでしょう。室内遊園地はショッピングモールの後でも構わないのではないですか?」

「③は悪手ですね。先日、志穂さんはデートの時間を長くても2時間だと指定しています。選ぶ映画次第ではありますが、映画上映中は2人で会話できないとなると、今回のデートの間、2人はほとんど言葉を交わせないことになってしまいます。それはさすがに良くないでしょう」

「なるほど」

 

 クルーたちの意見を受けてしばし思案していた琴里は、決断とともにカッと目を見開くと、士道に向けて己の選択を伝えた。

 

 

『士道、①よ。せっかく志穂がワクワクしてくれてるんだし、志穂の期待に全力で応えてあげましょ。志穂が時間を忘れるくらい屋内遊園地を楽しんでくれれば、上手いこと2時間以上志穂とのデートを続けられるかもしれないしね』

「せっかくだ、屋内遊園地に行こう。ここの遊園地は屋内にあるといっても、普通の遊園地と同じくらい大規模だからな。面白さは保証するぞ」

「マジッスか!? いいッスねぇ、最高じゃないッスか! ……あ、いえ。待った。私、実は所持金がちょい心もとないんスけど、えっと、先輩を頼っても大丈夫ッスか? もしダメそうなら他のあんまりお金のかからない所にチェンジしてもいいッスよ?」

 

 琴里の指示の下、士道は屋内遊園地を目的地に定める。すると、志穂はぴょんぴょんとその場で跳ねながら体全体で喜びを表現するも、ここで遊園地はお金がかかることに思い至った志穂は申し訳なさそうに士道に尋ねてくる。どうやら志穂はあまりお金を持っていないようだ。

 

 

「気にするな。志穂に一目惚れしてデートに誘ったのは俺だからな。お金の準備も万端だ。だから、今日は遠慮なく『先輩』の俺を頼ってくれ」

 

 士道はトンと自分の胸を拳で叩きつつ、今日のデート代は全部自分が負担する旨を志穂に伝える。もとより士道に、基本的に金銭を稼ぐ手段のない精霊にデート代を払わせるつもりはなかった。それに士道は志穂とのデート代として、ラタトスク機関からお金を事前にもらっているため、何も問題ないのだ。

 

 

「え、えっと。いいんスか? じゃあ、先輩の太っ腹に存分に甘えさせてもらうッスね!」

「おう、そうしてくれ」

 

 士道と志穂は上記の会話を最後に、屋内遊園地の入退場ゲートへと歩を進めていく。

 

 

『よしよし、今の所は順調そのものね。さあ――私たちの戦争(デート)を始めましょう』

 

 かくして。インカム越しの琴里のいつもの宣言を機に、天宮クインテットを舞台とした、士道と志穂とのデートが始まるのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。志穂に白馬の王子さまとの印象を持たれているため、なるべく頼れる男を演出しようと、志穂の前で振舞っている模様。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。正直、もうインカム越しの声だけの出番になるのではないかと、ふぁもにかは懸念中である。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。精霊は基本的に無一文であることが多いが、志穂は少ないとはいえお金を持っているようだ。

 というわけで、3話は終了です。予定では今回でプロローグの時系列まで到着する予定でしたが、まだプロローグの展開は先のようですね。この様子だと、15話完結予定のこの作品も、いつものように20話完結、30話完結という風にズレていくのでしょうね、きっと。やれやれ、これだからふぁもにか印の見切り発車系の作品は信用なりませんね。


 ~おまけ(もしも別の選択肢を選んでいたら)~

問い:志穂「ねね、先輩! どこ行くんスか!? 早く行きましょ!」

→②ショッピングモール

士道「そうだな……まずはショッピングモールに行こう。せっかく人気の観光スポットに来たんだ。俺たちももっとオシャレな格好にしようぜ」
志穂「おお、いいッスね! 私が先輩をさらにイケメンへとコーディネートしてみせるッスよ! ふっふっふっ!」
士道「へぇ、楽しみだな。じゃあ俺も志穂を可憐なお姫さまに生まれ変わらせてやるよ」
志穂「え、えええ!? お姫さま!? 私が!? いやいやいや、似合わないッスよ!」
士道「心配しなくても大丈夫だ。俺はメイク術にも長けてるからさ」
志穂「むしろなんで男の士道先輩がメイク上手なんスかね!?」

 結論。志穂の好感度や機嫌メーターは中々に上がる。


→③映画館

士道「そうだな……まずは映画館に行こうか。ここの映画館は最新技術がこれでもかって投入されてて迫力満点だからな」
志穂「えー、映画館ッスか? 映画なんてここじゃなくてもどこでも見れるじゃないッスか。せっかくこんな凄そうな所に来たのに最初に選ぶのが映画館ってのは、ちょっと……先輩のセンスを疑っちゃうッスよ」

 結論。志穂の好感度や機嫌メーターが下がり、結局は映画館以外の行き先となる。


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4話 意味深な精霊


 どうも、ふぁもにかです。今回は文字数がプロローグ並みに少ないですが、キリのよさを考えた結果ですので、どうかあしからず。あと、何かここの士道さん、原作より微妙に紳士成分が多い気がする件。いずれ熱い士道さんも描写したいものなのです。



 

 

 天宮クインテットにて。入退場ゲートで2人分のフリーパスを購入した士道は、志穂とともに屋内遊園地へと足を踏み入れていた。当初、士道は志穂が好きそうなアトラクションを優先して回っていく予定だった。しかし、今日が土曜日なためか、屋内遊園地は午前中にもかかわらず人が多かった。ゆえに、士道は待ち時間の少ないアトラクションへと志穂を連れていくことにした。志穂の好きそうなアトラクションを選んだ所で、アトラクションの待ち時間が長いと、せっかくの志穂の遊園地への興奮が収まってしまうと考えたからだ。

 

 そのため、士道はまず志穂とジェットコースターに乗ることにした。だが、士道と志穂がライドの最前席に乗り込み、安全バーを下げた所で。今までハイテンションのままに士道と会話を続けていた志穂が急に無言になっていることに、士道は気づいた。

 

 

「志穂? もしかして、ジェットコースターが怖いのか?」

「いえ全然全くこれっぽっちも私は今日も元気ッス」

「……怖いんだな。悪い、すぐに乗れそうだから選んだんだけど、他のアトラクションにすれば良かったな。スタッフに頼んで、降りさせてもらうか?」

「いやいやいや! だから怖くないって言ってるじゃないッスか!? 今になって急に怖くなったとかそんなことないッスから! ええ、ないですとも!」

「と言われても、そんなにブルブル震えてて怖くないは無理があるんじゃないか?」

 

 士道の問いかけに対し、志穂は支離滅裂な言葉を返す。そのことから志穂がジェットコースターが苦手だと気づいた士道は、今からでもジェットコースターから降りることを提案するも、志穂は虚勢を張り、あくまで自分は怖がっていないと主張する。と、そうこうしている内に、ジェットコースターが動き出す。もう、ジェットコースターから降りることはできなくなった。

 

 

「あーうー、動いたぁぁ! ヤバい、今の内に辞世の句を考えなきゃ……!」

「辞世の句って大げさな。……なぁ、志穂って精霊なんだろ? いざって時は天使や霊装があるんだから、そんなに怯えることないだろ?」

 

 レールに沿って士道たちの乗るライドはゆっくりと高度を上げていく。ガクブルと体を震わせ、死をも覚悟している様子な志穂を前に、士道はふとした疑問をぶつけた。そう、精霊には最強の矛たる天使と、絶対の盾たる霊装がある。いざという時は天使と霊装を使えば志穂は難なく生き残れるはずだ。なのになぜ、志穂がこうも怯えているのか。ただジェットコースターが苦手にしては怯え方が異常なように、士道には感じられたがゆえの疑問だ。

 

 

「そ、そんなこと言われても――」

 

 士道の問いに志穂が涙目で返答しようとした時。今までほぼ真上を向いていた士道たちの体が正面を向く。士道たちの乗るライドがレールの頂点に達したのだろう。だから、これからライドは急降下を始めるのだろう。そう考え、士道と志穂は前を向く。が、そこにレールはなかった。

 

 

「「え」」

 

 直後、ジェットコースターは勢いよく逆走した。

 

 

「うわッ!?」

 

 まさかの後ろ向きジェットコースターである。心の準備をしていなかった士道は思わず悲鳴を上げる。志穂の前では頼もしい男として振舞っているのにマズかったかと士道は志穂に目を向ける。

 

 

「にゃああああああああああああい!?」

 

 しかし、当の志穂はひたすら絶叫するのみで。士道のことなど気にもかけていないのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

「ふぃー、満喫したッスねぇ。遊園地」

「あぁ。いい思い出になったな」

 

 午後1時。適宜ラタトスク機関からサポートをもらいつつ、数多くのアトラクションを体験した士道と志穂は休憩と昼食をかねて、屋内遊園地内のレストランを訪れていた。ちなみに、志穂はジェットコースターを始め、フリーフォールやバイキングといった絶叫マシン系のアトラクションは例外なく苦手だった。

 

 

『んー。妙なことになってるわね』

「琴里?」

『……士道の志穂とのデートは私たちの目から見ても上手くいってるわ。士道も、志穂と仲良くなってる手ごたえはあるでしょ?』

「あぁ。まぁな」

『でも、志穂の好感度が一定の値を超えようとすると、すぐに下がっちゃうのよ。まるで、志穂が士道と仲良くなりすぎたらマズいって自制してるみたい』

「え?」

 

 カルボナーラを平らげ、満足そうに椅子の背もたれに体を預ける志穂を前に、士道は志穂に聞こえない程度の声で琴里と会話する。琴里曰く、志穂は士道と仲良くなり過ぎないように感情を抑制しているそうだ。だけど、ここ数時間志穂とデートしてきた士道には、どうしても目の前の志穂がデートを心から楽しんでいるようにしか思えなかった。

 

 

「……仮にそうだとして、なんで志穂は俺への好感度を調整してるんだ?」

『さぁね。でも、今のままだといくらデートを続けても、志穂の霊力を完全には封印できないのは確実でしょうね』

「俺から何か仕掛けないとってことか」

 

 琴里からの情報を受けて、士道は気持ちを引き締め直す。今まではストレスなく、快適にデートをできていたが、これからは志穂が士道への好感度を調整する理由を知るために、タイミングを見計らって志穂に揺さぶりをかけていくことが要求される。場合によっては、志穂の地雷を敢えて踏み抜く覚悟すら必要になるだろう。でなければ、志穂の封印は永遠に実現されないのだから。

 

 

「――って、んん!? もうとっくに2時間超えてるじゃないッスか!? 時間のこと、すっかり忘れてたッス!」

 

 と、その時。ふとレストランに備えつけられていた掛け時計で現在時刻を知った志穂がガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。

 

 

「先輩! 時間なんで、今日の所は失礼するッス! 遊園地デート、一生の思い出にするッスね!」

『士道、志穂を引き留めて!』

「待ってくれ、志穂!」

「先輩?」

 

 志穂は慌てながらも、ニパッと爽やかな笑みを残して士道の元を去ろうとする。士道は琴里に言われるまでもなく、志穂を呼び止める。志穂が不思議そうに士道を見やる中、士道は志穂をこの場に繋ぎ止めるべく、言葉を紡いでいく。

 

 

「志穂。確か、君には事情があるから俺と2時間しかデートできないって話だったけど……何か外せない用事があるってわけじゃないんだよな? 例えばこの後、誰か他の人と会う約束をしていたとか、絶対に行かなきゃいけない場所があるとか」

「いえ、そういうのは特にないッスけど」

「じゃあさ、志穂に用事がないのなら、このままデートを続けないか? 俺、もっと志穂のことを知りたいんだ。志穂と一緒に、デートを楽しみたいんだ。どうかな?」

「……」

 

 士道からのデート続行の提案を受けて、志穂はしばし沈黙する。腕を組み、目を瞑り、むむむと唸り声を上げた後、神妙な顔つきで士道に言葉を返す。

 

 

「先輩。好奇心は猫をも殺すって言葉、知ってるッスよね? ……私とこのままデートを続けてもトラウマしか残らないッスよ? 先輩は知らずに済んだことを知って、後悔するだけッスよ? それでもデートを続けて、私の事情に踏み込むつもりッスか?」

「あぁ。志穂が俺のことを思って忠告してくれるのは凄く嬉しい。でも、それでも踏み込みたいんだ。でないと、ずっと志穂に近づけないままだと思うから」

「先輩……」

 

 志穂が半ば突き放すような発言に、士道は毅然とした態度で今の正直な気持ちを告白する。対する志穂は意外そうに目をパチパチと瞬かせた後、「そうでした。先輩はそういう人だったッスね」とでも言いたげにため息を吐いた。

 

 

「やれやれ、そんなに熱烈にアプローチされたんじゃデートを切り上げるわけにはいかないッスね。ではでは、大好評につき先輩とのデート、第2ラウンド開始ッス。でも先輩、何が起こってもいいように、覚悟だけはしていてくださいね?」

「あぁ、わかった」

 

 志穂は2人を取り巻き始めた真面目な雰囲気を払拭するように、デート続行を高らかに宣言する。他の精霊と同様に、志穂にもきっと何か抱えているものがある。そんな、志穂が抱えているものを知った上で志穂を救う覚悟を、士道は固めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 その後。フラクシナスのAIが提示した選択肢から琴里たちが採用した案に従い、士道は志穂とともに天宮クインテットのショッピングモールに向かった。そして。ショッピングモールの自動ドアに差し掛かった所で、唐突に鉄柱が志穂に落下し、容赦なく志穂を圧殺した。

 

 

 士道はこの時、志穂が残機∞の精霊であると知った。

 志穂がなぜ、イモータル(不死者)と呼ばれているかを理解した。

 士道はこの時、己の抱いた覚悟がどれだけ甘いものだったかを思い知った。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。遊園地で苦手なアトラクションは特にない。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。正直、志穂の好感度に言及するセリフは令音さんに言わせた方がよかったかもしれない。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。絶叫マシンは総じて苦手。士道に自分の死に様を見せないようにデートを早めに切り上げようとしていた模様。

 というわけで、4話は終了です。時系列的には、4話→プロローグ→5話と読み進めていくとわかりやすいことでしょう。プロローグの部分もこの4話で改めて描写しようと思ったのですが、何だかプロローグのコピペにしかならなそうだったのでやめました。


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5話 実は知っていた精霊


 どうも、ふぁもにかです。今回は序盤の山場な展開となっております。閑話休題。現状、最後に精霊の2文字を付与する縛りでサブタイトルをつけてますが、話数が増えるにつれてサブタイトルが雑になっている感。そろそろ別のアイディアを考える頃合いですかね。



 

 

 ショッピングモールの入り口で志穂が鉄柱に潰されて死んだことを契機に、志穂が残機∞の精霊だと知った後も、士道は志穂とのデートを続行した。志穂の忠告に従わずにデートの続きを要求した手前、ショックな出来事があったからといってデートをやめるわけにはいかなかったからだ。

 

 そんな士道の目の前で、志穂は冗談みたいに何度も死んでいった。

 デートを仕切り直そうとする士道の眼前で、志穂は当然のように死に続けていった。

 

 唐突に上から落下してきた植木鉢が志穂の頭部に命中し、急死。天宮クインテットに強盗が現れ、強盗の威嚇射撃の流れ弾が志穂に命中し、即死。信号無視をした暴走トラックに志穂が撥ね飛ばされて、轢死。志穂の体が壁の中に埋まる形で現界した結果の、変死。これまた唐突に落下してきた看板が志穂の頭部に命中し、頓死。などなど。

 

 まるで世界が志穂を色んな方法で殺して遊んでいるかのように、様々なバリエーションで志穂が死んでいく。その度に、士道の目の前で、志穂の血が飛び散っていく。志穂の目から命の光が消えていく。そして、絶命とともに志穂の死体や血が消滅し、無傷の志穂が何事もなかったかのように士道の隣に静粛現界してくる。もう、おかしくなってしまいそうだった。

 

 

「えと、士道先輩。大丈夫ッスか? SAN値に余裕はあるッスか? 一時的狂気や不定の狂気の兆候があったりするッスか?」

「……」

 

 午後7時。道路沿いの自動販売機で冷たい緑茶を購入した志穂は、自動販売機の隣のベンチに深々と座る士道に心配そうに声をかける。だが、今日1日だけで計10回もの志穂の死を間近で見てきた士道には、平気だと答える余裕も、志穂から差し出された緑茶のペットボトルを受け取る気力も残ってはいなかった。

 

 

「んー、参ったッスね。先輩が飲まないなら私が緑茶飲まなきゃなんスけど……私、緑茶あんまり好きじゃないんスよね。これは選択をミスっちゃったッスね」

「……志穂。いつも、こうなのか? いつも、今日みたいに何回も死んでるのか?」

「はいッス。今まで、ざっと見積もって1万5千回は確実に死んでるッスよ。現界してから死ぬまでの時間は約2時間って所ッスね。今日は結構ハイペースで死んだ感じッス。やれやれ、いくら世界が私のことを嫌ってるからって、先輩とのデートをそう何度も邪魔することないッスよねぇ」

 

 士道を元気づけるべく、努めて明るく振舞う志穂に、士道は弱々しい声色で志穂に尋ねる。志穂は士道の問いにあっさりと肯定しつつ、士道とのデートに水を差しまくった世界に対する不満をふくれっ面で表明する。

 

 

「そうか。だから、俺とのデートを2時間だけにしようとしていたのか」

「ま、そうッスね。私のグロい死に様を見たら、その手の性癖を持ってなさそうな優しい先輩はショックを受けるだろうなと思ったので。実際に今、凄くショックを受けてますしね」

「……」

「ちなみに今朝、おじさんが私を轢いたって騒いでたッスよね? あれ、事実ッス。私は実際にあのおじさんの車に轢かれて死んでたんスよ。でも、私は死ぬと、すぐに私の死体や血が消える仕様になってるッスから、あんな騒ぎに発展したってわけッス。何ともはた迷惑な精霊ッスよね、私。空間震こそしょぼくても、私も立派に特殊災害指定生命体ってことッスよね。あはは」

 

 志穂の事情を深刻に捉えている士道とは対照的に、志穂はどこまでも軽い口調で言葉を綴っていく。士道は何も答えられない。志穂に合わせて軽口を返すことすらできない。

 

 

「――まぁそんなわけなので、先輩。私の霊力を封印しようとするのは諦めてくれないッスか?」

「……え? 志穂?」

 

 と、その時。志穂がにこにこ笑顔を消し去って、真面目な顔つきで一言、士道に提案をした。なぜか士道の目的が志穂にバレている。士道は思わず顔を上げ、改めて志穂を見やる。

 

 

「実を言うと私、先輩のことを知ってたッス。前に私、偶然にもラタトスク機関本部やDEMインダストリー本社の中で静粛現界したことがありまして。そこで、興味本位で色々と精霊に関する資料を読み込んだことがあったッス。まぁ最終的に、ラタトスク機関の時は足を滑らせて階段から派手に転げ落ちて死んで、DEM社の時は世界最強の魔術師(ウィザード)を自称するエレ何ちゃら先輩に見つかって首をスパーンと刎ねられたッスけど」

「……エレ何ちゃらって、それ多分エレン・メイザースのことじゃないか?」

「あ、そんな感じの名前だったッス。まぁそれはさておき。私はそこで先輩のことを、これまで何人もの精霊を救ったヒーローのことを知ったッス。……先輩なら、いずれ私のことも救おうと接触してくると思ったッス。でも、私にとって精霊の力は生命線ッス。残機が∞だったからこそ、私は世界に嫌われてもなお、何度も何度も殺されてもなお、生きていられるッス。精霊の力がなければ、喜び勇んで殺しに来る世界の悪意に対抗できずに、私はとっくの昔に終わっていたッス。今、先輩とこうして話す私もまず存在しなかったッス」

「志穂……」

 

 ここで士道は合点がいった。どうして志穂が士道の好感度が上がりすぎないように自制していたのか。志穂が士道のことを事前に知っていたのなら、答えは簡単だ。志穂は士道に霊力を封印されれば最後、今日みたいに死んだらもう復活できなくなる。だからこそ、志穂は士道にキスをされても霊力が封印されないように好感度を調整していたのだ。

 

 

「だから、先輩。先輩とのデートは楽しかったッスけど……私を攻略して、霊力を封印しようとするのはもうやめてほしいッス。これっきりにしてほしいッス。お願いします、先輩」

 

 志穂は諦念に満ちた微笑みを浮かべながら、ペコリと頭を士道に下げる。普通に考えれば、志穂のお願いを受け入れるべきだ。士道は今まで精霊を救うために、精霊に幸せになってもらうために、キスという手段で精霊の霊力を封印していた。だが、志穂の場合、霊力の封印は志穂にとって幸せどころか、復活できない完全な死という不幸をもたらしてしまう。封印が志穂の幸せに繋がらないのなら、ここで士道は志穂のお願いに応じるべきだ。精霊の封印が精霊の幸せに繋がるという法則に例外が存在することを受け入れるべきなのだ。だが。

 

 

「……それは、できない」

 

 気づけば、士道はきっぱりと宣言していた。志穂の提案を真正面から拒否していた。自分でもどうして、志穂のお願いを拒否したのかがわからない。対する志穂は、まさか士道が自分の提案を突っぱねるとは考えていなかったのか、エメラルドの瞳を驚きに見開く。

 

 

「私の死に芸事情を知ってなお、頑なに私の霊力を封印する気ッスか? 何スか、それ? 私に死ねって言うんスか? どうしてそんなこと言うんスか。酷いッスよ、先輩。私、そこまで先輩に嫌われるようなことをしたつもりはないんスけど」

「違う、そうじゃない。志穂を封印しないってことは、志穂を今のまま放っておくってことは、志穂はこれからも今日みたいに死に続けるってことだろ? それはダメだ。それじゃあ、志穂が救われないままだ」

 

 志穂が悲しそうに目を伏せる中、士道はしっかりとした声色で志穂の提案を拒否した理由を告げる。そう、そうだ。士道はなぜ、志穂の提案を否定したのかを理解した。士道は己の心に渦巻く感情に任せて、言葉を紡いでいく。

 

 

「救われない? 何を言ってるッスか? 私は救いなんていらないッスよ。私はもう死に慣れたッス。だから、いくら死に続けようと平気なんスよ。それよりも、先輩が私を封印することで、私の残機が1になってしまう方が何倍も、何十倍も何百倍も何千倍も怖いッス。……後生ッス。お願いです、先輩。考え直してください。私を封印しないでください!」

「ダメだ、俺は志穂を絶対に封印する!」

「どうして!?」

「志穂は平気だって言うけど、何ともなさそうにしているけど、何度も死ぬことが平気なわけがないからだよ!」

 

 士道は声を荒らげる。士道は確信していた。志穂が死に慣れてなんかいないとの確信を抱いていた。なぜなら、志穂はジェットコースターに乗る時、怖がっていた。辞世の句を考えようとするほどに、ジェットコースターで死ぬ可能性が高いと判断し、震えていた。もしも志穂が本当に死に慣れているのなら、あの場面でも平然としていたはずなのに。

 

 

「志穂が死に慣れてるなんて、そんなのはウソだ! もしも仮に、志穂が本当に死ぬことが平気だとしたら、それはもう、志穂の心がボロボロに壊れ果てている証拠だ! そんな志穂を放置できるわけがない! 俺は志穂を封印する! 残機∞で当たり前だとか、死ぬのが日常茶飯事だとか、そんな異常な考えなんか捨てさせて、俺が志穂を幸せにしてみせる!」

「わからない人ッスね! 私が幸せになるには残機が必要不可欠なんスよ! じゃないと、世界に嫌われてる私は死の呪いに抗えないんスよ! それとも何スか!? 私を封印して、残機が1になった私を先輩がずっと守るとでも言うつもりッスか!?」

「その通りだ! 志穂にどんな危険が迫っても、俺が守り抜いてみせる!」

「ッ! 信用ならないッスね! 今日私が先輩の前で何回死んだと思ってるッスか!?」

 

 志穂のために志穂を封印したい士道と、残機が1になることを恐れて士道の封印に反発する志穂。2人は段々とヒートアップしていき、荒々しい口調で激しく言葉をぶつけていく。

 

 

「……このままじゃあ平行線ッスね」

 

 そして。双方着地点を見いだせないまま、数分が経過した時。志穂は心を落ち着けるように何度か深呼吸をした後、士道に別方向からの提案を行った。

 

 

「先輩。明日、もう一回デートをしませんか?」

「え?」

「私にどんな危険が迫っても守り抜くんスよね。だったら、証明してください。明日のデートの間、私を守り抜いてください。どんな手段を用いてもいいッスから、私を一度も死なせずに、私とのデートを最後まで完遂してください。もしもそれができたのなら、封印を受け入れてもいいッスよ。……どうせ私を死なせないなんて無理ッスけど」

「ッ!? 本当か!?」

「はいッス。でもその代わり、もしも先輩が私を守れずに、私が死んでしまったなら、金輪際、私を封印しようとしないでください。で、どうするッスか、先輩?」

「あぁ、それでいい。やってやるさ!」

 

 士道は志穂の提案に飛びついた。明日のデートで志穂を守ることに失敗したらもう二度と志穂を封印する機会はやってこないにも関わらず、士道は志穂の提案に快諾した。志穂を守り抜ける確証があったわけじゃない。だが、白馬の王子さまなら。これまで何人もの精霊を救ったヒーローなら。ここで躊躇なんてあり得ない。そんな気持ちで、士道は志穂の提案にうなずいたのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。死ぬのが日常茶飯事な志穂に、生きていられるのが当たり前な日々を送ってほしい一心で、志穂の封印を強く決断した。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。現界する際の位置がランダムなため、壁の中に現界したり、ラタトスク機関本部やDEM本社で現界したりしていた模様。

 というわけで、5話は終了です。ようやく描写したかったシーンその1にたどり着きました。やはり士道さんは熱く語ってこそですよねぇ。物語の構成上、志穂さんを一度も死なせない縛りのデートは1~2話ほど後のことになりますが、お楽しみに。


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6話 二度目のデート前夜


 どうも、ふぁもにかです。そろそろ毎日更新伝説も終わりそうな予感。あと、今回は執筆している自分にもちょっとややこしいなと思えるような(※しかもそこまで重要じゃない)内容が含まれていますので、適度な飛ばし読み推奨です。



 

 

 明日、10月1日日曜日のデートで志穂を一度も死なせずに守り抜けたら、志穂は士道による封印を受け入れる。しかしデート中に志穂が死んでしまったら、志穂は士道による封印を完全拒絶する。志穂が提示した上記の条件を士道が承諾したのが、2時間前の出来事である。

 

 

「全く、随分と分の悪い戦争(デート)を挑まされたわね」

 

 そして今。9月30日土曜日、午後9時。五河家のリビングにて。ソファーに腰かけた琴里がため息を吐く。今、リビングにいるのは士道、琴里の五河兄妹と、フラクシナスで解析官を担当している令音の3名だ。

 

 

「……そうだな、悪い」

 

 あの時は感情的になっていたため、志穂の提案に速攻で飛びついた士道だったが、心を落ち着けた今は、さすがに軽率すぎたと反省していた。だが、あの時。志穂の提案を受け入れた己の選択が間違っているとの後悔の念は欠片も抱いていなかった。

 

 

「けど、どうしても志穂を今すぐ救いたかったんだ。俺は今まで、十香たちを救おうとして何度も死にかけてきた。琴里がくれた身体再生能力のおかげで死なずに済んだけど……死にかけるのって凄く痛いんだ。苦しいんだ。できることなら、もう二度と経験したくないって思えるぐらいにな」

「士道……」

「志穂は言った。死ぬのが日常茶飯事だって、1万5千回は確実に死んでるって。志穂は俺よりもずっとずっと痛い思いをして。苦しい目に遭って。多分、絶望なんて通り越して、諦めきってる。本当は死にたくないはずなのに、世界に嫌われてるから、死の呪いからは逃れられないから、殺されても仕方ないって考えてる。きっと、そう思わないと心が持たないんだ。そこまで志穂は追い詰められているんだ。……俺は、死ぬことが当たり前になってしまった志穂を、一刻も早く、死から遠ざけてやりたいんだ。死に怯えずに毎日を生きられることこそが当たり前のことなんだって考えになってほしいんだ! だから、明日のデートで俺は志穂を絶対に死なせない。何があっても、志穂を守り抜いてみせる!」

「よく言ったわ。それでこそ士道よ」

「え、琴里?」

 

 士道は拳をギュッと握り、志穂との会話中では言語化できていなかった思いを放出する。そんな士道をソファーから見上げた琴里は自慢のカッコいい兄を誇るように口角を吊り上げるとともに、士道の覚悟を称賛した。一方、琴里に怒られると思っていた士道は、琴里の反応を意外に思い、つい間の抜けた声を上げる。

 

 

「何よ。別に、士道の選択を非難するつもりなんてないわ。あの場ではきっと、志穂の提案に乗るのがベストな選択だったでしょうし。……で、肝心の明日のデートのことだけど、志穂に迫る脅威をなるべく事前に取り除くために、周囲にフラクシナスのクルーを配置するわ。今日の暴走トラックや強盗のような脅威は志穂に迫る前にクルーに対処させるけど、その程度で志穂の言う『死の呪い』を完全に排除できるとはとても思えない。となると、いかに士道が志穂の命を狙う脅威を事前に察知して、とっさの判断で志穂の死を回避できるかが明日の戦争(デート)を制する鍵になるわね。いざとなったら、身代わりになってでも志穂を守らないといけないわよ」

「あぁ、そうなるな」

「……士道。志穂を庇う時は、くれぐれも即死しないように注意してね。私の力は士道が即死した時はもうどうしようもないんだから」

「わかった、気をつける。ありがとな、琴里」

「ふん」

 

 士道の身を心から案じた琴里の言葉を受けて、士道は感謝の気持ちを込めて琴里の頭を撫でる。琴里はぷいと顔を背けるも、まんざらでもなさそうだった。

 

 

「あの、令音さん。1つ聞きたいんですが……」

「何だい、シン?」

「もし俺が志穂とキスをして、志穂の霊力を封印したら、どうなると思いますか? やっぱり、封印した後も志穂は死の呪いに晒され続けるのでしょうか?」

「……ふむ」

 

 と、ここで。士道は令音に疑問に思っていたことを尋ねる。対する令音はスッと目を瞑り、口元に指を当てる。士道の問いへの回答を考えてくれているのだろうが、令音の目の周りには隈が刻まれていることが常であり、普段から酩酊しているかのように頭頂部をゆらゆらと揺らしているため、士道には令音が眠り始めたかのように見えた。

 

 

「令音さん、起きてますか?」

「あぁ、もちろん……これは私の推論だが、志穂を封印すれば、おそらく志穂が死の呪いとやらに襲われることはなくなるだろう」

「ッ!」

「志穂は自分が頻繁に死ぬ理由を『世界に嫌われているから』と表現していたが、志穂が世界に嫌われているそもそもの原因は、志穂が不死者だからだろう。万物には共通して寿命がある。どんな存在もいつか終わりを迎えるのが必定だ。だけど、志穂は例外だ。いくら死んでも復活する。復活できてしまう。世界とやらは、終わりという概念の通じない志穂という例外を認める気がないのだろう。だからこそ、志穂のことを自らが構築したシステムから外れたバグだとみなして、排除しようとしている。なら、志穂の霊力を封印して、志穂を不死身でなくすれば、世界が志穂を嫌う理由はなくなり、今までのように志穂が世界に殺されることはなくなるだろう」

「ほ、本当ですかッ!?」

「……待って、令音。その論理だと、キスを通して志穂の不死の能力を手に入れた士道が、今度は世界に嫌われて死の呪いに晒される可能性が高くなるんじゃないの?」

「あり得る話だね。でも、私はそうは思わない」

 

 令音の話した内容に士道は喜色を顕わにする。明日のデートで志穂を守りきり、志穂を封印できれば、志穂に安全な日常を提供できるという希望が見えてきたからだ。一方、琴里は志穂を封印することで生じるであろう士道へのリスクに対して懸念を抱く。だが、琴里の懸念をあらかじめ想定していたらしい令音はフルフルと首を横に振った。

 

 

「どうしてよ?」

「そもそも精霊の霊力を封印することは、精霊の霊力を全てシンが奪って隔離することを意味しない。シンと精霊との間に目に見えない経路(パス)を繋ぎ、霊力の大部分をシンに預けた状態を維持した上で、シンと精霊とで霊力を循環させる。これがシンが精霊を封印することで発生する現象だ。だからこそ、シンに封印された精霊は精神状態が不安定になると、シンから自分の霊力を得て、限定霊装や天使を顕現させられる。シンもまた、封印した精霊の天使を使うことができる。つまり精霊の封印は、精霊の持つ霊力をシンと2人で共有するための手段ということになる」

「「……」」

「今回、シンが志穂の霊力を封印すれば、志穂の霊力がシンと共有される。その時、志穂は不死身でなくなるが、精神状態が不安定になれば、シンから一時的に不死身の力を取り戻せる。また、シンは志穂の霊力を全て奪うわけではないから、シンもまた完全な不死身にはならない。つまり、志穂とキスをすることで、シンと志穂は不完全な不死身能力を共有する同士となるわけだ。これまで世界とやらは完全に不死身の志穂1人をバグと認識して死の呪いを与え続けてきた。が、志穂を封印すれば、世界が十全の死の呪いを与えるほどの存在とは言えない、不完全な不死身能力を持つシンと志穂とに、死の呪いが分散されることになる」

「……えっと。つまりどういうことですか、令音さん?」

 

 琴里は令音の解説に適宜うなずきながら耳を傾ける。士道も最初こそ令音の話を真剣に聞いていたのだが、段々と理解が追いつかなくなったため、令音に要約を求めた。

 

 

「おそらく、志穂を封印することで、シンも志穂も十全の死の呪いに襲われることはなくなる。だが、その代わりに分散され効果の薄まった死の呪いに襲われることになる。……言い換えれば、シンと志穂は少しばかり不幸体質にはなるだろうね」

「不幸体質、ですか。例えば?」

「そうだね。頻繁にタンスの角に足の小指をぶつけるようになったり、何もない所で足を引っかけて転ぶようになったり……まぁこんな所かな」

「えぇ……」

「なるほどね。士道が十全の死の呪いに襲われるわけじゃないなら、志穂を封印しても何も問題ないわね。それに不幸体質といってもラッキースケベみたいなパターンもあることだし、士道にとってそう悪いことばかりじゃないわよね」

 

 令音が口にした不幸体質という不穏な言葉の具体例を士道が尋ねると、令音は日常生活における地味に嫌な不幸の事例を挙げる。士道が反応に困る中、士道が志穂から死の呪いを完全に引き継ぐ心配をしなくていいとわかった琴里は、新しいチュッパチャプスの包装を剥がしてチュッパチャプスを口に含みながら、士道に付加されるであろう不幸体質を楽観的に捉えることとした。

 

 

「とにかく、シン。志穂の封印は彼女を死の脅威から救える手段になるよ。だから、キスをした後のことを心配しなくていい。シンはあくまで明日のデートで志穂を守り抜くことに集中してくれ」

「はい、わかりました。ありがとうございます、令音さん」

「ん、どういたしまして」

「さて、士道。私たちは明日のデートで配置するクルーの人選辺りについてもう少し話し合うから、士道は早めに寝て、英気を養っておきなさい。間違いなく明日は壮絶な1日になるからね」

「あぁ、わかった。おやすみ、琴里。令音さん」

 

 志穂の封印に関する疑問を払拭することのできた士道は令音にペコリと頭を下げる。その後、琴里の提案に素直に従うことにした士道はリビングを後にする。まだ普段の士道が寝る時間ではないが、今日は何かと衝撃的な1日だったため、寝つけないなんてことにはならないだろう。

 

 

「……」

 

 明日は、勝負の日だ。志穂を救えるかどうかは、士道にかかっている。

 士道は改めて志穂を救う覚悟を胸に抱き、ベッドで眠りにつくのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。ただいま、熱い士道さんモードが今も継続している模様。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。原作初期の頃こそ息を吸うように士道を罵倒していたが、巻数が増えるにつれてただのツンデレになっている感。
村雨令音→フラクシナスで解析官を担当している、ラタトスク機関所属の女性。琴里が信を置く人物で、比較的常識人側の存在。とはいえ、令音が常識人というよりは、フラクシナスのクルーがそろって変人と言った方が正確である。なお、令音は士道のことを『シン』との愛称で呼んでいる。

琴里「さて、明日の士道と志穂のデートの際に、周囲に誰を配置するかだけど……」
琴里(神無月は問答無用で決定として、後は誰にしようかしら?)
令音(神無月は一番の適任者だろうね。後は誰を推薦するべきかな?)

 というわけで、6話は終了です。令音さんの出番を用意できて個人的に満足です。何だかんだ頼りになる上、母性を感じる令音さんカワイイヤッター!


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7話 トリックスターな精霊


 どうも、ふぁもにかです。サブタイトルからどんな展開になるか察せられる人は察せらせるでしょうね、ふふふ。そうです。今回はあの人が登場します。



 

 

「ん……」

 

 真っ暗闇の自室のベッドにて。ふと士道は目を覚ます。

 目覚まし時計を見ると、午前1時。まだまだ朝には遠い。

 

 

「……」

 

 いつもより早めに寝たからか、夜中に目覚めてしまったらしい。

 万全の体調で志穂とのデートを始めるためには、再度眠らなければいけない。のだが、今の士道の頭はすっかり覚醒していて、ベッドに潜った所で熟睡できそうになかった。

 

 秋の夜風を浴びつつ夜空でも見上げていれば、その内また眠気がやってくるだろう。

 そのような考えの下、士道は窓を開け、ベランダへと歩を進める。と、その時。

 

 

「――あら、あら」

「へ?」

 

 特徴的な声が士道の鼓膜を震わせた。まさか今の状況で他人の声を聞くとは全く思ってなかった士道は目を丸くする。そして士道は声の聞こえた方向へと視線を向ける。

 

 そこに、彼女はいた。ベランダの手すりにちょこんと腰掛け、士道に向けて微笑みを浮かべる女性がいた。漆黒の髪に、色違いの双眸に、血と影の色で染められたドレスといった特徴を併せ持つ女性。士道は彼女の正体を知っていた。

 

 

「狂三……!?」

「こんな所で会うなんて、奇遇ですわね。ねぇ、士道さん?」

 

 驚愕の声を上げる士道を前に、自らの意思で人を殺す『最悪の精霊』こと狂三は心底おかしそうにくすくすと笑いつつ、士道に語りかける。

 

 

「……いや、ここは俺の家なのに奇遇も何もないだろ。それで、何の用だ?」

 

 士道はベランダで待機していたらしい狂三を警戒する。士道の脳裏には、今から1週間前に、士道が狂三の力を借りて、DEM社にさらわれた十香を救出した一件がよぎっていた。あの時、結局狂三は士道に手を貸したことを理由に何かを要求することはなかったが、今ここで士道に対価を求めるために狂三が姿を現したのではないかと、士道は考えたのだ。

 

 

「きひひ、そう邪険になさらないでくださいまし。もしかしたらわたくしが何の用もなく、ただ士道さんの顔を見たい、士道さんの声を聞きたい、士道さんにまた頭を撫でてほしいとの一心で士道さんの前に姿を現したかもしれないでしょう? それなのに、そんな風に警戒されるなんて……うぅ。悲しいですわ。哀しいですわ」

「……」

「さて。戯れはここまでにして、本題に入らせてもらいますわね」

 

 士道の問いかけを受けて、狂三はどこか芝居かかった口調とともに、流れてもいない涙を指で拭う仕草をする。狂三が彼女の発言通りの儚げな少女なんかではないことを既に知っている士道が無言かつ半眼で狂三を見つめていると、狂三は演技を切り上げ、改めて士道を見つめ直した。

 

 

「わたくしは士道さんのことなら何でも知っていますの。だから明日、士道さんが志穂さんを封印するために、デート中に志穂さんを死なせないように尽力しなければいけないことも当然、知っていますわ」

「……さすがだな、狂三」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。そこで、士道さんにはぜひ、わたくしのお願いを聞いていただけないかと思いまして」

「お願い?」

 

 狂三は、明日の志穂とのデートに関して士道に頼み事をするために、士道に接触してきたようだ。士道はここで、志穂が狂三と交流を持っているとの情報を思い出す。どうやら交友関係を持つ志穂について、狂三には思う所があるらしい。士道は、狂三のお願いの中身を促す。

 

 

「ええ。志穂さんを封印するのはやめていただけませんか?」

「……え?」

 

 狂三は妖艶な笑みを添えつつ、士道に志穂の封印をしないようにお願いをする。士道は一瞬、狂三が何を言っているのか、理解ができなかった。ゆえに、呆然とした声を漏らす。

 

 

「なんでだよ? 志穂を封印しなかったら、これからも志穂は死に続けないといけなくなるんだぞ!? 狂三はそれでいいって言うつもりかよ!?」

「はい、その通りですわ。だって、志穂さんを封印されるとわたくしが困ってしまいますもの。志穂さんの特性を士道さんは知っているでしょう? 何度死んでもすぐによみがえることのできる志穂さんは、わたくしにとって特上のエサですの。取り上げられてしまってはたまりませんわ」

 

 志穂と仲の良いはずの狂三が志穂の救済を望んでいない。志穂が死の呪いに晒され続ける現状の維持を狂三は望んでいる。わけがわからなかった士道だが、ここでとある可能性に至った。

 

 志穂は、何度死んでも復活できる精霊である。そして、狂三は時間を操る『刻々帝(ザフキエル)』という強烈な天使を扱う精霊だが、刻々帝は狂三の膨大な時間や霊力を消費してようやく発動する天使であるため、狂三は刻々帝を使うために人間から時間を、寿命を吸い上げていた。

 

 これらのことが意味するのは、つまり。

 

 

「ッ! 狂三。お前、もしかして……志穂を殺したことがあるのか?」

「ええ、ええ。それはもう、たくさん。数えるのをやめるくらいには、殺しましたわ。だって、志穂さんは何度殺しても復活しますし、そこらの人間よりも簡単に殺せますもの。時間を補充するために志穂さんを狙わない理由はありませんわ」

「お前……ッ!」

 

 狂三は志穂を殺している。志穂が死んだという、1万5千回の内、狂三が関わったがゆえの死が何回あったかはわからないが、志穂の心がズタボロに壊され、追い詰められている一端を、目の前の狂三が担っている。そう考えただけで、士道は己の頭に血が上るのを感じた。

 

 

「あら、あら。そのような憤りの表情を向けられるのは心外ですわ。まるでわたくしが志穂さんをいじめているみたいじゃありませんこと?」

「まるでも何も、事実だろ。実際に志穂は、何度もお前に殺されてる」

「確かにそうですわね。ですが、志穂さんとも合意の上で、わたくしは志穂さんから時間をいただいていますし、志穂さんから時間をいただく度に、主に衣食住の手配をしたり、わたくしたちが集めたとっておきの情報を提供したりと、対価をきちんと支払ってますのよ?」

「……」

「それに、わたくしが殺さずとも、志穂さんは世界に殺されますわ。そして世界は時に、焼死、溺死、煙死、凍死といった苦しい死を敢えて志穂さんに与えますわ。世界に残酷な方法で殺されてしまうくらいなら、わたくしの『時喰(ときは)みの城』で志穂さんの時間を吸い上げて殺した方が良いでしょう? だって、時喰みの城なら、志穂さんは倦怠感と虚脱感に包まれながら眠るように死ねますもの。……わたくしと志穂さんのWin-Winの関係に、士道さんが口を挟める余地はありませんわ。ましてや志穂さんを封印して、志穂さんの∞の残機をなくすなんてもってのほかでしてよ。むしろ、わたくしが志穂さんから執拗に時間を頂戴することで、わたくしに狙われず命拾いをした人間は数知れずいるのですから、わたくしの優しさに感謝してほしいくらいですわ」

 

 狂三は士道から怒りを向けられるのはお門違いだと主張する。志穂との関係を語りつつ、やれやれと手を広げて、頬を少し膨らませて、狂三は不満を表明する。対する士道は、狂三の発言に耳を傾ける内に突発的な怒りこそ収まったものの、狂三の意見を認める気にはなれなかった。

 

 

「確かに、狂三は志穂とWin-Winの関係を結べてるのかもしれない。かろうじて理解はできても、納得は全然できないけどな」

「でしたら――」

「――けど、狂三に何と言われようとも、俺は志穂を救う。志穂には、死とは無縁の、ありふれた日常を送らせるって決めたからな。だから、狂三の頼みは聞けない。お断りだ」

 

 ゆえに、士道は狂三のお願いを断った。狂三の頼みを突っぱねれば、狂三が士道に実力行使に出ることも想定できる。それでも、士道は志穂を救うという己の意思を取り下げるつもりはなかった。ここが、士道にとって決して譲れない一線だったのだ。

 

 

「「……」」

 

 しばし、狂三と士道の間から音が消え。2人は互いに視線を交わす。

 次第に高まる緊張感に、士道がゴクリと唾を飲んだ時。狂三が口元を緩ませた。

 

 

「……ふふふ。士道さんならそう言うと思いましたわ。それでこそ士道さんですわ」

「え、狂三?」

「きひ、お願いというのはウソですわ。ちょっと士道さんをからかっただけですの。わたくしとしても、志穂さんの霊力の封印に断固反対というわけではありませんから」

「そう、なのか? 志穂を封印しようとする俺を邪魔とかしないのか? 例えば、明日の志穂とのデート中に狂三が志穂を殺して、俺が志穂を封印できないようにするとか」

「そんな無粋なことはいたしませんわ。志穂さんにも士道さんという素敵な殿方とのデートを楽しんでいただきたいですもの。ただ1つ、忠告しますわ。……志穂さんとの戦争(デート)はキスをしてからが本番になりますの。だから明日、志穂さんを守り抜いた後に、志穂さんとキスをして、霊力を封印したからといって、『ふぅ、これで終わった。俺は志穂を救えたんだ』などと気を抜いてはダメですわよ、士道さん?」

「え? どういう意味だ?」

「これ以上は秘密ですわ。士道さんが無事、志穂さんの心を救えることを陰ながら祈っていますわ。それでは、ごきげんよう」

 

 狂三はベランダの手すりの上に立ち、ドレスの裾を軽く持ち上げて頭を下げると、夜の街へと飛び出していった。狂三の背中はあっという間に小さくなり、間もなく見えなくなる。

 

 

「何だったんだ、一体……」

 

 狂三がいなくなったベランダからは一気に現実感が薄れ、まるで夢でも見ていたかのようなふわふわとした感覚を士道に抱かせる。同時に、急に眠気が襲ってきたため、士道はベランダから自室に戻り、ベッドに潜って再び就寝するのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。今までに狂三が志穂をたくさん殺しているとの情報を知ったことで、誤差の範囲内ではあるが、狂三への心証が少々悪くなった感。
時崎狂三→精霊。識別名はナイトメア。名前は『くるみ』であり、決して『きょうぞう』ではない(重要)。何度殺しても復活する志穂から時間をもらう代わりに対価を払っていたようだ。

 というわけで、7話は終了です。私にとって狂三さんは時間に関する能力者はやっぱり強いな、敵に回すと超怖いな、でも味方になってくれると凄まじく頼もしいなってことを改めて教えてくれた、印象深いお方です。でもって、狂三さんは口調の再現が難しいですなぁ。


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8話 リベンジデートの朝


ふぁもにか(この作品の初期プロットでは、既に殿町さんと恋人状態になっている志穂さんに士道さんがデートを仕掛けて、デレさせる略奪愛展開だったと言っても、信じてくれる人がはたしているのだろうか? まぁ略奪愛なデアラは士道さんと殿町さんとの関係がぶっ壊れ必至なので執筆断念しましたけど。あ、でも誰か略奪愛なデアラ二次創作を書いてくれてもいいんですよ?)

 どうも、ふぁもにかです。前回までで本編の半分が終了したため、あと8話くらいで完結するんじゃないかというのが今の私の想定です。閑話休題。何とか12日の内に連載が間に合いましたね。まだ毎日更新伝説の牙城はギリギリ崩れていません。が、7話の感想返信はこれからですので、もうしばらくお待ちくださいませ。



 

 

 10月1日日曜日。志穂との2度目のデートの日である。待ち合わせ場所や時間は昨日と全く同じで、午前10時に公園で会う手はずとなっている。

 

 先日と同様に、待ち合わせ時間の30分前に公園に到着した士道はふと空を見上げる。昨日は雲一つない快晴だったのだが、今日は厚い雲が空の青を覆い隠している。曇天の空、外でデートするには向いていない天気だ。

 

 

「……」

 

 士道はふと昨日の自分を振り返る。昨日の自分は、ただ志穂の死に動揺するばかりで、結局迫りくる死から志穂を守ることはできなかった。昨日だって、守ろうと思えば志穂を守れたはずなのに士道は動けなかった。そんな、昨日のような醜態は許されない。士道は改めて気を引き締める。

 

 

『士道、地上に派遣したクルーたちによる交通規制は無事に済んだわ。もしもデート中に車が近づいてきたなら、それは志穂の命を狙う死の呪いだと断定していいから』

「そうか。助かる、琴里」

『私としては、これくらいしか士道の手助けができないことがいっそ歯がゆいんだけどね。後は精々、士道が志穂を守れなさそうな時の最後の手段として士道と志穂をフラクシナスに回収して志穂の死を回避することぐらいしかできないし』

「俺としては、琴里とこうしていつでも会話できるってだけで十分頼もしいよ。琴里はフラクシナスの艦長席でどっしり構えて、俺たちのデートを見届けてくれ」

『……ええ、わかったわ。くれぐれもしくじるんじゃないわよ』

 

 耳に装着した小型インカム越しの琴里の声により、志穂とのデートにおいて車の脅威を極力排する体制が整ったことを知った士道は感謝する。琴里は非常に難易度の高いデートに挑む士道をもっと支援したい様子だが、士道としては琴里が士道を見守ってくれているという事実だけで十分に心強かった。

 

 と、ここで。士道の目の前の何もない空間から、志穂が静粛現界してきた。

 昨日、士道が志穂の死を目の当たりにした直後に、何度も見た光景である。

 

 

『さあ――私たちの戦争(リベンジデート)を始めましょう』

 

 志穂の姿を自律カメラ越しに把握した琴里が、宣言する。

 かくして。世界に嫌われた志穂を守り抜く縛りのデートが始まった。

 

 

 ◇◇◇

 

 公園に直接静粛現界をしてきた志穂は、しばし周囲をキョロキョロと見渡した後。

 士道の姿を発見すると、パタパタと走り寄ってくる。

 

 

「おはよう、志穂」

「こんちわッス、士道先輩。待たせちゃってすみません」

「気にしなくていいぞ。俺が勝手に待ち合わせ時間より早く来ただけだからな」

「そうッスか。……何というか、どんよりとした縁起の悪い天気ッスね。今さらだけど、天気予報を見てからデートの日を決めればよかったッスね。正直、日を改めるのもアリッスけど、どうしますか?」

「いや、今日デートをしよう。今日、決着をつけたいんだ」

「うぃ、了解ッス。やる気満々ッスね、先輩。……私を守り抜くという昨日の先輩の言葉が大言壮語じゃないのか、この志穂ちゃんアイでしっかり見極めさせてもらうッス。ま、失望しない程度には期待してるんで、ぜひ頑張ってください、先輩」

「おう、任せてくれ」

 

 志穂はカッと目を見開いて、士道を凝視する。志穂の眼差しからは、志穂の発言通り、自分を守りきれるわけがないとの諦念の他にも、わずかながらに期待の感情が読み取れた。志穂は、昨日一切志穂を守れなかった士道に、ほんの少しだけでも期待してくれているのだ。その期待を、士道は裏切るわけにはいかない。ゆえに、志穂の言葉に、士道は力強くうなずいた。

 

 

「なぁ、志穂。今の内に2つ聞きたいんだけど、いいか?」

「はい、構わないッスけど」

「じゃあ1つ目だけど、どうして志穂は天使や霊装を使えないんだ?」

「へ?」

「前に志穂、言ってただろ? 自分が残機∞の精霊だからか、精霊なら誰でも使えるはずの天使や霊装を使えないって。でも、それって変じゃないか? 上手く言えないんだが、志穂が残機∞であることと、天使や霊装を使えないことは繋がらないと思うんだ。だから、なんで志穂が天使や霊装を使えないのか、もし原因を知っているなら教えてほしい」

 

 士道は早速、志穂を待っていた間にふと生じた疑問を志穂に問いかける。すると、志穂はしばし逡巡した後。隠すほどのことじゃないかとでも言いたげに軽く息を吐いた。

 

 

「……簡単な話ッス。私は記憶喪失なんスよ」

「えッ?」

「前にラタトスク機関本部で私のデータを見た時、私の初現界は4年前と記されていたッス。でも、私の記憶は3年前からのものしかないんスよ。狂三先輩も……あ、えっと、私の知り合いの精霊も私は4年前から現界してると言ってたし、私の頭から本来あるべき1年分の記憶がなぜかごっそり抜け落ちているのは確定みたいッス。んで、その失った記憶の中に、天使や霊装の使い方があったみたいなんスよ。だから、私は精霊なのに、精霊を象徴する天使も、霊装も使えないってわけッス」

「そうだったのか。……悪い、嫌なことを聞いちまったか?」

「いえ。隠すつもりはなかったんで、気にしなくてOKッスよ」

 

 士道は志穂のタブーに触れてしまったのではないかと心配するが、当の志穂は何ら気にしていないようだった。志穂は記憶喪失と向き合い、乗り越えて今を生きているようだ。

 

 

「そんなわけなので、先輩。私の死を回避させるのに、私の天使や霊装に期待するのはダメッスよ?」

「あぁ、わかったよ」

「それで? 聞きたいことその2は何スか?」

「……志穂が今まで死んだ中で、志穂以外の人も巻き込まれて死んだことってあるか?」

 

 士道は志穂に聞きたいことの内の本命を尋ねる。そう、昨日の志穂の死を振り返った時。世界が志穂を、周りの人ごと殺しにかかったケースが存在しないように思えたのだ。鉄柱が志穂に降ってきた時は、志穂は士道を守るために突き飛ばしたのだが、改めてあのシーンを思い返すと、志穂が士道を突き飛ばさずとも、士道はかろうじて鉄柱の下敷きにならなかったように感じたのだ。そんな感覚を踏まえた士道の問いに、志穂は感心したように士道を見上げる。

 

 

「へぇ。鋭いッスね、先輩。多分、先輩の考えている通りッスよ。私が死の呪いに襲われて死ぬ時、私以外の人が巻き込まれて死んだことはたったの一度もないッス。でも、死ななかっただけで、巻き込まれた人が怪我を負ったことはあるッス。以前、火山の噴火に巻き込まれた際、私は噴石が頭に直撃して即死したッスけど、他にも現場にいた多くの人が重傷を負ったって復活後にニュースで見たッスよ」

「てことは、世界が志穂を殺すために、天宮市全域に大地震を起こしたり、隕石を落としたり、なんて心配はしなくていいんだな?」

「はいッス。そんな事態は限りなく発生しないッスよ。もし仮に発生したとして、その時の死者は私1人だけに収まるはずッス。世界は私が嫌いなだけで、嫌いじゃない普通の人にまで理不尽な死を与えるようなふざけた存在じゃないッスから」

「なるほどな」

 

 士道の想定内な志穂の返答を受けて、士道はホッと安堵の息を吐く。もしも世界が志穂を殺すためになりふり構わず地震や、火災、津波といった災害を起こしてきた場合、どのようにして志穂を守ればいいのか、アイディアが未だ浮かんでいなかったからだ。一方の志穂はここまで2人の間に取り巻く真面目な雰囲気をそろそろ切り替えるべく、話題転換を図った。

 

 

「それで、今日はどんなデートプランなんスか? 今日もまた天宮クインテットみたいな大型施設でエンジョイする感じッスか?」

「いや、今日は趣向を変えて、天宮市自体を緩く歩き回る散歩デートをするつもりだ」

「ほうほう」

 

 そう。士道は本日、志穂との散歩デートを企画していた。天宮クインテットのような大型商業施設に長時間留まってデートをするよりは、適宜場所を移しながらの散歩デートの方が志穂をより守りやすいのではないかと士道なりに考えたからだ。

 

 

「せっかくだから、まずは志穂が行ったことのない場所を最初の目的地にしようと思ってたんだけど……どこか行きたい所、あるか?」

「んん? そうッスねー。むむむ……。あ、じゃあ士道先輩の通ってる学校を見てみたいッス。私、学校に通ったことないんで、ちょっとでも学校の雰囲気を知りたいッス」

「そうなると、来禅高校か。ここから近いし、ちょうどいいな」

 

 士道から散歩デートを示され、さらに行き先のアイディアを求められた志穂は少々思考を巡らせた後、士道の学校へ行きたいと主張した。高校なら、強盗の類いが現れそうにない分、志穂を守りやすいだろう。士道は志穂の希望を叶えることにした。

 

 

「じゃあ来禅高校に出発――の前に。手、繋ごうぜ。志穂。その方が志穂を守りやすいし……何より、これはデートだからな」

「え、あ、そうッスね! そういえば昨日のデートじゃ手を繋いでなかったッスね。何かもったいないことしちゃった気分ッス」

 

 士道はここで、志穂に向けて手を差し出す。志穂は意外そうに士道の手を見つめた後、士道の意図を理解し、おもむろに士道と手を繋ぐ。志穂の手は、士道が思った以上に小さかった。と、その時。ふと、志穂の体に影が差した。不審に感じた士道が周囲に視線を向けると、公園に生えていた木の内の一本が、なぜか幹から折れ、志穂へと倒れ込もうとしている瞬間を目撃した。

 

 

「ッ!?」

「あれ? さらに暗くなったッス? 本格的に雨が降る前兆っぽいッスか?」

「志穂!」

「ふぇ?」

 

 士道はとっさに志穂の手を引っ張り、志穂の体を抱き寄せる。刹那。さっきまで志穂が立っていた場所に、木が豪快に倒れ込んだ。もしも士道の動きが遅れていれば、志穂は木の下敷きになり、まず間違いなく圧死していただろう。そして。もしも事前に志穂と手を繋いでいなければ、きっと士道は志穂を守れなかっただろう。

 

 

(手、繋いでてよかった! 本当によかった!)

「おおお……助かったッス、先輩。にしても、倒木の下敷きパターンッスか。随分前にやられたっきりだったんで、すっかり頭から抜け落ちてたッス」

 

 士道が志穂と手を繋ぐ提案をした少し前の自分を心から称賛する中。士道の体との密着状態から離れた志穂は、志穂目がけて倒れてきた木をしげしげと見つめた後、士道のおかげで命拾いしたことを感謝する。そして、志穂は以前も木に殺された経験があるのに、木がたくさん生い茂る公園で少し油断しすぎていたなと反省した。

 

 

「……」

 

 今回は間一髪、志穂を助けることができた。だが、昨日志穂は士道の目の前で10回死んでいる。これから最低でもあと9回、志穂が自力では回避できない死の呪いが迫るのだろう。その時、自分は志穂を守りきれるのか。士道の中で、不安が芽吹いた。

 

 

「どこまで私を助け続けられるかはわからないッスけど……この調子でよろしくッス、先輩」

「……あぁ、頑張るよ。はは」

 

 志穂の言葉に、士道は表に出てきそうだった不安を隠すように笑みを返す。

 志穂を守り抜く縛りのデートは、まだまだ前途多難のようだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。まずは1回、志穂の死の回避に成功したが、まだまだデート完遂には程遠い模様。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。士道ほどではないが、琴里も今日の士道と志穂とのデートに気合いを入れてサポートに臨んでいる模様。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。この手のキャラで記憶喪失とか、絶対にロクでもないことになりそうである(メタ視点)。

 というわけで、8話は終了です。ここから先の話の展開は志穂さんに迫る死の内容のアイディアを色々と考えながら構築するので、投稿速度は遅くなるかもしれません。


 ~おまけ(ギャグキャラ最強説)~

 フラクシナスのクルーの内、士道と志穂のデートをサポートするため地上に配置されたメンバーたちは、士道たちの元に車が向かわないように虚偽の交通規制を行い、車を誘導していた。が。

クルーA「大変だ! 1台の車が我々の交通規制を無視して突っ込んできたぞ!?」
クルーB「なに!? マズい、志穂さんを襲いかねないぞ!」
クルーC「A! その車はどこに向かっている!?」
クルーA「えっと、今は――あれ、副司令が車の進行方向に先回りしてる?」
クルーB&C「「えッ?」」

 ◇◇◇

 今現在、飲酒運転中の運転手は、己が世界の手のひらで転がされていることを知らず、フラクシナスの敷いた交通規制を無視して車を暴走させる。志穂を轢くべくアクセルを踏み込んでいる。そんな暴走車の前方に、フラクシナスの副司令こと神無月恭平は仁王立ちで立ちはだかった。

神無月「私は死にませぇん! 司令に××なことや△△なこと! ○○なことや☆☆なことをされるその時まで! 私は永遠に生き続けますぅうううう――はわッ!(断末魔)」

 神無月は指揮者のごとく、両手をバッと広げた後。喜び勇んで車へと走っていく。
 当然、神無月は車に派手に轢かれ、華麗に宙を舞う。一方、人を轢き飛ばした車はバランスを失い、近くの家の外壁に衝突し、止まった。その様子を、琴里は自律カメラ越しに目撃していた。

琴里「神無月、よくやった。そう言うべきなんだろうけど、素直に褒めがたいわね……」

 その後、神無月はフラクシナスに回収され、医療用顕現装置に雑に放り込まれたとか。
 なお、神無月は命に別状はなかった。やはり愛すべきギャグキャラは最強である。


神無月恭平→フラクシナスの副司令にして、ドM。有能だけど、変態。CV.子安さん。琴里をご主人様として捉えている。人生に悩みがなさそうな人種である。


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9話 世界は力を溜めている


過去:プロット構築中の私「リベンジデートが始まってからは息の詰まるような重いシリアス展開が続くだろうなぁ。読者の皆さんが鬱にならなきゃいいけれど……」
現在:執筆中の私「何か思ったより、リベンジデートがシリアスしてない件。何これ、ただのほのぼのデート? いや、これはこれでいいっちゃいいんだけどさ」

 どうも、ふぁもにかです。志穂さんに迫りくる死のパターンを考えるためにファイナル・デスティネーションというホラー映画を見ようとしたのですが、最後まで見れずに断念してしまいました。おかしいなぁ。8年前くらいに初視聴した時は最後まで普通に視聴できたはずなのに。



 

 

 10月1日日曜日。士道が志穂を守り抜く縛りのデートの最初の目的地は来禅高校となった。士道は志穂と手を繋ぎ、先導して志穂を学校に案内する。その際、士道は普段から使う通学路に関して、話のネタになりそうなものを適宜話題に上げて、志穂と会話を弾ませる。気分はさながら天宮市をよく知らない観光客を相手にするボランティアガイドである。

 

 

「おお! ここがかの来禅高校! 校舎からグラウンドまで綺麗ッスねぇ」

「来禅高校は数年前に創立されたばっかりだからな」

 

 士道にとってはもうすっかり通いなれた校舎だが、志穂にとっては何もかもが新鮮らしい。目を輝かせながら最新技術の施された来禅高校を色んな方向から凝視する。まるで初めて大都会に進出したお上りさんのような志穂の反応に、士道は微笑ましさから破顔する。

 

 

「ここが俺の通ってる、2年4組の教室だ」

「へぇ、ここがッスか。いやはや、この雰囲気。いいッスねぇ。ところで、先輩の席はどこッスか?」

「窓側の一番後ろの席だよ」

「へへ、そうッスかぁー」

 

 校舎の中に入り、志穂に来客用のスリッパに履き替えてもらった後。士道は志穂を自分の教室へと招き入れた。志穂は体をグルリと回転させて、誰もいない休日の教室の全容を把握した上で、士道の席の場所を知ると、ニシシといたずらを思いついた悪ガキのような笑みを携えながら、突如として士道の椅子に腰かけ、机に頬ずりを始めた。

 

 

「ちょッ、志穂!? 何やってんだ!?」

「ちょっと私の匂いをくっつけてたッス。これで後日、先輩に懸想しているポジションなクラスメイトの女の子が『え、何か士道くんの机から知らない女の子の匂いがするんだけど、どういうことよ?』ってハイライトの消えた瞳とともに先輩に詰め寄る展開待ったなしッスね!」

「おいおい……」

 

 志穂の奇行とも言える行動を前に、士道の頬に一筋の汗が流れゆく。この時、士道の脳裏に浮かんだのは十香と折紙だった。色々と飛び抜けている彼女たちなら士道の机から見知らぬ女性の匂いを感知し、士道に問いただしてきても不思議じゃない。そう、直感が訴えてきたのだ。

 

 

「にしても、志穂って学校にそんなに興味があったんだな」

「そりゃあもちろん興味津々ッスよ。私、狂三先輩と取引してお金をゲットした時はよく小説や漫画を買い集めてましたから。学園モノの作品を見る度に、修学旅行に体育祭に文化祭と、イベントてんこ盛りの特殊な閉鎖空間たる学校に自分が通うことになったらどうなるんだろうって妄想を膨らませたものッス。……ねね、先輩。やっぱり現実の学校でも生徒会や風紀委員会が権力握ってるものなんスか? 教師もその権力を前にひれ伏しちゃってたり?」

「いやいや、それはない」

 

 ただいま志穂に士道の席を占拠されているため、士道は窓枠に寄りかかって志穂と軽快に会話する。と、ここで。カキーンと、士道の背後から金属バットの打球音が響く。今日は日曜日だが、部活動に青春を注ぐ野球部所属の生徒は今日もグラウンドで熱心に活動しているようだ。

 

 

『士道! 窓の外から野球ボールが来てるわ! 志穂を守って!』

「なッ!?」

 

 刹那。琴里から切羽詰まった声がインカムを経由して士道の耳に届けられる。士道は一瞬驚愕に体を硬直させたものの、すぐに我を取り戻すと、弾かれたように背後の窓へと振り向き、志穂へと迫りくる硬式の野球ボールを両眼でしかと捉えた。野球部が盛大にかっ飛ばしたであろう野球ボールは士道の身長よりはるか上の窓を割り、上から志穂を奇襲する。

 

 

「わわッ!? 敵襲!?」

「志穂! そのまま伏せろ!」

「ッ!」

 

 窓ガラスの破砕音に志穂がビクリと肩を震わせる中、士道は己の思考を存分に加速させる。スピードの速い野球ボールを士道が素手で的確にキャッチできるかはわからない上、野球ボールが破砕した窓ガラスの破片もまた志穂へと降り注ごうとしている。士道は、士道の指示を従って机にベタァと顔を乗せたままの志穂の頭部を守るために、両手を広げて志穂の盾となった。

 

 

「ぐぅッ!」

 

 直後。士道の右胸に野球ボールが衝突し、しばし遅れて士道の両腕や上半身をガラスの破片が的確に切り裂いていく。なるほど、これほどの威力を誇る野球ボールと窓ガラスの破片のコンボが志穂の頭部に炸裂したならば、あまり頑丈でない志穂はここで命を落としていただろう。

 

 

「先輩!? 大丈夫ッスか!? あぁ、こんなに血が……!」

「し、志穂。そう慌てなくても俺は平気だ。志穂はもう知ってるかもしれないけど、俺には自動で傷が治る能力があって――」

 

 士道のうめき声を受けて顔を上げた志穂は、窓ガラスの破片が深々と突き刺さった腕や肩からタラリと血を流す士道に気づくと血相を変えて士道に寄り添う。明らかに動転している志穂を落ち着けるべく、士道が声を掛けるも、士道の声は志穂に届いていないようだ。

 

 

「え、えとえと! はッ、保健室! 先輩、私保健室で包帯とか借りてくるんで、それまでちょっと待っててください! 少しの辛抱ッスから!」

「あ、志穂! 待ってくれ!」

 

 志穂は舞い降りた天啓にポンと手を打つと、士道を置いて1人、教室を後にする。士道は志穂を呼び止めるも、志穂は止まらない。まだ全然校舎を案内していない以上、保健室の場所を知らない志穂は迷子になりかねない。それに、どこで世界が志穂を殺しにかかるかわからないため、志穂を単独行動させたくない士道は、痛みを声高に主張する体に鞭を打って急いで志穂の後を追う。

 

 

「うわっとぉ!?」

「志穂! 掴まれ!」

「せん、ぱい!」

 

 士道が志穂の元に気合いで追いついた時、志穂は階段で足を滑らせて、今にもバランスを崩して転ぶ所だった。士道が精一杯手を伸ばし、志穂に呼びかけると、士道の存在に気づいた志穂がすがるように士道へと手を伸ばす。

 

 

「ぉおおおおおお!!」

 

 士道は何とか志穂の手を掴むと、もう片方の手で階段の手すりを掴み、両手に渾身の力を込めて、志穂を階段の上に引っ張り上げた。

 

 

「はぁ、はぁ……ふぅ。セーフだな」

「くぅ、いつもいつも忘れた頃に階段トラップが私を殺しにかかるッスね。って、それより! 先輩! 大丈夫ッスか!? 私のせいで傷がさらに開いたんじゃないッスか!?」

「心配してくれてありがとう、志穂。でも俺は大丈夫なんだ」

「へ?」

 

 士道は息を整えると、ホッと安堵のため息を吐く。一方の志穂はキッと階段を睨みつけていたものの、士道の怪我のことを思い出し、士道の怪我を案ずる。対する士道は未だ体に突き刺さったままの窓ガラスの破片を抜きながら、志穂を安心させるために、柔和に微笑む。

 

 

「ぅ、ああ!」

 

 と、ここで。時期を見計らったかのように、士道の傷口に治癒の炎が生じ、舐めるように士道の傷口を這い回る。これまで何度も経験しているが、体を修復する際に体を高熱で焼かれる感覚に未だ慣れていない士道はつい苦悶の声を漏らす。

 

 

「ぅえ!? ちょっと、全然大丈夫じゃなさそうッスけど!?」

「いや、もう大丈夫だ。ほら、もう傷口がしっかり塞がってるだろ」

「あ、ホントだ。よかった、本当に良かったッス……」

「俺はな、封印した精霊の一部の力を使うことができるんだ。この、炎で傷を治す能力もその1つだ。だから、多少の怪我をしたって、即死さえしなければ俺は平気なんだ」

 

 苦しむ士道を前に志穂は再び慌て出す。ここで再び志穂に暴走されてはたまらない。士道は自分の傷口に発生した炎の説明をすることで、志穂の暴走を事前に抑止する。

 

 

「でも、志穂。さっきはどうしたんだ? 何だか血を見るのに慣れてないって印象だったけど」

「……えっと、そうッスね。今にして思えば、どうして私があんなにパニクッたのか、わからないッス。血なんて、自分のを散々流しまくって、とっくの昔に見慣れてるはずなのに」

 

 先ほどの怪我を負った士道の姿を見た志穂の反応を不思議に感じた士道の問いを受けて、志穂は心底不思議そうに首を傾げる。この様子からして、志穂に心当たりはなさそうだ。と、ここで。士道たちのいる校舎の下の階がにわかに騒がしくなり始める。声質から察するに、教員と思しき大人の男性の声と、若々しい学生の声が階下から響いている。

 

 

「悪い、志穂。まだ学校に来てあんまり時間経ってないけど、早くここから離れよう。先生や野球部の人が来たら面倒だ」

 

 階下での会話の内容こそ聞き取れなかったが、きっと野球ボールが校舎の窓を割ったことに関する会話をしているのだろう。そう推測した士道は速やかに来禅高校を後にすることを志穂に提案する。今のタイミングで下手に野球部の人や教員とエンカウントしたら、窓の割れた現場に偶然居合わせていたのではないかと疑われ、足止めを喰らいかねないからだ。

 

 

「りょ、了解ッス。その辺の判断は先輩に任せるッス」

 

 一方の志穂は、先輩を助けるつもりが、先輩の手を煩わせてしまったことへの申し訳なさが影響したのか、士道の提案をすんなり受け入れる。かくして。士道と志穂の散歩デートの最初の目的地である来禅高校を舞台とした、士道と志穂との交流は終焉を迎えるのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。野球ボール&階段という志穂を死に誘うコンボをどうにか防ぐことができた。今後も今の調子を継続できるかは神のみぞ知ることである。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。士道の視野の範囲外を中心に自律カメラを飛ばしていた所、野球ボールが志穂に急接近していることに気づいた。琴里さんはやはり有能。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。士道が怪我を負ってまで自分を守ってくれているという状況に申し訳なさを感じつつある模様。

 というわけで、9話は終了です。サブタイトルからして、まだ世界さんは本気を出していないようです。このまま世界さんが本領発揮せずにサボってくれていれば、士道さんと志穂さんはほのぼのとした平和なデートを存分に楽しめるんですけどねぇ。やれやれだぜ。


 ~おまけ(もしも志穂が攻略済み精霊として原作14巻に登場していたら)~

 ウェストコットが精霊:二亜から奪った魔王『神蝕篇帙(ベルゼバブ)』の力の一端である幻書館(アシュフィリヤ)という、世界中の物語が混ざった異空間を作り出す能力を用いて、士道たちをその異空間に閉じ込めた後。

 異空間で各々物語に沿った役目を負わされつつも、士道たちは皆との合流を目指す。
(例:琴里→マッチ売りの少女、十香→桃太郎、耶俱矢&夕弦→ヘンゼルとグレーテルなど)


 ――そんな中、志穂は。

「にゃああああああああああああい!」

 トラネコの格好になっていた。ネコミミに尻尾をつけた、コスプレ姿の志穂は必死に逃げていた。志穂の課せられた役目。その元となる物語は『100万回生きたねこ』である。ゆえに。

王様「さぁさぁ、早くこのカゴの中に戻ってきてくれ。そうしたらお前の大好きな戦争を見せてやるぞ。大丈夫、この新しいカゴは非常に頑丈に作り直したから、流れ矢に当たって死ぬようなことはもう二度と起こらないぞ」
船乗り「さぁ! 俺たちと一緒に世界中の海を、港を旅しよう! 今度は船から落ちても溺れ死なないように、スパルタな水練を課すから、すぐに泳げるようになるはずさ。やったな!」
サーカスの手品使い「久しぶりだな、にゃんこ! 前は手品に失敗してお前をのこぎりで真っ二つにしちゃって悪かったな! 俺、あれから反省して、のこぎりの代わりに電動のこぎりを買ったんだ! これならもしまた失敗してものこぎりよりは痛みを感じずに死ねるはずだ! だから、な? また俺と一緒にサーカスを盛り上げようぜ!」
泥棒「相棒! 俺と一緒にもっと泥棒やろうぜ! 次のターゲットは犬じゃなくてケルベロスを番犬として飼ってる豪邸なんだが、相棒ならケルベロス相手でも噛み殺されることなく囮の役目をこなせるよなぁ! 期待してるぜぇ!」
老婆「なぁ、お前さん。また私と一緒にお昼寝をしないかい。お前の体温をもっと感じていたいんだよ。……それに、いざという時には非常食にもできるからねぇ」
女の子「猫ちゃん! 前はおんぶ紐で首を絞め殺しちゃってごめんね! 悪気はなかったんだよ? 本当だよ? だから今回も何か事故で猫ちゃんを苦しめちゃうかもしれないけど私と一緒に遊ぼうよ! ねぇ! ……うふふ♡」
白猫「ねぇ。いつになったらあなたは私を熱烈に口説いてくれるのかしら? ねぇねぇねぇ? 私、ずっと待っているのよ? 待ち焦がれているのよ?」

 『100万回生きたねこ』にて、トラネコを飼っていた飼い主たち(※白猫除く)が、トラネコな志穂を確保するべく、編隊を組んでダッシュしているのだ。捕まってしまえばロクな結果にならないのは火を見るよりも明らかだ。志穂は全力で足を動かす。

志穂「ふっざけんなぁああああああああ! こんなの、命がいくつあっても足りないッスよ! 誰かぁぁあああ! ヘルプミィィイイイイイイイイ!!」

 志穂が士道たちと合流できる時は、まだ遠い。   ――END.


 『100万回生きたねこ』は、死に芸にゃんこが主人公だけど読後感がすっきりしている良作童話である。異論は認めません。知らない人はぜひ読んでみるべき。


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10話 世界がアップを始めました


sweet ARMS「スリルなデート、始めましょう?」
士道「スリルってレベルじゃねぇぞ!」

 どうも、ふぁもにかです。当初の予定だと、士道さんと志穂さんとのリベンジデートは2~3話で終わらせるつもりだったのですが、今の調子だと5話くらい普通にかかる気がしますね、うむ。



 

 

 士道と志穂が来禅高校を去った後。士道の服が窓ガラスの破片が突き刺さった影響でボロボロとなり、血まで付着していたため、士道は一旦志穂を伴って近くの洋服店を訪れ、新しい服を購入し、着替えてからデートを再開した。そして、今。士道と志穂はカフェレストランに足を運んでいた。現在時刻は12時を回っており、ちょうどお昼時だったからだ。

 

 

「志穂、食べたい料理は決まったか?」

「うぃ。私はこのミートソーススパゲティにするッス。先輩はどうするッスか?」

「俺はシーフードスパゲティにするよ」

「お、パスタ系でおそろいッスね」

 

 テーブルを挟んで向かい合うように座った士道と志穂は各々食べたい料理を選ぶ。士道が店員に声を掛けて注文を終えた後、士道は昨日のデートにて、志穂が屋内遊園地内のレストランでカルボナーラを食べていたことをふと思い出した。

 

 

「そういや昨日はカルボナーラを食べてたっけか。パスタ系が好きなのか?」

「んー。パスタが好きというよりは、麺類全般が好きなんスよ。だって外れ料理があんまりないイメージだし、それになぜか麺料理からは懐かしの味って感じがして」

「懐かしの味?」

「ま、そんな反応になるッスよね。もしかしたら私の消えた記憶が関係してるのかも、なんて推測してるんスけど、真相は今も闇の中ッスよ」

 

 料理が運ばれるのを待つ間、士道が志穂の食の好みについて話題に出すと、志穂が何やら意味深な言葉を零す。士道が首を傾げると、志穂は苦笑いを浮かべた後、いかにも神妙そうな面持ちとともに腕を組んだ。まるで未解決事件の謎を解明しようとしている探偵のような仕草である。

 

 

「シーフードスパゲティです」

 

 と、ここで。店員が士道の料理を先に運んでくる。志穂の所望したミートソーススパゲティはまだもう少し時間がかかるようだ。

 

 

「先輩、先食べ始めていいッスよ。料理は出来立てが一番ッスから」

「そうか? じゃあ、いただきます」

 

 ミートソーススパゲティが来るまで待つつもりだった士道だが、そんな士道の思考を読んだ志穂の発言を受けて、士道はフォークとスプーンを駆使してシーフードスパゲティを食べ始める。シーフードスパゲティは中々に爽やかな味わいである。士道は喉を唸らせた。

 

 

「お待たせしました、ミートソーススパゲティです。伝票はこちらになります」

「来たッスね。ではでは、いただきまッス!」

 

 と、士道がシーフードスパゲティを食べ始めてから1分もしない内に志穂の分の料理が届けられる。志穂はミートソーススパゲティの味を頭の中で想像しつつ、鼻歌混じりに両手を合わせた後に、テクニカルにフォークとスプーンを両手に装備する。

 

 刹那。士道の脳裏に不安がよぎった。志穂は世界に嫌われている。死の呪いに命を狙われている。ならば、ここで。今志穂が食べようとしている料理を介して、食中毒の形で世界が志穂を殺しにかかるのではないか。そんな可能性がここで、士道の脳裏を駆け抜けたのだ。

 

 

「志穂、待った。……その料理、大丈夫か?」

「ふぇ? 質問の意図がよくわからな――あぁ、そういうことッスか。んー。このレストランはかなり清潔さに気を遣ってるっぽいから杞憂だと思うんスけど……じゃあ先輩、毒見するッスか?」

「へ?」

「はい、あーんッス♪」

「……あ、あーん」

 

 士道は店員に聞かれないよう声を潜めて志穂に尋ねると、警戒する士道の様子に納得した志穂は、手元のミートソーススパゲティをフォークでクルクル巻いた上で、毒見という名目で士道に食べさせようとする。まさか自分があーんされる立場になろうとは。恥ずかしい士道だったが、ここでためらえば志穂は普通にミートソーススパゲティを食べ始めるだろう。今が毒見の絶好のチャンスなため、士道は素直に口を開けて、志穂にミートソーススパゲティを食べさせてもらった。

 

 

「ん。うまいな。問題なさそうだ」

「それはよかったッス。それじゃ、次は先輩の番ッス。せっかくなんで食べさせ合いっこするッスよ。さぁ、この哀れな雛鳥志穂ちゃんにシーフードスパゲティをお恵み下さいませピヨッス!」

「おいおい、語尾がメチャクチャになってるぞ」

「これは仕様にございますッスピヨ。んあー」

「ほい。……おいしいか?」

「うぃ!」

 

 少なくともこのミートソーススパゲティに害があるようには思えない。そう士道が判断すると、志穂は即席で構築した珍妙な語尾とともに、今度は自分があーんと大きく口を開ける。士道がシーフードスパゲティをフォークで巻いて志穂に与えると、志穂はしばしもぐもぐと口を動かし、ビシッと親指を突き上げる。ここのシーフードスパゲティは志穂とも相性がよかったようだ。

 

 かくして。士道と志穂は時々お互いの料理を食べさせ合いながら、カフェレストランでの落ち着いたひと時を過ごすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「先輩先輩。次はどこに行くッスか?」

「あぁ。次は天宮タワー周辺の商業施設を回るつもりだ。天宮クインテットほどじゃないけど、あの辺も人で賑わってるんだぜ」

「ほほう。それは興味深いッスね。今からもう楽しみになってきたッス」

「そいつは何よりだ」

 

 昼下がりにて。カフェレストランで2人分の料金を支払って会計を終えた士道は今、志穂と手を繋ぎ、天宮タワーの方向へと歩みを進めていた。なお、世界が繰り出す死の呪いを鑑みて、さすがに天宮タワーの展望台に上るつもりはない。

 

 士道は志穂に不審に思われない程度に志穂の横顔をジッと見つめる。現状、志穂との散歩デートで志穂と仲良くなれている確かな手ごたえを士道は感じていた。だが、今回のデートは好感度よりも、機嫌メーターよりも、志穂を守り抜くことが優先される。志穂を守れなければ、志穂の封印はできず、好感度も機嫌メーターも関係なくなるのだ。

 

 

「ん?」

 

 今の調子で志穂を守り続けてみせる。士道が改めて決意を固めていると、ふと前方から視線を感じた。士道が前を向くと、2人の中年男性が士道たちを見つめていた。否、正確には志穂を凝視しつつ、何やら2人でひそひそと会話をしていた。

 

 

「どうしたッスか、先輩?」

「あぁ、いや。何か前にいる2人が志穂を見てひそひそ話してるんだが……」

「え? あ、ホントッスね。へんてこな格好をしてるつもりはないんスけど」

 

 士道が志穂に2人の男性のことを教えると、志穂は怪訝そうに首をコテンと傾ける。と、ここで。小声での会話を終えたらしい2人はともに1つうなずくと、さも当然のように懐から拳銃を取り出し、銃口を志穂に向けてきた。

 

 

「は?」

「え?」

 

 日本の、普通に人通りのある道で。まさか拳銃なんて物騒な凶器を見ることになるとは思わなかった士道と志穂は2人そろって呆然とする。が、男性2人が何の躊躇もなく引き金に指を掛けた瞬間、士道はすぐさま志穂の手を引っ張り、志穂を移動させた。直後。乾いた発砲音が周囲に響く。士道が志穂の手を引っ張っていなければ、今頃志穂の頭が銃弾で貫かれていたことだろう。

 

 

「逃げるぞ、志穂!」

「は、はいッス!」

 

 現場にいた住民たちが唐突な発砲音に困惑や恐怖の声を漏らす中。志穂に銃弾を命中させられなかった男性2名は士道たちへと接近するべく走りながら、再び志穂を撃ち抜こうと拳銃を向けてくる。志穂の命が危ない。士道は志穂を伴って近くの路地裏へと駆け出した。

 

 

「次はこっちに曲がるぞ!」

「はい!」

 

 士道は男性2名を撒くために積極的に右に左にと曲がりながら路地裏を走る。その際、曲がる時に志穂にその旨を伝えることも忘れない。背後からは男性2名の怒号がしかと轟いている。男性2名を完全に振り切るにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 本当なら、男性たちが再び志穂目がけて発砲してきた時の保険として、士道が志穂の後ろを走りたかった。身体再生能力を持つ士道なら例え撃たれても即死さえしなければ大丈夫だからだ。しかし、天宮市にあまり土地勘のない志穂を前で走らせれば、行き止まりに突き当たりかねないため、士道は志穂を伴って前を走っていく。

 

 

「何だこれ、どういうことだよ!? 世界は人を操って志穂を殺す気なのか!?」

 

 時折、志穂の足元に銃弾が突き刺さる中。士道は混乱していた。今まで士道が目撃した志穂の死は、どれも偶然がもたらした悲劇だった。不幸にも志穂の頭に植木鉢や看板が落ちてきた、不幸にも強盗の威嚇射撃の流れ弾が志穂に命中したといったように、志穂は世界によって不運な死に方を強いられてきた。だがしかし。今回は、明らかに殺意を持った人間が志穂を殺しに来ている。わけがわからない士道だったが、ここで志穂が士道の混乱を解くために口を開いた。

 

 

「いえ、違うッス。あの2人のこと、思い出したッス。中国マフィアッスよ」

「中国マフィア!? 外国のマフィアがなんで天宮市にいるんだ――って、違う! それよりなんでマフィアが志穂を殺そうとしてるんだよ!?」

「……前に私、彼らの重要な取引現場っぽい所に静粛現界したことがありまして。その時に敵対マフィアのスパイだと決めつけられて、手酷く拷問されたんスよ。最終的にズタボロ状態で拷問部屋に放置されて失血死したんスけど、私は死んだら死体や血が消えるッスから……多分、私が狙われているのは、あの時逃げられたスパイと偶然出くわしたから何が何でも殺してやる的なことをあの2人が考えてるからだと思うッス。で、彼らが日本にいるのは、日本にも勢力拡大したからじゃないッスか?」

「そういうことかよ……!」

 

 志穂がマフィアに追われる理由を知った士道は表情を険しくする。志穂を狙うマフィアが天宮市に2人しかいないとは考えにくい。例えあの2人を撒けたとしても、他の仲間に応援を要請され、追っ手の数を増やされでもすれば、志穂を守り抜くことは一気に困難になる。

 

 

「志穂、まだ走れるか!?」

「私は大丈夫ッス! それよりあの連中に捕まったらマジで洒落にならないッス! ……先輩、いざとなったら私を捨てて逃げてください! 先輩はまだスパイだとは思われてないはずだから、先輩は見逃してくれるかもッス!」

「そんなことできるわけないだろ!」

 

 どうすれば、どうすればいい。士道は必死に打開策を考えつつ、志穂の体力を気遣う。一方の志穂は最悪の事態を想定し、士道にお願いをするも、当の士道は断固拒否した。と、この時。士道たちのいる路地裏にパトカーのサイレンがけたたましく鳴り響く。すると、士道と志穂を追っていた2人のマフィアはもう警察に嗅ぎつけられたのかと目に見えて動揺し始める。そして、警察の手から逃れるべく、士道と志穂を追うことをやめて走り去っていった。

 

 

「何か、警察が駆けつけてくるの超早いッスね。近くに警察署でもあるんスか?」

「いや、この辺に交番や警察署はないはずだけど……」

 

 パトカーのサイレン音に驚いたのは士道と志穂も同様だった。偶然この辺りをパトカーで巡回していた警察官が銃声を聞きつけて駆けつけてくれたのだろうか。そのように士道が推測していると、士道が耳につけている小型インカムから答えが示された。

 

 

『今のパトカーのサイレン音はフェイクよ。ラジカセを持たせたクルーをフラクシナスから地上に転送して、大音量でサイレン音を鳴らしてもらったの』

「そうだったのか。……助かったよ、琴里。ありがとう」

『どういたしまして。あと、現地のクルーが警察に通報を済ませているわ。もちろん、自律カメラで逃げたマフィアの足取りも追跡中よ。確実に警察に彼らを捕まえてもらうようにこっちで取り計らうから、その辺の心配はしなくていいわよ、士道』

「はは。至れり尽くせりだな」

 

 琴里たちがマフィアの脅威から士道たちを迅速に救ってくれた事実に、士道はラタトスク機関がバックアップしてくれることの頼もしさに心底感動する。

 

 

「先輩?」

「まぁ、警察が来てくれたのはラッキーだったな。あのマフィアも逃げてくれたことだし、とりあえず路地裏から出るか」

「りょーかいッス」

『……でも、志穂の顔を覚えていて、今、天宮市にいるマフィアがあの2人だけとは限らないとなると、このまま外をぶらつく散歩デートを続けるのは危ないわね』

「そうだな。天宮タワーへ行くのはやめた方がよさそうだ」

 

 しばし小声で琴里と話している士道の様子を不思議がる志穂を前に、士道はごまかすように言葉を紡ぎ、路地裏から脱出するべく歩き出す。その際、琴里の意見を受けて、士道は目的地を天宮タワーから変更することに決めた。

 

 次はどこに向かったものか。士道が頭を悩ませつつ、志穂とともに路地裏から出る。

 直後。士道と志穂は再び、2人そろって呆然とする。まさかの事態にその場で硬直する。

 

 

「「んぇ?」」

 

 なぜなら。士道と志穂の眼前に、ゴリラがいたからだ。

 黒の体毛を蓄えた、筋骨隆々のゴリラがいたからだ。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。今まで精霊の天使やらCR-ユニットやら、拳銃よりもヤバい代物を見てきたが、それでもマフィア2人が拳銃を取り出した時はゾッとしたとか。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。あまり表には出てこないが、裏で色々と指示を飛ばし、士道と志穂のデートを完遂させるために奮闘している模様。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。ちなみに、マフィアに拷問された際は、手足の爪を1枚1枚剥がされたり、手足の指を1本1本斬り落とされたり(ry

世界「そろそろ本気出すわ」

 というわけで、10話は終了です。最近は選択肢の存在が影も形もありませんが、原作でも基本的に選択肢は物語が佳境へと進むにつれ存在感が薄くなっていく印象なので、まぁいいですよね?


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11話 世界の本領発揮


世界「(^q^)トツゲキー!」
士道「来いよ世界! 相手になってやる!」

 どうも、ふぁもにかです。今日ふと知ったんですが、2017年10月にデート・ア・ライブのアニメ新シリーズが制作決定されたって本当ですか!? もしかして、アニメ3期を期待してもいい感じなんですか!? 8~11巻くらいをアニメ化してくれるものと思っていい感じなんですか!? デアラ10巻、11巻で完全にデアラの虜となった私としては嬉しすぎるお知らせなんですが、真偽のほどはどうなんですかね!? 教えて、わかる人!



 

 

 志穂を敵対マフィアのスパイだと勘違いし、志穂を銃殺しようとした中国マフィアの2人から、ラタトスク機関のサポートのおかげで無事逃げ切ることのできた士道と志穂。路地裏から表通りへと出た2人は今、眼前のあまりに想定外な存在を前に硬直していた。

 

 

「「んぇ?」」

 

 なぜなら。士道と志穂の眼前に、ゴリラがいたからだ。

 黒の体毛を蓄えた、筋骨隆々のゴリラがいたからだ。

 

 

「マジ、かよ!?」

 

 本来街中にいるはずのないゴリラは興奮しているのか、牙を剥き出しにして咆哮しながら、両手を振り上げ、志穂へと叩きつけようとする。士道はゴリラまでもが死の呪いの刺客として志穂の命を狙っていることに戦慄しつつも、未だゴリラが街中にいる現実を受け止められていない志穂の手を引っ張り、ゴリラの拳の攻撃範囲から志穂を逃がした。

 

 

「こ、今度はゴリラッスか!? 何なんスか、もう!? マフィアといい、天宮市って実は常人はまともに生きられない魔境だったりするんスか!?」

「そんなの俺の方が聞きたい――ッ!?」

 

 ゴリラの攻撃から命拾いした志穂はハッと我に返り、現状のわけのわからなさに混乱し、絶叫する。士道も志穂と全く同じ心境だったが、ここで。士道の言葉を遮るようにゴリラが士道の頭をわし掴み、アスファルトの地面に叩きつけた。

 

 

「がふッ!?」

「先輩!?」

 

 士道の視界にチカチカと火花が生じる。頭をガンガン襲う激痛に、士道は一瞬、頭が真っ白になる。頭を駆け巡る、あまりの衝撃と激痛に思わず意識を手放しそうになるも、士道は寸前の所で堪えた。今、士道が気絶でもしようものなら、志穂の死は避けられないからだ。

 

 

「ぐッ!?」

 

 ゴリラは士道の頭をわし掴みにしたまま、今度は近くの建物の壁に士道の頭を衝突させる。どうやらゴリラは志穂を殺すために、志穂殺害を妨害する士道から先に倒すつもりのようだ。

 

 

「ああ、先輩ッ!」

「志穂! 早く、逃げろ!」

「そ、そんなことできるわけないッスよぉ! だって、先輩が! 先輩が!」

 

 このままゴリラに攻撃され続けるとなると、士道の気絶も時間の問題だった。頭を執拗に攻撃されるせいで集中できず、十香の天使こと鏖殺公(サンダルフォン)を顕現させるといった、ゴリラへの反撃手段を行使できない士道は志穂に自分を置いて逃げるよう頼む。だが、志穂はゴリラに容赦なく攻撃される士道の様子を前に、蒼白の表情で立ち尽くしている。志穂が士道の意思を汲み取って逃げてくれることへの期待はとてもできなかった。

 

 

「が、ぁああああ!」

 

 と、その時。士道の頭を、治癒の炎が包み込む。頭を丸々火に焼かれる感覚に士道が悲鳴を上げる一方。ゴリラは、唐突に士道の頭から発生した謎の炎に驚き、士道の頭を掴む手をパッと放す。ゴリラは士道の頭から湧き出る炎を警戒して数歩後ずさり、士道の様子見の態勢に入った。

 

 

(これは、チャンスだ!)

