神様失格 (トクサン)
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無能な私

 今日は雨が降ったので初投稿です。


 

 私という人間を語る上で最も的確な単語は、落第者か無能者と言ったところでしょうか。恥ずかしい話ではありますが、私は本当に何も出来ない人間でした。勉学に関して何か秀でたものがある訳でも無く、かと言って何か運動が得意という訳でも無く。何か高尚な趣味や特技がある訳でも無い、本当に何も出来ない駄目な人間でありました。

 

 時代が時代ならば私は真っ先に掃き捨てられるべき弱者なのでしょう、私はそれを自覚し落第者なりに息を潜め、慎ましやかに生きて来ました。

 

 そんな私にも唯一、自慢という訳ではありませんが人より優れた才がありました。胸を張る程のモノでも無く、またそれは努力や後天的に得たモノでは無かったのですが、その才のお蔭で二十五年間生きて来れたと言って良いものです。

 

 それは容姿です。自画自賛となりますが私は大層美しい顔立ちをしていたのです。すらりと伸びた手足に決して高いという訳ではありませんがそれなりの尺。そして黒く曲線を描くくせっ毛に気怠げな眼。他人には「お前はいつも面倒そうな表情をしている」と称されていましたが、別段私はあらゆる物事を面倒くさがるほどの人間ではありませんでした。ようは生まれつきそんな眼つきだったのです。

 今思えばそれは美しい私の顔立ちを何とか貶そうとした友人の悪口だったのかもしれません。ただ、当人は笑って口にしていたのでちょっとした冗談だったのでしょう。私は才には恵まれませんでしたが、人には大層恵まれました。

 

 さて、何の才能も無く唯一誇れる点は容姿だけ。そんな私は十八にて実家を出奔しました。私の家は何代と続く大名由来の華族の家柄だったのです。西洋では我々の様な存在を貴族、そしてノブレスオブリージュという『持つ者の義務』なる物が存在し、私の家族は血統と才を何よりも重んじる人々でした。高貴なる才は民に利を齎してこそのモノ、彼等は個ではなく家族という群で家系を見ていたのでしょう。

 

 私は顔立ちこそ整っているものの内面としての才は皆無です。勉学に優れず、運動に優れず、芸術に優れず、では一体何を為せるのか? という問いに終ぞ答える事が出来なかったのです。結局私は次男坊であるという理由から当家に不要と判断され、書生としての時間を終えた後は放逐という形で実家を追い出されました。働かざるもの食うべからず、ではありませんが私の様な非才の身を家に置き続ける事を嫌ったのでしょう。私の家族は父と母、姉が一人と兄が一人、そしてもう一人下に妹がおりました。父が私を実家より勘当すると口にしたとき我が愛しき兄妹たちはこぞって反対してくれました。

 

 私とは似ても似つかない、若く才能に溢れた自慢の兄妹たちです。私は庇われる程の価値が己にはないと理解していたのですが、兄弟達が必死に父と母を説得しようとするので思わず感涙してしまいました。私には身内でこれほど自分を想ってくれる存在がいる、それを知れただけでも十分だったのです。

 

 結局父が折れる事はなく、私は住み慣れた実家を後にする事となりました。別段激昂する訳でも悲しむ訳でもなく、粛々と私は実家の門を潜り出奔致しました。征く宛は無く、非才のこの身では就職すら儘なりませんでした。しかし幾ら嘆こうと人は飯が無ければ生きて行けません。実家を出るときに用意した路銀は微々たるもの、兄と姉がこっそりと持たせてはくれましたが父に見つかっては拙いと大半を突き返していたのです。手元の金で節約すれば一月は生活出来るでしょう。しかしその後が問題でした。

 

 私は取り敢えず父の居る街にはいられないと、安い古びた電車に揺られて郊外へと出ました。人の少ない街の民宿ならば多少値段も抑えられるだろうという狙いもありました。後になって街を出た事を友人に知らせる為に手紙の一つでも送っておけば良かったと思ったのですが後の祭り。私は何の報告も無く学友たちの前から姿を消しました、後々姉より聞いた話では門戸を叩く友人達を父は悉く冷たくあしらったといいます。それ程に私の存在を疎ましく思っていたのでしょう。学友には酷い事をしてしまったと今でも悔いています、本当に申し訳ない。

 

 

 郊外に辿り着いた私は狙い通りと言いますか、人の少ない民宿に身を寄せる事が出来ました。五十後半の女将と二十少しの娘が経営する民宿です。元々父が経営していた店だったらしいのですが、はやり病で父を亡くし母が跡を継いだとの事。清掃の行き届いたこじんまりとした宿です、厳粛で質実剛健を地で行く実家とはまた異なる雰囲気でしたが私はその民宿が大層気に入りました。元々何か観光名所がある訳でも無い片田舎、客足も無く静かなモノです、お蔭でこれからの事を十二分に考える時間がありました。

 

 部屋は角部屋、食事は一日に二回、朝と夜です。実家のモノと比べれば質素ではありましたが不満を垂らす程のものではありませんでした。女将の娘さんも年上ではありますが素朴な顔立ちに愛想も良く、食事の際は傍に侍ってくれていた程です。客が私だけだからでしょう、あまり褒められた思考ではありませんが宿に誰も泊りに来なければ良いのにと少しだけ思いました。今までは余り意識してこなかったのですが、私は大多数での生活が余り好きではなかったのです。

 

 民宿に泊まった翌日、その昼間から私は畳の上に寝転がりこれからの事を考えていました。部屋は畳八畳ほどの大きさで人が一人暮らすには十分過ぎる広さがありました。中央に小さなちゃぶ台に端には畳まれた布団、殺風景ではありますが別段娯楽が欲しい訳でもありません、私にはこれで十分でした。

 

 何か働き口を見つけて金銭を得るべきなのでしょう、探せば職など幾らでも見つかりそうなものではあります。しかし自慢ではありませんが私は自分の無能さを良く理解していました。大抵の仕事は自分には務まらないでしょう、何せ肉体労働は酷く苦手で、ならば頭で働けるかと言われれば無理と答えられる程の知能。特殊な技能を持っている訳でも無く、それらを一つ一つ確認していく程に『自分はなんと駄目な人間なのだろう』と自覚させられました。

 

 しかし燻っていても事態は好転しません。畳から起き上がった私は自身を鼓舞すると街を見て回ろうと決定。足で仕事を探そうと考えたのです、どうせ自身の頭の中であぁだこうだと考えても無意味な事、やれば分かるさ、やらねば分からぬ。我が友人の言葉です。

 

 そんな珍しく前向きな私の耳に、「失礼します」と声が届きました。それは聞き間違いでなければ女将の娘さんの声です。私が僅かに開けた着物を正し「どうぞ」と答えると、彼女が戸を引いて一つ頭を下げました。一体何の用だろうかと首を傾げていると、彼女は「今日のご予定を伺いたくて」と言って笑いました。もしかして夕餉の支度を合わせる為に帰宅時間を聞いているのだろうかと考え、私は頬を掻きながら答えました。

 

「すみません、まだ今日の予定は何も決まっていないのです、街を見て回ろうとは考えていたのですが何時頃に帰って来るかは未定でして」

「そうでしたか……藤堂様は何故この街に?」

「様だなんて、呼び捨てで構いませんよ、この街には……えぇっと、お恥ずかしい話なのですが」

 

 どこか私の事に興味津々な娘さんの問いに、私は今までの事を掻い摘んで話しました。家が華族である事は伏せ自身の不甲斐ない過去、特に才がなく実家から追い出された旨を話し、此処には職を探して来たのだと打ち明けました。

 すると彼女は大層驚き、それから――恐らく私の見間違いだとは思うけれど――嬉しそうな表情でこう言いました。

 

「ならどうでしょう、ウチで働いてみませんか?」

「はい?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 娘さん――名前を由紀子さんと言った。彼女は職探しに来たと打ち明けた私に対し家で働かないかと勧誘してきました。どうやら彼女の実家であるこの家は民宿として運営しているものの本業は別口で行っているらしいのです。

 その本業と言うのが教師。何と由紀子さんはこの近くの街の私塾で教師を行っているとの事。収入の殆どはその教師の給与から賄われていて、民宿は半ば母の趣味。それでもちょくちょく客が泊まりに来ることはあり馬鹿には出来ない収入源にはなっているのだけれど、父親の居た代から考えると常連客ばかりなのだとか。

 自室でちゃぶ台を挟み向かい合った由紀子さんはキラキラと輝く瞳を隠さず私に詰め寄る。

 

「藤堂様――いえ、藤堂さんは杵比沢の書生だったのでしょう? ならどうでしょう、私が塾長の方に掛け合ってみます、教師になってはみませんか」

「いえ、そんな……有り難いお話ですが何分私は余り学には自信がなく、正直誰かに教える程の頭の良さはないのです」

「ならウチの民宿のお手伝いでも構いません、お部屋は沢山ありますし正直満室になる程のお客はもう見込めません、どうでしょう、お給料は良くないかもしれませんが住む場所も、食事も提供出来ます」

 

 破格というべきか、何と言うべきか。正に渡りに船、断る要素が無い様な提案でした。詰め寄る由紀子さんに対ししどろもどろの対応。彼女の優しさが詰まった言葉に、しかし私は「どうしてこんな私に良くしてくれるので?」と問いかけました。

 単純に疑問だったのです、一人の客に過ぎない私に対してこんな対応。まるで是非そうしましょうと言わんばかりの姿勢。

 私の言葉を聞いた由紀子さんは身を乗り出した体勢からすっと姿勢を正し、少しばかり頬を染めるとコンと咳払いを一つ。そしてにっこりとした表情で答えました。

 

「一目惚れです」

「――?」

 

 何を言われたのか分かりませんでした。その為間抜けな表情で首を傾げてしまった訳ですが、彼女は再度「一目惚れです」と答えます。私はその時どうすれば良いのか分からなかった。惚れた腫れたの経験は多少――いや、見栄を張った、正直に言うと殆どない――経験を積んでいましたが、ここまではっきりと、そして早急な想いの告げ方は初めてだったのです。大抵の人は私の実家の威に耐えられず自分から離れて行きました。若しくは私の出自を隠したのが裏目に出たのかもしれません。兎も角私は一拍遅れて事態を把握し、ぱっと顔を赤くすると「あぁ、えっと、は、一目惚れですか」と早口で告げました。

 

 彼女はコクコクと頷き、「えぇ、えぇ、そうです」と頷く。私には何故そうも平然と人に想いを告げられるのか分かりませんでした。顔を赤くした私は頻りに頬を擦りながら彼女の視線から逃げ、言い訳をする様に捲し立てます。

 

「いえ、しかしですね、私達はその……昨日出会ったばかりです、それなのに」

「一目惚れなんて私も初めてです、しかし私はもう二十を過ぎました、後ろ帯の少女ではないのです、年上の女は好みませんか?」

「そんな事は……というより歳で女性を見はしません」

「ならばどうです、私は貴方好みの女でしょうか?」

 

 私は答えに窮しました。いいえと言うのは失礼な気がして、はいと答えるのは何か媚びを売っている様に感じられたのです。私は暫く逡巡した後、そっぽを向いたまま「普通です」と答えました。彼女は笑ったまま「普通ですか」というと、「嫌いではなくて良かった」と安堵した様に息を吐きました。私は怒られるか失望されるかと考えておりましたが、彼女は実に強かでした。なので私は自身の欠点を言い並べ、己に惚れる要素など無いと証明しようと考えます。

 

「私なんかのどこが良いのです、先程も言ったように私は何も出来ない人間です、力も学も無く、何かに秀でている訳でも無い、ただの凡愚に過ぎません」

「何かに秀でていない男に惚れてはいけないのですか? だとすればこの世の女性は大抵、未婚のまま一生を終えますよ、それに藤堂さんは確かな魅力をお持ちです、そうでなければ一目惚れなんてしません」

「……私に魅力など」

「ありますよ」

 

 彼女はきっぱりと断言した。ずいっとちゃぶ台の向こうから身を乗り出し、私は思わず仰け反ってしまいました。女性に迫られて怖気づくなど弱々しいのにも程がありますが、彼女の勢いは正に火の如く。私は抵抗する術を持たず「どうです、此処に勤めてみませんか」という彼女の強い言葉に、「えっと」と心許ない言葉を返します。

 

 職については有難い、しかし一目惚れという付属品があり、まるで私が好意につけ込んだ形。私としてはもっと、こう、普通な就職を考えていたのですが。

 尚も強い視線でこちらに訴えかける彼女に対し、私は結局しずしずと頷く事しか出来ませんでした。どちらにせよ私には職が必要だったのです。断るという選択肢はありませんでした。

 

 

 

 





 交換留学の選抜試験が終わったのです、春休みワッショイ、という訳で空いた時間に書きました。面接は実にフレンドリーでしたよ、むにゃざぶーとワタシ。
 一年間も海外で過ごせるかどうかは神のみぞ知る、ロシア大丈夫だったのだからイケるでしょと言うただの勢い。取り敢えず生きて帰国したい。
 商業応募用の小説を書いてたら全然ハーメルンに投稿していないと思い、思いついた要素をくっ付けただけの一発芸小説です、続くかは進捗次第なので爆発四散前提でお読みください。
 
 因みに時代設定は適当です。明治・大正・昭和を程よくミックスした感じです。
 何を言っているか分からない? 言っている私も分かって無いです。良いんですよどうせ、皆神様になってテンプレ西洋に移り変わるんだから(投げやり)
 これファンタジー小説なんですよ? びっくりですよね、私もびっくりしてます。


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臆病な私

 

 

 意外と言うべきか、それとも彼女の予想通りと言うべきか。教師こそ拒否した私でしたが民宿での従業員生活は中々どうして良い生活でした。

 朝昼夜の食事に寝床もある、仕事と言えば布団干しやちょっとした調理・食事の配膳、掃除に買い出し、浴場の清掃くらいなもので大変という程でもない。それこそ客が来ても大抵は女将である母の幸恵さんが大半を対応してくれるので殆ど裏方の仕事ばかり。そもそも滅多に客が来ないので気楽なものです。

 

 私塾が休みの日は由紀子さんも手伝ってくれますが大抵は居間で茶を啜りながら他愛のない雑談をするだけで一日が終わります。家の裏庭でちょっとした野菜の栽培もしていますがその辺りは幸恵の管轄、給料はちょっとしたお小遣い程度ですが無いよりマシです。なにより住む場所と食事が出るだけで十二分、私はこの生活を一ヵ月続けるうちにすっかり馴染んでしまいました。

 

 由紀子さんは私という男性を家に据える事に成功したせいか常に上機嫌で、最近では街を歩いていると「三都郷の若旦那」と呼ばれる始末。何でも彼女が『良い人が出来た』と井戸端会議で言いふらしたせいで私がその相手だと思われているらしいのです。誤解ですと声を大にして反駁したいところでしたが、何分小さな街、情報が伝わるのが速いこと速いこと。それに実際家に住まわせて貰っているのも一目惚れを告白された事も事実ですし、結局私は愛想笑いを浮かべて「どうも」と頭を下げる事しか出来ませんでした。外堀を埋められている気がしないでもありませんが、あの一目惚れ騒動以降彼女が迫って来るような事はありません。熱が冷めたならばそれも良し、虎視眈々と機会を伺っているのならまぁ――未来の私に期待しましょう。

 

 時折二人で買い出しに出る事もあります、寧ろ由紀子さんは休日に二人で外を出歩きたがりました。私は余り由紀子さんと出かけるのが好きではありません、何故なら二人で歩ていると主婦の方々から熱い視線を頂くのです。大抵は由紀子さんが大袈裟に――それはもう意図的に――私の腕を掴んで胸に抱き寄せるのですが、そうすると一層視線が突き刺さるのです。はしたないと窘めるべきなのでしょうが事実上立場は彼女が上、私には何も言えんのです。きっと厳しい視線は男性陣のものでしょう、それが嫉妬なのか公共の場で何をしているという咎める視線なのか、私にはもう分かりませんでした。

 

 色々と疲れる所はありますが概ね順調で平和、正直に告白すると実家よりも居心地は良い位でした。街の人々は素朴で優しく、田舎特有の排他的な雰囲気を持ちません。それが三都郷という民宿に属した為に同郷判定を頂けたのか、それとも単に誰にでも手を広げる習わしなのか、それは分かりませんが。

 

 私が民宿に勤めた事で僅かではありますが客足も増えました。自惚れになりますが私目当ての女性客です。その頃の私は自身の容姿についててんで失念していて大抵好意的に接して来る彼女達に大変困惑しました。

 休日になると由紀子さんが女性客を私から露骨に遠ざけ、まるで威嚇する猫の様に毛を逆立てるのです。それでも度々足を運ぶ彼女達も彼女達ですが。私目当ての女性客は偶々此処の街に仕事、或は何かしらの用事で滞在する事になった若い女性たちで、こんな小さな街にこんな男がいたなんてと驚き安い民宿価格もあわさって滞在期間を伸ばしたり、休日に泊まりに来たりしました。

 それで私の懐に金銭が入るのは有難かったのですが宿泊客の相手――女性限定――をすると大体由紀子さんは拗ねるのです。客である以上もてなすのは当然、しかし由紀子さんはどうも独占欲が強いのか私が女性にへらへら笑って相槌を打つのが気に入らないようでした。

 

 ハッキリ言って私と由紀子さんの関係は変わっていません。居候と家主、この場合は幸恵さんが家主だろうか? だとしても生活を支えているのは確かに由紀子さんでした。立場としては上司と部下、決して恋仲と呼ばれるソレでは無く、彼女の嫉妬は所有物を誰かに盗られたくないという子ども染みた感情である事はよくよく私も理解していました。大抵嫉妬とはそういうものなのです。問題は私が未だ彼女と男女の仲ですらないという事でした。

 

 あの日以降動きはなく、時間が経てば新鮮だった生活も馴染みある物に。

 街で若旦那と呼ばれても実際は唯の居候。何だ、危惧する事は何もなかったじゃないかと思い、こんな生活を続けていくのも悪くないと思っていた頃。

 私はその考えが甘かったことを思い知らされました。

 

 切っ掛けは少々豪胆な女性の酔い、その女性は中央の方で西洋との外交を行っている方でした。何でも西に輸出する為の絹を近くの街に見に来たと、この国の絹は大変外から高い評価を受けている様で彼女は直々に視察に赴いたとの事でした。

 女性でその様な社会進出を行っているのは珍しい、私は単純に彼女を尊敬し敬意を持って接しました。私は華族に生まれながらその様に生きる事が出来なかった人間です。単純に身一つで成り上がったその女性に憧れを抱きました。

 

 彼女は酒で滑りを良くした舌を忙しなく動かし様々な事を語って聞かせてくれました。それはこの国の外の事、私が書生時代に学ばなかった事ばかりです。宿泊していたのがその女性だけだった為私は付きっ切りで彼女の相手をしていた訳ですが、幸恵さんも料理を作る為に裏方へと回っており人の目も無く熱心に相槌を打つ私に気を良くした彼女は私の肩を掴んでこう言いました。「貴方の所作はどこか気品を感じます、もしや良い家柄の出なのではないでしょうか? 何故、こんなところに」と。

 

 私は彼女の観察眼の鋭さに驚き、流石に国同士を繋ぐ高官は違うと思いながら恥ずかし気に首を撫でまわし頷きました。私も彼女の陽気な雰囲気にあてられ、そして語られた西洋の知識に少しでも報いねばと自分の事を語ろうとしたのです。

 内容は掻い摘んで、いつか由紀子さんに話した内容を更に簡潔にしつつ答えました。要するに自分はそこそこ良い家に生まれたが無能が故に放逐されてしまったのだと。

 すると彼女は私の手を掴み強い口調告げました。

「私の元に来ませんか?」と。

 

 私は驚き、そして慌てて拒否しました。相手は外交の仕事人です、それも最近活発になって来た諸外国との交流を管理する人間。そんな大それた事を自分が例え一端でも担えるとは思えませんでした。それどころかそんな世界に飛び込む事自体、私には難度が高かったのです。渡世を選ぶ知性位は私にもありました。

 彼女はチラリと厨房の方、恐らく幸恵さんの姿を確認したのでしょう。幸恵さんの姿が見えないと確認するや否や私を押し倒す勢いで詰め寄りました。

 

「貴方はこんな――言っては悪いけれど小さな村に居るべき人ではありません、とても美しく物腰も柔らか、それは貴方の才能なのです、この国には今『人をもてなす』人材が求められています、諸外国との外交をより円滑に進めるための人材です」

「お、お気持ちは嬉しいのですが、私は、その、学がありませんし、ましてや国交など夢の又夢、粗相があっても責任が取れません」

 

 顔を赤くして熱弁する女性に私は困った表情を浮かべて答えます。何度も何度も根気強く自身の不便性を説き、何より此処の生活が気に入っていると述べました。彼女は酒の力もあったのでしょう、一時は腰を落ち着けて杯を手にくるくると中の酒を遊ばせましたが、ふと私を上目遣いで眺めると恥ずかしそうに頬を掻いて言いました。

 

