番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~ (ふたやじまこなみ)
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第1話「転生」

机を見て、あ、人間だ、などと思う人はいない。

少なくとも俺は見たことがないし、いたとしたらたぶん病院に行くことを勧める。

 

人の目は机と人間を一瞬で区別するし、つまりは人間かそうでないかを一瞬で判断することができる。

だから俺は、その爺さんを見たとき一瞬で理解した。

 

あ、この爺さん。神様だわ。と。

 

あたりを見回した時、俺は一面の真っ白い空間にいた。

ここがどこなのかも、ここにきた経緯もわからないが、いつの間にか俺は神とそこで向かい合っていた。

杖を支えにこちらを見据えている。白い白髭を蓄えた、荘厳な様相の爺さんだった。

 

神は俺の目を見て、厳かに話し出した。

 

「さて、今、君の耳には何が聞こえるかね?」

 

問われるまま耳をすませてみる。

 

「……『ときめきエクスペリエンス』ですかね」

 

なぜかBGMに、『ときめきエクスペリエンス』がかかっていた。

バンドリという、アニメやゲームでメディアミックスしている一大コンテンツ。その中で主人公たちの演奏する曲目の一つだ。

アニメ版バンドリのOPでもある。

 

「そう、神曲だ」

「はぁ……」

 

いい曲なのは確かだが、神曲というには個人的嗜好がだいぶ絡むだろうなぁ。

しかし神が断定しているのならば、間違いなく神曲なのかもしれない。

 

「こう見えて、わしはバンドリが大好きでね、ライブにもよく行くんだ」

「そうなんですか。バンドリのライブはいいですよね」

「うむ」

 

適当な相槌を打つと、神は満足そうに頷いた。

個人的にはOPなら、アイマスの『Ready』の方が好きなんだけど、ここでそんなことを言わないだけの分別はもちろん俺にはあった。

神がバンドリが好きでライブにもよく行っているという意味不明に、わざわざ言及しないのも、言うまでもない。

 

「ライブといっても、現実のライブではないぞ。

 作品の中に入って聞く、キャラ達の歌う生ライブじゃ。

 わしは神だからな。そんなことも当然できる」

「それはそれは。うらやましいことです」

 

できるというからにはできるんだろうなぁ……。

 

「しかしな、先日のライブに行くためにアニメ版バンドリに潜ったときに、ちょいとやらかしてしまってな」

「といいますと?」

 

「帰り際に、ちょっと作品の輪郭に杖を引っ掛けてしまってな。

 それでできたキズによって、現実世界からバンドリ世界に良くないものが流れ込むようになってしまったのだ」

 

「……良くないものとはなんでしょうか?」

「芸能界の闇だよ」

 

神が両手を広げると、その間に何やらおぞましそうな黒い塊が現れた。

それからは、見る物を嫌悪させるーー生物の根幹に語りかけるような悪意を感じる。

これが芸能界の闇……一体なんだというのだろうか。

 

「つまりは、暴力・セックス・ドラッグじゃ」

 

以外と俗っぽい物だった!

 

「このせいで、清らかなバンドリ世界が、芸能界の闇に汚染されてしまったのだ」

「すると、どうなるのでしょうか……」

 

「うむ。このままでは、バンドリの世界はひどいことになってしまう。

 よいか? 現実でガールズバンドなんて、結成してみろ。

 バンドをやる可愛い女の子たち。それも全員目をみはるほどの美少女! 現実にいたらあっという間にイケメンどもに食われてしまうわ!

 またまたライブのため会場のオーナーに股を開き、テレビのためプロデューサーに枕営業、先輩アイドルの断りきれない誘いを受けて行った先ではドラッグパーティだ!

 わしゃ知っとるぞ。現実世界のアイドルに処女はいない」

 

なんかすっごい偏見混じってるよ。

 

「芸能界の闇は深いですねぇ」

「わしは彼女たちがそんな目に会うのは耐えきれん。どうしてこうなってしまったのだ……」

 

どうしてもこうしても、あんたのせいでは? という反射的に口から飛び出ようとした言葉はかろうじて飲み込んだ。

こう見えても相手は神だぞ、神。

落ち着くんだ。

 

「わかるか? このままではポピパのみんなが無事にバンドできるか怪しいのだ!

 ひょっとしたら、ときめきエクスペリエンスも演奏されないかもしれん。

 あの名曲がこの世から消えてしまうのだぞ!!」

 

とうとう目を見開き、口角から泡を飛ばしながら絶叫しだした。

本当に神なのかな……怪しくなってきた。

机って人間かもしれないね……。

 

「そこでだ。君になんとかしてもらいたい」

「は?」

 

そして突然のご指名である。

気がついたら俺が、こんなところに招待されていた理由。

どうやらこの神は、自らの不始末をなんとかしてもらいたいらしい。

嫌な予感はしてたんだが、そうきたか。

 

「神様自身でなんとかできないのでしょうか……」

「わしの力は強すぎるのだ。下手に作品内で動いたら、バンドリという作品そのものがなくなってしまうかもしれぬ。

 だから数いるバンドリファンの中から、サイコロで君を選んだ」

 

神はサイコロを振らな……振ったーー!

俺はこの瞬間だけは、アインシュタインより世界の真理に近づいてしまったようだ。

 

「しかしなんとかと言われましても、何をすればいいのでしょうか……」

「具体的には、君をバンドリ世界の過去へ転生させる。そして彼女たちを芸能界の闇から守り抜け」

 

「守り抜けと言われても、俺ってただの一般人ですよ? 絶対無理ですって!」

 

シティハンターじゃあるまいし。一般人にアイドルの護衛とか無茶振りにもほどがある。

しかも過去からって、俺も小坊になるのか?

 

「なぁに、案ずるな。

 幼い彼女らを守るために、君にはある特殊な力を与えてやる」

「その力とは一体……」

「ゴールドエクスペリエンスのスタンドを与えてやる!

 知らないだろうが、わしはジョジョも好きでな。これさえあれば大丈夫だろう」

 

お前絶対、ときめきエクスペリエンスだからゴールドエクスペリエンスと掛けただけだろ。

 

「期間はポピパのみんなが生まれてから、ときめきエクスペリエンスを無事演奏するまでとする。

 もし出来なかったら……」

「出来なかったら……?」

「お前はゴールドエクスペリエンスレクイエムされる」

 

ひでえ!

 

「さぁ、行くのだ。

 よいか? 必ず彼女たちを『守り抜く』のだぞ」

 

そうして俺は、バンドリ世界へ転生するのだった。

 

 



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第2話「方針設定」

6歳になったとき、俺のそばに佇むように、それは現れた。

 

人型のマネキンのような滑らかな肢体は金色をしており、体のあちこちに謎の球体が埋め込まれたような丸みを帯びた外見をしている。

明らかに人間ではない。これはスタンドだ。

 

その名の通り、いつもそばに寄り添う存在ーースタンド。

そうゴールドエクスペリエンスである。

 

あちゃー、とうとう出てきちゃったかぁ。という感じだ。

 

ジョジョにおいてスタンドの発現は精神力に依存するため、人によりその時期はまちまちだという記述があった。

転生した俺は、精神はすでに成熟しているはずだから、最初からいるのかと思ったけどスタンドの姿は、これまで影も形もなかった。

 

なので、違うかもって期待していたのだが。

ーー神様だの芸能界の闇だの、俺がレクイエムされるだのとか、全部冗談だったのかも、と。

しかし、こうして記憶もって転生してるんだし、甘かったな。楽観が過ぎたようだ。

 

神はいたし転生もした。そしてスタンドもあった。

つまりこのままでは、俺は本当にゴールドエクスペリエンスレクイエムされてしまうのだろう。

 

 

 

転生後の俺の名前は、「円谷こがね」という。

そう、なぜか女の子になっていた。

いわゆるTS転生である。

 

は? なんで女!?

なんでTSしてんの!?

意味のないTSはヤメロ!!

混乱しつつも泣き喚いた声は、オギャーに変換された。

 

最初はめちゃくちゃ混乱した。

しかし6年も経てば流石に慣れる。というか達観する。

 

このTSに意味はあるんだろうか……とか考えたりもしたけど、あの神のことだから何も考えてなかったのかもしれん。

男の俺がメンバーに近づくのが許せん、とかいう身も蓋もない理由もありえる。

 

しかしバンドリ世界で行動することを思えば、女の子であるのが一番かもしれない。

作品の舞台は花咲川女子学園高校ーー女子校だ。

ゴールドエクスペリエンスを使ってポピパを守るというのなら、同じ高校に通えねば話にならんからな。

 

改めてゴールドエクスペリエンスをみてみる。

てんとう虫がモチーフになっていることもあって、いっそ昆虫とか爬虫類とも見紛うような容貌だ。しかし俺を見下ろすその眼差しには、どこか優しさがある。

 

ゴールドエクスペリエンスは成長すると作中最強レベルのスタンドとなり、禁断の力・レクイエムを手にいれる。

軟弱な俺の心に、最強の力が宿ってしまったということか。俺に黄金の精神とかないんだが……。

 

今は優しげだが、神のミッションに失敗したら、こいつにレクイエムされちゃうんだろうか。憂鬱だ。

 

Q:レクイエムされるとどうなるの?

A:永遠に死に続けることになるよ!

 

永遠に「死」を与えられるとはそのまんまの意味で、殴られて死んだと思ったら、次の瞬間トラックに轢かれて死亡。と思ったら次の瞬間海に落ちて溺死。と思ったら次の瞬間爆弾が爆発して爆死。と思ったら次の瞬間ーーといった感じで、本当に永遠に死に続けることになる。

終わりのないのが終わりと評されるのは、伊達ではない。いうまでもなく極刑よりひどい最期となる。13階段登った方がなんぼかマシだよ。

 

ジョジョでこれを食らったのは、ラスボスのディアボロさんだけである。

ディアボロさんは外道ギャングであるからレクイエムされるのはしょうがないにしても、これをパンピーの俺に食らわせるとかのたまうあの神こそが、真の外道ーー吐き気を催すほどの邪悪って奴なのではあるまいか……。

 

はぁ。

 

気を取り直して、ゴールドエクスペリエンスの基本スペックでも思い出してみるか。

ゴールドエクスペリエンスはスタンドの一種だ。

 

スタンド、それはジョジョの奇妙な冒険に出てくる、ある種の特殊能力の総称である。

スタンドは基本的に人型をしており、本体であるスタンド使いは自由にスタンドを使役することができる。

自由に等身大のマネキンを操作できると思ってくれればいい。

 

そしてこのマネキンは他人の目には映らない。スタンドはスタンド使いにしか見えず、スタンドはスタンド以外から触れられないという性質もあるためだ。

つまり俺以外にスタンド使いのいないこの世界では、やりたい放題というわけだ。

 

ゴールドエクスペリエンスは、ジョジョの奇妙な冒険第5部の主人公であるジョルノ・ジョバーナが使用するスタンドのことだ。

俺はときめきエクスペリエンスと掛けたとかいう、たわけた理由でこいつを与えられたということになる。

 

スタンドにはその在り方に応じて特殊な力が宿っており、ゴールドエクスペリエンスの場合、それは生命の操作と創造だ。

 

無機物を殴ると、命ある存在に変えることできる。それがゴールドエクスペリエンスの基本能力。

例えば、岩を殴ってカエルにしたりウサギにしたりだとか。

いろんな漫画で禁忌とされている生命の創造が、あっけないほど簡単にできてしまう。鋼の錬金術師たちにみせたら発狂もんだよ。

 

改めて考えても超然的な力だ。

前部主人公の承太郎さんは、どんなスタンドも失った命は戻らない的なことを言っていたが、こいつの力を考えるといてもおかしくないような……まぁ、それはいいか。

死者の蘇生とかは、できないみたいだしな。

その代わり部分的な生命創造もできるので、失った腕を再生するとかはできる。

 

しかしこんな力があるとはいえーーこれでポピパを守れか……。芸能界の闇と戦うとかどーすりゃいいんだ。

「守る」の意味が気になる。ただ側でボディーガードするだけとかじゃダメなんだろうな……。

 

幸い今は6歳児。時間だけはたっぷりと与えられている。

とりあえず今後の方針を整理しよう。

 

・メンバーに会う。

・メンバーを守る。

・バンドを結成する。

・ときめきエクスペリエンスを演奏してもらう。

 

1点目のメンバーに会わなきゃいけないのは言うまでもないだろう。

原作に沿うなら、花咲川女子学園高校に入学しとけばオッケーと思うかもしれないが、ことはそう単純じゃない。

2点目にからめて考えて欲しい。

 

2点目ーーメンバーを守る。これは生命はもちろん、おそらく純潔的な意味でも守らなければならない。

何を言っているかというと、

 

君たちは、花園たえがクライブに連れてきたのがウサギではなく、本当のボーフレンドだったとしても許せたかな?

 

ということである。

多分アニメのあのシーンで、たえが連れてきたのが本物の彼氏だったとしたら、暴動じゃすまなかったのではないだろうか。

すなわち、ファンが暴れ出し、ネットは炎上し、DVDが物理的に割られた動画がようつべにアップされるのが火を見るよりも明らかだったろう。

これはアニメヒロインのいわば宿命なので、仕方のないことだが重要なことだ。

 

でも現実的に考えてーーつまり芸能界の闇さんが仕事したら、どうなるか?

神も言っていたが、あんな可愛い子たちが高校まで誰一人として恋愛を経験してないとは、とても思えない。

 

つまり呑気に高校で会えばいいやとかって放っておいた場合、彼女たちと会った時には、香澄はギターを彼氏に習い、有紗は彼氏と同棲ひきこもり、りみはストーカーにつきまとわれ病みメンヘラ、彩綾がギャル化しているとかありえるわけだ。

 

そんなメンバーを集めてポピパを結成できたとしても、それはポピパといえるだろうか?

「5人合わせてPoppin'Partyです!いぇ~い!!」ってライブ挨拶した時、俺は遺影になってる気がする。

全世界のバンドリファンが許さんのと同様、あの神も絶対許さんぞ……間違いなくレクイエム案件になる!

 

だから彼女たちと会うのを、高校入学とか待ってられないわけ。

俺は一刻も早く彼女たちに会い、花につきまとう虫けらどもを、薙ぎ払わなくてはならないのだ。

 

そうして無事メンバー集結することができたら、ポピパを結成し『ときエク』を歌ってもらう。

そうすれば晴れてミッションコンプリートだ。

 

しかし集結したからって原作通りの流れでバンドって結成してもらえるんだろうか……ここは様子をみて、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するしかないな。



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第3話「中学入学」

美しい絵画を描くのは難しいが、汚すのは一瞬である。

それはどんなに綺麗な純水でも、トイレの水が1滴でも混ざれば飲めなくなるのに似ている。

無菌であるからこそ、雑菌があっという間に繁殖してしまうのだ。

 

なぜこんなことをいっているのかというと、それほどまでに芸能界の闇がバンドリ世界へ与えた影響は甚大だったということだ。

 

神はちょっとだけ傷つけちゃっただとかのたまっていたが、これはとてもじゃないが、ちょっとどころではない。

バケツをひっくり返したようなレベルで混ざってる。

 

ヤツのバンドリ世界への影響力は、まさしく恐ろしいものだった。

 

一度テレビを付ければ、アイドルがバックバンドの男メンバー全員と寝た! 清楚系女優が乱行キメセクパーティでオールナイト日本! 大物お笑い芸人が暴力団と癒着発覚など、芸能界の闇が出るわ出るわのバーゲンセール。

 

現代日本でどこかで聞いたことあるようなニュースが、バンドリ世界でも普通に流れていた。

 

そして闇の力は、芸能界だけにとどまらない。その力は一般世界にまで波及している。

不良少年やギャングなどが横行し、日本各地の中学や高校が荒れ放題。

ひどいところは学級崩壊を超えて学校崩壊まで起こっており、不良率90%で卒業生の3割がヤクザ関係の仕事に就く高校とかあるらしいーー開久かよ。

番長とかいう単語が生で存在してるの、初めて聞いたわ。

 

これはおそらくだが、芸能界の闇の本質が原因である。

芸能界の闇とは、端的に言うなら暴力団である。ジャ⚪︎ーズや吉⚪︎興業を考えればわかることだが、芸能界とヤクザはズブズブの関係である。

つまり芸能界の闇の力が増したということは、その背景の暴力団の影響力が増したということである。

 

その結果、暴力団の温床となるべく不良少年が増加し、中学校高校が大抗争時代へ突入しているのだ。これはまるで1970年代の日本のようだ。

今から考えると信じられないことだが、学校内をバイクで暴走する生徒とか普通にいるーーそんな時代が日本にはあった。

今世がまさにそれだ。

 

もはやク◯ーズとかB◯Yの世界だよ。

今日から俺はどうすりゃいいんすかねぇ。

 

なぜここまでひどい世界になってしまったのか。

もともとのバンドリ世界というのは、悪い大人は全くいないし、女の子だけでバンド組んじゃっても問題ないし、観客もみんな女の子だし、絡んでくる変な男も一人もいないし、と言って見れば無菌の温室みたいな世界だったわけだ。

そこへ神が引っ掛けたせいで、どっと芸能界の闇がビニールを突き破りなだれ込んでしまった。その結果、悪意への耐性のなかった世界があっという間に汚染されてしまったためだと思われる。

 

また、そんな界隈なのでガールズバンドとか当然ない。

正確にはいるっちゃいるんだけど、企業案件というかヤクザの集金装置というか……うん、まぁ黒い力で作られた集団だ。白ワンピで草原降ってくれそうな、あどけなさと対極に位置しそうな奴等である。間違ってもアレをガールズバンドと言いたくないね。

 

はぁ、こんな世界じゃガールズバンドなんて夢のまた夢だよ。

ライブハウスとか、不良のたまり場以外の何物でもないんだけど。

彼女たちが食い物にされる未来しか見えない……

 

さらにそのおかげで、小学生時代もひどい目にあった。

キレたガキやネグレクトされた子供が、小学校のガラスを全て叩き割ったり、校舎に火をつけたりするものだから、それを止めるために各地で奔走するはめになったのだ。

 

突っかかってくる奴らを千切っては投げ、千切っては投げの大立ち回り。

ゴールドエクスペリエンスのスペックは、破壊力C・スピードA・射程距離E・持続力D・精密動作性C・成長性A。

破壊力Cは、スタンドバトルで言えばそれほど高いランクではないが、それでも現実世界で猛威を振るうには十分な性能だ。

油断すると、本当に千切ってしまいそうになったから困る。

 

力加減はそこで学べたが、さすがにバイオレンス過ぎる小学生時代だったな。

クズどもの更生に時間をかけていたら、あっという間に中学生になってしまった。

 

しかもそのせいで、ポピパのみんなを探すどころか何にも出来てない。

成し遂げたのは、ゴールドエクスペリエンスの使い方だけだよ……

ここまでひどい小学生時代をメンバーは過ごしてないと思うけど、みんな大丈夫だろうか……。レディースとかになってないよね?

 

ーーこのままじゃダメだな。

 

そう思った俺は、人間関係をリセットするために父を転勤させ、中学への進学と同時に転校することにした。

転校先はもちろん花咲川女子学園高校のある、舞台となったあの街である。

この世界、地名どころか地形すらも原作や現実と変わってたから、花女を探すのも一苦労だった。おかげで私立の入試に間に合わず、近場の別中学へ入学だ。

 

今までのように気の赴くままに暴れてしまうと、方々から目の敵にされバンドリどころではなくなってしまうことがわかった。

騒がしい場所で音ゲーに集中しようとしても、うまくプレイできないようなものだ。大切な仕事の前にまず環境を整えることが大事。

だから次の新生活、ひっそりと息を潜めるようにして、目立たず生きてくことにする。

 

原作キャラ以外は助けない。力を振るわない。

ポピパのみんな以外にはゴールドエクスペリエンスの力は使わないことを徹底せねば。

ここからは血と暴力の世界からおさらばして、ときめきの生活をするのだ。

 

 

そして俺は、中学生になった。

真新しい制服に身を包んで通うことになったのは、御谷第二中学という原作には影も形もなかった中学だ。

 

ここで俺は表立ってはひっそりと目立たず暮らし、裏では日本のどこかにいるメンバーを探す生活をする。

 

中学になって使える金や行動範囲も広がったし、自由度は大分増した。

自分一人だけの力じゃなく、探偵とか雇ってもいいかもしれないな。

 

この中学自体は普通の中学のようだ。制服着用、男女共学。

普通ーーあくまで「芸能界の闇さんが仕事したバンドリ世界」での普通だけど。

 

今日は通学初日。

空から降り注ぐ日差しが、『夏空 SUN!SUN!SEVEN!』と暑苦しいが今はまだ春である。

入学式は昨日、御谷第一中学で合同して行ったため、何気に第二の校舎へ足を運ぶのは初めてだったりする。

 

「おはよー」

「おはよっ!!」

 

往来には、ハツラツとした挨拶が飛び交っている。

新品の制服に身を包み、格好こそいっぱしの中学生だが、つい先日までは小学生だった子たちだ。

元気いっぱいという感じで、飛び跳ねるようにして中学に向かっている。

 

「うわぁ、今日もいい天気っーー!! ねぇねぇ、私たち同じクラスになれるかなっ!!」

「うん。なれるといいね」

 

今も元気印の女の子と、ちょっと落ち着いた感じの女の子が並んで登校しているのが横目に見えた。

 

友達同士だろうか。

いいな。

俺に友達はいない。

唯一あげるならばスタンドだろうか。とんだエア友達だな。

 

そんなポッピンでハートフルな登校風景だったが、御谷中の校門前に近づくとその喧騒はなりを潜め、何やら緊張感が漂い出してきた。

 

「声が小さい!!」

「はいっ!」

「おはよーございます!!」

「なんだお前その声はぁっ!! もう一回だ!!!」

「ぐすっ……はい!!! おはよーございます!!!!!」

 

そんなやりとりが耳に入ってきた。

両方ともかなりの大声。

片方は怒声であり、挨拶している方はちょっと涙声だ。これはもう完全にハートフルボッコ。

 

早速、この光景。さすが芸能界の闇さんが仕事した世界の中学だよ。

あいつはやることがソツない。

 

校門を抜けた左側に、御谷中の制服を着た男子が数名で仁王たちをしていた。

詰襟の学ラン。手には竹刀を持っている奴もおり、ガタイもそこそこいい。

今まで小学生だった身からすると、中学生男子ってのは大抵、見上げるような連中なので結構な威圧感がある。

 

制服の模様が赤だから三年生かな。

 

「よし、お前はもう行っていい……そこのお前も挨拶の声が小さいぞ!! この学校では先輩を見かけたら、まず挨拶!! 

 挨拶が認められなければ校門をくぐれないと思え!!」

「はい! おはよーございます!!」

 

また一人の男子新入生が呼び止められていた。ビクッと硬直し、一瞬後に直立不動で腹から声を出す。

 

おいおい。

挨拶指導って奴か。

白羽の矢が立った男子は、入学初日から泣かされて大変だな。

 

この手の通過儀礼というのは現実世界じゃあったし、そう珍しいものでもない。

バンドリ世界じゃ絶対なさそうだけど。

無駄に歴史が長い学校って、こういうとこあるんだよな。長い間続いたしきたりを、伝統って勘違いして強要してくるような。

挨拶しないとFF外から発言できないような無駄なルールを、礼儀だと勘違いしているのに似てる。歴史短くてもあんなんできるしな。

 

幸いにして、洗礼を受けているのは男子だけのようだ。

ご愁傷様だな。まぁ若干先輩方が暴力的空気を出してるけど、それくらいだし。

ふつーふつー。

ま、頑張ってください。

 

「ねえ、あんた! 待ちな! そこの変な髪飾りのあんただよ!」

 

と思ってひっそりと通り過ぎようとしたら、誰かを呼び止める声が聞こえた。

 

呼び止めてきたのは、右側からの女声。

校門の右側には、左側とは対照的に女の先輩が4人並んでいた。

 

どいつもこいつも大した顔をしてないが、険しく歪めて校門の新入生を見張っている。

カラーから2年と3年のようだが、格好が割とひどい。

 

不良だ。

典型的な不良女子。

 

制服をだらしなく着崩したり、なんかやたら長いロングスカートを履いて、スケバンみたいな格好している奴もいる。ーーみたいな、というか本物のスケバンなのか?

あのバッテンされたマスクにはどんな意味があるんだろう。マホトーンでも食らったんだろうか。

 

呼び止めた女はこちらを見ながら、指クイしている。

どうやら男子は男子の、女子は女子のイニシエーションがあるようだな。

 

「さぁ、早く来なっ!」

 

あれ、というか対象って俺なのか? 変な髪飾り?

おかしいな。頭の花飾りは外したはずなんだが……。髪も目立たないよう黒く染めたし……。

 

「……私でしょうか?」

 

一応、聞いてみる。

 

「違う! そっちのノーテンキな顔したあんただ!! さっさとこっちに来な!!」

「え!! 私ですか!?」

 

素っ頓狂な声を出し、俺の後ろにいた女の子が自らを指差した。

呼び止められたのは俺ではなく、別の子のようだ。

 

あれはさっき登校中に見かけた、元気印の女の子だな。

確かに前髪にキラリと光るヘアピンがある。女の子の可愛い容姿にピタリとあったもので、変なと形容するほどのものでもない。

 

「はいはーい! なんですかーっ?」

 

女の子がてこてこと近づく。

不機嫌な女先輩のもとに向かう足取りは軽く、確かにこれはノーテンキではあるかもしれない。

一緒にいた落ち着いた感じの女の子の方は、想像がついたようでちょっと心配そうに後をついていく。

 

「おはよーございますっ! 今日からお世話になりますっ!!」

「……っああ」

 

ビシッと元気いっぱいに挨拶されたせいか、指クイした女は多少たじろいだようだが、すぐに調子を取り戻した。

校門で待ち構えていた先輩の化粧の濃い1人が、威圧的な目を向けている。

 

「いや、そうじゃねぇ……何それ? その頭につけてんの」

「なんですか? えっ、これですか? これは星です☆ 私のお気に入りなんですっ! えへへ」

「んなこときいてねー。誰の許可を得てそんなのつけてきてんの?」

 

なにやら難癖をつけだしたぞ。

どうやら女子の方は、身だしなみチェックのようだな。

女の子の星型の髪飾りに駄目出しをしている。

 

「え? ダメなんですか。でも先輩たちも付けてるような……?

 先輩たちの髪の毛も、キラキラしていて素敵ですっ!」

 

この回答に俺は吹き出しそうになったが、必死でこらえた。

確かに、不良女子の中に金髪バッテンマスクがいるのに、こんなこと言われたくない。

女の子はそんな意図で言ったのではないみたいだけど。

 

「はぁあ? だから誰の許可を得てるのかっつってんの?

 あたしたち、許可した覚えないんだけど」

 

化粧女は不躾な視線で女の子を見下すと、「ふんっ」という鼻息とともに胸を張った。

 

「あんた1年でしょ? 1年がこんなのつけてくるとか、許されると思ってんの?」

「え、でも……」

「罰としてこれは没収な。よこしなっ」

「いたっ!」

 

そう言って化粧女は、無理やり髪飾りをむしり取った。

苦痛で女の子が涙目になる。

 

「ちょっと待って。髪飾りに許可がいるなんて、そんな学則どこにもない」

 

髪を抑える女の子をかばうようにして、後ろに控えていた落ち着いた感じの女の子が前に出てきた。

腰まで届く長い黒髪をした、これまた可愛い女の子だ。

通せんぼをするように化粧女と対峙した。化粧女と清楚美少女。新入生に先輩なので、力関係で言えば猫に睨みつけられたネズミだが、顔面偏差値はネズミが圧勝していた。

 

「載ってなくても、そーゆー規則があんの。

 1年の分際で色気付くんじゃねーよ。ブサイクが調子にのんな」

「……わかっt…りました。では次から気をつけるので、それは返してください」

「だからこれは没収だっつってんだろ。さっきの聞いてなかったの?」

「返して」

「……あ”?」

「返して。それは香澄のーー大切なものなの」

「……」

 

ロングな女の子が一歩も引かなかったせいで、先輩方の空気が変わった。当社比4倍の険悪さ。

今までは化粧女だけが対応していたが、見守るようだった他の3人も寄ってきて、2人の新入生を囲んだ。

 

周りもそれを察してか、息をひそめるようにシンとなった。校門周辺の注目が集まっている。

 

「あのさ、てめーなめてんのか?」

「返して」

「ここであたしたちに逆らう意味、わかってる?」

「返して」

「わかってんのかっつってんだよ!!!」

「か、返して……」

 

罵声を浴びせる化粧女と、ほか3人の圧力。

ロングの女の子は気丈に振舞っているが、その足は震えていた。

 

「せ、先生を呼びます」

「へー。呼べば?」

「……」

 

怯えるのも仕方ないな。

俺から見ればこの化粧した中学3年の女とかただの小生意気なメスガキだが、ついこの間までは小学生だった子たちからすると、上級生とか恐怖の以外の何物でもないからな。

 

自分を振り返って中学時代を思い返せば納得いくと思うが、1年生のとき上級生には言い知れない怖さがあったはずだ。

廊下ですれ違うときには当然道を譲るし、階段でだべってる横を通り過ぎるときには緊張もする。

先輩は神様、なんて言葉があったっけ。馬鹿馬鹿しく思えるが、中学生という時代ーーそんな見えない圧力を感じたことがあると思う。

 

そんな先輩4人が、敵意をもって囲んでくるわけだ。

感じる恐怖心は相当なもんだろう。

 

それに立ち向かえるとは、大したもんだよ。

ただ、こういう奴らはメンツを何もよりも重要視するから、こんな往来で逆らったりしたらどうなるのか。

 

その代償は高くつくのが、不良世界だ。

 

「あんたの顔は覚えたよ、今後この学校で平穏に暮らせると思うんじゃねーよ」

 

あちゃー。

睨まれてしまいましたね。

 

1年の初日にして、2・3年の上級生に睨まれる。

この意味は重い。

これから2年間はずっとこの状態ということだ。

 

上級生に目の敵にされているとあっては、周囲のみんなは自分も巻き込まれてはいけないと、倦厭するだろう。

この往来での出来事、この件はあっという間に周知されるに違いない。

 

「だ、誰か……」

 

星のヘアピンの女の子もようやく立場が分かったようで、オロオロとしだした。

あたりを見回すが、誰も彼も目をそらすばかりで誰も助けてはくれない。

対面で挨拶強要していた先輩男子は、完全に我関せずといった様子だ。女子の事情には口を挟まないみたいだな。

 

悪いな。

助けてやりたい気もするが、俺もあっちじゃ強くなりすぎた。ここでは平穏にやってくって決めたんでね。

暴力行為はもうしない!!(キリッ

 

「あんた、名前は?」

「……」

「名前は?」

「……花園たえ」

「ふーん。あんたたち、これから3年間、地獄決定ね」

 

ふーん。

 

あんたの名前、花園たえっていうんだ。

 

……

 

 

ふぁああああああああああああああああ!!!!!

 

えっえっ!!!

おたえじゃねーか!?

 

するってーと、あっちの星型ヘアピンの子は、ひょっとして香澄なのか!?

でも香澄モチーフのあの独特な髪型……猫耳というか星ミミというかをしてないぞ。あれはただのミディアムボブだ。

あ、でも髪型を星ミミにしたのって、高校デビューと同時だったっけ。だからこの時点では普通のヘアスタイルなのか。

 

そういえばさっき、たえが香澄とも言ってたな……。

 

でもカスミなんて名前だけで、分かるわけないだろ?

光宙(ぴかちゅう)とかキラキラしてるならともかく、カスミなんてそう珍しい名前じゃない。

今まで過ごしてきたこっちの生活でも、普通に聞く名前だったし。

 

それより、いや、だって、ほら。

おかしいだろ? なんで、たえがいるの?

 

香澄とたえって、花咲川女子学園高校で初めて知り合うはずだろ。

なんで同中に通うばかりか、すでに親しげなんだよ!

 

ひょっとしてこれも芸能界の闇の力のせいなのか……なんでもありだな、闇の力。

たぶん今日の朝食がまずかったのも、口内炎がなかなか治らないのも全部闇の力のせいだな。

 

じゃなくて!!!

 

これ、まずくない?

 

不良に目をつけられた香澄とたえ。

 

このままだと香澄とたえの中学生活が、暗黒時代になっちまうよ。

どう考えても、いじめられ続けて3年後、迎えた花咲川女子学園高校であんな天真爛漫に育ってくれるとも思えん!

 

Poppin'Partyとか夢のまた夢だよ! こんな不良にからまれちゃって。

下手したら乱交パーティとかありえる!!

 

なんとかせねばなるまい。

 

ふう。

 

幸いにして、なんとかする力が俺にはある。

そうゴールドエクスペリエンスだ!

 

この力を小学生時代に使い続けた俺は、この力の持つ可能性・潜在能力を引き出し、使いこなす術を身につけた。

その熟練度は、もはや本家であるジョルノ・ジョバーナを超えただろう(慢心)

 

この力をつかい、ここを穏便に済ませる。

 

平和的解決だ!

 

 

誰も助けに向かわないと思われた中、6人に近づく影があった。

もちろん俺だ。

 

忍び寄る俺に目もくれない不良連中だったが、俺が化粧の濃い女の顔を覗き込むようにすると、さすがに気がついた。

 

「……なに? あんた?」

「いえ……こんなに可愛い新入生を指差してブサイクと言っていた人がいたので、本人はどれだけ可愛いのかなと気になりまして」

「は?」

「でも、とんだブサイクでびっくりしました!」

 

とびっきりの笑顔とともに、とびっきりの暴言を放ってやった。

 

「……………」

 

4人の上級生は、口をパクパクさせている。

当たり前だな。

今までの、たえの非礼とは圧倒的にレベルの異なる発言だ。

飛び跳ねた水を注意していたら、横からバケツで泥水をぶっかけられたようなもんだ。怒るより先に理解が及ばない。そういう状態だ。

 

「ブサイクな顔を、必死に化粧で塗り隠そうとしているようですが、残念ながら品性は隠せないようですね。

 悲しいことです。うんうん」

「あ、あんた。ーーなめてんの?」

 

突然のことに、まだまだ頭が追いついてないようだ。理解の周回遅れ。

もともと少ないであろう語彙からは、ありきたりな文句しか飛び出してこない。

 

「やだなー。そんな化粧面、舐めるわけないじゃないですか。

 私がぺろぺろしたいのは可愛い子だけです」

 

この子みたいな、ね。

 

にっこり微笑みながら俺は、取り上げられていたはずの髪飾りを香澄に手渡してやった。

髪飾りは先ほどまで化粧女の手に握られていた、香澄のものだ。

 

それをいつの間にか、俺が手にしていた。

混乱した隙をついて、ゴールドエクスペリエンスさんがやってくれました。スタンドは一般人には見えないからね。

 

「え、えっと。あ、ありがとう……」

「うん、ここは私に任せて、先に向かって」

「え、でも……」

 

困惑する香澄。口を鯉みたいにパクパクさせている不良女子と、俺とを見比べている。

俺を置いていくことに抵抗があるようだ。可愛い。

 

「あ、あれ? その髪飾りは……。なんであんたがもってんだ!?

 あんた、なにしやがった!」

「さぁ、なにをしたんですかねぇ。

 少なくともあなた達みたいな少ない脳みそでは、決して理解の出来ないことですよ」

 

たぶん。この世界の誰も理解できないと思うけど。

 

「ふざけてんじゃないよっ!!」

 

そういって、化粧女は俺の胸ぐらを掴みあげてきた。

そして周囲を他の3人が固める。

 

28歳男の精神と圧倒的な黄金の精神(スタンド)があるとはいえ、俺の体はまだ13歳JC。この間まで小学生だったツンツルテンだ。

なので中3のガタイには勝てず、あっけなく持ち上げられてしまった。

 

あわわわ。

 

「あんたの名前を教えな。ここまでコケにされたのは初めてだよ」

「このままで済むと思ってんじゃないよね?」

「お前、ぜってー泣かすから」

「……」

 

口々にヤンキー女どもが罵ってくる。

怖いなぁ。

そんな不細工な顔で睨まれたら黄金水もらしちゃうよ。

 

「今までそのブサイクを指摘されなかったとは、かわいそうに。

 知っていますか? バンドリ世界にブスはいないんですよ?」

 

バンドリ世界じゃモブだって、京アニ作品並に美少女ばっかだ。

つまり、こいつがブサイクなのは、芸能界の闇のせいだ!

だから容赦しない。

 

自分の体が影になることを確認したら、すかさずゴールドエクスペリエンスで腹をぶん殴ってやった。

 

「ぐっぽ」

 

ボディーブローで、化粧女は変な声を上げた。

手加減したとはいえ、想定外の不意の一撃が、みぞおちに的中!

 

突然腹を抑えて膝をついた化粧女に、周囲は目を白黒させている。

俺はなにもしてないよ、こいつが勝手に膝ついただけだからー。

 

でもこれでちょうどいい位置に奴の胸元がきたので、今度はこっちが胸ぐらを掴んでやった。

 

「私の名前が知りたいんですよね? じゃあ教えてあげます」

 

思いっきり息を吸い込んで、耳元で叫んでやる。

 

「つぶらやこがねですーーーーっ!!!!!」

 

「こがねーーーーーーーーっ!!!!!」

 

「つぶらやーーーーっ!!!!

 

「1年新入生代表ーーーーーっ!!!!!」

 

「つぶらやこがねをよろしくっーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

校門の一帯に響き渡るほどの大音量を、右耳に叩き込んでやった。

その勢いは鼓膜が破れるほどだったかもしれない。

 

「円谷こがねをよろしくね♪」

 

最後ににっこり笑って周囲を見渡し、掴んだ化粧女を放り投げてやった。

腹パンとのコンボで、奴は完全に目を回している。

 

地面に倒れ伏す化粧女に取り巻きが駆け寄るのを横目に、俺は校舎内へと立ち去った。

 

よしよし、誰も血を流してないな。

 

穏便に済ませることができたぞ!……穏便だったよな?

んなわけないね。

 

これで、上書きできたかな?



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第4話「交流」

せっせと下駄箱までたどり着くと、そこは普通の光景だった。

騒然とした校門前の出来事もどこ吹く風といった感じで、当たり前に挨拶しあう生徒が行き交っている。

さすがにさっきの俺の声も、ここまでは響いてなかったようだな。

 

「待ってー! そこの可愛い女の子ーっ!! はぁっはぁっ!」

「あの……」

 

外履きをしまい、学校指定のスニーカーに履き替えていると、話しかけられた。

二人の女の子が立っている。もちろん香澄とたえだ。

香澄は肩で息をしているが、無事抜け出して追いかけてきてくれたみたいだな。

 

「さっきはありがとう! あの……円谷こがねちゃん、だよね?」

「!! なぜ私の名前を知っているのですかっ?」

「ええええええっ! だってあんなにおっきな声で自己紹介してたよね!!」

 

オーバーリアクションで驚く香澄。

想像通りの反応だなぁ。

ちょっと感動。

 

「そういえばそうだったね」

「それに確かこがねちゃんって、新入生代表で入学式のとき、挨拶してたよね!」

「してた。私も覚えてる」

 

ご存知でしたか。っていうかよく起きてたもんだ。

あんな眠くなるだけの入学式で、よく聞いてたなぁ。

俺は自分の挨拶が来るまで寝てた。

 

「すっごいキラキラした子だったねって、お母さんたちと話したんだぁ」

 

香澄が輝いた目でこっちを見てくる。

 

いやいや香澄の方が、よっぽどキラキラしているよ。鏡で見ても俺の目に⭐︎はない。

それしても、さすが原作キャラだ。キラキラしているのは、何も瞳だけではない。

こうして相対すると明らかになる、その他と違う輝くオーラ。星のカリスマ。気持ち背景まで照らし出していて、まるでSSRのようだ。

 

「でもさっきの大丈夫?」

 

たえが心配そうな表情を浮かべて、俺に問いかける。

 

「さっきの……って、校門前のやつかな?」

「うん。自己紹介したのーーひょっとして、私たちのため?」

「え、おたえ何のこと?」

 

香澄は頭に?マークを浮かべている。

 

うーん、やっぱ、たえにはわかるか。

 

俺だって何も好きで自分の名前をウグイス嬢したわけじゃない。

でも奴らのヘイトをこっちに向けたかったからね。

 

あれだけの自己紹介をキメれば、俺の自己紹介前にあった些細な問題ーー香澄とたえの名前はすっとんでいることだろう。

 

「気にしないで。私は、ああいうクz……あー、ああいう人達が嫌いなんだ。

 それに、自分のためでもあったから」

「自分のため……?」

「そう。ほらこれ」

 

そう言って俺は、自分の頭を指差した。

そこに飾られているのは、ヘアバンド。

 

「わぁっ! すっごい花! 可愛いーーっ!!」

「大きい」

 

香澄とたえが感嘆した。

そう、これはただのヘアバンドではなく花が満遍なく散りばめられたヘアバンドなのだ。

正直めちゃくちゃでかい。

念のため校門前で外しておいたものなのだが、騒動のあと、ちゃっかりと付け直したのだ。

 

「ひょっとしてそれが本体?」

「違うよ本体じゃないよ」

 

初春じゃないよ。

 

でも確かにこれ、正気を疑うデカさだからね……

 

「私もね、このアクセを学校でも付けたかったんだ。だからあれは、私のため」

 

やっぱりこれ付けてないと、落ち着かないからなぁ。

俺にとってこれはただのアクセサリではないから。どちらかというと()()()なんだ。

 

「それに、あれだけ騒ぎになれば、さすがに露骨に私を狙ったりはしないでしょ。

 だからダイジョーブダイジョーブ」

「そう、かな」

 

たえは不承不承ながら、納得した感じだ。

 

まぁ、絶対奴らはこれで収まらないけどね!

 

切れる以前に堪忍袋の緒があるか謎な人種だからなぁ。

ああいう短絡的で直情的クズの思考回路は、だいたい分かる。今まで散々見てきたから。

それでも、俺が狙われる分にはなんとでもなるからね。重要なのはタゲを俺に集中させることだ。

スワッシュ&プロボケーション! 気分はネトゲのタンク。俺のロールだ。

 

この後もまだまだ一悶着あるだろうけど、たえと香澄にとっては、一件落着ということにしてもらいたい。余計な心配をかけたくないからな。

 

「そうだ! そんなことより、せっかくこうして出会えたんだし、2人の名前を教えて欲しいな。

 あんなのじゃなくーーそう、友達として」

 

俺はまだ、この子たちの名前を聞いていない。

知ってるけど、まだ知らない。

 

だから俺は二人に、改めて向き直る。

 

「私は、円谷こがね」

「! うん! 私、戸山香澄!! 香澄って呼んでねーーこがねんっ!」

「私は花園たえ。よろしく」

 

香澄は感激を抑えきれずといったようで、あろうことか突然飛びかかって、頬を摺り寄せてきた!

 

あわわわわ。

 

「こがねん! こがねんって、いい匂いするね!!!」

 

なんというスキンシップ!!

男だったらこうはいかないよ!! TSしてよかった!! 

 

こうしてお互いのまともな自己紹介ができた。

それにしても俺のあだ名は、こがねん、か。

 

相変わらずやな! 香澄ぃ!!

 

 

お互いの好き嫌いとか適当なことを話しながら、クラス発表掲示板を経て、俺たち3人は1-Cにたどり着いた。

なんと3人ともが、同じクラスだった。

香澄とたえはもともと仲良しの関係だったから、一緒のクラスで喜びもひとしおのようだった。

 

そんな喜ぶ二人を間近で見られて、俺も嬉しい。

 

しかしーー香澄とたえ。()()()()仲良しか。

この調子で気になっていたことを聞いてみよう。

 

「そういえば、香澄ちゃんとたえちゃんはーー同じ小学校だったの?」

「うん! おたえとは同じとこだったんだ!

 私はずっとここが地元なんだけど5年生のとき、おたえが転校してきてね、席も隣同士になったから、すっごく仲良くなったの!

 ね、おたえ?」

「うん。香澄とは、それからずっと友達」

 

たえが手を挙げると、2人は「いぇ〜い」と手を合わせた。

仲よさそうで何よりです。

 

それにしても香澄が地元ってことは、ここはやっぱ聖地ーーというか現地なわけだよな。

ってことは、たえが転校してきたから、この二人はこの中学時点で友達になってるわけか。

つまり原作との乖離原因というかイレギュラーは、たえサイドに起きている可能性がある。

 

「へー、たえちゃんがここに引っ越してきたんだー。お父さんの仕事の関係とかかな?」

「うん……私のーーちょっと家の事情で」

 

なんか影のある表情をする、たえ。

 

……

 

家庭の事情とか、どう考えても芸能界の闇さんの影響やんけ!

何があったのか、私、気になります!

 

「あ、私もここに引っ越してきたんだ! お父さんが転勤することになってね!

 私の場合はちょうど、ここへの入学と同時だったんだけど」

「へー。こがねん引っ越してきたばっかなんだね。よぉっし! じゃあ、今度いろいろ案内してあげるね! 私に任せといてよっ!」

「それは楽しみですー」

 

しかし俺たちはまだまだ知り合ったばかり。

安易に踏み込むわけにもいかないので、胸を張る香澄にここは軽く流しておいた。

理由を詳しく聞くのは、もっと仲良くなってからだな。



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第5話「自己紹介リピート」

「はーい、みなさん。席についてください~」

 

教室に入ると間もなく、担任の女性教師が入ってきて、初めてのホームルームが始まった。

最初の着席は出席番号順のようで、つまりは苗字のあいうえお順だった。

 

座席表とにらめっこしてみるがーーうむ、他の原作キャラはいないようだな。

 

「~というわけで今年こそ結婚したい!!」

 

女教師の熱烈なアピールが終わると、次は恒例のクラスメート自己紹介となった。

……なんだか今日は自己紹介ばっかしてる気がするけど、初登校日だから仕方ないかな。

変な連中が思い浮かぶ忌々しい自己紹介は、カウントしたくない。

 

「つ」の番が回ってきたな。「つ」は「つぶらや」の「つ」。

企業の面接というわけでもないので、これまで代わり映えのしない各人の自己PRが続いた。

俺は香澄たちを守るタンク。でもナイトでもあるので、謙虚に続くことにする。

 

「円谷こがねです」

 

どよっという効果音が響いたかのように、教室がざわめいた。

 

まだ名前名乗っただけなんだけど……

 

反応が、これまでの人達の自己紹介に対するものと違う。

酸性、酸性、酸性、はいアルカリ性ってな具合に、一つだけアルカリ反応を示した、リトマス試験紙みたいに目立ってしまった。

そのどよめきは、クラスの三文の一ぐらいの割合。

 

美少女が新入生代表やったからだね! 仕方ないね!

 

でも、驚いてるやつは、あいつがそうなのか……関わらないようにしようみたいな顔をしてるのなんでだろうね?

 

……うそです、知ってた。

 

ふぅ。

 

校門での出来事が、すでに教室内を駆け巡っていたのだろう。悪事千里をいくという奴だ。

反応してなかった生徒たちも、隣から耳打ちを受けたとたん視線が、アンタッチャブルピーポーに対するものに次々に変わっていくのがわかる。

 

完全に周知の事実となったようだ。

ま、いっか。どうせなら止めを刺しておこう。

 

「校門の女です。よろしく」

 

ーーあれが俺の自己紹介だよ。

ーー仲良くしようね。

 

にっこり笑うと、みんなに目をそらされてしまった。

情報提供を受けられなかった女教師だけが、首を傾げて訝しんでいる。

 

もういいから先に進めてください……

 

「つ」が終わって「と」の番になると、香澄が椅子を倒すような勢いで立ち上がった。

 

「戸山香澄です! 今日は朝からドキドキしていて、今もずっとドキドキしています……。

 なんか今日はいいことあるかもって朝から感じていて、ここにいるみんなと出会えました。

 えっと、うまく言えないんだけど、このクラスの全員と、仲良くなれたらいいなって! 

 みんなでキラキラできるといいなって、思います! そう! みんなで!!」

 

入学初日のテンションで意気込む香澄を見て、みんなぽかんとしていたようだが、どこからともなく誰かが手を叩き出すと、みんなが連なって拍手をした。

俺ももちろん拍手で答える。

 

ドキドキにキラキラか。

この胸を打つような純粋さが、俺が守らねばならないところだ。

 

そして頼むぞ、ときめきエクスペリエンス!

 

ーーでも例の「星の鼓動」うんぬんが自己紹介中になかったけど、中学の自己紹介では言わなかったのかな。

 

「は」になると花園たえの自己紹介が始まったが、

 

「花園たえです。みんなからは、たえちゃんとかおたえって呼ばれてます。

 できればおたえって呼んでください。……えっと、よろしく?」

 

といって座ってしまった。

 

呼んで欲しいの「おたえ」の方なんだ……そういえば香澄に名付けられて本人お気に入りなんだっけ。

でもみんな花園たえって名前には、聞き覚えのない様子をしていてよかったよ。

 

そうそう。

俺の名前だけ覚えてて!!

 

 

入学初日なんて、オリエンテーションみたいなものだ。

授業なんて当然なく、ほとんど学校説明とか準備で午前中は終わり、昼飯の時間となった。

 

見渡すとクラスメートたちは、各々思い通りの行動をしだした。

あるものは積極的に、あるものはおっかなびっくりで今日知り合った仲間に声をかけている。

そして、昨日までは知らなかった今日からの友達と、席を並べるのだ。

この学校に給食はない。だからみんな、それぞれの弁当を持ち寄っている。

 

初日のお昼、ブレイクタイムを誰と過ごすかは、今後に響くから大変だよな。

下手したら今後の学校生活がブレイクすることもあるから。

 

そして俺はというとーー

 

「こがねん! 一緒にたべよっ! やーっとお昼だよ。あーお腹空いたっ」

「うん、一緒に食べよう」

「え、いいの? よろこんで!」

 

香澄とたえに誘われて、昼を一緒することとなった。

ありがたいことだ。

 

というか、お昼に至るまで香澄とたえ以外の誰も話しかけてこない。それどころか目を合わせてもくれない。

こちらへの視線はあるのだが、感じて見やるとみんなの首がグルンと明後日の向こう側へいく。

完全に触れてはならない存在になってしまった。

名前を言ってはならない、例のあの人みたいに扱われてそうだ。

小学生時代を思い出すぜ。

 

「こがねんの唐揚げすっごい!! おいしーよっ!!

 これってお店で売ってるのより、断然だよ」

「ふふん。自家製だからね」

「唐揚げって作れるの? 凄い」

 

無駄に経験値を重ねた料理スキルが唸りを上げた。

確かに自家製だけど、よもや鶏からして一から育て上げた自家製だとは思うまい。

ゴールドエクスペリエンスで近所のブロック塀をオラオラして創った、自慢の雌鶏が元だ。

 

ゴールドエクスペリエンスが作り出した生物って、本来は生命エネルギーがなくなったら元の物質に戻っちゃうけど、そいつらが生んだ子供はどうなるの? とか、成長した生物の能力解除のタイミングはいつ? とか、そういった実験過程の産物だ。

最終的に能力の適用範囲は、スタンド使いの志向でかなりの自由がきくことがわかった。成長性Aは伊達ではないね。うん。

 

「そういえば二人は、部活とかどうするの? 

 こがねんはーーこんなに上手なんだから、料理クラブとか? あ、お料理研究会だっけ?」

「うーん。料理は趣味で出来ればいいからね。

 部活でやるのはどうかなー。たえちゃんはどうするの?」

「私はーー特に何も決めてない。やりたいこともないし。

 香澄がやるのを一緒にやろうかな」

「えー! 私だって決まってないよー! いろいろやってみたいことはあるんだけど。うーんっとどうしよっかなー」

 

香澄には、キラキラドキドキ探しって重要な使命があるからな。

部活の探索は重要な第一歩だ。

原作では中学時代の香澄は、将棋部とか柔道部とかいろんな部活にチャレンジしていたはずだ。音楽系はやらなかったのかな。

 

そういえば、たえはいつギターやるんだろう。

高校夏時点では、すでにギターが相当な腕だったよな。

原作に習うならば、小学生の時から始めててもおかしくないけど。あれ、中学生だっけ。原作もそこら辺、ブレッブレだったんだよな。媒体によって違うし。

ちょっと聞いてみるか。

 

「私、部活が何があるのかも、まだよく分かってないんだよね。

 この学校、音楽関係の部活とかが有名とかは聞いたことあるんだけどーー2人は何かピアノとかやってる?」

 

さぐりさぐり。

 

「私、音楽とか聞くだけでやったことないよー。

 小学生の時のリコーダーくらいかな。

 それも、あっちゃんに、お姉ちゃんの演奏って騒音だから家でやらないで! って怒られちゃったし……」

「私も習い事とかーーできなかったし、やったことない」

 

うーむ。

やはりギターのギの字もないみたいですねぇ。

どうしようかな。この時点で勧めといた方がいいんだろうか。

 

香澄は高校に入ってから初めたとしても、あっという間にライブハウスで演奏できるくらいの腕になるから問題ないんだ。そういう原作保証書がついてるから安心。

けど、たえは分からんからなー。

少なくとも、たえには在学中に手をつけてもらいたいけど、この二人が仲良しだと、たえだけ始めるのも変な感じだもんな。

 

ギターに精を出すたえを見たら、香澄とか絶対キラキラしてる! 自分もやるって言い出しそうだし。

って、それはそれでいいのか?

 

香澄が先にギターを学んでしまうデメリットーーは、有咲との絡みがなくなることか。

香澄には、引きこもった有咲を表に出すという、重大な使命があるのだった。

 

この時点で香澄がギターを始めてしまうと、

 

「有咲を蔵から引っ張り出す」→「一緒にグリグリライブ見学して感動」→「有咲! 一緒にバンドやろーっ! はぁーーーー? 知らねーーーっ!!」の黄金ルートを辿れなくなってしまう。

 

でもあれはランダムスターさえ香澄の目にとまれば、事前に香澄がギターやっていたとしてもいいの……か。

 

よし。

 

「私もやったことないから、みんなで音楽やってみるのもいいかもね。

 そういえば、バンドーーそう、バンドとか面白いらしいよ」

「バ、バンド!?」

「?」

 

ちょっと踏み込んだ発言をしたら、二人とも目を丸くしてしまった。

 

あれ? そんなに変なこと言ったかな。

バンドという単語に対する反応がよろしくない。

原作基準だとライブハウスに連れ込めば一発! の筈なんだけど。

 

「バンドって、そのーー小屋みたいなところで、ギターとかドラム?とかをいっぱい叩いて騒ぐの、だよね」

「うん。そんな感じだけど……」

 

小屋って……。

 

「そういうところは危険だから近づくなって、お父さんが言ってたけど、いいのかな」

「ライブハウスはーー危険」

 

あちゃー。

 

そうきたか。

そうでしたそうでした。

 

ここはバンドリ世界だけど、芸能界の闇のせいでバンド界隈は世紀末基準。

ロックといえば、音楽の種類というより、現代社会に怒りの雄叫びをあげる無法者どものこと。

そうしたアウトローどもの群れが集まるのが、ライブハウスになってるわけだ。

まぁ簡単に言うと、不良の巣窟だ。

 

すなわち、暴力・セックス・ドラッグ!! が蔓延る空間。

前世だとだいぶマシになったけど、1970年代なんて一般人が近寄っていい場所じゃなかったからね。

街外れのちっちゃいライブハウスなんてまさに隔離空間。犯罪の温床。大人たちの目の届かない怪しい場所以外の何ものでもないから。

 

これが偏見じゃなくて現実だから始末に負えんな。

 

そんなところに、まともな婦女子が行くわけないし、親御さんだって行かせるわけがない。

何がライブハウスに連れ込めば一発だ。そんなん一発どころか一発ヤられてまうわい。

 

……この世界で女子にライブやらせるのって、想像以上に難しいんじゃないか。

 

どうしてもライブハウスじゃないとダメかな。

学芸会レベルじゃダメ?

リコーダーとキーボードとカスタネットで、ときエクを学校発表会とか……。

 

あわわわ。

 

ゴールドエクスペリエンスさんがこっち見てる!

やっぱダメみたいですね。

 

ま、幸い時間はあるし、おいおい考えよう。

 

「でもバンド? じゃなくても、音楽やるっていうのはなんか楽しそう!」

「ここは吹奏楽が強いって、お母さんが言ってた」

「吹奏楽かぁ……入学式の日もすっごい演奏してたよね! いいなぁ、楽しそう!

 うーん、でも思いっきり体動かしたい気もするし……運動系も捨て難いような……」

 

憧れの表情を浮かべたり、考え込んだりと香澄は忙しい。

 

吹奏楽か。音楽関係というと、まずそうなるよな。軽音部はないみたいだし。

高校の時の友達も吹奏楽部でエレキ持ってたしな。ベスト選択かもしれない。

 

「すぐに決めることないよ。

 体験入部して、これだと思ったのをやればいいんじゃない?」

「そうだね! いろいろやってみたい!

 そして一番キラキラしたのやるっ!」

 

たえのアドバイスに、それだといった感じで香澄が意気込んだ。

握りしめた拳から熱意が溢れ出ているようだ。

 

「それじゃあ、放課後、みんなで部活探そうよ!

 やりたいこと探し、するよ!」

「おー」

「こがねんも、いいよね?」

「私は……あー」

 

俺はたぶん、今日はそんなことする時間はないというか、相手が与えてくれないというか……ま、今はいっか。

 

「うん、一緒に回ろう」

「やった! それじゃ、放課後にね!!」

 

 

「放課後になったよ!!」

 

香澄による、元気いっぱい放課後宣言。

 

午後のレクリも大したことなかったので、あっという間に放課後になった。

ワイワイガヤガヤと教室内は騒がしい。そこかしこで部活どうする? 何にする?みたいな会話が聞こえるから、だいたいみんなも体験入部めぐりするみたいだった。

部活動体験週間ーーこれを逃しても仮入部はできるけど、時期を外した体験入部はちょっと恥ずかしくなる。

 

香澄がたえまで駆け寄って行くので、俺も続く。

 

「おたえ! 放課後だよ! 放課後!!」

「うん。放課後だね」

「いやー、長かったねー。もう待ちきれなかったよ!」

 

身を震わせると、そこにないはずの星ミミ髪型がクイクイ動いて見えた。

あれ星ミミっていうか猫耳っぽいんだよな。

肝心の香澄は犬っぽいんだけど。

 

「わっわ。こがねん! どこ見てるの!」

「……どこも見てないよ」

 

なんか尻尾が幻視できるような気がしただけだよ!

 

「こがねんってば!! ひゃんっ」

「ここに尻尾がある」

 

たえがサワサワすると、香澄が飛び跳ねた。

 

タッチまでしてしまうとは、流石、女の子同士は違うな。

俺も女だけど、そこまでの芸当はできない。

男転生者、YES視姦NOタッチだ。

 

「おたえまで!! もっー! 尻尾なんかないよ!!

 それでーーまずはどっから行く?

 やっぱり、おたえオススメの吹奏楽部からかなぁ?」

「別にオススメしてはないけどーーそれでいいよ」

「それじゃ、部活探しの旅にしゅっぱーっつ!!」

 

香澄が元気よく宣言したところで、教室前方のドアがガラリと音を立てて開いた。

 

「あ、あのっ!!」

 

かすれそうだが切羽詰まったような声が、教室中に響く。

一見して気の弱そうな女の子が立っていた。

 

教室中のそこかしこからの視線に気圧されたように一瞬たじろいだが、意を決して女の子は口を開いた。

 

「……!! あの、円谷こがね…さん、いますか!」

 

やれやれ、ご指名のようだな。

俺は承太郎のようにヘアバンドを整えた。

予想はできていたので、ようやくといった塩梅だ。

 

「わたしだよー。私が円谷こがねです。私に何かようですか?」

 

俺はあえて明るい声で返事した。

 

「あなたが……!

 あの…その……先生が、呼んでるんです!

 何か話したいことがあるみたいで…それで連れてきてって」

 

ふむふむ。先生が呼んでいるねぇ。

このパターンか。

 

「そうなんですか。何でしょう? 何か悪いことしましたっけ?

 先生に呼ばれるようなこと、した記憶はないんですけど」

「それは……わかりません。とりあえず連れてくるようにって」

「ふーん。ま、いっか。とりあえずいってみます。

 ……というわけで、ごめんね。香澄ちゃん、たえちゃん。ちょっと行ってくるよ。

 遅くなるかもしれないから、部活見学は2人で行ってきていーよ」

 

振り返りながら、2人に謝る。

 

「えー! いいよ、こがねん。終わるまで待ってるよ!」

「……」

 

今日会ったばかりの俺をここまで気遣ってくれるとは。

思わず、ときめいてしまう。

感動もんだけど、この後にあるのはときめきとは正反対のもんなんだよね……どちらかというと、そうゴールドなんだ。

 

「うーん。どれくらいかかりそうか分からないからなー。

 そうだ! とりあえず2人で先に行っててよ! あとから合流するから!!」

 

必殺! 行けたら行く宣言!!

大抵の場合、絶対に行かない率100%。

 

「じゃあ、行きましょうか!……どこへ向かえばいいでしょうか?」

「えっと……し、視聴覚室です…」

 

これ以上香澄たちを巻き込まないよう、逆に女の子を連れ出すようにして、そそくさとその場を抜け出した。

 



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第6話「黄金体験」

「こがねん、いっちゃったね……」

 

なんか最後慌ただしかったな。

なんでだろう?

 

「おたえ、どうしよっかー?

 先に吹奏楽部にいく?

 あれ? おたえ?」

 

振り返ると、おたえが深刻そうな表情をしている。

こんなおたえ、滅多に見ない顔だ。

昔見たのはえーっと、鳥に餌をやっている時にお腹が空いたおたえが、餌をつまもうか悩んでいたときだったかな?

 

「今のこがねを呼びにきた女の子、2年生だった」

「え?」

「リボン、青」

 

言われて思い返してみると、たしかにリボンが青かったような……

御谷中はリボンの色で学年が分かる。赤は3年、青が2年、緑が1年だ。

だから、青なら2年生だけど、それがなんなんだろ?

 

「普通、先生が学校に不慣れな新入生に用があるなら、先生が自分で来ると思う。

 それに呼んだとしても、上級生に頼まない」

 

うーん。

言われてみれば、ちょっと上級生も様子が変だったような……あれ、でもそれって。

 

「え!! じゃあ、こがねんに用があるっていうのが、嘘ってこと?」

「用があるのは本当だと思う。ただ、それはたぶん、先生じゃなくて……」

 

ここまで言われれば、香澄って鈍い、とか。頼むから感情で行動しないでお姉ちゃん、とかよく言われる私でも分かってしまう。

 

「朝の……怖い人たちってこと?」

 

頷く、おたえ。

血の気が引くのが自分でも分かった。

 

今朝のことを思い出す。

怖かったから、あんまり思い出さないようにしてたけど、思い出すと体が震えてきそうだ。

 

結局よく分からないうちにうやむやになって、校舎に逃げ込んだけど、あれがまだ尾を引いているのかな……

 

あの時は、おたえとこがねんが庇ってくれたから、私も髪飾りも大丈夫だったけど……

 

「え、じゃあ、こがねんがっ!! どうしよう……私、行ってくる!」

「待って。でも、本当にそうかはわからないからーー

 道案内が必要だったから、上級生だったのかも」

 

「でも、だからって放っておけないよ!!

 あ! そうだ。先生、先生に聞いてみようよっ!」

「うん、そうだね」

 

私たちはすぐに教室を飛び出した。

あたりを見回してみるけど、こがねんたちの姿は、もうどこにもない。

すぐに気が付かなかった自分が嫌になるけど、いいんだ。そんな場合じゃない!

 

でも、視聴覚室ってどこだろう……

この街で育ったって言っても、この校舎に入るのは今日が初めて。

 

あ、担任の先生の教員室なら、来る時通りすぎたから分かる!

そこで相談しよう!!

 

 

もし、こがねんが今朝の怖い人たちに呼び出されたら、どうなっちゃうだろう……

 

走りながら、嫌な考えが頭をよぎる。

 

思い出されるのは1人の女の子の顔ーーみーりゃんの顔だ。

 

小学校の頃、近所にお姉ちゃんが住んでいた。

私より1つ年が上の、おかっぱ頭の優しいお姉ちゃん。

 

もちろん本当のお姉ちゃんじゃないけど、小さい頃から地区の子供会とかで一緒になって、みーりゃん、かすみちゃんって呼びあって、よく遊んだんだ。

 

みーりゃんは優しいだけじゃなくて、とっても強かった。

 

私が男の子に嫌なイタズラされると、こらーって、すごく怒ってくれたっけ。

私が河原で歌っているのを見て、男子に「河原でカラオケしてやがった! こいつカワカラだ!! カワカラカワカラ!!」ってからかわれたことがあった。

胸が苦しくなって、歌なんて嫌いになりそうだったときに助けてくれたのも、みーりゃんだった。

あたしはお姉ちゃんだからーーって、胸を張りながら助けてくれたんだ。

 

「あたし、イジメとかって絶対許せないんだよね」

 

みーりゃんは空手とか、合気道とかの教室にも通っていたみたいで、小学校でも一番強かった。

 

でも変に誇示することもなくって、中学生になっても困ってる人を助けるんだって、張り切ってた。

 

それがすっごくキラキラして見えて、正直憧れてたなぁ。

 

でも、中学校に入って、みーりゃんは変わってしまった。

あんなにキラキラしてたのに、何かに怯えるようになってしまって、会うこともなくなっちゃった。

中学校に入ってしばらくして、なにか嫌な事があったみたいで、家に閉じこもるようになってしまった。

 

もうずっと会ってない。

 

お母さんに聞いても、詳しく知らないっていうし、みーりゃんのお母さんに聞こうとしたら、それは絶対にダメって、すっごく怒られてしまった。

 

何度も何度もみーりゃんに逢いにいった。みーりゃんの家にはよく行ったから、忍び込んで部屋まで行ったけど、泣き叫ばれちゃった……

 

だからそれから、もうずっと会ってない。

 

その時ほど何もできない自分が悔しかったことは無かった。

 

 

何があったのかは分からないけど、今のこがねんのことから、凄く嫌な予感がした。

 

私をあの時助けてくれたこがねんと、みーりゃんの姿が重なって見える。

だから、ひょっとしてこがねんもみーりゃんみたいになっちゃうんじゃないかってーー

 

みーりゃんの時とは違う。

私は今ここに、こがねんのそばにいるんだ!

 

だから私は必死に走った。

 

 

「うーん、そう言われてもなぁ……」

 

1年の教員室には、私たちの担任となった先生はいなかった。

代わりにいたのが40歳くらいの別の男性だったが、急ぎだったので相談したのに、帰ってきたのは、そんなつれない答えだった。

部屋の隅のゴミ袋がいっぱいなのに捨ててないことを指摘されて、バツが悪くなった。そんな顔をしていた。

 

「だいたい、呼びに来た子は先生が呼んでるって言ったんだろう?

