機動戦士ガンダムSEED 理想の従者 (傍観者改め、介入者)
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登場人物 兵器関連
アークエンジェル組 登場人物


ここも変更があるかもしれない項目です。


リオン・フラガ 男 18歳 CV島﨑信長

 

搭乗機 デュエル二号機→ストライク二号機→????

 

本作主人公。父親はアル・ダ・フラガ、母親は薬物投与で強化された同じ家系の女性。人工子宮に頼らない方法で彼は生まれ、母親はその後、彼の命を呪いながら死んだという。幼少のころから徹底して訓練を受けさせられており、大火災までそれを当たり前だと考えていた。記憶転写装置で生後間もなくシャア・アズナブルの記憶を転写されている影響か、時折言葉遣いが変化する。幼少のころからカガリとの付き合いがあり、自分とは違い、純粋な思いによって生まれた彼女の理想を叶えたいと考えるようになった。

 ヘリオポリス襲撃の際にストライク二号機に搭乗。

その後はデュエル二号機に乗り、戦場で活躍。その姿から、赤い彗星と呼ばれるようになる。

 

 ラクスとの出会いで、人としての感情の大半を取り戻し、ラス・ウィンスレットの夢を守りたいと願うようになる。己を陰と自認しており、光であり、現在の主となるカガリに絶対の忠誠を誓っている。

 

 

 

キラ・ヤマト 男 16歳 

搭乗機 ストライク→??????

 

原作主人公。リオン、アサギ、カガリが初期より存在するため精神的に安定している。エリク、ムウ、トールとともにアークエンジェルを守る。しかし、アスランに出会っていないことで、プラントに対する疑念が深くなっている。オーブ沖の死闘で片眼を失明。以降はオーブで活動を行う。失った眼にはガンカメラを内蔵し、リオンに次ぐ世界最高クラスの実力を持つようになる。

 

 

 

ムウ・ラ・フラガ 男 28歳

搭乗機 メビウス・ゼロ →?????

 

 エリクの上司で階級は大尉。アークエンジェルの機動部隊のリーダー役として全員を引っ張る。リオンとは複雑な間柄だが、仲は可もなく不可もなく。叔父のキュアンとはいつか話がしたいと考えていた。オーブ沖の死闘で戦死。

 

 

エリク・ブロードウェイ 男 年齢21歳 CV赤羽根健治

 

搭乗機 メビウス・ゼロ→デュエル二号機→???

 

パーソナルカラー 銀色

 ムウ・ラ・フラガとともに数々の戦線を生き残ったエースパイロット。階級は中尉。類稀な、とはいかないが、空間認識能力を備え、ガンバレルを自在に操る。第一世代コーディネイターであり、髪の色が違うという理由で親に捨てられた。

コーディネイターという存在に疑念を覚えており、自分を含めて存在しなければいいとさえ考えている。ナチュラルでありながらコーディネイターを圧倒するリオンの実力を見て歓喜し、コーディネイターの存在否定をしてくれるものとして歓迎する。普段の性格は陽気そのもので、上司として自分を気にかけてくれたムウとは仲がいい。

 

 ムウの死に動揺するそぶりを見せず、気丈な振る舞いを見せる。仇であるニコルのことは、戦争なのだと割り切っている。彼女の戦う理由を聞いて親近感を覚える。

 

 

トール・ケーニヒ 男 16歳 

 

搭乗機 ジン?→????

 

キラの友人として彼とともに戦列に加わった。鹵獲したアイマン機を専用機に改修し、以後彼の機体となる。キラの良き相談役となり、相棒。ミリィとは恋人同士。オーブ到着後にアークエンジェルを降りる。後のオーブ軍エース。

 

 

アルベルト・ロペス 男 16歳 CV松岡禎丞

搭乗機 スカイグラスパー二号機→M1アストレイ

 

トールの友人。無気力な感じもするが、友人のことはとても大切に思っている。オーブ沖の戦闘で片眼を失明。以降は戦線離脱。

 

 

アサギ・コードウェル 女 17歳

搭乗機 M1アストレイ

 

カガリとともに、リオンにヘリオポリスの危機を伝えに来た。その後は混乱に巻き込まれ、二人と行動を共にすることに。以降、カガリのお目付け役として任務を果たすことに。リオンのことを信用しているが、彼の危うさを心配している。オーブ防衛戦では新人ながらマユラ・ジュリの両名をフォローしつつ、生還する能力の高さを見せる。

 

 



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ザフト組 登場人物

ザフト側です


フィオナ・マーベリック 女 年齢15歳 

搭乗機 ジンハイマニューバ→フリーダム パーソナルカラー 青色

 元々地球生まれだったが、排斥運動によってユニウス市に移住した。その際にレノア・ザラと懇意となり、首都アプリリウスでアスランと知り合う。実直で真面目、相手を気遣う彼に一目惚れし、帰り際での再会を誓った矢先、血のバレンタインで家族すべてを失った。その後アスランを追って訓練校に入る。メキメキと頭角を現し、歴代最高の成績で卒業し、後にアスランが指揮するザラ隊に配属される。低軌道戦線で赤い彗星と交戦。ニーナとともに機体を中破まで追い込まれるが生き残る。この戦闘がきっかけで、リオンとは因縁の間柄となる。容姿は銀髪赤眼の美少女。しかし、ユニウスセブン崩壊後はかなり物静かな性格となる。

 

 オーブ沖の戦闘で仲間を失うが、キラとムウの撃破に貢献。白銀のブリュンヒルデと謳われ、以降はフリーダムのパイロットとして、各地を転戦する。

 極限状態の中、アスランと想いを打ち明け合い、ついに結ばれることに。

 

 

ドリス・アクスマン 男 年齢19歳 CV小野賢章

搭乗機 シグー

パーソナルカラー 黄色 

 元々地球生まれ。コーディネイターであることで便利屋扱いされ、ノーとは言えない性格が災いし、苦労してきた過去がある。おそらく、今後も苦労人ポジションになるであろう人。出生問題で愛していた人との結婚をやめさせられた経緯もあり、プラントの現体制に不満を感じつつも、知人がいるからという理由でザフト軍に所属。影が薄い。

 オーブ沖の戦闘で死亡。

 

ニコル・アマルフィ 女 年齢16歳 

搭乗機 ブリッツガンダム→ムラサメ先行量産型

 

アマルフィ家の長女。原作では男だが、今回は女性。性格はさらに思慮深くなっており、視野の狭いアスランをフォローする役回り。アスランに惚れている描写がある。しかし、婚約者と結婚するまでの報われない恋であることを自覚している。

 

 オーブ沖の戦闘でムウを撃破するが、アークエンジェルに捕縛される。ムウの部下だったエリクに対し、罪悪感を覚えていたが、彼の割り切り方に複雑な心境を抱くにとどまっている。

 似たような理由で戦うエリクに対し、興味を抱くようになるが、薄れていくアスランへの想いと、彼の傍にいる白銀の少女を思い浮かべ、初恋は終わったのだと自覚する。

 

 

 

アスラン・ザラ 男 年齢16歳

搭乗機 イージス→ジャスティス

 キラの親友。義理堅く、まじめで気配りはできるのだが、女性がやや苦手。原作同様堅い性格。ニコルという相棒がいるので、視野は若干広くなっている。キラがストライクのパイロットであることを当初は知らない。

  

 死闘の末、キラを撃破するが傷ついた彼を目前に発狂。精神崩壊一歩手前まで追い詰められる。しかし、己の理性と、フィオナを守るという信念に支えられ、正気をすぐに取り戻す。

 以降はジャスティスを駆り、各地を転戦することに。

 

 

 

 

 

 

 

ニーナ・エルトランド 女 年齢15歳

搭乗機 ジンハイマニューバ

 フィオナの親友。明るく快活な紫髪赤眼のセミショートの美少女。実技が得意で、近接戦闘、中距離戦闘に優れる。ただのフィオナとして接する為、フィオナにとって貴重な存在。クルーゼ隊に配属されることに。

 オーブ沖の戦闘で戦死したかに見えたが、生還。以降は地上軍のエースの一人として転戦することに。

 

 

リディア・フローライト 女 年齢15歳

搭乗機 ジンハイマニューバ

 フィオナの親友。訓練校時代の戦友でもある。金髪碧眼の美少女で総合評価2位の才女。どの距離も苦手ではないが、狙撃が得意。バルドフェルド隊に配属され、後にアークエンジェル組と戦うことになる。男性のタイプはバルドフェルドらしい。

 リオンという青年に興味を抱き、ラクスとともにプラントで世界情勢について深く考えるようになる。

 彼のようなタイプは本意ではないはずだが、魅力的に思える心を自覚している。

 

 

 

 



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その他 登場人物

ラス・ウィンスレット、ロンド兄妹を追加しました。


連合軍 

 

デュエイン・ハルバートン中将

第八艦隊の提督を務める。階級は昇進して中将まで昇進。中道派と言われ、いわゆる過激派やアラスカの首脳には嫌われている。当初は反対も大きかったG計画を強硬に提案し、快活を推し進める等、政治家とのパイプも太い。マリューたちの上官であり、コーディネイターへの偏見を持たない。二号機の横領の件は、ちゃっかり有耶無耶にするなど、強かな面もある。

 

 

ジョセフ・コープマン大佐

 第八艦隊先遣隊のモントゴメリの艦長。先遣隊としてアークエンジェルと合流し、その戦闘で赤い彗星の戦いぶりに感動する。ハルバートンの信任も厚い男。後に、ハルバートン提督とともに大きな役割を果たすかもしれない。後にアガメムノン級の艦長となり、母艦プロメテウスの指揮を執る。

 

 

チャン・バークライト少佐→中佐

 モントゴメリの副艦長。後に艦長となり、モントゴメリの艦長になる。

 

 

ネビル・ビラード少将

 ムウとエリクの上官。コーディネイターへの偏見を持たず、メビウス・ゼロの開発を立案。ハルバートンとは旧知の仲。第六艦隊の提督であり、ハルバートン氏を介してキュアン・フラガとコンタクトをとることに。

 

ジョージ・アルスター事務次官→事務総長

 ブルーコスモスだったが、キラとリオンの先遣隊救出作戦を機に離脱。事務次官としてオルバーニ、マルキオ導師に接近。大戦を経験し、広い視点を持ち始めた娘を喜ばしく思うCEトップクラスの親ばか。後にフレイを秘書として経験を積ませる。

 

サイ・アーガイル フレイ・アルスター

 キラの親友。そして婚約者のフレイは戦争からの回避に成功する雰囲気がある。

 

 

プラント側穏健派

 

ラクス・クライン 

 リオン・フラガと運命的な出会いを果たす少女。その運命的な邂逅は、やがて世界に大きな影響を与える、かもしれない。

 文字通りリオンに人としてのあたりまえを取り戻させた重要な人物。彼とは互いに惹かれ合い、彼女が先に彼への恋心を自覚した。リオンの無自覚な切り返しに恥ずかしがる一面を見せる等、逆に年相応な側面をリオンの手で取り戻している。

 

 

 

シーゲル・クライン

 ラクスの父親。エイプリールフール・クライシスを立案した人物。その被害の大きさに苦悩したが、戦争の早期終結を目指している。

 

ヤリー・カシム

 カナーバとともに穏健派の青年。

 

アイリーン・カナーバ

 穏健派の次期リーダー。少々楽観的な視点も見受けられるが、リーダーとしての資質を備える。

 

タッド・エルスマン

 急進派の議員の一人。

 

パーネル・ジェセック

プラント最高評議会議員。ノウェンベル市の代表で、多目的実用生産工学の専門家。評議会の中では穏健寄り中立派に属している。

 

ルイーズ・ライトナー

 穏健派寄りであったが、自身の出身地であるプラントのユニウス市に核を打ち込まれ、親友のレノアが血のバレンタイン事件の犠牲者となってしまったことで、急進派へと転換した。フィオナとニコルを溺愛している。

 

ユーリ・アマルフィ

 穏健派の議員。聡明な長女、ニコル・アマルフィを自慢のように自慢し続ける親ばか。シーゲル・クラインとともに停戦に向けた動きを見せていたが……

 長女の戦死を聞き、急進派へと寝返る。彼女が生存していることを知らない。

 

 

ロミナ・アマルフィ

 ニコル・アマルフィの母親。ニコルのことを溺愛し、娘と仲の良いフィオナ、ニーナ・エルトランド、リディア・フローライトを可愛がる。しかし………

 長女の戦死を聞き、心神喪失一歩手前に。まだ彼女が生きていることを知らない。

 

 

オーブ連合首長国

 

カガリ・ユラ・アスハ

 リオンの幼馴染。無鉄砲なところが見受けられるが、リオンの影響で少しずつ鳴りを潜めている。政治というものを難しいものであるとよく理解し、学ぶ意思を見せている。

 リオンへの想いを自覚しているが、臣下と主の距離感を理解し、後一歩踏み出せていない。オーブ沖の戦闘後、リオンに主と認められ、アラスカで窮地に陥ったアークエンジェルの命運を救うことになる。

 

 

 

ウズミ・ナラ・アスハ

 カガリの父親。オーブの代表。過酷な運命を背負うカガリを自分の養子とし、キラ・ヤマトのことも最初から知っていた。そして、リオン・フラガが過酷な運命を背負い、世界滅亡を阻止するために動いていたことを最初から知る数少ない人物。その為に彼の独断を黙認することもあった。

 

キュアン・フラガ

リオンの叔父。エリカ・フラガ(旧姓シモンズ)の夫。暗躍大好き、事業大好きな資産家にして実業家。プレイボーイな一面もあるが、奥さんにはとてもやさしい。修羅の道を往くリオンを不安に思うが、彼の立場に立った時、自分も大して変わらないと自覚している為、強く言い出せない。

 

 

 

エリカ・フラガ(旧姓シモンズ)

リオンの初恋の人だったりする。現在長男を授かっているが、まだまだキュアンは満足していない。修羅の道を往くリオンのことを心配している。

 

 

ホムラ・ルル・アスハ

 ウズミの弟。戦後はオーブ代表として国体を守り抜く。

 

マイリ・シュウ・ミツルギ

 最年長の首長。ウズミを陰で支え、リオンやカガリ、ヴィクトルを孫の様に可愛がる。

 

ヴィクトル・サハク

 コトー・サハクと第2世代コーディネイターの女性との間に生まれた息子。13歳ながら聡明な面を持っており、上の兄妹と比べて性格は穏やかそのもの。気性がやさしく、寂しがり屋な性格でもある。カガリに懐いており、リオンのことを年の離れた頼りになる兄貴分と考えている。

 

コトー・サハク

 ヴィクトル、ミナ、ギナの父親。氏族の一人。才気はあるが、急進的なギナ、ミナを心配している一方、穏やかな性格であるヴィクトルを過保護にしてしまった自覚がある。

 

ロンド・ミナ・サハク 

 サハク家の長女。リオンに対し、強い興味を抱いている。異性に対する想いなのか、それとも有能な人物への称賛なのかは不明。カガリは両方だと気づいている。

 

 

ロンド・ギナ・サハク

 サハク家の長男。リオンを有能と認めつつも、カガリに忠誠を誓う姿に嫌悪感を抱いている。オーブを頂点とした世界の再構築を目指す彼と、オーブを含む複数の国家で安定を目指すカガリの思想は相いれない。

 

 

ラス・ウィンスレット

 ウィンスレット社の令嬢。リオンに強い興味を抱いており、彼への積極的なアプローチを敢行。その際彼に認められ、戦後に咲く花と称えられる。

 彼女にとって、今後出会う男性の基準はリオンがフォーマルとなる為、婚期絶望のフラグを早々に推される危機に陥る。

 

 

 

 

 

 



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アラスカ合流組

パリス・アップトン少尉 男性 27歳

モビルアーマー乗り。ユーラシア連邦所属。ストレートに伸ばした黒髪に、眼鏡の似合う男性。サラサラヘアーで穏健そうに見えるが、実はスピード狂。しかし、冷静に爆走するので狂っているわけではない。リオン・フラガがその機動力と高い戦闘能力で名を馳せているのを知り、機動性の優位さを妄信している。

 

カリウス・ノット曹長 27歳

アラスカで合流した第八艦隊出身の男。趣味は筋トレ。低軌道戦線で戦艦を沈められたが脱出した経緯がある。パイロットたちの線が細いので、筋トレを奨励する。義理堅く、人情味に溢れる正確に見えるが、意外にドライ。

 

 

ケネス・オズウェル曹長 31歳

アラスカで合流するユーラシア連邦所属の兵士。ガルシア少将に叱責を受け、左遷。たらい回しにされた挙句、アークエンジェルに。基本的に連合への忠誠心が薄れている。前の部隊から抜け出したことで清々している。

 

ロヴェルト・ホリソン少尉 23歳

赤髪碧眼の美青年。パナマのモビルスーツ訓練校で、歴代2位の成績を誇る。しかし、トラブルメーカー。同期メンバーと反発することが多々あり、周囲から浮いた存在に。テネフ少尉とは、遠縁の親戚。両親と親戚はスカンジナビア王国へ移住している。長年テネフ少尉には好意を抱いているが中々踏ん切りがつかない案外ヘタレな男。オーブに合流すると、トールと意気投合するかもしれない。

 

 

エアリス・テネフ少尉 23歳

赤髪の女性兵士。元は宇宙飛行士を志願していたが、エイプリル・フール・クライシスで両親が死亡したため親戚を頼り、遠縁のホリソン少尉のもとにやってきた。ロヴェルト以外に心をあまり開かず、ハーフコーディネイターであることを隠し続けてきた。ザフトに受け入れられない存在であることを薄々感じ取り、己の存在理由を示すために連合軍へ入隊。ついでについてきたロヴェルトを心配している。実はロヴェルトのことが好きだが、生来の性格が邪魔して感情を抑えつけた口調で話すことが多い。

 

 

 

ジョーン・ケストラル大尉 57歳

 連合軍の古株でもある万年大尉。その優れた指揮能力で前線を支え続けてきた歴戦の猛者。しかし、ナチュラル、コーディネイターの思想にイマイチ乗れず、次第に窓際に追いやられた経緯がある。第八艦隊の面々とは意気投合しており、温厚な性格。彼を知る年若い者からは、「親父」「おやっさん」と言われるほど、慕われている。

 

カイ・ムラカミ大尉 34歳

 ケストラル大尉の右腕的な存在。勉学的で、次世代の主役になるであろうモビルスーツに注目していた。対モビルスーツ戦闘における戦術を研究しており、その中で艦船の生き残る道を模索している。

 




影が薄いとばっちりを受ける面々。

死ぬリスクが減るから何とも・・・・


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青い瞳のリオン
プロローグ 蒼い瞳は・・・


リオン君は、おそらくこの時点から変わっています。


遥か彼方、遠い宇宙の記憶を彼は持っている。私には想像もつかない重荷を背負う少年は、その因果に抗うと決めた。

 

 

いずれ来る、適応の瞬間まで。それが私にはどうしても納得できない。果たしてその因果は世界を導く存在なのか。叔父が語った一人の天才、我々を栄えさせた要因ともいえる男の名。

 

その男の記憶と思想は、果たしてこの世界に必要なものなのかがわからない。むしろ私にはそれは害悪に思えてならないのだ。

 

 

確かに叔父の思想に理解がないわけではない。この世界の暗雲を打破するためには、普通の存在では到底成し遂げられないだろう。

 

そう、今の世紀はかつての教訓を忘れ、今まさに再び戦乱の時を迎えようとしているのだから。

 

その世界はまるで、この世界の未来を暗示しているかのような、惨憺たるもので、数多の命が無残に消えていく。

 

何度英雄が現れても、何度平和が訪れようとも、

 

世界は再び、平和の花を散らせていく。

 

C.E65年。忌まわしい別世界の年号と意味は同じ、宇宙を表す世紀。人類が宇宙へ進出し始めた、輝かしく、そして不穏な時代が近づく時代。

 

その夜に、彼はすべてを語ってくれた。彼が見えるもの、彼がもっている記録、そして、彼のできること。

 

 

コズミック・イラという時代は、今の私たちにはすっかりなじみのある年号だろう。西暦という言葉はすでに過去のものと化し、歴史を習うような感覚ほどに遠いものとなっている。

 

その今の世紀に至るまで、さまざまな悲劇があったことを、漠然と知りながら。

 

 

 

今世紀の幕開けを告げたのは、人間らしく悲劇から齎された。

 

世にいう再構築戦争。

 

今の世界群を作り出した原因である、第三次世界大戦。第二次世界大戦の教訓を忘れ、ブロック経済圏による対立。

 

激化する再編戦争。多くの文化と国名が失われ、巨大な世界群を形作る血肉と化す。おそらく、固有の文化の多くはこの時点で失われていっただろう。

 

 

いつも人類は気づくことに遅れ、コズミック・イラ元年ともいうべき年に、最後の核が落とされた。その頃には新型インフルエンザが猛威を振るい、多数の民間人を死に至らしめる人類史に残る難病も存在した。

 

 

人類は、2度目の絶滅の危機を迎えていたのだ。これ以上の戦闘に意味はなく、自らの首を絞める以外に他ならないと。

 

人類は二度と戦争の悲劇を踏まない。第二次世界大戦の教訓を忘れない。この戦争により、多くの文化と宗教は失われ、時代に適した新たな文化も台頭した。

 

人類は適応した。過去の因果を乗り越え、新たな世紀、コズミック・イラの時代へ突入したのだと、人々は祝福をもってこれを歓迎した。

 

 

 

そしてC.E60年一人の少年の話をしよう。私は彼に出会い、多くの驚きと、叔父の狂気を知った。

 

フラガの分家として、そしてのちの本家当主としての私、キュアン・フラガの残した手記として、この出会いを記そう。

 

 

私は分家の当主として、本家がニューヨークにて消滅した際の事後処理、引継ぎを行っていた。C.E59年10月に起きた、本家を襲った悲劇。

 

何者かによって当主夫妻は襲われ、その使用人の悉くは死に絶えた。ゆえに、誰が何のためにフラガ家を襲撃したかは皆目見当がつかなかった。

 

 

残されていたのは、焼け落ちる運命にあった家から脱出した、ただ一人の少年。齢7歳にして、危険地帯であったはずの死地から生還した力。

 

それが私にはどうにも運だけでは説明がつかない。精神的に落ち着いたタイミングを見計らい、私は大火災について尋ねたのだ。

 

 

「――――――使用人に助けられた。だから、無意味に死ねなかった。そのまま楽になるわけにはいかなかった」

 

その年齢には酷すぎる想い。私にとっては重い言葉が、室内に響いた。

 

「意味を知りたい。俺が生まれた理由、あの人の思いをわかるために」

 

 

彼は何を見てきたというのだ。これは一種のサバイバーズ・ギルトなのだろうか。なら、無駄ではなかったと証明する、というのはどういうことなのか。

 

 

それを知ったのは、その翌年の年始。叔父が何をしていたのか。膨大な金額を投資した先に何があったのかを知った。

 

そして、分家には知り得ない。我々の手には収まりきらない、世界を揺るがしかねない遺産。

 

 

「―――――狂っている。一人の天才などという時代はとうに過ぎ去っている。多くの人間の努力によって事を為し、時代を切り開く。その天才をいくら作ったとしても、それはあくまで作られたものだ。」

 

我々も、今でこそ本家扱いではあるが、分家の時期は華やかなものではなかった。知恵を絞り、家を残すために事業を為す。そのためには猫の手も借りる事も厭わなかった。立場の違う者に頭を下げるなど日常茶飯事だと思わなければならない。

 

我々は万能ではない。我々は一人で何かを成し遂げることはできない。必ず、ひな形のアイディアが生み出され、人々に評価されたからこそ、天才と呼ばれる者たちは、偉業を成し遂げている。評価されなければ、理解されない天才は、残念ながら報われない。

 

 

私の叔父は当時、遺伝子研究のメッカ、L5のコロニー「メンデル」を頻繁に訪れていた。

 

そこで彼は、コーディネイター出産を一大産業としていたGARMR&Dの研究所の主任研究員であったヒビキ博士に、自分のクローン制作を依頼したのだ。

 

 

その多くは失敗作の烙印を押され、廃棄された。その多くは行方が知らず、新生本家の総力を挙げて、その子供たちを捜索したが、その悉くは既に息絶え、助け出すことが出来なかった。

 

もう、生き残りもいないだろう。それに、私たちが何かをしても、きっと彼らはそれを望まないはずだ。我々は、彼らにとっては試練ばかりを与えた悪魔なのだから。

 

 

業を煮やした叔父は、分家の一人であり、私の従妹に当たる者と結び、いわゆる近親婚に近い形で次男を作った。それが、彼だった。

 

 

リオン・フラガ。それが彼の名前。いまだ独身の私は、かつての両親のように子育てをした経験はない。父の死後、受け継いだこの家の跡取りとして、並びに本家の当主を受け持つ私には、荷が重いものだった。

 

だが、せめて彼には隣に誰かがいてほしい。オーブ代表の息女と、あまり年が変わらなかったのは幸いだったと今でも思う。そして、引き合わせてよかったと心から思う。

 

 

しかし、私が彼を保護するだけでは足りない。リオン・フラガという存在はあの大火災で死んだ、ということになっている今の状況を利用し、彼には別の名前でしばらく過ごしてもらう。

 

 

 

彼が何を為すかを決めるまで、彼の根っこが決まるまで。

 

 

後に、リオン・フラガの生存説、故人説というものが混ざり合い、彼にとって都合のいい状況が生み出されるのだが、それは今の私が知る由もない。

 

 

 

 

 

 

C.E65年になり。ついに、あの夜を迎えた。

 

 

彼はもう13歳になった。もともと大人びていた彼は、何か遠くを見るような目で、いつも空を眺めていた。

 

「遠くに行っちゃうかもしれない! あいつ最近おかしいよ!」

 

2歳年下の友人、移り住んでからは家族ぐるみの付き合いとなったオーブの獅子の息女が、リオンの様子を明かしてくれた。

 

 

 

「――――――俺には、この世界にはない誰かの記憶があるんです」

 

ついに頭がおかしくなった、とは思わない。すでに彼が何らかの形であの遺産にかかわっていることは予想できた。

 

「――――そうか」

私はただ、相槌を打つことしかできなかった。

 

「――――驚かないんですね。同年代の人には信じてもらえないと思ったので、今まで黙っていました。すいませんでした」

寂しそうに、ほっとしたような笑みを作ると、リオンは続ける。

 

 

「その人は――――俺から見るとひどく情けない男です。彼は、ある人を深く愛していた。彼がそれを自覚したのは彼女が死んでから。本当に救いようのない話です。」

 

 

 

「……それからでしょうね、彼が狂い始めたのは。彼は復讐を為したかったのか、それとも平和な世界が欲しかったのか。彼女を信じ、人々の可能性を信じたかったのか、彼は多くの因果を背負い、この世界に流れ着いていました。」

 

 

そうだ。彼は彼の愛機と、好敵手の機体とともにこの世界に流れ着いた。すでに好敵手は虫の息で、すべてを失い、自分の生まれた世界を救ったことを確信し、息絶えた。

 

好敵手はフラガ家の手によって手厚く埋葬され、好敵手を失った彼は、紆余曲折を経て当時の女当主と交わった。

 

 

だから今、オーブにその遺産はあるのだ。彼が生きた証、リオンを説明する事実は。

 

「――――最後まで、彼は絶望していた。もうこんなことはしない、こんなことは繰り返したくない。何度叫ぼうと人類はそれを理解できなかったと。自分自身の在り方も呪いながら、彼は逝きました。」

 

悲しそうな顔で、男の最後を語る。断末魔に近い、男の後悔。幼い彼には酷なものだろう。

 

 

「俺は、その思いを受け取った。死ぬわけにはいかなかったのは、彼の無念を知っているから。この思いを忘れるわけにはいかないと考えたから。世界を思う心が重なって、みんなを救った人がいたことを知っているから」

 

 

「――――だから、このままではいけない。俺は、早く大人にならないといけない。何もできない自分が悔しいんです。」

 

今の俺には、空を見上げることしかできない、彼はそう言って苦笑する。

 

 

私は、何も言えなかった。

 

 

 

この時、私は彼の思いを否定するべきだった。ここで引き留めなければならなかった。

 

彼の思いを尊重するべきではなかった。

 

まさかそれが、彼女らを悲しめる結末になるとは考えてもいなかったのだから。

 

 




恐らく、前作よりも救いはありません。

今回の彼は主要人物であり、主人公気質ではありません。

主人公度が下がり、畜生度が上がりました。

そして前作には出てこなかったキュアン・フラガという人物は、リオンというキャラをより自由に描くために生まれたキャラクターです。

フラガ家当主であり、分家でもある彼は光です。対して、リオンは影という立ち位置になります。

端的に言うと、語り部です。龍馬伝の岩崎弥太郎ポジションな感じです。


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第1話 リオン 外に出る

オタクと化したリオン君。




C.E65年。今の彼女には、腐れ縁とは程遠い、変な奴が隣にいる。

 

 

「―――――――――」

毎日毎日、一人電子図書館に引きこもり、膨大な知識を身に着けることに心血を注ぐ、異端な少年。

 

「お前さぁ。毎日毎日そんなことをして楽しいわけ?」

呆れてものが言えないほどの本の虫、ならぬ探求心の塊。彼は毎日毎日機械工学を学んでいる。当然同年代の11歳はそんなことを勉強していない。

 

彼女は何となく家族ぐるみでの付き合いがあるから彼と接しているが、気味が悪い存在だと考えていた。まるで、何かに操られているように動くその姿が気持ち悪い。

 

「―――――俺が必要なことなんだ。カガリは気にしなくていいよ」

電子画面から全く目を逸らさずに、カガリの言葉に反応するリオン。

 

「――――お前に変な噂が立っているから来ただけだよ。お前に何かあれば、お前の親父の心労が溜まるし。」

 

キュアンはフラガ家移動の際にオーブに根付く覚悟を決め、時の首相ウズミ代表とのパイプを強くし、彼らでは扱いきれないオーパーツを引き渡した。その際にリオンは強くこの分野においての知識を求め、将来自分はこの分野で働きたいと強く願い出たのだ。

 

引き取られてから駄々をこねなかった彼が初めてわがままを言った。キュアンはリオンの思いを理解しているので、せめて好きなことをさせようと考え、それを了承し、ウズミに許可を願い出た。ウズミも誤差の範囲であり、構わないと答え、そこからリオンの現在の日常が始まったのだ。

 

「――――でも、面白いよ。ロボット工学は50年前の大戦で一時期は停滞したけど、逆に進化しかかっていたからね。空白の期間を埋めるためにこの数十年は目覚ましい発展を遂げている分野なんだ。それに、おれはこの分野に思い入れがある」

 

「なんだよ、思い入れって」

初めて少年らしい理由を聞けたカガリは、好奇心に突き動かされて、彼に尋ねてみた。

 

「秘密」

返ってきたのは、無機質なトーンで発せられた、無慈悲な回答。

 

「おまえなぁ。そんなんだから友達がいないんだよ。」

 

 

「カガリこそ、ボッチな俺に構うほど暇? 遊んでくればいいと思う。俺は俺の好きなことをしているし」

そっけないリオンの回答。あまりにもカガリのことなどまるで気にしていないといわんばかりの対応。

 

「そのくそ面白くない性格を矯正してやる!! こっちは好きでボッチじゃないんだよぉぉ!!!」

 

 

「わぁ、大変だ。逃げよう」

そして素早く逃げるリオン。引き籠りのくせに、運動神経が並み以上。神様は彼に多くのものを与え過ぎたと理不尽に思うカガリ。

 

「お、ま、え、なぁぁぁ!!!!!」

すでに追いつけないほど距離を離されているカガリは、遠吠えよろしく怒り狂って吠えた。

 

 

なお、その後図書館の係員に怒られ、帰宅したときにウズミに怒られたカガリ。泣きっ面に蜂である。

 

 

 

一方、キュアンはオーブに明け渡した遺産を眺めていた。

 

 

赤色に覆われた、球状の物体。その中には、オーバーテクノロジーともいえる、全周囲モニターらしき装置。

 

 

 

そして、目の前に鎮座する白亜の巨人。損傷が激しく、外フレームの大半が摩耗した状態で発見されたこれは、技術立国のオーブでも苦戦するほどのものだった。

 

「ええ。これは本当に今の時代には過ぎたものです。よくこんなものが見つかりましたね。」

 

研究者グループの若手で、最年少研究員の一人、エリカ・シモンズ。彼女は、最初のコーディネイターであるジョージ・グレンが開発した外骨格補助動力装備から始まった、パワードスーツ、並びにパワードスーツでは対応しきれない外宇宙専用の重機開発メンバーの一員でもあった。

 

現在オーブでは、建造中のアメノミハシラに並ぶ、巨大コロニー建設計画が出来上がっている。そのための革新的なブレイクスルーが求められており、フラガ家の所有する遺産が目に留まった。

 

「ああ。私はこの分野においては広く浅くしか知らないが、おそらく宇宙空間を自由に動き回れる存在だと考えられている。」

 

「――――フラガ家はどうやってこれを? ……ああ、ウズミ様には止められているのでしたわね」

 

「すまない。私も半分理解の及ばない領域なのでね。いらぬ混乱を招きたくない。かといってこれを有効活用してほしいと願う気持ちもある。どうか察して、作業に取り組んでほしい」

 

 

「ええ―――――これは噂でしかないのですが、」

エリカは周囲を見て、キュアンだけに耳打ちする形で、

 

 

「現在、プラントは出資した理事国と対立関係にあるのですが、先の63年事変で決定的なものとなったのはご存知ですよね?」

若干暗い表情で語るエリカ。どことなく才女らしからぬ歯切れの悪さ。

 

「ああ。熟知している。前置きはいい。それとも、それほどな案件なのか?」

 

 

「―――――現在、外骨格補助動力装備、その発展型としての重機の一つが、ついに軍事転用されたらしいのです」

 

 

「ああ。それは私の抱える暗部が調べた案件だ。熟知している。ウズミ様から聞いたのだろう?」

 

「―――――はぁ。知っていたのならばおっしゃってください。」

ジト目でキュアンをにらむエリカ。ここまで重い雰囲気を作った自分がばかみたいではないかと、訴えるような上目遣いで彼に視線を送る。

 

「すまんすまん。まさか君にもその案件が通っていたとはね――――オーブとしては、備えなければならない。そういうことだ」

 

両手を見せて苦笑するキュアン。しかしすぐに、オーブの理念を守るためには必要なことだと納得する。

 

「―――――理事国のやり方は明らかに混乱を誘発させています。このままでは―――」

明らかに、エリカは理事がそれを狙っていると考えていた。それが彼女には気に入らないらしく、プラントの現状を表す確固たる情報がキュアンの手にある。

 

「遠からず、なるだろうな。人類史上初となる、宇宙が戦場となる大戦。だが、今のままではプラントに勝機はないだろうな」

 

軍事転用した段階で、プラントの出方は決まった。リオンが記録の中で語る、モビルスーツと呼ばれる機動兵器が生まれる。

 

あちらでは、ミノフスキー粒子と呼ばれる物質によって、レーダーが使えない有視界戦闘を強いられた結果、遠距離からの砲撃の正確性が低下、さらにはレーダーに依存した兵器を有する機動兵器も被害を受けた。そのため、高い機動性と近接戦闘、さらには重火力を実現できるモビルスーツが活躍した。

 

だが、ザフトも何をもってモビルスーツを活躍させる環境を作り出すのかがわからない。

 

「ザフトが何をもってその新兵器の活躍の場を用意するのか。暗部も最近では入りが厳しいのでな。折を見てすべての諜報員を引き上げるべきだろう」

 

無論、情報は連合にやるわけにはいかない。情報もタダではない。プラントの不満を誘発させたのは理事国のこれまでの行動だ。オーブに飛び火させるわけにはいかないのだ。

 

「―――オーブは気にしないぞ。君の出生がどうあれ、私は個人として君を評価する。この国は、この国の法律を守る者には平等だ」

 

彼女がこうもプラントよりの考えには訳がある。彼女も同じ存在だからだ。

 

最初の天才から始まった、人類の進化の一つ。ある意味では革新的な方法で生まれた存在たち。旧世紀の人間には到底受け入れられないだろう。

 

「貴方だけです。こんな風に悩みを聞いてくれる人は。私の友人は笑い飛ばして相談に乗ってくれません」

 

肩をすくめ、彼女の親友ともいえる女性の話をする。自分が悩んでいるのがばからしく感じつつ、それでも出生の秘密は他人との壁となっていた。

 

「――――君はチャーミングな女性だ。私はごく当たり前に、勤勉でまじめな君を好ましく思っているだけだよ。」

 

 

「そのナンパ癖を直せば、すぐに相手は見つかりますよ。」

 

再びジト目でキュアンをにらむエリカ。笑い飛ばして相手にしてくれない親友もだが、三十路を迎える前に母親を安心させたい息子の悲哀を知っているので、このわざとらしいアプローチもつかれる。

 

「―――――ふむ、だがチャンスすらないとどうしようもないのでね。出会いの機会が限られてしまうのさ」

 

肩をすくめ、わざとらしく自身の現状を白状する。とにかく白々しい男だ。

 

「けど、あなたの考え方は、いいと思います」

 

しかし憎めない男のお惚けぶりは、嫌いになれない。

 

「さて、まずはアメノミハシラに続く巨大コロニー建造に必要な資材を完成と行こうか。重機が完成すれば、納期を軽く超えられる」

 

 

 

 

一方、カガリに駄々をこねられ、ついに陥落したリオンは、彼女とともに近くのグラウンドで同年代の子供と遊んでいた。

 

「なんだあいつは!! 半端ないぞ!!」

 

フットボールを縮小したフットサルという競技で、初心者同然だった彼が経験者を驚かせる。

 

「そのタイミングでステップとか、おまっ、それはないだろ!」

茶髪の少年がリオンの力量に驚いていた。開始数分は「リフティングって何?」という問いから始まった彼が、目の前でシザースのフェイントをかけたのだから。

 

「トール! しっかりしなさいっ! 意地を見せて! もうトールだけが頼りだよ!」

同年代の女の子なのだろうか、トールと呼ばれた少年を応援する。なお、少女は中盤でリオンに翻弄されてスタミナが切れていた。

 

「一人じゃ無理だ! ダブルチームだ!!」

 

「手を貸せ、カズイ!」

 

「え、ぼくぅ? 無理だよぉ、勝てっこないよぉ」

 

眼鏡をかけた少年が、地面で大の字になっていた少年を奮い立たせる。しかし、カズイと呼ばれた少年もばてていた。

 

「アル! お前もあがけよ!」

 

「無理無理無理のカタツムリ~。けど、あんな楽しそうな奴、初めて見た」

アルと呼ばれた金髪の少年は、やる気なさそうな顔をしつつも、リオンの自然と出た笑みを見て、何かを感じていた。

 

――――あいつ、たぶん初めてあんな風に笑ったのかな

 

「おしっ! 俺がリオンから一本を取ってやる!」

 

「がんばれ、トール!」

 

「俺たちも行くぞ!」

 

「じゃあ、おれリオンのチーム」

 

「図ったな、アルベルト~~!!!」

 

 

「うわぁ、なんだこれ」

誘ったのはカガリだが、あんなにはじけた笑顔のリオンは初めてだったので、彼女はとても戸惑っていた。

 

 

当の本人は、

 

「汗をかくのもいい。いい気分転換になる。もっと人の動きをトレースしたデータを取り込むべきだろう」

 

と、いつものヒキニートの雰囲気のまま、冷静に仕事につかえないものかと思案顔になるリオン。

 

 

彼らとはそう遠くないほどに一時の別れを迎えることになる。カガリは獅子の娘として、リオンは本格的に機械工学への道を歩むために。

 

 

彼らが再び出会うのは、運命の日まで待つことになる。

 

 

 

 




カガリは、リオンの心を最初に揺り動かした存在です。

作中でも、彼女の成長がカギになります。


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第2話 リオンの決意

挿入ミス申し訳ない


CE.65年。プラントの自治権と貿易自由権を求める「黄道同盟」は活動を活発化し、シンパを拡大すると共に、名称を「自由条約黄道同盟:ZAFT」に変更。

 

CE.67年にはモビルスーツ実用第一号機が完成。滞りなくロールアウトされた。しかしその頃からコーディネイターへの風当たりはつらいものとなっていた。

 

 

特に理事国ではコーディネイターへの迫害運動が根強く、CE以前に存在した旧宗教の原理主義者も取り込み、武装団体として発展した組織、ブルーコスモスによる主導が大きかった。

 

彼らは「青き清浄なる世界のために」という言葉をスローガンに、反コーディネイター運動を続ける過激な組織だ。無論、彼らにも言い分はあるだろうが、彼らの行動がプラントの指針を強硬なものとしているのは何とも言えないものだ。

 

非理事国はこうした理事国とプラントの対立を利用し、何とか利益を生めないものかと動き、プラントは非理事国と接近する構図が出来上がりつつある中、

 

オーブは独自の外交を作る。

 

 

オーブは、オーブ連合首長国の法を守る者を手厚く、基本的にコーディネイターの問題に対して強硬な政策をとらないことで、隠れコーディネイターとして、彼らに生きる場所を与えたのだ。

 

出生の秘密は固く閉ざされ、互いに互いの秘密を語れない彼らではあったが、それでもこの情勢から逃れるオアシスでもあったオーブに、穏健なコーディネイターたちは集まるようになった。

 

 

そんな世界情勢の中、キュアンは宇宙を飛んでいた。

 

 

「キュアン、コロニーの重力制御装置だけど、ここまで大規模なものとなるとそれ相応の材質、耐用年数が必要になるわ。アメノミハシラとは規模が違うのよ」

 

「材質は発砲金属と新素材のEカーボンなどなどでいいだろう。Eカーボンは新素材なだけあって高価だが、一度作ればなんとやらだ。その後の利益を考えるならば、おつりはたっぷり出てくるはずだ。現計画で問題はないし、問題も起きていないだろう」

 

「それにしては少し、ケチなところもあるけど?」

 

「――――まず、表面部分をアルミ合金やジュラルミンで使用する。理由は明白だ。破損に対する迅速な修繕にはもってこいだからね。それに、壁はこれだけではない。ここで内壁にEカーボンをふんだんに使う。何しろ居住区もスペシャルなコロニーだからな――――本当に割に合わないからな、今は。ここまで資金を引っ張り出すだけでも苦労ものだよ」

 

 

「―――――ごめんなさい。出資者でもあったわね。あなた」

素で忘れていたエリカ。きちんと宇宙服を身にまとい、作業者と一緒にヘリオポリス建設に汗を流すキュアン。作業者にねぎらいの言葉や、広く浅くがモットーな彼と軽い雑談を交え、フラガ家主催の新型の宇宙用機材の宣伝を行っていた。

 

相変わらず抜け目のないやつ、と目を細めるエリカ。

 

「その通りだよ。だから何としてもこのプロジェクトは成功させたい。その心意気を汲んで、オフにお茶でもどうかな? 楽しい話ができると思う」

 

そして熱烈なラブコール。彼女は思う。お客様にアプローチするのはどうかと思う、と。

 

「ごめんなさい。休みがないのよ」

 

「―――――すまない。私も実は休みがない」

 

そして打ち合わせ通りともいえる無慈悲な回答。現実は時に残酷だ。

 

 

 

一方、リオンは自分がもつ記憶を頼りに、重機のバランサー調整に従事していた。

 

「多軸化されているアームユニットのプログラムは、先にバグを出すからね。パワードスーツではなく、今回は巨大ロボット重機に乗るから関節がへし折れるなんてことはないけど、建設中のコロニーに穴をあけたら目も当てられない。あとでバグが出たプログラムはシステム開発部に渡して。回路全部直すから。」

 

「わかりました」

 

 

66年半ばからフラガ家出資の宇宙用重機の開発・設計を手掛ける会社の技術部に所属するリオンは、持ち前の技術力と反則じみた経験、知識を有し、立派な技術者となっていた。

 

これでコーディネイターでないのだから驚きだと周囲は言う。

 

「あと、工場内の一定環境は変えないでね。非接触型のレーザーで形を正確に測ることが出来る今だけど、それはあくまで整備された環境下。5Sを徹底して。時間が多少かかってもいいから。一つの埃がNGの元だよ」

 

今日も働くリオン。カガリはどうしているだろうか、と少しだけ想いをはせる。

 

 

そんなところに、ある女性が彼のもとを訪れる。

 

「あら? こんなところで寂しそうにするのはよくないわよ」

彼の先生でもあったエリカ・シモンズに慰められるリオン。

 

 

「悲しくなんてないです。ただ、遠いところまで来たなぁと。」

遠くを眺めるのは半ば癖になっていたリオン。手の届かない場所へ手を伸ばす。人の身に余る行為だというのに、止められない。

 

どこまで行けるのか、どこまで飛べるのか。それを知り続けたいと感じているから。

 

 

 

「貴方ぐらいの年だと、私はまだ公園で遊んでいたわね~。月日が流れるのはあっという間。そして、リミットが近づくのもあっという間」

 

 

「先生。その発言は重いです。ちょっと節操がないと思える発言はその、控えてください。」

じりじりとゆっくりと後退するリオン。

 

「私だって、私だって出会いが欲しいのよ~~!! もう~~慰めて~~~」

大の大人の女性が15歳に満たない少年の胸に飛び込むシュールすぎる絵。リオンは自分が立派になったのはこの人のおかげであり、何となくきれいな人だなぁと考えていたので、むしろ悪い気はしなかった。

 

――――はぁ、もう少し俺が早く大人になれたならなぁ

 

 

「先生にはきっと素晴らしい人が来てくれます。それに、先生の選んだ人なら、きっと大丈夫です。はい、俺が保証しますよ」

しかし、現実はそうではない。せめて先生には幸せになってほしいと考えていたリオン。

 

「ほんとぉ?」

涙目に上目遣いのエリカ。ちょっとこれは来るな、と思ったリオン。理性を抑えてさらに肯定する。

 

「だって先生は、本当に素敵な女性ですから。だから世の中の男は放っておきませんよ」

 

 

「――――そうね、そうよね。もう私もあきらめなくていいのよね」

 

低い声だった。なんだか少し怖い。

 

――――ここはあまり詮索するべきではないな

 

 

しかし、リオンは自分の一言で、のちに大きな衝撃を受けることを知らない。

 

 

 

エリカを慰めた後、今度こそ過去のことを思い出すリオン。

 

 

 

それは去年ぐらいのこと。半ば研修に近いリオンの修業が終わり、本格的に会社へ勤めることになるのだが、カガリに泣きつかれてしまったのだ。

 

「おまえっ! もう大人になる気かよ!」

まだ遊ぶべきだとカガリは憤る。もう少し子供を楽しむべきだと。

 

「いやぁ、バグを見つけ出して直すのがちょっとね。ここで負荷がかかったり、抵抗が弱いせいで要求通りに動かなかったり、ノイズが出たり、原因を見つけるのが楽しいというか」

 

専門的な用語を羅列するリオン。カガリにわかりやすく説明する。だが、首を横に振りよくわからないと答えた。

 

「何か違う遊びを覚えているだろ! おかしいだろ!」

 

 

「いやさ、おれにも目標が出来たというか。最近のオーブの動きを見て、ね」

リオンが白状するように答える。

 

 

「コーディネイターもナチュラルも関係ない。手を取り合って作業に従事する環境はいいことだから。現場の俺たちが結果を出せば、少しはこの淀んだ空気も変わるかもしれない」

 

今の人類は、もっと単純なことに気づこうともしない。相手も人間だということ。理解しあうことの大切が重要だということを。

 

 

「俺は、いろいろと清濁飲み込んだとはいえ、カガリのお父さんの政策に賛成しているから。政治は畑違いだからよくわからないけど、カガリならできるよ」

 

 

「わ、私にはお父様のような立派な方には到底――――」

尊敬する父のような政治家になれる、そういわれたカガリは今の自分を見て届かないと考えていた。なにしろ、何をやっているかすらわからないのだから。

 

国を背負う重みというものを漠然と理解してはいても、彼女には背負う覚悟も力もない。

 

 

「けど、それをわかるカガリなら、きっといい政治家になれる。逆に自信満々なら心配になったから。だから安心」

マスドライバーに待機しているシャトルへと乗り込むリオン。もう後は振り返らない。

 

 

「――――少しずつ、少しずつ私も頑張る。お父様、じゃない。私なりに、オーブをよくできる政治家に、なってみせる!!」

 

背中から彼女の決意が聞こえた。進む道は別でも、思いは一緒。リオンもカガリも、オーブという国をよくしたい。

 

しかし、リオンがオーブという国に賭ける想いは、それだけではない。

 

――――オーブの在り方を、誰もが安心して暮らせる理想郷とは言わない。

 

その理想を目指す国は世界でも少ない。逆に風当たりが強いのが実情だ。

 

 

――――それでも、それを目指すこの国を、失うわけにはいかない。

 

リオンは悟っていた。これは大火災で自分の命を守った予知という能力を使うまでもない事実。

 

CE.66年現在でも変わらない答え。リオンはそれが早いか遅いかの差だと考えている。

 

 

プラントと理事国の間で戦争は起きる。その荒波の中でも、オーブは中立を保てるだけの力が必要になる。

 

――――けど、おれにはそれを止める手立てはない。

 

リオンの心はシャトルの席に乗り込んだ時は沈んでいた。どうにもならないとどこかあきらめていた。

 

今のリオンには、いずれ来る荒波に備えることもできなかった。

 

 

 

 

オーブ、オノゴロ島に居を構えるフラガ邸。リオンの引き取り手としてオーブに移り住んだキュアンは、晴れやかな天気だというのに気持ちは沈んでいた。

 

 

「――――リオンが聞けば、なんていうだろうな」

キュアンは、憂鬱な気持ちだった。

 

オーブは、中立という立場を守るためにはどんな手段も厭わない。さすがはオーブの獅子。

 

すでにその後のシナリオも描き終えている。無論、これは彼女にも言えないようなことだ。

 

「軽蔑されても仕方がない。だが、オーブには守る盾はあっても、外敵を退ける矛がない」

 

 

中立とは聞こえはいいが、他の国の国民、世界情勢に関心を見せないと宣言しているものだ。悪く言えば面倒ごとは丸投げしているといえる。当然、こんな態度をとる国を、当事者たちはよく思わないだろう。

 

――――今の技術は水準をクリアしている。けど、兵器関連のノウハウが弱い

 

サハク家を中心に、モルゲンレーテが連合との技術交換を画策しているらしいことは、すでに暗部の者から聞いている。

 

確かに大艦巨砲主義の理事国の火力分野においては、著しい勢いを感じられる。光学兵器の最先端を走るのは間違いなく彼らだろう。

 

逆にオーブは彼らが予期していない巨大機動兵器の可能性について知らない。まだ、オーブ側から接触するべきではないということ、それだけは賛成だったリオン。

 

今動けばきっと理事国に技術を安く買いたたかれる。それが後々火種になる。

 

 

「急に呼び出されたと思えば、こんな事態になっているとはね。サハクさん。」

 

目の前のオーブ氏族の一人、コトー・サハクに急遽呼び出されたキュアンは、経緯をすべて理解したうえで苦笑する。

 

「――――すまないとは思っている。だが、今は最悪を想定したかじ取りが必要になる。無論オーブもただでは済まない。ウズミ氏と私の引退により、最もタイミングのいい時期に事を起こすつもりだ。」

 

泥をかぶることなど些末事。オーブに必要なのは、何度も言うが中立を維持できる力だ。

 

「一介の商人風情にすぎない私に漏らす機密ですか?」

 

「大西洋連合から丸々抜き取った暗部を持つ立場でよく言う」

 

 

軽い世間話やジョークはここでは必要ない。そう感じた両者は、軽いジャブを終了させ、本題に入る。

 

「――――開戦直後に動くのが最善でしょう。シナリオとしてはプラントが理事国に対して何らかの理由で優位に立った時」

 

プラントが開発しているモビルスーツなる兵器。フラガの遺産と酷似した兵器を主力兵器として扱う彼らが万が一でも理事国に大勝したときこそが、絶妙なタイミングである。

 

政治を齧る者ならば、オーブが行動に出た理由を簡単に看破できるだろう。ゆえに、手を出させない。

 

「プラント、今ではザフトですが、余計に敵を増やすわけにはいかないでしょうね。オーブが参戦したわけではない。局地戦には勝利しても、物量差は歴然だ。」

 

しかし、すべては連合が普通に勝利すれば全くの徒労。しなくてもいい方法である。

 

「願わくば、理事国が勝利することを願わずにはいられませんよ。無駄な労力をかけずに済む」

 

「もっともですな。しかし、コーディネイターはバカではない。既存の機動兵器にとっては的にしか思えない巨人もどきが戦場の主役になる展開。奴らならば何かを起こしてしまう気がしてならないのだ。そうだ、私はコーディネイターを評価しているが、同時に恐れてもいる」

 

コトー氏の言うことはわかる。プラントでは空前の技術革新が起きている。緊張状態にある中でもそれは続いている。

 

理事国には強力な遠距離攻撃と、弾道ミサイルという大量破壊兵器を所有している。プラントが勝利するには、この2つを攻略する必要がある。

 

「しかし、本当に行えますかね。核と誘導弾を攻略する手立てが。迎撃能力特化しか思い浮かばないですよ」

 

不穏さを増す世界情勢。オーブは選択を迫られつつあった。

 

 




カガリの成長がこの小説のオアシス(涙)


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第3話 リオンは駆ける

リオン君、止まるんじゃねぇぞ・・・・


CE.60年代後半。

 

理事国はプラントから齎される利益を独占し、非理事国を締め出す一方で、プラントへの重いノルマを課していた。

 

それに対する反対勢力や反対思想は生まれるものの、63年のプラントの爆破テロによるエネルギープラント破壊で、サポタージュ騒動ほどの混乱は見られなかった。

 

CE.65年。水面下でプラントは、プラント内での自治権、貿易自主権の獲得運動を目指す、「黄道同盟を自由条約黄道同盟:ZAFT」に変更した。

 

その時を虎視眈々と狙い、その日まで力を磨き続けていたのだ。

 

 

CE.68年。ついにことは起き始める。

 

ZAFT所属議員が評議会の多数派を占め、自治獲得、貿易自主権獲得を最優先とする決議が行われたのだ。これは、今までにないプラント内での、明らかな理事国への挑戦と世界は見た。

 

 

さらに翌月の理事会とのプラント運営会議でもその意思を世界に示した。もうプラントは止まる気はないし、連合相手に対等な関係を望もうとしていた。

 

 

当然プラント側の突然の表明に対し、理事国は大反発。武力による示威行動に出るが、プラント側もこの日のために備えた軍備拡張でこれに応じ、にらみ合いになる。

 

両勢力の緊張が固まる中、ザフトは南アメリカと大洋州連合に接近。程なくして食料輸入及び、工業製品輸出が取り決められる。非理事国であった二国はプラントの動きを歓迎し、理事国への対決姿勢を明確にした。

 

 

勢いに乗るプラント側を止めたい理事国側は、クライン議長の解任と議会の解体、プラントの自治権完全放棄を要求するも、無論プラントがそれに応じることはない。

 

 

苦肉の策として、理事国側はプラントへの食料輸出の制限を行う。しかし、すでに食糧ルートを確保しつつあるプラントにはそれほど痛くないものであった。

 

戦争一歩手前ともいわれた両勢力を揺るがす事件がさらに起きる。

 

同年8月。南アメリカから食料輸入を行おうとしたプラント籍の貨物船団が、理事国側に撃沈されたのだ。これにより、プラント市民の不満は頂点に達するかに見えた。

 

明らかな民間船舶への攻撃。これにプラントは強い抗議を示し、政治結社だった「ZAFT」は、黄道同盟の主要人物のひとりであったパトリック・ザラの指導のもと、解体・再編成される。

 

さらに、プラント内の警察的保安組織と合併、モビルスーツを装備した軍事的組織である「ZAFT」が組織される。

 

 

世界情勢がうねりを見せる中、その混乱に翻弄され、別れを迎えることになる二人の少年がいた。

 

 

「本当に、キラはヘリオポリスに行くのか?」

 

月面都市コペルニクス。二人は互いの出生を明かし、親友となった。地球ではもちろん、この月面でもコーディネイターへの差別は及んでいた。彼の親友でもあるアスラン・ザラは、こうした情勢悪化に伴いプラントへと戻ることになったのだが、キラはオーブの衛星都市ヘリオポリスに向かうことになった。

 

オーブも融和政策の中で課題を残しつつも、世界でも比較的ましな思想である。アスランもキラの家族が選択した決断に強くは言えなかった。

 

「うん。オーブはオーブの法を守る人間を迎え入れてくれる。ナチュラルもコーディネイターも関係ない。僕の親への風当たりだって強い。だったら、両者を迎えてくれる国を選ぶしかないんだ」

キラと呼ばれた少年は、両親がナチュラルだった。反コーディネイター思想に取りつかれた地球のほとんどの国家群ではなく、コーディネイター至上主義が蔓延しつつあるプラントも選べない。

 

オーブしかなかったのだ。

 

「そうだな。オーブという国は俺にとってもいい国だと思うよ。この難しい課題に挑む姿は、共感できる部分がある。きっとキラも安心できると思う。」

 

そういってアスランは笑う。きっと一時の時期なのだ。こんな緊張状態はすぐに終わる。

 

「うん。オーブなら平和だと思う。アスランも来ればよかったのに」

 

 

「いや、それは厳しいだろう。俺は父上の息子だ。立場上プラントを離れるわけにはいかないさ」

ほんの少しオーブに遊びに行きたかったアスラン。オーブという国をこの目で見てみたい。地球の国家の中では異色の路線を歩んでいる国の空気を知りたいと感じていた。

 

 

「名残惜しいが、またな、キラ。さよならは言わないぞ」

 

「うん。元気でね。落ち着いたらまた会おう」

 

 

 

 

そして翌年のプラント。CE69年。ザフト最高評議会議長シーゲル・クラインはプラント内での食料生産を開始し、ユニウス市の7~10区が穀物生産プラントに改装。本格的な自給自足の国体構築に力を注ぐことになる。

 

プラントの食料生産開始に伴い、当然理事国側は黙っていない。

 

 

実力を行使してもこれを排除すると勧告。威嚇行動が周辺で頻繁に見られた。が、プラントもそれに応じることはなかった。

 

 

 

生産プラントへと移住することになったある家族は、先行きが見えない世界情勢に不安を抱えつつも、軍事施設ではないユニウス市に希望を見出そうしていた。

 

「大丈夫、なのかな」

銀色の髪をした少女は、地球での差別で悩まされた挙句、家族総出でプラントへの移住を決意したものの、言いようのない不安を感じていた。

 

「大丈夫だよ、フィオナ。さすがに理事国だって非武装地帯への攻撃はしないさ。それに、ここへの移住は推奨されているし、新しく事業を開くことだって容易だ。なんだかんだ言ってもここは安全だよ」

父親の言葉を聞いても、浮かない顔をするフィオナと呼ばれた少女。

 

その途中、ある人物と出会うことになる。

 

「あら。新しくプラントへ渡ってこられた移住者かしら」

黒髪にショートカットの美女。優しそうな風貌をした大人の女性を感じさせる人に出会ったフィオナの父親は、瞬く間に顔を赤くしてしまう。

 

「え、えぇ! そうなんですよ。ユニウス市での開拓には多大な興味もありますし、もともとこういうのは慣れていますから!」

 

「あなた? 地球でもここでも本当に変わらないのね」

ニコニコしながら彼女の父親が横の襟をつかむ。

 

「ち、違うんだよ! これはその、はい、すいませんでした!!」

 

 

フィオナは思った。

 

「お父さん不潔」

 

「ぐはっ」

 

「あらあら。可愛らしいのにいうことははっきり言うのね。こういう素直な子はこのユニウス市には大歓迎よ」

 

このユニウス市、というフレーズに父親を含めたフィオナの家族は首をかしげる。

 

「農作物のスペシャリストと言われたマーベリック博士の噂はかねがね。ぜひともそのお力を皆さんのために役立ててほしいのです。幸いなことに、資金はたっぷりありますから」

いたずらっぽくウィンクし、親指と人差し指で輪を作る女性。

 

「あ、あなたはザラ議員の――――」

母親は驚いていた。まさかそんな議員の関係者がこんなところにきているとは考えていなかったのだ。

 

フィオナは、そんなザラ夫人、もといレノア・ザラを見て、憧れに近い感情を抱いた。

 

――――どうすれば、ああいう素敵な人になれるのかな。

 

子供の、女の子のありふれた憧れを彼女に抱いたフィオナ。

 

「あ、あの!!」

だからたまらず彼女はレノアに尋ねる。

 

「どうしたの、お嬢ちゃん?」

 

「どうしたら、そんな風に魅力的になれるんですか?」

 

「えぇえ!?」

父親は驚き、

 

「あらあら。」

母親はそんな娘の成長の刺激になったレノアと娘の様子に微笑んだ。

 

「えっと、私が気を付けること、ではあるのだけれど――――」

困ったような笑みを浮かべつつも、フィオナの願いに真剣に向き直るレノア。暖かな空間が、この新しいフロンティアで生まれていた。

 

 

しかし、翌年に悲劇がやってくることを、彼女らは知る由もなかった。

 

 

一方、ヘリオポリスに移住したキラ・ヤマトは、リオンとカガリと遊んだこともあったトール少年のグループに温かく迎え入れられた。

 

「祝! ようこそ、ヘリオポリスへ!!」

大きく手を広げ、工科カレッジの学生となったキラを迎えるトール・ケーニヒ。持ち前のコミュ力を発揮し、ボッチになる寸前だった彼を救う。

 

「隣の家だからな、これからよろしく!」

その横では眼鏡をかけた少年、サイ・アーガイル。

 

「ひゅーひゅー」

アルこと、アルベルト・ロペスが無気力な口笛を鳴らす。いや、単に無感情に言葉に出しているだけだった。

 

「――――――」

カズイ・バスカークは恥ずかしいのか、黙ったままだった。

 

「ねぇ、久しぶりにフットサルやろうよ。あの時もそうだったでしょ」

トールの彼女であるミリアリア・ハウは、キラを入れてあの時のようにまたフットサルをしようと提案する。

 

「そうだっ! あいつらを今すぐ呼ぼう! フットサル好きに悪いやつはいないし、キラのことだって理解してくれるさ!」

 

そんな熱烈ムードで迎えてくれた彼らを見たキラは、

 

――――アスラン。オーブって本当にいいところだよ。

 

この国でなら、自分はうまくやっていけるだろうと、期待感を感じていた。

 

「うん。これからもよろしく。フットサルは初めてなんだ」

 

 

「いつか見た展開、嫌な予感しかない?」

 

 

「ええ……まさか、そんな言葉が返ってくるとは思わなかったよ」

アルの思わぬ言葉にキラは苦笑いが精いっぱいだった。過去に彼らは何かあったのだろうかと、キラは少し彼らを気遣う気持ちが出来た。

 

 

 

 

 

時代は少しさかのぼり、67年初頭

 

66年からヘリオポリスと時々オーブ本国へと行き来しているリオン・フラガはキュアンからの思わぬ報告を受けて、衝撃を隠せないでいた。

 

「え!? なんでそんなことになっているんですか、叔父さん。」

 

 

「いやぁ。長きにわたる攻略戦の末、彼女を口説き落としたのだよ」

屋敷にて、キュアンがうれしそうに語る。

 

「だからって、66年の年末にエリカさんと結婚していたなんて、ひどいですよ。俺全然知らないんですけど」

ジト目でキュアンをにらむリオン。人がコツコツ働いていたのに、ラブロマンスなんてやる暇があったのかと。

 

「ははは。同じ時間帯に働いていると、こう、心が通じ合うところがあってね」

 

「意味が分かりません。叔父さんのナンパ癖は困ったものです」

 

 

「けど、おれは女性には誠実であろうと考えている。婚約を機に、ナンパは卒業さ」

まじめな顔で語るキュアン。それほどエリカを愛しているのだろう。

 

リオンにはわからないが。

 

「まさか、先生のことを母さんと呼ぶ日が来るなんて考えていませんでした。ところで、苗字はどうするんですか? やっぱりフラガになるんですか?」

 

このご時世。苗字が違う夫婦もいないことはない。旧文明が崩壊し、新文明はある意味自由な風が吹いていた。だからこそ、リオンは素朴な疑問を問うたのだ。

 

「そうだな。これからはエリカ・フラガということになるね。しっかりと使用人もついているし、子供が出来ても問題なし」

 

「やる気満々じゃないですか。エリカさんに逃げられますよ」

おれにはそんなガツガツした行動は、恥に感じてできませんと答えるリオン。

 

「わかってないなぁ。リオンはまだお子ちゃまだからな」

 

「意味が分かりません。先生はそんな――――その、そんなではありませんよ」

 

よくキュアンの悪口を笑顔で言うような人だ。そのくせ、キュアンのことになると熱くなる。恋仲であるといえば必死になって否定していた。

 

――――あ、これはダメな流れだ。

 

リオンは日ごろのエリカを見て、悟った。ああ、あの頃からすでにこの男の毒牙にかかっていたのかと諦念を覚えた。

 

「まあ、先生を泣かせないようにするなら、文句はありません。」

 

「先生じゃないぞ、もうお前のお母さんだ。それに、もうすぐお前は兄になるんだからな」

 

 

「本当にやる気満々ですね。叔父さんはいやらしいです」

頭の悪い会話をしたくないリオンは、適当に叔父をあしらい、作業へと戻っていった。

 

 

 

「――――――――――――――」

リオンが去っていったのを遠目で見て、ちらりと横目で周囲に合図をするキュアン。

 

「――――――あそこまで慕われていたとはね。さすがはリオンに先生と言わしめた才女、そして俺の最愛の人」

 

 

「―――――はぁ、私がここにいることを知れば、彼は怒りますよ」

やや肩をすくめた様子で壁の裏側から現れたエリカ・フラガは、リオンの様子を見て苦笑いをする。

 

「大丈夫さ。リオンも混乱しているんだ。思春期特有のあれさ。尊敬する女性が、いきなり母親になるんだからな。あいつも追々慣れていくさ」

 

 

「彼に遠回しにいろいろと聞かれるのも、なんだか気恥ずかしいですね」

 

 

「はっはっはっ。そこは気張ってくれ。ちなみに俺は堂々とするつもりだから。私は君を妻にしたことに、何一つ恥じるところはないからね。」

 

「もう――――」

 

 

 

「ふふふ。では、行こうか」

 

 

「まだ日が昇っていますよ」

 

 

「むしろ、お天道さまへ挑戦状をたたきつけたいところなんだ。あきらめてくれ」

 

 

 

 

キュアンとエリカが結婚するという知らせを聞き、訳が分からなくなったリオンはオノゴロ島から見える海岸の景色を眺めていた。

 

「何黄昏ているんだよ」

そこへ、リオンが帰国したのを知って駆け付けたカガリがやってきた。

 

「――――なんでもない」

 

「聞いたぞ。叔父さんのこと。まさかあいつに手を出していたなんてなぁ」

あの色ボケ男め、と苦笑いするカガリ。子供には紳士的な男だったが、女性に対しては、スイッチが入るとオオカミに変身する厄介なやつ。

 

しかし、その愛情にウソ偽りがないので何とも言えない。きっと自分たちが知らない事柄があったのだろう。

 

「―――――いや、先生が叔父さんとそういう関係だったことに驚いただけで、その、嫌ってわけではないんだ。」

 

 

そんなことはない。リオンは間違いなくキュアンに嫉妬していた。

 

年上の魅力的な女性に対し、漠然とした憧れを抱いていたリオン。その女性を射抜いたのが自分を引き取った叔父。複雑な感情であることは仕方ないと。

 

「まあ、その、気にするな! 今後は身近にいろんなことを学べるだろうしさ!」

慰めるような形で、リオンに言葉を投げかけるカガリ。

 

「夜うるさくなるなぁ」

はぁ、と何となくあの叔父なら夜もテンションアゲアゲだろうと考えたリオンがぽろっととんでもないことを口にする。

 

「な!? なっ、生々しいことをいきなり言うな! こっちも恥ずかしくなる!!」

ガサツな性格とはいえ、カガリも女の子だ。それも意識している男子の生々しい言葉に反応しないわけがなく、赤面しながらリオンを叱責する。

 

「いやぁ、うちの叔父は、性格がまぁ、あれだし。そうなるんだろうなと思っただけで」

 

 

「バカっ! 変態!! リオンのあんぽんたん!!」

 

 

「え!? 俺じゃない! 俺は変態じゃない!!」

いきなりの罵倒の嵐にうろたえるリオン。いったい自分が何をしたというのだ。

 

 

「だってあいつのそういうことを想像したんだろ!? そうなんだろう!?」

 

 

「お、おいっ!! 女の子がそんなことをいうもんじゃない!!」

 

 

「うるさい、リオンが悪いんだ!! バーカバーカ!!」

 

 

「ちがうっ!! 俺は変態なんかじゃない!! 違うんだぁぁぁぁ!!」

 

 

そんなこんなでキュアンとエリカの結婚騒動は、カガリが疲れて寝て、リオンがおぶって家まで届けて夜でピークを迎えることになる。

 

一緒に寝てしまったと勘違いしたカガリの痛烈な右ストレートがリオンの頬にヒットし、キュアンが夜どころではないと中断するところまでを見たリオン。

 

「なんて日だ、ちくしょう……泣ける、泣けるよ……」

 

「リオンのあんぽんたん! 変態!! 責任取れ!!」

着衣の乱れたカガリをなだめるまで、朝から昼前までかかったリオン。久しぶりの休暇をちゃんと休むことが出来なかったなぁと嘆いたのだった。

 

 

運命の瞬間まで、あと3年。

 




ここでフィオナちゃん(幼)登場。前回よりも早くのスポットライト。

申し訳程度のラッキースケベ。たぶん最後かも


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第4話 アスランの決意

タイトルがリオンではありません。

今回、アスランは前作よりも堅物で、前作よりも主人公気質だと思います。




CE.70年。プラントは、理事国の要求に対する回答の為、月へ向かう事になる。

 

しかし、理事会へ向かう評議委員へのテロが発生。議員一名が死亡したのだ。

 

その際に、「ブルー・コスモス」による犯行声明が出るが、背後に理事国の存在が明らかになり、プラントは物資の輸出を停止。生産のほとんどをプラントに頼っていた理事国家群は窮乏した。

 

これにより、経済におけるパワーバランスがついに崩れた。プラントは非理事国との協調路線を構築したために、食料に困ることはない。対する理事国はその恩恵を失い、一気に経済における地位を落としていた。

 

ゆえに、理事国も後戻りする気はなかった。ブルー・コスモス、理事国の政府の宣伝活動により、地球の人々の中に反プラント、反コーディネイター意識が強烈に植え込まれていく。戦争が避けられない状況への仕上げがされていた。

 

しかし、尚も戦争を回避しようという試みも行われた。月面都市コペルニクスで両勢力の緊張緩和の準備を為すために、政府要人がまたしてもそれぞれ月へ飛んだ。

 

 

進み始めた時の流れには抗えない。

 

 

コペルニクスでまた爆弾テロが発生。犯行動機、背後関係もわからないこの不明瞭なテロにより、政府要人が死亡、プラント側の代表のクライン氏は難を逃れる結果となった。

 

理事国はこれを、プラントの自作自演だと主張し、ついには理事国、それに与する国家群を集め、国際連合に代わる「地球連合」を設立。

 

対決姿勢をさらに強めていく。世にいうアラスカ宣言である。

 

そんな中、オーブはいち早く中立宣言を発す。オーブはウズミ氏の宣言により、親プラント国と、連合から距離を置いた独自外交を継続。地球連合諸国はプラントに目を傾けており、プラントもオーブに構う余裕はなく、特に混乱もなく世界に認められた。

 

 

CE.70年。地球連合はプラントに宣戦布告。月面基地プトレマイオス基地より進撃を開始。プラントもそれに対応し、ザフト軍を派遣。ついに両勢力の戦乱の火ぶたが切って落とされたのだ。

 

なお、この際ブルー・コスモスに所属する将校により、MA空母「ルーズベルト」に、極秘裏に一発の核ミサイルが搬入されていた。しかし、それは事が起こるまで知らされていなかった。

 

 

 

 

その様子を見守り、ヘリオポリスの学生に扮していたリオンは、

 

「――――やはり始まったか」

彼の予想の範囲内だった。今の彼には、なんの力もない。

 

予測できても、無力のまま。

 

 

「――――リオン、オーブは中立を志したけど、どうなるんだろう。」

横には報道を彼と一緒に見ているカガリ。

 

「物量では圧倒的に連合軍が有利。技術力では若干プラントだろう。しかし、この戦力差は簡単に覆せるものではない。」

 

――――俺の記録にある、ミノフスキー粒子と呼ばれる物質。それに類するものがあれば、

 

この戦局は、一気に変わるだろう。

 

 

 

一方、ユニウス市でレノア・ザラとともに食料プラント建設に力を入れていたマーベリック博士の娘、フィオナ・マーベリックは首都、アプリリウスを訪れていた。

 

「えっと、初めまして。フィオナ・マーベリックです」

まさか議長の息子と出会う機会があるとは考えていなかったフィオナ。

 

「初めまして。母上とはよく話をされていたと聞いていたので、いつか会いたいと思っていました。今日はよろしく、フィオナ」

やや口調が固いが、それほどとげのある感じ方ではない。むしろ、真面目そうな雰囲気、真面目そのものだ。

 

「レノアさんはよく言っていたわ。私と同じぐらいの年の子供がいて、年相応に笑わないけれど、とてもやさしい心の持ち主なのだと。今日貴方に出会って、それを理解しました。こちらこそ、あえてうれしいです、アスラン」

 

にっこりと笑い、フィオナはアスランにこの出会いの喜びを伝える。

 

「い、いや。こちらこそ、よろしく――――フィオナ」

照れているのか、アスランはフィオナの笑顔を見て目を逸らしてしまう。

 

――――母さんめ、この子にあれこれ教えたみたいだ

 

母さんのコーディネイト力は伊達ではない。知り合いのニコル・アマルフィーも母さんによって可愛くさせられたサンプルだ。

 

初見で出会ったときでさえ、美少女然とした姿を見せつけられ、その物腰もまさに絵になるといっていい。

 

「今日はアスランのお話をたくさん聞きたいです。いいですよね?」

 

「あ、ああ。俺の話せることなら、なんでも」

 

 

断る理由などない。

 

――――キラ、おれもプラントに戻れてよかったかもしれない。

 

 

 

 

 

だが、戦争の在り方を決めてしまう日がやってきた。

 

 

 

CE70年2月14日。

 

ブルー・コスモスの将校が持ち込んだ一発の核ミサイルが、フィオナの両親と、レノアのいるユニウス市に直撃したのだ。

 

 

 

アプリリウスにいたフィオナは無事だったが、ユニウス市は多くのコーディネイターたちが開拓を推し進めていた。ゆえに、ユニウス市在住の民間人はそのほとんどが残っていた状態だったのだ。

 

 

核による爆風により、スペースコロニーの外壁はあっさりと破壊され、コロニー内に存在した空気が宇宙空間へとものすごい勢いで吐き出されていく。その爆風に近い竜巻に吸い込まれ、ユニウス市の人々はなすすべなく、次々と息絶えていく。

 

悲鳴を上げる間もなく、彼らは死に絶え、静寂のみが残った。

 

 

生存者はいない。ユニウス市は完全に崩壊したのだ。

 

 

これが、プラントを戦争に完全に傾けた元凶。

 

血のバレンタイン。血塗られた世紀であることを決定づけた、民間人を大量殺傷した事例として、後世に語り継がれていくことになる。

 

 

同日。その凶報を知ったフィオナは崩れ落ちた。

 

「――――うそ、よ―――――そん、なの――――だって、つい先日だって――――」

壊れたゼンマイのように、言葉が途切れ途切れになっていたフィオナ。放心状態のまま、アスランに連れられるままに療養する。

 

「――――――くっ」

アスランもレノアという実の母を失い、ショックを受けている。それは無論父親のパトリックも同様だ。胸に空いた穴が埋まらない。

 

何をどうすればいいのかがわからない。今、自分がやるべきことは何なのかがわからない。

 

「嫌――――嫌だ――――なんで……お母さんが何かしたの? お父さんが悪いことを、したの?」

 

なぜ、どうして、なぜこんなことを平気でできる。なぜおれたちを認めてくれないんだ。

 

 

アスランには政治のことはよくわからない。しかし、平然と民間コロニーに核を落とす神経が理解できなかった。

 

父からも聞いている。食料プラントがなければプラントはやっていけない。重いノルマを課せられ、奴隷のような生活がまた始まる。そんなことを防ぐために、対等になるために頑張ってきたのだ。

 

 

その結果がこれだった。

 

「フィオナ。俺はザフトに行く。」

 

――――許せないんだ。

 

熱い感情がアスランを支配する。

 

「やめて――――」

懇願に近いフィオナの願い。アスランが遠くに行こうとしている。それだけを止めたいと思う彼女の願い。

 

 

「――――母上の、ユニウス市の市民の命を奪ったこと、これはもちろん許せない。連合のやり方を黙ってみているなんて、出来ない。」

それは偽りのない事実だ。本来なら家族のことが一番なはずなのだ。どうして自分はここまで冷静なのだと、アスランは自問自答するがわからない。

 

――――そうじゃない。

 

悲劇に立ち会い、家族のすべてを失った彼女を見て、冷静になった自分がいた。

 

――――ああ。今理解したよ

 

自問自答が終わった。アスランは許せないのだ。

 

「君からすべてを奪った、連合が憎い。君の涙が止まらない理由を作る、あいつらが許せない。だから、もう君が悲しまなくていいように。」

 

家族のことを幸せそうに語る彼女の笑顔を、綺麗なものを壊した。アレは、壊されてはならなかった。

 

アレは、侵されるべきではなかった。アレは、今も存在していなければならなかった。

 

 

 

 

「私はッ!!」

大声を出して、フィオナはアスランの言葉を遮る。だめだ、これ以上彼に続けさせたらいけない。

 

「私はッ! アスランまで遠くに行ってほしくない! 嫌なの、もう失うのは嫌なのっ!」

アスランを逃がさないように、彼に抱き着いたフィオナ。嗚咽が混じり、悲しみに暮れる彼女の姿は、むしろ彼の決意をさらに強固にするものだった。

 

「俺は死なない。必ず生きて帰る。だから、俺を信じてくれ、フィオナ。」

 

 

「やめてっ!! 戦争なんてやめてよ!! アスランが傷つくことなんて、アスランが戦場に行く必要なんて、ないじゃない!!」

 

 

「ごめんっ、帰ってくるまで、許さなくていい。だから、またな、フィオナ」

 

踵を返し、フィオナの両手をそっとつかんだ彼の両手は優しかった。その両手は優しくフィオナの手を彼の体から離し、彼女から離れていく。

 

 

「やだっ……やだっ!! やだよっ!! やめてっ! いかないでっ…いかないでっ!! いかないでっ!! やだやだやだっ!!!!」

 

「フィオナさんは少し錯乱している。少し落ち着かせてほしい。ゆっくり、ゆっくり彼女を癒してほしい」

看護師を呼び、暴れるフィオナを見ずに、アスランは病室を去った。

 

 

――――酷いやつだ、俺の自己満足だ。

 

自覚している。本当なら、彼女のそばにいるべきなのかもしれない。

 

―――だが、この手で無念を晴らすまでは、止まれない

 

暗い決意がアスランを突き動かす。

 

――――彼女が幸せに暮らせる世界にする。今は、そのことを――――

 

 

少年は行き、少女は止まった。

 

 

嘆きの声に耳を傾けず、少年はこの世界最大規模の大戦に、身を投じていくことになる。

 

 

その先に彼は彼女の幸せを守ることが出来るのか。それとも――――

 

 

 

軍服を身に纏い、父と謁見するアスラン。

 

「――――決意は変わらないのか」

 

「はい。俺は自分の意志でここにいます」

 

誓ったのだ。この戦争を終わらせるために、その力になるために。

 

「これからは、特別扱いはせんぞ。お前は一介の兵士。私は議員。それ以上でもそれ以下でもない」

 

パトリックは息子の前で気丈だった。最愛の妻、レノアを失い、悲嘆にくれる暇などない。彼にはプラントの議員としての責務がある。

 

 

「―――――ナチュラルどもは、我々を認めなかった。だというなら、こちらにも考えはある。我々は我々が敷いたレールを走り、新しい人類の在り方を提示しようではないか」

 

「―――――はっ」

アスランは怪訝に思いつつも返答する。それにしては思い切った発言だったように聞こえた。

 

「我々コーディネイターを恐れ、枷をはめようとしてきたが、そうはいかん。われらはわれらの自由と平和を守るために、武器をもって立ち上がる必要がある。そして、お前が生きてこの戦争を乗り越えてくれれば、最善の未来が待っているだろう」

 

パトリックが常日頃から言っていた、理事国による枷。それはプラントを調子づかせないためのブレーキ。だが、プラントの住民の人権を縛るものだと彼は言う。

 

「――――まだ私は、兵士未満です。己惚れるほどの自信も、実力もありません。ですが、その未来をつかむために、努力する所存です」

 

政治や思想についての知慮の浅いアスランは、実直な心境を述べるに留まる。余計なことを言うべきではない、そんな気がした。

 

「――――それと、アマルフィーの子女も戦列に参加するそうだ。お前は男なのだから彼女の面倒を見ろ。家族ぐるみの付き合いだ。それくらいの力量を示せ」

 

「――――いえ、先ほど特別扱いの話は―――」

 

「あのような娘まで戦争に参加するというのだぞ!! それを支えずして、何がザラ家の男だ!! しっかり面倒を見るのが、私と奴の義理というものだ。」

 

アスランのことは特別扱いせず、むしろ負担をかけまくるパトリック。ある意味特別扱いといえる。

 

端的に言えば、「お前は大丈夫そうだから、親友の娘を助けろ、それぐらいできるだろ? できなきゃ情けない」である。

 

「は、はっ! 全力を尽くします!」

 

意味が分からないアスランは、意味が分からないままイエスと答えてしまう。再構築戦争で蚊帳の外だった東アジアの国の国民性に似た反応。

 

アスランはノーとは言えなかった。

 

「それと、マーベリックの娘のことは、気の毒に思う。わしが責任をもって引き取る。安心して戦場で暴れてこい」

 

「はっ! 彼女のことを頼みます、ザラ議員」

 

そしてあえて特別扱いをここでしてくれたパトリックに対し、兵士見習いと議員という線引きをしたアスラン。

 

「まだ入学前だというのにな。だが、よい心がけだ」

 

 

CE.70年2月18日。血のバレンタインに際し、シーゲル・クライン氏は『黒衣(喪服)の独立宣言』を行う。

 

未曽有の大惨事で失われた犠牲者を弔う国葬の際、彼は独立宣言と「地球連合」への徹底抗戦を明言。

 

さらに、「地球連合」非参加国には優先的に物資を提供すると勧告する。非プラント理事国である大洋州連合、南アメリカ合衆国はこの勧告を受諾するものの、南アメリカは程なくして大西洋連邦に併合される。

 

そして、戦争の在り方を一新する、最初の激戦が始まる。

 

 

2月22日、世界樹攻防戦。旧世界の戦術が、破壊される。

 

 

 




このころのパパザラさんはまともです。

フィオナちゃんはアスランの妹分になります。なお、初恋が実る可能性は保証できない模様。



ニコル君が、ニコル君ちゃんになってしまいました。

何というか。原作通りなら――――ほら、やばいと思う?



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第5話 運命の息吹

ここのカガリは無鉄砲さもあるけど、冷静なところもある、はず?


血のバレンタインから約1週間後のC.E.70年2月22日、地球連合軍の月への橋頭堡であるL1のスペースコロニー「世界樹」で起きた地球連合軍とザフトの攻防戦。

 

そこで、連合軍は不可思議な現象に苦戦を強いられる。

 

 

「どういうことだ!? 遠距離ミサイルの精度が悪すぎるぞ!!」

 

「おい!? どうなっている!? レーダーが使えんぞ!!」

 

連合軍は、通信障害と遠距離ミサイルの精度の悪さに難儀することになる。何せまともにターゲットをロックオンすることもできない、敵は未確認の兵器を投入し、まるで宇宙を自由に飛翔しているのだ。

 

 

宇宙の王者は、貴様らではないといわんばかりに。

 

 

第1から第3艦隊を投入した連合軍は、早期戦争終結を目指していた。物量差は歴然だった。

 

 

「たかがモビルアーマー如きに、このジンがやられるかよ!!」

 

背部には、白い翼を連想させる大型スラスターを搭載するザフトの新たな武器、ZGMF-1017、機体正式名称はジン。Zero Gravity Maneuver Fighter 、翻訳すると「無重力下用機動戦闘機」を意味するこの機動兵器、通称MSは、連合軍のモビルアーマー部隊を次々と葬り去っていく。

 

ジンの腰にスカートされている実体剣が、連合軍主力MAミストラルのコックピットを死角から貫いた。

 

ちょうど、コックピットの頭上。宇宙での機動性、旋回性能において圧倒するMSは圧倒的なキルレシオの数値をたたき出す。

 

「くっそう!! 振り切れないっ! 援護してくれ!!」

 

「空の化け物め!! これでもくらえ、くらえつってんだよ!!」

 

 

「うわぁぁぁぁ!!!!」

 

断末魔はこだましない。人間にとって過酷な空間では、人間の悲鳴すら簡単にかき消される。

 

そのうえ、大艦巨砲時代を行く連合艦隊は、小回りの利くジンにブリッジをピンポイントに破壊され、轟沈する事例が多発した。

 

 

「回避っ!! 取り舵っ!! 迎撃はっ!?」

 

「間に合いません!! ダメです、敵人型兵器に取りつかれました!!」

 

甲板の目の前には、漆黒の闇をバックに戦艦の上に立っているジンの姿。その白い翼も相まって、死を呼ぶ天使のような光景だった。

 

 

数秒後に戦艦はブリッジをつぶされて轟沈。乗組員の運命はすでに終わっていた。

 

 

 

圧倒を続けるザフト軍。その軍の中に、一際大きな戦果を挙げる者がいた。

 

「――――実に歯ごたえのない」

 

白いパーソナルカラーのジンが、38機目のMAを撃破した時に、その搭乗員が発した言葉だ。

 

白い仮面を顔に着ける怪しい雰囲気の男。大戦果に酔うザフト軍の中で、彼は不思議なほど冷静だった。

 

敵はすでに恐慌状態。勝敗は完全に決した。世界樹攻防戦で連合は惨敗を喫した。

 

「だが、これも仕方なかろう。連合は目と耳を破壊された状態で新兵器と戦う羽目になったのだからな」

 

彼は連合に対して憎しみを持っているわけではない。地球に居場所がなかったから仕方なくプラントに来たのだ。そして、その過程で芽生えたある野望のために動いている。

 

「――――完全に消したと考えていたが、まだその血筋が生きていたとはな」

 

中立という傘の中で、未だに安寧を得ている彼にとっては憎しみの対象である富豪の名家。

 

「分家も完全に根絶やしにするべきだったが、今は手を出せないか」

 

だが、必ず奴らは滅ぼす。今は、それを今すぐにできない憤りを奴らにぶつけよう。

 

「そら、死にたくない奴から死ぬがいい。貴様らの最後の瞬間を見届けてやろう」

 

 

狂気をのぞかせるゆがんだ笑みを仮面の下に隠し、男は連合軍に牙をむく。

 

 

 

世界樹攻防戦は、世界の予想を裏切り、ザフト軍の大勝に終わった。戦力差をひっくり返す勝利どころか、連合は多大な犠牲を支払う結果となった。

 

 

そして、これを見て動かないオーブではなかった。

 

 

「では、手筈通りに」

 

「うむ。これもオーブの剣を強くするためだ」

 

記録的な惨敗で劣勢の連合軍に対し、オーブは内密に技術交流を提案。モビルスーツという壁に対して、備えをしなければならない。

 

 

オーブの氏族の一つであるサハクにより、その準備が本格的に始まったのだ。

 

 

そして、その予想は的中することになる。

 

 

第一次ビクトリア攻防戦により、地上の援護が不足したザフトは敗北を喫したが、その数日後の3月15日にオペレーション・ウロボロスを採択。

 

また、採決と同時にプロパガンダ的な意味を込め、複数のモビルスーツを公開したのだ。

 

 

ZGMF-515シグーはジンに代わる次期主力兵器として期待されている。ジンの性能の上位互換であり、先行量産機はそのまま指揮官専用機として積極的に導入されていく。

 

 

AMF-101ディンは、重力圏での高速戦闘に主眼を置いた空戦用MS。CEにおいても空中における主戦闘速度は亜音速以下であるために、優れた機体制御機能とそれによる運動性を駆使し、後にニュートロンジャマー適用下の制空戦闘で高い戦果を挙げることになるこの機体は、連合を幾度となく苦しめることになる。

 

 

TMF/A-802バクゥはディンとは別ベクトルで特化した機体であるといえよう。

地盤や地形の不安定な環境での高い走破性や機動性を確保するために、本機は低重心かつ安定性に優れた四足歩行を採用している。

その動きは正に肉食獣さながらの敏捷さであり、開戦当初はリニアガン・タンクをはじめとする地球連合軍地上部隊の機甲兵力をことごとく打ち破ることになる。

各脚のふくらはぎには独自のキャタピラを内蔵しており、伏せの姿勢を取ることで砂漠や氷原など比較的平坦な地域での高速走行が可能となる。

 

TFA-2ザウートは、陸戦用砲戦型MSだ。宇宙用の建設作業機である作業用MSから発展したこの機体は、そのルーツを宇宙用作業服に持つジンよりも旧式に当たる。

武装は豊富だ。肩に2連装のキャノン砲を2基、左腕に固定式の2連装砲を備え、右腕にはジンなどのM8A3型とは形状の異なるショートバレルの重突撃機銃を所持している。  

砲撃時の安定性確保、被弾面積の低減を目的としたタンク形態への簡易変形機構を持つなど、戦場における後方支援に特化した機体といえよう。

 

最後に、海戦用モビルスーツ、UMF-4Aグーン。イカのような流線型のフォルムを持ち、高速移動時はより水流抵抗を抑えた巡航形態へ変形が可能。

この状態では、水上をジェットボートのように滑走することも可能である。また、水中型独特の装備としてサメの感覚器であるロレンツィーニ器官を人工的に再現した周辺電位センサーを標準装備しているので、水中での高い機動性を誇り、連合の潜水艦を藻屑へと変える。

 

 

 

そして、オペレーション・ウロボロスにより、無数のニュートロンジャマ-が地球に降り注いだ。

 

4月1日。エイプリルフール。

 

なかなかに笑えない後世に語り継がれる厄災が起きてしまう。

 

対戦国中立国に関らず、無差別に地中深く埋め込まれたニュートロンジャマーの影響から、以後ザフト、地球連合軍の双方のみならず全地球上で核分裂装置の使用が不可能となり、この影響で核分裂炉の原子力発電をエネルギー供給の主としていた地球上の各国家は、それが使用不可能となり、地球全土で深刻なエネルギー不足が問題になった。

 

これにより地球上の国家は多数の餓死者、凍死者を出し、人々の反プラント、反コーディネイター感情は最高潮となる。

 

しかし、戦術、戦略的優位に立つザフト軍への対策すらままならない連合軍は、敗北を重ねることになる。

 

後に、エイプリルフール・クライシスと呼ばれた惨劇の翌日。親プラント国家である大洋州連合・オーストラリア地区の湾、カーペンタリアに軌道上から基地施設を分割降下させ、48時間でカーペンタリア基地の基礎を建設。

 

連合の太平洋艦隊が迎え撃つが、革新的な戦略もない連合に止める手立てはなく、大敗。多数の戦死者を出すだけとなった。

 

宇宙では今後も第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦、グリマルディ戦線、新星攻略戦で連合は憂き目にあう。新兵器、メビウス・ゼロを投入したが、ムウ・ラ・フラガ、エリク・ブロードウェイの2名を除く大半のパイロットが命を散らすことになる。メビウス・ゼロはパイロットに求める空間認識能力がなくてはまともに動かせない代物であるため、量産は間もなく中止された。

 

地球圏でも第一次カサブランカ沖海戦、スエズ攻防戦で、機動兵器による局地戦闘を想定したザフト軍の計画的戦略に太刀打ちできるはずもなく、その勢力圏を徐々に削られていくことになる。

 

 

 

 

CE70年7月。そんな地球圏の連合諸国の劣勢とは関係なく、平和を維持していた国がいた。

 

 

オーブでは、いち早くエネルギー問題についてはクリアしており、NJについてはタッチの差と言っていいほどだった。これも、フラガ家の暗部が世界各地で情報をかき集めたからだ。

 

 

「―――――こうなったか。リオンの記録のオマージュとなったわけだ。」

キュアンは、NJによる世界規模の打撃を見て、そうつぶやいた。

 

「――――ええ。NJによる核分裂の抑制は、原子力発電にも大いに影響を与えています。風力、地熱、波力、太陽光等。そしてわが国で最重要視している燃料電池、並びに大容量バッテリーの開発。フラガ家の人間は、時代の流れを読むのがお上手です」

 

「NJは予測できなかったが、ザフトのMSにおける自信から、何かあると踏んだだけだよ。連合の長距離での高精度の砲撃、物量差を意に介さない勝利、そして核ミサイルへの対処。ならばまず考えられるのは、レーダー機能を阻害する通信障害、核攻撃の無力化だ。」

 

まず人差し指を立てて、エリカに説明するキュアン。

 

「二つ。宇宙空間で連合の主力MAの弱点は何か。それは小回りと、頭上からの攻撃に対する脆さ。これはMSが簡単に解決してくれたよ。レーダーを阻害するような原因がある以上、有視界戦闘に持ち込まれてしまう連合は明らかに不利だ。」

 

二つ目の要点を説明し、得意げに語るキュアン。

 

「まあとにかくだ。これで戦争は長期化、膠着状態が続くだろう。幸運なことに、連合の名将、デュエイン・ハルバートン氏の提案がなければこうもスムーズにはいかなかっただろう」

 

ハルバートン氏は本当に得難い人材と感じているキュアン。連合の由緒ある家柄の軍人家系ではあるのが本当に惜しい。ブルー・コスモスの思想には染まっておらず、敵対勢力を冷静に分析する力もある。オーブ軍は技術力こそ高いが、こういった優れた指揮官があまりにも足りない。よく言えばそれだけ平和だったといえるが。

 

「――――カガリ様は怒るでしょうね」

 

「極秘と言っても穴がないとも限らない。万が一ばれてもプラントに追求できる余裕はない。連合も文句は言えないだろう。ただ、バイオセンサーの技術流出だけは防がないとな」

 

現在試験的に運用が開始されている「遺産」から抽出された技術のことだ。

 

これは、機体制御システムにおけるオーパーツの領域に位置し、搭乗者の意識を駆動システムに反応させ、機体の反応速度を高める狙いがある。

 

「――――彼が持っていたT型のペンダント、そして「彼」の残した証言から、使用効果は恐らく間違いがないだろう。サイコフレームと呼ばれる構造部材はまだ先になりそうだが」

 

しかし懸念もある。あちらの世界では、ミノフスキー粒子の電波障害に対応するために開発されたサイコ・コミュニケーター技術だが、NJ環境下でどこまでできるかという試験運用がまだなのだ。

 

さらに、倫理問題もある。搭乗者の精神力に大きく起因するこのシステムは、彼らへの負荷が重く、精神疾患を発症するパイロットも存在する、いわば諸刃の剣。

 

 

「ええ。バイオセンサーの即応性は目を見張るものがありますが、パイロットが現段階では持ちません――――我が国のコーディネイターの軍人にも要請しましたが、長時間戦闘ではドクターストップです。精神疾患の危険性が、出撃回数に応じて高まるとの報告もあります」

 

エリカが関係者から配布された資料をキュアンに説明する。そして、このシステムを乗りこなせるのは、強靭な身体能力と精神力を有す人間のみだということ。現段階では大人しか搭乗させていないので、これが最も近い回答なのだろう。

 

子供をこの機体に乗らせるなど、正気の沙汰ではない。

 

「開発者も、完成から次第に明るみに出てきた致命的欠陥の意味合いも込めて、不吉なネームになったとか」

 

パイロットの力量に大きく依存したワンオフ機。それは現在オーブが推し進めている高性能機の量産化においては無用の長物だ。一刻も早く安全性を高めないと話にならない。

 

「ORB-00ストライクグリント。この機体は封印処置が必要です。まず時代に反するオーバースペックであること。まだまだ安全性を追求できていませんから」

 

 

企画中のヘリウム3を用いた核融合炉の研究も、ミノフスキー粒子未発見により、小型化は絶望的。

 

現状動力部は、NJを阻害する技術開発のほうが期待出来る。

 

ストライクグリント。連合が提唱したストライカーシステム、そしてパイロットの安全性を実現できない欠陥機。データ上の機体。

 

まだまだ理論上のNJC技術、新しく提唱された推進器システムも新技術導入により、当初のひな型とは違う、現状最強の万能機ともいえるMS。

 

 

 

「NJでミノフスキー粒子の代用はできないだろうか」

 

「ミノフスキー粒子の簡単な資料を拝見しましたが、これは特殊な力場を発生させ、原子炉全体にフィールドを構成。炉内のエネルギーを電磁誘導することにより、圧縮、安定化させることで、プラズマを安定させるものです。」

 

ミノフスキー粒子の万能を語るエリカ。ここまで反則的な物質があったあちらの世界を少し恨ましく思う彼女。

 

「対して、NJは核分裂を抑制する物質であり、ミノフスキー粒子同様通信障害を発生させます。しかしNJは自由中性子の運動をあくまで阻害するだけなので、電磁誘導ほどの高度な方法は、まだまだ未知数の部分が多いです」

 

「現状、ミラージュコロイドによる重力制御方式を検討中ですが、まだ手探りの状態です。逆に、ミラージュコロイドを用いたスラスター技術が進歩しているのが思わぬ収穫です」

 

スラスター技術の思わぬ進歩があった。研究が進めば理論上推進剤の補給が不要となる革命的な技術。

 

理論自体は前々から存在していた。太陽から太陽風を利用したソーラーセイル技術からの合流となっており、これに莫大な核のエネルギーが集合すれば、量産性を度外すれば現段階でも開発は進むだろう。

 

しかし一方で、燃料電池による量産実現はかなり難しいものとなる。

 

核エンジンの量産化、その過程での必須条件となるヘリウム3の安定供給、ミノフスキー粒子の代わりとなる融合炉の安全性の実現。

 

核分裂方式、核融合炉方式のどちらも研究が進んでいるが、どちらも課題を残しており、実用化に向けての道のりは遠い。

 

「商人としてはこれを見ると血が騒ぐが、他国が独自で開発するまで機密扱いでいいだろう。こんな技術が世に出れば、オーブの国益にも影響する」

 

 

「ところで、T型のペンダントはどこに?」

 

「ああ。完全複製に成功したから、オリジナルはリオンに預けている。おそらく、彼以外には、無用の長物だろうからな」

 

感情の昂ぶりとともに、リオンが手にしたT型ペンダントは、緑色の光を時折発していた。おそらく、サイコミュとの相性のいい人間ほらど効力を発揮する代物だ。

 

 

そして、それに連なる系譜でもあるリオン。偶然ではなかった。

 

「ところで、ハルバートン氏が提唱するGAT計画はどこで?」

 

 

「まずは誤情報を流す。2つほど誤情報を流すのだが――――」

歯切れの悪いキュアン。エリカはそんな彼の様子に気づき、ある予想を彼にぶつける。

 

 

「まさか―――――」

 

「――――ああ、そのまさかだ。私は反対したのだが、サハクを抑えられなかった。あの家の長男坊には困ったものだ」

肩をすくめるキュアン。よりによってヘリオポリスでそれをするかと。ようやく赤字を回収し、黒字に転換した矢先だというのに。ヘリオポリスで事を起こすとなれば、かなりのリスクがある。

 

 

「これは私に対する、人質の意味合いもあるのだろう。ウズミ氏の思惑ではないが、セイラン、サハクが結託したのだろう。これは私に対する枷なのだ」

 

彼に不備があれば、おそらくヘリオポリスは火の海となる。彼らとキュアンはオーブの繁栄を願っているが、その在り方は違う。

 

キュアンは世界の中で存在感を出す、強国の一つであるオーブの姿。

 

対してサハクの長男坊は、オーブが世界の覇権を握るところまで考えている。連合の反攻作戦の立役者となり、オーブの存在を内外に高める。彼には見えているのだろう。MS導入により、連合が息を吹き返すビジョンが。

 

いずれそのような流れもあるかもしれないが、性急すぎると考えるキュアン。まだまだオーブは技術云々を抜きにして、強国とは言えない存在だ。降下作戦をされれば対処できるわけでもない。

 

第一波を防いでも、第二波を防ぎきることは現状困難だ。

 

恐らく、そのためのセイラン家との結託だろう。

 

連合とのパイプの強いセイランは、おそらくその為だけにサハクの声がかかった。

 

サハクはモルゲンレーテとも関わり合いが深い。セイランはサハクのぶら下げたエサに食いついたというのが実情だろう。

 

 

「―――セイランの長男坊は不安しかない。奴はうかつなことを言い出しかねないからね。頭の回転はいいが、まだまだ経験不足が否めない。推進器のシステム、核関連はサハクにも秘匿しているし、コトー氏には強く言ってある。奴らもオーブの首を絞めるほどのバカなことはしないだろう」

以前会食を共にしたことがあるが、まだまだ青二才だ。まだまだ次代を担うには足りない。

 

 

「――――カガリ様の暗殺未遂。リオン君が知れば飛んで戻ってきたでしょうが、それも内密に終わりました。サハクの方針は苛烈に過ぎます」

 

無能な獅子の娘を早々に処分する。サハクにとって目の上のたん瘤ともいえる存在。いずれウズミの後を継ぐのは彼女だろうというのが大方の予想。彼はそれを何としても阻止したいのだろう。

 

「けど、彼女は最近よく頑張っていると思うけどね。政治学、帝王学にも熱心になったし。まだまだ清濁使い分けることが苦手だが、いずれは成熟とともに克服するだろう。」

 

カガリはリオンとの出会いによって自分なりに政治と向き合う覚悟が出来ていた。まだまだ未熟なのは全員が知っている。その事実に対しての、彼女の向き合い方が注目されていて、それを大半の人間が喜ばしく考えているのだ。

 

まだまだ猶予があるうちは、我々大人が努力するしかないのだ。

 

 

CE71年1月。アジア共和国のカオシュン宇宙港が陥落した。

 

 

そのカオシュン攻撃以前に、世界の変化を感じ取ったものがいた。

 

 

「―――――そんな、なぜ――――なぜですか、お父様! なぜそんな綱渡りを―――」

カガリ・ユラ・アスハは、モルゲンレーテ経由でGAT計画のことを知る。

 

いくつかの誤情報によって巧妙に隠されているが、本命の場所は、彼がいる場所。

 

 

「なぜ……なんでッ!! よりによって、なんでヘリオポリスなんだ!!」

彼女は吠えた。そこには誰もいない。彼女は自室にてその極秘情報を取り寄せた。

 

リオンが作った携帯型万能人工知能、通称ノアがすべてのことをやってのけた。

 

『間違いないみたいだな、カガリ。オーブは武装に関しては後進国、連合は今すぐにでもMSの技術が欲しい。前者は防衛力強化、連合は戦局打開のカギ。WIN-WINでもある』

 

「でもだからって! オーブに力が必要なことは知っている。けどっ、こんな―――」

 

『これからどうする? 私はお前の命令に従うようプログラムされている。』

 

「―――――ヘリオポリスに今すぐ飛ぶ。アサギを呼んできてくれ。すぐに支度をするぞ」

 

『仰せのままに、わが主』

 

 

獅子の娘は、うねりの元へと自ら飛び込んでいく。場所は違えど、同じ理想を持っていた友人の危機を救うため。そして、オーブの在り方について覚悟を決めるために。

 

この行動は、後に彼女のオーブの在り方について、大きな影響を与えることになる。

 

 

 




aiのノアは、彼女をサポートする存在です。リオン不在時に情報を持ってきて、あくまで彼女の自主性を重んじます。

なお、今回は罠の模様。


次回、ついに原作の時系列に飛びます。


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狂戦士 降臨
第6話 運命の幕開け


ついにヘリオポリス騒乱に突入します。




戦争から1年が過ぎようとしている最中、ザフト軍に入隊したアスラン・ザラは、ザフト軍きっての指揮官、ラウ・ル・クルーゼの指揮する部隊に配属されていた。

 

同僚には、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アマルフィー、ラスティ・マッケンジー、ドリス・アクスマン。

 

少し年上になるが、ミゲル・アイマンがいる。

 

「―――――本当に、オーブに連合の新型兵器があるのか?」

アスランはそれが信じられなかった。あの国はコーディネイターを差別するような国ではない。オーブの理念と法を守る者に優しい国のはずだ。

 

「――――同じナチュラルの国なんて、どこも同じなんじゃねぇの?」

オレンジ色の髪の少年、ラスティはオーブも同じナチュラルの国でしかなかったと吐き捨てる。

 

「ああ。中立を掲げながら連合と秘密裏に技術協力。ふざけているといっていいだろうが!」

イザーク・ジュールはオーブの嘘つき外交に激昂していた。当然だろう、私は中立です、戦争には加担しないといっていたくせに、こんなことをすればザフトは面白くない。

 

「悪いけど、おれも同感かな。オーブは理想だけの国じゃなかった、それだけだろ」

ディアッカも二人と同じ意見だった。

 

その後、憂さ晴らしにイザーク達はシミュレーターへと向かうのだが、一人思案顔をしていたニコルはしばらく黙っていると、

 

「―――――オーブが何をもって連合とつながっていたか、私の予測でしかありませんが、今後の防衛力強化が狙いとみていいでしょう」

その中で、ニコルはオーブの思惑にたどり着いていた。

 

「―――詳しく聞かせてくれ、ニコル」

ニコルの視野の広さはよく知っている。アスランは彼女の話を聞くために接近する。

 

「え? ち、近いですよ、アスラン! 少し落ち着いて……」

いきなり顔を近づけられたニコルは顔を赤くしてしまう。あまりにも真剣に食いついてきたので、彼女も慌てる。

 

「あ、ああ。すまない、ニコル。いや、広い視野を持つことは大事だからな。つい必死になってしまった」

 

「――――オーブは確かにウズミ・ナラ・アスハ氏による中立宣言がありました。当初は受け入れられましたが、今後もそれが続くとは考えづらいです。連合が強硬な手段に出ることは明らかでしょう」

 

「確かに、連合はユニウスセブンの例もある。備えはするべきだろう」

 

「オーブとしては、とにかく生き残る手段を模索していたのでしょう。絶妙なタイミング、早すぎず、遅すぎない時期にこの密約が発生した。中立を維持するための力を得るために、プラント、連合の双方が手を出しづらい時期に、彼らは技術革新を求めた」

 

 

「―――――その説明でオーブの印象が変わったな。なるほど、彼らは積極的な戦争介入は行わないものの、中立維持のためには手段を択ばない。自国民の安全保障には特に。」

 

 

「――――ウズミ氏はこの件を知っていたでしょう。一国の首相が安全保障の問題を知らないという言い訳はあり得ません。オーブの中の急進派が動き、彼はその動きを黙認した。筋書ではウズミ氏、並びに関係者の辞意辺りでしょう」

 

 

「なら、どうしてオーブはプラントに技術協力を呼びかけなかった? 戦争当初から有利な戦闘ばかりを行っているザフト軍だ。勝ち馬に乗りたいのなら、おれたちにつくべきだ」

 

そして新たな疑問。オーブはなぜ技術協定をプラントと結ばなかったのか。連勝続きのザフト軍を評価していなかったのか。

 

「それは地理的な要因もあるでしょう。地球圏では反コーディネイター主義が蔓延しています。小国にすぎないオーブがプラントと技術協定を結べば、大西洋連邦は真っ先にオーブを滅ぼすでしょう。オーブの技術力は世界でもトップクラスですからね」

 

 

「―――――なるほどな。」

 

「あとは、どちらが勝っても良いように立ち回るためでしょう。オーブは自らが勝者の標的にならないように動いています。ヘリオポリス以上の刺激を行わなければ、彼らはザフトの敵になる確率は低いと思います」

 

ニコルの中では、ヘリオポリス襲撃はすでに確定事項。オーブが国益と安全保障のために動き、プラントも別の立場から安全保障のために選択する。

 

彼女としては、「貴方方の事情は知っています。しかし、技術提供していたので襲撃しますね」ということだ。

 

ゆえに、オーブにはヘリオポリスをあきらめてもらう必要がある。ザフトもヘリオポリス襲撃の件で非難されるのは防ぎたい。オーブの連合側への参戦は最悪と言っていい。

 

プラントはオーブを強く刺激せず、オーブもヘリオポリスの件で強く非難しない。

 

お互いの利益のためにうやむやに終わるだろう。オーブ国内では首脳陣の一部に責任が集中し、サハクが主な犠牲者になるのは既定路線だ。

 

「――――とても勉強になった、ありがとうニコル。やはり君は、軍人ではなく政治家になるべきだ。ここまで戦略・方針について考える意識と力は、プラントにとって必要だ」

 

どうして彼女が軍人になったのか、その理由を知らないアスランではない。だが、彼女が何も前線に来なくてもいいだろう。

 

自分よりも頭が回り、視野の広い彼女にプラントの未来を託したい。名ばかりの議員の息子、成績だけが取り柄の頭の固い自分は、彼女のような指導者の命令に従いたい。

 

無い頭を絞り、アスランはプラントのために、友人として、彼女を守りたいのだ。

 

「――――褒めても何も出ませんよ。とはいえ、アスランにそこまで言われたら、やはり照れますね。訓練校時代からアスランは凄かったですから」

はにかんだ笑顔のニコル。同期の中でも人一倍努力家で、勤勉でまじめ、そして義理堅い彼は、女性からの人気も高かった。

 

「――――外見だけを見て、判断される人の称賛はな……ザラ議員の息子としか見られていないあの日々で、悔しい思いをしたこともあった。だけど、ここは違う」

真剣な目で、アスランは再度ニコルに向き直る。

 

「え? えぇ!?」

向きなおられたニコルはそれどころではない。アスランは所謂二枚目に分類される男だ。しかも性格もご覧の通り。

 

そんな彼がこっちを見ている。ほんの少し期待するニコル。

 

 

 

「ただのアスランとして接してくれる今の仲間は、本当に貴重な存在だ」

 

 

「あぁ……うん、だと思った」

少し残念そうなニコル。明らかに声のトーンが落ちている。

 

「?? どうしたんだ、ニコル? 何か失礼なことを言ってしまったのか? ああ。すまない。気が回らないのは俺の悪い癖だ」

 

 

「ううん。そういう意味ではないの。うん、私は大丈夫。でも、そういう態度はあまりしないほうがいいよ。勘違いする人も出てくるから」

 

 

「???? あ、ああ。以後気を付ける」

やはり意味が分かっていないアスランだった。

 

 

 

そして標的となったヘリオポリスには、リオンが技術者として、キラ・ヤマトが学生として移り住んでいた。

 

 

「――――まったく、カトウ教授にも困った。いきなり非常勤講師とは」

技術者としてソーラーセイル技術の応用に忙しい身分だというのに、呼び出しを食らったリオンは憂鬱な気分だった。

 

「はぁ、同年代相手に教えるのは少しなぁ、相手にしないだろ普通は。それとも行儀のいい生徒なのかな」

午後からの講習会ということなので、ゆっくりと準備を進めるリオン。なお、この日程のせいで今日の休日は完全につぶれている。

 

 

ピンポーンっ、

 

「ったく、今日は普通なら休みだぞ。家の明かりだってついていないし、寝よ。チラシのセールならいらないって何度も言っているのに」

 

 

ピンポーンっ、ピンポーンっ、

 

 

ピンピンピンピンピンポーンっ!!

 

 

「―――――とりあえず、事情を聴くことにしよう。話はそれからだ」

深呼吸をしたリオン。ゆっくり、気怠そうに体を起こした。

 

 

――――こんなことをする人間も、あいつぐらいだろうし

 

 

玄関前まで近づいたリオン。そのドアの向こうにいたのは――――

 

 

 

その頃、午後の講習会があることを聞いたキラ・ヤマトは、同年代くらいの少年が講師であることを聞き、

 

「僕たちとあまり変わらないのに、すごいなぁ」

と感嘆していた。きっと自分は途中で面倒になってしまうだろうと。

 

「あれだろ? 講師の年齢聞いたかよ! 俺たちと2歳ぐらいしか変わらないらしいぞ。」

トール・ケーニヒが興奮気味に話す。そんな年の近い存在が講師としてやってくる。それがおかしいのだと。

 

 

「まじかよ! ああっ、きっと女どもは黄色い声を出すんだろうなぁ」

 

またルックス、高所得者目当ての女性が獲物を狙う目をするのだろうなと、友人が愚痴った。将来有望な存在と思われる青年講師。女子は眼を鋭くするだろうと。

 

 

「まあ、しょうがないだろう。俺たちが遊んでいるときから勉強していたんだろうし。」

サイ・アーガイルは、青年講師の環境について推察する。

 

「まあまあ。案外プライドの塊かもね。できる自分に酔っているかも、だし」

ミリアリア曰く、うぬぼれが強い人物ではないかという疑念。幼少のころから成功体験だけだと、天狗になっている可能性のほうが高い。

 

「僕は目立たなかったらそれでいいや」

カズイ・バスカークはいつも通りだった。

 

「それよりも、講習前の昼飯どこにするよ? 俺、美味しいレストラン知っているんだよ!」

トールが早く飯にしようと皆を急かす。

 

ヘリオポリスは平和そのものだった。

 

 

キラ達がこの場を後にすると、彼らの様子を見ていたショートカットの髪の女性が嘆息する。

 

「平和なものだな」

 

「はっ。しかし――――」

 

「そう、中立だ。ここはまだ中立だからな。内情を知っていれば、砂上の楼閣にも劣るが」

 

不穏な会話をしつつ、女性に付き従う青年が彼女の後を追い、この場を後にした。

 

 

 

 

サイド7・ヘリオポリス周辺宙域

 

ヘリオポリス周辺宙域に浮かぶ3隻の艦艇が暗闇の中にいた。

 

そのうちの一つ、ザフト軍・ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウス。

 

 

隕石に錨を打ち付け、息を潜めるように停泊していた。そのブリッジの艦長席に座るフレドリック・アデスは硬い表情をしていた。

 

「本当に、よろしいのでしょうか?」

 

この部隊を指揮する隊長のラウ・ル・クルーゼは、アデスの問いに反応するように静かに立ち上がり彼に言葉をかける。

 

「不安そうだな、アデス。」

 

「はっ、いえしかし…評議会からの返答を待ってからでも遅くはないので…」

 

 

そう言いかけたアデスの言葉に「遅いな」と言うとクルーゼが続ける。

 

 

「私の勘がそう告げている…ここで見過ごさばその代価、いずれ我らの命で支払わねばならなくなるぞ。連合軍の新型機動兵器、あそこから運び出される前に奪取する。」

 

 

彼らザフトの目的は、ヘリオポリスで開発されたGAT-X計画のモビルスーツの奪取にあった。オーブには戦争から逃れようと亡命したコーディネイターなどが住んでいるが、諜報部のスパイも紛れている。

 

このスパイによる情報が本当だった場合、新型モビルスーツの鹵獲作戦を決行するのだが、相手がオーブという事もあり評議会からの承認を待つ事になっていた。

 

 

 

そしてヘリオポリス、リオンのマンションにて

 

「――――まさかいきなりアポもなしにここまでくるなんてね。相変わらずみたいだね、カガリ。それに、アサギさんも遠路はるばるご苦労様です」

予想通りの人間だったことにリオンは嘆息する。そして、道連れになったであろう彼女に労いの言葉をかける。

 

 

「うん、気にしないでいいよ、リオン君。カガリ様の突発的な行動は今に始まったことじゃないもの」

へっちゃらへっちゃら、と陽気に笑う女性の名はアサギ・コードウェル。オーブでは数少ない女性軍人で、本国でのパイロット訓練性の一人でもあったりする。

 

「おいアサギ!」

抗議の声を放つカガリ。

 

「でも、そんなカガリ様だからこそ私は嫌いじゃないですよ。」

にししっ、と笑うアサギの前に、カガリは考えを改める。

 

こんな風に未熟な自分を慕ってくれている部下がいる。それは何よりも貴重なものだと知っている。

 

 

「う、すまない。けどそれどころじゃないんだ!! ヘリオポリスに―――」

尚も慌てるカガリ。彼女が知った情報の中にヘリオポリスに関する重大な事柄があるのは確かだ。

 

「落ち着いて、息をゆっくり吐いて、落ち着いて話してくれ。」

 

 

「あ、す、すまない! …………落ち着いて聞いてくれ、リオン。ヘリオポリスに連合とモルゲンレーテが共同で開発した新型機動兵器が隠されている。ザフトがいつこれに気づくかわからない。早くここから離れるんだ!」

 

 

「――――――連合がヘリオポリスに? なぜだ?」

半信半疑のリオン。カガリが嘘を言う可能性も少ない。だとすれば、

 

 

――――仮に、カガリの言うことが本当ならばオーブは是が非でも隠すはず。

 

そう考えたが、リオンは別の可能性について思い浮かんだ。

 

――――叔父が言っていた。オーブの諜報はやや甘いところがある。

 

彼が持つ暗部は世界屈指の諜報力を誇る。今でも情報漏洩を防ぐために、それぞれが独立した組織となっている。

 

 

そして、エリカ・フラガを通してカガリ暗殺未遂の事件があったことを知っているリオン。本人は全く知らないみたいだが、裏にサハクの長男坊が絡んでいたらしい。しかし証拠不十分で追及はできなかったそうだ。

 

 

話を元に戻そう。もし、この計画が以前からここで進められているなら?

 

 

そして、ヘリオポリス問題で最悪ともいえるタイミングにカガリが情報をつかんだ。

 

 

それを流したのは誰だ?

 

 

「カガリ? どうやってその情報を手に入れたんだ?」

 

『創造主、私です』

 

カガリの持つアクセサリーから声が発せられる。

 

「――――ノアか。オーブの脇が甘いとはいえ、よくそこまで通り抜けたな――――やはり、掴まされたか?」

カガリからノアを手渡され、内密に話し込む両者。

 

『――――恐らくそうかと』

言い訳はしないノア。こういうところの調整が甘かったと、リオンは自らのミスを悟る。

 

 

「――――ロンド・ギナ・サハク。そうまでしてカガリを消したいか」

世界支配。そのことについて勧誘されたことがある。彼はリオンの能力を評価し、自らの右腕とする魂胆だった。フラガの遺産の正当な継承者として彼を認め、その技術のすべてを利用する。

 

そんな狙いを理解していたリオンはこれを拒否。

 

これ以降、ギナとの謁見の機会はなかった。

 

というより、ここまで情報が漏洩しなかっただけでも奇跡だ。しかし、カガリがここに来た。ギナは嬉々として情報漏洩を許し、カガリを混乱に乗じて殺すつもりだろう。

 

ザフト軍との騒乱の中で獅子の娘が命を落とす。こうなってはウズミも国民を抑えきれない。オーブは戦争への道を進むことになる。

 

 

「けど、どうするリオン? まずは地球行きのチケットを―――――」

 

 

その時、リオンとカガリ、そしてアサギは確かに聞いた。

 

 

ヘリオポリス内部ではありえない、爆発の音が。

 

 

 

 

町中にはすでにザフト軍モビルスーツが侵入しており、住民は避難を開始していた。ザフト軍も積極的な住民への攻撃は控えており、あくまでヘリオポリスの中に潜んでいた連合軍を優先的にたたいていた。

 

「うわぁぁぁ!!!」

 

「ザフトだぁぁぁ!! ザフトが攻めてきたぞぉぉ!!」

 

住民は死者こそ出していないが、パニックに陥っており、シェルターに急いで避難をしていた。ここで連合とザフトの戦闘に巻き込まれたくはないはずだ。

 

 

「おい!! なんで戦闘しているところに突っ込む!? 今は避難が先だろう!!」

 

「それでも、確かめなきゃいけないんだ!! 獅子の娘として、私はこの現実を見ないといけない! お前は来るな!」

 

「待ってください、カガリ様~~!!!!」

 

尚も直進するカガリを追いかけるためにリオンとアサギが彼女を追う。

 

 

「――――何やっているんだ、あの人たちは!!」

 

 

その道中、茶髪の大人しそうな男子が呆れから大声を出しながらその最後尾についた。

 

 

「あ、おい!!! 待てよ、キラ!! シェルターは反対方向だぞ!!」

サイがお人好しなキラの行動を非難する。が、キラは走り出していた。

 

「も、もう逃げようよぉ」

カズイは及び腰。まともに走れるかどうかもわからない。

 

「くっ、死んだら90年後くらいに叱りに行くからな!!」

しかしトールがキラを送り出す。こうなった彼は頑固だからだ。

 

「僕もそこまで長生きするつもりだよ! ごめんっ!!」

 

軽口をたたきながら、キラは友人たちと別れ3人を追うことになる。

 

 

「――――僕が言うのもなんだけど、この状況はおかしい」

 

 

 

「待つんだカガリ!!」

 

「待ってくださいよぉぉ!!!」

 

「私は確かめなければならないんだ!!」

 

「―――――なんだかなぁ」

 

やや緊張感をなくしつつも、キラは問題の3人を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、巣を突いた蟻のように連合軍は新型機動兵器の運び出しを行っていた。

 

「あれだ。クルーゼ隊長の言ったとおりだな。」

 

「突けば慌てて巣穴から出てくるって?やっぱり間抜けなもんだ、ナチュラルなんて。」

 

イザークとディアッカが目標を目視で発見し、軽口をたたく。

 

「油断するな、連合にはコーディネイターが少数ながら存在する。ババを引いてあの世送りにならないよう気を引き締めろ」

アスランがうまいこと言うが、イザークとディアッカが目を丸くして彼を見ていた。

 

「お前が冗談を言うなんてな」

 

「お前がそんなことを言うなんて思わなかったぜ」

 

二人の驚きようにカチンときたアスラン。

 

「お前らは俺を何だと思っているんだ」

 

 

「ほら、3人とも。作戦中だよ」

 

「すまない。」

 

「いや、おれも悪かった。」

 

「あまりにもアレだったからな」

 

ニコルに注意され、三人とも大人しくなった。

 

「目標数が違う。5機のはずが7機になっている。まだどこかに何かあるかもしれない。」

警戒を強めるニコル。情報と微妙に違う。スパイの情報とはいえ、新型兵器が隠されていたことまでは合致していた。

 

 

――――おかしい。うちのスパイが失敗した? 写真を撮れる場所までいたのに?

 

 

ニコルの疑念は的中していた。ザフト軍のスパイはすでに何者かによって殺されており、アストレイフレームの情報を抹消されていたのだ。

 

 

数々の思惑が重なり、事態は混迷していた。

 

 

アスランたちは連合軍兵士を排除しつつ、目当ての機体をとれるだけ取ろうと考えたのだった。

 

 

 

 

 

 




唐変木アスラン君。女性の好意には気づかず・・・



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第7話 狂気の片鱗

アスランが主人公ではないだろうか。


その頃、宇宙では激闘を繰り広げていた。

 

「くっそ、どんだけ戦力集中してきた!? 諜報部は仕事をしていたのか!?」

 

愚痴を吐きながら、銀色のパーソナルカラーで光る、メビウス・ゼロを駆るエリク・ブロードウェイ中尉は目の前のジンを撃墜しつつ、周囲からやってくる敵増援を見ていやな気持になる。

 

 

「弱音を吐くな、エリク! これ以上ジンを侵入させるといよいよ進退窮まるぞ! ここが正念場だ!」

 

そして彼の上司、ムウ・ラ・フラガ大尉はオレンジ色のメビウス・ゼロとともにジンを1機撃墜した。

 

 

「なっ!? どうして、オレンジ野郎が!! ぐわっ!」

 

 

「こんな場所に奴がいるってことは――――」

 

メビウス・ゼロの全てと言っていい特徴。有線式ガンバレルの多角的なオールレンジ攻撃が火を噴く。常に死角からの攻撃を狙える兵装でもあるガンバレル。

 

主砲であるレールガンで相手を牽制しつつ、4つのガンバレルが火を噴き、敵の命を刈り取る。

 

ジンとのキルレシオは有利だが、機体特性上扱えるパイロットは限られてくる。

 

 

「――――よし、3機落とした!? 次はコロニーに侵入した敵機を―――っ!?」

 

その瞬間、ムウの頭に光がフラッシュバックする。この感覚はあの男が来た、そうとしか思えない。

 

 

「私がお前を感じるように、お前も私を感じるのか?」

 

 

その声色がはっきりと聞こえる。奴の存在が近づいてくる。

 

「不幸な宿縁だな。ムウ・ラ・フラガ。」

 

 

「エリク!! お前はコロニー内部の応援に行ってくれ!! 奴は俺が引き受ける!!」

ムウは叫ぶように命令を飛ばす。このまま外で足止めと食らえば、中が全滅する。

 

「っ! 了解!! 後で追いついてきてくださいよ!!」

 

銀色のメビウス・ゼロを見送ったムウは、目の前にやってきたなんて気を前に笑みを浮かべる。

 

「そういうことだ、おれの我儘を通させてもらうぜ、クルーゼェ!!」

 

 

「ふん、ジンをここまで仕留められる力量は認めてやるが、その程度の実力で私を足止めできると思うなよ?」

 

 

宿命の対決が始まる。

 

 

 

 

その頃、キラはようやく怪しい3人組に追いつくことが出来た。

 

「? 君は――――っ!?」

金髪の少年、リオンは民間人がのこのこここまでやってきたことに驚いていた。ふつうは避難をしているはずなのだから。

 

「何してるんだよ! そっち行ったって…」

 

 

「何で付いてくる?そっちこそ早く逃げろ!」

金髪の少女、カガリはキラの言うことなど知らないといわんばかりに反論する。

 

 

「カガリ様。どうしますか? まだだいぶ距離がありますよ」

 

『ふむ、近くで銃撃戦の音が聞こえます。近づくのは得策ではありません』

アクセサリーから声が発せられる。キラは訳が分からなかった。

 

その時、爆風が一同を襲う。

 

「くっ!」

 

慌てて頭を押さえる一同。しゃがみ込み、爆風がやむのを待った。もうここも危ない。しかし、うかつに下がるのも危険だ。ここはもう戦闘地帯だ

 

一同は無言でカガリの後を追う。彼女はそこに何があるのかを知っているのだろう。

 

キャットウォークにたどり着いた一同。そこは大型の工廠になった場所で、騒乱の中心でもあった。

 

「――――お父様、やはり――――」

悲しそうな顔をするカガリ。その下に広がる光景を見て力なく座り込んでしまった。

 

 

手すりの下から見える銃撃の嵐。何かを守ろうとするもの、何かを奪おうとするもの。

 

そのそれぞれが入り乱れていた。

 

「モビル、スーツ」

リオンはそれを見た瞬間に胸を抑えた。アレを見たとたんに動悸が激しくなる。あのフォルムを見るだけで落ち着きがなくなる。

 

 

あの顔を見るたびに、体が火照るのはなぜなのだと。

 

――――似すぎだ、悪趣味にもほどがある。いったい誰が考えた?

 

それはガンダムだった。7機のガンダムがそこに眠っていた。

 

「カガリ様、確認するだけでその後は――――」

アサギが気遣いつつ彼女に話しかける。だが、状況は待ってくれない。

 

「カガリ様!!」

 

一つの銃口がカガリを狙っていた。それに気づいたアサギが急いでカガリを引っ張り、銃の届かない場所へと退いたのだ。あと少し遅れていれば、カガリはハチの巣だっただろう。

 

 

「くそっ、場所がばれたッ!! 応戦するっ!!」

リオンが拳銃を懐から取り出し、戦闘に不本意だが参加することになる。

 

 

――――人が死ぬ場面は、何度も見てきた。

 

 

引き金を引いたことはある。あの大火災の時、自分が知らない男がいた。

 

 

奴だ。奴が家に火を放ったのだ。結局撃ち合いの末に弾切れで両者家から脱出した。人を殺さずに済んだ。

 

 

だが今回は違う。やらなければこちらが死ぬ。

 

 

ここでカガリたちを守らなければならない。

 

――――こんな場所で、カガリを死なせてたまるか

 

T型のペンダントが、青白い光を放つ。

 

 

彼の激情に呼応するように、怪しい光が淡く光っていた。

 

 

「ああ、このような場所が、カガリの終わりであっていいはずなどない。貴様らはここで死ね」

迷いのない殺意。先ほどは葛藤が少しだけあったはずなのに、微塵も感じさせない雰囲気に、

 

「――――え?」

そこにいたキラは驚きに言葉をなくす。

 

「アサギさん、もしキャットウォークから離れる必要があるなら、MSの場所まで走れ。後はノアの指示に委ね、カガリの命を守り、必ず生き残ってください」

 

「は、はいっ!」

 

「待てリオン!」

 

迷いをなくしたリオンは、先ほど銃撃してきた兵士を抹殺するために、迷わずキャットウォークから飛び降りた。

 

 

「――――いいから退け、邪魔だ」

 

 

先ほどの兵士の動き、隠れ方をすべて看破するかのように先回りしたリオンが、回り込もうとした兵士よりも先に、待ち伏せしていた。

 

 

「!?」

その刹那、回り込んで始末しようと考えていた兵士の顔が驚愕に染まる。だがリオンはその時間すら許さない。

 

乾いた音ともに、兵士の額に赤い穴が開く。容赦なく、微塵の迷いなく頭部を正確に射抜き、次の兵士を殺しに行くリオン。

 

「次だ」

 

 

 

リオンの眼前では銃撃戦が繰り広げられていた。

 

 

赤いパイロットスーツ、緑色のパイロットスーツが無数。数える必要性をあまり感じないリオン。

 

 

――――どうせ全部動かなくなる。

 

 

リオンの気配に気づいていないザフト兵たち。そこへ、リオンが忍び寄る。サイレンサーを取り付け、音もなく彼らの背後に回る。

 

もう弾丸が打ち出される音も聞こえない。最初の犠牲者であるザフト兵士にとっては、

 

「!?」

気づいたら撃たれ、致命傷を食らっていた。感覚よりも先に死が訪れていた。

 

 

「あっ――」

 

「お前―――」

 

背後からの銃撃に気づいたザフト兵たちがリオンの気配に気づいたが、振り向いた瞬間に死を迎えていた。

 

力なく、糸が切れたように倒れこみ、そのまま動かなくなるザフト兵。まだリオンの存在に気づいていない。

 

 

連合軍兵士、技術士官でもあったマリュー・ラミアスは、突然ある方向からの銃撃がやんだことに不気味なものを感じていた。

 

―――どういうこと? 先ほどまでは激しい銃撃があったはず。

 

少しだけ勇気を振り絞り、回り込んでその場所を確認する彼女だったが、鮮やかに、そして一発の銃弾で息絶えているザフト兵士の亡骸を目の当たりにする。

 

 

「!?」

息をのんだマリュー。鮮やか過ぎる手口だ。どうやって音もなく彼らに近づき、一発の銃弾、しかもすべて額に打ち込んだのか。

 

「――――貴様は敵か、味方か」

その瞬間、後ろに感情のない言葉が聞こえた。

 

「!!」

マリューは振り向くことはできなかった。恐怖のあまり、それが出来なかったのだ。

 

「――――ああ、連合がこんな所でこんなことをするから食いついてきた。お前らを差し出せば、オーブはこれ以上被害を受けずに済むかな」

 

まだ振り向けない。予想以上に年若い。オーブに、こんな人材がいたとは予想もつかない。

 

「だが、まずはあそこのザフト兵士を全て片付けてからかな」

 

振り向いた先にいたのは少年だった。見目麗しい美少年なのに、その瞳はぞっとするほど冷たく、凍り付いていた。

 

 

それは、彼をよく知る少女が知らない、彼の本質の一つ。

 

「早く排除しないとな、お姉さん」

 

 

 

一方、ザフトは着々とGATシリーズの奪取に成功していた。

 

 

「ほお、すごいもんじゃないか。どうだ?ディアッカ。」

 

イザークはすでに機体に乗り込み、初期設定を完了させ、機動の瞬間を待つだけだった。

 

「OK。アップデータ起動、ナーブリンク再構築、キャリブレート完了。動ける!」

 

ディアッカも程なくして初期設定終了。先ほど分かれた、ラスティ、ドリス、アスランは少し手間取っているようだ。

 

 

「ニコルっ! そっちはどうだ!」

無線にてすでに機体に乗り込んでいただろう少女に問いかけを飛ばすイザーク。

 

「もう少しです。今起動しました。私も行けます!」

 

これで3機。連合の新兵器を3機奪取することに成功した。

 

「ラスティたちは、迂回している分遅い。だが待ってやれるほどこちらも暇じゃない。すぐに機体をもって帰還するぞ」

 

 

 

そして一方、ドリス、アスラン、ラスティは思わぬ苦戦を強いられていた。

 

「くっ!? どうなっている!? ここは先ほどまでこちらが制圧していたはず!?」

アスランは無線でこのルートを確保したとの報告を受けている。だが、息を吹き返した連合軍が逆に奪い返していたので、これ以上の進行が難しい状態に陥っていた。

 

「泣き言はあとだぜ、アスラン。今は敵を全部ぶっ倒すことが先決だ。」

ラスティがアスランを奮い立たせるように元気づけ、銃を撃ち続ける。

 

「はぁ、受けるんじゃなかったなぁ。この命令」

壁に隠れて反撃の機会をうかがうドリス。やる気なさそうに見えるが、アスランよりも早くに卒業した兵士で、成績上位者でもあるドリス。目はそうではなかった。

 

 

 

連合も3機を奪われて、残りの4機は何としても阻止しようと必死だった。

 

 

「マークが消えている!? こちらアスラン、聞こえるかローグ!」

何とか味方はいないのかと、アスランが無線を呼ぶが、

 

 

 

返ってくるのは無線が乱れる音のみ。つまり、彼も既に息絶えているということだ。

 

 

―――落ち着け、こういう時こそ落ち着かないといけない。

 

アスランは考える。打開できる方法を。しかし、時間は待ってくれない。

 

 

「ぅ―――」

 

ドサッ。アスランの近くで、何かが倒れる音がした。振り向いた瞬間にまだ生きているアスランとドリスが素早く回避行動をとった。

 

わずかに聞こえる風切り音。それが仲間の命を刈り取った正体だ。

 

 

「ラスティっ!? くそっ!!」

 

ラスティの命を奪った男はまだ自分たちと同じくらいの年齢の少年だった。はっきり顔までは見えなかったが、黄色い髪の男だ。

 

「やべっ、肩やられた―――」

ドリスはアスランほど無事ではなかった。男の銃弾を受け、肩を貫通してしまったドリス。片腕が上がらない。

 

「ドリスっ!! くそっ!」

 

今生き残る方法はただ一つ。目の前には自分の想像もつかない敵がいる。ここで無理を承知で戦闘続行すれば、こちらが死んでしまう。そうなれば残り4機のうち、すべてが連合の手に渡る。

 

 

アスランは周囲に残されているモビルスーツを見た。どれが一番重要度の高い機体なのか。

 

―――イザークのオーソドックスな機体、ディアッカの砲撃タイプ

 

 

考えろ、すぐに考えろ。最善の機体はどれだ。

 

―――ニコルは隠密。そして残るは武装らしい武装の見当たらない機体3機と、可変型

 

 

アスランは直感で可変型へと向かう。あまり激しい動きが出来ないドリスに肩を貸し、その機体へとなんとか逃げ込むことが出来た。

 

 

「すまん、アスラン」

ドリスがアスランに礼を言う。彼にとってはまさに命の恩人だ。

 

「いや、あの状況では、おれがこうなっていた可能性もある。お互い助け合いだ」

 

アスランは自分が撃たれていた可能性もあったと言い放つ。それだけ彼も余裕がなかった。

 

 

一方、ラスティを撃ち殺したリオンは、

 

「多いな。結構な数に入り込まれていたのだな」

リオンはもう女性に用はないといわんばかりにその場を後にする。

 

「――――!? 待ちなさい、どこへ!?」

 

 

「ザフトが来る。備えるにはMS。悠長に事を構える余裕はない」

 

リオンはそう言い放ち、T型の人工物をもってあたりを探す。

 

「―――――まさかここまでとは――――ノア、あのメインカメラが青いMSまで二人を誘導しろ」

 

『了解しました』

 

 

「あの! 僕は――――」

そこへ、先ほどの取り残された少年、キラがマリューの横までやってきた。

 

「二人のところへ、は厳しいな、今からでは。貴様、MSを動かした経験は?」

リオンはちょうどいいといわんばかりにキラに尋ねる。

 

「ない、ですけど。パワードスーツのセットアップとかなら―――」

 

「ベースは同じだ。後は二人で何とかしろ」

 

そっけなく言い放ち、リオンは残りの反応する機体のコックピットに入ってしまった。

 

 

「――――――」

 

「―――――――」

取り残されたキラとマリューはどう反応すればいいかわからなかった。お互い悪い人物でもないし、敵ということでもない。

 

ただただ気まずい。

 

「――――プログラムやOSがまだなら、僕がセットアップ、します」

 

「え、ええと、一応これは――――」

 

しかし、マリューが言い終わる前に爆発音が辺りで起き始めた。

 

「――――ごめんなさい。手段を選んでいる暇はないわ。とにかく乗りなさい」

 

 

爆風の中、マリューはキラを見捨てることが出来なかった。なぜ彼がこんなところにいるのかはわからない。自分でも冷静な判断ではないと考えている。

 

しかし、何も知らない彼を見捨てることは、人として避けたいと考えてしまったのだ。

 

 

 

 



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第8話 2度目の邂逅

ミゲル・アイマンは僚機2機とともにアスランとラスティ、ドリスの合流を待っていた。すでにイザーク達は帰投しており、あとは三人を待つだけだった。

 

 

Gシリーズが運び出されていたトレーラーはほぼ原形をとどめておらず、辺りは爆風に吹き荒れ、メインカメラでもどうなっているかを確認するのは困難だった。

 

―――――ちっ、何を手間取ってやがる

 

アスランは優秀な男だ。そんな彼が遅れている。その理由があの爆風の中にあることが、ミゲルの警戒心を高めていた。

 

 

「おっ! ようやく来たか、あいつら」

 

その時だ。可変型のMSとともにやや遅れて武装らしい武装が見当たらない機体が慣れない体勢で爆風から逃れるように出てきたのだ。

 

「すまないっ、ラスティは失敗した! ドリスも負傷している。」

アスランから聞かされた事実は彼らを揺るがす要因となった。

 

 

「なんだと!? ラスティとドリスが!? アスランは早く戻れ!」

 

「この、ナチュラルのくせに生意気な!!」

 

「ラスティの仇だ!! 死んで償え!!」

ミゲルはアスランに後退指示を送る。負傷しているドリスをこれ以上ここで消耗させるわけにはいかない。

 

しかし、激昂した僚機2機は怒りのままにまだまだ動きがおぼつかない敵が乗る機体へと襲い掛かる。

 

 

「まえっ!!」

キラがモニターから見える三機のジンを見て声を発する。

 

「!!」

 

イージスを守るように立っているジンと突撃銃を撃ちながら突進するジン、実体剣で斬りかかるジンがすぐ目の前まで迫っていた。

 

――――くっ!

 

マリューは迷わずGAT-X105ストライクのフェイズシフト装甲を展開する。

 

「!? 待て、色が―――」

 

 

その瞬間に、ミゲルは目の前の敵機の様子がおかしいことに気づく。今までは灰色の装甲だったはずなのに、いきなり、瞬く間に色が変わり―――――

 

 

「なっ!?」

 

「ばかなっ!?」

 

僚機も驚くその性能。ストライクはジンの攻撃をすべて無効化していたのだ。実弾が効力を為さないことに、彼らは唇をかむ。

 

「そいつはフェイズシフト装甲を持っている。実体剣や突撃銃では突破できない」

アスランが冷静に解説する。そして、自分の搭乗機体であるイージスの装甲もフェイズシフトを起動させ、紅蓮を連想させる姿へと変化させていく。

 

 

「――――貴重な情報ありがとうな! アスランは早く離脱しろ! こいつは必ず鹵獲するぞ!」

 

血気盛んなザフト兵士がじりじりと距離を狭めていく。3方向を防がれ、万事休すと言ってもいいストライク。

 

「――――このままじゃ――――っ」

ストライクに乗り合わせているキラも、マリューに任せたままでは自分も死ぬと明確に悟り始めていた。

 

そして、彼はそれに気づいてしまった。

 

「!?」

 

モニターから見える、トール、サイ、ミリアリア、アルベルト、カズイの姿。まだまだ逃げ遅れていた友人たちの姿を見てしまった。

 

――――こんなところで、

 

キラはこの理不尽な状況にキレていた。いきなりザフトに攻め込まれ、自分たちの日常が破壊された。自分たちが何をしたというのだ。

 

自分を受け入れてくれた、温かく迎えてくれた友人を殺そうとしている。

 

 

血の気が溜まり始めていたキラは、怒りで冷静な判断を下せなくなっていた。元々リオンによってある程度冷静さを取り戻していた彼だったが、逆にその冷静な状態だからこそ、友人の危機に強く反応していたのだ。

 

 

赤いモビルスーツはすでに去っていったとはいえ、3対1。劣勢であることに変わりない。

 

――――だめだ、3機の攻撃を掻い潜りながらOS調整なんて―――

 

 

その時、ストライクの後方で起き上がった機体がいたのだ。

 

「「「!!!」」」

ミゲルたちは目を見開いた。もうザフト兵士はここには自分たちを含めていない。だが、生き残りがいるかもしれない。

 

「味方、なのか」

一人がつぶやく。現在目の前にいるストライクと同型機に見えるそれは、こちらを見たまま動かない。

 

 

「――――どっちだ?」

 

「おい、誰が乗っている!?」

 

何とか通信手段を取ろうとするミゲルだったが、それは目の前の不明機に対してはあまりにも致命的な行為だった。

 

 

目の前の機体がフェイズシフトを展開し、両腰に装備されていたミニガンを取り出し、緑色の光線を放ってきたのだ。

 

装甲の大部分が赤色に染まったストライク。キラの乗るストライクとは違い、白色の装甲部分は漆黒の黒に変色していく。

 

どこまでも対照的なカラーリングだった。

 

「あっ!?」

 

「武器がっ」

 

あっさりと、突撃銃を破壊された2機のジン。ある程度警戒していたミゲルはその攻撃を何と回避したものの、判断が遅れた自分を呪う。

 

「この野郎、武装だけを破壊しやがって!!」

明らかになめられている。あの状況なら3機ともに撃墜できるチャンスはあったはずだ。目の前の敵はなぜそれをしなかったのか。

 

 

ミゲルたちの敵――――そのモビルスーツ、ストライク二号機に乗っているリオンは、すでに彼ら三機を脅威と考えていなかった。

 

「―――――未熟なOSで多少手間取ったが、馴染みのあるやり方ならしっくりくる」

 

キラとは違い、ゆっくりとOS調整を行う時間があったリオン。尚も青い光がペンダントから発せられており、言動が変化しているリオン。

 

 

 

それは人を魅了する光だ。如何にリオンであっても抗うことはできない。

 

 

否、そもそも彼は、その光が何であれ、目的の為ならば躊躇いは無いのだろう。

 

 

最適化が進んでいく。殺気を読み、刹那的な未来を観測できる力。

 

 

本来ならば、分かり合うために必要だった可能性を―――――

 

 

ただ殺戮の手段として使い続ける。

 

 

 

 

「さて、こちらは選択肢を限られている。ジンを手土産に連合と交渉でもするとしよう」

 

 

リオンはあくまで機体だけ無事ならそれでいいと考えていた。武装はこれからいくらでも取るチャンスはある。目の前に立っている獲物を根こそぎ奪えるチャンスだ。

 

 

スラスターを吹かせたリオンは、ミゲルの突撃銃を躱しながら、彼の僚機の陰に隠れ、ミゲルの射線を乱したのだ。

 

 

「このっ!! 俺たちの同胞を盾にするとは何て卑怯な奴だ!!」

突撃銃で攻撃しようにも、あまりに鮮やかな機動で反応が遅れた僚機がその場から逃げようとするも、

 

 

「遅い――――」

 

僚機のコックピット部分に大きな衝撃が襲う。リオンは迷うことなくジンのコックピットを殴ったのだ。それも一度だけではない。

 

右ストレートからの左アッパー。

 

初撃で大きくよろめき体勢を立て直そうとしたジンに容赦のない追撃を食らわせた彼は、続く二撃目でアッパーを繰り出し、ジンをノックアウトさせたのだ。

 

「こいつっ!!」

やられているのを見ていることなどできない。もう一機の僚機が実体剣を抜いて斬りかかるも、脚部バーニアを素早く吹かせ、横から迫ってきたジンの上段切りを鮮やかに避けたのだ。

 

「なにっ!?」

寸前で躱された彼は驚愕をあらわにする。しかし、その表情は続かない。カウンターに近い形で右ストレートを食らった彼は、機体ごと吹き飛ばされてしまう。

 

 

地面にたたきつけられ、もがくジンを見て、リオンはジンのコックピットを執拗なまでに攻める。

 

足蹴にし、まるでパイロットだけを殺そうとしているような動き。

 

「て、てんめぇぇ――――っ!!」

 

明らかに初心者などではない。アレは別格だ。ミゲルの背筋が凍る。だが、それ以上に人間としてあの敵はおかしすぎる。

 

こちらのジンを、まるで敵として認識していないかのような雰囲気。

 

 

――――ふざけるな、搾取するのは俺たちで、間違ってもお前たちが――――ッ

 

 

「ふざけるなぁぁぁ!!!!」

 

激昂したミゲルが僚機を救おうと突撃を仕掛ける。あの機体はこちらのジンを欲しがっている節があるのは見えている。多少の衝撃は覚悟し、カウンターを仕掛ける。

 

 

ミゲルはそのことを考えていた。

 

 

だがメインカメラに見えたのは、ストライクのもう片方のマニピュレーターから取り出されたミニガンが、まっすぐこちらに向けられている光景。

 

「!!!」

 

僚機をいたぶっている片手間で、機体の側面からミゲルの位置を正確に、器用に肘を動かし、正確な照準を合わせていたのだ―――――

 

 

一瞬の閃光とともに、ミゲル機のジンはその胸に大きな穴をあけ、程なくして爆散した。

 

黄昏の魔弾と称された男の、あまりにもあっけない最後だった。

 

「察しの早いパイロットならそうすると考えていた。だが、その察しの早さが命取りだったな」

特に感動もなく、リオンは目の前で転がっているジンに執拗な衝撃を与え続ける。

 

 

そして、程なくしてフレームが剥がれ、中に血塗れの塊が見えた瞬間、リオンは攻撃を止めた。

 

 

 

 

生身のパイロットだけを一人殺したリオン。

 

しかし、その近くでよろよろと立ち上がったジンが実体剣を持ちながら尚も抵抗の意志を見せていた。

 

「―――――寝ているだけなら、苦しまずに逝けたものを」

 

塊が所々破裂しているのを確認したリオンは、鬱陶しく思いながら彼に向き直る。

 

「――――この、バカにしやがってっ!! 俺たちコーディネイターに逆らうな、ナチュラルがぁぁぁぁ!!!!」

 

バーニアを吹かせ、袈裟斬りに斬りかかってくるジン。もはや疲労と打撲でまともな思考はないのだろう。獣のような動きでリオンのストライクに迫る。

 

 

「――――甘いな。」

リオンは溜息を吐きながら、ストライクのバーニアを吹かせ、迫りくるジンに高速接近する。

 

 

そして―――――

 

 

 

「ぐっがは――――」

ジンのコックピットにめり込んだストライクの膝が、パイロットごと押しつぶしたのだ。かろうじて息があるパイロットだが、致命傷なのは間違いないし、そもそもリオンは見逃すつもりもなかった。

 

「――――もろ過ぎる。だが、少しへこんだぐらいなら修理できるか」

パイロットを倒したことではなく、機体を損傷させてしまったことを残念に思ったリオン。

 

 

生き残った味方は恐怖した。キラは無論、ラミアスも。

 

 

その戦闘――――いや、戦闘というにはあまりにも凄惨な光景に息をのむキラとマリュー。

 

「――――そんな。なんて動き―――――それにあの攻撃性――――」

 

 

まるでバーサーカーだ。正気を疑うような攻撃手段、鮮やかな操縦技術、洗練された動き。

 

最小限の動きと、素早い即応で瞬く間にジンを三機沈黙させたのだ。長らくMSに苦しめられてきた連合の立場であったマリューの目からは、喜びよりも先に圧倒されたという気持ちが勝っていた。

 

「――――本当に、あの人が――――」

 

キラはあの動きを見て、彼の変化について考えていた。

 

――――あのペンダントが光ってから、彼の様子がおかしくなった。

 

アレは、何かの増幅器なのだろうか。考えても推察できることも少ないキラは、いったんその思考を中断し、ストライクのOSを書き直し始めたのだ。

 

「あっ、サイたちは!?」

 

「無事、みたいね。あの子は巧妙に彼らから離れた場所に敵を誘導していたみたい」

 

モニターに映るキラの友人を視認したマリューが、その時にようやく気付いた。あの狂ったような動きはあちらの視線を一点に釘付けにするためのものだったのかもしれない。

 

 

 

 

一方、ヴェサリウスに帰投したアスランは、信じられない報告を受けていた。

 

 

ヘリオポリス内部に突入したジン三機がロスト。ミゲル機は撃墜され、残る二機はシグナルがかろうじて残っていたが、パイロットからの応答がない。

 

 

つまり、ミゲルは戦死し、残る二人も連合軍によって打倒されたということになる。

 

「――――なっ、バカな――――」

アスランにとっては到底信じられるものではなかった。連合にまともなMSはなかったはずだ。動きのおぼつかないストライクが一機。後は無人のMSが二機。

 

「――――少なくとも、敵の中にジン三機を圧倒できる実力者がいることは間違いないみたいです」

厳しい目でその報告を聞いていたニコル。ミゲルの実力は知っている彼女も、敵の脅威を正確認識していた。

 

「だからです。先ほどシグナルロストの後、クルーゼ隊長がコロニー内部へ突入しました」

 

「隊長自ら!? 俺も――――」

 

ニコルの報告に、冷静さを失い再度出撃を申請しようとするアスラン。

 

「だめです。私たちはGATシリーズの最終調整をしないといけません。それに、隊長の実力はみんなが知っています。大丈夫です」

 

「――――そ、そうだな。隊長のシグーだ。」

 

 

アスランは不安を隠せないでいた。この辺境に等しい場所での任務で、ジンを打倒できる実力者がいる。ヘリオポリス内部でジンが3機、外では4機を撃破された。

 

 

いったい、外には何がいたのだと。

 

 

 

 

その頃、ムウはコロニー内部へと侵攻するクルーゼを追撃していた。

 

 

「くそっ! 片手間かよ!!」

 

追いすがるものの、振り切りそうなラウを見て、ムウは悔しげな表情を浮かべる。ガンバレルの射線を見切られ、同じ空間認識能力で上をいかれている感覚があった。

 

「貴様に構う余裕がなくなった、と言っておこう」

 

ラウとしても、そこまで余裕というわけではない。実力がないわけではないムウを相手にしながら、内部の応援に回ったもう一機のメビウス・ゼロ、ジン三機を撃破したであろう未知の戦力。

 

虎の穴に挑むようなものだ。

 

 

 

ムウとラウの攻防は、ムウの意志とは逆に、コロニー内部に移り変わっていく。

 

 

 

その頃、ムウの指示を受けて先行していたエリク・ブロードウェイ中尉は、ジン3機を圧倒したストライク二号機の姿に目を奪われていた。

 

「あれが、GATシリーズの実力―――!!」

 

ついに連合でもジンを圧倒できる存在が生まれた。それがうれしくてたまらない。コーディネイターが優良種であるという定説も壊れる。

 

――――ああ。コーディネイターなんて、生まれなければよかった

 

ナチュラルからは、憎しみよりも憐みの感情をぶつけられた。あのブルーコスモスの将校も、コーディネイターでありながら連合に嬉々として参加する自分を見て戸惑いの表情を隠せていなかった。エリクもあそこまで狂信的な思想ではないと自覚しているが、ベクトルは同じだ。ザフトが、プラントが憎いのだ。

 

 

 

ただ、今すぐ皆殺しにしたいと考えているわけではない。

 

 

――――俺は、普通の人間になりたかった。

 

 

普通に生まれて、普通に両親から愛されて、平凡な生涯を送りたかった。両親のエゴを押し付けられ、その理想を満たせなかっただけで捨てられ、生まれた理由すら捨てられた彼は、普遍的なものへのあこがれが強かった。

 

「――――お前は普通じゃないんだろう? ストライク二号機のパイロット」

 

あそこにいるのは普遍的な存在ではない。あの中にいるのは、この世界を変える存在だ。

 

コックピットをつぶされたジンを足蹴にしているストライク二号機。奴は、自分と同じ存在なのか、それとも――――

 

「お前にあうのが楽しみだよ」

狂気を孕んだ笑顔を浮かべ、エリクはゆっくりとその付近へと降下していく。

 

 

 

そんなエリクが勝手に憧れている存在、ストライク二号機の中にいたリオンは

 

 

――――――殺戮を楽しんでいたのか、俺は

 

手心を加えて蹂躙することに、何の感情も抱かない。赤の他人であるはずのザフトを殺し、

 

罪悪感すら覚えない。

 

冷めた目で、残骸となった機体を眺めていた。

 

 

――――なるほど、今この冷静な感覚も

 

 

きっと、そういうことなのだろう。あの憎らしい血のつながった男が言っていた通りだ。

 

 

そして思い浮かべるオレンジ色の光。自分が魅了されたガキ臭い想いを否定できなかった時を思い出す。

 

 

―――――あの光を穢すわけにはいかない。

 

だからこそ、自分の生き方は弁えているつもりだ。

 

 

 

そんな思いを秘めているからこそ、彼女の声を聞けるだけでいい。彼女の想いを、陰ながら支えるだけでいい。

 

 

「リオン!? 無事だよな!?」

 

葛藤するリオンの目の前のモニターに、デュエル二号機に乗り込んでいたカガリとアサギの姿が映し出された。

 

「リオン君、無事? けど、すごかったね。オーブではまだあそこまで動けないけど」

 

 

彼女が無事であるというだけで、冷たかった感情に火が灯る。

 

 

「――――ああ。何とかな―――――あれは?」

 

カガリとようやく落ち着いて話をできる状況になった矢先、銀色のMAが近くに降下してきたのだ。おそらく敵ではないと思われる。

 

 

「ストライク二号機のパイロット! 聞こえるか? 外に出て話がしたい。俺はエリク・ブロードウェイ。階級は中尉だ」

 

「――――ただのオーブ国民だよ」

 

「おいおい、その動きで一介の国民を名乗るのは無理があるぜ。事情が事情だし、悪いようにはしないさ。そっちのお嬢ちゃんたちにも手荒な真似はさせない。これでも紳士で通っているんでな」

 

 

「――――否応なく戦闘に巻き込まれました。なんてものを持ち込んでくれたんですか」

 

「そいつは悪いと思っている。だがおれも上の命令には、抜け穴を見つけるまで従う必要があるんでね。」

 

「あんた、本当に軍人なのか?」

抜け穴という言葉を臆面もなく使う軍人など初めて見た。というより、軍人とも会話をする機会はほとんどなかったのだが。

 

「よく言われる」

にっ、と笑うエリク。

 

 

エリクという連合軍兵士と出会い、ようやく戦闘が終結すると考えていた矢先、二人のレーダーが反応する。

 

「フラガ大尉!? それにあの野郎は!!」

血相を変えるエリク。上空ではオレンジ色の同型MAとザフト軍MSシグーが戦闘を繰り広げていた。

 

 

「―――――まだいたのか!?」

 

リオンは驚きとともに両腰部のミニガンを取り出し、そのシグーに照準を合わせようとする。

 

――――速いっ!? さっきのジンとは動きが違う

 

「エリクさんは牽制を! 前衛は俺が行きますっ!」

 

「おい! 相手は大尉をあしらう実力者だ!! って聞いてねぇ!!」

 

エリクが慌てて制止しようとするが、リオンは機体とともにすでに上空へと飛び上がっていた。

 

―――前に出てきたこと、後悔させてやるっ!