「いえ、すみません、今のは方便です……正直に話しますと、その、私は貴方を傍に置く理由を欲しています」

「? 言葉の意味が良く……」

「貴方に好意を抱いているのです」

 

 衝撃であった、暫くその事実に硬直した。照れた表情で私の顔を伺う女性は自分で口走った言葉の意味を良く理解していない様にも見えました。私は暫く間抜け面を晒し、何を言えば良いのか分からず言葉に窮しました。

 

 まただ、またこの状況だ。

 その時私の脳裏に描かれたのは一ヵ月前、由紀子さんに一目惚れですと告げられた時の場面。私はこの時、漸く自身の実家の力を思い知りました。後ろ盾のない人間の美貌はこうも牙を剥くのかと。正確に言えばそれは牙でも何でも無く好意という名の救いなのですが。

 しかも間の悪い事に――。

 

「藤堂さん?」

 

 由紀子さんが帰宅しておりました。

 食堂に続く扉、その引き戸を中ほどまで開けた状態で由紀子さんが私達を見ていました。私塾から帰って来た所なのでしょう、手には教材一式の入った風呂敷を抱え外向き用の着物姿でした。彼女と目の合った私は思わず肩を跳ね上げます、此方を見る由紀子さんの瞳の何と黒いこと黒いこと。

 まるで妄念と憎悪に蓋をされたかの様な黒さ、真っ直ぐ見ていると此方が吸い込まれてしまいそうな深い色をしていました。まさか今の言葉を聞かれていた? 私の背にひんやりとした汗が流れ落ちます。

 

「ん、っと、これは……民宿の方でしょうか?」

「えぇ、此処の女将の娘で『由紀子』と申します――少々、其方の【重虎】に仕事の話がありまして、お時間宜しいでしょうか?」

 

 シゲトラ。

 そう呼び捨てで、それどころか名前を直接呼ばれたのはこれが初めてでした。酔っている女性は深く頭を下げてそういう由紀子さんに「それなら、まぁ、仕方ありません」と口にし、私の肩をそっと抱き囁く様な口調で告げました。

 すっと由紀子さんの瞳が細まる。私は悲鳴を上げそうになりました。

 

「先の件、どうか考慮して頂けますよう、お願いしますね?」

「………ハイ」

「――重虎?」

「ハイ!」

 

 呼ばれたからにはいきます、いきますとも。前者には恐る恐るといった返事、後者にはおもわず背筋を正し腹の底から返事をした。私が食堂を出るその瞬間までビシビシと背に視線が突き刺さっていましたが今は気にしていられる状況ではありません。きびきびとした動作で廊下に出た私は、そのまま前を歩く由紀子さんの背を追い二階に上がりました。

 民宿の客間は大抵一階にあります、風呂や厠などもそうです。二階は主に由紀子さんや幸恵さんの生活する空間、故に入ったのは片手の指で数えられるほど。そして二階の一番端っこの部屋――恐らく由紀子さんの部屋だろう――の襖を開け放たれ、一歩横にずれた由紀子さんが笑顔で告げました。

 

「どうぞ」

「…………」

 

 襖の奥に在るのは未知の領域、即ち異性の生活する空間。そして顔は笑っているが何かオソロシイ雰囲気を醸し出す由紀子さん。この空間に入ったら最後、後戻りできない様な気がする。そう思って恐る恐る由紀子さんの顔を直視するも。

 

「入って下さい――今すぐ」

「はい」

 

 断れる勇気も権力も、今の私にはないのでした。

 

 





 この小説には書き溜めもプロットもありません、不定期更新となります。
 出来れば春休み中に完結させたいです。(希望)


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逃亡の私

 

 女性というのは酷く難解です。そもそも人の機微に疎い私が、ましてや異性の事に関して敏感になるなど土台不可能な話で。ストレートに好意を告げられた私ですが心の何処かで『恋の熱は冷めやすい物、熱病の様なモノだ』と決めつけていた節があります。つまり私は由紀子さんの想いに対し真正面からぶつかる事を避けていたのです。

 

 その結果がこれです。

 

 委細を語る事は出来ません、それは男の尊厳的な話でもありますが何よりも下に走る――いえ、やめましょう。人にとって知らない方が幸せという事柄は確かにあるのです。

 

 その日の夜の出来事確かな爪痕と熱情を私に刻み込みました。性に関する知識など又聞きか実体験でしか得られない時代です、ましてや書物など厳格な父の管理下にあっては入手など不可能でした。

 とどのつまり私は由紀子さんという一人の女性に文字通り蹂躙された訳です。否が応でも彼女の好意を感じずにはいられませんでした。婚約も結んでいないのにその様な行為に走るのはふしだらだ、きっと妹か姉が居ればそう口にしたでしょう。俗にいう婚前交渉というものです、しかし私にとって衝撃的なソレは私自身の意思など介在しませんでした。運動が出来ないと言うのは謙遜でも何でも無いのです。私の筋力は健康的な女性のソレに劣ります、細身な体では由紀子さんの力には抗えず――。

 

 気付けば朝、日の差し込む早朝でありました。

 

「………」 

 

 目覚めたのは実家の温い布団でも、自室の布団でも無く他人の、それも異性が使っていた布団の中。ふんわりと香る女性の匂いと仄かな性臭。私は天井の木目をぼんやりと眺めながら「天井の染みを数えている内に終わった」と内心で呟きました。そうは言っても凡そ半刻もすれば意識が飛んで何が起こったのかも理解していなかったのですが、殆ど全裸と言って良い状態の自分を見れば凡そ想像はつきました。

 

 もぞりと布団から寝返りを打ち隣を見れば、なんともまぁ憎たらしい程に安らかな笑みで眠りに落ちる由紀子さん。その表情は満足げで心なしか優越感に浸っている様にも見えました。私を組み敷き好きな様に蹂躙できたのが余程楽しかったのでしょうか、彼女自身も初めてだとは言っていましたが正直眉唾物だと考えています。

 

 私は彼女を起こさない様にゆっくりと布団から這い出ると、肌寒い朝の空気に体を晒しながら散らばった着物を集めて着込みました。幸い皴になるような事も無く、ぎゅっと帯を締めればいつもの私。廊下に出れば丸窓の向こう側に朝日が見えました。澄んだ空気の中で見える太陽は酷く美しく。

 

「そうだ、逃げよう」

 

 その言葉は実にすんなりと私の口から出て来たのです。

 

 

 ☆

 

 

 そもそも私は女性経験など数える程しかないのです。清い男女交際とは何か? 最初は文通から、次に散歩? 手を繋ぐ所から逢瀬を重ね、最期に接吻? 良くは分かりませんが最初から棒をぶっさす付き合いが正しい事でない位は分かります。私は学がありませんが決して馬鹿では無いのです、多分。

 

 という訳で私は未だ由紀子さんが起きて来ない事を幸いと、自室に戻って夜逃げ――この場合は朝逃げだろうか――の準備を整えました。今までに稼いだお金をちゃぶ台に置き、手慰みにと由紀子さんから頂いた紙に筆で『今迄、有難うございました』と書き記す。お金は私の謝罪の気持ちという奴です、私とてこの行為が正しいものだとは思っていません。

 

 しかしどうにも良くない予感――いえ、確信があるのです。このまま此処に留まり続けたらいつの間にか、本当にいつの間にか由紀子さんと夫婦(めおと)となる未来がありそうだと。昨夜の情事でもそうですが彼女の私を見る目は普通とは異なります。まるで蛇の様なと言っては失礼でしょうか、昨日のアレコレで吹っ切れた彼女の執念と感情は正に津波の如く。私は彼女のその膨大な感情、愛情とも呼べるソレが恐ろしくなりました。

 

 理想とも言える田舎生活ではありましたが致し方ありません、私はもう十八ですが結婚するのにはまだ少々早いと考えているのです。女人を抱いて逃げると言うのは聊か、いえかなり外聞が悪い事ではありますがこればかりは感情の問題。私は実家から逃げた時と同じようにしずしずと民宿を抜け出しました。

 

 

 さて、何処に行こうか?

 ボロボロのバス停、ブリキ板が屋根の小さな木造椅子。そこに座ってぼうっと空を見上げながら私は次の行き先を考えていました。路銀はあれから少したりとも減ってはいません、稼いだ分は丸々置いて来た為増えてもいませんが今の私の心の拠り所は路銀の額がそのままである事だけでした。

 

 最初は昨日の女性――外交の仕事に勤める女性に連れて行って貰おうとも考えましたが、昨日あれだけ深酒したのです。早朝から活動するのはさぞ辛いでしょう。私は早々にその案を切り捨て、取り敢えずこの村を離れる事に決めたのです。

 

 古く錆びたバス、くたびれた帽子を被った運転手が私を見つけ車両を止めます。がたごと揺れながら停車したバスは濁った空気を排出しながら揺れています。扉を押し開けて中に入ると乗客は私一人、当然です。始発の朝早いバスに乗車する人など殆どいません、特に郊外の田舎町なら尚更。

 私は運転手の直ぐ後ろの席に座ると彼の肩を叩いて問いかけました。

 

「このバスは何処まで行きますか?」

「終点ですかい? この車両は緑ヶ丘まで行きますよ」

「お幾らで」

「一円あれば向こうまで、大分遠いですがね」

「ありがとうございます」

 

 私は御礼を言うと静かに椅子へと身を預け、ぼうっと一月過ごした街並みを眺めるのでした。

 

 三時間程でしょうか、バスに揺られて時折眠りながら辿り着いた緑ヶ丘、そこから更にバスを乗り換えて終点まで。それを二度程繰り返し時刻はすっかり夕方、自分が今どこに来たのかすら分からないまま私は去り行くバスの背を見送りました。

 

 山の向こう側に赤く染まった太陽が沈んで行きます。少々長く座り過ぎた為か体が酷く凝っていて、その場で伸びをすると左右に体を倒して骨を鳴らします。ぱきこきと子気味良い音が鳴って、私は幾分か気分を入れ替えました。

 

「少し、大きな街かな」

 

 山に囲まれた盆地、乗り継いだ先で辿り着いたのはちょっとした規模を持つ街。そこは私が暮らした村よりは数段大きな人の集まる場所でした。都会とは呼べないもののある程度二次産業を取り入れた地方都。バス停はその街の外側に設置されていて、一緒に乗っていた乗客たちは皆街の方に向かって歩き始めました。

 

 私も民宿か宿を探すべきだろう。

 

 そう思って街の方に足を向けようと思いましたが、余り人の多いところが好きではない私です。数分ほどその場に突っ立った後、街の外周に向かって私は歩き始めました。中央にはいきたいと思いませんでした。それにあの村よりも大分大きな街です、民宿の一つや二つ位はあるでしょう。そう考えて街の外側から見て回る事にしたのです。

 

 外周には聳え立つ円筒に黒煙を吐き出す工場が沢山ありました。私にとっては余り見慣れない設備です、あまり大きな街を自由に出歩く事が無かった私はそれらを眺めながら街を練り歩きました。

 

 そうして暫く歩いていると幾つか民宿や旅館を見つけることが出来たのですが、大抵この時間は既に客室は満室で申し訳無さそうに断られてばかりでした。あの村とは真逆、人の溢れるこの場所は需要が大変大きいらしい。私は頭を下げる女将に愛想笑いで手を振りながら、渋々旅館や民宿を後にしました。

 

 さて困った、寝る場所がない。

 

 私は途方に暮れました。見れば太陽は既に沈み、ガス灯が街道を照らしています。キラキラ輝く光の中を歩く人々はまばら、既に帰宅の時間です。私の様に荷物を抱えて歩いている人などおりません。ほとほと困り果ててしまった私ですが野宿出来る程の度胸も体力も無く、兎に角空き室のある旅館や民宿を探すしかありませんでした。

 そんな折です、とんとんと優しく肩を叩かれたのは。

 

「もし、そこな男の人、少し良いかい?」

「私ですか……?」

 

 後ろから肩を叩かれ、私は振り向きました。其処には胴着と思われる衣服を纏った一人の女性が立っていました。私と同じ位の身長で髪を一つに括っています。肩には長い布袋を乗せており武術を嗜んでいるのは一目で分かります。随分と勝ち気な――男勝りな女性だと思いました。

 

「膨らんだ荷物を持って右往左往、さっきあの旅館から出て来たのを見たけれど、もしかして宿を探しているのかい?」

「はぁ、えっと、その通りですが……」

 

 彼女は上から下まで私を眺めると、ニカッと太陽の様な笑みを浮かべながら問うてきました。どうやら先程旅館から肩を落として出て来たのを目撃されていたらしく、彼女は私が宿探しに難儀している事を見抜いておりました。

 

「ならどうだい、道場(ウチ)に泊まりに来るのは」

「えっ」

 

 突然の提案、私は突如差し出された救いの手に困惑しました。「いえ、しかしそんな、見ず知らずの方の家に突然お邪魔するのは……」と私が渋い顔をすると、彼女は「ミソギって呼びな」と言いました。

 

「禊、私の名前だよ、ほらコレで見ず知らずの人じゃないだろう」

「あ、そうですね……って違いますよ、私が言いたいのは、その、女性がこう簡単に男性を自宅に誘うのは危機感が無いと」

「ははは、その細い腕で私を襲うかい? 無理だよ、素手でやっても私が勝つさ」

 

 パンパンと程よく焼けた肌を晒し、自身の二の腕を叩く禊さん。鍛えられた腕は確かに引き締まっていて、私のそれと比べると雲泥の差だった。私は目を逸らしながら「貴方の意図が分かりません」と言った。しかし禊はぐいぐい距離を詰めると、「袖すりあうのも多少の縁、困っている人は助けるべし、私の父の教えでね」と笑いました。

 

 何とも溌剌とした女性です、私はこのような性格の女性と出会ったのは初めてした。兎も角女性とはお淑やかで、貞淑で、物静かなものだというイメージが私の中には存在していたのです。それは私の通っていた学び舎での書生であったり、我が妹や姉から受けたイメージでした。まぁ尤も、そのイメージは由紀子さんと出会った時点で崩れ去っていたのですが。

 

「ささ、もう日が暮れてしまう、夜は冷えるからね、帰ろうじゃないか」

「え、あ、ちょっと!」

 

 背をぐいぐいと押され街道を歩かされる私。

 抵抗しようにも彼女の手のひらから伝わる力は私の脚力を大きく上回り、そのままずるずると彼女の意図する方向へと押し出されてしまう。人の行き来する街道で私は彼女の実家のある方向へとなすが儘、連れていかれるのでした。

 

 





 一話凡そ4000~5000字、十万未満での完結を目指しています。
 取り敢えず女性のところを転々とするのでこんな感じです。
 尚、主人公は年上キラーです、小さい子が大好きな方はごめんなさい。


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仕事と私

 

 禊さんの家は大きな道場を経営していました。元々は禊さんの兄が指南役として務めていたそうなのですが、昨年西洋の方と婚姻し向こう側に行ってしまったのだとか。代わりに彼女――禊さんが第十二代目の師範となった訳です。しかし今の時代、剣術を習う人など少なく、ましてや女人に教えを乞うなどと憤慨して辞めていく門下生も多かったそうです。

 彼女のその男勝りな性格は少しでも『男らしく』と追い求めた彼女なりの苦肉の策でした。

 

「へぇ、家を出て職探しの旅ねぇ……そんなに見つからないものかい?」

「えぇ、まぁ」

 

 禊さんの自宅、その居間で茶を啜りながら向かい合う。道場は離れにあり、本邸は土地の真ん中にどっしりと建てられていました。私の実家程ではありませんがかなり大きな屋敷です。彼女曰く昔はかなり大きな流派だったのだとか、今では彼女一人が暮らす寂しい家。両親は既に一線を退いて宮沢の別荘で優雅に隠居生活だそうで、私は彼女の話に相槌を打ちながら「皆、苦労しているのだなぁ」と子どもの様な感想を抱きました。

 

 禊さんの父と母は減少の一途を辿る門下生の件を「栄えるも廃れるも、全ては時代の流れ、人慎ましやかに生きられれば十二分」と言って特に何をする訳でも無く縁側で茶を啜っているらしいのです。何とも剛毅な生き方だと私は感心しました。

 この家に連れて来られた私は、此処まで来たらもうお世話になるしかないと腹を括って彼女との対話に臨みます。

 

「元々家族六人で住んでいたからね、賑やかだったんだけれど皆それぞれ好きな様に別れてしまったから、今では私独りぼっちさ、本当は両親も兄が結婚して西に行くと同時にこの家を道場ごと売りに出そうとしていたらしいけれど……この場所には思い入れがあって、どうにも手放す気にならなくてね」

「それで剣術を?」

「まぁ下手の横好き、って所かね、ただ一人だけって言うのは結構堪える、こんだけ広いんだ、同居人の一人でも欲しかったんだよ」

「……一晩だけではないのですか」

「職を探しているのだろう? 此処なら職は腐る程ある、定住する場所は必要さね」

「民宿を探します」

「勿体ない」

「……私は男ですよ」

「美麗な男児は歓迎だよ、目の保養になる」

 

 どうしようもなかった。

 からからと目の前で禊さんを見て本気なのだと私は悟ります。お人好しと称するべきなのでしょうか、それとも寂しがり屋と称するべきなのでしょうか。彼女に対しての印象は固まり切らず、一つ溜息を吐いて私は此処に暫く厄介になる事を決めました。そもそもは有難い話なのです、宿代が浮くと言うのも本当ですし。

 

「……ならせめて家の事はやらせて下さい、居候させて貰うならそれ位はやります」

「おぉ、そうかい? 悪いねぇ、私は正直料理とか諸々が凄く不得手なんだ」

「それで良く独り暮らしが成り立ちましたね」

「ははは、まぁ大抵外で食べていたよ」

 

 それこそ勿体ないという奴だ。私は深々と頭を下げ「暫く厄介になります」と禊に告げた。彼女は笑って「こちらこそ、よろしく」と答え、私にとっては二度目の居候生活が始まりました。

 

 

 ☆

 

 

 半ば強引にとは言え一つ屋根の下で過ごし始めると、禊さんの性格というか内面と言うか、そういった部分が徐々に見えてきたように思います。彼女は基本的に男勝りで豪快な性格をしており朝は鍛錬の為に早起きし夜は遅くまで稽古に励んでいます。基本的に剣術指導は夕方頃から始まるのですが、それまで彼女は黙々と自身の腕の向上に励んでいるのです。

 生真面目と言うか愚直と言うか、私はそんな彼女の剣術に対する姿勢に尊敬の念を覚えました。一度、「何故そこまで剣術に拘るので?」と聞いてみた事があるのですが、彼女は苦笑いを浮かべ「これしか出来ないからねぇ」と肩を竦めるのです。

 

 これしか出来ないと彼女は言いますが私にとっては「何か自分に出来る事が一つでもある」というは大層立派な事に思いました。なにせ私はその「何か」を得られなかった側の人間ですから、彼女が眩しく見えて仕方ありません。

 

 しかし、そんな男勝りで豪快な性格をしている彼女ですがその実、根っからの寂しがり屋であります。稽古が無い時は基本的に私の後ろをついて回り、「何かやる事は無いかい?」とか「少し構っておくれよぉ」とか、何かにつけて一緒に行動をしたがります。

 それが新しい住人である私との交流の深め方なのか、それとも単純に彼女の性根の問題なのか最初は判断がつきませんでしたが、一週間、二週間と経過していく内に彼女が根っからの寂しがり屋だという事が分かりました。

 

 一ヵ月も過ぎれば彼女は遠慮という壁を取っ払い、気付くと朝、私の布団に潜り込んでいたなんて事もザラです。男女七歳にして席を同じうせず――とまでは言いませんが、禊さんは私の四つ年上、もう良い大人でしょう。そんな彼女がふしだらにも男性の布団に潜り込んで来るなど言語道断。

 

 そう言って聞かせてみるものの、彼女はヘラヘラ笑って「でも暖かいし」と宣うのです。剣術に関してはとても生真面目で尊敬できる点があるのですが、反して人間としての彼女は寂しがり屋で甘えたがりな面を持ち合わせていました。どうやらこの大きな家に独りぼっちであるという事実が私を迎え入れた大きな要因となっているようです、しかしそれが分かっただけでも安心感が違います。何せ取って食われる危険はないと分かったのですから。

 

 さて、肝心の職の方ではありますが禊さんの言った通りこの街には求人募集が溢れておりました。元々工場が多く第二次産業に力を入れ始めた新興街であるらしいのですが、需要に反して供給が追い付いていないと。余程の無能では無い限り職にはありつけるだろうというのが禊さんの弁です。

 まぁ私がその『余程の無能』に含まれているので助言は参考にならないのですが、幸いにして小さな商店の店番の仕事を見つける事が出来ました。数字の扱いに関しては書生時代に学んでいましたし商人の真似事も多少は出来ます。何より店主には「顔も良いし、客引きになるかもしれん」と言われ採用されました、驚きです。

 

 店番の仕事は午前の十時頃から夕方の三時頃まで、朝は店主の室田さんが担当し昼頃には仕入れやら何やらの用事で席を外すらしく、その間が私の担当という訳です。作業は単純で品物を買いに来た方からお金を受け取り、幾ら受け取ったのかを記帳して金銭を保管しておく。室田さんが帰って来たら名簿を見せて凡そ何人位の客が来たのか、そして何を買っていったのかなどを伝えます、それで終わりです。