 ならそうなんじゃないのか?」

「だから! その様子が変だったんです!!」

「でもなー」

 

その先生は、こちらの言葉にまともに取り合おうとしてくれない。

もどかしいその様子が、何か誤魔化そうとしているようにも感じてしまう。

 

「では先生、視聴覚室に行きたいので、付いて来ていただけますか?」

「やや、先生も今、ちょっと忙しくてな。

手が離せないんだ。すまんね、はは」

 

おたえがそう切り出すと、さっきまで呑気にお茶を飲んでいた様子だったのに、あわてて机の整理をし出した。

これはもう、明らかに関わりたく無いとその背中で語っていた。

 

「もういいです! いこう、おたえ」

「うん」

 

ラチがあかないので教員室を飛び出した。

周囲を見回しても、他に頼れる先生の姿もない。

 

「ほかに……ほかに先生のいるとこはどこだろう」

「先生は、ダメかもしれない」

「え!」

 

おたえが希望を打ち砕くようなことを言う。

どうしてだろう。

 

「朝の言い争いになった時、あの先輩、言いたければ言えばっていってた。

だからひょっとするとーー誰に言っても助けてくれないかも」

「そんな……」

 

でも、あるかもしれない。

すっごく悲しいことだけど、小学生の時も明らかなイジメをずっと見いて見ぬフリしてた先生がいた。

だから、みーりゃんが頑張って、そんな子たちを助けてたんだもん。

 

「でも、だからってこがねんを放っておけないよ!!」

「うん。それは私も同じ気持ち」

「私たちだけでも、行こう!!」

 

なんの助けにならないかもしれないけど、今朝よりずっと怖い目にあうかもしれないけど、それでも動かずにはいられなかった。

 

「場所さえ分かれば!!」

 

でもーー

 

向かった先には絶望も希望も何もなかった。

なんとかしてたどり着いた視聴覚室。

でもそこはもぬけの殻で、今まで誰かがいたような気配すらない。

 

そこには何もなく、誰もいなかったのだ。

 

「こがねん、どこいっちゃったの……」

 

 

「ずいぶん歩きますねー」

「あ、はい……」

「この学校の視聴覚室って、変なところにあるんですねー」

「はい……」

 

変なところどころではなかった。

というかここはもはや校内ですらない。

 

俺と呼びに来た女先輩は、すでに校舎を裏門から出て、裏山へと続く階段を登っていた。

といっても、この御谷中自体が山の傾斜に沿って建てられているため、登山というほどのことでもない。

 

でもまぁ、視聴覚室は絶対にこちらにはないだろう。

 

「いい眺めですね」

「はい……」

 

それにしてもこの先輩、さっきから「はい」しか言わないなぁ。

うつむいちゃって気も弱そうだし、気弱系YESマンなのかな。

 

「……なんか疲れた。こがね、もう帰る……」

「!! やめてください! もう少しなんです。お願いだから、付いて来て……」

 

はいって言ってほしかったけど、流石にダメだった。

なんか泣きそうになってるし……。

どう考えても、この後泣きそうな展開が待ってるの、俺の方だよね?

一緒になって泣いてもいいかな……ふぇぇぇぇ

 

「つ、着きました」

 

ほどなくしてたどり着いた先には、公民館みたいな建物があった。

 

しかし随分と手入れを怠っているようで、全体的に黄ばんでおり、木造モルタルの壁にはシミが目立つ。敷地内には空のペットボトルや空き缶、異臭を放ってそうなゴミ袋などが散乱している。

一見して寂れているし、こんなところに生徒を呼び出す先生がいたら、頭がおかしいね。

 

玄関には朽ち果てた看板があり、かろうじて「迎賓館」と記載されているのがわかった。

迎賓館はたしか中学校の校庭端に真新しいのがあったはず。たぶんこれは建て直される前の、昔の施設ってことか。

 

でもなんかこの雰囲気、小さい頃によく遊んだ秘密基地を思い出すんだよな。

あれは原っぱの片隅にあった工場跡地だったけど、廃れ方がちょうどこんな感じだった。

錆びた機械とか用途不明の巨大土管が転がってたりして、子供心がぴょんぴょんするものが詰まったオモチャ箱に見えたっけなぁ。

 

「つ、連れて来ましたーっ!!」

 

連れられるようにして建物の中に入ると、やや大きめの扉の前で先輩が叫ぶ。

するとガチャリという鍵を外す音とともに、扉が空いた。

 

「松原ちゃん乙ー」

「お、きたきた」

「意外に早いジャーン」

「あ、マジで? めっちゃ可愛いんですけど!」

 

案の定、広間の中には見苦しいオモチャが、詰まっていた。

全然心がぴょんぴょんしないよ。

 

ひいふうみよぉ……20人か。女が4人にあとは男。

すげぇな。これ全部クズかよ。この学校、だいたい上級生200人ぐらいだから、そのうちの1割がこれとか。腐ったリンゴ多すぎだろ。

 

しかもここに集まってるのが全部じゃないだろうし……全部じゃないよね? この学校の不良全員集合してるとか、そこまで暇じゃないよね?

 

「はいはーい。松原ちゃんはもう帰っていいよー」

「あ、あの……これでお姉ちゃんには……」

「うんうん。約束通り、見逃してあげるから。ほら行った行った」

 

今朝腹パン食らわせて目を回した化粧女が、ニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべながら、手を振った。

 

「っつ!! ごめんなさい!!!」

 

気弱な女先輩はこちらを一瞬申し訳なさそうに見ると、目元を潤ませながら、走ってさって行った。

……ちょっと泣いてたみたいだし、彼女は許してあげよう。

 

それを見送ると、入り口の左右に控えていた男が、無駄に頑丈そうな鉄製鍵を掛けた。

この広間、昔は窓があったみたいだが、今は木板がデタラメに打ち付けられている。

また、別の部屋に通じそうな通路の前には、中身の詰まった段ボールが積み重ねられており、人が通れそうな隙間がない。

 

昼間だというのに、ずいぶんと薄暗く感じたのはそのせいだな。

早い話、閉じ込められたわけだ。

 

「こんにちわ、こがねちゃんだっけ?

 さっきから黙ったままだけど、大丈夫かなー?」

 

「心配してあげるとか、ミキやさしーっ」

「いや、まだ状況わかってないんじゃね?」

「つーか、あの馬鹿でかいヘアバンド何? あいつ頭から花はやしてんの?」

 

化粧女のニヤケ顔がこちらを向くと、周囲も囃し立てて来た。

 

「もう分かってると思うけど、先生の呼び出しっていうのは嘘だから。

 今朝はずいぶんと楽しいことをしてくれちゃって、あのままで済むと思った?」

 

「はぁ。さっきまでは、めっちゃ楽しかったんですけどねー」

 

俺はため息とともにヤレヤレとした。

なんということでしょう! バンドリキャラと楽しい日常生活が、一瞬にしてこんな修羅場に!

闇さんの匠の技が光ります。

 

「楽しかっただと……こっちは今日1日、ハラワタ煮えくりかえって仕方なかったんだっつーの!!」

 

激高した化粧女に蹴り飛ばされた木箱が、派手な音を立てて転がって行った。

 

「はぁはぁ……ふふっ、だからこうして、タカトシたちにも来てもらったんだよね」

「おおっす。俺、ミキのことになると歯止めきかなくなるんだわ」

「そーそー、俺たちトモダチ思いだから」

「な」

 

化粧女が語りかけると、男どもが追従する。

眉毛を剃ったり、金髪に染めてたりと、見事にアホヅラばかりだ。

 

しかし、特に奥にいるタカトシだか含めた3人はデケェな。ほんとに中坊かよ。タッパが180に届いてそうだ。

3人は広間の一段高いステージのようなところに座って、偉そうにふんぞり返っている。

 

俺なんか150にも達してないから、大人と子供だな。

実際、悪い大人が子供をいたぶる気分なんだろう。

 

弱いものイジメが楽しくって仕方ないって顔だ。

分かるよ、俺も弱いものイジメって大好きだからさ。相手はクズに限るけどな。

 

「さて、この落とし前、どうつけさせてもらおうか」

 

落とし前をつけるですって!

前世じゃ一回も耳にしたことないけど、ここだと結構聞くセリフなんだよな。

果たして「落とし前」とは、どうつけられるものなのだろうかーー。

 

「……ちなみに、どうなるんですか?」

「まずはドゲザだよ。裸でな。

 そしてその後、楽しいイベントをしてもらう」

 

さっきまで怒り心頭だった化粧女の顔が、再びイヤらしく歪む。

 

「楽しい楽しい撮影会だ。二度とバカなことしないようにねぇ」

 

化粧女が指差した先ーー広間のハジの方には、マットとライトが準備されていた。

 

「ひょーっ! きたーーーっ!!」

「今回もやっちゃうんですか! ひでーーっ」

「この子めっちゃ好みなんで、オレやってもいいっすか?」

 

ゲラゲラ笑う男たち。

 

マジか。とうとう俺もAVデビューか。

ポピパのみんなより先にデビュー経験してしまうとは、たまげたなぁ。

 

マットの他には撮影機器が一通り揃っていた。レフ版もあるよ。偶然転がってるようなもんじゃないよ。

 

こいつらって、授業の準備とか仕事の支度とかはできないくせに、なんでこういう時だけ用意がいいんだろう。

頭悪い癖に、麒麟だの薔薇だの無駄に漢字スプレー出来たりもするんだよな。

 

はぁ。

さっさと終わらすか。

 

「なんかため息までついて随分と余裕そうだけど、こいつホントに状況わかってんの?」

「確かに。だいたいここまでくると、たいてーの奴はブルブル震えだすんだけどなー」

「ま、いいじゃん。前の奴思い出すし。これはこれで楽しいじゃん」

 

なんか不穏なこと言いだしたぞ。

 

「……前のやつ、ですか?」

「前にもいたんだよ。お前みたいな正義感ぶった奴がな」

「そうそう。こういうのは良くない! とか言いながら、文句いってきてな。

オレ、ああいうの見ると無性に許せなくなっちゃうんだよねー」

 

「分かるわー。だから、今のキミと同じ目に合わせてやったし」

「そいつも最初は気丈に振舞ってたんだけどね。

なんか空手みたいなのやってたみたいで、涙目で構えとかしちゃったりしてね

でも囲んでボコったら、すぐ泣いちゃった。あれは悪い事しちゃったなー」

 

「な。あれは傑作だったわー」

「でも、格闘技を人につかうなんて良くないよってことで、教育してあげたんだ。俺たちってホントいい奴」

 

「あの子、名前なんつったっけ?」

「もう忘れちまったわ。あ、でも今でもビデオにはお世話になってるし」

「うわ、お前サイテーだな」

 

ゲラゲラゲラゲラ

 

……

 

 

な。

 

聞きましたか、皆さん。

 

この世界ってほんっっっっっっっっっとに、クズしかいねーんだわ。

 

これってバンドリかぁ?

俺、転生してから、未だにバンドとか聞いた覚えないんだけど。

 

バンドやってるようなところにいるのはクズばかり。

バンドと関係ないところにいるのもクズばかり。

 

前世でネットで読んだ他の転生SSだと、みんな転生先でいちゃいちゃしてるのに、せっかくバンドリ世界に来た俺の周りには、いっつもこんなクズしかいねーんだわ。

 

そして、ようやく香澄とたえに会えて、荒んだ心がハスハス治って来たと思ったら、またもや出てくるクズクズクズ!!!!

 

あー! クズクズクズ!!!!!

 

この腐ったウジ虫どもが、いつか香澄とたえにも手を出すと思うと、吐き気しかもよおさねーわ。

 

今日だって俺があの時通り掛からなかったら、ここにいるのはあの2人だったわけだろ?

 

こんなバカどものせいで、俺がレクイエム。

 

「はいはいはーい!!

 もういいです。もういいでーーーーす!!!」

 

SAN値が削れた俺のストップで、ようやく奴らの話が止まった。

でも相変わらずこいつらニヤケ顔のまんまだ。

 

ゴミはゴミ箱に、クズはクズ籠より絶望に叩き込んでやらねば。

 

「クズの自己紹介ありがとう。

 お礼に俺も自己紹介してやるわ」

「「「?」」」

 

今更何言ってるんだって顔してるな。

 

俺は円谷こがねじゃねーんだよ。

 

「俺の名前はゴールドエクスペリエンス。黄金体験ーーさせてやるよ」

 

 

怪訝そうにひたいに眉を寄せる奴らを無視して、俺は出口に向かって走りだす。

 

「! 逃すな!! 止めろ!!」

 

何を思ったのかはだいたい想像がつくが、勘違いした号令がステージ上からとびだした。

扉の左右に控えていた男たちが俺の行く手を阻もうと、両手を広げて立ちはだかる。

 

しかし、こんなウスノロどもは大した障害じゃない。

軽いフェイントを駆使して抜けると、簡単に出口にたどり着くことができた。

 

そこで俺はドアの取っ手を掴むと、スタンドの力で思いっきり捻り潰してやった。

 

うんうん。

 

これで外からは鍵がかかっており、中からは取っ手がないので開かなくなったぞ。

鍵だけじゃダメだよ。内側から出れちゃうからね。密室とはこう作るもんだ。

 

出口までたどり着いたのに何故か逃げ出さなかった俺に、彼らは困惑を隠せないご様子。

 

こいつらに少しでも洞察力があれば、誰用の逃げ道を封鎖したのか分かったかもね。

さらにいえば、素手で取っ手をヒン曲げたことに気付ければ、異常性が分かったはずだ。

 

「おいおい、こがねちゃーん。びっくりさせないでよ。

 鍵の外し方がわからなかったのかーい?」

 

左手にいた男が、ほっとした様子で近づいて来た。

馴れ馴れしく肩に手を回そうとする。

 

「はい、まず1匹」

 

俺はそれをはたく仕草で手を振り払い、同時にゴールドエクスペリエンスでぶん殴ってやった。

 

破壊力Cーーゴールドエクスペリエンスの初期ステータスだ。

近距離パワー型の中では弱い方に分類される力でも、それはスタンド戦での話。

対人では圧倒的なそれを顎に受けた男は、無様にすっ飛んでいく。

 

あれは顎が砕けましたな。もう硬いもの食べられないねぇ。

 

「2匹目」

 

振り返りざまに回し蹴りのような何かを、右側の男に解き放った。

何かというのは、俺は格闘技をやっているわけじゃないので、これが回し蹴りなのかどうか分からんからだ。

 

でもそんなの関係ない。

 

重ねるようにして、ゴールドエクスペリエンス!

右の男も吹き飛んで行き、2、3回バウンドしたのち、壁が大きな打撃音を響かせた。

 

「「「「…………」」」」

 

すっかり静かになってしまった。

お猿さんたちにも、ちょっとはおかしさが分かってきたかな。

 

広間の広さはだいたい120平米。近距離パワー型スタンドの射程はせいぜい数mだけど、辛いが十分圏内に入る。

ゴールドエクスペリエンスはスタンド使い以外には見えないので、正直に言えば俺はポケットに手を突っ込んだままでも、こいつら全員を汚い花火に変えることは容易だ。

 

でもそんな自らスタンドをひけらかすようなことを、俺はしない。

 

透明人間が脅威なのは、「透明だから」ではなく、「透明人間なんていないとみんな思っているから」だ。

透明人間がいることが分かっているなら、その対策はいくらでも取ることが出る。

 

だからゴールドエクスペリエンスは、必ず俺の実際の体のモーションに重なるようにして使っている。

 

そうすることにより、あたかも凄い暴力を振り回しているように見せられるからだ。

そう思われている限りは、相手の行動だって予測がつく。

 

「ず、ずいぶんと自信があると思ったら、そういうことか。こいつ……格闘技か何かかじってやがる!!

 お前ら、囲め! 囲め!!」

「うっす」

「そっち、そっち!」

 

驚愕してるようだが、まともな判断を下している。

号令に従って、思い思い位の場所に陣取っていた奴らが、俺の周囲に散らばりだした。

中には金属バットや木材までも手にしている奴もいる。

 

あれで殴られたら相当痛そうだ。

ま、無駄だけどね。

 

「3びーき! 4ひーき! 5ひーきっ!!」

 

集団密度の濃いほうへ、前に向かって駄々っ子パンチ!

 

相手も向かってきてくれるから、気持ちよくぶっとばすことができる。

 

ああ、何の良心の呵責も感じずに暴れることができる。

相手がクズだった時の唯一の利点だなぁ。

 

「なんなんだよ、コイツ!!!」

「たっつん! なんかやべー、やべーってば!」

「ざけんな!! アレやれ、アレをやるんだっ!!」

 

アレ?

なんか企んでいるようだが構うものか。

 

俺は敵に囲まれても構わず拳を振りかざす。

 

「8ひーき! 9ひーき! 10……」

「ぐぎゃああああああああああ」

 

ん?

 

2桁目に丁度突入したところで、薄暗い部屋に光が瞬いたかと思うと、後ろから断末魔のような悲鳴が上がった。

そしてほのかに香る、焦げ臭さとオゾン臭。

 

振り返ると、背後にはスタンガンを手にした男が地にひれ伏していた。

 

これさっきこいつらが言ってた「アレ」ってやつか。

俺に食らわせようとしていたらしい。

 

集団戦に紛れて背後からこっそり忍び寄り、電撃を浴びせて仕留めるっていう強敵用のパターンなんだろうな。

どんな強者でもこれを乱戦でやられたら、避けるのは難しいだろう。

 

俺、新入生なんだけど。歓迎の祝砲にしてはちょっと過激じゃない?

女子供に不意打ちとか、ほんっと救えねぇな。

こういうのは明稜帝にやれや。

 

でもそのスタンガン、見事に自分に直撃しましたね。

なんでだと思う?

 

「おやおやー? ステキなプレゼントだったのでお返ししてあげましたけど、失神するまで喜んでくれるなんて、こがね感激です」

 

御谷中の制服は、ブレザーの下にインナーシャツを着込むタイプのものだったが、俺はさらにその下にシミーズを着込んでいた。

 

わざわざそんなものを纏っていたのは、こういう時のためだ。

 

そう、俺はここにくる直前シミーズを、コンブに変えていた。

コンブ。そう掛け値なしに、あの海藻のコンブである。

つまり今の俺は一皮むけば、コンブをボンテージよろしく体に巻きつけたヤバい女だ。

TMRもびっくりだな。

 

生きたコンブを体に巻きつけるとか、何言ってんだこのマヌケって思うかもしれないが、何を隠そうこのコンブ、最強の防具なのである。

 

なぜならゴールドエクスペリエンスの能力のひとつに、「生み出した生命へのダメージを全て攻撃者に反射する」というのがあるためだ。

 

公式チートだな。

 

あまりにチートすぎて、劇中では後半、なかったことにされた疑惑すらある。

ミスタが雑草ちぎっても何も起こらなくなってたし……能力が成長して無くなった説もあったな。

 

覚えている限りだと、原作でこの能力をまともに使ったのは序盤も序盤、涙目のルカ相手の時ぐらいだ。ルカはマジで泣いていいよ。

 

なぜジョルノがその後、この力をほぼ使わなくなったのかは謎だが、おそらく黄金の精神に関わる深い理由があったのだろう。

 

だが、俺の精神は汚い黄土色なので、容赦なく使う!

 

俺が初春もびっくりの花飾りを頭につけているのも、これが理由だ。

一番怖いのが頭部への不意打ちだからね。俺の頭は毎日お花畑だ。

 

頭にフラワー。肌着にコンブという、スカウターで測ったらお近づきになりたくないほどの女子力になっていたが、その防御力は他を圧倒する。

ヤイバの鎧とか目じゃねーから!!

 

反射を受けたスタンガン男は、見事にメメタァと地に沈んだ。

 

まさに無敵。

欠点は磯臭くなることだな。

でもこいつらドブ臭いから、お似合いだろ。

 

「てっ、てめぇ!! 何しやがった!!!」

「さて何でしょうねぇ……案外その人が手を滑らせたのでは?」

 

いうわけねーだろカス。

 

「さて続きといきましょうか」

 

そのままオラオラし続けて、男どもはみんなピクピク動くオブジェと化した。諸行無常だな。驕れる者は久しくないんだ。

ステージの上にいた3人も、ゴールドエクスペリエンスの前では皆等しく塵に同じだった。

こいつらよく見ると制服が他のやつと違うし。

高校生かよ。通りでデカイと思ったわ。

 

もっぱつ蹴飛ばしてステージから叩き落とすと、ハジの方で残った4人の女が震えていた。

化粧女を中心に、生まれたての子鹿みたいにプルプル震えている。

入り口から逃げようとした形跡があるけど、ドアは開かなかったみたいだ。

 

カーニバルに参加しないなんていかんなぁ。

 

「俺、仲間外れは嫌いなんだよ。だってイジメみたいだろ?」

 

「ゆ、許してください……」

「ごべっ、ごべんなさい……」

「ひっぐひっぐ」

「うっう」

 

ありゃりゃ。泣いてしまった。

よく考えたらこいつらまだ、女子中学生なんだよな……

 

泣いている女の子たちの姿を見て、俺に冷静な判断力が戻ってくる。

 

こいつらは、そんなに酷いことをしただろうか……

こんなに震えて、不安で泣き叫んじゃうほど悪いことをしただろうか……

 

えーと。

こいつらがしたことというと、気に入らない女子を引っ張ってきて、裸にして土下座させた挙句、ビデオ撮影して笑い者にしたくらいだっけ。

 

冷静な俺の判断力が、こいつらを許す必要は全くないと言った!

 

こうした加虐行為は、異性間よりもむしろ同性間の方が程度が酷くなるという。

さっき処刑した猿どもが一翼を担っていたのはもちろんだが、イジメというにはエスカレートしすぎた行為の元凶が、こいつらにあるのは明々白々だろう。

一緒になって笑ってたしな。

 

そしてキラめく俺の男女平等パンチが、4人を平等にぶっ飛ばした。

 

手加減とかしないよ。

大丈夫だ問題ない。だって俺も女だしね。

 

「第一部、完っ!」

 




小説版バンドリでは、小学生の頃香澄はイジメにあってました。
そのせいで高校入学時は、内気で内向的な性格になってます。アニメ版香澄とは全然違いますね。

ちなみに、みーりゃんなる人物は原作村のどこにもいません。


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第7話「黄金体験レクイエム」

今更ですけど残酷な描写があります。


キッチンからホースで引っ張ってきた水を放水してやると、気絶してた奴らが跳ね起きた。

でも実際に飛び跳ねることはない。なぜなら両手足をロープで縛ってあるからだ。

 

しかも男女全員裸である。

4月のまだ肌寒い季節ということもあって、くしゃみをするものもいた。

 

「あれで終わりだと思った? 残念、これからでした♪」

 

ステージに腰掛けてにっこり笑いかけると、状況を理解したのか全員が青い顔をした。

オール全裸で水浸し。手足が縛られてるとあっては、これからの惨劇を理解したはずだ。

 

全裸にして手足を縛るって文章にすると簡単そうだけど、実際はめちゃくちゃ手間取った。

考えてみてくれ。意識のない人間から洋服を脱がせ、手足にロープを巻きつけて溶けないようにきつく縛るーーこれを20人分やったのだ。

そしてそれを地面に整列させるという苦行。

 

このシーンを作り出すために、地味な努力が必要だった。

ほむほむの気分がわかったよ。

時間停止中にさやかと杏子を並べるのって、悲しい作業だよな。

 

しかしこれもこれからのため。

大事なのはそう、これからなのだ。

 

俺は勧善懲悪モノの作品を見ると、常々疑問だったんだが、なんで主人公たちは数発なぐって気絶させるだけで、悪を倒した気になってるんだろうな。

 

さっさとトドメ刺せよって、いつもヤキモキしてたわ。

あげく蘇った敵に仲間を人質に取られて、とかいう展開をみると、もう目も当てられない。

 

トドメ刺せない人道的理由があるなら、せめて手足の骨折るとかしとけや。

それだけで敵が復活した後の戦闘力もだいぶ変わるだろ。

なんでその場に放置するん?

 

でもこんなのが野暮な指摘だなんていうのは、言うまでもなく理解してるよ。

主人公側は正義だから無茶なことはできないし、大抵仲間には聖女然としたヒロインがいるから、「そんなの可哀想だよ~」とか言い出して、死体蹴りみたいな真似は出来ないんだろう。

 

「念のため、手足を負っておきましょう(にっこり)」

 

なんてヒロインが言い出したら、キャラ付け変わっちゃうしな。聖女から腹黒ヒロインへクラスチェンジだ。

 

でも現実的に考えたら、殴って倒してはい終わりなんてことになるわけないんだよな。

 

俺が敵キャラだったら、負けた後見逃されたら主人公勢に徹底的に奇襲と闇討ちを仕掛けるよ。

 

朝晩隙を見ては一撃離脱で仕掛け続けて、対処されたら即撤収を繰り返す。

ヤサバレしてるのに巨悪と戦いつつ日常生活とか送れるんですかね。

 

しかも主人公たちって、呑気に学校に通ってたりするからね。

そんなの知ったら、両親はもちろんのこと、友人知人に執拗にアタックをかけるわ。

自分自身は異能で守れても、周囲の人を守り続けるとか絶対無理だからな。

 

果たしてそこまで受けても、悪は許さないスタンスを貫くことができるかな?

 

守るものが多いほど強くなる(キリッ なんていうのは、嘘だからね。

守るものが多いほど守るのが大変になるだけだよ。当たり前だけど。

 

現実が怖いのは、「その後」があることなんだ。

 

あのまま放置して帰ったら、目覚めたこいつらは絶対怒りの炎を燃やして復讐にやってくるよ。

間違いない。

逆恨みだろうとなんだろうと関係ないからね。

 

ヤクザと喧嘩して恐ろしいのは、ヤクザ自身の強さじゃないからね。

揉め事のあとに押し寄せてくる強請りや脅迫だから。

 

そして次に狙われるのは俺への闇討ちか、それとも香澄やたえへのーー

 

だから俺はこういうのは徹底的にやる。

誰がなんと言おうとな。

俺はバンドリ世界の住人でもないし、正義でもないから見逃しはしないのだ。

 

「折木遠矢、杉山華南、小林裕介、松村……」

 

俺はステージ上から、次々に人名をそらで読み上げていった。

裸正座で聴いていた面々も、内緒は誰を指しているのか怪訝にしていたが、自分の番にきて理解が追いつくと、震えだした。

 

読み上げた名前は、全員こいつらの友人知人家族の名前だ。

気絶している間に、スマホを奪ってアドレス帳から全部抜いておいた。

指紋認証も考えものだよねぇ。

 

「住所も全部、抑えてあります。もちろん君たち自身の分もね」

 

「なっ」

「ひっ」

 

うめき声が上がる。

 

「ちなみにこの光景も全部録画してますよー。

 楽しい楽しい撮影会ですからねー。いやー、いい機材です」

 

カメラが無駄に高性能なんだよな。随分と値が張りそうな一品だった。

たぶん、まともな方法で手に入れてないと思うけど。

 

「これからのことを君たちがバラした場合、この動画を全世界に向けてばら撒きます。

 そして、今名前をあげた君たちの家族全員にも、同じ目にあってもらいます。

 ……たぶん、私も捕まると思いますが、いつかは少年院から出られます。

 出たら必ず実行しますよ。ーーできないと思いますか?」

 

にっこりと笑ってあげる。

届けーーこの思い!!

 

普通ならできないと思うかもしれないが、さっきの20人無双を考えれば、そうは思わないはずだ。

 

ーーこいつは、やるといったら、絶対やる。

 

そう思わせることが肝要だ。

そしてここから先は、完全にイかれてると思わせなくてはならない。

 

「はい、皆さんの目が覚めたところで、一発目いきたいと思いまーす!!

 これなーんだ?」

 

「ま、まさか……」

 

俺が手にしたものと、水に浸った自らを見て彼らは戦慄した。

 

「そのまさかでーす。

 これで今までいっぱい傷つけてきたんでしょ?

 たまには自分で感じてあげなきゃ。

 というわけで、スイッチオン♪」

 

「「「「!?」」」」

 

一同はびくんとしたが、それだけだった。

 

「うーん。ちょっと出力が足りない見たいですねぇ」

 

俺は水が溜まったフロアに、拾ったスタンガンを押し当てたのだ。

でも残念ながら威力が足りてないみたいだ。

うーん、漫画だとこれでうまくいってたんだが。やはり難しいのか。

 

スタンガンそのものは無駄に改造されて出力が上げられているようなんだが、フロアを浸す勢いで張った水と、20人分の抵抗があると、全然威力がない。

 

塩でも撒いたほうがいいんだろうか。

 

いや、そういう問題じゃないな。

そういやスタンガンって電圧は凄くても、電流は大したことないんだっけ。

電圧がいくら高くても大した電流が流れないと、ダメージは出ない。

とすると。

 

「あは。そうだ♪」

 

思いついた俺は、奴らの死角にあるダンボール箱を、ゴールドエクスペリエンスで殴った。

 

「2発目いきまーす!」

 

ビクンっ!

 

「「「「あっあっ」」」

 

今度こそ感電したようで、座っていた奴らは一斉に後ろに倒れた。

 

うまくいったぞい。

ダンボールをデンキウナギさんに変えたのだ。

 

こんなことばっかり思い付くわ。

荒んだ小学生時代が、俺にゴールドエクスペリエンスの無駄な使い方ばかりを教えた。

 

野生のデンキウナギが発する電流は1A相当だという。

1Aというと数値としては少なく見えるが、人間は50mA〜100mAもあれば致死なので、威力としては十分だったようだ。

 

流石だな、デンキウナギ。神秘の固まりみたいなやつだ。

こいつの体の80%は発電機関だという。一体何食ったらそうなるんだろう。

 

深海魚のフォルムとか見てても思うんだけど、こういう謎な生物をみるとダーウィンの進化論って本当に正しいの? って人の気持ちもわかる気がする。

キリンの首が伸びたのと同じ理屈で、体が発電するようになったって、ちょっと無理ない?

 

ま、いいか。

でもこんなところにデンキウナギがいるのは絶対おかしいので、ポーズとしてはスタンガンを押し当てる。

 

「じゃ、3発目いきまーす」

「ま、まって」

「まちませーん♪」

 

ビクンっ!

 

新たに生まれるデンキウナギと、またも平伏すクズども。

 

むむ。

どうやら心臓が止まってしまった奴がいるみたいだ。

 

おおクズよ。死んでしまうとは情けない。

 

でも、でぇじょうぶだ!!

ゴールドエクスペリエンスがある!!

 

すかさず忍び寄ったゴールドエクスペリエンスが手を当てると、生命力が流れ込み、クズは復活した。

 

「おお! ゴキブリ並みの生命力ですね!

 まだまだ行けそうでなによりです!!」

「ま“っで!!!」

 

化粧女が目と鼻と口から出すもの全部出しながら、叫んだ。

たぶん下からも出ちゃってるなぁ。

 

「も”う……もうゆるじでぐだざい……」

 

涙と鼻水で、厚い化粧が剥がれ落ちてしまっている。

 

大変だ。こいつから化粧がなくなったら、呼称が変わってしまうじゃないか。こいつの名前はフルネーム暗記済みだが、呼びたくない。

特徴がブサイクしか残らなくなってしまうぞ。

 

「もうしません……しませんから」

「ううぅ……」

「ひっぐひ……」

 

ブサイク女に合わせて、男も女もみんな泣き出して謝罪会見が始まった。

高校生らしき3人も、恥も外聞もなく喚いている。

 

……

 

情けないとは思わんよ。

人間、裸になると精神的にめっちゃ弱くなるんだよな。

誘拐犯がさらった人質を裸にするのと一緒。

 

あれはもちろん逃げられなくするのが第一だけど、裸にされると自分が惨めな生き物になったみたいで、抵抗する気が失せてくるんだよな……

 

はぁ。

 

でもね。

こいつら見てると悲しくなってくるよ。

泣きたいのこっちの方なんだけど。

中学入ったらおとなしくしよ♪って思ってた初日からコレなんだから。

 

ゴミ処理する人の気持ち、考えたことある?

君たちみたいなゴミをこの世界からキレイキレイしないと、俺が世界からキレイキレイされちゃうんだよ?

 

わだじはぁ……この世界をぉ!ぅがえたいっ!!

って叫び出したいの、俺の方だよ……。

号泣会見だよ。

 

心を強く持たねば。

 

こういうときはあれだな、初心に戻ろう。

 

「前にもいたんだよ。お前みたいな正義感ぶった奴がな」

「そうそう。こういうのは良くない!とか言いながら、文句いってきてな。

オレ、ああいうの見ると無性に許せなくなっちゃうんだよねー」

 

「分かるわー。だから、今のキミと同じ目に合わせてやったし」

「そいつも最初は気丈に振舞ってたんだけどね。

なんか空手みたいなのやってたみたいで、涙目で構えとかしちゃったりしてね

でも囲んでボコったら、すぐ泣いちゃった。あれは悪い事しちゃったなー」

 

「な。あれは傑作だったわー」

「でも、格闘技を人につかうなんて良くないよってことで、教育してあげたんだ。俺たちってホントいい奴」

 

「あの子、名前なんつったっけ?」

「もう忘れちまったわ。あ、でも今でもビデオにはお世話になってるし」

「うわ、お前サイテーだな」

 

ゲラゲラゲラゲラ

 

俺はスマホから、先ほどの惨劇前の一幕を再生した。

ここにきてからの一部始終を、録音しといたのだ。

 

うんうん。

 

こいつら、今はこんなんだけど、本性はこっちなんだ。

騙されてはいけない。

腐ったリンゴは何したって、腐ったリンゴなんだ。

早くすり潰さないと。

 

自らの発言が繰り返されるのを聞いて、奴らの顔から血の気が引いていく。

俺が許す気など全くないと、分かったからだ。

 

「さぁ、お前たちの罪を数えましょう!

 次は4発目ーーーーっ!!」

 

広間内に声なき悲鳴が、鳴り響いた。

 

バンドリ世界で初めて聞いた演奏がこれとは、泣けるわ。

名曲やな。

 

 

迎賓館の玄関をくぐると、足元には西日が差し込んできていた。

そうか、もうそんな時間か。

 

最終的に36匹のうなぎで蒲焼にしたから、結構時間くったな。

 

小高い丘陵の上に位置するだけあって、ここはなかなかいい眺めだ。

眺望からは、街が夕日に染まり輝いて見える。

ゴミ掃除をした後だと格別だよ。

 

……帰るか。

 

水浸しになった広間の片付けは、奴らにやらせることにした。

もともと奴らの根城みたいだったし、指示しなくてもやったろうけど。

 

あとはこのことは言うんじゃねーぞって月並みな脅しをもっぺんと、一つの命令を下した。

最後になると全員レイプ目になってたから、ちゃんと聞いたかわからないけどーー明日になれば結果がわかるだろう。

 

来た道をえっちらおっちらと下っていく。

 

時間も時間だし、香澄たちもさすがに帰っただろうな。

それともまだ体験入部巡り中だろうか。

吹奏楽部に顔出してったほうがいいかな?

 

……やめとこう。

なんかこんなことした後で、会わせる顔がない。

 

別に後悔してるわけでもないし、反省してるわけでもない。

同じ状況になったら同じことをやるし、この先何回だってやり続ける。

まどかに尽くすほむほむじゃないけど。

 

それに100%嫌なわけじゃないんだよね。

暴力を思うがままに振り回すっていうのは、根源的な爽快感もあるし。

 

でもさすがに、さっきの直後に会いたくない。

もはや当たり前のことだが、バンドリ世界に血と暴力はいらない。

 

香澄とたえは、清廉なバンドリ世界の象徴でいて欲しい。

明日また、綺麗なこがねになったら会おう。

 

そう思ったのにーーー

 

「こがねん……ひっぐ」

 

校門にいらっしゃったーーー!

 

「うえぇえええええ」

 

しかも泣いていらっしゃるーーー!

 

「こがね……」

 

たえも泣いてこそいないものの、どこかほっとした顔だ。

俺も鈍感系の男じゃないからわかるよ。

探して探して探し疲れて、それでも待っててくれたのだろう。

 

「こがね。どうなったの?」

「うーん。えー。まぁ。なんとかなったよ! 

 ほら、同じ人間だし! 話し合えばなんとかなるっていうか!」

 

同じ人間→同じクズ

話し合い→物理

 

だったけど。

 

「そう。よかった」

 

たえはそう言って微笑んでくれた。

 

そうだよなーーこの子達は、そんな子だったわ。

 

流石だよ。流石。

この引けども引けどもクズしか出ない、この世界クズレア率99%の出会いの中で、やっと巡り合えたSSR!

 

正直にいうと、香澄とたえとは友達にならない方がよかった。

全然付き合いない関係のなかで、陰から助け続けるというのがベストだった。

なぜなら俺と友達になると、狙われるからだ。

 

俺には敵が多いーーこれからきっと多くなる。正面から俺に敵わないと知った奴らは、必ず俺の周囲を狙うだろう。

人質が一番効果的な脅しになることは、世界各地のテロリストが実証しているしな。

 

だから友達に、身近な存在になるべきではなかった。

ギアスのマリアンヌも言ってたしな。大切なものは手元から離して置いておくのが一番安全だって。

 

でもそれじゃあ足りないんだよな。もちろん最終目的はレクイエムを避けることなんだけど、それだけじゃない。

こうーーバンドリ世界で生きる意味というか、大切なものの大切さの確認というか、カントのいう自己直観的な必要性が俺にはあったんだろうと思う。

それがあったから、俺は香澄とたえと友達になってしまったーーなったのだろう。

 

香澄とたえを目の前にして、俺はそれをまじまじと実感していた。

 

そうだよ!

これがバンドリだよ!! バンドは全然してないけど!!

 

「こがねん! よかったぁ……よかったよぉ」

 

目元を真っ赤にしつつ、拭いきれない涙をよそに、香澄が俺に抱きついてきた。

 

うおおおおおおお!!!

SSRが今、腕の中にぃぃぃいい!!!

手、手を回してもいいでしょうか?

 

「ごめんねぇ……ごめんねぇ……」

 

香澄は全然悪くないのに、謝ってくる。

香澄だってバカじゃないんだから、いろいろ察したんだろうなぁ。

 

「悪くない。香澄ちゃんは悪くないよ」

 

そう。悪いのは全部芸能界の闇ってヤツなんだ!!

 

……やんよ!!

俺が守ってやんよ!!!

 

だから俺は守りきらなくちゃならない。この腕の中の、暖かいぬくもりを。

なんか俺の中の荒んだ心が、カスミエルの癒しの力で浄化されていくようだ。

 

あ、ゴールドエクスペリエンスさんが夕日に浮かんで見える……

 

お前、消えるのか……?

 

あ、消えませんか。すみません。

実際、ここでゴールドエクスペリエンスにいなくなられると、困るってレベルじゃないんだけどね。

 

というわけで、俺は彼女達を守る決意を新たにし、一緒に帰宅するのだった。

 

バンドへの道は遠そうだけど、まずは明日の部活探しからだな。

 

明日もがんばるぞい。

 



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第8話「部活見学」

朝の登校というのは得てして憂鬱なものだが、今の俺は期待に胸を高まらせていた。

 

目が前についている理由を知っているかい?

香澄たちを見つけるためだよ!

 

いた! 香澄とたえだ。

 

「こがねーん!!」

 

こちらを見て、香澄が体いっぱいに揺らして手を振っている。

今日の天気みたいに、晴れ晴れとした表情だ。

今の俺も、きっと同じ顔をしていることだろう。

 

昨日の帰り途中、今日から一緒に登校しようと約束していたのだ。

まさか引越し先が、二人と同じ帰宅方角だとは思わなかった。

 

通学路が同じというのは、かなりの受益だ。

3年間の毎日の勝利が確定したと言っても過言ではない。

勝確ってヤツだな。

 

ろくなことしかしない神だが、たまには粋な計らいをするもんだ。

 

「おっはよーっ!」

 

だだだだっ、ひしっ!

 

ふぉおおおおおおおお!!

 

香澄の体温を感じる。

これが毎日だと!

あなたが神かっ!

 

「おはよう」

 

たえはクールに挨拶する。

 

「おはよう」

 

だから俺もクールに挨拶を返す。

 

「こがねん……鼻血出てるよ。

 大丈夫?」

 

……クールに挨拶を返す。

 

⭐︎

 

「でねー。昨日の夕飯の時なんだけど……」

「うんうん」

 

くそっ!

まさか抱きつかれて鼻血だすとか、実演するとは思わなかったし。

アニメかよ。

 

……バンドリか。

 

それにしても鼻血とか久々に出したわ。

出させたことならいっぱいあるんだけど。

 

やはり頭に血が登ると出てしまうのだろうか。

この世界に来てからプッツンすることが多いからなぁ。気をつけることにしよう。

そういえば興奮すると鼻血を出してしまう、めちゃくちゃマイナーな不良漫画の主人公がいたような。

あんな野蛮にはなりたくない。

 

「……ってば」

「こがね。香澄が呼んでるよ」

「あっ、ごめんごめん。なになに?」

 

アホなことを考えてたら、横で香澄が膨れていた。

 

「今日の放課後のことだよ! 今日こそ一緒に部活見にいこうって約束だよっ!」

「えー、あー。うん。わかってるよ。今日こそ行こうね、吹奏楽部」

「えっへっへ。わかってるなら、OKだよ!!」

 

昨日は途中でお邪魔ドロップがいっぱい落ちてきたからな。

またのバイオレンスは勘弁していただきたい。

求めるはライブ&ピース。

 

今日は何もないといいなぁ。

 

 

「……昨日の先輩たち、いるね」

「うん」

 

角から覗き込んだ先に例の4人衆が控えていることを確認すると、香澄は多少挙動不審になった。

改めて付けている星の髪飾りの居住まいを、正している。

昨日の騒動を思えばむべなるかな。

 

しかし先日とは違い、4人が直立不動ーー死んだ目で虚空を見つめている様子に、どこか訝しげだ。

一方の俺は、奴らの殊勝な心がけに満足である。

 

全員登校してくるとはやるなぁ。

 

全員再起不能も考えたけど、やっぱ人間そう簡単に壊れないもんだね。

それとも教育足りなかったかな。

 

「さ、さ、香澄ちゃん。行こう行こう」

「ちょっ、まって! まってよ、こがねん!」

 

俺が背中を押して香澄を差し出すと、待ち構えていた化粧女たちは腹から声を出した。

 

「「「「昨日はすみませんでした」」」」

 

「え、え」

 

香澄は目を白黒させている。

 

昨日の高圧的な態度が綺麗さっぱり消え去ったばかりか、180度異なる対応に混乱しているようだ。

 

「先輩も反省してるみたいだし、香澄ちゃんも許してやってよ。ね?」

 

「「「「ひっ」」」」

 

俺は目をニコニコさせている。

 

「あ、うん……」

 

どこか納得のいっていない様子で首を傾げていたが、これ以上はあまり言及して欲しくないので、二人を連れて校舎内へと手を引いた。

これにて一件落着とさせていただきたいところだ。

今後の校門チェックは二度とされないことだろう。

 

でもああいう奴らは、のど元過ぎると熱さを忘れるところがあるからね。

定期的に家庭訪問してあげよう。俺は面倒見の良さにも定評があるんだ。

 

「昨日、こがねがお話ーーしたから?」

 

とはいえ、やっぱりたえは気になったようだった。

 

「あー、うん。ああいうのは新入生が怖がるからやめてくださいって、お願いしたんだよ。

 懇切丁寧にお話すれば、わかってくれたんだよ」

「……ほんとう?」

「そうなんだ! こがねん、すっごい!!」

「ふふん」

 

香澄のキラキラビームが心地いいので、つい調子に乗ってしまう。

まぁ、そのお話、高町式だけどね。

 

しかし校門の右側では、引き続き男子が挨拶指導を受けていた。

並んでる説教側のメンツは昨日と同じ感じだが、そういえばこいつらは迎賓館にいなかったな。

昨日の不良とは、別グループなのだろうか。

 

その中の重量級の一人が、こちらに険しい視線を向けたようだが放っておいた。

 

 

初授業も滞りなく終わり、放課後になった。

世界線が変わっても歴史の偉人が変わらないように、習う科目に大した変化があるわけでもない。

中学1年の授業といえば、数学で「マイナス」を数直線で理解しようとか、そんなレベルだ。

美術でいえば、退屈を絵に描いたような感じである。

今後の予定等を考えていたら、涅槃に辿りついていた。明鏡止水だ。

 

「吹奏楽部の部室は、こっちかなー?」

「香澄、ここ行き止まり」

「あっれーーーーっ?」

 

新入生案内パンフレットに従って、部室を探す。

といっても吹奏楽部の部室なんて、音楽室以外あり得ないわけだが。

あ、でも屋上で演奏してるのとかよく見るか。

 

「あったあった!! ここだよ、ここーっ!!」

 

たどり着いた先には「ウェルカム新入生! 吹奏楽部へようこそ」とポップなイラスト看板が立っていた。

中からアップテンポで軽快な音が、風に乗って流れてくる。

 

いいね! 

 

ちょっとはバンドに近づいてきた感じがするよ。

今まではどちらかというと、バーン!! ドーン!! 暴力っ!! って感じだったから、ようやくといったところか。

この音楽室に踏み入ることが、ライブへの第一歩。そんな気がする。

 

「こんにちわ。あっ、ひょっとして新入生の子かな? 吹奏楽部へようこそっ!

 見学していく……よね?」

「はいっ! 戸山香澄っ!! 体験入部、希望です!☆」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 

どこかわざとらしさすら漂う「部長」の腕章をつけた女性が、朗らかに迎え入れてくれた。

三つ編みにメガネをかけた知的な感じ。口調にそぐう優しげな風貌だ。

 

「みんな~新しい新入生の子きたよ~!

 はい。そっちに席を用意したから、座ってね。仲良くね」

「はーい」

 

見学者用に用意された椅子には、先に来ていたと思しき新入生が3名ほど座っていた。

目立った特徴もなく、見たことがないから他クラスだろう。

 

見学者の前で様々な楽器を構えた先輩たちが並んでいる。

吹奏楽部は今、楽器紹介的なことをしているようだ。

 

「私は部長の三輪希です。君たちの名前を教えてくれる?

 あ、あなたはさっき教えてくれた香澄ちゃんね」

「ハイっ! 香澄です!」

「花園たえ」

「うんうん。香澄ちゃんにたえちゃんね!」

 

知的なメガネと凛々しい眉毛が特徴的な三輪部長は、嬉しそうに頷いた。

こんな可愛い子たちが来てくれて嬉しいとか、そう思っているのだろう。

 

一瞬で部長の顔に花を咲かせてしまうとは、さすが香澄とたえだな。

 

「円谷こがねです!」

 

部長の凛々しい眉毛が「ハ」の時になった。

一瞬で花を枯らすとか、さすが俺だよ。

 

「へぇ、あなたが円谷こがね……さんね」

「「「ひっ」」」

 

側で聞いてた見学席の新入生3人。こちらは明らかな恐怖を顔に浮かべた。

 

「マジか……」

「あれが噂の……」

「校門の女……」

「円谷こがね……さん」

 

吹奏楽部の面々も、口々に囁き合う始末。

俺だけ「さん」付けになってしまった。

 

ああ、SAN値がどんどん下がるよ。

 

どんだけ噂が広まってるんだ。まぁ、いいんだけどさ。

 

あと前に自分で自己紹介しといてなんだが、校門の女はやめろ。

いかがわしい単語の方にメタモルフォーゼしそうじゃねーか。

 

「うん! よろしくね! 香澄ちゃんにたえちゃんに、こがね……ちゃん!」

 

周囲の反応からよくない空気を感じ取ったのか、気を取り直した三輪部長は、再び微笑みを浮かべて呼びかけた。

俺の名前も「ちゃん」付けされた。

気を使わせちゃってすまんな。

 

「さてと……ただ聞いているだけじゃ、つまらないよね。実際に見てもらおっか。

 みんな、触ってみたい楽器とかある?」

「私は弦楽器が見たいです!」

 

香澄とたえに先んじて、俺は元気よく手を挙げた。

先制攻撃だ。

 

弦楽器。そう聞いて、誰もが最初に思い浮かべるのはギターだろう。

体験入部に吹奏楽部を推したのも、これが目的なんだから。

 

「弦ね。いいのがあるよ。これは新入生に人気なんだよね〜。くみちゃん、持ってこれるかな?」

「はーい」

 

部長に呼ばれたくみちゃんが持ってきたのは、ギターとは似ても似つかない弦だった。

 

……思ってたのと違うんですケド。

 

そう、これはどう見ても吟遊詩人の装備品。

 

「じゃーん。これはハープっていうの。綺麗な音が出るよ〜」

「わぁっ! すっごい綺麗な音~」

「♪」

 

シャラララーンとくみちゃんが奏でると、全員にBUFFがかかった。

香澄とたえの興味が10上がった。

俺の気力は10下がった。

 

違うよ。違うよ、そうじゃないよ。

 

「あの、できればもうちょっと違った……こう、ジャカジャカするようなのありませんか?」

「ジャカジャカ?」

 

「率直にいうとギターです」

「……ギターときたかぁ」

 

あまり芳しく無い反応が返ってきた。

雲行きがあやしい。あれれ。

 

「ひょっとして無いんでしょうか?」

「ごめんね。吹部ではギターはあんまり使わないから、うちにはないかな……」

 

がーん。

 

ギターなかったかぁ。

前の高校だと吹部でエレキやってる友達がいたから、てっきりあるとばっかり思ってたけど。あれが珍しかったのか……。

確かに吹奏楽っていうくらいだから、メインは管楽器だろうけど。

でも見た感じ弦バスとハープはあるのにギターはないのか。この調子だと、ベースもなさそうだな。

 

「こがね。ギターが弾きたかったの? 武器?」

「ギターかぁ。こがねん、似合いそう!」

「ま、まぁね……」

 

弾きたいというより、弾かせたいです。

 

「ご希望に添えなくて申し訳なかったけど、他にはあるかな?」

「はいはいはーいっ! なんかこう、綺麗な楽器ってありますかーっ!?

 キラキラしたのが見たいですっ!」

 

放心した俺に変わって香澄が挙手する。

 

「んー、キラキラしたのかー。可愛いのが好みなら、いろいろ見てみよっか。

 第二にあるから……ノリくん、案内してくれるー?」

「ほーい。こっちこっち」

 

フルートを演奏していた男子生徒が手を休め、手招きをする。

綺麗な楽器ーー金管系だろうか。ギターからますます遠ざかっていく。

 

「たえちゃんはどうかな?」

「武器がないなら、かっこいいのが見たいです」

「ぶ、武器? 武器はよくわからないけど、かっこいいのもいろいろあるよ」

「本当ですか? 見たいです」

「じゃあ第二にあるから、香澄ちゃんと一緒に向かってね」

 

ああ……

ギター推進という俺の願いもむなしく、香澄とたえは第二音楽室へ吸い込まれてしまった。

 

「……こがねちゃんはどうしようか?」

「……シンバルでいいです」

 

吹奏楽部に期待を打ち砕かれた俺は、その後の先輩による熱心なシンバル紹介も耳を通り抜け、もはや放心するしかなかった。

 

 

しばらくし、チンドン屋の猿のように無心でシンバルを叩いていると、第二音楽室から香澄とたえが戻ってきた。

 

「見てみて! こがねーん」

 

香澄が大事そうに抱えた楽器から、柔らかな音を奏でた。

後に続いた先輩が二人を褒める。

 

「いやー。この子たち見所があるよ。まさか初日から吹けるとは思わなかったな。

 だいたいアンブシュアができなくて躓くのに」

 

「えっへっへ。一度見たときから、なんかビビッときたんだぁ」

「私も」

 

たえも手にした楽器を、軽快に鳴らした。

二人とも違う楽器を持っている。たえのは多分ラッパだけど、香澄のは……よくわからん。

俺も金管に詳しいわけじゃないからな。

チューバとホルンの違いもわからないレベル。

 

「ちなみにそれってなんの楽器なの?」

「こっちがユーフォニアムって名前で、おたえのがトランペットだって」

 

へー、たえのトランペットはあってたけど、香澄のはユーフォニアムって言うのか。

 

そんな名前のアニメがあったな。

マイナー楽器だったけど、それで有名になったといわれるユーフォニアム。

実物を見るのは初めてだけど。

 

「くるくるしてる」

「うん。キラキラぁ……」

 

香澄がユーフォニアムを見る目が輝いてきたぞ。

確かにキラキラしてて可愛い感じだけど……金管ってそういうもんだしね。

 

ん?

 

香澄がユーフォで、たえがトランペット。

 

主人公がユーフォニアムで、その親友がトランペットってやばくない?

 

アニメ変わってるよ!!! 

このままじゃ、ユーフォニアムが響いちゃうよ!!!

 

「決めた! 私、吹部にするよ!!

 おたえ、頑張ろうね!!」

「おーっ!!」

 

あわわわわわ。

動揺で楽器を持つ手の震えが、止まらん。

 

「わー。こがねんもやる気みたいだね。シンバル上手~♪」

 



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第9話「UMA」

日は長くなってきたとはいえ、6時ともなれば日も陰り出す。

窓から差し込んだ夕日が、リノリウムの廊下を赤く染めていた。

誰かが開けっ放しにしたロッカーが、風に吹かれて閉まる音がした。

 

「うーん。ユーフォ難しいなぁ……音は出せるようになったけど、指がうまく動かないよ。

 おたえ、なんかいいコツ教えて~」

 

「金管の指と息は慣れって、先輩が言ってたよ」

「慣れ。慣れかぁ……練習してるんだけどなぁ。おたえは上達しすぎだよ!」

「トランペットは楽しい」

 

たえが両手でトランペットを吹く仕草をした。

エアラッパだが、流線が見えるかのように指使いが滑らかだ。

 

「もちろん、ユーフォだって楽しいよ! ね、こがねん」

「ユーフォのことはよくわからないけど、シンバルは最高だね」

 

シンバルは奥深い楽器だ。

一見、シンバルなんてただ叩くだけじゃん。誰でもできるよと思うかもしれないーーというか自分も思っていた。

 

「なんで打楽器のことパーカッションっていうか知ってるか? パーとカスでもできるからだよ!!ギャハハ」と友人が粋がっていたのを、昔聞いたせいだ。

今聞いたなら、「パーでカスなのではお前だっ!」と言って、助走をつけて殴ってやるところだ。

 

「こがねの練習、気合入ってるよね」

「音響いてるもんねー。シンバルってあんな多彩な音が出るんだね」

「シンバルの叩き方にもいろいろあるんだよ」

 

実際に練習を始めると、それは違うことがすぐ分かった。

 

金属の円盤を2枚叩き合わせるだけという、単純な構造故に侮られがちではあるが、その単純さから飛び出す音は非常に明快であり、オケでの存在感は大きい。

ひと叩きでコンサートホールを包み込むような華やかさを演出するのも、掠れるような音で他楽器の副旋律として補佐するのも、匙加減次第だ。

 

プロのシンバル奏者ともなると、数も少ないので世界中のオーケストラから引っ張りだこだという話も聞く。

やはり、このように極限まで単純化した楽器だからこそ、極めるのも容易ではないということだろう。

 

だがそれでこそ、やりがいもあるというものだ。

そしてゆくゆくは俺も一流のシンバリストに……

 

ん?

 

ってちげーよ!!!!

シンバリストってなんだよ!!

 

あぶねー。

いつの間にか吹部色に染まってたよ……

これも香澄たちとの、心穏やかな生活のせいだな。

 

実はあれからすでに一週間が経っている。

体験入部を終えた俺たちは、次の日には晴れて吹奏楽部員になっていた。

 

入った後も俺は、本来のギタールートに戻すべく試行錯誤を繰り返し腐心した。

しかし香澄を魅了するキラキラと光るユーフォニアムに敵うこともできず、今日に至るまで無様を晒していた。

というかギターがない以上推進しようがない。

 

今日も音楽室に別れを告げて、仲良く3人で帰るところだ。

 

「よぉし! とにかく練習して、ユーフォもっと上手くなるよ!

 いっぱい練習して、7月のサマコンにはみんなで出れるといいねっ!」

「サマコン……」

 

どこかで聞いた響き。

 

「あれ、大丈夫? 顔色悪いよ、こがねん?」

「ナンデモナイヨ」

 

まずいぞ。

本格的にユーフォニアムが響いていらっしゃる。

 

このままではバンドはバンドでも、ブラスバンドになってしまうよ!

目指す方向が一緒でも、たどり着く先が全然違うし!

 

同じバンドと名が付くせいか、香澄もたえも妙にやる気だからなぁ。

 

中学3年のコンクールで、合奏してる姿が眼に浮かぶよ。

そしてみんなでダメ金もらう中で、俺だけダメ金レクイエムもらうんだ。

 

なんとかせねば。なんとか。

 

「あーあ、家でも吹けたらなぁ。

 ねえ、こがねん。ユーフォってどれくらいかなー? きっと高いよね」

「え、値段、だよね。……ちょっとわかんないなぁ」

 

でも安くはないだろうな、ユーフォニアム。

大きさもさることながら、機構が複雑な楽器だからなぁ。

少なくともシンバルよりは高そう。

 

「そっか、おたえは?」

「わからないけど、ユーフォは高いと思うよ。トランペットも結構するみたいだし」

「そうだよねー。はぁ、私のお小遣いじゃ無理だよね。ガックリ。

 あー、家で練習できたらいいんだけどなぁ」

 

「!!」

 

その時俺に、天啓が走った。

 

「二人ともっ、今度の日曜空いてる!?」

「え、空いてるけど、どうかしたの」

「私も空いてるよ」

 

よしよし。前提条件はクリア。

 

「大社通りの外れなんだけどーー楽器屋さんがあったんだよね。

 知ってるかな、EDOGAWAGAKKIって店なんだけど……。

 結構大きいところだったから、ひょっとしたら安いのあるかも」

「大社通りーーって旧市街の方だよね? う、うーん。あっちは一人で行っちゃダメってお母さんが言ってたんだけど……。

 あ、でもみんなでいけば一人じゃないね! みんなでお出かけかぁ……よぉっし! いいね、いこうよ。みんな!」

「おー」

 

香澄もたえも、両手を挙げて賛成してくれた。

 

よーし。これで週末のデートに誘うことに成功したぞっ!

 

……じゃなくて、ギターと二人を合わせるための布石が打てた。

 

EDOGAWAGAKKI。

アニメ版バンドリにて、香澄と有咲が壊れたランダムスターの修理を持ち込んだところだ。

当然店内には数多くのギターが、身を光らせていることだろう。

 

吹部にギターがない以上、このままではこれ以上の進展が望めない。

今の俺は牛丼がないのに、牛丼のウマさを語ってるだけの道化みたいなもんだ。実際に食べてもらうことが何よりの布教。

実物ギターを見せれば、香澄とたえならきっと何らかの反応を見せてくれるだろうという寸法だ。

 

これで今週末、一気に攻勢をかけるぞ!

 

 

ウキウキ気分で下駄箱にたどり着く手前でーー前方から大きな人影が差し込んできた。

のしのしという擬音がぴったりくるような巨体が歩いてくる。

 

しかも何ということでしょう。身体中から劇画オーラを放っているではありませんか。

 

場違い感がすごい。

さっきまでバンドリかユーフォかで揉めてたのに、葛藤の全てを粉砕するような存在力だ。

まるでプリキュアかプリパラ見るか姉妹で揉めてたら、親にリモコン取り上げられてプロレス中継が始まったような……

そんなことしたら子供は泣いてしまうよ。

 

うわぁ……こっちみてるよ。

 

嫌な予感がする。

俺の中の前世的な何かが「フラグっ!」とか「お悔やみっ!」とかって悲鳴をあげているよ。

でも一縷の望みをかけよう。

 

横一列に並んでいた俺たちだったが、その3年の先輩に道を譲るべく右側に寄った。

奴が近づいてくる。

 

プロレス中継見てもいいから、録画したプリキュアを上書きするのはやめてね。

 

俺の願いもむなしく、まるでレスラーのような巨体は俺の前で足を止めた。

面長なウマ顏の男だ。その鋭い眼光が俺を見下ろしてくる。

 

はぁ。

やはり俺に用事なのか。あっち行けよ。

 

それにしてもコイツ、すげえ筋肉だな。学ランはち切れそうなんだけど。

その筋肉って違法じゃないの? そばにいるだけでセクハラ呼ばわりされそう。

 

そんなにジロジロしないで~♪

 

馬面レスラーがいたいけなJCを睨んでくるよ。これは事案だよね?

 

「お前が円谷こがねか」

「……まぁ、そう名乗った時期もあったような気がしますね」

 

そう返した途端、奴は突然振りかぶった。

上背を利用した拳の振り下ろしだ。

 

「!!」

「こがねっ!」

 

とっさに俺は半身に構え、奴の拳に右手を合わせて迫り来る拳を左に反らした。

ひどいテレフォンパンチだったが、体重が乗っている。当たればえらいことになっていただろう。

もちろん初心者シンバリストの細腕ではポッキーしてしまうので、スタンドさんの力を借りた。

 

「……今のを避けるでもなく、流すとは。やるなーー化勁か?」

 

何が、やるな化勁か? だ。

 

アホか全然あってねーわカス!

 

回避しなかった理由は後ろに香澄たちがいるからだし、てめぇを瞬殺しない理由も香澄たちがいるからだぞ。

 

もーっ! 香澄たちがいるところでは勘弁してよ。

いなければ好きなだけ床ペロさせてあげるからさぁ……。

香澄たちにバイオレンスな光景見せたくないんだよ。情操教育的に悪そうだから。

 

「突然殴りかかってくるとは失礼ですね。挨拶が拳とか、未開惑星の方でしょうか?」

「俺は是清(これきよ)。この学校で番を張っている者だ」

 

バンヲハッテイル。

このウマ顏の言っていることが、一瞬理解できなかった。そのあとも理解したくなかった。

 

まじかよ。こいつ番長か。

UMAだ。ウマルじゃないよ。

本当にいたんだ。

 

番長といえば、前世では既にユネスコのレッドリストに天然記念物として登録されている国宝級ツチノコみたいな生き物のことだ。

だがこの世界では、各地の中高にわりと生息しているという。笑えない話だ。

 

でも実物は初めてみた。

というより、不良の頭としての意味の番長はいると思ってたけど、こんな前前前世から番長やってそうな番番番長みたいな奴は初めてみたよ。

 

「タカトシたちを潰したのは、お前だな」

 

タカトシーーああ、あの旧迎賓館の連中か。3人いた高校生の一人のことだろう。

 

「さぁ? 潰したかどうかは……お話ならしましたけど」

「お話か……ふっ」

 

是清は口元に、抑えきれない笑みを浮かべた。

 

突然殴りかかって含み笑い。こっわ。

これ事案というより、既に事件になってるよね。

 

どうしようかな。香澄たちに帰ってもらって、そのあと湖に沈めてスケキヨに改名してあげようかなーー

 

「やめてくださいっ!」

 

益体もないことを考えている俺の前に、香澄が立ちはだかった。

 

「え、ちょ、ちょっと。香澄ちゃん!」

「こんなのひどいですっ! 何するんですか……っ」

 

勇気を振り絞ってと言うように体を震わせながら、両手を広げている。

すごいな。俺だってスタンドなかったら、こんな筋肉お化けの前に立てないぞ。

 

じゃなくって!

 

「香澄ちゃん! 危ないから下がって!!!」

 

再び香澄を後ろに追いやった。

 

「でもっ! でもっ!」

 

香澄と押し問答をしていると、騒ぎを聞きつけたのか後方から「そこで何してるの!」という声がかかった。

ずんずん歩いてやってきたのは、我らが吹奏楽部の三輪部長だった。

 

「って、部長!?」

「香澄ちゃん、たえちゃんにこがねちゃんも……是清、これどういうことなの?」

 

是清とか呼び捨てかよ。なんか親しげだな。同じ3年だし、知り合いか。

 

「どういうも何も、俺は確かめたかっただけだ」

「確かめるって……」

「こいつがタカトシを潰した奴かどうかをだ」

 

三輪部長は是清の言を聞いて、あからさまにため息をついた。

 

「あなたがどんな噂を聞いたか知らないけど、それはきっと勘違い。

 こがねちゃんは関係ない。一週間一緒に練習してきた私は知ってるよ。

 あんな噂はかわいそう。こがねちゃんはーーただの女の子だよ」

 

「ふっ。ただの女が俺の拳をいなすか……まあいい」

 

全然よくねーよ。

噂は本当だけどさ。ちなみにただの女の子でもない。

 

あれ、よくないの俺のほうじゃん。

 

「だがお前たちは何か勘違いしているようだな。俺は礼を言いに来ただけだ」

「礼だって?」

「ああーータカトシたちを潰してくれてありがとう」

 

「「「「!?」」」」」

 

突然90度頭をさげる是清に、俺たちは唖然とするしかなかった。

 

「あれは本来なら俺が手を下すべきだった。

 だからこれは、番を張るものとしての礼だ」

 

理解不能を顔に貼り付けた俺たちに、是清は理由を話し始めた。

 

この学校の不良どもはもともと1つのグループにまとまっていたが、1年ほど前から2つの不良グループに分かれていたらしい。

それがこいつ率いる是清グループと、先日潰したタカトシグループだ。

 

片方の是清たちのグループは、言ってみれば「硬派」な不良だという。校門で男子の挨拶指導をしていたのもこいつらのようだ。

こちらが本来の、この中学校の不良グループだという。

 

その在り方は反社会的ではあるものの、むやみに喧嘩をふっかけることもせず、一般生徒に手を出すことを良しとしない派閥だという。

 

お前さっきしたけどな。

お前さっき俺に殴りかかってきたよな?

 

一方、タカトシたちのグループはこちらの方が素行が悪く、カツアゲや脅迫いじめなど気分の向くままに行動し、一般生徒にも被害を与えていたようだ。

 

是清たちのグループはもともとの主流ではあったが、数などの力関係的にはタカトシたちに負けていたらしい。

トップの年齢がタカトシたちが3年で、是清が2年だったというのもある。

不良はヤクザよろしく年功序列に厳しいからな。分家が本家を超えた感じになっていたわけだ。

 

だが、自称硬派な是清くんたちは、タカトシグループのことを苦々しく思っていた。

表立った争いまでは発展しなかったが、対立もあったらしい。

 

それでタカトシが卒業したのを機に、旧タカトシグループを解体・吸収しようとしていたのだが、なぜかタカトシたちは卒業したのに例の旧迎賓館に入り浸っていたため、今まで手を出しあぐねていたようだ。

 

そこを謎の人物がタカトシたちのグループを壊滅させたため、興味を持ったという。

 

長々と聞いたが、くそほどどうでもいい話だった。

 

「これからはこの学校は俺がシメる。だから以前のようなことは起こらないはずだ。

 手間をかけさせたな。あと、突然殴りかかってすまなかった」

 

再び頭をさげる是清。

 

「はぁ、どうでもいいですが、これからは迷惑のないようにお願いします。うっとおしいので」

「ちょっと、こがねん!」

「ああ、すみません……」

 

つい悪態をついてしまうな。

だって硬派とか言っても、要するにクズなんだもん。

 

「ごめんね。私からも是清には言っておくから……」

 

なぜか部長まで頭をさげる。

 

「あれ……えっと、なんで部長が謝るんです?」

「あー、そのー。私たち、付き合ってるの」

 

「「「えっ!」」」

 

 

三輪部長と是清と別れた帰り道は、当然さっきの話になった。

 

「ふぅーっ。あれはびっくりしたねー」

「うん」

「あれは本日一番の驚きだったよ」

 

三輪部長、いい人なんだけど男見る目ないですね……

俺をいい子認定している時点で、人物鑑定能力がアレだもんね!

