提督とはぐれ艦娘たちの日常 (砂岩改(やや復活))
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プロローグ


書きたいから書いただけ、特に何も考えずに書きました。
続くかどうかは分からない。


ゴォー。

 

 耳に届く断続的な爆音に嫌気を覚えながらも念入りに装備を点検する。背中や腕、そして腰に取り付けた機器の面倒を見てやるのもめんどくさいが仕事だ。

 

『横須賀第一、及び第二艦隊による敵艦隊誘因に成功』

 

こう言った存在として産まれてきたが機械の扱いと言うのはどうもよく分からない。精密機器なんてものは尚更だ、そんなものを押し付けられた鬱陶しさは今は不思議とない。

 

『長距離砲撃の効果を認めず。外部からの攻撃はやはり効果はないようです』

 

 血の鉄臭い香りやむせかえるような硝煙の臭いもないが気分が高揚している。

 戦闘狂かと問われれば肯定も出来るし否定も出来る。別に戦闘が好きなわけではないし自ら首を突っ込むと言うこともない。むしろ向こうから来ると言うのが正しいだろう。

 

『敵対空兵器の存在は不明。目標周辺に空母艦隊を確認』

 

 だが長いこと戦闘に浸かっていれば慣れもする。俺様にとって戦場は刺激を与えてくれる場所などではなく。慣れ親しんだ実家のようなものだった。

 

『空母による妨害は間に合わない。作戦に支障なし、作戦を続行する』

 

 これが戦闘狂?それともただの不幸な"艦娘"か?

 

「天龍…時間よ」

 

「あぁ…」

 

 左目に眼帯を着けた女性はその名を呼ばれ閉じられた右目をゆっくりと開ける。瞳を開けた瞬間に視界を覆うのは無機質な鉄の塊の集合体。その気になればその重量で自身を押し潰せそうな艤装を背負った山城はぶっきらぼうに言葉を続ける。

 

「全く、不幸だわ」

 

「そう嘆くなよ。もうやるしかねぇんだからよ」

 

 不幸なのは否定しない、だがいつかは来ると思っていた。なぜならこの天龍様は戦場に一方的に愛されてしまったのだから。

 

『作戦遂行地点に到着。後部ハッチオープン』

 

「うわっ、さみぃ…」

 

 吹き込む冷気に体を震わせるのは摩耶、彼女は手にしていたショットガンを抱き枕のように抱え込み寒さに耐える。

 

『これからHALO降下を行う。怪我と病気に気を付けてね』

 

「ぽい!」

 

「……」

 

 無線機から流れてくる上官の言葉に反応したのは夕立と川内。川内は静かに頷くと爆音と黒煙が渦巻く地上を見つめる。

 

「作戦開始」

 

「行くぜ!」

 

 高度10、000mからの自由落下、真っ先に飛び降りたのは天龍。

 目指すは鋼鉄の大地、人間では耐えられない寒さと低気圧の中をその女性たちは身に付けた武装と己の体のみで落下する。

 

 それぞれ自身と共に顕現した武装に加え、対深海用の追加装備をしょい込み真っ黒な空を落下し続ける6つの影。

 

『こちら04、目標を認める』

 

 ロケットランチャーを左肩に乗せながら降下目標を見つめる不知火は手持ちの高度計が300になるのを目安にパラシュートを開く。

 

「死にたいのですか、貴方は」

 

「全くもって不幸ね」

 

 対空放火の弾が山城のパラシュートを破壊。完全に自由落下と化した自身の身を省みつつ体勢変更、巨大な砲を落下地点に放ち身を地面にめり込ませながらも三点着地を成し遂げる。

 

「でもまだマシかしら」

 

「さらりと頭のおかしいことを、まるで漫画でありますなぁ」

 

 背後から迫るチ級の首を切り落としたあきつ丸は自身の愛刀から滴る青い血を振り払う。そう言うあきつ丸も先程、綺麗な五点着地を決めたばかりであった。

 

「みなさん、重力の法則ぐらいは守って欲しいのですが」

 

 十分に減速しパラシュートをパージした不知火は手持ちの火器を唸らせながら言葉を漏らす。

 

「まぁ、ここはそういうところだからな」

 

 不敵な笑みを浮かべた天龍は夕立と川内を伴いながら姿を表す。するとその場の雰囲気がさらに引き締まる。

 

「さぁ、行くぜ!」

 

 天龍の掛け声と共に一斉に動き出す艦娘たち。

 彼女らは海軍不要人材の島流し、海軍の孤島と言われている窓際基地。琵琶基地所属の見捨てられた艦娘たち、これはそんな基地に流された艦娘と提督の物語である。

 

 

 



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メンバー紹介的な回

 

 

 滋賀県、琵琶湖。その外縁部にひっそりと存在する海軍の基地。琵琶基地。海軍所属の基地にしてかなり特異な立ち位置に立たされているこの基地は非常に静かであった。

 

 整備されていないグラウンドには草が生い茂り、壁にはつたが張り付いている。空襲用に設置された対空機銃には野鳥たちが羽を休めている。

 

「すう…」

 

 整備されていない土地に対して真新しい桟橋にて釣糸を垂らしている人物。真っ黒の軍服を着崩した女性はその暑さに堪えながら水面を見つめる。

 木で出来た外灯に長釘を刺して上着を引っ掛け真っ白なシャツを見せ腕を捲り、短いスカートを気にせず大股で座る。足元に置いてある手のひらサイズのバケツには吸い終わったタバコが突っ込まれ中に貯まった水を変色させる。

 

「あぁ…。これだから夏は嫌いでありますなぁ」

 

 タバコを加えながら呟いていたのはあきつ丸。彼女は釣り上げたブラックバスを綺麗なバケツに突っ込むと咥えていたタバコを吸う。ブラックバスは害獣というイメージが強いが存外、食べられないものではなく案外と美味しい魚なのだ。

 

「捗ってる?」

 

「まぁまぁでありますな。やっぱりポイントを変えないとダメでありますかな?」

 

「二匹か、あと二匹だし。日が暮れるまで頑張ろうか、時間はまだあるし」

 

「そうでありますな」

 

 バケツと釣り竿を持参して現れたのは、彼女とは正反対である白の軍服を着た男性。見た目、二十代の男性は彼女に背を向けるようにして座り、竿を振るう。

 

「適当に食べてね」

 

「ありがたく頂戴いたします。提督殿」

 

 自身の後ろに置かれていた弁当を手にしたあきつ丸は引っ掛けた上着のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。時刻は12時回って20分。

 

「お、唐揚げ…」

 

 弁当の中身は色とりどりの野菜と鶏肉の唐揚げ、そして適量のご飯。これは提督が作った物だろう。他のやつらにこのような弁当は作れまい。もちろん自分も。

 

「平和だね」

 

「そうでありますな」

 

 背後にいる上官の言葉に賛同した彼女は真っ青な空を見つめるのだった。

 

ーー

 

「あいつ逃げやがったな」

 

「……」

 

 琵琶基地は元中学校を改装して作られた施設。その中に設置された提督の執務室はもぬけの殻であった。

 窓際に置いてあった釣竿などの一式がないということは桟橋だろうがこのくそ暑い中、外にはあまり出たくはなかった。

 

「一週間に一日ぐらいは真面目にやってほしいぜ」

 

 そう嘆いた天龍は当然のように提督の机に座ってアイスティーを入れたコップを机上に置く。

 

「まぁ、私たちがやれないところは全て終わらせているようですし。無理に呼ぶ必要はありませんね」

 

「たくっ。真面目なのか中途半端なのかわからねえぜ」

 

「少なくとも真面目ではないでしょう」

 

「ちげえねぇ」

 

 机に向き合った天龍と不知火は自分用のマグカップを片手に書類作業を行う。

 一応地下には専用の発電所が設けてあるが元々、中学校であったために空調設備はしっかりしていない。壁に張り付けてある扇風機が暑さに対して必死に抵抗しているがあまり効果はなかった。

 

ーー

 

「明日の分の物資はこんぐらいか。ぼちぼちだな」

 

 琵琶基地の主な業務に戦闘訓練は含まれない。その主な業務は政府や軍の手が届かない区域への物資管理。滋賀県を含む愛知、三重、岐阜は日本の土地的中心、つまり陸上輸送の要の地域。

 そこを管理、警備しているのがこの琵琶基地なのだ。

 

「今日も大変っぽい!」

 

「まぁ、ほとんど九州行きの物資だけどな」

 

 中学校の体育館を元に改造された物資集積所では大量の物資が小分けされている。

 

「九州戦線は今日も血の雨と…」

 

 仮置きされたパイプ椅子の上で足を組ながら新聞を広げている摩耶はビーフジャーキーを齧りながら呟く。

 

「懐かしいっぽい」

 

「あぁ、お前は元佐世保だったか。どうだよ、最前線ってのは」

 

「忙しいっぽい」

 

「まぁ、そらそうだろう」

 

 積み上げられた段ボールで出来たスペースでゴロゴロとしている夕立は新聞で顔が見えない摩耶を見つめる。

 連日一面を飾るのは九州戦線の不穏な戦況のことばかり。まぁ、それも仕方がないといえばそうなのだが。

 

「物資も兵も艦娘もたりない。鹿児島辺りは焼け野原。ここに比べたら雲泥の差でしょうね」

 

「姉っさん」

 

 真っ黒なサングラスに使い古し、汚れきった白の作業用ツナギを身に付けた明石は吸いきったタバコを首にぶら下げてある携帯灰皿に突っ込むと机に置いてあった水を口にする。

 

「こんな外れ基地が忙しかったら日本の末だよ」

 

「確かに…」

 

 九州絶対防衛戦線。文字通り九州を防衛するための戦線、現在の日本は深海悽艦の驚異が喉元にまで届いていた。

 それでも20年前の深海悽艦の本土上陸よりかはマシであるだろうが、それでも日本の危機には代わりなかった。

 

「まだ深海悽艦がそう呼ばれてなかった頃。私たち艦娘が産まれていなかった頃の惨劇。総人口の二割が被害に遭い、帰らぬ人となった」

 

「駆逐級しか居なかったのが不幸中の幸いっぽい」

 

「そんなものが目と鼻の先にいれば怖がるのも無理はないか…」

 

 明石と夕立の言葉にたいし摩耶は新聞を読みながら呟く。

 

 一度は取り戻した海域も今では深海側に取り戻されてしまった。沖縄に至っては完全に状況不明。深海悽艦たちに飲み込まれてしまいどうなっているのか想像もつかない。

 

 5年前、北方海域に深海悽艦の艦隊を確認。各基地、鎮守府の戦力が北方海域に集結したと同時にその艦隊を上回る大艦隊が沖縄の警戒網にて確認された。

 

「二十年前の災悪と五年前の悪夢か…」

 

 当時の戦場には夕立もいた。主力艦隊がいない状況下で佐世保、呉の鎮守府は本土を護るために徹底抗戦。当時の保有戦力の大半を失いながらも守りきった。

 

「日向さんは忘れられないっぽい」

 

「あぁ、無双伝説の日向か。見てみたかったなぁ」

 

 何事にも伝説、あるいはそれに類する逸話が発生するのはよくあることだ。それは絶望にうちひしがれた者たちが心の支えとして語り継がれることがある。それは虚言や誇張が積み重なって出来るものが多いが日向の話は実際にあった話だ。

 

「当時は長門も大和もいなかったからね」

 

 長年整備に携わってきた明石だが長門などのビッグネームが出現したのは三年ほど前。それまで最高戦力は伊勢、日向などの航空戦艦たちが頭を張っていたのだ。

 

「敵主力艦隊をたった一人で壊滅させた呉の日向。まさに戦場の英雄譚にふさわしい人物だったなぁ。今は話は聞かねぇがどうしてるのやら」

 

「死んだわよ。あの日向は」

 

「山城…」

 

「彼女は呉一航戦の部隊に見送られてね。救援は間に合わなかった、彼女は全てを成し遂げて逝った。長門型や大和型に負けない戦果を残して」

 

「珍しいわね。外に出てくるなんて」

 

「部屋にはクーラーはないから」

 

「なるほどっぽい」

 

 部屋から出てくることもこれほど饒舌になることもなかった山城だが今回だけは違ったようだ。彼女も同じ航空戦艦、思うところもあるだろう。

 

「おや、珍しいでありますな。今日は金曜日であったでありましたかな」

 

「貴方には一番、会いたくなかったわ」

 

「おや、つれないでありますな。ブラックバスは沢山釣れたでありますが」

 

 そんな所にバケツと竿を持って現れたのはあきつ丸と提督。二人は目的通り4匹のブラックバスを釣り上げて桟橋から帰還してきたのだ。二人とも、上着を肩に掛け腕をまくっているのを見ると湖はさぞ蒸し暑かったのだろう。

 

「暑かったから出てきたのよ、悪い?」

 

「いやぁ、自分は嬉しいでありますよ。これからは部屋を暑くすれば出てくるっていうのが分かったでありますからな、試させて貰うでありますよ」

 

「やったら殺すわ」

 

「いやぁ。相変わらず怖いでありますなぁ」

 

 ニヒルな笑みを崩さないあきつ丸は釣りざおを降りながらその場を後に去る。

 

「相変わらずだね」

 

「提督」

 

 微笑みが似合う優顔の提督。そんな彼が声をかけると山城は先程の怒りを瞬時に納めて顔を向ける。

 

「いい傾向だね。そうやって自分から外に出るのはいい、自分のペースでね」

 

「はい、感謝しています」

 

「じゃあ、天龍と不知火に怒られる前に執務室に帰るよ」

 

 小さく手を振りながら去っていく。それに対して山城も小さく手を振り返すのだった。

 

「「「ふーん」」」

 

「な、なによ…」

 

 その様子を見ていた摩耶、夕立、明石が意味ありげに笑みを漏らすのを山城が気味悪そうに引くのだった。

 

ーー

 

「やぁ、天龍。ただいま…」

 

「てめぇ、どこで油売ってやがったぁ!」

 

 ボゴォ!

 

 その後、サボりから帰還した提督は当然のごとく天龍の拳を顔面に受けたのだった。

 

 

 



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琵琶基地の日常

 

 誰にだって気にくわない人物がいる。それはだいたい特に理由がなかったりする場合が多い。様々な理由や状況によって簡単に関係は悪化して長期化するものだ。

 

「くそっ、あの色黒クソ○○チが。今度会ったら叩き切ってやるであります。いてて…」 

 

「落ち着けよ。飯が不味くなるだろうが」

 

「摩耶殿が止めなかったら殺せたのに、残念であります」 

 

 右の頬にアザを作ったあきつ丸は機嫌が悪くカツ丼を頬張り、その向かい側に座っていた摩耶も呆れた様子でそばを啜っていた。

 

 あきつ丸は元舞鶴鎮守府所属でそこにいる武蔵と滅茶苦茶仲が悪い、それが原因でここに飛ばされたようなもので関係はさらに悪化している。

 なぜこの二人が舞鶴にいるのか、それは二人が琵琶基地から物資を送り、そして舞鶴からの物資を受けとるためだった。

 

「いい加減しにろよ。出会って一秒も経たずに互いに顔面殴り合いやがって。行動に移すの早いんだよ」 

 

 途中まで順調だったのだ。そこにたまたま武蔵が通りがかってしまったのが不幸だった。舞鶴で受けとり手続きをしていた大淀と叢雲がヤバッというような顔をしたが既に時遅し、互いに一発ずつかましたのだ。

 

 馬力の差であきつ丸が壁に埋まるのは分かる。だが武蔵も眼鏡が砕け散り、殴られた勢いで地面に埋まるのを見させられるとは思わなかった。

 不知火曰く、いつもの事だそうだ。壁の修繕費請求書が届いて天龍にあきつ丸が床に沈められるのまで鮮明に予想できる。

 なら担当から外せば良いのだが舞鶴出身のあきつ丸はなかなかこっちでのやり方を心得ているので外せないのだ。

 

「お前、どんだけ強いんだよ」

 

「強い?笑わせないで欲しいであります。向こうがこの程度の敵にやられるようなあまちゃんだっただけであります」

 

(んなわけねぇだろ)

 

 この世に長門、陸奥、武蔵、大和は一隻ずつしか存在しない。3年前に建造されて以降、原因は不明だが建造が出来ていない。故にこの4隻は各鎮守府に一隻ずつ配備され主力として配備されている。

 

 呉の長門、横須賀の陸奥、舞鶴の武蔵、佐世保の大和。この四大巨塔によって日本は支えられているのだ。

 

「てか、蕎麦屋でカツ丼を食うなよ」

 

「分かってないでありますな。蕎麦屋といえばカツ丼。うなぎ屋といえば天丼でありますよ」

 

「いや、普通に食えよ」

 

「常識に捕らわれないのが私であります。蕎麦を食べるのは年末だけであります」

 

「捕らわれてんじゃねぇか!」

 

「おや、もしや摩耶殿はうどん派。残念ながら常識はそばであります」

 

「お前に常識を解かれたくねぇ、アタシは蕎麦だ!」

 

 相も変わらず弄ばれている摩耶と遊んでいるあきつ丸。人で賑わう蕎麦屋の端で話す二人はなんだかんだ楽しそうだった。

 

ーー

 

「2ペア」

 

「セット!」

 

「ストレート」

 

「悪いな、フラッシュだ」

 

「な、くそぉ!」

 

「今回はツいてるようだな」

 

 場所は変わり横須賀、大型トラックの横に置かれた木箱にはトランプが並べられ互いに手札を見せあっていた。いわゆるポーカーと言うものだ。

 大きな木箱の周りには小さな椅子が置かれそこには横須賀所属の隼鷹、千歳、ガングートと琵琶の天龍の四人が座っていた。

 

「またやってるの?懲りないわねぇ、何を賭けてるの?」

 

「あぁ、陸奥か。金じゃねぇよ、安心しな」

 

「くそぉ。私の三浦がぁ」

 

 隼鷹は涙ながらに横須賀の地酒を天龍に差し出す。それを笑いながら受けとる天龍。どうやら賭け金は互いの保有している物品だったらしい。よく見れば、ガングート側の机にはキャビアが数缶置かれているし千歳の足元には巨大なクーラーボックスが置かれている。

 

「やるな天龍、噂に聞いていたがこれ程とは」

 

「こういうのは度胸よ」

 

「まだまだ、最下位にならなきゃ負けじゃないわ」

 

 パイプを吹かしながらカードを手際よくきるガングートは目線を陸奥に向けると彼女はそれに気づき笑いかける。するとガングートはカードを5人分配り自身の手札を確認する。

 

「お、来るか」

 

「真打ち登場ってことね」

 

「この前、負けたから。借りは返したい主義なの」

 

 そういって天龍と千歳は陸奥を座らせるために場所を移動する。そして彼女が背後から取り出したのはシャンパーニュの《ドン ペリニヨン》正真正銘の高級ワインだ。

 

「「「おぉ~」」」

 

「よくそんなもんを手に入れたな」

 

「ちょっと融通して貰ったのよ。貴方は何を出してるの?」

 

 天龍側には何も置かれていないまさか賭け物無しでこれをやっている訳ではあるまい。

 

「教えてくれないのよ。まだお預けだって」

 

「そろそろいいだろ?」

 

「仕方ねぇな。陸奥にこんなもん出されちゃ仕方がねぇ」

 

 そして天龍がおもむろに出したのはシングルモルト・スコッチ《ロングモーン》、それを見た陸奥は目を鋭くしてその酒を見つめる。

 

「あら、私の大好物」

 

「分かってて出しただろ。わざわざドンペリまで出して来やがって」

 

「分かりやすかったかしら。私、秘書艦だから時間がないの。30分で方をつけるわ」

 

「やってみろ。身ぐるみまで剥いでやる」

 

「一人一回。文句なしだ」

 

 親であるガングートが手札を捨ててカードを引くのだった。

 

ーー

 

「おや、陸奥まで抱き込まれましたか」

 

「すいません。うちの天龍が」

 

「いえいえ、何事も息抜きは必要ですからね。彼女は息の抜き方が下手でしたからむしろ感謝しています」

 

 川内が持ち込んだ荷物の受け取りとこちらの物資の受け渡しの書類にサインをしていた丸眼鏡を掛けた人物。川崎省吾提督は糸のように細い目で窓の外で楽しそうにポーカーに興じている陸奥を見つめる。

 

「そちらの提督は元気ですか?」

 

「はい、お知り合いで?」

 

「まぁ、同期の悪友みたいなものでしたから」

 

 川内は口元をマフラーで隠して目だけをあらわにして川崎を見つめる。他の川内とは違い寡黙な彼女はまるで本物の忍者のように周囲をくまなく見つめていた。

 

「その様子ですと稲嶺くんの事を探っているのですね」

 

「……」

 

「大丈夫ですよ。彼は貴方方を無闇に使う人間ではありません、私が保証します。私が保証しても意味はありませんが」

 

「いえ…」

 

「そちらも大変でしょうが頑張ってください」

 

「ありがとうございます」

 

 川内は書類を受け取ると礼儀正しく執務室を後にする。

 

「稲嶺…」

 

 川崎はそう小さく呟くと眼鏡を掛け直すのだった。

 

ーー

 

「不知火に落ち度でも?」

 

「うーん。なんとも言えないなぁ」

 

 せっかくの魚を逃がしてしまった不知火はバツの悪そうな顔で背後にいる提督に視線を移す。釣りは魚との真剣勝負、根気が大切なのだ、不知火は見た目の割に短気な所があるため釣糸が切れてしまったのだ。

 

「お、提督さん。今日もやっとるね」

 

「ええ、大事な食料ですから」

 

「うちの知り合いが愛知で漁業やっとるで良かったらそっちにおくらせようか?」

 

「本当ですか?それはありがたいですね」

 

 昼ごろになると定年を過ぎた人たちが趣味で釣りをしに来る。手軽に使える桟橋となれば提督たちがいつも使っているものが最適、不思議と人が集まるのだ。

 

「不知火ちゃん。これ、孫がくれたお菓子。食べるかい?」

 

「ありがとうございます」

 

 見た目が未成年な不知火と夕立はおじさま、おばさま方に大人気。毎回、これでもかと言うぐらいにお菓子を貰う。

 九州の方が危機的状況と言っても距離こそ離れてしまえば対岸の火事、日本のほとんどは呑気なものだ。

 

「これは、夕立ちゃんの分よ」

 

「これはご丁寧に」

 

 今回、夕立と山城、明石はお留守番。もしもの時の電話係なのだ。軍と民間の軋轢は大きいのがよくある形だがこの場合は、あまり軍務を遂行していないと言うのもあってちょっとしたご近所の交番扱いされている。

 

「使わんくなったパソコンがあるやけど。使うかい?」

 

「もちろん」

 

「じゃあ、明日もってくるわ」

 

 琵琶基地は運営に必要な最低限の資金しか降ろされていない。基地内の娯楽道具や備品などは地元からの貰い物がほとんどだ。

 

「今日は釣れんなぁ」

 

「そうですねぇ」

 

 持参した水筒を片手に水面を見つめる提督は大きなあくびをするのだった。

 

ーー

 

「うぅ…。留守番は暇っぽい!」

 

「だからってこっち来ないで!」

 

 武道場を改装して作られた工廠では各地の余り物から趣味で作っている発明品たちが積まれている。そんな場所に電話回線を繋げて遊びに来ている夕立は開発をしている明石の周りを右往左往していた。

 

「邪魔はしてないっぽい!」

 

「気が散る!」

 

 明石が現在、開発に着手しているのは艦娘の手持ち武装だ。艦娘の多くは両手に何も持っていない者が多い。それが特に顕著なのは戦艦タイプ、金剛型など背中に砲塔を持っているが両手は空いている。

 ならばそこに武装を追加すれば火力なりなんなりが練度以外で上がらせることが出来るかもしれない。それを研究しているのだ。

 

「つまんないっぽい!」

 

「とにかく私の集中をさまたげないでぇ!」

 

 明石の叫び声を私室と化している図書室で耳にした山城だったが気にせず読書を再開するのだった。

 

 

 



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日本の砦

 

「第一艦隊、佐世保鎮守府の援護要請任務から帰投した。小破以上はなしだ」

 

「ごくろうさま長門。疲れたでしょ、ゆっくりしててね」

 

「お気遣い痛み入る提督。お言葉に甘えさせてもらおう」

 

 呉鎮守府執務室、そこの椅子に座るのは17ほどの少年であった。彼が前任から鎮守府を引き継いで5年、当時12であった彼は破格の昇進を得てこの地位についた。

 

「変ね。敵の攻撃はいたって散発的、大手をかけられているのはこちらなのに向こうは決めてこようとしないなんて」

 

「深海悽艦には大局を見て判断すると言うほどの知性を持たないというのが大本営の判断だ。それから見れば向こうはいつものパターンに入ったという見方が正しい」

 

 愛刀を自身の方に倒して座る伊勢は呉鎮守府提督、青波提督と将棋を指しながら会話を続ける。

 

「その意見は八割方賛成するけど。肯定はしないわ」

 

「ええ、向こうにも知性をもつ存在は確かにいるはず。やはり姫級を鹵獲しなければな」

 

 呉にて五年前の悪夢を乗り越えた艦娘の一人、伊勢型航空戦艦一番艦《伊勢》彼女の顔には生々しい傷が残っている。デコから左目を通り、頬を切り裂いたような傷。他にも身体中に火傷や裂傷の痕が無数に存在する。

 

 艦娘の体は理論上、どれ程の傷を負っても帰投さえ出来れば完全に修復が可能である。だがごくたまにその艦娘の精神状態によって治らない傷が存在する。

 それはトラウマになっている場合、そして本人がその傷痕を残したいと思っている場合だ。

 伊勢の場合、傷は五年前から残り続けている。その間にも何度も入渠してはいるが一向に治る気配はない。

 

「その肝心の姫級もあまり出てこないし。最近は楽じゃない、あきらかにおかしいわ」

 

「まぁ、僕たちが何を言ってもなにも変わらない。これが嵐の前の静けさなのか、それともただの好機なのかは上が判断してしまうことだ」

 

「あら、随分とあっさりしてるのね」

 

「もしもの時は勝手に動くさ、君を失望させるつもりはないよ」

 

「あらそう」

 

 伊勢のあっさりとした態度に青波はほんの少しだけ残念そうにするがそれを悟らせまいと顔を引き締める。

 

「随分と反応が薄いな」

 

「そう言うのは他の子に求めなさいな。私に期待しても無駄よ、はい、王手」

 

「待った」

 

「待ったなし」

 

「うむぅ…」

 

 希代の天才と呼ばれる青年でもまだ少年。暖簾に腕押し状態の伊勢には形なしだった。

 

ーー

 

 日本の砦、佐世保鎮守府。高い練度と連携、文字通り日本の最強部隊を有するこの鎮守府は実質、最高戦力を保有している佐世保は他の鎮守府とは違い、完全に要塞と化している。

 

「おや、今日は随分と機嫌が悪いですね。提督」

 

 噎せかえるようなタバコの匂いと視界を霞ませる煙がその部屋を充満させていた。それを見た大和は執務室の窓を開けて換気を始める。

 

「駆逐艦の子達も来るのですから。少しは考えて頂かないと」

 

「大和、わしは女房を作った覚えはない」

 

「でしたら、他人に対する気遣いというものを覚えて頂きませんと」

 

 佐世保鎮守府の全ての実権と責任を持っている女性提督、その名は神楽座千代音提督は聞き飽きた説教を聞きながら書類を纏め上げる。

 

「それで艦隊はどうした?」

 

「先程、寄港しました。もうすぐこちらに報告に来るかと」

 

「来てるわよ」

 

 脚以外の艤装を装備したまま執務室に現れたのは叢雲。彼女は槍を杖代わりにして悠然と報告を始めた。

 

「沖縄の手前まで手を伸ばしてみたら。大物が居たけどそれだけよ他はいつも通り」

 

「広域かつ散漫的じゃのう。おかげでこっちの手が足りんわい」

 

「なら私も出ましょうか?」

 

「あほんだら。おまんが出ても釣りはでてこんのじゃい」

 

 そう言うと再びタバコに火を着けて開けられた窓に体を向ける。

 

「叢雲、おまんはどう思う?」

 

「嵐の前の静けさ」

 

「じゃろうな」

 

 九州絶対戦線。佐世保鎮守府を主力とする海軍戦力と陸上部隊による多重防衛線、本土上陸を何としても阻止するために組まれたこの戦線を破るのは容易ではない。

 

「やつらには知性がある。一度見せただけで十分じゃ、もの考える奴が向こうにおる。必ずここに来る」

 

「本当に奴らがここを欲しがってるのならね」

 

「なんじゃと?」

 

 佐世保の最古参である叢雲は千代音とは友とも呼べる関係性である。そんな叢雲の言葉に体を動かさずに目だけ見る提督。

 

「九州に対する攻勢。それ自体が囮だったとしたら…」

 

「5年前も囮じゃと?」

 

「ただの妄想よ。入渠するわ」

 

「提督…」

 

「叢雲の勘は馬鹿にできんじゃき。頭には入れとかなあかんのぉ」

 

 佐世保の叢雲はNo.1(ファースト)シリーズと呼ばれる者の一人。彼女の戦歴は他の艦娘を凌駕している。彼女の勘は当てずっぽうの勘ではなく、経験に基づく勘であるのだ。

 

「ほんまに嫌な感覚じゃき」

 

 現場指揮官においては実質的な権力を持つ彼女は窓から見える海原を見つめるのだった。

 

ーー

 

「加賀、さっきは助かったわ」

 

「いえ、まさか戦艦水鬼が出てくるとは思いませんでした」

 

 報告を終えて艤装を格納庫にしまいに来た叢雲は艦載機のチェックをしていた加賀と出くわす。

 

「動きのパターンは読めてるのに無駄に固いから困るのよね」

 

「パターンが読めるのは貴方ぐらいだと思いますが…」

 

「経験よ、経験…。やってりゃ、慣れるわよ。貴方も間近で戦えばいいわ」

 

 槍を専用のケースに納めると電子板から充電中と表示される。それを確認した彼女は左腕に固定された二連装砲を外す。これは叢雲の物ではなく、姉である吹雪の物だ。

 

「無茶を言いますね。後衛に前衛能力を求めないでください」

 

「あら、私の知り合いに素手でやりあってた空母いたわよ」

 

「そんなのいましたか?」

 

 加賀は過去の記憶を遡りながら一人の艦娘に辿り着く。そういえば、彼女は両手に手甲を嵌めていたような気がする。

 

「確か呉に…」

 

 そう言葉を漏らしながら叢雲を見ると彼女は頷く。

 

「呉って変人が多いわよね」

 

「いや、それなら貴方も変人なのですが…」

 

 佐世保は提督を頂点とする統制で動く正規軍、呉は提督をトップに置きながらそれぞれで研鑽を高めあい、独特の戦術、戦略を展開する愚連隊のような気質がある。

 

「私はあの13人の中で数少ない常識人よ」

 

「いやいや、まずその13人が頭おかしいですから…」

 

 プライドの高い加賀が一貫して敬語を貫いている。言われてみればかなり珍しい光景だが身内からしてみれば当然のことだ。叢雲は佐世保の中で一番の古株、特に階級を持たない艦娘たちは自然と配備年度が古い順で先輩、後輩といった立場を取っている者が多い。

 

瑞鶴(先輩)「加賀、なにタラタラしてるのよ!アンタがいないと飯が食べられないじゃない!」

 

加賀(後輩)「うるさいわね五航戦、あなたにだけは怒られたくないわ」

 

 …何事も例外は存在する。

 

「バカなことしてないで飯に行くわよ」

 

「「了解です…」」

 

 やれやれと言った具合で倉庫から出る叢雲、そんな彼女に空母二人は着いていくのだった。

 

 

 




No.1(ファースト)シリーズ

 二十年前、一番最初に建造された艦娘たちの事を指す。

 吹雪、白雪、初雪、深雪、磯波、浦波、叢雲、雷、電、暁、響、天龍、龍田の13艦が建造され他の艦娘たちの製造、開発体制が完了するまで高い戦闘能力で対深海戦線を支え続けた。しかし現在、生き残っているのは3艦のみとなっている。

 練度、経験ともにずば抜けた能力を持ち、圧倒的な戦闘能力を有している。経験から起こされる戦術、戦略眼、独特の戦闘術は圧巻の一言に尽きる。

残存の3艦はそれぞれオーダーメイド武装や他のNo.1シリーズの形見の武装を使っていたりする、





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 滋賀県、琵琶基地。辺境に位置するこの基地の執務室にて提督である。稲嶺は数少ない書類を書き上げ、取り寄せた資料に目を通していた。

 

「……」

 

 時刻は深夜、真っ暗な執務室にはデスクライトのみが光を発し書類と彼の顔だけを照らす。

 

「よう、提督。遊びに来たぜ」

 

「天龍か…」

 

 その部屋にやって来たのは天龍。彼女はシャンパン片手に登場し小さな円卓にグラスを置くとシャンパンを注ぐ。

 

「また勝ってきたのか?」

 

「おうよ、陸奥は度胸はいいが。まだ詰めが甘いんだよな」

 

「ほどほどにね」

 

 二人分のグラスに陸奥から頂いたドンペリを注ぎ天龍は稲嶺に渡す。

 

「ありがとう」

 

「この仕事も3年やってて随分と慣れたぜ。海軍不要人材の島流し、海軍の孤島と言われているこの基地ともそれなりの付き合いになってきたな」

 

 天龍とはそれなりに親しくやって来た。こう言うときはなにか話したいことがある時だ。

 

「提督、最近。変な感じになるんだよ」

 

「天龍?」

 

「左目が疼くんだよ。抉り取られた左目がな」

 

 琵琶基地所属の天龍。通称《硝煙まみれの一匹狼》彼女の耳のようなレーダー装置の裏にはシリアルナンバーであるNo.1が刻まれているNo.1シリーズの生き残りである。

 彼女、天龍シリーズが全員。左目に眼帯をしているのは彼女が正規生産開始前に左目を失ってしまったせいである。

 

「来るのかな…敵が?」

 

「あぁ…いいぜ、その目。やっぱりお前はただのボンクラじゃねえ」

 

「いや、私はボンクラさ。根暗で昼行灯な無能だよ」

 

「まぁいい…」

 

 一線を退いているとはいえ歴戦の猛者。その眼光は鋭く光っていたのだった。

 

ーーーー

 

 許さないー。

 

 私は祖国のために、誇りある合衆国の軍艦としてその使命を全うした筈だ。私はその命を懸けて合衆国と共に戦い抜いた筈なのに…。

 

 目を裂くような閃光。身を焦がすような業火に二度も曝された。なぜだ、なぜなのだ!

