ジャパリパークに紅く~Legendary Fish (天井in)
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プロローグ
さばんなちほーの中央を流れる川。その河口付近に見慣れない生き物が打ち上げられていました。
長い体には足が一本もなく、毛皮も鱗もない肌はきかいの様に銀色に光っています。
頭と思しき部分にはぎょろりとした瞼のない目と歯のない潰れたようなかたちの口、見ようによってはたてがみのようにも見える紅い鰭が平たい体の先まで続いています。
おそらく誰から見ても「こいつは陸の生き物ではないな」と思われるであろうこの生き物は、案の定海の生き物―つまりは魚でした。
当然、魚は陸では息ができません。それでも生をつなぐため、魚は鰓を必死に動かします。
やがてその動きすら小さくなり、目的を達することなくその命が輝きを失くそうとした瞬間。
閉じることのない瞳に、雲一つない空を裂いて虹色の光が飛び込みました。
→
かざんが噴火した少しあと。さばんなの川辺を河口に向かって歩いていく二人分の人影がありました。
「こっちなのだー!こっちの方に大きなサンドスターの光が落ちてったのだ!」
意気揚々と前を歩くのは、淡藤色の服を着て、青みがかった白と黒っぽい紺色が混ざったような、不思議な色合いの髪からなぜか丸みがかったけものの耳が、スカートの中からはしましまの模様が入った尻尾が生えた、見るからに好奇心旺盛な女の子。
「待ってよアライさーん」
後ろからのんびりとついてくるまーペースそうな女の子は、ピンクの服に薄い金髪、そしてアライさんと呼ばれた彼女と同じく大きくとがった耳と先端が黒く染まった尻尾を生やしています。
「サンドスターが落ちたのは分かったけどー、行ってどうするのさー?」
「さっきのは今まで見た中でいっちばん大きかったのだ!だからきっと、新しい発見とか!お宝とか!そういうのがあるに違いないのだ!」
「なるほどねぇ」
ある(というかいる)としてもセルリアンかフレンズじゃないかなぁ、などと内心思いながらも彼女―フェネックは楽しげにアライさんの後をついていきます。
→
しばらく歩いて、海の匂いが強くなってきたころ。
「むー、むぅー…全然見つからないのだー…」
「…んー?」
「むぁ?フェネック、どうかしたのだ?」
むーむー唸っているアライさんの隣で、フェネックがぴこぴこと耳を動かし始めました。
「…なにかの足音が聞こえるねぇ…フレンズっぽくはないし、…セルリアン、かなー?」
「おお!さすがフェネック!よーし、アライさんが行ってやっつけてやるのだぁー!」
「あ、待ってよアライさーん…まあ、そんなに大きくなさそうだし大丈夫かな?」
聞くや否や突進していくアライさん。やっぱりセルリアンだったかぁー、なんて独り言ちながら、フェネックも慌ててその背中を追いかけます。
「見つけたのだ!…おぁ!?ふぇねっく、フェネックー!」
「おぉう、どしたの?急に止まったりしてー」
「あ、あれを見るのだ!セルリアンの向こう!」
「どれどれ…おぉ?あれってもしかして」
果たしてアライさんが指をさした先には。
ぐったりと横たわって動かない一人のフレンズと、そのフレンズに近づくセルリアンの姿がありました。
「フレンズなのだ!フレンズが倒れてるのだぁー!?ま、まさかあのセルリアンに」
「食べられちゃってたらあの姿で倒れてないんじゃないかなー。落ち着きなよアライさーん」
「はっ!それもそうなのだ!」
百面相をしている相方を落ち着かせ、改めてセルリアンに意識を向けます。
高さは自分たちのむねまでくらいで、不自然なほど青い色をしています。まだこちらには気付いていないようで、小さく跳ねながらたおれているフレンズに近づいていきます。弱点であるいしは後ろからは見えません。
「ふぇ、フェネック!あいついしがないのだ!どうしよう!」
「たぶん前のほうにあるんだろうけどー…とりあえずこっちに意識を向けさせないとー」
「ぅおお!アライさんにおまかせなのだぁー!」
「がんばってねー」
うおおー、と叫びながら吶喊するアライさんを見送り、自分もすべきことをしようと草むらに隠れて近づいていきました。