 

それともあれかな……クラスの深窓の令嬢が、不良と付き合ってしまうパターンなのだろうか。

あの展開は心にグサッとくるからやめてほしい。

 

「本日一番って、そういえばこがねん、大丈夫なのっ!? けがとかない?」

「あー、大丈夫大丈夫。なんともないよ。たぶん当てる気なかったんじゃないかな?」

「……」

 

たえは疑惑の目つきをしているが、信じて欲しい!

もう番長とかいうやつらには関わらないから!

どう考えても厄介とお友達みたいな奴だったからな。

 

俺は番長とかいう、わけのわからない生物に興味はないのだ。

 

もちろん香澄やたえに被害が及びそうなら対処するけど、硬派とか言ってるようなら自校の生徒に何か仕掛けてくるようなことはないだろう。

 

しかしながら学校を締めてくれるというのは、いい話かもしれない。

血の気が多い連中も、秩序があると安定するものだ。

タカトシグループとやらに所属していた、そうした筆頭の連中はもう処理したしね。

 

ぜひ校内を平和にして、ときめきの溢れる学校にして欲しいものだ。

絶対に迷惑をかけないでもらいたいね。

 



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第10話「たぶんデート」

こがね達の通う御谷中の川を挟んで東側に、宮田中学校がある。

戦前は男子校だったこともあり、新校舎の建築とともに男女共学となったものの、男女比は今も八割が男を占めている。

 

この近隣の学区には御谷中の他に、進学校である第一秋島中があり、一定以上の学力を持つ子供はそちらに進学をする。

また、秋島中に通わせるだけの学力はなくとも、まともな中学に子供を通わせたいと考える家庭は、御谷中へと子供を進めた。

 

結果、宮田中はそれから溢れた者たちの受け皿となる役割をになう形になり、悪し様に掃き溜め中学とも揶揄されていた。

 

「くそがっ。御谷の奴ら、イキがりやがって」

「こっちにとばすんじゃねーよ」

 

宮田中の体育倉庫の裏でタバコをふかしていた金髪の男は、腹立ち紛れに吸い殻を地面に投げ捨てた。

向かい合っていた鼻にピアスをつけた相方が、立ち上る煙を足でもみ消す。

 

彼らの本来の溜まり場は宮田中の旧校舎であったが、そこには立ち寄れない理由があったために、ここでガス抜きをしていたのだ。

二人の不良の顔には傷口の生々しさから、最近できたと思われるアザがあった。

 

「あの野郎ーー是清だろ。次に会ったら、ただじゃおかねー」

「ああ」

 

御谷中と宮田中は学区が隣り合っており、さらには世間的には御谷中の方が優秀であると思われていることから、敵愾心があった。

だから宮田中の不良は、御谷中の生徒相手に慰謝料と称するカツアゲをよく行っていたのだが、先日その行為を、御谷中の番長ーー是清率いる集団に咎められ、争った挙句に負けたのだ。

 

一般的には逆恨み以外の何物でもなかったが、それで反省などする殊勝な人間はそもそも不良にはならない。

2人に残る感情は怒りだけだった。

 

「だいたいジョーヤクはどうしたんだよ。ジョーヤクはっ」

 

金髪が吐き捨てるジョーヤクとは、宮田中の不良と御谷中のタカトシたちのグループで結んだ約束事のことだった。

互いに関われば面倒なことになるのは明白だったため、争いを避けるために結ばれたものだ。

しかしその中身は、お互いが互いの学校の一般生徒を嬲っても関与しないという、大変身勝手なものだった。

自分達さえよければいいという考えのグループ同士で結んだ約束なので、当然の帰結かもしれない。

 

「やっぱあの話ーー本当かもな。タカトシたちが女にやられたっていう」

 

鼻ピアスが血が混じった唾を吐き、思い出したかのように言う。

 

「あのヨタか? そういえばあいつら、最近全然みてねーな」

「やったのが女かどうかはともかく、だから是清たちが調子に乗ってんだ」

 

「是清? お前たち、是清にやられたのか?」

「「!!」」

 

話の途中、突然割り込まれた金髪と鼻ピアスは、驚きのあまり新しく吸おうとしたタバコを取り落とした。

しかし拾うこともせず、体を硬直させた。視線の先には穴澤がいたからだ。

穴澤ーー宮田中の番長である。

 

「あ、穴澤さん!!」

 

「旧校にこねーと思ったら、こんなところにいやがったのか」

 

穴澤は、震える金髪と鼻ピアスたちを見下ろした。

特に顔についたアザを見つめている。

 

「あの、これはですね……」

 

金髪は言い訳を必死に続けようとするも、穴澤は最後まで聞かずに殴り飛ばした。

体育倉庫の壁にぶち当たる。

 

「馬鹿が。やるのは勝手だが、負けてんじゃねーよ」

 

跳ね落ちた金髪を、穴澤は蹴り続けた。

傍目からもすでに気絶してるとわかるが、止まることはない。

瀕死の体を様する金髪を見て、鼻ピアスは顔を青くする。

 

金髪と鼻ピアスの2人が本来の溜まり場である旧校舎に向かわなかった理由は、こうなることが予想できたからだ。

穴澤は宮田中の看板が汚れることをひどく嫌っており、前にもこうしたことがあった。

その時はタカトシたちとの間で交換条件を結ぶことで解決したが、今回はーー

 

「そこで何をしてい……ひっ!」

 

騒動を聞きつけてか、見慣れない男が顔を出してきた。

 

「何見てやがんだっ! 失せろっ!!」

「ひ、ひいぃぃぃ」

 

闖入者は這々の体で、無様に逃げ出していく。

その見事なまでの逃げ足を見て、穴澤は気勢がそがれ、ようやく蹴りを止めた。

 

「なんだあいつは……先公か?」

「セ、センコーは恐れてここにこねぇっすから、最近きた用務員のジジイです。

 旧校舎にも前に勝手に入って来てたんで脅しといたんすが、ここも俺たちのシマだって知らなかったみたいですね」

 

鼻ピアスは穴澤に必死に説明した。

 

「教育がなってねー様だな。なんとかしとけや」

「は、はい」

 

鼻ピアスは穴熊の矛先がそれたことで、やっと一息ついた。

 

「しかし是清とはなーー

 あいつの性格じゃタカトシがのさばってる間は、出てこねーと思ってたが」

 

不審げな表情を浮かべる穴澤。

悩む穴澤に対し、その後ろに控えていた男が出てきた。

 

「それなんですがね、穴澤サン」

「なんだ木村」

「タカトシたちがつぶされたっつー話があるんすよ」

 

もともと御谷中のタカトシ率いるグループは30人ほどいた。

これは高校生が率いているとはいえ、一つの中学で擁するにはかなりの人数だ。

以前は街中を肩をいからせて歩いていたタカトシら中核メンバーが姿を見せなくなったことに、木村は疑問を抱き調べていた。

その結果、タカトシたちのグループが再起不能になったことを突き止めたのだ。

 

「女が、それも一人でやったっていうのか。馬鹿馬鹿しい

 相手はーーあのタカトシだぞ」

 

穴澤が簡単に信じずに、そう吐き捨てるにはわけがある。

 

タカトシは小学生時代から札付きのワルで、その頃から近隣に名を響かせていた。

中学に入ってすぐ、指導を与えようとした上級生を返り討ちにし、1年にして別の不良グループを立ち上げたのは有名な話だ。

常識的に考えたら、女がどうこうできる相手ではない。

 

「だが、タカトシが消えたってのは本当らしいな」

「ええ、高校にも行ってない様っす」

 

木村は似た類の高校にツテがあった。

そのくらいの調べはついている。

 

「そうか……これはチャンスかもな」

 

穴澤は嫌な笑いを顔に貼り付けた。

 

「タカトシがいねぇならーーここらへん一帯を宮中が占められる」

「秋島はユートーセー学校だからどうとでもなりますがーーでもまだ御谷には是清がいるっすよ?」

 

タカトシとは別に、是清も有名な男だった。

見たものを圧倒する巨体と筋肉。筋が通らないことを許さない性格。

そして何よりも喧嘩が強く、負けを知らなかった。

直接相対したことはなかったが、同世代ということもあって、穴澤は常に是清を意識していた。

 

タカトシと是清。

所属するグループは別だがこの二人の存在が御谷中にいたことが、今まで宮田中が御谷中との争いを避けてきた理由だった。

 

「ふん。確かに是清は強い。一対一なら俺も危ういだろう。だが是清は愚直なやつだ」

 

しかしタカトシが消えた今、是清一人ならば、あの性格を利用してどうにかできると穴澤は考えていた。

 

「崩すぞ、御谷」

 

御谷中の方角を睨みながら、穴澤は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

その日は朝から清々しい気分になれるほどの青空が広がっていた。

東の海から西の山まで雲ひとつなく、今はまだ優しい5月の日差しが程よい陽気を街にもたらしていた。

広がる青空が清々しい。

 

何だっけな、こういうの時の気分。

そう、下ろしたてのパンツを履いた時の気分っていうんだ。

 

実際、今朝のパンツはおニューだった。

可愛いのを選べるほどのセンスもないから地味なスポーツブラにパンツだけど、男転生者の下着事情とかこの際どーでもいいだろう。

 

しかし内側はともかく、洋服には気を使った。

黒いリボンがアクセントの白黒水玉模様のタンクトップに、空色鼠のコットンハーフパンツ。

ちょっと子供っぽいが、俺もついこの間までは小学生。これならどこに出しても恥ずかしくない格好だ。

一緒に歩いてて、香澄たちに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないからな

 

ちなみに可愛さが正義となってしまう漫画を、コーデの参考にしている。

作中JSのファッションセンスには恐れ入るよ。

作者はホントに中身が俺と同じオジサンなのだろうか。

JSのファッションに精通しているオジサンってやばない? 漫画家とは業の深い職業である。

 

でも俺が自分で選ぶと、綾波やアスカの私服みたいになるからな……

綾波もアスカもコラボしまくっていろんなとこにPOPするけど、なぜか私服センスが絶望的なんだよな。

あれならユニクロのマネキン真似たほうがなんぼかマシかわからん。

 

とにかく俺は今日のデートのために気合いをいれた。

なんせ今日はデートだ。

 

一般に男女が2人で休日に出かけることをデートという。

これはあくまで一般になので、昨今のジェンダー論を応用すれば、女女が2人で休日に出かけることもデートといってもいいはずだ。

ということは別に、女女女が3人で休日に出かけることもデートといっていいはずだよね?

 

だからデートったらデート。

 

ちなみにこの理論をこねくり回すと、男が1人で休日に出かけることもデートと称することが可能だが、それは考えないようにしよう。虚しい。

 

プルルルル。

おっと電話だ。

 

「……私だ」

「あ、あれ? こがねんだよね?

 もしもーしっ! こっちは着いたけど、場所わかるかな?」

「あ、うん。こがねだよ! すぐ着くとこだよ。あっ、いたいたー」

 

電話を切って、香澄たちのもとへ駆けつける。

2人を発見したので、すぐに呼びかける。

 

「おまたせ~」

「こがねん、おはよっ☆ 全然待ってないよー」

「おーまたっされー」

 

どっちなんだ!

 

待ち合わせ場所にしたのは、駅前の噴水だ。デートスポットというか、わかりやすい目印で集合場所によく使われているらしい。

まだ街に慣れないという俺の言葉を聞いて、ここを指定してくれのだ。

 

可愛いものを逃さないこがねアイが、早速2人のスキャンを開始する。

 

うんうん。スカートから覗く健康的な素足が眩しかった。

 

「わー、こがねんのトップすってき〜☆」

「そ、そう? ありがと」

 

ありがとうございます! ば⚪︎スィー先生! ファッションを褒められました!

でもこのタンクトップ19000円は正直小学生には高いと思います!

 

こればかりは、財布が道を歩いている世界で良かったな。

この世界、街歩いてると結構変なのとエンカウントしてさ、倒すと金が手に入るんだよ。ドラクエみたいだよね。

 

「か、香澄ちゃんも可愛いよ」

「えー、ホント! 嬉しいなー。これあっちゃんとお揃いなんだ!」

 

そう言ってワンピの裾を両手で広げる香澄。

 

「それであっちゃんがねー……」

 

スイッチが入ってしまったようで、あっちゃんーー妹の惚気が始まってしまった。

あっちゃんが「お姉ちゃんとおソロがいいっ!」て選んでくれたことがよほど嬉しかったようだ。

 

クイクイ

 

「ん?」

「私は?」

 

俺のパンツの裾を引っ張ったのは、たえだ。

 

「もちろん、たえちゃんも可愛いよ! 可愛い可愛い!」

 

そう、そのブラウスっていうか? シャツみたいなの?

 

……すまんな、未だに女子の服装の語彙がないんだ。

頭の中のJC辞典も絵本なみに薄すぎて、褒め言葉もカワイイしか出てこないし!

 

でも女の子の会話の8割はカワイイで乗り切れるって誰かが言ってたし、俺はこれで乗り切るぞジョジョぉ!!

 

「めっちゃ可愛い! めっちゃ可愛い!」

「むぅ。おざなり」

 

あわわ。

 

見事乗り切れなかった俺は、ふくれてしまったたえの機嫌を取るのに、しばしの時間を要するのだった。

 

 

「へいへいへーい。彼女たち、今、暇ー?」

「俺たちめっちゃ暇なんだー。アソボーよっ」

 

楽器店へ向け香澄とたえとかしましガールズトークをしていると、可憐な花に惹かれて害虫どもが現れた。

ちょっと歩くとすぐこれである。

 

「え、え」

「……」

 

香澄とたえは、目を白黒させている。

ちょっと前までは小学生だったから、ナンパには慣れてないのかもしれない。

 

しかし今の2人は第二次成長期前の妙な色香が出だしているので、ちょっとしたロリコンホイホイになっていた。

サル2人は見事に発情している。

 

「え、この子達、めっちゃ可愛い! めっちゃ可愛い!」

「ホントだ、まじやばいレベルの可愛さ!」

 

どこかで聞いたような感想を連呼するヤンキーども。

 

可愛いしか言えんのかね、これだからサル語しか話せないサルは困るね。

こいつらと同じ厚さの辞典を使っている自分がイヤになるよ!

 

「あー、はいはい」

 

俺は戸惑うことなく、ゴールドエクスペリエンスで2人の後頭部を叩いた。でも、軽くね。

 

そして流れるような動作で、サル2人の後ろを通り過ぎようとしていた、無関係のゴリラ顔した通行人の後頭部も叩く。

 

「は?」

「ぎぇっ」

「ん?」

 

後頭部を叩かれたことで、全員が振り返る。

つまり見つめ合う3人。

 

「てめぇ、突然殴るとか、何してくれとんじゃワレ」

「は? こっちのセリフだボケが」

「ざけんなよっクソっ」

 

そして始まる大乱闘。

サルとゴリラで頑張ってスマッシュブラザーズして欲しい。

 

「ささっ、行こう行こう」

「え、あ、うん」

「わわっ、押さないで〜」

 

あんな奴らには、構う時間が無駄だからね!

いまだ戸惑う2人の背を押して、そそくさとその場を離れた。

 



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第11話「星の鼓動マスター」

 

「だいぶ来たけど、そろそろなんだよね?」

 

バスを乗り継いで下車してしばらくーー10分ほど歩いたところで、俺は2人に尋ねた。

 

「うん。そう……だと思う」

「だと思うって、随分曖昧だね。地元じゃなかったの?」

 

俺はEDOGAWAGAKKIの存在は知っていても、実際に行ったことはなかった。大体の場所をネットで抑えたくらいだ。

この辺についての土地カンは彼女たちの方があるはず。

たえは小学生5年の時にこの街に引っ越して来たと行っていたから、地元と呼んでもいいはずなんだが。

 

「そうだね。だけどこの辺はあんまり来たことないから」

 

あ、そういうこともあるか。

たとえ地元でも足運ばない場所ってあるよな。

しかもまだ中学生になったばっかりだし、行動範囲もしれてるってもんか。

 

「というか、この辺ーー旧市街地は、ガラの悪い人が多いから、あまり行かないようにって言われてた。

 だから私はあんまり知らない。香澄も、だと思う」

「あー、だからさっきから香澄ちゃんがキョロキョロしてたのか」

 

バスを降りたあたりから、何だか旅行先の子供みたいに目を輝かせていたから妙だと思ってたが、そんな理由があったのか。

今もあちこち珍しそうに見回している。

 

というかこの旧市街とやらは、治安が悪い地区なのか。

学年集会とかで「この辺は近づかないようにしましょう」とか御触れが出るような場所なのかもしれない。

それならあんまり2人を連れてこない方が良かったな。

 

しかしこの世界の香澄はアニメ世界の香澄より、気持ち行動が抑えめな気がする。落ち着いているというか常識的というか。

言っちゃなんだがアニメ版の香澄は、青空ぶっ飛びガールなところがあったからな。まぁ、そこが魅力ではあったんだけど。

 

香澄の性格なら、小学生時代に冒険と称して飛び回っていてもおかしくないんだが。何しろ高1にもなって、道に貼られたシール追いかけちゃうような子だからね。

そうしてないあたり、そこら辺に理性のブレーキがある気がする。

 

たえも不思議ちゃん的要素が薄れて、思ったより常識的だ。香澄の抑えに回ってたりするし。

やはり芸能界の闇という外的因子が、そうさせたのだろうか。

 

ただ、ガールズバンド結成とかって割と常識じゃできない行動だから、この常識的になった部分が今後のライブ活動とかにどう関わってくるのかがちょっと考えものだ。

戸山香澄伝説。ここでも作ってくれるのかな……

 

「わー、初めて見るお店がいっぱいだよ。

 ねぇねぇ、このお店とかすっごいよ。なんのお店だろう? すっごくキラキラしてる!」

「わっわ! 香澄ちゃん! そこはっ!」

 

香澄が電飾の激しい店に吸い込まれていく。

落ち着いてるとか思った途端に、すぐこれだよ!

 

「キシシ。おおっ可愛こちゃんごにゅうてーん!」

 

おらぁっ!!

ドガッバキッ!!

 

「香澄ちゃん、ここはゲームセンターっていってね、変な人しかいないから入っちゃいけないよ」

「変な人? あっ、ホントだ。あの人ゴミ箱に頭から突っ込んでる! 大丈夫なのかな」

「ユニーク」

 

大丈夫。変な人って丈夫だから。

 

「でもこがねん、ここ初めてなのによく知ってるね!」

「……まぁね」

 

前世じゃよく行ったからね……

 

より変なのが集まってこないうちに、そそくさとゲーセンを後にする。

香澄とたえが離れないように、しっかり手綱を握って歩き出す。

 

「ぷはーっ」

「……(ジロジロ)」

 

しっかしここーー旧市街だっけ。ホントガラの悪い奴ら多いな。

コンビニ前でタバコ吹かす奴らとか、ガードレール前でメンチ切ってる奴らとか多すぎだろ。

大通りはまだマシなんだが、道を外れるとそれが如実だ。

 

これに比べれば俺たちが主に住んでいるーー新市街の治安はずっとマシと言える。

新市街にいる分には、御谷中の生徒はまぁ安全だろう。

 

ちょっと前までは、隣の宮田中の不良から絡まれることなんかもあったようだが、最近は例の番長ーー是清くんが暴れているようで、それも落ち着いたようだ。

助けてもらったとかいう話も聞いた。

 

番長ってそういう生物だっけ? 

UMAの生態なんか知らんからな。

助けるのはいいんだけど、タカトシとやらにやり込められていたようなやつが、そんなことできる実力あるのかねぇ。

ま、ビッグフットの足のデカさを気にしても仕方ないか。

 

「あっ、ここ通ったほうが近道っぽくない?」

「うーん、初めての道だから変なトコはやめとこう」

 

歩いてるとチラチラ脇道が目に入るんだけど、裏道は入ったらやばそうだからね。

行政は何をやっているのかな。道路もゴミとかひどいし風紀が乱れてる。

風紀委員がいたら激おこしそうだな。そんでもってそのまま連れ去られそう。

 

ここを禁止区域に指定した香澄両親ぐっじょぶだよ。こんなところにいたら処女膜が何枚あっても足りないよ。

できればさっさと通り過ぎたいところだ。

 

「ぐるぐる先生によるとこの辺なんだけどなー」

 

現実の聖地と地名どころか地形すら違うから、マップを見てもさっぱりなところがある。

 

「大社通りはもう一本向こうだから、あっち」

 

途中から起動していたスマホのアプリだが、位置情報がズレていたようだ。

たえの指差す方に向かうと、大社通りの看板があった。

 

「ほんとだ。あとはここの道沿いに行けばオッケーか。

 でも大社通りっていう割に、近くにお寺とか神社ないんだね」

 

ちょっと見渡してみても、目立つシンボルが見当たらない。

地図上にもそれらしい記号がなかった。

 

「お寺、お寺……あ、そういえばこの先の星見の丘って、昔神社があったんだよって、お父さんが言ってた!」

「へー、そうなの? 香澄ちゃん」

「うん。建物は火事で無くなっちゃったからもうないんだけど……ほら、あそこ。あそこのグリーンなところだよ」

 

香澄の指差す先ーーその先には生い茂る森と小高い丘があった。

この大社通りとやらは、昔神社があったと言われるその丘へ続いているようだ。

その丘はこの辺で唯一星がよく見える場所ということで、最近では星見の丘と言われているらしい。

 

「森の反対側は原っぱになってて、鳥居だけ残ってるんだ。

 ずぅーっと前に、お父さんとあっちゃんと行ったんだよね。あー、懐かしいなー。

 今は私有地になっちゃって入れなくなっちゃったんだけど……」

 

鳥居だけ残った原っぱとか、微妙に怖いな。

神社って、転生してから最も行きたく無い場所の一つなんだよね。

なんせ神の理不尽さを現在進行形で経験してる身だからね。

 

でも俺って世界で一番神の存在を信じてる存在かもしれない。信心はカケラもないけどな!

 

「あ、私もそこ行ったことあるかも。変なところだった。

 でも来年には何かの建物が建つから無くなっちゃうって聞いたよ」

「え、おたえホント!? そっかぁ……無くなっちゃうのか。

 あそこから見える星、綺麗だったんだけどな」

 

星かぁ。星、星……ってか星見の丘?

 

「……星の鼓動」

 

「!? えっ! こがねん何でそれ知ってるの!?」

「え、あ、あ」

 

やっば。

 

香澄が星とか言い出したら、つい口をついちゃったよ。

ここだと、香澄は自己紹介で星の鼓動なんて言ってないんだったわ。

星の鼓動なんて単語を、俺が知っていたらおかしい。

 

「ひょっとして、こがねんも聞いたことあるの? 星の鼓動!!」

「え、う、うん。まぁね、私くらいになると星の鼓動の一つや二つ……」

 

混乱のあまりわけのわからない回答をしてしまった。

なんだよ星の鼓動の一つや二つとか……刻の涙なみに意味不明だわさ。

 

「ううっ……やっぱりあったんだ! 星の鼓動!! こがねーん!!」

 

しかし香澄は目を潤ませて、抱きついてきた。

 

あわわわわわ。

 

胸の鼓動を感じるよ!

 

「よかった! 私がいくら聞いたことがあるっていっても、みんなバカにするし、おたえ以外誰も信じてくれないし……」

「!! ある!! 香澄ちゃん! 星の鼓動はあるよ!! クズなのはこの世界のやつらだよ!!」

 

若干涙目となった香澄を、俺は必死で慰める。

 

うーん。この世界バンドリみたいに優しく無いし、クズ多いしバカにされてしまったのか。

自己紹介で言わなかったのは、そのせいもあったのかな。

 

「でもこがねんも聞いたことあるなら、やっぱり星の鼓動はあるんだね!」

「ソウデスネ」

「しかもこがねんは2回も聞いたんだもん! 私よりずっと聴いてる!星の鼓動マスターだよ!!」

 

そんなマスターは嫌だ。

どちらかというと胸の鼓動マスターになりたい。

 

 

ほどなくして楽器店にたどり着いた。

EDOGAWAGAKKI。うん、アニメで見た通りの店構えだな。

 

でもちょっと寂れた感じがするような……掃除は行き届いてるんだけど、建物全体からくたびれたオーラが漂っているような……。

フロントガラスも修繕の跡があるし。3Fスタジオも「改装中につき使えません」の張り紙がしてある。

 

でもそんな感想を抱いたのは俺だけのようで、香澄とたえは店内の楽器を覗き込んで「早く入ろっ!」と息巻いている。

 

「わぁ……綺麗」

「すごい」

 

そでを引っ張られるままに中に入ると、さすが楽器店という感じだった。

色とりどりの楽器が飾られている。

管楽器で言えばサックス、マーチングメロフォン、コルネット。

以前は何とも思わなかったかもしれないが、吹奏楽をやって見識が付いてくると、目に入る楽器が頭に入ってくる。

 

ギターももちろんあるぞ。よしっ!

 

「あれ、でも店員さんがいないね」

 

レジにテーブル、商品棚と見回して見ても誰もいなかった。

無人店舗。ぬいぐるみが接客。

イスに乗せられた謎のぬいぐるみが、寂しそうにこちらを見ている。

 

「留守かな?」

「それはないと思うけど」

 

「……だから! リィちゃんはゼーッタイっにイヤだかンね!

 ここ辞めるなんて絶対イヤなんだからっ!!」

 

急に二階から女の子の怒鳴り声が聞こえた。でもちょっと涙も混じってそうな様子だ。

そして二階へと続く階段から、声の主が降りてきた。

 

「ぐすっ……んやーっ、お客さんっ!? ごめんね、変なトコ見られちゃって」

 

えへへっと頭を書きながら、彼女は照れ笑いを見せる。

イスにあったぬいぐるみを抱き寄せて、恥ずかしそうに顔を埋めた。

 

「店員さんですか? ずいぶんと若いような……」

 

若いというか、小さい。

 

俺たちと同じぐらいの年代。つまりは中学生にしか見えない。

蝶ネクタイにエプロンみたいな制服が、おままごとに見える。

 

「そうだよ。ちょっーと店長は今、立て込んでてね! あ、リィちゃんはここのバイトなのじゃー」

 

えっへんと胸を張るバイト戦士、リィちゃん……。

 

あ、このテンションの高さ。この子がひょっとして鵜沢リィか。

Glitter*Greenーーグリグリのベースだ。

名札を見ると、案の定「鵜沢」の文字があった。

 

えーと、アニメでは高3だから、今は中3のはずだ。

ずいぶん古参の雰囲気出してたけど、中3からバイトしてたのかよ。

校則緩いなぁ。どこ中か知らないけどさ。

この世界、校則どころか法律すらユルユルだから気にしても仕方ないね。

 

「それでそれでーー? ありゃりゃ、よく見るとずーいぶん可愛いお客さん!

 珍しいねー! 今日は何かお探しかな?」

 

「あ、私たち御谷中で吹奏楽やってるんですけど、それで楽器を見にきたんです!

 お店の中、キラキラでビックリしました! こんなにたくさんの楽器、見たの初めてっ」

 

香澄が目を輝かせて答える。

 

「フッフーーーー☆ 結構種類あるでしょ? リィちゃんもここの子達、大好きなのじゃー!!

 それにしても吹奏楽? パートは何々?」

「ユーフォニアムです!」

「トランペット」

 

香澄とたえが即座に答える。

 

「んむむー、ゆーふぉゆーふぉ……トランペットは棚にあるけど、ユーフォは裏から出さないとねー。確か調整したばかりのやつがあったはずなんだけど。ちょーっち待ってて」

「あ、お金はあんまりないんですけど……」

「ふふっ、そんなの分かってますって。とりあえず見て見てよ。値段の話はそれからってことで!」

 

香澄が指をもじらせるのを見て、鵜沢リィは苦笑した。

楽器は基本高いから、こんな見るからに中学生3人組が即買いするなど思ってもないのだろう。

それなのに触らせてくれるのを優先するとは、できた店員だな。

 

裏に回ったリィは、すぐに一抱えしつつ出てきた。

箱から出したばかりのような、新品オーラを醸し出すユーフォニアムだ。

歴代で使い回された吹部のやつより、圧倒的に光り輝いて見える。

 

「じゃーん! うちにあるユーフォはこれだよ!

 他にもいくつかあるんだけど、とりあえずすぐ出せるの持ってきたー」

「ええっ! すっごい! すっごいよ!!」

 

「んやー、吹いて見る?」

「ええええ、いいんですか!」

 

「もっちろーん☆ 楽器は吹いてこそだねっ!」

「キラキラだぁ……私、見つけたかもしれない……」

 

見つけちゃらめぇーーーっ!!!

 

ユーフォを見た香澄の反応がすっごい!

将来が不安になるレベルで興奮していらっしゃる。

 

キラキラはーーキラキラ評価はランダムスターのために取っておいてくれ!!

 

視線をたえに移すと、あっちはあっちで壁に飾ってあるトランペットを見てうっとりしている。

 

トランペットごときが、たえをギターから寝取ろうとしてやがるっ! 

ラッパごときがぁ……っ!

 

まずい……まずいぞ。インターセプトしなければ。

 

「おーっと。そっちの君は何にするんじゃー?」

「こがねんはシンバ……」

 

「ギターを」

 

言ってはならない単語を香澄が口にする前に、俺は血走った目で要求する。

 

なにがシンバルだバカバカしい!

香澄の綺羅星はギターがいただくんだ!!

 

「一番いいギターを頼む」

 



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第12話「Glitter*Green」

違うよ。違うよ。そうじゃないよ。

 

さすがに音楽室のようにハープが登場することはなかった。

しかし、一番いいギターということで鵜沢リィが持ってきたのは、ギターはギターでもアコギだった。

 

しかも古く巷じゃフォークギターと呼ばれたタイプだ。

つまりは昭和の6畳間。浪人生が受験勉強から逃れるために、窓辺に腰掛けながら手にしてそうな代物だった。

 

思わず、「そんなギターで大丈夫か?」と問いかけたくなった。

でも「大丈夫だ問題ないんじゃ」とか返されたら嫌なので、口を閉じた。

 

「へへっー、いいでしょ! これがうちで一番いいギター。

 マーチンのDー35。店長が前に鳴らしてたんだけど、音の伸びがたまらないのじゃー。

 鳴らしてみる?」

「……」

 

マーチンでもデコイチでもどうでもいいよ!

なんだろう……このアコギのコレジャナイ感は。スターがスタイリッシュさが足りない。

 

トゲが足りないんだ。

神秘的なユニコーンも、ツノがなくなればただの馬になる。

個人的にはアコギの丸いフォルムもいいんだけどさ……

 

ほら、香澄もキラキラしてないし。

ほえー、これがギターか見たいな顔してるし!

 

たえにいたっては「これは武器じゃないね」とか呟いてる。

まさかトゲがないからじゃないよね? 俺はギターを振り回したりなんかしないよ!

 

「あ、あの、エレキはないですかねぇ? 例えば、その……ランダムスターみたいな」

「んむむむむーーランダムスター? ESP社の奴だよね? 

 いやー、ちょっとなかったかなー。別のエレキならいっぱいあるけど」

 

ランダムスター未入荷!

 

でもここにあって、香澄が気に入って買う!!ってなっても、それはそれで香澄が有咲から540円でかっぱら……ごほんごほん、香澄と有咲の友情イベントが無くなってしまうから、困るな。

 

でも香澄とたえにはギターに興味持ってもらいたいし……

ああ複雑なフラグ管理。

 

「ギターかぁ。こがねん、そういえば前もギターのこと話してたよね。

 ひょっとして、ギター弾きたいの?」

 

弾きたいんじゃないよ、お前が弾くんだよ!!

 

「んやっ! そういえば君、女の子なのにギター希望って珍しいね!

 確か吹奏楽じゃ滅多に使わないと思うけど、弾くの?

 ……実はリィちゃんもなのだっ☆ と言ってもギターじゃなくて、こっちの方だけどっ」

 

そう言って鵜沢リィがカウンターの影から取り出したのは、ベースだった。

シールドを引っ張り、試奏用に準備していたらしき小型のベースアンプにテキパキとつなぐ。

 

ベースーーグリグリでの彼女の担当だな。

 

えーと確かGlitter*Greenは、ギタボの牛込ゆり、ベースの鵜沢リィ、キーボードの鰐部七菜、ドラムの二十騎ひなこの4人で組んでたはずだ。

中の人がミルキィホームズだったので、無駄に覚えてる。

 

特に二十騎ひなこについては、すげぇ苗字だなって突っ込んだ記憶がある。

バンドリキャラたちって、新宿の地名からとってるんだよね。

この世界じゃ地名違うんだけどさ。キャラ名が優先されたんだろうか……かぶっても変だし。

 

鵜沢はグリグリでベースをかき鳴らしていた奴だ。

だからリィがベースやってても何もおかしくないんだが……でも、そもそもグリグリってこの世界にあるのか……?

 

「これはベースって言うんじゃー!! 君はギター弾くなら知ってるよね?

 バンドで、低音を出してねーー音に深みをつけるんだよ。こんな感じ」

 

弦楽器特有の空気を震わせる音が鳴り響いた。体の奥まで届くような重低音。

リィの弦を弾く手付きは滑らかであり、相当な鍛錬を伺わせた。

 

こいつ中3だけど結構弾き込んでるんじゃないのか?

 

「わぁぁぁ。こんな音が出るんだぁ……」

 

香澄の目も大きく広がり、たえも興味津々といった感じで覗き込んできた。

 

「フッフーーーー☆ 2人とも弾いてみるかーい?」

 

リィが布教するがごとく、ベースを香澄とたえに触らせた。

2人の反応は上々だ。

たえなんか初見のはずにもかかわらず、軽快に弦を弾きだした。

構えも様になってるし。本当に初見? これが才能ってやつなのかな?

 

お、お。

 

考えてみりゃ、ベースもギターも似たようなもんだよ。

ペグ数とかスケールの長さで区別できるけど、初見じゃまず違いがわからない。

しかも鵜沢のエレキベース、トゲがある。鋭い感じでめっちゃかっこいいし!

 

「店員さんも、そのーーバンドやってるんですか?」

「まっさかー。リィちゃん、腕も足りてないし、やるなんて言ったら、間違いなく猛反対だよー。

 ほら、バンドってやっぱりアブナイイメージあるからねー」

 

「あはは、そうですよね……残念」

 

イメージってか、この世界のバンド界隈って本当に危険だからね。

はびこる暴力! セックス! ドラッグ! 芸能界の闇、仕事完了ってな感じで。

 

それにしてもやっぱりなかったみたいだな。Glitter*Green。

こんな世界であるわけないか。女の子だけのバンドなんて。

そうでなくても、よほど男慣れた女でもなけりゃバンドの一員になることだって難しい。

 

ちょっと鵜沢リィがバンドに加入した場合を、想像してみよう。

当然他バンドメンバーはみんな男だ。観客も半グレみたいな男が大半かな。

リィも紅一点。しかも若干お子ちゃま体系とはいえ、このビジュアルに陽気な性格だから相当人気出るだろうな。

美少女ベーシスト、リィちゃん見参ってな感じで。

 

付け狙うファン。

ニヤつくバンドメンバー。

ショバ代をせびるハウスオーナー。

デビューをチラつかせるプロデューサー。

迫り来る甘言と暴力!

シャブ漬けキメセクアヘ顔ダブルピース!!

 

おっと、想像がすぎましたかね。

でも妄想ではないんだよなぁ。

 

「バンドかぁ……」

 

そうかぁ。

香澄たちにバンドやってもらうには、本人たちの意思はもちろんだけど、バンドを取り巻く環境そのものもなんとかしなくちゃなぁ……

こんな民度の低い土人たちばっかの界隈じゃ、まともにバンドできないもんね。

 

ってか、ひょっとしてグリグリの演奏見てキラキラしてくれなきゃ、香澄やる気になってくれなくないのか?

そうだよな。原作だって最初に見たライブがガールズバンドじゃなきゃ、あそこまで興奮してくれなかったかもしれん。

前提条件で、まずグリグリが必要?

 

グリグリが必要なのか!

 

「でも弾けるなら、弾いてみたいな……みんなの前でベース」

 

刻んでいたビートを止め、リィはぽつりと呟いた。

 

「リィちゃんも、これまでケッコー頑張ってきたから、リィちゃんの音、もっとたくさんの人に聞いてもらえたら嬉しいなって。

 なーんてね、アハハ」

 

「やりましょう、バンド」

 

アンニュイな表情を浮かべる鵜沢に、俺はキメ顔でそう言った。

 

「え……」

 

「できますよーー諦めたらそこでライブ終了です。

 誰が女の子はバンドをしちゃいけないなんて決めたんですか?

 そんなことはないですよ。女の子だってバンドに参加していい。

 ううん、それだけじゃない。女の子だけで、バンドを作ったっていいはずです。

 ガールズバンドです。そして、ライブハウスも女の子でいっぱいにしましょう!!」

 

そう、グリグリを作るのだ鵜沢よ。

まずグリグリができる。それを見た香澄が感動して、ポピパができる。このラインを作っておく必要があるだろう。

俺もグリグリの活動を影で支えるくらいのことはしてもいいぞ。

 

まぁ、もともとポピパを考えるなら、業界の掃除くらいはやるつもりだったからね。

伊達にステータス:暴力極振りじゃないよ。

 

また、それ以上にグリグリには重要な役目がある。

それはポピパに先立ってガールズバンドとなることで、発生しうるトラブルの芽をそこに集めるのだ。

 

つまり試金石だ。

グリグリは犠牲になるのだ。ポピパの犠牲にな!!

そしてガールズバンドが安全だと証明してくれ!

 

ひどい?

うるせぇ! 俺は墓標にレクイエム歌われたくなんてないんだよ!

 

「鵜沢さん! バンドですよバンド!! やりましょう! バンド!!

 絶対楽しいですよ!! 胸の奥にある、その熱い思いをぶつけましょうよ!!」

 

ぽかんとした顔のリィだったが、俺の情熱にほだされたのか、次第に目にやる気が灯ってきた。

 

「ふぁぁぁ。そう、だよね。今は無理でも、最初から諦めてたらやれるわけないもんね。

 よぉっし! うん。リィちゃん、ちょっとやってみるよ! 頑張ってみる!」

 

おお! よく決心した鵜沢っと!!

お前がナンバーワンだ!!

 

「すっごーーーい! こがねん、すっごい! 私、応援するよ」

「私も」

 

ん?

なんかカスミエルが不穏なことを言いだした。

 

「こがねん、ギターやるんだよね! バンドってまだよくわからないけど、音楽やるんだよね!

 シンバルは残念だけど、こがねんのギターも聞きたいな!」

「こがね。がんばっ」

 

「はへ?」

 

な、なんか天使たちにすごい誤解が生じていらっしゃるぞ!!

 

「んやーっ! 君、こがねちゃんって言うんだね。私は鵜沢リィーーこれからよろしくね☆」

 

あわわわわわわわ。

 

ぱふぱふー

 

たえの鳴らす終末のラッパ音が、店内に軽やかに鳴り響いた。

 

 

失敗した×100

 

どうしてこうなってしまったんだ!

あれからの記憶が飛んでる。

 

失意のままリィが手を振る楽器店を後にし、香澄とたえが談笑する横で、俺は口からエクトプラズマを出していた。

 

俺が今自宅の勉強机の前にいるとしたら、「くそっ、やられた」と頭を抱えながら瞳孔をかっぴらいているところだ。

 

こんな後悔は転生して初めてだ……

 

ゴールドエクスペリエンスさんの視線が痛い。まるで死神のようだ。

 

考えてみればスタンドも死神も他人に見えないし、似たようなもんだな。

 

死神の力を使った人間が、天国や地獄に行けると思うな。か。

これレクイエムされるってことっすかね!?  リュークぇ!!

 

くっ。今更後悔してもしょうがない。

前向きに考えよう。

 

未来は明るく元気よくと考えると、これでグリグリができる目処が立ったわけだ。

俺がグリグリのギターやることになってるとか、さささささ些細な問題だと思おう。

 

バンドでセンター飾るなみにギター練習するの? とか、鵜沢たちも闇から守るの? とか、グリグリのメンバー集めもするの? とか些細な問題だよね……

 

日々のデイリーが積み重なってきたけど、これ消化できるのかな。

ログボ勢になりたい。

 

「でもでもっ! こがねんがバンドやりたがってた何てビックリしたね!」

「驚いた。けど、ちょっと納得だったかな」

 

「納得?」

「うん。ロックな奴はバンドを始める運命にあるって、聞いたことがある」

「ハハッ。誰がそんなテキトーなこといったの……」

 

うちのたえに変なこと吹き込まないでほしい……。

 

「えーと誰だっけ……神様?」

 

誰?

あのジジイじゃないよね?

 

まぁ、香澄たちがバンドに興味持ってくれた、それだけで今日の収穫としよう。

まだまだ中学1年生。高校まで3年あるし(震え声)

 

「さーてとっ。今日はこれからどうしよっか。まだ明るいし、図書館にでも行く?

 あ、でもこがねんに街の案内もしてあげたいな」

 

「!!」

 

「あれ? おたえ? どうしたの?」

 

香澄が今後の予定を並べていると、たえの様子がおかしくなった。

目を見開いて、心なしか体も震えている。まるでおばけやブラクラでも踏んでしまったかのような反応だ。

 

こんなに動揺するなんて、マイペースなたえには珍しいな。

視線の先はーー商店街か?

 

「おたえ?」

「ううん。なんでもない。ごめん香澄、こがね。

 今日は用事思い出したから帰るね」

「? え、あ、うん。じゃあね?」

 

挨拶もそこそこに、たえは逃げ出すように立ち去ってしまった。

 

……何か見たのか? 何を見たんだろう。

スーパーの袋持った主婦。駆け回る子供。いちゃつくカップル。変なオヤジ。

何の変哲も無い商店街。まばらに人がいるだけで特に不審な点は見受けられない。

 

「おたえ、行っちゃったね。どうしたのかな?」

「さぁ? でも帰る方向一緒だよね?」

 

香澄と俺は顔を見合わせると、とりあえずたえの後を追って駆け出すのだった。

 

まぁ、でもたえも何でも無いって行ってたし、大丈夫だろ!!

ウサギに餌をやり忘れてたとか、そんなところじゃないかな!!

 



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第13話「這いよるもの」

「お父さんーーあの男がいた」

 

仕事から帰ってきた背中にそう告げると、父は青ざめた顔で振り返った。

 

「見たのか」

 

こくり

 

「どこでーー?」

「今日友達と旧市街に遊びに行ったらーー商店街。あの大社通りの近く」

「そうか……まさかここまで来るとは」

 

うなだれたように顔を伏せた父だったが、すぐに気を取り直すと、決意に満ちた表情で顔をあげた。

 

「たえ、この街を出るぞ。母さんにはもう言ったのか?」

 

「! え、でもそれは、お父さんの仕事だって……お母さんにはまだ言ってないよ」

「私の仕事はいいんだ。大事なのは、たえーーお前だ。

 そうだな。お母さんには私から話そう」

「でも出るって、引っ越すってこと?」

 

この話をすれば、その結論に達することがたえには分かっていた。

だから一旦は見送ろうとも思った。

自分が我慢すればいい、と。

 

でも思い出されるのはあの時の光景。

昔飼っていたウサギたちが全羽……っ

 

ーーそれにこれはたえだけの問題では無い。家族にとって重要なことだ。

だから言わないわけにはいかなかった。

 

「それに私の見間違いかもしれない。

 たまたまこの街に来ていただけかもーー」

「……そのあたりも含めて、母さんと相談だな。

 くそっ! そこまで執念深いなんて……」

 

父が普段見せることのない表情で、普段吐き出したことのない単語を口にした。

 

今日の夜は、長くなるかもしれない。

そしてこの問題は前回引っ越すこと以外で、解決できなかったものだ

解決の見込みが無い以上、この闇はいつまでもたえについて回るのだ。

 

警察も会社も世間も社会も、誰もたえたちを助けてくれなかった。

 

ふと頭に浮かんだのはこがねの顔だった。

闇を払えるのは黄金だけーーそんな益体もない考えが頭をよぎったけど、すぐに頭を降った。

 

こがねはたえと同じーーただの中学一年生だ。

それにこの問題に友達を巻き込むわけにはいかない。

 

だからたえはこのことを、絶対に誰にも話すつもりはない。

引っ越すときも、黙って引っ越すつもりだ。

 

でもこがねにもしこの思いが届くならーー

そんな思いを胸に、たえは両親の待つリビングに向かった。

 

 

おはろ☆

 

俺はただの中学一年生。円谷こがねだ。

 

ただの中学一年生である俺は、一般的なごく普通の中学生がよくやるように、友達の家の床下に忍び込んで、モグラのように息を潜めて盗聴器に耳を傾けていた。

 

たえの借り家が、昔ながらの昭和風民家でよかったよ。

風通しの良さを優先して考えられた日本家屋はぺりぺり床をめくれば、床下に結構なスペースがあったりする。

 

ひどいとこだと基礎とか考えられてなかったり、床下スカスカだったりするからね。土壌の作りも甘い甘い。

床下に赤の他人が潜んでて、知らず十数年同居してた事件なんかも昔あったな。

 

たえの家も、土壌をちょっと削れば侵入できた。

最初モグラに掘らせて進んだけど、あいつら穴掘るスピードがカタツムリより遅いのな。

結局いつも通りの脳筋で、自分で掘ったほうが早かったわ。

おかげで辺り一面変換したミミズで触手プレイだよ、あはは。

 

居間の真下に潜り込んで次に取り出したのは、コンクリートマイクだ。ズバリ盗聴器である。

仕組みはちょっと違うが、医者の使う聴診器みたいなもんだな。

マイクを押し当てることにより、壁や床を挟んだ向こう側の会話を鮮明に聞き取れるようになる。

 

この盗聴器は、そこら辺の不良から以前に押収したものだ。

あいつらってバカで素寒貧のくせに、こういう値が張りそうなガジェット結構持ってるんだよな。

どうせ盗んだか奪ったかして、手に入れたのだろう。

 

人から物を取っちゃうなんて、信じられない悪党だよね。

こがね許せない!(手元の盗聴器を見ながら)

 

さて、ここまでの不法行為を息をするようにやってのけた俺だが、なぜこんなことをしてるのかに疑問を抱く奴はおるまい。

 

あんな別れ方をしといて、きっとウサギにエサをやり忘れただけだから大丈夫だろう! なんて考えてもいいのは元のバンドリ世界だけさ。

 

俺は、マタマモレナカッタとか言いたくないよ?

 

マタとか許されず、ワンミスでレクイエムだからね。

マリオですら残機2から始まるのに勘弁してほしいよ。

 

だから俺はできることは全部やるのだ。こうした真っ黒な情報収集もその一環。

JCだから大抵のことは許される。

 

厨二風にいうなら、「闇でしか裁けない罪がある」といったところだろうか。

この続きを言うと、さすがにJCでも許されない。

 

とにかくこの日本って国は、未成年と女子供にはやたら甘いからな。

 

たとえこの場で現行犯逮捕されたとしても、責任阻却事由満載で確実に無罪となるだろう。

その代わりに芸能界の闇とやらは、女子供に厳しいんだケド。

 

ただ、内心忸怩たる思いがないワケではない。

俺にとってポピパメンバーは、不可侵領域だ。サンクチュアリといっても過言ではない。

メンバー以外にはどんな傍若無人にもなれる俺だが、彼女たちに対しては誠実でいたい。

 

なので、たえの家にこんなマネするのは大変不本意なのだが、緊急避難と思って許してもらいたい。

ダメかな? 中身男だしね、とほほ。

 

もともと初日のたえとの会話で、過去に何かあったことは気付いていた。

たえが小学生のときから香澄と会っていたこともそうだし、小学生のときから始めていたとされるギターの気配が微塵もなかったからだ。

 

だからいずれ張り込みしようと思ってので、いい機会だと思ったんだ。

それで今日どんぴしゃで話題を出してくれたから、タイミングが良かった。

いや聞こえてくる会話的に、たえにとって今日はタイミング悪かったんだろうけどね。

 

たえと家族との会話は、居間に入ってからも続いていた。

もぞもぞとミミズと一緒に移動しつつ、イヤホンに意識を集中させる。

 

「……いたのは小太りの男だけだったんだな?」

「うん。あの3人のうちの一人だけだった」

「やはり狙いはたえなのか……」

 

ほむほむ

 

以後、聞こえてきた会話とその後の家宅調査で判明した事実をまとめると、どうやらこんな感じらしい。

 

もともとたえパパは、会社の社長だったらしい。といってもそれほど大きくない、印刷関係の中小企業のようだけど。

従業員20名程度で細々とやってきたが、会社が軌道に乗ってきたので、銀行から融資を受けたようだ。

印刷会社というのはビニールや金属面など特殊な場所に印刷する需要も多いため、設備投資が割と欠かせないらしい。

今後のことも考えて、ということだ。これが大体たえが小学3年生頃のこと。

 

ところが融資を受けた直後、著しい景気の落ち込みがあった。

商品ラベルの印刷を主としてやっていた会社は、顧客であるメーカーの商品の生産縮小のあおりをそのまま受けることになってしまった。

といってもたえパパには先を見る目があったから、それ自体は不況が通り過ぎれば回復する見込みがあり、なんとかなるはずだったようだ。

 

でも、なんとかならなかったのは、融資元である銀行であった。

もともと無理な拡大方針で営業を続けていた銀行は、他の融資先でだいぶ焦げ付いた案件を抱えていたようだ。

それが爆発したため、債権整理のために貸し手としての債権を、回収会社に引き渡してしまったのだ。

 

こうした銀行は通常子会社で、なんたら債権回収(株)とかいうサービサーを抱えているものだ。

しかし親が親なら子も子であった。ここも火の車であった故に、さらなる債権譲渡をおこなったらしい。

 

そしてそれが、たちの悪いところであったと。

でてきたね、闇が。

 

サービサーというのは、借金の取り立てが主たる業務だ。そしてその性質上、厳しい規制がかけられるのが常である。

だがこの世界ではその辺が見事に甘い。端っこの方にいくと、チンピラみたいなのがやっているのもザラのようだ。

 

そしてたえパパの債務もたちの悪い会社ーーMC債権回収会社に取得されてしまった。

 

MC債権回収会社は、たえパパの会社に執拗な取り立てを仕掛けた。

いくら今後の返済スケジュールを説明したところで、聞き手がサルでは無駄であった。サルは動物だからすぐに果実が欲しかったのだ。

今すぐ法外果実をよこせと、キーキーキーキーわめいたようだ。

 

そしてその手が家族にまで手が及んだとき、たえパパは会社をたたむ決意をしたそうだ。

会社は無くなってしまったが、借金自体はこれで完済したという。

 

しかし不幸なのはここからだった。

MC債権回収会社のサルの1匹が、たえパパに脅しをかけるために花園家の家族構成を調べる過程で、たえに発情してしまったのだ。

相手は小学3年生。まごうことなきロリコンである。

 

まっとうな恋愛など最初から諦めたサルは、すぐにたえのストーカーとなった。

もちろん警察にも届け出たが、この手の出来事に役に立たないのはお約束だ。

 

ストーカーの凶行はとどまることなかった。

不審な郵便物を送付し、登下校の最中を尾行し、ついには家の中にまで……

 

家の中に仕掛けられた盗聴器と、たえの愛情が向けられていたウサギたちの惨殺死体を発見したときに、たえパパは引越しを決意したという。

 

 

以上、長い話だったが、まとめると「借金取りがたえのストーカーにクラスチェンジしたので、この街に逃げてきた」ということだった。

 

「それで小学生のころに、この街に引っ越してきたのか……」

 

そこで香澄とたえが会えたのは運命を感じさせるが、間違っても怪我の功名とは言えないだろう。

 

それにしてもストーカーとはね。

たえは天使だから仕方ないけど、サルが天使を恋しようなんて、おこがましいとは思わんかね?

 

そのために、たえを尾行し盗聴器を家の中に仕掛けるなんて、完全な犯罪だ。許されざるよ。

くそっ、こんな犯罪が許されていいのか!?

 

たえを尾行し、家に侵入し、盗聴器を仕掛けるなんて!!!

 

……なんか最近そんなことやってる奴がいたような気がするけど、気のせいだろう。

 

「MCの方は父さんが調べておく。何か手がかりがあるかもしれない。

 だからたえ、しばらくは外出は禁止だ。学校も終わったらすぐに帰ってきなさい」

「……うん」

 

イヤホンの向こう側からは、かわいそうな結論が聞こえてくる。

 

吹奏楽部の活動も、しばらく出られないってことか。

こんな不便はさっさと解消してあげなければな。

 

さしあたって知りたいのは相手の情報だ。

今のところ小太りということしか分かってないから、さすがにこれだけの情報で特定はできない。

MC債権回収会社の従業員ということは、その支社でもこの街にあるのか?

 

たえに聞いても、おそらく教えてくれないだろう。

聞き出すことで嫌な思いをさせたくもないし、たえと一緒に探し出すとか、もってのほかだ。

 

漫画とかだとストーカーがヒロインの前に現れて、「ふひひ、たえちゃん」とか笑いかけてヒロインが存分に怖い思いをしてから、ようやく主人公が「お前だったのかぁ!!」とか叫びながら助けに入るけど、あれって下策も下策だよね。まぁ、演出だけどさ。

 

上策はヒロインが何も知らないうちに、全てを終わらせてあげることだ。

もちろん俺もそれを目指す。

 

考えるだけでも難しいが、こんな不法行為ばっかりやってる俺はそれくらいやらなきゃね。

目下はたえの護衛をしつつ、犯人の捜索を進めることだな。

 

今後の方針を打ち立てると、俺はたえの家をあとにした。



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第14話「それぞれのお話」

「あれーっ。おたえ、今日も帰っちゃうの?」

「……うん。ちょっと用事があるから」

 

言葉を濁すと、おたえはトランペットを片付けて逃げるように帰ってしまった。

 

「うー。おたえ最近ちょっと冷たいよ〜。

 ね、こがねんもそう思わない? あれ? こがねんどこー?」

 

同意を得るためにこがねんの姿を探したら、いつの間にかその姿もなくなっていた。

さっきまでそこにいたのに!

 

見かねた吹奏楽部員が教えてくれる。

 

「こがねさ……んなら、シンバルおいてさっき出てっちゃったよ」

「えーっ! もうっ!」

 

最近、おたえとこがねんの帰りが早い。ろくに部活にも参加せずに帰ってしまう。

部活以外のーー授業中とか休み時間は今まで通り一緒にいるから、避けられてるってわけじゃないけど、ちょっと寂しいな……

 

結局、今日の部活を最後までやったのは私だけで、帰りも私一人だった。

とぼとぼ帰り道の土手を歩く。

6月になって日もずいぶん長くなった。

夕日が綺麗だけど、一緒に見る人がいないのは残念だな。

 

2人がすぐいなくなっちゃうようになったのは、いつくらいからだっけ……

たぶん、2週間前のお出かけくらいからだったかな。

 

……何かあったっけ?

心当たりは全然ないんだけど、お姉ちゃんは人の気持ちが分からないって、あっちゃんにはよく怒られてしまうから、ひょっとしたら私が原因なのかな?

 

理由はもちろん聞いてみたよ。

 

こがねんは、ものすごく焦った様子で、「えっ! すぐに帰っちゃう理由? えーっと、あーっと。そ、そう。ギター、ギターやるんです。バンドですよ。私が天に立つ」とか言ってたから、たぶんギターの練習を鵜沢さんとやってるのかもしれない。天に立つの意味はよく分からないけど、ボーカルでもやるのかな?

 

おたえは……ちょっとよく分からない。

家の用事があるからって言ってたけど、なんかはぐらかされてる気がするんだよね。

もっと別の理由があるような……でも家庭の事情なら、あまり突っ込まないほうがいいのかな?

 

おたえとは小学5年生からの付き合いだ。

夏休みが明けた2学期の最初に転校してきて、隣の席に座ったんだよね。

 

そういえば最近のおたえは引っ越してきたばかりころと、ちょっと似てる気がする。

あのころは今よりずっと無口で、おとなしくて、全然楽しそうじゃなかった。

 

それを私はなんとかしたいって思ったんだ。

 

あの時はどうしたんだっけ?

 

えーと……

 

「深刻な顔しちゃって、どうしたの香澄ちゃん? 悩み事?」

「あ、三輪部長」

 

夕日に向かって悩んでいたら、いつの間にか隣に三輪部長が立っていた。

部長とは帰り道が同じということを前に聞いたことがあったけど、今まで一緒に帰ったことはなかった。

いつも一緒に帰っていたのは、おたえとこがねんだったからね。

 

「最近、香澄ちゃん一人で帰ってるみたいだから、気になって話しかけてみたけど……2人と何かあったのかな?」

 

重ねて問いかけてくる三輪部長。

その優しさに胸がほだされて、私は最近の思いを吐き出した。

 

それを聞いて三輪部長は、どこか納得したように頷いた。

 

「……そうなんだね。たえちゃんとこがねちゃんの早退する理由は、香澄ちゃんも知らなかったんだ」

「はい……あの、三輪部長は何か知ってますか?」

 

「いいえ。私もたえちゃんは『家の用事があるのでしばらく早退します』としか聞いてないわ。

 こがねちゃんは……いつの間にか消えてるから分からないけど」

「そうですか……」

 

部長は何か知ってるかと思ったけど、残念だ。

でも私には話せないけど部長にだけ話してたら、ちょっと寂しいけどね。

 

「でもよかった。私、仲良しなあなたたちを見てるのが好きなの。

 一緒に帰ってない理由が、喧嘩とかが原因じゃなくて良かったわ」

 

「そんなことないですっ! おたえとこがねんとはずっと仲良しですっ!

 でも、私って、信頼されてないのかな……」

 

三輪部長の言葉を否定しつつも、ふと、そんな思いが頭をよぎった。

 

「えっ?」

「私がもっとおたえと仲良くなってたら、理由を話してくれたのかな……」

「……仲が良いからこそ、話せないこともあるかもね」

「? どういうことですか?」

 

私のこぼした弱気に、三輪部長が不思議なことをいう。

 

「私もね、是清に冷たくされることがあったの。近づくな。お前には関係ないってねーー」

 

是清って、確かこのあいだのおっきな人。

三輪部長の彼氏さんだ。

 

「最初はなんて冷たい人なんだろうって思ったりもしたけど、付き合っていくうちにわかったわ。

 是清は私を守ろうとしていたんだって。自分から遠ざけることで、守ろうとしていたんだって。

 是清はそのーーああいう人だから、昔から嫌う人も多くてね。

 自分の近くにいると、不幸になるって思ってたんだろうね」

 

「突き放すことで、守ろうとしているーー」

 

おたえが理由を話してくれないのも、そうした原因があるのだろうか。

それなら、それに踏み込もうとするのは、いけないことなのかな。

 

「でも私は、香澄ちゃんの気持ちがわかるな」

「え」

 

「もちろん、是清の気持ちもわかるけどーー突き放すことで突き放した人が傷つくなら、やっぱりそれを癒してあげたいって思うじゃない?」

 

踏み込ませない優しさがあるなら、踏み込む優しさもあると部長はいう。

つまりそれは、私の決心と同じだ。

 

そうだよ。

おたえは何か辛いことがあって、私を関わらせないようにしてるかもしれないけど、それだけじゃおたえが辛いまんまなんだ。

 

……そうだ。

小学生の時だって、そうしたじゃないか。

 

おたえを喜ばせよう、楽しませようって、いっぱい話しかけたんだった。

一緒に登校して、一緒に授業受けて、一緒に帰って、一緒に遊んで、それで仲良くなったんだ!

 

こんなところでうじうじ悩んでるのは私らしくないよね!

 

そうだ!

よし! 今からおたえにあの時みたいにつきまとうぞ!!

 

「あ、あの、香澄ちゃん? すごく晴れ晴れした顔になったけど、何かあったのかな?

 香澄ちゃんのその笑顔は、ちょっと不安になるんだけど……」

 

「あ、部長! 私決めたんです! おたえにつきまとうって!!」

「……ほ、ほどほどにね」

 

目の前のモヤモヤが霧が晴れたようになくなって、心が軽くなった気分だ。

これも三輪部長のおかげかな。三輪部長……ちょっと他人行儀な感じだよね。

 

「あの……部長。これからは部長のこと、希さんって呼んでもいいですか?」

「え。もちろんだよ、香澄ちゃん」

「えへへ。希さん」

 

よーっし! そうと決まれば早速おたえと話そう!

いっぱい話して、つきまとって、そしておたえの笑顔を取り戻すんだ!

 

そう思ってスマホを取り出した時だった。

 

「あのー。たのしそーなとこすまないっすけど、アナタ三輪希サンでOK?」

 

続く道の途中に、髪の毛を真っ黄色に染めた男の子が立っていた。

ピアスをじゃらじゃらで、眉がまったくなくって、ちょっと怖い感じの男の子だ。

 

年は同じ中学生くらいに見えるけど、校則違反だよね?

こういう人にはあまり近寄らないようにって言っていた、お母さんの言葉が頭をよぎる。

 

「そうですけど……なんでしょうか?」

 

三輪部長ーー希さんが私をかばうように前に出た。

頼もしいけど、希さんも体が震えている。緊張しているようだ。

 

「ビンゴぉぉぉ! あ、すみません。

 まぁ、そう警戒しないでくださいよ。

 別に何かするわけじゃないっすから。ちょっと見てもらいたいものがあるだけっす」

 

そう言って金髪の人は、希さんにスマホの画面を見せた。

希さんは警戒をし続けながらも、画面を覗き込んだ。

とたんに顔色が変わる。

 

「!! これっあなたたち、彼にーー是清に何をしたの!?」

「まぁまぁ。そう興奮しないでくださいよ希サン。

 まだ何もしてねぇっすよ。ーーまだね」

 

そう言いつつも、ニヤニヤ笑いを止めない男の子。

 

「……これを私に見せて、何するんですか?」

「いやいやいや。だから何もしませんって最初にいったじゃないっすか!

 ーーでもまぁ、これから俺は行くところがあるんですけど、別についてきてもかまわないっすよ?

 あ、別に強制じゃないっすからね? 任意。これ大事ね?」

 

希さんは今まで見たこともないくらい憎々しげな様子で、おどけた様子の男の子を睨みつけていたが、最後は力尽きたように肩を落とした。

あの画面に、何が写っていたのだろう……?

 

「希さん……」

「香澄ちゃん。一緒に帰ろうって思ったけど、私行くところができたから。是清が呼んでるみたい……」

 

そう悲しそうにつぶやく希さんの姿は、どこかおたえと重なって見えた。

 

「希さん、でも……」

「はいはーい! じゃあ俺行きますから、ここまで!

 そこの君も、まっすぐ家に帰ること! 寄り道は危ないっすからねー」

 

いいすがる私を遮るようにして、男の子が割り込んできた。

そしてそのまま、土手を降りて行ってしまう。希さんも少し離れてその後をついていった。

 

今のやりとりを見て、なんでもないと思えるほど私は鈍感じゃない。

 

でも、どうすればいいんだろう……

 

先生とか、警察とかにいってなんとかなるの?

どうすればいいのな……おたえ、こがねん。

 

 

債権回収というのはクソみたいな仕事だ。

 

他人の借りた金を、他人のために取り立てる。

下には返せと殴りつけ、上からは回収しろと殴られる。

借り手に恨まれ、貸し手にも恨まれる。恨みしか生まれない誰からにも邪険にされるその存在は、クソそのものだ。

そしてそんな仕事についている自分は、つまりは肥溜めに等しい。

 

だが、日々を絶望とともに暮らしていた男ーー油井は、その日天使と出会った。

 

取り立てに向かった先の近くの公園で、疲れ果てベンチに腰掛けた自分に歌を聴かせてくれる女の子がいたのだ。

公園には油井以外に人影が無いにもかかわらず、女の子は一心不乱に歌を歌っていた。

女の子は毎日のように公園にきて、毎日のように油井の前で歌った。

つまりこれは俺のために歌ってくれているんだーーそう油井が勘違いするのも時間の問題だった。

 

こんな俺に歌ってくれるなんて……応援してくれてるんだ!

生涯において誰からも優しくされたことのなかった油井は舞い上がり、応援の通り仕事を頑張ることにした。

そして今度の回収先が少女に関係していることを知ると、狂喜乱舞した。

 

少女の後をつけ、少女の家に入り、少女の声を聞き、そして少女が油井以外に歌を聴かせてあげていることを知れば、そいつらは皆殺しにした。

これが仕事になるというのだから、なんて素敵な仕事なんだ! と笑いが止まらなかった。

 

だが会社はやはりクソで、もう支払いの回収はやめていいと言われた。

何を言っているんだ。まだ肝心のものを回収していないのに、なぜやめなくてはならないのだろう?

