ガンダムSEED 天(そら)の英雄  (加賀りょう)
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開始時点での設定です。
ネタバレと言うほどではありません。


キャラ紹介

 

【主人公】

シリウェル・ファンヴァルト 18歳 ♂

Z.A.F.T.軍所属 ファンヴァルト隊を率いる若き指揮官。

MSの設計などもこなす技術者でもあるが、パイロットとしての実力も高い。

父親は多くのコロニーを設計した技術者であり、評議会議員だったテルクェス・ファンヴァルト。《血のバレンタイン》にて死去している。

家族構成は、母と妹の三人。母親はオーブ連合首長国の名家、アスハ家の一人であるクレア・イラ・アスハ。現代表首長ウズミの実妹。戸籍上カガリは従妹に当たる。ハーフコーディネーター。

プラントとオーブの友好の証としてクレアは人身御供として、テルクェスに嫁いだ。その二人の子どもであるシリウェルは、双方にとっての友好の証そのもの。

 

妹は6つ年下のアーシェ・ファンヴァルトで、血の繋がりはない。孤児であったのをテルクェスが引き取ってきた。

容姿→髪は茶色。光に当たると透けて水色に見える。幼い頃は女の子と間違われるほどであり、女顔はコンプレックスの一つ。身長も高いので今は間違われることはない。瞳の色は、水色。

 

 

【愛機】

ZGMF-001A レイフェザー・プロトタイプ

 

プロトジンを基に自らが設計した機体であり、中距離戦闘を得意とする癖のあるMS。

 

 

【特記事項】

○ラウ・ル・クルーゼと親しい

○ギルバート・デュランダルを危険視している

○レイ・ザ・バレルとの仲は良好

○ラクスとは幼馴染で、兄の様な存在

○プラントではクルーゼと共にネビュラ勲章を授与されたこともあり、英雄扱いされている

 

 

【その他オリジナルキャラ】

●ユリシア・アマルフィ 17歳 ♀

Z.A.F.T.軍所属 ファンヴァルト隊母艦であるヘルメスのCIC担当。プラントルールで定められたシリウェルの婚約者。定められた相手ではあるが、ユリシアはシリウェルに好意を持っている。しかし、シリウェルには伝わっていない。

ニコル・アマルフィは弟。

 

 

●レンブラント・ケニー 41歳 ♂

Z.A.F.T.軍所属 ファンヴァルト隊母艦 ヘルメスの艦長。

 

 

●ナンナ・マイロード 20歳 ♀

ファンヴァルト家使用人。シリウェルの幼馴染。

Z.A.F.T.軍ファンヴァルト隊所属。軍に属してはいるが、ほぼシリウェルの専属として動いている。

 

 

 

●クレア・イラ・アスハ 38歳 ♀

シリウェルの母で、オーブ連合首長国出身。オーブ連合首長国代表首長であるウズミの実妹。ナチュラル。

実子ではないアーシェにも等しく接する優しい人物。

 

●アーシェ・ファンヴァルト 14歳 ♀

シリウェルの義妹。血の繋がりはないが、シリウェルを兄として慕っている。

 

●モリスン・アマダ 35歳 ♂

オーブ軍一佐。アスハ家を敬愛しているため、シリウェルも例外ではない。

 

 

【原作キャラ(主人公関連のみ)】

○キラ・ヤマト 16歳 ♂

カガリとの関係も、出生についてもシリウェルは知っている。同情はするが、開始時点でそれ以上の想いはない。

 

 

○アスラン・ザラ 16歳 ♂

優秀なルーキー程度の評価。ラクスの婚約者であるため、シリウェルとの面識はある。

 

 

○ラクス・クライン 16歳 ♀

親同士が仲が良く、シリウェルにとっては妹の様な存在。ラクス自身も兄として慕っており、ラクスは歌姫として、シリウェルは英雄として、共に国民の影響力を持つ者同士としてよき相談相手でもある。

 

 

○カガリ・ユラ・アスハ 16歳 ♀

シリウェルの従妹。血の繋がりはなく、戸籍上のものだがシリウェルは従妹として可愛がっている。

カガリも従兄であるシリウェルを尊敬しており、将来の目標にしているほどである。

 

 

 



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第一部 英雄の故郷
第1話 始まり


以前書いたもののリメイクになります。
オリジナルキャラがメインに話が進みますので、原作キャラがいないと嫌だという方はお気に召さないかもしれません。


「っ!!!」

 

 シリウェルは勢よくベッドから身を起こした。額には汗が滲んでいる。また同じ夢だ。

 目の前でユニウスセブンが墜ちる瞬間の夢。あの時、画面越しの映像で見た父の最期のこと。未だに引きずっている自分に情けなさを感じながらも、どうして事態を回避することができなかったのかと後悔ばかりが押し寄せる。

 

 C.E.70 2月14日≪血のバレンタイン≫。

 農業コロニーだったユニウスセブンが爆発に飲み込まれた日だ。

 視察と称して父であるテルクェス・ファンヴァルトはその日ユニウスセブンへと赴いていた。そこへ向けられた一発の核ミサイル。24万人以上の人々が犠牲になった。忘れられない日である。

 

 ふぅと息を吐くと、近くにかけてあったタオルを取り汗を拭う。

 時間を確認すれば、予定の時間はとっくに過ぎていた。

 少し休憩をするつもりが寝入ってしまったようだ。思わず舌打ちをし、立ち上がると椅子に掛けてあった軍服の上着を羽織る。

 ザフト軍指揮官を示す白色の軍服だ。シリウェルの髪は茶色だが、光に透かせば水色にみえる。男性にしては中性的な容姿を持っており、白い軍服を着ればその容姿と相まって一種のカリスマオーラを発していた。といっても本人に自覚はない。特に髪を整えることもなく、襟元を閉めて軽く身支度を整えると、シリウェルは部屋を出ていった。

 

 

 ザフト軍宇宙艦ヘルメス。それがこの戦艦の名前である。

 シリウェルが率いるファンヴァルト隊の母艦だ。現在は、哨戒任務から帰還する航行途中である。

 艦内にある自室で休んでいたシリウェルは、ブリッジへと姿をみせた。

 

「あ、隊長」

「お疲れ様です、ファンヴァルト隊長」

「すまない。予定をオーバーしたな」

 

 部下たちから敬礼を返しながら、軽く謝罪をする。隊長と言えども、休息時間を超過してしまったのだ。切羽詰まっていない状況なのだから問題はないとしても、非があるのはシリウェルの方だ。

 

「問題ありません。隊長もお疲れでしょう。もうしばらく休んでいただいても構いませんが」

「いや、気を遣わせたな。問題ない、レンブラント」

 

 シリウェルはっきり断ってしまえば、それ以上言葉を重ねることはなかった。

 艦長席に座っているのはレンブラント・ケニー。シリウェルの父親と言ってもいいほど年は離れているが、実直な軍人気質のお堅い人物であり、シリウェルは彼を気に入っていた。

 シリウェルとの付き合いは短くなく、お互い信頼を抱けるほどの戦場を駆け抜けてきている。レンブラントも、年下だからとシリウェルを侮ることもなく、そのまま上官として受け入れてくれている。

 シリウェルの年で指揮官となっている者は他にいない。最年少記録だともてはやされてはいるが、結局は国民へのプロパガンダの一つだ。無論、能力に問題があるわけではなくパイロットとしても指揮官としても一流の技術を持っている。とはいえ、年齢からみても戦闘経験でいえば、レンブラントには及ばないだろう。

 

 プラントへ戻るだけの航行。特に何かが起きるわけでもないので、シリウェルは自席へと座った。モニターを見ても敵影の姿もない。それもそのはずで、まもなくヤキン・ドゥーエの防衛網だ。警戒する必要もないだろう。

 

「……警戒態勢を解除」

「はっ」

 

 索敵などを怠ることはできないが、シリウェルがそう宣言したことで艦内の緊張が弱まる。

 哨戒任務というのは、ある意味気を抜く暇がないという酷な任務の一つだ。コンディションレッドが発令された時は無論のこと、それ以外の場合でも見落としがないように常に誰かは気を張っている必要があった。

 ザフトの勢力圏内であればその必要はない。ヤキンに入れば、警戒はヤキンの防衛を担う隊がやってくれる。

 

「帰還後、しばし休暇を与えるつもりだ。皆、羽を伸ばしてきてくれ」

「隊長もですか?」

 

 そう疑問を吐いたのは、CIC担当で緑色のウェーブがかかった髪を肩まで伸ばしふんわりとした雰囲気をもった

 女性士官だった。

 

「……議会に呼ばれているからな。それ次第だ」

「そう、ですか」

「ユリシア?」

 

 彼女の名は、ユリシア・アマルフィ。評議会議員の一人であるアマルフィ議員の娘だ。そして、プラントルールで決められたシリウェルの婚約者でもあった。

 年齢的にいつでも婚姻を結んでも構わない状況なのだが、今の情勢がそれを許してくれない。

 人材不足であるプラントには、優秀な軍人を遊ばせておくことはできないのだ。出生率の低下も重要な問題であり、婚姻を結べば次世代を生み出すことが第一となる。となれば、シリウェルが前線から離れることは必至。それは認められない、ということだ。シリウェル自身、ユリシアに不満はない。しかし、あくまで政略的なものであるので、そこにそれ以上の感情はもっていなかった。だが、自身が有名であることの自覚はあるため、公に知られている婚約者を無下に扱うことはしていないつもりだ。

 

「どうかしたのか?」

「……いえ、何でもありません」

「そうか……」

 

 ユリシアが何でもないと言えば、シリウェルはそれ以上追及することはない。

 傍から見ている者たちは、そんなシリウェルを見てため息をつくのだった。

 艦を下りる準備をするため、ちらほらと席を立つ士官たち。ユリシアもそれに追随した。

 

「隊長……少しは乙女心を学んだ方が宜しいかと思います」

「レンブラント? 何故だ?」

「アマルフィは、休暇を共に過ごしたいのだと思いますよ。私的な時間を作られてはどうですか?」

「……余裕があれば、な」

 

 私的な時間。そこまで言われれば、シリウェルとて理解する。

 要するに、婚約者としての時間を過ごしたいということなのだろう。時間を作れるかどうかは、この後の議会の内容次第になってくる。必ず約束はできない以上、下手に期待させるのはやめた方がいいとシリウェルは考える。

 加えて、今までの任務ではあるが共にいたのだ。あえて時間を作る必要はないのではという考えがよぎっていたのだが、敢えて口にすることはなかった。

 何故だが、非難を浴びそうな気がしたからだ。

 

「そんなことより、気になるのは議会だな……」

「……そんなこと、ではないと思います」

 

 どこまでも真面目なレンブラントは、シリウェルに指摘せずにはいられなかったようだ。

 

 

 



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第2話 連合のMS

原作でいうところのヘリオポリス襲撃後に当たります。


 港に着くと、艦をレンブラントへ任せシリウェルは空港に降り立った。

 

「お疲れ様です、シリウェル様」

「ナンナ? 迎えに来ていたのか?」

 

 満面の笑みを浮かべる少女は、ナンナ・マイロード。シリウェルとの付き合いは長く、2つ年上の幼馴染である。ファンヴァルト家の使用人だったが、軍に入りシリウェルの専属に近い形で動いている。ファンヴァルト隊に所属しているのだが、今回はプラントにてシリウェルの家族の警護をしてもらっていた。

 

「当然です。それと、報告を……クレア様もアーシェ様もお変わりありません」

「そうか。ありがとう」

「礼など不要です。ファンヴァルト家の皆さまをお守りするのは当然なのですから」

 

 元はファンヴァルト家の使用人であるため、その考えが抜けきらないのは仕方ないだろう。

 軍人としても優秀なナンナは、今回主にシリウェルの母であるクレアの護衛として残っていた。クレアは、ナチュラルなのだ。それも、オーブ連合首長国のアスハ家の者。

 プラントは主にコーディネーターが住んでおり、ナチュラルなどほぼいない。ファンヴァルト家が名家であるから、今までも何とかなっているが、シリウェルが不在の時に何かが起る可能性はゼロではない。アーシェはコーディネーターだが、まだまだ成人していない子どもに過ぎない。テルクェスも亡くなり、反ナチュラルの声が高くなりつつある今はナチュラルであるクレアにとって、決して住みやすい場所ではないのだ。

 

「それで、シリウェル様はお屋敷に戻られるのですか?」

「評議会に呼ばれている。その後は一度帰るつもりだ。皆に、伝えておいてくれ」

「かしこまりました。ではその後は、私は控えております」

「助かる」

 

 空港の中を歩いていれば、多くの視線を感じる。まるで見世物にでもなった気分だが、今に始まったことではない。適度に笑みを浮かべてこの場を去るに限るのだ。

 

 空港を出てエレベーターに乗り込み、議会へと向かう。既に議会自体は開始されているようだ。

 部屋の前にいる兵がシリウェルの姿を見て、敬礼をする。

 

「では行ってらっしゃいませ」

「あぁ」

 

 ナンナに見送られ、部屋へと足を踏み入れると、扉が開く音に反応したのか、議員たちの視線が集まった。

 

「シリウェル・ファンヴァルトです。遅れての参加、申し訳ありません」

「いや、こちらこそ任務中に呼び出して済まなかった」

 

 声を掛けてきたのは評議会の議長であるシーゲル・クラインだ。シリウェルとは家族同士の付き合いがある。とはいえ、この場は公の場。親し気に会話をすることはない。

 

「問題ない。それよりファンヴァルト、今報告を受けているところだ。早く席につけ」

「ザラ委員長……わかりました」

 

 こちらは国防委員長であるパトリック・ザラだ。視線だけを向けると直ぐに正面を向く。国防委員長ということで、軍人であるシリウェルにとっては上司のような立場にある。公の場という意味であれば、シーゲルよりも言葉を交わすことは多い。

 周りを見渡しながら席に着くと、参加者を確認する。ここにいるのは、最高評議会の議員と国防委員長であるパトリック。報告者の席についているのは、パトリックの息子であるアスラン・ザラとその隊長であるラウ・ル・クルーゼだった。一軍人であるシリウェルだが、このように議会に参加することは多い。準評議会議員のような扱いだが、その実は軍の中で最も影響力を持っている人物とされているからだった。

 

「では報告を始めてくれ」

「はっ」

 

 敬礼とともにアスランが立ち上がる。

 モニターに映像が映され、全員がその内容に釘付けになった。

 そこに映っていたのは、一機のMS。青と白を基調としたものだ。それ以外にも全部で五機のMSの映像が流れた。

 

(……これは)

 

 MAの機動性を持ち、それ以上の火力を備えた機体がMSだ。未だプラント-ザフト軍にしか持ちえていないものだった。だが、このような機体を製造したという報告はない。それが意味するものは……。

 

「これは連合の機体です」

「なんと……!?」

「馬鹿な!?」

「ナチュラルがこのような機体を製造したというのか!?」

 

 このMSが連合の製造したものだというパトリックの言葉に議員らは狼狽する。ナチュラルー大西洋連邦にそれほどの技術力があるなどという報告はいまだかつて挙がっていないのだ。動揺するのも当然だろう。

 

「説明致しましょう」

 

 ざわめきの中、アスランの隣にいたラウが立ち上がる。仮面をかぶっているため、その下にどのような表情を隠しているのかはわからない。淡々とした言葉からもたらされる情報に、皆が聞き入る。

 

(連合がMS、か。世界が動く……かもしれないな)

 

 説明を聞きながら、シリウェルは誰にも気づかれないように息を吐いた。

 

 

 



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第3話 会合

 議会が解散されると、ナンナを伴ってシリウェルは軍の自室へと戻った。

 そしてすぐに椅子へともたれ掛かり、項垂れるように顔を下に向ける。

 

「シリウェル様……」

「……」

 

 気遣うナンナの声が聞こえるが、シリウェルからの反応はなかった。それほどに衝撃を与えるものだったのだ。

 だた、連合がMSを製造する技術力を持っているというだけの報告ならば、そこまで気落ちすることはない。しかし、ラウが持ってきた情報は違ったのだ。

 中立コロニーヘリオポリス。オーブ連合首長国に属する自基コロニーだ。

 そのコロニー内にて極秘裏に開発されていたMS。シリウェルにとって、もう一つの故郷ともいえるオーブが地球軍に協力していた。

 事実、MSが存在し母艦も確認できたという。モルゲンレーテが協力していたことは間違いないだろう。

 

(まさか伯父上が……いや、そんなはずは……)

 

 伯父であるウズミが地球軍に協力するはずはない。オーブの国家元首であり、シリウェルにとって伯父であるウズミ・ナラ・アスハ。彼が指示していないのならば、オーブ内にいるブルーコスモスよりの連中が行ったことかもしれない。オーブとて一枚岩ではないということはわかっている。実際に、コーディネーターでありザフト軍に所属しているシリウェルを良く思っていない首長家もいるのだ。

 反プラント陣営が独断で行ったと思いたいが、それだけで済ませるレベルではない。このまま抗議もせずにいるわけにはいかない。

 

 その時、ピーッと来客を示す音が鳴った。シリウェルは微動だにしないため、ナンナが応答する。

 

「はい、何か御用でしょうか?」

『……シェルはいるかね?』

「どちら様でしょうか?」

 

 ナンナは名乗らない相手に不機嫌を隠さない声色に変わった。シリウェルを愛称で呼ぶのは軍内部にはほぼいない。ユリシアでさえ、呼ばないのだ。それが許されている相手だとしても、護衛という立場から名を名乗らない相手へとつなぐわけにはいかないだろう。

 しかし、聞こえていたシリウェル当人は顔をあげ、机の上にあるマイクをオンにする。

 

「ラウ、か……何の用だ?」

『その声からすると相当なダメージのようだね。どうだい? 少し話さないかね?』

「……あぁ。先に行っていてくれ」

『わかったよ』

 

 机の側にある応答機で会話をしていたため、わざわざ動く必要はなかった。

 

「全く……タイミングのいいことだ」

「シリウェル様?」

「悪い。少し出てくる」

「……わかりました」

 

 先ほどの相手と会いに行くことはわかっているからか、ナンナはすんなりと納得した。

 シリウェルとの付き合いが長いとは言っても、交友関係すべてを把握しているわけではないのだ。とはいえ、ここは軍内部。相手が軍関係者であることは間違いない。故に何も言わないのだろう。

 シリウェルは立ち上がると、そのまま自室を後にした。

 

 回廊の奥にある宙を見ることのできるスペースがある。そこは、隅にあるためなのか滅多に人が通らない場所だった。一人になるにはうってつけの場所でもあり、ラウとシリウェルが会うのは大抵がこの場所だった。

 

 行き交う人もいないまま目的地につけば、仮面を被った白い軍服の男がいる。先ほど議会の場でも姿を見かけた人物だ。

 

「こうして会うのは一月振りかな?」

「さぁな。覚えていない……」

 

 振り返りもしないが、シリウェルが来たことは察知したのだろう。

 隣に並ぶと、ラウに習ってシリウェルも宙を見上げた。

 

「……用件はなんだ?」

「怒っているか? 私のしたことを」

「黙ってへリオポリスに行った挙げ句に、厄介なモノを釣り上げてきたことか?」

 

 思わず感情が乗ってしまったのは仕方ないだろう。

 ザフトの軍人としてみれば、ラウの行動は褒めたものではないが利があるものだ。しかし、シリウェル個人としては厄介以外の何モノでもない。

 オーブを信じたい感情と、一部の者達に対する怒りが渦巻いていた。

 

「確かな情報だったからね。独断で行ったのは申し訳なかったが、君に教えたとしても君が動くことはない。違うかな?」

「……」

 

 知っていたとしても別の任務があり状況的に参加できなかった。それは間違いない。シリウェルが合流するまで待つということもないだろう。とすれば、どちらにしても結果は変わらなかったということだ。

 

「確かに、お前が行ったことで明るみに出た。結果としては悪くない。状況としては良くないがな」

「残りの1機は私の隊が落とすさ」

「随分な自信だな」

「今年のルーキーは優秀なのだよ」

「それでも一人失ったんじゃないのか? 物事に絶対はない。間違えばそこにあるのは死だ」

 

 シリウェルはラウへと向き直った。その視線には批難の意が込められている。

 たが、向けられた本人はニヤリと口許を作る。

 

「フッ相変わらず君は優しい。しかし、いずれその優しさが君を殺す」

「……」

「そういう世界なのだよ、ここは……優しさだけでは何も救えない」

「ラウ……お前」

 

 再びラウは宙を見上げる。今、ラウが秘めている想い。それは自身の生まれのことだろう。ラウは既に未来を諦めているのだ。

 

「シェル、君もそう思わないかね?」

「……」

 

 ラウの言っていることは間違ってはいない。だからこそ、シリウェルも力を手にしたのだから。それでも、肯定することも出来なかった。肯定することは、即ちラウを諦めることに等しい。

 

「ラウ、俺は──―」

「今はその先は聞かないでおこう。君が全ての希望を失う時にでも考えてほしいかな。私の数少ない友人である、君に」

「……俺がお前の元まで堕ちるのを待つ、ということか」

「君の想像に任せるよ。……君が堕ちた時は世界が終わる時だと思うがね」

 

 それだけ言ってラウは後ろを向けて去っていった。最後に何か言っていたようだが、シリウェルには届いていなかった。



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第4話 オーブへ

 数日後、シリウェルはシャトルに乗っていた。地球のオーブへと向かうためだ。

 その指令が下されたのはついさきほどのことだった。

 目的はヘリオポリスで建造されていたという戦艦、そしてMSたちについて問い質すため。

 

 オーブとプラントは友好国だ。オーブが率先して大西洋連邦に協力していたとなれば、この関係を崩すには十分な理由になる。最もオーブへ首脳陣が大西洋連邦に協力したことを認めることはないだろう。証人も証拠となるコロニーも既にない。コロニーが崩壊したことにザフトも関係しているが、それを責めて来ないのは後ろめたいことがあるからだ。とはいえ、プラントも無関係な人たちを巻き込んだということ自体は許されることではない。この辺りも含め、話をつけるのが今回のシリウェルの役目だった。

 

「あまりゆっくりは出来なかったな……」

「シリウェル様」

 

 帰宅後直ぐに指令が下ったので、家族と話す時間すら作れなかった。それでも母と妹の顔を見ることは出来たので良かった方だろう。

 今回は隊を動かすことはしていない。出来るだけ秘密裏にオーブへ向かう必要がある。人数は最低限だった。

 護衛としてナンナが同行している他、何故かユリシアも共に来ていた。後は、隊の中から数人だけだ。

 無論、一番の護衛はナンナであるので、今も側にいるのは彼女だ。元々、公私混同するつもりもないのでユリシアを特別扱いすることはない。ユリシアもここには部下の一人として来ているのだが、シリウェルは彼女を連れてくるつもりはなかった。こうして同行しているのは、彼女の希望でもある。軍人としての射撃の腕は申し分ないが、シリウェルの護衛としては然程戦力としてみてはいない。シリウェル自身の力が優れているからなのだが、それでも彼女を連れてきたのは今回の休暇で相手をすることが出来なかったことが理由だ。

 交渉が終わればすぐにカーペンタリアに向かうつもりではあるが、どこかで時間を作って相手をする必要があるという認識をする程度には、シリウェルも考えていた。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 

 シリウェル達を乗せたシャトルは、オーブ連合首長国のオノゴロ島にある飛行場に降り立つ。事前に申請をしていたためか、飛行場には多数のオーブ軍人が待ちわびていた。

 先にナンナが降り、シリウェルが降りる。すると、一斉にオーブ軍が敬礼した。

 

「えっ……!?」

「な……」

 

 共に来ていた隊の者達が困惑している。しかし、シリウェルは先頭に控えていたオーブ兵士を見て納得した。

 手を上げ、その礼に応える。

 

「随分なお出迎えだな、モリスン」

「お待ちしておりました、シリウェル様」

「今の俺は、プラントの使者だ。礼を尽くす必要はない」

「お立場がどうであろうとも、貴方は紛れもなくアスハ家のお方。我らが礼を尽くすのは当然です」

「公式な訪問でないとは言え、誉められたことではないが……皆の想いは受け取っておく」

 

 かれはモリスン・アマダ。オーブ軍の中で一佐の階級に当たる。モリスンだけでなく、ここにいる兵士たちはアスハ家に恩と尊敬の念を抱き、支持してくれている者達だ。母が現首長家の生まれということもあり、シリウェルもアスハ家の者として見てくれているのだ。しかし、シリウェルはザフト軍に所属する軍人。公ではないから許されるのかもしれないが、本来ならあり得ない対応だ。

 

「……伯父上はどこに?」

「いつものお部屋でお待ちしております。ご案内します」

「頼む」

 

 用件は既にわかっているのだから、さっさと終わらせたい。

 シリウェルはナンナらへと振り返った。

 

「お前たちは待機だ。終わり次第カーペンタリアに向かう。準備をしておいてくれ」

「シリウェル様、ですが護衛は……」

 

 ナンナさえも連れていかないことに、不安そうな声が上がる。オーブは友好国とは言え、他国には違いないのだ。

 

「オーブの曹兵たちが俺を害することなど出来ない。大丈夫だ」

「しかし……」

 

 シリウェルにとっては身内のようなものかもしれないが、今回の件はそもそもそのオーブの裏切りによるものという意識がプラント側は強い。すんなりと受け入れられるものではない。

 

「……わかった。なら、アマルフィ」

「!? は、はいっ!」

 

 仕方ないとばかりにシリウェルがため息を吐きながら呼ぶ。突然名前を呼ばれて、ユリシアは緊張した面持ちでシリウェルを見た。

 

「お前がついてこい」

「わ、私が、ですか?」

「非公式な会談だが秘書がいても文句はないだろう。他はここで待機。モリスン、行くぞ」

「はっ」

 

 異論を言われる暇を与えないようにモリスンへと声をかけ、シリウェルは奥へと歩いていった。向かう場所は既にわかっているかのようにモリスンの前を行く。

 

「あ……えっと」

「アマルフィ、隊長を頼む……」

「は、はい。わかりました」

 

 他の隊員に頼まれれば頷く以外に選択肢はない。ユリシアは頭を下げ、急ぎ足でシリウェルを追った。

 残されたのは、オーブ軍とザフト軍。お互い面識のない者同士。流れるのは沈黙だった。

 

「……」

「……」

「……で、では我々は持ち場に戻ります。シリウェル様が戻られるまで何人かは警備のため、ここに居りますので」

「は、はい。では、こちらも機体の確認などをしております」

 

 同じ場所にいても話すことなどないだろう。唯一あるとすれば、シリウェルのことだが気軽に話すような間柄ではない。

 持ち場に付くのが正しい判断と言えるだろう。

 隊の中には、今回の件でオーブをよく思わない者もいるのだから。

 



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第5話 面会

 モリスンとユリシアと共に向かったのは、オノゴロ島の軍港に隣接している場所の一室だった。

 

 モリスンが室内に到着したことを伝え、その場をシリウェルに譲った。

 

「……ここでウズミ様がお待ちです」

「あぁ、案内ご苦労だったな」

「いえ、それでは私はこちらに控えておりますので」

「わかった」

 

 モリスンは部屋の警護だ。その中には誰もこの場に近づかないようにとの見張りも含まれている。

 ユリシアに目配せをし、シリウェルは戸を開けた。

 

「……ご無沙汰しております、伯父上」

 

 入り口に立ち、シリウェルは頭を下げた。ユリシアも頭を下げる。シリウェルが礼を尽くすほどの相手であり、伯父と呼ぶのは一人しかいない。一軍人に過ぎないユリシアが簡単に会うことなど出来ない人物、ウズミ・ナラ・アスハなのだから。

 

 ウズミは立ち上がり、シリウェルの側まで来るとポンと肩に触れその身を起こさせる。

 

「久しいな、シリウェル。元気そうで何よりだ」

「伯父上も」

 

 柔らかな笑みを浮かべウズミは、シリウェルの顔を見る。こうして顔を付き合わせて話をすることは、随分していない。任務で来ているとは言え、会うことが出来たのは素直に嬉しいとシリウェルも感じていた。

 

「……? そちらは?」

 

 ウズミはシリウェルの背後にいたユリシアに目を向けた。顔を見るのは初めてだろう。ユリシアはシリウェルとは違い公人ではない。顔を知らなくても当然だろう。

 

「……紹介します。ユリシア・アマルフィ、俺の隊に属していますが、今回は護衛という形で同行しています」

「ユリシア・アマルフィです。ウズミ様、宜しくお願い致します」

 

 シリウェルが紹介すると、ユリシアは敬礼をしながら挨拶をする。

 

「ユリシア・アマルフィ……確かお前の婚約者だったのではないか?」

「まぁそうですが、ここでは俺の部下の一人です」

 

 この場は私的なものではない。あくまで非公式ではあるが、任務の一つなのだ。身内に婚約者を紹介する場所ではないのだと、シリウェルはあえて強調した。

 

「……お前がそういうならいいが。まずは座れ」

「はい」

 

 向い合わせのソファーに座ると、タイミング良く侍女がコーヒーを持ってくる。ユリシアの分もだ。

 困惑するユリシアに、ウズミは座ることを勧めた。シリウェルの部下ではあるが、ウズミがそういうならシリウェルも異論は出来ない。

 

「……いただきます」

「うむ。では、シリウェル。話をしようか」

 

 コーヒーを飲むユリシアに満足したのか、ウズミはシリウェルに先を促した。

 

「……用件はわかっているでしょう、ウズミ代表」

「私はもう代表ではない。弟に譲ったよ」

「ホムラ叔父上、ですか……代表だけでなく、首長も降りたんですね」

 

 ウズミは国の代表だけでなく首長家としても代表だった。それさえも降りたということだ。

 

「ではヘリオポリスでのモルゲンレーテの介入は認める、ということですか?」

「一部の者たちが独断で連合と通じていたことは認める。だが、オーブとしてモルゲンレーテが介入したことはない」

「……一部、ですか」

「一部だ。オーブとして、プラントと敵対することはない」

 

 あくまで国としての姿勢は変えないということだろう。それでも、事実としてヘリオポリスで最新のMSと戦艦が建造されたことは変わらない。代表として見落としていたことの責任を追及されるのはわかっていたのだろう。だから、ウズミは代表と首長を降りたのだ。

 

「……わかりました。ヘリオポリス壊滅の賠償は必要ですか?」

「必要ない……要求出来ないとわかっていて聞いておるのか?」

「ただの嫌味でしょうね、これを聞いてこいと提案したのは……」

 

 そう、シリウェルが問いただしていた内容は議会でまとめられたものだ。いかに軍としてはそれなりの地位にいるとは言え、シリウェルは正確には最高評議会議員ではない。政治的な交渉をしたことがないわけではないが、国の代表である最高評議会の意見を優先的にしなければならないのだ。

 

「お前も政に染まってきたな」

「……父の影響でしょうね。それに、伯父がオーブ代表なら嫌でもそうなるでしょう」

「……苦労をかける」

「俺が望んだことです。伯父上たちのせいではありません」

「そうか……」

 

 ユリシアは二人の会話を黙ったまま聞いている。護衛という名目でいるが、戦闘技術はシリウェルの方が上であるため、本当に名目上のものでしかなく、やることがないのだ。そんなユリシアの様子をみて、ウズミは話題を変えた。

 

「シリウェル、この後はどうするのだ?」

「この後ですか? カーペンタリアに向かう予定です」

「直ぐに行くのか?」

「……ザフトの軍人である俺が長居する訳にはいかないですから」

 

 シリウェルはプラントにもオーブにも国籍を持っていた。それは、シリウェルがハーフだからだ。連合との戦争が始まるまでは、年に一度はオーブへと帰ってきていたし、アスハ家にはシリウェルの部屋もある。ウズミも少しはゆっくりすると思っていたのだろう、僅かに驚いていた。

 

「……マーナもホムラも喜ぶと思うのだがな」

「すみません……」

「仕方ないか。今の状況が状況だ。無理強いはできまい」

 

 ザフトの軍人であり、隊を任されるほどだ。ウズミも戦争の最中であることは十二分にわかっている。

 

「ならば、お前の結婚はまだ先なのだな……」

「え?」

「ユリシア嬢との結婚だ。年齢を考えれば早いということもあるまい」

 

 突然ユリシアとのことが話題になり、シリウェルは動揺した。それは隣に座っていたユリシアも同じだ。

 

「ユリシア嬢とシリウェルの式ならば、是非ともみたいものだが」

「えっ、あの、そのウズミ様……」

「……伯父上、ユリシアをからかうのはやめてください」

「たが、お前はファンヴァルト殿の遺児だ。周囲が望んでいるのではないか?」

 

 プラントルールで決められた結婚ならば、反対するものはプラントにはいない。成人も過ぎ、適齢期であることは確かなのだ。急かされたことがないわけではない。

 

「……それでも今は無理です。戦争が終わるまでは、俺は前線から離れることはできませんから。そんな時間はありません」

「そうか……そうだな」

「……はい」

 

 当然という風に話すシリウェルと、若干寂しそうなユリシアの様子にウズミは気がついていた。

 



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第6話 休息

 ウズミとの会合を終え、シリウェルはシャトルへと戻りカーペンタリアへと向かった。

 

「良かったのですか?」

「何がだ?」

「……オーブのご実家に寄らずにこちらに来たことです」

 

 カーペンタリアに用意された私室でお茶を入れ、ナンナは切り出した。オーブの滞在時間が短かったのを気にしているのだ。

 それは他の部下たちも同様だった。進言しないだけで、チラチラと様子を窺っていたのはシリウェルとて気づいている。

 

「今は刺激を与えるだけだろうからな」

「刺激、ですか?」

「……皆は知らないだろうが、オーブも一枚岩じゃない。ブルーコスモス寄りの首長もいる。俺の存在を良く思っていない連中も無論だ」

 