「うぉおあーっ!そこのセルリアン!こっちを向くのだ―!」
(さっきまでの時点でも十分うるさかった気もしますが)セルリアンの後ろまで近づいて大きな声をあげるアライさん。つられてセルリアンも後ろを振り向きます。
「このアライさんとフェネックが来たからには好き勝手…は…」
ここで相棒がいないことに気付きます。
「あれぇ!?フェネック!?どこに…はっ!?ま、まさか」
フェネックがいたのにいない+目の前にセルリアンがいる=こたえ。
「よ、よくもフェネックを…!絶対に許さないのだぁーッ!!」
明らかに間違ったほうていしき(かしこい)を一瞬で導き出し、怒りのままにセルリアンにとびかかるアライさん。
「フェネックを、返せぇーーーッ!」
振り抜いたこぶしはいしを砕き、セルリアンは立方体になって消えていきました。
→
「ふぅー…じゃないのだ!フェネック、フェネックはどこに」
セルリアンのいた場所にはフェネックの姿はなく、慌てて顔を上げるアライさん。
すると、
「いやぁ、お疲れさまだねぇアライさーん」
「ふぇねっくぅ!?」
なんと、食べられたはずの相方が元気に手を振っているではありませんか。
「フェネック!?食べられたはずじゃ」
「いやいや、このとーりピンピンしてるよー?」
「じゃ、じゃあなんで居なかったのだ!?」
「先にこの子を介抱しようと思ってねぇ。そしたらアライさん突撃するもんだからさー、大丈夫そうだったしこっそり後ろに回りこんだんだよー」
「えぇー…」
いやーこの子も無事みたいでよかったよー、などといつもの笑みを浮かべてのたまう彼女と、そのそばで寝息を立てるフレンズを見て、アライさんも漸く肩の力を抜くのでした。
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第1話「めざめ」
太陽が中天に差し掛かる頃。アライさんとフェネックは、休憩がてら先ほどのフレンズが目を覚ますのを待っていました。
「それにしても…」
「?どうかしたのだ?」
「や、今まで見たことのないフレンズだなぁ、って」
お宝かどうかはともかく、新しい発見ではあるかもねぇ…なんてことを考えながらフレンズを眺めるフェネック。
長い触角のようなものがついた帽子、紅いフリルが沢山ついた白い服に黒のロングスカート。そして、ゆったりと体にまきつけるようにして身に纏った、服と同じ意匠の長いひらひらしたもの。どれを取っても見たことがありません。
「やっぱり新しく生まれたフレンズってことだよねぇ…。アライさんはどう思うー?」
「んー、よくわからないけどきれいなのだ!」
「そうだねぇ」
他愛もない話をしながら目を覚ますのを待つ二人。すると、
「…うぅ…ん、ぅん?」
すこし掠れたうめき声をあげ、件のフレンズが目を覚ましました。
「おぉ?目が覚めたのだ?」
「気分はどう?痛いところとかないかなー」
「いえ、特には…」
「そっかそっか、それは良かったー」
「ここは…?」
そう言いながら半身を起こすフレンズ。喋り口こそ落ち着いたものですが、その顔には「何が何だかさっぱりわからない」という表情が浮かんでいます。
「ここはさばんなちほーの…どの辺なのだ?」
「どこっていえばー…南のほう、かなぁ」
「えぇと…?」
「あ、さばんなちほーっていうのはー、ジャパリパークの南側にあるちほーでねー」
「あの、そのジャパリパークというのは…?」
「?」
「…?」
どうやら、お互いに話しがかみ合っていないようです。
「…いったん、話を整理してみようかー」
→
二人とも落ち着いたころを見計らい、フェネックが話を始めます。
「あ、その前に自己紹介でもしておこうかね。」
「私はフェネックギツネのフェネック。んでこっちが」
「アライさんはアライグマなのだ!おねーさんは何のフレンズなのだ?」
「なんでしょう…分からないですね」
おや、とフェネックは首をかしげます。というのも、今の答え方だと、“フレンズとは何か”がわからないのではなく、“自分がなんのフレンズか”が分からない、という答えに聞こえたからです。
「あれ、フレンズの事は知ってるのー?」