 

 お給金は決して高くはありませんが、こんな私でも出来る仕事で大変助かりました。室田さんは現在三十九歳で、妻には先立たれてしまった鰥夫です。忘れ形見である娘さんが一人いるのですが今は十四歳、近くの学舎で勉学に励んでおりますが休日などは大抵暇そうにしておりました。もし暇があったら娘と遊んでやってくれと室田さんに言われていたので、勤務初日から娘さん――花奈ちゃんとはよく話す様になりました。

 天真爛漫を絵に描いた様な少女です、将来的には婿でもとってこの商店を継ぐ事になるのでしょうが彼女は決まって「そんなのはつまりません」と言っていました。まぁ人生色々です、私から何か言う事はありません、何せ私は家を継ぐ役目さえ期待されなかった落ちこぼれですから。

 

 生活は上々、あの田舎での生活と比べると多少温かみに欠け――これは街が大きいから仕方ない事だとは思っているのですが――忙しくはありますが、実家に居た頃に比べれば【誰かに必要とされる】というのは精神衛生上とても良い事だと知りました。

 

 朝は禊さんと一緒に起床し――何度言っても潜り込んで来るので諦めた――朝食の準備を済ませます、布団を畳んで洗濯物を干し、軽く家の掃除を済ませたら稽古をする禊さんに一声かけて商店に出勤、この時稀に「行かないでおくれよ~」と泣きつかれる事があるけれど振り払って街に繰り出します、私が此処に来て一ヵ月ですが日に日に彼女の寂しがり屋度が向上しているのは気のせいだと思いたい。

 

 商店についたら店主である室田さんに挨拶し、ちょっと談笑しつつ花奈ちゃんが居れば一緒に勉強したり遊んだりします。そして室田さんが仕入れに出掛けたら店番開始、時折やってくるお客さんに顔を憶えて貰いつつお金を受け取り記帳、偶に女性客からやんわりと「甘味など如何ですか?」と差し入れを頂く事があるのでとても有難いです。

 

 禊さんの寂しがり屋な性格にも大分慣れました。女性がべたべたと男性に引っ付くのは如何なものかと常々思っていた私ですが、慣れと言うのは恐ろしいものでそういう日々を送っていると「まぁ、良いか」という気持ちになっていくものです。別段何か害がある訳でも邪魔をしている訳でも無く、単純に一緒に居たいという気持ちだけならば無下にも出来ません。最初は後について来ただけの禊さんですが、最近では後ろから抱き着いてべったりと脱力する格好である事が多くなりました。

 

 流石に洗濯や掃除中にその状態でいられると邪魔なので退いて貰っていますが、そういう時の彼女は聞き分けが良いのでとても助かります。家ではこんな禊さんですが外ではちゃんとしているので特に不満もありません、これもまた個性という奴なのでしょう。何より私は居候の身、ちょっとした家主の要望には応えるつもりもあります。

 

 

 そんな生活を一ヵ月、二ヶ月、三ヵ月。

 私としては随分良くやった方ではないでしょうか。

 

 禊さんの優しさに甘えた様な形ではありますがこの生活を続けて四ヶ月目を迎える事が出来ました。春の訪れを感じさせた季節から夏へ、燦々と輝く太陽がまぶしい季節です。民宿の従業員から商店の店番係へ、店主の室田さんとの関係も良好で花奈ちゃんは十五歳になりました。もう一端の女性となる年齢であります。

 

 時間の流れが速く感じるとは誰かが言った言葉ですが、私は初めてそんな体験をしました。この四ヶ月は正に風の如く、あっと言う間に過ぎ去っていったのです。まぁこんな生活もアリなのではないでしょうかと呑気に日々を過ごし、この街で生きて行くのも悪くないと思い始めた頃。

 

 

 またしても私の身に災厄が降り注ぎました。

 

 

 その日、夕方頃に店番の役割を終えた私は室田さんに一声掛けて帰宅しようとしていました。するとそんな私の背に、「おう、藤堂、少し時間いいか?」と声が掛かります。どうやら室田さんから話があるようなのです。何か仕事で失敗でもしてしまったかと肩を跳ねさせた私ですが、「別段、仕事の話じゃない、ちょっとした野暮用だ」と言われ胸を撫で下ろしました。

 

 普段は余りお邪魔しない商店の内側、主に花奈ちゃんと室田さんが生活している居間に通され、茶を一杯頂きました。野暮用と室田さんは仰いましたがその表情は険しく、何とも言えない覚悟を秘めている様に見えます。何か大事な話なのか、私にはてんで見当がつきません。

 

 ふと彼の後ろ側を見ると襖を少しだけ開けて居間を覗いている花奈ちゃんがいました。その頬は赤く紅潮しており、じっと私を見つめております。そして私と視線が交わるとフイっと顔を背けて襖を閉じました。一体何だというのでしょうか、私は困惑を隠しきれませんでした。

 

「なぁ、オメェ藤堂よ」

「はい? 何でしょう、室田さん」

 

 重々しく口を開く室田さん。その瞳が私を貫き、何度かもごもごと口をまごつかせると、「俺もよ、お前の働きぶりは良く知ってる、オエメは学がねぇと自分を下げるが小さな商店をやっていくには十分だ」と口にしました。私はその口上で一体何を言われるのか全く予想がつかなくなってしまいました。

 はぁ、と気の無い返事をして眉を上げる。話が見えない、私が頬を掻きながらじっと室田さんを見ていると、彼はガリガリと頭を掻くと大きく息を吸い、私を直視して強く言い放ちました。

 

「オメェ――花奈の婿になる気はねぇか?」

「………は?」

 

 





 丁寧口調の描写を書き続けると、無意識の内に次の小説も丁寧口調で書いてしまう。
 一日5000字書けば20日で一本小説が書き上がるのです。
 一日一万字なら二本。春休みの内に書かねば。


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迂闊な私

 

 青天の霹靂――とでも言いましょうか。

 室田さんの言葉は少なくない衝撃を私に叩きつけました。婿、婿と仰いましたか今。私は暫くの間間抜け顔を晒し、それから再起動を果たすや否や「は、婿、ですか?」とたどたどしく問いかけました。室田さんは本題を切り出した事で吹っ切れたのか、「そうだ」と神妙な顔つきで頷きます。

 

「えっと、誰が、誰の?」

「オメェが、花奈の」

「正気ですか」

 

 思わずそんな言葉が口から飛び出しました。無礼である事は承知していましたが言わずにはいられませんでした。私の言葉を聞いた室田さんは「おうよ」と頷き、私の目を確り捉えています。彼は本気でした、しかし私は困惑顔のままたじろぎます。

 

「婿って、娘さんはまだ十五でしょう? それに私にはこの商店を継ぐ力なんてありません」

「もう十五だ、ちと早いが嫁に出してもおかしくはねぇ歳さ、それにもっと昔なんざ十超えたばっかで嫁ぐなんてのも珍しくなかった、それとお前は言う程馬鹿でも無能でもねぇよ、分からなければ教えるし周りに手伝って貰えば良い、それにここ数ヶ月で客に顔を憶えて貰っただろう?」

「えぇ……まぁ、はい」

「まぁその顔忘れろってのは無理だろう、商売やる上で顔が良いってのは利点の一つだ、それに俺も直ぐ引退する訳でも無い、ボケた老人になるまでは手伝ってやる、どうだ?」

「しかし……花奈ちゃんの意志はどうなるんです?」

「これはアイツが言い出した事だ」

 

 私は室田さんの言葉に思わず面食らいました。まさか花奈ちゃんから言い出した事だとは夢にも思わなかったのです。何故? と疑問に思いました。言っては何ですが私と花奈ちゃんは『そういう仲』になるような事は何一つ行ってきていません。私も仕事場にいる店主の娘さんとして彼女を扱ってきました。私にとって彼女は女性ではなく少女なのです、愛でるべき対象であっても愛すべき対象ではありませんでした。

 

「俺も最初はどうかと思ったが、元々俺ぁ当人同士好き合ったなら契りを結べば良いと思っていたんだ、親が一方的に決めつけた奴と結婚するなんぞ納得もいかねぇだろう、お前の話は聞いたがまぁ、俺から何か言う事はねぇよ、オメェは真面目だ、少なくとも仕事に打ち込む姿勢はな、それに――この商店継ぐのに乗り気じゃなかった花奈がオメェと一緒ならやっていけると言った、なら親としては最大限応援してぇだろう」

「………」

 

 私は何と言葉を返せば良いか分からず口を噤みます。心の中では「あり得ない」と思っている自分と、しかし二人の好意を無下にするのはどうにもという感情が鬩ぎ合っています。私はこういう点で酷く優柔不断でした。恐らく父が私を勘当した背景には、こうした判断力のなさも含まれていたのでしょう。

 口を横一文字に結んで俯く私に旗色が悪いと悟ったのか、それとも単純に話を急ぎ過ぎたと思ったのか、「あー」と間延びした声を上げた室田さんは私の肩を叩きながら告げました。

 

「直ぐに決めろってのは酷な話だろ、別段急ぎでもねぇ、じっくり決めてくれて構わねぇよ、ただアイツが行き遅れになる前には決めてくれ、明日からいつも通り頼むからよ、な?」

「……はい」

 

 

 ☆

 

 

 結婚、結婚か。

 私はとぼとぼと帰路を歩きながら考えていました。婚姻を結ぶなど私はまだまだ先の事、もっと未来の事だとばかり思っていたのです。私もそろそろ十九、兄は二十二で兵役検査も終えた立派な成人でしたが、私が家を出るときは婚約こそしていたものの結婚には至っていませんでした。

 

 今はどうなっているかは分かりませんが、私もその年代で結婚するのだろうと漠然と考えていたのです。故に今回室田さんから頂いた話は――少々早過ぎる様に思えました。

 私ですらそうなのです、花奈ちゃんに至っては早過ぎるどころの話ではないでしょう。昔はもっと幼い頃から契りを結んだと言いますが夫婦の在り方など時代と共に移ろうものです。私には早すぎる伴侶の存在は決して当人に利を齎さないと考えていました。

 

「断ろうか……」

 

 家の手前、その路地で足を止めた私はポツリと呟きました。受けるにしても私にはその資格も、能力もない様に思えて仕方なかったのです。ましてや相手は十五歳の少女、夢と希望に溢れる若人です。こんな無能で落第者の自分を夫として迎えるなどと――彼女の未来を閉ざすようなものだと思いました。

 しかし、いざ断るとなるとあそこで働き続けるのは難しくなるのではと気付きます。花奈ちゃんの好意と店主の厚意を跳ねのけるのです、無論良い顔はしないでしょう。折角軌道に乗って来たと思っていたのに、私は段々と気分が沈んで行きました。

 

「ただいま帰りました」

「おう、お帰り」

 

 夕方、家に帰って来た私を出迎えたのは禊さん。室内用の着物姿で溌剌と笑う彼女は、「ご飯できてるよ、久々に料理してみたんだ」と言って居間を指差しました。沈んでいた私はせめて家の中で位は元気を出そうと、その笑みに釣られて「珍しいですね」と頷いて見せます。下駄を脱いで肩を並べて廊下を歩く私達。禊さんは今日は休日で一日鍛錬をしていたようでした。

 

「偶には料理もしないと腕が鈍って仕方ない、任せっきりは良くないからねぇ、本来こういうのは女の仕事だろう」

「男だとか女だとか、私達に関して言えば別段気にする様な事ではありませんよ、私は居候ですし、得手不得手は誰にだってありますから、禊さんの代わりに剣を振れと言われても私には無理ですし」

「ははは、違いない! 重虎に剣を持たせた日の事はまだ憶えているよ」

 

 此処に来て直ぐ、禊さんに「男児なら剣を扱えた方が便利だ、それにそこまで線が細いと心配になる」と言われ多少剣術を習っていました。しかし私には剣術の才が一等存在しないようで、剣を振り回すどころか剣に振り回されてばかりでした。結局基礎鍛錬は教えて頂けたものの「重虎の場合は剣を使うより柔術や徒手空拳の方がマシだ」と称されてしまいました。男としては情けない限りなのですが、まぁ凡そ予想出来ていた事です。私には肉体的才能が皆無なのですから。

 

「今日は魚を買って来たんだ、丁度生きの良い奴が売っていてね」

「買い物を?」

「あぁ、丁度入用のモノがあったんだ」

「そうでしたか」

 

 居間に辿り着くと湯気を立てた味噌汁と白米、綺麗に調理された魚が配膳されていました。「味は大目に見て欲しい」という禊さんの言葉に苦笑を零しつつ、軽く手を洗ってから食卓に着きます。魚は鯖の味噌煮です、中々どうして手間が掛かっています。禊さんが対面に座った事を確認した私は「頂きます」と口にすると箸を使って一口、そんな私をじっと見ている禊さんはどこか不安げでした。もぐもぐと咀嚼すると仄かな甘みと味噌の深み、新鮮な魚の味が口の中に広がります。

 こくんと呑み込んだ後、私は「どうだろう……?」と感想を急かす禊さんに向かって一言。

 

「……うん、美味しいですよ禊さん」

「! そ、そうか……!」

 

 私がそう言うと禊さんはぱっと表情を明るくさせ、もそもそと自分の分を食べ始めます。へらっと緩い表情を隠さず食事を進める彼女の姿に私はなんだか体から力が抜けてしまいました。何だかんだ言って彼女の存在は私にとって小さくないものになっていたのでしょう。そりゃあ四ヶ月も一緒に過ごしたのです、情の一つや二つは湧くでしょう。

 

「今日は何をしていたんですか?」

「ん、重虎を見送った後は鍛錬をして、道場の掃除を少し、後は買い出しと料理かね」

 

 嬉しそうな表情でそう答える禊さん。私が求めていたのはこういう、平穏で普通な生活なのです。他愛のない会話、他愛のない生活、他愛のない日常。つまり中身がなく、変化も無く、充実も充足もないかもしれないけれど、【在る】だけで満足するような――そんな生き方。ある意味あの田舎での生活もそうだったのですが、私は今の生活も大層気に入っていました。

 彼女に相談しよう、私はそう思いました。

 頭の悪い自分ではどうしようもないかもしれないけれど、禊さんなら何か良い方法を思いつくのではないかと考えて。ましてやこれは男同士の話でもありません、女性ならではの視点から物事を見れば相手を傷つけずに断る事も出来るかもしれない。

 私はそう考え、勇んで口を開きました。

 

「禊さん」

「うん?」

「少し、相談があるのです」

 

 ニコニコと上機嫌な禊さんを前に私は箸を持ったまま軽い口調で切り出しました。私としては本当に、この他愛ない会話に織り交ぜても良い様な、そんな気軽さを持って相談しようとしたのです。私は重々しい会話が大の苦手でした、故に努めて明るく話そうとしたのです。

 

「実は今日、室田さんに――花奈ちゃんの婿に来ないかと言われました」

 

 からん、と。

 禊さんは箸を取り落としました。

 

「――――」

「……禊さん?」

 

 私は俯き、若干早口で先の言葉を口にしました。故に箸を落した音が耳に届くと同時、顔を上げて禊さんを見たのですが。

 彼女の表情は凝り固まっていました。表情は上機嫌な笑みを浮かべたままでしたが、その口元が硬く引き攣っています。箸を取り落としたまま一向に拾う素振りを見せない禊さんは静かに椀をちゃぶ台に置くと、「………聞き間違いかね、もう一回頼むよ」と呟きました。

 私は「はぁ」と気の無い返事をして、再度「室田さんに、娘さんの婿に来ないかと言われました」と説明します。禊さんは私の言葉を聞くや否や表情を笑みから、すっと真顔へと切り替え――両手をちゃぶ台に乗せたまま私を見つめました。

 

「………婿、婿か」

「はい、どうやら商店の跡継ぎが欲しいようで……正直、私に務まるとは思えないのです」

「―――」

 

 私はつらつらと自分の意見を語り並べ禊さんの助言を求めるのですが、彼女はどこか上の空で私の話を聞いていない様でした。相槌も返事も無く、私は禊さんの様子がおかしい事に気付き口を噤みました。それから一分、二分、妙な沈黙が続いて禊さんは微動だにしません。

 平穏な食卓が一変、まるで通夜の様な状態に。私は反省しました、こんなはずではと思ったのです。彼女の事です「男ならウジウジするな!」と発破を掛け豪快な策の一つや二つ授けてくれると考えていたのですが。目の前の彼女は酷く真剣で、まるで戦に行く前の武士(もののふ)の様でした。

 そしてようやく考えが纏まったのか禊さんは俯いていた顔をゆっくりと上げるとボソリと呟きました。

 

「駄目だ」

「えっ」

「婿に行くなんて、認めない!」

 

 言うや否や、禊さんは身を乗り出すと私の両腕をがっしりと掴みました。突然の事に驚いた私は椀と箸を取り落としてしまい、ガチャンと音を立てて椀の中の白米がちゃぶ台の上に飛び散ります。

 目線は欠片も禊さんから逸らしていませんでした、彼女の表情は切羽詰まった様な――まるで鬼の形相でした。

 

「み、禊さん?」

「今更、私をこの広い家に、独りぼっちにするのか」

「い、いえ……そんなつもりは」

「駄目だ、私は絶対に――絶対に認めないぞ!」

「禊さん!? お、落ち着い――」

 

 身を乗り出した禊さんはちゃぶ台を乗り越え、私に向かって飛び込んできました。折角の料理が台無しに、飛び散るそれらを脇目に私は禊さんの逆鱗に触れてしまったのだと理解しました。

 今思えば彼女の寂しがり屋は、恐らくもう取り返しのつかない所まで進んでいたのでしょう。それこそ私がこの家を出るなどと口にしたら――どうしようもなく、暴走してしまう程に。

 





 ランキングありがとナス!
 基本毎日投稿を心掛けておりますが、投稿されない日は別の奴を書いているかヤンデレを探しに街を徘徊しているものと考えて下さい。ひじき。



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山と私

 

 新雪を踏むのは二度目の筈でした。しかしその実感も経験もまるで覚えがなく、彼女の一方的な行為は深夜まで続きました。彼女は私の上で「私の傍から離れないで欲しい」、「愛しているんだ」と独白の様に繰り返していましたが、私は既に愛だの恋だのという感情が分からなくなっていました。私に伸びて来る手が「愛」や「恋」によるものならば、私には到底受け入れがたいものの様に感じたのです。

 泣きながら私を貪る彼女を私は無機質な目で見ていたように思います、困惑でも驚愕でも無く、私は荒れ狂う彼女の感情を前に単純にどう対応すべきか分からなかったのです。

 

 気付けば場所は居間では無く彼女の私室で、布団に包まりながら朝日の差し込む丸窓を眺めていました。いつの間にか眠っていたのでしょうか、彼女に押し倒されてからの記憶が非常に曖昧でした。隣では私を抱きすくめた禊さんが寝息を立てており、いつか嗅いだ匂いが漂っています。彼女の表情はどこか満足げでありました。

 

 ほろりと、不意に涙が零れました。別段悲しかった訳では無いのです、禊さんという存在は私にとって確かに普通以上の存在でした。しかしどうにも彼女の好意に答えられるだけの度量が私には存在しませんでした。その涙はこの結末に対する私の本心だったのでしょう、あったのは悲しみではなく喪失感でした。

 

 私は何か呪いでもこの身に受けているのだろうか?