 ヘリオポリスに奇襲をかけたのはプラント側。後ろ暗いことがあるとは言え、結果的にコロニーを壊滅に追いやった組織の一員であることを憎らしく感じていることだろう。

 

「今回は任務で出向いただけだ。なら、それ以上のことはしない方がいい」

「シリウェル様……ですが、シリウェル様は両国の友好の結果ではないですか。それを……」

「頭の固い奴はどこにでもいる。それだけの話だ」

「……シリウェル様」

 

 シリウェルの両親はプラントの評議会議員とオーブ首長家の一人娘だ。これには両国の政治的要因も関係していた。要するに政略結婚である。コーディネーターを差別しないオーブとは、プラントも友好的にやっていきたかったのだろう。その証として、シリウェルの母は人身御供となった。だが、当人たちがそう感じておらず、シリウェルから見ても両親は仲が良かったので、大して気にはしていない。お陰でオーブでもプラントでもシリウェルは、ある意味特殊な存在になったのだが、仕方ないと諦めている。

 しかし、当時からこの婚姻に異を唱えるものはおり、未だにシリウェルをアスハ家の者と認めないと主張する者たちがいるのだ。最もシリウェルというよりも、コーディネーターが名家に入ることが気にくわないだけなのだから、気にするだけ無駄だろう。

 

「それより、あの連中はどうなっている? 情報は来たか?」

「あっ、はい。先ほどダカーハ隊長より通信がありました。明日には、顔を出してほしいと」

「わかった。それまで、休みだな。明日までは休暇だと、他のメンバーにも連絡しておいてくれ」

「はい」

 

 明日には次の任務が決まる。と言うことはシリウェルにとっても今日は休暇なのだ。どう過ごそうか考えていると、連絡を終えたナンナが戻ってきていた。

 

「ナンナ、お前も今日は護衛は良い。好きに過ごせ」

「……わかりました。では、僭越ながら私から提案があります」

「? 提案?」

「今日はユリシア殿と過ごされてはどうですか? 私的なお時間ならば、婚約者としての時間を作るのも義務だと思われます。特に、シリウェル様は鈍いのですからちゃんとお時間を取るべきです」

「……」

 

 丁寧な言葉遣いではあるが、要するに言われなければ作らないのだから、という指摘ということだ。その表情は笑ってはいるが、ナンナの満面の笑みほど恐いものはない。よって、これは提案ではなくほぼ強制だろう。断れば、母にも何か小言を言われるのは必至だ。

 

「はぁ……わかった。ユリシアを誘う」

「分かっていただけたなら宜しいのです。では、私も失礼します」

「ご苦労だった」

「はい」

 

 綺麗にお辞儀をして部屋を去っていくナンナを見送り、シリウェルは再び息を吐いた。

 

「……仕方ない、か」

 

 気乗りしないのは事実だが、確かに最近は時間も作れていない。上官と部下ではなく、婚約者として接する機会を作るのも礼儀の一つだろう。でなくば、アマルフィの両親の不安を煽ることにもなりかねないのだから。

 そう決意して私服に着替えると、シリウェルも部屋を出ていった。

 

 

 ★☆★☆★☆★

 

 

 カーペンタリア基地は軍事基地ではあるが、ある程度の施設は備えてある。ショッピングモールやレストランなど、休息を取るための娯楽施設もだ。

 よって、恋人たちがデートをすることも良く見られるため、男女のペアが共にいても特段気にされることはない。

 ただし、相手が有名人であるならばその注目度はその比ではなかった。

 

「あ、あの……シリウェル様」

「……どうかしたのか?」

「その……」

 

 注目を浴びていることに意見をしたいのだろうが、それを告げたからと言って状況が変わるわけではない。それに、シリウェルと共にいるということは常に周囲からみられているのと同義なのだ。ユリシアも覚悟を決めるしかないのだと、顔を引き締める。

 

「……何でもありません。大丈夫です」

「そうか……」

 

 軍内部ではすぐに噂は広まるだろう。シリウェルが婚約者と逢瀬を交わしていたということは。むしろ広まった方が都合がいいので、シリウェルは構わないのだが、女性であるユリシアにとっては苦痛のようだった。

 本人が大丈夫というのならば、何かを言うことはないだろう。

 

「俺も特に何かをしたいというわけじゃない。ユリシアはどこか行きたいところはあるか?」

「私、ですか?」

「明日以降、時間を取ることは厳しいだろうし、君と二人で出かけることはできなくなる可能性が高い。勿論、上司と部下という形であればいつでもいられるが……それは君の望むものじゃないんじゃないか?」

「シリウェル様……」

 

 普段ならアマルフィと呼ぶシリウェルだが、私的な場所では名を呼ぶ。それだけでユリシアは己が特別になったような気分になるが、シリウェルにとっては義務のようなもの。ユリシアとて、それがわからないわけではない。

 戦時中という状況下で自由になれる時間など、立場が上になればなるほどなくなっていくものだ。仕方のないことだと割り切らなければならない。

 

「……では、今日は私の買い物に付き合っていただけますか?」

「それだけでいいのか?」

「今日は一日私にお時間をくださるのでしょう? 私はそれだけで十分です。シリウェル様を独り占めできるのですから、皆に羨ましがられるでしょうから」

「それは大げさだと思うが……君がいいならいいか。なら行こう」

 

 シリウェルはそっと手を差し出した。

 一瞬、ユリシアは何が起こったのかわからなかった。ユリシアが知っている中で、シリウェルから手を伸ばしてきたことなどない。儀礼的なキスはあるが、それ以上触れてはこなかったのだ。たったこれだけのことで、ユリシアは自分が舞い上がっていることを自覚していた。

 

「はい……」

 

 差し出されたその手を取り、握り返すとシリウェルと並んでユリシアも歩き出した。

 

 

 

 

 

 



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第7話 依頼

 翌日の朝、シリウェルは一人会議室へと来ていた。そこには既に白と黒の軍服を纏った将兵二人が控えている。

 シリウェルを見るなり、立ち上がると敬礼した。

 

「おはようございます、シリウェル様」

「……おはようございます、ダカーハ隊長。そちらは、ハーシェ・グルンダ殿でしたね」

「知っていただけたとは恐縮です、ファンヴァルト隊長。自分は、ハーシェ・グルンダであります。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ザフト軍内は連合に比べて人員不足だ。その中でもシリウェルはほとんどの兵の名前と顔、技術を記憶していた。現在のザフトが配備しているMS設計のほとんどに携わっている以上、使用者を知ることが必要だったのだ。製造したのにパイロットがいないのであれば、宝の持ち腐れでしかないのだから。

 ダカーハはファンヴァルト隊母艦の艦長をしているレンブラントよりも年齢は上で、落ち着いた雰囲気の紳士という表現が適切だろう。指揮能力に優れた名将だ。

 ハーシェはその副官であるが、まだ任命されて日が浅いためその実力は見れていない。能力としては支援をするなら優秀といったところだ。二人とも前線に出るタイプではない。

 お互い、席に着くとすぐにシリウェルが切り出す。

 

「それで、上は何を持ってきたのですか?」

「……お見通しのようですね。実は、シリウェル様に新たなMSの設計の依頼が来ているのです。国防委員長であるザラ閣下から」

「ザラ閣下が……なるほど、地球軍のMSに後れを取ることのないように、か……」

 

 連合のMSは映像で見る限りでも、かなりの機動性と戦闘力を持つようだ。扱えるパイロットがいない以上は、脅威とはならないが、あのMSを作り出せる技術力があることは事実。指をくわえてみていることはできないのだろう。このタイミングで国防委員である彼からの指示ならそれ以外にない。だが今回は、パトリックの判断は正しいといえる。

 

「わかりました。クルーゼ隊からMSの情報は得ていますか?」

「はい。こちらに。ですが、相手側にある一機については映像データのみとなります」

「十分です。映像があれば問題ありません」

 

 情報は多い方がいいが、多ければいいというものでもない。ある程度の戦闘映像があれば、ほかの四機を比較しながら踏襲するのがいいだろう。

 

「では、今日中に帰国します」

「……お願いします、シリウェル様。我々の勝利のために」

「無論です」

 

 データを受けとると、シリウェルは席を立つ。部下に連絡と準備をしなければならない。事前に帰国する可能性は伝えてあるから然程問題はないはずだ。

 会議室から出ると、端末を操作する。

 

『隊長、どうかされましたか?』

「プラントに戻る。準備は出来るか?」

『……本当に予定通り直ぐにお戻りになるのですね』

 

 通話の向こう側の相手は呆れ混じりだった。それもそうだろう。昨日到着して、一日休みはあったものの実際にはとんぼ返りに近い。

 

「どのくらい必要だ?」

『予定は組んでいましたので、二時間もあれば準備は可能です。……勘が当たりすぎです、隊長は』

「面倒を強いて済まないな」

『いえ、承知してますんで。むしろ、歓迎してますよ。では、二時間後にドックに来て下さい』

「わかった。頼む」

 

 通信が切れるとシリウェルは重い息を吐く。

 強行軍であることは地球に降り立つことを命じられた時から覚悟していたことだ。しかし、それでも重力の違う場所を行ったり来たりすることは、予想以上に体力を使う。

 今回は任務というよりも、技術者としての仕事の意味合いが強いため、プラント本国でゆっくり体を休められるはずだ。これ以上、戦争を長引かせることは上層部も望んではいない。最も、それは相手側にも言えることだった。

 

 

 そうして二時間後、シリウェルたちはプラント本国へと舞い戻った。

 

 

 



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第二部 変革の力
第8話 新エネルギー


 プラント本国に戻った後、シリウェルは部下たちに待機を命じるとそのまま国防委員長であるパトリックの元へと向かった。

 

「シリウェル様! 戻られたのですね、お疲れ様です」

「えぇ、ついさっきですが。ザラ閣下は?」

「中に居られます。どうぞ」

「お願いします」

 

 パトリックの執務室を警備していた兵に案内され中にはいれば、大きい画面の前で思案顔の姿があった。シリウェルに気がつくと、更に眉を寄せる。

 

「来たか……」

「呼んでおいてそれはないのではないですか、閣下」

 

 机の前まで歩を進めると、パトリックの見ていた画面がシリウェルの視界にも入ってくる。

 映像データだったそれは、連合のMSとの戦闘のものだった。ザフト側の隊はクルーゼ隊だろう。奪取したMSを使用しているのだから。

 内容的にザフト側が押している様に見えるが、パトリックは納得がいかないようだった。

 

「この戦闘は?」

「アルテミスでの戦闘だ。たった一機相手に、撃ち落とすことができんとはな……」

「ですが、これでアルテミスは墜ち、連合は要塞を失ったことになります。成果としては悪くないのでは?」

「ふん。それは結果論に過ぎん」

「……戦争には結果が求められる。ならば、これもその一つです。全てを求めるのは酷というもの。理解しているはずでは?」

「……」

 

 パトリックは口を閉ざす。連合の要塞を墜としたことは評価できるものだと、わかっているのだろう。しかし、彼には焦りが見えた。恐らくそれは、近く行われる評議会議長選へのアピールを狙ってのことだ。

 最有力とは言われても、確実なものにしたい。そのためには、あの連合の艦とMSを一刻も早く排除したいのだ。

 

「はぁ……それはともかく、私に設計してほしいMSがあると聞きましたが、何か注文があるのではないですか?」

「……相変わらず話が速い。そうだ、新造MSには核エネルギーを用いたい」

「……は?」

 

 早く仕事の話をしたくて話題を切り替えたのだが、もたらされたのは思いもしないものだった。

 核エネルギー。動力を核とするということだ。

 シリウェルは思わず机に両手をバンっと叩きつけた。

 

「パトリックっ!! 何をいっているのかわかっているのか!?」

「無論だ」

「核は、あれは兵器として使ってはならない‼わかっているだろうっ! あれで、父やレノア女史はっ……」

 

 コーディネーターにとって、いやプラントに住まう人にとって忘れられない、忘れられない出来事であるユニウスセブンの悲劇。それをもたらしたのが連合の核ミサイルだ。報復として地球にNジャマーを与えたことで、核エネルギーは使用不可になった。

 連合もプラントも核を放棄する。そういった意味だと皆が思ったはずだ。いや、それ以前に多くの命を奪った核など使いたくはない。あれは忌むべきもので、兵器利用してはいけないものだ。

 

「わかっている……だが、勝つためには必要だ!」

「パトリック……」

「許されないことだとわかっている。しかし、それほど猶予はない。お前もわかっているはずだ」

「くっ……」

 

 戦争が長引けは長引くほど、プラント側には不利。人員もだが、物量的にも連合と比較すればそれは明らかだった。

 

「踏み切るしかないのだ。既にNジャマーキャンセラーの開発は進んでいる。時期に目処もつくと報告もある」

「……断ると言ったら?」

「お前は断らん。国家機密にも相当するものだ。その責任を踏まえても、知った以上は全うする。違うか?」

「……」

 

 シリウェルは目を閉じ、沈黙する。

 ここでシリウェルが断ったとしても、MS開発が止まるわけではない。しかし、どの技術者でも核エネルギー搭載のMSの設計など負担でしかないだろう。技術的にも難しいのだ。機密扱いのものでも精神的にキツいものがある。この二重苦に耐えられるか、潰されるかと言えば、潰れる方が可能性は高い。

 

「……相変わらず卑怯な手を遣う。拒否権は始めからないということですか……」

「悪く思うな……」

「……研究データもらえますか?」

「いいんだな?」

「……俺とて望むものがあります。そのために、負けるわけにはいかないことくらいわかっている。今回だけ、貴方の思惑に乗ります」

「そうか」

 

 パトリックは口元を緩めると、引き出しのなかかから一枚のディスクを取り出す。それが研究データのようだ。

 

「データはこれしかない。意味はわかるな?」

「誰に言っているんですか……しかと、承りました」

 

 ディスクを手に取り、シリウェルは力を入れた。

 父を殺した力。それをまさか自分が使う側になることに、不快感を露にしつつポケットに仕舞う。

 たった一枚のディスクなのに、それはずっしりと重みを感じた。

 

 

 



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第9話 未来への力

時間軸は第8艦隊壊滅~アフリカにいる頃位のつもりです。


 パトリックとの会合の後、シリウェルはクジラ石の前に立っていた。

 全ての始まりであり、平和の終わりの象徴でもあるもの。

 

(……人はどこまでも愚かになれる、か)

 

 戦争をしていて負けたいと考える者はいない。兵の誰もが勝利を信じて戦場に立つ。指揮する上官を信じ、仲間を信頼して。その先に、目指す未来が在ることを祈って。

 それは連合側とて同じ。相手が何かを仕掛ければ、その上を行く手段を用いて更に上を目指す。壮大なイタチごっこだ。止めたいと思っても、今のシリウェルにはまだ力が足りない。軍内部ではかなりの権限を持つが、それでも足りないのだ。シリウェル自身が更に力を持つ必要がある。知恵と力、そして周囲を巻き込む力を。

 

『……君は運命を信じるか? ……私は、信じない。決められた未来など、認めはしない』

 

 ふと、ラウの言葉が頭に響いた。あの時、シリウェルは何も言えなかった。誰よりも今の世界を呪っているのは、間違いなくラウだ。

 人は誰でも限りある時間を生きている。だが、ラウたちにはその時間が特段に少ない。既に見えている命ならばと、ラウは人が破滅に向かうことに嬉々するだろう。止められるのは、シリウェルだけだ。

 

「未来は必ず変えて見せる……俺はそのために……」

 

 誰もいないフロアで、シリウェルは拳を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 夕刻のファンヴァルト邸。

 軍本部から帰宅したシリウェルは、自室にいた。パトリックから受け取ったディスクの中身を確認するために、PCを起動させた。ゆっくりと取りかかるわけにはいかない。ある程度の目処は付けて、製造までの工程を作る必要がある。

 起動したPCにディスクを読み込ませると、流れてきた文字列を凝視した。

 どれだけそうしていたかはわからないが、一通りの内容を読み切るとシリウェルは新たにディスクと取り出す。

 研究が進んでいるとはいったものの、どの程度かは話に出てこなかったが、ディスクの内容を見る限りでは、ほぼ実践に使用できるまで成果は出ているようだった。一体いつから取り掛かっていたのかはわからないが、戦争に投入するつもりだったことは明らかだ。

 

「急がなければならない、か……」

 

 時刻はすでに夜も遅い。おそらく、母も妹も寝ている時間だろう。もしかしたら、部屋をノックしにきていたかもしれないが、集中していたシリウェルには届いていない。食事をとることもしていないが、今はこちらの案件が優先だ。

 シリウェルは再び、キーボード叩き始める。

 連合のMSの性能も考慮し、その上の機能をもつMS。パイロットは選ばなければいけないだろうが、それでもかまわないだろう。

 依頼された数は3機。だが、シリウェルはもう一つ製造するつもりだった。

 自身の力として使えるMSを。

 

 最初の機体は、多くの火力を持つものとした。機体は射程距離がない場合でも戦えるように、全距離からの攻撃を可能とするオールマイティーな力を持つ。パイロットに技量がなければ、宝の持ち腐れになるだろうが……。

 これだけの力は、核を動力とするからこそ可能なものだ。いずれは、核ではない別のエネルギーを動力と出来るように考えるべきだが、今は時間がない。

 

 次の機体には、攻撃手段を多く搭載する。最初のものが後方支援も可能なものなので、その援護を得ることで攻撃特化として戦場を駆けることの出来るように。この二つの機体はセットで使用した方がいいだろう。

 

 基本設計が固まれば、シリウェルは設計図を書き始める。脳内でシュミレーションしながら駆動部分へも手を伸ばした。

 

 最後の機体は、この二つの機体とは違うものがいいだろう。

 三体全てが同じ戦場にいるとは限らない。ならば、砲撃をメインとし単独でも優位に立てるような武力を持たせた方が良いだろう。

 

 シリウェルの集中力は、翌日も続いた。

 

 粗方の構図が決まり、初期段階としては仕上がりかけている。そんな中で自身が乗るMSについても設計を考える。だが、どうしても核エネルギーを使うことに嫌悪を感じてしまっていた。

 父の命を奪った力を自分が使う事が嫌なのだ。子どものような感情ではあるが、シリウェルとしてこの一線を越えることだけはしたくなかった。幸いにして依頼された機体は3つ。シリウェルが行っているのは入っていないため、核エネルギーは使用不可だろう。ならば、やはり別のエネルギーを考えなくてはならない。

 

(核に代わるもの、か……簡単に思い付けば苦労しないよな……)

 

 核のように無尽蔵に動ける力。動力。それは何かないのか。

 設計を進めつつもシリウェルはこの難問に頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 緊急の連絡が入ることもなく、自室に籠ること3日。さすがに心配になった母クレアが扉をノックし、開けるとそこには机に覆いかぶさるように眠るシリウェルの姿があった。

 

「シェル……?」

「うっ……」

 

 声をかければ、シリウェルが身動ぎをし体を起こす。寝ぼけたような顔で、クレアを見た。

 

「……? 母上……?」

「……まったく、帰ってきてからずっと部屋にいるんですもの。一体、今何日だと思っているの?」

「……えっと……どれくらいですか?」

「3日です」

 

 カレンダーをみれば、確かに邸へと帰ってきてから3日が経過していることが理解できる。クレアに視線を戻せば、にっこりと笑みを作っていた。

 それは、怒っている顔だ。それもとてつもなく。

 

「シリウェル、何を言いたいかわかりますか?」

「……申し訳ありません。仕事をしていたので」

「言い訳はそれだけ? 食事も睡眠もとらずに? それで隊を預かる責任を持つ人が、それでいいのかしら?」

「……」

「……貴方の立場はわかっているわ。けれど、どれほど力があってもそれでも、人に休息は必要なの。わかる?」

「はい……」

 

 今回ばかりは、シリウェルが悪い。クレアのいうことは正しいのだ。この後30分程度、クレアの高説を聞くこととなった。

 

 

 

「ごほん……では食事にするわ。アーシェも待っているのよ。お風呂に入ったら来なさい」

「……わかりました」

 

 パタンと閉まる音にシリウェルは重い息を吐く。安堵したのか気を抜けば眠ってしまいそうだった。

 それでもこれ以上食事をとらないと再び説教が始まることは間違いない。息をつきながら、重い身体を動かし、シリウェルは着替えを始めた。

 

 

 



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第10話 歌姫との逢瀬

ここから原作の捏造入ってきます。


 仕事が一段落したので、食事を終えたシリウェルはコーヒーを味わっていた。

 同じリビングには母と妹アーシェが座っている。こうして家族で過ごすことは、半年以上振りだった。

 

「……兄様、また直ぐに出られるのですか?」

「そうだな……」

 

 食事の時は嬉しさを全力で表していた顔が曇っているのを見て、シリウェルはアーシェをかまってやれていなかったことに申し訳なさを感じていた。

 どのくらい邸にいられるかをスケジュールで考え、今日と明日位は問題ないと結論付ける。

 

「……後で本部から報告を受ける必要はあるが、今日は家にいるつもりだ。どこか行きたいところがあれば、付き合えるよ」

「本当ですか兄様っ!?」

「あぁ」

 

 沈んでいたアーシェが嬉々とした表情に変わった。その変わりように思わずシリウェルも苦笑する。

 

「あらあら、アーシェ。シリウェルは任務を終えて疲れているのよ。あまり無理を言ってはいけないわ」

「問題ありませんよ。たまには、妹孝行しないと忘れられてしまいますから」

「全く、貴方はアーシェに甘いのだから」

「母上ほどではありません」

 

 軍内部にいるときとは違い、久方ぶりに感じる穏やかな空気は張り詰めていた緊張感を解してくれるものだった。ここには、ファンヴァルト家の者以外はいない。ナンナや執事たちなども下がっている。それは、家族の団欒を邪魔したくないという配慮からだった。

 

 

 アーシェと出掛ける約束をしたシリウェルは、その前に報告を受けるため自室にて、回線を開いた。

 

『隊長、本日は休暇ではないのですか?』

「そういうレンブラント、お前こそ今日は非番のはずだが?」

『それは……流石に艦を空けるわけにはいかないでしょうし』

「そうだな。悪い。明日は俺が代わるよ」

 

 誰もいなくなる訳ではないが、いつ何が起こるかわからない戦時中なのだ。レンブラントの判断は正しい。

 

『いえ、隊長はこれまで休暇を取られていません。休暇といっても、別の仕事を抱えられていると聞きました。こちらは私に任せて下さい』

「……そうか、わかった。お言葉に甘えるよ」

『それで、何か艦に用件でもあったのですか?』

「あぁ。留守組の様子を見たかったんだが、レンブラントがいるなら不要だったな。何かあれば連絡してほしい」

『はっ』

「数日は何もないはずだが、スピットブレイクのシナリオ次第で変わることもある。機体はいつでも動かせるようにしておいてほしい」

『承知しました』

 

 伝えるべきことを伝え、通信を切る。

 更に本部へと通信を繋げ現状の情報を得ると、シリウェルは通信を終わらせた。

 

 明日の夕刻には一度付き合わせと製造ラインの確保を行わなければならない。

 未だ例のMSと艦を墜とすこともできず、ザフト側の被害は増えるばかりだった。アフリカさえも退けられてしまったという。相手はたった一機だ。支援があったとしてもMSはそれのみ。相手の技量が余程優れているのだろう。どちらにしても、厳しい状況であることは間違いない。

 

「……荒れることを考えた方がいいのか」

 

 連合を直ぐにナチュラルと紐付ける者たちもいるだろう。追い込まれているのはプラント側なのだ。これ以上犠牲を増やすことは、戦争が終わることさえも遠ざけてしまう。何が最善か、シリウェルは考えなければいけない。

 

 コンコン。

 

「シリウェル兄様?」

「!?」

 

 扉の奥から呼ぶ声がする。アーシェの準備ができたのだろう。シリウェルは思考を振り切り、身支度をした。

 

「今行くよ」

「はいっ」

 

 これが戦争が終わる前に家族でいられる最後になるだろうことを感じながら。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 

 たっぷりと家族と過ごした次の日。

 シリウェルは一人、車である場所へと向かっていた。アプリリウス市にてシリウェルと二分する有名人でもある彼女の元へと。

 

 車を止めると、直ぐにクライン家の使用人が迎えでて来た。

 

「お待ちしておりました、シリウェル様」

「急な訪問で済まない」

「いえ、お忙しい中わざわざありがとうございます。こちらへ。ラクス様も心待ちにしておりました」

「そうか……」

 

 この邸に来るのも戦争が始まって以来となる。幼馴染でもある彼女は、その立場からメディアに出て仕事に精を出しているようだが、顔を合わせてはいなかった。

 

 案内されたのは応接室だ。中に入ればそこには、ピンク色の髪を靡かせながらベランダを覗いていた少女、ラクス・クラインが立っていた。シリウェルに気がつくと、ゆっくりと淑女の礼をする。

 

「お久しぶりですわ、シリウェルお兄様」

「あぁ、元気そうだなラクス」

 

 頭をあげ、ラクスは憂いの表情を作りながらシリウェルへと歩み寄る。

 

「……少しお痩せになりました? お疲れなのではございませんか?」

「問題ないさ。立て込んでいただけだからな」

「お兄様……」

「それより久しぶりに会ったんだ。ラクス、お前の紅茶を飲ませてくれないか?」

「お兄様ったら……わかりましたわ。お任せくださいませ」

 

 話題を避けようとしていることに気がつきながらも、ラクスはそれに付き合ってくれるようだ。無論、ラクスの入れる紅茶がシリウェルのお気に入りというのは間違いではない。

 

 美味しい紅茶を飲みながら、しばし他愛ない会話を弾ませた後、シリウェルは本題を切り出すために、ラクスへと紙の資料を渡した。

 

「? これは?」

「……俺が造ったものだ。スピットブレイクには間に合わないが、近いうちにロールアウトまで持っていくだろう」

 

 ラクスの目の前に示されたのは、MSたちの情報だった。

 国家機密とも言えるものだが、それを渡すことに躊躇いはなかった。

 

「何故、これを私に?」

「……戦況は聞いているか?」

「……はい」

「だろうな。お前が動かないならそれでもいい。だが、保険はかけておきたい」

「お兄様……」

 

 クライン派の力はシリウェルも感じている。その中心にいるのが、目の前の少女だということもシリウェルは理解していた。

 

「一つでも戦況を変えることのできる力だ。万が一、ザフトが進む道に懸念を抱き、未来に不安を感じたなら、その時はお前が利用してほしい」

「シリウェルお兄様、それでは貴方は?」

「……俺は誰かにこの役目をさせたくなかった。だから造ったが、それでもどこかで疑っている。ならば、同じく平和を願うお前に託したい」

「……」

「杞憂ならばそれでいい。ザフトの力になるだけだ」

 

 戦況が思わしくない中、先走らないかを懸念しているのだということはラクスにも伝わったのだろう。ラクスは、紙の内容を見つめた。漏洩させてはいけないものだ。だからこそ、紙という手段で持ってきたのだ。どこから漏れるかわからない。この場でラクスが見終われば直ぐに燃やすつもりで。

 

「……わかりました。お兄様の想いも願いも、私がお預かりします」

「そうか」

「ですが、お兄様はどうされるのです? 万が一、私が動けばお兄様も……」

 

 クライン派が動けば、親交のある者たちは一斉に検挙される可能性がある。シリウェルとて例外ではない。拘束されることもあり得るのだ。

 

「心配するな。俺なら大丈夫さ。そう簡単に俺を殺すことは出来ない」

「ですが……」

「お前の方が危険なんだ。俺のことは気にしなくていい。ラクス、己が願う未来のために信じる道を進め。その結果がどうなろうと、それはお前の責任ではない。ただの結果に過ぎないのだからな」

「……覚悟の上なのですね。ですが、それではクレアおば様たちは……?」

「……明後日にでも地球へと向かわせようと思う。プラントにいるよりも、伯父上たちの元の方が安全だからな」

 

 オーブならばクレアを受け入れてくれるだろう。アスハ家の縁者なのだから。アーシェも共に行く方がシリウェルも自由に動ける。まだ話しはしていないが、シリウェルの中では既に決定していた。

 

「……わかりました。私も時が来れば覚悟を決めます」

「あぁ。だが、無理はするな」

「はい」

 

 シリウェルの目の前にいるのは、画面の中で見る優しい顔をしたアイドルではない。決意を秘めた、強い意志を持った一人の女性だった。シリウェルは託せたことに安堵し、ラクスの隣に座るとその頭を撫でた。幼い頃にそうしていたように。

 

 



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第11話 別離

原作で言うところのアフリカが終わってオーブへ向かう辺りの時間軸です。


 クライン邸から戻ったシリウェルは、リビングにてクレアたちを呼び出した。

 

「一体どうしたの?」

「兄様?」

 

 改まって話があると言われれば不思議にも思うだろう。だが、今の時期でなければならない。これ以上戦火が広がり、ナチュラルが住み難くなるまえに。

 

「……母上、プラントから避難してもらえませんか?」

「えっ?」

「今ならばまだ間に合います。動けるうちに、オーブに行って下さい」

「あっ……」

 

 オーブへ避難する。その言葉の意味がわからないクレアではない。プラント、即ちコーディネーターの国から脱出せよということだ。

 

「……私の身が危険ということなのね」

「はい。今後の戦況次第では、そうなることが考えられます」

「そう……貴方の足枷かしらね、私とアーシェは」

「……」

「何も言わなくていいわ。足枷になる可能性は考えていたもの。離れるのは勿論寂しいけれど、貴方の邪魔にはなりたくないのだもの」

 

 クレアはすっと立ち上がると、シリウェルの隣に座った。そのままシリウェルを抱き締める。突然のことに、シリウェルは動揺を隠せなかった。

 

「は、母上!?」

「……本当に立派になったわ。あの人も喜んでいるでしょう。でも……忘れないでほしいの」

「……?」

「貴方はシリウェル・ファンヴァルト。プラント英雄でも、アスハ家の子でも、友好の象徴でもない。私、クレアとテルクェスの子。それは忘れないで……愛しい子」

「……」

 

 ゆっくりと身体を離すと、クレアはその頬に手を添える。

 

「……他の誰でもない貴方にしか出来ないことがある。信じて進みなさい。私とアーシェのことは心配いらないわ」

「……はい。ありがとうございます、母上」

 

 その様子をじっと見ていたアーシェは、顔を俯かせて膝の上の拳を握りしめた。

 

「アーシェ……貴女も来なさい」

「!? ……母様」

「暫く会えなくなるのだから、ね」

「は、はいっ」

 

 クレアの反対側へとアーシェが座り、シリウェルの背中へとぎゅっと抱きつく。これから暫くは会えなくなる。シリウェルは、好きなようにさせることにした。ポンポンとアーシェの頭を撫でる。離れがたいのはシリウェルとて同じなのだから。

 

 

 そうして、翌日クレアとアーシェはオーブへと飛び立った。シリウェルは空港まで見送りに行ったが、その足で軍本部へと戻っていった。

 

 同じ頃、地球軍の足つきがオーブ領海内へと入っていた。

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 

 

 本部へと顔を出した後は、シリウェルは母艦であるヘルメスへとやってきた。

 

「シリウェル様!」

「ご苦労だな。調子は変わらないか?」

「はい、いつでも問題ありません」

 

 常に出撃出来るようにしておくのは当然だが、現在戦闘は地上に移っているため宇宙戦艦であるヘルメスの出番はない。それでも、警戒を怠るわけにはいかないのだ。

 適度に休息を取るように指示を飛ばし、中へと入っていった。

 

「隊長、お待ちしてました」

「レンブラント、何か変わったことでもあったのか?」

「これを」

 

 艦の内部の司令、指揮官の席に着くとレンブラントが待っていた。言葉と共に渡されたのは一枚のディスク。

 受け取り直ぐに自席のPCへと入れる。ヘルメスはファンヴァルト隊専用ということもあり、シリウェルが使いやすいようにカスタマイズがされている。指揮官席には技術者でもあるシリウェルがいつでも作業出来るように高性能のPCが備え付けられていた。

 

 ディスクの中身は地球での戦闘内容だ。降下前から現在に至るまでの状況がそこにある。

 

「バーサーカ……か」

「隊長?」

「バルトフェルドがそう称している。彼の予想では、あれのパイロットはコーディネーターだそうだよ」

「それは……」

 

 さすがのレンブラントも言葉を失う。しかし、それと同時に理解もしているだろう。ナチュラル側に加勢しているコーディネーターも少なからずいるのだ。その理由は様々だろうが、コーディネーターだからといって必ずしもザフトではない。

 

「このディスクはどうやって届いた?」

「……砂漠の虎の副官が隊長に渡すようにと」

「なるほど。ならば、アフリカ以降はクルーゼ隊からのデータをつけただけか」

 

 バルトフェルド隊はアフリカにて壊滅している。生き残った者はプラントに戻ってきているということだ。どういった理由で、シリウェルに渡したのかはわからないが。

 

「……バルトフェルドとはそれほど話したことはないんだけどな。お前はどうだ?」

「私、ですか? ……軽い男ですよ。ですが……信用できる男でもあります」

「変な評価をするな?」

「事実ですので」

 

 よくも悪くも軍人ではあるが、抜くところは抜く。己の使い方をよく知っている人物、というのがレンブラントの総評だった。ならば、信頼できる情報ということだろう。

 シリウェルは引き続き中身を確認する。

 コーディネーターだという相手のパイロット。恐らく上層部はこの事を知らない。地球軍側は知っているだろう。ということは、このパイロットの行き着く先は飼い殺しか。どちらにしてもそう遠くない未来に抹殺の対象となるはずだ。

 ブルーコスモスが蔓延る地球軍に、コーディネーターの居場所はないのだから。

 