「おおおおおおおおおおおお!!」

 

 頭の炎が収まり、頭部の怪我が完治した士道はここぞとばかりに息を吸い込み、渾身の力を込めて咆哮を上げた。結果、士道の腹の底からの全力の雄叫びにゴリラは怯え、士道たちに背を向けて退散した。謎の炎を使える上に、速攻で怪我を治せる未知極まりない人間の咆哮が、ゴリラにとっては相当怖かったのだろう。

 

 

「よし、何とかなったか。志穂、無事か?」

「は、はいッス。先輩のおかげで……え?」

 

 段々と小さくなっていくゴリラの背中を確認した後、士道は志穂に声を掛けると、当の志穂は自分を守ってくれたことを感謝しようとして、目を点にした。志穂の反応が気になった士道は、志穂の目線を追うように背後を振り向く。すると、去りゆくゴリラと入れ替わるように、のしのしと歩く熊の姿が士道の視界に捉えられた。

 

 

「「クマぁぁあああああ!?」」

 

 士道と志穂は驚愕の声を零しながらも、熊から距離を取るために一目散に逃げ始める。幸い、熊は士道と志穂のことに気づいていなかったため、追いかけられることはなかった。

 

 

「ど、どどどどどーなってんスか、これ!? 私今まで相当死んできたッスけど、こんな街中でゴリラに殺されそうになるのはさすがに経験ないッスよ!? 精々、海外の国立公園に静粛現界した時に殺られたくらいッスよ!? しかもなぜかクマまで徘徊してるし!?」

「俺にも全然さっぱりだよ!」

 

 熊の索敵範囲から脱するまで逃げ続けた後、士道と志穂は先ほどゴリラとエンカウントした時と似たような会話を繰り広げる。と、その時。士道たちの近くの家電量販店の入り口に並べられた新型テレビが緊急ニュースを流していることに気づいた。

 

 

『緊急速報です。本日、天宮動物園から動物が集団脱走しました。現在、脱走した動物は天宮市を徘徊しています。今の所、動物に危害を加えられたとの報告はありませんが、住民の皆さんは安全のため、屋内に避難し、戸締りをしてください。繰り返します――』

「こ、こんなことってあるんスね……」

 

 なぜゴリラが、熊が街中にいるのか。その理由を端的に示してくれたニュース番組を受けて、志穂はあまりに現実味に乏しい事態に思わず引きつった笑みを浮かべる。

 

 

「……」

 

 一方、士道は言葉を失っていた。ここまでするのか、ここまで世界は志穂を殺しにかかってくるのか。士道の心境はその一言に集約されていた。これまで。士道は志穂の命の危機を何度か回避してきた。倒木に始まり、野球ボール&窓ガラスの破片、階段、マフィアと、以上4回分の志穂の死を士道は妨害してきた。だからこそ、世界は本腰を入れて志穂を殺しにかかりつつあるのだろう。士道が志穂の隣にいようとどうしようもない形の死を志穂に叩きつけようとしているのだろう。天宮動物園からの動物の集団脱走というとんでもない事態を前に、士道は確信した。

 

 

(させるかよ! 志穂は、絶対に守る! 絶対に殺させないッ!)

「志穂! 外は危ない、建物の中に逃げるぞ!」

「えっと、それならこのお店の中じゃダメなんスか?」

「そこは出入り口が1か所しかないし、狭いからダメだ! 他の所に行くぞ!」

「はいッス!」

 

 現状、天宮市にどれほど多くの動物が放たれているかわからない以上、屋外にいることはもはやリスクしかない。ゆえに、士道は志穂に適当な屋内に逃げることを伝える。志穂は目の前の家電量販店に逃げることを提案するが、当の家電量販店の内装を知る士道は、万が一動物に侵入された際に脱出が困難になることを踏まえ、志穂の提案を却下した。

 

 

『士道。今の状況はわかってるわよね? 私たちが把握した限りだと、天宮動物園から脱走したのは、カバ、キリン、熊、ゴリラ、ゾウ、チーター、パンダ、ライオンって所よ。わかってるでしょうけど、くれぐれも見つからないように移動しなさい』

「どいつもこいつも危険な動物ばっかりじゃねぇか、ちくしょう……!」

 

 志穂を伴って士道が駆ける中。士道が耳に装備している小型インカムを介して、琴里の声が届く。琴里から提供された脱走した動物の情報に、士道は思わず吐き捨てるように呟いた。

 

 

「琴里。どこか、良い逃げ先があったら教えてくれ」

『そうね。ここからだとアイスクリーム屋の隣に先月竣工した新築オフィスビルがオススメよ。入り口がタッチ式の自動ドアだから動物の足止めに期待できるでしょうし、まだテナントがほとんど入っていないビルだから一般人を巻き込む可能性は限りなく低い。加えて、仮に動物が自動ドアを突き破ってビル内に侵入したとしても、屋上にさえ来てくれれば士道と志穂をフラクシナスに回収できるからね。……ナビゲートは必要かしら?』

「いや、場所はわかったから大丈夫だ」

 

 琴里が主張するオススメの逃げ先の場所に思い至った士道は、目的のビルへの最短ルートを即座に脳内で構築しつつ、ひた走る。

 

 

「志穂、まだ体力は大丈夫か? きつかったら遠慮なく言ってくれよ?」

「私はまだまだ平気ッスよ。私は元気が取り柄の女の子なんで」

 

 マフィアと出くわした時から走ってばっかりなため、士道は志穂が無理をして走っていないかを心配する。が、当の志穂は発言通り、息切れも汗もなく、体力を大いに残しているようだった。これなら走ったままの状態でビルまで到着できる。士道は一刻も早くビルの中に入って、志穂の安全を確保するために、さらに足に力を入れて走る。

 

 

「よし、あのビルだ! あそこに入るぞ!」

「うぃッス!」

 

 そして。大通りを挟んだ向かい側に目的のビルを見つけた士道は志穂とともにビルに入ろうとする。本来なら横断歩道の信号が青になるのを待たないといけないのだが、フラクシナスのクルーは今も交通規制を続けているため、この大通りに車は1台も走行していない。ゆえに、士道と志穂は信号など無視して、ビルへと走っていく。

 

 

「いいッ!?」

「んんッ!?」

 

 が、ここで。ビルの隣の道路から体長5メートルは優に超えていそうなキリンが飛び出してきた。キリンもまた相当に興奮しており、士道と志穂の姿を認識すると全速力で突進し、志穂目がけて蹴りを繰り出してきた。

 

 

「志穂ッ――ごふッ!?」

「みゃあ!?」

 

 士道はとっさに志穂より一歩前に出て志穂を庇うも、キリンの前足での蹴りが士道の腹部に抉り込まれる。キリンの強烈な蹴りをまともに喰らった士道はその場に踏ん張ろうとする努力も虚しく、志穂を巻き込んで後方へと吹っ飛ばされた。

 

 

「か、はッ!」

 

 士道は大量に吐血するも、激痛を訴える腹部を手で押さえつつ、立ち上がろうとする。キリンは士道の事情を鑑みて待ってはくれないからだ。現にキリンは何度か首を振る動作をした後、再び志穂の元に突進してくる。キリンの害意はまだまだ収まる所を知らないようだ。

 

 

「せん、ぱい?」

「志穂、行くぞ!」

「ふぇ? え?」

 

 自分のせいで士道が追い詰められている。こんなにも血を流している。その事実を前に、志穂は呆然とその場に座り込む。一方の士道は体を酷使して立ち上がると、志穂をお姫さま抱っこで持ち上げつつ、ビルへと走り出した。刹那、志穂が座り込んでいた場所にキリンが己の体重を存分に乗せた踏みつけを行った。

 

 その隙に、士道はビルへと渾身の力を足に投じて走っていく。腹部に負った重傷のせいで転びそうになるのを気合いで防ぎながら。ビルへと、ビルへと、足を踏み出す。そうして。ようやくビルの自動ドアにたどり着いた士道はタッチスイッチを押して自動ドアを開け、中に踏み込んだ。

 

 自動ドアが閉まった直後、士道たちを追ってビルまで突撃してきたキリンが蹴りを自動ドアに叩き込む。新築オフィスビルの最新技術の詰め込まれた自動ドアであってもキリンの蹴りを完全に防ぐことはできないらしく、キリンの蹴りで自動ドアにどんどんヒビが刻まれていく。だが、例え自動ドアをキリンが破壊したとして、キリンの体長では、ビル内に入ることはできないだろう。

 

 

「ぐ、間一髪だったな」

「……そう、ッスね」

 

 士道の腹部を中心に治癒の炎が駆け巡る中。志穂をお姫さま抱っこ状態から下ろした士道は志穂に語りかける。対する志穂は士道に返事こそするものの、さっきまでとは打って変わって明らかに元気を失っていた。その理由が気にかかる士道だったが、目の前でキリンが自動ドアに蹴りを放ち続ける、心臓に悪い光景をもう見たくないとの気持ちが勝ったため、腹部の怪我が完治したタイミングを見計らい、士道は志穂を連れてビルの奥へと歩みを進めるのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。ゴリラに頭をわし掴みにされたりキリンに蹴られたりと散々である。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。士道たちの逃げ先のビルについてやけに詳しかったのは、以前、ラタトスクの地下施設への出入り口としてあのビルを購入すべきか上層部で検討したことがあったからとのこと。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。士道が傷つきながらも体を張って、ひたすらに自分を守ろうとする姿に思う所があるようだ。

自動ドア「ここは俺に任せて先に行け!」
士道「じ、自動ドア先輩!」

 というわけで、11話は終了です。ゴリラや熊、キリンの鳴き声は動画で何度か確認したのですが、セリフに落とし込むのはちょっと難しそうだったので、地の文でどうにかごまかしました。


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12話 自重を忘れた世界


世界「よーし、パパ頑張っちゃうぞー♪」
士道「まだ頑張ってすらいなかった、だと……!?」

 どうも、ふぁもにかです。最近、世界に関するサブタイトルを考えるのが何だか楽しいです。だけど、そろそろサブタイトルに世界の2文字をつけるのは終わりになるでしょうね。



 

 

 天宮動物園から脱走した動物たちの脅威から逃れるために、士道と志穂は命からがら新築オフィスビルに逃げ込むことに成功した。

 

 

「あの、先輩……」

「どうした、志穂?」

「あ、いえ。何でもないッス。ごめんなさい……」

 

 相変わらずキリンがビルの出入り口に陣取り、断続的に蹴りを自動ドアに放つ中。士道はキリンから距離を取るために志穂を連れてビルの奥に進む。その際、志穂が士道の顔色をうかがいながらおずおずと声を掛けてくるも、士道が志穂の方を向くと、今にも消え入りそうな声を残して口を閉ざす。このビルに逃げ込んでからというもの、志穂からは彼女らしい元気さが、テンションの高さがすっかり鳴りを潜めていた。いつになく志穂がシュンとしている。志穂に明るさを取り戻してほしい士道は少々頭を悩ませた後、無駄にキリッとした表情とともに志穂に話しかけた。

 

 

「志穂。実は俺、ドMなんだ」

「…………ふぇ?」

「俺が今、志穂を守っているのは、志穂を封印して幸せにしたいって思いも確かにあるけど、実は志穂に迫る死の脅威を俺が代わりに喰らって、苦痛を楽しみたいからでもあるんだ。志穂を狙う死の呪いが、他の人も巻き込んで殺したことは一度もないって志穂が保証してくれたからな。死なない程度の攻撃を喰らうことを楽しむには、志穂の隣にいることがうってつけってわけだ」

 

 士道の突然の性癖カミングアウトに志穂が文字通り固まる中。士道は両手で己の両肩を抱いて、くねくねと動かしながら、自分がいかに被虐嗜好であるかを語っていく。この時、士道は自分の中に神無月恭平の性格をインストールしたつもりでドMを演じている。ゆえに、士道は決してドMではない。少なくとも士道本人はそう思っている。

 

 

「え、えと、先輩?」

「だからな、志穂。俺が勝手に志穂を守って、勝手に傷ついて、勝手に喜んでるだけだから、志穂が気に病むことなんてないぞ。いつも通りの元気な志穂でいてくれると俺は嬉しい」

 

 ただただ困惑する志穂に、士道は罪悪感を抱かなくていいと主張する。士道は志穂に元気がなくなった理由に目星をつけていた。優しい志穂のことだから、自分のために士道が何度も傷つく様に、自責の念を抱いているのではないかと考えたのだ。だからこそ。士道は虚偽のドM宣言を活用して、これからいくら自分が傷つこうとも気にしないでくれと志穂にお願いをする。

 

 

「ぷ、くくく。な、何スかそれ! あははははッ!」

「志穂?」

「全くもう、先輩の身を案じたのがバカらしく思えちゃうじゃないッスか。……気を遣ってくれて、ありがとうございます。でも、別に先輩はドMじゃないッスよね? だってもしも本当にドMなら、キリンの蹴りとか喰らった時にもっと恍惚な表情になってたでしょうし」

「た、確かに。それもそうか」

 

 結果。志穂はお腹を抱えて笑い出した。そして、幾分か元気を取り戻した志穂は士道にぺこりと頭を下げた後、士道が道化を演じていることを看破している旨をしかと伝えた。志穂を騙すことに失敗した士道だったが、志穂が元気になってくれたことに安堵の息を吐いた。

 

 と、その時。ガラスの破砕音が、士道と志穂の元に盛大に響いた。どうやら自動ドアがついに破砕してしまったらしい。同時に、自動ドアのあった方向から、キリンとは全く別の猛獣の唸り声が響いてきた。いつの間にやら自動ドアの破壊作業にキリン以外の動物も関わっていたようだ。

 

 

「――っと、少しゆっくりしすぎたな。志穂、屋上へ行こう。上階に行けば動物も早々追いついてこないからな」

「はいッス」

 

 士道は志穂とともにエレベーターの中に入り、操作盤の最上階のボタンを押す。エレベーターのホームドアが無事閉まったことを確認し、士道は内心で安堵の息を吐いた。もしかしたらエレベーターのホームドアが閉まる前に、自動ドアをぶち破ったライオンやらチーターやらが飛び込んでくるかもと戦々恐々としていたためだ。

 

 どうやらこの新築オフィスビルは20階建てであるため、エレベーターの上昇速度も中々に速い。あっという間に10階、11階、12階と高度を上げていく。さすがに20階のエレベーターフロアで何か志穂に命の危機が発生するとは思えないが、心構えはするべきだろう。士道は20階に到着した時、何が起こってもいいように改めて気を引き締めた。

 

 

「うわッ!?」

「むぃ!?」

 

 と、その時。ガコンと、エレベーターが大きく揺れたと同時に、突如としてエレベーターが上昇を停止した。士道は転びそうになるのを何とか堪えた一方、志穂はバランスを崩した体を立て直せないままに尻餅をついた。

 

 

「うぅ、お尻痛いッス……」

 

 志穂が涙目でお尻をさする様子をよそに、士道がエレベーター上部の階数表示器を見やると、17階と表示されている。どうして急にエレベーターが止まったのか。何だか嫌な予感が士道の頭をよぎった瞬間、士道の感覚が正解だと言わんばかりにエレベーターが急降下を始めた。

 

 

「なぁッ!?」

「えええ!?」

 

 強烈な重力が士道と志穂を襲う中、まさかまさかの事態に士道と志穂はそろって驚愕の声を放つ。なぜならエレベーターは安全を担保するために様々な方面から何重にも対策が為されており、それら全てがそろって機能しないなんてとんでもない事態でもなければ、エレベーターが急降下するなんてまずあり得ないからだ。だからこそ、これは。今のこの状況は。世界が自重を忘れて、志穂を本気で殺しにかかっている証左と言えた。

 

 

「琴里、俺はどうすれば――ッ!?」

 

 士道は現状打破の一手を琴里が持っていないかを尋ねようとするも、ここで耳に装着していた小型インカムがなくなっていることに気づいた。おそらく、キリンに襲われたあのタイミングで不幸にもインカムを落としてしまったのだろう。

 

 

「せ、せせせせ先輩!? どうするッスか、これぇ!?」

「……志穂。自分の体が床につかないようにして、俺の体の上に覆い被さってくれ!」

「へ? え?」

「早く! これが一番生き残れる方法のはずなんだ!」

「りょ、りょーかいッス!」

 

 階数表示器に示された階数の数字がどんどん減少する中。慌てふためく志穂を前に、士道はエレベーターの中央で仰向けになると、志穂に自分の上に乗るよう指示する。士道の指示の意味がわからず頭の上にしきりに疑問符を浮かべる志穂を士道が急かすと、志穂は士道に言われた通りに士道の体の上に覆い被さった。

 

 この時、士道は以前、何かの番組で今のようにエレベーターが急降下した時の対処法について扱っていたことを思い出していた。その時、悪手として紹介されていたのは、エレベーターの着地のタイミングを見計らってジャンプをすることと、その場で棒立ちになっていること。そして、生存率の高い方法として、エレベーターの中心で仰向けになることが紹介されていた。その際、自分の下に何か敷ける物があるとさらに生存率は上がるそうだ。

 

 ならば。この状況を志穂を死なせずに乗り切るには、士道の体という敷き物の上に志穂を配置することがベストなはずだ。そうすることで、エレベーターが地面に衝突した際の衝撃が士道を経由して志穂に届くため、志穂が死なずに済むかもしれないのだ。代わりに、この方法だと士道の命が危うくなるが、そこは例え世界が本気で志穂を殺す気なのだとしても、世界が今まで志穂殺害の際に他の人まで巻き込んで殺したことがないという例外のない法則を信じるしかなかった。

 

 

「せ、先輩! 本当にこれで大丈夫なんスか!? 本当に!?」

「大丈夫だ! 俺を、信じてくれ!」

 

 志穂の激しい心臓の鼓動が士道に伝わってくる。この鼓動が止まることなどあってはならない。志穂は何が何でも守り抜かなければならない。志穂がギュッと目を強く瞑る中、士道は志穂の体を強く抱いた。そして。呼吸ができなくなるほどの強烈極まりない衝撃が、鼓膜を平然と突き破るレベルの轟音が、士道を容赦なく襲った。

 

 

 ◇◇◇

 

「ぐ、ぁ……!」

 

 士道が次に意識を取り戻した時。最初に感じたのは熱だった。熱い。ひたすらに、飛び上がりたくなるほどに熱い。熱い。熱い。士道はたまらず悲鳴を上げる。そして。士道が目を開けると、士道の傍らにペタンと座り込む志穂の姿があった。その綺麗なエメラルドの瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ちている。

 

 

「志、穂?」

「――先輩! よかった、炎が出てくれた……! 先輩の体から全然炎が出てこないから、もしかしたらって……でも、よかった。よかったぁ!」

 

 主に頭や背中、腰を中心に、治癒の炎が士道を焼き始める中。士道が志穂の名を呼ぶと、ハッと士道の方に視線を向けた志穂があふれる涙を拭いながら歓喜の声を上げる。士道は全身を焼く治癒の炎が収まってから、志穂に声を掛けた。

 

 

「……志穂。怪我は、ないのか?」

「先輩のおかげでちょっと体にあざができたくらいで済んだッスよ」

「そうか。……俺は、どれくらい気絶してたんだ?」

「えっと、多分1分くらいッス」

 

 志穂に問いを投げかけながら、士道は体に力を入れてその場に立ち上がる。エレベーターのホームドアが開いていないことからして、今の士道と志穂はエレベーターの中に閉じ込められている状況なのだろう。士道は試しに外部連絡用のインターフォンを押して外部に救助を求めようとするも、反応はまるでなかった。

 

 

「通じないッスね。……もしかして、世界は私を餓死させる気なんスかね? 今までのことを思うと、随分悠長なことをしてくるなって印象ッス」

 

 インターフォンが全然仕事をしてくれない様子を受けて、志穂が世界の狙いについて考察する。一方の士道は、外部と連絡できないことへの動揺はなかった。エレベーターの全ての安全装置が機能せずに急降下した時点で、インターフォンで外に助けを要請できないことは容易に想定できたし、士道にはエレベーターに閉じ込められた窮状を切り抜ける手段があったからだ。

 

 

「来てくれ、鏖殺公(サンダルフォン)

 

 士道が虚空に手を伸ばして十香の天使の顕現を求めると、士道の願いを聞き届けた、金色に輝く一振りの巨大な剣が虚空に浮遊する形で現れた。

 

 

「先輩、それは一体……」

「これも俺が封印した精霊の、十香の力だ。今から脱出口を作るから、志穂は下がっててくれ」

「は、はいッス」

 

 志穂が背後に下がったのを確認した後、士道は鏖殺公を掴み、振りかぶる。そして、志穂を守り抜くという強固な覚悟を胸に宿しつつ、士道が勢いよく鏖殺公を振り抜くと、鏖殺公から放出した光が、エレベーターのホームドアを、その先の障害物を難なく破壊した。

 

 

「おおお……!」

「志穂、ここから出よう。餓死はごめんだからな」

 

 鏖殺公の威力に志穂が興奮の声を漏らす一方、きちんと脱出口が確保されたことを確認した士道は鏖殺公を顕現解除し、志穂にエレベーターからの脱出を促した。

 

 

 ◇◇◇

 

 エレベーターから脱出を果たし、ビルの1階に戻ることとなった士道と志穂は、慎重に周囲の気配を探っていた。なぜならつい先ほど、動物が自動ドアを破壊し終え、ビルの中に侵入したはずだからである。しかし、少なくとも士道には付近に動物の気配は感じられなかった。

 

 

「志穂、どうだ?」

「んー、それっぽい気配はしないッスねぇ。1階にはいなさそうッス。……それより先輩。ちょっと携帯でニュースを見てみたらどうッスか? 動物の集団脱走事件の続報があるかもですし」

「あ、その手があったか」

 

 志穂の提案を受けて、士道は携帯を取り出し、ニュースサイトを開く。すると、『天宮動物園の動物集団脱走事件、逃げ出した動物が全て捕獲される』との見出しが掲示されていた。その見出しに添えられた写真には、天宮動物園の職員らしき人物が麻酔銃で無力化させたらしいゴリラを園内に運搬する姿が写されていた。

 

 

「早いな、おい!?」

「おおう。動物園の職員さん、超優秀ッスね。あ、いや、本当に優秀ならそもそもこんな大規模の動物集団脱走事件なんて発生しないはずッスけど」

 

 顕現装置でも使ったのではないかと疑いたくなるほどの動物園側の迅速な対応に士道と志穂はそれぞれ驚愕した。その後、天宮市から動物の脅威が消え去ったと知った士道は、ビルから外に出ることに決めた。何せ、いくら新築ビルとはいえ、エレベーターが急降下をしでかすようなビルである。長居すれば、さらなる死の呪いが志穂に迫るのではないかと士道は推測したのだ。

 

 

「志穂」

「言わずともわかるッスよ、先輩。私もこれ以上このビルにはいたくないし、賛成ッス。このままこのビルに留まってたら死の呪いが大挙して押し寄せてきそうなんで」

「お、そっか。以心伝心だな、俺たち」

「うぃ、相性バッチリッスね」

 

 そのような士道の考えをしかと読んでいた志穂は、士道の方針に同意する。そして、士道と志穂はお互いを見つめ合い、ともに笑い合う。あまりに濃厚すぎる半日を経て、士道と志穂の心の距離は随分と縮まっているようだった。

 

 

「ッ!?」

 

 と、その時。士道は気づいた。志穂の頭上の天井が今にも崩れ落ちようとしていることに。ビルの一部が崩落しようとしている。このままでは志穂が崩落に飲み込まれてしまう。倒壊した上階部分に志穂が潰されてしまう。

 

 

「志穂ッ!」

 

 士道の体は反射的に動いた。まず志穂の手をグンと強く引っ張り、士道の背後の方へと志穂の体を無理やり走らせる。そうして、志穂をビルの崩落範囲から逃がした所で、士道もまたビルの一部崩落を回避しようとして――間に合わず、士道は崩落に巻き込まれるのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。士道さんって基本的にMだけど、琴里さんに対してはたまにS要素が入る印象です。つまり、士道さんは義妹ルートをご所望……?
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。そろそろSAN値ピンチになっている疑惑。士道さん、一生懸命なのはわかるけど、できれば自分も怪我しない方法で志穂さんを守ってあげてください。

自動ドア「ぐああああああああッ!!(断末魔)」
士道&志穂「「せ、せんぱーい! (`;ω;´) 」」

 というわけで、12話は終了です。エレベーターの事故もビルの一部崩落も日本の新築オフィスビルじゃまず発生しないことからして、まぁあれです。世界に嫌われるのって、怖いですね。


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13話 膝枕の騎士


琴里(聞こえる? 聞こえるわよね、士道)
士道(え!? インカムはなくしたのにどうして琴里の声が!?)
琴里(今、士道の心に直接呼びかけているの)
士道(ッ! そんなことができるのか!?)
琴里(緊急事態よ、士道。十香たち精霊がいつまで経っても一向に自分たちに出番がなさそうなことに絶望して一斉に反転しちゃったわ)
士道(なん、だって!?)
琴里(頼れるのは士道、あなただけなの。何とかして、十香たちを鎮めるのよ)
士道(えええええ!?)

 どうも、ふぁもにかです。今回は少しだけ志穂さん目線が入ります。100%士道さん目線だと何だか物語にアクセントがたりないような気がしましてね。



 

 

 新築であるはずのオフィスビルでのエレベーターの急降下という窮地を、士道の機転のおかげで死なずに乗り越えることのできた志穂に待っていたのは、ビルの一部倒壊から志穂を守った士道が、落ちてきたビルの上階に飲み込まれる光景だった。

 

 

「あ……」

 

 志穂が呆然とした声を漏らす中、士道を押し潰したビルの上階が地響きを轟かせる。ぐらぐらと揺れる床に志穂はバランスを崩し、ペタンと座り込む。志穂の目の前には、士道を下敷きにした上で瓦礫の山が築かれている。志穂が視線を下に向けると、士道のものと思しき赤い液体が瓦礫の隙間からじわじわと流れ出ている。

 

 

「あああ……!」

 

 とうとう士道が死んでしまったのではないか。そんな予感が志穂の脳裏をよぎった時、志穂は己の胸が強烈に引き絞られるかのような心境に陥り、絶望の声を上げる。

 

 同時に、志穂は眼前の光景に既視感を感じていた。今のシーンだけではない。士道が志穂を庇って怪我をするごとに。士道が血を流すごとに。志穂の中で、何かがよぎる。既視感を覚えるとともに、ノイズ混じりのブレブレの映像が脳内に表示される。

 

 志穂なんかを死の呪いから救おうとするような酔狂な人なんて、士道以外にはいなかったはずなのに、前にも似たようなシーンがあったような気がするのだ。かつて誰かが志穂ごときのために奮闘してくれていたような気がするのだ。そんな感覚を意識した途端、志穂はまるで涙を制御できなくなる。気が狂いそうになってしまう。

 

 

「先輩! 先輩ッ!」

 

 だが、今は狂ってしまってはダメだ。もしかしたら士道はまだ生きているかもしれないのだから。志穂は弾かれたように瓦礫の山へと近づくと、瓦礫の山の撤去を始めた。速やかに瓦礫を1つ1つ拾い、別の場所に移動させる。鋭利な瓦礫で手を傷つけてしまおうとも構わずに、志穂は必死に瓦礫の山を解除していく。何度も何度も士道のことを呼びながら、士道の生存を心から祈りながら、志穂は迅速に体を動かすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ぁ」

 

 まぶたの裏に優しい光を感じ取ったことを機に、士道は意識を取り戻す。ゆっくりと士道が目を開けた時、士道は己が仰向けになっていることに気づいた。どうして自分は眠っていたのだろう。混濁する記憶の中、士道の目の前に志穂の顔があることを認識する。

 

 そう。そうだ。士道はビルの一部倒壊から志穂を守るために志穂を逃がした後、自分も逃げようとして、だけど間に合わずに崩落に巻き込まれてしまったのだった。なら、どうして自分は今、志穂の顔を見上げているのだろうか。そこまで考えて、士道は己の後頭部に何やら温かく柔らかい感触があることに気づいた。そして、よく見れば、志穂の顔よりも近くに、志穂の慎ましやかな胸が見えていることにも気づいた。

 

 

(え、まさか俺……志穂に膝枕されてるのか!?)

「――ぁぐ!?」

 

 士道は慌てて志穂の膝枕状態から脱しようとするも、下半身から鋭い痛みが襲ってきたため、士道は起き上がることを断念する。士道が下半身に視線を向けると、士道の腰から足のつま先までを満遍なく、弱々しい治癒の炎が這いまわっている様子がうかがえた。どうやらビルの倒壊に巻き込まれた際に、下半身に相当酷い怪我を負ったらしい。

 

 

「あ、先輩。やっと目が覚めたんスね。……先輩を治す炎の威力がかなり弱まっていたから、もしものことも覚悟してたッス。先輩の生命力の強さに感謝ッスね」

「志穂が、助けてくれたのか?」

「はいッス。先輩を押し潰した瓦礫をどうにか取り除いて、先輩を引きずり出したッスよ」

「そうだったのか。ありがとう――って、志穂!? その手、どうしたんだ!?」

「あ、これッスか? ちょっと瓦礫を撤去する際に手を切っただけッスよ。先輩に比べれば、この程度、怪我の内にも入らないッス」

 

 士道が動こうとしたことで士道の目覚めを悟った志穂は涙を指で拭いながら深々と安堵のため息を吐く。ビルの一部倒壊に巻き込まれた士道を志穂が救ってくれたことを知った士道は志穂に感謝しようとして、ここで志穂の両手にハンカチが巻かれており、そのハンカチがじんわりと血でにじんでいることに士道は気づいた。士道が気絶している間に何か死の呪いの類いが志穂を襲ったのか。士道が慌てて志穂に尋ねると、志穂は何てことなさそうに微笑んだ。

 

 が、士道としては非常に複雑な心境だった。士道は先日、志穂を守り抜くことを自信満々に宣言した。なのに、士道は志穂を死なせてこそいないものの、志穂を全然守れていない。志穂に怪我をさせた上に、志穂を不安にさせて、怖い思いをさせて、挙句の果てには泣かせてしまって。確かに、志穂は自分を死なせさえしなければ、志穂を守り切ったと判断し、士道による封印を受け入れると主張した。が、士道は志穂を無傷で守り抜くつもりだったのだ。志穂の心をも守り抜くつもりだったのだ。なのに、この体たらく。情けなくて仕方ない。

 

 

「志穂。俺の怪我はもう少しで完治するから、まずは病院に行って、志穂の手をちゃんと手当してもらおう。本当ならラタトスク機関の医療用顕現装置を使えればいいんだが、今は琴里との連絡手段がないからな」

「……」

「志穂?」

「……もう、いいッスよ。十分ッス」

 

 だが、いくら自分が力不足だからといって、腐っているわけにはいかない。士道は今後の方針として志穂とともに病院に向かうことを示す。が、志穂はしばし沈黙した後、フルフルと力なく首を左右に振り、士道の案を却下した。

 

 

「先輩。デートはもう、終わりにしないッスか?」

「え?」

「先輩はこれまで十分頑張ってくれたッス。いくら治癒能力があるからって、私のために、こんな私なんかのために、何度も何度も傷ついて……私を守り抜くって先輩の言葉がウソじゃないことはもうわかったッス。だからもう、デートは終わりにして、ここで私とキスをしませんか? 私の先輩への好感度が十分かはわからないから上手くいくかは未知数ッスけど、でも、でも! このままデートを続けたら、先輩が! 先輩が死んじゃう! そんなの嫌なんスよ! だから……!」

 

 志穂からの唐突な提案に戸惑う士道に、志穂は再び涙をぽろぽろ零しながら、今から封印のキスをしようと提案する。志穂の涙が、ぽたぽたと士道の頬に落ち、床へと伝っていく。

 

 

「志穂……」

 

 冷静に考えれば、この状況は明らかに好機だ。見た所、志穂は士道に十分なほどの好感度を抱いてくれている。でなければ、士道の身を案じて、こうも涙を流してはくれないだろう。ゆえに、ここで志穂とキスをすれば志穂の霊力を完全に封印できる。結果、志穂が完全な死の呪いに襲われることはもうなくなるのだ。今まで志穂を襲い続けた死の呪いとは比べ物にならないほどにしょぼい不幸体質を背負うのみで済むようになるのだ。ならば、士道は志穂の提案を受け入れるべきだ。

 

 

「いや、志穂。キスはデートの最後まで取っておかないか?」

 

 だが。士道は、今は志穂とキスをしないことにした。当初、志穂が提案した条件通り、今日のデートをきちんと完遂した後に志穂とキスをすると決めた。対する志穂は、まさか士道が自分の提案を突っぱねるとは考えていなかったのか、エメラルドの瞳を驚きに見開く。あの時、士道が志穂の死に芸事情を知ってなお、志穂を封印すると主張した時と同じような構図だ。

 

 

「せん、ぱい? 何を言ってるんスか? ここで冗談とか、笑えないッスよ?」

「冗談じゃない。俺は、本気だ」

「この期に及んでまだデートを続けるつもりとか、ふざけないでください! 先輩、このままじゃ本当に死ぬッスよ!? 確かに今まで私を襲う死の呪いが私以外を殺したことはなかったッスけど、それは私が死の呪いに抵抗できずに殺されていた時の話ッス! 今は状況が違うんスよ! 先輩が私の死を妨害し続けている以上、世界が痺れを切らして、前例なんて知ったことかって、先輩ごと私を殺しにかかってきたって何もおかしくないんスよ! なのに、どうしてここでデートをやめないッスか!? 私を封印したいんじゃなかったんスか!? 自殺願望でもあるんスか!?」

「……確かに、俺は志穂を封印したい。けど、ここで志穂とキスをして、デートを途中で切り上げたら、志穂を守り抜くってあの時言ったことがウソになっちまう。それは、許せないんだ。だって、あの時の言葉をウソにしてしまったら、志穂を幸せにしてみせるって俺の言葉も、ウソになってしまいそうな、そんな気がするからな」

「……」

「わがままを言っているのはわかってる。志穂の言う通りにした方がいいのもわかってる。けど……なぁ、志穂。もう少しだけ俺に志穂を守らせてくれないか? 俺に白馬の王子さまを頑張らせてくれないか? もう、こんなヘマはしないから。これからどんな死の脅威が迫っても、志穂も、俺も傷つかない形でカッコよく守ってみせるから。志穂を守り抜くって言葉を完全に証明してみせるから。だから、キスはデートの最後まで取っておかないか? 俺は悲しそうな顔で涙をボロボロ零す志穂とじゃなくて、幸せそうに笑顔を浮かべる志穂とキスをしたいからさ」

「ッ!!」

 

 志穂の士道を思っての悲痛な叫びを一度しっかりと受け止めた上で、士道は己の胸の内をさらけ出す。その上で、士道は志穂とのデートを最後まで続けたいと主張する。士道の心からの頼みに、志穂は赤らむ頬を隠すように顔をうつむかせつつ、両手で拳を作り、ぽかぽかとかわいらしい効果音がつきそうな程度の軽い威力で士道の胸を叩き始めた。

 

 

「……ばか。せんぱいの、ばか」

「返す言葉もございません」

「私に膝枕された状態で言ったって、全然カッコよくないッスよ」

「ははは、確かにな」

「…………先輩を、信じるッス。だから、頑張ってください。世界なんかに負けないでください」

 

 何度か志穂が士道の胸を叩いた後。志穂は士道の瞳を覗き込むように顔を近づけ、士道の意思に従う旨を伝えた。志穂が士道を信頼してくれている。朝の時のような失望しない程度の期待ではなく、全幅の信頼を寄せてくれているのが、志穂の眼差しが如実に示している。

 

 

「あぁ、任せてくれ。世界が悔しがるような、素敵なデートにしよう」

 

 ゆえに。士道はニィッと晴れやかな笑みを志穂に返すのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。なにこのイケメン。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。うん、堕ちたな。これで志穂さんも晴れて士道さんハーレムの一員決定かな(早合点?)

 というわけで、13話は終了です。この後のデートをダイジェスト風味にするか、もう少しだけデートの描写を頑張るかでただいま考え中です。ストックのない見切り発車な作品はこういう所で融通が利くのが個人的に利点ですね。なお、難点は伏線管理が大変なことです。


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14話 世界を手玉に取る男


士道「志穂を襲う死の呪い。これには必勝法がある」
世界「ッ!?」

 どうも、ふぁもにかです。今回もちょっとややこしい内容が入っているかもしれません。さすがに6話よりはマシだと思うのですが……それもこれも私の説明能力不足が招いた悲劇なんですよねぇ。もっとわかりやすい文章を書けるようになりたいです。



 

 

「それで、先輩。次はどこに行くッスか?」

「あぁ。ちょうど近くに天宮百貨店があるから、そこに行くつもりだ。……志穂はどこか行きたい所はあるか?」

「いーえ、先輩にお任せするッス。えへへ」

 

 士道と志穂がビルから立ち去り、病院で志穂の手の治療をしてもらった後。志穂の問いに士道が返答した際、散歩デートなのに最初以降、志穂に行き先の希望を聞いていないことを思い出した。ゆえに士道は志穂に問い返すも、対する志穂は照れ顔を浮かべつつも士道の腕に抱きつきながら、士道のデートプランに乗っかる意思を示した。

 

 と、その時。士道と志穂の歩く歩道が唐突に沈み始めた。

 志穂の足場を起点として歩道が重力のままに真下に落ち始める。

 

 

「ちょッ、地盤沈下ッスか!?」

 

 突如歩道で発生した地盤沈下は中々に規模が大きく、士道と志穂はみるみるうちに地面の下に落ちつつある。これが世界のもたらした志穂への死の呪いならば、志穂がこのまま地盤沈下に巻き込まれたら最後、志穂の死は避けられない。

 

 

「先輩!」

「あぁ、任せろ!」

 

 が、士道を全面的に信じている志穂は慌てずに士道を呼ぶ。士道はそんな志穂の期待に応えるべく、己の足を起点として氷を表出させた。士道の足から発生した氷は、士道と志穂の足元から、地盤沈下を起こしていない地点の歩道までを繋ぐ、緩やかな氷の階段を構築する。

 

 そう。これまで封印した精霊の力を利用することができる士道は、地盤沈下から士道も志穂も無傷で助かるために四糸乃の天使:氷結傀儡(ザドキエル)を駆使したのだ。

 

 

「行くぞ、志穂!」

「おおお! 先輩のお姫さま抱っこッスか! やったー!」

 

 いくら氷の階段で歩道とともに士道と志穂が落下する展開は防げたとはいえ、空中に生成した氷の階段も間もなく重力に従って落下していく以上、ゆっくりしてはいられない。そのため、士道は両手で志穂の体を軽々と持ち上げると、階段を軽快に駆け上がっていく。一方、士道の腕の中の志穂は死の呪いのことなど全然意識せずに純粋にはしゃいでいる。

 

 

「よし、この辺まで来れば大丈夫か」

「先輩、さっきの氷も精霊の力ッスか? カッコいいッスよ! 輝いてるッスよ!」

「お、そうか? ――っと!」

 

 地盤沈下が発生した地点からある程度離れた歩道にて。士道は志穂に褒められつつも、お姫さま抱っこ状態の志穂を下ろそうとして、中止する。代わりに再び氷結傀儡(ザドキエル)を発動させ、士道と志穂を包み込むように大きめな氷の立方体を構築する。

 

 

「先輩? 急にどうし――ひゃッ!?」

「やっぱりな。そろそろ来ると思ってたぜ」

 

 士道の行動の意図が読めず、志穂が尋ねようとした時。突然、士道と志穂を囲う氷の立方体に轟音が轟いた。至近距離で爆弾が起爆したのではないかと思えるほどの激しい音が志穂の鼓膜を奇襲してきたため、志穂はビクリと肩を震わせ、悲鳴を上げる。だが、士道は想定内だと言わんばかりに頭上を見上げ、言葉を紡ぐ。

 

 

「……い、一体何が起こったッスか?」

「志穂目がけて雷が落ちてきたんだよ。氷で守ったけどな」

「雷ッスか!? いや、でも雨降ってないッスよ!?」

「乾雷って言ってな。雨が降ってなくても雷が発生することがあるんだよ」

「ふぇぇ、そうなんスね。よく今、雷が来るってわかったッスね」

「わかってたわけじゃないさ、ただの勘だ。けど、今までの死の呪いの傾向からいつ雷が落ちてきてもおかしくないとは思ってたからな。だから後は自分の直感を信じて、しかるべきタイミングで氷結傀儡(ザドキエル)を使って志穂を守ればいいってわけだ」

「はぇぇ……」

 

 士道は己と志穂を守る氷の立方体を霧散させつつ、志穂の疑問に答える。士道の自信満々な様に、志穂はただただ感心するのみだ。そう、士道は志穂に雷が落ちる直前、寒気を感じたのだ。それは、かつて霊装を纏っていない十香が折紙に狙撃されそうになった時と同種の感触だった。過去の経験からこの手の勘に従った方がいいことを知っているからこそ、士道は雷の落ちる寸前に志穂を守る氷のバリアを用意したのだ。

 

 

「先輩。さっきから凄いじゃないッスか! 確かに私は先輩を信じたッスけど、それでもまさか先輩がこうも私を襲う死の呪いを難なく攻略してみせるとは思わなかったッスよ。……でも、どうして先輩は私の死の呪いに上手に対処できるようになったんスか!? 私、とても気になるッス!」

「ほう、知りたいか?」

「はいッス! もったいぶらないで教えてほしいッス!」

「わかったよ、志穂」

 

 天宮百貨店へ向かう道中。志穂は士道が地盤沈下と乾雷から自分を見事に救ってくれたことへの興奮から目を輝かせながらも、士道に率直な疑問を投げかける。士道が即時の種明かしを控えようとすると、志穂は戦略的な上目遣いで士道から回答を引き出す作戦を発動させた。結果、志穂の作戦が士道に効果抜群だったのか、元々士道はそのつもりだったのか。士道は種明かしを始めた。

 

 

「簡単な話だよ。志穂を襲う死の呪いの性質が大体わかってきてな。その性質を利用することで、俺はさっきから志穂を上手に守っているんだ」

「死の呪いの性質ッスか?」

「あぁ。世界は志穂を嫌っていて、だから志穂に死の呪いを行使してくる。だけど、例えば『志穂の目の前にいきなり、過去の世界からタイムスリップさせた恐竜を召喚して、恐竜に志穂を喰い殺してもらう』なんて非現実的すぎることを、死の呪いはやらないだろう?」

「まぁ、そうッスね。だって、恐竜を現代に持ってくるなんて、いくら世界でも無理でしょうし」

「つまり、だ。死の呪いってのは、現実に存在する材料を利用してでしか、志穂を殺せないんだ。公園の時は、近くに木があったから、その内の1つを根腐れでもさせて志穂目がけて倒木させた。来禅高校の時は、ちょうど野球部が部活動をしていたから、野球ボールが志穂の頭に向かって飛ぶようにした。マフィアの時は、たまたま志穂に殺意を抱くマフィアが天宮市にいたから、マフィアに志穂のことを気づかせて銃殺させようとした。ビルの屋上に行こうとした時は、俺たちがビルのエレベーターに乗ったから、エレベーターに施された全ての安全装置を作動させずに急降下させて志穂を殺そうとした、なんて具合にな」

「ふむふむ」

 

 士道は志穂が話を理解できるように丁寧に種明かしを行っていく。その途中で天宮百貨店に到着した士道と志穂は、自動ドアを通り、天宮百貨店の中に入る。そして、士道の先導の下、2人はエスカレーターを利用して2階へと上がっていく。

 

 

「世界は現実的にあり得るやり方でしか志穂の命を狙えない。そうだとわかれば、状況次第じゃ死の呪いの内容を絞り込めると思わないか?」

「え?」

「そう、例えば――」

「――わッ!?」

 

 士道の解説の途中で、士道と志穂の乗るエスカレーターの踏板が2階へと到達する。まず最初に士道がエスカレーターを降り、志穂も後に続こうとする。が、ここで志穂の乗るエスカレーターの踏板が文字通り、落ちた。まさかの事態に志穂は目を見開く。志穂の体も為すすべなく落下し、エスカレーターの中に飲み込まれそうになる。が、士道が志穂の腰を両手で掴み、持ち上げたことで志穂の体がエスカレーターに飲み込まれずに済んだ。

 

 

「大丈夫か、志穂?」

「は、はいッス。さすがッスね、先輩」

「どういたしまして」

 

 士道は志穂の体を床に下ろし、志穂に怪我がないか確認すると、付近にいた天宮百貨店の従業員にエスカレーターの踏板のことを報告した。その後。士道は志穂を伴って天宮百貨店2階を移動しながら、解説を再開する。

 

 

「ちょうど今みたいに、志穂がエスカレーターに乗れば、世界は志穂の乗る踏板を落として、志穂をエスカレーターに飲み込ませようとするだろうなと想定して、志穂を助けることができる」

「おおお……!」

「さっきの地盤沈下や落雷も似たような原理だよ。動物の集団脱走騒ぎで人気がない上に、車道に車が全然ない状態の歩道で志穂を襲うであろう死の呪いの種類なんてそう多くはない。大雑把に分けるなら、下から志穂を襲うか、上から志穂を襲うかだ。そこまで死の呪いの内容を絞り込めたからこそ、俺は想定済みの死の呪いから志穂を上手く守れたってわけさ」

「おおおお……!」

「今までは死の呪いの性質がわからなかったから不意打ちの死の呪いを前に後手に回るしかなかったけど、性質を大体理解した今なら、死の呪いに先手を打つことができる。死の呪いの内容を絞り込みやすいシチュエーションを敢えて用意して、俺の想定した死の呪いの内容の範囲内で、俺の想定したタイミングで、死の呪いに志穂を襲ってもらうことだってできるわけだ」

「おおおおおお……!!」

 

 士道の解説を一言一句聞き逃すまいと聞き入っていた志穂の目が、士道の解説が締めくくりに向かうにつれてどんどん輝きを増していく。興奮の声もどんどんボルテージを増していく。

 

 

「凄い、凄い凄い凄い! 先輩、凄いッス! 先輩の思い通りに死の呪いを操って、私を守りやすくするなんて、私今まで全然考えたことなかったッスよ! まさかこんな方法があるとは……!」

「だろう? これからも今みたいに志穂を守ってみせるから、俺に任せてくれよな」

「はいッス! 先輩を200パーセント盲信待ったなしッスよ!」

 

 その場でぴょんぴょん飛び跳ねながら興奮を体全体で表現する志穂を前に、士道は得意げに笑みを浮かべる。志穂には死の呪いをさも完全に攻略したかのように発言した士道だが、当の士道は死の呪いを完全攻略しただなんて慢心などしていなかった。いくら志穂を守りやすくするべく、死の呪いの内容を絞り込めるように状況を整えた所で、仮に百貨店内にテロリストが仕掛けた爆弾が志穂の足元で起爆した、なんてことが発生すれば、いくら士道が想定済みの死の呪いであっても、志穂を守り切れないかもしれないのだから。

 

 だが、一方で。士道は現状を鑑みた上で、デートの最後まで志穂を守り抜けるだろうと推測していた。志穂は以前、志穂が現界してから死ぬまでの時間を約2時間だと言っていた。単純に捉えれば、志穂は1日に平均12回死んできたわけだ。そして、今日。志穂を襲った死の呪いの数は、倒木、野球ボール&窓ガラスの破片、階段、マフィアの銃撃、ゴリラの拳、キリンの蹴り、エレベーターの急降下、ビルの一部倒壊、地盤沈下、落雷、エスカレーターの踏板落下と、既に11を記録している。となると、今日志穂を襲う死の呪いは残り1つ、多くても残り数回と考えられるのだ。

 

 

(今日の分の、志穂を襲う死の呪いの数は残り少ないはずだ。……ここまで来たんだ、最後の最後まで志穂を守り抜いてみせる!)

 

 士道の思惑を知らず、無邪気にはしゃぐ志穂に隠れて。

 士道は己の覚悟を世界に示すかのように、強く拳を握るのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。志穂に迫る死の呪いの攻略方法をどうにか掴んだようだ。なお、天宮百貨店は死の呪いのせいで今後評判的に大変なことになりそうな予感。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。今までとは段違いで頼もしくなった士道への心酔具合が凄まじい模様。

士道「ほらほら、どうした世界。志穂を殺してみせろよ?」
世界「ぐぬぬ」

 というわけで、14話は終了です。原作を見ていても思ったのですが、氷結傀儡(ザドキエル)ってかなり使い勝手良いですよね。氷属性は最強でこそないけれど、汎用性、応用性においてはトップクラスで優秀だと思う今日この頃です。


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15話 リベンジデート終盤


 どうも、ふぁもにかです。いよいよ明日はデート・ア・ライブ18巻の発売日ですね! 読者としてはただただ楽しみですが、現在デアラ二次創作を執筆している身としては、私の考えた設定が原作と致命的に矛盾してしまわないかと戦々恐々なんですよね。くッ、だからこそ毎日更新をして、18巻の発売前にこの作品を完結させるつもりだったのに……!



 

 

 天宮百貨店にて。士道と志穂は色々な店を回りながら、ショッピングデートを満喫した。その最中、当然ながら死の呪いは志穂の命を刈り取るべく襲いかかってきた。だが、死の呪いの内容を想定しやすいシチュエーションを敢えて用意することで、士道は死の呪いから難なく志穂を助け出すことに成功していた。

 

 わざと志穂に天井に備え付けられたシャンデリアの真下を歩かせ、シャンデリアが落下を開始したと同時に志穂の手を引っ張りシャンデリアの落下地点から志穂を逃がす。わざと志穂とジュエリーショップを訪れることで死の呪いの刺客たる強盗の登場を促し、強盗の威嚇射撃と同時に志穂の目の前に氷結傀儡(ザドキエル)で氷の盾を構築して銃弾を防ぎ、何の前触れもなく突如現れた氷にわけがわからず動転する強盗を取り押さえる。

 

 そのようにして志穂に迫る死の呪いを士道が防いだ結果、死の呪いが今までとは一転して志穂を襲わなくなった。志穂が世界に嫌われ、死の呪いに取り憑かれている。そのような事実がまるで最初から存在しなかったかのように、士道と志穂の元には至極平和な時間が訪れていた。おそらく、今日の分の志穂への死の呪いが尽きたのだろう。

 

 そのため、士道と志穂は天宮百貨店のレストランでゆっくりディナーを堪能した後、天宮百貨店の屋上に足を運んでいた。現在時刻は午後9時であるため、屋上からは天宮市の夜の街並みを一望できる。街灯に窓の明かりが各々闇に彩りを加える様は中々に幻想的である。ゆえに、今日の志穂とのデートの最後にふさわしいと士道は考えたのだ。

 

 

「へぇぇ、雰囲気出てるッスねぇ! 自然豊かな満天の星空を見上げるのとはまた別の趣があって、中々に興味深いッス!」

「気に入ってくれたなら何よりだ」

 

 志穂は軽快な足取りで屋上を動き回りながら、色んな方向から夜景を見下ろして楽しむ。士道は死の呪いへの警戒も一応残しつつ、表では自然とは縁遠い街の夜景を志穂が気に入ってくれたことに安堵の笑みを浮かべる。

 

 

「先輩。今日のデート、凄く楽しかったッス。最初からハチャメチャ続きで、喜怒哀楽で忙しいデートだったけど、終わってみれば一生忘れない最高のデートになったッス。素敵な思い出をプレゼントしてくれて、ありがとうございます」

「そう言ってくれると嬉しいよ。頑張った甲斐があったってもんだ」

「えへへ。私のために頑張る先輩、すっごくカッコよかったッス。よ、男の中の男!」

「あはは。そこまでまっすぐ褒められるとその、照れるな」

 

 屋上からの街並みを十分に鑑賞し終えた志穂は士道へと振り返り、士道に感謝の気持ちを表明する。相変わらず志穂のような見目麗しい美少女に正面から褒めちぎられることに慣れていない士道は恥ずかしさを紛らわせるように頭をかく。一方の志穂はここで、にこやかな笑顔から真面目な顔つきへと切り替え、士道を改めて見上げる。

 

 

「……先輩。私、こんなに長い間、この世界にいたの、初めてッス。今までは現界してはすぐ死んでの繰り返しで、どんなに長くても3時間くらいしかこの世界で生きられなかったッスから。でも、先輩のおかげで、今日は1日中この世界に留まることができたッス。この世界をじっくり楽しむことができたッス」

「志穂……」

「先輩は宣言通り、私を守り抜いてくれたッス。だから、先輩には私を封印する権利があるッス」

 

 志穂は士道に向けて一歩、一歩近づいていく。

 志穂は期待と不安がない交ぜになった眼差しを士道へと注ぐ。

 

 

「……ねぇ、先輩。もう、私は死ななくていいんスよね?」

「あぁ、当然だ」

「先輩とキスをしたら、私の残機はたったの1になっちゃうけど……これからも先輩が私を守ってくれるんスよね? 私は、普通の人みたいに、生きていけるんスよね?」

「あぁ、保証する。志穂は俺が幸せにしてみせるよ」

「……そうッスか。ふへへ、嬉しいッス。まるで、夢みたい」

 

 志穂は己の抱える不安を解消するべく、士道に問いかける。士道は力強くうなずく。士道の有言実行っぷりをよく知る志穂は、士道の自信に満ちあふれた返答に、にへらと笑みを零す。士道の回答は、志穂の不安をすっかり消し飛ばしたようだ。

 

 

「それにな、志穂。実は――」

 

 士道は今のタイミングが頃合いと見て、志穂に令音の考察を伝える。世界は志穂が不死だからこそ嫌っている。だから、志穂を封印して、志穂の残機を∞じゃなくすれば、志穂が死の呪いに襲われることはなくなり、精々不幸体質になるくらいで済むだろうとの令音の考察を志穂に教える。

 

 

「え? それってつまり、私が封印されることで、私の死に芸属性がドジっ娘属性にクラスチェンジするってことッスか? おおう、何だろう。嬉しいけど、少し複雑ッス。でも、死の呪いに襲われなくなるのなら万々歳ッスね!」

 

 結果、志穂は最初こそむむむと唸り声を漏らしていたが、死に芸属性がなくなることを前向きに捉えることに決め、ガッツポーズを通して己の喜びを体現した。

 

 

「ところで先輩。私、残機が1になったら早速、やってみたいことがあるッス」

「ん、何だ?」

「ぐっすり寝ることッス。今までは寝ようものなら遅かれ早かれ寝起きドッキリな死をプレゼントされてたから、この3年間、まともに寝たことなかったッス。だから、何も心配しないで、安心して眠ってみたいッス。できれば、今夜は先輩の隣で眠りたいんスけど……」

「そのくらいなら構わないさ」

「お、本当ッスか!? 言ってみるものッスね!」

「あ、でも封印した精霊は一旦ラタトスク機関で検査を受けないとだから、寝る場所は多分フラクシナスの中になるけど、大丈夫か?」

「寝る場所なんてどこでもOKッスよ。今夜先輩と一緒に眠れるなら、例えラブホだろうが野宿だろうが何だっていいッス」

 

 志穂は自分の願いが士道の迷惑にならないかと、心配そうな表情で士道の顔を覗き込む。さすがに毎晩志穂と一緒に寝るとなるとマズいかもしれないが、1日ぐらいなら問題ないだろう。それに、志穂のささやかな願いを拒否してしまうのは忍びない。そのような心境の下で、士道は志穂の頼みを快諾した。その際、寝る場所を自由に選べないであろうことを士道が伝えるも、志穂は寝る場所にこだわるつもりはないようだった。

 

 

「……それじゃあ先輩、いつでもいいッスよ」

 

 そして。お互いに話すことがなくなった時。意を決した志穂はスッとエメラルドの双眸をまぶたで覆い隠す。同時に。背伸びをして、顔を少々上げて、士道からのキスを待つ態勢に入った。

 

 

「あ、あぁ」

 

 志穂からキスを求められた士道は緊張にゴクリと唾を飲む。ここで士道は思い至る。これまで士道は6人もの精霊を、キスを通して封印してきた。だが、自分からキスをして封印した例は琴里だけで、あとの5人の場合は、相手の方から士道にキスをしてきてくれたことを。

 

 士道は志穂の柔らかそうな桃色の唇に視線を向ける。バクバクと心臓が早鐘を打っていることがわかる。体が急にガチガチに固まり、身動きが封じられたかのような錯覚が士道を襲ってくる。だが。ここで志穂を待たせては、志穂からの士道の好感度が下がってしまうだろう。それが原因で志穂の精霊の力を完全に封印できなかったなんて事態になってしまいかねない以上、ためらってはいられない。士道は覚悟を決めると、志穂の唇に己の唇を重ね合わせた。

 

 

「んッ」

 

 永遠のようで、一瞬のようなライトキス。体の中に何やら温かいものが流れ込んでくる感覚を感じ取った士道は志穂からゆっくりと唇を放す。今の感覚はいつもの、精霊の霊力の完全な封印に成功した時のものだ。志穂の精霊の力の封印が上手くいったことを証明する感覚だ。

 

 

(ふぅ、これで終わった。俺は志穂を救えたんだ)

 

 士道は内心で安堵する。志穂とのデートが始まった時は死の呪いから志穂を守り抜くデートの難易度のあまりの高さに強く不安を抱いていただけに、志穂とのデートを無事に終わらせることができた事実を前に、士道はホッと一息つく。

 

 

「――ッ!?」

 

 が、刹那。士道の体をとてつもない寒気が駆け抜けた。何か大切なことを忘れているような。何か見落としてはいけないことを見過ごしているような。何か致命的な間違いを犯しているかのような。そんな、そんな得体の知れない寒気が士道を襲ったのだ。

 

 

「あ、ぇあ゛――?」

 

 士道が弾かれたかのように志穂をみやると、志穂はその場に棒立ちしていた。士道が今まで精霊とキスをした時に、精霊が身に纏っていた霊装が解除された時と同じような光の粒子が志穂の体の周囲をキラキラと舞う中。光の粒子に包まれた当の志穂は、小刻みに体を震わせていた。眼球が飛びださんばかりに目を見開き、エメラルドの双眸から血涙をダラダラ流し、肩を握り潰さんばかりに両手で肩を抱いていた。

 

 

「志、穂……?」

 

 明らかに、志穂の様子がおかしい。今しがた士道の体の中に流れ込んだはずの温かい何かが、士道の体から丸々抜け出す感覚に士道が襲われる中。士道が志穂の尋常でない様子に戦慄し、ただただ立ちすくんでいると。ここで。士道の脳裏に、とある言葉がよみがえった。

 

 

 ――ただ1つ、忠告しますわ。……志穂さんとの戦争(デート)はキスをしてからが本番になりますの。だから明日、志穂さんを守り抜いた後に、志穂さんとキスをして、霊力を封印したからといって、『ふぅ、これで終わった。俺は志穂を救えたんだ』などと気を抜いてはダメですわよ、士道さん?

 

 

 昨夜、狂三に告げられたことを士道が思い出した時。

 

 

 

 

「――くふふ。ふふふふふふふ、ひゃははははははははッ!!」

 

 狂ったように、志穂が嗤い出した。

 

 

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。自分から精霊とキスをすることに慣れていない辺りが非常にかわいい。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。ここ半年、やたらと天宮市に現界している新たな精霊。なぜか天使や霊装を全然使わず、ほぼ静粛現界で姿を現している。士道とのキスがきっかけで、なぜかSAN値直葬した模様。二亜さんのパターンと似てるかな?

 というわけで、15話は終了です。ようやく一番書きたいと思っていた、志穂さん豹変シーンまでたどり着きました。美少女がいかにも悪役っぽい笑い声を高らかに上げる姿って、素敵だと思いませんか? かわいいと思いますよね? ね?(威圧)


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16話 本番


狂三「始まりましたわね。……さて士道さん。志穂さんとの戦争(デート)はここからが正念場ですわよ。ぜひ踏ん張って、志穂さんの心をお救いくださいまし」

 どうも、ふぁもにかです。この度、志穂さんが愉快なことになります。それと、今回は執筆していてかなり楽しかったです。やっぱり今回のようなシーンとか、大好物なんでしょうね、私。



 

 

「――くふふ。ふふふふふふふ、ひゃははははははははッ!!」

 

 夜の天宮百貨店屋上にて。士道がキスをした後。光の粒子に彩られながら、小刻みに体を震わせ、目を見開き、血涙を流し、両手で肩を強く抱いていた志穂が、狂ったように嗤い出す。あたかも悪魔にでも取り憑かれたかのように志穂が哄笑する。

 

 

「……ッ」

 

 今までの志穂からはまるで想像できない、志穂のゲラゲラ笑いに士道は言葉を失っていた。ただただ志穂という存在に圧倒され、飲まれていた。

 

 

「あぁ、あぁ。そういうことッスか。ぜぇーんぶ、理解できたッス。はぁぁ、なるほどねぇ」

「し、志穂。大丈夫、なのか?」

 

 息が苦しくなったために哄笑をやめた志穂は、荒い呼吸を繰り返しながら、今度はぶつぶつと独り言を呟き始める。ここでハッと我に返った士道は、自己完結している様子の志穂におずおずと問いかける。もちろん、志穂が大丈夫なんかじゃないことは理解している。それでも、大丈夫なのかと尋ねることが今の士道の精一杯だったのだ。

 

 

「あ、士道先輩。朗報ッス。私、この度晴れて記憶が戻ったッス。きゃは☆」

「記憶が? それって確か、志穂が初めて現界した4年前から3年前までの1年間の記憶だよな?」

「あい。まさか先輩とのキスが私の記憶復活に欠かせない唯一無二の条件だったとは、さすがに想定外だったッスねぇ。でも先輩のおかげで、寝ることなんかよりも今すぐやるべきことが見つかったッス。やったね、志穂ちゃん!」

「やるべき、こと?」

「イエス。人類殺戮、人類殲滅、人類虐殺……とにかく私が人類の敵として、この世界から人間を1人残らず殺し尽くしてやることッスよ! 善は急げって言うしね! はい拍手、パチパチパチィー!」

「……は?」

 

 血涙を流したり、哄笑していた時よりはマシだが、いつもと比べて妙にテンションのおかしい志穂の発言から、志穂が士道とのキスをきっかけに失われていた記憶を取り戻したことを、士道は知る。一方の志穂はエメラルドの両眼にギラギラとした殺意をみなぎらせつつ、人類を滅ぼす意志を表出させ、士道に拍手を促すために自分で拍手を始めた。対する士道は硬直していた。志穂の言葉の意味を理解できず、呆然とした声を漏らす。

 

 

「むぅ。ノリ悪いッスよ、先輩。一体どうしたんスか、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃってさぁ。私の知る先輩はもっとノリノリの陽キャさんなんスけど」

「い、いやいやいや! 待ってくれ、志穂!? 本気なのか!? 本気で人間を滅ぼすつもりなのか!?」

「もっちろん! 私はやるといったらやる女ッスよ! ……あ、もしかして先輩。私のようなその辺の人より紙装甲なクソザコ精霊に人類殲滅なんて大それたことできるわけないとか思っちゃってるッスか? うぅ、悲しいなぁ。でも、まぁそれも仕方ないッスよね。私、今まで先輩には死に芸精霊の一面しか見せてなかったですし。ではでは、私の新たな一面を知ってもらうため、満を持してお披露目といくッスよ! カムヒア、私の天使! 垓瞳死神(アズラエル)!」

 

 士道の反応への不満からぷくーと頬を膨らませる志穂に、士道は志穂の人類殲滅発言が冗談だと信じて、確かめようとする。が、志穂は士道の望みを無慈悲にも打ち砕いた。その上で、士道に舐められていると解釈した志穂は右手を天に掲げ、最強の矛たる天使の顕現を要請する。結果、志穂の体を覆い隠すように漆黒のマントが現れた。マントの随所には無数の人間の目がプリントされており、不規則に目が瞬きをする様は、士道に不気味な印象を植えつけた。

 

 本来なら、士道とのキスにより完全に霊力を封印された精霊は、天使を完全に顕現させることはできない。だが、精霊の精神が不安定になった時、士道が封印した霊力は精霊に逆流する仕様となっている。今の尋常でない志穂は、精神が不安定だなんて生易しい表現で済ませられる程度の様子ではない。その上、記憶を取り戻し、天使や霊装の使い方をも思い出したらしい志穂が、天使を顕現できたのはそうおかしなことではなかった。

 

 

「これが、志穂の天使……」

「むっふふ。中々に厨二心を刺激する素敵なデザインでしょ? では、説明しよう! 垓瞳死神(アズラエル)とは、人間の生殺を私の思いのままに掌握できる、志穂ちゃん専用の凶悪凶烈凶暴凶力凶靭の天使ッス! つまりつまりつまりぃ! 垓瞳死神(アズラエル)を通して、この世に生きる全人類を生かすも殺すも、私の一存で自由自在ってことッス!」

 

 今まで士道が目の当たりにした中で断トツで禍々しいマント型の天使:垓瞳死神(アズラエル)に身を包んだ志穂は、まるで愛する我が子を自慢する親バカのようなそぶりで、士道が説明を求めるよりも早く、垓瞳死神(アズラエル)について簡潔に触れる。

 

 

「なぁッ!?」

「もちろん、今ここで先輩を殺すことだって、お茶の子さいさいッスよ? 垓瞳死神(アズラエル)の前では、先輩の身体再生能力なんて無力も同然ッス」

 

 その、人間相手にあまりに凶悪な効果を発揮する垓瞳死神(アズラエル)の能力に士道が愕然としていると、ここで志穂が士道を見つめて口角をニタァと吊り上げた。直後、垓瞳死神(アズラエル)にプリントされた無数の人間の目が一斉に士道を射抜く。

 

 

「ッ!」

 

 志穂に垓瞳死神(アズラエル)を使われる。志穂に殺される。士道が恐怖に体を硬直させるも、志穂がやれやれと手のひらを広げたのを契機に、垓瞳死神(アズラエル)に付与された人間の目は士道から視線を外した。

 

 

「ふふん、冗談ッスよ。そんなに身構えることないじゃないッスか。先輩には今までお世話になったし、私の記憶を取り戻してまでくれたッスから、お礼に特別待遇で一番最後に殺してあげるッス。地球最後の人間になれるなんて超栄誉ッスね! やっふー!」

「志穂……」

「いやはや、物事には優先順位というものがあるッスからね。まずは今まで私を殺しやがった全ての人間に、心がへし折れるほどの凄惨な死を経験させてあげるッス。それから私によくしてくれた人たち以外をサクッと殺して、あとはノリと流れに任せて人類滅ぼす感じにするッスよ」

 

 士道の反応を受けてにへらと笑みを浮かべた志穂は。現時点では士道を殺すつもりがないことを伝える。その後、志穂はザックリとした人類殲滅計画を士道に明かす。

 

 

「……なんで」

 

 この時、士道の口は無意識に言葉を紡いでいた。例え志穂に今士道を殺すつもりがなくても、志穂の気が変わればいつ士道が殺されてもおかしくないのに。それでも士道は心の底から湧き上がる衝動とともに志穂に向けて声を荒らげた。

 

 

「なんでだよ、志穂! なんでお前はそんなに人間を滅ぼそうとするんだよ! さっきまで、志穂はあんなにも幸せそうにしていたじゃないか! もう死ななくていいことを喜んで! 普通の人みたいに生きられることを夢のように思っていたじゃないか! それなのに、どうして……!」

「それとこれとは別問題ッス。私は今まで散々世界に嫌われ、惨い仕打ちに晒されてきたッス。……私、泣き寝入りとかやられ損とか、そーゆー言葉大嫌いなんスよね。だ・か・ら。せっかく記憶を取り戻して、垓瞳死神(アズラエル)を使えるようになったんだから、世界に復讐しないと気が済まないんスよ。この世に君臨した精霊改め死神として、世界をメチャクチャにぶっ壊してやらないと私の気が収まらないんスよ。くくく。世界の奴に、この私を敵に回すことの意味を思い知らせてやるッスよ! この私を執拗に痛めつけてきたことを後悔させてやるッスよ!」

 

 士道の悲痛な声での問いを、志穂は何ともなさそうに受け止めつつ、世界への復讐を理由として人類殲滅を行う旨を主張する。そして。志穂は天使に続いて、霊装をも顕現させる。漆黒のマントの内側に、黒を基調として、所々白のアクセントが加えられた袴のような霊装を瞬時に纏う。

 

 

「ぅわッ!?」

 

 と、刹那。唐突に士道の体が不思議な浮遊感が包み込まれる。この感覚を士道はよく知っている。これまで何度も経験した、転送装置を介して士道がフラクシナスに回収される時の現象だ。タイミングが良いのか悪いのか、琴里は今、士道を自身の元へ転送させるつもりらしい。

 

 

(このタイミングでかよ!?)

「お。お迎えがきたみたいッスね。ではでは、しばしのお別れッス。次に私たちが会うのは、私が先輩以外の全人類を滅ぼした後か、先輩がヒーローとして、死神の私を殺してでも止めると決意した時か。……くふふ、楽しみッスよ。きゃははははっはははははははははッ!」

 

 霊装の効果により空中浮遊が可能となった志穂はおもむろに夜空に飛び上がり、クルクルと回転しながら哄笑する。今の志穂を1人で放置させるのはマズい。士道がいなくなれば、志穂が人類虐殺を開始するのは容易に想像できた。

 

 

「志穂! ダメだ! 人間をたくさん殺した所で世界が後悔するわけないに決まってる! だから、頼むから考え直してくれ! またすぐに会いに来るから、それまで絶対に早まらないでくれ! 志穂!」

 

 だからこそ、士道は叫ぶ。士道がフラクシナスに転送されるまでの残されたわずかな時間を利用して。志穂が人類虐殺に着手しない可能性を少しでも残すべく、人類虐殺をした所で世界は決して悲しまないとの根拠なしの理由を用いて志穂に凶行を実行させないように声を張り上げる。直後。士道の体は天宮百貨店の屋上からフラクシナスへと一瞬にして転移されたのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。今回は終始志穂さんに振り回されていた模様。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。士道とのキスを契機に、失っていた記憶を取り戻した模様。天使や霊装の使い方も思い出したため、人類の敵として、死神として人類殲滅を行うべく、天宮市で早速活動を開始する模様。つまり、志穂さんは反転はしていないものの、暴走しています。ちなみに、志穂さんの霊装のイメージはBLEACHの死覇装です。

 というわけで、16話は終了です。今回、志穂さんの天使:垓瞳死神(アズラエル)がお披露目となりました。何気にここまでオリジナル精霊の天使が一切公開されなかったデアラ二次創作ってこの作品ぐらいのものではないでしょうか? とはいえ、まだ垓瞳死神(アズラエル)が実戦に登用されていないので、まだ天使を公開した内に入らないと思いますがね。


 ~おまけ(ラタトスクの観測精霊データ・改)~

名前:霜月志穂
識別名:イモータル
総合危険度:AA
空間震の規模:E
霊装ランク:D
天使ランク:S
STR(力):20
CON(耐久力):16
SPI(霊力):100
AGI(敏捷性):80
INT(知力):65
霊装:神威霊装・番外
天使:垓瞳死神(アズラエル)


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17話 志穂に対する考察フェイズ


世界「 ^^ 」

 どうも、ふぁもにかです。今回はかの6話レベルでややこしい内容が待っています。もうね、なんで私はこんなにも志穂さんの設定を難解にしてしまったんだろうね。



 

 

 フラクシナスの転送装置の働きにより、士道の視界が一瞬にして切り替わる。夜の天宮百貨店の屋上から、天宮市の上空1万5千メートルで浮遊している空中艦フラクシナスの転送スペースへと。そして、豹変してしまった志穂から、琴里と令音へと、士道の目に映る人物が切り替わる。どうやら琴里と令音は士道の転送先で待ち受けていたらしい。

 

 

「琴里! どうして今、俺をここに転送させたんだ! 今の志穂の様子は知ってるだろ!? 志穂を1人にしたら取り返しのつかないことになっちまう!」

「落ち着きなさい。一旦、士道と志穂を引き離したのには理由が――」

「とにかく、すぐに俺を志穂の所に送ってくれ! 志穂に人殺しなんて絶対にさせない! 俺が、俺が絶対に志穂を止めないと――」

「ふん!」

 

 志穂の豹変という想定外極まりない出来事を目の当たりにして未だ動転したままの士道は思わず、目の前の琴里に詰め寄り声を荒らげる。そんな士道の反応を想定内として、冷静に声を掛ける琴里だったが、士道が一向に平静を取り戻さない様子を受けて、琴里はギュッと拳を握り、士道の鳩尾に強烈なパンチを打ち込んだ。

 

 

「ぐぁばッ!?」

「あら、ぐぁばだって。あなたはいつの間に熱帯地域の植物に生まれ変わったわけ?」

「……琴里、いきなり何すんだよ」

「落ち着きなさいって言っても聞かないから、力づくで落ち着かせただけよ。士道が慌てたままじゃ、志穂は絶対に救えないもの」

「うぐ」

「そう心配せずとも、士道にはまたすぐに志穂に会いに行ってもらうわ。けど、今の士道には志穂に関する情報が足りないでしょ。どうして志穂が豹変したのか、どうすれば志穂を救えるのか。その辺りの手がかりがゼロのままで志穂と会った所で時間の無駄よ。結果が見込めないのは目に見えているわ。……士道。急がば回れ、よ。私たちの方で、志穂についてわかったことがいくつかあるから、まずは私たちから素直に情報をもらった上で、志穂を説得しに行きなさい」

「……そうだな。悪い、琴里。さっきは怒鳴っちまって」

「士道が怒っても迫力ないから平気よ。気にしないで」

 

 琴里からの容赦なしのパンチと正論を受けて、どうにか冷静さを取り戻した士道は琴里に謝る。対する琴里は本心か、士道に罪悪感を引きずってもらわないようにするためか、少々士道への煽りの入った言葉を返した。その後、琴里は士道への情報提供を全て令音に任せたと言わんばかりに士道から離れ、腕を組み、壁に背中を預けた。そんな琴里と交代するように令音が士道へと近づき、問いかける。

 

 

「シン。まず確認するが……志穂はシンとキスをして、志穂の霊力が封印されたことで、記憶を取り戻し、豹変した。これで合っているかな?」

「はい、そうです。志穂も、俺とのキスが記憶復活に欠かせない唯一無二の条件だったと言っていましたから、間違いないと思います。……志穂は、十香の時みたいに反転したんでしょうか?」

 

 士道の脳裏に思い浮かぶのは、つい1週間前の出来事だ。DEM社に囚われた十香を救うため、DEM日本支社に突入した士道は、十香の目の前でエレンに殺されそうになった。その時に、十香が豹変したのだ。いつもの十香とはまるで違う人格へと変貌したのだ。そんなケースを最近目撃していただけに、士道は今回の志穂のケースも同様の事態なのではないかと考えた。が、令音は士道の推測にフルフルと首を左右に振る。

 

 

「いや、志穂は反転していない。志穂の霊力値はマイナスになっていないからね」

「え? ……だったら、どうして志穂はあんなに危険な性格に豹変したんでしょうか? 俺とのキスで志穂の記憶が復活したことで、元の志穂の人格もまた復活して、記憶を失った後の志穂の人格を塗りつぶししてしまった、とか?」

「いや、その可能性はないよ」

「へ、そうなんですか? でも、どうしてそう断言できるんですか?」

「仮に元の志穂の人格が記憶喪失後の志穂の人格に優越したのなら、シンのことを見知らぬ一般人だと捉えるはずだ。記憶喪失前の志穂は、シンのことを知らないはずだからね。それに――これを見てくれ」

 

 志穂が反転していないのなら、記憶復活を機に、志穂の元の残忍な性格が、記憶喪失後の志穂の性格に上書きされたのではないか。そう士道は予想するも、これもまた令音ははっきりと否定する。気になった士道が根拠を求めると、令音は白衣のポケットから端末を取り出し、操作を始めた。すると、琴里が背中を預けている壁の隣の空間が凹み、中からモニターが現れた。さらに令音が端末を操作すると、真っ暗なモニター画面に折れ線グラフが表示された。

 

 

「これは、志穂のシンに対する好感度の推移を示す折れ線グラフだ。縦軸にシンへの好感度、横軸に時間を取っている。そしてここが、シンが志穂とキスをした前後の、好感度の数値だ」

「……え? 変わってない?」

 

 令音に指で示されるままに士道が志穂とキスをした前後の、自分への志穂の好感度の数値を見た士道は驚愕に目を見開いた。そう、変わっていないのだ。キスをした後の志穂はあんなにも豹変して、人類殺戮を目指すなんて宣言していたのにもかかわらず、士道への好感度は相変わらず、完全に封印をできる状態のままで高止まりしていたのだ。

 

 

「もしも記憶を取り戻した志穂の人格が、記憶喪失後の志穂の人格に上書きされたのなら、シンへの好感度は大幅に下がるはずだ。なぜなら、記憶喪失前の志穂にとって、シンはただの一般人だからね。つまり、志穂の記憶が復活したことは、彼女の人格に大した影響を与えていない、ということになる」

「ま、待ってください、令音さん! それじゃあ、まさか……志穂は元々、世界への復讐のために人類の殲滅を望むような性格だったってことですか!? 今まで志穂は本性を隠していたってことですか!?」

 

 志穂は反転していない。記憶を失う前の人格が、記憶を失った後の人格を優越したわけでもない。なら、変貌した志穂がそもそも志穂の本性だったのか。士道は信じられないと言いたげな形相で令音に問いを投げかける。

 

 

「その可能性もなくはない。志穂の中に復讐心があったものの、復讐を実現する手段が何もなかったから諦めていた。だが、記憶を取り戻し、天使を使えるようになったから復讐に走った。このような流れで志穂が本性を顕わにした、というのはあり得る話だね」

「そんな……」

「だが、私はこれを本命とは考えていない」

「え?」

「記憶を取り戻したショックにより、混乱して、暴走しているのではないか。これが今の志穂の状態に対する、私の出した結論だよ」

 

 令音は士道の問いを否定しなかった。天真爛漫で、明朗闊達で。そんな志穂に復讐心を募らせるような裏があったことに士道が衝撃を受ける中。令音は士道に手を差し伸べるかのように、ここで今の志穂の状況について、別の可能性を提示した。

 

 

「暴走、ですか?」

「あぁ。そもそも記憶喪失の患者が記憶を取り戻した時、大なり小なり混乱するものだ。欠けていた記憶が一気に押し寄せる以上、これは無理もないことだ。しかし、患者の混乱はそう長くは続かないのが普通だ。元々欠けていた記憶が埋まり、正常な記憶を取り戻せるわけだからな。……だが、志穂の場合は状況が違う。志穂は不死ゆえに世界から嫌われ、死の呪いに襲われていた。そんな志穂が失っていた記憶を取り戻した時、彼女に押し寄せる記憶の大半は、幾多もの自分が殺される内容だ。志穂が1日に12回死んだとして、単純計算で彼女は1年間に4,380回死んだことになる。それほどの死の経験が、記憶が一気によみがえったとなれば、志穂が混乱の果てに暴走してしまってもおかしくはない」

「あ……!」

 

 士道はハッと息を呑んだ。同時に、士道の脳裏に、小刻みに震え、血涙を流し、肩を強く抱くあの時の志穂の尋常でない姿が思い浮かぶ。志穂のあの様子は、1年分の死を一瞬で思い出し、受け止めてしまったがゆえの反応だったのか。士道は胸が引き裂かれる思いに駆られた。

 

 

「それに、シン。そもそも、どうしてシンとのキスが志穂の記憶復活の鍵となったのか。志穂はどうして記憶を失っていたのか。気にならないかい?」

「た、確かに。気になります」

「その理由にも見当がついている。シンが精霊とキスを行った際、精霊が天使や霊装を顕現させていた場合、光の粒子となって消失する。シンも何度も目撃しただろう?」

「それは、はい……」

 

 士道は頬を赤らめ、歯切れの悪い返事をする。十香たちをキスで封印した際、彼女たちの霊装が消滅し、裸になったことを鮮明に思い出してしまったからだ。

 

 

「それは言い換えると、精霊が天使や霊装を顕現していない状態で、シンとキスを行った場合、精霊の周りに光の粒子は発生しないということだ。光の粒子とともに消滅する天使や霊装を、この世界に顕現させていないわけだからね」

「……え、でも令音さん。志穂を封印した時は、志穂の周りに光が舞っていましたよ?」

「そう。シンが志穂を封印した時、志穂は天使も霊装も顕現させていないはずなのに、彼女の周りには光の粒子が発生していた。……このシーンだね」

 

 令音が端末を操作して、モニターに短い映像を表示させる。士道と志穂がキスを終えた直後の映像だ。確かに、小刻みに震え、血涙を流し、肩を強く抱く志穂の周りには、光の粒子がはっきりと見えている。

 

 

「これは、一体?」

「おそらく。志穂は自分でも無意識の内に、霊装を纏っていたんだ。それも、心にね」

「志穂が、心に霊装を……?」

「霊装は精霊を護る絶対の盾であり、精霊が持つ絶対なる領地にして城であり、精霊を護る神威の膜だ。ならば、霊装は必ずしも体に纏うだけの物にとどまらず、概念の状態で、心にも霊装を装備することができる。……このことを前提にすると色々と謎が解けるんだ。志穂があれだけ多くの死を経験していたにも関わらず心が壊れずに済んでいたのは、霊装が彼女の心を死の恐怖から守っていたから。志穂が記憶を失っていたのは、霊装を心に纏うことで、志穂の心が壊れてしまうような残酷な過去を思い出せないようにシャットアウトしていたから。シンとのキスが記憶復活の条件となったのは、封印により目に見えない心の霊装が強制解除されるから。といった風にね」

「ッ! つまり志穂は、心を守る霊装が解除された状態で、1年分の死の記憶を頭に叩きつけられたから、暴走してしまったってことですか?」

「そう考えるのが自然だ。加えて、志穂が霊装で封印し、シンのキスで解放された残酷な記憶の内容が、志穂を人類殲滅へと突き動かしているのだろうが……志穂の過去に何があったのかは、本人に会って、直接聞き出した方が早いだろうね。志穂のシンへの好感度の高さを考えれば、シンが尋ねれば、彼女が過去を語ってくれることに期待できるからね」

「志穂……」

 

 志穂は心に霊装を纏っていた。この仮定を前提にして展開される令音の説得力のある内容を前に、士道は罪悪感に苛まれる。なぜなら。これが事実ならば、志穂が暴走してしまったのは、士道が志穂を封印しようとキスをして、志穂の心から霊装を剥ぎ取ったからなのだから。

 

 

「なに、辛気臭い顔してるのよ」

「琴里……」

「どうせ自分のせいで志穂を苦しめてしまったとか思ってるんでしょうけど、今回のケースは士道のせいじゃないでしょ。志穂を封印しないと死の呪いから志穂を救えないのに、志穂を封印したら志穂の記憶が一気に復活して暴走するなんて、そんな回避しようのないえげつない罠、どうしようもないもの。……今の士道にできることは、志穂が人間を大量虐殺する前に、志穂を改めて救い直すことよ。わかったら、さっさとシャキッとしなさい」

「……あぁ、そうだな。そう、だよな」

 

 士道の元気のなさから士道の心境を的確に読み取った琴里は士道へとテクテク近づき、チュッパチャプスの棒を突きつけながら、士道を元気づけにかかる。結果、琴里なりの励ましを受けた士道は、罪悪感を抱きつつも、その両眼に再び志穂を救う強い決意を宿した。

 

 

「ん、いい目よ。さて、士道。私たちの知る、志穂に関する情報は以上よ。よって、今からあなたにはもう一度志穂と接触してもらうわ。そこで、まずは志穂が人類殲滅をしないように説得する。これが最低限やるべきことよ。そして、できるなら――」

「――志穂とキスをして、志穂を再封印する、だよな?」

「ええ、そうよ。志穂の士道への好感度が高止まりしたままな以上、志穂の再封印はいつでもできるわ。でも問題は、士道が再びキスをしてくるのを、天使を使って人類殲滅をもくろむ今の志穂がそう易々と受け入れるわけがないって所ね。だから士道には、志穂が世界への復讐よりも士道への愛を優先するように、改めて志穂をデレさせ直して、再封印してもらうことになるわ。……腕の見せ所よ、士道。今度こそ、志穂を完璧に救ってちょうだい」

「あぁ!」

 

 琴里との会話を最後に、士道は再び転送装置へと移動する。そして、天宮百貨店から移動したらしい志穂の近くの場所に向けて、士道の体は地上へと転送されるのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。士道さんの良い所は、例え失敗して事態が悪化したとしても、決して逃げずに何度でも立ち向かおうとする精神だと思う今日この頃。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。初期だと暴力系ヒロインよろしく士道さんを殴っていたが、巻数が進むにつれて、士道さんへの攻撃は控えている模様。が、今回は例外だった。
村雨令音→フラクシナスで解析官を担当している、ラタトスク機関所属の女性。琴里が信を置く人物で、比較的常識人側の存在。志穂に関する説明回で令音さんがいると、安定感が段違いである。

 というわけで、17話は終了です。次回は『一方その頃……』って感じで志穂さん目線の話を展開させる予定です。垓瞳死神(アズラエル)の本領発揮が見られるかも!?(※なお、垓瞳死神が本領発揮した際は大惨事濃厚)


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18話 下剋上の垓瞳死神


 どうも、ふぁもにかです。今回はちょっと残酷な描写があるので閲覧注意です。あと、私としてはデート・ア・ライブへのアンチ・ヘイトの意図はないんですが、見方によってはとんでもなく原作を蹂躙しているように見えるかもしれませんので、その意味でも閲覧注意です。



 

 

 士道がフラクシナスに回収され、琴里と令音と接触していた頃。黒を基調とした袴のような霊装の上に、無限の人間の目のついた漆黒のマント型の天使を纏った志穂は夜の天宮市を飛び回っていた。ビルの屋上を、家の屋根を足場にして、志穂は夜の天宮市を駆けていく。

 

 

「おっしゃ、見つけたッス」

 

 と、ここで。目的の人物を発見した志穂は、付近の電灯の上に着地する。志穂のエメラルドの瞳が見下ろす先には帰宅途中らしい1人の中年男性が歩いていた。見るからに覇気がなく、くたびれたスーツを着用しており、冴えないおじさんの権化のような男性だ。

 

 

「そうそう、このおじさんッスよ。いかにもおやじ狩りのターゲットにされそうな情けない面をぶら下げておきながら、367人目と562人目と1321人目と2678人目の私を強姦殺人しやがった性犯罪者ぁ。私の死体が消えることに味を占めて何度も何度も私をメチャクチャにしやがったクズの分際で、今もこうしてのうのうと生きてるとか。はぁぁ、もう。許せないッスねぇ? ではでは、<垓瞳死神(アズラエル)>――【入力(インプット)】」

 

 志穂は殺意にぎらついた眼差しで中年男性を見下ろしながら、天使の名を口にする。直後、垓瞳死神(アズラエル)の無数の目の内の1つが中年男性を凝視する。そして、中年男性を見つめる目の中央に、中年男性の名前が血のように禍々しい赤色で刻まれる。

 

 

「【閉眼(クローズ)】」

 

 志穂の指示とともに、中年男性の名前を眼に刻んだ垓瞳死神(アズラエル)の目が閉じる。目が、まぶたを閉ざすことを通して、中年男性の名前を覆い隠す。瞬間、志穂の眼下の中年男性はグワッと目を見開き、苦しそうに胸を抑えながら倒れ込んだ。

 

 志穂の垓瞳死神(アズラエル)は人間の精神に直接死を叩きつけることで、ショック死させることのできる天使である。死を精神に直接ぶつけたい対象者の名前を垓瞳死神(アズラエル)の目に入力し、閉眼を通して入力した名前を消すという流れを経ることで、確実に対象者を殺すことができるのだ。なお、対象者に叩きつけられる死の内容は、志穂が今までに経験した死からランダムで選出されることとなっており、中年男性は今、心臓麻痺の死を叩きつけられていたようだ。

 

 

「アーンド、【開目(オープン)】!」

 

 にこやかな笑みを貼りつけて、中年男性の苦しむ様を見下ろしていた志穂は垓瞳死神(アズラエル)に新たな指示を出す。すると、中年男性の名前を眼に刻んでいた目が開き、中年男性の名前が再び表に出てきた瞬間。中年男性は自身を襲っていた痛み苦しみがいきなり消滅したことに、ただひたすら疑問符を浮かべて、その場に座り込んでいた。

 

 そう、志穂の垓瞳死神(アズラエル)は、人の生死を自由自在に操れる天使である。よって、一定時間内であれば、閉眼でショック死させた対象者を、よみがえらせることができるのだ。開目を通して、一度閉眼で覆い隠した対象者の名前を再び表に表示させることで、本来死ぬはずだった人を復活させることができるのだ。

 

 

「もっちろん、おじさんをたった1回の死で殺すわけがないッスよ。R-18な知識を一切持っていなかったあの時の純粋な私が受けた心の傷は、この程度じゃ癒せにゃーい! さーてさて、次はどんな死がプレゼントされちゃうのかなぁ?」

 

 ゆえに。たった一度殺すだけで中年男性を解放するつもりのない志穂は、敢えて中年男性を復活させた後、ルンルン気分で中年男性に次なる死を体験させようとする。と、ここで。

 

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――

 

 天宮市の全域に空間震警報が響いた。市内のあらゆる所に設置されたスピーカーから重低音を轟かす空間震警報を受けて、市民は速やかに地下シェルターへの避難を始めていく。先ほど、志穂が一度死を与えた中年男性も同様に、地下シェルターへと駆けていく。

 

 

「……」

 

 志穂は敢えて中年男性を見逃した。志穂は中年男性がもがき苦しむ様が見たいからわざわざ中年男性を見つけ出してから垓瞳死神(アズラエル)を行使しただけであるため、彼がどこへ逃げようと、どうせいつでも、何度でも殺せるからだ。それに、空間震警報が鳴ったということは、天宮市に別の精霊が顕現したのでなければ、志穂の元に来客が来るはずだからだ。志穂の心境的には、中年男性よりも来客の相手を優先したかったのだ。

 

 

「――っと、危ない危ないッス」

 

 そして、ほどなくして。空中に漂う志穂目がけて、四方八方から一斉に弾幕が襲いかかってきた。奇襲をあらかじめ予測していた志穂は最小限の回避で弾幕を難なくやり過ごす。

 

 

「隊長! やはり間違いありません! 練習台、じゃなくて――精霊イモータルです!」

「そのようね。でも、一体どういうことよ? イモータルなら今の奇襲で確実に殺せたはずだし、今までのイモータルとは明らかに雰囲気が違っているけれど……まさかイモータルとよく似た新種の精霊かしら? そもそもイモータルは空を飛べないはずだしね」

 

 直後。志穂を囲うように、戦闘顕現装置搭載ユニットことCR-ユニットを纏った陸上自衛隊の対精霊部隊:ASTの面々が出現する。彼女たちは精霊を武力で殲滅する方針の下、CR-ユニットを活用することで、平然と空を飛び、既存兵器の通じない精霊を相手に戦闘を行っているのだ。なお、志穂は紙装甲ゆえに既存兵器でも余裕で死んでしまう例外である。

 

 

「ふふふ、来たッスね! 日本の対精霊部隊、ASTの諸君! 今まで散々私のことを練習台扱いしやがって……! 私はASTに入隊したばかりの新人が、人間型の精霊を躊躇なく殺せるように訓練するためのチュートリアルボスじゃないッスよ! 他の精霊を全然殺せないからってストレス発散で私を殺して、『CR-ユニットなら精霊を殺せるはずなんだ。私たちのやり方は間違っていないはずなんだ』って自信をつけるためだけの道具じゃないッスよ!」

「……雰囲気が変わっていてもあのテンションは変わらないようね。総員、一斉攻撃! いつものように、さっさと終わらせるわよ!」

 

 志穂はASTの面々を一瞥すると、口角を歪ませ、ASTに対して志穂が抱えていた気持ちを盛大にぶちまける。結果、一時はいつもと違う志穂の様相に様子見をしていたASTの隊長は、志穂を警戒する必要はないと判断し、部下たちに攻撃命令を発した。

 

 

「ッ!?」

 

 が、隊長の命を受けて志穂を攻撃する者は誰もいなかった。隊長もまた、志穂に攻撃を行わなかった。なぜなら、志穂の元に現れたAST全員が、志穂の垓瞳死神(アズラエル)から、死を直接精神に叩き込まれたショックにより、飛行状態を維持できずに地上へと落下し始めたからだ。

 

 

「ぐわっはっは、面白いようによく落ちる。まるでトンボとりでもしているようッスね!」

 

 垓瞳死神(アズラエル)の目に名前を刻まれ、目を閉ざされたことで、ASTの面々は総じて命を失い、地上へと落下していく。志穂は輝かしい笑顔でASTの面々の落下する様子をしばし見つめた後、ASTの面々が地上に接触する直前に、垓瞳死神(アズラエル)を開目させ、ASTの面々に再び命を吹き込んだ。

 

 

「あぐッ!?」

「ぐぎゃッ!?」

 

 復活した直後に地面に衝突した衝撃を味わったASTの面々は体全体を突き抜ける激痛に悲鳴を上げ、その場でのたうち回る。高所からの落下で即死した方がいっそ幸せだっただろう。だが、そんな幸運な死は許されない。なぜなら、垓瞳死神(アズラエル)の目に刻まれた名前が閉眼により覆い隠されない限り、どんなに酷い怪我を負っても絶対に死なないことが確定しているのだから。

 

 

「まぁ当然、あなたたちもただの1回だけで死なせるわけがないッスよ。私は1万五千、いや失っていた記憶を足せば2万回死んだ女ッス! なわけだから、皆さんもちょっと2万回死んでみるッスよ! ハイ、まずは臨死体験100回コースから! え、体験拒否? そんなつれないこと言わないでッ! 皆さんも死に芸属性を極めようぜ! えいえいおー!」

「や、やめ、て……」

「今まであなたたちはそうやって命乞いをする私を一度でも見逃したことがあったッスか? 一度でも苦しくない殺し方を私に施してくれたことがあったッスか? そんな慈悲をくれたの折紙先輩ぐらいッスよ。でも、今は何か折紙先輩がいないようなので、容赦しなくてもオールオッケーッスね。そんじゃ、<垓瞳死神(アズラエル)>――【転瞬(ブリンク)】」

 

 死屍累々、阿鼻叫喚。そのような言葉が似合うような状況へと突き落とされたASTの面々に向けて、志穂は空中でクルクルと回転しながら愉快そうに言葉を紡ぐ。そのあまりに絶望的な言葉に、悲鳴以外の言葉を話す余裕のあったASTの1人が志穂に懇願するも、志穂は晴れやかな笑顔とともに懇願を切り捨て、死刑宣告をするかのように垓瞳死神(アズラエル)に指示を放つ。

 

 刹那。垓瞳死神(アズラエル)の無数の目が一斉に瞬きを始める。何度も何度も目を閉じて、開けてを繰り返す。結果、垓瞳死神(アズラエル)の目に名前を入力されているASTの面々は垓瞳死神(アズラエル)の瞬きの度に、死を経験させられてショック死し、そして復活を強要させられる。まさに絶望。狂う以外に逃げ道のない圧倒的な絶望がASTを襲い続ける。

 

 

「きっひひ! 死ね、死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぷくくくくくひゃははははっははははははははは!」

 

 志穂は歌うように、リズムに合わせて殺意の叫びを吐き出しながら。今まではただやられるだけの立場だった弱者が、強者へとクラスチェンジを果たし、かつて志穂を痛めつけた強者(笑)を好き放題に蹂躙できている、という構図を満喫するのだった。

 

 




霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。士道とのキスを契機に、失っていた記憶を取り戻した模様。ただいま絶賛、暴走中である。志穂さんが楽しそうでなによりです。

 というわけで、18話は終了です。実は志穂さんは折紙さんとも交流があったという裏設定。折紙さんは両親が精霊に殺されたことにより、精霊に対する並々ならぬ復讐心を持っていますが、志穂さんが天使や霊装が使えない様子な上に、何度もASTに殺され、あるいは不慮の事故で死んでいく姿から、志穂さんを人類の脅威かつ滅ぼすべき精霊というよりは、なぜか霊力を持っていて不死身なだけのかわいそうな人間の女の子として捉えています。ゆえに、ASTの一員として志穂さんを相手にするときはなるべく志穂さんが即死するように殺し、日常で志穂さんに出会った時は命を狙わずご飯を奢ったりしていました。ちなみに、折紙さんが今回、ASTの一員として登場していないのは、原作7巻を終えた時点で、折紙さんは色々やらかした結果、軽い謹慎状態に陥っているからです。折紙さんはある意味で運が良かった模様。


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19話 トリックスターな精霊Ⅱ


 どうも、ふぁもにかです。唐突ですが、この作品……ただいまかなりクライマックスに突入しています。そもそも10万文字で完結させるつもりで執筆していましたからねぇ。



 

 