 

油井は会社を辞めた。

 

油井は諦めなかった。

昔の会社のブラックリスト情報、SNSを利用しての行方不明捜索、流出した教育教材会社の個人情報、学校同窓会住所録の照会ーー考えられる手を使って探し続けた。

そして調査の結果、とある街で天使を発見できた時、確信したのだーーようやく回収が出来ると。

 

回収には手順がある。

催告し、訪問し、回収するのだ。

 

だからまずは自分の存在を思い出してもらうために、督促状を送ることにしたのだ。

まだ時効は過ぎてないよ、と。

 

そしてつい先ほど、女の子に自分の真心を込めた贈り物を送ったところだった。

 

「たえちゃん。喜んでくれるかな。僕のプレゼント」

 

 

これは夢だ。

小さいころの自分を見下ろして、たえはこれが夢だとすぐに悟った。

 

どこか遠い、でも過去に実際にあった懐かしい夢。

 

……

 

 

「いやだ! わたしも一緒に行く!!」

 

泣きながらすがりつく小さい花園たえに、ギターの(オッサン)は優しく言った。

 

「こんなどうしようもないおれだったが、ようやくすべきことがわかった。レクイエムは終わった。おれはこれから闇を倒しに東へ行く」

「だからわたしも行くよ! ついてくっ!」

 

闇がなんなのか、たえにはわからなかったが、今日を最後にギターの神に会えなくなることはわかっていた。

 

「残念ながら嬢ちゃんは連れてはいけない。闇は巨大でしたたかだ。仲間もみんなやられた。長い長い戦いになるだろう」

「神……」

「だが、おれが闇に立ち向かう勇気は、嬢ちゃんがくれたんだ。感謝している。だからこれをやろう。いいか? ここには”革新”が入っている」

 

そう言って神が手渡してきた箱には、「The Gold Experience」という文字が光り輝いていている。

見ているだけで、不思議と心が安心するキラメキだった。

 

たえはそれを受け取り、そして尋ねる。

 

「神は勝てるの……?」

「わからない。だが戦いとは暴力ではない。音楽こそが人の心を動かす。

 そしてそのための武器はいつもここにある」

 

神は武器をポンと叩いた。

音楽は言葉も年齢も性別すらも超えることを、神はここで知ったという。

だから全ての争いすらも。

 

「戦いに勝った時、いつか嬢ちゃんみたいな女の子だって、ギターを弾ける日がくるかもしれない。

 その時、今度こそ夢は撃ち抜かれるだろう」

 

風景がぼやけ、神の姿が薄れていく。

 

消える直前に、神は夢の旋律を奏でるため青い武器を構えた。そしてかき鳴らす。

最後にたえの目に映ったのは、青い青いーー

 

……

 

 

そこでたえは目を覚ました。見知った天井が目に入る。

ここは自宅だ。トランペットの練習している最中に、たえは眠りに落ちてしまっていたようだ。

 

夢ーー神の夢をみた。随分と懐かしい夢だ。

 

小さい頃、たえは神に出会ったことがある。

そして音楽を聞いた。今まで聞いたことのない天上の響きだった。

なので香澄が星の鼓動を聞いたことがあると言った時も、疑うことはなかった。

神がいたのだ。星の鼓動だってあるだろうと。

 

その証拠に手元にはアルバムがある。たえに託されたもの。

「The Gold Experience」

 

神がいなくなった公園で、曲をなぞろうと練習したこともあった。

神の持っていた武器は手に入らなかったので、覚えにあるまま口ずさんだ。

 

……それが原因で嫌な思いをしたので、それからしばらく神の夢を見ることはなかった。

 

しかし中学生になり吹奏楽を始めたことで、ふとあの曲を思い出したのだ。

そして自宅でトランペットにより練習していた。

再び神の夢をみたのは、それが原因だったのかもしれない。

 

たえの現在住んでいる民家は、郊外より少し外れたところにある借家だ。

街ともそれほど離れているわけでもなく、近くにバス停もあるから、交通の便は悪くない。

木造二階建ての、昔ながらの風情を残す庭付き一軒家。

 

隣の家ともほどほどの距離があるため、よっぽどの大騒ぎでもしなければ迷惑をかけることもないため、存分に自宅でトランペットの練習ができた。

専業主婦をしている母親もその点は理解があるため、何も問題はない。

 

問題はないがーー

 

たえはスタンドに立てかけられたトランペットを見つめて、一息ついた。

 

ちょっとちがう。

 

口ずさんでいた時とトランペットで曲をなぞっていた時、どちらもあと一歩に手が届かないような物足りなさを感じていた。

神の奏でた曲を再現するには、やはり専用の武器が必要なのだ。

 

とはいえ気軽に外を出歩くこともできない今は、トランペットの練習くらいしかすることがない。

 

問題なのはトランペットを吹いていても、気が晴れることはないことだ。

それも閉じ込められたようで窮屈さを覚え、気が滅入る。

いやーー実際に閉じ込められているのかもしれない。

 

いつまでこうしていればいいんだろうーー

 

たえの日課に、朝と夕のマラソンがある。

小さい頃、父に誘われたことがきっかけであったがこれが実に心地よかった。

会社が忙しくなった父は途中から離脱してしまったが、性に合っていたこともあり、たえはこの日課をずっと続けていた。

 

こういう時はひとっ走りすれば、気も紛れるものだ。

 

でも今はそんなわけにもいかない。

外に出たら、あの男に会ってしまうかもしれないから。外出は最小限にしなければならない。

 

あんまり落ち込んでてもしょうがないかーー

 

たえは首を振った。

 

あ、そうだ。夕刊をとってこないと。

 

郵便物の確認して居間に届けるのは、たえの仕事だ。

いつもなら朝夕のマラソンをやる時に、ついでに回収していた郵便物だが、マラソンが出来なくなったせいで、ここのところ忘れてしまうことが多かった。あぶないあぶない。

 

トランペットをおいて、小走りで玄関の郵便桶を確認しにいく。

もともと備え付けられていたのは腐朽が激しかったため、新品に交換済みだ。

 

留め金を外して、中から郵便物を取り出す。

 

そこにはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これなに?」

 

楽器のチラシ?

 

夕刊とともに、フルカラーのチラシが挟まっていた。

いくつもの楽器の写真が、カラフルに掲載されている。

 

前に香澄たちと行った楽器店のものではないようだが、手頃な価格だった。

トランペットには一番に目が行ったが、そのほかにたえの目を引くものがあった。

 

チラシを持つ手が震える。

 

「神の武器だ」

 

そこには1つの楽器が映されていた。

 

あの日にみた神の姿が、鮮明に再生される。

その手に握られていたのは、青い青いーー

 




ギターの(オッサン)もレクイエムも小説版バンドリに登場します。
もちろんこの作品のアヤツとは違います。


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第15話「こがねのわりと長い1日」

送った督促状をたえが受け取った時、どんな顔をするかを頭に思い浮かべて、油井はニヤついていた。

喜んでいる顔が目に浮かぶようだ。目に浮かべるだけじゃなく、カメラをしかけて録画しておいたほうがよかったかもしれない。

それとも物陰から覗いて直接見た方が良かったか?

 

様々な可能性とその時の反応を堪能していると、コツンコツンという音が耳に入ってきた。

なんの音だ?

あたりを見渡して、発生源を探る。

 

どうやら窓の方からしているようだ。カーテンの向こう側から聞こえてくる。

 

ひょっとしてあの馬鹿どもがやってきたのか、また僕をイジメようとして……っ!

 

いや、ノック音かとも思ったが、こんな時間に誰かくるとも思えない。

窓を叩くのも変な話だ。

この学校の粗暴な奴らなら、そんな迂遠なことをせず直接くるはずだ。

 

ひょっとして虫か。部屋から溢れる明かりに誘われて、体当たりしているのか。

 

その考えに至った時、不意に窓が開くとカーテンを押しのけて虫が入ってきた。

 

ここで油井が冷静なら、入ってきた虫よりも「なぜ窓が突然空いたのか」に疑問を抱くところだが、油井はそれどころではなかった。

 

ス、ススメバチ……っ!

 

入ってきた虫がオオスズメバチだったからだ。

しかも1匹ではなく、連なるようにして5匹も!

油井は以前体験した痛みを思い出し、恐怖に身を震わせた。

スズメバチたちはしばらく縦横無尽に飛び回ったが、空中でホバリングしつつ、尻尾に備え付けた針を向けてきた。

明らかに油井を狙っている。

 

「ひ、ひぃ……」

 

1匹でもひどいのに、5匹など手を振り回してどうにかなるものではない。

しかし油井には勝算があった。場所が幸いした。

そう。自宅ならともかく、この場所なら対抗手段がある。

 

慌てて油井は、学校備品として準備していた殺虫剤を手に取ると、スズメバチに向かって吹き掛けた。

これは駐輪場の軒下などにできた蜂の巣を一網打尽にできるほどの、強力なやつだ。

 

「くらえっ!! ふぁ!? な、なんで……ぐぎゃあぁぁ!!!」

 

しかし殺虫剤をまともに受けたはずのスズメバチたちはケロリとしており、代わりに目と鼻に激痛が油井を襲った。

油井は顔を両手で押さえながら、顔中から汚い液を撒き散らして床を転がり回る。

 

なんで撒いたはずの殺虫剤が、俺にかかっているんだ?

訳がわからないーー

 

しかしスズメバチはそんな油井を見逃すはずもなく、隙だらけのその体に針を突き立てた。

何度も何度も何度も何度も。

 

油井は顔面の謎の痛みと蜂毒に悶えていたが、誰かが駆けつける訳もなく、やがてその震えも止まりピクリとも動かなくなった。

 

 

「ありゃー、油井とうとう死んじゃったのか」

 

俺はストーカー男がいる用務員室の窓の外で、ベビースターラーメンをかじっていた。

スズメバチを部屋の中に突入させたあと、男の動きが止まるまで静観していたのだ。

ゴールドエクスペリエンスの生命感知によると、男はお亡くなりになってしまったようだ。

 

小腹が空いたので駄菓子に手をつけていたが、もちろん周囲への警戒は怠っていない。

とはいえ、ここは校舎からはやや離れたところにある建物で、山際ということもあり窓辺には木々も生い茂っており、ちょうど死角になっている位置。そうそう見つかったりはしない。

 

玄関にある表札には用務員室とあり、責任者欄には「油井」とあった。

誰か来たら即逃げる予定ではあったが、最期まで騒ぎに気づくものはおらず、ストーカー男あらため油井は息絶えてしまった。南無。

 

しかし件のストーカーが宮田中の用務員になっていたとはな。

こいつは債権回収会社を辞め、職を変えていたのだ。

まともに当初の予定通り会社方面から調査していたら、間違いなくたどり着けなかったに違いない。

 

中学校の用務員になっていたのも、たえを追いかけてのことかもしれない。学校とかの部分社会は、内部に入ると個人情報ゆるいからな。なんという執念。

 

この用務員室ーーというか建物は、住居と一体になっているようで、ここで生活もしていたようだ。

住み込みで働いていたんだな。最近は珍しいが、昔は家族ぐるみで務める用務員が結構いたとも聞いたことがある。

 

宮田中も歴史があるから、そこらへん古い制度が落ちない汚れのように残っているのだろう。

俺にとってはガサ入れもできて一石二鳥だな。誰もこないようだし、さっさと済ませてしまおう。

 

「よっと」

 

俺は靴を脱ぐとサッシに足をかけ、部屋の中へと忍び込んだ。

油井が暴れた影響で物が散乱しているが、足の踏み場がないというほどでもない。

こいつは几帳面な性格だったようで、棚に置かれた備品類は気味が悪いほどキッチリ整理してあった。

 

足元には油井の死体があり、苦悶の表情を浮かべている。

 

うん、死んでる。

今更だけど男が死んだ理由、説明する必要ある?

 

いやまぁ、アナフィラキシーショックなんだけど不要だよな。

これの解説するとか、なんか粉塵爆発を延々と説明し続ける並みの恥ずかしさがある。

 

といっても、もともと蜂で殺すつもりはなかったんだが。

一度過去に刺されていたのか、もともと抗体を持っていたのかーーこの油井がアレルギー体質だったことを、俺は知る訳もなかったからな。

 

たえのストーカーがこいつであることを知ったのも、ここにたどり着いたのもついさっきのことだった。

ここまでたどり着けたのは、このスズメバチ達のおかげだ。

 

油井を刺したあと生命エネルギーを失ったススメバチは、現在は元の物体へと戻っている。

 

スズメバチは元の物体ーーこいつがたえに出したラブレターの添付品を元に、俺が作り出した生物だったのだ。

ゴールドエクスペリエンスの便利能力の一つだな。

 

ゴールドエクスペリエンスは触れた無機物を生命に変えることができるが、こうして生み出された生命には、元の物体や元の位置に戻ろうとする帰巣本能みたいな力が働く。

 

作中では折れた歯をハエに変え、歯の持ち主に戻るハエを追うことで敵を割り出したり、石碑の破片をてんとう虫にすることで目的の石碑へたどり着くことができた。

 

これを応用したのだ。

 

すなわち、たえの家に届けられたラブレターに同封されていた白ジャムを、俺はスズメバチへと変えたのだ。

そう、こいつ自分の精子送りやがった! 恐怖の白ジャムだよ。都市伝説だけかと思ってた!

 

くそっ! 何が悲しくてこいつの精液にふれねーといけなかったんだよ!

ひどすぎる。どんな罰ゲームだ……

スタンド越しだったのが唯一の救いだよ。

 

……あれ?

 

そういや俺の分身とでもいうべきスタンドで、男の精子から生命産み出したことになるんだけど、これって子作……やめよう。

男×男で処女懐胎とかワケがわからないよ。神の奇跡が起きたのは馬小屋ではなく用務員小屋だったとは。

 

もう、たえがコレに触るのを回避できたから、それだけで十分。

あんまり考えないようにしよう。

 

それにしても、こいつにたどり着くまで結構苦労したよ。

ほんとゴールドエクスペリエンスさまさま。

 

当初、債権回収会社方面からストーカーの素性を調べようとチャレンジした俺だったが、その目論見はすぐに破綻した。

忍び込んだ会社で入手した社員名簿により、こいつが早々に退社して行方不明になっていたことが判明したのだ。

 

探偵じゃあるまいし、こうなると打つ手がない。

失踪した人間を追いかけるのは、現代のような管理社会でも難しい。もとの世界の警察だって手を焼くくらいだもの。

探偵だってできるかどうか……金田一少年やコナンくんだって難しいんじゃないのか?

まぁ俺は彼らが、普通の探偵のように人探ししたエピソードをろくに知らないけど。

 

仕方ないので専守防衛に務めることにした。

すなわちたえの周囲を警戒し、接触する寸前でインターセプトするのだ。

前に名指しした漫画シチュエーションくん、ディスって悪かったな。お前が正しかったよ。

 

しかし俺は「ふひひ、たえちゃん」の「ふ」の瞬間に対象をこの世から抹殺するつもりだ。

そこがお前とは違う!

 

そのために学校はもちろん日夜たえを見守り、護衛した。

ストーカーがいつ現れてもいいよう目を光らせ、即応体制を敷いていたのだ。

 

なんせ、ストーカーなる人種は頭のネジが外れているので、どういう手段で接近してくるかわからん。

 

一般的に考えられる行動としては、電話やメールだろう。

しかし今回は長年溜め込まれた怨念がありそうだ。より直接的なケースだってあるだろう。

電凸どころか、突然たえ家に突撃してくることだってあり得る。

だから真夜中だって油断できない。

 

今もたえの家を、どこからか見張ってるかもしれない。

そんな不審人物を見逃さず、いち早く察知し対処出来れば俺の勝ちだ。

 

どこだ……どこにいる……

どこからくる……

今もどこからか、たえを見張っているかもしれない。

たえを付け回す卑劣な人物はどこだ……っ!

 

「!!」

 

そして毎晩のように、たえの家の床下でミミズとともに息を潜めていた俺は、そんな不審人物にとうとう気が付いたのだ。

 

 

それは俺です。本当にありがとうございました。

 

 

まぁ、そんなこんなもあったが、毎朝毎夕たえを見張りつつ、郵便ポストをチェックしていた甲斐もあり、こうして奴の手がかりを得ることができたわけだ。

凸してくる可能性に備えてだったが、当然郵便テロも警戒していたからな。

 

郵便物がたえの手に渡る前に、ストーカーからのラブレターを奪取することができた。

代わりにポストに楽器屋のチラシを封入しておくというステマも忘れなかった。青いスナッパーが載ったちょうどいい感じの広告を以前見つけたので、とっておいたのだ。

 

チラッチラッって感じで、チラシをつっこんでおいた。効果あるといいけど。

ここら辺、そろそろ原作効果期待してもいいよね?

芸能界の闇とやらの皆勤賞に比べて、原作さんちっとも仕事しないんだもの。ニートかよ。

 

 

ったく、それにしてもコイツ、こんなもんを送付してくるとか万死に値するわ。

ま、もう死んだけどね。

 

殺した。

 

あ、そういや色んな犯罪を繰り返した俺だが、殺人は初めてだったりする。

たえのストーカーで初体験だ!

 

なんだかんだいって、今まで数々の悪行を積んできた俺だが、人殺したことはなかったからな。

 

ちょっとセンチメンタル……。

 

正直スタンドを使えば、殺人なんて簡単なんだ。

目に見えないし触れられないんだから、駅のホームから突き落としちゃえば完全犯罪だって余裕で成立する。

 

邪魔するやつらは問答無用でデリートするってのも、効果的ではあるんだけどね。

ポピパにときエクを演奏してもらうために、立ちはだかる障害は全部排除するというのも、到達方法の一つだろう。

 

ただ、短絡的に全てを殺しで解決しようとすると、どこかで破綻を招く気がするから、これまでできるだけ人死には避けてきた。

パンを食う感覚で人を殺すようになれば、それはどこぞの吸血鬼になってしまう。

 

気がついたらポピパ以外の人類を滅ぼしていた、なんてこともありえる。

誰もいなくなった廃墟で、最後に残ったポピパのときエクの音が空虚に響き渡る……。ちょっとディストピア感がある。許されないよね。

 

でもレクイエムはもっと嫌なので、いざとなれば立ちはだかる障害に、この世からのご退場願うことにもためらいはない。

こいつがたまたま第一号だったわけだな。

 

しかし、振り返ってみれば盗聴、窃盗、器物損壊、不法侵入、傷害、拉致監禁、強盗、そして今回の殺人と、犯罪で役満を作れそうだ。

 

うーむ、世間的に見れば間違いなくアウトなのは俺だな。

 

……っと、殺人現場でぼーっとするという金田一の犯人みたいなことをしてしまった。

いかんな。人が来ないなら、続けてやるべきことがまだある。

早くしないと、はじめちゃんみたいなのが来ちゃうかもしれないから作業を手早く済ませよう。

 

作業ーーつまり物色である。

人が死ねばさすがに調査の手が入る。ならばその前に回収すべきものが、この部屋にあるはずだ。

はぁ、中年男の部屋の物色とかしたくないんだが……。

 

負けないで! こがねちゃん!!

 

俺は手袋、マスク等の装備を整えると物色を開始した。

室内は一見、綺麗に整理整頓されていたが、その裏側にはドロドロしたものがいっぱいあった。

怨念ドロドロ。物理的にもドロドロ。

 

多少の偽装工作はされていたが、稚拙だったため発見は容易だった。

パソコンに至っては今しがたまで操作していたため、パスワードを解除する必要もなかった。

 

こがねはしつないをぶっしょくした。

 

盗聴、盗撮データ。女児ものの下着、衣服。を手に入れた。

 

したぎはしようずみのようだった。こがねはなきそうになった。

 

やっぱもっと苦しめて殺すべきでしたかね?

にしても、たえ一筋と思いきや、割と節操ないね。ただのロリコンじゃったか。

 

どうやら用務員としての地位を濫用して、学校内の更衣室やトイレに装置を仕掛けて盗撮・盗聴していたらしい。

夜に見回りと称して堂々と巡回できるんだから、そりゃ窃盗も余裕だったことだろう。

 

体操着とか制服とか一式揃えてるところを見ると、コレクターの気もあったのだろうか。結構な種類がある。

逮捕されてたら、警察の並べ師が嬉々として取り組みそうなコレクションだ。

この宮田中のブルマは珍しいので中央に配置しよう! とかいって。

 

「にしてもすげぇ量だな」

 

パソコンの中には、たえに関するものはもちろん、他に宮田中の生徒と思われる写真やデータもたくさんあった。

全部消すか悩んだが、結局たえのものとダミーで数件だけ消しておいた。後日警察が調べた時、盗撮機器がこんなにあるのに、データ一つも残ってなかったら不自然だからね。

 

たえのものは衆目に晒すわけにはいかないからな。キッチリ消しておく。

この世界、警察も無能というか油断ならん。

官憲に押収された物品が、なぜか闇市に出回っていることもある。

 

モブの分はしらん。

見知らぬ誰かを気にかけるほど、俺の両手は長くないんでね。

 

「削除 削除 削除 削除 ……」

 

できればデフラグもしておきたいところだけど、さすがに不自然かなぁと思いつつ削除していると、最小化されている動画再生ソフトに気がついた。

どうやら複数の監視カメラを一元管理するソフトを流用したようで、監視カメラからの動画と同時に、盗撮カメラからの動画をリアルタイムで観られるようだ。

 

これ、わりとすごい技術だよね?

……どうしてこの執念を別方向に活かせなかったのか。

 

仏像のような表情で9分割された画面を眺めていると、右下に目がいった。

他は夜なので真っ黒なのだが、そこだけ活動中だったからだ。

 

映されている場所は、宮田中校舎内のどこかの教室のようだ。ただし全木造でかなり古い感じだ。旧校舎か?

画面にはかなりの人数が写っていた。

数多くの男とーー1人の女の子。男はいっぱいいるが、特にでかい男が目立つ。

 

「……って、こいつ是清じゃん」

 

ってことは、こっちの女の子はーーあちゃー、やっぱり三輪部長でした。

 

よく見ると男たちは大小2つに分かれていた。

是清たちがちっさいグループのようだな。みんなうちの制服きてるし。

おっきいグループは誰一人としてメンツがわからん。たぶん宮田中の番長グループだろう。

二つのグループは剣呑な様子で睨み合っている。

 

そして三輪先輩はやや離れたところで、別の男に取り押さえられていると。

 

なんか一瞬で理解できる構図だな。

 

まさかこの後みんなで、愉快に夜間パーティを始めるってわけでもあるまい。

……別のパーティは始まりそうだけど。

 

なにやら言い合いをしているようだが、この盗撮機器は音声までは拾ってくれないので、内容は分からない。

 

うーむ。何を話しているのだろうか……。

 

よし、ここでこがねちゃん12の特殊技能の一つ、読唇術をためしてみよう!

こがねは唇の動きだけで、人の話していることがわかるのだ!

 

なになに?

 

是清「俺に人質はきかない。その女は好きにしろ。さあ果たし会おうぞ」

 

おお、かっこええやん!是清。

 

三輪「私を見捨てるの!? この玉なし!人でなし!」

 

男、是清。人質をクールに見捨てる!

 

………

 

そして乱闘が始まった。

というより、一方的なタコ殴りであった。

 

もちろん是清が敵対グループに一方的に殴られている。是清たちは亀のように丸まっているだけだった。

それを見て必死に暴れた三輪部長であったが、後ろの男に殴られて倒れてしまった。

 

……読唇術、全然あってなかったね。

 

はぁ。

 

人質取られたくらいで無抵抗になるとか、アホなのかなあいつ。

人数的に劣ってる上に敵拠点の中でこの有様とか、何考えてるのかな。

考えてないのか。脳まで筋肉詰まってそうだし。

 

ま、いっか。

俺は再生ソフトをそっ閉じした。

 

削除もし終えたし今日は殺人と窃盗と、いっぱい仕事してしまったから帰ろう。

これでたえの問題は、解決したと言っていいだろう。

目的にまた一歩近づけたわけだ。

 

これ以外のことは、しらん。

 

是清たちは散々ボコられて焼き土下座とかさせられるかもしれないけど、殺されはしないだろ。

頑丈そうだし、2、3日修理すれば直るんじゃない?

別に粗大ゴミになっても構わないし。

 

三輪部長は、まぁレイプくらいはされるかもしれないね。

中学3年ともなれば発情期だし、暴力の後で興奮してるから是清たちへの見せしめも兼ねてとかね。

写真とか取られて、明日から学校来なくなるかもしれない。

 

でもどーでもいいことだ。

部長は知り合いではあるけど、モブだからね。

ポピパにもときめきエクスペリエンスにも全然関係がない。

 

俺は助ける力はあるけれど、力があることとそれを使うべきかどうかは、全く別のことだ。

 

女騎士とか貴族令嬢なんかがよく、「お前はその力がありながら、なぜ人のために使わない! 力あるものは力なきもののためにどーたらこーたら」とかいうけど、正直こいつらアホなんかなーって思ってしまう。

それ、ノブレスオブリージュ全く関係ないからね。

 

飛行機で乗り合わせた医者が急患を助けなくてもいいように、溺れている人を水泳練達者が助けなくてもいいように、人は義務に強制されることはあっても、能力で強制されることはない。

 

だってその理論で言ったら、童貞をこじらせて死にそうな男がいたら、女は性奉仕を強要されるのか?

そんな馬鹿な話はあるまい。

 

俺は、この力はポピパのためだけに使うと決めている。

俺はポピパの味方ではあるが、正義の味方ではない。

それ以外の救済は、この世界の仕事だ。

 

立つ鳥後を濁さずということで、俺は自分のいた痕跡を可能な限り消して、その場を後にした。

ストーカーは死んだから騒ぎになるだろうけど、それは多分翌朝ぐらいの話だ。

 

今日は満月。

見上げた月が、とても綺麗だった。

 

 

帰り道、缶コーヒーを片手に公園前をぶらつく。

一仕事終えた後の一杯はうまい。

 

体が子供になった影響か、好きだったブラックコーヒーが苦くてしばらく飲むことができなかった。

しかし中学生となった今なら割と大丈夫になった。……カフェオレだけど。

俺も日々成長しているということだな、うん。

 

公園にはまた違った種類のチンピラがたむろしており、下品な笑い声でホームレスを追い立てて遊んでいる。

俺は冷めた目でそれを見る。

元のバンドリ世界じゃ考えられないことだろうけど、こんなのこの世界じゃ日常茶飯事だからな。前世でもニュースで時々みたか。

 

ピピピピピピピピ

 

着信があったのでスマホを手に取ると、香澄からだった。

珍しいことではない。夜中の長電話は女子中学生のたしなみといえよう。

 

毎日学校であってるけど、三日にいっぺんくらい長話するツーカーの仲だ。

香澄やたえともすでに結構な付き合いだからな。

今では軽快に冗談なんか言い合ったりしてる。

 

「ああ、私だ」

「あ、もしもし、こがねん……あのね。希さんなんだけど」

 

「ん? 希? あいつなら私の横で寝てるよ」

「えーっ! 希さんが変な男と一緒に帰っちゃったから、心配になって相談しようと思ったのに。

 なんでこがねんの横で寝てるの!?」

 

ふぁ?

 

ってか、希って誰?

 

あ。ついスラングで返しちゃったけど、希って、三輪部長のことか。

三輪部長って今をときめくあの人じゃん!

いつの間に名前呼びするくらい親しくなっちゃったの!?

 

しかもその相談内容。

ひょっとして拉致現場に香澄もいたのか。

 

「え、あ、うん。えー、そうそう、三輪部長とはあの後出会ってお茶したとこ!

 それで今はーー疲れて私の横で寝てるよ。うん」

「なんだぁ、そうだったのー。

 あれ? でも希さん、是清さんと会うって言ってたような……」

 

「……是清、さんも隣で寝てるよ」

 

言い訳を重ねれば重ねるほど、アホな虚像が積み上がっていく。

3人で寝てるってどういう状況だよ。3Pかよ。

2人とも寝てるのは間違いじゃないんだけどーー気絶だが。

 

「じゃあ、あの男の子も本当に呼びに来ただけだったんだ。

 余計な心配しちゃったかな。

 やっぱり人を見た目で判断しちゃいけないね! えへへ」

 

しかし香澄が俺の言を聞いて安心したのが、電話口からでもよく分かった。

 

「でもお茶するんだったら、ついてけばよかった。

 今度は私も誘ってね!」

「うん。誘う誘う」

 

なんかとてつもない言い訳をしてしまった気がするが、純粋な香澄は信じてしまった。

なんてこったい。

 

その後当たり障りのない話をしてスマホを切り、一息つく。

 

そっかぁ……希さんね。名前呼びかぁ。

 

ふぅ。

 

何をしてるんだお前たち!

早くしないと三輪部長が手遅れになるぞ!!

三輪部長を救えるのは、力を持つ俺しかいない!! うおおおお!!!

 

公園を突っ切って、全速力で宮田中の旧校舎へ向かう。

途中、俺の姿を見て近寄ってくる不思議なゴミがあったので、全部ゴミ箱に捨てておいた。

 

ま、俺も所詮モブにすぎないからな。

主人公のお願いには勝てない><

 



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第16話「番取り!」

「人に正しくありなさい。そうすれば天使様がやってきてくれるからね。間違ったことはしちゃいけないよ、悪魔がやってくるからね」

 

小さい頃バアちゃんは良くそう言って人助けやゴミ拾いをしていた。

 

「うん! 僕悪いことはしないよ!」

 

ガキだった俺はそう言って、喜んでバアちゃんを手伝った。

 

しかし正しいことをしていたバアちゃんはひったくりにあい、打ち所が悪くて死んでしまった。

ひったくりは刑務所からすぐに出てきて、飲み屋で笑っていた。

俺はひったくりを叩きのめし、ーー結局、天使も悪魔も誰のところにも来ないことを知ったのだった。

 

だから俺は是清を潰すのに、手段を問わなかった。

是清の舎弟を捕まえてボコり、それをエサにして是清達のグループを宮田中の旧校舎まで呼び寄せた。

 

俺たちのテリトリーで、こちらは30人。あちらは8人。

いくら是清個人が奮闘しても、結果は見えている。

これが俺が考えた()()()絵巻図だ。

 

だがーー

 

「木村、あれはなんだ?」

 

俺がアゴで刺した先には女が転がっていた。

木村が勝手に連れてきた女だ。是清がボコられるのを見て暴れたため、ついカッとなった舎弟が殴り倒してしまった。

今は気絶している。

 

だが、ここに女がいるのは俺の本意ではない。

 

「あれっすか。三輪希っていって、是清の女っすよ」

「そんなことは聞いてねぇ。だれが連れて来いっつった。俺はそんなこと指示してねぇぞ」

 

不快感をあらわにすると、普段なら怯えるはずの木村は笑みを浮かべた。

こちらを馬鹿にするような不快な笑みだ。

 

「穴澤さんはぬるいんすよ。たがが舎弟を拉致ったところで是清がどうでるかわからねーじゃないっすか。

 こいうのは、もっと確実にいかねぇーと」

「……てめぇ、誰に向かって物言ってやがる」

「おお、怖いっすよ、穴澤さん」

 

木村はおどける仕草をすると共に、開いた胸元をこちらに見せつけるようにした。

そこにあったのは、シルバーチェーン。ただし指輪が通されている。その指輪には、二匹の蛇が絡みつくような意匠が施されていた。

 

「ーーツインズか」

「そうっすよ。俺もそこの一員になれたってワケっす」

 

ツインズーーこのへんの若者を中心に結成されている不良チームの最王手だ。ヤクザの下部組織という噂もある。

メンバーになると二つ蛇の指輪を配られるというが、さっきのがそうなのだろう。

 

こいつの自信はこれが原因か。

 

「ちっ」

「まぁ、別に穴澤さんと敵対したいわけじゃないっすから、気にしないで下さい。

 ただーー俺は俺のやり方をさせてもらいます」

 

木村のやり方ーー無関係の女子供を人質にとるのが、こいつのやり方か。

俺は悪だが、こいつはクズだな。

 

状況は決している。是清たちは抵抗することもなく地面に転がり、木村のおかげでこちらの被害はゼロだ。

しかし、俺はここまで一方的な展開を望んでいたわけじゃなかった。

 

悪とクズは違うーーいや、同じか。こいつも俺も。

 

どんな手段を使おうと、どのような思惑がもたらそうと、この世には結果だけが残る。

是清が何もできずにサンドバッグになって転がっている。それが結果だ。

 

かつて是清と対峙した時、俺は是清の生き方に憧れたこともあった。

しかし同時に俺には出来ない生き方だとも分かった。

是清は正しく生きたかもしれないが、その結果がこれだ。

 

やがて集まったこいつらが是清の相手に飽きた時、一方的な暴力で高ぶった加虐性がどこに向かうかはいうまでもないだろう。

 

そしてそれを咎めるものはどこにもいない。

 

いないーーと思っていたが。

 

ドゴンっ!

 

突如として鳴り響く轟音とともに、教室のドアが弾け飛んだ。

その前に控えていた不良とともに、散り散りに粉砕されたカケラが転がっていく。

 

「めっちゃ軽い扉ですねー。腐ってるのかと思いましたよ。まぁそもそもこの世界が腐ってるんですが」

 

不遜な表情で誰かが入ってくる。

 

女だ。目立ちは整っているが、幼い。

だがただのガキではないーーそんな気がした。

 

「てめぇ……誰だ」

 

そして悪魔は名乗った。

 

「ゴールドェ……ゴホンゴホン!! クズに名乗る名前はありませんね!」

 

 

あぶねーっ!

 

また変な名乗り方するとこだったよ。

小学生の頃、一時期調子に乗って「やっちゃえゴールドエクスペリエンス!」って掛け声かけてたから癖になってんだ、名乗るの。

 

ちらりと三輪先輩を見遣る。気絶してんな。是清は丸まっとる。死んだか。

うんうん。俺の名乗りを聞いてないようで何より。

クズどもはともかく、知り合いに聞かれたら悶絶もんだからな。

 

三輪先輩もたいした外傷は無いようだな。

 

はぁ。それにしてもこれほど気乗りしないカチコミは久しぶりだよ。

今もまだ本当にここに来る必要があったか、疑問がグルグル回ってる。

 

でもあの様子じゃあ、三輪先輩来なくなったら香澄にメンタルダメージいきそうだしなぁ。

 

しかしなんでもかんでも助けられるワケでは無い。線引きを改めて考える必要があるな。

ポピパメンバーなら助けるのは当然として、その家族の危機なら? とか、クラスメイトなら? とかね。

その他の原作キャラならどうするか?

グリグリは……ロゼリアは……ハロハピは……なんか際限なく出てきたぞ。

頭痛くなってきた。

 

「高木と鈴木が見張ってたはずだが、どうした?」

「その2人なら俺の横で寝てますよ」

 

指差した横には、すでにぶん殴った2人が倒れていた。高木だか鈴木だか知らんがな。

今度は正しく使えたぞ!

 

「なんでガキがこんなところに?」

「高木と鈴木がやられたってマジか? こんなガキに?」

「こいつの制服、御谷中だぞ。是清たちの援軍か?」

「ジョーダンだろ。ただの女さ」

 

不自然な俺の登場に、えらく場が騒がしくなった。

い訝しげな視線のやつのいれば、俺の体を見ていやらしい笑みを浮かべる奴もいる。

でも全員クズってとこは共通している。

 

「穴澤さん、あの頭から花生やした女ひょっとしてーー」

「ああ、木村。お前の言っていた奴か」

 

今「穴澤」と呼ばれた、奥で偉そうにしてるのが隊長格かな。

室内にいる宮田中の奴らは……30人か。御谷中の是清グループは10人くらいいたみたいだけど、みんな伸びてるね。

現状、30対1ってわけだ。

 

ま、なんとかなるでしょ。

そう、俺は伊達に頭がお花畑ではないのだ。

 

「おい、このクソガキ。何笑ってやがる」

「はいはい。汚い手で触らないでくださいねー」

 

すぐ横でアホズラ晒してたバカが掴みかかってきたが、ひねって交わしてぶん殴ってやった。当然のように教室のハジまで飛んでいった。

 

相変わらずゴールドエクスペリエンスはすごいなぁ。

人間の飛び方ではない。

 

「なっ!」

「……は?」

「…………っ!!」

 

ピンボールみたいな飛びっぷりに、周囲は固まっている。

だが穴澤だけは動じず鼻白む。

 

「ふん。その体躯でその威力。前に知り合いの格闘家に見せてもらったことがあるなーー八極拳か」

 

……どうしてこいつらはすぐ中国拳法に結びつけるんだろう。

憧憬でも抱いてるんだろうか。ちょっと夢見すぎじゃない?

 

「よく分かりましたね。これはマジいカル八極拳といいます。私がマジ怒った時にだけ使えるんですよ」

 

「!! こいつ、バカにしやがって!!」

 

適当に答えたら、流石に適当だとわかったのか、一気に周囲が憤慨し出した。

高山で沸かしたお湯みたいに沸点が低い。

バカって度し難いなぁ。

 

「う、げほっ……お前、こがねか」

 

あ、生きてたんだ。

 

周囲の怒号が刺激となったのか、近くに転がっていた是清が立ち上がった。

暴行にうまく対応していたのか、思ったよりダメージが少ないようだ。

 

「お前なら任せられる……今なら奴らの手から離れている。希を頼む」

 

不屈の闘志で立ち上がった是清が不良を睨み付けると、穴澤を含めた宮田中の奴らは緊張しだした。

 

指差す是清。

たしかにそっちには、三輪部長絶賛放置中になってるけどさ。

 

任せられる……って、まさか俺とお前が共闘すると思ってんの?

 

俺と?

お前で?

 

このクソみたいな状況って、誰が原因か分かってる?

 

「はぁ」

「?」

 

俺はこれ見よがしにため息を吐くと、疑問符を頭に浮かべる是清を思いっきり殴り飛ばした。

是清もまた、先ほどの不良をなぞるかのようにピンボールとなった。

 

壁にぶつかってバウンドしたが、こいつはそれだけじゃ容赦しない。

俺はすかさず追撃し、是清の顔面を蹴りまくった。

 

「誰のせいで俺がここにきたと思ってんだこのクソレスラーが!!!

 お前アホなの? 死ぬの?

 番はってるだかわけわかんないこと言ってたけど、その結果がこれかよ!

 守れてない! 全然守れてないじゃん!!」

 

ここにいる連中全員がどうしようもないクズだけど、諸悪の根源は間違いなくこいつだ。

こいつが番長ごっこしてるから、いざこざを引き起こして、結果俺も巻き込まれているのだ。

そして当人はその自覚がかけらもないまま、勝負だか戦いの続きだかをしようしている。

正直、一番ムカつくのはこいつである。

 

俺はつま先が是清の返り血で真っ赤に染まるまで、ひたすらに蹴り続けた。

 

周囲からのちょっかいはなかった。あまりの凶行に唖然としているようだ。

 

「……お前、是清たちの仲間じゃないのか?」

「はぁ? なんで俺ーー私がこいつの仲間何ですか。こいつがどうなろうとしったこっちゃ……ありますね」

 

白目で血まみれ歯が折れて泡吹いた是清を見て、ようやく冷静さが戻ってきた。

そういや、三輪部長の他にこいつも無事じゃないといけなかったんだわ。

まぁ、ゴールドエクスペリエンスで治るだろ。うん。

 

「一応聞きますけど、これで私たち帰りますって言ったらどうします?」

「許すわけねーだろ」

「なんなんだよ、てめーわよっ!」

「ひん剥く。絶対にひん剥く!!」

 

向こうも冷静さをとりもどしたのか、瞬間湯沸し器のようにあっという間に、再び怒りのボルテージが上がった。

 

やっぱり沸点が低い。

けどさっきの自分考えると、なんかこいつら馬鹿にできない気がしてきたよ……

髪の毛を馬鹿にされた仗助みたいなキレ方をしてしまった。

 

朱に交わればなんとやら。俺もこの世界に毒されてしまったのではないだろうか。

クズだクズだと叩きのめしてるうちに、ひょっとして俺もまたクズになっているのではないだろうか。

 

なんかこういうの差した格言があったよね。

ニーチェがカッコイイこと言っていたはずだ。深淵がどーたら。なんだっけ?

 

えーとたしか、深淵を覗くとき……そう! 「深淵を覗くとき、深淵を覗いているのだ」!

ぐぅカッコイイ。

 

さてと、ではこいつらに深淵を覗いたことを後悔させてやるか。

 

場は第二ラウンド開始の様相を見せていた。

 

「お前たち、油断するなよ。今の様子をみると、是清の仲間じゃない。

 だがおそらく、タカトシたちを潰したのはコイツだ」

「…マジかよ」

「は? こんなガキが? ジョーダンでしょ穴澤さん」

「いや、見ろや穴澤さんの眼をヨォ。本気だぜ」

 

穴澤の言葉に半信半疑で騒然となったが、基本的に信じたようでこちらを睨む目つきが鋭くなった。

普通に考えたら俺みたいな見た目じゃ疑うのが当然なんだが、油断がなくなっている。

これが一種のカリスマなのかな。クズでも人望ってあるんだな。

 

奴らは思い思いのポーズを取ると、こちらを包囲するような陣形を取り始めた。

俺は黙ってそれを見送る。

 

さて、今回はどう処理しようかな。

人数も多いし前回の作業量を考えると、全裸土下座撮影会を再び開催するのはめんどくさい。

それに今日は一仕事して不殺の誓いを破ってしまったから、働きたくないでござる。

 

こんな時はアレか。

 

「あれ、こないんですか? ではこちらから行きますよ。

 ちなみに、今回はあまり時間をかけたくないので、こいつを使おうと思います。

 最初に言っておきますが、めちゃくちゃ痛いと思いますので、覚悟して下さいね」

 

握った拳をアピールするが、案の定分からないようだ。でも大丈夫。すぐに体で分かるから。

 

無言で右斜め後方から忍び寄って来る奴に気がついた。まだ舐められているのか取り押さえるつもりらしい。

こっちの見た目、中1女子だし普通はいきなり殴りかかられないか。

 

最初の犠牲者はこいつにしよう。

 

伸ばされた右手を掴み取ると、引き寄せながらストレートをお見舞いしてやった。

ゴールドエクスペリエンス上乗せで。

さらに、あのチカラを上乗せして倍満だ。

 

俺がただこいつをパンチしただけ。そう見えたに違いない。

だが光景は一瞬でーーしかし変化は劇的だった。

 

「ぎぎぎぎぎ、ぎゃあああああああああああああ! いでぇぇええええ!!!

 いでぇぇぇええよぉぉおおおおお!!!」

 

殴られた男は体を痙攣させながら転がり周り、痛さのあまり絶叫しだした。

 

「いでえぁああぁえぇぁあああ!!!」

 

止まることのない悲鳴が断末魔のようだ。

ただ殴られただけとは到底思えないリアクション。

 

実際、クソ痛いはず、だけどね。

はずというのはコレを食らったことは俺はないから。

 

「ふふ。痛みを1000倍にする秘孔をつきました。彼は今、地獄の痛みを味わっています」

 

と、俺はシャフ度でそう言った。

もちろん大嘘である。

なんだよ1000倍って。テキトーにもほどがあるわ。

 

でも秘孔だの好きそうだしね。

こういうのはそれらしきを言って、欺瞞しておくことが大事なのだ。

 

これはゴールドエクスペリエンスの能力のひとつ。

作中ではこの能力について明確な名前を与えてはいなかったが、俺は便宜上「感覚暴走」と呼んでいる。

 

ゴールドエクスペリエンスは触れた無機物に生命エネルギーを流し込むことで生物を生み出すことができるが、元々の生物に生命エネルギーを流し込むと、感覚や意識を暴走させることができる。

感覚が暴走するとその者の体感時間が非常にゆっくりになり、感覚が鋭敏になる。その結果、感覚暴走中にダメージを受けた場合、実際の何倍もの痛みとして味わうことになるのだ。

 

その痛みは経験したことがないのでどれくらいか分からんが、これを食らった某ギャングのブチャラティ氏は、これを数発食らえばショック死するとまで断言している。

暴力と隣り合わせで生きているギャングがそういうくらい何だから、相当なもんだろう。

 

現に先ほどの彼は、最終的に殴られた頬を押さえたまま、白目になって失禁してしまった。

中学生といえど、半分大人だ。それが失禁するんだから、相当痛かったんだろうなぁ。

それが伺いしれる様子に、奴らは何が起きたかわからないながらも顔を青ざめさせている。

 

「秘孔だと……っ!」

「ええ。全員に味わって貰いますよ♪ 次は君ね」

「ぎえぇぇぇぇええええええええええ!!!!」

 

さらなるプレゼントを提供すると、また1人叫びながら倒れていった。

喜びのあまりってやつだな。

 

でも、他のみんなはちっとも嬉しそうじゃない。

誰もが絶対に貰いたくないって顔してる。

でも残念でした。これ全プレだから!この場にいる皆様に、ログインボーナス!

 

「お前らぁ! 物使え!! 囲んで一気に行け!!」

 

未知なる恐怖に追い立てられたのか、角材や鉄パイプなんか持ち出してきた。

幼気なJCに乱暴だなぁ。

 

「でもこういう時、なんて言えばいいか。私知ってますよ。

 そう、無駄無駄無駄ぁっ!!!」

 

それからは特筆すべきことは何もなかった。

得物を持ち出してこちらの攻撃範囲から外れようとしているみたいだけど、秘孔とかパンチを装っているが実際に殴っているのはゴールドエクスペリエンスだ。リーチの差などあってないようなものである。

 

数発くらいもしたが、全てヤイバの鎧で跳ね返したので問題なかった。

伊達に身体中から草生やしてるわけじゃないんですよ? 脱いだら大草原不可避。

 

無駄無駄無駄ラッシュ後、気が付いたら穴澤を残して全員が地面に倒れていた。

穴澤は血が出るほど拳を握りしめ、睨みつけている。

 

「これがっ! これがっ! これが報いなのか……この悪魔めっ!」

「悪魔でいいよ……悪魔らしいやり方で、話を……話は別にいいや死ねっ!」

 

振りかぶる拳。

 

ドゴォ!!

 

そして穴澤もまた、死ぬほどの痛みの海へと沈んでいいった。

穴澤は不良どものボス猿だけあって、是清とはいかないまでも大分鍛えていたようだ。

しかしそれもスタンドの前では、大猿か子猿かの違いに過ぎない。

呆気なく終わった。

 

しょうりとはいつもむなしい。

 

第2部完っ!!!

 

「ゴールドォォォオ! 動くなぁぁぁああ!!」

 

せっかく俺が勝利宣言をあげて浸っていたのに、水をさされてしまった。

振り返ると金髪の男が気絶した三輪部長を抱き上げて、ナイフを首筋に当てていた。

 

えーと、こいつは確か穴澤の隣にいたーー木村とか言ったっけ。

 

「動くんじゃねぇぞ……動いたらこの女がどうなっても……ヒヒヒ」

 

血走った眼で月並みなことをいう。

全員ノシたと思ったが違ったようだ。おそらくやられていく仲間たちをみて恐れをなし、乱闘に紛れて三輪部長のそばまで忍び寄っていたに違いない。

 

卑怯だな。しかし実に正統派な不良だ。

 

「別にどうなってもいいですよ? そんな女、私は知りませんし」

「ごまかそうったって、そうはいくかよ。この女がお前の部活の部長だってことは調べが付いてんだ」

 

うーん。

 

最初のこいつと穴澤との会話といい、どこからか俺がタカトシをやった話が漏れてるようだな。

別に完全に隠せるとは思ってなかったからいいが、どこまで広がっているのか気になるところだな。

発信源は後日改めてこいつから聞くとするか。

 

「よくご存知のようで何よりです。

 ではもう一つ私のことを教えてあげますね。

 このこがねが、人質なんか気にすると思いますか?」

「お、おい。まさか……っ!」

 

冷や汗を浮かべる木村に、俺は飛び込んでいった。

木村は三輪部長の首元にナイフを当てつつ、盾になるようにした。

 

だが関係ない。

 

俺は部長の体ごと、木村を殴り飛ばした。

木村は当然分かっていないが、俺はいつも殴るモーションを取っているだけで、実際に攻撃しているのはスタンドである。

 

だから俺は、三輪部長を自分の腕で殴ったが、スタンドの攻撃は木村の腹に叩き込んでやった。

部長も多少ダメージを受けたかもしれんが、所詮は非力な女子中学生のパンチなので我慢していただきたい。クビにナイフがかすったようだが、こちらもゴールドエクスペリエンスで手当てしたので問題ないね。うん。

 

俺は咳き込む木村の前に立ちはだかった。

 

「ま、待って!!」

「待ちませーん♪」

 

こういう卑怯な奴は根っこが藤木だから、絶対にまた繰り返す。

ことが終わった後、根に持って復讐だ!とかいい出すのも、大抵こういうやつ。

正統派な不良には、正統な対処をしてやろう。

 

「だから無駄無駄いきます」

「さ、無駄無駄ってまさかアレをっ……やめろっ! 俺はツインズだぞ! やめろやめろやめてっ!」

 

ギャングが数発食らえばショック死するという痛みを、はたして君は何発耐えられるかな?

 

………

 

……

 

三輪部長が気絶している間に全てを片し、是清も無事ーーじゃないけど生きてる! 十分な結果であろう。

これにてミッションコンプリート。

 

これで後は「明日の朝、そこには元気になった是清と三輪部長の姿が」ってなってくれれば、香澄も大満足であろう。

できればさらに是清が「もう不良なんてやめるよ!」って言ってくれるとなお嬉しい。

 

今度こそ、勝利宣言。

 

最後に立つのはいつも俺1人。

周りは死屍累々であった。

 

「ぐぅ……見事なものだな」

 

気が付いたのか是清が目を覚ましていた。

いつから見ていたのかな。

しかし立ち上がる気力はないのか、壁を背に座ったままだ。

 

「まさか1人で奴らを全員倒すとはーー希も無事か」

 

腫れた眼で教室を見渡し、そう弱々しくこぼす。

不良なのに謎の正義感を発揮する男はうなだれている。

えーと、そうか。こいつはマタマモレナカッタしちゃったんだったな。

 

うーん。

硬派ってほんと理解できない。

 

正義ごっこしたいなら、不良やめればいいのに。

道を外れてもスジを貫く俺カッコイイなんだろうか?

でも道外れてる時点で、そのスジの行く先は明後日の方向だよね?

カタギに迷惑をかけないっていうヤクザみたいなもんか。

 

「あなたが弱すぎるんですよ。そんなに弱いなら不良やめたほうがいいんじゃないですか?」

「そうだな。奴らだけじゃない。倒したのは俺を含めてーーだったな」

 

なぜかフツフツと笑い出す是清。

 

「いいだろう。誰も守れない俺に、番はふさわしくないな」

「だ、大丈夫ですか?」

 

突然笑い出してキモイんですけど。なんか変なこといいだしたし。

やべぇ。頭打ったか? 打ってるね。めっちゃ蹴ったわ。ゴールドエクスペリエンスで治るかな?

 

「思えばお前はタカトシを下し、俺を倒し、そして宮田中を潰した」

 

まぁ、倒したかな。

 

「御谷中を守るのに、これ以上ないほどの力だろう」

 

んん?

 

「だから……番を譲ろう、ゴールド」

 

は?

 

「今日からお前が番長だ」

 

そして俺は番長になった……

 

「ってなるわけねーだろ!!!」

 

俺はもう一辺是清をぶっ叩き、スケキヨみたいに木の床から下半身をはやさせてやった。

そうしてさっさと三輪部長のみ回収して、その場を後にした。

 

しかし何が番長だよ。

勘弁してくれよ。

 

これってバンドリだよね?

番取りじゃないよね!!!!???

 



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第17話「現状確認」

つい先日、こんなことがあった。

とあるカラオケ店でのことである。

 

「わー! こがねん、歌上手だね! すっごくキラキラしてて、私ドキドキしちゃった!

 こがねん、やっぱりバンドのボーカルやるの? えーとなんだっけ? トップになるんだっけ?」

「え゛! や、やだなぁ。香澄ちゃん。そんなわけないでしょ!

 ボーカルなんてとてもとても。私に出来るのはせいぜいシンバル叩くぐらいだよー。

 こがねシンバル叩くの大好き!!

 そ、それより私、香澄ちゃんの歌が聴きたいなー」

 

「うーん。私あんまりカラオケって来たことないから、何歌っていいか分からないなぁ。

 オリジナルな曲ならあるんだけど……」

「例えばコレ! これだよ! きらきら星!! 私、香澄ちゃんのきらきら星聞きたい! 

 歌って! お願い!!(切実)」

 

ガチャッ

 

「おおお! やっぱあの子達この部屋だったよ!!

 さっきレジ前で見かけて気になってたんだよね! ちわーっす!」

「ホントだ! 女の子ばっかじゃん! かわいーっ! こっち男ばっかでーっす!

 一緒に歌いませんか!? 俺のマイクで。なんつってー」

「ここ監視カメラないから、大騒ぎできるから安心して楽しもうぜー」

 

「……香澄ちゃん、ちょっと待っててね。すみません、皆さん。

 私がみなさんをもてなしますので、ちょっとあちらでお話しいいいですか?」

「マジ!? 美少女のおもてなしキターっ!!」

 

……バタン

 

ガチャ……バタン

 

「あれ? こがねん、さっきの男の人たちは?」

「なんか部屋間違えてたみたい。プレート見せてもらって、別の部屋に案内したよ」

 

「あ、そうなんだ? 突然入って来てビックリしたけど、あわてんぼうだね」

「ふふ。そうだね」

 

「……ただいま。なんか隣の部屋で店員さんが騒いでたけど、何かあった?」

「おたえ、おかえりー、ドリンクありがとー。え、何かあったのかな?

 こがねん知ってる?」

 

「……隣の部屋で男同士で裸で抱き合ってるのが見つかったみたいだね」

「何それこわい」

 

 

こんなこともあった。

香澄が家の用事で早退し、たえと二人で夜道を帰宅中のことである。

 

「今日のホームルームはビックリしたよね。

 となりの中学校の用務員さんが、ハチにさされて亡くなっちゃったから、皆さんも気をつけて下さい、とか……ハチって怖いね、たえちゃん」

「……そうだね」

 

「? どうしたの? たえちゃん、私の顔なんか見つめて」

「なんでもない。でも、こがねはちょっと嬉しそう」

「そんなことないよー。あはは。

 あと、最近ロングコートをきた不審者が出てるみたいだから、家には早く帰るようにとも先生が……」

 

ササッ

 

「ヒヒヒ。お嬢ちゃんたち、ちょっといいかな?」

「……なに?」

 

「いいものを見せてあげよう。それはね……これだぁぁぁぁああああ!!

 あ、あれ? モノがねぇ!! 俺のものがねぇぞおお!! いでええええええええええ!!!」

 

「またつまらぬものを潰してしまったか。

 ささ、たえちゃん。こいつきっと不審者だよ! 逃げよう逃げよう」

「え、うん」

 

 

こんなことも。

 

「香澄ちゃん、おまた~。じゃあ早速ショッピングに出発しようか……って、あれ?

 その手に持ってるのなぁに?」

「あ、こがねん! えーと、これはね、こがねんを待ってたらサングラスかけたお兄さんがくれたの!

 なんか飲むとキラキラできるんだって! お試しなんだって~」

 

「え”っ!! ちょちょちょっと貸して……っ!!

 ペロッ……これは麻薬っ!?」

 

 

「フヘヘへ。一緒にいいとこいこうや」

 

「フーフー。お嬢ちゃんたち、いくらかな?」

 

「天国へ行く方法を教えてあげよう」

 

……

 

「まったくどーなってんだよ! この街はよぉ!!!」

 

俺が怒りの衝動をぶちまけると、ゴールドエクスペリエンスさんもシンクロしてしまった。

手近にあった机が飛んでった先で壁にぶち当たり、ガラス細工のように粉々になった。

粉々である。木製なのに。

 

いかんいかん。

落ち着け、KOOLになれ円谷こがね。COLDでもGOLDでもない。KOOLにだ……

 

「まぁ、落ち着け、ゴールド」

「誰がゴールドだ! このスケキヨがぁあああ!!」

 

したり気な顔で是清が諌めてきたので、またもや思わず奴の上半身を逆さに床に埋めてしまった。

 

うお、またやっちまったよ。綺麗に逆さになった。だが謝らんぞ。

こいつプロレスラーみたいな上半身にやたら筋肉がついた逆三角形の体型してるから、そっちの方が安定してるんだよね。

重力に逆らわずさ、地球に優しい人間になれよ。

 

それにこの迎賓館の床はボロいから、大したダメージは無いと思う。

 

しかし是清の舎弟どもは、一連の流れを見て震えていた。

こいつらは是清の強さを知っている。それを一瞬でノした俺。

どうみても恐怖政治であった。

 

「そうした輩から生徒を守るのが、俺たちの仕事だ」

「……ふん」

 

床から這い出した是清が知ったような口をきくが、仕事では無いと思うよ? 俺たち中学生だよね?

レスラーみたいなお前見てると忘れそうになるけどさ。

 

でもこの世界、マジ警察とか役に立たないからなぁ。

不良漫画とかで警察が仕事したシーン、見たことある?

ないよね? あんな感じ。

 

残念ながらこの世界に自浄作用はない。

放っておけば腐っていくだけである。

 

俺は小学生の頃、この世界の浄化方法としてチョコボール理論を実践していた。

その実践っぷりたるや、熱心な研究者ーーいや信者といっても良かった。

 

チョコボール理論とは、とあるお侍さんが考え出した世直し理論である。

それは、まず1個のチョコボール(悪人)を叩き潰す。するとチョコボールの容器から、よくもやったなと次のチョコボールが出てくるので、それも叩き潰す。すると次のチョコボールが……と次々に出てくるのでそれを次々に成敗していくのだ。

 

するといずれチョコボール箱は空になるので、それをもって世直し完了といった理論だ。

実にスマートでわかりやすい理論といえよう。

 

しかし世の中、そうそううまくいくものでは無い。

この世界のチョコボール箱はめちゃくちゃ巨大だった。というより、悪人・不良・クズ・DQN。雨の後のタケノコのように次から次へと生えてくる。

倒しても倒してもキリがなかったのである。

 

小学生卒業をもってチョコボール理論に見切りをつけた俺は、仕方ないので中学入学を機に、事なかれ方式へと切り替えることにした。

それは出来るだけトラブルは避け、もし関わってしまったとしても後腐れのないよう工夫をこらすものである。

道端に落ちているチョコボールは避ける。近寄らないようにする。ま、犬のフンと同じ扱いだな。

 

だが、やはりこの世界は甘くなかった。

必死にチョコボールを踏まないように歩いていても、そこら中から湧いてくるのである。

俺だけならなんとか避け続けられるかもしれないが、香澄やたえにそれを強いるのは酷というものだろう。

そんな酷なことはないでしょう。

 

ここにいたり俺はようやく、こいつらがチョコボール箱から出てくるのではなく、この世界がチョコボール生産工場であったことに気がついたのだった。

 

今はまだいい。香澄とたえだけなら、なんとかなる。

しかしポピパのメンバーには加えて有咲にりみに彩綾とまだ3人もいるのだ。

全員を守りきるには手の数が足りない。ゴールドエクスペリエンスさんを入れてもな。

 

つまり香澄たちを守りきるには、抜本的な行動指針の変更が必要ということだ。思考のパラダイムシフトって奴だな。

中長期的にポピパメンバーを守りつつ、最終的にはチョコボール生産工場を廃業に追い込むようなーー

 

とりあえずその一環として、是清たち番長グループを利用することを考えついた。

 

6月のあの騒動は世間的には、是清たち御谷中の番長グループが義憤に駆られて宮田中に乗り込み、穴澤たち不良グループを一掃したということになっている。

俺の名前は表に出てない。

 

その結果として、宮田中の不良が御谷中の生徒に絡むことが全くなくなった。

以前は、お互いの中学の不良がお互いの一般生徒に絡み締め上げるといった、イジメ、カツアゲ、暴行行為が横行していたが、是清が両校のトップになることで、それらがなくなったのだ。

 

この街でもいっそう素行の悪い2校が静かになったので、他校も荒ぶることがなくなった。

少なくともこの街の中学生間では学校同士の争いもなくなり、平和になったのである。平和万歳。

 

是清たち番長グループの評判はうなぎ登りとなった。

 

あいつらはただの不良じゃないよ。いい不良なんだよと。

 

なんだそれ。

不良にいいも悪いもあるわけねーだろ! 雨の日の捨て猫に傘さした不良みたいな扱いにすんじゃねーよ。

こいつらはただのクズ!!

 

しかし俺はこれを見て気付いたーーこれは使える。

 

中学校間だけとはいえ、たしかに治安は良くなったのである。少なくともこの近隣で不良に絡まれる頻度は激減した。

つまりこれは香澄やたえが俺の目を離れたところで単独行動していたとしても、より安全になったのだといえる。

安全保障面から考えても理想とすべき展開だ。

 

そう、俺に足りなかったものは、手数。

必要なのは人員、そしてエリアカバー力。

 

是清たちを使うことで、それを補えばいいのだ。

目には目をクズにはクズを。ハムラビ法典から理念と違うと文句言われようが、それを実践するのだ。

最終的にクズが対消滅してくれると、こがね嬉しい。

 

そして番長グループにそれを穏便に相談しにいったらーー

 

やりたいなら相談じゃなくて命令しろと言われた。

 

そう、俺はすでに影番となっていたのだ。

通称ゴールド。あの時の変な名乗りを、こいつらは聞き耳立てたらしい。

この街の学校不良のトップに君臨する、知る人ぞ知る不良オブ不良。

番長を影から操る存在ーー影番。それが俺。

 

何がゴールドだよ。ニューヨークギャングの殺し屋みたいなあだ名つけんじゃねぇ!

 

その話を聞かされた時にも、思わず是清をスケキヨにしてしまったね。

地面がコンクリだったから、危うくホンマモンの殺し屋になるとこだったわ。

 

そしたら、実は俺がトップってあるってことに不満そうだった是清の舎弟も、一瞬で押し黙ってしまったよ。

思えばあれが恐怖政治の始まりでしたね。

 

まぁいいや、都合のいい手駒が手に入ったと思おう。

 

そして是清グループを招集し、現在迎賓館にいるというわけだ。

迎賓館とは初日に俺がお招きされて、全裸土下座撮影会を開いた場所である。掃除させたのであの時よりグッと綺麗になった。

使用者が誰もいなくなったので、ちょうどいい基地として使うことにしたのだ。

 

え? タカトシたち? なんか後日家庭訪問したら学校来なくなっちゃったみたい。

なんでだろうね。こがね知らなーい。

 

「それで? ツインズだっけ? 調査進みました?」

「ああ、穴澤から報告が来ている。これだーー」

 

渡された調査書と思しき紙束には、ミミズがのたくったような字がかかれていた。

これは高度な暗号なのだろうか……

全く。字が汚いなら、メールで送ればいいものを。

 

穴澤の字かな?

字の綺麗さと人間性は比例すると聞いたことがあるが、どうだろうね。俺は否定派なんだけど。

 

「メールできたものを、俺がまとめた」

「……」

 

字の綺麗さと人間性って比例するんだなぁ……

 

ちなみに宮田中の番長だった穴澤も、是清グループの舎弟となっている。

是清グループのというより、反応が俺の舎弟っぽいけど。

 

感覚暴走の威力ってすげぇわ。

痛みによる恐怖が染み付いているのか、お願いすると何でもやってくれる。泣き笑いの表情で、顔を高速上下運動させる。

何でもやるって言いながら、頭そんなに振られると気持ち悪いんですケド。

いかつい顔でそんなことやられても嬉しくない。夢に出そうだ。こりゃ淫夢じゃなくて悪夢だよ……

 

それで俺は奴らに、ツインズとかいう不良グループの調査を命じていたのだ。

ここら辺一帯の不良による被害が激減したといっても、それはあくまで中学間の話。

 

この街には中学校の枠にとらわれない不良チームがいくつもあり、そいつらは未だにのさばっているのが現状である。

こういうのが深夜徘徊していると安心してグッスリできないから、いずれ掃除する必要が有る。そのための下調べということだ。

 

その中でも代表的なのがツインズと呼ばれる不良グループだ。2匹の蛇をマークにした結構な規模らしい。

このチームのメンバーは中学生だけではなく高校生も参加しているーーというより、中学にも高校にも通ってない奴らが主となって構成しているチームのようだ。

社会からつまはじきにされたーーというか望んでレールから外れていったろくでなしどもの集合体ということだな。

 

お願いと称して、おきまりの恐喝やら金品のまきあげやらを行うらしい。

これだからツインズは……やっぱお願いされるならティーチャーだよな。

 

社会からドロップアウトした爪弾きのクズどもである。

そのまま人生からもドロップアウトしてくれりゃいいのに。

 

「穴澤グループのの木村とかいう奴が、ツインズのメンバーだったらしい」

「ほむほむ」

 

あの金髪か。最後にしなくてもいい愚行を犯した。

俺相手に人質とるとか、木村ってほんとバカ。

 

「お前のアレで……正気に戻ってないようだ」

「逝ってしまいましたか。円環の理に導かれて……」

 

おいたわしいことだ。ぜひ来世で更生してほしい。

まぁ来世ってロクなもんじゃないけどね。太鼓判押してもいいよ。

 

もう2、3発手加減すべきだったかな? 焼け石に水か。

今もまともな意識があるなら、感覚暴走をたてに脅迫できたんだが、これでは奴からツインズについての事情聴取できんな。

 

しかしそうなると調査はどうしようか。

その辺にいるの片っ端から捕まえて、ごーもんするって手もあるけど、今の所そこまでアグレッシブには攻める必要ないんだよね。

 

ツインズの件はそこまで優先順位が高くないんだ。とりあえず放っておこう。

料理にたかるハエみたいな奴らだ。どうせ放っておけば嫌でも向こうから寄ってくるだろう。



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第18話「SPACE」

暗いことばっかり考えてると気が滅入るので、こういう時はキラキラしたことを考えよう。

キラキラといえば、もちろん彼女たちである。

 

今は8月。

改めて現状を確認してみよう。

 

香澄は順調に音楽にいそしんでいるーーユーフォニアムだけど。

もはや無理にギターを勧めたりはしないことにした。諦めたともいう。

 

でもいいんだ。香澄はアニメの通りなら、高校に入ってからでも十分間に合うんだ……

 

あっちゃんが反抗期になったって泣きついてきたけど、家庭内も至って平穏なようだ。

大事なのは音楽スキルより、情操である。

このまま健やかに自己紹介で「星の鼓動が!」って話しちゃうくらい健やかに育ってほしい。

 

たえも問題ない。

懸念事項だったストーカー問題が解決したからか、実に晴れやかに吹奏楽部に精を出しているーーやっぱトランペットだけど。

 

新聞に顔写真付きで掲載されたのが良かったかな。

憎い相手とはいえ、死んでしまったことについては複雑な思いがあるらしい。

あんなストーカー相手にも思いやりをもてるとは、不思議ちゃんキャラだけどやっぱいい子だよな。初体験だとか、わけわからんこと騒いでた俺とは違うね。

 

そして朗報がある。

たえはどうやらギターに興味があるようだ。この武器かっこいいって見せてくれた広告で指差したのは、なんとあの青いスナッパーだった。

 

やはり原作効果はあったんだ! ニートが初めて仕事したぞ!

でも相変わらず武器とか言ってるのが気になる……本当に原作補正だよね?

ランダムスター使いに変態が多いように、スナッパー使いは乱闘が多いのだろうか。わからん。

 

しかしこのままの興味を育てて、ぜひギターに手を出して欲しいものだね。

たえは小中学生の頃からギターをやっていたはずだから、できるだけ早く始めてもらいたいんだよ。

たえには申し訳ないけど、習熟度な懸念がね。

 

しかしそれを考えると香澄とは一体……高校でギター始めて1年も経たずにライブ出演。やはり天才……。

まぁ、けいおんの唯みたいなのもいるし多少はね。でも蛸壷屋は勘弁。

 

それより問題なのは、ポピパの他のメンバーだよ。有咲、りみ、沙綾。なんか心配になってきた。

ここまで芸能界の闇とやらの影響が強いと、気がつかないうちに取り返しのつかないことになってるやもしれん。

様子見を予定してたメンバーにも、早急な対応が求められるかもしれんなぁ。

 

実はとあるルートから、他メンバーの手がかりを得ることができた。

そのルートとは、あのたえのストーカーが集めていた近隣小中学校生徒の個人情報だ。

 

たえのストーカーズコレクションーーそこには奴がたえを探すために債権回収会社時代から溜め込んだであろう情報が、山のように詰まっていた。

四方八方からかき集められたそれは、ちょっとしたデータベースと化している。特に学生のデータが豊富だ。こっちでもベ◯ッセは個人情報を流出させたのかもしれない。

 

俺はたえの情報を消すと同時に、それをUSBメモリに落として持ち帰っていた。

 

それに俺は、思い当たる限りの原作キャラの名前を検索にかけた。

そして見事ヒットしたのが、有咲と沙綾だ。

 

有咲と沙綾は、原作通り花咲川女子学園に中等部から通っているようだ。つまり地元もこの辺のはず。

この辺りの治安を回復することで、対応が可能だ。足取りを追うこともそれほど難しくないだろう。

 

しかし問題は牛込りみにあった。ヒットしなかったのである。

これには頭を抱えた。

 

あの子確か高等部からの編入組だよね。しかも中学の途中まで関西にいたはず。

どう捜索すればいいんだろ。もう白目しか剥けないんだけど。

 

前世でも関西って危ないイメージあったしなぁ。さらにこっちだと魔都になってそう。福岡じゃないだけマシなのかな。あそこは前世でも修羅の国って噂があったからなぁ。

……悪い方向に思考が傾くと偏見しか出てこない。

 

でも待てよ。確か牛込りみの姉ーー牛込ゆりがグリグリのメンバーだ。

アニメからだとグリグリの結成時期はイマイチわからないけど、少なくとも1年前くらいにはあったんじゃないだろうか。

少なくとも、新参者ではあるまい。

 

しかもゆりは水泳部の部長になるはずだ。部活の部長ってぽっと出でなれるもんじゃないよね。

よっぽどの実力主義高校でもない限り、人望とか貢献とかで選任されるのが普通だ。となると比較的早い段階からゆりは花咲川女子学園にいたんじゃないか? 