「……そしてオーブ、か。つくづく厄介事を持ち込んでくるな」

「……隊長」

「万が一の保険でも作っておくか……」

「?」

「こっちの話だ……俺は評議会に向かう。夜には戻る」

「はっ!」

 

 この後シリウェルは最高評議会に呼ばれていた。それは、最高評議会の議長を決める重要な会議に参加するためだ。既にほぼ決定となってはいるが、議会の承認なくしては本決まりにはならない。

 穏健派でもったシーゲルから、推進派であるパトリックへと変わるプラントの最高権力。昔の父と話をしていた姿を知っているシリウェルとしては、今のパトリックの変わりよう、強硬姿勢には疑問を抱く。ナチュラルを殲滅しようとしているのではないかと、危惧しているのだ。

 それこそが、ザフトの不安要素でもある。この先、どのような戦況へと導いていくつもりなのか。シリウェル自身も見極めなければならない。それがどれほど険しくとも、平和を諦めるわけにはいかないのだ。父のような犠牲を二度と生まないために。

 

 シリウェルは足早に評議会へと向かった。

 



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第12話 悲報

原作でいうところの、オーブ辺りの話。
タイトルで何となく想像がつくかもしれません。


 最高評議会。プラントにおける最も強い権力を保持する集まりである。平議員達よりは上位に座るシリウェルは、会議の進行を見守っている。

 議長となるのは、パトリック・ザラでほぼ決まりだろう。シーゲルをはじめとする穏健派の主張では、今のプラント市民を、ザフト軍を納得させるだけのモノがない。犠牲は増え、終わりの見えないこの状況を変えることこそが求められているのだから。

 

「……議論する意味もない……」

「シリウェル様? どうかされたのですか?」

 

 思わず呟いてしまった声を聞き取ったのだろう。隣に座っていた最高評議会議員の一人が声を掛けてくる。不穏な言葉と受け取られるわけにもいかないので、シリウェルは首を横に振り笑みを浮かべた。

 

「……いえ、何でもありませんよ」

「そうですか……あの……」

「何か?」

「シリウェル様は、その……議長になることはお考えではないのですか?」

「……」

 

 声を潜めてシリウェルの上をいく不穏な言葉を加えた議員に、眉を寄せてしまったのは仕方がないだろう。

 

「……貴方様がなるなら、我々は──―」

「何を期待されているのかは理解していますが、今のは聞かなかったことにします。私は軍人であり、この状況を好転させるのが役目ですから」

「……それは……。はい、そう、ですね」

「わかっていただけて嬉しいですよ」

 

 笑みを向けてはいるが内心では、怒鳴りたい気分を押し殺していただけだった。余計な話をするな、と。

 下手に派閥を作れば戦争など出来ないというのに、議員自ら割れるような発言をするのは、案にパトリックを認めないと示しているようだ。誰も聞いていないとは言え、不穏な言動は慎んでもらいたい。

 念のため周囲を確認したが、やはり聞いている者はいない。

 

 一方で、議会は滞りなく進んでおり、無事に多数の支持を得てパトリックが議長へと就任したのだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 議会を終えた後、シリウェルが来たのはMS製造をしている一画だった。設計したMSの製造状況を確認しに来たのだ。最優先で組まれたライン。こちらが考えているよりもペースは早い。もしかしたら、スピットブレイクに間に合わせようとしているのかもしれない。

 

「……これが、X-10Aか」

「ファンヴァルト隊長、お越しでしたか」

「あぁ。順調みたいだな」

 

 X-10Aフリーダム。白い機体の前に立つ。沢山の技師達が動き回っている中で、指揮官服を来ているシリウェルは目立つ。だから、ここを預かる責任者が声を掛けたのだろう。設計士として優秀なシリウェルがここに来ることは珍しくないし、知らない者もいないので特別に何か言われることではない。通る度に敬礼をされるが、それだけだ。

 

「この機体は凄いですよ。我々も勉強させてもらってます」

「そうか……今のところ問題は起きてないか?」

「そうですね。強いて言うならですが、この機体はかなりの技量を必要としますから慣れるまで時間は必要になりそう、ってことくらいです」

 

 技師の懸念は最もだ。わかっていてシリウェルも設計した。訓練を施す時間があるかどうかが、問題にはなるだろう。とはいえ、パイロットも決まっていない今の段階では、テストするのはシリウェルになる可能性が高い。

 

「仕方ないか……」

「ファンヴァルト隊長?」

「いや、こっちの話だ。問題があれば直ぐにあげてくれ」

「はっ」

 

 張り切って敬礼をする技師に苦笑をしながら、手をあげるとシリウェルは軍本部にある自分の私室へと戻るため、その場を離れた。

 私室へと近づいたところで、部屋の前に女性士官がいることに気がつく。

 

「……何か用か?」

「っ!」

 

 声をかければ俯いていた女性が顔をあげた。涙で腫れた顔がそこにある。

 

「ユリシア?」

「うっ……シリウェルさま……ニコルが……ニコルが……ううっ」

「ニコル? ……クルーゼ隊だったか、彼がどうし──―」

 

 言いかけてユリシアはシリウェルへと勢いよく抱きついてきたと思うと、一層声をあげて泣き出した。それが意味することがわからないシリウェルではない。要はそういうことなのだろう。

 ニコル。ユリシアの弟であり、シリウェルにとって将来の義弟となるはずだった優しい少年は、戦死したのだ。

 

 泣き止まないユリシアを私室へと入れ、後から来たナンナに情報の確認を頼んだ。ベッドに座らせて、泣き止むまで好きにさせる。

 肉親を失うということがどれだけの悲しみを持つのか、シリウェルはよく知っている。それが軍人であろうとなかろうと関係ないのだ。

 暫くユリシアを抱きしめその背を擦っていると、そのままシリウェルに身体を預けて眠ってしまったようだ。泣きつかれたのだろう。起こさないようにベッドへと横たえる。顔を覗き込めば、泣き腫らした目元は赤くなっていた。

 恐らく、今日はこのまま帰した方がいいのだろうと、シリウェルは考えていた。

 

『……シリウェル様、宜しいでしょうか?』

「ナンナか。あぁ、入ってこい」

 

 ユリシアがいることで伺いを立てたのだろう。シリウェルは私室の中にある仮眠室にいたのだが、執務室へと移動した。すでに、ナンナがそこにいる。共にいるはずのもう一人の姿が見えなかったのか、ナンナはチラリと奥の方へと視線を向けた。

 

「はい……ユリシア殿は?」

「寝ている……泣きつかれたんだろう」

「そう、ですか」

「……持ってきたか。見せてくれ」

「はい……こちらです」

 

 ナンナが持ってきたのは、クルーゼ隊の状況についてだ。

 オーブ領海にて行われた戦闘についての詳細が載っていた。クルーゼ隊は一時的にアスラン・ザラを隊長としたザラ隊を結成して別れ、地球軍のMSらを迎え撃った。結果的に、MSは撃破したがザフト側の損害も大きいもので、隊長たるアスランも行方不明、ディアッカ・エルスマンも同じく行方不明となり、ニコル・アマルフィは撃墜された。生還者は、イザーク・ジュールただ一人。

 

「……」

「シリウェル様……」

 

 行方不明ということは、生きている可能性がゼロではない。だが、ニコルだけは撃墜とある。

 

「ニコル……」

 

 初めて会ったのは随分前だった。その頃は、ニコルが軍に志願するとは思えなかったのだが、何の因果かニコルは軍に志願し、トップクラスの証である赤服を纏うほどの力を手にした。ならば、前線に投入されるのは当たり前だ。納得して受け入れている。シリウェルとて同じ。いつその時が来るかわからないのだから。それでも、ニコルはまだ15歳だったのだ。成人したばかりで、軍の中でも最年少。

 

「……多くの犠牲を使って、漸く墜とせた、か。喜んでいいのかわからないところだな」

「強敵だったのですよね? その地球軍のパイロットは」

「強い。それは間違いないだろうな」

「シリウェル様よりも、ですか?」

 

 シリウェルと例の地球軍のパイロット。どちらの技量が上か。会ったこともない相手に対して、その技量を計ることは難しいだろう。ザフト軍の中においては、現時点でシリウェルは最強の一人だと言われている。ただ、周りがそう評しているだけで、シリウェルとしてはどうでもいいことだった。

 

「……比べるだけ無駄だ。技量が全てではない」

「それは、そうですが……」

 

 ともあれ、クルーゼ隊は組織編成を迫られるだろう。半分が離脱しているのだから。

 哨戒任務もあるが、スピットブレイクの準備をしなければならない。シリウェル自身の機体の調整も必要だ。とはいえ、まずは連絡すべきだろう。

 ナンナを下がらせると、シリウェルは通信回線を開いた。

 

『隊長、どうかしましたか?』

「レンブラント、アマルフィだが今日は休暇を取らせる。急な指示はしていないか?」

『アマルフィ、ですか? いえ、こちらは問題ありませんが……』

「ならいい。あと、カウゼに機体を動かせるように伝えてくれ」

『それも、構いませんが……隊長、アマルフィはどうかしたのですか?』

 

 シリウェルが不在の時は、レンブラントが責任者だ。気になっているのならば、伝える必要はあるだろう。

 

「……アマルフィの弟が戦死した」

『っ……そう、ですか。アマルフィは帰したのですね?』

「……」

 

 今日はやけに食いついてくると思いつつも、シリウェルは何と話すか、答えに詰まった。だが、隠しても無駄だろう。無理に隠す必要はない。

 

『隊長?』

「これから帰すつもりだ。艦に戻るのは少し遅れる。先に調整だけ頼むとガウスに──―」

『隊長。機体は明日に回して、今日は貴方もアマルフィと共にいてください』

「……何を言っている」

『アマルフィの弟ということは、貴方にとっても弟のようなもの。それに……アマルフィの側にいてあげた方が言いと思います』

「レンブラント」

『余計なお世話だと思いますが……隊長、スピットブレイクには我々は行けません。貴方と共に戦えないのは、アマルフィにとっても不安なはず。弟を失った今ならなおのことです』

 

 レンブラントたちは艦を動かすため、宇宙域で待機の予定だ。共に戦えないとは、前線にいけないということ。それは間違いではない。

 ニコルを失ったばかりのユリシアが不安に感じるのは当然だろう。シリウェルが時間を取れるのは今だけ。つまりはそういうことだ。

 

「本当に余計なお世話だな……」

『年長者としての助言ですよ。こちらは、任せてください。隊長は今日は戻らないと伝えておきます』

「明日の朝一で向かう」

『承知しました』

 

 プツンと、通信を切る。

 椅子にもたれ掛かるように身体を預ける。ユリシアを送るつもりではあったが、こういう状況になるとまでは考えていなかった。それでも、レンブラントが言うことに反論は出来ない。

 ナンナに連絡を入れると、シリウェルはユリシアが眠る奥へと入っていった。

 

 ベッドに横たわるユリシアは、まだ眠っているようだ。

 泣きつかれた目。冷やした方がいいだろうが、触れて起こしてしまうのも忍びない。ユリシアとニコルは仲がいい姉弟だったと聞いていた。家族仲も悪くない。これが初めての肉親を失う経験だとすれば、衝撃は計り知れないだろう。

 しかし、慰めることがシリウェルにできるかといえば無理だ。どうしたものかと、思案しているとユリシアが身動ぎする。

 

「……ユリシア」

「ん……あ……あ……!? シ、シリウェル様……?」

「起きたのか……」

「は、はい……あの……」

「待っていろ」

 

 寝起きで理解が追い付いていないようだが、まずは目元を冷やすのが先だ。濡れたタオルを持ってくると、ユリシアへと手渡す。

 

「あ……ありがとうございます」

「あぁ」

 

 目元にタオルを当てて冷やしている。ずっと見ているわけにもいかないし、女性に対して失礼だろう。目が覚めたのならばと、シリウェルは踵を返して動こうとした。が、動けなかった。

 

「あ……」

「……どうかしたか?」

 

 軍服の裾をユリシアが掴んでいたためだ。その表情が置いて行かれた子供の様だった。

 シリウェルとユリシアの関係は、隊の上司と部下で婚約者同士。関係を示せば親しいように見えるが、こうして二人だけの空間にいたことはほとんどない。食事をするときは個室ではあるが、ユリシアがシリウェルの隊に配属される前は、アマルフィ邸で会う程度だった。それ以上の関係はなかったのだ。

 

「ユリシア?」

「あ……あの……シ、シリウェル様……私……」

 

 再び涙が目に浮かんでくる。仕方ないという風に、シリウェルはベッドに腰を下ろすとユリシアの目元を拭う。

 

「ゆっくりでいい。……話してみろ」

「……あの……い、今だけでいいのです。傍に、いてくれませんか?」

「……構わないが」

 

 少し考えたのちに、シリウェルは答える。レンブラントからも言われていたことだ。拒否することもない。

 

「自宅へ送るつもりだったが、いいのか? ……ここではゆっくり休めないだろう?」

「……家には、今は戻りたくありません」

「……」

「申し訳ありません……ですが」

 

 ガシっとシリウェルの両腕を掴み、ユリシアは必死になるように抱き着く。まるで、つなぎとめるかのように。

 

「傍で……貴方を感じていたいのです。……生きていることを。私は……どこかで死を別世界の話だと考えていました。……あの子が、そんなわけがないと……でも……でもっ!!」

「……」

 

 どれほど泣いてもその涙が乾くことはない。再びユリシアから涙があふれ始めた。叫ぶ言葉は懺悔のようでもあった。軍人であるというのに、どこか違うことのように感じていた死について。身近な人が戦死したことで、実感してしまったのだと。

 ユリシアは今、困惑と恐怖の中にいて混乱している。最愛の弟の死が、ユリシアを不安定にさせているのだ。

 

「ユリシア」

「お願いです! シリウェル様……今宵だけでいいのです。貴方の傍に……」

「……ユリシア、その意味がわかっているのか?」

「はい……」

 

 泣いている顔を上げて、シリウェルを見つめてくる。戦場において、生を実感するために関係を持つことは珍しくない。だからこそ、ユリシアが求めているものが何か理解はしている。

 

「……シリウェル様」

「……わかった」

 

 ここまで言わせてしまって拒絶することは、更に不安を煽ることになる。シリウェルも覚悟を決めるしかない。

 ユリシアの頬に手を添えて、ゆっくりと彼女の唇に己のそれを重ねた。

 

 

 

 

 

 




種の方は、生死について改変はありません。死亡キャラはそのままお亡くなりになります。種運の方は改変ありますが・・・。


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第13話 翌朝の困惑

短めです。


 翌朝、いつもより早いうちに目が覚めたシリウェルは仮眠室のベッドから上半身を起こした。ふと横を見れば、いまだに寝ているユリシアの姿がある。布団から見えた肌を隠すようにかけ直すと、寝返りを打ちシリウェルの腕に手を触れてきた。温もりを求めているのだろう。昨日は泣き顔だったが、寝ている姿は幸せそうな笑みを浮かべている。

 

「……」

 

 己の所業を後悔しても遅いが、ユリシアが落ち着いたのならば必要なことだったと割り切るしかないだろう。

 脱いだ上着を羽織って、シリウェルはシャワーを浴びに行くことにした。

 スッキリしたまま軽くシャツを着た状態で戻れば、ベッドの上で膝を抱えて座っているユリシアがいる。

 

「……ユリシア?」

「あ……シリウェル様……その」

「おはよう」

「お、はよう、ございます……」

 

 挨拶をすれば顔を真っ赤にしながら、ユリシアも返してくる。布団で身体を隠しているところをみると、羞恥でどうしていいかわからないと言ったところか。昨日のユリシアは、彼女らしくはなかった。

 衝撃が大きかったこともあるが、冷静になればおかしいことだと思うはずだ。

 シリウェルはベッドに近づき、ユリシアの前に座った。

 

「……あの……昨夜は、その……申し訳ございませんでした」

「……別に、気にしていない」

「ですが! ……私、あんな言い方で……迫って……」

 

 昨日の己の言動を後悔している。冷静さを取り戻したからこそ思うのだろう。

 本来のユリシアは消極的すぎるほどではないが、昨日のように何かを縋るようなことはなかったのだから。

 

「俺と関係を持ったことを後悔しているか?」

「いえっ!! それは絶対にありませんっ」

「……なら、何を謝る?」

「……あんな言い方はずるかったです。シリウェル様の本意ではなかったのに」

 

 卑怯な言い方をしたという自覚があるらしい。その通りだとは思うが、不安定なままどこかにいかれるよりはましだったとシリウェルは思っている。こういうところが冷めているのだろうが、今本題は別だ。

 

「いずれ俺と君は結婚する。早いか遅いかの違いだ。俺も……君との婚姻を避けるつもりはない」

「えっ……?」

「俺は、君が俺に抱いてくれている感情と同じものを持っていない。だが、君以外と関係を持つつもりもない」

「……シリウェル様」

「だから気にすることはないんだ。ただ……君も知っている通り、俺はハーフだ。君は二世代ではあるが、他の相手よりも子どもはできやすい」

「はい……わかっています」

 

 遺伝子で決められたプラントルールの婚約者。更にシリウェルは一世代に限りなく近いイレギュラーな存在の一人だ。通常の婚約者同士よりは、子どもができやすい。

 元々婚約者が決められた時も、父であるテルクェスは自由に相手を決めてもいいと受け入れないつもりだったのだ。有力者の子供ということで婚約を受け入れたが、他のコーディネーターよりは可能性が高いのは事実である。

 

「……俺は後悔していない。君も同じ気持ちなら、この話はこれで終わりだ。掘り返すなよ」

「……はい」

「あとは……その恰好ではまずいだろ。着替えを持ってこさせるか?」

「え?」

 

 ここは言うまでもなくシリウェルの私室だ。シリウェルのものしかない。女性ものがあるわけもなく、男物を着せるわけにもいかないだろう。

 

「ナンナに頼めばいい」

「いえ……あのご迷惑でしょうし」

「……ここに君がいることなら知っている。昨夜、屋敷に俺も帰っていないし君も同様だ。ならば、一緒にいることは言わずともわかる。……今更じゃないか?」

「そういう問題ではありません!!」

 

 その時、呼び出しベルが鳴る。外からのだ。

 

「俺だ」

『シリウェル様……その、ユリシア殿のお着換えをお持ちしましたが、入ってもよろしいでしょうか?』

「……気が利くな。今行く、少し待て」

『はい』

 

 頼まなくともよかったらしい。流石は、付き合いが長いだけはある。一方、会話から筒抜けであることを理解してユリシアは顔を両手で覆って悶絶していた。

 

「……一応言っておくが、アマルフィへは言伝を頼んである。俺と共にいることはアマルフィも知っている」

「お、お父様に?」

「無断で外泊させるわけにはいかないだろう?」

「それは、そうですが……って……」

 

 ユリシアが考えている間に、シリウェルは着替えを始める。軍服の上着を羽織ったところで、仮眠室を出て執務室へと行くと、戸を開けた。思った通り、着替えを持ったナンナが立っている。

 

「おはようございます、シリウェル様」

「あぁ。悪かったな」

「それは構わないのですが……その、ユリシア殿は?」

「仮眠室にいる。俺は艦へ向かうから、後は頼む」

「……はぁ、仕方ありません。わかりました」

「準備が終わり次第ユリシアには、艦へ来るように伝えてくれ」

「はい」

 

 軽く準備をすると、シリウェルはそのまま部屋を出て行った。その後ろ姿にため息を吐いたのは仕方ないだろう。

 

 

 

 

 指示された通りにナンナが仮眠室へと向かう。一応ノックをすれば、奥から了承の声が聞こえた。

 中に入ると、ベッドに乗ったままで恐らく何も来ていないであろうユリシアが顔を赤く染めながら座っていた。

 

「ユリシア殿……まずはシャワーへどうぞ」

「あの……えっと」

「案内しますから、大丈夫です」

「……すみません、お願いします」

 

 シャワーを浴びさせて、着替えを置いておく。それほど時間をかけずにユリシアは出てきた。待たせていると思っているのだろう。急いで着替えたのがまるわかりだった。

 仕方なくナンナは髪を乾かすのを手伝う。それさえも申し訳なく思っているのだろうが、風邪をひかせるわけにはいかない。そうしてようやく準備が終わった。

 

「ありがとうございました、マイロードさん」

「いえ、少しは落ち着かれましたか?」

「……はい」

「それはよかったです。……昨夜のことは父君にはお伝えしておりますので、ご安心ください。それと、準備が出来ましたら艦へ来るようにと、シリウェル様より言伝をいただいています。シリウェル様も一足先に行かれましたので」

「わかりました。直ぐに向かいます。……ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 

 深く頭を下げるユリシア。元々彼女は気遣いのできる人物だ。昨日のようにシリウェルの元に突然訪問したり、迷惑をかけるような行動をする人ではない。ナンナもそれはわかっていた。

 

「頭を上げてください。……ユリシア殿、どうかこれからもシリウェル様をお願いします」

「……は、はい」

 

 関係を持った以上、シリウェルは彼女を見捨てることはしないだろう。

 今まで義務としてかかわってきた関係も変わる。せめていい方向に変わることをナンナは祈るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三部 絶望と希望
第14話 スピットブレイク発動直前


タイトル通りになります。


 ファンヴァルト隊母艦ヘルメスの格納庫にシリウェルはいた。

 メカニック担当のガウスと共に、己の機体であるレイフェザーの調整をするためだ。スピットブレイクへの参戦は既に伝えられている。本来ならば、新造MSのテストをしておきたいところではあるがその余裕はなさそうだった。

 

「……今回は機動性を重視するってことなので、火力はこの程度しか装着しませんが、いいんですか?」

「あぁ。数ではあちらが有利だ。被弾するよりはマシだろうからな」

「気を付けてくださいよ。……MS部隊しか隊の参加が出来ないのは、本当につらいですが」

「十分だよ」

 

 ファンヴァルト隊ではMSのみが参戦する。だが、シリウェルを除いて宇宙で待機させる予定だった。何が起こるかわからないため、戦力をすべて注ぐのは危険だと判断したからだ。宙域にてヘルメスで待機。状況を見て加勢する布陣とする。出発は明後日。それまでに準備を終えなければならない。

 

「時間が足りないと言っている場合じゃないか……」

「隊長どうかしたんですかい?」

「いや……何でもない。少し宙域へ出てくる」

「承知しました」

 

 MSに乗るのは随分久しぶりな気がする。最近は、交渉やら設計やらと内務しかしていない。腕が鈍っていないかの方が重要だ。

 

 MSに搭乗すると、ハッチが開くのが見えた。CICを見れば、既にユリシアがいる。レンブラントに指示は出してあるため、シリウェルから直接伝える必要はない。出撃のサポートだけしてくれればいい。

 

「アマルフィ、いいか?」

「は、はい。こちら問題ありません。発進お願いします」

「あぁ」

 

 ハッチを飛び出し、宙域へと出る。自由に動くMSは、爽快感をもたらしてくれた。久しぶりの空気である。

 動作確認のため、ある程度の操作を行う。敵がいるわけでもなく、無駄に戦闘を行うつもりもない。動きを確認し、勘を研ぎ澄ますようにシリウェルは宙域の中にいながら目を閉じた。

 

「……よし、行ける」

『隊長、どうですか?』

「問題ない。いったん、帰還する」

『はっ』

 

 MSを駆けて母艦へと戻る。

 戻ると気になる点だけをガウスに告げ、シリウェルはブリッジへと向かった。

 

 ブリッジには、クルーが揃っている。シリウェルが姿を見せると一斉に敬礼した。

 

「ご苦労だな、皆」

「はっ」

「……レンブラント、話はどこまでしている?」

 

 指揮官席に座ると艦長のレンブラントが近づいてくる。PCを起動し直ぐに軍本部からの情報へと繋いだ。想定内のモノしか情報は無さそうだ。

 

「はい、スピットブレイクでの本艦の役割について程度です」

「そうか。基本的に艦は待機となる……だが、恐らくは出ることはない」

「我らはただ待機のみ、ということですか」

「グングニールの開発が進んでいるが、出番はないだろう。どちらにしてもそれの射出位しか宇宙艦に出来ることはない。メインは地上戦だからな」

 

 ヘルメスだけではない。他の宇宙艦も主な動きはMSの運搬だ。重力の中で自由に動ける訳ではない以上は、仕方のないことだった。

 

「隊のMS以外にも幾つか機体運搬をする。慌ただしくなるが、頼む」

「はっ」

「……ん?」

 

 手元に新規の通信が来ていることが知らされていた。回線を開くと、そこには議長となったパトリックの姿がある。

 

『シリウェル』

「……ザラ議長閣下」

 

 公的な場という訳ではないが、かしこまった言い方で応える。パトリックはこういうことには細かい。先日はつい名前を呼んでいたがお互い興奮していたので、仕方ない。

 

「何か知らせることがありましたか?」

『……スピットブレイク発動する日時が決まった』

「なるほど……」

『シリウェル……いや、ファンヴァルト隊長にMSの指揮官を任せる。全体司令官は、変わらないがその方がMS部隊の士気もあがる』

「パトリック……」

 

 このパターンは何度も経験があることだ。指揮官となることに不満があるわけではない。変に崇拝してくる連中が多いので面倒だと思うくらいだ。思わず頭を抱えたのは悪くないだろう。

 

『クルーゼらは地上で合流だ。任せたぞ、シリウェル』

「……わかった」

 

 回線を切る。

 面倒だとは思うが、参加するメンバーを見る限りMSのパイロットの中で指揮官クラスは、ラウとシリウェルしかいない。

 

「……パトリックの奴も直前過ぎるだろ」

「隊長?」

「前倒しだな。テストは諦めるとして……あれだけはやっておくか」

「隊長!」

 

 ぶつぶつと思考に入ってしまったシリウェルに、レンブラントは声を強めにかける。出なければ気が付いてもらえないからだ。

 

「? どうした?」

「……色々と聞きたいですが、我々はどうしますか?」

「あぁ。予定を1日繰り上げる。ガウスに頼んでいたあれの仕上げを先に行うから、俺は一旦抜けるが夜には戻る」

「1日だけで宜しいのですか?」

「ヘルメスなら問題ない。MSの方は俺がやっておく。お前は艦内の指示を頼む」

「はっ」

 

 レンブラントが頷いたのを確認して、シリウェルは急ぎブリッジを後にする。

 搭乗するパイロットたちへの指示、機体の運搬のスケジュールなどやることは多い。スピットブレイク発動まで時間は有限だ。日程を決めた首脳陣に対して舌打ちをしながら、シリウェルは艦を出ていった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 時間は直ぐに過ぎていった。

 地球に近い場所へと布陣を敷き、ヘルメス内部で最後の調整を行っていた。いつ始まってもおかしくはないが、発動されればシリウェルは最初に動く必要がある。

 

 そろそろ時間だと、ブリッジの指揮官席から動く。

 

「俺は待機する。レンブラント、指揮権は一旦お前に委譲する。皆を任せた」

「はっ。隊長も……お気をつけて」

「わかっている。皆、艦を頼む」

「「「はいっ」」」

 

 全員が頷いたのを確認し、シリウェルはブリッジを出た。

 

「待ってください、シリウェル様!」

「?」

 

 だが、直ぐに一人だけ、ユリシアがシリウェルを追いかけてくる。無重力の勢いのまま移動してきた身体をシリウェルは正面から受け止める。

 

「アマルフィ?」

「シリウェル様……その、どうかお気をつけて」

「……ユリシア」

 

 ユリシアが隊長と呼ばない。ならば、シリウェルも私的な呼び方として名を呼ぶ。

 

「不安か?」

「はい……もしも、ニコルと同じように……」

「ユリシア」

「シリウェル様はお強いです。でも、絶対はありません。そう教えてくださったのは、シリウェル様です」

「……あぁ。そうだな。俺が撃墜されることもありうる話だ」

「っ!」

 

 ここで嘘を吐いても意味はない。最期にはさせないつもりだが、シリウェルとて必ずと約束も出来ない。

 

「ユリシア。これは戦争だ。多くの人が死ぬ場所。俺も君も、戦争の名の下で地球軍と戦ってきた。それは、多くの命を奪ってきたことと同義だ」

「……シリウェル、さま?」

「既に俺たちは多くの人の未来を奪い、家族を悲しませている。俺たちだけが悲しみにいるわけではない。そこに、ナチュラルもコーディネーターも関係ないんだ。わかるな?」

 

 ユリシアは多少困惑した様子ではあるが、コクりと首を縦に振る。

 

「俺が撃たれたとしても、ナチュラルを、地球軍を憎むな。憎むべきは、戦争であり人ではない。ニコルのことも同じだ」

「……で、ですがっ」

「俺は、できればナチュラルとコーディネーターが憎み合う世界は望んでいない。その為には、俺は死ぬわけにはいかない。最後まで、な」

「憎み合う世界……」

 

 ナチュラルとコーディネーターが共存していくために、己の存在が失われる訳にはいかない。だが、それ以上に目の前の彼女に憎しみに囚われてほしくはなかった。

 

「俺が望む未来だ。ユリシア、君はそれを約束できるか?」

「……ナチュラルを憎まず、戦争を憎む、ということですか?」

「簡単に出来るとは思わない。だが、君が俺を想ってくれるなら、万が一俺が戻らなくても、望んでいた未来を繋げて欲しい」

「……シリウェル様」

 

 トンとシリウェルの胸に頭を当てるユリシア。簡単に出来ることではないと、葛藤しているのかとしれない。だが、それでもユリシアは小さく「はい」と答えた。

 

「……ありがとう」

「……最後まで、私はシリウェル様を待っています」

「簡単に殺られるつもりはない」

「はい……」

「ユリシア」

 

 俯いていたユリシアの顎を手で上げさせると、シリウェルはそっとユリシアに近づき、唇を奪った。驚きに目を開いたユリシアだったが、次第に目を閉じシリウェルに身体を委ねていった。

 

 ゆっくりと身体を離すと、シリウェルはユリシアを見る。

 

「……行ってくる」

「あ……はい。お気をつけて」

 

 そのままシリウェルは後ろを向き、格納庫の方へと向かっていく。その姿が見えなくなるまで、ユリシアは見送っていた。

 

 

 



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第15話 スピットブレイク発動

 愛機であるレイフェザーに乗り込む。専用のパイロットスーツでの感触を確かめるように、手を動かしていた。

 

『……シリウェル様、各機配置完了しました』

「わかった。指示があるまで待機だ」

『はっ』

 

 報告を受け、シリウェルは別の回線を開く。顔を出したのは仮面姿の友人だ。

 

『シェルか』

「ラウ、こちらは完了だ。そちらはどうだ?」

『問題ないな。報告は──―』

「お前からで構わない」

『そうか……シェル』

「何だ?」

『……これが終われば、また会うとしよう』

「ラウ……」

 

 作戦が終わった時、状況がどう変わっているのか。わからないが、ラウの言葉にシリウェルは頷いた。

 

「あぁ。……楽しみにしている」

『死ぬなよ、シェル』

「お前もな」

 

 回線を切ると精神統一をするように、シリウェルは目を閉じた。ミスは許されない局面。

 それは僅かな時間だった。軍本部から通信が入ったからだ。

 

『シリウェル様、オペレーションスピットブレイク発動しました。目標は……地球軍本部アラスカ、JOSH-A』

「っ!? ……何だって?」

『司令部から、伝えられました。その……どう、なさいますか?』

 

 オペレーターからも困惑の表情が見える。パナマだと言われていた場所からの変更。それも、本部へのものだ。困惑するのも当然だろう。だが軍人である以上、これを覆すことは出来ない。シリウェルならば、拒否することも不可能ではないか。この場では最高指揮官はシリウェルだ。

 一瞬判断に迷ったのち、シリウェルは全体へと通信を開く。

 

「……全軍、降下準備。スピットブレイク発動に伴い、JOSH-Aへと降りる」

『『は、はっ!』』

 

 困惑する声も聞こえるが、意気込む声も届く。この作戦には多くの時間と人を費やしている。今さら止めることなど出来るわけがない。シリウェルが立ち止まれば、被害が増える可能性もある。何より、これは指揮官としてシリウェルが負う責任だ。

 

「レンブラント、そっちは予定通りだ」

『はっ!』

「シリウェル・ファンヴァルト、出る」

『はいっ! レイフェザー、ファンヴァルト機発進お願いします!』

 

 ヘルメスから発進するレイフェザーは、他の機体と共に降下シークエンスに入る。MSの中で単機で降下できるのは、現時点ではシリウェルのレイフェザーのみ。他は降下ポットで降下していった。

 

 

「アラスカ本部……最悪な状況だな……」

 

 作戦に成功しても失敗しても、戦争が過熱することは間違いない。司令部もとんでもない判断をしたものだ。

 

 大気圏を抜けると見えてきたのは青い海。そして、地球軍本部。

 

「……あれがJOSH-Aか」

『シリウェル様!』

「あぁ。俺は裏に回る! 部隊は正面に向かえ」

『はっ』

 

 部隊が展開され、多数のMSらが基地へと向かっていく。対する地球軍も戦闘機をはじめとした戦力を配備しているようだが、主力でない。パナマに防衛網を敷いていた為だろう。

 戦艦が複数、基地の迎撃がこちらに弾幕となって降り注いでいた。基地の内部を制圧すれば終わりだが、それまでに墜とされるわけにはいかない。

 まずは、本部の迎撃手段をなくす方を優先する。

 

「……戦艦、ユーラシア艦隊か」

 

 レイフェザーを駆り、シリウェルは容赦なく戦艦を撃沈させていく。と、同時に基地への攻撃も繰り出していた。

 

『第一陣、突破しました!』

「わかった」

 

 本部というだけあり、固い守りのようだ。門をこのまま突破するのは任せても問題ないだろう。

 

「内部に入る」

『シ、シリウェル様?』

「外の砲撃は任せた」

『は、はい! お気をつけて』

 