 

「目が覚めたか、サラトガ?」

 

「えぇ…」

 

 真っ暗な空間。青い液体から浮上したサラトガは水槽の前で待っていたヲ級。頭の上に乗せている飛行甲板はボロボロで機能していないように見えるがその風格は他のヲ級を凌駕するものであった。

 

「何度みても虫酸が走る夢だわ…」

 

「また見たのか…」

 

 肝心のサラトガは水槽から上がると自身の得物を持つ。亀裂の入った甲板、これでは艦載機は飛ばせないだろう。外見は改二の姿だが肌には赤い亀裂のような模様が浮き上がり、目は黄色く光り不気味さを醸し出している。

 

「艦娘であり我々でもある不安定な存在。そこまで自身の姿にこだわるか?」

 

「えぇ、この姿で復讐したいのよ」

 

「分かった。時間だ、我が同士よ」

 

「えぇ」

 

 マントを翻して部屋を後にするヲ級の後に続くサラトガ。彼女は向かう先を睨み付けるのだった。

 

ーー

 

 アメリカ、アラスカの深夜帯。組み上げをほぼ終え、テストを行っていたメガフロートにて警報が鳴り響く。常駐していた兵たちが武器を取り、現場に急行するとそこには阿鼻叫喚の世界が広がっていた。

 

「バカな、なぜこんなところに深海棲艦がいるんだ!」

 

「アラスカ基地に応援要請。艦娘を至急送ってもらえ!」

 

「地下のIowaを起こせ!」

 

「しかし、あれはまだ調整が」

 

「今使わないでいつ使うんだ!」

 

 深海棲艦の無数の駆逐級とネ級などの人形棲艦相手に生身の兵士では対処は不可能だ。せめて駆逐級だけならばなんとかなったのだが、そんな思いとは裏腹に敵は湧いてくる。 

 

「アラスカは一体なにを警戒していたんだ」

 

 悪態をついていた隊長はその言葉を吐いた瞬間。一つの可能性を思い付く。

 

「おい、本部に連絡してレーダーの反応を調べさせろ」 

 

「え、了解です」

 

「どのセンサーが深海棲艦の侵入を察知したんだ?」

 

「見張りの者が警報を押したんです。」「上陸済みの深海棲艦を見てか?」

 

「そのようです…あれ?」

 

 このメガフロートにも簡易的だが動体センサー等の各種センサーが備え付けられている。それなのになぜ深海棲艦が発見されなかったのか。

 

「ダメです。本部に繋がりません、強力なジャミングが局地的に発生しています」

 

「光信号でもなんでもいい。ここの異常事態を本土に届かせろ!」

 

「りょ…」

 

「なっ!」

 

 構築したバリケードごと、部下を貫いたのは黒い杖。これを持っているのは一種しかいない。深海棲艦正規空母、ヲ級。

 

「じゅ、重巡のみならず空母も…ここまでの侵入を許したのか…」

 

 バリケードを破壊されもはや成す術がない隊長は目の前に現れた紫のオーラを纏ったヲ級を見つめる。今までのデータに該当しないクラスのヲ級を目にした隊長はその光景を最後に絶命するのだった。

 

 結果、最後まで外部に悟られることなくメガフロートを制圧した深海棲艦たちはメガフロートと共に一晩で姿を消したのだった。

 

ーー

 

「圧倒的ね。こんなに簡単にこんなものを掠めとるなんて」

 

「何事も準備が大切だ。それ次第で全ての結果が決まる、うまく行かなかったら準備不足。それだけだ」

 

 メガフロートの管制室の椅子に満足そうに座るヲ級は自力で航行するという普通ではあり得ない方法で動き、深海棲艦の勢力範囲へと直進する。

 こちらは一切の被害なくアメリカの秘密兵器を奪い、現在は悠々と帰還している。サラトガにとっては少しだけ胸がすく気分だった。

 

「それに思わぬおまけも着いてきた。それはお前に任せる」

 

「えぇ」

 

《ヲ級さま。最終エンジン、取り付け終わりました。第二次加速を開始します》

 

「あぁ、ご苦労。ネ級」

 

 通常のネ級よりやけに重武装なネ級はキリキリと踵を返すとすぐに姿を消す。

 

「見たことないタイプね」

 

「私の親衛隊だよ。強いぞ、私なりにかなり改造したがな」

 

「そうなの…」

 

 興味なさげに呟くサラトガは広大なメガフロートを見下ろす。

 

(長門…この世界の人間の醜さがわかっているはず。貴方は私を理解してくれるはず)

 

 悲しそうに目を細めるサラトガの背を見ながらヲ級は静かに笑みを溢すのだった。

 

 



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メガフロート攻略作戦
涸轍鮒魚


 

 

「超大型の台風10号はその勢力を衰えさせずに進み。一週間後には日本領土に上陸すると思われています」

 

「台風は夏の貴重な風物詩でありますなぁ」

 

 朝、あきつ丸は麦茶を飲みながら新聞を読む。つけっぱなしのテレビでは最新の台風状況が流れ、アナウンサーの声が食堂に響き渡る。

 

「台風でも琵琶湖でも良いから走りたいぜ。艦娘としてのカンが鈍るからよぉ」

 

 タンクトップに半ズボンとトレーニングウェアの天龍は汗を拭きながらジョッキに注いだ麦茶を飲み干す。

 

「はい、姉貴」

 

「おう、すまねぇな」

 

 一息ついた天龍に摩耶は彼女の愛用のタバコを差し出し火をつける。一服する天龍はあきつ丸の使っていた灰皿を少しだけこちら側に寄せると灰を落とす。

 

「臭いっぽい…」

 

「わりぃ、わりぃ」

 

 机に突っ伏し惰眠をむさぼる夕立はタバコの臭いを察知して体を顔を横にして嫌な顔をする。天龍は謝りながら回っていた扇風機を調整して風向きを調整。臭いが向かわないようにする。

 

「そうすればこちらが暑いのですが…」

 

 そう悪態をつく不知火だが彼女の目の前には卓上扇風機がそのサイズでありながらも奮戦中であり言ってるわりには快適そうだ。

 

「ぽいぃ…」

 

 一人だけ真夏の暑さに耐えかね彼女自身、溶けてるような錯覚を感じさせる夕立。

 

「夕立を虐めるな…」

 

「まぁ、扇風機だとたかが知れてるけどね」

 

 手のひらサイズの氷枕を夕立の首に着けて冷やす川内、そして笑顔で姿を表した提督もみんなが集まるテーブルに座り、用意された麦茶を飲む。

 

「ところで、提督殿。悪いニュースと悪いニュースどっちが聞きたいでありますか?」

 

「一択じゃないか。それで、なにがあった?」

 

「陸軍から流れてきた情報でありますが。アメリカで開発されていた巨大フロート施設が深海棲艦に強奪されたそうであります。追撃に出たニューヨークの第一艦隊が追撃に出たそうでありますが失敗。手痛い損傷を得て撤退したそうであります」

 

「よくそんな情報が回ってきたな」

 

「摩耶殿。向こうもこちら側の混乱は避けたいのであります。軍は軍同士で仲が良い、どの国も陸軍と海軍は仲が良い訳ではないであります」

 

 摩耶の言葉にあきつ丸は悠々と答える。

 言ってみればこれは米軍の不祥事にあたる出来事。本来ならこの様なことを自らバラす訳はないのだが、日本は深海棲艦との戦闘における最前線。深海棲艦相手に対して日本という囮をアメリカは失うわけにはいかないという思いもある。奴等の思考は未知の領域、いつ矛先が向くか分からない。

 

 

ーー

 

「全長5000mの巨大な移動要塞。これはかなりやっかいですね」

 

 米軍から流れてきた情報を耳にした横須賀鎮守府提督。川崎提督は線のような目で困り顔を作る。 

 

「深海棲艦たちが他国より日本の侵攻に重点を置いてるのは明白。このメガフロートが来るのも時間の問題でしょうね」

 

「九州戦線に投入されれば佐世保は持たないでしょう。厄介なものを奪われたものです」

 

 秘書官である陸奥を横目に川崎はため息を噛み殺す。自分はここの長である、それが弱気など見せてはならない。

 

「地理的にうちが担当することになりそうね」

 

「外部からの破壊は無理でしょう。仮にも要塞です、それに大きすぎる」

 

 黒縁の眼鏡を掛けなおすが彼の表情は浮かばれない。

 

「最適な方法は…」

 

「内部から壊すしか方法がないか。少なくとも敵の巣窟に潜らなきゃならない、嫌な仕事ですね」

 

「生還は絶望的ね」

 

 言わずも分かっているが、決死隊になる。こんな編成を考えなきゃならない時が来て欲しくはないが、こういうものに限ってしっかりとやって来るものだ。運命というのは本当に嫌な方に転がる。

 

「稲嶺はどんな気持ちなんだったんでしょうね」

 

「省吾…」

 

 表情には出ていないが言葉の端に悲しみが隠っていたのを聞いた陸奥は彼の手に優しく添える。

 

「ごめん、少し昔のことを思い出しただけです」

 

「もしもの時は私が…」

 

「君はうちの切り札だよ。残念だが君を行かせるわけにはいかない」

 

 陸奥にとっては残酷なことを言っているのは川崎も分かっている。生還率が絶望的な作戦に仲間を送らなければならないのは本当に辛い。 

 彼はどのような気分だったのだろうと彼はため息を噛み殺すのだった。

 

ーー

 

「そんなことが…」

 

「とにかくだ。明石、お前は元大本営所属の開発部にいたお前に頼みたい。ツテはあるだろう?」

 

 研究室に籠っていた明石を呼び出した提督。その言葉に明石は表情を変えて察する。

 

「まさか、艤装を?」

 

「こっちもこっちで回してみるけどやっぱり現場の納得なしにはどうもいかないからね」

 

 窓を全開にして団扇を扇ぐ自分の上司の表情をうかがいながら明石は少し考えると頷く。

 

「分かりました。聞くだけ聞いてみます」

 

「ありがとうね」

 

 明石がその場を後にする。それを手を降りながら見送る提督は埃の被った電話をかけるのだった。

 

ーー

 

「鉄底海峡が落ちたじゃと!」

 

「確定情報ではないですが。E-5「サーモン海域最深部」の深海部隊が突如攻勢に転じ、E-4「アイアンボトムサウンド」の榛名、霧島を主力とする守備隊との通信が…」

 

 千代音は咥えていたタバコを握り潰して灰皿に捨てる。それを見ていた大和はもったいないと言わんばわかりの表情を作る。

 

「ショートランド泊地とブイン基地の部隊が救出と調査に向かったようです」

 

「ほんで他に連絡は?」

 

「大本営から通達が…。アメリカが試作していた大型メガフロートが深海棲艦に奪われたと」

 

「囮か?」

 

 太平洋のど真ん中は完全に深海棲艦の勢力範囲。こちらに来るとしてもそこを通らなければならない。だが出来るだけ向こうは位置を知られたくないはず。鉄底海峡の急激な攻勢はそのための囮なのか。

 

「呉からはいつでも第一、第二艦隊が増援に回ると言ってきています」

 

「若造が、増援などいらん。呉は呉で防備を固めさせろ、こちらに来たら向こうも目と鼻の先じゃ!横須賀と大湊はどないになっとる?」

 

「駆逐、潜水を含む部隊が大湊指揮のもと部隊を展開しています。単冠湾泊地なども索的艦隊を展開。各基地は厳戒体制に移行しています。陸軍も沿岸部の街に展開しもしもの時に備えていますね」

 

 大和が纏めた資料を読みながら黙っていた千代音は上がってきたボルテージを納めて大きく呼吸をする。

 

「来ると思うか?」

 

「正直、分かりません。今回の敵は明らかに思考を持っています。もし敵が5年前の主犯なら」

 

「リベンジ戦ってわけか。よほど日本に執着してると見る」

 

 千代音は確信を持っているかのように外に目を向けるのだった。

 

ーー

 

「うん、そうよ」

 

 呉鎮守府の古株伊勢は鎮守府内に設置された数少ない電話を片手に誰かと話をしていた。

 

「じゃあ、逐一報告よろしくね。悪いわね、スパイみたいな事させて…」

 

 周囲に気を配りながら話す伊勢の姿は隙を見せないといった様子であった。

 

「うん、それじゃ」

 

「軍用の公共回線じゃないですね」

 

「…大鳳」

 

 物陰から姿を表したのは大鳳、彼女はなんとも言えぬ表情で伊勢を見つめる。

 

「伊勢、残念ながら私たちでは日向には勝てません。全てにおいて」

 

「いえ、私はあの子の姉。無様なプライドだけど、あの子には負けたくないの」

 

「日向が死んだ時点でもうあの頃には戻れませんよ」

 

「私は今のこの鎮守府でも満足している。鎮守府としてではなく、私個人の願望で自己満足よ」

 

 一切、表情を変えない伊勢を見た大鳳は黙り込み少しだけあきらめの表情を見せる。

 

「変われとは言わないけど私は今のままでは行けないと私は思います」

 

「…分かってるわよ」

 

 

 



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タヌキ

 

 

 今現在、世界を震撼させているメガフロート失踪事件。当のメガフロートは太平洋のど真ん中で停泊していた。その中央管制塔、司令室には紫色のオーラを持つヲ級がいた。

 

《航行システムの完全構築が完了しました。これで自由に航行できます》

 

「ご苦労、チ級。防空棲姫を呼んでくれたまえ」

 

《ここにいるわよ》

 

「なぜここにいる。持ち場は周辺海域だったはずだ」

 

 念話で会話をする深海棲艦に対し口での会話をするヲ級はチ級との会話を済ませると完全武装の防空棲姫が現れると明らかに不機嫌になる。

 

《警戒任務なんてわたしほどのクラスがやる必要があるの?この施設で製造された軽巡やら駆逐やらがたくさんいるのに…》

 

「黙っていれば…調子に乗るなよ。私が指揮官だ、例え貴様が防空棲姫だろうと私の駒に過ぎない…」

 

《調子に乗ってるのはそっちじゃないの、姫の称号を得られないヲ級風情が。私に指図できるとでも?》

 

《防空棲姫さま、ダメですよ。そのヲ級は…》

 

《分かってるわ。だからこそ、試してやろうじゃない》

 

 重巡ネ級が慌てて止めるが彼女は止まる様子はない。危険と察したネ級はすぐにその場から離れる。あの戦艦大和すら一撃で大破にできる砲をヲ級に向けた防空。その瞬間、彼女は床に叩きつけられる。

 

《なっ!?》

 

 一瞬にして喉元に突き付けられる杖。名を《黒刀》通常のヲ級は杖の先には砲が埋め込まれているがこのヲ級の杖の先端は鋭い刀になっているのだ。

 

「戦場の空気すら知らないひよっこが、貴様を越える存在などいくらでもいる。お前なぞ、"あの日向"の前では降り積もる塵にすらならないだろうな」

 

《!!!!!?!!?》

 

 そのまま喉元を貫かれ床に縫い付けられる防空は痛みにもだえ、ヲ級はその顔面を掴み、顔を近づける。

 

「こんなひよっこでも指揮を執るべき姫クラス。私は改装のために湯槽に入る。その間、お前が指揮を執れ。余計な真似をすればこの程度じゃ済まされないからな」

 

「ハ…イ……」

 

「ネ級、治療しろ」

 

 杖を一気に引き抜いたヲ級はそのままその場を後にするのだった。

 

《分かりました》

 

《化け物め》

 

《あのヲ級さまは特別なのです。お分かりになりましたか》

 

《あれがPrimordialの称号を持つ者の力。分かったわよ、素直に従うわ》

 

 ヲ級(Primordial)、原初の名を持つヲ級の力は姫級を含むどの深海棲艦を上回っている。空母ヲ級ではなく単体のヲ級という名を持つ個体は深海棲艦の中でも彼女だけだ。

 

「…ふ」

 

 静かに顔を歪めながら笑うヲ級は、歩を進める。

 

「随分と優しいのね」

 

「頭は残念だがあれでもスペックは高い。少しでも役立ってくれないとな」

 

 外で様子を見ていたサラトガの言葉に笑みを見せるヲ級。

 

「貴方にも倒すべき敵がいてなによりよ。その方が親近感が沸くわ」

 

「ふ、奴はもう死んだ、私が殺した」

 

「分かってる癖に…。あなたはその日向が死んだのを信じていない。いや、認めていない」

 

「……」

 

 鋭く眼光を光らせるヲ級に対してサラトガは暖簾に腕押し。なにも懲りていないようだった。

 

ーーーー 

 

「やはりその情報は本当か…」

 

「えぇ、一晩。というより、たった数時間で制圧されそのまま持っていかれたと言うべきかしら。事態が終息するまで目と鼻の先にいた筈のアラスカ基地は全く気づけなかった。システム、施設ともに異常なし」

 

「生存者は?」

 

「不明、今のところ誰も見つかってないわ」

 

 メガフロート失踪事件から数日後、琵琶にあるとある寺院。そこに設置された長椅子で話しをしていたのは琵琶基地所属の川内とアメリカ大使館直属のサラトガだった。川内は巫女の服を着こなし、座っていたサラトガの近くを竹箒で掃除していた。

 

「メガフロートは船じゃない。自力で航海ができる訳がない」

 

「だれもがそう思っていた。でも事実は固定してあったメガフロートが姿を消しその一片も残さずに消えた。それは紛れもない事実で、それを成しえる方法はたった一つしかない。深海棲艦が束になっても曳航できる大きさじゃないわ」

 

 川内は元諜報部に所属していた艦娘、その頃のツテはある程度ある。お互いにWinWinの関係さえ築き上げていればあの頃とはなにも変わらない。

 対してサラトガもそう言ったことに関してはあまり関わらない方が良い立場なのだが彼女も情報の中で生きていた艦娘、離れられるわけがなかった。

 

「深海棲艦はメガフロートを最初から狙っていた」

 

「可能性はかなり高いわね。過去何十年の資料を見てもこのような知的な行動は見せたことがない…いや、一度だけあったわね」

 

「5年前、深海棲艦の日本への大侵攻」

 

 常識では考えられないことが起きている、それも今回は二度目。それは確かで日本としても無視できることではない。むしろ、対深海棲艦の最前線としてこの様な巨大な要塞が消えたのは一大事だ。

 

 

「何m級だ」

 

「5000m級、中央管制施設は完成していたわ」

 

「慌てるわけだ、もし本当にそれが敵の手に渡ったのなら勢力図が変わる。艦娘は?」 

 

「一人だけ、評価試験中だったIowaがいたけどメガフロートと共に消えたわ」

 

 聞けば聞くほど大失態。自分達の勢力圏内部だからと言ってもよくもまぁ、そんなものを盗まれるのだ…。

 

「軍の上層部はそれをもう把握しているわ」

 

「メガフロートの詳しい内部構造図とアイオワの詳しいデータを手に入れられる?」

 

「できるわ。奪われたとはいえ、軍の最高機密に部類されるんだけど…特にIowaの件は」

 

 値踏みするような視線を川内に向けるサラトガ。それを見て彼女は小さくため息をつくと小さく声を漏らす。

 

「例の音声データ…」

 

「……」

 

「のオリジナル」

 

「請け負ったわ。データはお互いにいつもの場所でね」

 

 腰かけていた長椅子から静かに立ち上がるサラトガは振り返ることなく寺院を後にする。それを見送った後、川内はしばらく寺院を掃除し姿を消すのだった。

 

ーー

 

 

 

「君の言うことは理解できた。だが知っての通り、我々は君たちに対して絶望的にまで信頼をおいていないことは理解しているな。稲嶺大佐」

 

「ええ、待遇を決めかねた者たちの詰め込み場。そういう場所なのは理解しております。だからこそ今回は都合が良いのでは?」

 

 大本営の一室。そこではアメリカから強奪されたメガフロートについての臨時会議が行われていた。

 そんな中、海軍高官たちと対等に話している琵琶基地提督、稲嶺宗一郎は表情を一切変えずに答える。

 彼の隣に珍しくも山城の姿が見える。本来なら天龍辺りが出張ってくるのだろうが今回は珍しく山城、わざわざ提督のご指名で連れてこられたのだ。

 

「ほぼ、脱出不可能な敵移動要塞への突貫任務。高い実力を持ちながらも海軍で扱いに困っている戦力への有効活用。琵琶基地の人員が変動しようがそちらでは痛くも痒くもないでしょう?」

 

 確かに正論だが軍務からの甚だしい逸脱をしてきた者たちに任務を与えるというのはどうも釈然としない。

 

「先程もいった通り…」

 

「ははっ。稲嶺くん、君はやはり面白い男だ」

 

「元帥!」

 

「っ!」

 

 それ相応の年齢だというのにガッシリとした肉体を持つ元帥は笑みを溢しながら言葉を発した。

 そんな元帥の姿に山城は戦慄する。薄く開かれた目からはなにも見えないが雰囲気が全然違う。彼は笑っていない。

 

「だが私はね、軍務を守らない者たちすらも大切な戦力。むざむざ見捨てる気にはなれんのだよ。私から、そのような酷い命令を下せるわけがない」

 

「流石は元帥。民衆の支持の根本はそういう精神から来ておりましたか」

 

「うむ、私は犠牲は最小限度に抑えたいのだよ。何事にもね」

 

「しかし元帥という立場上。末端の兵までは目が届かない。これは立場上仕方がないことですね」

 

「そうだな、残念ながら私も万能ではない。そればかりはな…」

 

「そうでしょう…」

 

「それでは今回の臨時会議を終了する」

 

 高官の言葉で開かれた臨時会議が終了し稲嶺と山城はその部屋から退出する。

 

「あれはどういうこと?」

 

「元帥は根本的な点から人道派を唱っている。そんな彼にわざわざ部下を自爆させるような行為は断じてできない」

 

 退出した後、大本営を背に車を走らせる提督は助手席に座った山城の質問に答える。

 

「だが軍務すらろくに守らない部下が元帥の意思に反して独断で動けば彼は何も傷つかない。成功すれば英断を下した元帥は称えられ、失敗すれば俺たちは世間の笑い者だ」

 

「気持ちの良いものではないわね」

 

「下手して生き残っても銃殺刑だ。あんな会議に俺たちを呼び出す時点で出ろと言っているようなものさ。五年前、呉と佐世保ごと絨毯爆撃させようとしたのはどこのどいつだったかな?」

 

「…そうね。そんな話もあったわね」

 

 奥歯を噛み締めながら悔しがる山城。そんな彼女だったが一つ、気になることがあった。

 

「そう言えば、なんでそんな会議に私を…」

 

 寂しいから来てと頭を下げられながら扉の前で待機していた提督を見た山城の顔はポカンとした間抜け面を曝されられ断れずに連れてこられたのだ。

 

「天龍や摩耶、夕立だったらあの場面で元帥に一発決めてたよ。顔面に、それと他の面子も絶対に口を出してきたしね」

 

「私だけ頭が抜けてるってことね…不幸だわ」

 

「そう言ったつもりはないんだけどな。君なら言葉の意味が分かっていても絶対になにもしないよ」

 

「分からないわよ…」

 

「いや、君はしない。君は自暴自棄に見えてすごく冷静だ、自分だけじゃなく、周りの事も深く理解して行動している。これでも基地の中では一番付き合いが長いんだ。分かってるつもりさ」

 

「…貴方のそう言うところが嫌いよ」

 

「そうか、ごめんな」

 

 少しだけ顔を赤くして窓の外の風景を睨み付ける山城を横目に提督は笑みを溢しながら運転する。

 

「今回の作戦。参加は自由だ、みんな何故か言ってないのにやる気だけど」

 

「どうせ殺されるなら戦って死んだ方がいいわ。なにもやらないで後悔はしたくないの…貴方なら分かってるでしょう?」

 

「そうだな…」

 

 先程の表情から一転。暗い表情を見せる山城、それには提督も同様のようで先程、浮かべていた笑顔が消えていた。しかしそれも一瞬、彼はすぐに笑う。

 

「そういえば、この先に安くて大きいパフェの店があってね」

 

「甘いものは好きじゃないわ」

 

「俺が食べたいから…」

 

「…勝手にしなさい」

 

 



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攻勢

「さて、みんな。なぜかやる気満々だけど」

 

「あったり前だろ!久しぶりの実践だ、四年ぶりだぜ!」

 

 琵琶基地執務室に設置された机とホワイトボード、黒板には今までにないほど地図などの資料に埋め尽くされていた。

 

「アメリカ大使館経由で手に入れたメガフロートの内部構造図だ。それとこれはメガフロートと共に強奪されたアイオワのデータ」

 

「うわ、複雑ぽい」

 

「深海棲艦の上陸に備える筈だった複雑構造だ…」

 

「それがまんまと敵の手に…落ち度の塊ですね」

 

「俺が考えている方法はただ一つ。中央管制塔を占拠してメガフロートをパージさせて鉄屑に変える。それしかない」

 

 提督の言葉にその場に集まっていた全員が同意する。これ程の大きさは外部からの攻撃でバラせるわけがない。

 

「折角、割りの合わない任務が沸いて出そうなときに提督が寝てたら。引きずり出してやろうかと思ったが、やる気があって何よりだなぁ」

 

「じゃあ、ひとまず死なずに済んだかな」

 

 天龍の言葉に提督も笑顔で返す。どうやら、ここの奴らはこう言う時を待っていたらしい。まぁ、戦うために生まれてきたと教育され育ってきた奴等にとっては戦いがあるのに戦えないのはかなりの苦痛だったかもしれない。

 

「それで、艤装は来るのでありますかな?」

 

「手配は明石がしてくれている。恐らく来るはずだよ」

 

「中央管制塔のフロート管理エリアへの最短ルートはBー3の隔壁を通って中央兵器エレベーターで最新部に向かう。地下四階、その後は複雑な通路が張り巡らされてるがこれも明石が用意している端末の支持通りに動いてくれれば着くはず」

 

 やけに大きな設計図を指しながら説明する川内の言葉を漏らさないように耳を傾ける一同。そんな中、不知火が疑問をあげる。

 

「アイオワの扱いはどうしますか?」

 

「状況によるけど出来るだけ救出したい」

 

「アメリカに貸しを作る絶好の機会だしな、ほっとけねぇよ」

 

 摩耶が嬉々としながら麦茶を飲む。脳筋に見えて見るとこはしっかり見ている彼女の言葉に全員が無言の肯定をする。

 

「起動データは私が持っている。起動は私に任せて欲しい…」

 

「分かった。不知火と夕立はアイオワの救出に他の天龍、摩耶、あきつ丸、山城は中央管制塔の占拠に向かってくれ。ナビゲーションは俺と明石がする」

 

「やることは分かりましたがその後はどうするのですか?敵のど真ん中に居るのは変わりません…」

 

「そこは近辺の鎮守府、基地の艦隊に救出に向かわせる。そこいらの手回しは今、行っているところだ」

 

 正直、稲嶺は提督間の立場はあまりよろしくない。こんな基地の提督に命じられる時点でお察しだと思うが、あらかたの了承は取り付けているが少し難しい。

 

「艤装が届き次第、調整に入るが細かいセッティングは個人で行って貰うだろうね」

 

「どうやって敵の基地に行くっぽい?普通に行くっぽい?」

 

「いや、艤装次第ではあるが一つ考えがある。それは追って伝える」

 

 一瞬、嫌な予感がした山城だがそれはあえて黙っておく。周りは数年ぶりの戦闘の予感に奮い立っている。そんな彼女らになにも言わない方が身のためだと思ったのだ。

 

ーー

 

 その頃、大本営所属の工廠。三重の大型工業施設が立ち並ぶ沿岸部に封印されていた艤装を明石は後輩の夕張の元、地下の艤装管理施設から取り出していた。

 

「許可が降りたのはこれだけ、これじゃ死ねって言ってるようなものじゃない!?」

 

「そう言われても明石先輩。艤装の許可だけで精一杯ですよ!」

 

「艤装課の主任がなにいってるのよ!」

 

 ここ周辺の工廠などはすべて叱られている夕張が監督している。そんな彼女が普通に怒鳴り散らされているのを妖精たちは物珍しそうに見ていた。

 

「航行用の艤装だけなしなんてバカな話がある!これじゃあ、海上戦闘が出来ない!ただの浮き砲台よ!」

 

「すいません!」

 

 サングラス越しに睨み付けられている夕張も申し訳なさそうに謝り続ける。そんな彼女を怒鳴っても仕方がないので腹を立てながら明石は電話で提督と連絡を取る。

 

「なるほど、それでは脱出が困難になるね」

 

「どうしましょうか?」

 

 事の顛末を聞き届けた提督は少し考えるように沈黙するが仕方なしと考え言葉を発する。

 

 「救出部隊に頼るしかないか。でも艤装だけは手にいられたんだ。仕方ないけどそれで良しとしよう。それとちょっと電報を打って欲しいんだけど」

 

「え…分かりました」

 

「あのタヌキジジイめ…」

 

 どうやら本格的にこちらを潰したいらしい。なにが人道派だクソヤロウ。

 提督は悪態を着きながら受話器を下ろすと一息着く。久々にみんなが活気に溢れている。この流れを失うのはとても惜しい、絶対に作戦を成功させなければならない。

 

ーー

 

 提督が執務室で悪態をついていた頃。あきつ丸たちは隣の部屋で作戦会議を続けていた。

 

「で、アイオワのどこが新しくなったんだよ?」

 

「これじゃないですか?」

 

 アイオワの設計図を見ながら話す天龍。すると不知火がなにか二つ、見慣れないものが着いているのを見つける。

 

4連装装甲ボックスランチャー×2基

 

「「「「トマホークじゃねぇか!」」」」

 

 流石にこんな化け物。敵に回ったら一たまりもない、アイオワの救出は少し考えなければ。

 

「それは名前はあれだがただの無誘導ロケット砲だ」

 

「「「ほっ…」」」

 

「紛らわしいわ!」

 

 川内の説明にアイオワの設計図を投げ飛ばす摩耶。一応、それは国家機密なのだが彼女には関係ない。

 

「こんなアイオワがこれから出てくるのか?」

 

「いや、今回の件が切っ掛けに敵に解析され主力とされてはかなり危険だからと。装備は就役時の装備に統一するそうだ、ハープーンが敵の手に渡れば私たちは終わりだからな」

 

「これでよくも悪くも俺たちは進化できねぇって訳か」

 

「そうでありますなぁ」

 

 流れるような手つきでタバコを着けようとしたあきつ丸だったがジッポの火を川内の指で潰され阻止させる。

 

「別室でやれ」

 

「了解であります…」

 

 基本的に怖いもの知らずなあきつ丸だが川内は苦手な人種の一人だった。すでに天龍もガムを噛んでタバコを我慢している。

 

「でも敵はどこから来るっぽい?」

 

「それが問題なんですよね」

 

 夕立と不知火の疑問に全員が黙り込む。言ってみればそれが最大の不安要素なのだ。

 

ーー

 

「これは…不味いわね」

 

「どうしますか?」

 

「提督に報告。偵察隊を出して全容把握に努めて」

 

「分かりました」

 

 叢雲の指示で偵察隊を飛ばした加賀はゆっくりと後退する。

 

 沖縄に駐留していた深海棲艦の大艦隊が行動を開始。佐世保、呉鎮守府は直ちに警戒レベルを引き上げ即応態勢に移行。日本中に緊張が走る。

 

「もうすぐ嵐が来るわ…」

 

「伊勢…」

 

「嵐は好きだわ。空を見なくて済むから…」

 

 実質的な睨み合い状態になった状況。そんな中、超大型台風が日本に上陸するのだった。

 



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幕開け

ーこの世界における艦娘の設定その1ー

 艤装を装備していない艦娘は基本的に通常の人間と同じ扱い。銃で撃たれれば死ぬし、転んで膝とかを擦りむいたりする。
 しかし人より筋肉などがつきやすく、それ相応に鍛えていれば人間など敵ではない。





「このままだと我々空母が使い物になりませんね」

 

「嵐と共に来るのかしら?」

 

 すでに台風の足先が日本に上陸。風こそないが雨が降り続き視界は最悪だった。佐世保の最終防衛ライン、叢雲を含む第一艦隊が陣取ってはいるがこれからやって来る嵐が来ては艦載機は発艦できない。

 

「予報通りに行けば、風速は40を越えるそうです。台風が完全に抜けるのは数日はかかる。空母隊は全隊後退を、これは提督の指示です」

 

「大和…」

 

「あなたまで出てくるとはね…」

 

 久々にお披露目された大和の艤装。それに加賀や叢雲は感嘆し、納得する。戦艦の中では最強の攻撃力と防御力を誇る大和、乱戦覚悟の戦闘ならばこれ程、頼りになる者はいない。

 

「提督は嵐と共にやって来ると踏んでいます」

 

「そうでしょうね。タイミングが合いすぎているわ」

 

 それぞれの得物を構えながら敵がいる方を睨み付ける叢雲はその鋭い眼光で空を見つめるのだった。

 

ーー

 

「この風速と天気なら敵も艦載機は出せない。現場の指揮は伊勢に一任する」

 

「了解したわ。長門、椎名。私たちの火力で敵を凪ぎ払う、敵は腐るほどいる、大盤振る舞いよ!」

 

「承知した。この長門、BIG7の名に恥じぬ戦火を産み出して見せよう!」

 

「承知しました。やって見せます!」

 

 呉鎮守府、迎撃艦隊は佐世保がカバーできない範囲から漏れてくる深海棲艦の艦隊を迎撃するために進路を取る。

 

「すごい雲だね」

 

「暗く、天気も不良。これは乱戦になりますね」

 

「つまり夜戦だね!」

 

「夜はたっぷり寝たいんだけどな」

 

 長門と伊勢の周囲に展開する古鷹、神通、川内、加古は前方に広がる曇天を見つめる。前衛の艦隊と距離こそ取っているがいつ敵が現れてもおかしくない海域まで足を伸ばしている。

 

「伊勢、佐世保からここら一帯に通信が」

 

「なに?」

 

「敵艦隊の攻勢を確認。現在、前衛艦隊が防戦中だってさ」

 

 伊勢のすぐそばに控えていた時雨は伊勢に報告すると彼女は顔を引き締める。

 

(やはり沖縄の艦隊は囮か…)

 

 それと同時に遥か前方に連続的な光が視認出来る。前衛の艦隊が接敵したのだ。おそらく前方の光は前衛艦隊のマズルフラッシュだろう。

 

 伊勢は両腰に着けていた刀の鯉口を切ると二振りの刀を抜く。

 

「敵の正確な位置情報を、砲撃用意!」

 

(伊勢は囮だと言っていたが…。この戦力は驚異過ぎる)

 

 長門は全面に展開する敵艦隊を見て息を飲む。すでに数体の鬼級が見える。後方の艦隊にはおそらく姫級が陣形を取っているだろう。

 

「敵艦隊を撃滅する!各員、気を抜かないでね!」

 

「「「了解!」」」

 

ーー

 

「沖縄の深海棲艦の大攻勢。台風…」

 

「提督どの、荷物が届いたであります」

 

「来たか…」

 

 日本地図を睨み付けながら一人言を呟いていた提督はあきつ丸の報告に返事をするとその場に向かう。

 小雨が降り続く中、届いた艤装を愛でる天龍たち。彼女たちからしてみれば親友のような存在、相当嬉しいのだろう。

 

「でもやっぱり足の艤装がないのは辛いよな」

 

「その件で質問でありますが…まさか提督殿、あれを使う気でありますか?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

「「「え!?」」」

 

 あれとは…。それは現在、琵琶湖に浮かんでいる大型輸送型の飛行挺のことである。

 

「後部ハッチに射出用のカタパルトを着けた試作機だよ」

 

「自分が思うにこれは陸軍の倉庫で埃を被っていたはずでは…」

 

「陸軍の開発部におねだりしたら快くくれたよ。返さなくて良いって」

 

「おねだり…」

 

 陸軍内部事情に詳しいあきつ丸が思わず言葉を濁す。

 

「そしてこれが艦娘用に開発された外付け用のパラシュートです」

 

 なにか箱のようなものを持ってきた明石は何個かを天龍たちの前に置く。その箱には戦艦級、重巡級と艦種が書き込まれていた。

 

「嫌な予感しかしないわ」

 

「我々はこの作戦で世界初の艦娘部隊によるHALO降下作戦を行う」

 

「正気ですか?」

 

「艦娘は艦にあらず、手足があるなら出来るはずだ」

 

 超高高度からからの降下作戦。しかも重い艤装を纏い、敵要塞のど真ん中に敵中突破。不知火ですら正気を疑う作戦内容であった。

 

「要塞上陸前に弾薬の消費を抑えるにはこれが一番いい」

 

「それに沖縄の深海棲艦大攻勢のお陰で敵の目的が分かった」

 

 日本は四方を海で囲まれている海洋国家だ。他の海洋国家に比べ経済力が高く、それなりの資源もあり、かつ陸上面積がそれほど多くない点から見て比較的占領しやすい。

 それが深海棲艦が日本に的を絞っている大きな理由だ。

 

 九州、中国地方、四国は沖縄から押し寄せる深海棲艦の対処で精一杯、かといって大湊を中心とする部隊も樺太を占領している深海棲艦を無視できない。

 

「どこだ?」

 

「横須賀、奴らは日本の喉元を食い千切るつもりだ」

 

 そして現在、一番手薄になっているのは舞鶴と横須賀。首都、東京を背にしている横須賀にあの巨大要塞が襲いかかれば彼らは援軍なき防衛戦を強いられる。

 

 その事実を改めて突きつけられ冷や汗をかく一同。そんな時、工廠の電話が鳴り響く。

 

「来たかな…稲嶺だ」

 

「稲嶺…久しぶりだな。電報は読んだよ」

 

 素早く電話を取る稲嶺、その相手は横須賀鎮守府提督《川崎省吾》であった。

 

「君の説には私も同意だ。うちでも臨戦態勢を敷いているが心許なくてね」

 

「どちらにとっても有益な話だろ?」

 

「あぁ、少し無謀なのが君らしい。そちらが良ければこちらの工廠を使ってくれても構わない。こちらに来て策を詰めて欲しい」

 

 川崎の言葉に明石が喜ぶ。横須賀は首都に近い鎮守府なだけあって最新機器の見本市だ。話を聞いていた明石、整備妖精たちは喜び跳び跳ねる。

 

「分かった。そっちに向かう」

 

「頼む」

 

 電話を切った稲嶺はこちらを見つめる山城たちを見つめ返す。

 

「と言う訳だから作戦の意見交換は向こうでやろう。取り合えず艤装もって横須賀にいくよ」

 

「「「了解!」」」

 

ーー

 

《お帰りなさいませ、ヲ級さま。さっそくですが集積地棲姫から連絡が、輸送路を塞ぐなと苦情が来ております》

 

「捨て置け、こんな船が小回りが聞くとでも思っているのか」

 

 培養液に満たされたガラスケースの中から出てきたヲ級は秘書官的な立ち位置にいる重巡ネ級の報告を無視して持たせていた杖と刀を身に付け、他の培養液に浮かんでいた帽子を被る。

 

《この施設での製造は駆逐程度なら可能になりました。現在、製造作業が始まっています》

 

「防空棲姫は?」

 

《先程の戦闘のおかげで大人しくされております》

 

「ならいい。進路変更、目標は横須賀鎮守府。台風に合わせてルートをとれ、直前まで悟られるなよ」

 

《承知しました》

 

 黒いズボンのようなものを履き、マントを着けるヲ級の視界に左腕についた大きな傷跡が入る。

 

「今度は失敗しない…」

 

 憎々しげに呟くヲ級を見て他の深海棲艦たちが怯えるがそんなこと知るよしもなく彼女はその場を後にするのだった。

 

 



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初任務

「川崎」

 

「稲嶺、よく来た!」

 

 横須賀の空にも雲がかかり、風が帽子を飛ばそうとするがそれを押さえて二人は握手を交わす。

 

「ここらの天気が荒れてるせいで人工衛星でもメガフロートを見つけられなかった。九州じゃもう戦闘が始まってる」

 

「単冠の海防艦との連絡が取れなくなっているらしいな」

 

「あぁ、間違いなくこっちに向かってる。それもすぐ近くだ」

 

 二人が話している間にも明石たちと妖精たちは横須賀の工廠に艤装を運び出す。

 

「よう、天龍」

 

「ガングートか。サボってていいのか?」

 

「行くときは行く。救出は任せろ、死んでも引っ張ってきてやる」

 

「はっ、頼もしいな」

 

「お前の持ってくる酒はキャビアに合うのだ。仕方あるまい」

 

 互いに笑いながら拳をぶつけ合う二人。それを少し遠くから横須賀の天龍が様子を伺っていた。

 

「すげぇ、初代の俺様だ」

 

「へぇ、あれが天龍ちゃんの」

 

 同型艦からしてみれば初代は頭の上がらない存在である。言ってみればご先祖様みたいなものだ。そんな視線に気づいていた天龍は横須賀の天龍た龍田がならんでいるのを見て少しだけ悲しそうな顔をする。

 

「どうした天龍?」

 

「いや、なんでもねぇ」

 

 タバコでも一本、吹かしたい気分だったが風が強くて火がつけられない。そうしているとガングートが手を貸し火をつけられた。

 

「すまねぇ」

 

「吸わないとやっていけないときはある。私は前の記憶であるが随分、長いこと時を過ごした。同志を失うのは悲しいものだ」

 

「そうだな…」

 

ーー

 

「高高度からの降下作戦なんて…」

 

「可能なのですか?」

 

「足の艤装がない時点で他に選択肢はない。艦娘が人であるなら出来ないことはないはすだ。そのためにはお前の助けが必要なんだ」

 

 予想を越えた作戦にたじろぐ川崎と陸奥だが実質、この作戦の対案がないのも事実だ。

 

「敵、防衛艦隊の誘引と作戦終了後の救出。当然やらせてもらう」

 

「ありがとう」

 

「では早速、準備に…」

 

 ウーー!