 

 

「当たれッ!!」

 

ミニガンでジグザグに動き回るシグーの背後を狙い打ったリオン。

 

 

「!? そこまで動けたか!」

 

クルーゼは鋭い勘を頼りにその攻撃を避けた。ひらりとバレルロールして躱すその姿は熟練者そのもの。回避と同時に突撃銃での反撃を仕掛けてきたのだ。

 

「!!!」

 

そしてこれをリオンも距離を取って回避する。迂闊に飛び込めば突撃銃で撃たれる。その直感を感じ取ったリオンは何とかシグーの死角へと回り込もうとするが、それを巧妙に邪魔される。

 

「くそっ! 動きが読みづらいっ!!」

 

照準をなかなか合わせることが出来ない。ロックオンできない。

 

 

「援軍が来たのに立つ瀬なさすぎだろ、俺は!!」

 

一方、リオンとともに謎の空気で共闘しているムウもクルーゼを落とせないことにやきもきしていた。

 

ガンバレル、ビームショーティー、そして遅れて参戦してきたエリクのメビウス・ゼロ。

 

連合が誇るMAのダブルエースに新型を乗りこなす友軍MSがいて奴を落とすことが出来ない。

 

「加勢しますぜ、大尉!!」

 

エリクのメビウス・ゼロも本格的に参戦し、いよいよクルーゼも余裕がなくなってきた。

 

「――――多勢に無勢。しかも二機はあの戦線の生き残り。その上新型をある程度乗りこなす実力者が一つ。言い訳には十分すぎるな」

 

 

さらに、爆炎とともに新型を乗せるであろう戦艦が姿を現したのだ。

 

「―――――潮時だろう。ログは取れた。ここで死ぬつもりなどない」

 

クルーゼは突撃銃で牽制しつつ距離を取り、3人の反撃を躱しながら後退していったのだった。

 

 

「――――くそっ、いつもあいつは厄介だなぁ。そう思うだろ、エリク」

 

「うっす。あのザフト軍のパイロットは別格でしょ! エンデュミオンでも同じ動きをしたMSがいたけど、妙な因果を感じちゃいますよ。ぜひご遠慮したい」

 

エリクとムウがクルーゼと追い払った後に雑談を軽くする。お互いに中と外で激戦を繰り広げていたのだ。ようやく一息ついたといったところだ。

 

「おっ、そっちの坊主が二号機のパイロットか。それに、ストライクは二機とも無事、デュエルの二号機も無事とは、不幸中の幸いかもな」

 

ムウは4機のGを奪われたとはいえ、3機だけでも死守できたこの状況に疲れ切った笑みを浮かべる。手放しでは喜べないが、こちらの戦力がごっそり消えたという状況は避けられそうだ。

 

「――――あんたは?」

 

「俺か? 俺はムウ・ラ・フラガ。階級は大尉。さっきは援護ありがとうな、坊主」

 

呪われた血を継ぐ少年と青年は、ここで邂逅した。

 

 



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第9話 従者は動かず

3人が地上へと着いた時には、キラとマリューが乗るストライクがランチャーストライクの武装を取り付けており、アークエンジェルという母艦とのコンタクトを図っていた。

 

 

程なくして、コロニーの内壁から爆炎とともに白い大型戦艦、前方に両足を連想させるようなフォルムを備えた見たこともない建造物がはい出てきたのだ。

 

 

「アレは――――」

リオンは地上に着陸したときに、その船の姿を見た。

 

 

ドクンっ

 

その姿を見て、自分の記録ではない男の記録がフラッシュバックする。

 

 

―――――本当に、儘成らないな。この頭は―――――

 

頭を押さえたリオン。激痛がするのではない。まるで頭をいじくられるような感覚だ。妙な動悸すら覚えたリオンは、胸を押さえながらゆっくりと息を吐いた。

 

「――――そうなんだな。」

リオンは、頭を押えながらその感覚の意味を知る。

 

 

「―――――懐かしいと、貴方は思っているのか」

 

 

 

 

 

一方、キラたちはようやくまともに落ち着ける場所が出来たと安堵していた。

 

 

「キラ、なんだかんだようやく一息つけるな」

 

「うん。あの人たちが戦闘をしていた間に通信で何とか呼んでこれたし、これで避難が―――」

 

トールにいわれ、ようやくほっとした様子のキラ。もうこんなものに乗る必要はない。

 

「―――あぁ……うん……こほん」

その場にいづらそうなマリュー。ようやく落ち着けると喜んでいる少年たちにこれから酷なことを言おうとしていることを自覚し、憂鬱な気持になる。

 

だが、やらねばらない。

 

「ごめんなさい……地球軍の、それも軍事機密に触れてしまったあなたたちを、このまま帰すわけにはいかないの」

 

申し訳なさそうに白状するマリュー。

 

「え、えぇえ!?」

カズイが驚いた顔をして叫び声をあげる。トールたちも何を言っているんだ、という顔をしていた。

 

「そんな無茶苦茶だ! 俺たちはさっきまで逃げていた民間人ですよ!」

 

 

「それでも! これも規則なのよ。運がなかった、貴方たちにも悪いと思っているわ。それに、もうシェルターの入り口はほとんどが破壊されているか、もしくはほぼ満員。今から探すにしても、ここにいる以上に危険よ」

 

冷静に、マリューが彼らにとっての不都合な事実を羅列していく。

 

「それは――――」

先ほどからマリューに食って掛かっていたサイは、その事実を突きつけられて押し黙ってしまった。

 

「――――だめだ、サイ。こうなってしまった以上、ここでやり過ごすしかない。ここからシェルターの入り口を探すのも分の悪い賭けだ」

アルベルトが残念そうにサイの肩をポンポンと叩き、首を横に振る。

 

「――――はぁ、逃げ遅れた俺たちの運の尽き――――いや、拾う神もいるのかも。なんにせよ、たぶん新型の戦艦だろ。それなりに頑丈そうだぜ、これ」

しかし、トールは上空から降下し、着陸したアークエンジェルを見て、そんな感想を漏らした。まだまだ神様は自分たちをみすてていないと。

 

 

「え、ええ。確かに新造されたアークエンジェルはちょっとやそっとじゃ沈まないわ。けれど――――」

毒気を抜かれたマリューは、アークエンジェルはそんな脆い戦艦ではないと改めて説明するが、同時にザフト軍に狙われる標的でもあることも告げる。

 

 

「しかし、これがオーブの中にいて、中立国のコロニー内部に連合の新型兵器があった。プラントがこれを見過ごすはずがない」

 

デュエル二号機から降りてきたカガリとアサギが、マリューをやや睨みつけながらやってきた。

 

「貴女は?」

明らかに雰囲気が違う。そこにいる民間人とも違う。どことなく高貴な雰囲気を醸し出す少女と、それに付き従うかのように横にいる少女。

 

――――この子、どこかで――――

 

マリューは必死に思い出そうとするが、名前が出てこない。

 

「――――カガリ、今は――――」

そこへ、ジン3機を殲滅したストライク二号機のパイロット、リオン・フラガがやってきた。カガリと呼ばれた少女の前に立ち、まるで彼女を守ろうとしているような位置。

 

恐らく、知らない仲ではないのだろう。

 

 

 

「―――わかっている」

不機嫌そうにしつつも、ナイフのような雰囲気が消えるカガリと呼ばれた少女。

 

「――――おいおい。二号機のパイロットの若さにも驚いたが、こっちも坊主と士官が乗っているのは予想できなかったなぁ」

メビウス・ゼロから降り立ったムウが、部下のエリクとともにリオンとキラの顔をじっくりと観察していた。

 

「地球軍、第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉、よろしく」

見事な敬礼で、その軽薄な声色とは別印象を抱かせる姿勢だったムウ。

「同じくエリク・ブロードウェイ中尉、よろしく!」

快男子のような声で元気よく所属を述べるエリク。

 

 

「第2宙域、第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 

「同じくナタル・バジルール少尉であります。」

マリュー、ナタルはそれぞれムウに敬礼とともに所属を彼に話す。二人の目の前にはザフト軍MSと互角に戦える数少ないエースがいる。そしておそらく銀色のメビウスの乗り手も一人しかいない。

 

「俺たちの乗船許可を貰いたいんだがねぇ。ここの責任者は?」

 

「え! それなら艦長と――――」

戸惑うマリューだったが、

 

「艦長以下、艦の主立った士官は皆、戦死されました。よって今は、ラミアス大尉がその任にあると思いますが。」

そんな彼女に残酷な事実を突きつけたナタルは、その視線をマリューに向ける。どうするかの判断を彼女に委ねた。

 

「っ!!! そんな、まさか艦長が―――――」

口元を手で覆うマリュー。上司の突然の死をやや受け止め切れていないようだった。

 

「やれやれ、なんてこった。あーともかく許可をくれよ、ラミアス大尉。 俺たちの乗ってきた船も落とされちまってねー。ほんと、戻ろうとしたんだけど」

戦闘が終わってから気づいたのだが、エリクから詳細な報告を受け取ったムウは目が点になった。

 

「その、言いにくいんすけど、敵MSの攻撃を受けた母艦は、ヘリオポリス外壁に衝突し、沈黙しちゃったんですよ」

理由がこれである。本当に何しにここに来たのかという。

 

「――――最後まで油断し過ぎだよ。あの艦長は――――ああ、ともかく頼むよ」

 

 

「ええ。乗船を許可します」

 

「しばらくは雨をしのげる場所が出来てよかったぜ」

宇宙に雨は降らないというのに、ムウはおどけたような表現で安堵する態度を見せた。

 

「大尉、今はそのノリは、控えたほうが」

冷静に突っ込むエリク。しかし無視するムウ。

 

「無視しないでくださいよ~」

 

 

エリクが尚もムウに声をかけようとするが、彼の興味はストライク二号機から降り立った少年へとむけられていた。

 

「――――坊主、名前は?」

 

リオンの前に立ったムウは、名前を尋ねる。

 

 

「リオン・フラガ」

 

その名字を聞いた瞬間に、ムウの目が大きく見開く。

 

「――――親父の野郎。まさか隠し子がいたなんてな。――――――ということは、お前も大火災の中にいたのか?」

あのろくでなしの父親にまだ子供がいた。しかし、公式記録ではもうリオン・フラガという人物のその後は途絶えている。

 

―――――あの糞親父の子供は死んだはず。ならこいつはなんだ?

 

 

 

 

「――――俺は、あの火災で誰かに襲われたことは覚えています。生き残ったのも俺だけ、だったと思います」

不明瞭な受け答え。ムウは不審な目で彼を見ていた。

 

 

「――――キュアンは元気か」

叔父のキュアンについても訪ねるムウ。連合ではなく、オーブを選んだ彼の行方をそれなりに気にしていたのだ。軍に入ってからはなかなか近況を知ることが出来ていなかった。

 

フラガの名を騙るのだ。何か知っていそうだと考えたのだ。

 

 

「貴方方のせいで壊れたヘリオポリスを見て、胃が壊されると思います」

ジト目でムウをにらむリオン。

 

 

「――――参ったね。」

両手の手のひらを見せて、肩をすくめるムウ。彼の言うことはもっともだ。だが、その怒りをぶつけられてもどうすることもできない。

 

 

「まあ、そんな風に内情を言えるとは言いつつも―――――――」

 

ムウは笑いながらリオンに問いかける。

 

 

「リオンは死んだはずだぜ。公式発表でも死亡が確認されている。」

 

 

死人を語る。目の前の少年が其れをしていることに一同に緊張が走る。

 

 

「―――――名乗る名前がそれしかありませんからね。別にフラガ家に関係する、しないは些細な問題です」

 

相手が変に勘違いしてくれている、というよりは勘違いしかできない状態であることを利用し、言葉で相手を惑わすことにしたリオン。

 

「―――――俺は、貴方方の敵ではない。こちらもザフトのせいで迷惑している。それは嘘偽りがないことです」

 

その不明瞭な中で、真実を小出しにしていく。それは交渉事の手法の一つだ。

 

 

「――――まあいいや。裏切ることになれば後ろから撃つだけってね。その瞬間までよろしくな」

眼が笑っていないムウ。リオンのことを警戒している眼だ。

 

 

「笑えない言葉は尤もだが、疑念を抱かれただけで殺されるつもりはない。互いに賢い選択をしたいと考えている」

しかし、リオンはそんな疑念の眼もどこ吹く風だ。年上の男性を見下ろしている、そんな空気すら醸し出している。

 

 

「その物言い。あの糞親父そっくりだな。その尊大な言葉遣い。いいぜ、お前がリオン・フラガであることは認めてやるよ。」

幼少のころに知り過ぎた、父親の物言い。目の前の少年は父親顔負けの利己主義者だ。

 

 

微妙な空気になったが、ムウは話を続ける。

 

「予想が少し外れたな――――俺はてっきりコーディネイターが乗っていると思ったけど、得体のしれない少年ならやれそうか。尋問したいところだが、そんな余裕もねぇし」

 

コーディネイター、その言葉で空気が一変した。リオンはもしかすればコーディネイターかもしれない。そんな空気がアークエンジェルから遅れてこの場にやってきたナタルたちの表情を強張らせたのだ。

 

「――――――」

無意識に拳を作っていたキラ。言い出したら矛先が自分にも向けられる。それを恐れて何とかかかわらないようにしていた。

 

「俺はコーディネイターではないですよ。けど、あのクソ親父にいろいろ頭をいじられたりしたりと、普通に過ごすことはできませんでしたけど」

 

やや面倒くさそうな顔をしつつ、右手の人差し指で頭を指し、その後指を大きく広げ、どうしようもないといった表情をするリオン。

 

「――――フラガ大尉と血縁関係の方が、モビルスーツに。コーディネイターではないとはいえ―――」

話に入ってきたナタルは、リオンがコーディネイターではないことに安堵しつつも、おそらく異常な処置を加えられたであろう目の前の少年を見て、同じナチュラルには参考にならないとあきらめた。

 

 

――――なんだこの少年は。こんなかわいげのない少年がいるのか。

 

大人と話しているような感覚だ。ふざけているようで、まるで隙が無い。

 

 

「けど、コーディネイターだからって差別するのはNGな。そうなると、俺は部下を守らないといけないからな」

ナタルたちの態度を見て、ムウの顔からやや笑みが消える。

 

「ブロードウェイ中尉のことは存じています。数々の戦線でのご活躍はかねがね。」

ナタルは連合に協力しているブロードウェイ中尉は別だと言い切った。つまり、連合に協力しているコーディネイターには言及しないということになる。

 

「なら、こいつらがどちらであろうと関係ないな? そういうことだ。そういう話はなしな。」

 

 

 

パンパンと手をたたき、ムウはその場を後にする。

 

「大尉! ああ、もう」

ムウはこの場をエリクに任せた、と言わんばかりにメビウスのほうへと向かって行ってしまう。

 

「ああ、こういうのは苦手なのに……ラミアス大尉。外にいるのはクルーゼ隊と呼ばれるザフトきっての部隊です。我々とリオン君で合計6機のジンを撃破し、戦力の大半を奪われたとはいえ、大尉の報告では少なくとも、3隻のザフト艦がいることになります。搭載機は恐らく合計14機ほど。奪取されたGを計算に入れると、これが最大数です。その内の6機を撃墜し、残るはまだ半数以上。彼なら仕掛けてきます」

 

 

エリクの説明の中に出てきた、ジンを6機撃墜されていることに驚くナタルたち。目の前のリオンがジンを3機撃破したことは知っているが、まさか外では彼らが3機もジンを撃破していたとは、と目を見開いていた。

 

「――――すんません。堅苦しいのは息が詰まる。」

固まったままの士官たちを見て苦笑いのエリク。話しづらそうにしていた。

 

「え、ええ。自然体で構わないわ」

妙に人懐っこいエリクの様子に拍子抜けしたマリュー。目の前のナンパしそうな青年が、グリマルディ戦線で活躍したメビウス・ゼロのパイロットなのかと。

 

「おっ、ではお言葉に甘えて。そういうわけで、ラミアス大尉には艦の指揮をとってもらいたいんですよ。俺と大尉はこの船のことは素人同然なんで」

 

「え、えぇ!? わ、わかりました」

 

「あと、早めに物資の積み込み。リミットは案外短いっすよ!」

 

 

そういって、エリクもメビウスのほうへと向かってしまった。

 

 

民間人たちと別れた後、マリューとナタルはリオンという少年について考えていた。

 

 

「どう考えても、あれは偽名です。あんな雰囲気を持つ少年が、名家の出の者であるはずがありません」

ナタルは、育ちの悪そうな、そして根性の曲がった性格をしていたリオンを、偽物だと断じる。

 

「――――さらに、オーブは近年情報統制をかけています。アスハの姫に関しても、情報が錯綜し、何が真実かも定かではありません」

 

曰く、気品に溢れた性格をしている。

 

曰く、無鉄砲な性格をしている。

 

曰く、粗忽者で、勘当同然の存在である。

 

 

他にも信じられないような情報ばかりが出るばかりで、諜報部も困り果てているほどだ。リオン・フラガという名前もそうだ。

 

 

キュアン・フラガはいまだに独身。子供もおらず、本家の者はあの大火災で死に絶えたとされている。

 

ならば、リオン・フラガは既に故人なのではないかと。目の前の少年はその名前を借りて暗躍する何か。

 

「偽名を使っている可能性がある、と上層部には報告しましょう。仮に死人の名前を使っているなら、どこかでぼろが出るはずよ」

 

マリューは、ここでリオンが本物か偽物かどうかはあまり考慮していなかった。どちらにしても、彼の力は必要になるかもしれない。

 

ならば、できるだけ彼を刺激せず、上手く折り合いをつければいいと。

 

 

それに、おそらく彼はカガリと呼ばれる少女たちのために、戦わなければならない。彼が戦士であるならば

 

――――彼は、最後まで彼女たちを守ろうとする。

 

だから、彼はこちらを裏切らない。人質がいる状況で、彼は強がっているだけなのだ。それは、あの言動とはかけ離れた彼のやさしさが秘められている。

 

彼女らを害する行動をとらなければ、彼は味方であり続ける。

 

 

マリューは、戦力に関しては楽観視していた。

 

 

 

 

 

 

その後キラたちとカガリたちは一か所にまとめられ、機密の口外を阻止する名目でアークエンジェルの一室に軟禁に近い形で移動させられた。

 

 

「どうする気だ、リオン」

カガリがリオンに尋ねる。ザフトは間違いなく攻めてくる。エリクの説明を聞く限り、あちらはあきらめていない様子だ。

 

「――――どうするも何も、あのグリマルディ戦線の英雄が二人いるんだ。俺たちの出る幕じゃない」

 

少し間を置き、リオンはあの二人に任せればいいと言い放つ。

 

「――――そうですね。カガリ様と私は立場上連合に協力するのは難しいです。民間人に戦闘行為をさせるのも酷です」

アサギも、オーブ軍属として連合への協力はできないと考えていた。これを口実にザフトに攻められたり、連合が仲間入りを強要する可能性もある。

 

迂闊なことはできない。

 

 

一方、キラたちは

 

「――――――」

キラは難しい顔で考えていた。なぜあのエリクという軍人は、コーディネイターでありながら連合軍に参加しているのか。

 

そして、自分がコーディネイターであることがばれずに済んでよかったと考えていた。

 

「けど、意外だよな。エリクって人。なんで連合にいるんだろ」

 

 

「肩身は狭いだろうな。けど、地球にはプラントに恨みを持っているコーディネイターだっているらしいぜ」

 

「――――コーディネイターでもいろいろいるんだなぁ」

 

 

キラは友人たちの話を聞いていろいろなことを考えていた。コーディネイターでもいろんな考えで、いろんな決意をして生きている。

 

「――――」

なら、ここで自分の力を使って友人を守る選択肢も、間違いではないのではないか。

 

 

ザフトはまた来る。あの中尉はそう言っていた。実際に奪われたあのMSの性能は知っている。

 

 

フェイズシフト装甲。実弾兵器をほぼ無効化する驚異の技術であり、いかにエンディミオンの鷹、銀色の疾風の異名をとる二人がいても、攻撃が通らないという事実は重くのしかかるはずだ。

 

キラはちらりとリオンのほうを見た。彼は全く動く気配がない。

 

「――――どうかしたのか、キラ君」

目をつけてきて怒るような性格ではないリオンは、キラにその視線の理由を尋ねた。

 

「えっと、その――――また、ザフトが来る、のでしょうか」

言葉に困ったキラは、現状注視するべき事項について考えを乞うことにした。

 

「――――ああ、ザフトは来る。このGシリーズの性能は現存するMSの中でも高性能の部類に入る。特に、残されたストライクの性能は他の機体を凌駕している」

 

話に割り込んできたカガリが、ザフトは必ず襲い掛かってくる、そしてストライクの脅威を説明する。

を説明する。

 

「――――なんで君は、そんなことを。君だって民間人じゃないの?」

 

なぜこうも軍事機密を知っているのか。この金髪の少女を含む目の前の三人は明らかに何かがおかしい。

 

「―――――そこは、まああれだ。いろいろあるんだ、察してくれ」

言葉に詰まったカガリ。そのまま何もしゃべらなくなった。

 

 

「ハハハ……俺とカガリは、親がモルゲンレーテの技術者なんだよ。だからそうだな、いろいろ抜け穴があるのさ」

ここでうまく事実を隠すリオン。モルゲンレーテの関係者。その言葉の意味は大きい。

 

「な、なるほど」

 

 

「あ、ああ。まさかヘリオポリスに隠しているなんてことは想定外だったけどな」

少し狼狽えている様子だったが、民間人しかいないこの場でそれを疑う人間はいなかった。

 

――――良いはぐらかし方。助かったわ、リオン君

 

――――うちの姫様の長所でも、短所でもあるからね。

 

二人にしか聞こえない小声で会話するリオンとアサギ。

 

 

 

 

一方、ブリッジではある一件で意見が分かれていた。

 

「私は反対です。オーブの、ナチュラルとはいえ少年に戦闘行為を勧めるのは気が進みません」

ナタルは厳しい視線をムウに向けていた。リオンを参戦させれば、戦闘がより楽なものになるかもしれない。しかし、それでは今ここにいる軍人としての誇りを傷つけるものになるし、何よりも民間人を守るのが軍人の役目だ。

 

 

民間人に戦闘をさせては本末転倒だ。

 

「――――そうよね。でも、リオン君の力は目を見張るものだったわ。ストライクのモニターから見えた、彼の戦い方は素人ではなかった。」

 

マリューは目を閉じながら思い出す。ジン三機という劣勢の中に躍り出た彼は、瞬く間にそのすべての脅威を排除した。鮮やかな動きと、的確な状況判断。

 

極めつけは、その苛烈な攻撃性。普段の彼をよく知るわけではないのだが、見た目では冷静で利発そうな容姿をしている彼が、戦闘では豹変している。

 

「確かにログを拝見しましたが、この戦闘力を持つ彼は、連合では非常に稀有な存在となるでしょう。しかし―――」

ナタルは尚も食い下がる。彼女はマリューがムウに同調しているのではないかと疑っていた。

 

「ええ。戦力が揃っている、とは言い難いけど、ブロードウェイ中尉と、フラガ大尉だけでは不安なのですか?」

 

「ああ。フェイズシフトを知っている身としては、今の装備で奴らが牙をむいたら、前線を維持できる自信がないな。あのクルーゼって男はそこらへんの思い切りがいいぞ」

 

「――――あそこまで思い切りのいい判断ができる、そんな奴はザフトでも珍しい。悟ってくれ、艦長方。俺たちはザフトで一番遭遇しちゃいけない相手と遭遇してるんだ」

一方、前線としての私見から、リオンの戦線参加を要望するムウとエリク。

 

「――――それに、あのキラってやつもそれはそれでおかしい。あんた、ろくな説明もせずにストライクでいろいろと指示を出したそうじゃないか。それをあの坊主はやり切った。軍事機密をいきなり触れる民間人ってのも、胡散臭い話だ」

ムウは、あの時リオンが堂々としていた際に、キラが目立たないようにしていたのを見ていた。特に、コーディネイターという単語が出てきたときに、彼の背中が一瞬だけ震えたのだ。

 

 

「オーブの国籍の人間ですよ。まさか大尉。少し触れたぐらいで彼も前線に立たせる気ですか?」

 

「あくまで可能性だ。まあ、あの性格だし、向いてなさそうだけどな。それに、あの機体のOSは明らかにコーディネイター用とも一線を画している」

 

キラがあくまで動きやすいようにセッティングしたのだろう。彼もそこまで深く考えていたわけではないはずだ。ここでまずスパイという線は消える。

 

こんなふざけたOSを乗せて目立つ行為をするはずがない。ムウはそのシステムを見て、疑念が確信に変わっていた。

 

「案外凝り性なんだろう。動かしにくいOSを修正したつもりであいつは再構築したんだろうけどさ。戦闘参加がほとんどなかったとはいえ、戦闘地帯で悠長にOSなんて組めるか普通。」

キラが並外れたコーディネイターであることはすでに軍人の間で知れわたっていた。ただ、目立った行動もしておらず、どうするべきかと考えている段階だ。

 

「まあ、目下の案件はリオンだ。あいつの力は必ず必要になる」

ここでエリクが強く出る。リオンにはさらに頑張ってほしいという私情が、彼を突き動かしているのだ。

 

彼のおかげで小破程度のジンと、中破寸前のジンを入手できた。今更ジンが欲しいというわけではないが、今後ナチュラル用のOSが完成すれば自分たちでも使いこなせるようになるかもしれない。

 

ナチュラルの中でも異質な存在ではあるが、それは逆に証明にもなる。

 

 

―――作られた天才は、生まれながらの天才には勝てない事実。

 

それこそが、エリクの答え。理想論。

 

 

 

技術士官としての側面から、マリューはジンを修理する判断を整備班に命令したのだ。アレがいずれ役に立つ日が来るかもしれないと。

 

 

「―――――なんにせよ、この案件は一度保留です。私からリオン君とは何度か話をします。本人が拒否をした場合、それを呑んでください、大尉。これ以上は譲歩しかねます」

 

 

「まあ、妥当な落としどころだよな。嫌々出るのは俺もそこまで強要はしないさ」

 

 

その時、けたたましいサイレンが艦内に鳴り響いた。

 

 

戦いが始まる。

 

 

 



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第10話 武運は要らず

遅れました。


ヘリオポリス内にいる地球軍の新型MS、並びにグリマルディ戦線のエースを撃破せよ。

 

クルーゼ隊長が下した命令はそれだった。

 

ヴェサリウスのカタパルトに移動するアスラン。データの吸出しが終わったとはいえ、イージスでの出撃となる。

 

「―――――まさか、な」

 

クルーゼ隊長と互角以上に渡り合った実力者がいる。それを聞いた時に彼は強い衝撃を覚えた。

 

キラは――――彼はヘリオポリスに行くといっていた。ならもし、この戦闘に巻き込まれていたら?

 

「いや、そんなわけがない」

 

そんな仮定を頭で否定するアスラン。彼は間違いなく戦闘に巻き込まれた。ザフト軍が中立国のコロニーに侵入したのだ。

 

――――すまない、キラ。俺が祈る資格もないのはわかっている。だが、

 

どうか無事でいてほしい。運よくシェルターに入れて、脱出できればそれでいい。そうすればもう戦闘に巻き込まれることもない。

 

そして、もし――――そのモビルスーツのパイロットがキラだった場合。

 

「―――――だが俺は、止まれない。仲間のためにも、あいつのためにも―――」

 

脳裏に浮かんだのは、家族の全てを、これからの未来を破壊された少女の悲しそうな顔。母を失ったショックから正気に戻れるほどの沈痛な彼女の様子は、アスランの心を揺さぶった。

 

そして、苦悩する自分をいつも助けてくれる緑髪の少女の気遣い。

 

 

アスランは思い出す。出撃前のやり取りと、クルーゼ隊長が逃げ帰ったという事実について。

 

 

 

三機のジンが撃墜された後、コロニー内部から帰還した隊長は、新型MS、二機のメビウス・ゼロに撃退されたという。

 

「まさかクルーゼ隊長を退ける実力者がいるなんて」

 

ニコルは、あのOSであそこまで動けるのかと一瞬考えたが、その考えを改める。考えられるのは、戦闘中にOSを書き換えたことのみ。

 

 

――――それほどの技術を持つ人材が、連合にいる。これは大きな脅威かも

 

「ああ、裏切り者のコーディネイター。グリマルディの片割れ、エリク・ブロードウェイに次ぐ大罪人の予感がしますね」

この世の真実、ナチュラルはコーディネイターに劣るという心理を知らない愚か者、そんな人物だと断定するイザーク。

 

「まあいいだろ、自己責任だよ、自己責任。俺らが気にすることじゃない。倒すべき敵のことをよく知るつもりはないね」

ディアッカは、イザークのもったいぶった言葉に首を横に振る。どうせ倒す相手なのだ、知る必要もないと言い切った。

 

「―――俺の考えでは、ラスティを殺したやつが怪しい。白兵で圧倒されたのは久方ぶりだった。ありゃ化け物だ。」

ドリスは痛む肩を押さえつつ、その人物は本当に恐ろしい人物だったであろうことを述べる。ラスティに最後まで悟らせずに近づき、その命を奪った凄腕のヒットマン。

 

 

その話を聞き、アスランはほっとしたのだ。

 

――――キラがザフト軍兵士を瞬殺する、わけがないか

 

「けど、7機あった新型のうち、4機しか私たちは奪うことが出来ませんでした。隊長曰く、動いていたMSは三機。うち二つはそれなりに動き、ドリスの言う人物が乗る機体が襲い掛かったとか」

 

 

だが、その話を聞いて心臓が跳ね上がる。強敵がキラというわけではなく、残りの二つにキラが巻き込まれているかもしれない。

 

 

ドリス曰く、奪取する際に民間人らしき人影が複数見えたという。これは帰還後に聞いた話である。

 

――――やめろ、アスラン・ザラ。お前にはまだやるべきことがあるだろう

 

渋い顔をするアスラン。

 

「どうかしましたか、アスラン?」

ニコルが心配そうにアスランに声をかけてきた。何か深刻そうな顔をする彼を見て、気にしないというのが無理だ。

 

「どうせいつもの取り越し苦労だろ?」

 

「ああ。貴様は無駄に几帳面だからな」

 

「アスランのその勘は当たったためしがないが、今回もそれか?」

 

ディアッカ、イザーク、ドリスに呆れられるアスラン。無駄に考える癖があるアスラン、訓練校時代では、タイムアタックの際にそれで減点を食らったことがあるのだ。

 

しかし反面、安全、生存面での部隊運用はずば抜けていた。

 

「――――まあ、俺の取り越し苦労ならそれでいいんだが」

 

苦笑いのアスラン。その後、フンと鼻を鳴らし部屋を出るイザーク達に置いて行かれ、ニコルと二人っきりになった。

 

「――――アスラン、それは話せることなの?」

尚も心配そうにするニコル。思えば訓練校時代も後ろに彼女がいる時、安心した覚えしかない。

 

――――ニコルには、いいか

 

「――――コペルニクスからプラントに戻った話は知っているよな?」

 

「うん。その時に出来た友人がオーブに行ったんだよね。今はこんな状況だけど、いつか行ってみたい国の一つでもあるよ」

にこっ、と笑うニコル。彼女はこの件に関してはどちらも突っ込むべきではないと考えている。無論国民はふざけるなという感情だろうが、プラントにオーブと戦う余力はない。オーブも戦争論に傾くつもりもない。

 

それを差し引いても、オーブという国がその在り方がまぶしいと感じていたのだ。ナチュラルとコーディネイターが共に生きていける国。その課題に真正面から挑む姿勢。

 

彼女の手には届かない理想でもあった。

 

「あいつは――――キラは、ヘリオポリスに行くといっていた」

顔を伏せるアスラン。限界だった。罪悪感で視界が曇りそうだった。

 

「!!!」

そこで、アスランが抱えていた葛藤を思い知ったニコル。黙ってアスランの言葉を待つ。

 

 

「――――今回の戦闘で、ドリスから聞いた。あの付近にまだ逃げ遅れた民間人がいたという報告も。ザフト軍は民間人を殺傷しないよう、隊長から厳命はされていた。しかし実際はどうなっているか、確認もできない」

 

 

「俺があいつの日常を奪ったと考えると―――いや、奪った事実を受け入れるのが怖い。」

 

キラはきっとザフト軍を恨むだろう。どれほどの事情があろうと、彼は民間人なのだ。ザフトに恨みを持つ友人の姿を見るのが怖かった。

 

そんな彼の姿を見れば、自分の誓いが揺らぎそうになる。

 

戦争に参加した自分が間違いなのではないかと、そう考えてしまう。

 

「――――戦争なんです。誰が悪い、何が悪いと、私たち軍人は言及できません」

ニコルは少し間をおいて、アスランだけの責任ではない、個人の責任について言及はできないと言い張る。

 

「でも、そんな風に相手を気遣えるアスランの優しさは、尊いものだと思います」

その中でも、人を傷つけることを慣れるのではなく、その重みを感じられる彼の在り方を、尊いと彼女は言う。

 

 

「甘いだけだ。その甘さがいつか味方を殺す。その現実も、今は怖い――――やはり、ニコルは他の奴を―――」

その甘さに自己嫌悪しているアスラン。これ以上、自分のフォローをするべきではない、そう言いかけた。

 

「アスランのそれがどうしようもないのであれば、アスランをフォローするというわがままも、どうしようもありませんよ。私の我儘でやっているだけです」

真剣な瞳を向けながら、ニコルはわがままを通しているだけと白状した。

 

「私は、誰かに優しくできるアスランの在り方が、好きなんです」

そして、彼女はアスランを勇気づけるように微笑んだ。

 

 

「――――ニコル。」

 

 

「――――だから、気にしないでください。フォローしたり、迷惑をかけたりするのが仲間でしょ?」

 

そう言って、ニコルは部屋を後にするのだった。

 

 

 

残されたアスランは、

 

「――――ありがとう、ニコル。少し楽になった」

気持ちを落ち着かせ、出撃に備えるために心を整えていた。

 

 

 

一方、部屋を出たニコルは、

 

――――わ、私、なんて大胆なことを――――

 

アスランのことで一生懸命になりすぎて、本当にとんでもないことを言った気がする。

 

―――し、しばらくアスランの顔を見れないよぉ……

 

悶々としながら、ブリッツの調整に向かうのだった。

 

 

 

 

今回の作戦では、ヴェサリウス、ガモフ、タリウスに残る合計6機のジンの内、6機すべてが出撃する。新型も程なく動かせるようにはなるが、まだ時間がかかる。

 

アスランは凝り性なのか、手早く正確にイージスのOSの最終調整を終えていたが。

 

「オロール、マシュ、ヘリックとともに連合のMAと新型を撃破せよ。ついていきたいといったアスランの意地、あてにさせてもらうぞ」

 

「ああ。わかっている。」

 

 

メビウス・ゼロ二機に恐らく動かせるのは一機のみ。イージスのログに残っていたGシリーズの目玉と言っていい機体。

 

X105ストライク。ストライカーパックによって、状況に応じて兵種を変化できる革命的なシステムを積んだ試作機。

 

 

兵器としての応用が利く、幅の広さは脅威だ。ユニットなしでもあの運動性能だ。

 

 

キラの安全を祈りながら、アスランは僚機とともにヘリオポリスへと進撃する。

 

 

 

 

そして連合側。早々にムウとエリクのメビウス・ゼロが出撃し、ジンに応戦する。

 

 

「おいおい、拠点攻撃用重爆撃戦装備だと!! あの野郎、本当に人の嫌がることしかしないな!!」

ムウはジンの装備を見て毒づく。

 

「使われる前に落とさないとやばい!! コロニーがもたない!!」

 

 

ガンバレルを展開し、ジンに対応する二人だが、その前に立ちはだかる者がいた。

 

「過去の戦線での話は聞いている。油断なくやらせてもらうぞ、エリク・ブロードウェイ!!」

 

コーディネイターでありながら、連合に所属する男。意識しないわけにはいかなかったアスラン。

 

 

サブのレールガンで牽制するも難なく回避するイージス。やはり乗っている相手も固定砲台の攻撃ぐらいではあたってくれない。

 

「けど、これならどうだ、赤いの!!」

 

 

ガンバレルを展開し、多角的な同時攻撃を仕掛けるエリク。さすがに初見の攻撃に戸惑うアスラン。

 

四方を囲まれ、それぞれが独立してアスランを照準に入れようと殺到する。

 

 

「くっ、これがガンバレル」

 

視線を絶え間なく動かし、何とか回避しようとするが、完全回避ができない。

 

その内の左斜め後ろに位置したガンバレルの攻撃を避けたが、本命の主砲の一撃を真正面から受けてしまい、コックピット内部に強い衝撃を感じる。

 

「ぐっ!!」

フェイズシフトがなければやられていた。この攻撃に初めから対応できたクルーゼ隊長はやはり次元が違う。

 

一方、エリクは直撃したものの、ほぼ無傷のイージスを見て舌打ちをする。

 

「くっそ!! レールガンが通らない!! いわんこっちゃない!!」

 

フェイズシフトが無限というわけではない。攻撃を受け続ければいずれエネルギーが尽きる。しかし、それまで自分はアークエンジェルの防衛に向かえず、ムウ一人に母艦を支えることになる。

 

―――ぜいたくを言っている場合じゃないんだよ!!

 

民間人を戦闘に巻き込むわけにはいかない。だが、リオンとキラはすでに戦闘に巻き込まれ、モビルスーツを動かした。

 

彼らはもう無関係ではないのだ。

 

 

そしてムウも、大型ミサイルを撃たれる前に撃墜するという縛りを加えられ、発射前に仕留めるという目的を果たせずにいた。

 

「くっそぉぉぉ!! 迎撃は期待できないし、俺が踏ん張らなきゃまじで落ちるじゃねぇか!!」

 

アークエンジェルの火器管制は素人同然の命中精度だ。いずれは調整が利くのだろうが、今利いてほしかった。

 

 

6機のジンの内、2機がたった今アークエンジェルに向けて4つのミサイルを発射したのだ。

 

 

「おいおい、勘弁しろよ!!」

 

弾幕が薄いところから撃たれては、直撃コース間違いなしだ。

 

 

ガンバレルを展開し、うちと落としにかかるムウ。その際も残りのジンがムウに襲い掛かる。

 

「ミサイルはやらせんぞ!!」

 

「よそ見するな、鷹野郎!!」

 

左翼、前方より突撃銃の強襲を食らい、回避に専念せざるを得ない。高度を下げ、突っ切るように弾幕から逃れるムウ。ガンバレルも被弾しないように動かし、ムウの空間認識能力をいかんなく発揮した見事な動き。だが、ムウは必死だった。

 

 

ガンバレルの喪失はゼロの戦闘力低下を意味する。

 

これ以上少ない戦闘力を落とすわけにはいかないのだ。

 

「よけろっ!! アークエンジェル!!」

 

 

 

しかし、ムウの願いもむなしく、うち漏らしたミサイルがアークエンジェルの装甲に直撃してしまう。

 

 

 

轟音とともに、アークエンジェルが揺れる。

 

「――――まずいな」

 

「そんな、このままじゃ――――」

 

 

避難した民間人たちと同じ場所にいたリオンとキラは、モニターで戦況を眺めていた。モニター外から受けた攻撃が、この船を揺らしたのだ。

 

 

「――――」

厳しい表情でリオンをにらむカガリ。リオンが何を考えているのかがわかる。

 

「――――二人は無理でも、俺はギリギリ言い訳が通る。」

アサギとカガリは軍籍とそれに近いものに縛られている。動きようもない。だが、自分はまだ民間人。後で言い訳やへ理屈はどうとでも作れる。

 

「――――お前に人殺しをこれ以上させるわけにはいかない」

 

 

「もう5,6人以上殺した。きっとそう遠くない将来、数えることをやめる気がする」

なんでもなさそうに言うリオン。もう気にするなと。

 

「――――けど!」

 

「ここで、手が汚れるのが嫌です、だからみんなが死ぬ―――――そんな情けない理由で死にたくはないし、カガリとアサギさんを死なせるつもりはない」

 

カガリは否定したかった。それでは、リオンとあの少年を戦場に誘ったあの軍人たちと同じだと。あの理屈を認めるわけにはいかなかった。

 

「――――必ず帰る。カガリは将来の姿と同じく、どんと構えておけ。」

リオンの決意は固く、カガリはそれを聞いて両手で顔を覆う。

 

「――――すま、ない――――」

 

「カガリ様。リオン君は約束を破りません。私が傍にいる前から、ずっとそうだったのですから」

アサギが元気づけるようにカガリに言い含める。二人の関係性は自分よりも当然深い。だからこそ、彼は約束を守らない男ではない、必ず生きるという選択肢を捨てない。

 

「カガリを頼みます、アサギさん」

一礼し、アサギにカガリのことを任せるリオン。

 

「民間人の貴方にこんなことを頼むのは大変不本意よ。今でも止めるべきだと思う」

アサギも心の奥底では納得していない。だから、そのほんの少しの不本意が口に出てしまう。

 

 

「貴方は正規の軍人ではない。だから、武運は祈らないわよ。」

 

 

「――――はい」

当然だ。これは自分の我儘なのだから、リオンは心の中で納得する。

 

 

「すみやかに鎮めて、すぐに戻ってきなさい。」

 

 

「ああ、すぐに戻るさ」

薄く微笑んだリオン。当然だと言わんばかりに縦に頷き、後ろを振り返る。

 

 

そんなリオンのやり取りを見ていたのはキラ・ヤマト。どうやらこちらはリオンよりも早く覚悟が完了していたようで、彼のことが気になっていたのだ。

 

「――――あの、リオン、さん」

 

「リオンでいい。行くぞ。」

 

「はいっ!!」

 

 

劣勢を強いられるアークエンジェル。その戦局を打開すべく、二人の少年が立ち上がった。

 

 

 

 

 

 



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第11話 紅の闘争

遅れました。


整備班の長であるコジロー・マードックはいきなり現れた少年に驚きを隠せないでいた。

 

「すぐにモビルスーツで出る。道をあけてもらう」

 

「これ以上この船を傷つけるわけにはいかないでしょう!? 出させてください!!」

 

高圧的なリオンと、必死な様子のキラ。対照的な態度だが、その目的はどちらも同じだ。

 

そして、曹長でしかない自分が判断できるものではない。

 

 

「どうしやすか、艦長!! 坊主どもがモビルスーツに乗るといって聞きませんぜ!!」

 

 

そして、戦闘中に頭痛がするような問題を投下してきたマードックに対し、

 

「後にしろ!! 今は戦闘で手が空けない状態だ!! 子供のままごとに付き合う余裕はない!!」

怒鳴るような声でナタルが、キラたちの要望を切り捨てた。

 

「ええ。民間人を戦場に出すわけには――――」

マリューも、ナタルに同意しかけた。だが――――

 

 

「ブロードウェイ中尉はイージスと交戦中!! 身動きが取れません!! 直掩のフラガ大尉もジンを抑えきれません!! 迎撃が追いつきません!!」

ジャッキー・トノムラ伍長がCICを担当しているが、まだ調整中、戦闘など想定していないアークエンジェルでは限度があり、被害が拡大しつつあると叫ぶ。

 

直掩のフラガ機、イージスを足止めしているエリク機も劣勢を強いられており、このままではジリ貧だ。

 

「――――――」

マリューは現在自分たちが置かれている状況を思い知らされている。理解していたつもりだった。だが、現実はその通りだった。

 

 

想定していた苦戦のレベルを超えていた。アークエンジェルがまともに動かない。イージスを押さえているとはいえ、エリクのメビウスでは決定打を与えることが出来ない。

 

ムウも危険な役回りをさせている。

 

「艦長!! 指示を!! このままでは沈みますよ!!」

悲鳴に近い声でナタルが叫ぶ。

 

「弾幕を張って! とにかく距離を詰めさせないで!!」

 

「しかしっ!! それではコロニーへのダメージが!」

 

「――――悔しいけど、今は手段を選んでいられる立場ではないわ。責任は私が取ります」

艦長として、すべての船員、避難民の命を預かる身として、理想を追い求める場合ではないのかもしれない。

 

「――――それと、ストライクと他に出せる機体はありますか、マードック伍長?」

藁にも縋る思いであり、情けない気持ちでいっぱいだった。だが、自分が指示をしなければ、きっと誰も動かない。このままこの船は沈むだろう。

 

「艦長!?」

わかっているのだ。戦闘に参加しているものとして、ナタルも現状が厳しい戦闘であることを痛いほど理解している。

 

 

「――――特例として、本艦への脅威が消えるまで、二人には軍事行動に参加してもらいます。それで―――」

 

 

超法規的措置であることは明白だ。マリューは簡単な決め事を決め、リオンとキラがそれを了承するという形で、特例が生まれた。

 

 

 

「わ、分かった。ではすぐに準備してくれ。情けないことだが、あまり持ちそうにない」

ナタルも最終的には折れ、リオンの主張を容認した。

 

 

「賢明な判断、感謝する。」

 

 

「―――――」

リオンは、非常事態において自然体なままだ。キラはそんな姿を見て自分がなぜ慌てているのかが分からなくなりそうだった。

 

――――この人は、いったい――――

 

 

 

しかし出撃の際にトラブルが発生。

 

 

現状鹵獲したジン以外はすぐに動かせることが可能だが、ストライクに関してはストライカーパックに限りがあり、デュエル二号機を優先して動かしてもらいたいらしい。

 

 

よって、ストライク二号機は使えないということだ。

 

 

 

代わりにリオンが搭乗するのは、赤い基調で装甲が変色するデュエル二号機。一号機とは色違いのものだ。

 

「分かった。では俺がデュエル二号機に乗る。ストライクはキラに任せた」

 

 

 

コックピットに先に乗り込んだリオンを見ながら、キラは思う。

 

 

―――――おかしいよ。この人は―――――

 

 

 

 

「カタパルト接続。装備はエールストライカーを選択。システムオールグリーン。進路クリア、発進を許可する」

パル伍長の声とともに、まずはストライクに乗るキラが出撃する。

 

キラは発進前にフェイズシフトをその場で展開させる。すると、灰色の色が赤、白、青と部位ごとに色付けされ、鮮やかな色合いに変化したのだ。

 

「―――――ッ! キラ・ヤマト、ガンダム、いきますっ!!」

考え事をしていたキラは意識を切り替えるのにまだまだ決心がついていなかった。余計な雑念を抱いたまま、機体とともにカタパルトから飛び立っていく。

 

 

 

「ストライク、なんだけどな」

ぼそっとパルがつぶやいた。

 

「OSの頭文字がガンダムなんです。彼が愛称として呼ぶ理由ですよ」

リオンはキラが言い放った愛称について軽く説明した。

 

「なるほどな。それと、坊主。機動戦は頼んだぞ。」

 

 

「分かりました。」

 

 

「カタパルト接続、システムオールグリーン、進路クリア、発進を許可する。」

 

 

「リオン・フラガ。デュエル、出ます」

 

 

出撃と同時に、フェイズシフトを展開するリオン。こちらは白い肢体と赤を基調とした部位が強調されており、メインカメラは一号機とは違い、黄色く光っており、V字アンテナも金色に輝いていた。

 

 

初期装備のビームライフルとラミネート素材で出来た、対ビームシールド、そして背中に収納されているビームサーベル。

 

「――――十分だ。」

 

 

モニターに映る大型ミサイルを発射しようとしているジンを見つけたリオンは、薄く笑う。

 

 

 

「よし、これでとどめをさせ!! オロールっ!!」

 

「任された!! これで終わりだ、ナチュラルめ!!」

 

ザフト軍兵士が乗るジンがアークエンジェルを追い詰めていた。大型ミサイルで傷ついたとはいえ、耐久力に関しては並の戦艦ではない。

 

油断なく念入りに攻撃を加えようとしていた。

 

 

「がっ!」

 

レーダー警報もなく、ジンのコックピットにビームの閃光が通り過ぎたのだ。大きな穴を開けられたジンがスパークを起こしながら爆散した光景を見て、残された僚機が辺りを警戒する。

 

「くそっ! どこから?」

その際に、僚機から敵MSが二機出撃したとの報告が来た。

 

「マリオとヘリックは何やってやがる!!」

 

目の前の赤い機体はそんな甘えを許してくれない。この機体がたった今、オロールを殺した敵なのだ。

 

目の前の敵は、ロックオン機能を使わずに、マニュアルで照準を合わせたのだ。これを異常と呼ばずして何という。

 

 

「この、なめるな!!」

 

突撃銃で攻撃するも、横に逃げられてしまう。このままでは回り込まれる。

 

「させるかっ!!」

回り込ませないように接近しながら突撃銃で猛追するジン。敵は相当勘が鋭いらしく、不規則な機動ですべての攻撃を回避して見せる。

 

右へ行くと思えば左へ、左と思えば下に。反転して確実に距離を詰めてくる。

 

まるで、動きを確かめるかのように。そんな相手をなめたような雰囲気すらある赤い機体。

 

 

「お前たちが、俺たちを――――」

コーディネイターである自分たちが見下されている。こちらの正義を阻む敵がいる。

 

正面から馬鹿正直に突き進んでくる。どこまでも舐めている。

 

「見下すなぁぁぁ!!!!!」

 

実体剣を引き抜き、横薙ぎに振るう。今までの動きから、縦の回避が得意そうに見えたのだ。

 

 

ガンっ!!

 

しかし目の前の赤いデュエルは、盾を使ってその斬撃を逸らし、ジンの体勢を崩した。

 

「な、あぁ――――」

 

気づいた時には、モニターに桃色の光が迫っていた。

 

 

「サーベルは振るうよりもこれか。本当に使いにくい仕様だ」

サーベル同士が今は鍔迫り合いが出来ない仕様なのだ。ならばわかりやすく軌道を悟らせるのではなく、攻撃と同時にサーベルを発生させる。

 

いわば、スタンガンのような使い方に近い。

 

これで2機撃墜。ザフト軍の間でも、戦況有利だったはずが押し込まれつつあることに気づき始める。

 

「どうなっている、ジンが二機やられた!?」

アスランはエリクを相手にしながら、味方がやられたことを知る。

 

「敵の抵抗が弱まったか。ならば!!」

エリクもこの状況の追い風を受け、アスランに逆襲。決定打を与えられないが、地道に攻撃を当て続け、エネルギー切れを狙う戦法に切り替えた。

 

「くっ、いい加減!!」

ガンバレルの攻撃方法に苦戦するアスラン。まだここを離れることが出来ないでいた。

 

 

そして、ムウの救援に向かったキラは、4機のジンを相手に踏ん張っていたムウに通信を入れる。

 

「戦列に参加します!! 僕が前に出ます!!」

 

 

「最高のタイミングだ!! 後ろは任せろ!!」

 

 

ストライクが前衛に出て、ライフルで相手をかく乱。陣形を取ってムウを倒そうとしていたので、その陣形がまず乱れた。

 

「新型!? 出られないんじゃなかったのか!!」

 

「今更逐次投入かよ!! なめやがって!!」

 

ライフルの射撃にまだ不慣れなキラ。なかなか攻撃が当たらない。

 

「牽制だけでいい!! 後は任せろ!!」

 

しかし、キラの放ったビームを回避することに意識し過ぎたジンが死角から忍び込んでいたガンバレルの直撃を腹部に食らったのだ。

 

「ぐわぁぁ!!」

レールガンによってコックピットを貫かれたジンが高度を落としながら落下し、爆散する。

 

「エミルッ!!! うわぁぁぁ!!!!」

仲間の死に動揺したジンが、今度はキラのライフルの餌食となった。

 

「――――っ」

無我夢中だったとはいえ、人を殺した。その事実がキラに重くのしかかった。

 

「隙ありっ!!」

 

そして、戦場で止まった敵を見逃すほどクルーゼ隊は甘くない。残り二機となったとはいえ、何とかストライクだけでも倒そうと意気込むジンが一機、キラの前に躍り出たのだ。

 

「っ!!」

シールドを前にすることで、何とか寸前で防御できたが危なかった。

 

「後退しろ、坊主!!」

 

そのまま押し負ける形となり、キラがジワリジワリと後退すると、おびき出されたジンは、網に張られた魚のごとく、ムウの四方からのガンバレルの餌食となった。

 

「あぁあっぁ!!!」

避けようともがき、右翼の攻撃は避けたが、背後と正面、左翼の砲撃が直撃してしまったジンは、突撃銃をストライクにうちながら爆散した。

 

「――――!!」

死の間際であっても攻撃をやめなかったジンに気おされたキラは、しばらく動けなかった。

 

 

「残り一機――――おろ?」

 

ムウが残り一機のジンを撃墜しようと動いたが、目の前で下からコックピットを撃ち抜かれた敵機の姿を見た。

 

 

「――――こんな敵に苦労しているとは、先が思いやられる」

 

「ハハハ、痛いところを付くなぁ」

リオンの皮肉に苦笑いのムウ。実際、リオンが参戦したことで、アークエンジェルに攻撃を加えた二機が瞬殺され、ストライクの危機にすぐに駆け付けて最後の一機を一撃で仕留めた。

 

――――お前が強すぎるだけなんだよなぁ

 

心の中で、ムウはリオンの規格外を感じていた。

 

「後は、あの赤い可変機。すぐに仕留める」

 

そう言って、イージスへと向かうリオン。血気盛んなことだとムウはお気楽な気持ちになった。

 

 

「そんな!? ジンが全滅!? この短時間で!?」

 

モビルスーツが出撃したことで、瞬く間に2機が、そして残るすべての僚機が撃破された。アスランにとっては驚きの連続だ。

 

「後は俺が引き継ぎます。中尉は下がってください」

 

「助かる、弾薬が心もとなかったんだ」

 

エリクはリオンの言葉に従い後退。代わりにリオンがアスランの前に対峙する。

 

「新型!!」

アスランは悟る。間違いない、あの時ラスティを殺した奴だ。はっきりと証拠があるわけではない。だが、目の前の敵から感じる強烈なプレッシャーは忘れることが出来ないあの雰囲気とよく似ている。

 

 

「――――機体だけ返してもらうぞ、それはモルゲンレーテで有効活用するべきものだ」

 

ただし、パイロットの命は知らない、とリオンは独り言をつぶやいた。

 

 

その際、相手のイージスから通信が入る。

 

「聞こえるか、デュエルのパイロット!!」

 

「???」

敵のかく乱か、油断なくライフルを構えるリオン。

 

「キラ、キラ・ヤマトを知っているか!!」

 

そこで、信じられない、敵が本来なら知るはずのない名前が出てきた。

 

「――――キラを知っているのか?」

彼の過去はよく知らないが、キラのことを知っている人物。リオンのキラへの疑念が少しだけ深まった。

 

「――――キラがいるのか!? どこにいる!!」

キラを知っているそぶりを見せただけで、相手方のアスランは動揺し、その所在を尋ねてきた。

 

「投降すれば教えてあげるよ」

冗談でもその言葉を言ってみるリオン。おそらく許容できないだろうが。

 

「――――それは出来ないっ!!」

 

サーベルで斬りかかるイージス、そしてそれを盾で防ぐデュエル。ぐるぐると回り、互いの有利な場所を探し回る。

 

 

埒が明かないとリオンが距離を取る。それを追うアスラン。彼には聞かなければならないことがある。

 

キラのことを知っている。それはアスランにとって重要なことだった。

 

「っ!!」

 

頭部バルカン砲で牽制を入れてきたデュエル。イージスの頭部を狙う攻撃に、アスランの背中に冷たいものが流れた。

 

――――まさか、メインカメラ付近を狙って撃ってきたのか!?

 

ロックオン警報もなし。今度はライフルを構えてきたが、こちらも警報が鳴らない。

 

「ちいっ!!!」

 

回避運動を取るアスラン。とにかく避けないといけない。これはもう生身での白兵戦と同じだ。

 

イージスのコックピットを狙った一撃を何とか回避したアスラン。その反動で機体が大きく揺れる。

 

「ぐぅぅぅ!!」

ここまで相手の攻撃に神経を使うのは初めてだ。避けられたのは運が良かったというしかない。

 

 

「ほうっ、避けるか。だが、これならどうだ?」

 

 

よろけているイージスに容赦のない攻撃を加えるリオン。それを何とか防いではいるが、攻撃のタイミングを失うアスラン。

 

「――――くそっ、このままでは!!」

 

 

 

その戦闘の様子を見ていたアークエンジェルは、

 

「瞬く間に戦況が一変した――――」

ノイマン操舵手がリオンの駆るデュエルの圧倒ぶりに息をのんだ。

 

「これが、新型MSの力。」

 

「ここまで、なんて――――」

マリューも、そしてナタルも苦渋の決断だった。だが、蓋を開けてみればリオン一人で戦況を一変させた。

 

圧倒的な戦闘能力で敵を圧倒し、今もコーディネイターが乗っているイージスを圧倒している。リオン・フラガのパイロット適性は自分たちでは測りきることが出来ない。

 

まさに鬼神。モビルスーツの操縦に関して言えば、天才という単語で片づけることが出来ない異質な強さ。

 

まるで誰かの戦いをなぞっているような動きだ。

 

 

モニターでリオンの奮戦ぶりというよりは、無双ぶりを見ていたカガリとアサギは、

 

「ほら、リオン君は約束を守りますって」

 

「あ、ああ。だが、あんなに――――」

 

カガリは不気味なほど器用に、そしてうまくMSを扱うリオンに不安を感じていた。

 

――――あんなリオンは知らない。リオンは、技術者として優秀で――――

 

今のようなモビルスーツの腕が良かったという話は聞いたことがなかった。

 

「――――リオン……」

 

 

自分の知らない彼がいる。リオンが抱える何かを、以前から薄々感じてはいた。

 

――――けど、これはお前のやりたかったことじゃないだろ?

 

 

 

 

カガリの眼前でも行われているイージスとデュエルの戦い。戦況は明らかにリオン有利で、イージスが追い込まれつつあった。

 

不意にデュエルの攻撃の嵐が弱まる。回り込む動作に比重が重くなった。

 

――――これなら……っ!?

 

スラスターを限界ギリギリまで吹かせ、デュエルの前に先回りしたアスラン。そのままライフルで狙おうとするが、

 

「おっと」

頭部を狙ったライフルのビームを最小限に動きで躱された。しかも、スラスターをあまり使わず、頭を動かすだけでだ。

 

その直後にバルカン砲がイージスのライフルを捉えたのだ。

 

「しまった!!」

 

スパークを起こすライフルをとっさに投棄し、シールドで爆風から機体を守るアスラン。その瞬間に正面が爆風で覆われ、一瞬だけデュエルの姿が見えなくなる。

 

「くっ、デュエルは……下っ!?」

驚きとともに盾をした側に構えるが、サーベルの一撃が其れ、イージスの右肩を貫いたのだ。

 

「うわぁぁぁ!!!」

そのまま機体ごと体当たりをされた衝撃で、激しく揺れるコックピット部分。強い嘔吐に襲われるアスラン。

 

 

――――ここまで、なのか

 

薄れゆく意識の中、自分よりもはるかに格上の相手にとどめを刺されそうになっている光景を見て、アスランは走馬灯のようにこれまでの記憶が流れてきた。

 

 

――――フィオ、ナ……

 

銀色の髪の少女を悲しませることになる。それだけが分かった。

 

 

 

そして、同じ部隊の同僚で、自分を気遣ってくれる優しい少女が涙を流してしまう。

 

 

――――そう、だな……

 

 

 

―――でき、ない……な。そんな、ことは――――

 

 

彼女らを残して、死ぬわけにはいかない。

 

 

 

「っ!!」

 

その瞬間、アスランの頭の中で何かが目覚める。

 

 

「――――っ!?」

戦いを有利に進めていたリオンに初めて驚愕の表情が現れた。同時に感じた背中を刺すような寒気。

 

 

――――雰囲気が、プレッシャーが変化した!? 何っ!?

 

リオンがその勘を頼りに回避しなければ、イージスの三本のサーベルによって撃墜されていたという事実が残る。

 

目の前のイージスは、両足と右腕からサーベルが出ていたのだ。とすると、寒気の原因は両足のクロー。

 

「隠し腕ならぬ、隠し脚、か。足癖の悪い奴だな」

 

 

急に動きが読みにくくなった。流れるようなサーベルの斬撃。きりもみキックのように連続で足のサーベルを振るい、デュエルを後ろに退かせる。バレルロールしながらバルカンで牽制を入れつつ、袈裟斬りがリオンを襲う。

 

「まるで獣だな、それはっ!!」

 

その袈裟斬りを盾で逸らしたリオン。これまではそれでとどめをさせたが、その直後に足の一撃がデュエルに襲い掛かる。

 

「!!」

その一撃を完全に回避することが出来なかったリオン。ライフルを両断され、すぐに投棄するリオン。

 

――――なるほど、これは鹵獲なんて余裕はないな

 

 

「なら殺してやるよ―――――むっ」

 

 

目を細めるリオン。これは間違いなく殺す必要がある。しかし、爆風を見た瞬間にイージスはMA形態に変形し、速やかに現宙域から離脱していったのだ。

 

「―――――退くタイミングも完璧だな。手ごわい相手だ」

追撃をしてもいいが、外にはナスカ級がいる。迂闊に飛び込むわけにはいかない。

 

 

対してアスランのほうは、

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ………ぐっ」

荒い息をしながら、頭を押さえていた。急に思考が鮮明になり、反射的に動いていたような感覚。かなりの疲労感を感じていた。

 

――――フィオナとニコルに、助けられたな

 

あのままあのよくわからない状態で戦っていても、勝てていたかどうかもわからない。敵は鹵獲を主体としていた。だが、かなり刺激したせいで完全に排除対象に変わったことが予測できた。

 

しかし、そのトリガーを引けなければ間違いなく負けていた。その引き金だったかもしれない彼女らに感謝しかなかった。

 

――――何とか帰れる……

 

 

アスランは、気持ちを落ち着かせながら帰投する。だが、このことは恥ずかしくて上官にも、そしてニコルやフィオナにも一生言えない事柄だと苦笑いする。

 

 

――――けど、フィオナとニコルは、俺にとって――――――

 

 

一体何なのか。死ぬ間際に彼女らが思い浮かんだ理由に首をひねるアスランだった。

 

 

 

 

 

 




アスラン君のほうが主人公している・・・・

本作のアスランは、無駄に鋭く、無駄に鈍感で、無駄に気配りができます。


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第12話 漆黒の空へ

イージスの急な覚醒じみた動きにより、アスランを取り逃がしてしまったリオン。

 

 

「奴の気迫に圧倒されたか。私もまだまだだな」

悔しそうな言葉を漏らすも、そこまで口惜しさは感じられないリオン。

 

 

「――――ラミアス艦長。敵は後退していきます。機動部隊はローテを組みつつ哨戒活動にあたり、引き続きヘリオポリス内での物資の積み込みを具申します。ブロードウェイ中尉の目論見通り、ほぼすべてのザフト軍MSは撃破しましたが、まだ奪取されたGが残っています。気を緩めることはできません」

リオンは逃げていくイージスを追撃するのではなく、アークエンジェルの安全確保を優先し、物資の積み込みを急ぐべきだとブリッジの面々に勧めた。

 

「え、ええ。アークエンジェルはひとまず着陸し、可能な限り物資の積み込みを行います」

 

「ローテで24時間。ストライクとフラガ大尉、デュエルとブロードウェイ中尉の2交代で順次警戒するように。エネルギーはまだ余力があるとはいえ、一度帰還せよ、デュエル」

マリューも物資の問題は死活問題であるため、異論はない。ナタルもそうだが、デュエルのエネルギー残量を考慮し、一度戻るよう命令を飛ばしてきた。

 

「了解。すぐに帰投する」

 

 

記念すべき連合軍の公式記録に残る、MSの実戦投入。その戦闘が終了した。

 

 

一方、命からがらヴェサリウスに戻ることが出来たアスランは、事の詳細をクルーゼに報告する。

 

「ええ。あの戦艦には、私や隊長に全く引けを取らない実力者がいます。MA二機を相手取った時点では戦況も有利でした。しかし―――」

 

戦闘ログに残されているデュエル二号機の戦闘能力ははっきり言って異常そのものだった。

 

瞬く間にジンが二機撃墜され、その戦況が変わった。全てのジンは撃破されていき、同じ新型MSのイージスも圧倒された。

 

――――しかしあの口ぶりから、キラのことを知っている? まさか、あの船の中に

 

だが、それを隊長にいうつもりはない。余計なことを言えるのは、彼女一人だけだ。

 

「なるほど。私もやつとは一戦交えたが、なかなか見ない実力者だったよ。アレが連合の手に渡る、それだけは何としても阻止しなければならなかった」

仮面の下にある素顔は見えない。同じトーンで話す彼の口調から感情を読み取れないアスラン。

 

「では、今後の追撃はどのように」

 

「ドリスには怪我の回復次第で予備のシグーを与える。後は新型のGをありがたく使わせてもらうとしよう。せっかくの兵器だ。データの吸出しも終わっているからな」

 

「――――了解しました」

 

 

報告が終わり、自室へと戻る途中にニコルが血相を変えてやってきた。

 

「アスラン!! 無事だったんですね!!」

見た目では目立った外傷もないので一安心のニコル。しかし、

 

「――――味方は全部やられた。単騎であれと戦うのは厳しいな」

厳しい表情を崩さないアスラン。あのアスランが単騎での戦闘を厳しいといわせる強敵。ニコルの予測通り、連合は恐ろしい存在を誕生させてしまったかもしれない。

 

――――このままあの機体が量産されでもすれば、ザフトの優位性がなくなる

 

ザフトは、今のジンでは対応が出来なくなる。もっと高性能な機体を量産できるようにならなければ、この戦争に負ける。

 

「――――少なくとも、ストライク二号機と、デュエル二号機の搭乗者は強敵だということですね」

 

「いや、おそらくその二つの機体に乗り込んだ人物は同一人物だ。あのプレッシャー、忘れるわけがない」

 

その人物が同一人物であったことを喜ぶべきなのか。少なくとも、一人以上は脅威がいるということになる。

 

「今度戦うときは、絶対に一人で戦わないでくださいね」

ニコルは無茶をしがちなアスランにくぎを刺した。そんな危険な相手を仲間に晒すわけにはいかないと、無茶をするのがアスランという男だ。

 

「ああ、そのつもりだ――――」

ニコルの提案に同意したアスランだが、不意に頭を押さえる。

 

「アスラン?」

 

「いや、さっきの戦闘で不思議な感覚が俺を支配したんだ。思考がクリアに、単純な話視野も広くなったというか。そしてその感覚が突然切れて――――それで―――」

 

「――――そう、ですか。火事場の馬鹿力、とも何か違いそうですね」

ニコルはある程度のことをマルキオ導師から聞いていた。

 

Superior Evolutionary Element Destined-factor

 

=優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子

 

ナチュラル・コーディネイターを問わず現れるものであり、発現した人間は人類が一つ上のステージに進むための可能性が高まるとされる。発現状態の人間は全方向に視界が広がり、周囲のすべての動きが指先で感じられるほど精密に把握できる。これによって高い反射神経と把握能力を発揮し、戦闘や周囲の把握において力を発揮する、と言われている。

 

だが、未だそんな状態になった者はいないとされている。しかしもし、アスランがその力を持つ者ならば。

 

 

「――――あの状態になれば、奴とは渡り合える、かもしれない」

アスランは自分の中に眠る因子について考えるようになった。それが仲間を救う手立てならば、リスクを冒してでも得ようとする。

 

「――――アスラン………」

 

しかし、極限の集中状態であるために、人間性を喪失した状態になるとも導師は言っていた。あまり多用するべきではない。アレは確実に脳に負荷をかけていると。

 

「あまり無理をしないでください。議員はもちろん、あの子だって」

 

訓練校に入る直前、泣きながらアスランを止めようとしていた銀髪の少女を目撃したニコル。その人物がユニウス市の生き残りであることは知っていた。

 

アスランの知人が、またあんな顔をするのは絶対によくない。

 

「ああ。フィオナのためにも、父上のためにも、俺は死ぬわけにはいかない」

 

 

 

 

アークエンジェルはほぼすべての物資を可能な限り積み込むことに成功し、あとはヘリオポリスを出るタイミングを探っていたのだが、

 

「―――――恐らく、ほぼ半壊状態なのですが、軍港に漂流、もしくは堆積している障害物を取り除きつつ、進むしかないです」

 

航路を確認するうえで、エリクは真面目な口調で映し出されたヘリオポリス全域図を見て、正面玄関から出るしかないと具申した。

 

「ええ。半壊状態のヘリオポリスをこれ以上破壊しないために、ここから出るのはそこしかないようね」

 

「特装砲の威力を落としつつ、進路を確保。開いたと同時に最大船速で離脱、つうのが理想だよな」

ムウも現状コロニーを刺激しない方法はそれだと考えた。

 

「救命ポッドはすでに射出されており、オーブ宇宙軍が回収に向かっているそうよ」

オーブの動きは速かった。宇宙軍をすぐに編成し、ヘリオポリス襲撃の際にはすでに出撃していたのだ。もう間もなくヘリオポリスの宙域に姿を現すだろう。

 

「まじか。けど、アークエンジェルが遭遇すると厄介なことになりそうだな」

ザフトはこの戦艦を狙っている。だからこそ、救命活動中のオーブ軍の邪魔をするわけにはいかないのだ。ムウは苦い顔をする。

 

つまり、現在アークエンジェルが収容している民間人を引き渡すタイミングが失われることになる。

 

「――――仕方がない。他の民間人の生命を危険に晒すこと、自分たちが早く解放されたいという願望とでは、とてもではないが釣り合わない」

リオンは、口惜しいが今回の合流はあきらめるべきだと考えていた。

 

「――――お前本当に民間人か? いや、あの家だし。まあ、あり得るのか」

ムウは、民間人と自分を分けるかのような言い方に、やはり彼はただ者ではないと考えていた。その思考はまるで貴族そのものだ。

 

 

 

「しかし、想定内とはいえ、物資の補給は万全とはいいがたいですね」

 

「ないよりはましよ。後は近い宇宙港で補給を受ければ問題がないはず」

 

アークエンジェルは減速しつつ前進。障害物を先回りしていたMSで取り除き、ヘリオポリスからの脱出を図っていた。

 

 

 

オーブ本国では、すでにヘリオポリス襲撃の知らせは届いており、国民も今回のことで非常に衝撃を受けていた。

 

セイラン主導の元、モルゲンレーテが秘密裏に連合と技術協力をしていたこと、それが原因で事の発端が起きたこと。サハクはセイランを捨て鉢にしたのだ。

 

連合とつながりのあるセイランというフレーズ。信憑性も高く、国民はすぐにそれを受け入れた。その上ウズミ代表も今回の件で安全保障を徹底できなかった責任を取り、ホムラ氏に内閣の座を譲ることで、一応の騒ぎは収まりつつあった。

 

「キュアン、あれ以降リオン君と連絡が取れないわ!! まさか―――」

口元を手で覆い、今にも泣きそうなエリカ。ザフトは民間人への攻撃は禁じたというが、今も安否が定かではないヘリオポリスの住民。

 

「死地を掻い潜るのはあいつの十八番だ。俺が危惧しているのは、連合と遭遇していることぐらいか」

キュアンはリオンが連合と接触し、彼の能力が発露していることを心配していた。

 

「リオン君の、MSにおける技量――――」

エリカも技術者の顔となり、リオンの作った試作型OSのことを思い出していた。

 

一応、訓練すればものになるとはいえ、やはり扱いは難しい。即応性は言うことがないのだが、機体がとにかくピーキー過ぎるのだ。誰もがリオンのように動けるとはいかない。

 

リオンは複数の仕事を同時進行していたのもあり、OS開発はまだまだ成果を上げていない。

 

「――――それに、リオン自身の力。あいつの力は、いわば反則に近い」

俺よりもよっぽど遺産の才能に引き寄せられている、とキュアンは言う。

 

「――――空間認識能力、反射神経、運動神経、思考の速さ。一番はその危険予知能力」

超人と言われる人間のあらゆる要素を押さえつつ、第六感というべき能力。

 

その予兆を正確に読み取り、対処できる能力。これは有視界戦闘において重要なものになるだろう。

 

「――――別世界における新人類。宇宙に進出した人類が適応した姿。私には想像もつきませんよ。そんな存在」

 

まだ雲の上の存在。存在自体が明確にされていなかった定義。

 

 

「―――――あいつが連合に取り込まれること自体は、避けないといけない」

 

リオンも抵抗するだろうが、もしもということもある。彼にあった機体を用意し、彼の力を発揮できる環境が用意されれば、瞬く間に戦況はひっくり返るだろう。少なくとも、局地戦等において彼と戦える敵は稀だろう。

 

「まあ、あいつはカガリを裏切らない。必ずあいつは彼女とともにいようとする。あいつのそばにいるだろう二人も、きっと無事だ」

 

「ええ。そう、ですね……ですが、ギナ様がカガリ様に意図的に情報を流したのは本当でしょうか」

そしてカガリ出立の原因ともいえる情報漏洩。

 

「そう、だろうな。昔から奴は姫を敵視していた節がある」

 

それに一口噛んでいるとされるロンド・ギナ・サハク。ウズミ氏の退陣後に動きが若干見られたが、サハクの世間からの風当たりも強く、未遂に終わった。

 

彼の野望は、オーブを焼きかねない。危険な思想だ。

 

――――いずれこの件もけりをつけないといけないな―――

 

オーブの平和を脅かす存在は、何であっても許すわけにはいかない。たとえ、それがどんな存在であろうと。

 

キュアンはあの双子の兄妹をさらに危険視するようになっていく。

 

 

一方、ヘリオポリス襲撃のニュースを聞いたある一家は、

 

「お父さん、オーブは戦争に巻き込まれないよね?」

 

「ん? ああ。ザフトもオーブも互いに刺激を与えるわけにはいかないからな。奇跡的に民間人の死亡者はゼロだったと聞いているが、一部が連合軍の戦艦にいるらしい」

 

「なんでまた連合の船なんかに」

 

「おそらく逃げ遅れたんだろう。突然の襲撃だったんだ。オーブ政府と連合との情報交換で、詳細は明らかになったが、関係者以外は情報を伏せられている。個人情報だしな」

 

「――――モルゲンレーテの技術者としては、やはり今回の一件はどうしようもない。ウズミ氏の思惑も何となくだが理解している」

 

「――――難しいよなぁ、政治って」

 

「ああ。そうだな、シン」

 

 

一方、破砕作業をしつつ出口へと向かうアークエンジェルでは、今後の方針について議論がなされていた。最も、選択の余地はないのだが。

 

「アルテミスにやはり向かうべきかと。食料など生活面での物資は万全でも、武装面では心もとない状況です。懸案なのは水の問題かと」

 

ナタルは、アルテミスで補給を行う必要があるという。敵に遭遇しないのであれば寄り道をする必要性はないが、そうもいっていられない。

 

「そうね。けど現在この戦艦には所属コードがないわ。極秘機密とはいえ、相手もそれでは納得しないでしょう」

アークエンジェルには所属コードが存在しない。存在自体を秘密とされていた部隊なのだ。仕方のない点ではあるが、アルテミスで騒ぎが起きる可能性がある。

 

「―――なら、このまま月基地へ? かなりの高速船なんだろ?」

 

「そうであればいいのだけれど――――あのナスカ級が許してくれるかどうか」

 

 

出た瞬間に捕捉されるだろう。近くにはアークエンジェルを誤認させるような大きな熱源はない。宇宙に出ればザフトは必ず追ってくる。幸いなことに、試作型ストライカーパックを入手できたことだろう。積み込みに余裕が出来た分、運べるものを運ぶ。そのおかげで今後の戦闘がかなり楽になるだろう。

 

 

「しかしこのIWSP、ですか。デッドウェイトで使い物になりませんよ」

ノイマンは資料で拝見したストライクの所謂全部乗せのユニットを見て苦い顔をする。

 

「そうね。けど仕方ないわ。試作型、全距離対応型のノウハウは未熟だもの。小型化されていけばこの方面は陽の目を見ることになりそうだけれど」

 

 

「ストライク、デュエルのパイロットは機体にて待機。中尉と大尉も待機をお願いします。」

 

 

「了解。ここでダメージを与えれば、追ってこられないだろう」

 

「―――――了解」

リオンは今後追い回されるぐらいなら、ここで仕留めるべきだと考え、キラは戦闘の影響で緊張していた。

 

「同意見だ、リオン」

 

「そりゃあなぁ。クルーゼをここで倒せるなら全力を出せるけどな」

 

エリクはその言葉に頼もしさを覚え、ムウはクルーゼを倒せるチャンスと聞いて奮起するしかないと考えていた。

 

 

程なくして、出口が近づいてきた。

 

最後の区画に突入するアークエンジェル。これを抜ければ黒い闇が広がる宇宙空間だ。

 

「総員、警戒を厳に。出たと同時に敵は反応するわ」

 

 

「アークエンジェル、ヘリオポリスを離脱します!」

 

 

船体の前方部が宇宙空間に出た。程なくしてザフトに捕捉されるだろう。

 

民間人の居住エリアに映るモニターでも、アークエンジェルから見える宇宙空間の映像が広がっており、トールたちは固唾をのんで見守っていた。

 

「――――大丈夫、かな」

カズイが心配そうな声で、これから起きるであろう戦闘について不安を煽るような声色でみんなの前でつぶやいた。

 

「ああ。キラ、無理をしなければいいんだけど―――」

あのやり取りの後、キラはストライクに乗っている。戦闘を好んでするような性格ではない。しかし責任感を感じるタイプであることは知っているサイ。

 

 

 

「何もできないのは歯がゆいよなぁ」

トールも悔しそうな表情で、今頃ストライクに待機しているであろうキラのことを案じた。

 

「けど、私たちが何かできる、わけでもないし―――」

ミリアリアも、トールが良からぬことを考えて、戦闘の手伝いをする、なんて言い出しかねないか不安だった。だからこそ、もう自分たちにはもう手に負える状況ではないと言い切る。

 

 

「しかし、あのカガリとかいう女。かなり、ていうか変だったよな」

 

「ああ。一般人と話している感覚じゃなかったのは確かだ。カガリ・ヒラノだったっけ。オーブ代表の娘に似ている気がするんだよなぁ」

アルベルトの疑問にサイが肯定を返す。明らかに場慣れしている感があった。アサギという女性も従者そのものの行動だ。

 

「つうか、もしかすると本人かもな」

 

「おいおい。そりゃあないだろ。今頃本国で普通に毎日を過ごしているだろ、あの身分だと」

アルベルトの予想を本気にしたトールが、獅子の娘発言をするが、アルベルトはそれを否定する。

 

「それに、あんなガサツな奴が一国の首相の娘? もっとこう、上品な雰囲気だろ、お姫さまっていうのはさ」

 

 

 

それを聞いていたアサギは、この場にカガリがいなくて本当に良かったと心底思った。

 

――――ここでうかつに暴れると今度こそばれちゃう。

 

連合軍が獅子の娘をどう扱うのはわからない。おそらく、連合入りを強要する材料の一つにされる可能性が高いとリオンは言っていた。だから、アサギとカガリに出来るのは目立たないことだ。

 

―――絶対にカガリ様には聞かせられないわ

 

 

そんなやり取りをしていると、ついにアークエンジェルが宇宙空間を完全に出たのだ。

 

そしてそれと同時に、警報が鳴る。

 

 

「総員、第一戦闘配備! 繰り返す! 総員、第一戦闘配備!」

 

館内に鳴り響く警報音と、船員達への命令が飛ばされる。とはいっても、人員が足りていないアークエンジェルのクルーが持ち場につく時間はそれほどかからない。

 

 

 

網を張っていたザフト軍。

 

前方にナスカ級が2隻、ローラシア級が1隻いる状況。完全にこちらの道をふさぎに来ていた。

 

 

「やはり、ヘリオポリスを壊すという手段はとらなかったな」

クルーゼはずいぶん甘いことだと薄ら笑みを作る。連合の天使は民間人に対しては優しいようだと。

 

「こちらの出せる機体は5機。今回の戦闘では隊長も前に出るのですね」

アデスはクルーゼ自ら前線に出る重要性を認識していた。相手はそれほどの相手だということだ。

 

「ハーネンフースの作ったビーム兵器の出来が予想以上によくてな。これの戦闘データが欲しいという。ならば、私がそれを試し、本国の助けになるだけだよ」

本国で研究中だった小型ビーム兵器の運用。連合に先んじられる形となってしまったが、その試作型の兵器は無用の長物というわけではない。ありがたく使わせてもらうとクルーゼは言う。

 

「タリウスは前に出させるなよ。この戦闘の後にパイロットの補充のために本国へ戻る必要があるからな。まあ、ヴェサリウスとガモフもハンガーがさみしい状態であることは否めんが」

艦砲射撃での大天使の動きを封じるぐらいはできるだろうと軽く考えていたクルーゼ。この包囲網を少しでも厚くするために、無理を言ってこちらに来てもらった。

 

「了解しました、隊長。艦の指揮は私が」

 

「ああ。功を急ぐなよ、アデス」

 

 

 

そしてアークエンジェルは、その包囲網に対抗するための作戦を考えていた。

 

「やはり、モビルスーツはストライクとデュエルで対応し、艦船はフラガ大尉とブロードウェイ中尉で対処する、か」

 

リオンは溜息が出た。確かにメビウスではダメージを与えることはできない。しかしこうも傭兵扱いの自分に任せていいのかと。

 

「――――――」

一方のキラは初めての形式に則った戦闘態勢を前に、極度の緊張を強いられていた。

 

――――あまり当てには出来そうにないな。

 

リオンは弾幕を張るだけでもいいと考えつつ、彼に死なれたら寝覚めが悪いので、できる限りのフォローをすることにした。

 

「キラ。お前はそこまで前に出て戦うな。アークエンジェルの直掩について、離れるな。遊撃は俺一人で十分だ」

 

「――――」

キラからの反応が薄い。そこまで緊張しているのかとリオンは舌打ちをする。

 

 

「キラ・ヤマトっ!! 応答しろ!!」

 

「は、はい!!」

 

「乗るのは初めてではないだろうが、前にあまり出るな! 新兵以下の存在だ、お前は自分の命だけを優先しろ! 無茶だけはするなよ!!」

 

若干イライラが募るリオン。ルーキーに求めるようなことではない。しかし、これは人がいない弊害だとリオンはあきらめた。

 

 

「カタパルト接続。デュエル、スタンバイ。システムオールグリーン。発進を許可する」

 

「リオン・フラガ。デュエル、出る。キラ・ヤマトに無茶だけはさせるなよ」

 

その後、ストライク、メビウス・ゼロが続き、接近する機動兵器と刃を交えることになる。

 

アークエンジェルは迫りくる包囲網を掻い潜り、アルテミスへとたどり着けるのか。

 

 



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第13話 紅の衝撃

リオンがまず接近する4機。後衛にいる1機を相手にするべく前面に躍り出た。

 

 

「――――坊主、前に出過ぎだ!!」

 

ナスカ級を退ける任務を貰っているエリクは、リオンの無謀にも見える突出に怒鳴る。

 

「――――陽動は一機必要です。艦に取りつかれたら、それこそ火器管制が不十分なアークエンジェルが持ちません。」

 

冷静な状況判断を下し、自信を苛烈な状況へと追い込む。しかしリオンは追い込まれた感覚すらなかった。

 

 

今はこれしか状況がない。無理をする場面と無理をしない場面は心得ている。

 

 

ストライクに乗るキラはランチャー装備を選択。アークエンジェルの甲板近くに待機し、アグニを放つ。

 

「ええいっ!!」

狙いを定めて敵モビルスーツ群に砲撃を加えるが、各個散開され、狙いが定まらない。

 

「キラっ! 無闇に打つな!! アークエンジェルと連携して敵を追い込むんだ!!」

リオンはバカスカアグニを撃っているキラを注意する。

 

 

その時、警報音がリオンの耳に聞こえる。

 

「このっ!! 同じ機体の分際で!!」

イザークはまるで鏡写しのような敵機にイライラを隠せなかった。もう一機、デュエルが存在していた。それは仕方のないことなのだが、目の前にいていい気はしなかった。

 

ロックオンし、ビームを放つもたやすくリオンはそれをシールドで防ぐ。

 

「苛烈な攻撃だな――――陽動か」

 

ちらりと横を見ると、イージス、ブリッツが側面から回り込んでいるのが見えた。

 

 

不意にデュエル二号機がスラスターを吹かせる。ちょうどブリッツとデュエルの間に位置する宙域。リオンはまず厄介なイージスではなく、ブリッツとデュエルのやりやすいほうから始末することにしたのだ。

 

「なっ! 強引に包囲を!」

ライフルでその動きを阻止するニコルだが、バレルロールしながら回避し、即座にカウンターを放つデュエル二号機の動きは速い。狙いを定めようと、無意識のうちにニコルはデュエル二号機に近づいてしまう。

 

脚部バーニアで最小限の動きをもって回避行動を続けるリオンは、横目で接近するブリッツを見てほくそ笑んだ。

 

――――黒い奴が釣れたか。

 

 

「ふざけた動きをしてぇぇぇ!!!」

まるで遊ばれているような感覚、同じデュエルでもこうも技量の差を見せつけられれば、意地にもなってしまう。イザークは尚もライフルでデュエル二号機を攻撃する。

 

 

ブリッツの攻撃を回避する癖に、デュエルの攻撃は律義に受け切っている。しかし、

 

 

「くっ!! 射線が――――」

 

ブリッツとデュエルが若干デュエル二号機に接近しすぎているため、イージスに乗るアスランが援護しづらい位置に立たされていたのだ。そのためらいがアスランにとっての悔やむ時間になる。

 

連続でイザークのビームライフルによる攻撃が当たった瞬間、デュエル二号機が少しだけ後ろに退いた。攻撃に耐えきれずに後退したのだろう。これをチャンスと見たニコルが接近戦を死角から仕掛けたのだ。

 

 

「貰った、新型っ!!」

 

 

その様子を見ていたアスランは、妙な寒気がした。

 

「待て、ニコ―――――」

言いかけた瞬間、アスランの予想が最悪の形で現実のものとなる。

 

 

「えっ!? きゃぁぁぁぁ!!!!」

急加速による上昇回避で袈裟斬りを避けられたニコルは、背後よりカウンターを仕掛けたデュエル二号機の蹴りをコックピットに食らったのだ。

 

強い衝撃で視界が揺れる彼女は悲鳴とともに視界が暗転。次の瞬間には盾代わりにされていた。

 

「くそっ! 卑怯なっ!!」

アスランが回りこもうとするが、あまりに近づき過ぎているため、うかつに攻撃もできない。

 

 

「人質だとぉぉぉ!!」

そしてさらにイザークが激昂し、その苛烈な攻撃をやめてしまう。

 

 

「―――――さて、バスターはどうなっているかな」

ブリッツの動きが弱弱しいのを見たリオンは、ムウに足止めを食らっているバスターを見た。

 

レールガンは決定打にはなり得ないものの、確実にエネルギーは消費している。砲撃重視のバスターは、新型の中でも消費スピードが速いほうだ。バカスか撃つばかりでは、早々にフェイズシフトも切れるだろう。

 

――――問題は、あのシグーだな。

 

白色の指揮官用MSは、こちらの隙を窺うように後衛に構えていた。

 

 

――――そうだな、ブロードウェイ中尉が撹乱するまでの時間潰しもそろそろ限界か

 

 

痺れを切らして、今にも襲い掛かろうとするイージスとデュエル。デュエルがやや突出しているが、それをイージスが止めている、そのような印象だ。

 

 

「キラ、3秒後にアグニで動きの鈍いブリッツを狙え。3秒後に俺は離脱する。」

 

 

「え!? は、はい!」

リオンはキラには元から期待はしていなかった。おそらく彼のことだ。手元が高確率でぶれるだろう。人殺しをしろという命令、しかも動けない敵だ。

 

――――まあ、ブリッツもまともに動けないし――――!?

 

 

思考中だったリオン。その瞬間に強烈なプレッシャーと殺意を感じた。

 

 

「よそ見とは、嘗められたものだな」

 

クルーゼが乗るシグーが、ビーム重斬刀で斬りかかってきたのだ。しかも、リオンの動きを予測して。

 

「くっ! やはり指揮官クラスは伊達ではないな」

それをやむを得ずシールドでガードするリオン。そのまま機体出力でシグーを吹き飛ばすも、ブリッツには逃げられてしまう。

 

「ニコル、まだ戦えるか?」

クルーゼがフラフラのニコルに尋ねる。

 

 

「は、はい! まだいけます!!」

ビームライフルを構えるブリッツを操るニコル。先ほどの衝撃で脳震盪に近い症状を発症しているが、まだいけると気合を入れなおす。

 

「―――――そうか、後衛で奴の隙をつけ。近接戦闘は単騎では無謀だ。無論この私もな」

 

 

一転して追い込まれたリオンだが、まだまだ余裕を見せる笑みを機体の中で浮かべているままだ。

 

「いいのか? そんなに近づいて?」

無論リオンの冷酷な笑みなど、ある男以外、気づかない。

 

「!? 全機散開!!」

クルーゼの焦ったような命令に従い、ばねのようにその宙域を散開するクルーゼ隊の面々。

 

次の瞬間、アグニの一撃がその宙域を照らしたのだ。

 

 

「っ!? ~~~~~!!!」

イザークのデュエルが回避に遅れる。右マニュピレーターが周辺に漂うプラズマの嵐に巻き込まれ、溶解する。そればかりか、コックピット付近まで破損。恐怖のあまり、イザークは声にならない悲鳴を上げる。

 

「イザークっ!? 彼を連れて下がります!!」

 

「ちぃ!! 後衛のMSか! あれほどの威力の武装を、MSに搭載できるとは」

高威力の武器だと傍目から見て感じていたが、よもやフェイズシフト装甲を容易く突破できる威力だとは想定外も甚だしい。

 

これは明らかな脅威だ。

 

「次、射角修正。35度下降。右方へ60度。2秒後に照射。」

 

ロックオン無しの完全マニュアルで射角指示を与えるリオン。彼の目が捕らえたイージスの動きを見て、その動きを予測し、先回りして殲滅する。致命打でもなくても、中破寸前まで追い込むことはできるだろう。

 

「!? ロックオン無し!? まさか―――!!」

 

アスランの予感は正しい。ストライクに乗るパイロットが、ロックオン無しでこちらを狙っていたのだ。その己の勘に従い、急旋回を行うのだが、当然Gもかかる。

 

「アスランッ!?」

急に無茶な機動で何かに逃れようとするアスランを見て心配するニコルだが、

 

「――――なるほど、赤い機体は相当運がいいらしい」

アスランの動きを見てほくそ笑んだリオン。あの赤いのは相当な幸運の星に生まれたらしい。

 

高インパルス砲の砲撃を寸前で完全回避したイージスを見て、リオンは驚きを隠せない。しかし、そこまでショックを受けたわけではなかった。

 

 

「避けた!?」

キラが驚く。リオンの指示通りにやったはずなのに、あの赤いのは逃れたのだ。指示したはずのリオンよりも驚いていた。

 

 

「隊長! あの攻撃を食らえば、戦艦といえども一撃で落とされます! ここは撤退を具申します!!」

アスランは戦艦への攻撃が本格化すれば、一撃が致命傷の攻撃を備えるストライクを無視できないと考えた。そしてその継戦によって生まれる被害は甚大なものになると確信した。

 

「ふっ、そのようだな。ニコルはイザークを連れて後退。アスランは距離をとれ。私がアレを足止めしている間に体勢を立て直せ」

クルーゼがしんがりを務める。そのことにさらに驚きを隠せないアスラン。

 

「相手は3機、単騎で抑えるおつもりですか!?」

 

「よく見るがいい、アスラン」

 

クルーゼは前方のストライクを左マニピュレーターで指さした。

 

「!? パワー切れ!? もうなのか!?」  

 

ストライクがフェイズシフトダウンを起こしたのだ。アグニの連発によって、ストライクは予想以上のパワー消費を強いられていた。試作型ということもあり、調整が進んでいないことが要因であることを、キラは戦闘終了後に思い知ることになる。

 

ムウもそんなストライクの様子を見て、この戦闘ももうすぐ終わると考えた。

 

「こりゃあ、何とか突破できそうだな」

 

「何を弱気な……追撃をされる立場なら、ここで畳みかける必要が」

リオンはそんな弱腰なムウの言動が気に入らなかった。突破だけで満足してもらっては困る。

 

――――こんなことでは、また襲撃は許すことになる! 今は無茶をする時だ

 

アルテミスで補給ならいくらでも受けられる。敵をつぶした後ならどうとでもなる。そう考えていたリオン。

 

しかし、エリクが思いのほか苦戦しているという報告も出てきた。包囲陣形を崩すのがやっとで、弾幕が濃くて取り付けないという。

 

――――モビルアーマー如きでは、分が悪すぎるか……ッ!

 

他に今自由に動かせられるのは、自分とムウのメビウスのみ。イージスが加勢すれば、こちらがやられかねない。

 

 

「残るはモビルアーマーと赤い新型。ならばこの前のリベンジもかねて、我らザフトの意地を見せる時だ」

 

「隊長!?」

 

「アスランは適度な距離を維持しろ。後衛でいつでも戦闘に参加できる場所に張り付き、プレッシャーをかけろ。奴らも奴らで強襲がうまくいかず、焦っている。苦しいのはこちらばかりではない」

 

そう言って、リオンの乗るデュエル二号機に突貫を仕掛けるクルーゼ。

 

「単騎!? まさかヘリオポリスの!」

 

あのプレッシャー。忘れるわけがない。敵部隊の中でもそこを見せない佇まい。あの一機だけはこちらの動きを冷静に見る余裕があった。

 

あの油断ならない存在が前に出てきた。この前面に出てきた理由がわかる。だからこそ、

 

彼はそれをチャンスと捉えた。ここが攻め時。

 

 

「大尉は色男の救援に行ってください。この機体は俺が責任をもって殺します」

 

 

「!? けど相手はクルーゼだ!! 一人じゃ無理だ!!」

 

「母艦さえつぶせば、後はどうとでもなる。あと、アークエンジェルは急いでストライクに新たなストライカーパックを送れ! このままではいい的だ。戦闘続行が厳しいなら帰投させろッ」

 

 

「り、リオン!?」

声を荒げるリオンに戸惑いを隠せないキラ。なぜここで彼が焦っているのかが分からない。

 

 

 

「ここで息の根を止めなければ、宇宙での追撃戦が始まる。包囲網を敷いた敵の作戦を上回り、彼らは後退する動きを見せた。戦場で弱みを見せたことを後悔させてやる」

 

 

明らかに冷静さを失っているリオン。ここで撤退を許せば、

 

―――カガリは殺させない。死ぬならお前らだけ死ね

 

 

「雑念が見える、勝利目前で気が逸ったな。少年」

 

 

「急に動きが変わった!? だがッ」

 

イージスが絶妙なポジションから砲撃を加える。MA形態で展開される高エネルギービーム、スキュラがデュエル二号機を照準に捉えたのだ。

 

「!!」

 

しかし、脚部バーニアで緊急静止を待たずに行った急加速で、アンバック機動でその攻撃を寸前で回避。体勢を崩した際にクルーゼの乗るシグーが迫っていた。

 

「その回避は予期していなかったが、これはどうだ?」

 

レーザー重斬刀がデュエルの頭部に迫る。が、

 

「舐めるなっ!!」

頭部バルカン砲が火を噴く。至近距離から放たれた弾丸が僅かにその斬撃の軌道をずらしたのだ。

 

「ぬうぅ!!」

一撃を期した攻撃を阻止され、盾によって防がれる。さらに――――

 

「貴様さえ殺せばッ!!!」

 

盾ごとシグーを突き飛ばすリオン。その衝撃に歯を食いしばりながらも耐えることを強いられるクルーゼ。尚もリオンはバーニアを緩めることはない。

 

「まるで獣だなッ!! だがっ!!」

 

しかしクルーゼも負けていない。尚も盾で押し飛ばそうとするデュエル二号機にけりを入れ、強引に機体をずらすことに成功するのだ。

 

 

「!! 逃げられた!?」

 

苦戦は必至。このシグーをしとめられなかったのは痛い。イージスとシグー。ブリッツはデュエルとともにすでに後退した。

 

 

その時、クルーゼとリオンから離れた場所で、大きな光が一瞬輝いたのだ。それも、大きく、そしてくっきりと。

 

 

「「!!!!」」

同時に反応するリオンとクルーゼ。アレは――――

 

――――敵が一隻、落ちた!! これで――――

 

 

「すまん、エリクが負傷した!! これ以上の戦闘は無理だ!!」

 

ムウからの焦りの感情を感じさせるものだった。

 

 

「タリウスが轟沈したか。これ以上の戦闘は厳しいか――――」

 

ガモフ、ヴェサリウスも損傷を受けている。たかがMA一機に不覚を取った。が、これではもう戦えない。

 

 

目の前にいるデュエルは動かない。いや、ここで消耗戦を挑むのはどちらにも利がない。

 

「――――貴様を見ていると、憎悪の炎が燃え上がる。お前は、あってはならぬ存在だ」

 

デュエルのパイロットに聞こえるはずがない。通信手段はない。あくまでクルーゼの独り言だ。

 

 

「――――お前は、俺が殺さなきゃいけない。お前は、彼女の夢を壊す存在だ」

 

一方、リオンもクルーゼが誰なのかを理解しきれなくても、彼が彼女を将来傷つける存在になると、彼の六感が告げていた。

 

 

「「貴様は俺(私)が殺す。他の誰でもない、お前は俺(私)に殺されろ」

 

互いに理解してしまったからこそ、分かり合えないことを知っている。ここでの戦いは終わったが、目の前の宿敵とは今後も戦う運命にある。

 

 

互いを敵と認識した最初の戦いは、味方の被害が大きく痛み分けとなる。

 

クルーゼが後退する船に合流し、リオンが負傷したエリクを心配する。

 

 

「本当に無茶をして! フラガ大尉とともに強襲に行くべきでした」

 

「ははは……けど、お前らに任せっきりだとな。ここは大人が踏ん張らなきゃいけないでしょ。前線で防衛なんて言う難しい役目を任せたんだ。何とか一隻沈めたぞ」

コックピット部に被弾したものの、爆散は免れたエリク。しかし、当分メビウス・ゼロは使えないどころか、予備パーツの余裕もない。

 

ローラシア級一隻を沈めたとしても、エリクの離脱は痛すぎた。

 

「けど、まさかあのラウ・ル・クルーゼと互角以上に渡り合うとはな。連合内でもいないぞ、そんなパイロットは。まあ、初めて戦闘に参加したモビルスーツ乗りがお前なんだが」

ムウもまさかあのクルーゼと戦える存在が他にいるとは考えていなかった。自分よりも腕は上で、ここまでやれる。今回は年相応の血の気の多さが見受けられたが、その判断も間違ってはいなかった。

 

「いいえ。理想と現実の違いを受け入れられず、一歩間違えれば死んでいました。今後は気を付けます」

リオンは俯きがちにそう零した。快挙といってもいい戦闘で反省をするような態度に、ムウは頼もしさを感じる。

 

「まったく、連合に入ってもいいんだぜ。お前なら歓迎されるぜ」

 

「――――それが俺の野望に近づくのであれば、考えますが。現在は対象外ですね」

ぶっきらぼうにそのつもりはないと吐くリオン。

 

「あらら」

 

 

ヘリオポリス宙域で、初のモビルスーツ同士による宇宙での戦闘が行われた。乗っていたのは一介の傭兵。ナチュラルと言われているが、詳細は明らかになっていない。

 

それが年若い、後のオーブのエースであることを、世界は知らない。

 

 

 



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第14話 紅が奏でる不協和音

包囲網を振り切ることに成功したアークエンジェルだが、エリクのメビウスが完全にスクラップ状態になってしまったことは想定外だった。

 

貴重な機動戦力が失われたことで、意気消沈するブリッジの面々だったが、

 

「けど、これからの主役はモビルスーツだぜ。アーマー乗りの俺が言うのもなんだけどさ。今のうちに慣れといたほうがいいかもな」

ムウは、むしろエリクを縛るものがなくなり良かったと考えていた。幸いなことに、鹵獲したジンが2機収容されている。ほぼ破損もなく、修理も完了しているので使えないことはない。

 

「まあ、一応コーディネイターだし、使えないことはないのか。やるだけやってみますよ、大尉」

ジンのコックピットに乗り込んだエリク。同じコーディネイターなので、武装と動かし方さえ覚えれば、すぐに扱えるだろう。

 

「けど、もう一機なぁ。そろそろ俺も乗り換えないと時代に乗り遅れちまうようなぁ」

ちらっ、とムウはリオンのほうを見た。彼の言いたいことを理解したリオンはやや不機嫌そうな顔をする。

 

「確かに、協力は間違いではないですが、一応モルゲンレーテの技術の一端でもあるんです。おいそれと出すわけにはいきません。だからこそ、傭兵契約で連合とオーブ到着までの防衛という約束を結んだのですから」

きっぱりと、OS開発には手を貸さないと断言するリオン。

 

「はぁ、参ったね。けど、それよりも参ったのは、なあ」

残念そうに肩をすくめるムウ。いったんOSのことはあきらめ、目下の悩みについて語り始める。

 

「――――オーブ国民に罪はありません。ノズルをやられているのなら動けるわけがありません。襲撃の際にどこかの内壁に接触し、故障の原因になったのかもしれません。」

 

そうだ。現在アークエンジェルは救命ポッド二隻を収容する事態に陥っているのだ。

 

話はさかのぼり、リオンとクルーゼの死闘が終わる直前。

 

キラがソードストライカーで再度出撃をした際に、ちょうど戦闘が終了してしまい、周囲への哨戒も短時間ながら行っていたところ、動力部が故障し動けなくなった救命ポッドを発見したのだ。

 

本来なら物資の備蓄が苦しい中、乗船する人数が多くなると辛いところだが、食料面については万全という状況であるため、渋々ではあるがナタルも縦に頷き、マリューが許可をしたのだ。

 

元々クルーの人数が不足気味だったため、居住区に関してはいろいろな機材や機密文書の引っ越しをすることで確保することが出来た。

 

そこで、身分や身元を証明する時間に人員を奪われ、戦艦を動かすことにさえ苦慮するようになってしまった。

 

「――――俺はまだ認めていませんよ。なぜ彼らがブリッジに出張ってくる必要があるのか。彼らは民間人。キラと同様に戦う覚悟もないような奴らだ。彼らは戦争にかかわるべきではない。彼らの今後のためにも」

リオンはキラの友人たちまで巻き込んだムウの提案に怒りを覚えていた。エリクは上官の指示には従う、ナタルは物理的に現状では回らないと渋い表情を浮かべ、マリューに至っては、責任は自分が取る、と言い出す始末。

 

 

――――そういうことではないんですよ。

 

「確かに、お前がいれば大概の敵は何とかなるだろうさ。けど、この船が落ちればお前もそうとは言えなくなる。今は非常時なんだぜ。この状況が嫌なら、前線の俺たちが頑張るしかないだろ?」

 

ムウの言うことはもっともなのかもしれない。しかしそれはあくまで連合の側に立った場合の、最善の選択だ。

 

必ずしも、オーブに属する自分の最善ではない。とはいえ、オーブに属する証拠を何一つ持たないリオンは、それを正直に言う理由もない。そのすべてを私的な理由で片づけることが出来るのだから。

 

現在、彼はリオン・フラガとまだ認められていないのだ。その名前を騙る偽者と。

 

 

「まあ、早いところアルテミスで民間人の避難ルートを早々に決めて、何とかしないとな。疲労や不安もたまっているだろうし」

エリク・ブロードウェイは、一刻も早く彼ら民間人が解放されることを願っていた。民間人が船内にいる現在、彼らのストレスは相当なものだろう。

 

「――――キラはまだ自室から出てきませんか」

 

 

「酷なことをした、と思っているさ。あいつにはまだ戦闘が早かった。お前の言うとおりだった」

リオンの忠告は聞き入れられなかった。その結果キラは戦闘後に訪れた形容しがたい恐怖に襲われている。もうMSに乗れないかもしれない。

 

「――――ちゃんと訓練した新兵でも、あの戦闘は厳しいものでした。キラが生き残ったのはある意味奇跡です。」

 

 

となると、今後動けるのはリオンとムウ、そしてアルテミスにつく頃にはエリクも戦列に復帰できるかもしれない。

 

 

民間人の身元確認の最中、トールたちはブリッジでパル伍長の指導を受けて、乗組員としてのイロハを学んでいた。

 

「しかし、すごかったなぁ、リオン」

トールは2つ年上には全然見えないほど、戦場で大立ち回りを演じたリオンについて言及していた。

 

「ああ。あいつ一人でこの船を守ったようなものだった、な」

アルベルトも、オーブ本国で出会ってから、あそこまで差をつけられていたことを知り、驚いていた。

 

――――みんなは忘れているけど、あの時の二人組は、あの二人だった、よな

 

カガリが強引にリオンを外に連れ出して、自分たちのグループと遊んだ。その時の笑顔があまりにも幸せそうだったから、今もなおアルの記憶に残っていたのだ。

 

「けど、傭兵ってことはオーブに入るまでの契約らしいわね。やっぱりオーブ軍に所属する人なのかしら?」

ミリアリアはリオンの行動指針が怪しいと感じていた。

 

「何言っても腹を割ってくれないだろ。あいつ、なんだか義理堅い性格をしていると思うし」

サイもリオンが真実を語らないとあきらめていた。アレは味方だと恐ろしいほどに頼りになる存在だ。

 

「このままアルテミスに行けば、民間人の今後も保証されるのかな?」

カズイは、民間人の安全に関する情報を知りたそうだった。

 

「いや、まだ厳しいんじゃねぇの? 地球からどんだけ離れていると思ってるんだよ。まだまだ安全なんてないだろ」

トールは手をひらひらさせて、それはないと断言する。第一下ろす場所もない。

 

「―――ハァ、アルテミス、かぁ」

トノムラ伍長が唐突にため息をついた。アルテミスというワードが彼には不安だったらしい。

 

「伍長?」

アルベルトがそんな彼のため息に反応する。

 

「所属コードなし、おまけに大西洋連邦の独断で行われた新型機動兵器の開発。アルテミスが何をしてくるか不安しかない」

 

「え!? でも同じ地球軍ですよね!?」

 

「いろいろあるんだよ、連合軍もな……」

パル伍長もその話に参加し、肩を落とす。

 

 

その後二人は、今日はもう軍務を終えろと言い放ち、トールたちに休息を強引にとらせた。

 

「今ぐらいだからな、休むことが出来るのは。できるうちに体力を温存しとけ」

とのこと。

 

 

 

そしてトールたちは部屋でふさぎ込んでいるキラの元へと向かうのだが、

 

 

「サイ……サイっ!! サイなのね!!」

廊下を進んでいると、曲がり角でピンク色のドレスを着た赤髪の少女と遭遇したのだ。

 

「フレイ!? どうして君がここに?」

サイも許嫁がここにいるとは思っていなかったらしく、驚いた顔をしていた。

 

その後、ヘリオポリスでサイたちと別れた後のことをマシンガントークで話していくフレイ。疲れ切っていたサイは、そんな表情を何とか出さないよう努力していた。

 

 

――――よくやる。俺なら欠伸はするね

 

アルがやや呆れた視線を送るが本人は気づかない。

 

―――ミリィ相手だと、そういう疲れは吹き飛ぶかなぁ

 

――――リア充め、末永く爆散しろ

 

トールのリア充特有のアレを見せつけられ、アルはげんなりする。

 

「私怖かったんだから! モビルスーツが飛んでるし、サイは側にいないし! ねえ、サイ! 聞いてるの!」

 

尚も止まらないフレイのトーク。ここにはキラもいない。

 

「いきなり戦争が始まっちゃうし、知らない人ばっかりだし、シェルターはあちこち埋まってるし、やっと逃げ込んだら壊れちゃうし……もう最悪!!」

 

トールは、ああいう高飛車な女子が嫌いだった。隣を歩いてくれる普通の女の子が好みなのだ。確かに今まで見た中で一番の美人かもしれない。だが無理だ。

 

――――耐えていく自信がないぜ

 

「もう、フレイもそのへんにしなさいよ。みんな今は不安なんだから。ここで不満を言っても空気が悪くなるだけよ」

ミリィもいい加減聞き疲れたのか、話を強引に切り上げようとする。彼女も早く疲れをいやしたかったのだ。

 

「でもっ! 私、間違っていることは言っていないわ」

 

しかし止まらないミリィ。トールの手首をつかんでどこかへ行ってしまう。

 

「え!? ミリィ!? すまん、サイ!」

 

「あ。大丈夫、フレイのことは俺に任せて――――」

 

フレイもフレイでミリィの態度は気にも留めておらず、今は自身の不安をぶちまけることに集中しているようだった。

 

「まったく、やんなっちゃうわよ。戦争なんてよそでやればいいのに。いい迷惑だわ」

 

「フレイ、声が大きいよ」

 

「何でよぉ、サイだってご両親と別々に避難することになっちゃったんでしょ。こんな軍艦に入れられて。ザフトが悪いんじゃない。怒って当然よ」

 

 中立のコロニーに攻撃すること自体が言語道断。これだから野蛮なコーディネイターは、

とフレイは怒り心頭だった。

 

それは彼らのいる廊下のすぐ近くに位置する食堂に居た他の避難民にも聞こえる大きさの声だった。

 

別に同調の声は上がらないが、かといってフレイに否定的な空気もない。中には同意見の表情の者もいる。

 

ただし、へリオポリス避難民の中にもコーディネイターはいる。彼らは肩身が狭そうだった。ムウがいたらエリクのことで小言が増えるだろうが。

 

トールも、ここを再一人に任せるのは酷だと考え、

 

―――悪い、騒ぎになる前に何とか抑える。先行っててくれ

 

――――わかったわ。トールたちの分は用意しておくね

 

と言ってミリィを先に食堂へと行かせたトール。

 

「もうよそうぜ。いろんな考えの人間がいるんだって。全部真に受けてたら体が持たないって―――」

何とか明るい空気にしようとトールが奮起するが、一度淀んだ空気を払拭するには、荷が重かった。

 

「フレイ、止めなって。食べて部屋に戻ろう。もうすぐお父さんにも会えるからさ」

サイにも嗜められ、フレイは渋々頷いた。トールの言葉は虫に等しい態度ではあったが、婚約者の言葉にはうなずいたのか、彼女は何とか大人しくなった。

 

 

そこで終わりだと思えたのだが、今度は黙って食事をしていたカズイが呟いたのだ。

 

「てゆーかさ、ホントに大丈夫なの? この船」

 

「ちょ……」

トールが今ここでいうことかと。そういう話ならいくらでも部屋で聞いてやるのに、と言おうと思ったが、言っていないので手遅れだった。

 

 

「リオンやキラが戦ってくれたおかげで、さっきは逃げれたけどさ。またザフトが来たらどうするの、これ」

言ってはいけない言葉だった。何とか包囲網を突破して、アルテミスへ航路を決定し、一応の指針が決まったこの時では、水を差してはいけなかったのだ。

 

 

避難してきた者は皆、同じ事を考えていたことは、不思議なことではなく、むしろ当然のことだった。

 

自分たちはいつになったら解放されるのか。いつになったら日常に戻れるのか。

 

 

安全な所につく前に、また襲われたらどうするのか。それを守れる保証はあるのか。リオンとキラという少年が、自分たちを完璧に守れる保証はどこにあるのか。

 

「あっ……」

 

周りの食事をしている者達の手が止まった。食堂にいたミリアリアも彼らの様子が変化していくことを感じ、不安を抱え始めた。

 

「カズイ。もうよせよ、食って戻ろうぜ、な。大丈夫だよ、すぐに安全な所につくって。兵隊さんたち言ってたじゃん」

せっかく先ほど軍務の手伝いをしていたというのに、これではどっちが人でなしだ、とトールは頭を抱える。

 

「降伏しちゃってもよかったんじゃない? そもそもさ、何で僕たちが連合の船にいる訳?」

トールの明るい声にも、カズイは感じ取ることをしようとしなかった。他の避難民も手を止めて完全に聞いている。完全にその方向へと傾き始めていた。

 

「おいおい。そりゃあ避難する場所がなかったからだろ。あの後シェルターを探すほうが危険だろ」

これまで黙っていたアルベルトがついに動いた。カズイの気持ちもわかるが、言動がぶれてきている。ここは冷静になるべきだと考えていた。

 

しかし察してほしい。生まれて初めて死の危険を感じて、ストレスがない方がおかしいのだ。こんな状況で、冷静になってザフト軍のパイロットを殺戮しているリオンがおかしく、何とか耐えられているトールとサイ、アルベルトのメンタルが強いだけなのだから。

 

「別に中立のコロニーの人間なんだからさ、僕たちはどっちでもいいじゃんか」

 

「止めろって。怒るぞ、他の人の迷惑だろ……」

サイが強い口調で諫める。どうしてしまったんだ、とサイは戸惑っていた。

 

「だって、あいつらは何かおかしいじゃんか。なんであんな大変なことが出来るわけ?」

 

「ねえ、どういう事? 何の話? あいつらが何?」

カズイの疑問にフレイが反応してしまう。今まで大人しくしていた彼女も動いてしまった。

 

「君たちがこの船に乗るとき、モビルスーツが戦ってたろ? 白いのに乗ってたのがキラなんだよ。それと赤いのは、頭のおかしい金髪の男だよ。連合に戦わされてんの」

 

カズイの言っていることは至極まともだ。心優しいキラが戦闘をしたいなんて思うわけがない。無理矢理に近い形で戦いを強いられているのは事実だ。

 

そして、リオンが頭のおかしい狂人に見えるのも仕方のないことなのだ。あそこまで軍事行動下で動くことが出来、民間人です。

 

おかしい。絶対にお前はおかしいだろう、まともな感性ならそう思うに違いない。

 

「ねぇ、そのあいつらっていうのは、コーディネイターなの?」

フレイの疑問に口を動かそうとするカズイ。

 

「カズイっ!! いい加減にしろ!!」

しかし、サイがここで最後のストップをかけた。声を荒げる友人を見て思わず眉を顰めるカズイだったが、それ以上は口にしなかった。

 

「今は非常事態なんだ。その辺りは考えろよ。」

 

「――――――」

 

「と、とりあえず飯にしようぜ。ミリィを待たせるのも悪いし、さ?」

 

「同感だな。腹が減ってみんなイライラしたのかもしれないしな」

 

トールは笑顔が引きつりそな状況で無理やり明るい顔を作り、みんなを先導する。アルももっともらしいことを言って、みんな少し冷静ではなかったという逃げ道を作る。

 

 

 

不穏な空気を出しつつも、一応の寄港ポイントを作ることが出来たアークエンジェル。

 

 

しかし天使に課せられた難行は、まだ始まったばかりに過ぎなかった。

 

 

 



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第15話 脆き女神の加護

アルテミスへの寄港。それが果たされる数刻前。

 

アルテミスの港区では小型艇が複数展開されており、辺りには武装した宇宙服の兵士が多数存在していた。

 

アルテミスは、確かにアークエンジェルの入港を認めている。が、それだけではなかったのだ。

 

「何としてでも、あのパイロットと思わしきものを確保するのだ」

この基地の司令官でもあるジェラード少将は、モビルスーツのパイロットと思わしき存在を欲していた。

 

ザフト軍を払いのける圧倒的な能力。それがもし量産されたとなれば、戦局は一気に傾き、ユーラシア連邦の発言力も増す。

 

大西洋連邦とユーラシア連邦は同じ連合軍として肩を並べて戦っているわけではない。GAT計画という反攻作戦が開始されたときから、来るべき戦後に向けて、立ち位置を水面下で争っているのだ。

 

互いに彼らはこう考えている。相手がザフトと潰し合いをして、弱体化することを。

 

 

 

大天使の中に眠る切り札をあぶりだそうと画策するアルテミスの俗物。

 

 

 

しかし、彼らに死を齎す死神は、すぐ近くまで迫っていた。

 

 

一方、ザフト軍はいまだ苦境の中にいた。

 

包囲網を突破され、デュエルは損傷が激しく出撃は厳しい状態。稼働できるモビルスーツはバスターとブリッツのみ。

 

ガモフを残し、クルーゼの乗るヴェサリウスはアスランとともにヘリオポリス襲撃事件の説明を求められ、本国に召還された。

 

満身創痍、枷をはめられた状態のクルーゼ隊。活路を見いだせない。

 

 

「足つきの奴、厄介なところに逃げ込んだな」

ディアッカは、傘の中で大人しくしている要塞を見て心底呆れた表情を浮かべていた。

 

「ええ。あの防御機能は一級品です。現状展開されれば攻撃のほとんどが通りません」

ニコルも戦力的にこれでは厳しいと考えていた。現状相手方にもモビルスーツが3機。前回の戦闘では2機が投入されている。数のアドバンテージはもはやない。

 

しかも、赤いデュエルに乗っているパイロットはクルーゼやアスランと互角以上に渡り合う実力者。遠距離型のバスター、隠密型のブリッツでは、持たせることが出来ない。

 

 

その上、アルテミスは要塞周辺に「アルテミスの傘」と呼ばれる全方位光波防御帯を発生させる事で高い防御力を誇り、重要度が低い要塞であることも加味し、今まで放置されてきたつけが今になってやってきた。

 

「――――この戦力で、足つきを落とすことは難しいでしょう」

ニコルの冷静な戦術眼が何かをひらめいた。

 

「ニコル? 何か策でもあるのかよ」

彼女の策は訓練校時代でもずば抜けていたところがある。ピアノなどの様々な楽器を自在に扱える感性の豊かさが為せるのか。

 

「ええ。今回の作戦では、足つきを落とすことはできないですし、それが目的ではありません。あくまで彼らの補給を断つことに意味があります」

勝てない状況ならば、少しでも勝てる状況を作り出せ。相手が万全で、勝てないのなら、自分たちが勝てる状況を作り出せ。

 

現在アフリカにいる砂漠の虎から教わった教えだ。

 

「かのナチスドイツは大戦初期、速度を重視した戦車を採用しました。それは現代の飽和砲撃による面制圧ではなく、迅速に敵陣に侵入し、戦闘に必要な物資、指示系統を破壊することにあり」

 

中世で起きた2度目の世界大戦。この戦術により、わずか2週間で敵国は負けたそうだ。何も真正面から足つきと戦う必要はないのだ。

 

勝てる状況を作り出す。そして、勝機を見出した戦で足つきを最後に落とす。

 

「――――お、おう」

座学は苦手らしかったディアッカ。射撃に関してはトップクラスだったのだが。

 

 

「戦術学入門の際の触りに例として挙げられましたよ。連合という仮想敵国との戦いにおいて、敵の補給を断つことは、物量で劣る私たちザフトにとって、重要な戦術でもあるのですから」

そんな風に狼狽えないでください、とニコルはジト目でディアッカを見る。

 

「けど、実際どうするんだよ。アルテミスは近づけば傘を展開されるし―――」

ディアッカは理想と現実は違うぜ、とニコルに皮肉を込めて言う。が、ニコルはさらに呆れている。

 

「彼を知りて我を知れば、百戦危うからず………敵と味方の実情を熟知していれば、百回戦っても負けることはない、ブリッツのスペックを見ていましたか?」

 

「え!? あるの!? まじでそんな奇襲できる性能があるのかよ!!」

 

 

「―――――」

無言で目頭を押さえるニコル。これ以上はいけないと、ゼルマン艦長が話に参加した。

 

「ブリッツには、ミラージュ・コロイドというステルス機能がついているのだ。光学迷彩といえばわかりやすいだろう」

 

「なんだって!?」

 

「これにより、レーザー、熱探知による捕捉を掻い潜ることが出来る。しかし、ステルス状態に攻撃をされれば自動的に機能は解除されるデメリットもあるがな」

 

「連合の奴ら、こんな武装を持っていたなんて」

ディアッカが衝撃を受けた表情を浮かべていた。

 

「武装ではなく、これはあくまで機能です、ディアッカ。展開時間は限られていますが、破壊活動程度なら単騎での任務も十分可能です。今は彼らの力を削ることに意味がありますから」

 

 

「あと、私は4機の機体性能だけではなく、ストライクのストライカーパックもすべて頭に叩き込んでいます。おそらく、高機動型のエールは使いづらいでしょう。ランチャーも要塞内部で使うものではありません。となるとソードストライカー辺りがストライクの予測される武装。デュエル二号機に関しては、遭遇した瞬間に反転。すぐに逃げることにします」

 

欲張りかもしれませんが、もう一機のMAは落としたいですね、とニコルは不敵に笑う。

 

 

 

そして、アルテミスに収容されたアークエンジェルは、現在士官たちがその身柄を半ば軟禁に近い状態で奪われていた。

 

「――――こんなことになるだろうとは思ってたけどよ」

イライラしているムウ。

 

「それにしても、俺に対する目はいつも通りですね。アークエンジェルでぬるま湯に浸かっていたみたいですよ」

はっはっは、と笑うエリク。コーディネイターでありながら、連合に参加する兵士。その存在は貴重だが、内外で狙われる存在だ。

 

「「――――――」」

ナタルとマリューは友軍からされた仕打ちにショックを受けていた様子だった。

 

「というか、なんで俺までここに連れられているんですかね」

民間人なのに、と実はわかっているくせにというリオン。

 

――――見え透いているんだよ、おっさん

 

ビダルフ中佐を見て、心の中でイラついているリオン。

 

 

その後、指令室に連れられた一行は、ガルシア少将の部屋まで送られた。

 

「マリュー・ラミアス大尉、ムウ・ラ・フラガ大尉、ナタル・バジルール少尉か…。なるほど、君達のIDは確かに、大西洋連邦のもののようだな」

 

 

「あの、俺は?」

エリクが呼ばれなかったことで少し不安になっていた。

 

「最初から君のことは認知していたよ。貴重なコーディネイターだ。君のメビウスを見間違えるわけがない」

 

 

「なるほど」

 

 

「お手間を取らせて、申し訳ありません」

フラガはエリクに敵意がないと見るや、事務的な口調であいさつをする。

 

「いや、なに…。輝かしき君達の名は、私も耳にしているよ。エンディミオンの鷹に白銀の弾丸。クリマルディ戦線には、実は私も参加していた」

 

そこからエンデュミオンクレーターでの戦いの話となり、互いの苦労話をざっと語り合う三人。

 

しかし、アークエンジェル管内の機密事項についてはきっぱりと口を閉じる二人を見て、彼らから情報を得るのは難しいと考えた。

 

そして、迅速な補給、航路にザフト軍がいる等の問題を抱えていることを説明しても、少将は楽観的な見方を崩さない。

 

「それに、“赤い彗星”もいるのだろう? ならば安心だ」

 

「は?」

その忌まわしい異名でリオンを呼んできたジェラード少将に対し、彼は体中の血が沸騰しそうな感覚に陥った。

 

 

「リオン・フラガ、ね。君が名簿に入っている瞬間に、確信したよ」

 

ジェラード少将は、試すような眼でリオンを見定める。

 

「名家の名を語る偽物。そして、君が普通ではないことも」

 

 

「―――――名前はどうでもいいでしょう。重要なのは、できるのか、できないのか。ただの俗物、もしくは資産に守られるばかりの存在が、フラガ家を名乗っていいはずがない」

 

 

自分が偽物呼ばわりされても、眉一つ動かさないリオン。

 

 

 

「―――――まあ、俺を偽者呼ばわりするのはいいですよ。連合内での名声や地位に、興味はない」

 

 

至極当たり前のことを言いつつも、自らが偽物なのか、本物なのかについて無頓着な発言をするリオン。

 

 

その名前が自分の名前であるとこちらに反論しないリオンに対し、ジェラード少将は、それ以上の言及を押しとどめる。そして議題は直接的なものへと向かうことになる。

 

 

「君がこの宙域近くで新型MSだけではなく、ザフト軍MSを打倒したのは知っている。君というナチュラルがこちらに協力すれば、戦争は早期に集結する。一介の傭兵もどきにすぎん今の待遇よりも、何百倍もの富を得ることになるぞ」

 

 

「重ねて言うが、あまり興味がない。契約不履行は、信用問題にかかわる。現状、俺は契約上の関係が最善と考えています」

何とか冷静に、そして傭兵としての側面を事情に出すリオン。

 

「年若いのによく回る弁だな」

 

「たとえいくら積まれても、俺は俺の信念を曲げることはできません。今、プラントと連合はどこで戦争の落としどころを決めるか、考えていますか? 際限のない消耗戦に巻き込まれるのは御免被る。そんな戦争の中で生き残る力など、俺にはない」

 

「ふふふ。君は自分の評価が低いな。君がいれば、局地戦では負けることはないだろう。それに、君が使っているOSも興味深い」

 

 

「商売道具なんです。あきらめてください。戦後にフラガ家の下につくなら考えてもいいですよ」

 

無理難題を要求する少年を前に、ジェラード少将は、短期的には攻略は不可能と判断し、苦笑いを浮かべる。

 

 

「――――そうだな。君を今ここで手を出せば、暗殺を気にする生涯を送ることになる。今回はあきらめるとしよう」

バックにキュアン・フラガがいることを知っているジェラードは次の機会でリオンを取り込むことにした。

 

――――もう会うこともないだろうけどな

 

心の中で、ねっとりとこちらを観察する彼の視線を気持ち悪いと感じていたリオン。

 

 

――――フラガ家の暗部の者か。リオン・フラガの皮を被る悪魔め

 

ジェラード少将は、目の前の少年がフラガの血筋も有さない、孤児であると考えていた。しかし、フラガ家当主のキュアンがそのことについて明言をはぐらかし続けているため、真意がわからない。

 

だが、フラガ家がこのことについて知っており、バックにいることだけはわかる。

 

 

だから迂闊に手を出せない。引き込めばチャンスかもしれないが、スパイを放置してもいいのかと。

 

 

この、”リオン・フラガ”を名乗る偽物は、本当に油断ならない存在だと。

 

 

 

 

「そうだな。後でリオン君は私についてきなさい。茶でもどうかな」

だからこそ、まずは出方を窺うことにしたのだ。

 

 

 

 

その後、マリューたちと別れたリオンはジェラードとともにアークエンジェルへと向かうことになる。

 

 

 

そして――――

 

「この艦に積んであるモビルスーツのパイロットと技術者は、どこだね? 彼以外にもいるはずだ!」

 

そして始まるパイロット探し。リオンは口を割らない。使い物にならないぞ、とリオンは肩をすくめるだけだ。

 

「パイロットと技術者だ!この中に居るだろ!」

隣にいた副官も声を荒げる。どうやら相当焦っているらしい。

 

避難民たちは不安そうな声で辺りを見回した。ここにいるであろう人物がいない。民間人には知らされていないが、キラは体調を崩している。

 

その後、ノイマンを中心にジェラードと口論になる。その際に、

 

「きゃっ!?」

突然腕をつかまれたミリアリアが悲鳴を上げる。トールはその瞬間に表情が怒りに染まり、とびかかろうとするが周りに止められる。

 

「ミリィを離せ!!」

 

「威勢のいいガキだ。だが、この戦艦は女性が艦長というじゃないか。なら、女性パイロットでも何ら不思議ではない」

 

「や、やめて、ください―――」

弱弱しい声を聴いて、すぐに彼女がストライクのパイロットではないと確信した。だが、止めない。本物をあぶりだすまで彼女をいたぶれば、必ず姿を現すはずだ。

 

しかし、ストライクのパイロットは現れない。なぜなら、ベッドで横になっているので動けないのだ。無論、この場所にもいない。キラは医療室でゆっくりしているのだから。

 

「―――――ふうん。一人では動かんか」

 

すると、ミリアリアの近くにいたサイをいきなり殴ったのだ。

 

「ぐっ、は――――」

突然殴られたので、受け身も何も取れなかったサイ。視界がぐらつき、意識が薄れるが、何とか踏みとどまる。

 

「ほうっ、少しは骨があるようだが――――早く出てこんか、パイロットは? 私も気長なほうではない」

 

懐に手を入れるしぐさを見せ、ニヤリと辺りに向けて笑うジェラード。

 

「うわぁぁ!…サイ!…ちょっと止めてよ! キラって子!! 医務室で横になっているキラって子がパイロットよ!!」

 

「なんだと? 普通の民間人がアレを扱えるものか!!」

一応、リオンのことを考えて、普通の民間人という言葉を選んだジェラード。

 

「フレイっ、やめてっ!!」

ミリアリアが止めようとするが、そのか細い腕をつかまれた状態では何もできない。

 

 

「嘘じゃないもの!! だってその子、コーディネイターだもの!」

 

その瞬間、辺りが静かになった。アルテミス入港前よりも最悪のタイミングだ。

 

「ほう、リオンが使い物にならないといったのはこういうことか」

横目でリオンを見て笑うジェラード。

 

「――――無駄なことで時間を作るな。俺一人でも、十分に事足りるはずだ」

鋭い眼光で、少将を睨むリオン。病人を無理やり働かせるなど、企業ではありえない。少なくとも、モルゲンレーテではなかった。

 

「―――無駄かどうかは私が決める。そのキラというガキを連行しろ!」

無慈悲な命令が下り、保安兵が医療室へと向かう。

 

「やめろっ! 病人すらまともに扱えないのか、ユーラシア連邦は!!」

ここで初めて仮面が剥がれるリオン。それを見たジェラードはリオンの弱みは民間人に犠牲を強いることだと悟る。

 

――――大人びてはいるが、やはりまだまだ青いな。

 

そして、その弱みに付け込み、リオンをこちら側に引き抜くことも不可能ではないと考えた。

 

 

「リオンは先に連れていけ! 後で向かう!」

 

 

「貴様!!」

ここで暴れれば、アークエンジェルの中にいる民間人にも危害が及ぶかもしれない。リオンの抵抗は弱く、そのまま部屋からハンガーへと連行されていく。

 

 

その後

 

 

「なんてことを言うんだ!! なんであんなタイミングであんなことを言ったッ!!」

完全に切れているトール。温厚な彼が久しぶりに怒っている。

 

「だって…でも本当のことじゃない…」

トールの剣幕におびえつつも、フレイは間違ったことは言っていないと言い張った。

 

「キラがどうなるかとか、考えないわけ?お前って!」

 

「お前お前って何よ!キラは仲間なんだし、ここは味方の基地なんでしょ!?ならいいじゃないの!」

 

「なんでそんな簡単なことすら思いつかないんだよ!!」

 

「落ち着けトール。アルスター。ザフトはコーディネイターの国だ。そして、連合はナチュラルの勢力。様々な目で見られるのはすぐに考えてわかるだろ」

アルベルトが気持ちを落ち着かせるような口調でゆっくりと説明する。彼も彼で怒っていたが、それでは収拾がつかないと考えていた。

 

「だからなによ! キラは連合に味方しているじゃない!!」

この覚えの悪さ、頭の回転の悪さにアルベルトも切れた。

 

「人の差別はそんな簡単なものじゃない!! ほかならぬお前が!! よくもまあ、そんなことが言えるな!!」

 

アルベルトが過剰に怒りを出すことで、トールの怒気が収まった。そしてそのままアルベルトは食堂から出て行ってしまった。

 

「―――――」

嫌な役目をさせてしまったと感じたトール。

 

微妙な空気の中、食事をとることになってしまった一同。フレイはアルとトールの怒りを理解できないまま、その不機嫌をサイにぶつけるのだった。

 

 

一方、まだ本調子ではないキラは、本当に本調子ではないと知った、ジェラードの珍しい厚意により、そのまま医務室に放置された。

 

「―――――モビルスーツの戦闘というのは、あそこまで過酷なのか」

 

「殺し合いの問題です。彼は戦士ではない。」

 

 

アークエンジェル内にいるストライクとデュエル二号機、そしてストライク二号機。3機の新型MSが居並ぶ姿は、ユーラシア連邦の兵士にとっても、希望の象徴でもあった。

 

「アレが例の新型」

 

「あの二本角のMSは赤い彗星の機体だぞ」

 

「ああ。アレさえあれば、傲慢なコーディネイターどもに!」

 

そして聞こえるプラント憎しの声。この戦争の根っこが生々しくリオンに現実を教えていた。

 

――――スペースノイドとアースノイド。彼らと同じ失敗をしないためには

 

この二つの種族の対立の問題。生半可な覚悟では介入すらできない。しかし止めなければ先に待っているのは絶滅戦争だ。

 

 

デュエル二号機に乗ったとき、リオンは不意に何かが迫ってくる気配を感じた。

 

――――なんだ!? この感じは――――っ

 

不意に訪れる妙な悪寒。だが、これは大火災の時、ヘリオポリスでカガリの言葉を聞いた時に感じた感覚に近い。

 

その瞬間、アルテミスの傘に守られているはずの要塞が揺れる。

 

「な、なんだ!?」

驚愕を隠しきれないジェラード少将。

 

 

――――索敵を潜り抜けた? ブリッツか

 

冷静に敵機の正体を看破するリオン。あいにく、今の彼は少々ご機嫌斜めだ。

 

―――悪く思うな。いい加減追撃をされるのもうんざりしている

 

輝くT字型のペンダント。またしても反応する。

 

暗い殺意を身に纏い、鮮血を連想させる彗星が動き始める。

 

 

 

 



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第16話 爆炎の中で

連続投稿。gw期間中に少しでも話を作らないと・・・・


隠密作戦の第一段階。アルテミスに取りつくことに成功したニコル。

 

――――ここまでもってくれた

 

機体に感謝するニコル。まずはサーベルで対空兵器を無力化することが先決だ。その後にアルテミスの傘を発生させる装置が出てくる。

 

 

一方、アルテミスは突然の敵襲に恐慌状態に陥る。レーダーに映らない敵に攻撃されているのだ。

 

その混乱の最中、ジェラード少将は我先にとシャトルに乗り込もうとしていた。

 

「急げ! 敵襲に備えるのだ!!」

 

しかし、部下も右往左往。具体的な指示が出来ておらず、その動きは鈍い。

 

 

 

リオンはその惨状を見て冷めた目で基地内を見ていた。

 

――――この要塞も終わりか。

 

ブリッツの単騎による強襲。それだけならわかる。その理由は何か。アークエンジェルは補給のためにこの基地にやってきたが、到着後間もない時間帯での襲撃。そして単騎での突入。

 

――――味な真似を。奴らはただの遊撃、もしくはこちらの消耗を狙った強襲か

 

補給を断たれた軍は、いかに精強であっても力尽きる。補給ルートを次々と失えば、アークエンジェルはジリ貧だ。追撃側は補給を好きなタイミングで行えるし、人員の転換だってできる。

 

―――そこまでしてこちらを倒したいか

 

 

我先にとアークエンジェルから脱出していく。だが、奴らはまるで理解していない。ここにいたほうがまだ安全だということを。

 

 

――――狙いはアークエンジェルではなく、このアルテミス。

 

正確には、アルテミスでの補給を阻止することにある。

 

 

「ラミアス艦長?」

 

すると、アークエンジェルのブリッジに程なくしてマリューたちが帰ってきたのだ。

 

「ええ。状況は!?」

 

「ブリッツがアルテミスの傘を破壊。彼らの目的は、本艦の補給経路の破壊。アルテミスの完全破壊だと思われます」

 

「つまり、本艦を狙っているわけではないと?」

アークエンジェルが狙われていないと知り、驚きを隠せないマリュー。

 

「正確には、チャンスを待っているんでしょう。戦力が整い、こちらが消耗する時期を」

 

 

 

 

「デュエル二号機で出ます。それと、アルテミスからの離脱を具申します。遅れれば、この基地もろとも星屑と化します」

 

 

すぐさま先行してリオンがデュエルで出ることになる。キラはまだダウンしたままだ。

 

「カタパルト接続、完了。デュエル、スタンバイ。進路クリアー。発進を許可する」

 

「リオン・フラガ、デュエル。出る」

 

 

アークエンジェルが離脱する中、ブリッツは港内部で暴れまわっていた。

 

「ここで完全に破壊しないと。地球軍の宇宙要塞は少しでも数を減らす必要があるからね!」

 

赤いMSがやってくる前に、手早く済ませないといけない。もうアルテミスの傘は完全に破壊した。後は爆炎とともにこの要塞も沈むだろう。

 

 

そして見つけた。小さなシャトルが逃げようとしているのが見えた。ここで攻撃し、撃墜するのは簡単だ。だが、彼女の理性はそうではなかった。

 

 

「――――行ってよ、それくらいは見逃してあげる」

シャトルから目を離した。

 

 

しかし、彼女にとっても、彼らにとっても、現実は厳しいものだった。

 

 

 

ニコルの目の前でシャトルは、爆炎の中に消えたのだ。突如として航行不能となった船は、内壁にぶつかり爆沈したのだ。

 

「………っ!?」

軽く悲鳴を上げてしまうニコル。自分ではない。他の誰もここに出撃しているわけではない。味方は自分の撤退を助けるために外にいるはずだ。

 

――――ウ……ウソ、でしょ………っ!?

 

思わず口を覆うニコル。だとするならこれは――――

 

赤い彗星。ザフト、連合のどちらの勢力でも噂をされ始めている、連合の新たなエース。経歴不明の謎のパイロット。アスランやクルーゼと互角以上に渡り合う実力者。

 

「―――――貴方、なの?」

赤いモビルスーツは航行不能になった脱出艇を見ているだけだった。救おうというそぶりを見せなかった。

 

だからこそ、赤い彗星があのシャトルを意図的に撃破したのではないかと。

 

 

当のリオンは、

 

「爆発の衝撃で、ノズルをやられたか――――運が悪いことだ。せめてブリッツの特性だけでも指南するべきだったか」

 

と、シャトルに対してあまり感情をあらわにすることなく、目の前のブリッツについて。

 

―――どう対処するかだな

 

と、冷静だった。しかし、ブリッツの中から感じられるのは怒りの感情。どうやら勘違いをされているようだ。

 

 

―――貴方は、いったい誰のために戦っているの!?

 

―――貴方みたいな人に、私たちはやられたというの!?

 

 

「――――いい女、なのだろう。貴様は」

ライフルでブリッツを狙うリオン。彼女の断片的な叫びがリオンに聞こえ、パイロットが女性であることが分かった。

 

敵であるはずの、ジェラード少将の人格も知らず、彼らを悼むその清廉な心。

 

「だが、だからこそ救われない。君はこれまでだ」

 

ブリッツからの射撃とともに、ロケットアンカーのグレイプニールがリオンに迫る。しかし彼は焦らない。

 

いつも通り人を舐めた最小限の回避でそれらを回避し、被弾するかと思われたグレイプニールの一撃を、よりにもよって掴んだのだ。

 

「!?」

高速で動く物体を、モビルスーツのマニピュレーターでつかむ離れ業。それほどの即応性を行えるパイロットであることを思い知るニコル。

 

 

「さぁ、これで終わりだ」

 

グレイプニールごと今度は逆に引っ張り上げられるブリッツ。脚部バーニアで強引に後退したリオンは、そのままアンバックで方向展開し、バランスを崩しデュエルに近づいてくるブリッツの背中に迫る。

 

「!!!」

このままではやられる。それを悟っていたニコルは何とかアンバックで体勢を立て直そうとするが、

 

「っ!!」

心の中で悲鳴を上げながら、右腕に装備されている攻盾トリケロスでデュエルの、明らかにコックピットを狙った一撃を防いだものの、ニコルはこれ以上のない恐怖で怯えていた。

 

―――こんな、こんな敵がいたなんて――――――

 

「存外しぶとい。だが、あの右腕だ。もう一撃を与えれば――――」

しかし、もう一息だ。後二撃であれを撃墜できる。

 

「リオン君。アークエンジェルがそろそろアルテミスを抜けるわ! 帰投して!」

その命令と報告を聞いた瞬間、リオンは舌打ちをする。

 

ここでブリッツを撃墜することがメインではない。これ以上留まれば、アルテミスの瓦礫と同じ運命を負うことになる。

 

 

「ちっ、後一歩というところを!! 運がいいな、女。次の戦場が、貴様の命日と知れ」

 

捨てセリフを言い残し、リオンはアルテミスから離脱する。この場に置いて行かれたニコルは自分の命がまだあることに安堵し、両手で肩を抱き寄せる。

 

「――――私、いきてる……っ! まだ、いきてる……怖い、怖いよぉ、アスラン……」

 

今まで見たどの敵よりも怖い。強いというのもある。だが、わからないのだ。未知の存在にそのまま殺される恐怖。衝動的にここにはいないはずのアスランに助けを求めてしまった。

 

 

「オイ、ニコル!? どうした!? 応答しろ!!」

 

いつまでたっても出てこないブリッツを心配する声が通信から聞こえてきた。

 

「ディア、ッカ……彼は、本当に……」

 

「ニコル!? おいどうした!?」

 

「彼が、恐ろしい………何を考えているかが、わかりません……」

 

彼女の言っていた言葉の意味を理解するのに、時間はかからなかった。

 

 

 

彼女がほんの敵に感じたのは、殺意ではなく、排除という二文字だったのだ。

 

 

 

 

そしてニコルを易々と退けたリオンは何事もなくアークエンジェルに戻ってきていた。

 

「デュエル、着艦!」

 

「いつもながらさすがね、リオン君は」

 

「ええ。傭兵という立場ではなく、わが軍の戦列に加わってほしいぐらいですよ」

 

 

「すみません。ブリッツを追い詰めましたが、落としきれませんでした」

平坦な声で、事後報告をするリオン。

 

「そう。それに、その混乱の中、ジェラード少将が戦死されたわ。やはり、私たちは来るべきではなかったのかもしれないわ」

意気消沈するマリュー。あまりうまくいってはいなかったとはいえ、友軍の死を悼まないほど冷血ではない。

 

「そうですね。少将の件は本当に残念に思っています。”誤解をされたまま”逝かれては、理解しあう時間もありませんでした」

リオンもほんの少し”無念そうな表情”を浮かべ、少将の死を悼んだ。

 

―――――こういう時に、自分の歪みを突きつけられる。が、悪くない

 

心の中で歪んだ笑みを浮かべるリオン。彼が死のうが生きようが、リオンにとってはどうでもいいのだ。

 

むしろ、連合の後々邪魔になりそうな存在が消えてよかったとさえ思える。

 

 

 

 

「――――部外者の私がこれ以上言っても意味がない。通信を切ります」

 

 

リオンからの通信が切られた。残されたマリューたちは今後の方針について考えることになった。

 

「アルテミスでは、武装をあまり使わなかったとはいえ、補給を十分に受けられませんでした。ここからとなると、要塞との距離がどこも離れ過ぎています」

 

「――――デブリベルトの中を突っ切るとなると速度は――――」

ラミアス艦長とバジルール副艦長が航路を出して今後の指針を考えているがまだ安全とはいいがたい。

 

「だけど、相手もそう簡単に追ってこられないだろ。補給は―――ああ、まあ当てはあるな」

そしてムウはデブリベルトの中に活路ありと考えていた。そして、補給も当て自体はあると考えた。

 

「――――本気ですか!? その、大尉は平気なので?」

ナタルはここまで意地汚くはなりたくないと考えているが、それでも他に名案が浮かばないことで、そんな意見を言ってくれたムウに申し訳なさを感じていた。

 

どのみち、彼が言わなくても自分がこの意見を出していただろうと。

 

「平気なもんか。けど、やるしかないだろ。俺らは生きなきゃなんねぇ。士官が率先してやるのは前提になるけどさ」

 

 

ムウはその後、デブリベルトに進路をとることを決めた後、医務室にいるキラとエリクの見舞いに向かった。

 

「よう、元気しているか?」

 

「お陰様で。クソ少将のせいで傷が開きかけたんで本当に焦りましたよ」

やや不機嫌なエリク。

 

「坊主も落ち着いたか?」

 

「はい……すいませんでした。迷惑をかけて……」

キラも何もしていない自分に嫌になって、嫌でも立ち上がらざるを得ないことになったのだ。理由が不純とはいえ、気力が回復すればまた自分の足で立てる。

 

―――なんでもいいからきっかけが欲しいよな。

 

 

キラは数日後に退院し、鹵獲したジンをエリク専用に仕上げてくれるそうだ。どうせならもう一機のジンも自分専用に調整してほしかったと嘆くムウ。

 

 

そして、マリューとナタルはヘリオポリスの面々に物資の当てが見つかったという説明をすることになったのだ。

 

「補給を?」

 

「受けられるんですか?どこで! 」

トールとサイが真っ先に反応した。ここ最近マードック曹長の手伝いにも駆り出されている二人は、力仕事を請け負っている。水不足の最前線にいるため、その解決できる方法に飛びついた。

 

「受けられるというのかしら……勝手に補給すると言ったほうが近いわ…」

言葉に詰まっているマリュー。しかし、ここから説明をしなければ先には進まないので、腹をくくるしかない。

 

「私達は今、デブリベルトに向かっています。

意を決し、伝えた言葉は、学生たちに驚きをもたらす。

「…でぶりべると?って… ええ」

 

「ちょっと待って下さいよ!まさか… 」

アルベルトとサイは冗談ではないと、といった表情をしてマリューを見る。

 

「デブリベルトには、宇宙空間を漂う様々な物が集まっています。そこには無論、戦闘で破壊された戦艦等もあるわけで… 」

 

「まさか…そっから補給しようって… 」

トールは、声がだんだんと小さくなっていき、頭を抱える。トールはすぐに気づいた。もう人力の当ては見当たらないことを。

 

「あなた達にはその際、ポッドでの船外活動を手伝ってもらいたいの。」

そしてついに通達された学生たちへの要請。船外活動。戦闘行為よりも安全とはいえ、気が進まない作業であるには違いない。

 

 

「あまり嬉しくないのは同じだ。だが他に方法は無いのだ。我々が生き延びる為にはな… 」

そしてナタルも、ラミアスにばかり苦労を強いるわけにはいかず、一番の理由、根っこの説明をした。

 

もはや墓荒らしに似たようなことをしなければ、水が持たない。食料は満載され、武器も想定以上備蓄されているが、今後の襲撃を考えると心もとない。

 

 

「喪われたもの達をあさり回ろうと言うんじゃないわ。ただ…ほんの少し、今私達に必要な物を分けてもらおうというだけ。生きる為に。」

 

 

 

一方、アスランを追って訓練校に入ったフィオナ・マーベリックは卒業を間近に控えていた。

 

「――――――」

ギリシャ神話の彫刻すら霞むような整った容姿、さらさらと流れるような光に反射する銀色の髪が舞う。しかし、その表情は無表情そのものだった。

 

「フィオナ! またそんな風に不貞腐れちゃって!!」

同僚であり、今度の配属先が同じニーナ・エルトランドが入学当初から物静かな印象の彼女に話しかけてきた。紫髪の赤い瞳の少女。髪はセミショート。同年代でスタイルが抜群なフィオナに嫉妬したりもする女友達の一人だ。

しかし嫉妬以上に同性で美人、そして少しミステリアスな彼女にあこがれを抱いているらしい。

 

「――――別に不貞腐れていないわ」

 

「分かってる、わかってる! また変な男どもにちょっかいを出されたんでしょ?」

 

そのへんで伸びていた男子を見つけたわよ、とニーナが心配そうな顔をしていた。

 

 

――――私は、好きで生き残ったわけではないのに……

 

 

生き残った少女。その名で持て囃されるのは嫌いだった。プロパガンダにされるのはもっと嫌だった。ザラ議員も当初は擁護していたが、最近は仮面の男に諭されたのか、パーティに呼ばれる回数が増えた気がする。

 

そもそも、パーティに出るような身分ですらなかったのだ。彼女はその息苦しさが嫌で、自分の生き方を見つけ出すために、パトリック・ザラ議員の反対を押し切り、軍属に身を置いた。

 

「フィオナ―――――」

ニーナがフィオナの抱える最大のトラウマという理由を前に狼狽えていると、

 

「ニーナ、フィオナ、お待たせ!」

そこへ、二人の親友であり幸運なことに同じ部隊に配属となった金髪碧眼の女性、リディア・フローライトがやってきた。

 

今年の卒業試験では、主席のフィオナ、実技3位、学科7位のニーナ、実技4位、学科2位のリディアなど、女性兵士が一部目立った。

 

人見知りというより、誰とも関わろうとしなかったフィオナと半ば腐れ縁となった二人。他人を寄せ付けない強さと距離感を保っていた彼女にとって、土足で玄関を上がられるようなものだったが、今では普通に話すようにはなっている。

 

配属先の情報交換をした3人。すると、

 

「いいなぁ、ニーナは。私はいきなり砂漠よ、砂漠! バルドフェルド隊長の下で経験を積めるのはいいと思うけど、いきなり重力圏。砂漠嫌い~~!!」

リディアは上官には大満足だったが、配属先がアフリカということで、意気消沈していた。リディアはバルドフェルドのようなダンディーな男性がストライクらしい。

 

「ふふ………」

そんな二人のやり取りを見て、フィオナは微笑んだ。

 

「あ、フィオナが笑った!」

 

「うんうん。ようやく笑ったね!」

にんまりする二人。ミス・無表情という不名誉な名称をつけられているフィオナは、少し憤慨する。

 

「失礼ね、私はロボットではないわ」

 

こほん、とフィオナは今芽生えた思いを二人に伝える。

 

「私の周りに、人がいる。それが本当はいいことなのだと理解しているはずなのにね。」

もう天涯孤独になると思っていた。アスランが先に戦場に出向き、新型MSを奪取した。今はその機体に乗り込み、ラクス・クライン嬢の捜索任務を受けているだろう。父代わりのパトリックも今は踏ん張りどころだという。

 

もう離れて手が届かないところに行ってしまう。それだけは嫌だった。

 

「ごめんなさい、素直ではなくて。またあんな風に消えるかもしれない。それが怖い」

そして、自分に優しくしてくれる二人が離れてくれればよかったと考えていた。自分に優しい人間に死んでほしくない、傷ついてほしくない。

 

だから、誰よりも強くありたいと考えた。歴代記録を塗り替えた。まだ足りない。

 

――――赤い彗星。貴方を落とせば、プラントは守られる

 

戦場で話題になっている連合のエース。年齢不詳、性別も不明。謎に包まれた人物は、宇宙で暴れている。

 

「大丈夫だって。私たちはつらい訓練も乗り越えてきたじゃん! 一人で無理でも、2人なら大丈夫!」

 

「楽観視はできないわ。配属先はクルーゼ隊。噂の赤い彗星との交戦だってあるはずよ」

 

「うえぇ、赤い彗星はやばいかも。」

ニーナが嫌な顔をする。赤い彗星はアスラン・ザラ、ラウ・ル・クルーゼといったエースと引けを取らない。新人には荷が重すぎる相手だ。

 

「ええ。赤い彗星。映像だけでも見たけれど、とんでもない動きだよね~。あれで体が耐えられるんだからおかしいよ~~!!」

リディアも映像で見るデュエル二号機の動きはおかしいと考えていた。Gへの耐性が常人離れしているのは明白だった。

 

「なら、特訓あるのみよ。生きて終戦を迎えるために。」

 

「うん!!」

 

「これからもよろしくね、フィオナ!」

 

戦果は拡大する。アスランが守ると誓った人が戦場に。彼女の友人も過酷な戦場へと向かうことになる。

 

 

 



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砂時計の歌姫
第17話 囚われの少女


恐らく、リオン・フラガが、みんなの知っていたリオン・R・フラガに近づくきっかけがやってきます。

変化は亀のように遅いです。


そして残念ながら、フィオナは真・アスランにゾッコンなので、彼女ではないです。


デブリベルトでの物資の積み込みは想像以上のものだった。ヘリオポリスの学生が目にしたのは巨大な大陸が浮かぶ宙域。

 

氷漬けになっている大量の水。そして、その中には氷漬けにされた何かが埋まっていた。

 

「―――――ここはまずいな」

リオンはデュエル二号機の中でしかめっ面をする。おそらく、ポッドに乗る作業員たちもすぐに気づいただろう。

 

 

――――ユニウスセブンの跡地か。

 

特にどうということはないが、他のクルーへの影響があると注意するリオン。大量の水がここまで氷漬けにされるのが宇宙空間なのだ。その他にも宇宙線などの有害な物質もあり、過酷な環境ともいえる。

 

――――当時そのままの死体が残っていても、なんらおかしくはないか

 

リオンの予想通り、ミリアリアは途中で気分を悪くし、トールも付き添いで離脱。アークエンジェルのクルーも顔を歪めながら作業に従事するなど、劣悪な環境だったことは間違いない。

 

「リオン君。敵影の姿は?」

アークエンジェルからの通信が入る。ラミアス艦長は補給中にデュエル二号機を出すほどだ。周囲への警戒が難しいデブリベルトでは、熱センサーが使い物にならない。

 

有視界による哨戒も重要になる。

 

しかし、いったん物資の搬入に駆り出されていた学生組は帰投し、約23万人もの民間人が眠るこの大地に哀悼の意と、生きる者として糧を分けてもらう懺悔の意味も込めて、折り紙を折ることになった。平和の象徴でもある様々な花を折り、無数に作り、それをユニウスセブンに散布する。

 

その時に、アサギとカガリもその力になったという。リオンは哨戒任務でその光景を見ることはできなかったが、キラからそのような報告を受けた。

 

――――少しずつでいい。いろいろなことを学んで、お前自身の夢に近づけるんだ、カガリ

 

回り道とは思いたくない。彼女は悲しい体験をしたといえる。だが、苦い経験も人を成長させる。生きている限り成長が出来るのだから。

 

 

艦内で憂鬱な雰囲気が流れる中、リオンは冷静だった。しかし、カガリのことに関してはそうではなく、まるで保護者のような感情を抱いていた。

うではなく、まるで保護者のような感情を抱いていた。

 

そしてついに怪我の完治したエリク・ブロードウェイ中尉が復帰。大破したメビウスに代わり、鹵獲したジンを使用して哨戒任務に当たっている。

 

「なかなか動きがいいな。やっぱコーディネイターのOSは同じだとやりやすい」

同じコーディネイターだからなのか、エリクは手足のように人を操る。初心者とは思えない技量だ。

 

「初めてでそれはなかなかいい線行っていると思います。俺も初心者ですが」

 

「そこらへんはいいぞ、リオン! ビギナーが化けるのなんて、どの世界にもあるからな」

 

これでエリクはMA乗りからMS乗りに変わった。今後の防衛がアークエンジェルにとっては楽になるだろう。

 

 

その後、いったんリオンはエリクに哨戒を任せて帰投する。パイロットにも休みは必要だ。

 

そこで、居住ブロックの一室である部屋で、アサギとカガリのもとを訪れるリオン。

 

「――――カガリ?」

 

「ああ。リオン。大事ないみたいだな」

リオンが無傷であることに安堵するカガリ。アルテミスの時はなかなか会うことが出来なかった。なので、少し日が空いた。

 

「遅れを取るほど鈍ってはいないさ。」

 

「――――デブリベルトを抜けて、おそらく第八艦隊と合流するとみていいだろう。その時だな、民間人の移送が始まるのは」

 

「――――けど、それで安心というわけではないのよね」

アサギはリオンが厳しい表情を崩していないことで、事態はそんなに安直ではないことに気づく。

 

「――――ザフトは降下前に最後の攻撃をしてくる可能性がある。ここを取られれば、これまでの努力が水の泡だ。民間人の安全は第一に考えているが、どこまでやれるかは」

 

恐らく、傭兵としての契約もそこで切れる。だが、あの艦長や第八艦隊の面々に降下直前での強襲があると思わせなければならない。ないかもしれないが、あの油断ならない男が追撃を突如として止めたのだ。この静けさの間にいろいろと想像したくもない準備をしているのは明白だった。

 

「――――本当に降下前にザフトが襲い掛かるのか? 地球圏だぞ。いや、アフリカ、オセアニアはプラント側だったな――――私に必要なことはないか?」

状況を整理し、言葉にして、考えをまとめたカガリ。毅然とした瞳でリオンに尋ねる。

 

「その時はオーブと君に迷惑をかけるかもしれない……オーブ連合首長国、ウズミ氏の娘であることを明かし、改めて俺に契約を持ち掛けてほしい。連合、ザフト、あらゆる障害を突破し、自身をオーブまで送り届けよと」

 

ここまで回り道をする必要はないかもしれない。だが、オーブのモルゲンレーテは戦闘データが欲しいと言っていた。まだ数回の戦闘。これではまだ足りない。

 

普通にザフトの襲撃がなければ取り越し苦労なのだが、こういう時の自分の予想は当たる。当たってほしくない予想はよく当たるものだ。

 

 

「ブロードウェイ機、帰投完了。リオン・フラガはデュエル二号機へ待機。準備完了後に発進を」

 

「すまない。話はまた後でだ」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 

その後、エリクと入れ替わる形で出撃するリオン。

 

「物資の積み込み状況は?」

リオンは艦長に尋ねる。物質見込み時間完了まであとどのくらいかという切実な問題。

 

「あと一往復ほどで完了するわ。あともう一息よ」

明るいニュースだった。整備班や船外活動で尽力した者たちの努力の賜物ともいえる。

 

「了解しました。引き続き哨戒を続行します」

 

あと一往復。それでこの場所を離れることになる。すると、リオンはまだ真新しい船舶の残骸を発見した。

 

「!?」

 

そして慌ててリオンは物陰に隠れる。その船舶に接近したのは長距離強行偵察複座型ジン。

 

――――おそらく、あの船舶の調査、もしくは捜索。見逃してはくれないだろう

 

応援を呼ばれた場合、包囲されるのは危険だ。今も一機のポッドが最後の物資を運んでいる。

 

「悪く思うな」

 

リオンは迷わず無防備に背を向けているジンの背中に照準を合わせ、一瞬のためらいもなく引き金を引いた。

 

その弾丸は一発のみ。その正確な一撃がジンのコックピットを貫き、ジンは程なくして爆散した。

 

「―――こちらデュエル。強行偵察型ジンを発見。情報漏洩の危険ありと判断し、撃墜した。これでよかったか?」

 

 

 

「え、ええ。ポッドも程なくして帰投します。思わぬこともありましたが、これで当分物に困ることはありません。」

マリューからの感謝の気持ちのこもった言葉をいただいたリオン。それが欲しかったわけではないので、適当に答えようとしていた。

 

「いえ。私は任務を全うしただけです―――ん?」

 

リオンは船舶の残骸から救命ポッドらしきものを発見した。おそらくアレがジンの目的だったのだろう。

 

――――間が悪かったな。名も知らぬパイロット

 

少しばかり不憫に思うリオン。しかしそれだけを言った後、リオンはその救命ポッドをつかんだ。

 

「おい、接触回線から通信を入れている。中にいる者は聞こえるか?」

リオンは独断で救命ポッドへの接触を試みた。

 

「――――貴方は?」

中から聞こえたのは女性の声。それも、とても透き通るようなきれいな声。今まで聞いたことのないようなものだった。

 

「残骸の中にあった救命ポッドを見つけた。君の名前は?」

 

「わたくしの名前、ですね。わたくしは――――」

 

その名前を聞いた時、リオンは久しぶりに強烈な頭痛を食らうことになった。

 

 

 

一方、そのリオンの頭をブレイクした少女がいないプラントでは、混乱が起きていた。

 

シャワーを浴びていたアスランは、風呂から出た後、ゆっくりと自室にてくつろいでいたのだ。

 

「なんだと、ラクスがいない!?」

アスランは、プラント本国に帰還後、奪取した新型MSの説明、ヘリオポリスでの一件の説明など、説明に次ぐ説明の日々を送っていた。

 

そんな毎日に飛び込んできた重大なニュース。許嫁のラクス・クラインが船舶とともに行方不明となっている。

 

「―――――なぜだ。どうして彼女らが悲しむばかりなんだ!!」

奪うならば自分の命を奪えと、アスランは天に吠えた。なぜ自分の周りから奪っていくのだと。

 

「――――どうすれば、戦争は終わるんだ。終わらせようにも、どうすれば―――」

悩むアスラン。このままでは本当に憎しみのままに戦い続ける消耗戦になる。物量に劣るプラントではいずれ限界が来る。地球も汚染されつくされた場合、人が住めなくなる。

 

待っているのは生命の滅亡だ。

 

コンコン。

 

その時、ふいにアスランの自室のドアからノックの音が聞こえてきた。

 

「………??」

アスランは急な予定変更はメールで来るはずだと訝しむ。となると突発の用事。しかも個人のものに限られる。

 

インターホンに設置したカメラを見ると―――――

 

 

「――――――なっ!?」

 

どうしてフィオナが赤服に身を包んでいる。横にいる少女たちは何者なのか。彼女は戦争は嫌いだと言っていたではないか。

 

―――フィオナ、どうして!?