 

仮に高校1年目からいたとすると、りみは2つ下だから中2頃に、このあたりに引っ越してきていてもおかしくないわけか。

 

うーむ。

 

この線から探っててみるか。

グリグリといえば現在知り合っているのが鵜沢リィだ。彼女に聞いてみよう。

案外すでに知り合いだったりして!

 

 

「んや~? 牛込ゆり? うーん……リィちゃん知らないっ!」

 

ですよね。

こがね知ってた。

 

「んむむむ。しかーし、こがねちゃん! その前にリィちゃんに言うことがあるんじゃないかな?」

「え、何かありましたっけ?」

 

「バンドだよバンドーーっ! 一緒にバンドやるっていったのに、あの後全然音沙汰なかったのじゃー! 約束はどうなったんじゃー!?」

「はは……。私ちょっと吹奏楽が忙しくてですね。シンバルがね……」

 

藪蛇をつついてしまった。

約束とかした覚えないんだけどね。

 

「シンバルよりギターやってギター!!」

 

レジスターの机をバンバン叩く鵜沢。ぬいぐるみのデペコが飛び跳ねて落ちたので、慌てて拾っている。

どうやら俺が長らく楽器店にこなかったことにお冠のようだ。

 

ってかそのギターやるのが牛込ゆりだから!

君簡単に知らないって言ったけど、グリグリで一番大事な人よ? ギタボだからね! しかも牛込りみの姉!

 

こちとらやることだらけの過労死系JCなのだ。

絶対に流されてバンドやっちゃったりなんかしない!(キリッ

 

あれ? でもリィちゃん、なんかちょっと涙目になってない?

 

「ぐすっ。せっかく、用意してあげたのに……来ないから……」

「あわわわわわ」

 

涙ぐむ鵜沢が取り出したのは、2本角が特徴的なギターだった。

その言葉のとおりなら、これは俺のためにずっと前から見繕っていたということだろう。

 

そういう罪悪感を感じさせつつ、逃げ道を封鎖するのやめて!

 

「とってもかっこいいいですね。これを私のために? わー、うれしー」

「……ホントに嬉しい?」

 

「ええ、まぁ、それなりに……」

「フッフーーー☆ よかったぁ!」

 

自分でもわかるレベルの棒台詞だったのに、あっと言う間に機嫌がなおったぞ。

チョロい奴だな。この世界でそんなにチョロくて大丈夫だろうか。悪い奴に騙されないか心配なレベル。

 

この子には聞きたいことがまだまだあるから、ヘソを曲げられたら困るんだよね。

今は適当にヨイショしなければ。

 

「それにしてもカッコいいギターですね。エレキですか」

「そうだよ。フェンダーのストラトキャスター!

 こがねちゃんアコギあんまり好きそうじゃなかったから、こっちのほうがいいかと思ったの。カッコイイでしょー!!」

 

そうそう。前回見たかったのはこういうのなんだ。

俺の趣味なんてどーでもいいんだけどね。

大事なのは香澄’sフィーリング。

 

「ちょっと値は張るけど、最初からあんまり安すぎるギター使うと音感悪くなるしね。

 これがリィちゃんのオススメ!!

 というわけで……はいっ」

 

ん?

え、くれるの?

ストラトキャスターなんて、安いモデルでも結構するだろ。

 

「え! ちょっと、悪いですよ! そんな高そうなもの!」

「んやー! あげるわけじゃないよ。これは試奏用の店の楽器。店長から許可貰ってね。

 店長も女の子が興味持ってくれるのが嬉しいって言ってたのじゃー」

 

えぇ……

いらねー……

 

ギター持ってポピパ守るとかキカイダーかよ。俺に良心回路ないぞ。そんなものは前世(かいぞうまえ)においてきたわ。

 

「ありがとうございます……お借りします」

 

うう。

でもここは受け取っておくか。

 

俺バンドメンバーじゃないんだけど……グリグリの黒子に徹したい。

このギターは牛沢ゆりを発見したら、即イグナイトパスだな。

 

「フッフーーー☆ じゃあ後は練習あるのみだねっ!

 一応練習室はこの店の上にあって、いつでも使っていいことになってるんだけど、最近立て込んでて使えないんだよね。

 他には安いレンタルスタジオとかライブハウスでも借りられればいいだけど。うーん、オススメは前に店長が教えてくれたような……」

「あ、ちょっといいですか?

 もしご存知でしたら教えて欲しいんですけどーーSPACEってライブハウス知ってます?」

 

ちょうどいいタイミング。

これも機会があったら、聞こうと思ってたんだ。

 

SPACEは劇中で中心となるライブハウスだ。香澄はそこでグリグリのライブ見てバンド組もうと決意するし、アニメの最終目標はそこでライブをすることだ。

できれば一回くらい足を運んでおきたい。

 

でもなぜか、ぐるぐる先生とかに聞いても教えてくれないんだよね。

楽器店のバイトやってれば、そこら辺の情報には詳しいとにらんだが果たして。

 

「SPACE? うーん、なんか聞いたことある名前だけど……あ、もしかしてあそこかな?

 だけど、あー、どうだったけ? あそこはたしか……」

 

…………

 

……

 

 

「……あの、ここ何もないんですケド?」

「あちゃー。やっぱここだったんじゃー。風の噂で聞いた潰れたって話は本当だったみたい」

 

鵜沢リィに案内されて連れて行った先にあったのは、一面のまっさらな更地だった。

 

大変!

スペースが、空きスペースになっちゃった!!><



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第19話「ガールズバンドの聖地」

「もしもーし。おーい、こがねちゃーん。大丈夫ぅー?」

「はっ!?」

 

鵜沢リィが不思議そうな顔で、俺の顔の前で手を振っていた。

 

意識が数瞬飛んでたわ。

まっさらな更地のように頭リバースしてた。

 

「SPACE……ここにSPACEってライブハウスがあったはずなんですけど、いつ無くなったんですかね?」

「うーん、知らないっ。でも結構前だと思うよ。リィちゃんも名前をおぼろげにしか知らなかったし!」

 

店たたむの早すぎだろ、やりきったババァ……まだ原作開始3年前だぞ……

やりきったかい?じゃねぇぞ……ってか始まってすらいねぇ……

 

どおりで「オッケーぐるぐる! SPACEはどこ?」って探しても、「お手元のキーボードにあります」とか返されるわけだよ。この世からすでになかったのかよ。

 

「ずいぶん青い顔してるけど、何かここに用事でもあったの?」

「ええ、まぁ……全てはここから始まるはずだったんですよ。はは」

 

俺はその場に崩れ落ち、ぺんぺん草すらなくなったSPACE跡地に涙を流す。

 

「うぅ。SPACE……聖地……」

「うん。整地されちゃってるね」

 

整地じゃねーよ。確かに草すら生えないけど。

 

ロゼリアもパスパレもアフグロもハロハピもみんなここに来るはずだったのに……うぅ。

アニメ版バンドリの中心じゃないか。なくなっちゃうとかありなの?

ガールズバンドの聖地ーー始まりの地……ん?

 

「あれ、でも待てよ」

 

そもそもこの世界でガールズバンドなんて始まってたのか?

やりきったババァーーあのオーナーは何を考えてSPACEを立ち上げたんだろう?

誰か知ってる奴はいないのか。

 

「あれー? 君たち、こんなところで何してるの?」

「お、ギターとベース持ってるよ。ひょっとしてライブハウスでも探してるのかな?」

 

犬が歩けば棒にあたるように、この世界をうろつくとクズにあたる。

鵜沢がゲゲッと嫌そうに顔をしかめた。

 

「……こがねちゃん。あっちに行こう」

 

鵜沢はこいつらを無視する方針のようだ。

さすが楽器店でバイトするだけあって、対応に慣れている。

陽気な奴だが、不良相手にまでその性格は発揮されないようだ。

鵜沢基準で関わり合いになるべきかそうでないかを、瞬時に見分けてるんだな。

 

でもこがね基準では別の見方ができる。

 

「えーとお二方。私たちを見て、ライブハウスを探していると思ったということは、あなたたちはここにかつてライブハウスがあったことを知っているんですか?」

「んやー!? こがねちゃん!」

 

なんで地雷に踏み込むのといった様子で、慌てる鵜沢リィ。

 

まぁまぁリィちゃん落ち着いて。

この世界のクズは時に財布になったり、時に辞典になったりするんだよ。

 

「おう知ってる知ってる。SPACEだろ? 俺よく行ったからなー」

「もしよろしければ、ちょっと教えてもらいたいことがあるんですけど」

「君たち可愛いから、俺たちにちょっと付き合ってくれたら、口が軽くなるかもー」

「そうそう、君たちの下のお口も軽いと嬉しいなーギャハハ」

 

ふぅん。知ってるんだ。

 

ふぅん。

 

「鵜沢さん、すこーしだけあっち向いててもらえます?」

 

 

 

少女仕置中。

 

 

 

「口が重い原因はこの歯かな〜? えいっ♪ えいっ♪」

 

「ふぁい。そうでふ。都築っておんなふぁ、ここにらいふはうすをひらいてまひた」

「なんれもはなしますから、もうゆるひてくらはい……」

 

なるほどねー。

口が重い様子なので、何本か歯を抜いて軽くしてやると男たちは軽快に話し出した。

顔をパンパンに腫らして聞き辛いことこの上ないが、これは許容範囲というものだろう。

 

視線を感じたような気がして振り返ったが、そこには背を向けたままの鵜沢リィがいた。

でも背中でドン引きしてるっぽい。

 

「あわわわわ。こ、こがねちゃん。すっごい……音がしたけど大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 

見たのか見てないのか……どっちでもいいか。

方針変えたから別に周囲に隠す必要は、ほぼ無くなったからな。

 

香澄やたえの前では絶対に隠すけどね。

メンタルに負の影響与えたらいけないからな。こがねちゃんの暴力に当てられて、ときめきエクスペリエンスがデスメタルアレンジとかになったら目も当てられん。

 

人の心って繊細なんだよ。ちなみにクズは人ではない。

 

「じゃあ、尋も…話の続きをするから、鵜沢さんはちょっと離れてて下さい」

「う、うん。わかった」

「さ、さ。続きをどうぞ」

「はひぃ」

 

鵜沢を追いやって、ヒアリングを続ける。

 

話をまとめると次のことがわかった。

 

かつて都築詩船というギタリストがいた。後のオーナーである。

この世界では珍しい女性ボーカリストということもあって、かなりの人気を博していたようだ。

しかしそんな美味しい存在を芸能界の闇さんが見逃すはずがない。

 

付けねらうファン、横暴なオーナー、詩船を巡って争うメンバー。

女がバンドしてはいけないのか、彼女を取り巻く環境の過酷さに涙する日もあった。

 

だが彼女はめげなかった。

女性が安心してバンドできる環境を整えるため、ガールズバンドの可能性を切り開くため、一人でライブハウスを立ち上げたのだーーそれがSPACE。

 

男子禁制。立ち入り禁止。

演奏できるグループもガールズバンドのみ、というとても先進的なライブハウスだ。

 

しかしこの世界においてバンドとは男中心の世界である。

彼女の行為はとても尊いものだったが、それは中東で女性解放運動をするようなものだ。

気に入らねぇ。女が沢山いる。それだけで対象となる理由は十分であった。

 

ライブハウスは連日ならず者たちによって占拠され、好き放題されてしまった。

あの手(暴力!)この手(レイプ!)その手(ドラッグ!)が彼女を襲った。

 

そして彼女は道半ばにして倒れ、ライブハウスをたたんだ。

そしてスペース。

 

ちゃんちゃん。

 

……

 

 

おうふ。

 

結構ドン引きな内容だった。

こんなん聞いたら都築詩船ファンガチ切れしない? 大丈夫かな。

大多数の人が、やりきったババァの本名なんて知らなかっただろうから問題ないと思いたい。

 

でも、あのジジイ神とか都築詩船推しだったりしない?

大丈夫か。だってロリコン処女厨っぽいし。

本来ならお前の正しい守備範囲はオーナーだろうって、怒鳴りつけてやりたいくらいだが。

 

オーナーの悲惨な身の上話だったけど、この世界じゃよくあることだ。気にしてたらしょうがないわ。

力無き者が権利を主張する場合、それは別の利権によって潰される。

潰されないためには反抗するための力がいるーー暴力だな。これは元の世界でも同じことだ。

 

ババァの行動は立派だが、それを裏付ける力が足りなかった。

やるならヤクザの組長でも体でたらしこんで、暴力団をバッグにつけて立ち上げるとかすべきだったな。

綺麗事だけではダメだ。この世に神はいないのだよ。

 

神はいない……いるけどあいつは役に立たん!

 

「こがねちゃん。そろそろ終わった?」

「あ、はい。もういいですよ」

 

それにしても鵜沢に聞かれなくてよかったな。

聞かれてたら絶対顔面ブルーレイだったよ。リィちゃんバンドやめる!とか言い出したかもしれない。

それは困るからな。鵜沢たちには是非ともグリグリを結成してもらいたい。 

 

バンド止めるんじゃねぇぞ。

 

ガールズバンドの希望の花となるのだ……

 

 

「……あの、まだつきませんかね?」

「うーん。おっかしーなぁ。店長に教えてもらったのは、この辺りのはずなんじゃー……」

 

鵜沢の案内で街をさまよい歩く。

 

彼女の希望で、練習スタジオの下見に行くことにしたのだ。

SPACEがなくなったショックでどっと疲れたので、正直今日は家に帰りたかったが、SPACEに付き合ってもらったからな。

 

「でもこの辺、変な店ばっかですけど大丈夫なんですかねぇ」

 

見渡して真っ先に目に入るのがラブホ。

雑多なビルが立ち並び、繁華街であることは確かだが、あまりよろしくない街並みだ。

日も暮れてきたせいでネオンサインが目立つ。

客層もよろしくない。道端にしゃがみこんでタバコを吹かす金髪や、上目遣いでこちらを睨みつけるピアスなんかもいる。

 

「そもそも本当にこの辺なんですか? その地図やめてスマホで調べたほうがよくありません?」

「あと少し! きっとあと少しだから!」

 

しかし地図にかじりついている鵜沢は、周囲の様子があまり目に入ってないようだ。

 

鵜沢が手にしているのは店長にもらったという地図だ。

 

彼女のバイト先の店長は、楽器店のオーナーということもあって街のライブハウスや練習スタジオに精通しているらしい。

希望を聞いて、安いところや女の子でも比較的安全なところ、逆に行かない方がいい店についてアドバイスをもらったようだ。

 

お手製の地図で、手書きで色々な書き込みがされている。

 

「まだでしょうか……」

 

さらに歩を進め、肩に食い込むギターの重さが気になってきた。

つまり割と疲れてる。

結構な距離を歩いたこともあるけど、やはりSPACEが消滅していたという精神的なショックが大きい。

 

今後どうするかも考えないとなぁ……と思案したあたりで、ようやく鵜沢が声を上げた。

 

「フッフーー! ついた! ここが店長オススメの穴場なんじゃー! 

 その名もライブハウス・フォレスト☆」

「……ビーバーズって書いてありますよ?」

 

入り口に掛けられた木彫り看板には、煽り風味の畜生の顔。漫画村のアイコンみたいな看板があった。

おかえりくださいませお客様とかいてある。

 

「えっえ!? あ!! 間違えちゃった! 

 ビーバーズぅ? ここって近寄っちゃいけないライブハウスなんじゃー!」

 

地図の注釈と店名を見比べて、鵜沢が情けない声を上げた。

 

そんなことだろうと思ったよ。穴場ってか落とし穴じゃねーか。

ここは繁華街からもさらに外れたところ。見渡す限り人影もない。

立地的にはとてもじゃないがオススメとは思えない場所だ。

 

「うーん。でも値段はだいぶ安いですね。1時間250円ですよ」

 

張り出された黄ばんだ料金表には、格安価格が表示されていた。

カラオケ行くより安いだろう。懐の寂しい中学生には優しい設定。俺も毎回道端の貯金箱壊せるわけでもないしなぁ。

 

「確かに安いねーーいやいやいや、だいたい安いのには理由があるよ。

 それに店長のメモにも危険ってあるし早く離れよ……ってこがねちゃん!? 

 なんで中に入ってくんじゃー!?」

「まぁまぁ、鵜沢さん。せっかく来たんですし、ちょっと中を見て来ましょうよ」

 

店内の明かりもついてるし、やってるだろう。

 

かなり歩いたから足が棒だった。ここから即移動は勘弁していただきたい。

それに前世でおっきな会場のライブには足を運んだことがあるが、こうしたこじんまりしたライブハウスは初めてだ。

 

今世でもライブハウスなるものには、一回も来たことがない。

俺はわざわざ下水に行って、臭い!って叫ぶ趣味はないからな。

 

しかし今後のことを思えば、そろそろ見学しておくのも悪くないだろう。

 

ということで休憩も兼ねて中に入ると、思ったよりも綺麗な内装の店だった。

黒のバーカウンターには、洒落た椅子がセットされており、喫茶店に見えないこともない。

ただし並んでいる銘柄はお酒が中心のようだ。どちらかというと大人の客層を意識した店なのかもしれない。

 

思えば外から見た店構えも、モダンな感じだったな。

恐る恐るついてきた鵜沢も、意外といった顔してる。

 

「ほへぇーー。結構まともなライブハウスだね」

「でも、中に誰もいませんね」

 

日も暮れてきたこともあって、店内は暖色にライトアップされていた。

しかしなぜか人がいない。客はともかく店員はいるべきだろうに。

 

「あまりにも客がこないから、スタジオの掃除でもしてるのかな? リィちゃんもよくやるし」

「鵜沢さんも最初あった時、レジにいなかったですもんね」

 

そういやあの時、誰もいないねって話ししてたら、鵜沢が奥から泣きながら出てきたんだっけ。

何か揉めてたのかな。ま、いっか。

 

「んむむむむ? いま奥から人の声聞こえなかった?」

「……いえ、私は特には」

「うーん。女の子の声だったような……あっちかな」

 

鵜沢の指差す方には店内に続く廊下があった。

案内板には第2スタジオと書いてある。その横にあるランプが光ってるってことは、使用中ってことかな。

それを見て鵜沢が首をかしげる。

 

「んやー! ひょっとして今ライブ中? だからロビーに誰もいなかったの?」

「それにしては静かだと思いますけどね。演奏も聞こえませんし。あ、でもこういうところって音漏れしないようになってるかもしれないですね」

 

「こんなところにも女の子くるんだね。リィちゃんたち以外にも。

 ……店長が言うほど危なくないのかな?」

 

女性ファンが気軽に来られる場所なら、確かに危険性は少ないかもな。客層にもよるけど。

この世界は別に綺麗なガールズバンドがないってだけで、女性メンバーがいるバンドはないわけではない。

だから生のライブをやってるのかもしれないことから、鵜沢は興味津々といった様子だ。

 

「気になるなら、ちょっと見に行ってみましょうか?」

「え、勝手に入って大丈夫かな?」

「いいんじゃないですか? 店ですし」

 

入場料払ってないけどね。でも誰もいないし店側の怠慢だろう。

 

「どんな人がライブやってるんでしょうね。ちょっと楽しみ」

 

暗めの廊下をずんずん進んでいき、スタジオの入り口についた。

ドアが半開きである。そこから光が漏れてきている。

 

ドアを開けて中に入った。

目に入ってきたのは、ステージを見て観客席で興奮する男達。

そのステージ上には半裸に剥かれた女の子と、それに覆いかぶさる男の姿があった。

 

あ、これライブじゃない。レイプだ!

 



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第20話「乱闘中」

その時その時にした最善の行動が、最終的に最良の結果となるとは限らない。

良かれと思い積み重ねていった足し算の終わりに、マイナスの掛け算が待ち構えていた時、すべての選択が絶望への加速となることを、その時の私はまだ知らなかった。

 

私がギターを手にした理由は単純だ。

大好きだった父が、家でいつも引いていた楽器だったからだ。

 

「バンドっていうのは世間で言われてるほど不良でも、危なくもないんだ。そこにあるのは魂の輝き。ロックなんだ」

 

そう言って楽しそうにギターをかき鳴らす父を、私と妹は憧れの視線で見つめていた。

 

そんな父の背中を見て育った私たち姉妹が、ギターに手を出すのも自然な流れだった。

私がギターで妹がベース。そしていつか親子でバンドができたらいいねって、笑いあったっけ。

 

そんな夢みたいな幻想が壊れたのは、私が中学校に入ってすぐのことだった。

父が一念発起して引っ越ししてきたこの街で、手ひどい裏切りにあったのだ。

 

「やられた……三澤め。最初からそのつもりだったのか……」

 

そう力なくつぶやく父の表情は、今までに見たことがないほど弱々しいものだった。

信頼していた友人に裏切られ、仕事まで失った父はすっかり意気消沈してしまい、心を病んでしまった。

母はそんな父に愛想をつかしてしまい、家を立ち去ってしまった。

私は必死に引きとめようとしたが、妹もそれについて行ってしまった……。

 

私はバラバラになってしまった家族を、元の幸せな形に戻したかった。

でも父はすっかり気力を失ってしまったし、妹にいたっては居場所すらわからなくなってしまった。

 

何か私にできることはないだろうか。

でも私は所詮ただの中学生。できることは少ない。

趣味だってギターを弾くことくらいしかないし……。

 

そう思い悩んでいた時だった。

路地裏の掲示板に張り出されたポスターに、求む女性ボーカル兼ギターの文字。

バンドメンバー募集の張り紙だった。

 

これだっ! 

私は一二にもなく飛びついた。私がバンドをやって、その姿を父や妹に見せるのだ。

そうすれば父だって元気になり、有名になればどこかに行ってしまった妹の目にだって触れることができるだろう。

そうすればみんなあの頃を思い出してーーあの頃が帰ってくる。私はそう信じた。信じたかった。

 

募集していたグループの名前は「SkaterBoys」。

聞いたことのない名前だったが、界隈ではそこそこ名の知れたグループのようだった。

インディーズとしてCDも出しているようだし、今回の募集も元々いた女性メンバーの代わりのためということもあって、安心感もあった。

 

オーディションが開かれた場所は、「ビーバーズ」というライブハウスだった。多少繁華街から外れたところにあったが、ビーバーをモチーフにした看板がアクセントを効かせた店構はなかなかのものだった。

SkaterBoysはこのライブハウスを拠点に、月に何回もライブを開催しているようだ。

通常なら営業日であったが、本日は特別なオーディションをするということで臨時休店しての開催だった。

 

競争率は相当なものだった。

オーディションへの参加資格は、腕に自信があるものーーそれだけだったこともあり、多種多様な女性ギタリスト達が集っていた。

やや扇情的な服装の志願者が目立ったが、ロック系のグループみたいだしこんなものかと割り切った。

私もせいいっぱいのおしゃれをしてきたつもりだ。

 

そして今、私を含めたすべての志願者の演奏が終わり、その結果を祈るような気持ちで待っていた。

正直、自信はなかった。他の人たちの演奏を聴くたびに、負けたと思うシーンもあった。

でも、今の自分に出せる最高の演奏は出来たと思う。

 

そして幾許かの時が過ぎ、レストルームにやってきたビーバーズのオーナーが私に向けて親指を立てた。

 

「合格だ」

「本当ですか!?」

 

私は喜びのあまり飛び跳ねてしまった。

合格ーーつまり、これで私はSkaterBoysのメンバーになれたのだ!

 

私の実力で大丈夫か?

中学生でもメンバーとして認めてもらえるのか?

私も散々悩んだが、思い切って参加して良かった。

 

「これで私もステージで歌うことができるんですね?」

「ああ、そうだな」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 

私は重ねてお礼をいった。

 

「じゃあ、今後の打ち合わせをしたいから、第二に来い。他のメンバーも待ってるから」

「はいっ!」

 

オーナーの案内に従って、第二スタジオに入っていく。

そこにはSkaterBoysのメンバーと、見知らぬ数名がいた。

 

スタッフの方かな?

 

ただちょっとガラが悪い感じだった。挑発的な服装。こうしたライブハウスでは珍しいわけでもないが、ちょっと気になった。

こちらを見てやらしそうにニヤついている。

 

「やぁ、おめでとう西本さん。これで君もSkaterBoysの仲間だ。君みたいな可愛い子がうちに来てくれて嬉しいよ」

 

そうにこやかに話しかけてきたのは、SkaterBoysのリーダーでドラムを担当している男性だった。

名前は確かタクトさん。

 

「自己紹介は必要ないよね。僕たちのことは当然知ってると思うし。

 僕らも君のことを見ていたから知ってる。オーディションのギター、いい演奏だったよ」

「あ、それは……はい。ありがとうございます」

 

改めて言われると照れてしまう。

認められたみたいで。

 

「じゃあ、これから親睦をかねて一杯行こう。用意はしてあるんだ。親睦パーティみたいなもんさ」

「パーティ、ですか? 打ち合わせって聞いたんですけど」

 

なんだか強引で、気が引けてしまう。

 

「それはまぁ、おいおいね。俺たちはまずもっとよく知り合うべきだ。

 同じバンドのメンバーになったんだからね。そうだろう?」

「それは、そうですけど……」

 

これは予定になかった。もう日も暮れてきたし、この周辺は治安も悪いので長居はしたくない。

それにパーティの準備がテーブル上にされているが、あそこにあるのはお酒じゃないだろうか。

SkaterBoysのメンバーはプロフを見る限り、全員10代のはずだ。私も当然未成年なんだけど……。

 

頼りになりそうなオーナーを探すと、「俺はもう帰るが、ほどほどにしとけよ」と言いつつ、姿を消してしまった。

少し嫌な予感がしてきた。

 

「あの、私……今日はすみません。帰ります。家の準備もあるので」

「おいおい、それはないだろ」

「俺たち君のためにこうして頑張って準備したんだけど、それを無駄にするわけ?」

 

私が帰るそぶりを見せると、今まで優しそうだったメンバーが非難するような顔で咎めてきた。

彼らはたぶん高校生以上。私よりずっと大人だ。怖い。

 

「でも……いたっ!」

 

右腕に痛みを感じて振り返ると、メンバーではない一人が掴んでいた。

 

「もういいんじゃないっすかタクトさん。俺もう我慢できないっす」

「そうだな……酒に酔わせてからと思ったが、あとで飲ませばいっか」

 

何言っているの?

 

何がいいの?

 

「はっ、離してくださいっ! 私帰りますっ!」

「いまさら何言ってんだ。お前だってそのつもりだっただろ?

 なんで自分がうちに受かったと思ったんだ」

「だって、私の演奏が良かったってさっき……」

「何勘違いしてるんだ。お前程度の腕で、うちのギターを張れるわけないだろ」

「じゃあ、私が選ばれた理由って……」

 

私はここに至りようやくここにいる男たちの目的が分かって、目の前が真っ暗になった。

 

私は今までクラスのみんなにバンドの話をしたとき、バンドやライブハウスは危険だとか近づかない方がいいって反応をされて悲しかった覚えがある。

特に女の子が関わるのはもってのほかだって。

 

でも実際に彼らのいう危険は、こうして起きるものなんだ。

 

「……っ」

 

腕を掴んでいた男の隙をついて、私はスタジオの出口に向かって駆け出した。

しかし飛び出そうとしたドアには鍵がかかっていた。

 

それを空けるために戸惑い、ようやく空けることができたと思ったら、襟首を掴まれてしまった。

 

「きゃあっ!」

「あっぶねー。ちゃんと押さえてろよ」

「すまんすまん」

「たすけて……っ!」

 

少し開いたドアの先に叫んだが、反応はなかった。

 

掴まれ抑えられた私は、ステージの上まで運ばれた。

周囲を男たちが取り囲み、もう逃げることはできない。

彼らの顔に浮かぶのは、下卑た笑み。笑み。笑み。

 

これから自らの身に起きることを悟って、絶望した。

 

誰か……誰か助けて。

 

 

ライブかと思ってスタジオに入ったら、レイプだったでござる。

 

あまりに突然過ぎて、せっかくのポルナレフ状態なのにあの言い回しが出てこなかった。

せっかくの使い時を見誤ってしまった。こがね一生の不覚。

 

ってか、たまたま入ったライブハウスの夜の営業はレイプハウスになりますとか、相変わらず芸能界の闇さんは期待を裏切らんな。

ファンは食われ、メンバーは打ち上げおせっせ。

街外れのライブハウスは、やはり危険がいっぱいなのだ。女の子が呑気にいていい場所ではない。

おーい原作ぅ、息してるぅ?

 

「おいおい、ちゃんと締めとけや。ってか見張りは誰もしてなかったのかよ」

「あー、すいません。看板返しといたんすけどねー。鍵かけ忘れたのかなー

 でも先輩たちだけ楽しむなんてズルイっすよ。俺たちも混ぜてください」

 

看板返しといたって、ビーバーが煽り顏してたあれか。

あー、あれ営業時間外だったわけね。おかえりくださいませご主人様ってか。

んなもん分かるかよ。どおりで店員いなかったわけだわ。

 

ってかどうせならしっかり鍵かけといてくれよ。おかげでめんどくせー場面に遭遇しちまったじゃねぇか。

 

今更ながら下っ端っぽいオトコが、スタジオ入り口に鍵を掛けた。内鍵だが簡単には開けられないタイプのようだ。

 

あー、閉じ込められてしまったなぁ(棒)

 

「ったく、お前らは仕方ねぇなぁ」

「ま、おかげでこんな可愛い子たちが追加されたんだから、いいじゃないっすか!」

「盛り上がってきたー! 今日は一仕事終えて疲れてたんだが、元気ビンビンだぜ!」

「ちげえねぇ」

 

ギャハハと偉く楽しそうなご様子。

格好からして、こいつらはなんらかのバンドメンバーなのだろう。ステージ上の楽器類が片付けられていないことから、ライブ中の興奮のままハッスルしているものと思われる。

 

ポケモン世界じゃピカチュウはライチュウに進化するが、この世界だとライブ中はレイプ中に進化するらしい。

レイプ中、元気でチュウってか? 楽しそうで何よりだよ。死ね!

 

横を見ると鵜沢リィが顔面ブルーレイとなっていた。

恐怖とか絶望とかいうタイトルで、再生できそうなくらい真っ青である。

 

密室。犯罪現場。男8人。

陽気なリィちゃんも自分がどんな状況にいるかをしっかり理解しているようだ。

この後に何が起こるかも想像しているにちがいない。

体も震えており、我慢しようとしているようだが出来ていない。

 

俺も想像してみよう。

この後か、何が起こるのだろうか……

 

「オラオラぁ!!」←誰かが突っつく声

「やめてっ!」  ←誰かの悲鳴

「イくぅ!」   ←誰かが逝った声

 

くっ、なんて酷い……これが人間のやることか!?

 

想像したら腹が減って来た。

スタンド使うと腹が減るんだよね。別にカロリー消費するとかじゃないんだけど、たぶん精神的な補完なんだろう。

ただでさえ今日はSPACEなくなってショック受けて、その後歩き回ってるし……

 

今日はカツ丼かな。

 

「じゃあ、はい。君たちも前に行こう!そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。

 ただの楽しいパーティするだけだから」

 

後ろから近づいてきたギョロ目の男が、俺と鵜沢の肩に手を回し、前に行くように促す。

 

「い、いやなんじゃ……」

 

鵜沢の足が凍りついたように動かなかったが、男は力ずくで押した。

俺と鵜沢は促されるまま一緒にステージ前へと移動した。

 

「ヒューヒューっ!」

「んーっ!」

 

ステージ上では囃し立ててくる男たちの中心に、女の子が横たわっていた。

男たちはみんな笑顔である。

晴れやかで、ホント楽しそうだ。

 

うーん、マミりたいこの笑顔!

 

一方の女の子は涙目で半裸で仰向けになっており、口に何が詰められているため声が出せないようだ。

パンツかな?

同人誌だとよくあるけど、自分のパンツとか口に入れたくないなぁ。かわいそうに。

 

「見ろよタクト。よく見てみると後から来た2人もすっげぇかわいいぞ。

 3人揃うとアイドルグループみたいだ。こんなラッキーある?」

「いやぁ。コレからって時に水を差されたけど、これは嬉しいプレゼントだねぇ」

 

タクトと呼ばれたビジュアル系バンドリーダーの見本みたいな男が、俺と鵜沢を見定めてきた。

 

1人が地べたで泣きべそ半裸。1人が蒼白ブルブル。1人が仏像諦観ヅラ。

こんなアイドルグループあってたまるか。個性あふれるメンバーで有名な346プロにだっておるまい。

 

にしてもコレからって……あ、ひょっとして未遂か。半裸の子はまだセーフだったわけね。

これはたしかにラッキーでしたね。

誰にとってのラッキーかは知らん。少なくとも俺ではない。

 

はぁ。

 

「あの、一応聞きますけど、今なら見逃してあげますよ? 

 正直今日は溜まってて、そんな気分じゃないんです」

「残念、そういうわけにもいかないんだなー。見逃すわけないでしょ? 

 それに俺らもオアズケくらって溜まってるんだからな。フヒヒヒ」

 

読解力のカケラもないようだな。

 

溜まってるって奴なんだけどなぁ……疲れが。

しょうがないにゃあ……

 

「フヒヒヒヒ…ヒ、い、いでっいでででででっ!!!いでーっ!!」

 

俺の左肩に回された手を掴み力を込めると、メキョメキョとあり得ざる音を立て、ギョロ目男が悲鳴をあげた。

 

そして力のままにステージ上に投げ飛ばす。

セットされていたマイクスタンドやドラムセットが最期の演奏をして、派手に飛び散った。

 

タクトも鵜沢も女の子も、誰も彼もが目の前の光景に目を離せず、唖然としている。

 

「見逃してくれないみたいなので、見逃してあげません。ではいきましょうか、ゴールドエクスペリエンス」

 

 

自明の理という言葉がある。

説明するまでもないという言葉を多少着飾った言い回しだ。

人間はスタンドには勝てず、戦えばどちらが勝つかは常に明白である。

 

ただ、肝心のゴールドエクスペリエンスさんが自ら輝いてくれないおかげで、相手に理が通じていないというのが悲しいところだ。

黄金なんだけどなぁ。

 

「っこの! 何しやがる!!」

 

最初に我に返って掴みかかって来たのは、ステージで笑っていたうちの1人だった。しかしその表情はいまだに半信半疑といった様子で、目の前にいるのが虎だということに気がついていない。

 

伸ばされた手を逆に掴み返してあげると、背負い投げの要領で地面に叩きつけてあげた。2回ほどバウンドし、最後に顔面から床にキスをして事切れた。

 

見事な床ぺろだな。

うむ。そこで掃除でもしていてくれ。

 

次に手がけたのは、体勢を整えた先で目に入ったロン毛である。

俺は姿勢を低く構え小柄な体型を生かすと、這い寄るように近寄り躍動感あふれるアッパーをくりだしたーーが背をそらして避けられたーーが当たった。

 

不思議だねぇ?

 

相手にとっては避けたはずの拳がなぜか炸裂し、体が黒ひげ危機一発のような放物線を描く。

落ちた先にあったクラッシュ・シンバルを打ち付け、その名の通りクラッシュさせる。カップが軸からはずれ落ち、悲しい音を立てた。

 

そしてまた無音。

 

誰も彼もがまだ、目の前の状況に理解が追いつかず、呆然としているようだ。

 

おいおい、もう3人もやられちゃったぞ? あと5人しかいないけど大丈夫か。

なんかまとまりが悪いなぁ。

こんなガラの悪いバンド、何かの不良チームだと思ったけど違うのか?

 

「あ、一応聞いておきますけど、あなたたちはツインズだったりします?」

 

そうだったら都合がいいんだけど。

 

「ツ、ツインズなわけがあるかっ! 俺たちはSkaterBoysっていうバンドで……っ」

「ならいいです」

「ぐわぁっ!」

 

あ、4人になった。

 

こいつらはきっと、弱いものイジメには慣れていても、本気の暴力に触れたことはなかったのだろう。

もし過去に人を本気で殴ったことが一回でもあれば、俺がパンチしただけで男1人約60kgが宙を舞うことの異常性にすぐ気づけたはずだ。君たちだって紙人形じゃないんだからさ。

2リットルのお~いお茶30本を、片手で放り投げてるようなもんだ。

 

……そう考えると異常すぎるな。こんなにシャボン玉のようにポンポン飛ばしていいものだろうか。

まぁ北斗神拳みたく、はじけて消えるわけではないので許容範囲か。

そうそう、八極拳八極拳。

 

その点タカトシとかは喧嘩慣れしてたな。

最初に投げ飛ばされたのを見た時点で危険性に気付き、即座に包囲してくるあたり分かってた。どっちにしろ無駄だったがね。

 

それに比べてこいつらの対応力のなさと来たら……

どいつもこいつも未だに痴呆老人みたいにポカンと口を開けているだけ。

知性が顔面に出てるよ。見てられないから暴力で塗りつぶす。3、2……

 

残り1人か。

 

「う、動くなぁ!!! こいつがどうなってもいいのか!」

 

最後の1人となったタクトが、被レイプ未遂少女の首筋にナイフを当てていた。

あれだけいた仲間があっという間にやられ、最後は自分1人。必死の表情で、またも泣き出しそうな少女を拘束している。

 

あれ、なんかつい先日も見たような気がするぞ、この構図。

 

人質好きだなぁ……

追い詰められた悪者が最後に人質をとる。これは一種の様式美なのかもしれない。

 

でもさぁ……?

 

「動くと、どうなるんですか?」

「っ! これが目にはいらねぇのか!?」

 

「はぁ、いいですよ。どうぞやっちゃって下さい」

「は?」

 

俺のあまりといえばあまりな返答に目を剥くタクト。

 

「っていうか、誰ですか? その子」

「誰って……」

「何か勘違いしてるみたいですけど、私、別にその子を助けるために戦ったわけじゃないですからね?」

 

正義の味方じゃないんだからさ。

 

人質ってのは家族とか友人とか、近隣者だから意味があるんだよ?

なんの関係もない村人を人質にとったからって、それで効果あるのRPGの聖女キャラぐらいだよ。

 

「いいのか! 俺はやるといったらやるぞ!!」

「はいはい。いいですからやっちゃって下さい」

 

やった後ボコるだけである。簡単なお仕事。

 

お、あれだけ暴れたのに、つまみと酒が無事だよ。

酒はーーボンベイサファイアか。カクテルでも作る気だったのか封が空いてる。

これのロックが好きだったんだよなぁ。

 

「俺は、やるぞーっ!!」

「はいはい、どうぞどうぞ」

 

うう、美味そう……これでいっか。

 

「やるぞー!!」

 

いいからやれよ……

 

2度同じこと言わせないで下さいよ。やっぱ頭悪いんだなぁ。

 

バカバカしくなった俺は、目の前の誘惑に負けてドライジンのボトルを一気にあおってしまった。

 

くぅ~っ! たまらん!!

 

「お前……それ」

 

未成年によるアルコール度47%の一気に、注意が完全にこちらに移った。

……あ、もちろん歯をクラゲにして吸収したから! 原作でジョルノがやったやつだから! ……ひっく

 

「はい、さようなら」

 

手にしたボトルをゴールドエクスペリエンスがサイドスロー。

全力投球したガラス瓶はタクトの顔面にぶち当たると、鼻の骨とともに砕け散った。

 

ストラーイク! レイパーアウト!!

 

よし。帰るか。

 



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第21話「夕飯」

「じゃあ、帰りましょうか。鵜沢さん」

「ひっ」

 

外に出るよう鵜沢を促すと、なぜかまだ怯えていた。

 

あれれ?

わるものは全員やったはずだが……

 

「こ、こないでください……」

 

レイプ犯と人質の身分から解放してあげたはずの少女もまた、こちらに畏怖の表情を向けて後ずさる。

視線の先はーーやっぱり俺。

 

あ! これはひょっとしてアレか! 進研ゼミで見たわ。

 

主人公達が異能の力で盗賊から村を救うも、村人から化け物めって言われて迫害される展開だ!

今回は目撃者多いのに適当にやりすぎたね。

 

よく見たら俺の右手は、血で染まっていた。血染めのこがねだ。

気がつかなかったが、暴れながらレイプ犯は虐殺ですって叫んでたかもしれない。

 

正しい行為も行きすぎてしまうとこうなってしまうという、いい見本である。

 

そうか。俺もとうとうその域まで来たか……

 

小さい頃は、助けてもらったのになんて言い草だって迫害する村人に憤慨したものだが、自分に置き換えるとよくわかる感情なんだよな。

 

言ってみれば、ライオンに襲われそうになったところにトラが来て、ライオンを退治してったようなもんなんだ。

残ったトラに、君は「助けてくれてありがとう」ってお礼をいうかな?

 

そんなことないだろう。残ったトラに「こっちこないでください」って全力で祈りを捧げるはずだ。

村人たちの反応は、割と素直な感情である。

 

つまりどちらかというと問題は、その程度の村人の反応で傷ついてしまう主人公くん側にあるのだ。

そんな軟弱な豆腐メンタルじゃ世界は救えないぞ。大人しく故郷に帰って豆腐屋でもやったらどうかね。

 

「……ひっ」

「……(ブルブル)」

 

でもどうしよう。

未だに彼女たちは震えてしまっている。さすがにこのまま立ち去るわけにもいかないし。

俺も震えようかな……

 

「……そうですよね。私、こんな暴れまわって……怖いですよね」

 

視線をおとし、顔は斜め45度右下。服の裾をぎゅっと握りしめる!

 

プルプル……ぼく、わるいこがねじゃないよ。

ぼくがしたことといえば、せいぜい殺人と強盗と脅迫と傷害と……あれ? こいつ恐るべき凶悪犯では??

 

「あっ、違うんです! 私……すみません、助けてもらったのに」

「リ、リィちゃんもっ! ごめんね、こがねちゃん……」

「いえ、いいんです。ちょっとやりすぎました」

 

とてもちょっとじゃないけどね。

でも信頼度は持ち直したようで何より。この子たちは根は優しいので、すぐに気を取り直してくれて助かった。

 

「……とりあえず、鵜沢さんにーーそこの女の子。ここから出ましょうか」

「たはー。そうだね、リィちゃんも早く出たい」

「はい……」

 

半裸の女の子は衣装を整えると、鵜沢の手を借りて立ち上がった。

 

「あ、最後にやることがあるので、先行ってて下さい。あ、危ないので帰らないでくださいね、入り口で待ってて下さい」

 

2人をスタジオから追い出し、俺は倒れているタクトの前でしゃがみこむ。

 

「起きてますよねー?」

「……」

 

鼻血を吹き出したまま、気絶するフリをするタクト。

でも眼球動いてたからフリなの知ってんだよ

 

「いつもならアトシマツを存分にやっていくんですが、今日はこのまま帰ります」

 

一抹の不安が残るものの、なんせこの場で色々イタすわけにもいかない。

こんな夜の街に、鵜沢と女の子だけを先に帰すわけにもいかんからな。

だからとりあえずはここまで。

 

「ーーでも来週またここに来ますから、待ってて下さいね。必ずまた来ますんで」

 

念を押した後、タクトの頭を床に叩きつけ、今度こそ確実に気絶させてやった。

 

 

バクバクバクバク

 

俺は一心不乱に目の前にある食べ物にかぶりついていた。

うまい。

人体にない謎のゲージ、「気力」が回復していくのを感じる。

 

やはりバトルの後はドンカツだな。某サバイバルゲームでも人を99人殺した後のカツ丼に、優勝者は大喜びしている。

うーん、俺以上のやばいやつ!

 

だが俺以外のメンツーー鵜沢とスタジオにいた少女は、目の前のディナーに手をつけていなかった。

食欲が湧かないのも、無理もないか。危うく性欲の餌食になるとこだったもんな。

 

ライブハウスを後にした俺たちは安心感を求めて大通りにたどり着き、ようやくファミレスに腰を落ち着けたのだった。

 

明るい店内には、客も多く活気があった。

一息ついたところで各々とりあえずの注文を済ませ、俺だけが箸を進めてーー今に至る。

 

「あの……改めてさっきは、助けてくれてありがとう」

 

俺がドンカツをペロリしたタイミングで、少女が鵜沢に頭を下げた。

 

「んやっ!? リィちゃんに礼をいうより、こがねちゃんに言ってあげて! 

 ーーというか、リィちゃんも言わなきゃね。こがねちゃん、ありがとうなんじゃー!」

「もし助けて貰えなかったら、どうなってたか……」

 

その時を想像して、2人は身震いした。

まあロクでもないことになっていた、というか思春期の少女からすれば最悪なことになっていたことだろう。

 

「ま、気にしないで下さい。大したことではありません」

 

鷹揚に頷いておいた。助けたことは事実だしな。

助けたんじゃないーー助かったんだよとか訳のわからんこと言う気はないけど、それを恩にきせようとも思わん。

 

「んむむむむ。でもとんだめにあったんじゃー……」

「店長さんのメモをもっと信じるべきでしたねぇ」

「うん……って、こがねちゃんが勝手に中にはいるからだよ!」

「まぁまぁ、そのおかげでこの子を助けることができたんですからーーでも、君、どうしてあんなとこにいたんですか?

 私たちはたまたま着いちゃったからですけど」

 

あんな場所はまともな感性してたら行きつくことのない地区だ。

いってみりゃ日本版ハーレムのスラムみたいなとこだからな。

 

バンドメンバーに誘われてノコノコついていってしまったのかな? そんな尻軽ならちょっと自業自得だが。

それとも道を歩いてたらさらわれたのだろうか……そこまで世紀末だとは思いたくないぞ。

 

「私がバカだったんです……」

 

俺の問いかけに対し、彼女は自らの事情を話し出した。

 

3行でまとめると、

 

家族がバラバラになった。

バンドをやれば家族が元どおりになると思った。

オーディション受けたらレイプされそうになった。

 

ということらしい。

2行目に計り知れない論理飛躍が見受けられたが、中学生ならそんなもんか。父の気を引くために家出したとかよく聞くしな。

アニメだと母と会うために、三千里を踏破する猛者もいる。バンドくらい始めちゃう少女だっているだろう。

 

「あれ……そういえばリィちゃん、この子どこかで見たことあるような……」

 

事情を聴き終えたあたりで、鵜沢が思案顔になった。

 

「あっ! もしかして西本ゆりさんー!?」

「えっ、あ、すみません。私、自己紹介もせずに……そうです。私の名前は西本ゆりです。

 でもなんで私の名前を?」

 

「フッフーー! やっぱりなんじゃー!! 鵜沢リィだよ。北中の。たぶんクラスとなり!」

「えっ! そうだったんですか!すみません……わたし、あんまり他のクラスは詳しくなくて」

「えー、いいよ。リィちゃんだって全然気がつかなかったし。それに、ちょっと聞き覚えがあったのも、となりのクラスに離婚して引っ越してきた……って話が、あ、ごめん」

 

プライベートなことにつっこんでしまったからか、申し訳なさそうに鵜沢が指モジした。

両親が離婚したとか下世話な話だしなぁ。

 

西本ゆりねぇ。

 

「って、西本ゆりぃ!?」

「ふぇっ! え、ど、どうしたの、こがねちゃん?」

「?」

 

仰天して立ち上がった俺をみて、2人が目を丸くした。

でもそれどころじゃないよ!!

 

西本って、なんか耳に残ると思ったら牛込りみの苗字じゃねぇか!! 「声優の」だけど!!

 

「……西本さんの旧姓って何?」

「え、牛込ですけど……」

 

よし……そして。

 

「ちなみに、妹さんのお名前は?」

「りみです。牛込りみ」

 

うおおおおぉおぉおっぉぉぉぉぉぉぉおぉ!!

 

まさかこんなところで、牛込ゆりに出会うとは!?

 

牛込ゆり。言わずと知れた牛込りみの姉である。

 

つまりこういうことだな。

もともと二人は牛込ゆり牛込りみだった。しかし離婚によりゆりは父方、りみは母方に引き取られた。

父は婿養子だったのだろう。離婚と同時に旧姓に戻し、それが西本だったと。

なので牛込ゆりは、現在西本ゆりになっているのだ。

 

どおりで牛込ゆりの名前を、たえのストーカーズコレクションに検索かけてもヒットしないわけだよ。

西本に苗字変わってたとはね。

 

しかし牛込りみでヒットしなかったのは、別の理由なのかな。

あちらも苗字が変わっている可能性があるかも。再婚したとかね。

 

「妹さんーーりみさんはどちらに住んでいるんですか?」

「りみの場所はわからないんです……母方のおばあちゃんが、もう父に会わせないって言い張って……

 なのでバンドで有名になって、会いに来てもらおうと思ってたんですが……」

「あー、そうなんですか」

 

ずいぶん迂遠な手段に思えるが、そういう方法もあるか。むしろスタンドだの違法データベースだのを活用している俺より、ずっと真っ当だと言える。

真っ当ではない俺は別の手を使おう。西本ゆりが手札に入ったーーそれならば取れる手はある。

 

考えてみると相当ギリギリだったのかもな。

仮にりみを見つけられたとしても、姉がバンドにレイプなんてされたのに、妹がバンド始めるとはとても思えん。

 

こういうことあるから、スタンドもって最強宣言してても油断ならないんだよ。

 

しかし牛込りみの手がかりがあって、多少肩の荷が下りた気分だ。

ゆりを助けてよかったよ。情けは人のためならずとは本当ですね!

 

「でも、もうバンドなんてできないです。あんなことがあるんじゃ……もう怖くて誰とも一緒にできない」

「ゆりちゃん……」

 

るんるん気分になった俺とは対照的に、鵜沢リィと西本ゆりはテンション急降下爆撃していた。

 

あ、ゆりはバンド始めないんだ? 妹に見つけてもらわなくていいのか?

でも目的一緒だから、俺がりみを見つけたら教えてあげてもいいけどーーって、あ、でもこいつ牛込ゆりか。グリグリの本物のギタボだ。

ギターだよっ! このギター丸投げできるじゃん!! 俺の代わりにバンドやってもらわねば!

 

鵜沢が意味ありげな視線を向けてきたので、頷いておいた。

以心伝心だ。頼むぞ、鵜沢ぁ!

 

「あの、ゆりちゃん、実はリィちゃんたち、バンド組もうと思ってるんだ」

「え……リィちゃん達って、お二人でですか?」

「うん。リィちゃんと、こがねちゃんで。それでもし良かったら……一緒にバンド組まない?」

 

うんうん。

西本! バンドやろうぜ!!

 

「女の子だけのバンドだから、今回みたいなことは起きないと思うんじゃー。それに、ゆりちゃんが入ってくれれば、スリーピースが組めるから」

 

そうそう。スリーピースが……ってあれぇ?

 

「あ、あの。鵜沢さん。私も西本さんもギターなので、スリーピースは……」

 

以心伝心してるよね? スリーピースとはギター・ベース・ドラムの3人で行うバンドのことである。

なんか軌道がフォールアウトしそうなので、慌てて修正する。

ゆりが入り、俺が辞める。それが正しい。

 

ここらでバシッと言っておかねば!

 

「前からなかなか言えなかったんですけど、私、実はギターなんてやりたくないんです!

 ギターはもちろん西本さんにお譲りしますので、ぜひお二人で……」

「ふぇ。うん……なんとなく、こがねちゃんはギターに乗り気じゃないのかもって気はしてたんじゃ……」

 

うんうん。

 

「わかっていただけたようで何よりです。ですので……」

「でもリィちゃんわかってるよ。こがねちゃんはシンバル命なんだよね! だから本当はこっちをやりたかったんでしょーーそうドラム!」

 

おい。

 

確かにシンバルついてるけどさぁ……吹奏楽のシンバルと全然違うよね!?

カスタネットとクラリネットくらい全くの別物だよね?

 

「女の子だけのバンド……本当に、本当に私が入ってもいいんですかっ!?」

「フッフーーー☆ もちろんなんじゃー!! ねっ! こがねちゃん!?」

「う”ぇっ……はい」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

弾けるようなゆりのあまりの喜びように、水を差せなくなってしまった。

せっかく2人がこの泥舟に乗り気になったのに、やっぱやめるとか言われても困るし……

 

次はドラムを丸投げできる奴か……

さーて。二十騎ひなこでも探すか。



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第22話「最優先事項」

誤字修正ありがとうございます。


「じゃあ必要なことは伝えたからな。引き続きしっかり頼むぞ、神崎」

 

仕立てのいいスーツを着た男が、念押しするように言った。出口をくぐると照りつけてきた日差しに眉をひそめ、サングラスをかける。

そのサングラスを始め、腕を飾る時計、身につけたアクセサリの数々は一見して高級品であり、この寂れた工場跡地にそぐわない男だった。

 

その男を見送るため、神崎と呼ばれた若い男が工場出口から顔を出した。革ジャンを羽織った長髪の男だ。

こちらはスーツ男とは対照的に、燻んだ背景に映えた男だった。

神崎は前を行く男の背中に向け、頭をさげる。

 

「約束の金は、よろしくお願いします」

「わかっている、しつこいぞ神崎。だが忘れるなよ。半端な仕事したらタダじゃおかねぇからな。お前らツインズの代わりはいくらでもいるんだ」

「……はい」

 

スーツ姿の男は神崎を一瞥すると、工場跡地に横付けされていた黒塗りの車に乗って去っていった。

神崎は車が視界から消えるまで、微動だにせず頭を下げ続けた。

 

「神崎さんが頭をさげるなんて珍しいな。あんなあの人は初めて見たぞ」

 

そんな神崎を見て、壁際に身を寄せていた浅黒い男が、驚いたように隣にいる頭にバンダナを巻いた男に話かけた。

神崎を含め、この工場跡地にいる全員が不良チーム、ツインズのメンバーである。この場は本拠地、そして神崎はツインズのトップであった。

常に冷徹で他人におもねるを良しとしない神崎という男がした今の対応に、浅黒い男は驚愕を隠せなかったのだ。

 

バンダナ男の方は事情を知っていたが、浅黒い男の軽率な発言に冷や汗をかく。

 

「バカが神崎さんに聞こえちまうぞ! 相手を考えろ。山内組だぞ。そりゃ神崎さんだって下手に出る」

「す、すまん。山内組か……じゃあ今の男が例の三澤サンか……」

 

「そうだな。俺だって頭をさげる時はさげる」

「き、聞こえてたんですか?」

 

戻ってきた神崎の耳に先ほどの話が入ったことを悟り、男2人は冷や汗をかいた。

バンダナ男がビクつくのにも訳がある。神崎は普段は冷静でも、一旦熱くなると歯止めが効かなくなる性格をしている。その矛先が向くことを想像してしまったのだ。

ツインズというチームを、この街一番と呼ばれるまで大きくしてきた男の怒りは軽いものではない。

 

だが本日の神崎は、先ほど他人に頭をさげたとは思えないほど上機嫌であった。今も口元に笑みを浮かべている。

 

「この程度じゃキレねぇよ。頭をさげるにしても種類がちげぇんだ」

 

屈辱的な謝罪か、将来への投資かでなーー

続く言葉を、神崎はあえて口には出さなかった。

 

その代わりに神崎は、スーツ男の去っていった虚空をにらみ付ける。

 

「それにな。楽しいじゃねぇか。いつかツインズが奴らを超えたとき、俺たちにでかい顔してた奴がどんな顔見せるのか……それを想像するとよ。俺は忘れねぇぞ、絶対にな」

 

冷徹で、それでいて執念深い一面を神崎は隠し持っていた。

 

「それより話があるって言ってたな。どうした?」

 

気を取り直したように問いかける。

本日、日も高いうちに本拠地に来たのは先ほどのスーツ男と話す他に、バンダナ男からの打診があったためだ。

 

「はい、ちょっと神崎さんの耳に入れておきたいことがありまして。SkaterBoysのことなんですが」

「SkaterBoysだと……ああ、あの未だに俺たちに従わないアイツらか。それがどうした」

 

ツインズは、この街にある大小いくつもの不良集団を吸収して大きくなったチームだ。

もちろんその過程で反発する奴らもいる。SkaterBoysはそんな連中の一つだった。

 

「潰されました」

 

タバコを咥えかけた神崎の手が、止まった。

 

「なんだと……どいつにだ? それに、あそこにはKがいたはずだ」

「誰がやったのかまではわかりません。ですが、どうやらヤラレタ日にはKがいなかったようです」

「ああ、ならそんなもんだろう。あそこはK以外はカスだ。だがKはな……」

 

SkaterBoys自体は大した連中ではない。バンドをしつつ、気分任せに暴力とも言えないヤンチャをするーー神崎たちツインズからすれば、不良ごっことでも称すべき存在だ。

本来なら、睨みつければすぐにひっくり返って腹を出すような、犬にも劣る奴らだ。

にもかかわらず未だにツインズに吸収されず残っている理由は、その中にKと呼ばれる男がいたからだった。

 

KはSkaterBoysのリーダーという訳ではない。だが、SkaterBoysの他の奴らとは比較にならない力量を持った男だった。

 

神崎はKと一度対峙したことがある。もちろんツインズへ誘うためだ。だが「全然悪く思ってないけど、僕は弱い奴の下につく気はないんでねぇ」と小馬鹿にした態度で断られてしまった。

確かにKは、一目見ただけでも強者の風格をしていた。神崎も腕に自信はあるが、必ず勝てるかと言われれば難しい。

 

だがそんな応対を受けたら、舐められないためにも報復するのがツインズだ。

敵対した相手を容赦せず必ず潰す……そうして大きくなったのがこの組織だからだ。

いくらKが強くとも集団の理には勝てない。押しつぶせば勝てるーーあの話を聞くまでは、そう思っていた。

 

Kもまた、強いだけの男ではなかったのだ。

別の組織がKと敵対した時の話だが、Kは向かってきた相手が少人数ならば瞬殺し、大人数になると即座に撤収し足取りを掴ませなかった。

そして後日、バラバラになった追っ手を1人ずつ狩っていく……そうした方法でその組織を壊滅させていた。

 

ただ闇雲に拳を振り回すだけではない。Kはそうした強かさを持った男だった。

Kを潰すには、少数精鋭でことに当たる必要があるということだ。だがそのためには、神崎が出張る必要もあるかもしれない。そこで負けてしまったら……

いわゆる敵対するには、割に合わない相手なのだ。

 

なので現状、KおよびSkaterBoysについては必要がなければ放っておくことにしていた。

 

「なんでKはSkaterBoysの奴らに従ってるんですかね?」

「下についてるわけじゃない。誘ってるんだ、強い奴がやってくるのを。わざと弱い奴の味方をしてな。いっちょまえに用心棒気取りってわけだ、クソがっ!」

 

吐き捨てはしたものの、とりたててSkaterBoysについては敵対しているわけではない以上、これ以上気にする必要はないと神崎は判断した。

それに今はもっと重要な山が控えている。ツインズとしてはそちらに全力を出す必要があった。

 

「まぁいいだろう。俺たちがでかくなる過程で邪魔になるようならSkaterBoysもろとも潰すだけだ。それより今は仕事のことを考えろ」

「仕事……さっきの三澤サンの案件っすか?」

「ああ」

「そろそろツインズ全体で動く必要がありそうですね。エラいことになりますよ」

「だがこの再開発計画に食い込めたのは大きい。こいつぁでかい金が動くからな」

 

成功の結果、手に入るものを想像し神崎は拳を握りしめた。

 

「この街を制したぐらいじゃ、俺は止まんねぇぞ。ツインズはまだまだでっかくなる。どこまでも俺は、登り続けてみせる」

 

 

「そうだ。登り続けるんだ……グリグリよ。このバンド坂をな……」

 

おっといかん、これでは未完になってしまう。バンド坂が何かは知らんが、未完ではこまる。

グリグリにはバンド坂を登りきるだけでなく、ロケットのように飛び立ちガールズバンドの星になってもらわなければな!

 

この世界は夢に向かって飛び立ったロケットに、ロケットランチャーを構える奴らが多すぎるんだ。撃墜なんかされたら別のお星さまになってしまうぞ。

 

ならばやはりグリグリも守る必要があるのか……。ロケランをヒャッハーする奴らを、コガネ13が狙撃せねばならない。

うむむ。やることが多すぎて、なかなか終わらないぞぞぞ。

 

「ちょっと整理してみるか」

 

やりたいことに優先順位を付けて、努力しなくてもいいから覚悟を決めるの、それだけで大抵のことはできるわーーと呟いた女の子が宇宙のどこかにいた。

 

俺も彼女を見習って、やりたいこと、やるべきことを紙に書き出して優先順位をつけてみることにした。

すると意外にも、重要だと思ってたことが大したことなかったりするから不思議だ。

 

まず、ライブハウスSPACEのこと。

 

アニメ版バンドリにおいて重要な地位を占めていたあの場所が、ドラクエ3の「ぼうけんのしょ」のように綺麗に消え去って俺が発狂した件だが、冷静に考えると割とどうでも良かったことに気がついた。

SPACEって重要ポイントではあったが。あそこって所詮は舞台装置に過ぎないんだよな。

 

大事なのはガールズバンドの聖地であること、そしてグリグリのライブを見て香澄がキラキラすることなんだ。

つまりは他のライブハウスでも代用可能であって、ぶっちゃけそこら辺のほったて小屋でもいいんだよ。

そもそもスマホ版ガルパだと、SPACE自体存在してなかったし。でもちゃんとポピパしてる。

 

だからすっぱり諦めることにした!

人間諦めが肝心。やりきったババアよ、安らかに眠れ。

 

次に有咲と沙綾だ。

 

有咲は無事引きこもってるようである。うんうん、いいことだね。この世界、お外は危険がいっぱいだからね。家の中が一番安心だよ。

彼女は引き篭っていても勉強を欠かさず、成績トップらしいからな。たいしたもんだよ。

あれ、でも篭ってるの家……というか蔵だっけ? 魔術の勉強とかしてねーよな? 

なんかあの子は、ボッチをこじらせて闇落ちしてそうな雰囲気があるんだよな……

 

大丈夫か、たぶん。

高校までそのままニート生活を満喫していて欲しいものだ。

 

沙綾は実家のパン屋が忙しいみたいだ。子供3人に病弱な母親のあの家庭事情なら、そうそう無茶なことはしないだろう。

ドラムを始めてるのかどうかは気がかりではあるが……彼女たちは保護観察。保留と。

 

牛込ゆりーーじゃなかった西本ゆりは、元気になった。

本来の明るさを取り戻したようで、鵜沢リィとすっかり意気投合してバンド生活に勤しんでいる。

「バンドしたい女の子は他にもいるはずだから」って主張して、きゃっきゃウフフしてる。

 

その調子で他のメンバーの勧誘も頼むぞ。そして頼むから俺もメンバーに入れるのはやめろ。

二十騎ひなこ見つかるかなぁ……これはぼちぼち探そう。

つーか二十騎とか本当どんな苗字だよ。目立つ苗字だから探し方によっちゃ見つかりそうなもんなんだが。

 

そして牛込りみである。今まで居場所が知れなかった、重要ポピパガール。

西本ゆりという手がかりを手に入れたことから、ようやく彼女を探す当てができた。

 

西本ゆりは家族にすら現在の居場所を教えてもらってないと言っていたが、おそらく俺なら探せる。

大丈夫だ、ゴールドエクスペリエンスさんを信じろ。

これは優先順位が高いね。近々実行する予定だ。

 

えーと、そして次はツインズか。

確か是清たちにお願いしていた調査結果がここに……

 

ぴぴぴぴぴぴぴ

 

っと。

 

書き出している途中で一通のメッセージが入ってきた。香澄からだ。

 

内容を確認したらーーふぁぁあああああ!

 

これは、一瞬でやるべきことランキングのトップに躍り出たぞ。

なんと今週末のデートのお誘いだったのだ!

 

お願いしてたツインズなんかに構ってる場合じゃねぇ!

これは、最優先事項よ!

 

 

そして当日、俺は前回と同じ駅前で二人を待っていた。

そう。香澄とたえと、お出かけ再びなのである。

まだ二人は来ていない。本日の一番乗りは俺のようだった。

 

今回のお誘いは香澄からだった。行き場所は当日まで秘密とのことで知らされていない。

どこだろうね? ワクワク。

 

だが香澄の目的はともかく、これはちょうどいいタイミングであった。

つい先日、アレを手に入れることができたーーだから今日は、たえにアレを渡しておこうと思ったのだ。

 

「お待たせーー香澄はまだ?」

「うん。香澄ちゃんはまだ、来てないみたいだね。

 さっきちょっと遅れるって連絡があったよ」

 

おあつらえ向きに、二番手でたえが到着したようだ。

 

まぁ昨日メールで、ワザと香澄とずらした集合時間を伝えたからなんだけどね。

そして見せたいものがあるーーとも。今日は先んじてたえに会っておきたかったのだ。

 

「そうーーこがね、何か背負ってるみたいだけど、それがひょっとして昨日言ってたもの?」

「その通り! なんだと思う?」

「……ギターだよね? ここで弾くの?」

「ひかないよ!! ひかないけどーーこれを見せたかったの。」

 

そう言って俺はケースの留め金を外して、ご開帳をした。

 

中から現れたのは、青いトップに銀のピックガードのスナッパー。

いわゆる花園たえモデルである。もちろんこの世界ではそんな名称ではないが、劇中でたえが使っていたモデルをようやく入手叶ったのだ。

 

「これって……」

「たえちゃん、前に私とギターについて話したとき、気にしてたみたいだから。

 リィさんーーあ、あの楽器店の店員の鵜沢さんね。リィさんから安く入荷できたって聞いたから、買ってみたんだ!」

 

嘘ですkonozama10万円。

 

「神の武器……」

 

たえがうっとりとスナッパーに見とれた。

相変わらずわけわからんこと言ってる。

うーむ、こんな姿は滅多に見たことがないが、いい反応……なんだよな?

 

「あのね、たえちゃん。知ってると思うけど、ギターで人を殴っちゃだめだよ?」

「??? そんなの当たり前。何言ってるの、こがね」

 

そのセリフは俺が言いたい。

 

まぁ、いいか。続きを促そう。

 

「ちょっと触ってみる?」

「いいの?」

「いいのいいの」

 

スナッパーを手渡して、それっぽい構えを取らせた。

中1にしてはすでにタッパのあるたえだと、ギターが映えて見える。俺だとまだ身長が小さいから、ちんちくりんになるんだよね。

やはり様になってるなぁ。やっぱたえはトランペットよりギターだよね。世界の真理だよ。

 

「なんかーーいいね」

 

たどたどしい手つきだったが、弦を撫でる様子は御満悦だ。

感触はやはり悪くない。

 

これならいけるかーーそう、たえにプレゼントするのだ、このギターを!