「いえ。ですが、意識を失う前と勝手が異なるので。そんな感じかなぁ、と」
どうやらこのフレンズは観察力が鋭いようで、自分の身に何が起こったのかをなんとなく理解できているようです。
「なるほどねー。どのくらい覚えてるのかは分からないけど、そんな感じで大体あってると思うよー」
「全然わからないのだ…」
話しが飛びすぎてアライさんには難しかった様ですが。
「つまり、私が最後に見た光…」
「アライさんが見たっていう、大きなサンドスターの光だろうねぇ」
「それが原因となって今私はこうしてふれんず?になっている、ということではないでしょうか」
「そういうことだろうねぇ」
「おぉー、すごいのだ!おねーさんはかしこいのだ!」
「まぁ、このくらいは」
「…なんだかつかみどころのないフレンズだねー」
説明が終わり、感心して目を輝かせるアライさんと、若干得意げに受け流すフレンズ。
どこかずれたような会話をするふたりを見て、苦笑するフェネックなのでした。
→
「…さて、ここはジャパリパークっていってねー、いくつかのちほーがあるおっきな島なんだー」
「ふむふむ」
「んで、いま私たちがいるのはパークの南側にあるさばんなちほー、なんだけどー」
と、フェネックはここで一度話を切って視線を合わせます。
「おねえさん、どこから来たのかわかるー?」
「…すみません、ほとんど覚えていなくて…。ただ、暗くて冷たいところをを漂っていた、ような気がするのですが…」
ということは、やっぱり海から来たのかなー、と考えをまとめながらフェネックは話を続けます。
「ふむふむ、ほかに何か思い出せそうなことってないかなー?」
「いえ、特には…。ただ、上手く言い表せないのですが」
「うん?」
「なにかを忘れているような…そんな気がするんです」
これはまた随分とぼんやりしたカミングアウトです。
「ふむふむ、…なんだろうねぇ」
流石になんとも返答できず唸っていると、説明している間暇そうにしていたアライさんが話に戻ってきました。
「よくわからないけど、きっと覚えてないってことは大したことじゃないのだ!だから、心配しなくても大丈夫なのだ!」
「アライさぁん…」
いくら何でも無体ではなかろうかと頭を抱えるフェネックを横に、当事者は納得したご様子。
「うーん、まぁそんなものですかね」
「それでいいんだ…」
まあ本人がいいならいいのかなぁ、とフェネックも思考を放棄するのでした。
「あ、それともう一つ」
「お?」
まるで今思いついたかのような唐突さの割には、何かを確かめるように真剣な表情で、彼女は言葉を続けます。
「…永江、衣玖と。誰かに呼ばれていたような、そんな気がします」
「ナガエイク?っていう動物なのか?」
「どっちかっていうと名前じゃないかなー。なんのフレンズか分からないみたいだし」
「なるほど!」
「でもそのままじゃちょっと呼びづらいねぇ」
名乗った当人を差し置いて、早くも呼び方についての模索を始める二人。すると、少し考えてから、アライさんが手を挙げてアイデアを出します。
「う~ん…じゃあ、ナガエさんって呼ぶのだ!」
「ナガエさん」
なんだか少し危ない気がします。
「アライさんのアライさんっていう呼び方となんだか似てるのだ!おそろいなのだ!」
「語感は似てるけどさぁ…これっておそろいなのかな?」
「ナガエさんはどう思うのだ!?そっちょくな感想を教えてほしいのだ!」
「アライさん難しい言葉を知ってるねぇ」
首をかしげるフェネックと鼻息を荒くして是非を問うアライさん。その自慢げな笑顔を見ていると、不思議と見ている方もつられてしまいます。
「ふふ…そうですね。いいんじゃないでしょうか?」
「ほら!ナガエさんもうれしそうなのだ!」
「おー、衣玖さん初めて笑ったんじゃない?」
そうかもしれませんね、と。すっかり打ち解けた様子で微笑む衣玖さん。
さばんなの午後は、ゆっくりと過ぎていきます。
次回からは「ナガエさん」ではなく「永江さん」呼びになると思います。
若干危ない気がするので。
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第2話「どうこう」
ま、まあ本編じゃないのでウソ吐いてないです。