 

「フィオナっ!」

慌ててドアを開けたアスラン。しかし、自分の服装を考えてみよう。

 

 

浴衣を着ているとはいえ、ヘアアイロンで髪は乾かし、体もしっかりと拭いている。アスランは几帳面な性格だ。そこのところは余念がない。

 

だが、イケメンの部類に入るアスランが薄着で出てきた。これはラクスほどではないが、目の前の少女たちにとっては刺激が強すぎるだろう。

 

「あ、アスラン!? 服を着てください!!」

玄関を開けた先には、アスランの服装を見て思いっきりいつものポーカーフェイスを維持できなくなった彼女の姿が。

 

「フィオナ!? いや、服は着ているんだが」

冷静に突っ込むアスラン。ちがう、そうではない。

 

「う、うわぁあ……アスランさんの、アスランさんの薄着――――ぶはっ」

 

「何をやっているのよ、ニーナ!! すいません突然お伺いして」

興奮しっぱなしのニーナと呼ばれる紫色の髪の少女と、解放している金髪の少女が出合い頭に謝罪してきた。

 

「――――へぅ」

両手で顔を覆い、膝をへなへなと崩し、その場に座り込んでしまったフィオナ。アスランは何か悪いことをしたのだろうかとまだ気づかない。

 

「え!? フィオナ!? おい、大丈夫か!?」

気が気ではないアスラン。慌ててフィオナのそばに駆け寄るのだが、

 

「アスランさん。フィオナさんと私は……アレも一応女の子です。ここまではいいですね?」

金髪の少女が念を押すようにアスランに説明を始めた。神妙な顔でその話を聞くアスランだが、その様子で彼女も頬を染め始めていた。

 

あまりにも真剣な瞳でこちらを見るのだ。二枚目がこれをするのは卑怯だ。

 

「ああ」

 

「年頃の少女の前で、薄着で突然現れる殿方がいらっしゃいますか?」

そしてジト目でアスランを睨む少女。

 

「あ、すまない。俺の落ち度だった。申し訳ない。」

 

言い訳はしない。アスランはそういう男だった。頭を下げる。

 

 

「い、いいんですよ。次から気を付けてもらえたら。それで、アスランさんもあのニュースを見たんですよね」

真剣な瞳でアスランが驚愕しているであろうニュースの話をする少女。

 

 

「あ、ああ。ラクスのニュースな。ところで君たちは――――」

 

「フィオナの友人で、アフリカで作戦行動中のバルドフェルド隊への配属となりました、リディア・フローライトです!」

 

「は、はい!! えっと、その……近くクルーゼ隊に配属になります、ニーナ・エルトランドです。よろしく、お願いしましゅ!?」

 

憧れのアスランの目の前で、舌を噛んでしまうニーナ。痛みにプルプル震えるニーナだが、

 

すっ、

 

「!? あぅ………」

優しく彼女の頬に手を添えるか添えないかの辺りまで手を移動させたアスラン。しっかりと目線を彼女に向け、真剣な表情。

 

「痛みはどう?」

 

ウンウン、縦にうなずくニーナ。

 

「出血はある? ガーゼは必要かな」

 

フルフル、と首を横に振るニーナ。

 

「すまないな。また俺が何か緊張させてしまったようだ。気を張らせてしまった、楽にしてくれていい」

 

「は、はい――――」

恋する乙女のような顔で、惚けたようにアスランを見つめるままのニーナ。

 

 

「アスランさん。本当に懲りませんね」

無表情はどこへやら。ジト目のフィオナがアスランを睨んでいた。

 

「ち、違う! 他意はない! ただ、痛そうにしていたから心配しただけだ!」

 

「ラクスさんが大変なのに、これは酷いです。彼女に言いつけますからね」

ラクスと仲のいいフィオナ。ゆえに、行方不明中にアスランがまた女の子を引っ掛けたと報告するだけでいい。

 

「ちょっ」

狼狽えるアスラン。

 

「――――あれ~。アスランさんのイメージが少し違うんだけど」

 

「生真面目で、頭が固くて、義理堅くて、とっても優しくて、それで悪意を感じるほど鈍感な方ですが何か?」

フィオナの悪意と若干のデレを感じる紹介の仕方に、日ごろのフィオナを知る二人は目を丸くする。

 

―――フィオナって、親しい人にはこうも感情をさらけ出すのね~~

 

―――まるで兄妹ですわね~~

 

「俺が鈍いのは理解している。努力はしているのだが――――」

 

「実利の伴わない努力は努力とは言いません。」

 

「悪かった」

 

 

口論では勝てそうになりアスラン。勝負になる前に負けを認めていた。

 

その後、私服に着替えたアスランは改めて三人を自室に招いた。

 

「それで、今回フィオナとニーナさんが俺たちの部隊に、ということかな」

 

「はい! 急遽決まりましたが、準備は手早く終えました。後はフィオナさんがお世話になっている方と聞いたので、挨拶にも行こうかと―――」

 

「わざわざ律儀にありがとう。フィオナのこと、これからもよろしく頼む。本当にいい友人に恵まれた」

心からの笑顔だった。フィオナが本当にいい友人に巡り合えてよかったと安心している顔だった。

 

「に、ニーナ・エルトランドっ! これからも頑張ります!!」

 

「そこまで意識しなくていいさ。彼女の良き友人、時に諫めたり、助けられたり。一緒にいて楽しい友人であってほしいんだ。」

初々しいニーナの様子に微笑むアスラン。こういうときまで絵になる。

 

「――――君も、初の配属先が地球ということは、期待をされている証拠だ。気負いなく、訓練校で学んだことを活かして、戦場を生き延びるんだ」

 

先輩からのありがたい金言。勝つということではなく、生き延びることを重要とする教え。生存すれば、次の任務に挑むことが出来る。死亡すればそこで終わりだ。悲しむ人も出てくる。だからこそ、生き残るすべは何か、それを考えてほしいというアスランの願い。

 

「そのお言葉、心得ました。」

綺麗な敬礼でアスランの前に立つリディア。

 

 

その後、挨拶が終わり、すっかり仲良くなった4人。男一人と女三人。とんでもないリア充野郎である。

 

「その、ラクス姉さまは無事、なのでしょうか」

 

「ああ。ラクスのことは確かに心配だ。とにかく俺が動かなくては始まらない。救命ポッドに逃げ延びていれば、無事だと思いたいが――――」

 

 

 

そしてアークエンジェルに戻る場面。

 

 

救命ポッドの開閉口に保安兵が居並んだ。銃を構え、いつでも撃てる状況だ。

 

 

「――――ここは?」

惚けたように、辺りをきょろきょろと見まわすピンク色の髪の少女。

 

その瞬間、男たちの空気が止まる。

 

――――うわ、なんて美人だ。

 

トールが鼻の下をのばしていた。ミリアリアが脇の下を抓る。

 

―――えらい別嬪さんだなぁ、あの子!

 

ムウは一回り小さい少女になんて目を向けているのか。

 

―――うお、圧倒された

 

サイはフレイとは違う美人のタイプに圧倒されていた。危うく塗り替えられるところだった。

 

 

―――プラントはああいう人が何人もいるのか。

 

 

自覚症状なしにぶっ壊れたアルベルト。

 

保安兵も一部彼女の魅力にやられていたようで、惚けたように銃を構えていた。

 

 

「民間人みたいだな。名前は?」

リオンが名前を尋ねた。惚けている一同を差し置いて傭兵の彼が口にするのはよくないのだが、

 

―――この状況はうれしい誤算だ。早くに情報を植え付けるとしよう

 

リオンは正確には連合の完全な味方ではないのだから。

 

「セイラ・グレンベルですわ」

淀みなく目の前の彼女はその名前を口にした。

 

「その、セイラさんはどうしてあのポッドに?」

連合の方には全くと言っていいほどプラントの情報は流れてこない。当然プラントの住民の情報を持っているわけでもない。シーゲル・クラインが万が一の時に備えて娘の情報を固くブロックしていたのが大きかったのだ。

 

「わたくしは、ラクス・クライン様のユニウスセブン追悼式典に同行していた者です。ですが、地球軍の方とあの宙域でいさかいがありまして。ラクス様とわたくしはそれぞれポッドに入れられ、ラクス様の方には護衛の方が、わたくしはこのポッドに逃れたのです」

 

淀みなく嘘と真実を散りばめて、言葉を紡ぐ少女。

 

「連合の戦艦と!? なんということだ。」

ナタルは軍籍の者が民間の船舶を攻撃したことに頭を痛めていた。軍人としての誇りを穢す行為だ。

 

「とにかく、詳しい話はあとで。こんな場所だと、貴女も落ち着かないでしょう」

 

「はい……」

 

 

「発見者として、俺も同行させてもらう。ユニウスセブンについて聞きたいこともあるのでな」

そこへ、リオンが割り込んだ。越権行為も甚だしいが、完全に話のペースを握られているマリューは、リオンに対しそこまで警戒をしていなかった。

 

「ええ。」

 

「艦長、これはれっきとした―――」

ナタルが反論するが、

 

「同年代が一人くらいカカシのようにいれば、彼女も話しやすいでしょう。邪魔はしません」

リオンが話しやすさという点でナタルを攻める。こういう切り口で、理論詰めで行けば彼女は折れることを知っている。

 

「時間を奪われるわけにはいかん。手短にするためだ。特例だからな」

 

―――ほら、冷静な判断は出来つつあるようだが、まだ甘い。

 

 

そして彼女は、程なくしてセイラ・グレンベルとして認識され、オーブ経由でプラントに移送されることが決まった。正式な取り決めは、追ってオーブ政府とのコンタクトで決定される。

 

 

 




さて、この人誰なんだ・・・・(すっとぼけ


今回のリオン君は、攻略する側ではなく、攻略される側です。


なお、他にも幼女が複数彼の前に現れる模様。

やっぱりロリコンの血は根絶やしにしないとね 




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第18話 翔け抜ける星の色は…

セイラ・グレンベルへの取り調べというよりも、簡易な身元確認を行い、それが終了した後、居住区の中の一室を用意された。無論ヘリオポリスの住民を刺激しないよう、彼女の存在は秘密とされた。

 

――――さて、しばらく出会っていないが、起きているか、ノア

 

『存在を忘れられていたのかと考えていました』

 

―――室内の盗聴の類は見られるか?

 

すべて文書でのやり取りである。安全、プライバシーが確認できない限り、うかつなことはできない。

 

『3つほど検知。処理をすれば怪しまれるでしょう』

 

――――分かった。

 

 

ラクスに、あるメモを渡すリオン。

 

―――この部屋は盗聴されています。今は、セイラ・グレンベルとして行動してください。

 

こくん、と縦にうなずいたラクス。

 

―――そして、私の叔父キュアン・フラガを通し、リオン・フラガはウズミ氏と関係があります。これも連合には秘密です

 

こくん、とこれにもうなずく彼女。

 

―――なので、貴女を害する恐れは今のところないでしょう。ここからは経路についてのお話をします。ここから準備をしてください。

 

話しながら、文書で話をするという難しいことを求めたリオン。ラクスはそんなリオンを見て驚くが、彼の好意を感じ、満面の笑みで頷いた。

 

―――タフな少女だ。

 

これはリオンの心の中だけのものだ。

 

「――――落ち着いた?」

 

 

「―――――はい」

 

そして始まる二通りの会話。

 

「本当に、本当に災難だったね、セイラさん。(ラクス・クライン、第八艦隊合流後に民間シャトルが用意されています。こちらのアサギとともにオーブへ向かってください)」

話しながら、本当の会話をする器用なことをしているリオン。

 

「ええ。ですが、連合の方々とは、不幸な見解の相違があったのでしょう。わたくしたちの方にも、何か不備があったのかもしれません(ありがとうございます、リオン様。このご恩は忘れません)」

ラクスもラクスでそれを実践できる頭を持っている。こういう機転の利く娘は嫌いではない、リオンは心の中でそう思った。

 

「そこまで責任を感じなくてもいいんだけどね。貴女は、一介の民間人ですし。(あとはウズミ氏がプラントにコンタクトをとるでしょう。そうなれば、しばらくオーブで滞在してもらうことになりますが、よろしいでしょうか?)」

 

「ええ。実際問題、わたくしに出来ることはあまりありませんでした。それでも、今もなお心が痛むのです。何かできたのではないかと(何から何までありがとうございます……)すみません、少し涙が―――」

しかし、割り切れないところもあった。言葉と文書でコミュニケーションをとっているラクスだが、今回の言葉は彼女のウソ偽りのない言葉だったのだろう。感極まったのか、涙がぼろぼろとこぼれてしまう。

 

恐らく、聞いている側はこの音を聞いて驚くかもしれない。

 

「――――シャトルの件、何と言えばいいのか、私にはわかりません。」

リオンはより盗聴器をだますために一芝居を打って出た。泣き出しそうなラクスを抱きしめ、わざと布と布がこすれる音を出したのだ。

 

「ですが、クライン嬢とセイラさんのご無事を最後まで信じておられた、そうに違いない」

 

「――――はいっ」

もう限界なのだろう。彼女の顔は涙で濡れていた。だが、誰かを想う涙は美しいものだ。

 

その後、当たり障りのない話をした二人。

 

 

「また、あなたとお話がしたいですわ、リオン様」

リオンに向ける笑顔は、あのポッドから出た時の笑顔とは別のベクトルのモノだと認識できた。ラクスは純粋に感謝の念をリオンに届けたいと純粋に思っていた。

 

 

―――だが、悲しいことに無意味だ

 

リオンはそんな笑顔を向けられてもあまり興味がない。精々彼女をいかに利用できるかを考えていた。ただ、若干の憐憫の感情はあるが、そこまで心を揺り動かすほどでもない。

 

 

「ええ。プラントでのお話は興味深いところがありますから。ですが、それもこの事態が落ち着いてから。オーブでゆっくりと聞きたいものです。“セイラ”さんの視点から見たプラントという国にも興味がありますから」

ラクスは、そんなリオンの内情など知らず、ここまで自分のために危険を冒してくれたリオンのことを完全に信用していた。

 

「ええ、期待して待っていてくださいね。私もオーブに降り立つ瞬間が楽しみです。オーブはコーディネイターとナチュラルが共に手を取り合い、平和に暮らす国だと聞いております。そのような理想を追う国の在り方は、この世界の中でも、とても尊いものだと思いますわ」

 

 

最後に彼女に挨拶をして、部屋を出るリオン。

 

リオンの後姿を見た後、ラクスは心が温かくなるような気分だった。

 

―――彼は、嘘を言っているようには見えませんでした。

 

ラクスはその次の日が楽しみで仕方がなかった。軟禁に近い状態で一室に閉じ込められ、退屈な日々が続くと思っていた。しかし、リオンがこちらの話し相手になるどころか、オーブ経由で自分を逃がしてくれる。

 

キュアン・フラガといえば、10月会談でマルキオ導師とともに、戦争の膠着状態の打破と、飢餓状態の改善、戦争の落としどころについての会議をセッティングした実績がある。

 

地球連合事務総長オルバーニとクライン議長の秘密会談が行われたのだ。これは父からも聞いていることで、リオンもキュアンから10月会談のことは知り得ていた。

 

―――お父様。わたくしは、辛くなんてありませんわ

 

頼りになる人がいる。こんなに心が温まるような感覚が初めてだった。求められた自分から解放されて、素直な自分に戻れる時間は貴重だった。

 

 

しかし、自分に嘘をつくことはできなかった。

 

 

「………ごめんなさい……っ、ごめん、なさいっ……!」

 

何もできなかった自分が許せなかった。相手も戦争をしている。それを知っているからこそ、彼女は恨むことが出来なかった。

 

そうやって塗り固まってできたものが、今の人類を苦しめていると知っているから。

 

ラクスには見えていた。不自然なほどキレイにまとまったナチュラルとコーディネイターという戦争の図式の根本。

 

この戦争の背後には、何かがいる。

 

しかし、今の彼女には予測でしかその存在を知り得ることが出来ず、確証もない。

 

――――ごめんなさい、お父様。わたくしは―――無力です―――っ

 

 

本音を、自分を助けてくれた人に本当の苦しみを伝えきれない。ラクスの不器用な一面を見た保安局の者は、彼女の慟哭が響いてから程なくして盗聴を止めた。

 

「――――やり切れんよな。」

 

「ああ。あんな年端もいかない少女に背負わせるものじゃない」

 

 

 

 

 

そして、部屋から出たリオンはというと。

 

 

――――よし、穏健派と言われるクラインとのパイプはさらに太くなったな

 

リオンは本音と建て前を冷静に仕分けしていた。

 

――――彼女のことは確かに哀れだと思う。彼女は傑出した人物であることもわかった。

 

しかし一方で、彼女を好意的な目で見ているのも事実だった。突然の接触回線で簡単な取り決めをして、こちらのペースに合わせて話しかけ、なんとかぼろを出さずにここまで来た。

 

―――彼女とは今後も仲良くしたいものだ。カガリとはいい友人になれそうだ

 

そしてリオンの行動指針にはカガリがいたりする。格好つけてはいるが、リオンの理由もひどく単純だ。

 

――――ま、この戦争を生き残れたらの話だが

 

ラクスがこの先どうなるかはわからない。自分は世界を弄る側だが、神ではない。そこまで万能ではなく、彼女を何としてでも守ろうと誓うほど感情を動かされているわけでもない。

 

 

 

そして、リオンは次の手を考える。

 

―――ラミアス艦長を含め、それなりの信頼は得た。

 

彼らは中道派と言われるハルバートン提督のグループに位置する。階級も少将とそれなりに高い。そしてG計画というオーブも巻き込んだプロジェクトを提唱する力もあり、政治家とのパイプも期待できる人物だ。

 

―――触りとしては、まずはザフトの強襲の恐れから話せば、食いついてくるだろう

 

もっとも安心した場面にこそ、敵は狙ってくる。智将とうたわれた彼がそれを考えないわけがない。

 

―――あとは、今後の戦争の行方について。賢い人間は、先のことを考えずにはいられない

 

 

この戦争をよく理解しているからこそ、戦局の打開のためのMS開発に心血を注いのだのだから。その人物が落とし所について自分なりの考えを持っているはずだ。特に少将クラスの士官になれば、中短期の目標を立てることには事欠かない。

 

 

―――お前は、まだ知らなくていい。だがこの戦争で知ってほしい。

 

リオンの瞼の奥に映る、自分の隣に立とうと一生懸命走る金髪の少女。

 

―――政治は簡単ではない。先の先、相手を知ることから始まることを。

 

 

 

 

 

ちょうどそのころ、キュアンの自宅では、

 

 

「うーん、嫌な予感がするな」

 

「どうかされましたか、主」

 

「リオンがとんでもない案件を持ってきそうな気がする」

 

「―――疲れているのです、主は。ヘリオポリス半壊で」

 

「いうなァァァ!! いうんじゃない!! うわぁぁぁぁ!! 戻ってくる黒字が下回ったあぁぁっぁ!!!」

ヘリオポリスという言葉で発狂したように叫ぶキュアン。計算がァァァ、と床の上でのたうちまわる。

 

「あらあら。フラガ家当主ともあろう方が、そんなでは皆が心配しますわよ、あなた」

 

「うわぁぁぁ、もうエリカだけがいやしだよぉぉぉ!!」

 

かなりお腹が膨らんだエリカの姿を見て、優しくその彼女の胸に飛び込んでいくキュアン。

 

「こらこら、お腹の子がびっくりしちゃいますよ」

 

 

「――――これがバブみというやつですか、主よ……」

 

フラガ家は今日も大騒ぎだった。

 

 

 

部屋を出たリオンは、アークエンジェルのクルーがなぜか喜んでいるかが気になっていた。

 

「何かあったのですか?」

パル伍長に尋ねるリオン。

 

「第八艦隊の先遣隊とコンタクトが取れたんだよ! これで一安心だ!」

辺りはようやく肩の荷が下りたといった感じのクルー。リオンはそれでも力を抜くことはなかった。

 

―――第八艦隊。奴らの部隊は削り取ることは出来た。一人にはよく知らんがトラウマも植え付けられた。上々の戦果だ。

 

 

だからこそ、他の部隊が功を急いで挑んでくる可能性があることを。

 

 

 

 

デブリベルトを抜ける際、アークエンジェルはザフトの追撃を恐れていたが、プラントはそれどころではなかった。デュエルは改装中、バスター、イージス、ブリッツで挑んでも、赤い彗星にエンデュミオンの鷹コンビ、2機のストライクがいるのだ。

 

クルーゼも迂闊に仕掛けることはできないでいた。

 

その為に、第八艦隊先遣隊との合流はスムーズに行われることになる。危険な船など一隻もない状態なので、先遣隊は敵に遭遇する心配が全くと言っていいほどなかった。

 

「本艦隊のランデブーポイントへの到達時間は予定通り。合流後、アークエンジェルは本艦隊指揮下に入り、本体への合流地点へ向かう。後わずかだ。無事の到達を祈る! 」

ジョゼフ・コープマン大佐がモニターから白い歯を見せてアークエンジェルのクルーにエールを送る。何とも陽気な男のようだ。

 

「大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスターだ。まずは民間人の救助に尽力を尽くしてくれたことに礼を言いたい。」

そして、ジョージ・アルスター事務次官が現れる。彼はフレイの父親で、ブルーコスモスともかかわりの深い人物だ。しかし、表では穏健派で名が通っている。

 

「あーそれとそのー…救助した民間人名簿の中に我が娘、フレイ・アルスターの名があったことに驚き、喜んでいる。」

そして、親ばかでもある。

 

「え!?」

突然の民間人の名前の件について、しかも自分の娘に言及したことで、驚きを隠せないマリュー。

 

―――リオン君たちのおかげで敵の心配はあまりないとはいえ、一応、警戒は怠るわけにはいかないのだけれど

「出来れば顔を見せてもらえるとありがたいのだが… 」

不安そうな表情を浮かべる事務次官。完全に職権乱用だ。他にも無事を確かめたい人もいるのだ。

 

「事務次官殿、合流すればすぐに会えますよ。もうしばらくの辛抱です」

笑って事務次官を諫めるコープマンだが、目が笑っていなかった。

 

 

その後、フレイは念願の父親との対面を果たし、これがある大きな流れの変化を生むことになる。

 

今言えるのは、この男はブルーコスモスでもなんでもなく、ただの親ばかだったということだ。

 

 

しかし、マリューたちは油断をしていた。確かにクルーゼ隊はこの戦力相手に戦おうとはしないだろう。だが、他の知らない部隊が接敵すればどうなるのか。

 

 

アークエンジェルのブリッジでは、先遣隊が襲われているということで、動揺が見られていた。

 

「早くストライクを出してください。ラミアス艦長」

 

「えぇ!?」

リオンがストライク二号機に乗っていたのだ。いつものデュエルではない。

 

赤と黒を基調とする、まがまがしい色を放つストライクだ。

 

「装備はエールを選択。今は時間が惜しい」

リオンは急いで出撃させてくれと頼みこむ。

 

 

「期待していいのだな、リオン・フラガ!!」

ナタルが怒鳴るようにリオンに尋ねる。彼一人が先行したところで変わるのかと。

 

「別に、すべて倒してしまって構わないのでしょう?」

 

「お願いね、リオン君! 後でキラ君たちも出撃させるわ!」

 

 

「APU起動、エールを選択。カタパルト接続、完了。ストライク、スタンバイ。進路クリア―。発進を許可する」

 

「リオン・フラガ、ストライク、出る」

 

 

ストライクが先行。その後遅れてキラが戦線に到着することになる。

 

 

 

一方、その頃先遣隊はザフトの攻撃を受けていた。クルーゼ隊ではないので、新型のMSはいない。だが、シグーやジンハイマニューバなどの高機動型MSが配備されている中堅以上の部隊だ。

 

数は総勢10機。艦船2隻。対して連合はモントゴメリ、バーナード、ローの3隻からなる先遣隊。勝負は見えていた。

 

 

「ええい!! なぜこんなところにザフト軍が!!」

ここで死ぬつもりなどなかった事務次官。何とかMAで対抗しようとするが、やはりMSには勝てない。次々とMAが撃墜されていく。

 

「弾幕を張れ!! このままでは押し負けるぞ!!」

 

高速船ナスカ級の足回りの良さは連合艦船を圧倒している。回り込まれたローが今まさにその運命のろうそくを消されかけた時、

 

ローのブリッジに突撃銃を構えるジンの右腕が破壊されたのだ。

 

「!?」

慌ててその場から距離を取るジンだが、それがリオンの狙い。距離を取ったジンを待っていましたと言わんばかりに一撃で胸に大きな穴を開けて撃墜したのだ。

 

 

「な、なんだ!?」

事務次官は驚きの声を上げる。応援は絶望的だったが、助けが来たのだ。友軍がたった今危機を脱し、腰が抜けている状態である。

 

コープマンは目を大きく見開いた。その宇宙に怪しく光る赤い機体。アレは間違いない、新型MSの一機。

 

 

「X105A ストライク二号機!!」

 

 

コープマンの叫び声とともに、シグーの集団による攻撃がストライクを襲うも、それを操るリオンはそんな攻撃に当たることを良しとはしない。

 

急加速による、モニターからの消失。赤い色というのは、暗闇に消えやすいという特性を持っている。ゆえに、通常よりも早く動いているように見える。

 

 

「目標捕捉、撃墜する」

 

直上まで上昇、回り込み、その機動性をもって頭を取ったリオン。直上から正確無比な一撃が次々と降り注ぎ、頭部から下までを貫き、次々と爆散していくザフト軍MS。

 

そして直上にいることに気づいた生き残りが上に向けて発砲をする。しかし、その背部スラスターによる高機動性と、脚部バーニアによる急旋回を駆使し、直上からさらに死角へと入り込み、その動きを止めないリオン。

 

 

「なっ!?」

 

「早すぎるっ!!」

 

ここで一気に2機のジンを撃破したリオン。これで先ほどの奇襲も含めて6機の敵MSを撃墜したことになる。全兵力の過半数を超える被害。

 

しかし、撤退を具申することはできなかった。

 

 

――――ナチュラルども相手に宇宙で逃げ帰ることなど許されないっ!!

 

 

しかし、尚も被害が膨れ上がる戦場。いつの間にか直掩の2機以外のMSが藻屑と化していた。

 

「隊長!! ここはもう撤退を!!」

 

「バカな!! たった3分で8機のジンとシグーが全滅だと!?」

 

「敵機接近、弾幕を張れ!!」

 

ナスカ級2隻が直掩の2機とともにリオンを狙い打つ。だが、小刻みに脚部バーニアを操るリオンは、その速度を落とさずに確実に敵戦艦に迫っていた。

 

「赤い彗星!? けど機体が違う!! うわぁぁ!!」

 

「狼狽えるな、アレは偽物、ぐわぁぁぁぁ!!!」

 

そして最後のMSを撃破され、丸裸同然の状態のナスカ級。しかし、とどめを刺すのはリオンではない。

 

 

「ちょうど射線上に二隻誘導した。外すなよ」

通信でその砲撃手に指示を飛ばすリオン。これで終わりだ。

 

 

 

ナスカ級の艦長もその残酷な運命をすぐに知ることになる。

 

「ロックオンされています!!」 

 

「MSの攻撃を数発食らっただけで、このナスカ級が―――あぁぁぁぁ!!!」

 

 

しかし、最後にはキラの乗るストライクのアグニによって、2隻ともども撃沈されることになったナスカ級。

 

「あれが、連合のMSの力」

モントゴメリの副艦長チャン・バークライト少佐は、たった一機でこちらを全滅させようとしていたザフト軍2隻からなる部隊を単独で沈めた赤いストライクに、畏怖と敬意を抱いていた。

 

「助かった、のか」

部下の一人がポツリとつぶやいた。もう辺りにはザフト軍は存在しない。あの一機が、ほとんどの敵を一掃したのだ。それも短時間であの部隊を全滅。

 

「ああ、助かったんだよ……」

 

「ああ。俺たち、助かったんだよ!」

この部下の一人が契機だった。

 

艦内で、先遣隊のどの船の中でも歓喜の声が飛び交う。

 

「おぉぉ!!! 助かった!! 助かったぞぉぉ!!」

 

「すごい、あれが新型の力なのか!!」

 

「これがあれば、戦争は終わるぞ!!」

 

「肩を並べる存在になれるぞ!!」

 

「今すぐモビルスーツが欲しいぞ! あんなものを見せつけられたら!!」

 

興奮冷めやらぬ艦内。中には涙を流して喜んでいるものさえいた。

 

 

「こ、こらっ! 戦闘中だぞ!!」

コープマン大佐ことモントゴメリの艦長はまだ戦闘中だぞ、と船員を諫めるが、彼の口元もゆるくなっていた。

 

「ですが、あれほどの戦果を間近で、2番目に早く見られたことは喜びでもありましょう、艦長」

バークライト副艦長がまあ、まあとコープマンをなだめる。

 

「確かに、それは言えているな」

 

「――――新型、か」

危機が去ったことで、落ち着きを取り戻しつつあったジョージ・アルスター事務次官。

 

 

その後、フレイ・アルスターはアークエンジェル艦内にて、ジョージ・アルスター氏と再会を果たす。

 

「ぱぱっ!! 会いたかった!!」

 

「あぁ、フレイっ、本当にフレイなんだね! ああ、神よっ」

オーバーリアクションな親子の感動の瞬間を、生暖かい目で見ていた軍人一同。

 

―――軍務の最中、なのですが

 

―――手遅れよ、ここで割って入れば無粋者呼ばわりされるわ

 

―――まあ、まあ。戦闘するよりはましさ

 

―――大尉、目が笑ってないっすよ

 

 

「よかったな、フレイ」

婚約者として、それを祝福しているサイと、その友人たち。

 

「―――僕、ここにいていいのかな?」

 

「事務次官の指名だ、難しいことでもないし、顔だけは見せるべきかもしれないな」

キラは、先ほどランチャーストライクの高インパルス砲でナスカ級に隻をぶち抜いたのだ。赤いモビルスーツのほかに出撃したのは誰かと事務次官が尋ね、それがキラの乗るストライクと知るや否や、彼にもお礼がしたいと言い出したのだ。

 

 

「君があの赤いモビルスーツのパイロットか、先ほど命拾いしたよ、ありがとう」

事務次官はリオンの前にまで移動し、頭を下げる。

 

「友軍の危機でしたので。それに、ここまで足を運んだ事務次官殿の努力を守ることが出来、大変喜ばしく思います」

 

「そうか、そうか! いやぁ、本当は最後まで迷ったんだよ! 私にできることは戦闘ではない。だが、娘の無事を一刻も早く確かめたい。官僚失格かもしれないが、終わりよければすべてよしだ。君のおかげだ、本当にありがとう!」

 

そして、と事務次官はリオンの横にいるキラの前に立つ。

 

「コーディネイターとはいえ、連合に協力してくれたのは君なんだね?」

 

「えっと、は、はい……」

コーディネイターという単語に反応し、びくりとするキラ。

 

「そして、我が娘の婚約者サイ君とも仲が良いと聞く。友人たちのために、立ち上がったのだね? それならば男として、本当に尊敬できる行いだよ」

興奮気味に話す事務次官。排斥を訴えている彼を知る連合一部士官は目を丸くしていた。

 

「え?」

 

「うむうむ。サイ君の周りになかなか万能な子がいるという話を聞いてね。オーブというのはそういう国なのかと。両者が手を取り合い、国を富ますために努力すれば効率はいい。我々理事国の中でも、穏健派の理想はまさしくあの国だったのだよ」

事務次官の中では意外と評価の高かったオーブ。その言葉にリオンの目が怪しく光った。

 

―――ブルーコスモスと聞いたが、話が出来るぐらいにはまともなのか

 

「急進派、過激派はあの砂時計をつぶせば終わりだというが、大きな争いが終結するだけで、今後のテロ行為はなくならないだろう。あの才能を見て、手を止める学者も存在しないだろう。根本的な問題解決をしなければ、この戦争は終わらん。」

 

 

「それに子供の夢は、親が介入していいものではないのだよ。子が多くを見て、判断し、成長するのが一番良い。だからこそ、オーブに留学させた甲斐があったというもの。少々世間知らずな面があるからな、うちの娘は」

 

 

「もう、パパっ!!」

恥ずかしくなって赤面するフレイ。尚も抱き着いたままというのはもっと恥ずかしい行動ではないのだろうか、と一同は感じたが黙っておくことにした。

 

―――親ばかもそうだけど、子も子ね

 

―――いいじゃないの、あんなに仲のいい親子は羨ましいぜ

 

―――もう何も言うまい

 

―――大尉、目が血走っています。

 

 

「だからこそ、今確信した。急進的な行いは世界をさらに歪めると。プラントがなければ世界の発展が大幅に遅れる。困難は大きいが、娘の為に立ち上がってくれたコーディネイターがいたのだ。私も早期戦争終結に努力をすることにする。君たち軍人の犠牲も、何とか食い止めないといけないからな」

 

「「「!!!」」」

ムウ、マリュー、ナタルは大きく目を見開いた。まさか紙面上の犠牲者しか知らなさそうな官僚の人間が、そんなことをいうとは考えていなかったのだ。

 

「諸君の長旅が報われることを祈っている。それでは、失礼するよ」

 

大きな騒ぎを起こしつつも、アークエンジェルを去っていく事務次官。フレイは彼とともにアークエンジェルを後にし、しばしのお別れとなる。

 

そしてアークエンジェルは無事に先遣隊と合流し、デュエイン・ハルバートン中将が待つ第八艦隊へと合流することになる。

 

先遣隊から流された、赤い彗星の戦いぶりは第八艦隊のハルバートン中将らの目頭を熱くさせ、彼らは自分たちの選択が間違っていなかったと考えた。

 

そして、CE71年2月13日。第八艦隊の努力を証明する決戦が繰り広げられることになる。

 



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第19話 穢れなき騎士

プラントでは、ラクス・クラインの捜索に火がついており、アスラン・ザラは、ラウ・ル・クルーゼとともに新たな部下を引き連れ、ヴェサリウスに搭乗した。

 

 

「―――――」

一言も話さないフィオナ。対してニーナはアスランの横でフィオナとアスランの様子をニコニコしながら見守っていた。

 

「緊張しているのか?」

 

「いえ。軍務中です、あまり私語をするべきではないかと考えましたので」

ツン気味なフィオナ。仕事中なので、余計に意識しないようにしているのがわかる。

 

「初めての任務はみんなそんな感じだ。俺もそうだった」

アスランもフィオナの様子は無理からぬことだという。初めから力を入れていると、後半持たなくなることも知っている。

 

「――――ただ、ラクス姉さまが大変な時に、笑うことなんて――――」

俯きながら白状するフィオナ。アスランが訓練校に入り、しばらくの間ラクスと何度か交流する場面があったのだ。そこで彼女と親しくなったフィオナは、ラクスと親交を深めた。

 

あのアスランの婚約者。とてもやさしい人だったことが印象的で、銃を持つような人でもなかった。

 

「――――分かっている。ラクスが戦争に巻き込まれることに、何も思っていないわけじゃない。正直悔しいさ。あんなに平和を願っていた彼女がなぜ――――」

 

「アスランさん――――」

ニーナは悔しそうにしているアスランを見て、憧れよりも理解が進む自分に悟る。

 

―――この人は、憧れなんかじゃない。アスランさんも、人間なんだ

 

誰かの幸せを望んだり、その不幸を悲しんだり。どこにでもいる、いそうでいない優しい人なのだと知った。

 

 

その後、シルバーウィンドの残骸だけが残されており、近くには強行偵察型ジンの残骸も発見された。

 

さらに、抜け殻となった救命ポッドが見つかり捜索は中止された。まだ国民感情を考えて、ラクス・クライン捜索の打ち切りは発表できず、一部の者たちにのみ知らされることになる。

 

が、意外な場所で彼女の身柄が発見されることになる。

 

 

その後、ガモフと合流を果たしたアスランたちは、ジェシー・オロゴン率いるオロゴン隊とも合流し、4隻からなる大部隊で第八艦隊と地球への降下を敢行するであろうアークエンジェルを追撃することになる。

 

新型Gシリーズが4機。ジン、シグー、ハイマニューバを含む総勢20機のMSで決戦を挑むことになったのだ。

 

「壮観だな。足つきを落とすためにこれほどの戦力が揃うとはな」

クルーゼは少し突いただけなのだが、評議会は新型がアラスカにわたることを恐れた以上に、足つきにいるであろう連合のエース、赤い彗星を何としても撃破したいということだ。

 

 

「ラクス・クラインを襲った地球軍に報復をと、本国からも志願兵がいたほどだからな」

ラクス・クライン不在の影響は、日に日に増していた。今は評議会が何とか情報の流出を抑えているが、もし決壊すれば、プラントは急進派一色に染まるだろう。

 

早期に彼女が見つかれば、ここまで膨れ上がることもなかっただろう。だが、穏健派の総本山のクライン派閥の中にも彼女のことを悼む兵士が出てきている。

 

―――――しかし、予想したほどではないな

 

クルーゼは、ラクス・クライン襲撃事件でプラントの地球連合軍への怒りがさらに増すものかと考えていた。しかし肝心の油が、ただの水だったというのは納得できるものではなかった。

 

 

―――――意外なほど理性的だな、アスラン・ザラ

 

温厚だが、情に厚い彼は怒り狂うはずだった。しかし彼は嘆き、それでも自分の道標を忘れない。父親とは違い、血縁を疑うほど理性が働いている。

 

――――しかし、まあいい

 

アスランが油にならないのであれば、他の油を探すだけだ。幸いにも、油になり得る存在は他にもいる。クルーゼ隊には議員の息子を筆頭に、ユニウスセブンにおいて象徴的な少女までいる。

 

アークエンジェルという厄介な存在を消したうえで、こちらの部下の一人や二人が消えたとしよう。戦争拡大の理由が出来上がる。

 

 

―――――フィオナ・マーベリック。もう一度その痛みを思い知るとき、君はどうなる?

 

彼女は間違いなくアスランに依存している。身寄りのない彼女を温かく出迎えたのはアスランであり、ザラ議員だ。そんな大切な人たちが殺されると思えば、彼女はクルーゼ好みの戦闘人形になり得るだろう。

 

――――痛ましい現実は、世界中でどこにでもあり得ることだ。

 

 

何か、心の中で引っかかるものを感じたクルーゼだったが、その原因を知ろうともしなかった。孤独となったものが光を見つけた時、その光を奪われないよう、必死になるのは人の性だ。

 

普通の人間ならば、きっとそうなってしまう。だが、

 

―――――赤い彗星。貴様は厄介だ

 

彼は、そんな普通が通用しない人間だ。おそらく彼は、自分と他人を同格に見ていない。全ては自らの理想の為の装置だ。望ましい存在をただ活かしているだけだ。

 

 

恐らく彼は、自分と同じ存在。自分のエゴを貫くことこそ是としている。そして、そのエゴは互いに許容できない。

 

 

―――――同じ存在が、仇敵とはな

 

 

赤い彗星。宇宙空間で縦横無尽に動き回り、アークエンジェルと合流しようとした部隊と交戦したモロヘイヤ隊が、その赤い機体によって全滅したとの報告もある。

 

「赤い彗星。同じ色を着る者として、負けられせん」

彼のことは脅威だ。アスランは交戦経験が複数ある貴重な人物。

 

「その意気だ、アスラン。デュエルの修理も完了し、イザークも出られる。ニコルも落ち着いたから、これでようやく4機でまた攻めることが出来る」

 

デュエルは改修され、アサルトシュラウドと呼ばれる追加武装を装甲に装着している。これで火力不足だったデュエルは短所が消え、より戦果を期待できるだろう。

 

「おのれ、ストライクめ! この借りは絶対に返すからな!!」

そしてイザーク・ジュールはあの白いストライクに執着していた。デュエルの機体を著しく傷つけ、自分を負傷させた敵。必ず自分の手で殺してやると意気込んでいたのだ。

 

「まあまあ。熱くなると視界が狭まるってね。けど、俺はこの砲撃で足つきを落とすだけさ」

ディアッカも、さんざん自分をコケにしたばかりか、自分たちと同じ規模だった部隊がたった1機によって全滅させられたことに、内心恐怖を抱いていた。

 

―――母艦さえつぶせば、後はどうとでもなる

 

「何を悠長な! 今すぐ出撃するべきだ!!」

イザークがディアッカの冷静な物言いが気に入らないらしく、食って掛かる。

 

「―――イザーク、一番いい局面で奇襲を行う。合流は阻止できませんでしたが、降下中はさすがの足つきも、攻撃オプションは使えないでしょう」

 

ニコルは、あくまで冷静に敵を知り、己を知ることをやめない。血の気の多いイザークをなだめるために、理論詰めで説得する。

 

「そうだな。アークエンジェルは確かに積極的に戦闘に参加は出来ないだろう。だが、赤い彗星がそれを予期しているとすれば、モビルスーツでの戦闘はあるだろうな」

 

「望むところです! 今日こそあいつらを落とす!!」

赤い彗星が出てくるかもしれない、クルーゼの言葉に、イザークがさらに熱くなる。

 

 

新兵同然のニーナとフィオナは、

 

―――か、会話に入れないよぉ~~

 

―――入る必要性を感じないわ。クルーゼ隊長の話を聞くだけで事足りるわ

 

 

 

その後ブリーフィングが終了し、イザークはニーナとフィオナ、女性兵士に食って掛かる。

 

「おいっ!」

 

「―――っ!!」

ニーナは背中をびくっと震わせ、恐る恐る後ろを振り返る。

 

「よくそんな怯えた目で戦場に出てこれたな! 後、ストライクという白い機体は俺の獲物だからな、絶対に手を出すな!」

 

「は、はいっ!!」

びくっ、としてニーナは敬礼で返す。初対面で怒らせるようなことをしたのだろうか、とニーナは頭が真っ白になる。

 

「―――――――」

フィオナはその様子を見ているだけだった。

 

「あと、アスランと仲が良いからと言って、お前も調子に乗るなよ。あの新型には新型しか勝てん!! ジンやシグーでは無理だ!」

 

これは、なんだかんだ自分たちを危険から遠ざけようとしているのだろうか。

 

フィオナはイザークの不器用過ぎる物言いに微笑んだ。

 

 

「!? 何がおかしい!!」

笑われるとは思っていなかったので、イザークの声がさらに荒くなる。

 

「いえ。後輩思いな先輩方に恵まれて、私たちは幸せだと感じただけです。ご心配なく、私たちは先輩方の露払いをします。後はどうか、存分に」

そして敬礼で返すフィオナ。このフィオナの一言で、部隊内での印象が変わった。

 

 

―――アスランの家で預かっている子だよね、理知的で頼りになりそう

 

ニコルは、冷静な視点を持つフィオナが来たことで、フォローの責任から少しだけ解放されると考えた。いつも自分の考えが採用されるのは、かなり責任が重いのだ。

 

―――へぇ、いい女じゃん。戦闘終了後に口説きに行こうかな

 

初々しいニーナも好みだが、理知的な雰囲気を出すフィオナに狙いを定めたディアッカ。ああいう鉄面皮の女の仮面を剥ぐことに、強い達成感を味わいたいのだ。

 

 

「分かっているならいい。分を弁えろよ。アレと戦うには新型だけだ。どうしてもやりたいなら、複数で囲め!! ほかの兵たちも聞いているのか!!」

 

他のパイロットたちもイザークの言葉に耳を傾けた。つい先日、モロヘイヤ隊が返り討ちにあったことを知っている。複数回足つきと交戦し、生還しているだけでもすごいことなのだ。

 

新型と既存のMSには大きな性能の差があることは明白だった。

 

 

イザークとフィオナの騒動が起きたが、今後に影響はなさそうだった。むしろ、緩んだ空気を引き締めるいい効果となったといえよう。

 

 

「こ、怖かったよ~~。よくフィオナは平気だったね」

 

「私は何も悪いことをしていないわ。だから、堂々としていただけよ」

ニーナがフィオナの横に移動し、格納庫へと向かう。そのフィオナはイザークに何を言われても落ち着いていた理由に、後ろめたい感情がなかったことを挙げる。

 

「そういえば、リディは大丈夫かなぁ。砂漠がいやぁ、とか言っていたよね」

リディアはアフリカ戦線に配属されている。今頃はバルドフェルド隊長に挨拶をしているところだろう。

 

「リディアなら大丈夫。私たちが足つきを地球に落とさなければね」

 

「も、もう!! そういうことを不意打ちで言わないでよ~~!!」

 

 

二人はそれぞれの愛機に乗る。まだまだパーソナルカラーを与えられていないひよっこだ。緑色を基調としたハイマニューバに乗り込んだ。

 

 

 

 

そんな様子を見ていたアスランとニコルは、

 

「なんだかんだ、いいコンビですね」

 

「ああ。フィオナが元気そうで安心したよ。捜索打ち切りで消沈していたからな」

アスランは二人の後姿を見て、何としても守りたいという感情が強くなった。そして、捜索打ち切りによって、フィオナが落ち込んでいたことも知っている。

 

 

「――――その、アスラン!」

ニコルはそのことで、アスランに言いたいことがあった。が、言葉が出てこない。簡単な言葉を投げかけても逆効果だからだ。

 

「大丈夫、とは言えない。だが、俺は生きている。だからこそ、仲間としてやってきたフィオナと、あいつの友人を、そしてクルーゼ隊の皆を守ることに全力を尽くすだけだ」

 

ラクスの生存が絶望的、という現実を突きつけられてなお、アスランは屈するわけにはいかない。

 

 

そんな理由で仲間を危険に晒すことはできない。しかも、自分を慕ってくれた妹分とその友人までいる。

 

――――どんなことがあっても、俺は立ち止ることを許されない。

 

 

「アスラン――――っ」

 

 

「――――頭の固い俺には、大局的なことを考えてもいい結果は生まれない。なら、上の命令を果たすまでだ」

 

そこには、軍人としての覚悟を示すアスランの姿があった。

 

 

 

 

 

一方、アークエンジェルは低軌道宙域で、アガメムノン級母艦、メネラオスと合流を果たしていた。

 

民間人はシャトルにて移動となり、帰国の準備が着々と進んでいた。

 

―――あとは、どうやってラクスを民間シャトルに入れるかだが、

 

 

リオンはラクスをどうやってシャトルに入れるかを考えていた。

 

そのことで、ラクスと相談をしに行くのだが、

 

 

「そんなことが、そんなものまであるんですね(そうですね、では手筈通りに。ハルバートン中将と話をつけ、シャトルでアサギとともに合流してください)。勉強になります、セイラさん」

 

「ええ。そうなんです。プラントのコロニーはだいぶ進んでいるでしょう?(はい。アサギさんとはいろいろとお話をしました。ハルバートン中将との話し合いでは、わたくしも出たほうが)」

 

「ヘリオポリスも時間が経過すればそうなっていたかな。いや、別のコロニーを作ったほうが早いかな(いや、顔が割れているということもある。うまく言い逃れするさ。)」

 

いつも通り紙面と言葉による会話。よく訓練されている両者のおしゃべりも慣れたものになっていた。それに、ラクスはこの状況で少しワクワクしていた。

 

―――まるで、スパイになっているみたいですわ

 

幼いころに、スパイが主役の映画を見た時も、あの手この手で困難を乗り越える姿にあこがれを抱いていた彼女は、今の状況がまさにそれだと思った。

 

映画と違うのは、一介の傭兵がプラント代表の娘である自分を救うところ。誰にも悟られないよう、細心の注意を払い、行動を共にしているところ。

 

―――あとは……

 

その続きの言葉を考えた時、ラクスは顔を赤く染めた。己惚れてはいけない。リオンとカガリには、自分が入れないような絆の深さを感じた。

 

そして、アスラン・ザラから目の前の少年に心変わりしているのが、酷く浅ましく思えた。

 

「どうかされましたか?」

 

「いえ。何から何までありがとうございます、リオン様。このご恩は忘れませんわ」

 

「セイラさんの長旅が良いものであると信じております」

 

 

そして、アークエンジェルでは、ハルバートン中将がアークエンジェルクルーを集めていた。

 

その後別室にて、ヘリオポリスの学生たちも集めている。

 

 

「まずは、改めて諸君らに礼を言わねばならんな」

 

ハルバートン提督は、最初にそう言って始めた。

 

「ヘリオポリスから此処までの道中、よくぞGとアークエンジェルを守ってくれた」

 

一見すると、もの優しそうな初老のおじさんだが、その実、なかなかの切れ者で知られるハルバートン提督。

地球軍本部が消極的だったGシリーズを積極的に推し進めたのが彼であり、連合の今後を考えれば有能といえる人物だ。

 

赤い彗星と言われるストライク二号機の活躍ぶりは第八艦隊では歓迎されており、計画当初から反対していたアラスカの連中はその非を認めず、責任の押し付け合いをする始末。

 

「勿体無いお言葉です、閣下」

 

ハルバートンの昔からの部下であるマリューが敬礼をしながら答えた。その隣にはムウとエリク、ナタルが直立している。

 

「しかし、奪われた4機のGは我々の予想を遥かに超えた性能を発揮しております。味方ならば心強いですが、敵となると……今後の奮起が一層求められます」

副官のアラン・コーウェンは、奪われたGのことを考えれば、まだプラスではないと考えている。しかし、現状に甘えることなく、プラスに近づけたいとも考えている。

 

「だだの脅威にしかならない……か」

ナチュラルよりも身体的能力が高いコーディネイターが操るMSに対抗するために作り上げたGシリーズ。

それが敵に奪われて自分達の身を危険に晒してしまうなど、本末転倒だった。しかし、それほどザフトにとっては、新型が脅威であったのには違いない。

 

「これを機に本部の連中が重い腰を上げてくれれば戦局も変わるのだが……あいつらめ、前線での被害を紙の上でしか理解しておらん!」

憤りを隠せないハルバートン。今こうしているときでさえ、連合軍は苦戦を強いられているのだ。

 

「閣下……」

 

「ラミアス大尉、何としてでもAAとストライクをアラスカに持ち帰ってくれ!」

 

「ハルバートン提督。その事で1つお話があるのですが」

 

ナタルが初めて口を挟んだ。

 

「我々に残された3機のG。うち、ストライク一号機に乗っていたのがコーディネイターの子供だということはお知りでしょうか?」

 

「ああ、ヘリオポリスの学生だと聞いたが。他にも友人が数名、AAのクルーとして志願したと聞いている。赤い彗星も元はオーブ国民と聞く」

 

「ストライクのパイロットであるキラ・ヤマト、並びにリオン・フラガという少年は今後、どのような処置をお考えになっているのでしょうか?」

 

不可抗力とはいえ、兵器に乗ってしまったキラ。一般人としての、その行為は犯罪だ。

その為、一時的にマリューがキラ達に仮の軍人階級を与えたのだ。

 

「そうだな……本人達が希望するのなら地球降下時に別シャトルでオーブに送り届けようと思っているが?」

 

「しかし、彼は我々にとって非常に魅力的な力を持っています」

 

マリューとムウが弾かれた様にナタルを見る。彼女の言いたいことが分かったのだ。エリクはナタルに詰め寄る。

 

「おいおい、コーディネイターならここに俺がいるだろう!」

エリクも体調を崩してまで今まで頑張ってきてくれたキラをまだ戦闘に参加させるのかと憤る。

 

「パイロットとしてもそうですが、技術者としても貴重な戦力と……」

 

「馬鹿者っ!」

 

今まで穏やかだったハルバートンが怒鳴った。流石のナタルも驚いて口を閉ざした。

 

「聞けば彼らは状況的に仕方なく軍に身を置いたそうではないか! それを好機とばかりに戦場に引き込むなど、もってのほかだ!」

 

ナタルの言い分も間違っているは訳ではないのだ。軍人としてはキラのOS解析能力は喉から手が出るほど欲しい。彼のOS書き換えの実績は、ナチュラル用のOSを開発する可能性を示唆するものだった。

 

しかし、その考えた方は軍人としての考えであり、人間としての考え方は断固反対だった。

 

そしてハルバートンは、後者の考えだった。

 

「彼らには私から除隊許可書を発行する。その上でオーブに送り届けるとする。これ以上、彼らに干渉することは私が許さんからな!」

 

鋭い視線でナタルを射抜くハルバートン提督。その目は語っていた。下手な小細工はするな、と。

 

「……分かりました」

 

流石にこれ以上は不味いと判断したナタルは大人しく引き下がる。両隣のマリューとムウは少しだけホッとしたようだった。

 

「さて、私は今のうちに学生達と顔を合わせてこようと思う。後のことは頼んだぞ」

 

 

その後、ハルバートンはトールたちに家族の無事を知らせ、除隊許可証をそれぞれ一人ずつ丁寧に手渡しで託したのだ。

 

その厚意が感じられる対応に、学生たちは涙を流していたという。そんな学生たちの様子を見て、「明るい時代を精いっぱい生きるのだ」と激励し、戦場に近づかないよう求めた。

 

 

ハルバートンは、リオンに対しても同様のことを行うつもりだった。否、そうせざるを無い状況に連合軍が追い込まれている。

 

 

すでに、オーブのスパイーーーー正確にはフラガ家の手の者が連合軍の内部情報、腐敗している証拠を掴んでいる。地球の平和と尊厳を取り戻す戦いの中で、連合軍のやり方を熟知し、証拠として掴んでいる。

 

もしこれを民衆に暴露されれば、戦争継続が困難になるほどのダメージ。だからこそ、リオン・フラガのある程度の要求をのまなければならない。

 

そして、彼は無茶なことを言わない。ただ存在を秘匿してくれと。

 

「―――――年不相応な男だそうだな」

 

「閣下のお手を煩わせる青二才ですよ」

 

「――――ふん。まずは会ってみなければな」

 

 

ハルバートンは、リオンという存在を見定めることに注視することになる。

 

 

 

 

一方、ヘリオポリスの学生の面々は決断の時が迫っていた。

 

 

 

「トールは、どうする?」

サイは、アークエンジェルから降りるつもりだった。フレイも今頃地球に帰っているだろうし、自分も今は戦う理由がない。

 

キラが下りられるのなら、自分たちも降りようと。

 

「そうだな。俺、降りることにするよ」

トールも同じだった。だが彼は降下後、オーブ軍へと入隊するつもりだった。戦闘行為を知り、間近で戦闘を見てきた。

 

初の実戦は先遣隊の応援で、リオン一人で片づけてしまったが、彼は見た。

 

―――俺たちの国を守る。

 

「なら私も。補充要員もくるし、トールと一緒よ」

ミリアリアもトールが下りるなら除隊を選択。戦う理由はない。

 

「はいはい、バカップルバカップル」

アルベルトが茶化すが。

 

「モテない男のひがみは見苦しいわよ」

 

「ぐはっ」

見事撃沈した。

 

その後、カズイも降りることを決め、後はキラの選択を待つだけだった。

 

 

 




気配りが出来る人は、色々考えてしまうのです。


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第20話 コメットの大誤算

ストライクでの作業を続けるキラ。彼は悩んでいた。

 

「アークエンジェルを降りて………オーブに帰る………」

 

それが自分の望むべき未来。しかし、自分がこの艦を降りればクルー達はどうなるのか。なによりも、ストライクのパイロットは誰がするのだろうか。

 

エリク・ブロードウェイ中尉がいる。それでいい。もう自分は関係ない。しかし、キラは彼に戦う理由について尋ねた。

 

 

―――その、どうしてエリクさんは連合に

 

―――そりゃあ、お前が心配するブルーコスモスは嫌いさ。けど、俺は地球生まれだ

 

地球生まれで、その土地に愛着を持っていた。まだコーディネイターとナチュラルの差別が表面化していなかった村だという。

 

―――その地球を無茶苦茶にするプラントが許せねぇだけさ

 

エイプリール・フールクライシスで村は放棄された。もう食べることが出来ないと。そして、コーディネイター、ナチュラルに関係なく人が死んだ。

 

だから許せなかった。それがエリクの戦う理由。

 

―――もし、お前の国に生まれていたら、幸せだったのかもしれないけどな

 

儚げな彼の笑みが、忘れられない。

 

―――だからさ、お前は絶対に、幸せになれよ!

 

除隊するかどうかを迷っていた自分の背中を、送り出してくれた気がした。

 

 

「僕は………」

 

時間を持て余していた時、

 

 

「キラ・ヤマト君だね? ちょっと、いいかな?」

 

聞き覚えの無い声が外から聞こえてきた。誰だろう、と思いながらコクピットから顔を出すキラ。見ると、そこには二人の軍人が立っていた。

 

「………あなたは?」

 

コクピットから出て、彼らの目の前に降り立つキラ。

 

「私は地球軍第八艦隊指令ハルバートンだ。今回の件で君達に礼を言いに来たのだよ」

 

「お礼………ですか?」

 

初めて見る艦隊最高責任者に少しだけ緊張するキラ。まさか、数日前までオーブの一般市民だった自分が地球軍の上層部の人間と挨拶するとは夢にも思わなかった。

 

逆に、彼らと堂々と話をしていたリオンの胆力は異常だったが、

 

―――本当に、何者だったんだろう、リオンさんは

 

「ああ、ここまでアークエンジェルと救助民を守ってくれて有り難う。心から礼を言わせて貰おう」

そう言って優しく微笑むハルバートンに、キラは本当にこの人は軍人なのだろうかと思った。

 

ヘリオポリスを破壊した原因となったGシリーズ計画を進めたのが目の前の男だとしても。無論それを知っているだろう。だからこそ、彼は責任を感じて優しくなっているのだろうか。

 

「い、いえ………僕は別に………」

 

最初の思いは友達を守りたい。ただ、それだけだったのだから。

 

「しかし、君たちが居なければアークエンジェルは今頃ザフトに捕獲されているか撃沈されていたことだろう。君の思いがどのようなものだったとしても守ってくれたことには変わりないよ」

 

「………はい……守れて、よかった、です……」

 

「君達ヘリオポリスの学生は避難民と共に地球降下時にオーブへ送り届けよう。なに、後処理の方は心配しないで大丈夫だ。責任を持って我々が処理するから」

 

キラ達が軍人となる前に戦闘行為をおこなっていたことは公にはならない。

 

つまり、なかったことにされる。今後もその事実を突きつけられることはない。

 

だが、キラにはそれ以上に気になることが2つあった。

 

「あのっ!」

 

「ん?」

 

「リオン、リオン・フラガはどうなるんですか!?」

 

その彼は、どうなるのか。傭兵という肩書で自分とアークエンジェルに線引きをして、その身を守ってくれた恩人。

 

「君の後に交渉して、意思確認をするさ。無論、私は除隊して構わないと思う」

 

「そう、ですか……それと………今後、アークエンジェルは……」

 

自分がいなくなったどうなるのか。ようやく慣れてきて、動かすことが出来るようになった代物だ。自分は精神面で問題があったが、リオンは違う。

 

彼は、この戦艦の柱だった。それが抜けた場合、どうなるのだろうか。

 

「うむ、地球に降下して本部があるアラスカに向うことになる」

 

「それで………僕は……」

 

キラの言いたいことが何となく分かったハルバートン。少年の純粋な気持ちを感謝しながらも、今後、この気持ちを利用されないか少々心配だった。

 

―――付け込まれやすい性格をしている。先に釘を刺して正解だったな

 

ナタルには強く言っているが、今後どうなるかわからない。高すぎる能力に反して、脆いメンタル。彼は戦場に出るタイプではない。

 

「確かに、我々軍人にとって君の力は魅力的だ。しかし、だ。戦争が君1人の力でどうにかなるものではない。覚悟を持たない人間が戦場に出ても役には立たんよ?」

 

キラがここまでこれた理由。それは友達を守ることだ。ヘリオポリスから続く困難を打開するためだけに戦ってきた。

 

「まずは何かをやり遂げる覚悟。信念を見出しなさい。それがどこの軍かはわからない。だが、まずは自分の信念を見つけるのだ」

 

そして、その友達が艦を降りることになった今。キラの戦う理由はなくなった。今の自分には信念も何もなかった。

 

「…………」

 

俯いたキラ。ハルバートンの背後から副官の男が小さく呟いた。

 

「君とゆっくり話す時間もないよ。平和になれば再び会うことも出来るだろう。それまで死ぬなよ!」

 

苦笑しながら去っていくハルバートン。キラはその背中を黙って見送った。

 

 

 

 

そして、リオンの前に現れたハルバートンは、彼を見て面食らった。

 

「??」

キラ・ヤマトも非凡なものを持っていた。しかし、目の前のリオン・フラガは異質そのものだ。

 

―――何というプレッシャーだ。あの鋭い眼光。民間人には見えんな

 

一目でリオンの雰囲気を看破したハルバートン。リオンもそれを隠すつもりが今はなかった。

 

「ここまでアークエンジェルを守ってくれて、ありがとう。改めて、礼を言わせてくれ」

 

「いえ。こちらにも目的がありましたので」

どこまでも平坦な声。彼はまだ何かを隠している、そう感じたハルバートン。

 

 

「――――それで、ラミアス君から報告が届いているが、プラントの少女を一人、保護しているようだね」

 

 

「ええ、セイラ・クレンベル。民間船の脱出ポッドに一人いたところを、保護しました」

リオンは救命ポッドに入った民間人を救出した。この点で、性格に問題がある人物ではないとハルバートンは考えている。

 

 

「その少女を、シャトルに乗せたいと。だが、一人だと不味いのではないかね?」

情報統制で彼女がいることは伏せられているが、一人放り出すのは危険だと彼は暗に言ったのだ。

 

「ええ。ですので、知り合いの方に途中まで送ってもらおうかと」

何もぼろを出さない。必要なこと以外は全く情報を出してこない。理路整然としているが、逆に不自然なしゃべり方だ。

 

―――しかし、甘いな

 

リオンの知り合い。つまりこの戦艦の中にオーブ政府に近しい人間がいるということだ。つまり、リオンも民間人ではない。

 

「―――なるほど。だが、君がオーブ所縁の者であることは知っている―――その少女は、そこまでする必要があるのかな? 自身の従者を外してまで」

 

 

「ええ、民間人ですからね。それに死地を掻い潜るのは、幼少からの十八番です」

ハルバートンは少し勘違いをしていた。あの二人をリオンの従者だと勘違いしたのだ。本当はカガリが主で、アサギが従者。自分はその友人という立ち位置だ。

 

 

彼もまさか、獅子の娘がこんな場所にいるとは考えもしないだろう。

 

「――――今回も、危険が来るということかな?」

リオンの死地という言葉に、食いついてきたハルバートン。無論彼も油断などしていない。目の前の少年は果たしてそれにたどり着いているのか。

 

――――年相応とは言い難い。特殊部隊? オーブの暗部の者か?

 

「ザフト軍は恐らく、降下前に強襲を仕掛けるでしょう。私が余計に脅威に映ったようで、おそらくそれなりの数を用意するはずです。第八艦隊は確かに精強ですが、MAではMSに勝てない。閣下がよくご存じだと思います」

 

 

「――――」

ハルバートンも無言でうなずく。面白い、少年のたわごとを最後まで聞いてやろうと考えた。

 

「その際に、第八艦隊に沈んでもらうと困る者がいる、といえばどうなるか」

 

「!? 君は一体……」

まさかの言葉だった。自分に消えてもらっては困る存在。それは誰なのだというのだ。

 

 

「――――私は今、マリュー・ラミアス大尉と契約を結んでいるのです、デュエイン・ハルバートン中将」

もはや目の前の少年は民間人ではない。しかし、自分を害する存在でもない。ただ圧倒されるだけだ。

 

 

「アークエンジェルのオーブまでの航路の安全確保。オーブまでくれば、アークエンジェルも安心でしょう。この高速船ならば、アラスカは遠くない距離ですからね」

 

 

「――――君が望むも物は何だね?」

 

 

「オーブが欲しいのは、これまでのMSの戦闘データです。生憎、私も戦闘経験はなかったので、満足なデータも取れませんでしたから。代わりに、寄港の際に万全の補給をお約束できます」

これまた難しいものを要求してきた。確かに、彼はもう機密の全てを知っている。赤い彗星として多くの敵を撃破している。

 

アークエンジェルを守るとすれば、これほど最適な存在はいない。

 

そして、オーブとは新型開発から腐れ縁に等しい。彼らもそのためにこちらの提案にうなずいたのだから。

 

 

「意思無き者に、戦う資格は非ず。今の私は、閣下にどう映りますか?」

 

 

その後、契約を結んだリオンは去り際に、

 

「では、オーブまでの契約終了まで、アークエンジェルは必ず守ります」

 

彼の青い瞳は、一体何を見ているのか。自分もそれなりに先を予想することはある。だが、彼の眼は何かを見通す目だ。

 

「横領の件はオーブ政府も黙認します。というよりもみ消します。ご安心ください。しかし、キュアンに一つお土産でも用意してくれるとありがたいですね」

 

「う、うむ」

 

 

 

 

会談終了後のハルバートンはその心中を吐露した。

 

 

「――――恐ろしい男だったな、奴は」

 

「ええ。私も懐に手を入れそうになりましたよ。しかし、それに気づいていながら、平然と話す胆力。オーブにあれほどの英傑がいるとは」

 

副官とともに、ハルバートンは後にこの時のことを手記に残している。

 

――――あれは本当に、リオン・フラガなのだろうか

 

あれが天才という部類に入らない存在だと考えているハルバートン。

 

あれは、経験を積んだ大人のような感覚だ。それも、修羅場をくぐってきたそれに近い。

 

――――奴は、本当にリオン・フラガ本人なのか?

 

 

 

目の前に、世界の変革者がいた。

 

自分の存在すら巻き込み、世界に変革を導く存在。

 

決して自分を害する言動もなく、利しか存在しない言葉の裏に潜む、不気味なものを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

ハルバートンとの会合に選ばれた部屋を後にしたリオンは、自分が外道になっている感覚を冷静に受け止めつつ、今後のスケジュールの打ち合わせをするために歩みを進めるのだった。

 

そして、彼の目的地はもちろん彼女らの部屋だ。

 

リオンはカガリとアサギに報告を行う必要があり、その横にはラクス・クラインも待機している。自分が人でなしになったとしても、上手く動かしてくれるであろう存在だ。

 

「カガリ、今は冷静でいてね。アサギさんから事前に聞かされているとは思うけど」

 

「お、おう」

先ほど騒ぎかけたカガリは若干目が泳いでいた。

 

「セイラ・グレンベルさんとともにカガリとアサギはオーブに向かうんだ。そこからはキュアンに頼るといい。マルキオ導師を通じ、プラントとのラインを繋いでくれるはずだ」

 

「本当に、こんなことをして大丈夫なの、リオン君?」

アサギには疑問だった。どうしてプラントの歌姫をここまで救うのかと。

 

本当に書面通りにプラントでは影響力の強い人間なのかと。

 

「これは、世界を救う一手だよ。政治とは事前準備が何事も必要なのさ」

それ以上のことは言わないリオン。つまり、聞くなということだ。

 

「ああ。私に任せろ。今言わないってことは、今私が知る必要のないことなんだろう?」

カガリは睨むようにリオンに質問した。

 

「ああ」

 

「だが、いつか教えてくれるんだろう?」

 

「その通りだ。カガリにはむしろ知ってもらわないと困る。今後の為にもね」

 

幾分かの葛藤があった。自分に比べて、リオンは世界を相手に動いている。自分の考えが及ばないような場所で戦っている。

 

まだ自分はそこまでではない。己惚れもない。ただ悔しかった。

 

「――――わかった」

 

「ありがとう、カガリ」

カガリの了解の言葉を聞き、リオンは安心するように表情を緩めた。

 

 

「けど忘れるなよ? いつかお前に追いついて、お前の背中を追い越すからな。その時は―――」

 

カガリが何を言いたいかはわかる。リオンはその彼女の言葉を静かに待った。

 

「その時は、お前が私に仕えろ。お前を使って、未来を切り開いてみせる」

 

 

「え!?」

その時、初めてラクスは驚きの声を上げる。このカガリという人物とリオンは絆の深い間柄だと薄々感じていた。だが、今の物言いではまるで――――

 

 

「御心のままに、姫様」

そして、騎士その物な跪き方でカガリの前に直り、忠誠を誓うリオンの姿。

 

 

そしてその声色も、あの時自分を温かくしてくれたものと同じだったのだ。

 

「――――――」

合点がいった。リオンのバックにはオーブがいる。だからこそ、この危ない橋を器用にわたり、オーブの理念を守る力の糧とする。

 

そして、リオンは世界の裏側で暗躍することで、何かを為そうとしていた。それはオーブの在り方を助ける行動。

 

目の前の未来の主を、守ることにある。

 

「というわけで、先にオーブに降りてもらうぞ、カガリ、アサギ。俺はオーブまで同行して、その後アークエンジェルを降りることにする」

 

「―――分かった、お前が遅れを取るとは思えないが、気をつけろよ」

 

 

「了解した。血路を開いて、すぐに馳せ参ずるとしよう」

 

 

カガリとアサギ、ラクスをシャトルへと誘導し、リオンのやることは終わった。

 

 

 

そう、終わったはずだったのだ。

 

 

「ん? これは――――」

リオンは違和感を覚えた。そこには、ハロと呼ばれるピンク色のメカがいたのだが、故障して動かなくなっていたのだ。

 

「あれ? ピンクちゃんはどこに……」

そして、シャトルに乗っているはずの彼女がいた。

 

「なん……だと……!?」

目の前に、いてはならない少女がいたことに、リオンは愕然とした。

 

 

――――――なんということだ。どうすればいい? 計画壊れた…

 

心中では苦悶の表情を浮かべるリオンだった。

 

 

 

きっかけは、些細なことだった。人にはバグがつきものだ。しかし彼はそのバグをあまり体験することがなかった。全てが完璧で、全てが一直線。理路整然とした思考。

 

しかし、その行き着く先は機械のような器、だったのだろう。

 

 

だが、彼の目の前に彼女がいた。計算というものを破壊し、彼の幻想を壊す存在。同時に、彼をイライラさせたりもする。

 

 

そんなマシーンのような器になるしかなかった青年の運命が変わったのも、おそらく必然だったのだろう。

 

 

バグを覚えた器は、機械になり得ない。彼の人としての歩みが、再び始まったことに、まだ誰も気づかない。

 

「――――――――――」

目頭を押さえ、無言のリオン。

 

 

「――――リオン様?」

 

 

「なんでもない。なんでもないんだ―――――」

 

 

 

 

 

 

 

そして、アークエンジェルの自室の中で持ち物整理を行っているヘリオポリス組の面々。

 

「片づけは終わったか?」

 

「もうちょっと待って!」

 

「後カズイが終わればシャトルへ行こうぜ」

 

トールたちや、他の学生たちも準備を進めていた。ここまで苦楽を共にしてきた仲間なのだ。最後はみんなでこの船を降りたいという気持ちも芽生えていた。

 

しかし、それが彼らにとっての運命の分かれ目だった。

 

 

警報が鳴ったのだ。アークエンジェルの船内で。

 

 

「!!」

リオンは驚いた。まだ補充要員もまだ完全に補充されていない段階だ。

 

―――――襲撃は予期していたが、あと少し待ってほしかった。

 

とは言いうものの、予想が難しいから襲撃というのだと諦めるリオン。

 

「――――――よりによってこのタイミングか……」

 

 

「まあ、この警報は――――」

ラクスもこの警報に戸惑いを隠せないが、リオンはこの現状に戸惑いを隠せなかった。

 

―――ザフトめ、俺のプランが壊れる。どうしてこうなった。本当に許さない

 

 

オーブに送り届け、ヘリオポリスの件を清算するために、プラント穏健派とアポイントを取る。そして同時進行で連合の穏健派と、事務次官ジョージ・アルスターともパイプを構築した。少しずつ和平の可能性を見出してきた。

 

そのピースが狂った。

 

「――――こうなったら仕方ありません。俺の傍を離れないで、セイラ。速やかに自室に戻るんだ」

半ばやけくそに、リオンはラクスを自室にいるよう指示をした。後はしつこいザフト軍を殺すだけだと、イライラを隠せないリオン。

 

―――――絶対に許さない。俺の邪魔をするのなら、それ相応の代価を支払ってもらう。

 

 

 

「? わかりましたわ」

天然な感じのする娘ではあった。だが意図的に、彼女の意志でここにいるのだとしたら。

 

―――うちの姫様に負けず劣らず、アクティブなお嬢さんだ。しかし、ここで出さなくてもいいだろう。

 

ラクスの行動力に驚きつつも、現状の危険を払わなければならないリオン。

 

――――ここで出さなくていいだろう?

 

しかし、ノイズのように心の叫びが心中で響き渡るリオン。やはり割り切れていないようだった。

 

 

 

ザフトの強襲が始まる。絶対にアークエンジェルを地球に降下させる必要がある彼にとって、彼らは排除対象だった。

 

 

 

ヴェサリウス、ガモフのクルーゼ隊に、オデュッセイア、マシュマーからなるジェシー・オロゴン率いるオロゴン隊を合わせ、4隻のザフト戦艦。

 

モビルスーツは24機。ザフト軍にとっては少し本気を出してきたのだ。

 

「さぁ、初陣だ。ひよっこ。それなりの意地を見せろよ、お前たち!」

 

「はいっ!」

 

「了解」

イザークにいわれ、先に出撃するニーナとフィオナ。

 

 

「ニーナ・エルトランド、ジン、行きますっ!!」

 

 

「フィオナ・マーベリック、出る」

 

ジンハイマニューバに乗った二人の機体を見送った後、イザークも出撃。

 

「新兵だった俺に、もう後輩が出来るとはな」

そこまで時間が経過したことになる。まだ一年もたっていないようにみえる。

 

「イザーク・ジュール、デュエル、出るぞっ!」

 

 

 

「あらら、後輩が出来て張り切っちゃって、フォローする身にもなってほしいぜ」

ディアッカがイザーク達を見て嘆息する。

 

「いいじゃないですか、ディアッカ。連帯感があっていいと思います」

 

「そうだな、ニコル。ここでビシッと先輩としてグレイトォなところを見せたら、クールかもしれないし? あの嬢ちゃんたちに振り向いてもらえるかも?」

 

 

「ディアッカに聞いた私がばかでした」

ジト目で睨むニコル。

 

 

「――――油断するな、相手は赤い彗星だ。絶対にあの二人で相手をさせるな。アレはイザークと俺でやる」

アスランは油断できない感情が勝っていた。アレは何としても落とさなくてはならない。

 

「了解です。では私とディアッカで二人のフォローを。赤い彗星さえ押さえればあとは」

 

「ああ。だが油断するな。新型が2機ずつしか稼働していない状況が続くとは限らない」

 

 

アスラン・ザラは妙な胸騒ぎを覚えていた。

 

―――キラは、オーブへ帰れただろうか

 

今になってキラのことを思い出していた。

 

―――武者震いのせいで、変なことを考えてしまった。

 

そんなはずはない。キラはヘリオポリスにいたとしても、もう本国にいるはずだ。こんな場所に心優しい彼がいるはずがない。

 

 




結論。エリクがコーディーなのが悪い。


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第21話 従者の殺意

「ザフト軍め、どうあってもアークエンジェルの地球降下を阻止する気か」

 

あの少年の言う通り、ザフト軍は降下前に仕掛けてきた。

 

「全軍、密集陣形で弾幕を張れ、アンチビーム爆雷射出!!」

 

ナスカ級の艦砲射撃を数発も食らえば、このメネラオスとて持たない。

 

――――あとは、彼が果たして出撃するかだが

 

アークエンジェルの方では、

 

「あのナスカ級というの!?」

マリューは上官の艦隊に接近しているのが自分たちを追い回した部隊だということがすぐに分かった。

 

そのMS部隊の機影の中に、新型の4機がいたのだ。さらにはその背後より20機近いMS部隊が展開されており、第八艦隊に接近している。

 

「――――契約を完遂させるために、今すぐ降下シークエンスに」

その時、モニターにはストライク二号機に乗るリオンの姿が。

 

「り、リオン君!? どうして―――」

この船を降りるのではなかったのかと。なぜ彼がここにいるのか。

 

「何もおかしいことはありません。オーブまでの安全航路。その契約に変わりはありません。シャトルに乗りそびれてしまったのはこちらの落ち度でしたが、ザフトの襲撃でそうもいっていられません」

契約に基づき、リオンはアークエンジェルに残ることを選んでいた。ザフト軍の襲撃がある中、シャトルでの避難はリスクが高い。

 

「契約主である、貴女の上司を守ること。これは契約外ですが、こちらの善意でやらせてもらいます。どうか出撃許可を」

 

まるで悪魔のような取引だ。これ以上民間人を使うわけにはいかない。なのに、彼の実力に目がくらむ。

 

 

「あと、セイラさんもシャトルに乗りそびれたので、個室を一つ用意してもらいたい。ハルバートン中将には彼女をオーブに送り届けることになっている。事後報告というやつです」

 

 

「え、ええ!?」

そして、プラントの民間人、セイラ・グレンベルがシャトルに乗り遅れたという問題。

 

「なんにせよ、時間がありません。第八艦隊の生存と、アークエンジェルの降下は、俺の利にもなり得る。出撃許可をいただきたい」

 

 

だが、目の前にいるのは傭兵だ。得体のしれない男だ。しかし、彼は今まで何度も何度も自分たちを救ってきた。

 

しかし機密はどうなる? 彼をこのまま信じていいのか?

 

迷走するなか、ナタルはマリューに代わった通信に応える。

 

「重力圏が近い。ストライクはスペック上、単独での大気圏突入は可能だが、やった人間はいない。中がどうなるかわからないぞ!!」

 

「そうなればそういうこと。やりようはいくらでもある。心配してくれてありがとうございます、ナタル・バジルール少―――いえ、もう中尉でしたね。昇進おめでとうございます」

 

「な、何を言っている、こんな時に!! さっさと仕事を済ませてこい!!」

思わぬ軽口に、頬を染めてしまったナタル。まさか自分よりも年下の少年に翻弄されるとは考えていなかった。が、彼のおかげで力みは取れた。

 

―――僚友にいれば、私も――――

 

 

「ふふ、了解した、バジルール中尉。そして艦長。手遅れぬにならないうちに、指示を」

 

覚悟を決めている。ハルバートン氏を本気で助けようとしている。そして、こんな切迫した状況でも焦りを見せない年齢離れした胆力。

 

彼にすがりたい。彼ならきっと何とかしてくれる。

 

 

 

「―――ごめんなさい、提督を――――」

初めてマリューは、リオンに心からの、懇願をした。

 

「提督のことを、頼みます」

もう恥も外聞もない。マリューはリオンに助けを求めるしかなかった。

 

「了解した。パル曹長、シークエンスを―――」

 

「ちょっと待ったぁぁ!!」

ここで、エリクがさらに画面に映る。

 

「リオンの坊主が出るんなら、デュエル二号機で俺も出る! 傭兵が頑張ってんだ! 俺が出ないと話にならねぇでしょ!」

 

「俺のメビウスもでる。友軍を見殺しにするわけにはいかないし、何より艦長の上官だ。行くしかないだろ!」

 

そしてムウまで出撃する気満々だ。

 

 

「―――避難民のシャトルは、安全航路を確保しないと出立もままなりません!!」

そしてストライクには、キラ・ヤマトの姿が。

 

「!?」

これにはリオンだけではなく、キラ以外の全員が驚いた。

 

「キラ、君?」

 

 

「シャトルは行きました! こんな状態で放り出すことなんてできない! ザフト軍を追い払って、それで―――!」

マリューがキラの言い分に呆然としている中、ナタルはマイクを取り4人に命令する。

 

「――――機動部隊は出撃!! もう一度言うぞ、フェイズシフト装甲を備えるGシリーズは、スペック上単独での大気圏突入も可能だが、中身がどうなるかは未知数だ。アークエンジェル降下前に必ず帰投しろ、いいな!!」

 

「おい待て、キラ!? どうして貴様がここにいる!? ヘリオポリスの面々は!?」

リオンはキラの登場に激しく動揺した。割り切れない彼に対しキラは、

 

「今はもう、ザフトを追い払わないと話にならないでしょ!! 後でお話しますから!! 今はそれどころではないでしょう!!」

 

「―――――くっ」

キラにしては珍しく正論だった。リオンは今すぐにでも出撃する必要があり、第八艦隊の生存は必須項目である。

 

 

「キラ君ッ……バジルール中尉!!」

 

「ここで第八艦隊を見捨てるおつもりですか!! 誰が新型の戦果を評価してくれるのですか!! 彼らがいなければ、計画は頓挫します!!」

 

その一言で、マリューは黙ってしまった。

 

「あの、俺たちも参加させてください!!」

 

「ちょうど訓練も終わって、マニュアルは頭に入っています!」

 

「貴方たち――――」

キラとともにどうして残ったのか。見捨ててよかったのに。

 

「おし!! やるんだったら早く席に座れ、お前ら! 敵が来るぞ!!」

モニターのムウが学生たちに指示を飛ばす。もうどうにでもなれ、後は使えるものをすべて使う。

 

 

 

 

「APU起動、装備は―――」

 

「IWSPだ。今はとにかく手数が欲しい! この聞かん坊どもめ。無茶だけはするなよ」

 

 

 

「はいっ!! 装備はIWSPを選択。カタパルト、接続。IWSP、スタンバイ。進路クリアー。発進、どうぞ!」

 

ミリアリアの初めての管制。多少堅いところはあるが、おおむね不満はない。

 

「リオン・フラガ、ストライク二号機、出撃する!」

 

「続いてストライク。APU起動、装備はエールを選択します。エールストライカー、スタンバイ。進路クリアー、どうぞ!」

 

「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!!」

 

オーブ組の少年が出撃。そして、連合軍としては新型に乗る初めてのパイロット。

 

「デュエル二号機。カタパルト、接続。進路クリアー、発進、どうぞ!」

 

「エリク・ブロードウェイ、デュエル二号機、発進する!!」

 

三機のMSが連合側で投入される。この低軌道戦線では新たな戦局を示すものとなるだろう。

 

 

「提督! アークエンジェルより、X105ストライク、X105Aストライク二号機、X102Aデュエル二号機が発進!! 遅れてメビウス・ゼロも出撃!」

 

「この状況でか! やはり破天荒な奴らだ」

愉快そうに笑うハルバートン。重力圏が近い場所で、ここまでの度胸を示す少年がいる。

 

「しかし、この戦局は―――」

 

「だが、こうなっては仕方ない。第八艦隊は予定通りアークエンジェルの降下と同時に現宙域を離脱! 向かってくる敵を掃討するだけでいい!! アンチビーム爆雷! 再度装填!!」

 

 

第八艦隊は、アークエンジェルからゆっくりと離れていく。

 

「――――提督!!」

 

「ラミアス艦長。モビルスーツが出撃とはどういうことかな?」

 

「そ、それは――――」

言葉に詰まるマリュー。降下シークエンスの命令違反とも取れる行動だ。

 

「まあよい。今はそれを話し合う時間はない。我が第八艦隊は、アークエンジェルの降下シークエンス、彼らが戻らねばならん限界時間までその降下を援護する。その後は現宙域を離脱することにした」

第八艦隊はギリギリまで降下を助けるが、万全のアシストは難しいという。その後第八艦隊は残存ザフト軍から撤退する必要性があるのだから。

 

「そうです! 敵の狙いは本艦です!!」

 

「分かっている。非常に不本意だが、彼らの力を見せてもらおう。降下の幸運を祈る」

 

 

そして、マリューはその後のハルバートン氏の爆弾発言に頭痛を覚えてしまう。

 

 

「あと、降下予定場所はオーブだ。そこでいろいろと融通をする羽目になった。頼んだぞ。ラミアス大尉」

 

 

「え? えぇぇ!?」

思わず叫んでしまったマリュー。アラスカに降りるとばかり思っていたので、この命令は青天の霹靂だ。

 

 

「――――ふっ、あの青二才にしてやられたよ。横領の件は黙認してくれたが、技術と戦闘データはどうしても欲しいようだ」

 

やや疲れた笑みを浮かべるハルバートン。青二才というのはもはや誰なのか、簡単に察しがついてしまう。

 

 

 

「―――――まあ、彼がいるなら落ちることはない。呪いの武器だが、行き先が固定されるだけだ。遠回りだが、頼んだぞ」

 

 

「りょ、了解しました……」

 

 

 

通信が切れた後、ナタルはちらっとマリューのほうを見る。

 

「―――――提督、横領をしていたのですか……」

 

 

「―――――お互いに弱みを黙認する、ということね……」

 

二人の間で奇妙な友情が出来た。

 

 

 

 

しかし戦端は待ってくれない。

 

 

 

すでに戦闘中であり、MA部隊がジンの迎撃に向かうも、返り討ちにあう場面が頻発しているのだ。

 

 

「連携して敵機を追い込むんだ!!」

 

「攻撃機をフォローしろ!! 単騎で突っ込むな!!」

 

しかし、性能で劣るMAをよく知るベテランパイロットが新人をリードする。

 

 

「うわぁ!」

 

しかし犠牲者は出る。ジンの機動力はMAの旋回性能を凌駕している。少しずつ、ではない。

 

 

次々と落とされていく僚機を見て、ベテランパイロットたちは歯ぎしりをする。

 

――――くっ、モビルスーツがわが軍にあれば

 

宇宙で対等に戦えるはずなのだ。

 

 

「隊長っ!!」

 

新人パイロットの声が聞こえる。目の前にはバズーカを持ったジンの姿が。

 

「3機目!!」

そのジンに乗っていたのは、奇しくもニーナの乗るハイマニューバであった。

 

 

その弾頭がメビウスのコックピットに向けられる直前、

 

 

「えっ!?」

 

そのバズーカ砲の先端を正確に射抜いた緑色の閃光が、通り過ぎたのだ。

 

 

「キャァァァ!!!!」

 

爆炎の衝撃で吹き飛ばされるニーナ。まさかまさかの光景で、ニーナはまだ、暴発したのだと勘違いをしてしまっている。

 

「な、なに!? はっ!!」

その時、緑色の閃光がまたしてもニーナ機に襲い掛かってきた。今度は殺意たっぷりのコックピットへの一撃。

 

「油断しないで、赤い奴が来たわ」

フィオナが防御しなければ、ニーナは死んでいた。フィオナの反応の良さが、彼女を救ったのだ。

 

しかし、ジンを殺し損ねたリオンは、

 

「あの機体、中々やるな。新型に次いで狙わせてもらおう」

フィオナの乗るハイマニューバの姿を見て、警戒を強めるリオン。なかなかいい動きをする。

 

しかし、今回は本気で行かせてもらう。リオンは必勝の気持ちでこの戦場に出向いていた。

 

 

遠距離対応型でもあるIWSP。ビームブーメラン、ガトリング砲を除いたほぼすべての武装を満載するリオンのストライク。

 

レールガンがロックオン無しで襲い掛かる。

 

「うわぁぁぁ!!!」

 

「なっ!」

 

「ぐわぁ!!」

 

遠方からの、ロックオンをしたところで容易に回避される距離で、赤いストライクはレールガンで砲撃してきたのだ。さらに悪質なのは、砲撃型に見える癖に、距離を詰めてきていること。

 

この攻撃で、いきなり3機のジンが沈んだ。レールガンの弾頭が前方の一機を突き破り、その後方に位置したジンの右マニピュレーターを破壊したのだ。その一機のみ撃墜を免れたが、その他の被弾した機体はコックピットを貫かれ、機体が爆散する前にパイロットを絶命させていた。

 

狂気染みた技量を平然と見せつけ、リオンは冷静に指示を送る。

 

「単装砲で接近する敵機をいくつか撃破する。陽動は―――」

 

「俺が行く。お前にだけいい格好はさせられないぜ!」

エリクが志願。赤いデュエルに乗った彼は、ライフルを連射しながら陣形の直下から攻撃を仕掛ける。

 

 

「全機散開!! 的になるだけだ!」

 

「くっ! あの技量、赤い奴は単装砲もちか!!」

 

 

「赤いのが下方より急速接近!!」

 

「陽動だ!! あくまでレールガン持ちを!」

 

指揮系統が乱れるザフト軍。連合側は個の力ではなく、戦術を用いてモビルスーツの陣形を破壊しに来ていた。

 

それを指揮するは赤い彗星、リオン・フラガ。

 

 

「ストライクはデュエル二号機に接近する敵機を優先的に狙え。デュエル二号機は引き続き敵を陽動。私は単装砲で数を減らす」

 

単装砲を無作為に打っているようだが、実は違う。この105mmの弾頭は容易くジンの装甲を突破するが、本来なら中距離までの武装だ。

 

しかし、リオンの驚異的な予知能力と空間認識能力をベースに、各個回避する敵部隊の動きを大まかに予測。

 

所謂置き弾頭で包囲し、敵の逃げ場をなくしていく。

 

 

次々と回避した場所で被弾し、一撃で撃墜されていく僚機。回避するのではなく、まるで弾頭に当たりに行っているような奇妙な光景がいたるところで見受けられ、ザフト軍は恐慌状態に陥った。

 

「くっ、重いっ!」

ハイマニューバの盾で何と防御するも、弾頭自体が重く、盾も限界を迎えてくる。フィオナは赤い彗星の力を過小評価していたわけではない。だが、これは想定外のレベルだ。

 

――――距離を詰めないと、嬲り殺しにされる!

 

ハイマニューバのスラスターを吹かせ、突貫を仕掛けるフィオナ。それに続くニーナ、その他のシグー。

 

「フィオナちゃんに続くわよ!! オロゴン隊、出るわよ!!」

ネカマ口調のオロゴン隊のMS部隊を指揮するネリー・オロゴンが部下を引き連れ、フィオナに続く。

 

 

「フィオナっ!? くそっ!!」

 

アスランもモビルアーマー形態にイージスを変形させ、彼女の後を追う。が、

 

「くっ、リオンの邪魔はさせない!!」

キラの乗るストライクが立ちはだかる。役割がはっきり分けられている。

 

今回、リオンに求められているのは新型以外の機体の速やかな排除。エリクとキラはその足止め。ムウに至ってはメビウス部隊と合流し、艦隊の撤退を助ける等。

 

それに加え、その状況ごとに変化する命令を正確にリオンが各機に送るのだ。

 

 

「おうおう!! 半数が逝ったぞ!! けど、油断するなよ!!」

 

ストライクに襲い掛かるイージスをライフルで牽制し、状況的に2対1を作り出す。

 

 

「アスラン下がって!! 新型二体、しかも相手は―――」

ニコルがランサーダートのミサイル三連発でストライクを引かせるが、エリクの攻撃が今度は苛烈になる。

 

相手は取り決めを事前に決めて、連携を強化している。烏合の衆では勝てない。

 

 

「ぬわぁぁぁぁ!?」

 

汚い断末魔とともに隊長機のネリーが爆散したのだ。これも置き弾頭の3つ目に被弾し、熟練者でも回避が難しい弾幕を張っているリオン。

 

 

「よくやる、距離を詰めるのは間違いではないが。このIWSPを見くびるなよ?」

 

 

 

すでに敵の半数を撃破したリオンは、前線に取り残されている敵部隊4機を見て、冷静な目で次の指示を飛ばす。

 

「フラガ大尉、メネラオス以下、第八艦隊に砲撃要請!! 前後に分断されたジン部隊を各個に掃討します」

 

 

「俺は伝令役かよ!! 了解した!!」

 

そして程なくして、指定された宙域に弾幕が飛来。逃げ場を失いつつザフト軍は撤退という言葉も出始める。

 

「何という強さだ。」

メネラオスのブリッジから見えるリオンの乗る赤いストライクの動きは、その異名を体現している。

 

「赤い彗星、聞きしに勝る強さだ」

副官のバークライトも次々とザフト軍MSを撃破していく姿に震えるものを感じていた。

 

24機ものザフト軍MSが、彼の砲撃と彼を中心とした作戦で半数にまで削られている。恐ろしいのは、MJ領域下での高精度な遠距離砲撃。まるで分っているかのように単装砲とレールガンを使い分け、置き弾頭のようなことをやってのけている。

 

「しかし、レーダーやロックオン機能をあまり使わない、どういう頭をしているのでしょうか」

 

「――――私が聞きたいくらいだ」

 

のんきに戦評を述べるようになってきた二人。

 

 

そしてザフト軍はそれどころではない。

 

「艦長!!」 

 

「なぜだ、なぜこれほど我らが追いつめられる! 確かに鬼神の如き強さだ、赤い彗星!」

ジェシー・オロゴンは、先ほど弟のネリーが戦死したことを知る。

 

「なぜ他の奴らの砲撃が鋭くなっているのだァァァ!!!」

 

目の前に飛来するメネラオスの主砲が彼の船のブリッジを照らした。

 

 

 

「マシュマー、轟沈!!」

 

「なんだと!? 連合め、いったいどんな手品を!!」

アデス艦長は友軍の戦艦が落ちたことでこぶしを握り締めていた。

 

「あっ!」

クルーの一人が、あっ、と声を出す。

 

 

その映像には、ガモフが突出しつつあるというものだった。

 

「ガモフ、出過ぎだぞ!!」

アデスが吠えるが遅い。通信もNJのせいで安定せず、はっきりと聞こえない。

 

 

「われ――――もとは―――――逃がし――――」

苦悶の表情を浮かべ、ガモフの艦長ゼルマンが突貫を仕掛けている。が、

 

 

 

 

「苦し紛れの突貫など、カカシよりも劣る」

 

 

漆黒の闇に映えるような、死神の呟きが、その蛮勇を無慈悲に摘み取る。

 

 

 

ゼルマンの眼前には、黄色い閃光がブリッジに殺到する光景しか見えなかった。

 

 

―――――赤い彗星、恐るべし……

 

 

ストライク二号機のレールガンが正確にガモフのブリッジを貫いたのだ。爆炎を上げながら、ガモフは航行不能になり、地球に吸い寄せられるように落ちていき、爆散した。

 

 

「ゼルマン艦長ぉぉ!!!」

泣きそうな顔で艦長の名前を叫ぶニコル。

 

しかし、悲劇はそれで終わらない。

 

 

新型以外のモビルスーツの数が、リオンの砲撃によって残り8機にまで消されたのだ。リオンの砲撃だけで半分のザフト軍MSが落とされたことになる。

 

エリクの乗るデュエルも陽動とはいえ単独で敵機を落とし、ストライクに乗るキラも蹂躙を続けている。

 

 

彼らの活躍で、アスランは敗色濃厚であることを感じつつも、撤退という文字から目を背けていた。

 

 

「くっ、こんな!」

 

彼は、次々と僚機を落とされているのに何もできない自分を呪う。

 

「甘いっ!!」

 

そんなアスランは、キラのビームサーベルの一撃を躱しきれず、フレームに大きな傷を入れられてしまう。

 

「しまった!!」

 

これでイージスはMAに形態変化することがこの戦闘中ではできなくなった。仲間のことを意識し過ぎて、自分への注意が散漫になっていたのだ。

 

 

一方キラは、リオンのおかげで一方的になっているので、あまりにもかわいそうに感じたのか、連合時代のイージスへの通信コードを入力し、通信を入れたのだ。

 

「早く逃げろ!! もう君たちの負けだ!!」

 

 

「―――――え?」

目の前のストライクから流れてきた声に、アスランは虚を突かれた。

 

 

「――――あっ」

対するキラも、聞き覚えのある声を聴いて、呆然とする。なぜ、彼がここにいる。

 

 

――――なぜ、お前がそこにいるんだ。

 

 

「キラ、なのか?」

久しぶりに聞いた声。聞こえてはならない方向から聞こえてきた。

 

「アス、ラン?」

戦争が嫌いだと彼はいっていた。なのになぜ。

 

この機体に乗っていることは、あのヘリオポリスを襲撃したザフト軍の中に、アスランがいたのか。

 

「アスラン下がって!!」

ニコルがそこへ割って入る。イージスを守るためにその間に割って入り、ストライクをけん制しつつ、この宙域から離れていく。

 

「敗色濃厚です! このままではこちらが逆包囲されて全滅します!!」

 

「あ、ああ……」

ニコルに連れられ、アスランは現宙域から離脱。ショックと虚無感でこの戦闘中はまともな受け答えが出来ていなかった。

 

 

一方、第八艦隊に苛烈な攻撃を加えていたイザークとディアッカは、アークエンジェルからストライクが発進したとの報告と、友軍不利との報告を受け、わずか短時間でここまで僚機を落とされたことに驚愕していた。

 

「――――なんだと!? 24機いたはずのわが軍が、たった8機に減っただと!?」

 

「俺たちが艦船を落としている間にそんなことになっていたのかよ!!」

二人でMA20機撃墜、戦艦は大破2と、途中でムウの乗るメビウス・ゼロに邪魔されたのが響いた。

 

ムウがいなければ、轟沈させることは出来たのに、と歯噛みする。しかし連合側からすれば、ムウが実質単独で二人の邪魔をしていたことになる。

 

エンデュミオンの鷹の異名は伊達ではない。

 

しかしそうも言っていられない。第八艦隊のザコ狩りを終了させ、本命のストライクを落としに行く。

 

「あの傷の礼だ!! この屈辱忘れはせんぞ!!」

白いストライクのせいで、デュエルは中破。自分も顔に傷を負った。イザークが期するものは強い。

 

「フィオナちゃんたち無事かなぁ」

 

 

 

 

ディアッカの予想通り、赤い彗星の相手をしているザフト軍は悲惨の二文字だった。

 

 

「いやぁぁ!! 何なの!! 何なのよぉぉ!!」

 

盾で防ぎながら、必死に叫ぶニーナ。敵の強さは意味が分からないほどのものだった。10機近くいた僚機も、

 

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

今ので何機目が落ちたのだろうか。

 

残りはフィオナとニーナのみ。たった一機のモビルスーツの存在で、20機以上のMSが2機まで減らされた。

 

アスランは機体損傷が激しく、ニコルとともに撤退。とはいえ、それを怒ることなどできない。

 

誰がこの敵を止められる?

 

 

「くっ、ニーナは帰投して。ここは私が食い止める」

 

「でもっ!!」

異を唱えるニーナ。しかし、ニーナの機体はもう片腕の状態。新兵ではあるが、ここまで赤い彗星の攻撃から逃れてきたのは、彼女に才覚があったということになる。

 

 

しかし、それだけでは彼には勝てない。

 

「今の機体状況だとニーナは死ぬ。私はやりようを考える。だから大丈夫」

フィオナがやさしく、しかし冷静な口調でニーナを諭す。

 

「ごめん――――死なないでよ、フィオナ……っ すぐに先輩たちを呼ぶから!!」

 

 

小破した機体が戦線を離脱した。残るは一機のみ。

 

「ブロードウェイ中尉は第八艦隊の防衛へ。フラガ大尉の援護に回ってください。」

 

「了解した! 残すは一機のみ! 手早く終わらせろよ!!」

 

デュエルがこの宙域を離れる。これで一対一の状況。しかし、機体性能が違い過ぎる。

 

「――――お前は最初に出会ったときから何か違うと感じていた。だいぶやるようだな」

 

相手に聞こえない言葉を紡ぐリオン。だが、言わずにはいられない。

 

「――――お前が、赤い彗星」

目の前の敵が、ザフトの宇宙での形勢を一変させた。この敵がいる宙域では、ザフト軍は決死の覚悟をしなくてはならない。

 

そんな危険な敵を、地球にいるリディアに遭遇させるわけにはいかない。

 

「絶対に、降りさせない!!」

 

ニーナから受け取った盾を構え、突撃を開始するフィオナ。

 

 

正直勝てるとは思っていない。ダメージを与えられたらいいほうと。

 

 

「思い切りがいい。だが、こちらも手間取るわけにはいかない」

 

限界時間が近づいている。これ以上の戦闘続行は厳しい。

 

 

「リオン、援護する!!」

そこへ、キラの乗るストライクが前衛に躍り出たのだ。不意を突かれたフィオナは慌てて後退するが、重力が近づいていることに気づき、宙域から離脱する。

 

「キラ!? なぜ戻ってきた?」

冷静さを欠いたリオン。キラの存在がリオンの計算を狂わせたのだ。

 

 

「――――何があったかは知らないけど、赤い奴の注意が外れた―――運がいい」

フィオナはここからならばまだ時間は稼げると考えた。何とかこちらに注意を引き付ける方法を考える。

 

 

「だ、大丈夫! まだ僕は大丈夫だから―――」

 

 

「何が大丈夫だ、バカ者!! 早くアークエンジェルに戻れ!!」

冷静ではない。また何かをやらかしたのか、とリオンはキラを観察するが、

 

二人の下に、リベンジに燃えるデュエルが現れたのだ。状況は待ってくれない。

 

 

「ストライクゥゥゥ!!!!」

イザークの叫び声とともに、キラへと襲い掛かるデュエル。

 

「!!!」

リオンはキラの援護に回ろうとしたが、バスターに阻まれる。

 

「そうはさせねぇって!! お嬢ちゃん、ここは俺に任せな!」

 

「――――すいません、離脱します」

申し訳なさそうにするフィオナ。この武装ではどうあがいても赤い彗星には勝てない。

 

 

「帰ったら、キス一つで許してやるぜ」

 

 

「――――考えておきます」

少しの間をおいて、フィオナは押し切られる。これで彼の生存の確率が高くなるなら安いものだと。

 

「―――ていうわけだ! こっから先は通さねぇ!!」

 

「遠距離タイプが前衛に来るとはな、嘗められたものだ」

 

その戦いは終わらない。

 

 



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第22話 紅の爪痕

アークエンジェル組の活躍により、当初よりも早く第八艦隊の撤退は完了しつつあった。

 

 

「やっぱりMSはいいな! 手足のように動く!!」

エリクのデュエル二号機が本領を発揮。艦隊に襲い掛かるMSを一掃。生き残りは残ったナスカ級とともに後退を始めている。

 

 

マシュマーが轟沈し、隊長を失ったオデュッセイアは尚も連合軍への攻撃を続けていた。が、

 

 

 

「なぜだ。なぜ貴様はそちらにいるのだ――――――」

分かってしまった。あの動きはコーディネイターそのもの。さらに言えば、あの男がモビルスーツを動かせない道理はない。

 

すでに主砲は破壊され、連合軍を蹂躙していた時と同じように、ザフト艦船を圧倒する連合の新型モビルスーツ。

 

片や、赤い彗星と謳われた存在。片や、裏切り者と揶揄された存在。

 

そのカタワレに、命を奪われようとしていた。

 

 

「エリク・ブロードウェイ―――――ッ」

ライフルの一撃が、ブリッジを貫くまで、オデュッセイア艦長、パル・ゴドルフはその疑問を心中で抱き続けていた。

 

 

 

 

ヴェサリウス艦内で、他の艦船がすべて落とされたことを知ったクルーゼは、

 

「――――――やはり、どこまでも立ち塞がるか、赤い彗星―――――」

 

ムウ以上に宿命、運命を感じる存在。その登場に彼は戸惑いを隠し続けたものの、世界の流れが変わり始めていることに焦りを覚えていた。

 

 

 

ヴェサリウスは反転。ザフト軍は後退を始めたことで連合の勝利はほぼ確実とされた。

 

 

 

「よし、もういいぞ! こちらもアークエンジェルに戻るぞ!」

 

「了解した!!」

 

 

メビウス・ゼロ、デュエル二号機が去っていき、残された第八艦隊の艦内ではまたしても歓声に沸いていた。

 

「どうだ、みたか!!」

 

「俺たち連合にもついにMSが出来たぞ!」

 

「俺は二度目だけどな!」

 

「うおっ、汚ねぇぞ!!」

 

「映像で我慢するんだな!!」

 

第八艦隊はMA20機を失い、護衛艦二隻が航行不能となったものの、速やかな退艦が兵士の命を救う。第八艦隊の精強さが為せることではある。が、その被害を最小限に抑えた立役者は間違いなく彼らだ。

 

 

快挙といってもいい状態だ。

 

「赤い彗星、か。」

ハルバートンは、リオンの機体のことを考えていた。

 

宇宙を駆ける、赤い軌跡。その表現にこの異名はとてもしっくり来た。

 

「通常の三倍ほど速いような気がするぞ、あの赤い機体だけ」

 

「いや、でもスペックはそこまで差はないぞ」

 

「いやぁ、見えたんだけどなぁ」

 

第八艦隊は低軌道戦線から離脱。この艦隊の生存が、今後の人類の未来を大きく左右するとは、彼らもまだ予期していなかった。

 

 

 

一方、エリク、ムウが帰還できたものの、キラとリオンはデュエルとバスターの襲撃にあっていた。

 

が、

 

「早く去るがいい。お互い時間がない」

 

バスターに過剰な攻撃を見せ、片方の砲身を対艦刀で切り裂いたリオン。もうそこまでの接近を許してしまっていたディアッカは、散弾をダメ元でばら撒き、ストライクとの距離を取る。

 

「むっ!」

ストライク自体は装甲で大丈夫なのだが、後ろのユニットはそうではない。それを回避するために距離を大きくとってしまったリオン。バスターとの距離が離れる。

 

 

「悪いけど、俺も命が惜しいんでね(おっしゃぁ、フィオナのキッスゥゥ!!)イザークも早く!!」

 

バスターに逃げられてしまったリオン。だが、これは好都合でもある。

 

――――まあいい。後はあの機体だけか

 

「うるさい! ここでこいつだけでも!!」

 

その時、キラとイザークの機体を謎の力が襲う。

 

 

「え!?」

 

「あっ!? 機体が、重いっ!?」

 

地球の重力圏に引っ張られているのだ。バスターとストライク二号機は無事だが、彼らの下へ行けば同じ運命をたどるのは間違いなかった。

 

 

「このままじゃ――――」

キラは何とかエールのスラスターを全開にしてここから逃れようとする。

 

 

「貴様だけでもっ!!」

イザークは燃えるような瞳で、重力から逃げようとするストライクをロックオンしようとする。

 

が、

 

 

「「!!!」」

 

不意に、両者の前にシャトルが横切ったのだ。ストライクをロックオンしていたのが強制的に切れ、ストライクを落とすチャンスを逸してしまったイザーク。

 

「――――ふざけるな―――」

ゆらゆらと声が震える。

 

「イザークっ!?」

ディアッカが通信で何度も撤退を伝えていたのだが、イザークの不穏な声に一瞬狼狽えた。

 

「このっ!!」

あろうことか、そのシャトルに銃口を向けたのだ。

 

 

「「!!」」

キラとリオンに焦りの表情が浮かぶ。あの船の中には、民間人がいるはずだ。それをデュエルは狙っている。

 

 

――――やめろっ――――

 

 

キラは迷わなかった。何かが切れたような音が体からした。

 

「くっ、そこには彼女らが――――ッ!!」

リオンは慌ててデュエルに銃口を向け、デュエルのライフルを破壊したのだ。

 

 

「うわぁぁぁ!!!!」

そしてその緑色の閃光はデュエルの肩も抉り、右マニピュレーターが完全に破壊された。爆炎とともに衝撃に揺らされるイザーク。

 

 

―――お前は、絶対に許さない

 

キラの中で何かが切れる音がした。

 

そして、思考が鮮明になる、ではなく、一方向へと傾いていく感覚。殺すという文字に傾倒していく。

 

 

「!? 上昇しろ、キラ!」

デュエルに襲い掛かるストライク。リオンの制止が聞こえないのか、キラはデュエルにとどめを刺そうと接近する。

 

「お前は!! 何を撃とうとした!! なんで、なんでッ!! なんで!!」

 

許さない、殺意しか芽生えない。暗い感情に支配されたキラは、いつもの優しさをかなぐり捨てていた。

 

「なんでそんなことが、平然と出来るんだぁぁ!!!」

 

アーマーシュナイダーでデュエルを殴りつけるキラ。何度も何度も何度も。

 

「ぐわぁ!!」

このまま攻撃を受け続ければ、フェイズシフトが切れる。イザークはなけなしの力を振り絞り、レールガンでストライクを吹き飛ばす。が、もう手遅れに等しい状況だった。しかし、デュエル自体も大きくその場所から吹き飛ばされる。

 

「このっ!! 叩き落してやる!!」

リオンはレールガンでデュエルに当て続け、ストライクとは大きく離れた場所にまで吹き飛ばしたのだ。これで、同じ降下ポイントにはいかないだろう。変な力も働いているので、真横ではなく、斜めに降下しているのがわかる。

 

 

「あ――――」

一方ストライクの中にいるキラは無事ではなかった。レールガンの衝撃で、キラを突き動かしていた何かが切れたのか、熱さで体をやられつつあるのかはわからない。キラはその瞬間に意識を失った。

 

動かないストライクを見て、リオンは舌打ちをする。

 

「キラッ! くそっ、世話の焼ける!!」

 

機体ごとストライクを押し返すリオン。こうなっては重力に引かれながらでもアークエンジェルに近づかなければならない。

 

 

「ストライク、一号機、二号機ともに戻りません!!」

 

「なんですって!!」

 

降下中のアークエンジェルが何とかこちらに近づこうとしている二機を発見する。キラの乗るストライクは微動だにせず、リオンの乗るストライクが担いでいるような状態だ。

 

「艦を動かして!! このまま二機を見捨てるわけにはいきません!」

 

「しかし、降下ポイントが大きくズレます!! 予測地点は―――!!」

 

「今はあの二機を届けることが最優先よ!!」

 

「分かりました! ただ、予測降下ポイントはアフリカです!!」

 

これから厳しい戦いが待っているだろう。一同はそれを予感した。しかし、

 

 

―――リオン・フラガには借りがある。

 

「今回の契約者は彼よ。提督から命令を受けた内容において、彼の生存は不可欠。それに、彼には借りがあるわ」

 

マリューの言葉に一同はうなずいた。

 

 

「アークエンジェルっ!? まさか、降下ポイントをずらしてまで―――」

リオンはその予想外の動きに目を丸くする。

 

「しかし、この暑さは堪えるな。並の人間なら死ぬな――――」

アークエンジェルの甲板上に何とか着陸したリオンは、ストライクに乗るキラとともに収容された。

 

 

 

一方、シャトルに乗っていたカガリとアサギは肝が冷えていた。

 

「まさか、本当に撃つつもりだったのか、あの機体は――――」

冷や汗をかいていたカガリ。

 

「走馬灯が見えました。本当に」

アサギに至っては声が平坦になるほどだ。

 

 

「ママ、あの赤い巨人さん、格好良かったね」

 

「え、ええ。そうね。でもエルちゃん、窓の方は見なくていいのよ。今は、見てはだめよ」

 

民間人の親子なのだろうか。リオンが救わなければ目の前にいる民間人を含め、すべての命が失われていただろう。

 

「――――あの娘がいないのだが」

 

「そこはリオン君も計算外だったでしょうね。たぶんアークエンジェルにいると思います」

ジト目で互いの目を見ていた二人。リオンの計算が狂い、今頃頭を抱えているのが目に浮かぶ。

 

「――――お父様には、連絡だけはしておくか。アサギはリオンの企みを聞いているのだろう?」

 

「正確には、ノアがあとで教えてくれるそうです」

 

『そういうわけだ。ここではだれの耳があるかわからんからな』

 

 

 

 

第八艦隊には打撃をそれほど与えることが出来ず、こちらは戦艦3隻を沈められ、18機ものMSを落とされた。

 

プラント本国ではラウ・ル・クルーゼの能力を疑問視する声も出始めたが、ヴェサリウスから送られた赤い彗星の戦闘映像を見て、一同は沈黙した。

 

「これは一体どういうことだ? 連合にあそこまで動ける者がいたのか?」

議員の一人が赤いMSを見て率直な感想を述べ、周りを見回す。

 

「7機もの新型MSを開発し、一番わたってはならない存在にわたってしまった。あそこまでの動きは難しいだろうが、あのOSを搭載したMSを量産されれば戦局はひっくり返るぞ」

ヘルマン・グールド議員は、あのエース一人で戦術を変えかねないと言わしめ、その脅威を強調する。

 

「――――御覧の通りでしょう。アレを沈めるには生半可な戦力では落とせないのです。奪取した連合軍MSの技術をもとに、さらなる新型MSの開発、高性能化は急務でしょう。」

パトリック・ザラは、アレを倒すには戦力が足りなかったことを指摘し、クルーゼへの追及に疑問を呈した。

 

「クルーゼ君の能力を疑問視したことはないよ。しかし赤いMS。まさかコーディネイター? エリク・ブロードウェイではないだろう」

 

「よせ、裏切り者の名は」

 

「だが、コーディネイターの可能性は高いぞ。もしくはナチュラルな天才という線もある。」

 

 

「ふん! ナチュラルが素の能力で我々に勝る? そんなことは冗談だけにしろ、エルスマン!」

 

 

その後議会は紛糾。その末に決まったのは、例の足つきが降下したポイントがアフリカであることを考量し、アンドリュー・バルドフェルドにさらなる武器の提供などが決定されたことぐらいである。

 

そして、低軌道戦線の被害確認作業の中で、イザーク・ジュールが地球圏に降下した際に行方が分からなくなったということが判明。

 

ヴェサリウスでは、僚機のMIAにも等しい状態に騒然となった。

 

「―――――イザークが!? そんな――――」

アスランは雷に打たれた顔でイザークの降下ポイントがアフリカではなかった事実に愕然とする。

 

戦場でのキラとの遭遇。そして僚友の行方不明。今のアスランはそれだけで心が折れそうになった。

 

――――俺のせい、なのか?

 

ヘリオポリスから今の今まで、ずっと足つきに乗っていたとしたら。

 

―――これは俺への罰、なのか?

 

フィオナの制止を振り切り、戦場に出た報い。それともフィオナが戦場に向かうきっかけを作ったアスランの。

 

――――俺の弱さが、この状況を招いた

 

 

「アスラン……」

手を頭に置き、動かないアスランを見たニコルは、かける言葉が見つからなかった。

 

「すまねぇ、フォローするなんて言ったが、あの状況だと――――」

ディアッカが申し訳なさそうにアスランに謝る。

 

「いや、ディアッカのせいじゃない。俺も悪い。俺が不覚を取ったせいで、他の僚機に負担をかけたんだ。」

 

 

「――――そういえば、二人はどうしている?」

アスランは、酷な戦場が初陣となってしまったフィオナとニーナのことを気遣う。あの地獄のような戦場を生き残れたのはいいが、最初の戦場がアレでは酷すぎる。

 

――――兵士が戦場を選べるわけではないとはいえ、自分が情けない。

 

もっと同僚として、先輩兵士としてやれることがあった。

 

「フィオナちゃんは落ち着いているよ。赤い彗星の映像を見て、対策を練るくらいには。けど、ニーナちゃんは――――」

目を逸らして、ニコルは歯切れの悪そうな声色でアスランにニーナの現状を伝える。

 

「――――そう、か」

トラウマになったのかもしれない。未知の強さを見せつけられ、何もわからないまま殺されそうになったのだ。自分たちよりも恐怖を感じていただろう。

 

「アスランのことだから、放っておけないんでしょうけど、やり過ぎないでね」

 

ニコルはアスランにニーナの部屋を教え、忠告はした。

 

―――でも、仕方ないよね。

 

ニコルは心の中で二人のことを想う。

 

―――アスランはそういう人だから。今のニーナちゃんには、その優しさが必要だから

 

アスランは、傷ついた人を見捨てることが出来ない。命令に従い、勇敢な一面があるのだが、彼は味方の犠牲が前提となる作戦を良しとしない。

 

それでも感情を押し殺し、遂行に力を入れるのだから。

 

 

彼女の下へ向かう彼の背中を見てあきらめたような笑みを浮かべる。

 

―――そんな人だから、力になりたいんです。

 

 

 

部屋を訪れたアスランは、ドアの前でインターフォンを鳴らす。

 

「アスランだ、少しいいだろうか?」

 

 

「―――――――」

 

部屋からの反応はない。聞こえているのだろうが、彼女はそれすら適わないのかもしれない。

 

「――――まず一つ、君にいうべきことがある………よく生き残ってくれた。よく生きて戻ってきてくれた」

 

あの赤い彗星と交戦し、生還できた新兵がいるだろうか。なかなかいないだろう。そんなザフトの次の未来を背負ってくれるものは、なかなかいない。

 

「君が責任を負う必要はない。先達である俺たちが、奴を押さえる必要があった。情けない先輩で済まない」

 

だから、それまでは自分たちが彼女らを守らなければならない。それが先輩の義務だ。

 

 

そして、地球に降下した足つきをどうするのだろうかとアスランは考えたが、すぐにやめた。

 

それは上層部が判断することだ。

 

「―――今の君を情けないなんて言うやつはいない。怖いものを怖いと思えることは、戦士としての資質の一つだ。だから何一つ恥じることはない。」

蛮勇は優秀な戦士の資質に非ず。恐怖を、脅威を正確に認識できるものが、戦場を生き残ることが出来る。彼女はいいほうだ。

 

狂わずに、突っ込むことをしなかったのだから。

 

 

「そして厳しいことを言うが、その恐怖を理解する強さを、身に着けほしい。今すぐつけろとは言わない。ただ、奴が俺たちの敵である以上、いつかは戦わなければならない。」

 

彼が敵であることは、変えようのない事実。いつか向き合わなければならない。

 

 

――――俺が言えるわけではない。だが、彼女らには――――

 

 

アスランも、連合にいるであろうキラを討つ覚悟が必要になる。親友を殺さねばならないとき、自分はどうなのか。

 

 

―――だが、俺は仲間を裏切ることなどできない。仲間を悲しませるわけにはいかない。

 

 

敵として立ち塞がるなら、討たねばならない。母上だけではなく、婚約者の命すら奪った連合と、戦わねばならない。

 

―――だからこそ、守らねばならなかった。

 

仲間が一人帰ってこなかった。

 

「しばらくは時間が空くだろう。ゆっくり自分と向き合う時間を作るんだ。」

 

そう言い残し、アスランはニーナの部屋の前から立ち去った。

 

 

 

 




アスランは苦労人です。理性がよく働くので、狂うことも出来ません。

なお、キラくんはちょっと危ないかも


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砂漠の邂逅
第23話 強襲! 砂漠の王者


アフリカ大陸での戦線を有利に進めるバルドフェルド隊に激震が走る。

 

あの足つきと呼ばれる連合の新型戦艦が降り立ったのだ。他ならぬこのアフリカに。

 

さらに、その戦艦には赤い彗星と呼ばれる連合きってのエースパイロットが存在し、他にも新型MSが2機積み込んであると聞く。

 

砂漠のど真ん中に居座るその戦艦を双眼鏡で監視しているものがいた。

 

砂漠の虎、アンドリュー・バルドフェルド。ザフトきっての智将。クライン派の将校でもある。

 

「――――その足つき。名称はアークエンジェルというらしいけど、今は降下直後でまともに動く様子はないな」

 

ハッカーたちの活躍により、アレの名前が判明した。アークエンジェル。大天使の名を冠した連合の新型戦艦。ラミネート装甲をふんだんに使った高い耐久力を有し、その機動性もなかなか侮れない。

 

「――――隊長、今日はコーヒーを持ってきていないんですね」

 

「まあ、最近よくないニュース続きだし、俺も本腰を入れないとね」

やや暗い表情のバルドフェルド。最近ラクス・クラインの捜索が打ち切られ、クライン派もいよいよ過激派になろうとしていた。

 

バルドフェルドは、このままでは殲滅戦争になりかねないと危惧しており、どうにかならないものかと考えていたのだ。

 

 

「それにしても、やはりあの戦艦はいつまでたっても動きませんね」

 

「地上はNJのせいで電波状況がズタズタだからな。無理もない」

 

 

その後、砂漠の陰に隠してあったモビルスーツ部隊の前に移動した二人。

 

「ではこれより、地球軍新造艦、アークエンジェルに対する作戦を開始する。目的は、敵艦、及び搭載モビルスーツの、戦力評価である」

バルドフェルドの戦力評価という単語に反応する部下たちがいた。

 

「倒してはならないのですか?」

 

「NJの影響下に、奴らは慣れていないはず。今ならば――――」

 

 

「ん~その時はその時だが…あれは遂にクルーゼ隊が仕留められず、ハルバートンの第八艦隊とともにこちらの戦艦3隻、20機近いMSを落とした部隊だ。慎重になるのがちょうどいいのさ」

 

 

その言葉に異論はなくなった。あのクルーゼ隊が仕掛けて、逆に追い込まれたのだ。その強さはこの地上でも聞き及んでいる。

 

「―――――」

バルドフェルドのお付きとしてついてきたリディア・フローライトは、低軌道戦線でフィオナたちが赤い彗星相手に生き残ることで精いっぱいだったことを聞いている。

 

―――あのフィオナが防戦一方になる相手。危険だわ

 

 

「各員、搭乗!!」

 

 

 

 

バルドフェルド隊が行動を起こす前、リオンは引き留めようとする医者を振り切り、個室にいるであろうラクスの下へ向かう。

 

「――――あの時は急ぎの案件があったとはいえ、これは計算外だ。アフリカという場所に降り立ったのは、運がいいのか悪いのか」

 

肩を落とすリオン。

 

「ごめんなさい。ですが、ピンクちゃんを置いてきてしまったので――――」

ラクスは申し訳なさそうにしているが、聡明な彼女のことだ。まずその大切な機械を忘れるという行動自体が怪しい。頭の回転が速い少女だ。

 

―――それが計算づくだとすれば、よっぽど気に入られたみたいだな、俺は

 

「――――まあ、そういうことにしておくさ。今の貴女は民間人で、アフリカにいる以上オーブへの航路もとれないことはない。何とかそこで降ろしてもらうことにするさ」

 

 

「その代わり、迂闊な行動はもう慎んでほしい。君のことをよく思わない人も、いないとも限らないのだから」

念を押すように忠告するリオン。今度こそオーブにわたってもらう。

 

「分かりましたわ、リオン様」

今度はしっかりとした目で、首を縦にうなずいたラクス。ふんわりとした雰囲気はなく、リオンの狙いもわかったのだろう。

 

「では、オーブへ渡るまでは、おとなしくしておきますわ(戦争を終わらせるため、わたくしとあの方は繋ぎであるということですのね)」

 

あの方、というのはハルバートン提督のことだろう。ラクスはすべてをやはり理解していた。

 

「いい子で待っていてくれ。仕事が終われば、すぐに戻るさ(さすがに露骨過ぎたか。君の正体を知る者ならば、危害を加えない利用の仕方は限られるからな。絶滅戦争になど、させはしない)」

 

 

 

そして、シャトルに乗りそびれたヘリオポリスの面々は、

 

「ドジったかなぁ」

トールはさっさとシャトルに乗るべきだったと考えていた。まさかあのタイミング、あの大艦隊にザフトが喧嘩を振るとは考えていなかったのだ。

 

 

連合軍は勝利を想定していなかった。ゆえに、トールたちを放置し先にシャトルは先行してしまったのだ。置いてけぼりを食らった彼らはアークエンジェルから物理的に離れることが不可能となり、なし崩し的に戦闘に参加する羽目に。

 

 

しかし結果は予想を覆す連合軍の勝利。たった一人のエースが戦場を掌握し、意のままに操ったのだ。

 

 

 

「そうねぇ。今頃シャトルでオーブについていたかも――――」

ミリアリアも珍しくぐったりした表情でトールの肩に身を任せていた。いつもはそのような隙だらけの行動はしないのだが、よっぽど先ほどの戦闘が堪えたのだろう。

 

「仕方ねぇよ。あ~あ、これで除隊許可証がパーだよ。乗り掛かった船だし、落とされても寝覚めが悪いし」

アルベルトももはや無価値と化した除隊許可証を見て嘆息する。

 

「フレイは無事に事務次官のシャトルで地球に降りたし、いいんだけどな。何とかオーブで降りないと。俺のツテで何とか掛け合ってみるさ」

サイは、ジョージ・アルスターのお声で何とかオーブで除隊できるよう手配することを考えていた。

 

「サイがいてくれてよかった~!! けど、キラの方も頑張らないとな!」

トールは、今はベッドで休んでいるキラのことを気にかけている。

 

そう、問題はキラなのだ。彼が無事にオーブで降りられるかがわからない。ハルバートンは確かに階級の高い軍人だが、彼一人では限界がある。

 

キラの技術力は連合にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。彼を囲い込みする動きも今後は発生するかもしれない。

 

アラスカまでついていけば、死ぬまで使いつぶされる。

 

「ああ。キラの方も俺がちゃんと説得する。あいつは今まで頑張ってきたんだ。だから、幸せにならなきゃいけないんだ」

サイは強い意志を感じさせる声で、宣言する。オーブでみんな降りる。

 

 

だが、彼らは後に知ることになるだろう。

 

 

第八艦隊の提督、ハルバートンの人望に当てられた学生が一部いることを。

 

目の前で戦ってきた少年は、無垢なままではいられなかったことを。

 

 

 

ベッドの上で意識を失っているキラはいろいろな何かが頭の中で浮かび、そして消えていく、深い深層意識の中にいた。

 

 

――――どうして、アスランが―――――

 

なぜ、戦争が嫌いだった彼がザフト軍に参加していたのか。彼が戦争に加担する理由があるのか。

 

そして、ヘリオポリスを襲ったメンバーの中に、彼がいたという事実。それがキラの心を少しずつむしばんでいた。

 

―――――オーブは、なんで――――

 

疑問を投げかけても誰かが答えをくれるわけではない。だからすぐに考えることが出来た。

 

 

オーブは力を欲していた。何のために?

 

それは中立を維持するための力だ。リオンも言っていたではないか。

 

 

それでも、オーブのやり方は好きになれなかった。それが国を守るということだとしても。

 

―――そう、だったんだ

 

そこまでの無茶をしてまで、オーブは自らの在り方を守りたかったのだ。コーディネイターもナチュラルも関係なく、穏やかな暮らしができる国づくりをする。

 

 

――――だからさ、お前は絶対に、幸せになれよ!

 

同じコーディネイターの彼は、自分の意志で、連合の立場で戦っていた。同胞の味方をするのではなく、彼とともに生きてきた人たちの無念を晴らすために、戦っていた。

 

 

同胞である彼に刃を向けられるプラントは何なのだ。エリクの言葉を知って、短い時間ながらいろんなことを思い出した。

 

漠然と受けていた歴史の勉強。直近で報道されていたニュース。

 

 

―――君は、アスランは、捕虜すら取らない軍隊にいるの?

 

基本的にコーディネイターはナチュラルの捕虜を取らない。しかし、思い当たる節はいくつかある。

 

――――得手不得手はあるのに、僕たちにだって、できないことはあるのに。

 

コペルニクスにいた時からそうだ。コーディネイターはナチュラルを見下している。なぜそんなことをするのか。

 

そしてコーディネイターは、間違った生まれ方をした命と言われている。でも、そんなことを言われても、自分にはどうにもならない。

 

望んでこんな力をもって生まれたわけではない。

 

――――僕は、なんでコーディネイターに生まれたのだろう

 

いったいどんな夢を、どんなエゴを押し付けられたのだろう。

 

そして目覚めた。予想通り、自分は医務室の中にいた。あの後リオンが自分を助けてくれたことだけは、朧げだが覚えていた。

 

「―――――僕、は」

 

 

誰もいない医務室で、キラはあの光景を鮮明に思い出した。

 

 

民間シャトルを打ち落とそうとしたデュエルの存在。

 

――――これが、君たちザフトのやり方なんだね

 

暗い決意が、キラの背中を押す。あの中には、罪もない、何も知らない民間人がいたのだ。それをザフト軍は討とうとした。

 

―――自分たちだけが、自分さえよければいい。それがプラントのやり方なんだね

 

 

エイプリールフールクライシスの件は、当事者のエリクから聞いた。だからこそ、同胞のために立ち上がったと謳うプラントが、こんな非道なことをしたのが信じられなかった。

 

―――宇宙に上がらなかった、プラントにいないコーディネイターは、違うんだね

 

止まらない。もう止まることがなかった。アスランはそうではないかもしれない。だが、その中にいる時点で同じことだった。

 

 

――――なら僕は、君たちを討つ。

 

暗い殺意が完成した。キラの瞳は濁り切っていた。あの無垢な、ゆりかごのようなコロニーにいたころとは違う、世界を知った目だ。

 

――――何もかも壊すプラントのやり方を、認めるわけにはいかない。

 

もはやキラには、プラントがコーディネイターの総意を担っているとは思えなかった。

 

――――見極めるんだ、アラスカで。

 

地球連合軍の司令部がある場所。戦争の真意を聞くべきなんだ。

 

オーブの在り方をどう思っているのか。ハルバートン提督のような人が何人もいるかもしれない。

 

 

―――あの人のような人がいるなら、僕は

 

 

その時、警報が鳴る。

 

「――――敵、襲―――?」

キラは、まともに動けない体を引きずり、上着を着て医務室から出る行為を始める。しかし、彼が受けたダメージは大きく、足元はふらついている。

 

 

「何をなさっているのですか!?」

その時、シャトルにいるはずの桃色の髪の少女が医務室にやってきた。そしてその横には

 

「おい!! 君はまだまともに動ける状態ではないんだ!! 早くベッドに!!」

医師がキラを軽く叱る。こんな状態で出撃しようとしたことは目に見えている。だからこそ、彼を止めなければならない。

 

「――――ザフトは、あっちゃいけないんだ」

かすれた声で、キラはうわごとのようにその言葉を口にした。

 

「――――え?」

ラクスはその言葉に目を見開いた。

 

「なんで? ザフトは、プラントは―――コーディネイターを守るために、あったはずなのに」

膝をつくキラ。体力が戻り切っていない彼は、すぐに底が見えた。安静にしなければならないのは明白だ。

 

「なんで、エリクさんの大切な人を、共存を図るオーブを―――」

 

「キラさん!? すぐに横にならないと――――」

慌ててキラに自分の肩を貸すラクス。今の彼は普通じゃない。正気ではない。

 

「プラントは、自分が可愛いだけなんだ――――地球にいる同胞のことなんか、何も………何もっ……何も考えていないんだッ!!」

 

そして力尽きたキラは膝から崩れる。だが、ラクスの体から力が抜けそうになる。

 

「わたし、は――――」

情報統制の取られていたプラントでは、そんなことはあまり広まらなかった。事実を伏せていたわけではない。ただ、あまり目立っていなかっただけだ。

 

「すみません。僕をストライクまで―――」

 

「何を言っているんだ!! 医者として、そんなことは認められない!!」

 

 

その実際の被害を見ていなかった彼女は、キラの叫びを聞いてその現実を始めて認識することになる。

 

―――慰める、資格もありません。わたくしには――――

 

その悲劇を実行したのは誰だ。

 

怨念染みた呪詛の念を吐いたキラを見て、ラクスはプラントの行った罪深さを自覚してしまった。

 

核を撃たせなかったからまだまし? いいや、そんなことはない。

 

どちらも悲惨の一言だという事実だということだ。核を撃てば地球は滅び、NJをばら撒けば、苦しんで死ぬ人間が増えた。

 

「ごめん、なさい」

 

 

―――なんて、なんて罪深いのでしょう、わたくしたちは

 

 

これからアークエンジェルはアラスカまで回る。その途中で自分はオーブに降りる。

 

―――コーディネイターを苦しめているのは、

 

目の前のコーディネイターの少年を見て、ラクスは思う。

 

―――わたくしたち、なのかもしれません

 

 

コーディネイターではない。プラントの人間が、コーディネイターの未来を奪っている気がしてならない。

 

 

 

 

一方、砂漠での襲撃でブリッジに揃う学生たちと軍人たち。

 

「砂漠の陰から攻撃されているわ! NJの影響でレーダーはまともに使えない。すぐに機動部隊を出撃させて!!」

マリューがモビルスーツの出撃を急がせるが、

 

「といってもまだ宇宙仕様ですよ! まともに動かすなんて―――」

パルが反論する。こんな準備もまだまだな状況で彼を死地に飛び込ませるなど、

 

「心配はご無用。すでに準備は出来ています」

 

「ほかにやることがなかったからな!! 俺も出れるぞ!」

 

リオンとエリクはすでに出撃体制を整えていた。その事実にブリッジの面々から強張っていた表情が消える。

 

この二人がいるなら、何とかなる、という安心感がクルーを守る。

 

 

「ハウ二等兵、すぐに出撃許可を!」

 

「はいっ! カタパルト、接続。APU、オンライン。エールストライカー、スタンバイ。火器、パワーフロー、正常。進路クリアー。ストライク二号機、発進どうぞ!」

 

 

「リオン・フラガ、ストライク二号機、出撃する」

 

 

「続いてデュエル二号機。カタパルト、接続。進路クリアー、発進、どうぞ!」

 

「エリク・ブロードウェイ。デュエル二号機、出るぜっ!!」

 

 

赤いモビルスーツが二機、アークエンジェルから出てきたことで、ザフト軍からはいきなりの大物に警戒を最大限にする。

 

 

「ブロードウェイ中尉はアークエンジェルの直掩に。何か嫌な予感がする」

 

「ま、そうだわな。けどお前もアークエンジェルから離れるなよ。どう考えてもヘリ部隊だけで俺たちを襲うとは思えねぇ」

 

リオンとエリクは、敵部隊は現在掃討中のヘリだけではないと予想していた。こんな規模で自分たちを襲うわけではないという予想。

 

 

一方、戦地に出向いていたバルドフェルドは、二機のモビルスーツが出てきたことを視認した。

 

「出てきました! あれが、X-105Aストライク、X-102Aデュエルです!!」

 

「ともに強化型の機体。赤い色が特徴的だな。バクゥを出せ、反応が見たい」

 

 

リディア・フローライトは、宿敵赤い彗星が乗るであろう赤いストライクを凝視していた。

 

―――あれが、フィオナを苦しめた、アスランさん以上の力量を持つ敵

 

 

 

彼らの推測通り、その予想はすぐに当たることになる。

 

「なっ!?」

砂漠の陰から現れた大きな影が、エリクのデュエルに体当たりをかましてきたのだ。何とかシールドでガードをした上で、スラスターを吹かせ、体勢を立て直したのだが、早すぎて正体がつかめない。

 

「四足走行!? モビルスーツなのか!?」

リオンも初見でそんな動きをする敵機動兵器には面食らったのか、驚きの声を上げる。

 

リオンの機体の中でアラームが鳴り響く。

 

「!?」

桃色の刃が迫っているイメージが脳裏に浮かんだリオン。とっさにシールドでその予想された軌道を防御した。

 

―――ダブルセイバー型!? いったいどんな機体なんだ!?

 

暗がりのせいであまりよく見えない。一つ目の赤い瞳に、四足歩行の機動兵器。

 

思わぬ高速機動兵器に苦戦を強いられる二機のモビルスーツ。アークエンジェルでは機種の特定を急いでいた。

 

「ザフト軍モビルスーツ、バクゥと確認!」

チャンドラ二世の報告で、地上用MSが現在自分たちを苦しめていることが判明した。

 

TMF/A-802バクゥ。連合軍の地上機動兵器を蹂躙する恐怖の兵器。圧倒的な機動性能、戦車を上回る火力、そして近接格闘能力も備える地上特化のモビルスーツだ。

 

「なっ!? バクゥだと!?」

ナタルも、思わぬ強敵の出現に驚きを隠せない。この一帯はNJでまともに通信が届かないような場所だ。

 

ザフトの勢力圏に降下したというのはこういうことだ。

 

――――情報が早すぎる、ザフト勢力圏ではこうも。さすがは砂漠の虎か!

 

この一帯の戦線を任せられているザフトの智将、アンドリュー・バルドフェルド。抜け目のない存在だ。

 

「四足走行にレールガン、サーベル。オプションとして連装ミサイルか」

 

リオンは迫りくるミサイルをバルカンで迎撃しつつ、その動きに早くも順応していた。

 

だが、敵は意外にも深追いもせず、踏み込んでこない。

 

「ちっ! 気流のせいで真っ直ぐに飛ばねぇ! ビームが減衰する!!」

エリクは戦闘中にライフルが当たらないこと、そしてビームが真っ直ぐに飛ばないことで焦りを感じていた。

 

「近接戦闘で、こいつらを捉えられるのかよ!? 初見じゃ無理だぜ!」

そして次第に構えるだけのしぐさになりつつあるエリク。

 

包囲されつつある。自分とエリクは格好の獲物だろう。

 

 

―――舐めるなよ。

 

リオンも嬲り殺しのような状態にされているのは気に食わなかった。

 

 

苦戦中のエリクとリオンの姿を見ていたキラは、医者の制止を振り切り、興奮剤を強引に自分に突き刺し、尚も止めようとする桃色の少女の追撃を振り切り、ストライクまでたどり着いた。

 

「マードックさん!! 急いでランチャー装備!! 僕も出ます!!」

 

いきなり現れたキラの存在に整備班は驚くも、

 

 

「敵がいるんだ!! 全部僕がやっつけてやる!!」

 

マードックとしては、止めなければならないのだが、戦況が思わしくないのは知っている。

 

「ど、どうしますか!?」

 

「――――キラ君!? 貴方は医務室に―――」

いきなり通信を入れられたマリューはキラの姿を見て動揺を隠せない。

 

「そんなことをしている場合ですか!! エリクさんとリオンがやられる!! そんなこと、させるもんか!!!」

 

 

「――――やむを得ん、有線型コンデンサーを装着し、二人の援護に回れ! こちらの目がどうにもならん状況だ。直掩につけ!」

 

「了解!!」

 

「バジルール中尉!?」

けが人を出させるのか、とマリューは反論するが、

 

「ここで二人を見殺しになどできません!! そうなれば、アフリカに降りた意味がないでしょう!!」

 

「―――そう、ね。ストライクもすぐに準備させて!!」

 

 

「キラッ! 無茶だけはしないでね!」

ミリアリアが気遣うような言葉を彼に投げかける。その言葉で不意を突かれたキラは驚いたような顔をするが、すぐに笑顔になる。

 

「うん! 必ず守る、アークエンジェルも、みんなも!」

強い意志を感じさせる彼の声色。

 

少年のそれではなく、覚悟を決めた青年へと変貌しつつある風格を感じさせる。

 

 

 

満身創痍のキラが戦場に出る。この戦闘が彼にとっての一つの分岐点となる。

 

 

目覚め始めた因子の運命からは逃れられない。驚異的な実力が、砂漠を照らすのだ。

 

 

 

 

 



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第24話 紅と白の共演

尚も砂漠で苦戦中だったリオンとエリク。

 

「無闇に動かないほうがいいです。だいぶ動きにも慣れてきました」

 

「ああ。集団戦法が得意そうだけどよ、だいぶパターンもつかんできた」

 

そして反撃の機会を待つ二人。この環境下では、バルカンのほうが信用できるほど過酷な状態だ。もしくはサーベルによる近接攻撃。

 

 

一方、良いように翻弄される二機の新型を見て、バルドフェルドは双眼鏡で様子を見ながら戦況を眺めていた。

 

「パイロットはどちらも経験豊富なようだ。さすがはあのクルーゼ隊を屠るだけの力はある」

 

「そうですよね? でも、バクゥの動きに初見でついていけるパイロットなんて……ましてやアレは宇宙用の機体です」

リディアは、この戦況は当然だと言い張る。宇宙では確かにフィオナたちを苦しめた機体ではあるが、ここは地球。重力があり、まったく別の環境と言っていい。

 

「そうだな。所詮は人型。砂漠という劣悪な環境に特化したバクゥが有利だ」

バルドフェルドはセオリーの観点から、自軍有利という判断をまず下す。

 

 

「だが、相手は赤い彗星だ。油断するなよ」

しかしバルドフェルドだけは違う。敵を仕留めるまで油断するなと言い続ける。

 

あの赤い彗星はこれまで困難とされた状況をひっくり返してきた力を備えている。

 

彼の予想はよく当たるのだ。だからこそ、各員の安否を気遣っていた。

 

 

 

その怨敵赤い彗星ことリオンは、実弾兵器の装備で出るべきだったと考え始めた。

 

「くそっ、どうせならIWSPで出るべきだったな」

 

「デッドウェイトで機体を壊す気か、よっ!!」

 

リオンとの会話中に懐に飛び込んできたバクゥの突撃を上空にジャンプして躱したエリク。

 

「背を見せたな、それがお前の死因だ」

 

サーベルを引き抜いたリオンは、そのままサーベルで背を見せたバクゥの背後を付く。しかし、それを見逃すザフト軍ではない。

 

 

「簡単に釣られやがって!!」

 

「ここではバクゥが陸の王者なんだよ!!」

 

背中を晒すストライク二号機についてきたバクゥ二機。レールガンの砲撃を仕掛けるも、リオンは低空飛行でそれらをすべて躱していく。

 

「――――俺を忘れんなよ!!」

上空にとんだエリクがライフルを連射。リオンが逃げる方向で待ち伏せしていたデュエルがライフルを近距離で構えていた。

 

「!?」

 

「こんだけ近けりゃ、照準もくそもねぇだろ!!」

 

緑色の閃光がバクゥの頭部から胴体を貫き、まず一匹目をしとめた二人。まさかバクゥを撃破されるなど考えていなかったザフト軍は驚きを隠せない。

 

「敵に時間を与えない!! 突貫する!! 援護任せた!!」

 

爆散する刹那に反転したリオンが2機目をしとめに来た。

 

「なっ!?」

目の前に近づいてくるストライクの姿に恐怖するバクゥのパイロット。しかし臆することなくサーベルで真っ二つにしようと突撃を仕掛ける。

 

「ふっ」

 

その場でバク転機動を見せつけたリオン。大きな砂埃が舞い上がり、ストライクの姿が見えづらくなる。

 

熱センサーがまともに使えない状況下だ。有視界戦闘のために必要なモニターから状況がわからない。

 

――――どっちだ!?

 

動きが、その速さを緩めてしまう行為こそ、彼の運命を決める選択だった。

 

「遅い――――」

砂埃から現れたストライクのビームサーベルによる刺突がバクゥの頭部を正確に貫いたのだ。

 

「メイラム、ベンをよくも!!」

 

大きな隙を晒しているリオンのストライクに攻撃を仕掛けるバクゥのパイロット。ミサイルを撃ち込むが――――

 

「もはや単騎、相手にならないな」

 

バルカンで直撃コースだけを瞬時に予測し、迎撃。貫いたまま動かないバクゥからサーベルを引き抜く時間はない。

 

「っ!?」

 

目の前のストライクはもう片腰からビームサーベルを取り出したのだ。そして、それを投擲に使う。

 

 

モニターを正確に射抜いた一撃はバクゥのメインカメラを破壊し、ストライクへの突撃はそれてしまう。

 

 

「――――!!」

ここで初めてバルドフェルドの表情がゆがむ。即席の連携だろう動きで、アドバンテージと数の有利を持っていたはずのバクゥの半数がやられたのだ。

 

メインカメラをやられただけで、2機は帰投できそうだが戦闘を行うことは難しいありさまだ。

 

「うそ!? なんであんな正確に!? 動きを読んでいるとでもいうの!?」

リディアも、もはや予知に近いレベルで相手の動きを計算し、先回りする赤いストライクの動きに恐怖する。

 

 

「レセップスに打電。主砲で敵戦艦を攻撃しろ!」

 

バクゥはこれで半数がやられた。ヘリ部隊ではもはやどうにもならない相手だ。

 

ならば相手の本丸を狙う。

 

 

 

しかし、その直掩にキラ・ヤマトがいることを見落としていたバルドフェルド。

 

 

「アークエンジェルはやらせない」

 

またしても思考が鮮明になっていく感覚。視野が広がり、何もかもできそうな気持になる、危うい感覚。

 

その砲弾の軌道を瞬時に理解し、直撃コースだけに狙いを絞るキラ。

 

 

赤い禍々しい閃光が弾頭を溶解させ、砂漠を照らす。その正確な射撃能力は、敵味方関係なく驚愕させることになる。

 

 

「本艦に接近中の攻撃、すべて迎撃されました!!」

 

「後は動かなければ当たりませんよ!」

サイが驚きの声を挙げながら状況報告をして、ノイマンも動かなければ当たらないと言い張る。

 

「キラ、君?」

あんな精密な射撃ができるような存在だったのか。低軌道戦線からキラの力は爆発的に伸びている。

 

それこそ、神がかり的な成長スピードだ。

 

「キラ、すげぇ、なんて奴だ」

トールはアークエンジェルの危機を救ったキラの活躍に安心する。ミリアリアもキラの活躍で敵戦艦の攻撃は防げる見込みであると知り、何とか勝てると思い始めていた。

 

 

「――――」

しかし、カズイはキラの驚異的な成長スピードに呆けていた。

 

――――やっぱり、コーディネイターって。おかしいよ

 

なんであんな風にできるのか。なぜ、ああも成長するのか。

 

自分たちの努力を否定するように、何でもできてしまう。キラはコーディネイターというだけで、少し頭がいいくらいの少年だった。

 

だがどうだ。非常時で訓練していたであろう金髪の異常者とコーディネイターの軍人と肩を並べて戦えている。

 

日常ではきっと、手を抜いていたんだ。そして、心の中で笑っていたのではないかと。

 

そしてサイは、キラの力についていろいろなことを考えていた。

 

――――力があるのも、ないのも、どちらも大変だ

 

キラのように力があれば、誰かに疎まれ、誰かに妬まれる。そして、その力にいずれ振り回されてしまうだろう。

 

しかし、今の自分のように無力だった時。友人の危機を前に何もできない無力感を味わうことになる。

 

―――お前は、降りるんだよな? オーブで。

 

幸いなことに、まだ除隊許可証は生きているらしい。だが、あの体で戦闘を行ったキラは、何を考えていたのか。

 

 

それが怖いのだ。

 

 

 

 

 

一方、バクゥを半数破壊されたザフト軍。まだまだ戦闘続行する状況だが、

 

「――――あの赤い奴、煽っているな」

バルドフェルドの視線の先には、バクゥを威嚇するように歩行するストライクの姿が目に映っていた。

 

一見すると隙が多い行動だが、いつでも瞬時に動く気配すら感じる。前線に真っ先に立つその姿は、エースそのものだ。

 

 

――――赤い彗星は、その実力と肝も据わっているようだな

 

「――――後退だ。敵の戦力分析ともいえないが、砂漠での適応力は驚異的なものだ。残存部隊をまとめ、引き上げるぞ」

 

 

バルドフェルドの命令が発せられて程なくして、ザフト軍は反転し、撤退していったのだ。

 

 

 

「―――――臆病者、というわけではなさそうだな」

エリクは敵が全滅する前に退いたのを見て、率直な意見を述べた。まだまだ戦える状況であったにもかかわらず、敵は被害を考慮して撤退を選んだ。

 

今までのような猪突猛進の部隊とはえらい違いだと。

 

「いずれにせよ、腰抜けであれ、考えているのであれ。今後も襲撃がありそうです」

リオンは冷静な視点で敵を分析するのだが、端的に予想されることだけを述べる。

 

相手が慎重な性格であることだけは間違いない。臆病な敵は、殺しにくいということを知っているのだ。

 

 

「それに、どうやらまたしても招かざる客が来そうですよ、ブロードウェイ中尉」

 

レーダーに反応した群影を見たリオンが、エリクに未確認の熱源を知らせる。

 

「ああ、みたいだな。けど、ジープに車? どう見たってザフトには見えないが、なんだ?」

戸惑いを隠せないエリク。いざというときには動けるようにはしているが、戦闘終了後、まだ余力のあるこちらに接触する理由は何なのか。

 

 

 

アークエンジェルではリオンとエリクから、程なくしてレジスタンスと接触したという報告を受ける。

 

 

「レジスタンス!? どうしてそんな勢力が我々に?」

ナタルもエリク同様困惑していた。

 

 

「どうって言われてもなぁ、なんでもさっきの部隊は砂漠の虎らしくてさ。で、この人たちはそれに抵抗する勢力みたいだぜ。なんだか厄介ごとに巻き込まれそうな感じだ」

エリクが端的に彼らの説明を行う。彼も、厄介ごとは何となく放置したい気分のようだが、アフリカの真ん中に降り立ってしまったので、すぐには脱出できない。残念ながら、彼らとともに砂漠の虎退治になりそうだと考えていた。

 

―――けど、補給ルートがあるのは、ありがたいかもしれないな

 

 

「判断は艦長に委ねます」

リオンは会うも会わないも艦長次第と述べていた。傭兵としてこういう方針には口を出さないのはある意味ありがたいと考えているマリュー。

 

「一応、敵ではないみたいだから、私はあってみようと思います」

 

「艦長、俺はジンの調整に手間取っているからパスな。やることが多くて敵わんな、モビルスーツってのは」

ムウは同行が難しいことを述べる。調整中のジンはナチュラルにとっては難しい代物だが、現在キラが意欲的に協力してくれている。

 

突然の積極的な行動に戸惑いを隠せない一同だが、キラの好意を無碍には出来ない。ムウは嬉々としてそれに参加している。

 

「では、ナチュラル用のOSが!?」

ナタルはその情報に驚く。まさかあの少年が心変わりしたのか、と逆に何か裏があるのではないかと考えてしまうが、これは間違いなく連合の益になると考えていた。

 

 

 

――――どういうことだ?