それが今日の目的だった。

 

ここまでは順調。あとは素直に受け取って貰えるかというところだ。

何気にそれが一番難しい。

 

友達から10万相当のものをプレゼントされて、気後れしない中学生がどれくらいいるだろうか。

普通なら、ギターみたいな高価な物は簡単に受け取ってもらえないところだがーー俺には勝算があった。

 

「それ、たえちゃんにあげる!」

「えっ! くれるの」

 

さすがのたえもこれには驚いたようで、びっくりした目でこちらを見てくる。

 

「実は私、ちょっとした事情で、バンドでドラムやることになったんだよね」

「え、そうなの? クビ?」

「クビになりてぇ……聞いてよたえちゃん」

 

そして俺は西本ゆりが入ったために、担当がギターじゃなくなった流れを話した。

もちろん血染めな部分は、ボカして伝えている。

 

「だからギターはゆりさんがやることになったから、私はドラムやるんだよね」

「でも、こがねはそれでいいの?」

 

「いいのいいの! ギターもちょっと興味があっただけで、まだ練習もしたことなかったし。

 それにーードラムにはシンバルがあるしね!」

「そっか。こがね、シンバル好きだもんね」

 

なんか俺のシンバル愛が、とんでもないところまできてる気がする。

 

「だから、それは使わなくなったから、あげるよ、たえちゃんに。

 そうだね、一足早い誕生日プレゼントっていったところかな」

「こがね……わかった。もらうよ。ありがとう」

 

ギターっ! 譲渡成功!

 

俺は、たえなら間違いなく受け取ってくれるだろうと確信していた。

 

なぜかって?

 

香澄は有咲から30万のランダムスターを540円でふんだくっ……穏便に譲り受け、それを知ったたえは「有咲っていい友達だね」ってコメントを未来でするからだよ!! 

 

よく考えなくても、ものすごいやり取りである。

 

わりとぶっ飛んでるからなぁ……この二人。

しかし今回はそのぶっ飛び具合が、いい方に作用してくれた。

 

これで、たえにギターを弾かせちゃうぞ計画は任務達成したといっても良いだろう。

感無量である。

 

俺が感慨に耽っていると、香澄の姿が見えた。

目ざとい彼女はすぐに、たえの手に収まったスナッパーに気がついたようである。

 

「あ、二人とも早いんだね~。お待たせ~って、あれ! おたえ、何それ? ギター?」

「あ、香澄。これは、こがねからもらったんだ」

 

「わーっ、こがねんっていい友達だね!」

 

お前が言うのかよ。



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第23話「学園祭」

「それで香澄ちゃん、今日はみんなでどこに行くの?」

 

全員揃ったので改めて本日の予定を確認しようとしたら、香澄がニンマリと笑みを浮かべた。

 

「ほ、ん、じ、つは~ここに行くよ!」

 

そう言って取り出したのは3枚のピンク色の紙片。何かのチケットのようだ。

 

「福引!」

「全然違うよ、おたえ! これは学園祭の入場券だよ」

 

学生らしい手作りの券だった。表面には3匹のウサギが踊っている。

書かれている文字は……

 

「花咲川女子学園……え、花女? 今日って花女の学園祭だったの?」

「そうなんだよ、こがねん! というわけで、本日はここに行こうっ!」

「学園祭……お祭り?」

「うちの中学でいう文化祭みたいなものだよ。花女は中高一貫でやるから、結構本格的だってきいたけど」

 

たえはいまいちイメージできてないみたいだ。

まぁ俺も前世の中一の頃、高校の文化祭とか考えたこともなかったからな。

 

「でも花女のチケットなんてよく手に入ったね」

 

花女は女子校である。加えて言えば、割とお嬢様学校である。

この野蛮な世界で自衛が働いた結果だろうか。文化祭は誰でもウェルカム入場とはなっていない。

 

女神様が見ているというなんたら女学園のように、専用のチケットが必要なはず。

家族や教員、関係者にしか配られないなど、入手方法も限られていたはずだ。

 

しかし貴重品となった結果、かえってヤクオクに流れてたりもするらしい。

この世界にマリア様はいないからなぁ……

 

「うちは今年あっちゃんが受験するみたいだから、そのつながりでもらえたんだって」

「あ、そういえば明日香ちゃん、花女受けるんだっけ」

「うん。お母さんも乗り気になっちゃって。あーあ、あっちゃんも御谷中に来ればいいのに……」

 

うちの中学なんて来ない方がいいと思うが。ろくなもんじゃないよ。

是清みたいな原人が闊歩してる学校である。学園というより動物園だ。サファリパークに近い。

この世界、絶対女子校行った方がいいって!

 

明日香と両親の選択は全面的に正しい。できればその正しさを香澄にも適用して欲しかったなぁ。

……その場合、香澄と会えてなかったけどね。

 

 

電車に乗って花女まで移動した。

学園に近づくにつれて、人の流れが太くなっていく。ここら辺まで来るとみんな目的地は花女のようだな。

 

花女かぁ……偵察で夜中に忍び込んだことはあったけど、こうして正面から入ったことはなかったな。

 

校門は造花で彩られたアーチがかけられており、色とりどりの飾り付けがされていた。

園内からは活気のあるガヤ声がここまで響いてきている。

屋台が出ているのだろうか。美味しそうな匂いも漂う。

 

「わぁっ! 人すっごいね」

「おしるこあるかな」

 

お祭りの雰囲気に当てられて、香澄たちも嬉しそうだ。

しかし嬉しそうなのはいいんだが、俺はたえが抱えている物が気になって仕方なかった。

 

「でもたえちゃん、それ置いてこなくてよかったの?」

「それ?」

「あ、うん。私のあげたギター。学祭行くなら邪魔だったね。あとで別の日に渡した方が良かったかな」

「邪魔じゃないよ。嬉しい」

 

あー、そういうことじゃないんだけど。

 

実はあの後、直でここまで来たから渡したギターをそのまま持ってきているのだ。

途中家に寄ろうとは提案したんだけど……普通他校の学園祭にギター持ち込んだりしないよね?

ここら辺、たえにも香澄感が……ま、いっか。

 

「このチケット、3つまでタダで使えるんだって! う〜ん、悩むなぁ〜。

 どこ行こっか?」

「まずはどんなものがあるのか確認しよっ。あ、パンフ」

 

入場券には三箇所枠があり、スタンプを押せるようになっていた。

園内の屋台とか催し物は基本無料だが、中には有料のものもありそこで使えるようだ。

有料といっても100円・200円とかそんなもんだが、中学生には嬉しい配慮。

 

「この天文学部のキラキラお化け屋敷って、すっごく気になるよ!」

「動物ふれあい広場。ウサギ……」

「私の計算によると、あのケバブ屋が絶対にお得だね」

 

あーだこーだ言いながら、みんなで回る先を検討する。

こうした時間が結構楽しい。

幸せだなぁ。

 

「あ、花女にも吹部あるんだね」

 

ま、そりゃあるだろうね。

パンフのイベント欄に、香澄が目を止めたようだ。

 

「講堂でこのあと演奏みたいだけど……そのあとにやるのなんだろう? あ、英語だよ!

 でも最近習ったから読める! えーと。シー、シー、シヒスパ?」

 

ん?

 

「あ、香澄ちゃん。ちょっとパンフいい?」

「どうしたの、こがねん?」

 

 

講堂

14時  32「花咲川女子学園 吹奏楽部 花女音楽隊」ーー

14時半 33「CHiSPA」……

 

 

「CHiSPAぁ?」

「チスパ? おたえ知ってる?」

「お風呂?」

 

おいおい。

なんでCHiSPAがあるんだ? CHiSPA。山吹沙綾の元彼……じゃなくて元いたバンドである。

 

いや、でもあってもおかしくないのか? 別に結成時期についてアニメじゃ言及されてなかったし。

でもあいつら今って全員中1だろ? しかもガールズバンド。この世界であり得るのだろうか?

 

メンバーは? メンバーが載ってないぞ! 山吹沙綾はいるのか?

 

「なんかこがねんがブツブツ言いだしたよ」

「こういう時のこがねは放っておいたほうがいいと思う」

 

わからん。

わからない以上、行って確かめるしかないってことだな。

 

「次は講堂に行こう! 文句はないよね?」

 

この世界でCHiSPAがあるとか、ちょっとしたオーパーツみたいなもんである。

俺はメンバー構成について、ナメック星人を探すフリーザのように気になって仕方なかった。

 

「さぁ行きますよ、たーえんさん! か香澄さん!」

「別に行くのはいいけど、『か』が一個多くない?」

「たーえんって、誰?」

 

 

「誰だよっ!! こいつら!」

 

完全に別物でした。

同じなのはCHiSPAってグループ名だけ。中身はドラゴンボールのフリーザとポケモンのフリーザくらい違った。

 

誰一人として心当たりがない。

海野夏希、川端真結、森文華、そして肝心の山吹沙綾ーー俺の知っているCHiSPAのメンバーは誰もいなかった。

これは一体どういうことなのか?

 

演奏もお粗末だった。お世辞にも名演とは言えないレベルだ。

とはいえそれは前世でバンドを見慣れた俺の感想であって、周囲の評価は高いようだ。

なぜならこの学園祭に来るような層は、普段バンド鑑賞なんて体験してないからだ。

 

田舎町に来たサーカス団みたいなもんだな。レベルが高いものでなくても、物珍しさから十分目を引くものである。

事実、拍手喝采で盛況のうちに幕を閉じた。

 

「迫力あったね! これがバンドなんだぁ」

 

香澄はウキウキご満悦のようである。

せめてもう少し偽CHiSPAが、火花みたいに輝いていてくれれば……ひょっとしたら香澄の目がここでキラキラしてたかもしれない。

 

「腕はそれほどでもなかったのが残念だね」

「そうなの? こがねん」

「でも曲は結構良かった。ギターの演奏ってこうかな?」

 

つたない演奏ではあったが、たえには感じるところがあったようだ。

背負っていたギターを構えて、ジャーンと奏でた。

 

「え、嘘。スナッパーじゃん。なんでこんなところにあるの?」

 

たえの様をみて、女の子が話しかけてきた。ブラウンヘアーのデコ出しショートボブ。

制服からみて、花女の生徒かな。視線がたえの持つ青いスナッパーに釘付けだ。

 

「なんでって……持ってきたから」

「うん、まぁ、それはそうだけど……」

 

斜め上の回答を受けて、女の子は頬をポリポリとかいた。

 

まぁ、気持ちはわかるよ。普通は他校の文化祭にギター持ち込まないからね。

でも世の中にはギターを首にかけて登校し、生徒会長の前でニコニコ笑っちゃう子もいるんだ。わかってほしい。

 

でも突然話しかけられたが、こいつ誰だ?

香澄とたえの様子を見る限りだと、知り合いというわけでもなさそうだけど。

 

「えー、あなたは花女の方でしょうか?」

「あ、ごめんごめん。私、海野夏希。花女中等部の1年なんだけどーー」

 

海野夏希ーーって、この特徴的なデコ。あ、本物だ。本物のCHiSPAのボーカルじゃん。

ステージ上にいなかったと思ったら、こんな観客席で会えるとは。

 

「あはは。女の子でギター持ってるのが珍しくって、つい話しかけちゃったよ。

 制服じゃないし、見た所、あなたたちって花女の子じゃないよね?」

「はい。御谷中ですね。私は円谷こがねです」

「私、戸山香澄っ!」

「花園たえ」

 

夏希に重ねてこちらも自己紹介した。

香澄が元気良く手を挙げ、たえはそっと口を開く。

 

こちらの自己紹介を聞いた夏希は満足そうに頷く。

 

「でも嬉しいな。私以外に女の子でギターやる子がいるって。

 花園さんもひょっとしてバンドとかやるの?」

「バンドはやってないし、ギターもやってないよ」

「え、じゃあそのスナッパーは……?」

「これは今日、こがねからもらった」

 

理解不能ーーと夏希は目を白黒させてしまった。

 

「あー、私たち吹奏楽やってるんですよ。

 私はシンバルで香澄ちゃんがユーフォニアム、たえちゃんはトランペットです。

 だから別にバンドやってるわけじゃないですね。

 そのギターはちょっとした伝手で手に入れたので、たえちゃんにあげました」

「あげたって、スナッパーを……?」

 

「こがねはドラムやるからいらないんだって」

「ちょっ、たえちゃ……あはは」

 

「そっか! バンドやるのは円谷さんの方なんだね。そっかドラムかぁ……」

 

二十騎ィ!! 

はやく二十騎ひなこを探さないと、本当にグリグリのドラムやる羽目になりそうだ。

 

「海野ちゃんも、バンドやるの? さっきみたいなの」

 

香澄もCHiSPAをみて刺激されたのか、夏希に問いかける。

 

「まだ、予定だけどね。さっきのCHiSPAの演奏聞いてくれたんだよね?

 ーーもう少し腕が良くなったら、先輩たちに頼んで入れてもらうんだ」

「えっ! あ、そうなんですか。

 でも珍しいですね。女の子だけのーーガールズバンドなんて」

「まぁ学内バンドだからね。ライブハウスとかに行って演奏するわけじゃないし」

 

学内バンド!

 

それならこの世界でもガールズバンドがあり得る……のか。

バンドっていうとどうしてもライブハウスのイメージがちらつくから意識してなかったが、学内バンドって選択肢もあったのか。って要するに部活だよな。

ライブハウスでギターをかき鳴らすバンドではなく、どちらかというと軽音部ってイメージが近いのかもしれない。

 

「でもやっぱ人が少なくってさぁ。今の3年生が卒業したら、メンバーが足りなくなっちゃうみたいなんだよね。

 特にドラムやる人が足りないみたいなんだよね。こがねちゃんが花女だったらなー」

 

しかし運営的にはやはり厳しいようだな。バンドをやりたがるような酔狂な子は、そうポンポンいない。

花女は中高一貫なので中1~高3までが在籍しているが、その規模でも人手不足になりつつあるようだ。

 

あれ、でもすると……。

 

「あ、でもそれなら打って付けの人がいますよ。この学校に、山吹沙綾という人がいるはずです。

 彼女を誘ってみてください」

「え、確か2組にそんな名前の子がいたような気がするけど……円谷さんの知り合いなの?」

「あー、まぁ、そんな感じです。彼女は忙しい毎日を送る傍ら、実は楽器演奏に興味津々なのです。誘えばいい返事が期待できると思いますよ。特にドラム! ドラムオススメ!!」

 

知り合いではない。一方的にめちゃくちゃ知っているだけ。我ながら大したストーカー予備軍である。

 

「ふーん。よくわからないけど、誘ってみるよ」

 

半信半疑といった様子だったが、夏希は頷いてくれた。

 

よしよし。種は蒔いたぞ。

 

これで単純に沙綾がCHiSPAに入ってくれるとも思わないけど、何もしないよりはいいだろ。

アニメからだと、沙綾がドラムはじめたきっかけとかまで分からないしね。

案外、横道に逸れていった香澄とたえと違って、素直にドラム始めてくれるかもしれない。

 

 

じゃあ、またねっーー

 

ということで、海野夏希とはメアドやLIMEの交換をして別れた。

有意義な出会いであったといえよう。特にCHiSPAの現状を探れたのが大きい。

学園祭に来てあわよくば沙綾とお近づきに、とも思っていたが意図せぬ収穫だった。

 

「それにしても学内バンドかぁ……結構面白そうだね!」

「……っ!! 香澄ちゃんもやる!? バンド!?」

 

とんでも発言に思わず興奮して血走った眼で掴みかかると、香澄は引きつった笑みを浮かべた。

 

「えぇっ! えーと、面白そうだけど、私はユーフォが楽しいから今はいいかなって。あはは」

 

ちっ!

 

さすがにダメか。

無理もない。香澄がバンドに興味を示すためには、条件が足りていないようだ。

ゲーム的に言えば、「ランダムスターを手にいれる」「キラキラ輝くガールズバンドのライブを見る」の2つのフラグが必要なのだといえよう。

 

ランスタの入手だけなら道端の貯金箱を壊し続ければヤクオクで買えるが、それでは有咲のポピパ加入が未知数になってしまうため、この方法はとれない。

キラキラ輝くガールズバンドライブについては、現状グリグリの結成から手掛けてるけど、CHiSPAのレベルが高くなればそっちでいけるかもしれんな。

 

「私はやってもいいよ。バンド」

「えっ、たえちゃん、マジっ!?」

 

と思ってたら、まさかのたえからの爆弾発言が出てしまった。

 

「今、何でもしてくれるって言った!? 言ったよね!?」

「言ってないよ。でも、ギター楽しそうだし、さっきのバンド見て、やってもいいかなって」

 

まじか。

告白イベである。

 

ふゆぅぅぅぅぅううううううっ!!

 

まさかここでたえを誘えるとは、思えなかったよぉ!!

それにたえの方からとか、信じられない!

 

やはり青きスナッパーは偉大だった。

たえのいうとおり、あれは武器だったに違いない! 

たえという難敵を攻略するための武器!! 隠しフラグだ!!

 

未だに信じられんぞ……これは現実だろうか。

 

しかし告白イベントが発生した以上、あとはゴールに一直線だ。

夢であってたまるか!!

 

何でもしてくれるらしいし、この後はきっとご褒美CGだよ! 略してGCGだ!!

 

「GCG! GCG!!」

 

あれ?

 

でもその場合、たえはグリグリに入ることになるのか?

グリグリがときめきエクスペリエンス歌っても、それはカバー扱いだよね?

 

あ、そもそも鵜沢リィと西本ゆりとのスリーピース、結成後のバンド名決まってないや。

脳内呼称で勝手にグリグリグリグリ呼んでたけど、名前とか全然決めてない。

 

そうだよ。

まだGlitter*Greenって名前にしてないなら、それをPoppin'Partyに変えてしまうのはどうだろうか。

そして頃合いをみて、鵜沢リィと西本ゆりをクビにして……

 

「おたえ、またこがねんがブツブツ言ってるよ」

「こがねにはそういうとこあるから、そっとしておこう」

 

「そうだね。あ、おたえ見て! こんなところに掲示板があるよ。

 あー、やっぱ花女って部活多いんだねー。あ、さっきのCHiSPAのチラシもあるよ!

 その隣には、あれ……これって……お知らせ?」

 

たったらーったったらーっ♪

 

大事な考え事をしていたら、突然スマホが自己主張しだした。

せっかく考えがまとまりかけてたっていうのに!

 

発信元は……鵜沢リィか。

まさか自らの危険を察知したのか?

 

「はい、こちらウルトラこがね隊」

「ふぇぇぇ……うっ、こがねちゃん……う、うぅ……」

 

おいおい。

 

なんかいきなり泣いてるんですけど。

まだグリグリのクビを告げたわけじゃないのに。

 

「うう……うっ……」

 

「まぁ、落ち着いてください。どうしたんですか? そんなに泣いちゃって。

 安心してください。レベル上げのエサにしたりなんてしません。

 よかったですね、ガルパの練習はチケット制で」

 

「うう、こがねちゃんの言っていることが何一つ分からないんじゃ……

 でもそう、練習……リィちゃんたちの練習場所、なくなっちゃうみたい」

 

おりょ? 練習場所? なんのこっちゃ。

 

事情を聞いてみると、全然大したことじゃなかった。

練習場所とは、すなわち鵜沢のバイト先、あの楽器店のことだ。

あの鵜沢リィのバイト先のEDOGAWAGAKKIが、立ち退きにあって潰れるというそれだけの話だった。

 

先週のライブハウスでの出来事を省みて、俺たちの練習はしばらく安全なところーーすなわち楽器店の裏部屋を貸してもらおうと目論んでいたのだが、それができなくなってしまうようだった。

 

一瞬にして俺の黄土色の脳細胞がEDOGAWAGAKKIが潰れることによる、ポピパ結成ときエク演奏についてのデメリットを計算したがーー答えは問題無しだった。

 

あそこって、せいぜい壊れたランダムスターの修理したくらいだよな。

あとグリグリのメンバーと面会するとかそれくらい? ……なくてもいいな。

 

だいたい、SPACEが無くなっても立ち直った俺だ。

何が無くなろうが、もう何も怖くない!

 

「ええ……はいはい。それについては、また一緒にお話ししましょう。……はい……はい。では」

 

はぁ。

 

女子の泣き言を聞くのは疲れるよ。

めんどくさくなったので、適当にあやして切ってしまった。

 

「あ、こがねん。電話長かったね。何かあったの?」

「いや、大したことじゃないよ。前に私たちが行ったあの楽器店が潰れるといった、それだけの話」

 

「えーっ! あそこなくなっちゃうの? そっかぁ……鵜沢さん可哀想だね」

「そうだね。でも楽器店なんてこの街いくらでもあるんだから、別のバイト先探せばいいだけだよ」

 

練習室にしろ、別のレンタルスタジオ借りればいいだけだしね。唯一無二の存在なんてそうそうあるわけもない。

EDOGAWAGAKKIがなくなっても代わりはいるもの。

 

思い入れ? しらんしらん。

 

鵜沢にとっては長年のバイト先で思い入れがあるのかもしれないが、俺にとっては近所のTSU⚪︎AYAが潰れるくらいのどうでもいいことだ。

 

「だいたい鵜沢さんは、普段からちょっと騒ぎすぎなんだよね。バイト先がなくなるくらいで「ギャー」なんて泣いちゃって。

 私、長いこと生きてるけどね、生まれてこのかた、あんな声張り上げたことないよ。

 そういうのは実家がなくなるとか学校がなくなるとか、それくらいのショッキングな出来事が起こった時くらいにしてほしいよね、全く」

 

「? あ、こがねん、知ってたんだ。花女なくなること」

 

「そうそう。例えば、花女がなくなるとかね。

 ……うん? え、香澄ちゃん。今なんて言ったの?」

 

「え、花女がなくなるってことだけど……」

 

そう言って香澄が指差した先には、掲示板。

そこには重要なご連絡として、1枚のプリントが貼り付けられていた。

 

【花咲川女子学園高校 廃校のお知らせ】

 

「ギャー!!!!!!!!!!!!!」

 



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第24話「スクールバンド」

前回の番取り

文化祭に行った俺を待っていたのは、花女が廃校になるというお知らせ。
香澄たちのキラキラした高校生活がぁ!!
廃校を阻止するためには入学してくる生徒を増やすしかない!!……のか?
そこで俺は、今最流行?のスクールバンド??をやって学校をアピールすることにした???
花女のために何かしたい、諦めきれない……俺、やる!!


「というわけで、バンドだよバンド!!

 香澄ちゃん!たえちゃん!! スクールバンドでラブなライブやって、廃校を阻止するよ!!」

「え、ラブ? ラブはともかく私はバンドはいいかなーって……」

「こがね、そもそもライブでどうやって廃校やめさせるの?」

 

くっ、このっ!

スクールバンドに無理があったとはいえ、2人のこの冷たい反応である。

いや、だがまだまだ他に手はあるはずだ。がんばれ前世の知識たち。

 

「ライブが無理ならバンド道! バンド道って言ってね、茶道・華道・バンド道は古くからの乙女のたしなみ。そして全国で優勝すれば……」

「え、バンド道ってなにかな?」

「うーん? 優勝ってことは、大会? そんな大会聞いたことない」

 

こんな時ばっか常識的なこと言うんだから、この子たちはっ!

 

当たり前だがバンド道などない。バンドは乙女のたしなみどころか、始めたら両親からたしなめられる世界である。

あるのは無難に軽音部くらいで、仮に軽音部で全国大会優勝しても、普通、廃校は中止にならない。

というか、そもそも御谷中である俺たちが頑張ったところで、花女になんの影響もない。

 

「他に……他に方法は……」

 

くっ、何とか立て直さなければ……しかし手立てが。

他に廃校ネタって何があったっけ? まなびストレート、たりたり、こんにゃく……ダメだ参考にならん。

 

「おたえ、こがねんアレからずっとあんな感じだけど、大丈夫かなー?」

「口から何か出てるね」

 

教室で机に突っ伏した俺を、香澄たちが心配している。

 

「そもそも、こがねんは何で花女の廃校に落ち込んでるの。行きたかったのかな?」

 

お前の母校になるんだよっ!

 

と言っても聞くわけがないか。

今の香澄にとっては花女なんてただの近所の女子校だ。

無くなるからって奮起するわけもない。

 

「香澄ちゃんは何とも思わないの!? 明日香ちゃんが来年から通うんでしょ!?」

「うーん、でも廃校になるのって、すぐってわけじゃないし、3年後みたいだし……

 あっちゃんが通ってる間は、存続するみたいだよ」

 

廃校というのはどこぞの学園艦のように、決まったとしても翌日叩き出されるような非道なものではない。

在校生や手続き等の関係で相当な猶予期間が設けられるのが普通である。

花女のそれは3年後だった。

 

しかしその3年後だから問題なんだよ。

つまり香澄たちが入学する年に廃校ってことじゃん。

 

「それにあっちゃんも廃校になるの知ってたよ。でも中学生の間は関係ないし、花女は制服が可愛いからいいんだって!」

「せ、制服……」

 

女の子が中学選ぶ理由の8割は、制服の可愛さとか聞いたことあるわ。

そうだよな。小学生で高校の去就を気にして就学をためらう奴はいないよ。

 

「はいはーい、皆さん授業ですよー。席についてくださーい」

「あ、先生きた。そっか、次国語だったね。おたえ、席に戻ろう」

「うん」

 

香澄たちが去っていき、授業が始まったが俺は上の空だった。

 

「……ここで先生は『精神的に向上心のない者はばかだ』と以前言っていたことを引用しつつ返すわけですが、その時の心境を考えると……」

 

『こころ』を先生が朗読している。

淡々と進む国語の授業で、先生が親友の心をえぐる必殺の一言を放っている。これはお辛い。

 

はぁ、花女が廃校とか夢オチが良かった。

こんな辛い思いをするなら、草や花に生まれたかったよ。

晩年の先生もこんな気分だったのだろうか。

いや俺は彼らほど繊細なこころを持ってないけど。

 

あ、でも先日の文化祭が夢オチになったら、たえがバンド始めてくれないや。これがゲームでもリセットボタンは押せないか。

 

人は何かを失って初めてその大切さに気づくという。

 

「でも、廃校とかないわ」

 

気づくのはいいけど、流石に失いすぎだろう。アニメ版バンドリの舞台が丸々ぶっとんだとか。

SPACEの時とは影響範囲が違いすぎる。「ぼうけんのしょ」が消えたとかそういう次元ではなく、学校から帰ったら母親がゲーム機ごと捨ててたような衝撃だ。

 

極論をいえば、花女がなくても目的の達成は可能だ。

だがそれは、電車がなくても北海道には歩いていけるよね、といった論旨でありその困難はいかほどものだろうか。

原作というレールを完全に外れていったポピパ号の行く先を、俺は想像ができない。

 

しかしなんだってこうもバンドリ関係の施設が消えていくんだよ。

運が悪いってレベルじゃねぇぞ。

 

俺何か悪いことした?

 

「悪いこと……」

 

心当たりしかねぇわ。

 

しかしこの世界に天罰はない。

それはその辺をうろつく奴らが呑気に生きていることが、証明している。

もし天罰なるものがあるのだとしたら、真っ先に奴らを抹消すべきだろう。俺に構ってる場合じゃないぞ。

 

物思いにふけっていると、つんつんと腕をつつかれた。

横を見ると隣の席の子が、紙片を手渡してきた。どうやら香澄から回ってきた手紙のようだ。

 

『こがねん大丈夫? 花女もそうだけど、鵜沢さんのバイト先もなくなっちゃうんだからショックだよね。元気出してね☆』

 

可愛らしくデコった絵柄とともに、そう書いてあった。どうやら授業中の俺の態度を察して、回してくれたようだ。

負の怨念が浄化されていくよ。ありがたいことだね。

まぁ、鵜沢リィのバイト先とかは心底どうでもいいんだが。

 

ってか、あれ。

そういえばEDOGAWAGAKKIが立ち退きせまられてる理由に、区画整理だの旧市街地の再開発がどうのとか鵜沢が言っていたような……

 

なんかひっかかるぞ。

 

そもそも今までバンドリ関係の物件が次々に消えてるって事態、かなりおかしい。

日々俺は芸能界の闇と戦いつつ香澄たちを守っているわけだが、芸能界の闇って戦う相手ではあるが敵ではないんだよ。

奴に意志があるわけじゃないからね。芸能界の闇は、悪ではあるが悪意はない。言ってみれば自然災害みたいなもんである。

 

俺がしてるのは、台風の日にワラで出来たライブハウスでバンドしようとしてる子猫ちゃんたちのために、レンガでできたライブハウスを用意してあげるという、そういった行為だ。

俺と芸能界の闇は、直接の敵対関係にあるわけではない。

 

つまり、芸能界の闇が意志をもってバンドリを潰そうとしているわけでは絶対にないのだ。

だからSPACEにEDOGAWAGAKKIに花女と、バンドリ物件ばかりが被害にあっていると考えるのは早計なのではないだろうか。

ピンポイントに狙われてるわけじゃなくて、もっと大きなナニカに巻き込まれているだけなんじゃないのか?

 

更地になったスペース、立ち退きを迫られる楽器店、廃校になる花女。それらが一本の線に繋がった気がした。

 

「あー、そうか!! 先生! ちょっと昔ヒザに受けた矢のケガが疼くので、今日は早退します! では、さようなら」

「え、ちょっと、こがねさん? そっち窓ですよ……あー、行っちゃいました。でもケガが痛むなら仕方ないですかね」

「先生、ここ2階です」

「こ、こ、こがねさんっ!?」

 

 

「アスファルトあっつ!!」

 

楽器店の前に滑り込み、あまりの地面の熱さで俺は我に返った。

 

授業を突然失礼して出てきたけど、鵜沢リィまだいるわけないじゃん。

 

冷静に考えるまでもなく、今日は平日であった。

言わずもがな鵜沢だって授業中である。こんな時間にバイトしているわけがない。

事情聴取をしようにも、証人はまだ出頭していなかった。

 

一旦立ち止まると、落ち着いてきたわ。

花女にしろEDOGAWAGAKKIにしろ、今日明日に執行されるみたいな一刻を争う事態というわけでもない。スペースはもう手遅れだしね。焦っても仕方なかったわ。

 

「さてどうするか」

 

手持ち無沙汰になってしまったな。

今から学校に戻るのも馬鹿らしいし……鵜沢の代わりに店長とやらに話を聞くか。でも二度手間になりそうだな。

 

そうだ。そういえばあの宿題があったな。今日はあれから一週間、ちょうどいい頃合いだろう。

……そろそろ狩るか。

俺はピエロな表情をしてメールを送る。

 

俺はスカートのポケットからスマホを取り出し、アドレス帳から名前を検索した。

宛先はSkaterBoysの「タクト」だ。牛込……西本ゆりを手篭めにしようとした連中のリーダー的存在である。

 

「これからいきます。歓迎の準備をお願いします^^……と、送信」

 

そう。タクトたちをボコった後、また行きます宣言をしていた件だ。

 

鵜沢のバイトが始まるまでの暇つぶしだな。

前回のSkaterBoysとの諍いでは、大した後始末をせずに事を終わらせていた。

いつもなら後に引かないようきっちりカタをつけておくのだが、それを怠っていた。

 

すなわち相手からすれば、中坊に好き勝手されて逃した事になる。

ああした連中の思考回路は単純明快。恨み骨髄、腸煮え繰り返っているはずだ。

 

土日の間に闇討ちしてくるケースも予想していたのだが、襲撃は何もなかった。

いつ来てもいいように対策はしておいたんだがな。無駄になってしまった。

 

まぁ、それも仕方ないがな。どんなに恨みを抱いていたとしても、あの場に偶然居合わせただけの俺たちを捕まえるのは、相当難しいだろう。

この街の人口を考えたって、顔と名前を知ってる程度の女子中学生3人を発見するのは、そう簡単にできるもんじゃない。できるならとっくに俺がメンバー全員見つけてるわ。

 

とすると奴らの視線に立って考えれば、必死で俺たちを今も探しているか、最後に俺が言った「また行く」宣言で待っているはずである。

 

うんうん。こっちも要望に応えて、また存分にボコってやろうではないか。

 

そして今度こそキッチリとカタにはめておく。何もせずあぐらをかいて放っておいて、アメリカのサブマリン特許のように後々の問題になっても困る。

復讐とか馬鹿なことを考えられないようにね。

 

「さて、とはいえどんな手を用意しているか……」

 

あれから結構時間が経ったからな。いろいろ準備するのだって十分だったろう。

俺にあれだけの立ち回りをされて、何もせず座して待っているとは考えられない。俺を倒すために入念な準備をしていてもおかしくない。

 

こちらも十分な態勢を整えておこう。

 

俺は暇があれば、常に俺を倒す方法を考えている。

確かにゴールドエクスペリエンスは無敵で最強であるが、それは万全を担保しない。スタープラチナも逝くときはあっさり逝くし、似た能力を持った一方通行さんも大抵逆走されてる。

 

例えば俺は、ミサイルの直撃にも耐えることはできる。レールガンの的にされても問題ない。

しかしゴルゴ13に装備の隙間を狙撃されると危ないし、ベンズナイフに塗ったとされる0.1mgでクジラを動けなくさせる毒とやらを散布されるとまずい。

 

他にも落とし穴や高所からの落下など、俺を殺す手段はいくつでも考えられる。

 

だから俺の能力を一番知る俺自身が、俺を倒す方法を考えに考えるのが当然である。日々それに備え、訓練もする。

むしろなんの対策もせず弱点を突かれるキャラたちが不思議なくらいだ。

 

さて、奴らはどんな歓迎をしてくれるだろうか?

 

人数を揃えての待ち伏せかな?

それとも突然部屋を暗くしての不意打ち?

過去の経験だと、ガスとか目潰しもあったか。

 

手間がかかるが、やらねばならないことだ。

それにただ厄介というわけでもない。面倒さと楽しさは両立する。これを乗り越えたとき、俺はまた強くなる。

 

こうした作業は掃除に似ている気がするな。

掃除は始めるまでは面倒だし気乗りしないが、いざやり始めると途中から楽しくなり、手が止まらなくなってしまう。

やるからには徹底的に綺麗にしたくなり、こびりついた頑固な汚れが取れると気分爽快スッキリした気分になれるのだ。

 

まさに暇つぶしを兼ねた、もってこいのイベントといえよう。

 

 

ここがあの男のライブハウスね!

 

ビーバーズの玄関で腕を組み、胸を張って仁王立ちする。

平日昼ということもあって、周囲に人影はないーーといっても元々この辺りって全然人気なかったけど。ひょっとしたら人払でもしたのかもしれないな。

 

でもビーバーの顔がにっこりしているから営業中のはずだ。表を向いてる。

俺はこれからのことも考えて、親切に裏返して入店した。

 

「はろー」

 

中に入ると以前は誰もいなかったレジカウンターで、コップ磨きをしている奴と目があった。

年嵩でスキンヘッド、髭を蓄えたダンディーな雰囲気の男だ。仕立てのいいウェイター服を着ているから、オーナーかもしれない。

 

オーナーはため息をつくと、露骨に顔をそらした。

美少女の客見てため息をつくとは! 接客業失格だな。

 

「中に入っても?」

 

顎で奥を指し示された。

どうやらSkaterBoys連中とは、なんらかの意思疎通がなされているようだな。円滑で何より。

 

続く先にあるのは、あの犯行現場。会場は今回も第二スタジオでいいみたいだな。

歩を進めてカウンターを通り過ぎた辺りで、オーナーがポツリとこぼした。

 

「中で何が起きても俺はしらねぇ。店の迷惑にならないようしろ」

 

は?

何言ってんだこいつ?

 

まるで他人事のように話す奴に、カチンときてしまった。

 

「じゃ、こんなことされても何も知らないですねーーうぉりゃあああああああああっ!!」

 

カウンターの陳列棚に連なって並んでいる、色とりどりの酒瓶。

その一番端に腕をひっかけ、一直線にダッシュを決める。

 

ダダダダダダダダダダッ!!!!

 

弾き飛ばされるビン。ビン。ビン。

次々に宙を舞うと、それらは物理法則に従って地面に落ち、中身をぶちまけて残骸となった。

 

「ふぅ。スッキリ!!」

 

一度やってみたかったんだよ。

 

「なっ、何しやがる!!」

「何をした、はこっちのセリフだハゲ。レイプハウス運営しておいて、自分は関係ありませんって傍観者気取ってんじゃねーよ」

 

こいつがSkaterBoysとグルってことは、ゆりの話で分かっている。実際には場所だけ提供していただけかもしれんが、そんなことは関係ない。場所の提供は立派な従犯である。

我関せずを通そうとしているようだが、こいつは同じ穴のビーバーなわけだ。

 

こちらの所業に引きつった顔で頬をピクピクとさせたが、ブチ切れて襲いかかってくるようなことはなかった。

そこらへんは大人なだけあって、分別が多少あるようだな。

 

「その酒がいくらすると思ってやがる。

 こんなことをして、どうなるかわかってるんだろうな。……弁償してもらうぞ」

「弁償? 片腹痛いですね。させてみなさい。させられるものならね」

 

法を守らないやつが、法に守られると本気で思っているんだろうか。鼻で笑ってしまうわ。

俺もたいがい法を守らないが、法に守ってもらおうともこれっぽっちも思っていない。

 

床に散乱したガラス片を踏みにじると、パキパキという小気味いい音が鳴り響いた。

これは掃除が大変そうだな。頑張れよ。

 

「誰が誰に弁償するのかは、ココの掃除が終わってから決めることです。ーーココの掃除がね」

 



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第25話「ヒマワリの少女」

「私が来たっ!!」

 

BABAAAAAAAAN!!!

という効果音とともにドアを蹴破ってスタジオにインする。

 

罠は……ない。

 

さてさて、何人待ち構えているかな……8って、あれ前と人数変わらないやん。

メンツも変わらないぞ。顔に包帯とか湿布をあててるけど、前回のSkaterBoysメンバーで占めてる。

 

だが扉の前で行ったゴールドエクスペリエンスの生命感知では、中に9人の反応があった。

一人隠れているものがいる。不意打ちだろうか。

 

「マジできやがったのか……なめやがって」

 

一番奥に座っていたのはタクトだ。鼻に包帯を巻きつけて、女受けする顔が無残なことになっている。

ビジュアル系バンドによくある化粧でごまかそうとしているが、限界があった。

 

「このアマがぁ……」

「ざけんじゃねーぞ」

 

周囲もコメカミに青筋をおっ立てて、いきりだした。

アクション映画を見始めたら、開幕ビルが大爆発したような怒りを感じる。最初からテンションクライマックスのようだ。

 

憎っくき仇敵を目の前にした反応として分からなくもないが。でも待って欲しい。

このメンツじゃ前回と何も変わらない。これではまるっきり焼き直しである。

多少角材とか鉄パイプとか、武器を持ち出してるようだけど、そういう問題じゃないよね。そんなのヒノキの棒みたいなもんだぞ。

 

例えばトラに襲われ命からがら生き延びたとして、再度トラと戦うときに「今回は鉄パイプあるから安心だぞっ」ってなる?

これこそネタじゃなく本当に、そんな装備で大丈夫かって言いたくなるわ。

 

学習能力とかないんだろうか。

こいつら前回俺に散々コテンパンにされたのに、何も対策とかしてないの?

 

「前回は油断したが、今回はそうはいかねーぞ。お前だけは許さねぇ」

「うーん、油断ですか……」

 

油断とかそういう次元の話だっただろうか。戦闘力の差が歴然だったよね? 悟空とヤムチャくらいあったよね?

多少なりとも反省する頭があれば、そのくらいわかると思うが。

そう思ったからこそ、俺もいろいろ考えたり準備したりしてこの場に臨んでいるのだ。

 

なのに、まさか気付いていらっしゃらない? そんなことないよね?

 

これじゃあ警戒して頭にヒマワリ付けてきた俺が、馬鹿みたいじゃない!

 

いや。それともよっぽど不意打ちに自信があるのか……

 

「全然怯えてないみたいだな。そのスカした態度が気にくわねぇ……

 お前は自分の力に自信があるみたいだな」

「ええ、最強ですよ」

 

控えめに言って人類最強である。それは間違いない。

それでもこんなに用心しているのである。

 

「確かに多少やるようだが、しょせんは女だ。それをわからせてやる……この世界には信じられないくらい強い男がいるんだぜ。

 先生っ! お願いします!!」

 

ん?

 

「やれやれ。この子が俺の相手? ずいぶん可愛らしい子じゃん。本当に強いの?」

「はい、Kさん。こいつはデタラメな奴です」

「ふーん、俺の名前はK。今はそう名乗ってる。一応、SkaterBoysのメンバーってことになるのかな」

 

奥から9番目の男が出てきた。不意打ちですらなかった!

 

すらっとした長身の男だ。顔が非常に整っており、世間一般で言うところのイケメンだった。

ただし、なよっとした弱々しい感じではなく、精悍な表情は自信にあふれており、服の下には引き締められた筋肉を感じさせた。

 

「へへっ、俺たちがツインズにも逆らっていられたのは何故だと思う? それはバッグに先生がいたからさ。

 先生はな。昔ボクシングの試合で人を殺したことだってあるんだ。お前なんかイチコロよ。

 SkaterBoysに逆らったことを後悔するんだなっ!」

 

タクトがKの陰に隠れて、卑屈に小者みたいなこと言い出した。

お前リーダーじゃなかったっけ。そんなんでいいのか。

 

「彼の言う通り、俺はボクシングをやっていてね。世界でも結構なところに行ったんだ。

 相手が弱すぎたせいでやりすぎちゃったから、こんなところにいるんだけど」

「はぁ、それはずいぶんと間抜けな自己紹介ですね」

 

ってかえらく誇らしげだけど、ボクシングやってて相手殺しちゃったって、自慢になるの?

サッカーの試合で、対戦相手の別のボール蹴り上げちゃって自慢しているようなもんだぞ。それただの反則であって凄くもなんともないよね。

 

「ふっ。今のを聞いても退かないんだ。体は小さいのに口は大きいんだね。

 でも、俺は女の子だからって殴ることに躊躇いはしないよ。それでもやるのかい?」

「口は小さい方ですよ、小顔なので」

 

女の子を平気で殴る宣言とか、言ってて恥ずかしくないのかな。

こういう奴ってきっと、ちょっと馬鹿にされただけでもすぐキレるんだろうな。

器のちっちゃい男だよね。

 

「小顔か……それにしてはその車輪みたいなデカさのヒマワリ。本気? 可愛いけど頭は残念なのかな?」

 

うるせぇ! ぶっこぉすぞ!!

 

「やれやれ、本当に君は強いのかな」

 

そう言ってKはタンクトップを脱ぎ捨てた。その下にあったのは想像通りの鍛え上げられた肉体だ。

是清とは違ったベクトルの体つきだな。バーサーカーと武道家というか。STR特化とバランスタイプというか。

 

是清の体になりたいかと聞かれるとみんな「うーん」ってなるかもしれないが、Kの体になりたいかと聞かれれば諸手を上げてしまうような感じだ。

鋼の肉体という表現がふさわしいかもしれない。

 

それに比べて、こっちはこがねの肉体なので、Kの反応も分からなくもない。

 

「Kさん、こいつボコったら俺たちにもおこぼれをください!」

「俺はそういうことはしないから、好きにすれば」

「うひょー」

「顔はよしてくださいね。いたすとき萎えるんで!」

 

やんややんやと盛り上がる周囲。

それにしても、こいつらホント何も変わらんな。

説教しながら殴ったところで改心するような奴はいない。やっぱ人間、1回倒されたくらいじゃ何も変わらんのよ。

 

しかも連中、どうやら本気でKとやらが俺に勝てると信じているようだ。

 

前回俺が殴り飛ばしたら、10mは軽くお空飛んだの覚えてないのか?

こいつにそんなことできる?

まさかこれが、俺用に考えた対策案じゃないよね?

 

「やれやれ」

 

肩をすくめたKは、ファイティングポーズをとった。インファイト系のピーカブースタイル。顔面を拳でダブルブロックする、一歩はじめちゃう人の構えだ。

背丈の関係から俺視点からだと、腹がガラ空きなんだが大丈夫かコイツ……

 

何もしないのもアレなのでこちらもテキトーに構えてスタンドを出しておく。

すると奴の表情が変わった。

 

「……前言撤回だ。君ーー強いね。オーラが見える」

「!」

「君に重なるように、揺らぎがあるね」

 

まさかコイツ、スタンドが見えるのか!?

 

「気を操るのか。ははっ、その体でタクトたちを投げ飛ばした理由がわかったよ。合気道だろ、それも達人級」

「はぁ……」

 

そんなわけがなかった。

 

また始まったよ。もういいからそういうの……なんかみるみるテンションが落ちていくよ。

あ、これ最低のパターンかも。

 

「はいはいその通りです。萩月流古武術ですよ。世界最強の古武術です」

 

やはりここにはバカしかいないようだ。

 

「萩月流古武術ーー聞いたことはないけど、相手にとって不足はないみたいだね。

 それじゃあ始めよっか。さ、いつでもどうぞ」

「じゃあ、行きますよ~。ほいっ」

 

「鋭い一撃だ。だが俺には全てが見えて……ふべしっ!!!!」

 

そしてKはステージ上に二次曲線を描き、楽器類をなぎ払って壁にぶち当たった。

ドラムセットがまた一つ犠牲となった。

 

「「「「ケッ、Kェェェェーーーーーーっ!!!」」」」

 

なんだったんだコイツは……

 

SkaterBoysの連中は俺の顔と、壁から体を生やしたKを交互に見て青ざめるばかり。

本当に奴らの対策案はこれで打ち止めみたいだ。

 

「ぜ、全員でかかればなんとかなるはずだ!!」

 

だからそれ前やったじゃん!

 

「学ばない人たちですねぇ。ほんとバカばっか。

 精神的に、向上心のない奴は、馬鹿だ。聞いたことありません? まさにあなたたちのことですよ」

 

案の定、1分もたたずに全員床に伸びた。

なぜなんとかできると思ってしまったのか。

 

さて、今日はどこまでやるべきだろう。いつもの感覚暴走で十分だろうか。

この物覚えの悪い連中、ただ叩きのめしただけじゃ絶対再犯確実だぞ。性犯罪者って再犯率高いらしいしな。

生半可な対応では、こいつら8人は必ず同じ過ちを繰り返す。同じアニメ8回見ても気が付かなそうだもの。エンドレスエイトだ。

 

うーん。

馬鹿は死んでも治らないというが、こいつらこそ死んでも治らなそう。

俺は転生して、前世とだいぶ変わった自覚があるってのに。

 

ん? 転生?

 

そうか……転生だよ! 転生!!

 

「いいこと思いつきました! 君達も転生しましょう!! Re:birthdayですよ!!」

 

高らかな俺の宣言に、床で呻いていたSkaterBoysは怪訝な表情をした。

あの名曲をご存じない? それはいけないね。

 

「そうなるとSkaterBoysってバンド名もよろしくないですね。

 バンドも解散。そして結成!! そう、あなたたちの新しいバンド名は、今日からSKBです!!」

 

そうと決まれば、話は早い。

まずは栄えあるSKB発足の前章として、SkaterBoysの活動記録に終止符を打ってやろう。

 

 

宦官という職業が昔あった。

皇帝や後宮に仕える際に、皇帝ハーレムでおイタをしないよう大事なものを天に捧げてクラスチェンジできる珍しい職業だ。

主に男に人気の職業だったらしい。男の子はレアリティ高い職業が大好きだからね。

有名なのは中国で、古代中国時代からあったようだ。技術的に未成熟でも、可能だということである。

 

猫は飼ったら避妊手術をしなければならない。

妊娠率が100%近い猫は、ねこ算計算で増えていくためである。

オス猫の手術費用は、メス猫の大体1/2ですむ。なぜならオスの方が、取るだけで簡単だからである。

 

可能で簡単。

つまりゴールドエクスペリエンスにかかれば、難しいことは何もない。

 

「~♪」

 

というわけで彼らは無事、転生した! しかもTS転生である。

大事なものをささげ、生まれ変わったのだ。

前科何犯か知らんが性犯罪者にふさわしい末路であろう。

 

めでたくSKBも発足させることができたし。心機一転だろう。

バンド名、SkaterGirlsの方が良かったかな。まぁ、厳密にはGirlsじゃないし、SKBでいっか。

 

もちろんアフターフォローもばっちりである。

最初は絶望のあまり反抗的だったけど、これから先またおイタするようなら、男同士でつるむのが大好きなレスラー体型の屈強な男が、お前たちを襲いに行くと伝えたら震えながら飛び上がってたし。

 

まったく、いい仕事したわ。

 

でもこれって、今後も応用できるんじゃないの?

 

ラブライブでは、男キャラが全然いなかった。まともに登場したのは主要キャラの家族くらいである。

サンシャインにいたっては、男キャラが皆無となった。背景から男性用トイレすらも抹消される徹底ぶりである。あの世界ではきっと男は絶滅したのだ。

 

アニメ版バンドリに男いたっけ? いたような気もするし、いなかった気もする。

そんなレベルなら、いなくても問題ないだろう。

 

そう。

まずはこの街の掃除として、凶悪犯を全員TS転生させるのだ。そして徐々に対象となる犯罪のランクを落としていく。

するとそのうち、どんな馬鹿でも「悪いことをするとTSさせられちゃう」って気づくだろう。

 

誰も悪いことできなくなる、と思いきや悪い奴ばかりなので、確実に世界は女の子だけになって行くだろう。

そして俺が認めた、ドキドキでキラキラな女の子だけの世界を作るのだ。

 

そう……そして俺が、百合世界の神となっ

 

「いてっ!?」

 

馬鹿なこと考えてたら、看板に顔ぶつけた。

めちゃくちゃ痛い。

こういうのは反射されないんだから気をつけないと。

 

つーか百合世界の神ってなんだよ。邪神は2体もいらんわ。

 

……冷静に考えたら、別に転生させてない気がしてきたし。これただのTSだわ。いやTSかどうかすら怪しいし。

とんでも私刑やったばっかりだから、頭がポッピンパーティーしてたね。

 

「TS転生ねぇ」

 

でも思ったんだけど、これが私刑になるなら、ある日突然TS転生くらった俺ってなんなん?

なんで俺、神様から性犯罪者にふさわしい末路プレゼントされてんの?

 

精神は肉体に引きずられるってよく言うけど、ホルモン悪さしねぇよな。

思春期入って男にキュンキュンしだしたら発作的に自主転生に走るかもしれん……

あまり深く考えないようにしよう。

 

鼻をさすりながら、楽器店の前へ到着した。

時計の針は5時ちょっと過ぎを指している。ちょうどいい頃合いだろう。

 

「ちわ~。円谷でーす」

「フッフー☆ いらっしゃー、こがねちゃん」

 

入店するとバイト中の鵜沢が出迎えてくれた。右手に箒、左手にちりとり。

バイト服の上には、珍しくエプロンなんか装備してる。

 

「あれ、その格好、掃除中ですか。奇遇ですね。こっちも掃除してきたところなんですよ」

 

鵜沢は床に散らばった何かの破片に、ちりとりをかけているところだった。

バケツの中には銀色の残骸。棚から楽器でも落としたのかな。

 

「あ、これは……ちょっとね」

 

渋い顔をして、鵜沢は頭をかいた。

 

「それよりこがねちゃんもその頭……ううん、なんでもないんじゃ。いつものことだったね」

 

ヒマワリ外すの忘れてたわ。

でも、いつものこと認定されてることがショック!

 

「ま、いいです。今日はちょっと聞きたいことがあってきました。この間の電話のことなんですが……」

「あ! あれだね。うん、わかった。すぐ片すからちょーっと待ってて!」

 

手早く箒とちりとりを納戸にしまうと、手近にあったぬいぐるみーーデベコを抱き寄せて、鵜沢は二人がけテーブルに腰掛けた。

勧められるまま、俺も正面に座る。

 

「あの時は突然電話しちゃって悪かったんじゃー。リィちゃんもちょっとテンパっちゃってー!

 ちょっと焦り過ぎだったよね。どこまで話したんだっけ?」

「この店がなくなるってとこまでです。そのーー再開発がどうのとか」

 

あの時は俺も気もそぞろで聞き流してしまっていたが、たしかそんなフレーズを口にしていたはずだ。

 

「あーそうそう、再開発の件ね!

 この辺りって結構前から再開発指定ってのされてるんだけど、こがねちゃんは知ってる?」

「さぁ? 私も中学になってからこの街に引っ越してきたところなので、さっぱりですね」

 

なんとなくワードから想像はつくけどな。詳しくは知る由もない。

 

「んやー、そうなんだ。ま、地元民でも当事者じゃなきゃ、あんま知らないよねー。

 こがねちゃんもここら辺歩いてるならわかると思うんだけど、しょーじき、旧市街地って昔っからあんまり治安が良くないんじゃー。

 建物も道も汚いし、そのせいかタチの悪い連中がうろついてたりするし……」

「この間もSPACE跡地で、変な奴らに会いましたもんね」

 

このエンカウント率はちょっとね。ファミコン版ドラクエでもやってる気分になるよ。

むしろこんなところで暮らしてる鵜沢はよく無事だと思ってる。トヘロスでも唱えてるのかな。

俺はニフラムを唱えたい。

 

「むむむー、そうだね。あそこら辺もだねー。

 だから再開発ってのは要するに、ここら辺一帯の建物を壊して、新しい街づくりをしましょうってことなんだよね」

 

割と予想の範疇の回答だが、この辺からSPACEまで範囲というのが気にかかった。

 

「でもここからSPACEまでって結構距離ありましたよね?

 範囲広くないですか?」

「リィちゃんもよくわかんないけど、でっかい道路を通そうって話もあるみたいだから、相当広いんじゃないかなぁ」

「そうなんですね……どの程度の規模かわかる地図みたいなのってあります?」

「んやー、そんなのここにあるわけなんじゃー。でも、区がやってることだから、ネット見れば載ってるんじゃないかなー?」

 

そりゃそうだな。

しかし主体が自治体ときたか。ある程度想像はしていたが、思ったより大きな話になってきたな。

 

レジ裏にあるノートPCを借りて、一緒にホームページを見てみることにした。

区の広報に載っていた「土地区画整理事業に基づく再開発計画について」をみると、対象区画を示す地図が表示されていた。

 

「うわぁ……こうしてみると結構な広範囲ですね」

「うちの店はここだからねー」

 

どうやらこの区だけではなく、隣の区とも提携して道路を引こうとしているらしく、地図の端から端までが赤く染まっていた。

計画自体は10年前から始まっているらしく、開発の終了は5年後を目処としているようだ。

なんとも壮大な話だ。

 

その赤い区画内には鵜沢の言う通り、この店のみならずSPACEの跡地が含まれており、そして予想通り花咲川女子学園もあった。

これをみる限り、やはり相当大規模な計画のようだな。

 

「反対とかないんですか?」

「んむむむ。そりゃあったんじゃー。だから結構難航してるって話だね。

 でも賛成意見も多いみたいなんだよね。道路が通れば景気も良くなる。この辺が綺麗になれば治安も良くなるって。

 旧市街は評判悪いからね……」

 

旧市街が主な対象地区のようだ。古い建物も多いし。旧市街という名は伊達ではない。

一般に道路が通ったり、駅ができたりすると景気は良くなる。莫大な金が動くからな。

 

「それに最近じゃみんなも諦めモードに入ってるんじゃー。立ち退きを迫られて、店を畳んだところも多くなってきたみたい。

 首を縦に振らないと、嫌がらせもあるし……」

「嫌がらせですか? 地上げ屋的な?」

「地上げ屋っていうほどじゃないんだけどね。わーるい人たちがやってきて、店内で暴れたりするんじゃー」

「あ、ひょっとして、さっき片付けてたのが……」

「うん……」

 

なるほどね。大変だな。

 

めっちゃ他人事のような感想しか出てこない。ってか他人事だしな。

この店がなくなっても大勢に影響がないから、どうでもいいんだよね。

この店で起きるのって香澄の号泣イベくらいだし。あれもランダムスター壊れないように現場で見張ってれば防げる話だよね。

 

でも都市再開発自体は他人事じゃないんだよなぁ……花女とか密接に絡んでくるし。

しかし相手は行政だからなぁ。どうしようかなぁ。

 

ふぅ。

 

でも大体の事情はつかめたな。

これ以上は別ルートで探ることにしようか。

 

「最近じゃ店長も弱気になっちゃってさ。それでついこがねちゃんに電話しちゃったんじゃー。

 まだ完全に決めたわけじゃないみたいだけどーーたぶんダメみたいかなぁ」

 

ははは、と力なく笑う鵜沢。

たかがバイト先がなくなるくらいで悲嘆しすぎだろと思わなくもないが、きっとこの店には鵜沢なりの思い入れがあるのだろう。

それこそ香澄にとっての号泣イベ以上に、積み重ねてきたイベントがあったにちがいない。

 

「奥の練習スタジオもいろいろ整理で使うからって、使わせてもらえなくなっちゃたんじゃー」

「あー、それなんですけど、練習場所はなんとかなると思います」

「え、ホント?」

 

暗い話の続いた中での朗報に、鵜沢はようやく顔を綻ばせた。

 

「はい。とりあえずゆりさん誘って、今週末一緒に行きましょう。とっておきの場所を用意しておきましたので」

 



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第26話「正解は1つ?」

24時間営業。飲み放題、食い放題。備え付けの楽器はご利用自由。それでお値段オールタイムFREE!

そんな夢のような練習スタジオ、あると思う?

 

「んやー!! ないよ、こがねちゃんっ! ここはないよ!」

「いえいえ、鵜沢さん。あるんだなこれが」

 

なんせ栃木じゃないからね。ここは栃木より都会だから。

為せば成る、探せば見つかるライブハウス。

ってか最近できたんだけど。

 

「ないったらない! だって、ここビーバーズだよね! なんでまたここにくるんじゃー!」

 

週末を迎え、俺は鵜沢リィと西本ゆりを連れて、とあるライブハウス前に来ていた。

このライブハウスを鵜沢のように一部の人は、まだビーバーズという。

 

「ビーバーズ? 何を言ってるんですか、看板をよく見てくださいよ」

 

確かにここは、鵜沢のいう通りビーバーズのあった場所だが、しかし訂正すべきだね。

そう、正確にはここはビーバーズ跡地。

 

「看板って……あ、木彫りの看板がなくなってる!」

 

……いい材質でしたよ。よく燃えたし。

 

「店名が変わったんですよ」

「んむむむむー。でもそれらしい看板がないけど……」

 

「そこです! 名前がなくなったのがポイントなんですよっ!

 店名のあった場所が空白ーーそれすなわちSPACE! ここは生まれ変わった新しいライブハウス、新生『SPACE』なんですっ!!」

 

SPACEが ないなら作れば いいじゃない

 

俺の目には遠い空に、誰かの顔が浮かんで見えた。

 

そう、大切なのは『原作に向かおうとする意志』なんだよ。

向かおうとする意志さえあれば、たとえSPACEがなくなったとしても、いつかは原作へとたどり着くだろう? 向かっているわけだからな。違うかい?

 

だから女の子が安心してバンドできるライブハウスは、俺が作る。

やりきったババァの意志はこがねが継ぐから……っ

 

「店名と共に、ここのオーナーも心を入れ替えましてね。経営方針はラフ&ヒールから、ラブ&ピースへ!

 女の子たちの利用はいつでも自由、そして無料という、夢のようなライブハウスになったのです」

 

「なんか逆に怪しくなってる気がするけど……ってそうじゃないんじゃー! 

 こがねちゃん! ゆりちゃんの気持ちも考えてよ!」

「西本さんの気持ちですか……?」

 

はて……?

 

そういえばさっきから一言も口を開いてないなとゆりを見ると、目をつぶって何かに耐えるように体を震わせていた。

出発前の、ライブだ練習だとウキウキしていた面影が微塵もなくなっていた。

 

「あっ!」

 

ゆりにとってここはレイプ未遂現場なのかっ!

 

俺は、被害者を事件現場に連れ込み、声高にアピールしていたのだ。

ゆりは今、トラウマを刺激されているのである。

我ながら鬼畜の所業といえよう。

 

「あー……すみません、西本さん。そこまで気が回らず……」

 

正直、ゆりのこととか何も考えてなかったわ。

 

やってることがタクトたちと同類である。これじゃTS転生させられても仕方ないかもしれん。

 

何が『原作へと向かおうとする意志』だよ。アホか。

完全に結果だけを求めて近道して自滅してた。アバッキオに助走つけて殴られそうだわ。

 

しかし言い訳させてもらうと、俺も万能ではないからそこまで考えて行動はできないのだ。

限られたリソースの中で戦い続ける俺は、常に取捨選択を迫られている。

その中心には常にポピパのメンバーのことだけがあり、その他はどうしても二の次になってしまう。

そこまで慮って行動することはできない。

 

これがゆりじゃなく香澄だったら、看板と言わず店ごとバーニングファイアして、記憶よ消え去れと消去していたのだが……優先順位を付けすぎた弊害かもしれんな。

 

あー、とにかく何か言わんと。

 

そうだ。前世で培った名言を利用して慰めるんだ!

 

「いえ、西本さん……違うんです。聞いてください」

「えっ……」

 

顔を上げたゆりと俺は、真摯に向かい合った。

 

「本当は今日、わざと西本さんをここに連れてきたんです」

「わざと……?」

 

「なぜだかわかりますか?」

「……」

 

「……」

「……」

 

「……(汗)」

 

な、なんでだろうね?

 

何もでてこない!

 

普段あれだけどうでもいいスラングは飛び出てくるのに、肝心な時には何も頭に浮かんでこないんですけど!

基本的にアニメやゲームしかやってなかったせいか、ろくな言葉が出てこない。

ここにきて俺の薄い人間性が露呈してしまった。今更だけど。

 

諦めたらそこでバンド終了ですよ?

 

もっと熱くなれよっ!

 

登り続けるんだ、このバンド坂を……

 

うーん、無理やり絞り出してみるが、どれも違う。違う。

というか言うのが俺である以上、名言の裏付けとなる説得力が欠片もない。

 

香澄が「私、人の嫌がることを進んでやるよ!」っていうのと、俺が「人の嫌がることを進んでやります!」のに大きな差があるのと同じだ。

俺が何言っても、邪悪さしか感じられない。

 

なんだなんだ……どう言えば正解なのか。

正解はどれだ……

 

「ーーわかるよ、こがねちゃんの考えてること」

 

え、わかっちゃうの!? 

まだ俺、何にも言ってないんだけど!

 

「こがねちゃん、気付いてたんだよね。……私がギター持てなくなってること」

「んやー!? ゆりちゃん。それホントー!?」

「うん……あれからね、ギターを手に取ると、手が震えるの。ほら、鵜沢さん見て」

 

鵜沢の疑問に答えるようにケースからギターを取り出すゆりの手は、確かに彼女の心を表すかのように小刻みに震えていた。

 

「ギターを構えるとね、オーディションのことを思い出しちゃって、どうしても怖くなっちゃって……」

「ゆりちゃん……」

 

でもねーーと、ゆりは言葉を続ける。

その瞳にはいつの間にか、輝く光が灯っていた。

 

「……こうしてここに来たことで、自分の心に向き合うことができた気がする。

 ーーこんなところで立ち竦んでるようじゃ、ライブとかできるわけないよね! りみにも胸張って会えないっ!」

「ゆりちゃん……いいの?」

「リィ、やろうよ。音楽」

 

そう言ってゆりは、握りしめたギターをジャジャーンと弾き鳴らした。

手の震えは止まっていた。溢れ出るゆりの決意の輝き。

その音はアンプに繋がれてないにも関わらず、力強く周囲に響き渡った。

 

「うおっ、まぶしっ!」

「? こがねちゃん、何がまぶしいの?」

 

「いえ、西本さんの光で、心が浄化されそうになりまして……」

 

……こいつ、俺より黄金の精神あるんじゃね?

 

完全に自己解決してしまった。

そうか。腐っても彼女はグリグリのバンドリーダー。

薄っぺらい俺の言葉なんか、全く必要なかったみたいだな。

 

しかし兎にも角にも問題解決! 正解はひとつじゃないよね!

 

 

「んむむむむ~、悔しぃーけどやっぱ音が良く響くよねー」

「オーディションの時に聞いたんだけど、ここ、ライブの時に使うらしいよ」

 

持ち込みのベースとギターにアンプをつなげ、和気藹々と調整を始める鵜沢とゆり。

初見の場所にもかかわらず、彼女たちの手の動きは流れるようにスムーズでよどみがなかった。

 

「家で鳴らすのとはやっぱりちょっと違う」

「ね。壁もそうだけど、機材の差もあるのかやー☆」

 

ここ第1スタジオは、ビーバーズーーじゃなかった新生SPACEにあるメインで使用されるスタジオだ。

第2スタジオと比較しておよそ2倍ほどの収容人数をほこり、オーナーや利用者は「おっきい方」と呼んでいた。その分基本料は高い。

ライブを開催する際に主に使われる場所であるが、それ以外の時は練習スタジオとしても開放しているらしい。

その際には、セットされている舞台装置を自由に使うこともできるようだ。

 

何も考えずゆりを新生SPACEに連れてきたことから分かるように、アーサー王なみに人の心がわからないことに定評のある俺であるが、さすがにゆりを第2スタジオに連れ込むことは憚られたので、オーナーと交渉してこちらの使用権を勝ち取ったのだ。

料金? もちろん無料だよ。タダより安いものはない。

 

「でも悪いねーこがねちゃん。リィちゃんたちだけ練習しちゃってー」

「いえ、気にしないでください。ここのドラムセットはメンテ中みたいですから仕方ないです」

「こがねちゃんも、個人のドラムセットはさすがにまだ持ってないよね」

 

ドラムセットどころかシンバルも持ってないよ!

これから買う気も全くないよ!

 

まぁ、いくら吹奏楽部に入ってるからといって、シンバルまで買って自宅で練習するなんてガチ勢はそうそういないだろうけど……

そもそも吹奏楽でのシンバルと、ドラムセットのクラッシュシンバルって全然用途用法違うしね。

 

つまり俺は手ぶらだった。

今はノーハンドで本来ドラムセットがあった位置に、腰掛けているだけである。

 

「んやー? メンテ中って、この前のアレが原因?」

 

鵜沢の頭に浮かんでいるのはきっと、俺のスマッシュにより場外へと弾き飛ばされたドラムセットだろう。

男たちの下敷きとなったあれは、哀れ残骸へと成り果てていた。

 

「えー、そうですねたぶん。でも別に気にする必要はないですよ。でもあれを咎める奴はいないでしょう。責任があったとしても、それは私たちじゃないです」

 

俺は悪くねぇ!