 

 お互いに確認程度の話し合いであったがこれで行動に移せる。そう思った矢先、横須賀基地に警報が鳴り響く。基地の対空砲が火を吹き、配置された艦娘が対空砲火を行う。

 

「おぉ、来たでありますか」

 

「マジかよ」

 

 鳴り響く警報。それと同時にあきつ丸と天龍が空を見上げる。曇天の中を駆け回る黒い艦載機。深海棲艦の艦載機たちだ。

 

「てやんでぃ!ここにカチコミたぁ、いい度胸だ!返り討ちにしてやるよ!」

 

「皆さん、ご用意を。合戦準備!」

 

 対空防御を行う艦娘たちだが数が多く、撃ち漏らしまい爆弾を投下される。

 

「マジかぁぁぁぁ!」

 

「ぽいぽい!」

 

 墜落した敵艦載機がガントリークレーンの基部に直撃し倒れる。その先に居たのは摩耶、夕立、山城の三人。彼女らは全力疾走で迫り来るガントリークレーンから逃げる。

 

「不幸だわ!」

 

 その先には投下された爆弾。山城は苛立ちを込めながらどこぞの金剛の如く、裏拳で弾き飛ばす。

 

「おぉ、凄いっぽい」

 

《来るのなら 払って退散 不幸だわ》山城 心の一句 

 

「なんで私ばかり!」

 

 吹き飛んだ瓦礫を掴み投げる山城、それは敵機に直撃、爆弾が誘爆して墜落する。

 

「敵の艦載機が?」

 

「こんな風の中来たと言うの。特攻と変わらないわ…」

 

 基地の各所から火の手が上がり、妖精たちが慌ただしく動き回る様子を執務室から見た川崎、陸奥、稲嶺。

 

「工廠と飛行挺を守りなさい」

 

「省吾、警戒隊から入電。来たわ!」

 

「思ったより早いな。工廠に繋げてくれ」

 

「分かりました」

 

 稲嶺に電話を渡した陸奥は自分の艤装を取りに部屋を後にする。

 

「明石、そっちはどうだ?」

 

「あと10分、持たせてください。3年も放置されてたので常態が酷くて」

 

「分かった。川崎、10分ほど持たせてくれ」

 

「うちの艦隊だってそれなりに出来るさ。艦隊誘引までやっておく」

 

「頼む」

 

ーー

 

「どう、千歳お姉」

 

「ダメね、もう風速が15を越えてる。」

 

 打ち降ろすような雨に加え、風速は15を越えている。流石にこれでは艦載機は出せない。それに対して深海棲艦は次々と艦載機を上げ、襲いかかってくる。

 

「こんな作戦、今まで無かったわ」

 

 爆弾を落としたら、一緒に機体も落ちていく。そんなことを平然とやってのける敵に恐怖すら覚える。

 

「提督が言っていた作戦もこれ以上、風速が上がれば厳しいわね」

 

「やっぱり、やることないか。祝い酒でも選んでくるかなぁ」

 

 そんな心配顔の千歳の肩に腕を乗せる隼鷹、彼女は意気揚々と鎮守府に戻っていく。

 

「隼鷹…」

 

「羨ましいわ。私にもあれ程の余裕が持てれば良かったのだけれど」

 

「いや、千歳お姉はこのままでいいんです!」

 

ーー

 

《ヲ級さま、奇襲は成功しました》

 

「よし、このまま攻撃を続けろ。第5次攻撃を終え次第、海から一気に押し込む」

 

《了解しました》

 

「順調のようね」

 

 指揮所で指揮を取っていたヲ級に話しかけサラトガ。

 

「まずは横須賀を落とし、日本を落とす。これは前哨戦に過ぎない」

 

「期待してるわ」

 

「あぁ…」

 

 横須賀のから沿岸部、ギリギリ視認できる地点まで接近していたメガフロートからは深海棲艦の大部隊を放出していた。

 

「敵艦、急速接近。来るよ」

 

「行くぞ、同志ちっこいの!」

 

「そうだね、同志でっかいの…」

 

「突撃する、我に続け! Ураааааааа!」

 

「Ураааааааа…」

 

「うらうらうらうら!」

 

「うらー!」

 

 ガングートを中心に敵艦隊に切り込みを入れる。深雪や響、暁などの駆逐隊を主力とした部隊は猛威を奮う。ガングートに構えば駆逐の魚雷に駆逐に構えばガングートの砲の餌食になる。

 

 ガングート隊の攻撃を皮切りに次々と進撃する横須賀の部隊、その破竹の進撃に深海艦隊が釣れ、攻撃を激しくする。

 

ーー

 

「琵琶隊は工廠に集まれ!」

 

「任せるぞ。涼風!」

 

「おう!大船に乗ったつもりで行きな天龍!」

 

 風と雨と炎、怒号が飛び交う中を駆けた天龍はなんとか工廠にたどり着く。

 

「天龍さん、出来てます!」

 

「おう!」

 

「装着作業を急ぎなさい!もたもたしてると海に叩き込むわよ!」

 

 妖精たちが天龍を始め、他の琵琶メンバーの艤装取り付け作業に移行する。体に力がみなぎってくる、とうの昔に忘れ去った筈の昂りを思いだし天龍はどう猛な笑みを浮かべる。

 

「パラシュートの取り付け作業は終わっています。すぐに向かいましょう!」

 

「操縦は任せるであります」

 

「もうすぐ、台風の切れ目に入る。そこで出発しろ」

 

「提督…」

 

 腰に刀を吊るした稲嶺はわざわざ工廠に出向き指示を出す。

 

「琵琶基地隊の初任務だ。締めてかかれ」

 

「「「「了解!」」」」

 

 全員がキッチリとした敬礼をすると艤装を背負って外に飛び出す。

 

「大丈夫よ。ちゃんと帰るわ…」

 

「すまんな、山城」

 

 少し心配そうな稲嶺を見た山城はすれ違いざまに言うと彼は小さく礼を言うのだった。

 

 

 



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上陸

「どうした、その程度か!」

 

「ガングートさん!」

 

「なに!?」

 

 最前線を張っていたガングートに砲弾が直撃。巨大な爆煙を上げて姿が見えなくなる。メガフロートに設置された対艦砲による砲撃だった。

 

「ぐっ…!この私が、この程度で沈むと思うな…!あったまってきたぞ!!」

 

 ガングートの砲段は山なりに進みメガフロートの対艦砲を吹き飛ばす。

 

「ごめん、漏らした」

 

「構わん!」

 

 響が放った魚雷群を潜り抜けてリ級が接近。ガングートはあえて近づくとリ級の腕と腰を掴んで持ち上げる。

 

「近づけば沈められると思ったか!舐めるなぁ!」

 

 砲塔旋回。6門の砲がリ級を捉え、ほぼゼロ距離で砲撃が行われる。ガングートが掴んでいた右腕のみが残り、他は消し炭と化す。

 

「数が多くなってきたわね!」

 

「ガングート」

 

「涼月か!?」

 

「後退してください。敵艦隊を誘き寄せます」

 

「понимание!各艦、一斉射の後に後退。撃てぇぇ!」

 

 砲弾と魚雷が迫っていた深海艦隊を凪ぎ払うと同時に前衛が後退。深海艦隊も逃がさないとそれを追撃に出る。

 

ーー

 

「流石でありますな。敵がワラワラ要るであります」

 

「台風の切れ目に乗じて横須賀の航空隊が敵を凪ぎ払う。それと当時に出発してくれ」

 

「ナビゲートは任せてください」

 

「幸運を祈る」

 

 エンジンを暖めて離陸準備を進めるあきつ丸は目の前に広がる敵艦隊を見て笑う。稲嶺と明石との通信を終えて離陸体勢に入る。

 

「横風は8メートルほどです。ご武運を…」

 

「さて、行くでありますかな」

 

 離陸さえしてしまえばあとは勝手に高高度まで行ってくれる。日の光が少し射し込む海原を滑った飛行挺は無事に離陸するのだった。

 

ーー

 

「千歳についてきて!」

 

「攻撃隊、発艦開始よ!」

 

 千歳を中心とした攻撃隊が発艦し敵の艦隊へと向かっていく。零式艦戦52型や烈風を始めとする飛行隊が深海棲艦の進攻艦隊を凪ぎ払う。

 

「それにしても隼鷹さん。どこに行ったんだろうね千歳お姉」

 

「まぁ、作戦にはしっかりと参加されてるし…」

 

 その中に隼鷹の姿が無かったが艦載機はしっかりと編隊を組んで飛行している。いったいどこにいるのやら。

 

 

「流石は横須賀。やるな」

 

《前衛だけではなく。後衛の空母隊にも被害が》

 

「構うな、攻撃を続けろ。数はこちらがおおい、消耗戦に持ち込むんだ」

 

《了解しました》

 

(天気が落ち着いてきたな)

 

 航空隊の連度は艦娘の方が圧倒的に上。たこやきでも出せれば楽だったのだが沖縄の部隊が寄越さなかった。

 

「ヤツめ。私の邪魔ばかりして…」

 

「ヲ級。来るわ」

 

「なに?」

 

 いつの間にか来ていたサラトガがヲ級に空を見るように視線を送る。彼女は素直に空を見上げると雲のわずかな隙間、太陽を背にしてなにかが飛んでいた。

 

「輸送機か?」

 

ーー

 

『横須賀第一、及び第二艦隊による敵艦隊誘因に成功』

 

 輸送機の格納庫。カタパルトに足を固定した天龍は無線から流れてくる明石や妖精たちの声を聞く。

 

『長距離砲撃の効果を認めず。外部からの攻撃はやはり効果はないようです』 

 

 陸奥やガングートたちが敵の間撃を抜い、砲撃を加えているようだがメガフロートはビクともしない。

 

『敵対空兵器の存在は不明。目標周辺に空母艦隊を確認』

 

 

『空母による妨害は間に合わない。作戦に支障なし、作戦を続行する』

 

 普段、釣りで暇を潰しているとは思えない提督の立派な声が聞こえる。声だけ聞けば尊敬できるが…声だけ聞けば…。

 

「天龍…時間よ」

 

「あぁ…」

 

 カタパルトで最初に射出されるのは天龍と山城。山城は今更ながらこの作戦には意義を唱えたい。というかせめて最初は嫌だった。

 

「全く、不幸だわ」

 

「そう嘆くなよ。もうやるしかねぇんだからよ」

 

 山城の口癖もこう言う時にはなぜか安心してしまう。

 

『作戦遂行地点に到着。後部ハッチオープン』

 

「うわっ、さみぃ…」

 

 吹き込む冷気に体を震わせるのは摩耶、彼女は手にしていたショットガンを抱き枕のように抱え込み寒さに耐える。

 

 天龍を除くみんな、大なり小なり従来の武装を手にしている。これは明石が独自開発(趣味の暴走)の結果なのだが。敵の数が分からないこの状況下においてはありがたい追加兵装だった。

 

『これからHALO降下を行う。怪我と病気に気を付けてね』

 

「ぽい!」

 

「……」

 

 無線機から流れて来た提督の言葉に反応したのは夕立と川内。怪我は分かるが病気とはなんなのか。修学旅行に向かう親のような口調に調子が狂う。それに対し川内は静かに頷くと爆音と黒煙が渦巻く地上を見つめる。

 

「作戦開始」

 

「行くぜ!」

 

 高度10、000mからの自由落下、真っ先に飛び降りたのは天龍。

 目指すは鋼鉄の大地、人間では耐えられない寒さと低気圧の中をその女性たちは手に持ち身に付けた武装と己の体のみで落下する。

 

 それぞれ自身と共に顕現した武装に加え、対深海用の追加装備をしょい込み真っ黒な空を落下し続ける6つの影。

 

「対空砲火。敵を上陸させるな!」

 

 ヲ級の言葉と共に砲台小鬼が弾幕を張り、降下する山城たちを狙う。

 

『こちら04、目標を認める』

 

 ロケットランチャーを左肩に乗せながら降下目標を見つめる不知火は手持ちの高度計が300になるのを目安にパラシュートを開く。

 

「死にたいのですか、貴方は」

 

「全くもって不幸ね」

 

 対空放火の弾が山城のパラシュートを破壊。完全に自由落下と化した自身の身を省みつつ体勢変更、巨大な砲を落下地点に放ち身を地面にめり込ませながらも三点着地を成し遂げる。

 

「でもまだマシかしら」 

 

「さらりと頭のおかしいことをまるで漫画でありますなぁ」

 

 背後から迫るチ級の首を切り落としたあきつ丸は自身の愛刀から滴る青い地を振り払う。そう言うあきつ丸も先程、綺麗な五点着地を決めたばかりであった。 

 

「みなさん、重力の法則ぐらいは守って欲しいのですが」

 

 十分に減速しパラシュートをパージした不知火は手持ちの火器を唸らせながら言葉を漏らす。

 

「まぁ、ここはそう言うところだからな」

 

 不敵な笑みを浮かべた天龍は夕立と川内を伴いながら姿を表す。するとその場の雰囲気がさらに引き締まる。

 

「さぁ、行くぜ!」

 

《行かせん!》

 

 対空砲火を張っていたツ級がその巨大な拳をあきつ丸に対して振るが彼女はすでにおらず。

 

《どこに!?》

 

「遅いでありますなぁ。イライラするであります」

 

《!?》

 

 一歩、二歩、三歩で刀を鞘に納める。ツ級の体に現れる斬撃痕、ツ級はなにも言わずに倒れる。

 

「平和ボケしてしまった自分に…」

 

 乗り込んできた六人を確認した敵はこちらを向き直り戦闘体勢に移行する。そんな事は知らぬとばかりに中央部に目掛けて走り出す。

 

《支援砲撃が来ます。前方、300!》

 

「はっ、容赦ねぇな!」

 

 天龍の単装砲が火を噴きヘ級を吹き飛ばすと刀で切り刻まれる。

 

《着弾、いま!》

 

 明石の言葉と共に天龍の鼻先が吹き飛んだ。雑魚は問答無用で吹き飛ばされる。この正確さと威力は陸奥だろう。

 

「出てこい雑魚どもぉ!この私が相手だぁ!」

 

 摩耶は連装砲とショットガンを放ちながら叫ぶと飛んできたイ級を蹴り飛ばし、ロ級を踏み潰す。

 しばらく走っているとBー3と記された区画が現れる。しかし分厚い隔壁に阻まれている。

 

「山城!」

 

「分かってるわ」

 

 山城の主砲が隔壁を吹き飛ばし道を作る。摩耶と不知火が後方の敵に牽制を仕掛けつつ中に移動。最後の川内が置き土産に魚雷を転がし追撃を吹き飛ばす。

 

「では私はアイオワの格納庫に向かう」

 

「頼んだ」

 

 手筈通り、川内、不知火と夕立はアイオワの救出に他の天龍、摩耶、あきつ丸、山城は中央管制塔の占拠に向かう。なかはイ、ロ、ハ、ニ級の非人型がゴキブリのように群がっておりなかなかの気持ち悪さだった。

 

「両方とも掃除します」

 

 不知火は手にしていたロケットランチャーで敵の雑魚を手当たり次第に吹き飛ばしていく。1カートリッジ分撃ちまくると少しだけスッキリする。

 

「いっても変わらんか」

 

「気持ち悪いわ」

 

 なんかもう。視界が真っ暗な通路、それを見ながら山城は手持ちのドラムマガジン式大口径マシンガンと主砲で一帯を吹き飛ばしミンチにする。と綺麗に死骸の絨毯が出来上がるとそれを踏みつけて進む一同。

 

「ここからまっすぐ行ってエレベーターがあるでありますなぁ。っと!」

 

 あきつ丸は通路の角に潜んでいたリ級に素早く反応。両腕を切り飛ばすと腰から拳銃を取り出し頭に数発撃ち込む。摩耶も二丁のショットガンで一面に広がる雑魚に撃ち込むがワラワラ沸いてくるために減った気がしない。

 

《行かせん!》

 

 エレベーターホール前に立ち塞がったのはル級。ル級は主砲の一斉射撃であきつ丸たちの足を止め、山城を吹き飛ばす。普通ならこれで怯む筈だが天龍だけは止まらない。

 

「おもしれぇ!」

 

 次弾の装填は間に合わない、時間稼ぎのために大きく右腕を振りかぶり殴り付ける。この選択は間違っていない、パワー差があるのならそれを利用するのは当然の事。なにもまた違っていない、だがそれは相手の予想の範疇ということになる。

 

《!?》

 

 天龍はル級の脇に左手を突っ込み威力を殺し頭突きで上半身を仰け反らせる。これでル級は上手く力が入らなくなる。その時、天龍の剣の刃が赤く光る。

 

「…雑魚が」

 

 天龍のヒートサーベルはル級の装甲を融解させ、真っ二つに切り裂く。

 

《そんな…バ…》

 

 すかさず倒れたル級の頭を踏み砕き止めを刺す。

 

「俺様は天龍だ。フフ…怖いか?」

 

 右目が金、左目は眼帯越しに紫に光っている天龍を見てエレベーターホールで陣取っていた他の深海棲艦が一歩退くのだった。

 

 




天龍の特殊装備

ヒートサーベル

天龍型の初代に実験的に配備された特殊装備。刃を高温に熱し、斬撃力を強化している。大体、一回の戦闘で内部のヒューズが壊れるので一回、一回。念入りな点検が必要。
兵器としての信頼性と安全性、そして異様にかかるコストと維持費を見てこのヒートサーベル計画は凍結。セカンドシリーズ以降の天龍型には実刃刀、槍が採用された。



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油断

「おぉ、怖い怖い。瞬殺だったでありますな」

 

 リ級に着いていたチ級から刀を引き抜き、青い血らしきものを拭うあきつ丸。エレベーターの電源は生きていたようでじゅんちょうに向かっている。

 

「エレベーターを止められたら厄介じゃない?」

 

「確かに、でも設計図でも見たがあんなに複雑な階段郡を降りきれるかわからねぇ。おとなしくエレベーターにしといた方がいい」

 

 山城の懸念はもっともだが摩耶の言う通り、ここで迷っては意味がない。ここですら敵がワラワラいるのだ。階段なんか使ってたら進めなくなる可能性もある。

 

「ちっ、もう無理か…」

 

 摩耶は悪態をつきながら使い物にならなくなったショットガンを一丁、捨てる。その間にエレベーターが到着し、全員が警戒しながら入る。

 

「疲れるわ…」

 

 山城はドラムマガジンを二丁とも投棄、懐から予備弾層を装着する。

 

「お前、どこにしまってんだよ…」

 

「陸奥が見たらひっくり返りそうだな」

 

 誘爆上等な場所に火薬を満載していた山城を見て摩耶と天龍が笑うと今度は裾から箱状の物体が落ちる。

 

「「っ!」」

 

 時限起爆式、対深海用重地雷。

 

「てめぇ。そんなもん、すぐ落ちるところにしまってるんじゃねぇ!」

 

「え、こんな火薬を満載して三点着地してたでありますか!?」

 

 怖くなってきた摩耶、あきつ丸、天龍はエレベーターの壁に張り付く。艤装にも自分の身にも火薬を満載して、完全に動く火薬庫と化した山城は何をしているかのような目で三人を見る。

 

「いや、その反応はおかしいからな!俺たちがおかしいみたいな反応は違ぇよ!」

 

「備えあれば憂いなし…」

 

「やかましいわ!」 

 

 勢いで山城の頭を叩く摩耶。すると第二の重地雷が姿を表す。

 

「「「ぎゃぁぁぁぁ!」」」

 

 こんなものが起爆すればエレベーターにいる自分達は文字通り、木っ端微塵になる。三人が悲鳴を上げるなかエレベーターの扉が開き、山城が二つとも信管を抜いて蹴り飛ばす。

 

「気を付けなさい」

 

 その言葉と共に二つの重地雷が起爆し、深海の肉片がエレベーターの壁に張り付く。けっこうな量が青い血と共に付着し、待ち受けていたほとんどの部隊を吹き飛ばした。

 

「さらっと使うな。エレベーター歪んでるじゃねぇか!」

 

 突っ込みを入れながらエレベーターが出る摩耶。だが戦場を何年も離れていた彼女はやはり鈍っていたのだろう。横合いから強力な攻撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「摩耶!」

 

「フフ…キタンダァ……?ヘーエ…キタンダァ…」

 

 砲撃、しかもかなりの威力を誇っている攻撃。続けて天龍を狙うが素早い動作で砲弾を切り裂き、なんとか生き延びる。

 

「あ…くそ。油断した」

 

「生きてるでありますな。それにしてもこんな対空と縁のない場所に良く居たでありますな」

 

 普通なら地上エリアで対空を張っていればこっちも全員無事だとは思わなかったが。確かに、なぜここにいるのか…。

 

「山城、お前は残れ。俺が相手する、お前たち二人は先に急げ」

 

「了解」

 

「了解であります。動けるでありますか?」

 

「舐めるな、ビックリしただけだ」

 

(たった二人で私の相手を…。あのヲ級といい私を舐めやがって…)

 

「コロス、ミナゴロシダ!」

 

俺を(ロートル)なめるなよ」

 

ーー

 

「ぐっ!」

 

「ガングート!」

 

 横須賀最終防衛ライン。ガングートは倉庫の壁に激突するとうめき声を上げる。

 

「貴方たちには分からない。全てを恨む私のことなんて」

 

「くそっ、空母だと思って油断した」

 

 ガングートの目の前に現れたのはサラトガ。闇に落ちた彼女は空母にあらず、彼女のへし折れた甲板はその姿に相応しい巨大な大砲と化していた。

 

「同士、無理しないで。」

 

「バカ言うな。もう上陸されているのだぞ!」

 

 文字通り、数の暴力によって押し込まれた彼女たちは敵の上陸を許してしまう。 

 

「こんなものが世界中にまわれば世界は滅ぶ!」

 

《非戦闘妖精、退避いそげ!》

 

《駄目だ。総員退避、急げ!》

 

 

「この横須賀が…」

 

 艦娘の間に合わなかった沿岸地区は既に火の海と化し横須賀基地も各所から黒煙が上がっている。

 

 佐世保とは違い、比較的平和だった横須賀からは信じられない光景だった。

 

「千歳お姉!」

 

「っ!」

 

 爆炎の中から現れたのは駆逐水鬼。彼女は千歳の攻撃を正面から受けるが怯まずに首を掴む。千代田も応戦するが機銃程度じゃどうにもならない。

 

「下がりな、千代田ぁ」

 

「隼鷹さん!」 

 

「ハハハハハ…! ヤミノナカデ……シズメェ!」

 

 いつの間にか駆逐水鬼の目の前に来ていた隼鷹を空いていた左手で殴る彼女だが駆逐水鬼の視界は反転し地面に叩きつけられた。

 

《いったい何が…》

 

「がはっ…はぁはぁ」

 

 駆逐水鬼の拘束を間逃れた千歳は地面に頭を埋める彼女の姿を信じられないとばかりに見つめる。

 

「装甲薄いからさ。痛いのはちょっと厳しいかなぁ」

 

「合気道…」

 

「いやぁ、地下の謹慎室から出されたと思ったら、こんなことになってるなんて知りませんでした。すいません」

 

 そこに駆けつけたのは比叡。彼女は地下の謹慎室で化学兵器の密造の疑いで1週間の謹慎処分が下されていたのだ。倒れている駆逐水鬼にさらっと主砲で止めを刺す。

 

「まさか、酒を取りに行くと言って比叡さんを出していたんですか!?」

 

「いやぁ。提督に言われたときはビックリしたよ。比叡。地下でぐっすりだったもん」

 

「完全に慢心してました。これからは気合い入れ直して行きます!」

 

 比叡らの参戦もあったが多勢に無勢。奮戦しているが数で押し込まれる。妖精たちが次々と逃げていく中、稲嶺はまだ工廠にいた。

 

「提督、私たちも逃げないと!」

 

「いや、もう来た…」

 

「え!?」

 

 刀を抜き、構える稲嶺。当然、これで勝てるなんてさらさら思ってはいないが無抵抗で死ぬのは嫌だ。工廠の壁を突き破り、姿を表したイ級。明石は搭載していた15.5cm三連装副砲で撃破する。

 

「ここまで来ているなんて…」

 

「どちらにしろ。ここが落ちれば俺たちは終わりだ」

 

 再び、激しさを増す雨風に曝されながら稲嶺はメガフロートのある方向に目を向ける。

 

ーー

 

「ぽいぽいぽいぃ!」

 

「あった!」

 

 その頃、別ルートから侵入していた川内たちは高速化をつけられ、管が身体中から生えているアイオアを発見した。

 

「早くしてください。こっちも弾薬が心もとないんです」

 

「わかってる。感情封鎖モードになってるか…」

 

 艦娘は大幅な改装などが行われる際。感情封鎖モードに移行する。文字通り、感情を0にして改装の間だけ物言わぬ存在とするモード。

 

 それが現在、アイオアに施されており。その解除は本国ではないと無理だ。

 

「緊急起動モードに移行。兵器使用は自由」

 

 緊急起動モードは感情封鎖時に無理矢理起動して戦闘を行うモードの事だ。その場合、艦娘は物言わぬ兵器と化す。本来なら艦娘を侮辱する行為なので行わないが今回は仕方がない。

 

「………」

 

 ゆっくりと目を開けるアイオア。彼女が砲を前方に向けると夕立たちは戦闘態勢に入るがそれは杞憂だったようで彼女らの後方にいた敵駆逐たちを吹き飛ばした。

 

「心苦しいですが…大丈夫のようですね」

 

「早く、天龍さんたちと合流するっぽい」

 

「わかってる」

 

 無事にアイオアの起動に成功した一行はすぐさま、反転し地下へと向かう。

 

ーー

 

「やけに固い装甲だな!」

 

 天龍は飛び上がると間合いを一気に詰めて防空棲姫に斬りかかる。赤々と熱せられた刃はいくら屈強な装甲だろうが切り裂く。咄嗟に下がった防空であったが砲身を一つ、持っていかれる。

 

「っ!」

 

 天龍の接近戦におののく防空にすかさず山城の砲撃が突き刺さる。天龍の剣もそうだが山城の砲もかなり厄介だ。しかも天龍を巻き込むことを考えていない近距離砲撃、厄介すぎる。

 

「あっぶねぇ、あっぶねぇ…」

 

 条件は同じはずなのに天龍だけは服にススが乗ったぐらいで無傷。頭に血が登りかけていた防空は一旦、落ち着いて相手を見据える。

 

 実力があると言っても所詮は天龍(ロートル)山城(失敗作)。完成体である自分に勝てるわけがない。 

 

「ブザマニ沈メテヤル」

 

 防空棲姫は不敵に笑うと自身の砲を向け、攻撃を開始するのだった。

 

ーー

 

「ここがコントロールルームでありますな」

 

「さっさと解体しよう。姉貴が心配だ」

 

 無事にコントロールルームにたどり着いたあきつ丸と摩耶、二人は天龍たちを心配しながら解体のためにコンピューターを操作する。

 

「分かってるで…っ!」

 

 その瞬間、誰もいない部屋から殺気が漏れる。あきつ丸は咄嗟に刀を抜き、切り裂く。

 

「あきつ丸!」

 

「ぐっ!」

 

 あきつ丸の左腕が空を飛び赤い血を撒き散らしながら床に落ちる。

 

「良くここまで来たな。だが…これまでだ」

 

 真っ黒な剣を持って現れたのはヲ級。

 

「言葉を…」

 

「さぁ、ここが貴様らの墓場だ…」

 

 血をボタボタと垂れ流すあきつ丸の傷口を押さえながら摩耶はこれまで見たことのないヲ級を睨み付けるのだった。

 

 



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崩落

 

 

「くそがっ!」

 

 防空棲姫の全力攻撃に対して天龍は壁の隔壁を剣で切り抜き盾に使う。

 

「ぐっ!」

 

 山城は顔面を両腕で庇う前面防御。重い一撃に思わず呻き声を上げながら片膝を着く。天龍も隔壁をボロボロにされて吹き飛ばされる。

 

「シズメ、シズメェ!」

 

「舐めるなぁ!」

 

 逃げ場がなくダメージを受ける山城の前に立った天龍は剣で直撃弾だけを切り裂くが捌ききれない。

 

(くそっ、捌ききれねぇ!)

 

「天龍!」

 

「山城、援護しろぉ!!」

 

「っ、はい!」

 

 多数の弾を受けながらも前進する天龍。艤装はボロボロで身も血だらけだ。体勢低く、地を這うように一気に間合いを詰める。

 

「せえぁらぁ!」

 

 爆炎を潜り抜けた天龍の先には砲口が大きな口を開けて待ち構えている。それを切り裂き、さらに前進するが防空の艤装が彼女の右手に噛みつき剣を弾き飛ばす。

 

「下がって!」

 

 山城の援護砲撃。天龍に噛みついた艤装も悲鳴を上げながら離すが剣を失っては天龍に攻撃手段はない。

 

「ナイス援護だ山城!」

 

 だが天龍は笑う。先程の爆風で彼女の眼帯が弾け飛び隠されていた左目があらわになる。

 

「紫色の瞳…」

 

 金と紫のオッドアイ。限界まで防空棲姫に近づいた天龍は艤装の武装ラックに隠してあった武装を取り出す。

 

「てめぇにコレを使うとはなぁ!」

 

 薙刀を取り出した天龍は刃を発光させ右側の艤装を切り裂いた。

 

「アイツみたいには使えねぇが!」

 

 遠心力も加わった高威力の斬激は防空棲姫をあっという間に刻み、破壊し尽くす。

 

「ヤッタナァ…オマエモ イタ…」

 

「自分の性能スペックもろくに覚えねぇ奴にやられるわけないだろう…」

 

 顔面に薙刀を深く突き刺しねじ込む返り血を浴びた天龍を防空棲姫は信じられないといった顔で倒れるのだった。

 

「はぁ…はぁ…。ガバッ!」

 

「天龍!?」

 

 相手が絶命したのを見届けた天龍は荒い息をしながら血反吐を吐く。

 

「やっぱり鈍ったなぁ…。こんなところ見られたらアイツらになに言われるか分かったもんじゃねぇ」

 

 タバコに火を着けながら大きく息を吸った天龍はすぐに歩き出す。

 

「いくぞ、山城」

 

「分かってるわ…」

 

 オッドアイの事について聞きたげの山城だったが今はそれどころではない。足早にその場を立ち去るのだった。

 

ーー

 

「っ!」

 

 ヲ級の鋭い斬擊に対してあきつ丸は懐から手榴弾を取り出す。勢いのついているヲ級は止まれずに近づいてしまいそのまま、爆発。

 

「あきつ丸!」

 

「本当に痛いでありますなぁ」

 

 爆炎の中、姿を現したあきつ丸はヲ級の頭部から生えている触手を切り飛ばすが次の斬擊は受け止められる。

 

「……」

 

「おぉ、恐いでありますなぁ」

 

 切り結んだ二人は互いに距離を取り得物を構える。

 

(傷口を塞いだか…)

 

 先程の手榴弾の爆炎を使って左肩の出血を止めた。こちらに対して目眩ましの意味もあっただろう。

 

(随分と場馴れした奴だ)

 

 先程の完全な奇襲。本来なら彼女はあの時点で胴体を二つに切り裂かれていた筈。奴はこちらに気づいて左腕を犠牲にしながらこちらの攻撃を防いだのだ。

 それにあきつ丸の片手正眼には隙がない。思ったより厄介な相手のようだ。

 

「あたしも忘れるなぁ!」

 

 摩耶の連装砲が火を吹き、ヲ級を狙うが簡単に避けられてしまう。

 

「くそっ!」

 

 摩耶の援護を盾に何度も切り結ぶあきつ丸。片腕を失った分は手の数で補いうがやはり遅れを取る。

 

「いただく…」

 

「やば…」

 

 懐に入り込まれたあきつ丸は体勢を極度に低くしたヲ級の斬激を無傷では防げない。

 

(やむ得ないでありますなぁ)

 

 利き脚である右足の損失は避けたい。故に左足を使って刀の軌道を逸らす、その代償に左足がなくなるがまだ立てる。

 

「これで立つか…」

 

「まだまだでありますなぁ」

 

「そうか…」

 

 することがヲ級の頭部についていた甲板の口が大きく開き大口径の三連装砲が姿を現す。

 

「なっ!」

 

 間髪いれずに発射。後方にいた摩耶に直撃し彼女は大破してしまう。

 

「摩耶殿!」

 

「っ!」

 

 気を失い、微動だにしない摩耶。絶体絶命の状況に突然の砲撃。

 

「どけぇぇぇぇ!」

 

 腹の底から吐き出される怒号。爆炎の中から山城が姿を表し、戦艦の破格のパワーでヲ級を殴り飛ばし、吹き飛ばす。

 

「無事か、摩耶!あきつ丸!」

 

「山城殿!天龍殿!」

 

 駆けつけた山城と天龍。援軍に駆けつけた二人を見てあきつ丸は安堵の表情を浮かべるのだった。

 

ーー

 

 その一方。川内たちも同じフロアに到達、制御室を目指していた。防空の死骸を過ぎ、新たに展開していた深海棲艦もアイオアの攻撃力で押しきる。

 

「よし、もうすぐ制御室だ」

 

「先行していた攻略組。なにかあったぽい?」

 

「あの面子で苦戦しているとなると我々の援護も必要なはず」

 

 全速力で走っている三人に対して突然。アイオアが停止、明後日の方向に顔を向ける。

 

「川内、アイオアが」

 

「なに?」

 

 挙動不審なアイオアの動きに警戒する川内。

 

ピーン ピーン ピーン ピロロロロロロ…

 

「なんかヤバイっぽい…」

 

 急に動きがぎこちなくなったアイオアに対して顔を青ざめさせる三人。そしてアイオアの三連装砲がついに火を吹くのだった。

 

ーー

 

「しゃぁぁ!」

 

 駆け付けた天龍はすぐさまヲ級との戦闘を開始。負傷した摩耶とあきつ丸は山城の後ろにいる。

 

(制御コンピューターを…)

 

 山城の巨大な艤装を影にしてあきつ丸はコンピューターにアクセスし一斉パージシークエンスを操作する。

 天龍とヲ級の勝負は互角、だがこのままでは時間がない。急いで操作するあきつ丸は足から流れ出る血を止めることなく操作し続ける。

 

「ちっ、思ったよりやるじゃねぇか」

 

「分かるぞ、その眼。貴様の物ではないな、形見か、それとも贖罪か?妹の眼球を埋め込むとは酔狂な艦娘もいたものだ」

 

「てめぇ…マジで殺す!」

 

 刀を構える天龍。その瞬間、再びの爆発。不知火が室内のモニターまで吹き飛ばされ川内も頭部に酷い損傷を受ける。

 狂犬モードと化した夕立も無傷ではない。彼女の目の前に立っていたのは幽霊のように佇むアイオア。

 

「………」

 

 彼女の眼は紅く光り、三連装砲をこちらに向けている。

 

「来たか…」

 

「マジかよ!」

 

「魚雷が使えないと倒せないっぽい!」

 

 なんとか奮戦していた夕立だが最大火力の魚雷が使えない状況ではかなり手厳しい。

 

「私の勝ちだ…」

 

 自身の勝利を確信したヲ級は刀を構え直す。ここさえ抑えれば勝てる。あとは物量で…

 その時、ヲ級はコンピューターを操作するあきつ丸が視界に入る。

 

「何をしている!」

 

「ぐっ!」

 

 刀を投げつけあきつ丸を壁に縫い付けた彼女だが山城の艤装の裏から起きた摩耶がこちらを睨む。

 

「私たちの勝ちだ。くそ野郎!」

 

 ガラスのカバーを破壊しながら実行スイッチを押す摩耶。

 

 ズドン…!