 フラクシナスにて。琴里と令音から志穂を救うために必要な手掛かりとなり得る情報を一通り入手した士道は、転送装置により、暴走する志穂の近くの路地裏へと転移していた。

 

 

「琴里、志穂の様子はどうだ?」

『そうね、盛大に暴れているわね。今はASTが被害に遭っているわ』

「なッ!? ま、まさか、全員志穂に殺されたのか!?」

『いいえ、生きているわ。でも、いっそ殺された方がマシな仕打ちを受けているわね』

「え?」

『何度も何度も死んでは生き返ってを無理やり繰り返させられているみたいなのよ。……全く、えげつなさ部門なら間違いなく最強でしょうね。志穂の天使は』

「マズい、志穂が本当にASTの人たちを殺す前に止めないとッ!」

『ええ、そうしてちょうだい。士道、ナビゲートするわ。志穂の場所は――え?』

 

 士道はまず、志穂の様子をモニターしているであろう琴里から、志穂の様子を尋ねる。結果。志穂がまだ人殺しこそしていないものの、トラウマ不可避の仕打ちをASTの面々に行っていることを知った士道は、一刻も早く志穂の元に駆けつけるべく、琴里の案内を受けようとする。が、ここで。琴里が唐突に驚きの声を漏らす。

 

 

「琴里? どうしたんだ?」

 

 何か琴里にとって想定外な事態でも発生したのだろうか。心配した士道が琴里に声を掛ける中、コツコツとの足音が士道の前方から響いてきた。士道が足音の聞こえた方向に顔を向けると、そこに、彼女はいた。漆黒の髪に、色違いの双眸に、血と影の色で染められたドレスといった特徴を併せ持つ精霊:時崎狂三が士道の眼前に姿を現したのだ。

 

 

「狂三!?」

「きひひ、士道さん。昨日ぶりですわね。いえ、正確に言うなら、21時間ぶりでしょうか」

「……あぁ、そうか。まだ狂三と会ってから1日も経ってなかったのか」

『ちょっと士道、あなたいつの間に狂三と接触してたのよ!? いえ、それよりどうしてこのタイミングで狂三が出てくるのよ!? 士道、気をつけなさい! 狂三はあなたを喰らうつもりで姿を現したのかも――』

「――いや、琴里。今回は多分、大丈夫だ。俺に任せてくれ」

 

 悠然とした様子で士道へと歩み寄り、妖艶な微笑みを浮かべる狂三と士道が会話をしていると、インカム越しに琴里の焦り声が届く。だが、直に狂三と向かい合っている士道は、狂三の纏う雰囲気から今の狂三に士道を害する意思はないと判断し、狂三に問いかけた。

 

 

「それで、狂三。今度は何の用だ?」

「お急ぎの所、申し訳ありませんが……今から少し、わたくしとお話をしませんこと? とっても大事なお話がありますの」

「……悪い。俺は今から志穂を救わないといけないんだ。今はまだ志穂は人を殺していないけど、時間が経てば経つほど手遅れになりかねない。今はとにかく時間が惜しい。話があるなら、志穂を救った後にしてくれないか?」

「そうですわね。わたくしとしてはそれでも構いませんけれど……今の士道さんのままでは、志穂さんを救うことはゼッッッッタイにできませんわ」

 

 一刻も早く、一秒でも早く志穂を救いたくてたまらない士道は、狂三から用件を聞いた上で、現状の最優先事項は志穂を救うことだと判断し、やんわりと狂三の要望に応えられないことを伝える。すると、狂三は『絶対』の部分をことさらに強調して、今の士道が志穂の元に駆けつけた所で無駄であることを宣言した。

 

 

「なぁッ!? な、なんでだよ!? 志穂を救えるかどうかなんて、やってみないとわからないだろ!? どうしてそう断言できるんだよ!?」

「だって、今の士道さんは、志穂さんの過去を知りませんもの。例え志穂さんの士道さんへの好感度が高くても、例え士道さんがどのような手段を用いてでも志穂さんを救うとの強い意気込みを持っていようとも、志穂さんの過去を知らないようでは、志穂さんの心は絶対に救えませんわ。それぐらい、本番の志穂さんの攻略は困難でしてよ」

「志穂の、過去……」

「確かに、今すぐ士道さんが志穂さんの所へ行かなければ、志穂さんに襲われている最中のASTの方々辺りは死ぬかもしれませんわ。でも、志穂さんの説得に失敗して、いたずらに時間を浪費してしまえば、数え切れないほど多くの人間が志穂さんに殺されてもおかしくありませんわ。……士道さん、ここは先を見据えて、賢明な判断をするべきではありませんの?」

「……その言い振りだと、狂三は志穂の過去を知ってるんだよな? だったら、俺に教えてくれないか?」

「もちろんですわ。そのためにわたくしが来たんですもの」

 

 狂三の巧みな説得を受けて、志穂の過去を知った方がより志穂を救える可能性が増しそうだと判断した士道は、早速狂三から志穂の過去を聞き出そうとする。対する狂三は士道の決断に、よくできましたとでも言わんばかりに笑みを深くしながら、コクリとうなずいた。

 

 

「ですが、わたくしの口から語るよりも、士道さんが直接志穂さんの過去を追体験した方がより効果的ですわ。その方が時間短縮にもなりますもの。……ねぇ、士道さん。以前、美九さんのことを知るためにわたくしたちが行ったこと、覚えておりまして?」

「あ、あぁ。美九の私物に狂三の刻々帝(ザフキエル)を使って、美九の情報を得るために、一緒に美九の家に潜入したよな」

「ええ、ええ。頬の傷をわたくしに舐められた時に顔を真っ赤にした士道さん、非常にかわいらしくて素敵でしたわよ?」

「い、今はその話はどうでもいいだろ!? ――って! 狂三、まさか!?」

「はい。そのまさかですわ」

 

 士道は狂三にからかわれつつも、どうして狂三が急に美九の話を持ち出してきたのかを疑問視する。直後、狂三の意図を悟った士道を前に、狂三は胸元から小さな黒猫の髪飾りを取り出し、士道の前に差し出した。

 

 

「これは、志穂さんが3年前まで身につけていた、猫の髪飾りですわ。この髪飾りにわたくしの十の弾(ユッド)を用いれば、志穂さんの歩んだ軌跡を知ることができますわ。……志穂さんを救うために欠かせない、最後のピース。欲しくはありませんか?」

「あぁ、凄く欲しい。……でも、狂三。1つだけ聞かせてくれ。どうして狂三は、志穂を救おうとする俺にこうも親身に協力してくれるんだ? 前も、俺に忠告をしてくれただろ?」

「きひひ、単なる気まぐれですわ。今まで志穂さんのおかげでわたくしは随分と助けられましたから、少しばかりお礼をと思いまして。元気が取り柄の志穂さんに悲しい結末は似合いませんもの。……それに、士道さんが志穂さんを救えないとなると、いずれわたくしは志穂さんの垓瞳死神(アズラエル)の標的とされ、死んでしまいますもの」

「……そうか。ありがとう、狂三。じゃあ、いつでもいいぞ」

「わかりましたわ。それでは、<刻々帝(ザフキエル)>――【十の弾(ユッド)】」

 

 狂三はなぜ志穂を救おうとする士道に協力してくれるのか。士道の問いに狂三はクルリクルリとその場で優雅に回転しながら、いくつかの主だった理由を口にする。何とも狂三らしい理由に納得した士道が狂三を促すと、狂三は自身の影から飛び出した古式の短銃を掴み、これまた狂三の影から滲み出た、輝く『X』の紋様を短銃の銃口に吸い込ませる。そして、狂三は士道の側頭部に銃口を突きつけ、士道の頭と銃口の間に黒猫の髪飾りを挟み込んだ後、引き金を引いた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ッ!?」

 

 ハッと、士道は我に返る。志穂の過去を追体験した士道の目の前には、短銃の引き金を引いたばかりの狂三の姿が映し出されている。どうやら、士道にとっては長く感じられていた志穂の過去の追体験は、現実には一瞬の出来事だったようだ。

 

 

「そうか、そういうことだったのか……」

 

 士道の両眼から、涙があふれ出す。指で拭っても、拭っても、涙は中々に途絶えない。服の袖をしばらく目元にあてがうことで、ようやく士道は涙を収めることに成功した。どうやら士道は志穂の過去に随分と感情移入していたようだ。

 

 

「どうでしたか、士道さん。志穂さんの過去、知ってよかったでしょう?」

「あぁ。おかげで、志穂の説得に光明が見えたよ。志穂がどうしてあんな暴走をしているのかについても予想がついたしな。志穂の過去を知ってるのと知らないのとじゃあ、大違いだ」

「……志穂さんを、よろしくお願いいたしますね?」

「あぁ! 本当にありがとう、狂三! 今度、絶対に埋め合わせをするからな!」

 

 涙を流す士道を新鮮そうに、微笑ましそうに眺めていた狂三からの問いかけに、士道は力強くうなずく。その後、狂三から志穂のことを託された士道は、心からの感謝の言葉を狂三に残しつつ、志穂の元へと急いで駆け始める。

 

 

「埋め合わせ、ですの? でしたら今度、士道さんを本格的に喰らわせていただいても――」

「――それ以外でよろしく頼む!」

「あら、あら。それは残念ですわ」

 

 なお、『埋め合わせ』との言葉に反応し、期待から口角を吊り上げる狂三に、しっかり否定の言葉を残しておくことを士道は忘れないのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。志穂の過去を追体験したことで、志穂を救うビジョンを見出したようだ。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。士道と狂三との会話をハラハラしながら見守っていた。
時崎狂三→精霊。識別名はナイトメア。名前は『くるみ』であり、決して『きょうぞう』ではない(重要)。実は士道さんと志穂さんがリベンジデートをしている間に、先の展開を見越していた狂三さんは、士道さんのサポートを通して志穂さんを助けるために、人海戦術を用いて志穂さんが3年前になくしていた黒猫の髪飾りを探していたとの裏設定。

 というわけで、19話は終了です。士道さんが追体験した志穂さんの過去については、次回描写します。今回はまだお預けなのです。閑話休題。やはり狂三さんは物語の裏で暗躍している姿が非常にお似合いですよね。


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20話 死にたくなかった女の子


 どうも、ふぁもにかです。今回は過去編です。
 士道さんが知った、志穂さんの過去。早速紐解きにかかりましょう。



 

 

 かつて、とある所に、一般的な両親の元に生まれた女の子がいました。

 志穂という名の女の子は物心がついた時から病弱でした。ずっと入院していて、ベッドの上にいました。ベッドの上から見える景色が、志穂の日常でした。

 

 両親は志穂に言いました。志穂が良い子にしていたら、必ず病気は治ると。志穂は両親を信じて、良い子であり続けました。病室の外の公園で、サッカーをして遊ぶ子供たちの姿を羨ましく思いながら。志穂は勉強をして、本を読んで。いつか自分も外で遊べる日が来ると信じて、良い子であり続けました。

 

 何年も何年も、志穂は良い子として生きていきました。

 しかし、志穂の病状に快復の兆しはありません。それどころか、1日1日と過ぎていくにつれて、志穂は自分の体が重く、鈍くなっているように感じていました。

 

 お父さんとお母さんの言うことは正しいはずなのに。

 お父さんとお母さんは間違ったことを言わないはずなのに。

 不思議に思い始めたある時、当時13歳の志穂は両親と主治医が志穂の病状について話している所に偶然出くわしました。盗み聞きは悪いことだと両親に教えられていましたが、志穂は思わず物陰に隠れて、大人たちの会話をこっそり聞くことにしました。

 

 余命、1年。志穂はあと、たった1年しか生きられない命だと知ってしまいました。

 あんなに良い子にしていたのに。努力はいつか報われると信じていたのに。

 世界は、志穂に対して非常に残酷でした。志穂に希望なんて与えてくれませんでした。

 

 志穂は今日の分の勉強を放棄し、ぼんやりと外を眺めていました。

 病室の外の公園では、相変わらず子供たちがサッカーを楽しんでいます。

 どうして。私だって遊びたいのに。どうして。私はダメなの。

 どうして。あの子たちは病気じゃないの。どうして。私が苦しまないといけないの。

 どうして。私はもっと生きたいのに、死にたくないのに、生きることが許されないの。

 どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。

 

 

【――ねえ、君。力が欲しくはない?】

 

 志穂の心が闇に閉ざされようとした時、男とも女ともつかない声が志穂に届きました。

 志穂が窓の外から視線を外すと、まるで全体にノイズがかかっているかのように姿形を捉えることのできない何者かが、いつの間にか志穂の病室に現れていました。

 

 

「あなたは、誰ですか?」

【私が誰かなんて、今は些細なことだよ。それより、答えて? 君は、力が欲しくはない?】

「……別に、いらないです。だって、どうせ私はすぐに、死んじゃいますから。……ごめんなさい。せっかく私のために提案してくれたのに」

【そう? でも、力があったら君はもっと長生きできるのに、もったいない】

「……え? 力があれば、私は死ななくていいんですか!?」

【うん。1年なんてものじゃない。その気になれば、永遠に生き続けることだってできる。力があれば、君の病気もあっという間に治る】

 

 何者かの問いに志穂は、一度は首を横に振りました。しかし、何者かから力をもらえば、余命1年という運命を覆せると知った志穂は、目の色を変えました。何者かは志穂の様子に満足そうに1つうなずくと、志穂に手のひらを差し出しました。その手のひらには、ぼんやりとした輝きを放つ、小さな桃色の宝石のようなものが乗っていました。

 

 

【もしも力が欲しいのなら、これに触れるといい】

「欲しい、です。でも、いいんですか? こんな貴重なもの……」

【いいのさ。これは、私のためでもあるからね】

「で、でも私なんかよりも、もっとこの力を持つのにふさわしい人がいるんじゃないですか?」

【そのふさわしい人が君なのさ。君が一番、この力に適性があるからね。だから、さぁ。遠慮なく、力を手にするといい】

「……はい。ありがとうございます。えっと、モザイクさん」

【え、その呼び方はちょっと……まぁいいか】

 

 桃色の宝石を取ろうとした志穂は最初こそ遠慮したものの、最終的に感謝の言葉とともに桃色の宝石を手に取りました。すると、桃色の宝石が志穂の手の中に溶け込み、直後。志穂は己の存在が丸ごと書き換わっていくかのような錯覚を感じました。

 

 そして。しばらくして。志穂は己の体が随分と軽くなっていることに気づきました。

 鉛のように重かった体。少ししか志穂の望み通りに動いてくれなかった体。そんなものがまるで全部ウソだったかのようです。

 

 

【力を手にした感想はどうだい?】

「凄い、です! こんなにジャンプしても平気だなんて、夢みたい……!」

【それは良かった。ところで、今の君なら、永遠に生き続けられる方法がわかるよね?】

「あ、そうですね! じゃあ早速、<垓瞳死神(アズラエル)>――【絶対刻印(シール)】!」

 

 病気が治ったことに興奮していた志穂は、何者かに促されるままに、力を手にしたことで使えるようになった天使を召喚しました。病衣に漆黒のマントという、ちぐはぐな格好になった志穂は、早速垓瞳死神(アズラエル)に指示を出しました。すると、垓瞳死神(アズラエル)のマントの至る所に志穂の名前が赤文字で無数に刻まれました。そして、志穂の名前の赤文字は、時間の経過とともに黒色へと変化し、漆黒のマントの色と完全に同化しました。この瞬間、志穂は不死身となりました。そして、絶対刻印(シール)は絶対に解除できない仕様なため、志穂は不死身であり続ける運命を背負うこととなりました。

 

 これで、私はいっぱい生きられる。外で遊んでいる子供たちよりも、いっぱいいっぱい生きられる。もう余命なんて、寿命なんて意識しなくていい。もう死ぬことに怯えなくていい。なんて、素敵なことだろう。志穂の心は希望に満ちあふれていました。病気という枷から解き放たれ、不死身の存在へと昇華した志穂は、これから何をしようと胸をときめかせていました。

 

 

【さて。幸せいっぱいの所、悪いけれど……君には全てを忘れてもらうよ。今の君のままだと、どれだけ世界に嫌われようと、殺されようと、救いを望まず元気に生き続けかねないからね】

「え、モザイクさん……?」

 

 そのため、志穂は何者かが志穂へと手を伸ばしてくることへの反応が遅れました。

 そして、志穂の意識はここでぷつりと寸断されました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 志穂が次に意識を取り戻した時、志穂はほの暗い空間をふよふよと漂っていました。

 私はなぜここにいるのだろう。疑問に思い、考えて、気づきました。志穂が何も覚えていないことに気づきました。精々、自分の名前が『志穂』だということだけです。

 

 わからない。何も、わからない。どうして、怖い。怖い怖い怖い。

 志穂が怯えていると、唐突に志穂の視界が真っ白に塗り潰され、志穂の両眼に青空が映し出されました。どうして私は空を見上げているのだろう。疑問に思っていると、志穂の体が地面に向けて落下し、地面と衝突した志穂は死にました。直後、志穂は再び、ほの暗い空間へと戻されていました。志穂は死んだはずなのに、体には傷一つ残っていませんでした。

 

 志穂はわけがわかりませんでした。ただ、志穂の記憶に刻まれた墜死の痛みが何度も何度も頭の中で再生され、志穂の心を乱していきます。そして、志穂の混乱が冷めやらない内に志穂の視界が再び白に染まったかと思うと、今度は車に轢き殺され、またほの暗い空間へと返ってきました。

 

 わからない。何もわからない。でも、痛いのはイヤ。どうすればいいの。どうすれば痛いことを経験しないで済むの。わからない、誰か教えてよ。現界の度に世界に殺される影響で、志穂の精神はどんどんすり切れていきます。死んで、戻って。死んで、戻って。そんなサイクルを50回繰り返した所で、志穂はとある出会いを果たしました。

 

 

「あなたはわたくしと同じ、精霊ですのよ。世界を蝕む毒にして、人類の敵」

「……あなたは、私のことを知っているんですか?」

「ええ。あなたのことだけでなく、この世界のことにも詳しい自信がありますわよ」

「お願い、します。教えてください。もう、死にたくないんです」

「ええ、ええ。わかりましたわ。わたくしが懇切丁寧に教えて差し上げます」

 

 漆黒の髪に、色違いの双眸に、血と影の色で染められたドレスを纏った女性:時崎狂三と出会ったことで、志穂は多くの情報を得ることができました。この世界での一般常識や、精霊の立ち位置、そして志穂が残機∞の精霊ゆえに世界から嫌われ死の呪いに襲われているらしいことなど、実に多くのことを、志穂は狂三から教えてもらいました。

 

 

「……ですが、相応の対価はきちんといただきますわよ?」

「ふぇ?」

 

 その対価として、志穂の時間を奪われ殺されたことは中々にトラウマでしたが、狂三のもたらした情報は、志穂の命を差し出してなお余りあるものでした。

 

 その後。志穂は現界した際、天使や霊装を駆使して自分が死なないように尽力しました。しかし、結局志穂は死に続けました。志穂の霊装は空を飛べる程度の機能しかなく、非常に防御力に乏しかったからです。また、志穂は天使の垓瞳死神(アズラエル)を、己の身を隠すためぐらいにしか用いず、決して垓瞳死神(アズラエル)を人に行使しなかったため、志穂は依然として世界に殺され続けました。

 

 

「志穂さん。あなたはどうして垓瞳死神(アズラエル)を使いませんの? 垓瞳死神(アズラエル)を使えば、少しは死ぬ回数を減らせるでしょうに」

「それはわかりますけど、だって……死ぬのって、痛くて辛いですから。それに、私と違って、人間には人と人との繋がりがあるじゃないですか。だから、私が死にたくないだなんて自分勝手な理由で人を殺しちゃったら、その人を大切に思っている人が悲しんじゃうかなって思って、その」

「全く。甘いですわね、志穂さんは」

「……ごめんなさい。えっと、それより狂三さん。どうして私の霊装は、こんなにダメダメなんだと思いますか? 狂三さんの霊装は銃弾なんて余裕で弾き飛ばせるのに」

「そのことについて、1つ仮説を立てましたわ。……志穂さんの霊装はもしかしたら、物理的に志穂さんの命を守ることではなく、度重なる死から志穂さんの心を守ることに特化した霊装なのかもしれません。もしよろしければ、体にではなく、心に霊装を纏うことを試してはいかがですか?」

「ッ! その発想はなかった、です」

 

 ある時。狂三からアドバイスを受けた志穂は心に霊装を纏うことに挑戦し、成功しました。心に纏った霊装は多大に効果を発揮し、志穂が死んだ際に生じる心の傷を極力減らしてくれました。ですが、毎日毎日大量に志穂に押し寄せる死の呪いは、心に纏った霊装の盾があってなお、志穂の心をすり減らしていきました。時には拷問や強姦といった悲惨な出来事の果ての死が志穂を襲ったこともあり、志穂の心は着実に追い込まれていきました。

 

 そして。志穂の記憶が始まってから、9か月後。志穂が通算4千回もの死を経験した後。いつものように現界した志穂は、路地裏で膝を抱えてうずくまっていました。しとしとと降り注ぐ雨が容赦なく志穂の体を濡らし、体力を奪っていく中。志穂はただただ膝を抱えて座っていました。そんな志穂の耳がふと、足音を捉えました。バシャ、バシャと水音を立てている足音は、どうやら志穂目がけて近づいているようでした。

 

 

「や、やめてください。お願い、殺さないで……!」

 

 志穂は足音に怯え、頭を抱えてガクブルと体を震わせます。無理もありません。これまでの経験則から、志穂に近づく者はほぼ全員、故意や過失で志穂を殺しにかかるため、志穂にとって人間は恐るべき脅威でしかなかったのです。

 

 

「え、待って。なに、私ってそんなに人を殺しそうな顔してる? ツリ目なのは自覚してるけど、そんなにガチで怯えられると何かすごーくショックなんだけど」

 

 しかし、今回志穂に近づいてきた者は志穂に死をもたらしませんでした。恐るべき脅威のはずなのに、簡単に殺せるはずの志穂の言葉に、酷く傷ついているようでした。志穂が恐る恐る顔を上げると、そこには長身痩躯のスレンダーな女性が、涙目で志穂を見下ろしていました。

 

 これが志穂と、霜月砂名(さな)という人間との出会いでした。

 

 




霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。元々はただの志穂だった。病弱ゆえに死ぬことに酷く怯え、生きることに並々ならぬ思いがあったがために、精霊になった際に早速己を不死身にした。この頃の志穂さんは、ですます口調の儚い女の子だった模様。ちなみに、士道さんにキスをされた志穂さんが思い出した記憶は、ファントムに記憶を消された後からの記憶である。
ファントム→何らかの目的を抱えて、何人もの人間を精霊に変えてきた謎の存在。男とも女ともわからない声に、全身にモザイクがかった姿形をしているのが特徴である。なお、モザイクさんとの呼ばれ方には複雑な思いがあった模様。
時崎狂三→精霊。識別名はナイトメア。名前は『くるみ』であり、決して『きょうぞう』ではない(重要)。志穂さんが何度死んでも復活する精霊だと知り、志穂さんから時間を調達するために接触した。志穂さんのことはそれなりに気に入っている。
霜月砂名→志穂の初現界から9か月後に、志穂が出会った女性。現状、詳細不明。

一般的な読者の方々の反応A「あっ…(察し)」
一般的な読者の方々の反応B「嫌な予感しかしない」

 というわけで、20話は終了です。過去編は1話で軽く纏めようとしたのですが、志穂さんとファントムとの会話が思ったより文字数多くなったので前後編で分けることにしました。


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21話 裏目裏目の女の子


 どうも、ふぁもにかです。今回は文字数がとっても多いです。今回は気合いを入れて執筆したとはいえ、中々な文章量になったものなのです。



 

 

 志穂が初めて現界してから9か月後の、ある雨の日にて。志穂はとある長身痩躯のスレンダーな女性と出会いました。そして、志穂は成り行きで、女性の住む、天宮市のマンションの一室へと招かれることとなりました。どうしてそのような流れになったのか、志穂にはわかりません。女性になぜか家に誘われ、反射的にうなずいてしまっただけだったからです。

 

 

「あーうー。良かったのかぁ、私? 本当に良かったのかぁ、あの女の子を家に連れ帰っちゃってさぁ? ずぶ濡れだし、お腹すいてたみたいだから、とりあえずお風呂とご飯与えなきゃって唐突に湧いた母性と使命感のままにマイホームまで連れてきちゃったけど……これ誘拐扱いされないよね? おまわりさんこの人ですってされないよね? お願いします、神様。どうか私の人生をここで終わらせないでください後生です。本条蒼二先輩の『SILVER BULLET』が奇跡的に連載再開して感動のフィナーレを迎えるその日まで、私は絶対に終わるわけにはいかないんです」

「あ、あの……お風呂、上がりました。ありがとうございます」

「おや、結構早風呂だったね。ちょうどよかった。ほら、ここ座って」

 

 女性のマンションのお風呂を借りた後、女性からもらった、明らかにサイズの大きい水色のパジャマに着替えた志穂は、台所で独り言を長々と呟く女性に声を掛けます。すると、女性は志穂をリビングのテーブルに座らせると、志穂の目の前に料理を置きました。

 

 

「じゃーん。砂名(さな)ちゃん印のナポリタン! さぁ、食べて食べて」

「え、いや、えっと、ここまで迷惑になるのは申し訳ないです……」

「いいっていいって、気にしないで。いや実はね、私大学生になって、一人暮らしを始めたばっかりでさ。自炊歴が超しょぼいくせに、ノリと勢いでパスタ麺をたくさん買いすぎたせいで、パスタ麺が余りに余ってるんだよね。だから私は今、マイブームはパスタだと己を騙して色々パスタ料理に挑戦中なのです。というわけで、ほら。私を助けると思って、とにかく食べてみてよ。あ、マズかったらちゃんと言ってよね。その時は別のを作るから」

「……なら、わかりました。いただきます」

 

 女性の説得に負けた志穂はナポリタンをいただくことにしました。志穂はたどたどしい手つきで、フォークとスプーンを使って、ナポリタンを食べ始めます。

 

 

「……あ! おいしい、です。凄く、おいしい……」

「え、本当? 途中でちょっと調味料を入れ間違えた疑惑があるんだけど、本当に? 私に遠慮とかしてない? 私は気を遣われるより、本音をズバッと言ってくれた方が嬉しいタイプだから、正直に言っていいんだよ?」

「いえ、本当においしいです。こんなにあったかい料理、初めて……」

「あ、あー。理解したわ。これ、思ったよりヤバい案件っぽい。砂名ちゃんのピンポイント名探偵の勘がそう言ってるから間違いないわ。さぁーて、どうするべきか……」

 

 志穂の零した感想に女性は疑いの目を向けるも、志穂は涙をぽたぽたと零しながら、女性の料理が非常においしいことを主張しました。対する女性は、志穂が並々ならぬ事情を抱えていることをここでようやく確信したようでした。

 

 

「ねぇ、あなたの名前を教えて?」

「志穂、です」

「名字は?」

「わかり、ません。ごめんなさい」

「誰か、家族の連絡先とか、わかるかな?」

「……ごめんなさい。私、家族がいないんです」

「いやいや、私こそデリケートなことをズケズケと聞いちゃってごめんね。えっと、志穂ちゃん。私は霜月砂名。気軽に砂名って呼んでよ。それでさ、もし志穂ちゃんがよかったらさ、今夜はここに泊まらない?」

「ふぇ?」

「あと、はいこれ」

 

 女性から名前や家族のことを聞かれた志穂は正直に返答します。対する女性:砂名は志穂に自己紹介を済ませた後、志穂にお泊まりの提案を行いました。いきなりの砂名の提案に目をパチクリとさせる志穂の手に、砂名は金属製の何かを乗せてきます。

 

 

「これは、鍵ですか……?」

「ザッツライト。私の家の合鍵だよ。外でずぶ濡れになってるくらいなら、私の家に来て、漫画やアニメDVDなんかで暇つぶししながら、ゆったりしてるといいよ。できるだけ私も家にいるようにするからさ」

「……どうして、ですか?」

「ん?」

「どうして、私なんかにこんなに優しくしてくれるんですか?」

「んー。何かさ、志穂ちゃんを見てると、不思議と救わなきゃって使命感に駆られるんだよね。それに、志穂ちゃんみたいな傾国の桃髪美少女には幸せになってもらわないと、世界にとって損失かなぁなんて思っちゃったりして。……ま、所詮は私の自己満足だから、志穂ちゃんは素直に私のエゴに甘えておきなさいな」

「……ありがとうございます、砂名さん」

 

 精霊の私に、人類の敵の私に、人間の砂名さんはこんなにも優しくしてくれる。砂名の優しさに触れた志穂は改めて涙を流しながら、砂名に頭を下げて感謝しました。その後、砂名と一緒のベッドで眠る中で、志穂は心臓麻痺でこっそりと死に、隣界へと戻ることとなりました。

 

 それからというもの。志穂は砂名の家の近くに現界した際は必ず砂名の家を訪れました。砂名はいつだって志穂の来訪を歓迎してくれました。志穂は砂名と一緒に、砂名の好きなアニメや漫画を鑑賞したり、砂名の手作り料理を食べたりして、砂名との時間を満喫しました。

 

 

「あぁぁ、かっこいいなぁ。朱鷺夜先輩。龍吾先輩や虎鉄先輩も素敵だけど、時空綺譚(クロノクル)と言えば、やっぱり朱鷺夜先輩こそが最高なんだよなぁ」

「あの。砂名さんは、どうして好きな人やキャラクターのことを、先輩って呼ぶんですか?」

「そりゃあもう私からの最大限の敬意の表し方だからだよ! 私は先輩をこんなにもリスペクトしてるんだよっていう熱い心のパトスを『先輩』の2文字に凝縮させるのが、私流のやり方なのさ」

「最大限の敬意の表し方……でしたら、その、えっと、さ、砂名先輩」

「…………へ? 志穂ちゃん。今、何て?」

「ふぇ? さ、砂名先輩って呼びました。……いけませんでしたか?」

「……」

「先輩?」

「ぁぁあああああああもう! 志穂ちゃんかわいい! 最高! うん、私がんばるから! 志穂ちゃんの先輩にふさわしい人間として、もっと器を磨くから!」

「むぎゅ!? く、苦しいです、先輩……」

 

 志穂は砂名と同じ時を過ごす内に、少しずつ砂名の価値観に感化されていきました。志穂は砂名の独特な感性に共感し、砂名の感性に馴染んでいきました。

 

 

 そんなある日。志穂の正体が砂名にバレました。天宮市に小規模の地震が襲った際に、砂名の家の本棚が志穂目がけて倒れたために、志穂が死んだからです。砂名の前では決して死なないように気を付けていた志穂でしたが、背後から迫る本棚は回避しようがありませんでした。隣界で復活した志穂は、志穂の死体が消えたことに動揺する砂名の前に再び現れ、志穂のことを説明しました。

 

 

「残機∞の精霊、かぁ。でもって、志穂ちゃんは世界に嫌われていて、日常的に死の呪いに襲われていると。……むむむ、思ってたのと方向性はかなり違ったけど、やっぱり相当重いものを背負ってたみたいだね。なるほど。だから志穂ちゃんと初めて会った時、私にあんなに怯えていたのか」

「……ごめんなさい。私は人間の敵なのに。空間震を起こして世界を壊しちゃう存在なのに。先輩を騙して、先輩の時間をいっぱい奪っちゃいました。……先輩、どうか私のことは忘れてください。鍵も、返します」

「ん? ちょっと待とうか。え、なにその今生の別れっぽい雰囲気?」

「だって、私は精霊で、人間の敵で――」

「――そんなの関係ないから。志穂ちゃんが精霊だろうと何だろうと、私は志穂ちゃんと一緒にいたい。別れたくない。これからも一緒に遊ぼうよ、志穂ちゃん。……それとも志穂ちゃんは私のこと、嫌いになっちゃった?」

「ッ! そんなこと、ないです! 私、砂名先輩が大好きです! 一緒に、いたいです!」

「だったら何も問題ないじゃんか。なら、今まで通り、一緒に過ごそうよ」

「せん、ぱい……!」

 

 当初、志穂は砂名から姿を消そうとしました。精霊と人間とは決して相いれないと考えていたからです。しかし、砂名の説得を受けて志穂は考え直すことにしました。

 

 

「あとさ、話は変わるけど……死の呪いって絶対に回避できないの? ちょっと試してみない?」

「え?」

 

 そして。砂名は志穂の死の呪いの存在を知ってからというもの、志穂に迫る死の回避を試みるようになりました。世界が現実に存在する材料を用いて志穂を殺しにかかる中、砂名は志穂を救い続けました。結果、志穂は死なずに済むようになりました。ですが、代わりに砂名が怪我を負うことが、血を流すことが多くなりました。無傷で志穂を守れることは稀で、砂名の体には日に日に生傷が増えていきました。それから、3日後。

 

 

「いやぁ、参った参った。まさか急にヘリコプターが墜落してくるとはねぇ。でも、ヘリの操縦者含め、誰も死ななかったし、良かった良かった」

 

 病院にて。全身の至る所に包帯を巻き、右腕にギブスをした砂名が、にこやかに笑います。とても志穂を庇ってヘリの下敷きになり、生死の狭間をさまよっていたようには見えませんでした。

 

 

「……先輩。もう、やめましょう?」

 

 志穂は震える声で、砂名に言いました。志穂の脳裏には、志穂を庇って砂名がヘリコプターの下敷きになる光景が何度も何度もフラッシュバックしていました。

 

 

「私が死ぬのは、きっとどうしようもないことなんですよ」

「ダメだよ。ここで諦めたら、志穂ちゃんが死の呪いに殺されちゃうじゃない。志穂ちゃんに辛い思いはさせられないよ」

「私は死んでもいいんですよ! だって、死んでも復活できますから! でも、これ以上続けたら、先輩が死んじゃう……! 先輩は私と違って不死身じゃないんですよ! 死んだらもうおしまいなんですよ! もう、やめてください! お願いです!」

「……」

 

 志穂は涙ながらに懇願します。未だに志穂を死の呪いから守る気満々の砂名に、もう自分を守らないように必死にお願いをします。結果、砂名はしばしの沈黙の後、長々とため息を吐きました。

 

 

「やれやれ、ここが私の限界か。もしも私が主人公なら、死の呪い程度の困難なんて華麗に跳ねのけて、志穂ちゃんを幸せにできるのになぁ」

「先輩。私は先輩と一緒にいられるだけで十分幸せですよ。だから――」

「――わかったよ。今後は私の命が危ない場合は私を優先させてもらう。でも、志穂ちゃんを助けられそうな時は全力で助けるからね。そこだけは絶対に譲れない」

「……先輩。どうしてですか。どうして、そんなに私なんかのために頑張ってくれるんですか。いくら私のことを気に入ってくれてるからって、先輩にとっての私は、家族でも恋人でもない、ただの友達なのに」

「自分の命を賭けてまでただの友達を助けることが納得できないって言いたげな顔だね。……だったらさ、あげるよ。私の名字」

「ふぇ?」

「もし志穂ちゃんさえよければ、私の『霜月』を受け取ってくれないかな? ……私にとって、志穂ちゃんはもうただの友達じゃない。大切な大切な妹分なんだよ。だからこそ、私はお姉ちゃんとして、先輩として、志穂ちゃんを守りたいし、志穂ちゃんの力になりたい。そう思ってる。だからさ、私たちの繋がりの証として、『霜月』をもらってくれないかな?」

「……いいんですか、先輩? こんな私が、妹で」

「もっちろん。何たって、志穂ちゃんは最高にかわいくて素敵な妹分だからね」

「ッ!! ありがとう、ございます。今日から私は、霜月志穂です……!」

 

 砂名先輩が、私のことを妹のように思ってくれている。そのことがただただ嬉しくて。志穂はこの日から霜月志穂となりました。志穂はますます、砂名という存在に心酔していきました。

 

 

「あ、狂三先輩! こんちわッス!」

「……えーと、しばらく見ない内に随分と変わりましたわね、志穂さん」

「うぃッス! それもこれも砂名先輩のおかげッスよ! あと、今の私は霜月志穂なんで、そこんとこよろしくッス!」

「あら、あら。砂名さんの名字をいただいたのですね」

「はい! 私の宝物ッスよ!」

 

 そして。志穂が砂名と出会ってから3か月が経過した頃。志穂は、儚げな性格から、元気いっぱいな性格へとすっかり変貌しました。あまりの変化っぷりに狂三が対応に困るくらいに、志穂は明るい性格へと変わっていました。

 

 

「それでですね。明日、砂名先輩が私の誕生日を祝ってくれるんスよ!」

「誕生日、ですか?」

「はいッス! 私が初めて現界した日を誕生日にしようって先輩が言ってくれたんスよ! うへへ、楽しみッス! きっと、最高の1日になるんだろうなぁ」

「そうですか。それはぜひ、楽しまないといけませんわね。もしよろしければ、わたくしからも何か誕生日プレゼントを用意しましょうか?」

「ふぇ!? いいんスか!?」

「ええ、ええ。いつも志穂さんからはたっぷり時間をいただいていますし、ほんのお礼ですわ。何か志穂さんが気に入りそうなものを見繕っておきますね」

「おおおお! やったー! まさか狂三先輩からも誕生日プレゼントがもらえるなんて超意外ッス! 今まで死んできた甲斐があったってもんッスね!」

 

 志穂は明日の誕生日を心待ちにしていました。相変わらず志穂は死ぬことが日常茶飯事でしたが、それでも志穂は間違いなく幸せの最中にいました。

 

 そうして、誕生日当日。志穂はいつものように砂名の家へと現界しました。現界した際、志穂の体がどの位置に出るかはランダムですが、志穂が行きたい場所を強く念じれば、大抵志穂の望み通りの場所に現界できるようになっていました。

 

 

「……え?」

 

 ゆえに。砂名の家のリビングに現界した志穂は、思わず目を見開きました。なぜなら。砂名の家に濃厚な血の臭いが蔓延していたからです。テーブルには砂名の手作りケーキが置かれ、部屋中に飾り付けがされている中、血の臭いは明らかに異様でした。しばし志穂が呆然と立ち尽くしていると、志穂の足に何やらぬるぬるした液体が接触しました。まさか。脳が見るな見るなと警鐘を鳴らす中、志穂はゆっくりと視線を下ろし、絶句しました。

 

 

「ぁ、え――」

 

 砂名が血だまりの中に倒れていました。横腹に大穴の開いた砂名がビクビクと体を震わせていました。砂名の体の大穴は、まるで巨大な穴あけパンチで風穴を刻まれたかのようでした。

 

 

「せん、ぱい?」

「……ぅ。志穂、ちゃ……わた、は、大丈……だか、ぁ――」

 

 志穂は膝をつき、呆然と砂名を呼びます。志穂の声を聞いた砂名は、腹部に穴が開いているにもかかわらず、志穂を心配させまいと必死に言葉を発したのを最後に、動かなくなりました。血だまりの中に伏したまま、ピクリとも動かなくなりました。

 

 

「ッ!!」

 

 どうして。どうして先輩がこんな目に遭ってるの。誰が、一体誰がこんなことを。ここまで考えた時、志穂は気づきました。気づいてしまいました。

 

 

「……」

 

 いつの日か、狂三は志穂に言いました。『志穂さんは、現界してもほとんど空間震を起こさない、稀有な精霊のようですのよ』と。そして。『志穂さんの空間震の規模は精々直径10センチ範囲。となると、世界が空間震を事前感知するのは難しいでしょうね』と。

 

 

「……違う」

 

 そう。志穂の空間震は規模の小ささゆえに基本的に事前感知されないため、当然ながら地下シェルターへの避難勧告は行われません。しかし、志穂の空間震が小規模ながら空間を丸ごと消失させることには変わりないため、志穂は万一の事態が発生しないように、普段から静粛現界を心がけていました。ですが今回、志穂は静粛現界に失敗し、空間震を発生させていたのです。誕生日に浮かれていたのか、単なる偶然か、志穂は空間震を発生させてしまっていたのです。

 

 

「私の、せいじゃない」

 

 志穂は改めて砂名の体を見下ろしました。砂名の体に穿たれた大穴は、まるで空間震に半端に巻き込まれたからこそ発生したかのようでした。空間震が理由でないのなら、血だまりの近くに砂名の横腹を構成する肉塊が散らばっているはずなのに。砂名の体に大穴を開けた凶器があるはずなのに。そういったものがどこにも見当たらないことが、砂名の死因を決定づけていました。

 

 

「……ウソ、だ」

 

 砂名は死にました。志穂の空間震に巻き込まれて死んだのです。

 志穂は初めて人間を殺しました。志穂の大切な先輩を、殺しました。

 

 

「違う。違う、違う違う違う違う違う違う違う違うッ!」

 

 志穂は必死に否定しました。頭をブンブンと左右に振って現実を拒絶しようとします。しかし、志穂の目の前には砂名の惨たらしい死体が残っています。砂名が志穂の視界の中に入っている限り、志穂がいくら拒絶しようにも、現実は覆りません。

 

 

「あ、ああああああああああああああ!!」

 

 志穂は砂名の家から逃げ出しました。志穂に正常な思考能力など欠片も残っていません。砂名の死を受け入れられなくて。砂名を殺したのが他ならぬ志穂であることが受け入れられなくて。砂名の家から飛び出した志穂は、そのまま志穂のマンションから逃げようとして、階段で足を滑らせて転げ落ち、死にました。そして、次の瞬間。志穂は砂名のマンションの前に現界していました。

 

 

「ぁ、ああああ……!」

 

 さっきまでの己の行動を振り返った志穂は、その場に頭を抱えてうずくまりました。己の過ちに、先輩の亡骸を放置して逃げてしまったことへの罪悪感に苛まれ、その場から動けなくなりました。直後、泥酔状態の運転手が操作する車に志穂は轢かれ、死にました。

 

 

「……あ。そうだ、そうッスよ!」

 

 そして。再び砂名の家のリビングに現界した志穂は、閃きました。志穂の天使:垓瞳死神(アズラエル)は人の生死を自在に操れる天使です。そのため、垓瞳死神(アズラエル)を使えば、例え死んでしまった人でも、一定時間内であればよみがえらせることができるのです。

 

 

「<垓瞳死神(アズラエル)>――【浮上(レビテイション)】!」

 

 志穂はすがるような気持ちで漆黒のマント型の天使を顕現させました。志穂の天使、垓瞳死神(アズラエル)には元々、マントと同じ黒文字で、この世界に生きる全ての人の名前が刻まれています。そして、人が死んだ時、マントからは名前が消えることとなっています。

 

 ゆえに、志穂は【浮上】を通して、一度消えてしまった霜月砂名の名前をマントに復活させようとします。そうすれば、例え体に大穴が開いていようと、砂名の生還が運命づけられるからです。

 

 

「…………ウソ」

 

 しかし、志穂の望みとは裏腹に、マントに砂名の名前が浮上することはありませんでした。

 垓瞳死神(アズラエル)が効果を発揮しない時点まで、時間が過ぎていたため、砂名が志穂のように復活することはありませんでした。

 

 

「――」

 

 私の、せいだ。先輩の死に動揺して、逃げたせいだ。あの時、もっと冷静になっていれば、先輩をよみがえらせることができたはずなのに。私の、せいだ。誕生日に浮かれて、静粛現界に失敗したせいで、空間震で先輩を殺してしまった。私の、せいだ。あの日、私が先輩と出会ってしまったから。私なんかが先輩と関わったせいで。先輩は死んでしまった。

 

 私のせいで。私のせいで。私のせいで。私のせいで。

 志穂はゆらりと立ち上がると台所に向かい、包丁を握りました。

 

 

「はは、はははははははは……」

 

 その場にぺたりと座り込み、力なく笑いながら、志穂は自分の体を包丁で突き刺していきます。何度も何度も突き刺していきます。手を、腕を、足を、脚を、胸を、腹を、首を、顔を。当然、頑丈でない志穂は死んでしまいます。ですが、志穂はすぐさま復活し、砂名の家に現界すると、再び包丁を手に取り、自傷行為を再開しました。不思議と、痛くありませんでした。

 

 

「こ、れは……一体何がありましたの!?」

 

 志穂が淡々と自殺を続けていると、いつの間にかやってきたらしい狂三が驚愕の表情で志穂を見下ろしていました。志穂は包丁で己の目を貫こうとするのをやめて、狂三を見上げます。初めて見る狂三の顔に、志穂は何だかおかしくなって、笑みを零しました。

 

 

「狂三、先輩。私、砂名先輩を殺しちゃったッス。だから、罪を償うためにいっぱい自殺してるんですが、死ねないッス。いくら死んでも、死ねないんスよ。ひひ」

「志穂さん……」

「……教えてください。私は、どうすれば死ねるッスか? 私は砂名先輩に謝りたいのに、こんな無価値な、害悪な私なんか消えてなくなりたいのに、どうしたらいいのか全然わからないッス。……狂三先輩。私は、どうすればいいッスか。どうしたら、この苦しみを味わわずに済むんスか。ねぇ先輩、先輩、せぇぇぇんぱい? ふふふ、ふふふくひひひひひ……」

 

 狂三の目から見て、志穂は明らかに狂っていました。絶望していました。それなのに志穂が反転していないのは、志穂の心を守る霊装が、志穂の反転をかろうじて食い止めているからでした。

 

 

「…………志穂さんが苦しみから解放される方法ならありますわよ」

「え? あるん、スか?」

「ええ、志穂さん。今あなたは心に霊装を纏っているでしょう? それを、霊装解除をしないまま、自分の心を守ってほしいと強く願いながら、もう一度霊装を心に纏い直してください。そうすれば、必ずや霊装は志穂さんの願いに応えてくれますわ」

「……」

 

 狂三に言われるがままに心の霊装を纏い直した志穂は、直後。ビクリと体を強く震わせました。その後、志穂はしばらく虚空を見つめ続けます。そんな志穂のエメラルドの両眼に、段々と生気の光が宿り始めたことに狂三は気づきました。

 

 

「へ、ふぇ!? ちょっ、ええええ!? 何スか、この血!? グロテスクにも程があると思うんですけど!? てか、なんで私こんなに傷だらけなんスか!?」

 

 志穂は砂名の血に怯え、次に自分の体が傷だらけなことに混乱します。

 そう。狂三は、志穂に自分の記憶を霊装で封印するように促したのです。これが、狂三がとっさに思いついた、志穂を終わらせないための最もマシな方法でした。

 

 

「慌てている所申し訳ありませんが、あなたの名前はなんでしょうか?」

「え、私の名前ッスか? 私は霜月志穂ッスけど……え、あれ? なんで? なんで何も思い出せないッスか? 一体何がどうなってるッスか?」

 

 狂三としては志穂には砂名と出会い過ごした3か月間のみの記憶を封印してもらうつもりでしたが、どうやら志穂は自分の名前以外の全てを忘れているようでした。

 

 

「志穂さん。あなたはほぼ完全に記憶を失ったようですわね」

「え、記憶を? というか、あなたは誰ッスか?」

「わたくしは時崎狂三、精霊ですわ。あなたよりも、あなたのことに詳しい自信がありますわ。せっかくですので、少しお話ししましょうか」

 

 狂三は志穂を安心させるべく穏やかな笑みを浮かべ、志穂に手を差し伸べます。しかし、対する志穂はガクブルと震えながら、涙目で狂三のことを見上げてきました。

 

 

「あの、志穂さん?」

「いやぁあああああああ! 頭のおかしい厨二病の誘拐犯に殺されるッスぅうううううう!」

「え、ええ!? どうしてそのような結論になりましたの!?」

「いや、だってあの血だまりに倒れてる女の人、あなたが殺したんスよね!? じゃあ次はどう考えても私の番じゃないッスか! やだー! しかもここ全然知らない場所だし、誰か助けてぇええええ! ヘルプミィィイイイイイイイイイ!」

「志穂さん!? くッ、意外と逃げ足が速いですわね……!」

 

 志穂は狂三から逃げるべく、速やかに砂名の家から脱出します。全力疾走で逃げていた志穂はマンションから外へ出るために階段を使おうとして、足を滑らせて転げ落ち、死にました。この時、志穂の頭から黒猫の髪飾りが取れ、階段の踊り場の隅っこに落ちるのでした。

 

 




霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。砂名に感化されて、かなり性格が変化した。大好きな砂名を自分の空間震で殺してしまったショックにより壊れるも、霊装で1年分の記憶を丸ごと封印することでどうにか心を持ち直すことができた。
時崎狂三→精霊。識別名はナイトメア。名前は『くるみ』であり、決して『きょうぞう』ではない(重要)。志穂に誕生日プレゼントを渡すついでに志穂の話によく出てくる砂名と会おうと砂名の家を訪れた所、狂った志穂と遭遇した。
霜月砂名→志穂の初現界から9か月後に、志穂が出会った女性。乙女回路持ちの大学1年生。大学生になってから一人暮らしを始めていた。精神的に非常に追い詰められていた志穂と出会い、志穂を元気にするも、最終的には志穂の空間震により死亡した。

霜月砂名「え!? 3年後の世界じゃあ『SILVER BULLET』が連載再開されてるの!? ホントに!? 良かった、本条蒼二先輩を信じて本当に良かった! でも肝心の私が死んじゃってるから『SILVER BULLET』の続きを読めない絶望、圧倒的絶望……!」

 というわけで、21話は終了です。誤字脱字を確認するため、プレビューで話を読んでいた私ですら、かなり心が痛みました。だから上の砂名さんの発言でちょっと和んでくださいな。


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22話 死神少女の涙


 どうも、ふぁもにかです。前回で過去編は終了したので、今回からは再び士道さん目線に戻ります。はたして士道さんは志穂さんを救えるのか。



 

 

「志穂!」

 

 士道は走る。狂三の助力により志穂の抱えていた過去を知ることのできた士道は志穂に会うために全力疾走する。そして、ほどなくして。士道は志穂を発見した。志穂は、死屍累々なASTの面々の中心で、心底愉快そうに笑い転げていた。

 

 

「あーはぁ♡ 来たッスね、先輩。……うん、うん。良い目をしてるッスね。さっすがヒーロー。覚悟を決めたようで何よりッス。それじゃあ、始めるッスよ」

「始める? 何をだ?」

「先輩ってば、またまたとぼけちゃってぇ。決まってるでしょ。人類に仇なす残酷無比の死神と、精霊ごと人類を救う正義のヒーローが出会ったのなら、その先に待っているのは、世界の命運を賭けた死闘でしょ? さぁ! 不死身の私と、身体再生能力持ちの先輩。生き残るのはどっちかにゃあ? あ、もちろん。先輩が私に会いに来たからには、何か私の不死を無効化する画期的な手段を用意してるッスよね?」

「悪いが、そんな物は用意していない」

「へ?」

「俺に志穂と戦うつもりはない。志穂を、救いに来たんだ」

「……は?」

 

 志穂は芝居がかった口調で、大げさな身振り手振りで、士道との戦闘を望む。だが、対する士道は志穂から敵意を向けられても決して焦らず冷静に、志穂を救う覚悟を簡潔に言葉に表した。志穂は士道の発言に、目をパチクリとさせる。

 

 

「はぁぁ? 私を救う? 冗談でも笑えないッスよ。 私は死神ッスよ? 全人類の生殺を自在に操れる、脅威の権化ッスよ? それを、救う? どんな頭をしてたらそんな考えになるッスか!? 私という人類の天敵が爆誕したんだから、ここは例えばラタトスク機関とASTとDEM社が共通の敵を前に結託して、残機∞の私を概念ごと完全に抹消しにかかる展開とか用意してる所じゃないんスか!? 空気読んでくださいよ、先輩! ヒーローでしょう!? 人類の敵に手を差し伸べるだなんて酔狂な真似はやめるッスよ!」

「俺はヒーローなんて、そんな高尚なものになったつもりはない。俺はちょっと変わった力を持っているだけのただの高校生で、いつだって、助けたいと思ったから精霊を助けてきた。今回も同じだ。志穂が死神だとか、人類にとって脅威だとか、そんなことは関係ない。俺は志穂を助けたい。幸せにしたい。だから助ける。それだけだ」

 

 志穂はまるで悲鳴を上げるように、士道に敵意を持ってもらうべく、まくし立てる。だが、士道は譲らない。あくまで志穂を救う旨を、はっきりと志穂に伝える。

 

 

「……んー。これは想定外。先輩のお人よし具合にも困ったものッスよね。よーし、それじゃあ先輩が私の殺害に本気になってくれるように、私は今から、先輩がこれまで封印してきた精霊全員に死をプレゼントしてあげちゃうッスね!」

「なッ!?」

「先輩には内緒にしてたんですが、私、何気に先輩が封印した元精霊にも殺されたことあるんスよねぇ。プリンセスの鏖殺公(サンダルフォン)に巻き込まれて。ハーミットの氷結傀儡(ザドキエル)で凍死させられて。ベルセルクの起こした突発性暴風雨に飲み込まれて。ディーヴァが意図的に起こした空間震の被害に遭って。だから、常々復讐したいって思ってたッス。私を殺していない元精霊はイフリートぐらいッスけど、まぁここは連帯責任でイフリートにも垓瞳死神(アズラエル)の餌食になってもらうッス。1人だけ仲間外れにしちゃったら、かわいそうですしね」

「志穂……」

「さぁ先輩! 先輩が救ってきた精霊たちを私に殺されたくなければ、さっさと正気に戻って、私を殺す方向に速やかにシフトチェンジすることッス! なぁに簡単なことじゃないッスか! ほらほら、早く。じゃないと、何回だって元精霊を殺しちゃいますぜー? 良い加減、意固地になるのはやめて、優先順位のままに、私と戦いましょうよ! 先輩! せぇぇんぱい!」

「……」

 

 志穂の漆黒のマント型の天使に付与された無数の人間の目の中に、十香の名が。四糸乃の名が。琴里の名が。耶俱矢の名が。夕弦の名が。美九の名が。刻まれる。血のように赤い文字で、士道がこれまで救ってきた精霊の名前が垓瞳死神(アズラエル)に入力される。それでも士道は志穂に対して敵意を見せなかった。それどころか、志穂を憐れむように、可哀そうなものを見るかのような目つきで、志穂を見据えるのみだった。

 

 

「……何スか? 何なんスか、その目ぇ?」

「志穂。もういい。もういいんだ。これ以上、自分を責めないでくれ」

「先輩? 何を言って……」

「俺は、志穂が今から何をしようと、志穂を殺すつもりはない。砂名さんの代わりに志穂を殺して、志穂を裁くつもりはない」

「ッ!? ど、どうして砂名先輩のことを知って……!」

「だからさ、志穂。狂ったふりをして、暴走したふりをして、死神を演じて殺されようとするのは、もうやめよう。志穂は死神でも人類の敵でもない。ただの優しい女の子だよ」

「――ッ!」

 

 士道の言葉に、志穂は激しく動揺し、目を見開く。士道は志穂の過去を知ったことで、今の志穂の暴走の原因に察しがついていた。志穂の中には確かに、今まで志穂を殺した人間に復讐をしたいとの気持ちも、志穂を散々苦しめてきた世界をメチャクチャにしたいとの気持ちもあるのだろう。だが、志穂の本命は。残酷無比な死神を演じ、ヒーローの士道に殺されることだったのだ。志穂は間違いなく、士道に砂名の姿を重ね合わせている。だからこそ、砂名を殺してしまった罪悪感に苛まれる志穂は、士道に殺されたがっているのだ。それこそが砂名への贖罪だと信じているのだ。

 

 

「……はは、見当外れも大概にしてほしいッス。演技なんてしてないッスよ。これが私の素ですよ。先輩は足元のASTの連中が見えてないんスか? 私が何回この人たちを殺しては復活させてを繰り返したと思ってるッスか? これほどの仕打ちをしておいて、優しいだなんてあり得ないッスよ!」

「いいや、志穂は凄く優しい女の子だよ。もしも俺が志穂の立場なら、今頃は垓瞳死神(アズラエル)で何千人も何万人も殺してる。決して復活なんてさせない。だからこそ。こんなに優しい志穂が救われないなんてウソだ。志穂には、救われる価値がある。幸せに生きる価値がある。志穂は絶対に、救われなければならない、かけがえのない女の子だ。俺が保証する。……なぁ、志穂。志穂は救われていいんだ。砂名さんだって、きっと同じことを望んでる」

「ぃ、いや! 違う、違う違う違う違う違う違う違う違う!」

 

 志穂は震える声で士道の発言を否定しようとするも、士道は志穂の主張を受け入れない。あくまで士道は志穂に優しい言葉を与え続ける。すると、志穂は聞きたくないとばかりに頭を抱えて左右にブンブン振ると、士道に背を向けて逃げ始めた。

 

 

「志穂! 待ってくれ!」

 

 士道は急いで志穂を呼び止めようとする。今の志穂は地上で走って逃げているだけだから追いかけることができるが、志穂が空を飛んで逃げるという発想に至ってしまえば、志穂に逃げ切られてしまうからだ。志穂を救うチャンスを失いかねないからだ。

 

 

「ふぎゅ!?」

 

 だが、志穂の逃走は長くは続かなかった。士道と志穂がデートの待ち合わせに利用していた公園内に志穂が逃げた所で、志穂が何もない所でつまづき、顔面から派手に転んだからだ。志穂はエメラルドの瞳に涙をにじませながら、ゆらりとその場に立ち上がる。

 

 

「志穂、大丈夫か?」

「来ないで、来ないで! <垓瞳死神(アズラエル)>――【入力(インプット)】!」

 

 志穂の怪我を心配して近寄ろうとする士道を志穂は言葉で制する。そして、志穂は垓瞳死神(アズラエル)を発動させ、無数の人間の目の内の1つに、士道の名を刻み込んだ。

 

 

「……私に、救われる価値だなんて、そんなものあるわけないじゃないッスか。あの人を、砂名先輩を殺した私には、地獄なんて生ぬるい、凄惨な罰こそふさわしいんスよ!」

「志穂……」

「私を殺す気になってください、士道先輩! でないと、私が先輩を殺すッスよ! 幾多もの死を先輩に浴びせて、先輩の心を粉々にぶっ壊してやるッスよ!」

「好きにすればいいさ。でもな、もう一度言うぞ。志穂が何をしたって、俺は志穂を絶対に殺さない。志穂を必ず救ってみせる」

 

 今現在、士道は己の命を志穂に握られている。志穂の一存で、士道の生死が決定づけられる。それを踏まえた上で、士道は志穂へと一歩一歩進み始める。志穂を信じているから。優しい志穂なら、士道を殺しても、必ず復活させてくれると信じているから。

 

 

「【転瞬(ブリンク)】!」

 

 志穂の悲鳴じみた指令を受けて、志穂の垓瞳死神(アズラエル)が発動する。士道の名を眼に刻んだ目が、瞬きを始める。その度に、士道は死を経験させられてショック死し、直後によみがえる。士道は心にダメージを負うも、それでも志穂への歩みを止めない。

 

 

「止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれぇぇえええ!」

 

 志穂に一切敵意を抱かない士道が少しずつ近づいてくることに怯えた志穂は、声を枯らして叫ぶ。直後、垓瞳死神(アズラエル)がうごめき、士道を見つめる千の瞳に一斉に士道の名前が刻まれる。

 

 

「ッ!」

「……先輩。これが最後のチャンスッスよ。いくら先輩でも、一度に千回の死を、何度も何度も叩きつけられれば、絶対に壊れるッス。だから、私を救うのは諦めてください。ドMじゃないんだから、こんな危険な私を殺すなんて簡単な決断、さっさとしてくださいよ」

「それは、できない」

 

 士道は垓瞳死神(アズラエル)の千の瞳に一斉に睨まれたことに驚き、一旦は足を止めるも、再び志穂に近づくべく、歩みを再開した。

 

 

「う、ぅあああああああああああああああ!」

「が、ぎ……!」

 

 志穂は絶叫とともに、垓瞳死神(アズラエル)転瞬(ブリンク)させる。刹那。幾重もの死が結集して、何度も何度も士道に襲いかかった。士道はひたすらに死亡と蘇生を繰り返す。その度に、士道は心に深い傷を負い、立ち止まる。だが、またすぐに、士道は精神を立て直し、志穂へと歩み寄ろうとする。士道の両眼に、志穂への敵意や恐れといった負の感情は欠片も生まれない。志穂を救う決意のみを瞳に宿し、士道は歩を進める。

 

 

「どうして、どうして止まらないッスか!? こんなにも先輩に死を与える私が怖くないんスか!? 憎くないんスか!? 消えろって思わないんスか!? どうして、どうしてそんなに苦しんでまで、辛い思いをしてまで、私を助けようって思えるッスか!?」

「志穂みたいな優しい女の子は救われないといけないからだ! 理由なんてそれで十分だ!」

「ふざけないでください! 砂名先輩を殺した私に救う価値なんてないッスよ! あの人はもっと生きるべきだった! あの人はこれから何千何万もの人を救える器を持つ人だった! なのに、私と出会ったばっかりに、あの人は死んでしまった! 私のせいで! 私の、せいでぇ……!」

 

 どんなに強烈な攻撃を行っても、決して止まらない。不屈の心を携え、あくまで志穂を救おうとする。そんな士道の強靭な意思を前に、志穂はついに士道を攻撃できなくなる。垓瞳死神(アズラエル)を行使できなくなった志穂は、涙をぽたぽたと落としながら、その場にくずおれた。

 

 

「志穂。頼む、1人で抱え込まないでくれ。1人じゃ背負えきれないものがあったら、人を頼っていいんだ。俺じゃなくたっていい。誰か、志穂が信用できる人に、弱みを見せてもいいって思える人に、志穂の苦しみを、悲しみを分ければいい。共有してもらえばいい。だから。もう、やめよう。な?」

「…………本当に優しいのは、先輩の方じゃないッスか」

 

 士道は志穂の目の前で膝をつき、優しく志穂を抱きしめる。志穂の耳元で、志穂の心に染み渡らせるように、一言一言。言葉を紡ぐ。すると、志穂はしばらく口を閉ざし、泣きやんだ後に、天使の顕現を解除し、消え入りそうな声を漏らした。

 

 

「私があんなにも先輩を傷つけて、先輩が容赦なく私を殺せるようにって頑張ったのに、それでも私に手を差し伸べ続けるなんて。……ばか。せんぱいの、ばか」

「そうかもな。でも、志穂を救えるのなら、バカで結構だ」

 

 志穂は士道の腕の中で士道を見上げてくる。

 士道が労わるように志穂の頭を撫でると、志穂はくすぐったそうに目を細めた。

 

 

「……ねぇ、先輩。私は、本当に救われていいんスか?」

「あぁ、当然だ」

「でも、私は砂名先輩を殺したッスよ?」

「それは志穂が今後背負っていかないといけないものだけど、そのことが、志穂が救われちゃいけない理由にはならないよ。それに、砂名さんだって、志穂が幸せに生きることを望んでるはずだ。志穂だって、そう思うだろ?」

「……私なんかが、先輩を頼っていいんスか? 私は死神ッスよ? 私が頼ったせいで、先輩は近い将来、死んじゃうかもしれないッスよ?」

「まだ言うか。志穂は死神なんかじゃないって。それに、俺が滅多なことじゃ死なないのは志穂も知ってるだろ? 心配しなくていい、大丈夫だ」

「…………それでも、心配ッス。だって、砂名先輩も、全然死にそうじゃなかったのに、いきなり死んじゃいましたし。だから、士道先輩。私の力を、垓瞳死神(アズラエル)を受け取ってください。そうすれば、先輩はもっともっと死ににくくなるッスから」

「え、それって――」

「――さっきは先輩からしてもらったッスから、次は私の番です」

 

 士道が志穂の意図を察するよりも早く、志穂は顔を上げ、士道の唇にそっと口づけをした。士道の体の中に再度、何やら温かいものが流れ込んでくる感覚が生じる。この感覚は、士道が志穂を再封印することに成功した証左である。それと同時に、志穂の纏っていた黒を基調とした袴の霊装が光の粒子となって霧散し、一糸まとわぬ志穂の姿が顕わになった。

 

 

「し、志穂!?」

「う、秋の夜に裸はさすがに寒いッスね。先輩、もっと私を抱きしめてもらっていいッスか? 先輩の温もりを、温かさを、もっと感じていたいんです」

「あ、あぁ。それはいいけど……」

「服なら後で着ますから。少しだけ、少しだけでいいッスから。このままでいさせてください」

「志穂……」

「ぅう、え…く……うぅ、ひっ……」

 

 士道によりギュッと抱きついてもらおうとする志穂に、士道は自分の着る服を志穂に着せようとするも、今はほんの少しでも士道と離れたくない志穂は士道の胸に顔を埋め、静かに泣き始める。志穂の涙が、亡き砂名を悼むためのものだと気づいた士道は、わずかでも志穂の悲しみが和らぐようにと、志穂の背中を優しくさするのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。何度志穂から精神に直接死を叩きつけられようと、挫けることなく、心をしっかり保ちながら、見事に志穂を救ってみせた。感想でも書かれていましたが、士道さんってばマジ、メンタル超合金。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。士道とのキスを契機に、失っていた記憶を取り戻した模様。砂名と似た生き様で突き進む士道に、砂名の姿を重ね合わせていたがために、士道に自分を殺してもらいたいと思い、天使を使って暴れていた。

日本不審者情報センター「天宮市にて、男性が夜の公園で少女を裸にして抱きつく事案が発生。少女は男性に怯え、涙を流していた模様」
士道「ちょッ!?」

ふぁもにか「【朗報】志穂さん、士道さんに攻略されたことにより、七罪さん作の『僕だけの動物園』に入園することが確定した模様」
志穂「アイエエエ!?」

 というわけで、22話は終了です。ようやく志穂さんの救済が為されました。これにてこの作品のクライマックスが終了したので、最終回も近いですね。


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エピローグ 残機1の元精霊


 どうも、ふぁもにかです。もはや語る言葉はありません。
 士道さんに救われた志穂さんの後日談、その一部をいざ覗きましょうぞ。



 

 

 志穂を再封印した後、士道と志穂はフラクシナスに回収された。その時、士道が志穂を救うために死にまくるという相当な無茶をしたことに琴里は激怒していたが、そもそも士道が無茶をする原因を作ったのは自分だと、志穂がその場で深々と、頭が床に突き刺さる勢いで琴里に土下座を行ったため、士道は今回、琴里にあまり怒られないこととなった。裸の桃髪美少女の土下座姿をまのあたりにした影響で、琴里の怒りが削がれてしまったのだろう。

 

 その後。士道と志穂は何日もかけて、フラクシナスの医療用顕現装置にて、精神を治療することとなった。いくら医療用顕現装置とはいえ心の傷に効果があるかどうかは未知数だが、医療用顕現装置を使わないよりはマシだろうというのが琴里の判断だった。

 

 なお、志穂の再封印以降。志穂に死の呪いが襲いかかることはなくなった。

 令音の読み通り、志穂が完全な不死者ではなくなったからだろう。

 

 そして、時は流れ。激動だった10月1日から1週間後の10月8日日曜日。士道と志穂は千葉のとある田舎町の片隅にひっそりと存在する墓地へと足を運んでいた。ここに、霜月家の墓石があり、霜月砂名の遺骨が納められていることをラタトスク機関の調査により知ったからだ。霜月家の墓石はこまめに手入れがされているのか、他の墓石よりも清潔さを保っているようだった。

 

 

「「……」」

 

 士道と志穂はまず墓石に向けて合掌礼拝を行った後、それぞれ手分けをして墓石の掃除を始める。墓地に備え付けられていた手桶に水を汲み、ひしゃくを用いて墓石の汚れを洗い流す。花瓶の水を、新しい水に入れ替える。墓石に落ちていた落ち葉や小さなごみを箒で払い、ごみ袋の中に入れる。そうして、墓石の掃除を終えた後。志穂は墓参りのために用意していた花束を花瓶に飾り、士道と志穂は各々、ライターの火で線香に炎を灯し、香炉に線香を立てる。そして、2人は誰からともなく目を瞑り、合掌した。

 

 世界に嫌われ、死の呪いに囚われ、精神がボロボロになっていた当時の志穂を巧みに救い上げてくれた砂名。彼女がいてくれたおかげで、今の志穂がいる。彼女がいなければ、志穂の心はとっくの昔に壊れ、士道が志穂を救おうにもどうしようもない段階にまで陥っていたことであろう。士道は砂名への感謝を込めて、砂名へ祈りを捧げる。しばらくして、士道が両手を放し、目を開くと。既に砂名への冥福を祈り終えていたらしい志穂が士道を見つめていた。

 

 

「志穂?」

「……砂名先輩のために、心から祈ってくれて、ありがとうございます。でも、どうして先輩は砂名先輩のことを知っていたんですか?」

「狂三から教えてもらったんだよ。俺自身は砂名さんのことは知らないけど……志穂が心酔するほどの人だ、できることなら会って話してみたかったな」

「同感ッス。士道先輩と砂名先輩なら、きっとすぐに仲良くなったッスよ。ボケとツッコミで、相性抜群ですし」

 

 士道と志穂は、実際に士道と砂名とが対話を行うシーンを脳裏に思い浮かべ、お互いに笑い合う。その後。志穂は真剣な眼差しに切り替えて士道を見上げる。

 

 

「……砂名先輩を殺し、耐えきれずに記憶を霊装で封印した3年前から、私の中の時は止まったままだったッス。でも、これで。私、ようやく前に進めそうッス。これからは残機1の元精霊として、士道先輩との新たな日常を、明るい未来を生きていけそうッス」

「そっか」

「いやはや、まさか先輩がこうも完璧に私を救ってくれるとは思ってなかったッス。――先輩は私の恩人ッス! よ、救世主! カッコいいぜ、ヒーロー! あ、いや。ちょっと変わった力を持っているだけのただの高校生! ひゅーひゅー!」

 

 志穂が真面目な雰囲気を構築しにかかったと思えば、すぐさま志穂は士道を全力で褒めちぎる態勢に入る。士道の目の前で、からからと志穂が笑っている。志穂を救うことに成功できた。志穂に笑顔をもたらすことができた。改めてそのことを認識した士道は、充足感に満ち満ちた微笑みを志穂に返すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 士道が志穂と砂名の墓参りを行った翌日。10月9日月曜日。

 士道は十香とともに来禅高校に登校していた。

 

 

「おお! それでは、もうシドーがフラクシナスで治療を受けなくても大丈夫なのだな!? うむ、良かった良かった。……それで、その志穂という精霊はいつ、私たちの精霊マンションに住み始めるのだ?」

「琴里曰く、今日の夕方からだそうだ。志穂も十香みたいに、日中は学校に通うみたいだからな」

「そうなのか!? 私たちのクラスに転入してくるのか!? 楽しみだな!」

「あ、いや。学校と言っても、琴里と同じ中学に入るみたいだから、学校じゃ会えないな」

「むぅ。そうなると、志穂と会うのはまだお預けか。それは残念だ」

 

 士道が一番最初に封印した、思い出深い精霊こと十香は、まだ見ぬ志穂に会うことを楽しみにしているようだ。この分なら、志穂とも仲良くなってくれるだろう。志穂の性格から、十香たちに志穂が馴染めないのではといった心配はしていなかったが、士道は改めて安心した。

 

 そんなやり取りを経て。士道と十香が2年4組の教室に入った時。既に教室にいたクラスメイトたちが士道を一斉に見つめてくる。しばし士道を凝視していたクラスメイトたちはやがて士道から視線を外すと、小声でひそひそと何やら話し始める。

 

 

(な、何だ何だ?)

「んん? どうしたのだ、皆?」

「お、おい。殿町。何なんだ、この空気? 何か理由、知らないか?」

「理由、だと?」

 

 十香がコテンと首を傾げる中。士道は近くにいたクラスメイトの男子こと殿町に事情を尋ねる。すると、殿町はゆらりと士道へと顔を向けたかと思うと、ガシッと士道の両肩を強く掴んだ。

 

 

「五河、お前ぇ……! 十香ちゃんに鳶一、耶俱矢ちゃんに夕弦ちゃんがいながら、まだ新しい美少女攻略を続けてるのかよ!? どれだけハーレムを拡大させれば気が済むんだよ! どれだけ転入生の女の子を攻略済みにすれば満足なんだよ、ええ!?」

「待て待て、殿町!? 何をそんなに興奮してんだよ!?」

「ちくしょう! ほんの半年前までは、俺と五河の違いはかわいい妹がいるかいないかってだけだったじゃないか! なぜだ、どうして五河はこんなにもモテるんだ! 一体俺に何が足りないって言うんだ……!」

 

 殿町は士道に感情を爆発させたかと思うと、ふらふらとした足取りで士道から離れていく。士道は殿町の奇行を不思議に思いながらも、自分の席に座ろうと視線を移して、気づいた。士道の席に既に誰かが座っているのだ。桃色の髪にエメラルドの瞳が特徴的な、小柄な少女が士道の席に腰かけ、「えへぇー」と声を漏らしながら、緩みきった顔で机に頬ずりをしているのだ。何だか、非常に既視感のある光景だった。

 

 

「む? シドーの席に誰か座ってるぞ? 席を間違えたのか?」

「……え、志穂!?」

 

 士道の席に座る人物の正体が、来禅高校の制服を着た志穂だと気づいた士道は驚愕の声を上げる。無理もない。琴里の通う中学校にいるはずの志穂が、なぜか来禅高校にいるのだから。

 

 

「あ、先輩。こんちわッス!」

「志穂、お前どうしてここにいるんだ!? 中学校はどうしたんだ!?」

「ああ、あれウソッス。先輩にドッキリを仕掛けるために、琴里先輩に頼んで、先輩にウソの情報を流してもらったッスよ」

 

 士道が教室にいることに気づいた志穂は、士道の席から離れ、パタパタと士道の下に走り寄ってくる。どうして志穂が来禅高校にいるのか。士道が早口に尋ねると、志穂は制服のポケットから、ドッキリ大成功と書かれた小さな旗を取り出して、真上に掲げる。

 

 

「そういうことか。琴里め……!」

「そーゆーわけなんで、改めて。今日から来禅高校1年3組に転入した、霜月志穂ッス。ぜひかわいがってやってください、士道先輩!」

「お、おう」

 

 どうやら士道は偽の情報を掴まされていたらしい。志穂の提案を受けて、ノリノリで士道を騙しにかかろうとする琴里の姿がありありと脳裏に思い浮かぶ。一方の志穂は士道に満面の笑みを浮かべつつ、ペコリと頭を下げた。

 

 

「それと、十香先輩!」

「む、私か?」

「今日から精霊マンションに住むことになった霜月志穂ッス! 今夜からお世話になるんで、マンション住まいの先輩として、ぜひご指導のほど、よろしくお願いするッス!」

「おお、お前がシドーの言っていた志穂か。うむ、こちらこそよろしく頼むぞ」

「あい!」

 

 続けて志穂は十香にあいさつをしたのを最後に、2年4組の教室を後にする。

 

 

「志穂? どうしてここに?」

「あ、折紙先輩。実は私、諸事情ありまして、来禅高校に転入してきたんスよ。クラスは1年3組ッス。これからは同じ学校の後輩として、よろしくお願いするッスよ!」

 

 ほどなくして、廊下の方から折紙と志穂の声が聞こえてくる。どうやら意外にも、志穂は折紙とも面識がある上に、そこそこ良好な関係を構築済みのようだ。

 

 

(あ、そうだ)

「志穂、誕生日おめでとう! 帰ったらケーキ作るから、楽しみにしててくれよな!」

「おお! マジッスか、やったー! じゃあ、今日はお腹ぺこぺこにしないとッスね!」

 

 今日が志穂の初現界の日であり、砂名の決めた、志穂の誕生日だと思い出した士道は廊下に出て、去りゆく志穂の小さな背中に声をかける。すると、志穂はぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜びを全身で表現しながら、1年3組の教室へと向かっていく。

 

 来禅高校に志穂が現れたことで、士道の高校生活はさらに面白く、彩りあるものに変化するのだろう。そんな未来を思い描いた士道は、笑みを零した。

 

 

 かくして。霜月志穂は士道に封印された元精霊の一員として、精霊時代では経験できなかった平和な日常を過ごすこととなった。だが、志穂の物語は一段落ついただけで、ここで終わったわけではない。士道にはこれから激動の展開がこれでもかと待ち受けており、当然ながら志穂も激動の展開に巻き込まれ、あるいは自ら積極的に関わっていくこととなる。そんな志穂の行く末にはたして何が待ち受けているのか。それは神のみぞ知ることなのであった。

 

 

 

 

             死に芸精霊のデート・ア・ライブ   END.

 

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。本人は平気そうにしているが、志穂の垓瞳死神(アズラエル)で軽く1万回はショック死したため、大事を取って医療用顕現装置で治療されていた。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。士道に封印され、残機が1となった。フラクシナスでの検査や、医療用顕現装置での治療を終えた後、来禅高校の1年生として学校に通うこととなった。なお、10月9日が誕生日ということになっている。
夜刀神十香→精霊。識別名はプリンセス。エピローグでどうにか滑り込み出演に成功した、士道が一番最初に封印した精霊である。志穂への第一印象は割と良さげな模様。
殿町宏人→エピローグでどうにか滑り込み出演に成功した、士道のクラスメイト。個人的に殿町はそこそこモテてもおかしくないと思うのだが、なぜか全然モテていない。
鳶一折紙→両親を殺した精霊に復讐するため、ASTに所属する少女。感情がないわけではないが、表情には出さないのが基本。エピローグでどうにか滑り込み出演に成功した。なお、志穂に誕生日ケーキを作るとの士道の発言を聞いた折紙は、実は今日は自分も誕生日なのだと供述し、士道に迫ったとのこと。

耶俱矢「ええ、ウソ!? エピローグですら、私たちの出番ないの!?」
夕弦「陳情。今からでも夕弦たちの出番を用意してください」

 というわけで、エピローグは終了です。そして、これにてこの作品は完結となります。今まで閲覧していただき、本当にありがとうございました。なお、ふぁもにか印の作品恒例の、作品完結後の長々とした後書きを後で投稿するつもりなので、もしよければそちらも覗いてやってください。


 ~おまけ(長期的視点からすると圧倒的ハッピーエンドっぽいIFルート)~

 士道とのキスを経て、記憶を取り戻した志穂が暴走を演出している時。

志穂「うっし。せっかくだし、エレ何ちゃらとか、ウェストパッドとか、DEM社の中核を担う幹部っぽい奴を一通り、垓瞳死神(アズラエル)で殺しちゃおっと。こいつらは下手に復活させると後が怖いから、殺したらそのままにしないとッスね」
エレン・メイザース「えッ」
ウェストコット「(´・ω・`)そんなー」

 その後、DEM社の実権はマードックが握り、DEM社の狂気っぷりは多少薄れるのだった。


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EX あとがき


※この後書きには『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』本編のネタバレが数多く含まれていますので、まずは本編を閲覧した上で覗いてくださいませ。

志穂「私との約束ッスよ?」
世界「約束を破ったら死の呪いを掛けちゃうぞ☆」



 

 

 どうも、ふぁもにかです。この度は、『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』を最後まで閲覧していただき、本当にありがとうございます。私が今こうして後書きを投稿できているのは、間違いなくUAやお気に入り登録、感想や投票といった形で読者の皆さんが私を応援してくれたからこそです。でなければ、この私がストックもないのに毎日更新で最終話までたどり着くなんて偉業、まず達成できませんでしたからね。応援がなければ、ストックの枯渇とともに段々と更新頻度が遅くなり、エタる展開が透けて見えてましたからね。そうなれば、志穂さんは救われずに放置されたままでしたからね。応援してくれて本当にありがとうございます。

 

 さて、私の完結作品恒例の初手感謝を終えた所で、『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』の裏事情でも触れていきましょうか。まずは私がデアラの二次創作を書こうと思った理由です。最近の私はリアルで読書に費やせる時間が少なくなっているために、ライトノベルを読む際は、アニメ化を果たしたものの中から、OPがカッコいい作品を選ぶようにしています。それで、デアラのOPってどれも超カッコいいじゃないですか。あのイントロの重厚感とsweet ARMSさんの勢いを保ちつつも柔らかい歌い方がもうたまらないじゃないですか。そんなデアラのOPを知った結果、私はデアラに興味を持ち、原作を読み始めたのです。これが2017年12月のことでした。

 

 また、私は気に入った原作があると、二次創作にしてネット上に公開したい病の患者なので、1か月かけてデアラ原作17巻分を読み終えた時点で、私はもうデアラ二次創作を手掛ける気満々でした。原作を楽しませてもらったお礼として二次創作を作ることで、デアラの新規ファンを増やしたい、既存ファンを楽しませたい。そんな心境に至っていました。

 

 あとは、精霊攻略順序変更モノにするか、精霊全員性転換モノにするか、逆行モノにするかなど、私がより執筆できそうなジャンルを考えた結果、オリジナル精霊を用意して、原作と似たようなノリで士道さんに攻略してもらう系の二次創作を作ろうと決めました。ハーメルンにこの手のデアラ二次創作があまり見当たらないことも私の決断要因となりましたね。

 

 では、そのオリジナル精霊がどうして死に芸精霊の志穂さんになったかですが、これは単に、デアラ二次創作に登場するオリジナル精霊は誰も彼もが当然のようにチートなので、敢えて紙装甲で死ぬのが日常茶飯事という弱点持ちの精霊にしたら新鮮で面白そうだなぁと考えたからです。その当時の私の頭の中では、『止まるんじゃねぇぞ…』『志穂殿がまた死んでおられるぞ!』『おお精霊よ、死んでしまうとは情けない』『どういうことだ、おい。こいつ、死んでるじゃねぇか!』といったセリフがグルグル巡っていました。志穂さんがテンションの高い性格になったメタ的な理由は、この辺だと私は愚考しています。

 

 とはいえ、初期プロットでは、『本章:志穂リザレクション』の前に『前章:志穂レイズデット』を用意して、士道さんに出会う前の志穂さんの日々を描写するつもりでした(※なお、この志穂さんは砂名さんを殺した後の志穂さんです)。話数を1話、2話ではなく、1体目、2体目と表現し、毎回志穂さんがギャグっぽく死につつ、狂三さんや折紙さんなどと交流する章を作るつもりでした。ですが、敢えて前章を全消しして、本章だけにした方が、よりオリジナル精霊の志穂さんの秘密性が増して、ワクワク度が増すかなぁと思い、前章はなかったことになってたりします。あんまり話数が増えると完結前に失踪する懸念もありましたからね。

 

 また、本章執筆の際に一番気を付けていたのは、志穂さんをチョロインにしないことでした。士道さんが大したことをしていないのに志穂さんがすぐ惚れて攻略完了じゃあ、物語の読み応えが全然ありませんし、興ざめしてしまいますからね。なので、志穂さんにはとにかく、悲惨な過去を抱えてもらい、現在も死の呪いに襲われ続けてもらい、士道さんに志穂さんの抱える問題を全力全壊で解決させるという展開にさせていただきました。おかげで志穂さん攻略の難易度は厳しめになっていたことと思います。ちなみに、これは裏設定ですが、志穂さんの士道さんへの好感度が最初から割と好調だったのは、志穂さんが無意識の内に士道さんの中から砂名さんの要素を感じ取っていたからです。

 

 

 では、続きまして。謝罪させてください。いや、ホントごめんなさい。この作品の時間軸を7巻から8巻の間にしちゃってごめんなさい。原作しか読んでいない私は、まさか7巻と8巻の間にイベントラッシュが発生していただなんて知らなかったのですよ。万由里ジャッジメント&或守インストール&凜緒リンカーネイションが待ち受けていただなんて夢にも思わなかったのですよ。このことを知ってたら、志穂さん攻略の時期を別にズラせてたかも……いや、やっぱりそれでも7巻と8巻の間が色々と条件がそろってて都合がいいから、結局は時間軸を変更しなかったでしょうね。以下の条件が全部満たされている時間軸って、7巻と8巻の間くらいしかありませんもの。

 

・士道さんがある程度デートの場数を踏んでいる

・士道さんが鏖殺公(サンダルフォン)氷結傀儡(ザドキエル)を使ったことがある

・士道さんと狂三さんとが共闘したことがある

・士道さんが反転十香さんと対峙したことがある

・DEM社がまだあんまり本腰を入れて活動していない

・折紙さんが謹慎中で、ASTの一員として活動していない

・士道さんの精霊攻略を、攻略済みの元精霊たちが積極的に手伝っていない

 

 上記の条件は、『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』の物語を面白く展開させるために、最低限欠かせない要素だと考えていましたからね。ゆえに。志穂さんの存在するデアラ世界線では、万由里ジャッジメント&或守インストール&凜緒リンカーネイションは発生していないことになりました。本当にごめんなさい。

 

 

 ではでは、ここからは『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』を執筆した感想について触れましょう。感想を一言で言うなら、見切り発車でも、プロットがほぼ白紙でも、人間やろうと思えば、例え毎日更新縛りでも、それなりに物語を纏めることができるんだなといった感じです。

 

 だって、ねぇ。ストックなんて3話更新時点で消え失せましたし。プロットも『士道、琴里から志穂について知る→志穂と偶然会う→志穂とデートの約束をする→翌日、志穂が死に芸披露→士道、志穂を守り抜く縛りのデートの申し出を受ける→令音のパーフェクト解説コーナー→狂三の露骨なフラグ設置→リベンジデート開始→リベンジデート終盤。士道、志穂とキスをし、志穂を暴走させる→過去編突入→志穂救済→志穂、士道の後輩として来禅高校に転入』ってぐらいしか決めてませんでしたからね。特に、リベンジデートの内容を全然決めてなかったのに、よく8話も使って、割と詳細にリベンジデートを描写できたなって今さらながら驚いています。それもこれもゴリラと自動ドア先輩のおかげですね。異論は認めません。

 

 

 それでは最後に、私の今後の執筆活動方針について触れますね。まず、次回作については、完全未定です。もう何か月も執筆停止している『†ボンゴレ雲の守護者†雲雀さん(憑依)』の方をいい加減執筆再開しないとですし、何より、4月からいよいよ私は社会人です。さすがに今回のように、1日に何時間も執筆活動を行って毎日更新、なんてマネは絶対にできないので、次回作は気長に待っていただけたらなと思います。そして、『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』のおまけな話を投稿するかですが、これは私が何かいい感じのネタを思いつくかどうか次第です。9話のおまけのような、攻略後の志穂さんが8巻以降の原作にてどう関わるかといったネタは、私自身、もっと妄想して執筆してみたいですし。まぁその辺のことは、未来の社会人の私に託しましょう。なに、未来の私ならきっとやってくれるはずです。

 

 

 以上。私が語りたい部分は大体語り尽くしたと思いますので、そろそろ幕引きといたしましょう。それでは、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 

 現状、ハーメルンにおけるデート・ア・ライブ二次創作界隈はそこそこの規模を誇りますが、今後もデアラ二次創作界隈が継続して盛り上がってくれることを願って。

 

 

                            ふぁもにか

 

 

 

 

追記.なお、今回は例のお喋り王者ランキングはやりません。さすがにあれをやろうと思えるほどの話数もキャラのセリフもありませんからね。仕方ないね。

 

志穂「なん、だと!? 私、お喋り王者ランキングの司会をやれるって期待してたのに!? このやり場のない気持ちは一体どうすればいいッスか、先輩!?」

士道「まさか志穂がそこまでランキングの司会をやりたがっていたとは……なぁ琴里。何とかならないか? 志穂の望みを叶えてやりたいんだが」

琴里「いやよ。だってセリフの文字数の集計に時間がかかる上に、結果なんてわかりきってるもの。どうせ、士道と志穂でワンツーフィニッシュでしょうしね」

志穂「(´・ω・`)そんなー」

 



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蛇足なおまけ
11話IF もしもリベンジデートに失敗していたら



 どうも、ふぁもにかです。この作品は我ながら中々の完成度で完結していたため、おまけすら投稿するつもりはなかったのですが、デート・ア・ライブ3期が放送中とあっちゃあ投稿するしかありませんよね! アニメで動く七罪さんのあまりのかわいさに執筆意欲が再燃しちゃいました。仕事で忙しいだなんて知ったこっちゃありません! あ、でも今回の蛇足なおまけは暗めのIFルートなので、ご注意ください。本編を終えた志穂ちゃん幸せルートのお話ではありませんよ?



 

 

「くそ、マモレナカッタ……」

 

 天宮市の一角にて。士道はガクッとその場に膝をつく。

 その表情は悲しさと悔しさと絶望がないまぜになっている。

 

 10月1日日曜日。士道は残機∞ゆえに世界から嫌われ、容赦ない死の呪いに晒される運命を押しつけられた精霊イモータルこと霜月志穂を1日、守り抜くための戦争(リベンジデート)に挑んだ。

 

 この日のために最善を尽くしたつもりだった。かつて琴里からもらったイフリートの、身体再生能力を生かし、体を張って最後まで志穂を守り抜くつもりだった。

 

 天宮市の上空15000メートル地点に浮遊する巨大な空中艦:フラクシナスのクルーを率いる艦長:妹の琴里も、散歩デートを行う士道と志穂の周囲一帯にこっそり交通規制を敷くことで志穂の周りに車が存在しない空間を生み出したり、士道と志穂の周囲に自律カメラを飛ばし、志穂に危機が迫りそうなら、士道が耳に装着しているインカムへとすぐさま指示を飛ばしたりと、士道が志穂を守りやすい環境を用意したはずだった。

 

 だがしかし。志穂は死んだ。天宮動物園から脱走したらしいゴリラと不運にも出くわしてしまい、志穂はゴリラに殴り殺されたのだ。あっという間の出来事だった。天宮市の街中になぜか筋骨隆々のゴリラが出現するという、あまりに想定外な光景を目の当たりにした士道が呆然としていた、ほんの一瞬の悲劇だった。

 

 士道は、結局志穂を守れなかった。

 士道は、志穂に終わりなき理不尽な死の呪いを繰り出す世界に、勝てなかった。

 

 地面に膝をついたまま、立ち上がろうとしない士道の目の前に広がる志穂だった亡骸と、飛び散る鮮血。が、直後。志穂の亡骸と血が綺麗さっぱり消失し、入れ替わるように無傷の志穂が静粛現界する。それは昨日、士道が散々目の当たりにした、志穂が復活する光景だった。

 

 

「……まぁ、いくら先輩が頑張った所で、結末はこんなものッスよね。私は、どうあがいても死の呪いからは逃れられない。世界には、運命には逆らえない。きっとこの世の中は、そういう風にできてるってことッスよね」

 

 士道が死の呪いから志穂を1日守るなんて最初から無理だとわかっていた。だけど、少しだけ期待している志穂が存在していたことも事実。そのため、微かな期待を打ち砕かれる形となった志穂は深いため息とともにおもむろに曇天の空を見上げる。この世界に、死の呪いに囚われた自分を救うことのできる人はいない。志穂の眼差しはそう悟りきっていた。

 

 

「志穂……」

「私の安定の死に芸披露のせいで雰囲気もぶっ壊れちゃいましたし……デートはここでお開きにしましょうか。士道先輩。約束通り、もう私を封印しようとしないでくださいよ?」

「あぁ。……ごめんな、志穂。お前を守れなくて」

 

 志穂が士道の元からテクテクと歩き去っていく。志穂を守れなかった。その、揺るがぬ事実に士道は歯噛みする。もう1万5千回も死に続けて、いつ本当に壊れてしまってもおかしくない少女を、自分の不甲斐なさのせいで救えない。士道は己の無力が悔しくてたまらなかった。士道はたまらず拳を強く握る。あまりの強さに手のひらから血が滲み出すも、そんなことは今の士道にとってどうでもいいことだった。

 

 

「……先輩」

 

 が、志穂はそんな痛々しい士道の姿を看過できなかった。ふと士道の様子が気になり振り向いた結果、握りこぶしから血を流す士道を視界に捉えた志穂は思わず立ち止まり、逡巡の後に、士道の元へと戻る。志穂も士道と同じく地面に膝をつき、士道の手のひらを両手で優しく包み込み、士道の握りこぶしをゆっくりと解いていく。

 

 

「志穂?」

「全く、そんなこの世の終わりのような顔しなくていいでしょうに。なんで先輩が私よりも悲しそうな顔してるんスか。……私の封印はもう禁止。そこは変えませんけど……別に今生の別れじゃないんですし、今後も先輩と会った時はお話くらいには付き合ってもいいッスから、どうか元気を出してほしいッス」

「…………あぁ」

「それじゃあ、今度こそバイバイッス」

 

 志穂に間近で微笑みかけられた影響か、士道の中で盛大に暴れていた悔恨の念が落ち着きをみせる。結果、士道の無意識の自傷行為が治まったことを確認した志穂は、もう安心だと言わんばかりに立ち上がり、士道に別れを告げ、去っていく。そうして。どんどん視界から遠ざかっていく志穂の小さな背中を、士道も、自律カメラ越しの琴里もただ黙って見つめることしかできなかった。

 

 

「悪い、琴里。俺は、志穂を守れなかった。昨日、あんなにカッコつけたくせに、情けないよな」

『……士道。今回の私たちはちょっと早計だったわ。もっと世界の脅威を正確に認識するべきだった。士道任せの、行き当たりばったりな精霊の攻略方法を省みるべきだった。今までのやり方は紆余曲折あったけど、最終的には狂三以外の6人の精霊の封印に成功していたから、問題ないと思っていた。でもそれは、ただ運が良かっただけだったのね』

 

 しばしの沈黙の後、士道はフラクシナス艦橋のメインモニタ越しにデートの行く末を見守っていた琴里に謝罪する。てっきり皮肉や悪態をついてくるかと思いきや、琴里は士道を一切責めなかった。琴里の返答にいつもの力強さがないことからして、今回の志穂の攻略失敗を受けて、琴里にも色々と思う所があったのだろう。

 

 

『……今回の失敗は、精霊の攻略方法を見つめ直す良い機会よ。今からフラクシナスで反省会を開いて、志穂の攻略はまたの機会に仕切り直しましょう』

「……今さら反省したって、もう意味ないだろ。もしも今日、志穂を守れなかったら、もう志穂の封印はしない。そういう約束だったんだから」

『そのことだけど、私から1つアイディアがあるわ。裏技だけどね。だから、いつまでもそんな街中でうじうじしてないで、さっさと立ち直りなさい』

「……へ?」

 

 琴里の意味深極まりない物言いに、士道が思わず素っ頓狂な声を漏らす中。士道の体は問答無用でフラクシナスに転送されるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 志穂の攻略に失敗した10月1日から時は過ぎ。11月18日土曜日。

 この1か月半の間に新たな精霊:七罪、折紙の封印を成功に収め、一回りも二回りも成長した士道は、改めて志穂攻略に乗り出すこととなった。すぐに封印しないといけない精霊が他に存在しない&最近、志穂が再び天宮市に頻繁に現界するようになったからだ。

 

 ゆえに。午前9時。来禅高校の通学路にて、志穂の目撃情報を琴里から得た士道は、万全の準備を整えた上で、志穂との距離を詰め、接触を図った。

 

 

「やあ、志穂ちゃん。初めまして。……単刀直入に言おう。突然だけど、私は君に一目惚れしちゃってね。デートをしたいんだ! どうかな、私と一緒に楽しいデートをしてみない? 決して君を飽きさせないと約束するよ?」

 

 なお、今の士道は女装をしている。士織モードである。美九の攻略を契機に女装を経験することとなった士道は、当初こそ女装を敬遠していたが、今は精霊攻略のために女装を活用できそうだとなると、割とノリノリで女装をするようになっていたりする。

 

 そう、これが琴里発案の裏技だった。10月1日のデートで志穂を1日守れなかったら、もう志穂を封印しようとしない。この約束は士道と志穂との間で結ばれたもの。だったら、士道ではない別人が、士道扮する五河士織が志穂を封印する分には問題ないはずという、屁理屈でしかない策である。琴里が『裏技』と称したのもうなずける。

 

 

「え? 士道先輩? いきなりどうしたんスか? って、そもそもどうしてそんな珍妙な格好を? 何かの罰ゲームッスか?」

「ッ!?」

 

 士道が士織に変装して志穂とデートをする。この作戦は、士道の正体が見破られたら最後、志穂の士道への好感度が大幅に下がりかねない危険を孕んでいる。ゆえに、士道はしっかり念入りに己に女装を施した。己のメイクスキルも存分に振るった。なのに、志穂は士道を一目見ただけであっさり正体を看破してきた。まさかの展開に士道は驚きを隠せなかった。

 

 

「ち、違うよ? 私は士道くんじゃなくて、五河士織だよ?」

「いやいや、士道先輩ッスよね? というか、ちょっと待つッス。もう私を封印しないって約束じゃ――」

「――その話は士道くんから聞いたよ。確かに士道くんは志穂ちゃんを守れなくて、攻略に失敗した。だから、選手交代。志半ばで無残に散った士道くんに代わってこの私、五河士織が今度こそ、志穂ちゃんを世界から守ってみせるよ!」

「いやぁ……先輩先輩。よく変装できてるなぁ、完成度高いなぁとは思うッスけど、さすがにその設定のゴリ押しは無理ッスよ。前に言ったと思うんスけど、私、前にラタトスク機関に現界した時に、先輩の精霊攻略記録を見たことがあって、そこで先輩の女装姿の写真も見てるんスよ。だから、残念ながら五河士織の姿じゃ私は騙せないッス。大体、『今度こそ』私を世界から守ってみせる、ってボロ出しちゃってますし」

「あ」

 

 ジト目の志穂から指摘されて初めて己の致命的失態に気づいた士道は呆然とその場に立ち尽くす。士織の姿で志穂と初めて接触したはずなのに、出会い頭で志穂に己の正体を看破されたことに動揺したせいか、慌てて取り繕おうとして、つい口が滑ってしまったのだろう。

 

 

「――まぁ、別にいいッスよ」

「へ?」

 

 終わった。絶対、志穂に嫌われた。悲しみに暮れる士道に志穂から思わぬ助け舟が出される。困惑のままに士道は改めて志穂を見やる。すると、志穂の士道を見つめる眼差しに、志穂との約束を破った士道への、軽蔑や失望の念が一切こもっていないことに気づいた。

 

 

「先輩が男のプライドをゴリゴリ削って女装までして、再挑戦をお願いしてきたわけですから、もう1回だけチャンスを与えてもいいッスよ。ここで断ったら、さすがに先輩がかわいそすぎますしね」

「え!? 本当にいいのか!?」

「口調が崩れてるッスよー、先輩。今は五河士織先輩なんでしょう?」

「あ、うん! そうだったね!」

「やれやれ、先輩も懲りない人ッスねぇ。それで、今日はどんなデートにする予定ッスか?」

「うん。まずはね……」

 

 結果的に志穂から攻略の許可を得られた士道は、志穂から地味に士織の演技を続けることを要求されていることなど気にも留めずに、事前に練っていたデートプランを開示し始める。

 

 

『士道の女装がバレた時はどうなるものかと思ったけど、志穂の優しさに助けられたわね。とはいえ、今回が志穂攻略のラストチャンスなのは間違いない。さあ――私たちの戦争(デート)を始めましょう』

 

 この日のために、士道やフラクシナスのクルーたちは一丸となって、世界が志穂に繰り出す死の呪いの性質を分析し、ありったけの対策を用意した。その結果が実るか否か。フラクシナス艦橋の艦長席に鎮座する琴里は、内心で戦争(デート)の成功を心から祈りつつ、堂々と宣言するのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。このルートでは志穂さんをゴリラに殺されてしまった。やはりゴリラは強敵だった。さすがはゴリラ。
五河琴里→士道の妹にして、精霊保護を目的とするラタトスク機関の一員にして、5年前にファントムに力を与えられ、精霊化した元人間。やれるだけの士道のサポートを行ったつもりだったのにリベンジデートが失敗してしまったことに、色々と思う所があったらしい。
霜月志穂→精霊。識別名はイモータル。いくら無意識の内に士道さんに砂名さんの面影を感じ取っているとはいえ、士道さんに再び封印のチャンスを与えるあたり、なんだかんだで甘い。でもそこがまたかわいい。

ゴリラ「ウホウホッ」
士道「ハァ…ハァ…敗北者……?」

 というわけで、11話のIFルートは終了です。本編で士織さん×志穂さんの百合(?)デート展開を実現できなかった未練から生まれたIFルートだったりします。ちなみに、このIFルートの場合、士道さんは殿町くんや亜衣・麻衣・美衣、岡峰先生たちに女装姿がバレるという、社会的にヤバいイベントに襲われつつも、最終的に死の呪いから志穂を1日守り抜くことに成功します。


 ……なお、もしも士織さんモードでも志穂さんの攻略に失敗した場合、12月にディザスターな士道さんが終始ハイテンションのまま、志穂さんの攻略に臨みます。なんというカオス展開。


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本編後 志穂の誕生日

 
 どうも、ふぁもにかです。今回はこの作品を高く評価してくれた方々がおそらく1番望んでいたであろう、本編後の志穂さんのお話です。本編では一切姿を見せなかった原作の精霊たちもきちんと登場するので、その辺りはご安心ください。



 

 

 10月9日月曜日。放課後。五河家のリビングには8名のメンバーが集っていた。その内訳は、五河士道と、彼に攻略され、力を封印された元精霊7名。夜刀神十香、四糸乃、五河琴里、八舞耶俱矢、八舞夕弦、誘宵美九、そして、霜月志穂。

 

 本日、皆が集結したのは、先週士道が封印したばかりの志穂の、誕生会兼精霊マンション入居祝いのためである。どう考えてもワイワイはしゃぐ展開不可避な、個性の強い愉快なメンバー。加えて、士道が志穂を祝うために腕を振るって用意した、豪勢な料理がテーブル上に勢ぞろいし、テーブルの中央にはバースデーケーキが鎮座。

 

 なのに。

 

 

「「「……」」」

 

 今現在、五河家のリビングは沈黙が支配していた。士道も、元精霊たちも困惑のあまり、言葉を失っていた。彼ら7人が見つめる先は1点。リビングの入口付近で深々と土下座をする志穂の姿。

 

 え、なんで今日の主役がいきなり土下座してるの?