 真面目に私はそう考えました。私の望む平穏や日常というのが悉く手から零れ落ちるからです。禊さんの事は嫌いではありませんでした、しかし彼女の好意と呼ばれるソレが最早『依存』と呼ばれる領域に達している事を、私は薄々理解していたのです。

 それは彼女――由紀子さんと同じものでした。

 

「………逃げよう」

 

 そう呟いたのは二度目。

 まるで焼き増しの様な逃走でありました。

 

 

 ☆

 

 

 手早く荷物を纏めて家を後に。四ヶ月過ごした私の部屋はそれなりに物が増えていて、しかし全ては持っていけないので大抵の物は置いたままにしました。商店で稼いだ金と元々持ち合わせていた路銀を合わせれば日本の端っこまで行く事も出来るでしょう。必要な分の衣類と生活必需品を風呂敷に纏めた私は、置手紙もなく家を抜け出しました。

 

 途中世話になった商店の前で足を止めますが未だ店は開いていません。それはそうでしょう、まだ朝の五時です。人はまばらでこうして荷物を持って歩いていても怪しまれない程度には私は風景に馴染んでいました。

 

「……お世話になりました」

 

 禊さんと室田さん、それに娘さんの花奈ちゃん。

 この街での生活は私にとって素晴らしいものでした。どうか何も告げる事無く逃げ出す私を許して下さい。私は口の中で小さくそう呟くと、ぺこりと頭を一つ下げそのまま街の外へと歩き始めます。

 

 次は何処へ行こうか。

 人が居ない所が良いな。

 もう、好きでもない人に縛られるのは嫌だ。

 

 私はいつかこの街に来た時と同じように古びたバスに乗り何時間も掛けて街を離れました。商店で稼いだ路銀一月分を丸々使って日ノ本の端っこへ、私は兎に角北を目指しました。都市部から離れる様にバスと電車を乗り継いで距離を稼いだのです。途中宿に泊まりながらも足を止めず、馬鹿の一つ覚えの様に北を目指しました。

 

 そうして丸々三日、随分と遠くに来た気がします。街も村も徐々に少なくなり、電車もバスもなくなってからは道なき道を足で進みました。都心から離れれば離れる程自然が多くなり、人の手が入っていない風景が広がりましたが今の私にとっては寧ろ心安らぐ景色でした。立ち並ぶガス灯や煉瓦の建物が無い事に安堵すら覚えます。

 道なき道を行き、村から村へと、集落から集落へと渡り歩き数日。

 辿り着いた土地は薬師と呼ばれる場所でありました。

 

 麓に小さな――本当に小さな村が一つ。

 私は交通機関さえない人里離れた山奥へと辿り着き、更にその村から山を登った中腹の辺りに一つの山小屋を見つけました。中には人が最低限生活出来そうな物が揃っており、近くには細くはありますが川もあります。

 誰か世捨て人か、隠居した方が過ごしていたのかもしれません。しかしその小屋には人の気配がなく、また埃を被った生活品が長い間放置されている事を物語っていました。

 

「……此処に少し、厄介になろう」

 

 私は暫くその小屋で過ごす事を決めました。幸いにして台所も、寝床も、風呂も、最低限暖を取れそうな囲炉裏もあります。それにこれからは夏の時期、その間この涼し気な山で暮らすのは大層良い考えに思えました。人のモノを勝手に使うのは良くないと思っていたのですが、麓の村で「あそこの山小屋には誰か住んでいるのですか?」と聞いてみると、誰も知らないと首を横に振りました。ならば少し間借りする位、許されるでしょう。

 

 もし持ち主が帰って来たら素直に謝って出て行こう、そう決めながら私は荷を下ろしました。

 

 最初の数日の生活は酷く苦労した事を憶えています。何せ本格的に一人で生活した事などなかったのですから、川の水を汲んで来たり小屋の掃除を本格的に行ったり、それに古びた小屋でしたので所々隙間が空いていた為、裏手にあった木材と工具でちょっとした修繕を行いました。

 

 なにもかもが新鮮です、食料も基本的には自給自足でした。山で食べられそうなものを探したり、麓の村から野菜を分けて貰ったりしました。山菜の知識などさっぱりな私です、幸いなのは川から魚が獲れた事でしょうか。魚を獲るのに必要な道具は一式揃えられていました、この山小屋を建てた人物もこうして自給自足するつもりだったのかもしれません。

 

 しかしそう上手く行かないのは世の常、魚も毎日獲れる訳でも無く山で見つけた茸や山菜、木の実などが主な食糧となっていました。村では金銭のやり取りが乏しく、持ち込んだ路銀は余り活用出来ません。

 こんな事なら道中の村々で食料を買い込んでおくべきだったと後悔、それでもこの場所から離れようと思わなかったのは意地か、それとも単なる好みの問題なのか、私にも良く分かりませんでした。けれど人が全くいないという環境はある意味自分自身を見つめ直すにはこれ以上ない環境です。私は一週間ほどその小屋で過ごし、改めで自分の無力さを噛み締めました。

 

 自分一人では生きて行く事も大変です、けれど同時に自分は独りぼっちという環境に存外強いという事が分かりました。隣に誰も居なくても私は不思議と寂しいと思わなかったのです。それが強みなのか弱みなのか、私には判断がつきませんでしたが。

 少なくともこの生活を終わらせる『誰か』が居ないというのは私にとって酷く安心できる事だったのです。

 

 

 ☆

 

 

 小屋で生活を始めて二週間目。

 風呂を沸かす薪をえっちらおっちらと集めていた傍ら、私は山道で座り込んでいる人影を見つけました。最初は村人だろうか? と特に気にしませんでした、稀にですが木材や山菜を求めて麓の村人が山に登って来る事があったのです。その人影もまた、村人が山草やらを求めて来たのだろうと決めつけていました。しかしその人影は座り込んだまま微動だにせず、座り込んだ体の向きからして山に登っている最中の様でした。

 もしや何かあったのだろうかと思い、私は薪を背負ったまま人影に近付き声を掛けました。どうせ間違いでも恥を掻くだけなのです、躊躇う必要はないでしょう。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

 誰かと会話するのは三日ぶりでした。若干擦れた声が出ましたがきちんと伝わった筈です、しかし相手は何か反応を見せるどころか顔さえ上げる事無く、そのまま沈黙を守ります。流石に様子がおかしいと思った私はその場に屈み、顔を覗き込みました。

 

 女性にしては短く、男性にしては長い髪。実用性を重視した皮の服は猟師のモノです。背負われた村田銃から狩猟の為に山に登ったのだと分かりました。顔立ちは凛として目は閉じられています、珍しい事に女性の猟師でありました。

 

 彼女は顔を赤くして浅い呼吸を繰り返しています。地面に座り込んだまま私に気付いた様子もありません。私が慌てて彼女の額に手を当てると、思わず声が出てしまう程に熱が出ていました。彼女は具合を悪くし、山道の道半ばで座り込んでいたのです。

 

 これは拙い。

 

 私は背負っていた薪を放り捨てると座り込んだ彼女を負ぶさりました。彼女が肩にかけていた村田銃は前にたすき掛けし、彼女自身を背負います。体力の無い私では負ぶさっただけで足が震えましたが火事場の馬鹿力、困った人を助けられるだけの力はギリギリありました。

 

 私は一瞬村に降りるべきか迷いましたが距離的には小屋の方が近く、また村まで彼女を背負って降りるのは到底不可能に思えました。足を滑らせて転がり落ちなどしたら一巻の終わりです。

 私はなるべく早く、しかし安全にも配慮しながら山小屋まで彼女を背負って歩き、一人分の質素な布団に彼女を寝かせました。戻って来た時、私は息も絶え絶えでしたが人の命が掛っています。すぐさま持ち込んだ風呂敷を漁って小さな薬箱を取り出しました。幸い、薬の類は街を出るときに沢山用意してありました、何分体が丈夫ではないのでそういう方面の準備に関しては万全だったのです。

 

 夏だというのに長丈の服を着込んだ彼女の服を脱がし、私は川から桶で水を汲んで来ます。私には彼女の高熱が風邪のせいなのか、それとも暑さにやられたのか判断がつきません。その為、私は薬を飲ませた上で涼ませようと考えました。

 

 桶に手ぬぐいを浸し、飲み水用の水鉢から一杯掬って彼女に薬と一緒に飲ませました。後は水に浸した手ぬぐいを絞り彼女の額に置きます。私は彼女の衣服を開けさせる傍ら、どこか怪我はしていないだろうかと方々に目を走らせました。

 

 もしこれが風邪などではなく何かしらの毒蛇に噛まれた――或は毒を含んだ食物を食べてしまった場合、私にはお手上げでした。医療や毒物、その手の知識は欠片も持ち合わせていません。それに村に行ったところで無駄でしょう、あの村には医者の一人もいないのです。

 こんな事なら父の書斎にある医学書でも読んでおけば良かった。私はそう悔いました。

 

 私は毒による高熱でない事を祈りつつ、彼女の様子を五分程見守り今日の分の食料調達に出かけました。残念ながら食料の備蓄などというものはありません、その日暮らしが精一杯です。道中置いて来た薪を取りに戻り、川で魚獲りに挑戦、今日は仏様が私に微笑んで下さったのか四匹の魚を獲る事に成功しました。

 

 私は喜びながら小屋に戻ると囲炉裏に火を点して魚の内臓を取り除き、鉄棒に突き刺して炙ります。病人には栄養が必要です、山菜だけでは到底回復は難しい様に思えました。既に日は落ち外は真っ暗です、小屋の灯りは囲炉裏と棚に収納してあった蝋燭が十本程。私はソレを刃物で薄く切り分け、少しずつ使用していました。

 こんな場所です、ガスも電気も通ってはいません。

 

「こんな物しかないけれど……食べられるだろうか」

 

 私はそう独り言を呟くと寝たきりの彼女の元へ焼き魚を持っていきます。本当は山菜と和えたものを食べさせようと思ったのですが、今の彼女に箸が使えるとは思えませんでした。料理は禊さんとの生活で大分腕を磨けたと自負しております、しかし碌な食材がないこの場所では腕を発揮しようがありませんでした。

 

 私は彼女の上体を起こすと食べ易い様に箸で器用に骨を抜き、柔らかい身の部分を差し出します。彼女は差し出された香ばしい匂いに何度か鼻を小さく動かすと、そのまま口を緩く開きました。

 ここぞとばかりに私は魚を彼女の口に近付け、押し付けます。ゆっくりと身を噛んだ彼女はそのまま何度か咀嚼し――呑み込みます。

 

 良かった、食事は摂れそうだ。

 

 私は安堵から胸を撫で下ろし、時間を掛けて彼女に食事を与え続けました。

 食事を与えた後は看病を続けます、夏とは言え山の上では夜は冷え込みます。囲炉裏で暖は取れますが夜も深まって来た頃、カチカチと彼女が歯を鳴らし始めました。どうやら彼女のそれは暑さからくるものではなく単純に病気の様でした。私は彼女の着ていた服に加えて小屋にあった羽織を彼女に被せ、その上に布団を掛けてやりました。しかしそれでも寒さは拭えないのか表情は優れません。

 

 暫く悩んだ私は囲炉裏の火をそのままに、彼女の隣へと身を潜り込ませました。人肌で暖を取ろうと考えたのです。私は彼女の為だと言ってその柔らかい体を抱きしめましたが本当は私自身も寒かったのです。

 

 人肌はとても暖かく、ここ数週間独りに慣れ切っていた私にとってはまるで陽だまりの様に落ち着けるものでした。独りぼっちでも大丈夫、そう豪語していた私ですが初めて他人と過ごす良さを自覚した瞬間でした。

 或は――女人と肌を合わせる悦びを教えられたからでしょうか。

 私は努めて下心を殺し、暖を取る事に専念しました。そうして気張ってはみるものの温い体は冷え込む夏の夜に丁度良い眠気を誘い。

 気付けば私は夢の中へと落ちていました。

 

 

 




 
 誤字報告・修正ありがとうございます、とても助かっております。
 
 因みに主人公にフラれた女性達は奇声をあげながらその足取りを追っています。いつか修羅場になる事でしょう。なんと羨ましい。


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酷人の私

 

 翌朝、私が目を覚ますと――昨日の女性は何処にも居なくなっていました。

 朝目覚めた私が隣に寝ていた筈の彼女に目を向けるともぬけの殻となっていたのです。たった一日で体調が回復する事は無いでしょう、私は驚き慌てて周囲を探し回りました。しかし彼女らしい影は一つもなく、念のためと往復で数時間かけて村に行ってみれば「そんな人は見てない」と首を横に振られました。

 

 とぼとぼと山小屋に帰って来た私はすっかり火の消えた囲炉裏を掻き混ぜつつ、昨日のアレは夢か何かだったのだろうかと考えました。もしや人肌恋しくなった己が見せた妄想や幻覚の類? だとすれば私はとんだ馬鹿者です、何がひとりでも大丈夫でしょうか、全然駄目でないですかと。

 

 私は村で少々の路銀と交換した野菜を台所に置き、そのまま敷いたままの布団に顔を埋めました。未だ彼女の残り香がある様な気がしたからです。けれどそんなモノは欠片も感じられず――あれは夢だったのだろうかと落胆しました。

 

「布団干そう……」

 

 人は手が届くものを求めようとする、私はその罪深さをよくよく噛み締めました。布団を外に干して魚を獲りに、昨日はあれ程調子が良かったのに見る影もなく成果は無し。山菜を少し集めると風呂を沸かす為に川の水を汲み、薪を集める。喪失感は動いて埋めるしかありません、私は生きる為に体を動かし続けました。

 

 そんな喪失感に彩られた日の夜。

 小さな風呂に入って身を清め、夜は野菜と山菜を軽く炒めて味付けしたものを食べました。そのまま干したての布団に入って眠りに入った私でしたが――ふと夜中に目が覚めたのです。それは柔らかな感触と温もりを感じたからでした。

 

 見れば自分の隣、直ぐ横に寄り添うようにして件の女性が眠っていました。

 その表情は酷く安らかで、病魔に犯されている様な様子は微塵もありません。

 私は自分の体に抱き着いて眠る彼女を見て夢か現実か分からなくなってしまいました。彼女の整った顔立ちに手を這わそうとしましたが私に抱き着いた彼女の腕のせいで手を上げられそうにありません。強引に動いて彼女が起きてしまったら――或は何かの拍子にこの『夢』が醒めてしまったら。

 

 そう考えた途端、私は急にこの女性に触れることが怖くなりました。

 故に私から彼女を抱きしめる事は無く、ただ擦り寄る様にして彼女にくっつき暖を取る事しか出来ませんでした。

 

 そして翌朝、案の定と言うべきでしょうか――彼女は居なくなっておりました。やはりアレは自分の見せた夢か幻覚の類、そう決めつけて落ち込んでいた私ですが枕元に何か風呂敷がある事に気付きます。

 それは私のモノではない風呂敷です。

 

 恐る恐る解いて中を見てみれば、何かの葉で包んだ肉と数本の蝋燭、それに僅かばかりの金銭が入っておりました。それを見た途端、私の中に湧き上がる喜びの感情。それは彼女が夢や幻などでは無く、実在する一人の人間だと分かった事から来るものでした。こんな事をする人を私は彼女以外に知りません、村人がこんな事をする理由は無いのですから。

 

 頂いた肉はその日の内に焼いて食べ、残りは燻製にして保存する事にしました。燻製については由紀子さんから教えて貰った知識でした。どんな知識がいつ役立つか分からない、実家の母が言っていた言葉を思い出し懐かしさに駆られます。

 蝋燭は後暫くは大丈夫そうでしたが大変助かりました、金銭については恐らく村での取引を行う為でしょう。何はともあれ先立つものです、有り難く頂戴しました。

 

 その日から件の女性は毎晩毎晩、私が寝静まった頃に決まって隣に潜り込んでいました。ふと夜中に目が覚めると彼女が横で寝ており、朝起きると既に姿は消えております。例え夜中に目が覚めずとも枕元に添えられている風呂敷から彼女が来た事だけは分かりました。

 

 中身は大抵動物の肉で、時折毛皮で作った服や靴、生活必需品などの時もありました。包まれていた風呂敷は綺麗に畳んで枕元に置いておくと、翌朝には新しい風呂敷が置いてあり畳んでいた風呂敷は消えています。

 

 まるで昔話で語られる恩返しの様でした。

 

 一度夜遅くまで起き、彼女を起床したまま迎えようとした事もありましたが何分夜更かしなど余りした事が無い人間です。囲炉裏の灰を弄って時間を潰すも夜半過ぎた頃には船を漕ぎ、決まって布団の中で目が覚めました。恐らくやって来た彼女が布団に寝かせてくれたのでしょう、そう言う日は何とも決まりが悪く落ち着きませんでした。

 

 そんな生活を続けて一月、いつも通り彼女が隣で寝息を立て私が運良く夜中に目を覚ました日。私は恐る恐る彼女の首に腕を回しました。それは今まで触れる事を忌諱していた私にとっては大胆な行動です。

 

 もうこの夢幻の様な関係に辟易としていたのです。触れそうで触れられない、この砂の城の様な彼女は確かに存在していると、そう自分に言い聞かせたかったのです。誰も傍にいない独りぼっちの生活、けれど夜ばかりは人肌を感じる事が出来る。そんな事を毎晩毎晩繰り返されて私はいい加減彼女と話がしたくて仕方ありませんでした。背丈は私より小さく、けれど体つきは確りしていて鍛え抜かれています。恐らく私がきつく抱き締めた所で簡単に振り解いてしまうでしょう。

 けれど私はそれでも良いと彼女の体を強く抱き締め、逃がしてなる物かと彼女の首筋に顔を埋めます。僅かに身動ぎした彼女が私を抱く腕に力を入れ、私は深く息を吸い込みました。

 

 女性と肌を重ねる事を教えられたからでしょうか、私は初めて由紀子さんと禊さんの感情を理解した気がしました。自分でも驚く程、私は彼女の存在を欲していたのです。或はそれこそ私の身を蝕む呪いでした。

 

「どうか明日、私の傍にいて欲しいのです……お願いします」

「………」

 

 彼女が寝ているのか、起きているのか。それすら分からないまま私は蚊の鳴く様な声で呟きます。呟きながら私は己の愚かさと醜さを再確認しました。

 あぁ、私は。

 他人の感情を受け入れる勇気も器も無いというのに。

 私自身の感情は受け取って欲しいと願う。

 

 屑で塵芥な――どうしようもない人間なのだと。

 

 胸の内に湧き上がった自己嫌悪と嘲笑は睡魔と夜の蚊帳に消え、私は彼女を強く抱き締めながら微睡に身を委ねました。

 

 

 ☆

 

 

 朝、目が覚めました。

 その日の目覚めは酷く穏やかであった事を覚えています。大抵は暑さと寒さの混在する、何とも言えない夏の朝に陰鬱とした気分で起床していましたが、その日は隣にある仄かな暖かさに覚醒を促され不快な感情は一切芽生えませんでした。

 

 そっと瞼を開くと、私を見つめる二つの瞳と視線が交わります。

 至近距離からじっと、まるで観察する様に私を見る女性。彼女を日の光の下で見るのは初めての様に感じました。それ程に彼女の印象は闇夜に塗れていたのです。長いまつげを僅かに震わせ彼女は私を見つめ続けます。

 私も彼女の整った顔立ちを暫く見つめ、思考の靄が晴れてきた頃を見計らって告げました。

 

「―――藤堂、重虎と言います」

「―――ヨミ」

 

 彼女は自身をヨミと名乗りました。苗字は語られる事無く、私は彼女と視線を交わしたまま何度か口の中でその名前を繰り返します。当時の時代を考えると珍しい名前でした、故に憶えやすくもあります。

 

 ヨミは私の腰の辺りに腕を回したまま暖を取っています。いえ、それが暖を取る為の行為なのか、それとも別の意図があっての行為なのか私には分かりませんでした。私は暫く彼女と体温を交換し合い、穏やかな沈黙を守ります。彼女と交わした一言、それが何よりも嬉しかったのです。

 

「ご飯、食べませんか」

「……うん」

 

 私がはにかんでそう口にすると、彼女は静かに頷きました。

 

 彼女はとても無口な女性でした。体形は小柄で髪は女性にしては短く、ぱっと見は少年の様な出で立ちでしたが顔立ちや体つきは確かに女性のモノで、なにより声は少女の様に澄んでいました。

 

 彼女の持参した肉を鍋で煮込み、丁度村から買って来た少量の米と山菜を和えて粥を作ります。彼女は出された朝食を無言で食べ、私はその様子をニコニコと見守っていました。彼女は何かを聞かれれば答えるし必要があれば質問もしますが、自分から話題を広げる様な事はしませんでした。しかし時折此方に視線を向けるので私に無関心という訳ではないのでしょう、それが分かるだけで私は随分と心に余裕が持てました。

 

「この小屋はヨミさんのものでしたか、すみません、勝手に住み込んでしまって」

「ん……別に良い、偶に使ってる別宅みたいなものだから」

「各地を転々としながら狩猟を?」

「………うん」

 

 どうやらこの小屋は彼女の持っている別宅の一つの様で、ヨミさんは各地にこの小屋の様な家を複数所有しているとの事でした。何でも獲物を仕留めては村や町に売り払い、その金で生活しているのだとか。

 こう見えてお金はある、とは彼女の弁。

 見た目に依らず腕利きの狩猟者らしいのです。彼女の父親も腕利きの狩猟者でこの小屋はその父の代に建てたとの事でした。私は彼女の話に頷きながらもう体調は良いのだろうかと思い、問いかけました。

 

「体の調子はもう良いんですか? あの日、突然いなくなったからビックリしたんですよ」

「………ごめんなさい」

「あぁ、いえ、責めている訳ではないのですが」

「気付いたら家に居て、知らない男の人が居たから……逃げた」

「…………それは、すみません」

「重虎は悪くないよ」

 

 そりゃあ見ず知らずの男が家に居たら警戒心の一つや二つ抱くでしょう。肩を落としながら謝罪すれば彼女は首を横に振る。昼間こっそり小屋の周辺で観察している内に私が人畜無害な男である事を悟ったらしいのです、全く気付きませんでした。枕元に置いてあったあの風呂敷は彼女なりの恩返しで、私が食料集めに四苦八苦していた事を見かねて持って来てくれたと。

 

「私からすればこうして家に住まわせて頂いているだけでもう恩返しどころか……寧ろ私が何かヨミさんに支払わなければなりません」

「別に、此処には大きな獲物が居ないから滅多に使っていなかったし……でも重虎、何でこんな山奥に来たの?」

「あー……それは、ですね」

 