…そういうことにしておいて下さい。
「永江さんはこれからどうするのだ?」
乾いた風が緩やかに吹くさばんなの午後。ふと、思いついたようにアライさんが尋ねます。
「そうですねぇ…お二人はどちらへ?」
すこし考えてみたものの、ここは未だよく知らない地。考えても仕方ないと結論付けた衣玖さんは質問を返します。
「私たちはー、しばらくはさばんなを見て回る、でいいのかなー?」
「うん!さばんなは来たばっかだから、まだ見ぬお宝がきっとあるのだ!」
「おたから…ですか?」
のんびりと確認を取るフェネックに、胸を張ってこたえるアライさん。
「アライさんは、パークに眠るお宝をさがす冒険家なのだ!」
「まあ、今のところなーんにも見つかってないんだけどねー」
「これから見つけるから問題ないのだ!探していればきっとそのうち手掛かりが見つかるのだ!」
世知辛い現実にもめげず、こぶしを握って力説します。
「前向きですねぇ」
「かわいいでしょー?」
感心したように手を打つ衣玖さんに対し、フェネックはなぜか自慢げに頷いています。
どうやら深く考えない方がよさそうです。
「…アライさん、フェネックさん。」
「「お?」」
「宜しければ、私もお二人の旅に同行させてもらえませんか?お力になれるかは分かりませんが…」
「おぉ!もちろんなのだ!一緒にパークのなぞを解き明かすのだ!」
「私もうれしいけどー、衣玖さんはいいのー?」
「ええ。昔の事とかもよく思い出せませんし、折角ですから色々なところを見て回りたいな、と思いまして」
それに、お二人を見ているとそれだけで楽しいですし、と心の中で付け加えます。
「よーし、そうと決まれば出発するのだ!」
立ち上がったアライさんが伸びをしながらそう言うと、それを聞いた二人もまた、砂を払ったり行き先を尋ねたりしながら各々立ち上がります。
「わかりました」
「そんでー、どっちに行くのー?」
「あっちに行ってみるのだ!」
そう言って指さした先には特に何があるわけでもなく。どうやら勘で行き先を決めたようです。
斯くして、凸凹コンビの旅路に羽衣のフレンズが加わるのでした。
のののののののののののののののののののののののののののののののののののののののの
リュウグウノツカイについて?
…何故それを私に聞きに来たのかが分からないのだけれど…。まあいいわ。
外見的な特徴としては、鰯の様な模様が入った鱗のない銀色の皮膚、胸部と頭頂部が特に長く発達した紅色の鰭。そして3mを優に超える平たく長い体躯が挙げられるわね。
左右一対の腹鰭は特に長く先端が楕円形に膨らんでいて、この特徴的な形状が英名であるOarfishの由来になっているわ。また、この先端部には多数の化学受容器が存在していることがわかっていて、この器官を頼りに餌等を探知していると考えられているの。
有名なエピソードとして“地震が起こる前に人前に姿を現す”、という逸話があるのだけれど、これは外の世界では科学的には証明されていないのね。
えいえんてい やごころおねえさん
のののののののののののののののののののののののののののののののののののののののの
「そういえば衣玖さんさー」
「はい?なんでしょうか」
「水辺から離れても大丈夫なのー?…だいぶ今更な気もするけどさぁ」
夕陽はすでに落ち、月がさばんなを照らす夜。先を進むアライさんの後をゆっくり追従しながら、フェネックは、おそらく海から来たであろう衣玖さんに疑問を投げかけます。
推測の域は出ませんが、海から来たということは乾燥した空気は肌に合わないのではないか、という考えに今更ながら至ったためです。
「うーん、まあこのくらいならまだ大丈夫そうですかね。夜は涼しいですし」
「そうなんだー。前までの住みかと結構環境が違うんじゃないかと思ったけど。意外と頑丈なのかなぁ?」
「頑丈…とは違う気もしますが。なんというか、こう…」
「こう?」
「私の方が環境に合わせているような?」
「うぅん?んー…適応力が高いのかなー」
自分でもうまく表現できない感覚に言葉が出てこず、どうにもあいまいな説明になってしまいます。
「まあ、水辺の方が好きではありますかね」
「そっかー…ん?」