 

キラの協力でOS開発が進むことを喜ぶ面々の中、リオンはキラの方針転換に訝しむ。

 

彼は戦争が嫌いだったはずだ。なのに、突然人が変わったように協力を始めたのだ。

 

「――――確かめるべきだろうな」

 

先ほどの戦闘も驚くべき精密射撃を見せたばかりだ。何かが変わり始めていると断言していい。

 

 

その後、マリューとナタル、エリクがレジスタンスのリーダーと思われる男と前線基地へと向かい、アークエンジェルもその近くで停泊することになった。

 

 

エリクと同時期に帰投したリオンはブリッジのモニターで、その様子を見守ることになる。

 

三人は、まずは砂漠の上で折衝を行うことになった。相手はレジスタンスで、敵はザフト軍とはいえ、何が起きるかわからない。

 

保安員も配置し、万全の状態での接触を果たすことになるのだが。その心配はどうやら杞憂に終わりそうだ。

 

「地球軍第8艦隊、マリュー・ラミアスです。あなた方は一体――――」

 

「え!? あのザフト軍の一部隊を壊滅させた第八艦隊の!?」

 

一人の少年が目を輝かせてこちらを見てきた。マリューはその眼には優しい瞳を向けるが、内心は穏やかではない。

 

―――情報が早すぎる。南アフリカ機構の現状はどうなっているのかしら

 

「俺達は明けの砂漠だ。俺はサイーブ・アシュマン。俺はあんたたちの敵になりたくてここに来たわけじゃねぇ」

髭面の大男は自己紹介をする。サイーブと名乗った男は辺りを見回しながら、最後に三人を見る。

 

「けど、この戦力で砂漠の虎とやりあうって。無茶ってほどではないけど、だいぶきついんじゃ―――」

エリクは客観的な目で明けの砂漠に対して言葉を慎重に選びつつも、暗に無謀だといったのだ。

 

一部の青年たちの目が険しくなるが、サイーブが手で制する。

 

「あんた。エリク・ブロードウェイだな」

 

「情報の速さで予想していたけど、俺も有名人になったもんだ」

 

 

「連合初期のMSパイロットだからな。今は、赤い彗星、だっけか?」

 

「あ、あははは――――まあ、そんな名前はいらねぇんだけどな。」

 

そして、勘違いされるエリク。本当はリオンなのだが、自分は傭兵なので表舞台に立つつもりはないというのだ。ゆえに、その称号はエリクに全部あげると言ってきた。

 

怪訝そうな顔をするナタル以外はリオンの立場を守るためだと推察し、その案を通した。

 

「地球軍の新型特装艦アークエンジェルだろ。クルーゼ隊に追われて、地球へ逃げてきた。そんで、あれが…新型か?」

 

「ええ。詳しい情報は言えないけれど、連合の反攻作戦の要よ」

ストライクの性能自体は目の当たりにしているだろうが、詳しい情報は与えられない。

 

「さてと、お互い何者だか分かってめでたしってとこだがな、こっちとしちゃぁ、そんな厄の種に降ってこられてビックリしてんだ。こんなとこに降りちまったのは事故なんだろうが、あんた達がこれからどうするつもりなのか、そいつを聞きたいと思ってね」

 

 

早速本題に移ってきた。

 

「まあ、その前にそっちの銃を下ろしてからだ。こっちも前線基地に案内できねぇ」

 

「前線基地?」

保安部の存在はばれていることは、仕方ないと諦めるにしても、こんな砂漠のど真ん中にそんなものがあるのかと目を細めるマリュー。

 

「ついてきな」

 

 

 

その後、三人はアフリカ共同体がザフト軍の支援で勢力を拡大していること。南アフリカ機構が砂漠の虎の謀略で押され始めていることを知った。

 

その後、ジブラルタルを突破するのではなく、紅海を抜け、インド洋から太平洋を抜けるほかないと決めたマリューたちは、レジスタンスと共同戦線を張ることで、アークエンジェルの突破を阻んでくるであろう砂漠の虎に対抗することになる。

 

 

艦長らとは別れたリオン、ラクスは、その前線基地で働いているのが予想よりも年若いメンツで構成されていることに驚く。

 

「あんな子供まで、もう働いているのか……」

絶句するリオン。自分も才覚を活かして働いていたが、こんな場所ではなかった。

 

「―――――――誰が加害者なのか、誰が被害者なのか。もうその境界線は無いのかもしれませんわね」

ラクスも、最近キラの豹変ぶりを見て気落ちしていたのも重なり、本来の明るさを失っていた。

 

 

「―――――お兄ちゃん、どこか痛いの?」

そこへ、せっせと周囲を掃除していた少女がやってくる。辛そうな顔をする客人で、しかもあのアークエンジェルのエースでもある彼をもてなすよう言われたのも理由だが、子供はそこまで気が回っていないのだ。

 

だから、無警戒にリオンの周囲に近づいたのだ。

 

「―――――大丈夫。みんなに比べれば、どうということはないよ」

少女を心配させないよう微笑んで見せたリオン。

 

「わたくしも、どうも落ち着かなくて……何かできることはありませんか?」

 

「だ、だめだよ!! 私、お客さんをもてなしなさいって、ザイーブさんに言われたもん!」

エッヘン、と胸を張る少女。そこへ、同じ年ごろの少年がやってきた。

 

「俺らには力はねぇんだ。だから、力のあるアンタらに、せめていい状態でいてほしいんだ。こういうことぐらい俺らにもやらせてくれよ」

 

 

「―――――すまない。逆に空気を読んでいなかったな」

 

「――――皆様のご厚意にあずかりますわ。ありがとう」

心中で反省した二人は、謝罪の言葉を口にする。少年たちも要点だけは押さえている。無茶をするということが、この環境でどれだけ無謀なのかということを。

 

 

リオンは何気なく周囲を見ると、机の上に無造作に置かれた宝石を見つけた。

 

 

「ん? あの宝石は――――ルビーか」

よく採掘されるのは中央アジアで、加工技術が進歩するまで珍しい宝石と言われたものだ。

 

「これはね。採掘したアメジストと交換して手に入れたの。昔、金色の髪の男性からお爺ちゃんが譲り受けたの」

少女が説明する。どうやら物々交換で手に入ったものらしい。しかし、

 

「これは――――むっ、5カラットか。相当数のアメジストと交換したのだろう」

リオンはこの宝石を見た瞬間に驚いた。

 

なぜならこれは5カラットのルビー。しかもこれは天然ものだ。加工技術が進歩しても、天然物の価値は高い。どれほどの出費をしたのか。

 

「ううん。お爺ちゃんは3カラットぐらいのアメジストを2個ほど出しただけだよ。というより、3カラットや4カラットのルビーもあるよ」

 

「―――――――物好きな男もいたのだな」

全く釣り合いが取れていない。アメジスト2個に、重さでもおつりが出るほどの天然物のルビー群。

 

 

「綺麗ですわねぇ、天然物は初めて見ました」

 

 

何処までも赤く、どこまでも深い彩と、煌く宝石。ラクスが言うように、リオンもその輝きに目を離せなかった。

 

 

 

 

同時刻。ジブラルタル基地へと降り立ったクルーゼ隊の面々。しかし、肝心のラウ・ル・クルーゼはここにはいない。

 

「責任重大ですね、アスラン」

ニコルの言葉に、やや表情が強張るアスラン。クルーゼから言い渡された言葉を彼は思い出していた。

 

 

――――私はスピットブレイクの件で動けないが、君ならば隊長を任せられると思うのだが

 

クルーゼ隊長は戦争の早期終結を為すための作戦、スピットブレイクに駆り出されている。隊長不在の中、通常ならば部隊を動かすことはできないが、代わりにアスランを昇格させることで新たな部隊を創設し、アークエンジェルを追撃することは可能だ。

 

 

「――――あの船は、何としても沈める必要がある、か」

 

評議会でも早々に許可をいただいたとはいえ、アスランは親友が乗る船を討つことにためらいを感じていた。

 

――――この戦争は、いったい何のためにあるのだろう

 

母を失い、戦友を失い、婚約者も失った。アスランの心にあるのは虚無感だけだった。

 

 

考えることが、嫌になるほど泥沼化している。

 

「イザークの行方は、まだわからないそうです」

 

「――――そうか」

低軌道戦線で失った仲間。ザフト勢力圏のどこにも彼の情報がないということは、MIAと認定するのも仕方がないだろう。

 

エザリア・ジュールは息子を失った心労で倒れてしまった。ザラ派の中でも有力者でもあった彼女が倒れ、評議会でも動揺が広がっている。

 

さらに、ラクス・クラインの死亡と断定されたことで、クライン派も殺気立っていた。その全てが、強硬派に塗りつぶされようとしている現状に、いよいよ殲滅戦争になりかねないと危惧するアスラン。

 

「身近な人間の死に慣れていく自分が怖いな。ラクスが死んで悲しいはずなのに、悲しみよりも虚無感が先に来るんだ」

 

虚空をつかむアスラン。しかし、その手に掴めるものは何一つない。怒りを感じさせるような雰囲気は一切なく、そこにあるのは諦念のみ。

 

 

アスランはこの世界に絶望していた。

 

「どうすれば世界は間違えなかったのか。絶滅戦争になるであろう世界を、ただ黙ってみていることしかできないのか。戦争の虚しさを感じずにはいられない」

 

「アスラン。もうやめましょう、考えても好転しませんよ。今は、生き残ることだけを―――」

気が滅入っているアスランをこのままにさせてはならない。ニコルは直感から話を中断させようとした。

 

「このままでは、きっとみんな死ぬ。ナチュラルも、コーディネイターも。憎しみの連鎖は消えない。俺は、もう仲間を死なせたくないんだ」

 

 

「あ、アスラン……」

動揺するニコル。しかし、それは断じて乙女のそれではない。

 

―――そんな目で見ないでください、アスラン……

 

すべてをあきらめたような眼で、自分を見ないでほしい。アスランには見えているのだろう。

 

すべてが滅びる未来が。

 

「――――だが、お前がそう考えているのは僥倖だ。なら世界はまだまだ捨てたもんじゃない」

そこへ、ドリス・アクスマンがやってきた。怪我はもう完治しており、シグーディープアームズという新たな機体を取寄せたのだ。

 

ビーム兵器搭載型のザフトの新型モビルスーツ。シホ・ハーネンフースとは旧知の仲だという。あまり面識はないが、イザークとは会ったことがあるらしい。

 

「いやね。今ザフトはビーム兵器搭載型のモビルスーツの開発をしているんだが、シホのディープアームズとゲイツとかいう機体が競合していてね。誼で俺に用意してくれたんだよ」

 

ゲイツと呼ばれる機体。形式番号はZGMF-600。どうやら、フィオナには赤い彗星との交戦経験の実績から用意されるみたいなので、ライバル関係であるらしい。

 

「――――新型、早いな」

気落ちしていた心を押さえつけ、アスランはドリスから齎された情報を聞き、驚いた。

 

Gシリーズの技術をもとに、新型を開発するとは聞いていたが、もうこんな早期に少数投入されるとは考えていなかった。

 

「けど、これでも戦力不足だぜ。あいつらは並の戦力で挑めば全滅だ。こっちにもいろいろ準備が必要になると思うけど?」

会話にいつの間にか参加してきたディアッカがドリスの横にある椅子に座る。

 

「ディアッカ!?」

 

「まあ、最後にあいつを見たのは俺だし、親友の仇は取らねぇとなって」

 

ディアッカは当初、苦し気にイザークの状況を語ってくれた。大気圏に引き込まれる状況下で赤い彗星とストライクと交戦中にあったが、赤い彗星とディアッカは重力圏から離脱。しかし、イザークとストライクが捕まったという。

 

その際、民間と思わしきシャトルが降下したのだが、イザークが何を間違えたのか、これを攻撃しようとしたのだ。

 

この話を聞いて、アスランはそれが信じがたいものだと考えていた。だが、ディアッカは嘘を言うような人間ではない。ましてや、親友の名誉を傷つけることを良しとしない情に厚い男だ。

 

バスターから抜き取ったログにも、はっきりとデュエルが民間機をライフルで狙う姿はあったのだ。

 

それを赤い彗星が阻止し、ストライクは狂ったように攻撃を始めたという。ストライクに乗るパイロットがキラだということを知るアスランは憂鬱な気持になった。

 

――――お前は、守ろうとしていたんだな

 

バスターから見たストライクの動きは、苛烈そのものだった。あの温厚な親友が嬉々として人を傷つけるはずがない。

 

―――イザーク、どうして焦った……重力圏の話は前々からあったはずだ

 

ストライクにつけられた傷の礼をすると息巻いていた。だが、冷静さを失い、彼は志半ばで散った。

 

「―――っ」

不意に、腹部に激痛が走る。最近食欲がないことも影響しているのだろうか。胃薬をまた用意しなければならにと、欝な気持になるアスラン。

 

そして、アスランはそれを仲間に悟らせるつもりはなかった。隊長になったばかりの自分が隙を見せれば、部隊は揺らぐ。強い姿を見せ続ける責任がある彼は、倒れるわけにはいかない。

「アスラン?」

ニコルが怪訝そうな顔でアスランを見ているが、その真相にまでたどり着けなかった。そのことにほっとするアスラン。

 

「大丈夫だ。今心配なのは、フィオナの友人だ」

 

 

「―――赤い彗星は現在、アフリカにいるそうです。リディアは無事なのでしょうか。先日も戦闘があったようです」

フィオナは、アフリカに配属された親友の安否を気遣っていた。あんな怪物と戦うことになれば、生き残るだけで手いっぱいだ。無理をしなければいいのだが、と彼女は今もリディアのことを考えている。

 

「バルドフェルド隊長は聡明な方だ。おそらく無茶はしないだろう。だが、安全とは言えない」

 

 

「なんにせよ、今は俺たちの部隊の立て直しが先決だ。迷っているならやり通す。できる限りフォローするから、これから頼むぜ、ザラ隊長!」

ドリスが重い空気を消し去るように、手でパンパンと叩き、会話を終了させる。救われたように疲れた笑みを見せるアスランを見て、「いいって、いいって」葛藤のない隊長のほうが不安だからな」と笑みを送る。

 

 

ザラ隊は来るべきアークエンジェルとの対決のために準備を進めていた。

 

 

しかし、赤い騎士の葛藤は深まる一方だった。

 

彼は知らない。彼の同胞の行為によって、親友は昔のような温厚な少年から変貌しつつあることを。

 

 



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第25話 コメットの憂鬱

弾薬など、武装面に関する補給を確保することに成功したアークエンジェルの面々。しかし、食料、水に関してはそうもいかない。

 

恥ずかしい話だが、第八艦隊と合流した際にも、最低限の補給はあったがアラスカまでのものしかなかったのだ。ゆえに、食料と水に関する補給は急務と言えた。

 

 

「それがどうして、貴女がついていく羽目になるのか」

リオンは頭を抱えながら、歌姫姿ではない私服姿の少女、ラクス・クラインに質問する。

 

「地球をこの目で見てみたいのです。砂漠という場所にいつまた来られるかもわかりませんもの」

天真爛漫な笑みで、同行する少女を見て、リオンは頭痛がするようになってきたと感じた。いや、本当に頭痛がするのだ。

 

 

 

宇宙より降下したばかりのアークエンジェルには備えが必要となる。つまり、人手が欲しい状況である。それは勿論ヘリオポリス組の人員を当てにしていると言っていい。

 

そして、唯一のプラントの民間人を、ただ放置するのももったいない。

 

「まあ、ずっと部屋の中だときついだろ? 外行って来いよ」

 

エリクは気軽な気持ちで提案したのだろう。そこに他意はない。

 

 

「ふむ。こういうものは民間人に頼むべきだろう。フラガ少尉には目付として同行するように」

そして何を思ったのか、ナタルもそれに賛同してしまい、逃げ場がなくなったリオン。

 

 

――――顔が割れているラクスを、ザフトの勢力下で自由にさせるのは……

 

しかし、隠し事であるため言うわけにはいかない。確たる論理がない中での拒絶は不信を招く恐れがある。リオンは諦めたように首を縦に頷くことしかできなかった。

 

 

そして今に至るというわけだ。

 

 

「くそっ、日光が忌々しい。俺の心はそこまで晴れ晴れしていないというのに……」

 

 

「そうですか? わたくしには気持ちよく感じますわ。ポカポカして暖かいです」

さすがはコーディネイター。厳しい環境でも涼しげな表情のラクス。

 

 

「――――――コロニーのほうが過ごしやすいぞ。地球は過ごしにくい。特にこの砂漠の暑さはむしろ嫌なもののはずなんだが――――」

隣の芝生は青い状態なのだろう。このおてんば娘はこちらに心労をかけることは得意なようだ。

 

――――彼女を見れば、一目でコーディネイターとわかる。

 

ここにどんな思想を持った人間がいるかすらわからないのだ。

 

「それでも、それが自然なのでしょう。この星から人類は生まれ、叡智を築いてきた。自然というものが、わたくしにはとても新鮮なものなのです」

幸い、日焼け止めクリームは塗ったとその辺りは抜かりないと自信気なラクス。

 

「―――――」

そんな二人の様子を、キラは無表情で眺めていた。

 

 

 

出発前、キラとリオンは軽い口論になりかけていたのだ。

 

 

「いったいどうしたんだ、キラ。戦闘に積極的に参加するとはらしくない」

リオンは疑問をそのまま口にした。彼らしくない。低軌道戦線以来、彼とは会話をしていなかったが、ここまで短期間でひとは変貌するのかと戸惑うほどだ。

 

「僕は、アラスカまでアークエンジェルにいるよ」

 

「―――――なっ」

キラの衝撃発言にリオンは衝撃を受けた。オーブに戻るのではなかったのかと。

 

「違う、そうじゃないんだ。アラスカで、連合の真意を確かめたいんだ」

真剣な瞳だった。キラはこの戦争について向き合って、その結果が今の答えなのだろう。

 

彼はこの世界の真理に答えを求めていた。多くを求めていた。

 

「真意を知ったところで、どうなるというんだ? お前は、ただ利用されて使い潰されるだけだ。そんな覚悟で軍人にはなるな」

リオンは忠告する。

 

「僕は模範的な軍人になるつもりはないよ。連合の真意が僕の理想と違っていれば、僕は連合を離れる。ザフトのやり方は賛同できない。彼らは、コーディネイターの総意を背負う存在じゃないから」

傲慢な言葉だ。彼はこんな人間だったのだろうか、リオンの中では疑問があふれていた。

 

「オーブにいれば、安らぎは与えられるぞ。なのになぜ、お前は戦う? そんなもののために命を懸けられるというのか?」

 

 

「やらずに後悔するか、やって後悔するか。貴方ならどうしますか」

 

 

 

「当然後者だな。だが、世界はお前が思っているほど単純ではない」

 

キラの問いに対し、そう前置きするリオン。しかし、彼は思い違いをしている。

 

「ハルバートン提督のような人間ばかりではないぞ、連合は。むしろ、彼は少数派だ。すでに半数の軍人はブルーコスモスに取り込まれつつある」

ブルーコスモス。その言葉を知らないキラではない。リオンの言葉の中にその名が含まれた瞬間、顔をしかめたキラ。

 

「でも、なら戦争を止めるにはどうすればいいんですか!? 貴方は何のために戦っているんですか!? 貴方はそれを知っている! だからこそ、そんなにも自信に満ちている!!」

 

 

リオンの背中を見ていたキラは、彼の真意に気づいていた。どういう理由かはわからない。

 

プラントの民間人を救い、オーブの民間人を救った。さらに、ハルバートン提督を生かすために、低軌道戦線で無茶な戦闘を行った。

 

キラにとっては、リオンの行動こそわからない。どちらの勢力にもいい顔をする彼の理由を想像して、たどり着いたのがそれだった。

 

 

「――――俺がいつ、世界のために戦っているといった?」

 

しかし見当違いだ。リオンの真意はそれではなかった。

 

「え?」

キラは、呆然とした表情でリオンを見つめていた。世界の為ではなくて、なんだというのだ。ただの善意で彼が動くはずがない。ならいったい何のために彼は動いているのだ

 

「俺は、自分のエゴのために戦っているだけだ。そして、それをお前にいうつもりはない。だがアラスカに行くことで、お前の答えが見つかるというならば、俺は止めない」

 

―――答えは決まっている。彼はアラスカで答えを見つけるだろう。

 

しかし、彼は連合に与することはできないだろう。それは直感すら必要としない予測だ。

 

「――――うん。他の皆は降りられるんだよね」

気がかりなのは、他の学生たちが下りられるかどうかだ。

 

「ああ。オーブの主権国家としての権限を行使すれば、民間人の引き渡しは成立するだろう」

リオンは模範的な回答を口にするだけで、自分が何かをするとは言わない。

 

「いろいろ話し相手になってくれてありがとう。また一つ、僕は知ることが出来た」

 

「知らなくていいことを知ったと思うんだがな」

呆れた口調のリオン。馬鹿正直な奴だと思いつつも、世界のために真剣に考える彼を若干だが死なせたくないと考えてしまった。

 

「それは僕が判断するよ」

 

 

 

そして場所は戻り、パナディーヤ。

 

「水に関しては、バジルールさんとノイマンさん、サイーブさんが何とかする手はずだから」

キラは、大人組がこの町の領主と交渉しに行くことを今一度二人に説明する。自分たちがまかせられたのは食料の方だ。

 

近頃、明けの砂漠は砂漠の虎との抗争で水不足に陥っていた。ゆえに、何とか同胞のよしみで水を求めに行くことになっていたそうで、アークエンジェルのことは次いでだという。

 

「で、町の外でエリクさんが待っているということだな。サイやトールも手伝っているし、早めに済ませておきたい」

 

炎天下で待ち続けるというのは酷なものだ。早めにノルマを達成したいと考えるリオン。

 

 

「平和ですわね、ここは。とても戦争をしているようには見えませんわ」

町の活気にあふれている姿を見て、不思議そうな顔をするラクス。町の外では子供が無邪気に遊んでいる姿も見受けられ、市場にはさまざまな食べ物が売られているし、日用品にも困っていなさそうだった。

 

「彼らは虎と戦うことを選ばなかった。賢い生き方だよ、彼はプライドよりも町の生活を優先した。腰抜けと彼を貶す者もいるかもしれないが、一つの答えでもある」

リオンはケースバイケースだと考えている。砂漠の虎の人格を鑑みれば、おとなしく従っていれば強引なことはしてこないだろうと予想していた。

 

それがこの町の活気につながっている。

 

「だけど、町のはずれには様々な残骸があったよ。歯向かえば殺される。当然だけど、この町は恐怖で縛られている」

 

しかしキラは、暗い顔で残骸に視線を移す。戦争をやっていることを嫌でも感じさせる光景だ。

 

「――――見ていて気持ちのいいものではない。先を急ぐぞ、キラ」

リオンはキラの肩をポンポンと叩き、仕事を早めに終えて帰ることを勧める。入れ込む気持ちは理解できなくもないが、それは時として大きな隙になるかもしれない。

 

「うん」

 

 

 

キラの様子が落ち着いたことに安堵するリオンだったが、背後にはおてんば気味なお姫様がいることを失念していた。

 

「まぁ、こんな形の野菜を見るのは初めてですわ!」

 

人参が二又気味に伸びている不揃えな形に目を輝かせるラクス。遺伝子操作された野菜をいつも食していた彼女にとって、自然なまま育てられた食べ物は新鮮そのものだった。

 

「安いし、毒もない。財源が決まっているからな。だが、あんまり目立たないでくれ、頼むから――――」

リオンも隣で目を輝かせるラクスを放置することも出来ず、毎回諫める。

 

その後も採れ立ての作物、まだ研がれていないコメを見てはしゃぐラクスに振り回される形となっているリオン。後ろにいるキラは、巻き沿いを食らわないよう後ろで荷物運びに徹していた。

 

 

「キラ、その位置で荷物運びはきついだろう。いつでも代わってやるぞ」

 

「いい運動になるから大丈夫」

 

何となく押し付けようと考えたリオンだが、キラに躱される。

 

 

しかし、純粋に地球を楽しんでいるラクスの様子を見て、温かい気持ちにならないというわけでもないリオン。

 

――――隣の芝生は青いともいうが、ここまでだと何も言えんな

 

 

 

そして当然、3人の様子はばっちりとザフト軍の目にも映っている。いや、映らないはずがない。

 

 

――――なぜこんなところにラクス様に瓜二つの少女が!!

 

 

――――死亡されていたわけではなかったのか!?

 

 

―――いったいどういうことだ!?

 

 

疑念、驚愕、安堵、混沌。様々な感情であふれかえる胸中のザフト兵士たち。ちょうど町を散策していたバルドフェルドもさすがにこの状況には頭を抱えていた。

 

 

遠目で三人がテーブルの近くにある椅子に座り、荷物を下ろす。どうやら自分がいる店で何かを食べるらしい。しかしどうせならばドネルケバブを堪能してもらいたい気持ちになる虎。

 

「あの、よろしいのですか? 彼女らは、その―――」

リディアは、目を丸くしながらラクス・クラインに瓜二つの少女と行動を共にする二人の少年に目を向ける。彼女の顔を知らないはずがない。しかし、公式発表では行方不明で尚も捜索と報道されているが、死亡扱いになりつつある歌姫。

 

それが、どうして地球の、アフリカという辺境の場所にいるのか。もしかして、本当に人違いなのか、まさかの本物か。

 

「タイミングは待てば来るものさ。面白いタイミングで彼らに仕掛けてみよう」

いたずらっ子のようなニヤニヤ顔で、虎はリディアに打ち明ける。

 

「けど、隊長―――「ここではアンドレイ、僕がここにいるのは何かとまずいからね」は、はい……アンドレイ…様」

 

憧れの男性でもあるバルドフェルドを偽名とはいえ、呼び捨てにする状況。リディアは激しく動揺していた。

 

 

――――今回は女性が目立った卒業生だったけど、可愛げがあるね。

 

主席のフィオナはジブラルタルにいるらしく、追撃の任務を程なく与えられるそうだ。無論、彼の理想では大天使をここで沈めておきたいのが一番だ。

 

 

 

 

そのターゲットのいるリオンたちのテーブルでは、

 

「まぁ、これはなんですの? 香ばしい風味がしますわ!」

 

目をキラキラさせながらラクスがリオンに尋ねる。

 

「セイラ、これはドネルケバブというものだ。食べ方を見せるから、まだ触らないで」

優しく、いつもとは比べ物にならないほど丁寧に実演するリオン。ラクスの前ではどうも調子が狂う。

 

リオンは白い容器を手に持つと、ケバブの上にかけたのだ。

 

「そのまま食べないのですか?」

 

「ああ、そうだ。そのままでもいいのだが、ヨーグルトソースとチリソースのどちらかをつけるのが定番なのさ。最初は優しい味の方を食べてみたほうがいい。キラはどうする?」

 

「僕はチリソースにする。辛いのが好きなんだ」

 

キラはどうやら辛党のようだ。リオンは顔に似合わず刺激のある味が好きな彼に少し驚いた。そして、ラクスにいきなり濃い味は酷だろうと考えているリオン。

 

 

そして少し離れたテーブルでは、

 

「あの少年はいいね。趣向も僕好みだ」

 

「え? ちょっ、アンドレイ!?」

いきなり椅子を立ち上がり、堂々と彼らの座るテーブルへと向かうバルドフェルドに対し、リディアは驚きの声を上げる。

 

――――なんでこのタイミングなんですかぁぁ!!!

 

 

「こうして巻いて、後は手づかみ。うまく巻かないと、ソースがこぼれるからね」

 

「はい、わかりましたわ」

 

「――――(そういう風に巻くんだ)」

リオンに説明を受けた二人が各々ケバブを食する。その今に食べようとしていた時に、

 

 

「うんうん。最初はやっぱりヨーグルトソースが一番だよね、少年!」

どこからともなく表れたアロハシャツ風な上着を着て、サングラスをかけた男性が胡散臭そうに近づいてきたのだ。

 

「???」

リオンはいきなり話しかけてきた男に怪訝そうな顔をする。

 

「まあ、バルドフェルド隊長ですの?」

ラクスに悪気はなかったのだろう。そこに知人がいたので、その言葉を反射的に口走ってしまったのだろう。

 

ザフト軍の勢力下で、ラクスを知らない人間と彼女が知っている人間がいることを、考慮するべきだったのだ。

 

「――――――うーん、その切り返しは予想できなかったよ、うん」

危うくサングラスがずり落ちそうな様子の男性。まさかの砂漠の虎、目の前に敵の大将がいたとは知らなかったキラとリオン。

 

「――――この子は世間知らずなところがあるので―――傭兵をやっていると、いろいろ情報が出回るわけで」

 

「いや、誤魔化そうとする中悪いんだが少年。君たちがなぜラクス・クラインと同行しているか、いやそれよりもまさか生きていたとは――――」

いろいろと混乱しているのがわかる男性の言葉。いろいろと格好がつかない。

 

「もうっ! いきなり飛び出さないでくださいよ!! というより、本当にそうなのですか?」

金髪碧眼の少女がバルドフェルドの隣にやってきた。おそらく彼の部下なのだろう。

 

 

――――しくじったな、どう切り抜けるか――――

 

リオンは思案する。ここでラクス・クラインと知られた以上、キラをごまかすのは無理だ。

 

「え? え? え!? ラクス・クライン? いったいどういうこと?」

絶賛混乱中のキラ。目を白黒させてリオンとラクスを見ていた。

 

「リディア。もうケバブは食べたのかな?」

 

「まだですよ~。まさかのタイミングでしたから。それにしても、本当にラクス様に似ていますね~」

 

「いや、本人。マジだよ」

 

「えぇぇぇ!?」

そして、リディアと呼ばれた少女はラクスを見て混乱している。こちらも同じ状況のようだ。

 

―――あちらも一人使い物にならないようだが、厳しいな、これは

 

ザフトの追っ手を掻い潜り、アークエンジェルに戻るのも一苦労になる。戦闘になれば逃亡は難しいかもしれない。

 

 

その時、リオンの背筋に凍りつくような感覚が駆け巡る。ビジョンが見える。

 

 

――――くっ、

 

その瞬間、リオンはテーブルを蹴り上げた。いきなりのことに、ラクスとリディアは目を丸くするのだが、そんなことは関係ない。

 

キラと男性は察していたようなので動いてくれたのだが、少女二人はうまくいかない。

 

彼女二人を抱え、奥の路地へと飛び込むリオン。その際、

 

 

「――――っ」

弾丸が彼の左腕に掠ったのだ。根元ではなく、骨を砕かれたわけではないのだが、一瞬だけ顔をゆがめたリオン。彼女らを庇ったがために、回避が僅かに遅れたのだ。

 

――――これの欠点は自分以外の危機に鈍いところだな

 

忌々しいと思いつつも、リオンは右腕で懐に隠していた拳銃を片手に応戦を開始する。

 

「――――貴方!! 怪我を―――っ!!」

リディアがリオンの方へと駆け寄る。が、リオンは手で制する。

 

「――――いろいろ言いたいことはあるが、後にしてくれ。許容範囲外ばかりで、イライラしているんだ」

イラつきながら路地の裏から広場の様子を確認するリオン。

 

「アドレナリンのせいでは? 今すぐ止血しないと――――」

血を若干流しているリオンを見て、心配そうに傷口を見つめるリディア。バッグから取り出した包帯を巻こうとするが、

 

「今はいい。落ち着いて治療も出来ないだろう、君も」

手で制するリオン。次の瞬間には、けが人とは思えない速度で広場へと躍り出る。

 

「「!!」」

ラクスとリディアはそんな彼の行動に戸惑う。

 

 

広場では、バルドフェルドの指揮するザフト兵士たちが有利に銃撃戦を進めていた。襲撃を行ったのはブルーコスモスであり、コーディネイター排斥の急先鋒。

 

――――狙われたのは、僕なのか、それとも――――

 

男性とリディアを思い浮かべたキラ。ラクスは確かに男性を隊長と呼んでいた。

 

――――あの人が、砂漠の虎

 

倒れたテーブルに隠れ、キラは考えていた。目の前に敵の親玉がいることを。

 

 

 

その際、バルドフェルドの死角に最後の一人が隠れていたことに気づいたキラ。

 

 

――――危ないっ!!

 

とっさの判断だった。何とかしようと反応したが、

 

 

銃撃音とともに、その隠れていた男が銃撃されたのだ。それも頭部を正確に射抜いた一撃で沈み、それを為したのがリオンだということに驚いた。

 

――――リオン? でも、彼には何か理由があるはずなんだ

 

理由が見えてこない。だが、彼は愉快犯ではない。彼ほどの男が二心を持つはずがない。彼の中にある、譲れない何かが彼を突き動かしているのだけはわかるから。

 

「――――助かったよ、少年。いや、ただの少年ではないね」

 

助けられたバルドフェルドは、リオンに礼を言う。そして、左手から流れる血を見て、目で合図する。

 

「彼にすぐ治療を。掠り傷だが、ここは砂漠だ。しっかり消毒しないとね」

 

「は、はい!! 今すぐに!」

慌ててリオンの下へ駆けつけたリディアがリオンの手当てを行う。

 

「――――掠り傷だ。そんなに気を動転させる必要はない」

左手は動くとアピールするリオン。

 

「で、でも。私のせいでケガをしたから――――」

リオンの傷を見て、罪悪感を覚えるリディアと、

 

「あと、僕の部下を助けてくれてありがとう、少年」

バルドフェルドのお礼に対し、リオンは何も言えなくなった。

 

「――――とっさに動いてしまっただけだ」

 

 

その後、リオンはキラとラクスとともに、虎の本拠地へと招かれることになる。彼の隣にいるリディアがつらそうな顔をしていることにも驚いていたが、その反対側にはラクス・クラインに瓜二つの少女がいるのだ。

 

赤い彗星と砂漠の虎の邂逅は、世界に何を齎すのか。

 



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第26話 理想論者の悪巧み

ざわざわとザフト兵士たちの間でも落ち着きのない空気が漂い始めていた。

 

3人が招待されたのは、もちろん砂漠の虎の本拠地、空母レセップスではなく、近くの建物である。車から降り立ったキラとリオンは、建物近くに居座るアークエンジェルにも引けを取らない大きさの敵本拠地を前に身構える。

 

――――どういうつもりだ、砂漠の虎

 

―――ラクス・クライン。あの子が、エリクさんが言っていた、NJの――――

 

 

バルドフェルドに案内され、その後をついていく。内装は豪華な装飾品が飾られており、その手のセンスはいいらしい。

 

 

玄関の扉を開け、階段を上った先には青いドレスを着た美女が目の前にいた。

 

前髪の両サイドが黄色い色で、青海のかかった美しい長い髪が特徴の女性は、リオンの姿を見て、

 

「あら? そこの坊やは?」

 

 

「ああ、アイシャ。うん、この少年はリディアとラクス嬢の恩人さ。二人で手当てをしてほしい」

バルドフェルドからの説明を受け、ラクスという言葉に少しだけ目を見開くが、すぐに表情が落ち着いたものへと戻り、リオンを手招きする。

 

 

「もちろんよ。さ、ついてらっしゃい、勇敢な男の子」

 

 

「――――また消毒は堪えるんだが―――」

 

 

「男の子でしょ?」

 

「完全ではないの。だから念入りに、ね?」

 

アイシャとリディアに連れられ、リオンは医務室へと向かうことになった。

 

 

その際に、

 

「本当に掠り傷のようね。でも、ここはどんな菌がいるかわからない場所よ。傷は念入りにね」

 

「よかったぁ、傷が小さくて……あと、その、ありがとうございます」

 

「耐える姿を見て、微笑む貴方には敵いそうにない。それと、目の前で死なれたら寝覚めが悪いだけだよ」

そっぽを向きながら、リオンは二人にぶっきらぼうに返す。

 

 

リディアは、バルドフェルドに言われた言葉を思い出していた。

 

 

――――ただ者ではない。彼は噂の赤い彗星かもしれないな

 

あの眼力、そして青く澄んだ瞳。意志の強そうな少年だった。なにより隊長を助けるために、最後の一人を容赦なく打ち抜く胆力を見せられたら、このあたりの者ではないと容易に想像できる。

 

あれほど自信に満ち溢れていた男など、ここにはいないはずだと。

 

 

バルドフェルドの部屋には、すでにキラとラクス・クラインが座っていた。

 

「―――――ふむ、そちらの少年は何も知らなかったみたいだね。となると、やはりクライン嬢が生還している原因は君かな、赤い彗星」

 

「―――――どんなぼろを出したんだ、キラ」

冷静な目で、キラに尋ねるリオン。

 

「何も言っていないよ!!」

慌てて否定するキラ。それを見たリオンは嘆息し、

 

――――まあ、俺のミスだ。

 

と頭に手を当てる。

 

「ポッドで漂流中に、リオン様に助けられたのです。そして偽名を使い、オーブ経由でプラントへと戻る手筈でしたのよ、バルドフェルド隊長」

あっけらかんと彼女に予定を暴露されるリオン。

 

―――強硬手段に取られれば、終わりだな

 

 

二人でこの場を切り抜けるにはどうすればいいかと思案し始めた時、

 

「心配しなくていい、赤い彗星。彼女の恩人を無碍には出来んよ。ただ、次の戦場で君の予定通りとなるのか、このまま僕経由でプラントに送るかの違いだけだろう?」

予想外な言葉が返ってきた。ここで自分たちを見逃すと言っているのだ、砂漠の虎は。

 

「――――貴方は、俺が彼女を人質にすると考えないのですか?」

だから思わずそう尋ねてしまった。すべてが有利な状況である彼に、その選択は百害あって、一利もないのだから。

 

「その時はその時さ。だけど、君という精神的支柱が折れれば、大天使は落ちる。隣の彼もかなりやれるだろうけど、要は君だからね」

 

 

「―――――――――」

リオンは黙るだけだ。迂闊なことは言えない。相手を刺激することも避けなければならない。

 

だが、

 

 

「貴方は連合軍なのに、どうしてラクス様を救ったの?」

リディアが唐突に尋ねたのだ。連合軍兵士がプラントの議長の娘を救うメリットなどない。むしろ裏切り行為だ。

 

「―――――それを君に言ってどうなる。俺は俺の意志で道を切り開いているだけだ。連合、ザフト。俺の行動指針に矛盾を感じるなら、考えてみればいい」

 

理由を言えるわけがない。リオンはそれを彼女にいう必要性を感じなかった。だが、連合兵士とみられるのはよろしくない。ゆえに、少しだけヒントを与えた。

 

 

「―――――貴方は、誰なの?」

 

 

 

「――――――赤い彗星。今はそれしか言えない」

 

 

 

リオン自身、最初は成り行きだった。カガリとアサギを無事、本国まで送り届ける。初めはそれだけだったのだ。

 

だが、ラクス・クラインの件から少しずつ変わり始めていた。ヘリオポリスの件で、プラントはさらに強硬派が勢いづくだろう。オーブを懐疑的に見る者も増えていることは間違いない。さらにここでクライン議長の娘が襲撃されたという事実。

 

だが、ここでオーブが彼女を救っていたと考えればどうか。オーブはプラントに恩を売る形となる。中立国として、連合への新型MS開発の一件をチャラにすることはできないが、それでも幾分かは関係改善につながるはずだ。

 

 

――――俺自身も、この行動にどれだけの効果があるのかはわからない。

 

行き当たりばったりなのは否定しない。まともな思考回路を持つハルバートン提督率いる第八艦隊の件も、戦争の落としどころを考える人材が消えるのを恐れての行動だ。

 

 

「ところで、さきほど彼にも言ったのだが、戦争には制限時間も得点もない。スポーツのようなルールはね」

 

彼から殺気を感じられないリオンは動かない。バルドフェルドが奥の引き出しから何かを取り出そうとするのを見て、キラは静かに立ち上がった。

 

 

「ならどうやって勝ち負けを決めるか、どこで終わりにすればいい?」

 

 

「―――――っ」

その言葉にキラの瞳が揺れる。それは、軍人が抱える苦悩でもあり、現在彼が抱えている問題でもあったからだ。

 

 

「敵であるものを、すべて滅ぼすか――――かね?」

 

 

「――――っ」

険しい表情になっていくキラ。

 

「バルドフェルド隊長―――――それはっ」

ラクスも何かを言おうとするが、バルドフェルドに手で制され、押し黙ってしまう。彼女にも明確な答えはない。子供の我儘のようなものにしかならないことを知るからこそ、彼女は黙るほかなかった。

 

「―――――君はどうかね、赤い彗星?」

 

 

「――――種族間の抗争に近い今回の戦争は、根底にある遺伝子の問題が発端。国家間の利害による戦争の落としどころを作るのは、至難の業でしょう」

リオンはそう前置きしたうえで、持論を続ける。

 

「ゆえに、利用するのは厭戦感情。その旗振り役はそれぞれの勢力の穏健派。ラクスはそのために必要な人物であり、第八艦隊もブルーコスモスに染まっていない勢力だ………後は状況次第だな。運が悪ければ、人類滅亡。現状分の悪い賭け」

 

 

「――――クライン派は彼女の生存を知らない。僕も今日初めて知ったからね。けど、オーブにたどり着くのはいつだ? 穏健派も染まっていくぞ?」

バルドフェルドも、オーブという国を軸に考えるリオンに、苦言を呈す。クライン派も抑えが利かなくなれば、殲滅戦争まっしぐらだ。

 

オーブにたどり着く前に、すべてが過激派になれば、彼の理想は水泡の泡と消える。

 

「――――だが、貴方を通して彼女の生存は広まる。アークエンジェルに保護された民間人として、正体を隠したまま、ね」

リオンはむしろ、その情報を盾に、暗に素通りさせろと言い放つ。

 

「人質にしないのではなかったのかね?」

しかし、プラントの心情的にアークエンジェルの中にラクス・クラインがいると広まれば、攻撃しづらい面というのはあるだろう。

 

バルドフェルドとしては、リオンの言葉に矛盾があったことを指摘した。

 

「むしろ、オーブで解放されるのが約束されている分ましだと思いますが。この二つの勢力の仲介になり得る、“実績を持った国”が必要ではありませんか?」

リオンはその回答に対し、半ば人質に近い状態ではあるが、解放されるのが分かっているので、まだましだと言い張る。そして、中立の立場で両勢力の仲介として、オーブを中心とした国家が立ち上がる。

 

穏健派を勢いづける布陣の完成だ。内政干渉を盾にするものなら、戦争国家が何を道理に言っているのかと切り返すことも容易だ。

 

オーブに戦闘データを送れば、後はキラを引き抜き、OSを完成させればいい。最悪、自分が大艦隊を殲滅できればいいだけのことだ。

 

「そこを突かれるといたいなぁ。確かに、それぞれの穏健派が単独で動いても、規模はたかが知れている。しかし僕は、アークエンジェルの追撃の任を与えられている」

 

 

「―――――うまく立ち回ってください。俺も上手く立ち回ります。盛大に、周囲をだますほどに」

 

 

「難しい注文だ」

 

笑みを浮かべる両者。キラやラクス、リディアは二人のやり取りについていくことが出来ていない。二人の会話を聞いているだけで、話に参加している、ということもできずにいた。

 

 

アイシャは、バルドフェルドのことを信頼しているし、クライン派閥の中枢の一人でもある。恋人でもある彼の願いは自分の願いでもあるし、覚悟をすでに決めているのでニコニコしているだけだ。

 

―――光明を見つけたような顔ね、アンディ

 

赤い彗星は、世界を相手取る不遜な少年だが、確かに世界を滅亡させないよう手を尽くしているのはわかる。オーブの利益を考えつつ、うまく立ち回っている。

 

 

そして、ラクスもまたリオンの真意に近いものを知り、それでも心が乱れることはなかった。

自分がシーゲル・クラインの娘としか見られていない、しかし不思議と動揺はなかった。

 

 

――――世界を想う貴方の心を知ることが出来ただけでも、よかった

 

根底にあるのは、カガリ・ユラという少女だ。あの高貴な雰囲気を持つ少女と深い絆で結ばれているのは知っている。

 

リオンは彼女に可能性を感じている。だからこそ、彼は彼女を敬う。彼女の可能性が、いつか世界を救うと信じているから。

 

 

――――ある意味、この戦乱だからこそ、なのかもしれませんね

 

世界に変革を齎そうとしている存在。まさに調停者ではないだろうか。彼はそこまで大それたことを考えているようには見えないが。

 

 

 

 

 

「まさか、連合のパイロットとこんな話をするとはね。有意義かどうかは今後次第だが、僕も君も正念場ということかな」

 

 

「まだまだ。正念場は連合とプラントが大量破壊兵器の使用に踏み切った時です。そこまでにこのプランを進める必要があります。それと、クルーゼ隊と呼ばれる中に、悍ましい存在がいる、気がします」

苦い顔で、リオンはクルーゼ隊のことについて言い放つ。戦闘で時々感じていた気持ちの悪いプレッシャーを放つ存在。

 

ヘリオポリスの時に、その後の戦闘の時に。

 

暗く、どす黒い、憎悪の炎を連想させる存在感。

 

「――――恐らく、それはラウ・ル・クルーゼのことだろう。僕も彼はあまり好きではなくてね。仮面で素顔を隠すという行為が、どうも引っかかる」

バルドフェルドはもはや予知や読心術に近い彼の勘の鋭さに内心で舌を巻く。パトリック・ザラ議員の腹心として暗躍しているのだが、どうにもきな臭い。

 

そして、彼が中枢に入ってから戦争の停滞感が増しているし、情報が筒抜けになっていることも増え始めた。

 

スパイという存在を疑いたくはないが、原因に近い場所に立っているのは確かだと彼は勘づいていた。

 

「―――――彼は、俺とは正反対の存在。油断のならない存在です。彼の存在は、世界を滅びへと誘う」

 

赤い彗星のお墨付きもあったのだ。それに、虚偽を言うならもっとましな嘘をつくはずだ。

 

「忠告をありがたく受け取っておこう」

 

 

 

その後、バルドフェルドが自分で滾れたコーヒーを堪能した一同は彼の本拠地を出ることになる。

 

 

「あの!」

その時、キラとラクスとともに帰るリオンに声をかけるリディアの姿があった。

 

 

「―――――キラ、ラクス。先に車に乗っててくれ」

 

リオンはキラとラクスに先に乗っておくことを言い、リディアの前に向き直った。

 

「どうかしたのかな。怪我のことならあまり考えないほうがいい」

 

 

「あ、でも――――いいえ、私が言いたいのはそういうことではなくて!」

 

意を決してリディアはリオンの瞳を真っ直ぐ見て言い切ることにした。

 

「名前! 貴方の名前は!? 戦場での異名ではなく、貴方の名前を教えてください…っ」

 

顔を赤くしながら、彼女はいろいろな決心をつけて尋ねてきたのだろう。大声を出して緊張しているのか、尚も頬がほんのり赤くなっている。

 

「――――リオン。リオン・フラガ」

 

 

「リオン――――リオンね。私はリディア! リディア・フローライト!」

 

互いの自己紹介をした二人。リオンはあまり意識などしていないだろう。しかし、リディアにとってリオンという存在は、大きな存在となっていた。

 

「―――――これは友人に対し、ある人物が言い放った言葉ではあるが――――平和な時代が来るまで、死ぬなよ」

 

それだけを言い、リオンはリディアに背中を見せてこの場を去っていく。敵同士だったのに、バルドフェルド隊長と話をして、いつの間にか和平への道のりに関するものへと変わっていった。

 

 

もしかすると、自分は後の時代にとって、重要な場面に出くわしたのかもしれない。

 

 

――――ああいう人が、世界を動かすのかもしれない。

 

 

そしてそんな人が、明日以降敵となってやってくる。

 

 

それがとても悲しかった。そして、自分の実力が届かないことも。

 

―――私の戦う理由は、貴方に比べて薄っぺらいのかもしれない。

 

プラントに生まれて、故国のために戦う。友人を守るために戦う。コーディネイターに生まれたのに、とても平凡な、ありきたりな理由だ。

 

それが悪いわけではない。しかし、ナチュラルに比べて優れているといわれているコーディネイターの自分が、リオンの理由に規模で負けている。きっと世界に求められているのは、彼の方だろう。

 

――――ああ、私。優秀でもなんでもなかった

 

一人のちっぽけな人間だった。自分たちはコーディネイターである前に人間だったのだ。世の中を動かす本物に出会って、初めてそれを完全に自覚できた。

 

「リオン、リオン・フラガ―――――」

 

そのつぶやきは、砂塵を舞い上がらせる風によって消えていき、リディアは3人の姿が見えなくなるまでその場を動くことはなかった。

 

 

 



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第27話 歌姫の想い

リオン負傷の知らせはアークエンジェルに衝撃を与えたが、掠り傷で済んでいることで大きな混乱を招くほどではなかった。

 

 

リオンはヘリオポリスの学生たちを集めてほしいと言い、マリューを含む主だった士官らがいる中、自分の目的を一部告げることにしたのだ。

 

「さて、学生たちはハルバートン提督から受け取った除隊許可証はまだ手元にあるな?」

 

「―――――リオン君?」

いきなり除隊許可証のことを出してきたリオンに、初めて不安を感じたマリュー。しかし、リオンは「砂漠の虎から逃亡するつもりはない」と言い放つ。

 

ここで除隊したとしても、足もなければ備蓄もない。無謀の二文字だ。

 

 

「今回、砂漠の虎を撃破する予定ではあるが、その後の航海は一筋縄ではいかないだろう。ゆえに、紅海を渡る際の一つの提案として、オーブへの寄港をアークエンジェルの諸君に提案したい」

 

 

そして、リオンはあろうことか中立のオーブへの寄港を具申してきたのだ。あの中立を掲げる国家に対し、またしても厄介を持ち込むことに連合士官たちは渋い表情をする。

 

「――――ヘリオポリスの時とは状況が違う。まずプラントの民間人、セイラ・グレンベルを引き渡すこと、そして私の契約もそこで切れるからだ」

 

リオンがハルバートンとアークエンジェルと交わした契約は、オーブへの寄港まで。リオン曰くそこで万全の支援を受けられる約束があるという。だが、リオンがオーブの中でいったいどれほどの存在なのかを知らない。

 

「そしてその証明のために、私の正体を明かすことにしよう」

 

 

 

無論、艦長たちは知っていることだが、一応機密扱いで下の士官には知らせていなかったことだ。

 

「リオン・フラガ。オーブの名家となったフラガ家の次期当主候補であり、モルゲンレーテの技術者。さらにいえば獅子の娘とも懇意にしている間柄」

 

 

「あの大火災を生き残った、本家の血筋を継ぐ者。オーブに確認を取るといい。しかし、このことはオーブ本国に到着するまで秘匿してもらうし、リオン・フラガ本人がアークエンジェルに協力していたことは伏せてもらう」

 

 

「まずはこの条件を受け入れてくれるかどうかだ」

 

リオンがここまでの要求を呑んだのには勝算がある。低軌道戦線での無茶な進路変更。アークエンジェルには戦闘データがあるにもかかわらず、見捨てないという判断をしたということ。

 

アークエンジェルの面々がリオンに対して信頼し始めた証拠と考えたからだ。

 

 

この戦艦の中で彼らに接していくうちにわかる、甘さを計算に入れた狡猾な要求。

 

 

「―――――今更あなたが何者であるか。それはもういいわ。それと、あれから貴方の隣にいた少女だけれど、カガリ・ユラ・アスハご本人よね?」

 

 

「―――――その通りです。彼女こそが未来の我が主君。獅子の名に違わぬ才覚を秘める、オーブに咲く大輪ですよ」

気障な言い回しで、カガリのことを白状するリオン。

 

―――――とは言え、咲いてもらわないと困るが…

 

しかし、若干不安を覚えるリオン。

 

 

「オーブの獅子の娘!? まさか婚約者ってことなのか!?」

サイが叫ぶ。リオンの言っていることはつまりそういうことではないかと。一般人離れした雰囲気を持つ彼がただ者ではないと知っていたが、まさかオーブの中枢にかかわりのある人物とは考えていなかったのだ。

 

「そ、そんな。金髪の女の子は―――」

カズイがリオンに対し、すがるような眼で尋ねてきた。もし、彼女がそうであるならばシャトルで先に帰ったということになる。彼女の権限を使えば、低軌道戦線の戦闘を止められたのではないかという浅はかな願いを心に秘めて。

 

「彼女が行使できる権限は少ないが、ウズミ前代表の娘…まっすぐで、優しい少女だ。アークエンジェルの中では民間人として身分を隠す必要があった。まだこの船のことをよく知らなかったのでな」

 

リオンはやんわりと彼女の権限ではあの戦闘はどうにもならなかったと暗に説明し、身分を隠したのも連合のオーブに対するキーになることを恐れてのことだったと白状した。

 

「――――なるほど、ね。でも、どうしてカガリさんはヘリオポリスに?」

正体がカガリ・ユラ・アスハであるならば、どうしてヘリオポリスという資源衛星にいたのかがわからない。本国でその知らせを聞くのが自然だ。

 

「何処から嗅ぎ付けたのか、G計画がヘリオポリスで行われていると知り、俺を連れ戻すために従者一人を連れて、遠路はるばるやってきたのだ。俺は技術者だからな。当然衛星の中で仕事に従事していた」

 

 

「なるほどな。で、オーブが欲しいのは戦闘データか? 中立には金がかかるみたいだな」

エリクは、裏でこそこそと力を蓄えるオーブを見て少し目を細める。中立を謳いつつ、連合とプラントの間でうまく立ち回り、力を蓄える。

 

やり方は間違っていないが、あまりいいものではないと考えていた。

 

「ええ。オーブは国体を守るために力を欲しています。ナチュラルとコーディネイター。この二つの種族の共存を目指し、国を栄えさせるのはいばらの道。しかし見返りも大きい」

 

 

コーディネイターとナチュラルの共存。臆面もなく、リオンはそう言い放った。その言葉に息を呑む連合軍人たち。

 

「コーディネイターと、ナチュラルが――――――」

誰かの呟きが響く。しかし誰も異論を唱えることが出来ない。オーブの覚悟と決意を、リオンを通じて感じているから。

 

 

目の前のリアリストは、難業に等しい理想を掲げていたのだ。

 

 

見ているものの次元が違う。彼はどこまでも未来を見据えていた。

 

だが、気圧されたままでは話が進まない。ムウが最初にこの空気を壊すために両手でパンパンと叩く。

 

 

「――――ま、いいんじゃないか。いきなり敵になるわけでもないし。オーブが補給を万全にしてくれるのはありがたいだろ。紅海を抜けて、アラスカまで行くのは遠いからな」

ムウもリオンの提案に異論はないと考えていた。この戦争の中でも水面下で動くことに徹しているオーブの目的を正確に理解できただけでも良しとしたい。

 

 

ナタルは、アラスカ本部で報告するかどうかを考えていた。リオンという絶対的なカードを切れる期限はオーブ寄港まで。そこからはエリクを中心とした配置になるだろう。

 

―――オーブ縁の者なら仕方ない、か

 

キラ・ヤマトもそうだが連合は人材難だ。第八艦隊も精強さを誇る一方で新人が占める割合が高くなりつつある。

 

 

「そして、ウズミ様のツテで学生たちを何とか除隊させることはできるのだが、各々に判断を委ねたい。アークエンジェルに残るもよし、アラスカまで行くもよし。オーブ寄港までがリミットだ」

 

リオンは言いたいことを言うと、マリューたちの後ろに下がった。

 

「聞いての通りよ。本来なら低軌道での帰国が予定されていました。しかし、それは果たせず、こんな辺境まで付き合わせてしまいました。リオン君の計らいで、オーブに戻れるのは恐らくこれが最後でしょう」

 

そして、マリューは学生たちに頭を下げた。

 

「こんな未熟な艦長に、私たちに協力してくれて、ありがとう。そしてごめんなさい。オーブに戻れば、もうこんなことは起こり得ない」

 

 

以上でリオンからの話と、マリューの補足が終わり、緊急の報告が終了され、解散する学生たち。

 

「や、やっぱり戻れるんだ」

うれしそうなカズイの姿。カガリではないが、オーブが除隊を後押ししてくれると分かった途端に表情が明るくなる。

 

「よせ、今そんな顔をするべきじゃないだろ」

サイは士官たちの前でうれしさを隠さない彼を注意する。今までいろいろあったが、サイは連合士官たちとともに戦ってきた経験がある。そんなに悪い人たちではないし、第八艦隊のハルバートン提督のこともある。

 

――――絆されたよな、俺。

 

フレイもアルスター事務次官も先に地球に降り、決意を新たに頑張っている。自分だけのうのうとオーブにいていいのか。

 

 

連合に感化されている者、それでもオーブに帰る者。様々な感じ方をする若者たち。

 

 

 

「―――――しかし、本当に生き残っていたんてなぁ」

 

「―――――最初から言っていたでしょう? 嘘は言っていないと」

 

ムウは、リオンとキュアンについての話を改めて聞くことした。互いに親族であると理解したからこそ、できる会話も増えた。

 

 

そして、キュアンのことを少なからず知っている彼は、リオンが本当にリオンなのだと知ることになった。

 

 

 

 

部屋に戻ったトールとアルベルトは、この先の選択について考えていた。

 

「やっぱりただ者ではなかったんだよな、あいつ」

 

「ああ。オーブのお姫様かもしれないっていう、アルの予想は当たっていたのか」

 

まさかすぐ隣にオーブの姫様がいたことに、その実感がなかった。

 

「――――俺、オーブ軍に入るよ。連合にこの先もいるつもりはない、な」

トールはオーブで降りる決意をする。自分はもう戦争から逃れられないかもしれない。だが、せめて自分の故郷の力になりたいと考えていたのだ。

 

もしかすれば、オーブ軍に入るかもしれない。そんな予感があった。

 

「――――俺は、連合に行く。前々から思っていたことだが、プラントのやり方には賛同できない。地球のコーディネイターにも被害が広がる。だけど、ブルーコスモスが無秩序にコーディネイターを殺すことだってだめだ」

アルベルトは、アークエンジェルに残ることを選んだ。連合は確かにコーディネイターの国であるプラントと敵対しているが、キラやエリクのような人間も連合の中にはいる。エリクの話曰く、ジャン・キャリーという男は自分の先輩にあたるそうだ。

 

「――――そっか」

 

道が分かれたことで、別れの日が近づいてきているのがわかる。気の合う友人であっても、信念はそう簡単に変えることが出来ない。

 

「キラや、エリクさんのような。もっといえば普通に明日を生きているコーディネイターを守るために、連合の中から変えなきゃいけない。止めなきゃいけない」

 

 

トール、ミリアリア、カズイはオーブへ。キラ、アルベルト、サイは連合に残る。

 

さらに、レジスタンスとの合同ではなく、単独での紅海への脱出を図るアークエンジェルは、立ちはだかるであろう砂漠の虎の撃破を条件に、進軍を開始。

 

連合士官たちもまた、前に進み始めていた。

 

 

 

 

 

後日、その話を聞いたリオンは嘆息する。

 

――――それはそうかもしれない。だが、お前たちが背負う必要はないだろうに

 

キラのアラスカでの問答、アルベルトのコーディネイターに対する誓い、アルスター事務次官を支えるためにニューヨークへと向かうサイ。

 

 

「―――――難しいものだな」

リオンは、普通の若者だった彼らが戦闘に出る必要はないと常々考えていた。なぜこんな風に彼らを駆り立ててしまうのかは理解できる。

 

――――俺も人のことは言えんからな

 

「――――彼らは、笑顔で別れを告げたそうですわ」

隣にいたラクスは、沈痛な表情を浮かべているリオンの手を握った。彼が責任を感じている、そう思えたから。

 

 

彼らはオーブ国民だったのだ。リオンにとってはそれも守る対象だった。それが自らその手の外へと歩を進めていく。

 

――――オーブは、お前たちの理想とは違う、ということなんだな

 

中立で、何もしない。二つの勢力が疲弊し、厭戦感情が高まった時に仲介をするだけ。リオンだけではなく、首脳陣も落としどころに介入し、戦争終結を目指している傾向にあった。

 

自らの血は流さず、講和を進める。それは国家としては最善の方法だといえる。

 

しかし、彼らの目には卑怯にも見えたに違いない。

 

「――――プラントに戻られたら、本当にお願いします」

 

リオンに出来るのは、まず目の前の彼女を信じることからだ。ラクスが無事にプラントに生還し、オーブという国に対するマイナス評価を和らげること。彼女というシンボルを旗頭に、厭戦感情を広めることだ。

 

「勿論ですわ。この戦争の結末は、冷静な人間ならば容易に想像がつきます。国家の利害ではもはや測れない、再構築戦争以前から蔓延る民族、種族の問題。どちらかが倒れるまで、争いが続く、地獄のような世界」

 

再構築戦争以前では、宗教の違い、エネルギー問題、経済圏、民族の違いというものに縛られ、世界を疲弊させていく。

 

蒼き清浄なる世界のために、という言葉が可愛く思えるほどの差別があった。ホロコーストという行為が、互いの意識の中に常に見え隠れしている。

 

相手を絶対に認めない。彼らを縛る思想と理念が、争いを激化させていき、駆り立てるのだ。

 

――――空の化け物を殺せ

 

―――ナチュラルを超えた存在だ

 

――――空に還れ、宇宙の化け物

 

――――新人類である我々こそ、世界の覇権を握るのだ

 

宇宙では、ザフト軍の戦士たちの声を聴いた。断末魔以外の、叫び声があった。

 

地上で目の当たりにした、ブルーコスモス。

 

「――――連合もザフトも、違わない」

 

悍ましいものを見続けた。世界を滅ぼす大きな二つのうねりを目の当たりにしたリオンは、アレを何としてでも止めなければならないと考えていた。

 

「あるのは、狂気だけだ」

 

 

リオンがプランを進める最中、戦場では誰かが死んでいる。誰かの日常が壊されていく。

 

 

そしてオーブは中立として、この混乱を放置し続けた。オーブにその義務があったかどうかは知らない。だが、自国民を守るために他の国民に目を向ける余裕も、力もなかった。

 

 

「――――君は軽蔑するかな。どちらの勢力にもつかず、裏で暗躍を続ける俺を」

その為に、自分は今できる事を為す。

 

「いいえ。貴方を判断するのは、未来の方々です。世界を想い、カガリ様を想い、世界のために動くあなたを軽蔑などいたしません」

 

強い意志を感じる瞳で、リオンの行いを肯定したラクス。

 

「――――ジョージ・グレンは何を思い、彼の在り方を明かしたのか。今のわたくしたちを見て、彼は何を思うでしょう」

 

本当にこれが、新人類なのか。彼が本当に望んだ世界なのか。

 

「少なくとも、彼には善意があったと思う」

リオンはジョージ・グレンに会ったことなどない。だが、さまざまな偉業を達成した伝説の偉人でもあることは知っている。

 

この戦争の根っこに位置するモノを知らないのでは、世界と向き合うことなどできない。

 

「僕はこの母なる星と、未知の闇が広がる広大な宇宙との架け橋。そして、人の今と未来の間に立つ者。調整者。コーディネイター」

彼が世界に最も大きな衝撃を与えた際に発せられた、メッセージを紡ぐリオン。その意味について、世界は解釈を間違えているのではないかと考えていた。

 

――――貴方は、何をもって人の今と未来の間に立とうとした?

 

そこから世界は狂いだした。メッセージを正しく理解できていなかったのかもしれない。

 

「リオン様?」

 

「――――なぜ彼は、外宇宙に進出する直前にあのメッセージを発したのか」

顎に手を当てて、考えるリオン。それがわかれば世界はさらに変革へと進む。なのに分からない。

 

「だからこそ、なのかもしれません」

聞き手に回っていたラクスが、リオンにヒントに近い言葉を発した。彼女もまた彼の芯に近づいたとは言いづらい。だが、確信めいた何かを感じ始めていた。

 

「外宇宙に出ることで、人類は大きな一歩を踏み出しました。ジョージ・グレンはだから――――」

 

 

ラクスがその次の言葉を言おうとした後、艦内に鳴り響く警報。第一種戦闘配備が知らされたのだ。

 

「――――すまない。話は戦闘が終わった後だ」

 

「ええ。どうかご武運を」

 

 

リオンはすでに機体に乗っているであろうキラ、ムウ、エリクとともに戦闘へと向かう。

 

 

先にもっとも待ち伏せに有効と考えられる地形を押えられていることが、紅海進出の大きな障害となっていた。

 

「本作戦は、紅海への進出を目指す我が軍前方に位置するであろうタルパティアに配置された敵部隊の撃破が主目的となります」

 

タルパティア。元はレアメタル採掘用の工場跡地であり、今は閉鎖されて放置されている廃墟地区。地形的に複雑なせいで、ゲリラ戦向きの場所といえる。

 

 

そこで多数の戦力を配置しているザフト軍は、ここでアークエンジェルをたたく計算なのだろう。

 

 

「アークエンジェルの直掩にヤマト少尉のストライク、フラガ大尉の大型ビーム砲装備のジンを配置し、遊撃はフラガ少尉、ブロードウェイ中尉が担当します」

 

 

ここで、宇宙で鹵獲した敵武装の一部を流用したムウのジンが初出撃。高速戦闘が主体の今回の戦闘では後衛だが、公式では初となるナチュラルのMS戦闘。

 

「今回、MSでの戦闘が間に合うとは思っていなかったなぁ」

念願かなってモビルスーツに乗り込んだムウは、感慨深い気持ちでコックピットに座っていた。

 

「僕の作ったOSですけど、操作に不備はありませんか?」

 

「いいや、手足のように動くぜ」

 

まだまだ未完成な部分が多いOS。だが、一定の成果はある。

 

機体制御を一から見直し、ストライクなどの戦闘データを流用、パターン化することにより、運動性能を飛躍的に向上させた。何しろ、コーディネイターのOSはすべてがマニュアル、すべてが反応速度任せによる危険な代物であるからだ。

 

細かな姿勢制御までマニュアルでは安定したOSとは言えない。キラは余計な手順を撤廃し、統合したのだ。

 

着地の際の制御に必要な脚部スラスターの減速、機体姿勢をOSによって統合することで、繊細な操作技術を必要としなくなった。

 

さらには単純な二足歩行の際もバランスを自然と取るようにプログラムを追加、マニュアルによる乱暴な操作で機体の駆動系を傷つけないよう、完全に制御化に置いた。

 

二足歩行から背部スラスターのみを動かすのではなく、脚部スラスターを連動させることで、スムーズな加速、脚部バーニアによる逆噴射のブレーキも可能となった。さらに上昇の際のスラスター制御も脚部、背部と連動し、ペダルの強弱によって加速の強弱をつけることも容易となった。

 

これで、歩行、ダッシュ、ジャンプという基本的なMSの動きが可能となった。

 

火器管制に改善の余地ありだが、ジンのような単純兵装ならば問題ない。

 

 

 

 

「――――出撃だ、全員で戻るぞ。アークエンジェルにな」

 

フラガ大尉の言葉に各パイロットは大きくうなずいた。操縦桿を握る手の力が強くなる。

 

 

 

 

一方、アークエンジェルを待ち伏せしていた砂漠の虎は、レジスタンスの力を借りずに単独での突破を目指し、こちらの撃破を目指すアークエンジェルに苦笑い。

 

「相手は新型が3機。いくら地上での高速戦闘で有利といえど、アレは常識で測る存在ではない。絶対に単独戦闘を避けるんだ」

 

「―――――」

 

最新鋭のMS、TMF/A-803ラゴゥを背に、各隊員に敵の脅威について、念を押すように確認するバルドフェルドと、無言のまま彼の横で静かに立っているアイシャの姿も。

 

 

「――――――(どうする気、なのかな)」

リディアは、アークエンジェルの中にラクス・クラインがいる以上何もできないと考えていた。さらに言えば、ここで普通に戦ったとしても勝率は低い。

 

リオン・フラガという男は、ここで何をするつもりなのか。

 

 

彼女は目の前に鎮座するザフトの最新鋭MS、ZGMF-600F先行型ゲイツを見る。総合性能では、ジンやシグーを凌駕するザフトの最新鋭MS。ジンハイマニューバが来ると考えていた彼女にとって、これはうれしい誤算だった。

 

――――スペック上、連合のGシリーズにも引けを取らない。でも、

 

機体に乗り込むリディアの表情は暗い。

 

ここで、戦闘を行うことに意義はあるのか。厭戦感情が彼女を支配する。

 

 

その時、レセップスの艦内で警報が鳴らされる。アークエンジェルは逃げ隠れするつもりなどなく、正面から突破を試みるようだ。

 

 

モニターの映像からも、突出しているのはリオンの乗るであろう赤いストライクのみ。他の機体はすべてアークエンジェルの上に乗ったまま銃を構えていた。

 

「どういう、こと?」

 

 

全員でかかれば、より簡単に突破できるはずなのに、リオンはあえて単騎掛けでこちらと戦うつもりだ。

 

 

 

 

一方、アークエンジェルではリオンの驚くべき提案に驚きつつも、首を縦にうなずくだけだった。

 

「フラガ少尉の単独先行!?」

マリューはまずリオンのその提案に驚きを隠せない。いくら彼がエースといえど、それはさすがに厳しいのではないかと。

 

 

「むしろ、連合の新型の性能を喧伝するいい機会です。GシリーズにはGシリーズしか対抗できない。今後のことも含めて、ザフトの目をくぎ付けにする必要があります」

 

リオンは落ち着いた口調で説明を始める。

 

「まず、紅海を抜けた時に我々を待ち受けるのは、水中型MSの群れでしょう。ザフトは小規模な部隊を複数出撃させ、網にかかった我が艦を補足する。海戦に不慣れなアークエンジェルをあわよくば撃沈させる、と」

 

広大な海を横断することになるアークエンジェル。だからこそ、ザフトはアラスカ行きを阻止するために部隊を広範囲に展開することが予想される。

 

「無論、それは私も考えていることだ。だが、今リスクを冒す必要はないのではないか?」

ナタルも、ここで蛮勇に等しい作を選択するリオンに眉を顰める。強者特有の傲慢さが出ていると感じていたし、リオンを失えばオーブでの補給の道が立たれるかもしれないのだ。

 

 

 

「――――だからこそ、理解させる必要があるのです。小規模な部隊をいくら展開しても、すぐに網を食い破るということを」

獰猛な目つきで、目の前で展開するバルドフェルド隊を見てささやくように言い放つリオン。

 

愉悦をはらんだかのような声色で、彼らを見て言うのだ。

 

 

お前たちは、俺の敵ではないと

 

 

 

「そして、小規模な部隊で交戦をさせても、いたずらに犠牲が増えるだけと考えたザフトはこう考えるでしょう。部隊を集結させて追撃に向かわせる必要があると」

 

 

リオンは、ここで強さを示すことで広くなるであろう紅海での包囲網を狭める狙いがあった。

 

 

分散した部隊を統合し、索敵を進めなければ人的資源に乏しいザフトはすぐに干上がる。彼らの弱みを理解し、たかが戦艦1隻に執着するわけにはいかず、かといってデータをアラスカに持ち帰られるわけにはいかない。

 

 

「彼らの弱点を考えれば、これ以上ない嫌な手でしょう」

 

 

 

「――――確かに、地球には5億前後のコーディネイターがいる。そして、プラントにいるのは1億前後のコーディネイター。コーディネイターの総意を掲げておきながら、過半数すらいかないんだからな。消耗戦は避けたいだろうな」

 

そして、リオンの話の聞き手に回っていたエリクが納得するように周囲に解説を始める。プラントの人的資源の乏しさこそ、弱点であり、基本戦略が限られてくる。

 

 

「ここで、赤い彗星一機に彼の高名な砂漠の虎が完敗するというシナリオ。軍政部は苦悩することでしょう」

 

 

「――――そういうわけなら、俺に異論はねぇ。ただ、もう一機つけとくべきだろう」

エリクはリオンの策を支持しつつも、さすがに単騎ではエネルギーの問題も出てくると考えていた。

 

「なら僕も前に出ます。ジェットストライカーで空からの援護ならいけます!」

 

ここで、キラがリオンとのエレメントを希望する。アークエンジェルの積み荷の中に含まれていたジェットストライカー。

 

宇宙戦闘では全くの使い物にならないものではあるが、大気圏内ではディンを圧倒できる高い機動性を誇る。

 

地対空ミサイル、対空ミサイルの2種類を装備しており、さらには基本装備であるビームライフル、シールドを有している。

 

ただ、この装備の難点は、キラの乗るストライクではビームサーベルを装備できないことにある。リオンの乗るX105Aストライク二号機ならば全く問題がないのだが、1号機のストライクにはサーベルを収納するスペースが存在しない。

 

「近接戦闘は出来る限り避け、空中での支援に徹してくれ。射撃に関しては当てにさせてもらう」

 

リオンも、ジェットストライカーの出来には注目していた。宇宙にいたころからほこりをかぶるような代物ではあったが、オーブの今後を考えればほしいデータでもある。

 

「わかった!」

 

 

 

キラの乗るストライクが飛び立ち、続けてリオンの乗る赤いストライクが敵部隊に突貫する。

 

 

 

「さぁ、無駄球は撃ちたくない。すべて近接戦闘で済ませたいのでな」

 

ビームライフルを収納し、盾を前に構えながらスラスターを全開にするリオン。1号機を上回る出力を誇る2号機は、リオンに強烈なGをかけてくるが、それに動じるような男ではない。

 

 

後の白い悪魔と、赤い彗星の競演。その競演は砂漠に何を齎すか。

 



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第28話 その響は、彗星を彩る

砂漠編決着。


アークエンジェルの眼前で、二機のMSが出撃。それを見守るのは赤いデュエルことデュエル二号機に乗るエリク。そして、初陣が立ち見となったムウのジン。

 

 

「――――狙撃の準備だけでもしておこっか」

ムウは笑みを浮かべながら狙撃体制に移るやれることといえば、後方からの援護射撃だけになる。

 

「この分だと、それすらいらないかもしれないっすけどね……」

エリクはムウの言葉に対し、眼前で起きている光景を見て乾いた笑みしか浮かべることが出来なかった。

 

 

 

 

 

まず、キラの乗るストライクが航空機以上の機動性をもって、戦闘ヘリを無力化することから始まる。

 

「な!? 何だあの装備は!?」

 

「空の上から!? それにあの機動性は!?」

 

 

地上ヘリの速力など置き去りにするスピードをもって、彼らの頭上から一方的な攻撃を仕掛けるキラ。

 

「宇宙用のストライカーパックしか使ってこなかったから。でも、あったから仕方ないね」

 

 

バルカンで戦闘ヘリを次々と落としながら、地上で行われている惨劇を見て苦笑いするキラ。

 

 

「――――うん、本当に僕の助けは、いらなかったみたいだ」

 

しかし、待つだけでは申し訳ないと思い、隙を見せているバクゥを空から狙撃していくことにしたキラ。

 

 

「くそっ!! 地上の赤い彗星だけでも手いっぱいだってのに、あの新型装備のストライク!!」

 

当然、地上の王者であるバクゥが一方的な攻撃にさらされることになる。目の前にはエースの赤い彗星。後方には十分な護衛をつけているアークエンジェル。

 

そして空には、キラの乗るストライクが絶えず隙を見せた機体を撃破していくのだ。

 

 

完全な戦略上での敗北だった。

 

 

「俺たちが、地上の―――!!」

 

全てを言い終わる前に、メインカメラごと胴体を撃ち抜かれたバクゥが爆発する。

 

「ぐわぁぁぁ!? あれ?」

 

機体を撃破されたにもかかわらず、生きていることに驚くパイロット。赤いストライクは動けなくなったバクゥの横を素通りし、次の獲物に攻撃を仕掛けていく。

 

 

「次は右に急旋回。ひきつけたバクゥの周囲を狙え。そうすれば敵も動きを止める」

 

「了解。でも、本当に…」

 

「ああ。お前を巻き込んだ形にはなったが、頼めるか?」

 

リオンからは、今回のクライン派閥の部隊をあまり殺すなと言われている。和平に必要な人材だというので、キラに異論はなかった。

 

「大丈夫。リオンなりの考えがあってのことなんだよね。僕は、リオンを信じるよ」

 

 

「恩に着る。お前の航空支援は心強い」

 

 

 

リオンのストライクは飛び回っているだけだ。むしろ、スコアを伸ばしているのはキラの方だ。リオンはバクゥの高速機動を軽くいなしながら、サーベルでのカウンターを決めているに過ぎない。

 

空と地上での連携は、それほど強固なものだった。

 

 

「―――――次々と僚機が!」

 

レセップスの甲板で待機していたリディアは、唇をかみしめながら戦況を見ることしかできなかった。

 

 

――――ゲイツは君にとっては新型だが、この地上戦では分が悪い。他の戦場でならいいんだがね

 

 

バルドフェルドの命令は待機だ。自分でも勝てるかどうかわからない相手に、新兵を突っ込ませるつもりはなく、

 

 

「――――来たか」

 

サーベルを片手に持った状態で、オレンジ色のバクゥの発展型と思わしき機体が躍り出たのを見て、リオンは薄く笑う。

 

「――――赤い彗星、どういう意図かは知らんが、それはあまりにも手を抜き過ぎだろう」

軽口をたたくバルドフェルドだが、目は笑っていない。

 

最善と思われる戦略を立ててくると考えていた。しかし、目の前のこれはどういうことだ。

 

戦闘ヘリはすべて撃墜され、重傷者を出すなど被害は出ている。だが、まだ死亡した隊員の報告は受けていない。

 

 

そして、地上で撃破されているバクゥもすべてが大破という状況だ。すでにパイロットは脱出し、レセップスへと戻る最中だという。

 

 

目の前の赤い彗星は、手心を加えている。それははっきりと断言できる。

 

こちらの攻撃を、盾を使うまでもなく回避し続ける。そんな芸当が出来る人間など、そうはいない。

 

 

回り込んで機動力で翻弄するつもりが、

 

「確かに速い。加速力も相当なものだ。だが、速いだけでは俺に攻撃を当てられるわけではない」

 

真横から並走しながら狙撃するも、脚部バーニアによる逆噴射でブレーキをかけ、方向転換。

 

「――――っ」

アイシャの射線からまたしてもリオンが消える。

 

 

「ぬぅ!!」

そして、背後を付いてくるリオンの動き。後方からのライフルを避けるバルドフェルドだが、動きのスピードが問題ではないことを悟る。

 

――――スピードに対し、見切りをつけたうえで正確にアプローチするか。

 

いったいどんな頭脳をしているのだ。バクゥの高速戦闘を簡単に見切るなど、常人では考えられない。

 

「アンディ、熱くならないで、負けるわ!!」

 

「熱くなる暇もないがね!」

 

アイシャの砲撃によって、ストライクは距離を取りながら回避するが、無駄弾は撃ってこない。本当に手ごわい相手だと彼は心の中でうめく。

 

――――フェイズシフトの短所を理解したうえで、最小限の動きを優先してきては―――

 

これでは、せっかく対G戦闘を考えていたのに、その成果を出すことが出来ない。

 

 

そして、それらの難題を容易に乗り越えて見せる目の前の赤い彗星の姿に、苦笑いをするしかなかった。

 

 

――――本当に、目的のためにはどんなこともするのだね、君は

 

 

バルドフェルドもバカではない。クライン派閥でもある自分たちを刺激させず、有効に活かすことで、今後の和平のことでも考えているのだろう。

 

 

目の前の戦闘に目が向いておらず、政治の話を考える兵士。それでも片手間で撃退される自分たちはどうなのだろうと。

 

 

「まったく、あの少年の強さは末恐ろしい。いったいどうやって手に入ったかが皆目見当もつかない」

 

冷静に、なんでもなさそうに言うが、そうではない。

 

齢18歳であそこまでの戦闘経験を、一介の技術者が出来るものか。存在自体が詐欺のようなものだ。

 

「そうね。でも、あの子が連合を最後に見限ると確信できたからこそ、ほっとしているところもあるわ」

 

 

彼は連合の人間ではなく、オーブ寄りなのだ。今後も先陣を切って彼が敵として立ちはだかるならば、プラントにとっては脅威といえる。

 

 

そして、手心を加えるほど彼の実力は他とは一線を画すものであり、こうして今も、

 

 

「―――――」

 

油断なく、こちらの動向を見定め、無闇に動こうとしない。的に見えるが、いつでも対応できるよう逆に隙のないストライクの姿は、これまで戦場で見たことのない強敵であった。

 

 

バクゥの戦い方を見たのは数回のはずだ。なのに、

 

「いい機動力だ――――」

 

軽く右ペダルを踏み、レバーを右に入力することで、右へと軽くステップしたストライク二号機。斜め右後ろから砲撃を加えてきたラゴゥのビーム攻撃を回避し、

 

 

「しかし、俺の敵ではない」

 

続けざまに後方にダッシュするようレバーを入力し、ペダルを強く踏んだリオン。背後にいたはずのラゴゥの後ろを取ったのだ。

 

最小の動きで回避し、詰めの動きを迅速に。

 

「なにっ!?」

 

ストライクの背後を取り続ける動きを予測されていたバルドフェルドは、逆にリオンに背後を付かれることになる。

 

「そこだっ」

 

ライフルの一撃が二門あったビーム砲の一つを正確に射抜いたのだ。スパークを起こしながら爆発する武装。

 

「きゃぁぁ!!!」

スパークを起こす計器を見て悲鳴を上げるアイシャ。被弾をした段階で決着がつき始めていることを悟るバルドフェルドだが、ここで退くわけにはいかない。

 

 

 

――――完全に動きを見切られているか……

 

しかし、リオンは自分をはるかに上回るエースだ。しかも、奴は恐らくまだ本気を出していない。

 

「ならばっ!!」

 

 

 

一門になったビーム砲で距離を取りながら攻撃をし続けるバルドフェルドだが、火力不足なところもある。

 

 

 

「一門だけでは、どうにもならない。降伏を勧めるが」

 

冷静な口調でリオンはバルドフェルドに降伏勧告を促す。

 

「―――――っ」

分かっている。もう勝負はついている。他のバクゥの部隊は空中で狙撃を続けるストライクによって、そのほとんどがやられている。

 

犠牲者こそ少ないが、動ける機体はリディアのゲイツと手負いのラゴゥのみ。

 

 

だが、彼もザフトの軍人としての矜持がある。ここでおめおめと逃げるわけにはいかない。

 

 

その時だった。

 

 

「っ!?」

 

リオンはその場を慌ててジャンプし、迫りくる緑色の閃光から逃れる。尚も追撃の手を緩めない攻撃は、ストライクとラゴゥの距離を十分なものとした。

 

 

「!? リディア!? どうして前に来た!?」

 

声を荒げるバルドフェルド。優秀な部類であるものの、実戦経験に乏しい彼女が前に出るべきではない。

 

こちらの窮地に前に出てきたことはありがたい。だが、彼女を危険に晒したくなかった。

 

 

「隊長っ!!! でも、このままじゃ――――」

 

ラゴゥを目で制しながら、リディアはストライクに乗るリオンの目の前に躍り出た。

 

 

「―――――前に出るということは、俺と戦う――――そういうことでいいんだな?」

 

 

チャンネルを開き、囁くような声で確認を取るリオン。まるで死神のようだ。しかしこれだけは言える。

 

 

「降伏はしません。けど――――」

 

 

リディアはストライクとラゴゥの間にライフルを乱射したのだ。

 

「!?」

突然のことに、リオンは目を白黒させる。そしてすぐに目晦ましであることを悟ったリオンは追撃するために、動き出すのだが――――

 

 

「!!(艦砲射撃か―――)」

 

まるでタイミングを図ったかのように、リオンの周囲に弾頭が飛び交う。だが、これはリオンを狙ったものではなく、あくまで足止め。

 

 

リディアの狙いがなんなのかを悟ったリオン。そしてそれを、まるで喜ばしいように笑うのだ。

 

――――うまく立ち回ったのは、彼女の方だったか。

 

その二つの物体が遠くなっていく。追撃は出来るだろうが今度はこちらのパワーが心もとない。そこまでのリスクを負う必要はないと判断したリオン。

 

もっとも、そういうことはただの言い訳になるのだろうが。

 

 

 

 

砂漠の虎は、赤い彗星に敗れたが、生還することが出来た。数多のザフト軍を葬り去り、部隊を壊滅に追い込んだあの強敵相手に、アフリカを放棄することになったとはいえ、複数回交戦し、生き残るというのは今後のザフトにとっては大きなことである。

 

何しろ、クルーゼ隊以外はほぼ全滅しているようなものだからだ。交戦した際に残るログも赤い彗星を倒すために必要なものだ。

 

それを手に入れたバルドフェルド隊に、そこまでの責任はないだろう。無論、負けたということでいろいろあるだろうが。

 

「―――――すまなかった。君のおかげで命拾いしたよ、リディア」

 

気を相当張っていたのか、バルドフェルドの声は疲れているように聞こえた。それだけの強敵だったのだ、無理もないと彼女は思う。

 

「――――あのままでは、間違いなく死んでいました。峰打ち程度で済ませようとした、彼がいつ豹変するかわかりませんでしたし――――」

 

リオンはこちらを殺す気はなかった。だからこそ、こうして追撃にも来ない。空にいたストライクも、突破するために攻撃を仕掛けていただけで、こちらもやってこない。

 

「リオン・フラガと、あの白い機体の―――――」

 

 

「――――ああ。おそらく、あの時一緒にいた茶髪の少年だろう。彼もいい腕だ」

 

 

ザフト軍はアフリカより撤退。不本意な形での地球降下となったアークエンジェルだが、期せずしてアフリカ解放を成し遂げることになったのである。

 

 

 

レジスタンスたちは、ザフトに尻尾を振っていた同胞に対して無闇な狼藉は行わず、今はただ自治権が解放されたことを喜ぶべきだと考えていた。

 

連合軍もザフト軍も関係ない。明日を生きるのに必要なものを奪わないのであれば、彼らは気にしないのだ。

 

「サイーブ。まさかこんな日が来るとはな」

 

ザフトに顔を売っていた、同胞アル・ジャイリーはザフトから解放されたアフリカが現実となったことに目頭が熱くなっていた。

 

「ああ。俺たちがやったわけじゃねぇ。あの船が紅海へ抜けるために砂漠の虎を倒しただけだ」

 

自分たちが、自分たちの手で虎を倒したいと考えていたサイーブだが、モビルスーツやモビルアーマー相手にロケット砲を積んだ車で勝てるわけがない。無駄に死者を出さないためにも、息をひそめ、陰ながらアークエンジェルに物資を提供した。

 

結果的に彼らは虎を撃退してくれて、ザフトの支配からアフリカは脱却した。同じ地球の人間を大事にする、ブルーコスモスにもまだ染まり切っていない連合軍士官が赴任してくるそうだ。

 

「少数とはいえ、うちにも正体を隠している奴らだっている。あいつらも同胞だ。ブルーコスモスなんぞに仲間を売るわけにはいかねぇ」

 

サイーブはこぶしを握り締め、先日も街で騒ぎを起こした馬鹿どものことを思い浮かべ、怒りに震える。まともな思考能力すら捨てた、狂人どもの戯言に聞く耳もないし、その片棒を担ぐつもりもない。

 

「ええ。同胞を殺すというのなら、今度は共に手を取り合い、立ち上がろうではありませんか」

ジャイリーは、砂漠の虎のように付き合い方を間違えなければ安全な相手ではない狂人が敵となるのなら、今度は降りないと言い切った。

 

「――――だがまずは、武器を置いて街の復興だな」

 

「そうですな」

 

 

戦争はいまだ拡大し続けている。だが、アフリカでは平和の輪が少しずつ広がっていく。

 

 

外で両者の会談を待っている者たちがいる。大勢の同胞たちだ。その中に、緑色の鉱石を持った少年が心配そうに中の様子を見つめていた。

 

「――――――」

 

「だいじょうぶだ、アフメド。ジャイリーさんも、今度はサイーブさんと手を取り合うさ」

 

「う、うん」

 

 

少年は紅海へ出るアークエンジェルの姿が見えなくなるまで見つめていた。恩人にも等しい彼らにはまだまだやるべきことがあるそうだ。

 

だからこそ、アフリカでゆっくりすることもできないという。

 

「今度、あの人達にケバブ以外の料理を紹介したいな――――」

 

どうか恩人たちの旅路に幸あれ。少年は心からその願いを祈っていた。

 

「でも、お爺ちゃんがあんなに固まるなんて、中々見ないね」

 

「うん。いつもは冷静なお爺ちゃんがねぇ」

この二人は、ラクスとリオンと話す機会があったのだ。二人に宝石の話を教え、その後ちょっと内緒で雑務をやった仲である。

 

 

 

 

勝利の翌朝。まだ日が昇りきっていない時間帯。彼らは赤い彗星と呼ばれる機体から降り立つ青年に出会う。周りには祝勝会で潰れた大人どもが散乱している。

 

「ん? 手伝おうか?」

リオンは酔いつぶれた大人どもを尻目に、片付けをする少女を見て微笑んだ。

 

 

「えっと、その…」

息を呑んだ少女。まさかこんな時に出会うとは考えていなかったのだ。あの時も結局掃除の手伝いをさせてしまったのに、また後始末をさせるのは気が引けた。

 

「気持ちは分かるが、子供に尻拭いはいけないだろう。人間は無理だが、掃除ぐらいは出来る」

 

「どうか手伝わせてくださいな。私も、貴方方と同じように、祈ることしかできませんから」

そしてどこからともなく表れたラクスもどさくさに紛れて現れ、少年たちと一緒にごみ掃除をすることになったのだ。

 

 

しかし、二人はこのままではいけないとお爺ちゃんに相談する。この大地を取り戻した恩人にごみ掃除をさせる等、一族の名折れ。何とかできないものかと

 

老人は告げる。その方々に会いたいと。

 

 

そして老人はリオンの姿を見て目を大きく見開いたのだ。

 

「同じじゃ――――――まさに」

 

 

「ん? どうかされたのですか、ご老人?」

リオンは、初対面の老人になぜ驚かれるのかわからなかった。本当に身に覚えがないのだ。彼であっても戸惑いはする。

 

「―――――今より昔の事じゃ。其方と雰囲気の似た男がこの地を訪れたのだ。その透き通るような青い瞳、赤を連想させる色合い。何もかもが似ておる」

 

「――――――青い瞳?」

 

 

「まだアフリカに現在のオアシスがない頃の事じゃ。男の気まぐれなのか、アフリカという場所で事業を立ち上げ、今のアフリカを支えるマスドライバーを作ったのだ」

 

 

「――――アフリカ、マスドライバー………まさか―――――」

その二つの言葉を結びつける要素が、そんな記憶が彼にはあった。

 

 

「その名は忘れたことがない。キャスバル・マス・フラガ。其方の名は何という?」

老人の口から、リオンの答えが出てきた。

 

 

「リオンだ………リオン・フラガ」

キャスバルという名を聞いた瞬間、リオンは運命を感じていた。フラガ家は世界的な資産家だ。本家が滅亡しても、今もなお力をつけている。

 

 

なら全盛期は世界中に影響力を持っていても不思議ではない。

 

――――――こんなところで、貴方は宇宙に未練を作っていたのか

 

至る所で、彼は宇宙への進出を諦めていなかったのか。人類が宇宙で暮らすこと。新たなる可能性を未だに夢見ていたのだろう。

 

感慨深そうに、「そうか、そうか……」とつぶやく老人。

 

 

「―――――このルビーは、其方が持っておくべきじゃ。じゃから、戦争が終わったらまたここに、来てくれんか?」

恐らく、一番重い宝石であろうルビーを、リオンの前に差し出した老人。

 

 

「フラガの者は、この大地の、この地に住まう者にとって、最大の恩人じゃ。存分にもてなしたいのじゃがのう」

頭を下げ、またここに来てほしいと頼む老人。

 

 

「―――――顔を上げてください。ご老人」

 

それは、ラクスが聞いた中でいちばんやさしい声だった。恐らく、これが本当の彼なのだと確信するきっかけ。

 

「長い年月。私たちを想い続けてくださったこと、逆に感謝します。この地に降り立ったのも……もしかすれば、運命だったのかもしれません」

 

 

「再び、フラガとアフリカを繋ぐきっかけ。そして、当時を知る貴方にお会いできてよかった」

片手を差し出すリオン。

 

「ええ。戦争が終われば、また戻りたいです。今度はケバブをちゃんと食べたいですし、他の料理も堪能したい」

 

 

その後感動で泣き崩れる老人を支えるリオンと子供たち。久しぶりに涙が出たという老人は、必ずリオンを待っていると言い、子供らとともにその場を後にするのだった。

 

 

「――――――――――傲慢だったな、俺は」

自嘲気味に笑うリオンだが、どこか晴れ晴れとしたものだった。

 

 

「リオン様?」

あんなに晴れやかな笑みを浮かべたのは初めてだった。憑き物が落ちたような、そんな顔だ。

 

 

「世界を弄るとか、違う視点で見るとか。単に俺は独り善がりなだけだったか」

参ったな、とリオンは笑う。

 

「本当に世界を動かすには、たくさんの人が動かなければならない。理解していたくせに、わかっていなかったよ」

 

 

 

どこか負けたような雰囲気を出しているのに、リオンはどこまでも笑顔だった。しかし、彼の笑顔を見た時にどうしようもなく惹かれてしまうラクス。

 

―――――尊いものを守る、それが貴方の望みですが―――――

 

自分に尊さがないようなことを言い放っている彼に、言わなければならない。

 

「ですが、知ることと理解すること、その違いを分かったことは、良いことだと思います」

 

「そうだな」

 

 

「そして、貴方が今眩しいと感じたそれを、実は貴方自身も持っていることに、気づいてくださいな」

だから言ってやるのだ。この勘違いしている聡明な青年に。ラクスはこの青年にわからせねばならないと考えていた。

 

「―――――どうだかな。とても敵わないと、思ってしまうよ」

やや諦めたような口調のリオン。あんな眩しいものは持っていないと弱気な発言。

 

 

「それを理解する基盤がなければ、貴方はそれを尊いと思えないはずです。わたくしが保証します。貴方は、尊さを持った人であると」

 

面食らったリオンは、しばらく呆然としていたが、すぐに冷静さを取り戻し、降参したようにラクスの言葉を肯定した。

 

「貴女のお人好しな一面には、一生敵わないな。だが、それでいいのかもしれない」

 

空を見上げて、視界では見えぬマスドライバーの方角を見やるリオン。

 

 

「………俺にも在ったのだな、その尊さが」

 

 

その意思は忘れられず、受け継がれていた。

 

 

 

一方、オーブでは遡ることカガリ帰還から数日後、ある会議が行われていた。

 

 

「アフリカなんかに落ちていたのか。リオンは無事なのだろうか――――」

 

いち早く帰国したカガリ・ユラ・アスハがアサギとともに官邸を訪れていた。

 

「ああ。どうやらリオン君は砂漠の虎を退けたようだ。本当に彼の力量にはいつもいつも驚かされる」

ウズミ・ナラ・アスハ元代表は、現代表のホムラとともにカガリから齎された宇宙戦闘におけるGシリーズの戦闘データを専門家とともに考察を続けていた。

 

「――――しかし、これが宇宙での戦闘。Gシリーズの性能もさることながら、ストライクのパイロットであるキラ・ヤマト君の力量も驚異的だ。彼に関してはあきらめているが」

ホムラもこういった技術面に関しては疎い傾向にあるが、それでもザフト軍のモビルスーツを圧倒するリオンとキラの姿を見て、これをオーブが得たメリットは大きいと考えていた。

 

オーブは技術立国として世界に認知されているが、戦争を行ったことはない。ゆえに戦争素人が大半を占める軍隊を保持している格好だ。

 

だからこそ、リオンが横流しした宇宙戦闘の記録は貴重なものだった。

 

「リオン君のレポートも当てにならないところはありますけどね。デブリ帯での効率的な高速戦闘に関するレポート、ウズミ様は拝見されましたか?」

アサギはリオンレポートなる資料をすでに確認しているであろう彼に感想を求めた。彼女は最初にそのレポート、というよりその意見を述べたリオンに絶句したのだが。

 

――――デブリ帯の中は出力最大で突っ切る。デブリを足場にして、より迅速に動くことが出来る

 

 

――――それが出来るのは限られているよ、リオン君

 

アークエンジェル艦内でのやり取りを思い出したアサギ。ウズミも同様の感想のようで、

 

「私も最初は意味が分からなかった。だが、彼は実際に成し遂げてしまっている。今後はこのシミュレーションも入れておくことにしよう。技術班の方はどうかね?」

 

しかし、さすがはオーブの獅子。シミュレーターという形で訓練ができる環境だけは整えておくべきだと考えていた。これを量産、もしくは訓練によって再現できるならばオーブはより強い力を得ることが出来る。

 

「何分、機体設計と開発だけでしたので、何とも言えません。しかし、これが実際可能ということは、試してみる価値はあると考えております。何より驚いたのは、Gシリーズのさらなる進化と、その最大の欠点を補う新たな概念の発見です」

 

 

リオンは好んで高速戦闘を行う傾向にあるが、過剰な機体即応性を求めている節がある。その為、内骨格の設計に、複数の注文を付けてきたのだ。

 

 

「まず、フレームをPS装甲にするべきだということですが、将来的には可能だと思います。ただ、今のバッテリー駆動では稼働時間が大きなネックです」

 

ただ、と技術者はここで一旦言葉を切る。

 

「PS装甲素材製内部骨格部材を仮に採用した際、内部骨格部材に電力を供給することになります。その際、余剰エネルギーが発生する可能性があるというのです」

 

「??? すまない、どういうことだ?」

エリカから技術面において少しずつ知識を深めているカガリだが、惚けた顔をして尋ねる。つまり、どういうことなのかと。

 

「フラガ君のレポートでは、これを利用できないかと考えています。この余剰エネルギーが光子の形で放射されるため、それを使った蓄電機能。これをモビルスーツに取りつけることで、稼働時間を伸ばすプランです」

 

核が使えないならば、核を使わない方法でエネルギー問題を解決する。同時期に核融合炉というものも存在していたが、木星、もしくは太陽風によって運ばれるヘリウム3を使ったある特殊理論を用いたエネルギー方式である。

 

核分裂を抑制するNジャマ-の影響は受けない核融合炉。ある特殊粒子を用いてフィールドを形成し、融合炉内を電磁誘導させることにより、圧縮、安定を実現。プラズマを安定させる理論。

 

そもそも横流しのデータがオーブに辿り着いて約50年前。本体が来たのは約20年前。この特殊粒子を使用するよりも、Nジャマーキャンセラーの開発を優先するべきとの声も上がっていた。しかし、実現すれば安定性のある融合炉が現在は勢いが強い。

 

この特殊粒子がなければ、ミラージュ・コロイドによる重力制御でプラズマ制御をという案まで出ていたのだ。白亜の巨人が存在しなければ、特殊粒子の利用はかなり遅れていただろう。

 

 

そしてこれは全くの余談だが、ビームサーベル形成にミラージュ・コロイド技術を使用しているが、鍔迫り合いが出来ない欠点があり、ラミネートシールドによる防御では取り回しも悪い。

 

特殊粒子を用いた場合、粒子同士が反発する特性は研究段階から判明していたことだが、ミラージュ・コロイドで形成されたビームサーベルを素通りし、数秒間ビーム形成を阻害するケースが見られた。これは、特殊粒子の「レーダー、通信、ミサイル誘導を阻害する」効力が、ミラージュ・コロイドにも影響を与えたとして目下検証中である。

 

なお、特殊粒子のネーミングは旧来のものに落ち着きそうである。

 

 

「内部骨格部材に小型大容量コンデンサーを内蔵することで、この光子を再利用します。つまり、激しく動けば動くほど骨格保護のために流れる電力が大きくなり、放出量も増加し、エネルギーを自力で得ることが出来ます」

 

「つまり、自走で自動蓄電、再度利用が可能ということか――――」

 

 

「現在推し進めているアストレイ計画でも、フラガ君の熱電変換材料を使用したプランがありました。マグネシウムとテルライドを基とする特殊合金を一部機体に取りつけることに成功しましたが、まだまだ量産化には至っていません」

 

 

「うむ、技術班はこれからも開発に邁進してほしい。次は外交方面についてだが」

 

ウズミは渋い表情でキュアンを見る。そしてキュアンは苦い顔をして両掌を見せる。

 

「――――まさか、クラインの娘を保護していたとはなぁ」

キュアンとしては、予想通りメリットもデメリットも大きい案件である。連合には内密にしたい案件であるため、今巧妙に隠し通しているリオンのことをある意味尊敬していた。

 

――――お前、ほんとに機転が利くというか……

 

「うむ、クラインの娘は丁重に迎えねばならん。我が国の在り方を見れば、穏健派とのパイプ作りも捗るだろう」

 

「立案者はリオン君だがね」

 

「影に徹し、裏方に徹し。彼という懐刀がいれば、オーブは安泰だ」

 

氏族の間でも、裏で手をまわし、オーブのためにリスクを冒して戦闘データを送ってくれた彼への信頼は厚い。

 

「ユウナ君を考えていたが、リオン君も捨てがたい。3人は仲が良いからなぁ」

マイリ・シュウ・ミツルギは、早くもカガリの結婚について考えていた。

 

「ミツルギの爺様!! そんな、私はまだリオンの隣に立てるような――――」

顔を赤くしつつ、リオンの隣に立つには自分は未熟だと自覚しているカガリはそれを否定する。

 

「だが、いずれは相手を選ばねばならん。爺のお節介かもしれんが、あのような男は早々転がっておらんぞ。それが好きあっているならば猶更」

 

 

「そ、それは――――その、リオンは確かに尊敬しているし、私にはまだ届かないし、でも、でも―――」

 

リンゴのように顔が赤くなっているカガリをアサギに任せ、孫娘同然の彼女のほほえましい光景を見つつ、氏族たちは会議を進めていく。

 

 

「うむ。では、オーブ入港後はそのような流れで」

 

「ああ。ここにたどり着くまでに大気圏での戦闘データも入っているだろう。入港が楽しみだ」

 

「クライン嬢が恋敵にならぬよう注意せねばな」

 

「そのような些末事、法改正でどうとでもなる」

 

 

「小童の説得が、最大の壁になりそうじゃがのう」

 

 

今日もオーブは元気に暗躍しつつ、戦争の影響を微塵も感じさせない一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく、リオンが前作リオンらしい一面を描けた…

長かった…


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信念の果てに…
第29話 無垢と悪意と…


悍ましいことを書きました。


バルドフェルド敗退の知らせは、プラントに衝撃を与えていた。低軌道戦線から日も経っていないうちのアフリカ戦線での敗戦。しかも、本国でも一目置かれているバルドフェルド隊の一方的な敗戦に終わったのだ。

 

ジブラルタル基地では、クルーゼ隊が取り逃がした戦艦アークエンジェルへの今後の対策について会議が行われていた。

 

「まさかアンドリュー・バルドフェルドまで倒すとはな。さすがは連合の赤い彗星。地上戦もお手の物か」

 

クルーゼはリオンの活躍を聞いて当然だと思う一方、何か頭の中で引っかかるものを感じていた。

 

――――あれは、私が知っている雰囲気を持つ存在だ。

 

忌々しいはずの存在。アレは一体誰なのだ。

 

「ええ。こちらはイザークを失い、ニーナにもつらい経験をさせてしまいました。あの部隊を他の隊に任せるわけにはいきません」

沈痛な表情で、アスランはアークエンジェルとは自分たちが戦う必要があると考えていた。他の部隊では嬲り殺しにされる可能性が高いからだ。

 

「ニーナももう大丈夫なのだな?」

 

「はいっ! えっと、アスランのおかげです。それに、もう赤い彗星の好きにはさせません」

燃えるような瞳で打倒赤い彗星を誓うニーナ。配属当初の明るい雰囲気は鳴りを潜め、戦士としての側面が強くなっているのだ。

 

「無理をするな、ニーナ。君にもしものことがあれば、フィオナはもちろん、リディアにも顔向けできない」

アスランは血気盛んなニーナを諫める。こんなところで、こんな場所で彼女を死なせたくない。

 

――――リディアはよく無事でいてくれた。赤い彗星と対峙するなんて、なんて無茶を

 

報告によれば、リディアがバルドフェルドの窮地を助けたという。艦砲射撃と合わせてのものだが、奴を押しとどめることに成功した。

 

アスランの仲間を大切にする姿勢は全員にとっては好ましいものだ。だが、ニーナは

 

「お気持ちはありがたいです。ですが、あんな危険な敵を放置なんてできません。アレは絶対に倒さないといけないんです。もう仲間は殺させない」

 

ニーナは燃えるような瞳で、赤い彗星に対して強烈な敵意を見せる。それはアスランやドリスにとってもただならぬ雰囲気を感じさせる。

 

「――――ニーナ。わかった。そこまで決意が固いなら俺は、君の背中を守るだけだ」

 

梃子でも動かないと察したアスランは、せめて彼女が犬死しないよう自分がうまく立ち回るしかないと考えた。

 

「アスランも、フォローばかりで自分を疎かにしないでくださいよ。何かあれば、私が貴方の背中を守ります」

ニコルも、責任感で出来ているアスランのことを心配していた。低軌道戦線のころからアスランの苦悩は深まるばかりだ。戦争の終わりについて、親友がアークエンジェルにいるかもしれないこと。

 

だが、こんなことは彼にはどうしようもできない。アスランの苦しみを強くするばかりだ。

 

――――だから、いざとなれば私が貴方を倒します、キラ・ヤマトさん

 

「俺も、仲間をやられたままってのは我慢できねぇしな。アスランの意見に賛成だな」

 

ディアッカも改めてザラ隊としてアークエンジェルを追う判断を支持する。

 

「まあ、そういうこと。俺たちがやらないでだれがするっていう話さ。ま、貧乏くじかもしれないけどさ」

ドリス・アクスマンもクルーゼにザラ隊として追撃することを希望した。

 

「私はスピットブレイクの件でまともに動けそうにないが、アスランを隊長として行動するならば、異論はない。直ちに母艦を受領し、追撃の任に当たれ」

 

 

クルーゼがブリーフィングルームから退出した後、ザラ隊は空輸機で機体を輸送させ、ボズゴロフ級に乗船する手はずとなる。

 

そしてザラ隊として最初の仕事は、インド洋で名を馳せているマルコ・モラシム率いるモラシム隊との合同でのアークエンジェル追撃の交渉である。

 

「我々クルーゼ隊がアークエンジェルを沈めることが出来ず、地球圏における戦局を狂わせることになってしまったことは、大変申し訳なく思っております。ですが、新型の性能は評議会が認めるほどの脅威でもあります」

 

 

「ふん。で、ザラ隊として我々に何をしてほしいのかね? 遠回りな言葉は止してくれんか?」

クルーゼ隊の秘蔵っ子でもあるアスラン・ザラをあまりよく思わないモラシムは、美麗字句と謝罪から始まるアスランの物言いが鼻についたのだ。

 

「ええ。本題はモラシム隊長と私の部隊でアークエンジェルをたたくことにあります。こちらの不始末を手伝ってもらうようで心苦しくはありますが――――」

 

「敗戦続きの部隊のひよっ子どもに用はない。地球の戦いに慣れてもいないお前たちの出る幕などないわ!! 引っ込んでおれ!!」

 

怒号とともに、モニターが切れる。アスランはお腹に痛みを感じたが、ため息とともにどうでもよくなった。

 

「アスラン、その―――大丈夫ですか? 顔色が良くありません――――」

フィオナが心配そうにアスランの横に寄り添う。隊長やリーダー的な立場になって、彼の苦悩はさらに深いものになっているのは知っている。

 

新人隊長が嘗められている、しかも敗戦が続いていた部隊だ。クルーゼに反感を抱く者も多い。覚悟していたとはいえ、アスランはこの先の戦略の見直しを余儀なくされた。

 

「大丈夫だ。フィオナの方こそ、ニーナの近くにいてやりなさい。アレから狂ったようにシミュレーションにこもる彼女が心配なんだ」

 

イザークの仇と憎しみに染まる彼女を見てやりきれない。ラクスの安否が絶望的になることで、その怒りに拍車がかかっている。

 

「イザークさんの敵を討つと。訓練校時代はあんな風ではなかったのに」

フィオナは悲しそうに豹変した親友の姿を見て、悲しそうな表情を浮かべる。

 

当然自分も怒りを抱いているが、アスランは虚無感すら抱き始めていた。もうこれ以上奪われないために、自分は最善を貫くしかない。

 

隊長になったのだ。アークエンジェルに友人がいたとしても、自分は彼を討たねばならない。

 

――――心優しいフィオナのことだ。いえば絶対に無理をする。

 

アスランもバカではない。フィオナが少なからず自分を想ってくれていることは知っている。だからこそ、ラクスのことで何も言わない彼女に気を使わせてくれているのも理解できている。

 

「フィオナ――――」

アスランは、ここでフィオナを励ましたい気持ちに駆られた。だが、片手が途中で止まる。

 

――――ここで手を出せば、ラクスへの裏切りにもなる。それだけは―――

 

生存が絶望視され、今も行方が分からない婚約者の姿を思い浮かべたアスランは、フィオナに伸ばす手を下げた。

 

しかし、フィオナは自分の葛藤を見透かしているようだった。

 

アスランの戸惑う瞳を見て、フィオナは無言で首を横に振る。どうやら見られていたらしく、手を下げるところを見て、その行動を肯定するような視線を向けていた。

 

「いいんです。私は、ザラ隊の一員ですから。隊長やみんなと一緒に生き残る。今はそれしか望んでいません」

 

一歩離れた場所で、隊長と部下という役目を果たし続けていることも理解している。

 

――――俺は、これ以上彼女を悲しませるわけにはいかないんだ。

 

「――――ブリーフィングを始めよう。モラシム隊の協力が得られない以上、ザラ隊単独で作戦を遂行できるよう、みんなの知恵を絞る必要がある」

 

「分かりました。すぐに招集をかけます」

 

 

 

ザラ隊が独自にアークエンジェルへの対策を考えるようになった同刻、モラシムはアスラン・ザラのことについて考えていた。

 

「親が議員ばかりの青二才どもが。だからこそお坊ちゃんは戦場では大した役目すら果たせんというのだ」

 

モラシムは最初からアスラン・ザラのことを信用していなかった。ザラ議員の息子ということで、いろいろと融通を受けているし、何よりあのクルーゼの部下なのだ。

 

あの仮面で素顔を隠し、若輩者でありながら年上の意見を両断し、それ以上の成果を上げ続けたあの男の部下なのだ。

 

 

――――まあいいだろう。あのクルーゼですら落とせなかった敵だ。

 

それを達成した暁に、あの男がどんな言い訳をするか楽しみではあった。

 

「アークエンジェル。ふざけた名前だ。このインド洋の藻屑に変えてやろう」

 

 

 

 

 

一方、アークエンジェルは紅海へ向け出港し、海の真ん中を航海することになる。

 

「フラガ少尉の言う通り、ザフトの人的資源の乏しさを鑑みた有効な航路でもあるな」

ナタルも、オーブへの道のりとして

 

「ええ。ここならば、大部隊を編成した敵とは遭遇しにくいでしょう。後は運ですが、仮に発見されても母艦を撃破すればそれですべて片が付きます」

 

 

「頼もしいな。だが、それがオーブまでというのは惜しい」

ナタルは常々思う。モビルスーツのパイロットとして実力者である彼が、冷静に母艦を落とすという答えに自然とたどり着くことに頼もしさを覚えていた。

 

MSの白兵戦だけではない。今はそれが取り上げられているが、母艦をつぶせば補給のない機体など粗大ごみにも等しいのだから。

 

「すいません。俺にも譲れない野望というのがあるんです。バジルール中尉を駆り立てる志があるように」

 

 

「――――私は代々軍属の家系の家に生まれたのだ。だからこそ、軍人に入ることが私の役目であり、義務だと考えていた。家の名を守るために、私の誇れるものを見つけるために」

 

数少ないナタルの語り。リオンはそんな彼女の姿に驚き、その話を真剣に聞く。

 

「だが、貴様を見ているとそういう道もあるのか、自分の意志で、道を切り開く姿はこんなにも私の目に眩しく見えるのか――――そう思い始めている」

 

己の意志で、己の願いのために動く少年の姿は、彼女にはまぶしすぎた。

 

「ですが、中尉の先人たちが築いてきたものを誇りに思うこと、それは何一つ間違いではないと思いますよ」

 

しかし少年は彼女を肯定する。積み重なってできたものが歴史であり、先人たちの努力の結晶でもある。一概に過去ばかりに目を向けることが悪ではない。

 

「もう滅びてしまいましたが、ある東洋の諺に、こういったものがあるそうです」

 

リオンは年相応な微笑みとともに、彼女にある言葉を贈る。

 

 

 

「温故知新。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。なかなか面白い言葉ではないでしょうか」

 

 

「温故知新、か。そうだな、私も、私の家族も、そうやってここまで来たのだ。年下の少年に励まされるとは、最近の私は緩んでいるのかもしれんな」

 

 

「フォローはするつもりですよ。オーブまではね」

やや申し訳なさそうな顔をしつつも、自分の目的は揺るがない。リオンの強さは、手に入らぬとわかっていても、目を離すことが出来ない。

 

 

その時、リオンの脳裏に何かひらめきが起きたのだ。これはいつもの忌々しい時間を告げる合図でもある。

 

「―――――すみません。どうやら敵が近づいているようです」

 

リオンはそう言うと、機体の方へと歩いていく。パイロットスーツに着替えずに乗り込むリオンに待ったをかけるナタル。

 

「パイロットスーツを着ずに乗る馬鹿がどこにいる!? それに、貴様の勘の鋭さは重々承知しているが――――」

 

『ソナーに感あり!! 本艦に近づきつつある熱源を確認!!』

 

『第一種戦闘配備! 繰り返す!! 第一種戦闘配備!』

 

 

「なっ!?」

 

艦内放送で流れた敵影ありという報告にナタルは絶句する。

 

「――――時間があれば着ることにします、スーツに関しては」

 

リオンはそれだけを言い、ナタルの眼前でストライク2に号機へと乗り込んだ。

 

 

ブリッジでは、水中から接近しつつある機影を確認中だった。

 

 

「水中からのMSだわ!! おそらく機種は――――」

マリューはすぐに水中でこれだけ動ける機体の機種名を看破した。

 

「UMF-4Aグーンよ! 直ちに離水! ノイマン少尉!」

 

「了解しました!」

 

 

アークエンジェルの艦首を引き上げ、迅速に離水していく。水中からの強襲を考えていたモラシムは、上空からディンでその様子をモニターで捉えていた。

 

「補足されるまでに時間はなかったはずだぞ!? アークエンジェルには優れた目があるというのか!!」

 

 

モラシムは3機のディン部隊で上空よりアークエンジェルに強襲をかけることにした。

 

「ディン隊は空から敵艦を攻撃する。奴の高度を下げるんだ!! とどめはグーン隊のフォノンメーサーでエンジンを狙い打て!!」

 

 

 

強襲を受ける形となったアークエンジェルもこのままでは終われない。リオンの乗るストライク二号機がソードストライカーパックに換装し、水中用MSグーンの排除に動く。

 

「APU起動、ストライカーパックは、ソードストライカーを選択。カタパルト、接続。進路クリアー。発進どうぞ!」

 

 

「リオン・フラガ、ストライク二号機、出る」

 

一番厄介であろう水中用MSの撃退こそが、リオンの役目だ。一番技量のある彼が適任だろうと自身で進言し、艦長もそれを了承した形となっている。

 

 

「続いてストライク一号機。スタンバイ。APU起動。ストライカーパックはジェットストライカーを選択。進路クリアー、発進どうぞ!」

 

「キラ・ヤマト、ストライク。行きますっ!」

 

アークエンジェルの直掩につき、空から空戦を仕掛けることが彼の役目だ。

 

 

「エリク・ブロードウェイ。デュエル二号機、甲板にて敵MSを迎撃する」

 

「ムウ・ラ・フラガ、ジン。出るぞ!」

 

 

そしてエリクとムウはアークエンジェルの甲板で直掩。キラが発見するであろう敵母艦を発見次第、デュエルのレールバズーカ「ゲイボルグ」でとどめを刺すか、キラが戻りランチャーストライクで撃ち抜くかのどちらかになる。

 

 

 

海に入ったリオンが目にしたのは、水中で高速機動を見せつける敵の機影だった。

 

「なるほど。確かに特化型は速いな」

 

リオンは自分の周りを速く動くグーンの姿に苦笑いをする。

 

 

「宇宙用の機体で、このグーンに挑もうなど!!」

 

彼は軽い気持ちだったのだろう。いや、軽い気持ちではなくこれまでの常識で赤いストライクを計算に入れていた。

 

 

だからこそ、彼の反撃を全く考慮に入れていなかった。

 

魚雷の攻撃から回避することしかできていなかったストライクの背後にいたグーンが体当たりを仕掛けたのだ。水中では素早い動きは出来ない。如何に反応が良いといっても機体が思うように動かなければ意味はない。

 

「――――――侮ったな、ザフトのMS」

 

左マニピュレーターで突撃したグーンの先端を正確に掴み、その体当たりを寸前で躱したのだ。

 

「なにっ!? ぐわぁぁぁ!」

 

反転したストライクは逆に背後を付いてきたグーンの後ろに回り、対艦刀でその胴体を貫いたのだ。これではいかにグーンといえどどうにもならない。

 

水圧に押しつぶされながら、爆散する僚機を見たザフト軍兵士、ハンスは憤りを隠せない。

 

「たかがナチュラルが!! グーンをやっただと!?」

 

魚雷による飽和攻撃を仕掛けるハンス。爆炎に次ぐ爆炎で海水は視界が悪い環境となる。

 

爆炎の隠れる形でストライクはその陰に隠れる。リオンも理解しているのだ。

 

「単純な機動性、兵装では確かにそちらが有利だ。だが、」

 

 

リオンは負ける気など欠片もなかったのだから。

 

 

「だが、MSの性能の差が、勝敗を分かつ決定的なものとはなり得ない」

 

爆炎という環境を利用し、ロケットアンカーで魚雷の発射体制に移っていたグーンを掴んだのだ。

 

 

「なにぃぃぃ!? 水中のグーンをたかがアンカーで!?」

 

ありえない。コーディネイターでもあり得ない動体視力、いや、判断力だ。敵は一体何が見えていたのかがわからない。

 

視界が悪い環境下で、レーダーすら意味をあまり為さないグーンの軌道を予測で捕捉したというのか。

 

 

アンカーで文字通り捕獲されたグーンから見えるモニターには、勢いよく対艦刀を構えている赤い彗星の姿。

 

「いやだァァァぁァァァ!!!!!」

 

死を決定づける攻撃を見て、狂乱しながら暴れるハンス。だが、それを許すほどリオンは甘くない。

 

「―――――悪いが、貴方方はここまでだ」

 

グーンを貫いた瞬間にリオンはその言葉を回線でつないだ。相手はそれどころではなく、おそらくまともに聞くことすらできなかっただろうが。

 

 

一方空では、ストライクの乗るキラがディンを圧倒していた。

 

速度では同等の性能を誇るジェットストライカー。大気圏用とはいえ、破壊手段を持たないディンでは分が悪すぎたのも一因だった。

 

「ええいっ!!」

アークエンジェルの援護射撃と連携し、うまく相手の背後に回り込んだキラは、ライフルで正確にコックピットを撃ち抜いたのだ。

 

「なっ!? ハルがやられただと!? グーン隊の連絡も途絶えた!?」

 

何がどうなっているのかを理解できていないモラシム。水中用MSが宇宙用の機体に全滅させられたのだが、それを理解することが難しい。

 

当然だろう。セオリーを完全に破壊されたようなものだ。いうなれば、チェスの試合で盤上をひっくり返されたようなイカサマにも等しい行為であるからだ。

 

 

「ええいっ、撤退する!!」

 

 

しかし、母艦からの通信が途絶えたのだ。モラシムはここで己がアークエンジェルを侮っていたことを知ることになる。

 

「こ、こんなことなら―――――」

 

迫りくるストライクを見て、モラシムは涙を流す。

 

相手はあらかじめ役割を決め、対策を練っていた。そして、各々の技量でさえこちらを圧倒していた。水中では無敗を貫いてきた自分たちの力を必要以上に過信し過ぎていた。

 

迫りくる圧倒的な死の瞬間を見て、モラシムの心は折れていた。

 

 

その数秒後、ストライクのビーム攻撃がモラシムのコックピットを貫き、爆炎とともに彼はこの世から消し去られた。

 

 

 

そして、モラシムの心をへし折った張本人ことリオン・フラガは、爆炎と煙とともに轟沈するボズゴロフ級に対し、冷めた目でその残骸を見やる。

 

「何処の部隊かは知らないが、無謀にも程がある。ザフト軍のMS優位の時勢は、既に終わり始めていることに気づけないとはな」

 

こちらとしては、無策に仕掛けてくれたことを感謝するべきだと考えていた。幸い、こちらは戦闘データを集めることが出来た。

 

バクゥのモノだけでは手土産が寂しいことになっていたのだ。今頃キラたちが空の敵を倒していることだろう。

 

「こちらストライク二号機。敵母艦を撃沈した。帰投する」

 

紅海の鯱と恐れられていたマルコ・モラシム率いるモラシム隊は、こうして大した抵抗も許されずに全滅した。

 

 

アークエンジェルのハンガーまで戻ったリオンを迎えていたのは、アークエンジェルたちの喝さいだった。

 

「先遣隊の時に続いて、母艦とグーンをやっちまうなんてな!!」

 

マードック曹長が手放しで喜んでいた。どうやら相手はマルコ・モラシムというザフトの名将の一人だったという。

 

「いえ。単調な動きと油断をしてくれたので。相手がこちらを危険視してこなかったことが大きな勝因です」

 

「謙遜が過ぎるのは嫌味だが、お前の場合は頼もしさしかないなぁ」

 

 

一方、ストライクに乗っていたキラは、最後のディンがなぜ回避運動を取らなかったのかを疑問に感じていた。

 

――――あの時、なんであのパイロットは

 

しかし、一難が過ぎたことでオーブに辿り着けることを思えば、どうということはない。

 

アークエンジェルの現状がそこまで切迫していないことで、キラはアスランのことを考えていた。

 

ザフトがあのまま引き下がるわけがない。おそらく、次にぶつかる相手は彼らかもしれない。あの奪取された赤いモビルスーツ、イージスに乗るのはアスラン・ザラなのだ。

 

――――僕は、プラントには行けない。

 

プラントにわたり、ザフト軍にはいる自分を想像できない。それが最善とは思えない。

 

キラにとって、エリクから聞いた話では、ザフト軍は捕虜を皆殺しにする、キラの目の前では民間人のシャトルを撃墜しようとするなど、鬼畜染みた行為を繰り返す狂人としか思えなかった。

 

ヘリオポリスも民間人に死者こそいなかったが、あの日常を奪われた。

 

だが、ラクスはどうなのだ。

 

ラクス・クライン。プラントの議長の娘。あの少女はそんな狂気すら見えなかった。そして、アスランの婚約者でもあるらしい。

 

――――僕にはまだ、知らないことが多すぎる。

 

その為のアラスカなのだ。連合を見定め、ザフトを見定める。傲慢だが自分は迷いたくなかった。

 

自分が見定めるべきは何なのか。

 

 

キラは知らない。連合で今何が起きているのか。あの時地球に突き落としたデュエルのパイロットがどうなったかを、知る由もないのだから。

 

 

 

連合基地アラスカ。アークエンジェルがアフリカの砂漠の虎、インド洋の鯱を立て続けに撃破したことは既に聞き及んでいることだった。

 

長らく連合を苦しめてきたザフト軍を掃除したことに礼を言う、などということはなかった。

 

 

「アークエンジェル。存外持ちますね」

 

「なるほど、ハルバートンが何としても守り抜こうとするわけだ」

 

将校の間では、アークエンジェルの力を認める声が出始めていた。だが、

 

「しかし、我々の新型MSに乗っているのは一介の傭兵と、コーディネイターどもだ。あのエリク・ブロードウェイ、裏切り者が旗頭というのは、如何なものか」

 

しかし、ここでウィリアム・サザーランド大佐が異を唱える。裏切り者エリク・ブロードウェイ、民間人のコーディネイター、オーブ在住の傭兵気取り。

 

こんなふざけた奴らに連合の旗頭になるはずだった機体を遊ばれているのだ。

 

「サザーランド大佐。しかし、我々には今どうすることも出来まい」

 

「確かにコーディネイターが操縦するようでは、本末転倒もいいところだ。我々が求めているのは、ナチュラルが操縦できる機体だ」

 

同調する声も多かった。コーディネイター憎しで構成されている大西洋連邦だ。ブルーコスモスの巣窟となっているのは言うまでもない。

 

「そうですねぇ。このままアラスカに辿り着いて、そのままでは今後も活躍しそうですねぇ」

 

意地の悪い笑みとともに、よくない感情を含む声色で、アークエンジェルの活躍を口にする将校。

 

「特に、この16歳のコーディネイター。アラスカで確かめたいことがある、とまあ、突っ込みどころがあるどころの話ではありませんよ。彼はバカなのでしょう」

 

いったい確かめてどうなるというのだ。これでは自分の理想ではなかったから裏切る危険性があると教えているようなものだ。

 

「蒼き清浄なる世界に、コーディネイターは必要ない。ブロードウェイ中尉に毒されたな」

地球を守ることに、地球の同胞へのこれ以上の迫害を止めるために、ブルーコスモスとは対立している第八艦隊、第六艦隊に接近している。

 

このまま彼ら穏健派が強くなれば、停戦の動きが出始めるかもしれない。ブルーコスモスの思想を植え付けることで、テロ行為、ゲリラ、大量の兵士を強引に徴兵しているのだ。

 

それを邪魔立てするハルバートン中将と、ビラード中将は邪魔以外の何物でもない。

 

彼らは言う。紙面上の戦死者ばかりを確認するばかりではなく、もっと戦争を見ろと。我々は絶滅戦争を行っているわけではないと。

 

「本当に、軍略家として有能なのに、破滅の道を選ぶとは。なぜコーディネイターを庇うのか。彼らがいるから世界は混乱しているというのに」

 

将校たちの意見は完全に一致した。

 

「ムウ・ラ・フラガ大尉、ナタル・バジルール中尉をアークエンジェルから引き離せ。後はアラスカの贄になってもらおう」

 

「贄とは人聞きの悪い。コーディネイターの少年に関しては、奴の知恵が尽きるまで利用し、用済みになれば処分しろ。蒼き清浄なる世界のために、彼にも消えてもらう」

 

「あと、その傭兵とやらの正体だが。アークエンジェルはかたくなに情報を拒んでいる。ナチュラルなのか、それともコーディネイターであるかすらわからん」

 

マリューラミアス、そしてあのナタル・バジルールでさえ口を閉ざす存在。ということは、コーディネイターなのかもしれないと考えるのが普通だが、

 

「彼がもし、ナチュラルであれだけ動けるなら、我々は何としても彼を確保しなければなりません」

 

年若い青年の声が会議室で響く。

 

「アズラエル。それは空想ではないか。アレだけの活躍が出来る存在だ。コーディネイターである可能性は高いと考えるのが普通だ」

 

将校たちはアズラエルの言葉に疑問を抱いた。

 

 

「だからこそですよ。ナチュラルであれだけの活躍をする存在が傭兵? コーディネイターの少年を隠すより前に、彼の情報は一切こちらに流れてこない。彼は世界を変える存在ですよ。コーディネイターの意味を覆すほどの、パンドラの箱だ」

 

 

「――――確かに、コーディネイターの少年を機体に乗せているということさえ黙っていればいいのに、傭兵の存在は出ない。妙なことではある」

 

 

「いずれにしても、アラスカにたどり着くまで頑張ってもらいたいものですね。大天使の一行には」

 

アークエンジェルについての処分は既に決定され、今度は落下してきた連合の元MSとそのパイロットについてだ。

 

「例のザフト軍捕虜だが、エザリア・ジュールの息子らしいな。それにコーディネイターとしても能力がある」

 

「ブーステッドマンの素材としてはいいですな。同胞を使うよりも良心が痛まない」

コーディネイターを空の化け物としてただ処断するだけでは効率が悪い。

 

彼らには、彼らの罪を償うために、彼らを殺してもらわねばならない。その生涯を通して空の化け物を殺すマシーンとして。

 

「これからは、どんどんコーディネイターのブーステッドマンを使うべきだろう」

 

 

アラスカに巣くう悪意を、キラは知る由もなかったのだ。

 

 

底知れぬ人類の悪意を知るには、それに向かい合うには、キラは未熟過ぎたのだ。

 

 

 




過激派の連合は、原作より魔改造、戦力増強されます。

なお、まだあの死闘イベントが控えています。



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第30話 オーブの心

ザフト軍を悉く撃破し続けるアークエンジェル。あと少し、オーブ寄港まではあと数十キロと差し迫った地点に入ったという報告を受けている。

 

ニューヨークに戻ったジョージ・アルスターとフレイ・アルスターは、アークエンジェルが無事にオーブに辿り着く見込みであることを確認し、安堵していた。

 

「アークエンジェル、無事にたどり着けるみたいよ、パパ!」

 

フレイは嬉しそうにその事実を語る。サイ・アーガイルは連合軍に入ることが心配だが、アークエンジェルにいれば早々心配はいらないだろう。

 

「ああ。あの戦艦は皮肉にもこの戦争が原因であのような状態になった。コーディネイターもナチュラルも関係ない。手を取り合い、懸命に生きていたのだ」

 

地球にいる推定5億のコーディネイターのほとんどは、民間人がほとんどだ。ジョージ・アルスターも虐殺者になりたいわけではない。

 

「緩やかに、コーディネイターの問題は浮き彫りになるだろう。遺伝子を弄る行為で、いろいろな可能性が生まれ、いろいろな可能性が消える。結局は自信がないのだ、遺伝子の運命に頼る親というのは」

 

「パパ?」

真面目な話を聞くことが多くなったと最近自覚しているフレイ。こんな父の姿を見ることが多くなった。

 

「私は完ぺきな親ではないかもしれない。子供に夢を託す願いもわからないでもない。だが、子の夢は、その子のモノなのだ。決して私たちの夢ではないのだ」

 

子供をレールに乗せるな。遺伝子を弄ってまで子供の未来を強制させてはならない。

 

「それでも、遺伝子を弄るというならそうすればいい。だが、子供の夢を、子供のしたいことをちゃんと理解しなければならないのだ。ジョージ・グレンも、才能によって名を馳せ、才能によって殺された」

 

遠い目でジョージが語る最初のコーディネイターの生涯。

 

「今こそ人類は、自らを律する理性と、尊厳を取り戻す必要があるのだ」

 

 

「自らを律し、尊厳を取り戻す――――でも、どうやって?」

 

漠然と深い言葉だと思えた。フレイは父の言っていることをまだ完璧に理解しているわけではない。

 

「それが以前は宗教だった。人間だけが持つ、内なる神。ナチュラルを見下すことが果たして良いことなのか、コーディネイターを空の化け物として断罪することが、果たして良いことなのか。かつての最大宗教は隣人愛を説いたという。だが、今はどう見える、フレイ?」

 

 

「――――いがみ合ってる」

 

「そう。その答えを言えるようになったことが、私はうれしいよ、フレイ」

 

明朝をそろそろ迎えるニューヨーク。朝日の先で、アークエンジェルは今もなお航海を続けている。

 

――――娘にきっかけを与え、私の命を救った船。

 

彼らと別れた後も、その願いを忘れたことはない。

 

どうか、彼らの旅路が良いものでありますように。

 

 

 

そしてそのアークエンジェルは今、オーブの目と鼻の先でザフト軍と激しい戦闘を繰り広げていた。

 

「エリク、奴らをエンジンに取り付けるな!!」

 

スナイパーライフルを構え、接近するシグーディープアームズを退けながら、ムウが吠える。

 

 

「分かっていますよ!! 強化プランが完成していないのに、こんなところで死ねませんよ!!」

 

デュエルに乗るエリクは、ライフルで応戦しつつゲイツという新たなザフト軍MSと戦っていた。

 

 

「うかつに前に出過ぎるな! アークエンジェルの弾幕は簡単ではないぞ!!」

 

 

「このっ!! 赤いのが邪魔だ!!」

 

ドリスとゲイツに乗るニーナが後方からエンジンを執拗に狙ってくる。現在跳躍による反撃でエリクがこの2機を押えているが、飛翔することが出来ないデュエル二号機は苦戦を強いられていた。

 

 

「ディアッカ! エンジンを止めるんだ! エンジンさえ止めればこの船は落ちる!!」

 

「けど、こっちもこっちでやばいだろ!!」

 

 

アスランとディアッカが相手にしているのは、目下の最大の強敵、赤い彗星。

 

ジェットストライカーで飛翔能力を得ているストライク二号機。

 

「迂闊な敵機ほど落としやすいものはない」

 

砲撃体制になるために、必然的に正面をむくことになる機体。それを優先的に狙う。ディアッカが真っ先に狙われたのだ。

 

 

「うおっ! こっち来たぞ!!」

 

ライフルを無闇やたらと乱射しないストライク。のはずだが――――

 

イージスとバスター相手にビームを乱射するリオン。一見するとやみくもに撃っているように見える。

 

二機は散開しつつリオンの両脇から反撃に転じる。側面を取られたリオンは急加速で逃れようとするが、後ろにつかれる。

 

「そんな攻撃で!!」

 

今日こそこの敵を沈める。主砲で狙いを定めるディアッカだが――――

 

不意にモニターに赤い壁が映ったのだ。

 

「なっ!?がぁぁ!?」

強い衝撃とともにバスターはグゥルから落下してしまう。それを遠目から見ていたアスランは目を見開いた。

 

――――シールドを投げ飛ばし、ディアッカをグゥルから叩き落したのか!!

 

ついでと言わんばかりに、リオンはディアッカが使っていたグゥルを乗っ取り、アスランへと襲い掛かることもせず、アークエンジェルの方へと向かう。

 

「!! させるか!!」

 

すぐに赤い彗星の狙いを看破したアスランは、リオンを追走する。アレを恐らく味方に使わせるのだと、判断したのだ。

 

現在アークエンジェルには滑空能力を持つ機体が赤い彗星だけなのだ。他の機体は跳躍こそできるが、あまり推奨は出来ない状況下だ。

 

空戦能力が増せば、こちらが不利になる。

 

「隊長、誘われています」

 

フィオナが冷静にライフルで追撃を仕掛ける。しかしアスランのように距離を詰めるようなことはせず、遠距離からの仕掛けに徹していた。

 

「なに!? はっ! そういうことか―――っ」

 

アスランはフィオナの言葉で理解した。彼には滑空能力がある。そもそもグゥルなど無用の長物なのだ。

 

なのに、彼はそれを奪い取る行為を行った。アスランが考えた味方への供給として、それを行ったのだと。

 

 

しかし、それは違う。

 

 

「――――あの青い機体。本当に忌々しいな」

 

リオンも狙いを見透かされたことで苦笑いを浮かべる。リオンはグゥルをおとりに使い、爆風の中から狙撃することでイージスを撃破する算段だったのだ。

 

爆風の中、視界が悪い中での有視界戦闘に頼るモビルスーツがどうなるかなど、赤子でもわかる。

 

 

リオンはそれ以上の言葉を吐かず、とにかくあの二機をアークエンジェルに近づけてはならないと考えていた。

 

「私が前衛に。隊長は後方より折を見て攻撃してください」

接近戦、射撃戦でもどちらもできるゲイツ。それに最新鋭の機体でもあるのだから、自分が適任と考えていたフィオナ。

 

 

「フィオナ!? 無茶だ、相手はあの赤い彗星だ」

 

「前衛二人では攻めにくいです。だから私が――――」

 

そして二人に対して苛烈とは言えないほどの攻撃が襲う。二人とも盾でその攻撃をはじきながら反撃をうかがう。

 

「敵を前に作戦会議とは、恐れ入るよ、その余裕は」

何か策を講じる準備があると見たリオンは、とりあえず形だけでも攻撃しようと考え、ライフルで牽制を入れる。

 

「俺が前衛になる。フィオナは後衛であいつの動きを制限してくれ」

 

「――――了解しました」

何か含みのある声ではあったが、フィオナはアスランの命令に従った。

 

 

「!?」

不意にグゥルからイージスが飛び上がった。飛翔能力を捨ててまでやる行為は限られてくる。

 

これでは的だと考えたリオンだが、背中を凍らせる感覚に従い、ライフルを構えたところで回避運動を取る。

 

「っ! そうだったな、こちらがいる!!」

 

右に急旋回しながらその攻撃を避けたリオンは、絶妙なタイミングで援護射撃を入れてきた蒼い機体を見て表情を歪める。

 

「ハァァァァ!!!!」

 

そして眼前には4本のサーベルで襲い掛かるイージスの姿。

 

「――――ちぃっ!!」

 

まずは蹴り飛ばしの感覚で振るってきた右足の斬撃を回避するリオンだが、次に襲い掛かるのは遅れて出てきた右腕の薙ぎの一撃。

 

「くっ!!」

さすがのリオンもこの状況は苦しい。先ほどバスターを落とすためにシールドがない状態なのだ。サーベルで受け止めることなどできないので、防御手段がない。

 

 

しかし、ここでリオンの脳裏に圧倒的なひらめきが起きる。

 

「ならばっ!!」

 

リオンも構わずサーベルを振るう。アスランはついにあの赤い彗星が自棄になったのかと考えていたが―――

 

「――――なにっ!?」

 

迫りくるイージスの横薙ぎの一撃を防いで見せたのだ。それも超人的な絶技をもって。

 

 

「そんなっ!? 隊長っ!!」

決まるかと思われていた必殺の一撃が決まらず、そればかりかイージスが逆に窮地に陥った。これにはフィオナも驚きを隠せない。

 

しかし呆けているわけにはいかない。アスランと赤い彗星の距離を詰める、願わくば、隙が多い彼を撃ち落とそうとライフルで牽制を入れてくる。

 

「――――判断もいい。嫌なタイミング横やりを入れてくるな、君は」

リオンも青い機体に乗るフィオナの腕前を認めていた。あの敵は相当に手ごわい、と。

 

自分の見る目は曇っておらず、やはりあの機体から逆に撃破するべきだったと考えていた。

 

しかし、フィオナとアスランはそれどころではない。つい先ほどリオンが行った絶技は二人を驚愕させるには十分すぎるものだ。

 

まさか、サーベルの鍔迫り合いの斜め上の方法をとるとは夢にも思わないだろう。

 

 

イージスの右腕はサーベル発生装置が完全に切断されていたのだ。

 

つまり赤い彗星は――――

 

「サーベルの発生装置だけを、あの横薙ぎのスピードに対応しつつ、正確に切断したというの!? なんて出鱈目な!!」

 

損傷軽微とはいえ、2対1で赤い彗星を落とせない。フィオナとアスランの焦りをさらに深いものにする。

 

 

 

 

 

バスターは既に海水に落ちた。後は、キラが抑えているであろうブリッツのみ。

 

そのブリッツもキラの攻撃の前に苦戦を強いられていた。

 

「ミラージュコロイドが使えないブリッツなんて!!」

 

ライフルで乱射するキラ。グゥルによる移動手段に限られているニコルは当然苦しい戦いを強いられていた。

 

「くっ、これじゃあ近づくことすら――――」

 

ニコルが相手をしているのは、ストライクだけではない。アークエンジェルという母艦からの弾幕もあるのだ。

 

 

――――戦力差が違い過ぎる。むしろここまで持っているほうかも

 

モラシム隊が全滅したことは計算違いもいいところだ。こちらの要請に応えてくれたなら、まだ戦いようもあった。

 

このまま戦闘を続けていれば、死者だって――――

 

 

「うわっ!! しまった!!」

不意に彼女を衝撃が襲う。被弾してしまったということだ。機体ではなくグゥルがやられた。

 

ストライクはまだ背中を見せているのに。

 

ニコルのグゥルを撃ち落とされたのだ。その主は――――

 

 

「油断すると痛い目見るぜ、黒いの!!」

 

エリクの長距離狙撃がさく裂したのだ。なぜ、ニーナとドリスが抑えていたはずのデュエル二号機がこんなところに。

 

 

 

キラとエリクのポジションチェンジ。キラはニコルへ強襲をかけた後にエンジン部分を執拗に狙うニーナとドリスの前に躍り出たのだ。

 

 

「なっ!? 白い奴、ニコルが抑えていたんじゃ!!」

 

「イザーク先輩の仇!! 覚悟っ!!」

 

ドリスはその出現に狼狽え、ニーナは激昂する。しかし、キラはそんなことなど知ったことではない。

 

 

「なら押し通る!!」

 

右腕でサーベルを投擲し、ドリスのグゥルを撃墜することに成功するキラ。爆炎をあげながらドリスのグゥルが墜落していく。

 

「量産機!? 違うっ、あの時のビーム兵装の!!」

 

 

「ストライクッ!! 覚悟ぉぉぉ!!!」

勇ましい声をあげながら、ニーナがビームクローで斬りかかってきた。対するキラはそれをシールドで受け止めるが、

 

「やぁぁぁ!!!!」

一撃を食らわせてきた敵の攻撃を防いだと思った瞬間、機体に大きな衝撃が襲ったのだ。

 

「――――えっ!? これはっ!!」

シールドの上からアンカーらしきもので攻撃されたのだ。絶え間ない攻撃の嵐で体勢を崩してしまったストライク。

 

「これでっ!! 弾幕っ!?」

 

しかし、アークエンジェルからの援護射撃でニーナの追撃は断念せざるを得ない。モビルスーツを一瞬で溶かしかねない攻撃だ。ゲイツのシールドで防ぎきれるものではない。

 

「――――あと一歩のところを!!」

 

ニーナは再び距離を取り、ストライクを執拗に狙い続ける。その姿は執念すら感じる。

 

「あの機体だけ僕を狙う!? けど、陣形から引き離すチャンスかも」

 

キラは攻めが単調になりつつある新型を抑えるには、頭を使う必要があると考えた。

 

キラが冷静に怒り来るニーナを押えている最中、いよいよザフト軍は苦しい戦況に追い込まれつつあった。

 

「不味いぞ、このままだと全滅だ!! というよりみんな塩塗れになっちまう!!」

 

落下しながらドリスはアスランに現状を報告する。

 

 

「くっ、限界か。一時撤退だ!! 単純に戦力が足りなさすぎる!!」

アスランは隊員の安否を選択した。バスターとシグー、ブリッツは既に海に落ちた。残るはイージスとゲイツ二機だけだ。

 

「隊長!! まだ私は戦えます!!」

ストライクと互角以上の戦いを見せるニーナ。隠し装備のビームアンカーがキラの目測を悉く狂わせていた。

 

「あのアンカーがノーモーションで来ると、迂闊に飛び込むことも――――」

 

接近戦は苦手ではない。だが、手数と武装で不利なことを自覚しているキラ。膠着状態が続いていた。

 

しかし、フィオナがそんな猪突猛進な親友を諫める。

 

「これ以上は死人が出るわ。それに、隊長の命令よ」

 

フィオナはそういうと、ストライクに対して牽制射撃を仕掛け、ストライクをアークエンジェルまで下がらせたのだ。

 

「でもっ!!」

 

「それに私たちの状態だけではないわ。オーブ軍が近海まで来ているわ」

 

「!? 中立の皮をかぶった卑怯者が!?」

 

 

『こちらは、オーブ海軍、第2護衛艦隊である。接近中の地球軍艦艇、並びにザフト軍に告げる。貴軍等はオーブの領海に接近しつつある。ただちに進路を変更されたし。中立国である我が国は、武装艦船、並びに機動兵器の領海、領空侵犯を一切認めない。ただちに変針せよ』

 

オーブ軍艦隊は、アークエンジェルとザフト軍の様子を見ていたのだ。

 

 

オーブ首相官邸では、

 

「――――あれがアークエンジェル。連合の戦艦か」

 

「そして今ザフト軍と戦闘を行っている機体が連合の生き残ったMSか」

 

首脳官邸で映像を見つめる閣僚たち。その中でも一際戦果を挙げている赤い機体と、新型相手に一歩も引かず、敵を撃破している白い機体に注目が集まる。

 

「――――――」

キュアン・フラガは無言でこの映像を見ていた。あの赤い機体にリオンが乗っている。それだけで彼の胸は締め付けられていた。

 

――――ここまで来てくたばる、なんてことはないよな、リオン

 

 

彼がもたらした戦闘データだけではない。彼の安否が一番大事だった。

 

 

「――――オーブとしては、領海内での武装戦艦、並びに機動兵器に対する処置は既に決まっている」

 

ウズミ元代表は冷徹な言葉で、その全てを排除すると暗に言い放ったのだ。

 

「――――っ」

ほんの少し動揺を見せたキュアンだが、それでも何とか無表情を装う。

 

「しかし、テレビ中継はまずいでしょう―――これを」

ホムラ代表は近くの秘書官に小声で指示を飛ばす。

 

あの中に入っているモノ、今戦闘をしている機動兵器の力をオーブは欲しているのだから。

 

 

 

オーブ艦隊が集結しつつある現状、ニーナとてそこまで愚かではなかった。

 

「オーブ軍――――了解しました」

 

不満はあるが、ここで暴れてもしょうがないことはわかる。

 

『警告を無視した貴艦に我々は自衛権を発動する。速やかに転進せよ』

 

 

一方のキラも苛烈な攻撃をやめて撤退してくザフト軍を見て、

 

「やはりオーブへの介入は――――!?」

 

しかし安堵したのもつかの間、アークエンジェルに対し、砲撃が行われたのだ。

 

「――――おいおい。これはどういうことだ!?」

エリクはリオンに怒号に近い声を飛ばす。話が違うのではないかと。

 

「偽装工作ですよ。アークエンジェルはオーブ近海に無断侵入し、撃退されたものとする。これが“オーブの公式回答”になるでしょうから」

 

理路整然に、当たり前のことを言うかのようにリオンはその疑問と怒りに対して答えを与えてしまう。

 

「え、ええ。確かに表向きそのほうが波風は立たないわ。けど―――」

ブリッジにいるマリューは、リオンからの言葉で一応落ち着いてはいるが、絶え間なく飛び交う砲弾を見て肝が冷えてきていた。

 

「大丈夫です。オーブの砲撃手は優秀ですからね」

笑顔でオーブ軍の有能さを説明するリオン。

 

「ああ。直撃コースはなく、このまま直進すれば下手に当たることはない。だが、我々の事実をもみ消すことはできるのか?」

 

ナタルも、衝撃こそあるが、アークエンジェルに一切当たらない砲撃にようやくほっとしつつあるものの、これからのことを考えればどうなるかと不安を口にしていた。

 

 

「オーブ軍の諜報は、まあまあ優秀ですよ」

 

 

その後、ほぼ無傷のアークエンジェルは激しい攻撃にさらされるという演技を装いつつ、オーブの秘密ドッグへと収容されることになる。

 

 

 

 

 

 



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第31話 未来で待つ一輪の花

数多の戦いを経て、アークエンジェルはついにオーブに入港することになった。ザフト軍はすでに撤退し、衛星からの監視も行き届きにくいよう、スモークを使う徹底ぶりだ。

 

それをうまく爆炎と混入させることで、巧妙にアークエンジェルの存在を隠しながらの誘導。

 

アークエンジェルは無数のイージス艦に監視されるような形で、オーブ領土の一つ、オノゴロ島の秘密ドッグへと入り込んだのだ。

 

「―――――ふぅ」

大きく息を吐いたリオン。ブリッジに戻った彼は、オーブ軍と連絡を取っていた。

 

「それにしても、まさか貴方様がアークエンジェルにおられたとは。ウズミ様、そしてカガリ様も心配されておりましたぞ」

オーブ軍第2艦隊提督、アマダ・コバヤシ一佐がリオンの無事を確認し、笑みを浮かべる。

 

「いろいろ成り行きでね。カガリには悪いことをしたと思う。すまない」

 

「本当に破天荒なお方だ。フラガ家次期当主殿は」

先ほどの厳格な表情からは想像できないフランクな物言いのコバヤシ一佐。

 

 

「しかし、モビルスーツでの戦闘、お見事でした。ザフト軍のパイロットをあそこまであしらうとは」

オーブ軍の悲願でもあるモビルスーツの完全配備。そのカギを握るのはリオンであり、アークエンジェルが所持している戦闘データである。

 

「いや、相手も手ごわかった。蒼い機体はいささか厄介でね。一対一ならば、負ける気は一切ないが、それでも強敵だったよ」

 

 

「あの、リオン君?」

オーブ軍関係者と普通に話しているリオンを見て、驚きを隠せないマリュー。融通が利くとは言っていたが、秘密ドッグに入る途中からフランクな会話になっているのだ。

 

「ええ。いろいろ軍には融通が利く身分なのです。一応兵器開発もしたことがないわけではないからね」

 

 

「――――さっきは怒鳴って悪かったな」

エリクがその時、リオンに謝罪をする。リオンの言葉を信じろというのはなかなか厳しいものだったかもしれないが、リオンの言う通り寄港は認められたのだから。

 

「いえ、アレが普通の反応です。ザフト軍をだますにはアレぐらいギリギリに、徹底しないと騙せませんからね。皆さんにいろいろ心配をかけ、申し訳ありません。説明不足なところがあったこと、謝罪いたします」

そう言ってリオンは周囲にいるであろうクルーたちを見回し、謝罪をする。

 

「い、いや。フラガ少尉―――ああ違うな、リオンの言うことも一理ある。あの場はアレがベストだった。気に病むことはない」

 

ナタルの気にするな、という発言に、周囲は内心で驚いた。

 

―――ナタルが許した?

 

―――堅物の副艦長も撃墜とはなぁ

 

―――まあ、実際ああするしかなかっただろうし

 

 

「おうおう。敵に回したくないぜ、お前の狡猾さはな。けど、短い間だったけどありがとな。感謝してるぜ」

 

「ええ。ブロードウェイ中尉も、アラスカまで残り少ない旅路の期間、幸があることを祈ります」

 

がっちりと握手をするエリクとリオン。お互いの今後を気遣いつつ、一時の別れとなる。

 

「けど、フラガ家、ねぇ。親父が死んで潰れたと思ったらまさかオーブでここまでとはなぁ」

ムウの立場としては、今更家に戻るつもりはないのだが、本家ではなく分家がまっとうに商売をしていることに驚いていた。彼がいた時は既に末期の状態だったからだ。

 

「キュアンがいろいろ根回ししてくれたおかげです。彼の手腕は伊達どころではありませんから」

 

「なるほどな」

 

 

一方、オーブに辿り着いたことで除隊を考える者が少数いたのだ。

 

 

「ついにオーブかぁ」

トールはついにオーブに入ったことでその時が近づいてきていることを悟る。

 

「ああ。オーブに戻っても軍に入るから複雑だけどさ」

アルベルトはトールがオーブ軍に入ることを知っているので、内心複雑な思いである。ミリアリアとリア充すればいいのに、と。

 

「けど、フレイがニューヨークで頑張っているんだ。みんな自分のすべきことを考える時、なんじゃないかな」

サイはアルベルトと同様にアークエンジェルを降りない。このままアラスカへと向かうのだ。

 

「うん。いろいろ苦しいこともあったけど、アラスカで答えを見つけるまで、僕も降りるわけにはいかない」

キラは、アラスカで連合の真意を知りたいと考えている。彼らが何を考えなぜ戦うのか。ここまで戦争にかかわって、このまま中途半端に投げ出すわけにはいかないと考えていたからだ。

 

「見つかるといいな、キラの答えが」

トールは、そんなキラのことを心配しつつも、キラの探し物が見つかることを祈る。

 

「うん。トールもミリアリアと一緒にオーブに帰って、絶対に――――」

 

その時だ。ラクスが不意に食堂に姿を現したのだ。

 

「セイラさん?とカガリさん?」

キラはキョトンとした顔でラクスを見つめる。その隣には、屈強な筋肉と体格を誇る大男と、いつか見た金髪の少女、カガリ・ユラ・アスハがいたのだ。

 

 

「シャトルの時は肝を冷やしたぞ、二重の意味でな」

 

やや疲れた顔をしているカガリ。ラクスがいない事態に驚き、今度はシャトルがザフト軍に狙われ、苦労続きだった低軌道戦線から日がたち、ようやくラクス・クラインがオーブに辿り着いた。

 

「その節は本当に申し訳ありませんでした」

 

 

「でもいいさ。砂漠に海と、プラントでは見慣れない景色ばかりだっただろ?」

カガリはラクスの心情を察し、敢えて言及はしなかった。彼女にとってはこれまでの旅全てが新鮮で、地球という星を知るいい機会になったと考えているからだ。

 

「はい、カガリ様がおっしゃったように、地球は様々な顔を見せるのですね」

 

純粋無垢、天衣無縫、天真爛漫。様々な四字熟語が羅列するであろう彼女の朗らかな笑顔と、地球に対する純粋な好奇心は、アークエンジェルのクルーのハートを撃ち抜いていく。

 

ざわざわ、

 

 

「天使だ、天使がおる」

 

「やべぇよ。あんな民間人がプラントにはいるのかよ」

 

「プラント行きたくなったんだけど」

 

「護衛がストーカーにならないか不安だった」

 

「おいそこ」

 

「仕事しろ、お前たち」

 

保安官も悶絶する超常的な可愛さに、キラたちも困惑を隠せない。

 

「痛い痛い! だっ、違うって! 脇をつまむのやめてえぇ!!」

 

「むぅ、トールのバカ……」

トールが一瞬呆けていたので、嫉妬したミリアリアがトールの脇の下をつまんだのだ。彼女の可愛い嫉妬に笑みを浮かべつつも、やはり痛いトールは、かなり情けない表情になっていた。

 

 

「ほんと、とんでもないオーラだよな、あの子。本当に民間人か逆に怪しいような」

 

「うん。鼻血のことはフレイには黙っておくよ、サイ――――」

 

鼻血がだらだらと流れるサイに対し、キラは冷静な突っ込みを入れつつ、ティッシュを提供する。

 

「俺だったら口説くと思うな」

 

「口説いたらだめだよ、口説いたら――――」

アルベルトに突っ込みを入れるキラ。いつの間にか自分が突っ込みポジションにいることを自覚するキラは、

 

―――でも、こんな空気は久しぶりだ。

 

朗らかな気持だった。しかし、こんな日は長く続かない。

 

「さて、セイラ。お父様がご指名だそうだ。リオンと一緒に来てもらうぞ」

 

「分かりました」

 

ラクスはカガリの言葉にうなずきつつ、不意にこちら側に向いた。

 

「ポッドの回収から今日に至るまで、ご迷惑をおかけしました。そして、貴方方の善意で、わたくしをここまで送り届けてくれたこと、大変感謝しています。」

 

そしてラクスは深々とお辞儀をするのだ。それはまるで、どこかのお姫様のように違和感がなくて、慣れているイメージがあった。

 

「ありがとう。このご恩は絶対に忘れません」

 

男性陣が中心の保安官たちはそれだけで魂が抜けたように呆けた顔をしつつ、何かに操られたように敬礼で返すのだった。なぜ敬礼をしているのかはわからない。だが、なぜか敬礼をしなければならないと保安官の一人は語る。

 

ラクスがカガリとともにこの場を去った後、

 

「――――すごかったな、アレぐらいの美女がプラントにはいるのか」

サイは呆けたようにセイラの後姿を見続けていた。

 

「おそらくだけど、どこか高貴な身分の人だったりして」

 

「えぇぇ!? じゃあマジでお姫様かもしれねぇじゃん!!」

 

アルベルトとトールは、セイラの正体について言及するがすぐに結論を出すことはできないと言い放ち、結局放置することに決める。

 

 

――――ラクス・クライン。僕は、あなたの本当の姿を見ていない。

 

キラは、プラントに対して懐疑心を抱いている。だからこそ、ラクスの心根を信用できなかった。

 

しかし、リオンが気にかけている存在であり、これが素なのではないかとも思い始めていた。

 

―――貴女は、何を考えているんだ? 貴女はなぜリオンに?

 

 

本当に、そのままの人物なのだろうか。その後、キラはリオンとエリクとともにオノゴロ島のモルゲンレーテを訪れることになる。

 

 

しかしその前に、リオンはラクスとともに首脳官邸へとたどり着き、

 

「この馬鹿野郎。心配ととんでもない案件を持ってきやがって。けど、まあ結果的にはよくなりそうだ」

 

キュアンが泣きそうな顔でリオンを抱きしめる。ヘリオポリスからだいぶあっていなかったのだ。親として、家族として心配だったのだ。

 

「心配をおかけしました。ですが、案外うまくやったでしょう、俺」

 

しかし、いたずらっぽい笑みを浮かべ、自分のしでかしたことを誇るリオン。

 

「はぁ。無鉄砲なところは誰に似たのやら――――それで、その子がラクスさん、だったかな?」

キュアンは改めてラクス・クラインをまじまじと見る。シーゲル・クラインの娘だというが、

 

――――似てねぇ。マジでどこが似ているんだよ。

 

親の顔の名残というものが見られない。コーディネイターの子供はこうなのか、と心の中で複雑な心境を浮かべるキュアン。

 

「はい。貴方がキュアン様なのですね。リオン様からお話は聞いております」

 

「まあ、そんなに固くならなくていいさ。ここにあなたを縛るモノはないし。プラントとの交渉、貴女の返還まで、オーブで散策するのもいいだろう。仕方のないことだが、護衛はつけさせてもらう」

 

その際、リオンを連れて行くのがいいだろうと判断するキュアン。リオンを見る目が熱にうなされているように見えたので、

 

――――リオンの奴、ここにきてモテ期到来か。プラントとオーブの姫を撃墜するとはな

 

と、色々と変な方向に思考が向かっていたりする。

 

「それと、アルスター事務次官の権限でアークエンジェルから降りる民間人もいると思う。その時の対応は政府に任せます」

 

 

「わかった。しかしまあ、ヴィクトルとユウナも心配していたぞ。お前が戦争の前線で戦っていると知った時、ユウナは気が動転しているし、ヴィクトルは大泣きするし」

 

ユウナ・ロマ・セイランと、ヴィクトル・サハク。カガリとも親交が深く、リオンがヘリオポリスに向かう前に、あったことがある人物でもある。

 

「しかし、ロンド・ギナ・サハクの姿が見えないんだけど。謹慎?」

 

「ああ、いやまあ―――」

言葉を濁すキュアン。

 

「それは私がお答えしよう」

そこに現れたのは、ロンド・ミナ・サハク。ギナの妹に当たる人物だ。

 

「ミナさん。お久しぶりです。ギナさんは謹慎ですか?」

 

リオンはオーブに今帰ってきたばかりなのだ。情勢に疎いのは仕方がないところもあるのだが、彼がいなくなるというのはよほどのことが起きたのだろうと考えた。

 

「形だけではそうなる。一応ポーズを作る必要があったからな」

ミナはなんでもなさそうにすべてを話した。ヘリオポリス崩壊の責任と、プラントに対する釈明として、ギナの謹慎をプラント側に通知。しかし、その効力は微々たるものだったという。

 

 

「――――ラクス嬢のことは、渡りに船、そういうことですか?」

 

 

「ああ。オーブはモビルスーツの技術を確立できた代償に、ヘリオポリスを失い、プラントとの国交も一時的に悪くなった。だが、ここでその少女の引き渡しが実現できた場合は持ち直すことも出来よう」

 

ラクスを慕うコーディネイターは多い。だからこそその効果に期待しているとミナは言う。

 

「――――新型Gシリーズの件、私は性急すぎると考えていましたが、結果的にモビルスーツの実戦データは取ることが出来ました。賛同していなかった私がそれを集めることになったのは皮肉ですけど」

 

「そう言うな。私はもう一人の私とは違い、其方のことは高く評価しているのだぞ。王の器ではないが、確固たる信念を持ち合わせる英傑の一人であると」

 

 

「王の器でありませんし、英傑にも程遠いですよ、ミナ様。私は私の信念と思想に従っているだけです。あの一件から貴女の評価は過大が過ぎます。期待されるのは嬉しいですが…」

リオンとしては、あの一件以来ミナがこちらに期待をするような目を向けてくることが多くなり、それなりに重圧に感じていたりする。

 

そんなリオンの照れたような、謙遜の過ぎる態度を見ていると、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、あの日彼が言い放った言葉をもう一度世に放ったのだ。

 

「――――国とは、民のことを指し、民があってはじめて国が成り立つ。支配者一人だけでは、国とは言えない、其方が放った言葉は、今も私の胸に刻まれている。それを臆面もなく言える存在が、果たしてこの世界にどれだけいるのやら」

 

 

「き、刻―――っ」

カガリが思いっきり赤面する。まるで恋人同士が話すかのような物言いに気恥ずかしさを感じてしまったのだ。

 

「好きですね、そのお言葉。ですが、ミナ様の心に深く刻まれたのであれば、幸いです。民を軽んじる施政者が生まれなかったことは喜ばしいことであり、仕え甲斐もありますから」

ミナとのやり取りは慣れている。というより、施政に関するものばかりなのだから緊張する必要もなかった。

 

 

「だからこそ惜しい。其方の慧眼が戦場で散ることが心配だ」

蛮勇にも等しいリオンの単騎掛け。ミナは彼の慧眼が失われることを心配していた。ゆえに、カガリが抱いていたような心配は一切ない。

 

ミナは、リオン・フラガがオーブに有益な存在であることを認識したうえで、その命を気遣っているのだ。

 

 

「帰る場所があります。それがある限り死ぬわけにはいきませんし、誰にも負けるつもりはありません。どんな相手であろうと乗り越えましょう」

 

 

「頼もしいことだ――――話が長くなったな。今日のメインはプラントの姫君だった」

ちらりとラクスを見やるミナは、話をいったん終わらせ、ラクスへと向き直る。

 

「リオンは其方に役目を期待している。プラントと地球、二つの勢力の和平のカギとしてだ」

 

 

「存じております。ミナ様やリオン様に役目があるように、わたくしは己の役目、わたくしが為したいことを為すだけですわ」

 

毅然とした目で、ラクスはミナの視線から逃げない。190㎝の高身長のミナ相手に、一歩も引かない雰囲気だ。

 

「――――で、あるか。ならば私が其方に言うことはもはやない。それまでは我が国の在り方を見ると良い」

 

 

一方、マリューとムウ、ナタル、エリクはウズミ・ナラ・アスハとの謁見を行っていた。

 

その謁見も佳境に入っており、オーブの現状、連合に入るわけにはいかない理由も当然含まれていた。

 

「やはり、オーブは戦闘データを」

 

「うむ。先にも申した通り、中立を守るには力が必要だ。こちらの要求に応えてくれれば、かなりの便宜は図れるだろう」

 

「――――リオン一人ではダメなのか? あいつはナチュラルで、とんでもない凄腕だ」

エリクが不思議そうな顔をしている。リオンならばそのすべての問題は解決するのではないかと。

 

「リオン・フラガ。彼もまた天才の一人だ。普通のナチュラルではない。彼はナチュラルに生まれた存在ではあるが、後天的に記憶転写を幼少のころから受けていてな」

 

「なんですって!?」

思わず立ち上がったマリューが、リオンの生い立ちに反応した。

 

「記憶転写? それはまさか、オーブで!?」

ナタルもリオンが年不相応な雰囲気を出していたのは大人びているだけではないと考えていた。だが、これではまるで――――

 

―――呪いではないか。先人たちの遺産が、今を生きる者を蝕むなど――――

 

 

「―――――彼がそのような処置を受けていたのは、フラガ本家が一度壊滅し、分家に引き取られる前だ。しかし、彼の様子は酷いものだった」

 

ウズミは年相応の感情すらなくしかけていた少年の未来を案じた。

 

「強靭な遺伝子。元より弄る必要のない本物の天才だったアル・ダ・フラガ。そしてリオンを生み出すためだけに生まれた女性の命。彼が背負っているものは大きい。ゆえに、普通のナチュラルの感覚というものが彼にも理解しきれていないところがある」

 

 

「天才として生まれ、後天的に鍛え上げられたスペシャル。ある意味ジョージ・グレンよりも異端だな。彼の存在だけで火種が爆発するだろう。胸糞悪い話だがな」

 

エリクも想像以上のリオンの生い立ちに眉間にしわを寄せた。ある意味コーディネイターよりも歪んだ彼の在り方に。

 

――――いつから世界は、人を人と思わなくなった?

 

自分もコーディネイターだ。強化されたのだろう。だが、周りの人間は自分をしっかりと躾てくれた。ナチュラルの子供と変わらない、

 

一人の子供として自分を見てくれた街があった。エリクでさえ得られた小さな幸福すら受け取れず、ナチュラルとして生まれた彼は、ナチュラルに生きることを許されなかったのだ。

 

エリクの沈痛な顔を見たウズミは一瞬だけ目を伏せ、説明を続ける。

 

 

「それに、餅は餅屋だ。彼にもできないことはないが、適任はキラ・ヤマト君だ。一番の理由は休暇を与えたいのだ、リオン君に」

 

 

「なるほど。あいつは俺の目から見ても頑張っていたし、あんたが休暇を与えてくれるなら安心だ」

 

ちゃんと彼を見てくれている。立場上厳しい時が来るかもしれない。しかし目の前のウズミはギリギリまで戦友のことを気にかけてくれている。

 

それが彼の戦友として喜ばしいとエリクは思う。

 

 

 

 

その後、アークエンジェルの士官たちには補給を受ける代わりに技術協力と戦闘データの公開を受け入れるしかないと判断し、この話し合いは終了となった。

 

 

リオンはその後ラクスの身柄をウズミに任せ、モルゲンレーテ社へと向かう。先んじてストライクとともに入場したキラの後を追うためだ。

 

そして、オーブという戦争の混乱の中を美味く泳ぐ中立国家を頼る、資産家たちが多いことを知ることになる。

 

「ウィンスレット・ワールド・コンツェルン、ね。連合、プラントにつながりを持つ会社らしいが、オーブに厄介ごとを齎すのでは?」

 

リオンは当初、連合とプラントにつながりのあるこの企業に対し、懐疑的な意見だった。

 

「だが、モビルスーツのノウハウを得る貴重なパイプでもある。バクゥのキャタピラは、今後の可変MSの設計において、重要な足掛かりとなるはずだ。空戦仕様の試作量産機が先行生産され始め、マリンタイプのアストレイも既に組みあがっている」

キュアンはリオンの懐疑心をやんわりと宥めつつ、メリットについて語る。

 

オーブの新たな剣となるべく生み出されたMS。ザフト軍のジンやシグーをはるかに上回る運動性能を誇り、連合軍少尉キラ・ヤマトの技術協力、これまでの戦闘データを取り込んだOSが導入され、量産機としては破格の高性能機として誕生したアストレイ。

 

 

MBF-M1アストレイは従来の設計通り量産がスタートしていたが、ムーバブル・フレームの設計思想が組み込まれ、新型Gシリーズすら圧倒しかねない性能を実現。その性能の高さを維持しつつ、量産コストもムーバブル・フレームの設計思想のおかげで当初の予想されたコストを下回ることに成功。

 

ミラージュ・コロイド仕様のサーベルからの切り替え完了には、早くても半年はかかる見込みだ。

 

 

 

MBF-M2アストレイ指揮官用は、運動性能を引き上げ、長時間戦闘に耐えうる仕様となった。こちらは先行量産型であり、トップガンたちが乗る機体だ。バックパックも強化され、一般機に比べて高速戦闘に主眼を置いた、一撃離脱戦法が主流となる見込みの模様。

 

 

 

MBF-M1-M水中用アストレイ。肩部と腰部にハイドロジェットを装備。背部は水陸両用を意識し、通常のスラスターを維持している。実弾兵器、レールガンが主となる見込みだ。

 

 

陸戦、海戦ときて最後に空戦仕様の主力MSの開発が難航していたが、ムーバブル・フレームとイージスの設計思想が相乗効果を生み出し、先行型可変MSが完成した。

 

MVF-M11C ムラサメ。早期からオーブにとって必要とされてきた空戦における優秀な継戦能力を有する完成度の高い機体だ。指揮官用アストレイを凌ぐ機動性を有しているが、装甲は薄く、被弾が命取りになる。

 

が、後にザフト軍で開発されたゲイツ、連合軍のストライクダガーを歯牙にもかけない戦闘能力を示し、プラントの技術者を驚愕させた。

 

 

そして、オーブ軍に寄り添う形で接近したのがウィンスレット・ワールド・コンツェルン社なのだ。

 

「で、これはどういうことですか、キュアン。なぜあのような小娘にアストレイを乗せているのですか?」

独り言をつぶやくリオン。キュアンは電話で少し離れた場所に移動しているため、彼の独白を聞く者はいない。

 

 

 

目の前のアストレイは確かにいい動きをしている。だが、すでにナチュラルのパイロットのアサギ・コードウェル、ジュリ・ウー・ニェン、マユラ・ラバッツがクールダウンを終えているにもかかわらず、アストレイが動いているのは問題なのだ。

 

目の前の少女、ラス・ウィンスレットの手によって確かにいい動きをしているアストレイ。だが、それとこれは別だ。

 

「これは遊びではないのです。Mr.ウィンスレットのご機嫌を無理にとる必要もないでしょうに。」

 

 

 

その後、子供用のパイロットスーツに身を包んだラス・ウィンスレットが機体から降りてきた。

 

「貴方が、リオン・フラガ様ですか? 初めまして、私はラス・ウィンスレットです! 父がこれからお世話になります!」

 

「!? あ、ああ。私がリオン・フラガだ。貴方の父上とは今後もいい関係を築きたい。それにしても、見事な腕ですね」

MSに乗る少女ということで身構えていたリオンだったが、快活な声色とともに出てきた彼女の雰囲気に驚いていた。

 

――――この子は、どんな願いをもって生まれたのか

 

だからこそ、その明るい声を発する少女に、どんな願いを込めてコーディネイターとして生を受けたのか、それを余り考えたくなかったリオン。

 

「はい! 以前からMSの性能テストに携わっていたので、大体の機体は乗りこなせます!」

 

胸を張って応えるラスの姿に、勝手に心苦しさを感じていたリオン。

 

――――彼女の父親と亀裂を生むかもしれない。だが俺は

 

 

「すみません。キュアンから許可があったとはいえ、あまりアストレイに乗るのは控えたほうがよろしいかと」

 

出来るだけ丁寧に、リオンはラスにMSに乗らないでほしいといった。

 

「???」

 

辛そうな顔をして、乗るべきではないと言う青年を前にして、ラスはキョトンとしていた。

 

「――――あれは兵器です。君のような少女が、進んで手を汚す必要はないのです。自分勝手な物言いですが、Ms.ウィンスレットには向かない」

 

 

 

「――――以前から私は、コーディネイターだからこそできるテストパイロットに近いことをしていました。パパの仕事を助けるためでした」

 

リオンの見る瞳の強さは変わらない。少女は彼に対し微塵も臆していなかった。

 

「でも、この国ではMSのいろんな使い方があると聞きました! 大型コロニー建設、宇宙探査。まったく別の、MSの可能性があるって!」

 

目をキラキラさせながら、ラスは言い放つ。

 

「それを推進していたのは、他ならぬリオン様でしょう!? 私、ここに来る前から調べたんです! オーブの神童、ここにあり、って!」

正直過大評価なのでは、とリオンは思う。強化外骨格では難しいので、大型重機の代わりにモビルスーツなら応用が利くという何気ないアイディアだったと記憶している。

 

この少女のような、壮大な志があったわけではない。単に効率の問題だ。

 

—————この発想の違いが、俺の限界か

 

少し見る目が変わり始めたリオン。この少女の戯言を真面目に聞くことにしたので、黙って聞き手に回る。

 

 

「モビルスーツの平和的な運用方法。それは凄いことで、私も大きくなったらやってみたいんです。きっとそれは、世界にとって素晴らしいことだから」

 

どうですか、と胸を張って自信満々の様子のラス。

 

 

「——————そんな言葉を頂いたのは、初めてですね。悪いが、そこまで壮大なことは考えていなかった。が、そういう考えもあったのだな」

 

 

リオンにとってMSは人殺しの機械だ。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、それは戦争中だから仕方のないこと。

 

――――もし、戦争が終わって、平和な時代になった時

 

リオンはその先の可能性をもう一度考えた。MSという巨大人型兵器が、コロニー建設、宇宙での活動に有用であることは事実でもある。実際、ヘリオポリス再建計画に大いに役立っている。

 

————目の前の少女の様な思想が世界中で芽吹けば、あるいは……

 

「えぇぇ!? そんな!? 私、何か頓珍漢なことを言ってしまったの!?」

慌てるラスを尻目に、リオンは朗らかな気分になった。出任せ、思い込み、発端はむしろどうでもいい。

 

 

重要なのは、彼女がその思想に至ったことだ。

 

 

戦争に染まってしまった人間ではなく、染まり切っていない人間がMSの平和利用を考えた時が来る。そして、戦士はそれを実現するために戦っている。

 

—————我々の戦いが、無駄では無かった証、なのではないか?