 迎撃した砲台の近くにレイフェザーを降ろし、シリウェルは機体から地上へと降り立ちそのまま内部に侵入した。

 

「……?」

 

 静まり返った内部。シリウェルは不審を抱く。本部だというのに、人の気配がないのは明らかにおかしい。

 手に銃をもちながらも、奥へと進む。

 

「一体、どういうことだ? っ!?」

 

 ふと、殺気を感じて思わず身体を壁へと隠す。視線を感じた先には、同年代位の人の姿。その手にはナイフが握られている。数は10人位だ。

 

「ちっ……待ち伏せか」

「コーディネーター、殺す!」

 

 襲いかかってくる彼らを銃で迎撃する。だが、致命傷を追っても尚その士気は衰えてない。殺すまで止まらないということか。

 

「仕方ない……」

 

 シリウェルは勢いよく彼らに突っ込む。隠し持っていたナイフを左手に持ち、近くにいた少女から倒していく。血に染まる手を気にする余裕などない。襲いかかる相手を減らすのが先だ。

 最後の一人となった時、シリウェルに隙が生まれた。それを見逃さないように後方に隠れていた一人が、シリウェルへと突撃してくる。身体を動かそうと力をいれるが、致命傷で死にかけているというのに最期の力をもってシリウェルを押さえつける。その相手もろとも、シリウェルはナイフの攻撃を受けてしまった。

 

「ぐっ……ちぃ」

「ぐわぁ」

 

 腕を振り回し、二人を更に切りつけて撃沈させる。完全に動きが止まった様子をみて、シリウェルは息を吐いた。

 

「……死を恐れない兵士、か」

 

 傷口を押さえるが、これは放置できるものではないことはシリウェルも良くわかっていた。更なる追撃はない。人の気配も完全に消えた。それが意味するところは、嵌められたのはザフト側だということだ。

 

「くそっ」

 

 痛む傷を堪えながら、シリウェルは機体へと戻る。

 

 血を流しすぎたのか、目眩を感じる。それでも、指示をしないわけにはいかない。回線を開こうとしたその時だった。

 

『ザフト・連合、両軍に伝えます』

「何、だ?」

 

 全回線を開いて叫ばれたのは、連合基地が爆発するということだった。一体誰が話しているのか。シリウェルは回線を開いている主の機体を見つける。

 

「……フリーダム……そう、か。動いたか……」

 

 ラクスに託した力がこの場にあるというこたは、ラクスが動き始めたということ。フリーダムはラクスが認めた人物が乗っているのだろう。ならば、信用できる情報だ。

 

 

「司令……俺だ。直ぐに、撤退だ……」

『ファンヴァルト隊長? ですが、しかし……』

「内部は空だった……は、早くしろ。この、情報が真実なら……ザフトの、被害は……」

『た、隊長! どうかされたのですか?』

「……いいから……頼む!」

 

 回線を切るとシリウェルはレイフェザーを動かし、己も戦場を離れる。意識が朦朧とする前に離れる必要がある。最後まで、他のMSを誘導する必要もあるだろう。

 

「倒れるわけには、いかない……堪えてくれ……」

 

 レイフェザーが撤退していき、司令も通信を広げたことでザフト軍も攻撃を止め撤退を始める。中にはまだ不審を抱いている者もいるようだ。

 

「ぐっ……」

『シェル?』

「ラウ、か……」

『っ、どうした?』

「……すまない」

『シェルっ!』

 

 限界だと、シリウェルは意識を手放した。

 

 

 その直ぐ横では、司令からシリウェルの不審を聞いたラウが止まったレイフェザーを抱えていた。

 

「シェル……ちぃ」

 

 気を失ったのだろう。異常を察知して、ラウは急ぎ艦へと向かった。その後ろでは、サイクロプスの眩しい光が輝いていた。

 

 格納庫に着くと、不安そうな兵たちが様子を伺っている。イザークもその中にいたが、ラウは気にすることなくシグーを降りるとレイフェザーの搭乗席を無理やり開けた。

 

「シェル! っ……ストラクチャーだ! 急げ」

 

 ラウには珍しく声を荒げる。周りが驚いたとかはどうでもいいことだ。

 慌ただしく動く兵たち。ラウは、血の気を失って倒れているシリウェルを抱えて、機体から降ろす。その姿をみた一同が息を飲んだ。

 

「クルーゼ隊長!」

「医療班っ」

「はいっ、ここに」

 

 白いストラクチャーにシリウェルを乗せ、連れていくように指示を飛ばすラウ。一刻を争うだろうことは、誰の目にも明らかだった。

 

「……ちっ」

 

 舌打ちをしながら、ラウはそのあとをゆっくりと追った。

 

 

 

 

 



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第16話 裏側の事情

スピットブレイク後の各陣営でのお話です。
主人公不在。原作で描かれていた内容は省いています。


 スピットブレイクの失敗。プラントの軍本部には最悪の知らせが届いた。

 

「失敗だと!?」

「はっ、はい。その、確かにそう報告が」

「カーペンタリアは!? 情報確認を急げ!」

「至急、確認をしております」

「クルーゼは、シリウェルはどうした!」

「まだ連絡は出来ておりませんが、クルーゼ隊長はご無事と、伺っております。しかし……シリウェル様は」

「シリウェルがどうした?」

 

 苛立ちを隠さないパトリック。シリウェルについて濁すことに、更に眉を寄せていた。

 

「……シリウェル様は、重傷とのことです」

「あいつが、傷を負ったというのか?」

「詳細はまだ──―」

「急げ! ……シリウェル、あいつは何をしているのだ。立場はわかっているだろうがっ!」

 

 苛立ちは怪我を負ったシリウェルへか、それとも負わせた地球軍側か。パトリックは怒りに完全に染まっていた。近くまで来ていた息子に気づかないほどに。

 クライン派についての問答が終わると、パトリックは席に体重を預けるように座り込む。

 

「……父上」

「なんだそれは」

「し、失礼しました。ザラ議長閣下」

 

 言い直し敬礼するアスランに、パトリックは上っていた怒りを沈めるたてため息を吐いた。

 

「状況は理解したか?」

「はい……しかし、ラクスが」

「信じられん、か。ふん、これを見ろ」

 

 パトリックは背後にある大きなスクリーンに映像を映す。そこにいるのは、MSの前に立っているラクスだった。隣にいる人物の顔は良く見えないが、ラクスであることは間違いない。

 

「証拠がなければ誰が彼女に嫌疑をかける」

「……」

 

 動かぬ証拠。この後に奪取されたMS。国家機密であったものだ。内部にクライン派がいることは確実。

 ラクスはパトリックによって、国家反逆罪の犯人とされアスランの婚約者ではなくなった。

 次に命じられたのは特務隊として、奪取されたMSの破壊だった。国家機密の塊でもあるのだ。他国、地球軍に利用される訳にはいかない。既にパトリックの中では、地球軍へのスパイ行為であったと結論付けている。反論は受け付けない。その表情が物語っていた。

 任務を伝え、部屋を出た息子の姿を送るとパトリックは、ため息を吐く。

 

「……」

「議長閣下……宜しいですか?」

「構わん。何だ?」

 

 入れ替わるように入ってきたのは、部下の一人だ。

 

「クルーゼ隊長から報告がありました」

「話せ」

「……シリウェル様のことですが、刃物で切りつけられたようです。内部に侵入後、複数人により襲撃を受けたものと思われる、と」

「複数、か」

「今はカーペンタリアに移送。未だ意識は戻らず、出来れば本国での治療を要請したい、とのことでした」

 

 本国での治療が必要。それだけでも傷の程度がわかる。

 

「……許可する。今、シリウェルは必要な力だ。直ぐに手配しろ」

「はっ! 直ぐに」

 

 急ぎ足で出ていく部下。報告者は他にもあった。損害を確認し、次の手を考えなければならない。これ以上、負けるわけにはいかないのだ。

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 同じような報告はラクスの元にも届いた。隠れ家からアスランを待つために移動している最中にいる。

 

「お兄様……」

 

 思わずラクスは両手を握りしめた。

 シリウェルの容体は重傷で、未だ意識は戻っていない。本国に移送する手配まで行われているそうだ。

 

「ラクス様……」

「……大丈夫ですわ。お兄様なら、必ず。約束してくれたのですから。それに……そのような状況ならば、お兄様が疑われることはありません」

 

 幸か不幸かシリウェルは、スピットブレイク作戦においての負傷だ。クライン派が動いたのは作戦中のこと。作戦漏洩としてラクスらを追っている。漏洩元がクライン派だというのなら、クライン派と繋がる者が内部まで侵入するとは考えにくい。そこに、サイクロプスがあるというのなら尚更だ。

 

「確かに、シリウェル様が我らと繋がっているとは思われないとは思います……」

「はい」

 

 シリウェルとクライン派は繋がっていない。これは真実だ。一つ間違っているとすれば、国家機密である機体情報をリークしたこと。反逆者として十分な理由になるだろうが、証拠はない。そもそもクライン派ではなく、今後の動きはシリウェルさえ知らないのだ。

 

「……お兄様ならば、私が取る行動などお見通しかもしれません」

「ラクス様?」

「これもお兄様から託された力です。私は、闘うことを決めました。その想いを、平和を未来を望むために」

 

 決意を露にしたラクスに、迷いはなかった。このまま万が一シリウェルが命を落とすことになったとしても、それは変わらないだろう。望む未来は同じだ。誰が倒れようとも突き進む覚悟。何よりも誰よりもラクスが揺らいではいけないのだから。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 オーブ連合首長国、オノゴロ島。

 傷ついたアークエンジェルが入港していた。脱走艦となった彼らを迎え入れたのは、ウズミだった。

 事情の説明のために、ウズミはキサカを伴い、アークエンジェルクルーの代表者らと応接室にて向かい合っていた。既に、地球軍本部壊滅から数日が経過していた。

 

「……して、これからのことを考えるためにはまだ暫く時間が必要であろう。今はゆっくりと休むといい」

「ありがとうございます、ウズミ様」

『ウズミ様! 申し訳ありません、宜しいでしょうか!』

 

 突然、扉の奥から慌てた様子で誰かが駆けつけてきたようだ。あまりの剣幕に、ウズミはキサカを見た。

 キサカが立ち上がり扉を開ける。

 

「どうしたのだ?」

「歓談中、申し訳ありません!! さ、先ほど報告があり……シリウェル様が、先の作戦において負傷! じ、重傷だと連絡が!!」

「なっ……」

「シェルお兄様が!?」

 

 驚愕したのはウズミとカガリだ。思わずカガリは、彼に駆け寄った。その肩を掴むと強く揺らす。

 

「一体どういうことだ! お兄様が重傷だと!?」

「……落ち着けカガリ」

「キサカ! だがっ」

「カガリ」

 

 強く名を呼ばれ、カガリはうつむき彼から手を離すと場を譲る。

 

「続けろ」

「は、はい……その、こちらには、シリウェル様に意識はなく、プラントに移送されると、連絡が……」

「……そうか。わかった。クレアには伝えたか?」

「……別の者が伝えに走っています」

「うむ。ご苦労だった。下がれ」

「はっ」

 

 彼が去ると、沈黙が室内に広がる。状況がわからない人物はここにはいなかった。

 シリウェルの存在は、地球軍でも知られたもの。その血筋がオーブ首長家であることもわかっているのだ。

 

「……釘を指してすまなかったな」

「いえ、その……」

「あやつはザフト軍。作戦に参加していたことに不思議はない。戦場に出ればこういうこともある。覚悟はできていたことだろう」

「で、ではお兄様はサイクロプスに……」

 

 サイクロプスの影響を受けたので得れば、只ではすまない。カガリが不安に感じているのはそこだった。

 

「……それはないと思うがな」

「少佐?」

 

 ここで口を挟んだのはムウ・ラ・フラガだった。この場にいる誰もがムウの否定する言葉に注目する。

 

「キラが全回線を開いた後、連中は撤退するのが速かった。あれは、ザフト側の指揮官が命令したものだろ。迅速な撤退、判断力を見れば指示を出したのはそいつだろう。あくまで俺の勘だがな」

「少佐……で、でもそれだけでは」

「……いえ、可能性はあります」

「キラ?」

 

 キラは一歩前に出てウズミへと視線を映した。口には出さないものの、ウズミとて気になっていることと感じたのだろう。

 

「僕の機体……あれを設計し、僕に渡るような道を作ってくれたのは、シリウェル・ファンヴァルト。彼なら、僕の機体を見た時に気がついたはずです」

 

 キラが呼び掛けたことで、それがラクスからもたらされたのだと気がついたはず。ならば、いち早くザフトに伝えた可能性が高い。当人も無論逃れたと考えられる。

 

「……なるほど。あの機体は、シェルの」

「はい」

「……可能性の話だ。だが、礼は言おう。キラ君、希望を示してくれた君に」

「キサカ、私はクレアの様子を見てくる。ここは頼んだ」

「はっ」

 

 キサカに任せると、ウズミは部屋を後にした。残されたのは、カガリとキサカ、そしてキラたちアークエンジェルクルー。

 

「カガリ、大丈夫?」

「……キラ。あぁ、すまない」

「その、シリウェルって人はカガリの」

「従兄、なんだ。私の、目標とする人だ」

「そっか……」

 

 言葉からはシリウェルに対するカガリの思いが読み取れる。ザフト軍ということは、オーブにとっても味方ではない。しかし、それ以上に家族としての思いがあるのだろう。

 

「シリウェル・ファンヴァルトね……俺たちにとっては死神の様な相手という認識だが」

「少佐っ!」

「事実、だろ?」

「それは、そうだけれど……」

 

 今まで敵対としていたのだから、こういった評価は当然だ。キサカもカガリも否定することはしなかった。

 

「シリウェル様の力は我々もわかっている。地球軍からは死神と呼ばれ、プラントからは英雄と呼ばれていることも。しかし、オーブにおいてはアスハ家の血を引く希望、という意味もある」

「希望?」

 

 ムウとマリュー・ラミアスは合点がいかないようだ。しかし、オーブ国民だったキラはどういう意味かすぐに理解した。

 

「……コーディネーターとナチュラルの血を引くから、ですね」

「その通りだ。……シリウェル様もザフトにいながらもオーブのために、力を貸してくれている。今となっては難しい立場におられるが……」

「なるほどね。ただ者ではないと思っていたが、随分な人物のようだな」

「えぇ、けれど……ということは」

「ブルーコスモスから見れば、認められないってことか……オーブよりもプラントにいるのは正しいな」

「理解してもらえて何よりだ」

 

 ナチュラルが正しいとし、コーディネーターを悪とするブルーコスモスからみれば、双方の血を引きその未来を示す存在のシリウェルは排除したい。そのようなことをオーブは認めない。たが、守るための力もない。今となってはわからないが以前のプラントならば、シリウェルを排除することはなかった。両方の国籍をもちながらも、プラントを選んだのはそこが大きい。だからこそ、シリウェルはプラントを守るのだから。

 

 



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第17話 本国への帰還

主人公負傷のため、不在です。



 カーペンタリア基地。一室にシリウェルの姿はあった。

 未だ意識は戻らず、人工呼吸器によって補助されている状態だ。傍にはラウが控えていた。

 

「……ラクス・クラインは君にとっては妹のようなものだったな。不幸中の幸いだよ、君が議長に疑われずにいるのは、こうして意識がないおかげなのだからな」

 

 勿論問いかけても答えるわけもない。カーペンタリアでできる処置は既に終わっているが、拮抗状態だった。思ったよりも出血が多く、その後に無理に動いた所為で傷口が広がった。更に言えば、相手の武器には毒性のものが塗ってあったらしい。

 

「シェルが侵入することを想定していた、ということだな。アズラエルもそこまでして消したかったらしい。ブルーコスモスにとって、所在が確かである君の方が標的としてやりやすかったのだろうな」

 

 スピットブレイクがザフト側にとって大きな作戦だった。ならば、そこに投入されてくるのも出し惜しみはしないと考えるだろう。ザフト兵が内部に入るならば、指揮官クラスとしてシリウェルが来ることを想定していたということだ。無論、別の兵たちが遭遇した可能性もゼロではない。どちらにしても、どういった相手と対峙したのかは、シリウェル本人しかわからない。ラウ自身も推測の域を出ないことだった。情報を地球軍にリークしたのは、ラウ。ならば、シリウェルが怪我を負った原因の一端はラウにもある。

 

「君が目を覚ました時、世界はまた一つ変わっている。私の願いに近づく。君がどう動くのか楽しみではあるが……同時に怖くもあるな。それでも……君は私に希望を与えてくれるのかな?」

 

 眠るシリウェルの頬に触れる。その温かさは生きていることを示している。ならば、それでいい。

 普段は決して見せないラウの表情は、それだけでシリウェルが特別であると言っていた。こうして、ラウはファンヴァルト隊が到着するまでの間、傍に居続けるのだった。

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 ナンナとユリシアたちは、カーペンタリアに到着するとすぐさまシリウェルの元へと向かった。

 病室があるのは、基地の治療施設だ。目的の病室へたどり着くと、直ぐに扉を開ける。

 

「……ようやく来たかね」

「あ……ラウ・ル・クルーゼ隊長……」

「シェル、君の護衛たちが来たようだから私は行く。……約束は後日としよう」

 

 ラウは意識のないシリウェルへと話しかけると、立ち上がってそのまま部屋を出て行った。何があったのかと茫然としながらも、ユリシアたちはシリウェルへとゆっくり近づいていく。

 

「……シリウェル様……」

「まだ意識は回復していないようですね……ですが、生きておられる。本当に、心配をかけるお人です」

「そう、ですね……でも、まだ安心はできない、のですよね?」

「はい。……直ぐにヘルメスまで移動させます。艦ならば、プラントまで早く向かえますから。ユリシア殿、皆さまも急ぎましょう」

「「はいっ」」

 

 ファンヴァルト隊として複数人がシリウェル移送のため、ここにきたのだ。既に準備は整っている。移動用のベッドにシリウェルを乗せ換えて、機器を装着したまま専用機へと移動させた。

 

 限界ギリギリまで艦を地球に寄せていたヘルメスは、専用機の到着を待っていた。しばらくして姿が見えると、素早く収容し艦をプラントに向け舵を切る。

 格納庫より通信がレンブラントへと入った。

 

『マイロードです。艦長、発進をお願いします』

「わかった。隊長は医務室へ」

『承知しています』

「愚問だったな……任せる。皆、急ぐぞ、本国に向け発進する」

「「「はっ!」」」

 

 現段階において、宇宙艦では最速を誇るヘルメスだ。それほどの時間をかけずにプラント本国へと到着できるだろう。他でもない、隊長を救うため。気合が入るのも無理はなかった。

 

 数時間をかけ、プラントへ到着したヘルメスを待っていたのは、医療関係者たちだった。手配された通りに、ストラクチャーに乗せられたシリウェルが病院へと運ばれていく。付き添いとして、ナンナとユリシアが付いていった。他のファンヴァルト隊の者は、ここで待つしかない。別命あるまでは、待機ということになるだろう。

 後は、無事に意識が戻ることを祈るだけだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 アプリリウス市にある病院に、シリウェルは搬送された。

 問題となるのは、使用された毒物についてだ。時間が経っていることが懸念されるが、これを取り除かないと命に係わる。移送を急がせたのはそういった理由だった。

 手術室の前でナンナとユリシアはただ終わるのを待っている。どのくらいの時間そうしていたのかはわからない。気が付けば夜となっており、本来ならば就寝している頃だろう。だが、手術は終わっていない。不安が増していく中、ようやく手術室の扉が開いた。

 

「あっ!?」

「シリウェル様!!」

 

 医師と共に寝かされたままのシリウェルが出てきた。そのまま病室へと運ばれていく。あとを追うと、たどり着いた病室では、看護師たちが呼吸器などの機材を設置していた。

 

「シリウェル様……」

「……失礼します。ファンヴァルト家の方ですか?」

「……はい。ファンヴァルト家の使用人をしています。マイロードです」

 

 医師に声をかけられ、ナンナが答える。ファンヴァルト家は、プラントにはシリウェルしかいない。クレアとアーシェはオーブに避難しているからだ。使用人として一番傍にいるのは、専属であるナンナだった。

 

「では容態については、説明は貴方にした方がいいでしょうか?」

「はい。私と……それとここにいらっしゃるのは、シリウェル様の婚約者のユリシア殿です。二人でお聞きしたいと思います」

「あ……そうでしたか。お名前は知っていましたが、お顔までは知りませんでしたので、失礼いたしました」

「いえ……」

 

 シリウェルの婚約者としてユリシアは知られている。無論、公人ではないので顔を知られていないのは当然だった。ユリシアも特に気にしていない。

 

「では……。毒物については取り除くことはできました。ただ、時間が経っておられたのが懸念として残っていますので、暫くはこちらで安静にし経過を見守っていきたいと思っています」

「暫く、ですか?」

「……シリウェル様のお立場はわかっております。ですが、命に係わることですのでご了承ください」

「……わかりました。ユリシア殿、艦長へは私がお伝えしてきますので、シリウェル様についていてください」

「……はい。お願いします」

「では、私もこれで失礼します」

 

 医師を見送ると、ナンナもいったん病室を離れる。残されたのは、数人の看護師とユリシアだった。

 

「ユリシア様……どうぞ、お傍に」

「……ありがとうございます」

 

 気を利かせてくれた看護師が、ベッドの横に椅子を用意してくれた。ユリシアは椅子に座ると、点滴を打たれて布団の上に出されたままの左手をそっと握った。

 

「シリウェル様……」

 

 

 



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第18話 目覚め

 プラントにシリウェルが戻ってきて、二日ほど経った頃だった。

 

「う……」

「っ! 隊長……!?」

 

 シリウェルは眩しさに目を細めながら、ゆっくりと目を開けた。そこにいたのは、艦にいるはずのレンブラントだった。口元にあった呼吸器を自ら外す。

 

「レン、ブラント……か?」

「隊長……良かった。お目覚めになられて……」

「……俺は……一体」

「JOSH-Aでのこと、覚えていますか?」

 

 JOSH-Aでの出来事。そういわれて、シリウェルはハッとなり思わず体を起こそうとした。だが、鋭い痛みが全身を襲う。

 

「痛っ……」

「まだ起き上がってはいけませんよ! 何をしているんですか……本当に。重傷を負っているんです。しばらくは安静にしていてください」

「……安静に……ってここは……?」

「アプリリウスの病院です。隊長は、怪我で本国まで移送されたんです」

「本国? ……だが……」

「……隊長、何があったんです?」

 

 いまいち納得が出来ていないようなシリウェルに、レンブラントは状況を確認する方が先だと考えた。内部に潜入したところまでは皆が知っている。その先に何があったのか。わかっているのは当人だけだ。

 シリウェルを寝かせて、レンブラントは外された呼吸器を装着し直した。話にくいだろうが、仕方ない。

 

「……襲われたんですか?」

「……そう、だろうな。……今思えば、おかしいことだらけだが……」

「おかしい?」

「内部が、静かすぎた。人の気配も感じなかった。……本部に、人がいないなど、あり得ない……はずだ。普通は……防衛するために、兵を配置する」

「それは、そうだろうと思いますが……」

「俺が……奥で、遭遇した連中がいた。……10人以上は、いたと思うが……地球軍の軍服を、着ていなかったな」

 

 よくよく思い返す。軍の制服ではなく、薄い衣服を身に着けた同年代くらいの少年少女たち。殺気は相当なものだった。銃は持っておらず、ナイフでの戦闘だ。明らかに訓練されたような動きであり、一般人ではなかった。どこか常軌を逸したようにも感じたのだ。ゆっくりと息を整えながらシリウェルは話す。レンブラントも急がせることはなく、シリウェルに付き合ってくれていた。

 

「そんな連中を相手にしたんですか……」

「油断をしていたつもりはない……だが、流石に、無傷とはいかなかったみたいだ」

「一歩間違えれば死んでいたかもしれないんですよ!?」

「……あぁ。……あそこで逃がしてくれるような、気配はなかった。……嵌められたのかと思ったくらいだ」

「くらいではなく、間違いなくそうでしょう。……一か所にそのような連中を配置していることこそ、貴方を狙ったものとしか思えません。ナイフに毒を塗っていたということは、確実に殺すためです!」

 

 白兵戦闘でもシリウェルは決して弱くはない。優秀な部類に入る。その相手をするのだ。能力が高い暗殺集団を配置していても不思議はない。サイクロプスを配備していたことを考えても、一番侵入されやすい経路に罠を作っていたと考える方が納得がいく。

 

「……かも、しれないな」

「隊長……」

「俺を狙っていた、か……なるほどな。ブルーコスモスか……」

 

 地球軍として邪魔者である自覚はある。だが、毒をも持ち込んだとすれば激しい怨恨があるのだろう。そこまでする相手といえば、ブルーコスモスしかいない。地球軍の背後には、間違いなくブルーコスモスがいる。上層部まで浸食されているのかもしれない。

 

「……つっ……」

「隊長!?」

「だ、大丈夫だ……」

 

 少し体を動かしただけだったが、それだけで悲鳴を上げる。どうやら、本当に重傷のようだった。

 

「……医師を呼んできます」

「あぁ……」

 

 多くを話したためか、シリウェルは若干呼吸が苦しくなっているのを感じた。毒物、とレンブラントが話していたが、その影響なのかもしれない。

 それほど時間もおかずに医師が現れた。

 

「お目覚めになられて、良かったですシリウェル様」

「……世話になったな」

「いえ……どうですか。呼吸は苦しいでしょうか?」

 

 シリウェルの手を取り、脈拍を図りながら状態を確認してくる。

 

「……どう、だろうな。……こうして、話すには問題はなさそうだ……」

「無理はなさらないでください。脈が上がっていますが、今日一日様子を見ます。外さないようにお願いしますよ」

「……わかった」

「毒の影響ではありますが、怪我も治りが遅いようです。今暫くは、体を動かさないでください」

「……どのくらいだ?」

「お目覚めになられたので、多少は早まるかもしれませんが……1週間程度は安静でお願いします」

 

 長い期間ではないが、短くもない。それまでは戦線離脱ということだ。

 

「隊長、隊の方は心配なさらないでください。貴方が戻るまで我々が留守を守ります」

「……そうだな。頼む……」

「はっ」

 

 敬礼をするレンブラント。本来ならば、艦にいるだろう彼がこの場にいるということは、かなりの心配をかけていたということだろう。

 今の状態のシリウェルには何も出来ない。彼に任せる他ないのだ。

 

「……皆に、心配は不要だと……伝えてくれ」

「それは無理だと思いますが、伝えるだけならば構いません。では、私はこれで失礼します」

「……あぁ」

 

 最後に医師にも礼を伝えると、レンブラントは病院を出ていった。残されたのは、医師とシリウェルだけだ。

 

「……シリウェル様、お伝えしておかなければならないことがあります」

「? 何だ?」

「ラクス様のことを……」

 

 ラクスの名が出たことで、シリウェルは眉を寄せる。フリーダムがあの場にあったということは、ラクスが動いたということ。無断で国家機密を持ち出したのだから、本部も黙ってはいないはずだ。手配されていても不思議はない状況だろう。

 

「……お前はもしかして、か?」

「……」

「本当に……どこまで……。それで?」

 

 無言の肯定から、この医師がクライン派なのだと言うことがわかる。声に出さなかったのは、警戒してのことだろう。どこから話が漏れるかわからない。誰が外にいるかもしれないのだから、手短に話してもらうのが一番だ。

 

「二つともお預かりします、と」

「……なるほど、な」

「それでは、私もこれで……」

「あぁ」

 

 医師もすぐに出ていく。部屋を出ても誰もいないことは分かっている。残るは盗聴の危険だが、シリウェルの勘でしかないが盗聴はされていないと思う。昔からその類いについて見つけるのが得意だったのもあり、危険察知が働くのだ。確実ではないので、ナンナ辺りが来たときにでも確認する必要はある。

 

「ふぅ……」

 

 一人になったことで、己の状態を改めて確認してみた。

 起き上がることが出来ないのはわかっている。やんわりと身体に触れると、包帯が巻き付けられているのは上半身と右手のようだ。足の方に傷を負った覚えもなく、動かすことにも問題はない。

 

「……我ながら、ヘマをしたな……」

 

 頭に手を当てて、シリウェルは自己嫌悪に陥る。今は戦線を離れるわけにはいかない状況だ。こうしている間にも戦況は変わっている。動けない以上は、任せるしかない。それが悔しくて堪らなかった。



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第19話 悲しみの足音

 シリウェルが入院しているアプリリウス市の病院は、要人も利用することがあるため、個室が多く設置してある。セキュリティも万全で、最先端の技術も備えている施設だ。

 とは言え、急激に怪我が治るわけではない。

 

 シリウェルが目覚めた翌日、ユリシアが父であるアマルフィ議員と共に病室を訪れた。ナンナは護衛としてファンヴァルト家の使用人たちと交代しながら、常に外で待機をしていたようだ。今も、外にはナンナが控えている。

 そんな中、ユリシアが来ることは想定していたがアマルフィまで来ることは予想していなかったので、姿を見た時に驚いたのは仕方がないだろう。

 

「シリウェル様、目覚めたと連絡を聞き見舞わせていただきました。突然の訪問、申し訳ありません」

「いや、構わない……」

 

 呼吸器が外され、幾分か会話するのも楽になった。と言っても、まだまだ不調であることには違いないため、安静にしていることを医師より厳命されている身だ。ベッドを少しだけ起こす形で起き上がってはいるものの、そんな状態で彼に会うとは思っていなかったのだ。

 軽く挨拶を交わすと、共に来ていたユリシアがシリウェルへと不安げな表情を見せていることに気が付く。苦笑しながらも、ユリシアを呼ぶとゆっくりと彼女が傍へと歩み寄ってくる。ナンナの話では、意識がない間も何度か来ていたらしい。礼を伝えなくてはならないだろう。

 

「シリウェル様……その、ご気分はいかがですか?」

「……然程変わらない。君にも心配をかけたみたいだな。すまなかった、ユリシア。それと……ありがとう」

「あ……いえ、その……私はシリウェル様が無事でいてくださればそれで」

「そうか……」

 

 二人の会話を聞いていて、アマルフィは目を見張っていた。それもそうだろう。シリウェルとユリシアの間には、義務的なものしか存在しなかったはずが、以前よりも距離が近づいている会話になっている。

 関係が近づいたならば、好ましいことには違いないが父親としては複雑なのだろう。

 

「……その、シリウェル様」

「アマルフィ?」

「娘とその……何か……いえ、野暮なことを聞くものではありませんね」

「お父様っ!」

「いや……ゴホン。それより、シリウェル様。容態は聞いておりましたが、本当にご無事で何よりでした。我らも案じておりましたので」

「……皆に、心配をかけたことは悪かったと思っている。俺も……己の不甲斐なさを感じているところだ」

「シリウェル様……」

 

 どれだけの影響力があるのかをわかっていながら、意識を失うほどの怪我を負ってしまった。生きて帰ってこれただけでも良かったと思えばいいのだろうが、そう思わない連中もいるだろう。パトリックなどは、文句を言ってくるに違いない。

 

「……アマルフィ、状況はどうなっている?」

「はい。軍の方ですが、現在はパナマへ侵攻をしております」

「パナマ? ……マスドライバーか」

「はい」

 

 マスドライバーを破壊するということは、地球軍を地球に封じるための措置だ。だが、それ以上に確認したいことがあった。アラスカでの戦いで、どの程度の被害が出たということを。

 アマルフィは最高評議会議員の一人。知らないはずがない。

 

「……シリウェル様の判断により、撤退が素早かったため……損害は2割ほどで済みました」

「2割……か」

 

 JOSH-Aでは、地下にサイクロプスを仕掛けていた。ならば、ザフトを壊滅させるのが最終目的だったはず。途中であの機体が呼びかけをしていなければ、現実のものとなっていただろう。それでも、2割の被害が出た。死者が出たということだ。シリウェルは、拳を握りしめる。

 

「……情報が漏れていたようです」

「評議会での決定により知らされていた目標はパナマだった。……どこから漏れるというんだ?」

「……それは」

「すまない……お前を責めているわけではない」

 

 誰を責めるわけでもなかった。情報が漏れていたことは重要だが、目の前の人物が関係していることはない。では誰が情報を与えたのか。パナマだと思われていたスピットブレイクの作戦目標が、最初から地球軍本部だと知っていた人物。パトリックか、その側近辺りになる。だとしても、地球軍側へ通じる相手も必要だ。一体誰に情報を漏らすというのか。

 

「考えても仕方ない、か……」

 

 可能性があるとすれば一人、シリウェルの脳裏に浮かんだ人物がいる。この場で話すことはしないが、当人には問い詰める必要があるだろう。

 暫く事務的な話をしていくと、アマルフィはユリシアを残して退席した。ナンナが見送り行ったのが見えたので、必然的に二人だけの空間となる。

 

「……」

「……」

 

 ユリシアがそこにいるのにも関わらず、シリウェルは思考に耽っていた。無論、今回の件についてだ。加えて今後の動きについても考える必要がある。どの程度影響が出てくるのか。先手を打たなければ、追い詰められてしまうことは必至だろう。

 パナマを墜としたとして、次に地球軍が狙うのはどこか。ビクトリア基地か、もしくはオーブを。

 そこまで考えて、シリウェルは首を横に振った。

 

「……状況は最悪だ、な」

「え?」

 

 思わずつぶやいてしまった悲観的な言葉にユリシアが反応する。声が届いたことでシリウェルもユリシアがここにいたことを思い出していた。

 声に出ていたことに対して、思わずベッドに頭を投げ出して倒れこんだ。

 

「シリウェル様?」

「……悪かった。聞かなかったことにしてくれ」

「で、ですが……」

「俺個人の話だ。軍のことじゃない。……忘れてほしい」

 