考えてもわからないので、まあいいかと思考を放棄する二人。すると、フェネックが大きな耳をぴこぴこと動かしました。
「あっちの木陰にー、誰かいるみたいだねぇ」
「おおっ!だいいちむらびと発見なのだ!」
聞くや否や、フェネックが指さした方へ向かって走り出すアライさん。後続の二人も雑談しながらついていくのでした。
「耳がいいんですねぇ」
「それだけじゃないんだよー。私ってもともとさばくちほーに住んでたからさー、周りが暑くてもこの耳から熱を逃がせるようになってるんだー」
「便利ですねぇ」
フェネックの指さしていた木へ向かってずんずん進んでいくアライさん。すると、木陰で休んでいるフレンズを見つけました。
あそこにいるのは誰だろう?いてもたってもいられず、アライさんは大声をあげながら駆け寄っていきます。
「おーい!そこにいるのは誰なのだ―!?」
「ひぅっ」
「えぇっ!?なんで逃げるのだ!?」
びくっと体を震わせたフレンズはアライさんのほうを一瞥すると、小さく悲鳴を上げて逃げ出してしまいます。
どうやら、彼女はとても臆病な性格のようです。アライさんの大きな声に驚いて逃げだしてしまった様ですが…気づく様子はなさそうです。
「待つのだ―!」
「な、なんで追いかけてくるんですかぁ…!?」
「それは君が逃げるからなのだ!?」
「…なんだか楽しそうですね?」
「またアライさんが暴走してしまったみたいだねぇ」
追いついた二人が目にしたのは、
太い木の周りをぐるぐると逃げ回る白黒のフレンズと、やはり同じ場所ををぐるぐると追いかけるアライさんの姿でした。
「ひぃ、ひぃ…」
「ぜぇ…ま、待つのだぁ…」
「…そろそろ止めましょうか」
「え?…あー、そうだねぇ」
慌てすぎて周りの見えていない二人を遠巻きに眺めていた薄情な二人ですが、当人たちが疲れはじめたのを見てようやく止めに入る気になったようです。
…若干一名はまだ後ろ髪をひかれているようですが。
「アラーイさーん、ちょっと落ち着こうか―」
「ふぇ、ふぇねっく…もしかしてずっとみてたのだ…?」
「ははは、そんなまさか」
アライさん達が漫才を始める横で、衣玖さんも白黒のフレンズに近づいて優しく声を掛けます。
「ひぃっ」
「大丈夫ですよ、私たちは貴女を襲ったりしませんから」
「ほ、本当ですか…?」
「ええ。…話すべきこともありますが、お二人とも疲れているでしょうし。少し休んでからにしましょう?」
「は、はい…」
そう言うと、衣玖さんは安心させるように彼女の手を引いて二人の元へ歩いていくのでした。
→
「…それで、アードウルフさんはここで何を?」
「はい…あの、私、この木の根元に住んでて…あ、もともと私が作った穴じゃないんですけど、それで出かけようと思ったら急に後ろから大きな声が聞こえて…」
「驚いて逃げちゃったんだー?」
「はい…」
ひとしきり休んで自己紹介を終え、アードウルフと名乗ったフレンズは事のいきさつを話します。木の根元を見てみると、彼女が住んでいるであろう数人は入れそうな穴が掘ってありました。
「うぅ、ごめんなさいなのだ…今度からは気を付けるのだ」
「あぅ、わ、私こそ…いっつもびくびくしててすみません…」
「いや、アライさんが…」
「まあまあ、お二人ともそのくらいにしましょう?」
気の滅入った二人によって再び始まるいたちごっこ。流石に今度は長引く前に止めに入って話題を変えます。
「私たちは今ねー、さばんなちほーを旅してるんだー。アードウルフはどこに行こうとしてたのー?」
「わ、私はその…どこにって決まってたわけではないんですけど、そろそろ引っ越そうかなー…なんて思って出かけようとしたんです」
「引っ越し?」
「はい。ここって広くて住みやすかったんですけど、水場までがちょっと遠くて」
「なるほどー」
「あの、私はもう行きますけど、良かったら…ここ、使いますか?」
「え?いいのか?」
「はい。寝てる間とかにボスが来てくれるみたいでじゃぱりまんの心配もありませんし」
それに、と欠伸をこらえている衣玖さんのほうに目を向け、くすりと笑って続けます。
「あふ…」
「衣玖さんって夜行性じゃないんですか?」
「わかんないけど、眠そうだしそうなのかなー」