 

プラント、連合、そして我々は、それぞれの思想に基づき、行動しているのだ。

 

 

「本当に……愉快なレディだ。MSをそんな風に考えている、中々ない発想ですね」

 

あまり素直ではない言い方ではあるが、リオンは既にこの少女の存在を認めていた。ああ、こんな思想もあり得るのかと。

 

ひどく安心感を覚えていた。

 

 

 

「バカにしていますね!? 確かに今は戦争中で、プラントと連合がいろいろな場所で戦っています。そして、その為のMSと誰がも思うでしょう」

 

言葉を切り、むっとしたような顔でリオンを睨むラス。

 

 

「でも、MSだって使い方次第でいろんなことが出来るんです!! そういう考え方だって、許されていいはずなんです!」

 

 

「―――えっと、これはどういう展開だ?」

遠目からリオンとラスが口論に発展しているのを見つけたキュアン。

 

 

「す、すみません、キュアン様!」

言い訳もせず、頭を下げるラス。そして、事態を把握できていないキュアンはリオンに視線を向ける。

 

「―――――叔父上、彼女は何一つ悪いことはしていません」

 

 

「「え?」」

キュアンとラスは、驚いた顔でリオンを見る。特に彼女は、リオンが否定的な意見を言っていたからこそ、強引に自分を否定しに来ると考えていた。

 

しかし、彼はそんなことはせず、逆に彼女を庇うような言動を選んだ。

 

「その思想さえ、世界は許してくれているのです。MSが人殺しの兵器である時代がいつまでも続くわけではありません。彼女は血塗られた思想に対して自由なだけですよ」

 

 

膝をつき、リオンはラスの目線と同じぐらいの高さまで自らの目線を下げた。

 

 

「こんな嫌な時代は必ず終わる。だからこそ、どうか今の君を忘れないでほしい」

だからこそ、少女には託さなければならない。身勝手だが、その先の未来で、彼女はきっと良い影響を与えてくれるはずだ。そして、彼女も幸せになれることを祈ろう。

 

—————俺が諦めた先の未来に、貴方は進む事が出来る。

 

 

「リオンさん?」

先ほどとは別人なのではないかと思うほど、優しい声だった。ラスはリオンの態度の変わりように驚いていた。

 

「リオン? いったいどうしたんだ?」

そして話の内容についていけないキュアンは蚊帳の外。

 

 

「Ms.ウィンスレット。勝手ながら、その思いを守り抜くアドバイスを授けましょう」

 

―――この尊さを持った命を、失わせてはならない

 

彼女一人では、世界を動かすことなど困難だ。だが、こうした思いが積み重なって、世界は変わり始める。

 

そして、その動きの中に、おそらく自分は入ることはできないだろう。第一資格がないし、その頃までリオン・フラガでいられるかもわからない。

 

 

「誰からも守りたいと思われるような人間になりなさい。大切だと思われる存在に」

 

その尊さを一笑に伏す人間はこれから先たくさんいるだろう。彼女に対する風当たりは厳しいものになるかもしれない。だがそれでも、彼女にはこの思いを捨ててほしくない。

 

コーディネイターとナチュラルに確執に、巻き込みたくない。

 

「誰からも守りたいと思われるような、ですか?」

キョトンとするラス。リオンの言っている意味は分かるが、それでも難しいことだけは理解できる。しかし、方法は分からないようだった。

 

—————既に君は、もう答えを持っているのだがな

 

困ったような笑みを一瞬浮かべ、リオンは心中でうまくいかないものだと思う。本当に欲しいものは、案外近くにあるのは、よくあることだからだ。

 

 

「そう、君の想いを否定する人間はいるだろう。だが、彼らはあきらめているからこそ、君を否定するんだ。戦争が人を捻じ曲げ、思いに蓋をする。戦争が終わっても、人は戦いから抜け出せなくなる」

 

戦争によって体を、心を乱された人間は出てくる。生き残ったとしても、その世界を笑って過ごすことは難しい。

 

 

「戦いを経験していない、次の世代が必要なんだ」

 

 

 

「でも、リオンさんは戦争で戦って、誰かを守って―――仕方がなかったって」

ラスは、リオンが民間人を守るために戦ったということをキュアンから聞いている。自分の言っていることが甘い幻想であることは自覚している。しかし、曲げたくないと考えているからこそ、リオンの優しげな声が聞くに堪えなかった。

 

 

――――でも君には、君たちの世代には、こんなことをする必要はないんだ

 

自分よりも年下の子供が今の自分と同じ年齢になるときまで、世界が荒れてほしくない。

 

「君たちのような思いは、平和な時代だからこそ輝く。だからこそ、その思いを曲げてほしくない。殺し合いよりもある意味難しい、俺の勝手な願いだけど、頼めるかな? そして―――」

 

 

その言葉を言うよりも早く、リオンはラスに頭を下げた。

 

「君を侮ったこと、謝罪させてくれ。俺もまた、君の想いを諦めていた一人だった」

 

 

頭を下げたまま、彼女の言葉を待つリオン。ラスはそんな彼の様子に狼狽えつつも、自分の想いを口にする。

 

「お顔を上げてください、リオン様」

 

さながら、懺悔をする戦士に寄り添う聖女のような光景だと、キュアンは思った。

 

「リオン様が、心からその平和を望んでいることを私は理解しました。だからこそ、その謝罪を受け入れるつもりはありません」

 

 

「――――――――」

否定の言葉を投げかけられても、リオンは動じない。彼女の言葉の全てを受け入れる気なのだろう。

 

「平和な時代になって、温かな世界になって。その未来でリオン様が笑っていられるよう、私は願うだけです」

 

 

「――――君に会えてよかった。今はただその一言だけだよ」

 

 

――――もし、世界に対する悪意があったとしても、動じずにいられる。

 

目の前にいる弱く、吹けば飛ばされるような儚い存在が、世界を芳しくする。それを知っているからこそ、どんな絶望が立ちはだかっても、歩くことが出来る。

 

————命を賭けるだけの理由が見つかって、その尊さが存在したことを、知ることが出来た。

 

 

「私も、リオン様に会えてよかったです! 平和な時代でまた、今度はパーティで踊りたいなぁって、思っちゃいました!」

にぱぁ、と笑うラスの姿に、リオンの頬が緩くなる。しかし、それは洗い流されたように清いものであり、邪心を微塵も感じさせない。

 

―――俺なら少しワイルドな気持が生みそうなのに、こいつ全然動じていねぇな

 

はたから見ていたキュアンは、幼女の純粋な笑顔を美しいとだけ感じているリオンに、戦慄を覚えていた。

 

「あっ! 着信……パパからだ!!」

慌てたように端末を手に取り、父親と連絡を取るラス。その慌てようがほほえましく、親子の仲が良好であることを証明するなによりの写真となった。

 

 

「ふふ、ダンスの心得は人並み程度しかありませんが、その御心が変わらぬようでしたら、いつでもお待ちしています、Ms.ウィンスレット」

 

 

「はい! 今日はいろいろな話が聞けて良かったです! 今度はもっといろんな話を聞きたいです! では、これで失礼させていただきます!」 

 

最後にそう言い残し、ウィンスレットの令嬢はこの場を後にするのだった。

 

「―――――――まさか幼女すら撃墜するとはな」

 

 

「叔父上とは見解が少々どころか、大きく異なっていることを理解しました。幻滅していいですか?」

ジト目でラスには手を出してはなりませんよ、とけん制するリオン。

 

「おい。他意はないぞ、他意は! お前の人徳に感心しているだけだ! それだけだからな!!」

とんでもない警戒をされていることにショックを受けたキュアンは、誤解を解こうとする。いや、正直誤解ではないかもしれないが、何とか弁明するのだ。

 

「エリカさんになんていいましょうか」

 

「おいぃぃぃ!!!!」

 

軽口を言い合うキュアンとリオン。しかしキュアンはそんなリオンを見て言いようのない不安を覚えていた。

 

実は、キュアンは話の内容を理解していないわけではない。その全てを理解していた。

 

 

―――お前はその世界を実現するために、何を犠牲にする?

 

他人との関係に対し、仕分けが整っている甥のことだ。オーブという国を焼く選択肢は彼にはないと断言はできる。

 

まるで自分の願いを託し、覚悟を決めているかに見える彼の姿に、危うさを感じていた。

 

――――お前も子供なんだ。平和な時代を生きていいんだ

 

彼がある故人の記憶を有しているのは知っている。しかし、その記憶に引っ張られ過ぎず、リオンとして世界を生きてほしい。絶望だけの人生だったあの祖先のような生涯を歩む必要は、なぞる必要は全くないのだ。

 

 

――――自分の命を疎かにするんだったら、俺は許さねぇからな

 

尊さの為なら、それを守る為ならば、自分すら犠牲にするような生き方を、フラガ家は認めない。

 

生きて未来を勝ち取ることこそ、最善の道であると。

 

「まあ、今度ダンスの練習をしないといけないですね。参ったな……」

 

目の前の年相応な笑みを浮かべる青年は、その辺りを深く考えているのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

 




外伝最新作の主人公ラス・ウィンスレット嬢が登場しました。親と会社を奪われることはたぶんないので、外伝には繋がりません。


リオンさんは、彼以上に純粋な存在をぶつけられると、勝手に覚悟完了するので正直地雷です。

程々に汚い大人だと覚悟完了はしません。


ある意味、リオンの運命が決定した話でした。


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第32話 祈りを込めて

先ほどは投稿ミスをしてしまい、申し訳ありません・・・・

内容はしばらく忘れてください・・・・


ザラ隊率いるザフト軍は、アークエンジェルの情報を一切寄越さないオーブに業を煮やし、潜入して情報収集に当たることになるのだが、

 

 

「なぜニコルさんと私、フィオナが任務から外されるんですか!!」

 

「―――――どういうこと、アスラン?」

 

ニーナとフィオナは冷たい視線でアスランを見つめている。その後ろで、「まあ、まあ」と二人を宥めていたニコルが苦笑いをしながらアスランに助けを求める視線を送っていた。

 

 

「今回潜入が出来るのは工場区内周辺。しかも、本命にはまるで届かない場所だ。おそらく、徒労に終わる可能性が非常に高い」

アスランは冷静な声で説明する。

 

「でも隊長たちはするんですよね? だったら!」

食い下がるニーナ。

 

「――――多少男性で容姿が整っているぐらいなら、まだ誤魔化しも利く。しかし、3人には悪いがそれは難しい」

男女平等が叫ばれ、女性の工員というのも珍しいものではなくなってきている。しかし、容姿が整い過ぎている美少女3人組が潜入となると話は別だ。

 

アスランも大概だが、ニコルたちはもっと潜入に適さない。

 

「――――そういうことです、フィオナ、ニーナ。私たちはオーブの町周辺を探りましょう」

ニコルはアスランの説明に便乗するように二人を宥める。

 

「―――オーブの情勢を市民も少なからず知っているはずだ。スカンジナビアからの旅行者としての身分も偽造した。どんな些細な情報や予測でもいい。俺たちが欲しいのは確証だ。確固たる証拠が欲しいわけではない」

 

 

「了解――――」

 

「そこまで言われるのでしたら――――」

 

渋々ながら、二人はアスランの命令に従う。

 

「そう気にすんなよ。俺らがちゃんと手柄は取って帰るさ」

 

「うむ。人の口にチャックはつけられない。ボロが出てくるはずだ」

 

ディアッカとドリスが気落ちする二人を励ます。特にディアッカはニーナのことを案じていた。

 

――――イザークのことで、あいつは相当頑張っている

 

彼の仇と叫びながら、ストライクに幾度となく挑み続け、その実力を上げている。彼女の鬼気迫るものを心強いと思いながら、申し訳ないと思う自分がいた。

 

―――データがいくらか飛ばされているのかもしれない。

 

アークエンジェルだけが希望の光、だなんてことはない。もうデータはそれぞれの基地に行き届いているだろう。アラスカ、パナマ。

 

ここでアークエンジェルに固執する必要は、ないのかもしれない。

 

――――ここまで来たら意地もあるんだよ。絶対に落とす

 

打倒アークエンジェルを誓うディアッカ。

 

 

「――――ではいくぞ。カーペンタリアからの圧力もかけてもらっているが、それが原因でさらに警戒が厳しくなる可能性もある」

 

 

 

一方、傭兵契約が切れたリオンは、トールとミリアリア、そしてラクスとともにオーブの町を訪れていた。

 

「帰ってきたんだな、俺たち」

 

「うん。そうだね…」

 

早速二人の雰囲気を作り始めていたトールとミリアリアを察し、リオンは

 

「オーブに帰って、ゆっくりしたい気分もあるだろう。15時に噴水に集合で構わないか?」

空気を察し、リオンは自由時間を二人に与えた。恋人同士の空気を乱すつもりはない。

 

「!! ありがとう、リオンさん」

トールが感謝の言葉をリオンに送る。ようやく日常に帰れたのだ。今は彼の厚意に感謝し、この平和を甘受するべきと考えた。

 

二人がオーブの町に消えた後、

 

 

「カガリも来たかっただろうが、彼女はこの国でも有名なのでね。外出をすると目立ってしまうから」

講師につかまり、溜まっていた分の勉強をしているカガリは、屋敷に缶詰めだ。というより、アクティブすぎる彼女の脇の甘さを修正したいウズミのひそかな願いも関係していたりする。

 

 

「これが地球の街並み。中立と呼ばれるオーブの在り方なのですね」

ラクスは感慨深そうに今までの道のりを思い出し、今日という日を迎えた外出を想う。

 

自然というものを身近に体感でき、さらに身近な場所には慣れ親しんだ人工物。その二つが調和した国。

 

「戦争の最中、こんな日常を謳歌できることは大変なことだ。けど、その努力の末に、この光景が広がっている」

 

リオンは、オーブのいい面を強調するように説明する。これからプラントに帰るであろう彼女に、少しでもプラス面を見せておきたい。

 

 

「―――――それは、あの船を中に入れても、ですか?」

 

ラクスの鋭い指摘が、リオンの耳に響いた。

 

「――――力がなければ蹂躙されるしかないこの国が、生き残りをかけて行っていることだ。正しいとは言えないだろうが、間違っているとも俺は言えない」

 

彼女が抱く感情を、彼は否定するつもりはない。ラクスがオーブに感じた悪感情。連合とプラントの間を巧妙に割って入り、利益と力を啜る姿は、若者にとっては卑怯以外の何物でもない。

 

「――――想いだけでも、力だけでも。世界は簡単には変わることは出来ず、折り合いをつけなくてはならないのですね」

 

顔を伏せ、悲しそうな顔で、その残酷な事実を口にするラクス。この日常を得るために、清濁併せ呑む。それが政治家の役目であり、この現在までそれを守り抜いているのも事実なのだ。

 

「いかにその折り合いを理想に近づけるか。これが大人の世界へのチケットだよ」

少し浮かれていたのかもしれない。世間知らずの少女にいろいろとオーブのすばらしさを仕込んでおきたいと策に溺れていた自分がいた。だが、やはりこの少女はプラントの娘なのだ。

 

 

「―――――なら貴方は?」

 

不意に、ラクスはリオンに尋ねる。

 

「――――どういうことかな?」

 

 

 

「貴方は世界を終わらせるわけにはいかないと考えています。以前わたくしに語ってくれたように、この戦争の行きつく先は地獄であると。貴方はそれを止める手段の一つに、わたくしを救った」

 

 

ラクスはその言葉で、リオンの理想と、オーブの理想が違うことを指摘する。そして、その事実を彼はどう折り合いをつけているのかが気になった。

 

「―――――残念ながら、理想は志半ば。それに、俺一人が頑張ればいいだけではないさ。その為の君であり、提督たちの勢力だ」

 

自分一人がすることではないし、できるとも考えていない。世界を救うのだ。人を信じることが出来ずして、どうして世界を信じることが出来ようか。

 

難しい命題だが、人を信じ、人を動かすことは、重要なことだ。

 

「―――――もし、止められなければ? その予測がついてしまったときは? どうされるのですか?」

 

最悪の事態がその先に待っていたら、彼はどうするのだろうか。

 

ラクスは、リオンが理想と現実の間で揺れると確信していた。

 

「―――――その時は、世界が滅びを選んだと考えるだけさ。後はどれくらい被害を食い止められるか。少ない犠牲で済ませられるか」

 

暗に、切り捨てなければならない命があることを示す、リオンの告白。

 

「――――そうならないために、プラントの大量破壊兵器の使用は、防がなくてはなりませんね」

 

「連合の核攻撃も無論防がなくてはならない。考えにくいことではあるが、プラントが其れを備えないという保証はどこにもない。その危惧はある意味正しい――――貴女の不在で、プラント情勢はあまり考えたくないものでもあるのです」

 

ラクス・クラインという希望を失ったプラントがどう暴走するのか。それを想像するだけでも恐ろしい。彼らは容易に大量破壊兵器を作ることが出来るだろう。

 

 

 

「こんなことを言うのもなんだが、プラントの暴走を抑えられるのは、もはや君しかいないと考えている。すでにオーブを通し、カーペンタリアに君の生存を伝えている。身分を偽り、連合の戦艦アークエンジェルで世話になっていたこともね」

 

多少の説明は必要になるだろうが、とリオンは苦い顔で白状する。その事実は、リオンの口から艦長方に伝えることになっており、自分が直接言うことが、礼儀でもあると考えていた。

 

アークエンジェルがここにいることを悟らせないために、低軌道宙域でシャトルに乗り込んだと伝えておくべきだろうと。

 

「その際、わたくしが身分を偽っていたとお伝えください。リオン様はわたくしの正体を知らなかった、と」

 

ラクスの自分を庇うような物言い。ここでリオンがラクス・クラインと知って彼女を救出したと伝われば、今度は連合との火種を抱えることになる。

 

それだけは避けなければならないし、自分が背負う範囲だと考えていた。

 

「―――――あの時とは逆だな、ラクス」

 

逞しくなったラクスの言葉に、リオンは笑みを浮かべる。あの悲劇を乗り越え、それでも平和を求める姿に、共感を抱くリオン。

 

彼女のことを利用しようと考えていたリオンだが、オーブという枠組みすら超えた、同志であると思うようになった。

 

「今度はわたくしがリオン様を助ける番ですわ。貴方の理想を叶えるために、プラントに平和を広めていきましょう」

 

 

「――――今の君は、とても頼もしく見えるよ、ラクス・クライン」

 

 

「!!!」

 

その言葉を聞いた瞬間、ラクスは心臓が飛び出そうになるほど驚いていた。だが、それを彼には悟らせない。

 

やっと彼に認めてもらえた。それが嬉しいと思えるラクス。守られてばかりで、実際彼は世界のために、暗躍をできる範囲で行っていた。

 

自分は歌を歌うだけ。プラントの中で与えられた役目を果たすだけだった。こうして自ら飛び出して、考えて、行動することが嬉しい。

 

――――今の貴方にとって、カガリ様が一番でしょうけど

 

彼が忠誠を誓う、金髪の少女がリオンの背中に映っているように見えた。彼を突き動かす理由の一つ。

 

――――ですが、その近くにいてもよろしいでしょうか……

 

 

もっと、もっと彼とともに世界を見てみたい。憧れていた気持ちがやっとわかった。

 

彼は自分がこう在りたいと思っていた理想に近い姿なのだと。そして彼もまた、カガリの姿を見てまぶしさを感じているのだ。

 

 

純粋な、彼が忠誠を誓うオレンジの瞳を持つ少女。彼女の純粋な祈りを為したいと思うからこそ、彼はその為に突き動いている。

 

そんな純粋な彼を応援したい、彼の力になりたい、たとえ自分の全てを使っても。

 

 

彼の傍にいたいと思えてしまった。彼には意中の人がいるはずなのに。ラクスはリオンのことを好きになってしまった。

 

 

「しかし、そこまで意気込まなくてもいい。強調し過ぎれば、余計に怪しまれる可能性がある」

 

「はうっ!? そうでしたわ――――わたくし、余計なことを言ってしまいました……」

失敗した、と苦い顔をするラクスだが、

 

「ただ、その心意気は好ましいと思うよ。少なくとも俺はね」

リオンはそんなラクスを見て微笑むだけだった。

 

「り、リオン様!?」

 

 

 

遠くで二人の姿を見ていたフィオナとニーナ、ニコルは衝撃を覚えていた。

 

「―――――ラクス、様?」

 

「うそっ、どうして? なんでここに―――むぐっ」

 

「ダメ、声を出さないで。気づかれるよっ」

 

シルバーウィンドとともに宇宙に消えた歌姫が、どうしてオーブにいるのか。彼女らは知らないが、今頃オーブを通してラクス・クラインの身柄を保護していることは伝えられている。

 

どういった経緯で彼女が生き残ったのか。事実を多少隠し、大筋のところを変えずに。

 

 

そんな歴史の転換点になるかもしれない局面を知らない三人娘は、リオンとラクスの様子を監視することしかできなかった。

 

 

そんな歴史の分岐点を握る人物たちを見て、ニコル・アマルフィは悩んでいた。

 

 

――――どうすればいいのでしょうか。死亡扱いが濃厚なラクス様に似た少女。

 

ここでうかつに行動すれば、ザフトの立場を危うくするかもしれない。だが、ここで動く必要がある、それとも迂闊に接触をすることを取りやめるべきか。

 

ニコルが思考の沼に使っている間に、フィオナが突貫していたことに気づかない。ニーナは半ば呆然とした表情でフィオナの後姿を見ているだけだった。

 

「ラクス様?」

 

掠れたような、信じられないものを見たような声で、桃色の髪の少女に尋ねるフィオナ。

 

「――――あら? フィオナさん?」

気軽に、そして親しい人に向けるような笑顔を向けるラクスを見た瞬間、リオンは自分が同じミスをしていたことに気づく。

 

――――諜報部は何をやっていたのですかねぇ

 

こうも簡単にザフト軍の侵入を許していることに、憤りを隠せないリオン。もはや隠すような案件ではないが、せめてお行儀良くしてほしかったと悔やむ。

 

そして、同じミスをした自分に対して怒りを感じていた。しかし以前とは違うことがある。

 

―――暗部は俺たちの近くに待機はしている。処理をするのがいいが、どうしたものか

 

フラガ家の特殊部隊がすでに配置についている。ここで消すことは簡単だが、ラクスの知り合いらしい。

 

「本当に、生きて――――ラクス様ッ!!」

そして、隣にいるリオンなど気にせずラクスの胸に飛び込む銀色の髪の少女を見ていることしかできないリオン。

 

諦めたように彼は肩をすくめ、仲間らしき少女二人に声をかける。

 

「さて、色々聞きたいけど、とりあえず冷静になろう」

 

「貴方が一番落ち着いてなさそうですよ、えっと――――」

緑色の少女がリオンの名前を呼ぼうとするが、当然のことながら彼の名前を知っているわけがない。

 

「リオン・フラガだ。一応彼女はオーブの客人ということになっている……おっと、そろそろ15時か。」

 

腕時計で時間を確認したリオンは、困ったようにため息をついた後、

 

「何も見なかったことにしてもらいたい。とはいえ、それでは君たちも納得がいなかないだろう」

 

 

リオンは徐に携帯を取り出し、トールたちに連絡を入れる。三人娘の相手はラクスに任せ、予定変更があることを伝える。

 

 

「不味いことになった。ザフトがオーブに入り込んでいた」

 

 

《ええ!? 嘘だろ!? やっぱり疑っているのか……》

電話に出たトールは、ザフトがまだまだあきらめていないことを知り、驚いていた。

 

「トールは俺の友人ということで話を合わせる。ヘリオポリス崩壊後、オーブ本土にやってきた、アークエンジェルのことは一切話すな、いいな?」

 

《わかった、セイラさんと一緒だけど大丈夫なの?》

 

そうだった、と心の中でリオンは舌打ちをする。トールたちにはラクスのことを知らせていない。

 

「すまない。今日は二人で早く帰るんだ。フラガ家の者を向かわせる。事情は明日、必ず俺の口から知らせる」

 

《!? あ、ああ。リオンさんがそこまで言うなら》

 

何とかトールを説得したリオン。これで一応ボロが出るリスクは減った。

 

 

「そうなのです。ポッドに乗り込んだわたくしはアークエンジェルに拾われましたの」

 

まだ大丈夫だ。まだその話はしてもいい。

 

リオンはラクスがどうかボロを出さないでほしいと祈っていた。

 

「そして、低軌道宙域でシャトルに乗り込み、オーブに辿り着いたのです。赤い彗星がそれまではわたくしのことをごまかしてくれたのです」

 

赤い彗星。その言葉が出てきたとたん、紫色の髪の少女が声を荒げる。

 

「誤魔化したって、どういうことですか?」

 

 

「ニーナさん?」

快活な印象を感じさせる少女の様子が一変したことに、ラクスは戸惑う。

 

「――――なぜ赤い彗星が貴女を助ける行動に出たのですか? とても信じられません」

仇敵に等しい相手、赤い彗星。ラクスはその存在に惹かれていることがわかる。

 

ラクスの、彼のことを話す姿が、あまりにも幸せそうなのだ。それがニーナには許せなかった。

 

――――あんなに貴女を愛しているアスランは、今も――――

 

彼女を案じ続けているアスランのことを思うと、ニーナは悔しくて仕方がなかった。

 

 

「ですが、彼が私の偽名を作って、民間人にねじ込んでくれたのです。あの時もシャトルが撃墜されそうになった際、白いMSが守ってくれました」

 

ラクスは知らない。ニーナにとって、白い奴は仇同然の存在なのだ。

 

「――――その白いMSが、赤い彗星が、どれだけ私たちの仲間を殺したと――――」

 

 

「――――それは……」

言葉に詰まるラクス。異名がつくほどの戦果を挙げている彼の存在は、ザフトにとっては憎い存在だ。ラクスは知らないが、彼によって全滅した部隊も出ている。

 

「アスランさんも、貴女のことを案じ続けています。だというのに、なぜ貴女はこんなところに――――ッ!」

 

「ニーナ、やめなさい! ラクス様にも事情があるのよ! 先ほどの話を思い出しなさい!」

ニコルがヒートアップするニーナを叱る。このまま騒ぎになれば、隊長たちに迷惑がかかるからだ。ここで万が一身分が露見すれば、まずいどころの話ではない。

 

「――――ごめんなさい、ニコルさん。初めての地球に、私は少し浮かれていたのかもしれません。そして、わたくしを守ってその身を捧げてきた方々がいたこと、片時も忘れていません」

 

ニーナの本音をぶつけられ、表情を曇らせるラクス。忘れていたわけではない。ただ、隣にいるリオンが苦しいだけの今を変えてくれている。

 

それを言うわけにはいかない。彼を赤い彗星といえば、その全てが台無しになる。

 

「――――私たちは、低軌道戦線で戦闘を行っていました。無論赤い彗星の力もよく知っています。そして、ラクス様のお命を救ってくれた事実も、もちろん存じています」

ニコルはニーナを宥めつつ、ラクスに彼女の事情を話す。

 

「………圧倒的な力というのはああいうものをいうのでしょうね。なすすべもなく我が軍は敗走し、連合軍に敗北しました。彼女はその戦闘で多くの仲間を失ったのです…………察してくださいとは言いません。ただ、戦争というのは難しいものであることを肝に銘じてくださいませんか?」

 

ニコルもニコルで、赤い彗星のことを良く言うラクスの態度に何も思わないわけではない。だが、赤い彗星はラクス・クラインの恩人でもあるのだ。

 

「先ほどからわたくしは貴女方の気分を害すばかり。重ね重ね申し訳ありません」

 

 

「―――――確かに、君たちプラントにとって、彼は怨敵と言っていい存在だろう」

 

そして、ここで隣にいる金髪の青年、リオンが久しぶりに会話に参加する。

 

「ええ。単刀直入に言います。オーブはアークエンジェルを匿っていますね」

 

ニーナはオーブの関係者と思わしき人物、リオンにまっすぐな物言いをしてしまう。

 

「―――――それはどうかな? 公式発表では撃退されたものと聞いている。それ以上のことは私も知らない」

やんわりとリオンはアークエンジェルなどいないと言い切る。

 

「それは――――」

ニコルは、それを言われ言葉に詰まる。オーブの回答がそれであるというのなら、一部隊でどうこうできるものではない。

 

しかし、リオンの物言いに反論する存在がいた。

 

 

「ラクス様という機密の塊と一緒にいる時点で、貴方はそれなりの地位であることがわかります。アークエンジェルのことを知らないとは言わせません」

フィオナは、リオンがラクスと一緒にいること自体がおかしいと考えていた。それなりの身分であることが伺える彼は、目に見える場所に護衛が存在しない。

 

つまり、彼はそれなりの地位を有しながら、護衛の必要性がないほどの人物。

 

さらにいえば、雰囲気だ。人を殺したことのあるような雰囲気。間違いなく裏の顔を持っている人物だと断定できる。

 

「――――はぁ。こうも最初から疑うようなやり方はお粗末ではないのかね? ザフト軍は諜報のやり方すら知らないと見える」

 

リオンはお道化た様に肩をすくめる。

 

「――――話すことは何もないと?」

 

「そうだね。話せることは何もないよ。何度も言うが、我々は中立国だ。ヘリオポリスで一部の急進派が暴走したが、基本的に非介入が我が国の在り方だ。強硬手段をこれ以上続けるならば、君たちを拘束しなければならないのだが」

 

リオンの拘束という言葉が出た瞬間、フィオナの周りに大量の殺気が突然湧いて出たのだ。先ほどまで何も感じなかった視線を多く感じた彼女は、唇をかんだ。

 

――――まったく気づけなかった。オーブはこれほどの暗部を――――

 

「――――私たちが戻らなければ、隊長たちはすぐに気づきますよ」

ニーナは、いけ好かない青年であるリオンに突っかかる。拘束という言葉で脅そうとするならこちらもこちらで吹っ掛けるだけだと。

 

「――――だが、スパイ活動をした貴女方が先にルールを破ることになる。我々は知らないし、オーブに敵意を抱く者を放置するわけにはいかない」

 

 

そう。リオンの物言いはある意味正しい。いくらザフトが公式記録は嘘だと叫んでも、オーブが認めず、証拠がなければ意味はない。

 

さらにいえば、スパイ活動をしたとなれば、拘束されても文句は言えない。

 

「――――っ」

それが分かっているからこそ、ニーナは憎しみを含む目でリオンを睨みつけていた。

 

「――――貴方方はずるい。いま世界で人が死に続けているのに、貴方たちは――――」

 

フィオナは羨ましくて仕方がなかった。オーブは今も平和を維持し、当たり前の日常を作り上げている。戦時中であることさえ気づけないほどの平和がそこにある。

 

連合に尻尾を振り、プラントにも中立宣言をし、今度はラクスを確保している。

 

世界を賢く泳いでいる。そのやり方はフィオナにとって納得のできるものではなかった。

 

「なら我々も戦争に介入しろと? それは御免だ。戦争はお金がかかる、労働力も減る。生活水準も落ちる。それに、我が国はナチュラルもコーディネイターも関係がない。そちらの抱えているイデオロギーに何一つ共感できる物もないし、連合についても同様だ」

 

 

リオンは腕を不意に上にあげる。まるで何かの合図のように。

 

「こちらの平和を侵害するものは、コーディネイターだろうが、ナチュラルだろうが、殲滅対象となる。君たちはどちらかね?」

 

銃を突きつけられている。しかも、絶対に逃げ込むことが出来ない場所だ。フィオナたちは追い込まれていた。

 

 

「――――――――っ」

 

まずいことになった、とニコルは考えていた。おそらくリオンという青年が言っていることはほぼ間違いではない。ラクス・クラインがこのまま解放されるのも間違いないだろう。

 

オーブは彼女を隠し続けるメリットがない。そして、カードを切るタイミングも今が最善だ。

 

目の前の青年の命令一つで、自分たちがどうなるかが決まる。

 

 

「――――――カーペンタリアに大人しく戻れ。もし君たちがまだ前に進むというのなら、進めばいい。後悔はするだろうがな」

 

リオンが合図をした瞬間に殺気が消えた。彼女たちを押しつぶそうとしたプレッシャーが消える。

 

「ラクス・クラインは手筈通りにプラントへ引き渡す。これ以上オーブにいる意味はないと考えるが」

 

追い打ちをかけるように、彼女の引き渡しは行われると言い放つ。

 

「――――そう、ですね。大人しく引きさがります」

それ以上のことは言えなかったニコル。しかし彼女の中である確信があった。

 

――――アークエンジェルは、オーブに潜んでいる。

 

オーブが求めるのは力と利益。その全ては自国民の安全保障を実現するためにある。ゆえに、彼らが連合のMSの性能を無視するわけがない。

 

 

だが、ニコルはフィオナの暗い瞳がリオンに向いていることに気づかなかった。

 

「―――――貴方は、赤い彗星なのですか?」

 

フィオナもなぜこんなことを言ったのか、なぜそんな結論に至ったのかがわからない。だが、その雰囲気、その佇まいがなぜか赤い彗星と被ってしまう。

 

リオンという青年こそ、仇敵である赤い彗星ではないかと。

 

「―――――赤い彗星、ね。低軌道戦線の戦闘映像は見させてもらった。我が軍にスカウトしたいくらいだよ。彼個人の理想や人格に興味はないが、その力はオーブにとって有益だ」

 

リオンは赤い彗星の力だけを評価していた。

 

「しかし彼の存在は危険だ。単騎で戦場を一変させるような存在はしっかりと鎖をつけておく必要がある。その鎖が役目を終えるまでな」

 

強欲なオーブの軍人らしい、赤い彗星を単純な力としかみなさない言い方。彼の自由など保証せず、その力を利用し、その存在がすり潰されるまでこき使うかのような物言い。

 

さすがのフィオナも、赤い彗星をすりつぶす気満々の発言に眉を顰める。

 

「―――――重なったと、思えたのに―――――」

 

憎らしいほど余裕を見せてきた赤い怨敵。リオンはそうではなかった。その赤い彗星すら上回る畜生だったと。

 

 

「さすがに、私も彼を憎いですけど――――そんな言い方――――」

ニーナもリオンの物言いに冷静さを逆に取り戻し、彼を非難する意思を示す。

 

「彼がラクス・クラインを助けたということが事実ならば、連合にとって彼は裏切り者だ。プラントに腕利きが存在し、もしその人物が彼と同様敵を助けたとすれば? 君はそんな輩を信頼することが出来るのかね?」

 

管理されない力など、なくなってしまえばいい。目の前の青年は徹底して赤い彗星を戦力として考えていた。

 

「―――――行くわよ、フィオナ、ニーナ。これ以上いても状況を悪くするだけよ」

 

 

「はい……」

 

リオンの物言いは理解できる。プラントの立場で見れば、ラクス・クラインを救った恩人でもある。なら連合にとっては貴重なカードを失わせたことにつながる。

 

信頼などできない。鎖をつける必要はあるのだ。

 

フィオナもニーナと同じようにリオンの物言いに納得し、ニコルの後を追うようにこの場を去っていった。

 

 

3人が見えなくなった後、悲しそうな瞳でリオンを見つめるラクス。

 

「―――――今貴方が言ったことは、本心なのですか?」

 

震えるような声で、彼女は彼に尋ねた。

 

「―――――半分本心であり、半分は建前だ。リスクを承知でオーブの利につながることをしたと考えていた。だが最初に抱いたのは、贖罪でもあった」

 

ラクスに背を向けて、リオンはあの時を振り返る。

 

「君を助けようとしていた人がいた。それを俺は殺した。立場上戦わなければならなかったが、せめて彼らが救おうとした存在だけは助けたいと思ったのだ」

 

恨まれるだろう。リオンはこれまで気づいてきた信頼を壊すかのように、独白を続ける。

 

「君の名前を聞いた時、打算が働いた。この戦争を止める流れ。そのきっかけの一つに君はなり得ると。オーブの立場で、個人の立場で手を伸ばし続けていたチャンスが目の前に廻ってきた」

 

 

「―――――君を見ていたわけではなかった」

 

 

 

ラクスはその全てを聞いたうえで、リオンに語り掛ける。

 

「―――――私は、それでもあなたを恨むことも、不信を抱くこともあり得ません」

 

 

「―――――酔狂だな、君も」

 

ラクスの恨まない発言に、苦笑いを浮かべるリオン。頭がどうにかなってしまったのか、と。

 

 

「貴方が人一倍世界と向き合っていることが理解できるから。国を超えて世界を救うために動く貴方を、誰が非難できましょうか? それに、わたくしは貴方に形はどうあれ命を救われました」

 

毅然とした瞳を向ける彼女はやはりプラントの姫君だった。彼女もリオンと近い視点で世界の在り方を見ている。もしくは彼に感化されたのか。

 

彼女は彼を想い続ける。その未来が約束されているわけでもないのに。

 

 

「参ったな……本当に、君の言葉には気圧されてしまうことがある。本当に厄介な方だよ、貴女は」

ここまで善意を向けてくれる存在は、リオンにとって初めてだった。一つ未来が違えば、この女性に頭が上がらない人生になっていたかもしれないと。

 

 

「ふふふ。初めて貴方に参ったと言わせましたわ」

朗らかに笑うラクス。リオンを武力ではなく、言葉ではなく、心で降参させるのは、なかなかできることではない。

 

 

 

「ならわたくしに一つお願いがあります、リオン様」

 

 

 

「―――――内容によるな」

少し考えてから絞り出すように答えたリオン。本来ならこんなことは言わないが、ラクスの前だからこそ応じてしまう。

 

 

「貴方はこれまで、果たすべき使命と、為すべきことを探し、行動し続けました。だからちょっと、余暇というものを、覚えてほしいのです」

当たり前のことを願うラクス。そして、当たり前のことをしていなかったリオン。

 

 

「ん? 余暇、だと?」

そういえば、余暇ということはあのフットサル以来やっていなかったような気がする。

 

 

「美味しいものを食べて幸せなお気持ちになられたり、美しい景色に心を打たれたり……人として当たり前の喜びを、知っていただきたいのです」

 

 

「―――――――」

言葉が出なかった。何事も答えは簡単に見つけられるはずのリオンにとって、これは難しいことだった。

 

 

―――――そうか、だからだったのか

 

そしてここで、ようやくリオンは、なぜ自分と彼らが違うのかを理解した。

 

 

幼い頃からずっと、為すべきこと、やるべきことばかりを考えて生きてきた。それが終われば探して、見つけて、またその行動を繰り返す。

 

 

寄り道ということをあまりしたことがなかった。だというのに、どうも目の前の少女は自分を狂わせる。

 

―――――人らしい感情、というのはこういうことなのか

 

 

「余暇、か」

これまで誰も、休めとはいってきたが、楽しめとは言ってくれなかった。自分が欠陥人間だったことを痛感するリオン。

 

 

それに、なんだかいろいろと削ぎ落としてきたような気がする。

 

 

 

あの日、ガンダムに乗った瞬間からなのか、それともあの夜を迎えた時なのか。

 

 

 

「楽しいこと、嬉しいこと。それを感じてこそ人は明日に向かって頑張れるのです。それが希望であるから」

 

 

「もし、リオン様お一人で難しいのでしたら、貴方を慕う方々が、今度は力になってくれるはずですわ」

本当は、ここで自分がと言いたかったラクス。しかし、リオンに人らしい感情をもっと持たせるために、自分の我儘を割り込ませたくなかった。

 

恩人であるリオンに、そんなことはしたくなかったのだ。

 

―――――わたくしは、リオン様が好きです

 

それはもはや、隠すことのできない感情。アスランにも悪いと思っている。おそらくリオンに会わなければ、アスランとも上手くできていたと思う。彼は優しく、真摯な男性である。

 

 

しかし、彼女は自分の心を焦がすような存在に出会ってしまった。それは不幸なのだろうか。

 

 

――――ですが、ここで依存なんてさせません。世界のために頑張った彼には

 

まだ自分の心はさらけ出さない。人らしくなりつつあるリオンに、それは劇薬だ。そんなことをすれば、彼の在り方を歪めてしまう。ラクス一人だけを見てしまう。

 

 

――――まず世界から、恩返しされなければなりません

 

それは今までリオンが頑張ってきた成果に見合う、世界からの贈り物を受け取ってからだ。

 

 

 

「――――――そうだな。なら、うん。そうしよう――――――」

リオンは笑った。観念したかのように、年相応な笑みを、ラクスの前で見せた。

 

 

「―――――戦争が終わって、暇になったら―――――まずは世界を見たい」

 

 

「――――はい」

否定せず、ラクスはリオンの独白を聞く。

 

 

「――――いろいろと興味を抱かなかったこと、知ろうとしなかったことを、知りたい。たくさんの人と、話をしたい」

 

 

「そう、ですわね」

初めての我儘は、こんなにも普遍的過ぎて、ラクスは涙が出そうになった。

 

 

「砂漠でいろいろな食べ物を知った。いろいろな文化や違いがある。ただ光るだけの石ころに、なぜ価値があるのか。またここに来てほしいと言ってくれた人々がいた」

 

打算や使命という括りではなく、特に意味のないつながり。しかしどこか気軽で、安心を感じるようなもの。

 

 

「もっと知りたい。実際にこの目で世界を見たい、会いたいんだ。今まで見向きもしなかった場所に、尊さがあったのだと、気づかされたんだ」

 

 

 

「―――――――見つけられます、リオン様なら」

こんな無垢な夢を、絶対に散らせてはならない。ラクスは心に難く誓う。

 

 

 

しかし、次の瞬間、彼への慈しみの感情が大爆発する。

 

 

 

 

「世界を回った後、俺に余暇の意味を教えてくれた、ラクスさんの歌が聞きたい」

それはもう告白なのでは、と思いたくなるような衝撃発言だった。

 

 

「はい――――――えぇぇ!?」

顔を真っ赤にするラクスの前で、照れたように笑うリオンは、その訳を話す。

 

 

「―――――なんでだろうな。貴女の歌声が聞きたくなったから、という理由では、ダメなのかな?」

その理由の意味すら分からずに、リオンはラクスに甘い言葉をぶん投げる。

 

 

―――――えぇ、えぇぇ、えぇぇぇぇぇ!!!?

 

本当はリオンへの想いはまだ秘めておこうと考えていたラクスの計算はここに崩壊した。理性を働かせず、何となく言葉を出しているリオンと、理性をその言葉のせいでぶっ壊されているラクス。

 

 

カガリが見回りに来るまでこの空気は続いたという。

 

 

 

 

 

 




本当にすいませんでした。


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第33話 人類の夢

遅くなりました。


一方、キラはM1アストレイのOS開発にいそしんでいた。しかし、その作業もすぐに終わり、機体動作性能を約50パーセントも向上させるなど、当時の水準を大幅に上回る制御システムを構築。

 

やるからには凝り性の彼らしい完成度となった。

 

「処理速度が遅かったんです。回りくどいプログラムは破棄し、簡素な構成に仕上げたことで、即応性も上がりました。後は搭乗者のお好みでカスタマイズすることで、機体慣熟にも有効だと思います」

 

前方後方、左右へ走る、後退。ペダルの強弱で速度も変わる。スラスターと合わせて機体の移動アシストも完備。

 

複雑な動きや、コーディネイターの身体能力ありきで考えるOSは必要ない。キラにとっては、ザフト軍が使っているOSでさえめちゃくちゃに見えてしまう。

 

――――回りくどいやり方をする必要もない。なぜこんなOSを

 

ナチュラルにはもちろん、並のコーディネイターでさえ苦労するだろうOS。確かに、使いこなせば使い勝手はいいのだろう。

 

キラはこのOSに慣れるのに半日という時間を要した。それ以降カスタマイズを続けているが、これをスタンダードにしているザフトの神経を疑う。

 

「――――このままオーブにいてもいいのよ?」

アサギは、リオンに比肩し得る才能を持つキラに、連合で使い潰されるよりも最良の未来を約束できることを伝えた。

 

しかしキラは、その誘いを聞いたうえで首を横に振る。

 

「アラスカで、僕はいろいろと確かめないといけないことがある。この戦争をどう考えているのか。この先コーディネイターはどうなるのか。ハルバートン提督のような人だっている。戦争を終結させる方法を探している人の声を聴きたいんだ」

 

強い決意を心に秘めるキラは、連合の真意を聞きたいの一点張り。

 

彼はわかっているのだ。この戦争の勝利者は恐らく連合になると。その上で、コーディネイターたちの未来はどうなるのかを聞きたかったのだ。

 

プラントのコーディネイターと、地球で明日を生きるコーディネイターは違う。そのことを知ってほしいのだ。

 

ナチュラルと呼ばわれたものを、見下すコーディネイターばかりではないと。

 

 

――――貴方のおかげでもあるんだ、リオンさん

 

大局を見て、行動する。少しでも誰かのために動きたい。今の今まで成長させてくれた世界に恩返しをするために。

 

 

「決意は変わらず、ね」

 

アサギは、まっすぐ過ぎる少年の本音を聞いて、悲しそうな顔をする。

 

「――――でも、この国が僕の生まれ育った国であることに、変わりはないですから。戦争が終わったら、絶対に帰ってきますよ」

 

 

 

その後、一度も工区の外へ出なかったキラは、アスランと鉢合わせすることなくやり過ごすことに成功した。しかし――――

 

「オーブは恐らく、アークエンジェルを匿っています。オーブのやり口を考えれば、彼らから技術提供を受け、軍事力強化を狙うはずですから」

 

「―――――確かに、その可能性は高い。それに、俺たちが欲しいのは確証だ。可能性があるのなら、動かない理由にはならない」

 

ニコルの報告から、アスランは網を張ることを決断。予定通り、ザラ隊はオーブから出てきたアークエンジェルを撃破する算段だ。

 

しかし、カーペンタリアから報告を受けたものと、ニコルから齎された情報にアスランは衝撃を受けていた。

 

「ラクスが、生きているんだ……オーブで保護されて――――本当に、よかった……」

 

とても安心した様子のアスラン。これまでずっと彼女のことを想い続けていたのだ。ようやく無事が判明し、今頃プラントでも大騒ぎになっているだろう。

 

「ですが、赤い彗星に救われていたのは複雑ですけど」

 

ニーナが難しい顔をして、その事実を素直に喜ぶことが出来ないでいた。

 

「―――――赤い彗星。ラクス様は正体を隠したと言っていましたが、アレは恐らくそうではないです。」

 

フィオナはきっぱりとラクスが赤い彗星を庇っていると感じていた。

 

「?? ラクスの右瞼が若干動いたのか?」

 

アスランもすぐにフィオナが言いたいことを理解し、彼女の事情を察する。

 

「!? え? どういうことですか? ラクス様の瞼?」

ニコルはアスランとフィオナの語る瞼の意味を理解できなかった。

 

「ラクスはうそをつく時に瞼が若干震えることがあるんだ。嘘をつく機会その物がほとんどないのだが。理由も他人のためにというものが多い」

 

婚約者、そして親しいものだからこそわかる仕草。

 

「へぇ、ラクス様にそんな癖があるんだ。」

 

「それは初耳だ。今度試してみたいものだ」

 

ディアッカとドリスも、ラクスに出会ったときに確かめたいものだという。ということは、赤い彗星はラクス・クラインと知って彼女を助けたということになる。

 

赤い彗星の情報は錯そうしている。ただの傭兵であったり、連合軍のテストパイロットであったりと真相が定かではない。

 

実は、連合内部でも彼に関する情報は少ないのだ。

 

「赤い彗星を引き抜くことはできないだろうか。」

ぽつりと、アスランはその可能性について考えた。アスランらしからぬ言葉が出てきたことに、一同は驚く。

 

「アスラン!? あれは連合軍の兵士ですよ!? ラクス様を助けたとはいえ、理由もはっきりしない相手なんです。信用するのは危険すぎます」

 

「おいおい。アレがこっちに来ても大歓迎されるわけでもないだろ。そりゃあ、一騎当千のエースパイロットは引く手数多だろうけど。」

 

ニコルとディアッカが異論を唱える。当然と言えば当然だ。得体のしれない存在を味方に引き入れることは大きなリスクを伴う。

 

「―――――彼は恐らく連合の兵士ではない。オーブの人間だ」

 

アスランは、二人の言葉を聞いたうえで、仮説を立てていく。

 

「それではオーブの人間が連合内部にいたということになります。考えにくいのでは?」

フィオナはアスランの仮説を否定する。もしかすれば、赤い彗星だったかもしれない人が目の前にいたかもしれない。

 

しかし、赤い彗星と彼は違う。

 

だがアスランは尚も仮説を立てることを止めない。

 

「ヘリオポリス内部の混乱で、民間人がアークエンジェルの中に多数収容されたと聞く。そこで紛れ込んでも違和感がない。それにオーブが技術を欲していたとはいえ、アークエンジェルを匿う決断はそう簡単ではない。」

 

アスランは、間違いないと確信していた。

 

「赤い彗星は、オーブのスパイであり、オーブのエースパイロット。ラクス・クラインを、オーブの手で引き渡すことにメリットを感じている存在、ということになる」

 

「け、けどオーブにそこまでのエースがいるなら――――」

ニーナは、信じられないと思いつつも、アスランの予想が全くの見当違いではないと考えていた。

 

「技術力はあれど、武装面ではやや劣っていたモルゲンレーテ。オーブが動く理由はある。」

 

連合に技術協力を、代わりに武装面の充実を図ったオーブ。まったく違和感がない。

 

モルゲンレーテの技術力は地球圏の中では屈指の高さを誇る一方、長らく戦争に無縁な国家でもあったオーブの影響もあり、武装面の進化は鈍かった。

 

連合は再構築戦争の勝者である大西洋連邦に加え、広大な領土を誇るユーラシア連邦を中心に強大な軍事力を有している。

 

そこに目をつけ、敵として目標にされない程度に協力をしつつ、自分の力を磨き続ける。

 

パトリック・ザラは、オーブを卑しいハゲタカのような弱小国というが、中身は全く違う。

 

強小国、といえばいいのだろうか。領土は恵まれていない。資源も輸入に頼らなければならない。しかし、国家を支える技術力と、豊富な人材がある。

 

そして、コーディネイターとナチュラルが手を取り合い生きているその国は、アスランにとってまぶしいものだった。

 

「―――――まさか―――――」

 

フィオナが震えるような声で、つぶやいた。そんなはずはないと思っていた。その様子を見たニコルとニーナは、何かを察した。

 

「では、あの青年が―――――」

 

「ラクス様と一緒にいた、あの金髪が、赤い彗星?」

 

三人が出会ったオーブの要人と思わしき人物。あの不遜な雰囲気を出していた青年が、やはり赤い彗星だったのだ。

 

思えばラクスが見知らぬ人間と、あそこまで親しそうにしているわけがない。彼は彼女の恩人で、彼は彼女とオーブのために行動したのだ。

 

「なんだと!? 赤い彗星と思わしき人物だったのか!?」

ドリスは、三人が出会った青年が赤い彗星である可能性が高いことに、驚いていた。

 

「けど、これってチャンスなんじゃねぇの?」

しかしディアッカは、これを好機ととらえていた。

 

「確かにそうだ。もし彼がオーブの人間であるというなら、彼は戦線離脱がほぼ確実だ。アークエンジェルは絶対的なエースを欠くことになる」

 

アスランも、ディアッカが言いたいことを最初から理解していた。赤い彗星が消えた場合、エリク・ブロードウェイ、白い悪魔と言われているキラ、エンデュミオンの鷹のみ。

 

それでも強敵には違いないが、勝率は確実に上がった。限りなくゼロに近かった勝率が、上がるのだ。

 

「――――だが、もし仮に彼が懐柔されていた場合、速やかに退くぞ。あの戦力は一部隊でどうにかできるものではない」

 

 

ザフト軍はそのタイミングを待つ。赤い彗星が抜けているのか、そうでないのか。

 

 

丁度その頃、リオンはトールとミリアリアに説明をする羽目になっていた。

 

「えぇ!? あの女の子、シーゲル・クラインの娘だったの!?」

 

「う、うん。でも、なんだか同性として何か違うと私は感じていたけれど、まさかそんな」

 

トールは目を大きく見開いて驚き、ミリアリアは納得していた。

 

「――――すまない。オーブの国益を考えての行動だ。表向きは、プラントの民間人の引き渡しとなっている。今まで話すタイミングがなかった、申し訳ない」

 

 

「い、いや。いいけどさ。けどこんな機密を俺たちに話してもいいのかよ――――」

 

トールの問いに対して、リオンは少しだけ表情を曇らせる。

 

「――――君がオーブの軍人になると言わなければ、話すつもりはなかった。オーブが君たちを巻き込む形となったことを、まず詫びたい」

 

軍人としての適性はある。しかも、まだMAにもあまり触っていない貴重な人材だ。キラの開発したOSに触れていた彼の力量は、目を見張るものがあった。

 

「けど、ほんとに俺でいいの? オーブ初のMS部隊の初期メンバーって。」

トールも、MSの操作を知っている。そして、一通りの動かし方はアークエンジェルに乗っていた時に出来るようになっていた。

 

MAに染まり切っていない有望な人材。未来のエース。彼はその役目を担うことが出来る。

 

「オーブ政府肝いりのプロジェクトだ。選抜したメンバーに必要なのは適正と、MAに染まり切っていないことだ。この二つを満たすトール君が良ければ、この試験部隊への入隊を希望する」

 

リオンとしては、ある程度プレッシャーをかけたつもりだった。国家プロジェクトを前に、臆することを恥ずかしいとは思わない。ただの少年だった彼が、首を縦に振るか、横に振るか。

 

決めるのは彼だ。

 

「――――どっちにしろ。オーブだってこのまま平和が続くとは思えない。なら、少しでも力になるさ」

 

トールは、アークエンジェルに乗りこみ、世界を最前線で見ることになった。世界が抱える問題は、オーブをいずれ飲み込もうとする。

 

「――――トールが乗るのなら、私も残ります。」

ミリアリアも、トールとともに戦場から離れる気がないようだ。残念ながら、性格、適正ともにMS乗りとしては適さないが、オペレーターとして頭の回転はいい。

 

新設された戦艦のCICになれるだろう。

 

「――――ならばこれ以上は何も言うまい。オーブ軍は君たちを歓迎する」

 

 

 

二人はその後、リオン付きの軍人によって入隊手続きを取ることになり、いったん彼らと別れることになったリオンは、壁の裏から出ている影を見て苦笑する。

 

「――――隠れなくてもいいよ、カガリ。影でバレバレだ」

 

 

「―――――少しは驚いてくれてもいいんだぞ。」

 

ムスッとした表情で、諦めたように壁の裏から出てきたカガリ。リオンはオーブに帰ってきたというのに、まるで休みを取らない。

 

「――――俺は、君がここにいることに驚いているよ。アサギたちはどんな様子かな?」

 

「悪くない。あいつが手掛けたOSは、アストレイを強力なものにしたぞ。あいつらも、それなりに動かせるようになった」

 

 

「――――そうか。」

 

あの三人娘が平均以上に動いてくれるならば、それはオーブにとって喜ばしいことだ。他のテストパイロットたちも比較的若い年齢が多い。本来ならば、壮年のMS乗りがいると助かるのだが、オーブにそこまでのコネはない。

 

 

「――――お前は、アークエンジェルに残らないのか?」

 

「残る理由はない。オーブに戦闘データを送り届け、一応の成果を出した。クラインの引き渡しも滞りなく終わる。アークエンジェルを守るという義理はほぼ果たした。」

 

リオンははっきりと言い放った。アークエンジェルに残る必要はないと。オーブの利益となるからこそ、リオンはこれ以上連合に肩入れする気はない。

 

「――――残る奴らもいるんだぞ? オーブの国民なんだぞ」

カガリは、リオンがキラたちを切り捨てたと悟る。強引に口説けば、彼らだって除隊できるかもしれないと考えていた。なのにリオンはそれをしない。

 

「元国民だ。今は手が出せない。これ以上アークエンジェルに貸しを作るわけにはいかない。赤い彗星のデータを抹消してもらったのだ。ここまでだ」

 

オーブのために、彼らには連合で戦い続けてもらう。生き残ることがあればそれでいい。先のことはわからないし、彼らが生き続ける限り、オーブに戻る未来もなくはない。

 

「――――お前のことが露見すると、オーブは窮地に立たされる。そういうことか?」

 

 

「情けない話だが、そういうことだ。別に戸籍を抹消してもいいのだが、まだその時ではない。」

カガリとしては、そのどちらも起きてほしくないことだった。露見すればオーブは窮地に陥る。かといってリオンの戸籍が抹消された場合、フラガ家次期党首の地位を失うことになる。

 

「――――っ」

 

だから何も言えなかった。リオンは危ない橋を渡って、オーブの利益を出している。お飾りでしかない自分にはできないことだ。

 

「そんな顔をするな。俺は別に名誉が欲しいから動いているわけではない」

リオンはカガリが自分を心配していることに気づいていた。だからこそ、笑みを作る。そして、地位や名誉、お金は自分の目的に必要なものに過ぎないことを伝える。

 

 

「………そう、だったな。お前はそういうやつだった。」

 

悲しそうな表情をすることが多くなったカガリ。幼少のころに見せた無鉄砲な側面が鳴りを潜み始め、女性らしい柔らかい表情が多くなった。

 

――――なんだろうな、年下は趣味ではないのだが

 

あの男と同じではないか。今自分が抱いている感情はなんだ。

 

――――どうしたものか

 

 

カガリの何かを訴えるような眼ににらまれ、リオンはしばらく行動を制限されることになった。

 

 

 

 

そして最後に、技術開発に勤しんでいたキラは、両親との再会を果たすことになる。

 

 

「キラッ!! あぁ……本当に、よく無事で……っ」

 

母親のカリダ・ヤマトと、父親のハルマ・ヤマトとの面会の時間を与えられたキラは、両親ほど感動を覚えていたわけではなかった。

 

「――――母さん。心配かけてごめん」

 

「貴方がヘリオポリスの脱出艇にいなかったとき、もう会えないかもって……っ」

 

キラの胸に飛び込み、涙を流しながら息子の無事を感謝するカリダの姿に、キラは本当に心配をかけたのだと実感した。

 

「でもごめん。僕はアラスカに行く。この戦争と、未来について。僕はもう、無関係ではいられない」

 

「貴方が頑張る必要はないのよ!? もう戦争に行くなんてこと、やめて!」

 

「キラ。母さんの言うことを聞くんだ。これはお前が思っているような単純な話ではないんだ。」

 

ハルマも、キラがアラスカに行くことに反対している。だが、キラは直感的に両親が何かを隠しているのではないかと薄々感じ始めていた。

 

 

「それは何? 僕はそもそも何者なの?」

 

自分がコーディネイターである理由。両親が好き好んで自分をコーディネイターとして生んだのか。

 

この家で生まれ育って気づいたことがある。両親はナチュラルとコーディネイターの対立にかかわらないようにしていた。

 

「……キ……ラ?」

キラの言葉にカリダは目を大きく見開いた。この戦争で、彼は真実に近づきつつある。その事実が恐ろしいことであり、ハルマも彼の言葉に驚いていた。

 

「何を言っているんだ? キラは私たちの――――」

 

両親の様子がおかしくなったのを見て、キラは半ばあきらめるように悟っていた。

 

――――僕は、二人を疑っているわけじゃない。

 

ただ、自分と二人は本当の両親ではないのかもしれない。その過程が現実味を帯び始めたことが悲しかった。

 

――――その愛情だけは、疑ったことはなかったよ

 

コーディネイターが優れていることについて、何の言及もなかった。コーディネイターは遺伝子に自信を持った種族であり、それが根幹にもなっている。

 

だからこそ、一致しない。両親が自分をコーディネイターとする理由がない。

 

「本当に、僕はただの第一世代なの?」

 

自分は明らかに他のコーディネイターとは違う。お金をかけて、優秀な遺伝子をもって生まれることで、コーディネイターは超人染みた能力を発揮する。

 

こんなことを言うのもなんだが、自分はそこそこ裕福な家庭だった。だがそれどまりだ。

 

――――君は同胞の中でも、飛び切り優秀な部類に入るがね

 

かつて砂漠で、虎に言われた言葉がキラの脳裏に浮かぶ。

 

「僕は、何者なんだ?」

 

その言葉が引き金だった。突如としてカリダが崩れ落ちたのだ。

 

 

過呼吸のような症状を発し、苦しそうにしている。今まで見たことがないほど、母親の取り乱した姿に、キラは驚愕していた。

 

「カリダ!? おいっ、しっかりしろ!!」

ハルマがカリダに声をかけるが症状は治まらない。目の焦点が若干乱れ始めているカリダを見て、キラは後退った。

 

――――僕には、いったい何があるというんだ

 

母親をここまで苦しめる秘密が自分にはある。それを知ることが出来ないことに、もどかしさを感じていたキラ。

 

その後、面会は中止され、キラはウズミの下を訪れることになる。事の次第はキラの口から説明し、その説明を聞いたウズミの顔は渋いものになっていた。

 

 

「―――――どこから話したものか。まさか、この戦争で君がその真実に辿り着こうとしているとは」

 

 

「ウズミ様は僕と、“僕の両親”をご存じなのですか?」

 

キラは自分と、両親ではない両親のことを尋ねる。キラは真実を知ってなお、今の両親を愛している。自分が真っ直ぐ成長することが出来たのも、二人のおかげであり、今こうして生きていることも同様だからだ。

 

「――――ああ。君が生まれる前から、コーディネイターの問題は表面化していた。しかし、ある問題が一時期浮上していた」

重苦しい雰囲気を出したままのウズミ。一国の首相でさえ、頭を悩ませる苦悩を自分が持っている。いったい自分に何があるのだろうかとキラは不安になった。

 

「ある、問題?」

 

ウズミは、キラの目を見て、もう一度確認を取るように尋ねてきた。

 

「―――――ここまで来て、君は君であることをやめないか? それでも人として生きる勇気が、君にはあるかね?」

 

 

「――――僕は、人として生まれたわけではない。そういうこと、ですか?」

 

まるでそう言っているようだと、キラは不気味さしか感じていなかった。ウズミの物言いはまるで、まともな生まれ方をしていないかのような言い方だ。

 

「―――――コーディネイターが望まれた能力、容姿を得られない主な原因は何だと思う?」

 

 

「それは――――よくわかりません。流産をしたとか、目の色が違う、というお話も聞いたことがあります。その理由まではわかりません」

 

 

「それは、人間の母体が安定しないから、とユーレン・ヒビキ博士は提唱したのだ。」

 

 

知らないワードだ。知らない人間の名前が出てきたことで、キラは目を細める。

 

「ユーレン・ヒビキ……でも、おかしいですよ。人は人が生むものではないんですか?」

 

コーディネイターという言葉に、世界が踊らされた時代。夢も未来も、すべてが遺伝子で決められてしまう。それは、なんだか恐ろしい気がした。

 

キラにはそれがなぜまずいのかをはっきりということが出来ない。だが、それを許せば人として何かが終わってしまう、そんな直感があった。

 

――――歪んでいる。他人の夢を押し付けられて、生まれてきて。生き方さえ決められるのか?

 

そもそも、キラはその意味を理解したくなかった。理解する寸前まで来ていた彼は、ヒビキ博士に嫌悪感を抱いていた。

 

「――――遺伝子に固執し、し続けた結末。彼は禁忌に手を染めた。人という母体ではなく、人工子宮という恐ろしい代物を作り上げてしまったのだ」

 

 

人工子宮。その言葉ですべてを理解したキラ。自分は人の中からではなく、機械の中で生まれ育った存在なのだと。

 

「――――狂っていますね……」

 

その言葉しか出せなかった。キラは、立ち眩みをするような感覚に陥った。母親の様子から、あまり知りたくない事実が先に待っているのだと予想は出来ていた。しかし、これはないだろうとキラは思う。

 

「だが、そんな研究が一時期はまかり通っていたのだ。だからこそ、ブルーコスモスは生命を弄ぶ彼らを許すことが出来なかった。実子さえ研究材料とした彼らを世界は許さない。彼らのいた研究施設、コロニーメンデルはバイオハザードで閉鎖。程なくしてヒビキ夫妻は暗殺に遭い帰らぬ人となった」

 

 

「――――そうですか」

 

不思議なほど自分は落ち着いていた。馬鹿げた、狂った理由で生み出されたのに、今は信じられないほど落ち着いていた。

 

「気丈にふるまう必要はない。もっと感情をあらわにしてもかまわないのだぞ」

 

ウズミに気遣われているのがわかる。しかし、キラは本当に何も感じていないのだ。

 

「―――――不思議なほど落ち着いているんです。今まで感じていたズレが、やっと消えたんだって。思えば僕はいろいろなことが出来た。それを当たり前だと思っていて、でも他の人には当たり前ではなくて。」

 

コペルニクスで同世代のコーディネイターといた時でさえ、キラは自分が他とは違うことを意識していた。

 

「――――どんな願いを込められて生まれてきたのか。けど、僕はそれを否定します」

 

しかし、自分はキラ・ヤマトだ。キラ・ヒビキではない。

 

 

「僕は、コーディネイターとナチュラルである前に、一人の人間でいたい。オーブでは、それが当たり前だった……それが僕の望みでもあったんだ」

 

離れて初めて気づいた事実。しかし、自分が知らなければならない事実であり、その事実を背負い、生きていく運命にあるからだ。

 

「だから僕は、その事実を聞いても揺らがない。僕は僕だ。その力があるというなら、自分の意志を貫くために使うだけです」

 

だからこそ、そんな夢は願い下げだ。自分の運命は自分で決める。遺伝子で決められたくない。

 

「僕は、キラ・ヤマトだ」

 

 

 

 

キラが部屋を去った後、ウズミはキラの決意について考えていた。

 

―――あそこまで強く、育っていたとは

 

戦争が彼を変えたのか。元々ここまで強固な意志があったのか。ただ言えるのは、こちらが心配していた取り乱し方をしなかったということは言える。

 

――――あとでヤマト夫妻に伝えてやらねばならんな

 

彼らの息子は、この戦争を乗り越えることが出来ると確信できた。

 

 

 




キラ君は、自分の出生についてどうでもいいと考えています。我儘になった分、図太くなりました。

そしてリオン君・・・・最後の最後に甘さを残す痛恨のミス・・・


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第34話 崩壊

不穏なタイトルを送れて出しました。


カガリが住んでいるアスハの別邸にて、ラクスは海を眺めていた。今日の昼前には、アークエンジェルがオーブを発つという知らせは聞いていた。

 

 

 

「―――――心配なのか?」

 

 

 

隣にいたカガリは、ラクスの不安そうな顔を見て、アークエンジェルのことだろうと尋ねた。

 

 

 

「いえ。ザフト軍とアークエンジェル。きっと誰かが死んでしまう。そう思うと、悲しいのです」

 

 

 

アークエンジェルにはもうリオンはいない。しかし、それでもザフト軍は不利といえる。詳しいことは知らないが、あちらは5機のMSを有しているとはいえ、数的優位をもってしてもアークエンジェルに勝てなかったのだ。

 

 

 

「―――――優しいな、お前は」

 

 

 

カガリは敵味方関係なく命を思いやる彼女の姿勢に好感を持った。地球では散々な言われようのシーゲル・クラインの娘とは思えないほどに。

 

 

 

「――――なら私も祈るさ。戦争が早く終わりますようにってさ」

 

 

 

ニッ、と笑うカガリ。せめてもの励まし方なのだろう。ラクスの沈んだ表情を何とかしたいという思いに満ち溢れている。

 

 

 

「そうですわね―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてアークエンジェルは、すでに戦闘配備を完了させていた。

 

 

 

「―――――オーブの公式発表を素直に信じているほど奴らもバカではない。網を張っているはずだ。警戒を怠るな!」

 

 

 

ブリッジでは、バジルール中尉が指示を飛ばしている。そしてクルーたちもそれを十分に理解している。

 

 

 

「ええ。MS部隊はいつでも出撃できるよう準備を」

 

ラミアス大尉も、MS部隊に即座に動けるよう指示を出していた。

 

 

 

格納庫にはすでにキラとエリク、ムウがストライク、デュエル二号機、ストライク二号機にそれぞれ乗り込んでいた。

 

 

 

「けど、キラの作ったOSは動かしやすいぜ。ジンのアレで満足できないほどにな!」

 

デュエル二号機に乗り込んでいたエリクは、新しいOSを積み込んだデュエルの出来栄えに感嘆を漏らしていた。

 

 

 

「俺はついにGシリーズに乗るとはなぁ。あの世であいつらも驚いているだろうな」

 

 

 

ムウは、自分が守れなかったテストパイロットたちよりも先に、MSに乗ることになるとは考えていなかったので、別の意味で感慨深い気持ちになっていた。

 

 

 

「――――ストライク二号機の出来栄えは、どうですか?」

 

 

 

キラが手掛けたOSなのだ。技術者である本人がムウに確認を取らないはずがない。少しでも不備があれば、彼の命にかかわるものだ。それだけ気になっている。

 

 

 

「いい感じだぜ。リオンが乗ったほうがいいかもしれねぇけど、あいつにも事情がある。少なくとも、俺の最大限を実現できそうな出来と言っていいぜ!」

 

 

 

 

 

そして、格納庫に収容されていたジンに、アルベルトが乗り込んでいた。

 

 

 

「―――――甲板での援護射撃が主になると思う。二人は前に出過ぎないで」

 

 

 

「おうよ! キラや中尉に乗っからせてもらうぜ」

 

本当に分かっているのか。しかしアルは意外と冷静なところがある。信頼しても恐らく大丈夫だろう。

 

 

 

「アルの気楽さは分けてもらいたいよ。どこから来るの、その自信?」

 

 

 

 

 

「強い気持ちを持ってないと、こういうのは無理だ。俺は絶対生き残るんだって強く想う。それで覚悟決める! そんだけ!」

 

 

 

「――――うん。絶対にアラスカまでたどり着こう、必ず」

アルベルトの覚悟を聞き、キラは強い気持ちを抱く。恐らく自分が彼の戦う理由の一部になっている。だからこそ、戦場に連れてきてしまった負い目がある。

 

—————必ずアルを守る

 

 

少年二人で盛り上がりを見せている光景を見ていたエリクとムウは微笑んだ。

 

 

 

「いいねぇ。士気もいい感じだ。」

 

 

「大尉は踏ん張ってくださいよ。新兵を死なせるわけにはいかないんですから」

エリクがムウに小突く。

 

 

「俺の部下は手厳しい」

 

その時だった。ブリッジにいたトノムラ曹長の目には、レーダーに映る機影が複数。

 

 

 

「レーダーに感あり! 熱源接近! 機種特定、これはっ!!」

 

 

 

そして間髪入れずにつぶやいたのだ。

 

 

 

「Xナンバーと、ザフトの新型3! 低軌道戦線の時のものです!」

 

 

 

 

 

「地球に降りてここまで追撃を仕掛けてくるか! 第一戦闘配備! 急げ!」

 

 

 

ナタルがパルの報告を受けて迅速に指示を出す。が、クルーは既に予期していたので配置についていた。

 

 

 

「――――何としても振り切るのよ! MS隊順次発進させて!!」

 

 

 

 

 

 

 

発進シークエンスに入るキラたちは、敵が迫ってきていることを聞き、緊張を高めていた。

 

 

 

 

 

「APU起動。ストライカーパックはランチャーを選択。カタパルト接続、オンライン。進路クリアー。発進を許可する」

 

 

 

「キラ・ヤマト、ストライク。甲板にて迎撃行動に入ります!」

 

 

 

 

 

「続いてストライク二号機。ストライカーパックはジェットストライカーを選択。カタパルト接続、オンライン。進路クリアー、発進を許可する」

 

 

 

「ムウ・ラ・フラガ、ストライク二号機、出るぞ!」

 

 

 

キラとは違い、カタパルトから飛び立っていくムウ。すでにキラの乗るストライクはアークエンジェルの甲板に移動している。

 

 

 

「デュエル二号機。カタパルト接続、オンライン。進路クリアー、発進を許可する」

 

 

 

「強化プラン、当てにさせてもらうぜ。エリク・ブロードウェイ。デュエル、出撃する!!」

 

 

 

ホバー走行ならば可能なほどの出力を備えたアサルトシュラウド装備。宇宙戦闘でも機動力を十分見込めるデュエルの強化プランがついに現実のものに。

 

 

 

大きな特徴は、腕にシールドを装備するのではなく、肩にシールドをラックさせた状態であること。これにより、マニピュレーターの自由度が増し、様々なオプションをつけることが可能に。

 

 

 

多連装ミサイルポッドに、ビームガトリング砲を装備し、機体各所にコンデンサーを取り付け、稼働時間を伸ばすことに成功。実戦を強く意識した装備となっている。

 

 

 

「ヤマト少尉! まずは長距離砲撃で敵に打撃を与えろ!」

 

 

 

「了解!」

アークエンジェル部隊は先手を打ち続けることで、ザフト軍の襲撃を返り討ちにする算段をつけていた。これ以上の追撃をしてくるザフトをここでたたく。

 

その心中にはリオン不在という大きなハンデがあり、無意識のうちに彼がいないことで彼らは短慮だった。

 

 

 

アークエンジェルを落とすしかないザラ隊は、甲板からアグニを放ってくるストライクの砲撃に対し、

 

 

「散開しろ! アレに当たれば致命傷だ!」

 

 

アスランとニコル、フィオナとドリス、ニーナとディアッカの最小単位で別れたザラ隊。

 

 

 

そこへ、

 

 

 

「隊長、赤い奴が急速接近!」

 

 

 

フィオナの報告の通りに、赤いストライクはこちらにまっすぐ向かってきた。

 

 

 

「アレは大気圏用!? まずい、各機旋回! エレメントが後ろに取りつかれたら、真っ先にフォローしろ!」

 

 

赤いストライクは、その機動力を生かし、陣形の乱れたザラ隊に打撃を与えていく。

 

 

「あいつほどじゃねぇけど、俺もやるときはやるんだよ!」

ライフルを乱射しながら逃げ遅れたかに見えたフィオナに狙いを定めるムウ。このジェットストライカーは凄い、とムウは乗りながら思う。

 

 戦闘機を超える機動性と即応性。これこそ、連合の次世代を担う装備になると。

 

 

「ロックされた!? 速いっ!」

 

 

 

後方につかれたフィオナは、ストライクを振り切ろうとするが、機動性に大きく水をあけられているためか、振り切ることが出来ない。

 

 

 

「まずは一機。仕留めさせてもらうぞ。おっと!」

 

 

 

不意に感じた殺気を感じ取り、ムウは右脚部バーニアを吹かせ、空中で小さく旋回。ムウの背後からバスターがフィオナをやらせまいとフォローに入る。

 

 

 

「くそっ! 機動性が違い過ぎる!!」

 

 

 

あっさりと砲撃を回避していくストライクを見て歯噛みするディアッカ。しかし、彼の意識はそこまでだった。

 

 

 

「な――――っ!?」

 

突然ディアッカの意識がかき消された。本人もそれが何なのかわからないまま、バスターは動きを止める。

 

 

 

フィオナの眼前には、胸部を撃ち抜かれ、スパークを出しているバスターの姿。そして海面すぐ近くには、ホバー走行しているデュエルの姿が。

 

 

「ディアッカッ!!!」

 

フィオナが悲痛な叫びをあげるが、どうすることもできない。

 

 

「くそっ、デュエルの新型装備!? まずい、誘い込まれた!」

 

 

見慣れぬ装備をしたデュエルを見たアスランは、空と海の両方から挟み撃ちに遭っていることに気づくがもう遅い。

 

 

 

スパークを出しながら落下するバスターは海面に衝突。小規模な水しぶきを上げ、海面から上がってくることはなかった。

 

 

 

「そんな、ディアッカさん!!」

 

 

 

悲鳴を上げるニーナが、ホバー走行しているデュエルに斬りかかるが

 

 

 

「おっと、近づくとそれが来るのはわかっているぞ、新型!!」

 

 

 

ザラ隊の背後を付くようにホバー走行をしていたエリクは、今度は一転してアークエンジェルに近づくように後退していく。

 

 

 

そしてエリクを守るかのようにアークエンジェルの砲撃がニーナの足を阻む。

 

 

 

「弾幕が濃すぎる!! 近づけないっ!!」

 

 

 

「ニーナ、あまり突出するな!! 弾幕につかまるぞ!!」

 

ドリスが慌てて突出しているニーナを呼び戻そうとするが、ムウがこの瞬間を黙ってみているはずがない。

 

 

 

「ミサイルのシャワーでも浴びな!!」

 

戦術面で圧倒的な優位性を崩さないことで、ムウは上機嫌だった。しかし、ザフト軍はそれどころではない。

 

 

 

 

 

「戦術面で負けている!? こんなところで!!」

 

 

 

ミサイルポッドからミサイルを発射したムウ。これで仕留められるとは思っていない。ドリスの乗るシグーディープアームズは、何とかミサイルを迎撃、もしくは回避することに成功したが、誘い込まれていることに気づけない。

 

 

 

 

 

 

 

「座標に追い込んだぞ、キラぁぁ!!」

 

 

 

「目標捕捉! 撃ちます!!」

 

 

 

「しまっ―――――」

 

 

 

ドリスの目の前には、赤い閃光が迫っていた。もう回避することもできない。どうしようもない死の瞬間が彼の前にやってきていた。

 

 

 

 

 

「ドリスっ!! くっそぉぉ!!」

 

 

 

直撃こそ免れたものの、機体を大きく抉られたドリスのシグーは墜落。ディアッカとともに海の中へと消えていく。

 

 

 

これで、あっという間に2機が大破。どちらも通信途絶。浅い近海とはいえ、沈めばただでは済まない。

 

 

「誘い込まれていたのか!? くそっ」

 

 

 

「熱くならないで、アスラン! とにかくアークエンジェルを! アレさえ落とせば―――」

 

「前に出過ぎです、ニコルさん!! 弾幕につかまります!!」

 

 

 

ザフト軍は恐慌状態にこそ陥っていないが、指揮官含むほぼ全員が冷静さを失っている。

 

 

ザフト軍にも赤い彗星不在という大きなチャンスで浮足立っていた。彼がいなければ勝てる、相手を追い込むことが出来るという浅はかな慢心。慢心と言えるほどではないが、短慮ともいえる希望を抱いていたのは事実だ。

 

お互いの短慮はそのまま、自軍への被害に広がっていく。

 

 

「俺とエリクで敵を追い込む。キラは座標通りに狙い打て!」

 

 

 

「了解です!」

 

 

 

「作戦がハマり過ぎでしょ!! 油断大敵ってな!!」

 

 

 

アークエンジェル部隊は、戦艦に仕事をあまりさせず、ほぼ三人で敵機を撃墜し続けていた。後はブリットとイージス、ビーム兵器搭載型の新型2機。

 

 

 

「ニーナ、動いて!! 接近しすぎ!」

 

 

 

接近することをやめないニーナ。弾幕を躱しながら、アークエンジェルの背後へと迫る彼女をフィオナがとがめる。

 

 

 

「フィオナ!! 動力部をやるわよ!! こいつさえ落とせば!!」

 

 

 

 

 

一方二機の企みを察知したアークエンジェル側もそれどころではない。

 

 

 

「バリアント照準! 近づけさせるな!」

 

 

 

大型レール方から繰り出される弾丸がフィオナとニーナをけん制する。その直後に発射されるミサイルの嵐。

 

 

 

「だめっ!! 動いて、ニーナ!!」

 

 

 

ミサイルを回避、時にはバルカンで迎撃しつつ、フィオナは距離を取りながら対処していたのだが、ニーナは尚も突出し過ぎていた。

 

 

 

「こんな奴らに!! あっ――――」

 

 

 

そこには、大型ビームライフルを構えていたジンがニーナを狙い打つ姿があった。

 

 

 

「ほんとに来たよ、このチャンス……」

 

 

 

後は引き金を引くだけ。アルベルトにためらう理由もなかった。

 

 

 

「あっ――――」

 

 

 

フィオナの眼前で、ニーナの機体がビームで射抜かれた光景が広がる。もはや助からないかもしれない、そんな恐慌にも似た感情が彼女を支配する。ディアッカやドリスの時とは違う。

 

 

 

激情の引き金が引かれていくのを感じた。

 

 

 

ニーナの乗るゲイツは孤島近くに爆炎を上げながら不時着。小規模な爆発を繰り返し、動かないままだ。

 

 

 

「――――――っ!!!」

 

 

 

そこで冷静に味方に指示を出していたフィオナの中で何かが切れた。視界が鮮明になっていくというより、冷えていく感触。

 

 

今ならすべてが見えるような気がしてならない。

 

 

「くそっ!! これ以上やらせるか!!」

 

 

 

アスランはようやく中々掴めなかったデュエルを捉えることに成功した。

 

 

 

「くそっ! バッテリーがそろそろヤバイ!!」

 

 

 

対するエリクは、ホバー走行のし過ぎでエネルギーが心もとなくなってきた。そこでアスランが徐々にその動きに対応しての猛追。

 

 

 

「エリクは下がれ!! ここは俺が引き受ける!! っ!?」

 

 

 

「アスランはやらせません!!」

 

 

 

しかし、僚機の援護に回ろうとするムウを阻むのはニコル。ライフルを乱射しつつ、ムウとエリクを引き離す。

 

 

 

ニコルは周囲を見回し、意を決してムウの乗るストライク、赤い彗星が乗っているかもしれない機体を落とす算段を即興で考えた。

 

 

 

――――危険な賭けだけど、一か八か!!

 

 

 

ニコルはグゥルから跳躍を試みる。それを見たムウは、グゥルを放棄したと考えた。

 

 

 

「何が何だか知らないが!! 思い通りに等!!」

 

 

 

しかしその瞬間、ブリッツが消えたのだ。ミラージュコロイドを展開したのだ。しかし、空中で、しかも大気圏内でそれは、あまり意味がない。

 

 

 

 

 

「素早く動けないならどうということなど!!」

 

 

「くっ」

苦悶の表情を浮かべるニコル。ストライク二号機のバルカンで、すぐに丸裸にされてしまうブリッツ共に窮地に追い込まれる。

 

 

あっさりとステルスを解除させられたニコルだが、衝撃に対する苦悶の表情を浮かべるだけで、ニコルの読みは外れていない。

 

 

 

キラがニコルの読みに気づく。

 

 

 

「大尉、下がってください!!」

 

 

 

 

 

だが、もう遅い。その策は成立した。

 

 

 

 

 

「え? なっ!?」

 

 

 

ムウの目の前には、無人のグゥルが正面から追突してくる光景が。

 

 

 

「ぐわぁぁぁ!!!」

 

 

 

グゥルの爆発と衝撃で、近くの孤島へと墜落していくストライク二号機。そして、エリクはアスランの追撃に阻まれ、稼働時間の限界寸前だった。

 

 

 

 

 

「油断大敵だったかも――――」

 

 

 

 

 

「ここでまずは一機だ!!」

 

 

 

「中尉、下がって!!」

 

 

 

キラの乗るストライクがアグニで援護射撃。後一歩というところでデュエルを取り逃がしたアスランは舌打ちをする。

 

 

 

「ちぃ!! キラっ……」

 

 

 

 

 

だが、アスランとキラは失念していた。

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

アークエンジェルの後方では、アルベルトがフィオナに―――――

 

 

 

 

 

「あ―――――」

 

キラが振り向いた瞬間、アルベルトが乗っていた機体が新型のビームクローで攻撃されている光景だった。

 

 

 

「わ、悪い、しくじっ―――――」

 

機体ごと蹴り飛ばされ、自由落下するアルベルトの機体へ迫る追撃の一撃。

 

 

「ニーナの仇ィィィィ!!!」

フィオナの殺気じみた声とともに、ゲイツのクローがジンのボディを貫いたのだ。

 

「がはっ」

機体への衝撃とともに意識を消失させられるアルベルト。盾ごとクローで貫かれ、糸の切れた人形のように海へと落下し、小さな水しぶきとともに、彼が上がってくることはなかった。

 

 

 

幼馴染が殺されそうに―――――――否、その眼前で命を奪われた光景。

 

 

 

その景色は、キラに理性を放棄させた。

 

 

彼が生来持っていた善性、そうありたいと思っていた心が、彼に理性を放棄することを促したのだ。

 

 

 

 

 

「お、おまぇぇぇぇえ!!!」

 

 

 

キラは躊躇いもせずフィオナの乗るゲイツをアグニで攻撃。初めてだった。

 

 

 

キラは初めて殺意を持って敵を殺そうとしていた。

 

 

 

「!? 白いの!?」

 

アルベルトを殺したフィオナは、突如後方からのロックオン警報で急速回避。ニーナを殺した敵を、仇を取った後に待ち受ける難行。

 

 

 

 

「いつもいつも、赤い彗星と一緒に!! 今日こそ殺してあげる!!」

 

 

 

アスランの思考をかき乱す白い奴が憎い。アスランが味方にと思い始めた赤い彗星が妬ましい。

 

 

 

聞いてしまったのだ。アスランの親友がストライクに乗っていることを。その事実をニコルにだけ白状している場面を彼女は見ていた。

 

 

 

 

 

しかし、激昂しているのは彼女だけではない。

 

 

 

「普通のコーディネイターが、僕に勝てると思うな゛ぁぁッぁ゛ッ!!!」

 

 

 

 

 

その瞬間、キラの何かがはじけた。アルベルトを殺した敵を殺す。そのことしか考えられなくなった。

 

 

 

「IWSPに換装!! 座標固定!!」

 

 

 

キラが怒鳴りつけるように吠えると、

 

 

 

「くっ、了解した!! 後方の敵機を撃墜しろ!!」

 

アルベルトの機体は既に撃墜されてしまっている。その事実を知り、苦悶の表情を浮かべるナタルはキラの気迫に押され、直ちにカタパルトからストライカーパックを射出する。

 

 

 

 

 

ランチャーストライカーを解除し、空中に跳躍したストライクの背部にIWSPが誘導されていき、換装が瞬く間に完了。

 

 

 

「エリク機、帰投します!!」

 

 

 

「ブロードウェイ中尉は直ちに補給を!! フラガ大尉とは!?」

 

「連絡つきません!! ブリッツと交戦中!!」

 

 

 

「っ!!!」

 

 

 

キラは荒ぶる心のまま、フィオナめがけて対艦刀を投擲。突然のことにフィオナはシールドでとっさにガードするが大きく体制を崩されてしまう。

 

 

 

「くっ、白い奴!!」

 

 

 

「もうこれ以上やらせるもんかァァァ!!!」

 

 

 

さらにレールガンでグゥルを射抜いたキラ。スパークを出しながら火花を出すグゥルから脱出するフィオナは、奇しくもムウとニコルのいる孤島近くへと落下していく。

 

 

 

 

 

「キラ!!」

 

 

 

「フィオナさん!? ダメだ!! こっちに来ちゃ!!」

 

 

 

孤島の上では、ムウがやや有利な戦いを展開していた。3連装ミサイルは撃ち尽くし、ライフルとサーベルしか武装のないブリッツと、損害軽微なストライク二号機。

 

 

 

 

 

「ここで二機とも落とす!!」

 

 

 

クローを展開し、突撃を仕掛けるフィオナは、ムウに狙い目を絞った。

 

 

 

「あのアンカーが来るのか!? 同じ手をそう何度も!!」

 

 

 

「ムウさん下がって!!」

 

 

 

 

 

アレの対処法はキラが知っている。

 

 

 

――――ノーモーションには、ノーモーションのオプションだ!!

 

 

 

ムウのストライクを庇うように躍り出たキラは、IWSPに搭載されている単装砲を乱射するのだ。ここで必要なのは正確な射撃ではなく弾幕を張ること。

 

 

 

しかも、冷静さをなくしている相手だ。

 

 

 

「きゃあぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

強力な実弾兵器を至近距離で食らったフィオナは衝撃に悲鳴を上げる。そして彼女の機体も衝撃に悲鳴を上げる。フレームがゆがむということはなかったが、きしむような音がフィオナの耳に響いた。

 

 

 

フィオナのゲイツが傷つけられた。しかも、ほぼコックピットの真横への部位と、右マニピュレーターを破損した機体状況。

 

 

 

 

 

誰が見ても、もう戦闘は行えず、フィオナが危険に陥る状況であることは間違いない。

 

 

両者の力関係は、低軌道戦線ですべてが変わった。迷いを完全に喪失したキラは、フィオナすら圧倒する実力を手に入れた。そしてその力は単独戦闘で単騎のアスランを死に至らしめるほどのものであり、ザフト軍にストライクは単独で仕留めきれないという事実を突きつけるものだった。

 

 

「キラぁァァァ!!!! もうそんな好き勝手させるものかぁぁ!!!!」

 

そこへ、フィオナの危機にはせ参じるアスラン。とどめを刺そうとレールガンを構えていたキラに直上からライフルで攻撃してきたのだ。

 

アスランも自覚している。もはや、単独でキラに勝てる時期は終わっている。自分たちが生き残るには、残存する僚機で追い込むしか方法はない。

 

 

「くっ、アスラン!!」

 

 

 

攻撃を受けることも出来ず、キラは後退するしかない。

 

 

 

「ここで俺が――――」

 

 

アスランは極限の状態で決意する。否、その選択を強いられた。圧倒的な死を招くキラという存在を前に、生存本能が突き動かされたのか。

 

 

「――――お前を倒す!!」

憎しみや悲しみではない。純粋な生存の危機から、アスランはその才能を目覚めさせたのだ。

 

 

アスランの方も思考が鮮明になっていく感覚がやってきた。火事場の馬鹿力に近いSEEDの力。

 

 

「やらせるものかぁ!!!」

しかし、アスランの気迫にひるむことなくキラも応戦。雄たけびを上げながら、イージスを睨みつけ、その命を奪うべく激しく動く。

 

 

「おぉぉぉぉぉ!!!!」

一方のアスランも、フィオナを守る為に踏みとどまる。次々と僚機を死なせてしまった自責の念から、もうこれ以上の失敗は許されない。

 

 

両者激しく切り結び合う。縦で相手のサーベルを防ぎながら、いかにして相手を殺すか。それしか考えていない両者の苛烈な攻撃がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

「キラ――――くっそ、もうこれ以上は持たないか――――っ!?」

 

 

 

後退を頭に入れていたムウだが、その瞬間、機体が動かない。何かにぶつかった感覚だけがムウには感じられた。

 

 

 

 

 

「なっ――――嘘、だろ―――――」

 

 

 

赤いストライクの後ろから姿を現したのは、ニコルの乗るブリッツだった。ストライク二号機の左胸に生える桃色の光。それは間違いなく、ブリッツから出ているサーベルの光だった。

 

 

 

ミラージュコロイドによる隠密機動からの一撃必殺。ブリッツの真価が発揮された瞬間だった。

 

 

「俺が――――ここで――――」

 

 

 

信じられないといった表情で、徐々に機体がパワーダウンしていく状態に、衝撃を覚えているムウ。

 

 

 

「やりましたよ、アスラン―――――私――――」

 

 

 

小さいスパークを出す赤いストライクを見て、ニコルは万感の思いを秘め、つぶやいたのだ。

 

 

 

 

その時、アークエンジェルのブリッジでは凶報が流れていた。

 

 

 

「ストライク二号機、ロスト―――――」

 

パル曹長の呆然とした表情とともに、その受け入れたくない事実が流れる。

 

 

 

「フラガ、大尉? うそ、うそでしょ……?」

 

 

 

ショックを受けるマリューがパルを見つめたまま、動かない。

 

 

 

「――――バカな、戦況は有利だったはずだ!! もっと確認しろ!!」

 

ナタルが吠えるようにパルに再度確認を促す。が、パルは首を横に振るだけだった。

 

 

 

「――――通信途絶状態のままです。撃墜、「そんなはずないわ!! そんなはず――――」艦長――――」

 

 

 

パルの言葉を遮るように、マリューが叫ぶが、現実は変わらない。

 

「嘘ッ、 嘘よっ!! 返事をしてぇ!! ムウゥゥゥゥ!!!!!」

 

 

ムウがやられたのだ。

 

 

「エリク機! 出られるか!!」

半狂乱になったマリューに変わり、指示を飛ばすナタル。このまま何もしないでいれば、機動部隊が全滅しかねない。

 

「無理ですって!! 今出てもあまり持ちませんぜ!!」

 

マードック曹長の非常な現実にナタルは唇をかむ。

 

こうしている間も、キラは最悪でも3対1を強いられているのだから。

 

孤島での死闘は尚も続いていた。

 

 

 

「アスラン下がって!! 私が回り込みます!!」

 

 

 

「ハァァァァ!!!!」

 

 

 

「ここで終わらせる!!」

 

 

 

キラの絶技、サーベル斬りがここで発動。イージスのサーベル発生装置を切断。そのまま盾でイージスを殴りつけ、さらに片腕をサーベルで切りつけたのだ。

 

 

 

「うわ!!」

 

 

 

アスランもその絶技からの連続攻撃に対応こそしたが、片腕のサーベルを機能不全に陥らせた彼は間違いなく強敵だと悟る。

 

 

 

しかしキラが狙っているのはアスランのイージスではない。

 

 

 

「そこをどけ、アスラァァァァン!!」

 

 

 

アスランの後方にクローを構えているゲイツしか見ていない。キラは、アルベルトを殺した奴にしか興味がなかった。

 

 

 

「ニコル! お前は船の方をやれ!! 今なら丸腰だ!!」

 

 

 

「了解しました! アスランも上手く立ち回ってください!」

 

 

 

ニコルはそういうと、ディアッカが乗っていたグゥルを誘導し、アークエンジェルに追撃を仕掛ける。

 

 

 

「ああ、こいつは俺がやる!! フィオナは後退しろ!!」

 

 

 

「できません!! 2対1なら!!」

 

中破寸前の機体状況でも、果敢にストライクに挑むフィオナ。

 

 

 

 

 

「はぁぁ!!!」

 

単装砲での乱射から突撃を繰り返すキラ。PS装甲といえど、エネルギーは無限ではない。イージスに衝撃を与えつつ、パワーを削り取ればイージスは無力化できる。

 

 

 

あの新型を倒すことが出来ると。

 

 

 

 

 

「アスラン!!」

 

 

 

彼の後方からフィオナが突撃する。その動きを察したアスランはストライクとの切り合いを突如としてやめ、急上昇を選択する。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

アスランの飛び上がった場所、その奥から新型が切りつけてくるのが見えた。キラは、その攻撃を単装砲で足止めをするのだが、盾を前に押し出しながら防ぐ。

 

 

 

「だったらッ!!」

 

 

 

キラは躊躇いもせず、スラスターを全開にする。あちらがその気ならこちらはその全てで叩き潰すだけだと。

 

 

 

「えっ!? あうっ!!」

 

 

 

ストライクがこちらと同じように盾で突撃をやってくるとは考えていなかったフィオナ。予期せぬ衝撃に一瞬だけ意識を飛ばされた。

 

 

 

「フィオナっ!!」

 

 

 

上空に飛び上がったアスランが、とどめを刺そうとフィオナに迫るストライクにバルカンで牽制しつつ、両足のサーベルで飛び膝蹴りの要領で斬りかかる。

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

その一撃目の斬撃を屈んで避け、二撃目は盾で防ぐキラ。そしてキラもやられてばかりではない。

 

 

 

至近距離からのレールガンの一撃がイージスに迫る。

 

 

 

だが、今目の前にいるのはいつものアスランではない。生きることに執着し、手段を択ばない強敵なのだ。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

キラが驚愕する。ほぼ近距離での一撃をアスランは回避したのだ。それどころか―――――

 

 

 

 

 

「もう誰も、俺の仲間は殺させない!! たとえお前であろうと!!」

 

 

 

クルリとまるでダンスをするのか様に弾頭を避けたイージスが、ストライクに反撃の一撃を与える。

 

 

 

「ここで、俺がお前を討つッ!!」

 

 

 

鬼気迫る闘志を身に纏い、赤の騎士の進撃は止まらない。キラはアスランの気迫に徐々に気おされていく。

 

 

 

サーベルの猛攻に耐える時間帯が増えていくストライク。

 

 

 

 

 

「――――ッ!! なんなんだッ、なんでッ!!」

 

アスランが抱えているものが分からない。キラはイライラが募るばかりだった。

 

 

ともに犠牲を払いつつ、決着の時が近づいている。その先に待っているものは何か。

 

 

 

彼らはその代償を支払うことになる。

 




さて、誰が正常なまま、生き残れるのか・・・・


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第35話 信念の果てに

ザラ隊との戦いは集結します。


エリクは無念のエネルギー切れ。ムウはシグナルロスト。アルベルトも撃墜された。

 

 

 

残るMS部隊はキラ一人だけだった。そして彼はアスランとフィオナを相手に互角以上の力を示す。

 

 

 

まさに鬼神の如き力。赤い彗星不在の中、彼はアークエンジェルの柱だった。

 

 

 

そんな死闘が行われている中、ニコルは単騎でアークエンジェルに仕掛けていた。

 

 

 

「あの船さえ落とせば――――」

 

 

 

しかし、アークエンジェルは尚も健在。上空を移動している。

 

 

 

「わっ!!」

 

強力な弾幕につかまったニコル。イーゲルシュテルンのシャワーを浴びるニコルはその場から動けない。

 

 

 

「このままじゃ―――」

 

やられると判断したニコルは、何とか機体を後退させようとするが、

 

 

 

 

 

「照準、マニュアルで寄こせ!」

 

機体を動かすことが出来ず、CICに座っているエリクが、ゴットフリートの照準を渡すよう吠える。

 

 

 

 

 

そして――――

 

 

 

 

 

「きゃぁあぁぁあ!!!!」

 

こちらにまっすぐ向かってくる大出力ビーム砲がニコルのブリッツに直撃したのだ。右腕の盾ごとマニピュレーターを溶解させられ、ブリッツは直撃の余波で吹き飛ばされる。

 

轟音とともにブリッツは大地にたたきつけられ、その漆黒の色合いも灰色の力なき姿へと変化する。

 

「――――――あぁ……アス……ラン………」

 

その衝撃でニコルは頭部を強打し、意識を失ってしまったのだった。

 

 

互いに戦力を消耗し、犠牲となるものが増えていく。アルベルトが死に、ディアッカが、ドリスが、そしてムウが散っていく。

 

 

 

「っ。みんなは!? みんなどこなの!?」

大破した機体の中で目を覚ましたニーナは、必死に呼びかける。動けなくなった自分が目覚めるまで、何が起きているのかを把握するために。

 

「嘘よ……そんなの嘘ッ!! 応答してください!! 先輩ッ!! ディアッカさん!! ドリスさん!! ニコルさん!!」

 

今のアスランたちには知る由もないことだった。

 

 

 

次々とお互いの戦力が消えていく中、アスランはここである決断をすることになる。

 

 イージスは損害軽微とはいえ、長期戦になれば厳しい。フィオナのゲイツに至っては、もはや動けているだけでも上出来と思われるような損害状況だ。

 

「フィオナ、君は先に帰投するんだ。その機体状況では厳しい」

 

――――このまま、彼女まで失うわけにはいかない。

 

せめて彼女だけでも、彼女だけでも生き残ってほしいという、どこまでも他人に甘いアスランらしい言葉。

 

 

「で、でも!!」

 

食い下がるフィオナを制するようにアスランが諭す。

 

「俺は、他でもない。フィオナがもう悲しまなくていい世界であってほしいと願ったから」

 

そうだ。ザフト軍兵士アスランの始まりは、それだった。

 

ザフトのために、プラントのために、という大義が先に出てきたわけではない。

 

目の前の女の子の笑顔を、その未来を守りたいと思ったことが、アスランの原点だった。

 

「だから、フィオナには生きてほしいんだ」

泣き腫らしている顔をモニターから見ながら、アスランは彼女に微笑んだ。

 

 

 だが、憎しみに身を任せた親友はアスランを待たない。

 

 「―――――そんな機体状況で、余裕を持つなんてぇぇぇ!!」

 

 

 

攻撃が緩んだことで、手を抜かれたと勘違いしたキラは、苛烈な攻撃を繰り出す。

 

袈裟斬りからの回し蹴りを食らい、よろめくイージスだが屈さない。二本の足で力強くその攻撃を受け止め、盾の名を冠する機体は屈することを知らない。

 

 

――――どうしてだろう

 

アスランは不思議な気持だった。劣勢で、苛烈な動きを見せる親友相手に追い込まれている状況で、なぜか焦りを感じなかった。

 

――――悪いな、キラ。

 

アスランには、確信にも似た予感が渦巻いていた。

 

―――――今のお前には、負ける気がしない。

 

何処までも力が湧いてくる。何が何でもやるのだという気持ちが強くなる。この気持ちは何なのだろう。こんな気持ちになったのは初めてだった。

 

ならば叫ぼう。力のある限り叫ぼう。

 

「だから、君は生きるんだッ、フィオナっ」

アスラン・ザラの願いは、至極単純で、万国共通、世界最強の理由だった。

 

 

「俺は死なないッ!! 必ず、君の傍に戻る!! だからッ!!」

 

絶対に生き残る。その強い決意が、アスランにさらなる力を与える。

 

踏み込まれたことに激昂したキラは、尚も苛烈な攻撃を仕掛ける。形容しがたい感情がキラを支配する。目の前の親友は何か違うモノを見ている。それが分からないことが、酷く苛立たしい。

 

「アス゛ラァァ゛ァ゛ッンゥゥ゛ゥッ!!」 

 

よろめいた姿勢を逆に利用し、バックステップしながらの後退。イージスに生まれた致命的な隙を見逃すはずがなく、キラはアスランを殺すべく猛追する。

 

「―――――お前のその動きも、俺の―――――ッ」

キラの獣の如き動きを見て、悲しい気持ちになるアスラン。彼をここまで憎しみの権化にしてしまったのは自分だ。その罪は受けよう。

 

だが、ここで死ぬわけにはいかない。サーベルの連撃を盾で防ぎながら、アスランは叫ぶ。

 

「だが、俺の命は、俺一人のモノではない!!!」

 

苛烈な攻撃は単純になりやすい。リズムよく殴るような攻撃だったストライクの横薙ぎの一撃を盾で逸らしたアスランは、機体を上昇させ、飛び蹴りをストライクに叩き込んだ。

 

約束したのだ、誓ったのだ。彼女の未来を守ると。

 

 

「ぐっ!?」

不意を衝かれた反撃の一撃。キラは衝撃に揺らされ、機体とともに一瞬よろめいた。

 

それが、この死闘の明暗を分かつ瞬間になる。

 

 

同時にモビルアーマー形態への瞬時変形による、スキュラの一撃。

 

その一撃が、戦闘を優位に進めていたストライクに致命的な手傷を負わせることになったのだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

コックピットはそれたものの、右腕を完全に喪失してしまったストライク。しかも衝撃で転倒するというおまけつき。

 

たまらず距離を取るキラ。この機体状況では不利なことは明白だ。怒り狂うキラにでもわかるほどに致命的なのだ。

 

 

「くっ!」

 

しかしアスランも無事では済まない。急な姿勢制御をしてしまったイージスも地面に激突。アスランにも強烈な衝撃が襲う。

 

「アスランッ!! こいつさえ落とせばッ!!」

 

よろよろと立ち上がるストライクにとどめを刺さんとフィオナが斬りかかるが――――

 

「邪魔をするなァァァ!!!」

 

 

もはや獣の如き動きでフィオナの一撃を左マニピュレーターで上に逸らし、蹴りによって歪んだフレームにさらに一撃を与えるキラ。

 

「かはっ……」

 

万全でも失神を誘発させかねない一撃が、不完全な装甲の上からたたきこまれた。この衝撃にフィオナは意識を奪われ、フィオナのゲイツは完全に沈黙した。

 

「フィオナっ!? バイタルは―――――無事かッ」

 

 

イージスのメインカメラから剥き出しになったコックピットに無傷でいるフィオナを視認したアスラン。気絶しているだけでまず安心したのだが、気が触れたかのように暴れまわる親友を止めなければ危険であるままだ。

 

「―――――キラ、お前は――――だがそれでもッ――――」

 

 

ヘリオポリスにいた親友をここまで歩ませてしまったのは、紛れもなくプラントのせいだ。

 

だが、アスランにも譲れないものがある。守らなければならないものが出来た。そして今、その繰り返される自問自答の中で、アスランは遂に悟る。

 

――――そうか、俺は―――――

 

 

「アァァスラァァァァンっっ!!!!」

 

「俺は、あいつと一緒に生きる……生きたい……ッ!!」

 

叫び声を上げながら襲い掛かってくるキラを前に、どこまでも平坦な声で誰に語るまでもなくつぶやくアスラン。

 

 

アスランも駆ける。これが恐らく最後の攻防だ。

 

「――――――死ねないッ、俺は、死ねないんだッ!!」

 

斬撃の応酬が、互いの機体を傷つけあう。

 

「ッ!!」

 

 

襲い掛かる攻撃をいなすだけでいいアスラン。片腕だけで振り回す斬撃をシールドでいなしながら、アスランはその機を待つ。

 

「おぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

一際大きなモーションから繰り出された一撃をシールドで受け止め、一気にスラスターを吹かせたアスラン。単調になっていたキラの攻撃を予測し、致命的な決定機でカウンターを仕掛けたのだ。

 

「!?」

 

不意を衝かれたストライクに乗るキラが後退する。これはさすがに不味いと彼も判断したのか、距離を取る。

 

「――――恨むなら、俺だけを呪え、呪ってくれ……ッ!」

 

まるで懇願するかのように、今まさに命を刈り取る相手につぶやく赤い騎士。今からその命を、仇敵の命を刈り取るのだが、それは自分にとって一番の親友であり、それはこれから先一生変わらない。

 

「くっそぉぉぉ!!!!」

 

 

この致命的なストライクの隙をモノにするのか、それともストライクがまだ粘るのか。

 

体勢が崩れた後に後退したストライクと、前進しながら追撃を仕掛けるアスラン。

 

どちらが速いのかは、語るに及ばず。

 

 

「―――――お前は……俺の………ッ」

 

 

その無防備なストライクのコックピットに迫るサーベルを突き出しながら、アスランの脳裏で、そんな言葉がよぎった。

 

 

そして、白と赤の機体は眠るように灰色の色へと変化し、最後の攻防が終わった。

 

 

「え―――――」

 

 

キラは体に強い衝撃を覚えた。そして機体と自分の体が思うように動かない。

 

寸前でイージスのサーベルは消失し、互いのエネルギーがダウンした。だというのに、ストライクの動力が完全に死んだ。

 

そして、フレームの亀裂から見えるイージスの姿を目視で確認できてしまっていた。

 

 

――――なんで、僕は――――――

 

 

視界も歪み、何も見えない。腕が上手く動かない。体が痛い。全身を刺すような、愚鈍な痛みと、徐々に体温がなくなっていく感覚。

 

その事実を認識したキラは、自分の置かれている状況を悟る。

 

―――――そっか、僕は、負けたのか……

 

 

キラは動かせる体の個所を動かしてみた。やはり動く。しかし、右半分の景色が見えない。

 

 

ストライクのPS装甲がダウンし、イージスも寸前で装甲がダウンし、その拳だけでストライクに致命傷を与えたということだ。

 

 サーベルの一撃で消し去られるのではなく、拳で半ば押しつぶされてしまう寸前だったキラは、嘆息する。

 

 そして、自分が敗北した原因をようやく理解した。

 

―――――アスランは、あの子を守って―――――僕には―――――

 

互いに機体に動く力はなく、イージスのコックピットが開く。霞む視界の中で、それだけが分かった。

 

―――――強い、はずだ――――ね……

 

アスランには、大切な人がいた。自分には、そんな存在がいなかった。たったそれだけの違いが、両者に違いを齎したのだ。

 

ゆっくりと近づいてくる足音。誰がそこに来るかはわかっている。

 

その足音が、いったん止まる。

 

「―――――――――ッ」

 

息を呑む音、そして動悸が激しくなっているかのような、荒い息遣い――――

 

そして、ヘリオポリスではもう聞くことがなくなっていた淪波の音のみが聞こえる。

 

「―――――強い、ね。アスラン、は―――――」

 

自分を打ち負かした相手であるアスランに、なぜそんな言葉をつぶやくのだろう。

 

 

「キラ―――ッ」

 

アスランは彼の名前以外のことを何も言わない。重症を負い、凄惨な姿に成り果てた親友を前に、返す言葉がない。しかし、彼の眼だけは親友の姿から視線をそらさない。

 

―――――なんで、そんなに悲しむのかな?

 

彼は宿願を果たした。彼は生き残ることが出来た。なのに、まるで敗者のように涙していた。 

 

「―――――俺の罪が、俺の弱さが、お前を傷つけたんだ……」

 

絞り出すような声から出てきたのは、アスランの強さを全否定するような言葉だった。

 

 

「なに、それ……」

 

苦笑いしか出てこない。痛みは引いた。感覚はもはやない。視界はもうアスランを見ることが、確認することが出来ない。

 

――――出てくる言葉が、それ、なんだね……

 

 

 

何処までも優しいアスランのままだった。あのころと変わらない、自分がイメージしていた通りの彼だった。

 

――――アスランは、変わらなかった。

 

アスラン・ザラは、この戦争でもその当たり前にあったはずの感情を失わずに済んでいた。きっと、彼には心から信頼できる仲間が、

 

――――アスランは、僕の知っている、アスランだった。

 

大切な人がいて、その大切な人を守り切ることが出来たから――――――狂わずに済んだのだろう

 

 

守るものすらなく、戦い続けた自分よりも、重い覚悟を背負っていただけなのだ。

 

「―――――き――――は、勝った――――よ、ア――――ン」

 

もはや掠れるような声で、アスランにも聞き取れない。

 

 

「せん――――――だか―――――し―――――――い」

 

 

はっきりと聞こえてしまった。そこからのキラの掠れた言葉をはっきりと聞いてしまったアスランは、

 

 

 

「俺は――――ッ!! 俺はッ!!! 俺は―――――ッ!!」

 

声を震わせ、懺悔するように崩れ落ちるアスラン。

 

 

「だ―――――ぼ――――ぶん―――――で、」

 

 

――――違う、俺はッ お前の恨み言を聞かなければならなかったんだ!!!

 

断じて、今聞いているような言葉ではない。

 

平穏な日常を送っていた親友を戦渦に巻き込んだのは自分だ。

 

プラントを憎むようになったのは、自分のせいだ。

 

彼の大切なものを、尊い平和を壊したのは自分だ。

 

断じて、自分はこんな言葉をキラからもらう資格などない。

 

「―――――――――――――――――――――――――――」

 

その最後の言葉を紡いで、キラはまるで救われたかのように穏やかな表情となり、意識を失った。

 

「――――――俺は、こんな光景を見るために、戦ってきたのか」

アスランの絶望が広がる。戦争拡大を謳う両勢力への懐疑が、より一層深くなる。

 

「俺は、キラを殺すためにここにいるのか?」

 

「フィオナにも、恐ろしい目に遭わせてしまった」

親友を傷つけてしまった。親友の日常を奪い、こんなところに引きずりこんでしまった。

 

なにより、守りたいと思った存在が、戦士になってしまった。

 

 

そして、この戦闘の果てに、どれだけの仲間を失ってしまったのか。今回の戦闘だけではない。自分にかかわったせいで、多くの同胞が死に絶えた。

 

死んでいった者たちに、どう償えばいい?

 

それだけの理由を、今の自分は持ち合わせているのか。誇れるだけの理由が何一つ存在しない今の自分は、彼らに何を誇れるというのか。

 

 

「俺は、何のために――――――」

 

全てに絶望したアスランは、気が触れたかのように悲鳴を上げる。今まで張り詰めたものが決壊し、彼は溢れる感情を抑えることが出来ない。

 

 

「あぁ……あぁ゛ぁ゛ぁッ゛ぁぁッぁ゛ぁッあ゛ぁぁぁ!!!!!!

 

もう何も、考えたくなかった。生きたいと思う気力すら、消え失せた。言葉にならない叫び声を上げながら、アスランは絶叫する。

 

「なぜだぁ゛ぁぁ゛ぁぁ゛ッぁ!!!! なんでだぁぁ゛ッぁ゛ぁッぁッぁぁ!!!!」

 

 

――――なぜ世界はこうも理不尽なのだ

 

どうして世界は奪うばかりで、彼女らの大切なものが失われていくのか。世界はもう、終わりなのか。血で血を洗う闘争の果てに、絶望しか広がらないのか。

 

————なのに、俺はどうして正気なのだ? こんな世界で、俺はなぜ————ッ

 

それでも、彼は彼に狂うことを許さなかった。

 

――――助けてくれ――――ッ、救ってくれッ、こんなバカげた世界を

 

それでも、彼は世界を見捨てる気持ちにはなれなかった。フィオナと巡り合い、ニコルに支えられてきた。

 

何より、目の前で倒れているキラと、親友になれた世界なのだ。それは、アスランにとって大切で、失いたくない記憶であり、宝物だった。

 

これ以上、その宝物を失いたくなかった。これ以上壊したくなかった。

 

――――こんなに苦しいのに、なぜおれは理性を保ったままなんだ―――――

 

ダイヤモンドよりも固く、理性を失わせないと縛る、アスラン・ザラの理性が、アスラン・ザラであることを強いるのだった。

 

—————俺は、身近な平和を守っていたのではない……

 

絶望し、一回り感情が壊されたアスランだからこそ、その答えに行きつく。

 

————俺もまた、誰かの日常を壊していただけだったのか

 

 

最後に想った答えが脳裏をよぎり、アスランは考えることを止めた。

 

 

 

 

一方、アークエンジェルでは焦燥しきった空気が蔓延していた。

 

すでにブリッツは鹵獲し、バスターと特機仕様のシグー、新型は撃墜し、新型も撃破。残るはもうイージスのみ。

 

しかし、ムウのM.I.A、アルベルトの戦死という重い事実が彼らの感情を揺さぶる。

 

だが、連合の最新鋭機動兵器であるストライクとキラならば、どんな敵にも勝利できる。

 

そんな空気がアークエンジェルの中にあった。

 

しかし、彼らはその時まで知らない。その数分後にストライクのシグナルがロストしたことを知らないのだ。

 

その衝撃を前に、彼らは―――――――

 

 

ブリッジは凍り付いていた。あの最強クラスの力を誇っていたストライクが落とされた。

 

 

 

 

 

「ストライク、ロスト―――――」

 

パル曹長が呆然とした表情で、シグナルが途絶した画面を見て一同に報告する。

 

「バカな――――もっとよく探せ!! Nジャマーの影響で通信が悪いのではないのか!?」

 

「ブロードウェイ中尉を再度出撃させて!! もっとよく――――」

 

ナタルもマリューも、キラがやられたことでその顔が凍り付いていた。年若い若者が死ぬことに慣れているわけではない。乗り越えなければいけない時がやってくると悟っている。

 

ムウが死んでしばらく何も言えない状況だったが、泣き叫ぶような声で命令を飛ばす。

 

しかし、その事実は彼女らの暗い影を落としていた。

 

「六時方向、距離イエロー400! 多数のMSが接近中!!」

 

しかしここで敵の増援。ザフト軍にとってアークエンジェルは死神のような存在だった。だからこそ、ここで何としてでも倒す。

 

ザラ隊の他のメンバーたちが独断で、今も戦い続けていた仲間を救うため、増援を引き連れてきたのだ。

 

対するアークエンジェルはブロードウェイ中尉のデュエルが間もなく補給を完了するものの、他に残されているのは鹵獲したジンが数機のみ。

 

パイロットもエリクだけで、予備パイロットのサイをこんな局面で出すわけにはいかない。

 

「―――――踏ん張れというなら、出撃するぞ、艦長!!」

 

エリクが迷う艦長たちに進言する。ここでキラを助けに行きたいんだろうと。

 

しかし、確認された機影は10機。確かにエリクならばなんとかしてくれるかもしれない。しかしそれでも、これ以上被害をこうむればまた犠牲者が出るかもしれない。

 

 

 

隣では、指示を待つナタルと、クルーの視線が集まっていた。ここを離脱するべきではないかという視線と、今まで借りを作りっぱなしだったキラを助けるんだという多数の視線。

 

 ナタルもいつもの冷静な離脱という意見と、キラを助けるべきではないかという本音の間で、揺れ動いていた。

 

その様子を見たマリューはほんの数秒だけ瞼を強く閉じた。そして―――――

 

「――――ストライクが最後に確認された座標をオーブに送って。それと、アークエンジェルは現宙域を離脱します。」

モニターに映るディンを睨みつけながら、マリューは指示を飛ばす。

 

「!?」

操舵手のサイはその際に彼女の顔を見て息を呑んだ。今まで見たことがない顔だった。

 

「―――――了解しました」

そして、隣のナタルは何も見なかったかのように指示に従うのだった。

 

 

マリューは、ここで今生きているクルーの命を優先した。そして非情な決断を下したマリューを支えるために、ナタルもいち早くその指示を全うするべきと判断したのだ。

 

ナタルは安心していた。ムウを失っても冷静な判断が出来ている彼女を見て安心してしまっていた。

 

「――――っ、了解」

 

CICのチャンドラもキラの無事を願いつつ、この現状ではどうにもならないと険しい表情を浮かべていた。

 

アークエンジェルは、因縁の部隊との決着をつけることに成功した。しかし、キラは行方不明という代償を負うことになってしまった。

 

というより、ストライクとキラは3対1という状況でも戦い続け、すべての敵を撃退した。

 

間違いなく彼はエースだった。

 

そんなエースを失い、悲しみとともに彼らは戦場を去ることしかできなかった。

 

 

 

一方、仲間の捜索に出向いているニーナは、必死にディアッカとドリスを探していた。

 

アルベルトに撃墜されたと思われていたニーナは、致命傷を避ける形で生存していた。さらに運よく通信機器関連のみが生きていたため、応援を呼ぶことが可能だった。

 

 

だからこそ、彼女の声に応える形でみんながアスランたちを探している。

 

 

「お願い、お願いだからッ―――――」

 

クルーゼ隊長の後を任された自分たちは、仲間をたくさん死なせてしまった。自分の不用意な接近でバランスが崩れてしまった。

 

アークエンジェルへの憎しみではなく、自分のふがいなさに憤りを隠せない彼女は、せめて彼らだけでもと考えていた。

 

「ディアッカたちの機体がない!? なんで!?」

 

 

 

そして報告では、近海にはバスターとシグーディープアームズの機体が確認されなかったという。アークエンジェルには機体を鹵獲する余裕はなかったはずだ。

 

そして、オーブ艦隊も近くには存在せず、オーブもかかわりがないということもわかっている。 

 

だとするなら、二人は一体どこへ消えたというのか。

 

 

「フィオナと隊長は!? ニコルさんは!? みんなの機体はどこなの!?」

ニコルとは戦闘中から通信が途絶していた。だからこそ、最悪の状況を既に予期していた。ニコルは倒されてしまったのだと。

 

そしてストライクと交戦していたフィオナとアスランも機体を失った。

 

そして、おそらくキラと殺し合い、戦闘が終わったということはわかる。

 

親友であるフィオナと、彼女の想い人であるアスラン。彼を支える良きパートナーであるニコルや、他の仲間が死んでしまった。

 

そんな事実を考えると、気が触れてしまいそうだ。

 

 

「ニーナちゃん! オーブ艦隊が接近しているぞ! ここは排他的経済水域圏が近い場所だ!! これ以上は―――――」

 

その報告を聞き、ニーナは唇をかみしめる。

 

――――ここで、仲間を見捨てて、去らなければならないの!?

 

「オーブ艦隊から熱源が射出! この大きさは、モビルスーツです!!」

 

「なんですって!? オーブ軍の!?」

 

ザフト軍の間では動揺が広がる。モビルスーツというアドバンテージが完全に失われた瞬間だった。アークエンジェルにのみ運用されていたモビルスーツが、オーブという第三勢力とはいえ、運用が開始されている事実。

 

これはザフトにとっては大きな事柄だった。その瞬間はまさしく、ザフトの優位性が失われた場面でもあったのだから。

 

「空域を飛行中のザフト軍に告ぐ。ただちに現宙域を離脱せよ。こちらは領空圏に接近しつつある貴殿らに対し、攻撃の許可を与えられている」

 

オーブ軍の新型モビルスーツ、M1アストレイ。その先行量産型に乗るのは、リオン・フラガ。

 

 

「たかがモビルスーツを持ち合わせただけで――――ッ!!」

 

部下がモビルスーツを揃えたことで対等と考えているオーブに対し、憤りをあらわにするが、ニーナはあのプレッシャーを覚えていた。

 

――――間違いない。あの落ち着き様、あの雰囲気。彼が赤い彗星

 

「警告は三度までだ。受け入れられないようなら排除する」

 

そして、リオンの後ろにはM1アストレイに乗っているアサギら三人娘とトールの姿も。

 

「フラガ隊長、その―――そんなに高圧的でいいんですか?」

 

アサギは、強気の姿勢を崩さない彼の様子に不安を覚える。もしザフトが襲い掛かってきあたらどうするのかと。

 

「構わない。あちらの指揮官は優秀だからな。ここで動けば、本国の首を絞めるということを理解している」

 

リオンはアークエンジェルを匿った際に何もしてこなかった部隊の動きを見て、冷静さを失わない指揮官があちらにいると考えていた。

 

 

 

ゆえに、リオンは吹っ掛けるような物言いでザフトをすぐに追い払いたかったのだ。

「――――わかり、ました」

 

ニーナにはもはやどうすることもできない。このまま戦えば、自分たちは全滅する。自分のためにここまで来てくれた仲間を見殺しにするほど、彼女も愚かではない。

 

「けど、連合に媚びを売った結果がそのモビルスーツなのね、卑怯者」

 

 

ニーナも言われっぱなしでは我慢ならないらしく、中立の立場を使い、モビルスーツまで作り上げたオーブに恨み言を言った。

 

「それが我々の生きる道と信じているからこそ、我々は行動する。そちらに信念があるように、我々にも曲げられない信念というものがある」

 

「―――――っ」

 

そのリオンの物言いに対し、ニーナは黙ったまま仲間に帰投の指示を飛ばし、自分も現空域を去っていった。

 

「――――諸君。すぐにストライクを捜索するぞ。キラ・ヤマトは連合に渡してはならない人材だ」

 

 

 

リオンはキラの安否がどうであろうと、アークエンジェルには見つけられなかったという報告をするつもりだった。

 

 

 

あれほどの人材を手放すわけにはいかない。連合ではコーディネイターに対しての扱いはよいものとは言えない。ならば、ある程度理解のあるオーブでその力を発揮してほしいというのがリオンの考えだ。

 

そして一同は、ストライクと敵の機体と思われる残骸を発見したのだった。

 

 

 

「―――――キラがそんな―――負けたなんて」

 

トールがぼろぼろになったストライクを見て、信じられないことだとつぶやいた。

 

「なるほど、イージスのパイロットか」

彼がキラを撃破したことは、何ら不思議ではない。自分も手を焼く時がある相手だ。爆発的な力を備え、一時的にリオンを焦られた実力者。キラでも危ない。

 

機体から降りたリオン達は、まずストライクのコックピット部分を調べていた。そしてそこには、キラ・ヤマトが意識を失った状態で発見された。

 

「―――――負傷者を運べ。そして、」

 

 

その近くで、眠るように意識を失っているザフト軍兵士を発見したリオンは、一目で彼をイージスのパイロットと悟る。

 

―――――なるほど、やはり甘い奴だったか。

 

敵の目の前で意識を失う愚行。そんな間抜けを冒すとは、とリオンは思う。

 

トールは怪我を負いながらも生きているキラに抱き着き、涙を流してその生存を喜んでいた。

 

―――――キラ・ヤマトを抱き込むのに、トールは使える。

 

とんだ掘り出し物だ。数年後にはエース格に成長できるばかりか、エースクラスを引き入れることも可能だ。

 

何より、カガリの傍にいて好ましい人材だ。

 

 

「フラガ特尉。その横には新型らしき機影も」

 

部下の一人からの報告を受けたリオンは、その付近へと移動する。

 

その途中、

 

「―――――フラガ特尉。付近の民間人の報告では、周辺に艦艇らしき影ありとの情報が」

 

下士官の一人がリオンに報告する。

 

 

 

「――――その一団の特徴は?」

 

「我々が開発したアストレイに酷似した赤い機体と小型飛行艇です。その後はわかりません」

 

「―――――サハクもやるからには上手くやれと言いたいものだ。オーブ以外の者にわたっているではないか」

 

 

アストレイの雛型ともいえるフレームシリーズ。赤い機体は、ミナの報告ではとあるジャンク屋が所持しているらしい。

 

そして、暗部を使った捜索の結果、傭兵と呼ばれる一団にブルーフレームを運用されていることも調べ上げている。

 

「――――フレームシリーズを所持している一団に対して、今後はどうなさるつもりですか?」

 

 

 

ここで、ジュリがリオンにその一団の処遇について尋ねる。リオンの物言いでは、まるで彼らを邪魔者とみなしていると考えている、そんな思惑を感じ取っていた。

 

 

 

「――――そうだな。所詮は小勢力にも届かない規模だ。フレームシリーズの性能は良いものではあるが、そこまでの機体ではない」

 

 

 

現在開発中の可変MSや、局地戦闘を想定したMSのほうが今後は活躍する。汎用機は主力MSとしては優秀だが、今のアストレイは繋ぎでしかない。

 

 

 

「見逃す、そういうことですか?」

 

鋭い視線で、リオンの言葉に集中するジュリ。彼女は恐らく、赤いフレームを所持する集団と密接なつながりがあると見える。

 

 

 

リオンはあえてジャンク屋のことをやり玉に挙げていた。もちろん彼らのことは人づてではあるが知っている。

 

 

 

――――素直にジャンク屋だけをやっていればいいものを。

 

 

 

アストレイを持っている限り、戦いから逃れられないというのに。アレをお宝と思う連中の気が知れない。

 

 

 

あれは兵器だ。今後新たな運用方法が生まれると予想できても、今は兵器なのだ。持っていれば人を簡単に殺し、町を破壊する兵器なのだ。

 

 

 

高跳びするぐらいの資金を渡すのはどうということもないし、それで機体を返却してくれるなら構わない。

 

 

 

「無論、オーブの機密を盗んでいるという大義名分はある。彼らがオーブに来るというなら何もしないが、敵対するのなら排除対象だ」

 

 

 

そしてオーブ軍の建前としては、その大義名分で彼らを討つ理由も簡単に作れる。傭兵の方は今までの敵とは違うようだが、倒せない敵ではない。

 

 

 

「―――――」

 

 

 

「現状、彼らはオーブに利益を与えてくれた。それは君たちの訓練、これまでの戦闘データと、能動的に倒すべき存在ではないな」

 

「―――――そう、ですか」

 

しかし、尚も彼女の表情はすぐれない。こうして敵ではないといったにもかかわらず、まだ不安を抱えるというのか。リオンにはその理由がわからない。

 

 

 

「――――どうやらそれでは不満らしいな、ニェン三尉。深く問うべきことでないなら聞かないが」

 

「ええ、酷くどうでもいいことです」

 

「ちょっ、ジュリ。すいません、フラガ特尉」

 

アサギがフォローに入るが、気にしていないと彼女を手で制するリオン。

 

そうなのだ。アサギとは訓練時代、アークエンジェルも含め、交流があるから理解があるのだが、ジュリとマユラとは仲が悪いリオン。

 

 

 

まだ付き合が浅いからこそ彼のことを良く知らないというのもあるが、第一印象が付き合いにくい年上の男性という認識だったのも原因だ。

 

 

 

合理的で、非情な判断も下し、キラを戦力とみなす態度は二人にとってはあまり良いものには見えなかった。アストレイのOSを完成させてくれた恩人に対し、恩義を感じていた二人はリオンを苦手としていた。

 

「連合軍所属のジンの中で発見された少年もですが、頭部へのダメージが大きいですね。バイタルはまだ生きていますが、ストライクのパイロットと同様、視力を失うことになりそうです」

 

「—————示し合わせた様に片方の目が見えなくなるか。そんなところまで仲良くする必要はあるまいに」

元オーブ国民だった二人の少年の怪我の度合いを聞いたリオンは、悲しい気持ちになった。ゆえに、彼らをもう元オーブ国民のままにするつもりはない。

 

 

「彼らはもはや連合軍兵士には戻さない。連合軍には死亡が確認されたと伝えろ。オーブ国民として、彼らは保護する」

 

 

リオンは彼らを連合軍に渡してはやらないと決意する。もう十分彼らは努力した。ならば、上の世代がこの戦争のケジメをつけなければならない。

 

そして、新型に乗っていた女性パイロットを発見したオーブ軍。

 

「浜辺の女性――――ザフト軍兵士はどうしますか?」

 

「イージスの兵士の鎖になり得るはずだ。拘束しろ」

 

「了解」

 

機体に戻り、コックピットに乗り込んだリオンは、気を失っていた少女の顔を思い出す。

 

 

「——————俗物だな。俺一人いないだけで、勝てると本気で思っていたのか」

 

 

あの時の少女たちだった。偶然とは思えないし、やはり必然だったのだろう。愚直なままに突き進み、壁に跳ね返った愚か者ども。仕留めきれると、何をもって計算したのか。

 

 

怒りはない、憎しみもないとは言い切れない。しかし、リオンの心に巣食っていたのは、嘲笑だった。

 

「——————身の程を弁えていれば、この未来は回避されていたのだがな」

 

残念だ、と薄笑いを浮かべ、リオンはフィオナを見下すのだった。

 




生きてはいますが、アルベルト君は出番(戦闘)がもうありません。欠損が苦手な人は覚悟していてください。

キラ君も、右目を失いました。しかし、支給品次第で・・・・

ザラ隊はフィオナとアスラン、ニーナを除き、ほぼ全滅です。

しかし、アスラン発狂。フィオナも彼次第で・・・・







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灼熱のアラスカ
第36話 信念の先へ


オーブ近海での捜索は完全に打ち切られ、ザフト軍も手を引かざるを得ない。

 

 

ザフト軍とアークエンジェルの戦闘を見ていたのは、オーブだけではなかった。

 

 

その近海周辺で何かを探していた潜水艇が、アラスカに到着したのだ。その潜水艇の所属は大西洋連邦。

 

アラスカの司令部では、アークエンジェルとザフト軍の戦闘映像が流され、さらには戦利品も奪うことに成功した。

 

「紆余曲折があったにせよ。バスターを取り戻すことが出来たのは僥倖だったな」

 

「それを言うなら、エネルギー切れのデュエルが落ちてきたときもそうだったではありませんか」

 

奪還に成功したバスターとデュエル。生存している搭乗者は現在強化人間として再調整中であり、意外と頑丈な彼らの肉体は高いレベルの薬品にも耐えられることが証明され、今後の被検体はコーディネイターのほうがいいのではないかという意見さえ出ている。

 

残念ながら、バスターと新型の搭乗者は原形をとどめていなかったが、とりあえずスペアの生体CPUを使えばいいという判断に決定している。

 

 

 

しかし、処置がまだ完全とは言えず、記憶を奪う必要が出てきたといえる。

 

「奴らの検体が一名のみとはいえ、試験部隊の上役も喜んでいたよ」

 

「ああ。今後は蒼き清浄なる世界を作る兵器として尽力してもらいたいものだ」

 

「しかし、奴らを素体にすることに反対の者たちもいる。効率を考えてほしいものだ」

 

ブルーコスモスの間でも、意見が分かれるコーディネイター強化プラン。強度的に弱い素体を使ってコストを無駄にするよりも、強度のある素体を使いたい思惑が見え隠れしている。

 

 

「ふん、まあいい。コストはいくらでもかけていい。奴らを殺す算段だからな。幸い、資金はたんまりもらっている」

 

 

しかし、最後に邪魔が入ったことは見過ごせない。

 

「オーブめ、いち早くMSを量産し、すでに実戦配備とは」

 

「奴らにこちらの存在を悟らせるわけにはいかなかったとはいえ、最後にもう一人被検体を獲得したかった」

 

孤島近くで潜伏していた連合軍は、オーブ軍の接近により、最後の一人――――

 

フィオナを捕獲できなかった。オーブの一人勝ち、甘い汁を吸う姿勢に不満を持つ軍政部は、彼らに対しあまりいい感情を抱いていない。

 

 

そしてここで、これまで沈黙を保ってきたウィリアム・サザーランド大佐が口を開いた。

 

「そうだ、いいことばかりではない。アークエンジェル。とうとうこちらまでたどり着いてしまったぞ」

 

色々と曰く付きの戦艦であり、ザフトに多大な被害を与えた部隊。幸いなのは、キラが直前でMIAになったことぐらいだろう。

 

「GATシリーズは、我々の旗頭となっていく機体だ。それをコーディネイターの子供に使われていた? 裏切り者のエリク・ブロードウェイが使っていた? それは認められんよ」

 

MSの量産体制が整い、OSも徐々にではあるが完成してきている。もはや彼は不要の存在といえる。

 

「――――アズラエルには何と?」

 

「すべてはこちらで修正すると。もはや我々に“神話”は必要ない。すべては不幸な出来事だったと。そしてこれから起こることもね」

 

連合の強化人間計画は戦後さらに加速していくことになる。

 

「それと、フラガの忘れ形見についてはどうする?」

 

「――――素養は高い数値をたたき出している。もはやフラガ家は連合から離れた存在だ。彼女らには新たな存在として生まれ変わってもらおう」

 

そして、キュアンとリオンの知らない最後の忘れ形見についてにも及んだ強化人間の計画。

 

「まだまだ処置には時間がかかるそうですがね。思いのほか抵抗が強くて。コーディネイター同様、彼女らも厄介ですな」

 

 

 

 

そして孤島での捜索を完全に打ち切ったオーブ軍はザフト軍兵士を収容し、近くの沖合で聴取を行うことになった。

 

 

「―――――――」

静かに目をあけたフィオナは、自分がベッドに寝かせられていることに気づいた。そして、ここが自分の知らない場所であることに気づき、鋭い視線で辺りを見回そうとするが、

 

「あまり動かないほうがいい。ナチュラルなら全治半年ほどの怪我なのだがね」

 

ベッドの近くには、オーブ軍の軍服に身を包んだ忌々しい金髪の青年がいた。

 

「―――――やはりオーブ軍の軍属だったのね」

 

「以前はそうではなかった。だが、君にはあまりこの問答は意味がないだろう。どうとでも捉えてくれればいい」

 

リオンはどうでもよさそうに言う。

 

「――――私をどうするつもり?」

挑発するように、フィオナはリオンに対し嘲ったような口調で尋ねる。身動きが出来ない女性がする態度ではないが、これでオーブの弱みをと今の彼女は少々自棄になっていた。

 

戦闘が終了し、改めて冷静になった頭で理解したのだ。親友であるニーナは殺され、仇を討つことも出来ず、ディアッカとドリス、ニコルはMIA。

 

憎しみに呑まれ、その心に突き動かされ、体はぼろぼろになった。虚脱感が彼女を支配していた。

 

「どうもしない。大人しくザフト軍に戻ってもらうだけだ」

 

そしてリオンも、彼女に対して情けをかける意味もない。それ以上の興味もなかったからだ。

 

「―――――私は、貴方の知り合いを殺したわ」

 

あまり動じないリオンを前にして、フィオナは言ってはならないと感じていたことを言い放つ。彼が赤い彗星であるならば、必ず反応する言葉のはずだ。

 

「―――――分からないな。戦場での君は、最後まで生きることを諦めない存在だと思っていたが、どうやら見込み違いのようだ」

 

「―――――なんですって……っ。貴方は――――っ!?」

 

馬鹿にされたような言葉を切り返され、フィオナは文句を言おうとしたのだが、傷が痛んで言葉が詰まった。

 

「――――まあいい。君の望む通り私が君に襲い掛かるとしよう。であるならば、君は既に死んだ者として扱うことになるが、そこまでは考えていなかったのかな?」

 

リオンとしては、下手な挑発など効かないと考えていたし、こうしてキラと戦闘を行った女性と話をしても、特に何も思わなかった。

 

だからこそ、敢えてそうなった場合の予想を簡単に説明した。

 

「―――――っ、最低ね。オーブ軍は気取っていても、鬼畜だったようね」

 

 

「君一人の意見はあまり関係ないのだよ。こうしてその鬼畜ぶりを知る君が何も言えなければ情報は伝わらない。もっとも、今の君はとてもつまらない」

 

そして、フィオナを追い込むことに悦に浸っていたリオンは追い打ちをかける。

 

「さらに言えば、仮に君が俺を赤い彗星だと断言し、本国へと報告するだろう。しかし、口頭での証言と、国の公式見解。どちらのウェイトが高いかは言うまでもない」

リオンの言うとおりだ。口頭での証言と紙面を通した公式見解では比較にならない。万人が信用するのは後者だろう。

 

「―――まるで悪い大人の見本のようね。貴方のようなあくどい男性は初めて見たわ」

 

「それが大人になるということだ。子供では何も守れないし、何にも届かない」

 

 

「―――――そうだな。一つ面白い話をしてやろう」

思いついたようにリオンはある話をし始める。

 

 

「この戦争で平和を謳歌していたコロニーには、子供たちがいました。彼らは健やかに成長し、未来を創る人材だった」

 

 

「しかし、ザフトの襲撃でそれは崩壊し、彼らは軍人になる。何とも救われない話だと思わないか? 憎しみの連鎖と、戦争の火種。これで拡大の原因一つが出来上がったぞ」

 

軽薄そうな口調で語りを始めるリオンにフィオナが切れた。

 

「―――――プラントもユニウスセブンですべてを失った人だっている!! 自分たちだけが失ったと思うな!!」

 

 

「ストライクのパイロットが、隊長の親友だってことも!! 全部知っているわよ!! そして、貴方は高みから私たちを見下ろして!! そんなに楽しいの!? その場所にいることが!!」

 

フィオナの感情が爆発する。ヘリオポリスでの民間人の犠牲者は皆無だ。軍属の者が死んだだけ。

 

「高い場所にいるという自覚はないのだけれどね」

 

肩をすくめ、リオンは困り顔で睨んでくるフィオナを見る。

 

 

そのしぐさ一つ一つが、フィオナとリオンの序列を決めてしまう。そして冷静さを崩さないリオンの姿が気に入らない。

 

「だが、今君がいる場所で世界を見続けて、果たして世界は救われるのか。未来があるというのかな?」

 

 

「何を―――――っ!!」

 

フィオナはすぐに反論しようとした。しかしできなかった。

 

 

――――俺たちは、いつまで戦い続けるべきなんだろうな

 

遠い目で、アスランがそんなことを言っていた。隣にいるニコルとともに。

 

 

成績は自分のほうが上だった。しかし、アスランは直前に負傷していたという経緯がある。だからこそアスランを超えたといわれても、納得はしていなかった。

 

軍人としての視点だけではなく、大局を見据え、時には決断する力もあった。

 

そんな彼が、未来について考えるたびに、頭を悩ませていた。憎しみに左右されず、常にプラントの未来について考えていた彼が、プラントの未来で悩んでいた。

 

 

「―――――大きな流れが必要なのさ。この世界の現状を打破するような流れが。それに気づけば、正気ではいられなくなる」

 

震えが止まらないフィオナを見て、冷めた目でリオンはその姿を見下ろしていた。

 

「苦しいと思うのは、君も疑念を抱いているからだろう? いつまで殺せばいいのか、いつまで死の恐怖と戦わなければならないのか」

 

 

フィオナは、リオンの話を聞きたくないはずなのに、その言葉に耳を傾けてしまっている。

 

――――ダメ、このままじゃ―――

 

戻れなくなる。ザフトのフィオナ・マーベリックでなくなってしまう。

 

 

この青年の話を聞き続けるべきではない。今までの自分を、すべて塗りつぶされてしまう。

 

「君も暖かい世界にいたかったのだろう? そして君はその世界にいた。だから戦争を終わらせるために戦う。だが君に、明確なビジョンはあるのかな?」

 

 

「やめて! そんなことをあなたに言われる筋合いはないわ!!」

 

明らかな拒絶の言葉を絞り出すしかないフィオナ。彼は麻薬だ。決して触れてはならない危険な存在だ。

 

ラクス・クラインも、きっとどうかしてしまっている。聡明な彼女がこの目の前の青年に恋をするような顔をしていた。

 

「戦争を終わらせるために戦う。それは私も同じだ。だが、どうやって終わらせる? 敵であるものすべてを殺し、すべてを滅ぼすのかな?」

 

自分も、塗り替えられてしまうのか。

 

「ちがっ―――――」

 

 

 

何も言えない。フィオナは、リオンの印象について、世界を弄ぶ道化に見えた。世界をまるで導いてやると言わんばかりの物言い。手段すら択ばず、効率的なプランがすでに彼の中で出来上がっているのだろう。

 

「―――――ただ、すべてを救おうなどとは思っていないさ。死んでもらう人間は存在する。少数を切り捨て、多数を救うとは言わない。だが、明確な基準があるのは確かだ」

 

人が言ってはならないことを平然と言い放つリオン。

 

人の命に序列をつけている彼を否定したくても、それを上回る意見がフィオナの中にはない。

 

 

「―――――貴方のやり方で、世界が救えなかったらどうするの?」

 

 

だからこそ、もし失敗したときのことを尋ねずにはいられない。ここまで言い切る彼の根幹には何があるのか。そのことに少しだけ興味がわいた。

 

 

「その時はその時だ。何しろ今の世界は、在り方すら択ぶ余裕がない。もはや手段を選んでいられない。それに、俺とて他人の意見に耳を傾けないわけではないさ」

 

 

魅せられてしまう。フィオナはなぜ彼がプラントにいなかったのかと悔しがった。きっとアスランの横にいれば、彼を正しく導けたかもしれない。彼の苦悩を背負ってくれたかもしれない。

 

彼がプラントにいれば、戦争は早々に終わっていたかもしれない。

 

毒されつつあることを自覚するフィオナ。しかし、聞かずにはいられない。

 

 

 

「貴方のやり方が、外道と蔑まれても? 世界の悪意を集めたら?」

 

 

 

「その際に、俺がこの世全ての悪意を受ける羽目になっても、世界が存続するならば構わない」

 

彼は言い切った。

 

 

 

「その悪意から逃げない。その先に何があろうとな」

 

 

「―――――――――それが、オーブの在り方に近いの?」

勝てない、そう考えてしまった。彼と自分では立つ場所が違う。戦う次元も違う。

 

ここまで世界を想い、世界の行く末を考える。国や思想に縛られた世界の中で、世界全体のことを考えていた。

 

 

「オーブはあくまで俺の理想に近いだけだ。しかし、完全とは言い難い。俺はオーブを世界存続のために“チップとして”賭ける。失敗すれば、もちろん亡国の仲間入りだ」

 

 

オーブの軍人でありながら、国の転覆すらなんでもなさそうに言い放つ。だからこそ、今の世界の人間では測れない。

 

 

もはや狂人の類だ。世界を滅ぼす因果に立ち向かうには、そこまでしなければならないのかと、フィオナは震えた。

 

――――狂っている。オーブは、こんな存在を自分の中に飼っているの?

 

 

「しかし、オーブがリスクを背負うことで、世界が救われるかもしれない。成功すれば、オーブも生かされる。彼の国の栄誉も思いのまま。すべてが滅ぶよりもましだとは思わないか?」

 

フィオナも無論分かっている。消耗戦が続けば、互いに疲弊していくことぐらい。大量破壊兵器がもし両軍の手に渡れば、躊躇いもないだろうと。

 

近代と呼ばれる時代には、世界を滅ぼす悪魔の兵器が生まれた。それを行使しないように我慢し続けて数十年が過ぎた。

 

リオンの言っていることは正しかった。しかし、万人を救う理想論とは程遠く、排除しなければならない存在を肯定する。

 

フィオナもリオンが言おうとしていることがわかる。

 

赤い彗星がなぜラクス・クラインを助けたのか。

 

第八艦隊をなぜ救ったのか。

 

 

プラント情勢の中で、クライン派は穏健派に位置する。

 

――――ザラ議長を、追い込むつもりなんだ

 

 

互いの穏健派にコンタクトを取り、同時に動かす。過激派と言われる人間を締め出す。

 

そして、オーブはその時に動くだろう。

 

 

この世界を滅亡に進ませるリスクを、根こそぎ締め出すつもりなのだ。

 

 

その人間の中に、パトリック・ザラは間違いなく入っているだろうと。フィオナは、肉親にも等しい彼を排除する、それに等しい態度を取るリオンに殺意を抱いた。

 

「貴方は、やはり高い場所でしか物事を見られないのね」

 

 

 

「君たちにとっては、高い場所に見えるのか。俺は広い視野を持ちたいだけだよ」

 

思案顔でフィオナに尋ねるリオン。彼にはフィオナの浅い考えに対し、理解が出来ない。

 

「むしろ君はなぜ、その場所に辿り着こうとしない? そのほうが理解に苦しむよ」

 

だから、そのまま疑問をぶつけてしまう。

 

「―――――貴方、人をイライラさせるのが本当に得意ね」

あまりにも怒ることが多すぎて、フィオナはやや疲れた口調で言い返す。彼は事実を言っているだけだ。彼に悪意がないのが余計に腹立たしい。

 

彼の色眼鏡に合わないものは、ガラクタなのだ。だから、必要としているオーブに力を与え、彼は剣となった。

 

 

その為の武力であり、その為の存在。オーブの国力を極限まで高めることで、その成功率を上げているのだ。

 

 

故に、リオン・フラガは間違いなく最終局面で戦場に降り立ってくる。

 

 

「―――――私は、過激派側の人間よ。こんなことを言えば、穏健派はおしまいよ。私の一言で、彼らは死ぬわ」

 

自分を引き取ったのはザラ議長だ。だからこそ、彼を滅ぼすリオンを脅して見せた。

 

「―――――もし君が穏健派を破滅させるつもりなら、俺の見立ては間違っていたことになるだろう。ラクス・クラインに近しい君を見て、もしやと思った」

 

向きなおったリオンは、再びフィオナを見下ろす形となったが、今度は別の意志を感じさせるものだった。

 

 

「君ならば、戦後苦しい立場に立たされるだろう彼女の、懐刀になれると思ったからだ」

 

 

 

ここでラクスの名を出してきたリオンはどうしようもなく卑怯だ。

 

 

「彼女の意志を理解し、彼女に近しい、彼女を想うナイト。彼女の意志を守る、刀になれる存在。無論クライン派が存在するものの、彼らの中に、エースと言われる存在がいない」

 

 

バルドフェルドでは、いささか物足りない、とリオンは付け足した。

 

「戦場で君を見た時、私は君の存在に目をつけていた。どんな苦境だろうと諦めない胆力、そして私を驚かせた実力。彼女の騎士には申し分ない資質を君は備えている」

 

 

「自分を驚かせるって、よくもまあ己惚れた発言が出来るわね」

 

呆れた口調になるフィオナ。

 

 

「当然だ。この身は最強を義務付けられている」

 

 

「大した自信ね…」

 

 

 

 

 

リオンとフィオナが話し込んでいる部屋の外では、カガリが聞き耳を立てていた。

 

――――防音は完璧か、リオンは抜かりないなぁ

 

聞き耳を立てられることを恐れて、部屋を選んでいる。フィオナとリオンが一体どんなやり取りをしているかわからない。

 

 

すると、リオンが突然部屋の扉をあけて出てきたのだ。

 

「カガリの抜かりの無さは大体最後の詰めを誤っているようだ。残念だったな、聞き耳を立てられなくて」

 

 

呆れた表情と皮肉気な言葉を同時に出してくる将来の従者リオン。将来の主に対する態度ではない。

 

「――――軽口を立ててくれる存在がお前しかいないからな。いや、最近アサギも発症しているからお前のせいだな、このクソ野郎」

 

 

「苦言を呈する忠実な従者の存在は、貴重であると思うけれど?」

微笑むリオン。そんな彼の様子を見てフィオナは驚愕する。

 

————この人、そんな顔も出来るの?