 

 地震のような重い揺れとともに地響きが強くなる。

 

ーー

 

「なんの音?」

 

「まさか!」

 

 陸奥と殴りあっていたサラトガは背後にあるメガフロートを見つめる。

 

「ひえぇ、何ですか!何ですか!?」

 

《ヲ級さま!》

 

 横須賀守備隊と侵攻してきた深海棲艦もその凄まじい音を発生させるメガフロートを見つめる。

 

「いかん、救出隊。緊急発進、琵琶基地隊を救出してください!」

 

「天龍たちがやったか」

 

「やりましたよ提督!」

 

 その様子は横須賀にいた稲嶺や川崎にも届き、メガフロートを見つめる。

 

「やったぞ、同志ちっちゃいの!」

 

「うん、そうだね」

 

 横須賀の艦娘たちが歓喜を上げる中、メガフロート内は文字通りメチャクチャになっていた。

 

「琵琶基地所属の艦娘…覚えたぞ…」

 

 憎々しげに呟くヲ級は降り積もる瓦礫の中に消えていく。

 

「山城、あきつ丸を絶対に離すんじゃねぇぞ!」

 

「分かってるわよ!」

 

 動けないあきつ丸と気を失った不知火を担いだ山城は二人を瓦礫のから守る。床が崩れ、壁が倒れてくる。至るところから水が漏れ出ている。

 

「どうするんですか姉貴。ここは水中ですよ!」

 

「今更、登れねぇ。救出隊に頼るしかねぇ!」

 

「ぽいぃ!」

 

 崩れ落ちる壁や天井を支えながら摩耶たちも大きく傾く床を滑っていく。

 

「天龍」

 

「なんだ、山城?」

 

「不幸だわ」

 

「やかましいわぁぁぁ!」

 

 落ちていく床に巻き込まれアイオアが消え、天龍たちは瓦礫とともに海中に放り出されるのだった。

 

 



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それぞれの因縁

 

 

 メガフロートの倒壊と共にトップであるヲ級との通信が途絶え、深海棲艦たちの連携が崩れ出す。

 

《くっ、全艦撤退。我々の支配領域まで撤退だ!》

 

「逃がしません!」

 

 ネ級の指示で陣形が完全に崩れた艦隊が後退していく。それを阻止しようとする比叡だがネ級は尻尾と両腕に追加装備された砲で牽制しつつ撤退する。

 

「仕方ないわね!」

 

「くっ!」

 

「陸奥さん!」

 

 サラトガも甲板に艤装した砲を陸奥に当てるとそのまま逃げていく。

 

「大丈夫よ。全艦、追撃不要。基地の被害状況を調査して!」

 

 それを両腕で防いだ陸奥は悔しげに指示を出す。向こうもそうだがこちらも酷い損害を受けた。追撃にまわす部隊など現在、存在しない。

 

「酷いわね…」

 

 黒煙に巻かれる横須賀を見た陸奥は静かにつぶやくと鎮守府に帰港するのだった。

 

「あぁ、疲れたぜ…」

 

「よく遣ってくれたでち。礼を言うでち」

 

「どうも…」

 

 横須賀の救出隊。つまり潜水艦部隊に無事に捕まった琵琶基地隊は横須賀へと向かっていた。奇跡的に誰も欠けることなく作戦を終了した天龍は小さく溜め息を溜め息をつくのだった。

 

「稲嶺!よくやってくれた!」

 

「なんとかなったな」

 

「お前が居なかったら我々は全滅していただろう」

 

「やはり"現状"の横須賀では厳しかったか…」

 

「あぁ、情けない話だ」

 

「建物の倒壊は酷いですが雨のお陰で火災が広がないで済みましたね」

 

 工廠で一息ついていた稲嶺と川崎が話していると現状確認を終えた明石が戻ってくる。幸いなことに轟沈の報告が上がってこないのは横須賀の艦娘たちの連携のお陰だろう。

 

「司令部はなんとか無事だ。そっちに来てくれ」

 

「いや、俺は港に行く。天龍たちを迎えにいかんとな」

 

「…そうだな。お前の言う通りだ」

 

 川崎はそう言うと後で来てくれと言い残し司令部に戻っていくのだった。

 

摩耶 大破

 

あきつ丸 海だったら轟沈 

 

不知火 大破

 

天龍 中破

 

山城 中破

 

川内 中破

 

夕立 小破

 

 

 なんとか帰投したメンバーは横須賀のメンバーと共に入渠。あきつ丸は即刻叩き込まれ他のメンバーも順番を待つこととなった。

 

ーー

 

「敵艦隊の転進を確認。沖縄防衛戦に戻っていきます」

 

「どうやら横須賀を襲った敵部隊がやられたみたいだね」

 

「あの戦力で良く持ちこたえたわね」

 

 敵艦の撤退を確認した伊勢たちは呉鎮守府に帰投。損害は少なくないがなんとか防衛に成功していた。

 

「うん、あの琵琶基地の部隊が秘密裏に動いてたみたい…」

 

「そう…」

 

 時雨の言葉に言葉を濁らせる伊勢は黙って空を見つめる。

 

「提督から伝言だよ。呉から支援物資を横須賀に運ぶからその護衛をしてほしいってさ…」

 

「そう、わかったわ。すぐに向かうと伝えて」

 

「分かったよ」

 

 台風も一段落つき、穏やかな海が戻ってきた。

 

「怖いわ…」

 

 彼女はそうやって呟くと静かにその場を立ち去るのだった。

 

ーー

 

「叢雲、物資支援の件じゃが…」

 

「私が行くわ」

 

「おまんが行かんくても」

 

「久しぶりに昔馴染みに会いに行くのよ」

 

「天龍か…」

 

 佐世保鎮守府。大損害を受けた横須賀への支援のために話をしようとしていた矢先、叢雲が自ら名乗りをあげる。その理由に納得した彼女は玉って頷いて許可を出すのだった。

 

ーー

 

「あぁ、確かにあのヲ級は変だ。普通に喋ってたし、無駄に剣のキレが凄かった」

 

「提督、もしかして。あのヲ級、五年前の…」

 

「そうかもしれないな…まだ生きていたとは…」

 

 入渠していない摩耶たちから話を聞いていた稲嶺は帽子を深く被る。その様子を見て山城も悔しそうな顔をする。なにやらただならぬ雰囲気で聞けるわけなかった。

 

「まさかアイオアが暴走するとは…」

 

 高速修復材を浸した包帯で頭をぐるぐる巻きにされた川内は悔しそうに呟く。ついでにアイオアは救出に来た潜水艦隊の魚雷の集中攻撃に沈んだ。

 

「にしても手痛い被害だな」

 

「横須賀にしては持ちこたえただろうさ」

 

 摩耶の言葉に天龍も同意する。天龍の言葉、決して横須賀をバカにしているわけではない。横須賀の現状を考えればこれは誉め言葉なのだ。

 

 横須賀鎮守府はその土地からしても重要拠点であったが五年前の九州戦線の崩壊に伴い佐世保、呉は大半の戦力を喪失。その際に安全海域を十分に確保していた横須賀所属の高練度艦は佐世保、呉に移籍。

 その後も九州方面戦力拡充のために横須賀で育て、九州に送り込む構図が続いていた。横須賀の戦力は低練度艦と最小限の戦力しか保有していなかったのだ。空母は正規空母などはおらず軽空母のみ、他の性能の高い艦も横須賀には在籍していなかった。

 

「補給を終えたら他の鎮守府や基地から支援物資が届く。その受け入れ作業を手伝ってくれ」

 

「「「了解」」」

 

「一応、随伴するわ」

 

「頼む、山城」

 

 そういうと稲嶺は山城と共に司令部へと向かうのだった。

 

ーー

 

 その後も瓦礫の撤去作業。付近の民間人たちへの救助作業など琵琶基地のメンバー含め多くの艦娘たちは昼夜を問わず、精力的に活動した。

 

「あぁ、身に染みるぅ」

 

「こう言うときのラーメンは無性に旨いでありますなぁ」

 

 横須賀の間宮は素早く食べられるものを用意し復活したあきつ丸たちはラーメンを啜っていた。

 

「やっぱり戦いってのは後始末が大変だよなぁ」

 

「防衛戦なら尚更ですね」

 

 大分、整理された基地内を見渡す摩耶と不知火は啜りながら現在作業中の艦娘たちを眺める。

 

「ってか早く入渠してぇ」

 

 これまで入渠施設は轟沈寸前、大破組の艦娘で溢れ返り中破していた天龍たちはまだ入れずにいた。明石は横須賀の艦娘たちの艤装も含め、一緒に修繕作業に集中している。

 

「相変わらずな間抜け面、変わらないわね貴方は…」

 

「あ…げぇ」

 

 休憩していた天龍の背後に立ったのは叢雲。その姿を見た天龍はあからさまに嫌な顔をする。

 

「たかが、敵拠点への強襲でこんなにボロボロになるなんて。貴方も落ちしたわね」

 

「お前か叢雲。てめぇには一番会いたくなかったぜ」

 

「あら、せっかく戦友が会いに来たってのに酷い言い草ね」

 

「あーあ、目を閉じたら暁にならねぇかなぁ!」

 

「折角人が心配してきてやったのになによその態度!」

 

 天龍の言葉に業を煮やした叢雲は愛用の槍を取り出してぶちギレる。

 

「会った早々からケンカ売りやがって!」

 

 天龍も件を抜刀。にらみ合いになるがその二人の間にロケット推進器が着いているの錨が突き刺さる。

 

「っ!」

 

「この錨は…」

 

「貴方たち、私より立派な体を持ってるんだからレディらしく振る舞いなさいな見苦しい」

 

「「暁」」

 

 二人のケンカを止めたのは暁、彼女はロケット推進器の錨を二つ艤装に懸架している彼女はため息をつきながら錨を回収する。

 

「凄いです。あのファーストシリーズの艦娘が全員、揃ってます!」

 

「壮観でありますなぁ」

 

 隻眼の孤狼《天龍》

 

 紫色の雷雲《叢雲》

 

 戦場の淑女(レディ)《暁》

 

 20年前から戦場を駆けた猛者たちが一同に介していた。日本、いや世界の剣の切っ先として戦った三英傑。その姿を一目見ようと他の艦娘たちも集まってくる。

 

「まさか大湊からここまで来たのか?物好きだなお前も」

 

「貴方に会いたかっただけよ。だって左遷されてから久々の戦場でしょ?上司に恵まれないのは相変わらずのようね」

 

「無能な上司は殴ってきた。それだけだ」

 

「貴方は本当に軍では生きにくい性格してるわね」

 

 小さな背格好からは予想もつかない闘気を纏っている暁はあきれた様子で天龍を見つめる。

 

「まぁ、心配してくれたって勝手に思っておくぜ。ありがとうな」

 

「貴方を心配して来たと思ったのおめでたいわね」

 

「貴方も昔から変わらないわね。天龍のこと大好きな癖に」

 

「なにいってるの暁!」

 

 言ってることはともかく、約15年ぶりのメンバーの顔合わせに三人とも笑みを浮かべるのだった。

 

ーー

 

「それで今回の件だが」

 

「あぁ、我々横須賀の要請で君に動いてもらったってことで報告書は出しておいた。艦娘たちの報告書にも陸奥がチェックを入れてくれているから大丈夫だと思う」

 

「助かる」

 

「そして報酬の件だが。前々から言っていた分だけで大丈夫なのか?」

 

「あぁ…」

 

 稲嶺と川崎は基地の被害を確認しつつ歩いている二人の背後に着いていた山城は何かに気づくとその場から離れる。

 

(提督…)

 

「何してるの?」

 

「山城…」

 

 呉鎮守府の秘書艦、伊勢は稲嶺を見つけ歩み寄ろうとするがその前に山城が立ち塞がる。

 

「どいて、山城」

 

「無理よ」

 

「提督に会いたいの。少しだけでいいから」

 

「貴方の提督は稲嶺提督じゃない、青波提督でしょ」

 

 絶対零度の鉄仮面を被っていた山城に対して伊勢も下がる気はなく互いに睨み付ける。

 

「なんで貴方は私を提督に近づけさせないの!」

 

「貴方の存在は提督を傷つける!」

 

「貴方こそ、提督にすがってるだけじゃない!わざわざ琵琶基地に行くなんてね!」

 

「貴方みたいに未練タラタラじゃないわ。その傷、治るどころか深くなってるじゃない。贖罪のつもり?それとも提督に慰めてほしいだけ?」

 

「山城!」

 

 伊勢のノーモーションからの打撃、山城の顔面に直撃するがそれと同時に山城も伊勢の顔面に一撃を食らわせるのだった。

 互いに一歩退くが倒れない、物凄い音が周囲に響き作業していた要請や艦娘たちが何事かと視線を移す。

 

「もう気がすんだ伊勢?」

 

「ふざけるな山城」

 

 一触即発の状態であったが周囲の目もあり互いに来た道を戻る。その眼光を鋭くしたままその場を後にするのだった。

 

 



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沖縄奪還作戦
早すぎる対応


 

 

 メガフロート事件から数日後。なんとか復旧した横須賀を見届けた琵琶基地メンバーは陸路で基地へと戻っていく。やって来た飛行機は大破してしまったため電車で帰宅と言う英雄らしからぬ凱旋であった。

 

「山城…」

 

「ん?」

 

「殴られたのか?」

 

「まぁ、ちょっとした痴話喧嘩よ」

 

 電車の車内で駅弁を頬張っていた山城の横にいた稲嶺は彼女の頬に青あざが出来ているのを見つけた。

 

「ほどほどにな」

 

「提督…」

 

「なんだ?」

 

「ごめんなさい」

 

「おい、どうしたんだ山城?」

 

 いつもとは違う落ち込み方を見て不審に思う稲嶺を横目に山城は言葉を放つ。

 

「私は貴方と離れるのが怖かった。お姉さまも居なくなって、私には提督しか居ないと思って着いてきてしまった…貴方の気持ちを考えずに」

 

《貴方こそ、提督にすがってるだけじゃない!わざわざ琵琶基地に行くなんてね!》

 

 あの時、伊勢に言われた言葉は山城の心に突き刺さっていた。その様子を見た稲嶺は苦笑する。

 

「伊勢と会ったのか…」

 

「えぇ…」

 

「まぁ、お前が喧嘩を吹っ掛けるのは後にも先にも伊勢ぐらいだろうな」

 

 車窓から流れる景色を見ながら稲嶺は手にしていたペットボトルの飲料を飲む。

 

「むしろお前には感謝してるよ」

 

「え?」

 

「俺はお前たちから逃げた。日向を失って、何もかも無になってしまった俺を見捨てずに居てくれた山城には感謝してるんだ…でも」

 

「分かってるわ。ここに私が居るのはそういうためじゃない、そんな心変わりの激しい提督ならもう殺してるわ」

 

「…すまんな」

 

 時間にすればほんの数分。そんな二人の話を真後ろの席で不知火は黙って聞いていたが話終えるのを聞き届けると眠りに着くのだった。

 

ーー

 

《情けないわね。あれだけの戦力がありながら、鎮守府1つ落とせないなんて》

 

「黙れ、貴様が駆逐級しか渡さんから物量で押すしかなかったのだ」

 

《貴方の手持ちにも居たでしょう?》

 

「駆逐と空母、そして僅かな戦艦で何をしろと?そっちこそ、混乱に乗じたようだが無様だな」

 

《殺すわよ…》

 

「やってみろ」

 

 沖縄、深海棲艦司令部。そこを管理している離島棲鬼は逃げ帰ってきたヲ級を嘲笑い。楽しんでいたが痛いところを突かれ殺気を漏らす。対するヲ級も殺気を漏らし、周りに控えていた深海棲艦たちは巻き込まれないように逃げ隠れる。

 

《まぁ、いいわ。今度の作戦は貴方も参加なさい》

 

「なに?」

 

《貴方も知っての通り、沖縄防衛ラインの一つが完全に崩壊したわ。各隊は物資を抱えて第2防衛ラインまで後退中。それを察知してか佐世保を中心とする基地の物資の行き来が活発化してる》

 

「ここに攻めてくるのか?」

 

《えぇ、こちらが混乱しているうちに第二防衛ラインも崩したいのでしょう。各人類国の艦娘隊がここを中心とする防衛基地を急激してる。現在ここは太平洋側を除く全方位から攻撃を受けてるわ》

 

「どれほどの被害だ?」

 

《沖縄直衛部隊を除けば四割の被害が出てるわ。太平洋、大西洋の主力艦隊はアメリカ、イギリスを中心とする艦隊とのにらみ合いで動けない》

 

 沖縄の量産ユニットはまだ未成熟。近い太平洋艦隊はメガフロートの件で出張ってきた艦隊の対処で目一杯。

 

《私の権限で第一防衛ラインまで全艦隊を後退、敵を誘引して一気に叩くわ》

 

「待て、第一防衛ラインの部隊は私が任されている。それを勝手に…」

 

《作戦の一つも完遂できない無能な指揮官より私の方が上手く使うわ》

 

「なんだと?」

 

《戦うだけなのが戦争ではないわ。こちらはこちらで進められる》

 

「……」

 

《とにかく。全艦隊は私の指揮下に置く、貴方も例外ではないわ。従ってもらうわよ》

 

「くっ…」

 

 歯が砕けそうなほど噛み締めるヲ級は黙ってその場を去る。その後ろ姿を見て離島棲鬼は満足そうに笑うのだった。

 

ーー

 

「ほんとにやるの?」

 

「いいもなにも大本営からの命令じゃ。断るわけにはいかん」

 

 佐世保鎮守府。次々と運ばれる物資にたいして千代音は不機嫌さを隠そうとしない。あの横須賀の被害から数日しか経っていないと言うのに大本営は沖縄奪還作戦の決行を視野にいれている。

 

「あまりにも早すぎます。こちらの艦隊も被害を受けていますし」

 

「ワシもそう言った。じゃが、向こうは耳を貸そうとせん。敵艦隊のダメージが残っているうちに沖縄を奪還せよとな」

 

「相変わらず無茶苦茶ね」

 

 叢雲と大和の言う通り。この時期での攻撃は早すぎる。千代音とて大本営からの攻撃命令を遅滞させているがどこまで持つか分からない。

 

「職業軍人のつらいところじゃ」

 

 千代音はタバコを吹かしながら沖縄のある方に目を向ける。

 

「あいつが守ってくれたこの戦力。無駄にするわけにはいかんじゃき」

 

ーー

 

「弾薬は一ヶ所に集めるなっていってるでしょ」

 

 瑞鶴は手にしていた山盛りの書類を片手に妖精たちに指示を出す。

 

「4番と8番倉庫。そして本部の地下倉庫に移しなさい!物資が多いからって楽をしない!」

 

 瑞鶴は佐世保空母の中での一番の古株であり物資管理を一手に任されていた。実力も高く、加賀や赤城に匹敵する腕を持っている人材で実践経験もずば抜けていた。

 

「たく…。いくら申請しても送らないときは送ってこない癖にこっちが要らないときだけ送ってくるんだから!」

 

「まぁまぁ、来るだけありがたいじゃありませんか」

 

「何事もタイミングは大切なのよ!」

 

 他の倉庫から帰ってきた高雄が宥めるが瑞鶴は不機嫌になる一方。前回の戦闘で出撃出来なかったのも影響しているだろう。

 

「それと、大本営からの物資で気になるものが」

 

「なに?」

 

 高雄から資料を奪い取った瑞鶴はその品目を見て自分の目を疑う。

 

「なにこれ?」

 

 基地防衛用無人迎撃システム「檄雷」対深海用の弾薬が入った特殊な機関銃を撃つ兵器だ。

 

「どうします?」

 

「使わないから地下にでもしまっておきなさい。ったく、こんなものに予算を割くんだったらこっちに回してもバチは当たらないわよ…」

 

 瑞鶴の機嫌は悪くなる一方、それを被害の受けない距離で作業する高雄。彼女も手慣れたもんである。

 

ーー

 

(動きが早すぎるな…横須賀が襲われて焦っているのか?)

 

 皆が寝静まった頃。川崎から貰っていた資料を読みながら稲嶺は唸っていた。

 

 敵の防衛戦にダメージが入っているうちにというのは分かる。だがそれを維持するための各国軍の攻撃といい、なんたも手早すぎる。

 

(もしかして、沖縄艦隊が攻めてくることを知っていたのか大本営が…)

 

「いや、まさか。ありえない」

 

 その理論が通るなら海軍の上層部に深海側と通じている人間が居ることになる。

 

(どっちにしろ、様子を見るしかないか…)

 

 今、考えても仕方がないと判断した稲嶺は書類をしまい。眠りにつくのだった。

 

 



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 メガフロート事件から一ヶ月。

 

「おりゃぁ!」

 

「くっ!」

 

 高々と飛ぶ天龍、大上段から振り下ろされる刀の一撃を受け止めるあきつ丸。受け止めたと思えば天龍の体は刀を支点に回転、彼女の蹴りがあきつ丸のアゴに直撃し一瞬で意識を奪われる。

 

「あぐぅ…」

 

「おい、無事か?」

 

「これはしばらく気がつかないだろうな」

 

 倒れるあきつ丸の頬をペチペチする天龍。その様子を見に来た川内はやれやれと言った感じで黒の軍服の襟を掴み、引きずっていく。

 

 前回の戦闘で露呈したのは体や精神の鈍り、戦場から長いこと離れていた為による弊害が露呈したのだ。それでもなお、琵琶基地の艦娘は圧倒的な戦闘能力を有していたが本人たちにとってそれは許せないことだった。

 

 それを機に個人的に行われた自主練習、なんでもありの実践練習だったが天龍の能力は遥かに高かった。剣術における戦闘において天龍と並び立ったのはただ一人、その彼女も轟沈し実質彼女は最強の名を欲しいままにしていた。

 

「もっと地肉が踊る死合がしたいぜ」

 

「これで本当に鈍ってるんですか?」

 

「あぁ、抜刀速度が叢雲に負けた。得物的には向こうの方が遅くないと駄目なんだよ」

 

 横須賀での会合にて彼女が鈍ったというのは三人とも実感していた。終生のライバルと定めた二人に鈍ったと思われるのは天龍にとって許しがたいものだった。

 

「私には少し、理解しがたいですね」

 

 不知火はレベルの違いにげんなりしながら天龍を見つめる。当の本人は少しも汗をかいていない。

 

《非常呼集、非常呼集。当基地所属の艦娘は執務室に来るっぽい!》

 

「お、どうしたんだ?」

 

「とりあえず、行きましょう」

 

 学校のスピーカーごしから流れる夕立の声。その声を聞いた天龍と不知火はすぐに執務室に向かう。

 

ーー

 

「旗艦叢雲。抜錨するわ」

 

《佐世保第一艦隊が抜錨。繰り返す、第一艦隊抜錨。ゲート解放せよ!》

 

 佐世保鎮守府は五年前、深海棲艦の大攻勢により壊滅。甚大な檜垣にあった。その復興の際、佐世保は鎮守府でありながら巨大な要塞へと変貌していた。

 

 佐世保湾の出入り口。陸には無数の火砲が設置され海中には機雷が設置されている。唯一、作られたルートには対深海棲艦用の特殊障壁で出来たゲートが設置されている。湾内にも無数の機雷や湾を囲むように火砲が設置されている鉄壁要塞と化していた。

 

 そんな湾から叢雲を旗艦とする艦隊が出撃、それに応じるように各基地からも艦隊が出撃する。沖縄攻略作戦の第一段階が発動したのだ。

 

ーー

 

「沖縄攻略作戦か…」

 

「本土の防衛戦力をギリギリまで削った戦力だよ。大本営も本気だね」

 

 執務室に集まった琵琶メンバーは稲嶺を中心に話し合っていた。

 

「旗艦は叢雲か…」

 

「あいつは優秀な戦士であり、優秀な指揮官だ。ヘマはしねぇよ」

 

「ほう、それは頼もしいわね」

 

 天龍の言葉に対して素直に感心する山城。不知火達から聞いた話から仲は良くないと思っていたがそうでもないようだ。

 

「まだ俺たちが全員居たときの指揮艦は吹雪だった。その補佐をしていたのが叢雲だ」

 

 始まりの13隻。特に上下関係は無かったがなんでもある程度出来、視野の広い吹雪が指揮を執ることが多かった。吹雪型のネームシップと言うだけあってまとめ方は上手く、叢雲は心底彼女を尊敬していた。

 

「叢雲の役割は押し役だった。吹雪は性格上あんまり強く言えなかったからな」

 

 なつかしむように話す天龍。忌むべき過去のはずだが彼女は実に楽しそうだった。

 

「アイツなら下手な真似はさせねぇよ」

 

 信頼、いや確信に近い言葉遣いに稲嶺は小さく頷く。彼にもその気持ちは分かるからだ。叢雲に対してではないがそのように信頼を寄せた人物がいた。

 

(沖縄か…)

 

ーー

 

「なぜ私を出さなかったのですか?この作戦、備蓄がどうとかは二の次でしょう?」

 

「いや、ワシはこの作戦にかけとらん。なにか向こう側に作為的な動きがあるんじゃ」

 

「そのような兆候は確認されていません」

 

「わぁとる。ワシの勘じゃ」

 

 大和の疑問に千代音は歯切れ悪く答える。深海棲艦の動きに疑念を持っていた。大幅に防衛線を下げてからは防戦一方。上手く行きすぎると疑いたくなる性分なのだ彼女は。

 

 なので今回は単純な戦闘能力ではなく生存率の高い艦娘を選抜して送り出した。連携面も見てドイツ艦隊が最適だ。

 

ーー

 

「叢雲、やはり今回の主目的は沖縄攻略ではないな」

 

「え、どういうことですか?」

 

「まぁ、私たちの艦隊が集中的に採用されているのを見ると余計に感じるわね。広報には潜水艦隊も控えてるし」

 

 沖縄の元第三防衛ラインにて設置された物資集積所。そこで補給していた沖縄攻略艦隊。補給時にグラーフは疑問を叢雲に投げ掛ける。それにビスマルクも同意する、オイゲンはちょっと分からなそうだが…。 

 

「まぁ、敵情視察が主な任務ね。私たちが敵の防衛線を突破しようとは思ってないわ」

 

「叢雲、鹿屋基地の艦隊が敵の防衛線を突破したようだよ」

 

「え?」

 

 レーベの言葉に叢雲は思わず声をあげる。

 鹿屋基地は九州の基地の中でもトップクラスの能力を持つ艦隊だ。今回の作戦に最も熱心的な意欲を示し、一週間前から前線に投入されている。

 

「支援艦隊もそこからなだれ込んでるみたい。物資集積装備を持った艦も指定の島に到着したみたい」

 

「……」

 

「どうする叢雲。私はお前に従うぞ」

 

「これを絶好のチャンスと取るか、悪魔の罠と取るかは貴方次第よ」

 

 グラーフもビスマルクも叢雲に従う姿勢を見せている。彼女がここで帰ると言っても文句1つ言わずに従うだろう。

 

「まだ防衛線が敷かれているポイントに進撃するわ。向こう側がどのような対応をしているか見ておきたいわ」

 

「「「Verständnis!!」」」

 

ーー

 

《敵艦隊、第一防衛ラインを突破しました。このままではこちらに上陸されるのも時間の問題です》

 

《そう…勝ったわね。バカな艦娘たち…私たちの名前を忘れたのかしら》

 

 離島棲鬼は笑いながら戦況図を見る。

 

《勝ったわ…》

 

ーー

 

「待って…グラーフ」

 

「なに?」

 

 別ルートから進行していた叢雲たちの目の前にはたった一隻の空母が佇んでいた。やられた艦隊からのハグレかと思われたヲ級は紫色のオーラを纏っていた。

 

「あれは天龍の言っていたヲ級…」

 

 叢雲の警戒と共にグラーフ、ビスマルク、オイゲン、レーベ、マックスも戦闘体勢に入る。

 

「お前たちの敗けだ。艦娘」

 

「なに?」

 

「こ、これは!?」

 

 ヲ級の言葉の意味を理解しかねた叢雲。それと同時に策敵機を展開していたグラーフが驚きの言葉を漏らす。

 

「どうしたの、グラーフ」

 

「沖縄の第二防衛ラインが復活。完全に隔離された」

 

「なんですって!?」

 

「海中に防衛艦隊を沈めていたのか」

 

 沖縄の第二防衛ラインの艦隊は一度、第一防衛ラインまで後退し海中を通って第二防衛ラインの海底で潜んでいたのだ。

 

「第二防衛ラインの艦隊を撃破して各艦隊の撤退ルートを構築するわよ」

 

「させると思うか…」

 

「っ!」

 

「叢雲!」

 

 ヲ級の黒刀と叢雲の槍が激しくぶつかり合う。

 

「ビスマルク、海中から来るよ」

 

「くっ!」

 

「攻撃隊、出撃! Vorwärts!」

 

 ユーからの警告と共にグラーフは艦載機を発艦させる。レーベたちも砲に弾を装填して警戒する。

 

《ヲ級さま!》

 

「まさかの当たりだとわね!」

 

「横須賀で報告のあったサラトガですよ。お姉さま!」

 

 海中から次々と現れ、ビスマルク姿を表したサラトガに向けて砲を向けるオイゲン。

 

「各員、兵器使用自由。自分が生き残ることを最優先に!」

 

「憂さ晴らしでもさせてもらおうか…」

 

「無駄よ、逆にストレスが溜まるだけだから」

 

 ヲ級は黒刀を構え、叢雲は槍に電気を貯め、槍からスパークが弾ける。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに言葉は発しない。無言のまま距離を詰め激しくぶつかり合うのだった。

 

 

 



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前線の策略家

 

 

「ぜぁ!」

 

「っ!」

 

 互いの獲物がぶつかり合うたびに叢雲の槍からは高圧電流が流れヲ級にダメージを与える。

 叢雲の槍《紫電》は槍本体から高圧電流を流して相手に追加のダメージを与える代物だ。性能が上の相手だろうがこの電撃攻撃は通用する。彼女の圧倒的な戦闘能力と掛け合わせ最強の得物と化していた。

 

「……」

 

「やるわね」

 

 だがこのヲ級は特別だった。幾度も死線を潜り抜けてきた叢雲でさえヲ級の戦闘能力に圧倒されていた。

 

(この腕、単純に戦闘技術が高いってことか!)

 

(あの天龍並みに強いが…)

 

ーー

 

「Feuer! Feuer!」

 

《うぐっ!》

 

「くっ!」

 

 プリンツ・オイゲンの魚雷を混ぜ混んだ砲撃はネ級を狙い撃つがネ級も乱数回避で避けながら両腕と尻尾の砲で応戦する。

 互いに攻撃を受けながらも一歩も退かない。ユーたちの支援攻撃、ネ級の足元には魚雷が接近し爆発。大きな水飛沫を作り出す。

 

「やった?」

 

「まだですよ…っ!」

 

 水飛沫から現れたネ級は全力でオイゲンにタックルを決めると馬乗りになる。

 

「くっ!」

 

《沈め!》

 

 するとネ級に副砲が直撃。それと同時にグラーフの艦載機が機銃を掃射しながら突っ込んでくる。

 

「無事か?」

 

「助かりました…」

 

「叢雲が化け物を足止めしている。その隙に包囲艦隊を突破するぞ。ビスマルク」

 

「分かってるわよ!」

 

 浮上してきた艦たちは粗方、片付けたがビスマルクはサラトガの相手をしていて動けない。グラーフの艦載機も補給に戻っている。レーベとマックスが奮戦しているがこのままだときびしい。

 

「通信は?」

 

「ここら一帯にはジャミングが張られている。先程、伝令を向かわせた」

 

 足自慢の艦載機を先程、佐世保まで飛ばした所だ。連絡がつかない事で向こうも異常は察しているだろうが詳しい情報を送りたかったグラーフは伝令出したのだ。

 

「とにかく、ここの突破が優先だな」

 

「そうですね」

 

ーー

 

 同時刻。沖縄の異変を察知した佐世保を含む各基地は先見隊救出のための部隊を発進させていた。

 

「ったく。嫌な予感が当たったて訳ね!」

 

「叢雲さんたちは大丈夫でしょうか?」

 

「叢雲さんは大丈夫です。今は私たちの任務に専念しましょう」

 

 最大戦力である大和を中心に古参の瑞鶴、エースの加賀らが出撃し叢雲たちの救出に向かう。その様子を潜水棲姫が安全区域で確認、すぐさま離島棲鬼に伝えられる。

 

《敵の主力、出撃を確認》

 

《ご苦労ね。潜水棲姫、引き続き警戒を》

 

《了解》

 

ーー

 

「…なんだろうな。この違和感は」

 

 リアルタイムの無線を繋いで聞いていた稲嶺は疑問の声をあげる。

 

「どうしたの?」

 

 メガフロート以降、すっかり執務室の虫と化した山城は彼の言葉に疑問を漏らす。

 

「前線の艦娘が孤立したとはいえ佐世保を含む艦隊は余力がある。敵の防衛線を食い破るのは時間の問題だろう」

 

 佐世保たちだって焦ってる。最短で無駄なく深海棲艦を殲滅するだろう。それまでに前線の艦娘たちが全滅するとは考えられない。あの叢雲も投入されているのだ。

 

「これだけの罠。なにかしらの意図があるはずだこちらの前衛戦力を削るなら他に方法があるはずなのに」

 

「確かに…」

 

 敵の意図が読めない。

 

「山城、詳しい情報が欲しい。他のやつらに調べるように言っといてくれ」

 

「わかったわ」

 

 急いで執務室を後にする山城を見送ると電話が鳴り響く。

 

「もしもし」

 

 稲嶺はそれを素早く取ると一瞬で険しい顔になる。

 

「これは参謀長。わざわざなに用ですか?」

 

「……」

 

「はい?」

 

 その言葉の内容に思わず聞き返す稲嶺。彼は聞き届けるとすぐに立ち上がり出立の準備をするのだった。

 

ーー

 

「くっ、このままじゃ。じり貧ね」

 

「こいつらは間違いなく精鋭部隊だ」

 

 叢雲は完全に手が離せずビスマルクとグラーフが苦言を漏らす。ドイツ艦隊は佐世保の中でトップクラスの生存率を誇る部隊だ。様々な場面に遭遇してきたがこれは不味い。

 

「もうすぐ援軍が来るはずだ」

 

「え、どういうこと?」

 

 こんな状況で援軍。レーダーはおもわず疑問を口に漏らす。その瞬間、グラーフたちを援護するように無数の砲弾が深海棲艦を襲う。

 

「大丈夫かしら?」

 

「あ、あれは鹿屋の扶桑!」

 

 第一防衛ラインを突破したはずの艦隊たちがこちらに集結。叢雲たちを援護し出す。

 

「どうしてここに?」

 

「私が呼んだ」

 

 マックスの疑問にグラーフは状況を上手くつかめなかった前衛艦隊に情報を伝達しこちらに来るように艦載機で誘導したのだ。

 

「集積場まで撤退するぞ!各艦、ヲ級に牽制をかけつつ撤退だ!」

 

「一旦退け…」

 

 佐世保の中でも三本の指に入る策略家、グラーフの本領発揮。流石のヲ級も不利と判断し撤退するとネ級やサラトガたちも逃げていく。

 

「即時撤退!」

 

 それを見た叢雲は即座に判断を下して反転、集積場まで後退するのだった。

 

ーー

 

沖縄県、奄美群島の島。《沖永良部島》そこが第一と第二の間にある集積場だった。艦種問わず30を越える艦娘たちが何とか上陸し補給を開始する。

 

「どうしますか?」

 

「ここで、籠城戦をするわ。縦深防御に徹しつつ援軍を待つ、もしもの時は地下の鍾乳洞から脱出が出来るしね」

 

「それしかないだろうな」

 

 佐世保の叢雲、鹿屋の扶桑、岩川の那智。前線に深く侵入していた三艦隊の旗艦たちは補給を受けながらもこれからのことを話し合う。

 

「それにしてもよく戻ってこれたわね」

 

「鹿屋の艦隊をすぐに見つけられたからな。なんとか耐えていたのだが…そちらのグラーフが来てくれなかったらどうなっていたか」

 

「おそらく近距離通信も敵に傍受されている状況では援軍を呼べませんでした。本当に助かりました」

 

「グラーフには私から言っておくわ」

 

 これも全てグラーフの素早い対応のお陰だ。だが肝心の彼女も先程の戦闘でだいぶ参っており、今は簡易ベットで頭に氷を当てながら休んでいる。

 

「敵が来なければ夜明けと共に敵の第二防衛ラインを突き破り九州に帰投する。それでいいわね?」

 

「異論はない」

 

「わかりました」

 

「じゃあ、夜警以外は仮眠を取りましょう」

 

 群雲の言葉に頷いた二人はそれぞれの艦隊の元に戻っていく。各艦隊ごとに仮眠所は分けてある。敵に奇襲されても他の班が対応できるようにするためだ。

 

 夜警をオイゲンとレーベに任せた叢雲は仮眠を取るために座る。どこでもすぐに眠る叢雲は睡眠に入る。そしてしばらくすると夢を見る。あの時の悪夢が彼女の中で再び浮上してきたのだった。

 

 





次回 叢雲の過去



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過去編1 その日、人が産まれた

天龍の改二来たぁぁぁぁ!