 私は純真な瞳で見つめられ疑問符を浮かべながら問いかけられた内容に言葉を詰まらせます。家を放逐され職を探した所までは話せるでしょう、しかしそれ以降の事を語るには余りにも羞恥が勝り――何より己の悪い部分を彼女に見せたくないという醜い感情が私の舌を鈍らせました。

 

「……実家を勘当され職探しの旅に出ていたのですが――何と言いますか、自分は人の輪の中で生きるには少々問題があるようでして」

「問題?」

「……まぁ、対人恐怖症の様なものです」

 

 私は笑ってそう嘯きました。

「私とは話せてるよ」と目をパチクリさせるヨミさん、私は笑いながら「私も、それは不思議に思っているんです」と言った。

 本当はもう、あんな事になるのは懲り懲りなのに。私は確かにヨミさんを求めていました。あの夜の一過性のものならばまだ良かったでしょう、しかしその感情は今も変わっていません。

 

「不思議だね」

「えぇ、そうですね」

「……重虎なら、誰とでも仲良くなれそうなのに」

 

 椀を揺らしながらそう呟いたヨミさんの言葉に私は何も返す事が出来ませんでした。確かに私は家族を除いて対人関係でヤキモキした事はありません。仲良くなろうと努力すれば、大抵と人に歩み寄る事が出来た気がします。もしかしたらそれは私自身も気付いていなかった才能だったのかもしれません。

 けれどヨミさんの言葉が正しくとも、それが常に良い結果を生むとは限りませんでした。ある意味私が口にする『呪い』とはこの才能も含まれていたのかもしれません。私は僅かに顔を俯かせると力なく言葉を紡ぎました。

 

「仲良くなっても……いえ、【なりすぎても】良い事はないんですよ」

「どうして? 仲が良いって、良い事」

「そうですね、基本的には良い事です」

「基本的じゃないと悪いの?」

「……さぁ、私も良く、分からないんです」

 

 私には彼女に上手く説明できる程の自己分析も、言葉の数もありませんでした。

 何より説明の過程で私の殻が破られる事を嫌ったのです。ヨミさんは酷く純真で無学で、けれど人生の生き方を知っている芯の強い女性でした。私より余程素晴らしい人間です。

 人としても、生き方としても。

 

「……そう言えば、ヨミさんは何故毎晩私の布団に?」

「寝床は此処しか無かったし、それに――重虎、温かいから」

 

 話題を逸らそうと私が疑問を飛ばせば、ヨミさんは僅かな恥じらいも見せずに淡々とそう答えました。確かにこの小屋は彼女のモノ、本来は此処に住む筈だったのです、寝床が他にないのは当然でしょう。私は罪悪感を覚えると同時、「私は温いですか」と苦笑を零しました。

 

「うん、私、誰かと一緒に寝た事、なかったから」

「えっ、一度もですか?」

「うん、大体……小さい頃からずっと独り、鉄砲は子どもでも撃てる、獲物を一発で仕留められなかったら何日もかけて追う、だから森で大抵一人で寝ていた」

 

 一緒に寝ると、温かくて気持ち良いね。

 ヨミさんはそう言って緩く笑いました。彼女は人肌の温もりを知らずに育ったらしいのです、斯く言う私も幼少期に母に抱かれて眠った記憶はあるものの、人肌の温もりを思い出したのは由紀子さんと肌を重ねた頃でした。「今日も一緒に寝て良い?」と首を傾げるヨミさんに私は数秒ほど間を置いて頷きました。

 

「私はまだ此処に居ても良いのでしょうか?」

「どうして? 重虎がいないと困る」

「えっと、それは何故……」

「重虎は優しいし、料理は美味しいし……それに温かいし」

 

 私は湯たんぽか何かなのでしょうか。

 彼女にとって温かさとは余程大切な事なのでしょう。しかし真顔でそう告げるヨミさんに私はそれ以上何かを問う事が出来ませんでした。何より行く宛の無い身です、このまま此処で暮らして良いというのなら大変助かる事でした。

 

「それに多分、私もう、重虎がいないと寝れない」

「………え」

「寒いの嫌い」

 

 清々しい程にきっぱりとそう告げるヨミさん、その表情は仏頂面。私はその言葉に暫く面食らうも一拍置いて思わず笑ってしまいました。どうして笑うのと若干不機嫌になったヨミさんに私は謝りつつ、「なら、私は湯たんぽ代わりになって恩を返しましょう」と言いました。すると彼女は一つ頷き、「冬も安心」と言います。

 夏場は良いかもしれませんが、冬をこの小屋で過ごすのは大変でしょう。私は苦難の予想される生活に、しかし笑って頷く事が出来ました。

 

 





由紀子「すみません、実は私の夫が行方不明で……えぇ、黒髪で線が細く、息を呑んでしまう程の美男子なのですが…………はい、はい、そうですか……すみません、ありがとうございます」

禊「すまない、此処に私の恋人が滞在していたと聞いてな、背丈は私と同じか少し小さい位で、かなり整った顔立ちの男性だ、恐らく一人だった筈なんだが……何か知らないだろうか?」

花奈「私が商店を大きくすれば、きっと重虎さんの耳に入るでしょう、そうすればきっと帰って来てくれます」

室田「……そんなに婿入りは嫌だったのかね」



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急変と私

 

 

「ただいま重虎、今日はちょっと大きい奴獲れた」

「お帰りなさい……って、うわ、大きい」

 

 彼女と生活を共にして二ヶ月程、既に夏も終わり秋へと差し掛かった頃。銃を抱えながら家の扉を開けたヨミさん、その背後に転がる大きな獲物の姿に私は驚きの声を上げました。無学な私ではその動物が何と呼ばれるものか詳細は分かりませんでしたが、彼女が獲って来た獲物は鹿でした。

 成体のものよりは一回り程体が小さいですが、それでも十二分に大きな体です。

 いつもは獲れて兎や狐、タヌキなどです。そう考えるとこの鹿はとても大きな成果でした。

 

「流石にこれは食べきれない、皮とか、角とか、肉とか……色々村で売って来る」

「はい、分かりました、じゃあ私は食事の準備を済ませておきますね」

「うん」

 

 彼女の口数も随分と多くなったように思います。喋り方はぶっきらぼうなままですが、それが彼女本来の喋り方なのだと私は理解していました。外面は冷たく見えてもその実、誰かの温もりを求める小さな女性です。驚いた事に彼女は私の一つ年上でありました。年上と言っても一年の開きはなく月単位で早く生まれただけですが。

 

 私は丁度一月前に十九になりました、そして彼女は二十です。誕生日など祝わなくなって久しく、今日は何日だろうかと思い立った日、自身の誕生日が既に過ぎている事に気付き笑ってしまいました。尤も今日が誕生日だと気付いたとしても私は特に何も言わず、恙なくいつも通りの日常を送るのでしょうが。

 そもそも私の出生を祝ってくれる人など――我が愛しい姉妹位なものでしょう。

 

 ヨミさんとの生活は今までの生活と様々な点が大きく異なりました。

 まず基本的に生活は二人きりで村に降りなければ他人と話すような事はありません。態々山奥まで登って来るような奇特な人はおらず、私とヨミさんは文字通り二人きりの生活をしておりました。その為食料や水、その他必要なものは自給自足で自分達でどうしようもなければ村に降りて金銭で取引するか、もしくは村で調達出来なければ隣街まで行って購入していました。

 

 隣街は麓の村と比べれば比較的大きな場所で萬屋や呉服屋、食品を扱う店などもありました。日用品などはその街で大抵揃える事が出来たのです。

 大きな獲物を仕留めた時は隣街で売却します。皮や角などは大層高く売れました。殆どはヨミさんが売りに出かけるのですが、偶に日用品や家具などを買うために二人で出かける事もありました。そういう日は大抵泊りがけです、毛皮や角を売り払った金で宿に泊まり少しだけ贅沢な食事にありつきました。

 そんな日は二人で鍋を囲いながら、しみじみと会話したものです。

 

「ヨミさんは凄いですねぇ……小さい頃からこうやって自分で生きる術を持っているんですから、私にはとても真似出来ません」

「違う、私はこれしか出来ない」

「出来る事がある人は皆そう言って謙遜するんです、私からすれば出来る事が一つでもあるのならそれは素晴らしい事だと思うんですよ」

「重虎も出来る事、沢山ある」

 

 彼女は強い瞳と微動だにしない表情でそう言いました。心の底からそう信じてやまないと言いたげです。私はそんなヨミの眼差しに苦笑を零しながら首を振りました。

 

「私に出来る事なんて多くはありません、私の代わりは確かに居ないかもしれませんが、残念な事に世の中には上位互換が出回っているのです」

「……上位互換?」

「私より余程、出来が良くて有能な人ですよ」

「……良く分からないけれど、私には重虎が必要、重虎じゃないと嫌だよ」

 

 鍋で湯だった豆腐を口に放りながら彼女はそう言いました。私はその言葉に笑みを浮かべ、「ありがとうございます」と告げました。誰かに必要とされるのは初めてではありません。大抵私は、その感情の大きさに耐えられず直視する事を避けていました。

 けれどヨミさんの言葉はすんなりと私の胸に沁み込み、単純に嬉しく――正面から受け止めるだけの余裕がありました。

 果たして彼女と由紀子さん、禊さんの違いはなんなのか。

 それは私にも分かりませんでした。

 

 彼女は夜、私の布団に潜り込んで暖を取ります。一緒の布団で寝るという行為に禊さんとの生活で慣れ切ってしまっていた私ですが、彼女のそれはある意味私を『男』として見ている為の行動でした。

 けれどヨミさんは純粋に、ただ単純に私が温かいからという理由で布団に潜り込んでいました。ならば道具の湯たんぽを買えば良いのではと彼女に与えてみた事もあるのですが、彼女は三日と経たず再び布団に侵入してきました。

 

 曰く「あれは、何か違う」との事。

 

 私にはよくわからない感覚ですが彼女なりに何らかの基準――或は温かさとは別な何かを私に見出しているらしいのです。彼女を拒もうとは思いませんでした、自分でも不思議な事だと思うのですがヨミさんに限っては無感情になる事がなかったのです。求められても何も返さず、それどころか無言で逃げ出すような私にとっては天変地異と言っても良い程の変化でありました。

 

 一緒に過ごし始めて三ヶ月も経つとヨミさんは「家を大きくしよう」と言い出しました。元々狩りを行う上である程度の休息と身を清める事が出来れば良いと建てられた物件です、そろそろ風も冷たくなり本格的な冬の到来を感じさせました。ヨミさんは夏と秋の間に貯めるだけ貯め込んだ金銭の一部を使って、私達の住んでいた山小屋を拡充しました。

 

 大工は村に居た源三さんという方に依頼、大体どこの村にも大工さんは住んでいます。幸い源三さんは時折村に肉やら皮やらを売りに来ていた私達を知っていた様で、快く小屋の拡充を行ってくれました。

 西洋ではこういう行為を『リフォーム』と呼ぶらしいのですが、新しく建てるよりも工程が少なく比較的早く完成しました。一番苦労したのは資材を上まで運ぶ事でしょうか、それでもそれ程大規模な工事でなかった事が幸いしてか、凡そ二ヶ月ほどで家が広く快適になりました。

 

 本格的な冬の到来です、やはり職人技というのでしょうか、私の聞きかじった程度の補修ではなく完全に隙間を塞ぎ僅かに広くなった家は過ごしやすいものです。風呂も新調し囲炉裏も変えたせいか山小屋というよりちょっとした新居でした。

 

「やっぱり本業の方は凄いですねぇ」

「うん」

 

 子どもの様な感想を漏らし、新居で冬の生活をスタートさせた私達。冬の間は他の季節程活発に猟師は動きません。特に寒いのが苦手な彼女は大抵家の中で囲炉裏を前に丸まっていました。

 その分私が村や町に行って食料を買い込み、凍った河の氷を溶かして飲み水にしたり井戸水を確保していました。街に居た頃はあまりした事がない苦労でした、山を上り下りしたせいか体力も人並みについた気がします。

 

 彼女も家で丸まってばかりではなく、時折ふらっと外に出てはウサギや狐を獲って来たり、或は私の家事を手伝ってくれたりしました。

 楽な生活ではありませんでした。

 けれど不思議と、辛いと思った事はありませんでした。

 

 夏が過ぎ、秋が過ぎ――そして冬を越え、春が来ました。

 

 

 ☆

 

 

 その日は暖かく晴れやかな日でありました。未だ溶け切っていない雪を照らす太陽、冬が終わり春の訪れを感じさせる良き日です。そんな日に私は昨日、陽気にあてられてか走り回っていた鹿を仕留めたヨミさんの代わりに、皮やら角やらを隣町に売りに来ていました。春になったとはいうものの未だ寒さは残ります、そんな中で毛皮の需要は僅かも陰りを見せず。思った以上に高値で売れた為私は喜び、足りなくなっていた生活必需品を買っていた時。

 

 ――ふと聞き覚えのある声が耳に届きました。

 

「あの、すみません、二三お聞きしたい事があるのですが……」

 

 その声は私に向けられたものではありませんでした。思わず足を止め振り向きます。振り向いた先にあったのは女性の背中、先程私が生活品を買っていた商店の店主に着物姿の女性が何かを訪ねていました。その女性の後ろ姿に私は見覚えがありました。いえ、見覚えがあるなんてモノではありません。背中は確かに知っている人物のものだったのです。

 

「実は私の夫が行方不明になってしまって……髪が黒くてくせっ毛の、身長は私より少しだけ高くて体の線が細く、とても綺麗な顔立ちをしています、そんな男性を見かけませんでしたか? この街に居たという人の話を聞いてやってきたのですが……」

「うん? くせっ毛で、綺麗な顔立ちの男……そいつぁ――」

 

 ふと、店主が此方を見ました。そして分かり易く「あっ」という顔をしました。

 私はサッと顔を蒼褪めさせると踵を返し、駆け出します。買ったばかりの日用品の入った風呂敷を抱え全力疾走です。凡そここまで全力で逃げる事は生涯ないだろうという程の走りっぷりでした。

 何故逃げるのか? という問いには、寧ろ何故逃げないのかという言葉で返しましょう。

 

 私は後ろを振り返る事なく全力で逃げ出しました、その時頭に在った考えは「絶対に捕まってはいけない」という事だけでした。村に来る時に乗せて貰った旧型のトラクターに飛び乗り、血相を変えて戻って来た私に運転手の男性は大層驚いていました。

 

「お、お願いします、早く、早く出して下さい!」

「お、おう? どうした兄ちゃん、えらく顔色が……」

「良いから、お願いします!」

「わ、分かった、分かった」

 

 普段見せない私の慌てっぷりに何かを感じたのか、男性は素早くエンジンを掛けると村までの道のりを走り始めました。私は深く硬い椅子に背を預けながら息を吐き出します、あの後ろ姿、私は忘れません。

 

「由紀子さん………」

 

 言葉は走行音に紛れ掻き消されました。

 村へと戻った私は山を駆け上り、いつもの半分近い時間で家まで戻りました。まだ寒いというのに全身汗だくで、それこそ白煙を立ち昇らせながら息も絶え絶えに帰って来た私を見てヨミさんは驚きます。私はふらふらと覚束ない足取りで家に入り持っていた風呂敷をヨミさんに押し付けました。

 彼女は私に何があったのかと問いかけようとして、私は手のひらでそれを遮りました。

 

「重虎……?」

「ヨミさん、私はっ、ハァ……私は少しの間、此処を離れます」

「えっ」

 

 驚きの表情を浮かべるヨミさん。それはそうでしょう、同居人が突然帰って来るや否や突然出て行くと言うのですから。勿論帰って来ない訳ではありません、数日――もしかしたら数週間かもしれませんが――由紀子さんの目を晦ます為に出て行くだけです。

 

 もし彼女が麓の村に辿り着いたら十中八九この小屋に辿り着くでしょう。あの辺鄙な田舎村から此処まで追って来たのです、正に日本横断と言って良いでしょう。それ程の執念を持つ彼女を撒くには一端姿を消すしかないと思ったのです。

 

 私は箪笥の中から自分の持っていた路銀を幾つか持ち出し、そのまま山を下ろうとしました。流石に野宿は出来ないので近隣の村を梯子して数日宿に泊まり、場合によってはもう少し遠出して民宿にでも身を寄せましょう。

 そしてほとぼりが冷めた頃に戻って来よう、そう思いました。

 

 しかし路銀を袖に入れ出て行こうとする私の手を掴み、止める存在がありました。ヨミさんです、どこか切羽詰まった様な表情で「何で? どうしたの?」と問いかけて来ます。普段抑揚のない声で喋る彼女にしては珍しく焦燥感の滲む声色でした。

 

「……先程、隣街で知り合いの顔を見つけたんです、どうにも私を探しに来たみたいで――私はどうしてもその人に逢う訳にはいかないんです」

「知り合い? 重虎はその人に逢いたくないの?」

「えぇ、だから早くいかないと――!」

 

 ぐっと力強く引かれる腕。ヨミさんは出て行こうとする私を引っ張り、「大丈夫、まだ来ない」と言いました。そして淡々と隣街と麓の村がどれ程離れているのか、そして仮に村についても其処からこの小屋の存在を知る時間。更に言えば慣れない山道を登って来る時間も考え、その上で再び大丈夫と告げました。

 

 私は何度と大丈夫と繰り返され、自分が恐怖に支配され酷く焦っていた事を自覚しました。故に一度大きく息を吸い込んで気を静めます、確かに少し考えれば分かる事です。仮にこの周辺に私がいる事が分かったとしても麓の村での聞き込み、更に山奥に在るこの家を見つける時間、もっと言えば隣街から麓の村までは公共交通機関が存在しません。だからこそ歩くか車で行き来する必要があるのですが、車で十分の距離でも人の足では一時間近く掛かるでしょう。

 

 大抵私達は獲物を売りに行く時隣街の商店に用意して貰った車に乗せて貰います。そもそも獲物の体が大きいからというのもありますが、田舎の生活では馬や車が必需品になりつつありました。特に商店などモノを多く運ぶ生業は特にでしょう。故にこの時代高価な自動車を商店は所有していました。ある意味こういう出張買取の様なもてなしが浸透して来た時代でもありました。

 しかし彼女は此処まできっと歩いて来る事になるでしょう。そう考えれば私にはまだ大分時間が残されている事になります。

 

「兎に角少し落ち着く、白湯でも淹れるから……ちゃんと話、聞かせて欲しい」

「……えぇ、すみません」

 

 困り顔の彼女に窘められ、私は再び家の中へと戻りました。

 

 





 ヨミさんパートはヒロイン複合なので10000字で終わりません。
 凡そ20000字かけます。

 感想評価お気に入りありがとうございます。
 それらを私に投げつけると一つにつき10文字くらい進みます。
 嘘です。
 
 こういう小説の何が良いって商業小説だとモクモクと100000字位自分の世界だけで感想も評価も無く無味乾燥なまま書いていくのに、少しずつ作品を書いていく中で「ちゃんと見てくれて、さらに評価してくれる人が居る」というこの安心感がある事ですよね。
 「私の感想一つで変わるわけ」と思っている人が居たら好きな作品の作者に「ヤンデレうっほほい!」と送ってみて下さい。
 「気狂いかな?」ってなるので。

 ちなみに私は気狂いです。


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逢魔と私

 一度囲炉裏の傍に腰を下ろした私はヨミさんの淹れた白湯を啜りながら大凡の過去、それとこれからどうするかを話しました。無論私が二度も女性と『そういう関係』を築きながら逃げ出した事は隠して。

 

 我ながら何という屑と思いはしますが自己嫌悪と現在の感情は別です。私は胡坐を掻きながら居心地悪そうに肩を揺らしました。

 結局彼女に話した事を要約すると「前の職場の雇い主の様な人で、私が人間関係に疲れて一方的に出て来た」と。こう己のして来た事を嘘を交えてとは言え口にすると凡そ大人のやる事ではないという気持ちになりました。やはり私に華族としての振る舞いは出来そうにありません。私を放逐した父の判断は正しかったのです。

 

「何で重虎のことを探しているの? 態々こんな場所まで」

「それは、その……私が人間関係に疲れた理由が、えっと……」

「……あんまり言いたくない?」

「………はい」

 

 すみませんと身を竦め私は口を噤みます。ヨミさんの表情は良く分かりませんでした。複雑そうな顔と言っても伝わらないでしょう、まるで苦い青菜を噛み締めた様な顔です。私はじっと彼女の前に座り息を潜めます。

 既に語るべきことは語っていました、もうこれ以上私から何か言える事はありません。ここを離れるという発言についても「ほとぼりが冷めるまで」と説明していました。数日――最悪数週間――この家から離れるという言葉にヨミさんんはとても嫌そうな表情をしましたが、私のアレコレを聞いた後では多少譲歩の姿勢を見せています。

 

 私が家に帰宅してから一時間程が経過していました。

 今は早くて麓の村か、もしかしたら麓の村に辿り着く為に歩いているか。そう考えるとやはり焦りが勝り私は耐え切れず「そろそろ行かないと」と口にします。すると彼女はもう少しと私の腕を取り、そのまま再び腰を下ろさせます。

 

「っ、ヨミさん」

「大丈夫、私は重虎が逢いたくない、逃げるって言うなら……止めないよ」

「……ありがとうございます」

 

 私を止めるヨミさんに何か反駁を口にしようとして、しかし彼女の口から飛び出た肯定の言葉に押し込まれ、一拍置いて礼を口にしました。

 

「だから私も行く」

「は?」

 

 彼女は真っ直ぐ私を見てそう言い切りました。そしてダン! と立ち上がると、そのまま必要な物品をゴソゴソと漁り始めます。どうやら旅支度を始める様です、私は彼女の背に慌てて縋ると「何もヨミさんまで、こんな逃避行に付き合う必要は!」と口にしました。

 しかし彼女は風呂敷を広げ、その上に日用品を綺麗に並べながら「私、重虎が居ないと寝れないもん」と口を尖らせます。

 

「重虎が行くなら私も行く、何なら他の場所に住んでも良い、私は何処でも構わない」

「いえ、でも、私はある程度日を潰したら戻ってきますし……」

「何日で戻って来るの、三日? 四日? 一週間? それとも一ヵ月? それまで私ずっと眠らないでいないといけないの、無理」

 

 荷づくりの手を止めずに彼女は矢継ぎ早に言葉を浴びせて来ます。普段の彼女から想像も出来ない饒舌っぷりでした。そして風呂敷をきゅっと締め、箪笥から茶色の麻袋と木箱を取り出した彼女は外套を着込み、壁に掛った村田銃を担ぎます。専用の木箱に収納された弾丸を外套の内側に縫い付けられた帯に詰め込むと、彼女は私の方を振り返って言いました。

 

「良いよ、私ついてく、重虎の行くところ全部――狩りはどこでも出来るから」

「………ヨミさん」

「一人は寂しいよ?」

 

 私は彼女に何と言えば良いのか分からず口を噤みました。

 断る事は容易だったでしょう、何よりこんな馬鹿げた逃避に彼女を巻き込む事を私は心の中で嫌っていました。けれど彼女の好意もまた嬉しく思い、断るには余りにも歓喜が勝ったのです。一人は寂しい、その通りです、私はその寂しさを彼女と出会う一ヵ月前の時間で骨身に染みて理解していました。

 彼女は私に笑いかけ、あくまで前向きに語って聞かせました。

 

「もし戻って来るなら、これはちょっとした旅行だと思えば良い、いつも隣町とかばっかりだったから偶には遠出も楽しいよ、そろそろ春だし」

「ははは……そうですね、小旅行ですか」

 

 心底楽しそうにそう口にするヨミさんを見て私は彼女を連れて行く決心をします。私に彼女を突き放す事は出来ませんでした。深く踏み込むまいとする優しさ、それでいて寄り添うだけの寛容さ。それが意図してなのか、それとも素で行っているのか、私にとってはもうどうでも良い事でした。彼女が本当に私がいなければ寝れないかどうかでさえ重要では無いのです。

 彼女と逃げよう、逃げて、また此処に戻って来よう。

 そう心に決めて、「一緒に来てください」――そう口に出そうとした瞬間。

 

 

 

 

「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」

 

 

 

 

 家の前から、由紀子さんの声が響いてきました。

 

「―――」

 

 もう来たのか? 