 士道たちが皆、似たような問いを脳裏に浮かべる中。

 

 

「こ、この度は……この度は誠に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁああああああああッス!!」

 

 志穂が肺いっぱいに空気を吸い込み、全力の謝罪の言葉を轟かせるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 今にして思えば、今日の志穂の様子はおかしかった。

 今朝、志穂が琴里と同じ中学に通うとみせかけて、来禅高校の1年3組に転入するとのドッキリを士道に仕掛けてきた際、士道は志穂に誕生日を祝う旨を伝えた。その時の志穂は心の底から幸せそうに、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 

 だが。実際に学校を終えて、五河家を訪れた時の志穂は今朝のはしゃぎっぷりが嘘のように元気がなかった。まるで借りてきた猫のような態度だった。その時は、表向きは明るいムードメーカーキャラの志穂だけど、実は意外と人見知りなのかもしれない、などと士道は考えていた。今の元気いっぱいな志穂になる以前の儚い性格をしていた頃の志穂を知っていたからこその推測である。

 

 ゆえに。士道は少しでも志穂を安心させるべく、志穂を五河家へと笑顔で迎え入れた。そして、クラッカー装備でリビングで志穂の入場を待つ元精霊6名の元へと、士道は志穂を連れていき、志穂を先にリビングへと進ませた。

 

 

「せーの!」

「「「ハッピーバースデー!」」」

「……!」

 

 琴里の掛け声とともに一斉にクラッカーを鳴らす元精霊6名。そんな、満面の笑顔で志穂を祝う6名を志穂はしばし凝視したかと思うと、いきなりその場に膝をつき、深々と頭を下げて謝罪をしたのだ。そして今に至る。

 

 

(え、えぇ……?)

 

 まさかの展開に士道は戸惑いを隠せずにいた。志穂の唐突な謝罪行為の意図が全く読めないからだ。志穂を祝う雰囲気が完全に吹き飛び、気まずい沈黙がリビングを包む中、土下座体勢を維持する志穂の体にカラフルな紙吹雪がいくつかくっついている様子がなんともシュールだ、なんてどうでもいいことを士道は思った。

 

 

「む、むむ? どういうことだ? なぜかの新しい眷属は、いきなり地に伏し懺悔しているのだ? わかるか、夕弦よ」

「疑問。夕弦にもさっぱりです。何か心当たりはありませんか、士道?」

「い、いや。全然わからない。……志穂、まずは顔を上げてくれ」

「……はいッス」

 

 ここで、リビングを取り巻くいたたまれない空気を真っ先に払拭したのは耶俱矢と夕弦だった。耶俱矢は腕を組んで首を傾げ、夕弦は問いを士道に投げかける。志穂の謎の行動の原因がわからない士道はひとまず志穂に土下座をやめさせようと極力優しく声をかけると、志穂はおずおずといった調子で顔を上げた。

 

 

「志穂よ、いきなりどうしたのだ? らしくないぞ?」

「え。いや、だって……ケジメをつけるなら今しかないかなぁと思ったんスよ」

「ケジメ、ですか……?」

「はいッス。だって私、あの時の死神モードの時に、士道先輩に散々酷いことしたじゃないッスか。その辺りのことをきちんと清算しないことには、士道先輩大好き勢な元精霊コミュニティに仲間面して加入するわけにはいかないんスよ」

 

 リビングで正座し、体を縮こまらせる志穂を前に、十香は朝の志穂と今の志穂とのギャップにクエスチョンマークを浮かべる。一方、土下座の理由を口にした志穂は、四糸乃に話を促される形で、今の己の心境をポツリポツリと告げる。

 

 

「琴里先輩には前に謝ったけど、あの全裸土下座1回じゃ絶対足りないッスし……だから、どうか私に相応の罰を与えてください。それで初めて、私は皆の輪に入る資格を得られるッスから」

「罰って、志穂。お前……」

「え、全裸土下座!? 何ですかそれ!? 志穂ちゃんとの間にいつの間にそんな興味深い展開があったんですかぁ、琴里ちゃん!?」

「そこ、ここぞとばかりに食いつかないでちょうだい」

「あーん、琴里ちゃんのいけずぅ」

 

 正座中の志穂がペコリと頭を下げて己を罰することを要求する。志穂の思いつめた表情に士道がどう声をかければいいか一瞬わからなくなる中、良くも悪くも空気を読まないことに定評のある美九が志穂の『全裸土下座』とのワードに即座に反応し、琴里に詳細の開示を求める。が、当時のことを少なくとも美九にだけは語るつもりのない琴里は美九を軽くあしらい、あしらわれたはずの美九はなぜか嬉しそうに言葉を紡いだ。

 

 

「……ったく、なんで志穂が謝るんだよ。志穂が暴走した原因は俺なんだから、志穂がそこまで思い悩むことなんてないだろ?」

「そんなことないッス! 私が先輩を何度も何度も殺したことには変わりないッスから」

「士道。この分だと、あなたがこれから何を言った所で志穂が余計に気にするだけよ。ここは私たちに任せなさい」

「琴里……。わかった、頼む」

 

 どうすれば志穂に罪悪感を感じさせずに済むのか。答えを導き出せないまま、それでもどうにか志穂を励まそうとする士道だったが、当の志穂は頑として士道の主張を聞き入れない。そんな妙な所で頑固な志穂の考えを変えるため、ここで琴里が動き出す。士道が説得するより、琴里たち元精霊が志穂に言葉を尽くした方がよさそうだとの結論に至った琴里は、士道を一旦退かせ、志穂の目の前へと歩を進める。

 

 

「志穂。あなたはさも自分だけが封印される前に士道に酷いことをしたかのように言っているけど、私たちも大概よ?」

「へ?」

「十香は士道と出会って早々、士道を斬り殺そうとしたし」

「あ、あれは仕方ないだろう!? シドーが敵かどうか見極めるためにシドーの名前を聞いたのに『人に名を尋ねるときはまず自分から名乗れ』などと挑発されたら攻撃したくもなるだろう!?」

「あ、うん。あの時は悪かったな、十香」

「四糸乃の時も、士道は四糸乃が天使で作った、氷の結界に無謀にも突っ込んで死にかけたし」

「あぅ。……あ、あの、士道さん……あの時は、本当にごめんなさい……!」

「いや、あれは俺が勝手にやったことだ。四糸乃が気に病むことじゃないって!」

「美九なんか、私と四糸乃、耶俱矢、夕弦を洗脳して、士道を殺そうとしたし」 

「うふふ、今となっては懐かしい過去ですねぇ。もしも過去に戻れるのなら、あの時の私を引っ叩いてぐるぐる巻きに拘束して、だーりんの魅力を耳元で延々と語って聞かせたい気分です」

「あの時の例外なく男嫌いな美九にそんなことしたら、絶対発狂するだろうな……」

 

 罰を欲する志穂を前向きにさせるために、琴里はこの度、志穂の他にも士道に危害を加えようとした精霊の例を示すこととした。その際、槍玉に挙げられた十香は慌てて早口に言い訳を零し、四糸乃は涙目で士道に深々と頭を下げ、美九は過去は過去とすっぱり割り切っている様子を見せた。

 

 

「だけど、私たちは十香たちに士道を傷つけたからって罰を与えたりなんてしていないわ」

「え、そうなんスか?」

「ええ。というか、そもそも精霊は普通の人間じゃ太刀打ちできないくらいの強大な力を持っているんだから、精霊攻略に危険が伴うのは当たり前。士道が怪我をすることなんて、最初から織り込み済なのよ。だからこそ、私は精霊の攻略を戦争(デート)って表現しているわけだし」

「……」

「士道も危険を承知で、それでも精霊を救いたいからって、自ら進んで精霊を攻略してるのよ? だから、そんな物好きの士道を傷つけたことに一々罪悪感を持つ必要なんてないわ。志穂も士道に封印された以上、私たちは士道に心を許した同志なんだから、罰だ何だってこだわってないで、素直に親睦を深めなきゃもったいないわよ。ねぇ、そうは思わない?」

「琴里先輩……」

 

 士道は自分の意思で危険な精霊攻略に乗り出している。だから攻略の過程で士道が傷ついても、それは士道の自業自得でしかない。そのような論調も付け加えて、琴里は志穂を説得にかかるも、対する志穂はまだ琴里の主張に納得しきれていないようだった。

 

 

「で、でも。私は士道先輩だけじゃなくて、ここにいるみんなを垓瞳死神(アズラエル)で殺そうとしたんスよ? それなのに、そう簡単に割り切れるわけないじゃないッスか……」

「クククッ、そんなに我らに罰を与えてもらいたいか? そうかそうか。ならば望み通り、とびっきりの罰を与えてやろう。……己の過ちについて良心の呵責を抱えたまま、我らとともに人間の生を謳歌せよ。それが貴様にぴったりの罰だ。これから精々、精力的に贖罪に励むことだな」

「翻訳。耶俱矢は志穂に一目惚れしたからまずは友達から始めませんかとお願いしています」

「んな!? なななななななに言ってんの、夕弦!? その冗談はさすがに性質が悪くない!?」

「休題。耶俱矢で遊ぶのは一旦やめにするとして。……知らない内に夕弦たちが志穂に殺されかけたとの話は初耳ですが、結果として、夕弦たちは無事です。志穂に傷一つつけられていません。それなら、終わりよければすべてよしでいいのではないですか?」

「……志穂さん。私、志穂さんと仲良くなりたい、です。志穂さんに罰を与えるなんて、そんなの嫌です……」

『別に、志穂ちゃんが人から罰を与えられるのが大好きなドMな女の子だっていうのなら、よしのんもとやかく言わないけどさー。でも、志穂ちゃんってどう見てもその手のタイプじゃないよね。だったら、ここは皆の好意に甘えちゃってもいいんじゃない?』

「志穂ちゃん志穂ちゃん。だーりんを傷つけちゃったことや、私たちを殺そうとした(?)ことに罪悪感があるのなら、私たちに罰してもらうんじゃなくて、そういう黒歴史を帳消しにして、上書きしちゃうくらいの、大きな大きな愛をだーりんや私たちにプレゼントし続けちゃえばいいと思いますよぉ。そうすればだーりんも、志穂ちゃんの攻略は確かに大変だったけどそれでもあの時頑張った甲斐があったって喜んでくれます。だーりんはそういう人ですから。そして、志穂ちゃんが私に構ってくれると、私もすごーくすごぉぉぉく幸せになれますから☆」

「志穂よ。まずはシドーが用意してくれた料理を食べないか? きっと志穂は今、腹ペコなんだ。だからそうやって、細かいことばかり気にしてしまう。悪い方に物を考えてしまう。……私たちの仲に条件だとか資格だとか、そんなものは必要ない。志穂が私たちと一緒に過ごしたいと思ったのなら、その瞬間から、私たちは仲間だ。そうだろう? だから、まずは一緒にシドーの美味しい料理を食べよう。話はそれからだ」

「み、みんな……」

 

 が、ここで。志穂が意を唱えるやいなや、琴里に続く形で、耶俱矢、夕弦、四糸乃、よしのん(※四糸乃が左手に装着している兎のパペット)、美九、十香が次々と自論を持ち出し、様々な方面から志穂が罰を受けない方向へと話を誘導しようとする。結果、志穂の断罪を求める感情を徐々に融解させることに成功したらしく、今まで志穂の心に巣食っていた、皆への後ろめたさが霧散していく感覚を、士道は志穂の様子から的確に感じ取った。

 

 

「ほら、志穂。いつまでも床で正座してないで、立とうぜ。今日の主役は志穂なんだからさ」

「士道先輩……はいッス!」

 

 琴里たちはうまくやってくれた。もう士道が説得のために言葉を重ねる必要はないだろう。あとはほんの一押しをすればいい。士道が志穂に手を差し伸べると、志穂は一瞬だけ士道の手を取ることに躊躇したものの、元気いっぱいな返事とともに士道の手に己の手を掴み、立ち上がった。

 

 

「えっと、その……みんなの気持ちはよくわかったッス。みんながそこまで言ってくれるのなら、私も自分がやらかしたことを頑張って気にしないようにするッス。そんなわけでーーこの度はお騒がせしちゃってすみませんでした! こんな私ですが、これからよろしくお願いしまッス!」

 

 そして。志穂は士道に誘導されてお誕生席に座る前にリビングに集った士道たち7名に視線を配った後、ハキハキとした口調と朗らかな笑みで勢いよく頭を下げる。かくして。志穂の唐突の土下座の影響で一旦中断されていた志穂の誕生会がようやく開催されるのだった。

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。卓越した料理・メイクスキルは他の追随を許さないレベルに到達している。
夜刀神十香→元精霊。識別名はプリンセス。ハングリーモンスターな大食いキャラ。INTが他の精霊よりぶっちぎりで低いためか、様々な場面で天然っぷりを発揮する。
四糸乃→元精霊。識別名はハーミット。人見知りなタイプ。諸事情から、兎のパペットに『よしのん』という人格を生み出している。
五河琴里→元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。ただし二重人格ではなく、マインドリセットの類い。
八舞耶俱矢→元精霊。識別名はベルセルク。普段は厨二病な言動を心がけるも、動揺した際はあっさり素の口調が露わになる。
八舞夕弦→元精霊。識別名はベルセルク。発言する度、最初に二字熟語をくっつけるという、何とも稀有な話し方をする。耶俱矢をいじるのが大好き。
誘宵美九→元精霊。識別名はディーヴァ。男嫌いで女好きなタイプ。ただし士道は例外。その理由は、士道が美九を救ったことに加え、士道がその気になればそこらの女性よりも女性らしい士織に変装できるから(※ふぁもにか的見解)
霜月志穂→元精霊。識別名はイモータル。実は今回の志穂の誕生会にて様子がおかしかった理由の1つとして、志穂が敬愛していた砂名を殺してしまった、3年前の志穂の誕生日のことを意識していたからという裏設定。

 ○ふぁもにかにとっての、原作精霊(7巻まで)の口調再現難易度ランク
『難← 白琴里>十香>四糸乃>よしのん>耶俱矢>美九>>>>夕弦>狂三>>>黒琴里 →楽』

 というわけで、今回の本編後のおまけは終了です。やはり原作精霊たちの口調再現は全体的に凄く難しい印象です。みんな、発言内容に違和感がなければいいのですがねぇ。


 〜おまけ(志穂の第一印象)〜

Q.誕生会で初めて霜月志穂さんと会った皆さんへ。志穂さんの第一印象を教えてください。

四糸乃「え、えと。土下座して謝ってる人……?」
よしのん『うんうん。綺麗な姿勢の土下座だったねー』
耶俱矢「まぁ、うん。土下座よね」
夕弦「首肯。あれは中々に強烈な、プロの土下座でした」
美九「当然、土下座ですねー。はッ、そういえば琴里ちゃんに志穂ちゃんの裸の土下座のことを聞き出すんでした!」

士道「何だか、志穂が高校デビューに失敗した人みたいになってるな」
志穂「……自分のせいとはいえ、凄く複雑な気分ッス( ;∀;)」


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本編後 志穂の誕生日 夜


 どうも、ふぁもにかです。実は志穂の誕生日イベントは2話構成だったという話。本当は今回の話も含めて1話に纏めるつもりだったのですが、思ったより文字数が膨らんじゃいましたので。



 

 

 10月9日月曜日。志穂の誕生会が盛大に開かれた後の、午後10時。一旦精霊マンションの自室でパジャマに着替えた志穂は1人、精霊マンションの屋上へと足を運んでいた。

 

 

「ふぅ……」

 

 秋の心地よい夜風が志穂の頬を優しく撫でる中、志穂は夜空を見上げる。

 星が綺麗だ。色とりどりの星が各々強弱の光を放つ様は、見ていて飽きない。

 

 今まではこんな風にのんびり夜空を見上げることなんてなかった。だって、この世界は志穂にとって残酷で、現界後、数時間内にいつも殺されてきたのだ。景観に趣を見出し、鑑賞する精神的余裕なんて志穂にはなかった。そんな志穂に夜景を眺める楽しさを教えてくれたのは士道だ。

 

 

「にゃッ!?」

 

 もっと色んな角度から星を眺めたい。そんな欲求に突き動かされるまま、真上に視点を固定した状態で付近を歩いていると、案の定、志穂の足がその場でつんのめり、志穂は頭から派手に転びそうになる。志穂は士道に封印されたことで、死の呪いに襲われなくなった。が、その代わり、死の呪いの弱体化バージョンとも言える不幸体質を、士道と共有する形で、その身に抱えることとなった。此度の転倒も志穂の不幸体質が発動した結果だ。

 

 

「わぷッ!」

 

 が、志穂の頭がコンクリート床に接触する前に、志穂がただいま抱え持っていたきな粉パンの抱き枕が上手い具合にクッションとなったため、志穂は勢いよくきな粉パンの抱き枕に顔をうずめるだけで、無傷で転倒イベントを終わらせることとなった。

 

 

(あ、危ないッス。十香先輩がプレゼントしてくれた抱き枕のおかげで命拾いしたッス。……はッ、まさか十香先輩はこの展開を見越して私に抱き枕を!? 何という洞察力ッ! 十香先輩マジリスペクトッスよ!)

 

 志穂独特の思考展開により知らぬ間に志穂の十香への評価が急上昇する中。不用意にその場をうろちょろすることをやめた志穂は、パジャマのポケットから箱型のオルゴールを取り出す。これは士道からの誕生日プレゼントである。箱を開くと、時空綺譚(クロノクル)のオープニング曲が奏でられる。

 

 オルゴールの澄んだ音色とともに、志穂は過去を思い起こす。砂名と出会ってからは、よく2人一緒にテレビでアニメDVDを見たものだ。あぐらで座る砂名の体の中にすっぽり入り込み、砂名に背中を預けて、砂名の両腕に囲われながら、アニメ鑑賞に興じたものだ。

 

 その中でも、特に時空綺譚(クロノクル)は砂名と志穂のお気に入りで、何度も何度も見返した。砂名は朱鷺夜がイチオシで。志穂は本当は虎鉄が一番好きだったけど、砂名の意見に同調して朱鷺夜が大好きだと言って。でも、そんな志穂の心境なんてお見通しな砂名は、私に気を遣うことなんてないから、もっと自分の気持ちに正直になっていいんだよと優しく語りかけてくれて。そんな、砂名との思い出が、オルゴールアレンジの時空綺譚(クロノクル)のオープニング曲とともに志穂の記憶からあふれだす。

 

 

 どれだけ願っても、もう二度と戻れない過去。

 志穂自身が誤って壊してしまった、志穂のかつての居場所。陽だまり。

 

 

「ーーあらあら」

「ッ!」

 

 志穂が感傷に浸っていると、ふと志穂の後方から聞き覚えのある声が届く。その声を契機に、過去から現実へと引っ張り戻された志穂がオルゴールをポケットの中に戻しつつ振り返ると、その先には、漆黒の髪に、色違いの双眸に、血と影の色で染められたドレスが特徴的な精霊こと狂三が優雅にたたずんでいた。特に何か特別なポーズを取っているわけではないのに、問答無用で絵になる様は、さすがは狂三といったところか。

 

 

「随分とちぐはぐな格好になってますわね、志穂さん」

 

 志穂の前に姿を現した狂三は、今の志穂の格好をどう評価すれば良いかわからないとの心境を困り顔で顕わにする。ちなみに、今の志穂はピンク色をベースに所々に白の水玉模様の入ったパジャマを着た上で、琴里からもらった白のリボンで髪をくくって短いながらもツインテールを作り、美九からもらった花形の髪飾りで髪を分け、夕弦からもらったチョーカーを首に巻き、耶俱矢からもらったシルバーの腕輪を右手首に装備し、四糸乃からもらった猫のパペットを左手に装着していた。その上、両手できな粉パンの抱き枕を抱える、皆からの誕生日プレゼント多重装備状態の志穂の姿が、狂三視点から非常にとっちからって見えるのは当然だと言えた。

 

 

「そうッスか? せっかくみんなから誕生日プレゼントをもらったんスから、どうしても身近に感じておきたくて、つい。えへへ。……ところで、狂三先輩? 今日はどうしたんスか? ……あ! ダ、ダメッスよ、狂三先輩! 私はもう残機1の元精霊ですから、時間を吸い取られたら死んじゃうッス! 残機ゼロでコンティニューできなくなっちゃうんで、私から時間を奪って殺すのはNGッス! ダメ、ゼッタイ!」

「わたくしがそんなことするわけありませんわ。全く、志穂さんはわたくしを何だと思っていますの?」

「あはは。まぁ今のは冗談ッスけど、でも私が士道先輩に封印されたことを知っているだろう狂三先輩が、残機1になって、もはや利用価値のなさそうな私にどんな用事があるのか想像できないんスよね」

「……ふふ、本当にわかりませんの?」

「え?」

 

 狂三が志穂の前に姿を現した理由を訪ねようとした志穂は、狂三の返事を聞くよりも早く、狂三が今までと同じ流れで志穂から時間を奪いに来た説を提示し、ブンブン首を左右に振りながら人差し指で×マークを作る。志穂が本気で言っていないと雰囲気から察した狂三が半眼で志穂を見つめると、志穂は冗談で示した説を取り下げつつ、改めて狂三の用事を尋ねる。すると、狂三は意味深に笑みを深めるとともに、志穂の手を取り、何かを握らせた。志穂が視線を落とすと、そこにはアンティーク調の懐中時計が志穂の手のひらに収まっていた。

 

 

「ーーって、これ!? 時空綺譚(クロノクル)の……!」

「わたくしからも志穂さんに誕生日プレゼントを差し上げますわ。士道さんと少々趣向が被ったようですが、そこは士道さんとわたくしとのフィーリングが近しいことを喜ぶことにしますわ」

 

 狂三からもらった誕生日プレゼント。それは時空綺譚のキーアイテムの1つである、アンティーク調の懐中時計だった。砂名がどんな時でも必ず身につけていた物と同じ、懐中時計。

 

 

「砂名さんと同じ懐中時計が欲しいってよく言っていましたわよね? だから、志穂さんの誕生日に渡すために手に入れていたんです。けれど、3年前は志穂さんと砂名さんに悲劇がありましたから、渡す機会を逸していましたの。……これは、砂名さんのことを覚えている志穂さんに渡さないと意味がない物。ですから、ずっと取っていたんです。3年前の、あの日から」

「狂三先輩……」

「やっと、渡せる日が来ましたわ」

 

 志穂にきちんとプレゼントを渡した狂三は、ふぅと安堵の息を吐く。そんな狂三の、見た目相応な様子を目の当たりにして、志穂はふと、封印されてから心の内で考えていた己の気持ちを、狂三に吐露することにした。

 

 

「……狂三先輩。私、何か先輩の力になれないッスか?」

「あらあら、いきなりどうされまして?」

「私は砂名先輩や士道先輩のおかげで救われたッス。今のは私があるのは、砂名先輩や士道先輩が私なんかのために頑張ってくれたからッス。……でも、最初に私を助けてくれたのは、狂三先輩ッス。右も左も分からないで、ただ現界しては死ぬことを繰り返すしかできなかった私に、色々と詳しいことを先輩が教えてくれた。世界に殺されてばかりで、泣き言ばかりの私に付き添ってくれた。私の霊装は、心に纏って心を守ることに特化したものだって教えてくれた。私が砂名先輩を殺した時、私が反転して手遅れになる前に、私の記憶を封印してくれた。記憶喪失になって、しばらく狂三先輩を、砂名先輩を殺した殺人犯だって勘違いして逃げてばかりの私を見捨てずに、またもう一度、改めて私のことを教えてくれた。私がなるべく苦しまずに死ねるように、世界が私を殺す前に、たくさん『時喰みの城』で私を殺してくれた。……狂三先輩が私を支えてくれたから、私は心が壊れる前に、砂名先輩と士道先輩に会えたッス。だから、恩返しがしたいッス。もう、私の時間を与えることはできないッスから、何か別の形で狂三先輩の力になりたいッス! 私は先輩のおかげで救われた、だから今度は私が先輩を救う番だって思うんスよ! そのためなら私はーー」

「ーーそこまでですわ」

 

 志穂は狂三に恩返しをしたいとの率直な気持ちを熱く熱く語る。段々とヒートアップしていく志穂の熱弁を、狂三は志穂の唇に人差し指をそっとあてがう形で、強制的に遮った。

 

 

「志穂さん。そう気負うことはありませんわ。わたくしは志穂さんを殺して時間を奪う、その相応の対価を与えていたにすぎませんもの。……志穂さんは忘れているかもしれませんが、わたくしは『最悪の精霊』ですわ。ゆえに、わたくしの敵は多い。そんなわたくしに、前までの無限の残機を持っていた頃の志穂さんならともかく、今の残機1の志穂さんが肩入れするのは非常に危険でしてよ。どうか、そのような分不相応な望みは捨てて、今は余計なことを考えず、死の呪いに襲われない、人間としての平和な生活を満喫するといいですわ」

「でもッ! 私にとって、狂三先輩は最悪の精霊なんかじゃなくて、近所の優しいお姉さん的な存在なんスよ。だから、先輩の力になりたいッス。……この気持ちは、先輩には邪魔ッスか?」

「……そうですわね、わたくしに志穂さんの助けは必要ありませんわ。わたくしは、わたくしの力で、必ず目的を果たすだけ。でも、もしもそれで志穂さんの気が収まらないのでしたら、新しい猫の溜まり場でも発掘して、わたくしに教えていただけると助かりますわ」

「ふぇ、そんなんでいいんスか?」

「ええ。あ、それと。これからも時々、わたくしの話し相手になってくださいな。志穂さんと話す時間はとても楽しいですもの」

「わかりました、それぐらいならお安い御用ッスよ!」

 

 下手に志穂の恩返しを認めたら、志穂が変に突っ走ってしまうかもしれない。結果、せっかく士道に救われた命を、失うことになってしまうかもしれない。そのような可能性を考慮して、狂三が志穂の恩返しを断ると、志穂は寂しそうに眉を下げる。志穂の様子を踏まえ、今の志穂の願いを拒否するだけで終わるのは望ましくないと考えた狂三は、志穂が無茶せずにすみそうな類いの頼みを志穂に託す。結果、志穂は猫の溜まり場捜索や、狂三の話し相手になることが、狂三への恩返しの一環になると判断し、狂三の頼みを快く承諾した。

 

 

「ふふふ。では、そろそろわたくしは退散いたしますね。精霊マンションの屋上(ここ)で志穂さんと長話をしてしまうと、士道さんたちにわたくしのことを気づかれてしまいますし」

「あー、それもそうッスね。それじゃあ、またいつか」

「ええ。またいずれ会いましょうね、志穂さん」

 

 志穂への別れの言葉を言い終えると、狂三は志穂からクルリと背中を向け、あっという間に闇と同化し、姿を消す。

 

 

「……ありがとうございます、狂三先輩」

 

 一方。狂三がさっきまで立っていた場所をジッと眺めていた志穂は、しばしの沈黙の後、改めて狂三への感謝を呟くのだった。

 

 




霜月志穂→元精霊。識別名はイモータル。今後、もしも狂三が目的を果たすべく『最悪の精霊』として世界の全てを敵に回したとしても、自分だけは狂三の味方でいようとこっそり心に誓った。
時崎狂三→精霊。識別名はナイトメア。志穂のことは結構気に入っている。それだけに、不幸体質を抱えているくせに、狂三の力になりたいと熱望する志穂を危うく感じ、なるべく危険と縁のない生活を志穂には送ってほしいと考えている。

 というわけで、志穂の誕生日イベントは今回で本当に終了です。今回は時空綺譚がアニメ化を果たしている前提だったり、時空綺譚のキーアイテムの1つが懐中時計だったりと、時空綺譚に関するオリジナル設定をかなり放り込みましたが、これ大丈夫なのかちょっと不安になってきました。

 【悲報】おまけのネタが尽きたので、またしばらく更新は途絶することでしょう。許して。


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続章 霜月コンクエスト
0話.続章告知


 

 

1.あらすじ

 

 

 段々とクリスマスの時期が近づく12月上旬。

 五河士道は、ラタトスク機関が今まで一切存在を認識できなかった精霊の存在を知る。

 ほんの2か月前に新人類教団という名の新興宗教を興し、天使の力で信者を次々増やすその精霊は、己を『霜月砂名』と名乗っていた。

 新興宗教の教祖に君臨する砂名は果たして、3年前に霜月志穂が殺してしまった張本人なのか、偽物なのか。真偽を確かめるため、精霊の砂名と接触し封印するために教団の集会に潜入した士道と志穂だったが……。

「さぁ、今日も楽しい世界征服を始めようか」

 砂名はとてつもない野心を抱えているようで――。

 なぜ生きているのか。なぜ精霊になっているのか。なぜ世界征服を目指しているのか。砂名を取り巻く数多の謎を乗り越え、デートして、デレさせろ!?

 

 

 

 

――夢想家精霊のデート・ア・ライブ――

 

霜月コンクエスト

 

 

 ◇◇◇

 

 

2.ご挨拶

 

 

Q.このデート・ア・ライブ二次創作のコンセプトはなんですか?

A.何かと謎の多い精霊に思う存分暴れてほしかっただけ。

 

 

 どうも、ふぁもにかです。『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』の完結からかれこれ4年以上経っているので、ホントお久しぶりですね。

 

 唐突ですが、この度、新たなデート・ア・ライブ二次創作を近日投稿することとしました。タイトルは『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』です。新作として投稿するか、前作『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』の続章として投稿するかは迷いましたが、『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』でも死に芸精霊の霜月志穂さんにそこそこ出番があるので、続章として投稿することとしました。

 

 この続章は2022年7月6日より連載を開始します。現時点で、9割ほど執筆が完了しているので、連載が途中で止まる心配はしなくて大丈夫です(フラグ)

 

 元々、『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』を執筆していた時点で『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』の構想はありました。よって『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』に続章への布石をさりげなく用意していたりもしていました。ただ、続章執筆のモチベーションが全然湧かなかったので、この4年間、続章の執筆は放棄していました。

 

 ではなぜ今ここで続章連載に至ったかというと、まぁあれですよ。デート・ア・ライブのアニメ4期放映のおかげです。4期を視聴していたら執筆したくて仕方なくなったのです。

 

 続章の大まかな展開は『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』と大体同じです。基本的に士道くん目線で話が進み、オリジナル精霊とあれこれ関わってもらう例のスタンスです。そのオリジナル精霊があらすじを見る限り、なんかおかしなことになっているようですが、その謎が続章内でどのように紐解かれていくのやら、といったノリです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

3.注意事項等

 

 

 さて、ここから先は『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』を読む上での注意事項を記載します。本作は、前作『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』と比べて、かなり人を選ぶ作品となっています。具体的には以下の通りです。

 

・前作より残酷な描写がパワーアップしてしまっている

・前作より精神的にきつい描写が多めに入り込んでしまっている

・あまりデート・ア・ライブらしくない物語構成になっている疑惑あり

・志穂さんのメンタルへのダメージが逐次入りがち

 

 私としてはどれも欠かせない描写だったので容赦なく上記要素を本作に組み込みましたが、特に『士道くんに攻略された後の幸せいっぱいな志穂さんの姿をたくさん見たい』と望む、光属性の読者の方々と相性が悪いかもしれません。一方、愉悦を好む闇属性の方々とはそこそこ相性が良いかもしれません。

 

 そのため、本作を読み進める内に『これは、ちょっと……』と思った方々は、本作を最後まで読了しないことをオススメします。そして、『死に芸精霊のデート・ア・ライブの続編なんてなかった』と己を催眠してくれると非常に助かります。

 

 

Q.なんでそんな危ない続章を書いたのですか?

A.モチベーションが湧いてしまったのだから仕方ない。

 

 

 さてさて、ハーメルンは1話につき最低1,000文字執筆する必要があったため、文字数稼ぎのために、告知兼、ご挨拶等、諸々話させてもらいました。

 

 もはや語ることはありません。

 『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』をぜひ楽しんでいただければと思います。

 

 

 では、2022年7月6日より、続章開幕――。

 




なお、続章開始のタイミングは私のモチベーション次第で早まる可能性はあります。遅れることはありません。


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プロローグ 砂名コンクエスト


 どうも、ふぁもにかです。告知では2022年7月6日から続章開幕、とか言っていましたが、気が変わったので今日から連載します。



 

 12月9日土曜日の午前9時。

 その空間は、異質な雰囲気に満ちあふれていた。

 

 来禅高校の体育館くらいの広い空間を照らす紫色の毒々しい光。周囲を覆う、閉塞感を押し付けてくる黒い壁。これらも異様な雰囲気作りに一役買っているのは間違いない。だが、何より異質なのは。この空間に集う人々そのものだ。

 

 誰も彼もが、空間の奥をジッと見つめている。多大な期待を胸に秘め、眼差しに込めて、ステージを見つめている。しかし、誰一人として、一言も発しない。この空間には、軽く300人もの人がひしめき合っているにも関わらず、ヒソヒソ声1つ、聞こえやしない。完璧に統制の取れた人の群れは、まるで個性のない画一的なロボットか、あるいはディストピア世界にありがちな、感情が死に絶えた一般人が集結しているかのようだった。

 

 

「「……」」

 

 その空間の異様さに、ほんの欠片も馴染めない者が2人存在していた。

 1人目は、五河士道。空間震という災いで世界を脅威にさらす精霊に対し、キスをすることで精霊の強大な力をなぜか封印することのできる都立来禅高校2年生の青髪の少年である。

 2人目は、霜月志穂。4年前に全身モザイク姿の何者か(仮称:ファントム)から、宝石の形をした力を与えられ精霊へと変質した後、約2か月前に士道に封印されたばかりの都立来禅高校1年生の桃髪の少女である。

 

 

「「……」」

 

 五河士道と霜月志穂はただただ圧倒されていた。

 不穏極まりない紫色の照明が空間を隈なく照らし、集った何百人の人々が、誰1人としてスマホをチラ見すらせずに、まばたきすら控えて、ステージを凝視する異質な空間に、士道と志穂はすっかり呑まれていた。

 

 

「志穂、大丈夫か?」

「は、はいッス」

「手、握るか?」

「……助かるッス」

 

 士道は己の声が周囲に響かないように、志穂の耳元でひそひそと問いかける。対する志穂は返事こそ気丈だったが、士道がスッと手を差し出すと、志穂は震える手で士道の手をキュッと握ってくる。士道はこの異質な空間に対しひたすら驚き、警戒心を強めるばかりだったが、志穂は怯えの感情が先行しているようだった。

 

 士道と志穂がこの異常な場にわざわざ足を運んだのは、あることを確かめるためだ。確かめるために、2人は危険を承知でこの場に踏み込んだ。

 

 ここは、『新人類教団』の、いわゆる新興宗教の集会所だ。

 新人類教団は、ここ2か月で急激に天宮市で信者が増加している新興宗教である。

 何でも、新人類教団に入団することで、教祖様から力を与えられる。結果、全能感に満たされ、力さえあればやってやれないことはないという境地に至り、理不尽な運命を引き裂き、鬱屈な人生を切り開く新人類に到達できるとのことだ。

 

 そんな、字面だけ並べるとうさんくさいこと極まりない教団の集会に士道と志穂は潜入した。すっかり新人類教団に心酔してしまった、とある来禅高校のクラスメイトに対し、新人類教団に興味があるそぶりを見せることで、集会が開かれる場所の情報をもらい、天宮市で不定期に開かれる集会に潜り込んだ。

 

 理由は1つ。

 新人類教団の教祖の姿をその両眼でしかと捉えるためだ。

 士道と志穂には、新人類教団の教祖に用があったのだ。

 

 

「「ッ!」」

 

 刹那。紫の照明が一斉に消えて、空間が漆黒に支配される。

 いよいよ、集会が始まる。士道と志穂がそろって緊張のツバをごくりと呑み込む。

 

 視界の全てが闇に支配された後。 パッと、純白のスポットライトの光がステージを照らす。コツリ、コツリと、ステージの裏からヒールの乾いた音が響き、ステージへと近づいていく。そうして、しばしの時間が経過して。本集会を開いた教祖が姿を現す。

 

 教祖は一歩一歩、悠然と歩を進める。刹那、教祖の目の前の道に、何の脈絡もなしにレッドカーペットが召喚される。同時に、教祖を照らすスポットライトが絢爛豪華なシャンデリアへとその姿を変質し、ステージの背後の壁がとんでもサイズのステンドグラスへと変化する。

 

 常識で、科学の見地で考えればまずあり得ない光景。物理法則にまるで縛られない眼前の光景に、士道と志穂が、もしや今の己は夢を見ているのではないかとすら感じてしまう中、教祖は悠然とステージの中央へとたどり着いた。

 

 その教祖の姿をしかと目の当たりにして、士道と志穂はそろって絶句した。

 もしかしたらとは思っていた。だけど、ありえないとも思っていた。

 だって。その人は、間違いなく――。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 今から約2か月前の10月1日。この日、士道は志穂を救った。

 4年前に精霊となった志穂は、天使〈垓瞳死神(アズラエル)〉を駆使して不死身になったがゆえに世界に目をつけられ、世界の繰り出す死の呪いにより日常的に死に続けることを強いられていた。士道はそんな志穂の心に寄り添い、志穂の精霊の力をキスで封印して、どうにか救ってみせた。

 

 その際、士道は志穂を救うために、天使〈刻々帝(ザフキエル)〉を持つ精霊:時崎狂三の【十の弾(ユッド)】を通して、志穂の過去を知ることとなった。生まれながらに病弱だった志穂が、正体不明の精霊:ファントムの関与により、不死身の精霊イモータルとなり、幾多の死の津波の中、どうにか完全に壊れることなく生きてきたことを知った。

 

 その中で、士道は、霜月砂名(さな)という女性を知った。霜月砂名。18歳の、大学1年生の女性だ。約3年前。砂名は、何千もの死に晒され、心が壊れかけていた志穂を偶然見つけて、迷わず手を差し伸べた。志穂の尋常ならざる様子を見て、我関せずと逃げることもできたはずなのに。砂名は志穂に関与することを一切躊躇しなかった。

 

 そして。砂名は時に、志穂に暖かいご馳走を披露し、時に一緒にアニメや漫画を鑑賞し、と。志穂に人間として当たり前の生活を経験させて。世界から容赦なく投与される無数の死に絶望することしかできなかった志穂に、砂名は生きる希望を与えていった。

 

 士道は、砂名という人間を尊敬していた。心の底から、凄いと思っていた。死の呪いに囚われ、平均2時間で死んでしまう志穂と、士道がリベンジデートを行った時。あのリベンジデートはたった1日だったが、志穂を守り抜くことはとても大変だった。士道に、過去に封印した精霊の力を使うことができなければ、志穂を死の呪いから守れなかっただろうことは想像にたやすい。

 

 だけど、霜月砂名は。志穂が、死の呪いに囚われた精霊だと知ってから。志穂を死の呪いから守ってみせると覚悟してから。3日間、志穂を守り抜いたのだ。士道のように精霊の力を持っていないのに。士道のように、即死でさえなければ復活できる体を持っていないのに。砂名は、ただの人間でありながら。3日間も、死の呪いから志穂を守り続けたのだ。志穂をつけ狙う死の呪いの法則に速攻で気づき、あらゆる策謀を巡らせて、世界が繰り出す死の呪いを手玉に取って、志穂に安寧な日々を与え続けたのだ。

 

 そして、砂名の最期の日も。志穂が無意識に発生させてしまった空間震に巻き込まれて、腹部が大きくえぐられた時も。痛くて辛くて苦しくてたまらなかっただろうに。それでも砂名は最期の最期まで、志穂を案じて。志穂のために言葉を絞り出そうとしていた。志穂が壊れてしまわないように、必死に言葉を遺そうとしていた。

 

 だからこそ。士道は、霜月砂名を心から尊敬している。尊敬しているからこそ。砂名を人間としての理想形の1つだと捉えているからこそ。もはや、生きている霜月砂名と会えないことを非常に残念に思っている。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――その、はずだったのに。

 

 

 その前提が、まさに今。壊れさっていた。

 なぜなら、士道の目の前には。目の前の、舞台には。長身痩躯のスレンダーな女性が、凛とした眼差しを引き連れて、艶やかな黒髪をたなびかせていたのだから。

 

 

「視点を変えれば世界は変わる、鬱屈とした世界もバラ色に塗り替えることができる、というのが私の持論の1つでね。さぁ、今日も楽しい世界征服を始めようか。なぁ、選ばれし新人類の諸君?」

 

 仰々しく、派手に装飾された司祭服を身にまとって不敵に笑みを形作る、3年前に死んでしまったはずの霜月砂名が、3年前とまるで変わらぬ容姿で、仁王立ちしていたのだから。

 

 




人物紹介は次回からとします。

次回「霜月志穂はかく語りき」
 


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1話 霜月志穂はかく語りき


 どうも、ふぁもにかです。前作の『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』における私の心残りの1つとして、十香さんなどの精霊一派を筆頭にデート・ア・ライブの魅力的なキャラをあまり登場させられなかったな、というものがあります。なので本作では精霊たちにはそこそこ喋ってもらいたいと思っています。エアヒロインなんていなかったのです。よかった、これで解決ですね。



 

 12月7日木曜日の午後8時。天宮市に本格的に冬が到来し、家の中だろうと暖房器具の献身的な働きがなければ、容赦のない冷気が襲いかかってくる時分にて。

 

 五河士道は自宅のキッチンで料理をしていた。明日、学校に通う精霊たちの弁当のための仕込みを夜の内に行っているのだ。その士道の傍らには、エプロンを装着した霜月志穂が士道の指示の下、料理を手伝っている。志穂は料理がそこそこできる。かつて、志穂と交流を深めた霜月砂名から、料理の手ほどきを受けていたからだ。

 

 士道は、十香たち精霊のために弁当を作ることを負担に思ったことはない。どんな弁当を作って、みんなを驚かせてやろうかという、エンターテイナー精神が士道の心にしっかりと根付いているからだ。が、それでも。家事が上手で、士道を意図を組んで効率的に家事を手伝ってくれる志穂は。士道にとって非常にありがたい存在だった。

 

 だが、今日の志穂の様子は明らかにおかしかった。士道が適宜指示を出しても、生返事が返ってくるのみで、士道の指示通りに動いてくれない。それに志穂はなぜか常時、上の空の状態で、食材を包丁で切る時に、うっかり指ごと切ろうとしたことも一度や二度のことではなかった。しばし本調子でない志穂のことを静観していた士道だったが、さすがにこれ以上放置はできない。士道は意を決して、志穂の内面に踏み込むことに決めた。

 

 

「志穂?」

「……」

「おーい、志穂」

「ふひゃッ!?」

 

 士道が志穂の名を呼ぶも、志穂は完全にスルーする。続いて、士道が志穂の耳元で気持ち大きめの声で呼びかけると、志穂はビクッと肩を震わせて、若干赤みを帯びている顔で、慌てて士道を見上げてきた。

 

 

「あ、え、士道先輩。一体どうしたッスか?」

「いや、志穂の様子が変だから、心配でさ。で、どうしたんだ? そんな上の空で」

「え、えと……今日はずっと雨模様だから、自然と気分がどんよりしちゃって。えへへ」

「今日メッチャ晴れてたぞ? 雲一つない晴天だったけど」

「……あ、あう、そのー、何でもないので心配ご無用ッス!」

 

 士道が志穂に問いかけると、対する志穂はどうにかごまかしてこの場を切り抜けようとする。しかし全然士道をごまかせなかった志穂はブンブンとかぶりを振って、強引に士道の問いかけをシャットダウンしにかかった。

 

 

「あの物憂げな様子……男ね。士道以外の男ができたに違いないわ。やるじゃない、志穂」

「ち、ちちちちち違うッスよ!? 私は士道先輩一筋――って、何を言わせるッスか、七罪先輩!?」

「あんたが勝手に自爆しただけでしょ? 私に文句を言うのは筋違いじゃないの?」

「う、うぅぅぅ……七罪先輩のいじわるぅ……」

 

 と、ここで。五河家のリビングのテレビで放映されているクイズ番組を楽しんでいた精霊の内の1人、七罪が志穂の後ろ姿を見つめて確信めいた口調で己の推測を披露する。すると、志穂は狼狽に狼狽を重ねて、七罪が提唱した説を否定しようとして、結果として余計なことまで口走ってしまい、結果として真っ赤に火照った顔でうつむくことしかできなくなった。

 

 

「え、志穂さんにだーりん以外の男ができたって本当ですかぁ!? 誰ですか、それ!?」

呵々(カカ)、志穂に新たな男の気配か。いかなる男か、興味が尽きないな」

「感興。非常に気になりますね。スクープの予感がします」

「……私も、気になります」

『うんうん。志穂ちゃんって意外と逆ハーレム願望を持っちゃうタイプだったのかな?』

 

 七罪が志穂へと投下した爆弾を契機として、テレビで放映されているクイズ番組で純粋に盛り上がっていた他の精霊たち――美九、耶俱矢、夕弦、四糸乃(四糸乃が左手に装着している兎のパペットことよしのん含む)等――がキッチンへと集まってくる。

 

 

「だから違うッスよ! 誤解ッス! これは七罪先輩の罠なんですぅぅぅ!」

 

 精霊たちの熱い視線を一心に注がれた志穂は、どうにか誤解を解くべくギュッと目をつぶって天井に向けて高らかに宣言する。しかし、精霊たちの好奇に満ち満ちた視線が落ち着く様子はまるでない。

 

「……ふぇぇ」

 

 己に士道先輩以外に熱を上げている男性が存在しないことを証明するには、己が普段通りのテンションを保てていない理由を話すしかないだろう。もはや言い逃れができないと察した志穂は、士道の料理の手伝いを一時中断し、リビングのソファーにちょこんと腰を落とした上で、今日の己の様子がおかしい理由を明かし始めた。

 

 

「あ、あの、これは私の来禅高校の友達のA君の話なんスけど……そのA君が、クラスメイトに思いっきりいじめられていたッス。来禅高校の1年3組に転入して、右も左もわからない私に学校のことを色々教えてくれて、勉強も教えてくれて、だから私から見たA君は凄く良い人なんスけど……そのいじめっ子のX君・Y君・Z君的には、何かA君に気に入らないことがあったみたいで、毎日しつこくA君をいじめてたッス」

「な、志穂!? まさか、いじめられてるのか!?」

「誰ですか!? こんなにかわいくて愛らしくていくらでも吸えちゃう志穂さんをいじめる不届き者は! 私が志穂さんに害をなした男に身の丈って奴を思い知らせてやりますよぉ!」

「志穂、下手人が誰か答えてほしい。明日、その人と話をするから」

 

 志穂が口火を切ると、即座に十香が、美九が、折紙がそろって志穂へと詰め寄ってくる。志穂は、同じ精霊仲間たちの突然の態度の豹変に困惑するばかりだ。

 

 

「ちょッ、え、え、どうして私がいじめられてるってことになってるッスか!? あくまで私の友達のA君の話ッスよ!?」

「いや志穂はそう言うけどさぁ。この手の『友達の話なんだけど』って奴は、たいてい本人の話だって相場が決まってるじゃん? だからみんな志穂を心配してるんだよ」

「そ、それは確かにそうッスけど。でも今回はちゃんと友達の話ッス! 最後まで話を聞いてもらえれば、ちゃんと友達の話だってわかってくれるッス!」

「「「……」」」

 

 志穂の主張に七罪が半眼な眼差しとともに志穂に返答すると、志穂は皆に己の話をまずは最後まで聞き届けるよう要請する。この場に、志穂の真剣な望みを敢えて踏み倒すほどに強烈にいじわる極まりない者はいない。結果として、テレビのクイズ番組の陽気な音声のみが五河家に響く中、志穂はおもむろに口を開いた。

 

 

「えと、どこまで話してたかな……あ、そうッス。そのいじめられていたA君が、今日、凄まじく豹変したッス。元々黒かった髪の毛を金色に染めて、オールバックにして、学ランも着崩してて、眼差しも獰猛な肉食獣みたいなギラギラした感じになって。そんなA君を見て、いじめっ子のX君・Y君・Z君は、いつものように『12月にもなってww今さらwww高校デビューwwwwダッサwwwwww』みたいな感じで全力でA君をバカにしたッス。そしたらA君が目にも止まらぬ動きで、X君を殴って黒板まで吹っ飛ばして、Y君を蹴って天井に激突させて、Z君にかかと落としをしてZ君の頭を床に貫通させたッス。まるで、CR-ユニットを纏ったAST(アンチ・スピリット・チーム)(対精霊部隊)の人のような無駄のない洗練とした動きだったッス。……私はこの時、確信したッスね。『あぁ、A君の物語が始まったんだ』って。『いじめっ子という壁を乗り越えたA君は、これから不良漫画の世界に足を踏み入れるんだなぁ。己の信念を貫くために、幾多の敵をなぎ倒し、心を交わした仲間と青春するんだなぁ』って」

「……え、何よそれ。本当にそんなことがあったの?」

「本当ッスよ、琴里先輩。この志穂ちゃんアイがバッチリ見たんで間違いないッス。とにかく、これで私の友達の話だってわかってくれたッスよね? だって私は金髪に染めてないッスし、私の戦闘能力は今日も雑魚敵レベルのまま変わってないッスし」

 

 志穂が語った内容は、確かに志穂本人の話ではなく、志穂の友達のA君(仮称)の話のようだった。それはそうと、志穂の口から語られた話は、そう安々と受け入れられないとんでもない話だった。黒いリボンで赤髪をツインテールに結っている琴里が志穂の話を受けてまず嘘の可能性を見出そうとする気持ちがよくわかるくらい、現実離れした話だった。

 

 ほんの数年前に新設された来禅高校に通う中で、これまでそこまで治安の悪さを感じたことのない士道だったが、もしかすると士道の1学年下の世代は治安が世紀末状態と化しているのかもしれない。士道は、志穂が平穏無事に学校生活を送れているのかが大層不安になってきた。

 

 

「ただ、話はそれで終わりってわけじゃないんだろ?」

 

 そのような志穂への心配の気持ちを胸に抱えつつ、士道は志穂に問いかける。志穂にはまだ隠し事があると察したからだ。

 

 志穂の話を要約すると『志穂の友達のA君がいきなり覚醒していじめっ子3人衆に復讐した』ということになる。だが、A君がいじめっ子に復讐を果たしたという出来事は、志穂にとってそこまで悪い出来事ではないはずだ。いじめっ子を完膚なきまでに倒したA君が今後、いじめっ子3人に苦しめられる未来がほぼ消え去ったのだから。A君の友達の志穂目線では、A君の暴力沙汰は多少なりとも清々するイベントだったはずだ。実際、志穂は変貌したA君の姿を見て、これからのA君が不良漫画な展開のひしめく道を歩み、充実した人生を送る未来を夢想していたのだから。なのに、今日の志穂は上の空だった。そこから士道は志穂がまだ隠し事をしている説に至ったのだ。

 

 

「……さすがは士道先輩、お見通しッスか。その通り、このA君の話には続きがあるッス。私が今、あれこれ悩んでいるのはその続きの件が原因ッス。ただ、今はまだ言えないッス。あれはもしかしたら聞き間違えかもなので。いや、どう考えても聞き間違いッスよ」

「志穂……」

「そんな心配そうな顔しないでほしいッス。明日、もう一度A君に質問するッス。それで確信が持てた時はちゃんと士道先輩に相談するッスよ。先輩がどれだけ頼もしいかは身をもって知ってるッスから、どうか安心してください」

 

 志穂は士道を困らせまいとニヘラと柔和に笑いかける。士道としては、士道に封印されたことでようやく死の呪いから解放され、まともに学生生活を始めることができた志穂には、悩みなんてない、幸せいっぱいな学校生活を送ってもらうことを何より切望している。

 

 しかし、志穂自身が望まない領域に無理やり踏み込んで、無理に志穂の悩みを聞き出そうとするのは、過干渉だろう。志穂からいざという時は士道に相談するという言質を得たことを以て、今日はもう志穂の悩みに踏み込まないようにするべきだろう。

 

 

「……そっか、わかったよ。じゃ、料理の続きを始めるか」

「はいッス!」

 

 ゆえに、士道は志穂を伴ってキッチンへと戻り、精霊たちの明日の弁当作りのための仕込み作業を再開するのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。志穂が士道に封印されるまで全然学校に通っていないことを知っている立場として、志穂が楽しい学校生活を送れているかはかなり気にしているようだ。
夜刀神十香→元精霊。識別名はプリンセス。戦闘中は非常に頼もしいが、普段はハングリーモンスターな大食いキャラ。後輩気質な志穂がいじめられている疑惑が脳裏をよぎった時、真っ先に志穂を心配する姿勢を見せた。
四糸乃→元精霊。識別名はハーミット。人見知りなタイプ。諸事情から、兎のパペットに『よしのん』という人格を生み出している。10月1日に封印されたためにまだそこまで交流を深め切れていない志穂に興味津々な模様。
五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。ただし二重人格ではなく、マインドリセットの類い。志穂から繰り出したA君のぶっとんだ話を目下一番疑っている。
八舞耶俱矢→元精霊。識別名はベルセルク。普段は厨二病な言動を心がけるも、動揺した際はあっさり素の口調が露わになる。しかし今回は厨二なムーブを貫徹できた。
八舞夕弦→元精霊。識別名はベルセルク。発言する度、最初に二字熟語をくっつけるという、何とも稀有な話し方をする。耶俱矢をいじるのが大好き。志穂をいじるのも結構好き。
誘宵美九→元精霊。識別名はディーヴァ。男嫌いで女好きなタイプ。ただし士道は例外。当然、志穂のことも好みドストライクなので、時々志穂を抱きしめてシホニウムを摂取している。当の志穂は過剰な美九のスキンシップを特に嫌がっていない。
七罪→元精霊。識別名はウィッチ。筋金入りのネガティブ思考で物事を捉える性格をしている。普段は皆(特に美九)からいじられがちなためか、後輩気質の志穂の前ではお姉ちゃん面をしていじろうとすることが多い。
鳶一折紙→元精霊。識別名はエンジェル。士道に封印されるまでは両親を殺した精霊に復讐することを原動力に生きてきた。普段、感情をあまり表情には出さない。実はASTに所属していた時から志穂とは交流があったため、志穂への好感度は意外と高い。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。1年3組のクラスメイトにして友達のA君が覚醒していじめっ子をぶちのめしたこととは別の理由で何か思い悩んでいるらしい。

次回「ディザスター再来」
 


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2話 ディザスター再来


 どうも、ふぁもにかです。サブタイトルでお察しの方もいることでしょう、今回はギャグ回です。序盤のふざけられる内に全力で飛ばしていきますのでよろしくお願いします。



 

 12月8日金曜日。志穂の友達こと仮称A君が唐突に覚醒したらしいトンデモ出来事の翌日。来禅高校登校組の6名(五河士道・夜刀神十香・鳶一折紙・八舞耶俱矢・八舞夕弦・霜月志穂)は、いつものように五河家の前で合流し、談笑を交えながら高校への通学路を軽やかな歩調で突き進み、来禅高校へと到着する。

 

 それから、下駄箱で上履きに履き替えて。志穂が階段前で士道たちと別れて1年3組の教室へと向かい。階段を昇った後に八舞姉妹が士道たちと別れて2年3組の教室へと向かい。残る士道・十香・折紙が2年4組の教室へと向かおうとして。

 

 

「む?」

「……?」

 

 十香と折紙が不意に立ち止まり、そろってコテンと首を右に傾けて、頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 

 

「どうしたんだ、2人とも」

「いや、やけに教室が騒がしいと思ってな」

「同じく」

 

 士道が十香と折紙へと振り返り問いかけると、十香は己の聴覚が捉えた、4組の教室の非日常な様子を士道へと共有する。折紙もまた、コクリとうなずく形で、十香と同様の情報を聴覚経由で入手した旨を士道に伝える。

 

 どうやら2年4組の教室でなにやら異変が起こっているらしい。ただ十香と折紙が戦闘態勢に移行していない様子からして、物騒な事態が4組の教室で発生していないことだけは確かだろう。ならば、教室に入って騒ぎの原因を確かめないことには何も始まらない。

 

 士道は教室のドアに手をかけてガラリとドアを開ける。刹那、士道たちの視界に映った光景を見て、士道・十香・折紙は文字通り、固まった。士道と十香は唖然とした表情を浮かべ、よほどのことがなければ感情を安々と表情に現さないことに定評のあるはずの折紙さえも呆然と立ち尽くしていた。そんな、思考能力を失ったかのような表情を張りつける士道たち3人に対し。爽やかな男の声が届けられた。その声は、3人が良く知る声だった。

 

 

「おはようこざいます。夜刀神さん、鳶一さん。気持ちの良い朝ですね。それと――よう、五河」

 

 それは、士道の悪友の殿町宏人の声だった。その殿町の姿を見たがゆえに、士道たちはその場に硬直している。なぜ、士道たちは殿町を目撃したことで衝撃を覚えて立ち止まっているのか。答えは至極簡単なことだった。どういうわけか、2年4組の教室には――身にまとう制服では隠しきれないほどの隆々とした筋肉を全身にまとった、9等身くらいの殿町宏人の姿があったのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「との、まち……?」

 

 士道は消え入りそうな弱々しい声で、彼の友人の名を呼ぶ。当然だ。昨日までは、殿町は一般的な体型をしたごく普通の高校生だった。そのはずだ。なのに、その一般的な高校生が、なぜか一夜を経て、いきなり筋肉を全身に蓄えまくった姿で、己の机に腰を掛けている。その状況がとにかくわけがわからなかったのだ。

 

 

「どうした、五河? 俺は正真正銘、殿町だ。殿町宏人だ。……何だそのポカーンとした顔? まさか、友達の顔を忘れたのか? くぅッ、女の子にうつつを抜かしてついに友達のことを忘れるだなんて、何て薄情な奴なんだ! まったく、殿町さんは悲しいぜ……!」

 

 殿町が士道の様子を受けて拳をギュゥゥっと力強く握りしめながら激情を顕わにすると、殿町が座っている机がギシギシと悲鳴を上げ始める。どうやら机は殿町が抱え持つ筋肉の重さに耐えかねている様相だった。

 

 

「待て、俺が殿町のことを忘れるわけないだろ!? 俺の顔が変になってたのは、お前がいきなりムキムキになってたからだよ! だって昨日までそんな筋肉なかっただろ!?」

 

 殿町の様子を受けて嫌な予感がした士道は慌てて殿町へ言い訳を並べる。急いで言い訳をしなければ、殿町が身にまとう謎に盛り盛りの筋肉を震わせながら士道へと詰め寄ってくるという、絵面的に最悪な未来を想定してしまったからだ。と、直後。

 

 

「あれぇ? 五河くん、夜刀神さん、鳶一さん? どうして3人そろって扉の前で立ち止まっているんですか? ホームルームを始めますから、早く自分の席についてくださいねぇ」

「は、はい……」

 

 士道たちの背後から2年4組担任の岡峰珠恵先生(通称タマちゃん)が不思議そうに声をかけてくる。岡峰先生のおかげでどうにかギリギリで思考放棄状態から復帰した士道たちは早足で自席へと向かい、腰を下ろした。

 

 

「シ、シドー。一体何がどうなっているのだ?」

「どうして彼は、あのような変わり果てた姿に? 士道は、何か知っている?」

「いや、俺に聞かれても……」

 

 士道の近くに座る十香と折紙から放たれる当然の疑問。しかし当然ながら、士道も彼女たちへの回答を持ち合わせていなかった。困惑することしかできない士道たちをよそに、岡峰先生は小柄な体躯でテクテクと教壇に向かい、生徒たちへと向き直った。

 

 

「みなさん、おはようござ――!?!?」

 

 そして、岡峰先生は朗らかな笑顔を携えて元気よく生徒たちにあいさつをしようとして――そこで初めて、未だに机に座っている、極めて筋骨隆々な殿町の姿を目撃した。岡峰先生は数瞬口を微妙に開いたまま硬直した後、震える指で殿町を指差して叫んだ。

 

 

「ふぇ!? だ、だだだだだだ誰ですかあなた!? なんでこんな筋肉質な不審者が堂々と校舎にいるんですかぁ!?」

「HAHAHA! やだなぁ。何を言っているんですか、タマちゃん! 俺ですよ、殿町宏人ですよ。不審者じゃありません。あなたが担任を務めるクラスの生徒です!」

「ぇぇぇえええええええええええええッッ!?」

 

 視界に映る筋肉まみれの謎の人物が殿町だと告げられた岡峰先生は驚愕の声を心の底から轟かせる。岡峰先生のリアクションは、2年4組の生徒たちの今の心境を何より如実に代弁していた。事実、一部の生徒は「そうか、マジで殿町なのかあいつ」「嘘だと思いたかった……」「これは、夢。夢。絶対、夢。早く夢から覚めたいなぁ」等、声を潜めて、混乱の渦中にある心境を吐露している。

 

 

「ところでタマちゃん。早速ですが、1つお願いがあります」

「ひゃい!? なんでしょうか!?」

「俺、見ての通り、体を完璧なまでに鍛え上げましてね。その結果、今の俺の体型じゃあ学校の椅子が脆すぎて使えないんですよ。だから、特注の椅子を用意してもらっても良いですか? あぁ、今すぐにとは言いません。新しい椅子が届くまでは、空気椅子で授業受けるんで大丈夫です。空気椅子なんて24時間余裕でできますからね。HAHAHA!」

 

 ざわめくクラスメイトの反応をよそに、殿町はこれ見よがしに大腿四頭筋を膨らませながら、岡峰先生に椅子を要求する。そう、殿町がさっきからずっと、椅子ではなく机に座っていたのは、殿町がいつも通りに椅子に座った時に、殿町の重さに耐えかねた椅子が壊れてしまったからであった。

 

 

「……」

「タマちゃん?」

「きゅぅ~」

「タマちゃん!?」

 

 岡峰先生は、殿町の机の足元に転がる椅子らしき残骸に視線を移したが最後、己の脳のキャパシティが限界を突破した。岡峰先生は殿町の呼びかけに反応できないまま、魂が口から抜けたかのようにふらりとよろめき、教壇で頭から床に倒れようと――。

 

 

 

 

「危ないッ!」

 

 ――する寸前で、殿町が一瞬で岡峰先生の元へ接近し、先生をお姫様抱っこ状態で抱き上げたため、先生が頭に怪我を負う事態にはならなかった。

 

「タマちゃん。いきなり気絶するなんてどうして……いや理由は後だ。早くタマちゃんを――!」

 

 岡峰先生の気絶の元凶と欠片も気づいていない殿町は、まるで颶風騎士(ラファエル)をまとっているかのような速度で教室を後にする。殿町が去ったことで、教室内を沈黙が支配し始めるのも柄の間、すぐさま殿町が教室に戻ってきた。今の殿町の両手に、岡峰先生はいない。

 

 

「と、殿町? 先生をどこへ……?」

「保健室にタマちゃんを預けてきた。もう大丈夫さ」

「いや20秒も経ってないんだけど……」

 

 士道が殿町の行動の意図を聞くと、殿町は安堵の息を零しつつ士道に回答する。2年4組の教室と保健室との距離を考えると、どう考えても20秒で往復することはできない。とはいえ、普段の殿町は悪い奴ではない。いくら筋骨隆々な姿に豹変したとしても、性格までもが変わり果てていないのなら、岡峰先生をその辺の廊下に放置して戻ってくるなんて非道は行わないだろう。ゆえに。にわかには信じられないが、殿町がほんの数十秒の間で教室と保健室を往復したことは事実といえた。

 

 本来あるはずのホームルームが岡峰先生の気絶により中止となり、1限目の授業の時間までに十数分の猶予が生まれる中。士道の脳裏には、昨日の志穂の話がよみがえっていた。志穂の友達のA君が昨日豹変していじめっ子たちをぶちのめした話と、今日の殿町が筋骨隆々な姿に変貌した話。科学の範疇ではありえない事象が発生したという点で共通していたからだ。

 

 とにもかくにも、どうして殿町がすっかり様変わりしてしまったのか。その謎を明かさずにはいられない。これほどまでに巨大な謎を放置したまま学校生活を送り続けられるほど、士道はスルースキルが高くない。士道は、殿町のまとう筋肉の鎧に委縮する己の心を奮い立たせると、殿町に話しかけた。

 

 

「あのさ、お前……本当に殿町なんだよな?」

「当たり前だ。この俺が殿町宏人以外の誰に見えるんだよ?」

「確かに顔は殿町そのものなんだけど、首から下が明らかに昨日とは別人じゃねぇか。だから俺の頭がお前を殿町だと中々認識してくれないんだよ、わかってくれ」

「やれやれ、『男子3日会わざれば刮目してみよ』って言うだろ? 俺も成長したんだよ」

「いくらなんでも成長しすぎなんだよ!?」

「何だよ五河、さっきから突っかかってきて。もしかして俺のこの肉体美に嫉妬してるのか? かわいい奴め」

「……」

 

 士道の問いに、殿町が力こぶを作るポーズで上腕二頭筋をアピールしながらさも当然のように回答してくる。士道は殿町の発言の1つ1つが己の正気をガリガリと削ってくるような感覚を覚えながらも、どうにか殿町という謎の塊の原因を暴くべく、本質に迫る質問を繰り出した。

 

 

「あぁ、そうだよ。俺は今、お前の完璧な体にすげぇ嫉妬してる。だから教えてくれないか、どうやって1日でその肉体美を手に入れたんだ?」

「――ッ!」

 

 士道の反応に殿町が驚いたように目を見開き、士道を見つめてくる。その反応からは、まさか五河も筋肉が好きなのか、といった殿町の心境がうかがい知れた。

 

 無論、士道は筋肉狂いではない。士道は今年の4月から約8か月間もの間、様々な性格をした精霊とのデートを積み重ねていた。そうして経験を重ねた今の士道は、話し相手の望む発言をとっさに用意し、相手を調子に乗せることなどお茶の子さいさいだというだけのことだ。

 

 

「ほう、そうかそうか。やっぱ五河はわかる奴だと思ってたぜ。じゃあ特別に教えてやるよ。そう、あれは昨日の夜のことだ――」

 

 かくして、士道により調子に乗せられたともつゆ知らず、殿町はスッと目を瞑り、腕を組んで昨夜の出来事を士道に語り始めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 昨夜の殿町はやけにネガティブ思考で、絶望していた。もうすぐクリスマスがやってくる。なのにリアルの恋人ができる兆候が何もないと、凄まじく絶望していた。当然、アプリには恋人はいる。殿町は二次元のマイハニーだって心から愛している。だけど、殿町は三次元の恋愛にも憧れていた。二次元と三次元に優劣はつけられず、それゆえに三次元でも素敵な異性と青春を送りたいという願望が殿町の中には渦巻いていた。なのに、出会いがない。このままではクリスマスをマイハニーとのみで過ごすことになってしまう。

 

 普段から当然のように多くの女の子に好意を寄せられている五河はそりゃあもう充実したクリスマスを送るのだろう。一方、五河と同じ高校2年生の俺は、五河と比べて寂しいクリスマスを過ごすこととなるのだろう。

 

 どうして俺はモテないのか。どうして五河はあれほどまでにモテまくってしまうのか。スタートラインに大して違いはなかったはずだ。高校2年生になり、五河と同じ2年4組になった時、五河と俺の差は、かわいい妹がいるかいないかだけだったはずだ。

 

 俺は一体どこで道を踏み外してしまったのか。五河とどこで差をつけられてしまったのか。俺はもう今後一生モテることはないのだろうか。三次元の異性から好意を寄せられる感覚を経験することなく生涯を終えてしまうのだろうか。

 

 そのような何の生産性のない思考をグルグルと回しながら、殿町は夜の天宮市をあてもなく徘徊していた。殿町の視界に映るのは、徐々にクリスマス用のイルミネーションで装飾されつつある街並み。軽快に会話を交わしながら恋人つなぎで歩くカップルたち。

 

 

「俺は、俺は……!」

 

 殿町は力尽きたかのようにその場にガクリと膝をつく。そして、己の無力さに憤りを感じ、腕を勢いのままに地面に叩きつけようとして。不意に腕を背後から軽く掴まれた。

 

 

「え?」

 

 殿町が驚きのままに背後に視線を向けると、そこには1人の女性が不思議そうに殿町を見下ろしていた。まるでブラックホールを彷彿とさせるような、吸い込まれそうになるほどに艶やかな黒髪を肩口にかかる程度に切りそろえた、長身痩躯のスレンダーな女性だった。

 

 

「危ない危ない。何があったかは知らないけど、自分の体をそう粗末に扱うものじゃないよ」

「あ、あなたは……?」

「ただの通りすがりの者さ。それより、何か深刻な悩みを抱えているようだね。これも何かの縁だ、この赤の他人の私に話してみないかい? もしかしたら解決できるかもだしね」

 

 まるで二次元の世界から飛び出てきたかのような見目をした、見た感じ大学生くらいの美女から、まるで元々知り合いだったかのような気さくな態度で話しかけられた殿町は、紅潮した頬のままゆらりと立ち上がる。今の殿町に、この魅力的な女性からの願ってもない提案を断るという選択肢は消し炭と化していた。殿町は脳内に散らばる己の感情をかき集め、どうにか言語化して、ポツリポツリと悩みを打ち明けていく。

 

 

「俺、顔は悪くないつもりです。クラスでも、ムードメーカーをやれていると思ってます。……なのに全然、モテないんです。俺の友達はある時からメチャクチャモテ始めて、もう6人くらいの女の子と盛大に青春しまくっているんです。だけど、俺は全然モテなくて……俺はどうすればモテると思いますか?」

「ふ~むふむ……」

 

 殿町の悩みに対し、女性は腕を組み、殿町の悩みにどう回答すべきか思案している様子だった。ここで、殿町は半ば女性の魅力的な容姿に魅了(チャーム)されていた状態からハッと我に返り、女性に対し、なぜモテない男としての恋愛の悩み相談をしてしまったのかと、今度は羞恥に頬を赤らめる。

 

 

「――って、何を言ってるんでしょうね、俺。すみません、困らせてしまって」

「これは持論なんだけど、強い男こそが女からモテやすいと思っている」

 

 殿町は視線を女性から逸らして頭をかき、早口に話す。そのまま女性から逃げるようにそそくさと立ち去ろうとして、そこで女性から回答を投げかけられ、殿町はつい立ち止まる。

 

 

「えっと。強い男、ですか?」

「そう。単純な腕っぷしでも、財力でも、顔の良さでも、とにかく何かしらの分野で強い男がモテる、というのが私の持論の1つでね。腕っぷしが強ければモテるのは、古今東西のバトル漫画が証明している通りだ。君も強いキャラは好きだろう? 札束ビンタできるレベルのお金持ちがモテるのも当然だ、女の子なら誰しも一度は玉の輿のシチュエーションに憧れるものだしね。イケメンがモテるのも当然、何せ周囲の注目を集められる。イケメンな彼とデートしている時に『あんなイケメンを捕まえたんだ、凄い……』といった賞賛や、あるいは嫉妬を向けられるのは、女の子にとってさぞ気分が良いことだろう。ま、そういうわけだ。つまり、君の友達がモテまくっているのは、君の知らない強さをその友達が持っていて、その強さに女の子たちが惹かれているからだろうね」

「俺の知らない、あいつの強さ……」

「さて、ここで君の質問に戻ろっか。どうしたら君がモテるかだけど……野性的な顔立ちをしている君は、腕っぷしを極めるルートをオススメするよ」

「つまり、筋トレを始めるってことですか? だけど、それじゃあさすがにクリスマスには……」

 

 女性から提示された、殿町がモテる方法。その方法を前に殿町はネガティブな意見を返そうとして、口をつぐむ。せっかく相手が親身になって相談に乗ってくれたのに、提案を否定するのはいくら何でも失礼だと殿町は思いなおしたのだ。殿町は続けようとした言葉を飲み込み、女性に謝ろうとして――。

 

 

「大丈夫、間に合うよ。私が君の内に眠る力を呼び起こしてあげるから」

「へ?」

「仕事だ、〈夢追咎人(レミエル)〉」

 

 そこで女性の自信に満ちあふれた声に遮られた。女性の放った言葉の意味がわからず首をかしげる殿町の目の前で、女性が何事かを呟く。女性の詠唱めいた物言いに殿町が疑問符を浮かべていると、次の瞬間には女性はいかにも占い師が使っていそうな水晶玉を両手に抱えて、労わるように水晶玉を撫で始めていた。見たところ、女性はバッグ等の手荷物を持っていない。一体どこからこの大きな水晶玉を取り出したのだろうか。

 

 

「さぁ、ゆっくりと目を閉じて。そして想像してみて。自分が完璧な肉体美を手に入れたその姿を。自分の鍛え抜かれた体を見て、君の好みの女の子たちがきゃいきゃい興奮している姿を。さすれば、君の運命は変えられる――」

 

 もしかして、今は夢を見ているのだろうか。実は夜に外を歩いてなんていなくて、自室のベットで眠っているだけなのだろうか。殿町は己の主観がだんだん信じられなくなりつつも、女性に言われるがままに目を瞑り、己が生まれ変わった姿を夢想する。鍛え抜かれた肉体を手にして、五河に負けないくらいモテる己の姿を脳裏にしかと思い浮かべる。

 

 

「――【願亡夢(デザイア)】」

「ッ!?」

「おっと、驚かせちゃってごめんね。もう目を開けていいよ」

 

 再び女性が何事かを唱えた瞬間、目を瞑っているにもかかわらず、殿町の目に強烈な光の奔流がほとばしった。予期せぬ光の暴力に殿町がビクリと肩を震わせ、恐る恐る目を開ける。その時、殿町はわずかに己の目線の高さに違和感を感じた。

 

 その違和感の正体はすぐに判明した。殿町の視線の先には女性と、これまたどこから持ち出してきたのかがまるでわからない2メートルほどの大型の姿見。その姿見に映っている殿町の姿が、先ほど殿町が脳裏に思い描いた、理想通りの筋骨隆々な姿だったからだ。

 

 

「こ、これは……!」

 

 どれほどの年月鍛え上げればこのような体に到達できることだろう。そんな体を、殿町は眼前の女性のおかげで一瞬にして手にすることができた。

 

 

「おめでとう。君は今、新人類に生まれ変わった。これから君の人生は一変する。その誰よりも何よりも頼もしい、君の味方の筋肉とともに、たった一度の青春を謳歌すると良い」

「……」

「これで君の悩みを解決できたんじゃないかな? ではでは、そろそろ私は失礼するね」

「ま、待ってください!」

 

 うっとりと己の変貌した体を姿見で鑑賞していると、女性はこれまた姿見を当然のように消し去った上で、殿町に背を向けてテクテクと歩き始める。徐々に小さくなっていく女性の背中をしばし見つめた後、殿町は慌てて女性に声をかけ、女性の前に回り込んだ。殿町が新たに入手した筋肉は大層高性能のようで、ちょっと足を力を込めて踏み出すだけで、いとも簡単に女性の前に回り込むことができた。

 

 

「ん、どうしたのかな? もしかして、早速私を口説き落とす算段だったり? あっははは、良いね。まさに積極性の塊、さっきまでの沈んでいた顔が嘘みたいだ」

「た、確かにあなたは凄くきれいな方ですけど、そうじゃなくて……この素敵な体をくれてありがとうございます! それと、あなたのお名前を聞かせてほしいんです!」

 

 女性は殿町を見上げて晴れやかに破顔する。これまでは常に大人の女性然としていた女性が子供のような屈託のない笑顔を浮かべたことに、殿町は再びドキリとさせられるも、殿町は本題をどうにか忘れずに、女性にお礼を告げて、それから女性の名を尋ねた。

 

 対する女性は「あぁなるほど」と言わんばかりの表情を浮かべた後、ミステリアスな笑みを引き連れて、殿町に告げた。

 

 

「そういえば名乗っていなかったね。もう名乗ったつもりだったよ。私は、ただの通りすがりの『新人類教団』の教祖――霜月砂名さ。気軽に砂名と呼んでくれぃ。砂名ちゃんでも良いよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――そう、俺は生まれ変わったんだ。砂名様の御力で!」

「え……?」

 

 殿町が昨夜の一生忘れられない出来事を士道に熱弁する中。士道は今度こそ絶句していた。殿町が、まだ封印していない新たな精霊と接触していたことにも驚いた。だけど何より驚いたのは、殿町の口から放たれた、霜月砂名という名前にだった。

 

 なぜなら、霜月砂名と名乗った人物がもしも同姓同名の別人でなければ、その人は――3年前に、霜月志穂がまだ精霊だった頃に、隣界から現実世界に降り立つ際に付随的に発生する空間震による不慮の事故で、殺してしまったはずの人物だったのだから。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。動揺冷めやらないながらもどうにか殿町から事情を聞き出し、殿町が精霊と接触していたことを知るに至った。
夜刀神十香→元精霊。識別名はプリンセス。戦闘中は非常に頼もしいが、普段はハングリーモンスターな大食いキャラ。殿町のあまりの変貌っぷりに全然理解が追い付いていない模様。
鳶一折紙→元精霊。識別名はエンジェル。普段、感情をあまり表情には出さない。のだが、此度の殿町の一件ではさすがに動揺の表情を表に出していた。
殿町宏人→士道のクラスメイトにして友人。此度の騒ぎの元凶。砂名と出会い、砂名から極上の筋肉を与えられたことで己に確固たる自信が芽生えたためか、少し性格や口調も変わっているようだ。
岡峰珠恵→来禅高校2年4組の担任の先生。担当科目は社会科。29歳とは思えないほど小柄で愛らしい容姿をしている。この度、殿町のあまりの変貌っぷりに脳の処理が追い付かず、気絶してしまった。
霜月砂名(さな)→3年前に霜月志穂に殺されたはずなのに、なぜか生きていて、さらに『新人類教団』なる新興宗教を興していて、しかも天使:夢追咎人(レミエル)を行使する精霊になっている模様。今は何もかもが謎に包まれている。

次回「墓通いの少女」
 


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3話 墓通いの少女


 どうも、ふぁもにかです。序盤から中盤にかけては基本的に伏線を張りまくる作業となるのでまだしばらく謎を放置したまま物語は進行します。今後の展開をお楽しみに。
 なお、この辺りから志穂さんのメンタルにダメージが入ってくるのでご注意を。



 

「――そう、俺は生まれ変わったんだ。砂名様の御力で!」

「え……?」

 

 12月8日金曜日。来禅高校にて。もうそろそろ1限目の授業が始まらんとする頃、士道の友達の殿町は、たった一夜で筋骨隆々な体を手に入れたカラクリを士道に明かした。その内容に、殿町が出会った人物に、ただただ士道は驚愕することしかできなかった。

 

 霜月砂名。その人は、かつて壊れかけていた志穂の心を巧みに救った人だった。正体不明の精霊ファントムの誘導により、不死身の精霊となったがゆえに、不死身の生物を認めない世界から毎日何度も執拗に殺され続けてきた志穂の心を救済した、一般人の女性だった。

 

 砂名は志穂を気に入り、志穂と仲睦まじく過ごし、その後、砂名は3年前に志穂の空間震に巻き込まれて死んでしまった。そのはずだ。だからこそ、殿町の口から死んだはずの霜月砂名の名が飛び出してくるのは異常事態といえた。

 

 

「凄いな、その人。まるで神様みたいだ。……なぁ殿町。その砂名様に俺も会えないかな? 新人類教団に興味が出てきてさ」

 

 ゆえに、ここで士道は殿町に仕掛けた。目的はただ1つ、霜月砂名を名乗る人物をこの目でしかと見るためだ。

 

 もしも志穂が殺した砂名と同姓同名の違う人が、新興宗教の教祖をやっているのなら何も問題はない。士道はその見知らぬ、〈夢追咎人(レミエル)〉という天使を行使する新たな精霊を守るために、デートをして、デレさせて、封印するだけだ。ただ、もしも新興宗教の教祖を務めるその人が、志穂が殺してしまったはずのその人なのであれば、本人と対面し、疑問の数々を、彼女を取り巻く事情を聞き出さないといけないとの使命感に駆られたからだ。

 

 

「お、なんだなんだ? 五河も入信を考えてくれるのか? さすがは我が友、砂名様の魅力をすぐに理解できたみたいだな」

 

 士道の物言いを好意的に捉えた殿町は、ノートを取り出して1ページをちぎり取ると、シャーペンを極めて優しく握ってつらつらと簡易な地図を描いて、士道に渡してきた。

 

 

「新人類教団の次の集会は、明日の朝9時。場所は駅前のこのビルの地下3階だ。何も準備しなくていい。ただ体験入信したい、って言えば大体問題なく参加できる。受付の人がやたらと疑い深い人なら、俺から紹介されたって言うといい」

「わかった。……殿町も、集会に参加するのか?」

「いや、明日は参加しない。砂名様から、まずはナンパしてみろって勧められたからな。明日は俺の肉体美を道ゆく女性に見せつけて、次々と虜にする予定なんだ。ふ、五河。お前は来禅高校の美少女を瞬く間に籠絡してみせる猛者だが、来週は堕とした女の数で俺に負けるかもしれねぇな?」

「そ、そっか……」

「ま、明日五河が砂名様と直接対面できるかどうかは正直、砂名様の御心次第なんだが……五河はメッチャモテるからな。もしかしたら砂名様も五河に興味を抱いて、接触してくるかもしれないな。ま、とにかくだ。五河が俺たち新人類の同志になってくれること、楽しみにしてるぜ!」

「……あぁ、俺も楽しみだよ」

 

 殿町はきらきらとした眼差しで士道の両手を握り、期待を多分に含んだ声色で士道に笑いかける。極上の筋肉を備えた殿町から握られた手がギシギシと悲鳴を上げる中、士道は手の痛みに耐えながら、努めて殿町に笑顔を返すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「やっぱり、そうなんスね……」

 

 殿町が凄まじい筋肉を伴って登校した衝撃的な出来事から、数時間後。士道は昼休みに志穂を高校の屋上へと呼び出し、殿町の豹変イベントについて事細かに共有した。すると志穂はどこか遠い目で雲一つない青空を見上げながら、ポツリと呟いた。その後、志穂はパンッと己の両頬を叩いて冷静な意識を取り戻すと、士道をしっかりと見つめなおす。

 

 

「士道先輩。昨日、言ったッスよね。確信を持てたら相談するって」

「あぁ」

「昨日話した、私の友達のA君の件なんですけど、A君も言ってたッス。『砂名様が、俺に戦う力を与えてくれた! 砂名様が俺を救ってくださったんだ!』って。……まぁ、A君は見てわかるほど露骨に筋肉質な体にはなってなかったッスけど」

「……結局、何が何だかって感じだな。どうして砂名さんが生きていて、しかも精霊になってしまっているのかがまるでわからない」

「そもそも、砂名先輩は確かに死んだはずッス。3年前に私が殺してしまったはずッス。しかも、ただ殺しただけじゃないッス。私は砂名先輩を殺した後で、死後一定時間内なら復活させることのできる技を、生と死を司る私の天使:〈垓瞳死神(アズラエル)〉の【浮上(レビテイション)】を試したッス。でも、それでも砂名先輩は生き返らなかった。砂名先輩はどうしようもなく死んだはずなんスよ。……でも、A君も、殿町さんって人も、同じ砂名先輩の名前を口にしているッス。一体どういうことッスか、これ……実は砂名先輩は3年前から精霊で、あの時は死んだふりをしていたってことッスか? 私の〈垓瞳死神(アズラエル)〉さえも騙してみせたってことッスか? でもどうしてそんな偽装工作をする必要があったッスか? もう、わけがわからないッスよ。頭がパンクしそうッス」

「志穂……」

「ごめんなさい。少し取り乱しちゃったッス。……ところで士道先輩、2つお願いがあるッス。聞いてくれませんか?」

 

 霜月砂名を心から敬愛していて、そんな砂名を殺してしまった罪悪感に今も苛まれ続けている志穂は、砂名生存説が提唱されたことに取り乱すも、どうにか自制し、己の両眼に理性の光を取り戻す。それから志穂は士道を見つめて、己の願いを発露した。

 

 

「もしかして、志穂も体験入信したいって話か?」

「正解ッス。砂名先輩が本当に生きているかどうかを、この目でちゃんと確かめたいッス」

「……天使の力で殿町やA君を思いっきり豹変させてしまうような人が立ち上げた、いかにも危なそうな宗教団体の懐に潜り込む危険性は、わかってるよな?」

「はいッス。でも、さすがに引けないッスよ。砂名先輩に何が起こったのか、ちゃんと確かめたいから。それに、士道先輩も体験入信するつもりッスよね? だから殿町さんって人から次の集会の日時を聞き出したんでしょうし。……ついこの前、暴走したばかりの先輩を1人行かせるわけにはいかないッスよ。そういう意味でも、私は先輩と一緒に体験入信したいッス」

「うッ……」

 

 志穂の物言いに士道はつい押し黙ってしまう。そう、士道はつい先週、士道とこれまで封印した数々の精霊との経路が狭窄し、霊力の循環が阻害されたことにより、己の内に秘める霊力を暴走させてしまったばかりだ。士道自身の暴走当時の記憶はあいまいだが、随分と琴里たちを心配させてしまった以上、その一件を持ち出した上で何かを頼まれると、とてつもなく断りづらく感じてしまわざるを得ないのだ。

 

 

「わかった、明日は2人で教団に潜入しよう」

「ありがとうございます、先輩」

「それで、もう1つの頼みは何だ?」

「それは……先輩。今日の放課後、何か用事はあるッスか?」

「まぁ、スーパーで買い物するつもりだったくらいだな」

「そうッスか。それなら……急な話で申し訳ないッスけど、もし良ければ今日、砂名先輩のお墓参りに付き合ってほしいッス。砂名先輩のお墓を見て改めて、私が3年前に先輩を殺してしまったっていう事実を胸に刻み込みたいッス。そうすれば明日、教団に潜り込んだ時に、砂名先輩と同じ顔をした人を見ても取り乱さずに済みそうッスから」

「志穂……」

 

 士道は、改めて志穂を見やる。非常に小柄な体躯をした志穂はその体をわずかに震わせている。志穂は、3年前に殺してしまったはずの砂名が実は生きているかもしれないという謎現象に恐れを抱きつつも、現実逃避せずにまっすぐに向き合おうとしている。その志穂の心持ちを士道は心から尊重したかった。だからこそ。

 

 

「あぁ、もちろん。付き合うよ」

「ホントッスか!? ありがとうッス、さすがは先輩ッス!」

 

 士道が志穂の望みを受け入れると、志穂は太陽のような満面の笑みを浮かべて、己の今の感情を表現するように、その場で元気よくぴょんぴょんとジャンプを繰り返すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 放課後。士道が琴里に、『新人類教団』の教祖にして〈夢追咎人(レミエル)〉という天使を扱う霜月砂名という精霊のことを報告した後。

 

 士道と志穂は霜月家のお墓へと向かっていた。いくつかの電車を乗り継ぎ、そこそこの電車賃を費やした先、千葉県の田舎町にある、霜月家のお墓へと、士道と志穂はたどり着いた。

 

 墓地には、霜月家の墓石以外にも、幾多ものお墓が広がっている。現在時刻は17時。平日の夕暮れ時、というシチュエーションでは、墓参りを行う人はいないのだろうか。墓所には士道と志穂以外の人影はなく、非常に静まり返っていた。

 

 

「よし、まずは掃除するか」

「そうッスね。先輩、水を持ってきてもらって良いッスか」

「あぁ、任せろ」

 

 士道は志穂に頼まれるがままに、霜月家の墓石を掃除するために、付近に無造作に置かれていた共用の手桶に、墓地のはずれの井戸の水を組み上げて志穂の元へと戻る。そうして士道が、霜月家の前で墓石を布巾で拭く準備をしている志穂と合流した時、人気のない墓地にコツリコツリと乾いた靴音が響いた。その靴音は士道たちの方向へと近づいているようだった。

 

 

「「……?」」

 

 士道と志穂がそろって首をかしげて、音源へと視線を向けると――そこには1人の少女が物憂げな表情で靴音を鳴らし、士道たちの元へと近づいてくる姿があった。艶のある黒髪を腰までたなびかせて、志穂と同じくらいのちんまりとした背丈をした、どこかの高校のセーラー服を身にまとった少女は、そのかわいらしい幼い見た目の割には、何もかも見通しているかのような冷徹な、かつ諦観した瞳が何より特徴的だった。

 

 

「あれ、先客? 珍しいのです。……あなたたちは、誰なのです?」

 

 その少女は、まさか霜月家の墓に見知らぬ人物がいるとは欠片も想定していなかったのか、冷徹だったはずの瞳を真ん丸に見開いて、士道たちに問いかけた。

 

 

「えっと、初めまして。俺は五河士道。こっちは、霜月志穂」

「霜月志穂です。よろしくッス」

「あ、はい。よろしくです。――って、霜月? ……あのぅ、もしかしてボクの存じない親戚の方なのです? 申し訳ないです、覚えておらず」

「あぁいや、志穂は親戚じゃないんだ。ただ志穂が砂名さんにすごくお世話になったから、時々こうして砂名さんのお墓参りをしているんだ」

「そう、ですか。もう3年前のことなのに、今もわざわざお墓参りに来てくれたのですね。……心から、ありがとうです。とっても嬉しいのです」

 

 明らかに霜月家のお墓に用がありそうな少女をまのあたりにして、士道が自分たちの名前と事情を明かすと、対する少女は深々と頭を下げて感謝の意を表明する。そうして、少女もまた、士道と志穂に己の正体を詳らかにした。