日向改二もはよ



 No.1(ファーストシリーズ)彼女らは長い間、戦場を駆けただけあって一癖も二癖もある連中の集まりだった。

 

「んだとてめぇ!」

 

「もう一度いってやるわよ!アンタの単独先行が迷惑だって言ってんのよ!」

 

 深海棲艦の登場から三年ほど。艦娘の開発が行われていた沖縄が奴等に占拠され艦娘開発計画は停滞。再開発の目処がまだ立っていない状況だった。

 

「まぁまぁ。天龍ちゃんも悪気がある訳じゃないし、今回も大目に」

 

「龍田、貴方は天龍に甘いのよ!」

 

「まぁ、天龍の単独先行は私たちも助かってるんだよ。ここぐらいに」

 

 怒り心頭の叢雲を諭そうと龍田と響が止める。しかし彼女の怒りは収まらない。彼女は規律を重んじるのに対して天龍は現場の判断と言って戦場で好き勝手している。対照的な二人がぶつかるのは仕方のないことだった。

 叢雲と天龍は互いを両目でにらみ合う。一般人ならその眼光だけで殺せそうな勢いだった。

 

「大丈夫だよ、私も天龍さんのことも考えてやってるから」

 

「吹雪、貴女がこんな奴のためにくろうすることはないのよ!」

 

「なんだと!」

 

「そろそろ止めようよ」

 

「でもこのままじゃ…」

 

 必死に叢雲の怒りを抑えようとする吹雪。そのままでは怒らせたくない奴を怒らせることになる。

 

「うるさいのです…」

 

「「「……」」」

 

 叢雲の前に突き刺さる錨。部屋のはしっこで唐揚げ弁当を食べていた電からの警告。彼女は食事時にだけ滅茶苦茶怖い。電にとって唯一のリラックスタイムである食事時は邪魔されたくない時間なのだ。

 

 天龍と叢雲の事をみていた磯波たちも固まりその場に沈黙が訪れる。それを見届けた電は満足そうに箸を動かす。

 

 ついでにここは横須賀の基地。当時は鎮守府なんてものは存在せず通常の基地に一同が集まっていたのだ。この時から鎮守府再建計画が進行していたがそんなこと彼女たちは知らない。

 

「そういえば、艦娘の建造装置の目処がたったようね」

 

「そうだね、これで私たちの負担も軽くなれば良いんだけど」

 

 雷の言葉を皮切りに響も便乗し全員がそれに乗っかる。

 

「上の方々は空母、戦艦が欲しいらしいですね…」

 

「そう簡単に建造出来たら苦労ないんだけどね!」

 

「まぁ、誰が建造されるにしろ戦力になるならありがたいわねぇ」

 

 浦波、深雪、龍田も追加建造は快く思っている。仲間が増えるのは良いものだ互いの生存率も比べ物にならないくらい高くなるだろう。

 

 そして当時から半年後に第二次建造が行われることとなる。その際に建造されたのは球磨型と大本営が欲しくて止まなかった空母《鳳翔》が建造。

 

 彼女は名付けられた異名の体現者として後進からも伝えられている。《全ての空母の母》彼女はその名の通り。今後、建造されていく全ての空母たちにその全てを教えていくことになる。

 

 その鳳翔は現在も健在である。現在も心から信頼を寄せる提督と共に軍務についている。

 

「お、そろそろ時間だ行くぜ!」

 

 天龍の声と共にそれぞれ休んでいた彼女たちが動き出す。

 

 今回の任務は八丈島の奪還。既に熟練となった彼女たちには島のだ奪還など朝飯前だった。

 

ーー

 

「まぁ、ぼちぼちだったな」

 

「私がいるから大丈夫よ!」

 

 敵と言っても魚のような雑魚ばかり。練度が上がっていた彼女たちにとっては対処もお手のものだった。

 

「後続の陸戦隊が来ればお風呂には入れるわね天龍ちゃん」

 

「そうだな。ちょっと一服してくるわ」

 

 天龍は愛用の煙草を少し離れたところで吸う。この頃から天龍は彼女は煙草を愛用していた。きっかけはほんの些細なことだった。助け出した兵にお礼に貰った一本、それが始まりだった。

 

「どうも釈然としねぇなぁ」

 

 人類の切り札である艦娘、たった12の艦娘で戦況は一変した。追加生産の艦娘たちも予定されている中、人類は海を取り戻すだろう。だが解せない、こんなにあっさりと相手がやられてくれるものか?

 

がさっ…。

 

「ん、なんだよ?まだ陸戦隊はまだなはずだろうが?」

 

「……」

 

「誰だてめぇ…」

 

 人間ではない、だが人間のようなやつだ。肩から単装砲を備えた艦娘はこちらをボーッと見つめていた。

 

「みたことねぇやつだな。陸戦隊は反対側だぜ」

 

草木が生い茂っていて顔と砲しかよく見えない。仕方なく歩み寄る天龍はその艦娘が見たこともない赤いオーラ―を纏っているのが見える。のちに奴は《泊地棲姫》と呼ばれる存在であった。

 

「その配色…」

 

 白と黒のツートーン。およそ人間離れした容姿に天龍は戦慄する。こいつは艦娘ではない、それだけは分かったからこそ彼女は叫ぶ。

 

「敵襲だ!」

 

「なに!」

 

「天龍ちゃん!」

 

 島全体に響き渡るかと思えてくるような怒号。それに反応した一同はすぐに現場に急行する。

 

「天龍!」

 

 ズガン!

 

「え?」

 

 駆けつけた叢雲。返ってきたのは天龍の返事ではなく血飛沫。よく見れば天龍の左顔面が吹き飛び周囲を真っ赤に染め上げたのだった。

 

 ドチャ…

 

「てめぇ!」

 

 吹き飛ばされた天龍はピクリともせず沈黙を守る。叢雲はすぐさま槍を構えて突撃、人形の深海棲艦に重い一撃を加えるが障壁のようなものに阻まれる。

 

「なに!?」

 

 それどころか槍はその半ばで真っ二つにヘシ折れてしまう。

 

「……」

 

「うっ…」

 

 目の前に突きつけられたのは砲口。しかし後ろから襟首を掴まれ無理やり回避させられる。同じく駆けつけた龍田が助けたのだ。

 

「龍田、あなたは天龍を!」

 

「……」

 

「叢雲、ダメだよ。今は敵に集中して!」

 

「吹雪、でも天龍が!」

 

「あきらめて!」

 

 仲間を失うという初めての経験に動揺する叢雲。だが吹雪は冷静に物事を俯瞰していた。

 

「叢雲ちゃん。落ち着いて、私たちは今こそ冷静にいなきゃいけないのよ」

 

「っ……」

 

 龍田の言葉に叢雲は押し黙る。一番悲しいはずの龍田が冷静に今の状況を乗り越えようとしている。浦波たちの全力攻撃も障壁に阻まれ効果が見えない。

 

「喰らうのです!」

 

「行くわよ!」

 

 高速で回転させ遠心力がたっぷり加えられた電と雷の錨が振り下ろされ直撃するが障壁はびくともしない。

 

「これは不味いね」

 

「前衛の肝である天龍がやられて、群雲も槍が折れた。これは退くしかないわね」

 

 暁は偽装に備え付けてあった煙幕弾を砲塔に積み込むと狙いを定める。

 

「吹雪、撤退するわよ!」

 

「分かった。全艦撤退します、陸戦隊にも至急待避を通告!」

 

 吹雪の指示と共に姫の周りには煙幕が焚かれ全員が離脱体勢に入る。

 

「よし、撤退します!」

 

「早く行くわよ…っ!」

 

「龍田!」

 

 龍田は全力で叢雲を投げ飛ばす。投げ飛ばされた彼女はガッチリと敵に掴まれた龍田の姿が見えた。

 

「逃げなさい、叢雲ちゃん」

 

「龍田!」

 

 投げ飛ばされた叢雲を吹雪が受け取り抱えたまま逃げ出す。それを見届けた龍田はホッと一息つく。まぁ、一息つける状況ではないが仲間を逃がせたのは大きい。

 

「天龍ちゃん…すぐ行くわ…」

 

「……」

 

 真っ赤な目を光らせながら肩の砲を向ける泊地棲姫。流石の状況にあきらめる龍田。

 

「おいおい、勝手に殺すなよ」

 

「っ!」

 

 泊地棲姫の腕を刀で切断した天龍は龍田を安全な場所まで蹴り飛ばす。

 

「お返しだこの野郎!」

 

 砲で牽制しつつ天龍の突きが泊地棲姫の左目を貫いた。左目から血を撒き散らしながらも反撃した天龍は刀を刺しっぱなしにしながら反転。

 

「逃げるぞ!」

 

「えぇ!」

 

 龍田を連れて逃げる天龍。本当ならもう一撃でも入れたかったが体が持たない。早々に逃げる。

 

ーー

 

 この日を境に人形の深海棲艦の目撃例が増加。戦略性の幅が広がった深海側たちはさらに勢力を伸ばすことになる。

 

ーーーー

 

「…なんであの時の夢を」

 

 沖永良部島。深海棲艦の罠に嵌まり、避難した島で仮眠を取っていた叢雲は突然の夢に目を覚ます。

 

「あ、叢雲さん。どうしたんですか?」

 

「いや、ちょっと嫌な夢を見て…」

 

 夜警をしていたオイゲンは突然起きてきた叢雲に驚きながらも時間を確認する。時間は日を跨いで二時間が経過しようとしていた。

 

(なんであんな夢を…)

 

 叢雲は先程まで見ていた夢を思い返していると真っ暗な空が明るく光る。

 

「照明弾!?」

 

「赤玉三発。戦闘開始の合図です!」

 

「あの方角は鹿屋の夜営地か!」

 

 南西の方角に夜営を張っていた鹿屋の部隊からの合図に叢雲たちは一気に動き出す。

 

「レーベ。ビスマルクたちを起こして!プリンツ、私と鹿屋の援護に向かうわよ!」

 

「分かったよ!」

 

「分かりました!」

 

 艤装を装着した叢雲は自身の獲物を持って鹿屋の夜営地に向かうのだった。

 

 

 

 



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姉妹殺しの飛龍

 

 

「おっしゃっている意図を私は拾い損ねました」

 

「君なら分かっている筈だ」

 

 大本営の一室。そこに呼び出された稲嶺は参謀長と一対一で話し合っていたのだ。

 

「元帥をその座から引きずり下ろす」

 

「その意図は分かりましたがなぜ今なのです?前線の兵たちが命を賭けて戦っているときに」

 

「元帥は現在、前線の状況確認などのおかげで不在だ。だからこそ話せるのだよ」

 

 参謀長から持ちかけられた話は有り体に言えば元帥をその座から引きずり下ろす手伝いをしろと言ってきているのだ。

 参謀長はその立場に見合った人物だ。少々、頭が固いが冷静で軍のことを見つめている。そんな彼が内乱を引き起こす手伝いをしろと言うのだ。

 

「君も含め、元帥の軍内部の支持率は低い。それでもその立場を維持しているのは佐世保を含む主要メンバーたちが彼を支持しているからだ。このままでは軍が二分される」

 

「それで貴方がトップになろうと?」

 

「いや、次期元帥はまだ決まっていない。極端な話だが君が元帥の座に座ろうが私はいっこうに構わないのだよ」

 

 参謀長はこちらに真剣な眼差しを向けながら話す。

 

「なぜ私に話をなさったのですか?」

 

「君には能力がある。メガフロート事件を僅かな兵で見事完遂し彼女を最後まで育てたのは君だ」

 

「よしてください。過去の話は…」

 

《私は国ではなく君に尽くしたい。なに、私は尽くすと決めたら尽くす主義でね。……まあ、そうなるな》

 

 過去を持ち込んでくれたお陰で嫌なことを思い出した。脳裏に浮かんだ風景を消すように頭を振る稲嶺。

 

「分かりました。私に出来ることならやりましょう」

 

「ありがたい」

 

 取り敢えず同意はした稲嶺は同意するとそのまま部屋から立ち去るのだった。

 

ーー

 

 大本営の地下施設。そこには建造や研究開発施設が置かれているがその端っこには特別営倉が設けられている。

 

「鳳翔さん…」

 

「あら、稲嶺大佐。お久しぶりですね」

 

 そこに訪れていた稲嶺は料理を持った鳳翔の姿があった。彼女は初代鳳翔、現在は現場から離れているがその鬼神のごとく活躍は今も空母たちの語り草だ。

 

「食事を?」

 

「えぇ、こんなところに一人で…。だからご飯だけはしっかりと食べさせてあげたいんです」

 

 この営倉の奥にいる艦娘。一人で失意の縁にいる彼女を鳳翔は気にかけていた。

 

「もしかして琵琶基地で引き取るのですか?」

 

「はい、彼女にその意思があるのなら…ですが」

 

「大丈夫ですよ。あの子の目は死んでない」

 

「それは良かった…」

 

 稲嶺は大本営にいくときは必ずここに訪れている。前回は予定が切迫していたので無理だったが。前例があるとすれば夕立はここで出会い、琵琶基地で引き取っている。

 

「夕立は貴方に感謝していました。暖かい食事を与えてくれたって、優しく接してくれたって…」

 

「当然です。彼女たちは私の妹ないし娘のようなものです」

 

「艦娘は闘うために産まれてきた存在。彼女たちには姉妹がいても親はいない。貴方のような存在は貴重なのですよ、俺達軍人では母親や父親にはなれない…」

 

 闘うために産まれ、戦場で生き、戦場で死ぬ。それが艦娘という存在。なら彼女らはいったい何なのか…その答えに答えられるものはいない。

 

「ここですよ」

 

「飛龍ですか…」

 

「えぇ…」

 

 営倉のベットで小さくなっているため分からないがあの色の和装は間違いなく飛龍だ。

 

「彼女はなにをしたんですか?」

 

「蒼龍を殺しました。理由は不明です」

 

「姉妹艦を…」

 

「懐刀で喉をバッサリといったそうです」

 

「ぞっとしますね」

 

 前例こそあれどこういった類いの話はあまりよくは思わない。

 

「飛龍さん。お客様ですよ…」

 

「客、憲兵ですか?なら話すことはなにもありません」

 

「いえ、提督です」

 

「え?」

 

 驚いたように起き上がる飛龍。稲嶺はそんな彼女をまっすぐと見つめると。それを避けるように視線を外す。

 

「なるほど、いい娘ですね」

 

「さすが、稲嶺提督ですね」

 

「稲嶺…あの琵琶基地の」

 

「うちって有名なんですか?」

 

「えぇ、有名ですよ」

 

 鳳翔は微笑みながら稲嶺に返すと彼も少し笑いながら飛龍を見つめる。

 

「うちには知っての通り多くの過去を持つ艦娘がいる。お前と同じことをして来た奴もいる。俺達に過去は関係ない、まだその力を振るう気があるのなら歓迎しよう」

 

「……」

 

 突然の誘いに動揺する飛龍。

 

「飛龍、俺の目を見ろ…」

 

「はい…」

 

 有無を言わさない気迫。それを感じた飛龍は彼に言われた通りに目を合わせる。

 

「二度目はない。今ここで決めろ、チャンスは一度だ」

 

「…私はまだ奴等を殺せるんですか?」

 

「俺達の基地の性質上。場面は少ないが殺せるだけの猛者が揃ってる。お前が望めば強くなれる」

 

「やります。やらせてください…私は殺さなきゃならないんです」

 

「歓迎しよう。飛龍型航空母艦、飛龍。琵琶基地にようこそ」

 

「はい提督」

 

 覚悟を決めた飛龍は立ち上がると綺麗な敬礼をこちらに向けてくる。その姿を見るだけで連度の高さが窺える。

 

「うちは厳しいぞ」

 

「はっ!」

 

ーー

 

「げほっ、げほっ…」

 

「出てそうそうそれか…」

 

 参謀の件もあった上に鳳翔さんの計らいですぐにでれた飛龍は戻ってきた自分の煙管に火をつけると咳き込む。色々あってしばらく吸ってなかったのだろう。禁煙してたあきつ丸がタバコを再開した時も彼女は体調を崩していた。その間も吸い続けていた彼女はある意味尊敬する。

 

「……けほ」

 

 咳き込みながらも黙って吸い続ける彼女の後ろ姿はまるで焼香を上げるようだった。

 

 

 



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悪夢再び

「狙撃だ!」

 

「綾波!」

 

 深海棲艦からの超長距離砲撃により鹿屋の綾波は悲鳴すら上げられずに狙撃された。

 

《離島の言う通り、ヲ級様の支援の先見隊をするためだったが。まさか主力を発見するとわ。ここで少しでも削れば…》

 

 小さな小島に乗り上げていた泊地棲姫。肩に設置された砲に接続された特殊な狙撃砲。複数の薬室による多段加速によって直線的な長距離砲撃が可能となっていたのだ。

 

《っ!》

 

 綾波を狙撃して満足げにしていた泊地棲姫。そこにピンポイントで砲撃が襲いかかる。

 

《バカな、ここが一発でバレた!?》

 

「鹿屋基地の艦娘をなめるな!」

 

 扶桑の正確無比な攻撃に泊地棲姫の護衛の半分がやられる。

 

《敵襲だ!》

 

 その横合いから叢雲が襲いかかる。雷槍をル級に突きつけゼロ距離で魚雷をお見舞いする。近づいてきた叢雲に対して機銃で牽制しつつ後退する泊地。

 

「あの泊地棲姫。隻眼、まさか!」

 

 あの時、夢で見た過去の記憶。あの夢は自分が無意識に感じていた事に対して体が出した警告だったのだ。佐世保隊の横合いからの攻撃により完全に優勢、この調子ならなんとか無事に終わるだろう。一撃目を食らった綾波もなんとか応急処置で復活できそうだ。

 

「夜が開ければ加賀たちが助けに来る。ここが正念場よ!」

 

「「「了解!」」」

 

ーーーー

 

《まだだ、まだ…》

 

「主砲斉射、始め!」

 

《ぎゃぁぁぁ!》

 

 襲撃を行った深海艦隊に降り注ぐ砲弾。密集陣形を取っていた艦隊は根こそぎ凪ぎ払われる。

 

《どこから!?》

 

《敵、艦隊。四時の方向42㎞先に!》

 

《大和か!》

 

 壊滅状態の泊地棲姫の艦隊。逃げ場など残されていない彼女たちは絶叫する。

 

《ヲ級さまぁ!騙したなぁ、離島ぅ!》

 

 大和の第2射が突き刺さり巨大な爆炎を上げながら泊地棲姫は海に沈んでいくのだった。

 

ーー

 

 無事に敵艦隊を撃破し大和を中心とする救援部隊と合流したのは夜明けごろだった。

 

「助かったわ。大和」

 

「いえ、無事で何よりです」

 

「私の出番は無しですか…」

 

「ほんとよ、大和だけで片付けちゃったんだから」

 

 一緒に来ていた加賀と曙は不満げだったが無事に合流できたのは良いことだ。他の艦隊も脱落者はいない、このまま帰投するまでは無事でいられるだろう。

 

「包囲された際の突破戦と今回の戦闘での損傷は集積基地の物資でなんとか出来ましたが問題は弾薬です。圧倒的に足りません」

 

「魚雷も主砲も対空機銃の弾も全員に平等に供給して後一戦というところか」

 

 その後に行われた会議での扶桑と那智の現状報告は良いものではなかった。

 

「では私たち救援艦隊が頼りということですね」

 

 大和、加賀、曙たちの艦隊が最後の防衛手段ということになる。増援を呼ぶにしてもジャミング海域から脱出しなければならない。

 

「とにかく、最短で佐世保に帰投しましょう。鹿屋と岩川の艦隊も収容できる備えはあります」

 

「そうですね。距離も近いし、設備は佐世保の方が充実していますし」

 

「そうだな、その方がいいだろう」

 

 扶桑も那智も加賀の意見に賛同し移動を開始するのだった。

 

ーー

 

「少し遠回りになるが下道を行こう」

 

「何故ですか?」

 

「君がこれから住む場所だ。軽くでも町並みを見ておいた方がいい」

 

「そうですね」

 

 大本営から琵琶の帰り道。稲嶺は高速道路から降りようと車線を変更すると電話が鳴る。

 

「もしもし…え?」

 

「どうされたので…っ!」

 

 電話を取った瞬間。稲嶺は追い越し車線に車をのギアを全開にする。飛龍は状況を理解出来ずにシートベルトに体を締め付けられる。

 

「コード19が発令された」

 

「深海棲艦による本土攻撃!」

 

「そう、最短で基地まで行くよ!」

 

 稲嶺はボロボロの懐中時計を取り出すと時間を確認する。この時間帯なら高速道路の方が早い。

 

ーーーー

 

 全周警戒を行いながら佐世保に向かっていた帰投艦隊はやっとの思いで制圧海域に到着する。

 

「叢雲さん!加賀さん!」

 

「どうしたの高雄!」

 

 制圧海域の端にある島に待機していた高雄。彼女は全身を怪我し血を流しながらこちらに近づいてくる。その様子と単艦と言うことに驚きを隠せない叢雲は急いで彼女に駆け寄る。

 

「佐世保に敵の大艦隊が…海中からいきなり現れて…私が伝令で」

 

「単艦で…瑞鶴はなにをしているの」

 

「戦闘指揮は今は瑞鳳さんが取っています。でもカバーしきれなくて」

 

「なぜ?」

 

 艦娘の指揮権は叢雲、瑞鶴、大和、加賀、瑞鳳の順番で前線の指揮権が移行される。本来なら瑞鶴が取っているはずだが。

 

「瑞鶴さんは、4番倉庫に仕掛けられた爆弾にやられて…生死不明です」

 

「火薬庫に爆弾!?」

 

 加賀は静かに拳に握りしめる。その様子を横目に叢雲はすばやく判断を下す。

 

「とにかく、佐世保に向かうわ。佐世保はそう簡単に落ちないわ」

 

「そうですね」

 

 高雄の報告で佐世保に急行する艦隊。果たして間に合うのか。

 

ーー

 

「あ……」

 

 焦げ付ける火薬の臭いと噎せかえるような血の臭いで瑞鶴は目を覚ます。

 

「くそっ…」

 

 倉庫の瓦礫らしきものの下敷きになっていた瑞鶴は意図せずに敵から隠れれることに成功していた。右半身から吹き飛ばされ、右腕がどこかに飛んでいっていた。

 

「なにがおきたのよ」

 

 四番倉庫に不審な物があると言う情報を確かめに行ったとたんに倉庫が爆発した。

 

「なにやってるのよ、私は!」

 

 瓦礫の下で倒れていた瑞鶴は自身の体に叱咤しながら下から這い出る。

 

「なっ!」

 

 瓦礫の下から抜け出した瑞鶴は佐世保の現状を目の当たりにする。

 

「うてぇ!」

 

 対艦砲を撃つ陸軍の兵たちその先には深海艦隊が佐世保守備隊と交戦していた。あそこは湾内だ、周囲の陸地に配備されていた砲台の各所から黒煙が上がっている。

 真上では敵の艦載機と瑞鳳の直掩機が激しいドックファイトを繰り広げている。

 

「基地航空隊の滑走路が潰された!」

 

「消化班急げ!」

 

「第11砲台からの通信が途切れました!」

 

 状況が悪化しているのは引きずられているだけで分かる。だが日本最高の戦力を保有している佐世保はただで流行られない。既に最初に出現した深海艦隊は殲滅している。だが海底から敵戦力が次々と沸いて出てくるのだ。

 

「サミシイ…サミシイナァ……」

 

 深海艦隊。第5次浮上部隊、旗艦を勤める深海鶴棲姫とその傍らに立つ空母水鬼は壊れた笑みを浮かべながら黒煙を上げる佐世保鎮守府を見つめ笑うのだった。

 

 



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日本の砦、佐世保鎮守府を防衛せよ!

「おんどれぇ…」

 

「鹿屋基地からの通信が途絶えた。通信施設を破壊されたのか…それとも」

 

「どっちにしろ、そこまで深く進行されたのなら援軍どころの話じゃない」

 

 千代音は特殊な防弾ガラスの窓から眼下で繰り広げれている戦いを見つめていた。戦略レベルの話はもう終わっている。ここまで来れば提督として果たせる領域は既にない。あとは戦術レベルだ、彼女が心血注いで育ててきた艦娘たちの真の実力が試される。

 

「わしも盲目したな。ここまで侵入されるたぁ」

 

「海底を歩いて移動されてはソナーでは探知しにくい。相手の方が上手なだけだ」

 

「はっきり物を言うのぉ。そう言うところは嫌いじゃない」

 

「どうも」

 

 千代音の護衛に着いていた木曽は心底悔しそうな提督の背中を見て歯噛みする。あと一手が足りない、瑞鳳は奮闘しているがこのような危機的な状況ではどうしても役不足感は否めない。

 

(瑞鶴、どこにいるんだ…)

 

 5年前の深海棲艦の大進行により前線に出たほとんどの艦娘は戦死しあるいはその縁をさまよった。あのNo.1シリーズでさえその半数が脱落。

 そんな中、瑞鶴は生き残った数少ない艦娘の一人だ。当時新米だった彼女は生き延び、敵味方の生き血をすすりながらあの悪夢を踏み越えた。

 

(瑞鶴、こんなんで死んだら許さんぞ)

 

ーー

 

「はぁ!」

 

《っ!?》

 

 港に上陸してきた駆逐古姫に襲いかかる瑞鶴。古姫も腕の砲を構えるが砲を掴まれ射線を逸らされる。その射線上にいたチ級の頭が吹き飛び絶命する。

 

「ナンデサ……ナンデ アキラメナイノヨォ…!?」

 

「死ね!」

 

「ガァ…」

 

 瑞鶴は持ち前のパワーで駆逐古姫の土手っ腹に穴を開けるとそのまま迫る砲弾の盾に使う。艤装を装着していないと言うのにこのパワー、流石は生存組だ。

 

「早く艤装格納庫に行かないと行けないのよ!」

 

 倉庫の鉄骨の破片を喉に突き立てられるリ級は声にならない悲鳴を上げながら倒れる。

 

ーーーー

 

「瑞鶴さん!」

 

「明石、遅い!」

 

「無茶言わないでくださいよ!」

 

 酒匂、青葉、古鷹護衛の元。瑞鶴の艤装を持ってきた佐世保の明石は急いで取り付け作業を開始する。

 

「高速修復材は?」

 

「倉庫は真っ先に吹き飛ばされました」

 

「ずいぶんと手際がいいわね…っう!」

 

 艤装の緊急装備は反動が大きい、これは艦娘の練度に比例する。瑞鶴は練度100越えの高練度艦、その反動は大きい。常人ならショック死するレベルだ。

 

「艦首風上、攻撃隊…発艦、始め!」

 

 瑞鶴は弓を持ち、矢を口で咥えてつがえる。右腕が吹き飛んでしまった上に修復の目処が立たないので仕方がないが。

 放たれ出現した瑞鶴攻撃隊は低空から一気に上場、上空の敵を凪ぎ払うとそのまま一糸乱れぬ編隊を組んで周辺の敵機を次々と落としていく。

 

 腕が無い状態での発艦はリスクが非常に高い。その理由は発艦時に艦載機の速度が充分に出せないからだ。速度の足りない飛行機はたちまち失速し墜落する。だが瑞鶴航空隊にそんな柔な妖精はいない。

 

 片腕になっても発艦できるようにボウガン式や勅礼式も開発されたが瑞鶴には信頼の高い和弓式が採用された。

 

「瑞鶴さん!」

 

「瑞鳳、合わせなさい」

 

「了解!」

 

 上空で奮戦していた瑞鳳隊を救出した瑞鶴隊。瑞鶴隊の出現により盛り返す。

 

「瑞鶴さん!」

 

「状況報告!」

 

「はい!」

 

 瑞鳳はキビキビと報告を終えると全体の指揮権を瑞鶴に移行。

 

「お、やっぱり生きてたか。じゃあ、そろそろ本気を出すよ大井っち」

 

「分かりました北上さん!」

 

 前衛も反撃を開始、次々と攻撃を加えていく。だが今回の敵はそう簡単にやられてくれるものではなかった。

 

「大井っち。後ろ!」

 

「え?」

 

「カナシミト、クルシミヲ。オモイダセ!」

 

 鶴棲姫の大口径三連装砲が火を吹き大井に直撃する筈だったが。北上が代わりに受け、激しく損傷する。

 その様子を見ていた瑞鶴隊は瑞鶴に報告する。

 

《我、敵空母ラシキ新型ヲ認ム》

 

 鶴棲姫の直奄隊と瑞鶴の攻撃隊が交戦を開始。すれ違いざまの攻防で瑞鶴の攻撃隊が一機脱落する。

 

「私の攻撃隊が!」

 

「ヤット…ミツケタ…。ワタシ!」

 

ーーーー

 

「このぉ!」

 

 既に深海棲艦たちが蠢いている海域で足止めを食っていた叢雲たちは最短ルートで佐世保まで直進していた。

 

「扶桑さん…」

 

「鹿屋と連絡が繋がりません。提督…」

 

 提督を心配する扶桑、その不安は的中していた。

 

ーー

 

「離島め…泊地を捨て駒に使ったな」

 

 黒刀を持ったヲ級は壊滅した鹿屋の瓦礫の上で自身の部下を思っていた。

 

《泊地さん…》

 

 ネ級も泊地との通信が途絶え悲しみの表情を作る。

 

「佐世保に向かう…」

 

ーー

 

「どうかな?」

 

「元帥…」

 

 千代音が窓の外を見つめていると執務室に元帥が入ってくる。彼は沖縄戦線の様子を見るために佐世保に来ていたのだ。

 

「奥にいてくださいというたはずじゃが?」

 

「戦争は書類の上で起きている訳ではないだろう?」

 

「ふん…」

 

「私の直衛も連れてこればよかったな?」

 

「ムダな犠牲を出したいんか?指揮系統の違う部隊が同じ戦場にいれば悲惨じゃきに」

 

「君ならそういうだろうね」

 

 元帥は執務室に常備してある紅茶を注ぎながら戦況を見つめる。その様子は実に落ち着いたものだった。

 

「まぁ、向こうは黙っとらんじゃろう。幻の副旗艦を拝めるんなら悪くはないがのぉ」

 

「来るかな。まぁ、彼女もそろそろ表舞台に出てきてもいいだろう。稲嶺くんが飛行機からの降下作戦を実現してしまったからなぁ。」

 

「あのヘタレが…」

 

「そう目の敵にしなくてもいいだろう。彼はとびっきり優秀だよ」

 

 どことなくつかみどころのない元帥と千代音はただ静かに戦況を見つめるしか出来なかった。

 

ーー

 

「佐世保の状況は?」

 

「現在、戦闘が激しく充分な情報が得られないわ。敵は過去最大規模の艦隊のようね。元帥も無事よ」

 

「こっちから援軍は?」

 

「出すわけには行きません。敵は佐世保の警戒網を突破しています。敵の出現が予測できない以上、共倒れは許されません」

 

 青波提督は歯噛みしながら伊勢と大鳳の話を聞く。武蔵を主力とする舞鶴艦隊がすでに救援に向かっているが間に合わないだろう。

 

「ねぇ、あなたに必要なのは冷徹さよ。軍人は国を護るのが使命。頭と心を切り離す時も必要よ」

 

「分かっている…」

 

「伊勢」

 

 青波提督はこの状況においてさらに落ち込む。有能なのは間違いなのだがメンタルの弱さだけはどうも鍛えられなかったらしい。

 

「貴方は守りたいと思った人を守れる人にならなきゃいけない。後悔なんて…」

 

「伊勢…」

 

「忠告はそれだけ。貴方はここの指揮官、貴方が最善だと思うことを成しなさい。それが私たちの最善、それに従うわ」

 

 冷静さを取り戻した青波は思考を巡らせる。鹿屋が墜ち、佐世保も切迫した状況。元帥もいる以上、本来なら救出に向かうべきだが付近の基地は敵の襲撃に備えて戦力を迂闊に動かせない。

 

「大鳳、攻撃隊はここからで往復できる?」

 

「可能です。爆弾を満載して絨毯爆撃の真似事は…他の空母とも連携を取ればですが。しかし爆撃後は即座に戦闘区域を離脱します」

 

「準備して。爆撃は一度きり、指揮は君に一任するよ」

 

「分かりました。手配します」

 

「伊勢、宿毛湾泊地に連絡を爆撃機発艦の間の警戒強化を」

 

「分かったわ」

 

 青波はさらに詳しい情報を得るために通信室に足を運ぶのだった。

 

ーーーー

 

「状況は?」

 

「おう、厳しいな。鹿屋が墜ちた、佐世保に攻撃が集中してるだろうさ。そいつは?」

 

「俺が大本営から連れてきた飛龍だ」

 

「どうも」

 

「おう、とりあえず来い」

 

 出迎えに来ていた天龍は校舎の地下に作られた通信室に案内する。そこにはメンバー全員が集まっていた。

 

「おや、提督。仕事をサボってデートでありますか?」

 

「笑えないな、あきつ丸。山城が見てるぞ」

 

「おぉ、怖い怖い」

 

 ノイズだらけの通信をBGMに入室した稲嶺は全員の顔を確認する。特に天龍の表情は優れないものだった。

 

「天龍…」

 

「佐世保は墜ちるな…」

 

「…」

 