 

正確にはあの後、砲弾となったKがもっかいぶっ壊してるけどね。それでも俺は悪くない。

そのため予備すら失ったこのライブハウスには、現在備え付けのドラムセットが欠けている。

 

「ドラムがないので練習できなくて残念です。ドラムがないんだから仕方ないですよね。なんせドラムがないんですから!」

 

もちろんこんなの口だけである。

下手に練習に参加したら、なし崩しでやることにされそうだからね。

流されてグリグリのドラム担当にされないように、予防線を張りまくっているのだ。

 

「でも早く直るといいんじゃー」

「だね。そしたらさ、みんなでセッションしようよ!」

「そうですね。メンテが明ければやります。メンテが明ければね……」

 

Q:メンテが明けたらどうなるの?

A:メンテが始まる。

 

残念だが無限メンテだ、がはは。

しばらくここのドラムが直ることはないだろう。

 

俺はドラムの練習なんてしたくない。

少なくとも二十騎ひなこが見つかるまでは、ドラムセットは不幸な事故によりメンテし続けることになる。

現状、ひなこを探すのはとーぶん先だけど。

 

「ヘヘーーーーっ☆ でもライブかぁ。実感わかないんじゃー」

「もう、鵜沢さん。まだ初日。それも練習の初日なのに気が早いよ」

「でもでもー、こうやってステージに立つと意識しちゃうよ。こんなに広い席のいーっぱいの観客をさ。……ってそんなに人が来るわけないか☆」

 

照れた様子で、頭を掻く鵜沢。

 

「見にくる人はいっぱいいると思いますけど」

 

何と言っても、ガールズバンドだしな。女の子だけなんだぜ?

人は集まることだろう。良くも悪くも。

 

「フッフーーー☆ それは、これからの頑張り次第だね!」

「そうだよ、鵜沢さん。響かせようよ、私たちの音を……この会場が人でいっぱいになるくらいに」

 

「ゆりちゃんっ……!」

「鵜沢さんっ……!」

 

ゆりがキラキラした瞳で思いをぶつけると、感化された鵜沢の瞳も輝きだした。

 

「ーーううん。リィ。今更かもしれないけど、鵜沢さんのこと、リィちゃんって呼んでいいかな?」

「ゆりちゃん……そんなのもちろんなんじゃ! さっきみたいにリィって名前で呼んでよ。

 リィちゃんたち、同じ夢を持つ仲間だもん」

 

ふたりは自然に手を取り合い、向かい合う。

 

「ゆりちゃん……!」

「リィちゃん……!」

 

「ゆりちゃん……!!」

「リィちゃん……!!」

 

「ゆりっっ……!!!」

「リィっっ……!!!」

 

「ゆりっっっ……!!!!」

「リィっっっ……!!!!」

 

 

 

百合ィ!!!!

 

二十騎ぃ!!!

早く来てくれぇ!!!!

 

 

友情?を確かめ合った二人は、一層和気藹々とセッションを始めた。

 

「もう、リィちゃんったら、その音はダメだよ〜」

「ゆりちゃんこそなんじゃ〜」

 

キャッキャ♪

 

一方の俺はステージの片隅で、膝をかかえて頭に花を咲かせていた。何の花かは言わなくてもわかるよね。

そう今の俺は、キマシタワーのたもとに咲く一輪の花だ。

塔がどんどん大きくなっていくのを、ひっそりと見守る肩身の狭い植物である。

 

前に草や花に生まれたかったって思ったけど、草や花になってもいいことないね。うん。口から花粉出そう。

 

「あ、ごめんね。こがねちゃん。つい夢中になっちゃって……」

「んやー、あはは。あ、これ今の曲の譜面なんじゃ」

 

しばらくして塔の建設を終えた彼女たちは、今更ながら俺の存在に気付き申し訳なさそうな表情で謝ってきた。

 

気にしないで。立派な塔ができたね。

その塔が大好きな人たちもいっぱいいるから、増築してもいいんだよ。

でもやるなら俺の知らないところでやってね。日が当たらなくて枯れるところだったから。

 

「譜面ですか」

 

さっきまで弾いていた曲がこれのようだった。

渡された譜面によると、こうした練習の定番曲のようなのだが正直よくわからん。

キラキラ星ではない。

 

「でもやっぱゆりちゃんはうまいんじゃー。こうして音を合わせるとわかるよ。オーディション受けるだけのことはあるね」

「あれは……あの時は必死だったから」

 

この花もセッションを聴いていたよ。実際ゆりの演奏は大したものだった。

以前鵜沢リィのベースを聴かせてもらったことがあるが、明らかにそれ以上の実力を感じさせた。

 

もちろんギターとベースでは楽器が違うが、それを加味してもわかる差だ。

小さい頃から家族で嗜んでいただけのことはある。

 

とはいえそれも、比較すればの話だ。

 

「わたしからすれば、鵜沢さんのベースも上手いと思いますけど」

「んやー、リィちゃんなんて、まだまだだよー。店長からも「あなたにステージはまだ早い」ってよく言われるんじゃー」

 

「そんなことないと思う。リィちゃんの音には安定感があるよ。ベースはそれが一番重要だって、お父さんもりみによく言ってた」

「あ、そっかー。ゆりちゃんは妹さんとよく一緒にエンソーしてたんだっけ。そういうアドバイス、もっと聞かせてよ」

「うん。私の知ってる範囲でよければーー」

 

と、鵜沢とゆりがお互いに意見交換をしていると、出入り口の扉がカチャリと音を立てて開いた。

誰か来たのか?

 

「すみませーん。はいりまーす」

 

そして申し訳なさそうに入ってきた闖入者ーー誰かと思ったが、げっ、ここでこいつらかよ。

よく見ると見知った顔だった。

 

「次なんですけど、3時からは私たちがこの場所を使うことになっているので交代を……って、ひぃっ! こがね……っさん!!」

「おやおや、どなたかと思ったらSK……なんでしたっけ?」

「SKBですっ!!」

「あ、そうそう、SKBの皆さんじゃないですか。こんな場所で会うとは奇遇ですね」

 

そう。突然入ってきたのは、あのSKBメンバーだったのだ。タクトの後ろにKを除く全員が揃っていた。

俺がにっこりと友好的な微笑みを向けると、奴らは直立不動でかしこまる。

 

「ははは。こがねさん、どもっす……」

 

元リーダーであるタクトが、卑屈に頭を下げた。

 

「でもどうしたんですか? そんな大勢で楽器を担いで……。

 それに先ほどのセリフ。交代……でしたっけ? つまり出て行けと私たちに言ったんでしょうか? この私に」

「いえいえいえいえいえいえいえ。私たちの勘違いですぅ! ぜひ存分に使ってください!! 

 ほらっ、お前ら、早く出ろっ今度は殺されるぞ!!!」

 

物騒な言葉とともに、SKBの面々は脱兎のごとく去っていった。

重たい楽器を担いでいることを思えば、その引き際はいっそ芸術的であった。

 

残された俺たちーーというか鵜沢とゆりは、怒涛の流れにポカンとしていた。

だがそんなゆりを見て、俺は安心した。ポカンなら問題ないな。

そう、タクトに会ったに関わらず、唖然とはしているものの店前で見せたような反応をしていなかったためだ。

 

「ふぇ~、なんだったんじゃー、今の?」

「えーと、とりあえず続けていいのかな?」

「もちろんですよ。きっと彼ら部屋を間違えたんですね。迷惑なことです」

 

「うーん、別のバンドだったのかなー? こがねちゃんは知り合いだったみたいだけど、SKB? 聞いたことないバンドだね」

「知り合いというわけでもないですけどね。SKBーー精神的に向上心のない馬鹿どもの略だそうです。

 最近できたバンドのようですよ」

「んやー、す、すごい名前だね」

 

世の中にはスネ○ヘアーやク○ムボンなんてバンドがあるんだから、なんもおかしくないよ。

 

「それにあれはすごいカッコーだった……。ゆりちゃんは知ってた?」

「ううん。知らない。誰も見たことない人たちだった」

 

よしよし。助かったぜ。

ゆりがタクトに再会したにも関わらず、反応しなかった理由。

それは全員三白眼のスキンヘッドになっていたためだ。

 

そう。俺はアレをむしり取るついでに、全員の髪と眉毛を全てむしり取ってやったのだ。

悪いことをしたら、頭を丸める。それを実践した結果だったが、思わぬ効果があったようでビックリだ。

 

もともとビジュアル系バンドだった彼らはド派手な髪型をしていたから、それがなくなっただけでも印象はだいぶ変わる。

早い話がオフの日のデーモン閣下に、誰も気がつけなくなるのと同じことだ。

あの様子なら、ゆりたちがSKBの正体に気がつくことはないだろう。今後一切の育毛禁止だな。

 

「はっっ!? 名前といえば……そうだよ、名前っ! どうする?」

 

何かを思い出したかのように、鵜沢が声を上げた。

 

「突然どうしたんです、鵜沢さん。名前って……」

「名前?」

「リィちゃんたちの、バンドのじゃー」

 

名前って、あー、そういうことか。

そういえば頭の中ではこの集まりを勝手にグリグリって呼んでたけど、正式名称を決めてたわけじゃなかったな。

今ここにいるのは名も無き少女スリーピースだ……スリーピースかな? 一人何もできないやついるけど。

 

「名前かぁ。難しいね。私は自分でバンドを作ろうとか思ってなかったし。どこかに入ることしか頭になかったしなぁ」

 リィちゃんはどうなの?」

「んむむむむ~、考えてた案はいっぱいあるんだけど。改めて聞かれると恥ずかしいんじゃー!! こがねちゃんはどう」

「え、私ですか?」

 

爆弾ゲームみたいにお鉢が回ってきたな。

 

うーん。

理想を言えばGlitter*Greenだけど、別にその名前に固執する必要はあんまりないんだよな。

ポピパはポピパである必要はあるけど、グリグリはグリグリである必要はないのだ。

 

そもそもまだ原作メンバー全員揃ってないのに、決めていいものなのか。

二十騎ひなこと鰐部七菜が泣くぞ?

 

「何でもいいんじゃないですかね」

「えー、こがねちゃん。このバンドの発起人なのに、テキトーすぎるよ!」

 

いつ発起人になったんだ。

出資した覚えは全く……あー、でもけしかけたのは確かに俺になるのか。

 

「えっと、じゃあ、Glitter*Greenで」

「Glitter?」

「Green?」

 

鵜沢とゆりは二人して頭に?マークを浮かべた。

 

「Glitter*Green。なんか可愛くないんじゃー」

 

あの……本当なら君達がつける名前なんですけど。

 

「Greenはわかるけど、Glitterってどういう意味?」

「あー、輝くとかきらめく、とかですね」

「輝く……緑。なんで緑色なの? 緑色好きなの?」

 

知らんよ。君が好きなんじゃないの?

 

「いえ別に緑が特に好きってわけでは……私は金色が好みですし」

 

「そっかぁ、こがねちゃんは金色が好きなんだね。でもバンド名に色を入れるのはなんか良さそうだよね!

 金色ーーGoldかぁ。じゃあ今日の得難い経験からGold Expe

 

「はいダメー!! その名前絶対ダメー!!!」

 

なんつー名前出そうとするんだこの子は!

さっさと他の名前を提案せねば!

 

うーん。他に何があるかなぁ。

バンド名バンド名ーー

 

放課後ティータイム……バンドしないで食っちゃ寝ばかりになりそう。

ガールズデッドモンスター……みんな死にそうだな。

ミルキィホームズ……いやいやいやいや。中の人が出てくる!

 

しばらくみんなで頭をひねったが、なかなかいい案が浮かばなかった。

 

「じゃあさ、次に会うときまでにみんなで考えてこようよ! みんなで案を出し合って、素敵な名前にしようっ」

「リョーカイ☆ じゃあ宿題ね」

「わかりました」

 

名前、名前ね。

どうしようかな。あとで香澄とたえにメールで相談してみるか。



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第27話「楽器店にて」

「んやーっ!!!」

 

夕暮れの帰り道。鵜沢がぐぐっと背伸びをした。

 

「今日はいろいろあったけど、いっぱい練習できてよかったんじゃー。

 やっぱホンモノの環境だとやる気が出てくるっ!」

「それは何よりでしたね。私も早く練習したいナー」

 

夕日に照らされて満足げな鵜沢に対し、俺は適当な返事をした。

 

「いつの間にかこんな時間になってましたね」

 

あのあと存分に練習をしているうちに、いつの間にか太陽が沈みつつあった。

真夏の一番日が長い時期にも関わらず、夕暮れ。結構な時間だ。

バンド名は結局決まらなかったが、実に有意義であったといえよう。

 

ゆりとはつい先ほど別れたところだ。彼女は新市街地方面なので、一人だけ帰り道が違う。

本日の熱気に当てられて、別れを惜しみつつもバス停でさよならをした。

別れ際に「今日はありがとう」と手を振る姿が、やけに印象的だった。

 

「こがねちゃん、今日はありがとね」

 

そんなゆりのことを考えていたら、少しだけ先を行く鵜沢が同じようなセリフをポツリとこぼした。

 

おいおい、どうしたんだ。

普段の言動とは対照的に、やけにセンチメンタル風味じゃないか。

 

「え、何かしましたっけ?」

「ゆりちゃんのことだよ。ーーこがねちゃんがあそこまで考えててくれたなんて、思いもしなかった」

「あーあー」

 

何も考えてなかったけどね。

 

「最初こがねちゃんがビーバーズに連れて来た時、リィちゃんのこととかゆりちゃんの気持ちとか、何も考えてないのかと思ったんじゃ」

「……」

 

なんもいえねぇ。

 

「でも、違った。ゆりちゃんが立ち直れたのって、こがねちゃんのおかげだよ。

 嫌われるかもしれないのに、あえて一歩踏み込むこがねちゃんのその勇気がゆりちゃんを後押しした」

「……」

 

めちゃくちゃ心にグサグサくる。

 

「それだけの気持ちを向けてくれたことが、リィちゃん嬉しいんじゃ!!」

「……」

 

もうやめて、こがねのライフはゼロよ……

 

「でもさ今度気がついた時は、リィちゃんにも相談してよ。リィちゃんたち……その、同じバンドメンバーで、仲間、なんだからさ」

「え、ええ。今後は相談するようにします……」

 

瀕死の状態になりながらも、なんとか返事を返した。

 

それにしても、仲間、か。

 

仲間!?

 

おいおい。

ちゃくちゃくとグリグリに取り込まれてるような気がするけど、そんなことないよね?

 

「へへっ。じゃあリィちゃんは店に寄って行くから、ここでじゃあね!」

「はい。ではまた」

 

たどり着いたEDOGAWAGAKKI前で鵜沢に手を振って別れようとしたとき、ガシャンという何かが壊れるような音。続いて「やめてくださいっ!」という金切り声がした。

店内からのようだ。

 

「はっっ! 今の声……てんちょーっ!?」

 

血相を変えて店内に飛び込む鵜沢。

 

うーむ。

あまり宜しくない事件が現在進行形のようだな。

 

さすがにここで無視して帰るほど薄情ではないので、俺も中に入る。

そこには床に飛び散り壊れた楽器、怯える女店主。そしてチンピラらしき男が3人いた。

 

「へっ。やめて欲しかったら、さっさと店をたたむんだな!」

「へへ……そうしねぇとまた手がすべっちまうぜ。こんな風になっ!!」

 

床に落ちたトランペットを踏みにじるドレットヘアーの男。へらへらと笑う後ろの2人。

 

あ、ワルモノだ。

 

先ほどのセリフからして、実に分かりやすい場面だった。

今北産業の俺に、とっても優しい。

こいつからが前に鵜沢が言っていた、この店に立ち退きを迫ってくる連中なのだろう。

 

「何してるんじゃー! てんちょー大丈夫!?」

「リィちゃん……」

「あ”?」

 

惨状を見て激昂した鵜沢の叫びで、チンピラは俺たちに気づいたようだ。

 

「ちっ、客か。今取り込み中だ。うせろっ!!」

 

ドレッドヘアーの男がどすの利いた声で、怒鳴りつけてくる。空気が震える。角ばった人相の悪い顔していることもあり、なかなかの迫力だった。

しかしすぐに後ろの一人が止めに入る。

 

「いや待ってください、ザキヤマさん。コイツ、ここのバイトですよ。

 ほら、前にザキヤマさんの趣味に合いそうな子を見つけたって言ったでしょ」

「ほぅ……こいつか。なるほど、確かによく見るとなかなかじゃねぇか」

 

鵜沢リィに舐め回すような視線を向け、品定めするドレットヘアー男ーーザキヤマ。

 

「な、なに……」

 

キモさと怖さで、鵜沢の腰もだいぶ引け気味になってしまった。

 

「なぁ、店長さんよ。あんたが首を縦に振らねーと、もっと不幸なことがこの店に起きちまうぜ。

 それどころか店だけじゃねぇ。周りの奴らだってひどい目にあっちまうかもしんねーぞ。

 あんたの家族や、この店のバイトとかな」

「あなたたち……まさかリィちゃんにっ!

 この子はまだ中学生なのよっ!!」

 

キッとザキヤマを睨みつける店長だったが、怯えるリィに視線を移すと悲しげに俯いた。

 

「リィちゃん……。わかった……わ。店は引き払います。だからこれ以上はやめてください」

「てんちょーっ!」

 

店長の返答に、鵜沢が悲鳴のような声を上げた。

 

「て、てんちょー、警察に言おうよ。ここまでされれば今度はきっと動いてくれるよ」

「へっ、言ってもいいがよぉ、これが何かわかるか?

 サツにタレ込んだら俺たちは捕まるかもしれねーが、それ相応の報いを仲間がするぜ」

 

お、なんだこいつら。ツインズだったのかよ。

 

ザキヤマが見せつけるようにかざしたのは、絡み合う2匹の蛇が装飾された指輪。

ツインズのシンボリックアイテムだった。

 

「俺たち、ツインズの仲間がよぉ」

「ストリートギャング……」

 

その名前を耳に挟んだことでもあったのか、鵜沢が震えるような声をだした。

具体的な名前が出てきたことで、背後に浮かぶ闇がよりいっそう確かさを増したのだろう。

 

バッグに組織が控えているということは、警察に助けを求めてこの場をしのいだとしても、それでは済まないということだ。

ご丁寧に、相手は報復するとまで宣言している。そこで行われる報復とやらは、おそらくこの比ではないものになることは想像に難くない。

 

うーん。リィちゃん危うし!

なかなかのピンチといってもいだろう。

もちろん、俺がいなければだけど。

 

「だがどうせパクられるなら、先にいい思いでもしておくか……」

 

そう言ってザキヤマはいやらしい笑みを浮かべた。

 

「ひっ……」

 

こんな生理的嫌悪感を覚えずにはいられない舌なめずりを受けては、鵜沢が涙目になってしまうのも仕方ないことだろう。

さて、そろそろ助けに入るか。

 

「そこまでですっ!! これ以上の狼藉はゆるさ~

「ここにいたのか、ゴール……こがね」

「んって、うおっ!! めっちゃビビったぁ!!」

 

俺のセリフを遮るように割り込んできたのは、なぜか是清だった。

 

こいつ、いつ店内に入ってきたんだよ……

そしていつ俺の後ろに忍び寄ってきたんだよ……

突然失礼ってレベルじゃねーぞ。思わず反射的にスタンドで殴りそうになったわ。

 

よかったな。お前は今、俺に命を救われたんだぜ?

 

相変わらずでかい男だ。そろそろ2mいくんじゃないのか?

この主食プロテインみたいな奴が、真後ろからシャドウストーカーのごとく現れたのだ。そりゃ誰だってビビる。

背後に立ったその巨体が、俺を見下ろしていた。

 

「こ、是清さんじゃないですか。なんでこんな場所にいるんです?」

「それはもちろん、お前を探していたんだ。知らせたいことがあってな」

「え、キモ。私をですか?」

「ああ。最近はよくここにいると三輪に聞いてな。ようやく会えた」

 

そう言って汗を拭う是清。日も落ちたというのに、滝のようなこの汗。原因は暑さだけではないだろう。

 

ようやく……

ようやくって、まさか俺をずっと探していたのか。

 

もしやと思ってスマホを見ると、着信が30件以上光っていた。

ひぇっ! こわっ!!!

 

「ザキヤマさん……この男ってまさか……」

「ああ、この風貌。神崎さんから聞いていたとおりだ」

「なんでこんなところに」

 

是清の体躯におののくザキヤマたち。

 

チンピラ3人も突然現れたこいつに、驚異の目を向けた。

この反応から察するに、チンピラも是清を知っているようだ。

こいつも結構有名なんだな。あるいは有名になってきたのか。

 

「その二匹の蛇の指輪……そうか、こいつらツインズか。

 ふっ、こがね。どうやらお前もたどり着いていたようだな」

 

たどり着くってどこにだよ。

なんか勘違いしてない? 俺ここに居合わせたの全くの偶然なんだけど。

 

「ではこの先は俺が引き受けるとしよう」

 

ツインズとわかるやいなや、突如として是清は好戦的になった。

獰猛な笑みを顔に浮かべ、なぜかこちらを伺っている。

 

これはあれだよなぁ……たぶん許可的なものを求めているのだろう。

なんかそんなことされると俺が黒幕みたいじゃん。ま、いっか。

 

野獣のような是清の笑みに対し、俺は天使のような微笑みで返した。

 

「是清がなんだオラァ!」

「こっちは3人だオラァ!」

「やっちまうぞオラァ!」

 

 

「ふぇ~、すごいんじゃー……」

 

30秒も経たずに3人を黙らせた是清に、鵜沢は感嘆の息を漏らした。

 

あれ? リィさん。俺が暴れた時とちょっと反応違くない? 

俺めっちゃヒかれた気がしたんだけど。気のせいかな。

 

しかし3人を相手に一方的に立ち回るとは、やるな是清。俺みたいにチートあるわけでもないのに。

是清って俺の知ってる範囲だと、いつもヤられてたーーというか俺が伸してたから、本当に強いのか怪しかったけど、見た目通りの強さがあったんだな。疑ってゴメンネ。

 

「あの、是清さんって言うんですか? 助けていただいてありがとうざいます」

 

いつにになく殊勝な口調で鵜沢が礼をしている。

目が潤んでいて、心なしか頬も染まっているような……って。

 

「ふぁっ!?」

 

それはダメダメダメ!

 

おっそろしいな、吊り橋効果かよ。

原作キャラの色恋沙汰とか、あの邪神からどう文句がでるかわからん!

 

「ダメですよ、リィさん。是清さんには心に決めた人がいるんですから。

 是清さんはその人のためなら、どこまでだって行ってしまうんですから。

 ね、是清さん」

「ん、ああ。そうだな」

「はっっ!? そういう関係かー。分かってるよ、こがねちゃん。大丈夫☆」

 

なぜか俺に向けてウインクする鵜沢。

いや分かった。お前は何も分かってない。

 

だが何も分かっていないのは鵜沢だけじゃなかった。

 

「うぅ……分かってんのか。俺たちはツインズだぞ。コヒュー……

 こんなことしてタダで済むと思ってんのか。コヒュー……」

 

息も絶え絶えに脅し文句を口にするザキヤマ。

だが折れた歯の間から出る息が間抜けだ。

 

タダで済むねぇ?

まさかこいつはこれで済んだと思ってるんじゃないよな。

 

「そういえば是清さん。話があるって言ってましたけど、ひょっとしてツインズのことですか?」

「ぐえ」

「そうだ。それとお前に調べろと言われていた再開発計画のこともな」

 

さっき壊されたトランペットの仇!とばかりにザキヤマを踏みにじりながら問うと、応諾が返ってきた。

 

「再開発だが、予定されていたペースよりだいぶ遅れているようでな。遅れを取り戻そうとして必死のようだ。

 それで最近ではこの辺の店に、無理矢理立ち退きを迫っているらしい。ーーこいつらツインズがな」

「それは好都合でしたね。この場に居合わせることができて」

 

なぜ行政が行う再開発計画に、ツインズなんていうわんぱく不良団体が関わってくるのか。

だいたい想像はつくが、詳しい話はこいつらに聞くことにしよう。

 

「鵜沢さんーーじゃなくて、店長さんか。ちょっと奥の部屋借りてもいいですか?

 ご迷惑はおかけしませんので。この件は私……じゃなかった、是清さんが預かります。な?」

「そうだな。俺たちに任せておけ」

 

俺たちとか言うなよ……

 

「ええ、それはいいですけど……」

「ありがとうございます。……では話を聞きましょうか。いろいろとね」

 

3人の襟首をひっつかみ、俺と是清は奥の部屋へと移動した。

 

 



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第28話「ついんず」

チーム・ツインズ。

 

2匹のヘビをシンボルとしたこの街にはびこる不良集団の一つであり、その規模は最大級を誇る。

 

構成人数は10代~20代を中心としたおよそ300人ほどとのことが、だいたいこの手の人数というのは大本営発表のごとく誇張されるので、それ以下というのが是清の見立てだ。

末端や語りを含めなければ、実際のメンバーは指輪を貸与された100人ほどのようだ。

 

前世で有名だった暴走族ーー関東連合の最盛期の人数が2000〜3000人くらいだっけ。ネット小説じゃ、突然数千人の盗賊が現れたりもする。

それに比べりゃ大したことない人数にも思えるが、暴走族とかチーマーってだいたい1チーム30〜40人っていうから、やはり相当な数だと言っていいだろう。

 

対する俺たちは……と、旧迎賓館に集まった是清とゆかいな仲間達の面々を見渡す。

今後の指示を出すために、今日は全員に集合してもらったのだが、うん。両手に満たない。幼稚園児が数えられる数しかいないね。

ならば量より質と言いたいが、正直是清くん以外の質もないからなぁ。もともとアテにしてないからいいけど。

 

しかし思わず是清とゆかいな仲間達って名付けちゃったけど、このネーミングって絶望的に昭和くさい気がする。いや、この野生動物みたいな連中が悪いんだ……そうにちがいない。

 

ツインズにいわゆる幹部格は5人おり、三山、長富士、海江田、山田、一葉ーーらしいが、ま、こいつらはどうでもいいな。

重要なのはそのトップに立つ神崎という男だ。

 

「こいつがその神崎だ。……今のこいつは悪だ。目を見ればわかる」

 

そう言って是清が手渡してきたのは、1枚の写真だった。

写真を見る限りでは茶髪ロンゲのスカした男で、一見どこにでもいそうな不良であるが、その瞳には確かに邪悪な光が宿っている。

 

が……俺は正直その目よりも、是清がこの写真を入手した方法が気になる。

これ、ブロマイドみたいに写りがいいんですけど。誰が撮ったの?

 

この神崎という男は、ツインズのシンボルである蛇のように執念深いことで、その筋では有名らしい。

自分や指輪のメンバーの誰かと一度でも敵対した相手は決して許さず、チームの総力を挙げて潰す。

 

その方針を徹底しているため、ツインズと事を構えるものは非常に少ない。すると指輪のメンバーはでかい顔でのさばる事ができ、それに憧れてツインズに入りたがる希望者が増えると。そんな流れでここまで大きくなったらしい。

 

そんな相手と二度も敵対してしまった誰かさんは、大変ですなぁ。ははは。

 

だがチームが大きくなり、組織化してくると当たり前に必要になってくるものがある。そう金だ。

近年のツインズはその身に宿した贅肉を維持するために、またこれ以上の力を求めるために資金不足に悩んでいたらしい。

そこで目をつけたのが、再開発計画というわけだ。

 

再開発の裏でうごめく土建屋や地上げ屋の手先として動き、金をせしめているのだ。

 

「金のためにこの街を売るなんてヨォ」

「俺は確かに不良だがよ……筋の曲がったことはキライなんだ」

「再開発ってなんだよ。俺たちの街がなくなっちまうのか?」

「俺たちの街で勝手は許さねぇ!!」

 

ゆかいな仲間たちが何か言ってる……ああ、硬派な不良なんだっけ?

硬派だと街を自分のものにできるのか、初めて知ったわ。

 

ラップだと、DQNや不良はいつも地元や両親に感謝しているという。その延長線上かもしれない。

でも感謝してるなら、アスファルトにツバ吐かないでゴミ拾いでもすればいいのに。

 

相変わらず、わけのわからん思考回路してんな。

どんな脳内構造してるんだろ。頭かっぴらいて「あっあっ」とか言わせたらわかるかな?

 

「神崎は……神崎のアニキは、前はこんなことをする男ではなかった」

 

なんか是清まで唐突に語り出したよ。

 

「黙っていたわけではないが、この機会に話しておこう。ツインズのリーダー、神崎は俺の兄貴分だった男だ」

ピピピ

「……なん……だと」

 

「俺がガキだった頃に、面倒を見てくれたのが神崎のアニキだ。

 昔はこんな眼をした男じゃなくてな……俺にとっては頼れる兄貴分で、喧嘩をすれば負けなし。だが強いだけではなく懐に入れたものを思いやる熱さがあった」

「……」

 

「アニキはよく言っていたよ。守るにも強さがいる。だから俺はその強さを手にいれる。そのためのツインズだ、とな。

 その背中を追いかけて、中学を卒業したら俺もツインズに入ろう。そう思ってたこともある」

「……」

 

「だがいつしか、神崎のアニキーーいや、神崎は力に溺れた。ツインズという力を得て、見るもんが変わっちまった。

 下へ向いていた眼差しは上だけを睨みつけるようになり、守るための力は奪うための力になった。

 なぜ神崎がここまで堕ちたのかはわからん。だがその理由の一端がこの再開発計画にもあるというのなら、俺は奴を止めなければ

 

「あの是清さん。ちょっと黙っててもらえます? 今ちょっと友人の家にゴキブリが出てそれどころじゃないんですよ」

「……っ!」

 

スマホのメッセージで、香澄が俺に救援を求めていた。

なんということだろう。部屋にゴキブリが出たのだ。

 

もしこれで香澄が「ギターのピックってゴキブリの羽に似てる。ギターキライ」とか言いだしたら、ゴキブリはどう責任をとってくれるのだ。

俺の香澄になんてことをっ。絶対許せないね!

 

ゴキブリハンターで有名なアシダカグモを香澄の家に放つべきだろうか? アシダカ軍曹は半年もあれば、家のゴキブリを全滅させると聞く。

しかし今度は軍曹を目撃した香澄が「ギターの弦がクモの糸に見える。ギターキライ」と言い出すかもしれない。

そうしたら「アシダカグモは基本的に糸を吐かないから大丈夫だよ」と諭せばいいか。

 

よし、今夜にでも香澄の家にアシダカグモを10匹ほど解き放とう!

うんうん。そうしよう、それがいい。

 

「で、なんでしたっけ? 是清さんのアニキがゴキブリで退治しないといけないって話ですっけ?」

「いや……そうではなくてな」

 

「いや、きっとそうなんですよ。そうしましょう。

 あのね、是清さん。別にツインズのリーダーがあなたの兄弟だろうが両親だろうが恋人だろうが、どうでもいいんですよ。

 ……いや、まぁ恋人だったらめちゃくちゃビックリしますけど」

 

さすがに三輪部長が出てきたら、部長?何やってんだよぉ!部長ォ!って叫んじゃうかもしれない。

 

「大事なのは、ツインズとかいう連中が、この私の邪魔をしているという一点だけです。

 ゴキブリだかヘビだか知りませんが、頭ラリパッパな害虫がハッスルし出すと、急速に治安が悪化して街が大変なことになってしまうのです。

 そこに住む女の子たちが危ないのです。この簡単な理屈がわかりますか?」

「……」

 

分かってる?

 

「だから、ツインズは潰す。それだけなんですよ」

「そうだな。俺たちがやらなければならん。……再開発計画は俺たちが阻止する」

 

なんも分かってなさそう。

ま、いいや。アホの相手はアホに任せよう。

とすると命令は単純な方がいいかな。

 

「ここにいる全員に告げます。このツインズって奴は、街の平和を脅かすわるーい奴らです。

 ですので、今後ツインズのメンバーを発見次第、ぶっとばしてください。例外なくね」

 

俺は立ち上がり、配下に控える是清一同に命令を下した。

命令の意味が真綿に水が染み込むように理解すると、メンバーは次第に興奮していく。

特に是清は目がらんらんと輝きだした。

 

「いいのかゴールド? それはツインズ100人と敵対することになるんだぞ。

 ツインズは手を出した奴を決して許しはしない。それでもヤるのか?」

 

……なんかウボーギンみたいなこと言い出したけど、大丈夫かな。

相手はヨークシンのマフィアよりマシだけど、こっちの団員が貧弱すぎて……この蜘蛛、ゴキブリに負けそう。

しかもそれだと君、お亡くなりになりますけど。そして俺がレクイエムを奏でるのか。

 

それもまた人生だよね。

適当に返事しておこう。

 

「ふっ、俺が許す。殺せ」

 

俺さえいれば蜘蛛は存続するしな!

 

 

あぁ。頭がハッピーセットの奴らはいいなぁ。

 

是清たちが鼻息荒く出て行ったのを見送った俺は、旧迎賓館の壇上でゴロリと横になって唸っていた。

リノリウムの冷たい感触がひんやりとして気持ちいい。

 

俺もたいがい頭がお花畑だが、奴らは脳みそまでお花畑にちがいない。開かなくてもわかるよ。

 

脳筋どもは、ツインズの善良市民に対する非道を止めるためと、喜び勇んで出て行ったけど、ことはそう単純じゃないのよ。

 

地上げ屋を潰したくらいで再開発が止まるなんて奇跡があれば、なんと都合の良いことか。それは所詮、目下の危機に対する対処療法に過ぎない。

目に付くシロアリをいくら殺したところで、巣を駆除しなければ侵食がとまらないようなものだ。

この水面下には、もっと巨大ものが渦巻いている。

 

ではこの再開発計画における巣とは何か。それは端的に言えば行政である。具体的に言うなら地方公共団体、または広域連合といったところか。

つまり再開発計画を根元から断ち切るとするならば、それは行政を敵に回すに等しいということになる。全くもって厄介な話だ。

 

これが例えば儲けを企む市長の一存で決まったとか、とある県議会議員の横やりでとかそんな独裁的な経過で決まったならば、そいつらを失脚させるなりコロコロしてしまえば済む話なのだが、どうやらそんな都合のいい裏話はないようだ。

すなわち、大勢の人間が、大多数の合意で、計画を決定し施行しているごくまっとうな(その思惑はいろいろあるにしても)計画のようなのだ。

 

だとすればこれは特定個人をコロコロしたとしても、計画を止めることはできないことを意味する。

民主主義の強みだな。トップをどうにかしたところで解決しない。

本気で止めようとするなれば、市長以下部長職等、首脳部を一掃する気で取り掛からなければならないだろう。行政ジェノサイドだ。

 

……市役所ガス爆発とか? 職員旅行先でバスが崖から転落とか? 会議中、全員一酸化炭素中毒……

いやいや。それで止まる保証もないしな。一時マヒしたとしても、後任が引き継げば結局再開されるし。ためらわれるところだ。これは最後の手段。

 

また、そうした表面上の行政組織の他にも、その下には利権を求めた有象無象がいることだろう。

再開発によって生じる莫大な金目当てに、目の色変えた黒い団体が貪りついているのは想像に難くない。

原発除染の請負業務に反社会的勢力が殺到したり、東京オリンピックに関わる建設会社の一覧にヤクザのフロント企業がちらほら名を連ねているのと同じことだな。

 

今回のツインズなどは、その氷山の一角にすぎない。

だからここでツインズを壊滅させたとしても、別のチンピラにお鉢が回るだけなのである。

これはチョコボール理論を駆使しても同じ。相手のバッグにチョコボール生産工場があるようなもんである。

実行したとしても、倒しているうちに卒業を迎えてしまいそうだ。

 

「うーん」

 

やはり再開発を止めるためには、思考のパラダイムシフトが必要だな。

パワーイズジャスティスの精神でここまできた俺には、ちょっと厳しい注文だ。

何かいい手はないものかな……

 

頭リフレッシュするために、改めて再開発の対象地区をまとめてみる。

印刷してテープでつないだ粗末な地図をステージ上に広げて腕を組んで見下ろした。

 

「なんという広範囲。めまいがしそう。ちょっと整理してみるか」

 

俺はうつ伏せになり、足をパタパタさせながら検討に入った。

 

赤に塗りつぶされた部分が、買収済み・整理済みの部分。青の部分が、有権利者と取り込み中の部分か。

SPACE跡地なんて真っ赤っかだ。

 

やはり実際に工事の着手がされており、地主との調整や既存建築物の解体とか始まってるの痛いところだ。

行政というのは静止摩擦係数はやたらと大きいくせに、動摩擦係数はめっちゃ小さいからな。一度動き出した計画を止めるのは、容易いことではない。

もう、かっぱえびせん状態になっちまってる。

 

再開発の対象となっている地区は主に旧市街地だが、一部ハジの方に新市街地も入っている。

これは再開発計画の目的が、隣町の繁華街と新市街地の中心街との間に幹線道路を通すことで、一大消費エリアを形成することだからだ。

そのため、二つの街にハンバーガーされた旧市街地の多くが対象地区となっている。

この計画が達成された暁には、旧市街地は跡形もなくなり風景が様変わりすることだろう。

 

大阪万博では事前に行われた開発で、結構な地区の治安が良くなったと聞く。

正直、旧市街地とかなんの思い入れもないから、バンドリ関係の施設さえなかったら、喜んで再開発計画支持してたんだが。

 

対象となる区域で原作的な観点から問題になりそうなのは、旧市街地側では元SPACE、EDOGAWAGAKKI。

新市街地側では花女……と、あれ、ここ山吹パンって、沙綾の家かよ! 思わぬ伏兵。ここも対象じゃったか……

山吹パンなくなったら、沙綾どこ行くんだろう。県外に引っ越されたら目も当てられんぞ。

 

SPACEは、もう更地だからいいや。

EDOGAWAGAKKIがなくなっても、鵜沢が泣くくらいだからこちらも問題ない。

 

対して新市街地側で対象になるのは、花女と山吹パンか。こちらは断固阻止する必要があるだろう。

 

すると、あれ。ひょっとして旧市街地は割とどうでもよくなるな……

計画全てを潰さなくても、新市街地側の開発だけ止める、あるいは軌道修正するとかしてなんとかならないだろうか。

 

「ん? この丘って」

 

ふと目に入ったのが、旧市街地区域にある『星見の丘』と書かれた丘だ。ここも対象に入っている。

等高線を読み取る限り、大した高さの丘ではない。

 

しかしこの一見何の変哲もない丘が目に入ってきた理由はーー指でなぞった先が大社通りにつながっていたからだ。

すなわちここは、昔神社があった場所。香澄が星の鼓動を聞いた丘だ。

 

……ここはどうなんだろう。

 

この辺は昔から台地や山を切り崩して湾の埋め立てをしているみたいだから、ここが再開発されるということは、この丘は多分なくなるということだ。

 

街中にある結構な規模の丘。神社がなくなっている以上、完全に遊んでいる土地だ。

ひょっとしたらこの遊閑地をどうにかするのが、もともと計画の発端だったのかもしれない。

 

星見の丘の消滅、か。

 

もうすでに香澄が星の鼓動とやらを聞いた後なので、影響はなさそう……に思える。

でも香澄のメンタルへの影響はないだろうか。泣いちゃったりしないよね?

 

あの日以来、星の鼓動が聞こえないの、とか相談されたらどうしよう。

あの日以来、あの日がこないのって告白されるよりマシだけど、それでも問題あるかもしれない。

 

ちょっと探ってみるか。

 



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第29話「鼓動」

翌日の登校中、俺は早速香澄に聞いてみることにした。

 

「おはよっ! 香澄ちゃん! たえちゃん」

「……あ、おはよう。こがねん」

「うん、おはよ」

「ちょーっと聞きたいことがあるんだけどって、ええええええ! 香澄ちゃんどうしたの!? 顔色悪いけど!?」

「あ、うん……昨日ゴキブリが出て大変だったって話はしたよね? 実はあの後、夜中に今度はすっごく大きな蜘蛛が部屋に出てね。全然眠れなかったんだよ。うう……眠いよぉ」

 

ひぇぇぇぇええええええええ。アシダカ軍曹ぉ……っ。

全長10cmの巨大グモ。それが10匹。もはや生物テロに近い。

 

糸吐く吐かない以前の問題だったわ!

 

「えと、ゴメンね」

「なんでこがねんが謝るの? あ、それより何かな。さっき言いかけたことって?」

「あ、うん。実は……」

 

そうして俺はツインズ関連のことはすっ飛ばして、再開発により星見の丘がなくなることを話した。

 

「えーっ!! 星見の丘なくなっちゃうのーっ!?」

 

晴れ渡る空の下、香澄が悲鳴を上げた。

しかしそれは素っ頓狂な成分が多く、悲壮感はない。

 

これならいけるかな?

 

「うん。前に一緒に楽器店行くときにたえちゃんが言ってた、何か建物が建つかもって話も、たぶんこのことだったんだね。

 あの丘って、ちょうど計画の通り道にあるから、このままだと全部削られちゃうんじゃないかな」

 

丘のままでは利用効率が悪いから、俺の胸のごとくつるぺたになることだろう。

 

「そっかー。なくなっちゃうんだね、星見の丘。

 残念だなー。あそことっても星が綺麗だったのに」

 

残念レベルなら、問題ない。

香澄の中では、完全になくなる予定になったみたいだな。

グッバイ星見の丘。

 

「そんなに綺麗だったの? 星空」

 

香澄のセリフに反応して、たえが会話に参加してきた。

 

「うん! こうっキラキラって感じでねっ! 満天の星空って、ああいうのいうんだなって!!」

「キラキラーードキドキ?」

「そう! ドキドキ! 

 そうだ、おたえ、こがねんっ! 今夜、聴きに行かない?」

 

人差し指をピンとたてて、香澄が意味ありげな笑みで俺とたえを伺う。

話の流れからすれば星空のことかな。

 

「え、聴くって何を?」

「星の鼓動だよっ! もしかしたらまた聴けるかもっ!」

「いく」

「え、たえちゃん。はやっ!?」

 

星の鼓動なんて胡散臭いものにもかかわらず、たえは即答した。

 

「だって私だけ聴いてないから……仲間ハズレ」

「あー」

 

そういえば俺は、星の鼓動を聞いたことがある設定でしたね。

星の鼓動マスターだったわ。

 

今夜、今晩か。

予定はないーーというか、二人のお誘いだったら是非もない。すべては最優先事項となる。

 

最近は日が長いから、星が見えるようになるタイミングを考えると帰り時間が気になるところだが、門限とか大丈夫なのかな。香澄が提案してきたのだから問題ないのか。

いうまでもないが、俺はエターナル門限。

 

「じゃあ、今日の部活が終わったら、星見の丘にしゅっぱーつ!!」

「おー」

「おー」

 

 

「あ、そろそろ見えてきたね」

 

バスの窓から見える景色に、星見の丘が映ってきた。

 

御谷中から丘まではそれほどの距離があるわけではない。とはいえ部活終わりで7時を回ろうとしているところなので、そろそろ茜さす空という時間だ。

 

星見の丘は遠目に見る分には前方後円墳みたいな形をしていて、後ろの円墳にあたる部分が木々に覆われた森のようになっており、前方にあたる部分がなだらかな草原となっているーーそんな作りをしていた。

元は神社とのことだったので、森はいわゆる鎮守の森の跡地であり、草原の部分に社があったのだろう。

 

丘に登るための入り口は複数あるが、メインの登り口は森側に階段があるようで、バスはゆっくりとそこに向かって走っていた。

 

「あちゃー。封鎖されてちゃってるね」

「そうだね。思ったよりも厳重」

 

たどり着いた先の階段入り口は即成で作ったと思われる簡易な柵があり、丘への侵入を拒んでいた。星見の丘は侵入禁止となっているようだ。

 

たえと一緒に揺すって、ギコギコ音を立てる。

 

柵の上部には「立ち入り禁止」の看板が引っ掛けられていた。

侵入禁止となっている理由は、おそらく再開発指定されることを知った何者かが、先回りして買い付けたためだろう。登記とか見りゃいろいろ分かりそうだな。

 

昔は神社跡地だったので気軽に登ることもできたようなのだが、今は封鎖されているため誰でも入れるというわけにもいかないようだ。

通りでバス降りる人が、あんまりいなかったわけだよ。

 

するとどうやって中に入るべきか。

柵自体は背丈ほどあるので乗り越えることはできなさそうだが、簡素な作りなのでスタンドで殴れば簡単にぶち抜けそうではある。

 

オラオラしちゃう?

 

「おたえ、こがねん! こっちこっち!!」

「香澄がよんでる」

 

いつの間にか俺たちから離れていた香澄が、手招きをしていた。

しゃがみこんで柵の下部を指差している。何か見つけたのかな。

 

「エヘヘー、こっから入れそうだよ☆」

 

たえと向かった先で香澄が柵を手前に引っ張ると、すぽっと一部が抜けてしまった。

柵と柵の感覚はそれほど狭くなかったので、子供なら簡単に通り抜け出来そうである。

 

「それでは星の鼓動を聞きに、入りマース!」

「おー」

「え、ちょっ」

 

あらら。

ウキウキと行ってしまった……

 

オラオラ準備中だった俺が言うことじゃないが、入れることと入ってもいいことはイコールではない。

しかし、香澄の自由行動を咎めるなんてありえないよね。むしろこれでこそ香澄らしいというべきか。

この調子で流星堂にも将来、不法侵入してもらわないといけないしね。うんうん。

 

変なのが後から来たりしないよう柵の偽装工作をすませると、俺も急いで二人の後を追った。

 

 

 

割と長い階段を3人で登りきり、鎮守の森を抜けると鳥居が待ち構えていた。

 

「とうちゃーく☆」

 

それをくぐり抜けると、目下にはなだらかに傾斜する草原が広がっていた。それほど広い丘ではないから、ここが頂上ということになるのだろう。

周辺の地形からは頭一つ抜けているので、街を見下ろすことができた。

 

実に静かな場所だ。

さっきまで騒がしい街中にいたせいか、よりそう思える。

 

車の往来や電車の走行音が、どこか遠くに聞こえる。

日々の雑多な喧騒から離れ、一種隔離されたような錯覚を覚えた。

ここが昔、神社だったことにも納得がいく場所だな。

 

「ちょっと疲れたし、休もっか」

「階段長かった。帰りはこの草原を滑ろう」

「それはちょっと無理だと思うよ、たえちゃん」

 

まだ空は明るいので、日が沈むまでしばらく待つことにした。

足元に広がるのは芝生ではないものの、それほど背丈のない草花だ。腰をおろすのにも何の差し障りもない。誰かしら手入れしているのかもしれない。

 

「あ、いちばん星みーっけっ!」

 

香澄の指差す西の空には、キラリと金星が瞬いていた。

この時期の夏の空で真っ先に見つかる一番星といえば、だいたいコイツ。宵の明星だ。

 

「ふふっ、なんだかあの時のこと思い出すね、おたえ」

「あの時って、星見会?」

「うん!」

 

たえの返答に、香澄が嬉しそうに頷いた。

あの時って言ってるから、たぶん昔の話なのかな。

 

「星見会って、なんのこと?」

「小学生のときーーおたえが引っ越してきて、すぐのときにね、子供会で夜にみんなで星をみるイベントがあったんだよ。それが星見会。

 もちろん場所はここじゃなくて、学校の校庭でだったけど」

 

あー、よくある地域行事か。

俺も前世で参加したような気がする。地域によって結構特色あるんだよな。

 

「そう。星に詳しい先生が望遠鏡持ってきて、解説とか聞いたよ。その時もいちばん星を見つけた後に、香澄が星の鼓動を聞いたって話をしてーー」

「それがねー、ひどいんだよ。こがねん! 私が聞いたことあるんだっていっても、ウソだーって誰も信じてくれなくてねーっ!

 先生も、『戸山さん、宇宙には空気がないから音が鳴っていても聞こえませんよ』とか言っちゃってねー」

「へー。そりゃひどいね」

 

俺がその場にいたら「うるせぇ、俺の宇宙じゃ音がでんだよ」ってライトセーバー振り回してやったのに。

 

当時のことがよほどショックだったのか、プンスカ憤慨する香澄だったが、先生のくだりだけ、下手なモノマネをしているのがちょっと面白かった。

 

「その後、みんなで聴こえるか耳を澄ませてみたんだけど、誰も聴こえた人がいなくてね。しばらくウソつき呼ばわりされちゃったんだよね」

 

たはは、と力なく香澄は頭をかいた。

 

「でも、おたえだけが信じてくれてね! あれは嬉しかったなぁ……あれから私たち、仲良くなったんだもんね!」

「うん。星見会の時は私も聞こえなかったけど、そういうのはあるって思う」

 

たえがそう言って空を見上げると、黄昏はいつのまにか夜空になっていて、無数の星が瞬いていた。

 

「香澄ちゃん、今日は聞こえそう?」

「うーん、どうかなぁ」

 

香澄は悩み声をあげながら、空を見上げるように「あーっ」と仰向けにゴロリと寝転んだ。

俺とたえも一瞬顔を見合わせたが、続いて横たわる。俺を挟んで3人で草原に川の字になった。

 

「綺麗な星空だね。ここら辺じゃ滅多に見られない光景かな」

「うん、綺麗……でもーー」

 

星の鼓動は聴こえないかなーー

 

掠れるような小さなつぶやきで、そう続いた気がした。

 

反対にいるたえも押し黙ったままだから、たぶんたえにも星の鼓動とやらは聞こえていないだろう。

俺は言うまでもない。マスター失格である。

 

ってか、いくらここが周辺で一番星がよく見えるから星見の丘とか呼ばれてても、所詮街中にある1スポットだからな。

星空の綺麗さにも限界があるというものだ。せいぜい見える範囲は3等級くらいまでといったところか。田舎で見るような星空とは比べものにならない。

 

だから子供の頃に見たならともかく、分別のついてきた今見たとしても大した感動はなくなってしまうのだろう。

 

星の鼓動か。

 

実際に、小さい頃の香澄が聞いたとされる星の鼓動がなんだったのかというのは、作中でも明らかにされていなかった。

 

それは理屈っぽく言えば共感覚からくる音視だったのかもしれないし、悪く言えば子供特有の幻聴だったのかもしれない。

 

だがそれよりも満天の星空という、初めて感じた世界の煌びやかさが、もたらしたドキドキと興奮。

心の内側から溢れ出る内発的なトキメキが、その正体だったのではないだろうか。

だからこそ、初めてランダムスターを手にした時や、ガールズバンドを目にした時に、香澄は再び星の鼓動を感じるのだ。

 

星の鼓動は、必ずしも星を見て感じるものではないし、聴こうと思って聞けるものではない。

 

なのでここで星の鼓動が聞こえなかったことは、さほど大したことではない。

 

「……」

「……」

「……」

 

とはいうものの、このままお開きというのも片手落ち感があるか。

 

たえはセンチメンタルになってるようだし、香澄に至ってはここに連れてきてしまったのが逆効果だったのか、この丘がなくなることに改めてちょっと落ち込んでいるようにも見える。

 

なんとか取り成すことはできないものか。

例えば気を紛らわせることができるような、何かがないかな。

といってもここは草原。周囲にあるのは草木や森くらいだし……あ、そうだ。

 

「……聞こえたかも、星の鼓動」

「え、こがねん本当? ……うーん、聞こえないよぉ」

「よく分からない」

 

俺の発言に、香澄とたえが目を丸くしている。

しかし、それではダメだ。比喩ではなく目を丸くして星を見ているようでは、俺の言う「星の鼓動」は聞こえない。

 

「ふふっ。鼓動は確かに鳴っているけど、香澄ちゃんたちが聞いていないだけ」

「ええええぇ。どうして聞こえないんだろう」

「香澄ちゃん、たえちゃん。ちょっと目を閉じてみてよ」

「え、でもそれじゃあ星が見えないよ」

 

幼い頃の香澄は、満天の星空を観て星の鼓動を知った。

 

「いいんだよ。星の王子さまも言っていたでしょ。ーー本当に大切なものは、目に見えないって。

 目を閉じて、耳を澄ませてみて」

 

だけどーー

 

「なにこれーーすごい虫の音」

「ほんとだ。全然気がつかなかった」

 

星空に集中していた2人は気がつかなかったが、俺たちは虫の音に囲まれていた。

夜の帳が下りたばかりの草原。涼しげな風が足元の草花を揺らし、それに乗って様々な種類の鳴き声が響き渡っていた。

 

「まるで合奏みたい……」

 

二人に聞かせるように、虫たちのオーケストラは一層響きをましていく。

俺は心の中で指揮棒を振るう。指揮に従って、ゴールドエクスペリエンスさんはせっせと地面を叩く。

その度に新たな鼓動がまた一つ。

 

「香澄ちゃん、胸に手を当ててみて。鼓動を感じない?」

 

今の香澄なら感じているはずだ。

 

「感じる……っ! 感じるよこがねん! このドキドキ。あの日とはちょっと違うけどーーでも確かにドキドキしてる」

 

よしよし。

未来の香澄がランダムスターを見て、グリグリのライブを聴いてドキドキしたように。

この丘での合奏会は、香澄の心を揺らすことができたようだ。

 

「星の鼓動は多分一つじゃなくて、いつも香澄ちゃんの中にあるんだよ。だから落ち込まないで、香澄ちゃん」

「うん。大丈夫だよこがねん。だって今、こんなにドキドキしてるから!」

 

それに俺は知っている。将来、香澄自身が他の人にとっての星の鼓動になることを。

だから香澄にはいつも笑顔で前を向いていて欲しいと思う。これは俺の切なる願いだ。

 

香澄はすっかり調子を取り戻したようで、たえと一緒に目を輝かせている。

星空の下で、緩やかな時間が流れる。

 

あー、よかった。

 

なんか久々にゆっくりしている気がするな。

ここんとこずっと慌ただしかったし、初めてゴールドエクスペリエンスを平和な用途で使った気がする。

基本的に俺って、シンバル叩くか人を叩くかしかしてないだもん。

 

天の川が見える。

俺たちの目の前に広がるのは、雲一つない綺麗な星空だ。

満天とは言い難いものの、星の数とはよく言ったもので、数えるのもバカらしくなるくらいの星の海がある。

 

あれは北斗七星か。死兆星はねーよな?

 

さっきの金星もそうだけど、考えて見ると、こうして全然違う世界に転生させられたのに、星や星座が同じなのって、なんかおかしな感じだよな。

星座って、実際の星々はお互いに何億光年も離れたてんでバラバラな場所にあるものが、たまたま地球からは繋がって見えてるだけだからな。

 

逆に言えば北斗七星が柄杓型に見えるのは、広い宇宙の中でも地球の位置からしかありえないので、転生前後で同じ星座が見えるのはちょっと面白い。

 

あっちにあるのは夏の大三角だな。

あれが、デネブ、アルタイル、ベガ。今や誰もが知っているアニソンのおかげで名前がスラスラ出てきた。

 

「ふふっ」

「? こがねん、急に笑ってどうしたの?」

「あ、いえ。ちょっと歌を思い出して」

「どんな歌なの? 私の知っている歌かな?」

 

君の知らない物語です。はい。

本当に知らない物語だから、どう言ったものか。ここで歌うのって盗作だよな。それ以前に歌詞がやばいか。

えーと、あ、そうだ。

 

「きらきら星だよ。この星空にぴったりだなって。~♪」

 

そういって俺は誤魔化すため、きらきら星を一番だけ口ずさむと、なぜか香澄がケラケラと笑いだした。

 

「……下手だったかな?」

「あはは、ごめんごめん。違うよ、とっても上手だったよ。ただ、こがねんが急に歌い出すからおかしくなっちゃって」

 

ライブジャックして歌い出す君に言われたかないよ……

あのシーンは見ているこっちの方が、羞恥心で悶え死にそうになったし。

 

「あれ、こがねん照れてるの?」

「ホントだ。珍しい」

「う、うるさいです」

 

「でも、なんかそういうのもいいねっ! じゃあ、みんなで星に届けよっか!」

「私も歌う」

「えっ! 歌うの? あ、はい。わかりました…」

 

そして俺たちはちょっとの間、歌を歌った。

星空に向けて、虫の音に乗せて歌声が響き渡る。

みんなの歌が、星に届くようにと。

 

 

結局この日は、やっぱり星の鼓動を聞けなかったけど、誰もが満足して家に帰った。

 

改めて振り返るとかなり恥ずかしいことした気もするが、香澄とたえが笑顔になってくれたので良かったことにしよう。俺もいい思い出になった。

 

星見の丘は極論から考えれば、無くなっても問題のない場所だ。再開発から守る必要性は薄い。

ここがなくなってもポピパは作れるし、ときエクも歌えるだろう。星の鼓動も聞こえる。

しかし今日のやりとりを通じて、ここがなくなるというのは俺にとってもなかなか許容できない思いが出るようになった。

 

なので星見の丘をどうするべきかってのは、もはやいうまでもないね。

 

となると、新市街地だけでなく旧市街地も、迫り来る再開発の脅威から守らないといけなくなるのか。

やはり小手先の対策だけじゃなく、再開発そのものをなんとかしなければならない。

 

どうしようかな……汚い大人たちを止めるには、やはり金か?

 

助けてこころえもん! お金の力でなんとかして!?



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第30話「学校テロリスト」

「今度はマサキとリョータがやられましたよ。今週に入ってこれで4人っす」

 

ツインズの本拠地ーー廃工場の奥で幹部の1人が神崎にそう報告する。

 

「……そうか」

「いいんすか? 神崎さん! なめられてんすっよ、ツインズがっ!!」

 

幹部がそうまくし立てると、そうだそうだと周囲にいた取り巻きが迎合の声を上げた。

神崎はしばらく黙った後、口を開く。

 

「……やったのは是清か」

「そうです。御谷中の奴っすよ。例によって俺たちが仕事をしてるときに襲い掛かってきやがるんです。街を守るだのわけのわからんことを言って」

「……」

 

神崎は目をつぶって黙考する。

 

もう一人の幹部はこの神崎の様子を不思議に思っていた。

神崎は容赦のない男だ。普段ならば最初の被害報告で、真っ先に報復を考えていてもおかしくない。

だが相手が是清とわかると神崎の反応は鈍く、これまで沈黙を保ってきた。

 

だが先日から続く是清たちによるツインズへの襲撃は、これで7件である。

ツインズのメンバーが多いとはいえ、いつも全員がまとまっているわけではない。

特に仕事については手分けして行っているため、どうしても1グループあたりの人数は手薄になる。

 

是清たちはそこを狙って、襲撃をしてくるのだった。

そのためここ最近は仕事の効率も落ちてしまっている。このままでは山内組に任されたノルマの達成も危うい。

 

それにやられっぱなしでは、面目が立たない。

特にツインズは、その過剰なまでの報復でここまで大きくなってきた組織だ。

生半可な対応では、全員納得しないだろう。

 

「……頃合いか。是清たちをヤるぞ」

「おおっ」

 

ようやく重い腰を上げた神崎に、周囲は歓喜の声を上げた。

 

「呼び出しますか? 使いならすぐに出せますよ。でも素直に来ますかね?」

 

是清は強い。生半可な勢力でこちらから襲い掛かっても太刀打ちできないだろう。

なので呼び出すというのは自然な発想だった。

しかし相手が素直にそれに応じるかというのも、微妙なところだった。

 

「いや、そんな生ぬるい方法は取らねェ」

 

なので神崎はそれを否定する。

やるとなれば徹底的に覚悟を決めるのが、神崎という男だった。

 

「是清ォ。守るってことがどんなに大変なことなのか、教えてやるぜ」

 

 

プロロロロロ……

 

その日、よく晴れた月曜日。お昼を食べた後の気だるい午後の授業。

俺はその日の天気と同様、非常に晴れやかに国語の授業を受けていた。

 

気分がいい理由は明白だ。目下最大の懸念事項につき、解決のめどが立ったためである。

 

最大の懸念事項。いうまでもなく再開発計画のことである。

そう、あの再開発がなんとかなりそうなのである。

 

助けてこころえもん!……をしたわけではない。

 

星見の丘で考えたように、この方法も検討はした。

こころえもんとは、もちろん原作の大人気キャラ、弦巻こころに助けを求めることだね。

 

彼女の家はお金持ちの設定で、作中ではその資本力を生かし、それこそドラえもんのような傍若無人ぶりを発揮していた。

なのでこの世界でもそのお金を使って、なんとか再開発をストップできないかってわけ。

 

そう思ってぐるぐる先生で「弦巻」と検索したら、衝撃の単語が出てきたわ。

 

三井、住友、弦巻財閥。

 

弦巻財閥!!

 

あ、これ触れちゃいけないやつだ!

 

そっ閉じ余裕でしたね。

三菱どこいったんだよ。弦巻に乗っ取られてんじゃねーか。

 

俺の記憶によると彼女は公式で、裕福な家庭の一人娘と紹介されていたはずだ。裕福とは財閥のことなのか。ためになったわ。

アプリのシナリオ見てても思ってたんだけど、これを単なる裕福な家庭呼ばわりは無理ない?

 

財閥ですよ。財閥。

 

利用するしない以前の問題だったね。財閥とか前世でも真っ黒な組織だったのに、この世界の財閥とかすごく黒い波動を感じるよ。こがね注意報が必死でアラート鳴らしてるわ。

 

再開発をストップするために力を貸してくれるどころか、主体となって動かしていてもおかしくない側になってる。

というわけで、弦巻こころ利用計画を諦めた俺は、別の方法をとることを余儀なくされた。

 

それからだいぶ頭を悩ませたが、つい先日ようやくこれならという方法を思いついたのである。

ただしこの方法、そこそこ時間がかかりそうなので、今はちょっとした見守りタイムというわけだ。

 

昼下がりの、のどかな時間が流れる。

 

プロロロロロ……プロロロロロ……

 

「……はい。ここで主人公の李徴は旧友と再会し、自らの姿を恥じて茂みに隠れてしまうわけですが……」

 

授業では「さんげつき」の解説を行っていた。

さんげつきーーたしか、「さんざんな俺にも月曜がきた」というタイトルの昭和時代のラノベだと、とある活動記録で見た気がする。

 

内容は、役人にも詩人にもなれなくてさんざんな主人公が、宿に泊まった次の日が月曜であることに発狂してトラになってしまうという話だったはずだ。トラ転生だね、うん。

 

主人公は、臆病な自尊心と尊大な羞恥心とやらが肥大化し、トラとなってしまったようだ。哀れなやつ。

 

賢しらで偉ぶり、他人を見下すゲスい精神。力を振りかざし自らをトラと名乗る転生者……いったい誰のことを指しているんだ!?

う、頭がっ!?

 

いや、俺が見下しているのはクズだからセーフのはず……セーフだよね?

 

ブロロロロロロロロッ!

 

ちなみにゴールドエクスペリエンスでも、俺の体をトラにすることはできない。他人の体も同様である。

ゴールドエクスペリエンスは殴ったものを動植物に変化させることができるが、対象は無機物に限る。

生命ある存在を殴っても、感覚暴走を引き起こせるだけだ。

 

一応、俺の体は例外で、一部分を別の生き物に変えることはできる。それでも全身をトラにすることはできない。

あくまで一部分だけだ。原作でジョルノがやっていたように、歯をクラゲに変えたりだとかな。

 

なので「牙の鋭い方が勝つ!」とか言いながら獣化したり、人類の到達点を名乗りながらゴキブリ退治したりまではできない。残念。

いやでもゴールドエクスペリエンスの成長性はAだし、ひょっとするとこれからワンチャン……

夢がひろがりんぐって奴だね。

 

しかしこんなくだらん妄想ができるのも、ゴールドエクスペリエンス様様だからな。

やはり再開発解決のめどが立ったのが大きい。心のストレス値が違うわ。

 

今の俺はRPGの聖女キャラより心が広い状態だ。なんでも許せそう。

世界を恐怖のどん底に落とした魔王だって、懺悔すれば独断で許しちゃうよ。

 

ブロロロロロロロロッブロロロロロロロロッブロロロロロロロロッ!!!!

 

ちっうっせーな!! さっきから、なんなんだよ!!

反省してまーすとかいっても許さねーぞ!!!

 

こりゃバイクのエンジン音である。

それもマフラーを外したあのうっさいやつ。

魔王は許してもバイクは許さん! なぜバイクの爆音はこんなにも人を苛立たせるのか。特にスズキ。

 

最初は遠くに聞こえて、昼間っからまた珍走団どもが騒音ふりまいてやがるな。今度一発締めるかとか思っていたのだが、何やらちょっと様子が変である。

音がだんだん大きくなる。つまり、こちらに近づいて来ているようなのだ。

 

それに音の重なり方から考えて、1台や2台ではない。おそらくだが10台以上はありそうである。

 

「え、なになに?」

「なんか近づいて来てない?」

「なんなの?」

 

流石にクラスのみんなも気がついたようで、しきりに疑問符を飛ばし合っている。

その中には香澄とたえの姿もあり、二人も首を傾げている。

クラス中騒然としだしたので授業にならない。先生も対処に困りオロオロしだした。

 

「あ! 見ろよ! 校庭っ!!」

 

クラスに一人はいるお調子者の武田が、興奮した様子で開いた窓から校庭を指差した。

 

音が近付いていたというのは正しかったようだ。

奴らの目的地はこの学校。

バイクの集団は開いた校門から校庭にバイクに乗ったまま侵入し、その場でグルグルとまわりだした。

 

全部で12台。生半可な数ではない。

 

これはひょっとして……学校テロリスト!?

 

学校テロリストとは中学生の男子ならば、半数以上がしたことがあると言われる妄想イベントである。

 

それは、なぜか平凡な中学校を、なぜか国際的テロリストたちが襲ってクラスの生徒を人質にとり、なぜか自分が抜群の運動神経を発揮し、なぜか銃で武装したテロリストを撃退し、なぜか気になるあの子にモテモテになってしまうという、なぜなぜ尽くしの妄想である。

 

それがまさか現実になってしまったというのか。

この世界ならありえ……ないわ。あいつら持ってるの鉄パイプだし。こんなレベルの低いテロリストは妄想でも登場せんわ。

 

あー、ひょっとしてお礼参りとかかな?

 

隣のクラスもその隣も、校庭側に窓を有する教室ではみんなが窓際にへばりつき、なんだなんだと身を乗り出している。

 

それにしてもすごい音だ。

 

マフラーを外し違法改造された単車12台の出す爆音は、凄まじい。

生理的嫌悪感を引き立てるその音は不安感をあおり、中には泣き出しそうになった生徒も出て来た。

 

しかしどこの不良かしれんが、真昼間から中学校にバイクで来たぜってか。なんの用だよ。

二人乗りした後部座席の中には手にした得物を振り回している姿もある。やっぱお礼参り?