 いくら何でも早過ぎる。

 

 私は思わず絶句し、身を竦ませました。彼女と隣街で鉢合わせてから一体どれだけの時間が過ぎたのか。まだ二刻――多く見積もっても三時間は経過していないでしょう。それだけの時間で麓の村に居るという情報を掴み、山小屋の存在を知り、その場所を探り、実際に来たというのでしょうか。

 

 私は頭の中が真っ白になってしまいました、どうすれば良いのか分からなかったのです。まさかこんなに早く由紀子さんが来るとは少しも想定していなかったのですから。

 彼女と顔を合わせたらなんと言えば良いのでしょうか? 逃げて御免なさい? 仕事を放りだしてすみません? そもそも謝罪をしたところで彼女は受け入れるのか――否でしょう。私は恐らく彼女によって『檻に囲われる』、その未来が容易に想像出来ました。そしてそれは比喩でも何でも無く、物理的に私は彼女に囚われるのです。

 

「重虎……っ」

 

 私がそんな未来を想像し呆然と突っ立っていると、私よりも早く意識を取り戻したヨミさんが私の腕を取り近くの押し入れへと突き飛ばしました。いつも布団やら何やらを入れている場所です。私は御仕入れの下段に転がり込み、呆然とヨミさんを見上げました。

 

「私が何とかする、隠れていて」

「す……すみません」

 

 私は声を震わせて頷きます。自分でも情けないと理解していながら動く事は出来ませんでした。ただそっと押し入れの扉を閉め壁に背をあてて息を潜める、それだけしか出来ません。僅かに開いた隙間からヨミさんの姿が見えます。

 彼女が担いでいた村田銃をそっと下ろすと内側の帯から数発の弾丸を取り出し――その内の一発を銃に押し込みました。ジャコン、という金属音。彼女がレバーを押し込むと弾が装填され、引き金を引けば弾が飛び出す状態になりました。

 

 何をする気なんだ。

 

 私はそう思いましたが声を出す事は出来ません。ヨミさんは弾込めを行った村田銃を後ろ手に持って体で隠し、風呂敷やら外套やらを壁際に押しやります。そしてゆっくりとした足取りで扉の前までやって来ると、少しだけ扉を開けて外を見ました。

 此処からでは由紀子さんの姿は見えません、ただ外を覗き込むヨミさんの背中だけが見えました。

 

「あぁ、良かった、人が居て」

「……何?」

「突然すみません、少しお伺いしたい事がありまして」

 

 ヨミさんの声色は普段よりずっと低く、まるで氷の様に冷たい印象を相手に与えました。まるで相手を威嚇しているようです。対して由紀子さんの声色はどこか弾んでおり、私の足取りを掴んだせいかどうかは分かりませんが喜色が滲んでいます。

 由紀子さんは幾つか呼吸の間を置くとハッキリとした口調で告げました。

 

「此処に藤堂重虎という男性はいらっしゃいませんか?」

「いない」

 

 取り付く島もない。

 そう表現して良い程にばっさりと斬り捨てたヨミさんは無言で扉を閉めようとしました。しかし直前で由紀子さんが手を掛け、ガコン! と扉が音を立て途中で止まります。がたがたと音を立てて拮抗する二人の力、至近距離で顔を突き合わせる二人の表情は此処からでは分かりませんでした。

 

「……すみません、まだ少しお聞きしたい事があるのですけれど」

「私にはない、さっさと帰って」

「お時間は取らせません、それに麓の村で聞いたのですがこの家には『重虎』と呼ばれていた男性が住んでいると――いない筈、ないですよね?」

 

 まるで絡みつく様な言い方でした。私の脳裏にその言葉を口にする由紀子さんの表情が浮かび上がります。いつか私を押し倒した、あの薄暗い表情で言い放ったのでしょう。押し入れの扉に触れていた私の指先は微かに震えておりました。

 未だがたがた揺れる扉、双方一歩も譲らず顔を突き合わせたまま徐々に声を大きくしていきます。

 

「知らない、邪魔、しつこい奴は嫌い」

「そんなに邪険に扱わなくても……仮に彼が居ないのなら、行き先はご存知ありませんか? 何処に行ったとか、どの方角に歩いて行ったとか」

「そもそも重虎なんて男、知らない」

「………おかしいですねぇ、そうなると麓の村の方々が嘘を吐いていた事になるのですが――少し家の中を見せて頂けませんか?」

 

 ドキリと心臓が跳ねました。まるで彼女の手が私の肩を掴んだ様な錯覚、私が焦りながらヨミさんの背中を見ると彼女は警戒心を露わにしながら「何、盗人?」と言いました。二人のやり取りが段々と熱を帯びていきます。

 

「まさか、勿論監視して頂いて構いません、少しだけ見せて頂ければ直ぐ帰りますので」

「散らかっているから無理」

「気にしませんよ」

「……そもそも、怪しい奴を家の中に入れる趣味は無い」

「なら玄関からで構いません、家の中を見せて頂けませんか?」

「嫌」

「――本当は知っているのでしょう、くせっ毛の線の細い、美しい顔立ちの男性です、嘘は良くありませんよ?」

「いい加減――しつこいッ!」

 

 どこか煽る様な由紀子さんの言葉にヨミさんの堪忍袋の緒が切れました。彼女はパッと手を扉から離すと突然緩んだ扉の力に思わず蹈鞴を踏んだ由紀子さんに向けて村田銃を突き付けました。

 

 無論、弾込めを行っていた銃です。その引き金に指を掛けたまま、ぎょっと目を剥く由紀子さんをヨミさんは蹴飛ばしました。腰の辺りを強かに蹴り飛ばされた由紀子さんは尻餅をつき、ヨミさんは上から見下ろす様に村田銃を構えながら肩を怒らせ叫びます。

 

「重虎なんて男は此処に居ない、さっさと去れ!」

「……まさか、そんなモノを持ち出してくるなんて」

「私は猟師だ、生き物の殺し方なら誰よりも知ってる……!」

「………」

 

 銃を目の前に突きつけられ由紀子さんは沈黙します。流石の彼女も銃口を前にして強気に出れる程の勇気は無かった様です。私もまさかヨミさんがここまでやるとは思っておらず、危うく飛び出し掛けました。しかし同時に「彼女が人を殺す筈が無い」という信頼があり何とか踏みとどまりました。事実彼女は怒り、引き金に指を掛けながら肩回りの力は驚く程抜けていたのです。私はそれを元々撃つ気が無いのだと判断しました。

 

 由紀子さんは尻餅をついたまま暫く口を噤み、ヨミさんは中途半端に開いた扉を遮る様に立って銃を構え続けます。

 

「……最後にもう一度聞きますけれど、【藤堂重虎】、この名前に覚えはないんですね?」

「知らない」

「なら、貴方は独りで暮らしているのですか」

「そう」

「――へぇ」

 

 由紀子さんの表情がぐにゃりと歪んだのが声色から分かりました。明らかに疑っている、あるいは挑発とも言える行動。あっ、と私が息を呑んだのと同時にバキン! と金属の弾ける音が周囲に鳴り響きます。

 

 それが銃声だったのだと理解出来たのは余りにも音が大きかったからです。銃口から擦れた煙が立ち上り由紀子さんのずっと背後にある一本の樹に弾痕が生まれます。ヨミさんは手早くレバーを引き空薬莢を排出すると、手慣れた動作で次弾を装填し再びレバーを押し込みました。

 

 その背後から確かな殺意とも呼べる感情――黒い何かが滲み出ているのが私には分かりました。それ程に彼女の圧は凄まじく、背後で怯える事しか出来なかった私でも思わず恐怖してしまう程のものでした。正面からそんな圧を叩きつけられた由紀子さんは――しかしそれでも尚、何ら怯える素振りすら見せません。

 

 彼女が由紀子さんを撃たなくて良かったという安堵は存在しませんでした、次の瞬間には本当に撃ち殺してしまうのではないかという不安が勝ったのです。

 

「次は当てる、容赦はしない」

「……………ハァ、分かりました」

 

 ヨミさんの言葉に次は威嚇射撃だけでは済まないと感じ取ったのでしょう、由紀子さんは溜息を一つ吐き出すと立ち上がり土の付いた着物を叩きました。そして真っ直ぐ立ってヨミさんを見つめると「今日は帰ります」と口にしたのです。

 するとヨミさんは銃を持つ手に力を籠め吐き捨てます。

 

「今日【は】じゃない、もう一生来なくて良い」

「それはどうにも、私は疑り深いので」

「疑わしきは罰せず」

「私としては『疑わしきは罰す』派なんです」

「じゃあ疑われたら殺す、だから疑わない方が良い」

「……物騒ですね」

 

 正に暴論の嵐と言って良いでしょう。由紀子さんは尚も何かを口にしようとして、しかしヨミさんが銃口を再度突き付けた為、渋々肩を竦めてその場を立ち去りました。最後までヨミさんの方を振り返り――いえ、彼女越しにまるで私を見ている様な。

 

 由紀子さんの姿が完全に見えなくなるまでヨミさんは銃口を彼女の背に定め、漸く茂みや木々の向こう側に彼女の姿が消えたと見るや否や素早く家の扉を閉めました。そして振り向き叫びます。

 

「重虎、もう大丈夫」

 

 彼女は扉に木板を立て掛けると持っていた村田銃のレバーを引いて弾丸を排出させます。そして銃を壁に立て掛けると駆け足で押し入れの扉を開け放ちました。私は座り込んだままヨミさんを見上げ、情けなくも震えたまま「す、すみません」と口にします。

 普段の生活のまま、それこそ実家に居た時の様な環境で由紀子さんを見たのなら此処まで恐怖はしなかったでしょう。私は自分の幸福だと定義するこの環境を壊し得る由紀子さんの存在と、そして『私の平穏が再び奪われるかもしれない』という事実を恐れていたのです。

 彼女は震える私の手を取ると、まるで暖める様に摩り「大丈夫、大丈夫」と繰り返しました。

 

「もうあの女は来ない、来ても追い返す、重虎は何の心配もしなくて良い」

 

 私の手を擦りながら彼女はそう口にします。そう言う彼女の表情はどこまでも柔らかく、私を安心させようという心遣いが感じられました。私は頷くと必死に笑みを浮かべます、私なりに彼女を安心させようとしたのです。果たして上手く笑えたかは分かりませんでした、もしかしたら引き攣った空笑いだったのかもしれません。

 けれど由紀子さんが去った事で私が安堵したのは確かでした。

 

 




 今回の主人公は押し入れで「ガタガタガガタ」してるだけでした。
 でも大丈夫、きっと主人公は変身を二回くらい残してるから。
 嘘です。

 前回の投稿から感想欄に「ヤンデレウッホホイ」と書く気ぐる―――読者が多発しましたが、こんな事ならもっとマシな文言考えておけば良かったと思いました(小並感)
 
 私は同志が増えてとてもホッコリしています(満面の笑み)


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常闇と私

 暫くの間ヨミさんに手を擦られその場から動けずにいた私ですが、数分もすると段々と落ち着きを取り戻し正常な思考が戻ってきました。大丈夫? と心配げに私の顔を覗き込んで来る彼女に頷き返しながら、私は緩慢な動作で囲炉裏の前に座り込みます。普段は対面に座る彼女も私の横合いに身を寄せ、ただ私の手を暖めていました。

 

「これから私は……一体、どうすれば」

「重虎はこの家に居て、アイツが来たら私が追い返すから」

 

 重々しく呟いた私の言葉にヨミさんは欠片の迷いも見せず、そう言い切ります。私としては何もかも彼女に任せ委ねたい感情に駆られましたが唇を噛み締め甘えを殺し堪えます。そして言葉を絞り出しました。

 

「――いいえ、いいえ……やはりそんな迷惑は掛けられません、私は彼女が此処から目を話すまで身を隠そうと思います」

「! なら私も」

「いえ、ヨミさんは待っていて下さい」

 

 私がそう言って彼女の言葉を遮るとヨミさんは目に見えて驚き、悲しみの感情を表情に出していました。そして私の手を強く握りながら俯くとぼそぼそと呟きます。

 

「どうして? 私、重虎の行くところならどこでも――」

「違うんですヨミさん、誤解しないで下さい」

 

 私は何が違うのかという言葉も綴らず、ただ彼女が嫌いだとか、邪魔だとか、そう言った理由で同行を拒否しているのではないと告げました。単純に由紀子さんの前にヨミさんが立ち、彼女が此処に一人暮らしをしているとハッキリ断言したからだと話します。

 

「もしヨミさんが出かける、この家を離れるとあの人が知ったら『重虎の所に行くのかも』と考えて後をつけるかもしれません、そうしたらきっとなし崩し的に私の存在も露呈します、そうなる前に私が一人で此処を離れて『この家には重虎は居ない』と思わせないといけないのです」

「………」

 

 あり得ると思ったのでしょう。彼女の執着性の一端をヨミさんは目の当たりにしています。何せ銃口を突き付けて尚、何か情報を引き出そうとしたのですから。かつて私は彼女のソレを『蛇の様だ』と例えました。今思うとそれは強ち的外れと言う訳でもありません。彼女の執着性は正に蛇にも勝るものです。

 

 私は彼女にこれ以上彼女の相手はして欲しくないと思いました。彼女自身の身を案じてという理由もありましたが、何よりヨミさんが由紀子さんと接触を繰り返す事で染められてしまわないか不安だったのです。

 彼女を一言で表すのならば無垢、その精神は善にも悪にも少し強く引っ張ってしまえば直ぐに転がるでしょう。

 由紀子さんという女性はヨミさんにとって正に劇毒の様な人間でした。

 私は俯いたままのヨミさんの手を強く握り、力強く言葉を吐き出します。

 

「大丈夫、由紀子さんだってそう長い間村には滞在しない筈です、一週間もしたら一度様子を見に戻ってきます、それまで……それまでの我慢です」

「本当に、戻って来る?」

「えぇ、約束です」

 

 藤堂重虎という人間は臆病です。無能で傲慢で小心者で、およそ屑と呼ぶにふさわしい男なのです。確固たる正義も無く、何か強い軸を持っている訳でも無い、そんな男が結ぶ約束にどれほど価値がありましょう?

 けれどヨミさんはそんな男の言い放った「約束」という言葉に顔を上げると、何度か私の手を握り締め力強く頷きました。私も一度結んだ約束を容易に破棄する程薄情ものではないと思っています。必ず帰って来よう、胸の中で呟きます。

 

「待っていて下さい、帰って来たら一緒に――お昼寝でもしましょう」

「ん……待ってる」

 

 少し陰のある顔で笑うヨミさん。私は彼女の頬に手を添え、その唇を見て――ただ何をする訳でも無く微笑みました。

 さぁ、此処を出る準備をしましょう。

 今度は過去を振り切る為の逃走じゃない。彼女と共に過ごすための――戦いなのです。

 

 

 ☆

 

 

 翌朝、太陽の未だ見えない早朝。最後の添い寝をヨミさんと果たした私は未だに眠りの中に在るヨミさんに内緒で家を発ちました。彼女の意識があるうちに発つと未練が残りそうだったのです。彼女には一週間と言いましたが実際何日かかるのかは私にも分かりません。蛇と例えた彼女の執着性がどれだけ此処に留まらせるのか、ハッキリ言って未知数だったのです。

 

 故に此処に私は居てはいけない、家を出るときは正面の扉ではなく後ろの、風呂場に水を入れる為の裏口から外に出ました。太陽が未だ出ていない中、明かり一つ持たずに外へ出た私を見つけるのは困難でしょう。暫くヨミさんとはお別れです、私は心の中で「――また、帰って来ますから」と呟きました。

 

 家を出た後は極力音を立てない様に山を登り、そこからぐるっと迂回を始めました。このまま山の裏手側から下山し適当な村を梯子しようと考えていたのです。暗い森の中を恐る恐る歩き、時折木の根や茂みに足を取られながらも家が見えなくなるまで歩き続けました。

 

 家の周辺は彼女が狩猟をしていた為か動物が近寄って来ませんでしたが、此処まで来ると流石に危険です。私は周囲をよく観察し灯りや不審な音が無い事を確かめると抱えていた提灯に火を点しました。ぼうっとした明かりが周囲を照らし僅かに目を細めます。月明かりに混じる提灯の灯りが幻想的でありました。

 私はガス灯や電気の齎す灯りよりも純粋な自然の力であるこれらの灯りが好きでした。

 

「……良し、頑張ろう」

 

 春と言えど早朝は肌寒く、私は自身に喝を入れて再び歩みを再開しました。半刻も歩けば山の裏側へと辿り着けるはずです。そうして十分、ニ十分と歩き続ける内に太陽が徐々に顔を見せ始めました。周囲の闇が徐々に晴れ薄い夜の光景が周囲に広がります。朝と言うには余りに暗く、夜と言うには明るい、そんな世界です。

 

 私は提灯の灯りを足元に集中させると、額に滲んだ汗を拭って一歩一歩進みました。そんな時、ふとガサガサ――と背後の茂みが音を立てます。自分の足音と風音、後は草木が擦れ合う小さな音の中でその音はとても良く響きました。

 

 動物だろうか? 私は思わず足を止めて背後に提灯を向けます。しかし明かりに照らされた其処には何も無く、ただ青々と茂った草木があるばかり。

 風か、そう思った私は歩みを再開させます。瞬間、びゅうと強い風が吹き私の体が思わず震えました。どうやら風が強くなっているらしく茂みが揺れたのはそのせいでした。周囲がガサガサと音を鳴らし揺れ動きます。

 

 台風でも来るのだろうか、だとしたらたまったモノではない。

 

 薄暗い空を見上げれば雲があるかどうかもハッキリしない、どうか雨だけは降ってくれるなよと願いながら僅かに歩調を早めます。背負った風呂敷、その前掛けを握り締めながら歩き続けます。風は徐々に強くなり周囲の木々や茂みが大きく鳴き始めました。

 