「…皆さんはそうでもなさそうですね」
「基本夜行性だからねー。まあ最近はそうでもないけど」
一応体裁は保っていますが、だいぶ疲れている様子の衣玖さん。フェネックとアライさんも、そろそろ疲れてきたし休んでいこっかー、と頷きます。どうやら今夜のキャンプ地が決まったみたいです。
「じゃあ、今日はここで休むのだ!ありがとうなのだー!」
「昨日噴火したばっかりだし、気を付けてねー」
「お世話になりました…」
「はい、こちらこそ…じゃあ、縁があったらまた」
そう言って夜のさばんなに消えていくアードウルフを見送って、3人も寝床につくのでした。
八意先生の解説コーナーですが、ほぼ筆者がwikiで調べた内容となっております。
実際の研究がどの程度まで進んでいるのかとかは筆者は知りません。専門家ではないので。
つまるところ、あまり真に受けずに流してやってください、ということです。
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第3話「らっきーびーすと」
前回ご指摘いただいたアライさんの二人称についてですが、修正せずこのまま行こうと思っております。そんなに深い理由もないですが、初対面の相手を(帽子泥棒でもあるまいに)お前呼ばわりもどうよ?と作者が思ったためです。作者はネクソン版をやった事がないので公式とズレがあるかもしれませんが、大目に見ていただけると幸いです。
まだ薄暗い明け方のさばんな。
昼行性のフレンズが活動するにはまだ早く、夜行性のフレンズは床に就き始める…そんな時間に。
巣穴(正確には彼女の物ではないのですが)から出てくる一つ分の人影がありました。
はぁ、と朝焼けの空を見上げてため息を吐くその女性は
「…おなか空いた…」
一言で神秘的な空気を破壊しました。
そんな彼女…衣玖さんが思い返すのはつい昨日のこと。
生まれたばかりの一日とは思えないほどいろいろな事がありました。が、よくよく考えてみるとフレンズとして生を受けてこの方、自分は何も口にしていなかったのです。
つまるところ、空腹で目が覚めてしまったわけです。
「フレンズって…というかそもそも、私は何を食べていたのかしら?アライさん達に聞いて…いやでも寝ているのを起こすのも悪いですし…おや?」
ぶつぶつと独り呟きながら考え込む衣玖さんの耳に、聞きなれないぴこぴこともひょこひょこともつかない足音が届きます。
足音のする方へ視線をやると、そこには耳の上にカゴを載せた小さな青いけものがいました。
そのけものは、彼女には目もくれず巣穴のほうへと歩いていくと、器用に耳を使ってかごの中身をいくつか取り出して巣穴の入り口に置いていきます。
作業が終わると、何事もなかったかのように立ち去ろうとして
衣玖さんと目が合いました。
「えぇと…お早う御座います?」
「…」
…返事がありません。どうやら彼(彼女?)は喋ることができないようです。
「……」
「……」
暫し無言の時間が流れて。
「……」
「…何だったのでしょう」
独特の足音を立てながら、やはり何事も無かったかのようにそのけものは立ち去っていくのでした。
「…二度寝しよ」
→
「もぐもぐもぐもぐ」
「あー、それは多分ボスだねぇ」
「ボス?」
二度寝を完遂した衣玖さんは朝方の事について、目を覚ましたフェネックたちに尋ねています。
「私たちもあんまりよく見かけるわけじゃないんだけどー、フレンズのいる所にじゃぱりまんを持ってきてくれるんだー。」
「もぐもぐ」
「じゃぱりまん…今アライさんががっついている?」
「そうそうー」
ボスが置いていった丸い水色の食べ物—じゃぱりまんをほおばるアライさんのほっぺたをつんつんつついて遊びながら答えるフェネック。
「むぐぅ!?」
「フレンズそれぞれの体に必要な栄養が詰まってるんだって博士たちが言ってたんだー」
「ふぁへふほばへふぇっふ(やめるのだフェネック)」
「なるほど」
いちど疑問が解けると不思議なもので、思い出したかのように胃が空腹を訴え始めます。
「まあそんなに深いこと考えずに食べちゃっていいんじゃないかなー」
「うーん、それもそうですね」