 

 

「……ボクは霜月夢唯(むい)。砂名お姉ちゃんの妹なのです。よろしくお願いするのですよ、士道さん、志穂さん」

 

 少女――霜月夢唯は再度、ペコリと頭を下げて己の正体を表明する。この時、士道と志穂は。心の準備を全然していない状態で。砂名という家族を失った遺族と偶然、邂逅したのだった。

 

 

「夢唯、さん……ッスか?」

「別にかしこまらずとも。夢唯で良いですよ。ところで、志穂さんの顔色がいきなり悪くなったようですが、大丈夫なのですか?」

「だ、だだだ大丈夫ッス! 今日はちょっと寝不足だったことを思い出しただけだから心配無用ッス!」

「はぁ、それなら良いのですが……」

 

 志穂が恐る恐る夢唯の名を呼ぶと、当の夢唯は不思議そうに志穂を見つめて、それから志穂の様子がおかしいと気づき、気遣うように声をかけてくる。一方の志穂が、慌ててブンブンと必要以上に首を横に振りつつ己がいかに元気かを表明すると、夢唯は志穂に踏み込むことをやめつつ無難な言葉を返すにとどめた。

 

 士道は、夢唯が砂名の妹だと知って動揺する志穂の気持ちがよく理解できた。

 そうだ。志穂は心中穏やかではいられないはずだ。3年前、志穂は故意ではないが、砂名を殺してしまっている。そして眼前にいるのは遺族なのだ。理不尽に砂名の命を奪われた被害者なのだ。片や加害者、片や被害者。今、志穂の心は非常にざわめいていて、夢唯に変に勘繰られないように心を落ち着けるので精一杯なのではないかと、士道には推測できた。

 

 

「ところで、これは興味本位の質問なのですが……『時々』とは? どのくらいのペースでお姉ちゃんのお墓参りに来てくれていたのですか?」

「えっと、大体月1ッスね。士道先輩と一緒にお墓参りしてるッス」

 

 そう。士道と志穂は。月に1回を目安に、砂名のお墓参りをしていた。士道が始めて砂名の墓地を訪れたのは、10月8日。次は、11月18日。いずれも志穂からお墓参りの付き添いを頼まれる形で、士道と志穂の二人水入らずで、お墓参りをしている状況だった。

 

 

「そうなのですか。それで今までボクたちが一度も会わなかったとは、とても珍しいのです」

「珍しい?」

「はいです。だってボク、お姉ちゃんが亡くなってからというもの、毎日17時くらいにお墓参りしてますから」

「そうなのか!?」

「そう驚くことでもないです。この墓地、自宅から凄く近いですし。お姉ちゃんのお墓に寄って、ちょこっと掃除するくらいは簡単なのです。日課にするくらい、わけないのです」

 

 夢唯が毎日、砂名の遺骨が納められているこのお墓に通っている事実に、士道は驚愕の声を上げる。対する夢唯は、士道が些事に対して大げさにリアクションしているように感じて、小さく漏らしたため息とともに、己が毎日お墓参りできている理由を告げる。

 

 そういえば。10月8日に、封印を終えた志穂と初めて霜月砂名の墓参りに来た時、他のお墓と比べて清潔さが保たれているとは思ったが。まさか砂名さんの妹が、そこまで頻繁にお墓を訪れ、お墓をきれいな状態に維持していたとは。士道の心は今、驚嘆の感情で埋め尽くされていた。

 

 仮に。仮にだ。士道の今の両親が、琴里が。士道より先に亡くなってしまったとして。死後、五河家のお墓に遺骨が収められたとして、士道はここまで精力的に、献身的に、何年もお墓参りができるだろうか。士道は家族を心から愛している。それは確かだ。だけど、夢唯レベルにまで、死んでしまい過去と化した家族に尽くせる気はしなかった。

 

 

「夢唯は、凄いな」

「別に、凄くなんてないのです。ボクはただ、もう取り戻せない過去にいつまでもすがりついているだけのみじめな奴でしかないのですよ」

 

 士道の口から自然と零れた称賛の言葉を、夢唯は力なく首を振って否定の意を示し、士道と志穂から視線を外して霜月家の墓石をぼうっと眺める。

 

 

「お2人は、お姉ちゃんが殺された事件について、どの程度知っていますか?」

「……ニュースで報道されたことくらいしか知らないかな。自室で、何者かに殺害されたってくらいだ」

「そうですか。……お姉ちゃんが殺されてから3年が経ちましたが、捜査は全然進展しなかったのです。お姉ちゃんを殺した犯人も、動機も、凶器もわからず……きっとこの事件は迷宮入りしてしまうのでしょうね。……この3年間、何もわからないまま、無為に時間だけが過ぎていって。みんなも、段々とお姉ちゃんのことを忘れていきました。死んだ直後はあんなに悲しんでくれた人も、お姉ちゃんをあえて残忍な方法で殺した犯人に憤っていた人も、残されたボクの心を案じてくれた人も、いつしかみんないなくなってしまいました。……でも、仕方ないと思うんです。だってボクが、みんなの立場だったら、いつまでもいつまでも死んだ人のことを思い続けるだなんて無理ですから。ましてや家族じゃない、他人ならなおさら。人は、未来に向かって生きていくしかなくて。だから、仕方ないんです……」

 

 この世界に現界する際に空間震を発生させ、周囲の空間を切り取って消失させる精霊の存在は、一般の人々には秘匿されている。ゆえに、砂名の死の真実を夢唯に告げるわけにはいかず、士道は夢唯の問いかけにそれっぽい嘘で返す。対する夢唯は、士道の嘘を特に疑うことなく受け入れつつ、己の切実な心境を士道たちに吐露した。

 

 

「夢唯……」

 

 夢唯は『仕方ない』という言葉を連呼する。しかしその言葉とは裏腹に、夢唯の表情からは、砂名の死を認めたくないとの想いがありありとうかがえた。士道は、己の胸がきつく締め付けられたかのような心境に陥った。砂名を志穂の記憶越しにしか知らない士道ですらこれだ。砂名を殺した張本人である志穂は、さぞ心が押しつぶされそうなほどの後悔に苛まれていることだろう。

 

 

「だからこそ、嬉しかったのです。お姉ちゃんのために、3年経った今もお墓に来てくれる人がまだいるってわかって、嬉しかったのです。まだ、お姉ちゃんは忘れ去られていない。そのことを知れて、とっても良かったのです。……もしよければ、これからもお姉ちゃんのお墓参りをしてくれませんか? お姉ちゃんも、きっと喜ぶのです」

「……あぁ、わかった」

「はいッス……」

 

 内心でこっそり苦しんでいる士道と志穂のことなど把握しようがない夢唯は、士道と志穂に薄く微笑みかける。一方の士道と志穂は、夢唯の無意識な精神攻撃にどうにか対抗し、形ばかりの笑みを返すことしかできなかった。

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。家族の遺骨が納められた墓石に毎日通う夢唯にある種の尊敬の気持ちを抱いたようだ。
殿町宏人→士道のクラスメイトにして友人。士道が変貌した己、ないし砂名への興味を示したことで気分が良くなり、そのままの勢いで新人類教団の次の集会の情報を暴露した。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。思わぬタイミングで砂名の遺族に会ってしまったがためか、予期せぬメンタルダメージを負った模様。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。砂名の死後、毎日お墓参りしていた結果、士道&志穂と出会うに至った。夢唯のイメージは言うなれば、ロリな見た目をしつつも、最愛の人(お姉ちゃん)を失った未亡人みたいな感じ。

次回「集会前夜」


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4話 集会前夜

 

 士道と志穂が霜月家のお墓参りを行い、そこで偶然にも遺族の夢唯と出会い、いくらか言葉を交わした日の夜のこと。 

 

 

「――ダメよ」

 

 五河家のダイニングテーブルの椅子にちょこんと腰かけている琴里は、己に寄せられた提案に対し明確な拒否を示した。今、ダイニングに存在する人物は計4名。フラクシナスの司令官たる五河琴里。琴里の隣の椅子に座る、フラクシナスの解析官たる村雨令音。そして、テーブルを挟んで琴里&令音の向かいの椅子に座る、五河士道&霜月志穂の4名だ。

 

 士道と志穂は明日土曜日に、霜月砂名を名乗る謎の人物が開催する、新人類教団の集会に参加して良いかを琴里に打診した。だが、その結果はすげないもので、琴里にいとも簡単に断られてしまった。

 

 

「やっぱり、ダメッスか?」

「当たり前よ。士道だけが集会に参加するなら良いけれど、志穂はダメよ。危険すぎるわ。志穂は士道と違って、怪我を負っても私の天使で治療できないのよ?」

「怪我って……確かに新人類教団とやらは危なそうな宗教だけど、ただ集会に参加するだけだぞ? うっかり教義に感化されないように気をしっかり持っていれば大丈夫ってわけじゃないのか? 琴里は、集会で俺たちが襲われるかもしれないって思っているのか?」

「ええ、十分にありえるわ。それくらい、新人類教団は相当にヤバいカルト宗教だもの」

 

 志穂がおずおずと琴里の顔色をうかがいつつ問いかけるも、琴里の回答は変わらなかった。その琴里の頑なな態度と警戒心MAXな様子に士道が疑問を呈すると、琴里は士道と志穂に、己の判断を納得してもらうために、己がこれまで収集した情報の開示を始めた。

 

 新人類教団は、今からほんの2か月前の10月8日に、天宮市で発足した新興宗教であること。たった2か月で尋常じゃないペースで規模を拡大しており、信者は既に千人を超えていること。新人類教団の信条が、『不幸にあふれたこの世を世界征服し、選ばれし新人類だけの幸せな世界を作ろう』というものだということ。

 

 

「え、世界征服……?」

「そう、世界征服よ。アニメや漫画のラスボスくらいしかまず企まない、あの世界征服よ。だけど、新人類教団は、教祖の霜月砂名――もとい、識別名:扇動者(アジテーター)は、世界征服を掲げて教団を発足した。本気で世界征服を企んでいるのか、ただインパクトの強いワードを信条に据えているだけなのかはわからないけど……アジテーターが人々の望みを叶えるために、天使を駆使して新人類として作り替えて、そのまま信者に取り込んで、日夜、教団の規模を増大させていることは確かよ」

 

 まさか世界征服だなんて現実味のない言葉を聞くことになると想定していなかった士道が困惑する中、琴里は新人類教団についての情報の開示を一通り終えてから、改めて志穂のエメラルドの瞳を見つめる。

 

 

「……私が志穂を集会に参加させたくない理由が理解できたかしら? 士道だけなら良いわよ。士道がラタトスクのサポートを受けながら、未知の危険な精霊と接触して、戦争(デート)をするのはいつものことだしね。だけど、志穂を集会に参加させるわけにはいかない。もしもアジテーターが本気で世界征服を目論んでいるのなら、同じ精霊の志穂を戦力に加えようと洗脳してくるかもしれないし、あるいは志穂を脅威と判断して、殺しにかかってくるかもしれないもの」

「ッ! 砂名先輩が私を殺すなんて、そんなことしないッスよ!」

「わからないでしょ? そもそも志穂のよく知る霜月砂名が既に亡くなっている以上、教祖をやっているアジテーターは、霜月砂名ではない、同姓同名の別人と考えるべきよ」

「それは、その通りッスけど……でも私、不思議と予感がしてるッス。きっと、この教祖をやっている霜月砂名って人は、私が大好きだったあの砂名先輩なんだって。だって砂名先輩には人を惹きつける魅力があったッス。砂名先輩は話し方が巧みな人で、裏表がない人で、表情豊かな人で、とにかく愉快な人で、行動力の塊みたいな人で、人の心に寄り添うのがとても上手な人で。そんな人だったから、不死身だった頃の私は、何千回も死んで心が壊れかけていた私は、砂名先輩に救われたッス。……だからこそ、思うッス。もしも砂名先輩が本気を出したのなら。本気で世界征服をしようとしたのなら。次々と人をたらし込んで信者にして一勢力を作るくらい、鼻歌交じりにやってのけるって。……私も、士道先輩と一緒に集会に参加したいッス。この目で砂名先輩を見て、本物かどうかをちゃんと確かめたいッス。ダメッスか?」

「志穂……」

 

 新人類教団がいかに危険かについて話したことで、琴里は志穂が己の望みを取り下げてくれることを期待したが、琴里の思惑とは裏腹に、志穂は強固な意志のこもった眼差しで琴里の深紅の瞳を見つめ返す。新人類教団の集会に参加したい志穂と、参加させたくない琴里。2人の意見が対立し、膠着状態を生む中。ここで今まで一言も話さず、眠そうな眼で会話の流れを静観していた令音が口を開いた。

 

 

「――琴里。私は、志穂に集会に参加してもらうのも悪くないと思う」

 

 令音が志穂に助け舟を出したことに、琴里・志穂・士道はそれぞれ「令音!?」「令音先輩!?」「令音さん!?」と驚きの声を上げる。3人ともてっきり、令音は、志穂の安全のために志穂を集会に参加させない琴里側の立場だと思い込んでいたからだ。だが、当の令音は士道たちのリアクションを気にすることなく言葉を続ける。

 

 

「まず前提だが、アジテーターはラタトスク機関が一切観測できなかった精霊だ。無意識なのか意図的なのか、霊力を探知させない手段を行使しているのだろう。ラタトスクの技術でアジテーターを探知できない以上、アジテーターと接触する手段は限られている。偶然の出会いを装うか、新人類教団の集会に参加するかだ。ちょうど明日に集会がある以上、接触できる可能性に乏しい前者をわざわざ選ぶ理由はない。必然的に、アジテーターと接触するために、シンに集会に参加してもらうことになる。ここまでは良いかな?」

「ええ、続けてちょうだい」

「わかった。ただ、シンが集会に参加したからといって、アジテーターと接触できるとは限らない。新人類教団は千人超の熱狂的な信者を抱えている以上、集会には相当数の信者が集まるだろう。この集会の場で、集会を取り仕切るアジテーターと接触するのは至難の業だ。信者にとって、アジテーターは、己の望みを叶えてくれた神様に等しい。そのような神様相手に突然、シンが話しかけたら、会話の機会を持とうとしたら、信者はどう思うだろうね。少なくとも快い感情は抱かないだろう。神様を妄信する信者が、それもアジテーターから力を与えられた信者がシンに敵意を抱き、暴走して襲いかかってくる事態を避けるために、シンは信者の目の届かないところでアジテーターと接触しないといけない。そのためには――」

「――なるほど、令音の言いたいことが理解できてきたわ。今回の攻略対象の精霊は、ただいま絶賛規模拡大中の新興宗教の教祖様。そんな大物と接触したいのなら、士道からじゃなくて、教祖様の方からこっそり士道に接触したくなる状況を作る方が得策で、そのためには志穂を利用するのが一番確実だってことよね?」

「そうだね。もしもアジテーターが、志穂が殺してしまったはずの霜月砂名本人なら、過去に交流を深めた志穂の姿を発見すれば、会って話をしたくなるのが道理だろうからね」

 

 静かな声色で紡がれる令音の主張を聞き入れる内、令音が志穂を集会に参加させることに反対しない理由を大方察した琴里が令音に問いかけると、令音はゆっくりとした所作で首肯しつつ、補足の言葉を追加する。ここまで話を聞けば、さすがに士道と志穂も、令音の主張の根幹に思い至ることができた。

 

 

「つまり、志穂をエサにするってことか?」

「言い方が悪くなってしまってすまないが、そういうことになるね。相手は未知の精霊であり、何を考えているかわからない以上、琴里の言う通り、志穂を集会に参加させるのは非常に危ない。加えて、アジテーターがただの同姓同名の別人の場合、志穂を無意味に危険にさらすことになるね。一方、もしもアジテーターが本当に霜月砂名本人であるなら、志穂を砂名に目撃させさえすれば、砂名からシンたちに接触してくることが期待できる。……さて、どうしようか」

 

 士道の質問に令音は肯定の意を示しつつ、志穂に集会に参加してもらうメリットとデメリットを軽くまとめた上で、士道たちに疑問を投げかける。結果、しばしの沈黙が場を包み込む中、口火を切ったのは、志穂だった。

 

 

「ごめんなさい、琴里先輩。やっぱり私は、そう簡単には引けないッス。確かに、普通に考えれば、アジテーターが砂名先輩なわけがないッス。私が砂名先輩を殺しちゃったはずだから。だけど、ここ数日、色んな人から砂名先輩の名前を聞いてから、私の中で強い気持ちが沸き上がっているッス。『もしも、もしも本当に先輩が生きているのなら。もう一度先輩に会いたい。先輩の声を聞きたい。先輩の顔を見たい。先輩の温もりを感じたい。先輩に謝りたい』って、そんな気持ちが私の中で渦を巻いていて……こんな状態で集会に行かずにただ待っているだなんて、そんなの難しいッス。ただ、これがわがままなのはわかってるッス。琴里先輩をこれ以上困らせるのは、本望じゃないッス。だから、だから……琴里先輩がもう一度『ダメ』って言ったら、その時は頑張って諦めるッス」

「志穂、あなた……」

 

 志穂は申し訳なさそうに琴里を見つめながら、己が今まで心の内に隠していた想いを零しつつ、琴里の最終判断に委ねる主張に切り替えた。てっきり、令音が志穂側に寄り添う発言を残したことで、志穂が令音の意見に乗っかって琴里を説得するものかと思われたが、当の志穂は令音の話に耳を傾けている内に、己が相当な無茶を琴里に強いていると改めて自覚したために、琴里次第で己の主張を取り下げるという結論に至ったようだった。

 

 ただ、士道の至った結論は、志穂とは真逆だった。士道は知っている。かつて志穂を攻略する際、刻々帝(ザフキエル)を持つ精霊:時崎狂三の十の弾(ユッド)を通して、志穂の過去を追体験した士道は知っている。志穂の砂名への想いがどれほど強いものなのかを、身をもって知っている。ゆえに士道は、志穂の望みを叶えてあげたい衝動に駆られていた。

 

 

「なぁ琴里。要は、志穂が危険な目に遭わないってわかっていれば、集会に連れていってもいいんだよな?」

「それは、そうだけど……」

「俺が志穂を守るよ。アジテーターからも、信者からも、絶対に志穂を守ってみせる。……それじゃあダメか?」

 

 士道が琴里に問いかけると、対する琴里はテーブルに両肘を置いて両手の上に頭を置き、幾分かうなり声を漏らしながら悩み果てた後、何かを振り切るように、ガバッと勢いよく顔を上げた。

 

 

「あーもう、わかったわよ! 明日、集会には士道と志穂の2人で行きなさい! 当然、私たちが全力で2人をサポートするけれど――士道、言ったからには志穂に傷一つつかないようにきちんと守り抜くのよ、良いわね?」

「あぁ! ありがとう、琴里」

「ありがとうございます、琴里先輩!」

「どういたしまして。それじゃ、明日に向けて準備しないとね」

 

 己の気持ちを切り替えた琴里は、集会への志穂の参加を明確に認めた後、士道に圧をかける。そのようなすっかりいつもの調子に戻った琴里を前に、士道と志穂は安堵の息を吐くとともに、琴里に感謝の気持ちを告げる。対する琴里は『忙しくなってきたわね』と言わんばかりの勝気な笑みを携えて、新たなチュッパチャプスの包装を開封して口に含むのだった。

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。此度、志穂とともに新人類教団へと乗り込みたい意思を琴里に示したことが、士道のこの判断が吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知る事象であろう。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。自分がかつて殺してしまったはずの砂名が生きている可能性が生じていることにより、ただいま砂名に会いたくて会いたくて仕方がない感情に支配されているようだ。
五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。あからさまに危険な新興宗教の集会所に士道はともかく志穂は連れて行きたくない一心で反対の論調をまとめ上げていたが、最終的には折れたようだ。
村雨令音→フラクシナスで解析官を担当している、ラタトスク機関所属の女性。琴里が信を置く人物で、比較的常識人側の存在。此度は、冷静に状況を見つめて、志穂が砂名に会うことのメリット・デメリットをまとめて、士道たちに判断を委ねるスタンスを選んでいた。

次回「教祖様オンステージ」
 


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5話 教祖様オンステージ


 どうも、ふぁもにかです。今回、プロローグの時系列に到着します。5話前半→プロローグ→5話後半という時系列ですね。ところで、本作『霜月コンクエスト』では特にヤバいシーンが3つあると考えておりまして、その1つ目が5〜6話です。なので、くれぐれもお気をつけて。



 

 12月9日土曜日の午前8時半。新人類教団の集会の開催当日。

 士道と志穂は、天宮市の駅前にある何の変哲もないビルの前へと到着する。士道が昨日殿町から聞き出した、新人類教団の集会が行われるビルだ。

 

 

『士道、志穂。聞こえるかしら?』

「あぁ、聞こえてる」

「聞こえるッス。音質凄いクリアッスね」

 

 士道と志穂がビルの全貌を見上げて固唾を呑んでいると、士道と志穂に琴里の声が届く。琴里は現在、ラタトスク機関が所有する地下施設の一角、臨時指令室の中央の席に座している。琴里と、士道&志穂との会話を可能にしているのは、2人の耳に装着された超高性能のインカムだ。これこそが、士道&志穂と、臨時指令室の琴里&空中艦フラクシナス(※現在故障中)のクルーたちを繋ぐ手段だった。

 

 

「じゃあ、今から潜入してくる」

『ええ、くれぐれも慎重にね。――さぁ、私たちの戦争(デート)を始めましょう』

 

 琴里による精霊:扇動者(アジテーター)との戦争(デート)宣言を契機に、士道と志穂はごく自然な所作を装いつつ、ビルの中へと踏み入る。それから階段を下って、ビルの地下3階へと到着すると、そこには黒髪をたなびかせた小綺麗な女性が待ち構えていた。当の女性はさも当然のように、士道と志穂へと手を差し伸べて、語りかける。

 

 

「おはようございます。集会へのご参加ですね、入信カードをお持ちでしょうか?」

「あぁ、いえ。俺たちは新人類教団に体験入信をしたいと思ってここに来たんです。だから、入信カードは持っていなくて……」

「そうでしたか。砂名様の御心により、新たな同志に巡り合えたこと、心より感謝いたします。それでは、こちらに必要事項を記載してください」

「はい、わかりました」

 

 受付の女性から差し出された紙を受け取ると、士道は志穂の分も含めて、新人類教団に体験入信するための必要書類に文字を埋めていく。なお、士道がこうして必要書類に埋めた内容は、全て嘘だ。名前も住所も年齢も経歴も信条も悩みも嘘。そんな、ラタトスク機関が用意してくれた、新人類教団に万が一にも疑われないようにするための偽の経歴を、士道は志穂の分も一緒に、正確に書き記す。すると、受付の女性は士道が記載した紙をしげしげと眺めた後に、薄っぺらい満面の笑みとともに、付近の扉のドアノブを握って扉を開き、士道と志穂を招き入れた。

 

 

「それでは、こちらへどうぞ。どうか、至高のひと時をお過ごしくださいませ」

「ありがとうございます」

「ありがとうッス」

 

 受付の人の恍惚な言葉を背中に受けつつ、士道と志穂は扉の先へと歩を進める。受付の女性がドアをガチャリと閉ざす音が聞こえる中、新人類教団の集会会場が視界に入った士道と志穂は、驚愕の息を呑んだ。

 

 

「「……え」」

 

 会場は、何もかもが異常だった。会場を照らす紫色の毒々しい光と、周囲を覆う閉塞感を押し付けてくる黒い壁。不気味なほどに直立したまま、会場奥のステージを凝視したまま動かない300人程度の信者たち。確かにこれらも異常な光景だ。しかし、士道と志穂が何より驚いたのは、会場が来禅高校の体育館くらいに広かったことだった。

 

 士道と志穂が入ったビルは、どちらかというと小さめのビルだった。とても地下にこれほど広大な空間を用意できるほどのビルではなかったはずなのだ。

 

 

「琴里」

『令音に調べさせたけれど、相変わらず霊力反応は検知できないわ。でも、この異様な光景……2人が既にアジテーターの天使:〈夢追咎人(レミエル)〉の影響下に入ったものと考えるべきでしょうね』

「わかった」

 

 士道は琴里の連絡を受けて己の警戒ボルテージをMAXにまで上げつつ、隣で怯える志穂の手を握り、集会開始の時を待つ。そうして、午前9時ジャストを迎えた瞬間。ステージが豪華絢爛な演出で次々と彩られ始め、ステージの中央に1人の女性が姿を現す。

 

 

「視点を変えれば世界は変わる、鬱屈とした世界もバラ色に塗り替えることができる、というのが私の持論の1つでね。さぁ、今日も楽しい世界征服を始めようか。なぁ、選ばれし新人類の諸君?」

 

 凛とした眼差しを携え、漆黒の髪を引き連れて現れた、白を基調とした仰々しい司祭服をまとった長身痩躯のスレンダーな女性は、間違いなく霜月砂名そのものだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「本当に、本当に……生きていてくれてたッスか、砂名先輩……?」

『士道、この人がそうなの?』

「間違いない。志穂が3年前に殺してしまったはずの砂名さんだ。少なくとも、見た目は砂名さんそのものだ。誰かが変装したとか、そんなレベルじゃない」

 

 志穂が呆然自失とした様子で砂名を凝視する中、驚愕こそしているものの決して冷静さまでは失っていない士道は、琴里の問いかけに肯定する。

 

 

『そう――』

「砂名様!」「砂名様!」「砂名様だ!」「ktkr! ktkr!」「耳が、耳がトロトロに溶けちゃいそう、幸せ」「いつ見ても麗しいお姿だ!」「美しい!」「今日もかっこいい……!」「イケメン砂名様がご降臨されましたわ!」「あぁ、砂名様の瞳に吸い込まれてしまいそう」「この神々しさ、さすがは砂名様だ!」「王子様!」「女王様!」「まさに天使! エンジェル!」「神様仏様砂名様!」「ふあああああああああ砂名様あああああああああああ!」「愛してます砂名様!」「大好き!」「素敵!」「はぁ…好き」「こっち向いてー! 砂名様ぁ!」

 

 と、ここで。琴里が士道に何かを話しかけたようだったが、士道には一切聞こえなかった。砂名が登場するまで石像のごとく完全に沈黙していた信者たちが一斉に砂名に歓声を浴びせ始めたからだ。まるで地響きのような信者たちの歓声はいつまでも続くかと思われたが、ステージ上の砂名がパンと手を叩いた瞬間、歓声は一気に止まった。

 

 

「サンキュー、新人類諸君! 私もみんなが大好きだぜ!」

「「「きゃあああああああああああ!」」」

「「「ふぅううううううううううう!」」」

「「「うぉおおおおおおおおおおお!」」」

 

 が、砂名がきらめく笑顔とともに信者たちへと片手で投げキッスをすると、信者たちは喜びのあまり再び沸き上がる。その様子は、怪しい新興宗教の教祖と信者というよりは、大人気アイドルと熱心なファンと表現した方がふさわしいように士道には感じられた。

 

 

「さーてさて。このまま私の諸君への愛をあらゆる言語表現で伝えるというのもとっても素敵なのだが、今回はたわむれ会じゃなくて集会なんでね。時間は有限だ、本題に入ろうか。本日のタイムスケジュールはこの通り! せっかくの休日を丸々1日潰しちゃうのは申し訳ないので、手短に済ませるよ!」

 

 ひとしきり信者の歓声が響き渡った後、砂名は信者たちの視線を誘導するようにステージの奥へと指を差す。すると、何もなかったはずの砂名の背後に唐突に真っ白なスクリーンが表示される。そのスクリーンには、独特なフォントで次のようなタイムスケジュールが綴られていた。

 

――――――

1.挨拶   9:00 ~  9:05

2.生誕の儀 9:05 ~  9:30

3.結束の儀 9:30 ~  9:55

4.総括   9:55 ~ 10:00

――――――

 

 

「生誕の儀に、結束の儀……」

『……嫌な予感しかしないわね』

 

 挨拶や総括といった、特に違和感のないスケジュールの中に織り交ぜられた『生誕の儀』と『結束の儀』。生誕や結束という言葉自体は、ポジティブな場面で使われるイメージだが、こと新興宗教の集会で生誕や結束という言葉を見ると、どうしても不穏なイメージしか抱けない。琴里の呟きからして、琴里も士道と同様の印象を抱いているようだ。

 

 集会場に怯え、砂名を目撃して呆然するといった形で、とにかく精神が不安定になっている志穂がいる手前、努めて気丈にふるまうよう心掛けていた士道の心の中に、侵食するように不安感が広がっていく。

 

 

「ッ!!」「おおおおお……!」「うっそ、マジで!?」「やった、結束の儀だ!」「結束の儀だ! 今日やるのか!」「ひゅー、待ってたぜ!」「あぁぁ、あの輝いている砂名様の姿を今日拝むことができるのね。幸せだわ……」「わっくわっくどっきどっき♪」「今日は最高の一日になるな」

 

 一方、信者たちは『結束の儀』という言葉を見て、さらに興奮を重ねていく。どうやら信者たちにとって、結束の儀とやらは生誕の儀よりも特別なイベントのようだった。

 

 

「ではでは、挨拶はさっきの投げキッスで完了したんで、早速生誕の儀を始めるね。では本日1人目の生誕希望者に登場してもらいましょう。カモーン、仮称睦月さーん?」

「は、はぃぃ」

 

 砂名がくるりくるりと愉快に回転しながら、生誕の儀の開始を宣言し、ステージ裏へと呼びかけると。ステージ裏から1人の人物が顔を出す。その人物は、猫背で小太りな、スーツ姿の男性だった。まさに不摂生な30代男性といった見た目だった。

 

 

「ところであなたは仮称:睦月さん。私は霜月さん。霜月と睦月、何だか親近感を感じますね? 我々はもしかして家族だったりします?」

「そ、そんな。砂名様が家族だなんて恐れ多い……!」

「もー、気にすることないよ? なんたって私は歌って踊って握手もハグもできる、親しみ抜群のアイドル教祖だもの。ま、それはさておき。あなたはどうして新人類になりたいのかな?」

「そ、それは……私が断れない性格なのを知ったうえで、毎日毎日無理難題を押しつけてくる上司がいるんです。その上司、本当に嫌な奴で、私に嫌がらせして鬱憤を晴らしているような奴で、ホントむかつく奴で……でもあの人を調子づかせているのは、あの人のせいばかりじゃなくて、私が情けない性格をしているからだと思うんです。私は、毅然と断れる人間になりたい。理路整然とした主張で上司の無茶振りを回避できるような、そんな強い心を持った新人類になりたいんです」

 

 30代男性に対し、砂名が仰々しい所作とともに男性に問いかけると、男性は意を決して己の悩みを打ち明ける。その男性の悩みを聞き入れた砂名は、男性を安心させるように朗らかな笑顔を浮かべた後に、言葉を続ける。

 

 

「うむ、望みの仔細を理解したよ。それじゃあ、目を瞑ってごらんなさい。そして、なりたい自分を夢見るのです。あなたはどんな自分になりたいかなぁ?」

「私は、私は……」

 

 砂名はいつの間にか己の右手に水晶玉を持ち、優しく撫でる。すると水晶玉は虹色の輝きを放ち、ステージ上の男性をすっぽり包んでいく。それから、しばしの時を経た後。男性を包み込む光が収束し、一層輝きを放ち、光の暴力をそこら中に放っていく。その後しばらくして、光の暴力が収まった時。水晶玉を起点として放出された光が暴れまわった中心地、そこには――猫背で小太りの男性はいなかった。代わりに、スラリとした体躯をして、全てを見通しかねない冷徹な瞳を携えたエリートサラリーマンの姿があった。

 

 

「おめでとう、これであなたも新人類に生まれ変わったね!」

「これが、本当の私……?」

 

 砂名はこれまたいつの間にか自身の隣に姿見を出し、男性に向ける。姿見に映る己の変貌した姿に、男性は呆然とした表情で、半ば無意識に疑問を口にする。

 

 

「そうだよ、睦月さん。私があなたの眠れる力を呼び起こしたことで、あなたは覚醒したのです。ちょっと思考してみればわかるんじゃないかな。見た目だけじゃなく、あなたの頭の良さまでもが凄まじくパワーアップしたってことにさ」

「ッ! 本当だ、凄い。今ならどんな謎さえも解けてしまいそうな気がする」

「ふふふ、凄いでしょ。これこそがあなたの内に眠っていた可能性なのさ。さてさて、睦月さんはたった今、カッコ良い見た目プラス頭脳面の力を授かることができた。これで、あなたにとって目障りな旧人類のクソ上司に知識で、技術力でガンガンマウント取っていけるんじゃあないかな! 睦月さんの津波のようなマウントラッシュを喰らって、クソ上司が無様にメンタルブレイクして顔面崩壊する姿が目に浮かぶようだ! いやぁよかった、これで解決ですね!」

「あぁ、あぁ。そうか、あいつが、あの野郎が俺のせいで苦しむのか、最高だぁ……。砂名様、ありがとうございます! あなた様を信奉して、本当に良かった……!」

「どういたしまして。んふー、素敵な笑顔だよ、睦月さん。メッチャ生き生きとしている、さっきまでの苦悩に満ちたネガティブフェイスとは大違いですね! んまぁとりあえず、この時この瞬間に新たな同士が誕生しました。みんな、盛大な拍手で迎え入れましょう! はーい、パチパチパチィー!」

 

 砂名の語りかけにより己が身に起こった変化に気づいた男性はニヤァと、今まで己の心の内に秘めていた負の感情を吐き出すように凶悪な笑みを浮かべる。砂名は男性の歪んだ笑みをさも当然のように全肯定しつつ、信者に拍手を働きかける。

 

 

「おめでとー!」「おめでとう!」「おめでとうございます!」「やったね睦月さん!」「これでクソ上司をわからせられるなぁ!」「よかったよかった、これにてハッピーエンドだ」「万歳!」「新人類の力、クソ上司に見せつけてやろうぜ!」

 

 刹那、会場に響きわたる大喝采。砂名が天使を行使したことで男性が見た目からして思いっきり変貌するという明らかに異常事態が起こっているのに、周囲の誰もが眼前の光景を異常と認識せず、ただ新人類へと至った男性をたたえている。

 

 その後も、砂名の軽快な語りとともに、次々と新人類への生誕希望者がステージ上に現れ、砂名の天使:〈夢追咎人(レミエル)〉により、力を与えられて、凄まじく変貌する展開が続いた。

 

 ある人は、気に入らない連中をすべてぶちのめして征服する力を欲した。ある人は、恋人を寝取った輩に上手に復讐する力を望んだ。ある人は、親友を再起不能にしたくせに警察に捕まりすらしない害悪犯罪者を殺す力を欲した。砂名は、そうした多種多様な望みを持つ者をステージ上で快く迎え入れては、いともたやすく〈夢追咎人(レミエル)〉で望みを叶えていく。望みが叶った生誕希望者――もとい新人類は、恍惚とした夢心地な表情で砂名にお礼を告げ、信者たちに歓迎されながらステージから去っていく。

 

 

(なんだよ、これ。いくらなんでも異常すぎる……)

 

 士道は眼前に広がる光景が、上手く言語に落とし込めないけれど、とにかく気持ち悪くて仕方がなくて。己の内から何の予兆もなしに湧き上がる言いようもない吐き気をどうにか抑え込む。士道の傍らの志穂も、すっかり青ざめた顔で、ステージを見ることしかできないようだった。

 

 

「はい。というわけで、本日は、計10名の生誕希望者が全員無事に新人類へと生まれ変わりました。はぁ、良いことをした後は気分が良いもんだね。まるで澄みきった山頂の空気を胸いっぱいに吸い込んだかのような気分だ。てことで、これにて本日の生誕の儀は終了だよ、みんなお疲れさま。ではでは続いてはみんなもお待ちかねの――結束の儀の時間であるぞ」

「「「待ってましたぁぁあああああああああッッッ!!」」」

 

 そのような士道と志穂の様子など知る由もない砂名は、生誕の儀を締めくくり、次なる結束の儀の開始を宣言する。刹那、会場が振動するほどの信者たちの歓喜の絶叫が周囲に強烈な音波となって伝播していく。

 

 

「はい。今回の標的は、このお方。なんとASTの方です!」

 

 士道と志穂が思わず耳を塞いでしまうほどの信者たちの絶叫を、砂名は耳元に手を寄せて、うんうんとうなずきながら心地よさそうに聞いた後、己の前方へと両手を差し出す。すると、砂名の前方に、1人の若い女性が姿を現した。その女性は、鋼鉄製の椅子に座っていて、両手両足を手錠で繋がれていて、視界と口を包帯で塞がれていて、身動き一つとれないレベルに椅子にガチガチに拘束されていた。

 

 

「む? むぅ!?」

「「え……?」」

「「「……?」」」

 

 椅子に拘束されている女性が口をふさがれた状態でくぐもった困惑の声を上げ、士道と志穂が想定の埒外な光景にしばし思考停止する。同時に、信者たちもそろって脳裏に疑問符を浮かべていた。砂名の言う、ASTのことを知らなかったからだ。

 

 

「おっとごめんね。説明し忘れてたよ。ASTってのはね、アンチ・スピリット・チームの略称でね。直訳すると対精霊部隊。日本の陸上自衛隊の特殊部隊の名称らしいんだ。んで、このASTの役目は、原因不明のまま突如現れた、強大な力を持つ謎の生命体【精霊】を殺すこと。んでんで、最近知ったんだけど、私ってどうやら精霊と呼ばれているらしいのです」

「「「え?」」」「砂名様が精霊?」「まさか精霊が現実世界にいるとは……」「解釈一致ですわ」「違和感ないね」「素敵」「砂名様が女神様かと思ったら精霊様だった件」

「いやね、私はこの力を世のため人のために役立てようとしている。みんなだって、私がみんなの力を引き出して、旧人類から新人類へと引き上げたことで、思いっきり人生変わったでしょ? でもこの人を始めとした、日本政府が今まで秘密裏にしていたASTの連中は、みんなを新人類へと昇華できる私を、精霊という枠組みに当て込んで、脅威と断定して、有無を言わさず殺そうとしているわけだ。うぅぅ、この善良な一般市民たる私が一体何をしたって言うのやら。ホーント酷いよね、許せないよね?」

「なんてこと……」「許せない」「砂名様を殺そうだなんてなんて不敬な」「これが政府のやり方かよ」「見損なったよ、全く」「やっぱ政府ってクソだわ」「砂名様かわいそう」「泣かないで」「元気出して、砂名様」

 

 砂名は信者たちにASTの概要を説明し、己が精霊であることを実にあっさりと打ち明ける。その後、砂名が己の命がASTに狙われていると主張しつつ、虚空にいつの間にかふんわり浮遊していたハンカチを手に取り、わざとらしく流した涙を拭う素振りをみせると、信者たちは誰もが日本政府やASTへの激しい憎悪を顕わにしていく。

 

 

「ま、そゆわけで。このASTの人は私たち新人類教団の結束を、私たちの悲願たる世界征服を妨害するけしからん輩というわけで。だけど大丈夫、どうしようもない人間にも役目はあるのです。そう、私たちの結束のための贄となってもらう役目がね。ではでは、長らくお待たせしちゃいましたが――これより結束の儀もとい楽しい爪剥ぎショーの開幕でーす!」

「「「やっふぅぅうううううう!!」」」

「いっちまーいめ♪」

「ぃがッ!?」

 

 砂名は偽物の涙を拭ったハンカチを消失させると、次の瞬間にはペンチを手にして、椅子に拘束されたASTの女性に近づき、欠片の躊躇もなしに、右手の親指の爪をペンチではぎ取った。

 

 

「おー、良いねぇ、包帯越しでもよくわかるくらいの素敵な悲鳴だ。あなた、リアクション芸人の才能あるよ。転向してみたら? 砂名ちゃんのオススメだぞ☆」

「う、うぅぅう……!」

「あれ? 何か言ってる? でもわかんないな。わかんないなら仕方ない。言語が通じない相手とコミュニケーションを通じてわかりあうのって難しいものだしね。さーて、ショーは続行だ! あそれ、にーまーいめ♪」

「うぐぅううッ!?」

「あよっと、さーんまーいめ♪」

「ぐぅぅううう!?」

 

 口を包帯で塞がれているがゆえに何も発せないASTの女性を前に、砂名は凶悪な笑みをますます深くしながら、次々と女性の爪をペンチで剥いでいく。ハイテンションな砂名のきゃぴきゃぴした声と、女性のくぐもった絶叫のみが、会場を支配していく。

 

 士道は、もはやわけがわからなかった。目の前に広がる凄惨な光景。これが現実なのか、それともたちの悪い悪夢なのか。虚実の判断さえつかなくなっていた。それくらい眼前の光景がどこまでも残酷だったのだ。

 

 

「そいやっさ、よーんまーいめ♪」

「むぐぉああああ!?!?」

「ごーまいめ♪ これで右手の爪さんコンプリートだね、いぇい!」

「「「ふぅぅううううううううううううう!!」」」

「次は左手の爪さんの出番だぜ! 奮っていこうか!」

 

 そのような士道の現状の心境など知ったことかと、砂名の拷問はどんどん苛烈さを増していく。比例して信者たちのボルテージも高まっていく。

 

 

『――! ――、――――――! ―――――? ――!』

 

 インカム越しに琴里が何事かを士道と志穂に必死に呼びかけているような気がするが、今の士道は琴里の声に耳を傾けることができない。視覚が、聴覚が、残酷極まりないショーを続けるステージ以外に働きかけることを許してくれないのだ。

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 地上にいるはずなのに、ロクに呼吸ができない。荒く呼吸をしているはずなのに、まるで酸素を肺に送り込んでいる気がしない。のどが異様に乾いていて、今にも倒れそうだ。加えて、前後の感覚も、上下左右の感覚も奪われてしまったかのような、そんな錯覚。士道は、砂名が繰り広げる結束の儀にすっかり呑み込まれてしまっていた。

 

 

 刹那。

 

 

 

「――もうやめてッ!!」

 

 

 志穂が、叫んだ。

 瞬間、会場から音が消えた。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。此度、新人類教団がどれほど恐ろしいかを身をもって思い知った模様。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。砂名の姿をした人物が結束の儀と称して公開の場で拷問しまくっている光景を目の当たりにして、つい感情のままに叫んでしまった模様。
五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。士道や志穂たちに都度、連絡を入れる以外にも、なるべく2人を守るために実は裏で準備をしていたりする。が、その内容が明かされるのはおそらく次話。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。そのはずだったが、なぜか新人類教団の教祖をやっている模様。砂名さんが楽しそうでなによりです(白目)

次回「偽証」
 



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6話 偽証


Q.え、結束の儀とか言って無辜の人を拷問しちゃうような精霊が今回の攻略対象ってマジ?
A.Exactly!

 どうも、ふぁもにかです。あの5話を乗り越えた方々なら今後控えるヤバいシーンも十分に楽しめることでしょう。ということで、今回も張り切っていきます。



 

 天宮市の駅前ビルの地下三階にて絶賛開催中の新人類教団の集会にて。精霊:扇動者(アジテーター)――もとい霜月砂名と全く同じ見た目をした教祖は、結束の儀と称して、椅子にAST隊員の女性を拘束して、隊員の右手の爪をペンチで一枚一枚剥いでいく。そうして、砂名が隊員の爪をノリノリで5枚剥ぎ取り、次は左手の爪だとペンチを繰り出そうとした時。

 

 

 

「――もうやめてッ!!」

 

 志穂が、叫んだ。

 瞬間、会場から音が消えた。

 

 

「……ッ!」

 

 この時、士道は志穂の叫びのおかげでハッと我に返った。正常な思考を取り戻すことができた。ゆえに理解した。この状況は、マズい。そう士道が気づいた時と、会場の信者たちが一斉に志穂へと振り向いた時は、同時だった。

 

 この場の熱狂的な信者にとって、教祖のやることは絶対だ。教祖の主張こそが正しくて、教祖の行いこそが真理だ。教祖の意向に反してはならない、教祖の意思に逆らってはならない。だけど、今。志穂は制止の言葉を叫んで、教祖が繰り広げる結束の儀を妨害してしまった。もはや、いつ信者が暴走して志穂に襲いかかってきてもおかしくない。それくらい、信者たちが志穂に突きつける視線に込められた敵意は、尋常じゃなかった。

 

 

「もう、もう、やめてください。その人、痛がってるじゃないですか。どうしてあなたはこんな酷いことができるんスか? わからない、わからないッスよ……」

 

 だが、無数の敵意の視線の刃を突きつけられてなお、志穂は消え入りそうな声を必死に絞り出して、砂名へぶつけていく。今の志穂には、周りの信者たちからの視線が見えていないようで。志穂の眼には、すっかり豹変しきった砂名しか映っていないようで。

 

 

「……誰ッスか? あなたは、一体誰ッスか? 先輩の顔で、先輩の声で、こんなメチャクチャなことをやって。……酷いッスよ。なんで、こんなことするんスか!? 何か先輩に恨みでもあるッスか!? もうやめてください! これ以上、先輩を穢さないでくださいッ……!!」

 

 志穂はボロボロと大粒の涙を零しながら、キッと砂名を睨んで声を張り上げる。ありったけの感情をすべて詰め込んで魂の叫びをステージ上の砂名へとぶつけた志穂は、立つ気力すらなくしてその場に膝をつき、しかし決して砂名を睨みつけることはやめなかった。

 

 

「ん、んん? さっきから何をわめいているのか理解に苦しんじゃうな。私は霜月砂名だよ? 完膚なきまでに霜月砂名でしかない。それなのにずいぶんと知ったような口を聞いてくるわ、穢すなとか言ってくるわ……判断に悩むリアクションをしてくれるじゃないか、わけがわからないよ」

 

 一方。志穂に悲痛の叫びをぶつけられた当の砂名は、志穂の発言を一旦受け止めるも、志穂が何を言いたいのかがわからず、純粋にコテンと首をかしげるのみだ。

 

 

『士道! 返事をして、士道!』

「ッ! 琴里……」

『良かった、正気に戻ったのね。この状況、恐れていた最悪の事態だわ。これからビル前に待機させているクルーに騒ぎを起こさせる。士道はその隙に志穂と一緒に撤退し――』

 

 と、ここで。士道の耳にインカム越しに琴里の声が届けられる。焦燥感に駆られた声色の琴里が、士道から反応が返ってきたことに安堵のため息を1つ零した後、士道に有無を言わさず会場から撤退してもらうよう指示を出そうとして――。

 

 

「あ、そっかぁ!」

 

 そこで、砂名がポンと手のひらに拳を置いて合点がいったかのような声を発するとともに、砂名の姿がステージ上から霧散した。

 

 その時。その瞬間。瞬刻にも満たない一瞬の時の中で。士道は凄まじく嫌な予感がした。今、動かなければ、手遅れになる。そんな直感が、士道の全身を全速力で駆け巡り。士道は体中を伝播する直感のなすがままに、体を動かした。志穂の手を引っ張り、志穂を立ち上がらせつつ志穂を移動させ、代わりに士道が先ほどまで志穂が存在していた地点へと移動した。

 

 

「――みぃつけた」

 

 次の瞬間、士道の目の前の空間から音もなく砂名が現れ、上段に構えていた日本刀を精一杯振り下ろした。結果。砂名は、士道の肩から腹部にかけて深々とした斬傷を刻み込む。

 

 

「がぁあああああ!?」

 

 不意の斬撃をモロに喰らった士道は、過去に封印した琴里の天使〈灼爛殲鬼(カマエル)〉が灼熱の炎を以て傷を癒し始める痛みも重なって、絶叫しながらその場にうずくまることしかできない。

 

 

「士道先輩!?」

「おいおい、邪魔するんじゃあないよ彼ピくん。私はあなたの後ろの桃髪美少女に用があるだけなんだからさ。ねぇもしかして――私を殺したのって、あなたなの?」

「……え」

「だってそうだよね? 私のことを霜月砂名じゃないってああも断言できるのって、それこそ私を殺した奴くらいしかあり得ないんじゃないの? そりゃそうだ、普通の人間は復活したりしないしね。そうだよね、そういうことだよね? あなたが3年前に私を殺した犯人なの? ねぇ、ねぇねぇ、ねぇねぇねぇ?」

 

 志穂が悲鳴じみた絶叫を上げる中、他方の砂名は煩わしそうに士道を見下ろしつつ、装備していた日本刀をその手から消滅させると、志穂に問いかける。うずくまる士道の体を砂名はぴょんと軽々飛び越えて志穂の目の前に立ち、その手にいつの間にやら大鎌を構えて志穂の首筋に刃を添えながら、真顔で志穂を問い詰める。

 

 

「ひ、ぅ」

「黙ってないで早く答えなよ。そんなに私を怒らせたいのかい?」

 

 志穂は、眼前の人物が、自身の敬愛する霜月砂名ではない偽物だと今や確信している。だけど、砂名と全く同じ顔をした何者かが士道を斬り、志穂をいつでも殺せる構図を作ってきたことで、志穂の脳は恐怖一色に染まり、ロクに言葉一つ返せない心理状態に陥っていた。対する砂名は志穂が己の問いに回答しないことに段々と苛立ちを募らせていく。

 

 

「ぐ、ぅあ……!」

 

 士道は未だ治癒しきっていない体に鞭を打ち、脂汗を流しながらも気力で立ち上がる。両の足で立ち上がり、砂名の方へと視線を向ける。

 

 いよいよもって、事態は深刻を極めている。士道は砂名により深手を負ってしまい、志穂の命も風前の灯火状態だ。士道のインカムは先ほど砂名に斬られた衝撃でどこかに落ちてしまったため、琴里からの助言も期待できない。どういうことかはわからないが、己を殺した犯人を捜していたらしい砂名は、犯人の推定候補が現れたことで好戦的になっているし、会場には砂名の信者がひしめいている。いつ士道たちが砂名や信者たちに殺されてもおかしくない状況だ。

 

 これがゲームだったなら素直にリセットしてやり直すしかないほどの絶望的な事態。しかし現実はリセットしてやり直せない以上、何としてでも危機的状況を打開しなければならない。どうすればいい。どうすれば志穂を守れる? どうすれば2人とも生き残ることができる?

 

 士道は全身をほとばしる激痛に脳の思考リソースを容赦なく削られながらも、死に物狂いで打開策を模索し続ける。そうして士道は、奇跡的に脳裏に閃いたアイディアの是非を考察せず、即座に口に出した。

 

 

「おいおい。何を勘違いしているんだ、砂名さん? お前を殺したのは、そこの志穂じゃない。俺だぞ?」

 

 士道が閃いた策、それは――砂名の注目を志穂から己へと移すために嘘を吐くことだった。

 

 

「ほー、健気だね彼ピくん。体をザックリ斬られたのに、それでも彼女を守ろうとするなんて結構タフガイじゃん。でも邪魔しないでくれない? 二度目はないよ?」

「俺がどうやって砂名さんを殺したのか、気にならないか? 砂名さんの脇腹のあの大穴。普通の方法じゃ、人間の体にあんな大穴を開けることはできないよな?」

「……ッ! へぇ、そのこと知ってるんだ」

 

 砂名は当初は士道に大して興味を抱かなかったが、士道が砂名が具体的にどのような状態で亡くなっていたかについて言及すると、砂名は士道に興味を示した。砂名は志穂の首に添えていた大鎌を消失させて、士道へと振り返る。

 

 

「おっ、興味津々だな」

「焦らさないで、さっさと答えなよ。もしもあなたが私を殺した犯人だとして、どうやって私を殺したのかな?」

「ふふ、どうやったか? 答えは簡単だ。こうやったんだよ!」

 

 士道は砂名を威圧するように叫ぶと、これまた過去に封印した耶俱矢&夕弦の天使〈颶風騎士(ラファエル)〉を行使し、手のひらに生成した小さな暴風を砂名へと放つ。士道の管理下から離れた暴風は砂名へと切迫し、砂名のきらびやかな司祭服をほんの少しだけ切り裂いた。

 

 

「ッ! 今のは……」

「俺は精霊じゃないけど、お前と似た技を使えるんだ。今見せてやった風の技で、砂名さんの体に文字通り風穴を開けて、胴体もかまいたちで微塵に切り刻んだ。これが3年前の砂名さんの死の真相だ。警察が事件を解決できないのも当たり前さ、何せ俺は砂名さんを科学の管轄外の方法で殺したんだからなぁ!」

 

 鋭利に切り裂かれた己の服を砂名が驚きとともに凝視する中。士道は時折吐血しつつも、己こそが砂名を殺した犯人なのだと精一杯に主張する。士道が封印済みの精霊の力をチラ見せしつつ、砂名の殺害方法(嘘)を提示した直後、士道を見やる砂名の目の色が明らかに変わった。

 

 

「そうか、そうだったのか。あなたが――私を殺した犯人。そっか……ずっと探していた。ずっと知りたかった。ずっと、ずっと」

 

 砂名は士道の両眼をしかと見つめて、うわ言のように己の想いを表出させる。それから砂名は士道との距離をゼロにすると、士道の首根っこを掴み、砂名たちの周囲の信者たちに張りつけた笑顔を振りまきながら言葉を放つ。

 

 

「みんなー、ホントごめん! 私、ちょーっとこの人と内緒話したいから、今日の集会は中止にするね。各自、自由に解散してってくれぃ。あ、幹部のみなさんに業務連絡! 今日の結束の儀の贄要因だったASTの人は、いつものように提携先の病院に搬送するように。よろよろー」

「砂名さん、何を――」

「〈夢追咎人(レミエル)〉――【胡蝶之夢(バタフライ)】」

 

 砂名は信者たちに最低限の連絡事項を通達し終えると、士道が疑問を提示するよりも先に天使の力を行使し――砂名と士道は会場から霧のように消失した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「中止?」「そんな、ここからが醍醐味だったのに……」「集会が、それも1週間ぶりの結束の儀がこんな中途半端に終わってしまうなんて……」「どうして、どうして……」

 

 砂名が士道を伴って消失した後、教団の集会場は静謐に包まれる。しばし誰も何も言葉を発しない時間が続いた後、信者たちは呆然とした様子で、ポツポツと己の心境を発露していく。が、ある時。信者たちの視線が一斉に、改めて志穂へと向けられた。

 

 

「――あいつだ」「あの女のせいだ」「そうだ、砂名様の結束の儀を妨害した奴のせいじゃないか」「この、穢らわしい旧人類が」「旧人類の分際で余計な真似を」「許せない」「許せない」「そうだ、俺たちの手で結束の儀を開催しよう」「なるほど、アリだ。ちょうど、恐れ多くも砂名様に逆らった輩がいることだしな」「それがいい」「良いね」「わかる」「素敵」「賛成」「結束しよう。みんな、気持ちを1つにしよう」

「「「結束しよう」」」

「「「「結束しよう」」」」

「「「「「結束しよう」」」」」

 

 信者たちは全員等しく志穂への殺意を向けて、じりじりと志穂へと迫ってくる。志穂は「ひッ……!?」と小さく悲鳴を漏らすことしかできない。現在、志穂の脳裏では、かつて己が精霊だった頃に、世界から何度も死の呪いを叩きつけられて為すすべもなく死ぬしかなかったかつての記憶が高速でフラッシュバックしていた。

 

 信者たちが志穂へと手を伸ばす。その手には、ペンが、鉛筆が、カッターが、ナイフが、五寸釘が、ハサミが、安全ピンが、定規が、画鋲が、ありとあらゆる人体を傷つけうる道具が握られている。退路はどこにもない。志穂は、己の死が回避不能と悟った。

 

 

(ごめんなさい、士道先輩。ごめんなさい、みんな。私は、ここで終わりッス……)

 

 志穂は内心で自分を庇ったせいで連れさらわれた士道や、精霊マンションに住まう同志、士道に封印されてから新たにできた来禅高校の友達たちへ謝罪する。

 

 志穂はこれまで約2万回死んだ経験がある。だけど、それらの死は、不死者だった志穂にとって終わりではなかった。次の己の始まりではなかった。しかし今の志穂は士道に封印されている。今の志穂の残機はたった1つしかない。残機1の状態で死んだらどうなってしまうのか。それは志穂にとって未知で、未知の死は志穂にとって恐怖そのものだった。

 

 

「――結束の儀を執り行う必要はないよ」

「「「砂名様!」」」

 

 と、その時。会場に凛とした声が届く。それから志穂の目の前で微細な霧が結集し、先ほど士道を伴って消えたはずの砂名が再度、1人で君臨する。すると、信者たちは志穂に使うつもりだった各々の凶器を砂名から隠しつつ、砂名の再登場を心から喜ぶ歓声を上げる。

 

 

「まったく、私の目の届かないところで勝手に結束の儀を始めようとするなんて、実に困った人たちだね。即断即決は美徳だけど、何事にも例外があるんだから気をつけようか」

「は、はい!」「申し訳ありません!」「ごめんなさい!」「ごめん、なさい」「許してください」「悪気はなくて、その……」

「うんうん、わかれば良いのさ。我々新人類は愚鈍な旧人類と違って、過ちを認めて己を省み、次に生かす強さがあるのだからね」

「「「砂名様ぁ……!」」」

 

 しかし、当の砂名は不満そうに信者たちを見つめて頬を膨らませる。砂名様の意向に沿わない行為をしそうになっていたことに信者たちが慌てて平身低頭で謝ると、砂名はすぐにニパッと笑顔を浮かべて、信者たちの行いを即座に許した。

 

 

「さっきは女の子を庇いたい一心で必死に私を騙そうとしていたあの彼ピくんの顔を立ててあげようかなと思って、彼だけさらっておいたけれども、私を殺した犯人の第一候補があなただっていうことに変わりはないからね。根掘り葉掘り聞かせてもらうから、その辺よろしく。さーて、何から聞こっかなぁ?」

「や、やめるッス! 離して――」

「――やだね、絶対に離してなんてやらないから。ではでは、〈夢追咎人(レミエル)〉――【胡蝶之夢(バタフライ)】」

 

 砂名はニヤァと凶悪な笑みを貼り付けつつ、志穂との距離を一息に詰めると、志穂の抵抗をものともせずに、己の天使の力を行使する。結果、砂名が手に抱え持つ水晶玉が光を放ち――志穂の意識はそこでプツリと途切れた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「おーい、志穂。志穂ってば」

「んぅ……?」

 

 何者かから声を掛けられ、頬をペチペチと軽く叩かれた志穂は、まどろみ状態から徐々に意識を覚醒させる。いつの間にやらどこかの部屋のベッドで仰向けになって眠っていたらしい。志穂はゆっくりを体を起こし、周囲を見渡して状況把握に努める。結論として、志穂が目覚めた場所は、志穂にとって見慣れた場所だった。ラタトスク所有の地下施設の一角、検査室だった。と、ここで。志穂の双眸が、志穂をまっすぐに見つめる砂名の姿を捉えた。

 

 

(ッ……!)

 

 瞬間、志穂の顔から一気に血の気が引いた。同時に志穂は思い出す。己が気を失う前、自身や士道がどれほど危険な状況に陥っていたかを。

 

 

「ど、どどどういうつもりッスか!? こ、ここに、ラタトスクに私を連れ込んでどうするつもりッスか!? 人質にでもするつもりッスか!?」

「え、なに? なんでそんなに興奮してるの……?」

「そうッス! 先輩は、士道先輩はどこッスか!? どこに連れ去ったんですか!? 答えてください! 砂名先輩を殺したのは私ッス! 士道先輩は何も関係ないッス! あなたが求めている犯人は私なんだから、士道先輩は解放してください!」

 

 志穂は混乱の渦中に苛まれながらも、砂名に対し矢継ぎ早にまくしたてる。眼前の砂名に対しあまり恐怖を感じないことを不思議に思いつつ、志穂は己を庇って連れ去らわれてしまった士道の安否を心配するあまり、思わず目の前の危険な精霊に詰め寄って士道の解放を強く要求する。

 

 

「――あ、そういうことか。待って。ストップ、落ち着いて志穂」

 

 と、ここで。志穂に肉薄された砂名はようやく志穂の狼狽っぷりの理由を理解したためか、一旦志穂の両肩を掴んで己の体から離すと、スッと目を閉じる。すると、砂名の体が淡い輝きに包まれ、段々と背丈が小さくなり――志穂と同程度の背丈をした、緑髪の元精霊:七罪へと変貌した。

 

 

「そういえば〈贋造魔女(ハニエル)〉を使ったままだったわね。混乱させてごめん、志穂」

「え、え? 七罪先輩!? どういうことッスか?」

「そう大した話じゃないんだけど……」

 

 頭に大量の疑問符を浮かべる志穂を前に、七罪は自分なりに事情を要約して志穂に伝える。

 

 曰く、此度の新人類教団への士道と志穂の体験入信は、何が起こってもおかしくない非常に危険な行為であるため、司令官の琴里はどのような最悪な事態が発生しても士道と志穂を救えるように、複数の手段を用意していたとのこと。

 

 その手段の1つが――士道が封印した一部の元精霊に救出を協力してもらうものだったこと。そのため、士道が封印した精霊の内、カルト宗教の活動を見ても暴走せずに冷静な思考を残してくれそうな一部の精霊(七罪・耶倶矢・夕弦・折紙)たちもまた、臨時指令室で、此度士道と志穂が新人類教団の集会で見聞きした異様な光景を見ていたこと。

 

 結束の儀を行う砂名を志穂が制止した時に、琴里がフラクシナスのクルーを集会場に遣わして騒ぎを起こそうとしたが、集会場の扉が不思議な力で守られていて、扉を開くことがそもそもできなかったため、次善の策として、七罪が天使:〈贋造魔女(ハニエル)〉で〈夢追咎人(レミエル)〉をコピーし、他者からの認識を捻じ曲げることのできる【迷晰夢(ミスディレクション)】で己を霜月砂名に偽装し、瞬間移動できる【胡蝶之夢(バタフライ)】を行使して集会場に霧とともに現れ、志穂を伴ってラタトスクの検査室まで転移したこと。

 

 

「そう、だったんスね。ありがとうございます、七罪先輩。助かったッス。……ちなみに、士道先輩を連れ去ったのも七罪先輩だったりは……」

「しないわね。あっちは正真正銘、本物の霜月砂名ね。……ごめんなさい。私が、士道も一緒に助けられれば良かったんだけど」

「あ、いや、違うッス。そういうことを言いたいわけじゃなくって……」

 

 志穂がすがるような眼差しを七罪に注ぎながら問いかけると、七罪は志穂の望みをバッサリと断ち切り、現実を突きつける。七罪の瞳には、悔恨の念がありありと浮かんでいる。志穂は己の質問で七罪を苦しませてしまっていたことに、おろおろとするばかりだ。

 

 

「志穂、目が覚めたのね」

 

 と、その時。場の気まずい雰囲気を切り裂く第三者の声が検査室に響く。志穂と七罪が視線を向けた先に姿を現したのは司令官、五河琴里だった。

 

 刹那、志穂の胸に去来したのは、強烈な罪悪感だった。琴里は、新人類教団の集会に志穂が参加することを、志穂の身を案じて反対していた。けれど志穂は結局、琴里に折れてもらう形で、集会に参加した。その結果が、このざまだ。もしも志穂が集会に参加せず、士道だけが参加していたのなら、士道が砂名にさらわれるなんて結果にはならなかったかもしれない。

 

 そもそも砂名が士道や志穂に好戦的な態度を見せたのも、発端は志穂が堪えきれずに砂名に叫び散らしたからだ。何もかもが志穂の失態で。志穂が足を引っ張ったせいで士道は今、おそらくかつてないほどの窮地に追い込まれてしまっている。

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい、琴里先輩。全部、私が間違ってたッス。私がわがまま言ったせいで、先輩が、士道先輩がぁ……」

 

 志穂はボロボロと涙を零し、琴里に深々と頭を下げる。志穂は謝罪したまま顔を上げない。琴里の顔を見るのが怖かったからだ。一方、体を細かく震わせながら謝る志穂を目の当たりにした琴里は、小さくため息をつくと、努めて優しい口調で語りかける。

 

 

「志穂、しっかりしなさい。諦めるにはまだ早いわよ」

「ふぇ? で、でも……」

「少なくとも士道はまだ砂名に殺されていないわ。もしも士道が殺されたなら、士道が封印した私たち精霊の力も戻ってきてしまうもの。私たちが今も封印されたままという事実が、そのまま士道が生きているという証明になるのよ」

「士道先輩は、生きているッスか?」

「ええ、生きている。けれど、砂名が明確な意思で人を殺せる精霊だと判明した以上、予断を許さない状況というのは確かよ。だから今、ラタトスクは総出で士道の行方を調査している。精霊のみんなにも協力してもらって、無理のない範囲で士道を捜索してもらっているわ。……まだ士道は死んでいない。まだ何も手遅れになっていない。それで、志穂はどうするの?」

「わたし、は――」

 

 琴里からもたらされた一縷の希望に、絶望に打ちのめされそうだった志穂の心にわずかな光が灯る。志穂は己に気合いを入れるように両頬をパチンと叩き、目じりの涙を袖で乱雑に拭って、琴里に力強い眼差しを返した。

 

 

「私も士道先輩を捜すッス!」

「よく言ったわ。じゃ、志穂も今から士道捜索隊の一員として協力してちょうだい。ただし、志穂は砂名に顔を覚えられているから、外に出て捜索する場合は、クルーに頼んで変装するか、七罪の〈贋造魔女(ハニエル)〉で変身してからにすること。良いわね?」

「はいッス!」

 

 琴里から発破をかけられた志穂は、琴里からの指示に首肯する。そんな志穂の様子を背後から眺めていた七罪は、志穂がどうにか罪悪感に押しつぶされることなく、ほんのわずかでもいつもの志穂らしさを取り戻してくれたことに、こっそり安堵の息を吐くのだった。

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。砂名を殺したのは自分だとの偽証を砂名に信じ込ませ、志穂を砂名から守ることに成功した士道は、しかし砂名によりいずこかへとさらわれてしまった。これは士道姫案件。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。己のやらかしで士道を危険にさらしてしまったため、琴里のフォローで少々持ち直したものの、それでも精神状態はかなり不安定になっている。
五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。本当は精霊たちにカルト宗教の集会のシーンなんて見せたくなかったけれども、士道と志穂を窮地から救う手段を複数用意するために、苦渋の決断の元、精霊たちに士道&志穂の救出の協力を要請していた。
七罪→元精霊。識別名はウィッチ。筋金入りのネガティブ思考で物事を捉える性格をしている。今回のMVP。〈贋造魔女(ハニエル)〉を駆使することでどうにか志穂だけは救うことに成功した。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。なぜか3年前の砂名殺害の犯人を捜していたようで、砂名目線で犯人候補筆頭の士道をどこかへと連れ去ってしまった。

七罪(……どうにか志穂の気持ちが上向きになってくれたみたいで良かった。さっきまでとても見てられない酷い顔してたし)

 七罪氏、一々かわいいの巻。


次回「脳内選択肢」
 


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7話 脳内選択肢


 どうも、ふぁもにかです。今回くらいから霜月コンクエストはしばらく、ほのぼの展開となります。それはもう、お日様の温かい日差しの元、縁側で緑茶を味わう昼下がりのようなほのぼの展開となります。本当ですよ?



 

「ふんふんふふ〜ん♪」

 

 建築用の廃材が乱雑に捨て置かれた、陰気な雰囲気漂うどこかの建物内にて。ラタトスク機関より、扇動者(アジテーター)と命名された精霊:霜月砂名は上機嫌な鼻歌を奏でていた。

 

 一方の士道は、砂名の手により、それこそ先ほど結束の儀の被害に遭ったAST隊員と同様の形で、椅子に縛り付けられていた。士道の両手両足は砂名により荒縄で縛られており、身じろぎひとつすら許さないほどにきつく結ばれている。

 

 

「さてさて。どうやって拷問しよっかな。このシチュエーションを待ち望んでたのは事実だけど、いざその時が来ると何を用意すべきか迷っちゃうなぁ。とりあえず、ファラリスの雄牛は確定でしょ。プラス、ノコギリやヘッド・クラッシャー、アイアンメイデンもやってみたい。うー、どの方法でこの子を拷問すべきか迷うなぁ。まーなぜかこの子は怪我をしても炎が治療してくれるっぽいから、迷わず全種類試してもいいんだけどさ。いや、どうしよマジ。選択肢が多いのも考え物だよねぇ」

「……ちなみに、どうして俺を拷問したいのか聞いてもいいか?」

「そりゃあ、私を殺したあなたに聞きたいことが色々あるからだよ。ただ単に質問するより、体に負荷をかけながら質問した方が、真実を洗いざらい答えてくれそうじゃん? はぐらかされても嫌だしね」

「俺は拷問されなくたってちゃんと話すつもりだけどな」

「口だけなら何とでも言えるよねぇ。くっふふ」

 

 砂名が敢えて士道に見せびらかすように、天使〈夢追咎人(レミエル)〉の力で様々な種類の拷問器具を召喚し続ける中、士道が慎重に砂名に尋ねると、砂名はあっさりと士道に実行予定の拷問の意図を告げる。士道が拷問回避を期待して余裕ぶった口調で砂名を殺した理由をカミングアウトすると主張しても、砂名は聞く耳を持たないスタンスのようだ。

 

 かつて士道は、廃墟めいた建物内で折紙に監禁されたことがある。しかし今の状況は、折紙が士道を監禁した時とはわけが違う。あの時、折紙が士道を拘束したのは、士道を守るため。折紙と十香たち精霊たちの戦いに、万が一にも士道を巻き込まないためだ。しかし折紙と違い、砂名には明らかに士道を害する意思がある。今、士道が拘束されているのは、砂名が士道を拷問するため、痛めつけるためだ。要するに、今の士道はまな板の鯉そのもので。まさに絶体絶命だということだ。

 

 

「……」

 

 とはいえ、士道はなぜかこれまで封印した精霊の力を行使できる不思議な高校生だ。今、この瞬間も、例えば〈颶風騎士(ラファエル)〉による風の刃で荒縄を切り裂いて、砂名から、この謎の施設から逃げることは決して不可能ではなかった。しかし、それでも士道は敢えてこの場から逃げることなく、椅子に縛られている現状を甘受していた。

 

 理由は2つ。1つ目は、砂名の天使:〈夢追咎人(レミエル)〉の底が知れないからだ。少なくとも士道を集会場とは違う場所へ瞬時に転移させたことから、ワープ能力を使えることには違いないが、まだまだ〈夢追咎人(レミエル)〉の詳細な能力は謎に包まれている。そのような状況で士道がこの場から逃げ出そうとしても、逃走に失敗しかねないと士道は考えたのだ。

 

 もう1つの理由は、士道がラタトスク機関の理念に深く共感しているからだ。隣界からこの世に現界する際に空間震を発生させ、空間震の範囲内をすべてくり抜く精霊に対し、AST等の組織は精霊の殲滅を目標に掲げている。

 

 しかし士道は、ラタトスク機関は違う。精霊とデートして、デレさせて、士道の力で、キスという方法で精霊を封印することで精霊を無力化し、精霊に人間らしい生活を送ってもらうことを目指す組織の一員となっている士道にとって、砂名もまた救うべき対象だ。どれだけ砂名の価値観がとち狂っていようとも、その救済対象を前に攻略を放棄してむざむざ逃げ出すなんて、士道にはできなかった。ゆえに士道は今もなお、あえて椅子に縛られたままでいるのだ。

 

 

「さーて、拷問器具のラインナップはこんなものかな。準備完了。――さて、私はこれから君で存分に遊ぶつもりだけれども、名前くらいは聞いておこうか。君は誰なのかな?」

「俺は、五河士道。来禅高校2年生の、普通の人間だ」

「ふぅん、中々に呼びやすい良い名前だね。名前から名付け親の優しさを感じ取ることができる。ま、普通の人間は体を切られても再生しないのでは、というツッコミは今は我慢しててあげるよ。私は霜月砂名。君と同じ、ごく普通のモブ女子さ」

「……普通の女子は新興宗教を立ち上げたりしないんじゃないか?」

「それはあくまで流行に疎い士道くんの決めつけでしょ? 今どきの女子は教団を立ち上げて、己の魅力を最大限駆使して信者をどんどん増やしていくのがトレンドなんだよ?」

「そんなトレンド、嫌すぎるんだが!?」

「あっはっは、いいねぇ士道くん。このあからさまな窮地で、噛むことなく流暢に、キレッキレのツッコミをできるだなんて、その強心臓っぷりにうっかり惚れこんでしまいそうだぜ」

 

 士道がつい砂名のボケにツッコミを行うと、砂名は心底おかしそうにカラカラと笑う。士道の目の前で取り繕っていない純粋な笑顔を浮かべる砂名と、ついさっきまで士道を本格的に害するためにあらゆる拷問器具を〈夢追咎人(レミエル)〉で取り揃えていた砂名。この両者のあまりの違いに、士道は違和感を抱いた。砂名はほんの一瞬で己の感情を切り替えることのできる器用な人物だという、ただそれだけのことなのだろうか。それとも――。

 

 

「じゃ、アイスブレイクはこんなもんで良いよね? では、本題に入ろうか。ぜひとも聞かせてほしいんだけど――どうして、士道くんは私を殺したのかな?」

「ッ……」

「普通の人間は、同じ人間を殺すことは悪で、人間を殺すことは犯罪で、犯罪を犯せば罪状に応じた刑罰を被るということをしっかり教育されて育つものだ。そうやって長い年月をかけて、洗脳めいた教育をされた普通の人間は、強烈な理由が、苛烈な動機がなければ人を殺せない。例えばデスゲーム系の物語でよくあるだろう? この場の誰かを殺さないと、閉鎖空間から脱出させてくれないとか。誰かを殺さないと何としてでも隠したい秘密を公然にさらされてしまうとか。誰かを殺すことで一生遊んで暮らせる大金を手に入れることができるとか」

「動機、か……」

「おっとごめんね。つい長話をしてしまうのが私の悪癖でね。話を戻そうか。……人を殺すには、純然たるサイコパスを除いて、何だかんだ動機が必要だというのが私の持論の1つでね。いくら士道くんが私と同種の特別な力を持っていたからといって、でもそれが私を殺す理由には結びつかないはずでしょ? だからさ、知りたいんだよ。士道くんはどうして私を殺したのかな?」

 

 砂名は士道に改めて己を殺した理由を尋ねる。砂名の爛々とした眼差しからは、士道が回答を拒否・黙秘・虚偽することを一切許さないという強烈な意思が読み取れた。しかしだからといって、士道が素直に真実を告白するわけにはいかない。士道が砂名にバカ正直に事情を話してしまえば最後、今目の前にいる砂名は志穂を殺しに新人類教団の集会会場に舞い戻り、志穂を殺害しようとするだろうことは容易に推測できた。

 

 

(ここが、正念場だな)

 

 これまで強大な力を持ち、何を考えているのか読み取ることが難しい危険な精霊と幾度もデートを重ねて、精霊の封印に成功してきた経験を持つ士道は、今この瞬間こそがターニングポイントだと感じ取っていた。ここで、この場で。砂名にどのような返答を行うかで、士道の、志穂の、そして砂名の運命が決するだろうとの根拠のない確信を士道は抱いていた。

 

 そのような岐路を迎えた時。士道はこれまで大概、選択肢システムに助けられてきた。フラクシナスのAIが精霊の心拍や微弱な脳波などの変化を観測し、瞬時に三通りの対応パターンを導き出し、フラクシナスのクルーが選択肢を選別し、士道が選別された選択肢通りの言動を行う。これが今までのラタトスクのやり方だった。

 

 士道にとっての選択肢システムは、心にも思っていないことを発言するよう強制してくる邪悪なシステムと言えなくもなかったが、今まで選択肢のとおりに発言をしたことで、ある時は攻略対象の精霊の感情を揺るがし、ある時は精霊の好感度を稼ぎ、ある時は精霊を逆上させてしまうものの精霊の本音に近づくことができ、と。選択肢に従ったおかげで一定の成果を得られたことは確かだった。

 

 しかし今、士道の耳にはインカムはない。砂名から振り下ろされた日本刀の一撃をまともに喰らった時に、その衝撃でインカムを失ってしまっている。だから、選択肢には頼れない。琴里たちラタトスク機関のみんなに頼れない。独力でどうにかするしかないのだ。

 

 

(さぁ思い起こせ。フラクシナスのAIは、こんな時、俺にどんな選択肢を示してくれる? 俺にどんな道を教えてくれる?)

 

 だからこそ、士道は決めた。今回は己の頭脳1つでいつものラタトスクのやり方を実践しようと。己が力でフラクシナスのAIが生成しそうな選択肢を導出し、フラクシナスのクルーが選んでくれそうな選択肢に身を委ねて、それを精霊攻略の足掛かりにしようと。

 

 方針を定めた士道は脳裏で必死に考えを巡らせ、その結果、3つの選択肢をひねり出すことに成功した。

 

 

①「すまない。今は事情を話せないんだ」

  殺したことへの言い訳をせず、しかし事情は話さない。

②「あれは、不慮の事故だったんだ……」

  後悔に満ちた眼差しとともに殺害理由を騙る。

③「当然、砂名さんのことを愛しているからさ!」

  愛を拗らせて殺したと宣言する。

 

 

 選択肢はこんなところだろう。次に士道が考えるべきは、どんな選択肢をフラクシナスのクルーたちが選んでくれるかだ。

 

 司令官にして我が愛しい妹の琴里なら。副指令官の神無月さんなら。解析官の令音さんなら。5度もの結婚を経験した恋愛マスター・<早すぎた倦怠期(バッドマリッジ)>川越さんなら。夜のお店のフィリピーナに絶大な人気を誇る・<社長(シャチョサン)>幹本さんなら。恋のライバルに次々と不幸をもたらす午前2時の女・<藁人形(ネイルノッカー)>椎崎さんなら。100人の嫁を持つ男・<次元を超える者(ディメンション・ブレイカー)>中津川さんなら。愛の深さゆえに、法律で愛する彼の半径500メートル以内に近づけなくなってしまった女・<保護観察処分(ディープラヴ)>箕輪さんなら。

 

 いつも士道と精霊とのデートを陰ながらサポートしてくれた頼もしい(?)フラクシナスのクルーたちは、士道が脳内で生成した選択肢に対し、どの回答を導き出すだろうか。

 

 

『アジテーターは先ほど、志穂ちゃんに自分を殺したのかと質問をした際、志穂ちゃんが中々答えないことにかなりイラついていた様子でした。アジテーターは黙秘を嫌っています。真実が闇に葬られていることが我慢ならないタイプなのでしょう。となると、①のようなはぐらかすムーブは、アジテーター相手では悪手と言わざるを得ませんね』

『アジテーターは、自分が殺された理由に酷く執着しているように見えます。自分が殺されたからには何か相応の理由があるのだろうと考え、だからこそ集会場では強い口調で志穂さんに詰め寄ったのでしょう。だとすると、彼女の殺害に明確な理由がなく、ただの不幸な事故だったことを示唆する②は、アジテーターの逆鱗に触れてしまうのではありませんか?』

『しかし③は③で悩ましいですぞ。愛しているからこそ殺したというのは常人には通らない論理。まして士道くんはアジテーターに天使の力を使えることを教えています。己と同種の力を持つ男の子が、狂愛の果てにアジテーターを殺したと主張してしまえば、アジテーターが士道くんを危険視し、有無を言わさず士道くんを殺しにかかるかもしれません』

『状況が状況だけに、どれも悩ましい選択肢なのは確かね。でも、ここは③にするわよ。今、士道が砂名に監禁されている以上、何より大事なのは会話の主導権を握ること、これに尽きるわ。だって砂名の意表を突き、会話を掌握できなければ、士道は為すすべもなく拷問されてしまうだけなんだから。尤も、砂名を愛している詳細な理由については士道に頑張って騙ってもらって、砂名に信じ込ませる必要があるけれど……やれるわよね?』

(あぁ、もちろんだ)

 

 士道の脳内のクルーの面々は真摯に議論を行い、琴里は最終的に③を選択した。士道としても③に異論はなかった。ゆえに士道は胸一杯に息を吸い込み、熱のこもった視線を砂名へとぶつけながら、高らかに宣言した。

 

 

「――どうして殺したのかって? 当然、砂名さんのことを愛しているからさ! 誰よりも、誰よりも!」

 

 士道の熱烈宣言は、士道と砂名しか存在しない空虚な建物内に何度も反響する。士道は今更ながらわずかに羞恥心を抱きつつも、頬を恥ずかしさに紅潮させることなく真剣に砂名を見つめる。砂名は、まるで石化魔法にでもかかったかのように微動だにせずに硬直していた。

 

 

「……へ?」

 

 沈黙が流れること十数秒。まばたき一つしていなかった砂名が、ようやく目をパチクリとさせて、小さく疑問の声を漏らす。刹那、士道は確信した。たった今、士道は会話の主導権を砂名から奪うことに成功した。場の雰囲気を完全に転換させることができた。しかし油断はできない。むしろ本番はここからだ。士道は砂名が動揺しているまたとない好機を前に、砂名へ追撃の言葉を放ち始める。

 

 

「闇に溶けるような純粋な漆黒の髪、宝石のように美しい瞳、白磁のような肌、理知に富んだ態度、困っている人を見かけたら迷わず寄り添い助ける慈愛の精神、身近にある幸せを大切する人生へのスタンス。俺は、砂名さんのすべてに憧れたんだ」

「……士道くんは、私の何を知っているというのさ? 私にだって、私のことはわからないのに」

「わかるさ。だって俺は、砂名さんのストーカーだったんだから」

「んん!? ストーカー!?」

「あぁ。4年前、当時の俺は砂名さんを始めて見かけた時に、一瞬で恋に落ちた。それから砂名さんのことを陰で観察し続ける内に、砂名さんがただ優れた美貌を持っているだけの人ではないことに気づかされた。容姿だけじゃなく、高潔な生き様を全うする砂名さんに俺は改めて惚れ直したんだ。……けれど俺は、同時に恐怖もしたんだ。砂名さんは現時点で既に完成された人間性をしている。だけど、これから先も砂名さんが変わらずにいてくれるとは限らない。いつ、俺が愛した砂名さんが悪い方向に変わってしまうかわかったものじゃない。俺は、怖かった。怖くて仕方がなかった。いつまでも変わらない、最高の砂名さんのままでいてほしかった。だからこそ俺は、砂名さんが最高である内に、砂名さんを殺したんだ。これが理由だよ」

 

 士道は己がどのような理由で砂名を愛し、そして殺すに至ったかの経緯を告げる。砂名を殺した理由は完全に捏造だが、砂名に対する気持ちについては、多少誇張こそしているが、士道は嘘をついているつもりはなかった。かつて志穂の過去を通じて砂名の人となりを知っている士道にとって、砂名は間違いなく尊敬に値する人物だと思っているからだ。

 

 

「すんごい自分勝手な殺害理由だなぁ。へぇぇぇ、そっか。そんなに私のことを想ってくれていたんだ……」

 

 士道の口から紡がれた、砂名殺しの理由。ストーカーが狂愛の果てに砂名を殺した、という事実を前に、普通の女性なら士道を気味悪がるべき場面だろう。しかし、士道の眼前の砂名はまんざらでもなさそうにポツリと呟くと、凛とした瞳で士道を見つめ返す。砂名の瞳からは、士道を害する意思が消失しているように見受けられた。

 

 

「1つ質問したいんだけどさ。今、士道くんの目の前にいる私は、以前士道くんが惚れた私とは明らかに違っているはずでしょ? それはつまり、士道くんの言っていた、悪い方向に変わってしまって最高じゃなくなったダメな私だというわけだ。で、今の私はどう見える?」

「確かに、砂名さんは俺が殺す前とずいぶんと変わっている。だけど、今の砂名さんも、前の砂名さんと同じくらい素敵だと思っている。……今だからこそわかる。俺は砂名さんが完璧な人だったから惚れたわけじゃなくて、砂名さんが砂名さんだからこそ惚れたんだって」

「……ふふ、何それ。おっかしいの。殺す前に気づけって話だよ、まったく」

 

 砂名は己の質問への士道の回答を受けて、こらえきれずに笑い声を零す。その後、砂名は〈夢追咎人(レミエル)〉の【迷晰夢(ミスディレクション)】で実体のある幻覚として召喚していた、士道を拘束する椅子と荒縄を消滅させる。いきなり椅子と荒縄が消えたことで「おわッ!?」との少し情けない悲鳴とともに尻もちをついた士道を前に、砂名は士道と目線を合わせるべくしゃがみ込む。

 

 

「……うん、うん。気が変わった。私の計画に士道くんも加担してくれない?」

「砂名さんの、計画?」

「そう、私の世界征服計画にね。成功した暁には世界の半分をプレゼントしてあげるからさ、どうかな?」

 

 そして砂名は、興味津々とした眼差しで士道を射抜きながら、心地よさそうな笑みを携えて、士道を己の計画に誘い込むのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。絶体絶命の窮地に対し、脳内に選択肢を生み出し、士道がイメージするフラクシナスのクルーたちに選択肢を選ばせることで、どうにか窮地に活路を見出すに至った。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。砂名を殺したと主張する士道を思いっきり拷問するつもりだったが、士道の発言が何か琴線に触れたのか、方針転換して士道に協力を要請することとした。

次回「世界への反逆」


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8話 世界への反逆

 

「……うん、うん。気が変わった。私の計画に士道くんも加担してくれない?」

「砂名さんの、計画?」

「そう、私の世界征服計画にね。成功した暁には世界の半分をプレゼントしてあげるからさ、どうかな?」

 

 どこぞとも知れぬ、陰気な雰囲気漂うどこかの建物内にて。未知の要素を数多く内包する新種の精霊:扇動者(アジテーター)こと霜月砂名から、世界征服計画へのお誘いを受けた士道は、困惑していた。

 

 しかし士道は、困惑を顔に出すわけにはいかない。砂名を愛しているがゆえに砂名を殺したという士道の主張が受け入れられ、士道の拘束は砂名に解かれたとはいえ、まだまだ油断できる状況ではない。会話の主導権は士道が握ったままでいるべきなのだ。そのためには、砂名がいくら衝撃的なことを口にしたとしても逐次驚くことなく、冷静さを維持することが必須といえた。

 

 

「世界征服って本気なのか? 俺はてっきり、新人類教団の信者を増やすための方便として『世界征服』って言葉を利用しているとばかり思っていたんだが」

「もしも方便を使うのなら、世界征服よりももっとそれっぽい旗印を用意するさ。例えば『この世で徳を積めば、来世の己は救われる。だから今世の己の不甲斐ない人生を諦めてはならない。隣人を助け、悩める者に手を差し伸べて徳を積み、最大多数の最大幸福を希求するとともに己の来世に投資しなさい』とかね。……けど、私が掲げた世界征服は紛れもなく本気だよ。尤も、世界征服という言葉が意味することは、信者のみんなにそれぞれ勝手に解釈してもらっているけどね」

 

 ゆえに士道は極力声色を変えないよう意識して砂名の真意を問うと、砂名はいつになく真剣な眼差しで士道を見つめ返し、世界征服への熱い意気込みを端的な言葉に詰め込み士道へと返してくる。

 

 

「……俺は砂名さんのストーカーだった。いつも砂名さんのことを観察し続けてきた俺は、砂名さんのことは誰よりも知っている自信がある。だからこそ、不可解なんだ。砂名さんは世界征服を企むタイプの人じゃないはずだ。野心を抱いて大スケールなことをしようとは思わず、身近にある幸せを大切にしながら日常を謳歌するタイプの人のはずだ」

「やっぱり不服かな、今の私は?」

「誤解しないでほしい。俺はただ、俺が殺した砂名さんと、今のよみがえった砂名さんとの性格の違いに、凄く興味があるだけなんだ。一度死を経験したことで、砂名さんがどのように心変わりをしたのか、どうして世界征服をしようと決意したのか、その理由が知りたくてたまらないんだ。……砂名さんの動機を、教えてくれないか?」

「ん-と、それはね……」

 

 砂名がどこまでも本気で世界征服を目指している。そのような砂名の気持ちを知った士道は、次に砂名の動機を知るべく砂名に問いかける。一方の砂名は、世界征服への協力を持ちかけた相手への心証が良くなるように一旦は素直に動機を話そうとして、しかしそれではつまらないだろうと考え直し、ニヒルな笑みを携えて士道に問いかけ返した。

 

 

「逆に聞こうか。人は、どんな動機があれば世界征服を企むだろうか?」

「え?」

「世界征服、世界征服と口にするのは簡単だけど、そもそも普通の人は世界を征服しようとの発想に至らない。人生が充実しているなら世界を征服する意味なんてないし、人生に不満があったとしても【じゃあ私が変えてやる、世界征服だ!】と息巻く者はほぼいない。その理由は単純明快――世界征服という行為がハイリスクローリターンだからだ」

「ハイリスク、ローリターン……」

「そう。世界を征服するということはつまり、身内以外の全人類の頭脳と戦って勝利しないといけないということだ。それがまず世界征服の非実現性に一役買っている。それに、世界を征服したからといってそれで終わりじゃない。『世界を征服する=思い通りの世界を作る』ことではない。世界を征服した後は、征服された側の人間の叛逆に怯えながら権力にすがりついて生きることしかできないだろう」

「……」

「人は大概、加害者よりは被害者になりたいし、悪人よりは正義のヒーローになりたい。これが私の持論の1つでね。だって、悪いことをしたせいで一般大衆からヘイトを向けられるのは苦痛だし、悪者を懲らしめるという正義のヒーローの理屈で、言葉の暴力で悪者を叩き潰すのは痛快だし、いかに加害者に痛めつけられたかを巧みにプレゼンできれば同情の眼差しを一手に引き受けることができて、慰みになるだろうしね。……で、だ。世界征服なんて、加害者&悪人の極地に至ってしまう行為、そこにメリットなんてそうそう感じられないだろう。失敗すれば、後の世で散々馬鹿にされて、歴史の教科書に掲載された写真に執拗に落書きされる展開も透けて見えるしね。さて、脱線していた話を元に戻そう。……はてさて、こんなハイリスクばかりでメリット皆無な世界征服を、それでもやろうと、ただのモブ女子小娘の私は思ったわけだ。どうしてだと思う、士道くん?」

 

 砂名は世界征服に対する己の持論をひととおり士道に披露した後、改めて士道に己の世界征服の動機は何かと問いかける。砂名の話を静聴していた士道は、熟考する。ここで砂名の期待に沿えない回答をしてしまえば、せっかく今まで少しは稼げているであろう砂名からの士道への好感度が無に帰す可能性もあり得るからだ。

 

 

「――復讐、とか?」

 

 しばしの沈黙の後、士道は頭を振り絞って、それっぽい理由を1つ砂名に示す。すると、砂名はパァァと晴れやかな笑顔を浮かべて、士道の回答に元気よくうなずいた。

 

 

「お、さすがは私のストーカー。ほぼ正解だよ。そう、メリット皆無な世界征服をやろうと決心するには、強烈な感情に起因した動機が必要ということなのだよ。士道くんが私を殺した時のようにね。んで、肝心の私の動機だけど――世界への反逆。これが理由さ」

「世界への反逆……?」

「うむ。まぁ正直? 自分語りって奴は『私、かまってちゃんです』って宣言しているみたいで本当はやりたくはないのだけど、今は世界征服に加担してもらおうと士道くんをスカウトしている最中だしね。士道くんにその気になってもらえるように、私の事情を話すよ。長話になるかもだから、ほら座って」

「わかった」

 

 砂名は〈夢追咎人(レミエル)〉の【迷晰夢(ミスディレクション)】でダイニングテーブルと椅子を生み出して椅子に腰掛け、士道にも座るよう促す。士道が砂名の求めに応じると、砂名はこれまた【迷晰夢(ミスディレクション)】でテーブル上に緑茶とお茶菓子を召喚しつつ、語り始める。

 

 

「さすがに私に詳しいストーカーの士道くんはもうとっくの昔に察しているんだろうけど、私って奴は記憶喪失なんだよ」

「ッ!」

「私の記憶の始まりは、ほんの3か月前。酷く雨が降りしきる中、私は人気のない路地裏で、傘も差さずに座り込んでいた。この時、ずぶ濡れの私が覚えていたのは、名前が霜月砂名であることと、私が3年前に何者かに殺されたこと、そして殺された直前のおぼろげな記憶だけ。当時、私はどこかの部屋にいて、いきなり私の横腹に穴が開いて、倒れ伏す私の前に誰かがいたような気がするという、ただそれだけの記憶を抱えて、私の意識は始まったんだ」

 

 士道が『記憶喪失』というワードに目を見開く一方。砂名は目の前の湯のみを手に取り、熱々の緑茶を少し口に含んだ後、どこか虚空を見つめて、語り続ける。

 

 

「3か月前の私はそりゃもう焦ったね。なんたって自分は確かに何者かに殺されたはずなのに理由もわからずよみがえっていて。しかも、よみがえった私はなぜか、夢幻を司る天使〈夢追咎人(レミエル)〉を扱える精霊へと変貌していたんだもの。……私は自分が死んだと自覚している。人間社会は、死人が復活したケースを想定していない以上、私から人権は奪われている。死人がよみがえったとバレるのは非常にマズく、それゆえ私は人の目を避けながら行動することを強いられたんだ」

「……」

「ほんのわずかな記憶しかない私がまず最初に行ったのは、己のルーツを探ること。そのために私は生前の住所を探ることにしたんだ。私の生家さえわかれば、私の自室を調査すれば、私のルーツをたくさん調べられると思ったからだね。それに、家族にだけなら私が生き返ったことを伝えても良いんじゃないかとの考えもあった」

「……」

「幸いにも、私の〈夢追咎人(レミエル)〉は色々と融通が利く代物でね。テキトーに標的に選んだ人が眠っている時に夢の中に潜り込んで、その人の記憶を探って、霜月砂名について関係ありそうな情報を収集して。そんな活動をかれこれ2週間ほど行った結果、ついに霜月家の住所を知ることができたんだ。この時の私はかなりルンルン気分だったね。記憶を失ったことは悲しいし不安だけれど、だけど記憶を失う前の私がどんな奴だったかについて、もう興味が尽きなくて、知りたくてたまらなかったんだ」

 

 今、砂名は士道の知りたかったことを詳らかに話してくれている。士道が砂名の言葉を一言一句聞き漏らしてなるものかと真剣に傾聴する一方、砂名はお茶菓子の盛りつけられたお皿からせんべいを手に取ってパクつきながら、実に緩い雰囲気で話を続ける。

 

 

「私は日中、家族が全員出払っているタイミングで、家に侵入した。〈夢追咎人(レミエル)〉なら、己を霧に変化させて瞬間移動できる【胡蝶之夢(バタフライ)】という技も使えるから、鍵がなくても侵入はたやすかった。私は家を隈なく調べて――けれどその家から私の部屋を見つけられなかった」

「え?」

「……いや、正確には1つだけ、何もない部屋があったんだ。本当に、ただの空白の部屋。だけど完全にきれいってわけじゃなくて。よく見れば、一部の床の色が変色していたり、凹んでいたりして。まるでつい最近まで本棚や机、ベッドが置かれていたんだろうなって簡単に想像できるような、そんな空っぽな部屋だった。お父さんとお母さんの部屋はあった。妹の部屋もあった。だけど、私の部屋はなかった。……この時、この瞬間。私は改めて突きつけられたんだ。世界に、私の居場所はもうないんだって。世界は私が消え去ったことを前提に回っていて、なぜかよみがえった私の存在は、世界にとって異物でしかないんだって。……まるで足場がいきなり崩れて、為すすべもなく奈落へを堕ちていくかのような、そんな感覚だった」

 

 砂名はつい先ほどまでの緩い雰囲気から一変して、沈痛な面持ちで当時の状況を語る。士道は砂名の苦しそうな表情を見ていられなくて、何か言葉をかけたくなって、しかし砂名を元気づけられる言葉を何も思いつけず、沈黙を保つことしかできない。

 

 

「私は家から逃げて、逃げて逃げて。どことも知れぬ公園で頭を抱えてうずくまった。家族のみんなは、私の私物を処分することで、私が生きていた事実に区切りをつけて、未来を生きようとしていたわけで。何だかんだ家族なら私を待っていてくれる、受け入れてくれるって期待していた分、ショックが大きかったんだ。で、しばらくして――私は思った。私が一体、何をしたんだって。なんで私がこんな仕打ちを受けなければいけないんだって」

「……」

「何もかもがわからない。どうして私は殺されなければならなかった。どうして私は復活させられなければならなかった。どうして私は世界から居場所を奪われなければならなかった。記憶をなくした私にはわからないことばかりで、だけどこのまま何もしなければ、ただただ私は世界に消されるだけだと思った。なぜかはわからないけど私は今、ここで生きているのに、私の復活を世界になかったことにされてしまうと思った。私という存在をみんなが過去のものにして、私を完全に忘れてしまうと思った。私が世界に消されてしまうと思った」

「それで、世界への反逆か」

「そゆこと。みんなが、世界がその気なら、私は世界中の人間が私を忘れたくても忘れられないように、その脳裏に刻み込んでやる。そう思い至って、私の目標達成に必要な手段を検討して、そうして導き出したのが、ヤバい新興宗教を立ち上げて全人類を信者にして、世界を征服する方法だったということさ。世界中の人々が霜月砂名を信奉する、そんな構図を作って、私が生きているという事実を世界に否定させないために、私は〈夢追咎人(レミエル)〉を使い倒すと決めた」

「……」

「世界征服には別の目的もあった。それは、私を殺した人や私から記憶を奪った人、私を復活させた人に、私に精霊の力を授けた人等、そういった今の奇妙な私を作った連中を炙り出すという目的だよ。例えば、私を殺した人が、カルトな宗教の教祖をやっていたら『お前は俺が殺したはずなのにどうして生きているんだ!?』と混乱するだろう? 私から記憶を奪った人や私を復活させた人、私に精霊の力を授けた人だって、何か目的があって私に干渉したはずだ。けれどその目的は少なくとも、私に世界征服させることではないはずだ。ゆえに私が目的と違う暴走っぷりを披露していれば、いずれ接触してくることが想定できた。例えば、『お前の力を没収する』的なノリで、精霊の力を授けた人が現れたりとかね。私はそれも狙って世界征服を始めたんだ。だって聞きたかったからね。どうして今の私を作ったんだってさ」

「砂名さん……」

「実際、世界征服という手段を選んでよかったと思ってるよ。今日ようやく、私を殺した君を炙り出せて、私が殺された理由を知ることができたんだから。とまぁ、私が世界征服を目指す動機はこれで以上さ。これで今の私への解像度が上がってくれたのなら何よりだよ。……さて、改めて聞かせてもらうよ。私の世界征服計画に士道くんも加担してくれない?」

 

 一通りの自分語りを終えた砂名は先ほどまでの沈んだ顔つきから一転、ニンマリとした笑顔を浮かべて改めて士道を誘いかける。砂名の声色からは、『重度のストーカーの君が、愛する私の誘いを断るわけがないよね?』といった類の圧が感じられた。

 

 士道としても砂名の提案は渡りに船だった。砂名に世界征服をやめてもらおうにも、精霊の砂名とキスをして封印しようにも、砂名としばらく行動を共にして好感度を稼がないことには始まらない。そのきっかけを砂名から提示してくれた以上、士道に断る理由は存在しなかった。

 

 

「あぁもちろん。世界征服が砂名さんのためになるとわかった以上、俺も力になるよ」

「わーい、やった。まさか世界征服の最中に新規パーティメンバーの加入イベントが発生するとは、人生って奴はどこまでもわからないものだね。改めてよろしく、士道くん♩」

「こちらこそよろしく。ところで砂名さん、話は変わるけど、今から俺とデートしないか?」

「いやホントメッチャ話を変えてきたね。その心は?」

「砂名さんは今、記憶を失っている。いくら天使や霊装を使えるとはいえ、自分のことすら知らない人が世界征服なんてまず不可能だ。そうは思わないか? だから、俺とデートしよう。砂名さんについて詳しい俺が、俺に殺される前の砂名さんがどんな性格をしていたかを教えるからさ」

「……なるほど、一理ある。いいよ、デートしよう。世界征服仲間同士、親睦を深める機会としてもちょうどいいしね」

 

 士道が誘いを快諾すると砂名はさらに笑顔を輝かせて、士道が共犯者に加わってくれたことを歓迎する。と、ここで士道は砂名にデートを申し出た。砂名は士道の意図を一旦疑問視したが、士道の回答に満足し、意気揚々と椅子から立ち上がる。そして、砂名は〈夢追咎人(レミエル)〉を行使して士道の目の前に、ちょうどサイズの合いそうな上衣を召喚する。

 

 

「――おっと」

「とりあえず、着替えなよ。士道くんの体はもう完治しているようだけど、服に結構血がついたままだし。私は、血まみれの男とデートする趣味はないからさ」

「……服をくれるのはありがたいんだが、これ砂名さんの〈夢追咎人(レミエル)〉で召喚した服だよな? もしも砂名さんが召喚を解除したら?」

「私が与えた服が丸ごと消えて、裸になるね」

「そ、そっか」

「だいじょぶだいじょぶ。私はデートに誘ってくれた殿方を衆人環境で理不尽に恥をかかせたりしないから。私を信じてほしいな、ふへへ」

「……」

「本当だよ?」

「念を押されると、ますます不安になってくるんだが」

 

 血まみれで着心地の悪い今の服を敢えて着続ける理由はない。士道もまた椅子から立ち上がり、士道の着替えを見ないように砂名がクルリと背を向けた間に、速やかに着替えを開始する。その間、士道は今後の己が取るべき行動を整理することとした。

 

 この度、士道が砂名と今日早速デートを行おうと決めた理由は主に3つある。

 1つ目は、デート中であれば、どこか砂名が油断したタイミングで琴里に己の無事や現在地を連絡できるかもしれないから。

 2つ目は、記憶を失う前の砂名がどんな性格をしていたかを教えることで、砂名の世界征服への意欲を少しでも削げるかもしれないから。

 そして、3つ目は――デート中に偶然を装って砂名を、彼女の妹の霜月夢唯と出会わせることで、砂名が勘違いをしていることに気付かせることができるかもしれないから。

 

 士道は砂名が世界征服を志すきっかけの話を聞いていた時、違和感を覚えていた。砂名は、家に自分の部屋がなかったことから、家族が砂名の私物を処分することで砂名のことに区切りをつけて未来を生きようとしているのだと解釈していた。けれど士道は、昨日偶然出会った、砂名の妹の夢唯が、砂名のことに区切りをつけているようにはとても思えなかった。

 

 

――夢唯は、凄いな。

――別に、凄くなんてないのです。ボクはただ、もう取り戻せない過去にいつまでもすがりついているだけのみじめな奴でしかないのですよ。

 

 

 夢唯は砂名が亡くなってから、毎日欠かさず墓参りをしていた。3年も経っているのに砂名を殺した犯人が一向に見つからないことを悔しく感じて。段々と砂名のことを忘れて生き始める人たちのことを仕方ないと思いつつも薄情に感じて。砂名の墓参りを継続している士道と志穂のことを知って心から嬉しく感じて。そのような夢唯の言動は、砂名の私物を処分して砂名が生きていた過去に区切りをつけようとする家族像と、明らかに乖離していた。砂名の私物を処分したのはあくまで両親の独断だったのではないか。そう思えるほどに夢唯は、砂名の死から3年経過した今も、砂名に依存しているようだった。

 

 砂名が世界征服を目指した根本の原因は、家族すらも砂名を必要としていないと、砂名が思い込んでしまったことに起因する。ならば、砂名を夢唯と会わせることには絶対に意味がある。2人を会わせた結果、どちらに事態が転ぶかは未知数だが、生き返った砂名を夢唯が何の迷いなく受け入れてくれれば、砂名の世界征服の動機は消滅するはずだ。

 

 

「それじゃ早速、砂名さんの記憶復活デートを始めようか」

「お、いいね。それっぽいじゃん。ストーカーのくせにやるねぇ。そんじゃ、エスコートよろしく」

 

 決して砂名に悟られることなく、砂名を夢唯と会わせてみせる。着替えを終えた士道は内心でデートの裏目標を定めつつ、建物の出口らしき方向へと歩を進めて、砂名へと手を差し伸べる。砂名は上機嫌で士道へと手を出し、士道のリードに従って歩んでいく。

 

 

「あ、そっち出口じゃないよ?」

「え?」

「こっちこっち」

 

 なお、建物の構造を全然把握していない士道は道中、あらぬ方向へと砂名を連れて行こうとしたために、砂名から何度も指摘され、結局は建物から出るまでは逆に砂名に先導されることになってしまうのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。砂名の事情を知ることができた士道は、砂名にさらわれて2人きりとなった今の状況こそがチャンスと判断し、デートまでこぎつけることに成功した。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。自身を殺したストーカーだと主張する士道に忌避感は抱いていないようで、世界征服仲間に誘ったり、士道からのデートに応じたりと、割と士道に好意的。

Q.志穂ちゃんに続いて砂名さんにも記憶喪失要素を与えるとか、二番煎じでは? 恥ずかしくないんですか?
A.仕方ないでしょう!? 記憶喪失って奴は、物語を盛り上げるためにめっちゃ使いやすいファクターなんだからさぁ!