 漸く山の裏手へと入った私は徐々に下山しながら前へ前へと進みます。凡そ厄介になる村は調査済みでした。此処に来る途中の街で地図を購入していたのです。比較的新しいものですし村や町が潰れている等と言う事はないでしょう。

 

「ん……雨?」

 

 ぽた、と頬に冷たい感覚。

 私が手を上に向けるとポタポタ水が降ってきます。朝露という訳ではないでしょう、どうやら本格的に雨が降り始めた様です。何て間の悪い、私は天気に嫌われているようでした。兎に角濡れる訳にはいきません、私はどこか雨宿り出来る場所を探す羽目になりました。

 

 既に家を発ってから一時間が経過しています、大分距離を歩いたでしょう。山小屋の一つでもあれば有難いのですがそう上手い話は早々ありません。本降りになる前にと私が小走りで周囲を探し回っていると、恐らく資材を置くための掘立小屋がありました。

 

 中央に支柱を立て虫食いだらけの木板を立てただけの凡そ山小屋と呼べるものですらありません。けれど私にとっては屋根さえあれば構いませんでした。これ幸いとその掘立小屋に身を寄せ、扉を開け放って中を覗き込みます。中には中途半端に切り分けられた木材と斧、桑や縄などが乱雑に並べられていたり、立て掛けられていました。

 

 丁度良い、少しの間此処で雨宿りをさせて貰おう。私はそう決めて中に足を踏み入れます。屋根はちゃんとあるし雨漏りもありません、一時の避難場所としては十分でしょう。

 

 私は一時間歩き通した自分の足を労うべく敷いてあった藁筵の上に座り込みました。そして背負っていた風呂敷を解くと中から小さな漆塗りの小箱を取り出します。蓋を開けると中には金平糖が七つ程、以前街に行った際購入したものです。こうした旅の休憩場所で楽しむために持って来たものでした。本当は梅干しにでもしようかとおもったのですが丁度切らしていたので甘味にしたのです。

 私はそれを口の中に放り込み、ころころと転がしながら雨音に耳を澄ませました。

 

「……ヨミさん、起きたかなぁ」 

 

 既に太陽はその先端を見せ始めています。それでもまだ暗いと言える状態ですがもう一時間もすれば完全な夜明けが来るでしょう。僅かに眠気の残る頭を振りながら私は目を擦ります。少し位寝ても良いだろうか? そう思うものの一時も早くこの周辺から立ち去らなければならないという感情が眠りを妨げました。

 

 私は眠気を晴らすべく立ち上がり、その場で軽く伸びをしました。その後奥の方に詰んである木材を見て、乱雑に並べられたそれらを丁寧に一つずつ綺麗に配置し直しました。雨宿りの礼と言う訳ではありません、単純にこちらの方が見ていて気持ちが良かったからです。それに眠れないのなら雨の中やる事もなく暇でありました。

 

 暫くそうやって時間を潰していると一際強い風がびょうと吹き、掘立小屋の扉がキィと開きました。私が扉に目を向ければ風で押し出されてしまったのでしょう、扉が独りでに開いておりました。外から雨がびょうびょうと入り込んでいます。

 

 これは本当に台風でも来るのだろうか。

 

 私は辟易とし、扉を後ろから無理矢理締閉めます。そして何か抑えるものは無いかと探し、丁度隣に手押し車があったのでソレを扉の前に引き摺って重しとしました。これで扉が勝手に開く事はないでしょう。

 これは暫く外に出るのは無理かなと思った所で。

 

 

 

 

「見つけたぞ」

 

 

 

 

 私は背後から何者かに首を絞められました。

 

 いえ、それは抱擁と表現した方が良いのかもしれません。事実腕は首にこそ掛かっているものの、もう片方の腕は私の腹に回されぎゅっと締め付けられておりました。サッと顔が青く染まります、背後から聞こえた声に私は聞き覚えがありました。

 そして首元から香る、この匂いにも。

 

「久しぶり、本当に久しぶり、なぁ重虎?」

「―――禊、さん」

 

 私は小さな声で彼女の名を呼びます。私を背後から抱きしめる禊さんはいつから其処に居たのでしょうか、雨に濡れて湿った衣服が私の肌を濡らし冷たい手が私の頬を撫でます。その冷たさは物理的なものより精神的な冷たさとして私を凍えさせました。

 

 どうして考えなかったのでしょうか、私は自身の無能を責めます。

 

 由紀子さんが居ると言う事は同時に――禊さんが居てもおかしくないという事。

 元より彼女から、【彼女達から】逃れる事など出来なかったのです。浅はかにも私はその事実を漸く理解する事が出来ました。蛇などではまだ足りない、彼女達はもっと別の――。

 

「由紀子が男物の服が見えたと言っていたから張っていたが、いやはや正解だった、今頃表口を見張っているアイツには悪いがもう重虎は私の腕の中だ、二度と離すものか」

「禊さん、何でここに……っ」

 

 彼女にそう問いかけようとして、背後から凄まじい力で引っ張られそのまま地面に投げ飛ばされました。藁筵の上に仰向けで転がった私はそのまま禊さんに組み敷かれてしまいます。この半年近い生活で随分体が鍛えられたと自負していた私ですが、彼女の前では何の役にも立ちませんでした。

 

 濡れた髪をそのままに私の上に跨る禊さん。両腕を抑えつけられ、頬に落ちて来る水滴を払いながら私は叫びました。

 

「やめッ、禊さん、やめてください!」

「なぁ、どうして私の前から消えてしまったんだ? あれから私は随分と重虎を探し回ったよ、あれ程大事に思っていた道場さえ売り払ってしまった、重虎の居ない家は随分と広く、静かで、一人で居るには余りにも冷たすぎたんだ……やはり怒っているのだろうか? あの日無理矢理迫ったのを」

 

 私は「そう思うのなら!」と言おうとして、しかし彼女の瞳を直視した途端喉が引き攣り言葉が腹の底に沈んでしまいました。

 彼女の瞳は薄暗く、ねっとりとした感情を煮詰めた様に濁っていたのです。

 

 目が死んでいるという表現がありますが、ただ光のない瞳だけならどれだけ救われたでしょう。彼女の瞳はまるで悪感情を溜めて溜めて溜めて――それを何百時間と大切に凝縮し続けた果ての様な色をしていたのです。黒より黒く、深淵より深く、底抜けの闇としか表現しようがない瞳。

 それを見てしまった私は言葉も指先ひとつ動かす事も出来ず、ただ恐怖に呑まれてしまいました。人間はこんな目をする事ができるのか、そう思いました。

 

「だが仕方ないじゃないか、突然重虎が婿に行くなんて言うから、あれに関しては私は悪くない、寧ろあんな言葉を易々と私の前で口にした重虎に非がある、そうだろう? お前だって私が突然嫁に行くなど言ったら正気ではいられまい?」

「何を、言って」

「あぁ、いや、今更過ぎた事の責任をあぁこうだ言いたい訳ではないんだ――『これからの話をしよう』、重虎、私達の新しい生活についてだ」

「………?」

 

 私は私を押し倒したまま訳の分からない事を言い出す禊さんを黙って見つめていました。彼女の表情はピクリとも動きません。かと言って能面の様な表情という訳でも無く、ずっと小さな笑みを浮かべた薄笑いの表情で固定されています。それが人間味を大きく損なっていて、有体に言って不気味でありました。

 

「新しい生活って……私は、これからもこの場所で」

「何だ、重虎はこの土地が気に入ったのか? なら私としてはこの辺りに住処を構えても良いが……少々交通が不便だな、ある程度は町や村に近くなければ買い出しの旅に歩く事になる、それは嫌だろう」

「住処を構える……? 何を言っているんですか」

「私と重虎の新しい家だ」

 

 凡そ予想だにしていなかった言葉に私は反射的に叫びました。

 

「私は貴方とはもう暮らさない!」

「――?」

 

 私の言葉を確かに聞き届けた彼女は、一拍置いて首を傾げました。私の言葉が心底理解出来ないという風に。その動作が余りにも自然で、恐ろしく、私の顔からどんどんと血の気が引いていきます。彼女の行動は何一つ理解出来る所が無く、こうして押し倒されている状況を考えるに恐怖以外の何物でもありませんでした。

 

「私と暮らさない……暮らさない? あぁ、すまない重虎、お前の言葉が良く分からないんだ、すまないが、その……『クラサナイ』とは一体どういう意味だろうか?」

「っ……そのままの意味です」

「あー……うん? 私とはもう暮さない……それはおかしい、この言葉は間違っているとしか思えないぞ重虎」

「何が――!」

「【お前が私と暮さない未来がある訳ないだろう?】」

 

 彼女は満面の笑みで、それこそ微塵の迷いも疑念も抱かずにそう言い切りました。

 私はこの時漸く彼女の本質を理解したのです。ただの執着ではない、ただの恋愛感情でも性欲でも無い、これ程『トチ狂った』考えを平然とまるで真理の様に語れる彼女は――あぁ、きっと。

 

 ――狂人

 

 彼女の中で私と暮す事は既に決定事項で『前提』なのです。これからの人生に於いて私と共に歩むことは当たり前で当然、そう彼女の中では定められていました。他人の存在が前提、これがどれ程恐ろしく悍ましい事か彼女はきっと理解していないでしょう。

 そして私はソレを理解したくなくとも知ってしまった。

 

 私の恐怖が遂に振り切れ、錯乱の果てに絶叫しながら彼女を振り解こうとしました。人は理解できないものを恐れ、自分から離そうとします。私もまた理解出来ない彼女を恐れ突き放そうとしたのです。

 

 けれど私が暴れるよりも早く禊さんの両手が私の首を掴み、最初は緩く――それから徐々に強く締め付け始めました。まるで綿で締め付ける様に柔らかく、けれど強く。

 

「か……ぁ、はッ、アッ――!?」

「すまない重虎、本当にすまない、最初は何か薬物でも都合しようかと思ったのだが……その手の知識は殆ど持っていないんだ、変な後遺症が残っても嫌だし、やはり最後は自身の技に頼ろうと思ってな――大丈夫だ安心して欲しい、素手で『オトす』のは慣れているんだ、苦しいのも一瞬だし痛い事は無い、どうか私に身を委ねて欲しい」

 

 彼女は私の首を絞めながらそんな事を言います。けれど首を絞めつけられ音がどんどん遠くなっていく私からは必死に抵抗している事もあって何を言っているのか良く分かりませんでした。彼女は申し訳無さそうな表情で何事かを続けて口にしています。私は両手で彼女の腕を掴み必死で振り解こうと暴れ動きました。けれど彼女の体はビクともせず、寧ろ自分から首の締め付けを強くしているようなモノ。

 結局大した抵抗も出来ず、私の視界が徐々に端から黒く濁り始め。

 

「――お帰り、重虎」

 

 最後に薄く微笑んだ彼女の表情を視界に収め、私は意識を奪われました。

 

 

 





 おたま。
 投稿遅れたけど7000字位書いたから許して下さい何でも以下略
 
 steamでオートマタ買ったんですよ、レプリカントとゲシュタルトもやっていたんで、正直あんまり期待はしていなかったんですけどハマってしまいまして。2B可愛い、9Sも可愛い、A2も可愛い、つまり皆可愛い、可愛くない? 可愛い(確信)
 
 ここまで二次創作書きてぇぇと思ったのはブラボ以来ですよ。特に幼年期の目覚め、上位者となった主人公(ナメクジ)を拾い上げて「お寒いでしょう」と言う人形ちゃん、あれを見て「あぁぁぁ上位者となった主人公とそれでも彼を慕う人形ちゃん書きてぇぇぇオギャアアアアア」となったのを思い出しました。堪えましたけど。
 
 オートマタの世界にコールドスリープでもしていた人間放り込みたい。アンドロイドの無条件の庇護欲を掻き立てたい、論理ヤンデレウィルス拡散させたい、デレデレの司令官とか見たい……見たくない?
 
  誰か書いて(切実)、はやく。


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終焉の地

 

 どこで私は人生を間違えたのだろう?

 凡愚は凡愚なりに身の程を弁え、慎ましやかに生きていたと自負しております。特に目立つ事も無く、華族として生きられぬのならば田舎で畑でも耕し平穏にのんびりと生きられればそれで良かったのです。雨風凌げる家に多少の金銭、それに飯、後は穴の空いていない服さえあれば人間生きては行けるのですから。

 

 華族として生きて来た人間としてはおかしいと言われるでしょう、けれど私にはそれで十分でした。それ程難しい夢でも無いでしょう、ない筈なのです。

 不出来な弟を持つ兄は私に良く言いました。「お前には才がないが顔は良い、別段家の事は気にするな、俺がキッチリ継いでやる、偶に遊びに来い、お前は金持ちの女でも引っ掛けて婿にでも入れ、そして俺が気軽に遊びに行けるような家庭を築いてくれれば言う事は無い」と。

 

 兄は優秀でした、同時に懐の大きな男でありました。華族然とした旧時代のお堅い人間ではなく、どこか楽観的でおちゃらけていながら礼儀と伝統を何よりも重んじる『優れた人』でありました。金持ちの女でも引っ掛けろという部分には少々言いたい事もありましたが私の無能を案じての言葉だったのでしょう。今では笑い飛ばす事も出来ない助言となっています。私は兄を心から尊敬し信頼しておりました。

 

 反して姉は言いました。「男は甲斐性、稼いで家族を養ってこそです、故に必要なのは不断の努力、無理を押して尚邁進する愚直なまでの向上心、その点重虎にはあらゆるものが欠けております――まぁどうしようもなくなったら私が養いましょう、嫁入りは曜子に任せます」

 流石にそれは男としてどうなのかと当時はしかめっ面をしていましたが、今では彼女の言葉が正しかったのだと骨身に染みて感じています。因みに曜子は私と姉の妹であり、彼女も「どうしようもの無い時は私が兄様を養います、嫁入りは姉様がしてくれるでしょうし」と言っていました。互いに互いが嫁入りは相手がしてくれると思っているのだからすさまじい、彼女達は元から誰かと結婚する気がありませんでした。

 

 ここだけの話ではありますが私には幼少期の記憶がありません。この歳になって小さい頃の事を覚えていないというのは珍しい事ではないとは思いますが、私には『欠片の記憶も存在』しないのです。家族の事は分かります、友人の事も分かります、日常的な知識もあります、けれどその間に何をして過ごしたのか、どんな思い出を作ったのか、私には何も分からないのです。

 

 私はその事について誰にも何も聞きませんでした。兄や姉に「小さい頃の私はどんな人間でしたか?」と問う事はありませんでした。何故なら家には白黒の写真一枚、存在しなかったのです。家族は私が幼少期に在った時の【何か】を恐れている様でした。

 

 父はこうなる事を予測していたのだろうか? 

 私はぼんやりとした思考でそう考えました。柔らかいヨミさんの胸の中では無く、一人きりの冷たい座敷に敷かれた布団の中、私は自分がどれだけ気を失っていたのかも分かりませんでした。

 

 特に体を縛られている事も無く、私はゆったりと手を布団の中から抜き出すと首元に宛がいます、禊さんに絞められた場所です。鏡もないため痣になっているかどうかも分かりませんがあの感触は今でも鮮明に思い出せます。

 そして最後、彼女が浮かべた薄ら笑いも。

 

「本当に貴女って間抜けと言うか、阿呆と言うか……まぁそのお蔭で私は此処を見つけられた訳ですけど」

「何だ、喧嘩を売っているのか? 何なら今すぐ頭蓋を叩き割って土に埋めてやるぞ」

「やめて下さい、猪と取っ組み合いの喧嘩をするつもりはありません、そもそもどちらかが発見したら互いに報告し合う約束でしたよね? それを違えて私を出し抜くなんて――ほとほと貴女の身勝手さには呆れます」

「ふん、何を偉そうに、大体お前では重虎を抑え込めまい? 居ようが居まいが同じ事だ」

「【そういう意味で言った訳じゃない】、って事分かっていますよね、私は重虎と離れたくないんです、一秒でも一分でも」

「………ふん、余り私の前で不快な事を言うな、殴りたくなる」

「殺したくなるの間違いでは?」

「これでも気を遣っているんだ、察せ」

「貴女が気を遣えるなんて驚きですね、もっと直情的で馬鹿――いえ、何でもありません」

「お前本当に教職者だったとは思えない人間だな」

「そちらも」

 

 私の頭上、障子の向こう側から話し声が聞こえてきました。聞き覚えのある声――禊さんと由紀子さんです。ただ禊さんの口調は過去のソレと比べて随分ぶっきらぼうと言うか、冷たく鋭利な刃物の様な口調に変わっていました。

 

 私は未だ焦点の合わない瞳を彷徨わせながら二人の会話を聞いていました。察するに二人は手を組んで私を探していたのでしょう。あの時、禊さんに襲われた時から薄々理解はしていましたが。

 彼女達の性質は非常に似通っておりました。外見も性格も全く違うというのに彼女達の根底にある執着性は全く同一のものだったのです。

 

「……それで、どうするんだ」

「どうするとは?」

「態々重虎を囲う為に好きでもない、寧ろ殺意を抱く様な人間と手を組んだんだ、契約はまだ続いているんだろう?」

「当然です、これからが本番でしょう、一人で駄目なら二人で――業腹ですが私一人ではなし得なかった事です、例え重虎を共有する事になっても……それでも彼が消えてしまうよりは何百倍もマシですから」

「同感だ、まぁ精々『どちらかがイカれる』までは続けるとするさ、尤もそう長く続けられるとは思わないけどな」

「――えぇ、そうですね」

 

 そう言うと二人は別々の方向へと歩いて行きました。障子の前に見えた影が消えて行きます。私はその姿を見送りながら何をする訳でもなく、ただ脱力し布団に身を任せていました。

 何をする気も起きなかったのです――逃げ出す気力すらありませんでした。

 この時の私は半ば諦めの境地にありました。何を諦めたのか、逃走? 彼女達から離れる事? 或はヨミさんの家へと戻る事? いいえ、私がこの時諦めたのは私の『人生そのもの』でした。

 

 あの煮えたぎる様な黒色の瞳に見つめられ、私は心底その瞳に恐れを抱いてしまったのです。熱烈な愛情、凶器に等しい想い。それをぶつけられる事に私は『無感情で在る』事で対処してきました。けれどそれを繰り返す程、逃げれば逃げる程、彼女達はその想いを膨れさせ私の影を血眼になって探します。

 

 私はこの時恐怖症に陥っていました。

 女性恐怖症――いいえ、もっと限定的なものです。

 自身に対する強い愛情を直接ぶつけて来るような存在、つまり禊さんや由紀子さんの様な『狂人』、それらを目の前にすると私は体が石の様に硬直し瞳が濁っていくのが自分でも分かりました。一人ならばまだしも二人いるのです、一体どうしろと言うのでしょうか。

 恐怖から来る自閉、つまり自己防衛のための逃避。それは物理的なものではなく、精神的なものでした。

 

 つまり廃れた人――その第一歩目だったのです。

 

 

 ☆

 

 

「重虎が居なくなって随分と大変だったんですよ? 母を預けて民宿を閉めて、本邸の方はそのままにしましたが民宿は売りに出してしましました、私塾を一身上の都合という体の良い理由で辞め、あとは貴方の足跡を探しながら旅をして――ふふ、でも辛くはありませんでした、だって他ならぬ貴方を探す旅ですもの」

 

 私が目を覚ましてから一時間程。食事を手に部屋へとやって来た由紀子さんは目を開いたままぼうっとしている私を見て微笑み、「良く眠っていましたね」と言いました。其処にはいつか見せた蛇のような執着性が欠片も存在せず、まるで良妻の様に甲斐甲斐しく私の世話を焼きました。

 

 私はもう起き上がる事さえ億劫でした。もう自力で何かをしようとする精神力が存在していなかったのです。

 

 彼女はそんな私を見て落胆や失望を露わにする事無く――むしろ喜々として体を起こす手伝いをし、自ら食事を与えました。熱ければ自身の吐息で冷まし、私の口元にそっと飯を運びます。彼女は何も話さず、相槌さえ打たず、ただ『生きているだけ』と言う様な有様の私を見て恍惚としていました。私には彼女の感性が理解出来ませんでした――いえ、理解しようともしませんでした。

 

「食事は一日に三回、交代で運んできますから……それとごめんなさい、この家は『貴方が好きだと言ったあの土地』からは少し離れているんです、本当は嫌なんですけれど――えぇ、本当に、身の毛がよだつ程嫌な事ではあるのですけれど、今はあの女と協力しないといけないから、この家には三人で住みます」

 

 そう語った時の彼女の顔を私は極力見ない様にしていました。見ずとも分かります、きっと憎悪に塗れた酷い表情をしているのでしょうから。

 

「この家の中でしたら自由にして貰って構いません、けれど決して外に出てはいけません、良いですか? 【決して外には出ない様に】――分かりましたか?」

 

 食事を摂り終わった私はぼうっと顔を俯かせたまま彼女の声を聞き続けます。返事も無く、相槌も無く。彼女は特に何の反応を見せる訳でも無くしゃべり続けていましたから。

 けれどその問いだけは違いました、何の反応も見せない私に由紀子さんは唐突に両手を突き出して私の顔を挟み込むと、ぐっと力を込めて自分の方に引っ張りました。私の顔が力に負け彼女の正面を向き――黒く汚濁した瞳の前に晒されます。