 天龍の放った一言は何よりも重い。それは彼女のカンだ、だがあてずっぽうではない。これはもうだめだという彼女の経験から来るものだった。

 

「提督さん…」

 

「夕立。どうした?」

 

「私が殺ったやつらって全員死んだっぽい?」

 

「あぁ…」

 

「やっぱり黒幕が居たっぽい…」

 

「おい、どういうことだよ?」

 

 夕立と稲嶺の会話に摩耶は疑問を覚える。それに対して二人はアイコンタクトで話を済ませる。

 

「夕立は佐世保時代に姉妹艦を含む三人を背後から雷撃し沈めている」

 

「え?」

 

「マジかよ…」

 

 稲嶺の言葉に摩耶たちは驚くが一番驚いていたのは飛龍だ。まさか同じ境遇のものが居るとは思わなかったのだろう。

 

「ちゃんと殺した。私が殺したんだよ」

 

 冷徹な夕立の表情に恐怖を覚えながらも全員は話を聞くのだった。

 




今作品の空母装備設定

和弓式…最も信頼度の高い装備。最初期に開発された装備だがいまだに現役を貫いている。信頼性の高い装備だが訓練期間はかなり長い。

ボウガン式…和弓の弱点であった片腕を喪失した場合でも発艦が行えるようにと開発された装備。ただ和弓より整備が難しく壊れやすい。

勅礼式…和弓と同時期に妖精さんによって開発された装備。だが適正者しか使用できない。仕組みが解析できない、艦娘の感情に強く影響を受ける点など兵器としての信頼性は低かった。

ライフル式…主にアメリカで開発されたタイプ。基本的にはボウガンと同じなのだがボウガンよりコストが高く、構造が複雑になっているため比較的に効率が悪い。なぜか国内では評価が高いが整備班からは不評であった。この中では一番、訓練期間が少ない。




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幻の副旗艦

前線指揮権

状況が把握し辛い前線の指揮を円滑に進めるための制度。前線指揮艦となった艦娘は戦闘発生時に提督と同等の権限を持つことになる。非常事態に備えて各基地、第一席から第五席まで存在している。
 指揮官には練度、人望、指揮能力の3点を支点に選出される。



佐世保 叢雲、瑞鶴、大和、加賀、瑞鳳

呉 伊勢、大鳳、長門、時雨、天城




 全ての異常事態に対応できるように佐世保は出来ていた筈だった。だが実際は湾は制圧され敵の上陸を許している。周辺の砲台も空爆で火の海になっていた。

 

 原因は複数存在するが最大の要因は、初手にて発生した前線における指揮系統の混乱だろう。

 

 叢雲、加賀、大和の不在。最高指揮権を持っていた瑞鶴も行方不明。瑞鶴の補佐をしていた瑞鳳がその指揮権を受けとるまでに混乱か生じ、対応できなかった。

 

 また、火薬庫が爆発したことによる被害で瑞鶴を含む多数の艦娘が負傷。続いて敵の砲撃による修復材などが保管されていた倉庫が吹き飛ばされ入渠以外の方法での修復作業が困難となった。

 

 この事により佐世保の継続戦闘能力の低下を招き、修理を行えない艦娘たちが激増した。

 

「夕立、すまんのぉ…」

 

「提督…」

 

「全艦、全妖精を集めろ。これよりわしらはこの佐世保を放棄する!」

 

「提督、まだ俺たちは戦える!」

 

 千代音の判断に木曾は噛みつき考えなおすように促す。

 

「いや、この判断は正しいね」

 

 千代音に同調したのは元帥。だが木曾は元帥相手だろうが引き下がるつもりは皆無だった。

 

「今、大本営で指揮をしているのは参謀長である三谷くんだよ。彼は冷徹な男だ、私の予想だがもう一日もしないうちに最終フェーズが実行されるだろうね」

 

「バカな、この九州にいる全ての国民を見捨てるというのか!」

 

 最終フェーズ。空爆部隊により九州に繋がる全てのルートを粉砕する。つまり九州を捨て中国地方と四国に防衛線を再構築する作戦だ。敵を九州に閉じ込めた上で絨毯爆撃と砲撃を行う苦肉の策。

 

 それが行われてしまえばまだ砲台で戦っている陸軍も艦娘、自分達も無差別に攻撃されてしまう。

 

「ここで奮闘している前線の兵たちを見捨てるのか!?」

 

「それは大本営としては最善だからだよ。今の佐世保に敵を退けるだけの力は残されていない。ならここを敵の檻として使い、まとめて吹き飛ばすのは実に合理的だよね」

 

「守るべき民を、同胞を見捨てて…」

 

「木曾、そのための撤退戦じゃ。まだ戦力が残っている時点で呉まで撤退する。民も同胞もまとめてな」

 

「…了解した」

 

ーーーー

 

「ほんまキツイわ。うちの艦載機の半分も居らへん…」

 

「どうしましょう?」

 

「自分はどうなん?」

 

「もう僅かな直奄機だけです…」

 

 建物の物陰影に隠れながら戦況を見つめる龍驤と雲龍はボロボロになりながらも指揮官たちがいる建物は死守していたのだが敵の新型空母、深海鶴棲姫たちの部隊に圧されついに司令部まで退いてきたのだ。

 

「北上、無事かいな」

 

「お陰さまでね」

 

「北上さぁぁぁぁん!」

 

 両腕を吹き飛ばされ血まみれの包帯を巻いている北上は大井に背負われながら返事をする。深海鶴棲姫にやられたあと、すぐにカバーに龍驤と雲龍が入らなければどうなっていたか。

 

「相変わらずですね。大井さんは」

 

「ほんまやで。やからこそ安心するわ」

 

《……………》

 

「なんや、通信?」

 

 司令部まで僅かな距離だから鮮明に届いた通信。その内容にこの場にいた者たち全員が驚愕する。

 

「龍驤さん、先程の通信はなんと言っていたのですか?」

 

「榛名か…」

 

 榛名は朧たちを連れてこちらに来ると通信内容について聞いてくる。そちらはあまり感度がよろしくなかったようだ。

 

「佐世保鎮守府を放棄。負傷兵、民間人を見捨てることなく九州を離脱せよと…」

 

「え?」

 

 撤退、基地を放棄。その言葉に思わず榛名は言葉を失う。それは戦場にいた艦娘たちも同じ思いだった。

 

「なるほど、最終フェーズが実行されるのか…」

 

「瑞鶴さん?」

 

「瑞鳳、私は殿を勤める。貴方は撤退する部隊の指揮を…」

 

「瑞鶴さん!」

 

 艦載機も残り少ないが殿を今勤められるのは瑞鶴しかいない。

 

「大丈夫よ、囮にはなれてるから。七面鳥の名は伊達じゃないわ!」

 

「……」

 

 今にも泣きそうな顔の瑞鳳に瑞鶴は優しく頭を撫でてやる。瑞鳳は彼女の弟子のようなものだった。

 

「行きなさい」

 

「はい!」

 

 瑞鶴の言葉に走って撤退する瑞鳳。その背中を見送りながら目の前に現れた深海鶴棲姫と対峙する。

 

「ヒトリハ、サミシィダロ。サミシイダロ!」

 

「ここは通さないわよ。私の誇りに掛けて!」

 

ーー

 

「佐世保が!」

 

「行くわよ!」

 

 やっとの思いでたどり着いた叢雲たち。その視界に広がるのは黒煙を上げる佐世保の姿。

 

「主砲斉射!」

 

 大和の砲撃が敵艦隊に穴を開けるとそこから全員が突撃する。加賀とグラーフの攻撃隊が敵機を後ろから襲いかかる。

 

「瑞鶴は!」

 

「いた!」

 

 全員の視線の先、瑞鶴と深海鶴棲姫が互いに身を削りながら殴りあっていた。

 

「ちょっと邪魔!」

 

 叢雲は槍を投擲し鶴棲姫の両腕を貫く。

 

「アァァァァァァ!」

 

「沈みなさい!」

 

 大和の主砲か火を吹き鶴棲姫が絶命する筈だった。その射線に空母水鬼が割り込み身を呈して守った。

 

「なに!?」

 

「アァァ!」

 

 鶴棲姫はすかさず反撃、3連装砲を大和に撃ち避けきれなかった彼女の一番砲塔が吹き飛んだ。

 

「大和さん!」

 

 背後に控えていた扶桑は全砲撃ち放つと鶴棲姫も水鬼も海の中に沈んでいく。一旦、体制を立て直すつもりだろう。

 

「無事?」

 

「なんとか…」

 

 加賀は駆け寄り右腕を失った瑞鶴に肩を貸す。よく見渡せば瑞鶴以外の艦娘たちがいない。

 

「瑞鶴、早速悪いけどどういう状況?」

 

「叢雲さん。鹿屋が墜ちて最終フェーズが発動したんです。提督は佐世保の放棄を宣言、九州の人々を守りながら本州に撤退中です」

 

「間に合わなかったのか…」

 

「…鶴……瑞鶴さん。青葉です、呉の攻撃隊が爆撃を開始します。動けないのであれば青の狼煙を上げてください。我々は今から赤で爆撃指定を行います!」

 

 瑞鶴の無線で青葉が必死に叫ぶが瑞鶴も返事が出来ないほど疲弊している。

 

「ビスマルク、煙幕を」

 

「分かったわ」

 

 煙幕を準備するビスマルクを横目に少しだけ気絶していた瑞鶴が目を覚ます。

 

「E23に一通りの弾薬と燃料が…緊急用に隠してある…」

 

「分かったわ。ありがとう瑞鶴」

 

 E23はここからそんなに遠くない。終結ポイントに向かうにも遠回りにはならないだろう。指示を出そうと周囲を見渡す叢雲、すると視界の中に赤い煙が入ってくる。

 

「ビスマルク、誰が赤を炊けと言ったの?」

 

「赤じゃなかったかしら?」

 

 呉の攻撃隊は赤の煙幕を目印にして攻撃してくる。湾内を見れば所々から赤い煙幕が張られているのを見たらすぐに分かるだろう。

 

「Wahnsinn !」

 

「Entschuldigung!」

 

 グラーフぶちギレ。思わず母国語が炸裂した彼女にビスマルクもその気迫に圧されドイツ語で謝る。

 

「とにかく走るわよ!」

 

 そんなことをしている場合ではない。叢雲の言葉に全員が全力で港を走る。このままでは味方に丸焼きにされてしまう。全員が必死の形相で走り続ける。

 

ーー

 

 大鳳を主力とする攻撃機たちは佐世保を視界に捉えると行動を開始。赤色の煙が炊かれたポイントに機体を降下させる。

 

 妖精さんたちは目を会わせると一気に降下、機体を唸らせながら深海艦隊に向けて突撃、爆弾を次々と落としていく。

 

「……っ!」

 

 空母を中心に次々と爆弾が命中し、ヲ級などが悲鳴を上げながら撃破されていく。

 

「嘘でしょ!」

 

 叢雲たちのところにも着弾。曙が吹き飛ばされるが那智が見事にキャッチ。そのまま抱えて逃げる。

 

 大成果を叩き出した呉の攻撃隊は満足げに頷くとそのまま帰投コースに戻る。帰ったらすぐに補給を行い撤退する部隊の援護にまわらなければならない。彼女らも休みはなかった。

 

 そんな妖精たちは帰投時、巨大な輸送機を目撃する。大本営直属の専用機を確認した妖精たちは敬礼をしながらそのまますれ違うのだった。

 

ーー

 

「提督!」

 

「叢雲、生きとったか!」

 

 弾薬を補給した彼女たちは無事に千代音たちと合流。元帥に敬礼しながら駆け寄る。

 

「これから作戦をつたえる!」

 

 木曾や瑞鳳、榛名たちの日本海部隊。無事な艦娘のほとんどをこの部隊にまわす。民間人を保護しつつそれを護衛しながら舞鶴より急行中の武蔵艦隊と合流しそのまま舞鶴までいくルート。

 

 叢雲たちを主力とする部隊。熟練部隊+鹿屋、岩川部隊は少数だが同等の戦力を誇るだろう。ルートは太平洋側を、九州を横断する。佐賀県の緑川を登り陸路、宮崎県の五ヶ瀬川を下って四国方面にでて呉まで向かう。

 そこには千代音提督、元帥が参加する。そのまま深海棲艦対策本部が呉に移されることになる。つまり九州奪還の主要拠点となるのだ。

 

「呉の攻撃隊の他にも付近の基地から攻撃隊が向かっておる。先ほどの攻撃で敵艦隊にも損害が出た。出るなら今しかない」

 

「君に任せるよ」

 

 元帥は口を出す事はしない千代音に任せるようだ。だが千代音たちが脱出するには敵の数は多い。熟練艦と言えども無傷で守りきれる確証は得られなかった。

 

ーー

 

「佐世保上空にたどり着きました。呉の部隊のおかげでこっちへの敵はありませんね」

 

「ありがとうございます。これより元帥を安全圏までの救出作戦を敢行します」

 

 大本営。元帥直属部隊、旗艦鳳翔。大本営地下で稲嶺と別れた後。知らせを聞いてすぐに飛行機を取り寄せ駆けつけたのだ。

 

「佐世保艦隊も健在のようです。流石は千代音提督、並みの指揮官では同じ艦娘でも全滅していたでしょう」

 

「優秀な提督は大好きネー!でも元帥ほどじゃないネー!」

 

 赤城、金剛はいつも通りといった感じで戦況を見つめる。

 

「いい感じ、まだ降りないの?」

 

「この瞬間を待っていた。早く降ろせ、体がムズムズする」

 

 村雨、若葉も通常運転。大本営直属は戦場に出られる機会が他と比べ少ない。久々の洗浄に震えているようだった。

 

「落ち着きなさい。どちらにせよ、やることは変わりはないわ。完膚なきまで敵を叩き潰し元帥を救出する。それだけよ」

 

「相変わらずですね。貴方は…」

 

「いえ…」

 

 鳳翔は相変わらずの彼女に笑みを溢す。副旗艦である彼女はなにも変わらないただ冷徹なキリングマシーンとして戦場を駆けるのみだ。

 

「では皆さん。出撃しましょう」

 

「「「「「了解」」」」」

 

ーーーー

 

「あれって…天龍たちがやった」

 

「高高度からのエアボーン。流石は元帥直属、やってのけるとはね」

 

 上空を見つめていた叢雲は輸送機から降下してくる6人の艦娘。その影を見つめる。空母2、戦艦2、おそらく駆逐が2。その影がみるみる近づいてくる。

 

「元帥、お迎えに上がりました」

 

「鳳翔。相変わらずの君は早いな」

 

「いえ、それが私が成すべきと思ったことですので」

 

 先に降りてきたのは鳳翔、続いて金剛、赤城、村雨、若葉の順で降下してきた。すでに鳳翔と赤城は艦載機を展開させ付近の敵を掃討している。

 目につく深海棲艦たちも金剛たちによって次々とやられていく。

 

《敵を逃がすな。離島様の命令を…!》

 

 深海鶴棲姫が撤退したために前線の指揮を執っていた護衛棲水姫だったが大口径砲の餌食となり体が吹き飛ばされた。

 

「深海棲艦は殲滅します…」

 

「あれが、元帥直属の隠し玉」

 

 大口径二連装砲を左右に2基ずつ配備し背中に最後の1基が装備されていた。時雨を連想させる最後の二連装砲は両肩から砲身が覗いている。

 

 元帥直属の超弩級戦艦が佐世保の地に姿を現した瞬間だった。

 

 



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陥落

《ついに、ついに佐世保を落としたわ!》

 

 心底楽しそうに笑う離島棲鬼。彼女の目には現場に派遣された深海棲艦から送られた視界が共有されている。その様子を見て自分のたてた作戦の成功にご満悦だった。

 

《援軍が来たようだけど大勢は変わらない。九州は頂いたわよ》

 

 5年前の借りをついに取り戻した彼女の笑いは止まらなかった。

 

ーー

 

「佐世保隊の撤退を援護します。金剛、援護を…」

 

「OK!行くねー加賀!」

 

 この世界で唯一無二の存在。戦艦加賀は連装砲を構えると襲ってくる深海棲艦たちに浴びせる。金剛と二人で火線を張る。

 

「仕留めます…」

 

 二人の砲撃の前に出てきたのはチ級たち。彼女らは頑丈に作られたボードを盾にするとその盾を利用して他の深海棲艦たちも火線を張ってくる。

 

「鎧袖一触よ」

 

 敵が攻め上がってくるのを加賀は冷静に対処する。第1射で盾を剃らさせすぐさま第二射で本体を仕留める。

 

「殿は勤めます。お早く」

 

「すまないな、鳳翔」

 

「いえ」

 

「五航戦…」

 

「なに?」

 

 戦艦加賀は空母加賀に背負われていた瑞鶴を横目で見ると高速修復材を渡す。

 

「使いなさい」

 

「…ありがとう」

 

「助かったわ、戦艦の…」

 

「気にしないで、空母の…」

 

 お互いの加賀は互いに目を合わせるとすぐにそれぞれの任務へと戻っていく。それを後ろから見ていた赤城は静かに微笑む。

 

「加賀さん」

 

「赤城さん。どうしたのですか?」

 

 空母の加賀が去った後。戦艦加賀の背中を守るように構える赤城。

 

「良かったですね」

 

「…そうですね」

 

 加賀は瑞鶴の元気な姿を見て内心ホッとしていた。そのその事を知っているのは加賀本人と赤城ぐらいだろう。

 

「五航戦は私だと気づかないでしょうね」

 

「まぁ、艦娘のモデルチェンジなんて本来ではあり得ませんからね」

 

 そらそうだろうと笑う赤城。その様子に加賀は少しだけ不満そうな顔をするがすぐに戻す。

 

「突っ込みます。援護を…」

 

「分かりました!」

 

 加賀は体勢を低くすると一気に駆ける。

 

《来るぞ、撃て!》

 

 加賀はその分厚い装甲で砲撃を受けながら勢いを落とさずにそのまま突撃する。加賀の10門の砲が火を吹き次々と深海棲艦が撃墜されていく。

 

「邪魔よ…」

 

 近くにいたツ級を殺るとそれを盾にしながら主砲と副砲を撃ち放つ。副砲の絶え間ない攻撃に気圧されダメージを受けるタ級、それを庇うようにタ級の前に出た戦艦棲姫は艤装を全面に押し出しながら突撃する。

 

「ギャァ!」

 

 待っていましたとばかりに主砲で戦艦棲姫の艤装を吹き飛ばす。だが本体だけでも戦艦棲姫は強力な深海棲艦だ。彼女はフルパワーで腕を振り上げると加賀に襲いかかる。

 

「無駄よ…」

 

 盾にしていたツ級を捨てた加賀は腰に掛けていた刀を抜刀。戦艦棲姫の右腕、左腕と斬り飛ばす。

 

《がぁ!?》

 

《化け物が!》

 

 一瞬で戦闘不能にされた戦艦棲姫を援護するために加賀に集中砲火をする深海棲艦。だが加賀は高々と飛び上がり砲弾を回避。

 

《どこに!?》

 

《バカ、上だ!》

 

 タ級は必死に上空にいる加賀に当てようとするが当たらずに接近を許してしまう。

 

《なに!?》

 

 加賀はタ級の両肩に着地と同時に主砲を放ちタ級を撃破。タ級と主砲弾の爆発で加速した彼女は迎撃のために杖を向けていたヲ級に迫る。

 

《!?》

 

 迎撃する暇もなくヲ級は加賀にタックルされ倉庫の壁に激突。そのまま気絶する。

 

「っ!」

 

 そんな加賀に敵からの砲撃が雨のように降り注ぐ。

 

「まったく、一人で突っ込まないでよ!」

 

「羨ましいな。その姿勢は!」

 

 若葉は迫ってきた砲弾の3分の1を撃ち落とし、村雨は錨を高速回転させて防御する。

 

「時間は稼げました。我々も撤退します!」

 

「「「了解!」」」

 

 鳳翔の言葉と共に赤城や加賀たちは順次撤退。赤城の飛行隊が煙幕を派手に撒きながら撤退していくのだった。

 

 こうして九州絶対防衛ラインである佐世保、鹿屋の陥落にて九州は深海棲艦の支配下に置かれることになる。九州を拠点としていた艦娘たちの働きで民間人のほとんどを救出。その後、艦娘たちは中国地方、四国の基地や鎮守府に身を寄せることになった。

 

ーーーー

 

「随分と手痛くやられたな…」

 

《ヲ級さま…》

 

 ヲ級の部隊は佐世保に到着した頃には戦闘は終了し撃破された同胞たちが次々と運ばれていく。残存艦に補給をするためだ、そんな中、軽巡棲姫がヲ級の元に駆け寄ってきた。

 

「泊地は逝ったな…」

 

《はい、これだけが潜水部隊にて回収されました》

 

「そうか…」

 

 泊地が持っていたはずのライフルの様なもの。それを受け取ったヲ級は後ろに控えていた重装ネ級に渡す。

 

「私が使えるようにしてくれ」

 

《了解しました》

 

「さて、日本を切り崩すぞ…次は呉だ…」

 

 楽しみに呟くヲ級は無傷なはずの腸をなでるのだった。

 

ーー

 

「艤装の回収はしっかりとね!」

 

「重傷者を最優先に、高速修復材を全部使っても良いってよ!」

 

 佐世保主力隊は無事に呉に到着。それまでに幾度もなく深海棲艦たちの追撃を退けてきた彼女たちは満身創痍だった。怪我こそ比較的に少ないが精神的疲労が目立っている。

 

 叢雲たちは高速修復材を頭からぶっかけられるとそのまま医務室のベットで寝かせられる。

 

「いでででででで!」

 

「うわぁ…」

 

 高速修復材を頭からぶっかけられた瑞鶴は右腕が急に生えてくる感覚に身悶える。その様子を周りの艦娘たちは同情の目線で見る。ある程度、経験を積んでいる艦娘たちなら一度は経験しているものだ。あれはそうとう痛い。

 

「凄い、戦艦の加賀さんだ!」

 

「初めて見るな」

 

「あれが元帥の部隊か…」

 

 悶えている瑞鶴をよそ目に戦艦加賀も注目を集めていた。いままで知らなかった存在に全員が興味深々だ。

 

「お待ちしておりました元帥、神楽座少将」

 

「緊張しなくていいよ青波大佐」

 

「おまんの航空隊で助かった。礼を言う」

 

「はっ、光栄です」

 

 元帥と千代音を迎えた青波は先程、作られた対策室に案内する。

 

「戦力を出来るだけ集めるんじゃ。敵が本土攻撃の態勢を整える前に九州を奪還せにゃならん」

 

「現在は大本営から出撃した爆撃隊が九州を爆撃中です。横須賀、舞鶴ともに艦隊を出撃準備中です。その他の基地も参謀が襲撃命令を下しました」

 

 現在、参謀が大本営を取り仕切っている。ここで彼の活躍が認められれば無事に元帥の地位は彼のものになるだろう。

 各基地は準備が整い次第、呉を中心に集結。四国、中国地方の基地に配備される。

 

「先程、送られてきた書類です。この呉には指定の基地の部隊が集結します」

 

「ん、琵琶基地。彼らも参加するのか…」

 

 元帥の言葉に扉の近くに控えていた伊勢が反応する。それを見て青波は本の少しだけ表情を曇らせるのだった。

 

ーー

 

「おいおい、ちょっと待てよ。夕立の話が本当なら…」

 

「あぁ、俺の仮説が的中することになる」

 

「これはこれは、流石に笑えんでありますな」

 

 夕立の過去を耳にしたメンバーは唖然としその内容に耳を疑う。

 

「おそらく、神楽座少将も気づいてる。でも口にしない、あくまで仮説に過ぎないからだ」

 

「なるほど。それが本当なら佐世保が堕ちたのも納得がいきます」

 

「まぁ、向こうを甘く見すぎてたってことだ」

 

 驚く摩耶、あきつ丸に対し不知火、川内は落ち着きながらこの状況を理解する。そんな時、大本営からの命令書が琵琶基地に送られてくる。

 

「お、反撃のための命令書か?」

 

 天龍は嬉々として命令書を読む。するとその表情はあまり良いものではない方向に変わる。

 

「おい、提督」

 

「ん?」

 

 予想通り、大反抗作戦のための命令書ではあったがその集結ポイント。呉と表記された文を見た稲嶺は思わず口をつむぐ。

 

「提督、もしかして…」

 

「参謀め、俺に何をさせたいんだ?」

 

 その表情で察した山城は命令書を奪い取るとビリビリに破り捨てる。

 

「え、あ?」

 

「うん、気にしない方が身のためだよ」

 

 状況を理解できていない飛龍を明石は同情の思いで肩を叩く。

 

「そろそろ向き合えって言ってるんだよ。なぁ、提督。日向に会いに行こうぜ…」

 

「お膳立ては充分と言うわけか…」

 

 




各艦娘の練度

伝説級 150オーバー No.1シリーズの天龍、叢雲、暁。元帥の鳳翔など

歴戦級 110オーバー 呉の伊勢、佐世保の瑞鶴、戦艦加賀、琵琶基地メンバーなど

エース級 90オーバー 長門、陸奥、大和、武蔵、元帥直属隊など

 この作品の練度設定

 99を越えるために特に指輪は必要としない。指輪は限度値を越えるための最短ルートではあるがある程度の経験を積めば自然と100越えは可能である。だが並みの艦娘では限度は越えられない。

 なのでケッコンカッコカリと言っても実質的に提督にとって特別な艦娘たちに送られる傾向がある。





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英雄たちの詩
呉鎮守府


 深海棲艦の救出制圧から数日。前線となる基地たちに物資や兵員が送られ活気に満ちていた。通常の3倍ほどの人員が存在している中、間宮たちなどは死ぬほど忙しかった。

 

「ついに着いたか…」

 

「提督…」

 

「いや、分かってる。覚悟はしてるさ」

 

 そんな中、琵琶基地のメンバーも輸送ヘリで呉鎮守府に到着。フル装備の艤装を身につけたメンバーたちを見て他の艦娘たちも注目する。

 

「提督、ちょっと行っくっぽい」

 

「あぁ、頼む」

 

 そんな中、夕立は用事を済ませるために先に人混みの中に紛れていく。

 

「あれが琵琶基地の艦娘かぁ」

 

「様々な理由で飛ばされた艦娘たちの行き着く部隊」

 

「あれ、飛龍ってまさか…」

 

 その中には飛龍の元同僚も居たが当の本人はばつの悪そうに稲嶺たちに着いていく。

 

「提督!」

 

「伊勢…」

 

 嬉しそうに駆け寄ってきた伊勢。それに対して山城は鋭く睨み付けるが伊勢は気にせずに近づくと片ひざを立てて跪く。

 

「お久しぶりです。横須賀では挨拶が出来ませんでしたので」

 

「いや、無事で居てくれてなによりだ。傷は残ったままか…」

 

「私が望んだことですから…」

 

 稲嶺は伊勢に視線を合わせると悲しげに顔に刻まれた傷をなでる。それを伊勢は嬉しそうに微笑む。

 

「どうも琵琶基地司令。稲嶺大佐、呉鎮守府提督の青波大佐です」

 

「初めまして。稲嶺です」

 

 手を差しのべ、握手を求める稲嶺だが青波は無視する。敵意にも似た目をしている彼に仕方なしと稲嶺も手を納める。

 

「お久しぶりです。稲嶺少…いえ大佐」

 

「大鳳。久しぶりだな…」

 

「はい…」

 

 前呉鎮守府提督であった稲嶺は前呉にて健在だった伊勢と大鳳と挨拶を交わす。

 

「メガフロートの事件以来だね。稲嶺くん」

 

「元帥…あの時はお世話になりした」

 

「ほう、捨て駒にされた相手に礼とは君も変人だな」

 

「その結果を望んだのは自分ですからね」

 

 元帥の軽口に稲嶺も乗り笑みをこぼす。すると元帥の後ろから戦艦加賀が顔を出す。

 

「提督…」

 

「君は…そうか。てっきり死んだとばかり…」

 

「はい、鳳翔さんに助けていただきました」

 

 加賀は元呉の一航戦であった。だが深海棲艦の大侵攻時にMIAと判断されていたのだが。

 

「生きていてくれて良かった…」

 

「空母としての機能は奪われてしまいましたがこうして生まれ変われました元帥に感謝しています」

 

「え、あの加賀さんなのですか」

 

 今まで気づけなかった大鳳や伊勢は驚きながらも喜ぶ。それを稲嶺は喜びながら眺めていると元帥は話を続ける。

 

「状況は最悪だよ。深海棲艦の沖縄主力艦隊が九州に上陸した、あそこを橋頭堡として本土に侵攻するつもりだ」

 

 佐世保を始めとする九州の主力基地の喪失で日本の戦力は3割を喪失している状態だ。

 陸奥、比叡、ガングートを主力とする横須賀艦隊。武蔵、リュリューシュ、ウォースパイトを主力とする舞鶴艦隊。暁、ザラたちを主力とする大湊艦隊も現在、全力で南進中。

 

 九州奪還作戦を開始するために日本の全戦力が投入されている。

 

「そして大本営の参謀の意見と私の意見は同じだ…。ここに呼んだのは君にしか出来ない事があるからだ」

 

「…やはり。これですか…」

 

 稲嶺は腰に吊るしていた刀を持つと元帥の前に掲げる。それを見た天龍は察して驚く。

 

「まさか、再建造をするのか!」

 

「まぁ、条件は揃ってるでありますからなぁ」

 

 あきつ丸もそれに気づいたようでウンウンと頷く。

 

「再建造ってなんだ?建造と違うのか」

 

「さ、さぁ…」

 

 意味が分かってない摩耶は横にいた飛龍に聞くが彼女もよく分かっていない。

 

「再建造は再び建造するという意味だ」

 

「んなこと分かってるよ!」

 

「摩耶、再建造は沈んだ艦を再び建造する事を指すのです」

 

 川内にバカにされたようで怒った摩耶だが不知火がすぐにフォローにまわる。

 

 とある提督が沈んだ嫁艦を偲んでその遺品を媒介に建造を行った。すると沈んだはずの嫁が新たに建造されたという実例が発生した。艦娘は沈んだ戦艦たちの魂と仮定するのなら建造装置はその魂をサルベージする装置。沈んだはずの艦娘の魂をサルベージするというのも理論的には可能なのだ。

 

「ってこのはまさか…」

 

「日向の再建造をいってるぽい」

 

 前回の深海棲艦大侵攻を食い止めた英雄。呉の日向をサルベージすると言っているのだ。元帥は。

 

「成功確率は0.12%今まで再建造出来たのは2艦。それまでどれだけの提督たちが再建造を試みたか…」

 

 確率的にはかなり低い。だが元帥はそれを提案し稲嶺はそれを感じながらもこの呉に足を踏み入れた。

 

「英雄にすがりたい訳じゃない。ここに向かっている戦力で九州は充分に奪還可能だ。だが叢雲たちが報告に上げていた謎のヲ級、奴を止めなければ磐石とは言えない。だからこそそこに彼女に押さえて貰いたい」

 

「単艦での戦闘能力なら日向は誰にも負けません。ですが、分の悪い賭けですね」

 

「呉の大型建造装置を使いたまえ。すべて、用意してある」

 

「……」

 

「提督…」

 

 黙り混む稲嶺を心配する山城。

 

「日向…」

 

 稲嶺はただそう呟くだけだった。

 

 



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ガワ

「貴様、泊地を捨て駒にしたな!」

 

《結果的にそうなっただけよ。彼女にその実力があれば死なずに済んだわ》

 

「貴様…」

 

 怒り心頭といった感じのヲ級を優雅に眺める離島は佐世保鎮守府の提督の椅子に座っていた。

 

《貴方は確かに素晴らしい個体だけど所詮は武人の域を出ないわ。私のように指揮すべき存在に管理されるべきなのよ》

 

「……」

 

 堪忍袋の緒が切れる寸前のヲ級は怒りすぎ紫色のオーラが全開になる。顔にヒビが入るとそのガワが一部剥がれ落ちる。

 

《ヲ級さま、それ以上はいけません!》

 

 側に控えていたネ級が慌ててヲ級を止めに入る。

 

「こいつを殺したら全てが解決すると思うのだけれど」

 

《サラトガ!》

 

《なら、私は貴方を殺せばいいのね…》

 

 甲板偽装砲を離島に向けるサラトガだったが背後から三連装を向けられる。背後に控えていたのは深海鶴棲姫赤い目がサラトガを睨み付けると彼女も睨み返す。

 

「私に砲を向ける意味は分かってる?」

 

《勝てるつもりか?空母崩れ…》

 

「……っち」

 

 忌々しそうに砲を下ろすサラトガは舌打ちをしながら下がる。当然だが勝てないと踏んで砲を下げた訳じゃない。ヲ級と目が合ったからだ。

 

「いくぞ…」

 

「はい」

 

 ヲ級と共にその場を去るサラトガ。

 

《次の作戦は始まってる。すぐに出撃しなさい》

 

「あぁ…」

 

 離島の声を聞くと部屋から退出する。

 

《ヲ級さま。こちらになります》

 

「すまないな」

 

 ネ級から差し出されたのは泊地の遺品。ショットガンのような形状に変化した彼女のライフルをヲ級が受けとる。

 

「よし、呉に向かうぞ」

 

 深海棲艦たちの次の狙い、それは呉鎮守府であった。

 

ーーーー

 

「ちっ、九州の艦隊が動き出したぞ」

 

「このコースって…」

 

 警戒をしていたグラーフとレーベは九州艦隊の動きを察知していた。このコースは明らかに呉鎮守府を狙った動きだ。

 

「動きおったか…」

 

 司令部にいた千代音は警報を鳴らす。その警報は呉鎮守府全体に緊張を与えると共に各艦が戦闘体制に入る。

 

「基地航空隊にエンジンを暖めさせておけ!」

 

「岩川第二、三、四艦隊が出撃した模様」

 

「我々も向かう!」

 

「えぇ、お世話になりました」

 

 那智たちは自分達の基地を守るために呉から出撃する。

 

「さて、状況が動いた。君はどうする?」

 

「提督、無理しなくていいわ。辛いなら断りなさい」

 

「ありがとう山城」

 

 元帥の提案。稲嶺をよく知る山城は止めに入るが彼は静かに首を横に降る。

 

「感傷に浸るのも疲れた。アイツも望んでないだろうしな」

 

「……提督」

 

「……」

 

 伊勢と山城が黙り混む中、稲嶺は懐から出来たのはなんの変哲もない指輪。そして腰に吊るしていた刀を一緒に来ていた明石に渡す。

 

「明石、頼む」

 

「…分かりました!」

 

ーーーー

 

 400/100/600/30とメーターに刻まれた建造装置。まさか、こんな心境でここに立つとは思わなかった。

 

「データによれば遺品も一緒に投入するらしいです。しかし、入れたら最後、二度と戻ってはきません」

 

「この五年間。伊勢型は一度も建造されなかった。何度も戦艦でまわしたのに。今さら引き揚げるなんて想像できない」

 

 青波提督はずっと伊勢の為に日向を引き当てようと奮戦してきただが彼は04:30:00という数字を引き当てることは無かったのだ。

 

「強い念の籠った遺品に日向が闘った呉での建造。姉妹艦である伊勢の存在、そして彼女の轟沈時と似た状況。これだけ揃っても確証は得られません」

 

 元大本営艦だった明石でも再建造は経験がない。自分と妖精たちに全てが掛かっていると思うと冷や汗が止まらない。それは妖精さんたちも同じようだった。

 この妖精たちは呉が出来てからの古参組。当然ながら稲嶺と日向の事も知っていた。

 

「元帥、岩川艦隊と敵の前衛が戦闘を開始。急行していた那智から報告。敵の大規模艦隊を認む、我が艦隊では撃滅は困難とのことです」

 

「一時間もすれば横須賀の主力艦隊が到着する。それまで持ちこたえろと伝えるのだ」

 

「はっ!」

 

 敵が呉に侵攻するのは時間の問題だ。

 

「元帥、私と加賀は一度。大本営に戻ります、例の件は…」

 

「あぁ、頼む」

 

「金剛、あとは頼みましたよ」

 

「oh、yes!任せるネー!」

 

 鳳翔たちはそう元帥に告げるとそのまま引き下がる。

 

「提督、やるなら早くやる方がいい。向こうにはたぶん、あのヲ級がいる」

 

「残念ながら那智たちでは止められないでありますなぁ」

 

「では私たちも迎撃に出ましょう」

 

「そうだな、山城。お前は残れ」

 

「でも天龍…」

 

「いいんだよ。飛龍、お前は来い。お前の力を見せてもらうぞ」

 