自身の取り分に口をつけながらはいよー、と衣玖さんの分のじゃぱりまんを渡してくるフェネック。
他に食べられそうなものもないし、何よりなんだか美味しそうなにおいもするし。食欲にせっつかれるまま、衣玖さんも受け取ったじゃぱりまんを口に運ぶのでした。
「ほへひょいふぁひにふぇへっぷふぉほへえほひいほば…(それより先にフェネックを止めてほしいのだ…)」
→
「いやぁ、美味しかったですねぇじゃぱりまん」
「衣玖さんのやつはなんだか不思議な味だったねぇ」
「今まで食べたことない味だったのだ!」
「私としては、不思議としっくりくる味でしたが」
「肉でも草でもなかったのだ」
「うーん…魚?とも違う気がするなぁ」
おたから探してきょろきょろしながら進むアライさんを先頭に、のんびりとお喋りしながら昼下がりのさばんなを歩く三人。
「アラーイさーん。何か見つかったかーい?」
「なんもみえなー…お?」
「なにか見つかりましたかー?」
「ボスが歩いてるのだ」
「なんだボスかー」
アライさんが見つけたのはどこかへ向かって歩いていく一頭(?)のボス。
例によって頭にカゴを載せたその個体は、空腹のフレンズでも探しているのか時たま止まっては辺りを見回し、向きを変えてまた歩き出します。
「…よし、あのボスの後をついていくのだ!もしかしたら何かあるかもしれないのだ!」
「はいよー」
→
「でねー、驚いた拍子にアライさんたら川に落ちちゃってー」
「ち、違うのだ!あれは…そう!足が滑っただけなのだ!」
「せっかちなのは昔からなんですね」
のんきに雑談しながらボスの後を追う三人。しかし話題はだんだんとアライさんの”やってしまった”話へと変わっていきます。
「他にもねぇ」
「あ、ボスが進路を変えましたね」
「ほ、ほんとなのだ!ほら、フェネックも急ぐのだ!」
「わぁー」
余計なことを話させまいとするアライさんに急かされ、低い草むらを急ぐ二人。
対するボスはというと、一度止まって向きを変えると、先ほどまでとは打って変わった様子でどこかを目指して淀みなく歩いていきます。
「怪しいのだ…おたからの臭いがするのだ!」
「どこに向かってるんだろー?」
「…だんだん地形が変わってきましたね」
衣玖さんの言ったように、次第に草はその姿を減らしていき、代わりに大小さまざまな砂利や岩が存在を主張し始め、また平らな草原と違い、坂や崖が増え高低差も大きくなる慣れていない者には歩きづらい場所です。しかしボスはぴょこぴょこと跳ねながら、そんなごつごつした岩場をものともせずに進んでいきます。
「おぉ、ボスすごいのだ!アライさんも負けてられないのだ!」
「道が悪くなってきたねぇ。衣玖さんだいじょぶー?」
「ふぅ…私には少し厳しくなってきましたね…」
体躯のわりに意外といえば意外な運動性に対抗心を刺激されたのか、アライさんもまた地形を気にせずにずんずん先へ進んで行ってしまいます。
一方後続の二人はというと、フェネックはアライさんと同じく順調に荒地を進んでいくのに対して、逆に衣玖さんはでこぼこの地形に慣れていない様子で、息が上がってしまっています。
「んー、少し休もうか―?」
「ご迷惑をおかけしまして…」
「いいのいいのー。フレンズによって得意なことなんて違うんだし」
「得意な事…ですか」
「そうそう。私なら穴掘りとか音を聴くことなんかが得意でー。アライさんはどこへともなく走り去ることが得意だしー」
「アライさんのそれは得意な事なのでしょうか…」
「そうだよー。それにみんな何かしら苦手なことだってあるんだしさー。そんなに気に病むことないさー」
私は泳ぐのなんかにがてだねー、なんておどけながら笑って見せるフェネック。ちょっと照れくさそうなしぐさに、衣玖さんもつられて笑みがこぼれます。
「…フェネックさんは優しいんですね」
「…褒めてもなんにも出ないよー」
「ふふ…そうですか?」
いつもの口調とは裏腹に、少し赤くなってぽりぽりと頬をかきながら彼女は答えます。
「おーい!二人とも―!遅いのだー!ボスが行っちゃうのだー!」
でこぼこの道の先。崖の上から、心配そうな表情でアライさんが手を振っています。
「アライさーん、すぐ追いつくから先に行ってなよー」