 ザフトにとってもいい状況ではないのだが、それ以上に危機的な状況なのはオーブ。今後について考えてしまえば、悪い方向にしか考えが及ばないのだ。シリウェルはザフト軍に所属しており、いかに国籍を持っていようともオーブに対して何かができるわけではない。危機に陥ることがわかっているのに、何もできないのだ。

 

「……その、軍のことでないならば一体……」

「言っても仕方ないことだ。……今の俺には何もできないからな」

「シリウェル様……。もしかして……オーブ、でしょうか?」

「……」

 

 無言は肯定だ。ユリシアとてザフト軍兵士の一人。ただのお嬢さんではないということだ。

 しかし、ユリシアにそれが伝わったところで状況が変わるわけではない。

 

「ユリシア……」

「は、はい」

「……少し、一人にしてほしい」

「えっ?」

 

 これ以上ユリシアに話してはいけない。シリウェルはユリシアを帰した方がいいと判断した。信頼していない訳ではないが、それでもプラントにおいては誰にもオーブへの想いを告げるわけにはいかないからだ。考えなければいいのだろうが、一度脳裏に浮かんでしまった考えは簡単には頭から離れない。それが、悪いことならなおのこと。だから、シリウェルは一人になりたかった。少しでも、冷静に気持ちを落ち着けるために。

 

 それ以上何も言わないシリウェルに、ユリシアは困惑をしながらもシリウェルの病室を出ていった。

 

「……私では、まだ寄り添えないのですね……」

 

 ユリシアの独り言がシリウェルに届くことはなかった。

 

 



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第20話 報告と決意

レイが登場しますが、幼いため口調が原作と違いますのでご留意ください。
成長した時には原作と同じ感じになります。



 シリウェルがパナマ侵攻の話を聞いた翌日。地球軍パナマ基地は、ザフトに降伏した。マスドライバーは破壊され、新型MSを投入したもののグングニールにより行動不能となり、抵抗することができなくなったことが大きい。しかし、投降してきた兵士の一部は虐殺されたという。アラスカでの非人道的な行いによるザフト側の怒りがそうさせたのだ。

 中には、シリウェルを崇拝する兵たちもおり、恨みを込めて降伏した無抵抗な地球軍兵に銃を向けたという。そんな報告を、シリウェルは黙ったまま聞いていた。

 報告してきたのは、ファンヴァルト隊所属の部下であるマリク・ダイロスだ。ヘルメスの副官もしており、レンブラントと並んでシリウェルの忠臣でもある。

 

「……以上が、パナマでの戦闘内容になります」

「……」

 

 パナマ戦に参戦していた者たちからも得た情報の話も含まれており、内容には信憑性が高い。マリクは隠すことなくそのままを伝えてくれる。話を聞いたシリウェルが何を感じるかはわかっているが、真実を伝えるのが己の役割だと思っているのだ。

 話終えたマリクは、じっと目を伏せたままのシリウェルを見つめる。余計な口出しはしない。どのくらいの時間が経ったのかわからないほどの沈黙。暫くして、シリウェルがようやく口を開いた。

 

「……ご苦労だった」

「いえ。命じられたことですので」

「お前はいつも忠実だな……」

 

 表情を変えずに答えるマリクに、シリウェルは苦笑する。忠実過ぎるほどに忠実な部下だ。だからこそ聞いてみたかったのかもしれない。

 

「俺に何か言うことはないのか?」

「……何を、と言われても返答に困りますが」

 

 僅かに表情を変えるマリクは、本当に困っているようだ。それ以上言葉を加えることはしない方がいいだろう。シリウェルはマリクから視線を反らした。この話は終わりという意味だ。

 

「……隊長。では一つだけ宜しいでしょうか」

「……?」

 

 そんな様子を見てマリクは、決意したように咳払いをして告げる。思わぬ言葉にシリウェルは目を見開きマリクを見た。

 

「隊長の今回の怪我を負った際の行動は、些か軽率だったと思います。隊長が内部の状況を知ったことで、サイクロプスの被害は最小限となりました。しかし、あなた様が卑劣な手段により負傷したことは、我らの士気に影響し、パナマでの行動を過激にしたと言わざるを得ません」

「……」

「結果としてみれば悪くありませんが、我々は殺戮をしているわけではありません。戦争をしているのですから。言わずともお分かりだと思いますが、今後は軽率な行動は控えてください」

 

 パナマでの行動は、軍として誉められたことではない。その原因にシリウェルの件が関係している。シリウェルが既にわかっていることを敢えてマリクは指摘していた。

 

「軽率、か……」

「地球軍は隊長を標的にしていたのです。今後も十分にお気をつけてください」

「俺が死んで、士気があがるならば悪いことではない。とは考えないんだな……」

「私を怒らせたいので?」

「っ……」

 

 眉を寄せ怒気を伴うほどの雰囲気が一気にマリクを纏う。思わず息を詰まらせたのは仕方がないはずだ。

 

「忘れないでください。私は、隊長の部下です。しかし、それは貴方が英雄だからではないということを」

「マリク……?」

「隊長を戦争の道具と考えたことなどありません」

「……」

 

 半分冗談のつもりで出た言葉だったが、マリクにとっては予想以上に気に障るものだったらしい。シリウェルを本当に案じているからこそなのだろう。

 

「我らファンヴァルト隊一同、同じ想いであること。決して忘れないようにお願いします」

「……ふっ、物好きな連中だな」

「光栄です」

 

 パナマでの被害について、シリウェルにも責任がないとは言えない。地球軍への仕打ちも、戦争の中で起きたこととはいえ忘れてはならないだろう。それでも、軍人として武器を手に戦うことを決めた以上は、想いを最後まで貫かねばならない。たとえ、これから先にどのようなことが待っていたとしても。

 たが、ここまで己を想ってくれている人たちがいることに、シリウェルはどこか温かくなるのを感じていた。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 その客が見舞いに来たのは、身体が起こせるようになってからだった。安静は変わらないが、身を起こせるようになったことは大きい。出歩くことは出来ないが、PCを使った作業は出来るようになったのだ。シリウェルは今後のために、新たな力を模索していた。そんな時だった。

 

「シリウェル?」

「? ……レイ」

 

 ノックはなくドアが開けられたかと思えば、そこには弟の様に感じている少年の姿があった。レイ・ザ・バレル。過酷な運命を背負わされた一人だ。

 

「どうしてここに?」

「……ギルから、聞いたんだ。その、シリウェルが入院してる場所を。それで……会いたくなって」

「……そうか。構わない。レイ、入ってくるといい」

 

 許可するとばぁっと顔を上げて嬉しそうにシリウェルのベッドへと駆け寄ってきた。作業していたPCを閉じて、レイの相手をする。

 最近の学園での話から、勉強のことなど日常の話をするレイ。こうして会うのは半年ぶりくらいになる。話したいことが多いのだろう。シリウェルは主に話を聞いているだけだった。だが、ふとレイの話が止まる。どうかしたのかと、シリウェルが見ているとレイは意を決した様に切り出した。

 

「ねぇ、シリウェル。僕は、軍に志願するつもりなんだ」

「……理由を聞いてもいいか?」

 

 レイは優しい少年だ。勉強もできて、運動も優秀だが、趣味のピアノでも活躍できる腕がある。しかし、今の時代を鑑みるとそう簡単に好きなことができる訳がない。

 周囲に流されて志願するのならば、シリウェルは反対するつもりだった。

 

「……ラウもシリウェルも、軍で戦っている。僕は、僕も一緒に戦いたい。シリウェルの力になりたいんだ!」

「……。軍に入るということは、戦場に出るということだ。人を殺すことだ。それが、お前に出来るのか?」

「……わからない。けど……それが必要なら、誰かを守れるなら覚悟は出来る。そしたら、シリウェルは僕が守る! だから……」

 

 危険だと止めるのは容易い。しかし、レイがここまで自分の想いを強く話すのは初めてのことだった。生い立ちが特殊であるレイは、どこか己の存在意義を求めている節がある。危ういのだ。どう応えるのがいいのか。シリウェルは少し逡巡すると、レイの手をそっと握った。

 

「レイ……気持ちは嬉しい。だが、俺はお前に守ってもらう必要はない。レイが守るのは、プラントに住む人々だ」

「……」

「俺がお前を守る。……今までもこれからもそれは変わらない。誓っただろ?」

「それは……けど、シリウェルは今狙われて危険なんだってギルが言っていた。なら、僕が傍にいて守りたい!」

 

 ギルバート・デュランダル。ラウの友人でもあり、レイもよくしてもらっている。だが、その隠された笑顔の裏にある姿を垣間見たことがあるシリウェルにとっては不穏な存在でもある。レイの前なので、不用意な発言は控えているが、悪い影響を与えないかが心配だった。

 

「……ブルーコスモスから標的にされていることなど、今更だ。それに、レイ。何を焦っている? 急いで軍に入る必要などないだろ?」

「……僕は長くないだろ。だから……」

「レイ」

 

 ギルバートの言葉に煽られているのかと思えば、生き急いでいるということのようだ。レイはクローン。テロメアが短いため、普通の人より寿命が短い。だから、何かできることをしたいという願いが強いのだろう。シリウェルが握っていたレイの手に力が籠められていく。まだ少年という年代で、死を意識させられることはそう多くはない。コーディネーターならば尚のことだ。しかし、レイはまさにその局面に立っていた。

 

「確かにお前は長く生きられない。その事実を変えることはできない。だが、レイ……それで未来をあきらめるのは止めろ」

「……シリウェル?」

「人はいつか必ず死ぬ。俺も必ずその時がくる。レイ、お前も」

「それは、わかっているよ」

「なら、最後まで自分の為に生きろ。俺の為でも、ラウやギルバートのためでもなく、レイの為に」

「僕の、ため?」

「お前がこの世に生まれた時点で、お前はレイだ。お前のために生きるのが当然だろ? ……人の命は道具ではない」

 

 戦争という中にいれば、どこかで命を軽くみる。シリウェルとて例外ではない。そういう場面があれば、己の命さえ手段の一つとして戦略に組み込む。先日、部下のマリクに指摘されたことだが、それが有効打になるならば厭うことはないだろう。軍人になるとはそういうことだからだ。

 

「俺は、お前には人生を楽しんでもらいたい。……できれば、平和な世界で、な」

「シリウェル……」

「俺の為だというならば、志願など不要だ。レイが笑えるならそれでいい」

 

 ラウのように、戦争に染まってほしくはなかったのだ。今はそうでなくとも、戦場に出ていれば闇の部分に触れることもある。ストレスを抱え、殺戮だけを繰り返すように狂ってしまう者もいるのだ。優しい人間ほど、自分を見失うことが多い世界。レイには来てほしい場所ではなかった。

 レイは、暫く口を閉ざしていたが、やがて笑みを見せながらシリウェルにはっきりと言う。

 

「ありがとう、シリウェル。やっぱり、僕は志願する」

「レイ」

「僕が僕でいるために。……ラウとは違った形で、シリウェルの力になる。僕は……もう一度シリウェルの笑顔が見たいと思うから」

「俺の……?」

「うん。……目指す場所にシリウェルがいるなら、僕は道に迷わない。約束する。最後まであきらめない。だから、許してくれる?」

 

 ここまで言い切ったということは、これ以上何を言っても決意は変わらないだろう。レイは頑固なところがある。折れるべきはシリウェルの方だ。

 

「……何を言っても変わらないなら、俺に聞いても意味がないだろ」

「それでも、シリウェルには許可してほしい。……僕にとっては、シリウェルは兄さんみたいなものだから、家族の了承は欲しい、かな」

「……家族だからこそ、反対すると思うがな。……レイ、約束だけは守れよ」

「わかってる。……ありがとう、シリウェル」

 

 

 

 

 



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第21話 オーブ襲撃

時系列はタイトル通りです。


 入院をして1週間がたち、ようやくシリウェルは退院することが出来た。動きはまだ制限されるが、後遺症の心配はなくなったためだ。ハーフであるため、通常のコーディネーターよりもナチュラルに近いこともあり、抵抗力が高くない。それゆえの懸念だった。戦場への復帰は許可されていないが、業務をすることに支障はない。

 ファンヴァルト邸へと帰宅したのちに、軍本部へと戻るつもりだった。そんな時だ。シリウェルへ、その一報が届いたのは。

 

「シリウェル様!! 大変でございますっ!」

「セバス? どうした?」

 

 リビングでナンナと共に休んでいたシリウェルの元に、ファンヴァルト家筆頭執事であるセイバスがいつになく慌てて駆け込んできた。必死の様子に、シリウェルの脳裏にある予感が浮かんだ。何でもない風を装い、続きの報告を促す。

 

「……オーブが……地球軍に攻撃を受けています!」

「なっ!! 何故、オーブが……!?」

 

 情報に声を上げたのはナンナだ。オーブは中立。ザフト軍にも地球軍にも組しないとし、ナチュラルとコーディネーターの双方を受け入れている数少ない国だ。今となっては、中立の立場を取っている国はオーブのみである。それだけの力がオーブという国にはあるのだ。

 慌てるナンナに、シリウェルは静かに答えた。

 

「マスドライバーだ……」

「シリウェル様?」

「……パナマのマスドライバーを失い、身動きの取れなくなった大西洋連邦はオーブに組みせと要求したんだろう。それを……伯父上が拒否した。ならば、力づくで奪う。ということだ」

「シリウェル様……そんな、冷静に言っている場合ですか!! オーブはシリウェル様のもう一つの故郷ですよ! 今はクレア様たちもいらっしゃるのです!!」

「……」

 

 クレアもアーシェもオーブにいる。恐らくはアスハ邸に。ウズミが降伏などするはずがない。マスドライバーを奪われるくらいなら、破壊するくらいはやってのけるだろう。オーブの意志を失わないように道を繋げた上で。

 その時、ウズミは生きてはいない。伯父の強さと想いをシリウェルは痛いほどわかっていた。この結果に思いついた時に、覚悟はしてきたのだ。だがファンヴァルト家の使用人たちは違う。今この場で、知ってしまった。どうにかしたいと考えているのだろう。いかに無駄であろうとも。

 

「シリウェル様っ!」

「……ここに情報が来た時点で勝負はついているだろう。オーブが物量を見ても地球軍に勝てる要素はない」

「そ、そんな……」

 

 セイバスの顔が青ざめる。他の近くにいた侍女たちも言葉を失っているようだ。

 シリウェルがオーブは負けると断定した。勝てる見込みはないと。すなわち、それは諦めているということだからだ。

 

「どうして……どうしてです、シリウェル様。何故、そんな……」

「……」

「シリウェル様っ!」

「……俺はザフトだ。オーブに介入するわけにはいかない。それこそ、伯父上の意志に、オーブの理念に反することだ! ……できないんだよ、俺には何も!」

「……あ……」

 

 シリウェルは声を荒げ、近くにあったグラスを壁に投げつけた。どうすることもできない事実に。納得していても、感情だけはどうすることも出来ない。やり場のない怒りを感じているのだ。茫然としている使用人たちをみて、シリウェルは舌打ちをするとそのまま自室へと向かった。冷静にしているつもりが、口を開けば八つ当たりをしてしまいそうだったからだ。

 

 オーブが襲われることは想定通り。恐らく今日明日にでも結果は出てくる。予想は出来ていた。テルクェスに続いて、母であるクレアもそうなるだろうと。オーブを離れることはないと。首長家であるアスハ家の一人として、最期まで戦うだろうということが。ここにおいて、シリウェルは血のつながった家族を失うこととなるのだ。これが戦争。抗うことのできない、死の連鎖である。

 

「……それでも俺は……」

 

 涙は流れなかった。悲しみに暮れるわけにはいかないのだ。シリウェルもアスハ家の者。そのことに誇りを持っている。ならば、必死に戦い貫くだろう意志を引き継いでいくことがシリウェルにできることだろう。

 恐らくは明日には戦闘の結果が伝えられる。叶うならば、アーシェでも生き残っていることを願うばかりだ。

 

 その予想は外れることなく、シリウェルの元に届いたのはオーブのマスドライバーが破壊されたこと。オノゴロの軍施設が崩壊したこと。大西洋連邦の支配下にオーブが置かれたことだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 翌日、シリウェルは暗い雰囲気のファンヴァルト邸を出た。車内にいても会話はかかった。元々会話を楽しむシリウェルではないが、この時は使用人たちも口を閉ざしていたのだ。

 

 本部に到着すると、ザワザワとしながらシリウェルに注目が集まる。

 

「シリウェル様だ……」

「お怪我は大丈夫だったのかしら」

「……ご無事で本当に良かった」

 

 歩けば周りが勝手に道を開いてくれる。直接声をかけられたわけではないので、シリウェルが答えることはない。そのまま本部司令室へと向かった。

 

「シリウェル様……」

「お前はここで待っていろ」

「はい」

 

 ナンナが入れるのは途中までだ。この先は幹部らが集まる場所。国防本部なのだから。

 中に入れば、パトリックがいる。他の将校たちも同席していた。

 

「シリウェル、来たか」

「シリウェル様だ……」

「おぉ……」

 

 パトリックの前までくると、シリウェルは敬礼をする。この場では議長であるパトリックに対して礼をする必要があるからだ。

 

「……シリウェル・ファンヴァルト、只今戻りました、ザラ議長閣下」

「ふん……全く、余計な怪我を負ったな。自分の立場はわかっているだろう」

「……勿論です。だが、行動に後悔はしていません。でなければ、どれだけ被害が出たかわからない」

「そんなことはわかっている。だが、それとは別の話だ。……シリウェル、お前の価値は戦場だけでない。暫くは大人しくしていることだ」

 

 前線から下がれということだろう。どのみち、戦場にでることは医師からも許可が下りていないため無理だ。この場は従うべきだ。

 

「……わかっています。それでは、俺は下がります」

「待て」

「? 何か?」

 

 背を翻して出ようとしたシリウェルをパトリックが引き留める。

 

「ラクス・クライン」

「……」

 

 出たのはラクスの名だった。シリウェルにとって妹でもある彼女との関係は、パトリックも知っている。シリウェルは眉を寄せて、パトリックへと向き直った。

 

「あやつらから連絡は合ったか?」

「俺に? ……退院したのは昨日だ。あるはずがない。それに……今の俺にラクスを気遣う余裕はない」

「オーブ、か……」

 

 これは事実だった。精神的な余裕がない。ラクスを案じているのは確かだが、そのために動けはしない。既に議長に対する言葉遣いではないが、パトリックも指摘はしなかった。

 オーブの状況はパトリックとてわかっているのだろう。オーブの名が出たところを見ると納得したようだ。

 

「ならば、シリウェル。オーブからプラントに避難してきた者がいる。彼らのことは、お前に一任しよう」

「……どういうことだ?」

「オーブより、民間人の避難協力があり、プラントはそれを受諾した。本日中に到着する予定だ。そして暫定となるが、カナーバらは拘束されたため、アプリリウス市議員は欠員となった。その席につけ」

「……」

 

 最高評議会の議員として所属しろということだ。アイリン・カナーバらを始めとする穏健派を拘束したということに、シリウェルは不快感を露にしたがこの場で反論しても意味はない。オーブの民間人への対応というならば、更に文句はなかった。それでも、一言くらいは言いたくなるだろう。

 

「病み上がりに兼任を要請するとは、人使いが荒いな」

「……お前が一番適任だ」

「……わかった。その件、引き受けさせてもらう」

 

 今度こそ、シリウェルは部屋をあとにした。

 



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第22話 対面

捏造だらけの回です。


 司令部を出て、ナンナと合流する。機嫌が降下していることに、付き合いの長いナンナは気がついているのだろう。

 

「あの……シリウェル様?」

「軍港に向かう。この際だ、使えるものは使わせてもらう。レンブラントに連絡して、マリク達を寄越すように伝えろ」

「えっ? あの……それは」

「説明は集まり次第する」

「は、はい。わかりました」

 

 意図はわからないだろうが、シリウェルの指示だ。ナンナは戸惑いながらも連絡をするために走ってその場を離れた。

 オーブの民間人を受け入れる対応をする。口にするのは簡単だ。だが、どの程度まで準備が出来ているのかを把握しなければならない。シリウェルも急ぎ、軍港へと向かっていった。

 

 

 軍港は多くの人がいた。中には評議会議員の姿もある。

 シリウェルの姿を認めると辺りはシーンと静まり返った。軍服を着ている者は敬礼をしている。

 

「……」

「その、シリウェル様」

 

 議員の一人が代表としてシリウェルの前に出る。この中で一番の若輩者はシリウェルなのだが、立場では一番上だった。

 

「……忙しければしているところすまないが、状況を教えてほしい」

「は、はいっ。受け入れ先などのリストはこちらにあります。現在、受け入れのための窓口を設立しようかとしているところです」

「窓口、か……」

 

 リストを受けとると、複数の場所にオーブの民間人を振り分ける必要があるようだ。住居の確保が一番優先事項であり、食料や衣服なども必要だ。その辺りをどうするかは、シリウェルの采配が必要となるだろう。良くまとめられている資料だ。ここにいる連中は、シリウェルが責任者となることは知っていたということだ。慌てる様子もなく、シリウェルからの指示を待っている。

 

「議長から既に聞いていたようだな」

「はい。その、今後はシリウェル様が責任者となるので、と」

 

 ここの部署は市民の管理を主に担う仕事をしている場所だ。最高評議会の議員がずっと責任者を務めており、今後はシリウェルがその立場になるということだった。前線から遠ざける口実でもあるのだろう。誰の考えかはわからないが、そういった意図があることは間違いなかった。無論、指揮官であることは変わらないため、燻っているつもりはない。

 しかし、まずは今の状況を何とかする必要があった。他でもない、オーブ国民のために。

 

 

 指示を飛ばしてオーブの避難民を乗せた船が到着するまでに体制を整えておく。恐らくはコーディネーターが多いとは思うが、ナチュラルが来ることがないとは言い切れない。その場合は、住居などに気を配る必要がある。

 

 

 数時間後、軍港に船が到着した。

 

 船から最初に出てきたのはオーブ軍の曹兵だ。その後に、民間人の姿がある。懐かしい軍服にシリウェルは込み上げるものを堪えた。だが、向こうはオーブ国民。シリウェルの姿を見て、動きを止めその表情が変わる。

 

「シ、シリウェルさま……?」

「……よく、無事でここまで来たな。オーブの民の皆……」

「シリウェル様?」

「シリウェル様だって!」

「アスハの若様が……」

 

 口々に名を呼び、中には涙を流す者たちもいる。それだけ不安だったのだろう。

 

「にいさ、ま……兄様っ!」

「つっ!」

 

 その中に飛び出してくる人影があった。突然だったが、シリウェルはその影を受け止める。治りきっていない身体に痛みが走り、シリウェルは呻くが何とか踏み止まった。聞き間違えることなどない。その影は妹の、アーシェのものだ。

 

「……アーシェ、か?」

 

 静かに声を掛ければ、コクりとシリウェルに頭を預けた少女が頷く。頭を撫でれば、そっと顔をあげる。涙を流した後が見えて赤く腫れているが、再びその瞳には涙が溜まっていく。

 

「兄様っ! 兄様ぁ!!」

「……よく、無事だった」

 

 声を上げて泣くアーシェをシリウェルは優しく抱き寄せた。背中をトントンと叩き、安心させる。この場にいるのは、多くの民たちだ。アーシェだけを気にかけるわけにはいかない。

 

「アーシェ、後で話をしよう。いいな?」

「は、はい……申し訳ありません、兄様……」

 

 少し落ち着いたのかアーシェはシリウェルから身体を離す。

 そうして、再び避難民たちに向き直り、今後について話をするのだった。

 避難する場所についてもまずは誰が来ているのかを確認する必要がある。一人一人の名を確認し、割り振りを行う。また、明日にでも再び集まる場を設けて詳細について話すつもりだが、今は安心して休める場所の方が急がれる。

 人数は多いが、ファンヴァルト隊からも人員を出しているので、問題なく捌ける。少なくなってきたところで、シリウェルはアーシェを探した。

 

 アーシェは一人の少年と共におり、側にはマリクがいた。話を聞いていたのだろう。

 シリウェルの姿に気がつくとマリクが敬礼をする。

 

「兄様……」

「隊長」

「ご苦労だな、マリク。アーシェ、彼は?」

 

 隣に居合わせただけという感じではない風の少年は、まだ混乱の中にいるようだ。話が出来るかわからないため、アーシェに尋ねた。

 

「……えっと、その……」

「言いにくいことか?」

「……はい」

 

 状況が状況だけに、何を見てきたのかは予想できる。この場で言えないというならば無理に聞き出すこともない。整理もできていないはずだ。

 

「……そうか。わかった。……アーシェ、お前は屋敷に戻ってくれ。構わないな、マリク」

「はい。隊長の妹であれば、特に手続きも不要かと」

「あ、あの兄様!」

「どうした?」

「……この子も一緒に、いいですか?」

 

 アーシェの言葉に少年の肩がビクリと動く。無関係ではないということだ。ならば、拒む理由もない。

 

「わかった。……セイバスには連絡しておく」

「あ、ありがとうございます、兄様」

「構わない……疲れているだろう。二人とも、今は帰って休むといい」

 

 最後まで顔をあげることがなかった少年。彼の心理状態を気にかけながら、歩いていく二人を見送った。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 

 遅くなってしまったがシリウェルはファンヴァルト邸へと帰宅した。出迎えた侍女らの話では、アーシェと彼は食事を終えリビングにいるとのことだ。シリウェルの帰宅を待っていたらしい。ならば、まずは話を聞くのが先だろう。軍服のままではあるが、シリウェルはそのままリビングへと足を踏み入れる。

 

「お帰りなさいませ、シリウェル様」

「あぁ、今帰った」

 

 声で帰宅したのがわかったのだろう。アーシェが勢い良く顔をあげ、立ち上がった。

 

「兄様! お帰りなさい!」

「……あぁ。待たせたみたいだな、すまなかった」

「……いえ、私たちは大丈夫、です」

「そうか……」

「シリウェル様、何かお飲みになりますか?」

「そうだな。頼む」

「かしこまりました」

 

 セイバスが下がると、この場にはシリウェルとアーシェ、少年の三人となった。二人の正面にシリウェルが座ると、セイバスに指示を受けただろう侍女が紅茶を持ってくる。

 

「ありがとう。呼ぶまで、誰も入らないように頼む」

「……わかりました」

 

 話に横やり入らないように伝える。

 一口、紅茶に口をつけるとシリウェルはアーシェを見た。

 

「……アーシェ、何があったのか教えてくれるか?」

「っ……はい」

 

 思い出させるのは酷だと思うが、それでも何が起きたのか把握はしておきたい。船にクレアは乗っていなかった。アーシェだけを乗せたのだろう。万が一にでも、アーシェがシリウェルに罪悪感を抱いているのならば否定しなければならない。

 

「……あの日、地球軍が攻めてくると母様が話していたのです。だから早く逃げるようにって。プラントに行けば、兄様がいるからって。母様は……残るって」

 

 オーブ政府は軍施設からの民間人退去を早めに命じていた。地球軍が交渉に応じることなく、攻めてくることがわかっていたのだろう。引くはずがないと。だからこそ、事前に動いた。しかし国民の数だけで考えてもすんなりと避難出来るとは限らない。クレアは避難誘導をするために動いていたのだという。

 

「私も手伝ったんです。それでも、終わらなくて……地球軍が攻めてきて、たくさん攻撃もされて……急がなきゃって走りました。でも、それでも……間に合わなくて……」

「おれの……俺のせいです」

「?」

 

 突然、少年が話に割り込んできた。今まで言葉を発せなかったことで、トラウマでもあるのかと考えていたがそうではなかったようだ。

 

「……君のせいとは、どういうことだ?」

「兄様……シンは悪くないんです! 私がもたもたしてて──―」

「違う! ……俺が、動けなかったから……だからっ」

 

 シリウェルは二人の様子から、何となく事態を察する。そこにシリウェルへの懺悔も含まれているということは、つまりそういうことなのだろう。

 

「そうか……母上は、亡くなったのか……君たちの目の前で」

「っ……グスッ……うわぁぁあ」

 

 事実、ということだ。アーシェが声を上げて、両手で顔を隠しながら泣き出した。隣のシンという少年も俯く。

 

「ごめんなさい……おれ……何が起きたかわからなくて……皆、吹き飛ばされて……マユも」

「もう話さなくていい。内容はわかった……思い出させて悪かったな、二人とも」

 

 泣き止まないアーシェ、震えるように拳を握りしめて俯いているシン。恐らくはシンも大切な人の最期を見てしまった。動揺し動けないところに、クレアたちが通りかかり彼らを守るために犠牲になったのだ。だからこその謝罪ということだ。

 

「アーシェ、それにシンだったな。母上の死は、二人のせいじゃない。俺に、謝る必要はないんだよ」

「……グスッ、兄様……」

「シン、君も辛いだろう。……大切な人を失ったのは、君も同じだ」

「それは……けどっ」

「もう疲れただろう。アーシェ、シンももう休むといい。今日は話してくれてありがとう」

 

 船に乗せられ異国にきたシンはより疲れを感じているはすだ。泣いている様子はないということから、まだ現実として受け止めきれていない可能性がある。先にクレアを死なせたことへの謝罪がきているのは、一種の現実逃避とも言えるだろう。

 もし、シンが吐き出したいというならば付き合うが、まだその時ではない。

 侍女を呼んで、二人を部屋へ案内するように伝えると、シリウェルは一人リビングに残った。

 

「……最期まで母上は母上らしかったんだな……」

 

 ポツリと天井を仰ぎながら呟き、苦笑する。

 悲しくない訳ではない。ただ、既に覚悟していたことだ。だから、今は堪えることができる。堪えなければならないのだ。

 もし、アーシェも戻らなければシリウェルは己が壊れてしまうのではないかと恐れていた。

 地球軍を、戦争をする人々を、このような理不尽な世界を憎んでしまったかもしれない。その時はきっと、ラウと同じ道を進んでいただろう。

 とはいえ、訪れることのない話をしても意味はない。アーシェとシン、二人の顔を見て話を聞いてシリウェルが堕ちるわけにはいかない。堕ちれば、彼らに罪悪感を与えてしまうのだから。それは出来ない。

 

「ラウ……俺は、そちらにはいけない、みたいだ……」

 

 己を引き留めてくれた二人がこの場にいたことに、シリウェルは感謝していた。



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第23話 シン

今回は、シンからの視点で描いています。
オーブでの出来事をちょっと変えてます。少し長くなりました。


 プラントに到着したのは、今日だった。

 あっという間に過ぎた時間。シンは用意された部屋でベッドに横たわりながら天井を見つめていた。その手にはピンクの携帯電話が握られている。

 

「……なんで、俺は……ここに……」

 

 必死に走った。近くでは戦闘が行われていて、大きな音が恐怖を与えてくる。立ち止まればそこで終わりだと。

 急いでいる中で、マユが携帯を落としてしまった。取りに行くと叫ぶマユ。止める両親。揉めていることも危険だとわかっていた。だから、両親は焦っていたのだ。ならばと、シンが取りに向かった。そこまでは良かった。

 だが、携帯を手に取ったその瞬間、爆発が起こった。必死に地にしがみつき難を逃れたシンが次に目にしたのは、地に伏していた両親やマユの姿だった。ただ伏せていたのではない。変な方向に曲がり、一部が吹き飛ばされていた。

 その光景を思い出したシンは、バッと起き上がり膝を抱えた。嗚咽と共に流れてくる涙。何度も自問する。何故、どうして。誰が悪い。何が悪い。一体、両親やマユが何をしたというのか。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

『何をしてるの! 早く行きなさい!』

『……』

 

 茫然と立ち尽くし泣き続けるシンを叱咤した女性。目の前で何があったのかわかっていたのだろう彼女は、シンの肩を掴み必死に叫んでいた。

 

『ここで君が死んでどうするの! 生きなさい! 君が死ねば、ご両親たちが喜ぶと思うの!? 違うでしょう!』

『だ、だけどっ……おれ』

『モタモタしない! アーシェ、彼と一緒に早く!』

『は、はい、母様!』

 

 少し遠くに離れていた少女が駆けてくるのが見えた。母と呼んだということは、家族なのだろう。家族……たった今シンが失ったもの。

 

『ほら、立ちなさい!』

 

 再びかけられた声に、シンは掴まれていた女性の手を振り払った。自分が失ったものを持っている人たちが憎くて、悔しくて堪らなかったから。放っておいてほしかったから。

 払い除けられたことに、女性は目を丸くしたが直ぐににこりと笑ってシンの頬を両手で包み込んだ。

 

『……生きなさい。君はここで死んではダメ。君が生きることが、未来を繋ぐことがこの絶望的な世界の希望となるかもしれない』

『……え……』

『だから生き──―』

『母様っ! 危ないっ!!』

 

 悲鳴に近い声に女性の後ろを見ると、金属片がシンたちに目掛けて飛んできていた。女性も気がついたのだろう。シンは死を覚悟した。元よりそうなることを望んでいたシンは、どこかで安堵さえしていた。目を閉じてその瞬間を待っていると、身体を抱え込まれて突き飛ばされてしまった。

 

『痛っ……』

 

 背中を打ったことに呻きながら、シンは身体を起こした。すると、目の前には先ほどの女性が倒れていた。背中から腹部にかけて金属片が刺さっている。

 

『か、母様っ!!!』

『……ア、シェ……あな、たは……いきて、ね……シェ、ルを……どう、か……ひ、とり、にしな……いで』

『かあ、さま……』

『い、きな……さい。き、みも……は、や、く……』

『あ……あ……うわぁぁあ』

 

 そのままアーシェとシンは必死に走った。後ろを振り向くことなく、急いで離れたのだ。救命艇に乗り込み、移送船に乗せられても、シンは蹲ったままだった。

 ただただ、どうしていいかわからず、何が起こったのかも理解したくなくて隅にいた。そんなシンに声をかけてくれた曹兵がいた。優しく、気遣うように。一緒にアーシェも来ていた。何も言わずにシンの隣に座り、じっと居るだけだ。

 アーシェの母を殺したのはシンだ。恨み言も言われるだろうと、シンはぎゅっと力をいれるように膝を抱える。

 だが、アーシェは何も言わなかった。プラントが近づいてくると、漸くアーシェが口を開いた。

 

『……私、孤児だったの』

『……え?』

『だから……ずっと一人だった。でも、父様が私を拾ってくれた。母様と兄様が出来た。家族が出来たの。でも……』

 

 シンを見るのでもなく、何もないところをみながらアーシェは話す。シンは黙って聞いていた。

 

『兄様が……怪我をして、重傷って言われて……母様もいなくなって……。何でなのかな……どうしてこんな目に合わなきゃいけないの……私たち、何かしたのかな?』

『……』

 

 その想いはシンが考えていたのと同じものだった。理不尽に奪われたことに、納得がいかなくて。どうしようもない想いを抱えている。

 

『……アスハの伯父様が間違ってるとは思わない。兄様も、母様もきっと同じだと思う。でも……何でなんだろう』

『……』

『君に言っても仕方ないよね……ごめんね』

 

 アーシェの顔を見ると泣き腫らしたように目が腫れていた。恐らくはアーシェだけではない。すすり泣く声はずっと聞こえていたのだから。シンは、ここで初めて気がついた。己だけではないということに。

 

『ごめん……おれ……』

『謝らないで……君に生きてほしいって母様が願ってたから。君は悪くない……』

『……』

『……私はアーシェ・ファンヴァルト。君は?』

『……シン。シン・アスカ』

 

 プラントに着いて、アーシェが飛び出していくのをシンは見ていた。抱きついた相手がアーシェの兄なのだろう。血は繋がっていないので、義理ではあるらしいが。それでも、二人は家族だと感じた。アーシェの無事を喜んでいるように見えた。

 アーシェの兄は、この場において一番偉い人物だった。ザフト軍人で白い軍服を着ていて、周りからはシリウェル様と呼ばれていた。オーブの曹兵たちもだ。アスハの若様だと。

 頭がこんがらがる中、アーシェが戻ってきてシンの腕を引いた。プラントに来るのが初めてなシンは、ただアーシェに着いていくだけだ。

 一人の軍人の前に来ると、眉を寄せてシンを見ていた。

 

『……そちらの君は確か、ファンヴァルト隊長の妹だったか?』

『は、はい……アーシェ・ファンヴァルト、です』

『オーブに避難しているとは聞いていた。お母上は一緒ではないのだな……』

『……母様は……』

 

 表情が今にも泣き出しそうに変わりうつむいたアーシェ。その様子に相手の軍人も察してくれたのだろう。詳しく聞くことはなかった。ただ、そうか、と呟いただけだ。

 

 本来ならばシンは、他のオーブの人たちと同じ施設に向かうはずだった。たが、アーシェが兄に頼んだことで共にファンヴァルト邸へと向かうことになった。

 車で案内されたファンヴァルト邸は、大きな屋敷だった。案内してくれた人によれば、このアプリリウス市の中でも大きい方らしい。部屋は沢山あるらしく、シンにも一室用意してくれた。使用人が沢山おり、シンにとっては居心地が悪い。このような家だとは思わなかったのだ。一般家庭で育ったシンとは別世界だった。

 突然現れたシンにも嫌な顔ひとつせずに対応してくれる人たち。リビングで休んでいると、沢山の写真が目に入った。

 4人で映っているのは、家族写真だろう。アーシェ、そして兄だというシリウェルは、今よりも少し幼い。二人の後ろにいる男性が父なのだろう。隣には、シンを守ってくれた女性が優しそうな笑みを浮かべている。

 最期の姿を思い出してしまう。シンは、シリウェルに何と言えばいいのだろうか。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 今日までにあったことを思い返していると、目が冴えてしまった。少しだけなら歩いてもいいかと、部屋を出る。リビングの方へ向かうと、まだ灯りが付いていた。

 

(まだ、誰かいるのか……?)