 彼女の表情は笑っていました。

 

「分かりましたか?」

「――――は…ッ…ぁ」

 

 あの黒い瞳に晒され、無感動で居ようとした私の精神に罅が入ります。人間を突き動かすのはいつだって恐怖です。私は色を失った瞳に幾ばくかの光を取り戻し、小さく一つ頷きを返しました。

 

「ふふっ、良い子です」

 

 彼女はそう言って満面の笑みを零すと私の唇に接吻を落しました。そして数秒ほど唇を重ねた彼女は満足そうに顔を離し、「それでは、また」と空になった椀を持って部屋を出て行きます。私は呆然とその後ろ姿を見送り、トンと障子が音を立てて閉められると同時に詰まっていた息を吐き出します。

 恐怖は私の胸を強く締め付けました。

 

「っ、は……に、逃げなきゃ……逃げないと……!」

 

 幸か不幸か。再びあの瞳を直視した事で私は恐怖に突き動かされました。無理だと分かっていても動かずにはいられない、今まで諦めの境地に至っていた私の体が急激に息を吹き返し布団を跳ね飛ばしながら立ち上がります。彼女の出て行った障子を静かに開けると、私は彼女の向かった方とは逆の道へと早歩きで進み始めました。

 

 用意されていた家はとても広い物でした、少なくとも禊さんの実家程の大きさはある様に感じます。私の部屋の前には中庭が広がっていて、一体どれほどの金が掛ったのか見当もつきません。兎に角今は由紀子さんの居ない方向へと急ぎました。

 

 幾つかの扉を潜り、廊下を真っ直ぐ歩きます。そして恐らく外へと通じる扉――草履や下駄が並べられた玄関か裏戸と言える扉を見つけました。私は喜々としてその扉に近付き、思い切り力を込めます。

 しかし。

 

「ッ、開かない、何で……!」

 

 がたがたと音が鳴るばかりで扉は開かない。何故だと半狂乱になりながら扉全体を見てみれば取っ手の部分に何やら南京錠が括りつけられていました。まさかそんなモノが付けられているなんて想像もしていなかった私は衝撃を受けます。

 

 どう見ても南京錠は新しいもので態々『この為だけに』扉へと付けられた事が分かります。分厚い金属の塊であるソレはちょっとやそっとでは壊れそうにありませんでした。少なくとも石か何かで殴り付ける程度ではビクともしないでしょう。寧ろ扉の方を壊した方が早い気さえしました。

 

「鍵……鍵が、必要なのか」

 

 私は呆然と呟きます。持っているのは由紀子さんか禊さんでしょう、少なくともこの広い屋敷の中から小さな鍵を探し出すのはとても難しい様に思えました。つまり私が逃げ出す事は―――

 

「えぇ、こうなる事は分かっていましたから、その為に用意したんです」

「!」

 

 背後から声がしました。誰の声だなんて言うのは分かり切っているでしょう、私が恐る恐る振り向けばそこには割烹着姿の由紀子さんが立っていました。とても柔らかい笑みを浮かべたまま、私を見て。

 

「この家も元々はとある高官の別荘だったらしいのですが偶々売りに出されていて私と禊の二人でお金を出し合って買ったんです、広くて良い家でしょう? それでも結構古い建物だからって格安で譲って頂いたんです、かなりお歳を召した方でしたから隠居する為の身辺整理という所でしょう、お蔭で『防犯対策』もやり易くて助かりました――それで重虎、どちらに行くおつもりで?」

「……あ、ぁ」

 

 彼女が笑みを浮かべたまま、しかし欠片も『笑う』事無くそう問いかけます。一歩一歩近づいて来る彼女に対し私は硬直して動く事が出来ませんでした。決して見つかってはいけない人に見つかってしまった、後悔と悲壮感が私のその時感じた全てです。

 

 由紀子さんは私の目の前に立つと指を一本立て、私の唇に押し付けます。その動作は艶やかであり、しかし同時に悍ましさを感じさせるもの。由紀子さんの瞳はこれ以上ない程に濁っておりました。

 

「あれ程『駄目だ』と言ったのに……私の言う事、聞かなかったんですね」

「ち、ちが……私は……」

「いいえ違いません、見たものが全てです、そして謝って済むのならば警邏は要らない――人は自分の損得に関係の無いものを憶えようとはしません、教師をやっていて良く私は知っています、将来何の役に立つか、それを明確化しないと生徒は積極的に物事を学ぼうとはしないんです、特には子どもは……大人だって一緒です、自分に関係の無いどうでも良い事は知らんぷり、だから教えないといけないんですよ、【言う事を聞かないと酷い目に遭う】って事を」

「―――」

 

 由紀子さんが一歩進むごとに私は一歩下がります。そうして繰り返していくと私の背中は扉に当たり、彼女は私に密着して囁きました。その口調は酷く官能的であり同時に氷のような冷たさを伴っていました。

 

「知って下さい、この家での過ごし方、規則と罰則を――貴方はもう決して逃げられはしないのですから」

 

 





 そろそろ神様にならないとね(無慈悲)


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終焉の地・改め

 何日――いや何ヶ月? もしかしたら年かもしれない。

 

 私は随分長い事我を忘れていた様な気がします。『彼女達との生活』は決して酷いモノではなく、食事と休息の約束された軟禁生活の様なものでした。肉体的に考えればそれ程悪い境遇ではないのでしょう。しかし精神的な意味では酷く疲労を強いられました、特に夜は――いいえ、掘り下げるのはやめましょう。悲しいのはそれ自体を苦にするほど私の体が軟弱ではなかった事でした。

 

 ここの生活で私の姿はすっかり変わってしまいました。

 元々それなりに見れる程だった肌色は真っ白に、髪色も精神的な疲労からか白髪が目立つようになってしまい、顔立ちは変わらないものの全体的に更に細く――病弱な印象を相手に持たせる体になってしまいました。

 

 老けたのかと私は思いましたがそんな事は無く、若さをそのままに髪を白く体が小さくなった様なものです。最初の日以降脱走を試みなくなった私では精神的な殻に籠って自分の心を守るので精一杯でした。恐らくその殻も限界に至っているのでしょう、この白髪(しらが)と痩せ細る体はその証左でした。

 

 ヨミさんはまだ待っているのだろうか。

 待ち続けているのだろうか。

 

 ふと自身の殻に籠りながらそんな事を考えます。彼女と交わした約束を私は未だ忘れていません、必ず帰ると誓いました。けれどこの身は余りにも矮小に過ぎ、非力な己では現状を打破するどころか挑むだけの勇気すらありません。結局ヨミさんの身を案じつつも『案じる事しか出来ない』私です。

 

 日々降り積もる想い、反して過ぎていく時間。申し訳ない、申し訳ない、ただそう繰り返しました。後にも先にも逃げ出した相手に恐怖では無く罪悪感を抱いたのはその時だけでしょう。

 

 日々献身的に食事を与えられ、夜は獣の様に貪り食われ、日、週、月、年、飽く事無く繰り返される日々はやがてどれ程異常であっても【日常】と呼ばれるに至り。黒くより黒く濁った瞳を持つ彼女達はいつしか――その瞳の色に狂気を色濃く宿し始めました。

 

 私の上で爛々と瞳を輝かせ揺れ動く彼女、そんな彼女を見上げながら私は無感情に体を脱力させます。彼女達は最初ただ私を貪り食らうだけで満足していました。けれど人間と言うのは酷く傲慢で強欲な生き物です、現状が普通と呼ばれる状況に至るといずれ慣れ、更に上の環境が欲しくなります。それはもっと自分の欲を満たすような食らい方であったり、或は【獲物を独占できる環境】であったり。

 

 だからそうなる事はある意味必然だったのでしょう。終盤、彼女達は私の頭上でうわ言の様に呟いていました。「もっと」、「もっと」と。それが何を意味するのか私は理解していながら見て見ぬ振りをしました。

 

 最期の夜、終焉の訪れた日。

 

 私が完全に沈黙し為すがまま、為されるがまま、逃げもしないと理解した二人は遂に衝突しました。土台無理な話だったのです、あれ程狂気的な感情を持ちながら折り合いをつけて『共有する』など。

 

 家の中から幾つかの銃声が鳴り響き、物が落ち、割れ、静謐な空間が瞬く間に破壊されました。そんな状況にありながら私は身動ぎ一つする事無く、ただ天井を見上げたまま何も言わず、感じず、考えず。

 そっと瞼を閉じました。

 そうしていれば全ては瞬く間に過ぎ去るからです。

 

 酷く疲れていました、交わる事と抗う事、何よりこうして生きる事に。いつしか疲労は精神を越え肉体に、やがて瞼を下ろした私は呼吸さえ忘れ。

 誰かの、胸の裂けるような悲鳴を聞き。

 

 そうして私はいつしか廃れた人間と成ったのです。

 

 

 ☆

 

 

「これが私の語れる全てです、いやはや、長い話になって申し訳ありません」

「なに、語れと云うたのは我よ、どれだけ長い語りであろうと責めはせん――しかしまぁ、何とも波乱万丈と言うか、女難に満ちた生というか、凡そ人間の愛憎が詰まりに詰まった旅路であったな」

「辛くなかったと言えば嘘になります……自分が居なければ彼女達も、もっと平凡で幸せな一生を送れていたでしょう、私は生れ落ちない方が良かったのです」

 

 重虎はそう言って苦笑いを零し、長らく語って聞かせたせいか僅かに乾いた喉に手を当てた。長い長い語りであった、凡そ自身の記憶に色濃く残る部分を全て語って聞かせたのだから。途中相槌を打ちながらも黙って重虎の語りに聞き入り最終的に何とも言えない表情で佇む話し相手。

 

 世は彼を『神仏』と呼ぶ。

 

 正確に言えば彼ではなく彼女でもないのだけれど、彼の姿は男とも女とも取れる中性的な顔立ちに中背中肉である為に便宜上そう呼称していた。

 

 場所は『天照神坐』と呼ばれる神仏の住む場所。其処は人が極楽浄土やら天国と呼ぶ場所で在り周囲の景色は凡そどんな場所よりも美しく幻想的な空間だった。地面は広大な海、遥か先には太陽が沈みかけており赤と青、そして雲の白色が混ざり合って視覚を刺激する。上を見上げればどこまでも澄んだ茜色、神仏は水上の上で胡坐を掻き、また重虎は正座で対面していた。

 

 

 藤堂重虎、享年――二十三歳。

 

 

 死因は『腎虚』である。これは恥ずかしがるべきなのだろうか、それとも悔しがるべきなのだろうか。どちらにせよ重虎は自身の死因に対して思う事は無かった。なにしろ死んだと実感できる事が何一つなかった故に。恐らく能面の様な表情をして布団の中で冷たくなっていたに違いない。

 

「生まれなければ良かったと言うが、世に生れ落ちる命には必ず何かしらの【生誕理由】がある、バタフライ効果という言葉が人類には存在したろう、汝の些細な行動が人類栄達に何かしら関与したのかもしれん」

「バタフライ――? 良く分かりませんが、そうなのでしょうか……」

「確証はないがな、我は全知ではない、全能ではあるが全てを知るなど面倒な事この上ないだろう、人が言う程神仏は『ホトケ』ではない、我らにも趣味趣向があるのでな」

「結構、俗っぽいんですね」

「所詮は生物、人類の上位者に過ぎん、ソレに何を期待するというのか」

 

 ベースが人類なのだから上位者である神仏もまた『それ相応』だろうというのが彼の弁。良く分からなかった本人が言うのだからそうなのだろう。彼は自分の膝に肘を立てると溜息を一つ吐き出した。

 

「さて、語りは聞いた、汝の魂にどす黒くへばり付いた『アレ』の理由も知った、その上でどうするか――汝はどうしたい?」

「どうしたいと言われても……書物で読んだ事があるのですが、世には『輪廻転生』という説があるとか」

 

 重虎がいつか読んだ書物の内容を一つ挙げてみれば神仏は眉を潜め、「何だそれは」と詰まらない事を聞いたと言わんばかりに背を伸ばした。

 

「字面からするに魂を螺旋の如く使い回せと言うか、馬鹿を言うな、下界の魂に幾つもの生を張り付けるなど、腐り落ち赤子の頃より廃人が末路よ」

「そんなに酷いのですか……?」

「酷いどころの話ではない、基本魂は使い捨てぞ、世に生きる魂の総数など決まっておらん、放って置いても増えていくものを何故態々更に増やす真似をせねばならんのだ、我々とて好き好んでこの様な場に居るのではないのだからな」

「はぁ」

 

 気の無い返事をして頭を下げる重虎。世の中は自分の知らない事ばかりであった。しかし知らないからこそ自分が死んで天照神坐などという場所に来ても落ち着いて語って居られるのかもしれない。いや、最初の頃は大分取り乱した自覚はあるけれど。

 それでも常人と比べればマシであった、何しろ最後の数年は廃人として生きていたのだから。

 

「何か未練はあるか? 神仏とて情はある、特に『汝ら一族』は色々と因果な生を歩む故な」

「一族? ……私達の一族は何か特別なのですか」

「特別というよりは特殊と言うべきか、様々な世界で様々な結末を迎えている、機械人形に成り果てたり、剣の道を極めたり、或は異形の娘の為に――いや、これを語った所で詮無き事、それより未練よ、あるならばさっさと吐き出すと良い」

「未練、未練ですか……」

 

 どこか投げやりな神仏の態度に戸惑いながらも重虎は正座のまま俯く。未練と一口に言われてもパッと思いつく事は無い。最後の方は完全に思考を飛ばしていた、殆ど植物人間と言って良いだろう。

 けれどたった一つだけ重虎の心に残っている事があった。それを未練と呼ばず何と言えば良いのか、重虎は一つ頷き口に出した。

 

「――ヨミさんに謝りたい」

「ほぉ、あの猟師の娘か」

 

 語りを聞いていた神仏は面白そうな声でそう口にする。重虎はその言葉に頷きながら自身の感情を一つ一つ形に――言葉にする様にゆっくりと言った。

 

「多分の彼女の事だから何年も……本当に何年も待っていてくれたと思うんです、だから私は彼女との約束を破ってしまった事が何よりも辛くて、何よりも悔いています、出来る事なら彼女に一目会って、ただ約束を破ってすみませんでしたと、謝りたいんです」

「謝罪――それが汝の未練か」

「えぇ、彼女にもう一度逢えるのなら、どんな形でも、どんな場所でも構いません」

「まだ叶えるとは言っていないのだがな……まぁ、良い」

 

 神仏はそう言うと真っ直ぐ重虎を眺め、「魂は基本的に使い捨てである、この言葉に偽りはない、例外はなく、汝もまた本来は虚無に消える存在よ――しかし」と何処か意味深に笑った。

 

「何事にも例外は存在する、人が『天使』と呼ぶ存在よ、天からの遣い、即ち我が神仏の尖兵、これに召し上げられた魂は色褪せる事無く、その後も姿形を保ったまま存在する事が出来る」

「天の遣い……ですか」

「汝が望むのならば召し上げよう、謂わば上位者の付き人よなぁ、ただし天の遣いとなれば『人に戻る』事は永遠に無い、その魂擦り切れるまで――否、神仏の力を取り込むのだ、廃人など以ての外、狂い死ぬ事も出来ず永遠に魂をすり減らす日々と、それが代償として与えられる汝の義務、さて重虎、汝はどうする?」

 

 人としての消滅を望むのならば右手。

 天の遣いとしての生を望むのならば左手。

 

 好きな方を取れと口にして神仏は両手を差し出した。重虎は差し出されたその両手を見て口を噤む。彼は面白そうに口元を緩めるだけでそれ以上何かを言う事は無い、重虎だけで選べと言外に伝えていた。神仏は全能であるのだろう、しかしソレにしては随分と俗が過ぎると思った。これではまるで人間だ、彼は重虎の人生を面白そうに眺めるだけだった。

 

「……天の遣いとなれば、ヨミさんに逢えるのですか?」

「無論、先程魂は使い捨てと言ったがな、稀に居るのだ、【自力で輪廻を回す化物】が、凡そ総ての魂が廃れ狂い死ぬ輪廻に於いて正気を保ち、尚も生き続ける精神的怪物がな、天の遣いとなった者が駆り出されるのは正にソレよ、我ら神仏は違反を嫌う、そして介入を嫌う、世界は在るがままが一番美しい、故に我らが直接手を下すのではなく魂を掬い、肉を与え、天の遣いとするのだ――汝が我が左手を取った暁には娘の居る世界に派遣する事を約束しよう」

 

 そうして世は浄化される。

 重虎には理解出来ない話であった、そもそも重虎にとって世界とは今まで生きて来たあの場所、あの時代、あの時間だけである。それ以外の場所など想像も出来ない。だから本当は神仏が言っている事の一割も理解出来ていない。

 ただ一つだけ理解できたのは――ヨミさんが彼の言う【自力で輪廻を回す化物】に成り果てたという事だけだった。

 

「謝罪の場は設けよう、その代償は汝の魂そのものである」

「……天の遣いとなれば、死なないのですか」

「正確に言えば【死ねなくなる】、例え肉体的な死を迎えても魂が固定されている、肉体など幾らでも作れば良い、汝が幾度死に絶えようと何度でも娘の元に送り返そう」

「私は何をすれば?」

「やり方は好きにすれば良い、最終的に世を乱す行為を正せば文句は言わぬ、魂が放って置いても増える様に天の遣いも飽く程居るのでな、神仏に届き得る世界は特に面倒だ、何事もなければ汝の世界も固定化されよう――さて、人の旅路を聞き貪るのは好きだが問答は嫌いだ、急ぎ選べ、右か左か、汝の好きな方を」

「………」

 

 右を選べば人として死に、左を選べばこの神仏の遣いとして死後を生きる。

 何とも突拍子もない話ではないか、重虎は手を浮かせながらそう思った。自分が死んだ事さえ未だ信じられないというのに、けれど目の前の存在が超常のソレだという事は嫌でも理解出来た。選ばなければならない、他ならぬ自分が、己自身で。

 右手を見る、左手を見る。重虎は永遠を生きるという実感を抱かない、魂と言う良く分からない存在も感じない、ただ理解している事は左手を選んだ瞬間自分は気が遠くなる程の時間を生きるという事だけ。

 思考は一瞬、迷いもまた――一瞬。

 

 重虎は神仏の左手を握った。

 

「――汝、後悔はしないか」

「分かりません、自分が死んだことさえまだ信じられないんですから……けれど謝りもせず消えてしまったらきっと後悔します、それだけは分かります」

「一時の感情に身を委ねて永遠を無為にする、愚かな行為よ、浅ましき人間よ、【我ら神仏の生き地獄】、その矮躯で挑むとは……だが尊重しよう、我らは人間が好きなのでな」

 

 彼はそう言って笑うと両手で優しく、包む様に重虎の手を握った。瞬間そこから流れ込んで来る熱、それは滾る血潮の様に重虎の体を駆け巡った。その様な感覚は初めてだった、まるで暖かい太陽に包まれている様だった。

 

「我ら神仏は個体によって持つ力が異なる、この地である『天照神坐』の名から分かるだろう、我は太陽を生み出した神仏よ、故に汝に分け与えるは日輪の力――この時より汝、天の遣いとして生きる事、ゆめその務めを忘れるな」

「……はい」

「泣く事もあろう、笑う事もあろう、時には絶望し弱音を吐き、もう投げ出したくなることもあるだろう、涙を流す事を許す、絶望する事を許す、挫ける事を許す――だが投げ出す事だけは許さん、そして決して忘れるな、汝の覚えた感情を、それは生きる糧であり人が生きるのに尤も必要な物だ、それが枯れ果て血潮の通う機械人形と汝が成り果てた時、その時汝が救済を願うのならば」

 

 我自ら、汝の魂を砕こう。

 それが天の遣いとしての最後であり、彼の神仏――【天照】の持つ最後の情であった。

 重虎は正座を崩す事無く両手を水面に着き、深々と頭を下げた。そうする事が自然であるかの様に。神仏は重虎を笑顔で見下ろしていた。その笑みの内容を重虎は理解していない、ただ重虎にとってこの選択が人生で最も重要な選択である事だけは分かった。

 

「藤堂重虎です、改めて――宜しくお願いします」

「天照神坐主神――大神『天照』、良く励めよ」

 

 

 




 テンプレ転生する為に六万字必要だったなんて信じたくない。転生というよりは抑止力みたいな物ですが。
 でもね、ほら、主人公がここまでアレだとちょっと小説の見せ所としてどうなの? って感じありますし……ありません? 第一話で言ってますがコレ一応ファンタジー小説(仮)なんですよ、多分、恐らく、私もちょっと良く分からないけれど。
 
 因みに次話から恐らく年代が飛びます。「渡る世間」と同じですね、世界観としては多分「太陽の子」か「我が愛しき」の所より更に先です。主人公が死んだ所から天の遣いでリスタートと言うのも考えたのですが……争奪戦勃発している最中に主人公放り込んだら大変な事になりそうだなぁって(小並感)


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