 

むしろ、先ほどまでの彼に違和感を覚えるほど柔和な笑み。だから、赤い彗星の人物像がぶれてしまう。

 

 

「抜かせ、まだ主と認めてもいないくせに。いつか、というより、近いうちに絶対に認めさせてやるからな」

 

しかし、フィオナの驚愕は続く。金髪の少女とのやり取りは、むしろ同等の地位にいる者同士が行うそれに近い。だが、少女は未来の彼の主。ナチュラルの国でそれが行われていることに驚きを受けているのだ。

 

 

「え?え? えぇ………」

 

主と従者の会話とは思えない、言葉のドッジボール。相手にパスを出すのではなく、痛烈なスローイングをぶつけるようなやり取り。

 

プラントでもありえない光景だ、とフィオナは思った。

 

すると、リオンはフィオナに向き直り、最後に一言だけ彼女に伝える。

 

 

「ではな、マーベリック。奴は存外脆い。君がちゃんと支えてやれ」

その言葉を伝えると、リオンは彼女に背を向けて、そのままこの場を去ってしまった。

 

 

「???」

カガリは一体何の話だと、と首をかしげるが、フィオナはそれどころではなかった。

 

 

 

 

 

「—————おい、どうしたんだ? 凄い顔をしているぞ」

カガリは、リオンがまた鬼畜染みたことを言い放ったのだろうと察する。相手によっては心を折りにいくのがリオンの所業だ。

 

—————けど、本当に興味のない存在には酷い言葉すら言わないからな

 

優しさではない。厳しさでもない。

 

 

彼の基準は世界であり、オーブである。その未来を約束するために、目の前の少女は有用だと判断したのだろう。

 

しかし、無反応のフィオナとこれ以上いても時間の無駄と考えたカガリは、急いでリオンの下へ向かう。

 

ある朗報を彼に届けるためだ。

 

「どうした、カガリ? そんなに息を荒くして」

 

「リオン、アルベルト・ロペス、キラ・ヤマトのバイタルが安定した。生きてはいるが、片目を失い、重傷だ」

 

朗報とは言い難いが、彼らはピークを乗り越えた。しかも、片眼付近には大きな傷跡が残ることも確定している。

 

「なるほど、本当に悪運の強い奴らだ。連合も傷物に目が眩むほど飢えてはいないだろう。そのまま取り込んでしまうことは可能か?」

 

 

「もみ消しはいつものお家芸だろ? こういう誤魔化しだけは無駄に上手くなったようだ」

苦笑いのカガリ。手段は問わない。オーブ国民だった彼を救うためには、労力をいとわないと断言する。

 

「実戦経験者は何よりも重要な存在だ。全治半年は長いが、今後のオーブで重要な役目を果たしてくれればいい」

 

もはや、アルベルトが今回の戦争に介入することは困難になっただろう。だが、それで彼が必要ない人材、と断言するのは早計だ。

 

リオンとしても、一度だけはあっていこうと考えた。

 

「彼は今どこかな?」

 

「ザフト軍兵士とは離れた部屋で治療を受けている。危篤手前だったからな」

 

 

リオンとカガリは談笑しながらアルベルトのいる部屋を訪れ、久しぶりの再会を果たすことになる。

 

「—————気分はどうかね?」

 

 

「最悪の気分です。もっと上手くやれたんじゃないかって」

左目は包帯で巻かれ、失明したということを医者に知らされて、気分は最悪のアルベルト。

 

しかし相手を恨むのではなく、自分の未熟さを呪っていた。

 

「—————全治半年だ。もう少しで脊髄に突き刺さるところだったから悪運が強かったのだろう」

 

 

「—————アークエンジェルは、みんなは、無事、なのか?」

 

 

「キラも先ほど回収した。アークエンジェルは今頃アラスカだろう」

 

そっか、とつぶやいたアルベルト。こぶしを握り締め、悔しそうにしていた。

 

「——————怪我を癒して、また歩き出せばいい。軍人を続けるのも、一般人に戻るもよし。お前の人生だ。これからの身の振り方は、好きにすればいい」

 

「————————はい……」

拳を握り締め、何かに耐えるようなアルベルト。こればかりはどうにもならないとリオンは悟り、踵を返す。

 

それ以上のことは言わず、アルベルトからの言葉も聞かず、リオンは病室を去っていく。やや遅れてカガリが挨拶をしてからそれに続く。

 

「—————少し厳しく言い過ぎたかな」

 

「いや、リオンらしいよ。あいつも男の子なんだ。あれぐらいが丁度いい」

少年に対し、きつく言い過ぎたかもしれないと後悔するリオンと、あれぐらいではへこたれないとカガリは反論した。

 

 

「——————完璧な人間など、間違えない人間などいない。ああいう挫折を前にして、如何に立ち直るか。オーブ国民のあいつらには、頑張ってほしいのは事実だ」

 

オーブ国民とリオンは言い放った。つまり、またアルベルトらを受け入れてもいいと認めているようなものだ。以前のように元国民と言うことなく、声色もどことなく明るい。

 

————ほんとは嬉しい癖に

 

アルベルトが、キラが生き残ってくれたことが嬉しい癖に、素直ではないリオン。カガリは強がりをしている彼を見て微笑むだけだった。

 

「—————なぜ笑顔なのかな?」

 

「気にするな、私の自由だろ?」

 

勝ち誇ったように微笑むカガリと、意図が分からず困惑するリオン。人間らしさをよく見せてくれる大切な人の一面を、嬉しく思う彼女だった。

 

 

 



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第37話 不穏なるアラスカ

フィオナとの面会を済ませた後、リオンはアスランとも面会を果たすことになる。

 

 

「イージスのパイロットは二枚目だな」

 

軽口から始まるリオンの言葉。しかし、アスランは目線を落としたままだ。

 

「―――――ザフト軍の俺をどうするつもりだ。――――もう煮るなり焼くなり、好きにしてくれ――――――」

 

頭を抱え、今にも壊れそうな雰囲気を出している青年を前に、リオンは嘆息する。

 

「運が悪いほうだと言える。特に、君と彼の関係はね」

 

 

「―――――ッ」

キラのことを知っていた。当然だろう。目の前の男は赤い彗星で、キラとともに自分たちと戦ったのだから。

 

 

「―――――貴方が、キラを戦場に?」

 

 

「俺は遠ざけたんだがな。思いのほか君たちの追撃が激しくてね。俺からは何も言っていないとだけ言っておこう。」

掴みかかってくるかどうか、出方を窺うリオン。しかし、アスランはそれでも無反応だった。

 

「――――――そう、ですか。」

しかし、今のアスランにはそれを問いただす力も意思もない。親友を殺したという事実が、彼からすべてを奪っていた。

 

 

「おいおい。今の言葉で信じるのか? 俺が保身のために嘘をついているかもしれないのだぞ?」

 

 

しかし、アスランは首を横に振る。

 

「同じです。原因は俺たちで、キラはそれを何とかしようとしていた。この件で貴方を恨むのはお門違いです」

 

 

「なるほど――――――」

 

リオンは、アスラン・ザラという男に興味を持った。プラントの過激思想の本山であるパトリック・ザラの息子でありながら、理性的な側面を失っていない。

 

――――戦後を睨んで、この男にも生き延びてもらわないとな

 

「―――――俺は、君がキラを倒したことを何とも思ってはいない。戦場に出たからには覚悟してもらう必要がある。」

 

 

あくまで、キラを負傷したことに関しては何も思うところがないと断言するリオン。実際リオンはキラの能力が手に入ればオーブの国益になると考えていた。

 

 

「―――――とにかくだ。ラクス・クラインと言い、君達と言い、オーブに居座り続けられると困るからな。まずはカーペンタリアに戻ってもらう。」

 

 

「―――――救命ポッドを拾ったのも、貴方、なんですね」

アスランは、ここでラクスの名を出したことで、赤い彗星が本当にラクスを助けたことを確認した。そして、それは恐らく今と同じく政治的な観点から判断したことなのだろうと。

 

「―――――まだ俺は何も言っていないのだが―――――」

 

 

「分かります。貴方は、ラクスと同じく世界単位で物事を見られる人だ。どう動くべきか、どういう流れが必要なのか。だから、彼女は貴方に惹かれた」

 

 

「買いかぶり過ぎだ。俺は彼女に想われるほどできた人間ではない」

 

肩をすくめ、苦笑いをするリオン。どうもアスラン・ザラは自分のことを過大評価しているところがある。

 

「―――――本題に移ろう。ザラ議員の息子である君ならば、核に対するカウンターウェポンがプラントにあるかどうかわかるからな」

 

リオンが気にしていたのはプラントの切り札は一体何なのかということ。地球軍が核兵器を取り戻せば、プラントも何か対抗できるものを用意する必要がある。

 

 

それが同じ核兵器ならば、オーブも他人事ではない。そして、それに匹敵、もしくは凌駕する兵器ならば無視はできない。

 

「――――――父上は、核ミサイルを嫌悪していた。だから、核兵器の直接的な使用はしないと思います」

 

 

「なるほど。」

リオンはそれを黙って聞いている。その様子を見ていたアスランは、この男に託すのもいいかもしれないと考えた。

 

プラントは裏切れない。だが、このままでは人類が終わる。自分と同じ視点でそういった危惧を抱いている人物であるからこそ、リオンに託すのもありなのかもしれないと。

 

「――――――――」

 

 

「??? どうした? 無理に話すことではないぞ。対応すればいいだけだからな」

 

 

「―――――巨大ガンマ線レーザー。レーザー推進技術をもとに作られた、宇宙線加速装置。それが兵器に転用されています」

 

アスランは、これでも裏切りだと思うが、もはや頼る人物がいない。

 

誰でもいい。だから、世界を救う力を持つ彼に託したかった。

 

 

「―――――君の手荷物にログのようなものがあった。それには君の言ったような図面も確認している。息子とはいえ、その情報を一介の兵士に教えるのかね?」

 

 

「―――――ハッキングすれば、大抵は見つけられる。父上には黙っている。」

フィオナがいなければ、気づきもしなければ、探そうという考えもなかった。

 

 

「―――――なるほど。確証は得られたか。」

良いものを見つけたと言わんばかりのリオンに対し、アスランは尋ねる。

 

 

「貴方はその事実を知ってどうするんですか?」

 

 

「プラントには一応その使用を控えるよう秘密会談で言うにとどまるだろう。そちらのトップが暴走すれば、砂時計には手を出さずとも、その兵器に対して攻撃せざるを得ない」

 

 

「―――――プラントには手出ししないんだな?」

念を押すようにアスランはリオンに確認を取る。

 

「―――――ああ。俺は重大な嘘はつかない。これほどの案件だ。これは一人でどうにかできる案件ではない。ユーラシア連邦の俗物の件では嘘をついたが、どうでもいい存在だったからな」

 

「―――――碌な嘘ではなさそうだ」

 

「単純な話だ。救えなくて悲しいと嘘をついただけさ」

 

アスランはリオンの言葉を聞き、彼は自分よりも視野が広く、どこまでもリアリストなのだと悟る。だからこそ、リオンは行動は信用できると感じてしまう。

 

「やはり貴方は有能だが、人でなしだ。」

命に優劣をつけている。しかもはっきりと。人は皆、命は平等と謳いながら、優先すべき命が存在する。それは目の前の男と自分も同様だ。

 

優劣をつけることで苦悩する人物がいる一方で、彼は利己的な目的ではなく、世界滅亡阻止のために命に優劣を決めている。

 

そして、救うつもりのないものに対しては酷く冷淡だ。

 

「―――――なんにせよ。君とは今度テーブルでいろいろ話をしたいものだ。プラントでクライン嬢によろしく伝えておいてくれ。婚約者の君からね」

 

 

「―――――もう婚約者ではないさ。彼女の心は既に貴方に向けられている。」

諦めたような表情で、ラクスのことはもういいというアスラン。

 

「――――弱気だな。二枚目な癖に」

 

 

「貴方はどうかわからないが、ラクスにとっては貴方が傍らにいたほうがいい。フィオナやニコルから聞いた。貴方のことを話す彼女の様子を。だからこそ―――――」

言いかけた後、リオンはアスランの口元にそっと人差し指を立てる。

 

 

「―――――そこまでだ。迂闊なことは言わないでもらいたい。この話は終わりだ。」

 

 

「あと、君がキラを倒したと言ったが、奴は生きている。」

言い忘れていた、とリオンは去り際に衝撃の事実をアスランにぶつけた。

 

「――――――え?」

 

呆けた様に口を開けたアスランを尻目に、リオンは有無を言わさず部屋から出ていったのだった。

 

 

 

 

一方アスランと同じく、オーブの飛行艇の中の一室で療養しているフィオナは、今になって犠牲になった人のことを考えていた。

 

ディアッカとドリスが沈み、ニーナは目の前で落とされた。ニコルも落とされてしまったのかもしれない。

 

 

「私が、弱かったから……」

 

戦友も、親友も守れない。それに、隊員の大半を失ったアスランは今どうしているのだろうか。

 

 

「―――――」

 

 

アスランに会いたい。今すぐに会いたい。身近な人間が次々と消えていくことが、今の彼女にとって一番の恐怖だった。

 

 

――――会いたいよ、アスラン……

 

 

銀色の乙女は悲嘆に暮れていた。

 

 

 

そして、宇宙でもアークエンジェルとザフト軍の戦闘の顛末は伝えられていた。

 

 

宇宙で赤い彗星と白い悪魔が撃破された知らせを聞いたハルバートン提督は。

 

 

「――――彼との契約はオーブまでだ。おそらく彼ではないな」

 

 

「連合としては、傭兵に新型兵器を乗らせていたという事実は隠したいようですからね」

ジョセフ・コープマン大佐は、リオンがオーブで船を降りるということは知っているし、部下たちもリオンの素性までは知らないが、彼が死んだわけではないことを感じている。

 

 

「ふん。アラスカの連中はオーブまでやってきた彼らに何の支援も寄こさんのか。コーディネイターと共に手を取り合うことがそんなにも嫌なのかねぇ」

 

 

そして提督が許せないのは、恩人である彼らに支援一つ寄こさない軍政部の方針についてだ。あの戦闘でキラ・ヤマトのMIAがほぼ確実なものとなっている。彼の友人も退艦したもの、継続して戦う者とで別れ、怪我を負った少年もいるという。

 

若者が明日を生きるために戦っているのに、それを理解できない軍政部に対し、提督は彼らを見限り始めていた。

 

――――このまま彼らに連合を任せていては、世界が終わりかねない

 

そして、この状況になったことでリオンの真意を改めて理解することになる。

 

 

――――君は、最初から軍政部のことを見抜いたうえで、私を利用するつもりだったのだな

 

 

恐らく彼が自分にかける期待は大きい。そして、何も連絡を寄こしてこないということは、これから起こること全ても、彼の予測範囲内なのかもしれない。

 

彼も正確なことは知り得ないだろう。しかし、彼は世界の流れを見定め、次の一手を考えている。

 

――――情けない大人の罪の象徴だな、彼は

 

情けない大人が上にいるから彼が生まれた。彼がその役目を果たさなくてはならない。

 

 

「―――――まだ動くな。我々はまだ動くべきではない。あくまで我々の戦う相手はザフト軍だ。決して我々のことは悟らせるな」

 

 

必ず来る。必ず自分たちが立ち上がる日が来る。

 

チャン・バークライト中佐も、ジョセフ・コープマン大佐も、おつきの部下たちも大きく頷いた。

 

彼よりも年を重ねた大人がいるというのに、それにすらたどり着けないものが多すぎる。

 

そして、その中に自分たちがいたということを知り、手遅れにならぬうちに行動しなければと固い決意を秘めたまま、その日を迎えることになる。

 

 

 

 

アークエンジェルでは、捕虜の扱いについて思わぬ悩みが生まれていた。

 

 

「――――うーん、いやまあ、女性があんまりいないからなぁ、うちの船」

 

エリクが難しい表情をしながら、支給された配膳食を食べる。

 

「それで、私が彼女の様子を見るのは構わないのですが――――」

ナタルもザフト軍兵士の捕虜のことについては国際法に則った措置が必要と考え、男性の目ではそれが厳しいのではないかというエリクの意見に傾いていた。

 

「サハン先生に頼むのも手かなぁ。あの子、まあまあ素直だし」

エリクとしては、そんなに暴れる心配はないと断じている。良くも悪くも真面目そうな彼女だ。

 

「ええ。私には医学的な知識は皆無です。彼がいなければ足手まといもいいところでしょう」

 

 

ナタルはサハンとともにその仕事をすることに異論はなかったが、自分一人ではどうすることもできないのでは、と考える。

 

もはや、彼女から聞き出せる情報はないように思えたのだ。

 

「まあ、なんにせよ。俺も少し面を拝むかもしれないから、その時はよろしく」

エリクはのほほんとしながらナタルに今後の予定について一方的に提案する。階級としてはそろそろエリクは少佐になる。だから形式上問題はない。

 

「貴方、本気でおっしゃっているのですか? 相手は—————」

ナタルはそれが信じられない。彼女は—————

 

「けど、大人しいんだろう? だったら危ないことはないだろ? 一度見たけど、育ちのよさそうな娘だったぞ」

彼女はムウを殺した張本人なのだ。

 

上司を殺されたにも関わらず、エリクはなんでもなさそうに言い放つ。

 

 

「――――貴方はどうして平気なのですか!? 彼女は貴方の―――――」

ナタルはエリクに詰め寄る。どうして仇なのにそんな風に言うのかと。

 

 

「なぜって――――――」

 

苦々しい表情を浮かべるエリク。そして絞り出た答えは――――

 

「戦争なんだから、としか言えねぇよ。俺も少佐も、たくさんザフト兵士を殺している。因果っていうもんは、いつ何時来るかわからねぇ。俺より先に、ムウさんに来ただけなんだよ」

 

 

「―――――憎しみのまま戦うやつを見てきた。そういうやつは、大抵ろくな死に方はしねぇ。」

 

蒼き清浄なる世界のために。

 

空の化け物を許さない。

 

 

そんなことを言って死んでいった奴らをたくさん見てきたエリク。

 

「俺はあんな無様に、無為に死ぬつもりはない。俺は、俺の信条の味方だからな」

 

 

 

「―――――貴方は――――本当に軽薄な人、なんですね」

ナタルは、それでも軽蔑した表情は浮かべない。任務をやり遂げる、大局を見失わない、それを出来るエリクに少しの信頼を寄せるようになった。

 

 

「いろいろ恩義はある。けど、辛気臭くウジウジしていたら、うっかり後追いしちまう。男を追う趣味なんざ俺にはないな」

 

 

「そうか―――――ブロードウェイ中尉がまだ平静でよかった」

ナタルは思い出す。ムウはアークエンジェルの中でもムードメーカー兼、周囲がなかなか言えないことを言うような、いわゆる汚れ役も買って出た貴重な人物だった。

 

「とはいえ、言葉遣いをいきなり変え過ぎでは? 違和感しかないぞ」

 

「だぁぁぁ!!! 俺だって自覚はあるんですから、突っ込まないでくださいよ!! 俺が兄貴ポジションをやらなきゃいけないんですから!!」

やや慌てた口調になるエリク。無理をして場を何とかしようとする彼の意気込みは買うが、どうも似合っていない。

 

「—————理解に苦しむな」

ナタルはそんないつもと変わらないエリクに安心しつつ、目下最大の悩みに該当する、ある事柄について考える。

 

 

彼に頼っていたメンバーもいる。そして彼の死を悲しむものが少なからずいた。

 

 

だが、あの女は例外だった。

 

 

心身ともに衰弱していた彼女は、あの優しげな雰囲気をかなぐり捨てていた。優しく、部下想いの、自分にとっては苦々しくも理想的な上官そのものだった艦長は――――

 

 

「―――――なぜなの? なぜ、貴方が死ななければならないの、ムウ?」

 

光を失った、優しさの欠片すら感じられない平坦な声で、彼女は―――――

 

「我々全員の至らなさ―――――私も甘かった。リオンが離脱した影響を、もっと計算に入れるべきでした」

 

ナタルは、マリューほど心を乱してはいなかった。ムウのことは悪く思っていたわけではない。だが、驚くほどに冷静な自分がいる。

 

「―――――あの子のことは良いわ。あの子にはあの子の道があった。でもね、私はもう、ザフトを許せない。」

 

 

「!?」

あの艦長からは考えられない言葉。ナタルは驚いていた。そこまで、そこまでマリューはムウのことを気にかけていたのかと。

 

「無論、あの捕虜に何かするつもりはないわ。私も命令で、あの子も命令を受けていた。捕虜に暴行なんて、軍人の風上にもおけない存在。だから勘違いしないでほしいわ」

毅然とした目を向けるマリュー。ナタルは深読みしていたどころか、浅はかだったことを認めた。

 

しかし、この女性に、この情に厚い艦長に、あんな言葉は似合わない。

 

 

「―――――ラミアス艦長、気持ちはわかりますが――――」

何となくフォローを入れるつもりだった。ナタルは何とかして、マリューを立ち直らせたかったのだ。

 

 

しかし、その軽率な行動は、彼女が最も後悔する呪いの言葉に成り果てた。

 

 

「貴方に何が分かるの?」

底冷えするような、どす黒い雰囲気を感じ取ったナタルは、本能的に一歩後ずさった。

 

――――私は今、誰と会話している?

 

今、目の前で自分の理解の及ばない事態がうごめいている。

 

 

「誰かを好きになったことのない貴方に、何が分かるというの?」

 

「!!! しかし、ですが我々は軍人です! 我々指揮官が私情に囚われ、大局を見誤ればいずれ取り返しのつかないことになります!! それを――――」

 

 

「私は、そんな冷徹な人間にはならない。私は、そこまで感情を抑えることはできないわ」

もう話すことはない、と言わんばかりにナタルを突き放すような言葉を言い放つマリュー。

 

そんなマリューに対し、ナタルは反論する術も、言葉も思いつかなかった。

 

 

――――愛する者との別離は、ここまで人を変えてしまうのか

 

 

 

 

そして、世界という盤上を見つめる道化は―――――――

 

 

暗い部屋の中で、リオンは確かにその情報を受け取った。

 

 

「なるほど、わかった――――よくそこまでたどり着いた」

穏やかな声で、彼はそのはるか先にいる戦士の声を聴いていた。

 

彼に対する手向けとして、この先の未来を必ず守るという決意を示す証として。

 

今、死にゆく同胞に、安らぎがあらんことを願う。

 

 

「よく私に伝えてくれた。安心して逝け」

 

『―――――――――』

 

 

 

その姿を、カガリは見ていた。ドアが半開きになっているところも、いつもの彼らしくなく、彼も気が動転していたことがうかがえる。

 

 

そして、そんな場所では彼が暗部の一人に対し、何を言っているのかがわからない、聞き取ることが出来ない。

 

 

しかし、上に立つ人間に、その立場になった時、今のリオンと同じように、部下の命を切り捨てることもしなければならなくなる。それが彼女には恐ろしく、しかしそれ以上に覚悟を決めなくてはならないと固く誓っていた。

 

 

「世界がお前を知らずとも、我らフラガ家は、お前のことを永遠に刻もう。」

 

 

そして程なくして爆発音とともに回線が切れたノイズの音がした。通信が途切れ、リオンと話をしていた相手が自決したのだろう。

 

 

「―――――死んだのか」

 

 

「ああ。世界を変える転換期になる。この情報は何よりも得難いものだ。彼の命が無駄では無い証だ」

 

無表情のまま、そう語るリオン。しかし、彼の拳は握られていた。震えるほど固くは握りしめられていない拳。しかし、彼の死はリオンに影響を与えているのは確かだった。

 

 

「―――――悲しいと思うそぶりも、見せちゃいけないのか? 上に立つ者は」

 

今の彼を見て、カガリはその問答を彼に問う。

 

「それが上に立つ者の責務だからだ。悲しむなとは言わない。その姿を見せてはいけない、とも今は言わない。しかし、その事実を背負って前に進むんだ。」

 

未来の主君に向き直り、リオンは真剣な目でカガリを見る。今後彼女にはその未来が遠からずやってくる。リオンも、カガリもそれは悟っている。

 

だからこそ、これはリオンの不安の一つ。

 

「自分の役目は何なのか。世界という物差しの中で、自分を客観的に見続けろ。カガリがオーブを背負うのなら、その覚悟も必要だ」

 

「うん……」

 

しおらしいカガリの様子に、リオンは少しだけ驚いた。

 

「―――――いつもとは様子が違うようだね。」

 

 

何事かとリオンは彼女に尋ねた。あの問答の中で、彼女が覚悟を決められていないなら、それは由々しき問題だ。彼女には主君として成長してもらわねば困る。

 

 

だからこそ、珍しくリオンも平静を装うことが出来なかった。

 

 

 

「―――――お前は、消えないよな?」

 

 

不安げな彼女の言葉に、反応してしまうのは、彼の青い部分だったのだろう。

 

 

「―――――俺を倒せる相手が、どこにいるのか。それを考えれば、答えは決まっている」

 

 

「最強の駒だって、万能ではない。ショウギも、チェスだってそうだ。クイーンが強いんじゃない。リュウオウが強いんじゃない。指揮者が強いから、駒は強く見えるんだ」

いつもミツルギの爺がいっていたことだ。指揮官次第で、駒は有用な存在から無能な存在になりかねない。ブレインというものはそれだけ重要だ。

 

 

「―――――それだけわかっているなら、カガリは大丈夫」

 

力に溺れることはないと、リオンは安心できた。ちゃんと地に足をつけている。

 

 

「この先どんなことがあっても、カガリなら乗り越えられる」

 

 

 

「―――――――うん………っ」

 

眼に涙をため、カガリは多くの言葉を堪えた。口に出して彼に言いたいことはたくさんある。しかし、そこでいつものように言えば、いつまでも変われない。

 

いつまでも、リオンに認められない。

 

「私は、必ずオーブをより素晴らしい国にする。私は、お父様とは違う、私の王道を…往く。だからその為に、お前の――――――」

 

 

 

震える言葉をつづけるカガリ。だが、最後の部分で言葉が途切れた。

 

 

「――――――」

 

リオンはカガリの姿をしっかりと見ている。まっすぐ、彼は彼女の姿を見ているのだ。

 

彼が意図する答えを、カガリは既に知っている。

 

 

「お前の命を、使わせてもらう」

 

その言葉を聞いて、リオンはとても穏やかな顔になった。その顔がカガリは嫌だった。肩の荷が下りたような様子に見えて、彼が自分を一人の政治家として、初めて認めてくれたような気がして、嬉しいはずなのに、それが嫌だった。

 

 

しかしカガリは止まらない。彼が考えていたことであろうこと、そしてこれからはカガリが推し進める道を切り開くために、リオンではなく、カガリが命じなければならない。

 

 

「だからこそ……、最初の命令として、お前に命ずる――――」

 

 

「アラスカに赴き、事の真相すべてを記し、オーブに帰還しろ」

 

敵が入り乱れる乱戦に飛び込めと命令したカガリ。アラスカでのプランがもし本当ならば、これは連合の牙城を崩す、連合の結束を崩壊させる大きなきっかけとなる。

 

そう、全ての連合軍人が蒼き清浄なる世界を謳っているわけではないのだから。

 

そして、後ろから不意打ちをされた怒りは、敵に殺された憎しみよりも根深いものだ。

 

 

「了解した。ついでにもし、“あの船”がいたらどうするべきかな?」

 

 

そしてリオンは、あの船が万が一捨て石にされているという推論を述べる。最新鋭の戦艦であり、キラが不在でもエースクラスが存在する部隊なのだ。

 

アレを捨て石にするという考えは、金塊を沼に捨てるほど愚かしい。しかし万が一拾えるチャンスがあれば、リオンはそれを拾い上げるつもりだった。

 

――――あれは、うまく取り込めばオーブの力となる。

 

個人の感情よりも先に、国益が真っ先に思い浮かぶほどだ。

 

「―――――状況次第だな。こちらに靡きそうなら保護しろ。もしも行く当てがないならこちらに誘導し、オーブに来てもらうことになるだろう」

 

カガリも同じ意見らしく、オーブの国益に彼らは重要な転機をもたらすと踏んでいた。捨て石にされた場合、彼らにはもう行く当てがない。

 

アラスカへの旅の最中に立ち寄ったオーブぐらいしか頼れる場所はないだろうから。

 

「―――――機体については、オーブ軍のMSを使用することはできない。オーブ軍の介入は、表向きにはできない」

 

 

「そこで、あの機体の出番ということか」

 

リオンは、カガリが持っているタッチパネルに映し出された機体を見て、縦に頷いていた

 

 

「連合もようやくMSを量産し始めたとはいえ、廉価版の機体を採用したそうだ。数こそいるが、アストレイに比べれば性能は酷い出来だ。一番の目玉だった換装システムをオミットするなど考えられないな」

 

カガリにもわかるぐらい、ストライクの性能は驚異的だった。しかし、ストライクの最大の強みを奪った量産型など価値を暴落させる暴挙だ。

 

 

「それだけ、MSが欲しかったのだろう。で、今回使用するのはオーブ製のそれか」

 

 

ディスプレイに映し出された機体名。

 

ORB-MSN-105E プロトダガー。オーブがストライクのデータを吸い出したときに生まれ、ストライカーパックの運用を視野に入れた量産機の試作型。

 

そして、キュアン・フラガの強い意向により頭部ユニットは連合の量産型に酷似したものとした。

 

「何度も言うが、オーブの介入を悟らせるわけにはいかない。その為、支援も援護もない。単騎で切り抜けてくれ」

 

 

「了解した。この件はすでに議会で提出済みかな?」

 

 

「ああ。ユウナが強く反対したが、賛成多数で可決された。お父様も私が強く言わなければ反対の立場だっただろうな」

 

ユウナが反対したことに驚くリオン。あの冷静で取り繕うのが取り柄の男が、強く反対したというのは、彼にも変革が訪れているのだと感じさせるものだった。

 

 

「意外だな、ユウナがそこまで反対するとは。それに、前代表は子供が好きだからな。もうすぐ19になる青年に、そんな危険な任務を負わせたくなかったのだろう」

 

 

 

「―――――そうだな。私の、自慢のお父様だ。矛盾を全く生まない人間はいない。世界はそんなに単純でもない。だからこそ、そんな世界で理想を掲げるお父様が好きだった。」

 

 

「――――私も、矛盾を生むかもしれない。私も間違えてしまうかもしれない。だから」

 

 

「二番目の命令。その命は私のものだ。だからこそ、勝手に投げ捨てるな。私が間違えた時、拳骨一発で目を覚まさせてくれ」

 

 

「人使いが荒いが、及第点だ。その命令、確かに承った」

 

 

カガリが部屋を出た後、今回のことをいろいろ考えるリオン。

 

―――――今回は運がよかった。あの少年にはまだまだ頑張ってもらわないとな

 

片目は最悪、義眼で何とかなる。最新鋭の義眼は生身の眼球よりも見える世界が広がるだろう。そしてその情報量に耐えうる頭脳を、彼は持っている。

 

――――視力を失う代わりに、知恵を備える。さながら、オーディンだな

 

北欧神話の主神のように、オーブに恵みを齎すのか、それとも終末を与えるのか。

 

――――奴を活かすも殺すも、お前次第だ。カガリ。

 

 

 

その頃、カガリに近しいアサギの口からアラスカの内情を知ったトールとミリアリアは、自分にも何かできるのではないかと提案するが、

 

「だめよ。今回の任務はフラガ特尉単独で行うもの。オーブはアークエンジェルのような強襲揚陸艦も保持していないし、仮に船を出したとしても、サイクロプスの範囲外に逃げ切れる保証もない。今回はあきらめなさい」

冷静な口調で、トールたちを窘めるアサギ。

 

「でもっ!! だってあそこにはアークエンジェルが!! 自爆なんて知らされずに―――あんなに頑張って、辛いことがあったのに、その果てがこんなだなんて!!」

食い下がるトールを前にして、アサギは「見殺しにするつもりはないわ」と告げる。

 

トールは、アルやサイほどアークエンジェルに肩入れはしていない。しかし、あの人たちが頑張ってきたのは理解している。その彼らが見殺しにされる事実が我慢ならないのだ。

 

 

「けど、アルが怪我をしてしまって―――――俺たちが抜けたから―――」

 

アルベルトがけがをしたことは、すでに知らされている。ショックだった、信じられなかった。

 

――――戦争に巻き込まれて、あんな重傷を負って―――――ッ

 

「あんなの、あんな現実がおかしいだろ!!」

憎しみではない。親友傷ついた悲しみもある。だが、トールが感じているのは世界に対する不信だった。

 

どうしてここまでコーディネイターとナチュラルの争いは激化しているのか。どうして

 

「―――――分かるわ。その理不尽を少しでも終わらせるために、私たちは動かないといけないの」

 

そして、ここでフレイ経由である情報を口にするトール。

 

 

「―――――サイは、アークエンジェルを抜けるって。フレイのパパさんが引き抜いたんだ。だからもう、あの船には俺の親友はいない。けど、あの人たちはあのまま死んでいいのかと思うわけがない!! 俺にも何かできることはないのかよ!!」

 

 

頭を下げ、懇願するトール。何かできないのか、何かあの人たちにしてやりたいと。

 

「大丈夫、リオンさんを信じてあげて。あの人は、厳しいことは言うかもしれないけど、とてもやさしい人だから」

 

「————それは————はい」

トールは、アサギの言葉に納得する。しかし、彼女が知らないであろうこと、今の彼に余計かもしれないが必要なことを言い出した。

 

 

 

「俺見たんです。民間人と交流しているあの人を」

 

避難民として不便な生活を強いられていた彼らに対し、元気づけるようなことをしていた。

 

自分がいるからこの船は落ちないと、自分には戦う力しかないが、彼らの未来を守るぐらいはできると。

 

「あの人。本当に貧乏くじを引いていますよ。もっとお姫様と違った付き合い方だってあるかもしれない。あの歌姫とも、もっと話したかったんじゃないかって」

 

貧乏くじを引いたと思わせない。あの人は妙に器用であるからこそ、何でもできてしまう。だから、彼は苦労していないように見える。

 

「無理をし過ぎですよ、あの人は。いつまであの人は仮面をつけないといけないんだ? もっと自分に正直な人生を—————」

 

そこまで言うトールを手で制すアサギ。

 

「——————ええ。そうかもしれない。けれど、それがあの人なのよ」

 

 

「え?」

 

 

「ああいう不器用な一面もあるから、カガリ様を含め、みんなに慕われているの。だから、彼の願いを叶えたいし、私たちも同じ夢を見たいの」

 

人を巻き込み、世界を変革していく。それが彼の在り方。この戦争という局面でも彼は変わらず、その影響が強まった。

 

「—————彼の夢、どういうものか知っている?」

背を向けて、アサギはトールに話しかける。声色も若干だが震えているような気がしてならない。

 

「リオンさんの夢、ですか?」

色々なことを考える彼のことだ。きっと崇高な夢に違いないとトールは考えた。

 

 

「それはね—————」

 

 

その話を聞いたトールは心底後悔した。そして、リオンという人物を見誤っていた。

 

 

彼は、どこまでも純粋だった人間だったのだと。純粋だからこそ、彼は—————

 

 

「いろいろな場所をめぐりたいそうよ」

 

 

—————あの人は、大人をさせられた子供だったんだ

 

 

 



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第38話 前兆

前話から読んでください。連続投稿です


決して浅くない傷を負いながらも、アークエンジェルがアラスカに辿り着き、赤い彗星と思わしき機体と白い悪魔を打倒したザフト軍のザラ隊は、つかの間の休息と、けが人の引き渡しの日を迎えることになる。

 

 

「―――――――」

 

フィオナとアスランは、味方が乗っているであろう飛行艇に近づいていく。

 

「彼を、殺したんですね」

ぽつりと、フィオナはアスランに問う。

 

「―――――いや、殺しきれなかったよ。最後の最後で、俺は―――――軽蔑してくれ」

アスランは沈痛な顔で吐き捨てた。

 

「そんな――――だって隊長の―――――」

フィオナは、アスランがストライクのパイロットの近くで意識を失っていたことをオーブ軍兵士から聞いた。重傷を負った彼の前で涙を流し、倒れていたアスランは痛ましい姿だったという。

 

だからもう、フィオナはキラ・ヤマトを恨むことが出来なかった。

 

 

現在彼女はゴムボートに乗ってオーブ軍の兵士の保護を受ける形で飛行艇に接近している。その扉の向こうには、残された希望を見つけた表情を見せるニーナ・エルトランドの姿。

 

「隊長!! フィオナっ!!」

眼に涙を浮かべ、彼ら二人を出迎える彼女を見て、二人は驚いた。

 

「ニーナッ!?」

 

フィオナは彼女は死んだと思っていた。そしてそれはアスランもそうだった。ニーナはあの時敵機に撃墜されたのではないかと。

 

「ニーナ!? そうか、よく生きていてくれた――――ストライクは討った。デュエルもニコルが撃墜した。これで終わったんだ」

肩の荷が下りたと力を抜いたアスラン。

 

「―――――ニコルも、これで安心しただろうか。それに―――――」

 

アスランは、フィオナとニーナを見て目を逸らした。彼女らに近しい人間すら守れない自身の至らなさを情けなく思っていたのだ。

 

彼女らの世話を見てくれていたであろう、イザークやディアッカ。そして、自分をいつもサポートしてくれていたニコル。彼女らがいないのだ。

 

そんな彼の無念をくみ取ったフィオナは――――

 

「隊長こそ、今まで辛い戦闘だったはずです。隊長こそ、自分を労わってください」

 

深くは言わない。深く踏み込む必要性もない。だが、これだけは言わなければならない。フィオナは、親友と殺し合ってきた彼の苦悩を察し、寄り添うような言葉をかける。

 

 

それから、フィオナとアスランは、ついにニーナに事情を話すことになった。ストライクのパイロットはアスランの親友で、同じコーディネイターで、ヘリオポリスで日常を奪われた存在だったと。

 

ショックを受けたような表情で、アスランを見るニーナ。ストライクを討ったとアスランは言った。ならその言葉が意味することはただ一つ。

 

「―――――友達を―――――ごめんなさい!! 私、無神経でした!!」

頭を下げ、謝るニーナ。憎しみに囚われ、怒りの声をあげていた時にも、そんな感情を胸の内に秘めていた彼に対して、どれだけ傷ついた言葉を言っていたのかを理解したのだ。

 

「―――――俺は隊長だからな。隊員の命を預かっていた。弱音を吐くわけにはいかなかった。それに、ニーナも憑き物が晴れた顔をしている。久しぶりに血色がいい」

そして、ぼろぼろなはずの自分を労わる前に、部下を気に掛ける不器用な優しさを持っているアスラン。

 

「先ほどのお言葉をお忘れですか、アスラン」

やや非難めいた口調でアスランを諭すフィオナ。昔から他人の事ばかり気にかけている悪い癖が治らない。それが彼女の機嫌を悪くした。

 

船内に搬送されたフィオナとアスランは、個室にてニーナとの話を続けることになる。

 

 

その中でニーナが一番関心を持っていた事柄、赤い彗星の脅威についての話から始まった。

 

 

「赤い彗星は、やっぱりオーブの人間だったわ。あの時乗っていたパイロットは、おそらく別の人間」

 

 

「そう、なんだ。やっぱり、あの時の金髪の男、だよね」

ニーナは、ニコルを過小評価していたわけではない。だが、あの存在が簡単に撃墜されるわけがないと信じていた。

 

赤い彗星が、ミラージュコロイドでの接近を許すほど、甘くはないということ。以前の赤い奴は、それすら看破し、ブリッツを追い込むほどの力を示している。

 

あのパイロットにステルスは通じない。

 

「―――――ああ。だが今は、オーブが戦争に加わる理由がない。これからも、ないと信じたい」

 

アスランとしては、ある種の理想にも似た国と出来れば戦いたくはない。そして、仕方のないこととはいえ、ヘリオポリスを破壊してしまったことを申し訳なく思っていた。

 

――――ナチュラルを恨み、憎しみのまま戦っていれば、気づくことは出来なかった。

 

アスランにとって、そんな妄念に囚われなかった要因は、目の前の少女だった。もし、自分がそんな存在に成り果てていたならば、キラに最後まで届くこと無く殺されていたと自覚できる。

 

 

――――目の前で傷ついた君を見たからこそ、俺は冷静でいられたのかもしれない。

 

フィオナがいたから。彼女が自分の傍にいてくれたから、自分の目は曇らなかった。

 

――――君を守りたいと、そう思えたからこそ、俺は―――――

 

 

そんなアスランの想いを知らないフィオナは、オーブについての見解を述べていく。

 

「―――――でも、オーブはこの世界で沈黙を保ち続けるとは思えません。あの力がどこへ向くのか。それがこの戦争を左右する。私はそう思います。それに――――」

途端に言葉を濁し始めるフィオナ。オーブという国を嫌いではなさそうに見える彼女の様子に、戸惑いを見せるアスラン。

 

「フィオナ?」

 

彼に名前を呼ばれ、彼女は仕方なしに自分の想いを告白する。

 

「――――あの国のこと、私は嫉妬していたんです。羨ましかった、なんであんな国がこの世界にいるのだろうと。どうしてあんな風にナチュラルとコーディネイターが手を取り合って生きているんだろうって」

 

今まで見たこともなかった。いや、自分たちがプラントに移住するときからその努力を彼らはし続けてきたのだ。ずっと両者が手を取り合って生きていける国づくりに励んでいた。

 

その結果が、今のオーブの在り方につながっていく。

 

「オーブという国の在り方、あの国に住む者の誇りと、ルールがあるから、なのだろう。民族や種族という縛りに左右されず、国という根幹がある。再構築戦争、コーディネイターの出現とともに、国家に対する執着心が薄れ、今は種族間の争いが中心となっている世界の中で、あの国は国家の在り方を守っている」

 

国家群と化した世界。そこにナショナリズムの入る余地はなく、その言葉は忘れ去られようとしている。コーディネイターをいい意味でも悪い意味でも特別視せず、一人の人間として扱う。

 

あの国では、ナチュラルとコーディネイターの間に生まれた者たちもいるらしい。それはあの国だけに限らず、同盟国であるスカンジナビア王国も同様だ。

 

時代の波に逆らう二国の在り方は、アスランの瞳にもまぶしいものだった。

 

 

「俺たち人類が、忘れていた、国への帰属意識。先人たちはそれを知っていた。確かにプラントという国に、俺たちは忠誠を誓っている。その忠誠心なら彼らにも負けないと自負しているつもりだ。しかし、俺たちと彼らでは、ベクトルが違うのだろうな」

 

コーディネイター主導で作られた、プラントという国。それはあくまで種族という縛りによって作り出された仮初の国。

 

シーゲル・クライン前議長は言っていた。コーディネイターは決して新人類などではない。ナチュラルの存在無くして、存続することはできないのだと。

 

生存維持すらできない種族の末路など、素人でもわかる。自分とラクスが婚姻統制で定められた関係であるという仕組みが物語っている。

 

「――――――でも、私たちは戦います。どこが相手であろうと、戦わなければ、何も勝ち取れないから」

 

強い意志を持ったニーナの決意。未来を考えれば考えるほど問題は山積みとなっているが、嘆くことは誰にでもできる。

 

「だから、アスランさんにはいずれトップになってほしいなぁ、って思うんです。私バカだから。戦士のままでいいです」

ニーナは、ここまで思慮深い人が上にいたら、心強いと口にした。奇しくもそれは、アスランがニコルに対して言った言葉のままだった。

 

――――本当は、お前にやってほしかったが……そうだな。

 

いつも自分は貧乏くじとは縁があるらしい。これからも苦労をするだろう。だが、苦労した甲斐があるのも事実だ。

 

「―――――本当に、君たちには驚かされる――――そうだな、部下が意地を張っているんだ。俺も、少しは男の意地というやつを見せないと、示しがつかないな」

ニーナの心意気に救われたかのような、アスランの笑顔。親友を失い、戦友を失った傷は癒えないが、それでも前を向き続ける力は再び生まれていた。

 

しかし、ある一言について、彼は納得がいかない。

 

「けど、俺はいつまでも君を戦士のままでいさせる気などないぞ。何年かかるかはわからない。だけど、俺は君がもう戦わなくていい世界にして見せる」

 

 

「――――――ア、アスランさん!? 何を――――」

 

なぜ戦士である自分を否定するのか。ニーナは自分を危うく責めかけたが、

これがいたって真面目なのだから手に負えない。ニーナは告白染みたアスランの決意に顔が真っ赤になりそうだった。

 

二枚目はここが違う。気障な言葉を自覚なしに言える。これがアスランをアスランとしているのである。

 

しかし、気障な言い方をする彼を咎める存在が横にいる。

 

「もう、そういうところは他の女性に誤解されますよ! ラクスさんを裏切るんですか!」

 

ラクスに姉として接していたフィオナの追撃。無自覚に女性をその気にさせる性質だけは、絶対に強制しないといけないと誓い続けているフィオナは、ラクスを悲しませる前に、何とか修正しないといけないと考えていた。

 

――――悪いな、イザーク、ディアッカ、ニコル、ドリス、そしてミゲル

 

そして、これまで救えなかった戦友たちや、ユニウスセブンで散った母親に対し、アスランは思う。

 

 

――――俺は、まだそっちには行けない。フィオナとニーナが、そしてラクスが最後まで幸せに生きられるよう、そんな細やかな幸せを、俺は守りたいんだ

 

 

まだ自分は死ねない。プラントを放り出す気もない。このまま逃げるつもりもない。そして、生き残ってくれたフィオナとニーナを、必ず守る。

 

――――母上。土産話をたくさん、期待していてください。

 

 

 

 

 

一方、アークエンジェルの中で目を覚ましたニコルは、自分が置かれている状況を冷静に認識し、暴れるようなこともせず、医務室で治療を受けつつも、捕虜として最低限のことは守っていた。

 

 

「―――――なんだか、連合の船には見えませんね」

 

女性の捕虜ということで、乱暴な目に遭うかもしれない。そのことを覚悟していたニコルは、アークエンジェルの憲兵たちが意外に紳士だったことに驚いていた。

 

「国際法を守る義務があるからな。おたくとは違って、捕虜への暴行は軍法会議ものだ」

 

ニコルの言葉に、若干いら立つ憲兵だが、内心では彼女のことを奇妙に思っていた。

 

――――こんなザフト兵もいるのか

 

ナチュラルを馬鹿にするような奴らばかりではない。こういった冷静な考えを持つ者もいる。それはアークエンジェルにとっても、コーディネイターの認識を改めるきっかけになっていた。

 

 

「あんな年端もいかない少女が、戦場に出ているとはな。まあ、うちもヤマト少尉やロペス少尉に無理をさせちまった――――」

 

「そうだな。年若い少女なのに、しっかりしてやがる。あんな子に乱暴すれば、俺はこの先胸を張って生きられなくなる」

 

 

「家族がいない俺にはわからんが、なんだか庇護欲みたいなのを擽られるんだが、俺は終わっているのか?」

 

「安心しろ。その年で童貞のお前は、元から終わっているから。おめでとう、お前は今日からロリコンだ」

 

「な、てめぇ!! オーブに家族がいるからってなめやがって!!」

 

ぎゃー、ぎゃーと口論に発展するクルー。しかし、本気の小競り合いではなく、戦友との会話を楽しむ和やかな雰囲気は崩れないままだ。

 

そんなクルーの姿を見ることになったニコルは、自分が敵対していた存在を知ったことを後悔していた。

 

――――知らないほうがよかった

 

こんなにコーディネイターを差別しない。迫害しない連合の船があったことを知りたくなかった。これでは照準がぶれてしまう。

 

そして問題なのは、

 

「よう、怪我はもう癒えたか、嬢ちゃん」

 

この年上の青年は、なぜか自分に笑顔を向ける。同じコーディネイターなのに、連合にいる軍人。そしてこの船のムードメーカー的な存在。

 

自分が殺した上官の右腕だった男。エリク・ブロードウェイ。

 

「――――貴方は、私に復讐する権利があります」

仇と思われているような人間に、優しくされたくない。自分が傷つけてしまった人に、優しくされたくない。

 

「そんなつまらないことは言うなよ。そこは戦争なんだ。しゃぁねぇよ」

ドカッ、と椅子に座るエリク。そして徐に缶コーヒーを飲む姿に毒気を抜かれたのか、ジト目で見つめるだけのニコル。

 

「戦争で恨みとか憎しみで戦うやつは、大体ろくでもねぇ最後を迎える。俺はそんなの御免なだけだよ」

 

 

「どうして貴方は、コーディネイターなのに連合に?」

敵味方関係なく、裏切り者と呼ばれ続けた彼は、どうして勢力を変えないのだろうかと、ニコルは気になった。

 

「まあ、普通はプラントだよなぁ。戦うんなら。けど、俺はあのふざけたエイプリル・フールがあったからな。シーゲル・クラインさんには、どういう弁明をするのか興味があるけどな」

 

 

その言葉だけで、ニコルはすべてを察した。エリクはザフトの軍事政策で、大切なものを失ったのだと。地球全土のインフラを破壊したあの施策によって。

 

 

「――――そう、だったんだ―――――」

 

「それこそ俺も聞きてぇくれぇだよ。なんで嬢ちゃんは戦争に参加した? 虫も殺さないような別嬪さんが、銃を持っているとか、悪夢だろ」

 

一瞬迷った。あの政策で傷ついた彼に言うべきなのか。しかし、自分の原点はそこだった。

 

「―――――ユニウスセブンで、私も何かしないとって――――そう、思ったから」

 

「なるほどね。嬢ちゃんらしい理由だ」

何か安心したような表情のエリク。何に安心したのだろうか、とニコルは不思議に思った。

 

 

「ブロードウェイ大尉。なぜいきなり口調を変えたのかね? あまり似合わないことをする必要はないぞ」

医師のサハンは、やや呆れた目でエリクを見つめている。好青年がいきなり兄貴風な口調をするのも無理があることだ。

 

「気分の問題ですよ!! フラガ大尉がいなくなって、いよいよムードメーカー消滅の危機なんすよ!! 俺が兄貴的ポジションで――――」

 

「あきらめなさい。きみにはむりだ」

 

「おいぃぃ!!!」

 

 

――――本当に、この人軍人なのかな

 

ニコルは、階級関係なく誰とでも喋りまくるエリクを見て不思議な気分になった。

 

 

和やかな雰囲気のアークエンジェル。しかし、その雰囲気をぶち壊す案件がやってきた。

 

 

それは、マリューとエリク、ナタルでアラスカ司令部を訪れた時のことだった。

 

 

「捕虜の引き渡しですか?」

 

マリューは回線にて、ニコルの身柄を引き渡すよう命令してきたウィリアム・サザーランド大佐の指示を聞いていた。

 

「その通りだ。彼女を含むコーディネイターの捕虜はこちらで預かる。異論はないな?」

 

 

ブルーコスモスの思想に染まっている軍人が、いきなりザフト軍兵士の身柄を要求してきた。しかも、ニコルは年若いとはいえ、容姿端麗な顔立ちをした育ちのよさそうな少女だ。

 

マリューはその時に悩んだ。ここで命令を拒めば、ただでさえ立場の悪いアークエンジェルは、窮地に陥るかもしれない。

 

しかし、人道的な補償をしてくれるかも怪しい相手に、彼女の未来を託してもいいのか。

 

 

敵だったとはいえ、GAT計画を無茶苦茶にした敵の一人だったとはいえ、マリューは決断できなかった。

 

さらに言えば、ムウの仇でもある少女。憎くないと言えば嘘になる。

 

 

「その、一つ尋ねてもよろしいでしょうか」

ナタルがサザーランド大佐に質問をする。その表情は何かを不安視するようなものだった。

 

 

「なんだ? 手短くに話せ」

 

鬱陶しそうに返事をするサザーランド。値踏みするかのような表情でナタルの言葉を待っていた。

 

「その、彼女は今後、人道的な、国際法に則った扱いを受けるのでしょうか」

 

 

 

「国際法を守らない国の人間をどうしてそのように扱わなければならない?」

 

 

「―――――は?」

ナタルは、その言葉を聞いて、虚を付かれたように声が出てしまう。隣にいたマリューも、目を大きく見開き驚いていた。

 

 

――――冗談きついぜ、提督。これはどうにもなんねぇぞ

 

アラスカの目を覚まさせる必要があるとは言っていたが、これはそれ以前の問題だ。

 

エリクは、アラスカに巣くう、いや、連合全体に蔓延するブルーコスモスの思想に恐怖を抱いた。

 

 

「現在、我々に必要なのは、MSを動かせる人材と、OSの開発だ。後者は既に準備が整っているものの、まだまだ人材は十分とは言えない。そこで、我々は捕虜を有効活用するということだ」

 

 

「有効活用? しかしどうやって?」

 

ザフト軍兵士をザフト軍に当てる。言っていることは無茶苦茶だ。マリューは首をかしげるしかなかった。

 

「簡単なことだ。薬物投与に洗脳。やり方はいろいろある」

 

その発言にナタルはわれを忘れてしまった。

 

「我々が軍人の誇りを失ってどうするのです!! 軍人として、そのようなこと、認めてもよろしいのですか!! 相手は年端もいかない子供なのですよ!!」

軍人としての在り方を失う。敵とは言え、子供のような年齢の存在を非人道的な扱いをすると思われる場所へは渡せない。

 

「だが、コーディネイターでもある。これは前々から言おうと思ったが、なぜコーディネイターの子供にストライクを乗せた? なぜ赤い彗星などという傭兵はこちらにつかなかった?」

 

そしてやはり言及してきた赤い彗星の件。そしてキラ・ヤマトのこと。

 

 

「彼は正当な報酬をもって、オーブで退艦しました。フリーの傭兵で、今頃はどこにいるかも――――」

 

「そんなもの、後でどうとでもなる。なぜ奴の弱みを握らなかった? 義理や人情で戦争に勝てると本当に思っているのかね? 認識が甘すぎるぞ、ラミアス大尉」

 

捲し立てるようにマリューを叱責するサザーランド。

 

 

「我々はコーディネイターと戦っているのだよ。コーディネイターの少年を、自由意志を持った空の化け物の力を借りる等、言語道断。戦う意義すら失っているぞ。奴らがいるから世界は混乱するのだ。なぜそれがわからない?」

 

 

「――――赤い彗星はコーディネイターなのか、どうなるのか!? 奴は一体何者だ!!」

 

 

「―――――それは……」

マリューは、赤い彗星の件について言い淀んだ。

 

「おそらく偽名を使われたんです。なので、ここで名乗っても意味はありません」

エリクが、ここで出まかせを言い放つ。

 

「発言の許可を与えていないぞ、ブロードウェイ大尉。どういうことかね、ラミアス大尉」

 

マリューはエリクの意図を理解し、瞬時に出任せを考え付いた。エリクが作ったわずかな時間に感謝し、彼女は説明をする。

 

「その、偽名を使われ、その詳しい情報を掴めませんでした。彼無くしてアラスカに辿り着くことは出来ず、強く言うこともできませんでした」

 

 

「情けない。軍人として恥ずかしくはないのかね? 傭兵に踊らされる艦長で、よくアラスカにまでたどり着けたな」

 

サザーランド大佐はラミアスの言葉を信じたらしく、暴言を吐くだけでこの案件は終了した。

 

 

「そしてこれは命令だ。ザフト軍兵士を引き渡せ。これは軍政部の命令だ」

 

 

――――ラミアス大尉。こんな暴挙を許すのですか!?

 

横では、そんな言葉を訴えるナタルの姿がある。軍人としての誇りを持っていた彼女には、捕虜を乱雑に扱う暴挙を許すことはできない。

 

 

――――やばいな、これは試されているぞ

 

エリクは、ここでアークエンジェルを値踏みしていると悟っていた。この先連合に有益な存在になるか否かを、試されている。

 

 

まるで踏み絵のようなことをさせられていると感じたラミアス大尉は、悩んだ。

 

今、自分はクルーの命を預かっている。自分の私情を優先し、彼らにいらぬ危険を与えた場合、どうなるのか。

 

彼らの命を預かっているのだ。マリューの中で、一つの方向に定まっていくのが分かった。

 

 

「私は――――――」

 

 

 

 

会議が終了し、マリューは怒りの形相で襟を掴んでくるナタルに抵抗しなかった。

 

「――――我々は軍人だ。これを提督が許すと、本気でお考えですか?」

 

軍人としてのプライドが高かった彼女は、非人道的な行為を見逃したマリューに訴える。ハルバートン提督らの穏健派と、ブルーコスモスの思想が強く根付いた強硬派。あくまで立場を求める中立派。確かにアラスカは強硬派の巣窟だが、マリューは強く出ることも出来た。

 

彼女らは穏健派なのだから。

 

しかし、マリューにはある不安要素が頭の中から離れない。

 

「―――――私の一存で、乗組員の未来を決めるわけにはいかないわ。それに、今回の会議も根本のところから話が合わない。余計に刺激を与え、下手に前線に部下を送るわけにはいかないの」

 

相手の言葉一つで戦地が決まる。バラバラにされてしまえば処理をされてしまう可能性も捨てきれない。

 

「ですが――――ではあの期間の設定は一体」

 

ナタルが疑問に思ったのは、ニコルを捕虜として引き渡す期限をマリューが設定したことだ。いろいろな尋問が残っているやら何やらと言い訳を作り、期限を引き延ばしたのだ。

 

怪我を負っており、搬送には手間がかかる。そちらの処置をする前に死亡する可能性がある、とマリューは出任せを言ったのだ。

 

 

「彼女に話を聞いて本当に良かった。上層部には言わない約束だったけれど、こんなところで役に立つなんてね」

 

それは、ナタルたちにとっても初耳だった。

 

「おい艦長。そりゃあどういうことだ? アラスカにザフトが来るとかじゃないだろうな」

エリクも、マリューの様子を不審に思い、出任せのようなことを言った。

 

――――パナマへの救援のために、アークエンジェルは出撃する、そうじゃなかったか?

 

 

「ええ。ザフト軍はパナマではなくアラスカに攻め込んでくるわ。ザフトは早期決着を望む布陣よ」

 

 

「――――――よく冷静でいられたな」

エリクの真っ当過ぎる突込みに苦笑いを浮かべるマリュー。

 

「確かに、最初は許せないって思ったわ―――――けど、あんな子が銃を持っていた事実に、私は怖気づいたの」

 

複雑な心境を語るマリュー。それは毒気を抜かれたと言っていい。ニコルを見て、マリューは憎しみをぶつける機会を永遠に失ったのだ。

 

「―――――この世界の今に順応して、憎しみのままに戦うことが、どれほど恐ろしいのか。それを考えたら、復讐なんてできないわ―――――」

憎しみを抱くことに恐怖を覚えたのだ。今までの自分が、今までの理性が、彼女を引き留めた。

 

 

「――――ムウさんが惚れるだけはありましたね。やっぱいい女ですよ、艦長は」

エリクは、マリューの言葉を聞いて安心した。

 

「一言余計よ、ブロードウェイ大尉」

 

 

そして会話にはいれていないナタルはなぜかむかむかしていた。

 

――――なぜブロードウェイ大尉と艦長が話しているのを見て、ムカムカするのだ?

 

結局、その思いを口にすることなくエリクが茶化し、マリューが苦笑いするという場面がループすることになったという。

 

 



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第39話 青年達の変革

アークエンジェル内では、ニコルの引き渡しが決まるなど、何か不穏な空気が立ち込めている。しかし、さらなる衝撃が彼らを襲うことになる。

 

 

「え!? 自分、ですか?」

 

 

サイ・アーガイルが、アルスター事務次官の計らいにより、転属。ここからニューヨークにいる二人の下へと向かうことになったのだ。

 

―――――アルベルトとキラが死んで、俺はこのまま―――――

 

サイはここで転属を受ければ逃げた形になったと考えていた。確かにフレイにまた会えるのは嬉しい。しかしこんな状況で前線から退くことは、心の整理がつかない。

 

「まあ、辞令が出たからな。末端の兵士はそれを聞かなくちゃいけない。後はお前がどう折り合いをつけるかだ。事務次官でしっかり勉強しろよ、若者」

エリクは、そんなサイ少年に自分の考えを伝える。

 

「アークエンジェルはもう、機動部隊が―――――」

 

 

「そんなことをお前が考える必要はねぇよ。補充要員もくるし、そこんところを分からないほど上層部もバカじゃねぇ」

アークエンジェルのことを考えてくれている、あんなに辛いことがあったのに、まだ気にかけてくれることが嬉しかった。

 

「提督が言った言葉だけどさ。平和な時代になるまでお前も生きろよ。絶対に無茶はするなよ」

少年に、これ以上あの世代に無理はさせられない。

 

―――俺たち大人も、意地を見せねぇとな

 

 

結局、転属はサイ・アーガイルだけだった。軍政部はアークエンジェルのクルーを必要としていなかった。

 

捕虜の件で口答えをしたナタルはもちろん、コーディネイターのエリクは論外。

 

マリューはそもそもナタルを叱責しなかったことで、その色眼鏡から外れた。

 

 

――――上等だよ、くそったれ

 

エリクは軍政部を完全に見限っていた。私情に囚われ、大局を見ていないのは果たして誰なのか。それすら判断が出来ない軍政部にもはや希望など見いだせない。

 

 

――――そんな体たらくなら、すぐにアラスカは落ちるな

 

 

 

 

そして、その日に合わせてニコルの引き渡しも行われる。

 

 

 

その引き渡しの最終終着点では―――――

 

 

 

「もっと強化できるでしょう。命令を聞けるだけの頭さえ残っていればいいんです。」

 

 

ポッドの中に入れられたもの言わぬ人形と化した素体たちは、彼らの言葉を聞くことはできない。

 

自分がそもそも何者だったのか。何を為したかったかすら忘れ、ただ生きている状態。

 

 

同じようにポッドに入れられている者が複数いるのがわかる程度で、今外がどうなっているかすらわからない。

 

――――なぜ?

 

自分は今、なぜ外がどうなっているのかを気になったのだろうか。もはや記憶は消され、自分を証明するものもないというのに。

 

 

銀色の髪の少年は、同じく黒髪の青年と、茶髪の男性の姿に目をやった。

 

――――あれ、誰だったっけ?

 

頭の片隅で彼らを覚えている、そんな気がしたが、何も思い出せない。

 

うつろな瞳で、青年はこちらを見てきたが、特に何も感情が沸いて出ない。

 

 

密閉されたポッドの中では、何も聞こえない、何も感じ取れない

 

 

「しかし、この強化人間というのはどういうことだ?」

 

 

「焼失したフラガ家の資料の中にあった新人類の思想。今の分家が知り得る情報ではないが、宇宙に上がった人類の一つの形、だとか」

 

研究員たちは、本家に残されていた悍ましい負の遺産の大半を手にしていた。分家が自ら捨てたモノすら利用する連合に余裕はなく、全てはこの戦争に勝つための必要悪として割り切っていた。

 

 

その為の強化人間。その為のスペシャリスト。

 

 

相手の思考すら読んでしまいかねない強化人間。それは戦闘において何よりも重要なものだ。

 

 

「しかし、男の方は適合率が思わしくない。なぜかフラガの女性らのほうが強化は順調だが」

 

「感情が爆発するような質だと、親和性がいいんですかね? まあ、見てくれも悪くはなさそうだが」

 

快活そうだった少女らを見て、そんな軽口を言う研究員の一人。

 

「おいおい、検体に欲情するのかよ? こいつらはあくまでコーディネイターと正真正銘の化け物だ。見てくれすら設計された人形どもだぜ。俺は気味が悪いね」

 

「全く、こうして新しい人類のステージの一端を見られる俺たちは、幸せ以外の何物でもない。アズラエル様のおかげだ」

 

そして彼らの口から出てくるアズラエルという名前。

 

「アズラエル様も本当に広範囲に手が伸びるっすねぇ。強化人間に、新しい機体設計の思想。技術部は今嬉しい悲鳴でいっぱいだそうですよ」

 

「ストライクダガーは生産ラインが固まっているから手が出せないが、奪還に成功した機体を改修するそうだ」

 

「これでザフトの奴らも一網打尽だな。」

 

 

強化された機体と、改修された機体。連合はザフト軍と同等以上のMSを開発できるようになった。

 

新規設計されたストライクダガーはスペック上ジンの敏捷性を圧倒し、単独での撃破が理論上可能だ。さらに、少数だが指揮官用としてデュエルダガーも同時生産されている。

 

デュエルダガーの早期生産は、低軌道戦線でのデュエル奪還が大きく働いている。戦闘データも収集され、もはや試験機の扱いではない。

 

後にバスターの奪還にも成功し、この2機はストライクと同様に連合の柱になっていくと思われる。

 

その量産機としてバスターダガー、デュエルダガー、ストライクダガーという3つの柱が生まれる。

 

 

そして、そして、制式採用されたレイダー、水中戦闘に特化した試作段階のフォビドゥンブルー。フォビドゥンの水中仕様はまだトライアルの段階だが、いずれは地球の海を奪還してくれると期待されている。

 

 

連合は膨大な物量と、MSというスタンダードを手に入れた。

 

もはやザフトなど、恐れるに足らず。

 

 

そしてそのためには、アラスカが必要になる。

 

 

「アラスカには旧式しかないらしいぜ」

 

「ということは、旧式といらない人材のお払いというわけか」

 

さらっととんでもないことを言う研究者たち。

 

「サイクロプスも仕掛けられているとも知らず、ザフトの馬鹿どもめ。そして、この犠牲によって、蒼き清浄なる世界への第一歩になるだろう」

 

 

「ははは! 違いない!!」

 

 

 

連合の悪魔のような研究は留まることを知らない。コーディネイターという化け物を倒すために、外法に手を染める。

 

 

しかし、それが彼らの正義だ。コーディネイターが確かに世界に変革という名の混乱を招いたのは否定できない事実でもある。

 

それは人間の在り方を変えたと言っていい。人は生まれながらにして運命を決められる。その才能の数値を決められてしまう。

 

科学の進歩がそれを成し遂げてしまった。そして、ジョージ・グレンの本当の真意を誰も理解することなく、ここまで時間の針が進んでしまったこと。

 

 

もはや、特定の誰かに責任を押し付けることが出来る時期は過ぎ去っていた。

 

 

 

 

 

その混迷する世界の中であり方を失わないように奮闘するオーブ。オーブ近海の諸島に存在する別荘にて、ある男が目を覚ます。

 

 

「―――――――ッ、なんで僕は生きているんだ?」

 

イージスに撃墜されたはずのキラは、浅くない傷を負いながらも生き延びていた。ただ、あまり動かすことが出来ない怪我の具合だった為、この諸島での治療が行われていたのだ。

 

そして、本格的な治療を施すために、本国へと移送される。行き先はオーブ本島。

 

 

そこで彼はキュアン・フラガに初めて出会うことになる。

 

「―――――リオンから話は聞いている。自分の力だけで、道を切り開いたそうじゃないか」

高そうな背広に身を包むキュアンが移送された病室を訪れていた。

 

「――――フラガの皆さんに比べたら、僕なんか。ヘリオポリス事業に、色々な開発事業。実業家として右に出る奴はいません」

 

 

実際、オーブの一人勝ちと言っていい状況だ。アメノミハシラ、そして新たに建造予定の宇宙コロニーのルウム、開発コロニーのアナハイムと、オーブは独自のルートでの宇宙進出を果たしている。

 

なお、キュアンの強い意向により、大破したヘリオポリス再生計画も進んでおり、オーブはまさに金の成る木だった。

 

これでは世界を牛耳るロゴスと言われた大富豪たちも手を出せない。むしろ、彼らはブルーコスモスを商売道具としかみなしておらず、それよりも利益を出してくれるのであれば、乗り換えてしまうほどの尻軽だ。

 

ロゴスの間でもオーブの甘い汁を吸いたい勢力と、コーディネイター脅威論に分かれており、時間経過とともに離間策は浸食していくというものだ。

 

―――――戦争をしなくても、儲けることが出来るなら、それに越したことはない

 

資産家の本音はそれだ。

 

 

キュアンの存在は、オーブを力づくで従わせる意見を抑制していたのだ。

 

 

「なに。私は喧嘩があまり得意ではないからね。こうして綱渡りをしないといけないのさ」

朗らかに笑うキュアン。自分だけを儲けさせず、他も儲けさせて敵を減らしていく。

 

誰からも必要とされる存在になる。誰からもあまり攻めるメリットがない存在になる。

 

「そうなのです! キュアン様は凄い人なんですよ!」

だが、このキュアンの後ろにいる少女と少年は誰なのだろう、とキラは思う。

 

「えっと、君は?」

 

 

「は、はい!! 僕はヴィクトル・サハクです! 一応次期当主候補って言われています!」

 

実直な少年に見えたヴィクトル。リオンよりも年少だが、利発そうに見える。

 

「私はラス、ラス・ウィンスレットです! リオン様の戦友だった方、ですよね!? キラ様!」

 

少女の口からまたしても弟と言っていい存在の名が出てくる。そうか、彼は幼い少年や年下の少女に好かれるらしい。

 

「リオンさんは凄いね、オーブとプラントの姫様だけじゃなくて、こんな子供にまで慕われて。でも、なんだか複雑」

どういうわけか、年下にはかなり優しいリオン。キラは、ここまでリオンの名を楽しそうに言い放つ少女を見て複雑な気分になった。

 

「でも、リオン様はとっても優しい方ですよ! 私の理想論を笑いもせず、応援してくれるって言ってくださったんです! それに、それに――――!」

 

具体的な記憶を思い出したのか、今度はアワアワし始めるウィンスレット嬢。顔を真っ赤にする要素がリオンにあったのだろうか、と神妙な顔になるキラ。

 

「―――――えっと、何が————?」

 

 

「―――――モビルスーツの戦闘以外の本格的な導入だ。戦争に染まり切っていない稀有な存在だと、リオンは言っていたな」

キュアンはその時のことを思い出し、やや表情を曇らせるが、キラはそれに気づかなかった。

 

「それに、今度はダンスを一緒に踊ってくれるって言ってくださいましたの!」

 

 

「ぼ、僕も、今度は勉強を見てもらえるんだ! ラスちゃんだけじゃないよ!」

そして、それまで会話の切り口を見つけられていないヴィクトルが、ついに参戦する。

 

「あら、勉強ならすでに私は課題を貰っているわ、ヴィル♪ まだまだね」

 

 

「ま、負けない。僕はサハクの当主候補なんだ。最初にリオンさんを尊敬していたのは僕なんだ!」

 

 

子供の言い合いに発展するヴィクトルとラス。どちらがリオンに見てもらえているかを競う不毛な言い争い。

 

それを傍目で見ていたキラとキュアンは遠い目をしていた。

 

「―――――収集つかないですよ、これ」

 

「リオン早く来ないかなぁ……」

 

「おい人任せ!!」

思わず口調が崩れるキラ。目上ではあるが、あんまりえらくなさそうなオーラを出している彼に対して咄嗟に出てしまったのだ。なお、キュアンはあまり気にしていないようだ。

 

「呼ばれた気がした。時間より早く着いたが、これはどういうことだ?」

そして、何となくこちらに呼ばれたのでやってきたリオン。ラクスを見送ってから数日が経ち、アラスカへの準備も発進以外は完了している。

 

キュアンがキラ・ヤマトを拾ったので会ってみるか、という提案を受け、平たく言えばスカウトに近い形でオーブ軍への勧誘を画策していた。

 

「「リオンさん!!」」

リオンを見た瞬間に、華が咲いたような笑顔をするラスとヴィクトル。

 

「ヴィクトルも、ウィンスレット嬢も、あまり病院で大声を出すものではありませんよ」

そして、キラの目の前で「え、この人誰? なんなの?」のような行動をとるリオン。

 

「でも、ラスが――――」

ヴィクトルが悔し気に訴えるが、

 

 

「女の子の名前を呼び捨てるのは、本人の許可を得てからだよ、ヴィル。ウィンスレット嬢をあまり焚きつけないで欲しいな。君のほうが年長だろう?」

 

 

「は、はい」

リオンに言われて、しょぼんとするヴィクトル。

 

「ウィンスレット嬢も改めて気を付けてほしいな。あまり自慢げに話すのは避けたほうがいい。時にこういうことが起こりかねないからね」

 

「は、はい。ごめんなさい、リオン様……」

ラスも、リオンに軽くとがめられ、シュンとしてしまう。しかし、キラはそれどころではなかった。

 

「ねぇ、リオンだよね!? どうしたの!?」

 

 

「俺は年下には優しくしようと決めているだけだよ、少年」

にこやかな笑みで、丁寧な言葉を言い放つリオン。あからさまにアークエンジェルにいたころとは違う。

 

「—————(ロリコンでショタコンなのかな、リオンって)。う、うん。それで僕に何の用があるの?」

リオンとの付き合い方を考えてしまうキラだったが、リオンの来た理由について尋ねる。

 

「話が速くて助かる。オーブ軍には、貴方を軍籍に置く準備がある。つまりヘッドハンティングですよ。思い入れももうないでしょ?」

 

 

「―――――連合に思い入れはないけど、あの船にはあるよ。まだイエスとは言えない。一応、僕もあの船には夢を乗せていたんだ」

キラは悔しそうに、しかしさっぱりした様子で白状する。あの死闘で彼は傷を負ったが、彼をさらなる高みへと成長させたことがうかがえる。

 

現時点では、キラはオーブに靡かない。彼にとってのメリットがまだ存在しない。そのメリットはアークエンジェルの生存についてだ。

 

しかし、幸運なことに、アークエンジェルはアラスカで使い潰される予定だ。どのみち彼らは連合内でチェックメイト。なら助け出し、有効活用することは、この男の登用にもつながる。

 

「まあ、傷が癒えるまではここにいてもらう。世界の情勢は、簡単に変わるものだからね」

意味深な笑みを浮かべ、キラの病室を去るリオン。

 

「待ってくださいよ、リオンさん!!」

 

「一緒に私とダンスの練習~~!!」

 

 

そして、子供二人もリオンの後を追って病室を出ていく。残されたキュアンとキラは。

 

 

「—————本当に、本当にあのリオンさん、なのですか?」

 

 

「アークエンジェルでどんな姿を見せていたかは知らんが、リオンは本来優しい性格だ。ただ、カガリとアサギちゃんを守る為に、心を鬼にしていた、俺はそう信じているし、家族だからすぐにわかるんだけどな」

 

キュアンは、リオンのことを理解しているようだった。確かに、厳しい言葉の裏に仲間をフォローしたり、汚れ役を買って出たりと、リオンは奔走していた。

 

「そう、なんだ」

 

 

「けど、ここ最近特に優しくなったなぁ。プラントの少女に出会ってから、あいつの表情が柔らかくなったような気がするんだ」

キュアンとしては、いい傾向だ、と喜んでいたりするラクスとの邂逅。

 

「まさか、あの歌姫の?」

プラントの少女のことは、もちろんアークエンジェルにいたころから知っているキラ。まさか、あの少女がリオンにそこまでの影響を与えていることに、驚きを隠せなかった。

 

「―――――あいつはいつも何でもできてしまうからな。もっとあいつに遊びを覚えさせたほうがよかった。回り道でもいいから、もっと余裕を持ってほしかった」

 

キュアンの後悔が漏れた。リオンは万能で、何事も出来てしまう器用な少年だった。だから、手を掛けずとも成長したと思っていた。

 

 

しかし、実際は為すべきこと以外は出来ない青年になってしまった。質が悪いのは、受け身なのではなく、勝手に課題を探してくる気質だ。能動的に動くから、その歪みに気づきにくかった。

 

それが今、ようやく人らしいことが出来るようになった。ラスという少女も、久しぶりに尊いものを見た、とリオンに笑顔を取り戻させるきっかけにもなった。

 

「―――――手間がかからないようで、かかる人なんですね、リオンさん。僕には完璧超人にしか見えませんけど」

 

 

「ああ。とびきり面倒のかかる奴だ。だが、絶対に守らなきゃいけない存在でもあるんだ」

 

 

しかし、明るい話はここまでだ。アルベルトとキラがけがをしたことなどについて話題が変わる。

 

「――――――仕方ない、と言えばいいのか。万に一つリオンが敗北することはなかったと思うが、二人が戦線にいなければ被害はさらに広がっていたともいえる。だが、子供が傷つくのは本当に痛ましい」

 

 

ロペス夫妻、ヤマト夫妻は息子たちの重症の知らせを知り、愕然としたそうだ。何とか一命はとりとめたが、片眼を失うなど一生のハンデを背負わされることになった。

 

キラ・ヤマトは失った右目に代わり、最新鋭の義眼を移植することになる。アルベルトに対しては、日常レベルで問題ない程度の性能の義眼を移植することが決まっている。

 

 

オーブ政府としては、この件を重く受け止めており、連合を強く非難していた。民間人を非常時とはいえ、前線に立たせる行為を行った軍に対して、並びにザフト軍にも遺憾の意を表明し、民間人が下りるまでの猶予を与えなかったことに失望の意を覚える、とまで言い放ったのだ。

 

 

 

連合の場合は迅速だった。アラスカでアークエンジェルの責任問題が幾重にも積み重なっており、処分する大義名分が出来てしまった。勿論、連合としてはオーブが非公式での抗議を行ったことでこの件を大々的に取り上げるということはなく、うやむやにするつもりなのだ。

 

一方、ザフトはラクス・クラインの引き渡しの件もあり、さらには前線に無理やり立たされていた民間人を殺傷したという事実に厭戦感情が僅かに広がり、急進派がイライラする展開に。

 

ラクス・クラインを救出したと思われる連合の赤い彗星に関する情報をかき集めようとするが、なかなか集まらないという穏健派にとっても口惜しい状況は、プラントをざわつかせていた。

 

何しろ情報源のアークエンジェルが開示を躱しているのだ。これでは情報はやってこない。

 

 

それぞれの陣営は、この件を闇に葬るつもりなのだ。

 

「――――――そう、なんだ」

キラは、その責任の全てが結果としてあの船に背負わされることに申し訳なさを感じていた。

 

 

「あまり深く悩む必要はない。全ては間が悪かった。オーブ政府はそこまでアークエンジェルのことを批判しているわけではない。ただ、そうだな―――――」

 

オーブとしては赤い彗星を闇に葬ったことでもう連合に要求することはない。ロペス夫妻、ヤマト夫妻には賠償金を与えることぐらいしかできない。

 

「――――――道はいまだ見えずとも、道は可能性の中にあり。再び交わるかもしれんぞ、我々と彼らの運命が」

 

 

「――――――――」

キラもそれは理解していた。今更どうこうしても遅い。だが、彼らと自分の道がまた交わるのであれば、今度は失敗しないよう努力するだけだ。

 

————本当にやらなくちゃいけないことは、何なのか。僕はもう、間違えたくないんだ。

 

キラの苦闘は続く。

 

 

そんなキラの秘めたる思いを察したキュアンは、病室を後にして思案する。

 

――――とはいえ、これでリオンの予想通り、アークエンジェルのスカウトはスムーズにできそうだ。

 

 

キュアンは、アークエンジェルの戦力を取り込むつもりであるリオンの意見に対し、肯定的な意見だった。

 

連合もバカなことをするものだと呆れもした。しかし、こういう外交状況なら連合は貴重さを感じないあの船を見捨てるだろうと。

 

 

――――本当に、お前はどこまで見えているんだ、リオン。

 

キュアンは、その見通す力はどこからあふれ出ているのか、末恐ろしく感じていた。

 

 

 



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第40話 未来を知る亡霊

ザフト軍カーペンタリア基地。これは地球降下作戦で親プラント国家群の大洋州連合のカーペンタリア湾に軌道上から短期間で建設したものが発展した軍事要塞である。

 

連合の赤い彗星、白い悪魔を討った英雄として、フィオナとアスランは凱旋を果たしていた。

 

しかし両雄に笑顔はなく、生き残った申し訳なさと、これからの戦場でより一層尽力するしかないと考えていたため、ネビュラ勲章を授与される嬉しさなど欠片もなかった。

 

 

個室にて、アスランとフィオナはクルーゼ隊長と再会していた。

 

「クルーゼ隊長。私は、何もしていません。赤い彗星を討ったのはニコルで、ストライクを討ったのも運が良かっただけです。俺の力が至りませんでした」

 

「私も、みんながストライクを消耗させてくれたから、勝てたと考えています。もし同じ条件なら、殺されていたのは私たちでした」

 

しかし大概に自分の実力を疑問視し、あくまでザラ隊全員で勝ち取った勝利だという姿勢を崩さない。

 

「二人とも謙虚だな。時にはその謙虚さはよくないかもしれないが――――まあよい。君たちにそれほどまでの謙虚さを強いる敵だった、ということなのだろう」

 

「―――――はい」

 

 

「しかし、私はこうも考えている。あのアークエンジェルに対し、何度も交戦し続けることが出来たのは、ザラ隊以外に例を見ない。他の部隊は初見で全滅させられているのだからな。さらに低軌道戦線でも、私の顔にこれ以上ないほど泥を塗った相手だ。君たちの実力を疑問視する者はいないよ」

 

あのラウ・ル・クルーゼですら、仕留めきることが出来ず、大きな損害を被る相手だったのだ。

 

 

――――だが、妙だな。ブリッツのミラージュコロイドは、確かに脅威だが、赤い彗星には通用しないはずだ

 

 

そしてクルーゼもまた、赤い彗星のパイロットが本当に死んだと思っていない。アレは恐らく別のパイロットだったと半ば確信している。

 

しかし、情報は何も出てこない。どこかで止められている。

 

 

「――――フィオナ、アスランは先にも申した通り、特務隊への転属となる。最新鋭MSを受領し、より一層活躍してもらわねば困るからな」

 

「はっ! クルーゼ隊長!」

 

これはもう癖なのだろう。無意識のうちに敬礼をするアスラン。しかしクルーゼはその姿に苦笑いし、

 

「もう私は君の隊長ではない。その勲章と、ザフトの未来を守る為に、君自身の手で、頑張りたまえ」

 

 

「―――――分かり、ました」

 

深々と頭を下げるアスラン。これまでお世話になった恩を返すような行動に、クルーゼの表情に笑みがこぼれる。

 

「そして君もだ、フィオナ。あのストライクを相手に勝利したことは十分誇れることだ。今度の最新鋭機は、兄妹機ともいうべきコンセプトらしい。アスランとともに、ザフトの未来を守り抜いてほしい」

 

「アスランと、一緒に、ですか? でも、私は――――」

 

 

「白銀のブリュンヒルデ」

 

 

「―――――え?」

 

 

「訓練学校史上最高傑作と謳われた君に付けられた異名だ。ザフトの赤の騎士と呼ばれるアスランとともに、これからのザフトを引っ張ってもらいたい」

 

誰がそう謳い始めたかはわからないのだがな、と笑うクルーゼ。

 

 

「とにかくだ。君たちにはすぐに本国へと帰還し、機体受領をすぐにしてもらうことになっている。部下たちがこうやって巣立つというのは、悪くないな」

 

 

二人を見送った後、クルーゼはフィオナのことを考えていた。

 

「―――――世界で最も有名な戦乙女の名を光栄に思っているかもしれないが」

 

評議会は、その実績を評価しているのと同時に、彼女の存在を危惧している面もあった。

 

――――アスラン・ザラとラクス・クラインこそが、定められた運命である、か

 

アスランの片腕として、申し分のない働きをしている彼女は、彼にとって大きな存在となっている。今は亡きニコルの役目と、本来ラクスが担うべきだった椅子にすら座っているときがある。

 

「君は気づかないか、フィオナ・マーベリック。これは同時に戒めなのだよ」

 

 

赤い騎士と呼ばれる英雄に寄り添う、戦乙女。ラクスという存在を利用したい者にとって、フィオナはむしろ邪魔なのだ。

 

 

ラクスとアスランが結ばれることで、国の内側にアピールする。クライン派を取り込むための一手でもあり、それを望む強硬派にとって、フィオナは有能だが厄介な存在だった。

 

「ブリュンヒルデの恋は悲恋に終わったという。ならば貴様の恋慕の結末も、すでに定められているというわけだ」

 

これがプラントのシステムだ。想い人と必ず結ばれるわけではない。互いに惹かれ始めても、それを許さない息苦しい仕組み。

 

そして、フィオナはそれまでのバランスを崩すイレギュラーなのではないかと考えられているのだ。

 

 

「これを新人類の在り方と聞くと、まるで道化のようだ」

 

 

 

 

 

一方、本国に先に戻っていたラクスはリディア・フローライトとの邂逅を果たしていた。

 

「まさかまたラクス様に会えるなんて、なんだか光栄です」

 

リディアは、歌姫としてプラントのアイドルである彼女に会えて感激していた。

 

「え、ええ。リディアさんにそう言われて少し気恥しいですわ。それと、フィオナさんとはご学友だったとか」

ジリジリと距離を詰められることに、ラクスは若干戸惑いを感じていた。もっと正確に言うなら、

 

――――最近ファンの方が過激になっているような気がします……

 

特に、あの奇跡の帰還以来、ラクスを信奉する人間が増えたと感じていた。それこそ、狂信的なほどに。

 

目の前のリディアは有名人に遭ったテンションだというのは間違いないが、それでも強硬に自分に会おうとするファンを思い出し、若干トラウマでもあった。

 

「そうなんです! フィオナは凄いんですよ! 成績歴代トップで、実は私も次席だったりします! 歴代4位。フィオナの後を追っていると、自然とそうなっちゃったんです」

 

 

 

「歴代4位、ですか? フィオナさんやジュール家の御子息、そしてアスランに次ぐ成績、ということですか? リディアさんの努力の賜物ですね。フィオナさんの成績には今も驚いていますけど、まさかそこまでの大事とは知りませんでした」

 

親友と切磋琢磨することで、自分を高めることが出来たリディア。しかし、そんなリディアにも闇があった。

 

 

「―――――でも、いいことばかりではないです。アークエンジェルとの戦いでニーナたちの上官が―――――」

 

暗い顔になるリディア。ラクスは知らないが、ニーナはオーブ近海での戦闘でまたしてもつらい経験をしている。大して自分はそんな経験をせずにここまで来ている。

 

なんだかそれが、複雑なのだ。

 

「―――――痛ましいことです。その、何と言えばよろしいのか。お悔やみ申し上げます」

 

ラクスも、自分が知らないうちに、フィオナの友人が辛い思いをしていることに心を痛める。もう本当にどうにもならないのか、とこんな話を聞くと気が滅入りそうになる。

 

「――――戦争なんです、殺し殺される覚悟はしていないと……今生きている私にできることを、するしかありませんから……」

 

 

しかし、リディアは気丈にこう答える。彼女の上官らの戦死から幾分も経っているとはいえ、まだ整理も出来ていないはずだ。なのに、彼女は前を向いている。

 

 

 

――――リオン様に託された、平和の歌

 

 

リオンはこんな絶望が蔓延る世界で、何とかしようと動いている。そして、そんな彼の熱意を知った者として、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

「でも、信じられないんですよね。リオンさんがあんな簡単にやられるとは思えないんです」

 

相対したからこそわかる、リオンの実力。ブリッツがステルスで近づき、一撃を加えたというが、別のパイロットである可能性が非常に高い。

 

「――――ええ。リオン様はオーブで船を降りられましたわ」

 

ラクスも、リディアになら内情を話してもいいだろうとリオンがオーブで降りたことを話す。

 

 

「そうなんですか――――オーブに戻ったということは、動くかもしれないですね」

 

リオンは動く。暗躍を再び始めるだろう。リディアには、この現状で彼が座して待つようなタイプではないと判断していた。

 

「ええ。プラントに戻ったばかりで、先ほどスピットブレイクというワードを知りましたが、大掛かりな作戦だそうで」

 

ラクスも、その作戦で連合の最重要拠点を攻撃するという内容を既に知っていた。これが成功すれば戦局は一気に傾くだろう。

 

「―――――大規模降下作戦いによる、アラスカ基地攻略。フィオナやアスランさんはプラントに戻るみたいですし、クルーゼ隊長が指揮を執るのかもしれないです」

 

クルーゼという名前を知ったラクスは、目を細めながら彼がこの作戦に参加するのは当然だと考えていた。

 

何しろ、大戦初期からの勲章持ちの将校だ。ザフト最高のエースにして指揮官の一人。彼が出ない理由などない。

 

「――――ザラ議長の懐刀が動くということは、この作戦がプラントにとっての正念場であることは明白ですね」

 

そして対するは連合の圧倒的な物量。しかし、絶対的なエースがいない連合軍は厳しい戦いを強いられるだろう。

 

「失敗すれば、地球での軍事行動が困難になる博打。失敗は許されないというのがよくわかります」

 

リディアは、そこまでの犠牲を払う必要があるのかと、考えていた。もうすぐオーブは何かしらのアクションを起こすだろうし、彼らが何かを起こすのよりも、連合がオーブに圧力を加えるのは明白だ。

 

国力の成長著しいオーブを取り込みたい連合軍は、その強大な軍事力で彼らを手に入れたいと考えているだろう。

 

上手くいけば、ザフトとオーブの共闘すらありうるかもしれない。可能性は低いとわかっていても、うまく転がらないかと思わずにはいられない。

 

 

「この作戦で、戦争の早期終結を願う、ということなのでしょうね」

 

 

ラクスは、今の自分には何もできないことを悟っていた。しかし、このままではプラントは後戻りがさらにできなくなる。

 

独立を果たし、自治権を得るための戦争が、殲滅戦争と化した。

 

――――本当に、この選択がわたくしたちの未来を掴み取る一手になるのでしょうか

 

言いようのない不安が、彼女を襲っていた。

 

 

 

 

 

一方、オーブではリオンがアラスカに飛び立つ準備を進めていた。

 

 

「――――――長距離航続距離を実現するストライカーパックの追加装備。試作ネームはキュアンが名付けたIOB。モビルスーツのOSといい、大人は頭文字が好きなのか」

 

 

「イグニッション・オーバー・ブースター。目標地点に超高速で接近。単独強襲にもってこいの片道切符。余程の命知らずでなければ、使いたがらない装備なんだがなぁ」

 

キュアンがリオンの横でそう漏らす。

 

「とはいえ、計算外なのは通常のMSでは耐えられないとはな。まさかシミュレーションでダガーが空中分解するとは考えていなかった」

 

 

今回の任務で使用するはずだったフェイク用のオーブ製ダガーはこの追加装備に機体が耐えきることが出来なかったのだ。

 

 

オーバーブースターでアラスカまでたどり着いたとしても、その後の戦闘で機体は短時間で自壊してしまっている。というより、機体が受けるダメージよりも、この超スピードに機体が消耗するというおかしい現象が発生しているのだ。

 

「――――――となると、やはりこいつを出すしかないということか」

 

 

ダガーの隣に鎮座しているのは、これまでのストライクやデュエルの戦闘データと、リオンのアイディアを取り込んだオーブの新型MS。

 

 

MBF-RX-00 ストライクグリント。煌くという意味と、強欲という一面を込めた名として、リオン・フラガが受領する予定の機体だ。

 

本機には、PS装甲の内骨格を採用し、機体運動性能で一線を画すものを備えている。他のGATシリーズの機体でも恐らく耐えられるだろうが、今回は単独での任務、長時間戦闘を想定しており、核分裂エンジンを採用したストライクグリントの出番ということになる。

 

また、サイコフレームを機体各所も内蔵しており、理論値を超える性能を発揮すると言われている。リオンにとっては相性のいい機体と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

「リオン・フラガ。少しいいだろうか」

 

アラスカへの特殊任務へ赴く準備をするリオンの前に、ロンド・ミナ・サハクが現れる。

 

「―――――珍しいですね、軍港に貴女が寄られることがあろうとは―――激励ですか?」

 

 

「――――そうだな、そんな所だ」

最近リオンの近くを訪れる機会が多いミナ。彼女の色眼鏡に合うのは光栄だが、ハードルが意図しない高さまで上がっていることに苦笑いするリオン。

 

「――――――貴方の期待は重い。まだ青二才ですから」

肩を竦めミナの物言いに別の意味を感じないでもない。故に減らず口をのたまうのは仕方ない。

 

―――――お姫様に絡まれる事が多いな。

 

しかし次の瞬間、まったく見たことがなかった映像が流れ込んできた。

 

 

――――地球はいいところよ。空は青くて山や森があって

 

優しい声色の、女性がそこにいた。

 

――――でも地球の森にはいろんな動物がいるの

 

それは恐らく、彼が彼になる前の、軽蔑すべき俗物に成り下がる前の男の記憶。

 

「――――」

意識が遠のくリオン。体の力が抜け落ちるというよりは、何か内部を作り変えられるかのような感覚。

 

 

――――ずっと今のままなんてだめ。○○○○○○は大きくなるんでしょ?大きくなって立派な人になってたくさんの人に幸せをあげなくっちゃ

 

「――――――――――――」

 

 

「リオン様!?」

ついに部下の一人がリオンに大声で叫ぶ。うつろな瞳になっていたリオンは、その声で正気を取り戻した。

 

 

「リオン君? 大丈夫なの? ここのところ働き詰めよ? ならもう少し休んでも――――!?」

アサギは、リオンの顔を見た瞬間に驚いた。リオンはなぜ彼女が驚いたのかその時までわからなかった。

 

頬に濡れたものが流れていた。それは物心着く前に失っていたはずの感覚。そんな機会すら彼には許されていなかった。

 

「――――――なんでもない。いや、一応医者に診てもらうことにする」

リオンはそれだけ言うと、頬を伝った涙を拭き取り、その場を後にするのだった。

 

 

「―――――リオン――――――」

ミナは、その場を後にする彼の姿を見て、何が彼に涙を流させたのかを薄々感じ取っていた。

 

 

―――――リオンが、幼い頃に記憶を転写されたことは知っておる。

 

それが、リオンの力となり、リオンの精神構造を変化させた元凶。恐らく変容という現象がなくとも、傑出した存在にはなれていただろう。

 

今のリオンは、限界ギリギリまで鍛え上げたスペックなのだ。壊れない程度に、限界まで登り続けた存在なのだ。

 

その元凶たる記憶が、リオンの精神を蝕んでいる。恐らく手遅れになるほどに。

 

 

いずれ、リオンという存在はその膨大な記憶に押しつぶされる。彼がその力を制御しなければ、いずれ彼は精神を――――

 

 

その前兆が、まさに今の光景だった。力による第六感が無意識に働き、彼が知るすべのない何かに辿り着いた。しかし、記憶に引っ張られた感情が暴走し、表面化した。

 

そんな所だろう、とミナは推察した。

 

 

いずれリオンの意識そのものが支配されていく、それが彼の待つ運命。

 

しかし、リオンはただ黙って浸食されることを座して待つはずがないと、彼女は信じていた。

 

――――借り物であろうと、使命を背負い、走り続けた其方の生き様

 

彼と同じ状況で、ここまで浸食から逃れることが出来る人物が、他にいようか。

 

そんなことは分からない。分からないというならば、誰にも推し量ることなどできない。

 

――――私は信じているぞ。其方が、膨大な過去に打ち勝つことを

 

 

 

リオンは医務室に立ち寄り、どこにも異常がないことを確認したものの、どこか余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。

 

――――今まで見たことがなかったな、先ほどのあれは

 

赤い彗星と呼ばれるずっと前。彼が幼少の時の記憶。

 

――――たくさんの人に、幸せを届ける、か

 

一笑に伏してしまうほど、儚い夢だ。しかし、自分は既にそんな夢をいくつか抱えてしまっている。

 

――――今、俺にこれを見せたこと。それに意味があるのか?

 

ここまで同化が進んでいるのだ。いい加減返事が来てもいいだろう。

 

――――意味はある

 

記憶の中で聞き続けた声が、ようやく自分に向けられた。残留思念と化した、あの男の意志。

 

――――君に、取りこぼしてほしくはないのだ

 

豪く後ろ向きな発言だと、リオンは冷笑する。どのみち先のことはやってみなければ細かく分からない。

 

――――それは、何を取りこぼす、ということだ? 貴方のように、そこまで人を切り捨てた覚えはないが

 

自ら孤独になり、復讐者に成り果てた彼とは違う。

 

――――君は私と違い、愛する者がある。

 

その言葉を聞いた瞬間、リオンは眉間にしわを寄せる。

 

―――――余計なお世話だ。老いて涙脆くなったか?

 

そんな余計なことに気を使わなくてもいい、と、リオンは彼を茶化した。

 

――――私は、最初は君を乗っ取る気でいた

 

ここに来ての爆弾発言。彼は、リオンという体を乗っ取り、またこの世界に顕現しようとしていたと独白したのだ。しかしそれが過去形になっていることに気づき、リオンはしっかりと意識を傾けた。

 

――――何も為せず、才能に振り回されるのなら、私が、というつもりだった。

 

 

――――だが、君は自らを信じ、為すべきことを為そうとしていた。世界という課題だらけの場所で、真正面からその闇に立ち向かった。

 

リオンの生き様がまぶしく思えた。理想に燃え、乗り越えていく姿が、羨ましかった。そして、自分にもそんな可能性があったのではなかったと、自問自答するようになった。

 

リオンの生き様に、彼は感化されたのだ。

 

―――――私は、世界を好きになったことなど、ついになかったからな

 

しかし、彼の言葉に首を横に振り、リオンは否定の言葉を告げる。

 

――――生憎、俺も世界を好きになったことはないよ。課題だらけで嫌になる

 

一つ間違うな、という意味で、リオンは笑いながら世界を嫌っていると言い放つ。その言葉だけで、彼をひねくれものと評する人物はいるだろう。恐らくほとんどの人間がそう捉える。

 

――――ただ、そうだな。世界を好きになりたい気持ちが、ないわけじゃない

 

――――リオン・フラガ……君は……

 

―――もう行く。また今度話をします

 

リオンの意識が、彼から離れていく。どうやら、リオンはこの精神世界から一度現実に戻るつもりのようだ。

 

――――仕方ない。この力を、俺たちが生まれた感謝やら何やらで、俺もお節介なことをしますか。

 

とても面倒くさそうに言いながらも、彼はきっと真剣なのだろう。

 

――――俺を通して、今度こそ世界を好きになればいい。道順は一直線。遠回りも近道もない。それで成仏しろよ、ご先祖様

 

 

そう言って、精神世界から現実世界へと戻っていくリオンと、取り残された男。

 

 

 

――――ああ。どうか―――――

 

男は命という縛りから解放され、ニュータイプとしての力を開花させていた。だからこそ、時の流れも断片的に見える。

 

それは過去であり、現在であり、未来である。尤も、彼が見通せるのは、この現実に最も近いであろう未来のみ。

 

その未来に、リオン・フラガが存在しないことだけが、男を苦しめる要因だった。

 

 

―――――彼の願いを、叶えてくれ

 

 




あくまで、彼の能力で見えた高確率の未来です。


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第41話 灼熱のアラスカ 前編

大分遅れましたが、アラスカ篇も佳境です・・・

登場人物にアラスカ合流組を追加しました


アラスカ基地に待機しているアークエンジェルの一行は、アラスカからの返答を待っていた。

 

アークエンジェルはいつまでここに待機しているのかという質問だ。

 

「暫定の措置ではあるが、第8艦隊所属艦アークエンジェルは、本日付で、アラスカ守備軍第5護衛隊付きへと所属を以降すものとする。発令、ウィリアム・サザーランド少将」

 

しかしやってきたのは、無情な命令だった。宇宙軍であるアークエンジェルが、なぜか地上守備隊に回される違和感。

 

――――シャレになってねぇよ。これは

 

ハッキングしたエリクが、アラスカの地下に眠るものを見つけた時、つぶやいた言葉である。まだ確証はない。もし本当なら確かめる必要がる。

 

――――ここで混乱を招くわけにはいかねぇ。直接調べに行くしかねぇ

 

エリクは、ザフトの攻撃に合わせてアラスカ司令部へと侵入する魂胆だった。

 

 

 

「了解しました」

マリューはその命令を平坦な声で聴き、受諾する。

 

モニター画面が消えた後、クルーの間でも疑心暗鬼が広がっていた。

 

「まじ、かよ」

パルは、苦々しげな声でうめいた。そして、マリューの機転が思いのほか自分たちの命を救うと確信していた。

 

「ああ。宇宙軍であるアークエンジェルがここに配属の時点で黒だよ」

チャンドラは、やや諦めた表情で、軽く見られていることに憤りを感じていた。本艦は最新鋭の戦艦で、宇宙船なのだ。それがなぜ地上の守備軍に配属されるのかと。

 

 

「まあ、捕虜を非人道的な場所に放り込みそうな上層部だからな。もう俺らのこともどうでもいいとか思っているんだろうよ。提督も低軌道戦線での戦績で昇進もねぇんだから」

トノムラも、いい加減連合のやり方に辟易しているのか、そこまで動揺はしていなかった。

 

しかし、ナタルは少しだけショックを受けた顔をしていた。

 

「アラスカに――――まともな指示を出せる人間すらいなかったのか……」

自分が信じていた上層部はそこまで腐っていたのかと、これまでの努力が色あせていくのを感じ、目晦を覚えたのだ。

 

「ナタル―――――」

マリューは、連合の軍人として誇りを持っていた彼女の気落ちした様子を見て、声をかけることが出来ずにいた。

 

「ええ。ですが、本当に我々のこれまでの成果が彼らに届いていないのなら――――次の戦場で我が艦の精強な姿を見せつければ――――」

しかし、切り替えが早いのは得意なのか、ナタルはもう引き摺らなかった。

 

 

 

一方、ザフト軍はアラスカ基地への侵攻をついに正式発表してしまう。青天の霹靂と言っていい直前での攻撃目標の変更は、プラント評議会にも驚きを与えていたのだ。

 

 

スピット・ブレイクが発令され、この作戦にあまり関係のなかった者たちは、その攻撃目標に驚愕することになった。

 

 

「そんな。まさかアラスカが攻撃目標だなんて―――――」

リディアは、そんな大変な作戦に、ニーナが参加していることに驚き、そしてパナマではなかったことに不安を覚えた。

 

―――――大部隊を動員しての大規模作戦。ザフトは早期戦争終結を目指しているけど

 

「ええ。これまで宇宙を実効支配していたザフトが侵攻に踏み切れなかった理由。それはアラスカの要塞としての堅牢さ。しかし、消耗戦を恐れた議会――――つまり急進派の意向が反映された形、ですね」

 

ラクスとしては、この作戦が成功してもしなくても、世界はまた荒れると考えていた。そもそも、この作戦にはいろいろなことが起こり得る、と考えていた。

 

「ラクス。議会はどうにもできなかったよ。アマルフィまで取り込まれれば――――」

クライン議員は、疲れた様子で議会でのことを話し始めた。

 

 

 

プラント評議会では――――――

 

 

「なんだと? パナマではないのか?」

クラインは、まさか敵の本拠地をたたく作戦とは知らされておらず、この事実に驚きを隠せない。

 

「そうだ。パナマに部隊を展開している連合の隙をつく」

ザラ議員は手短に彼に話した。

 

「だが、ここまでの大規模作戦。リスクが大きすぎる! それに、パナマからの増援が間に合えば、物量で劣る我らは押し切られるぞ!」

連合が本拠地を見捨てるはずがない。ますます消耗戦になると彼は危惧していた。

 

 

「圧倒的に勝利する!! そのための力が我々にはある!!」

 

 

そしてザラの力強い言葉により、後ろからゆっくりとある人物がやってきた。その人物は、クラインもよく知る人物だった。

 

「あ、アマルフィ――――なぜ君がそちらにいる!?」

 

ユーリ・アマルフィ議員。ニコル・アマルフィの父親だった男だ。しかしその眼と雰囲気は彼が知る人物ではなかった。

 

「ここまで戦果を拡大させたのは、見通しが甘かったからだ。これまでの犠牲は、穏健派にあったのだ、クライン議員」

 

辛そうに言葉を紡ぐアマルフィ。彼の気持ちは勿論わかる。しかし、娘を失ったからと言って、ここまで過激になる、というのは政治家として許されるべきことではない。

 

「クルーゼ隊長に諭され、私も決心がついた。娘も家内も、納得してくれたよ」

達成感を覚えた顔で、アマルフィは残酷な言葉をクラインに与えた。

 

「彼だけではない。ジュール議員も、エルスマン議員も。全員、志は一つだ。ナチュラルどもに、我々コーディネイターの力を見せつけてやるのだと」

 

「待てパトリック!! この法案を通したとしても、最悪のケースは勿論考えてあるのか? それがなければ承認などできん!!」

 

ハイリスクハイリターンな作戦は看過できない。それでは本当にプラントを滅ぼすことになりかねない。

 

攻めるだけが、プラントを守ることにはつながらないのだ。

 

「勝てばいいのだ!! 戦争は!! 我々が未来を勝ち取るためには!!」

 

 

「パトリック――――ッ」

 

「――――我々も勝負に出る必要があるのだ!! いつまで若いものを犠牲にし続ける!! いつまで戦争を継続している!! そのためには!! ナチュラルを屈服させる必要があるのだ!! もう二度と!! 我らに刃向かう気など起こさないほど!!」

 

「ザラ議員。もう我らは、選ばなければならない時期が来ているのです」

 

冷めた目で、シーゲル・クラインを見つめるアマルフィ。そして、いつの間にか急進派にすり替わっていた面々。

 

「クライン議員は、娘が帰ってきてくれました。少し複雑ですが、赤い彗星によって彼女が救い出されたのは幸運と言っていい。ですが、私の娘は帰ってきませんでした」

 

「!!!」

クラインも何度かあっているニコルのことだ。彼女は非常に聡明で、ピアノの演奏が上手で、人を惹きつける魅力を持った少女だった。あんな女性が戦争に行くと聞いた時はクラインも心が痛んだものだ。

 

「――――この戦争を、もう私と同じ痛みを覚える親を生み出したくないのです」

 

 

ここまで言われては、クラインも何も言えなかった。実際、ラクスの生存が絶望視されたとき、そんな気持ちが一瞬脳裏をよぎった。

 

しかし、政治家として私情を挟むことは出来ないと考え、穏健派としての立場を捨てなかった。腰抜けと弾劾する輩もいたが、彼にはこれ以外の道を思いつくことが出来なかった。

 

簡単に理性を手放すわけにはいかなかったのだ。彼は、少なくともエイプリール・フール・クライシスの責任を取るまで、死ぬわけにはいかないのだ。

 

あの未曾有の人災を引き起こした者として、その責任を取らなければならないのだ。だが、今はそれを行うことすらできない。

 

 

――――願わくば、もう作戦の成功を祈るしかないのか

 

出来るだけ犠牲が少なく、決着がついてほしい。もうこの流れに逆らう力を、彼は持っていなかったのだ。

 

 

評議会も急進派の勢いが強く、クラインの右腕でもあるアイリーン・カナーバ、アリー・カシムらが何とかその勢いを押えようとしたが、ラクス・クライン生還直後の政情は、彼ら穏健派にとって非常に厳しいものとなっていた。

 

「申し訳ございません、シーゲル様。止める手立ては、もう――――」

 

「カナーバもよく根気よく話してくれた。この作戦では間に合わなかったが、次の機会ならば――――」

 

「カシムもアイリーンもよくやってくれた。ギリギリの数だが、次に向けて希望は持てる結果となった」

 

議決後、カシム、アイリーンらと話し込んでいたクライン。その他の議員もこの大規模作戦には疑念を持っており、急進派の中にもそれは存在した。

 

「今後も何とか停戦に向けた動きを探さなければ―――――」

 

 

彼らはこの先も戦争終結に向けて動くことになる。

 

 

「―――――議会はこんな顛末だ。アラスカはもう、火の海になっているだろう」

 

 

「――――ラクスの恩人でもあるアークエンジェルも、あそこには――――」

やりきれない、といった表情のシーゲル。

 

「お父様―――――」

 

 

「でも、捕虜は取るんですよね? バルドフェルド隊長の下でも、そうでしたし」

リディアは、捕虜は丁重に扱うのでは、と質問する。バルドフェルドの指揮下にいた彼女は、連合軍の捕虜を丁重に扱っていた。抵抗の意志がなくなったものには乱暴はしない。当たり前のことだと思いたいが、こんな雰囲気で果たしてやれるのかどうか、疑問なのである。

 

 

「―――――バルドフェルド君や少数の部隊が特例なのだ。残念なことに、民間人の虐殺こそ聞かないが、連合軍の兵士の捕虜については聞かない。私の任期中にはあまり起きていなかったのだが、今の私には――――」

 

申し訳なさそうな顔をするシーゲル。ということは捕虜を虐殺している部隊が存在するということだ。

 

「―――――そんな―――――」

ショックを受けたような顔をするリディア。そういうことをすれば、相手は死に物狂いで抵抗してくる。結果として被害が大きくなる。

 

なぜそんな単純なことも分からないのだろうと、彼女は悲しかった。

 

――――嘆くだけで、私たちにはもう、どうすることもできない

 

ここでプラントを裏切る行為こそ、自らの首を絞める行為だ。この国難を乗り切るには、団結する必要があるのは簡単にわかる。

 

しかし、その方向が果たして正しいのかと言われると、疑問が離れない。その後リディアに再度地球への降下が命じられ、ニーナとの再会を果たすことになる。

 

 

 

スピット・ブレイクが発令されたことを宇宙で知ったアスランとフィオナは、シャトルの中で悶々としていた。

 

「―――――ニーナ、大丈夫かな――――」

フィオナは不安だった。どうせなら自分も残って戦闘に参加したほうがいいのではと考えていたが――――

 

「――――ニーナはあの戦闘を生き残った。だから信じてやるんだ。他ならぬ君が」

アスランも口ではそう言っているが、ニーナのことを大分心配していた。

 

「スピットブレイク……父上は焦っておられる。赤い彗星のことで、ザフト軍は甚大な被害を出した。そしてあの足つきもアラスカに辿り着いてしまった」

 

結局、ニコルとフィオナ、ニーナにしか、キラ・ヤマトが連合にいたことと、彼を傷つけた事実は言えなかった。無論、それは父親にも。

 

「―――――」

次に何を失ってしまうのか。それを考えると鬱になる。そんな彼の様子をくみ取ったのか、フィオナは微笑み、

 

「――――アスラン」

と声をかける。

 

「どうした、フィオ――――!?」

 

気づけば、頬にキスをされていた。

 

 

「!?!?!?!!?!」

気が動転してしまったアスラン。しかし無理に動くと彼女を傷つけてしまう恐れがある為、動けに動けないフリーズ状態だ。

 

「―――――プラントには、姉さまがいます。だから、これが本来の在り方で、もうすぐ私のこの行為も意味がなくなる」

 

 

「だけど、気落ちしているアスランを何とかしたかったから……ズルいよね、こんなの」

 

儚げに笑うフィオナ。彼女の驚きの行動で幾分か気分が戻ったが、それでも今度は逆に罪悪感を覚えていた。

 

ここで、アスランはラクスが自分の婚約者だと言えなかったことだ。もうすでに、彼女は赤い彗星に恋い焦がれている。それを咎めるつもりはない。彼ならば、ラクスともうまくやっていけるだろう。戦争が終われば、それは可能なはずだ。

 

 

だから、アスランも――――――

 

「―――――フィオナが望むなら、俺は別にいい」

もはや、関係は戻らない。なら、アスランはせめて隣にいる妹分の想いを守りたいと思ってしまった。

 

婚約者ではなく、フィオナ・マーベリックを守りたいと―――――

 

彼女のことを、愛するようになったのだ。

 

「――――ア、アスラン!? で、でも――――」

 

フィオナは狼狽する。こんなつもりではなかったのだ。アスランを元気づかせるために、自分がここでひどく振られるつもりだったのだ。

 

「父上には、俺が話をする」

思えば、自分で意見をぶつけたのはこれで二度目だと思ったアスラン。一つ目は言うまでもなくザフト軍への入隊。そして、その次は婚約解消と、想い人との結婚の嘆願。

 

その二つの理由には、フィオナがいた。彼女の為という理由があった。

 

――――なんだ。俺は変わらなかったのか

 

あの時から何一つ変わっていない。自分の戦う理由は、フィオナだったのだ。気づかなかっただけで、あの時から恐らく自分の気持ちは決まっていたのだ。

 

「―――――ラクスには、なんて説明しようかな―――――」

困ったようにつぶやくアスラン。しかし、なんだか元気を取り戻したようで、顔色もよくなっていた。

 

「お、思いっきり引っ叩かれるのがいい、と――――嫌っ、やっぱりだめ! お姉さまに怒られるのは、私一人でいいです!」

フィオナはフィオナで、覚悟を決めてしまったアスランを前にして、ぶっ壊れていたのだった。

 

 

「――――――いや、ラクスには、一緒に怒られに行こう」

 

「え――――?」

 

「俺も、もう少し我儘になるべきだったのかな」

 

 

アスランは、ほとんど空虚になってしまった心に温かいものが流れ込んでいるのが分かった。

 

――――キラ。もうお前は、戦場には出ないよな?

 

 

 

その遡ること数時間前。

 

 

「アラスカの低軌道宙域にて、ザフト軍展開。作戦が開始される寸前とみていいでしょう」

オーブ司令部では、オペレーターよりザフト軍に動きありと観測していた。

 

「よし、フラガ特尉に連絡だ。発進準備だ」

 

マスドライバー施設をもとに考案された、小規模リニアカタパルト、正式名称はタナバタ。IOB装備を想定した専用カタパルトである。

 

IOBの急加速は想像を絶するGを搭乗者に与える為、その安全性を実現するために大型カタパルトによる安定加速の措置が取られている。

 

「リニアカタパルト。IOBシークエンス開始」

 

「IOBストライクグリントとの接続オンライン。各ジェネレーター異常なし」

 

「発艦射角。30度に固定。リニアレール上昇」

 

「ストライクグリントの核分裂エンジン、異常値見られず。放射能汚染も見られません。排熱共に正常値」

 

「IOBブースター展開。リニアカタパルト、接続オンライン。射角固定。規定値に到達しました」

 

 

「IOBブースター起動確認。システムオールグリーン。発進よろし」

 

 

「ストライクグリント、発進する」

 

 

順調に加速を始めるストライクグリント。急加速をする装備ではなく、一直線への航続距離を優先したものであるため、まるで打ち上げロケットや、弾道ミサイルの様な機動だ。

 

 

しかし、徐々に加速していき、あっという間にオーブの排他的水域を通過。実戦初投入とはいえ、この加速力はシャレにならない。

 

司令部ではあまりの性能に息を呑む声が多数。

 

「IOB。これほどとは」

 

「あれは本当にMSなのかと疑いたくなるな」

 

「本体はMSですよ」

 

 

 

 

「いい加速力だ。予定よりも早く到着しそうだな。到着後にIOBは戦闘空域より離脱。後は自動制御で待機。やれるな、ノア」

 

『空域接近中に空中着脱。その後姿勢制御を行い、待機します。ご武運を、主』

 

 

オーブの新たなる剣が、世界に変革を齎す。

 

 

そのアークエンジェルは、この土壇場で新たなクルーの受け入れをしている最中であった。

 

「パリス・アップトン少尉です。以前はMAのパイロットをしていました。第八艦隊の勇名は存じております」

眼鏡をかけた、インテリな雰囲気を醸し出す青年。

 

「カリウス・ノット曹長です。アガメムノン級エルメスの乗組員でした。我が艦はすでにザフト軍の攻撃を受け轟沈。アークエンジェルのクルーに選ばれ光栄です」

短髪の角刈り男。筋肉質で日頃から鍛えてそうな豊かな体格の持ち主だ。

 

「ケネス・オズウェル曹長です。CICとしてのお役目、務めさせていただきます」

対照的なのは、理知的な性格と予想される金髪オールバックの中年男性。

 

「ロヴェルト・ホリソン少尉です。パナマでモビルスーツパイロットとして訓練していましたが、飛ばされました。よろしくお願いします」

赤髪で碧眼の美青年こと、ロヴェルト。まるで絵本の騎士のような二枚目男。しかしその言動はとにかくチャラかった。

 

「と、飛ばされた!? ど、どうして!!」

マリューたちは知っているが、アークエンジェルは見捨てられた存在だ。モビルスーツパイロットを捨て石にするなど考えられない。

 

「上官の一人がブルーコスモスでして―――――ちょっと諍いがありまして、相棒と一緒にここに―――――その、すいません」

苦々しい顔で、白状するホリソン少尉。なんだかエリクと気が合いそうな男だ。

 

「エアリス・テネフ少尉です――――よろしくお願いします」

 

「エアリスさん、って。訓練校の成績1位!?」

資料を一通り見た時にマリューの口が大きく開いた。モビルスーツ訓練校、卒業成績1位とかいうとんでもない拾いものを抱えてしまったアークエンジェル。

 

「―――――任務は果たさせていただきます。成績は関係ありません」

ツン気味な口調で、クールな空気を醸し出すエアリス。ただでさえ珍しい赤髪に、目を引くような容姿。

 

「―――――その、ここにはブロードウェイ大尉もいることだし、そんなに気を張らなくても――――な、エアリス?」

そこへ、フォローに入るロヴェルト。その一言で彼女も何か考えが変わったのか、硬い空気が若干柔らかくなったような気がする。

 

「ホリソン少尉? その、彼女は―――――」

 

「――――あぁ、その。俺の口からは何とも―――――「私はハーフコーディネイターです」―――というわけなんですよ、ラミアス艦長」

歯切れの悪いロヴェルトに変わり、その事実を口にするエアリス。エリクもコーディネイターだが、今度は何とハーフコーディネイターがこの船にやってきたのか。

 

――――まあ、今更よね。この船はいろんな人が乗っているし

 

今更過ぎるので、あまりインパクトはなかったマリュー。

 

「いいわ。私はクルーに対しては平等でありたいと思っているわ。人種については統制も迫害もしないわ」

 

「―――――おかしな戦艦ですね、ここは」

鉄面皮な表情が若干揺れたような気がするエアリス。隣のロヴェルトはニコニコしたままだ。

 

 

その後、工員たちも10数名補充され、コジロー・マードック曹長が人手不足から解消されると喜んでいた。

 

 

「―――――複雑だ。曰く付きばかりが増えていく―――――私もそうなのだから鬱だ――――」

ナタルは、補充要員の資料を見るたびに欝な気持になる。

 

 

アップトン少尉は、MAでの戦績はそこそこだが、被弾なしで修理が必要になるほど機体を酷使する。あの見た目に反してかなりのスピード狂らしい。

 

ノット曹長、オズウェル曹長は単にブルーコスモス派閥ではなく、言うなればビダルフ少将らのグループに属していたという。

 

ホリソン少尉とテネフ少尉に至っては、訓練校時代にトラブルが多かったらしい。テネフ少尉にちょっかいを出す同期メンバーが返り討ちに遭い、ホリソンも彼女に加勢し、大人数の訓練兵を病院送りにしたという。口止めしていたハーフコーディネイターの件も明るみに出て、腫物のようにここに流れ着いたそうだ。

 

ついでに、工員たちはメカニックオタクばかりだった。魔改造がしたくて辛抱たまらないらしい。

 

 

―――――まともな人員が二名しかいない

 

「はぁ」

 

「バジルール中尉。その、あまりため息ばかりつくのは、よくありませんよ」

ため息しか出ない彼女に寄り添うのは、アーノルド・ノイマン少尉。

 

「―――――もうこの空気に呑まれたほうがいいのか? なぁ、どうなんだ?」

 

「え、えぇぇ!? 中尉!?」

 

 

「私も頭を空っぽにして考えるといいのか? 私にはもう分からない」

 

 

その時だった。アラスカ基地内で警報が鳴り響いたのは――――――

 

 

「――――――このタイミングはないだろうと、君も思うだろう?」

 

 

「中尉。戦闘準備をしましょう――――――」

 

 

 

アラスカ基地がついに戦場となる直前、ニコルの移送の付き添いとして名乗り上げたエリクが、ニコルとともに車に向かっていた。

 

エリクはマリューやナタルには話していないが、アラスカにおけるある恐ろしい計画の一部を入手していた。

 

—————パナマからの援軍が来ても、深くまで侵入された再起不能だろうが

 

アラスカ基地は敵を最深部まで誘き寄せる、その後の情報が抜け落ちており、彼はそれが腑に落ちなかった。

 

—————まさか、ここを捨て石にするつもりか?

 

 

堅牢な要塞は脱出するのも一苦労だ。パナマからの援軍で挟撃すれば、壊滅に追い込むことはできる。が、本部ではそのような作戦は聞いていない。

 

—————司令部に行く理由は、あるな————

 

 

そして、いつもは能天気そうに見える彼の不穏な様子に、ニコルは気を使いつつ話しかける。

 

 

「――――――本当に、いいん、ですか?」

ニコルは、エリクに尋ねた。

 

「――――俺は、お前を地獄に送るために軍人になった覚えはないね。プラントには戦争できっちり落とし前をつける。民間人、捕虜には手を出さねぇ。それは俺のプライドだ」

 

アラスカからテキサスにある研究所まではまだ距離があるが、ここから飛行船に乗って移送されるのだ。色々な要因が重なり不安要素しかない現状において、目の前の命だけは何とかしたいという気持ちが勝っていた。

 

何より、エリクは自分たちを捨て石にする場合、もう従う道理はないと割り切っていた。

 

 

「―――――粗忽な物言いなのに、優しいんですね。」

 

その時、警報が鳴り響いた。自分の推察とマリューとニコルの話の通り、アラスカが攻撃目標だというのは本当だったようだ。

 

――――これで晴れて命令違反の銃殺コースか。だが、

 

裁く人間は司令部から脱出か――――――

 

エリクは、素早くニコルにかけられた手錠を外し、この場を混乱に乗じて後にする。

 

そして、研究施設では至る所で混乱が発生し、ふいうちを食らったかのように連合兵士が湧き出ていた。

 

 

「おいおい!! 防空網はどうなっている!?」

 

「なんでこんなに!? パナマではないのか!?」

 

 

「ザフトの奴らめ、俺たちの底力を見せつけてくれる!!」

 

 

錯綜する情報。先手を打たれ続ける劣勢の状況。そんな混乱の仲、二人は司令部へと急ぐ。

 

 




悲報 エリク氏、他人の女を口説く・・・ある意味似た理由を持つ者同士、感じることはあるでしょうが、これはいけません。



そして、ちゃっかり完全勝利するフィオナ。いい意味でも悪い意味でもアスランはブレません。戦闘では今回蚊帳の外のアスランですが、そんな彼の原点を象徴する話になりました。

リオン&キラ「出番は?」



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第42話 灼熱のアラスカ 中編

アラスカ基地内で警報が鳴り響き、

 

そして彼女らは選択を強いられる。

 

「ラミアス艦長!! この船に使えるモビルスーツは何機ある!!」

 

ロヴェルトは、ラミアスに搭載されているモビルスーツの数を尋ねる。このまま単独での戦闘は無謀なのだ。

 

「ええ。デュエル二号機はブロードウェイ中尉の機体で、後は鹵獲したブリッツと、ジンが3機あるぐらいよ」

 

「なら俺はジンに乗る!! テネフ少尉にブリッツを!!」

 

「えぇぇぇ!? で、でもOSが―――――」

 

 

「そんなもん、俺専用のOSをインストールすりゃあいいんだよ。端末だってあるしな!」

 

ポケットから端末とデバイスを取り出したロヴェルト。

 

「―――――このままでは、死にに行くようなものです。私たちに出撃の許可を」

エアリスも、戦う覚悟が出来ているようだった。

 

しかし彼らはいくら成績が良くても初陣前の新兵。こんなところで彼らを出すわけにはいかない。

 

 

アークエンジェルが前線に出る間もなく、連合軍は鬼気迫る勢いで空と海からやってくるザフト軍に蹂躙されていた。

 

「ぐわぁぁぁ!!」

 

「回避!! 回避しろぉぉぉ!! うわぁぁぁぁ!!!」

 

迫りくる機動兵器の前に、連合軍艦隊は苦戦を強いられていた。次々とモビルスーツの攻撃であっさりと沈んでいく艦船を尻目に、ザフト軍がアラスカに殺到する。

 

 

「砲火を集中させろ!! 弾幕を張って近づけるな!!」

しかし、連合艦隊も負けられない。正面からの戦闘では勝ち目なしと判断した現場指揮官たちが、砲火を面制圧にシフト。如何に機動性を誇るザフト軍と言えど、これでは回避のしようがない。

 

飽和攻撃による物量の波。

 

 

「突破口を開きます! モビルスーツ隊、私に続け!!」

先陣を切るのはニーナ・エルトランド。今は亡き隊員と、本国へと召集されたアスラン、フィオナに代わり、今作戦の要となっていた。

 

勇ましい彼女の活躍と、アークエンジェル部隊との度重なる戦闘で否応なく強くなった実力に、連合軍は恐怖を覚え、ザフト軍には活力を与える。

 

今回彼女が乗るのはフィオナも乗りこなしていたゲイツ。しかもこれは連合軍のモビルスーツの技術をも取り込んだ、先行量産型。

 

「ええいっ!!」

 

一気に急降下しながら、ビームライフルで精密射撃。上空の敵に放火を集中していた連合艦船の死角に入り、一気に艦船を沈めていく。

 

「直上よりモビルスーツ!! 急降下してきます!!」

 

「いかんッ!! うちおとせぇぇ!!」

 

しかし、膨大な数を自在に操ることが可能なのは、稀有な指揮官のみ。ニーナの奇襲により、簡単に面制圧の定義が崩され、反撃する暇もなく第一防衛線を死守していた連合艦隊が壊滅した。

 

「ええい!! 第二次防衛ラインまで後退!! 後退しつつ、牽制!! 弾幕を張れ!!」

 

「アンチビーム爆雷射出! ビーム攻撃により被害を減らせ!!」

 

自力で劣り、戦闘力でも劣る連合艦隊は次第に数を減らしていく。機動兵器を出している連合軍だが、それは旧時代の遺産。

 

最新鋭の戦闘機では、最新鋭のモビルスーツに勝てる道理はない。

 

 

 

「なるほど、足つきとの戦闘で腕を上げたか。」

 

ニーナの目を見張る成長にクルーゼは微笑んだ。しかし彼女をほめるという感情から湧き出たものではない。

 

――――精々派手に暴れろ。貴様の死は、フィオナという更なる災厄を生み出す

 

しかしながら、地球連合軍の体たらくにはあきれるほかない。こうも簡単に本拠地を襲撃されるようでは情けない。

 

――――いや、固く閉ざされたアラスカ基地。不意を衝かれたとはいえ、やはり堅牢な守りだ

 

 

ならなぜ、地理的にも優れた要塞がここまでの襲撃を許すのか。

 

――――確かめる必要があるな。

 

アラスカ基地上空の一部分は手薄な場所が存在する。クルーゼは狡猾にその空域を通過し、アラスカ基地司令部へと向かう。

 

クルーゼがアラスカに侵入した時系列。それはエリクとニコルが彼を目撃した場面である。

 

「ちょっ、スピード出し過ぎです!! やっ! ちょっ、手が、手が離れちゃう!!」

ニコルが悲鳴を上げるが、エリクも別の意味で厄介な事案に悩んでいた。

 

―――――着やせするのか、この子は

 

背中にギュッと抱き着いている状態なので、彼女の膨らみを直に感じている感覚を体感しているエリク。煩悩退散と念じ、その邪な感情を排除した。

 

 

「ちっ、時間を食ったな、予想以上に。ん、あれは?」

 

その時だった。上空に一機のシグーが飛翔していたのだ。グゥルに乗っていつの間にここまで侵入したのだろうか。

 

「あれは、クルーゼ隊長の!?」

ニコルは見間違えることはない隊長だった男の機体がどうしてここまで入り込んでいるかに疑問を抱く。

 

「おかしい。確かに連合は穴だらけだが、抜け道がない限りこんな場所には―――――」

エリクも、その只ならぬことが起きていることに一つの考えが思い浮かんだ。

 

明らかにおかしい。やはり自分が垣間見たデータは真実だったかもしれない。そして彼もその事実を知っている可能性がある。

 

————もし、あの作戦内容が本当なら、今すぐに—————

 

 

「――――――エリクさん?」

ニコルは難しい表情を浮かべたエリクに対し、思わず声をかけてしまう。陽気な彼がそこまで思い詰めることがあったのだと考えたからだ。

 

「――――悪いが寄り道をする。確かめたいことがあるんでな」

アクセルをまた一段とかけるエリク。ニコルはそのこと自体に異論はない。しかし――――

 

 

「は、はいっ!! ひあっ!? でも速度落としてよぉぉ~~!!!」

可愛い悲鳴を上げながら、ニコルはエリクにギュッと抱き着きながら、この状況に耐えるのだった。

 

 

――――本当に着やせするなぁ、この子

 

エリクもエリクで、少し冷静さを失いつつあった。

 

 

司令部に辿り着いた二人は、警備兵一人いないその場所に不穏なものを感じつつ、奥へと進むことを決断する。

 

そこは異常な光景だ。アラスカ基地は連合における本拠地と言って過言ではない場所だ。それがここまで手薄になる理由を考えて場合、エリクはやはり最悪のシチュエーションを察してしまう。

 

—————おいおい、本当に捨て石かよ。ここも含めてアラスカは—————

 

「大丈夫、ですか? エリクさん?」

 

「あ。ああ。心配すんな。用が終われば逃げるからな。それで終わりだ」

 

渋い表情をしているエリクを気遣うニコル。あの快活な青年を苦しめる何かがそこにある。彼女もまた彼から言われた本部の光景に目を疑っていた。

 

—————本当に、ここが本部、なのかな。人の気配がなさすぎます

 

「しまった、忘れていた。おい、手を出せ」

エリクは思い出したようにニコルに手を前に出すよう指示する。促された彼女は彼の言葉のままに手を出しだすと、

 

ガシャン

 

エリクは捕虜であるニコルの手錠を外したのだ。

 

 

「え、エリクさん!? な、なにを!?」

 

実はもうバイクに乗っていた時点でエリクは彼女の手錠を外していた。しかし、降りた際に怪しまれると不味いので、手錠をかけなおしていたのだ。そして彼女は察した。もう手錠をしている余裕はなくなったのだと。

 

「もし俺の予想が正しければ、手錠をしている暇はねぇからな」

真剣な瞳で話すエリク。ニコルはそこまで彼が言うのだから、おとなしくしておこうと決めた。

 

 

司令部には見張りはおらず、通路に至る所にも、兵士らしい影が存在しない。ほぼ無人と言っていい。

 

―――――ああ。こりゃあ、予想は当たったかもな―――――

 

 

その時だ。通路の奥が分から影が見えたのだ。慌ててニコルの手を引いて隠れたエリクと、それに従うニコルは、その人物を見て驚愕した。

 

―――――仮面の、男!? まさか、大尉の―――――

 

金髪の、仮面の男。ザフトの軍服に身を包むここにいてはならない存在がいた。

 

――――クルーゼ隊長!? なぜこんな場所に。

 

ここで躍り出るのが賢明かもしれない、と考えたニコルだが、余計な混乱を生むだけだと諦める。なぜ死んだはずの自分が連合軍の基地で、自由を許されているのか。

 

その理由はエリクの厚意あってのことだが、隊長はそんな甘い人間ではない。最悪銃を突きつけられるだろうし、エリクの調べものという事柄も無視できない。

 

ニコルもまた、司令部の状態に何かを感じ取っていた。

 

――――アラスカ基地、なのですよね? ここは…

 

地球連合軍の本拠地なのに、この人の無さはやはり怪しすぎる。

 

「――――悪い嬢ちゃん。奴とは今、事を構える暇はないんだ……」

エリクは、折角友軍と合流できるチャンスだったニコルに一言入れる。チャンスだったはずなのに、彼女は動かなかった。それを彼は不思議に思っていたのだ。

 

「私たちは、まだ調べないといけないことがありますから。エリクさんの調べたいこと、そして私の疑問は、おそらく同じです」

 

 

「―――――悪いな」

 

そして、二人はクルーゼが見ていたものを見てしまった。無人の指令室の大画面に映っていたサイクロプスの設置場所、今回の作戦のこと。

 

 

その全てが――――――

 

「――――――こりゃあ、オーブに泣きつくしかないな……」

 

しっかりとデータを引き抜き、エリクは戦後の証拠とするべく、とれるだけの範囲の機密を奪い取った。これでもう、言い逃れは出来ないだろう。

 

そして、亡命先はオーブかスカンジナビアになるだろうと予想していた。

 

「そんな……味方ごとなんて……」

ニコルは、そんな捨て石にされた連合軍守備軍と、何も知らずに攻め込んでいるザフト軍を想い、涙する。

 

そんな彼女の様子を見ていたエリクは、

 

――――本当、いい子だよなぁ、この子

 

ちょっと死なせたくなくなった、どころではない。死なせたくない。

 

「とりあえず、格納庫に行くぞ。早くここから脱出する」

 

「は、はい……っ」

 

ニコルはまたバイクに乗ってあの爆走を経験するのだが、この際贅沢は言えない。起動した瞬間に死ぬことが確定しているのだ。急いでここを離れる必要がある。

 

――――でも、私ってこの場合どうなるのかな

 

アークエンジェルが連合軍でなくなれば、自分はもう捕虜ではなくなる。

 

――――私は、どうしたいんだろう

 

アスランに会いたい、はずなのに――――――

 

その時、銀色の乙女の姿が見えてしまった彼女は、何か胸の中でチクリとした感覚を覚えるが、エリクの無茶過ぎるライディングテクニックに圧殺されるのだった。

 

「もういやぁぁぁぁ!!!!!」

悲鳴を上げながらエリクにまた抱き着くニコル。

 

「大丈夫だって!! 手錠で固定したし! 今度も振り落とされないって!!」

涼しい顔のエリク。大丈夫、安全だと言い聞かせるが、彼女の反抗は行きよりも激しかった。

 

「手錠の使い方違いますぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 

そして混迷窮まるアラスカに急行するリオンは、何か女性の悲鳴のようなものを感じていた。

 

 

『?? 主、どうされましたか?』

 

「いや、酷く情けなく、可愛らしい悲鳴が聞こえたような」

 

『世界中で悲鳴は出ていますでしょうに。特別なことではないかと』

 

「そうだな。気にすることではないな」

 

 

 

 

そんなドタバタにアラスカ脱出劇を敢行する二人は、何とか格納庫で戦闘機を発見し、そのままアラスカの第二防衛ラインへと急行していた。

 

第一防衛ラインはすでに突破され、メインゲートに少しずつ接近されている。連合軍はまともな準備などできずに、必死に防衛ラインを構築しているが―――――

 

 

「くっ、どんどん空から突破されているな」

 

低空飛行を続けながら、エリクはザフト軍がメインゲートに突入している光景を目の当たりにしていた。

 

「ちょっ、こんな海面近くの飛行なんて!! いくら、捕捉される危険があるからって―――っ!」

アラートが鳴り響くコックピットの中で、サブシートに座って悶えるニコル。目をきつく閉じており、衝撃に体を震わせていた。

 

 

バイクで危険運転をしたうえで、今度は危険飛行。ニコルのメンタルはぼろぼろだった。

 

「ちょっと乗り心地は最悪だが、しっかり捕まっていろよ!!」

操縦桿を握るエリクは闘志あふれる限界ギリギリの飛行を続ける。アドレナリンが出ているのだろう。額に汗が垂れている。

 

「ちょっとどころじゃないよぅ!!」

悲鳴を上げながら、ニコルは訴える。しかし同時に、足つきのエースを張っていたパイロットは修羅場を潜り抜けているだけあって、実は安心感を覚えていた。

 

――――破天荒すぎるよぉぉ!! でも、今はこれが最善だけど……

 

しかし本心は隠せないものだ。

 

――――生き残ったら、絶対ッ、絶対ッ!!! 文句を言ってやるんだからぁぁあ!!

 

「絶対に、文句を言うんだからね!!」

思わず本音が出てしまっていた。

 

「え?」

 

「あ」

可愛らしい言葉に、エリクはそれ以上何も言わず、ニコルも恥ずかしさで何も言わなくなった。

 

――――もういっそ、殺してぇぇぇぇぇ!!!!!

 

 

 

 

そんな超低空飛行を続ける戦闘機を彼女が捕捉したのは何という皮肉なのだろう。

 

 

「―――――なんなの!? あの戦闘機!!」

 

ゲイツのメインカメラからそのおかしな挙動をしている戦闘機を補足したニーナは、その高解像に処理された画像を見て、顔面蒼白となった。

 

―――――ニコル、さん?

 

乗っているのは、若い男性と、泣きながらしがみついているように見える彼女の姿。

 

――――まさか連合の捕虜に? でも、じゃあなんでこの戦闘中に――――!?

 

意味が分からない。今連合兵士と思われる座席にしがみついている理由も、どうしてこんな戦場に彼女が出られているのか、どこへ向かおうとしているのか。

 

 

戦意を瞬間的に失ったニーナは、ただその戦闘機を尾行することしかできなかった。

 

「ニーナ!? まあいい。彼女のおかげでメインゲートは陥落した。突入するぞ!!」

 

他の部隊は、彼女の突拍子もない行動に唖然とするが、構わずアラスカ最深部へと侵攻していく。

 

「しかし、さすがはザラ隊だ。練度は段違いだ」

 

 

「やはりあの世代は優秀だな」

 

 

一方、アラスカからの脱出を画策しているアークエンジェルは出来る限り戦線から離脱する必要があるのだが―――――

 

「艦長、このまま戦闘を続行してもこの性能差では―――――」

 

次々と落とされる味方を見て歯噛みするラミアス艦長。甲板には

 

「くそっ、数が多すぎる!」

 

「弾薬は有限。弾幕と同期攻撃すれば……」

 

ロヴェルト少尉とテネフ少尉の迎撃行動により、何とか血路を開くことは出来ているアークエンジェル。しかし、友軍を助ける余裕がないのが実情だ。

 

「ん!? 戦闘機? なんであんな海面すれすれを―――――」

ロヴェルトには分からないが、それにエリクとニコルが乗っている。

 

 

程なくしてエリクからアークエンジェルに通信が入る。

 

「こちらブロードウェイ大尉だ!! 応答してくれ、アークエンジェル!」

切羽詰まった顔が映し出される。突然の通信にラミアス以下、クルーは驚く。

 

「ブロードウェイ大尉!? その戦闘機は!? いえ、それによくご無事で――――」

ラミアスも、この襲撃の中単独で合流できる彼のバイタリティには驚く。しかし、その彼が深刻そうにしているだけでも大ごとだ。

 

「とりあえず話は船の中だ!! 着艦させてくれ!」

 

「わ、わかりました。第二カタパルトを開きます!」

 

通信が切れ、エリクの要請に少しため息が出たラミアス。

 

「――――急襲以上に、何があるというのよ……」

 

緊急着艦で戦闘機はぼろぼろになったが、その機体からエリクとニコルが飛び降りたのだ。

 

「え!? じょ、嬢ちゃん!?」

 

「ごめんなさい!! 後で必ず説明しますから!!」

それだけ言うと、エリクの後を追って走り去ってしまう。呆気に取られている整備班の面々。彼女を知る者たちは、なぜだか彼女を信用出来た。

 

だから、手荒な真似もしなかった。

 

 

「艦長!! 大変だ!! サイクロプスが!!」

エリクもエリクで冷静ではなかった。いきなり主語を抜かした物言いに、困惑するナタルとラミアス。

 

「え、えぇ!?」

 

「サイクロプス!? 一体どういうことだ!!」

ナタルも、ラミアスと同様にいきなり変なことを言い出したエリクに不審な目を向ける。

 

「エリクさん! 主語が抜けてます!! 実は、アラスカ基地の地下に、大量のサイクロプスが埋まっているんです!!」

ニコルが代わりにきちんと説明をする羽目に。横では「そうなんだ。半径10キロが範囲なんだよ!」と騒いでいた。

 

「な、バカな!? アラスカ基地だぞ!! そこを捨て石にするなど――――」

ナタルも、これまで堅牢を誇ったアラスカが、こんな使われ方をするとは想像できなかった為、憤りを隠せない。

 

「でも事実なんです!! 司令部はもう人一人いませんでしたし――――」

ニコルも、尚も信用してくれないナタルに、食い下がる。このまま死ぬつもりもないし、アークエンジェルの人たちにも死んでほしくない、そう思えてしまっていた。

 

「アラスカの奴らはもう脱出済みだ!! パナマからの援軍は間に合わない! 守備軍は全滅し、ゲートを突破され、施設の破棄もかねてサイクロプスでザフト軍もろとも破壊しつくす気だ! 正気じゃないぜ、こんな作戦!!」

 

 

「そんな――――――」

ナタルは額に手を押え、しばらく無言になる。今まで信じてきたもの、積み重ねてきたものをすべて否定されたような感覚に、目眩がしたのだ。

 

そんなナタルを見て心が痛んだニコルは、ここでラミアスに提案する。

 

「おそらく、ここにいる守備軍は、ユーラシア連邦と―――――貴方方のような、上層部に切り捨てられた部隊です」

 

 

「―――――残る意味なんて、もう――――ないですよ―――――」

しかし、最後の一言を言った瞬間に目を逸らしてしまった。彼らは軍人だ。自分よりもその軍歴は長い。だからこそ痛いほど理解できる。

 

長年信じたものが、裏切った瞬間など、本当は理解したくもなかった。

 

「―――――だったら!!」

 

その時だ。カリウス・ノット曹長が叫んだ。

 

「戦艦レゲートっていう名前なんだ! そこは戦艦を失った第八艦隊の面々がまとめて残っているんだ!! そいつらにも連絡してくれ!!!」

仲間を救いたい一心で、ノット曹長は叫んだ。レゲートという戦艦に精鋭の部隊だった第八艦隊の一部が存在する。それはラミアスをも動揺させた。

 

「――――なんですって!? なぜ宇宙軍のクルーが―――――まさかそれも――――」

 

 

「―――――俺らの所属はいいから、ノット曹長の同僚だけでも救えないのか?」

ここで、ケネス・オズウェル曹長がノット曹長の願いを聞き入れるよう嘆願する。

 

次第にその声は大きくなる。

 

「私からも頼む! 信頼できる戦艦にありつけて、その同僚であるなら、私にとっての仲間と同義だ」

パリス・アップトン少尉も、二人の意見に同調する。彼は現在、アークエンジェルで鹵獲していたジンに乗って迎撃行動に参加している。

 

「幸いにも、レゲートは近くの海域にいます。手が届かない範囲ではないですよ!」

パル曹長も、同じ第八艦隊がそこにいるなら救いたいと心を共にしていた。

 

「艦長!!」

チャンドラ曹長が叫ぶ。どうするのかと。

 

「――――――ザフト軍を誘い込むという当初の命令は、すでにその任を果たしたものだと判断しますッ」

 

ここからはもう出任せだ。何を言おうが困難な道が待っている。

 

「なおこれは、アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスの独断であり、乗員には一切、責任はありませんっ!」

 

言い切ったマリュー。これでもう後戻りはできない。

 

「――――これより我が艦は、第八艦隊の一部クルーが乗艦する、戦艦レゲートを救出し、速やかに現海域を離脱します!」

 

「――――気張るなよ、艦長。俺もデュエル二号機で出る。最強の裏切り者の力、このアラスカで見せつけてやるよ!」

 

「――――頼りにしています」

言葉少なめに、ラミアスはエリクに感謝の言葉を述べる。ここで計算できる戦力が加わったことは大きい。

 

「ニコルはとりあえず待っとけ。生き残ればお仲間にも会えるさ」

 

「はい――――――ご武運を――――」

いくらか間が空いたが、ニコルもエリクのことは気にかけているようだった。

 

 

「さぁてと! 友軍救出をパパっとしようじゃねぇか!!」

 

 

エリクが走り去るのを見ていることしかできないニコル。今の彼女にはモビルスーツに乗る権限もない。

 

「――――――――――」

 

 

「―――――特別に、ブリッジにいることを許可します。尤も、もう我が艦は正規の部隊ではないのだけれど―――――」

微笑んだラミアス。それを見たニコルは無言でうなずくと、邪魔にならない場所でエリクの姿を見守ることにしたのだ。

 

 

そしてすぐに、ラミアスはレゲートに打電。通信を開くのだった。

 

 

当然、彼らもサイクロプスの件は寝耳に水であり、動揺もした。しかし彼女らほどではなく、すぐに冷静になったので、

 

「すまない。先ほどのグーン部隊の猛攻を受け、そちらの速度に追従しきれん。」

第八艦隊ではないが、切り捨てられた温厚そうな艦長。

 

その名を、ジョーン・ケストラル大尉。海の益荒男と呼ばれた名艦長である。しかし、時代の流れにはついていけず、その運命は今にも消えそうだった。

 

「ならば、乗員をこちらに! 最悪船を乗り捨ててでも――――!!」

 

 

「だが戦闘中だ。貴官らまで巻き添えにするわけには―――――」

渋い顔をするケストラル大尉。その申し出はありがたい。しかし、この状況では厳しいと考えていた。

 

「だったら!! 私がその輸送を手伝います!! 戦闘ではないですから私にだって!!」

ニコルがここで意見したのだ。自分はもう捕虜ではないし、彼らの命令に従う義理もない。だが、こんなものを見せられて黙ってみてられるほど、機械的にはなれなかった。

 

「ん? ザフト軍の―――――まあいい。そこまで言われたのだ。君たちに我々の命を預けよう」

ここまで言われたからには、もう断れなかった。ケストラル大尉はアークエンジェルの提案を受け入れた。

 

 

だからこそ、今から出撃しようとしていたエリクは、ジンに乗り込んでいるニコルを見て驚いていた。

 

「嬢ちゃん!? どういうことだ、艦長!!」

 

「戦艦レゲートの乗組員の救出作業です! 彼女には戦闘を行わせません!」

 

 

「くっ、アップトン中尉とテネフ少尉で守らせろ!! ホリソン少尉はアークエンジェルに近づく敵を討ち続けろ!!」

リオンの気持ちが何となく理解できたエリク。無茶ぶりに不満はないが、こういう立場だったのだと思い知る。

 

 

「ごめんなさい!! でも私、できることはやろうって――――」

ニコルがエリクに謝ろうとするが、

 

「それはあとだ!! 嬢ちゃんは絶対に危ないことをするなよ!! 戦闘は俺たちに任せろ!!」

 

 

「はいっ!!」

 

 

「APU起動、デュエル二号機、リニアカタパルトへ。カタパルト接続。進路クリアー。オールグリーン。頼みます、大尉!」

 

 

「了解だ、エリク・ブロードウェイ、デュエル二号機、出るっ!!」

 

その声とともに出撃するエリク。完全フル武装のデュエル二号機。飛翔能力を手に入れ、課題のエネルギーも、エネルギーパックを取り付ける突貫仕様だ。

 

続いてニコル機が出る。

 

「ザフトの嬢ちゃんも、無茶だけはするなよ。」

 

「分かりました!! ニコル・アマルフィ。救出任務を敢行します!」

 

 

 

 

その海域。アークエンジェルの近くまでやってきたニーナは困惑していた。

 

「アークエンジェル!? こんな片隅にこんな大物が―――――」

 

あの戦闘機が乗り込んだのも、この船だ。ならこの中にニコル先輩がいるということになる。

 

 

――――どうしよう。このまま追撃をしないのも―――――

 

しかし、彼女の意思とは関係なく、ザフト軍は憎い仇敵を見た瞬間にスイッチが入る。

 

「アークエンジェルだと!! あの大物を狙うぞ!!」

 

「奴らを討って。希望も何もないことを教えてやる」

 

ザフト軍はここで怨念返しとばかりに彼女らに襲い掛かるが――――――

 

 

「!?」

 

「ぐわっ!」

 

一緒に襲撃していた2機が瞬く間に撃ち落とされた。よく見ると、直下からホバー移動で動き続ける赤い機体がいることに気づいた。

 

「あ、あれは」

 

「赤い彗星!? まさか、あんなところに―――――!!」

動揺を隠せないザフト軍。赤い機体、ツインアイ、2本角。あれはまさしく、自軍を苦しめ続けた宿敵であり、数々のモビルスーツを撃破したエース。

 

迂闊に飛び込まなくなったザフト軍を尻目に、エリクは戦意を高く攻めかかる。

 

「こっちもいろいろ守らないといけないものがあるからな。圧倒させてもらうぞ!!」

 

直下からの精密射撃で、無駄撃ちをせず、エリクは敵モビルスーツ群へと突撃を仕掛ける。

 

 

―――――これが、お前の背負っていたモノなんだな。

 

彼のようにうまくは出来ない。うち漏らしも存在する。

 

 

「大尉!! 左です!!」

 

ホリソン少尉の援護射撃。それが正確に敵モビルスーツの胸部を射抜き、撃墜する。そのモビルスーツはエリクの左から襲い掛かろうとしていたのだ。

 

――――新入りに助けられたな

 

 

「嬢ちゃんのほうは!? 救出作業はどうなっている?」

 

「まだ開始をしたばかりよ! まず第一班を輸送中だわ! まだまだ時間がかかるみたい」

 

「そうかっ!! 了解した!!」

 

 

レゲートは敵の集中砲火こそ受けていないが、テネフ少尉とアップルトン少尉は、物量の差に押し切られつつあった。

 

「数だけ多い。ザフト軍の地上部隊の総力が、ここになんて―――――っ」

汗が顔に滲み始めたテネフ少尉。先ほどから警報音が鳴りやまない。

 

「くっ、飛翔できないハンデが大きすぎるか」

アップトン少尉も、ブリッツにこそ乗り込んでいるが、その特性をうまく利用できずにいた。

 

今はまだ何とかなっているが、エリクのデュエルがエネルギー切れになった瞬間に瓦解する。節約して戦っているが、それもいつまでも持つのか―――――

 

 

「迎撃網を突破した機体が!!」

 

「なんですって!! 急いで迎撃を!!」

 

その時だった。テネフ少尉が一機だけ撃ち漏らしてしまったのだ。迎撃網を潜り抜けたシグーがアークエンジェルではなく、退艦中のレゲートに襲い掛かる。

 

「やめろ、手を出すな!!! 退艦中の船に手を出すか、外道!!」

汚い言葉で罵りながら、テネフ少尉がライフルで連撃するが、当たらない。実戦経験の浅さが彼女の致命的な失敗を誘発したのだ。

 

 

「へっ!! 戦場で逃げ出す腰抜けめ!!」

ザフト軍兵士としては、自軍の兵器が良いように扱われていることが我慢できなかった。

 

そして、自分たちの機体でその救助作業を行っているジンに向けて―――――

 

その銃口が固定したのだ。

 

 

警報音とともに、ニコルがその方向に機体のメインカメラを動かしたときには――――

 

―――――あっ、

 

ロックオンされている。ここで回避も可能だが、輸送中のコンテナにいる乗組員を傷つけてしまう。

 

それを座して待つはずがないエリク。しかし彼もまた包囲されつつあった。

 

「くそっ!! ニコルっ!! やめろ、バカ野郎ッ!!!」

慌てて作業中の彼女のほうへと近づくが、

 

「慌てんなよ、赤い彗星!!」

 

「俺らは片手間か!! 調子に乗るな!!」

 

「くそっ、邪魔だ!!」

ビームライフルで敵を撃破しつつ、後退するのだが、彼が戻る前に彼女が殺されてしまうのは予測できてしまった。

 

 

「ごめん、ね………」

 

その一瞬の躊躇が、彼女に回避という判断も鈍らせてしまったのだ。

 

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

通信から、彼の悲痛な叫び声が聞こえた。それが悲しくもあり、なぜだか嬉しくもあった。嬢ちゃんという呼び方ではなく、自分の名前を叫んでくれたことが、どこか嬉しかったのだ。

 

あの軽薄そうな青年は、やはり優しい心の持ち主で、自分と同じような理由で戦場を選んでいた。敵味方に分かれたとはいえ、彼のような人に巡り合えて、親近感がわいた。

 

 

しかし、その思いはもうすぐ無意味になる。

 

 

―――――ごめん、私。もう……

 

それは誰に対してのものだったのだろうか。ニコルは心の中で自分の運命が潰えたことを悟り、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「諦めるのはまだ早いぞ」

 

 

 

 

一筋の桃色の閃光がシグーの胸部を撃ち抜いたのだ。浮力を失った機体はそのまま海面に沈んでいき、大きな水しぶきを上げたのだ。

 

 

「な、なにが―――――」

 

 

見たこともない機体だった。いや、正確にはストライクの系譜を受け継いだかのような奇抜な機体。

 

 

正確には姿を負えなかった。その機体はあまりにも早くその空域を飛び回り、次々とザフト軍を葬り去っていく。

 

「な?!」

 

「っ!? ああぁ!?」

 

「こいつはいっ――――」

 

そして目を引く早撃ち。あんな芸当が出来て、なおかつ一発の無駄玉もなく当てられる人物。あまりの早業、あまりの神業は、見ているものからしてみれば簡単そうに見える。

 

難しいと思わせる動きを一つも感じさせなかった乱入者の姿は、この戦場において、いい意味で場違いだった。

 

 

 

程なくして周辺にいたザフト軍機は全滅し、そのさらに外側にいたニーナは、悪夢が現実になったと恐怖した。

 

 

 

 

―――――まさか、あのパイロットは――――――

 

 

 

 

「待たせたな」

 

青年は微笑んだ。大天使の姿を見て彼は優し気な視線を送っていた。

 

 

 

 

ニーナの目の前に、最強が降臨したのだ。

 

 

 



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第43話 灼熱のアラスカ 後編

ついにアラスカ篇終了。


アラスカ基地にサイクロプスが仕掛けられ、それを図らずして知ることになったアークエンジェル。

 

脱出のために離脱を試みる面々だったが、襲撃を受ける状況下での友軍の撤退を支援するなど、苦境に陥っていた。

 

 

だが、そんなピンチをさっそうと消し去ってしまった存在が、ラミアス艦長の眼前にたたずんでいる。

 

 

「―――――――まさか―――――――」

 

ニコルの危機を救った、トリコロールの機体。その機体の系譜は間違いなくストライクに連なるモノ。

 

そして、その動きは自分たちが間近で見続け、常に勝利を齎すエースの動き。

 

 

「さて、まだ粘っていたようだな。アークエンジェル」

 

リオン・フラガの駆る、ストライクグリントが戦線に到着したのだ。

 

アラスカ組にとっては初見に等しいリオンの戦闘。自分たちが苦戦した相手を全滅させた存在に息を呑んだ。

 

「まさか、あれが傭兵―――――赤い彗星!!」

 

「どういう目を、どういう頭を―――――」

ホリソン少尉と、テネフ少尉は、その動きに目を奪われ、

 

「あれが、赤い彗星と呼ばれた男の力―――――」

アップトン中尉はその速さに感銘を受けていた。その場に降臨しただけで、もう状況も気持ちも、何もかもが安定する。

 

 

ただそこにいるだけで敵を恐怖させ、味方に希望を齎す絶対的なエース。

 

「―――――本当に、今が危機的状況なはずなのに、」

ニコルは生命の危機を直接救ってくれたリオンに対し、複雑な想いを抱く。

 

――――敵じゃなかったら、こんなにも頼もしいんだ―――――

 

溺れてしまいそうになる。その強さに。

 

 

「状況は俺のほうも理解している。アラスカ基地にサイクロプスがあること、そして友軍を救出しつつ、離脱行動に入っていることも」

辺りを見回し、輸送行動に入っているニコルを尻目に、やや傷ついているアークエンジェルを見やるリオン。

 

「何もかも、お見通しなのね―――――」

しかし後の言葉が続かない。ラミアス艦長もさすがそこまで図々しくなれない。

 

「リオン。俺たちがオーブに亡命って、可能なのか?」

そして聞きづらいことをあえて尋ねるエリク。この際恥も何も関係ない。生き残るにはどうすればいいのか、それを考えると目の前の彼にこのことを言うべきである。

 

「話が早いな。実は、貴方方をスカウトするのも目的の一つだ。後はサイクロプスの映像を映すだけだが―――――」

 

ザフト軍の中で、ただ一機動かない存在がいた。それはニーナの乗るゲイツだ。

 

「君はどうするのかね、ザフトの兵士? どうやら、サイクロプスが仕掛けられているようだぞ?」

通信を入れたリオン。ここでは必要以上に敵対行動をするつもりはなかった。先ほどザフト軍を撃墜したのは、アークエンジェルという金の成る木を失わないためだ。

 

「―――――下手な脅し、というわけでもなさそうね。貴方がオーブから遥々ここにいる。その理由を説明できない」

ニーナは、ここで戦闘行為をすれば死ぬということを理解している。だから迂闊に手を出せないし、人質を取ろうとも思わなかった。

 

「だからこそ、少し質問したいことがあるわ」

 

 

「フッ―――――あの時から君達は、好奇心が強いな。そんなにも聞くことがあるのかね?」

不敵な笑みを浮かべるリオン。モニターにはばっちりと彼の顔が映っている。

 

「ニコルさんを――――ニコル・アマルフィがその船にいるのは知っています」

そしてリオンのモニターには、紫色の髪の少女であるニーナの顔が映っていた。

 

「なるほど。で、もし彼女がいるとすれば、どうする?」

リオンもそこまでは状況を飲み込めていないので、彼女の言葉を信じ、探りを入れる。猪突猛進な彼女がここでどんなことをするのか、純粋に興味がわいたのだ。

 

 

「―――――それは―――――」

もし、彼女が自分の意志でそこにいるなら、強く言えない。あの戦闘機のパイロットに抵抗するそぶりも見られなかった。

 

――――違うじゃない。私が今、ニコルさんに言えることは―――――

 

「無事で、無事でよかったと、伝えてください」

ニーナは他にもいろいろ聞きたいことがあった。しかし、今はもうそんな時間もない。

 

「そうか。君の誠実な言葉、彼女に必ず伝えよう。餞別にこれをもっていくがいい」

リオンは、ニーナが見たこともないような穏やかな笑みで、あるデータを送信したのだ。

 

それは、彼女の言葉を真実にするための道具だ。

 

「あ、ありがとうございます―――――」

こんな人が、こんな強い人がいれば、ニコルは大丈夫だと思ってしまった。

 

ラクス・クラインが頼りにしてしまうのも、実は相当優しいということも。この瞬間に彼と話をすることで、理解してしまった。

 

――――こんな人が、私たちの周りにいれば―――――

 

アークエンジェルのことを、少し羨ましく思ってしまう。

 

オーブにいれば、彼女は安全かもしれない。あそこは、本国と同等に安心できる場所だ。彼という剣があれば、連合すら追い払うだろう。

 

「オーブは、プラントと事を構えますか?」

そしてその剣は、こちらに向いているのか。それを聞きたかったニーナは彼に尋ねる。彼女の想い人が、敵になるのは避けたかった。

 

「それは、地球を滅ぼそうとしない限り、在り得ない話だ」

嘘を言っているようには見えない。あの時とは違い、彼は柔らかい表情を浮かべているだけだ。

 

「そう、ですか――――――」

 

それだけを聞いて安心したニーナは、アークエンジェルから離れていくのだった。

 

 

 

ニーナが去っていくのを見て、リオンはラミアス艦長らに話す。

 

「―――――ザフト軍にサイクロプスの情報は知られたが、好都合だろう?」

離脱中に攻撃されるのは回避したいところだろう。ゆえに、敢えてリオンはザフト軍にサイクロプスの情報を流したのだ。

 

「え、ええ。もう積極的に敵対する必要性もありませんし―――――」

ラミアスも特に異論はない。事実、アークエンジェルはほぼ素通りするような形で現在航行出来ている。

 

「ま、仕方ないよな。襲われるよりはましだ」

エリクもアークエンジェルに帰投し、ブリッジにてリオンとの通信を開いており、彼の話に頷く。

 

「だが、彼女が友軍にサイクロプスを教えたところで、もはや手遅れの部隊はいるだろう。」

 

「―――――そして、そもそもの守備軍はもう―――――」

防衛戦にいた友軍はザフトの猛攻に遭い、ほぼ全滅に近い状態だ。アークエンジェルが通り過ぎた海域の船はいくらか生き残っているが、通信途絶した船舶多数。上層部のシナリオ通り、壊滅したのだ。

 

 

つまり守備軍の生き残りは、アークエンジェルとレゲートの乗組員以外に存在しないということだ。

 

「――――――」

 

 

アークエンジェルとレゲートの乗員は、アラスカ基地の姿を目に焼き付けながら、この戦線を離脱する。

 

そして、生贄を多くため込んだアラスカの大地に、その運命の瞬間が訪れる。

 

「サイクロプス起動!」

ノット曹長がそのタイミングと中心点を観測したのだ。

 

「っ!!」

その報せによって、表情が強張るアークエンジェル、レゲートの面々。すでにモビルスーツはリオンのストライクグリント以外は収納されており、格納庫にてその様子を見守っていた。

 

「範囲外とはいえ、機関最大! 現宙域を離脱します!」

 

「―――――――」

指示を与えるラミアスと、項垂れたままのナタル。やはり連合に切り捨てられたショックが大きいのだろう。

 

 

そして――――――

 

攻め込んだザフト軍とわずかに生き残った守備軍は、そのサイクロプスが起動した瞬間に世界から消失した。

 

次々と僚機が謎の力によって爆散し、周囲に強烈な磁場に近いものが発生しているのが分かる。

 

体が沸騰するように熱い。強烈な痛みを一瞬感じただけで、その直後に意識が消失していく。

 

 

もはや敵味方関係ない。我先にとその破壊の範囲から逃げ延びようとするが、次々と呑まれていく。

 

 

それはザフト軍の艦隊からも観測された。

 

「な、ばかなっ」

副司令官は、味方がその破壊の厄災に飲み込まれていく様子に絶句する。こんなはずではなかった。こんなことになるなど考えていなかった。

 

連合軍はアラスカを捨て石に、ザフト軍の地球での軍事行動という強力なカードを捨てさせたのだ。

 

 

それに見合う適切な代価を支払うことで、連合軍はその目的を達成した。

 

「してやられましたな、ナチュラルどもに」

クルーゼは、そんな悲嘆にくれるザフト軍兵士を励ましつつ、心中では笑みを浮かべていた。

 

――――ニーナ・エルトランド、だな。あれを流したのは――――

 

それは逃げ延びている連合軍から奪い取ったデータだそうだ。彼女曰く、拿捕した敵前逃亡の戦艦レゲートは撃沈したようだが、その中にとんでもない機密があったことで急いで戦線から離脱し、主力艦隊のいる座標まで後退したという。

 

やはり激戦の最中、離脱を始めていることに疑問を持ったようで、彼女もいろいろとおかしいと感じていたようだ。

 

以上の証言が、彼女の言い分。

 

「エルトランドの言葉がなければ、もっと多くの兵士を犠牲にしていたところだった」

 

「ああ。不幸中の幸いだ。ナチュラルどもめ、卑劣な手段を!!」

 

「しかし、今後の軍事作戦に大きな痛手となったな、これは――――」

 

 

そして、ザフトの友軍を少なからず救ったニーナは、リオンの話たことすべてが事実であることを知り、彼に対する恨みが薄れていた。

 

―――利害が一致していた、だから真実を話したのね

 

そうでなければ、彼はまともに話してくれなかったはずだ。だというのに、なぜ彼はあんな穏やかな顔をしていたのだろうか。

 

もしかすると、あの顔が本来の彼で、仮面をかぶっていた姿の彼に出会っていただけなのだろうか。

 

――――ニコルさんも、無事でよかった――――ニコルさんだけでも――――

 

ザフトと連合は疲弊し、オーブはその中で存在感を見せ始めている。単純に考えれば、オーブを取り込んだ勢力が、この戦争の勝者になり得る。

 

しかし、単純にどちらかの味方はしないだろう。彼らはきっと自分たちの予想を超えた手段を取ってくる。

 

 

「リディアがいてくれれば、何か考えもまとまるんだけど―――――」

 

彼女は今、本国にいる。ラクスとともに一時の平穏を過ごしている。恐らく、彼女の主戦場は宇宙なのだろう。

 

しかし、脳筋なフィオナと自分とは違い、よく知恵の回る彼女がいると助かるのは事実だったのだ。

 

 

 

 

一方、安全圏を通り過ぎ、オーブ近海の外側にまで進んだアークエンジェルは、これからの指針についてリオンに意見を求めていた。

 

「まずは朗報とあまりよくないニュース。どちらが聞きたい?」

 

「――――――よくないほうから聞くわ」

ラミアスはまずよくないニュースから尋ねる。

 

「アラスカのことは情報操作でザフトの仕業ということになっている。これはあとで覆せる見込みがあるからまだいいのだが―――――」

リオンもリオンで少し苦々しい顔をする。

 

「問題は、事なかれ外交をしていた我が国への処置に、穏健派と急進派で意見が分かれてしまいましてね」

 

「え?」

エリクは、いつからそんなことになったと首をかしげる。

 

「―――――ユーラシア連邦は国力がすでにボロボロだが、大西洋連邦が二つに割れたのだ。停戦を目指す穏健派と、戦争継続、プラント殲滅を謳う急進派で」

 

つまり、リオンが意図した時期とは異なり、連合軍の分裂が起こってしまったのだ。

 

「ハルバートン提督が!? まさかクーデターを……」

ラミアス艦長はまさか彼がそこまでのことを考えていたとはと、驚愕した。

 

 

なお、穏健派の旗頭はデュエイン・ハルバートン大将と、ネビル・ビラード中将。主に第八艦隊と第三艦隊、第五艦隊を主力とする勢力。政治的にもゴップ・オルバーニ事務総長、そしてジョージ・アルスター副代表もつくなど、かなりの支持勢力を集めた。

 

 

急進派はウィリアム・サザーランド少将、そしてその背後にはムルタ・アズラエルというブルーコスモスの最大の出資者。地球軍の主力を保持していたが、アラスカ陥落と、その非道な作戦がオーブから流されたことで、混乱が起きている。しかし、それすらコーディネイターへの憎しみが勝り、残っているのは本物の狂気を持つ者たちばかりだ。

 

 

「オーブは揺れている。この時期を逃せば、和平の希望を失うことになる。サハク家はこの時期を逃すのは悪手だと主張したが、他の氏族は理念を前に臆している」

リオンは、オーブの国内でも戦争に参戦するか否かで揺れていることを口にする。

 

サハクは参戦を支持。セイラン家と他の氏族はオーブの理念を盾に反対を表明。アスハとミツルギはその対応に苦慮している。

 

しかし、反対派の中にはこのまま穏健派を見殺しにしていいのかと迷う意見も出ていた。

 

「つまり、オーブも戦渦に巻き込まれると?」

アイマン曹長が、オーブがやや苦しい立場に追い込まれているのかと尋ねる。

 

「そういうことだ。敵前逃亡の君らには辛い時期が続くことになる。もしかすれば、君らにも矢面に立ってもらう必要がある」

 

リオンのプランでは、まだまだ穏健派には我慢してほしかった。しかし、アラスカの一件が余程堪えたのだろう。ユーラシア連邦も穏健派につく見通しで、これはリオンの考える戦争終結に近づいているのだ。

 

しかし、穏健派を出来る限り死なせたくなかったリオンは、まだ待ってほしかったとハルバートンを恨む。

 

―――――提督。もう少し我慢してほしかった。

 

 

「わかり、ました。それで、良いニュースというのは」

 

 

「キラ・ヤマト、アルベルト・ロペスは生きている。キラ君とアルベルト君は片眼を失い、今は機械の眼になっているが、それ以外は無事だ」

 

「な、あの子たちが―――――生きて―――――」

眼を大きく見開き驚いているマリュー。まさかあの状況下で生きているとは考えていなかった。しかも、二人も無事だった。

 

「我々オーブ軍は、貴殿らの受け皿になりたいと考えている。オーブにわたるつもりはないだろうか?」

 

「坊主どもが生きている、のか? まじかよ。そっか、そうなんだな……」

二人が生きていることに安堵するエリクだったが、やはりムウはもうこの世界にはいないと悟ったのだ。その実感が彼を襲う。

 

「え、エリクさん!? ちょっ!」

ほっとしたのか、体が少しよろめいてしまったエリクを支えるニコル。今まで無理をしていたのだろう。そして、限界が一瞬だが訪れていたのだ。

 

————彼を支える。それが、私の償い、なんだ

 

上官をこの手で殺した。そして、彼は戦争なのだと割り切った。どれほどの葛藤があったのかを彼は悟らせてくれない。しかし、もし彼が良ければ彼を助けたい。

 

ニコルの想いはそれだった。

 

 

「――――ふむ、どうやらアラスカで人員が増えたみたいですね。改めて自己紹介をしたい。場所は格納庫辺りがいいだろう」

リオンはそれだけを言うと、ブリッジから去るのだった。

 

 

ノット曹長、オズウェル曹長、テネフ少尉、ホリソン少尉、アップトン中尉らアラスカ組と、レゲートのクルーらが格納庫の広く空いたスペースに集まる。

 

そしてそれを見守るラミアス艦長、ブロードウェイ大尉とニコル・アマルフィ。なし崩し的に彼女もリオンの自己紹介を聞くことに。

 

「知らない人も多数いるだろう。私はフラガ家の次期当主、リオン・フラガだ。この度は、我々の提案を受け入れてくれたこと、感謝する。」

 

そしてまずは一礼するリオン。本来助けた側のリオンだが、スカウトの話は別だ。この件はあくまで彼らの意志が重要であるためだ。

 

「オーブ軍は知っての通り、戦争経験者が少ない。つまり実戦に出たものがあまりにも乏しい。それはそれでいいことなのだが、この時代ではそうもいかない。今回貴殿らをまた戦場に送ることになりそうだが、後ろから背中を討つ真似はしないと誓おう」

 

さらに、オーブ軍は連合とは違い、基本的に味方を見捨てる戦術を取らない方針だと宣言する。

 

「尤も、私と同じ戦場なら、先に敵を殲滅するほうが速い」

さらりと常勝を語ってしまうリオンだが、その言葉が出任せではないことを彼らは知っている。クルーの中には、「まあ、リオンだからなぁ」と納得する声も。

 

 

「さて、貴殿らにしていただきたいことは複数ある。まずは整備班の面々にはオーブ軍にそのまま籍を置く形となる。現在進行中のプロジェクトは何も戦争方面ばかりではない。オーブは技術者を歓迎している。連合よりも待遇の良さをまずお約束しよう」

 

それを聞いた瞬間に、整備班の面々から笑みが零れる。戦争だけではなく、その先の計画にも自分たちは必要とされている。リオンが技術者出身であるためか、彼らに対して礼節を失さないことで、他のクルーらにも好印象を与えた。

 

――――なるほど、あれで19歳か。

 

ケストラル大尉は、リオンの人格と雰囲気を感じ取り、彼が英傑になり得る存在だと悟る。

 

「続いて艦船を動かし続け、今日まで生き残ったクルーについてだ」

 

次は、オズウェル中尉らに視線を動かしたリオン。

 

「私を知るものには説明不要だが、貴方方には改めてお願いしたいことがある。オーブ軍は、実力行使における人材があらゆる面で不足している。前線に出る者もいれば、教官として後方にて教鞭をとってもらうこともあり得る。我々は、貴方方の軍歴を高く評価していることをまず理解してほしい」

 

「今や世界の中心となっている、ハルバートン提督の精強な兵士を意図せず招くことになり、幸運に感じている」

 

 

「そして最後に、アラスカ戦線を生き残った、機動部隊の諸君らにもだ」

 

最後に、モビルスーツ部隊として軍歴をスタートした面々に向き直るリオン。

 

「貴方方は連合軍における次世代の力となり得る人材だった。しかしながら、上層部の駆け引きに巻き込まれ、軍籍を失ったことはとても残念に思う」

連合軍としての席を失い、気落ちしているだろう兵士に対して気遣いを忘れないリオン。彼らのアイデンティティーだったものを無視し、自らの提案をするだけでは分かり合うことも難しい。

 

 

「しかし、今回の我々とのコンタクト、思いがけない邂逅が待ち受けていた。私はこれを新たなるチャンスと捉え、貴殿らにオーブ軍初代モビルスーツ部隊のモデルケースになってもらうことを希望する」

 

 

「オーブ軍の、モビル、スーツ?」

テネフ少尉は信じられないほど目を大きく見開いていた。連合がようやく量産し始めたものを、すでにオーブは開発しているのだ。

 

アストレイは機密の塊だったことがうかがえ、最低限そこは死守されたのだとリオンは判断した。

 

「M1アストレイ。オーブが最初に量産に成功したモビルスーツ。運動性能はザフトのシグーをも圧倒し、汎用モビルスーツの中では現行のモノを凌駕する」

 

シグーを機動力で圧倒する、というフレーズに、連合軍からはどよめきが起きる。単純な加速力ではディンに軍配が上がるが、操作性、即応性はアストレイが圧倒的な性能を誇る。

 

「航行速度はディンが上だが、瞬間的な加速、機動性は自信をもって製造させてもらった。ザフトは最近連合の技術で新しい一つ目の機体を開発し、少数を実戦投入していたが、あれよりも上だな。私の眼から見ても、君達はどの勢力よりも上のステージに立つことになる」

 

 

「――――そ、そうなのか?」

ホリソン少尉は、

 

「無論だ。オーブを舐めないでいただこう。必ず、君達の想像を超える」

 

これが決め手となった。エリクを含め、アップトン中尉、テネフ少尉、ホリソン少尉の3名を加えた陣容。この戦艦もにぎやかになったものだとリオンは思う。

 

しかし、初心者2名は連れていけないなと感じた。

 

――――まだ粗さがある。彼らは訓練校だな

 

まだ、彼らには戦場は早かった。それだけのことだ。

 

 

 

灼熱のアラスカ。後の歴史家はこの戦いをそう名付けた。この戦いこそが、世界の転換期であった。

 

混迷を極める世界にバランスを齎すもの。それは、英雄ではなく、一人一人の意思が積み重なることで、実現したのだ。

 

平和を求める者たちの反撃が始まる。

 

 

 

 




実は、フライング投稿していた話です・・・・

知っている人は知っていると思います・・・・


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終章 創世の先へ
第44話 平和の息吹


ついに終章。ここからは、原作のようなオーブ崩壊とか、殲滅戦争だぁ、とかは起きません。

主人公と愉快な暗躍者たちがその根を奪い去ったのです。




アラスカ壊滅と、ザフト軍主力部隊の消滅。それは混迷を極める世界に、さらなる混乱を招く風となる。

 

連合軍は、度重なる兵士を酷使する作戦を強行する最中、ついに穏健派が蜂起。国連事務総長ら、穏健派の政治家、資産家も加わり、アラスカの被害を目の当たりにした市民らを煽ることで、アラスカ、カナダの大部分を掌握。アメリカ北部と南米大陸を完全に掌握した。

 

 

 

さらに月面基地、コンプトン要塞、ローレンツ基地はほとんどの抵抗もなく第八艦隊が占領。まさに電光石火の勢いで、月面における半数以上の施設を掌握したのだ。

 

 

無論、急進派も黙ってはいない。プトレマイオス基地、ダイダロス基地を中心に、満載される主力は温存され、支持勢力圏の北米の南側、東アジア共和国は健在。現在南北境界線にて小規模な小競り合いを起こしている。

 

 

しかしその一方で、アフリカの掌握には手古摺っており、南米を抑えられた動揺は大きかった。

 

穏健派への鞍替えを目論む隠れ穏健派閥が次々と離脱。やはり、味方ごとザフトを殲滅するという急進派のやり方は、支持を失うものだと身をもって知ることになった。

 

 

首都ブエノスアイレス———————

 

 

「そうか。宇宙ではもはやプトレマイオス基地だけか」

壮年の男性がモニターに映るデュエイン・ハルバートン大将に語り掛ける。

 

「ああ。やはりアラスカの一件が大きかったな。やはり、南米とカナダを押えたのは大きい。君のおかげでもある、ビラード中将」

ネビル・ビラード中将。開戦当初からザフト軍と戦い続ける歴戦の将軍。穏健派のハルバートンとは旧知の仲で、過剰な戦線拡大に反対していた一人でもあった。

 

「今はまだ、パナマ基地が健在であるからこそ、月の補給路は持っているが、ザフト軍もここを襲撃しないとも限らない」

ハルバートンの懸念はパナマである。ザフト軍がアラスカでの報復行為をする可能性は十分に予想され、穏健派は南米に合流する形で離脱。

 

穏健派は現在、スカンジナビア王国、オーブとのコンタクトをとるかどうか判断を窮している。

 

インパクトとして大きいのは、アフリカ共同体と、南アフリカ機構の停戦。このプランが現在有力である。親プラント国家であったアフリカ共同体は、バルドフェルド隊の敗北により、後ろ盾を失っていたのだ。現在南アフリカ機構の反撃に遭い、苦しい立場に立たされていた共同体にとって、穏健派からの終戦協定はまさに渡りに船だった。

 

「うむ。アフリカ共同体との電話会談でも感触は悪くないと、アルスター副代表も手ごたえを感じていたようだ」

 

アフリカには独特の空気と慣習があった。アフリカの大地に住まう者は一族として少なからずつながっていることが大きい。何よりも彼らは同胞、同郷の者を大切にする傾向がある。

 

思いがけず、アフリカは真っ二つに割れていたが、本当はアフリカを自分たちで取り戻したい思いは強かったのだ。穏健派としては、マスドライバー「ハビリス」の使用を許可してくれるなら、自治も約束すると発言。

 

オーブ政府と、資産家たちの経済支援も取り付け、アフリカ戦線は一応の収束に向かう予定だ。

 

この動きを提案、立案し、大きな名声を得たジョージ・アルスターとジョゼフ・コープマン上院議員。

 

「だが、ここからが正念場だ。ザフト軍は鞍替えしたアフリカを許しはしないだろう。部隊を展開し、これに備える必要がある」

無論宇宙からも防衛網を強化するが、撃ち漏らしも存在する。ハルバートンのもう一つの懸念は、アフリカへのザフトの再度侵攻だ。

 

「無論だ。南米から部隊を派遣する。今我々に必要なのは、我々を支持する勢力だ」

宇宙と地球で、2大将軍が奮闘する。

 

 

プラントの間でも、オペレーション・スピットブレイクの失敗は大きな波紋を呼んだ。穏健派は、この激戦を気に地球圏での厭戦感情を利用し、テーブルに着く最後のチャンスと主張。

 

作戦失敗により、求心力が低下しているパトリック・ザラ議長はその提案を一蹴。パナマ基地を陥落させれば、月面基地への補給ルートを断つことが出来ると主張。地球への封じ込め作戦として、再度大規模な作戦を敢行するべきと提案。

 

 

奇跡の生還を遂げたラクス・クラインも、父シーゲルとともに戦争終結を願う文書を発表。クライン派閥、穏健派だけではなく、市民の間でも戦争終結を願う声が上がり始めていた。

 

 

「この度の戦闘で、どれだけの被害を被ったか、我々は今こそ、和平について考えなければならない」

シーゲルが力強く発言する。この作戦の失敗で、ザフトは地球圏における軍事行動が困難になったのだ。アラスカ本部が消滅し、ザフトも痛手を被った。ここがタイミングだと。

 

 

「連合側にも動きがある。これを逃せば、和平の道が完全に途絶えるぞ」

 

「我々が見捨てた、アフリカ共同体は南アフリカ機構との和平すら実現しようとしている。平和の花を絶やしてはならない」

カナーバらもクラインに同調し、戦争継続に反対する。昨今話題となっているアフリカの和平交渉。これが実現すれば、この戦争における大いなる一歩になることは間違いない。

 

 

しかし―――――――

 

「この国難時に、何を言っている!! 和平交渉? そんな甘い言葉に乗せられて、オルバーニが出してきた条件は何だったというのだ!」

 

「騙されるな! これは我々をだます罠だ! この戦争は勝利せねばならない! 勝利せねば、独立はないのだ!!」

 

 

議会は紛糾。オルバーニ出した条件はプラントにとって容認できるものではなかった。その不明様な実績がある限り、急進派は穏健派の提案を信じることはない。

 

「パトリック! 地球では和平の波が来ている! これを逃せば、我々は滅びるまで戦うことになるぞ!」

 

 

連合軍のように、内乱が起きるほどではないが、プラントもまた、揺れていた。

 

会議終了後、アスラン・ザラは父パトリックのもとを訪れていた。

 

「父上―――――」

労いの言葉を、温かい言葉こそ必要だと考えたアスランは、敢えてその言葉を口にした。

 

「――――なんだ、それは」

しかし、公私混同を嫌う彼は、その言葉に嫌な顔をする。その瞬間に慌てて啓礼し、

 

「すみません。議長閣下――――」

ただ悲しそうにアスランは謝罪するのだった。

 

「―――――クラインめ。こんな時に和平など、愚かな選択だとなぜわからん? 奴らは決して我々を認めない。ならば、戦って勝ち取るしか道はないというのに」

 

 

「―――――議長―――――」

何も言えない。アスランは胸に秘める戦争の悲惨さを吐露したかった。しかし、それは甘えだと何も言えない。

 

「クラインとの婚約も考えねばならんな。奴らは戦争継続にとって、大きな障害になり得る」

 

衝撃の一言だった。盟友だったクラインに対しての物言いは、常軌を逸している。

 

「お待ちください、議長! 確かに意見は対立していますが、プラントを思う心は変わりないはず! お考え下さい! クラインを切り捨てることだけは、おやめください!!」

 

 

「貴様、一介の軍人が政治に口を出すか! クラインの甘い言葉に乗せられ、貴様も腑抜けたのか?」

 

それこそ心外だった。アスランは父のほうこそおかしくなり始めているのではないかと不審に思えた。

 

「―――――っ、申し訳、ございません――――――」

しかし、父の言うことも一理ある。軍人が政治に口を出すのはよくないことだ。

 

「まあよい。貴様の婚約者はフィオナでいい。少なからず好き合っているわけだからな」

 

期せずして、フィオナとの婚約を言われたアスラン。それは嬉しいのだが、こんな形では望んでいなかった。

 

「―――――っ」

 

 

「どうした? フィオナはだめなのか?」

アスランの心を理解できないパトリック。アスランは知らず知らずのうちに溝が出来てしまっていることに絶望した。

 

――――誰が、父上を―――――

 

「―――――いえ。そういうわけでは、ありません」

 

―――――誰が父上をそそのかした?