 

 居るのならば飲み物でももらおうかとシンは扉を開けた。

 

「あ……」

「ん? ……シン、どうかしたか?」

「シリウェル、さん……」

 

 起きていたのはシリウェルだった。PCを開きながら何か作業をしているようだ。

 

「……えっと」

 

 ちらりとシリウェルの手元に視線を向ける。邪魔をしてしまったのかと、シンは戸惑う。何を考えていたのかわかったのか、シリウェルは苦笑して立ち上がった。

 

「別に仕事をしていた訳じゃない。ちょっとした遊びみたいなものだ……」

「え……」

「眠れないのだろう? 何か飲むか?」

「あ、いえ……その、はい」

「わかった。少し待っていろ」

 

 シリウェルがPCの横にあったボタンを押すと、声が聞こえる。家の中ではあるが通信をしているようだ。

 

『シリウェル様、何かありましたか?』

「飲み物を頼む。俺と、シンの分だ」

『……承知しました』

 

 時間は既に夜中に近い。それでもまだ使用人は起きているようだ。この事実に驚きながらも、シンはどうしていいかわからなかった。

 

「そんなところにいないで、座るといい」

「……は、はい」

 

 隣に座るとPCの画面が少し見えた。何かの設計図のようだ。見てはいけないかと、直ぐに視線を反らす。

 

「……興味あるか?」

「あ……いえ、その……」

「仕事じゃない。……見てみるか?」

「……えっと、はい」

 

 話題があるわけでもない。シリウェルからの提案にシンは乗ることにした。

 設計図とは言ってもシンに内容がわかるわけもなく、ただひたすら文字の配列があるだけだ。何がどうなっているのか全くわからない。

 

「……わからないか?」

「はい……これは?」

「……MSの設計図」

「えっ?」

「俺は軍人だからな……」

 

 軍人。それは戦争をしているということだ。

 オーブを、両親を殺したものと同じことをしている。シンは、眉を寄せてしまう。シリウェルが何かをした訳じゃない。それでも、今はそこまで余裕を持てていなかった。

 

「……シン、君が感じていることは正しい」

「えっ?」

「俺たちは、戦争をしている。オーブを撃った地球軍と同じだ」

「……シリウェルさん」

 

 少しだけ苦しそうに表情が動いた。シリウェルは基本的にあまり表情が変わらない。少なくともシンにはそう見える。だからこそ、それが本心なのだろうと感じた。

 

「君の家族を殺したのは、ある意味でオーブだろう」

「……」

「憎んでいるか……?」

 

 オーブが地球軍に降伏していれば、戦闘にならなければ皆死なずにすんだ。それをはね除けたのはオーブ政府。決定したのは、アスハ家のウズミだ。だが、それはこの人も同じではないのか。シリウェルも失ったはずだ。

 

「……俺は……。貴方は……シリウェルさんは、どうなんですか?」

「……俺か……そう、だな。俺はこうなることがわかっていた。だから、君と同じように悲しむ資格はない」

「え……? どういう、こと……ですか?」

 

 何を言っているのか、シンにはわからなかった。この人はわかっていた、と言った。何がわかっていたのか。知っていたならば、もしかして母親が死ぬことをわかっていたというのか。次の言葉でそれは決定的となる。

 

「……パナマの次に、オーブが狙われること。オーブが地球軍に屈することがないこと。伯父上や母上が……命を落とすことを……俺には予想できていた」

「そ、んな……なんで……」

「……だから、俺は君とは同じじゃない」

「なんで……なんで貴方はっ!?」

 

 シンは立ち上がって叫ぼうとした。だが、それが口から出ることはなかった。表情は変わっていないのに、どうしてかシリウェルが泣いているように見えたからだ。

 憎しみを罵倒を受けようとしている。そんな風にシンには映った。

 

「……なんで、そんな風に……シリウェルさんは……居られるんですか?」

「? シン?」

「悲しいのに……憎いのに、なんで……」

「……悲しい、か」

 

 ふっと、シリウェルは笑った。変わらず悲しそうな顔で。

 

「……戦争の中において悲しみ、憎しみがあるのは当たり前のことだ。なければ、戦争など起こっていない」

「え……?」

「悲しいから、憎いから相手を殺す。殺されたら、また更に憎しみが生まれる。その憎しみがまた人を殺す。戦争は終わらない……その憎しみの連鎖に、俺も含まれている」

「シリウェルさん、も?」

「俺も……多くの人を殺している。そして、憎しみの対象になっているだろう。ならば、誰かを殺されても、悲しくても、そんな資格はないだろう? 当然のことをしているんだからな」

 

 戦争は憎しみから始まっている。殺されたからと相手を殺す。そして、その殺された相手の仇だと更に相手を殺す。シリウェルの話はシンが考えたことのないものだった。当然だろう。シンは戦争とは無縁とも言えるオーブにいた。オーブは中立で、戦火に巻き込まれてなかった。オーブには中立を保つだけの力が、意志があった。何よりもウズミという力が。

 

「……オーブは平和だった。伯父上が戦争に巻き込むことを良しとしなかったからだ。大西洋連邦やプラントからの圧力から守ってきたのは、伯父上だ。出来れば……オーブの国民である君にはオーブを憎まないでほしい」

「……おれ、は」

「戦争を知らないということは、幸せだと思う。君たちの未来を伯父上は守りたかったんだろう。結果としては、オーブは巻き込まれてしまった。多くの命を失った。君の両親たちを含めてな」

 

 戦争を知らない。そうだ、シンは知らなかった。戦争何て言うのは外の世界で、自分達には関係のない話。勝手にやっていろと考え、平和な世界で笑っていた。だが、それは違う。ただ、守られていただけだ。それを失わせたのは地球軍。大西洋連邦だ。オーブは巻き込まれただけ。

 

「……今の君にはきつい話だったな。すまない」

「いえ……その、俺……何でこんなことにって、思うだけで……あそこにいた奴らが憎くて……今まで守られていたなんて、考えたことなかった……」

「それが普通だ……君だけじゃない」

「なら、俺はどうすればいいんですか? ……俺はどうしたら」

 

 自分でも何を言っているのかわからなかった。沢山の情報と想いがあって、シンはもういっぱいいっぱいだ。

 

「……君に必要なのは休息だ。頭を整理する時間が必要だろう。アーシェもな」

「シリウェルさんは?」

「……俺は、暫くは前線にはでないが、命令が下れば戦場に向かう」

「死ぬかも、しれないのに、ですか?」

「そうだな……その時は、君にアーシェを頼むかな」

「えっ」

「そう簡単に死ぬわけにはいかないが……絶対はない。今、あの子を一人残したくはないからな」

 

 死ぬわけにはいかない。死ぬことを許されないという言い方だった。許すとはどういうことか。この時はシンにはシリウェルがどういう立場の人物かわかっていなかった。だから、そこに含まれた意味に気づくことが出来なかった。

 

 



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第四部 変わりゆく世界
第24話 意地


 アーシェとシンがファンヴァルト邸に来た翌日の朝。

 夜遅くまで話し込んでいたこともあり、シンは起きてこなかった。朝食の場にいるのは、アーシェとシリウェルの二人だ。

 

「……兄様」

「……どうした?」

「シンのこと……その……」

 

 言葉をつまらせるアーシェ。何を言わんとしているのかがわかったシリウェルは、笑みを見せた。滅多に見せない笑みは、家族だけが見られるものだ。

 

「わかっている。……シンが望むなら、俺が保護する。お前は気にしなくていい」

「兄様……ありがとうございます」

「……俺は行ってくる。お前はゆっくりするといい」

「行ってらっしゃい……兄様」

 

 立ち上がるとシリウェルはアーシェの頭にポンと触れると、そのままリビングを出ていく。

 玄関まで見送りにきたセイバスは、シリウェルの背に声をかけてきた。

 

「シリウェル様……」

「大丈夫だ。アーシェとシンを頼む。まだ戸惑いもあるだろう」

「……貴方様はどうなのですか?」

「……問題ない。やるべきことがあるからな」

 

 立ち止まってはいられない。まだ、戦いは終わっていない。地球軍も更なる力を求めるだろう。戦場は広がっているのだ。そのために、いつ前線に出るかわからない。出なくとも、できるだけの手を打っておく必要がある。

 

「万が一の時は……任せる」

「……かしこまり、ました」

 

 それだけを伝え、シリウェルは屋敷を出た。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

「隊長、悪い知らせです」

「マリク?」

 

 本部に到着するなり、珍しくマリクが出迎えたと思ったら突然報告を受けた。シリウェルは眉を寄せる。何事かと。

 

「……ビクトリアが墜ちました」

「……」

 

 ビクトリア基地。即ち、地球軍はマスドライバーを手にしたということだ。

 オーブでの戦闘後、すぐに仕掛けたのだろう。体制を整えていたはずだが、その上を行く何かがあったというのだろうか。

 

「隊長の考えている通りです。地球軍は、新型のMSを投入しました」

「新型?」

「オーブでの戦闘映像が送られてきています。その目で見ていただいた方が早いかと」

「わかった……」

 

 まずは情報確認のためシリウェルの執務室へと向かう。部屋に入るとすぐにPCを立ち上げ、マリクからディスクを受けとる。

 

「……フリーダム」

「? 隊長はご存知でしたか?」

「あぁ……国家機密だが、俺が造ったMSだ。赤いのはジャスティス。まさか、こんなところで見るとはな……」

 

 既に戦場にいるなら話をするくらい問題ない。問題は、それ以外のMSなのだから。と言っても、マリクはそうではない。

 

「隊長が造った? ……なるほど、例の騒ぎの原因でしたか。となると赤いのが、特務隊となったアスラン・ザラの機体ですね」

「……」

 

 特務隊。国防直属の隊だ。現在の国防のトップはパトリックである。アスランは父親の部下ということだ。それがオーブにいる。しかも、フリーダムに加勢する形で。それが意味するところは何か。アスランはラクスの婚約者だ。フリーダムがラクスの手によって渡されたことを知っているならば……。

 そこまで考えてシリウェルは首を振った。だとしても、今は考えることが別にある。

 

「隊長?」

「何でもない。……お前が言っていた地球軍の新型は、この3機だな」

「はい……かなりの性能を持っているように見受けられます」

 

 地球軍の新型。観察してみれば、確かに性能は悪くない。今、ザフトにあるMSと比較すれば、軍配が上がるのは向こうだ。フリーダムとジャスティスの2機を相手にしても負けていないのだから。エネルギーという点ではこの2機に敵わないのは当然なので、初めから考慮はしない。問題は、パイロットの技量だろう。

 

「……ここまでの腕、本当にナチュラルがパイロットなのか?」

「……それは確かに気になるところです」

「OSの書き換えによるものか……いや、下手に合わせれば逆に動きが制限される。反応速度を上げるか……否、無理だな」

 

 シリウェルの頭の中ではOSの書き換えによりどこまでフォローが出来るかを何パターンも検証していた。擬似だからこそできる芸当だ。時折呟かれる用語も、マリクには何のことかわかっていないだろう。呆れるように、マリアは息を吐いた。

 

「……隊長、戻ってきてください」

「っ……!」

 

 マリクが強目にシリウェルの肩を引く。僅かに痛みが走り、シリウェルは顔を歪ませ腹部を押さえる。

 

「あ、申し訳ありません! 隊長、傷に響きましたかっ?」

 

 慌てるマリクを手で制し、首を振る。

 

「……大丈夫だ。……まぁ、傷自体は昨日の時点で少し開いたがな……」

「隊長っ! そう言うときはすぐに病院に戻ってください! ……貴方という人は……行きますよ!」

「今日はオーブの避難民たちの対応がある。そんな暇はない」

「後回しです! 放置していい怪我でないことはわかっているでしょう! ……指示をいただければ私がやります!」

 

 あまり焦ったり声を荒げないマリクがここまでいうということは、逃れられない可能性が高い。だが、それでもシリウェルはオーブ避難民の前に行かなければならない。

 

「マリク……心配は有り難いが、俺がやらなければならないことだ」

「……」

「お前も知ってる通り、俺はもう一つ名前がある。シリウェル・イラ・アスハ、オーブ首長家としての、な」

「……存じています」

「アスハ家の者として、彼らにはきちんと接しなければならない。伯父上たちの代わりに……だから──―」

「本当に、貴方は……仕方のないひとです。……挨拶だけなら、許可します。そのあとは引き摺ってでも連れていきますから」

 

 ここが妥協点だ。マリクはレンブラントと共にシリウェルに意見を言う。年齢で言えばシリウェルのが年下。それでも、立場はシリウェルの方が上だ。他のものたちは、従うだけで苦言を伝えることはあまりない。だからこそ、シリウェルも彼らの忠告は聞く。譲れないところは、引くことはないが今回はシリウェル自身も自分の状況をよくわかっていた。

 

 今後のためにも前線に戻る必要がある。

 前線に出るためにも、怪我を理由に遠ざけられる訳にはいかないのだから。

 



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第25話 裏切り

いろんな意味での裏切りです。


 時間になると、シリウェルはオーブ避難民が避難している住居近くの広場への向かった。ここは一時避難場所だ。以前のアカデミー宿舎の一つであり、今は使われていない場所だった。住居としては不十分かもしれないが、すぐに体制を整えられる場所はここくらいだ。

 

 集まったオーブ避難民たちの前に立ち、彼らの表情を見る。不安。期待。戸惑い。それらが伺えた。まだ生活をするには至っておらず、安堵することは出来ないということだ。

 

「皆、昨日は疲れただろう。ゆっくり休めただろうか……?」

「……」

 

 頷く者。困ったように顔を見合わせる者。僅かに首を横に振る者。他者多様な表情を浮かべていた。現状に不満が出るほど、精神的に安定していない。落ち着けばおのずと出てくるだろうが、今はそんな悠長なことはしていられない。

 

「今後についてだが……一時避難とはいえ、同じプラントで過ごすこととなる。子どもらには不便を強いるかもしれないが、成人済みの者には仕事を斡旋することも考えている。無論、すぐにではない。今暫くは、待機してもらうことになるだろう」

 

 ここで伝えることは、住む上での確認事項が主だ。自分たちがどうなるのかという不安を、道を示すことで和らげる。きちんとその先をプラント側が考えているということを。そういう意味では、他の議員が行うよりもシリウェルが対応して方がいい。パトリックがそこまで考えているとは思わない。あくまで、シリウェルを遠ざけるのが目的なのだろうから。

 

 情報をある程度伝えると、マリクへと引き継ぎシリウェルはナンナを連れて一度病院へと向かうのだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 傷口が開いたため、病院で治療をしている時にそれは起きた。

 包帯を巻いていると、シリウェルの端末が鳴り響く。医師に許可をもらい、端末を操作すれば出てきたのはレンブラントだった。

 

「レンブラント? 一体何があった?」

『……隊長、特務隊のアスラン・ザラが脱走しました』

「……何を言っている?」

 

 意味がわからなかった。脱走した。アスランが。その前に、何があったのか。

 合点がいっていないシリウェルに、レンブラントは情報画面を渡した。そこには国防から寄せられた情報が記載されている。

 

 特務隊アスラン・ザラ。地球軍と思しきシャトルにて帰還。拘束。議長の命により移送中に、脱走し行方不明。

 その後、新造艦エターナルが命令なしに出港。

 

「……」

『追跡命令が出ていますが、どうなさいますか?』

「……無駄だ。あれはヘルメスよりも速い。ヤキンに任せるしかないだろう。動く必要はない」

『はっ』

 

 通信を切り、シリウェルはため息をつく。次から次へと面倒事は重なるものだ。

 

「……シリウェル様、あまり身体を酷使しないようにお願いします。完治するのに時間がかかることは申し上げていると思いますが」

「わかっている……」

「これで処置は完了しました。……激しい動きは控えてください。勿論、MSに搭乗もできれば」

「……邪魔したな」

 

 頷くことなくシリウェルは、処置室を後にした。最後の注意については約束できないからだ。

 必要であれば、どのような状態であってもシリウェルは出撃する。パトリックの意向と食い違っていても。

 

「シリウェル様、どうでしたか?」

「……お前も心配症だな、ナンナ」

「当たり前です」

「治療は終わった。……いったん、本部に戻る」

「何かあったのですか?」

「……面倒事だ」

「はぁ……」

 

 アスランという人物はラクスを通してか知らない。だが、オーブでの参入を考えればパトリックと意見の相違でもあったのだろうと想像できる。パトリックがザフトをどこに連れて行こうとしているのか。シリウェルにも想像が出来ていた。

 更にエターナルが命令違反を起こしたという。新造艦ではあるが、あれはフリーダムとジャスティス専用の運用艦だった。となれば、動いたのは間違いなくクライン派だろう。

 ラクスが宇宙へと旅立ったのだ。アスランも間違いなく一緒にいる。

 

「……俺も、覚悟を決めるべきなのかもしれないな」

「シリウェル様?」

 

 パトリックが目指す未来も、ラウが望む未来も、どちらもシリウェルは望まない。ならば、どうするか。

 これまでの動きを見ていても、最終局面は近い。

 戦場は地球ではなく、宇宙へと移ってきている。地球軍も動くだろう。ザフトも迎え撃つに違いない。ラクスも動き出した。シリウェルにできるのは、今後のザフトがどう動くのかを監視することだ。

 

「このままでは終わらせない……急ぐぞ」

「は、はい」

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 本部に戻ると騒ぎが未だ収まっておらず、しきりに人が走り回っていた。その中をシリウェルはまっすぐヘルメスへと向かう。

 艦に到着すると、レンブラントやユリシアが集まっていた。艦に来るのは随分と久しぶりだ。

 

「隊長っ!」

「シリウェル様……」

「隊長、お怪我はどうですか?」

「もう、大丈夫なんですか?」

 

 心配の声が一斉にかけられた。目の前に迫ってきそうな勢いの部下に、シリウェルも後ずさる。

 

「……その、心配をかけたみたいだが……大丈夫だ。皆、すまなかった」

「大丈夫、ではないでしょう。安静に、とマリクから聞いています」

「レンブラント……お前な」

「無理をさせないようにと、強く言われていますから」

 

 過保護過ぎるほどだが、艦長と副官は連携が取れているようだ。それについては、反論できるわけがない。諦めつつ、シリウェルは指揮官席に座った。

 

「……隊長、これが先ほどの話になります」

「エターナルが出て行ったというやつか」

「はい……艦長はバルトフェルドです。そして、軍港にラクス・クラインの姿が映っていました」

 

 監視カメラの映像には、隠しているのだろうがピンクの髪が見えていた。間違いなくラクスだ。

 大胆というか、思い切りがいいというか。

 

「……最後、だという意味だろうな。あいつも」

「隊長?」

「それで、他には?」

「ヤキンの防衛軍から、エターナルよりラクス・クラインから通信があったそうです」

 

 音声があるらしく、それが再生される。

 

『私は、ラクス・クラインです。願う未来の違いから、ザラ議長と敵対することとなってしまいましたが、私たちは貴方方との戦闘は望みません。どうか、船を行かせてください。そして、もう一度考えてください。私たちが戦わねばならないのは何なのかを』

 

 艦内が静まり返る。そして、視線はおのずとシリウェルへと向けられる。この中で一番ラクスと親しいのはシリウェルだ。皆、それを知っている。

 

「……あいつらしいな」

「そう、ですか?」

「だが、甘い。……それもあいつの願い、ということか」

「結局、攻撃をしたそうですが……MSの邪魔が入り、追撃は出来なかったようです」

「フリーダム、か……全く、やってくれる」

「隊長……我らはどうされますか?」

 

 エターナルを撃つことは、ザフト軍に通達されたようだ。といっても、どこへ向かったのかはわからない。データから見れば、いずれかのコロニー群を拠点とするだろう。しかし、シリウェルは追撃をするつもりはなかった。

 

「動かなくていい」

「……理由をお聞きしても?」

「必要ないからだ」

「……隊長、それは……」

「この艦に配置されているMSでは、フリーダムとジャスティスには勝てない。撃墜されて終わりだ」

 

 一番の理由はこれだった。フリーダムとジャスティス。現段階において、ザフトの最高戦力の機体だ。もう一機あるとはいえ、乗れる者は限られる。下手に追撃をしても、墜とされることがわかっているのだ。それに、ラクスは決してプラントを裏切ったわけではないのだから。

 

「俺が造った最新機体だからな……パイロットも技量的には上だろう。地球軍の攻撃に備えて、無駄に兵たちを消耗させるわけにはいかない」

「地球軍が攻めてくると?」

「……ビクトリア基地から上がってきている。ということは、宇宙での戦闘を準備しているということだ」

 

 ブルーコスモスはコーディネーターの殲滅を狙っているはずだった。ならば、プラントを直接狙ってきてもおかしくはない。それだけは絶対にさせるわけにはいかないのだ。

 

「ラクスに構っている暇はない、というのが本音だな」

「……隊長は、ラクス嬢を信じているのですか?」

「……俺は、あいつがほんの小さい頃から知っている。歌姫ではないラクスを。……悪いな、俺は命令書よりもあいつの言葉の方が信じられる。戦闘を望まないというのなら、放置しても構わない。それが俺の判断だ」

 

 隊長としてではなく、シリウェルとしてラクスを信じていると話しているようなものだった。裏切り者として手配されていることは、既にザフト軍ならば誰でも知っている。それを信じるということは、背信行為にも等しい。無論、シリウェルとて百も承知のことだ。ここで拘束されたとしても、本心を偽ることはできなかった。

 

「……貴方なら、きっとそういうと思っていましたよ」

「……レンブラント?」

 

 非難されても仕方ないと思ったが、レンブラントは苦笑をまじえながらも否定することはなかった。それどころか、当然の様に話す。

 

「ラクス嬢は、貴方にとって大切な方でしょう。……我らも、貴方がそう望むならば従います」

「……」

 

 シリウェルは答えに詰まった。面と向かって、追従すると宣言されたのだ。これには予想外だったが、どこかで安堵したのもまた事実。

 そんな想いを隠すように、シリウェルは苦笑する。

 

「パトリックが聞けば、直ぐに拘束に走るな……」

「それは無理だと思われますよ。……万が一、シリウェル様がラクス嬢側に付けば、ザフト軍の多くはシリウェル様と共に行くでしょう」

「……何を言っているんだ?」

 

 思わず目を見開くシリウェル。ザフト軍兵士がどれだけいると思っているのか。その中でシリウェルが関わったものなど、それほど多くはない。指揮官として、ほとんどの軍人の顔や技量などは把握しているシリウェルだが、直接の関りはないことが多い。

 

「アラスカで、隊長に救われた兵は多いのです。貴方は、やはり英雄なのですよ。我々にとっては、ラクス嬢よりも」

「……随分と買いかぶってくれる」

「貴方の行動の結果です」

「そうか……」

「ですから、いかに議長といえど貴方を拘束することはできません。……ラクス嬢が手配された時、貴方が拘束される可能性はゼロではありませんでした。でも、上はそう判断しませんでした。その理由は、貴方が重傷だったからだけではありませんから」

「……」

 

 随分と不穏な会話だ。聞きようによっては議長よりもシリウェルに従うと言っているようなもの。

 レンブラントの周りの部下たちをみても、真剣なまなざしで見ているだけだった。どうやら、本気のようだ。面倒事が次々と来ているというのに、さらなる面倒事が舞い込んだと、シリウェルは頭を抱えてしまった。

 

 

 

 

 




上手く説明できてないかもしれません。すみません。


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第26話 友

少し不快に思う表現があるかもしれません。


 状況の確認をしながら、オーブの避難民への対応とここ2、3日は忙しく動いていた。

 ヤキンからの新しい情報によれば、エターナルは他の2艦と共に行動をしているということだった。一つは、以前からザフトが追っていた足つきことアークエンジェル。もう一つは、オーブ軍籍の艦ということだ。

 オノゴロが焼かれる前に、脱出したオーブ兵たちだろう。

 

 そして、更に最悪な情報が届く。

 ザフトの要塞であるボアズが墜ちた。それも、地球軍の核攻撃によって。

 

「……」

「た、隊長……?」

 

 本部の執務室におり、レンブラントとマリクから知らせを受け取ったシリウェルは、眉を寄せていた。そのての拳は硬く握られている。そうでもしていなければ、怒りをぶちまけてしまいそうだったのだ。

 Nジャマーの影響により、地球軍は核を保持していない、はずだった。この場でそれを可能にできるのはただ一つ。フリーダムとジャスティスのデータだ。Nジャマーキャンセラーのデータがあれば、核を使うことができる。

 

「……俺の、責任……か」

「隊長っ」

「機体にシステムを組み込まなければ……こんなことには」

 

 その時、勝手に部屋の扉が開く。音に反応して視線を向ければそこにいたのは仮面の男だ。

 

「……貴方はクルーゼ隊長?」

「何故、ここに?」

「……ファンヴァルト隊の部下たちか。まぁ、いい。シェル……少しいいかね?」

 

 レンブラントとマリクを一瞥すると、二人に用はないとでも言うようにシリウェルの前へと歩み出た。

 

「ラウ……何のつもりだ?」

「君が考えていることに対しての解答を与えようと思ってな……どうだ?」

「……わかった。いいだろう」

 

 ガタンと立ち上がると同時にPCを閉じた。二人の間にただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、シリウェルとラウが部屋から出ていくのを二人は呆然と見送る。

 

「……隊長は、クルーゼ隊長と親しいのか?」

「私に聞かれても……ただ」

「ただ?」

「……一部の女性士官の間では、そういう噂もあるようです」

「どんな噂だ?」

 

 言葉を濁して話題を避けようとしているマリクだが、実直なレンブラントはシリウェルのことが気になるのか、質問の手を休めない。

 

「はぁ……要するに、隊長とクルーゼ隊長が恋人ではないか、という噂です」

「? 何を言っているんだ? 隊長には、アマルフィがいるだろう」

「だから、私に聞かないで下さい」

 

 女性士官の噂だといっているのだ。真実ではない。

 だが、二人に接点はないようにマリクも思う。シリウェルを愛称で呼んでいる人物など初めてだった。ならば、まさかと思うがそういうことなのかと勘繰られても仕方ないだろう。

 

「……隊長には黙っていてくださいよ」

「むしろ、伝えた方がいいと思うのだが? 今後に差し障るだろう。隊長の名誉のためにも」

「いえ、真相がどうであっても恐らくは関係ないと思います……隊長の人気にも変化はないでしょう」

 

 其の逆で、勝手に楽しんでいる節もある。知らない方がシリウェルのためにもいいのではないかと、マリクは思った。伝えれば、あの綺麗な顔を歪ませて「下らない」と吐き捨てるだろう。些細なことでストレスを与える必要はない。

 とは言え、一体どんな用があるというのか。去っていった扉へマリクは視線を向けた。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 いつもの場所までくると、ラウは立ち止まる。相変わらず人の気配はない。誰も邪魔が入らない所で、何の話があるというのか。

 

「……ラウ、用件はなんだ?」

「少しは察しが付いていると思ったが、違ったかね?」

「このタイミングでということは、例のボアズでのことか……地球軍の核攻撃」

「ふむ。やはり、君は勘がいい」

「ラウっ!」

 

 可能性のありそうなものを上げていくつもりだったが、最悪の予想が当たってしまったようだ。ボアズの核攻撃。Nジャマーキャンセラーがあるのはプラントのみ。ラクスたちから情報が洩れることはないと言っていい。フリーダム、ジャスティス両機からもだ。となれば、考えられるのはパトリックの傍にいる誰かが情報を盗んだという点だ。シリウェル自身はパトリックから受け取ったのち、MS製造が開始された時点で情報は廃棄している。核を使用することなど考えたくもないし、不要だと考えたからだ。ならば、情報を持っているのは本部しかないということになる。

 

「……少し面白い拾い物をしたのだよ。アラスカでな」

「アラスカ?」

「まっ、大したものは持ってなかったが、奴らへ鍵を送ることについては役に立ったらしい」

「何を……言っている……?」

「私はな、シェル。賭けをしたのだ……」

 

 仮面の奥が見えないとはいえ、ラウが饒舌になっていることからよほど面白いと感じているようだ。シリウェルからすれば、最悪のものでしかない。

 地球軍の捕虜を使って、地球軍に返した。その際に、鍵を渡したということだ。

 戦場の中、戦闘を中断するでもなく戦いの場にポットを放置。撃ち落されても構わないという考えだったのだろう。だが、捕虜は無事に地球軍の艦へと収容された。すなわち、鍵が地球軍に渡ったということだ。

 

「……機体のデータ、か」

「その通りだ」

「ラウっ!!」

 

 シリウェルは声を荒げて、ラウの襟元を掴み上げた。それでも仮面の奥の瞳は笑っているように感じる。

 

「ふふ……君がそこまで激高するのも珍しい。……だが、シェル。これが人間、それが世界だ」

「っ……」

「彼女が生きようともがいた。心から戦争を終わらせるものと信じて、な」

「お前が利用したんだろ!」

「世界が生かしたのだよ。……そう、君がこうして生きていることも含めて」

「……ラウ」

「君がどうあがこうと、これで世界は終わる。所詮、人は欲望のままの生き物だ。私も、君もね」

 

 地球軍は次にプラントを狙う。核を持って、コーディネーターを滅ぼすために。そこに躊躇いなどは一切ないだろう。人が願うまま。その欲望に世界は殺される。

 

「……俺は……」

「君もわかっただろ? ……君とて一人になったはずだ。力があっても、君は守れなかった。違うか? ならば、もういいだろう。そもそも、この世界に君が尽くす価値などない。何をされたか、忘れたわけではない筈だ」

「……」

 

 襟元を掴んでいた手をラウがやんわりと掴み、腕を下げる。

 ラウが言うことは正しい。シリウェルも過去を忘れたわけではない。シリウェルは首をゆっくりと横に振った。

 だか、それとこれとはまた別の話。目の前にいる友人が、多くの人を死に追いやったボアズ崩壊の元凶だ。人の想いを利用し、世界を滅ぼすために。プラントが滅びても、何も感じないのだろう。