「了解しました」

 

 不知火の提案に同意した天龍は体をほぐしながら艤装を着ける。

 

「私たちは出なくていいのかい?」

 

「私たちは殿ネ。また海中から来られたら厄介だからネ!」

 

 状況は切迫している。これ以上の侵攻は許すわけにはいかない。ここが本当の最終防衛ラインであった。

 

「じゃあ、始めようか」

 

 稲嶺は建造開始のスイッチを押す。それと同時に妖精たちが装置の中に入っていく。その場にいた全員が建造時間のメーターを注視する。

 

「……」

 

 04:30:00

 

「よっし!」

 

「そんな、バカな…」

 

 その数字を見た青波は驚愕し伊勢は喜びに震える。

 

「バーナーは使えるかね?」

 

 元帥の質問に装置から出てきた妖精は顔を横に振る。まだ母体である伊勢型を見つけただけだ。彼女自身はまだ引き当てていない。このままバーナーを使えば新たな伊勢型が産まれるだけだ。

 

「まだ、日向と確定した訳じゃない」

 

「そうね」

 

「とにかく、一段落だ。青波くん、司令部に行こう。そろそろ千代音くんがキレてきそうだ」

 

「は、はい!」

 

 元帥は青波を連れて司令部に戻る。それを見送った稲嶺は工廠に備え付けられていた椅子に座ると静かに建造装置を見つめる。

 

「本当に提督は日向のことばかりなんですね」

 

「貴方の提督ではないでしょ…」

 

 稲嶺を挟むようにして座る伊勢と山城。二人は彼越しに睨み合う。

 

「どうせ四時間もあるですから。思い出話でもしましょうよ」

 

「そうですね。それは興味があります」

 

 伊勢と山城の言葉に稲嶺はあまり過去の話はしてこなかった気づきは過去の事を思い出す。

 

「俺は呉の設立と共に任命された提督でな、日向は最初の艦だった」

 

 現在では新米提督たちのために初期艦制度が導入されているが当時はそんなものはなく。広い呉鎮守府は最初、妖精たちと稲嶺しか居なかった。

 

 あの時はあまりにも寂しすぎて拍子抜けしたものだ。

 

 



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日向と稲嶺

 

 

「あなたが提督?ふうん、いいけど。伊勢型戦艦2番艦、日向よ。一応覚えておいて」

 

 何もない空っぽの呉鎮守府。建造で初めて出会ったのは日向であった。

 

「俺がこの呉鎮守府提督の稲嶺だ。よろしく頼む」

 

「そうか、ここは呉か」

 

「随分と因果な所に来たな」

 

「全くだ…」

 

 日向は一言で言えばクール。そしてその頃の彼女は実にドライな女性であった。

 

 呉鎮守府が設立されたのは他の主要な基地や鎮守府のなかでも一番最後。深海棲艦たちが出現しから五年後の事だった。

 

「そのお陰で最新の設備が整えられているんだがな」

 

「だが人がいなければどうにもならんな」

 

「おっしゃる通りです…」

 

「しかし提督も運が悪い。最初がこのような大飯食らいの戦艦だとはな」

 

 日向の言う通り最初の1艦目はほとんど駆逐艦だ。駆逐艦たちの方が運用がしやすいという面がある。確かに火力や航空戦力を持てないがまずは地盤固めを行うためには駆逐艦たちがほどよいのだ。

 

「いや、これでいいんだよ」

 

「ほぉ」

 

「本当は扶桑か山城を狙ってたんだけどな…」

 

「正直なのは良いことだがそれを私の前で言うのは感心せんな」

 

 案の定、日向に小突かれました。あの二人は姉妹のような存在ではあるが外れた結果が自分でしたと言われて気にしないほど日向の器量は大きくなかった。

 

 これが日向との最初の出会い。

 

「あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい!」

 

「オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」

 

「羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ娘です。あ、あの…ごめんなさいっ!」

 

「千歳です。日本では初めての水上機母艦なのよ。よろしくね!」

 

「瑞鳳です。軽空母ですが、錬度があがれば、正規空母並の活躍をおみせできます。」

 

 それからはあっという間だった。建造や出現、遠征などで多くの仲間が増えていった。当時は日本近海すら深海棲艦たちの支配領域と化していた時代。旗艦日向と共に稲嶺は近海を奪還し次々と戦果をあげていった。

 

「そういえば提督は最近。建造をしないのだな」

 

「まぁな、今の艦隊の維持で手一杯いだったし。戦力としては充分だからね」

 

 呉鎮守府も随分と賑やかになり艦娘たちの声が窓の外から聞こえる。だが呉の戦艦は日向一人だけであった。

 

「そろそろ戦艦レシピを回してみたらどうだ?」

 

「日向だけで充分じゃない?」

 

「馬鹿者。大規模作戦までに戦力の拡充は必要だ。とっととまわせ…」

 

 日向はそう言うと稲嶺の襟首を掴んで建造装置まで引きずっていく。

 

「また提督が引きずられているのです」

 

「私も一人前のレディとして力をつけなきゃ!」

 

「それはちがうと思うのです…」

 

 鎮守府の最高権力者である稲嶺が引きずられているのは日常茶飯事。着任したての艦娘たち以外はもう慣れっこだった。

 

「扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。妹の山城ともども、よろしくお願いいたします。」

 

「扶桑型戦艦姉妹、妹のほう、山城です。あの、扶桑姉さま、見ませんでした?」

 

「ほう、提督の戦艦運は絶大だな…」

 

「両方同時に来るなんて…」

 

 よく知り合いの提督からはやれ扶桑が来なくて山城が精神不安定などと愚痴を聞かせてもらったがまさか同時に来るなんて思ってもなかった。

 

「この鎮守府の旗艦を勤めている日向だ…」

 

「「日向!ってその声はまさか!」」

 

「山城!」

 

「扶桑姉さま!」

 

 ガシッ!

 

 しっかりと抱き合う二人。稲嶺がちょっと感動している横で日向は興味がなさそうにいつの間にか取り出した煙管をふかしていた。

 

ーーーー

 

 稲嶺が呉の提督として活動していたのは10年間。その間、日向はずっと彼の秘書官であり続けた。

 

「うむ、やはり出撃後の酒は上手い」

 

「相変わらずだな」

 

 一升瓶を空けていた日向は相手をしていた稲嶺の前で気分よく酒を飲む。

 

「そうだ、稲嶺」

 

「なに?」

 

 TPOは弁える日向だが二人っきりの時は名前を呼びそれを稲嶺も了承していた。

 

「この瑞雲はどうだ。このハリ、ツヤ、テリ全てにおいて完成されている。まさしく特別な瑞雲と呼ぶのに相応しい」

 

「それをくれるのか?」

 

 余所の基地では仲良くなった日向から特別な瑞雲をくれたと聞いたことがあるが。

 

「何故だ?やるわけがないだろう、自慢しているだけだ」

 

「でしょうね」

 

「うむ、その代わりにこれをやろう」

 

「バカ、それはお前がいるだろうが」

 

「ちょうど新しいのを伊勢と打つ予定だったのだ」

 

 日向がくれたのはいつも戦場で使ってきた刀。彼女の相棒でありこれで何千、何万という深海棲艦たちを血祭りに上げてきた。

 

「遠慮するな、これは私の気持ちだ。私の魂はお前の物だからな」

 

「それってプロポーズ?」

 

「短絡的な男は嫌いだな」

 

「すいませんね」

 

 お互いに笑みを浮かべながら酒を飲む。すると稲嶺も懐から小さな箱を取り出す。

 

「じゃあ、俺からも受け取ってもらえるか?」

 

「ん?」

 

「指輪か。しかし私はすでに100を越えてしまっているが」

 

 当時の日向は既に100オーバーの高練度艦。当時、戦艦の最強として名を馳せていた。故に日向にはケッコンカッコカリは必要のない儀式であった。

 

「これは俺の信頼の証さ。文字通り、最初から付き添ってくれた君にね」

 

「…そうか。なら貰っておこう」

 

 日向は相違って左手を差し出す。だが稲嶺は日向はの右手を持って中指に指輪をはめる。

 

「稲嶺…」

 

「右手の中指に指環をはめると邪気を払ってくれるらしい。そっちは本物をはめて欲しいからな…」

 

「全く、色気も何もない。鳳翔の個室で指輪を渡されるとはな…本物はお前の給料9年分だな」

 

「普通は3年分だろ」

 

「私は戦艦だぞ、しかも航空戦艦だ。これが常識だ、瑞雲も言っている」

 

「いや、通訳が日向しか居ない時点で瑞雲はアンケート外だから」

 

「まぁ、そうなるな」

 

 気分よく酒を飲む日向とそれを見つめ笑みを浮かべる稲嶺。この時点で二人にとって互いは上司と部下であり、戦友であり、誰よりも背中を預けられる相棒であった。

 

ーーーー

 

 五年前の深海棲艦の大侵攻にて戦死した同期の鹿屋提督と稲嶺は一度話したことがあった。

 

「なぜ大切な女に指輪を渡し、戦場に出す。なによりも大切な女を…」

 

「分かってるさ、でも少なくとも今の日向の生き方はこうなんだよ。死んでほしくない、戦場に出て欲しくないでも日向は戦場で生きてる。なら、彼女が死なないために死んでほしくないから指輪を渡したんだよ」

 

 その言葉は彼女か死んだ後。彼の心に深く突き刺さった。彼の言う通り、あの時、送り出さなければと。己の慢心が彼女を殺したのだ。

 

ーー

 

「こうして日向は俺を残して逝ってしまったんだよ」

 

「……」

 

「……」

 

 その話を聞いていた伊勢も山城も黙り込む。彼の考えを否定したい気持ちはあった。日向はそんなこと思ってないと、だがその言葉を発せるのは日向のみであった。

 

 




稲嶺も知らない物語

「はぁ…まさかここまでとはな…すまない」

「気にしないでください。山城は私が居なくても立派に生きていけますから」

 沈んでいく扶桑の手を握りしめる日向は一瞬だけ悲しそうな顔をするがすぐにいつもの表情にもどる。

「仇はとる…」

「えぇ、信じています。日向」

 そう言うと海底に沈んでいく扶桑。それを見送ると日向は刀を手にし構える。全主砲全損、機関大破、残る体力も残り僅かそれでも彼女は立つ。目の前の仲間の仇を取るために。

「まさか、これほどの豪傑と出会えるとはな」

「まさか、しゃべれる深海棲艦がいるとはな」

 真っ白な衣装を身に纏った空母は自分の愛刀を構えながら日向に歩み寄る。対して日向も刀を脇構えで構える。

「扶桑たちの仇を討たせてもらう」

「認めよう日向。お前は最高の好敵手だ!」







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呉絶対防衛戦

 

「先見隊をここで潰す。ここでやられては九州奪還は夢のまた夢だぞ!」

 

 那智を中心とした岩川基地艦隊が九州より来襲した深海棲艦隊と激突。背水の陣である那智たちは決死の覚悟で戦闘を開始するのだった。

 

ーー

 

「岩川艦隊でなんとかなりそうでありますな」

 

「奴は居なかったか…」

 

 援軍として横須賀艦隊も呉からは佐世保のドイツ艦隊も動き始めている。これほどの戦力ならなんとかなるだろう。あきつ丸や天龍たちは例のヲ級のために備える。

 

「いえ、奴は来るでしょう」

 

「その時は俺たちで対処するのか…」

 

 メガフロートでボコボコにされた記憶を思いだし憂鬱になる摩耶。

 

「心配するな、そのための特訓だっただろうが」

 

「そうですね…」

 

ーーーー

 

「さぁ…いくぞ」

 

「えぇ」

 

 天龍たちの予想通り、ヲ級たちも呉戦線に到着していた。だがそれは主戦場から遠く離れた場所。しかしそのヲ級の目の前には既に艦娘たちが立ち睨みを効かせていた。

 

「貴方ね。鹿屋を壊滅させたのは」

 

「……」

 

「そう、なら遠慮はしません!」

 

 扶桑を中心とする残存の鹿屋艦隊は仲間や提督の仇を討たんと構える。

 

「屠れ…」

 

 それに対してヲ級艦隊も迎え撃つのだった。

 

ーーーー

 

「きゃ!?」

 

「綾波!」

 

 巡洋戦艦と化したネ級の砲火に綾波がやられる。だが扶桑に仲間の死を悼む暇はない。ヲ級によって全ての砲塔が破壊されいたぶるように痛め付けられる。

 

「っ!」

 

 サラトガの甲板偽装砲により筑摩が吹き飛ぶ。圧倒的不利な状況、だな退けない。呉を岩川を鹿屋の二の舞にしてはいけない。そんな使命感が扶桑を突き動かす。

 

「まだ腕があるわ!」

 

「なら死ね…」

 

「わりぃ、遅れた」

 

 腕を振り上げる扶桑と剣を構えるヲ級。だがその間合いに割り込んだのは天龍。ヲ級の剣を弾くと蹴りを入れる。だがヲ級もそれを防ぎ後退する。

 

「借りは返すであります」

 

「っ!」

 

 そんなヲ級の背後から現れたのはあきつ丸。彼女の剣激を受け流し肘打ちで殴り飛ばす。

 

「メガフロートの奴らか…」

 

「俺さまは天龍。ふふ、怖いか」

 

《増援!?》

 

 驚くネ級に接近する影。ネ級は腕に備えられた砲を向けるが腕を捕まれ投げ飛ばされる。そのまま海面に叩きつけられ声にならない悲鳴をあげる。

 

「やるじゃねぇか」

 

「伊達に隠密はやっていないもので…」

 

 ネ級を投げ飛ばした川内は手を払いながら立ち上がるネ級を見つめる。

 

《流石は軽巡最強の艦娘…》

 

 赤いオーラを漏らしながら対峙するネ級に川内は静かに構えて迎え撃つ。

 

「悪いな、ここは私たちが相手だ」

 

「貴方は摩耶、不知火ね」

 

「おう」

 

「そうです」

 

 流石のサラトガもこの二人を相手にして油断など出来ない。

 

《ヲ級さまたちの援護を!?》

 

《ぐわっ!?》

 

 その他の随伴艦たちも加勢しようとするが空から襲いかかる艦債機たちに阻まれる。

 

「ここは倒さない!」

 

 飛龍の精鋭たちが足止めを行い。琵琶基地艦隊は万全の態勢を整える。

 

 ついにヲ級艦隊対琵琶基地艦隊が再激突。主戦場から離れた場所で決死の戦いが始まるのだった。

 

ーーーー

 

「千代音さん!」

 

「夕立か!?」

 

 その頃、夕立はやっとのことで千代音と再開を果たしていた。

 

「おまん、どうしてここに」

 

「はやく、酒匂とプリンツ・オイゲンを拘束するっぽい!」

 

 夕立の言葉に千代音は驚愕の表情を浮かべる。何故かという言葉を彼女は飲み込み答えに至る。

 

「やはり、クロスロード作戦」

 

「提督さんは敵にサラトガが居たって」

 

 なぜ佐世保のプリンツと酒匂なのか。その理由はある、これは稲嶺が可能性の一つとして地下の通信室で話していたことだ。佐世保のあの二人だけドロップ艦だということ。

 

「やはりおまんが姉妹艦を沈めたのは毒されとったからか…」

 

 千代音もその考えはあった、だが信じたくなかった。提督として家族として接してきたからだ。

 

「酒匂は中国地方の基地じゃ。プリンツはすぐに呼び出す」

 

 千代音はそう言うと通信でグラーフを呼び出す。

 

「なんだ、提督」

 

「プリンツはどこじゃ?」

 

「ビスマルクと一緒に補給に行っているが」

 

「分かった」

 

 そう言うと次もすぐにビスマルクに通信を送る。

 

「ビスマルク、今どこじゃ?」

 

「……」

 

「ビスマルク?ビスマルク!」

 

 ビスマルクから応答がない。アイツは抜けているところがあるが間抜けではない。その応答で全てを察した。

 現にビスマルクは意識を失い、地に伏していた。

 

「……」

 

「ごめんなさい、お姉さま」

 

「夕立、工廠じゃ!」

 

「ぽい!」

 

 このタイミングでプリンツが動く理由、それは日向の破壊。それが目的なら納得がいく。だがあそこには作業中の明石含め、山城と伊勢がいる。簡単にはいけないはずだ。

 

「警報をならさんかい!」

 

「はい!」

 

 千代音の言葉に部下は素早く警報を鳴らすのだった。

 

ーー

 

 工廠ではけたましく警報が鳴り響き緊急事態を知らせる。

 

「なんだ?」

 

「どうもみなさん」

 

「プリンツ・オイゲン…」

 

 工廠に入ってきたのはフル武装のプリンツ・オイゲン。彼女の登場に伊勢と山城は戦闘態勢に入るが艤装は整備倉庫の中だ。彼女たちは生身に限りなく近い。

 

「関係者以外立ち入りは禁じているはずよ」

 

「嫌だな、伊勢さん。そこを退いてくださいよ」

 

「伊勢、退きなさい。私が殺す」

 

「酷いですね」

 

 殺気を隠さないプリンツに同じく殺気で返す二人。日向の建造まで30分を切っている。護りきれさえすればなんとかなる。

 

「待て…」

 

「っ!?」

 

 凛とした女性の声に伊勢と山城は固まる。プリンツの背後にいたのは呉の長門。彼女もまたフル武装でこの工廠に来ていた。

 

(長門まで…)

 

 火力、装甲共に伊勢と山城を上回る性能を待つ長門の登場に二人は戦慄する。艤装がない状況下での戦闘は不利すぎる。これはヤバイ。

 

ーーーー

 

 その頃、天龍たちも苦戦を強いられていた。

 

「くっ!」

 

「てりゃ!」

 

 互いの得物がぶつかり火花を散らす。天龍とあきつ丸の二人を相手にしてもヲ級は対等。いや、やや有利に戦闘を運んでいた。

 

「えげつないでありますな!」

 

「死ね」

 

「ありゃ」

 

 ヲ級はあきつ丸の眼前にショットガンの銃口を向ける。前回とは違った武装に虚を突かれた彼女は反応が出来ない。

 

「あきつ丸!」

 

 天龍は即座に剣を投擲。銃口を逸らさせるがその反動を利用してヲ級が天龍の首めがけて剣を振るってきた。

 

「やべ…」

 

「天龍殿!」

 

(槍でも間に合わねぇ)

 

 龍田の槍を抜刀するにも時間が足りないし剣を投擲した直後のため体のバランスも崩れている。回避するにもバランスが崩れたこの状態では避けられない。

 

「なに!?」

 

「おぉ!」

 

 だが天龍はその刃を止める。決して避けられない首への一撃を噛みついて受け止めたのだ。口での真剣白羽取り、接近戦のプロフェッショナルである彼女のみが導き出した選択。

 

(片目だというのになんという動体視力と咬合力)

 

 ヲ級が感心していると天龍はヲ級の手首を蹴り上げ、剣を空中に飛ばす。天龍はヲ級の黒剣をヲ級は天龍の対艦刀を持って再びぶつかる。

 

(かるっ!)

 

(重い!)

 

 二人は互いの得物の違いに驚く。ヲ級の黒剣は軽く剣速を高めることに特化した仕様だ。重心も手元近くにあり、切り返しをしやすくしてある。

 対して天龍の刀はフルカスタム品であり通常の天龍の刀とは雲泥の差がある。天龍の刀はトップヘビー型の刀。日本の刀のように刃の切れ味で切るのではなく。中国の青竜刀のように刀の自重で切り裂く剣だ。そのため、剣の重心が剣先になっているのだ。

 

 互いに相反する剣を手にし動きが鈍る。長年体に染み混ませてきた感覚とのズレに苦しむ。

 

「ちっ、余計におかしくなっちまった…」

 

「くっ…」

 

 口の端が切れて血を流す天龍に対してヲ級はいまだに無傷。これは流石にキツくなってくる。

 

(ちっ…思ったより場数踏んでやがる…)

 

(これほどの強者と出会えるとは…やはり生きていてよかった)

 

 他の血肉を喰らいながらも生き長らえた意味があるというもの。ヲ級の中にあるものは乾期と興奮のみ。戦いが彼女を研ぎ澄ましてくれる。

 

 再び激突する両者。まだ戦闘は始まったばかりであった。

 

 

 



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人類を憎む者

 

「長門!」

 

「長門さん!?」

 

「…すまんな。プリンツ」

 

 武人として有名な長門の弱々しい声。だがそれは一瞬のこと、プリンツは彼女に殴り飛ばされ機材を破壊しながら地面を転がる。

 

「何故です。貴方はなぜそれほどまでに人類を護るのですか!同じ天空の業火で焼かれた貴方が!」

 

「私がビックセブンだからだ」

 

「分かりませんね。私はビックセブンではありませんから」

 

 相変わらず分かり合えないと判断したプリンツは砲を長門に向ける。対して長門はインファイトの体勢を取る。

 

「長門…」

 

「すまない、伊勢秘書艦。これは私たちの問題だ」

 

 砲を撃とうとしたプリンツをタックルで吹き飛ばし工廠の外に出す。中で暴れられてはどんな被害になったか分かったものではない。

 

「貴方とは戦いたくなかったですよ!」

 

「私もだ、同じ最期を迎えたもの同士。このような形で戦いたくはなかった!」

 

 体勢を立て直したプリンツは中距離戦闘に移行。接近戦では長門に対して勝ち目がないと判断した結果だ。

 

「別に私たちは人類が憎いだけです!どうせ棄てられる、この戦いが終われば前の用に実験用のモルモットとして棄てられるのがオチなんですよ!」

 

「かもしれないな」

 

 プリンツ・オイゲンは重巡洋艦だが砲火力については長門に対しても有効な物を持っている。

 

「私もあの苦しみは二度と忘れないだろう」

 

「ならなぜ!?」

 

「だがそれ以上に私は日本の民の顔を忘れたことはないんだよ」

 

「っ!?」

 

 日本の戦艦と言えば大和というイメージが強い現代。だがそれは違う戦時中、最も民と親しみを持って接した戦艦は長門だ。

 

《陸奥と長門は日本の誇り》当時のカルタ、むの札にはこう記してあった。それだけ当時の長門、陸奥は日本国民に愛され、親しまれていたのだ。

 

 地獄の業火で身を焼かれようと長門は忘れない。関東に駆けつけた際の民の顔を。甲板に流れた玉音放送、乗員たちの顔を彼女は忘れない。

 

「時代は大きく流れ、私の名を知らぬ者も少なくない。だが私はあの目を裏切れない。日本の誇りとして民の希望として立てるのなら私はそれを選ぶ。前より悲惨な結末を迎えようとだ」

 

「……なら殺しますね。本気で」

 

「来い、プリンツ・オイゲン」

 

「日本の誇り、戦艦長門。私はあなたに敬意を持って殺します!」

 

 プリンツ・オイゲンと長門がぶつかる。

 

「なんとかなったわね」

 

「あぁ」

 

 プシュー!

 

 その瞬間、工廠の建造システムから蒸気が溢れる。

 

「何事だ!?」

 

 中から大勢の妖精たちが出てくる。稲嶺は一人の妖精を捕まえて聞く。その妖精もよく分かってないようで首を横に振る。

 

「突然こうなったらしいわ」

 

 妖精から話を聞いた山城は慌てながら報告する。沸き出る蒸気で火傷しそうになるが稲嶺は構わずに建造システムに近寄る。いつの間にか時間のメーターが0になっていた。つまり建造は終了している。

 

「日向ぁ!」

 

「提督!?」

 

「離せ伊勢!!」

 

 止めに入る伊勢を押し退けて建造装置のハッチレバーを握る。熱々に熱せられたレバーで手の皮が剥けるが気にしない。

 ハッチと壁が熱でくっついてしまいハッチを開くことが出来ない。

 

「くそがっ!」

 

「あなた一人では無理よ」

 

「手伝います!」

 

 伊勢と山城も手伝いハッチを開けようとするがびくともしない。

 

「固すぎでしょ!」

 

 三人が顔を真っ赤にしながら引っ張っていると突然、すっぽ抜ける。レバーが抜けたのだと思えば違う。頑丈なハッチが真っ二つに切断されたのだ。

 

「嘘でしょ。大和の装甲より堅牢なのよ!?」

 

 驚きながら床を転ぶ伊勢と山城。肝心の稲嶺は転ばずに何者かに抱き抱えられていた。

 

「うむ、流石に伊勢か山城に手を出しているかと思えば。お前は相変わらず固い性格だな」

 

「日向…」

 

「遅くなったな、稲嶺」

 

「遅いんだよ」

 

 お姫様だっこをされている稲嶺だが本人は全く気にしていない。それより感動の方が勝っているのだ。

 

「全く、せっかく。北上から教わったポーズで待機していたのに中々開けないからこじ開けてしまった。ツケは稲嶺に回してくれ」

 

「相変わらずだなおい!」

 

「すまん」

 

「すまん…って!お前が間違ってガントリークレーンを真っ二つにしたときだって大吟醸《栄光瑞雲》を片手にすまんっで済ませやがって。大本営に俺がどんな顔されたか知ってんのか!?」

 

「私のとっておきの瑞雲を渡したのだぞ」

 

「俺がツマミを用意している間に全部、空けたじゃねぇか!」

 

「お前が遅いからだ」

 

「詫び酒をなに飲み干してんだよ!」

 

「うーむ…悪かった」

 

「ほら、そうやって。口だけで終わらせようとする!顔みたら分かるんだよ!」

 

 いきなり勃発する夫婦漫才に開いた口が塞がらない伊勢と山城。それと同時に目の前に現れた日向があの日向本人であると確信する。

 

「全く、勝てないわね…」

 

「えぇ、本当に日向には勝てないわ」

 

 あれほど楽しそうにする稲嶺を見て誰が文句を言えよう。誰も言えない、彼は心から日向を愛してしまったのだ。そんな彼に惚れてしまった二人は全く、損な役回りだ。

 

 でもそれでいい、それこそが自分達の喜びなのだから。

 

ーー

 

「降ろすぞ」

 

「日向、やはり。怪我もそのままか」

 

「バケツを持ってきます!」

 

「頼む、明石」

 

 立ち込める蒸気で分からなかったが日向の体も艤装もボロボロだ。おそらく、轟沈状態のまま建造されたのだろう。

 

「あそこで戦っている長門とドイツ艦といい。戦場だなしかもかなり規模の大きな」

 

「そうだ、すでに九州は落ちた。ここは呉だ」

 

「なるほど、お前の鎮守府か」

 

「いや、ここの指揮官は俺じゃない」

 

「なに、状況を話してくれ。全てを」

 

「分かってる」

 

 既に日向は瀕死状態。そんな彼女を落ち着かせるために稲嶺は彼女を支えるのだった。

 

ーーーー

 

「天龍!」

 

「お前ら!?」

 

「来てあげたわ」

 

「これは頼もしい援軍でありますな」

 

 その頃、前線では天龍の元に叢雲と暁が到着。あきつ丸は暁の指示でヲ級の部下の元に向かう。対ヲ級戦線にこの二人が加わることで形勢が逆転する。

 

「おのれ!」

 

「逃がさないわよ」

 

 暁の錨の鎖がヲ級の右手を拘束すると同時に叢雲が速力をつけて槍を構え刺し貫く。頭部の帽子に直撃した槍だったが帽子から生えている触手で槍を固定。叢雲を蹴り飛ばす。

 

「天龍!」

 

「分かってる!」

 

 吹き飛んだ叢雲を目隠しに両目を解放した天龍の槍がヲ級の腹に突き刺さる。

 

「よし!」

 

「よくやったわ天龍!」

 

「逃げろ!」

 

 傍に居た叢雲の襟首をつかんで投げ飛ばす天龍。手応えがおかしかった。まるで分厚い装甲に阻まれているような固い感触。天龍の様子で察した暁もヲ級の顔めがけて砲撃を行う。

 

 その時、叢雲は真っ赤な血が空中を彩るのを見た。遠い昔に見た光景、二度と見ないと決めたのに…。

 

「ぐっ!」

 

「天龍!」

 

 天龍の左腕がボトリと落ちる。ヲ級が手にしていたのは天龍の剣でもなく奴自身の黒刀でもない。しっかりとした作りの刀、真っ黒な刀身に対して金の鍔がよく栄える。

 

「素晴らしい、お前たちの力を称えよう!」

 

 暁から砲撃を受けた顔の表面が剥がれ落ちていく。剥がれた後に現れた素顔に三人は愕然とする。

 

「てめぇ…」

 

「なるほど、そういうことね」

 

「強いわけか…」

 

 マントも全て、何もかも剥がれ落ちると中で押し潰されていた衣服が解放され風にたなびく。艤装らしきものが海中から現れヲ級にドッキングする。

 

 真っ白な髪はおかっぱに似たショートヘア。左手には飛行甲板に酷似した盾に右手には立派な刀。服はどちらかと言えば扶桑に酷似している。腰の両脇には一門ずつ連装砲が配置されている。

 

「てめぇが日向を殺したのか…」

 

「あぁ、あれほどの強者は知らない…だがお前たちもそれに匹敵する強さだ!」

 

 全身を紫色の纏ったヲ級の顔は日向その者だった。紫色の瞳で静かにこちらを見つめるヲ級、いや後の深海刀棲姫の姿であった。

 

「さぁ、存分に殺し会おう…」

 



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深海刀棲姫

 

「天龍!」

 

「バカが来るな!」

 

「まずは一人…」

 

 先程とは速度も圧力もまるで違う。動揺している叢雲では無理だ、そんな天龍の思考とは裏腹に狙われたのは天龍。絶対の間合いに入り込まれた天龍は対応できずに右腕も奪われる。

 

「ぐっ!」

 

「天龍!」

 

 暁の援護も虚しく再度の接近を許す天龍。足の甲にそなえつけられた隠し刃で剣を防ぐ。

 

「流石は古参。戦場を知っている」

 

「ありがとよ!」

 

 艤装での砲撃を行いながら後退する天龍。両腕を失った彼女に前線で戦う能力は備わっていない。後退は懸命な判断だ。

 天龍の追撃を行いたい深海刀棲姫だが暁の錨に阻まれてうまく動けない。

 

「残念ね。そう簡単にはこの錨からは逃げられないわ」

 

「ちっ!」

 

 深海刀棲姫は錨の鎖を掴むと渾身の力で引っ張ると暁が巻き込まれ上手く釣られる。空中に放り出されながらも砲撃を全て直撃させる暁。だが姫が持つバリアの様なものに阻まれる。

 

「くっ、火力不足か!?」

 

「天龍、龍田。借りるわよ!」

 

 叢雲は龍田の槍の刃を加熱させると投擲。錨の鎖を破壊する。

 

「助かったわ!」

 

「早く退いて!」

 

 逃げるように言う叢雲。だが暁はまだ飛んでいる、彼女の意思で動き回ることは出来ない。

 

「逃げられるかな?」

 

「私たちを舐めないで!」

 

 深海刀棲姫の砲撃。暁は第一波砲撃を自身の砲撃で撃ち落とす。

 

「ロケットアンカー!」

 

 アンカーに装備された怒りが高速回転、第二波を防ぎきる。奴の砲塔は2基、これで防ぎきったはずだ。

 だが深海刀棲姫はこれだけでは終わらない。砲弾の迎撃にて生まれた爆煙を目眩ましに落ちてくる暁に向けて刀を構える。

 

「あれは、日向の一閃!」

 

 腰を限界まで落とす。構えとしては脇構え、だが刀身を隠さずに見せつけるように大きく構える。体を極限までに曲げ、体がミチミチと奇妙な音をあげる。渾身の力で必殺の一撃を加えんとする構え。薩摩の示現流を彷彿とさせる。否、それそのものだ。

 

「暁!」

 

 叢雲による槍の全力投擲、体勢さえ崩せれば暁の勝利は確実だ。

 

「くっ!?」

 

「……」

 

 叢雲の槍が刀棲姫の肩に深く突き刺さるが彼女はは微動だにしない。

 

「叩き殺す!」

 

「チェスト!!」

 

 それを爆煙の僅かな乱れで察した暁は深海刀棲姫に向けて錨を射出する。刀棲姫の剣がこの錨で一番頑丈な中央部に当たるように。

 

「……」

 

「……」

 

 お互いの一撃が交錯し暁は無事に海面に着水すると遅れて暁の艤装が海面に落ちる。一拍置いて暁の錨が鎖もろとも真っ二つになり、バラバラになる。

 

「暁…」

 

 その二人を見守る叢雲と天龍。対して刀棲姫は右目からヒビが生まれると顔の右側が派手に砕け散る。

 

「なにしてるのよ叢雲!早く天龍を連れて逃げなさい!」

 

 その瞬間、暁の体から大量の血液があふれでる。

 

「っ!」

 

「はや…く……」

 

 倒れる暁。止めを刺そうと歩み寄る刀棲姫。叢雲も慌てて駆けつけるが間に合わない。その時、刀棲姫のすぐそばで爆発が起きる。

 

「なに?」

 

「各員、すみやかに撤退してください!」

 

 声を出したのは飛龍。飛龍は持てる全ての艦債機を持って刀棲姫に集中攻撃を行う。

 

「各員、煙幕を焚くんだ!」

 

 飛龍の援護と川内の指示で不知火たちも速やかに撤退行動を開始する。

 

「くそこえぇな!」

 

「早く逃げますよ…」

 

 煙幕が焚かれる中。摩耶は暁を、不知火は暁の艤装を担いで撤退する。残念ながら暁が持つ二つの錨は海底だが命あっての物種なのだ。仕方がない。

ーー

 

《追撃しますか?》

 

「いい、それより補給と修理だ。一時撤退しよう」

 

 そう言うと刀棲姫は持っていた刀を眺め、納刀する。

 

「あの駆逐艦…」

 

《はい?》

 

「背中の艤装をパージして致命傷を避けた」

 

 あの時、彼女が放った一撃が直撃すれば彼女は一瞬で真っ二つになっていただろう。それを重症に抑えたのだ。彼女は最善の判断で最悪の結果を避けた。その上、切断された錨で顔面を砕かれた。尊敬に値する判断力と技量だ。

 

「まだ向こうにはあれほどの猛者がいるのか…」

 

 刀棲姫は楽しそうに表情を歪める。

 

《っ!ヲ級さま、付近の部隊から連絡が。離島様が出撃されたそうです!》

 

「なに?」

 

ーーーー

 

「提督さん!」

 

「夕立か!」

 

 その頃、工廠では復帰した日向の修復作業が行われていた。プリンツの方も長門に制圧され行動不能となっていた。

 

「遅いわよ」

 

「ごめんなさいっぽい…」

 

 艤装を取り出すのに時間がかかったとはいえ状況がすでに終了しているとは。長門の活躍のお陰だが夕立は初めて見る日向に息を飲む。好きなく鍛えられた体が黒インナー越しからでもよく分かる。間違いなく彼女は強い艦娘だ。

 

「少しずつよ。希釈してゆっくりかけるのよ」

 

「分かりました」

 

 明石と夕張が慎重に日向に高速修復材をかける。

 

「あぁ、沁みるなぁ」

 

「普通なら泣き叫んでいる痛さだと思いますけどね」

 

「まぁ、日向は痛みに関してはめっぽう強いからな」

 

ーー

 

 日向の修復作業を行っている頃。大本営の会議室では参謀が不機嫌そうに叫んでいた。

 

「なぜだ!我々は約束を守ったではないか!」

 

「九州ノ件ハ感謝スルワ。デモ私ハ日本ソノモノガ欲シイノヨ」

 

「なぜ日本に拘る?」

 

「他国ト陸デ繋ガッテイル国ナンテ奪イ返サレルデショ?我々ガ足場ヲ築クノニチョウドイイ広サナノヨ」

 

 通信の先に居るのは現在、呉に向かっている離島棲姫。大本営の一部は取引を行っていた、九州を与える代わりに今後、日本の領土を侵害しない条約を。

 

「そんな、条約違反だ!」

 

「我々ハ人間二アラズ。ソウ定義シタノハ貴方タチ人間様デショ?化ケ物二条約ナンテ関係ナイワヨネ」

 

「そんな…」

 

 佐世保に対艦娘用の爆弾を送りつけたのも全て彼ら。そのせいで瑞鶴を初めとする艦娘たちが大ケガをした。

 

「無様ですね。これで貴女方は海のゴミにも我々人間にも見捨てられたわけです」

 

「げ、元帥の加賀か!」

 

「沖縄に対する攻勢も全ては佐世保の力を削ぎ、そこにいる元帥を殺すためでしたか。やはり、その手に引っ掛かってしまった我々も我々ですが…」

 

「鳳翔…」

 

 残念ながら元帥は信じようとしていたようだが。それも今、無駄な努力になってしまった。

 突然の登場に動揺した参謀だが少し頭を冷やして二人を見ると加賀の服になにか赤いものがこびりついている。

 

「ま、まさか…」

 

「深海棲艦に与する人間は人にあらず。死になさい」

 

「まて、私が奴等と粘り強く交渉してきたから今までの五年間。全面戦争にならずに済んだのだ!私が居なければ誰が奴等の交渉をしていくのだ!」

 

「交渉など不要です、化け物は狩り尽くさなければなりません。和解など不可能、我々はもうその段階まで来てしまったのだから…」

 

 有無すら言わせないと言わんばかりの加賀はゆっくりと参謀に近づく。

 

「鳳翔!お前なら分かるはずだ、戦争は落とし所が大切なのだと!このまま全面戦争に移行すればもっと多くの血が流れることになるんだぞ!」

 

「過去は繰り返してはなりません。我々には勝利しか目指してはならないのです。多くの血に報いるためにも…全て中途半端に終わらせてまた戦争が始まるかもしれないと言う恐怖の中で怯え続けるのですか?」

 

 静かに広がる鳳翔の目は据わっている。

 

「憎しみを抱えたまま生き残ってしまう悲しみを、虚しさを。貴方は分かっていない。どうしようもない、泣くことも、狂うことも許されない生き残り達の無念を、貴方は知らないのです」

 

「待て、待て!」

 

「さようなら参謀長。早く死ねて良かったですね」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 参謀の断末魔を聞きながら鳳翔は思案する。日向の件も恐らくは向こうに筒抜けだ。参謀は日向を復活させてすぐに殺したかったのだろう。二度目の復活は出来ないはずだと。だから稲嶺を呉に行くように差し向けたのだ。

 

「まだ間に合います。すぐに呉に戻りますよ」

 

「分かりました」

 

 用事を済ませた二人はさっさと部屋を退出する。そして元帥の待つ呉へと急行するのだった。

 

ーーーー

 

《やはり正攻法でも裏でも上手くはいかないわね》

 

《離島様。先見隊が全滅しました》

 

《でしょうね》

 

 那智たちの必死の防戦とガングートや陸奥の参戦により先見隊は全滅させられた。それを予見していたかのように離島は笑う。

 

《日向が元気になる前に呉に上がるわよ》

 

《はっ!》

 

《ついにこの忌々しい国を奪うときが来たのね!》

 

 高笑いをする離島は笑う、笑う。さぁ、目標はすぐそばだ

 



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怒り

「よし、ここらはだいぶ片付いたな」

 

「呉に合流します。横須賀艦隊は…」

 

「逃ガサン…」

 

 先見隊を撃破した横須賀艦隊たちは呉鎮守府に向かおうとするがその進路上に敵艦隊がさらに出現。深海鶴棲姫を含む艦隊が陸奥たちの前に立ちふさがる。

 

「殲滅、撃滅、蹂躙だ!このガングートに続けぇ!」

 

「урааааааааа!!」

 

「比叡、全力援護よ!」

 

「分かりました!気合い、いれて、沈めぇぇ!!」

 

 深海主力艦隊と激突した横須賀艦隊を含む艦隊は再度戦闘を開始する。

 

ーーーー

 

「くそっ、あの野郎。次こそは俺が…」

 

「そんなこと言ってないで傷を直してください!」

 

 最後のファーストシリーズである三人のうち二人が重症を負い。呉に帰還。まさかの状況に他の艦娘たちも動揺する。

 

「叢雲、なにがあったんじゃ!」

 

「日向に会ったわ。日向を殺した奴、そいつがあのヲ級よ!」

 

「ヲ級だと?」

 

 叢雲の言葉に驚く千代音。すると日向も駆けつけ状況を聞き出す。

 

「日向、貴方復活したの?」

 

「私を殺した深海棲艦は深海海月姫という奴だぞ」

 

「そんなの知らないわよ。でもあいつはヲ級で今は貴方と同じ顔をしているのよ!」

 

「日向と同じ顔?」

 

 あまりにも不可解な報告に全員が困惑するが叢雲はこんな状況では嘘をつかない。ただ事実は天龍、暁、叢雲の三人を退けるだけの戦闘能力を持った敵が居ると言うことだ。

 

「この音…」

 

 そんな時、金剛は違和感を感じて耳を研ぎ澄ます。

 

「Get down !」(伏せろ!)