次回「記憶復活デート」



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9話 記憶復活デート

 

 12月9日土曜日。午前11時半。〈夢追咎人(レミエル)〉を行使できる精霊こと霜月砂名に導かれるがままに士道は、ついさっきまで士道が監禁されていた建物から外へと出る。すると、士道の眼前には非常に見覚えのある光景が広がっていた。天宮市の駅前広場の景色である。どうやら砂名が士道を監禁していた建物は、新人類教団の集会会場と目と鼻の先にある建物だったようだ。

 

 士道が監禁されていた建物が天宮市内のものだったことは士道にとって非常に好都合だった。これなら士道から連絡せずとも、ラタトスク機関が市内随所に飛ばしているだろう自律カメラが士道の姿を捉えてくれるかもしれないからだ。

 

 

「なぁ砂名さん、変装とかしなくてもいいのか?」

「うん? どういう意味かな?」

「砂名さんは今やたくさんの熱狂的な信者を率いる教祖様だろ? 変装しなかったら信者に見つかって、記憶復活デートどころじゃなくなるんじゃないか? 実際、ここって今日の集会の会場とすごく近いしさ。それに俺もさっき会場で『砂名さんを殺した』って派手に宣言したから、信者に見つかったら問答無用で襲われそうだと思って」

「あぁなるほど。尤もな指摘だね。けれど大丈夫、対策済みだから」

 

 士道は内心とは裏腹に、士道は砂名に変装の必要性を提言する。しかし、砂名は士道の質問は想定通りだと言わんばかりにニィィと口角を吊り上げる。

 

 

「新人類教団の信者か否かを見抜く手段の1つとして、教団が販売している黄色のミサンガを左手につけているか否かという基準がある。ミサンガをつけることを教団は強制こそしていないけれど、推奨はしているからね。熱心な信者はあたかも己の体の一部のようにミサンガを左手につけてくれている。ほら、チラホラいるでしょ? でも彼らは私たちに目もくれない」

「……確かに。これもしかして、〈夢追咎人(レミエル)〉で何かしているのか?」

「正解。外に出る前にちゃっかり〈夢追咎人(レミエル)〉の【迷晰夢(ミスディレクション)】を使っていてね。私たち2人を周りから見れば、全くの別人に、ただの若いモブカップルに見えるように幻覚を施しているのさ。当然、監視カメラなんかの機械を通しても、モブカップルにしか見えないようにしている。私はドジっ子キャラじゃないんでね、その辺は抜かりないさ」

「い、いつの間に……」

「本来〈夢追咎人(レミエル)〉は形を持たない天使でね。〈夢追咎人(レミエル)〉は無形のまま、常に私の傍に在る。何とも頼もしい私の相棒さ。集会なんかでこれみよがしに水晶玉を出してみせているのは信者向けのただのポーズに過ぎないさ。要するに、だ。私は息を吸うように〈夢追咎人(レミエル)〉を使用できる。私が技名を口に出したり、水晶玉を出したりしているのは、そうする必要性があるか、あるいはそれっぽい言動で技を行使したい気分になっている、というだけの話なのだよ」

 

 士道の知らないタイミングで〈夢追咎人(レミエル)〉の力を行使されていたことを砂名から伝えられた士道は、若干引きつった表情を浮かべる。砂名の発言はつまり、ラタトスク機関が自律カメラ経由で士道を観測できない事実を示していたのだから。

 

 

「さて。士道くんの不安を払拭できたところで……どこでデートをするのかな?」

「あぁ、こっちだ。ついてきてくれ」

「なるほど、士道くんは直前まで行き先を秘密にする主義か。これは楽しみだ」

 

 とはいえ、いつまでも引きつった表情のままではいけない。士道は今の己はストーカーするほど大好きな砂名とのデートを行う男なのだとの意識を持ちつつ、砂名の手を引いて駅前広場へと一歩踏み出す。行き先を秘匿することで砂名が不機嫌にならないか、心の中で不安に感じていた士道だったが、砂名は一切気にしていないようだ。

 

 

「ところで、私に何か言うことはないのかな?」

「何かって?」

「ごめんなさい、は?」

 

 目的地へと向かう道中。不意に砂名が士道に訪ねてくる。士道が隣を歩く砂名に続きを促すと、砂名はいたずらっ子のような目つきで士道を見つめて、一言告げる。

 

 

「あー……」

 

 今、士道は砂名を愛するがゆえに殺したヤバいストーカーという設定だ。その士道を前に、被害者たる砂名は謝罪を要求しているのだろう。士道は素直に謝ろうとして、しかしそれでは狂気のストーカーっぽくないなと考え直し、堂々と返答した。

 

 

「俺は、砂名さんを殺したことを後悔していない。砂名さんを殺したことで今こうして、生き返った砂名さんとデートできているわけだしな。なのにどうして謝らないといけないんだ?」

「わーぉ、悪びれもしないじゃないか。こいつぅ☆」

 

 士道の返答に砂名は一瞬目を丸くした後、カラカラと屈託のない笑顔を浮かべて、士道の横腹を軽く肘でつく。士道の返答は砂名のお気に召したようだ。

 

 

「ちなみに砂名さんは俺を刀で斬ったことを謝ってくれないのか?」

「あ、あー。そういえばそうだった。えーと、あれはよくある理不尽暴力ヒロインからの愛情表現ってことで……ここはひとつ許してほしいなって」

「お互いさまってことか?」

「さすがにストーカーと同類にはされたくないなぁ」

 

 その後も士道と砂名は適宜和やか(?)に会話を挟みながら、士道の先導で目的地へと向かう。そして、5分後。目的地に着いた士道は立ち止まる。駅前に立ち並ぶ飲食店や衣服店の間に挟まるようにして存在するその建物は、少々控えめながらも己が遊戯施設だと主張するようなきらびやかな装飾や看板が備え付けられていた。

 

 

「到着したよ、砂名さん」

「ここは……」

「砂名さんの記憶復活デート。まず最初の舞台はインターネットカフェにしようって思ったんだけど、どうかな?」

「良いよ、行こう。一々気を遣わなくて良いよ、今日のデートプランは士道くんに完全お任せスタイルだしね」

 

 士道は砂名の記憶を呼び起こすために最適な場所の1つとしてピックアップしていたインターネットカフェへと砂名を誘う。初デートでインターネットカフェはもしかしたら心証が悪くなるかもしれないと少しだけ不安が頭をよぎった士道だったが、砂名の反応からして完全に杞憂だったようだ。かくして、士道は砂名を引き連れて、天宮市内のインターネットカフェへと足を踏み入れるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 士道と砂名はインターネットカフェに入り、士道が代表して会員登録と受付を済ませる。あまり長居をするつもりはなかったため3時間コースを選び、複数人でのびのびと過ごせるファミリールームを選択する。そうして2人で入ったファミリールームは、高性能そうなPCとテレビ、そしてローテーブルと複数の座椅子、オレンジ色を基調とした暖色の照明を以て、士道と砂名を迎え入れてきた。

 

 

「へぇ、雰囲気いいじゃん」

「こんな感じなんだな、インターネットカフェって」

「士道くんは来たことなかったの?」

「初めてだな。気にはなってたけど、わざわざ行く理由がなくて」

「あるあるだね。それで、ここでどうやって私の記憶を呼び起こすつもりなのかな?」

「砂名さんに読んでほしい漫画があるんだ。生前の砂名さんが大好きだった漫画なんだ。ちょっと持ってくるから、砂名さんはドリンクを取ってきてくれないか?」

「あいさー。士道くんは何飲みたい?」

「じゃあ、コーラで」

「オッケー」

 

 士道と砂名は自分たちがこれから数時間過ごすこととなるファミリールームの場所を確認した後、一旦別れる。士道はこのタイミングでスマホで琴里に連絡しようとして、やめた。砂名は士道が知覚できない内に〈夢追咎人(レミエル)〉を行使できるからだ。士道が外部と連絡を取っていたことが砂名にバレてしまえば、今のそれなりに順調な関係が一気に瓦解してしまうかもしれない。ゆえに士道は琴里への生存報告を諦めて、砂名に読ませたい漫画を求めてインターネットカフェ内を探索する。

 

 

「おかえり、ダーリン♡」

「ただいま、ハニー」

「ッ! ぷっ、くくくくふふ……!」

「そこまで笑うことないだろ! せっかく砂名さんのノリに合わせたのに!」

「いや、似合わないなって思っちゃってさ。ふひゃ、ごめんツボった。あはははははははッ!」

「まだ笑うか!」

 

 そうしてお目当ての漫画全巻と、ついでに士道が読みたかった漫画を備え付けのかご一杯に詰め込んで、士道がファミリールームへと戻ると、砂名が妙に艶っぽい表情を浮かべて士道の帰りを出迎えてきた。一瞬、砂名の美貌にドキッとした士道だったがどうにか砂名のテンションに合わせて返答すると、砂名は盛大に破顔した。砂名のノリに合わせるんじゃなかった、と士道がちょっぴり後悔する中、しばし全力で笑い果たしたことで平静を取り戻した砂名が本題を切り出した。

 

 

「それで、私に読ませたい漫画ってのはそれなの?」

「あぁ。『SILVER BULLET』。週刊少年ブラストで連載されていた漫画だ。まずは読んでみてくれ、きっと記憶を失っている今の砂名さんも気に入ってくれるはずだから」

「うむ、わかったよ」

 

 砂名は士道が持ち込んだかごの中の『SILVER BULLET』1巻を手に取り、ぺらぺらと中身を読み始める。士道は砂名の様子を見つつ、士道もまた別の漫画を読むべく、かごから漫画を取り出そうとして、そこで気づいた。砂名の漫画を読むペースが凄まじく速いことに。

 

 

「え、そのペースで読めてるのか?」

「ちゃんと読めてるよ。私、速読マスターしてるからね」

「速読ってこんなに早く読めるのか……」

 

 士道が志穂の過去を介して観測した砂名がついぞ披露していなかった意外な技能に驚いているのをよそに、砂名は非常に真剣な眼差しで『SILVER BULLET』を読み進める。砂名は3分そこらで1巻を読み終えて、即座に2巻を手に取って読み始めてと、そのような行為を合計20回繰り返した。尋常じゃないスピードで漫画を読み進める砂名の姿はとても異様で、士道はつい、己の読みたかった漫画を読むことよりも、速読で漫画を次々読破する砂名の様子を凝視してしまっていた。それくらい砂名の速読技術は卓越していたのだ。

 

 

「士道くん。21巻は?」

「へ?」

「次は、『SILVER BULLET』の21巻はどこ……? もったいぶらずに早く持ってきてほしいな、ほらほら」

 

 砂名は士道に『SILVER BULLET』の21巻を求めてくる。砂名の声色から察するに、生前の砂名と同様に、今の記憶を失った砂名もまた、『SILVER BULLET』に心底ハマったのだろう。そのことがわかったために、士道は虚空を遠い目で見つめる。なぜなら士道はこれから、砂名に残酷な現実を突きつけないといけなかったからだ。

 

 

「悪い。21巻は、ないんだ」

「うん? いやいや、そんなわけないよね、嘘は良くないよ士道くん。20巻の初版発行日は何年も前だよ? 21巻がないなんてありえない」

「『SILVER BULLET』作者の本条蒼二先生は休載中だ。もう、かれこれ5年くらいになるかな」

「え……?」

 

 士道が『SILVER BULLET』が20巻の刊行を最後に連載を休載している事実を伝えると、砂名の爛々とした眼差しから、文字通り光が消える。砂名が今まさに、5年前の士道が味わったのと同様の絶望を味わっているだろうことが容易に想像できた。

 

 

「そんな……こんなに素晴らしい神作品が休載だなんて。くそぅ、終わりだ……こんな世界は終わりだぁ……」

「砂名さん。まだ希望はなくなったわけじゃない。連載が打ち切られたわけじゃなくて、あくまで休載ってだけだ。いつか本条先生は連載を再開してくれるさ」

「いつかって、いつ?」

「それは……わからない」

「うぐぐぐぐ、そんなの待てないよ! うぅぅ、私のこのほとばしる衝動は一体どこにぶつければ――そうだ、この手に限る! 仕事だ、〈夢追咎人(レミエル)〉!」

「ちょっ、待て! 〈夢追咎人(レミエル)〉で何をするつもりだ!?」

「決まってる。まずは本条先生を特定する。それから私が信者のみんなにやったように、本条先生に私の霊力を与えて無理やり新人類として覚醒させる。そうすれば、本条先生は24時間365日漫画を描き続けられる機械にすることができ――」

「それはやめてあげてくれ! 本条先生がかわいそうだ!」

「かわいそう? 本当にそうかな? 『SILVER BULLET』を読破したからわかる。これは名作だ。当然、相応の印税を稼げていることだろう。きっと本条先生は一生遊んで暮らせるだけの印税を得たから満足して連載をやめてしまったんだ。そうに違いない。だけどそんな横暴、私は許さない。〈夢追咎人(レミエル)〉を使って何が何でも続きを書かせてやる! 絶対にシルバレのみんなのハッピーエンドを生み出させてや――」

「――そうだ、砂名さん! 他にも砂名さんが大好きだった作品があるんだ。次はそっちを見よう! うん、それがいい!」

 

 このまま放置してしまえば砂名が本条先生に〈夢追咎人(レミエル)〉を行使し、本条先生が不幸になってしまう未来が容易に想定できた。それゆえ士道は砂名の気を逸らすために、急いでファミリールームを飛び出し、すぐさま砂名に読ませたい次なる漫画を持ち込む。

 

 

「これ! 次は砂名さんにこれを読んでほしいんだ!」

「ええと、これは――時空綺譚(クロノクル)?」

「あぁ、アニメ化もした名作だ。ぜひ読んでくれ」

「ふむり――」

 

 士道は時空綺譚(クロノクル)の漫画を突きつけられた砂名は、〈夢追咎人(レミエル)〉の行使をやめて、時空綺譚(クロノクル)を読み始める。砂名は『SILVER BULLET』と同様のハイペースにして尋常じゃないペースで漫画を読み進めていく。本条先生を守るべく、士道が次は何を砂名に読ませるべきかと考えている中、士道は目撃した。砂名が、泣いていたのだ。砂名は漫画に涙が零れ落ちないように気をつけながら、ボロボロと涙を零していたのだ。

 

 

「砂名さん? どうしたんだ?」

「先輩……」

「へ?」

朱鷺夜(ときや)先輩、素敵……。孤高だった朱鷺夜(ときや)先輩が、龍吾先輩や虎鉄先輩と出会って、一緒に戦う内に友情を知っていって、ますますカッコ良くなっていく。はぁぁ、朱鷺夜先輩……ん、朱鷺夜先輩? どうして私は先輩って言ったんだろう?」

 

 どうやら砂名は時空綺譚(クロノクル)の物語に感動して涙を流していたようだ。砂名は漫画を一旦床に置き、胸元に寄せた両手をキュッと握り、朱鷺夜への想いを語る。が、そこで砂名は己の発言の不自然な箇所に気づき、首を傾げた。

 

 

「砂名さんは、心から尊敬できる人のことを『先輩』って呼んでいたんだ。例え年下相手でも、物語の登場人物相手でもな。試しにもう一度、呼んでみないか?」

「りょーかい、やってみるね。ときや、先輩。朱鷺夜先輩、朱鷺夜先輩、朱鷺夜先輩。ホントだ。……うん、すごくしっくりくる。そっか、私はそういう類いの性格だったんだ」

 

 士道から促された砂名は、気に入った登場人物の名を『先輩』付きで何度も呟く。最初こそ物語の登場人物を先輩と呼ぶことに違和感を抱いていたようだったが、当の違和感はすぐさま解消されたようだった。

 

 

「……士道くん。あなたは本当によく私のことを知っているね。なんて優秀なストーカーだったんだろう。時代が時代なら、後世に語り継がれる凄腕の忍者になっていたに違いない。本来なら君のような卓越した実力持ちのストーカーが私を標的に定めていたという事実に改めて怖気に身を震わせないといけないところなのだろうけど、記憶喪失中の今の私は、士道くんのことがとても頼もしく見えるよ」

「それは何よりだ」

「ねぇ、もっと教えてよ。私は他にどんな作品を愛していたんだい?」

「そうだな、次は――」

 

 砂名からきらきらとした眼差しとともに次なる作品を要求された士道は、かつて砂名が志穂と一緒に楽しんでいた漫画を取りにファミリールームから本棚へと向かう。かくして、砂名が生前の自分が愛した漫画を次々と読み込み、士道が砂名のリアクションを楽しむといったデートがつつがなく進行するのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。かつて時崎狂三の十の弾(ユッド)を用いて志穂の記憶を観測していたがゆえに、砂名の趣味嗜好を把握していた士道は、上手いことインターネットカフェでのデートで砂名の好感度を稼ぐことに成功したようだ。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。インターネットカフェで色々と漫画を読んでいた時の砂名は、記憶を消して名作を再度初見で楽しんでいた状態だったので、そりゃもう充実した時間を満喫できていた模様。

次回「揺れ動く心」
 


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10話 揺れ動く心

 

 インターネットカフェでのデートは士道の想定よりもはるかに盛り上がり、結果として3時間以上滞在することとなった。それから士道は再び目的地を秘匿した状態で、砂名を伴って電車に乗っていた。目的地は、霜月家のお墓だ。当初士道が目論んだ通り、砂名を、毎日17時に墓参りをしている夢唯に会わせるために、今こうして士道は砂名を伴い電車に乗っている。

 

 

「さてさて、次はどこかなぁ?」

 

 砂名は電車の車窓から夕暮れの街並みを眺めていて、陽気な鼻歌を奏でている。インターネットカフェでの時間は砂名にとって大満足だったようだ。

 

 

「ちなみに、どこだと思う?」

「えー、そうだなぁ。時間が時間だし、きっと夕日に彩られた絶景スポットの類いに連れてってくれるんじゃないかなって推理中だよ? どう? 当てちゃった? 私、名探偵ムーブしちゃった?」

「それは到着してのお楽しみだ」

「ふふ、焦らすねぇ」

 

 砂名は目を細めて穏やかな微笑みを浮かべる。車窓からの夕日も相まって、今の砂名の姿は絵画のごとき美貌を彷彿とさせた。

 

 士道は、砂名とデートを続ける内に、砂名の雰囲気が大きく変わっていると感じていた。残虐で、どこか幼稚だった印象から。理性的で、大人びていて、しかし時折年相応な印象に。一言で表すのなら、砂名から毒が抜けて、性格が丸くなっているように思えた。

 

 もしかしたら、今回の記憶復活デートを通して、砂名は元の性格を取り戻しつつあるのかもしれない。失われてしまった本来の砂名の感性を、取り戻しつつあるのかもしれない。

 

 

「あぁ、楽しいなぁ。すごく楽しい。……記憶を失ってから、楽しいことなんて何もなかったんだけど、そっか、記憶を失ったからこそ得られる楽しみがこんなに身近にあったんだね。気づかなかったよ、灯台下暗しとはよく言ったものだね」

 

 砂名はスッと目をつぶり、今日の士道とのデートを思い返しながら、正直な感想を零す。そのような砂名の姿をしかと見つめて――士道の中で改めて疑問が生まれた。

 

 

「砂名さん。1つ、聞いてもいいか?」

「なーに?」

「どうして世界征服をしようとしたんだ?」

「ん? 私、もう話したよね? 世界に反逆するためだよ? 私という存在を世界から消されないために、世界に私を刻み込むためだよ」

「確かに聞いた。けどさ、いくら記憶を失ったからといって、性格ってそう簡単に変わるものか? 記憶として脳が思い出せなくても、心に染みついた行動原理は、そう極端に変わらないんじゃないか? ……俺は、砂名さんのことをよく知っている。砂名さんは今日みたいに好きな漫画を読んで一喜一憂して、そうした身近な幸せを大切にして人生を楽しむタイプの人だ。そんな人が、いくら記憶をなくしたからって、世界から消されたくないからって、それでも世界征服という突拍子もない手段には走らないんじゃないかって思うんだ」

 

 士道は己の中で浮かび上がった疑問を素直に砂名にぶつけていく。士道が初めて識別名:不死者(イモータル)こと霜月志穂という精霊と出会った時、志穂は3年前から先の記憶をすべて失っていた。しかし志穂は、明るく朗らかな少女のままだった。志穂が明るい性格になったのは、砂名と日々を過ごし、砂名から多大な影響を受けたからだ。その記憶を失ってなお、志穂はどこまでも元気な女の子だった。だからこそ、志穂の前例があるからこそ、砂名が世界征服を始めたことには、何かまだ隠された理由があるのではないかと士道は思い至ったのだ。

 

 

「……それが、士道くんの持論ってこと?」

「あぁ、そうだ」

「いや、凄いね。そこまでわかっちゃうものなんだ。……仕方ない、士道くんの洞察力に敬意を表して、白状するよ」

 

 人気がほとんどなく、ガタンゴトンと断続的に車内が揺れる音が響く中。砂名は車窓から景色を眺めていた体勢から士道へとしっかり向き直り、一拍の逡巡の後、口を開いた。

 

 

「どうやら私は二重人格らしい」

「え?」

 

 砂名の世界征服に隠された理由があると想定していた士道だったが、まさか二重人格という変化球の答えが返ってくるとは思わず、つい目を丸くする。砂名は驚く士道をそのままに、今まで秘匿していた事情を告白し始める。

 

 

「生前の私がどうだったかは知らないけれど、生き返った私の中にはどうやらもう1人の厨二病にして指示厨な私がいるみたいで、その指示厨が頻繁に叫ぶんだ。【世界を許すな】【世界に復讐しろ】【世界を征服しろ】【砂名を殺した奴を血祭りにあげろ】【砂名から記憶を奪った奴を八つ裂きにしろ】【砂名の存在を世界に刻み込め】【世界から消されない存在になれ】って感じでね。頭の中にデスメタルバンドを飼ってるようなイメージだよ。で、私が指示厨の命令に逆らおうとすると、ますます声の激しさが増していく。一方、その声の言うとおりに動くと声の調子が落ち着きを取り戻す。どうにもわがままなんだよね、もう1人の私は」

「そのうるさい声を聞かなくてよくなるように、嫌々世界征服を始めたのか?」

「無理やりやらされたわけじゃないよ。私の存在を家族がもう必要としていないことを知って、ショックを受けて、そこでタイミング良く頭の中の指示厨の声が世界征服を唆してきたから始めた、というだけ。単なるきっかけに過ぎないよ。……私にも、ちゃんと世界征服への動機はある。嫌々世界征服をやってる程度のモチベーションで、ほんの2か月で新人類教団の信者を千人超も増やしたりなんてできないでしょ? 特定の人を痛めつけて信者を団結させる結束の儀だって、元は内なる私が強く望んだことだけど、その望みを叶えたのは他ならぬ私だしね」

「……」

「今まで、私は基本、内なる私の声に逆らわずに生きてきた。ほとんどすべての記憶を失った私にとって、もう1人の私の声は数少ない心の支えでもあったから。でも、私は今日、内なる声が放つ命令に、明確に逆らった。あのどうあがいても私に拷問される未来しか残されていない絶対的に絶望的な状況で、私への激重な愛を語った士道くんを世界征服に巻き込むのはアリかもしれない。そう考えて、私は内なる声に逆らった。声の方は【そいつを許すな】【復讐しろ】【殺してくれって懇願してきても拷問し続けろ】ってデスボイスで連呼しまくってたけどね」

「そう、だったのか……」

 

 砂名は多少なりとも心に住まうもう1人の自分からの影響を受けつつ活動していた。その事実を知った士道は、改めて己が綱渡りの末、ギリギリの所で砂名から殺される未来を回避していたと悟り、内心で冷や汗を流す。あの時、士道が脳内で三択選択肢を選んだ時、もしも③ではなく、①や②を選んでいたら、どうなっていたか。想像するだけで恐ろしい。

 

 

「けれど、声に逆らってみて正解だった。声に逆らったことで、今日を凄く楽しく過ごせている。楽しかったんだ、本当に。士道くんとデートしている間も色々と内なる声は叫んでいたけれど、なんでだろうね、不思議と全然気にならなかった。――ありがとう。それもこれも、ストーカーの士道くんに出会えたおかげだ」

「俺は砂名さんを殺したのに、それでも感謝してくれるのか?」

「普通の感性を持つ人なら、自分を殺した人に感謝するのはおかしいんだろうね。でも私は今、士道くんにありがとうって言いたかった。多分、士道くんのよく知る生前の私も、いつまでも終わったことを引きずらないタイプだったんじゃないかな?」

「砂名さん……」

「今までは、世界征服こそが私の心の支えだった。でも今日、記憶を失ったからこそできる楽しみ方が、生き方があるって士道くんが教えてくれた。きっと私にはこっちの方が性に合っている」

「もしかして、世界征服をやめるつもりなのか?」

「私個人としては、もうやめたくなっちゃったかな。まだ半日しかデートしてないけど、何か心が満たされちゃってさ。だんだん、世界征服することがバカらしく思えちゃったんだ。……でも、私はこれまで世界征服のために多くの人を巻き込んできた。多くの人を私の信者に引き込んでおいて、いきなり『世界征服おーわり!』って宣言しちゃうのは、みんなを裏切ることになるから、申し訳なくて。だから、これから私がどうするかは、保留とするよ。ま、規模拡大を目指さずほそぼそと教団の活動を続ける辺りが落とし所になるんじゃないかなって想定しているよ」

 

 砂名は士道に真正面から感謝の意を伝えて、それから今後の己の大まかな方針を士道に告げる。士道は砂名の心変わりを心底嬉しく感じると同時に、少しだけ、ほんの少しだけ拍子抜けしていた。確かに士道は砂名の世界征服への意欲を削ぐために、砂名の記憶復活デートを持ちかけた。けれど、砂名がたった半日にも満たないデートで、しかも砂名を夢唯と出会わせるよりも前に、あっさり方針転換してくるだなんて欠片も想定していなかったからだ。

 

 

「士道くんを世界征服に誘っておいて、手のひら返ししちゃってごめんね?」

「いや。俺はあくまで砂名さんの力になりたいだけで、世界征服を手伝いたいわけじゃないからな。砂名さんが世界征服よりもやりたいことを見つけたっていうのなら、俺は砂名さんの新たな生き方をサポートするまでさ」

「……士道くんってホントにストーカー? 人間できすぎてません?」

 

 砂名から謝られた士道が改めて己の真意を砂名に伝えると、砂名はおどけたような笑みを浮かべる。が、刹那。砂名が突如顔をしかめたかと思うと、「ぐッ!?」とくぐもったうめき声を上げて、電車の床に倒れ込んだ。

 

 

「砂名さん!?」

「ごめん、驚かせちゃったね。いきなり内なる声が【――ふざけるなッ!!!】って激昂してきてさ。あまりの不意打ちの絶叫につい脳みそを揺さぶられちゃったよ」

「……それって大丈夫なのか、砂名さん? あまりにも声が酷いようなら今日の記憶復活デートはここまでにするってのも――」

「――それはダメ。私は度を越えた焦らしプレイは嫌いなんだ。ここまで来たのにお預けだなんて、お断りだね。私は大丈夫だから、気にしないで」

 

 士道が慌てて砂名の体を起こして電車の席に座らせると、砂名は荒い呼吸を繰り返しながら、砂名に発生した変調の原因を明らかにする。砂名の体調が明らかに悪化していることを受けて、士道がおずおずとデートの中断を提案するも、砂名は食い気味に士道の提案を却下した。砂名は、ダラダラと汗を流しながらも、士道を安心させるべく笑いかけ、デートの続行を強く望む。

 

 

「それより、目的地まであとどれくらいで着くの?」

「そ、そうだな。あと10分くらいだ」

「そっか。……楽しみだなぁ。次はどんな私が見つかるんだろう?」

 

 このままデートを続行するべきか。今の明らかに体調が悪化している砂名を、妹の夢唯と会わせるべきなのか。士道が思い悩む中、砂名はにこやかに笑みを浮かべて、軽く息を吐くのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「おー、これはちょいと意外かも。ここが目的地?」

「あぁ」

 

 電車を降りた後、千葉の田舎町をしばし歩き、士道は砂名を目的地たる墓地へと連れていくことができた。己の想定が外れた砂名はデートスポットしては明らかにふさわしくない墓地をきょろきょろと見渡し、その後士道の意図をうかがうように視線を向けてくる。

 

 

「もしかして今から有名な心霊スポットで肝試しをするとか、そーゆーノリだったり?」

「はは、さすがに困惑するよな。けど、もう少しだけ俺を信じてついてきてくれ」

「今さら士道くんを疑ったりしないって。りょーかい」

 

 士道と砂名は階段を数段上がり、墓地の中を歩み続ける。幾多もの墓が立ち並ぶ中、士道は霜月家の墓へと砂名を導いていく。士道はさりげなくスマホを見る。時刻は17時03分。夢唯がちょうど墓参りをしている時間だ。これならば士道が狙ったとおり、砂名と夢唯をエンカウントさせることができるだろう。砂名と夢唯を水入らずで会話させる機会を用意できるだろう。

 

 

 ――そんな、士道のもくろみは。

 

 

「あ、あなたたちは誰なのです! やめて、離してください!」

「このガキ! 抵抗すんじゃねぇ!」

「おい、早く手錠使え!」

 

 霜月家の墓の前で。霜月夢唯が複数の男性に押さえつけられ、無理やり後ろ手に手錠をかけられている光景を目撃したことで、士道のもくろみは完全に瓦解した。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。此度、砂名と一緒にデートするうちに砂名の違和感に気づき、砂名の二重人格の話を引き出すことに成功した。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。砂名の言う『内なる声』から過干渉を受けたせいで今は体調があまりよろしくないようだ。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。砂名の死後、毎日お墓参りしている。今日も日課の墓参りをしていたところ、なぜか複数の男性に襲われた。

次回「望みの代償」
 


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11話 望みの代償


 どうも、ふぁもにかです。この11話は、本作『霜月コンクエスト』における特にヤバいシーンの2つ目となります。何なら、今回が本作でトップクラスに残酷な展開の可能性すらあるので、閲覧注意でよろしくお願いします。



 

「あ、あなたたちは誰なのです! やめて、離してください!」

「このガキ! 抵抗すんじゃねぇ!」

「おい、早く手錠使え!」

 

 千葉県某所にある墓地。その一角の霜月家の墓の近辺にて。士道と砂名を待ち受けていたものは、砂名の妹の夢唯が3人の成人男性に拘束され、後ろ手に手錠をかけられる光景だった。

 

 

「――お前ら、何やってんだ!」

「はぁ? なんで人が来てんだよ。見張りは何やってやがった?」

「いや待て、メッセージ来てたわ。なるほど……?」

 

 わけもわからず、さりとて眼前の光景を無視なんて到底できず。士道は声を荒らげる。士道の怒声により墓場に士道と砂名が現れたことを認識した男性3人組は、今まさに夢唯に危害を加えている真っ最中で人に見られたというのに、マスクやサングラスなどで顔を隠していないにもかかわらず、欠片も焦ることなく士道たちを睨んだり、スマホを取り出して見張り役の仲間からのメッセージを確認したりと、自分たちのペースに則った挙動を継続するのみだ。まるで、士道と砂名に犯行現場を目撃されてもまるで問題ないと言わんばかりの態度だ。

 

 

「ほー、そういうことか。こりゃご都合展開の極みだな」

「で、見張りはなんつってた?」

「獲物がのこのこやってきてくれたから通したってさ」

「あぁはいはい、てことはその女が霜月砂名か」

「「ッ!?」」

 

 士道が望んだ、砂名と夢唯の再会。その現場における完全な異物である男性たちは、見張り役の仲間からのメッセージをスマホで確認した後、砂名を指差す。その男の発言に、士道と砂名は内心で驚愕していた。今の士道と砂名は、砂名の天使〈夢追咎人(レミエル)〉の【迷晰夢(ミスディレクション)】による幻覚で、全く別の姿をした男女だと認識されているはずなのに、眼前の男性がさも当然のように幻覚を看破してきたからだ。

 

 

「は? 何のこと? 霜月砂名? 誰それ? それよりその子を放しなよ? 今、君たちは自分が何をやっているのかわかっているの? 犯罪だよ?」

「ごまかしたって無駄だ、テメェの服に発信器をつけている。ずいぶんと変装が上手いじゃないか、教祖様?」

「……あぁ、その顔。思い出した。今日の集会で、生誕の儀で、親友を再起不能にしたくせに警察に捕まらない害悪犯罪者を殺す力を欲していた、君か。なるほど、その時に発信器を私の服に忍ばせたんだね。あの場の誰にも悟られずにやってのけるなんて、大した技術だよ」

 

 男たちからいきなり名指しされた砂名は一度はすっとぼけようとするも、男たちが砂名の正体を確信している根拠を知ると、もはや幻覚を維持しても意味がないと判断し、【迷晰夢(ミスディレクション)】による幻覚を解除した。

 

 

「ッ! 士道さん!? それに……お姉、ちゃん? え、え? なに、どうして……?」

 

 すると。特に特徴のない容姿をしたカップルの姿が士道と砂名の姿に切り替わったことで、夢唯は驚愕に目を見開く。士道の隣にいる、3年前と何ら変わらない砂名の姿を凝視しながら、夢唯は呆然と困惑と疑問の声を漏らす。

 

 

「もう状況はわかったよな、教祖様? 俺たちの親友は2週間前、結束の儀の犠牲になった。あいつは優秀なジャーナリストで、新人類教団の脅威にいち早く気づいていた。奴は集会に潜入して、そこでテメェに捕まった。で、テメェに身体中の骨を折られて、その様を大勢に見られて、嗤われて……今やすっかり心が壊れて、社会復帰も絶望的だ」

「だから復讐する、ね。でも君を新人類に至らしめたのは、私の精霊の力だよ? 私から与えられた力で、私に復讐できると思ってるの?」

「誰がテメェの力なんか使うか。俺が生誕の儀に参加したのはテメェに発信器をつけるためだ。それでテメェの住所を割り出して、復讐に利用するつもりでいたが、まさかテメェの変装を見破るために使えるとはな。ハハッ、ついてるぜ。きっと運命も、俺たちの復讐が成就することを望んでるってことだよなぁ?」

「……それで、私に復讐するために、今まさにムイムイを拐おうとしていたってこと?」

「ムイムイ? あぁ、テメェの妹のことか? 中々珍妙なあだ名つけてんだな? ペット気分か? かわいそうに」

「いいから答えなよ? 私に復讐したいのにどうしてムイムイを狙っているの? ムイムイは関係ないでしょ?」

「いーや、関係大アリだね。言っただろ、俺たちの親友はテメェがやった結束の儀のせいで再起不能になったって。それで復讐するんだ、その内容は、俺たちの絆を深めるために、テメェの妹を使って結束の儀をすることに決まってるだろ? テメェの目の前で妹をぶっ壊したら、テメェはどんな顔するんだろうなぁぁ? 教えてくれるよな、新人類にお優しい教祖様ならさ」

「ッ!!」

 

 夢唯の身柄を拘束している男は、憎悪に満ち満ちた瞳で砂名を睥睨しつつ、己がどのような方法で砂名に復讐するつもりなのかを明らかにする。刹那、砂名は天使の力を行使して夢唯を男たちの手から救おうとするが、その動きを男はすかさず「動くなッ!」と大声で静止した。

 

 

「俺の指示していない動きを少しでもしてみろ。その瞬間、テメェの妹を殺す」

「ずいぶんと威勢がいいけれど、私が妨害する前にムイムイを殺せると思ってるの? 君が今日の集会に参加したなら知ってるでしょ? 私が瞬間移動できるって」

「あぁ。精霊とやらの力がいかにぶっ飛んでるか思い知ったよ。だから当然、対策済みだ」

 

 砂名は先ほどから様々な方向で己の脅威を示し、男たちの復讐を諦めさせようと画策しているが、男たちの復讐への気勢はまるで削がれない。砂名が瞬間移動能力を提示することで夢唯を人質にする無意味さを主張すると、男の1人がおもむろにジャケットを脱いだ。男の体には、黒くて細長いいくつもの爆弾が巻き付けられていた。

 

 

「ひッ」

「この爆弾の起爆装置は仲間に渡してある。俺たちの復讐が失敗しそうになった時に爆発させる手筈だ。わかったか? テメェが強硬手段に出た瞬間、俺たちもろとも、テメェの妹は死ぬんだよ」

「……君たち、自分の命が惜しくないのかい?」

「同じ人間相手に復讐するならここまでやらないな。けど、テメェの力は強大だ。そんなテメェに格下の人間風情が復讐を成功させるには、自分の命くらいは賭けないとなぁ?」

「……」

「ちょいと話すぎたな。さぁーて、結束の儀の時間だ!」

 

 自身を拘束する男が装備する大量の爆弾に夢唯が小さく悲鳴を漏らす中。砂名の反応から彼女が復讐を邪魔する手段を持たないことを確信した男たちはニィィと凶悪な笑みを深めて、夢唯を使った結束の儀の開始を大々的に宣言する。

 

 

(どうする、どうすればいい……!)

 

 この緊迫した場において、男たちの復讐に何ら関係しないがために、すっかり蚊帳の外へと追いやられていた士道は、必死に策を巡らせていた。このまま静観していれば夢唯が男たちによって徹底的に痛めつけられてしまう。だけど、夢唯を救おうにも、下手に動こうものなら夢唯が殺されてしまう。どうすれば、一体どうすれば。士道は一心不乱に起死回生の一手を求めるも、しかしこの凄まじく用意周到な男たちを出し抜ける方法を思いつくことができなかった。

 

 

「まずは爪剥ぎショーだ。前座にちょうどいいだろ」

「や、いや、助け……」

 

 男の1人がポケットからペンチを取り出し、これ見よがしに夢唯に見せつけてから、後ろ手に拘束した夢唯の両手へとペンチを近づけていく。夢唯が青ざめた表情で身をよじってペンチから手を遠ざけようとするも、男たちの拘束から逃れることができない。

 

 

「やめてッ! ムイムイに手を出さないで!」

 

 その時、砂名が悲鳴じみた声で叫んだ。士道も、当の叫んだ張本人も、男たちが砂名の制止の言葉1つで男たちが止まることはないだろうとの一種の諦めが頭の片隅に存在していた。しかし、砂名の制止の声が墓地に響き渡った時、男たちの動きがピタリと止まる。結束の儀を一時中断した男たちは、砂名を改めて睨みつけてくる。

 

 

「やめてほしいか?」

「やめて、くれるの?」

「俺たちの言うことを何でも聞くならな」

「何でも聞く。聞くから、さっさと言いなよ」

「ククッ、言ったな?」

 

 男の1人が砂名から言質を取ると、付近に置いていたスーツケースから小さなバッグを取り出し、砂名へと投げる。砂名がバッグを受け取り、男から視線で促されるがままにバッグを開くと、そこには100ml程度の液体が入りそうなサイズの遮光ガラス瓶がぎっしり収められていた。

 

 

「それを飲め」

「何これ?」

「毒薬だよ。一滴残らず飲め」

「わかった」

「砂名さん!?」

「お姉ちゃん!?」

 

 ガラス瓶の中身を男に確認した砂名は、士道と夢唯が制止するよりも早く、瓶のふたを開けて中身の液体を一息に飲み干した。そして、砂名は空になったガラス瓶を男へと投げる。砂名の顔色こそ変わっていないものの、鼻から時折粘性のある血がポタリ、ポタリと地に落ちており、砂名の瞳も充血していることから、毒が砂名の体を蝕んでいることは明らかだった。

 

 

「やっぱ精霊って奴はとんでもないな。今ので普通の人間なら生と死の狭間まで追い込まれるってのによ」

「これで、満足?」

「なわけないだろ。バッグの中にある奴、全部飲め」

 

 男が砂名から投げ渡されたガラス瓶を感心したかのように見つめる中、砂名がさも平気そうに問いかけるも、男は無慈悲な要求を砂名に命じた。砂名が男たちに従わなければ、夢唯が結束の儀という名の拷問を受けてしまう。ゆえに砂名は、ほんの一瞬だけ躊躇したものの、意を決してバッグの中の2本目のガラス瓶を取り出す。

 

 

「砂名さん、これ以上はダメだ! お前ら、いい加減に――むぐッ!」

「士道くん、お願いだから喋らないで。下手に相手を刺激すると、士道くんまで服毒を強要されるかもしれない。……これは、私が背負わないといけない業なんだ。人間の法から外れて、好き勝手に世界征服を進めて、色んな人を傷つけた私が、裁かれる時が来ただけなんだ。だから、士道くんは何もしないで」

「……ッ」

 

 砂名に毒を飲ませるわけにはいかない。士道が砂名の服毒を遮り、男たちに激怒の言葉を放とうとするも、他ならぬ砂名の手で口を塞がれて、この状況に干渉しないことを要請してくる。毒を喰らって、明らかに体に異常をきたしているはずの状況で、砂名の眼差しからは、士道までもが巻き込まれないことをどこまでも心配していて。士道は何も言えなくなってしまう。

 

 

「ありがとう、士道くん」

 

 砂名は士道が己の頼みを聞いてくれたことに感謝して、次々とガラス瓶の液体を飲み干す。飲み干すたびにちゃんと飲みきったことを証明するために男に空のガラス瓶を投げ渡し、次のガラス瓶に手を出し、ためらいなく液体を飲んでいく。

 

 砂名がガラス瓶7本目の毒を飲み干した時。砂名にはもはや立つ力すら残っておらず、その場に座り込んでいた。顔色は蒼白に染まっており、過呼吸を繰り返し、目の焦点が定まらず、目から涙が、口からよだれが、鼻から鼻血がとめどなく流れ始めていた。加えて、身体中をこれでもかと駆け巡る、まるで全身の血管が浮き出て爆発して血が周囲に撒き散ってしまうのではないかと錯覚してしまうほどの激痛が砂名を襲い続けていた。

 

 

「は……毒は摂取すれば、するほど、耐性ができる。というのは、所詮、創作世界特有の、法則…だというのが、私の、持論の1つでね…。だって現実じゃ、毒は、摂取すれば…するほど蓄積して、刃を剥くもの…だからね。水銀なんか、まさに典型例、だ。……でも、私は精霊、だ。創作世界側の、存在とも、言える。私は、毒を飲むと、耐性が…できる、体質なのか。それとも、毒の過剰摂取で…死に至る、体質なのか。どっちかな? 興味が、尽きないな……」

 

 しかし砂名の心が折れる様子はなかった。砂名はあくまでも己の体に毒が通じていないかのような拙い演技のために、途切れ途切れの言葉を紡ぐことを決してやめなかった。

 

 

「なに時間稼ぎしてんだよ。さっさと次を飲め」

「やれやれ、せっかち…だなぁ。もっと、余裕を持ちなよ」

 

 砂名は毒の過剰摂取で尋常でなく苦しんでいる。しかし男たちの復讐心は未だ満たされていないようで、男たちは苛立ちを隠さず砂名を急かす。砂名は震える手つきでバッグの中から8本目のガラス瓶を手に取り、手こずりながらも瓶のふたを開けようとして。

 

 

「もうやめて、お姉ちゃん!!」

 

 これまで毒を飲み続ける姉の姿をただ震えて見ていることしかできなかった夢唯が叫んだ。

 

 

「ムイ…ムイ?」

「……もう、やめてよ。こんな奴らの言うこと、聞かないで」

「ダメだよ。そしたら、ムイムイが――」

「――いいです! 爪を剥がされたっていいです! 何をされたっていいです! ……ボクは、ボクは、お姉ちゃんの足手まといになりたくないのです。せっかくお姉ちゃんが生きていてくれたのに、ボクのせいでまた死んじゃうなんて、そんなの耐えられないです。お姉ちゃんさえ生きていてくれるならこんな命、惜しくはない……お願いです、ボクを諦めてください。お姉ちゃん」

「ふふ。いくらかわいい…妹の、頼みでも、それは…聞けないなぁ」

「お姉ちゃんッ!」

「私さ、嬉しいんだ。家族からも…必要と、されなくなっちゃったって、忘れられちゃったって…思っていたから。でも、ムイムイが…私をこんなにも…想って、くれている。……こんな、姉想いのよくできた妹を…捨てるなんて、そんなこと…できないよ。大丈夫。何本でも、何百本でも、何千本でも、飲んでやる。こいつらの…毒薬の在庫を、全部…飲み干してやる。もう少しの…辛抱だから、待っていて。ムイムイ」

 

 夢唯はどうにか砂名に毒を飲ませないよう説得を試みるも、砂名からは応じる気配が欠片も存在しなかった。砂名は痙攣している顔で笑みらしきものを作って夢唯に向けた後、8本目のガラス瓶のふたを開けて、口に――。

 

 

「ゔぁああああああ!!」

「うがッ!?」

 

 その時、夢唯が行動を起こした。自身を拘束する男の1人のあごに頭突きを放ったのだ。今まで全然抵抗してこなかった夢唯の突然の抵抗に男の1人がたたらを踏む。その隙に夢唯は男たちの間を縫って、士道と砂名とは逆方向に逃げ始める。

 

 

「この、待ちやがれ!」

「させるか!」

 

 喉から手が出るほどにずっと欲していた好機が訪れた瞬間、士道は天使〈颶風騎士(ラファエル)〉を行使し、夢唯の逃走を援助するべく、夢唯を再び捕まえようとする男たちを暴風で吹き飛ばした。いつ男の仲間が爆弾を起爆させるかわからないため、なるべく夢唯から遠ざけるように吹っ飛ばした士道だったが、爆弾がブラフだったのか他の要因があるのか、男たちが身につけている爆弾が起爆する様子はなかった。

 

 

「砂名さん!」

「あぇ?」

 

 続いて士道は、夢唯が人質状態から解放されたことに気づかず愚直に8本目の毒瓶を飲もうとしている砂名から毒瓶を奪い取って捨てると、砂名を抱きかかえて、夢唯の元へと追いつくべく、〈颶風騎士(ラファエル)〉の風をまとって跳躍する。半ば空を滑空する形で、逃げる夢唯に合流しようとする士道は、その時。目撃した。後ろ手に手錠で拘束されたままひたすら逃げようとする夢唯が墓地を離れて道路に飛び出た時――夢唯の目の前に大型バンが迫っている光景を。

 

 

「――え」

 

 士道が夢唯に迫る危機に気づいた時はすべてが遅きに失していた。

 ドチャッと粘性のある鈍い音が響く。夢唯の体が大型バンにぶつかって、衝撃で夢唯の体が塀まで飛ばされ、そのまま大型バンが夢唯ごと塀に衝突して、夢唯の体を潰した音だった。

 

 士道は自身の視界の中で発生した光景が信じられず、夢唯への合流をやめて、着地する。腕の中の砂名も、士道と同様の光景を目撃していたようで、目を極限にまで見開いている。

 

 大型バンと塀の間に挟まる形となった夢唯の体は、今は見えない。だけど、わずかに見える腕と、おびただしく飛び散った鮮烈な血が。夢唯の死をこれでもかと如実に主張していた。

 

 

「夢唯……?」

 

 夢唯が死んだ? 死んでしまった?

 士道が変わり果てた夢唯の姿から目を離せずにいると。唐突に士道の真下からまばゆい光が放たれる。見れば、砂名の体が光に包まれていた。その光は段々と収束し、そこには霜月砂名はいなかった。

 

 士道の腕に抱かれていたのは、1人の少女だった。

 艶のある黒髪を腰まで伸ばし、砂名よりはるかに小柄な体躯をした。

 

 

 ついさっき士道の視界の先で大型バンに衝突して。

 死んでしまったはずの霜月夢唯その人だった。

 

 




 というわけで、これにて本作『霜月コンクエスト』の前編『砂名コンクエスト』は終了となり。次回からは後編『夢唯コンクエスト』が始まります。精霊:扇動者(アジテーター)を巡る物語の行く末やいかに。なお、今回は諸事情により登場人物紹介は省略します。

次回「夢唯コンクエスト」
 


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12話 夢唯コンクエスト


 どうも、ふぁもにかです。正直、この辺の展開を書きたくて本作を始めたまでありますので、気合入れて描写しますね。



 霜月家の墓を含めて、様々な家の墓が立ち並ぶ墓地にて。

 士道と砂名の視界の先で、砂名の妹:夢唯が大型バンと衝突して塀にぶつかり、大型バンがそのまま夢唯に追突したため、夢唯が為すすべもなく無残な残骸と成り果ててしまった中。

 

 

「おいテメェ、なにこいつを殺してんだよ!」

「なにって、逃すわけにはいかなかっただろうが! 霜月砂名は化け物だ! 人質に逃げおおせられたらその時点で俺たち全員速攻で全滅だろ! だったらここで殺してあいつにメンタルダメージ負わせてから、俺たちの手で殺すのが最適だ! 違うか!?」

「違うだろ! 奴を毒で極限まで弱らせてから、妹を殺して、奴が絶望しきったところで殺す。それが一番奴を確実に殺せる唯一無二の方法だろうが! メンタルにいくらダメージを受けようが、化け物に本気出されちゃ俺たちは死ぬしかねぇだろうが! どうしてくれんだよッ!!」

 

 砂名への復讐を誓う1人の男が大型バンの運転手を座席から引っ張り出し、互いに相手の責を怒号を引き連れて攻め合い始める。どうやら男たちは、砂名に復讐するという動機こそ一緒だったが、復讐完遂に至る経緯について綿密にすり合わせができていなかったようだ。

 

 しかし、今の士道は砂名への復讐を目的とする男たちのことなど、まるで意識できていなかった。理由は簡単だ。士道の視界の先で夢唯が大型バンと衝突して、夢唯が死んでしまったと士道が認識したと同時に、士道が腕に抱いていた砂名の姿が光に包まれ、死んだはずの夢唯の姿に変貌したのだから。

 

 

「夢唯、なのか?」

「ッ!」

 

 わけもわからず士道はお姫様抱っこしている夢唯の名を問う。すると夢唯は士道の腕の中でひときわもがき始め、士道の腕から脱出する。士道の手から離れた夢唯はほんの数秒宙を舞った後、体をひねって足から床に着地する。

 

 

「夢唯? 何を言っているのかな、私は霜月砂名……」

 

 夢唯は士道の問いかけを不可解に感じ、〈夢追咎人(レミエル)〉の【迷晰夢(ミスディレクション)】で手鏡を召喚し、己の顔を確認して、信じられないものを見たかのように、驚愕に目を見開いた。夢唯は固まったまま、手鏡に映る自分の姿を見続ける。

 

 

「……夢唯?」

「違う」

「え?」

「違う。ボクは、夢唯なんかじゃ、ないのです。ボク、わわた、私私私私私私私私私私は、名前『霜月砂名』年齢『18歳』身長『165センチ』体重『48キロ』血液型『AB型』誕生日『12月20日』好きな物『アニメ漫画小説おいしい料理スポーツ観戦可愛い子かっこいい人面白い展開』嫌いな物『じめじめとした天気』好きな漫画『SILVER BULLET』好きなアニメ『時空綺譚(クロノクル)』好きな音楽『トランスミュージック全般』好きなスポーツ『テニスバレー水泳フットサル』専攻『経済学』座右の銘『楽しんでこそ人生』。そうそうだそうです私は霜月砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名砂名」

 

 夢唯は士道の呼びかけを首をブンブンと左右に力強く振って否定すると、〈夢追咎人(レミエル)〉の【願亡夢(デザイア)】で、己を望み通りの姿に、霜月砂名の姿に変貌させながら、呼吸一つせずにひたすら砂名のプロフィールを呪文のように詠唱していく。しかし、しばしの時間が経過した後、何を思ったのか、夢唯は呪文詠唱を中断し、【願亡夢(デザイア)】を解除し、己の外見を砂名から夢唯へと戻す。

 

 

「違う。そうじゃないです。ボクがまずやるべきはこっちじゃないのです。……ボクは、失敗したです。大失敗なのです。最悪の気分です。こんな、ロクに世界征服できていない序盤で正体がバレてしまうなんて。このままじゃあ、ダメです。やり直さないと。全部リセットして、お姉ちゃんをやり直さないと。テイク2を始めないと。失敗を取り消さないと」

「夢唯、一体何を――」

「〈夢追咎人(レミエル)〉――【剥誅夢(アムニージャ)】」

 

 夢唯は震えを含んだ声色で早口に言葉を紡いで己の方針を確定させると、士道が口を挟むよりも早く、スッとたおやかな右手を士道へと差し出し、〈夢追咎人(レミエル)〉の能力行使を行う。どのような意図かはわからないが、明らかに士道を標的として天使を行使されたことに士道は思わず身構える。だが士道には何の変化も訪れなかった。

 

 夢唯が能力を行使した直後に効果が表れるものではないのだろうか。士道が疑問に感じていると、士道の周囲で異変が発生した。先ほどまで砂名への復讐を果たすためにまるで手段を選ばなかった男たちの挙動に変化が訪れたのだ。

 

 

「あれ、ここどこだ?」

「ん、と? マップ見たけど、千葉県? なんでこんなとこにいるんだ?」

「日本一周の旅とかやってたっけ。まぁいいや、帰ろうぜ」

 

 男たちは朦朧とした意識のまま、士道と夢唯の隣を素通りし、先ほど夢唯を轢き殺したはずの大型バンに何事もなかったかのように全員乗り込み、墓地を後にする。この時、大型バンのボンネットにも、夢唯を潰したはずの塀にも、夢唯の血や肉片は残っていなかった。その様子はまるで、世界に何度も殺されまくっていた頃の志穂が死んだ後のような、1人の人間が死んだ証拠が丸ごと消え去った光景だった。

 

 露骨に言動を切り替えてきた男たちの様子を士道が呆然と眺めていると、士道は付近から強烈な殺意を感じた。その方向へと振り向くと、夢唯が人を余裕で射殺せそうな視線で士道を睨みつけていた。

 

 

「は? なんでボクの〈夢追咎人(レミエル)〉が通じてないのです?」

「なんでって言われても……」

「【剥誅夢(アムニージャ)】! 【剥誅夢(アムニージャ)】!! 【剥誅夢(アムニージャ)】【剥誅夢(アムニージャ)】【剥誅夢(アムニージャ)】【剥誅夢(アムニージャ)】!!」

 

 夢唯は士道の回答など知ったことかと、士道を対象に〈夢追咎人(レミエル)〉を連続行使する。しかし相変わらず士道には何の変化も訪れない。明らかに夢唯の〈夢追咎人(レミエル)〉で何かをされているはずなのだが、士道の体には何の異変も発生しない。

 

 

「ボクの天使が通用しないって、マジなのです? あぁぁぁあああああああああもう! なんでこうもイレギュラーばっかり! どうせボクのことを無様な奴だってあざ笑ってんだろ、このクソ世界が! イライラするですよ!」

 

 夢唯は士道に【剥誅夢(アムニージャ)】が通じないと知るや否や、地団駄を踏み、髪をかきむしって苛立ちをあらわにする。そうしてひとしきり己の感情を爆発させた夢唯は、一度深呼吸を挟んでから、虚ろで据わった双眸で士道を見つめ直した。

 

 

「人の記憶を改竄できる【剥誅夢(アムニージャ)】が通じない人に会ったのは初めてですよ。士道さんがボクと似たような、科学の常識の埒外の力を使えるからでしょうか? 何にせよ、士道さん。あなたはとっても邪魔なのです。だから――」

 

 士道の目の前で、夢唯の姿が霧散する。その光景に士道は見覚えがあった。新人類教団の集会で砂名が志穂を襲おうとした時も、砂名は己の体を霧散させて、その後瞬間移動して志穂を殺しにかかったのだ。ゆえに。

 

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!」

 

 士道はとっさに十香の天使:〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を召喚する。金色に輝く一振りの巨大な剣を士道が握った時と、一瞬で士道との距離をゼロにした夢唯が【迷晰夢(ミスディレクション)】で構築した日本刀を手に、真正面から振り下ろした時は同時だった。士道は夢唯の日本刀を〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で受け止め、つば迫り合いの構図へと突入する。

 

 

「夢唯! どうして俺を殺そうとするんだ!?」

「決まっているのです。ボクの秘密を知る者がこの世に存在してはならないのですよ。【剥誅夢(アムニージャ)】で士道さんの記憶を改竄できない以上、殺すしかない。そうでしょう?」

 

 人間と精霊では、身体能力に雲泥の差が存在し、当然膂力でも精霊に叶わない以上、士道は徐々に夢唯に力負けしている状況を自覚しつつ、夢唯が士道を殺そうとする理由を問う。対する夢唯はどこまでも平坦な口調で、さもこの世の常識を語っているかのような声色で士道に回答する。状況を完全に把握できたわけではないが、どうやら夢唯が〈夢追咎人(レミエル)〉で砂名に変身していたという事実を知る者は、夢唯の標的となっているようだった。

 

 

「【亜苦夢(ヴィジョン)】」

「ッ!?」

 

 と、ここで。夢唯が〈夢追咎人(レミエル)〉の新たな技を士道に行使する。すると、士道は己の体を酷く揺さぶられる感覚に陥った。同時に、士道はとある光景を幻視した。

 

 そこでは強大で醜悪な見た目をした、万の瞳を持つ漆黒の化け物に向けて〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構える士道の姿があった。しかし〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の攻撃はまるで化け物に通用せず、士道は化け物が伸ばした手に捕まり、そのままりんごを潰すかのように、いともたやすく全身を握り潰される。腕が足が臓物が頭が目がバラバラにちぎれ飛んでいく。そんな、正視に耐えない光景だった。

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 刹那。士道の視界から化け物が消えて、墓地の光景へと戻る。今のはおそらく夢唯が士道に無理やり見せてきた悪夢なのだろう。所詮は、偽物の景色だ。しかし士道は己の体の震えを止めることができなかった。

 

 

「そこ!」

「ぐぅ!?」

「……ったく、士道さんの記憶の改竄はできないのに、ボクの妄想を士道さんの脳にぶち込むことはできるのですね。通じる技と通じない技の基準がよくわからないのです」

 

 そんな士道のがら空きな胴体に夢唯は蹴りを叩き込み、士道を吹っ飛ばす。士道が受け身を取れずに墓地を転がっていく一方、夢唯は深々とため息を吐いてから、士道の命を刈り取るべく一歩、一歩と士道へと近づいていく。士道は痛みを訴える体に鞭を打って体を起こし、夢唯を牽制するように〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構えなおす。

 

 どうする、どうすればこの窮地を切り抜けられる? さっき話した限りだと夢唯はどこまでも頑なで、夢唯の説得は難しい。だったら夢唯から逃げないといけない。だけど、どうやって? 夢唯は瞬間移動することができる。〈颶風騎士(ラファエル)〉で風をまとって逃げたところでまず追いつかれる。なら、〈贋造魔女(ハニエル)〉で別人に変身するのはどうだ? いや、これも厳しい。まず〈贋造魔女(ハニエル)〉で変身するだけの隙を作らないといけない。変身する瞬間を夢唯に見られてしまったら変身の意味がない。それなら、〈破軍歌姫(ガブリエル)〉なら――

 

 

「さようならです」

 

 死中に活を求めようとする士道に夢唯が切迫し、日本刀で一閃する。士道は夢唯の日本刀を〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で受け止めようとして。

 

 

「コフッ!?」

 

 刹那。夢唯が立ち止まり、激しい咳き込みとともに、膝をついた。思わず日本刀を手放し、地に血の塊を吐き出し、荒い呼吸を繰り返す。急に体調に不調をきたした夢唯を士道は困惑の眼差しで見下ろし、そこでふと思い至った。

 

 そうだ。さっきまでの砂名が、夢唯が〈夢追咎人(レミエル)〉で変身していた姿だからといって、変身が解除されたからといって、当時の砂名が大量の毒を摂取した事実は消えない。それはつまり、夢唯の体には今もなお、人間だったらとっくに死んでいるレベルの大量の毒が蓄積されており、体を酷く蝕まれているということだった。

 

 

「くそ。あの野郎ども、どこまでボクの邪魔をすれば気が済むですか……」

 

 何度か咳き込み血の塊を吐き出した夢唯は、悪態をつきながら、口元を拭いつつふらりと立ち上がる。それから夢唯は、士道の心配そうな顔を見て、一瞬驚いたかと思うとすぐさま不機嫌そうに眉を寄せる。

 

 

「……なんて顔をしているですか。ボクは士道さんの命を狙う敵なのですよ? 敵が勝手にくたばりかけてるんですから、もっと喜んだらどうなのです? 良い人ぶった建前ヅラしやがって、とことんムカつく人ですね、士道さん」

 

 夢唯は再び手元に【迷晰夢(ミスディレクション)】で日本刀を召喚し、確かな殺意の眼差しで士道を捉えながら、刀を構える。だが、今の士道には、夢唯から逃げる気は消え失せていた。

 

 

「俺は、夢唯のことを敵だと思ってない。さっきあれだけ無理やり毒を飲まされた夢唯のことを心配して何が悪いんだよ! ……なぁ夢唯。夢唯にとって俺が殺さないといけない敵だとして。絶対に今、殺さないとダメなのか? 夢唯の毒を治療してからじゃダメなのか? 俺は、お前を助けたい。毒を治療できそうな施設に心当たりがあるから、今すぐそこで毒を治療してもらいたい。それまでこの戦いは一時休戦、ってことじゃダメなのか?」

「……命乞いですか? それとも何かを狙って時間稼ぎでもしてるですか?」

「俺は夢唯に無茶をしてほしくないだけだ! 頼む、治療を受けてくれ!」

 

 士道は夢唯の身を案じて一時停戦&ラタトスク機関で毒の治療を受けることを提案する。夢唯が士道の提案の裏を探ろうとしたところで、士道は畳みかけるようにして『夢唯を救いたい』という己の正直な気持ちをこれでもかと詰め込んで説得の言葉を叫ぶ。

 

 

「……」

 

 すると、夢唯はしばしの熟考を挟んだ後、手に持つ日本刀を消滅させてトン、と軽く地を踏み、宙へとふわりと跳び上がった。

 

 

「夢唯! どこへ――」

「敵の施しなんてボクには不要です。ただ……気が変わりました。一時休戦の提案には乗ってやるです。次に会った時が士道さんの命日なのです。精々、遺書でも書いて、家族や友人に別れのあいさつを済ませておくことです。……遺された人が、過去に囚われずに済むように。無為な時間を過ごさずに済むように」

 

 夢唯は士道に一方的にメッセージを残すとその体を霧散させ、墓地から姿を消す。かくして。墓地での怒涛の展開の中、士道は窮地を切り抜け、ひとまず生存をつかみ取れたのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。今まで封印した精霊の天使の力を活用し、夢唯との強制戦闘をどうにか切り抜けることに成功した。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。砂名への変身は解除されたものの、砂名に変身していた頃の記憶は保持している。

霜月砂名@天国「わ、我が妹ムイムイが怒涛の勢いで私のプロフィールを暴露してりゅううううううう!? 何ということだ……! 助けて、個人情報保護法!」

次回「状況整理」
 


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13話 状況整理

 

 霜月家のお墓のある墓地での一連の出来事の後。士道は琴里に連絡して己の無事を伝えた上で、ラタトスク機関の地下施設へと帰還した。拠点へと帰還した士道を待ち受けていたのは総勢10名。内9名は士道が封印した元精霊:鳶一折紙、四糸乃、五河琴里、七罪、八舞耶倶矢、八舞夕弦、誘宵美九、夜刀神十香、霜月志穂。そして、解析官の村雨令音だ。

 

 新人類教団の集会会場で霜月砂名にさらわれてからというもの、約8時間ほど消息不明だったこともあり。士道の姿を見るや否や、琴里は司令官モードで士道を出迎えつつも安堵に満ちた笑みを浮かべ、十香は喜びを表現するように思わず士道に抱き着き、士道がさらわれた責任を感じていた志穂は涙をボロボロ流して士道の手をそっと握って、などなど。士道の帰りを待っていた面々は、しばし士道を囲み、思い思いの表現方法で、士道の無事を喜んだ。

 

 士道がみんなの反応を一身に受け止め、興奮モードのみんなが落ち着きを取り戻してきた頃。地下施設の一角、仮設のブリーフィングルームへと場所を移した上で士道は、此度の士道が拉致された一件を契機として、士道がこれまで知ったすべてを共有した。

 

 

「「「……」」」

 

 士道が一通り話し終えた時、ブリーフィングルームを沈黙が支配する。ある者は士道の話にどう反応すればよいかわからず周りの様子をうかがい。また、ある者は士道の話を受けて識別名:扇動者(アジテーター)への考察を行い。ある者は頭にいくつものクエスチョンマークを浮かべ。結果として、うかつに言葉を切り出せない状況が構築されつつあった。

 

 

「一旦、シンの話を整理しようか」

「……すみません、令音さん。お願いします。俺も、うまく話せた気がしないので」

「気にすることはないよ。それだけ扇動者(アジテーター)を取り巻く事情はややこしい、ということだからね。みんなも、私の話す内容で気になる点があったら、話を遮ってもらって構わない」

 

 しかし、場の雰囲気など知ったことかと令音が沈黙を破る。令音からのありがたい申し出に士道が頭を下げると、令音は士道に微笑みを返し、この場の皆を一瞥してから、此度の事態を簡潔に整理するべく口火を切った。

 

 

「まず、ここ2か月間で、天使:〈夢追咎人(レミエル)〉の力を使って、新興宗教:新人類教団を拡大させてきた精霊がいた。彼女は自分の名前を『霜月砂名』と名乗っていたが、その正体は砂名の妹の霜月夢唯だった。本人曰く、彼女が行使する天使:〈夢追咎人(レミエル)〉とは、夢幻を司る天使とのこと。そしてこれまで〈夢追咎人(レミエル)〉で行使できる能力として明らかになっているものは計5つ。1つ目は、対象を望んだ姿に変身させる【願亡夢(デザイア)】。2つ目は、実体のある幻影を生み出す、または他者からの認識を誤解させる【迷晰夢(ミスディレクション)】。3つ目は、対象を霧に変化させて瞬間移動する【胡蝶之夢(バタフライ)】。4つ目は、対象の脳に自身の妄想を叩き込む【亜苦夢(ヴィジョン)】。最後は、対象の記憶を改竄する【剥誅夢(アムニージャ)】。この内、夢唯は【願亡夢(デザイア)】で砂名の姿に変身し、【剥誅夢(アムニージャ)】で己の記憶を改竄し、3年前に死んだはずの砂名が3か月前に記憶喪失状態で生き返ったという設定を自分に与えた可能性が高い」

「どうして、夢唯さんはそんなことを……?」

『何をやりたいのかが意味不明だよねー?』

「夢唯はシンを殺す前に、『やり直さないと。全部リセットして、お姉ちゃんをやり直さないと』などと言っていたそうだね? そもそも夢唯は毎日砂名の墓参りをするほどに、砂名に強い想いを抱いていたのだろう? その強い気持ちが夢唯を突き動かしているのかもしれないが、憶測の域を出ないね」

 

 令音のおかげで夢唯がどのようにして砂名に変身していたのかを知った四糸乃&四糸乃が右手に装着している兎のパペット:よしのんが、夢唯の動機に疑問を抱くと、令音は現状でありうる動機を1つ提示するも、あくまで今は状況整理が目的であるため、動機に対し深く言及することを避けた。

 

 

「疑義。そもそも砂名の正体が変身した夢唯だとすると、毎日お墓参りをしていたという夢唯は一体何者なのでしょうか?」

「然り、確かに意味不明だな。『砂名=夢唯』説が正しいとすると、同時刻に夢唯が2人いたことにならぬか?」

「夢唯が2人いた、というのは正しい。墓参りをしていた夢唯は、本物の夢唯が【迷晰夢(ミスディレクション)】で作った、幻影の夢唯だったのだろう。実際、夢唯が車に轢かれた時、飛び散っていたはずの血や、夢唯の遺体が消えたとのことだからね」

「つまり、夢唯も狂三と同じように分身を作れるのだな」

 

 と、ここで。双子の精霊こと耶倶矢&夕弦がそれぞれ疑問に抱いていた同質の質問を口に出すと、令音が双子の疑問を解消するべく有力説を提唱する。その説を受けて十分に納得できた十香は、うむと1つうなずく。耶倶矢&夕弦も十香と同様の心境だった。

 

 

「そもそも、どうして砂名の変身が解けたのかしら? 夢唯が記憶を改竄してまで、砂名になりきっていたのに、幻影の夢唯が車で潰されたタイミングで、いきなり本物の夢唯の変身が解けて、記憶も戻った理由がよくわからないのよね」

「その件は、夢唯の目的を紐解くと1つの仮説を用意できる。まず、夢唯の目的は2つある。1つ目は、霜月砂名として生きること。2つ目は、世界征服をすること。だが、本来の砂名が世界征服を望む性格ではない以上、夢唯が砂名を世界征服に誘導する必要がある。……砂名は自分が二重人格なのではないかと疑っていたのだろう? そしてそのもう1つの人格は、主に世界征服や世界への復讐を望んでいた。この人格こそが、夢唯の意思なのではないかな。夢唯は、砂名に変身した上で世界征服を確実に遂行するために、【剥誅夢(アムニージャ)】で己の記憶を改竄した際、砂名が自覚しきれない領域に、世界征服を望む己の意思をわずかながら残していたのだろう。このことを前提にすると、偽物の夢唯が死亡した際、砂名の中にある夢唯の意思は、『自分が死亡した』と誤解したのではないかという説が成り立つんだ。死んだ精霊は、当然ながら天使を行使できない。夢唯は自分が死んだものと勘違いし、天使を行使できなくなったものと思い込み、それで変身が解けてしまった、そう私は考えているよ」

「なるほどね……」

 

 続いて琴里から提供された質問に、令音は現時点の己の推理を披露する。琴里は令音の推理にこれといった矛盾がなく、理解できる範疇だと判断し、腕を組んだ。令音は周囲を見やり、他のメンバーから質問がないことを確認してから言葉を続ける。

 

 

「先に話した通り、夢唯の目的は『霜月砂名として生きること』と『世界征服をすること』だ。そして夢唯は、自分が砂名に変身して世界征服をしようとしていた事実を誰にも知られたくないと考えている。事実、夢唯は墓地で変身を解いてしまった後、砂名への復讐のために犯罪に手を染めた男たちに【剥誅夢(アムニージャ)】を使い、記憶を改竄している。改竄後の彼らが、砂名への復讐心を失っていたことから、おそらく砂名や夢唯に関する一連の情報をすべて消したのだろうね。そして、夢唯は次にシンに【剥誅夢(アムニージャ)】を使おうとしたが、シンの記憶は改竄できなかった。だからこそ、夢唯はシンを本気で殺しにかかった」

「どうして、夢唯さんはだーりんの記憶を改竄できなかったんでしょう?」

「シンの体には、これまで封印したみんなの霊力が内包されている。夢唯以外の霊力を持つ人には、夢唯の記憶改竄能力は通じないのではないかな? 同様に、シンが封印したとはいえ、君たち元精霊の体にも霊力が残っている以上、君たちにも夢唯の記憶改竄能力は通じないものと想定できるね」

「それは残念。士道が封印に成功した後で、夢唯に協力してもらおうと思っていたのに」

「……折紙、あんたが何を考えていたかは敢えて追求しないことにするわ」

 

 美九がコテンとかわいらしく首を傾げつつ提示した問いに、令音は【剥誅夢(アムニージャ)】が通用した男たちと士道とを比較し、結果生成された最有力の可能性を美九に回答する。すると、折紙が無表情のまま淡々とした声色で小さくため息を吐き、折紙の企みの仔細にすぐに思い至った琴里は、こいつは相変わらずだなといった視線を折紙にぶつけた。

 

 

「毒の影響もあり、夢唯はシンを殺せず、シンの提案を聞き入れて一時退却した。しかし、夢唯は秘密を知るシンの殺害を決して諦めてはいない。シンに遺書の作成や家族や友人への別れのあいさつを勧めてきた以上、数日の猶予はあるだろうが、夢唯は必ずシンを殺すために再び姿を現してくる。その時までに、我々は情報収集をしなければならない。夢唯に目的を諦めてもらうために。シンに夢唯を攻略してもらうために。……これが今の状況になるね」

「あの、質問ッス。夢唯さんが士道先輩を殺したがっているのは、士道先輩が秘密を知っていて、【剥誅夢(アムニージャ)】で記憶を改竄できないからッスよね? だとすると、今こうして夢唯さんの秘密を知った私たちも夢唯さんの殺しの標的になったってことッスか?」

「何らかの方法で今の私たちの会話を盗聴しているのならありえるね」

「ッ!」

「ただし、盗聴している可能性は低く見積もっている。夢唯は秘密を知られることを凄まじく嫌がっていた。もしも盗聴しているのなら、この瞬間にも夢唯は【胡蝶之夢(バタフライ)】で瞬間移動してこの場に姿を現し、私たちをまとめて殺そうとするだろう。よって、この場に夢唯が来ないことが、夢唯が盗聴していないという証明になる」

「そ、そうッスか。良かったッス」

 

 士道の話に基づいた状況整理を終えた令音に志穂がおそるおそるといった様子で質問する。対する令音が志穂を安心させるように優しい口調で回答すると、志穂はホッと胸をなでおろした。

 

 

「――いえ、聞いてますけど?」

 

 刹那。声が響いた。その声は、ブリーフィングルーム内の11人とは異なる、新たな声だった。士道や志穂にとって、聞き覚えのある声だった。

 

 

「夢唯!?」

 

 士道が声の主の名を呼ぶと同時に、ブリーフィングルームの一角に霧が結集し、1人の少女が舞い降りる。艶のある黒髪を腰までたなびかせた、白を基調とした仰々しい司祭服をまとった少女。幼げな見た目とは裏腹に、諦観しきった漆黒の瞳が特徴的なその少女は、先ほどまでの話題の中心にいた精霊:扇動者(アジテーター)こと霜月夢唯だった。

 

 この場に夢唯が登場したということは、夢唯の秘密を含んだ今までの話を盗聴されていたことを意味し、それはすなわち、ブリーフィングルーム内の士道たち全員が夢唯の殺害対象になってしまったことに他ならない。ゆえに十香たち精霊は、封印されている状態でも顕現させられる限定霊装と天使を装備し、夢唯に対し警戒を顕わにする。しかし、様々な天使を向けられている当の夢唯は、士道たちの様子を一瞥した後、ペコリと頭を下げた。

 

 

「あ、その……ごめんなさい、ちょっと驚かせすぎたのです。どうせ姿を現すのならインパクトのある登場にしたくて、だから、そこの眠そうなお姉さんが『ボクが盗聴してない説』を推してきた時に『ここしかないのです!』って思って発言しただけなのです。ボクにみなさんを殺す意思はないのです、安心するですよ」

「信用できない。言葉はいくらでも取り繕うことができる」

「ボクに殺意があるのならわざわざこんな目立つように登場しないで、容赦なく不意打ちで何人かの首を飛ばしますけど? それでも信用できないです?」

「……」

「うーん。自業自得なのはわかっているですが、まるで話を聞いてくれないのは困ったものですね」

 

 夢唯は両手を上げながら敵意がないことをアピールするも、特に折紙は夢唯の発言を一切信用せず、いつでも天使〈絶滅天使(メタトロン)〉の光弾を夢唯に放てる体勢を維持するのみだ。しかしそれでも夢唯は反撃や回避の構えを一切取らず、困り顔を浮かべるのみだ。

 

 士道たちの前に現れた夢唯の様子と、つい数時間前の士道を殺す気満々だった夢唯の様子が繋がらない。と、そこで。士道はあることに思い至った。

 

 

「もしかして、君は幻影の方の夢唯なのか?」

「正解ですよ、士道さん。さっきバンに轢かれて死んだ方の偽物の夢唯です。昨日、士道さんと志穂さんと墓地で会った夢唯でもあるのですよ。ややこしいので、この場ではボクのことをシャドウとでも呼んでください」

「じゃあ、シャドウ。墓地から去った後で、夢唯が君を生み出したってことか?」

「ですです。夢唯は砂名お姉ちゃんに変身した状態で世界征服をすることを望んでいるです。けれどその野望を果たそうとするとなると、何日も自宅を空けて、学校にも通わず、世界征服達成のためにひたすら邁進しなければなりません。けどそうすると、ボクの学友や両親をいたずらに心配させてしまうし、ボクの最終学歴が中卒になってしまうリスクもあるし、お姉ちゃんのお墓も放置されて汚くなってしまうです。なので夢唯はシャドウを、ボクを作って、ボクに日常を送らせるようにしているのです」

 

 士道から問いかけられた夢唯は嬉しそうにわずかに顔を綻ばせながら、己が幻影の夢唯:シャドウだと告白する。そのままシャドウは己が夢唯から生み出されている理由を饒舌に語っていく。

 

 

「それで? その日常を送るはずのあなたがどうして私たちの前に姿を現したのかしら? そもそもどうしてここがわかったの?」

「まずは後者から答えましょう。簡単な話なのです。夢唯が士道さんに【亜苦夢(ヴィジョン)】を使った時、己の霊力を士道さんの中に潜らせることで、士道さんの居場所をいつでも捕捉できるようにしていたのです。要はマーキングです。……まぁ当然ですよね? 士道さんの居場所がわからなければ、夢唯は士道さんを殺しにいけないので。そして、幻影のボクも、ある程度は士道さんの中にある霊力を探知したり、〈夢追咎人(レミエル)〉を使ったりできるので、それでこの地下施設の存在を知り、【胡蝶之夢(バタフライ)】で瞬間移動してきたのですよ。次に、前者の件ですが――」

 

 士道に続けて琴里から投げかけられた問いに、夢唯は一切秘匿せずに種明かしを続けていく。その後、夢唯は漆黒の瞳で全員を改めて見渡してから、士道たちの元に登場した理由を簡潔に告げた。

 

 

「――夢唯の世界征服だなんてバカげた行為を止めるため。そのためにみなさんに協力してほしくて、だからここへ来たのです」

 

 沈黙。ブリーフィングルームを沈黙が支配する。それくらい、シャドウから語られた理由は士道たちにとって想定外だったのだ。何せシャドウが告げた理由は、夢唯の目的を真っ向から否定するもので。夢唯とシャドウが真っ向から対立している状況をカミングアウトしているも同義だったからだ。

 

 

「……あ、あのさ。もしかして。本物の夢唯はシャドウが私たちと会っていること、知らないの?」

「知らないですね。その気になればボクの居場所を把握するくらいはたやすいでしょうが、今の冷静な思考を失っている夢唯にボクの動向を気にする余裕はないでしょう。……要するに、今のボクは言うなれば、創造主に反逆しているロボットのような立ち位置なのです。そういうわけなので、そろそろボクへの警戒を解いてもらえると助かります。士道さんを殺す気満々の夢唯に反逆しているボクはみなさんの敵ではない、そう思ってもらえないですか?」

「「「……」」」

 

 皆の疑問を代表して七罪から発せられた問いにシャドウが回答しつつ、士道たちの武装解除を要請してくる。士道たちは互いに顔を見合わせると、元精霊たちは誰からともなく天使を、限定霊装を解除した。シャドウのことを完全に信じたわけではないが、これまでのシャドウとの会話からして、少なくとも今この瞬間に、シャドウが士道たちに刃を向けることはないだろうとの見解で一致したためだ。

 

 

「信じてくれて、ありがとうございます」

「シャドウ。君は俺たちにどう協力してほしいんだ?」

「そうですね。まずは夢唯の過去を聞いてもらいたいと考えています。みなさんが夢唯の過去を知ることで、夢唯の世界征服を諦めてもらうための説得方法を思いついてくれるのでは、と期待していますので」

「だが、シャドウは夢唯とは違うのだろう? お前は夢唯の過去を知っているのか?」

「心配ありません。ボクは夢唯の幻影ですから、夢唯の記憶もちゃんと保持しているです。……ただし、夢唯の過去を話すにあたり1つ、条件があるのです」

 

 士道から協力の詳細を問われたシャドウは、夢唯の過去の静聴を要望する。そして十香からの疑問に回答してから、シャドウは人差し指をピンと立てて、条件を提示し始めた。

 

 

「夢唯の過去を話す相手を限定したいのです。具体的には、夢唯の【剥誅夢(アムニージャ)】が通じないらしい人だけにしか話したくないです。つまり、そこのおねむなお姉さん以外のメンバーにしか話したくないです」

「私が席を外して別室に行けばいい、ということかな?」

「それだけじゃ足りないです。場所を変えたいです。できれば第三者が絶対に介入してこないような、人気のない隔離された施設が望ましいのです。その手の施設に心当たりはありませんか?」

「そこまでする必要があるの?」

「あります。理由は、察してほしいとしか今は言えないですね。……どうでしょうか?」

 

 シャドウから示された条件を受けて令音がブリーフィングルームから退出しようとするも、シャドウは場所の変更も併せて要求する。いまいちシャドウの意図がわからず小首をかしげる琴里に、これまで隠し事をしてこなかったシャドウは初めて言葉を濁し、すがるような眼差しで士道たちを見つめてきた。

 

 

「仕方ないわね。結局、断ったところで情報は増えない。夢唯のことを知ることができるなら、多少の妥協はやむを得ないわね。けれど、隔離された施設ね……」

「それなら、あの場所ならどうだろうか?」

 

 結局、琴里は夢唯の条件を受け入れた上で、シャドウの望みに叶う施設を検討し始める。と、その時。令音が条件に合致するとある場所を候補として挙げるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 12月9日土曜日の午後8時半。士道、折紙、四糸乃、琴里、七罪、耶倶矢、夕弦、美九、十香、志穂、シャドウの11名は、天宮市の離れの森の中にひっそりと存在する、大規模な施設へと足を運んでいた。

 

 そこは、つい先週。士道がこれまで封印してきた精霊の力がオーバーヒートし、士道が暴走状態(ディザスター)となってしまった際に、精霊たちが士道を一斉に攻略し、キスをし、士道の暴走を鎮めるために使用した施設だった。当時、DEMインダストリー社の妨害や士道の暴れっぷり等の影響ですっかり半壊してしまったその施設は、シャドウが示した『第三者が絶対に介入してこないような、人気のない隔離された施設』という条件にこれ以上なく合致していた。

 

 

「良い場所ですね。ボク自身、無茶振りしてるなって自覚はあったのですが、すぐに最適な場所を用意してくれるあたり、さすがは裏社会で暗躍する『機関』ということでしょうか」

 

 車で士道たちを施設へと送り届けたラタトスク機関所属の職員が施設から離れて、施設に士道と、精霊しかいない状況が確立される中。シャドウは施設の一角、屋内プールをテクテクと歩きながら、改めて士道たちが所属する謎の機関の凄まじさを実感し、苦笑いをする。

 

 

「さて。のんびりしている時間はありませんし……早速、夢唯の過去を聞いてもらいます。つまらない昔話ですが、どうかご静聴ください」

 

 シャドウは士道たちへと振り返り、スッと目を閉じて。己の中から夢唯の記憶を掘り起こしながら、夢唯の過去を語り始める。夢唯の目的に必ずや繋がるであろう、夢唯の人生の軌跡。どこかでゴクリと緊張のツバを呑む音が聞こえた。

 

 

「タイトルは――『嫌い尽くしの女の子の話』」

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。夢唯を救うため、夢唯の幻影たるシャドウの口から紡がれる、夢唯の過去を一言一句たりとも聞き逃すものかという心境でいる。
夜刀神十香→元精霊。識別名はプリンセス。戦闘中は非常に頼もしいが、普段はハングリーモンスターな大食いキャラ。本作品では存在感が低いが、士道たちが高度な話をしている時に、しっかりついていこうとする姿はまさしくヒロイン。
四糸乃→元精霊。識別名はハーミット。人見知りなタイプ。諸事情から、兎のパペットに『よしのん』という人格を生み出している。夢唯のことをまだ掴みきれていない様子。
五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。司令官の立場から、容易にシャドウの発言を信じないよう振る舞っている。
八舞耶俱矢→元精霊。識別名はベルセルク。普段は厨二病な言動を心がけるも、動揺した際はあっさり素の口調が露わになる。この手の皆で協議する場では、皆の認識を揃えるために敢えて、質問するといった立ち回りをすることもある。
八舞夕弦→元精霊。識別名はベルセルク。発言する度、最初に二字熟語をくっつけるという、何とも稀有な話し方をする。この手の協議の場では、逐次耶俱矢の心境を読み取って、耶俱矢の意に沿う発言を心がけている。
誘宵美九→元精霊。識別名はディーヴァ。男嫌いで女好きなタイプ。ただし士道(だーりん)は例外。夢唯がだーりんを殺害対象にしていることはあまり気にしていない。だって何だかんだ、だーりんは夢唯のことを救うものだと確信しているから。
七罪→元精霊。識別名はウィッチ。筋金入りのネガティブ思考で物事を捉える性格をしている。この手の大人数で今後の方針を話し合う場ではあまり積極的に発言を残さない。
鳶一折紙→元精霊。識別名はエンジェル。士道に封印されるまでは両親を殺した精霊に復讐することを原動力に生きてきた。普段、感情をあまり表情には出さない。折紙が夢唯に頼もうとしていた内容は、『1日間だけ、折紙と婚約済みという設定で士道の記憶を改竄してもらおう』というもの。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。砂名の遺族が士道を殺そうとしていることにただいま心を痛めている最中。
村雨令音→フラクシナスで解析官を担当している、ラタトスク機関所属の女性。琴里が信を置く人物で、比較的常識人側の存在。夢唯の情報をまとめる役をしかと全うしてくれた。
シャドウ→精霊:扇動者(アジテーター)こと霜月夢唯が生み出した、幻影の夢唯。自称『シャドウ』。夢唯の世界征服を防ぐために士道たちに接触したとの主張だが、その真意やいかに。

霜月夢唯「どうしてあの時、士道さんの記憶を改竄できなかったです? 謎なのです」
星宮六喰「むくの〈封解王(ミカエル)〉なら記憶を閉ざすくらい余裕じゃぞ?」
誘宵美九「私の〈破軍歌姫(ガブリエル)〉でもみなさんを洗脳できますよぉ?」
本条二亜「みんなを洗脳する方法なんて〈囁告篇帙(ラジエル)〉先生に聞けば一発だよ?」
霜月夢唯「なん、ですと……!?」