 シリウェルは確かに、失った。父も母も。伯父も、もう一つの故郷も。

 地球軍が憎くないわけではないのだ。それでも、憎しみのまま心を奪われることはない。シリウェルは鋭いまなざしでラウを射抜いた。

 

「シェル」

「俺は、堕ちない。……俺には、まだ守るべき人たちがいる」

「……妹、か。……悪運が強いようだな」

「あいつだけじゃないさ……俺には、希望がある」

 

 希望。その言葉に、ラウは笑みを引いた。戦況が最悪な状態だというのに、戯言を言っているとでも考えているのだろう。だが、シリウェルが言いたいのはそうではない。

 

「……まだ、世界を終わらせるわけにはいかないんだ。ラウ、お前とて喪っていないはずだ。……レイだっている。お前は、あの子を独りにするのか?」

「……いずれ、レイも知ることだろう。己に絶望し、世界を憎む」

「レイはそうならない。……ラウ、お前ならわかるはずだ」

「……」

「俺は……お前が願う世界を阻止する。それが、友人としてお前に俺ができることだ。たとえ、お前自身が認めなくても」

 

 全ての事情を理解した上で、シリウェルはラウと友人だと思っている。世界を憎む理由も、絶望も知っている。同じところへ、シリウェルを堕としたかったことも分かっていた。一方で、それが叶うことがないと諦めていることも。

 

「……やはり、君は君だった。最後まで、変わらないのだな」

「ラウ?」

「だから、ここに来たのだよ。君が動けなくなるようにするために、ね」

「ラウ……っ!!?」

 

 グサっ。

 シリウェルは腹部に痛みを感じ、咄嗟に距離を取る。ラウの手には、ナイフが握られていた。

 

「今の君は、毒の後遺症のため、傷の治りが遅い。……これで、君が戦場に出ることはなくなった。最後まで、抗うことさえできない」

「……ぐ……」

 

 しびれ薬を塗られていたのか、体に力が入らなかった。力を失い膝をつくと、ラウも屈んで視線を合わせてくる。

 

「……これで、さよならだ。……シェル。君は、最期まで私の唯一だった」

「ラ……ウ……」

 

 意識が保てなくなり、シリウェルはラウへと倒れこんでしまった。

 

「……今更、生き方を変えることなどできないのだよ」

 

 倒れこんだシリウェルを抱えて立ち上がると、ラウはその場を立ち去っていった。

 

 

 



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第27話 反乱の狼煙

短めです。


 痛みと共に目を覚ませば、そこは本部の執務室にある仮眠室だった。身を起こそうと動けば、腹部に痛みが走り思わず声が出る。すると、隣からガタガタと音がして複数の足音が仮眠室へと入ってきた。

 

「隊長っ!」

「シリウェル様っ」

 

 レンブラント、ナンナが声をあげながら駆け寄り、マリクがゆっくりと歩み寄ってきた。状況が把握できずに、時間を確認すると既に4時間は過ぎている。ラウに襲われてから、ここに運ばれたのだろうか。それとも……。

 

「……クルーゼ隊長が貴方を運んできたんです」

「マリク?」

「応急処置はこちらで済ませました。医療班を呼んだので問題ないと思います」

 

 淡々と説明はしているが、どこか怒りを含んでいる。怪我をしたシリウェルに対してか、それともラウに対してなのか。

 

「シリウェル様、一体何があったのですか!?」

「……ラウは何か言っていたか?」

「……いえ、何も」

「そうか……」

 

 何も言っていないといいつつ、ナンナの表情は優れない。確実に何かを話していったのだろう。己が傷つけたと白状したとは思えないが、決していいことではなさそうだ。

 治療は住んでいるということならば、黙って寝ている暇はない。シリウェルはベッドから動こうとすると、レンブラントが手で身体を抑えてきた。

 

「……?」

「隊長……今日はここで休まれてください」

「……そんな暇はない。俺は──―」

「そんな体で何をすると言うんですか? ……わかっていますか、隊長。貴方の体は、治癒力が低下している状態なのですよ。そんな体で動けば、治るものも治りません」

 

 レンブラントが言っていることは正しい。だが、どれだけ正しくとも聞くわけにはいかない。ラウが動いた以上、こちらも手を考えなければ世界は終わる。何としても、避けなければならない。

 

「治らなくても構わない。それよりも大事なことがある。レンブラント、艦を動かす準備をしておけ。ナンナは──―」

「隊長っ!! 話を聞いているんですかっ!」

「……レンブラント、命令だ」

「っ……」

 

 低い声色で告げた。説教を聞いている時間はないのだ。シリウェルは、異論は認めないという意志をレンブラントに伝える。いつ、プラントに核が向けられるかわからない。動けないと言われようが、シリウェルは出撃するつもりでいるのだ。

 

「……隊長、何をなさるつもりですか?」

「このままでは、世界は終わる。俺の勘に過ぎないが……パトリックはヤキンに上がっているはずだ。核はザフトも保持している。打ち合いになれば、全て終わる」

「っ……」

「な……まさか、議長がそのようなことっ!」

「……パトリックは、ナチュラルを滅ぼすことを目標にしている。地球軍は、コーディネーターを。ならば、どうなるかは想像できる」

 

 どちらかが滅ぶまで、戦いは終わらないということだ。そんな未来は望んでいない。

 

「……穏健派の議員が捕らえられている。まずは、拘束を解く。カナーバがいれば、話がしたい」

「……承知しました。艦長、私は先に動きます。マイロード、隊長を頼みました」

「は、はい」

「わかった。……仕方ありません。私も準備に向かいます」

「すまないが頼む」

「……無茶だけはしないでください」

 

 最後に念押しをすると、マリク、レンブラントの二人は部屋を出て行った。

 

「ナンナ」

「……はい」

「ラウは何と言っていた」

「あ……その……」

「……何も言わないはずがないからな」

 

 隠しても無駄だということだ。ナンナは、視線をさ迷わせているが、ようやく決意したのか口を開く。

 

「……シリウェル様を死なせたくないのならば、ここから動かすな。……と言っていました」

「俺を動かすな、か……モノはいいようだな」

「本気の言葉だったのです。……怪我をしているシリウェル様を見て、私は息が止まりそうでした。レンブラント艦長が、必死だったのはそのためだと思います」

「……そうか」

 

 心配ばかりかけている部下に、シリウェルは感謝しかなかった。引くわけにはいかないが、彼らのためにも負けるわけにはいかない。可能ならば、ラクスらとも連絡を取りたいが無理を言ってもいられないだろう。

 できることをしていかなければ、いけない。

 

 そうこうしているうちに、軍内に警報が響いた。ヤキンの防衛網に地球軍艦隊が引っ掛かったのだ。数は今までで一番多いようだ。恐らくは核攻撃部隊もいるだろう。

 慌ててシリウェルは立ち上がろうとするが、痛みに顔を顰め崩れ落ちそうになる。

 

「シリウェル様っ!」

「っ……助かる、ナンナ」

「……カナーバ様の元へ向かうのですね。お供します」

「あぁ……頼む」

 

 マリクのことだ。予めある程度の予想はついているだろう。パトリックたちの目は完全に地球軍へと向いている。この時が、隙を付ける好機だった。ヤキンを除いた本部を掌握する。

 時間は刻々と迫ってきていた。

 

 

 

 

 



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第28話 反乱

 数時間後、最高評議会の会議室でシリウェルは、救出されたカナーバらと会うことができた。

 既に核攻撃がプラントに放たれ、ヤキン・ドゥーエは内部の状況を気にかける余裕もない。

 プラントへの攻撃はラクスらが防いでくれた。シリウェルも早く合流したいが、その前にプラント側の体制を整えなければならなかった。

 

「シリウェル・ファンヴァルト、私たちを解放してくれたのは感謝するが、一体何を考えているのだ?」

 

 解放された穏健派の議員たちを代表した言葉なのだろう。シリウェルはどちらかと言えば、軍側だ。ということは、パトリックと近しいと思われても仕方がない。不信感があるのは当然だった。

 

「カナーバ、貴方方に頼みたいことがある。そのために、力を貸してほしい」

「……頼み、だと?」

「現在、地球軍とザフト軍が戦闘中であることは知っているな」

 

 捕らえられていたのだ。状況はわかっているかどうかは重要だった。議員らは顔を見合わせて確認をする。

 

「……問題ない。わかっている」

「ならば、お互いが核攻撃の手段を持っていることも理解しているか?」

「どういうことだ?」

 

 カナーバは厳しく眉を寄せる。ここまでは把握できていないということだ。まさかそこまでのことをするとは、考えたくないということかもしれない。

 

「……パトリックは核攻撃を厭わない。報復として、必ず撃つ」

「……まさか……我らは放棄を誓ったはず。それは最高評議会での決定だ。それを違えるというのか?」

「Nジャマーキャンセラーは、既にMSに搭載され、データが地球軍へと流れた。開発したのは、ザフトだ。誓いなど既に破られている」

「……ファンヴァルト」

「最高評議会議長として、パトリックは既に相応しいとは言えない。ザフトが核攻撃を──―」

 

 その時、バタバタと会議室へと駆け込んでくる足音が聞こえた。シリウェルらがそちらを向けば、息を切らしている兵の姿。ファンヴァルト隊の部下だ。

 マリクが駆け寄り落ち着かせると、息を大きく吐いて声を張り上げた。

 

「隊長、申し上げます! た、只今ヤキン・ドゥーエより巨大なエネルギーが照射されました! 核が使用されたものと思われます! 軍の内密資料を模索したところ、それはジェネシスというものだと」

「……」

「なっ……」

 

 黙ったまま眉を寄せるシリウェルと、驚きに声を失っているカナーバたち。シリウェルとて全ての兵器を知っているわけではない。マリクが部下から資料を受け取り、シリウェルへと渡す。中に記載されているのはジェネシスの内容だ。

 

「……虐殺兵器、だな」

「……はい」

『勇敢なるザフト軍の諸君』

「こ、これは……ザラの声か」

 

 ザフト軍全域に対する放送なのだろう。この場にまで届いてきたのは、パトリックの演説だった。地球軍の核攻撃を虐殺とし、ジェネシスの攻撃を肯定する。全てはザフトのためだとし。

 

「パトリック……お前はそこまで墜ちたのか」

「隊長……いかがしますか? このままでは」

「わかっている。俺も出る」

「……隊長、今の貴方は出撃できる状態では──」

「迷っていれば取り返しがつかない。ヘルメスへ戻るぞ。エターナルとも連絡を取る」

「待て、ファンヴァルト! 何をするつもりだ」

 

 時間がなくなった以上、ゆっくりと説明する時間はない。

 シリウェルは会議室にある端末を操作すると、ヤキンを除く軍本部へと通信を開いた。

 

「……司令部に残っているザフト軍兵士に告げる。俺は、シリウェル・ファンヴァルトだ。地球軍へ向けられたザフトの核攻撃。いずれその射程は地球へと向けられるだろう。ナチュラルを殲滅するのが、パトリックらの目的だからだ」

「……ファンヴァルト……」

「隊長……」

 

 施設内にいる軍人の中には、出撃を待機している者もいる。技術者たちも、パトリックに近い立ち位置にいる議員も。しかし、シリウェルにとってそんなことは既に関係がなかった。躊躇してもいられない。この先、例え裏切り者だと言われようとも、これ以上の暴挙は防がなければならない。軍人として、指揮官として認めるわけにはいかないのだ。

 

「皆はそんな世界を望んでいるのか? ナチュラルだというだけで、彼らはコーディネーターである者と何ら変わらない。そこまで、生まれた遺伝子が重要だと言うのか? ……俺は、そんな世界は望まない。もし、同じ想いを持つならば、力を貸して欲しい」

 

 放送を聞いている兵たちは、静まる。シリウェルの生まれを理解していない者などいない。だからこそ言葉には重みがあった。ナチュラルとコーディネーターの双方の血を引く。どちらかを滅ぼすということは、シリウェル自身の存在を認めぬということだ。

 

「シリウェル様……」

「……しかし、議長は」

「アラスカで俺は命を救われた……なら、俺はシリウェル様を信じる」

「それは……だかっ」

 

 各々が迷う。権力者としての議長に従うか。英雄であるシリウェルに従うか。この時点で、シリウェルの勝ちだと言えるだろう。

 実際に、残っているほぼ全員の中ではシリウェル側に心が動いていたのだから。

 シリウェルは通信を開いたまま、カナーバらを向く。聞かせるために敢えて閉じなかった。

 

「……カナーバ、ヤキンは俺が押さえる。エザリア・ジュールらの拘束は任せてもいいか?」

「ファンヴァルト、本気か?」

「世界を終わらせるわけにはいかない。そのためならば構わないさ」

「……本当に、お主はテルクェスの息子だな」

 

 苦笑しながらカナーバは、シリウェルへと手を差し出した。

 

「死ぬなよ、ファンヴァルト。この後の世界を作るには、お主の力が必要だ……」

「……俺がいなくても、問題ないと思うがな」

「……帰ってこい」

 

 約束は出来ない。カナーバもわかっていて言質を取ろうとしているのだ。だが、それでもここで言葉にすることは出来なかった。代わりに、シリウェルは手を差し出してカナーバの手を握る。

 

「ここは頼んだ」

「……任されたよ」

「……行くぞ、ナンナ、マリク」

「はいっ」

「……はっ」

 

 不満そうではあるが、シリウェルの後を二人は追いかける。動きが遅いことに、カナーバは気がついていた。アラスカでの怪我のことは無論知っている。

 先ほどの部下の言葉から、シリウェルが万全の状態ではないことは予想するに難くない。

 

「死ぬなよ……シリウェル」

「カナーバ殿……彼は」

「覚悟なのだろう。若い彼が死地に向かうというならば、私たちも期待には答えなければならない」

「しかし……」

「彼は軍部において、かなりの崇拝者がいる。ならば、先ほどの放送により私たちに協力してくれる者も多いだろう」

 

 迷いがあるものは不要だ。動くものだけでもいい。カナーバは心を決めた。

 

 



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第29話 再会

 本部へと向かうシリウェルだが、途中で足を止め壁に手をついてしまった。

 

「隊長っ!?」

「シリウェル様、大丈夫ですか?」

 

 腹部の傷が痛み、思わず手で押さえ顔を痛みにゆがませてしまう。だが、隠していても仕方ない。この状態では、出撃が難しいことはシリウェルとてわかっている。ラウが手心を加えてくれるわけがないのだから。

 それでも、ラウを止められるのはシリウェルしかいない。

 

「……すまないな。マリク、肩を貸してくれるか?」

「はっ!」

 

 痛みが治まることはない。艦に着いた段階で治療を受ける以外には。そのためにも、早く艦に向かう必要がある。マリクも分かっていた。シリウェルの側に駆け寄る。

 

「……隊長、少し失礼を」

「? うわっ!」

 

 しかし、肩を貸すのではなく、マリクはそのままシリウェルを腕に抱えた。突然浮いた体に叫んでしまったのは仕方がないだろう。

 無重力空間まで行けば動きに負担はなくなるはずだが、まだ距離がある。その間に少しでも負担を減らすためだろう。

 

「辛抱してください。マイロード、急ぐぞ」

「は、はいっ」

「……」

 

 やむを得ないと、眉を寄せながらシリウェルは黙る。マリクから見れば、まだシリウェルも子どもだということを改めて突き付けられた瞬間だった。

 

 そうしてたどりついたヘルメスは、シリウェルたちが乗艦するとすぐに出発の準備を開始する。事前に報告は受けていたため、発進は直ぐに可能だった。

 医務室へと運ばれたシリウェルは、治療をしながらもレンブラントに事の次第を伝える。

 

『承知しました。それでは、発進します!』

「頼む」

『ヘルメス……発進!』

 

 駆動音と共に、艦が動く。

 ベッドの上で縫合処置を受けつつ、シリウェルは気持ちが焦るのを止められなかった。

 

「隊長……本当に出撃されるおつもりですか?」

「……あぁ」

「負荷に耐えられる状態ではないことは、ご理解の上で?」

「それでも……このまま見ていることはできないからな」

「……本来であれば認められませんが、それでも隊長は行くのですよね?」

「この世界の未来がかかっているからな……」

 

 運が悪ければ、出撃して撃墜されなくとも、傷口が開いて出血多量で死に至る可能性は否定できない。それでも、シリウェルは構わないと考えていた。

 

「出来る限りの手は尽くします。少し苦しくなるかもしれませんが、構いませんか?」

「あぁ……頼む」

 

 万が一のため、ということだろう。何かを挟むように包帯を巻いている。MSの操縦ならば、衝撃に備えるだけでいい。

 

「……出来れば傷口が開いた段階でお戻り下さい」

「全てが終っていればな……助かった」

「隊長っ!」

 

 そのままシリウェルは医務室を後にした。急いでブリッジへと向かう。

 中には入り、状況を確認する。ちょうど戦域の中へと入るところだったようだ。シリウェルに気がついた部下たちは、立ち上がり敬礼をする。

 

「……今は状況確認を優先しろ。レンブラント、エターナルはいるか?」

「はっ……Nジャマーの影響もあるため、ここからでは難しいようです」

「……そうか」

 

 核攻撃をミサイルの形で撃った地球軍とは違い、ジェネシスはエネルギー砲として辺りを一掃するほどのものだ。影響を及ぼしてしまうのは仕方がないだろう。ということは、近くまで向かう必要があるということでもある。

 

「時期にジェネシスの二射目が来る。となれば、地球軍は壊滅的な状況に陥るはずだ。ミラー交換までの時間はどうだ?」

「はっ、はい……あと、30分ほどかと思われます」

 

 突然向けられたことに焦りつつも、ユリシアが答える。

 戦況は、ザフト、地球軍、そしてラクスたちの部隊が入り交じった混乱地帯となりつつある。

 

「地球軍は?」

「……月基地には戻らずに補給を待っている模様です。先ほどの攻撃で半数を消失しています」

「……諦めの悪い奴だ。わかった。フリーダム、ジャスティスの補足は?」

「……はい、既に戦線を離脱しており、補足できません」

 

 ジェネシスの威力を目の前にして、対策を練るために下がったと見るのが妥当だ。エターナルと合流しているとも考えられる。やはり、エターナルを探すのが一番早い。

 

「……仕方ない。レンブラント、出るぞ」

「隊長?」

「ジェネシスの範囲外にエターナルはいる。今までの攻撃ルートから割り出すしかない。ユリシア、こちらに情報をよこせ」

「は、はい」

 

 指揮官席に座り、PCを起動する。錯乱している上とは言え、やらねばならないのだ。口で指示をするよりも、指を動かした方が早いかと速い。素早いタイピングで、画面を見ながらシリウェルはルートを割り出す。

 

「出た! レンブラント」

「はっ。ヘルメス、発進だ」

 

 ヘルメスは動く。エターナルよりは劣るものの、この艦も速い。補足される前にたどりつけるだろう。

 

 辛くも予想通りの場所に見つけた3隻の艦。シリウェルは、エターナルへ通信を開いた。

 

「……エターナル、聞こえるか? こちらは、ザフト軍ファンヴァルト隊ヘルメスだ」

『あっ……お兄様?』

 

 驚いたような少女の声が届く。変わらないその声に、シリウェルは心なしか安堵していた。

 画面に映し出されるのは、ラクス・クライン、そして他にも一部見知らぬ者達がいた。エターナルにおいて、作戦会議をしているところなのだろう。主要メンバーということだ。

 

『シェルお兄様っ!?』

『フ、ファンヴァルト隊長!』

 

 驚愕しているのは、従妹であるカガリ。そして、ザフトを脱走したアスランだ。あちらにもシリウェルが映し出されているということだ。

 

「……初めての者もいるか……シリウェル・ファンヴァルトだ。ラクス、和んでいる時間はない。わかるな」

『お兄様……はい』

「ジェネシスを止めるならば、内部から破壊するしかない。艦隊による砲撃は無駄だ」

『ファンヴァルト、確信があるようだが?』

「……バルトフェルドか。フェイズシフト装甲が切れることはない。あれも、核で動いている。あとはわかるだろう」

 

 フェイズシフトは相当に厄介なものだ。時間があるのならば、他の作戦も立てられるだろうが、そこまでの時間は許されていない。

 

『お兄様、では?』

「ヘルメスは、お前たちに加勢する。俺の艦だ。撹乱に使えるだろう。犠牲を少なくされるために、お前の声も含めて使え」

『それは……いえ、わかりました。お兄様はどうされるのですか?』

「ジェネシス内部から攻める。外側は、俺の部隊も含めて援護に当たる。だから──―」

『シェルお兄様っ、危険すぎます! そんなことっ』

「カガリ……問答している余裕はない。そして、アスラン・ザラ」

 

 名を呼ばれるとは思わなかったのか、アスランが目を見開いている。

 

『は、はい』

「ヤキンに入る部隊を作る。お前も来い。パトリックがいるからな」

『っ……で、ですが』

「場合によっては、俺も間に合わないかもしれないが……それでも、ヤキンを押さえなければ地球が撃たれる」

『わ、わかりました。ですが』

『大丈夫だよ、アスラン。君はシリウェルさんに従って。互いが撃たれたら、もう手遅れだから』

『キラ……わかった』

 

 アスランと会話する少年、キラ。紙面では知っている少年だ。ラウとは別の意味で、過酷な運命を背負っている少年。そして、カガリの本当の家族でもある。

 

「君が、キラか……」

『……はい。貴方は』

「ゆっくりと話したいが、そろそろ時間だな」

「シリウェル様、ジェネシスより発射通告ですっ!」

 

 一気に緊張が艦に走る。通信をしているため、エターナルにも情報は伝わった。これで話し合いは終わりだろう。

 

「……わかった。MS部隊、出撃準備だ。俺も出る。レンブラント、ラクスらと連携頼む。何かあっても、俺に指示は仰ぐ必要はない」

「はっ……隊長、どうかご無事で」

「……お前たちもな」

 

 そのまま、シリウェルはブリッジを出ていった。レンブラントは、通信先のモニターを切り替える。

 

「ヘルメス艦長レンブラント・ケニーです。ラクス嬢、隊長の想いを無駄になさらないようにお願いします」

『……わかりました。あの、確かお兄様はお怪我をされていたと』

「ご存知でしたか……本来ならばMSで出撃などできる状態ではありません。間違いなく、無事では済まないでしょう」

『っ……』

 

 ラクスか息を飲むのが聞こえた。

 だが、理解しているだろう。これ以上、あれを撃たせてはいけない。そのためならば、無茶も必要だと。戦力を遊ばせておく余裕などないということを。

 

「我らも配置につきます。ラクス嬢、バルトフェルド隊長も。ご準備を!」

『……はい』

 

 通信を切る。エターナル側も直ぐに時間をするだろう。最終局面だ。ならば、レンブラントらヘルメスの者たちも最後まで戦うだけだ。そんな中、ユリシアがじっとシリウェルが出ていった扉へと意識を向けているのが目に入った。集中できていないようだ。なら、憂いを張らしておくべきだろう。年長者としてこのくらいの援護があってもいいはずだ。

 

「……アマルフィ、心配ならば向かうといい」

「っ……かん、ちょう」

「時間はない。早く行け」

「は、はい!」

 

 出撃してしまう前に、間に合えばいいが。そんなことを思いながらも、レンブラントは気を引き締めた。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 格納庫で、シリウェルは部隊の編成について指示を飛ばしていた。シリウェルはラウと対峙するつもりでいる。だが、ヤキンへの対応も疎かには出来ない。地球軍の核攻撃も防ぐ必要がある。

 

「……お前たちには苦難の途を与えるが」

「構いません、隊長。我らは、最後まで隊長と共に戦います!」

「そうか……頼む、皆」

「「「はっ」」」

 

 そうして各々がMSに乗り込むために移動していく。シリウェルも愛機であるレイフェザーは目の前にある。新型の開発をしていたが、間に合わなかった。それでも、不慣れな機体よりはいいのかもしれない。シリウェルは地を蹴ってコックピットへ向かった。

 

「シリウェル様っ!」

「? ……アマルフィ?」

 

 浮かんだシリウェルへとユリシアが向かってきていた。

 飛びかかるようにしてユリシアはシリウェルへと抱きつく。重力を感じないためか、シリウェルもユリシアを受け止めた。

 

「どうかしたか?」

「シリウェル様……必ず、戻ってきてください。私、待っていますから」

「ユリシア……」

「……お願いします。約束してください」

 

 約束。ここに来るまでに、多くの人に必ず生きて戻ることを望まれてきた。約束してくれと言われてきた。そのどれも果たすことなく、避けてきた。約束は出来ないと。しかし、一方でこれほどに生を望まれること自体、果報者だと思わざるを得ないだろう。

 これまでやって来たことが、無駄ではなかったと信じられる。世界を守ることに迷いを持たずにいられるのだから。

 答えずに、シリウェルはユリシアを己の胸に抱き寄せた。

 

「……すまない。その約束は出来ない……だが、最後まで俺は戦う。諦めないことを誓おう。それでは駄目か?」

「っ……シリウェル様、私は」

「君も、最後まで戦って欲しい。隊長としてではなく、ただのシリウェルとして、君に願おう」

「シリ──―」

 

 ユリシアは最後まで言えなかった。その前に、顔をあげられたかと思えばそのまま口を塞がれてしまったからだ。

 

「ん……」

「……スピットブレイクの時と同じだな、ユリシア」

「シ、シリウェルさま」

 

 苦笑しながらも、シリウェルはもう一度ユリシアへ唇を落とす。長い口付けの後に、シリウェルはユリシアを押し退けてそのままコックピットへと向かった。

 

 

 残されて我に返ったユリシアは、周囲からの視線を感じ顔を真っ赤にして、戻っていった。

 

「……隊長とアマルフィって……」

「婚約者ですから……まぁ」

「絵になりますよね、本当にあの方は……」

 

 出撃前だ。一部始終を見ていた兵が多かったのだ。二人の甘い雰囲気に呆れ返る者達が、一斉にため息を漏らしたのは仕方がないと言えるだろう。

 

 

 その直後、ジェネシスから二射目が発射された。

 



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第30話 最後の戦い

少し原作と違うところがあります。


 ジェネシスの発射により、地球軍の補給部隊は壊滅した。これで、地球軍は手立てを失ったということになる。ならば、残るは……。

 MSに乗り込み、宇宙空間での戦闘に備えてOSを書き換える。準備は完了だ。

 

「ふぅ……」

 

 やんわりと腹部に触れる。痛みはあるものの、まだ傷口が開いたわけではない。どのくらいまで持ちこたえてくれるか。

 

『隊長、MS部隊出撃準備完了しました』

「よし……MS部隊出撃!」

『はっ』

 

 返答後、次々と出撃していくMS。シリウェルは最後だ。

 CICはユリシアなので、画面にも彼女が映る。先ほど交わした温もりが蘇る。そう感じている自身に、シリウェルは苦笑した。

 

「思いの外、俺は君を想っていたようだな……」

『シリウェル様?』

「……行ってくる、ユリシア」

『っ……はい』

「シリウェル・ファンヴァルトだ。レイフェザー、出る」

『ファンヴァルト機、発進お願いします』

 

 加重と共にMSを操作し、シリウェルは宇宙へと飛び出した。負荷がかかったことで、更に痛みだす傷口を思わず押さえる。開いたのは間違いないだろう。出血はなるべく押さえるように処置はしてあるが、限界はある。シリウェルは首を横に振り、外に集中した。

 宇宙空間には、同じく飛び出してきたフリーダム、ジャスティスがいる。元はザフトの機体だ。通信コードはわかっていた。

 

「アスラン、そしてキラか」

『はっ』

『シリウェルさん』

「手筈通りに行きたいが、まずは邪魔なものを排除すべきだろう。アスランはヤキン側の対処を頼む……」

『はい』

 

 アスランの機体が動き出すと、それにあわせてシリウェルの部隊も一部が連なるように行動を開始した。赤い機体は目立つ。同じくヤキンへの突入部隊には、前もってアスランの機体については話してあったのもあって、分かりやすかったのだろう。

 

「ちっ……」

 

 指示をだしながらも、シリウェルは近づいてくる地球軍MSを対処していた。近くにはフリーダムがいる。通信は繋がったままだ。

 

『シリウェルさん、貴方は』

「俺のことは気にするな……君は、君のすべきことを全うするんだ」

『ですがっ……』

 

 後方からビームを撃ってきたのは地球軍のMSである2機だ。モビルアーマーにも変形できる機動性の高い黒いMSと、高い火力を持つ青緑系のMSだった。

 キラがシリウェルを庇う形で反撃する。シリウェルは一瞬対応が遅れていた。助けられたということだろう。

 

『シリウェルさん、彼らは普通のパイロットではありません』

「……のようだな。ナチュラルでもなく、コーディネーターでもないか。ふざけたことを……」

『シリウェル、さん?』

「こちらの話だ。……悠長に話をしている場合ではないようだしな」

『っ!』

 

 既に攻めのみを行っている姿からは、パイロットとしての判断力が残っているようには見えなかった。シリウェルは、動きを制限しながらも地球軍の残党を始末していく。向かってくる様子のない者ならば、捨て置いてもいいだろうが後ろから攻撃されて墜とされては意味がない。一方でザフト軍のMSを見かけた。シリウェルは通信を開く。

 

「お前たちは退け」

『な……ですがっ!』

「既に決着は着いた。今はやるべきことは違うだろ!」

『反逆者の肩を持つのですかっ! シリウェル様!』

「このまま世界を滅ぼすつもりかっ! 退けっ」

『っ……』

 

 MSの腕を破壊しながらシリウェルは、戦場を駆けた。いつの間にかフリーダムの姿は見えない。撃たれたとは考えていない。援護に向かったのだろう。未だ、地球軍の旗艦としてアークエンジェル級が残っている。それは、任せても良さそうだ。シリウェルはヤキンへと向かった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ヤキン・ドゥーエ付近の戦場では、ラクスが呼び掛けたことで混乱は極まっていた。拍車を駆けたのは、ファンヴァルト隊の艦が共に居たことだろう。最も、それが狙いだったので予想通りの動きといったところだ。

 その時、一体のMSがエターナルに向かっていた。シリウェルは遠くから、それを捕捉している。誰が乗っているかもわかっていた。最後に設計した機体。この段階で乗るとなれば、一人しかいない。

 

「ラウっ!」

 

 エターナルへ攻撃をする前に、シリウェルは機体へ攻撃を仕掛ける。容易に交わされた攻撃だが、エターナルから逸らすことは出来たようだ。

 

『お兄様っ!』

「……ラクス、下がれ。こいつは俺が相手する」

『ほう……来たのか、シェル。あれほどの深手を負って尚、戦場に来るとは……死ぬつもりかな?』

「……お前は、俺が止める」

 

 通信によってシリウェルとラウの会話は、エターナルにも筒抜けになる。そこへ、ヘルメスも加わってきた。

 

『隊長っ!』

『……ファンヴァルト隊か。やはり、最後まで君は変わらない』

「……ぐっ」

 

 ラウの機体。それは、プロヴィデンスという機体だった。パイロットの操作により自由無人に動き回るビーム砲は、今までにないものだ。地球軍のモビルアーマーをもとに設計したものだった。簡単には制御できない。だが、ラウは制御していた。クローンとはいえ、ナチュラルであるラウがここまでの技能を取得するのは、容易ではない。

 攻撃を交わしていくことで、シリウェルは傷口から血が滲み出てきているのを感じていた。腹部に手を当てれば、掌に血がついている。それでも、ここで引くわけにはいかない。

 

(ヤキンは……アスランたちに任せるしかない、か……)

 

 歩兵として戦力にはならない。なら、この場で力を果たすだけだ。

 

『傷が痛むのだろう?』

「……」

『隊長、戻ってください! 貴方はもうっ!』

 

 掛け声に答えることなく、シリウェルはラウへと仕掛ける。プロヴィデンスとレイフェザー。性能でいえば、シリウェルは勝てない。ラウのより優っているのは、技量のみだ。更に言えば、ハンデを持っている。誰が見ても分が悪いのはシリウェルの方だった。

 

『……シェル、君には生きてほしかったが仕方ないな。なら、せめて苦しまずに私の手で送ってやろう』

「ぐっ」

 

 ビームサーベルでコックピットを狙ってくるラウの攻撃を、同じくサーベルで防ぐ。押されていても、シリウェルはここで引けない。

 刹那、複数のビームがプロヴィデンスを狙ってきた。シリウェルとの距離をとり、ラウは避けた。

 

『ほぅ……追い付いてきたのか。キラ・ヤマト』

「キ、ラ……?」

『貴方は! 貴方だけはっ!』

 

 フリーダムが特攻に近い形で飛び込んできた。ラウを真っ直ぐに狙う。その攻撃を前に、シリウェルは手を出すことは出来ずにいた。フリーダムという機体は、万能型の機体だ。それにキラの技量もあるのか、ラウのプロヴィデンスを押していた。二人の問答は、シリウェルにも通信を介して届く。

 

『まだ苦しみたいのか? いつかは、やがていつかはと! そんな言葉に踊らされて、一体どれ程の血を流してきた!』

 

 ラウの言葉は、コーディネーターの歴史だ。他者より上へ。他者より先へと、進化の道を歩んできたコーディネーターたち。その裏では、その存在を認めないとして虐殺が行われていた。

 だが、表では子どもをコーディネーターしようとする者も多くおり、まるで子どもをモノのように扱っていた事実がある。思い通りの子どもでなければ、捨てる親もいたのだ。そんな子どもを生まないように、希望通りにコントロールできるようにと作られた人口子宮のプロジェクト。

 