 

確かに頭の固いところはあった。だが、ここまでではなかったはずだ。

 

――――彼は、彼が作り出した流れは、地球に芽吹いた

 

ザフト軍の仕業とみられていたアラスカ基地消滅は、期せずして真の映像が流出。命令書と思われる極秘文書も流出。

 

ユーラシアは失墜し、大西洋連邦は二つに分かれた。穏健派を指揮するのは、かつて敵対した第八艦隊の司令官。

 

 

あの赤い彗星が全力戦闘を行った低軌道戦線。

 

 

そして、呼応するかのようにプラントでもラクスを中心とした和平運動。彼一人だけでは実現できないことだ。しかし、その流れを生んだのは彼の決断だ。

 

議長の部屋から退出したアスランは、いよいよプラントのために決断しなくてはならないと考えていた。

 

―――――俺に出来ることは、いったいなんだ?

 

アスラン・ザラとして、自分に出来ることは何なのだろうかと。

 

 

部屋に帰ったアスランを待ち構えていたのは、フィオナだった。

 

「アスラン、お疲れ様です。お父様とはどうでしたか?」

心配そうに様子をうかがうフィオナ。浮かない顔をしている彼を見て何かを察したのだろう。

 

「―――――このまま、父上が政権を取り続けていること――――これでよかったのだろうか?」

 

頭を抱え、悩むアスラン。

 

「————アスラン?」

穏健派に流れかけているような言葉。それが彼女には理解できなかった。

 

「お父様を見捨てるんですか? そんな、家族なんですよ?」

非難めいた口調でアスランを諫めるフィオナ。

 

「————分かっているさ。だが、俺はそのチャンスにかけてみたい。穏健派の気持ちがよく理解できるんだ。これを逃せば、穏健派も流れる――――」

これを一過性のものにしてはならない。

 

 

「――――――でもそれでは―――――」

フィオナは悩んだ。ここでアスランに同調すれば、パトリックは完全に孤立してしまう。それはかつての自分と同じで、そんな自分を引き取ってくれた彼に対する裏切りだ。

 

 

「——————父上には悪いと思う。だが、俺はこのままラクスが、シーゲル様が荒波に呑まれることだけは、嫌なんだ」

アスランは世界を見据えている。それは出会ったときからそうだった。アスランは憎しみや悲しみを乗り越えて、世界を良くしたいと考えている。

 

しかし、それはあの不敵な笑みを浮かべる金髪の青年と同じだ。

 

 

「—————なら、私は一緒には行けない」

フィオナは、アスランのように大局的に世界を見ることを良しとしない。明らかな拒絶の言葉を彼に投げたのだ。

 

「—————フィオ、ナ!?」

眼を見開くアスラン。反対されるのはわかっていた。しかし、彼女の拒絶にショックを受けていた。

 

「私には、世界とか、未来の為とか、そんなものは分からない。けれど、私にとってまたつながった絆を、結んでくれた人を見捨てるなんて、できない」

 

フィオナは狭い世界しか見ない。それはパトリックであり、アスランであり、友人たちのことだ。

 

ゆえに、敵対するなら問答無用で殺すあの男を好意的にみる一面だけは、賛同できないのだ。アスランから尊敬されるあの男が気に食わない。

 

「アスランこそ考え直して。お父さんを裏切るなんてダメ。アスランとお父さんと、私がいるだけじゃ、ダメなの?」

 

 

もはや我慢の限界だった。アスランはこれまで自分を律し続けてきた。他人の為、理想の為、未来の為と、彼はその浅い考え方をフル活用し、自分なりに最適格を選んできたつもりだった。

 

フィオナがいたから、フィオナが傍にいたからこそ、できたのだ。

 

 

「—————俺は————俺はただ……ッ」

 

踏ん切りをつけねばならない。本当の、本当の彼の想いを伝えなければ、彼女はどこかへ消えてしまう。

 

そのまま彼女はあの男ともう一度敵対するだろう。そして今度は容赦などない。そんな未来を前に、アスランは彼を憎むことが出来ない。

 

なぜなら正しいと思ってしまうからだ。フィオナが殺される未来が予感したとき、相手が赤い彗星ならば、正しいと思えてしまうのだ。

 

彼はアスランにとっての憧れの一つだからだ。

 

「————俺は、フィオナがもう……悲しまなくていい世界が……ッ、欲しかったんだ……ッ」

 

だから伝えよう。アスランは、迷いを捨てた。

 

「フィオナが、世界が無事なら――――もう俺は何もいらないんだ――――っ」

今にも泣きそうな顔で、アスランは助けを求めていた。

 

「—————アス、ラン………」

フィオナは、涙を流しながら独白する彼の様子を見て、狼狽えた。そして、彼ほどの想いが自分にあったかどうかを自問した。

 

「もう嫌なんだよッ!! 誰かが傷つくのも、勝つためだとか、憎しみの声を聴くのは!! 必要な犠牲だとか!!」

発狂したかのように、アスランは叫ぶ。

 

「俺たちはいつまで戦えばいい!!?? あと何人殺せばいい!? どうすれば戦争は終わる!? いつまで!! いつまで!! 誰かの大切なものを奪い続けなければならないんだ!!」

 

それは悲鳴だった。フィオナが初めて見る、アスランの心の叫び。頭を抱え、悩み苦しむ彼の姿を見て、自分がそこまで彼を追い詰めてしまったのだと自覚する。

 

「行かないでくれ、フィオナ――――ッ。行けばお前は―――――」

 

 

最後の言葉を言うことが出来ない。しかしフィオナはその先の言葉を理解した。赤い彗星はこの波に間違いなく乗る。和平の邪魔をするものを、根こそぎ殺し尽くすだろう。

 

片手間で翻弄された自分では、彼には勝てない。容赦のない彼は、遊び心もなく、自分を殺すだろう。

 

 

そういえば、フィオナは思い出した。かつて自分は同じことをアスランに言ったような気がする。

 

戦場に行くなと彼に伝え、彼が拒絶する光景。その時、自分はどんな気持ちだったのか。

 

 

置き去りにされた絶望は、今も覚えている。彼が死ぬかもしれない、もう会えないのではと思うと、胸が苦しくなった。

 

―――――ほんと、酷い男です。

 

だからもう、諦めてしまった。選択するということは、何かを捨てるということ。それを今ほど痛感した時はなかった。

 

「——————もう離さない、って。誓って、くれますか?」

ズルい女だと、彼女は自己嫌悪に陥る。だが、アスランがここまで本音をさらけ出したのだ。自分もフェアなことをしなければならないと言い聞かせる。

 

ゆっくりと、彼の座っている場所に歩み寄るフィオナ。

 

「もう私を置いて、どこにも行かないって、約束、できますか?」

 

「—————フィオナ? 君は――――っ」

 

涙に濡れて尚、彼の顔は綺麗だった。その涙は自分のために流したもの。だから、その涙も随分と眩しく見えた。

 

「—————そう、でしたよね。アスランはずっと、私よりも長く、ずっと一緒、だったから――――」

 

自分よりも深い葛藤に苛まれたはずだ。父親とは違う選択をする決断が、どれだけ重いのか。

 

「私にできることは、一つだけだった。」

彼を支えると、誓ったはずだった。危うくその誓いを破るところだった。

 

「アスランが悩むのなら、私も苦しみます。アスランが喜べば、私も嬉しい」

これは奉仕に近いかもしれない。一目惚れした相手に惚れて、彼の内面を知って惚れ直した。

 

そんな彼に、尽くしたい、彼の在り方が愛おしくて仕方なかった。

 

傷つき、膝を屈しても、立ち上がる強さと、それを支える彼の弱さを、守りたい。

 

 

「アスランの願いが、私の幸せだった――――――」

 

 

ここまで言われて、アスランは再び涙し、彼女を抱きしめる。

 

 

「ごめん、な。俺は君に、また家族を失わせてしまう―――――」

血のつながった家族を失い、今度はアスランの手で家族の在り方を終わらせかねない。

 

「もう、いいんです。私は、アスランさえ無事なら、もう何もいらない―――――」

 

 

壊れかけた関係が、今度は堅牢なものにかわった。なんてことはない。彼らが本音を語り合い、分かり合ったからだ。もうこれで、死が二人を分かつまで、その絆は絶えることはないだろう。

 

だが、これを少し近くで見ていたものはどうだろう。

 

 

――――フィオナ、ここまでなんて。凄いわ。

 

 

――――これで、いいのです。吹っ切れたようで、わたくしも嬉しいですわ

 

 

ドアの前に待っていたリディアとラクスは、そんな出来立ての番いを見て、微笑んでいた。

 

 

 

そして、そんな世界情勢の中、オーブではアークエンジェルが再びこちらにやってくることで、受け入れ準備を開始していた。

 

何せ敵前逃亡の部隊だ。優秀な兵士が多く集まってはいるが、情報統制は必要になる。しかし、現在推し進めているモビルスーツ部隊の人員に、実戦経験豊富なエースと実戦経験済みの新兵、さらには元ザフト兵士までやってくるのだ。

 

オーブとしては笑いが止まらない状態だ。

 

「—————ほら、そんなにムスッとしない。あいつはあいつの役目を全うし、いつもみたいに帰ってくるだけだ」

 

カガリにあやされているのは、ヴィクトル・サハク。リオンのアラスカへの単騎出撃に反対していた少年だ。

 

「でも、酷いですよ。あんな戦場に単騎掛けなんて、おかしいですよぉ」

 

常識的に考えれば、両軍入り乱れての乱戦に突入するなどおかしいことだ。しかしできてしまうリオンがおかしいだけなのだ。

 

 

「それに、我が国家としてはずいぶんリスクに見合った手土産を用意しておる。さすがはリオンだ」

 

そして弟とは違い、ロンド・ミナ・サハクはリオンのリターンに、微笑んでいた。彼ならばこれぐらいできると信じているからだ。

 

「まあ、リオン君だしね」

タオルで汗を拭きながら、トレーニングルームから出てきたアサギが、リオンについてそのように評した。

 

「訓練は順調そうだな。やはり、実戦を知るものは判断がいい。この度中隊長に任命されたようだな」

 

ミナの言う通り、アサギは階級を二つ上げ、一尉としてモビルスーツ部隊の中隊長に就任する。

 

「そうですね。凄く距離を離されていますけど、私もこの国の盾となり、矛でありたいもの」

アサギは、リオンほどではないが少しずつ実力をつけ始めた自分がこの国の力になれることに喜びを感じていた。

 

 

「けれど、連合きってのエース、エリク・ブロードウェイ様かぁ。どんな人なんだろ」

しかし、いつの間にか屯する場所になったここをうろつくラス・ウィンスレットが彼女の禁句を言い放つ。無論彼女は知らない。

 

「くっ、確かにリオン君とコンビを組んだり、敵のエースを落としたりと、現状とんでもないエースだけど、私だってこの座は守り通すわよ!」

アサギはエリクに対して対抗心を燃やしているのだ。リオンとの息の合った戦闘映像を見て、彼女は彼に嫉妬しているのだ。

 

自分のほうが付き合い長いのに、と。

 

「でも、キラさんも凄いですよね。弾頭を複数、一度で射抜くなんてすごいです。飛翔物体をあそこまで認知するなんて、さすがです、キラさん」

そして、現在通称オーディンと呼ばれ始めているキラ・ヤマトは以前とは比べ物にならないほど情報処理速度が上がっている。あの莫大な情報量を処理する頭脳と、肉体を持つ彼は、瞬く間にオーブ最強の一角となっている。

 

「凄かったですよね。シミュレーションとはいえ、被弾なしで第一中隊を完封するなんて」

ラスも見ていた練習風景。アサギや他の娘たちも入れたオーブの精鋭たちと彼の模擬戦。

 

しかし結果は彼の圧勝。弾道を見切るのは、エースの証と言わんばかりに射撃兵装が役に立たず、近接戦闘で大分もったアサギ以外、瞬殺というおまけつき。

 

「うん。前は荒々しさもあったけど、今はもうとにかく速い。」

 

彼のモビルスーツ乗りとしての腕は、とんでもない伸び率を誇る。最初から最強だったリオンに、もしかすれば肉薄するほどの。

 

 

そして、その話題の彼は―――――――

 

 

トレーニングルームで体を鍛え、汗を流していた。強靭な能力とそれを制御する肉体。その二つが合わさり、かつての少年は、精悍な青年に変貌していた。

 

「——————アークエンジェル、か」

 

因縁深い戦艦との邂逅を前に、かつての白い悪魔は何を思う。

 

「辛気臭い顔をするなよ。見知った人たちだし、無事でよかったじゃん」

オッドアイの眼でそんなキラの呟きに反応するのは、アルベルト。キラの義眼は高精度過ぎるので休ませる必要があるが、アルの義眼は日常生活レベルの代物だ。常日頃から裸眼でも影響がないのだ。

 

しかし、灰色の色彩となった左目は、右目の碧眼と酷くアンバランスな色合いを生むことになり、不気味さを醸し出している。

 

「まあ、そうなんだけどね。アラスカであんなことがあったから」

 

キラはアラスカで戦争のシナリオをどう考えているのか知りたかった。どう戦争を終わらせるのかと。

 

しかし、その先にあったのは狂気のみ。まともな思考回路を持つ上層部がいないという現実。下手をすれば、自分もまきこまれていたかもしれないのだ。

 

————僕が思うほど、世界は簡単ではないんだね

 

オーブにいるという選択が、自分にとっての最善だと今更突き付けられた。背伸びをして、失敗した過去の自分に恥じる気持ちが残っていたのだ。

 

「ま、俺もキラと同じさ。連合どうにもなんねぇな」

 

「まったくだよ。僕らの決意と覚悟を返してほしいよね」

 

「そうだ、そうだ!!」

 

案外元気そうな二人だった。

 

 

 

 

 

 

 




アスランをめぐる恋の争奪戦決着? 

初心を忘れていなかったアスランとフィオナさん大勝利。最初から決着がついていたのです。

なお、フラグは一つとは限らない・・・


提督がウキウキで暗躍。アフリカさんは流れに沿うことで戦後勝ち組決定。


朗報 アルベルト・ロペス氏 ボヤく元気があった模様。生存ルート確定

悲報 キラ・ヤマトさん このままでは同年代で唯一独身貴族ルートへ


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第45話 パナマ要塞攻防戦 前編

連続投稿です、44話を閲覧してから読んでください。

ほのぼの話が欠片もない今話。

ある意味プラントのターニングポイントです。




連合内で分裂が続く中、プラントは結局、穏健派が目立った動きをすることが叶わず。

 

シーゲル・クラインらの必死の和平交渉の直訴もむなしく、勝手な和平交渉は反逆罪という指令まで下され、穏健派は動くことすらできなかった。

 

さらに連合軍を刺激しかねない作戦、パナマ攻略作戦を議決。地球軍の保有するマスドライバーを一気に叩くつもりなのだ。

 

 

「くっ、何としてもパナマへのグングニール降下は阻止しろ!!」

 

第八艦隊がその動きをキャッチし、コンプトン基地より出撃。しかし、ザフト軍の迅速な対応に何とか低軌道宙域で間に合うのが精いっぱいであり、月基地からの出撃では地の利を得られずにいた。

 

指揮するのは、ジョセフ・コープマン少将。ハルバートンの腹心の一人である。今回の作戦では、GAT計画の成果の結晶ともいうべきモビルスーツ部隊を借り受け、ザフト軍との初の戦闘を行うことになる。

 

そうだなのだ。ついこの前、コープマンは昇進し、ついに艦隊を指揮する指揮官になったのだ。

 

「——————ついに、我が軍もモビルスーツ部隊を――――しかもその初陣を指揮するのは私か――――」

 

どうにも落ち着きがないコープマン少将。

 

アガメムノン級旗艦プロメテウスの艦長として、恥じぬ指揮を執りたいとは考えているが、リオン達のような活躍を、初陣部隊が出せるか不安なのだ。

 

「提督。この105ダガーは廉価版ではありません。ストライクダガーのような、ストライクの最大の利点を捨ててはいません。アグニによる一斉照射の後、エース部隊で敵軍を遊撃。止めはソード部隊で艦隊を各個撃破。大将閣下が考案した作戦がついに現実になるのです」

 

チャン・バークライト艦長。階級は、大佐。先遣隊以前から戦場を転戦しているモントゴメリの艦長として、今回コープマンの補佐に当たっていた。

 

「有無……」

 

 

「それにこの度は、連合内に所属する数多くのコーディネイターの志願兵を集めることが出来ました。特に、ジャン・キャリー少佐は必ずやご期待に沿う活躍を見せてくれるでしょう」

 

ジャン・キャリー。煌く巨星と謳われた連合きってのエース。エリク・ブロードウェイと双璧を誇るコーディネイターたちの希望の象徴。

 

 

 

だが、本当に間に合うのか。これだけの戦力を有しても、パナマへの降下作戦は防ぐことはできるのか。

 

しかし、ここで緊急暗号通信が入る。

 

「なんだと? アフリカ和平が実現? マスドライバー確保だと?」

 

この緊急通信を入手した第八艦隊は、ギリギリまでザフト軍を欺くために進路そのままに、地球の衛星軌道の外側で転進するのだった。

 

 

 

一方、ザフト軍も地球連合軍最強を誇る第八艦隊が動いたことに危機感を覚えていた。

 

何せ、完全にナチュラル専用のOSを搭載したモビルスーツ部隊を率い、総機体数は、単純計算で約17倍の差をつけられている。

 

この状況を重く見たザフト軍はセカンドシリーズの戦線投入を決断。

 

ZGMF-X10Aフリーダム、ZGMF-X09Aジャスティスのパイロットに選ばれたのは、フィオナ・マーベリック、アスラン・ザラだ。

 

連合軍の機体データをもとに、最新技術を結集したワンオフ機。

 

フリーダムには、ハイマットモードと、フルバーストモードと呼ばれる二つの可変システムが搭載されており、高機動・高火力を実現しており、現行モビルスーツをも圧倒する。

 

ジャスティスは、フリーダムに比べて火力はないが、支援ユニットファトゥム00が独立稼働し、本機をサポートする。しかしジャスティスの最大の特徴は、近接戦闘における高い運動性能だ。

 

この二機は、互いの弱点を補うように設計されている。つまり、これらの機体に登場するパイロットは、高いレベルでの意識共有が必須なのだ。

 

「—————緊張するか、フィオナ?」

赤いパイロットスーツを身に纏い、アスランはフィオナに語り掛ける。

 

「いえ。私は、貴方とともに生き残る。それ以外に興味はありません」

吹っ切れたかのように、フィオナはアスランに微笑む。殺し文句といえるほどのセリフにもアスランは動じない。

 

「————俺たちに出来る事、それを今は実践しよう。リディアとハーネンフースの部隊は先行している。俺たちの任務は、パナマへの降下作戦を阻止すべく動いている第八艦隊の撃退にある」

 

第八艦隊。二人にとっては惨敗の記憶がよみがえる相手。しかし、今回は状況が何もかも違う。

 

そうこうしているうちに、発進準備が整う。

 

「ハッチ開放。我らの自由と正義に、星の加護を」

急進派らしい、気運を高めるような言葉。それがアスランにはとても耳障りで、フィオナには複雑な心境にさせるものだった。

 

 

「アスラン・ザラ、ジャスティス、出るっ!!」

 

「フィオナ・マーベリック、フリーダム、行きますっ!」

 

しかし顔には出さず、切り札を任された二人は、再び漆黒の闇を駆け抜ける。本当に守りたいものを守る為に。

 

 

そしてオーブ。アークエンジェルとレゲートの乗組員はオーブへと寄港していた。寄る辺を失い、軍人としての誇りを失った彼らに、驚くべき情報が飛び込んできた。

 

 

「オーブ保有の衛星より入電? ザフト軍がパナマへの侵攻作戦と思われる動きあり?」

パル曹長は、アラスカに続き、パナマをも陥落させようと画策するザフト軍の本気に一瞬狼狽えた。

 

「ああ。これはザフトも本腰を入れ始めたな。連合が分裂したすきに乗じて、一気にマスドライバーを破壊する気だ」

チャンドラも曹長も、ザフト軍の本気を肌で感じていた。

 

「しかし、パナマには最新鋭のモビルスーツ部隊もある。簡単には――――」

アップトン中尉は、パナマにはストライクダガーが配備されていると一同に説明するが、

 

 

「ああ。それに、気味の悪い少年兵たちがとんでもない動きしていたぜ。ありゃあ、化け物だ。俺はシミュレーションで圧倒されちまった」

ホリソン少尉も、パナマには自分たちとは次元の違う怪物エースがいたと証言する。

 

「少年、兵?」

その少年兵というところに、ニコルは反応した。連合は、志願兵も特例がない限り自分たちよりも年齢を経てから入隊する。だというのに、連合らしからぬ少年兵。

 

「—————ああ。白く輝く銀色の髪、だったな。後は―――――!?」

なんでもなさそうに、何とか思い出そうとするホリソンだったが、ニコルが目を大きく見開き呆然としていたので言葉が続かなかった。

 

 

「嘘、そんな――――」

 

そんな特徴、間違えるはずがない。嘘だと思いたかった。しかし、彼に嘘をつく理由は存在しない。

 

 

「嬢ちゃん? どうしたんだ?」

エリクが、肩を震わせるニコルに尋ねる。尋常ではない雰囲気、何か良くないことが起きていることだけはわかる。

 

「なぜ、私の知り合いが―――――どうして?」

 

イザークは生きている。しかし、自分と同じように連合の中にいた。彼がそう簡単に連合に下るはずがない。なのに、

 

「ホリソンさんッ。その方々の様子は、どう、だったのですか?」

恐る恐る聞くニコルに対し、ホリソンはバツの悪そうな、言わなければよかったと後悔していた。

 

「——————目は虚ろで、正気を疑うような言動。正直、会った時は狂人の類だと思っていた―――――あれは――――」

 

 

「ああ。エクステンデットだろう。アラスカに向かう前に、上官が教えてくれた存在だ」

アップトン中尉がその名称の正体を口にする。聞きなれない言葉、そして悪い予感しかしない意味。無論、アップトンの表情は心苦しいものだった。

 

「—————でも、なんなんですか? それは―――――ニコルさんの知り合いが、なんでっ」

テネフ少尉は、疑問を口にした。そのエクステンデットになるだけで、彼らが大人しくなるのかと。

 

「あれは、薬物などを用いた人体実験で生まれた強化人間だ。あれに人格は必要ない。プログラムされた通りに、敵を撃破する生体CPUであればいい。処置を行われた人間は、もうまともに生きることは―――――すまない」

 

 

「——————ごめん、なさい。苦しいことを、言わせてしまって。私は、大丈夫です――――ッ。ごめんなさい―――ッ」

 

手で顔を覆い、その場を後にするニコル。

 

「お、おい! 待ってくれ!」

そしてその後をすぐに追うエリク。

 

残されたアラスカ組の面々は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「—————そうだったのか。被検体は、どうやって選抜されるんだ?」

ホリソンがアップトンに尋ねる。

 

「身寄りのない孤児、からだろう。後は、異分子、特にコーディネイターも含まれるだろう」

 

そしてテネフ少尉に向き直ったアップトン中尉。

 

「ハーフコーディネイターということが早期に露見されていたら、危なかったな。奴らはもう正気じゃない。空の化け物を殺すためなら、悪魔にも魂を売る」

 

 

「—————私は、」

そこから先の言葉が続かないテネフ。こういう時、何といえばいいのか分からない。

 

そんな時だった。

 

「アマルフィが、走り去っていたが、いったい何があった?」

 

「パル、チャンドラ? パナマが攻撃目標らしいぞ。どうした?」

 

ナタルとノイマンが食堂にやってきたのだ。

 

どうやら、二人は走り去るニコルとエリクを見かけ、ここにやってきたらしい。

 

 

 

そしてオーブ本邸では、マリューはキラとアルベルトが再会していたが、今はそんな場合ではなかった。

 

「キラ君、それにアルベルト君も。生きていてくれてありがとう。だけど、この状況が過ぎ去ってからね、貴方たちの帰還祝いは」

 

今は、何について考える必要があるのか。それをマリューは第一に決めていた。

 

「はい。俺も、長らく冷静な目で世界を見ていたから。だからまあ、色々見えてきたものがある」

車いすに乗るアルベルトは、マリューの言葉を理解する。今は本当にそれどころではないということを。

 

「僕も、軽症だったのですぐに出れますよ。これのおかげで、ですけど」

ガンカメラを見せるキラ。もはや超人の類に到達した彼は、さらなる力を発揮するだろう。

 

 

三人は、揃ってウズミ・ナラ・アスハと面会し、今後の立ち位置について尋ねられていた。オーブ側としては彼ら経験豊富な軍人を取り込みたい狙いもあり、アークエンジェル側も受け皿になってくれるオーブを頼る利害の一致があった。

 

そして懸念すべきことは―――――

 

「第八艦隊が、ザフト宇宙軍と激突するかもしれない、ですか」

キラはハルバートンたちがどうなるのかが心配だった。有能で、生きていてほしいと思えるような温和な指揮官だった。

 

「ご存知の通り、穏健派はオーブの中立を保証している。ザフトも先のラクス・クライン返還で国交も大分ましになっておる」

 

 

「同時に、急進派も部隊を派遣し、低軌道宙域での戦闘が予想される。こちらはダイダロス基地からの連合主力艦隊だ」

 

つまり、穏健派の主力と、急進派の主力が鉢合わせになる可能性もある。

 

そして、これまで黙っていたカガリが、三人にあることを言い放つ。

 

「——————現在、オーブ軍としては戦艦クサナギをマスドライバーで宇宙に上げ、穏健派のサポートを考えていた」

 

 

「—————しかし、アークエンジェルがオーブ入港して間もなく、アフリカ和平が実現したのだ。これにより、穏健派はマスドライバーを確保した。第八艦隊の大義名分は失われ、地球衛星軌道の外側で転進したらしい」

 

 

「—————よって、作戦を変更。オーブ軍は中立である前に、世界の安定と平和のため、アフリカ防衛戦に参加する、のだが。表立って動くことはできない」

 

カガリは、オーブの中立であるというカードをまだ切るタイミングではないと説明する。

 

「ですが、オーブは穏健派と?」

マリューは、矛盾を孕むカガリの言葉に戸惑いを隠せない。

 

「—————なるほどね。アークエンジェルは良いカモフラージュになるわけだ」

 

アルベルトの的確な指摘に、カガリは表情を変えず、首を縦に振る。

 

「そうだ。オーブ軍であることを悟られぬよう、貴官らには表向き連合軍として動いてもらう。これは、ハルバートン大将との秘密会談で了承済みだ」

 

「提督の!?」

 

また肩を並べて戦うことになる。それがマリューには驚きだった。

 

「————人員もなるべく便宜を図ろう。キラ・ヤマト君は国防の要、動かすことはできないが、リオン・フラガ特尉をそちらに合流させよう」

 

「リオン君を?」

 

キラ君が国防の要ということを不思議に思うものの、リオンが来ることに心強さを覚えるマリュー。

 

「最新鋭の機体、ストライクグリントも彼とともに搬入させる。後は、修繕したストライク一号機、二号機もそちらに返還しよう」

 

つまり、アークエンジェルのベストメンバーをそのまま返還することに他ならない。

 

「カモフラージュの為、アストレイを出すことはできないが、キュアンとウィンスレットのコネで組み上げたザフト軍のモビルスーツ、しかもナチュラル仕様の機体も用意する」

 

何が何でも、アストレイは出さない決意を見せるカガリ。オーブがかかわっていること自体アウトなのだ。綱渡りだが、こういう時こそコネを使う時だ。

 

幸いなことに、ラス・ウィンスレットはリオンにゾッコンだ。父親も彼女の願いは叶えるし、もちろん報酬もある。断る理由は存在しない。

 

 

大気圏専用のモビルスーツのディンの飛行ユニットを、そのままジン・ハイマニューバに取り付けたのだ。無論、元来のウイングはオミットされ、大気圏専用機として新生したジン・オルタネイト。

 

ディンを上回る防御能力と、攻撃力を誇るジン・オルタネイトは、バックパックを変えることで元来の宇宙戦闘にも対応できる。なお、アストレイのバックパックも装着可能だ。

 

そして見ての通り、本機はストライクの受け売りだ。ゆえに、オルタネイトの名を冠することに。

 

 

そして、オーブ近海で見つかったザフト軍の最新鋭のモビルスーツ、ゲイツの残骸を回収。

 

バックパックと、脚部バーニアを増設し、再生。デュエル二号機同様に、ホバー機動が可能に。

 

名付けられた機体名称は、ブレイブ・ゲイツ。傷つき倒れた機体ではあるが、その限界を超えて戦う本機に祈りを込めて、名付けられた勇者の意味を付け加えた。スペシャルな施しを受けたゲイツとして、アークエンジェルに搬入される。

 

 

つまり、アークエンジェルに収容される機体は―――――

 

・ストライクグリント 

・デュエル二号機     

・ストライク二号機    

・ストライク一号機 

といったアークエンジェルの主力だった機体とリオンの機体。

 

そして改修されたザフト軍機を魔改造したモビルスーツ。これらの機体は、アストレイよりも高性能だ。

 

・ジン・オルタネイト×3

・ブレイブ・ゲイツ×3

 

総勢10機のモビルスーツによる、遊撃戦。

 

パイロットも、リオンを筆頭に、エリクという二大エース揃い踏み。ニコルも何を決意したのか、志願することに。

 

残り7名についてだが、

 

「なぜ、私に出撃許可が下りないのですか?」

 

「—————やっぱ、俺らにはまだ早い、ってことか」

ホリソン少尉と、テネフ少尉はオーブ守備軍に編入される。アサギ率いる第二中隊への異動により、一時的に前線を離れることに。

 

「まあ、そんな気落ちすんなよ。俺もひよっこだし、仲よくしようぜ」

そんな気落ちする二人の前に現れたのは、第二中隊の副隊長を務めるトール・ケーニヒ二尉。メキメキと腕を上げ、モビルアーマー慣れしていないことが功を奏し、準エース扱いとリオンに認定されるほどだ。つまり、雑魚狩りなら何でもないというレベル。

 

 

ここで大型新人の二人は、アークエンジェルから離脱。修練の期間に入るのだ。

 

 

「心配するな。二人の分まで俺が働いておくさ」

そして5人目の乗り手はパリス・アップトン中尉。ジン・オルタネイトとの相性がよく、すぐに採用となったのだ。

 

 

残り6名。リオンがなかなか人選を制限しているためか、相応しいパイロットを選ぶのに手間取っている。

 

「——————ふむ、中々難しいな。パイロットの人選は」

リオンは、パイロットの資料を読み漁りながら、唸っていた。

 

リオンは、意識的に新兵たちを人選から外している。いかに優れた才能を持っていようと、彼は精神的に未熟なものを連れて行く気はない。

 

それはトールであり、三人娘であり、アラスカ合流組のカップルである。彼らにはまだ早すぎる。

 

なお、アラスカ組のほうが年上だということは突っ込まないことにする。

 

そして目下の悩みは――――――

 

「どうしてこう、下級氏族は手柄を欲しがるのか」

 

下級氏族からの志願者もいるということだ。下級とはいえ氏族だ。こんな任務にどうして付き合うのか。

 

ワイド・ラビ・ナダカ。年齢22歳。ナダカ家の長男坊。何となくだが、カガリを狙っているような気がする。リオンの目線だが、あまり彼女にいい影響を与えるとも思えない。

 

ホースキン・ジラ・サカト。年齢21歳。サカト家の次男坊。正直まともそうなので、余ほどスタンドプレイはしなさそうだ。

 

しかし、妙に自分のことを尊敬している、という情報を知っているため、空回りしそうだと心配なのだ。

 

 

ガルド・デル・ホクハ。ホクハ家の当主。32歳。自分にもしものことがあった場合、弟に当主の座を託す約束事までして、志願したという。オーブの中でも軍人としてのキャリアは長く、正直アタリだとリオンは感じている。

 

ヴィクトル・サハクの名がどこかにあった気がするが、恐らく焼却処分したのだろうと納得する。彼を連れて行くなど有り得ない。それではラスに申し訳が立たない。

 

「—————仕方がない。この3人は候補にしよう。残り3名。さて、どうするか」

 

そして見つけた。

 

タキト・ハヤ・オシダリ一尉である。新人の中でも、とびぬけた才覚を発揮。トールと二分するほどの成績をたたき出している。

 

カイ・ヤマダ二尉、リョウタ・ワダ三尉、サブロー・スズキ二尉、マサオ・タナカ三尉も、なぜか知らないがオシダリについてきた。

 

「———————困った」

 

実は、コトー・サハクより人選は慎重にとのお達しが来ている。なるべく将来有望なパイロットは避けるようにとのこと。

 

 

人選が決まった。氏族を招集することに決めたリオンだが、やはり不安なので面談を行うことに。

 

 

「君が、ナダカ家の人間か。今回の任務への志願、感謝する」

 

「————はっ」

 

軟派そうに見えたワイドだが、猫を被っているのか酷くまじめな受け答えだ。

 

「————君のことは調べがついている。無理をする必要はない。砕けた言葉でも構わないのだが」

 

「————? では、お言葉に甘えて。俺も楽しみだよ、今回の任務と、モビルスーツでの実践に参加できるっつうんだからよ。人選は間違っちゃいねぇな。目の付け所がいい。俺を選んで後悔なんてさせねぇからよ」

 

とても自信家の様だ。リオンは若干目を細めたが、いいように利用できると考え、ある意味扱いやすいと判断した。

 

「————今回の任務もいろいろしがらみがあるからな。人材育成をしなくてはならないし、かといって力あるものを遊ばせる余裕もない」

 

「了解。俺らが生き残れば万事解決だろ?」

 

 

「ふん、その自信、生きて証明してみせるがいい」

 

 

野心を隠そうともしない姿勢はある意味信用できる。かなり上昇志向があるようだ。

 

 

続いて、ホースキン・ジラ・サカトについて。

 

「初めまして、サカト二尉です。今回の特務によんで頂いたこと、光栄の限りでございます」

 

 

「召集に応じてくれて、感謝する。さっそくだが目的地とその主目的はわかるな?」

 

「はっ、アフリカのマスドライバーの防衛、ですね」

要点だけはしっかりと心得ているホースキン。やはり真面目な兵士は貴重だ。

 

「穏健派とわが国にはつながりがあるが、それを表立って行動に移すと都合が悪い。穏健派にはビクトリアのマスドライバーを使ってもらう必要がある」

 

「—————停戦に向けた動きは? プラントにもつい先日、ラクス・クライン様がお戻りになられたとか。プラントの穏健派にも動きがあっていいのでは?」

時事ネタに目敏いらしく、ホースキンはプラント側の動きについて尋ねてきた。

 

「残念だが、パトリック・ザラの影響力がまだ強い。彼の支持率を低下させるには、連合軍が反撃する必要がある」

 

「そうですか……」

その報告を聞き、ほんの少し残念そうにしているホースキン。だが、

 

「しかし、我々のやるべきことは変わりません。まずはアフリカですね。先のことは首脳陣に任せ、我々にできることをするだけです」

 

 

「心強い言葉、信じていいのだな?」

 

「私に出来る範囲であれば、保証いたします」

あくまで冷静な物言い。リオンは彼のありようを少し理解した。

 

 

そして最後、ガルド・デル・ホクハとの面談に向かうリオン。

 

「お初にお目にかかる。ガルド・デル・ホクハ一尉です。微力ながら、今回の任務の力になれるよう、尽くさせていただきます」

 

「助かる。他のパイロットが色物ばかりだからな。貴方のフォローが、今後重要になりそうだ」

 

「私のフォローではどうすることもできませんよ。しかし、貴方に頼られるというのは、存外悪い気分ではないですね」

 

朗らかに笑うガルド。リオンは問題なさそうだと最後に安心するのだった。

 

「しかしリオン様。なにとぞお伝えするべきことがございますがよろしいでしょうか」

 

「? どうした、ガルド殿」

 

 

 

一方、アラスカで停滞被害を受けたザフト軍は、パナマ近海に展開していた。

 

「—————アスランやフィオナの部隊は、さすがに間に合わない、よね」

その突入部隊を率いることになったニーナは、穏健派とのにらみ合いで進軍が遅れている二人のことを気にしていた。

 

―――――ダメよ。こんな時二人を当てにするなんて。

 

自分は一部隊を任されているのだ。そんな弱気ではいけない。

 

—————エルトランド。今回の任務は少し歯ごたえがありそうだ。

 

作戦開始直前、クルーゼの言葉を思い出すニーナ。

 

 

―――――連合軍は量産型モビルスーツで迎え撃つらしい

 

彼の忠告ともいえるアドバイス。今回の戦闘は一筋縄ではいかない。暗にそう言っているのだ。

 

 

「連合軍に動きあり!! 敵主力艦隊が移動を開始!! まっすぐこちらに進路を取っています!!」

 

どうやら、にらみ合いに終止符を打つべく先手を取ったのは連合軍。余程モビルスーツに自信があるらしい。

 

「味方空母を守るのよ! 準備水中型モビルスーツを出撃させて。敵母艦を撃破すれば、制海権は取れるわ」

 

 

グーン部隊を出撃させるよう指示を飛ばすニーナ。アラスカで多くの軍人を失ったザフトは、年端もいかない彼女をも重責に捧げなければならない。

 

―――――今が苦しい時、だったら私が無理を押し通す

 

 

グングニールによるEMP攻撃で、全て終わり。パナマを落とせば月基地は干上がる。

 

 

ニーナはそんな未来を予感しながら、敵母艦を海と空から掃討していく。

 

 

しかしパナマ軍港の海域は、すでに砲弾が飛び交う戦場と化している。圧倒的な物量を絶えず送り込んでくる地球連合軍。

 

「ぐっ!?」

 

 

 

「弾幕がッ!? うわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

回避する空間すら許さぬ弾幕空間に取り込まれた僚機が、爆散していく。上空は既に爆炎によって薄汚れ、有視界戦闘には難しいものとなっていた。

 

 

―――――数で圧倒される!? これが、地球連合軍の一番のストロングポイント!

 

ニーナは、このまま砲撃戦で挑んでも消耗がひどくなるだけと考えた。

 

「戦艦の攻略の仕方はわかっている。私が突破口を開く!!」

 

 

今回用意された先行量産型ゲイツに乗るニーナは、敵母艦から放たれた弾幕をすり抜けるように急降下し、砲撃の死角へと回り込む。

 

 

確かに、圧倒的な物量にものを言わせる連合は脅威だ。しかし、旧態依然より変わらぬ戦艦の死角を突けば、この弾幕は鎮まるはずだ。

 

 

スラスターを全開に、機体とともに急降下したニーナは、その過度なGに表情を強張らせる。しかし――――――

 

 

―――――赤い彗星は、こんな動きだってできていた!!

 

彼は自分が苦痛に耐えながら実行する事も、涼しい顔でやり遂げるだろう。自分は世界最強をこの目で見ている。

 

なら、そんな存在に近づくためにも、この程度の軌道で根を上げる等許されない。

 

「うぉぉぉぉ!!!!!!!」

雄たけびを上げながら、海面スレスレの位置でトップスピードに入るニーナ。水しぶきを上げながら、まるでサーフィンをしているかのように戦艦の死角を一気に突き破っていく。

 

「ニーナちゃんに続くぞ! 急降下だ!!」

 

そして、先行して敵砲台を破壊するニーナに続けと言わんばかりに、ディンの部隊がそれに続く。

 

「突入部隊を支援しろ。奴らの眼を、少しでもこちらに惹きつけるのだ」

ボズゴロフ級にて指示を出すクルーゼは、突出するニーナがうるさい砲撃を止めようとしているのを瞬時に理解し、こちらの火力支援で敵艦隊の火力を足止めるする必要があると悟っている。

 

「——————本当に腕を上げたようだな。アスランはいい部下を持っていたな」

 

「そのようですな。さすがは名高きクルーゼ隊の―――――「今は、ザラ隊の戦士だ」失礼しました」

 

ニーナの奮戦により、物量で押されていたザフト軍の反撃が始まる。

 

 

「正面より接近! モビルスーツ多数!!」

 

「弾幕を張れ、面制圧で奴らを通すな!!」

 

連合艦隊も敵軍の狙いを見通している。如何に連携して穴をカバーするか、そんなことを考えていると―――――――

 

「ソナーに感あり! 魚雷音探知!」

 

「ええい、取り舵!! 回避しろ!!」

 

しかし、完全に回避しきれず、艦艇の底を一部破壊される。

 

「直撃しました!! 右舷ブロックに被弾!!」

 

「ダメージコントロール! 右舷隔壁閉鎖! これ以上の浸水を防ぐのだ!!」

 

しかし、水中より奇襲を受けた連合軍はあっさりと追い込まれてしまう。何しろ空と海からの同時強襲だ。

 

「艦長ッ!!」

 

部下の一人が叫んだ時には、目の前に一つ目の巨人がそびえたっていたのだ。

 

 

その数秒後、連合母艦は海の藻屑と消え、統制を失った連合軍は軍港へと敗走することになる。

 

 

「グーン部隊と艦隊の飽和攻撃を行え。まずは軍港を制圧するぞ」

 

クルーゼも、ボズゴロフ級の母艦から指示を出す。腹に何かを隠していても、彼は軍人だ。その命令に忠実に従う戦士なのだ。

 

 

こうして、ニーナとクルーゼの活躍により、パナマ軍港を制圧することに成功したザフト軍。

 

後は、降下地点を確保すればいいだけなのだが―――――

 

 

「パナマ基地より大型の熱源を確認! これは――――――」

 

その時だ。パナマ指令基地から大型の何かが飛び立ったという。しかもその大きさは尋常ではない。

 

「艦船クラスだと!? 一体どういうことだ!?」

 

副艦長もパナマの虎の子とも考えられる艦船の登場に表情が強張る。そしてそれは、クルーゼも知り得ない情報だった。

 

 

―――――パナマに大型艦船? 足つきがいるとは思えないが―――――

 

あれはアラスカで敵前逃亡し、どこかに消えた船だ。もはや構う必要もない存在。しかし、空を飛ぶ艦船といえば、足つきぐらいしか思い浮かばない。

 

 

だが、その時クルーゼの脳に電流が走る。連合の物量を考えれば、足つきタイプの艦船を複数製造しても不思議ではない。

 

あれは、アークエンジェルのデータを取り込んだ―――――――

 

 

「強烈な熱源を感知!! 陽電子砲の波長と一致!!」

 

 

「「「!!!!」」」

陽電子砲。現存する艦船の中では恐らく最強の一撃ともいえる陽電子砲の発射体制を感知したザフト軍。不敵な笑みを浮かべていたクルーゼも、さすがに表情が若干歪む。

 

「回避運動を取れ!! 動けッ!!」

 

「何処に隠れたらいいんだ!!」

 

「早く回避運動だ!! 薙ぎ払われるぞ」

 

各艦船は水中に潜行、もしくは潜行が間に合わないと考えた艦船は回避運動を取るが、前方より見える赤白い閃光が迫っているのが見えた。

 

焦りを感じさせる命令が錯綜している。ザフト軍も陽電子砲の威力は宇宙でよく知っている。しかも、艦船クラスであれを備えるなど常識外にもほどがある。

 

 

―――――アズラエルめ。窮鼠猫を噛むとはこのことか

 

その刹那。潜行したクルーゼと一部の艦船を除いたザフト艦隊はその一撃に照らされたのだ。

 

「クルーゼ隊長!? 今の光は!?」

 

通信にノイズが走り、一時的電波が不安定になったことに気づいたニーナは、慌てて彼に通信を送る。が、被害状況が分からない。

 

「あれは、陽電子砲の光!? 足つきはここにいないはずよ!?」

 

しかし、何がザフト艦隊を攻撃したかはわかっていた。あの驚異的な威力を誇る特装砲ならば、これだけの被害を発生させるのは、不思議ではない。

 

「—————足つき!? いや、色が違うっ!?」

 

「足つきと同型艦!? ミサイルきます!!」

 

「散開して回避!! 各個多角的にあの船を――――――ッ」

 

その時だった。パナマ軍港から大型のビーム攻撃が僚機を薙ぎ払ったのだ。しかも連射という質の悪いものであり、その攻撃はニーナたちを混乱に陥れる。

 

「くっ、これだけの距離で―――――ッ 今度は違う方角から!?」

 

二方向から大火力の攻撃を浴びるエルトランド隊。すでに、別動隊がパナマ基地へと進軍しているが、状況を確認する余裕はない。

 

「敵影は見えないの!? 誰か視認できるものは?」

 

しかし、修羅場をくぐってきたニーナは違う。何とか敵影を掴む必要があると味方に指示を飛ばす。このままでは嬲り殺しだ。

 

だが、よりによってニーナ自身が、その機体を見てしまうことになったのは、何という皮肉だったのだろうか。

 

 

「————————え?」

 

 

そのメインカメラが映し出したのは、自分がよく知るはずの機体だった。低軌道戦線から行方が分からず、オーブ沖で消息を絶った機体。

 

 

バスターと、バスターを守るように立ち塞がるデュエルの姿だった。

 

「———————イザーク、さん? ディアッカ、さん?」

震えた声で、つぶやかないわけにはいかなかった。あれは、紛れもなく彼らの機体だった。

 

装備が所々違えど、あれは彼らの機体なのだ。

 

 

「——————ザフト軍機、多数確認。排除を開始する。周囲の敵機の排除を要求する」

 

「了解。ブルデュエルは、ヴェルデバスターの直掩につく。行動開始」

 

彼女がよく知るはずのイザークからは、無機質な声が響くのみ。その瞳に光はなく、感情の全てを喪失した、文字通り戦うためだけに必要な存在。

 

エクステンデットの成れの果てと化したかつての仲間を感じてしまうニーナ。彼女たちは、ここから味方殺しという難業を突きつけられることになる。

 

そして、連合の狂気は、留まることを知らない。

 

 

「可能な限り、奴らを生きたまま鹵獲しろ。検体としての成功事例は完全に証明されている」

 

「空の化け物にはふさわしい末路だ。精々共食いを楽しむがいい」

 

 

もはや手段を択ばない狂気は、プラントに何を齎すのか。

 

 

 




難易度インフェルノと化したパナマ基地。


特機6機と圧倒的物量を、限られた部隊で対応しなければならないザフト軍。

第八艦隊が無駄に騒いで合流が遅れてしまったフリーダムとジャスティス。


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第46話 パナマ要塞攻防戦 後編

穏健派は直前で転進し、コンプトン基地へと引き返す。しかしザフト軍には穏健派は主力モビルスーツを多数配備しているという強烈な牽制を与えることが出来た。

 

何しろ、あの仇敵とも言えるストライクをベースにした量産機なのだ。もし、背後から強襲された場合、敗走は必至だろう。

 

 

「どうやら、穏健派は積極的な戦闘は望んでいないようだ。地上にいるニーナたちと急いで合流しなければ―――――」

 

ジャスティスを駆るアスランは、機体とともに大気圏へと突入する。この最新鋭の機体は、単独での突入を可能としており、万能機としての性能は一線を画すものを備えている。よって、兄妹機であるフリーダムにもそれは継承されている。

 

「—————嫌な予感がします。アラスカを放置した連合が、パナマを無防備にするはずがない」

 

恐らく、アラスカ以上の激戦区となる。地上との連携が不十分なまま、穏健派を警戒していた宇宙軍は、進軍計画が狂ってしまったのだ。

 

恐らく、すでに地上軍は戦闘状態に入っているだろう。

 

 

「こちら、フリーダム。これよりジャスティスとともに単独での大気圏突入を敢行します。ポッドの降下地点を確保します」

 

「ジャスティス、その任に追随する。行動開始」

 

パナマは連合の本拠地と言っていい。今、どれだけの戦闘が起きているのか。

 

―――――すでに、グングニールは降下済み。予定通りなら――――――

 

突入中に、フィオナは不安を隠せなかった。いくら計画上では完勝できると言われても、

 

 

「ジャスティス、フリーダム!! 応答せよ! こちら、コンスコン! 地上に降下したグングニールのマーカーが消え始めている!! 急いでくれ!!」

 

そんな時だった。作戦の要であったグングニールが破壊されているという途中経過。ザフト軍の勝利を後押しするそのやりが無力化されている恐ろしい事実に、

 

「急ぐぞ、フィオナ! 何かがおかしい。パナマには何かがいる」

 

アスランも、パナマで何が起きているのかが分からないでいる。Nジャマーの影響で通信が安定しない状況下だ。援護に向かいたいが、状況を把握しきれていない。

 

 

両機はついに大気圏を抜け、パナマ上空に突入した。地上では戦闘の爆発と思われる煙も見受けられ、尚も戦闘行動が継続されているのが分かる。

 

「地上部隊、聞こえるか!? こちらジャスティス。状況を報告せよ!」

 

アスランはチャンネルを開き、友軍機に呼びかける。が、

 

 

「な、なんだあいつは! ぐわぁぁぁぁ!!!」

 

 

「早すぎッ あぁぁぁぁあ!!!!」

 

 

「く、来るな来るな来るな!!! ぎゃぁ゛ぁ゛ぁぁあ!!!!」

 

 

アスランが聞いたのは、地獄の釜に引きずり込まれる友軍の断末魔だった。

 

「「!!!」」

 

 

パナマ近海に展開していたはずの友軍は、蹂躙されていた。

 

 

 

「連合の新型!? 迎撃する!!」

 

スラスターを吹かせ、新型に追随するアスラン。あの素早く飛び回る機体が遊撃として友軍を苦しめているのは明白だった。

 

 

「あん? 今度は赤い奴!? ははっ、面白れぇェェ!!」

 

赤髪の少年と言えなくもない新型の機体――――――

 

 

GAT-X370レイダーに駆るパイロットのクロト・ブエルは強襲した敵を前に笑みを浮かべる。

 

「新たな敵機体を補足。これより迎撃する」

 

そして、灰色の機体に乗る青年、“エクステンデットはジャスティスに乗るアスランの存在に気づかないまま、彼に襲い掛かるのだ。

 

その灰色の機体の名は、GAT-X252フォビドゥンの二号機。TP装甲を備え、機体の長時間稼働を実現したことに加え、光学兵器を無力化するだけではなく、曲げることも可能なゲシュマイディッヒ・パンツァーを搭載しているのだ。

 

これにより、フォビドゥンには光学兵器が無意味なものと化している。

 

「————!? この動き、手強い奴か!」

 

レイダーの動きに合わせ、アスランの隙をついてくる動き方。それは味方の視点から見続けていた動きそのものだった。

 

 

フォローが得意な彼のような動き。そして、それはかつての仲間を想起させるものだった。

 

「まさか、そんな馬鹿な、お前のはずが―――――」

 

動揺を隠せないアスラン。その背後から新手が現れる。

 

 

「おいおい、よそ見なんて余裕だね。だからさぁ、さっさと死ねよ――――ッ」

 

 

灰色の機体と特徴が酷似している機体が鎌を振りかざしてくるのだった。それを何とかシールドで防ぐも、アスランには決して弱くはない衝撃が襲う。

 

「ぐっ、ドリスが連合に? 何をしたッ!!」

苦悶の表情を浮かべながら、アスランは呻くように問いただす。

 

 

無論、ドリスは既に死亡しており、この世界にはいない。アスランの早とちりである。しかし、それを確かめる術は存在しない。

 

 

「はっ!! 何意味の分かんねぇこと言ってんだよ!! 死ねッ!!」

 

フォビドゥンでアスランのジャスティスに襲い掛かるシャニ・アンドラスは、自分にとってどうでもいいことを尋ねる彼に対し、息をするようにキレていた。

 

「アスランッ!! このっ、離れなさいっ!!」

 

フルバーストモードに切り替え、フィオナのフリーダムの高エネルギービームがフォビドゥンを襲う。が、

 

 

「はんっ!!」

 

肩部に伸びている盾上の装備がビームを曲げ、フリーダムの最大火力だった攻撃を無力化したのだ。

 

「なっ!? ビームが、曲がるっ!? はっ!!」

 

アラームとともに襲い掛かるクロトのレイダーの突撃を寸前で回避したフィオナ。特化型の機体を複数投入している連合軍。

 

特殊な盾を持つ機体が2機、高機動型のタイプが一機――――――

 

 

「特化型の敵機体を補足。これより迎撃する」

 

「—————迎撃する」

 

フォビドゥンが敵機体と交戦していることに気づいたイザークとエクステンデットが、アスランたちに接近する。

 

 

「なっ!? デュエルと、バスター!? なんでこの機体が―――――それに、このシグナルは」

フィオナも先ほどのニーナと同じように動揺を隠せない。あのシグナルは、あのコードは間違いない。

 

「イザークさん!? どうして貴方がここに!?」

 

 

「誰だ、貴様。貴様の存在など知らない」

通信に応えたその声は、聴き間違えるはずがない。紛れもなくイザークの声だ。

 

 

「あれほどの火力と、機動力。戦闘目的の変更を具申。鹵獲行動を推奨します」

 

「理解した。核動力の可能性あり。ニュートロンジャマ-キャンセラーを備えている可能性が予想されます」

 

次々と無機質な知り合いの声が響き渡る。まるで相手を人と認識していないかのような声色。

 

「そんなっ!!! 私です、フィオナです!! 私の声が聞こえませんか!?」

棒立ちになっていたフリーダムを体当たりすることで射線から退けたアスランは、フィオナに指示を飛ばす。過酷な戦場だが、このまま止まっていてはやられてしまう。

 

狂気しか存在しえないこの戦場で、強靭な精神力を持つアスランだからこそ、正気でいられるのだ。

 

「くっ、止まってはだめだ、フィオナ!! くそっ、このままでは――――ッ!!」

 

 

―――――仮に、本人だとしても、この状況では

 

手加減して、切り抜けられる状況ではない。

 

 

「フリーダムとジャスティスを援護しろ!!」

 

「特化型、くらいやがれ!!!」

 

パナマ基地に侵攻中の友軍が、窮地に陥っているアスランたちを援護する。が――――

 

 

「新たな敵を確認。排除する」

 

ヴェルデバスターの一斉射撃が、そのポイントにいたザフト友軍機を爆風の中に葬り去ったのだ。

 

「だめぇぇぇぇぇ!!!!」

フィオナが悲鳴を上げながらライフルを乱射するも、その一撃もドリスの乗るフォビドゥンに阻まれてしまう。

 

かつての仲間に対し、容赦のない一撃。爆発の後に残ったのは撃墜された友軍機の残骸のみ。

 

 

―――――先行していたニーナたちはどこだ!? まさか――――――

 

 

「グングニール、すべて破壊されました!!」

 

友軍から放たれる、絶望を知らせる凶報。パナマ攻略の切り札と言っていいカードが、すべて破壊されたのだ。

 

 

「くそっ、指示系統が分断されている! 各個撃破されるぞ!!」

 

アスランは残存勢力をまとめ上げ、パナマからの撤退を具申する。

 

「だめっ! あそこには、イザークさんが! ニーナだってまだ!!」

 

フィオナが泣きながらその命令に反対する。あの惨状の知り合いをそのままにしておくわけにはいかない。

 

しかし、尚も友軍はその圧倒的な物量と、アスランとフィオナでは抑えきれなかった特化型の機体によって数を減らされ続けている。

 

 

「いいねぇ!! 最高だぜ、この機体はよぉぉ!!」

 

オルガの乗るカラミティは、その特化型の最大の特徴でもある重火力によって、ザフト軍機を撃破していく。防御も回避も許さない。

 

単騎では規格外の砲弾の嵐が、狙われた敵を逃がさない。

 

「ぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「いやだぁぁ、やめろぉぉあぁぁ!!!」

 

「くるなっ、くるなぁぁぁ!!!」

 

そして運よく大破で済んだザフト軍機はさらに過酷な運命が待っている。しかし、それは現状この戦域にいるザフト軍兵士にとって想像し得ないものである。

 

 

「な、がはっ!?」

 

「貴様! うっ!」

 

コックピットから脱出したザフト軍兵士を麻酔銃で捕獲する連合軍兵士。

 

「検体を確保。よし、どんどん運べ」

 

「了解した。ゴーゴーゴー!!」

特殊な装備を身に纏う連合軍兵士が意識を失ったザフト軍兵士を運んでいく。それらを無造作に特殊車両に運び入れ、その場を後にしていく。

 

 

「—————くそっ、このままでは――――」

アスランはこのまま座して待つようなことだけは避けるべきだと考えていた。

 

――――せめて、フィオナ達だけでも―――――

 

もう動ける者たちだけを連れて撤退するべきだと。

 

 

だが聞こえてしまった。

 

 

「いやっ!! 離してッ!! 離してよぉぉぉ!!!」

 

周囲のノイズの中から聞こえた、女性の悲鳴。その瞬間、アスランの心が急激に冷えていく。

 

 

―――――なん、だ? 今のは――――――

 

 

「アスランッ!?」

不意に地上へと急降下するアスランを見て慌ててついていくフィオナ。

 

 

「行かせないもんねぇ!!」

 

「核エンジンの機体は鹵獲する」

 

「はんっ、どこ行こうってんだ!!」

 

しかしフィオナの前に、レイダー、ヴェルデバスター、フォビドゥンが立ち塞がる。

 

「このっ、邪魔よ!!」

 

 

 

地上に降り立ったジャスティスは、特殊車両に連れ込まれようとしているニーナの姿を視認したのだ。

 

「みんなを返して!! 返してよぉぉぉ!!!」

振りほどいたニーナが距離を取る。が、周りを囲まれ、命運が今にも尽きようとしている。

 

「………ッ!!!」

 

その時、生まれた初めてアスランは理性を放棄した。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ジャスティスの頭部バルカンがニーナを囲んでいた連合軍兵士に直撃していく。突然の爆音にニーナは蹲って悲鳴上げる。

 

そしてその爆音がやんだ時、ニーナは自分を囲んでいた連合軍兵士がミンチよりもひどい状況になっているのを見て、顔を青ざめる。

 

「あ……あぁ………」

 

これが戦争なのだと、これが奪われるものと奪うものの景色なのだと。

 

そしてそれは瞬く間にひっくり返されることもあるのだろ。

 

「——————ッ」

アスランは、マニピュレーターを動かし、ニーナの近くにまで動かした。早く乗れと。

 

「っ!」

その目の前の行動だけでそれを理解したニーナは迷わず飛び乗り、アスランのコックピットにまで移動するマニピュレーターが止まった後、開かれたコックピットの中に入り込んだのだ。

 

「アスラン、あの車両の中の人を―――ッ」

 

それだけで分かった。あそこには、友軍が捕まっていたのだ。

 

「ああ。すまない。ここを離脱する。あの車両だけでも――――」

今は、感情の一切が許されない状況。アスランは他の車両も存在しているであろう予想については強制的に考えず、ニーナの近くにいた車両だけを鹵獲した。

 

「アスラン!! ここはもう持ちません!!」

フィオナが特化型4機の集中攻撃に遭っていたのだ。機動力で同格のレイダー、防御能力で足止めをするフォビドゥンが二機、さらには後衛より隙を窺うヴェルデバスター。

 

このままではフィオナも危ない。

 

「すまん。誰かいるか!?」

 

辺りに通信を飛ばすアスラン。グゥルに乗っている友軍機を見つけた彼は、素早く指示を出す。

 

「この車両には友軍兵士が捕まっていた。これを母艦まで頼む!!」

 

「なんですと!? わ、わかりました!!」

 

アスランの言葉を信じ、部下はそのまま現宙域を離脱していく。これで、後はフィオナとともに離脱するだけだ。

 

――――確かに、ビーム無効化は厄介だ。だが―――――

 

それだけで追いつめられるほどこちらは落ちぶれていない。スピードだけが取り柄、砲撃だけが取り柄。

 

「すまない。かなり揺れる。何かにつかまっていてくれ」

辛そうな表情で、アスランはニーナに覚悟を強いる。まともな座席もない中、今から彼は博打に出る。

 

「は、はい。アスランの、思うように―――――」

そして、ニーナはそれを受け入れるしかない。強い覚悟を秘める彼を止めることなどできないのだから。

 

自分は、それすら超越する強敵と、何度も戦ってきたのだから。

 

 

「はっ!! 追いつくのを諦めたのか!」

レイダーに乗るクロトが、動きが鈍くなったジャスティスに狙いを定める。

 

 

「頂きッ!!」

後衛よりアスランに狙いを定めたオルガのカラミティの砲撃を最小限の動きで回避するアスラン。

 

――――あまり嬉しくはないが

 

ごく自然に、あの状況に移れるようになった自分を喜べるようになったアスラン。思考がクリアになっていく、全ての動きが目ではっきりと追うことが出来る超常的な現象。

 

その能力に。

 

 

「背後隙だらけなんだよぉぉぉ!!!」

 

鉄球型の近接装備であるミョルニルを振りかざし、強烈な一撃を狙っていたのだ。

 

しかし、ジャスティスはその一撃を盾で受け止めたのだ。否、そうではない

 

「—————ッ」

 

振り向きざまに盾をかざしたアスランは、スラスターを緩め、自由落下に近い状態を一瞬作り出した。その為、必殺を誓ったミョルニルの一撃がぶれた。

 

重力に引っ張られるように落下するジャスティスが、アンバック制御で機体の姿勢を修正し、

 

「へ?」

 

瞬時にスラスターで上空へと飛翔し、擦れ違いざまに一閃。

 

何が起きたのか、クロトはその光景を見るまで理解できなかっただろう。強い衝撃とともに、彼はレイダーの腕が消失していることに気づく。

 

「な、なんだぁぁ? こんなっ!?」

 

アスランは、レイダーに急速接近し、抜刀と同時にレイダーを切りつけたのだ。

 

「うっ……」

辛そうな声をあげるニーナ。急加速に対し、非常用シートで身を震わせるが、泣き言は言わない。

 

しかし、彼女の我慢がアスランに勝利を齎した。

 

「くそぉぉぉぉ!! 覚えてろぉぉぉ赤いのぉぉぉぉ!!!」

 

それでも致命傷を避けるように急所を守ったクロトは、続いて脚部ユニットを切断されるものの、地上へと落下して、戦線を離脱していく。

 

 

「クロト!? てめぇぇぇぇ!!」

怒りに染まるシャニが、アスランに向けてフレスベルグの連撃を仕掛ける。

 

「ビームが曲がる? あの盾か――――」

 

驚きこそあまり存在しえない。ビームを曲げる芸当をしたあの機体は、そこまでのことが出来ると。

 

「その隙、狙い打つわよ!」

 

アスランの動きで同様の広がる特化型の隙をついた、フィオナの一撃。光学兵器では無理と判断したフィオナは、レールガンで攻撃したのだ。

 

「くっ!? なっ!?」

 

レールガンの回避が難しいと判断したシャニは、盾でその攻撃を防御するも、

 

「おいおい、こっち向けよ!!」

 

 

「構う余裕は、ないわよ!!」

 

カラミティの攻撃をバレルロールで回避しながら、ハイマットモードで接近するフィオナのフリーダム。フォビドゥンの眼前に迫る。

 

―――――はっ! 一瞬止まるだけで十分だ。胴体だけ残ってりゃあいいんだろ?

 

 

しかし、フリーダムは眼前の自分を素通りし、

 

「がっ!?」

 

足場にしたのだ。急激な加速からの方向転換の先にいたのは、

 

「!?」

 

エクステンデットの乗るフォビドゥン二号機。この機動には予想し得なかった彼もあせる。

 

「いいから早く起きなさい、この馬鹿ァァァ!!!」

強烈な蹴りが、コックピットに入れられたのだ。思わず衝撃で身を震わせるエクステンデット。当然だが、フィオナもアスランの物言いで勘違いし、ドリスが生きているものだと考えていた。

 

「!?」

地面にたたきつけられ、動かなくなるフォビドゥン二号機。逆に鹵獲しようとするフリーダムの動きを見ていたシャニは、

 

「おまえぇぇぇ!! っ!?」

 

コケにされたと憤っていたが、次の瞬間その感情はかき消される。

 

紅色の支援ユニットが、突如真っ直ぐこちらに機銃を放ってきたのだ。これをガードするシャニだが、あれは赤い機体の背中に装備されていたユニットというのを覚えていた。

 

――――どこに!?

 

「はぁぁぁぁぁ!!!!」

太陽を背に、ジャスティスは直上よりフォビドゥンに急降下していたのだ。気づいた時にはまず太陽の光がメインカメラを一瞬焼き、

 

 

そのビームサーベルがフォビドゥン自慢の盾を貫いた。

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

悲鳴とともに機体ともども衝撃で吹き飛ばされるシャニ。とっさに盾を犠牲にすることで、致命傷を避ける格好だが、屈辱的な場面であることは間違いない。

 

「—————あと、残りは何機だ?」

 

アスランは、この短時間で鬼神の如き強さを誇っていた。初見でしかも特化型の機体を二機撃退。連合の旗頭になり得るはずの、最新鋭のモビルスーツを打倒して見せた。

 

 

「くっ、もういいだろう。離脱するぞ、フィオナ!」

 

「は、はい!!」

 

ハイマットモードからフルバーストモードに切り替えたフィオナは、その追撃をけん制する目的で手当たり次第に砲撃を加え、相手の動きを止める。

 

 

「くっ!! この野郎、待ちやがれ!!」

盾で防御するオルガ。だが、なかなか攻撃に移れない。

 

「回避優先」

 

「回避を優先する」

 

イザークとエクステンデットたちも、回避を優先する。そして攻撃に移るにはすでに彼らは遠くに離脱していた。

 

 

局地戦闘では敵を圧倒したアスランの奮闘もむなしく、ザフト軍はパナマを攻略することが出来なかった。

 

 

 

ザフト軍は、アラスカ基地攻略に続き、甚大な被害を被ってしまい、地球圏での大規模な作戦行動が困難になってしまった。

 

 

博打に勝つことが出来なかったプラントは、今後窮地に立たされることになる。

 

 

そんな未来をまだ知らないアスランとフィオナは、クルーゼ隊長が待つ母艦へと帰投する途中だった。

 

「——————まだ奴らの勢力圏だ、油断するな」

 

 

「結局、イザークさんは―――――」

 

沈痛な表情で、彼らを連れ出すことが出来なかったことを悔いるフィオナ。

 

 

「クルーゼ隊長。特殊車両を運んでいた友軍機は、帰投済みですか?」

 

 

「? 車両だと? 聞いていないが―――――」

 

 

目晦がした。アスランの視界が暗転しかねないほど、彼はショックを受けていた。

 

「そ、そんな――――――」

助けられなかった。その事実だけが彼を抉る。

 

「——————アスラン、さん―――――」

 

そして唯一生き残ったニーナは、隣で肩を震わせている彼の名を呼ぶことしかできない。

 

「——————俺が、もっと早く戦場に駆けつけていれば―――――」

 

彼らは、助かったかもしれないのだ。

 

「アスラン—————アスランは、ニーナを助けたじゃないですか」

 

フィオナは、彼が救った命に目を向けさせた。

 

「—————だが、俺の手からまた、零れ落ちたんだ。俺の、力が足りなかった」

悔しさに身を震わせるような声ではない。諦念が、またしても彼にまとわりつく。

 

 

―――――俺では、世界は救えない。届きもしない。

 

目の前の命すら、救うことが出来ない。

 

 

―――――プラントは、どうなるのだろうか

 

地球圏での作戦行動は、これでもう不可能になっただろう。後は宇宙での戦いが主戦場になる。

 

————プラントの未来を守るには—————

 

穏健派と、そしてオーブ。それは赤い彗星が種を蒔き、生み出した大きなうねりの中心。

 

迷っている暇はなかった。アスランはカーペンタリアについた後、ある決断を果たすことになる。

 

 

一方、パナマ攻略すら失敗に終わったプラントは荒れていた。

 

「どういうことだ。これで戦争が終わるのではなかったのか」

 

「甚大な被害、そして連合軍の反攻作戦。採算が合わないぞ」

 

穏健派はこぞってザラ議長の責任を追及する。連合軍の反攻作戦前に、講和なり有利な条件を引き出すほうがよかったのではないかと。

 

そして、穏健派となら上手く交渉が出来たのではないかと。

 

「今ここで、そのような議題こそ不毛だ。オルバーニの譲歩案をお聞きになったか!?」

 

 

「今と昔は状況が違うのだ。アラスカを失った連合も疲弊している。仲介役にスカンジナビア王国、アフリカ連合、そしてオーブがいる。穏健派もこれらの勢力との関係を強くしている。国体維持ならまだ間に合う。どうか考えてくれないか、パトリック」

 

そんな中、穏健派の長であるシーゲル・クラインは連合もアラスカを失ったダメージは大きいはずと説明し、仲介してくれる勢力もいる状況を活かさない手はないと助言する。

 

「ナチュラルどもに、屈しろというのか!!」

 

腹立たし気に、パトリックはその意見に対して強い拒絶の意思を見せる。

 

「そうではない。我々は連合軍に勝つのが目的ではない。我らの目的は独立することだったはずだ。違うか、パトリック?」

 

「この状況で甘いことを抜かすな、クライン!! より大きな成果を見せつける必要があるのだ!! 連合に弱さを見せつければ、それこそ思うつぼだ!!」

 

議会は紛糾。しかし、確実にパトリック・ザラの求心力は低下していく。

 

だからこそ、穏健派は今こそ行動に移すべきなのではと考える。

 

だが、パトリック・ザラにはまだ切り札があったことを見落としていた。

 

 

宇宙が初めて戦場となり、大量破壊兵器が次々と生み出されていく時代の頂点に位置する悪魔の兵器。

 

それは、核の力ではない。プラントにあれほどの爪痕を残したその力すら超越する大いなる人知の結晶。

 

「おのれ、ナチュラルども」

 

パナマ防衛の余波は、世界に混迷を齎す。

 




ニーナちゃんはかろうじて生き残りました。そして戦後の法改正でアスランが救済される未来まで見えます。

今更ですが、アスラン君こんなポテンシャルあったのか。義理堅い、頭堅いを意識して描いたつもりですが、ここまで化けるとは・・・・

逆にキラ君は悪女いないと覚醒しないんだな・・・・主要人物に成り下がってしまった・・・・


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第47話 まだ君は、己の運命を知らない

今回、ギリギリな描写があります。寸前だから、セーフのはず。


46話との連続投稿です。46話をゆっくり読んでから読み進めてください。


オーブ軍所属となったアークエンジェルに出立の時が迫る。その見送りに、トールとミリアリア、キラはやってきていた。

 

「その、キラ……その眼—————」

 

「うん。トールたちにはいいかな」

キラは眼帯を外し、その場所にないはずの瞳を彼らに見せる。

 

アメジスト色だった左目が灰色の色に変わっていたのだ。明らかに失明して、人口の眼球を用意したことが見て取れる。

 

「うん。僕の未熟さの象徴、かな……でも、だからこそ見えなくなって、見えてきたものがある」

 

この眼球は生来の眼球にはないデータリンクでつながるという利点がある。通常の人間では耐えきることが出来ない情報量を処理できる彼の頭脳だからこそ、膨大な情報を迅速に処理し、瞬時に判断することが可能となっている。

 

それは演算による未来予測、音紋観測、光学観測も可能であり、それはキラ・ヤマトの身体能力の向上にも一役買っている。

 

 

 

つまり、キラ・ヤマトはリオン・フラガに匹敵する強力な予測演算が可能となっている。さらにいえば、自身の戦闘に特化したリオンとは違い、戦術レベルでの予測演算が可能となり、データリンク次第で戦場を見渡すことも可能だ。

 

 

他者の機体の目と耳を借り受け、戦場を見渡す支配者。

 

 

 

これこそが、彼をオーブの要へと押し上げた要因。人類の技術の結晶をその眼に秘めた、限りなく最強に近づいた存在。

 

 

すなわち、最高の守護神。

 

 

「—————キラは強いな」

 

「強くありたいと思っただけだよ」

 

「でも、今は眼帯をしているのよね?」

ミリアリアは、眼帯で隠れたキラの眼を見て、その理由について首をかしげる。

 

「うん。あまり稼働させると良くないからね。見え過ぎるのもちょっとね」

 

「例えば?」

トールが何気なく尋ねる。

 

「いろいろな情報環境とかかな。後は体脂肪率、身長、体重とか」

正直に話したキラだが、言わなくていいことまでいってしまった。

 

「—————キラ?」

ミリアリアがいい笑顔でキラに尋ねる。言葉で伝えなくてもわかっているな、と。

 

「むしろミリィのスリーサイズをぐぼぉぁぁ!?」

脇を強く抓られてのたうち回るトール。ミリアリアはやや顔を赤くしてキラに伝える。

 

「もし彼女が出来ても、こんな彼氏にはならないでね?」

 

「う、うん……(怖い)」

 

 

 

「悪い、遅れちまった!! って、何だこの雰囲気!?」

そこへ、遅刻したアルベルトがやってきてトールが感動して泣きついてしまう事態が発生。

 

「この馬鹿野郎!! 心配したんだぞ!! 面会謝絶ってい聞くから、本当に、ホントに———もうっ!!」

涙を流してあるが生きていることを喜ぶトール。友人思いな彼らしい対応なのだが、

 

 

—————なんで私はアルベルトに嫉妬しなきゃいけないのよぉぉ

 

ミリアリアはあんまりおもしろくなさそうだった。無論アルベルトが生還したのはいいことなのだが、トールを独占されているようで、彼女として面白くない。

 

「——————と、トールは相変わらずだね」

苦笑いのキラ。ミリアリアの表情を見ていくらか予測してしまっているので、空気を読む前に彼女がどういう気持ちなのかを知っているのだ。だからこそ気まずい。

 

「なんだよ! アルベルトが無事だったんだぞ! こうして何とか生き残れたし、神様に感謝だぜ!」

 

しばらく、テンションが高めのトールに振り回される一同だった。

 

 

そして一方、意図的に連合軍の軍服を身に纏っているアークエンジェルのクルーたち。

 

「まさかまた、この軍服を袖に通すとはなぁ」

 

「ま、今度は覆面のようなものだけどな」

 

「しかし、これ以上ない有効活用だ。この国にとってはな」

 

ケネス、チャンドラ、パルの三人組は、オーブの綱渡りな謀略に感嘆しつつ、意識を改め次の戦場に備える。

 

「けど、憂いなく戦えるのはいいかもな。後ろが信頼できると、こうも戦いやすいとはな」

ノイマンは、アークエンジェルから見えるいつもの景色に安心感を覚えていた。そして、オーブというバックがまともであることを理解し、その効果を感じていた。

 

「ええ。そして、この戦いが地球を、そして戦争終結につながるのであれば。それは私の戦う理由に直結します」

 

艦長席に座るナタルは、強い意志をもってアークエンジェルの艦長を再び務めていた。モルゲンレーテからの強い要望により、後方で技術主任として船を降りたマリューに代わり、艦長としてこの船に座るナタル。

 

「—————あんま、無理すんなよ。その為の機動部隊だ」

そして口癖継続中のエリク。

 

「—————無理しないでくださいね、エリクさん」

ニコルはそんなエリクの横に立ち、彼を気遣う。

 

「—————嬢ちゃんに気遣われるとは、俺もまだまだ冷静じゃないかもな」

悔しそうにするエリクだが、あんまり深刻に悩んでいるようには見えない。むしろ、安心しているような様子だった。

 

 

そして、今後のアークエンジェルの指針が決まる時間が訪れる。

 

「————当面の目的は、アフリカ降下予定のザフト軍の撃退にあったが、状況が少し変わった」

 

モニターに映るカガリは、毅然とした表情でアークエンジェルに作戦概要とその背景を説明していく。

 

「パナマ攻略防衛戦で連合軍が勝利したため、連合のマスドライバーは2つとなった。そして同時に、ザフト軍は地球圏での大規模な軍事行動が困難となるほどのダメージを受けた。ゆえに、ザフト軍の地球圏での作戦行動は衰退し、主戦場は宇宙になる」

 

 

「——————宇宙での決戦か?」

ナタルは、カガリの言う通りならば宇宙での決着がこの戦争の道筋になるだろうと悟る。

 

「ああ。パナマでの連合の抵抗はある程度予想できた。ザフト軍にも、連合にもダメージがあると考えていたが、予測に誤差があった。連合には戦術を覆す特機が複数存在する可能性が高い」

 

特機。それはエリクやキラのような戦術をひっくり返すような存在。単騎で戦場を一変させる存在。

 

そして、オーブに干渉するであろう急進派に、それが存在するということが問題なのだ。

 

「—————特機の撃破が、今回の任務、という単純なものでもなさそうだな」

ナタルは、カガリが単純にそんなことを言っているわけではないと判断している。

 

「リオン・フラガ。詳細を開示しろ」

 

「了解した」

 

モニターから見えるリオンに目で合図を送るカガリ。少佐クラスの連合軍服に身を包む、リオン・フラガ特尉がデータ媒体を自前のノートパソコンに接続させる。

 

 

「今回問題なのは、プラントが持つ大量破壊兵器についてです。巨大ガンマ線レーザーを発射できるカードがプラントには存在する。もしこれを地球に発射した場合、小惑星衝突クラスの環境変異が発生する見込みだ」

リオンがディスプレイに映し出したジェネシス概要を説明していく。息を呑む一同。こんなものを作っていたのかという畏怖と、その威力に悍ましさを覚えた。

 

 

「—————ま、待って!! こんなの知らない!? こんなものが、プラントに!?」

ニコルが錯乱したように叫ぶ。あまりにも悍ましい兵器を前にして、彼女は愕然としてしまった。平時は冷静でも、大量に人を殺すことだけに特化した兵器を前にしていてもたってもいられない。

 

なぜならそれは————

 

「それはお父様が、外宇宙航行技術の革新のために、作っていたはずなのに—————」

 

自分の不在、もしくは戦死扱いで、父親は変わってしまったのだろう。穏健派だった彼が、平和利用されるはずの施設が軍事要塞と化したというのは、そういうことなのだろう。

 

「—————心中、察することも烏滸がましいが、気をしっかり持ってほしい。特に、プラント出身の貴女には、苦しい話になると思う」

カガリは、そんなニコルの様子を見て退席しろとは言わない。ただ、その現実を見ろとだけ言い放つ。

 

「—————取り乱して、すいませんでした」

 

 

 

「————だが、正気を疑うような威力を誇るこの兵器は、堅牢な守りに包まれている。その技術の一つがPS装甲。通常のモビルスーツであれば、光学兵器への脆弱性を示してしまうが、PSの性質として、互いに衝撃を分散させ、拡散させることにある。つまり、これほどの巨大兵器に使用されているということは、拡散、分散できる容量の次元が違う」

技術的な側面はリオンの補足説明が入る。そして、ジェネシスの防御機能は文字通り次元が違うことを説明し、通常攻撃では破壊が難しいことを示す。

 

 

「————!!!」

 

「おいおい。ってことは」

エリクは、その説明である仮説を思い浮かんでしまう。

 

「理論上、アークエンジェルの最大火力を誇るローエングリンでの破壊は不可能という計算結果が出た。さらに言えば、プラント本国に近いヤキン宙域に位置するため、守備隊の物量も今まで以上になるだろう」

 

そしてそんな巨大兵器を守らないはずがない。ザフト軍は虎の子の兵器を守り通すだろう。

 

つまり、迫りくる敵部隊を撃破しつつ、ローエングリンでも破壊できないとみられる巨大兵器を無力化する必要がるということだ。

 

「これが地球に向けられる前に対処したい。このミッションは、地球存亡をかけた問題だ」

ただ、とカガリは補足説明をする。

 

「急進派の連合軍は、近頃オーブの協力を要請するようになってきている。今はまだ大人しいが、穏健派との分裂で、いずれ痺れを切らすだろう」

 

 

「よって、オーブ軍は排他的経済水域外への防衛網をひそかに構築。急進派の強硬策に備えるものとする。アークエンジェルは広域センサー外に配置し、オーブ近海に展開するであろう連合軍の背後を強襲せよ。戦術に関してはナタル・バジルール三佐に一任する」

 

「そしてオーブ防衛戦の後、アークエンジェルは宇宙に上がり、穏健派とザフト軍の横やりを突く形でザフト軍巨大要塞、ジェネシスを破壊せよ。困難な作戦が二連続で続くが、物資と人員は可能な限り融通を利かせる」

 

 

「その作戦、確かに拝命しました」

 

 

「次の作戦に備え、アークエンジェルの出航は遅れることになる。各自しばらくは自由行動をして構わない。以上だ」

 

モニターが消える。そしてそんな彼女の様子を見ていたリオンは、それを見て安心に想う。

 

————ああいう顔も、板についてきたな

 

 

 

一方、作戦概要と細かな指示を終えたカガリは、

 

「—————これが、リオンがいつもいた場所なのだな」

 

自分の言葉一つで人命が左右される。その言葉だけに重さが違う。毅然としなければ、部下は安心して作戦を遂行できない。

 

しかし自分はやり遂げた。それが救いだった。

 

「ご立派でした。見違えましたよ、カガリ・ユラ・アスハ」

 

その横にいるのは、ロンド・ギナ・サハク。いつかは彼女を混乱に乗じて暗殺するつもりだったが、今の彼女を殺すメリットはないと判断し、大人しいままだ。

 

「————まだ序の口だ。リオンに比べ、私のことを半分も認めていないだろうに」

ジト目で睨むカガリ。お世辞だけはうまく、表面上の言葉がイマイチ信用できない輩だから、安心はできない。

 

 

「精々ボロを出さぬことだ。うっかり手元が狂うかもしれんからな。内心、心配なのだろう? 奴のことが」

 

「お前ッ!!」

 

不敵な笑みと言葉を残し、部屋を後にするロンド・ギナ。激昂するカガリは、リオンのことで心を乱されたことでギナに対して敵意を見せる。

 

—————この狐が

 

 

改修したアストレイゴールドフレームを内密に所持しているロンド・ギナ。サハク家次期当主として権限の半分を握る彼は、ロンド・ミナすら最近は疎んじるようになっている。

 

カガリの理想は、オーブが何者にも侵略されない強い国づくりだ。そしてそのうえで各国が相互に中立を標榜し、安定と平和を維持する。

 

しかしロンド・ギナは違う。オーブこそが世界の道標であり、オーブが世界の中心となるべきと提唱し続けている。

 

相次ぐ戦略的な優位により、オーブこそがと考える下級氏族も存在している。リオン・フラガという絶対的な存在がいるからこそ、驕りがあるのだ。

 

それは、現体制を打破する流れになりかねない。つまり、今のプランが崩れ去ることに他ならない。

 

そこまで膨れ上がれば、彼はもはやオーブにとって危険な存在だ。

 

「——————そうか。ギナの心は変わらずか」

物陰に息をひそめていたのは、ロンド・ミナ。ロンド・ギナの真意を確かめるため、敢えてカガリと口裏を合わせ、潜んでいたのだ。

 

「————ははは。私に黒い部分はないと、子供のころは信じていた」

無表情を装いながら、カガリは揺れていた。

 

 

「————政治家とはそういうものだ。綺麗事だけでは追い付かない」

ロンド・ミナは、カガリの真意を瞬時に理解する。そしてその葛藤があることに安堵する。

 

————危険因子を処理することに躊躇いは無い。だが、

 

しかしミナは、人間らしさまでは失わない彼女を信用していた。政治家に成り果てるのではなく、血の通った政治家であり続けたいというカガリの意思は、尊いものだと。

 

————お前はオーブを照らす太陽だ。太陽は、現在と未来の為に突き進めばよい

 

 

サハク家は、代々オーブの影としてこの国を守ってきた。どんな手段をとっても、どんな汚いことをしても。

 

「其方は前だけ見ているがいい。進めぬ道というならば、私が切り開いて見せよう」

 

「っ」

 

ミナに比べて小柄なカガリをやさしく抱きしめ、諭すように言い放つ。カガリはその言葉に反応したが、何も言わなかった。

 

しかし、その眼は訴えていた。

 

 

「そんな顔をするな。死に別れるわけではあるまいに」

そしてカガリの泣きそうな顔を見て、微笑んだロンド・ミナ。この愛くるしい次世代の指導者は、リオンではないが仕え甲斐がありそうだ。

 

————周りの者を本気にさせてしまう。力になりたいと思わせてしまう。それは才能で有り、其方の良いところだ

 

そんな彼女が今の様に冷静であれば、何も心配はいらない。

 

 

カガリの部屋を後にした後、ロンド・ミナはフラガ家本邸を訪れた。

 

「——————なるほど。念には念をということか」

ミナと会話するのは、リオン・フラガ。彼女の意図全てを理解し、こうして彼女の依頼を受けるつもりでいるのだ。

 

「ああ。そういうことだ。オーブにとって危険な存在は排除する。獅子の娘は状況を理解しているが、あ奴には酷な選択だ。これも、贅沢な問題なのだろう」

 

原因は其方が頑張り過ぎるからだぞ、と口元を崩すミナ。

 

「それは予想外でした。ただ、浮ついた氏族にはお灸をすえる必要があると常々考えていましたから」

これはあの下級氏族から聞いた噂だった。ガルド・デル・ホクハ一尉からおおよその状況を理解したリオンは、オーブの為にならないと断じた。

 

「セイラン家のファインプレーも大きいといえる。意図的に情報を流し、連合打倒の思想をギナが持っていると唆せば、人柱もつれた。オーブは余程スパイにとって居心地がいいらしい」

 

「その体質を直すための暗部ですが、先は長いです」

セイラン家がロンド・ギナの危険思想を話し、スパイに刺激を与えたのがよかった。こぞって動き出してくれたおかげで捕まえるのは容易だった。

 

後は、事情を知るこちら側の氏族と口裏をあわせばいい。

 

 

「今夜サハクの別邸で、急進派の会合がある。チャンスは一度のみ、愚兄はあの娘が黒い手段を取るとは考えておらぬ」

 

 

「——————」

リオンはミナの説明を聞いてしばらく黙り込んでしまった。そんな彼を見て、不思議そうにするロンド・ミナ。

 

「————其方も心配しておるのか? あの歌姫のおかげか」

 

 

「————心苦しさはあるな。こんな汚い仕事の片棒を、貴女に担がせてしまった」

家族で殺し合いという時代がなかったわけではない。しかし、それをさせてしまうのはリオンといえど何も思わないはずがない。

 

視線を落とす彼に対し、困ったような笑みを浮かべるミナ。

 

「ならば、この影を照らすような世界を作り上げるが良い。心苦しさを感じるのであれば」

 

逃げるな、とミナはリオンに対し突き放すような物言いをした。そこには恨みも悲しみも、失望の色も存在しない。

 

為すべきことを、自分が信じる道を貫き通せと訴える、オーブの影の軍神の姿のみが映る。

 

 

「——————其方は色々と自分のいない世界を想定しているようだが、逃げることなど許されんぞ」

光る人材を積極的に取り入れ、カガリの助けになる存在を保護した。

 

あのアークエンジェルは歴戦の猛者が乗る戦艦。そこに乗り込んだクルーも人的資源だ。彼の心はいつも世界とオーブ、そしてその先にある彼女の未来に向いていた。

 

もし自分がいなくても苦労しないようにと、思わずにはいられなかった。

 

「——————逃げてはいない。見え過ぎる眼が何を映すのか。そのビジョンがいつか、俺の意思すら捻じ曲げるかもしれない、そんな気がしてならない」

 

能力に呑まれるという恐怖を、初めて口にしたリオン。自分の意思で、行動し続けたつもりだった。自分なりの考えで動いてきたつもりだった。

 

最近、自分の眼は、頭は不明瞭な何かを映し始めている。それはあの亡霊の記憶であり、成り代わりを恐れているわけではない。

 

今映し出されているビジョンが、本当にあの亡霊の記録だけならいい。しかしもし—————

 

「何があろうと、其方は離さぬ。オーブの為に、あの娘の為に、生涯をささげてもらう」

弱気になったリオンの背中を叩くような物言いを止めないミナ。そして、心から力になりたいと思う黄金の少女の傍らにいろと、願うのだ。

 

 

「———————あの子は、俺にはまぶしすぎるよ」

カガリは眩しすぎる。穢れを知らぬ太陽のように力強く輝く光。それに手を刺し伸ばしたところで、イカロスの二の舞になるのは目に見えている。

 

影である自分には、不相応だと。

 

 

「それを決めるのは私でも、其方でもない」

事あるごとにリオンの言葉を折り続けるミナ。肝心なところで逃げ続ける彼に怒りを感じ始めたのか、言葉に棘が出てきた。

 

「主であるあの娘が決めることだ——————だが、そうさな—————」

フッと笑みを浮かべるミナ。踏ん切りがつかないリオンに対し、彼女はある爆弾発言で揺さぶろうと画策したのだ。

 

 

「もし奴が臆したというなら、いつでもサハク家に来るがいい。其方なら不満はないぞ?」

 

 

 

突然の突然な言葉である。思わず皆を二度見してしまうリオン。本気なのか、と。

 

 

「————————未来が、俺の未来が続くなら—————そして、貴方の言うとおりになれば、考えないでもありません」

 

 

——————其方は、なぜそんな顔をする?

 

 

儚げな笑顔。最近のリオンは何かがおかしい。過去のメモリーに影響を受けていることといい、何かがリオンの精神を脆くしている。

 

そして、リオンが未来という言葉を耳にするたびに、彼は表情を悟らせぬよう笑顔であることに努めようとする。

 

 

——————其方は、その眼で何を見た?

 

 

「リオン—————お前—————」

 

まさか未来を見たというのではないだろうな、と言いそうになったミナ。しかし、彼女の理性がそれを阻んでしまう。いくら彼でもそんなことは不可能だと、理性が働いてしまう。

 

 

僅かな躊躇、それが本音を見せ始めたかに見えたリオンの———————何かが固まった、瞬間だった。

 

 

弱気な雰囲気はどこへやら、彼は自分を取り戻していた。いつもの、不敵な笑みで何もかも見通す聡明な青年へと戻っていた。

 

「ミナ、壁というものは、乗り越えるもの。ならば、俺はそれを掴み取る努力を怠らない。あらゆる障害を乗り越えてきたのは知っているだろう?」

 

そして、儚げな笑顔が幻の如く、力強い自信に満ち溢れた顔に変貌するリオン。

 

「運命は、選ぶもの。そして結果なのだと。ならば俺を信じろ。未来は続く、ならば俺は消えない」

 

 

「リオン。何を——————」

 

 

「後始末、よろしく頼む。お前の手は汚れない。いや、俺が汚させない」

 

 

 

 

 

その夜、サハクの別邸にて会合が行われていたが、期待した人数ほど集まらなかったことに不満を覚えたロンド・ギナ。

 

日は沈み、オーブが覇権を取るにはどうすればいいのかという激論が展開されていたが、どれも俗物じみたものでしかなく、彼の期待する答えは出てこない。

 

結局は下級氏族の不満の受け皿なのだ。現状に不満を抱える氏族たちの鬱憤の掃き出し場。自分の崇高な理想で、そんな俗物しかいないことに怒りを覚え、会合中に抜け出してしまったのだ。

 

 

しかし、これはあまりにも不気味だ。

 

「———————おかしいな」

先ほど馬鹿みたいに騒いでいた輩の声がしなくなった。それはあまりにも不自然だ。

 

そして超人的な聴力でこの場に相応しくない風切り音が絶え間なく続いていることに戦慄を覚えた。

 

—————まさか、アスハがそのようなことを—————ッ

 

瞬間的に悟ったロンド・ギナ。アスハは自分たちと同じような汚い手段はとらないはずだと逆に信じていた。アスハは綺麗事しかできない。

 

サハクはその肩代わりをして、汚い仕事を引き受け続ける。その体制も自分が変えてやると考えていた。

 

だがあの娘は、それを実行した。だが、ふいに違和感を覚えた。

 

————片割れがこの私に弓引くか。

 

カガリはそれでもこの手段を取ろうとはしないだろう。推し進めたのは影であるサハク。そしてその人物はただ一人だった。

 

辺りには麻酔によって意識を失い、急所を突かれて死亡している会合メンバーの死体が散乱していた。

 

————片割れを誑かしたか、リオン・フラガッ!!

 

そして、世界の中心となる理想から離れるきっかけを作ったのは、あの憎きフラガ家の男だ。

 

 

しかし、怒りは最小限にしなければならない。このままでは自分もガスによって昏倒してしまう。その場を後にしたギナだが、

 

 

「—————私は言ったはずですよ、ロンド・ギナ・サハク」

 

自分の胸に、焼けるような熱さを感じるギナ。視線を下にずらせば、血が流れ出ているのが分かる。

 

「キサ、マ……」

 

 

「私は、オーブと、その平和を脅かす輩を許さないと」

直後、リオンは迷いなく弾丸をロンド・ギナの頭部に発砲したのだ。頭を撃ち抜かれた衝撃によってぐらついた彼の体は背中から崩れ落ち、会合メンバーと同じ末路を辿ることになる。

 

「さて、お前たちは歴史に名を遺す。形はどうあれよかったな」

 

リオンが目にするのは、オーブに入り込んだ連合側のスパイたち。全員が猿轡をされており、体の自由を奪われた状態で運び込まれていく。

 

「—————手筈通りだな。後も問題なさそうだな」

 

 

「—————では5分後、屋敷に火をかけます」

 

リオンの命令通りにサイレンサーで次々とスパイを殺していき、物言わぬ骸と化した順に体の自由を解いていく。

 

何か訴えるような眼でこちらを睨んでいたが、作業をする感覚の暗部とリオンには何一つ通じない。

 

全てのスパイを殺し尽くし、適当な場所に配置した後、迅速に撤収する暗部とリオン。

 

 

その後、証拠は業火とともに焼き払われ、ロンド・ギナが何をやっていたかは、オーブの公式発表で断片的に知らされることになる。

 

 

 

 

『オーブ領内にて、襲撃事件が発生。この事件で五大氏族サハク家の次期当主、ロンド・ギナ・サハクを含む一部の氏族が死亡し、焼け跡から国籍不明の遺体が発見された模様。身元の確認を急いでいますが、損傷が激しく、捜査は難航しています』

 

 

『これは一体どういうことでしょうか。』

 

『連合、ザフトに対して強硬策を取る彼の影響力を排除したいということでしょうか。関係改善がなされたプラントにとって、彼は現在の状況を作り上げた原因の一人ですからねぇ』

 

 

『連合にとってみれば、灼熱のアラスカ以降、高圧的な意見を提唱する彼は、脅威に映ったのかもしれません』

 

『憶測だけでは何とでも言えますよ。早い段階での事件の解明を望むだけです』

 

 

 

「物騒だなぁ。オーブでこんなことが起きるなんて」

テレビの前に座る少年、シン・アスカはこの五大氏族の政治家が死亡するという事件に驚いていた。

 

「お兄ちゃん、箸が止まってるよ!」

 

マユ・アスカに注意され、食事に集中するシン。

 

「だが、オーブとしてはこれまで以上に外とのかかわりを減らしたいと考えるだろう。何かの政治的駆け引きがあったとみて間違いない」

 

シンの父親は、どこの勢力が仕掛けたかは分からないが、何かあったのだろうと察する。

 

「——————会合に参加したメンバーによると、今後のオーブの進展について意見交換する機会の場だったという。不意を衝かれた会合メンバーは次々とやられ、手酷くやられたらしい」

新聞を読んでいるシンは、ニュースでは伝えられなかった内容についてしゃべる。

 

「本当に、深いところまで入り込まれてしまったのねぇ。もっと治安を良くしてほしいわね」

 

「お兄ちゃん、行儀悪い!」

 

「わ、悪かったよ」

 

 

『なお、会合にて窮地を逃れた氏族らによると、襲撃犯はいずれも外部からの密入国者であり、訓練を受けていた挙動があった模様』

 

『その中に、連合の物品と思われるものが見つかっており、オーブ政府は連合軍の急進派に強く抗議をするとともに、遺憾の意を表明しました』

 

 

「遺憾の意かぁ、プラントの時もそうだったじゃん」

 

「遺憾の意ねぇ、便利な言葉だよねぇ、お兄ちゃん」

 

 

 

 

惨劇の翌日の朝。ミツルギ邸にてリオンはマイリ・シュウ・ミツルギの下を訪れていた。

 

 

「————————そうか。またしても尻拭いを。影であるサハクの影になったのか」

 

後悔を感じさせる声色で、目の前に立つ青年に自責の念を伝えるミツルギ。

 

 

氏族最年長と言っても、もはや権限は飾りに近いものとなっている。所謂相談役程度のものだ。しかし、この青年は不意にここを訪れることがある。

 

「———————カガリには、まだ早いのです。あと5年……いや、戦争が終わった後であれば、大丈夫でしょうが」

なんでもなさそうに答える青年。自分が汚れ役を背負うことに躊躇いは無い。

 

その様子を見たミツルギは、やはり彼には言わなければならないことがあると感じた。

 

「一つ忠告するぞ、フラガの貴公子よ」

 

 

「——————」

黙って彼の言葉に耳を傾けるリオン。恐らく言われることを予想しているのだろう。しかしそれでもあえて言う必要があった。

 

 

「———————闇の仕事、汚れ役、裏の仕事。時には必要な時があるだろう。しかし、闇は常にお主の周りに漂う。その見え過ぎる眼は、お主の身を滅ぼすやもしれんぞ」

 

 

見えてはならないものを見てしまう、彼の領分を大きく超えた時、彼はどうするのか。それがミツルギには恐ろしかった。

 

リオン・フラガに後退の二文字はない。諦めるという言葉は存在しない。

 

 

「爺様の心配は理解しています。しかし俺が無敵であれば、カガリにとっての最強であり続ければ、問題ないですよ」

 

微笑んだリオンは、気障な言い回しではぐらかす。自信たっぷりな、しかし他人を安心させようとする気遣いが見え隠れするやさしさ。

 

その後、ミツルギの屋敷を出たリオンはカガリの下へと向かう。なぜか彼女の呼び出しを食らったのだ。

 

 

「——————いろいろお互いに忙しいはずだと思うけれど?」

 

連邦軍の動向を注視するのはお互いの役目だ。なのに、この別荘で過ごす時間はないはずなのだと彼は考えていた。

 

 

「———————私が何も知らない、無知なままの令嬢でいられると思うか?」

何かを抑えつけるような、能面な表情でその言葉を言い放ったのだ。

 

 

「—————カガリはいろいろ知り始めたばかりだ。これからだ」

聡い女性であることは十分認識していた。しかし、リオンは心の中で動揺した。証拠はなく、完全のはずだ。なのに、彼女の向ける視線は真実を知っているぞと言わんばかりのものだ。

 

 

「———————私に背負わせてくれないのか? 私は、まだ努力が……まだ力が足りないのか?」

震える声で、カガリはリオンに質問してきたのだ。敢えて何も言わない。カガリもわかっているのだろう。どこで聞き耳を立てているものがいるか分からない。だから、敢えて内容を伏せて質問するのだ。

 

 

「—————それが必要だと思ったから。そして最善だと思ったから。いいんだ、未来を動かす存在は、ウィンスレット嬢のような、こちら側を知らない存在のほうがいい。最初のうちはな」

 

理不尽な局面に直面することもあるだろう。その時、頼りになる人材は残せた。育てたつもりだ。一緒に悩めばいい。彼女が悩むのはいい傾向なのだから。

 

 

「——————ミナは、このことを知っているのか? いや、ミナが、お前と——————」

 

察しが良すぎるカガリは、サハクの内情をほぼ推察で当てて見せた。何か彼女の中で推論がいくつかあったのだろう。だから、そのことも聞かない。

 

女性の勘というのは鋭いとリオンは感じずにはいられない。

 

「—————私は、本当にお前の隣に立てているのか?」

ミナに対してコンプレックスを抱いてしまうカガリ。共通の裏の仕事を請け負い、その秘密を共有する存在。彼女は疎外感を感じていたのだ。

 

「———————あのプラントの歌姫だって、お前のことを—————」

 

分からないはずがない。彼を慕う人間は多いのだ。そして、彼は愚鈍な存在ではなく、それを理解する頭脳は持っている。都合よく、分からないという在り方は似合わない。

 

 

「——————確かに、好意を抱いている。彼女には感謝しかない。そして、彼女が俺に好意以上のものを持っていることも」

 

リオンは初めて、恋愛について推論を立てていく羽目になっていた。恋愛というものに興味はなかった。しかし、人と人とが分かり合う過程で、そのことについて考えさせる事柄がいくつもあった。

 

 

決着をつける必要が、区切りをつける必要があった。

 

 

「——————男にとって、嬉しいものだという。聖女のような心を持つ彼女が、純粋に好意を抱いてくれることは嬉しい。しかし、」

 

一旦言葉を切るリオン。

 

「俺が彼女の想いに応える未来はない。それは絶対だ」

 

 

冷徹な真実がさらけ出された。その時のリオンはカガリに勝るほど能面な表情になっており、その雰囲気はカガリを絶句させた。

 

「——————彼女も不幸だった。極限状態の中で、男性との交流が少なかった。命の恩人、俺の在り方に感化した。もしくは依存した————嬉しいよ、その気持ちはありがたい」

 

だが、とリオンは付け加える。

 

 

—————俺の生き方は見習わないほうがいい。他ならぬ、俺が熟知している

 

その時だけ、リオンは妙に笑顔だった。いや、それは悲しさを隠した寂しい笑みだった。カガリには、わかる。自分についていけば破滅すると、彼は考えているのだろう。

 

 

羅刹の道を往く彼についていけば、彼女は途中でその歩みから引き離されるだろう。その途中で命を落とすかもしれない。

 

「そしてカガリ。お前もだ。いい男を見つけろ。俺なんかに気を止めておくと、不意に死ぬかもしれないぞ」

 

報いをいつ受けるか分からない、と。しかし、リオンはカガリが片腕を上げて、張り手の態勢に入ったことを見て驚いた。

 

「——————ッ!!」

 

 

訓練された性なのか、リオンは難なく彼女の手首をつかみ、寸前で張り手を止めてしまう。一応、ここは受けるべき瞬間だったのかもしれない。しかし、リオンにはできなかった。

 

 

気軽に誰かに触らせるという行為が出来なかったのかもしれない。

 

 

「——————お前は、私の臣下だ。お前の命は私のものだ。だから、好きに扱ってもいいというわけだ」

顔を赤くして、カガリはネガティブな発言を繰り返す残念な男に無理やりな道理を押し通そうとする。

 

握られてしまった手首は無闇に動かさない。白兵戦で彼に勝てるとは考えていない。むしろ、握られているからこそ、彼をわかるような、理解できるような気がしてならない。

 

 

 

しかし、自分は主なのだ。だから、少しぐらいわがままを許してほしい。

 

 

 

「おい、それ奴隷と変わらない—————」

残念な青年が何かを言っているが、彼女は止まらない。

 

「お前には私が道を間違えた時、張り手をする大事な役目があるんだ。私にそれをしていいのは、私を主と認めたモノだけなんだからな!!」

 

息が荒くなるカガリ。残った腕でリオンの胸に手を当てて、突進してきたのだ。

 

「お、おい!!」

 

気が動転するリオン。いつもの彼女らしくない、というよりこの無鉄砲さは幼少のころに通じるものがある。

 

 

「私を傷つけていいのは、お前だけなんだからな!」

自信満々に彼女は言い放つが、どう考えてもおかしい。どうやら、こちらも男性との交流が少なすぎたのかと自覚するリオン。

 

歌姫と50歩100歩であるということはよくわかった。よくわかってしまった。

 

「———————え、いやぁ、うん—————その、どう……すれば、いいのかな」

 

だから、リオンの対応も生暖かいものになるという。

 

 

「———————っ!! わ、忘れろ!! 今のは忘れろぉぉ!!」

 

赤面し、リオンの胸に顔を隠すカガリ。とはいえ、リオンとしてもつらいものがある。

 

 

幼少の頃より慕っていた大洋の如き少女。

 

常に隣で日常を過ごしてきた存在。

 

先ほどの無防備としか言いようの無い発言の数々。

 

 

—————俺以外の存在に少し気を許せば、襲われるんじゃないのか?

 

何となく将来が不安になるリオンだった。

 

「——————忘れてもいいが、あの言葉、なかったことにしていいのか?」

囁くようにリオンは彼女を試すことにした。彼は臆病なのだ。このまま理性を放棄していいのかどうか色々とリサーチをしたいのだ。

 

 

ミナの言う通り、彼女は臆するのか、それとも違う未来を選び取るのか。

 

 

「そ、それは——————」

言い淀むカガリ。先ほどのあれは、偽りのない本音だった。他の女性にとられたくない。その一心だった彼女は、恥も外聞も気にせずエゴに走ったのだから。

 

数分間、カガリはリオンの胸の中で悶えていた。言葉にならない声をあげ、悶々としており、同時にリオンの鋼のような理性も腐食されていく。

 

「~~~~!!!!!」

 

まだ唸るカガリ。いい加減決めればいいのにと、リオンはなる様になれと思うようになっていた。

 

 

そして————————

 

 

「——————わ——————な」

 

か細い声で、カガリは囁いた。しかし、何を言っているのか聞き取れない。リオンは察しがいいので気づいているかもしれないが、敢えてリオンは彼女じらすことにした。

 

—————ほんとうに、おまえはおもしろいやつだ

 

 

「—————どうなんだ、カガリ」

自分でも酷い男を演じていると思うリオン。多少粘っていた理性が、ついにさび付き始めた。

 

—————いかんな、りせいがこわれてきたか

 

冷静なリオン。冷静に理性が壊れる瞬間が来ている。自覚しているくせに言動が変わらないのは、もはや手遅れなほどに壊れている証拠なのだろうか。

 

「わ、忘れるな!! 忘れるなといったんだ!! お前は、私のもので!! 私はもう、お前の————むぐっ」

 

 

最後まで言わせてもらえなかったカガリ。口を完全に防がれ、近場のソファーに押し倒されてしまう。

 

 

「な、なな………ななな————っ!?」

 

言葉が完全に崩壊しているカガリ。あの理性的で、少し意地悪なリオンが、理解の範疇を超えた行動をとっている。そして、いつも見ているはずの真剣な瞳、もとい肝の座った目で彼女を真っ直ぐ見つめている。

 

「据え膳食わぬは男の恥、とは東洋の諺だが—————本当に、よくできた言葉だと思うよ」

 

今まで見たことのある笑顔の中で、一番意地悪なものだったと思ったカガリ。眼の光が完全に消えている。どうやら、予想以上にカガリの言葉で理性を溶かされたらしい。

 

 

「———————本当に、俺みたいな羅刹を飼うつもりなのか? 俺は、お前の心に寄り沿う存在ではないぞ」

 

しかし、寸前で理性を取り戻したリオン。しかし、顔面すれすれで、どちらかが動けば触れてしまいそうな距離だ。

 

—————馬鹿か俺は、何をしている。何をしているのだ!!

 

内心とてもてんぱっているリオン。

 

 

「——————いいよ」

 

声高い声で、カガリはリオンを肯定し、逆にリオンの口を塞いでしまう。

 

 

「———!!!!」

 

そしてリオンもかつて無いほどに混乱してしまう。寸前で理性が働いたリオンと、理性を完全に放棄したカガリ。

 

放棄することを理性によって肯定してしまったのだ。そこがリオンとカガリの違いなのだ。

 

「私は、私はいつも————待ってた お前が、私を奪ってくれることを」

 

 

しかし、その眼だけは冷静だった。リオンを信じるその心だけは、その心があるからこそ、彼女はこんな時でさえ美しかった。

 

 

いつだって、リオン・フラガが伸ばし続けた太陽であり続けているのだ。

 

 

「こんな私、他の奴らには見せられない—————リオンの全てが欲しい。私の隣に、居続けてほしいんだ」

 

 

ミナの予測は外れた。いや、彼女がカガリの心を悲しませるはずがない。きっとこの未来を悟っていたのだろう。

 

 

オーブにつなげる鎖としてリオンを縛り、カガリの想いを成就させる手段として、一役買ったつもりなのだろう。もしかすれば、ミナはあらかじめカガリに真実を言っていたのかもしれない。

 

 

リオンを待ち続ける乙女の目線は、如何に最強と言えど、抗うのは難しかった。

 

 

その瞬間、リオンの中にいた天使と悪魔が囁いてきたのだ。

 

 

—————彼女の心を守る為に、覚悟を決めたほうがいい

 

 

————据え膳食わぬは男の恥、のはずだ。お前も、彼女を欲していただろう?

 

 

—————いい加減お前も墓場というものに埋められるべきだ。私のようにな

 

 

約一名何か違うモノが囁いてきたが、結末は大して変わらないのでは、とリオンは思いながら、理性によって彼女を組み伏せる決意をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激動の時代の終焉に宿ることになる、新たな未来。

 

 

その片割れは、まだ己に課せられた数奇な運命を知らない。

 

 




というわけで、リオン君とカガリは結ばれました。

そして、息子に難業フラグが壮大に立てられました。まだ名前も決まっていないのに、彼に劣らない困難が祝福してくれるでしょう。



ネタバレですが、この作品はディスティニーへは繋がりません。つながったとしても、ヘイトが溜まるだけだと判断しました。

鬼神と化したキラ君が不殺をするはずがないので、初戦でミネルバが沈みます。

ブルコスの残りカスは戦後に根絶される予定です。ジブリールがこの世界で表舞台に立てるとは思えませんし。

アスランは原作の流れからすれば、影武者の時点で地雷です。というより、ラクスの命が危ない。

理由は、プラントに残りそうなので、殺される可能性が高いからです。

プラントと関係構築を望んだオーブはラクスの一件で大激怒し、彼らを躊躇いなく討つでしょう。

デュランダルさんが同じ動きをするだけで、オーブの地雷が即発動するので、すぐ終わるというのが実情なのです。


続編のフラグのシンボルともいえるリオンの子供の存在については、活動報告にて説明をさせていただきます。





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第48話 善意の輪

ここから何もかもが変わり始めます。


コーディネイター憎しの声は、灼熱のアラスカを経ても消えることはなく、連合を二分するほどの事態となっても、急進派の勢いはいまだ保たれていた。

 

南米奪還を諦めた急進派はアジア圏、北米を中心とした勢力圏を再構築。太平洋連邦を発足。プラントに対する基本方針は変わらず、あくまで徹底抗戦を主張したのだ。

 

 

一方、穏健派は南米を中心とした勢力となり、アラスカ基地の惨状を知る現地市民の支持も集め、南アメリカ大陸を完全に掌握。旧カナダ圏、諸島列島を勢力下においた。

 

さらに、アフリカ連合の和平実現に尽力したことから、マスドライバーを確保することにも成功。アフリカ連合と大西洋連邦は同盟を結んだのだ。

 

この動きに反応したのが大洋州連合。ザフトの地球圏での軍事行動が困難となった為、政治的にも軍事的に孤立した彼らは穏健派に接近。

 

穏健派としては、戦争終結と、支持勢力を増やすことに苦心していたため、これを快諾。あくまで対等な立場での終戦条約を結び、大洋州連合は大西洋連邦と肩を並べることになる。

 

混乱の最中、大西洋連邦の大統領に就任したジョゼフ・コープマン大統領が、大洋州連合のトーマス・アンダーソン大統領と会談。正式に終戦条約が結ばれ、後に汎ムスリムもこの動きを追うことになり、事実上プラント支援国家が消滅。

 

終戦後の共同での宇宙開発の約束も発表され、明らかに戦後に向けた動きを準備していることを世界に知らしめた。

 

 

プラントと急進派は、国際的に孤立してしまう。しかし、世界の最先端を往くプラントと、権力者と背後に隠れる巨大な組織をバックに、強大な影響力を持つ太平洋連盟は互いに滅ぼすことを止めない。

 

 

「どういうことだ、貴様! 連合と勝手に条約を結ぶなど!!」

これに激怒したのは、パトリック・ザラだ。プラント支持国家としてとりあえず当てにしていた大洋州連合の裏切り。しかし、アンダーソン大統領はそんな彼にある提案を投げかける。

 

「しかしだな、ザラ議長。この流れはどうにもならんぞ。穏健派が存在しなければ、我々は連合に滅ぼされていた。この流れに身を任せ、独立を守るだけでもいいのではないか?」

 

穏健派はエイプリール・フール・クライシスの賠償と謝罪を約束するならば、独立を認めてもいいと提案しているのだ。

 

そして、改めてユニウスセブン攻撃の件を謝罪したのだ。大西洋連邦のトップの謝罪は異例ともいえる。プラントとしても意見が割れるほどのインパクトだ。

 

「ぐぬぬ……」

パトリック・ザラもわかっているのだ。このままでは消耗戦になると。不毛な戦闘を避けるべきなのは理解していた。

 

ここに来て、プラントの急進派たちは揺れていた。賠償金を払う、エイプリール・フール・クライシスの謝罪をするだけで、国家として認めると穏健派は提案しているのだ。

 

自分たちが待ち望んでいた独立がすぐそこまで来ている。

 

「——————中立国家として、オーブが終戦条約の間を取り持ってくれる。我々も秘密会談でオーブに接触を受けた。今がその時だ、ザラ議長」

 

アンダーソンもここでプラントを見捨てたままでは寝覚めが悪い。できる限りの誠実さを彼に伝える必要があると考えていた。

 

「——————分かった。穏健派の要望を改めて書面で送ってくれ。その内容を吟味したうえで、議会で提案する」

 

 

秘密会談を終え、パトリック・ザラは考える。一体何がどうなって、この流れが発生したのか。一体誰が、世界を変えた。

 

穏健派の主要メンバーは、第八艦隊を含むヘリオポリス崩壊に間接的にかかわった勢力だ。モビルスーツ開発を提唱したのはデュエイン・ハルバートン大将。

 

低軌道戦線での勝利を含め、名将と持て囃されている。だが、あの戦闘はあるたった一つの存在がすべてを変えたのだ。

 

————赤い彗星。奴が戦闘に介入し、連合は勝利した

 

圧倒的な力でザフト軍を撃滅し、第八艦隊の窮地を救った。その前にも先遣隊と思わしき艦隊を見つけたザフト軍が赤い彗星に全滅させられている。

 

そして極めつけは、ラクス・クラインがアークエンジェルに保護されていたということだ。赤い彗星が所属していた連合の戦艦の名前だ。

 

ラクスという穏健派のシンボルを救い、連合軍の穏健派の旗頭になっていたハルバートンが生き残った。

 

この流れのきっかけを生んだのは、赤い彗星としか思えなかった。

 

—————奴は一体何者だったのだ。

 

この時、パトリック・ザラは和平を考えるようになる。時世の流れに逆らうほど、彼も愚かではない。

 

「ジェネシスの起動は取りやめだ。元の用途に使用するよう、解体を進めておいてくれ。議会には私が説明をする」

 

 

そして、シーゲル・クラインにはパトリック・ザラとは別方面でアンダーソン大統領からの秘密会談が行われていた。

 

「—————すまぬ。だが、これが大西洋連邦の、エイプリール・フール・クライシスの賠償金の半分を帳消しにする条件だ」

アンダーソンは悲痛な声で、残酷な条件をシーゲル・クラインに伝える。

 

「——————この条件で、プラントが背負うはずだった半分の賠償が消えるのか?」

その声色は、アンダーソンとは対照的に、酷く安心したものだった。

 

シーゲル・クラインはその条件を聞き驚いていたが、安心していたのだ。

 

「—————私一人の首で済むのなら、プラントがこれから背負う苦しみが軽くなるのなら、私は喜んでこの身を捧げよう。その為に私はここまで来たのだ」

 

シーゲル・クラインが主導したと思われるエイプリール・フール・クライシスの国際裁判。事実上の死刑判決に等しい舞台に上がることを条件に付けくわえていた。

 

 

「すまぬ。だが政治家としても、これ以上ないプラントへの憎しみの消し去り方だと考えてしまう」

 

地球に蔓延る憎しみを一身に背負い、そしてこの世界を去ることになる。それを条件にされてもクラインが怖気づくことはなかった。

 

 

「分かった。パトリックにはまだ伝えておらんのか?」

 

 

「——————————」

顔を伏せるアンダーソン。こんなことを伝えるわけにはいかない。しかし、前に進まないといけないのだ。苦悶の表情を浮かべる彼に対し、クラインは口を開いた。

 

 

「了解した。私がパトリックを説得しよう。老い先短い私の命が、最大限活かされる時がやってきた。君は何も悪いことはしていない」

 

 

アンダーソンとの秘密会談を終えたシーゲル・クラインは、娘のラクスに事実を伝えに行く。

 

 

「お父様? どうかされたのですか? とても嬉しそうな顔をしていますわ?」

ラクスも不思議だった。以前までは戦争で心を痛めるばかりだった父が明るいのだ。

 

「そうかな? 目まぐるしく変わる地球情勢に、ようやく介入することが出来たのでな。これでようやく、和平の道が開く」

 

 

「まあ、そうなのですか!? 戦争が終わりに近づいて——————リオン様の起こした流れが、ここまで—————」

 

リオン・フラガのことは、すでにすべてを知っているシーゲル。娘の恩人であり、この流れのきっかけを作った存在。

 

彼には、感謝してもしきれない。

 

「—————私はな、ラクス。この世界の未来を、次世代に託す覚悟が出来たのだ」

 

 

「?? 何をおっしゃっておいでですか? お父様はまだまだ現役で為せること、為すべきことがあるはずでしょう?」

 

急に不穏な言葉が出てきたことに、ラクスは胸騒ぎを感じていた。

 

「——————穏健派はプラントに対し、エイプリール・フール・クライシスの賠償と、謝罪があれば独立を認めると発言している。そして、その賠償は莫大なものだ」

 

戦争で苦しくなりつつあるプラントには背負いきれないものだ。

 

「だが、私一人の命でその半分は消える。プラントの未来は続く。お前の未来も開く。最後に、世界に奉仕できる瞬間が待っていたのだ」

 

 

「————————っ!!!」

眼を大きく見開いたラクス。連合はシーゲル・クラインに、エイプリール・フール・クライシスの責任を背負わせる気なのだ。

 

人柱に選ばれた彼は、これ以上ないほど適任だった。

 

「——————だが、リオン君を恨まないでくれ。これは私も賛同したことだ」

恐らく彼が一役買っているだろう。しかし、有効的な策だから彼に異論はない。だからこそ、ラクスを歌姫ではなく、ただの娘に変えてしまった彼と娘の関係を考えていた。

 

 

「ですが、お父様の命を差し出さなくても……ッ、まだ他に、他に方法は————」

 

 

 

「—————ずっと罪の意識に苛まれていた。理論上そこまでの被害はないだろうと考えられたあの戦略が、地球圏に多くの憎しみを生んでしまった。その決定を下したのは私だ」

 

その予想を超えた被害に彼はショックを受けた。こんなはずではなかった。こんなことになるとは考えていなかった。

 

「どうすれば彼らに償うことはできるのか。どうすれば憎しみを乗り越え、世界は戦争終結に向かうのか」

 

 

「それ、は——————」

 

それは、アークエンジェルの中にいた気さくなコーディネイターが抱えていた戦う理由。あんな気持ちのいい青年がプラントに敵意を持っていた。

 

純粋だった少年を悪鬼に変えてしまったのは、果たして誰なのか。

 

「——————私の最後の決意、誰であろうと邪魔はさせん。娘であっても」

 

————パトリック、これで私が本気であると認めるだろう?

 

「私の親友であってもだ」

 

 

「—————分かり、ました……ッ」

 

ラクスはつらそうな顔で父親の最後の覚悟を受け止めた。世界を思えば、どうしようもなく正しい。しかし、その正しさがいつも人を救うのではないと知ってしまった。

 

————ですから、わたくしは見届ける義務があります。

 

 

リオンの成し遂げた世界が、果たして平和になるのかどうか。ラクスは彼を一生見定める必要があるのだ。

 

—————途中で投げ出すことは、決して許しませんからね

 

 

 

一方、穏健派が次々と勢力圏を拡大していることに面白みを感じていないのが急進派だ。穏健派のあまりに迅速な行動により、急進派の名前すら奪われた感がある。

 

 

急進派もつかんでいるのだ。赤い彗星という傭兵の動きから、世界は変わり始めたことを。

 

その正体を、オーブは知っているということを。

 

急進派にとって幸運なことは、アフリカと大洋州連合にはもはや力がないことだ。穏健派は彼ら同盟諸国を守る為に兵力を割いており、大規模な軍事行動に出ることが出来ない。

 

穏健派の敵は、現状急進派だけではないのだ。ザフト軍がアフリカとオーストラリアのマスドライバーを破壊するかもしれないのだ。同盟を約束した以上、大西洋連邦は彼らを見捨てることはできないし、その選択肢は存在しない。

 

急進派は、アフリカ和平、大洋州連合との終戦条約で仲介国として暗躍したオーブを恨んでいた。

 

彼らのせいで、あの砂時計の独立を認める風潮が出来上がってしまった。あの宇宙の化け物を殲滅しなくてはならない。その使命に燃えるブルーコスモスは激怒する。

 

「あの頑固者め。大人しくしていればいいものを—————ッ」

 

「ああ。よりによって、和平交渉であそこまで動くとは——————」

 

ここにいるのは、フラガ家に競争で敗れた負け犬どもと、ブルーコスモスの支援者と、

 

「本当に、あの国は思い通りにはならないですねぇ。まさかここまで、世界を変えてしまうとは。とはいえ、遺伝子操作を誇りに感じる奴らと手を結ぼうとすることなど、論外ですよ」

 

ムルタ・アズラエル。ブルーコスモス。ブルーコスモスの盟主にして、アズラエル財閥の御曹司。

 

このままではここにいる者たちは次の時代から取り残されてしまう。フラガ家、アルスター家、和平実現のために政治生命をかけた政治家どもに時代の主役を奪われてしまう。

 

 

ジョージ・アルスターからブルーコスモスの名すら取り上げられた場合、大義名分すら失ってしまう。現在彼はニューヨークの本邸を脱出し、ブエノスアイレスに在住しているらしい。

 

「問題なのは、ロゴス内部でも裏切り者がいることです。我々は世界を管理する庭師なのです。勝手に秩序を創造しようとするオーブを、許すわけにはいかないのです」

 

もはや、なりふり構う必要はない。穏健派は動けない。ザフトは地球圏での軍事行動が不可能。

 

小国に過ぎないオーブならば、今の太平洋連邦でも掌握することは可能だと考えていた。

 

「我々は世界の経済から締め出されつつある。欧州、アフリカ、大洋州連合。ロゴス最大の裏切り者、フラガがまたしても幅を利かせておる」

 

フラガ家の得意分野は時代の先を行く資産投入だ。そして、それぞれの得意分野を誇るエキスパートを保護し、最適な環境を約束する。

 

次々と事業を成功させ、資産を有効活用する。単独での成功を諦めた結果、彼らはエキスパートに依存する手法を取った。

 

中でも、19歳にしてフラガ家史上最高の天才と謳われるリオン・フラガはコロニー開発、宇宙開発事業の第一人者にして、モビルスーツパイロットのエースとのうわさもある。

 

オーブはリオンをナチュラルであると公表しており、プラントには驚きと、アズラエルには決して小さくない嫉妬の感情を生じさせた。

 

恵まれた環境の中で、御曹司として努力してきたアズラエルだが、彼にはコーディネイターほどの才能はなかった。

 

しかし、リオン・フラガはナチュラル、コーディネイターの問題関係なく、彼らを驚嘆させる才覚を発揮している。同じナチュラルのはずなのに、ここまで違うのだ。

 

彼は、本物の天才なのだと。

 

「—————ブルーコスモスの総力をもって、オーブを掌握すればいい。パナマのマスドライバーがあるが、オーブにこれ以上荒らされたくないのでね」

 

パナマ防衛戦にて、ザフト軍を壊滅に追い込んだ勢いもある。現在この世界で最強の軍事力を誇るのは、太平洋連邦なのだと。

 

 

「特機が勢揃いならば、オーブも終わるだろう。アズラエルも大人げない」

 

「違いない。ハハハハハ!!!」

 

 

オーブ解放作戦が発令。太平洋連邦は世界の情勢をあるべき姿に戻すため、コーディネイターに肩入れするオーブの解放を行うことになった。

 

 

その報せは、程なくしてオーブ官邸に届けられた。

 

 

「———————予想はしていた。が、ここまでとはな」

 

ウズミは、太平洋連邦の有無を言わさない理屈に辟易していた。

 

現在の世界情勢を鑑みず、地球の一国家としての責務を放棄し、情勢を混乱に陥れ、あまつさえ、再三の協力要請にも拒否の姿勢を崩さぬオーブ連合首長国に対し、太平洋連邦はその構成国を代表して、以下の要求を通告する。

 

 

 

 

一、オーブ首長国現政権の即時退陣

 

二、国軍の武装解除、並びに解体

 

48時間以内に以上の要求が実行されない場合、地球連合はオーブ首長国をザフト支援国家と見なし、武力を以て対峙するものである

 

 

「——————世界情勢を混沌に誘っているのはどちらなのか。狂信者はこれだから嫌なのです」

 

ユウナは、連合寄りだった旗色を代えており、狂信者の急進派たちに対して冷淡だった。

 

「しかし、彼らはザフト軍を撃破した勢いそのままに、こちらにやってきている。オーブも防衛網を構築しているが、状況が状況だな」

 

 

現在、アークエンジェル、クサナギの宇宙戦艦はマスドライバーにて宇宙へ上がる準備段階だ。その為、選りすぐりのエースたちも宇宙での戦闘の調整を行っていた。

 

「————————」

ロンド・ミナは、この情勢で惜しむものはないと考えていた。最悪、自分が戦場に出る必要があると。

 

「—————あまり迂闊なことは考えるな、ミナ」

しかし、それを察したリオンがその意見をけん制する。心中を見抜かれたミナはやや驚いていたが、すぐに真顔に戻る。

 

「————しかし、出し惜しみをする余裕はないはずだ。私も訓練は受けている」

ミナは、そこいらのエースと同格の実力を誇る。戦場に出ても問題ないレベルを備えている。だからこそ、彼女は戦場に出る覚悟も決まっていた。

 

「————カガリとともに、次世代を担う人材だ。未来に響くリスクは避けておきたい」

理性によってひねり出された言葉だ。リオンはあくまでミナの戦場への出陣を許さない。

 

「—————それは、私がサハクだからか?」

真顔のまま、ミナはリオンに尋ねる。

 

「—————その通りだ」

やや間があったが、リオンはその言葉を肯定する。ミナにはサハクの当主としてオーブを導く義務がある。

 

リオンは理性によって、その問答を通す。

 

————本当に、わかりやすい奴よ、其方は

 

大切に思う人の前では、大切にされている者たちにとっては、唖然とするほどわかりやすい。自分がその中に含まれていることを嬉しく思うロンド・ミナ。

 

 

「では、私は其方に言っておかなければならないことがある。構わないだろうか?」

リオンが理性を含む我儘を通してきたのだ。ならば、こちらも多少の我儘を通させても問題ないはずと、彼女はリオンにある願いを届ける。

 

「——————注文が多いな、オーブの姫たちは」

 

一方のリオンも、何を言われるのか分かり切っている。

 

 

「ミナ?」

 

「サハク、いったい何を————」

 

カガリとユウナは、ミナが珍しくお願いを強請る姿に驚いていた。また無理難題を言うのではないかとハラハラしているのだ。

 

 

「——————状況に言い訳をするな。其方の持てる力を捧げ、オーブに生きて勝利を捧げよ」

状況は戦力差で圧倒的に不利な状況。この状況で戦争回避ではなく、勝つことを求めたのだ。

 

 

「—————ミナ」

リオンも、これまで無理をこじ開けてきた。しかし、いくら一騎当千の力がいたとしても、今回ばかりは厳しい。

 

 

国防のために配置されていたキラ・ヤマトがいるが、それだけだ。後は新兵同然の兵士。アルベルト、トール、アサギらオーブ組は確かに優秀だが、経験が足りない。

 

ロヴェルト・ホリソン、エアリス・テネフも筋はいい。しかし経験が足りないのだ。

 

エリクも、ニコルもいない。選抜したメンバーも一部がいない。アストレイを出し惜しみする必要はなくなった為、選抜は容易となった。

 

しかし、ジェネシスの件が不明瞭な中、ここで全兵力を集中することはできない。

 

「——————わかりました。ならば出し惜しみなどせず、私の全力をお見せしましょう」

 

戦闘は避けられない。ここにいる首相官邸にいる全員が分かっていることだ。

 

仮にこの戦いで勝利しても、ジェネシスの発射ですべてが無駄となりうる。すでに南アメリカ、大洋州連合、アフリカ連合には情報を通達した。

 

後は、彼らがどう動くかだ。

 

 

「無茶だけはするな、リオン」

 

ウズミは、若者たちの問答を見守っていた。しかし、リオンの危うさを指摘する。

 

「—————ウズミ様こそ、速やかに避難を。貴方にはまだ、戦後に仕事が残っています」

 

「————打てる手は打った。後はどうなるかだ」

 

 

 

そしてアークエンジェルでは、マスドライバーでの打ち上げ準備が行われていた。

 

「—————リオンはあとで来る。オーブを守った後に、なんだな?」

エリクはイラつきながら、モニターに映るカガリに悪態をついた。

 

「ああ。オーブ防衛戦の後、リオンはIOBで宇宙に飛び立つ」

 

 

「俺が気になっているのは、オーブ防衛戦の結果だ! 俺ら抜きでどうやって連合軍に勝つかを聞きたいんだよ!!」

エースにすべてを賭ける。オーブという国が焼かれても、世界滅亡だけは防がなければならない。だが、ここで戦う者は捨て石に等しいではないか。

 

「——————その気持ちがあるのなら、必ずジェネシスを無力化してくれ」

何かに耐えるような笑顔で、カガリはその言葉を絞り出した。本当は怖いはずだ。なのに、彼女は無理をしてその姿を見せない。

 

 

—————なんで俺は、目の前の女の子の涙すら拭ってやれない!?

 

エリクは頭に来ていた。どうしてこうなるのだと。

 

 

世界は順調だった。もうすぐ戦後が見えてくるはずだった。なのに、

 

「エリク。カガリさんの決意を無駄にしないために必要なことは、なんだと思う?」

横にいたニコルが、今まで黙っていたニコルが口を開いた。

 

「!!!」

 

「—————かつての故国に銃を突きつける、こんな女ですけど、せめて世界に恩返しだけはします。私は、世界がここで終わるなんて信じませんから」

強い覚悟で、ニコルは微笑んで見せた。カガリが笑っているのだ。これが最後になるかもしれない。それならば、今を全力で生きよう。

 

お互いに、今を大事にしようと。

 

「だから、カガリさんも最後まであきらめないでくださいね」

 

 

「——————ああ。お前も、最後まであきらめるなよ? 前科があるからな、お前は」

 

 

「も、もう!! どこで聞いたんですか!! あれは忘れてくださいよぉぉ!」

 

 

なんなのだ、これは。

 

 

エリクは頭を殴られたような感覚に陥った。どうして二人は笑顔なのだ。その理由がその感覚が分からない。

 

しかし、それが尊いものであることが分かる。失ってはならない、守り通さなければならない、必ず未来に存在しなければならない。

 

 

————俺は、そこまで強くねぇ。だったら

 

 

「きゃっ!?」

エリクは強引にニコルを抱き寄せた。不意を衝かれたニコルはされるがままだ。

 

「お前も死ぬなよ。そして、こいつは俺が意地でも守り通す。世界もなんもかんも俺が守ってやる! 諦めるなんて格好の悪いこと、二度とこいつにはさせねぇ!」

 

 

「え、エリク……」

愛の告白にも近い言動だが、エリクは自覚がないようだ。ニコルは困惑していたが、悪い気はしなかった。むしろ—————

 

————凄い、大事にされてる……

 

 

「—————まあいい。私も、最後の最後まで足掻く。精々約束を破らないようにな、ブロードウェイ」

 

モニターに映るカガリが消え、二人だけとなったニコルとエリク。

 

「————————悪い、つい熱くなった」

 

「謝らないで……別に、嫌じゃなかった、から」

 

お互い気まずい。両者はこの微妙な空気を何とかしたいが、どうもうまく方法が出てこない。

 

「「————————————」」

 

 

沈黙を破るのは、ニコルだった。

 

 

「でも、嬉しかった。ここまで熱烈に想われるのも、悪くないなって」

 

 

「ニコル——————」

 

 

「もう。ほんとにわたし、薄情だなぁ。プラントに好きな人がいたはずなのになぁ」

衝撃の事実。ニコルには想っていた相手がいたことを知るエリク。

 

「わ、悪い! 知らなかったとはいえ、俺は————っ!!」

事情を知ったエリクは謝罪をするが、それ以上の言葉が見つからない。

 

 

「でも、もういいよ」

朗らかに笑うニコルは、エリクに罪の意識を消し去ってしまう。

 

「私を、私の想像以上に幸せにしてくれるなら、貰われてもいいよ?」

 

 

その言葉を聞いたエリクは、強かな女だと感じた。さすがはザフトのエースで、自分が知らず知らずに意識してしまった女性だと痛感する。

 

——————だったら、無茶して生き残るしか、道はないな

 

 

 

一方ブリッジでは

 

「————遠いところに来たな。我々は」

 

ナタルは、オーブの軍服を身に纏い、ブリッジから見える景色を眺めていた。

 

「遠いですよ。ヘリオポリスから転戦続きでしたからね」

ノイマンは、その道のりを一番知っている。彼はこの戦艦の操舵手なのだから。

 

 

「世界が終ろうとしているのに、そんなことを忘れさせてしまう。この国が、最初は嫌いだった」

 

平和ボケした中立国という印象だった。それが今となっては世界の命運を握る存在となっている。

 

浅はかさを呪いたい気分だ。

 

「今は、この国の事、悪くないと、思い始めている」

 

「—————ええ。外から見た我々にも、守りたいと思えるほど、ですね」

 

ノイマンは、ナタルの言葉を否定することなく、彼女の言葉を受け止めていた。

 

 

—————オーブは、このままでは負ける

 

それがナタルも、そしてノイマンも悟っていることだった。いくらリオンが残るとしても、この戦力差は覆せない。現状確認できるだけでも特機が6機存在する。リオンが時間を食えば食うほど戦力差に飲み込まれる味方が増えていく。

 

そして万が一リオンが負けた場合、オーブは敗北する。

 

キラ・ヤマトがどこまでブランクを感じさせないのか。新人組がどこまで食らいつくか。もうここは計算の入り込めない場所だ。

 

————だが、信じてみたくなった。その可能性を

 

ナタルは、こういう精神論は好きではなかったはずだ。だが、その未来を信じたいと願っている。

 

「神様に祈る人間の気持ちが、今更分かった。あまり、いい気分ではないが」

 

「ですが、祈るのは神ではありません。私たち自身ですよ、艦長」

いつの間に、こんな饒舌な男になったのか、ナタルはノイマンを不思議な目で見ていた。が、敢えて深くは追及しなかった。

 

 

「————無茶を言う。だが、そうだな。悪くない」

 

今は、彼の戯言を聞くのも悪くない。

 

 

 




プラントは和平交渉を穏健派とすることになります。つまり、パトリック・ザラさんに生存フラグが建ちました。パナマの大敗が、政治家としての理性が復活する契機となりました。

やったね、フィオナさん。息子さんをくださいと、正面から言えるよ!


大洋州連合さんと穏健派のアシストで、宇宙の問題はほぼ解決しました。


あと、シーゲル・クラインさんが人柱になりますが、悪いようにはしないつもりです。



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第49話 赤い彗星 

ついにオーブ防衛戦開始。

リオンの全力全開(一回目)が勃発。

48話を読んでいない人はそこから読んでください。



オーブ軍初代モビルスーツ部隊において、特に若き才能の集う部隊が存在する。

 

 

アサギ・コードウェル一尉率いる第二中隊である。

 

トール・ケーニヒ二尉、

 

ジュリ・ウー・ニェン三尉、

 

マユラ・ラバッツ三尉、

 

ロヴェルト・ホリソン三尉、

 

エアリス・テネフ三尉ら、総勢15名で編成されており、キラ・ヤマトの扱きに耐え抜いた者たちである。

 

 

アサギとトールは、最新鋭の機体である可変モビルスーツムラサメに搭乗することが決まっており、他の面々もフライトユニット装備のアストレイとなっている。

 

オーブ指令室には、第二中隊の生存を願いつつも、オペレーターとして職務を全うするミリアリアの姿も。

 

————トール、どうか無事でいて

 

 

 

本作戦のカギを握るのは、第三中隊、第四中隊、第五中隊で編成された水中強襲部隊である。水中戦闘仕様と化したマリンアストレイは、本土防衛の直前の海戦を想定した機体であり、物量に劣るオーブ軍は敵空母を撃破する必要があった。

 

急遽、スライド登板として隊長に任命されたのはガルド・デル・ホクハ一尉。やはり経験豊富な彼がこの困難な任務を果たす必要があった。

 

「—————まったく、予定変更が多いな。状況が状況だけに」

 

「ああ。だが、貴方方がどれだけ空母を破壊するかにかかっている」

 

空からはリオンが、海からはガルドが強襲を行う手筈となっている。つまり、陽動は一機で十分とかそういう次元の話である。

 

 

「第一中隊はパリス・アップトン一尉が率いることになる。強襲で混乱した連合軍艦隊を空から強襲を仕掛ける」

 

なお、パリスもムラサメが愛機となる。アストレイが追従できない操縦技術と、規格外のGへの耐性から彼には不釣り合いの機体だったのだ。

 

「—————後は、地上部隊だな。陽電子砲による一斉正射。数で劣る我々は、面制圧でどこまで数を減らせるかが勝敗を分かつことになる」

 

第六、第七、第八中隊は本土防衛に回り、第九、第十中隊は司令部防衛、最終防衛ラインの維持、もしくは戦線維持のために迅速に動くことが要求される。

 

 

後は機甲部隊と戦闘機部隊がどこまで踏ん張れるかによる。

 

 

「—————そして、あんたは陽電子砲発射とともに直上より単独強襲。正気とは思えないな」

 

「—————当たらなければ、どうということはないさ」

さらりととんでもないことを言い放つリオン。しかし、その理屈が通るのがこの青年だ。

 

「勇猛果敢も、実績ありだからな。何とも言えんな」

 

 

 

そして一方、プラント評議会ではパトリック・ザラが方針を覆したことで大きなうねりを呼んでいた。

 

 

「どういうことだ、パトリック!! 今更和平だと!!」

 

アマルフィは、裏切られた気持ちになった。あの強硬路線の象徴だった彼が、和平方針に切り替えたことが信じられなかった。

 

「——————大洋州連合、アフリカ連合のケースもある。我々は独立を掴むチャンスを掴まねばならん」

 

毅然としたもの言いのパトリック。そこにはもう私情の一切が存在することを許さない政治家としての顔があった。

 

 

それをモニターで見ていたラウ・ル・クルーゼは仮面の下でかなり動揺していた。彼はパナマ攻略失敗の責任を追及され、本国に召集されていたのだ。

 

 

—————どういうことだ!? なぜ今になって

 

この程度で臆する男だったのかと、クルーゼは失望していた。世界を破滅に追い込む装置には都合の良かった彼が、今更和平を求めた理由は明白だ。

 

 

プラントは多少の賠償金とエイプリール・フール・クライシスの謝罪をするだけで、独立が約束されるのだ。そこには、シーゲル・クラインの国際裁判への出廷も含まれている。

 

 

穏健派もシンボルである彼を差し出すことに抵抗を覚えたが、クライン氏の覚悟をくみ取り、彼の意思を尊重したのだ。

 

同様に、パトリック・ザラも盟友の覚悟に涙する場面があったが、彼の最後の願いを聞き入れる必要があると悟り、プラントは完全に和平への道に進んでしまっていた。

 

「——————予定が早くなったが、ジェネシス、ヤキン・ドゥーエでの計画を進めるぞ」

 

ジェネシスは解体がすでに決定している。手を打たれる前にクルーゼは決断する必要があった。

 

 

クルーゼの同志である存在とは、コーディネイターであることに悲観した者たちが含まれている。

 

そして、パトリック・ザラに裏切られた過激派の面々。大部分はここだろう。アラスカでサイクロプスの生贄にされ、パナマでは敵討ちすらできなかった。

 

—————食料プラントに仕掛けた爆弾はやや足りないが、仕方があるまい

 

これで、プラントは自給自足が困難となり、地球が滅亡すれば人類は滅びる。

 

 

自分たちのような人類の闇を生み出した、遺伝子操作の負の遺産を生んでしまった世界に復讐するために。

 

 

議会では、満場一致とはいかないが、和平交渉が賛成多数で可決された。喝采を浴びるパトリックと、酷く安心した顔をしているシーゲル・クラインと、涙ぐんでいるアイリーン・カナーバ議員。

 

プラントの未来が約束されたことで、一同はその事実に喜んでいた。

 

 

少なくとも、何者かによってジェネシスとヤキン・ドゥーエが軌道から外れていなければ。

 

 

「リオン様。プラントは、変わりましたわ」

 

ラクスは、ようやく和平への道のりが進み始めた議会を見て涙ぐんでいた。自分は叫び続けただけで、世界情勢が最終的に後押しをした形となった。だが、手柄がどうのこうのという次元の話ではない。

 

「貴方の善意が、世界を変えたのですよ」

 

オーブが太平洋連邦の攻撃にあうことは既に知っている。ザフト軍は、フリーダムとジャスティスのザフト最新鋭の機体を投入することを決意。

 

 

平和の花を守り続けた強小国を救え。

 

 

アスランとフィオナは奮い立ち、カーペンタリアを飛び立ったという。

 

そのカーペンタリアでは、

 

「まさか、こういう形でまた、オーブを訪れるとはな」

 

アスランの声色も、心なしか軽やかだった。

 

「そうですね、アスラン。彼の妄言が、ここまで形になるなんて—————」

 

恐らく、この流れはリオンでさえ想像し得なかったことだろう。彼の善意は、世界に届き、届き過ぎていた。ただそれだけのことだったのだ。

 

「父上が決断してくれたおかげだ。憑き物が落ちたようで、本当に良かった」

狂気から解放された議長からの命令はとても短く、しかし重要な意味を持つものだった。

 

「—————もうすぐ、貴方とお茶を飲めそうだ、リオン・フラガ。それにキラにも会える」

 

今度は殺し合う形ではなく、共に立ち上がる者として。

 

————少しだけ、ほんの少しだけ、貴方に感謝します、リオン・フラガ

 

アスランの笑顔を取り戻してくれたことだけは、認めてあげないでもないですよ、と。

 

 

 

 

 

太平洋連邦のオーブ侵攻、そしてプラントの和平交渉開始をいち早く察知したのは、大洋州連合だ。

 

トーマス・アンダーソン大統領は滞在中の南アメリカにて緊急会談を要求。ジョゼフ・コープマン大統領とコンタクトを取ることに。

 

「大変なことになった。オーブが攻められる!」

 

「分かっている。プラントの和平交渉が確定した以上、脅威は急進派のみだ。アフリカは間に合わないだろうが、南アメリカに駐留する主力を派遣する」

 

「ああ。私も本国に主力部隊の出動を要請した。ウィンスレット社の製造した105ダガーとオーブのOSは素晴らしい。非常時であるため、戦後にいろいろ契約金はあるが、この際どうでもいい」

 

互いに部隊派遣を決定する首脳。オーブはこの世界を変えた存在だ。仲介国をここで失うわけにはいかない。

 

その派遣部隊の中に、水中部隊を率いる女性がいた。

 

ジェーン・ヒューストン大尉である。現在は南アメリカの水中部隊を指揮し、水中型モビルスーツ、フォビドゥンブルー開発の第一人者でもあった。

 

そして空には——————

 

「新入り、いい飛びっぷりだな!!」

 

 

「————訓練しましたので」

 

「調子に乗るな、エドワード。貴様の悪い癖だ」

 

 

量産型レイダー部隊を率いるのは、エドワード・ハレルソン少佐。その補佐にはモーガン・シュバリエ大尉がいる。どちらも戦場で名を馳せたエースパイロットではあるが、その二人に追従する存在がいた。

 

スウェン・カル・バヤン少尉。危うくエクステンデットにされかけていたが、クーデターの混乱に乗じて上官、訓練校の少年少女らとともに脱出。

 

 

「—————私たちの知らない家族、スッゴイ人だってデュエインおじ様も言っていたの! 私は、そのリオンって人に会いたい! だって私たちのお兄様なんですから!」

 

「————私も、会いたい。凄く、気になる。あと、痛いことをした奴ら、絶対に許さない」

 

「それ同感!! プラグを突き刺したり、イケナイ薬を投与したり! 絶対にギッタギタにするもんね!!