次回「嫌い尽くしの女の子」



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14話 嫌い尽くしの女の子

 

 かつて、千葉県某所に、霜月夢唯という名の女の子がいました。

 夢唯は、色んなものが嫌いでした。まず夢唯自身のことが嫌いでした。下ネタっぽい苗字が嫌いで、キラキラネームっぽい名前が嫌いで、夢唯の思い通りになってくれないくせ毛が嫌いで、女の子のくせに少し低めの声が嫌いで、ちんまい体つきが嫌いでした。

 

 夢唯以外の人も嫌いでした。偉そうにソファーにふんぞり返ってテレビを見ているお父さんが嫌いで、一々ルールにうるさくて神経質ですぐ怒鳴るお母さんが嫌いで、能天気で何にも考えてなさそうなバカの権化のお姉ちゃんが嫌いで、勝手に友達だと思い込んで接触してきて夢唯のペースを乱してくるクラスメイトが嫌いで、事あるごとに夢唯に突っかかってくるクラスメイトが嫌いで、クラスで陰湿に行われているいじめを放置している担任の先生が嫌いで、なぜかライバル視してきてテストの度に成績を自慢してくる塾の子が嫌いでした。

 

 人以外にも夢唯の嫌いなものはいっぱいありました。例えば日本の気候が、春夏秋冬が嫌いでした。春は桜の花弁がやたらと夢唯の視界を邪魔してくるから嫌いで、夏は太陽が殺意を込めた光を放ってくるから嫌いで、秋は通学路のイチョウ並木通りに落ちている銀杏が臭いから嫌いで、冬はただの不法侵入者を『サンタ』だと歓迎する風潮が嫌いでした。

 

 他には夢唯の身近の道具も嫌いでした。鉛筆はすぐ折れるから嫌いで、消しゴムは大して筆跡を消してくれないから嫌いで、定規は結局まっすぐ線を引けないから嫌いで、コンパスは針が紙に穴を開けるから嫌いで、ランドセルは背負っていると『お前は子供だ』との超巨大なラベルを貼られているように感じるから嫌いでした。

 

 夢唯の嫌いなものはジャンルを問わず多岐に渡りました。例えば料理の場合、肉料理は嚙みにくいから嫌いで、魚料理は骨を取り除く作業が面倒だから嫌いで、野菜料理は苦いから嫌いで、卵料理は食感がグチャグチャして気持ち悪いから嫌いでした。

 

 嫌い。嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。

 夢唯の心は、何もかもが嫌いという感情であふれていました。何か明確な理由があるわけではありません。あるいは、理由を忘れてしまっただけかもしれません。とにかく夢唯は、世界に存在するあらゆるものが嫌いで、嫌いで、嫌いでした。

 

 夢唯は己の心の中に蔓延する『嫌い』を誰にも明かさず生きてきました。

 夢唯は、嫌いで埋め尽くされた、自分の思考が普通ではなく異常だと気づいていて、この世の人々は異常な人に優しくないとわかっていたからです。だからこそ夢唯はあくまで普通の女の子に徹してきました。

 

 しかしある時、夢唯の人生に転機が訪れました。

 

 

「ねぇ、夢唯。ずっと聞きたかったんだけどさ、夢唯はどうしてそんなにつまらなそうな顔してるの?」

「……何の話です?」

 

 夢唯が10歳の時の、ある日の夜。自室で、いつも能天気なただのバカでしかないはずの16歳のお姉ちゃんが、いつになく真剣な表情をして問いかけてきた時、夢唯は内心で非常に驚きました。しかし驚きを顔に出さず、夢唯は砂名の出方をうかがうことにしました。

 

 

「いやさ。私が天宮大学への受験に合格したら、一人暮らしが確定するじゃん? そこからは毎日夢唯と顔を合わせられなくなっちゃうなって思って、寂しくてさ。夢唯のきゃわいい姿を目に焼きつけてから一人暮らしを始めようって気分で、ここ3か月くらいずっと人間観察レベルで夢唯のことを見てたんだよ、実は」

「えと、なに気持ち悪いことしてるですか」

「うぐ、夢唯の冷たい視線が刺さる……。で、さ。気づいたんだよ、夢唯が本心を上手に隠して、周りの人が望んだとおりの言動をしているって。凄い演技力だとは思ったよ? 私も今まで全然気づかなかったしね。でもある時、私はついに気づいた。気づいてしまった。だから、今日ばかりはごまかさないでほしいな。どうしてそんなにつまらなそうに生きているの?」

「仮にお姉ちゃんが見抜いた通りだとして、どうしてボクの心に踏み込んでくるのです? ボクがつまらなそうにしていたってお姉ちゃんには関係ないことなのではないですか? ボクが隠したがっていることにどうして踏み込もうとするのですか?」

「そりゃ姉妹だからさ。お父さんお母さんの雰囲気的に、さすがに3人目を産む気はなさそうだし? 世界にたった1人しかいない、オンリーワンな妹の隠された一面をもっとよく理解したくもなるじゃん? つまりは私の好奇心が、夢唯の秘密を知りたいって、夢唯の秘密を紐解いて実績解除したいって叫んでいるのさ」

「人の気も知らないで、自分勝手なお姉ちゃんなのです」

「うーん、耳が痛いなぁ! それで、教えちゃくれないのかい?」

 

 砂名は夢唯が拒絶の構えを見せても決して引かずに、おどけた口調ながらも真剣な眼差しを夢唯に注いできました。砂名の追及を逃れる術は残されていないようでした。

 

 

「……」

 

 夢唯は砂名の問いに答えず、押し黙りました。怖かったのです。己の心に渦巻く、濃縮された『嫌い』という感情を表に出して、砂名に軽蔑されることが怖かったのです。また、どこで誰が夢唯の話を聞いているかわかったものではなく、それゆえもしも夢唯の気持ちがお父さんとお母さんに知られてしまった時に、2人から失望されるのが怖かったのです。いきなり手のひらを返されて、夢唯への態度を急変させてくるのではないかという可能性が、とにかく怖かったのです。

 

 

「なるほどね。ならこうしよう」

「わッ!?」

 

 すると砂名は夢唯の様子から何を読み取ったのか、夢唯の小柄な体を小脇に抱えて、夢唯の部屋の窓を開けてベランダへと出ました。そして足を踏み込んでベランダの手すりまでジャンプし、自宅の壁に設置されている、屋根まで続くタラップを軽々駆け上がり始めました。

 

 

「お、おおおおおお姉ちゃん!? 落ちる、落ちるです!?」

「だいじょぶだいじょぶ。このスーパー砂名ちゃんに任せなさい! こう見えて力持ちなんだよ、私?」

「知らないのですよ、そんなこと!?」

 

 霜月家は2階建ての一軒家であり、夢唯の自室は2階にありました。そのベランダから砂名は夢唯を片手で抱えて屋根まで上ろうとしています。砂名が少し手の力を緩めてしまえば最後、夢唯は地上に落下してしまいます。夢唯は恐怖のあまり動揺の声を響かせるも、当の砂名は夢唯の感情を置き去りにしてマイペースにタラップを登っていきます。そうして。夢唯が17回死を覚悟した時に、ようやく砂名がすべてのタラップを昇り終えて、屋根の上へと到着しました。

 

 

「ほら、ここ座って」

「あい……」

 

 砂名の腕から解放された夢唯は半ば腰が抜けた状態で、砂名に言われるがままに屋根に座りました。しばし荒い息を繰り返し、ふと上を見上げて――夢唯は声を失いました。夜空が、星空がきれいだったのです。夜空の星はいつ地球に落下してくるかわかったものじゃないから嫌いだというのが夢唯の気持ちだったはずですが、そんな夢唯のちっぽけで鬱屈とした心境を吹き飛ばすほどに澄んだ夜空が、夢唯のはるか上空で展開されていたのです。

 

 

「ここさ、最高の場所なんだよね。うちって田舎じゃん? 周りに背の高い建物ないじゃん? だから屋根の上から見える星が最高でさぁ。……楽しかった日も、怒り心頭だった日も、悲しくてたまらなかった日も、何にもせずにだらけたくなった日も、私はいつもこっそり屋根に上ってた。澄んだ空を、星を見ていると、心が洗われて、もっかい頑張ろうって気持ちになれるからね」

「お姉ちゃんでも、そんな気持ちになるのですか?」

「そりゃそうさ。能天気な奴には能天気な奴なりの悩みを持っている。そういうものだよ。頭の良い人からすれば、そんなくだらないことで悩んでんのかよバカだろって思うかもしれないけどね」

「……ボクがどう思っているか、気づいていたのですね。ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ。私が能天気なバカ野郎なのは周知の事実だしね。ま、とにかく。これが私の秘密。今まで誰にも教えてこなかった場所さ。……ここなら誰の目もないし、誰にも聞かれない。安心してほしい。だからさ、夢唯の秘密を教えてほしいな」

 

 砂名が体育座りの状態で夢唯に微笑みかけながら、改めて問いかけてきます。砂名は夢唯の気持ちを察して、己の秘密をあっさりと、先に夢唯に明かしました。誰にも聞かれることのない場所を夢唯に教えてくれました。夢唯にはわかりませんでした。どうしてただ同じ血を分けた妹ごときのために、姉が秘密をさらしてまでして、踏み込んでこようとするのかがわかりませんでした。面倒くさい性格をした妹の根幹に関わろうとするのかがわかりませんでした。

 

 

「どうして、お姉ちゃんはそんなにボクのことを暴きたいのですか?」

「そりゃ実績解除してトロフィーゲットしたいから――はさておき。夢唯に幸せに生きてほしいからだよ。どうせ人生は泣いても笑っても1回きりなんだから、思う存分楽しまなきゃ損っしょ。だから、つまらなそうな顔をしてる夢唯のことは放置できない。私が今日、乙女ゲーの男キャラのごとく夢唯に執着しているのはそういう理由なのだよ」

 

 夢唯は震える声でもう一度だけ質問しました。対する砂名は、夢唯に慈愛に満ちた眼差しを添えながら、己の正直な気持ちを吐露しました。

 

 砂名の微笑みはとても輝いていて。夢唯が持っていないあらゆる素敵なものをすべて持っているようで。羨ましくて、妬ましくて。夢唯の嫌いで埋め尽くされた暗い心に、何か別種の一筋の光が、新しい感情が差し込んだような、そんな気がして。

 

 

「ボク、は――ただ、色んなものの嫌な所ばかりが目についてしまって、楽しく生きる方法がわからなくなっているだけなのです……」

 

 夢唯はこの日、ひた隠しにしてきた己の本心を明かしました。夢唯にとって、嫌いなものしか存在していなかった世界で、初めて嫌いじゃないものができた瞬間でした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それからというもの。夢唯は暇を見つけては砂名を自宅の屋上に誘い、己が抱え込んでいた『嫌い』の気持ちを次々と暴露しました。

  

 

「ボク、『霜月』って苗字が嫌いなのです」

「そうなの?」

「だって、『シモ付き』なのです。それで、ボクは一人称が『ボク』だから、余計に男子にからかわれるのです。『お前実は男だろ』って。ボクが内心で嫌がってるのをわかってて、しつこく言ってくるのです。ホント、ムカついてならないのです」

「ほうほう、その発想はなかった。しっかし難儀よのぅ、その男の子。きっと夢唯に振り向いてほしいだけなんだろうが、その方法が致命的に夢唯と相性が悪いようだ」

「お姉ちゃん? 何を言っているのです?」

「んにゃ、こっちの話。ところで、その夢唯をからかってる子について、あとで情報教えてね。私が直接、人類は誰しも心に1本、筋の通った信念(シモ)を持っていることを紙芝居形式で熱弁してくるから」

「何の話をしているですか……。それで、お姉ちゃんは『霜月』って苗字をどう思っているですか?」

「私は好きだよ。『霜降り肉』のイメージだしね」

「それで好きなのですか? 人間に無残にムシャムシャ食べられる運命でしかないのに?」

「だって霜降り肉だよ? 高級お肉! それってよだれダラダラレベルで食べちゃいたくなるほどに魅力的な女性ってことでしょ? 最高の賛辞じゃん。はぁぁ、私を美味しく食べてくれる、朱鷺夜(ときや)先輩みたいな見た目の人と出会えないかなぁ……」

「相変わらず頭がお花畑なのです」

 

 ある時は、夢唯は砂名の腕に抱かれて座りながら、『霜月』という苗字が嫌いだと明かしました。『シモ付き』と解釈されるから嫌いだと夢唯が主張すると、砂名は『霜降り肉』という解釈を夢唯に与えました。それは夢唯の思考回路ではまず導けない、まったく新しい解釈でした。

 

 

「ボク、名前も嫌いなのです」

「どうして? 夢唯って、良い名前じゃん。かわいいイメージもあるし」

「確かに『むい』って語感は良いのです。ただ漢字が嫌です。『夢』はともかく、何なのです『唯』って。これのせいでボクは、名前を呼ばれるたびにいつも後ろ指差されているような気分になるのです。『お前の人生は、(ただ)の夢』だと嗤われているようで、人生を否定されている気分になるのです。お父さんもお母さんもなんでボクにこんな名前を付けたのやら……気が狂っているとしか思えないのです」

「にゃるほど。そういう発想もできるのか」

「お姉ちゃんは自分の名前、どう思っているですか? 『砂名』って名づけられて、どんな気分なのですか?」

「苗字はともかく、名前の方はあんまり意識してなかったなぁ。強いて言うなら、恋愛系の小説の文豪がペンネームとして使ってそうなイメージで、私にはあんま似合ってないけど素敵な名前だなぁ、くらいには思ってたけど。しっかし、そっかー。『夢唯』って呼ばれるのが嫌だとは知らなんだ。それなら、呼び方変えよっか。愛称って奴だ」

「え?」

「そーだなー、むむむ…………決めた! ムイムイ、ムイムイにしよう。このふんわりとした名前なら、ただの夢だってバカにされることもないし、魔法少女アニメのきゃわいいマスコットキャラクターみたいで良い感じっしょ」

「ムイ、ムイ……」

「どう? 気に入った?」

「……はい、意外となじみそうです」

「やったぁ! 私のネーミングセンスが死んでないようで何よりだぜ」

 

 ある時は、夢唯は砂名に髪を整えられながら、『夢唯』という名前が嫌いだと明かしました。『(ただ)の夢』だと言われているみたいで嫌いだと夢唯が主張すると、砂名は『ムイムイ』という愛称を夢唯に与えました。それは夢唯を名前の呪縛から解き放つに足る、革新的な手段でした。

 

 夢唯が嫌いだと思っている対象について話す度、砂名は夢唯が嫌っている理由を聞き出してから、夢唯がその対象を嫌いに思わずに済むように代替案を提示してみせました。そうして、夢唯の嫌いを解消できる可能性を示した後に、決まってこう言ったのです。

 

 

「結局。そこに転がる事実は変えられない。事実を変えられないなら、せめてその事実への見方を変えるしかない。視点を変えれば世界は変わる、鬱屈とした世界もバラ色に塗り替えることができる、というのが私の持論の1つでね。つまり何が言いたいかというと……どうせ1回きりの人生なんだから、何でもかんでもネガティブに考えずに、ポジティブに捉えて過ごした方が人生楽しめると思うぞ、悩み多きわが妹よ! 少しはこの脳みそすっからかんなお姉ちゃんを参考にしてみると良かろう」

 

 

 砂名はどこまでも道化に徹していて。

 おどけていて、ふざけていて。

 だけど、確かな芯を持っていて。

 

 

「……前向きに検討するです」

「遠回しに拒否られた!? お姉ちゃん悲しい! ハートブレイクぅ!」

「一々大げさなのです、人の心はそう簡単に壊れたりしないのですよ……」

 

 砂名のおかげで、夢唯は少しずつ人生を楽しく生きられるようになりました。砂名との対話を経る内に、嫌いなものが減っていって、嫌いじゃないものが増えていく。そうして、砂名と幾多もの本音をぶつけ合うことで、夢唯は初めて好きなものができました。能天気でバカっぽくてウザくてうるさい砂名を煩わしく感じつつも、砂名のことが大好きになりました。どんどん砂名に心酔してきました。

 

 夢唯と砂名との対話は、砂名が大学生になり、天宮大学とほど近いマンションで一人暮らしを始めてからも不定期で継続されました。中学1年生となった夢唯は週末に機会を見つけては、砂名の部屋を訪れて対話を重ねました。以前のように自宅の屋上で星を眺めながら会話することはできなくなりましたが、もはや夢唯にとって砂名と会話する場所は重要ではなくなり、砂名さえいてくれれば他の状況は一切気にならなくなっていました。

 

 砂名はいつだって、夢唯の来訪を心から歓迎してくれました。夢唯の『嫌い』についての話題の他、お互いに気に入った漫画やアニメ、映画を紹介しあったり。練習した料理を振舞いあったりと。姉妹としての交流を積み重ねていきました。

 

 そのような夢唯にとっての至福の一時に変化が訪れました。7月以降、砂名が夢唯とあまり積極的に会ってくれなくなったのです。夢唯の来訪を砂名が申し訳なさそうに断り始めるようになったのです。

 

 夢唯は、反省しました。砂名には砂名の人生があり、夢唯にばかり時間を使えないという、ごく当たり前の事実に改めて気づいたからです。夢唯は、大好きな砂名の人生を邪魔したくはありませんでした。夢唯が邪魔したせいで、砂名の充実した人生に影が差すことを激しく恐れました。そのため、夢唯も砂名と積極的に会おうとはしなくなりました。

 

 その折。8月上旬に、両親から夢唯に衝撃的な一報が届きました。

 砂名が大怪我を負い、大学病院で外科手術を受けた、という内容でした。

 

 

「お姉ちゃん! どうしたのです、その怪我!?」

 

 夢唯は中学校を無断欠席して単独で砂名の病室へと駆け込みました。夢唯の視界に入ったのは、全身の至る所に包帯を巻き、右腕にギブスをした痛々しい砂名の姿でした。夢唯は蒼白の表情で砂名に詰め寄りましたが、一方の砂名はいつもとまったく変わらぬ調子で笑いました。

 

 

「いやぁ、ヘリコプターが私の真上から墜落してきてさぁ! まさかいきなり空からヘリが落っこちてくるとは思わないじゃん? 運悪く下敷きになっちゃったんだよ。心配させちゃってごめんね?」

「……どうして、お姉ちゃんはそんなにへらへら笑っていられるのですか? 死ぬかもしれなかったんですよ?」

「まーそれは確かに。けど、生きてるんだから結果オーライだよ。死んでいたかも、だなんて実際に起こらなかったバッドエンドなIFルートのことを気にしてるだけ無駄ってものさ。それに、こうとも考えられる。私はこれから一生ネタにできる格好の話をゲットできたともね。だって空から墜ちてきたヘリの下敷きになっちゃうだなんて、人間早々経験できないよ? しかも何より、私に後遺症がない。最高の成果と言えるね。きっと世の微妙に売れない芸人たちは今頃、私のような経験をしたかったと血の涙を流していることだろうよ」

「おねぇちゃん……」

 

 この時、夢唯は砂名のことを改めて評価しなおしました。砂名はポジティブに生きることを至上命題に据えているだけの普通のお姉ちゃんだと、今まで夢唯は評価していました。だけど、しかし己が唐突な事故で死にかけてもなお、さも当然のように普段と変わらぬテンションを維持する砂名から、夢唯は大器を感じ取ったのです。

 

 

「ところで、ムイムイ。再来月になるけど、10月9日って空いてる?」

「10月9日? えっと、その日は金曜日なので、放課後なら空いてるですよ?」

「頭の中ですぐさま曜日を計算してみせるムイムイったらチョー素敵。それに、金曜日とは都合が良い。ねームイムイ、10月9日に泊まりに来ない? 紹介したい子がいるんだ」

「紹介したい子、です?」

「イエス。とても面白い子だよ。ムイムイもきっと気に入ると思う」

「……」

「ムイムイ。怖がることないよ、この私が太鼓判を押した子なんだ。絶対仲良くなれる。ムイムイが心の奥に抱え込んでいる嫌いに思うことだって、否定せずにちゃんと向き合ってくれる、とても優しい子だから」

「お姉ちゃん……わかったのです」

 

 砂名からお泊りの誘いを受けた夢唯は、砂名が紹介したがっている相手に対する漠然とした不安を抱きつつも、大好きな砂名の誘いを承諾しました。

 

 それから2か月が経過して。未だ残暑が厳しい10月9日の放課後に。夢唯は砂名の待つマンションへと足を運びました。テクテクと階段を昇り、砂名の住まう303号室の扉の前へと立ち、インターホンを押し、そこで夢唯は扉が半開きになっていることに気づきました。

 

 この世の中、悪意を持つ人間は山ほどいるというのに、なんて不用心なお姉ちゃんだろうか。ボクがしっかりと注意しなければ。

 

 

「お姉ちゃん? 入るですよ?」

 

 夢唯は半開きの扉の中に声を送ってから、扉を開いて玄関に入りました。と、その時。夢唯は思わず鼻を手で塞ぎました。砂名の部屋中に、不快な異臭が蔓延していたからです。

 

 バク、バクと。いつになく夢唯の心臓がひときわ激しく跳ね始めました。周囲に充満する不愉快な臭いの正体に気づいたからです。今までの人生でしっかりと嗅いだ経験こそありませんでしたが、夢唯は察したのです。これは、血の臭いだと。

 

 

「……おねえ、ちゃん?」

 

 のどが異様に乾きます。汗が頬を伝います。呼吸が荒くなります。どこからか幻聴が聞こえてきて、めまいも襲ってきます。夢唯の脳内を嫌な予感がどんどん侵食していきます。だって、ここはお姉ちゃんが借りている部屋である以上、ここで血を流せる人物はごく限られているのですから。それこそ、もしもお姉ちゃんが加害者の場合は、お姉ちゃんと交友関係のある人物が血を流している可能性が高く、逆の場合は――。

 

 

「――ぁ」

 

 異様に長く引き延ばされた時間の中、夢唯が恐る恐るリビングに足を踏み込んだ時。夢唯の視界が、赤で埋め尽くされました。そこには夢唯の良く知る人物が床に倒れ伏していました。砂名が、お姉ちゃんが、腹部に大穴を空けて、大量の血を流して、倒れていました。

 

 夢唯は己の目を疑いました。自身が性質の悪い悪夢の中に囚われているのではないかとの考えが脳裏をよぎりました。しかし目の前の光景は、いくら夢唯が現実逃避に走ろうとも、夢唯に否応なく残酷な現実を突きつけてきます。

 

 

「ぉ。ねぇ、ちゃん……?」

 

 夢唯はかすれた声で、砂名を呼ぶことしかできませんでした。砂名の目からは意思の光が消え去っていて、砂名が夢唯の声に反応することはありませんでした。

 

 




霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。色々と屈折した性格は、砂名の働きかけにより改善していたようだったが、その当の砂名が死んでしまったことが彼女の転機となったようだ。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。16歳になってようやく10歳の妹が、普通の人とは異なる感性を持っていることに気づいた彼女は、より夢唯を気にかけるようになっていた模様。なお、砂名が死亡する3か月前から夢唯との交流の頻度を少し減らしていたのは、その間に心が壊れかけの志穂と出会い、志穂のメンタルケアを優先していたから。

次回「残機となった女の子」
 


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15話 残機となった女の子

 

 夢唯が大好きな姉の、砂名の死を目撃してからというもの。

 夢唯の時間は驚くほどあっという間に過ぎていきました。砂名の遺体が検視され、検視を終えた砂名の遺体が引き取られ、葬式が行われ、火葬され、遺骨がお墓に納められ。そのすべてが夢唯にとってはほんの一瞬の出来事でした。

 

 夢唯は、砂名を失ってからというもの。毎日砂名を想いながら、砂名を求めながら生き始めました。自分の部屋ではなく砂名の部屋で過ごし、砂名のベッドで目を覚まし、砂名の化粧道具で身なりを整え、夢唯にとってはぶかぶかの砂名の洋服で己を着飾り、砂名の好きな本を、漫画を、雑誌を読み、砂名の好きなアニメを、ドラマを、映画を鑑賞し、砂名の遺した物をひたすら嗜み続けました。

 

 夢唯が眠っている時は、砂名が生きている夢の中で2人一緒に安寧の時を過ごし。夢唯が起きている時は、砂名が死んでいる現の中で、たった1人で砂名に関する物をかき集めて慰みにし。生と死、夢と現。一体どちらが本当なのか、本物なのか。両者の境界があいまいに歪んでいく中、夢唯は己の欠けた心の穴を他の何かで必死に埋めようとしていました。

 

 夢唯は毎日、霜月家のお墓に通いました。お墓には、毎日のように砂名の友人が訪れ、砂名の死を心から悼んでくれました。砂名を殺した、まだ見ぬ犯人に対して激怒してくれました。残された夢唯のことを心配してくれました。夢唯は悲しみの渦中にいながらも、お姉ちゃんのことを改めて誇りに思いました。お姉ちゃんはこんなにもたくさんの人に好かれていた凄い人だったのだと、夢唯は改めて砂名の凄さを認識しました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

【――ねぇ、君。力が欲しくはない?】

 

 砂名の死から2か月が経過した、雪がしんしんと降り積もるとある日のこと。もはや日課と化した墓参りを行っていた折、夢唯の眼前に謎の存在が姿を現しました。まるで全体にノイズがかかっているかのように姿形を捉えることのできない何者かが、まるで旧知の友人と偶然再会したかのように、気やすく話しかけてきました。

 

 

「……あなたは、誰なのです?」

【私が誰かだなんて、今は些細なことだよ。それより、聞かせてほしいな。君は、力が欲しくはない?】

「別に、いらないです。自分の素性すら明かせない奴が、善人っぽくふるまいながら押しつけてこようとする、胡散臭い『力』なんて、ボクには必要ないのです」

【それはどうかな? 私は、君が誰よりもこの力を欲していると判断した。だからこうして姿を現した。……力を得なくて本当に良いのかい?】

「うるさい、黙るのです! どうせお前は悪人なのです! ボクに力とやらを押しつけて、それで何か対価を得るつもりなのでしょう? 高額でただの壺を売りつけようとする悪逆非道な宗教団体と何ら変わりないのです! 家族を失ったばかりの傷心の子供相手なら騙せると思ったですか? ふざけるな、ふざけるな!」

 

 何者かからの問いを、力を、夢唯は拒否しました。ノイズまみれの何者かが諦めずに言葉を重ねて夢唯の心変わりを狙うも、しかし夢唯はギリリと歯噛みし、何者かを指差して激昂しました。何者かの働きかけは逆効果となってしまったようです。

 

 

「この詐欺師め、今すぐボクの目の前から消え失せるのです」

【私は何か、君をイラつかせてしまったのかな? それなら申し訳ないね。悪気はなかったんだ】

「消えろって言っているのがわからないのですか!」

 

 夢唯は胸ポケットに挿していたペンを何者かに投げつけるも、命中しませんでした。否、ペンは何者かの体を貫き、しかし何者かの体を突き抜けて虚空へと飛んでいくのみでした。対する何者かは、ペンが当たった箇所がノイズでぶれるだけで、ノーダメージのようでした。

 

 

「くそッ、どこまでもボクをバカにしやがって……。ボクは絶対に『力』とやらを欲しないです。だから、もう二度とボクの目の前に姿を現さないことです!」

【――そう、残念だよ。なら、君が変心した頃にまた提案しに来るとしよう】

「もう来るなって言ってるですよ、ボクはッ!」

 

 夢唯は何者かとの距離を詰めて拳を繰り出すも、何者かは次の瞬間には姿を消していました。墓地に残るは、何者かへの苛立ちをひたすら積み重ねた夢唯1人だけでした。

 

 

「……はぁ、はぁ。何なのですか、奴は。気持ち悪いのです。不愉快なのです」

 

 雲行きが変わり、墓地にポツポツと雨が降り始める中、夢唯は肩で荒く息を繰り返しました。それから数分後、呼吸を落ち着けた夢唯は、おもむろに呟きました。

 

 

「この世界は、腐っているのです。あんなに素敵なお姉ちゃんを殺して、あんなふざけたモザイクをまとった詐欺師を調子づかせるだなんて……こんな世界は狂っているのです」

 

 この時。砂名のおかげで嫌いなものが減っていた夢唯の心に、嫌いなものが増えました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 砂名を殺した犯人についての捜査が一切進展しないままに、砂名の死から時を経る内に。段々と霜月家のお墓に人が来なくなりました。あれほど砂名のことを想っていたはずの砂名の友達たちが1人、また1人とお墓に通わなくなりました。夢唯は、姿を現さなくなった彼ら彼女らを薄情者だと断じました。所詮、砂名への想いは偽物で、真にお姉ちゃんのことが大好きなのはボクだけなのだと、確信を深めていきました。

 

 夢唯は砂名への依存をますます深めていきました。起きている間は、砂名が夢唯に語ってくれた内容をノートに書き記し続けました。夢唯の知り合いをすべて砂名と比較して、砂名に至らないグズだと判定して距離を取りました。自宅に帰ったらすぐに砂名の部屋に入り、砂名の部屋で深呼吸をして、砂名の成分をどうにかして体の中に取り込もうとしました。

 

 そのような日々が、3年間続きました。中学生だった夢唯の体は若干ながらも成長し、高校1年生になりました。しかし夢唯の砂名至上主義は一切揺るがず、夢唯は脳裏に常に砂名を思い浮かべながら、砂名をひたすら求めて生き続けました。すっかり砂名のことを忘れ、誰1人として墓参りをしなくなった自称友達連中を嫌いながら、見下しながら高校生活を続けました。

 

 そんなある折。9月某日の夕暮れ時。夢唯は高校から帰り、砂名の部屋へと足を踏み入れて、衝撃に目を見開きました。砂名の部屋に、何もなかったのです。ベッドも、本棚も、机も、テレビも、化粧台も、姿見も。砂名の部屋に置かれていたあらゆるものが消え失せていたのです。

 

 

「え? え?」

 

 夢唯はわけがわかりませんでした。3年前に砂名の死亡現場を目撃してしまった時と同等以上の衝撃を喰らい、視界がチカチカと明滅していました。前後不覚に陥り、夢唯は思わず膝をつきました。その夢唯の背後から2人分の足音が聞こえてきました。

 

 

「夢唯、いつまで過去に縛られているつもりなんだ?」

 

 夢唯は声の元へと振り返りました。それは、お父さんでした。いつも偉そうにソファーにふんぞり返ってテレビで野球観戦している、3年前と比べてずいぶんと見た目が老いてしまったお父さんでした。

 

 

「夢唯、もうあなたは高校1年生なのよ? いい加減に、現実を見なさい。過去にすがりつかないで、未来を見なさい」

 

 お父さんの隣には女性がいました。一々ルールにうるさくて神経質ですぐ怒鳴ってくる、3年前と比べてずいぶんと白髪の多くなった、扱いに困るお母さんでした。

 

 

「もしかして……」

「あぁ、私たちがこの部屋の物をすべて捨てたんだ。……もう、十分だろう? もう、私たちは十分に苦しんだ。悲しんだ。家族を殺された遺族にだって、幸せになる権利はある。一生、悲しみ続けないといけない義務はない。私たちが悲しみの渦の中に閉じ込められたままというのは、それこそ加害者の思う壺だろう。……なぁ、夢唯。砂名のことは、忘れようじゃないか? 砂名はいなかった、砂名を殺した犯人はいなかった。そうだろう?」

「そうよ、夢唯。もう、忘れましょう。砂名も、夢唯がずっと砂名のことを引きずりながら生きてほしいだなんて思わないわ。砂名のことは忘れて、未来を生きましょう? 私たちは、幸せな3人家族だった。そうよね?」

 

 お父さんが、お母さんが、お姉ちゃんの私物をすべて処分した。

 お父さんが、お母さんが、お姉ちゃんのことを忘れようとしている。

 

 夢唯はますます混乱しました。目の前にいるのが本当に両親なのかすら疑わしくなりました。あんなに素敵で立派でカッコよくてキュートな一面もあってウィットに富んでいてユーモアに満ちていてみんなをいつだって笑顔にしてきたお姉ちゃんのことを忘れようとする両親が、偽物に見えて仕方がありませんでした。

 

 

「……」

 

 夢唯はゆらりと立ち上がりました。

 夢唯の双眸には、ノイズまみれの両親の姿が映っていました。夢唯が涙を流していたから、両親の姿がぶれてしまっていたのかもしれません。しかし夢唯はぶれぶれな両親の姿を見て、かつて墓地で出会ったノイズだらけの詐欺師を連想しました。

 

 両親までもがおかしくなってしまった。両親すらも砂名のことを忘れようとするようになってしまった。夢唯はぐちゃぐちゃな感情の暴走に身を委ね、衝動のままに砂名の部屋の窓を開けて、ベランダの手すりに飛び乗り、2階から庭へと飛び降りました。足がじんじんと痛みましたが、構うものかと夢唯は自宅から逃げるように走り出しました。「「夢唯ッ!」」という両親の声を無視して走り続けました。

 

 

「は、は、はッ――」

 

 走って、走って。走って。ひたすら走って。夢唯を狙いすましたかのように豪雨が襲いかかる中、夢唯は構うことなく走り続けました。目的地は、霜月家のお墓でした。両親が自宅にあった砂名の私物をすべて処分してしまった以上、もはやお墓に納められた砂名の遺骨だけが、この世界に唯一残された砂名の痕跡だったからです。

 

 いくら、娘がこの世界で生きていた証拠を消し去る外道な両親であっても、さすがに遺骨までは処分していないはず。夢唯は砂名を求めて必死に足を前へと踏み出し続けました。

 

 

「――あぐッ!?」

 

 自宅の二階から飛び降りて駆け出したせいで、今の夢唯は靴を履いていませんでした。そのせいか、墓地への近道のために薄暗い路地裏を走っている最中、夢唯は足を滑らせてしまいました。夢唯は一心不乱に走っていたせいでロクに受け身を取れずに、顔から派手にスッ転んでしまいました。

 

 

「うぅぅぅ。お姉ちゃん、お姉ちゃん……」

 

 夢唯は激痛を訴える鼻を押さえながら立ち上がろうとして、しかし足に力が入らずにその場にペタンと座り込みます。涙をポロポロと零しながら、砂名を呼び続けます。夢唯の求めに、当然ながら砂名は反応してくれません。それでも夢唯は砂名を求め続けます。

 

 

「……どいつもこいつも、薄情者ばかりなのです。みんな、お姉ちゃんのことを好きだとか大事だとか、勝手なことを言って、そのくせみんなお姉ちゃんのことを忘れようとするのです。さもお姉ちゃんが最初からいなかったかのように、人生を再開しようとするのです。ありえないのです。バカげているのです。トチ狂っているのです。みんな、みんな大嫌いなのです。……でも、安心してください。ボクは、ボクだけは決してお姉ちゃんのことを忘れません。ボクだけはちゃんと、お姉ちゃんのことを全部、覚えているのです。お姉ちゃんとの思い出はしっかりノートにも書いているし、頭にも刻んでいるのです。そう、例えば7年前の、おじいちゃんの命日の時のお墓参りでお姉ちゃんがボクに言ってくれたことだって――あれ?」

 

 うわ言のように言葉を紡ぎ続けていた夢唯が、ぴたりと止まりました。思い出せないのです。7年前に砂名が夢唯に話してくれた内容を思い出せないのです。あの時、能天気なお姉ちゃんにしてはかなり深いことを言ってきたなと、お姉ちゃんの凄さを知らなかった当時の夢唯は印象深く感じていたはずなのに、砂名の具体的なセリフを一切、思い出せないのです。

 

 

「違う! そんな、そんなわけはないのです! ボクは全部覚えているのです! ボクは賢いのです。日付から容易に曜日を導き出せるくらい賢くて、お姉ちゃんから褒めてもらえるくらいに賢くて、薄情者どもとは違っていて……そうだ! 1年前、ボクが『犬はギャンギャンわめき散らすから嫌いだ』って言った時にお姉ちゃんが返してくれた言葉は、えっと、えっと――」

 

 夢唯は己の記憶を掘り起こし始めます。砂名との思い出を振り返り始めます。そして、夢唯は絶句しました。確かに、砂名についてしっかりと思い出せるエピソードもありました。だけど、詳細を思い出せなくなっていたエピソードもあったのです。

 

 

「……そんな」

 

 夢唯の顔がどんどん蒼白になっていきます。夢唯にとって、大好きなお姉ちゃんとの思い出をたった1つでも忘れてしまっているという状況自体が、酷く衝撃的でした。

 

 みんながお姉ちゃんのことを忘れようとしている。こんな状況で、ボクまでお姉ちゃんのことを忘れてしまえば、今度こそ、お姉ちゃんが死んでしまう。誰の頭の中からもお姉ちゃんのことが消えてしまえば、お姉ちゃんがこの世界に生きていたことすら証明できなくなってしまう。嫌だ、お姉ちゃんを死なせたくない。お姉ちゃんを殺したくない。なのにどうして、ボクはお姉ちゃんとの思い出を全部思い出せない? ありえない。こんなことはありえない。

 

 

【久しぶり。私のことを覚えているかな?】

 

 ますます雨が激しくなり、夢唯の小さな体を容赦なく打ちつける中。呆然と虚空を見上げる夢唯の眼前に、何の前触れもなく何者かが現れました。それは、3年前に夢唯に謎の力をプレゼントしようとしてきた怪しさMAXのノイズまみれの人物でした。

 

 

「あなたは……二度と来るなと言いましたよね?」

【そうだね。だけど、そろそろ変心したかと思ってね。改めて聞きに来たよ。――力が欲しくはない?】

「誰が、あなたの力なんて……」

 

 夢唯は3年前と同様に何者かの働きかけを拒否しました。けれど3年前と違い、夢唯の拒否の意思はずいぶんと弱まっていました。

 

 

【君は、知りたくはないのかな? どうして君の姉は死んだのだろう? 死ななければならなかったのだろう? どうして犯人は一向に捕まらないのだろう? どうして犯人はわざわざ、君の姉の脇腹に大きな風穴を開けるような難解な方法を採用して殺したのだろう? 君の姉の死には多くの謎が残されている。だけど、何一つ謎が解明されないまま、事件は迷宮入りしようとしている。……君はこの流れをただ見ていることしかできない。力があれば、何かが変わるかもしれないのにね。自力で犯人を見つけ出して、復讐できるかもしれないのにね】

「力があれば……」

【君は、許せないとは思わないのかな? 姉を殺した犯人はきっと今日ものうのうと生きている。反面、姉は何も悪いことをしていないはずなのに、周囲の人間からだんだん忘れられていく。君はこの流れを止めることができない。力があれば、この流れに抗えるかもしれないのにね。薄情者どもに姉の素晴らしさを存分にわからせて、姉を忘れるということがどれほど冒涜的な行為なのかを教えられるかもしれないのにね】

「力が、あれば……」

 

 何者かは今が好機だと言わんばかりに夢唯が力を求めるように言葉を重ねていきます。何者かが提示した、力を入手した際のメリットは、どれも夢唯にとって魅力的な内容でした。しかし夢唯は踏ん切りがつかず、力に飛びつきませんでした。一方的に施しを与えてくる生粋の善人なんてお姉ちゃんくらいしか存在せず、この自分の名前すら明かさない謎の人物の施しには絶対に裏があると推測していたからです。

 

 

【今の君は無力なただの人間だ。けれど、力を手にすれば君は、精霊になれる。精霊になれば、人間の枠組みから外れた存在になれる。人間は時の経過とともに脳みそが老いてしまって、思い出を忘れてしまうけれど、精霊は老いない。君の強固な意志さえあれば、ずっと姉のことを覚えていられるかもしれないよ?】

「ッ!」

 

 しかし、何者かが最後に口にしたその一言は、夢唯にとってあまりに甘美でした。自身が姉のことを少しずつ忘れていくことに恐怖していた夢唯の心を強く惹きつける誘惑でした。

 

 

【力が、欲しくはない?】

「――ッ」

 

 夢唯は小さく息を吸い、ノイズまみれでロクに顔を視認できない何者かを睨みました。

 きっと、この詐欺師はボクを見下ろして、あざ笑っている。なんてチョロい女なんだと、嗤っているに違いない。――それでも、ボクは。

 

 

「……良いでしょう。あなたが何を考えているかはわかりませんが、乗ってやるのです。けれど、ボクはあなたの駒ではありません。あなたの企みごと、踏みつぶしてやるのです」

【やれやれ、どうして私はこうも君に敵認定されてしまっているのかな?】

「あなたが無駄に全身にモザイクをまとっているのがいけないのです。ほら、とっとと力とやらを寄越すですよ。モザイクさん?」

【またその呼び方……次からは少し見た目を変えようかな】

 

 夢唯がガルルと敵愾心を燃やしながらも何者かに手を差し出します。対する何者かは小さくため息を零してから、夢唯の手のひらの上に何かを召喚しました。それは、ぼんやりとした鈍色の輝きを放つ、宝石のような結晶体でした。

 

 

【さぁ、それに触れて。受け入れて】

 

 夢唯はふよふよ宙に浮く謎の宝石に恐る恐るといった手つきでそっと触ると、宝石は輝きを増した後に、夢唯の胸の中へと吸い込まれていきました。刹那、夢唯の胸を起点として、全身が全く別の存在へと書き換えられていくかのような気色悪い感覚が襲ってきました。

 

 

「あ、あぁあああああああああああああ!?」

 

 やっぱりボクは騙されてしまっただけだったのだろうか。ノイズまみれの詐欺師の手のひらで踊らされていただけだったのだろうか。ボクはここで死んでしまうのだろうか。夢唯は己の体を容赦なく駆け巡る衝撃に震え、両の肩を抱いて衝撃をどうにかやり過ごそうとしました。そうして、数分後。少しずつ夢唯を襲う気色悪さが消えていく中、夢唯は肩からゆっくりと両手を離して、地面の水たまりへと視線を移しました。

 

 そこには夢唯とよく似た、しかし夢唯と違ってあまりに美しい黒髪の少女の姿がありました。その少女は白を基調としたきらびやかな教祖服をまとっていて、まるでRPGで中盤くらいに主人公パーティに倒される悪い教会の神父のような装いだとの第一印象を抱きました。

 

 

「うッ!?」

 

 と、ここで。夢唯は頭に鈍痛を感じ、思わず頭に手を当ててうめき声をあげました。その時、夢唯は気づきました。己の頭の中に、精霊についての知識が増えていたのです。

 

 精霊はこことは違う隣界との行き来ができる謎の存在であること。隣界からこの世界に姿を現す時に空間震を発生させて周囲の一定範囲の空間を消滅させてしまうこと。精霊は最強の矛たる天使と、絶対の盾たる霊装をその身に備えていること。夢唯の天使は、夢幻を司る〈夢追咎人(レミエル)〉と称されるものであり、様々な技を器用に使える無形の天使であること。

 

 

「これが、精霊……。最近やたらと日本で増えていた空間震を発生させる元凶に、ボクはなってしまったのですね。つまり、ボクは今日から人類の敵。そうですよね、モザイクさん?」

 

 夢唯はノイズまみれの何者かに問いかけるも、返事はありませんでした。夢唯が宝石に触れて精霊に至った際に、いずこかに姿を消していたようでした。

 

 

「……まぁ良いのです。目撃者がいない方が都合が良いですから」

 

 〈夢追咎人(レミエル)〉で実現できる内容を把握した夢唯は、己の道を決めました。己のやるべきことを定めました。夢唯は早速、定めた方針へと突き進むために〈夢追咎人(レミエル)〉を行使しました。

 

 

「〈夢追咎人(レミエル)〉――【願亡夢(デザイア)】」

 

 夢唯は〈夢追咎人(レミエル)〉の光に包まれ、光が収束した時には全くの別人に成り代わっていました。ちんまい体つきの夢唯から、長身痩躯のスレンダーな体つきをした砂名へと変身していました。

 

 

 夢唯は3年前からずっと考えていました。

 どうしてお姉ちゃんが死んでしまったのだろう。どうしてお姉ちゃんが死ななければいけなかったのだろう。たとえあの日、お姉ちゃんの部屋で誰かが死ななければいけなかったとして、どうしてお姉ちゃんが選ばれてしまったのだろう。どうせ誰か1人が死ぬ運命だったなら、どうしてボクが死んで、お姉ちゃんが生き残る、ではダメだったのだろう。そのように夢唯はずっと考えていました。想いは日に日に強くなる一方でした。

 

 お姉ちゃんは凄い人だった。人を笑顔にさせる天才、友達を作る天才。まるで物語に登場してくる、非の打ちどころのない聖人君子のような人だった。

 

 反面、ボクは何の長所もない、お姉ちゃんに寄生している害虫でしかなかった。お姉ちゃんの限られた人生の時間をいたずらに搾取するクズだった。加えて、こんなにもお姉ちゃんのことを敬愛しているはずなのに、他の薄情者どもと同じように、お姉ちゃんとの思い出を段々と忘れてしまう最悪最低の醜悪な女でしかなかった。

 

 こんなボクなんかを生かして、人類の宝にすらなりえたお姉ちゃんを殺す世界は間違いなくトチ狂っている。どこまでも陰湿で、性根がねじ曲がっているとしか思えない。

 

 

 ――だから、運命を書き換える。

 

 

 あの日、確かにお姉ちゃんは死んだ。

 けれど、お姉ちゃんの死は、ボクの死によってなかったことにする。

 お姉ちゃんはボクを残機として消費して、この世界に再臨するのだ。

 

 そうだ。あの日、死んだのはお姉ちゃんじゃなかった。あの日、死んだのはあくまでボクだった。お姉ちゃんはボクを贄として、この理不尽だらけな世界で寿命を全うする。世界はそうあるべきだ。それこそが正しい世界の在り方だ。

 

 

 ……いや、違う。それだけではまだ足りない。

 この世界は一度、偉大なお姉ちゃんを殺した前科がある。

 ボクが書き換えた運命を、世界が修正しにかかるかもしれない。

 

 そんなことはさせない。もう二度とお姉ちゃんが殺されないように。世界に消されてしまわないように。みんなから忘れ去られてしまわないように。お姉ちゃんが死ぬかもしれない要素を徹底的に排除する必要がある。お姉ちゃんを殺した犯人を見つけ出し、断罪する必要がある。この世界にお姉ちゃんという存在をこれでもかと刻み込む必要がある。世界をお姉ちゃん色に染めきってやらないといけない。全人類がお姉ちゃんなくして生きていけなくなるように、お姉ちゃんに世界征服をしてもらわないといけない。

 

 これこそが、ボクがこの世に生まれた意味だ。

 誰よりもお姉ちゃんのことが好きなはずなのに、当然のようにお姉ちゃんとの思い出を忘れてしまうような矛盾まみれの醜い人間の、正しい命の使い道だ。

 

 

「【迷晰夢(ミスディレクション)】。……お前は、家に帰るのです。まずは心配させてしまったことをお父さんとお母さんに謝って、そこからは夢唯らしく日常に溶け込むのです」

「わかったのです」

 

 夢唯は、天使で己の幻影を生み出しました。これから砂名の残機として消費される自分の代わりに、霜月夢唯として生活してもらうための贋物を作りました。夢唯により生み出された幻影ことシャドウは、夢唯の命に即座に首肯し、音もなく路地裏を去っていきました。

 

 

「……この命は、すべてお姉ちゃんのために」

 

 夢唯は何もかもが嫌いな女の子でした。苗字も名前も髪も声も体つきも嫌いでした。そんな己が、何より大好きな砂名の礎になれることに、薄く微笑みを携えて。

 

 

「【剥誅夢(アムニージャ)】」

 

 夢唯は己の記憶の改竄を行いました。

 かくして。霜月夢唯は、霜月砂名として生まれ変わり、しばしの期間を経て、世界征服に向けて動き始めたのでした。

 

 




霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。謎の精霊ファントムからの二度目の誘いを受け入れる形で精霊になって早速、己の記憶を改竄して、砂名として世界征服をする道を選んだ。
ファントム→何らかの目的を抱えて、何人もの人間を精霊に変えてきた謎の存在。男とも女ともわからない声に、全身にモザイクがかった姿形をしているのが特徴である。中々に強情な夢唯を精霊にさせるのに割と苦労していた模様。

次回「殺害依頼」
 


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16話 殺害依頼


 どうも、ふぁもにかです。夢唯さんの過去編が終わったことにより、ここから物語はクライマックスへと向けて突き進め始めます。志穂さんの時は、過去編が終わった時点でもはや終盤でしたが、霜月コンクエストは夢唯さんの過去編が終わってからがある意味で本番です。お楽しみに。



 

 天宮市の離れの森の中にある、現在半壊中のラタトスクの施設の一角、屋内プールにて。夢唯が天使:〈夢追咎人(レミエル)〉の【迷晰夢(ミスディレクション)】で生み出した、夢唯の幻影ことシャドウは、主の意思に反して、この場の皆に夢唯の過去を赤裸々に暴露した。

 

 

「「「……」」」

 

 シャドウが語る夢唯の軌跡の聞き手となっていた、士道・折紙・四糸乃・琴里・七罪・耶倶矢・夕弦・美九・十香・志穂は、皆そろって言葉を失っていた。

 

 敢えて砂名の姿に変身して世界征服を目指す以上、夢唯に並々ならぬ動機があることは想定できていたことだ。しかし、それでも。夢唯が大好きな家族の死という悲劇を契機に、何を感じ、何を想い、己を消し飛ばし、砂名に成り代わった上で世界を征服しようとしていたのか、その仔細を知った士道たちは、素直に感想1つ安易に吐露する気分にすらなれなかったのだ。

 

 

「ふぅ、少しのどが渇きました。みなさん、ここまでご静聴いただきありがとうございます。……それにしても、あくまで幻影のボクのことではないとはいえ、本物の夢唯の過去をぺらぺら話すという行為は、まるで自分の黒歴史を黒歴史と気づかずに自慢げに話しているように感じて、ちょっと恥ずかしいですね」

 

 だが、当のシャドウは平常運転だった。夢唯の沈鬱な過去の雰囲気に呑まれている士道たちをよそに、一通り語りたいことを最後まで語り終えたシャドウは、軽く咳払いをして、ほんのわずかに頬を紅潮させている。何というか、シャドウの様子は少々場違いだった。

 

 

「夢唯の過去について色々と聞きたいことはあるけれど、まずは本題を聞くのが先ね」

「そうだな。……シャドウ、君は何を俺たちに頼みたいんだ?」

 

 夢唯の過去を語り聞かせたはずの張本人がのほほんとしていることによりどうにか平常心を取り戻した琴里は、脳裏に渦巻く様々な疑問をシャドウに問い詰めたい衝動をこらえて、本題を持ちかける。士道も琴里に賛同し、改めてシャドウの依頼内容を質問する。

 

 

「先ほどは夢唯に世界征服を諦めてもらうための説得方法を思いついてもらうことを期待して、夢唯の過去の話を聞かせる旨の発言をしましたが、それは撤回するのです」

「え?」

「みなさんには――あのクレイジーでサイコなシスコンを殺してほしいのです。みなさんならできるはずでしょう? 夢唯と同等の力を持ち、夢唯の力に抗える、みなさんなら。どうかお願いするのです。夢唯を殺してください。……どうしたのです? みんなそろって、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

 

 シャドウが秘めていた本当の依頼内容を士道たちに告げた刹那、場が凍った。シャドウが口にした想定の埒外な依頼内容に士道たちが驚愕を隠せない中、シャドウは士道たちに深々と頭を下げてお願いをして、そこで初めて士道たちの様子がおかしいことに気づき、顔を上げて首を傾げた。

 

 

「いや、待て! 待つのだ! どうしてお前が、自分の生みの親を殺そうとするのだ!?」

「そう、ですよ。どうして夢唯さんを殺してほしいだなんて、言うんですか? ……私は、理解できません」

「いや、どうしてと言われても困るのです。どうしてみなさんがボクに追加の説明を求めてくるのか、それこそ理解不能なのです。夢唯の過去がそのまま、ボクが夢唯を殺してほしいと願う理由なのです。みなさんもわかったでしょう? 夢唯は生まれながらに異常者なのです。その異常性はお姉ちゃんの熱心なカウンセリングのおかげで薄らいでいましたが、お姉ちゃんが死んだことで異常性はぶり返しました。お姉ちゃんが好きすぎるあまり、お姉ちゃんの死を契機に夢唯は派手にぶっ壊れていきました。お姉ちゃんの死後、お姉ちゃんの部屋で過ごし始めて、毎日毎日霜月家のお墓を磨いて、お姉ちゃんの写真を、動画を鑑賞して、眠りにつくとともにお姉ちゃんの夢を見る。もう、中毒なのですよ。夢唯は、砂名(サナ)ニウムがなければ生きていけない、ふざけた体質になり果ててしまったのですよ」

 

 十香や四糸乃からシャドウの殺害依頼の意図を問われたシャドウは、心底不思議そうな表情を貼りつけながら、己が夢唯を殺すべきと判断し士道たちに依頼するに至った理由を早口に述べていく。そうしてシャドウは一呼吸を挟んだ後、論拠の提示を再開する。

 

 

「で、そんな異常な人間が、謎の人物(モザイクさん)に目をつけられて精霊の力を与えられてしまいました。その結果、夢唯はますます暴走しました。夢唯という人格をかき消してお姉ちゃんに成り代わるわ、世界征服を目指して宗教団体を立ち上げるわ、結束の儀と称して公開拷問ショーを開催するわ、お姉ちゃんを殺した仇だと確定しているわけでもないのに士道さんや志穂さんを容赦なく斬り殺そうとするわ。もう破綻しているのですよ、霜月夢唯という人間は。……それで? そんな砂名(サナ)ニウムの末期中毒者を、本当に説得できると思うですか? 夢唯の過去を聞いて、こう言えば夢唯の世界征服を諦めさせられるのではないかと、活路を見出せた人はいるですか? いないですよね? それこそ天国からお姉ちゃんを復活させて、夢唯と会わせでもしなければ、夢唯は止まらないのですから。……馬鹿に付ける薬はないし、馬鹿は死ななきゃ治らない。夢唯という大馬鹿を止めるには、もう殺すしかないのですよ」

「それは……」

「夢唯はお姉ちゃんのためになると確信すればどんな犠牲だって生み出せてしまう、天災です。ま、所詮、夢唯はモザイクさんから与えられた借り物の力でブイブイいわせてるだけの俗物なので、夢唯の世界征服は成功せずにどこかで頓挫するんでしょうが……このまま放置すれば夢唯は、世界征服のために幾多の屍を築き上げ、間違いなく世界に大ダメージを負わせますよ? その辺、わかってます? 夢唯を止められるだけの力を持つあなたたちのやるべきことは、夢唯に中途半端に同情して刃を下ろすことではなく、世界と夢唯を天秤にかけて、世界を優先して夢唯という危険因子をこの世から排除することなのです。……ボクは何か、間違っていることを言っているですか?」

 

 夢唯が危険な存在であること。夢唯が改心する手段が存在しないこと。これらの根拠を軸に夢唯を殺すよう主張するシャドウに、士道はどうにか反論の言葉を紡ごうとするも、シャドウはそれを遮り、何としてでも士道たちが夢唯殺害へと舵を切るように誘導を試みる。

 

 

「シャドウよ。確かに、貴様は間違ったことは言っていないのだろう。しかし我は解せない。どうして主に生み出された幻影の貴様が、そこまで強硬に主を殺そうとする? 従者は主に尽くしてこそであろう?」

「首肯。夢唯に生み出されたシャドウのあなたが、生みの親に明確に殺意を抱くこの現状に、私も疑義を抱いています。あなたが夢唯を殺したいと願う理由は本当に、夢唯が危険な人物だから、という理由だけですか?」

「……当然、他にも理由はあります。聞かないと納得できないというのなら話すです。夢唯に生み出された、夢唯の幻影たるボクには、夢唯の記憶がありますし、夢唯が今何をしているのかという記憶をいつでも参照することができます。……でも、それだけなのです。記憶から夢唯の今までの人生を観測こそできても、その時夢唯が何を思ったのかという感情を感じ取ることができないのです。……ボクはいわば、唐突に霜月夢唯の伝記本を渡されて、『お前は今から、この本を参考にして霜月夢唯に変装して生きろ』と命令されているような気分なのですよ」

 

 どうシャドウに切り込めばいいのかについて上手く解を導き切れない士道の代わりに、耶倶矢と夕弦がシャドウに率直な問いを投げかけると、シャドウは己を始めとした夢唯の幻影の仕様について語り始める。

 

 

「つまり、ボクは夢唯の記憶を持っていて、ちょこっとだけ〈夢追咎人(レミエル)〉を使えるだけの一般人なのです。そんな、一般常識を持った普通の人間が、夢唯の蛮行を目の当たりにして、『いや、世界征服なんて馬鹿げてる』と思って何がいけないのですか? 夢唯の世界征服が成功してしまった先に広がる、世界中がお姉ちゃんに満たされた世界を、誰もがお姉ちゃんを想ってお姉ちゃんを信奉する世界を、気持ち悪いと思って何がいけないのですか?」

「……それが、あなたが夢唯を殺そうとする理由なのね」

「はいです。今までは士道さんたちのような、夢唯に対抗しうる存在を知らなかったので、ボクは夢唯の命に従い、忠実に夢唯を演じることしかできませんでしたが……あなたたちの存在を知った以上、もう夢唯の唯我独尊なわがままに付き合っちゃいられないのです。……お願いなのです。夢唯が世界をメチャクチャにする前に、夢唯を殺してくれないですか?」

 

 シャドウが夢唯を殺そうとする動機に琴里が納得すると、シャドウは己の気持ちを理解してくれたものと解釈して、早口に言葉を紡ぎ、改めて士道たちに夢唯殺害をお願いする。

 

 

「「「……」」」

 

 屋内プールに、沈黙が支配する。士道たちは、どう夢唯に回答すべきかを決めあぐねて、互いに顔を見合わせる。しかし、士道たちは夢唯を殺すべきか否かという選択で迷っているわけではなかった。

 

 ある者たちは、夢唯に共感を抱き、それゆえに夢唯を救いたいと強く願った。もしも家族が、双子の片割れがある日唐突に理不尽に殺されたとしたら、方法こそ違えど、己もまた夢唯みたいに間違いなく暴走することだろう。そのような未来が容易に想像できるからこそ、今現在思いっきり暴走してしまっている夢唯を救いたいと望んだ。

 

 ある者たちは、夢唯に憐憫の情を抱き、それゆえに夢唯を救いたいと強く願った。夢唯は今、悲しみと絶望のどん底にいて、這い上がる方法を失い、ずっと沈んでいる。そんな彼女を負の感情で満たされた水底から引っ張り上げて、士道に救われた自分たちと同じように、彼女にも光で満ちたこの世界を体験させてあげたいと望んだ。

 

 ある者たちは、夢唯が危険だと承知の上で、それでも夢唯を救いたいと強く願った。夢唯がいかに危うい性格をしているのかは理解した。しかしそもそも精霊は総じて天災であり、危ないものだ。そんな危ない精霊を相手に、手探り状態で攻略方法を探しながら、これまで何度もデートして、デレさせて、救ってきたのが士道であり。当の士道に救われたのが自分たち精霊なのだ。ゆえに、危ない思想を抱えて邁進する夢唯相手でも構わず、今まで通りに夢唯を救うことを望んだ。

 

 ある者は、もとい志穂は、後悔の果てに夢唯を救いたいと強く願った。己が砂名を殺してしまったことで、人生が狂ってしまった者がいる。夢唯の暴走を引き起こしたのは、他ならぬ志穂だ。ゆえに志穂は、夢唯の暴走を止めることを、夢唯に捧ぐ最初の贖罪とすることを望んだ。

 

 そう。どれほど霜月夢唯が危険人物だろうとも。夢唯の世界征服をやめさせる説得方法がわからなくても。決して夢唯を見捨てない。諦めて夢唯を殺したりなんてしない。必ず夢唯を救ってみせる。これが、士道たちの物言わぬ総意だった。

 

 

「…………正気なのです?」

「ごめん、シャドウ」

 

 場は相変わらず無言のまま硬直している。しかしシャドウは士道たちの雰囲気から、士道たちが導出した結論を察し、わずかに目を見開き、信じられないといった声色で問いかける。そんなシャドウに対し、士道は一言、謝罪した。士道たちを頼ってきたシャドウを突き放す結論となったことに、士道は目を伏せて謝る。

 

 

「はぁ、そうですか。……失敗なのです。もしかしなくても、いっそ夢唯の事情を話さなかった方がまだ、みなさんが夢唯を殺してくれる可能性ありましたかね、これ。そっか、失敗かぁ。どうしてこうも、この世界はボクの思惑通りに動いてくれないのやら」

 

 シャドウは屋内プールの屋上を見上げて、小さくため息を吐く。シャドウはこの状況ではいくら理論武装をしても、士道たちの心変わりを期待できないと判断したようだ。

 

 

「で、何のつもり?」

「……何のつもり、とは?」

 

 と、ここで。琴里が剣呑な視線でシャドウを射抜き、突き放つような鋭い口調で問いかける。夢唯がコテンと首を右に傾ける。素直に琴里の発言の意図を図りかねている様子だ。

 

 

「シャドウ。あなたは夢唯の記憶をいつでも参照できるのよね? それなら当然、今日の士道とのデートの記憶もあるわよね? それなら士道の人となりはよくわかっているでしょう? 夢唯の過去を聞かせたことで、『よし、夢唯は危ない奴だから殺そう』だなんて結論を出さない男だってことくらい、あなたはわかっていたはずよ。それなのにどうしてわざわざ私たちに夢唯の過去話を聞かせたの? 士道が、私たちがまず首を縦に振らない夢唯の殺害依頼を、どうして吹っ掛けてきたの?」

「あなたはやたらと疑い深い人のようですね。この世の人間はボク含め、大抵馬鹿ばっかりなのですよ。誰も彼もがあなたみたいに深慮遠謀をめぐらせているわけないじゃないですか。ボクは、みなさんに夢唯を殺してもらうためには、夢唯の過去を共有することが欠かせないと思ったから話したまでです。逆効果だったようですけどね。……でも、そうですね。仮に他に理由があるとするなら、ボクはただ――」

 

 琴里の問いにシャドウがほんの少しだけ思案した後に回答しようとした、刹那。ザクッと音が鳴った。それは、シャドウの胸に鋭利な刃物が突き立てられた音だった。シャドウの背後に、シャドウとまるでそっくりな黒髪の少女が、きらびやかな司祭服をまとった精霊:霜月夢唯が立っていて、手に持つ日本刀でシャドウの心臓を貫いた音だった。

 

 

「――よけいなことをいうな」

「が、ふッ――」

 

 士道たちが眼前のショッキングな光景に目を見開くことしかできない中。夢唯がシャドウの体から日本刀を抜き取りつつシャドウに吐き捨てる。赤い鮮烈な液体がシャドウの胸から噴出する中、シャドウは力なく床に倒れ、しかし血の滴る日本刀を握りしめる夢唯を視界に捉え、あざ笑う。

 

 

「はは。思ったより、来るのが早かったですね。その焦りようからして、よほどボクの行動は都合が悪かったのですね。良い気味なのです。……それにしても幻影を解除すればボクを消滅させられるのにわざわざ不意打ちで胸を得物で貫いて殺すだなんて、趣味が悪いのです。さすがは、夢唯。醜さ一等賞――」

「うるさいのですよ!」

 

 シャドウの胸の傷は傍目から見ても致命傷だった。それでもシャドウは夢唯を見上げて侮蔑する。対する夢唯は、シャドウが突きつけてくる発言を受けて、怒りの為すがままに日本刀でシャドウの首を斬り落とした。シャドウの首はしばし宙で回転し、赤い道筋を遺しながら床を転がっていく。その後、シャドウの首が、胴体が、床を染めていた血がすべて霧となって消失する。

 

 

「【剥誅夢(アムニージャ)】!」

 

 続けて夢唯は士道たちに手のひらを差し出して天使〈夢追咎人(レミエル)〉の使用を宣言する。しかし、本来であれば士道たちの記憶を改竄できるはずの【剥誅夢(アムニージャ)】の効果は、士道たちにはまるで通じなかった。『体内に夢唯以外の霊力を持つ者に、夢唯の記憶改竄は通じない』という令音の説が真実味を帯びた瞬間であった。

 

 

「はぁぁぁ。やっぱり通じないですよね。そんな気はしていたです。薄々感じてはいましたが、ボクの〈夢追咎人(レミエル)〉って実はクソザコ能力説あるですよね? あのモザイク野郎、まさかボクに産廃押しつけたんじゃないですよねぇぇ??」

「夢唯!」

「ふぅ。さっきぶりですね、士道さん。宣言通り、あなたを殺しにはるばる参上したのです。ちゃんと知己に遺言は残したですか? まぁ残していなくても今から殺すですが。恨むなら迅速に遺言を残さなかったノロマな自分自身を恨むのです」

 

 夢唯は深々とため息を吐き、苛立ちを隠さず髪をぐしゃぐしゃ掻きむしるも、士道から名を呼ばれるやいなや、苛立ちの感情を心の奥にあっさりと封印してケロッとした表情で語りかけてくる。

 

 士道は、夢唯の感情が読めなかった。シャドウを殺した時や士道たちの記憶を改竄しようとした時は目に見えて激昂していたのに、士道に言葉を返す夢唯はどこまでも冷静で。どこに本当の夢唯が存在するのかをまるで推測できなかった。

 

 

「しっかしまぁ……」

 

 一方の夢唯は、屋内プールの構造を軽く一瞥して把握し。

 それから士道と、元精霊たちに視線を移す。

 

 

 ――そして。

 

 

「最悪なのです。ボクの幻影が勝手なことをしたせいで、士道さんだけじゃなくて、この場の全員を殺さないといけなくなったじゃないですか……!」

 

 明確な殺意を漆黒の瞳に宿し、激情に身を任せて。

 日本刀を士道たちに突きつけて叫ぶのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。夢唯の過去を知り、ますます夢唯を救いたい心境に至った士道は、精霊たちと目線で認識を共有した後、夢唯の殺害依頼を明確に断ることとした。
五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。シャドウが持ちかけてきた夢唯の殺害依頼には裏があると読んでいるようだが、琴里の読みは果たして当たっているのか。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。己の秘密を知り、記憶を改竄できない士道たちを殺す気満々のようだ。
シャドウ→精霊:扇動者(アジテーター)こと霜月夢唯が生み出した、幻影の夢唯。自称『シャドウ』。夢唯の過去を長々と語った上で夢唯の殺害を士道たちに依頼したが、案の定士道たちに断られてしまった。

 というわけで、次回は戦闘です。戦闘描写の都合上、地の文が多めになってしまうので、適宜飛ばしながら読んでやってください。

次回「夢追咎人の猛攻」
 


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17話 夢追咎人の猛攻


 どうも、ふぁもにかです。この17話は、本作『霜月コンクエスト』における特にヤバいシーンの3つ目となります。特に後半部分が要注意ですね。尤も、この17話まで閲覧してくれた読者の皆さんにはもはや、この手の警告は不要かもしれませんけどね。



 

「最悪なのです。ボクの幻影が勝手なことをしたせいで、士道さんだけじゃなくて、この場の全員を殺さないといけなくなったじゃないですか……!」

 

 天宮市の離れの森にあるラタトスクの施設の一角、屋内プールにて。夢唯の事情を詳らかに話した、幻影の夢唯ことシャドウは、〈夢追咎人(レミエル)〉の【胡蝶之夢(バタフライ)】の瞬間移動能力で姿を現した本物の夢唯により首を刎ね飛ばされて殺された。そして、当の夢唯は、士道と元精霊たち(折紙・四糸乃・琴里・七罪・耶倶矢・夕弦・美九・十香・志穂)への殺意をみなぎらせながら、右手に持つ日本刀を士道たちに突きつけた。

 

 

「……なるほど」

「折紙?」

「どうしてシャドウが私たちに夢唯のことを話したのかについて合点がいった。シャドウの願いは、私たちに夢唯を殺してもらうこと。けれど、士道の性格を夢唯の記憶を通じて知っているシャドウには、私たちに正面から夢唯殺害を依頼したところで私たちが断る未来が容易に想像できていた。だから、シャドウは私たちにこれ見よがしに夢唯の過去を暴露した。〈夢追咎人(レミエル)〉の記憶改竄が通じない相手に、堂々と夢唯の秘密を共有する姿を見せつけることで、秘密を知る人を殺したがっている夢唯の殺害対象を増やした。すべては、私たちに夢唯を殺してもらうため。夢唯が私たちを本気で殺しにかかる状況を作り、私たちに夢唯を殺す以外の選択肢を与えないため」

「やってくれるじゃない……!」

 

 もはや夢唯との戦闘を回避できそうにない。十香たち元精霊が、士道に封印されている状態でも使用できる限定霊装と天使を顕現させる中。折紙はシャドウの思惑を皆に共有する。結果、士道たちにありったけの殺意をぶつけてくる夢唯がこの場に存在する状況そのものが、シャドウの思惑通りであるということを知った琴里はギリリと歯噛みした。

 

 

「夢唯! 俺の話を聞いてくれ! 俺は夢唯と戦いたくなんて――」

「士道さんの気持ちなんて知ったことじゃないのです。人の口に戸は立てられない以上、ここであなたたちを見逃せばボクの秘密はどんどん公然の元にさらされてしまうです。そんなこと、許してなるものか。お姉ちゃんをやり直す以上、強大な世界を敵に回してお姉ちゃんに世界征服してもらう以上、ほんのわずかなイレギュラーも認めてはいけないのですよ!」

「夢唯ッ!」

「黙るです! ボクの秘密を知る者は等しく皆殺し、これに例外はないのです!」

 

 望み薄とはわかっていつつも、それでも士道はどうにか夢唯との戦闘を避けるべく声を張り上げるが、夢唯は士道の要請を突っぱねる。士道の話なんぞ聞く耳持たずのスタンスな夢唯は、ギラギラとした殺意に満ち満ちた視線で士道たちを射抜く姿勢をやめる気配がない。

 

 

「くッ……!」

 

 士道は逡巡の末、覚悟を決めた。夢唯を止めるため、夢唯に殺されないために、十香の天使:〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を両手に構えた。

 

 

「〈垓瞳死神(アズラエル)〉――【入力(インプット)】」

 

 ここで志穂は、夢唯の視界に入らないよう士道たちの陰に隠れて、こっそり己の、人間の生と死を司る天使こと〈垓瞳死神(アズラエル)〉の技を発動した。刹那、漆黒のマントの造形をした志穂の天使に付与された無数の人間の目の一部に、この場の全員の名が刻まれる。士道・折紙・四糸乃・琴里・七罪・耶倶矢・夕弦・美九・十香・志穂・夢唯の名が刻まれる。

 

 志穂の〈垓瞳死神(アズラエル)〉は生と死を司る天使だ。志穂が〈垓瞳死神(アズラエル)〉の目に刻まれた名前を【閉眼(クローズ)】すればいつでも士道たちを殺すことができる。しかしそれは言い換えると、志穂が【閉眼(クローズ)】しさえしなければ、夢唯との戦闘で、何があっても士道たちが死なないということを意味していた。

 

 志穂が士道たちを殺しにかかるわけがない以上、生と死を司る天使〈垓瞳死神(アズラエル)〉がこの場の全員の名前を【入力(インプット)】で刻んだ時点で、この戦闘では誰も死なないことが確定している。志穂から提供される、絶対的な生存保証に基づいた上でこれから始まる夢唯と士道たちの戦いは、ある意味で茶番も同義だった。

 

 

「士道先輩! 準備完了ッス!」

「ありがとう、志穂。みんな、夢唯を迎え撃つぞ!」

 

 夢唯に悟られないように、志穂から生存保証の付与完了の旨を伝えられた士道は、皆に夢唯の攻撃の迎撃態勢を指示する。元精霊たちも士道の指示に一様にうなずき、各々の天使を構え、夢唯の動向を注視する。

 

 

「いきますよぉ♪ 〈破軍歌姫(ガブリエル)〉――【行進曲(マーチ)】!」

 

 ここで志穂に続き、士道たちに次なる支援が行使される。美九の音楽だ。美九は、〈破軍歌姫(ガブリエル)〉を、光の鍵盤を顕現させて、たおやかな指で音楽を奏でていく。その勇ましい音楽は士道たちに、いつもの自分以上の圧倒的なパワーを与えてくれた。志穂の生存保証に美九のバフ。いかに相手が封印されていない精霊であっても、後れを取ることはないはずだ。

 

 

「まずは小手調べです。【亜苦夢(ヴィジョン)】」

 

 だが、士道たちの推測をあっさりとひっくり返す一手を夢唯は発動した。夢唯の夢幻を司る天使:〈夢追咎人(レミエル)〉から繰り出される【亜苦夢(ヴィジョン)】だ。刹那、士道たち全員の脳内にとある光景を押しつけられる。それは、先ほどのシャドウの最期と同様に、士道が為す術もないままに夢唯の日本刀で首を刎ね飛ばされ、物言わぬ屍と化す光景だ。

 

 

「士道、さん……!?」

「そんな、ウソでしょ……」

 

 四糸乃が、七罪が、士道の無残な死の光景の虚像に明らかに動揺を見せる。他の面々も言葉にこそ出さなかったが、士道の死の光景を突きつけられて、動揺を見せていた。しかし、当の本人である士道の動揺は薄かった。以前、自身が残酷に殺される光景を夢唯に無理やり見せられた経験があったからだ。

 

 

「みんな、俺は平気だ! 〈垓瞳死神(アズラエル)〉が見守ってくれているんだ、俺は絶対に死なない!」

「「「ッ!」」」

 

 ゆえに、士道は即座に平静を取り戻し、動揺冷めやらぬ仲間たちに叫ぶ。その士道の声で、元精霊たちはハッと我に返った。

 

 

「シドー、すまない。私はどうかしていたようだ」

 

 士道の叫びによっていち早く我を取り戻した十香は再び己の天使を構える。十香に続くように、折紙・琴里・耶倶矢・夕弦・美九・志穂も動揺状態から立ち直り、先ほどまで【亜苦夢(ヴィジョン)】に目に見えて狼狽していた四糸乃や七罪も少し遅れながらも戦意を取り戻す。

 

 

「精神攻撃をさも当然のように跳ねのけたですか、厄介の極みなのです。ではお次はこうです。【迷晰夢(ミスディレクション)】」

 

 夢唯は【迷晰夢(ミスディレクション)】を行使し、自身の前方に刃渡り200メートル級の巨大な刀を召喚し、ふよふよ浮かぶ巨大な刀の反りを士道たちへと蹴り飛ばす。巨大な刀はぐんぐん速度を挙げて士道たちの体を一刀両断するべく迫ってくる。

 

 

「させるものか!」

 

 が、巨大な刀による一薙ぎは、十香により防がれた。十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の刀身で巨大な刀を受け止める。十香は刀の衝撃に一時吹っ飛ばされそうになるも、足に渾身の力を注いで衝撃に耐えて、「おおおおおおおおおおおおッ!」と裂帛の気合いとともに〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振り抜き、巨大な刀を弾き飛ばした。弾かれた刀はぐるんぐるんと盛大に回転し、屋内プールの一角に深々と突き刺さる。

 

 

「十香、助かったよ」

「うむ。これくらい私にかかれば――」

「だーりん、みなさん! 上ですぅ!」

「ッ!?」

 

 士道が皆を代表して十香に感謝し、十香が士道に応対していると、美九の緊迫した声が届く。士道たちが弾かれたかのように上へと視線を移すと、その先に無数の槍が存在した。軽く千以上の膨大な数の槍が士道たちを貫かんと、重力を無視した圧倒的な速度で地上へと降り注ごうとしていた。

 

 

「いくよ、夕弦!」

「呼応。私たちにお任せあれ」

 

 何もしなければ数秒後には全員槍の雨の餌食となってしまう状況下。耶倶矢と夕弦は一緒に〈颶風騎士(ラファエル)〉を発動させ、上空に上昇気流を発生させる。夢唯の【迷晰夢(ミスディレクション)】で召喚された無数の槍はしばし風に抵抗していたが、やがて〈颶風騎士(ラファエル)〉の強烈な風に押し負ける。結果、無数の槍は風に吹き飛ばされ、これまた屋内プールのあちらこちらに次々と転がっていく。

 

 

「これもダメなら……」

 

 士道は上空からの攻撃にいち早く気づいてくれた美九と、実際に士道たちを守ってくれた耶倶矢と夕弦に感謝しようとして、しかし先ほどの上空からの不意打ちに気づけなかった点を反省し、油断せず夢唯を見据える。夢唯はブツブツと何事かを呟きながら自身の傍らに奇怪な構造をした機関銃のような兵器を召喚していた。

 

 

「全員まとめて死にさらすのです!」

「させない!」

 

 夢唯が機関銃に蹴りを入れると、機関銃は勝手にフルオートで幾多の銃弾を発射し始める。だが高速で空間を駆け抜ける銃弾が士道たちの体を貫くことはなかった。七罪が〈贋造魔女(ハニエル)〉を行使したことで、銃弾が光を放ったかと思うと、次の瞬間にはたんぽぽの綿毛へと変化したからだ。

 

 

「刀も槍も銃もダメ、じゃあこれなら……」

 

 夢唯は自身の攻撃が上手く嵌らずすべて防がれてしまう状況に苛立ちを募らせつつも、あくまで冷静に次なる武器を【迷晰夢(ミスディレクション)】で生成する。夢唯の背後に、全高10メートル級のトンデモサイズの戦車を生成する。戦車は夢唯にガツッと蹴られたことをきっかけに、砲身に暴力的な輝きを放つ光を結集させ、紫電のレーザービームを放出した。

 

 

「よしのん!」

『いっくよー!』

 

 夢唯の士道たちへの殺意の高さの象徴ともいえる、圧倒的なエネルギーを抱え持つレーザービームに対し。四糸乃が〈氷結傀儡(ザドキエル)〉と化した兎のパペットことよしのんに呼びかけて、士道たちの前方に氷の防壁を構築する。

 

 レーザービームは厚い氷の壁を少しずつ穿ち、四糸乃は〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の氷の厚みを増やしていく。両者のせめぎ合いはしばし続き、四糸乃の氷の壁は盛大な破砕音とともに崩壊した。が、同時にレーザービームの威力が消え、紫電の光は周囲の光に溶け込んで消失し。レーザービームを放った巨大な戦車自体も相当な無茶をしていたのか、粉々に爆散した。どうやら四糸乃の氷壁と夢唯のレーザービームの勝負は、引き分けに終わったようだ。

 

 

「……さすがは夢幻を司る天使:〈夢追咎人(レミエル)〉。何でもありね、メチャクチャだわ」

「あぁ。でも、夢唯の攻撃を俺たちはちゃんと凌げている。精霊の霊力は有限だ。この調子なら、夢唯の霊力を枯渇させられる。夢唯を止められる」

「……ええ、そうね。油断せずに行くわよ」

 

 夢唯が次々繰り出す〈夢追咎人(レミエル)〉の多様な攻撃手段を前に、琴里は夢唯の脅威を改めて肌で感じ、ポツリと弱音にも似た呟きを漏らす。だが、琴里の心境をくみ取った士道が力強い口調で希望を琴里に示すと、琴里は気持ちを持ち直し、毅然とした態度で士道に言葉を返した。

 

 

「はぁぁぁ。ホントイライラするですよ。どうせあなたたちの死は決まっているというのに、無駄に全力で抵抗しやがって、ボクがお姉ちゃんとして生きる時間を削りやがって……嫌がらせにも程があるのですよ」

「夢唯! 俺たちにお前と戦う意思はない! 攻撃をやめてくれ!」

「うるさいのです。あなたたちはここで殺す、もう決めたことなのです。精神攻撃もダメ、武器任せの物理攻撃もダメとなると……搦め手でしょうか?」

 

 夢唯は髪をかきむしりながら、士道の要請をすぐさま拒否しつつ、【迷晰夢(ミスディレクション)】を行使する。が、今までのように屋内プール内に新たな武器が登場することはなかった。代わりに現れたのは、士道たちの幻影だった。士道・折紙・四糸乃・琴里・七罪・耶倶矢・夕弦・十香・美九・志穂。10人と全く同じ造形をしたシャドウが、何人も何十人も何千人も夢唯の前に召喚されていく。

 

 

「なぁ!?」

「さぁ行くのです、奴らを殺すのです!」

 

 士道たちが驚愕に目を見開く中、夢唯はシャドウたちに士道たちの殺害を命じる。シャドウは夢唯の命令を疑うことなくコクリとうなずき、無手のまま士道たちの元へと駆けていく。

 

 

「この、無駄だっての……!」

「夕弦! 我らも続くぞ!」

「応答。耶倶矢に合わせます」

 

 七罪が〈贋造魔女(ハニエル)〉でシャドウを次々と飴玉に変身させるも、耶倶矢と夕弦が〈颶風騎士(ラファエル)〉の風で吹き飛ばすも、士道たちのシャドウの一斉行軍は勢いを増すばかりだ。当然だ。夢唯はシャドウを増産し続ける一方、士道たちは自分たちと全く同じ姿形をした者を殺せず、無害なものに変身させるか遠くへ追っ払うことしかできていないのだから。

 

 無論、〈垓瞳死神(アズラエル)〉の瞳に士道たちの名前を【入力(インプット)】している以上、士道たちが死なないことには変わりない。だが、この絶対的な生存保証には1つだけ穴がある。もしも志穂が夢唯の攻撃により気絶してしまうと、志穂が顕現している天使〈垓瞳死神(アズラエル)〉もまた消えて、生存保証が消失してしまうのだ。ゆえに、シャドウ軍団の数が増え続ける状況は、志穂が襲われて気絶してしまいやすくなることとイコールであり、士道たちの生存保証を脅かす脅威に他ならなかった。

 

 

「こ、これとってもマズい状況じゃないですかぁ!?」

「非常に危うい状況と言える。一番マズいのは、シャドウたちの接近を許してしまい、誰が本物で誰がシャドウかがわからなくなってしまうこと。誤って本物が本物を攻撃してしまえば最後、私たちの迎撃態勢は崩壊し、全員もれなく夢唯に殺されてしまう」

 

 美九が迫りくるシャドウたちの大群に冷や汗を流し、折紙もまた眼前の絶望的な状況に内心で戦慄しつつも表向きは平坦な口調で現状における最大のリスクを皆に共有する。しかし、現状にさほど危機感を抱いていない者がいた。志穂だ。

 

 

「だいじょーぶ、私に策があるッス! 〈垓瞳死神(アズラエル)〉――【宣告(センテンス)】!」

 

 志穂は肩に羽織ったマント型の〈垓瞳死神(アズラエル)〉を掴みながら技を行使すると、志穂を含めた士道たちの頭の上に、まるで血で象られたようなおどろおどろしいフォントの数字が表示される。士道たちの頭上にふわりと浮かぶ数字は、桁数こそ10桁で統一されていたが、1,892,161,856、1,908,777,258などと、人によりバラバラの値を示しており、頭上の数字は1秒ごとに1ずつ数を減らしていく。

 

 志穂は士道たちに、頭上の数値がゼロになった時に死亡する技を行使した。だが当の士道たちに動揺はなかった。志穂の行動の真意を即刻理解したからだ。

 

 夢唯が作った士道たちの偽物ことシャドウは、そもそも幻影だ。幻影は人間ではなく、それゆえ志穂の〈垓瞳死神(アズラエル)〉による生死管理能力の対象外。すなわち、頭の上に赤い数字が浮かんでいる人が本物で、それ以外はシャドウだということを意味している。志穂は自分たちに【宣告(センテンス)】することで、本物と偽物を容易に判別する手段を提供してくれたのだ。

 

 

「これで簡単に見分けつくッスね?」

「あぁ。助かるよ、志穂」

「えっへへ。もっと褒めてくれても良いんスよ?」

「……あのぅ、〈夢追咎人(レミエル)〉を舐めてるですか?」

 

 士道から褒められた志穂が赤みがかった頬で笑みを浮かべる中、夢唯は志穂を睥睨し、【迷晰夢(ミスディレクション)】を追加行使する。直後、シャドウたちの頭にも、士道たちと同様に10桁の赤い数字が浮かび上がり、1秒ごとにカウントダウンを始めていく。

 

 

「そんなッ!?」

「無為な抵抗、ご苦労様なのです」

 

 志穂が悲鳴染みた声を上げ、夢唯が志穂の思惑を挫けたことにわずかに口角を吊り上げる。しかし実は、志穂の今の言動は演技だった。志穂はこっそりと〈垓瞳死神(アズラエル)〉の技の1つ、【同期(シンクロナス)】を発動させた。それは、本物の士道たちの頭上に浮かぶ寿命の数字を同じ数字に統一するという技だ。

 

 しかし、それだけではない。この【同期(シンクロナス)】という技には特殊効果がある。対象の死期を同期させることにより、同期した面々は互いの位置を、状況を、目で見ずとも共有できるという効果だ。志穂は夢唯を除く自分たちの寿命をそろえ、対象を無理やり運命共同体にすることで、頭上に浮かぶ赤い数字の有無以外で、本物とシャドウとを見分ける術を志穂は皆に提供した。要するに、【宣告(センテンス)】は夢唯を釣るエサでしかなく、志穂の本命は【同期(シンクロナス)】の方だったのだ。

 

 

「くそッ……」

 

 士道もまた、志穂の演技に付き合い苦悶の表情を浮かべながら、無表情で迫りくる士道たちのシャドウに対し〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を行使し、シャドウの足元に氷の柱を生み出して、シャドウたちを転ばせる。偽物とはいえ、自分たちと全く同じ見目をしたシャドウ相手に、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振るって斬り殺すなんて、士道にはできなかった。

 

 志穂の〈垓瞳死神(アズラエル)〉のおかげで、本物とシャドウとを間違える心配はなくなった。しかし、士道たちがシャドウを殺せないがために、状況は刻一刻と悪化していた。夢唯は士道たちのシャドウの召喚をやめないために、屋内プールは段々とシャドウで埋め尽くされていき、士道たちは徐々にシャドウの大群の猛攻をさばききれなくなってしまう。

 

 

「このままじゃあ……」

『いやぁ、笑っちゃうくらい大ピンチだねー』

「……やるしかない、か」

 

 最悪の未来を想像したのだろう。四糸乃の顔が蒼白に染まり、よしのんの声色もどこか固い。もはや、自分たちと全く同じ見た目だからといって、シャドウ殺害をためらっていられる状況ではなかった。士道は覚悟を決めると、眼前の七罪のシャドウの体に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の柄をぶつけてぶっ飛ばし、追撃とばかりに七罪のシャドウに〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振り下ろ――。

 

 

「や、やだ! 死にたくない!」

 

 その時、尻もちをついている七罪のシャドウが頭を抱えて叫んだ。士道は、七罪のシャドウに振るおうとしていた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉に渾身の力を込めて切っ先をズラし、結果として〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は七罪のシャドウの隣の床を深く抉った。

 

 

「いや、いや! 私は死にたくない。士道、私の代わりに死んでよ!」

「あ……」

 

 七罪のシャドウがゆらりと立ち上がり、血走った眼で士道を睨みつけて、士道の首を絞めるために手を伸ばしてくる。七罪のシャドウが士道を殺すべく手を伸ばしてくる。何もしなければ七罪のシャドウの攻撃を喰らってしまう。それはわかっている。けれど、士道は動けなかった。目の前の七罪のシャドウに、反撃できなかった。士道の耳には、『死にたくない』という七罪のシャドウの悲鳴がずっと反響していた。

 

 

「士道!」

「え、腕が……?」

 

 七罪のシャドウが伸ばした手は、士道に届くことはなかった。七罪のシャドウの手が、光線に貫かれ、はじけ飛んでいたからだ。七罪のシャドウは困惑に眉を歪めて、続けて幾重もの光線が七罪のシャドウの体を貫き、七罪のシャドウは為す術もなく絶命し、血も遺体も瞬く間に消え去った。士道は光線が放たれた元へと視線を移す。そこには〈絶滅天使(メタトロン)〉の複数の羽を七罪のシャドウへと向けている折紙の姿があった。

 

 

「折紙……!」

「士道。殺らないと私達が殺られる」

「わかってる! わかってるけど……!」

「……わかった。士道の分も、私が殺す」

 

 折紙は士道にシャドウを殺すよう促すも、士道の葛藤を見ると、士道に手を汚させないよう士道の前に立ち、〈絶滅天使(メタトロン)〉の光線で次々とシャドウを殺し始める。傍目から見れば、折紙は淡々と士道たちのシャドウを殺しているように見える。だが士道は気づいた。シャドウを容赦なく殺していく折紙の瞳が、細かに震えていることに。

 

 

「夢唯! こんなやり方、卑怯だぞ!」

「そう言われましても、敵の嫌がることをするのが殺し合いの基本なのですよ。やっとあなたたちに効果的な殺し方にたどり着けました。良かったのです。これで大人しくみんな仲良く死んでくれますね?」

 

 十香もまた、折紙と同様に覚悟を決めて、シャドウたちの悲鳴をなるべく聞かないように極力シャットアウトしながら、シャドウたちを〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で斬り殺していく。その最中で十香が吼えるようにして夢唯の戦い方を非難するも、夢唯は凶悪な笑みを浮かべるのみで、まるで動じない。

 

 

「切り裂け、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

「い、痛くしないで、琴里さん……」

「ッ! こいつらは偽物、こいつらは偽物!」

 

 琴里も悲壮の覚悟を瞳に込めて、戦斧型の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を振るい、士道たちのシャドウを焼き殺していく。だが、シャドウの四糸乃を筆頭とした、シャドウたちの悲鳴が、命乞いの声が、うめき声が、断末魔が、琴里の心を蝕んでいく。心の侵食に比例して、琴里の〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の制御が段々と覚束なくなっていく。

 

 シャドウを殺す覚悟の決まっている折紙たちがシャドウを殺す数よりも、夢唯が新たなシャドウを生み出すスピードの方がはるかに速い。このままではジリ貧だ。このままでは夢唯の霊力を枯渇させるどころか、士道たちの方が先に霊力を使い果たし、夢唯がひたすら招来するシャドウ集団に押し潰されてしまう。どうにか夢唯の暴走を止めて、夢唯との戦闘を休戦させて、夢唯ときちんと話をできる状況に持ち込まないといけない。

 

 けれど、一体どうしたら夢唯が士道の話を聞いてくれるだろうか? 士道はこれまで何度か夢唯との対話を望み、働きかけようとしたが、夢唯はまるで聞く耳持たずだった。夢唯に攻撃をやめてもらうには、夢唯と対話をするには、それこそ先ほど夢唯のシャドウが話していた通り、霜月砂名を天国からよみがえらせて、夢唯と話をさせるくらいしかないのでは――。

 

 

(……砂名さんを、天国からよみがえらせる?)

 

 刹那。士道の脳裏にとあるアイディアが思い浮かんだ。士道は、この絶望的な状況を打開する奇跡的な一手を閃いた。

 

 

「十香、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九! 俺に考えがある、夢唯の気を引いてくれ!」

「「「ッ!」」」

 

 士道の唐突な指示から士道が何か絶望的な現状を切り開く策を閃いたものと察した十香たちは、士道から仔細を聞き出さず、士道を心から信じ、各々己の最善を尽くすべく動き始める。

 

 

「わぁああああああああッ!」

 

 美九が指向性を持たせた大音量ボイスで騒ぎ立て、四糸乃が士道と夢唯との間に巨大な氷壁を築き上げ、耶倶矢と夕弦が強烈なかまいたちを顕現してシャドウの大群を吹き飛ばし、十香が〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を携えてシャドウの大群の間隙を縫って夢唯へと近づき、渾身の力を込めて振り下ろす。夢唯は迫りくる〈鏖殺公(サンダルフォン)〉に怯えることなく、トンっと後方に飛んで軽く回避してみせる。

 

 

「何をする気かは知ったことじゃないですが、あなたたちがボクに殺される未来は確定です。覆せはしないのです」

「そんな最悪な未来は、私たちが否定する! お前を倒して、生き残ってみせる!」

「夢を見るのは自由ですが、哀れですね」

 

 十香が夢唯の注意を己に向けるために〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振り抜き、夢唯は【迷晰夢(ミスディレクション)】で己の手に日本刀を呼び出し、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を受け止める。志穂の〈垓瞳死神(アズラエル)〉により十香も夢唯も死なないことが確定している中、十香と夢唯は互いが信を置く得物で丁々発止と切り結んでいく。

 

 

「それで? 私たちを残して何をするつもり?」

「みんなには全力で演技をしてほしいんだ。さっき志穂が夢唯に出し抜かれた演技をしたみたいに。それで、俺は――」

 

 十香たちが時間稼ぎをしている間、士道の元に折紙・琴里・七罪・志穂が集まり、琴里が士道に尋ねると、士道は手短に己の脳裏に思い浮かべた、今の窮地を脱するためのアイディアを琴里たちに伝える。

 

 

「――良い案だと思う。私は士道の案に乗る」

「で、でも。もしもバレたら取り返しがつかなくなるよね……?」

「確かに失敗すれば間違いなくバッドエンドになるわね。けれどどの道、私たちの状況は厳しい。士道の案に賭けた方が良さそうね」

「私も賛成ッス、こういう土壇場に強い士道先輩の策を信じるッス!」

「あぁもうわかったわよ! 私も乗るわ!」

 

 士道の話を聞き終えて、いち早く士道のアイディアに賛意を示したのは折紙だった。一方、七罪はおずおずと懸念を示すも、琴里と志穂の意見により己が少数派だと思い知らされた七罪は、己の心に巣食う不安を吹き飛ばすように大声をあげて、己の意見を撤回した。

 

 

「ありがとう、みんな」

 

 夢唯の猛攻によりいつ己の命が潰えてもおかしくない中。士道を信じてくれる仲間たちを前に、士道は一言感謝を述べた上で。士道のアイディアに基づく作戦を開始した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いい加減、私の視界から消え去るです!」

「ぐあッ!?」

 

 夢唯はひたすら自身と至近距離を保って〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振るってくる十香を遠ざけるべく、【迷晰夢(ミスディレクション)】で十香の目の前に巨大な杭を召喚する。ゼロ距離状態で召喚された杭を十香は回避することができず、それゆえ杭は十香の腹部に勢いよくぶつかり、十香はうめき声とともに思いっきり吹っ飛ばされてしまう。

 

 

「いくらなんでもしつこすぎるのですよ、あなたたちは。今度こそ、これでおしまいに――」

 

 夢唯は十香たちを皆殺しにするべく【迷晰夢(ミスディレクション)】を行使しようとして。瞬間、四糸乃が士道たちを夢唯の視界から隠すべく展開していた氷壁が、折紙の〈絶滅天使(メタトロン)〉による光線で粉々に破壊された。氷の欠片があたかもダイヤモンドダストのようにはらはらと舞い落ちる中。

 

 ダイヤモンドダストの中心地に、1人の人物が立っていた。それは、黒髪を肩口にかかる程度に切りそろえた、長身痩躯のスレンダーな女性だった。

 

 

 

「ぉ。ねぇ、ちゃん……?」

 

 夢唯はかすれた声で、呟く。そう、夢唯が延々に生み出し続けていた幻影のシャドウがひしめく戦場に突如として、夢唯の姉こと:霜月砂名が姿を現したのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。夢唯との戦闘が劣勢に傾く中、閃いたとある策で、窮地の打開へと動き出した。
夜刀神十香→元精霊。識別名はプリンセス。戦闘中は非常に頼もしいが、普段はハングリーモンスターな大食いキャラ。あんまり前衛ポジションのいない士道パーティにおける貴重な戦士であり、此度も夢唯の巨大日本刀を防いだり、夢唯の注意を引きつけるために至近距離で夢唯と斬り結んだりしていた。
四糸乃→元精霊。識別名はハーミット。人見知りなタイプ。諸事情から、兎のパペットに『よしのん』という人格を生み出している。ある時は夢唯の幻影戦車のレーザービームを防ぐため、またある時は士道たちの作戦会議を夢唯に見られない遮蔽とするために、氷の壁を有効活用した。
五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。シャドウを殺す覚悟ができた一部精霊の中で、最も心に傷を負っている筆頭。
八舞耶俱矢→元精霊。識別名はベルセルク。普段は厨二病な言動を心がけるも、動揺した際はあっさり素の口調が露わになる。色々と融通の利く〈颶風騎士(ラファエル)〉の力で、夢唯の猛攻を凌ぐ貢献をできた面子その1。
八舞夕弦→元精霊。識別名はベルセルク。発言する度、最初に二字熟語をくっつけるという、何とも稀有な話し方をする。色々と融通の利く〈颶風騎士(ラファエル)〉の力で、夢唯の猛攻を凌ぐ貢献をできた面子その2。
誘宵美九→元精霊。識別名はディーヴァ。男嫌いで女好きなタイプ。ただし士道(だーりん)は例外。みんなと一緒に戦う時は己はあまり出しゃばらずに、士道たちにバフをかけたり、一歩引いた目線から相手がどんな攻撃をしてくるかを冷静に観察したりと、補助に徹している。
七罪→元精霊。識別名はウィッチ。筋金入りのネガティブ思考で物事を捉える性格をしている。器用な〈贋造魔女(ハニエル)〉を全力活用し、銃弾や士道たちのシャドウを無害な物に変身させる立ち回りをしていた。
鳶一折紙→元精霊。識別名はエンジェル。士道に封印されるまでは両親を殺した精霊に復讐することを原動力に生きてきた。普段、感情をあまり表情には出さない。良くも悪くも、士道たちと全く同じ造形をしたシャドウを殺したくないという感情を、殺さなければ自分達が殺されるだけなのだから殺るしかないという理性で押さえつけることができる。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。生と死を司るピーキーな天使〈垓瞳死神(アズラエル)〉を、士道たちを守るために上手く活用できているようだ。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。さすがに夢幻を司る天使〈夢追咎人(レミエル)〉なだけはあり、1対多だろうと問題なく戦闘を優勢に進められている模様。
霜月砂名(さな)→かつて、記憶を失いただの志穂だった少女に『霜月』の苗字を与えた女性。享年18歳。此度、亡くなっているはずの彼女がなぜか戦場に姿を現したようだが……?