手をふり返す二人に、ちょっと迷ってから「わかったのだー!」と返事をして踵を返すアライさん。
「さて、どうしましょうか…」
「うーん、鳥系の子なら飛んでいけるんだけどなー」
「飛ぶ…」
まあゆっくり進もうかね、と歩き出すフェネックを衣玖さんが引き留めます。
「どうしたのー?」
「…少し、試してみたい事が出来ました」
なにを、とフェネックが聞き返す前に。その大きな耳が異変を捉えました。
それは、さらさらと風が吹く音。どういうわけか、空気が衣玖さんのいる場所へと集まっていくのです。
目を閉じて何かに集中する衣玖さんを見て。耳をそばだて、驚いたようにフェネックが息を潜めます。
「おぉー…!?」
けがわを揺らす風は彼女の羽衣を持ち上げて、円い形を作ります。
—そして。
「―空、飛んでみようかと」
ふわり、と
サンドスターの淡い光を放って、彼女の足が大地を離れました。
→
「おー、本当に飛んだ…」
「私も本当に出来るとは思っていませんでしたが…おかげさまで」
「そんなー、私は何にも…」
「そんな事ありませんよ?私が飛んでみようと思ったのもフェネックさんがヒントをくれたおかげですから」
ふよふよと空を飛ぶ…というよりは宙に浮くことに成功した衣玖さん。
勝手を確かめるように空中で体を動かしてみます。
後ろ向いて、前を向いて。右に移動、今度は左に。後ろに下がって上昇、下降、元の位置に戻って決めポーズ。
「うん、特に問題ありませんね」
「…最後のポーズは何なのさー」
「さあ?」
「さあって」
「やった方がいい気がしまして」
軽口をたたきながらフェネックの後ろに回る衣玖さん。何をするのかと首をかしげていると、脇の下から手を差し込まれて持ち上げられてしまいました。
「わわっ」
「さて、行きましょうか」
フェネックにとっては初めての、地面が無くなる感覚。恐る恐る目を開けてみると、自分ではジャンプしても届かないような高さを進んでいて。
気付かず、その口元には笑顔が浮かんでいました。
「おぉー、私空飛ぶの初めてだよー」
「ふふ…奇遇ですね、私もそうなんです」
「あはは、そっかー」
口調こそ変わりませんが、初めての体験に高揚しているのでしょうか。フェネックの語気もなんだか弾んで聞こえるのでした。
程なくして、一本の木の下で止まっているボスと、その後ろの岩陰から首だけ出しているアライさんの姿が見えてきました。
「あ、あそこにいるのアライさんですね」
「ホントだー。おーい、アライさーん」
「おお、二人とも心配し…あれ、どこなのだ?」
声はすれども姿は見えず。きょろきょろと辺りを見回しますが、二人の姿がどこにもありません。
「こっちだよー」
「ふぇ?」
「お待たせしました」
「うえぇ!?」
すわ幻聴か、声のする方を見上げてみると。今まさに、探し人二名が空から降りてくるところでした。
「やぁやぁアライさーん。今どんな状況―?」
「ふぇふぇふぇフェネック!?今空飛んでなかったか!?永江さん羽がないのに空飛べたのだ!?」
「取り敢えず見失ってはいないみたいですね。流石です」
「えぇー!?今のスルーなのか!?びっくりしたのアライさんだけ!?」
「あ、実は私飛べました」
「さらっと!」
「あはは、冗談冗談」
「まあまあ、後程説明しますから」
えー、とかすごいのだー、とかぶつくさと不満を呟くアライさんをなだめて、改めて状況を尋ねます。
「って言ってもアライさんも今着いたばっかりなのだ。追いかけてたらボスがあそこで止まったから、とりあえずここで様子をみてたのだ」
「なるほどー」
岩陰から首だけ出して様子を窺う三人。
見られているボスはこちらに気付いているのかいないのか、木の上を見上げたまま動きません。
「何を見ているのでしょうか」
「木の上に何かー…あれ、葉っぱの奥の方に何か見えない?」
「おぉ?言われてみれば」
「あれは…」
木の葉に隠れた枝葉の内側。
ボスの視線の先には、一対の羽飾りがついた帽子が木の枝に引っかかっていました。
一人になった時に衣玖さんの口調が崩れるのは仕様です。
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