 

フラガ家に因縁のある少女らも参戦。スウェンはこの二人の少女が苦手だった。彼女らも、スウェンと同じく、寸前で助けられた、もしくは度重なる改造に屈さなかった強い存在だ。

 

 

 

「——————震えが止まらない。なぜ恐怖を感じている」

 

スウェンは、体の震えが止まらない事に驚いていた。その殺意が自分に向けられたわけではないというのに、視界から何かオーラのようなものを感じ取ったスウェン少年は、震えが止まらない。

 

何か、見えてはならないものを見た気がするのだと。

 

 

「純粋な殺意ほど恐ろしいものはないぜ、少年」

 

「お前の場合は変な方向に逸脱しかねん。無駄口をたたく暇があるなら集中しろ」

 

「へいへい」

 

モーガンに諫められ、大人しくするエドワードだが、

 

 

「けど、赤い彗星かぁ。どんな奴なんだろうな」

 

「噂では、若い青年らしいな。私も一度でもいいから会いたいものだ」

 

 

大いなる和平の動きは消えない。リオンの小さなきっかけから、多くの人が影響を受けた。

 

 

彼の世界への善意が人々に広がり、今こそ彼のために立ち上がる。

 

 

プラントが和平交渉に入ることは、オーブ攻撃4時間前に伝えられた。

 

 

「なんだと!? そこまでプラントは進んでいたのか!?」

これにはさすがのリオンも驚いた。ジェネシスの脅威がなくなった瞬間、オーブは全力で太平洋連邦を打倒することが出来る。

 

そして、宇宙へと向かうはずだったアークエンジェルの動向が不明瞭になる。

 

 

「とりあえず、ツキが向いてきたな、大将」

ガルドは、作戦水域の水中にてその朗報を聞いていた。これでエリクら主力部隊を出すことが出来る。が、宇宙戦闘仕様であるため、すぐには出せない。

 

「なんとか彼らの参戦まで粘れば、勝機を見いだせるかもしれない」

 

 

————これで、ようやく終わる。この戦争が終わる

 

 

操縦桿を握り締める力が強くなるリオン。待ち望んでいた新時代がすぐそこにある。

 

————ご先祖様、平和な時代が来ますよ。

 

リオンは自分に語り掛けるようにつぶやく。

 

—————リオン—————ッ、アークエンジェルは、動かすな

 

苦悶の表情に満ちたご先祖様の顔と、声色をリオンは聞いた。

 

————ご先祖様? いったい何が!?

 

リオンは和平交渉に入ったプラントは放置しても構わないと考えてしまっていた。だが、ご先祖様は違うらしい。

 

————禍々しい悪意が、あの巨大兵器を暴走させる。急げ、手遅れにならぬうちに

 

 

「—————ッ、アークエンジェルに通達! プラント和平交渉の知らせは聞き及んでいると思うが、ジェネシス解体作業開始まで宇宙戦闘仕様の変更は禁ずる!」

 

自分でも的を得ているのか、ズレているのか分からない言葉だった。しかし、ご先祖様は超常の存在だ。その彼が焦り、警告をするほどのことが起きようとしている。

 

 

そして程なくして、自分も見てしまった。まだ図面でしか見たことがない灰色の巨大な建造物が、地球に破滅の光を浴びせる光景を。

 

 

—————なんだ、あれは……なんで、なんで、なんで!?

 

 

全てが消えていき、全てが終わっていく景色が見えてしまった。誰が何のために、そこまでは分からない。

 

 

しかし、視えてしまったのだ。

 

 

宇宙に上がらなかった選択を選んだ瞬間、地球が死滅するという未来が見えてしまったのだ。

 

 

 

そして、以前から漠然と見え始めた不吉なビジョン。全てが回り始めた世界で、知り合いの表情が曇っていることだ。

 

 

凛々しい女性になりつつある太陽の慟哭が見えた。

 

 

リオンの弱さを認め、受け止めてくれた歌姫の絶望が存在した。

 

 

 

何度も見てしまうビジョンが、彼を臆病にした。悪夢が何度も同じ内容で流れてくる。まるで、警鐘のようなものだと、思ったものだ。

 

—————彼女らを悲しませる理由を、俺は知っている。

 

操縦桿を握るリオンの手が強まる。

 

—————俺はどうすればいい。彼女を悲しませず、あれを止めるには

 

 

色々なビジョンがいくつも浮かんでくる。常人ならば、あまりに膨大な情報量で頭がパンクしてしまうだろう。理解が追いつかないだろう。

 

しかし、彼は数ある未来を選び取っていく。彼に残された選択を探し始めた。

 

そして————————

 

 

—————なるほど、幸せは、未来は—————そういうことか

 

 

得心したリオンはフッと笑う。覚悟は決まった。もはや何の迷いもない。

 

 

「——————それと、タナバタに二基目のIOBとストライクグリントを急いで用意していてくれ」

 

 

「リオン? しかしこのままでは」

ナタルは、リオンの直観じみた命令に困惑するが、彼の焦った様子に何かがあると考えていた。

 

「説明をしている時間はない。急いでアークエンジェルは宇宙に上がるんだ。おそらく宇宙では、事態が緩やかに進行している」

 

 

リオンの直観染みた命令に、司令部も困惑する。しかし、リオンの直観は、フラガ家の直観は馬鹿には出来ない。

 

「——————アークエンジェルは打ち上げシークエンスに」

 

カガリはそんな中、リオンを信じる判断を下した。長年彼の直感は当たってきた。なら、今度もきっと、正しいはずだと。

 

「————だが、おかしくないか? プラント以外に、宇宙にいる敵っていないじゃないか」

しかしユウナは、プラントという脅威が消えた瞬間、アークエンジェルの役目は終わったと考えていた。つまり、この防衛戦に参加させるべきなのだと。

 

「ふむ。確かに、警戒する存在を特定もせず、ただ備えるというのはおかしな話だ。リオン、其方は一体何を見た?」

 

そして、ミナも彼に続いてしまう。リオンの言葉は大勢を動かすほどのものではないと。

 

「分からない。すまない、言葉では説明できない」

リオンは申し訳なさそうに白状する。リオンと亡霊でさえ何が起きているのかを把握しきれていない。

 

 

「すまんな、信用していないわけではない。しかし、憶測で虎の子の切り札を動かすわけにはいかん」

ウズミの言葉が決め手となり、アークエンジェルはこれより宇宙戦闘仕様から大気圏仕様への整備が始まる。

 

 

「しかし、グリントのほうは手を回しておこう。これが最大限の譲歩だ」

 

 

「わかりました——————」

 

結局リオンも折れ、グリントで機体だけ確保してもらうことを通すのみとなった。

 

 

その後、アークエンジェルは宇宙戦闘仕様から大気圏仕様へと換装を余儀なくされる。プラントのジェネシスという破壊兵器が無力化された以上、オーブ防衛戦にかり出す必要が出てきたのだ。

 

 

—————しかし、これでよかったのかもしれない。

 

 

アークエンジェルは間に合わない。ゆえに、もう彼らが死ぬことはないだろう。自分が、全ての因縁に決着をつければ。

 

 

「誰なんだろうな、滅亡を願う、この戦乱を助長するのは」

 

 

あの老人に貰った赤いルビーを見て微笑んだリオン。人のつながりがあってこその道のりであり、手が届く場所にまで未来が舞い降りている。

 

————あなた方に会うのは—————ちょっと、遅くなるかもしれません

 

再会を心待ちにしている彼らは、一足先に自由と平和を得ることが出来た。今頃、毎日がお祭り騒ぎだろう。

 

その様子を想像すると、心が晴れやかになるのが分かる。

 

 

きっと素晴らしい未来が、素晴らしい世界が彼らを待っている。

 

 

 

今なら何といわれても、揺るがない気がする。

 

 

—————俺、世界を好きになりたくて、駄々をこねてたんだ

 

多くの人々の協力があった。自分の我儘に振り回されてくれて、賛同してくれた。

 

—————そして、そんな世界がみんなを待っているんだ

 

 

その世界の夜明けが待っている。目の前に辿り着く場所なんて存在しない。進み続ける限り、人類の未来は、自分の未来は続いていく。

 

ここで止まるつもりなどない。そして人類も止まる気はないはずだ。

 

その先に未来という道が、広がり続ける限り。

 

————だから、守り通す。守るべきものを守る為に、惜しむものは何もない

 

必ず、オーブを守る。

 

カガリを、ミナを、みんなを守ると決めた。

 

ラクスを、プラントの未来だって存続させて見せる。

 

世界はいつだって、抗うことを止めないのだと、その悪意に見せつけてやる。

 

 

「攻撃開始まであと2時間! リオン、準備はいいよね?」

 

オーブの特機の一つであるアカツキに乗るのは、キラ・ヤマト。オオワシ装備の機動型を装備し、ビーム兵器に対して絶対の防御能力を誇る。

 

「ああ、勝ち取るぞ。必ずだ」

 

 

「うん!」

 

いつになく熱が籠るいい方に、キラは頼もしさを感じていた。飄々としていたリオンの本気が見られる。それだけで状況が違う。

 

 

—————反射射角によって、跳ね返り方が違う。僕にはうってつけの機体じゃないか

 

このガンカメラなら、演算ですべての数字が見える。これがリオンに並ぶアドバンテージだ。

 

 

 

司令部も、刻々と近づくタイムリミットを前に、緊張感が蔓延する。

 

そして、開始一時間前。

 

 

「陽電子砲、チャージ開始。リミットと同時に一斉正射。形振り構うな。ここが正念場だ」

カガリは鋭い視線をモニターに映る連邦艦隊に向ける。

 

物量差は圧倒的ではある。が、こちらは人材の力とアイディアによって対抗する準備は出来ている。

 

 

 

「機甲部隊は海岸線に展開。主力艦隊はモビルスーツ部隊を出撃させているな?」

各部隊に指令を送るカガリ。兵法は既にミツルギより学んでいる。というより、今回はモビルスーツを獲得して浅い記録しか持たない軍隊のぶつかり合い。

 

ここでものを言うのは、物量と質において優位性を示せるかではなく、如何に新兵器をうまく運用できるかにかかっている。

 

 

 

「はっ、すでに第三から第五中隊は沖合にて待機。第二中隊も港付近に待機。第一中隊はフラガ特尉の強襲後にいつでもいけます」

 

 

その為の高機動中隊。第一中隊は速度重視。第二中隊は戦線維持から強襲まですべてを請け負う本土防衛の要。

 

「上空の偵察機より報告。オーブ領海外より、多数の飛行艇を確認」

 

「第11、第12航空中隊で強襲を。フラガ特尉の強襲は遅れるが、飛行艇からの降下は必ず阻止する必要がある。」

少ない戦力で、如何に回すか。カガリに求められているのは大胆さと繊細な部隊捌き。

 

 

虎の子の第一中隊は、無闇に消耗はさせられない。旧時代の兵器とはいえ、戦闘機は飛行艇に対して有効な兵種だ。

 

 

「ホクハ一尉に通達。陽電子砲発射後に海中より強襲を行うように。」

 

状況は変化する。その変化に乗り遅れないよう、カガリは指示を飛ばす。予定されていた空と海での電撃作戦は不可能。

 

幸いにも、太平洋連邦は水中型モビルスーツの開発に手間取っている。優位性を示し、その威力を発揮する最大のチャンスでもある。

 

「フラガ特尉には、特機の足止めを担ってもらう」

 

 

「ヤマト特尉には、本土沖合にて、防衛戦に参加。第二中隊と合わせて特機の足止めを任せる」

 

問題はその特機の軍勢。これをいかにうまく抑えるかにかかっている。全てはリオンが飛行艇を殲滅する速度である。その時間によってオーブの命運がかかっている。

 

 

「主力艦隊は沖合の防衛強度を低下させ、予定通り別動隊が二つ連邦艦隊の両脇へと移動中」

 

排他的経済水域付近に展開し、威圧している連邦艦隊の側面に打撃を行うのだ。敵はこちらを少数と侮り、沖合の艦隊数に違和感を覚えないだろう。

 

無論、オーブ艦隊が所有する潜水艦をすべて投入している。後は機動力に長けた駆逐艦で包囲し、波状攻撃を加えるのだ。

 

 

「——————敵予想攻撃時刻まで、あと1時間!!」

 

 

「航空部隊を展開。第一機動中隊とともに、敵飛行艇を見つけ出せ。逐次偵察型ムラサメからのデータリンクを徹底しろ」

 

 

「敵飛行艇部隊。時速450キロで領空外を旋回中。待機場所を見つけました!」

 

 

「———————最初のターニングポイントは果たしたぞ」

 

懸案だった飛行艇部隊を早期に見つけることが出来た。旋回性能に劣る飛行艇ならば、わざわざモビルスーツを多数投入する必要はない。

 

 

そして、時間が訪れる。

 

太平洋連邦の旗艦、ドミニオンはアークエンジェルの同型艦であるが、さらに火器管制を強化した後継型の戦艦である。

 

 

その船に乗るのは、ウィリアム・サザーランド中将と、ムルタ・アズラエル。ここでオーブを勢力下におくことで、続くアフリカ、大洋州連合を屈服させることが出来る。

 

特機を6機も投入するのだ。そしてさらには圧倒的な物量。如何にオーブと言えど、これでは数で押し切られるはずだ。

 

「時間です」

ムルタ・アズラエルの言葉と共に、太平洋連邦の兵装が解除され、一斉攻撃が開始される。

 

 

しかし、

 

 

「高エネルギー反応捕捉!! これは陽電子砲!?」

 

 

太平洋連邦艦隊に向けて、複数の陽電子砲が照射されたのだ。一斉攻撃を仕掛けた瞬間の為、回避できない艦隊が多数存在し、そのまま光の渦に巻き込まれてしまう。

 

「艦隊に直撃!! 被害甚大!! 轟沈する戦艦もあります!」

 

「急げ、急げ! ダメコン急げ!! 浸水を止めろ!!」

 

「艦が傾斜します!! ダメです、制御効きません!!」

 

 

慌ただしくなる回線のノイズ。アズラエルはオーブの先制パンチを前に、怒りに震える。

 

「あの忌々しい砲台を破壊しろぉぉぉ!!」

 

「ローエングリン、一番二番起動! 目標、オーブ沿岸部!」

 

ローエングリン発射態勢に入るドミニオン。ここで打撃を与えれば、防衛戦に大穴を開けることが出来る。

 

 

あの忌々しい砲台をオーブは必死に守っており、沿岸部はミサイルのシャワーでずたずたになりつつある。

 

「水中より高速接近する熱源あり!! こ、これは!?」

 

その時だった、水中より被害を受けた艦隊に迫る水中からの脅威。

 

マリンアストレイの部隊が到着したのだ。

 

「さぁ、狩りの時間だ。手当たり次第に艦艇に風穴を開けてやれ!!」

 

ガルドの咆哮とともに、海の益荒男たちが猛威を振るう。

 

 

「な、なんだ!? 蒼いモビルスーツ!?」

 

 

「くそっ、こんな時に挟撃だと!?」

 

 

不意を衝かれた連合艦隊は混乱に陥る。ガルドは部下たちに無理はさせないつもりだった。

 

「深追いするな! 叩きは陽電子砲に任せろ! 各自連携し、陽動に徹しろ!!」

 

ここで兵士を一人失うだけでオーブには痛い損耗だ。魚雷攻撃などで海中より奇襲を断続的に仕掛ける彼らは最大限の戦果を挙げていた。

 

 

「頂きッ!!」

 

そして、一人の部下が戦艦の背後を取ったのだ。そのままサーベルでブリッジを両断し、素早く海中へと逃げ去る。追尾するミサイルも、海という広大なカーテンの中で力を失っていく。

 

一撃離脱と水中からの攻撃で、マリンアストレイは艦隊に修復不可能な損耗をたたき出し、陽電子砲の次回照射を待っていた。

 

「第二撃!! きますっ!!」

 

「よし!! 海中へ退避しろ!! 本命の一撃を特等席で確認するぞ!!」

 

 

海の戦闘を生業とする部隊は、どの戦闘においても連合の鬼門となっていた。

 

 

不意を衝かれた艦隊は、陽電子砲からの攻撃で立て直しつつあった矢先であり、さらなる混乱により、混乱状態に陥ったのだ。

 

「特機を出撃できません!! このままでは————!!」

 

「くそっ、特機だけでも出させろ!!」

 

アズラエルは次々と不意を突き、相手にペースを握らせないオーブに憤怒の表情を浮かべる。

 

「おのれぇぇぇ!! ここまで私をコケにするとは、許さんぞ、オーブ!!」

 

 

そしてついに、陽電子砲のチャージが完了し、後は薙ぎ払うだけ。沿岸部でオーブは抵抗を続けているが、入り込めばいずれ飛行艇で蹂躙できる。

 

「第二撃!! きますっ!!」

 

「回避ィィ!!! 取り舵————うあぁぁぁぁ!!!」

 

 

「艦が沈む、傾斜する!? うわぁぁぁぁ!!」

 

 

「退艦は許さん!! 死ぬまで戦え!! モビルスーツを射出してからしねぇぇ!!」

 

断末魔と混乱で惑う人間たちの声が飛び交う。大軍で小国をすりつぶす算段だった太西洋連邦軍と、少数だが地の利と知恵を活かしたオーブ軍。

 

何よりここは、彼らのテリトリーなのだ。苦戦を予想していない時点で、彼らは戦術的に劣勢だったのだ。

 

 

「何をしている!! 陽電子砲さえ葬れば、こちらは上陸できるんだぞ!!」

アズラエルの檄が飛ぶ。本命はあの陽電子砲だ。あれを必死に守り続けるということは、オーブ軍にとってあれは作戦の要だ。素人の人間でもわかる。

 

「チャージ完了!! いつでも撃てます!!」

 

「あの忌々しいデカ物をこわせぇぇぇ!!」

 

上陸してしまえばあとは進軍するだけの簡単な戦闘なのだ。アズラエルは、オーブ軍の虎の子を壊せば、後は数で押し通ることが出来ると踏んでいた。

 

 

 

「悪いが、それは認められない」

 

 

しかし緑色の閃光が二筋、ドミニオンのローエングリンを貫いたのだ。

 

 

「な、ぁぁぁ?!」

 

衝撃に揺れ、席から滑り落ちてしまうアズラエル。勝利を確信する一撃を期待していた彼は、事態が急変したことを悟る。

 

 

 

そして見た。それは連合に勝利を捧げ、ザフトに敗走を重ねさせた、神話そのもの。

 

 

赤い装甲、緑色の瞳、そして4本角。

 

 

オーブ沖合で撃墜されたはずのストライク二号機が、今度は連合の前に立ち塞がっていた。

 

 

「こちら、レッド1、陽電子砲の気配があったので、寸前で破壊に成功した。すぐに飛行艇強襲を支援する」

 

 

リオンの乗る機体はストライクグリントではない。リオンはこの土壇場で機体を変更。ストライクグリントは宇宙仕様に変更し、IOBとともにすぐに出撃できる態勢を整えさせたのだ。

 

 

それは、リオンにしかわからぬ直感。ここでストライクグリントを使用してはならないという予感が彼にはあった。

 

 

「状況報告。飛行艇には無事航空部隊が強襲に成功。敵モビルスーツ降下を阻止。第三から第六中隊は被害軽微のまま作戦行動中」

 

AIのノアに速報に頷いたリオン。何とかこれで飛行艇の脅威を除くことが出来た。

 

「飛行艇討伐は、俺の出る幕ではないな。予定通り、特機を抑える。ノア、状況は?」

 

「敵大型強襲艦より、特機と思われる機体が発進。母艦のほうからも来ます」

 

 

そしてついに、懸案だった特機の対応を任されることになるリオン。ここが彼にとっての正念場。

 

 

「赤い奴、やるよ? あの色嫌いなんだよ!」

 

「はっ、うっせぇよ!!」

 

「ごちゃごちゃ、うざい」

 

クロトはジャスティスに屈辱を味わっているため、基本的に赤い色の機体に嫌悪感を抱いている。そして噂によればあの赤い機体はかなり手強いらしい。

 

 

オルガとシャニも、赤い機体が赤い彗星の乗っていた機体だと知っており、その軽口とは裏腹に、油断はできないと考えていた。

 

 

クロトのレイダーが機動力を活かし、リオンに迫る。モビルアーマー形態に変化したその機体は易々とストライク二号機の速力を超越する。

 

「早いっ!?」

機体性能で劣っている、リオンはそう感じたが、ここでグリントを出すわけにはいかない。

 

 

「—————おらぁぁぁ、抹殺!!」

 

死角に回り込み、先制打を仕掛けるクロトだが、速力に劣る二号機は易々とそれを回避する。

 

 

まるで、攻撃が見えているかのような、見切りをつけた動きで、今度は逆に————

 

 

「そら、お返しだ」

 

横に回避しながらの反撃。脚部バーニアでロール機動しつつ、ライフルの攻撃。そしてその射撃精度はクロトを超越する。

 

 

「え!?」

 

迂闊に飛び込んだことが、クロトの運命を決定づけた。敵の力量を見誤り、迂闊な動きをした彼は、その一発の銃弾に沈む。

 

 

それはたった一つの銃撃だった。何の変哲もないただの正射。しかし、まっすぐ飛んでいるはずの弾丸は、まるでレイダーに吸い込まれるように飛んでいき、機体が着弾を待っていたかのように当たりに行ってしまう。

 

 

「な!?」

周りの将校たちは驚愕するしかない。あの赤い機体は先回りしたのだ。レイダーの動きを瞬時に予測し、その回避ポイントとルートを算出し、目測でその座標を狙い打ったのだ。

 

 

—————馬鹿な、音速を超える機体を目視で—————なんなのだ、あの怪物は

 

—————ば、化け物—————

 

 

正確無比にコックピットを射抜いた一撃は、レイダーにあらゆる力を奪い去り、自由落下していく機体は、クロトとともに空中で爆散したのだ。

 

 

「「!?」」

 

シャニとオルガはその光景に驚愕しないはずがなかった。クロトは気に入らない奴だ、しかし彼の力量は知っている。その彼があっさりと落とされたのだ。

 

 

「目標捕捉、特機と断定。排除行動に移る」

 

「了解、そちらに追従する」

 

 

そこへ、デュエルとバスターがレイダー制式仕様の機体に搭載されていた飛行支援ユニットとともに襲い掛かる。

 

 

「脅威を確認。第一優先順位として設定」

 

そして残るフォビドゥン二号機がリオン包囲に参加する。総勢5機の特機が、旧式化したストライク二号機に襲い掛かったのだ。

 

 

「これだけ新型のオンパレードでは、先ほどの様にはいかないか」

 

 

回避を続けるリオンだが、エネルギーの問題もある。幸い、エネルギーパックを複数装備した二号機の稼働時間は大幅に改善されているが、長期戦はまずい。

 

 

周囲は特機の巣窟だ。その全火力がリオンとストライク二号機に向けられているのだ。弾幕を水面方向へと加速しながら回避行動をとるリオン。

 

 

包囲されれば機体性能で劣るこちらに勝機はない。

 

「くそっ、」

 

牽制を入れつつ、鎌を持った機体が突出したことで、その二機を狙うが、

 

「はっ!」

 

「反射」

 

シャニは嘲った笑みとともに、生体CPUは抑揚のない声でゲシュマイディッヒ・パンツァーでその攻撃を歪曲させ、無力化させたのだ。攻撃を正攻法で防がれたことに驚くリオン。

 

 

「!? ビームが!? ミラージュコロイドの応用か!」

 

リオンとしても、あのサイズであの強力な磁場を発生させる機体を警戒する。しかし、ミラージュコロイドの磁場を発生させるためには、多量のエネルギーを食らうはずだ。

 

—————グリントならば、エネルギー切れを狙った集中攻撃だが

 

 

しかし、今は物量も時間も足りない。リオンは物理攻撃であれを仕留める必要があると踏んだ。

 

「おらぁぁ!!こっち見ろよ!!」

 

オルガがカラミティとともに飛行ユニットに乗り込み、空から追撃を仕掛ける。その重火力な面制圧力は、

 

 

「っ!!」

 

二号機の最大加速でなければ危ないものだった。あれ相手に悠長に同じ場所にとどまっていれば、ハチの巣にされかねない。しかも、こちらの装備と装甲では防いだ瞬間に詰みだ。

 

 

あのリオンをもってしても、特機を複数一機で相手取るのは骨の折れる仕事でもある。

 

—————約束したんだ。未来を繋ぐと

 

 

劣勢の中で、リオンはあきらめない。どれほどの逆境であろうと、彼はカガリにとっての最強であらねばならない。

 

 

「逃げてるばかりか!? あぁぁん!?」

 

「追撃を継続」

 

バスターとカラミティの飽和攻撃に回避で手いっぱいになるリオン。優れた乗り手が目の前におり、型式落ちでの戦闘を強いられるリオンだが、

 

 

「舐ァめるなァァァ!!!!!」

 

急降下しながら硬度を落とすリオン。当然ながら追撃を仕掛けるバスターとカラミティ。そしてそれに続くフォビドゥンの二機。

 

 

「——————了解した、オーブ本土への攻撃を優先。現空域を離脱する」

 

しかしデュエルだけがドミニオンからの命令でオーブへと向かう。リオンとしては追撃したいがそれはあとの者に任せる。

 

 

—————あの程度、お前ならば落とせるはずだ、キラ

 

 

 

そしてリオンはここであるひらめきによってこの劣勢を打開することを目論んだ。

 

正直、かなり分の悪い賭けだが、彼にとっての戦闘はオーブ防衛戦だけではない。

 

 

—————少しの遅れが、滅亡への致命傷だ。悪いが手早く落とさせてもらう!

 

 

「はっ、効かないって言って—————」

 

シャニの乗るフォビドゥンに攻撃を仕掛けたリオン。当然ながら攻撃は曲げられ、無力化されるのだが—————

 

 

「—————あ」

 

バスターの胸部に曲がってしまったビームが直撃したのだ。連携も糞もない陣形で追撃を仕掛けた敵の油断を衝いたリオンの搦手。

 

 

不規則に見えて、彼らは互いに有理な座標でこちらを包囲しようとしていた。それぞれが自由に考えて、それぞれの兵種と機体性能に合わせ、彼らは論理的に動いていた。

 

 

それは本能と言えばいいのだろうか。戦闘を生業にして、なおかつ野生の本能に身を任せた彼らは、相当有能な戦士になっていただろう。その連携で今まで通用していたのだから。

 

しかし、リオンを前にして、彼らは経験が足りなさ過ぎた。たった数回で相手のポジション取りの癖と傾向を見抜いた彼は、彼らの反応速度を上回り、なおかつ機体制御だけで誘導して見せたのだ。

 

例えば、フォビドゥンへ攻撃する際の、バスターの位置取りはどうなのかと。

 

 

彼はフォビドゥンを地点と設定した場合、通常斜め上40~50度の場所から援護射撃を行っていた。あの中で理路整然とした動きを見せていただけに、合わせようとする彼の動きは見切りやすかったのだ。

 

 

「バカな!? 何なんだあいつはァァァ!!!」

 

 

「そんな、特機が2機も—————嘘だァァァ!!!」

 

よりによって、味方の装備で撃墜される羽目になったバスターはそのまま空中で爆散したのだ。退艦中の将校たちも、圧倒的な実力を見せつけるストライク二号機に畏怖と恐怖を覚える。

 

 

「これで、2機目ッ」

 

一方、汗がだんだんと流れるリオン。無茶な機動に節約しながらの戦闘。集中力はこれまで以上に研ぎ澄まされている。

 

本能で演算を行っているリオンは、それだけ脳にかかる負荷も一段と重いものとなりつつある。瞬間的な五感と第六感で脳内イメージを映し出し、瞬時に判断して行動する。

 

この戦場で最も戦闘に特化しているのは強化人間ではない。彼らの目前に居座る最強なのだ。

 

 

 

「くそっ、なめやがって!!!!」

フレスベルグで連射を続けるシャニ。相手のビームを曲げることが出来るのならば、自分の攻撃も曲げることが出来る。

 

「!?」

 

とっさの判断で、リオンはライフルを手放す。寸前でビームの軌道が変わったため、不意を衝かれたのだ。何とかその初見の攻撃を回避したが、ビームライフルを失ってしまう。

 

 

「——————オオワシ装備で一番有効な武器が————」

 

まだ飛び道具は存在するが、リオンにとってライフルはここで失う計算ではなかった。フレスベルグはほぼ初見だった。なのに、彼はそれを回避したのだ。その事実はシャニにとって衝撃となったに違いない。

 

「対象はフレスベルグの軌道に対応しきれていない模様。有効な武器を選択します」

 

 

「おらおら、逃げまどえよ!!!」

 

フレスベルグの嵐がリオンを襲う。殺気と事象を予知するリオンの能力と、これまでの戦闘技術で回避し続けているが、リオンはさらに追い込まれつつあった。

 

 

—————くそっ、ここで時間を食うわけにはいかないのに

 

 

「!!!」

 

ここで、意識外からカラミティの攻撃がフォビドゥンに当たる。その瞬間にリオンの背筋が凍る。

 

 

カラミティの発射したビームが、オオワシ装備の羽根を掠ったのだ。掠っただけで、機動力は落ちないものの、リオンには久しく忘れていた瀬戸際の感覚を思い出していた。

 

「面白い、俺を捉えるか!!!」

 

出し惜しみすることなく、形振りも構わない。時間が刻一刻と過ぎ去っていく。小物を前に足止めされるわけにはいかないのだ。

 

 

————ここで殺す、生きて太平洋に戻れると思うな

 

「こいつで—————うわっ!?」

 

お返しとばかりにリオンはオオワシ装備の高エネルギー砲でフォビドゥンに攻撃を当て、カラミティのバズーカと肩部に装備された二連装ビーム砲台を破壊したのだ。

 

これで、胸部のスキュラ以外ほとんどの攻撃手段を失ったカラミティ。

 

「こ、この俺が—————」

信じられないといった表情のオルガ。多人数で追い込んでいるはずなのに、被害ばかりが増えていく。

 

「おおおぉぉぉぉ!!!!!」

 

陣形が乱れた瞬間に、フレスベルグの嵐を掻い潜ったリオン。急加速で猛追する先は、オルガの乗るカラミティ。

 

鬼気迫る声を戦闘で初めて出したリオン。ここが正念場、ここが自分の役目の瀬戸際。

 

ならば、倒れる理由は存在しない。

 

 

「バカが、死ねよ!!」

 

しかし最大の隙を見せたリオンの背中に張り付いたのは、シャニの乗るフォビドゥン。フレスベルグの直射であの忌々しい赤い機体を撃墜する。

 

 

しかし—————

 

「分かっていたさ、お前がその位置に動くことは!!!」

 

腰部に装備されたビームサーベルを投擲したリオン。メインカメラで確認せず、規定された軌道へとただ誘導される光の刃。

 

そこにはロックオンも何もかも存在しない。

 

 

だが、だからこそリオンにしか到達し得ない攻撃であり、必殺の一撃。

 

警報が遅れて鳴り出した。危険を発するアラーム音が彼の耳に届くのと、命運が決するのはほぼ同時だった。

 

「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

サーベルがコックピットを突き破った瞬間、シャニは膨大な熱量にうめき声を上げる。そして断末魔とともに、この世界から跡形もなく消失し、

 

 

乗り手を失ったフォビドゥンは、同じく彼と同じく空中で爆散したのだった。

 

 

「だがてめぇは終わりだ!!」

 

シャニを仕留めたが、隙が出来てしまったリオン。このまま彼が予測し得ない初めての兵装、胸部ビーム砲スキュラでとどめを刺す。

 

 

「言ったはずだ、生きては帰さんと」

 

 

リオンはここで、盾ごと突っ込む判断を選択。エネルギーで満載される敵胸部に体当たりを敢行したのだ。

 

「ぐわぁぁ!?」

 

リオンの決死の体当たりにより、スキュラの射角がずれたのだ。辛うじて致命傷を避けたリオン。そしてそれこそが、この戦闘での勝敗を分かつ瞬間となった。

 

「—————賭けの代償にしては、安かったな」

 

無論、リオンも無事とは言えない。致命傷を避けたとはいえ、今のでシールドを持っていた右腕が消し飛んだのだ。中破寸前まで追い込まれたのは彼らの気迫が僅かに届いた証なのか。

 

 

どちらにせよ、勝敗は決した。彼らにはもう勝機は万に一つ存在しない。

 

 

足蹴にして、カラミティを見下ろすストライク二号機。オオワシの砲台は既にカラミティとオルガを捉えていた。

 

「な、まっ」

 

 

「終わりだ」

 

超至近距離での飛び道具の一撃。ボディに大穴を開けたカラミティは、海中に叩き落され、大きな水しぶきとともに爆散。

 

 

「計算外。理解不能。足止めを選択」

 

距離を取りつつ、牽制を入れるフォビドゥン二号機。特機6機のうち、4機を撃墜する並外れた実力を前に、生体CPUは時間稼ぎを選択したのだが、

 

「単騎で俺を止められると思うなぁぁ!!!」

 

 

猛追するストライク二号機と鬼気迫るリオンにあっさりと距離を詰められ、

 

「はぁぁぁ!!!」

 

残ったサーベルで、忌々しいゲシュマイディッヒ・パンツァーを切り裂き、無力化すると、

 

「くっ」

フレスベルグの直射で何とか生き残ろうとする生体CPU。しかしリオンはその攻撃を察知し、直上へと急上昇。

 

 

「終わりだ。世界の為、ここで死んでもらうぞ」

 

脚部ユニットでフォビドゥン二号機を揺らし、自由落下から体勢を立て直すまでの隙をつくリオン。

 

彼が機体の体勢を立て直したときには—————

 

「任務————失————」

 

 

最後に残ったビームサーベルが、彼を世界から消失させる瞬間が訪れていた。深々と光の刃が突き刺さり、自分たちが敗北したことを悟るCPU。

 

その言葉は最後まで続くことなく、リオンの先を見ることなく、彼は意識事消えていった。

 

 

「————————はぁ、はぁ、はぁ——————」

 

かなり瀬戸際だった。息を荒くするリオンは、自分が久しく忘れていた死地というものを実感していた。

 

————紙一重だった。これで連携までよければ、まだ2機しか落とせていなかっただろう

 

 

ここまで自分が追い込まれたと思える戦場はなかなかなかった。しかし、想定以上に速く任務を達成したとはいえ、味方の状況がどうなっているのか分からない。

 

「ノア、状況はどうなっている?」

 

 

「オーブ上空に、ザフト軍機2機が飛来。そのままこちらを援護する形で飛行艇の殲滅は完全に達成できました」

 

 

「——————は?」

 

無機質な報告に、リオンは間抜けな声を出す。いきなりザフト軍機がここで登場する意味が分からない。プラントはようやく和平交渉に入るというのに、いくらなんでも動きが早すぎる。

 

「南アメリカ共和国と穏健派の大西洋連邦の主力部隊が、太西洋連邦の背後から強襲。掃討まであともう少しです」

 

 

「——————まだ劣勢という計算だったのだが—————思わぬ誤算だ」

 

 

思い通りにいかない、予測した最悪が悉く覆される。ここに南アメリカと大西洋連邦が参戦してきた。それも最高のタイミングだ。

 

「俺の知らない流れが、世界にはあると、理解はしていた」

 

不意に目頭が熱くなるリオン。まだまだ世界は捨てたものではない、これからも未来は続くのだと確信したと同時に、

 

————だからこそ、邪魔はさせない。

 

 

メインカメラから空を見上げるリオン。そこに潜む悪意を彼一人が認知していた。

 

 

—————見えているぞ、その悪意は

 

 

最後の大仕事を前に、リオンは急いでタナバタへと向かうのだった。

 

 

 

 




激闘の末(一話のみ)、特機を5機撃破することに成功したリオン。

次は、リオンの視点以外での戦闘になります。


外伝キャラのガルド氏。ここにきての大戦果で二階級特進不可避。
水中部隊がこの防衛戦の勝敗を左右したと言っても過言ではないでしょう。

次点は戦闘機部隊。敵主力降下部隊の降下を寸前で阻止。これも大きい。


しかし、防衛戦で切り札を出せなかったオーブ軍。この選択を片隅に入れて、次回以降を読み進めてください。


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第50話 比翼の希望

連続投稿です。48話から読んでない人は、順番に読んでください。


それはリオンが特機に包囲されていた時の事だった。

 

オーブ軍は飛行艇の処理に追われ、沿岸部の防衛戦はほぼ崩壊状態。今にも上陸を許しかねない状況だった。

 

「リオン特尉は特機の足止めに遭遇! まだ戻り切れません」

 

「第一、第二中隊が沿岸部防衛に参加! 敵モビルスーツ部隊と交戦中!!」

 

アサギ率いる第二中隊、パリス率いる第一中隊が空から攻撃支援を仕掛け、本土防衛に回された中隊が港への進軍を阻止している。

 

「ヤマト特尉を投入する。前線は後退しつつ応戦! 機甲部隊の砲火を防衛に集中させろ!! ここが正念場だ、持ちこたえろ!!」

 

司令部では、カガリが尚も指揮を執り、少ない部隊をうまく運用し、大群であるが故に迅速な動きが出来ない連邦軍を翻弄していた。

 

「機甲部隊、上陸部隊の殲滅に成功!! 尚も第二陣、きます!!」

 

「陽電子砲発射態勢、完了しています!!」

 

第一陣を倒しても、第二陣が迫る圧倒的物量差。カガリは一瞬口元がゆがんだが、指示を絶えず飛ばす。

 

「陽電子砲、目標沿岸部駆逐艦群。足場さえなくせば、連合の量産機はここまで侵攻は出来ない!!」

 

圧倒的な個の力はあちらも持っている。ならば、後は指揮官の力量の差。ここで負ければ、オーブの命運が終わってしまう。

 

世界は進み始めている。ここまで来て、その未来を授かれないのは悔しすぎる。

 

————まだだ。援軍が来る予定まで、我が軍は負けるわけにはいかない

 

 

 

しかし、ここで、戦線を打開する存在が到着する。

 

 

「後は僕に任せて!」

 

 

 

空に舞い上がるのは、黄金の輝き。それはオーブの意思そのもの。オーブの命運を握る、もう一つの切り札。

 

 

刃を向けるものには刃で返そう。

 

その輝きに魅せられたのなら、その威風堂々とした姿を晒そう。

 

「アカツキ、戦線を押し上げます!!」

 

 

キラの乗るアカツキが、太平洋連邦の視線をくぎ付けにする。煌く肢体をその黄金の太陽の下に晒し、敵の軍勢に相対する。

 

「リオンだけに、その重荷は背負わせないよ」

 

彼にとっての黄金の意思と、黄金に輝き続ける可能性という名の未来のために。

 

 

出現したアカツキを前に、連邦軍は奇異に思いつつも応戦を敢行する。見掛け倒しなのか、それともそうではないのか、なんにせよ、あれは不明機。彼らにとっての敵そのものだ。

 

 

「なんだあの黄金の機体は!!」

 

「撃ち落とせ!!」

 

「アレに砲火を集中させろ!!」

 

一斉に光学兵器の嵐がアカツキに向けて放たれる。キラはそれを難なく躱しつつ、そのタイミングを待っていた。

 

無条件に攻撃を跳ね返すのではない。アカツキは反射角と演算がしっかりしていなければ、攻撃を無効化するだけの性能に落ちてしまう。

 

それでは無意味だ。並のパイロットであれば十分な性能だが、キラ・ヤマトが乗る場合はそうではない。

 

 

しかし、ついに連邦軍の眼前で光学兵器がアカツキの機体を捉えた。その瞬間彼らは撃墜を確信した。

 

 

「反射角補正、ヤタノカガミの装甲なら—————!!」

 

 

彼の眼に内蔵されたガンカメラが、迫りくるビームの大群を前にその全てを捉える。

 

 

そして——————

 

 

黄金の機体に迫るはずだった光の雨は、その光を発した者たちへと帰っていく。

 

「え?」

 

あるパイロットの呟きが、爆炎ととともにかき消された。悲鳴も、恐怖も存在しない。

 

その周辺に存在した連邦軍の機体とパイロットもそうだった。

 

 

辺り一面に敵影が消えたことで、トールは驚いていた。

 

「キラ、それにあれが、アカツキの—————」

 

なんて性能だ、とトールは舌を巻く。こちらが頑張って数を減らしていたのに、あっさりと敵影を葬り去ったのだ。

 

「ぼやぼやしないで、この惨状では、沿岸部での防衛は困難よ! 私たちも戦線を押し上げるよ!」

 

「りょ、了解!!」

 

「あれがキラ・ヤマト、凄いな」

 

「了解しました(あれが、アークエンジェルを支えたエースの力)」

 

機体性能だけではない。彼の優れた操縦技術が、アカツキを活かしているのだとエアリスは感じた。

 

「——————俺も、あんな風になれるかな」

 

ロヴェルトはキラの活躍に驚きつつ、トールたちに追随するが、彼への憧れを口にしていた。

 

アラスカの初陣を経て、苦戦が予想されたオーブ防衛戦。

 

しかし、リオンが質の特機を全て押さえこんでいるため、大した強敵と鉢合わせすることはなかった。

 

 

戦線を押し上げ、連邦軍を追い込んでいく。

 

 

アズラエルは、特機がたった一機に抑え込まれ、飛行艇は次々と撃墜され、量産型の機体群はいまだにオーブの港を抑えることが出来ないどころか、逆に押し返され始めている。

 

「ええい!! あれにどれだけお金をかけたと思っているんだ!! 一機くらい落として見せろ!!」

 

赤い彗星そのものに抑え込まれていることに、怒りを覚えるアズラエル。

 

「赤い彗星、まさかあれは傭兵、なのか?」

 

傭兵、そのキーワードと思い浮かべた時、サザーランド中将は悟る。

 

あれはオーブの人間だったのだと。そして赤い彗星の正体は恐らく——————

 

 

「熱源が本艦直上に急速接近!! こ、これは——」

 

 

管制の声は最後まで続かない。

 

 

「——————貴方、なのね。ムルタ・アズラエル!!」

 

フィオナの乗るフリーダムがオーブ沖に到着。ザフト軍はオーブ軍を支援するために、スペシャルな機体を用意したのだ。

 

 

「これで、落ちなさいっ!!」

 

バラエーナの砲台を二門、ブリッジに照準を合わせたフィオナは、躊躇いもなくその引き金を引いた。

 

 

「な!?」

 

青い翼の機体に攻撃された瞬間を眼前で見る羽目になったアズラエル。驚愕と恐怖で感情が爆発し、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

サザーランドとともに、光の奔流の中に巻き込まれ、ドミニオンのブリッジは完全に破壊されたのだった。

 

 

そして—————

 

 

「——————済まない。俺は、振り返らないからな」

 

残った特機である、デュエルを胴体から両断したアスランは、感情を消した声でつぶやいた。

 

 

「救えたかもしれない。だが、俺はこの土壇場で私情を優先するつもりはない」

 

手心を加えて、味方に被害が出れば、オーブに被害が出れば、外交問題に発展する。だからこそ、アスランは引き金を今度は引き抜いたのだ。

 

ザフト軍が私情を優先し、オーブの敵に成り下がった同胞を救う。薬物投与など、その事実をオーブが認識すれば、多少の便宜と釈明の余地はあったのかもしれない。

 

 

もうアスランは、これ以上オーブに甘えたくなかった。けじめはつける。それが、この戦場に彼がいることを予期しつつも、この戦闘に参加した彼の覚悟なのだ。

 

「——————」

 

 

しかしそれでも、爆散し、瓦礫と化した残骸を目の前に、アスランの感情は沈んでいた。全てを救えるわけではない。そして、救えなかった命は自分の力が足りなかったからだ。

 

パナマの戦闘で彼を救い出せていれば、違った未来があったかもしれない。

 

しかし、そのもしもの未来は意味を失った。

 

イザークを救うことを諦め、殺す決断をしたのはアスランだ。これ以上、リオン・フラガに重荷を背負わせるわけにはいかないのだ。

 

フィオナは彼のことが嫌いだが、自分は彼を好んでいる。彼がこれ以上恨まれるのは避けたかったのだ。

 

 

 

 

そして、もはや壊滅状態の太平洋連邦にとどめを刺したのは—————

 

「あら? もう勝敗は決まったようなものじゃない」

 

「おいおい肩透かしかよ、特機はどこに行った?」

 

水中よりジェーン・ヒューストンが、そして空からはエドワード・ハレルソンらが到着したのだが、もはや勝敗は決していた。

 

「赤い彗星が特機を殆ど片づけたようですね」

スウェン・カル・バヤンは、オーブ軍から情報を受け取った際、彼がほぼすべての敵を打ち破ったことを知ったのだ。

 

「—————俺ら、いらなかったんじゃないか?」

 

「そんなことはないぞ、エドワード。ここに南アメリカ、大西洋連邦穏健派が来たことが重要なのだ。ザフトも含めた非常任理事国もな」

 

戦後を意識すれば、これ以上ない展開だ。モーガンは外交的なことを考えればオーブに恩を売る形となったので、肩透かしではないと考えていた。

 

 

こうして、対勢力に包囲された太平洋連邦こと過激派は、オーブ沖で完全に掃討されることになった。

 

アズラエルという旗頭を失っても、彼らは狂気に突き動かされ、道連れにしようと襲い掛かる。が、すでに量と質で圧倒される彼らは全滅する以外に出来ることはなく、

 

リオンの思惑通り、新世界の標準にそぐわない因子は、この世界から強制的に排除された。

 

 

「終わったね、ステラおねえちゃん」

 

「うん。リオンはどこなの?」

 

二人の金髪少女が、リオンの姿を探す。勝利したオーブにもはや敵はいない。だから、彼が戦うはずはないのだ。

 

 

しかし—————

 

「—————!? あれは—————」

 

スウェンは確かに見た。オーブの第二マスドライバー、タナバタより打ち上げられていく存在を。

 

 

トリコロールに光る機体と、モビルスーツに装備するとは思えない巨大な装備。

 

あれの乗り手は恐らくリオンなのだろうと、彼は察した。

 

 

—————何があるというのだ、この先に?

 

 

 

 

リオンがストライクグリントに乗り換えた時、カガリはその見送りに行くことはできなかった。

 

だからせめて、どんな形であれ彼にエールを送る為、彼女は祈るだけだ。

 

 

—————お前が何に対し、脅威を感じているかは分からない。

 

リオンは宇宙に上がる準備が必要だと言っていた。宇宙で何らかの異変が起きている、彼は最後までそう言っていた。

 

 

そして彼は自分の我儘を貫いた。圧倒的性能を誇るストライクグリントを使わずに特機を殲滅し、結果を出したのだ。

 

 

「だから、私はお前を信じる。部下の挑戦と行動に対し、責任を取るのも上の義務なのだろう?」

 

 

無条件に信じるつもりはない。そして、カガリは彼を信じたことが正解であることをすぐに知ることになる。

 

 

「プラント政府からの緊急暗号通信です!!」

 

 

「なんだと? どういう—————これは!?」

 

暗号通信の内容は、驚愕と絶望を招くものだった。

 

 

過激派生き残りがヤキン・ドゥーエを占拠。巨大兵器ジェネシスとのコントロール権を奪い、地球へ向けて侵攻中だったのだ。

 

 

あらかじめ散布され続けていた、この戦争で多大な影響を与え続けていたNジャマーがプラント政府と地球圏の交信を遅らせたのだ。

 

穏健派の中にこの事実を内密に処理しようとしたものもいたため、事態はここまで悪化していたのだ。

 

通常の戦艦クラス以上の出力で動き続ける巨大要塞、ヤキン・ドゥーエ。その速力はお世辞にも早いものではない。だが、確実に地球を射程圏内に収めるポイントに近づきつつあったのだ。

 

 

さらに不幸は重なる。プラントの食糧生産工場が何者かによって爆破されたのだ。これではプラントの自作自演とは言い難い。

 

彼らにメリットが何もないのだ。このままその巨大兵器が発射された場合、小惑星隕石衝突クラスの被害がもたらされることは、プラント側から告知されている。

 

 

プラントは和平への道を進んでいた。しかし、連邦軍という膿を出した連合と同様、残っていたのだ。

 

 

「—————まさか、フラガ様はこのことを見越して—————」

 

「しかし、こうも通信がやられていては、もはや直感というレベルを超えている」

 

「フラガ様が裏切り、とは考えにくい。ならば彼は宇宙に急ぐ理由がない。」

 

リオンが何らからの事情を知っていたのではないかと、疑心暗鬼になる者もいたが、彼の人格と信用についてまでは言及されない。

 

この戦闘でもそうだ。彼はどれだけオーブに尽くしたのか。それを彼らは理解しているのだ。

 

 

彼はきっと、自分の我儘だと述べるだろう。気にするなと。しかし、その我儘が何のためなのかを知れば、信じたくなってしまうのだ。

 

 

「ええ。彼は時に超常的な能力で我が国を救っています。この戦闘記録でも、機械の領域を超えた何かを感じ取り、特機を圧倒していました」

 

ロンド・ミナは、彼の功績をたたえ、彼の事情を推察する。

 

「—————きっと彼は、世界の危機に聡いのです。故に一番危険な場所に、最初に辿り着いてしまう」

 

そしてその推察から考えられる残酷な事実を、口にした。

 

 

彼は最初からこうなると理解していたのだ。誰かに教えられたわけではない。世界を救う存在である彼は、世界の恩恵を与えられる代わりに、最も奉仕することを強いられている。

 

だから、彼にしかわからなかった。人という括りの中でしか行動し得ない自分たちでは推し量ることすらできなかったのだ。

 

 

 

彼らの躊躇と疑念が、アークエンジェルという切り札を、無駄にしてしまったのだと。

 

 

 

 

 

「—————そ、そんな。僕が、余計なことをしたせいで—————」

ショックを受けているのはユウナだった。自分の迂闊な言葉で、リオンが尻拭いをしなければならない。もし、彼の意見を聞き入れていれば、いい形でプラントの異変に対応できたかもしれない。

 

もっと切迫した状況に陥ることはなかったかもしれない。

 

「—————ッ」

 

他のものも同じだった。リオンのことを信じているはずなのに、最後の最後、彼に対して疑念を抱いてしまった結果がこれだ。

 

司令部の選択一つで切り札は無駄にも有用にもなり得る。

 

——————敵の勢力も未知数。兵種も未知数。そんな状態で其方を送らねばならんとは————

 

 

ロンド・ミナが危惧していたことはこれだった。頭の回る前線の戦士がいれば、きっと役割以上のことをしてしまう。そして、その存在に負担がどんどん積み重なるだろうと。

 

 

そして最後には——————

 

「諦めるな、ミナ」

 

今にも崩れそうな表情を我慢するカガリが、諦めつつあった彼女に言い放つ。

 

「リオンは負けない。今までだって、これからだって————ッ」

振り絞るように、カガリは彼女にだけではなく、この場にいる全員に宣言した。

 

 

「アークエンジェルは宇宙仕様のままだな?」

だから、彼らの英雄を助ける道具を、持ち出す必要がある。しかし、アークエンジェルは中途半端に大気圏仕様に切り替えている途中だったのだ。

 

命令が二転三転している状況下で、整備班には苦労を掛けるだろう。そして、それ以上に啖呵を切ったあの青年の感情はいかほどのものか。

 

—————何もできずに戦闘が終わる。これで何かあれば、私は殺されるかもしれないな

 

カガリは冷静に、あの青年が怒り狂うと予測できた。リオンを特別視せず、ちゃらけた態度で話す友人。エリクの存在は、カガリにとってもありがたい存在だったのだ。

 

きっと彼ならそうするだろうと予測もしやすかった。

 

「彼らにはすぐに打ち上げの準備と開始を。リオンに遅れるな、当初の目的通り、巨大兵器ジェネシスの破壊を依頼する」

 

 

さらにカガリの行動は早い。動けるものがオーブにないのであれば、動けるところを探す。

 

第八艦隊の宇宙艦隊がいる。ザフト軍だって無策のままではないはずだ。

 

 

「聞こえるか、アークエンジェル」

 

ブリッジに向けて、カガリは命令を下していく。

 

 

「はい。存じております。こんなことになるとは」

 

固い決意を見に秘めたナタルは、カガリの命令を完璧に理解していた。そして顔には出さないが焦燥もあった。

 

このまま彼を死地へと送ることになる、それが確定したことへの自責の念。どうしてこうなったのだという憤慨の色。

 

「—————リオンが宇宙に上がっている。この意味が分かるな?」

 

 

「—————ジェネシスが起動し、地球が危機的状況であること、ですね?」

プラントによる告知が行われたのは、オーブ防衛戦終了後のことだ。今頃、各国も対応に追われているだろう。民衆もパニックに陥っているはずだ。

 

政府は迅速な行動を求められ、オーブでも絶望が広がっていた。

 

「ああ。アークエンジェルはすぐにキラ・ヤマトのアカツキを収用し、宇宙に上がってもらう。命令は単純だ。使命を果たし、生きて帰ってこい」

 

「はっ!!」

 

アークエンジェルでは直ちにアカツキの着艦が行われる。

 

 

「急げ急げ!! すぐにオオワシからシラヌイの装備に切り替えだ!! 宇宙戦闘仕様だ!! 間違えるなよ!!」

 

工員たちが目まぐるしく動く。これが最後の大一番。否、この戦争最後にして最大の正念場なのだ。

 

覚悟が違う、抱えているものが違う。その決意が違う。

 

いつも以上に、その作業への入れ込みはあった。だから上司に怒鳴られても、嫌な顔一つせず、迅速に、黙々と作業をするのだ。

 

 

そしてパイロットたちも戸惑いを隠せない。

 

「おい!? どういうことだよ!? プラントは和平に入ったんじゃないのか!?」

 

「そんな、どうして!? それにリオンさんが単独先行!? 無茶です!!」

 

文句を言うのはエース格のエリクとニコル。彼らはオーブ防衛戦を断腸の思いで見守ることしかできなかったのだ。ジェネシス破壊が任務のはずなのに、プラントは和平交渉に入るという確定情報。

 

そしてオーブ防衛戦への合流に回されるが、カガリたちの見事な指揮と、リオンとキラの活躍、背後より現れた多国籍軍の援軍で、予想以上の速さで勝利してしまったのだ。

 

「——————くそっ、このまま一人で美味しいところをもっていかせるか!! 何が何でも宇宙に行くぞ!!」

エリクは叫ぶ。この土壇場で、自分たちも役目を果たすのだと。

 

 

そして—————

 

「アークエンジェル、無事に打ち上げに成功!!」

 

リオンが飛び立った数時間後、アークエンジェルもオーブを出立したのだ。英雄リオンにかなり離されている状況だが、彼らに後退の二文字はない。

 

「規定速度、規定コースを進行中!! 予定時間に宙域へと到達する予定です!」

 

希望は飛び立った。後は希望を支えるたくさんの手を作ろう。その背中を押す暖かい光を、彼らに届けよう。

 

彼らの奮い立つ理由がそこにある。

 

 

彼らの頑張りは支えなければならない。彼らに少しでも報いるために、カガリは一世一代の演説を行う。

 

 

原本はない。その全てがカガリの心であり、アドリブである。言葉足らずなのは自覚しているが、今必要なのは、その方向性だ。

 

 

今後人類がどのように未来を掴み取るのか、この世界存亡をかけた困難を前にして、どうあるべきなのか。

 

彼らは今、揺れている。絶望の中で、諦めてしまっている。

 

 

「そんな、小惑星クラス、だって!?」

 

 

「そんな、嫌だ————戦争が終わりそうだったのに!!!」

 

 

「なんでぇえ!! なんでだよぉぉ!!」

 

 

「こんな、こんなの!!! あんまりだぁぁぁ!!!」

 

オーブの市街地でも、不安におびえる民衆が官邸に近づいている。彼らを恨んでいるわけではない。ただ彼らは知りたいのだ。自分たちはどうなるのかを。

 

自分たちはどうすればよかったのかと、どうすればいいのかと。

 

 

だから全放送、全チャンネルに向けて、カガリは世界に発信する。

 

「私は、オーブ連合首長国、前元首の娘、カガリ・ユラ・アスハです。」

 

全世界が、突如モニターに映った彼女の姿に釘付けになる。

 

 

 

「カガリ様————?」

 

「カガリ様だ!」

 

「この国難を前に、カガリ様が————」

 

「でも、こんなのどうしようも—————」

 

彼女のカリスマをもってしても、父親の名を使っても、未だ不安は晴れない。

 

 

「戦場、そして我が家に住むすべての皆様方。戦火に怯える不安は取り除かれましたが、最後に大きな難業が待っています。」

 

 

「しかし今、我々の友人たちがその難業を乗り越えるため、宇宙に飛び立ちました」

 

 

友人のように、そしてある一つの存在は友人以上の存在だった。彼らが空中を超えて、宇宙に辿り着いた時、運命が決まる。

 

しかし、彼らは乗り越えてくれるだろう。きっと帰ってきてくれるはずだ。

 

 

 

「だから、安心してください。明日は明日の風が吹きます。当たり前の明日が、もうすぐそこまで近づいています。ゆえに民衆の皆様方」

 

ここで一旦言葉を切る、カガリ。何を思ったのだろう。しかし言葉は続く。

 

「彼らを信じて、彼らへのエールの心を、持ち続けてください」

 

民衆への語りはここで終わる。カガリの想いを、そのままに。

 

「カガリ様が言うなら—————」

 

 

「知ってる! 赤い彗星だよね! 赤い機体が宇宙に飛び立ったの、俺見たんだ!!」

 

「この国を救ったエースが—————赤い彗星が————」

 

「負けない、赤い彗星なら、必ず間に合わせてくれる!」

 

「カガリ様のことを信じよう!!」

 

 

「俺らが怯えてただけじゃ、ダメだよ!」

 

「この国を守ってくれた軍人さんを、まだまだ信じないと!!」

 

 

そして、遠い向こう側、アフリカでもカガリの演説は届いていた。

 

 

「あ、宝石が—————」

 

それはかつて、金髪の男性に頂いたルビーの残り。それが今、信じられないほど光り輝いていた。何かに呼応するかのように、反応している様子は、それがただの宝石であるという認識を超えてしまう証拠だった。

 

 

「赤い宝石—————きっと彼じゃな」

 

老人は、リオンがこの難業に挑んでいることを悟った。彼もまた、宇宙を志す人間だったのかもしれない。この暖かい光が、優しさに溢れた光が、彼を教えてくれる。

 

 

理屈ではない。しかし理解できるのだ。

 

「あのお兄ちゃんが、頑張るんだよね?」

 

「うん。あのお兄ちゃん、ここに来るって約束したもんね!」

 

「ああ。あの人は約束を破らない。だってアフリカを救ってくれたもん」

 

「最後まで、いや————これからも希望を持ち続けようぜ。お前ら」

 

そしてこの国の中心人物ではなく、縁の下で行動を続けるサイーブは、彼らの言うリオンを信じようと決意した。

 

————お前さんなら、何かをやってくれる。この国に、この大陸に希望を届けた、お前さんなら、きっと大丈夫だ。

 

 

 

そしてニューヨークでは、太平洋連邦が瓦解し、大西洋連邦が返り咲いていた。その矢先で混乱もあった。だが、カガリの演説で彼らは信じることにしたのだ。

 

 

「見たまえ、彼女の演説は凄い効果だ」

 

「うん。凄いね、あれだけ暴徒と化していたのに—————」

 

 

アルスター親子はワシントンに戻っていた。復権した影響力を行使し、和平準備と復興活動を整えるために。

 

そして、カガリの背後に居続ける存在、赤い彗星の勇名は世界を超えて轟いているということを理解する。

 

 

「武の頂点と、彼女のカリスマ。まさしく比翼。彼と彼女でなければ、成しとげられない事だっただろう」

 

オーブの娘、カガリ・ユラ・アスハと、オーブの赤い彗星、リオン・フラガ。

 

 

もしかすれば、彼らの運命はこの日の為にあったのかもしれない。彼らが巡り合ったことで、世界は絶望の未来を回避し、希望が紡がれる目前まで来ている。

 

 

その希望を生み出し、慈しむのはカガリで、その希望の守り手は彼女の従者。世界最強の守護神が本気を見せるのだ。先ほど速報で、パナマ戦線で活躍した特機をまとめて撃破したのは彼だという。

 

プラントにとってもその戦果は衝撃的なものであり、彼が原初にして最強の証、連合の赤い彗星であることを悟ることとなった。連合の赤い彗星ならば、あの特機を圧倒してもおかしくはない。型式落ちで、最新鋭の機体をまとめて撃破することは、何らおかしくはない。

 

 

そしてそれは、連合軍にとっても同じことだった。しかし、彼を知る者は不安を隠せないでいた。

 

 

「リオンさん—————大丈夫、ですよね?」

サイ・アーガイルは、如何にリオンと言えど出来るのか不安だった。今回の案件は普通ではない。

 

「君は彼を知るのだろう。ならば、我々よりも正解が分かるはずだ。否、自分の信じたい未来は何かね?」

優しく、諭すような口調のジョージ・アルスター。

 

「—————それは—————」

 

言い淀んだサイ。しかし、

 

 

「俺は、信じたい。あの人を、オーブの皆を」

 

 

世界は今、希望を待っている。人の思念に敏感な彼は、この状況をどう思っているのだろう。笑っているのか、それとも苦笑いしているのか。

 

なんにせよ、彼が知らないはずがない。人と人とが分かり合うために定義された、ニュータイプの適性を持つ彼ならば。

 

 

「そして各国将兵、施政者様へ。どうか心あらば、貴方方の持てる道具をもって、彼らを手助けしてほしい。未来を信じ、傷ついた者たちへ手を差し伸べてほしい。我らは難業を前に、己の矜持を思い出さねばならない」

 

 

そして最後に、強烈な檄を各国に飛ばすカガリ。指示系統が混乱していた彼らも、自分たちがやるべきことを認識させたのだ。

 

南アメリカでは、

 

「—————獅子の娘は、天女だったようだ」

 

「————あの年であれほどの演説を、言ってのける。肝が据わっている」

 

 

「ああ。彼女は希望の光そのものだ。そして、その影が赤い彗星なのだろう。影というには光り過ぎだが」

 

「ははは。だが、若者ばかりにいい思いをさせるわけにはいかん。彼らを信じ、復興活動の準備をしよう。大西洋連邦の第八艦隊は、すでにジェネシスに向け進撃中とのことだ」

 

目の前の不安を取り除くだけではない。まずは民衆に寄り添うことも重要だった。

 

 

そしてその大西洋連邦では、

 

 

「急げ!! 南アメリカと大洋州連合の分まで我々は奮起しなければならない!!」

 

 

ダイダロス基地奪還に成功した第八艦隊は、すぐに進軍準備を完了させ、次々と戦艦を出していく。

 

 

率いるのはハルバートン。この戦争が現役最後だと感じていた彼は、この一戦にかける思いが強かった。

 

—————君だけに最後まで背負わせるつもりはないぞ、リオン君

 

 

精強と名高い第八艦隊が出陣。これにより、大西洋連邦の市民の不安が低下。オーブとともに世界の危機に立ち向かう。

 

それが、曲がりなりにも世界盟主だった彼らの意地だった。

 

 

 

 

そしてオーブでは、

 

「急いでシェルターに、は無粋だったよね、ウィンスレットさん」

 

ヴィクトルは、ウィンスレット親子とともにシェルターへと非難するはずだったが、

 

「いや、どのみち彼らが成し遂げなければ世界は終わりだ。私は、彼らを信じて死ぬのなら本望だよ」

 

「—————ラスさんには—————」

ここにはいないラスのことを言い出すヴィクトル。

 

「本音と建前が矛盾するのはよくあることだよ。いけないな、彼らを信じたいのになぁ」

 

苦笑いのウィンスレット。やはり娘の存在は別格らしい。

 

「大丈夫です。俺も貴方も、きっと生き残ります。だって、リオンさんだから」

 

 

「あの人が空を飛んでいる。宇宙を駆け抜けている。ならその戦場は、リオンさんの勝利に終わる。今までも、そしてこれからも」

 

 

 

世界は絶望を前にして、徹底抗戦の構えを見せた。何が何でも生き残る。されど今の人類には、共通の敵を作るしか、団結することはできない。

 

 

だが、いつかきっと。彼が夢見た世界は訪れるだろう。

 

 

世界の希望を一身に背負う彼は、その未来のために宇宙を駆けるのだ。

 

 

「—————————————」

 

 

『どうかされましたか、主よ?』

 

 

「——————どうもしないさ。予定時間には間に合いそうか?」

 

 

ストライクグリントのコックピットにいる彼は、希望を持ち続ける民衆を感じ、何を思ったのか。

 

『アークエンジェルの合流を待つ余裕はなさそうですね。第八艦隊がアークエンジェルよりも先に辿り着きそうですが』

 

 

「——————なるほど。どちらにせよ、単騎でまずは霧払いする必要がるな」

 

彼は、淡々と状況を確認していく。しかし、誰も彼の表情を見る者はいない。

 

きっと、彼も自分が今どんな表情をしているかを認知しきれていないかもしれない。

 

 

 

 

 




盟主王、フィオナの一撃に沈み、急進派はここで壊滅。掃討作戦の後、残党も穏健派に鎮圧されます。

しかし、最後の戦いはやはり宇宙。カガリの演説は、コアな人ならビビッと来ると思います。



この話を書いていると、やっぱりメインヒロインはカガリなんだな、と思いました。

僕個人の見解ですが、ラクスはリオンの心に寄り添うヒロインで、カガリはリオンが心を奪われたヒロインだと解釈しています。

リオンの願いを信じるカガリと、リオンの弱さを認めてあげるのがラクス。

比翼どころの話ではないですね。この三角関係は・・・・


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第51話 歌姫の楔

ラクスさん活躍回です。

時系列的に、少し時間が遡ります。




プラントでは、食料工場が破壊されてしまい、事態の収拾と同時に動き出したジェネシスと占拠されたヤキン要塞の処理に追われていた。

 

「ジェネシスが、動いている!?」

 

 

「このままでは地球が射程内に入るぞ!! ポイント到達までの時間は!?」

 

ザフト軍総司令部では、ジェネシスが何者かにコントロール権を奪われ、そのコントロール権を持つヤキンすら制御を奪われている。

 

 

しかし、現在ヤキンの奪還に主力部隊が動いており、制圧は時間の問題と思われていた。

 

「戦争終結間際になぜ!? 何が起きているの!?」

 

その戦線で先頭を走るのはリディア。不測の事態に混乱しつつも軍人として彼女はヤキン奪還に動いていたのだ。

 

「今は、突入だけを考えて!! 部隊を入れなければ、ジェネシスの暴走は止められない!!」

 

そして、彼女の同僚となっていたシホ・ハーネンフースが戸惑いを未だに持っている彼女を叱咤する。

 

シホ・ハーネンフース。彼女はリディアやドリス、そしてフィオナの乗る機体のビーム兵器の開発を手掛けた人物であり、アスランとも少なからず交流があった。勝気な性格が災いしてボーイフレンドは今までいないのがコンプレックスな少女だ。

 

 

「なぜ我らの邪魔をする!!」

 

「コーディネイターこそが、世界を混乱させ、人類は間違えたのだ!!」

 

まるで、譫言のように叫び続ける兵士たち。彼らは過激派ではなかったのか、いったい何を言っているのだと、二人は寒気がした。

 

「なんで!? なんで貴方たちが—————どうして自分を否定するのよ!!」

 

リディアは無駄だと思いつつも叫ぶ。次々と襲い掛かるかつての同胞を撃墜しながら、彼らに問う。

 

 

なぜ、自分の存在を否定するのかと。

 

 

「コーディネイターが新人類ならば、どうして我らは!!!」

 

「なぜ望まれた能力に届かなかった!? なぜだぁぁぁ!!!」

 

 

「色が違うことで、顔が違うことが!! そんなにいけないのかぁぁぁ!!!」

 

鬼気迫る攻撃を繰り出しながら、シグーが実体剣を抜き、リディアの乗るゲイツに襲い掛かる。

 

「くっ」

聞かない話ではない。地球でもプラントでも、望まれた遺伝子操作に満たさない存在はいる。人類の技術が完璧ではないのは事実だ。しかし、コーディネイターのアイデンティティーを抉る言葉を彼らは言い放つ。

 

 

「ぼさっとしないで!! 止まるな!!」

 

横っ面からリディアに肉薄するシグーをビームクローで切り裂いたシホ。そして、彼女を機体ごとマニピュレーターでどかし、ライフルで周囲を牽制する。

 

「今は考えるな!! 私は私、貴女は貴女!! くだらない感傷で、全てを失う気なの!?」

 

 

「このっ!! エリートは言うことが違うなぁぁ!! 俺らの事なんか考えずに!!」

しかし、そのリディアを庇う行動に隙が出来てしまう。背後からリディアごと攻撃をする機体がいたのだ。

 

それは最新鋭だったはずのジン・ハイマニューバ。しかも、奇しくもシホが開発したビーム重残刀を装備していたのだ。

 

「っ!?」

 

咄嗟に突き飛ばした彼女の機体をシホは、その攻撃を受けてしまい、機体の左マニピュレーターを失ってしまう。

 

「なんの……っ!!」

 

衝撃で胸を打ち付けられるシホ。意識が一瞬とびかかるが、気合で取り戻し、腕がダメなら足でと飛び蹴りでカウンターを浴びせる。

 

「ぐあぁ!!!」

そして吹っ飛んでいくジン・ハイマニューバ。体制を完全に崩した機体に迷いなくライフルを発砲し、撃墜することに成功したシホだが、まだヤキンの突破口を確保できていない。

 

「シホさん! 怪我をして————ッ」

 

先ほどの衝撃で頭も打っていたのか、目がかすんでいる状態のシホ。そして額から出血が見られる危険な兆候。

 

「味方は何をしているの!? いったい何を———」

 

先ほどから乱戦となっている宙域。混戦していて状況が錯綜している。IFFの切り替えも完全とは言い難く、不意を衝かれた離反にプラントは後手に回っていた。

 

 

「——————クルーゼ隊長は!? クルーゼさんは何をやっているの!?」

リディアは、この戦闘に参加しているはずの彼は何をしているのかと考えていた。

 

 

彼には今回最新鋭の機体を送られているはずだ。しかし、戦況はあまり変化がない。

 

そして運の悪いことにシホが先ほどの戦闘で出血を起こしていた。

 

「—————リディ、ア。私は、大丈夫……」

 

 

「どうして私を庇って————早く戻ってください!! そんな体で————」

 

 

強がるシホを僚機に任せ、リディアは戦闘を続行する。新たに来た僚機とともにヤキンの入り口付近までの制圧を完了させ、反乱分子も残り少し。

 

「最後まで気を抜くな! ヤキンを何としても、そして、ジェネシスを発射させるわけにはいかない!!」

 

そんな彼女の気迫に押され、ついに門番の最後の一機を撃墜したのだ。

 

「これで、ラストだァァァ!!!」

 

味方がやってくれた。これで、突入班のルートを確保できる。リディアは安心しきっていた。

 

 

————あとは、突入班が内部を制圧して、ジェネシスのコントロール権を取り戻せば

 

 

しかし、不意に味方に緑色の閃光が走ったのだ。

 

「え?」

 

まともに反応することなく、戸惑いの声を出したまま、爆炎とともに存在を消された味方に驚愕したリディア。

 

 

————なん、で!? 敵は全て撃破したはず!? 切り替わったIFFは————

 

 

 

しかも、複数の攻撃。多角的な攻撃を繰り出す正体不明の攻撃に、リディアたちは翻弄される。

 

 

「!? まだこんな数が!! どこから攻撃を————ッ」

 

何とか致命傷を避けながら回避するリディアだが、次々と見方は消えていく。

 

「な、何が————」

 

「こ、これ」

 

「なんだよ、これはぁぁぁ!!」

 

断末魔をまともに上げることなく死んでいく味方。漆黒の闇に潜む何かが、自分たちを狙っている。

 

 

「この、そこか!!」

 

パターンが見えてきたリディアは、反撃としてその方向を予測し、攻撃方向にカウンターをお見舞いしたのだ。常に死角から攻撃をされる限定した攻撃だったことが幸いした。

 

 

しかし—————

 

 

漆黒の小さい何かが蠢いていた。そして、自分の攻撃は着弾せず躱されたことが分かる。

 

 

「—————そん、な!? その攻撃ユニットは—————」

 

そしてついに最後の僚機を落とされてしまう。残るは自分だけ。敵の正体はおおよそを掴んでいる。しかし、信じられない。

 

 

「—————筋はいい。まともな機体ならば、もう少し耐えたかもしれんな」

 

漆黒の闇に消える、男の呟き。

 

 

聞こえるはずのない声が、リディアの頭に響いた。

 

 

「まさ、か—————」

 

 

振り返った瞬間に、リディアはまばゆい閃光を目の当たりにした。圧倒的な死の世界。死を悟らせる緑色の閃光が飛び交う地獄の光景。

 

 

それは、単騎で起こせるはずのものではない何か。そして、乱戦を再現してしまっている空間に放り出され、サポートもなしの状況。

 

 

—————あっ

 

 

そんな状況で、彼女が生き残る確率は、ゼロに等しいのではなく、ゼロだった。

 

 

爆炎とともに自分の体が焼かれていく感覚がスローモーションに感じたリディア。これが死の直前なのかと、妙に冷静になっていた自分がいた。

 

 

————ごめん、アスランさん。守れなかった

 

 

自分を守ると言ってくれた優しい人。きっとあの人は恐れていた。自分の大切なものを奪われることに。だから、フィオナをすごく大事にし、愛していた。

 

 

————見たかったなぁ、貴方の描いた未来

 

 

そして最後に、あの金髪の青年の姿が目に映った。

 

彼の描いた世界。リディアは、彼の真心を感じ取っていたからこそ、彼の未来を見たかった。

 

 

そして、全てがゼロになる。彼女の意識は完全に消失し、その器は炎に包まれた。

 

 

 

司令部でも、突入班を護衛していた部隊が全滅したことで、動揺が広がっていた。

 

 

「—————リディア!? 応答しろ!? くそっ、まさか彼女が———」

 

レイ・ユウキ隊長は、司令部でシグナルロストした彼女に応答を催促するが、ノイズが走るだけの状況ばかりが返ることで、彼女が戦死したことを悟る。

 

 

「何が、起きておるのだ?」

 

パトリック・ザラは、信じられない気持ちだった。突如として反乱因子にプラントを荒らされ、ヤキンを介してジェネシスの制御圏まで奪われた。

 

この瞬間もジェネシスは自立移動を進めており、中からの操作が不可能な状態。このままでは地球攻撃すら可能となってしまう。

 

「あれを何とかしろぉぉ!! 地球が終わるのだけは、阻止せねばならん!!」

 

しかし、虚勢に近い言葉に彼らは絶望を深めるだけだった。彼らは最後の最後、渡してはならなかった存在に、渡してはならない機体を渡してしまったのだ。

 

 

「ごきげんよう、ザラ議長閣下」

 

モニターに映る仮面の男は、彼らの絶望と怒りを深めた。なぜ彼はここで裏切る、彼は抗戦派だったのかと。

 

「なぜだクルーゼ。なぜ貴様が————」

 

呆然としているパトリックに対し、不敵な笑みを浮かべるだけのクルーゼ。

 

 

「私を重用してくれたこと、未だに感謝はしておりますよ。おかげで、私の計画を進めやすかった」

 

まるで純粋な少年の如く、嘘偽りのない声色。純粋に、彼は最初からこれが目的だったのだと彼は悟る。

 

「連合に恨みがあるのか!? だからジェネシスを————そうなのだな!?」

 

叫ぶパトリック。彼の気持ちはわかる。彼もきっと連合に大切なものを奪われたのだ。だからこんな暴挙を行っているのだと。

 

その言葉に、周囲の人間も納得する。あの聡明な指揮官がどうしてこんな暴挙に及んだのかを考えれば、理由は一つしかない。

 

憎しみだ。彼を突き動かしているのはその感情に違いないと。

 

 

「————————————————」

しかし、とても残念そうな目で彼らを見つめているのはクルーゼ。彼らに対して見下した視線を浴びせるだけだった。

 

「なんとかいったらどうなんだ、クルーゼ!! 貴様、今何をしているのか、本当に分かっているのか!!」

 

レイ・ユウキ隊長がクルーゼに対して怒鳴りこんだ。信じられないことに対する理不尽と、彼への怒り。いつもは温厚な彼でも、これは怒るような事柄だ。

 

 

「—————議長。私は、連合に恨みを抱いているわけではありませんが」

とてもつまらないものを見ている様子で、とてもつまらない声色で白状するクルーゼ。

 

 

「—————は?」

 

 

では一体彼の恨みとは何なのだ。彼を突き動かす理由は何なのだと、彼らは混乱する。そして恐怖した。

 

その憎しみは、地球というスケールに値するほど範囲が広いのかと。地球を攻撃するほど根が深いのかと。

 

彼が憎しみを抱いている存在は一体何なのだと恐怖した。

 

 

「—————ええ。敢えて言うならば、それは世界ですな、議長閣下」

 

 

世界、彼らの想像をはるかに超えた真実が晒された。世界を恨むほどの憎しみ。戦争の理不尽を誰よりも感じていたパトリックだが、世界を滅ぼそうとは考えていなかった。むしろ、世界を作り変える気でいたのだ。

 

理不尽な世界を壊し、コーディネイターの未来を作り上げるのだと。

 

 

「私を生み出した世界。そして、免罪符を片手に愚かな行動を繰り返す人類にぃ!!」

 

叫びだす。叫ばずにはいられない。もはや仮面の意味はない。クルーゼは仮面を剥ぎ取ったのだ。

 

 

「なっ、貴様は—————」

ユーリ・アマルフィは驚愕した。あれはいつか見た勘の鋭いナチュラルの男性と同じ顔だった。

 

「知っているのか、アマルフィ!?」

エルスマン議員が彼に尋ねる。

 

「アレは、あの顔は————アル・ダ・フラガと同じ————貴様、まさか————」

 

そしてその瞬間、口元を覆うアマルフィ議員。慌ててエルスマン議員が介抱するが、事態はそれどころではない。

 

 

「その通りだ。私は、金ですべてを手に入れることが出来ると叫んだ、あの愚か者のクローンだッ!!」

 

 

クローン。それはプラントでも禁止していた手法だった。あくまで人の命を作り出す、それは母体あってこそだと考えていたコーディネイターの中でも禁忌の方法。

 

 

「私はぁッ!! 生まれた瞬間から祝福されなかった!! ああ、この世界は歪んでいるッ!! 人並みの人生と、時間も与えられなかったこの世界に、何を感謝しなければならない!!」

 

仮面を脱ぎ捨てた彼にブレーキは存在しなかった。

 

「私に賛同した者はなぁ! 私と同じ期待を背負えなかった者たちだ。規定値に届かず、コーディネイターの中でも無能の烙印を押された奴らだ」

 

そして、コーディネイターの闇を、克服できなかった課題を抉る。

 

 

「彼らに期待した者はいなかった。当然だ、遺伝子的な能力ですべてが決まる世界で、彼らは数値を示せなかった! ならば、その命を作り出したのは誰だ!! 命を弄んだのは誰なのだ!!」

 

クルーゼは、彼らに同情しているわけではない。あくまで感情的なふりをするために、仮面を脱ぎ捨てる行為を見せつけ、プラントに自身の存在を否定させる。彼らの存在定義にくさびを打ち込むという、悪趣味な理由だけである。

 

「それは世界だ! ジョージ・グレンを生み出した世界だ!! 彼らを認めてしまった世界だ!! コーディネイターという、人類の闇だ!!」

 

 

自分のことを棚に上げて、彼は叫び続ける。人類の悪意を、人類の罪を突きつける。これが結果なのだと、これが結末なのだと。

 

「そして愚かにも! それを止めるために外道に落ちた者ども!! 憎しみが憎しみを呼び、その身を食い合う世界に、生きる意味があるのというのかッ!!」

 

詭弁だ。クルーゼは湧いて出た言葉をぶつけているだけだ。あくまで自分のエゴを彩る為の言葉遊びに過ぎない。

 

 

しかし、彼の絶望はなぜ生まれたのか。彼の憎しみはどうして生まれたのか。この場にいる全員には、そこまでの考えが及ばなかった。

 

 

「外道には外道で対抗した愚か者ども!! やがてはいつかは、やがてはいつかはと!! そんな甘い毒に踊らされ、いったいどれだけの命を浪費し続けてきた!!!」

 

しかし、尚も屈さない意思を持った存在がプラントにただ一人存在した。

 

 

「しかし、世界は自分で滅びを回避しようとしていました。それは、世界の意思です! 滅びを肯定していたわけではありません!」

 

いつの間にか、司令部に飛び込んでいたのはラクス・クライン。何か悪い予感を感じ、彼女は司令部に無理を言って入り込んできたのだ。案の定、世界の悪意を背負うものにより、絶望的な状況に陥っている光景に出くわしてしまった。

 

「—————ほう? だが、私も世界の一部だ。そして、この兵器は醜悪な悪意の結晶そのものだろう?」

 

 

「道具も使い方次第で、人を殺める凶器となりえます。しかし、人の可能性は、それをうまく扱うことも可能です! やり直すことも、過ちを認めることもです!」

 

毅然とした視線をクルーゼにぶつけるラクス。クルーゼはこの程度では彼女は折れないと悟っており、彼女自身の役目に直結した歪みをぶつけてみることにした。

 

 

「だが、君も世界の歪みにより、望まないものを背負わされたはずだ。コーディネイターの総意を汲む存在。彼らの総意を体現し、具現化する装置。君は、彼らを統制するために生まれたのだろう」

 

 

「!!!」

周囲の目がラクスに集中する。そして、クルーゼの戯言に心を乱されてしまう。

 

「君は望んでいたかね? そんな力を!? 君自身は最初から歌が好きだったのかな? 君もまた、人類の闇が生んだ醜悪な象徴なのだよ!」

 

一部のコーディネイターからは驚愕した表情を向けられる。しかし、ラクスは尚も屈さない。その役目は既に捨てている。自分にはもう必要のないことだ。

 

「————何とでも言いなさい。私は、私の生まれを否定しません。それが私、ラクス・クラインであり、他の何者にもなれないのですから」

 

しかし、アウェーな空気の中でもラクスは自分を見失わない。そしていつしか、彼女の周りに流れが生まれ始める。

 

「私の生き方は、私で決めます。抗うことをしなかった、貴方とは違って」

 

彼女は鋼の意思を持っている。彼から贈られた未来への希望。それが彼女を奮い立たせている。

 

彼に託されたのだ。このプラントに平和を届けるのだと。

 

 

「しかし、君はそうでも他はどうかな? 君のようなカリスマを誰もが求めていたはずだ。アスラン・ザラのような、力を欲したはずだ。知ればだれもが望むだろう。君たちの様でありたいと!!」

 

だが、悪意は止まらない。クルーゼの矛先は、彼女自身の強さに抉りこんできた。

 

「それは—————」

 

 

言葉に詰まるラクス。自分は自分の意思で今の自分を会得したはずなのに、その言葉に戸惑いを覚えた。

 

 

「他者より強く、他者より先へ、他者より上へ!! 望まれた能力と、望まれた命を贈られた存在が、世界に一体どれだけいる!?」

 

 

そして悪意はアラーム音とともに会話を突如として中断させる。

 

「フフフ、アハッハッハッ、アァーハッハッハッ!!!」

 

突然笑い出したクルーゼ。気味の悪いものを見ていると感じたラクスと、ピンポイントに精神を抉られた周囲のコーディネイターたち。

 

「どうやら時間の様だ。ヤキンは自爆し、ジェネシスの制御はもう誰にも止められない。地球を捉える距離に到達した瞬間、全てが終わる! すべてが始まるのだ!!」

 

 

「—————ッ」

 

 

「そして最後に伝えておいてやろう。ジョージ・グレンのコーディネイター、調整者の意味を—————」

 

 

そして、とどめとなる言葉を彼女らに送ろうと考えていた矢先、ラクス・クラインはフッと笑ったのだ。

 

 

「—————可哀そうな人」

 

 

見下したわけではない。彼女はただ悲しいと、その感情しか彼に向けなかった。

 

 

「なん、だと——————ッ」

初めて、クルーゼのペースが崩される。ラクスの言葉一言で、彼の仮面がさらに突破されていく。

 

 

「—————ジョージ・グレンのおっしゃった言葉の真意。今ならわかる気がします」

 

まるで愛おしそうな顔で、宇宙を見上げるラクス。まるで誰かを待っているかのように。

 

「彼は、単に調整された存在を私たちと定義したわけでは、なかったのかもしれません」

 

ラクスは、自分が今禁忌に触れようとしていることを自覚した。しかしそれでも、怖くなかった。自分たちという種族全ての意味を否定されても、なぜだか恐怖を感じない。

 

 

むしろ、今ここで言わなければならないと考えていた。

 

「この母なる星と未知の闇が広がる広大な宇宙との懸け橋。そして、人の今と未来の間に立つ者。調整者、コーディネイター」

 

クルーゼが掌握していた流れを、ラクスは完全に自分のものとしていた。

 

「遺伝子ではないのです。人は、自分の意思で、いつだって世界の中で生きていけるのです。それがいつしか、彼の言う調整者になり得るのです」

 

失いかけていたその定義の意味を、この戦争でほころんでいた意味を彼女は作り替えた。

 

「ゆえに、私は“コーディネイター”であることを目指しましょう。悪意だけを振りまき、理解を拒絶した貴方とは違って、未来に希望を抱いたまま、“彼”とともに歩みます」

 

彼という言葉。クルーゼは直感で理解した。ラクス・クラインが好意を向けるたった一人の存在。

 

彼女を絶望から救い、彼女をあるべき場所へと戻し、この戦争の流れを変革させた忌々しい宿敵。

 

世界で名を轟かせつつある、赤い彗星のことをさすのだと、クルーゼは激怒した。

 

 

「—————はっ!! 甘い理想を未だに抱くか、歌姫!! ならばその理想ごと、彼を葬り去ってくれる!! もはやプラントに、ジェネシスを追撃する余力は残っていないのだからね!」

 

 

捨て台詞を吐き、クルーゼは遠い姿になっているジェネシスを追いかけ、この宙域を後にする。

 

 

「—————ラクス、様—————その」

 

レイ・ユウキはいまだに事態を完全に理解できていない周囲の代弁者として、彼女に問う。

 

「—————大丈夫です。人類は、この先も続きます」

 

安心させるように、微笑んだ彼女は、本当に彼の言うコーディネイターなのかもしれないと、彼は思った。

 

 

「地球に平和の花が広がっています。植えたのは彼で、咲かせたのはオーブの友人です」

 

今は遠き彼方にいる友人と、彼女の愛しい人。二人は比翼だ。片方がいなければここまでことをうまく運ぶことはできなかっただろう。

 

そして、それ以上の強い絆によって、彼と彼女は結ばれていた。

 

 

「そして私は、彼から種を貰いました。だから、私も彼らと同じように花を植えるのです」

 

 

本当は二人と一緒に歩きたい。今この瞬間でも二人に会いたい。普通の女の子として、恋する乙女として、

 

 

リオン・フラガに会いたいのだ。

 

「彼—————そうか、赤い彗星、なのだな」

シーゲル・クラインは、ラクスの指す存在を悟る。娘の命の恩人は、本当に娘を大事にしてくれたのだと感謝する。

 

その言葉に無言でうなずくラクス。しかし、徐々にリオンのことを思い出してから彼女の様子がおかしい。

 

「—————その、言いにくいことなのですが—————」

頬を赤く染めるラクス。何か言いにくいことでもあるのか、シーゲルは耳を近づけ、まずは娘の翻意を知ろうと努める。

 

「その—————私、貰われてしまいました」

 

「————————う、う~ん!?」

 

その一言で、シーゲルは立ったまま失神してしまったのだ。娘の残酷な真実を前に、父親はショックを受けたのだ。まさか赤い彗星に、知らず知らずのうちに奪い取られていたとは

 

「し、シーゲル様!?」

 

「衛生兵!! 衛生兵!!!」

 

その後シーゲル・クラインは衛生兵に運び出され、医務室で目を覚ますことになるのだが、後に英雄の子供を宿している娘を前に、男泣きを繰り返すのだった。

 

周囲がシーゲル様の失神で大慌てしている中、ラクスは楽しげに笑っていた。

 

 

あの夜のことを思い出して、色々なことを想うのだ。

 

—————たった一日だけ、貴方の恋人でいたいのです

 

—————俺は、ラクスとともに未来を歩めない。それでは君を傷つけるだけだ

 

彼は最初、彼女の申し出を拒絶した。彼は、カガリのことを考え不義理に思っていたのだろう。しかし一番彼の脳裏にあったのは——————

 

————俺がこの戦争を生き残れる保証は、ないんだぞ

 

赤い彗星だから、自分は大丈夫だとは微塵も思っていない。ただ、やるべきことから逃げない。それだけなのだと、ラクスにだけ弱気な本音を晒したのだ。

 

彼は、自分がこのまま無事であるとは思えない、と考えていたからこそ、想いには応えられないと断じたのだ。報いが来るだろう、外道なことも、人殺しをさんざんやってきた。

 

中世の宗教に、こんな考え方があるという。

 

————神は全てを許し、殺めた人間は俺を許さないだろう。ラクスまで業火に焼かれる道理はない。

 

いずれ因果は回ってくる。その時もし彼女らにその業火が回るのなら耐えられない。そうであるなら、一人でその報いを受けたいとリオンは考えていた。

 

 

—————それでも、です。迷わないように。世界中に貴方の帰る場所を作りたいのです

 

都合のいい女でもよかった。彼がそんなズルい、器用な男ではないと理解していた。しかしそれでも、自分の近くにあるものは見捨てない。そして必ず彼は勝利すると信じていた。

 

 

————それでも、貴方とともに地獄に落ちたとしても、私は後悔しません。貴方を想って果てられるのなら。

 

今の彼にだって、希望が必要で、誰もが持っていている帰る場所を与えたい。自分の全てを捧げて、彼に尽くしたいのだ。

 

—————後悔するなよ。ただ一度の日々だ。それで、後は未来に祈れ。

 

ぶっきらぼうに、彼は最後には折れてくれた。そして、戦争が終わって、また会えるのなら、覚悟を決めるとリオンは観念したように項垂れたのだ。彼は決して自分を嫌っているわけではない。むしろ、求められた時はとても優しさに溢れていた。

 

 

彼は、他人の善意が苦手だ。彼と接していれば、そんな単純なことはすぐにわかる。そして、彼の欠点でもあるその性格を、必ず直したいとラクスは意気込んでいる。

 

自分は純粋な癖に、そして汚れているから悪意には敏感な癖に、善意には脆く弱い。それがどうしようもなく傲慢に思えるのだ。彼を愛する者が、傷つかないと思っているのかと。

 

 

その傲慢な性格を修正してやるのだと。彼のトラウマも傷も、自分とカガリで埋めてしまおうと。

 

 

—————ずっと、背負い続けていたのですね。貴方が始まった日から

 

 

—————生き残ったんだ。生き残って、俺には力があるから、何とかしなくちゃって。

 

あの火災は乗り越えた様に見えているのかもしれない。しかしそれは違った。彼はずっとあの火災を引きずり続けていたのだ。自分だけが助かったあの惨劇の夜に苦悩していたのだ。

 

————貴方は世界で一番幸せになるべきなのです。いいですか? 

 

リオンの口に人差し指を差し出したラクスは、宣言してやるのだ。

 

 

 

—————これでも歌姫なのです。貴方の太陽には、僅かに劣るかもしれません

 

 

—————ですが、貴方の傍で、貴方だけの歌姫にだって、なれるのですよ

 

 

存分に彼の思いを受け止めた。彼が涙を流した光景はいまだに忘れられない。

 

—————俺には、幸せになれる可能性も、あったのだな

 

 

—————誰かと想い合える未来が、あったのだな………

 

彼女を求めた彼は最後に、自分に尽くしてくれた女性を抱きしめながら、微笑み続けていた。

 

 

 

 

「ラクス様。私たちはどうすれば—————」

一人の兵士が尋ねた。コーディネイターという定義を失い、もはや何者でもなくなってしまったことへの不安と恐怖で彼らは押しつぶされようとしていた。

 

「世界を想う心だけは、最後まで持っていてください。それがきっと、彼の背中を押す大きな力になります」

 

 

「それに、自分の在り方は、自分でしか決められませんけれど————そうですね、強いて言うならば——————」

うーん、とこの場に似合わない可愛い思案声を出すラクス。この空気を無理やり帰る為なのか、それとも素でそれをやっているかは分からない。

 

 

そして、その思案した果ての答えはごくごく当たり前で、今の世界が忘れていた言葉だった。

 

 

「私も貴方も—————親から命を授かった、人間ですわ」

 

 

その瞬間、押し殺したような鳴き声が聞こえた。それが引き金となったのだろう。周囲から違う声が同様に聞こえてきた。

 

ようやく、彼らは解放されたのだ。この世界で遺伝子に縛られていたのは、彼らだったのだから。

 

人らしく生きることを潜在的に求めていた彼らは、鎖から解放され、コーディネイターの真意を知った。

 

奇しくも、“コーディネイター”を統制する立場にあった彼女によって、その鎖は完全に破壊された。

 

 

この瞬間に終わったのだ。コーディネイターという定義と、ナチュラルという定義の争いは。

 

 

プラントが、真の意味で因果から解放され、プラントの歴史が終わった瞬間でもあった。

 

 

————リディア。

 

 

この場にはいない、彼によって撃たれてしまった友人を想い、心の中で涙するラクス。今の彼女には強い光であることが必要だった。

 

彼女がぶれてしまえば、この空気は瓦解する。だからこそ、彼女は仮面を被らなければならなかった。

 

遭難した時の、か弱い乙女であった頃では、どうすることもできなかっただろう。しかし、今の彼女は違う。

 

 

地球でたくさんのものを見た。たくさんの出会いがあった。それが、彼女を傷つけ、彼女を成長させた。

 

 

————私はかなり遅れて、そちらに参りますわ

 

そして、ラクスは不意に自分のお腹をさする。

 

————長く遅れて、数人来られるかもしれませんね

 

 

いつか、人類の世界が終わる時が訪れるかもしれない。それは遠くない将来かもしれないし、膨大な時を超えた先に待ち受けているかもしれない。

 

しかし、その瞬間が今日ではないと信じたい。

 

 

————結局、リオン様は私たちの希望を背負うのですね

 

 

彼が、この事態で躊躇するはずがない。彼はきっと、この世界の危機にはせ参じる。

 

数時間後、リオンの乗るストライクグリントが、ジェネシスの宙域に到達したことが伝えられ、ラクスは彼の無事を祈るだけだった。

 

—————ですから、帰ってきてください。リオン様を待っている人たちのために、そして……

 

違う。その言葉は本音を微妙に誤魔化している。しかし、その言葉に偽りはない。彼を待っている人たちがいるのは事実だ。

 

————はぁ、参りましたわ……

 

こんな図々しい言葉を吐くようなこと、ありえないはずなのに、とラクスはその言葉を笑って受け入れた。

 

————もし宜しければ、“私達”の為に帰ってきてくださいね、リオン様

 

世界の悪意との邂逅は、聖女を普通の乙女にしてしまっていた。しかし後悔はない。自分は自分の意思を示して世界を、未来を歩くと決めた。

 

他ならぬ自分の為に。そしてそれが許される世界を生きるために。

 




 彼女の声は、コーディネイターを統制するために調整されたといううわさ話があったので、それを元ネタに考え付きました。そして、コーディネイターを統制する立場にあった彼女が、コーディネイターの歴史を終わらせ、本来のコーディネイターの歴史を紡ぐ。

彼女は、自暴自棄になる同胞をすべてナチュラルへと回帰させるまで、表舞台に立ち続けなければなりません。それが彼女自身の使命だと信じて。

安息の日々は、人並みより劣るでしょう。今回は、そんなラクスのこれからを暗示する話であり、人類の決意表明でもありました。


悲報 リオンさん不倫確定。なお、批判する者は皆無な模様。

オーブ  肯定
プラント 歌姫の恩人→ふさわしい!
連合   そうなのか
大洋州  そうか
南米   そうなん?
ユーラシア   なんでもいいから助けて
アフリカ 絶対そうなると信じていたよ!
スカンジナビア 異議なし


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最終話 この素晴らしい世界に祝福を

これで完結ですが、あと少し。


最後に一話残っています。連続投稿は48話からとなっております。




単独行動でIOBの推進力をフルに活用し、目的地へと急ぐリオン。

 

すでに大気圏を突破し、衛星軌道すら置き去りにする速度で急いでいるのだ。艦船クラスすら超越する超高速加速空間にいる彼には、どれだけのGがかかっているのか。

 

それすら耐えてしまう強靭な肉体を持つ、それだけではない。

 

「——————なんだ。お節介にも程があるだろうに」

笑うリオン。ストライクグリントは現在、緑色の光に覆われており、ほぼすべての物理法則の枠外にいた。

 

—————あんまりにも無茶をするのでな。たまらず手を出してしまった。

 

背後霊の如く彼をサポートするのは亡霊。名乗ることすら恥ずかしいと感じていた彼だが、最後の最後で意地を見せ、死後に得た力で彼を支えているのだ。

 

 

ゆえに、このストライクグリントの戦闘データは使い物にはならない。正真正銘人類の限界をはるかに突破した性能の中で、彼らは動いているのだ。

 

 

IOBを破棄し、戦闘態勢に入るリオン。もうすでにジェネシスがここにあるということは、その元凶が近くにいるはずだ。

 

 

「ノア、ジェネシスは確か、あの円錐状のミラーブロックを破壊出来れば、射線は固定されないはずだったな?」

 

リオンの手持ちの装備では、ジェネシスを破壊することは困難だ。方法はミラーブロックを破壊させるか、内部から直接攻撃をするしか方法がない。

 

『ええ。フェイズシフトの影響により、本体は強化されたストライクグリントであっても、破壊は困難でしょう。そもそも発射宙域に先に辿り着けるかも不明です。急いでください』

 

 

そして程なくして巨大な建造物を視認するリオン達。呆れるほど巨大な発射装置は迷わず地球を狙っていたのだ。

 

 

「あれがジェネシス。あれほどの建造物を戦争中に作るか—————」

 

恐れ入るプラントの意地と技術力。もし最初から本気だった場合、戦争に勝てていたのではと思わせるほどだ。

 

『フェイズシフトを確認。外壁の破壊はほぼ不可能。巨大ミラーを狙うしかありません』

 

そして厄介なのは、フェイズシフト装甲に覆われた常識を覆す防御能力だ。あれは陽電子砲すら理論上完全防御できる性能を誇っている。生半可な攻撃では耐えられそうにない。

 

 

その時だった。漆黒の闇に映える灰色の何かが蠢くのを感じたリオン。レーダーよりも先に認識したリオンの行動は早かった。

 

————周囲に警戒だ、誘導兵器が来る

 

 

————分かっているさ、ご先祖様ッ!

 

 

ほぼ直感で、攻撃される瞬間に回避運動を取るリオン。死角からの攻撃と、退避場所を限定する牽制。全周囲から襲い掛かる緑色の死の光が襲い掛かる。

 

 

それを小刻みなブーストで器用に避けていくストライクグリント。初見では認識することすら困難な誘導兵器を難なく回避して見せた。

 

しかし、砲門数は増える一方だ。

 

「—————ッ 複数の角度から!! っ!?」

 

慌てて横っ面を盾で防いだリオン。完全回避すら難しいと思えるほどの出鱈目な攻撃回数。

 

 

リオンの脳裏に警戒の色が宿る。

 

 

「ふざけた技量だな、赤い彗星。その攻撃すら防ぎきるのか」

 

 

聞こえた先にいるのは見たこともないガンダム。角のようなものを背中に装備し、灰色を基調としたボディの機体。

 

 

誘導兵器ドラグーンを装備するザフトの最新鋭の機体、ZGMF-X13A プロヴィデンス。

 

多対一を極める際に、究極の機体を製作する目的で作り上げられた、ザフトの史上最高傑作。

 

当然のごとく装備された核分裂エンジンと、Nジャマーキャンセラーにより、無限に等しいエネルギーを有しており、11基もの大小含めた誘導兵器を内蔵。

 

その砲門数は、驚異の43門。それらすべてを同時に運用できる空間認識能力が必要だが、パイロットはいろいろな意味でそれらを完全に有している。

 

しかし、その搭乗者と同等、それ以上の能力者にとって、それらは見え透いた弾頭と化す。

 

 

「貴様に構う余裕はない。そこをどいてもらう」

 

リオンとしては、この小物を倒すことよりも、ジェネシス発射を阻止する目的が重要だった。ゆえに、隙を見せるかもしれないが、何とかジェネシス内部へと侵入する手段を考えていた。

 

 

「つれないものだ。世界の崩壊を特等席で見る余裕はないのかね?」

 

 

そう言いつつも、即死させる気満々の包囲攻撃でストライクグリントを猛追するクルーゼ。クルーゼにとって計算外な彼をここで殺す。

 

 

彼という希望を壊したうえで、世界を絶望させ、世界を絶望の中で滅亡させる。それがクルーゼの復讐だった。

 

 

「言い続けるがいい。私は、お前の望みを破壊する」

 

たまらずライフルで反撃開始のリオン。

 

————落ち着け、私が半分を受け持つ。貴様は照準を合わせろ!

 

 

「そこっ!!」

 

脚部バーニアを片方吹かせ、斜め方向に逃げながら背部スラスターで方向転換。その振り向き様に死角にいた誘導兵器の一部を視認したリオン。

 

 

一瞬あれば、彼らには十分だった。

 

 

「なっ!?」

 

鮮やかな早打ちで、大型誘導兵器を難なく破壊するリオン。クルーゼは眼前で繰り広げられるリオンの世界に愛されたかのような力量に歯噛みする。

 

 

なぜ、彼は世界に祝福されている?

 

 

リオン・フラガという名前をようやく知り得たクルーゼ。そしてその彼は、ザフト最強をかりにも与えられた自分をどうして圧倒できるのだと憤る。

 

血の滲むような努力すら、否定してしまうリオンの力量。リオンは最初から高みに存在し、底辺を這いつくばる凡人とは完全に一線を画している。

 

 

「これで、3基目!!」

 

世界を愛し、世界に愛された勇者が、最後の最後で自分の壁となっている。

 

 

まるで導かれるかのように、攻撃を潜り抜け、背面撃ちで斜め後ろ方向に回り込もうとした誘導兵器の動きを予測し、

 

 

赤い彗星の代名詞、まるで目標が吸い込まれるように攻撃に当たりに行くという奇妙な現象を引き起こした。

 

 

「貴様のその才能!!! いったいどれだけの屍を積み上げてきたぁ!!!」

 

 

ゆえにそのはずだ。屍を作り続け、最後に生み出された傑作は、その事実を知っているのかと、クルーゼは心理面で彼を追い込もうとした。

 

「熟知しているからこそ、俺の命を使う。当たり前のことを尋ねるな」

 

冷ややかな瞳と言葉で、それを返すリオン。個人の憎しみを前にして、狼狽える理由が存在しない。

 

たかが人生が短いというだけで、駄々をこねる俗物に、負ける要素が存在しない。

 

「知れば、誰もが君のようにありたいと願うだろう!! 君も、そして彼女も!! 人は皆、強者になり得ない!!」

 

強すぎる。強すぎて、クルーゼの常識が通らない存在。弱者のように、愚者のように迷い苦しむものではない。

 

彼には筋道があり、彼には信条がある。その筋は歪まない。歪んでも必ず辿り着く。

 

 

「だからなんだ? 強い弱いはあくまで他者の評価だ。甘えんな、阿呆が」

 

だから、リオンも理解できない。底辺から這い上がってきたクルーゼを理解できない。そして、彼が抱いた憎しみと絶望を理解できない。

 

 

「貴様は、このまま大円満で終わらせる気か!? この歪んだ世界が、すぐに醜悪な姿に成り果てると、わかっていながら!!!」

 

人は喉元過ぎれば熱さを忘れる。戦争の痛みを理解しない世代に移った瞬間、過ちは繰り返される。

 

正しさを追求する限り、正しさは対立し、人を歪ませる。人類の善意が悪意に成り代わり、人は自ら生み出した闇に呑まれて滅ぶ。

 

それは、人類が生み出された瞬間から抱えている因子だ。クルーゼは世界を罰せられる立場にあると自認し、その成り手になろうとしていた。

 

 

「はっ! お前に世界を滅ぼす権利が、あるというのか? 自惚れは大概にしろ」

鼻で笑いながら、ついにプロヴィデンスの胴体を捉える一撃を放ったリオン。わずかにその弾頭は致命傷を外したが、大型ビームライフルに直撃し、その直撃により片側のスラスターに不調をきたす結果となった。

 

「ぬぅぅ!! 高い場所から見下ろすか、この私を————ッ!!」

 

 

尚も食い下がるクルーゼに引導を渡すべく、リオンはサーベルを抜く。そして背後からは機体ともども追尾してくる誘導兵器。

 

 

「お前、その兵装の経験浅いだろ?」

 

 

————その通りだ。まるで赤子。ハマーンに比べれば、温すぎる

一言余計なご先祖様。

 

————今なら、彼女に張り手一発で許してもらえるんじゃないですか?

 

そんな軽口に対し、戦闘中なのに余裕なリオン。

 

————止してくれ。今更どう会えばいいのだ

 

苦い顔をするご先祖様。しかし事実ではある。彼女の血の滲むような努力に比べれば、彼はまだまだ誘導兵器の何たるかが分かっていない。

 

 

彼は確かに手足のように誘導兵器を扱う。しかし、彼はいやらしい場所に置くだけで、理論的な、超常的な直感があると言われれば疑問符だ。

 

 

いずれ彼は至ることも出来ただろう。しかし、数多の戦闘経験と、ご先祖様の無駄に多い敗北の記録さえあれば、対応は可能である。

 

 

「だから置き場所が分かる。発砲のタイミングさえわかれば、後は合わせるだけだ」

 

 

ファンネルのような基地外染みた動きはしないだけ、温い。

 

後方より追撃した誘導兵器群が背面撃ちの早打ちという、もはや神業に等しい絶技で葬り去られていく。しかも、

 

 

「バレルロールしながら回避して、高速物体を視認、予測、演算————貴様ァァァ!!!」

 

 

嫉妬でどうにかなりそうだ。クルーゼは血が沸騰するのを我慢しつつ、誘導兵器を破壊しつくしたリオンの隙をついて近接攻撃を仕掛ける。

 

 

 

攻防一体型となった盾とサーベルが一体化した近接兵器で、リオンの最後の詰めの甘さを狙う。

 

————馬鹿者、最後に来たぞ

 

————予測範囲内

 

 

リーチの長さはプロヴィデンスに分がある。仮に反応してもストライクグリントのサーベルは届かない。

 

 

しかし、ストライクグリントの足ならばどうだ。

 

リオンはとっさに横薙ぎで襲い掛かるクルーゼの一撃を足場にしたのだ。一歩間違えれば、機体を両断されかねないリスキーな動きだが、彼には許容範囲内。

 

「な、ぁぁぁ!?」

 

足場にされ、攻撃を完全に防がれたクルーゼ。その眼前には———————

 

 

「—————これで詰みだ、反逆者」

 

ストライクグリントの銃口が寸分たがわずプロヴィデンスのコックピットに突きつけられていた。

 

「フ、フハハハハ……」

 

しかし、クルーゼは突然余裕を取り戻していた。

 

「—————!!」

 

リオンはすぐに気づくがもう遅い。彼も血気盛ん、いや、単独での任務、相手がクルーゼというタフな局面だった。

 

 

クルーゼを相手に集中し過ぎてしまっていた。彼がリオンの格下であっても、彼はリオンを足止めさえできればよかったのだ。

 

 

「貴様は間違いなく最強だ。だが——————」

 

 

勝ち誇ったように、クルーゼは続ける。

 

 

「——————最強では、世界は救えない——————」

 

 

リオンとクルーゼの眼前には、ジェネシスの射角が完全に固定され、ジェネシスが起動していた。

 

 

 

 

一方、第八艦隊は月からの出動となり、迅速な行動の結果ジェネシス宙域に何とか近づきつつあった。

 

 

「な、何という大きさだ」

 

ハルバートンは、ジェネシスを間近で見た瞬間、肝が冷えた。あれほどの巨大兵器をザフトは建造していたのかと、背筋が凍る。

 

————講和に動いていてよかった。もしその動きがなければ—————

 

 

「提督!! ジェネシスより高エネルギー反応!! 射角はこちらではなく———」

ブリッジ一人が、ジェネシスの高エネルギー反応を掴み取り、報告をするがもう遅い。

 

 

「いかん!! いそげぇぇぇぇ!!!」

 

 

それは、モントゴメリのチャン・バークライトも一緒だった。

 

「ジェネシスが撃たれる!? このままでは、地球が—————」

 

 

ここまで来て、ここまで和平の道が出来たのに、こんな最後が待っているというのか。自分たちが守りたいものが砕け散っていく光景を見せられることが、今まで行動できなかった自分たちへの罰なのかと。

 

 

「ええい。ぶつけてでも止めろぉぉぉ!!」

 

ジョセフ・コープマン艦長も戦艦ごと体当たりするつもりで機関最大で航行するも、とても間に合わない。

 

 

そして目には見えないマイクロ波が、周囲の塵や芥を蒸発させながら、破壊の光をまき散らしながら地球へと突き進む。

 

それで、地球の命運は終わる。自分たちは大切なものを、未来を守り切れずに終わった。

 

 

かに見えた———————

 

 

 

「な、なんだ。あの現象は——————っ!?」

 

 

その時、確かにハルバートンは見た。否、第八艦隊の面々はその奇跡を目撃した。

 

 

 

「何が、何が起きている!? ジェネシスが、何かに止められている!?」

 

ブリッジも全員が総立ちになっていた。あの現象を見ようと、観測する者の手すら止まってしまっていた。

 

皆が奇跡の瞬間に戸惑いと混乱を抱いているのだ。

 

 

その光景は、地球、そしてプラントにも第八艦隊の映像を通して広がっていた。

 

「緑色の————いや、虹の光—————!」

 

 

しかし、地上にいる者たちは映像を見ずともわかるだろう。

 

 

なぜなら、虹は空に広がっているのだから。

 

 

 

虹が広がる上空を見上げるカガリは、彼が地球の未来を救っていることを認知した。そして、自分の及ばない方法で、それを成し遂げようとしているのが分かる。

 

 

 

しかし、あの光は未来を与えるだけで、カガリの欲しいものを奪う気がしてならない。

 

 

フラガ家に流れ着いた男の手記をオーブ防衛後に一部読み漁ったカガリ。避難の際に偶然見つけたもので、本意ではなかった。

 

男が故郷を永遠に離れるきっかけとなった奇跡の光。人々の絶望を打ち破り、地球を救う可能性の神髄。

 

「——————そうか」

 

結局、隣に立てたのは、一瞬だった。彼とともに未来を掴み取れると信じていた。最後の最後、やはり彼は誰もたどり着けない場所へと至ってしまうのだ。

 

 

「——————あ~あ、本当に、お前は困ったやつだなぁ」

 

空を見上げるカガリは、虹の光に苦笑する。そこまでしなくてもいいのに。許されるべき感情ではないが、自分が死んでも、彼が生きていればいいと思える感情だってあった。

 

 

「こんな奇跡が起こせるなら、私の前に会いに来てくれてもいいだろう?」

 

これほどのことが出来るのだ。ジェネシスという防御も不可能な攻撃を、彼は防いでいる。物理法則を超えた先にある新たな理で、彼は地球を滅亡の運命から救っている。

 

 

「—————なぁ、一度でいいから—————」

 

そこまで言って、カガリは言葉を止めた。彼に言われたではないか。

 

悲しいと思う気持ちを持つなとは言わない。しかし、それを背負って前に進む強さが自分には必要なのだと。

 

これはいわば、最後の試練だ。カガリが一人前の政治家になる為の、最後の試練。

 

「——————っ」

 

歯を食いしばり、涙を我慢したカガリ。泣きたいぐらい悔しくて、悲しいが、絶対に表情には出さないと意地を張る。

 

そして—————

 

 

「———————バーカ。ホント、バカなんだから————」

 

 

これで終わり。これで、カガリの試練は終わった。これから先のカガリは彼無しで前に進む必要がある。道標はもはや存在しない。

 

「————女を泣かせたんだ。地獄で待っとけ、色男」

 

 

そして笑った。彼は自分の願いを叶えなかったが、最善を尽くしたのだ。自分と同じ、世界を変えようと走り続けたのだ。

 

最後に彼は、走り抜けた。彼の宿願は達成された。

 

 

宇宙では、その虹色の閃光の後、リオンのストライクグリントどころか、ジェネシスすら消失している事実に困惑するだけだった。

 

 

「—————もっとよく探せ。あの宙域にまだ—————」

 

「くそっ、第八艦隊の映像ではどうにも————」

 

「観測班は!? 何がどうなっている!?」

 

「ジェネシスが消えた!? 破片や残骸がないんだぞ!? どうなっている!?」

 

そして、プラントではラクスは涙をこらえながら、その様子を誰にも悟らせず、地球の滅亡が回避された瞬間に宣言するのだった。

 

 

「——————世界は、滅びませんでした。彼の最後の贈り物。私たちは大事にしなければなりません」

 

毅然とした表情は、感情の一切をなくしており、ラクスから完全に笑顔を奪っていた。

 

 

「ラクス————あれは一体」

 

 

「お父様。あれは赤い彗星です。私の大好きだった人。私の、命の恩人です」

 

その瞬間、膝から崩れ落ちたラクス。両手で顔を覆い身動きしない。いや、したくなかったのだ。

 

理解はしている。彼が成し遂げたことを考えれば、素晴らしい功績だ。なのに、涙が止まらない。

 

周囲は歌姫の豹変に困惑した。あの毅然としていた彼女が、たった一人の為に泣いている。今まで見せたことがない弱さを見せている。

 

赤い彗星のことを、本気で愛していたのだとわかる。

 

そしてラクスも、こんな姿は見せまいと努力しようとしていた。しかし、

 

必死にせき止めようとしている感情が、止まらない。

 

—————貴方が、最後の犠牲になる、それで、よかったのですか?

 

彼は、アフリカに行くと約束したではないか。もう一度自分に会いたがっていた人たちに会うと、約束したではないか。

 

世界をゆっくり回ると、自分の歌を聞きたいと言ってくれたではないか。

 

—————酷い……酷いよ—————なんて、酷い……

 

こんな感情を残して逝ってしまうなんて、酷い男だと、ラクスは涙した。

 

 

「———————赤い彗星が、その身を犠牲にしたのか—————」

パトリック・ザラは、かつての宿敵だった存在に、世界ごと救われたことに複雑な気分だった。そして、ラクス・クラインの心をここまで奪えるほどの人物だったのだと、驚いていた。

 

————とうとう私は、貴様に会わなかった。だが、

 

一度でいいから、会って話がしたかったと、思えるほど興味を抱いていた。

 

「—————すぐに終戦交渉を。こんな後味の悪い、青年一人が最後の犠牲になる、惨い終わりではあるが、我々はすぐに行動しなければならない」

シーゲル・クラインは、パトリック達に諭すように伝えていく。

 

 

人類の滅亡が回避され、今こそ世界に平和を作り上げる必要があるのだと、一人一人が行動しなければならない。

 

 

そして、カーペンタリア基地では、

 

「そんな、赤い彗星が—————あの人が—————」

 

口元を手で覆い、アスランはショックを隠し切れなかった。あの最強と言えど、最後の最後で犠牲になるのが戦争なのだと、アスランは痛感した。

 

「—————本当に、酷い男よ—————」

 

アスランにここまで辛い表情をさせることが気に食わなかったフィオナ。ここまでアスランの感情を握っていた彼に嫉妬もしていた。

 

しかし、会って一つや二つくらい文句を言いたかった。例えば、二股はやめろとか、鈍感を演じているのでは、とかいろいろ聞きたかった。

 

「—————これで戦争は終わる。だが、俺たちが伝えていく必要があるんだ————そうでなければ、今まで死んでいった者たちに、顔向けができない」

 

アスランは、クルーゼが反逆し、リディアが交戦して殺されたことも知っている。結局最後まで自分は大して役に立たなかった。

 

————口先だけだ。俺の手に残ったのは—————

 

僅かな命のみ。それでも—————

 

—————それでも、俺は誇ろう。情けない結果だが、二人だけでも守れたんだ

 

肯定することが辛い。情けない自分を認められない。戦争が終わって嬉しいはずなのに、なぜこれほどまでに虚しさを感じる。

 

 

 

「あ、アスランさん!! 急いできてください!!」

 

ニーナが目を真っ赤に腫らして、アスランのところにやってきたのだ。先ほど、リディアの戦死を伝えられ、ショックを受けていた彼女だったが、何かに突き動かされるようにここまで走りこんできていた。

 

そして、彼女の言葉を一瞬理解できなかった。

 

「——————え?」

 

 

「ニコルさん、オーブにいるんです!! 生きてるんです!!」

 

 

アークエンジェルに、ニコルがいる。彼女が生きていてくれていた。嬉しいはずなのに、

 

「—————おかしいな。嬉しいはずなのに、頭がぐちゃくちゃだ。本当に、俺は弱いなぁ」

 

悲しい気持ちと嬉しい気持ちが混同し、アスランは泣き笑いのような顔になっていた。

 

「—————でも、これで—————ようやく終わる—————終わったよ、みんな」

 

 

その瞬間、声をあげて嗚咽するアスラン。子供のように泣き喚く彼は、いつもの大人びた雰囲気とはかけ離れ、子供の様だった。

 

そんな泣き虫な上官にそっと寄り添い、フィオナとニーナは彼を介抱するのだった。

 

 

 

 

そして、リオンと合流することなく、任務を果たすことが出来なかったアークエンジェル。

 

 

「———————本当に、遠いところに行ったんだね。貴方は」

 

キラのガンカメラは物理法則の全てを見通せる。だから、リオンがこの世界にいないことを実感していた。

 

「—————けど、貴方がいたから、僕はまだ冷静に、いられるんだ————」

悔しさしかない。しかし、残されたものとして、世界を背負う責任がある。

 

「僕は貴方に勝った。僕はあなたの知らない未来を生きる。あの世で、逃げないでよ、リオンさん」

 

————違う、本当は、そんなことを言いたいんじゃない。

 

取り繕う余力を見せなければ、笑われてしまう。彼に心配されてしまう。だというのに、

 

「—————本当に、酷い人ですよ—————ッ、貴方に教えてほしいこと、貴方の夢を、僕は聞けなかった」

 

苦悩しながら、彼の代わりに世界最強を担う男は、未来に生きる覚悟を決めたのだった。

 

 

エリクはとても疲れた表情で、リオンのいた宙域で残骸を探すも、結局破片一つ見つけることが出来なかった。

 

「—————あの糞ヤロウが!! くそっ、俺は、俺はデカいことを口にしただけじゃないか!! 何の役にも立ってねぇ!!」

 

悔しさに震えるエリク。自責の念を感じ、リオンをみすみす一人で行かせることになった司令部を一瞬恨んだりもした。

 

————誰にも想像できるわけねェだろ。あんな状況、あいつじゃなきゃ、わかるはずがねぇ

 

「満足かよ!? お前は満足かよ!? あの獅子の娘を抱かなきゃいけなかっただろうが!! 歌姫ちゃんを幸せにするのはてめぇの責任だっただろうが!!」

 

壁に当たり散らすエリク。自分に惚れた女を残して死ぬような奴、色男でもなんでもない。ただの屑野郎だと、エリクは泣きながら叫んだ。

 

「なんで、なんでだよぉぉ!!! なんでお前は、お前はぁ!!」

 

 

「大バカ野郎ぉぉぉぉ!! くそがぁぁぁぁ!!!」

 

「—————っ」

 

そんな憤るエリクをやさしく抱きしめるのはニコル。無論彼女も涙を流していた。エリクがここまで感情を出してしまい、自分にとっては命の恩人。無感情でいることは困難だった。

 

 

—————私たちが間に合わないことも、織り込み済みだった、そうなの、リオンさん?

 

 

あれは、アラスカ基地脱出戦の時だった。

 

—————そういえば、ニーナ、という少女から言伝を預かっている

 

思い出したように、リオンはニコルにある人物からの言伝を伝えるために彼女の下へとやってきた。

 

—————なん、ですか?

 

味方になったとはいえ、やはり赤い彗星。警戒心が完全に消えたわけではなかった。

 

 

—————貴方が無事でよかった、と。どうやら、君の姿を見て酷く安心していた。あんまりにも幸せそうだったから、サイクロプスの情報をくれてやった。

 

なんでもなさそうに軽い笑みを浮かべるリオン。そして、わざわざ敵だったものの言葉を伝えに来てくれた彼の心遣いに感謝した。

 

この人も、血の通った人間なのだと。エリクと仲が良いのが納得できた。オーブでの彼の動きも彼への認識を改める理由になった。

 

尊敬できる人間だった。幸せにならなきゃいけない人だった。

 

—————酷い人、ラクスさんを、カガリさんを泣かせる、酷い人です、貴方は

 

嗚咽声を出しながら、泣き続ける彼を介抱しつつ、彼女も声を出さずに涙を流したまま、その場にとどまり続ける。

 

 

その後も捜索活動は続けられたが、ついに彼の行方へは分からない。

 

 

あるのは、反逆者のプロヴィデンスの残骸のみ。

 

「——————結局、最後まで彼がしりぬぐいをする、だけとなったな」

 

 

「—————どうすることもできませんよ、艦長。不合理な現実も、今は必ず認めなければなりません。でなければ、彼の犠牲が無意味になります」

 

ナタルは、目頭を押さえ、運命を呪った。しかしそんな彼女を慰めるのは、ノイマン操舵士。彼の犠牲を乗り超えることで、平和が待っている。いつまでもウジウジしていれば、また戦争に逆戻りしかねない。

 

アークエンジェルでは、彼と交流のあった学生や仲間たちが涙を流していた。オーブに流れ着いた時の演説や、これまで幾度も窮地を救ってきた彼への恩義を感じ、彼の死を悼む声が多いのだ。

 

整備班たちは、リオンの生存が絶望的なものとなった瞬間、誰かが言いだし始めたわけでもなく、ハンガーの大広場に整列し、彼が最後に存在した場所へと敬礼するのだった。

 

彼の覚悟と、最後の最後で散った無念を感じながら。

 

 

 

そして、キュアンと初めてであったフラガの血縁の少女たちは——————

 

 

「——————結局、会えなかったなぁ—————」

残念そうにつぶやくのは、リオンの妹に当たるはずだった少女、ミュイ。彼女はオーブ防衛戦後にリオンとの面会を希望していたが、結果はこの通りである。

 

だから、彼女の妹に当たるステラとともに、結局最後までリオンと出会うことなく死別することになった。

 

「—————あの、おじ様」

ステラは、言葉少なめにキュアンに尋ねる。キュアンの中に渦巻く悲しみの感情を察知し、遠慮しがちに尋ねてきた。

 

「————どうしたんだい、ステラ」

しかし、表情には出さず、笑顔でステラに問いかけるキュアン。ステラにはすべてわかってしまう。自分を気遣って感情を出さないことを、自分がまた迷惑をかけていることを。

 

それでも知りたいのだ。自分の兄になるはずだったリオンのことをいっぱい聞きたい。

 

「お兄ちゃんは—————どんな人だったの?」

 

 

「—————うーん、難しい質問だな。けど、強いて言うなら—————」

 

温かい目で、ステラとミュイを見つめるキュアン。そこに負の感情はない。キュアンは、すでに二人を家族として認識している。

 

 

「—————二人みたいに、純粋で、でも二人とは違って、捻くれた奴だったよ」

 

 

誇らしげに、キュアンは二人に対し、リオンの人物像を語るのだった。

 

 

 

一人の行動が小さな波紋となり、やがて大きなうねりを生み出した。彼の投じた一石は世界を滅びから救い、人々に平和の意味を取り戻した。

 

彼が世界を救ったのではない。世界の意思が、世界中の人々の想いが、世界を守ったのだ。

 

だからきっと、彼は自分のことを英雄だとは認識しないだろう。自分は世界の中の一人で、人一倍捻くれて、意地の悪い奴だったと。

 

きっと彼は、そう語るに違いない。

 

 

 

コーディネイターの定義と、ナチュラルの不満から端を発し、大国間の利害関係の崩壊が生んだ、稀大の悲惨な戦争は終結した。

 

コーディネイターの定義は再定義され、人類の今と未来を繋ぐ存在、すなわち宇宙という新たなステージで活躍できる人間をさすようになった。

 

夢と希望を持ち、行動できる人間こそが、調整者であり、世界を発展に導くのだと。

 

迫害される運命にあったプラントと、地球にいる同胞は、人類に戻ることになり、遺伝子操作の技術は人への転用は完全に禁止されるようになった。

 

そんな混乱の中、ラクス・クラインはアイデンティティーを失った人々をまとめ上げ、人類への回帰を支援し、コーディネイターを目指すものとして、世界に平和の花を植え続けた。

 

そして名実ともに世界の盟主となったオーブは各国共同により宇宙開発を推奨。お抱えのフラガ家、ウィンスレット家を使い、コロニー開発へのモビルスーツの転用、そして宇宙ビジネスを開始。外宇宙コロニー建設の黎明期を築くことになる。

 

そして、リオン・フラガが所持したとされるT型の貴金属と、アフリカである男性が残したとされるルビーから新技術が発見される。

 

 

そして決め手は、ジェネシスが消失した宙域で発見された未確認の物質。後に、外宇宙航行技術、いわゆるワープ航行に用いられるようになり、人類は戦争を乗り越えた先に外宇宙への探索へと本格的に動くことになった。

 

 

激動の戦後を迎えて4年後、各国政府は赤い彗星の情報開示を求めた。

 

きっかけは、世界中が注目するなぞの存在、リオン・フラガのことを知りたがっていたからだ。そしてついに、オーブ政府は一部の機密情報を、つまりリオンの情報を開示したのだ。

 

生前より、オーブの聖女、カガリ・ユラ・アスハを支え続け、戦争終結に尽力したことが、内容をぼかしつつではあるが、表に出るようになったのだ。

 

彼の生き様は、人の未来と今を繋ぎ、可能性を指し示す存在、人類史上最高のコーディネイターと謳われるようになる。

 

その傑物の、聖女に使える忠実なる従者としての側面は、後の世の臣下の手本となり、諫めることを恐れない忠臣が重宝されるのだという考えが広まる。

 

 

彼の者は、理想の従者————自己の利益を超えた先にある、人類の未来を掴み取る存在であると

 

 

 

10年後—————————————

 

 

「—————待ちなさい、ジグルド」

 

 

「げっ、クソバ——母上—————」

 

まるで、悪戯が見つかったと様なリアクションを取る少年。金髪の髪に、青色の瞳の彼は、目の前で冷えた笑みを浮かべる女性を前にして、怯えていた。

 

 

「—————なんで、格納庫に勝手に入るかなぁ? 何度も注意したよなぁ? 後、最初何言おうとした?」

 

 

「—————あああ、知らない、俺、知らない。たぶん勘違い———いったぁぁ!!」

 

拳骨を頭に食らい、おでこをおさえる少年。女性はお冠だった。

 

 

「危ないって言ったろ? お前は、まだまだ子供で、免許も仮免許。お父さんの様になんでもうまくいくわけがない」

 

 

「でも、父さんは俺の年齢で重機の扱いだって完璧だったんだろ? だったら———いったぁぁ!! またぶった!!」

 

 

「アサギ、この聞かん坊を摘み出しなさい」

女性は、隣にいた従者に命令を下し、冷めた目で少年を見下ろしていた。

 

「はいはい、カガリ様~~さぁて、私の追跡を掻い潜ったのは褒めてあげるわ。本当に気配を隠すのだけは上手いわねぇ」

 

 

「年増なんて余裕余裕————あっ」

 

失言が多い少年ジグルド。青ざめた顔で見上げると、

 

「カガリ様ぁ。この子、食べてもいいですかぁ?」

ニタァ、と笑い、女性は微笑んだ。その肉食動物を想わせる雰囲気に少年は完全に武装解除した。

 

「ひ、ひぇ」

 

 

「—————気持ちはわかるが、やめろ。捕まるから—————」

申し訳なさそうに暴れん坊息子を前にして、謝罪する女性。

 

その後、大人しくなった少年と従者はこの場を後にして、女性は一人残されることになった。

 

「——————お前とは違って、本当に生意気だよ、あいつは」

 

 

元気いっぱいで、何にでも興味を示す。しかし、スタンドプレーが目立つ。

 

そして共通するのは機械オタク。

 

だが生意気だ。素直だった彼とは似つかない。

 

「—————カガリ様? ジグルドを見ませんでしたか?」

 

「まったく、ジグルドは—————もう少しカガリ様の息子である自覚を持ってほしいです」

 

「そう言うな、グラニア。俺たちが大人しい反面、あいつがあれなのはちょうどいいと思う」

 

 

そこへ、ジグルドと同年代の少年少女たちと出会う。二人はピンク色の髪をした双子の兄妹で、もう一人はジグルドと同じ金髪。

 

「はぁ、ラクスのところの子供のように、うちの子もやんちゃは控えてほしいんだけどなぁ」

 

ラクスの子供である、ディルムッド・F・クラインと、グラニア・F・クライン。冷静沈着なディルムッドと、堅物でジグルドを兄と比べて誇らしげにするグラニア。

 

ジグルドのほうは、グラニアのことを「おてんば娘」と軽口を言うので、彼女には嫌われている。どうやら、あまり相性が良くないようだ。

 

 

「お兄様はあいつと違って、大人なのです。そういうところが頼りになりますので。さすがです、ディルムッド兄様」

 

 

「だが、その視線はやめてくれ。危ないから—————」

 

二人の世界に入ってしまっている兄妹を放置し、残った金髪の少年が女性に近寄る。

 

「—————僕では対処できません、助けてください、母様」

少年の名はロビン・フラガ。彼女の息子であり、ジグルドの双子の弟である。

 

「—————ファイト、男の子だろ?」

 

無慈悲な判決を言い渡す女性に、絶望する少年。その後、近親上等な兄妹が間違いを犯さないか監視する少年。リスク管理だけが目につく彼は、どうしてもリスクに目を逸らすことが出来ないのだ。

 

「そっか。ラクスが来ているのか—————お互い、色々あったなぁ」

 

 

戦後、ラクスはカガリとほぼ同時期に妊娠が発覚したという。どうやら、リオンと関係を持っていたという。通常であればリオンに対して非難が集中するはずなのだが、当時は悲劇の英雄リオン・フラガというイメージが強く、直後のアスラン・ザラが救済された一夫多妻制の条約追加により、そこまでのダメージはなかった。

 

そう、リオンにはダメージがなかったのだ。

 

 

しかし、ラクスとカガリは英雄の血を継ぐ子供を授かったことで、過剰な報道の対象となってしまったのだ。オーブ政府の強権でラクスともども保護され騒ぎが沈静化された後に何とか事後処理を済ませたが、今もなおその時の騒動は傷跡を残している。

 

 

聖女様が性女様だった件についてとか、みんなの偶像は英雄の恋人でした、とか

 

非難するような言動はほとんどなく、逆に温かい目で見られたことが彼女らには辛いものがあったという。

 

 

「—————まあ、お前が消えたのが悪い。かな、言い訳は」

 

今は、この世界と、子供たちの成長を見守ろうと思う。そしていつかきっと、彼とも出会える。先の先になるだろうし、色々なことが起きるだろう。

 

その全てをお土産に、彼女はまた彼に会いに行くのだ。

 

 

—————リオン。私は何とか今をやれています。言葉遣いだって、人前では直しているんだぞ?

 

驚くだろうなぁ、とカガリは笑う。すっかり大人の女性となり、髪の長い女性が好きだという彼の言葉通り、セミロング以上に伸ばしている。

 

あの猪突猛進だった頃を知る者が見れば、今のカガリは大人の女性に変化し、淑女としてのオーラも醸し出しているのだから驚きだ。

 

興味のなかった化粧だってするようになった。時々見せる相手がいないと鬱になるときもあったが、化粧も悪くない。

 

————だから、化けて出る必要はないからな。だって私は——————

 

 

「私は今、何とか前に進んでいるから———————」

 

そこへ、戦後発覚した弟が現れる。

 

「姉さん。そろそろ戻るよ」

 

「分かった————お前もそろそろ身を固めろよ。いき遅れるぞ」

 

 

「姉さんは早すぎると思うけどね。エリクさんも、ノイマンさん、トールも相手がいたわけだけど、僕は作る努力をしなかったから」

のほほんと笑う弟。最近独身貴族筆頭とか言われて、いよいよ後がないというのに、この男は。

 

「—————威張ることなのか、それは————」

呆れた表情の彼女。弟のキラは相手を見つけることが出来るのか。それが最近のカガリの悩みだった。

 

 

「けど、アスランみたいに法改正で救われることはないと思うよ。たぶん。」

遠い目をしているキラ。あの戦争の後、やはりというか、二股に作ってしまったことが出来なかったアスランは、ジグルドではないが、食われてしまった。

 

なお、アスランはフィオナの好意しか気づいていなかったそうだ。おかげで、堅物キャラから苦労人キャラにジョブチェンジ。しかし幸せそうなので、嫉妬団に襲われている。

 

「—————あいつはまあ、ご愁傷さまだな。堅物で仕事のできる奴だったが————」

 

 

「まだ死んでないからね!! この前干からびていたように見えたけど、まだ生きているからね!!」

慌てるキラ。過去形になっているので慌てて訂正する。

 

「なぁ、アスランといい、ニコルといい—————あいつらはMなのか?」

しかしカガリは、アスランたちを見ていると、どうもそんな気がしてならないと考えていた。

 

「え? そんな話僕は聞いていないけど。え? ニコルさんぅ!?」

 

「エリクにされ放題のニコルに、襲われるアスラン――――この前エリクに公園で――――いや、なんでもない。なんでもないんだ―――――」

 

 

「おいぃぃ!? なんなのぉぉ!? なんなんですかぁ!!! エリクさん何やっているんですかぁ!! 危険なゾーン突入しちゃってるよぉぉぉ!」

絶叫するキラ。エリクの隠れた趣味に、驚愕を露にする。

 

「——————正直引いた。エリクには引いた、公園はないだろうと―――――あれは、私たちの及ばない次元にいるな、確実に―――――というか、言葉が崩壊しているぞ、キラ」

 

 

「し、仕方ないよ!! だって、エリクさんとニコルさんが新婚カップルさんのようにカフェでポッキーゲームしてたし!」

 

「——————あいつら捕まるんじゃないか―――――」

白い目で虚空を見上げるカガリ。このままでは風紀が乱れる。

 

「————うん。でも、僕にラスさんを押し付けないでね。最近怖いから」

 

「—————もうしないさ。私からはな」

 

 

こんな日常も悪くない。

 

手間のかかる弟とともに、カガリは格納庫を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

理想の従者の物語は終わり、理想は世界に託された。彼の願いがどこまで続くのか、彼の祈りがどこまで続くのか。

 

それは、残された人々にしか、分からない。

 

 

 




これで、一応ガンダムSEED世界での騒乱に決着がつきました。

なので、ガンダムSEED 理想の従者の物語はここで終わりです。

次回は彼の視点でのお話になります。虹の彼方に消えた彼は、何を思うのか。


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従者の独白 そして—————

リオンが何を直前に思っていたのか。

何が彼を捨て身へと決断させたのか。その末路と今後はどうなのか。

そして、嘘予告になるか、本当の予告になるか分からない話が追加されています。

数年後になると思うので、気長に待ってくださればと思います。


夢を見ていた。

 

 

かつての記憶を思い出し、青年は虹の世界で目を覚ました。

 

「————————」

 

 

完全に時間が制止した世界。世界から切り離された空間で、男はぼんやりとしていた。

 

 

しかし、何かをしようという気力は存在せず、再び目を閉じた。

 

 

すでに未来は世界に託され、自分の夢は彼女に託した。今後世界がどうなっているかは分からない。もはや自分には、世界に干渉する術はないのだから。

 

だが、男は満足していた。

 

この世界に流れ着く前、声を聴いた。

 

 

たくさんの声を聴いた。人々の生きたいと願う叫び、

 

死した者たちの、生きる者への様々な声。それは何も祝福だけではない。

 

憎しみ、妬み、悲しみ。負の感情も存在していた。しかし、生きる者はその影を背負って前に進むだけの力がある。きっと、彼女たちが導いてくれる。

 

 

平和の歌を、訣別の声を叫んだ、彼女ならば、きっと世界の歪みをただすと。

 

「——————頑張ったよな?」

 

 

自分の道のりが、間違っていなかったのだと気づけた。彼らの声は、予知することはできなかった。あの瞬間に、あんなことが起きるとは考えていなかった。

 

――――――彼女らの存在が、自分に悔いを失わせる。自分は、走り抜けたのだと

 

 

最後まで、駆け抜けたのだと。

 

「——————本当に、これでよかったのか?」

 

 

————はい。後悔は、ありません

 

彼の起源である男は、青年に問うた。全ては筋書きの上だった。彼が世界から消失する未来を、彼は避けなかった。

 

「残されたものはどうなる? お前を愛した者はどうなる? 平和な世界を、曇った目で見続けることになるのだぞ?」

 

亡霊の言葉は真実だった。彼女らには悪いことをしたと思う。最後の最後、約束を守ることが出来なかった。

 

 

—————約束を守るよりも、俺はみんなの未来を選んだんです。

 

生き恥をさらした結末は、世界滅亡。あの時、確かにその未来が見えた。数多の命が失われる世界。そして、創世の時を迎えた星は、長きにわたり生命の誕生を待ち続けることになる。

 

それを見ながら死ぬ。守り切れなかったことを悔いるような人生で終わる。それは、認めるわけにはいかなかった。

 

 

あの時、アークエンジェルを無理にでも宇宙へ飛ばせば、ジェネシスを止めることは出来た。しかし、今度はアークエンジェルの皆があの機体に殺されていただろう。

 

結局、あの局面では何かを捨てる覚悟が必要だった。何を捨てるべきなのか、何を投げ打つべきだったのか。

 

 

世界の未来は、絶対に守る。

 

であるならば、アークエンジェルの乗組員の命と、リオンの命ではどうなのか。

 

答えは、言うまでもない。

 

 

————みんなのために————みんなのために、俺の未来を使った。

 

 

「私の力を使え。今ならまだ間に合う。虹の彼方を出られる。早くッ!」

 

亡霊は既に死人。彼の力を使えば、ここを出られる希望はあるかもしれない。しかし、そんなことをすれば彼は今度こそ消えてしまうだろう。

 

 

—————貴方の無念を、俺は誰よりも知っている

 

このまま、彼には消えてほしくない。アルテイシアとは、もっと違った運命があったはずなのだ。

 

少しだけ、彼は頑張り過ぎたのだ。意地になり過ぎたのだ。それは自分と同じで、世界の理不尽さを、自分よりも知っていただけだったのだ。

 

————だから、なんだろうな

 

青年は亡霊の前に立ち、微笑んだ。愛おしさを覚えてしまう、親近感がわいてしまう。生まれた時から一緒だった彼に、最後の恩返しをしたい。

 

 

————貴方には、今度こそ幸せになってほしいと、傲慢にも思ってしまうんです

 

 

両手で突き飛ばしたのだ、亡霊を、虹の出口へと。不意を衝かれた亡霊は、目を大きく見開き、慌てて手を伸ばす。

 

 

「早まるな、リオン!! 何をしている、やめろっ!!」

 

焦燥感にかられる亡霊の声。リオンが今何をしたのかを理解してしまった。彼の微笑みがすべてを説明してしまっている。

 

「そんなこと、私が望んだというのか!? それはお前のエゴだ!! お前は生きているんだ、生きているんだぞ!! 既に終わった私よりも、明日を掴む権利がある!!」

 

「————————」

微笑んだまま、悲しそうに、そして儚げな眼で、新たな未来を歩む亡霊の旅路を祝福する青年。

 

 

————今まで、俺を導いてくれて、ありがとう

 

 

青年は感謝の言葉を亡霊に送った。

 

「やめろ、やめてくれ!! これ以上重荷を背負わせるな!! 私は、お前を乗っ取ろうとしたのだぞ!! 私は!!」

 

 

悲鳴のような声をあげながら、亡霊は青年に訴える。こんなものは受け取れないと。青年こそが、そのチャンスを受け取るべきなのだと。

 

 

「キャスバルおじ様。次の人生では、女の子を泣かせてはだめですよ?」

 

 

 

「待て!! 待てッ、リオン!! やめろぉぉぉぉ!!!!!!」

 

それが、青年が聞いたキャスバルの最後の声だった。彼は程なくして新たな輪廻に入り込んだだろう。

 

全てが静止し、全てが見えて、全てが見えないこの世界で、

 

 

全能の存在と化した青年は、万能の力を手にしていた。しかしそれだけだ。彼は彼が存在した世界がどれなのかを認知できなくなってしまっていた。

 

もはや、彼には帰る世界が存在しない。その世界への道標を、完全に失ってしまったのだ。

 

 

「さよなら。ご先祖様。どうか次は、よい人生を」

 

 

 

今度こそ虹の彼方で、たった一人存在することになった青年。しかし、リオン・フラガの人格が残っている前に、最後に善行を行うことが出来た。

 

崩壊が始まる。キャスバルという亡霊の加護を失った青年は、虹の彼方で己を守るすべを持たない。

 

奔流する光の中で、やがて彼の全てを照らし、塗り替えていくだろう。

 

彼の一となるモノ、彼の理想の全てが光に呑まれ、消えていく。

 

 

「—————はぁ、怒るだろうな—————えっと、カガリ————」

困ったような声色で、ため息をついたリオン。きっと彼女は約束を守った自分の墓を蹴飛ばしているのではないだろうか。

 

そしてあの少女は、悲しんでしまっているのだろう。その姿が見えるが、自分のいた世界がどれなのかが分からない。ゆえに、本当の彼女の反応を知らない。

 

 

万華鏡が割れていく。彼の認知する世界が見えなくなる。

 

 

ノイズが走るように、彼女の顔が見えない。彼の記録がゆっくりと、違和感なく塗り替えられていく。

 

————そうか、これが代償か

 

覚えていたはずの記憶が、記録が呑まれていく。ここは人が気軽に立ち寄っていい場所ではない。それを証明するかのように、青年の記憶は食い潰されていく。

 

 

全てを虹の彼方で洗い流し、こうして生命は輪廻を駆け巡るのだろうか。今まさに自分は輪廻に取り込まれようとしているのだろうか。

 

業火の炎ではなく、あの世とは虹の光の彼方にあるというのだろうか。

 

 

————誰かに、誰に? 俺は、誰に何かを託した

 

薄れゆく意識と記憶。全てが無に帰る瞬間まで、青年は考えることを止めない。

 

————そうだ。ものだ。もっと大きなものに、それを託した。

 

人の命ではない。それすら超える何かを、自分は多くの何かに託した。

 

 

————何のために? 何のために自分はここに辿り着いた?

 

光が青年の記録のほとんどを塗りつぶした。あるのは、真っ新な空白のみ。そこには何もない。ゆえに、何の変化もない。

 

ここを出るという選択肢が存在しない。そもそも、自分はどこにいたのかすら分からない。

 

 

————なぜ、考えるのか。何を考えようとしていたのか

 

青年は全てを塗りつぶされた。もはやそこには空白となった器のみ。聖女たちが守り抜いた彼の心は、光の奔流の中に消えた。

 

 

—————俺は—————私は———————誰だ?

 

 

薄れゆく青年は、世界の狭間より聞こえる声を聴く。

 

 

————助けて————

 

 

「!?」

その一言だけで、青年は全てを取り戻した。なぜ忘れていたのか、なぜ腑抜けていたかは問題ない。

 

膨大な奔流の中で彼に降り注ぐ光が、彼の前にひれ伏したのだ。無防備になっていた彼に迫る存在が、彼らのやってきたゲートから聞こえてきた声が、リオンを覚醒させた。

 

—————残念だったな、ここは俺の世界だ。もはやお前たちのものではない。

 

凶悪な笑みを浮かべ、彼の前方にいた結晶の生命体を睨みつける。そこには自分とは別のものが入り込もうとしていた。この虹の世界を取り込もうとする強欲な存在が存在した。

 

リオンの一睨みで彼らはこの世界から蒸発し、今後手出しは出来ないのだが、あの存在が救いを求める声に対し、苛烈な行動をとっていることが読み取れた。

 

—————人類に仇為す存在は、とりあえず理解したうえで対処するべきだろう。だが、覚悟しろ、異星起源主よ。俺は、彼らの信奉する神ほど、慈悲はないぞ

 

 

重要なのは、リオンがすべてを思い出し、誰かの助けを求める声を聴いたということだ。

 

「—————危うく、腑抜けになるところだった」

 

何かを成し遂げて、やりつくした感があった。実際、託したと満足してしまっていた自分がいた。

 

「まだ体が動く。ここに魂がある。ならば、俺のやるべきことは一つだ」

 

 

そして、虹の彼方に入り込んだ相棒が姿を現す。煌く機体は彼の魂の象徴。彼が奮い立つ瞬間を待ち望んでいたかのように、巨人は乗り手に道を示す。

 

 

「出番だ、相棒。どうやら、まだまだやり残したことがあるらしい」

 

 

彼は顕現する。救いを求める声がある限り、彼は必ず立ち上がる。それがどんな世界であろうと、彼は見捨てることが出来ない。

 

なぜなら彼は、根っからのお人好しなのだから。

 

 

英雄の道は果てず、虹の彼方より救いの手を差し伸べるだろう。煌く勇者の英雄譚は、彼が尽きぬ限り、果てることを知らない。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――創世の奇跡より18年後

 

 

第八艦隊所属、外宇宙航行艦オリオン。太陽系より10光年離れた場所へのワープ航行の末、発見された4つ目の地球型惑星の調査任務をしていた。

 

オリオンは巨大な要塞であると同時に、前線基地としての役目も備えている、コロニーと一体化している宇宙船である。

 

ゆえに、第八艦隊の総戦力をそのまま格納できるだけのスペースを有する。

 

今では世界最強の精鋭と言われる第八艦隊。先代提督デュエイン・ハルバートンから任を引き継いだのは、ナタル・バジルール中将。将官の中では紅一点であり、連邦きっての名将。

 

 

 

統合が進んだ地球は、地球連邦と名を改め、各国の軍隊は統合され、経済的なつながりを強化していっていた。

 

そして、次なるフロンティアを目指すというエドワード・ハレルソン大統領の意向により、フロンティア移住計画が始動。任期中に4つ目の地球型惑星を発見。

 

うち、2つは既に移住が進んでおり、世界は今外宇宙開拓時代だった。

 

 

「観測班。どうなっている? あれは、地球型惑星ではないのか?」

第八艦隊の提督であるナタル・バジルール中将は、尚も第一線を退かず、故郷にノイマンと家族を残して宇宙を旅していた。

 

 

そして、問題となっているのは、今まで未開の航路だった4つ目に発見された地球型惑星。その移住が可能かどうかを確認するために、調査を行ったが今までにない反応が見つかったのだ。

 

「は、はい。そうなのですが、ニュータイプの観測班が気分を害しまして――――」

 

 

「というと、ジグルド君か? 彼は何と言っていた?」

ジグルド・F・アスハ。今回強い本人の要望により、今回の任務に乗り込んだ問題児であり、優等生である。

 

模擬戦ではナンバーワン。若きリオン・フラガの再来と謳われた神童だが、カガリ・ユラ・アスハとの仲は複雑なモノとなっている。

 

性格はやんちゃが抜けたものの、機械オタクをこじらせ、人と関わるのが面倒な性格になっていた。

 

奇しくも、リオンと同じ成長を続けているのである。違うのは、呪いが存在しない事か。

 

 

「あの星には確かに人類が存在します。こちらのデコイが撮影した人工物を見る限り、人類と類似する生命体がいるのは確かです。しかし、異形というべき存在が闊歩する、悍ましい現実がそこにあります。」

 

 

「否応なく感じてしまうので、ビジョンが光ります。口にすることさえ悍ましい現実ですね、あれは」

 

 

ジグルドは、険しい顔でナタルにそう説明した。

 

「—————何が見えた? ここでは言いにくいことか?」

 

「————————」

 

沈黙したまま、首を縦に振ったジグルド。余程の者が見えたのだろう。ナタルは目配せをして残りの隊員を退出させた。

 

 

「——————人が、食われていました。それも生きたまま」

 

「なんだと!? まさか、人類がそこに―――――」

 

 

今までの地球には人類の痕跡はなかった。豊かな自然と発展途上な世界。中には超大陸が広がっている世界もあった。

 

しかし、人類がすでに存在しており、その人類が食われるという悍ましい状態はいまだ聞いたことがない。

 

「我々とは違う別系統に進化したモビルスーツがいながら、それでもまだ届かない。彼らの恨み、無念、絶望、断末魔。あの星は生命を許さない死の星になりつつあります。第八艦隊だけの戦力では—————自分は厳しいと判断します」

 

 

第八艦隊のことを考えて、ジグルドは行くべきではないと提案する。これではナタルもどうにもできない。

 

評議会で判断を仰ぐしかない。

 

「これは、評議会行きだな。分かった、ワープゲートを開いて通信を飛ばす。各員調査をいったん中断。予定していた月への調査団も派遣を中止とする」

 

 

「——————しかし、どうなるんですか? この場合――――」

 

ジグルドは、ナタルに尋ねる。あの地球は居住不可能という烙印を押されるのか、と。

 

「——————まずは現地の人類とコミュニケーションが取れればだが―――――言語も何もかもが不透明だ。難しいだろうな」

 

部屋を退出したジグルドとナタルは、今後の展望について相談していた。

 

「その人類への攻撃を行う存在が及んでいない場所、となると、アメリカ大陸と、極東、オセアニア、アフリカになるだろう。宇宙から見た映像では、驚くほど酷似した大陸と島だったが―――――」

 

ナタルとしては、手当たり次第というのは現状避けたいところだった。戦力の分散は一艦隊しかない自分たちにとっては致命的だ。

 

「————————絞るべきだろう。しかし、現状北米大陸は避けたほうがいいかもしれん」

 

 

「—————なぜですか!? あそこは広大な大陸がありますし、もしアメリカがあるというなら、あそこが一番―――――」

ジグルドとしては、北米大陸を選ぶものだと考えていた。あの驚くほど酷似した大陸が旧時代の中心だった。ならこの世界も――――――

 

「カナダの半分が放射能汚染で甚大な被害を被っている。もしアメリカが存在するなら、迂闊すぎる。状況的に、あの大陸は苦しい立場にあるやもしれん」

 

ナタルの言ったことは事実だった。目と鼻の先にあるカナダが汚染によって被害を受けており、核攻撃が為された可能性もある。もしくは敵の攻撃に放射能汚染と類似するものがある場合。

 

現段階では、判断できる材料が少なすぎる。

 

「よって、汚染のない極東、オセアニアへの調査団の派遣を評議会に提出する」

ナタルの意見はほぼ正解だった。しかし、ジグルドは尚も反論する

 

彼が一番見てしまったのは欧州の地獄と、アジア方面の地獄。

 

「しかし、極東は――――――」

 

もうすぐそこまで脅威が迫っている。人類に仇為す敵が、喉元まで。調査する余裕があるのか、そして、この星の人類が何を考えているかも不明だ。

 

「—————失礼ながら、具申します。オセアニア大陸への調査のみで十分ではないでしょうか?」

危ない橋を渡る必要はない。ジグルドは、味方の被害状況のみを考えていた。

 

「—————確かに、安全策を考えれば、オセアニアのみが正しいだろう。しかし、旧時代のように国家が複数存在する場合、それぞれの思想までは分からない。これは調査だ、アスハ中尉。オセアニアの視点だけでは、交流に支障が出る可能性もある」

 

一つの国に肩入れするのは避けるべきだ。そして、他の国々に行けない理由もすでにある。戦力の分散も避けて、検討したのがこの二つの大陸と島になる。

 

ナタルは、被害予想もしつつ、交流への準備も忘れていなかったのだ。

 

「——————了解、しました。ならば、私が極東方面へ向かいます。新兵の兵士はオセアニアへ。俺たちの中隊がまず向かいます」

危ない場所には真っ先に向かうと主張するジグルド。これまでも中隊長として率先した危険な任務をこなしてきたのだ。責任感の強い彼は、他の新兵やルーキーを気にしていた。

 

 

「—————私は、貴様の母君にいろいろ託されている。だが、その実力は折り紙付き。交流の際に粗相を起こすなよ?」

 

「—————分からない事ばかりです。相手の話を聞くことは忘れませんよ」

 

 

おおよその再開後の調査団の流れは決まった。後は細かく微調整をするだけなのだが、

 

 

 

「提督!! 月が!! 月に巨大なモニュメントを発見しました!!」

 

「何? 何が見つかったというのか? モニュメント? この地球の人類は月へ到達する技術を有しているのか?」

 

 

「違います!! あれは一体何なんですか!! あんな、あんな!!」

気が動転している隊員を見て、ナタルは両肩を掴んだ。

 

「お前が混乱してどうする。私も見る。お前は堂々としておけ」

 

「は、はい」

 

 

―――――嫌な予感がする。俺が見た景色と同じ、何かが―――――

 

 

ジグルドは言いようの無い不安を覚えていた。

 

 

―――――父さん、あんたなら、どうするんだ?

 

観測所に向かうジグルドは、今は亡き父に伝わるはずのない問答を投げかけていた。

 

 

 

 

 

 

後に、第5地球戦争と呼ばれる戦火が、始まりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

初めて降り立った戦場は地獄で、俺よりも年若い少年少女が戦っていた。

 

 

「——————生者が、死者の数を数えるようになったのはいつからだろう」

 

 

一夜にして友人を奪われた少女は、力の代価とともに壊れる寸前だった。

 

 

「あいつを、支えてあげて。一緒に戦えない、私の分まで――――」

 

 

俺が助けた少女は、涙を流しつつも、笑顔のまま、彼女を支えてほしいと懇願した。

 

どうしてそんな顔が出来る? どうして俺を恨まない? なぜ、と自問する日々が続いた。

 

 

「——————貴方は悪くないわ。貴方の判断は、正しいものよ。ただ、間が悪かったのよ」

 

青い機体を駆り、戦場を疾駆する女性と邂逅した。

 

故郷を想う、守りたいと願う、彼女の力になりたいと、思ったんだ。当たり前の、当たり前の想いを、なぜ踏みにじられなきゃいけないんだと、許せなかった。

 

 

 

「本当に奇妙な一団ね。それにとんでもないお人好しと来た。で、しがない科学者に何の用かしら?」

 

この星の運命を決めかねない、とんでもない科学者いた。

 

 

 

 

 

少女は異邦の世界を目の当たりにする。

 

星に願う夢は、いつも儚く消え去り、己の知る世界は消えていく。月の地獄から始まった暗黒の時代は晴れず、ついには故国にもその脅威が忍び寄ってくる。

 

その義務と責任を持つ立場として、彼女もまた刃を取るべき存在だった。

 

無力を呪い、撃ち滅ぼす敵を討つ。しかし彼女はまだ、無力な少女だった。

 

 

———————力があれば、彼のような力があればと—————

 

正気を取り戻し、少女は悔恨を胸に宿す。彼らは多くの仇敵を屠った。まるでこちらの努力が無駄だと思わせるほどに圧倒的な。

 

 

—————少しでも、一瞬でも愚かなことを考える自分が嫌だった。

 

彼らが早く来てくれれば、助かる命は変わっていたかもしれない。

 

 

 

来訪者の介入で、世界は新たな局面を迎えることになったが、それでもこの星は一致団結という言葉を知らず、聴かず、その果てに一つの悲劇を招いてしまう。

 

京都で少女らを励ました彼の行方は知れない。

 

 

漆黒の世界に取り込まれた彼と彼の愛機は、ついに見つからなかった。

 

 

新たな希望となるはずの若き英雄は、世界の闇に呑まれた。

 

 

緊張が走る世界。冷戦の行きつくところまで行きかねない世界情勢。

 

 

だが彼女は知らなかった。あの闇の中で尽きるはずだった彼の命がまだ続いていることを。

 

 

 

彼は、彼自身が気づくことが出来ずに、世界の運命に縛り付けられる存在だったのだ。

 

 

 




もう大体誰がどのキャラなのか、わかる人はわかると思います。ゲームをやっていた、もしくはアニメを見ていた方ならば、ああ、こいつかぁ!と思います。

数年後に書くと思う二部についてですが、

ジグルド・F・アスハが多くの人間と出会い、父親を超えていく物語となります。


名残惜しいですが、リアルロボットの二次創作はいったん筆をおき、

以前から画策していたサッカーの小説に挑戦するつもりです。年内には書き始めたいと思うので、よろしくお願いします。


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