 

しかし今は夏。暑さに当てられて不良の頭がよくおかしくなる時期ではあるがーーまぁ、あいつらいつもおかしいけど、お礼参りの時期からはだいぶ外れている。

 

じゃあ、別の目的か。

 

あ、ひょっとして。

 

「おらぁ!! 是清ぉ!! 出てこいいいいぃぃ!!! 是清ぉぉぉぉ!!!」

 

「あちゃーっ」

 

思わず変な声を出してしまった。

 

そうきたか。

そうきましたか。

こいつらアレだよ、ツインズ。

よく見ると単車に描かれている絵柄は蛇が多い。

 

そういや是清たち止めるの、すっかり忘れてたわ。

 

たぶん俺が是清たちに命じたツインズへの敵対行動に、業を煮やして報復としてきたんだろうな。

再開発計画はストップするんだから、ほっときゃツインズの蛮行も自然鎮火したってのに、めんどくさいことになったな。

 

しかし敵の守るべき場所に乗り込んで恫喝。急所への一撃か、ヤクザの手口に近い。

俺ならそうするって一手でもある。ツインズのトップの思考って俺に似てるのかもな。

 

「是清ぉぉ!! 出てこないとどうなる分かってんだろうなぁ!!」

「出てこねぇなら、他のやつブン殴るぞオラァ!!」

 

二人乗りした連中は手にした釘バットや鉄パイプを、ブンブンと振り回した。

あれで殴られたらとっても痛そうです(こがね感

 

「え、あの人たちなんなの……?」

「是清って、うちの学校の番長だよね?」

「やだ……どうなっちゃうんだろう」

 

高みの見物である俺とは違って、他の生徒は心配そうな顔してる。

それは是清が心配というよりも、もし是清が出てこなかった時どうなるんだろうという、自分たちの心配が大きいのだろう。

 

たぶん俺にゴールドエクスペリエンスの力がなかったら、同じこと思ってたと思う。

ここにいるのは本物の厨二……中一だらけとはいえ、妄想の中では学校テロリストに対して機転を利かせて立ち向かうことができても、実際の脅威を前にすれば、ウサギみたいに震えるしかない。

 

しかしこのケース、想定済みだ。

 

だから面倒くさいって感想はあっても、恐れは全くない。

なんせ香澄とたえがいる学校である。こんな事態を想定しない方がおかしい。

 

本物のテロリストがやってきても対処できるようにしてるもん。だから俺が暇な時に、学校テロリストの妄想してたとしても全然おかしくない。いいね?

 

特殊部隊が来ても秘密に掘った地下道があるし、ミサイルが落ちてきても中庭に作った温室に避難すればいい。

バイオハザードがパンデミックでゾンビパニックになっても、屋上に作った菜園があるから、がっこうぐらしできるようにもしてある。備えは万全だ。

だから不良の突撃ごとき、余裕で見守ることができる。

 

そして是清は出てきた。

まぁ、番長だから当然ではある。ここで恐れて頭が引っ込んでいたら、番長って何なの? 亀なの? って話になるからな。正義の不良とやらの悲しい宿命だよ。

 

しかし一人で出てくるとは大したもんだ。

普通はバイクに乗った不良十数人を前にすれば、多少なりとも足がすくむもんだよ。

 

深夜歩いている時、横の道を大量のバイクが通過したり、高速で車の運転してる時にバイクに囲まれると、多少なりとも不安になった覚えがあるだろ?

バイクの出す威圧的な音というのは、それだけ心にくる。

 

でも、何一つ臆するところのない堂々とした佇まい。

やっぱスペックはあるんだよな。

それにしても一人って……取り巻きはどうしたよ。トイレか?

誰も出てこないやんけ。ま、俺も出るつもりないが。

 

集団から代表格とみられる男が是清の前に立ちはだかり、メンチを切った。

残りのメンバーが、是清の周りをバイクでぐるぐると周りだす。

そのまま両方バターになんないかな。あれ。あれって発禁になったんだっけ?

 

「こがねん……是清さん大丈夫かな?」

 

一緒に校庭を見つめる香澄とたえは、純粋に是清を心配しているようだった。

大丈夫だよ。こんな筋肉ダルマが肉団子になっても、物語に影響ないから。

 

とはいえ本当にこの後殴り合うなりするなら、この人数は流石の是清でもキツイだろうな。相手は得物も担いでいる。いいとこ半分倒したあたりでKOされるのではないだろうか。本当にこのままやり合うのだとしたらだけど。

 

「大丈夫だよ。あれはたぶん是清さんの友達が、是清さんに会いに来ただけだから」

「えっ! そうなの!?」

「そうだよ。ほら、たぶん、こんな会話してる」

 

代表格「見てよ是清くん。新しいバイク買ったんだ。すごいでしょ」

是清 「へぇ。ほんとだ。バイクがいっぱいですごいや」

代表格「そういう是清くんもいい学ラン着てるね。ちょっと見せてよ?」

是清 「おいおい、そんなにカラーを引っ張らないでよ。あとバイクで学校に来るのやめてね」

 

「はへー。そうなんだ。こがねんよくわかるね! てっきり喧嘩でも始まっちゃうのかと思ったよ」

「……なんかそんなに友好的な空気じゃなさそうだけど、ホント?」

「そんなことないよ、たえちゃん。是清さんの顔みて! 笑ってる!! みんな仲良し!

 あ、ほら。是清さんの説得でみんな帰って行くよ」

 

是清と対話し、しばらくにらみつけていた代表格だったが、つばを吐き捨てると爆音をあとに残して去っていった。

是清は何を握りしめているようだ。おそらく何か手渡されたな。

 

案の定、ここで喧嘩というかリンチが始まることはなかった。当たり前だな。

教師か誰かが通報したのだろう。遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。

いくらこの世界の警察が不良漫画よろしく無能であったとしても、さすがに公立中学の校庭で全校生徒を観客にして暴行が始まったら、動かないわけがない。

 

だから本日ツインズの奴らが来たのは、脅すためだ。いつでも学校を襲えるんだぞという。

さらに言えばその脅しが全てではなく、制裁的なものは今夜にでも始まるのだろう。是清が握らされたのはその招待状というわけだな。

番長の守るべき学校を人質に取られたとあっては、是清もこれに応じざるをえない。

 

しかしそれならば好都合。

どっちにせよ再開発は抜きにしても、ツインズは潰そうとは思ってたのだ。

面倒くさいことになったと思ったが、これを転じて福となすような柔軟さが求められる。

 

「香澄ちゃん! たえちゃん! ちょっと持病のシャクが疼くので、今日は帰ります!」

「あ、こがねん!? ……いっちゃった」

 

さぁて、今夜はきっとやることだらけだ。

いろいろ準備もしなくては!

 

 

学校の裏門。

鉄門扉に腕を組んで寄りかかり、目を閉じて待っていると外へ向かう誰かの足音が聞こえた。

この重量級。目を開かなくてもわかる。是清だ。

 

「行くのか……?」

 

俺はニヒルに問いかける。

是清は一瞬、変なものを食ったみたいに顔を歪ませると、俺の頭をペンペンと紙で叩いた。

 

「あっ、何するんですか! 髪が乱れる!」

「何を馬鹿なことをいっている。ほら、これを見ろ」

 

花飾りの位置を正しながら紙片を受け取る。

さっき是清が代表格から手渡されたやつだな。汚い字でどこかの住所が記載されている。

 

「3丁目廃工場……ツインズのたまり場の一つですね」

「ほう、よく知っているな。そうだ。奴らのたまり場は幾つかあるが、その中でも最大の場所だ。本拠地といってもいいだろう」

 

そらまぁこの街の不良事情というのは、香澄とたえの安全保障に直結する重要事項だ。

俺も普段ただ食っちゃ寝しているわけではない。日々駆けずり回って色々調べている。

マリア様の代わりに、ゴールドエクスペリエンスさんが見てるからね。その必死さは他の追随を許さないよ。

 

3丁目廃工場は、旧市街地の一角にある工場跡地だ。

もともと金属加工を主体とする町工場であり、割と経営はうまくいっていたらしい。

が、設備更新と業務拡大のため隣の敷地を買収して新しい工場を建てるぞ! という段階で親会社が不法行為で倒産してしまった。

 

そのあおりを受けて、新工場建設計画は頓挫。本工場側も新工場のために借金のかたに入れていたため、あえなく没収されてしまった。

銀行も抵当を実行したはいいものの買い手がなく、その後不況に突入してしまい塩付け案件となってしまった。だから建築資材等が雨ざらしになって、そのまま。

 

結果残ったのが、人目につかない町外れの広いスクエアスペース。

今ではツインズという不良チームの、恰好のたまり場になってしまっている。

 

「そうだ。今夜あそこに全員でこいとのことだ」

「全員ねぇ……相手の戦力はどれくらいになると思います?」

「奴らの手口は見せしめも兼ねている。あいつらに逆らったらどうなるか、というな。

 おそらく待ち構えているのは、ほぼ全員だろう」

「ツインズの全員……100人くらいですか」

 

対してこちらの手駒は、是清と愉快な仲間たち8人。宮田中に赤紙出して30人。SKBとKで9人。最大で47人といったところか。全員くるかしんねーし。

敵が多いと戦うのって大変だよっていうランチェスターの法則を持ち出すまでもなく、惨敗必死だな。数の上ではだけど。

だが、見せしめをしたいというのは、こちらも同じことだ。

 

「面白くなってきましたね」

「だろう?」

 

これだけの規模の抗争は、過去なかったしな。

楽しい観戦が期待できそうだ。

 

「そういえばあなたの愉快な仲間たちはどうしたんですか? さっきも姿が見えませんでしたけど」

「ああ、あいつらは道具を取りに行かせてる。あとで合流する予定だ」

 

見越して使いを出していたのか。用意がいいな。

 

しかしよかった。あいつらは足手まといだからおいてきたとか言われたらどうしようかと思ったよ。

ま、あいつらの強さなんてチャオズみたいなもんだけど。

賑やかしが必要だ。見せしめはツインズだけの専売特許ではない。

 

「では私も他の連中に招集かけたり、色々準備がありますので、とりあえずこれで失礼しますね。

 皆さんの合流場所は、後で指定します。

 ああ、私自身は別口から参加しますので、先に合流できたら是清さんたちは始めちゃっててください」

 

そう言い残し、俺はその場を後にした。

 



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第31話「燃えよツインズ」

時刻は8時半を回った。

約束の時間まで後少し。

 

日はすでに落ち、代わりに点灯した街灯が公園内を寂しげに照らしている。

その袂に是清たち9人がいた。こがねが是清と愉快な仲間たちと呼称する9人だ。

それぞれが思い思いの獲物を手にしている。是清の手には何もない。彼にとっては己の肉体こそが最大の武器だからだ。

 

この場所は、ツインズの待ち構える廃工場まで15分ほどの地点だ。

こがねの指示に従い、是清たちは共闘する仲間ーー仲間と呼んでいいかは微妙だがーーと落ち合うことになっていた。

 

「まさかお前と肩を並べることになるとはな」

「ふん。これはこっちのセリフだ」

 

公園の出入り口、暗闇から顔をのぞかせた穴澤からの揶揄に是清は答える。

穴澤の後ろには、宮田中の不良集団30名が控えていた。

 

「あの金髪ーー木村といったか。そいつ以外の全員が来るとは、不良にあるまじき出席率だな」

「あの女から呼び出されて、こねぇ奴がいるかよ」

 

穴澤は忌々しげに吐き捨てるが、その後ろに隠れた恐怖を是清は見逃さなかった。

実際に集まった人数は大したものだった。この場にいる不良連中は総勢40人。ちょっとした集会場ならそのまま占拠できそうなほどの人数だ。

 

しかしこの後に控えているツインズたちの人員ーーおそらく100人以上を考えれば、穴澤が心もとなく感じても仕方ない。

 

「では行くとするか。時間にそう余裕があるわけもない」

「ちょっとまて。本当にこの人数で行くのか?……というよりあの女はどうした?」

 

是清が後に続くよう手を挙げると、穴澤がそれを押しとどめた。

 

「知らん。ゴールドは先に始めろと言っていた……が、あいつについては考えても仕方がないことだ。俺たちは言われた通りにすればいい」

「勝てるわけがない。ツインズのことは俺たちだって知ってる。あの女に言われて調べたからな。

 100人はくだらねぇんだぞ。こんな人数でやりあえるわけがねぇんだ!!」

「本当にそう思っているのか? 穴澤」

 

勝てるわけがない。そんなセリフが穴澤自身が白々しく思っているのを、是清は見抜いていた。

それが心底から出てきた応えなのかどうかは、こがねと実際に対峙したお前が一番よくわかっているはずだと。

 

「……っ」

 

穴澤は答えに窮す。

 

「本当にそう思っているのなら、お前はそもそもここに来ていないはずだ。

 だが、それもどうだっていいことだろう。

 おそらくゴールドは、それでも構わんと思っている節があったからな。

 誰一人来なくても構わないと。もちろん俺を含めてな。しかしそれでも奴はーー」

 

勝つ。

 

「……分かってんのか、是清。あの女は異常だ」

「……」

 

「あの女はな。あれから折をみては宮田中にきて、俺たちを用もなく殴っていくんだ。あの精神を抉ってくるような拳でなっ!

 ……いや、用はあるのか。『人はすぐ忘れる生き物ですからね。ときどきメンテしないと♪』そう言っていたな。

 くそっ!! なんなんだ! あいつはっ!! あの目は人を見る目じゃねぇ。モノや動物を見る目だ!

 あいつは俺たちを人だと思ってないんじゃないのか!?」

 

穴澤が叩きつけた拳が、街灯をグワンと揺らした。

 

「教えてくれ、是清。あいつは何を考え、何をしようとしている!! お前は気にならないのか!?」

「さぁな」

 

穴澤の必死の懇願に対し、是清はそっけなく答える。

 

「俺とお前は、ゴールドを通して見るモノが違うのだろう。同じコインを見ても、裏と表で絵柄がまるっきり違うようにな。

 ただひとつ確かなことは、俺もお前もゴールドに負けたということだ。

 負けた以上は勝ったものに従わなくてはならない。それが俺たちの世界のルールだろう。違うか?」

「……」

 

「ゴールドが何を成すのかは、お前の目で確かめるんだな。……では行くぞ」

 

是清が廃工場へと足を向け、今度こそ穴澤は後に続いた。

 

 

馬鹿と煙は高いところが好きというが、俺も高いところが好きだ。

といっても俺が馬鹿なわけではなく、俺は馬鹿を見下ろすのが好きなのだ。

 

俺は今、ツインズの本拠地である廃工場に潜入していた。

 

工場跡地は大門を越えた後、旧工場と新工場にエリア分けされているが、そのうち新工場側は建設されることなく予定地で終わってしまったため、ほぼ空き地になっている。こちらがツインズの格好の溜まり場というわけだ。

今も敷地内には何十台ものバイクが集まり、けたたましい音を響かせている。耳が痛いね。

 

さて、俺がどこにいるのかというと、新工場の隅っこに積み重なった廃材の山の上だ。

この場所には、新工場を建築するための建築資材が回収もされず、野ざらしになりながらも幾つもの山を作っている。

 

その小高い山のひとつに、俺は腰掛けていた。

ここは敷地内の光源の位置関係からいうとちょうど逆光になるため、そうとう意識して目を凝らさないと下からは見えない位置にある。

そのため一方的に奴らを俯瞰することができ、非常にいい気分だ。まさに観劇にふさわしいベストスポットといえよう。

 

この場所に陣取ってから20分ほどたち、約束の時間が近づくにつれて、ツインズのメンバーも続々と集結しだした。

 

「思ったよりもいるなぁ。150人ってとこかな?」

 

よく集まったもので、この街の膿がここに溜まっていると思うと感慨深いものがある。

数は数えるのもの馬鹿らしいほどおり、100人と予想していたがゴールドエクスペリエンスの生命感知はそれ以上の数を俺に教えてくれた。

 

やはりどう見てもその1・5倍はいそうだ。ひょっとして全員集合なのか? 

無駄に高い団結力が発揮されていた。

いや、単純にメンバーが暇なだけか。中卒とか小卒ばっかみたいだし。人間暇だとろくなことしねーんだよな。

 

時計が9時ちょうどを指した時、大門から入ってくる人影があった。是清たちが来たのだ。

こちらの数は40人ほど。

 

あ、へー、全員きたんだ。よきかなよきかな。

SKBのメンバーの姿はないが、これは想定通りである。

 

是清たちの正面に、神崎が対峙した。神崎の仲間たちもバイクから下り集まってくる。双方の団体を背にしてにらみ合う2人。

そう、40VS150の決戦が今まさに始まろうとしているのだ。

 

いいね、盛り上がってきたよ!

 

この不良同士の決戦に、俺はいつになく興奮していた。

この構図。何が素晴らしいって、両方クズしかいないところなんだよ。

 

普通、戦いにおいて敵と味方に分かれて戦った場合、どれほど大勝利を収めたとしても味方側に損害が出てしまうものである。

 

しかし現状を見てもらってわかるように、なんとここにはクズしかいない。双方、本来バンドリ世界にいるべきでなかった異物たちである。

つまりどっちが傷つきどっちが倒れても、この世界に得しかないのだ。

 

こんな素敵なことってある?

 

これは今後においても、応用が利きそうである。

例えば1万人のクズがいたとして、それを駆逐するのに1万人の正義の味方を用意するよりも、分断して5千人VS5千人で争わせれば、綺麗に対消滅してくれるというわけである。

こんなにクリーンな方法はあるまい。

 

世界浄化計画。これはその先駆けなのだ!

 

「クックック。いいぞ……争え! もっと争え!!」

 

俺が支配者のポーズをとって一人盛り上がっていると、にらみ合っていた二人に動きがあった。

どうやら殴り合いの前に、話し会いをするらしい。まどろっこしいな。早くやり合えよ。

 

お互いに廃工場に響き渡るような声で、話し出した。

 

「久しぶりだな。是清」

「……」

 

神崎の表情には余裕がある。後ろに控えた150人がその自信の源なのだろう。

神崎は両手を広げて、誇らしげに言った。

 

「俺たちの城へようこそ」

 

城。

 

城かぁ。

 

たぶん、この寂れた廃工場のこと言ってるんだよね?

 

DQNって気楽でいいよな。安上がりというか。

俺、この世で一番幸せな人種ってDQNだと思うんだよね。

彼らは身につけたアクセサリが、金や銀だと信じて疑わない。

 

メッキでも本人が金だと思ってりゃ、そりゃ金を持ってる幸福感味わえるもんな。

こんな薄汚れたゴミだらけの場所でも、猿の遊び場としてなら立派な城になるのだろう。

 

「ああ、久しぶりだなアニキーーいや、神崎。できればこんな形で会いたくなかったが」

 

発言を受けて、是清が神崎の後ろを見渡す。

 

「神崎。コレがあんたが目指したもんなのか?」

「そうだ。これが俺のツインズだ」

 

親指で後ろを指し示す神崎。その背に控えるのは150人のメンバーだ。

 

先ほどの間抜けな「城」発言はともかくとして、実際こちらは大したものである。これだけの数を束ね、一声で集合させるというのは容易なことではない。

神崎くんはDQNではあるが、それなりのカリスマ的なものはあるのだろう。

 

「是清。お前は変わらないな。その目、この人数を見ても臆さないその態度ーー」

 

神崎は一瞬だけどこか眩しいものを見たかのように目を細めたが、首を振って切り出した。

 

「単刀直入にいう。是清、ツインズへ入れ」

「!? 神崎さんっ! 何を言って……ふべっ」

 

打ち合わせになかったことなのか、側近が突然の勧誘に驚いたが神崎はそれを裏拳で黙らせた。

 

「俺の後ろをみろ、是清。ツインズはここまで大きくなった。そしてまだまだ大きくなるだろう。

 まだこの街にも逆らうやつがいるようだが、それも時間の問題だ。そして俺は、ツインズをこの街だけで終らせるつもりはねぇ。

 俺は試したいんだ。どこまでいけるのかをな。関東関西……どこまでだって行く。そしていずれは全国制覇を……っ!!」

 

神崎は、何かをつかもうとするかのように虚空に手を伸ばした。

 

これは……

 

スターダストシェイクハンドだ! 生でやってるやつ始めて見た!

 

腹が痛い。

しかも全国制覇って。

 

お前らにはせいぜいスプレーで「全こく制は」とか落書きする程度がお似合いだよ。ろくに漢字もかけないような連中の集まりなんだからさ。

 

「ふっ。全国制覇か。その気持ちは男としてわからんでもない」

 

是清もなぜか頷いている。ありゃりゃ、シンパシーでも感じてしまったのか。

俺は男だが全然わからんぞ。元男だからか?

 

「だが、そのためにこの街に手を出したのか?」

 

是清が冷徹に神崎を睨みつける。

 

「……ああ、ツインズがもっとでかくなるためにも、金が必要なんでな。

 是清。お前も知っての通り再開発計画で、えらい金が動く。乗らないでどうする」

 

そのビッグウェーブにみたいな言い方はやめろ。

 

「それに今はまだ公表されてないが、計画の第2段階ではこの工場跡地も対象になっていてな。ここの最終的な権利は俺が押さえている」

 

ほほう。

 

これは驚きだった。

動物園の猿を見ていたら、道具を使ってバナナを取ったくらいの衝撃がある。

あ、そういう知恵はあったんだ、みたいな。

 

先ほどの「城」発言といい、神崎くんってば阿呆な夢見るDQNかと思ってたら、意外と自分でも考えてた。

 

馬鹿にして悪かったよ。

それなら確かに城だと呼称してもいいかもしれないな。

 

この工場、今は二束三文でも、再開発の対象になるなら地価は跳ね上がる。

結構敷地面積あるし、かなりのまとまった額になるだろう。

 

もしかしたら故意に不良のたまり場にし、環境悪くして地価を下げる目論見などもあったのかもしれない。

この言いっぷりなら積み重なった抵当権も、どうにかなるのだろう。

神崎くんは、割と考えるDQNにランクアップだな。

 

「地上げ仕事はチンケな仕事だが、これがうまくいきゃ、山内組からこの街を俺たちのシマにしていいって話になってんだ。

 より大きな仕事も任されるようになる……是清、時代は動いてるんだ。もっと上を見ろ」

 

より大きな仕事か。何だろうね。

まぁヤクザから任せられるような仕事だ。間違っても海岸の美化清掃とかじゃあるまい。

 

これはツインズの野望を止めるためにも、是非、是清に頑張ってもらわなくてはなぁ。

 

「チンケか……神崎。あんたは上ばっか見すぎて、大事なものを失ってしまったようだな」

 

神崎の悪意を感じて、是清も拳を握りしめた。

 

場の空気が変わったのが分かった。お互いの陣営がひりつき、構え合う。

話し合いの時間はおしまい。これからはより原始的な交渉が始まる。

 

「最後に一つ聞きたいんだが、本気で勝てるとでも思ったのか?」

「それはこの戦いの最後に分かることだ」

「そうか。残念だ是清。……いくぜっ!」

 

そして戦いの火蓋が切って落とされた。

 

くっ、頑張れ是清!

 

あんたが今ここで倒れたら、この街の平和はどうなっちゃうの? 

次回、是清死す。デュエルスタンバイ! 俺も高いところから応援してるよ!

 

 

「だからね、私は言ってあげたんだよ。今はまだ私が動く時ではないってね」

「あはは、何それ。おもしろーい」

 

「ふん。是清わかったか。これが俺とお前の差だ」

 

「あ、なんか出番きたみたいだから切るね。後ろ騒がしくってごめんね」

「うん。じゃあね、こがねん。また明日」

 

ふう。

さるかに合戦は終わったみたいだな。

 

応援は一瞬で飽きたので、途中から香澄と電話してたわ。おしゃべりトークについ夢中になってしまったよ。

下を見ると是清とゆかいな仲間たちVSツインズの決着がつこうとしていた。

 

やや。

圧倒的ではないか、敵軍は!

悠々としている神崎たちに対し、是清たちの方は、死屍累々といった有様である。

 

今も、かろうじて肩で息をしながらも立っているのは是清くらい。あとは穴澤含めて床に大往生している。

その生き残った是清も身体中から血を流して、まるで落ち武者だな、ありゃ。

 

全滅したこちらに対し、ツインズは120人ほどが健在だ。

つまりせいぜい30人ぐらいしか倒していない。一人一殺したくらいか。いや、是清の戦闘力を5人くらいと見積もると、何もしてない奴がおるぞ。

 

うーん、もう少し健闘してくれると思ったんだけどなぁ。

 

とはいえ30人倒してるのも、なかなかのものなのだろうか。

40人VS40人ならいざ知れず、40人VS150人で戦ったわけだし。単純計算でもこちら1人に対しあちらが3人で囲っていることになる。

 

正面向いて戦ってると、2人に頭を殴られる関係といえば難易度がわかりやすいかな。

その戦況でほぼ同数の敵を倒しているなら、十分といってもいいのかも知れない。

 

でも、こう……もう少し火事場の馬鹿力的なものが発揮されると思ってた。

ここで引いたら、ゴールドに殺されるんだぁ!! 的な?

 

頑張り足りなくない?

 

あと意外に神崎くんが強かったのも良くなかったな。

そういや是清の兄貴分だったっけ? これだけの組織率いてるやつが弱いわけないか。

 

途中から番長対決みたいになって是清が神崎にかかりっきりになってしまったから、突破力が発揮されずにその他の仲間がやられていってしまった。

 

まぁ最後は是清スマッシュが炸裂するかと思われたところで、是清以外を倒し終わった奴らが後ろから釘バット振りかぶったせいで是清くん負けちゃったんだけど。

残念。数には勝てないよね。

 

「もう一度言うぞ、是清。俺たちの傘下に入れ。これが最後通告だ」

「げほっ……ふん。これが最後だと? いや違うな。これからが始まりだ。

 いいかげん出てきたらどうだ、ゴールド」

 

「ゴールド……? 何を言っているんだ?」

 

片膝をついた是清の視線が、不審げに見下ろす神崎の頭を超えた先ーーこちらへ向かっている。

 

なんだ。気づいてたのかよアイツ。

しかし介入しようと思ってたとろだから、丁度いいな。

 

「ていっ」

 

俺は積み重なった廃材の上から、飛び降りた。

3階建てくらいの高さだったが、俺自身の自重がまだ大したことないので、衝撃はそれほど来なかった。

 

「やれやれ、残念ですよみなさん。もっとやれると思ってたんですが」

「どこから来たんだ……」

「まさかあの上に?」

 

むっさい男の中に、可憐な女の子参上。

 

殺伐とした処刑場に突然現れた俺の姿に、周囲は騒然とする。

狼たちの縄張り争いに、ぴよぴよひよこがやってきたようなものだ。そりゃわけわからなくもなるか。

 

「なんだ、てめぇは」

「だいたい是清さん、あなたまだ戦えるでしょ。なにサボってんですか」

 

誰何してきた神崎を無視して、俺は是清を蹴飛ばした。

 

スタンドは使っていない。だから絵面としてはちょっと小突いた程度である。

俺はありていに言って美少女なので、その筋ではご褒美にあたるかもしれない。是清にその気はないみたいだからやってるんだけど。

 

「是清の女か?」

 

俺を注意深く伺っていた神崎がこぼす。

 

ひぇっ。

なんつーこと言い出すんだこいつ。

 

無視してたら、なんか背筋をぞくっとさせること言いだしたぞ。TSした身からするとちょっとリアリティあるからやめろ。

神崎……恐ろしいやつ。

 

「ふん。そんなわけがあるか」

 

代わりに反論したのは是清だ。

 

「こいつはゴールド。俺の……俺たちのボスだ」

「ボス……だと……」

 

ボス。

影番はボスになるのか?

 

是清の言葉には突っ込みどころが満載だったが、この設定というか立場というかを肯定していくことにした。

ここにいたっては、真実はどうであれ都合のいい事実は使っていくにこしたことはない。

 

「ボスでーす! 缶コーヒーじゃないよ?」

 

かしこまっ! のポーズを決めてみたが無視されてしまった。むなしい。

……綺羅星にすべきだったろうか?

 

「冗談はよせ。じゃあなんだ。俺たちツインズの邪魔をしたのも、たったあれだけの人数で殴り込んできたのも、全部この女の指示だったとでも言うつもりか」

「そうだ」

「……笑えねぇ話だ」

 

未だに信じられないといった顔で、神崎は振り向いた。

こんどはてへペロのポーズをしてあげた。

 

不良グループのトップが女。しかも中1。ついこの間までランドセル。

漫画なら炉理事長とかいたりするけど、そりゃフツーないか。

 

でもどっちもどっちじゃない?

 

「そうですか? 私みたいなガキをボスにするグループより、全国制覇とか鼻息荒いグループの方がよっぽど笑えると思いますけど」

「……殺されてぇみたいだな」

「殺す殺すとか、人を殺したこともないくせにそういうことばっか言いますよね、あなたたちって」

 

使ってもいいのは、ぶっ殺しただけだよ!

 

「それで、そのボスとやらは尻尾巻いて逃げるならともかく、今更出てきてなにがしてぇんだ?

 まさか謝るので許してくださいとでも言う気か?」

「謝る? 逆ですよ全部が逆。むしろ謝って欲しいのはこっちの方なんですが」

 

まだ混乱しているのかな? 

逃げ出すならわざわざ前に出てくるわけがなかろう。

 

「それに尻尾巻いて逃げるのはそっちの方です。ま、逃がしませんけどね。……おい、SKB。でてこい」

「よっと。ようやく出番かい、こがねちゃん。こっちは全員揃ってるよ」

 

俺の呼びかけに応えて、入り口よりSKBメンバーが現れた。

先頭に立ったKが、陽気にこちらに手を振る。

 

「SKBだと。お前ら誰だ……いや、そこにいるのは、もしやKか?」

 

新手の登場に誰何した神崎だったが、どうやらKとは顔見知りだったようだ。

 

「久しぶりだね~神崎くん。君の誘いを断った以来かな。

 あはは。こんなんになっちゃったけど、そうだよ。俺がKだ」

 

こんなんと言いつつKは自分の頭を撫でた。撫でる先には何もない。

俺がむしり取ったからな。

 

にしても、そんなKを神崎はよく見抜いたものだ。

 

他のSKBメンバーは毛を全部むしったら別人と化したが、Kは禿げてもあんまり変わらなかったからな。

イケメンが禿げたイケメンになっただけだった。やはりイケメンは得だ。

 

「ということは、他の奴らはSkaterBoysか。

 ひょっとして女、お前がやけに強気だったのは、まだこいつらがいたからか?

 確かにKは脅威だ。だがたった9人増えたぐらいで、なにができる」

 

「勘違いしないでください。こいつらはただの蓋です」

「蓋……だと?」

 

「SKBの皆さん、その門から誰も逃さないでください。誰1人としてね」

「えっ! こがねちゃん。俺の出番は?」

 

Kが素っ頓狂な声を出した。

出番? そんなものあるわけなかろう。共闘するつもりなら最初から出しとるわ。

なんのために待機させてたと思ってる。

 

「ですから蓋ですよ蓋。雑魚は引っ込んでてください。邪魔なので」

「あ、うん……」

 

お前も一緒に戦ったら、俺がこれからすることの意味が薄れるからな。

 

ちょっと納得がいかない様子のKのケツを叩き、工場の重たい門扉をSKB総出で閉じさせた。

これでバイクを使っても簡単には抜け出せないだろう。

 

「さて、さっさと始めましょう。これだけいると、さすがに時間がかかりそうですから」

 

ふぅ。

ようやく舞台が整ったか。

 

神崎は是清たちを、見せしめとして利用するつもりだった。

そのためにわざわざツインズの全員を集合させ、決戦風味にこの場を用意した。

 

だがそれは逆に言えば、この場でツインズを処刑することができれば、誰も俺に勝つことはできないという証明になるわけだ。

そしてその証明をより強固にするためにも、是清たちには一度沈んでもらう必要があった。

 

そう。なぜならこれは、是清や穴澤たち、そしてSKBに対する見せしめでもあるからだ。

 

今でこそ従順に俺に従っている奴らも、もとは性根の腐った不良だ。ふとした弾みで俺を裏切る可能性は十分にある。

 

俺は1度勝ったからとか、感覚暴走で殴ったからとかだけでは安心しない。

繰り返し何度でも、刻んでおく必要があるのだ。俺に逆らったらどうなるかを。これはそのための場だ。

 

「てめぇ……この人数とやれると思ってんのか?」

「ゴキブリにしてはよく集まった方だと思いますよ。あ、ヘビでしたっけ。これは失敬」

 

1VS120か。過去最大の人数差だな。

これは1人と戦っていると、119人に頭を殴られる関係である。うーん、酷い!

 

しかし戦力比で考えればそれほどでもないね。なんせこちらには、無敵のゴールドエクスペリエンスがあるからな。

 

不安はない。

だが懸念はある。

 

それはゴールドエクスペリエンスのステータスに煌めく「持続力D」の文字だ。

このDとは、スタンド業界では「ニガテ」を意味する。

すなわちスタンドの持続力Dが、どこまで持ってくれるのかというのが、気がかりと言えば気がかりだ。

 

ある意味これは、俺自身の試験でもあるわけだな。この場をしのぐことができれば、俺は将来にわたって人数差で悩むことはなくなるといっていいだろう。

 

果たして120人という数。捌き切ることができるだろうか。

 

俺は神崎たちツインズ全員に向かって宣言する。

 

「さて、お前たちにはできないかもしれない」

 

 

「さぁさぁ、どんどん来てくださいよ〜!」

 

1VS120。

 

これは1人と戦っていると、119人に頭を殴られる関係といったが、当然これは正確ではない。

リアル人間というのはネトゲの自キャラと違って嵩張るので、一度に襲い掛かれる人数というのは限りがある。

 

相手が機関銃でも持ってれば話は別だが、こうした殴り合いみたいな原始的争いなら、敵が何人いようが一度に襲いかかって来られるのは、せいぜい5~8人がいいとこだ。

つまり一度に8人を捌く術さえあれば、1VS8でも1VS10でも1VS100でも勝確になる。

 

人をお空に殴り飛ばすパワーと、反則じみた反射能力を持つゴールドエクスペリエンスならば、難しい注文ではない。

 

「あ、ありえねぇ……」

 

だいたい40人……第5waveをこなしたあたりで、奇妙な間が空いた。

是清たちが倒した以上の人数を、たった一人で圧倒した俺に尻込んだのだろう。

 

つぶやいたのはSKBのタクトだったが、その場にいる敵味方全員が同じ感想を抱いているであろうことは、手に取るようにわかった。

Kですらも、冷や汗を浮かべている。

 

唖然とするのもいいが、自分達の役割を忘れてないだろうね。門番。

この光景を味方にも見せつけることが目的の一つでやってるとはいえ、アクション映画を鑑賞するみたいに集中されても困るな。

幸いにしてまだ逃げ出すツインズはいない。

 

「手を止めるんじゃねぇ! 畳み掛けろっ!!」

 

おお。

 

そんな異常な空気の中でも、神崎から発せられた檄は的確だった。

指示に従い第6waveがやってくる。俺も迎撃作業を再開する。

 

この1度に襲い掛かれるのは8人が限界です理論の穴は、何と言っても受け手側の持久力である。

どんな対人戦の達人でも、徒手空拳で戦っている以上、いつかは体力的な限界がくる。

そうなれば犠牲は出るにしても、最終的には数に飲まれることになるので、攻めの手を休めないというのは戦術的に正しい。

 

俺も唯一心配していたのが「持続力D」だからな。

 

第8waveがやってくる。

前からくる敵におざなりパンチとキックをして、後ろからくる敵になんちゃって回し蹴りをする。

たまに迎撃し損ねて一撃くらっても、反射で勝手に落ちていく。楽なもんだね。

 

ーーこうして戦い続けていても、未だに疲れを感じない。

 

体の疲れは、軽い準備運動をした後程度である。俺のやってることってパントマイムに近いもんな。

精神的な疲れは……どうだろう。よく分からない。せいぜい腹が減ったかな、くらいなもんだ。

 

まだまだ存分に行けそうである。

 

総合的に考えるに、「持続力D」ーーそれほど心配しなくても良さそうだ。

 

というかスタンドの持続力なる概念は、ジョジョの読者すら理解してないと思う。ひょっとして荒木先生すらも……。

スタンドの維持時間なのか、能力の発動時間なのかそれすらも曖昧なんだよな。

 

持続力については、真面目に受け取らなくてもいいかもしれない。FATEのパラメータみたいなもんだと受け取っておこう。

 

いろいろ考えてるうちにも、無意識で敵の迎撃は進んでいた。

いつの間にか第12waveくらいまで済んでいたらしい。疲労らしい疲労もない。

 

「ひ、ひぃいいいい! 化け物ぉぉ!!」

「お前たちっ! いけっいけっ!!」

 

未だに残っているものの、残りのツインズは完全に及び腰だ。だいたい20人といったところか。

戦場では勇敢なものほど死んでいくとはよく言ったもので、残っているのはツインズの中でも出がらしみたいな連中なのだろう。

 

神崎がしきりに発破をかけているようだが、もはやその威光も届かない。

中には逃げ出そうとしている奴もいたようだが、SKBの通せんぼにより取り押さえられている。

 

ここで取り逃がしたら俺がどうするかを考えると、SKBの連中も文字通りの決死の覚悟だろうから、あっちはアレで大丈夫そうだな。

 

「このクソどもがぁ……貸せっ!!」

 

もはや烏合の衆と成り果てた面々にしびれを切らしたのか、神崎がとうとう動き出した。

 

何をするのかと思いきや、腰が抜けた側近を殴りつけ、奴が跨ったのはバイクだ。

止めてあった1台に跨ると、爛々とした目つきでこちらを睨んでいる。

 

えっと。

まさか、それでこっちこないよね?

 

その大型二輪がJCに直撃したら、どう考えても殺人未遂は確実だと思うんだけど。

喧嘩という枠を明後日の方向に放り投げてしまったのか。

その前にこの広場には、100人以上の俺が散らかした人間が転がってるんだけど、それはどうするんだろう。

 

「死ねっ!!」

 

と、そのまさかを神崎は実行した。

アクセルをめいいっぱいにふかし、一直線にこちらに向かってくる。地面の仲間たちを轢きながらだ。

 

ひどい。死体蹴りだ。

 

ダートトラックレースもかくやという路面状況なのに、そのハンドルがぶれることがない。

ある意味すごいドライビングテクニックではある。

 

さて。

とはいうもののどうすべきか。

 

単純に避けるのは難しいだろう。

相手も顔真っ赤にしてるとはいえ闘牛じゃないんだから、反復横とびでどうにかなるとは思えない。

 

では迎撃か。

 

ゴールドエクスペリエンスの破壊力C。成長してB。

バイクをオラオラしてぶっ壊せる程のレベルではない。

 

となると反射……能力で作った生物をバイクが引いた場合、ダメージはドライバーにいく。

つまり、バイクが俺にぶち当たると、なぜか神崎の体がバイクにひかれてすっ飛んでいくことになる。

さすがに不自然すぎるか。

 

というわけで、

 

「ていっ」

 

俺は足元に落ちていた気絶したツインズ2人を引き起こし、斜めに構えた。

 

人間の盾である。

 

「なっ!!」

 

驚きのあまり、急にハンドルを切ることもできず、神崎バイクは人間滑り台の上を駆け上がり、夜空へ飛んで行った。

発射台となった人間の盾はどうなったか……あー、生きてる生きてる。たぶん。

 

夜空を滑空する神崎バイクは、空中で神崎とバイクに分離し、神崎は地面という名のおろし金にかかった。

バイクは壁際の廃材置き場までガリガリ滑って行くと、砕けて、ガソリンを吹き出し、燃えた。

 

燃えた。

 

誰も言葉を発さない。

廃工場を、バイクの焚き火が人工灯より明るく映し出した。

 

「神崎くぅん! ダメでしょ、お友達引いたら!!」

 

神崎もピクリとも動かなくなっていたので、手にした盾を投げ飛ばしボウリングーーストライク。

お、神崎動いた。こっちも生きてる生きてる。

 

近づき見下ろすと、神崎はひどい有様になっていた。

バイクで交通事故にあったようなものだから、擦り傷がひどい。

 

着ていたジャケットも見る影もないし、全身擦過傷状態。今夜の風呂はさぞかし染みることだろう。入れたらだけど。

 

「う、ぐぐぐ……」

「まだ、やる?」

「な、なんなんだ。てめぇは……」

 

突然、哲学的疑問を投げかける神崎。

なんなんだと言われましてもね。こがね困ってしまうよ。

 

俺の方こそ、お前ら不良を見てていつも「なんなんだお前ら」と思っているんだが。

 

バンドリ見てて、背景にこんな茶髪ロンゲの怪しい風体のDQN映ったら困惑するでしょ? 

俺は毎日その光景を目にしてるんだ。

 

とはいえ神崎くんの感想もわからんでもない。

彼からすれば、金稼ぎの一環として地上げして金も手に入ってこれからだって時に、よく分からん女が大暴れして、苦労して作ったチームがバラバラになってしまったのだ。

 

なんなんだと言いたくもあろう。

 

「俺たちを……」

「ん?」

「ぐぐ……俺たちをやったところで、地上げはとまらんぞ」

 

こんな状態になっても、まだ減らず口を叩くとは。たいしたもんだ。

 

「俺たちがやらなくても第2第3の別のやつがやるだけだ」

 

おいおい。お前は四天王の最弱なのか?

 

ツインズは所詮下っ端なので、ツインズを潰してもせいぜいしばらくの間地上げが止まるだけーー

下請けが一つ潰れたところで、元請けは別の下請けを探すだけーー

 

実際その通りとはいえ、しかしこいつは今更何を言っているんだ? そんなこと言われんでもわかってるわ。

あ、いや。是清くんたちは分かってなかったね。

彼らはツインズを止めれば、再開発も止まるもんだと止まるもんだと勘違いしていた節がある。

 

「あー、それは動機のひとつなのでどうでもいいことです。

 どうせ再開発計画はストップするので」

「なん……だと」

 

愕然と目を見開く神崎。

光に映し出されて強調されたマヌケヅラが、ちょっとおかしい。

 

「お、おい……火がっ」

「さっきのバイクが……っ! 燃えて!!」

「火?」

 

にわかに騒がしくなった周囲に反応して燃えたバイクを見るとーー見ると、と思わず二度見してしまった。

 

ファイヤー!!

 

バイクから飛び火した火の粉が、廃材に燃え移ってキャンプファイアーみたいに燃え上がっている。

 

うお。

めっちゃ燃えとる。

 

あー、最近雨降ってなかったからなー。

火の裾野は横へと広がり、次から次へと横の廃材に着火しているようだ。

 

俺がさっき腰掛けていた廃材の山も火の海に包まれている。

こりゃ結構燃え広がりそうだわ。メンドクセェな。

 

「それより一応これも聞いておきますが、神崎さんは山内組に命じられて地上げやってたんでしたっけ。

 次の大きな仕事って何ですか?」

「いや、それより火が……」

 

「火? あれなら大したことないないない。それよりいいから喋りなさい」

「……誰が話すか」

 

無言で殴る。

 

「ぐぎゃああああああああああああああああ」

「で?」

「……だ、誰が」

「ぐぎゃああああああああああああああああ」

「で?」

「……」

 

ありゃりゃ。

その後2回ほど問い詰めたのだが、気絶してしまった。あるいは円環の理に導かれたか。

感覚暴走で殴ったというのに、最後まで口を割らなかった。

 

たまにこういう奴がいるんだよな。我が強いというか、意志が固いというか。状態異常にかからないタイプだな。精神耐性に相当数値を振ったのだろう。

 

まぁ、他の幹部格にでも続きを聞けばいいだろう。

さらば神崎。

 

「ゴールド。終わったか?」

「ん? 是清か……ええ、まぁ」

「そうか。これだけの数を一人でやるとは。さすがだな」

 

改めて見渡すと、死屍累々の酷い有様だった。敵も味方も屍の山だ。

とはいえ俺にとっては、雑草をちぎって投げただけに近いのでそれほど大したことではない。

 

「火の周りが思ったよりも早い。見ろ、廃工場まで燃えだした」

「わ。ほんとですね」

 

火の手はいつの間にか、空き地の廃材から廃工場まで燃え広がり、夜空を煌々と照らしていた。

見事な燃えっぷりである。

 

「このままでは俺たちも危ないかもしれん。ここは引き上げるべきだろう」

「引き上げる? 何言ってんですか是清さん。まだ残っている奴らがいるでしょ」

「なっ」

 

俺の発言に是清は驚いているようだが、驚きたいのはこっちのほうだよ。

 

「あと20人ほどですか……その身に刻みつけてあげないと」

 

ここで逃すようでは、もったいない。

やるならば徹底的にやらねば意味がない。

 

是清にしろ神崎にしろ、しきりに火の手を気にしていたようだが、そもそもここは空き地だ。

燃えているのは、周囲を囲うようにまとめられた廃材だけである。

 

ドーナッツみたいに炎に囲まれてるから大げさに見えるだけであって、焼け死ぬなんてことはまずない。たぶん。

 

俺たちがいるのが廃工場の中とかならともかく、すでに外に出ているんだからこれ以上避難する必要など、どこにもない。

 

だからどちらかというと、気にすべきは警察や消防だ。

街外れとはいえ、このまま延々と煙を上げていれば気づかれるだろう。ってかもう気付いてるだろ。

 

「是清さんは、SKBと誰一人逃さないように見張っていてください。

 もちろん皆さんも先に逃げ出さないように。逃げたらーー」

「ぐぎゃああああああああ」

 

俺は手近にいたツインズの残りに断末魔を上げさせた。

 

この場にいる全員から、俺に対する戦慄の眼差しを感じる。

 

あとは時間との勝負だな。

行政が介入してくるまでに、どれだけクズの掃除ができるか。

 

考えてみたら廃工場が全焼というのも、まるで館ものの最後みたいで乙なもんだ。

ツインズは本拠地とともに、最後を迎えるのだ。

焼け野原には何も残らず、この街から不良は一掃されグッと綺麗になる。

 

これでこの街に平和が訪れると思うと、ちょっとテンション上がって来ちゃうね。

 

よぉし、後片付け。きっちりやるか!

 

「ひゃっはー! 燃えろ燃えろぉ!!」

 

 

 

 

そしてその日、ツインズは本拠地と共にこの街から姿を消した。

全焼した廃工場の出火については不良間の抗争によるものだとされたが、詳しいことについては誰もが口を閉ざしたため、原因は不明とされた。

 

ツインズのリーダーである神崎は警察に捕まったが、身体に激しい傷を負っていたため、病院へと送られていったという。

 

さらばツインズ。



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第32話「ラストフレンズ」

「くそっ! くそっ! くそガァっっっ!!!」

 

薄暗い路地裏で、何者かが壁を叩き咆哮を上げた。

そこにいたのは神崎。崩壊したツインズの元リーダーである。

 

神崎は全身の酷い傷により入院を余儀なくされていたが、痛みを意志の力でねじ伏せ、この人目につかない場所まで逃げだしてきたのである。

病院から隙を見て抜け出してきたせいで、体には病衣をまとったままだ。その下には、あの日の傷が痛々しく残っていた。

 

だが足取りは確かであり、瞳には憎しみからくる昏い炎が宿っている。

あの悪夢から数週間が過ぎていたが、神崎の心に宿る憎しみは消えるどころかより一層燃え上がっていた。

 

「あの女……円谷こがねといったか。絶対に許さねぇ」

 

神崎の脳裏に浮かんでいるのは、あの日のこがねの姿だ。

 

あの女に神崎は全てを奪われた。

今まで築き上げてきたもの、これから手に入れるはずだったもの。その他諸々の全て。

 

だが全てと言いつつも、手に残ったものもある。

病院を抜け出した神崎は、何を差し置いてもまず先にこれを確保しに動いた。

 

神崎は自らの手で握りしめたそれを見つめるーーあの工場跡地の権利証だ。

これがある限り、再起は可能である。再開発が実行されればあの工場跡地の地価は跳ね上がり、恐ろしく高値で売り飛ばすことができるからだ。

 

その多額の金を元手にやり直す自信が、神崎にはあった。

今度こそ上手くやってみせると、神崎は意気込む。

 

そして第二のツインズを再建した暁には、必ず円谷こがねに復讐するとも。

神崎はその意志の強さと執念深さで、ここまでやってきた男だった。

 

確かにあの戦闘力は異常だ。

今になってすら信じられない。正直、ヤツが人間かどうかすらも怪しい。

あの人数を集めてダメなら、正攻法でヤツを打倒するのは諦めたほうがいいだろう。

 

「だがな、やりようはある」

 

しかしそれならば、正面からやり合わなければいいだけの話だ。弱点を叩けば良い。

ヤツにだって大事なもの、大事な人がいるはずである。

自宅、学校、両親、友達。狙うべき対象はいくらでもある。その全てを守ることなど何者もできるはずがない。

 

この俺が受けた苦しみと絶望を、ヤツにも味あわせてやるのだ。

何年かかろうと、俺が生きている限り必ずっ!

 

「覚えてやがれ……次に会う時、この恨みは必ず晴らす……」

 

そう呟き、神崎は確かな足取りで路地の奥深くへと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ! 今がその次ってやつですよ! 是非恨みとやらを晴らしてください!」

 

目の前に、ぽかんとした神崎くんの顔。

 

せっかく路地の奥深くで待ち構えててあげたのに、なんかブツブツ呟いてた神崎くんはちっとも気づいてくれなかった。

 

なので、わざわざ声をかけてあげたというのに、その顔はなんだい?

ちゃんと前を見ようぜ。なんのためにその目は前についてるのかな。

 

「あれれー? どうしたんですか? 私の名前をつぶやいたのは会いたかったからじゃないんですか?」

「て、てめぇは円谷こがね……っ! なんでこんなところに!?」

 

質問を質問で返すな間抜け。

しかもそれだとHOWなのかWHYなのかわからないぞ。

 

まぁ、いい。賢いこがねちゃんは両方に答えてあげよう。

俺は腰掛けていたポリバケツの上から降り立ち、人差し指を立てた。

 

「どうやって、についてでしたら……蛇ってピット器官でしたっけ? そのおかげで追跡が得意だそうじゃないですか。

 私も似たような力がありまして、追跡は得意なんですよ」

 

実際に追ったのはてんとう虫だけどな。

 

あの工場で殴った際に、神崎の髪の毛は回収済みである。

それがこの手にある限り、ゴールドエクスペリエンスの力があれば地の果てだって追いかけてみせるさ。

ま、大魔王からは逃げられないってやつだな。

 

「なぜ、については……あ、神崎さんって執念深いことで有名なんですよね。ツインズは逆らったやつは必ず報復するのだとか。怖いですねぇ。

 私は執念深くはありませんが、非常に用心深いんです。そんな恐ろしい人が、たかが病院送りになったくらいで安心すると思いますか?」

 

感覚暴走に耐性のあるヤツなんて、俺がほっとくわけあるか。

 

俺はラノベや推理小説でも、敵キャラや犯人について地の文で「死んだ」という記述がない限り、安心しないタチだ。

なんせ宇宙空間で戦艦かばったキャラの機体が爆発。ヘルメットが宇宙空間を漂う演出があっても、二期が始まったらそいつがひょっこり現れるアニメだってあるくらいだ。

 

お前がコマの欄外で「神崎 再起不能」とか書かれてない限り、見逃しとかあり得ないよ。

 

「それに聞きましたよ、神崎さん。地上げの次に山内組に任される予定の大きな仕事って、ドラッグの売買らしいじゃないですか」

「なっ! なんでそれをっ」

 

やれやれ。

 

「また質問ですか。神崎さんは喋ってくれませんでしたが、幹部格の連中はちょっとつついたら面白いようにペラってくれましたよ。

 神崎さんも得意でしょ? 敵が強いなら、弱い部分を叩けばいい。弱い味方など、弱点にすぎません」

「……っ」

 

情報管理は徹底するんだな。

俺は是清も穴澤もSKBも、誰も信用してないぞ。だって不良なんだもん。

 

硬派とか言ってるけど、悪いことをしない不良とか矛盾が服着て歩いてるような存在だぜ?

「決して人は襲いません」って名札つけたライオンより信用ないわ。

 

味方などいなくていい。

香澄やたえについては、味方ではなく守る対象だ。別枠だな。

額縁に入れて、金庫に入れておくSSRだ。間違ってもカードゲームで使用しちゃいけない。

 

それに危害を及ぼす一切を、俺は許さん。

 

「ドラッグは良くない。非常に良くない」

 

ドラッグとキラキラってめっちゃ相性いいんだよね……

香澄の目がキラキラしてると思ったら、キメてたとか洒落にならんわ!

 

暴力・ドラッグ・セックスは暴力団の三種の神器だからな。

当然、芸能界もドラッグが大好き。

 

したがってドラッグは発見次第、即刻消さなきゃいけん案件だ。

 

「ドラッグを街に広めようとしていた……そんなアナタを生かしておくわけにはいきませんよね。

 もっとも、本拠地もツインズも失ったアナタにできるかどうかは別ですけど」

 

そう告げると、神崎は何かを恐れるような仕草で、握りしめたものを背に隠した。

 

なんだよ。気になるじゃねーか。

 

ゴールドエクスペリエンスで、すかさず奪い取る。

 

「なっ! 返せ!!」

「……なんだと思ったら、ただのあの工場の登記証じゃないですか。そんなに慌てなくても返してあげますよ。ほらっ」

 

今となっては、ただのゴミである。

放り投げると神崎は、母ガメが卵を守るように大事そうに抱えこんだ。

 

そんなに必死にならなくても取りゃしないよ。

だいたい現在の登記制度においては、土地の権利書なんか証明書類の一種に過ぎないんだから、それを奪ったところで土地を奪えるわけでもない。

 

こんなことくらい平常時のコイツならわかりそうなもんだけど、何をそんなにテンパってるんだ?

 

「つーか、今更そんなゴミ持ってても仕方ないんじゃないですか?」

「ゴミ……だと」

 

「? 再開発は止まっちゃったんですから、あんな工場跡地、二束三文に逆戻りじゃないですか。むしろ税金の方がかかりそうなもんですけど」

「再開発が、中止?」

 

「え!? ご存知ないのですか? 今、世間じゃその話題で持ちきりですよ?」

 

こいつマジで知らないのかよ。

そういやずっと入院してたんだったね。でもニュースくらい見ろよ。

 

だから未だに、そんな権利証に固執してんのか。

 

哀れな……こいつの中では、まだ再開発が続行されて、その土地が高値で売れることにノリノリになっていたのか。

何が「乗らないでどうする」だよ。盛大にビッグウェーブに乗り遅れてんじゃねーか。

 

「仕方ありませんね、説明してあげましょう……あ、ちょうどいいところに。ほら、新聞の一面にもこの通り」

 

俺はポリバケツのゴミ箱の中から一週間ほど前の新聞を引っ張り出し、神崎の目前に放り投げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「奇跡の命トキ 星見の丘で発見か」

 

「ーー学名「ニッポニア・ニッポン」とされ日本を象徴する鳥とも呼ばれるトキが、星見の丘で発見された。

 野生絶滅したとされるトキが、宣言後、野生で発見されるのはこれが初めて。

 星見の丘周辺は繁華街となっており、なぜ水田も湿地もないのに生育しているのか不明であるが、多数の報告が相次いでおり近く調査が行われるとのこと。

 ~~~

 なお、この星見の丘は再開発計画の対象となっていたが、この発見を受けて同計画は近く見直される模様ーー」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「な、な、な、なんだこりゃあ……嘘だっ! こんなことがあるはずねぇ!!」

 

嘘じゃないぜ。

岐阜県の山奥村には、人をおかしくする寄生虫だっているんだ。

星見の丘にトキがいたとしても、なんもおかしくないよ。

 

「すごいですよねぇ。絶滅したはずのあのトキが、こんなに身近にいたんですからね。

 今や日本中が大騒ぎですよ!」

 

なんせ絶滅危惧種を通り越して、すでに野生絶滅したのがトキである。

それに日本人はトキが大好きだからな。フレンズになりたい動物ランキングでも上位だ。

その昔、最後のトキーー「キン」が死んじゃったときも、報道はそうとう加熱した。

 

それが突然、繁華街の真ん中にある丘で繁殖していたのである。不思議!

 

「それだけじゃありませんよ。環境省やトキ保護センターだけじゃなく、各種保護団体やIUCN(国際自然保護連合)にも誰かがレポートを上げたみたいで、国際的にも注目されてるんですって!」

 

熱心な奴がいるよねぇ〜誰かな〜?

 

「果たしてそんな中、星見の丘をぶっ壊して道路通すなんてことができるんでしょうかねー?

 再開発計画は見直しって書いてありますけど……ま、中止でしょう」

 

下請けをいくら潰しても受注が止まらないなら、もとの事業の息の根を止めてやればいい。

 

一度決まった開発計画でも、現地の希少生物の発見によって見直されることは稀にだがある。

特にトンネル開通が立ち消えたり、山間地域の道路建設のルートが変わったりする。

 

その発想のもと、打った手がこれだ。

 

そう!!

ジャパリパークの開設である!!

 

ヒントは香澄たちとの星見イベントにあった。

あの時俺は虫の合奏会を演出するため、鈴虫やコオロギを量産しまくったわけだが、どうやって再開発計画を止めようか悩んでいるときに、ふとそれを思い出したのだ。

 

そういえばハルゼミって絶滅危惧種だったようなーーと。

 

思いついてしまえば、あとは早い。

反射やら感覚暴走だのが評価されがちなゴールドエクスペリエンスだが、真の力は生命創造である。

想像上の生物である幻獣や、完全絶滅した生物こそ生み出すことはできないものの、1匹でも残っているなら量産することは容易い。

 

野生絶滅したはずのトキも、はいこの通りというわけである。

 

「ちなみにトキだけじゃありませんよ」

 

神崎が読んでいる新聞記事は一週間前のものであり、実はその後も続々と星見の丘から希少生物が見つかっている。

オオサンショウオ、シマアオジ、ニホンイヌワシ、ヤンバルクイナ……お前らなんでそんなとこいるのレベルの絶滅危惧フレンズたちが勢ぞろいし、生物学会のお歴々たちも頭カバンちゃん状態になっている有様である。

 

今や日本中のみならず海外の目も星見の丘、ひいては再開発計画に向けられており行政も完全に及び腰となった。

地元の再開発に反発する団体も息を吹き返し、これ見よがしに猛反対を開始している。

 

このまま再開発を推し進め、あの丘をすりつぶせるかな?

 

ま、無理だろうね。

もはや、中止あるいは大幅な見直しが入ることは確実だろう。

 

説明を受けた神崎は、すっかり放心してしまった。

 

「元気出してください。神崎さんだけ世間の波に乗り遅れて、完全にのけものフレンズでしたけど。それでもフレンズはフレンズです」

「……ぇぞ」

「え?」

「再開発は止まんねぇぞぉぉぉぉおおおお!!!!」

 

プルプル震えだした神崎が、突然雄叫びを上げた。

 

うおっ、これはケダモノフレンズ。

 

「再開発で、いったいいくらの金が動いてると思ってる!!? 何十億じゃきかねぇ……何百億だぞ!!

 それがこんなことくらいで止まるわけねぇだろうが!!!! このまま終わるわけがねぇ!!! そんなもんは潰されるに決まってる!!」

 

……へぇ。

 

なかなか鋭いとこ突くじゃないか。

さすが道具を使う猿は一味違うね。またランクアップだぜ、喜べ神崎くん。

 

実際、再開発の裏で動いてる金を考えれば、神崎くんの意見も一理ある。

このまま再開発計画を実行することは、十分可能だ。

 

例えば俺なら、そこらへんのクソガキを捕まえてキャンプしてこいって道具を渡し、星見の丘にガソリン撒いて火をつけさせる。

 

あとはマスコミに金を渡し、適当なコメンテーターに「いやー、けしからんですね。実にけしからん! この悪ガキたちは刑務所に入れるべきだ!! ……でも無くなっちゃった以上は、利用しないともったいない。再開発で丘を利用しましょう。それが動物たちの供養にもなります」とかなんとか言わせておけばいい。

 

あとはもう強引に推し進める。無いものは無いといって。

 

「確かに神崎さんの言うこともわかりますよ。再開発に賭けていた悪い人なら、そういう無茶もするかもしれませんね」

「そうだ。なんだったら俺がこの手でっ!!!」

 

「でもすぐに次が始まりますよ?」

「……なに?」

 

「三笠公園、通川、桟橋神社……旧市街地にはまだまだ素敵な立地がありますからね。今度はそこに楽しい生き物があふれ出しますよ」

「は?」

 

「わかりませんか? 神崎さんだって言ってたじゃ無いですか……ツインズがなくなっても、第2第3が現れるって。

 それと同じですよ。

 星見の丘がなくなってもね、第2第3の星見の丘が現れるんです。延々と現れますよ延々とね……この私が望む限り」

 

だってジャパリパークが大成功してるんだもん。

2期をやらない手はないよね。

 

果たして俺を止められるかな?

 

それに加えて言えば、再開発計画が完全にストップする必要もない。

本当に重要なことを、履き違えてはいけない。

大事なのは、再開発計画が先延ばしにされることだ。

 

5年ーーいや3年でいい。

香澄たちが入学して卒業するまでの期間……その間さえ花咲川女子学園高校が廃校を免れてくれさえすれば、目的の達成は可能である。

 

そして現時点で、中止するかどうかはともかく、計画の見直しが入ることは確定しているのだ。

十分な成果はすでに上がっている。

 

「お前がやっている……のか? ありえねぇ……ありえるはずがねぇだろ……」

 

神崎が俺を見る目が、明らかに人間を見る視線ではなくなってしまった。

 

わかるよ。

だって数あるスタンドの中でもゴールドエクスペリエンスって、とびっきりのチートだもん。

人の手にあまるというか、神の領域というか……

 

「……お前は一体なんなんだ?」

 

だから、これは何かと聞かれたら。俺はこう答える。

 

「ゴールドエクスペリエンスです」

 

今度こそ、あの日の神崎くんの哲学的質問に答えてあげると、神崎はそれでも理解不能だと首を振った。

俺との再会、再開発中止、二束三文となった工場跡地。怒涛の黄金体験に頭の許容量がパンクしてしまったようだ。

 

そして、恐れと憎しみが混ぜこぜになった瞳で俺を睨みつける。

 

「ゴールドォ……お前さえ、お前さえいなければぁ!!!」

 

ん? あ、トカレフだ。

 

ソ連製の傑作拳銃である。

暴力団とつながっていたし、この規模のチームのリーダーなら持っていてもおかしくないか。

土地の権利証と一緒に、そんなものまで回収していたようだ。

 

神崎は震える両手で、それを構えた。

 

「あー、やめといたほうがいいと思いますよ。ホントに。

 こんな言葉を知っていますか? 撃っていいのは……」

 

俺も一応なだめてやったのだが、完全に我を失った神崎は血走った形相で引き金を引いた。

 

「死ねっ!!!」

 

そして当然のようにーー木から落ちたリンゴが地面で砕けるように、神崎は地面に倒れた。

 

あーあ、だから言ったのに。

撃たれる覚悟……してたのかな。

 

このゴールドエクスペリエンス、レクイエム前提だからかもしれないんだけど、飛び道具も反射するんだよね。

核ミサイルとか受けたらどうなるんだろ。やっぱ発射ボタン押した奴が爆死するのかな。謎だ。

 

「ぐほっ……ぐぐぐ……」

 

反射したダメージは、見事に神崎くんの腹に風穴をあけた。

明らかに致命傷である。

 

「大丈夫ですか……ダメそうですね」

 

治そうと思えば治せる。それもゴールドエクスペリエンス。

 

しかしこの神崎という男は、少々ランクを上げすぎた。危険度ランクをな。

 

大規模な不良集団を作り、店々を脅迫し、ドラッグを街に蔓延させようとし、あげく俺を闇討ちすることを計画するような奴である。しかも躊躇なく拳銃をぶっ放す。

 

治す理由がない。

 

俺は「こんな男、殺す価値もない(キッ」と言ったり、「これから精一杯生きて、罪を償うんだ」と言ったりするようなノーテンキな思考はとてもできない。

 

悪・即・斬。

危険な輩は消すに限る。

そんな嫌な中学1年生なので、あとは最期を看取るだけだ。

 

まぁ、恨み言くらいなら聞いてやってもいいぞ。

 

「言い残すことはありますか?」

「どこで……」

 

「はい」

「俺は、どこで間違えた……」

 

「うーん、どこでと言われましてもね……」

 

最期まで質問の多い奴だな。

 

とはいえ神崎の表情は血の気も引いて、瞳からはさっきまであった感情の光がなくなっている。

だからすでにこれは質問ですらないのだろう。ただのうわごとだ。

 

でも最期だし、答えてやるか。

 

「そもそも不良なんてのになったのが間違いなのでは?」

「……」

「尊大な自尊心を引っ込めて、目立たず、人に優しく、穏やかに暮らしていれば、間違いはなかったと思いますよ」

 

ここはバンドリ世界なんだからさ、モブになろう。

 

つーか俺なんか、生まれながらにして間違いの塊みたいな存在である。

なぜか過ちをおかしたあの邪神の罰だけ背負ってる。

 

そう考えるとこの神崎も、あの邪神の被害者なのかもしれない。

あの邪神が年甲斐もなくバンドリのライブでハッスルしなければ、みんな平和だったのだ。哀れな。

 

「……」

 

神崎からの返答は、もはやない。

 

仕方ない。

俺も転生には一家言もつ男。

神崎くんにもチャンスをあげようではないか。

 

チャンスかな? チャンスだよね?

少なくとも俺よりは罰ゲームじゃないと思うよ。

 

「では神崎さん。もう聞いてないと思いますが、チャンスをあげますよ。

 これもある意味、転生でしょう。来世では頑張って下さいね。バイバイ」

 

 

「こんにちわ~」

「フッフー☆ こがねちゃん! いらしゃ〜」

 

学校終わりにEDOGAWAGAKKIに入店すると、鵜沢が明るく俺を出迎えた。

 

「えらく嬉しそうですね。どうしました?」

「よく聞いてくれたんじゃ! 実はこの店の3Fスタジオの修理が終わってね、ここでも練習できるようになったの」

 

「へー、それはそれは。なによりですね」

「再開発の話もなくなって、変な人たちも来なくなったし。いいことばかりだよ。ほんと星見の丘様様♪」

 

鵜沢はルンルン気分で、はたきを振っている。

うんうん。そこまで喜ばれるとちょっとした達成感があるってもんだ。

 

それに今日は嬉しいお知らせもある。

 

「星見の丘ってここからそう離れてないし、今度ゆりちゃんを誘って、見に行ってみようかなって思ってるんだけど、こがねちゃんも来る?」

「あー、あそこまた新しい動物見つかったみたいで、めちゃくちゃ騒がしいのでやめといたほうがいいと思いますよ?」

 

「え、そうなの?」

「はい。なんか珍しい蛇が見つかったみたいで……」

 

蛇と聞いた鵜沢は、瞬時に顔色を青くした。

 

「へ、蛇!? リィちゃん蛇は苦手なんじゃー」

「ええ、蛇は危ないのでいかないのが正解です」

 

本物のジャパリパークは弱肉強食。

危ないところですからね。ぜひ頑張って欲しいもんだ。

 

「ところでこがねちゃん、今日は紹介したい人がいるって聞いたけど、誰のことなの?」

 

おっとそうだった。本日のメインを紹介しなければな。

 

「あ、それですよ。それ。ふふふ、鵜沢さん驚いてくれていいですよ。きっと鵜沢さんも気に入ってくれるはず……新しいメンバーですよ!」

「え、紹介? 新たなメンバー?」

 

「はい。どうぞ、入ってきてください」

 

というわけで俺は店の前で待機させていた彼女を招き入れる。

 

「二十騎ひなこでーす! よろしく☆ ぶい」

 

こうして物語もグリグリも新たなステージへ移行した。

 




区切りもいいので、一休みします。
( ˘ω˘)スヤァ


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