Q.夢唯は〈夢追咎人(レミエル)〉の【迷晰夢(ミスディレクション)】で、その気になれば色んな武器を召喚できるのに、どうして日本刀をメインウエポンに選んで戦っているんですか?
A.日本刀で戦いたくなるお年頃だから。

次回「姉騙り」


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18話 姉騙り

 

「ぉ。ねぇ、ちゃん……?」

 

 天宮市の離れの森にあるラタトスクの施設の一角、屋内プールにて。自身の秘密を知る士道たちを殺すべく己の天使〈夢追咎人(レミエル)〉を存分に振るっていた夢唯は、眼前に広がる光景に目を見開き、呆然とした様子でポツリと呟く。同時に、突如として霜月砂名が登場したことによる動揺で幻影を維持できなくなったのか、夢唯がひたすらに召喚していた士道たちのシャドウが、己の造形を保てなくなり、一斉に霧となって消え去っていく。

 

 

「え、え? なにここ!? 髪の毛から服装まで色とりどりなカラフル美少女がひぃーふぅーみぃー? とにかくいっぱいいるじゃんか! マジでどこさ、ここ!? メチャクチャレベルの高いコスプレ会場だったりする!? てか、コスプレ会場に私のこの恰好って明らかにマズいよね? 茶色のタートルネックに灰色のジーンズとか場違い極まりなくないかな!? 誰か助けて、私にこの場に最適なドレスコードを教えてくれぃ!」

 

 夢唯の動揺冷めやらぬ中。夢唯の精神に意図せずダイレクトアタックを仕掛けてしまっている当の本人こと砂名は、キョロキョロと周囲を見渡し、まず初めに限定霊装に身を包んだ見目麗しき十香たちの姿を視界に捉え、次に自身の服装を確認し、両手で肩を握って恥ずかしそうに身をくねらせる。

 

 

「む? 奴は誰なのだ?」

「夢唯さんの様子を見る限り、夢唯さんのお姉さんだと思いますよぉ?」

「奴が夢唯の姉? いや、しかし……」

「矛盾。夢唯の姉はもう亡くなってしまっているのでは?」

「そう、ですよね? 一体、どうして……?」

 

 珍妙な動きを見せる砂名を見やり、先ほどまで夢唯の注意を引くことに専念していた、十香・美九・耶俱矢・夕弦・四糸乃が互いに顔を見合わせてひそひそと会話する中。砂名の背後の志穂が、この場の屋内プール中に良く響く声量で、口火を切った。

 

 

「まさか、本当に……上手くいったッスか!?」

「亡くなってしまった霜月砂名の魂を常世から、現世の士道に一時的に憑依させる……まさに生と死を管轄する志穂の〈垓瞳死神(アズラエル)〉だからこそできる芸当。驚きはしたけど、同時に納得もできる」

「えぇぇ、マジで成功しちゃうんだ。私、絶対に成功しないって思ってたのに。てか、魂を憑依させると見た目まで思いっきり変わっちゃうんだ。もう全然士道の面影ないじゃん」

「この人が、今まで散々話題に上がっていた霜月砂名、ね……。直接目にしたのは初めてだけど、ずいぶんと愉快な人のようね」

 

 先ほどまで士道と作戦会議をしていた志穂・折紙・七罪・琴里の内、志穂がわなわなとした表情で砂名を見つめ、折紙は淡々と解説をし、七罪は己の予想を思いっきりひっくり返されたことに唖然とし、琴里は間近に姿を現した砂名をまじまじと見つめる。

 

 

「うーむ、何か周囲の美少女たちからの意味深な視線を感じる……何ともいたたまれない気持ちだよ。針のむしろって感じ。てか、ホントここどこ? 私、確か死んじゃわなかったっけ? もし親切な人がいるなら諸々の事情を教えてほしいのだけれども? ねね、誰か教えてくれない? カムヒア、チュートリアルさーん?」

 

 砂名の登場により、夢唯の苛烈な猛攻と士道たちの必死の防衛という構図が消失し、屋内プールを奇妙な静けさが支配し始める中。砂名は忙しなく周囲に視線を移し、おずおずと手を空に挙げて救援要請を口にする。

 

 

 さて。今現在、好き勝手に動いている砂名だが、〈垓瞳死神(アズラエル)〉に死後何年も経過した死者の魂を呼び戻す技はない。砂名の正体は、七罪の〈贋造魔女(ハニエル)〉で霜月砂名の姿に変身した五河士道だった。士道が砂名に変身し、演技をしている理由は単純明快、夢唯の攻撃を無理やりに中断し、あわよくば夢唯の世界征服への野望を諦めてもらうためだ。

 

 士道の言葉は、夢唯には終ぞ届かなかった。士道が夢唯を説得しようと言葉を発しようとも、己の秘密を知る上に記憶改竄の技こと【剥誅夢(アムニージャ)】の通じない相手を絶対殺す意思に満ち満ちた夢唯は、士道の発言にまるで応じなかった。士道の言葉を早々にシャットダウンして、実力行使に走るのみだった。だからこそ士道は、夢唯とちゃんと言葉を交わすために、砂名に変装する道を選んだのだ。

 

 当然、士道が砂名を演じることにはリスクが付きまとう。普通に考えれば、これまで直接会ったことのない赤の他人に成りすますというのは至難の業だ。しかも今回、士道が騙す相手は砂名の妹、夢唯だ。いくら志穂たちに、あたかも〈垓瞳死神(アズラエル)〉の力で砂名をあの世から現世に一時的に復活させたかのように演技をしてもらっているとはいえ、砂名(サナ)ニウムの中毒者になるほどに、砂名のことが大好きな家族を欺くというのは、無茶が過ぎるというものだろう。

 

 けれど、士道は知っている。志穂の記憶を通して、砂名がどういう人物なのかを知っている。夢唯のシャドウによる過去語りを通して、砂名が夢唯とともに歩んだ人生の一端を知っている。何より士道は、夢唯が扮する砂名との半日のデートを通して、砂名がどのように人と接するタイプなのかを知っている。

 

 これだけ情報がそろっていれば、あるいは。士道は砂名を演じきれるかもしれない。夢唯を騙しきれるかもしれない。そのようなかすかな期待にすがり、士道は賭けに舵を切ったのだ。

 

 

「ん? あれ、君……もしかしてムイムイ?」

「え、あ、はいです」

「やっぱり! なーんか背が伸びてるし、顔つきもちょっと大人っぽくなってるし、ツヤ肌凄いし、メッチャ派手な真っ白な服を着てるしで、ちょっと確信持てなかったんだけど、やっぱりムイムイだったんだね!」

「あなたは……本当に、お姉ちゃんなのですか? あたかもお姉ちゃんの魂が士道さんの体に入ったかのように、変装した士道さんが演技をしているわけではなく?」

「魂? シドーさん?」

「……」

(う、やっぱり無茶だったか?)

「え、うそ。待って。もしかして私、ムイムイから『偽者じゃないか?』って疑われてるの? そんな……お姉ちゃん、ショック警報発令寸前だよ? もうすぐ周囲の目もはばからずに駄々っ子のように号泣しちゃうよ? 私の涙のダムは溜まりに溜まってもう決壊秒読みだよ?」

 

 士道が演じる砂名は、司祭服姿の夢唯が己の妹だと知るや否や喜色満面で夢唯へと駆け寄っていく。対する夢唯が疑念に満ちた眼差しを携えて砂名の正体を疑ってかかると、士道は内心で非常に焦りながらもあくまで砂名として、ハンカチを取り出して目に添えて、用意に嘘だとわかる程度に瞳をうるうるとさせる演技を挟むことで、夢唯の信用を勝ち取るべく立ち回る。

 

 

「……はぁ、そんなくだらないことで警報を使わないでほしいのです。ああもう、仕方ないです。信じてあげるですから、そのわざとらしい涙の演技をやめるですよ。みっともない」

「ホント!? ありがとう、ムイムイ! さすがは我が愛しい妹だよ!」

「相変わらず口が軽いのです、これだからお姉ちゃんは……」

 

 夢唯は頻繁にため息を零しながらも、砂名を泣き止ませるべく言葉を選んで語りかける。夢唯の言葉を受けるや否や瞬時に涙をひっこめて露骨に晴れやかな笑顔を浮かべる砂名を前に、夢唯はさらにため息を1つ追加する。

 

 

(第一関門は突破できた、と思っていいんだよな?)

 

 今の夢唯の視線からは、砂名への疑念が感じられない。夢唯の内心はわからないが、少なくとも士道による渾身の砂名の演技は、夢唯が砂名の様子から『こいつは偽者だ』と確信しない程度には、どうにか夢唯に通用しているようだった。しかし油断は禁物だ。いつ何時、夢唯が士道の演技を看破してきてもおかしくない以上、ほんのわずかなミスも許されない。士道は緩みかけていた気を再度引き締めて、夢唯に問いかける。

 

 

「ねね、ムイムイ? 話は変わるけども。私、今の状況が全然わかっていないんだよね、もし知ってたら解説してほしいな?」

「……」

「ムイムイ?」

「……あまり話したくはないですが、他ならぬお姉ちゃんの頼みです。話すですよ」

「ありがとー! では先生。授業をお願いします!」

「ボクは先生ではないのですよ」

 

 砂名から事情の説明を乞われた夢唯は、もう何度零したかわからないため息を吐きつつ、しぶしぶながらも砂名が欲しているであろう情報を共有し始める。

 

 

 夢唯は語っていく。

 3年前、お姉ちゃんが何者かに殺されたこと。

 お姉ちゃん殺害の真相がわからないまま、事件が迷宮入りルートへと進んでいること。

 3年前こそお姉ちゃんの死を悼んでくれた人たちが段々とお姉ちゃんのことを気にしなくなったこと。

 お父さんとお母さんまでもがお姉ちゃんの私物を処分して、お姉ちゃんを忘れて生きようとしたこと。

 お姉ちゃんのことを絶対に忘れないと誓ったはずのボクさえも、お姉ちゃんとの思い出を段々忘れてしまっていたこと。

 その最中、全身をモザイクで加工したすさまじく怪しい人から『精霊』とやらに至るための宝石を渡され、精霊に至ったこと。

 精霊の力を使って、ボクの記憶を消し、お姉ちゃんとして生きようとしたこと。

 もう二度と世界にお姉ちゃんを殺されないように、お姉ちゃんに世界征服をしてもらって、世界にお姉ちゃんの存在を刻み付けようとしたこと。

 世界征服のために、新興宗教を興して信者を増やす道を選んだこと。

 世界征服の最中、多くの人間に身に余る力を与えて人生を狂わせ、あるいは傷つけてきたこと。

 ボクの試みは、一度失敗したこと。

 世界征服をやり直すために、今、ボクの秘密を知る連中を皆殺しにしようとしていること。

 一方、ボクの殺害対象は、おそらくボクに殺されないために、お姉ちゃんの魂を五河士道という人間の体に憑依させたこと。

 

 

「……ひとまず、こんなものなのです。わかったですか?」

「ま、まぁ、大体はね? ……わかったけども、いくらなんでも衝撃展開ラッシュ過ぎない? 私の脳みそが中々ムイムイの話を受け入れてくれないんだけど」

「驚く気持ちはわかるのです。けれど、これが事実なのです。ボクに嘘はないです」

 

 砂名の死後に己が歩んだ道を軽くまとめて話し終えた夢唯は、改めて砂名に視線を向ける。精霊だの世界征服だの皆殺しだのと、現代社会で普通に生きる人間からはまず聞かないであろうキーワードが次々飛び出てきたために困惑する砂名を、夢唯はジッと見上げる。

 

 

「お姉ちゃん、ボクは……」

 

 夢唯は、夢唯の軌跡を知るに至った砂名からの言葉を待っているようだった。そんな夢唯の瞳からは、己のこれまでの行いを、砂名に真っ向から拒絶されてしまうのではないかという、明確な恐怖の気持ちが読み取れた。

 

 

(夢唯……)

 

 士道が砂名に変装して演技をしているのは、夢唯との戦いが劣勢となり、戦闘が続けば士道たちが全滅する未来が待ったなしだったがゆえの、窮余の策だ。この策を以て、士道は最低でも夢唯の士道たちへの殺意を消し去り、夢唯との戦闘の回避に成功しなければならない。

 

 しかし、さっきまで夢唯との戦闘回避のために全力で砂名っぽく演技していた士道だったが、夢唯の怯える表情を目の当たりにして、士道は演技の方針を変更することを決めた。夢唯を騙し抜くためではなく、夢唯の心を救うために、砂名の演技をしている今の状況を利用することに決めた。

 

 

 考える。士道は思考を巡らせていく。

 もしも本当に志穂の〈垓瞳死神(アズラエル)〉で砂名さんの魂が現世に舞い降りたとして、眼前の怯える夢唯に、何と声をかけるだろうか。あの茶目っ気たっぷりながらも、心から妹を想って、夢唯と仲を深めてきた砂名は、今の夢唯にどうアプローチするだろうか。

 

 考える。士道はさらに思考を深めていく。

 もしも自分が不慮の事故で死んでしまったとして。遺された十香たちが、琴里が、士道を強く想うあまりに暴走したとして。己を犠牲にしながら、人を傷つけながら、士道のためだと信じて、精霊の力で世界をメチャクチャにしようとしたとして。その最中、士道の魂が呼び戻され、暴走中のみんなと再会できたとして。士道は、みんなに何と言うだろうか。

 

 

(俺なら、俺なら……)

 

 思考の果てに士道は決断した。砂名を大好きでいるあまりに過去に固執して生きることしかできなくなっている夢唯という少女に捧げる言葉を決めて、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「ごめんね、ムイムイ。私のせいで、ムイムイの人生をメチャクチャにしちゃって」

「……え」

 

 砂名扮する士道は、静かな声色で夢唯に謝罪した。夢唯は砂名の謝罪が想定外だったのか、漆黒の双眸が驚愕に見開かれる。

 

 

「なにを、言ってるですか? どうしてお姉ちゃんが謝るですか?」

「いや、悪いことしちゃったなって思ってさ。散々ムイムイの気を引いて、ムイムイに私のことを好きになってもらってから死んじゃうとか……酷い女だよね、私。とんだ悪女だよ」

「違うです! お姉ちゃんは何も悪くないのです! 悪いのはお姉ちゃんを殺しやがった犯人で、お姉ちゃんを忘れようとする連中で、お姉ちゃんの存在を消そうとする世界なのです! お姉ちゃんは何も悪くない、悪くないお姉ちゃんが殺されるなんて、忘れられるなんて間違っているのです! だからボクはお姉ちゃんになって、世界征服をすると決めたです! ボクの人生はメチャクチャになんてなってないです! お姉ちゃんのために手を尽くすことこそがボクの最善の人生なのです! だから、そんな泣きそうな顔をしないでほしいのです!」

「ありがとう。ムイムイは、優しいね」

「優しいとかそういう話じゃないです! ボクはただ、お姉ちゃんが何も悪くない確固たる理由を述べているだけなのです! 勘違いしないでほしいのです!」

「……そっか」

 

 暗い表情を浮かべる砂名を直視した夢唯は、慌てて早口にまくしたてる。己の行いのせいで、砂名を悲しませてしまっている。罪悪感を抱かせてしまっている。夢唯は、砂名にいつもみたいに元気になってもらいたい一心で、声を張り上げる。対する砂名は、自分のために必死になって言葉を並べる夢唯を愛おしく感じ、夢唯を安心させるようにニコリと笑みを返す。

 

 

「……ねぇ、ムイムイ。世界征服は、もうやめにしない?」

 

 それから。どうにか砂名に元気を取り戻すことができたと、ホッと安堵の息を吐く夢唯に、砂名は己の望みを提案した。刹那、夢唯の表情がピシリと固まる。

 

 

「どうして、です?」

「もしもムイムイの思い描いた通りに世界征服ができたとして、世界中のみんなが私を認識し、崇拝する、そんな世界に至ることができたとして。私は嬉しくないからだよ」

「嬉しくない……? どうして、どうしてそんなこと言うですか!? お姉ちゃんはみんなから忘れられたくないって、お姉ちゃんが生きた痕跡を世界から消されたくないって思わないのですか!?」

「思うよ。みんなが私を忘れちゃうのは寂しいし、悲しい。でも、それでも私はムイムイに世界征服をしてほしくない。だって、ムイムイは世界征服のために一度、自分の記憶を消しちゃったんでしょ? 霜月砂名として世界征服をするために、嫌いな自分を殺しちゃったんでしょ? ……私は、ムイムイに幸せに生きてほしい。私がいなくなった世界でも、ムイムイには笑って、幸せに生きてほしい。でも世界征服の道の先に、ムイムイの笑顔はどこにもない。私はそれがすごく、すっごく嫌なんだ。だから、世界征服はやめてほしい」

「……嫌です、いくらお姉ちゃんの頼みでもお断りなのです」

 

 砂名は夢唯に、世界征服をやめてほしい理由を述べる。あくまで夢唯の幸せを願うがゆえに夢唯の世界征服中止を要請する砂名に対し、どこまでも砂名に尽くしたいと願う夢唯は、しばしの沈黙の後に砂名の願いをはねのける。

 

 

「お姉ちゃんのいない世界に、幸せなんてどこにもないのです! お姉ちゃんが殺されてしまった今、ボクに残された幸せは、ボクの大好きなお姉ちゃんを世界中に刻み込む世界征服が成功したその先にしかないのです!」

「それは思い込みだよ。探せば他にも幸せはたくさんある。世界は広いんだから」

「嫌なのです、探したくなんてないのです! この世で最も素敵なお姉ちゃんのために頑張ることこそがボクの最上の幸せだってわかっているのに、どうしてそんな無駄な労力を費やさないといけないのですか!?」

「簡単だよ、私のためにムイムイを犠牲にしてほしくないからさ」

「犠牲だなんて思わなくて良いのです! ボクはお姉ちゃんの残機なのですから! お姉ちゃんのための礎になることこそがボクが生まれた意味なのですから!」

「ムイムイはムイムイだよ。私の残機なんかじゃない。どんな人も、命の数は1つだけだよ。誰も、誰の代わりにはなれないんだよ」

「ッ! どうして、どうしてお姉ちゃんはボクの世界征服をそんなに否定するのですか!? ボクのことが嫌いだからなのですか!?」

 

 夢唯がどれほど熱を込めて己の望みを主張しても、砂名が意見を翻すことはない。夢唯が何を言っても砂名が夢唯の世界征服を認めてくれないことに、夢唯は段々と己を全否定されているような感覚を抱き、目尻に涙をためつつ声を荒らげる。対する砂名はこれまでのように即座に夢唯に返答せず、一つ呼吸を挟み、凛とした眼差しを携えてから理由を口にした。

 

 

「違うよ、ムイムイ。私はいつだってムイムイのことが大好きだよ。それでもムイムイの世界征服を否定するのはね……もったいないからだよ」

「……へ?」

 

 夢唯は砂名の口からどんな理由が飛び出してきても、それを打ち返すつもりだった。砂名のための世界征服を絶対に諦めないつもりだった。だが、砂名が言い放った『もったいない』という、場違いチックなワードに、夢唯は思わず目をパチクリとさせた。

 

 

「ムイムイは私の座右の銘を知っているよね?」

「……楽しんでこそ人生」

「そそ。私はさ、この世界が【人生】という名の同時接続人数78億人超の大大大規模MMORPGであるという説の敬虔な信者でね。1つ高次元にいるもう1人の私たちは【人生】でやりたいことがあったから、大金をはたいて、ゲームクリアまで何十年もかかる【人生】をプレイし始めた。だったら、【人生】に入り込んだからには、高次元の私たちが望んだように、充実した生活を送らなきゃもったいない、というのが私の持論でね。ゆえに私は『楽しんでこそ人生』という座右の銘を掲げて日々を満喫することを意識していたんだ。ちっちゃい頃からね」

 

 砂名は両手を大きく広げて意気揚々とした声色で己の論を語っていく。そうすることで今は砂名が話すターンだと夢唯に認識させ、夢唯に一旦、反論ではなく静聴のスタンスを選ばせた上で、砂名は主張を続けていく。

 

 

「【人生】は本当によくできた素晴らしいゲームでね。クオリティの高い、ボリューミーなメインストーリー・キャラストーリー・ミニゲーム・イベントが幾多も存在しているし、毎日ハイペースで新要素がアップデートされていく。こんな日々拡張されていく世界で、ムイムイ、君は霜月砂名のキャラストーリーだけをクリアして、それで『お姉ちゃんのキャラストーリーが【人生】の中で最もクオリティが高い』と判断して、【人生】の他の要素に一切目を向けないつもりなのかい? それはさすがにもったいないと言わざるを得ない! この世にはまだまだ楽しいことがいくらでも転がっているのに、見ようともしないんだから」

「……見ようとしなくて何が悪いのですか? もったいなくて何がいけないのですか? お楽しみ要素がたくさん詰まっているゲームだからって、すべての要素を経験しないといけないなんて義務はないですよね? ゲームの楽しみ方は人それぞれであるべきです。ボクがお姉ちゃんのキャラストーリーを最高だと思って、お姉ちゃんの素晴らしさを【人生】の他のプレイヤーに布教して、一体何が悪いのですか?」

「悪くはないよ、ただもったいないと思ってる。……私は最後の最後まで【人生】を全うする前に運悪く死んじゃったから、私のキャラストーリーはもうアップデートされない。いくらムイムイが私を欲したって、私はムイムイに応えてあげられない。ムイムイが私にすがったって、私がムイムイの頭をよしよしって撫でることもできない。私は【人生】的にはもう過去の人でしかなくて、どれだけ望んでも私はムイムイを幸せにできない。私は草葉の陰からムイムイを見守ることしかできない。……だからね、私はムイムイに違う生き方を見つけてほしいんだよ。私の代わりにムイムイを笑顔にしてくれる人を捜してほしいんだよ。その人たちと一緒に、ムイムイだけにしか紡げない、ムイムイらしさの詰まった至上のキャラストーリーを組み上げてほしいんだよ」

 

 砂名が【人生】ゲームを持ち出して夢唯を説得しにかかると、夢唯は敢えて【人生】ゲームという設定に乗っかった上で反論を繰り出してくる。しかし砂名は止まらない。夢唯の反論の内容を想定通りだと言わんばかりにさらなる論調を展開していく。

 

 

「違う生き方を見つけて、私のキャラストーリーを充実させて、それに何の意味があると言うのです? もうこの世にお姉ちゃんはいないのに。【人生】からお姉ちゃんが脱落してしまったのに」

「意味ならメチャクチャある! 中途半端な結果で【人生】を終えてしまって、不完全燃焼な1つ高次元の私の楽しみはもはや、妹のムイムイが持ってくる土産話だけなんだよ」

「――ッ」

「本当は私はメチャクチャ【人生】を満喫したかった。もっともっとやりたいことがあった。でも私の望みは今や叶わない。だからこそムイムイ、君に私の分も【人生】を満喫してほしいんだ。嬉しい突発イベントも、許せない【人生】の改悪アップデートも、悲しいキャラロストも、楽しい日常パートも。ぜーんぶひっくるめて【人生】をしゃぶりつくしてほしいのさ」

「お姉ちゃんの分も……」

「――っと、ごめん。私のことを盾にして卑怯なことを言っちゃったね。とにかく私の望みはただ1つ! ムイムイ、君に【人生】を楽しみ尽くしてほしい。もうアップデートされない私のキャラストーリーから目を離して、新しい世界を体験してほしい。明けない夜はないし、止まない雨はない。……お姉ちゃんの死という悲しいイベントが挟まってしまったけれど、まだまだムイムイの物語は始まったばかりで。ムイムイのまだ見ぬ個性豊かな仲間たちのキャラストーリーもまだまだ未開放なんだ。……だからさ、ほら。私のことは気にせず、さぁいざ行けムイムイ! その先に必ずや、ムイムイを決して飽きさせない、怒涛のごとき騒がしくも愉快な未来が、手ぐすね引いて待っているんだから!」

「おねえちゃん……」

 

 砂名は生き生きとした口調で、まるでわんぱく少年のようにニシシと笑みを浮かべて、ズビシッと人差し指を天に掲げてみせる。夢唯は、砂名の人差し指につられて空を見上げて。中途半端に崩壊している施設の天井越しに、夜空のきらめく星空を見上げて。自宅の屋根の上で砂名と一緒に見上げた澄んだ夜空を思い出し。なぜだろうか。気づけば、ポタリ、ポタリと涙を零していた。

 

 

「わわ!? ムイムイ、だいじょーぶ!?」

「……お願いがあるのです。いつものように、私を抱きしめてくれませんか?」

「やれやれ、大きくなってもムイムイは甘えん坊さんだなぁ。おいで?」

 

 夢唯が涙をこらえきれずにいる様子に、砂名が目に見えてワタワタとしている中。夢唯は涙を見られないようにうつむきつつも、砂名に望みを口にする。砂名に愛しい妹のささやかな望みを断る理由はない。砂名は軽く手を広げて夢唯を迎え入れる体勢を取り、まもなく夢唯が砂名の胸へと飛び込んできた。

 

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」

「よしよし」

 

 夢唯は砂名の服をギュッと握って胸に顔を埋め、砂名は所在なさげな左手を夢唯の背中に、右手を夢唯の頭に回して、慈愛を込めて撫でていく。そんな姉妹のスキンシップがいくらか続き、夢唯の涙が止まった時。砂名の中にすっぽり収まっている夢唯が一言、呟いた。

 

 

「……良い夢を見させてくれてありがとうございます」

 

 夢唯の淡々とした言葉に、砂名の姿をした士道は察した。やはり、姉をこよなく愛する妹を最後まで騙し通すのは無茶が過ぎたのだろう。

 

 

「一旦、停戦にしましょうか。もう、変装を解いても良いですよ」

 

 夢唯は名残惜しそうに砂名から離れて、砂名に告げる。夢唯の発言に応じるように七罪が士道に行使していた〈贋造魔女(ハニエル)〉を解除し、士道が元の姿に戻り。士道演じる砂名と夢唯との会話をずっと静観していた折紙・四糸乃・琴里・七罪・耶倶矢・夕弦・美九・十香・志穂が士道へと駆け寄る中。士道たちを見つめる夢唯は、いくらか落ち着いた表情をしている一方、その黒の双眸には哀惜の感情が色濃く残されているのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。最終的には夢唯に看破されたものの、砂名として夢唯に語りかけたことで、夢唯の心に少なからず影響を与えたことは間違いないだろう。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。どの時点で砂名が偽者だと看破したかは不明だが、砂名との語らいは、夢唯の心を良くも悪くも揺さぶったことだろう。

次回「世界征服の果て」



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19話 世界征服の果て

 

「……良い夢を見させてくれてありがとうございます。一旦、停戦にしましょうか。もう、変装を解いても良いですよ」

 

 天宮市の離れの森にあるラタトスクの施設の一角、屋内プールにて。夢唯の発言を契機として、士道は砂名の変装を七罪に解いてもらい、改めて五河士道として夢唯に向き直る。同時に、士道の元に折紙・四糸乃・琴里・七罪・耶倶矢・夕弦・美九・十香・志穂が集結する。

 

 四糸乃・耶倶矢・夕弦・美九・十香は士道が砂名に変装していた事情を知らないはずなのだが、こうして砂名の変装を解除した士道に迷わず集結したのは、士道が夢唯との対話に全力を注いでいる間に、こっそり琴里たちが事情を説明してくれた賜物なのだろう。

 

 

「いつから俺が演じているって気づいたんだ?」

「最初からですよ。ただ、あまりに士道さんがお姉ちゃんっぽく振舞ってくるものだから、例え偽者相手でも、もっと話をしたくなってしまって……騙されているフリをしていたのです。もしも士道さんが演じていると確信していなければ、確信を得るためにもっと根掘り葉掘りボクとお姉ちゃんとの過去の思い出を問い詰めて、矛盾がないか確認していましたよ。ほら、言いましたよね? 『信じてあげる』って」

「確かに言ってたな。けど、どうしてわかったんだ?」

「……ボクは、お姉ちゃんのことがとっても大好きです。お姉ちゃんが自覚していない癖だってたくさん知っています。髪を指でいじるタイミング、頬をかくタイミング、足のつま先をトントンと床に打ち鳴らすタイミング、目線を動かすタイミング……全部全部熟知しているのです。士道さんの演じるお姉ちゃんはそれらの癖を完全に無視していたので気づいたのです」

「……さすがは夢唯だな。砂名さんのことをよくわかっている」

「当然なのです。ボクはお姉ちゃんのガチ勢ですから」

 

 士道の興味本位からの問いかけに夢唯は淡々と種明かしをする。砂名のことをこよなく愛する夢唯だからこそ、士道扮する砂名を偽者だとすぐに気づけた。そのことを士道が素直に賞賛すると、夢唯はどこか誇らしげに頬を緩めた。

 

 

「……ねぇ、聞いてもいいですか? どうして、お姉ちゃんは死んでしまったですか?」

 

 と、ここで夢唯が士道たちの様子をおずおずと伺いながら、問いかけてくる。士道たちへの配慮の姿勢を見せている夢唯だったが、その瞳は、士道たちが夢唯の問いをはぐらかすことを絶対に許すものかとの強い意思にあふれていた。

 

 

「当然、知っているのですよね? あなたがお姉ちゃんを騙る決断をしたからには、相応の根拠があるはずです。ボクを騙せると思えるくらいに、お姉ちゃんのことを知っていたからお姉ちゃんを演じようとしたはずです。その知識の中にきっと、お姉ちゃんの死の真実が含まれている……違うですか? 知っているからこそ、新人類教団の集会でボクが志穂さんを、お姉ちゃん殺害の犯人だと推測して襲いかかった時に、士道さんはボクの気を引くことを話して、自分をお姉ちゃん殺害の犯人だと勘違いさせることができたのではないですか?」

「夢唯……」

「ずっと知りたかったのです。どうか、どうか。教えてくれませんか?」

 

 夢唯は深く深く頭を下げて、士道に乞い願う。一方の士道は回答に窮していた。士道は砂名の死の真実を知っている。砂名が志穂の空間震で運悪く亡くなってしまったことを、志穂の過去の追体験を通して痛いほどによく知っている。しかしそれゆえに、士道の口から真実を語ることは憚られた。志穂が隠したがっているだろう真実を、士道の勝手な判断で夢唯に打ち明けるのは――

 

 

「砂名先輩を殺したのは、私ッス……」

「……本当に志穂さんが?」

「はい。私が、砂名先輩を殺したッス。でも、私に砂名先輩への殺意はなくて……私は空間震で、間違って殺してしまったッス。私が隣界から現界して、空間震を起こした時に、偶然砂名先輩が私の近くにいて。それで砂名先輩は……。だから、砂名先輩の横腹に空いた穴は、私の空間震で抉ったものッス」

 

 その時、士道の後ろからスッと志穂が姿を現して、一拍置いてから、告白した。桃色の髪を揺らし、エメラルドの瞳を涙で揺らす志穂は、眼前のいかにも無害そうな少女が砂名を殺したと容易に信じられず首をかしげる夢唯を前に、真実を明かす。

 

 

「……志穂さんが犯人で? 志穂さんに殺意はなく不慮の事故だった、と?」

 

 志穂が明かした砂名死亡の真相。知りたくて仕方がなかった情報をついにつかみ取った夢唯は、目的を達成したはずなのに、その顔を蒼白に染めていた。息が荒く、焦点が合わず、ガクつく足でふらついていて。すっかり動揺しきっている様子が読み取れた。

 

 

「いやです、いや、いやなのです。認めないのです。運が悪かったせいでお姉ちゃんが死んだなんて認めないのです。お姉ちゃんはカッコよくて、凄くて、キレイで、あでやかで……。とにかく完璧な人だったのです。そんな世界の宝のお姉ちゃんが殺されるからには、絶対に大層な理由があるはずなのです。お姉ちゃんが生きていることを不都合に感じる勢力がいるはずなのです。お姉ちゃんは奴らの身勝手な陰謀で殺されてしまった、お姉ちゃんは悪い奴の策謀に巻き込まれて殺されてしまった、そうに違いのです」

「違うッス、砂名先輩を殺したのは他ならぬ私です!」

「違うです! ありえないのです! お姉ちゃんはとっても運が良い人なのです! 不意にヘリコプターがお姉ちゃんの頭に落っこちてきた時だって、お姉ちゃんは後遺症もなく生還できた、それくらい強運を持っている人なのです! そんなお姉ちゃんがうっかり死んでしまうだなんてありえない、必ず復讐すべき敵がいるはずなのです! ……なるほど。士道さんがお姉ちゃんを演じたように、お姉ちゃんの死の理由さえも偽装する気なのですね? ふざけるな、さすがにそれは通さないですよ? そうです、認めない。認めないのです。お姉ちゃんは悪い奴に殺されたです。世界の陰謀で殺されたのです。お姉ちゃんの輝きがまぶしすぎて、それで邪魔者は強硬手段を選んだのです。でも、連中の思い通りにはさせないです! ボクは、お姉ちゃんを消させはしないです! この身を賭して世界を征服し、お姉ちゃんを世界に刻み込んでやるのです! それこそがボクが突き進むべき覇道なのです……!」

 

 夢唯は頭を抱えてわめくように志穂犯人説を否定する。志穂が夢唯の誤解を解くために声を張り上げるも夢唯はまるで聞き耳を持たず、耳を両手で塞いで、それから士道たちを見つめて、己に言い聞かすように早口に叫び散らし始める。

 

 先ほどまで士道による砂名の演技の賜物で落ち着きを取り戻していた夢唯が再び不安定な状態に陥ってしまった。現状を看過すれば最後、夢唯が再び士道たちへの殺意を復活させて、全力で〈夢追咎人(レミエル)〉を使い倒して士道たちを殺しにかかる未来しか残されなくなってしまうだろう。

 

 しかし、今の士道は一切焦らなかった。眼前の夢唯にどんな言葉が必要なのか。目の前の夢唯が心の奥底でどんな言葉を欲しているのか。砂名に変装して夢唯とたくさん言葉を交わしたことで、その答えに既にたどり着いているからだ。

 

 

「――夢唯。怖がらなくていいんだ」

 

 士道が零した、落ち着いた言葉は、屋内プールに良く響いた。夢唯はおもむろに顔を上げて、血走った眼で士道を射抜く。

 

 

「怖がる? ボクが?」

「大好きな砂名さんとの思い出を少しずつ忘れていくことを、怖がらなくていいんだ。大好きな砂名さんと過ごした時間を段々思い出せなくなる自分を、嫌わなくていいんだ」

 

 そう。夢唯は砂名と自分との思い出を忘れることを怖がっていた。それは、砂名の友達が、砂名の両親が、砂名との思い出を放棄して前向きに未来を生きようとする中、己さえも砂名のことを忘れてしまえば、今度こそ砂名の生きた証が世界により抹消されてしまうと危惧していたことに起因する。だからこそ士道は告げる。大切な人との思い出を忘れることは罪ではないのだと。大切な人と共に過ごした日々を無情にも忘れてしまう己を、醜い人間だと評価しなくて良いのだと。

 

 

「何を言うかと思えば 冗談きついですよ、士道さん。ボクまでもがお姉ちゃんとの時間を忘れてしまったら、誰がお姉ちゃんのことを覚えていてくれるのですか? 世界中の誰もがお姉ちゃんのことを思い出せなくなった時、そこでお姉ちゃんは今度こそ完全に死んでしまうのですよ? 士道さん……あなたはボクに、ボクの手でお姉ちゃんを殺せというのですか?」

「……確かに。夢唯の言う通り、亡くなってから誰からも思い出されなくなった人は、本当の意味で死ぬんだろうな。この地球の長い歴史の中でそうやって死んでしまった人がどれほどいるのか、俺には想像もつかないよ。……けどな、夢唯。砂名さんが完全に死んでしまったからといって、砂名さんがこの世界でちゃんと生きていたって証拠は、砂名さんがこの世界に生み出していった『影響』は、たとえ世界にだって消せやしないさ」

「それは、どういう?」

「これは極端な例だけど、例えば砂名さんが夢唯に『総理大臣になって日本を導いてほしい』と願ったことがあったとしよう。その時、砂名さんのことが大好きな夢唯は当然、砂名さんの願いを叶えようと必死に勉強して、総理大臣になろうとする。そうだろ?」

「はい、当たり前です。お姉ちゃんが望んだことですから」

「まぁ総理大臣ってのはもののたとえだけど、『影響』っていうのはそういうことだよ。みんなの記憶から砂名さんの存在が消えたって、この世界に砂名さんが生きていたという事実は消えない。この世界で砂名さんが家族に、友人に、その他の人に与えた影響は決して消えない。砂名さんが生まれて死ぬまでに知り合ったみんなの心の中に、砂名さんが与えた影響はしっかり残っている。砂名さんとともに紡いだ時間が、みんなの体の中に血肉となって息づいているんだ。もちろん、夢唯の体の中にだって砂名さんの意思がちゃんと息づいている」

「……わけが、わからないのですよ。あなたは何を言いたいのですか?」

「簡単な話だよ。夢唯の心の中にいる砂名さんに、ちょっと聞いてみてくれないか? 砂名さんが世界征服を望んでいるかを。誰にも忘れられたくないのかを。……なぁ、夢唯の中にいる砂名さんは、夢唯に何て言っている? 夢唯に何をしてほしいって語りかけている?」

「お姉ちゃんが、ボクに望んでいること……。そんなこと、そんなことボクにはわからないのです。あらゆる分野で、ボクなんかよりも先を行くお姉ちゃんの考えなんて、ボクごときにわかるわけないじゃないですか」

 

 士道は夢唯自身に、砂名の望みが何かを考えさせようとする。対する夢唯は、震える声色とともに首を横に振り、砂名の心境を推し量れるはずがないと主張する。どうやら夢唯は、砂名の望みを推測することを恐れ、拒否しているようだった。

 

 夢唯も本当は理解しているのだろう。砂名が夢唯に何を望んでいるのかを。けれどそれが夢唯にとって都合が悪いから、夢唯はテキトーな理由をつけて考えることを拒絶しているのだ。

 

 

「そうか? 俺は砂名さんが夢唯に望んでいることに察しがついてるけどな。砂名さんは夢唯に忘れられても構わないって思っているよ。砂名さんは夢唯に、もう死んでしまった自分にいつまでも執着せずに、たった1回しかない人生を楽しんでほしいって望んでるよ。……だから夢唯、お前に砂名さんを覚えておく責任なんてない。砂名さんのために命を捧げる義務なんてない。夢唯は、夢唯の人生を歩んでいいんだ」

「勝手な、ことを……あなたごときにお姉ちゃんの何がわかると言うですか!」

「あぁ、その通りだよ、俺は砂名さんのことをあまり知らない。そもそも直接会ったことがないからな。そんな、砂名さんのことを人づてでしか知らないにわかの俺にもわかるんだ。砂名さんとずっと一緒に生きてきた、お姉ちゃんガチ勢の妹なら当然、お姉ちゃんの気持ちがよーくわかるんじゃないか? なぁ、教えてくれないか。夢唯の中にいる砂名さんは、夢唯に何て言っている?」

「――ッ!」

 

 ゆえに士道は、砂名のことに詳しいアピールをするべく、ニィィと口角を吊り上げて己の推測を開示する。士道の挑発的な態度に夢唯が噛みつくと、士道は砂名マウントを即座に取り下げて夢唯に優しく笑いかける。

 

 士道の働きかけにより、退路を断たれた夢唯は、砂名の気持ちを考察し始める。夢唯が心の底から慕うお姉ちゃんなら、お姉ちゃん亡き世界で夢唯に何を望むのかを、自分の頭で考えて、考えて、考えて――

 

 

「……ずるい」

 

 夢唯の頬を、一筋の涙が伝った。

 

 

「ずるい、ずるいずるいずるい……」

 

 漆黒の瞳からあふれ始めた涙は、止まる気配を見せない。

 夢唯は涙を拭うことなく、零れ落ちた涙が床を濡らしていく。

 

 

「お姉ちゃんは道半ばで死んだです。自分の望みを叶えられないまま、死んでしまったです。けれど、お姉ちゃんが自分の望みのために、忘れられないために、人を、家族を犠牲にすることを認めるわけがない。それをわかっていて、ボクにお姉ちゃんの気持ちを考えさせるなんて……士道さん、あなたは卑怯です、ずるい人です……」

 

 夢唯は身にまとう教祖服の形状をした霊装を解除する。その行為は、夢唯の心から士道たちへの殺意が完全に消え去ったことを象徴していた。

 

 

「この命は、すべてお姉ちゃんのためのもの。この気持ちに変わりはないです。けれど、そのお姉ちゃんが望まないことをやったって、意味がない。……世界征服は、終わりですね」

 

 ひとしきり感情任せにボロボロと涙を零しきった夢唯は、セーラー服の袖で乱暴に涙をぬぐい、静かに世界征服活動の終了を宣言する。涙で腫れた瞳で士道たちを見つめる夢唯は、憑き物が落ちたような穏やかな表情をしていた。

 

 

「さて、ボクはみなさんに完敗しました。ボクはこれまで世界征服を目論み精力的に活動してきましたが、その野望はみなさんにより打ち砕かれてしまいました。言うなれば、ボクは夢破れし魔王、あなたたちは世界を守った勇者、といった構図です。勝者のあなたたちには、多くの人間を巻き込んだ、この大罪人を好きにする権利があります。……では、問いましょう。あなたたちは、ボクをどうしたいですか?」

 

 屋内プールにて繰り広げられた、激しい戦闘と主張の応酬の果て。夢唯はテクテクと士道たちの元に近づき、小首をかしげて質問する。士道たちは互いに顔を見合わせ、夢唯の質問の答えが満場一致なのを視線で確認し、士道が一歩、夢唯へと踏み出す。

 

 

「――改めて、俺とデートしてくれないか?」

「……士道さんのことです。ハーレムを拡大させたいから、なんて爛れた理由ではないのでしょう。わかりました。では、これを」

 

 士道からの誘いに夢唯は意外そうに目を丸くした後、夢唯はしばし思案してから〈夢追咎人(レミエル)〉で小さな紙片を召喚し、士道に投げつける。士道が指で紙片をつかんで見やると、それは名刺のようで、『霜月砂名大好きクラブ会員 霜月夢唯』との記述と、電話番号・メールアドレスが記載されていた。

 

 

「推測するに、士道さんは精霊を弱体化させる手段を持っていて、士道さんを取り巻く女性たちはすなわち、士道さんに弱体化させられた精霊たちってことですよね?」

「あぁ、合ってるよ。俺には、精霊を封印できる力を持っている。空間震を起こして世界に被害を出す精霊を、武力で殺さずに、封印して無力化させるために活動している」

「あなたはそういう立場の人間なのですね、理解しました。……デートは受けます。けれど、1週間ほど時間をもらっても良いでしょうか?」

「夢唯。精霊の命を、力を、色んな勢力が狙っているんだ。できることなら明日にでもデートして封印したいんだが……それはできないのか?」

「はい。これまで世界征服と称して散々暴れまわりましたからね。過去の暴虐を清算するために、ボクのわがままで独りよがりな夢の後始末のために、どうしても〈夢追咎人(レミエル)〉は必要なのです。……大丈夫です、このまま封印されずに姿をくらませたり、他の勢力に殺されたりなんてしないですから」

 

 士道は脅威から夢唯を守るためになるべく早く封印したかったが、夢唯の瞳から強い贖罪の意思を読み取ったために、夢唯の望みを受け入れ、これ以上夢唯を引き止めないことに決めた。

 

 

「……わかった。またな、夢唯」

「はいです。また後日」

 

 夢唯は士道に背を向けて、少しだけ体を士道に向けて小さく手を振ってから、〈夢追咎人(レミエル)〉の【胡蝶之夢(バタフライ)】を行使し、霧となって屋内プールから消失するのだった。

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。これまでの夢唯との対話を経て、夢唯を救うためにどう話を転がせばいいかの解に辿り着いたがために、夢唯の世界征服を諦めさせることに成功した。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。此度、勇気を持って、砂名を殺害した己の罪を、夢唯に告白した。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。此度、士道の説得により、世界征服への野望から、砂名への妄執から解き放たれたようだ。

 というわけで、『霜月コンクエスト』後編の夢唯コンクエストはこれにて終了です。あとはエピローグが待つのみです。なお、エピローグは文字数が多くなってしまったので、2話に分割します。悪しからず。

次回「とある夢の後始末」


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エピローグ① とある夢の後始末

 

 世界征服願望を持つ精霊:霜月夢唯との激闘から、数日が経過した。

 士道の説得により世界征服を、砂名への執着をやめた夢唯は、己の野望のために巻き込んだ多くの人々に対し、彼らを元の生活に戻すための暗躍を始めたようだった。

 

 暗躍する夢唯の姿を士道が直接目撃したわけではなかったが、夢唯が精力的に活動していることは、士道の送る日常の随所から読み取れた。まず周囲の人々の会話から『新人類教団』という言葉をまるで聞かなくなった。次に新人類教団の信者であることを示す、黄色のミサンガを左手に巻く人を見かけなくなった。

 

 中でも、士道目線で夢唯の暗躍っぷりが顕著に表れたのは、12月11日の月曜日に来禅高校に登校した時のことだった。先週の金曜日には凄まじい筋肉の鎧を纏っていた士道の悪友、殿町宏人が元通りの中肉中背の姿に戻っていたのだ。

 

 殿町曰く『路地裏の怪しい商人からもらったモテ薬を興味本位で飲んだ後の記憶がない』とのこと。殿町から筋骨隆々だった時の記憶はきれいさっぱり消えており、夢唯が〈夢追咎人(レミエル)〉の【剥誅夢(アムニージャ)】で殿町の記憶を改竄したであろうことが容易に推測できた。

 

 また、士道のクラスメイトにも夢唯の【剥誅夢(アムニージャ)】による記憶操作が加えられているようで、殿町に対する皆の認識は、『この前の五河も体力測定で平然と世界記録ぶっちぎってて明らかにおかしかったし、次は殿町がおかしくなっただけだろう』といったふわふわとしたものだった。

 

 ディザスター状態だった当時の記憶があやふやな士道は、あの筋肉まみれな殿町と同列に扱われていることに内心複雑だったが、残念ながら、これが夢唯が考えた最も丸く収まる結末なのだろうと、受け入れる以外の選択肢はなかった。

 

 そのような気持ちを抱える士道をよそに、筋肉信仰から脱却した殿町はいつものように、タイミングを見つけてはスマホの中にいる二次元の嫁(マイハニー)に愛を語りかけていた。

 

 殿町を始め、夢唯により新人類教団の信者は1人、また1人と日常に戻っていく。〈夢追咎人(レミエル)〉の【願亡夢(デザイア)】により理想の自分に生まれ変わっていた頃の記憶を、【剥誅夢(アムニージャ)】により違和感がないように改竄された上で、何事もなかったかのように日々の生活に回帰していく。

 

 日が過ぎるごとに、新人類教団は存在感を失っていく。そうして数日経つ頃には、まるで天宮市で新人類教団が尋常でないペースで勢力を拡大していたことがすべて噓であったかのように。一夜の夢であったかのように。とある新興宗教は跡形もなく消失したのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「報告は以上だ。ラタトスクが夢唯の作業を手伝う必要はないだろう」

「楽をできるのは助かるけど……〈夢追咎人(レミエル)〉ってつくづく何でもありね。教団の集会で、不特定多数に『精霊』や『AST』のことを暴露していたから、収束させるのはそう簡単じゃない想定だったんだけどね」

 

 12月15日金曜日の放課後。中学校から下校した琴里はその足でラタトスク機関が所有する地下施設の臨時指令室へと赴き、令音から天宮市の現状の報告を受けていた。夢唯の暗躍により、夢唯の世界征服活動による影響がほぼ完全に消え去っていることを知った琴里は、改めて〈夢追咎人(レミエル)〉の凄まじさを認識し、ゴクリとツバを飲む。

 

 

「お褒めいただきありがとうございます」

 

 と、ここで。琴里と令音のみの臨時指令室に3人目の声が届く。刹那、琴里の眼前に霧が結集し、セーラー服姿の夢唯が姿を現す。

 

 夢唯と士道たちとの戦闘の後。夢唯はこれまで数回、琴里や令音の前に姿を現していた。その目的は主に2つ。1つ目は、精霊とは何か、ラタトスク機関とは何かといった精霊に関する様々な情報を教わるため。2つ目は、士道に封印された後の夢唯の生活について打ち合わせをするためだ。だが、夢唯はなぜかいつも【胡蝶之夢(バタフライ)】を使っていきなり琴里の近くにワープしてくるため、琴里はその度に内心ドッキリさせられているのだった。

 

 

「……相変わらず神出鬼没ね、夢唯。びっくりするから普通に扉から入ってくれないかしら?」

「びっくりしてる顔じゃないですけどね。とりあえず、琴里さんの頼みはお断りなのです。【胡蝶之夢(バタフライ)】は移動手段として超便利ですし……〈夢追咎人(レミエル)〉を使える機会はもう残り少ないですから、大して意味がないことでも存分に天使を使い倒したい気分なのですよ」

「それって……」

「はい。ボクの稚拙な夢の後始末が、終わりました。さすがに何もかも元通りとはいきませんでしたが、できる限りの対応をしたのです」

 

 夢唯は端的に己の暗躍が完了したことを宣言する。夢唯の両目の隈の酷さから、夢唯がかれこれ1週間、徹夜で後始末をしていただろうことが読み取れた。

 

 

「お疲れさま、夢唯」

「労わなくて結構ですよ。身から出た錆ですので」

「そう。それにしても、こうも何事もなかったかのように収束させるなんて、さすがの手腕ね。結束の儀で深手を負った人への対処とか、どうするつもりなのか疑問だったのだけど」

「トチ狂いモードだったボクも、他者を殺すという最後の一線だけは結果的に超えませんでしたからね。死んでさえいなければ、〈夢追咎人(レミエル)〉でどうとでもなります。【願亡夢(デザイア)】で怪我のない体を与えればどんな怪我も完治できますし。怪我を負った時の記憶も【剥誅夢(アムニージャ)】で改竄できますし」

「聞けば聞くほど〈夢追咎人(レミエル)〉って万能ね」

「ボクとしては、そう大層な天使じゃないって認識なのですけどね」

 

 琴里が純粋な疑問を解消するべく夢唯に問いかけると、夢唯は後始末の方法の一端を明かす。それから。琴里が〈夢追咎人(レミエル)〉の万能性に感心する中、夢唯は話題を切り替えるべく声を上げる。

 

 

「ところで。ついさっき、ボクの今後のことを両親に話してきました。やりたいことができたから来禅高校に転校したい、来禅高校の女子寮(精霊マンション)に入りたいって感じで」

「ご両親は賛成してくれたの?」

「はい。2人とも、もろ手を挙げての大賛成でしたね。亡くなった姉にひたすら執着する娘が、ようやく姉の呪縛から解放されてまともに生き始めた、って顔に書いてあったのです」

「それは……」

「良いのですよ。ボクがお姉ちゃんへの想いを拗らせていたのは事実ですし、両親が嫌な奴なのは今に始まったことじゃないですし。まぁそんなわけで、封印される前に片付けるべき目下の課題は解消しました。あとはボクが士道さんに封印されればOK、という状態です」

「じゃあ、明日にでも士道とデートできるのね?」

「はいです。士道さんさえ良ければ、これからデートしても良いですけど?」

「今日はさすがにやめておきなさい。ただ士道とキスをすれば夢唯を封印できるってわけじゃないんだから。眠気が邪魔して士道への好感度が上がらないんじゃ、デートの意味がないわ」

「好感度……」

 

 やるべき後始末をすべて終えた夢唯はすぐにでも封印されることを望むも、琴里は夢唯の体調を気遣い、明日以降のデート&封印を提案する。夢唯は、琴里から『眠気』というワードを聞いたことで思い出したかのようにうつらうつらと頭を小さく揺らしつつ、言葉を紡ぐ。

 

 

「はたして、ボクの封印は上手くいくのでしょうか? ボクのお姉ちゃんへの気持ちを好感度100%だと仮定すると、士道さんにはよっぽど頑張ってもらわないと、100%には到達しないことでしょう。ボクも士道さんのことを好きになれるように誠心誠意努力するですが、心は自在にコントロールできるわけではないですし」

「精霊:霜月夢唯との戦争(デート)はここからが本番、ということね」

「そうなるです」

「ま、安心なさい。今までその手の困難を士道は何度も乗り越えて来たわ。例えば、男嫌いの美九に士道を好きになってもらって封印した実績があるわ。極度のシスコンのあなたが相手でも、士道ならきちんと攻略してくれるわよ」

「それは少々楽観的過ぎやしませんか? 来月の来禅高校への転入日までにどうにか封印が間に合うと良いのですが……」

 

 夢唯が不安そうに口にした疑問に、琴里は夢唯を安心させるべく、士道の美九封印の実績を例に出すも、夢唯の不安を払拭しきるには至らなかったようだ。

 

 

「――いや、夢唯の心配は杞憂だよ」

 

 と、その時。琴里と夢唯との会話を静観していた令音が口を挟む。同時に、臨時指令室のディスプレイに1つの折れ線グラフが映し出される。横軸には今日を含めた1週間の日付が一定間隔で刻まれており、縦軸は0%から100%までの数値が刻まれていた。そして当の折れ線グラフは、12月8日の23時半付近を境に、15%から100%に急上昇し、それから今日に至るまでずっと100%付近で細かく上下し続けていた。

 

 

「何ですか、このグラフ?」

「君のシンへの好感度だよ」

「横軸が時間、縦軸が好感度指数でしょうか。ボクの見間違えじゃなければ、ボクが世界征服を諦めたあたりで好感度が100%付近にずっと張り付いているように見えるのですが」

「私にも君と同じように見えるね」

「それってつまり……?」

「君がシンのことを凄く好いているということだね」

「……」

 

 令音が夢唯に折れ線グラフから読み取れる情報をそのまま夢唯に伝えると、夢唯は沈黙を返す。臨時指令室に妙な沈黙が流れる中、夢唯はコホンと小さく咳払いをした後、令音に問う。

 

 

「あの、違う人のデータを出していませんか?」

「いや、間違いなく君のデータだよ」

「何か不調をきたしている機械があるのでは?」

「計器の調子はどれも万全だよ」

「実は好感度の最大値は100%ではなく1万%だとか?」

「100%が最大値だよ。どれほどシンへの愛情が深くても、100%を超えることはない」

「……」

 

 夢唯は段々と早口に令音に問いを投げかける一方、令音は淡々と夢唯の問いを打ち返す。そんなやり取りを数度挟んだ後、再び声を発する者がいなくなり、臨時指令室が静寂に包まれる。ただ1つ、先ほどの沈黙との違いは、夢唯の顔が真っ赤に染まっていることだった。

 

 

「あら、良かったじゃない」

「良くないのですッ! 全然良くないのですッ!!」

 

 夢唯の士道への好感度が既に最大値に到達していることに琴里が素直な感想を発すると、夢唯が頭を抱えて首をブンブン左右に振って叫び始めた。先ほどまで眠たげな様子の夢唯だったが、まさかの衝撃的な事実を突きつけられたことにより、すっかり元気になっていた。

 

 

「嘘でしょう……? 霜月夢唯として士道さんとちゃんとデートしてないのに好感度100%ってどういうことですか!? まさかあの説得1つでコロッと落ちちゃったってことですか!? ありえないのです! これじゃあまるで、ボクがくそチョロい女みたいじゃないですか!?」

「それだけ士道の説得が夢唯の心に響いたってことでしょ? チョロいというより、感受性豊かで情熱的ってことなんじゃないの?」

「人の短所をあたかも長所かのように言い換えるのがお上手ですね、琴里さん! さすがに10代で司令官にまで上りつめた人は違うですね、巧みな話術なのです!」

「話術って、そんなつもりはないんだけど……」

 

 士道への好感度指数を通して己の新たな一面を知り愕然とする夢唯。琴里は取り乱している夢唯が情緒不安定になりまた何か暴走してしまうのではないかと内心で懸念し、それゆえ夢唯が士道に抱く好感度の高さは何もおかしなことではないことを伝える。しかし夢唯は琴里のフォローを一切受け入れようとしない。

 

 

「好感度の問題は既に解決している。今すぐにでもシンとキスをすれば、それで夢唯の封印は確実に成功するよ。シンを呼んでこようか?」

「ダメです!」

 

 一方、令音は夢唯が士道への好感度の数値を受け入れた様子を見やり、士道を臨時会議室に呼ぼうと部屋を後にしようとしたが、夢唯は【胡蝶之夢(バタフライ)】で令音の前にワープし、両手を広げて令音の歩みを妨害した。

 

 

「絶対ダメなのです! 嫌ですよ!? ロクに交流していない男相手に好感度MAXだと知られるとかありえないのです! こんなの、その辺で発情してさかって男漁りしてる尻軽ビッチ変態女と何が違うのですかッ!?」

「メチャクチャなこと言ってるわね」

「とにかく! こんな恥ずかしいこと、絶対に士道さんにバレるわけにはいかないのです! 士道さんとちゃんとデートをして、順当に好感度を重ねて封印に成功した感を装わないとダメなのです! ボクの沽券に関わるのです! 2人とも、この件は墓場まで持っていくとここで約束するのです! 良いですね!?」

「わかったわよ、言わないから安心しなさい」

 

 夢唯はグルグルと混乱しきった漆黒の瞳で琴里と令音に黙秘を迫る。今の夢唯に士道たちへの殺意はないとはいえ、夢唯は今もまだ封印されていない危険な精霊であることに変わりはない。琴里はひとまず夢唯に落ち着いてもらうべく、夢唯の要求を受け入れた。

 

 かくして、翌日の土曜日に、士道が夢唯を封印するための茶番なデートが開催されるのだった。

 

 




五河琴里→士道の妹にして元精霊。識別名はイフリート。ツインテールにする際に白いリボンを使っているか黒いリボンを使っているかで性格が豹変する。夢唯の世界征服の後始末をラタトスク機関も手伝わないといけないのではと想定していたが、夢唯の〈夢追咎人(レミエル)〉が予想以上に万能だったおかげで心配が杞憂に終わり、己の仕事が減ったため、内心で安堵している。
村雨令音→フラクシナスで解析官を担当している、ラタトスク機関所属の女性。琴里が信を置く人物で、比較的常識人側の存在。シンへの好感度の高さを隠した上でシンとデートを行おうとする夢唯の姿が、かつての琴里と重なり、それゆえ微笑ましく思っている。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。色々あったとはいえ、それでも自身の士道への好感度がほぼ最大値だったことは酷く衝撃的だったようだ。


~おまけ(臨時会議室の会話をちょこっと追加)~

令音「シンへの好感度の高さを隠してデート、か。どこかの誰かを思い出すね」
琴里「……へぇそうなの。一体誰のことかしらね?」
令音「ふふ、誰だろうね。『ラ・ピュセル』の限定ミルクシュークリーム10個があまりに美味しいものだから、つい忘れてしまったよ」
琴里「ちゃんとおごったんだから、そろそろつっつくのやめてくれない?」
令音「善処するよ」
夢唯「?」


次回「義妹と実妹」



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エピローグ② 義妹と実妹


 義妹、実妹。
 甘く背徳に満ちたその響き。
 食べ物ではない、呪文でもない。それは……。



 

 12月16日土曜日。午前10時。

 士道は天宮市の駅前広場でデートの待ち合わせ相手を待っていた。昨日の夜、夢唯から『やるべき後始末が終わったからいつでもデートできる』旨のメールをもらったからだ。そのため、士道は早速、夢唯からもらった名刺から夢唯に電話をかけて、デートの日時と待ち合わせ場所を決めて、かれこれ駅前広場で30分前から待機をしていたのである。

 

 

(にしても、昨日の夢唯……何か様子が変だったな。凄くぎこちない調子で話していたし、大丈夫かな?)

「おや、待たせてしまったですか?」

 

 夢唯を待っている間、昨日の電話越しの夢唯の様子がおかしかったことに士道が思いをはせていると、士道の前方から声を掛けられる。士道が超えの元に視線を向けると、そこには白を基調としたモコモココートに黒のスウェット、デニムパンツで着飾った霜月夢唯の姿があった。これまで夢唯のセーラー服姿と、霊装としての教祖服姿しか見たことのなかった士道は、小柄な夢唯のファッションから醸成されている女性らしさに、しばし見惚れた。

 

 

「確かに少し待ったけど、気にしないでくれ。俺、こうやって待っている時間が好きなんだ」

「そうですか、無理をさせていないのなら良いのです」

 

 いつまでも夢唯を凝視していたら不審に思われてしまう。士道は努めて普段の調子の声色に調整して、夢唯に返事をする。対する夢唯は、己がいつの間にやら士道を魅了していたことに気づくことなく、士道の言葉を素直に受け取り、士道を待たせてしまっていたことを申し訳なく感じる気持ちを引っ込めた。

 

 

「あ、あのー」

 

 と、ここで。夢唯の背後からおずおずと姿を現し、気まずそうに手を上げる者が1人。淡いグレーのパーカーに青色のホットパンツで着飾っており、きちんと冬対策している夢唯と比べると明らかに寒そうな軽装をしている少女、霜月志穂である。

 

 そう、夢唯とデートするにあたって、夢唯は1つだけ士道に条件を提示してきた。それが、志穂もデートに参加させることだったのだ。そのため今、駅前広場に3人が集結している。

 

 

「本当に2人のデートに私も混ざっちゃってだいじょーぶッスか?」

「気にすることはないですよ。来月ボクは志穂さんのクラスに転入するので、志穂さんと親睦を深める機会が欲しいと常々思っていましたし……何たって士道さんはあれだけ多くの女性を侍らせるほどの行動力と性欲の化身、つまりはケダモノですからね。2人きりのデートだなんて、いつ襲いかかって身ぐるみはがしてくるかわかったものじゃないですから。ストッパーとして期待しているですよ、志穂さん」

「は、はいッス?」

「おいおい、ケダモノって……」

「あなたがハーレムを築いていることは事実でしょう? 事情が事情なので理解はしているですが、それはそれとしてハーレム野郎は嫌いです。理解と納得は別物なのです」

 

 志穂が己が場違いなのではないかと懸念していると、夢唯はジトッと士道を見つめながら、志穂の同伴をデートの条件に加えた理由を告げる。夢唯からの毒のある発言に士道が苦笑いをしていると、夢唯のジトッとした視線はますます強まり『嫌い』とまで宣言されてしまう。

 

 

「……」

 

 士道は思わず、言葉に詰まる。今の士道は耳にインカムをつけていないし、付近に自律カメラは飛行していない。夢唯の士道への好感度の高さを知っている琴里が、此度のデートにラタトスク機関の援護は不要だと判断したからだ。しかしそんな裏事情など知る由もない士道は少々不安になった。はたして。目の前にいる、お姉ちゃんがとにかく大好きで、士道のことを嫌っているこの少女の好感度を稼いで、封印することができるのかと。

 

 

「ま、全員集まったことだし、行こうぜ」

「士道さんのお手並み拝見なのです」

「先輩先輩、今日はどこ行くんスか?」

 

 とはいえ、これからデートを始めるというのに暗い顔をしていても何も始まらない。士道は気持ちを切り替えると、上から目線で下から見上げてくる夢唯と、ワクワクを胸にぴょんぴょん跳ねている志穂を伴い、駅前広場から出発するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 士道が夢唯&志穂を連れてきたのは、天宮市内の複合アミューズメント施設だった。スポーツからゲームまで幅広い種類の遊戯を楽しめるこの施設を士道が選んだのは、ひとえに夢唯の性格を考慮してのことだ。

 

 これまでの夢唯の過去や言動を踏まえると、おそらく夢唯は自宅で完結する趣味を好むインドア派なタイプだ。そのような相手との初デートの舞台に外を選ぶからには、色んな施設を広く浅く幅広く練り歩くプランより、1つの複合施設にとどまってじっくり遊ぶ中で交流を深めていくプランの方がふさわしいのではないかと考えたのだ。

 

 

「ほぇー、おーきい建物ッスね……」

「壮観ですね」

「志穂はともかく、夢唯はこういう場所に来たことないのか?」

「ありますが、ボクの地元は田舎ですからね。こうも大規模な所は初めてです。柄になく気分が高まってきました」

「そりゃ良かった」

 

 夢唯の趣味嗜好をまだ完全には掴み切れていないため、士道が選んだデート先を夢唯がどう反応するかは未知数だったが、興味津々で施設を見つめる夢唯の様子からして、士道が選んだデート先は正解だったようだ。士道は内心でホッとなでおろした。

 

 それから、士道たちは施設で受付を済ませた後、様々な娯楽に興じ始めた。

 

 

「あー! またガターッス! うぅぅ、白いピンが強敵すぎるッス、奴ら全然倒せないッス! 何なんスかあの十傑集!」

「志穂。まだもうちょい手に力が入りすぎてるんじゃないか? ボールを投げるんじゃなくて、前に転がしてあげるって感覚でやれば、いつかあの憎きピンたちを倒せる時が来るさ」

「うー。ちゃんと士道先輩のアドバイス通りにやってるつもりなんですけどね、どうしてこうも上手くいかないッスか?」

「嘆くことはないですよ、志穂さん。あなたの代わりにこのボクが奴らを皆殺しにしてみせましょう。この瞬間が奴らの命日なのです!」

「ちょッ、夢唯!? 今のはやりすぎだろ!? ボールがピンに直撃するまで床に着地してなかったぞ!?」

「あ、ごめんなさいです。精霊のパワーを舐めてたのです」

 

 ボウリングでは志穂が中々ピンを倒せず苦戦を続け、士道が志穂の上達のためアドバイスをする傍ら、夢唯は精霊になる前の己のボウリング経験を生かしてボウリングボールを前に転がす、もといピンに直接ボールをぶつけて派手にピンを弾き飛ばし。

 

 

「っとと。アイススケートはやったことあるから同じ要領でいけると思ったんだが、結構難しいなこれ」

「やれやれ。鈍くさいですね、士道さん」

「はぁ!? 片足でよくそんなスピード出せるな!?」

「もしかして士道さん、ボクが運動苦手だとでも思ってたですか? 確かにお姉ちゃんと一緒に遊ぶ時は大抵漫画やゲームにアニメを楽しんでましたが、ボク普通にスポーツできますよ?」

「そうだったのか……」

「やれやれ。鈍くさいッスね、士道先輩」

「え、もしかして志穂も実はローラースケートは超得意とか――って、セグウェイに乗ってるだけじゃねぇか!」

「くくくく、使えるものは何でも使うのが志穂ちゃん流ッスよ。これでビリ回避は間違いなしッス!」

 

 ローラースケートでは志穂の提案により、一番最初に外周を5周した人が勝ちという勝利条件で、3人で緩く競争を始め。士道が中々ローラーシューズを使った移動に慣れず、バランスをとれずに苦戦を強いられる中、夢唯は悠々とローラーシューズで滑っていき、志穂はセグウェイに頼るという方法で競争を優位に進めようと画策し。

 

 

「ふぅ、こんなものですか」

「嘘だろ、2人がかりだぞ……!」

「そうッスよ。しかも夢唯先輩、目隠ししてるのに強すぎるッス! 勝てるイメージがまるで浮かばないっスよ!」

「仕方ありませんね。ワンサイドゲームはつまらないので、もう1つハンデをあげましょう。サーブ以外で、ボクの陣地でボールがワンバウンドしたら士道さんたちの得点で良いですよ」

「「ッ!?」」

「さぁ、精々ボクを楽しませるのですよ」

 

 テニスでは士道&志穂 VS 夢唯という組み合わせで、かつ夢唯が目隠しをしているというのに士道&志穂ペアが劣勢に立たされてしまい。夢唯がまるで主人公チームに対峙する悪役のような凶悪な笑みを貼りつけつつ、更なるハンデを自ら背負いながら、2対1のテニスを満喫し。

 

 

「ランキング12位! 今、12位まで来てるッス!」

「志穂、この曲、間奏が45秒あるから少し休めるぞ!」

「マジッスか!? ふぃー、助かったッス」

「良いぞ、志穂! この調子なら全国1位も夢じゃない!」

「あと少し……でも私、この曲のCメロ自信ないッス。さすがにこのランキング上位相手に、Cメロを歌えない私じゃ勝ち目がないッス。……もはやこれまでッスね」

「志穂さん、諦めてはなりません。ボクが力を授けてあげましょう――【願亡夢(デザイア)】」

「おぉ、ぉぉぉおおおお! 歌詞が、メロディーが、全部わかるッス! これなら、これならいける、もう何も怖くないッス! いくッスよ、これが私の渾身のCメロッス!」

 

 カラオケでは全国採点機能をオンにして誰が最も良い順位を取れるかという勝負を行っていたところ、志穂が全国1位に迫りそうな歌を選んだことで、士道も夢唯も順位勝負の真っ最中だということを忘れ、それぞれの方法で志穂を応援し、志穂を全国1位に君臨させることに成功し。

 

 士道たち3人は様々な遊戯を一体となって遊びつくした。段々とデートというより仲の良い友達とバカ騒ぎをしているだけといった雰囲気に変質していたが、今この時を楽しめることに越したことはない。ゆえに士道は敢えてデートの方針転換をせずに、夢唯と、志穂と、ひたすらに遊び倒した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「今日は超楽しかったッス! 士道先輩、夢唯先輩。2人のデートにご一緒できて本当に良かったッス!」

 

 夕日が今にも沈まんとする夕暮れ時。複合アミューズメント施設で充実したひと時を満喫した士道たちは施設を後にし、天宮駅前広場のベンチに腰を下ろしていた。士道を挟んで右隣に座る志穂は興奮冷めやらぬ様子で、士道と夢唯に満面の笑みを見せる。

 

 

「俺も楽しかったよ。一緒に来てくれてありがとな、志穂」

「どういたしましてッス!」

 

 志穂がいたからこそ、士道を嫌っているらしい夢唯とのデートが終始和やかに進んだのだろう。士道もまた、本日のデートのムードメーカーを担ってくれた志穂にお礼を告げる。

 

 

「……」

「夢唯、大丈夫か?」

「……あ、はい。平気なのです」

 

 が、士道と志穂が歓談する一方、士道の左隣に腰を落とす夢唯は声を発さずうつむいたままだった。夢唯の様子が気にかかり、士道が声をかけると、夢唯はワンテンポ遅れてから顔を上げて、士道に軽く返事を返す。やはり少し様子がおかしかった。

 

 

「夢唯先輩、もしかして疲れちゃったッスか? ごめんなさい、私が振り回しちゃったから」

「別に志穂さんのせいじゃないですよ? どうかお気になさらず」

「そうはいかないッス! お詫びに何か奢るッス! 士道先輩、夢唯先輩のことをよろしくッス!」

「え、志穂さん……?」

 

 自分のせいで夢唯に負担をかけてしまった。そのように思い込んだ志穂は申し訳なさそうに夢唯にぺこりと頭を下げて、そのまま夢唯のための差し入れを探すべく夢唯に背を向けて駆け出す。結果、志穂の背はどんどん小さくなっていき、夢唯の困惑の声が場にとどまるのみとなった。

 

 

「……行ってしまいましたね」

「あぁ、志穂はたまにああやって突っ走る時があるんだ」

「志穂さんらしいですね。……あの純粋さは、ボクにはちょっと眩しいのです」

「同感だ」

 

 士道と夢唯は互いに顔を見合わせ、お互いに笑みを浮かべる。志穂を通して、思わぬ形でお互いの共通点が見つかったことが何だかおかしく感じられたからだ。

 

 

「……本当に良いのですか?」

 

 と、ここで。夢唯が士道を見上げて問いかける。その眼差しはさっきまで笑いあっていた頃と打って変わって真剣で。士道も居住まいを正して夢唯に向き直る。

 

 

「ボクが世界征服と称してこれまでやってきた数々の暴虐。これらは、もしもボクが精霊ではなくただの人間であれば、速攻で逮捕されるレベルの大罪です。ボクは未成年ですが、それでも長い年月牢屋に囚われるレベルの罪を、ボクは犯したです。なのに、あなたたちラタトスク機関は、ボクの罪を看過して、ボクを封印して、ボクを元の人間に戻そうとしているです。殺す以外の方法で精霊の脅威を取り除きたいだけなら、例えば、ボクを封印した後でラタトスクの施設で監禁したっていいはずなのに」

「……」

「本当に良いのですか? 人の本質は変わらないものです。ボクの本質は、紛れもなく悪です。たとえ封印されて、〈夢追咎人(レミエル)〉を自在に使えなくなっても、きっとボクはまた間違えて、暴走するです。その果てに今度は、人を殺すかもしれないです。三つ子の魂百までという先人の言葉の通り、ボクはいつかまた何かをトリガーにして暴れ出してしまうでしょう。……ボクは志穂さんと違って、悪人です。それでも士道さんは、ボクにこれからも何不自由ない生活をさせようというのですか? それはいくらなんでもお人よしが過ぎませんか?」

 

 夢唯の瞳は不安に揺れ動いていた。かつて罪を犯した自分が幸せになっていい権利があるのか、その判断を士道に委ねているのだと、士道には理解できた。士道の答えは最初から決まっている。士道は、目の前の少女を救うために1週間前の激闘を凌ぎ切ったのだから。

 

 

「夢唯、いつも絶対に間違えない人なんて、きっとどこにもいない。今回はたまたま俺たちの方がほんの少しだけ夢唯より正しかったから、止めただけだ。これからも、夢唯が間違ったことをしようとしたのなら、俺たちは夢唯を想って、夢唯を止める。その代わり、もしも俺たちが間違ったことをしそうになったら、夢唯が止めてくれ。俺たちとは違う目線で世界を見ている夢唯だからこそ、気づけることもあるだろうからな。そうやって、お互いの足りない所を補い合って、支え合って……それが仲間ってもんだろ? だからこれでいいんだ。夢唯が今日みたいに楽しく生きることは、何も間違っちゃいない」

「……まったく、よくもこう歯が浮くようなことをつらつらと言えますね」

 

 夢唯を安心させるべく士道が紡いだ言葉に。夢唯はしばし放心したように士道を見つめた後で、思い出したかのようにプイッと顔をそむける。

 

 

「悪い、仲間扱いが嫌だったか?」

 

 不用意な発言で、夢唯の機嫌を損ねてしまっただろうか。士道が慌てて夢唯の顔を覗こうとした、その時。士道の唇に、不意に柔らかい感触が伝わってきた。いつの間にか夢唯の顔が士道の目と鼻の先にあって。夢唯の揺れる黒の双眸が士道の瞳を至近距離で射抜いていて。夢唯がキスを仕掛けてきたのだと士道は理解した。

 

 刹那、体の中に何なら温かいものが流れ込んでくる感覚を士道は感じ取る。この感覚はいつもと相違ない、精霊の霊力の完全な封印に成功した時のものだ。これが意味することはつまり、夢唯は士道のことを――。

 

 

「何ですか、その目は? くれぐれも勘違いしないでほしいのですが、ボクは士道さんのことなんてこれっぽっちも好きじゃないのですよ? ボクはたった1日デートしただけの異性に夢中になるような、そんなチョロい女じゃないのです。ただ、ただ、ボクは――あなたという人を、お姉ちゃんの良き理解者として認めただけです。それだけのことでしかないのです」

 

 士道から顔を離した夢唯は、ジト目で士道を見上げつつ、士道にどうにか己の好感度のことをバレずに済むようにとそれっぽい理由を並べ立てていく。一方の士道は、夢唯の言い訳に反応せず、ただ呆然とした視線を夢唯に返すのみだ。

 

 

「それで? ボクにキスされたくらいで何をいつまで呆けているのです? これまで複数の女性を堕とした実績を持つハーレム野郎が今さら純真気取ったってボクは騙されたりなんかしないですよ? ほら、さっさと下手くそな演技をやめるのです」

 

 確かに、士道は夢唯からの唐突なキスに驚いたし、夢唯から好意を抱かれていたことを意外に感じていた。しかし士道の驚きは、次の瞬間には別の驚きに取って代わっていた。なぜなら、士道の目線の先。広場の隅にそびえる街路樹の陰に、桃色の髪を揺らしながら、士道と夢唯にビデオカメラを向けている志穂の姿があったからだ。

 

 

「いや、志穂が……」

「志穂さんが?」

 

 士道が困惑のままに志穂の名を口に出し、夢唯が怪訝そうに眉を寄せつつ、士道の視線を追う。結果、2人の視線を注がれた志穂は、しばらくの間、まるで己が完璧に木の陰に隠れられているものと信じてそのまま微動だにしなかったが、士道と夢唯が志穂へと視線を向け続けていると、観念したかのように木の陰からひょいと飛び出し、後ろ手にビデオカメラを隠しながら、テクテク士道たちへと近づいた。

 

 

「夢唯先輩、緑茶買ってきたッスよ。これ結構美味しいんで、オススメッス」

「ありがとうございます」

「いえいえ。これで少しでも夢唯先輩が元気になってくれたら言うことなしッス」

「ところでどうしてボクたちを盗撮していたですか?」

「……ふぅ、バレてしまっては仕方ないッスね」

 

 志穂は夢唯に緑茶のペットボトルを手渡し、何事もなかったかのように話を進めようとするも、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに夢唯が直球に質問する。すると、志穂はおずおずと後ろ手に隠していたビデオカメラを士道と夢唯に見せつつ、どこか遠い目をしながら、しみじみと語り始める。

 

 

「士道先輩、夢唯先輩。この現代、サブカル趣味にはお金がかかるものッス。興味のある作品を買って、いっぱい堪能したいといくら願っても、残機1の私は以前のように狂三先輩に時間を捧げて対価をもらうことができないッス。そんなただの学生となった私がお金を稼ぐ手段は限られていて、結局ある程度は欲求を我慢するしかない。そんな日々を強いられていたッス。……けれど、ある日。美九先輩が救いの手を差し伸べてくれたのです。先輩たちがイチャイチャしているシーンの撮影に成功するごとに、そのイチャイチャ具合に応じたボーナスを差し上げると約束してくれたッス。ふっふっふ、士道先輩と夢唯先輩とのキス動画を美九先輩に献上したら、どれほどたくさんのボーナスをもらえるか……ワクワクが止まらないッス!」

 

 志穂はビデオカメラを大事そうに撫でつつ、己の事情を語っていく。志穂を見つめる士道の眼差しに段々呆れの感情が入り込む中、志穂を見つめる夢唯の眼差しに段々焦燥の念が入り込む中、志穂は2人の様子の変化に気づかず、にこやかな笑みを浮かべつつ、士道たちにクルリと背を向けた。

 

 

「そういうことなので、私はこれにて失礼するッス! 改めて、今日は先輩たちのデートに私も誘ってくれて本当にありがとうございました! とっても楽しかったし、美九先輩からのボーナスも確定したし、私は今、超幸せッス! では、また明日――!」

「――逃がさないのです! 【胡蝶之夢(バタフライ)】!」

 

 志穂は士道たちにブンブンと勢いよく手を振って、全力疾走で士道たちの元から去ろうとする。直後、夢唯が弾かれたかのようにベンチから立ち上がり、今までの癖でつい封印されたばかりの天使の技名を口にする。夢唯による天使〈夢追咎人(レミエル)〉の行使は不発となる、かと思われたが、士道の予想に反して夢唯の体は霧となって消失し、次の瞬間には志穂の逃走先に転移していた。

 

 

「ちょぉぉおおおお!? 士道先輩に封印されたばかりなのに速攻で〈夢追咎人(レミエル)〉を使って襲ってくるのは卑怯過ぎないッスか!?」

「卑怯上等なのです! こちとら目的のためなら手段を選ばない悪辣女でしてねぇ……!」

 

 志穂が眼前に音もなく出現した夢唯に驚愕の声を上げる中、夢唯は志穂のビデオカメラを奪うべく、思いっきり飛びつく。一方の志穂はビデオカメラを取られてなるものかと身をひるがえそうとして、結果として志穂と夢唯はもみくちゃ状態で派手に転んでいった。

 

 

「2人とも、大丈夫か!?」

 

 士道もまたベンチから立ち上がり、慌てて2人の元に向かう。2人が予期せぬ怪我を負っているのではないかという士道の懸念は、2人が床に転がった状態で、しかしそれでもビデオカメラを掴んで自身の方へと引き寄せようと必死に競り合う姿を見たことで払拭された。

 

 

「無駄な抵抗はやめるのです! さっさとそのビデオカメラをボクに渡すですよ!」

「いやッスよ! これで録画した先輩たちのキスシーンは、私の希望ッス! 手放せるわけないじゃないッスか!」

「志穂さんの事情なんて知ったこっちゃないのですよ!」

「せ、先輩! 士道先輩! 助けてほしいッス! かわいい後輩がピンチッスよ!? どうにかして夢唯先輩から私を逃がしてくれないッスか!?」

「士道さん! ボクも一応、来月からあなたの後輩になるわけですが、まさか志穂さんだけに贔屓なんてしませんよねぇ?」

 

 しばらくビデオカメラを巡って地べたでわちゃわちゃ争いを繰り広げていた2人だったが、ここで志穂は士道に助けを求め、夢唯は士道に不介入を要求してくる。当人たちは必死なのだろうが、士道は眼前の2人を見つめて、内心で思わず微笑ましく感じてしまった。

 

 片や、砂名を殺してしまった加害者。片や、砂名を殺されてしまった遺族。

 その両者が、今は何のわだかまりもなく、こうして遠慮なく交流できていることが、奇跡だと思えてならなかったからだ。

 

 霜月志穂と、霜月夢唯。砂名を介して出会った奇縁ともいえるこの2人。

 彼女たちを、士道はこれから幸せにできるだろうか。彼女たちがこれから先の未来を後悔なく進めるように、士道は手を尽くせるのだろうか。

 

 

「……志穂が話してた美九からのボーナスの件だけど、俺が今の2人の映像を録画して美九に送っても、ボーナスをもらえたりしないかな? 実は最近、欲しい料理器具があってさ」

「そんな、まさかの士道先輩がお金に目がくらんでご乱心ッスか!? 夢唯先輩夢唯先輩! いいんスか!? 士道先輩が私たちが争う様子の録画を撮り始めたようですけど、あっちを止めなくてもいいんスか!? 私たちは今こそ協力するべきではないッスか!?」

「士道さんとのキスシーンが外部流出するくらいなら、今の映像を撮られるくらいは許容してやるのです。いい加減、ビデオカメラを寄こすのです!」

「にゃああああああああああああ!!」

 

 士道がスマホの録画機能を開始させつつ遠回しに夢唯側につく旨を志穂に伝えると、志穂はわかりやすく表情を絶望に染めた後にどうにか夢唯を懐柔しようと言葉を尽くす。しかし夢唯は聞く耳を持たず、志穂がギュッと掴んで離さないビデオカメラを奪うべく渾身の力を腕に込めていく。対する志穂は、ギャグめいた雄たけびを上げつつもビデオカメラを掴む手に必死に力を込めて、夢唯に抵抗し続ける。

 

 

(……え?)

 

 刹那。志穂と夢唯によるビデオカメラ争奪戦の傍観者ポジションに収まっていた士道の視界が真っ白に染まった。駅前広場の光景が丸ごと消えて、何もかもが真っ白な空間へと変質する。いきなりの事態に困惑する士道の前に、艶やかな黒髪をたなびかせる長身痩躯のスレンダーな女性がふわりと降り立つ。

 

 

 ――私のかわいい2人の妹をどうかよろしくね、士道くん♪

 

 その女性は、霜月砂名は。士道に一言告げて、太陽のような満面の笑みを残して、その体を白い世界に溶かして、瞬く間にその存在を消失させた。すると、士道の視界に色が戻り、駅前広場の景色が戻り、志穂と夢唯が熾烈な攻防を繰り広げている光景が戻る。

 

 

 今のは何だったのだろうか。

 一瞬だけ、白昼夢を見てしまっていたのだろうか。

 

 士道は今しがた己が身に発生した不思議な現象の原因を考えようとするも、すぐに無粋だとして思考を放棄した。今のはきっと幻ではない。志穂と夢唯が仲良く戯れている奇跡だって目の前にあるのだ。亡くなったはずの砂名が少しだけ地上に舞い降りて士道に想いを託す奇跡が発生したって、何もおかしくはないだろう。

 

 

(――あぁ、後は任せてくれ)

 

 士道は姿無き砂名に対して心の中で力強く応えると、未だ組み付き合っている志穂と夢唯の姿の録画を一旦やめて、物は試しと録画した映像を美九のスマホに共有してみるのだった。

 

 

 

 

 

   死に芸精霊のデート・ア・ライブ 続章

   夢想家精霊のデート・ア・ライブ END.

 

 

 

 

 




五河士道→好感度の高い精霊とキスをすることで、精霊の霊力を吸収し、封印する不思議な力を持った高校2年生。夢唯から『嫌い』と堂々と言われたことで今日のデートだけでは夢唯の封印はできないだろうと想定していただけに、夢唯からキスをされる形で夢唯の封印に成功したのは非常に意外だったようだ。
霜月志穂→士道に封印された残機1の元精霊。識別名はイモータル。メチャクチャ敬意や好意を持っている相手に対しては、年齢に関係なく『先輩』と呼ぶようにしている。本来なら士道と夢唯の2人のデートの場に己が存在していることに困惑しつつも、呼ばれたからにはといった気持ちで、士道と、夢唯と、楽しい1日を全力で満喫しにかかった模様。
霜月夢唯(むい)→霜月砂名の妹。千葉の高校に通う1年生。実は砂名に変身した上で記憶を改竄していた精霊:扇動者(アジテーター)だった。好きの反対は無関心とはよく言ったもので。士道のことを口では嫌いと言いつつも、好感度的には士道のことが大好き状態となっているため、所々士道へのデレが伺える。

 というわけで、続章が完結しました。幾多もの胸が痛くなる展開の果てに、本作オリジナル精霊たちの幸せな笑顔に何とかたどり着けましたね。
 皆さま、ここまでの読了、誠にお疲れさまでした。



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EX あとがき

 

 どうも、ふぁもにかです。

 まずは『死に芸精霊のデート・ア・ライブ 志穂リザレクション』の続章『夢想家精霊のデート・ア・ライブ 霜月コンクエスト』を最後まで読破いただき、本当にありがとうございました。

 

 このあとがきでは『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』のネタバレ全開で私が色々語りますので、もしも『小説はまずあとがきから読んでこそ』派の敬虔な信者の方々がいましたら、速やかなるブラウザバックをお願いします。

 

 

 

 

 では、語りますよ?

 

 

 

 

1.連載を完結させた感想

 

 はい、まず続章を完結させた私の今の感想は、『夢想家精霊のデート・ア・ライブが読者の皆さんにおおむね受け入れられたようで良かった……』でした。というのも、続章を告知した時に注意事項を掲示した通り、続章では色々と危うい展開を仕込んでいましたからね。具体的には次の通りです。

 

(1) 前作より残酷な描写がパワーアップしてしまっている

(2) 前作より精神的にきつい描写が多めに入り込んでしまっている

 ①砂名さん(偽者)による、無辜のAST隊員を拘束しての爪剥ぎショー描写

 ②夢唯さん(幻影)を人質にして砂名さん(偽者)に強制服毒させる描写

 ③夢唯さんの過去編の後半全般

 ④士道くんたちに仲間たちの幻影を次々と殺させる描写

 

(3) あまりデート・ア・ライブらしくない物語構成になっている疑惑あり

 そもそも「12話 夢唯コンクエスト」を迎えるまで攻略対象の精霊:夢唯さんが本格的に登場しない。一応、12話の前から夢唯さんは登場しているはしているが、記憶を消して砂名さんとして振る舞っていたり、あくまで夢唯さんの幻影(偽物)だったりする。

 それゆえ、夢唯さんの可愛さをエピローグでしか本格的に披露できない。

 

(4) 志穂さんのメンタルへのダメージが逐次入りがち

 ①砂名さんの遺族の夢唯さん(幻影)と出会ったことへのメンタルダメージ

 ②新人類教団の集会に参加したことによるメンタルダメージ(砂名さん(偽者)が爪剥ぎショーをしたり、志穂さんに日本刀を振り下ろしてきたり、士道くんをさらっていったり)

 ③夢唯さんの過去を夢唯さん(幻影)から聞かされたことにより、己の砂名さん殺害が夢唯さんの人生をどれほど狂わせてしまったかを知ってしまったことによるメンタルダメージ

 

 上記に加え、『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』で死亡確定したはずの砂名さんを『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』でさも当然のように登場させて、しかも性格を思いっきり邪悪な方向に変貌させるという、相当に危うい橋を渡る展開を組み込みましたからね。

 

 私は作者なので、結局本物の砂名さんが亡くなったまま復活していないことは知っていますが、読者目線だと「11話 望みの代償」で夢唯さんが無意識に変装を解くまで砂名さん(偽者)の正体が確定しないので、『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』は、読者の皆さんに拒絶される可能性が結構あるなぁと想定していました。具体的には、この作品の評価バーの色が黄色くらいまで変わってもおかしくないと予想していました。

 

 しかし、実際に『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』の連載を開始してみれば、そこまで読者の皆さんに拒絶されたわけじゃなさそうだったので、心の底から安心しました。あれだけやりたい放題にヤバい展開を詰め込んでおいて、それでもこの続章が一定の評価をいただけたのは、『デート・ア・ライブの舞台設定の優秀さ』と『魅力的な霜月家(姉:砂名さん、実妹:夢唯さん、義妹:志穂さん)の面々』の賜物でしょう。いや、ホント。今の私には安心感しかありません。

 

 

 

2.続章執筆のきっかけ

 

 ここらで話題を変えてみましょう。

 なお、ここから先はメッチャメタい話になるので、一応閲覧注意です。

 

 此度の続章執筆のモチベーションになったのはデート・ア・ライブのアニメ4期放映のおかげだというのは続章の告示時にお伝えした通りですが。そもそも『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』の連載時点で、続章『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』の構想を考えていた理由は、ひとえに『死に芸精霊のデート・ア・ライブでは物語の都合上、まず実現できない展開を続章で実現させたい』との願いが私にあったからでした。

 

 その続章で実現させたい展開の最たるものが、『封印された後の志穂さんが、士道くんたちと共に強大な敵と戦う展開』でした。

 

 志穂さんの天使は、人の生と死を司る〈垓瞳死神(アズラエル)〉というピーキーなもの。そんな志穂さんが士道くんたちと一緒に戦う時、どうやって戦うんだろうという疑問が過去の私の中にありました。まさか志穂さんの素の性格で敵を何度も殺してよみがえらせてを繰り返して敵の心を粉々に砕く戦いができるとは思えませんし。かといって、志穂さんは己が敵と戦わず、士道くんたちが戦う傍らで置物状態でいることも良しとはしないでしょうし。

 

 そうやって志穂さんの戦闘スタイルについて考察を深め、志穂さんに〈垓瞳死神(アズラエル)〉を士道くんたちの生存保証のために使ってもらうことを私が思いついた時、『じゃあ、志穂さんに活躍してもらうには、士道くんたちの命を脅かすメッチャ強い敵が必要になるよな』という思考になり、『メッチャ強い敵って、殺意を抱いて襲いかかってくる、封印していない精霊くらいしかいなくない?』との思考に至り、この辺から霜月夢唯という子の人格形成が行われています。

 

 その上で、『死に芸精霊のデート・ア・ライブ』の方でさりげなく砂名さんの妹こと夢唯さんの存在をほのめかせていました。特に、『21話 裏目裏目の女の子』にて、砂名さんが志穂さんに『霜月』の名字をあげようとした際に『妹分』というワードを使った点ですね。砂名さんの性格なら、もし彼女に妹がいないなら志穂さんをさも実妹かのように扱うはずのところで、義妹として扱ったことから、実妹:夢唯さんの存在をほのめかせていました。

 

 しかし、こうして『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』を完結させてしまうと、今度は夢唯さんが士道くんたちの隣に立って戦うシーンを描写したくなる衝動がががが。こ、この流れはまさか……かつて構想だけ書いて、しかしあまりに酷すぎる展開のせいで問答無用で没にした『お祭り精霊のデート・ア・ライブ』や『嫌われ精霊のデート・ア・ライブ』を連載するフラグ? いや、さすがにあやつらは絶対に連載しないですけどね。今度こそ非難轟々の作品になってしまいかねないので。

 

 

 

3.今後の話

 

 さて、最後に今後の話を少しします。

 まず、『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』のさらなる続きを執筆する予定はないです。良い感じに完結させることができましたし、『夢想家精霊のデート・ア・ライブ』を以て、書きたかったシーンは大体書き終えましたしね。

 

 もしも未来の私がデート・ア・ライブの二次創作を手掛けるとして。その時はおそらく完全新作として始めることでしょう。今までと同様のオリジナル精霊を攻略する系の話になるのか、それ以外のジャンルでデート・ア・ライブに踏み込むのかすら定かではありません。すべては、デート・ア・ライブ5期を視聴した私が何を思うか次第なのかもしれませんね。というわけで、5期放映の時を私はいつまでも待っております。

 

 というわけで、そろそろ幕引きといたしましょう。

 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 またどこかでお会いしましょう。

 

 

 

 デート・ア・ライブのアニメ5期が未来に控える中、今後もデアラ二次創作界隈が引き続き盛り上がってくれることを願って。

 

                ふぁもにか

 

 



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