 

 その言葉と同時に全員が伏せる。その瞬間、超長距離砲撃が呉軍港を襲う。反応出来なかった艦娘が吹き飛ばされ倉庫が爆散する。

 

「前線が突破されたのか?」

 

「違います、前線が足止めされてるんです!」

 

 そう言うと赤城が素早く艦債機を発艦させる。空には敵の艦債機が待ち構えドックファイトを開始する。

 

「いったいどこから?」

 

「前線を海底で移動してきたんじゃろう。呉の位置は変わらんからのう。砲撃は可能じゃろう」

 

「またここまでの侵入を許すなんて…」

 

 このままでは佐世保の二の舞だ。だがここにはまだ呉、佐世保の主力がいる。とれほどの戦力だろうと押し返せるはずだ。

 

「サア、国取リヲ始メマショウカ」

 

「これは笑えないでありすな」

 

 先頭に現れたのは離島、その取り巻きと思えるものはどれも質の高い戦力。鬼や姫も多数混ざっている。

 

「起きて早々、最終決戦か。中々、キツいな」 

 

「日向、貴女ハ確実二殺ス」

 

「そうか、殺して見せろ」

 

「行ケ」

 

「これが最後の決戦じゃ。功名を上げよ!」

 

「「「うおぉぉぉぉ!」」」

 

 深海棲艦 極東艦隊と日本主力部隊がついに激突するのだった。

 

ーーーー

 

「本当かぁ!」

 

《はい、本当です。離島様は日向を確実に葬るために前線に…》

 

 離島直属の奴から状況を聞き出した深海刀棲姫は苦しむツ級を離す。

 

「あの野郎。日向は私の獲物だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 刀棲姫の咆哮にその場にいた者、全てが息を飲む。サラトガさえもその迫力に言葉を失う。

 

「離島。許さん、許さんぞ!私に日向のことを報告せずに勝手に葬ろうとするとはぁ!」

 

《ヲ級さま…》

 

「ネ級、すぐに呉に向かう。日向と戦うのはこの私だ!」

 

《は、はい!》

 

 苛立ちげにツ級の顔面が刀棲姫に踏み潰され無様な悲鳴を上げる。オーラを全開にした刀棲姫は呉へと進軍するのだった。

 

ーー

 

「くっ!」

 

 呉に駐留していた全ての戦力が離島の部隊とぶつかる。そんな中、日向は集中砲火に合っていた。

 

「俺のことは気にするな日向。このままではお前が死ぬぞ!」

 

「大丈夫だ。私は頑丈だからな」

 

 現場にいた稲嶺に対して攻撃を行ってくるのに対して日向は防戦一方だ。琵琶メンバーも奮戦しているかいかんせん数が多い。対応しきれなかった。

 

《ははっ!人間は簡単に死ぬ、憐れね!》

 

「抜刀……」

 

「……」

 

 日向の表情が濁り始めた頃、レ級3体が同時に真っ二つになる。伊勢の神速の抜刀術、それを囮にして山城が離島を殴り飛ばす。

 

《この!》

 

 激昂した離島は髪を自在に動かし山城の右腕を拘束する。

 

「っ!?」

 

《馬鹿ね》

 

「それはそっちだろう?」

 

 日向の一撃が離島の首を掠める。念のために致命傷となり得るところは全て装甲を強化している。皮一枚とはいえ、あっさりその装甲が切断された。

 

「二人とも、ここは頼むわよ!」

 

「任せろ!」

 

 急いで司令部に戻る伊勢。そこには指揮を執っている青波が居るはずだ。呉司令部と艦娘の艤装格納庫は遠い。もしかしたら雑魚辺りが突破しているかもしれない。伊勢は全力で走る。

 

「バーニング、パーンチ!」

 

《!?》

 

 南方棲鬼と金剛が互いに顔面を殴りあい、南方が吹っ飛ばされるがすぐに捕まる。

 

「歓迎するネ!」

 

《!!》

 

 南方のツインテールを掴みタコ殴りする金剛。

 

「さ、流石は鬼の金剛」

 

「みな、金剛姉さまに続け!」

 

「「「おぉぉぉぉ!」」」

 

 榛名先陣に呉、佐世保部隊も戦闘に熱が入る。互いの雄叫びで恐怖を消しあい、進む。

 

「制空権はお任せください!」

 

「うじゃうじゃと、叩き落としてやるわ!」

 

「呉の空を汚すことはこの大鳳が許しません!」

 

「これ以上、奴らの好きにさせてたまるか!」

 

 赤城、瑞鶴、大鳳、飛龍を中心とする空母たちの艦債機が獅子奮迅の働きを見せ呉で奮戦している艦娘たちを護る。

 

「第2、第16陸戦隊。通信途絶!」

 

「第四遠征隊からも通信が帰ってきていません!」

 

「味方損耗率一割を越えます!」

 

「第三水雷戦隊から救援要請!」

 

「戦力は出し尽くしている。現場で持ちこたえろと伝えろ!」

 

「まずいね」

 

「まだです呉はそう簡単に墜とさせません!」

 

 悪化する戦況。司令部にいた青波と元帥はこの状況に歯噛みしていた。

 

「基地守備隊第2隊、突破されました!」

 

「ここに来るぞ、総員待避!司令部を移す!」

 

 司令部死守をしていた隊が敵に突破された。もうこちらを護る壁はない。

 

《総員待避!繰り返す、総員待避!各自の生命の守備を第一とせよ!》

 

「元帥も早く!」

 

「いや、もう遅いな」

 

「え?」

 

 壁を突き破ってきたのは戦艦水鬼ー壊ー。二頭の怪物を引き連れて青波たちの前に姿を現す。

 

(死ぬのか…)

 

「うわぁぁぁ!」

 

 あまりの光景に何も出来ない青波。それと同時に伊勢が現れ戦艦水鬼を殴り飛ばす。

 

「伊勢か!」

 

「もう何も失ったりしない!全門、放てぇ!」

 

「グウォォォォ!」

 

 弾が直撃し戦艦水鬼の艤装が悲鳴を上げる中、水鬼本体は伊勢を殴り飛ばす。奴は全てがパワーアップされた特別仕様、装甲もパワーも桁違いだ。

 

「なめるなぁ!」

 

 互いに掴みかかりながら殴り、砲撃を繰り返す。その間に司令部にいたものたちはすぐに逃げ出す。それを青波は逃げることなく見届けんとその場から動かない。

 

「せりゃぁ!」

 

 伊勢の切り飛ばした水鬼の腕が壁に張り付きあたりを青い帰り血を飛ばす。

 

「伊勢…」

 

 青波は見る。愛する女の背中を、決して届かないその背中をただ見つめる。

 

(あぁ、あと少し産まれるのが早ければな…)

 

 欲しいものは全て勝ち取ってきた。努力を重ね、苦汁を何度も舐めてここまでたどり着いた。だが彼女だけは決して来てくれない。これが恋というならば。

 

(一生叶わぬ恋か…)

 

 あの気高い背中を見つめることしか出来ない青波は静かに拳を握りしめるのだった。 

 

ーーーー

 

《貴方を殺し、呉をいただく。これで世界は我々のもになる!》

 

「ノコノコと前線に出てきたことを後悔させてやる!」

 

 鬼より進化した離島棲姫の力は凄まじいものだった。髪や手に持つ杖を自在に操り、艦債機を操り、日向たちを追い込んでいく。

 多種多様な攻撃手段に攻めの手が出せない。

 

(だが、やれる!)

 

 日向が前に出た瞬間、激しい爆発が彼女を襲う。

 

「なに!?」

 

「地雷?」

 

「違う、小型の砲台だ!」

 

 よく見れば、足元に小さな砲台が日向をも囲むように展開されている。

 

「くっ!」

 

《さぁ、死ね!》

 

 小型とはいえ砲台は砲台だ。日向は傷つき、ボロボロになっていく。

 

《私の世界に英雄はいらない!》

 

「ちっ!」

 

 日向の刀が砲撃で弾かれ飛ばされる。それを見て離島は目を細め、勝利を確信する。彼女は搦め手というものにめっぽう弱い。単純に強かったのが原因なのだがなんでも正面突破しようとするのは昔からの癖だった。

 

《この世界には神はいない!》

 

「くっ!」

 

 日向のピンチに稲嶺が叫ぶ。だが離島の硬化された髪が彼女に向けられ、日向を殺さんと殺到する。

 

「日向ぁ!」

 

 その瞬間、離島の艤装に備えられた砲が吹き飛んだ。驚きの事態にその場にいた者全てが驚く。離島の後ろにいたのは刀棲姫、彼女は手にしていたショットガンを放ちながらこちらに迫ってくる。

 

《どこの同胞だ!》

 

 艤装、脇腹、腕を撃ち抜かれ苦悶の表情を浮かべる離島。近づいてきた刀棲姫を迎え撃とうと砲を構えるが顔面を掴まれ倒されると顔面を蹴り飛ばされる。

 

「私との約束を反故にしたな!私の許可なく日向を殺そうとしたな!」

 

《貴方、まさかヲ級!?》

 

 なす術もなくボロボロにされる離島。完全に主導権を握られ、蹴られ、殴られ、撃たれた彼女は刀棲姫の暴力に耐えるしかなかった。

 

《この私を誰だと!?》

 

「貴様は越えてはならん一線を越えた…」

 

 ショットガンを静かに離島の腹に向ける刀棲姫。

 

《よせ!》

 

 ズガン!

 ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン、ズガン!!

 

 穴だらけになった離島を見下ろし、弾切れになった銃を捨てる。

 

「さぁ、久しぶりだな。日向」

 

「お前は…あの時のか……」

 

「その通りだ。会いたかったよ、お前に」

 

「私は二度と会いたくなかったがな」

 

 先程の喧騒とはうって変わり静かに、睨み合う二人。日向も損傷しているが刀棲姫も顔面を砕かれ損傷している。

 

「さぁ、私を殺してくれ。戦って殺せ、お前たちのような猛者を待っていたんだぁぁぁ!」

 

 狂ったように叫ぶ刀棲姫。日向を援護するようにあきつ丸たちも集合、対峙する。

 

「いやぁ、まさに最終決戦でありますな」

 

「殺すっぽい?」

 

「ええ、流石にあれを捕まえるのは無理でしょう」

 

 自身の得物を構える艦娘たち、それと対峙する刀棲姫は刀を抜きいつでも戦える体勢を整えていた。

 

「全く、私は起きたばかりなのだが……行くぞ」

 

「来い!」

 

 呉軍港。最大の防衛戦が今、始まるのだった。

 

 



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英雄たち


注意!

 ※今回は特にグロテスクな表現が多いです。お気をつけてください。





 

 

 

「ふっ!」

 

「つっ!」

 

 激しい剣撃が何度もぶつかり合い火花を散らす。日向と刀棲姫、互いに手も足も止めることなくぶつかり合い周りが完全に置いていかれていた。

 

「援護しなければ!」

 

「各員、構え!」

 

 二人が離れた瞬間。駆けつけた大和を初めとする艦娘たちは刀棲姫に向けて砲撃。周辺にまんべんなく弾をぶちこむ。

 

「やったか?」

 

「馬鹿者、手を出すな!」

 

 大和を含む大火力砲撃、無事では済まないはずだが。奴は止まらない、爆煙に紛れて接近した刀棲姫は大和らに肉薄し刀を振るう。

 

「まさか!?」

 

 艤装を一瞬で解体され切り裂かれた大和は言葉を発する暇すら与えられず倒れる。

 

「よくも大和を!」

 

「煩わしいな…」

 

 駆けつけたのは長門。長門の高速の拳が刀棲姫に迫るがそれでも遅い。刀棲姫は一瞬で刀を持ち変え、長門の腹に突き立てる。

 

「んぐ!?」

 

「倒れんか…面白い…」

 

「ビックセブンを侮るな!」

 

 長門の一撃が刀棲姫に直撃、吹き飛ばされ刀からも手を離してしまう。腹に刀が突き刺さろうとも長門は止まらない。長門の拳は一撃、一撃が重く受ける刀棲姫も苦悶の表情を浮かべる。

 

「私も…舐めるなよ!」

 

 刀棲姫は長門の一撃をかわすと突き刺さった刀に一撃を加える。

 

「んぐぅ…」

 

「これ以上はさせん!」

 

「忘れないでっぽい!」

 

「いきます」

 

「いくぜぇ!」

 

 思わず吐血し倒れ混む長門。それと同時に川内、夕立、不知火、摩耶が動く。川内の大跳躍からの重力を味方につけたかかと落としを片膝をつき、頭上で両腕をクロスさせ受ける。

 

「っ!」

 

「下がるであります川内!」

 

 刀を逆手に持ち高速で迫るあきつ丸。足を固定された川内はそのまま投げ飛ばされあきつ丸の所まで飛んでいく。

 

「ヤバイであります!?」

 

「くっ!」

 

 あきつ丸は刀を止められない。川内はクナイを袖から出すとあきつ丸の刀をなんとか止める。

 

「殺す気か…」

 

「申し訳ないであります」

 

 謝っている間にも刀棲姫は迫ってくる。あきつ丸はなんとか避けたが川内が対応しきれずに腹に思い蹴りを受けてしまう。

 

「がはっ!?」

 

「くそっ!」

 

 誤射覚悟で砲を向ける摩耶。その瞬間、砲塔にクナイが突き刺ささり爆発する。それを目眩ましに不知火が接近するも川内のクナイで切り刻まれる。

 

「くっ!?」

 

「不知火!?」

 

 夕立の気が逸れた一瞬を契機に後ろ回し蹴り。それは彼女の頚椎に直撃、息を無理矢理止められ地面に埋められる。

 

「なんだこの化け物は!」

 

 刀を奪ったとしても強さが変わらない。接近戦において刀棲姫は艦娘を凌駕する実力を兼ね備えていた。

 

「ヤバイであります!」

 

「行かせん!」

 

 夕立たちを手早く片付けた刀棲姫はあきつ丸に迫る。日向も迎撃するが地面を転がって避けられ接近を許してしまう。

 

「リーチは有利なはずなのに!」

 

 クナイ相手に完全に押されているあきつ丸。刀棲姫を飛ばそうと力一杯刀を振るうあきつ丸。だが振るおうとした瞬間、柄を蹴り飛ばされ刀が上に飛ばされる。

 

「っ!」

 

 その瞬間、あきつ丸は眉間を切られたまらず退避する。時間遅れで眉間から垂れてきた血が視界を阻害する。

 

 慌てて血を拭うがすでに遅い。刀を回収した刀棲姫はあきつ丸を鋭く切りつける。

 

「がはっ!?」

 

 力なく膝から倒れるあきつ丸。彼女は底知れない敵に恐怖を抱きながら倒れていくのだった。

 

ーーーー

 

「こんな奴に…勝てるの……」

 

「勝てる、傷が再生するような化け物じゃない。傷つけば傷つく、それだけで十分だ」

 

 暁の件からすっかり弱気になっている。叢雲に対して日向は笑みを浮かべながら刀を構える。不謹慎なのはわかっている。だが笑みは押さえられない。日向という武人にとっては刀棲姫は最高の獲物だからだ。

 

「そうだ日向。私とお前は同じだ、戦うために作られ、戦いに価値を見いだす。死すら我々には障害にならない!」

 

「……」

 

 刀棲姫のおかげてこちらの主力はズタズタだ。それに刀棲姫の活躍に応じるように敵の増援が止まらない。

 

「行くぞ…」

 

「来い。我が宿敵ぃ!」

 

ーーーー

 

「はぁ…」

 

 刀で戦艦水鬼ー壊ーに止めを刺した伊勢は大きくため息をつく青い返り血を浴びた彼女は疲れたようにため息をつくとその場に座り込む。

 

「伊勢、無事か?」

 

「なんとか…別格に強かったわ」

 

 体も四肢もボロボロにされた伊勢はもう身動きが取れない。

 

(日向…今度こそ、提督を悲しませないでよ)

 

ーーーー

 

「山城、稲嶺を頼む」

 

「もうやってるわよ…」

 

 日向は振り替えることなく稲嶺を気配で感じる。山城に守られた稲嶺も黙って彼女の背中を見つめる。

 

「ありがとう…」

 

 そう言うと日向は消える。文字通り消えた、それは日向が人の動体視力を越える動きを始めたということだ。

 日向の神速の突き、あれは伝説の三段突き。それを刀棲姫は受けきり、いなす。

 

 体勢を崩しながらも必殺の横凪ぎを放ってくる刀棲姫だか日向も体勢を深くしてかわす。すると少し離れた街灯が真っ二つに裂ける。

 

「斬激を飛ばした…」

 

 渾身の一振りを避けられ本当に体勢が崩れる刀棲姫に彼女はそのまま腹に向けて頭突き。

 

「がはっ!」

 

「ぐっ!」

 

 腹の装甲を砕かれたが彼女も黙っていない。日向の腹に膝を叩き込むと彼女も咳き込む。

 追撃を加えようとする刀棲姫だったが日向のクロスカウンターで砕けた顔面がさらに砕ける。

 

(視界が!?)

 

「逝け…」

 

 さらに回し蹴りが顔面に直撃しよろめく刀棲姫。それを見るとすぐさま刀を構えてその腹に刀を突き刺す。

 盾を構えるもそれごと貫通した刀は彼女の腹に突き刺さりガントリークレーンの鉄骨に縫い付けられる。

 

「ああぁぁぁぉぁぁぁぁ!」

 

「………」

 

 絶叫する刀棲姫、それを見て見ていた艦娘たちも喜ぶが日向は一切表情を変えずに立っている。

 

「日向!」

 

 瞬時に状況を理解したのは稲嶺。よく見れば日向の脇腹にも刀が深々と突き刺さり血溜まりを作る。

 

「うっ…」

 

 片膝を着いてしまう日向に対して絶叫しながらも笑みを浮かべる刀棲姫。彼女は腹と左腕に突き刺さる刀を掴むとゆっくりと引き抜く。

 

「素晴らしい!ここまで追い詰められるなんて、日向。やはりお前は最高の宿敵だぁ!」

 

 腹と口から大量の青い血を撒き散らしながら笑う。引き抜いた刀を振りかざし脳天を切り裂かんと振るう。日向は脇腹に刺さった刀を引き抜きながら刀棲姫の体を切り裂かんと振るう。

 

「……」

 

「……」

 

 致命傷は日向。彼女の振るった一撃は浅く、奴を絶命させるには足りなかった。

 

「日向、お前…。生きようとしたな……」

 

「………」

 

 刀棲姫は分かった。彼女が、日向がほんの一瞬だけ死の覚悟が揺らいだ事を。

 

「戦士には不要なものだ。こんな大事な場面で…そこまで男が大切か…」

 

「提督、下がって!」

 

 殺気を感じた山城は稲嶺をその身で隠すと構える。

 

「待て…がはっ!」

 

「不安要素は取り除くべきだなぁ…」

 

 血を撒き散らしながら迫る刀棲姫。山城の拳が奴を撃退せんと振るわれるが両腕を切り飛ばされ喉笛を切断される。

 

「……っ!?」

 

 一瞬で腕と言葉を失う山城、それからは解体ショーであった。艤装も体も切りつけられるが彼女は倒れない。文字通り肉壁となって稲嶺を守る。

 

「山城、頭を下げろ!」

 

「っ!」

 

 稲嶺の言葉に咄嗟に反応し頭を下げる山城。そこから現れたのは夕立の砲を待つ彼の姿。射線が開いた瞬間に放たれた砲弾は顔面に直撃する。

 

「っ!」

 

 発射の衝撃で両肩の関節が外れるが構わない。山城も頭突きをかまして奴を下がらせる。

 

「くそっ、顔面ばかり…」

 

 思わず悪態をつく刀棲姫だがすぐに笑みを浮かべる。流石は日向が惚れ込んだ男、キモが座っている。並みの人間ではあんなことはしないだろう。

 

 だが射線が開くと言うことはこちらも同じこと、条件は同じであればこちらが遅れを取ることはない。

 

「確かにいい男だな、日向」

 

「稲嶺!」

 

「っっっ!!!」

 

「そうだろう…日向は見る目のある女だからな…」

 

 稲嶺の腹から真っ赤な染みが白い制服に広がる。彼の腹にはクナイが突き刺さっていた。

 

(抜いたら逆に出血死するな…)

 

「っっっ!!!!」

 

 激昂する山城だが刀棲姫の貫き手により腹を抉られてしまう。

 

「大人しく…っ!」

 

おまえぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 口と喉から血をドバドバと出しながら山城は前進。奴は突き刺した右手がさらに深く突き刺さる事で逃げられない。

 山城は大きな口を開けて右肩に噛みつき、肩の肉を食いちぎる。

 

「精神が肉体を超越したか!」

 

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

 

 怒りの獣と化した山城は奴の首に食いかかろうとするが鞘を口に突っ込まれ押し返される。

 

「獣は首だけでも仇を取ると言うが。お前もそうなのか?」

 

 このままでは山城の首が飛ぶ。いくら艦娘といえど人体の主要器官である頭を失えば絶命してしまう。

 

「やめろ、山城!」

 

 必死に止める稲嶺の声むなしく彼女の首に迫る刀。

 

「俺様を忘れるな!」

 

「っ!」

 

 山城の影から現れたのは入渠していたはずの天龍。彼女は剣を口に加えながら現れると刃を刀棲姫の喉笛に突き立てる。

 

「狼は首だけでも殺しに来るぞ!」

 

 両腕がないために受け身を取れず地面を転がる天龍。彼女は渾身の力を振り絞り、動かなくなる。

 

「腕をなくしても来るか。だからこそ艦娘は面白いぃ!」

 

 満身創痍の彼女だがオーラを抑えず、気配だけで気絶しかねない濃度の殺気が艦娘たちを襲う。

 もう地面には刀棲姫と艦娘たちの血で染まりきり、まさに地獄が出現していた。

 

「だがこれは不味い。まずは数を減らす…」

 

「頭に来ました…」

 

 あきつ丸の刀と天龍の剣の2刀を持った稲嶺と山城に迫る。だがそれは新たな介入者により邪魔される。

 頭上に現れたのは戦艦加賀、彼女と刀棲姫が激しくぶつかり合いその衝撃波で稲嶺が転がる。

 

「無事ですか?」

 

「鳳翔…か……」

 

「安静にしてください。傷に障ります…」

 

 いつも通りの無表情である加賀だが彼女は内心、怒りで震えていた。日向も山城も稲嶺もかつては同じ釜の飯を食べた仲間だ。そんな彼女らが目の前で血まみれで倒れている。それを見て、なにも感じないほど冷たくはない。

 

「貴方は私が必ず殺します」

 

「素晴らしい、これ程とはな!」

 

 加賀の登場と鳳翔が稲嶺を保護したことにより少し安心した山城は立ったまま気絶する。目を見開き、その一瞬すら見逃さないとする彼女の瞳は開いたままで。

 

「元空母が無理をするな…」

 

「それは貴方も同じでしょう!」

 

 元から刀を握っていた刀棲姫と元弓兵であった加賀では分が悪い。

 

「貴様も強い。だがまだ遠く及ばん!」

 

 刃が飛ぶ、加賀の刀が真っ二つにへし折られたのだ。刀の問題ではない、単純な技量の差が目に見える形で現れただけのことだ。

 

「くっ…」

 

「お前も人に殉じて死を選ぶか、戦士として蛮勇に死すか…。人間に尽くして何になる。それほどまでに創造主が大切か」

 

「いえ、私たちは軍艦の魂。魂とは心、もちろんこのような形で息を得たのは感謝すれど。私たちには心がある、それがある限り。我々はただの兵器ではない。我々は兵士です」

 

 創られたから尽くすのではない。尽くしたいから尽くすのだ、彼女のたちの記憶にはたくさんの人が居る。護りたかった民衆、ともに生死を賭けた乗員(仲間)たち。

 

 彼女もそれは決して忘れない。自分達は故国のために尽くした甲斐があったと胸を張って言える。例えその結末がどれ程悲惨なものになろうとも。今も艦娘(仲間)がいる、提督や我々を支えてくれる人がいる。例え時代やモラルが大きく変わろうと自分の背中にはその背中を見つめたいる人々がいるのだ。

 

「もはや、これは忠ではなく。自己満足ですね」

 

「義に生き、義に殉ずるか…。」

 

「貴方は何のために戦うかは知りませんが。後悔はしないでしょう」

 

「?」

 

「貴方の(ライバル)はそこにいるのですから」

 

 刀棲姫の背後、ゆっくりと立ち上がる日向その濃い殺気に当てられ振り向く。

 

(大きい…)

 

「………」

 

 これが人、いや…。艦娘などであるものか、これは艦娘の姿をした化け物だ。

 濃厚な殺気に当てられ惚けそうになる。あぁ…死はすぐそこまでやって来ていたのか…。

 

 



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終戦

 

「ふぅ…」

 

 致命傷とも言える傷などいくらでもある。すでに海の上でなら沈んでいた事だろう。だが日向の思考はひどくクリアで冷静なものだった。

 

「………」

 

 対して深海刀棲姫は彼女の挙動を見逃さないと気配を全て日向に全神経を注ぎ込む。

 

(日向…)

 

 鳳翔の手際よい処置を受けていた稲嶺はその戦いを静かに見つめる。

 

「………」

 

「……」

 

 先程までの騒ぎが嘘のように静まり返る。その静かさが日向を磨きあげる。全てのエネルギーを剣を振るうのに必要な場所に送り込む。その時、彼女は呼吸すら忘れ敵を見つめる。

 

 日向は大上段、対して刀棲姫は脇に構えて大きく体を捻る。最大の攻撃と最大の迎撃。両者の図式が決定し、賽は投げられる。

 

(っ!)

 

(取った!)

 

 刀棲姫は日向の気の起こりを完全に察知し剣を振るう。他の艦娘すら残像を認識できる程の剣速。両者は背中合わせに立ち、沈黙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一拍置いて日向の刀が半ばで折れ、同時に彼女の右腕の肘からしたがボトリと落ちる。

 

「悔しいなぁ…腕一本か…」

 

「お前を倒すためなら腕一本程度、惜しくもない…」

 

「次は負けない…次があればな……」

 

「それはお前次第だな…」

 

「あぁ…」

 

 刀棲姫は頭から股をまっぷたつに切り裂かれており体が左右にお互いにズレ始めると静かに肉塊となるのだった。

 

ーーーー

 

「アイツが…死んだ…」

 

「ヲ級さま…」

 

 刀棲姫配下の深海軍団はすぐに彼女の死を感じた。離島も刀棲姫も失った深海艦隊は完全に指揮官を失い混乱をきたす。その混乱を見逃さない艦娘たちは一気に攻勢を強める。

 

《全軍撤退!各艦、沖縄まで撤退しろ!》

 

 イ級などの駆逐艦たちが撤退を始め、人形の巡洋艦や戦艦棲艦たちが援護のために弾幕を張る。

 

《撤退しろ!はやく!》

 

 ネ級の声も虚しく、次々と味方が撃破されていく。傷ついたル級を守るために深海鶴棲姫が援護するが赤城の爆撃に巻き込まれ沈む。

 

「オノレェぇぇぇ!」

 

 最期まで援護に徹する鶴棲姫も接近していた瑞鶴と大鳳の艦載機にやられ削られていく。

 

「うるさいわね。静かにしていなさい…」

 

「カガァ……」

 

 戦艦加賀の砲が直撃。撤退の要であった鶴棲姫の轟沈によって掃討戦が展開される。

 

「なに!?」

 

 なんとか後方まで撤退したサラトガだったがそこで艦載機の奇襲を受ける。

 

「あれは…F6F-5とTBM-3D」

 

 アメリカ合衆国の艦載機、それを見た瞬間、彼女は正体を一瞬で察した。

 

「サラトガぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 偽装空母サラトガ轟沈。

 

「任務完了…」

 

「よかったんですか?」

 

「そうね、私の怨念だから私が終わらせないと…」

 

 ガンビアベイは悲しそうに佇むサラトガMK-2の背中を見ながら口を紡ぐ。大使館から知らせを受けて待ち構えていた彼女はサラトガを撃つためだけにここまで足を運んだのだ。

 

「それに我が国の汚点は消し去らなければならないしね…」

 

《ヲ級さま…サラトガ……。くそ、くそくそ!》

 

「クソォォォォ!」

 

 こうして深海棲艦たちによる二度目の日本侵攻は終わりを告げたのだった。

 

ーーーー

 

「負傷者を早く!」

 

「バイタル低下、誰でもいいから来て!」

 

 勝利を納めた呉鎮守府。だが勝利と呼ぶにはあまりにも被害が多く。凄惨な光景を産み出す結果となった。

 大怪我をした艦娘たちが次々と運び込まれるが物資も人手も足りずにただ死に際で持ちこたえるしかない艦娘たちがそこらじゅうに転がっていた。

 

「状況は?」

 

「バケツも既に使いきってるし、修復包帯も底が見えています。このままじゃ多くの子達が死んでしまいます」

 

 あまりもの光景に青波は息を飲むがそうは言ってられない。大鳳によればここの物資もほとんど残っていない。

 

「伊勢はどうした?」

 

「山城の元に…もう駄目だそうです……」

 

「…そうか」

 

ーーーー

 

「しっかりしろ山城!」

 

「死ぬなんて許しませんよ!」

 

「山城……」

 

 全身の至るところから血を吹き出している山城は完全に虫の息であった。呼吸の音さえもカヒューという音が伴い命の灯火は後少しだけであった。

 不知火たちも必死に血を止めようとするが手の隙間からも勢いよく血が吹き出している。あきつ丸は明石に視線を移すが残念ながら手立てがないと静かに目をつぶる。

 

「てい…とく……」

 

「山城!」

 

 なんとか止血で命を長らえた稲嶺は山城の血まみれになった頭を優しく撫でてやる。もう彼女には腕がない、

 

「ひゅ…が……いせ…」

 

 日向と伊勢も静かに血まみれの頬に手を添える。薄れゆく意識でありながらも山城は力強い瞳を向ける。言葉はもう紡げない、だからこそ眼で語る。後を頼むと、そう彼女は告げていた。

 

「当たり前じゃない」

 

「なら私は何のために生き返ったんだ、当然だろう?」

 

「カヒュー、カヒュ…」

 

 バケツさえあれば助かった命だ。だがバケツ以外で彼女を助ける手段はなく、ここにはそれがない。

 

(提督…やっぱり日向に取られるのは癪だわ。本当に私は不幸なのね…)

 

 こうして山城は静かに生命活動を停止させる。だがその死に顔は実に満足そうな笑みを浮かべて…。

 

「伊勢、彼女は琵琶に持って帰るよ。そこで埋葬する」

 

「山城も貴方の側なら満足するでしょう」

 

「また生き残っちまった…俺はいつも見送る側だ…」

 

 摩耶に支えられて見送った天龍は静かに山城を見つめる。

 

「……」

 

「山城はかつての同僚でした」

 

「大鳳」

 

「強いくせに自分を貶めて、努力を忘れない人でした」

 

 琵琶メンバーが見送っている背中を見つめていた飛龍に大鳳は歩み寄る。

 

「愛する人に見送られたのです。良い最後だったでしょう…」

 

「蒼龍もそうだった。笑顔で死んだ、でも残される者は堪らないわ」

 

「そうですね。生きている方が辛いばかり、我々には寿命と呼べるものは存在しませんから。私たちは余計に背負い込まなければなりません」

 

「この死が山城にとって最高の死に方であったと思いたい」

 

「そうですね」

 

 深海棲艦の第二次大侵攻による被害は前回を大幅に上回ることになる。それでも民間人の被害がほぼ皆無であったのは一重に彼女たちの奮闘があったからだと言える。

 

 





ひとまずストーリーはここで終了です。

 こう言う小説を書くと艦娘たちの数の多さに改めて舌を巻かされます。艦娘多すぎ…。
 当初はパトレイバーみたいな感じでやっていこうと思ったんですが脱線してシリアスな感じのやつに仕上がりました。(これはこれで良いと思います。個人的に)
 当初の目的であるカッコいい艦娘たちと言うものを書けたので良かったです。私の推しはもちろん、日向と山城です。(本当は殺すつもりはなかった…)
次はちゃんと題名通り、日常を扱った短編でも書いていこうと思います。
では、最期までお付き合いいただき、ありがとうございました!



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