『君とてその結果だろう!』

『それでも……それでも僕はっ!』

「ラウ! もうやめろっ!」

 

 キラの生い立ちは、シリウェルも知っている。結果として、キラはコーディネーターとして最高の状況で生まれた。しかし、それは彼自身には関係のないことだ。そのために生み出されたとしても、ラウ自身は既に別の人生を歩んでいるのだから。

 

「痛っ……お前は、そうだとしても……違うだろうっ! 世界を、巻き込む資格など……お前にもないんだ!」

『シェル……君こそ何故世界を守る? 希望があるからか? そんなこと、君が受けたことと何の関係もない』

「……っ」

『あんな仕打ちを受けておいて、それでも世界を──』

「俺が生きているのは、ここだ。……何があろうと、ここに生きている! お前も、共に……」

 

 こうしている間にもヤキンから情報が入ってきていた。自爆シークエンスが動き始めている。この位置に入れば巻き込まれるのは必至だ。

 

「な、に……」

『もう遅いのだよ、全て。私の勝ちだ。ヤキンが自爆すれば、ジェネシスは発射される』

 

 ラウの言うことは本当だ。アスランからも報告が届いていた。内部に入り、ジャスティスを核爆発させるという。カガリも着いていったようだが、ここまでくればそこは任せるしかないだろう。

 

「キラっ、下がれ!」

『シリウェルさんっ!』

『世界は終わるっ! シェル、これがその結果だ!』

「……ラウ……俺は、君を友だと思っている。お前にも未来はある。この世に生み出された意味など関係ない……だから、諦めるな! 見切りをつけるのは、まだ早いんだ……頼む、ラ……ウ」

 

 画面が霞んでくるのがわかった。もう体が限界なのだろう。シリウェルは、そのまま意識を失った。

 カタンと操作を失ったレイフェザーをプロヴィデンスが支える。

 

『……本当に、君は。……どうして、そこまで。君を苦しめた世界を、人を。否、違うか……君はやはり私とは違う。必要な存在だということなのだろうな……』

 

 ラウはすべての通信を閉じた。ジェネシスから光が届く。自爆の時を迎えたのだろう。このままここにいれば、ジェネシスと共に終わりを迎える。プロヴィデンスとともにレイフェザーも。即ち、ラウもシリウェルも共に死ぬということだ。ラウは、これをどこかで望んでいた。

 

『……おしい、な。さよならだ、シェル。……君のために滅したかったが……と言ったところで聞こえないだろう……生きたまえ、シリウェル』

 

 プロヴィデンスはレイフェザーをフリーダムの方へと投げつけた。と、同時にジェネシスは爆発の時を迎える。

 レイフェザーを受け取った勢いのまま、フリーダムは後方へと逃げていく。半ば呆然としながら、キラは爆発する光景を見つめていた。

 



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第五部 新たな道
第31話 終幕


ここからはオリジナルです。
戦争停止後、直ぐの話。


 ヤキン・ドゥーエ、ジェネシスが爆発し、パトリックも死した。最高評議会は、ザフト全軍に戦闘行為の停止を指示。議長不在ということだが、臨時としてカナーバが名乗りをあげた。

 

 多くの犠牲を出しながら、双方の現段階における責任者たちはこれを受諾し、ここに長きに渡る戦争は終結した。

 

 レンブラントは急いでMS部隊の生存を確認し、信号弾を撃って帰投を命じた。だが、その中に隊長であるシリウェルのレイフェザーがない。

 

「隊長……どこに……」

 

 焦りが艦内に広がる。爆発したヤキンに巻き込まれたのか。最悪の事態を想像して、首を横に振った。

 

「……各機、収容完了を急げ」

 

 シリウェルがいない今はレンブラントがここの責任者だ。取り乱すことは出来ない。ちらりと、ユリシアの様子を伺いながらレンブラントは己の責務を全うするべく指示を飛ばした。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 呆然としていたキラは、ふと我に変えると急いでエターナルへと向かっていた。

 最後の最後でラウの乗るプロビデンスから渡されたのは、シリウェルだ。呼び掛けても反応がないことから、意識がないことが考えられる。最悪の想定をしながらも、キラは傷ついた機体でエターナルへと駆け込んだ。

 

『ラクスっ、シリウェルさんが!』

 

 切羽詰まったようなキラの声に無事を喜ぶ想いと、兄にも等しいその名にラクスはブリッジを急いで出て格納庫へと向かった。

 

 ボロボロのフリーダムの近くには、レイフェザーがある。直ぐにバルトフェルドも追い付き、そのま

 コックピットを無理やり開けた。

 

「っ……ファンヴァルトっ! おいっ!」

「バルトフェルドさん……」

「ちぃ、ダメだ。おい、ダコスタ! 聞こえるな」

『は、はい隊長』

「ヘルメスが近くにいる。通信繋げ! ファンヴァルトが意識不明だ! 応急処置はするが、迎えに来いとな」

『はっ』

 

 よく見れば、腹部からは血が出ていた。コックピットが傷つけられたわけではない。ということは、乗る前から負っていた傷ということだ。

 急ぎ医務室へと運ぶ。慌ただしく治療をする医師たちを見ながらバルトフェルドは息をついた。その横には、不安そうな顔をしたラクス、キラがいる。

 

「バルトフェルド艦長……お兄様は、どうですか?」

「まずいな……ここでは応急処置程度しか出来ん」

「……そう、ですか」

 

 いい言葉を聞けなかったためか、ラクスはぎゅっと唇を噛みしめるように俯いた。そして、側にいるキラに寄りかかる。

 ラクスの家族だったシーゲルは既に亡くなった。ならば、シリウェルはラクスに取って兄と同じであり、最後の家族のようなものだ。

 と、足音と共に医務室の扉が開いた。

 

「……失礼します、隊長。ファンヴァルト隊の方が……」

「ご苦労、ダコスタ。……そちらは確か」

「……お久しぶり、でしょうかね。バルトフェルド隊長。マリク・ダイロスです。ヘルメスの副官をしております」

 

 バルトフェルド相手に律儀に挨拶をしたかと思えばそのまま、マリクは直ぐに視線を横たわるシリウェルに向けた。

 

「全く……本当に心配事ばかりかける方です。……隊長を助けていただき、ありがとうございます」

「……助けたのはキラだ。礼ならそいつにいいな」

 

 バルトフェルドはキラを示す。この場にいるのだから、関係者だということはマリクにも直ぐにわかるだろう。よもやキラがフリーダムのパイロットだとは思わないだろうが。

 

「……キラ殿ですね。ありがとうございました。ファンヴァルト隊一同、貴方に敬意を」

「いえ……僕はその……」

「受け取っておけ、キラ。こいつらはファンヴァルトの信望者だから下手に拒否すると面倒だ」

「はぁ……」

「それと、ラクス嬢」

 

 次にマリクはラクスへと向き直った。寄りかかっていた体を起こして、ラクスはマリクを見据える。

 

「はい」

「……隊長は、常に貴女を気にしておられます。その事をお忘れなきように」

「……わかっています。マリクさん、お兄様のことを宜しくお願いします」

「勿論です。では、我々はこれで」

 

 頭を下げた後、マリクは治療の終わったシリウェルを抱えた。傷に触れないように優しく横抱きにし、ゆっくりと歩き出す。そうしてマリクは出ていった。その背中を見ながら、バルトフェルドは重く息を吐く。

 

「バルトフェルドさん?」

「……本当に過保護な部隊だな。噂に違わず」

「えっ……」

「お兄様の部隊は、過保護なことで有名なのです。英雄、ですから」

「そう……」

 

 エターナルはこの後、アスランとカガリを収容し、戦線を離脱することになる。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ヘルメスへと戻ってきたシリウェルだが、目が覚めることはなかった。医務室で様子を見ながら、一行はプラントへと戻ることになる。

 

 カナーバを含む臨時最高評議会より、呼び出しがあったためだ。ザフト軍においても、多くの指揮官が亡くなり、国防委員会も機能していない。だからこそ、シリウェルが呼び戻されたのだ。

 プラントに到着し、レンブラントらが医務室を訪ねると、未だシリウェルは眠っていた。顔を青くしたユリシアも涙を浮かべながら様子をうかがっている。

 

「……出血は予想より押さえることはできたと思いますが、それでも酷いことには変わりありません。やはり、安定した場所で治療を受けた方が良いと思います」

「そうだな……なら、まずは隊長を──―」

「その必要はない……っ」

 

 レンブラントの言葉を遮ったのは、シリウェル本人だった。体を動かそうとして失敗したのか、痛みに眉を寄せていた。

 

「隊長……意識が戻ったんですね」

「……ヘルメス、か。俺はどうしてここにいる?」

「エターナルが隊長を収容したんです。私が引き取りに行きました」

 

 マリクが答える。同時にエターナルの無事をも知らせていた。ラクスらが無事であることに、シリウェルも安堵の息を洩らす。

 

「そうか……状況は?」

 

 レンブラントは両軍の間で戦闘の停止が受諾されたこと。臨時最高評議会がカナーバ主導の元発足したこと。ファンヴァルト隊の被害についてを報告した。

 

「……」

「隊長、まずは治療をするのが先かと思いますが?」

「……いや、最高評議会に顔を出してからだ」

「隊長っ!」

「少し話をするだけだ……カナーバとな」

 

 投げっぱなしにしたのだから、結果として報告をしなければならないだろう。シリウェルは痛む傷を押さえつつも、ゆっくりと起き上がる。そんなシリウェルをナンナが横から支えた。

 

「……レンブラント、皆に休息を与えてくれ。今後については、追って伝える」

「……わかりました。マイロード、任せたぞ」

「はい」

「艦長、私は隊長と共に向かいます」

「マリク……わかった」

 

 無重力とは違い立ち上がるのも痛みを伴う。思い通りにならない体に、シリウェルは苦笑する。

 あの時、シリウェルは死を覚悟した。戦場で意識を失うということは、死と同義だ。だが、シリウェルは生きている。

 

 あの場にいたのは、キラとラウ。恐らくは、ラウは死んだのだろう。見逃してくれたのか。それとも、助けてくれたのか。どちらであるかはわかることはもうない。

 それでも、生き長らえたのならばやるべきことをしなければならないだろう。

 

 

 軍内部を歩けば、困惑の表情が目立っていた。事態が理解できない。何が起きて、これからどうなるかもわからないという感じだろう。

 シリウェルの側に寄ろうとする者もいるが、マリクが追い払う。相手が出来る状態ではないからだ。ナンナに支えてもらわなければ歩くことも出来ないのだから。

 

「……シリウェル様だ……」

「シリウェル様……ラクス様と共に居たと聞いたが」

「議長が、間違っていたというのか……?」

「だが、それでは俺たちは一体……」

 

 呟かれる言葉に、マリクは眉を寄せる。その矛先がシリウェルに向かないようにと気を配っているのだ。このために、同行したのかもしれない。

 人気がなくなったところで、シリウェルはマリクに礼を伝える。

 

「……助かった。すまなかったな」

「いえ……隊長にすがりたいのでしょう。気持ちは分からなくはありません。ですが、今優先すべきことは貴方ですから」

「そうか……」

 

 時間をかけつつも議会室へと到着する。警備の兵はいない。本当に臨時としての意味しか持たないということだ。

 マリクが扉を開ければ、立ったまま話し合いをしているカナーバ達がいた。シリウェルらが来たことに気がつくと、駆け寄ってくる。

 

「ファンヴァルト! 無事、とは言えないようだな……」

「……まぁな。カナーバ、対処してくれて助かった」

「私らは務めを果たしたまでのこと。それよりも……良く生きて戻ってくれた」

「……」

 

 本心からの言葉を受けて、シリウェルは答えに詰まった。何を言えばいいのかわからなかったのだ。

 

「ふふっ、お主もその様な顔をするのだな」

「?」

「まぁいい。顔色も良くないようだ。怪我の具合はどうなのだ?」

「傷が開いただけだ。血が足りない位だな」

「お言葉ですが、貴方は直ぐにでも病院へ向かう必要があります。カナーバ議員、要件は早めにお願いしたいのですが」

 

 シリウェルの回答を否定するようにマリクは続けた。傷が癒えないのだ。専門的な場所できちんとした治療を受けなければいけない。その後は、安静が必要となるだろう。シリウェル自身にもわかっていることだ。

 

「……そうか。要件は今後の連邦との付き合わせについてだ。出来ればお主の力を借りたかったが」

「知恵だけならば可能だ。が、今の俺は暫く動けないだろう。この身が必要な案件は……治るまでは見込めないと考えてくれ」

「承知した……頭だけは貸してもらうぞ」

「そちらは構わない」

 

 シリウェルとしても早くこの場を去りたかった。貧血気味なのか、目眩が襲ってきているのだ。マリクではないが、今後は治療に専念してからでなければ動くことは避けた方がいい。

 

「……確約がとれただけでもいいか。早く行け。青い顔をしている」

「すまない、な」

「失礼します」

 

 支えられつつ部屋を出ると、シリウェルは崩れ落ちた。

 目眩に耐えられなかったのだ。

 

「隊長……抱えていきますか?」

「……俺が、意識を失ったら、な」

「シリウェル様、ですが……」

「仕方ありませんね」

 

 とは言うものの、結局差ほどの距離を移動することなくシリウェルは気を失い、マリクに抱えられることになるのだった。

 

 

 



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第32話 それぞれの想い

主人公不在です。



 アプリリウス市内は戦争停止の状況を受け、混乱が生じていた。議会も不能に陥っている。このような状態が続けば、戦後の対応を協議している場合ではないだろう。

 混乱の中、ナンナとマリクは病院へと向かった。この事態を読んでいたのか、担当医は既に準備をしており、担架に運ぶとすぐに処置室へとシリウェルを運んでいく。

 

 倒れたのは出血多量による貧血と、加重負荷による衝撃で身体を痛めていることが原因らしい。しばらくは体を動かすことはせずに、体調を整えることを優先すべきだと叱責を受けた。受けるべき本人は未だ目覚めていないが、ひとまずはこれで危機は去ったと言えるだろう。

 

「マリク殿、私はファンヴァルト邸へ連絡を入れてきます」

「……そうですね。心配しているでしょうから、お願いします」

「はい」

 

 病室で眠っているシリウェルを残し、ナンナは出ていく。病院に来た時点でマリクの任務は終わりだ。ナンナと違い、マリクはあくまでもファンヴァルト隊の一員で部下でしかない。

 

「……戦争は終わりましたが、これからが大変なのでしょう」

 

 所謂、戦後処理だ。

 立場上、シリウェルも駆り出されるはずである。治療という名目があるとはいえ、出来ることはやる人だ。人前に出ることを、要請されれば頷くだろう。人々の混乱を制するには手っ取り早いのだから。

 その為にはストッパーとして、マリクも側にいる必要があるかもしれない。艦を動かすことは今は不要なのだ。

 

「暫くは、隊長の公的任務に付き合ってあげますよ」

 

 軍人が行わないことをしても、文句を言う相手はいないのだから。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 同じ頃、ファンヴァルト邸。

 

 戦争終結との報が流れるテレビ画面をアーシェとシンは、食い入るように見ていた。状況までは伝えられていないが、どういうわけか議長ではなく臨時最高評議会として他の議員らが話をしていたのだ。

 一般人に真実が伝えられる程、状況の整理が行われていないからだ。

 

「兄様……」

「アーシェ」

 

 一人の人の安否を公共放送が報告するわけがない。それはアーシェもわかっている。シンと共に屋敷に戻ってきて、次の日からシリウェルは帰ってきていない。

 戦いに向かったのだ。シリウェルは軍人。プラントの英雄なのだから、当然のこと。それからアーシェは不安で堪らなかった。その時、屋敷がザワザワと騒がしくなる。

 

「……なぁ、何かあっちが」

「えっ……」

 

 リビングではなく、廊下の方がバタバタとしている。と、ガチャリと扉があいたと思ったら、執事のセイバスが珍しく音を立てて入ってきた。慌ててアーシェも座っていたソファーから立ち上がる。

 

「アーシェ様! シリウェル様が」

「兄様が?」

「……ご無事だと、ナンナより連絡がありました」

「あ……」

 

 無事。それは、シリウェルが生きているということだ。アーシェは足の力が抜けて床に座り込んだ。

 

「アーシェ、良かったな!」

「シン……うん。兄様……良かった。良かった……ぐすっ! 良かったよぉ!」

 

 安堵からかアーシェからは涙が流れていた。側にいたシンに抱きつき、そのまま声を上げて泣き出す。

 セイバスを初めとした使用人たちもほっとしていた。侍女の中には、泣いているものもいる。ここ数日、屋敷を覆っていた張り詰めていた空気が解れていくようだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 宇宙艦ヘルメス。

 シリウェルが不在のため、レンブラントが艦長としてこの場にいる。ひとまずは、戦いは終わった。精神的に参っている兵たちも多いため、休息を取らせるとして全員を艦から降ろしていた。自宅に帰っているものもいれば、寄宿舎に戻っているのもいるだろう。そんな中、一人艦に残っていたのは、気になることがあったからだった。

 

 エターナルの艦長であるバルトフェルドから、シリウェルとラウとの戦いで交されていた話の内容を聞いていたのだ。向こうも気になったのだろう。ラクスも今は戦いが終わったことで、それどころではないようだったが、レンブラントもバルトフェルドもそこまで繊細ではない。

 

「……隊長がこの世界にされた仕打ち、か」

 

 ヘルメスの指揮官にあるPCを起動してみる。複雑な機構もあるが、操作するだけならばレンブラントも可能だ。複雑な処理やパスワードが入っているわけではないため、開くのは簡単だった。

 開いていても、ヘルメスに搭載されているMSの情報や武器、宙域での情報、戦闘データなど戦いにおいて必要なデータがほとんどだった。だが、一つだけ無名のフォルダを見つける。奥の方にあったため、普通ならば気が付けないところにひっそりとそれはあった。鍵はかかっていない。少しの罪悪感を抱きながら、レンブラントはフォルダを開く。

 

「これは……ナチュラルの、強化……っ!?」

 

 暗号のように記載されているところもあるが、普通に読み取れる箇所もある。一部分だけとはいえ、読み取っていけばそれは、いわゆる人体実験のデータだった。被験者の名は、シリウェル・ファンヴァルトとある。

 詳細まではわからないが、これはプラント側で行われていたことだということはわかる。

 

「クルーゼ隊長は、これを知っていた? ……だから……いや、ということは隊長のためだというのか」

 

 話を詳しく聞けば、核を地球軍に渡したのはラウ。パトリックに地球を撃たせ、ブルーコスモスにプラントを撃たせる。そうすれば、世界は憎しみに包まれ人は戦い続ける。いずれ、己の手で世界を滅ぼすまで。

 最悪の事態は避けられたが、それでも憎しみは収まったわけではない。更に言えば、これを知ってしまったレンブラントは、少なくともプラント政府側にも疑念を抱いてしまっているのだ。これが軍に、否プラント国民に広まればどうなるか。非人道的行為を認めることはないだろう。具体的にどういうことが行われていたのかは、わからないがどのような方法であったとしても幼い子供に対して行うことではない。

 

「……聞くべき、だろうな。全く……」

 

 誰も聞いていないが、レンブラントも悪態をつきたくなってしまう。大西洋連邦だけでなく、プラント政府側にもある膿を出さなければいけない。まだ、平和への道のりは長いのだと、通感させられたのだ。

 

 

 

 

 

 




一旦、種側がひと段落したので、投稿ペースは落ちると思います。


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第33話 戦後翌日

 その日の夜、シリウェルはふと目を覚ました。意識を失ったのは、最高評議会を後にして直ぐだったので、ここまではマリクが運んだということだろう。

 ならば、ここは以前運ばれた時と同じ病院ということだ。

 ふぅ、と息を吐くが病室には誰もおらず、唯一音がするのはシリウェルの腕に繋がれた管の先にある機器音のみ。軍服ではなく入院着に着替えており、腹部に手を当てれば包帯が巻かれている。出撃時の時のように締め付けるものではないが、止血のためか硬く巻き付けられていた。

 

「……生かされている、か……」

 

 体を動かすのは億劫で、顔だけを窓に向ける。プラントの空は人工的なもの。それでも、この空を再び見上げることができるという事実は、戦争から生きて戻ってきたことを自覚させてくれる。暫くは、命のやり取りから離れることができる。ザフト兵の全員に言えることだ。無論、シリウェルも。

 戦後、ということにはなるが、ここからどう動いていくべきか。手を回した自覚はあるので、関わらない訳にはいかない。カナーバとも、そう約束したのだから。ただ、今だけは休んでも文句は言われないだろう。

 

「ラウ……」

 

 最後の最後に力尽きたことが悔やまれる。最期に、ラウがどういった行動を取ったのか。それを知りたいと思った。生きていないことは何となく予想できている。覚悟もしている。結局、シリウェルにはラウを止めることも救うことも出来なかったということに変わりはないが、ならば最期の瞬間まで見ていたかった。

 その悔しさに、シリウェルは右手拳を握りしめる。力を入れなければ、涙が溢れそうだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 翌朝、シリウェルの元に医師が訪れた。まだ早い時間のため、ナンナは来ていない。

 

「シリウェル様、ご気分はどうですか?」

「別に」

「……まだ顔色は優れないようですし、気分が悪いのであればおっしゃってください」

 

 近くにいた看護師に指示を出しながら、医師はシリウェルの容態を確認していく。そうして、暫くはされるがままだったシリウェルだが、腹部の包帯を替える時は流石に痛みを押さえることはできなかった。思わず体を捩ってしまったのだ。

 

「っ……悪い……」

「いえ。……出来るだけ動かないでください」

「あぁ……わかっている」

「昨日は状態が良くありませんでしたので、少しきつめに薬を塗りました。効き目があるかはわかりませんでしたが、今の状態を見るに……どうやら良くなっているようです。少しずつ、毒の後遺症も治ってきているみたいですね」

 

 そう話ながら医師と看護師はテキパキと手を動かす。

 元々、シリウェルの怪我がここまで悪化したのは、アラスカでの襲撃の際に負った毒による怪我が原因だ。その毒さえ完全に抜ききれば、それほど危険な状態ではなくなる。

 

「……シリウェル様、出来るだけ体は動かさないようにお願いします。せめて完全に傷が塞がるまでは」

「出来るだけ、なのか?」

「先生っ!」

 

 絶対安静と言われることを覚悟していたが、医師から伝えられたのは多少ならば構わないという制限だった。シリウェルでなくとも不思議に思うだろう。共に処置をしている看護師は、驚いたように声を上げ動きを止めて医師を見ている。

 

「医師としてならば、絶対安静の上に面会も制限したいところです。ですが……そういうわけにいかないことも理解しているというだけです。こちらも動くことを想定して対応をしなければなりませんから。今は戦後の不安定な時期です。シリウェル様を必要としている人は多くおります。……そのお顔を見るだけでもいいと」

「……」

「ラクス様はいません。反逆という発表が真実でないことは直にわかるでしょうが、だからこそ──―」

「言われなくともわかっている。……議会も求めてくるだろうからな」

 

 戦争で拠り所を失った人々の、それに成れということだ。要するに、シンボルのようなもの。立っているだけ、もしくは座ったまま顔を見せるだけでもいいと。

 

「とはいえ、評議会の方以外は面会も控えてもらいたいですが」

「……謝絶ではないんだろ?」

「それは……。ですが、時間は制限させていただきます。短い時間ならともかく、こうしてお話するだけだも傷に触りますから」

「……」

 

 話をするということは、端から見ている以上にシリウェルにとって負担となる。そうはいっても、元来話をする質ではないので、制限する程ではないとシリウェル自身は思っていた。

 

 コンコン。扉が軽くノックされ、医師が看護師に目配せすると、看護師が扉を開けた。そこには、ナンナがいる。軍服を来ているがナンナは、ファンヴァルト家の使用人。看護師が横にずれると、病室へと入ってくる。

 

「シリウェル様、お気づきになられたのですね」

「……あぁ。すまなかったな」

「いえ! ……本当に、安心しました」

「そうか……」

 

 ホッと息を付くと、ナンナは医師に向かって頭を下げる。医師も挨拶を返した。

 再度、注意事項としてシリウェルのことを伝えると医師と看護師は、病室を後にした。

 

「あの……シリウェル様」

「……?」

「昨夜屋敷に戻りましたら……その、アーシェ様がシリウェル様にお会いしたいとおっしゃっられて……許可がないと難しいとはお伝えしたのですが」

 

 アーシェとシン。二人に会ったのは、たった1日だった。アーシェとは満足に話をしたとは言えない。事情を聞いて、次の日に出たっきり会っていないのだ。戦争をしていたのだから、当然だが不安にさせていたのは間違いないだろう。

 

「……二人とも、元気か?」

「はい。アーシェ様もシン様も、お元気でした。シリウェル様が無事でいることを聞くまでは、不安で一杯だったようですが」

「ならいい……落ち着くまで……暫くは、会えない。そう伝えてくれ」

「……わかりました」

 

 今の状態で会うことは、また不安にさせてしまうだけだろう。無事であることは伝えてあるのならば、急いで会う必要はない。ある程度回復すれば、シリウェルから連絡をすればいいのだ。

 

「……少し、休む」

「? ……はい」

 

 体が休みを求めているのか、異様な眠気がシリウェルを襲っていた。疲れたのだろう。今は、求めるまま休めた方がいい。シリウェルは、そのまま眠りにつくのだった。

 

 

 



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第34話 今後

 次に目を覚ましたのは、その日の昼過ぎだった。

 誰か病室に来たのか、病室内にある机に見慣れない花が置いてある。花瓶も以前はなかったものだ。

 

「シリウェル様、起きられましたか?」

「……誰か来たのか?」

「はい。先ほど、アマルフィ議員の奥方とユリシア殿が」

「そうか。何か言っていたか?」

「……その……アマルフィ議員が拘束されたと」

 

 内容にシリウェルは、僅かに眉を寄せた。ナンナも話しにくそうにしている。それはそうだろう。だが、聞かない訳にはいかないのでナンナに先を促す。

 

「ザラ議長に従っていた議員は、全員拘束されたそうです。戦争を扇動し、兵たちの命を危険にさらしたこともそうですが、ジェネシスという大量殺戮兵器を製造して虐殺を行った者として」

「……」

 

 知らなかったでは済まされない話だ。パトリックの意志に共感し、力を奮っていたのだから当然と言えばそうだ。かといってザフト兵の多くは、従うだけ。拘束の範囲には入らなかったのはその為か。もしくは、これからの為か。どちらにしても、兵たちの中にも己が行ってきた所業に納得のいかない者も少なからずいるだろう。

 

「……そういった意味では、俺も同罪だがな」

「シリウェル様?」

「パトリックが危ういことは、どこかでわかっていた。それを指摘せずに放置していたのだから」

「そんなっ! 違いますっ! シリウェル様は、いつだってプラントのために」

「プラントのためだからと、何をしても許されるわけじゃない」

 

 核を導入するという時点で、止められなかったのか。そう問われれば、否と答えるだろう。だが、その後もザフトとしてパトリックの指示に従ってきたことに変わりはない。責められるだけのことを、シリウェルも行っている。

 

「シリウェル様……」

「ラクスに力を託した事だけは、正解だったのだろうな」

「ラクス様に、ですか?」

「あいつは賢い。……詳しいことは言わなくとも俺の想いを繋げてくれていた。感謝しなければな」

 

 モニター越しに見たラクスを思い出す。久方ぶりに会ったからか、顔つきが大人びていたように思う。もう、ただの歌姫だった頃には戻れない。プラントに戻れば、その力で評議会に参加することも可能だったが、ラクスはそれを望まなかったようだ。どんなに優れた指揮能力が有ろうとも、ラクスはまだ十代の少女に過ぎない。その選択を無責任だとシリウェルは責めることはしない。アスランやキラという、稀代のパイロットたちにもそれを求めてはいけないだろう。彼らは、ラクスと共にいるはずだ。この戦争で失ったものも多いが、得たものもある。せめて、傷ついた彼らには時間を与えてやるべきだ。多くのザフト兵たちと同様に。

 

「シリウェル様……」

「明日くらいには、プラント市民へ説明されることだろう。その事も含めて、どこまで話すかの線引きは必要となるが」

「その事について、相談したかったのだが……」

「えっ?」

 

 突然話に入ってきたと思えば、病室の扉が開かれた。思わず声を上げたナンナだが、シリウェルは特に驚いてはいない。外に誰かの気配があることは既にわかっていたのだ。それが、カナーバを始めとする議員達であることも。

 彼らが中に入ってくるのを見て、シリウェルはゆっくりと体を起こす。

 

「……随分と早いお出ましだな」

「休んでいるところ、済まないとは思っている。だが、こちらも悠長にはしていられなくてな」

「わかっている。……ナンナ、外の警戒を頼む」

「……わかりました」

 

 聞き耳をたてたところで直ぐにわかるが、余計な横やりが入ることは避けたい。己の役割を認識しているナンナは、カナーバらに頭を下げるとそのまま病室を出た。といっても、部屋の入り口に居場所が変わっただけだ。

 

「具合はどうなのだ?」

「安静を指示されている位だ」

「……そうか」

 

 詳細を伝えなくともカナーバは悟ったようだ。傷が癒えるまでは無理は出来ないということが。

 

「ファンヴァルト、明日メディアを通じて報告をするつもりだ」

「詰めているのか?」

「今は、事実を伝える事だけに留める。とはいえ、不安はあるだろう。そこでだ、ファンヴァルト」

「……何だ?」

「臨時評議会はあくまで臨時。その後、お主が議長とならないか?」

 

 カナーバの相談とは、この事だったのだろう。報告には、今後の体制についても言及するつもりのようだ。

 

「はぁ……俺は軍人だ。わかっているだろう?」

「それでも、これは評議会全会一致の事項でな。打診しないわけにはいかない。私も、お主にはその資格が十分にあると考えている」

「……」

 

 シリウェルはカナーバの後ろに控えている議員たちに視線を移動させる。誰もが反対をしていないというように、シリウェルをじっと見ていた。この場において、一番年少であるシリウェルを、最高権力者にしようと本気で考えているのだ。

 シリウェルはため息をつく。

 

「……悪いが、それは受けられない」

「理由を聞かせて欲しい」

「……今、俺が軍から抜けるわけにはいかないからだ」

 

 停戦したとはいえ、本格的な交渉はこれから。未だに怨恨がなくなったわけではなく、軍が不要になることはない。良くも悪くも、軍の本部がパトリックの手にあったことを考えれば、出来るだけ早く立て直しをしたければならないだろう。生き残っている者達がどの程度なのか把握はしていないが、指揮系統に関わる者達の多くは使い物にならないとシリウェルは考えていた。その先を読むことも出来ず、ただ指示に従い盲目に進んできた連中に、今後の未来を託すことは出来ない。

 

「抑止力としても、俺は軍にいる必要がある。前線から抜けるわけにはいかない。違うか?」

「……確かに、力は必要になる。しかし、それは議会も同じことだ。プラント市民は、お前を──―」

「それは議長でなくともできることだ。……その為の広告になる程度は構わない」

「ファンヴァルト……」

 

 かつてはラクスと共に行ってきたことだ。今さら忌避することもない。シリウェルの姿を使うだけで、人々が安心するのならば今はそれが必要ということだ。

 

「今は動けないが、動けるようになったなら顔を出すことは出来る。俺の名を使いたいのなら、そう繋げておけばいい」

「ファンヴァルトの名を利用か……クラインがいない今は、頼るしかないな。済まない」

「謝罪は不要だ。……こうなることは想定内だからな」

「……どこまでが想定内だ?」

「…………過ぎたことだ。気にするな」

 

 暗に伝えるつもりはない、ということだ。シリウェルも全てが予想できているわけではない。しかし、パトリックが倒れた場合にどうなるかは予測できていた。市民や軍内部の混乱も。その上で、シリウェルがどうすべきかも。それが、生き残った者としての責任だ。

 

「ファンヴァルト……」

「……カナーバ、お前達は議員としてやるべきことを果たす。俺は軍人として責を果たす。今は他を気にしている暇はない。違うか?」

「……本当に、おしいな。お主が議長になれば、とは思うが確かに軍の対処も急務。今は、それが最善だと納得しよう」

「感謝する、カナーバ」

 

 その後、停戦交渉についての条件の突き詰めをし、カナーバたち議員は病室を去っていった。

 

「……あとは、向こうの出方次第だな」

 

 停戦交渉が始まるのは間もなくだ。場所は、この戦争の始まりの地であるユニウスセブンと決まった。

 



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第35話 報告

 翌日、シリウェルはテレビを付けていた。カナーバから、市民に向けての報告をすると伝えられていたからだ。

 画面が切り替わり、その画面にカナーバが現れた。

 

「カナーバ議員は何を報告するのか、隊長はご存じで?」

「あらかたはな。詳細までは知らん」

 

 今日は、マリクが見舞いに来ていた。この報道後に、ちょうど隊へ伝えることもあるのでそのまま残っている。カナーバが話す内容によって伝えてよい範囲が決まるため、マリクには控えてもらっているのだ。側にはお茶を用意しているナンナの姿もあった。

 

『プラントに住む全ての人々よ。先日、多くの多大な犠牲の上にプラント臨時評議会は、大西洋連邦との停戦を決めた』

 

 カナーバが代表として人々の前に立っている。テレビでも放映されているが、演説自体は広場にて行われている。多くの人々が見守っているだろう。

 カナーバは此度の戦争について、スピットブレイクからヤキン・ドゥーエでの戦いの真実を伝えた。評議会の認証なしに、パトリックが独断で行ったことであること。ジェネシスの照準が地球に向け、パトリックはナチュラルの殲滅を望んでいたが、それを良しとしない勢力に止められたこと。それが、シリウェルたちとラクスらクライン派であることなどだ。

 ふと、安心させるようにカナーバは強張っていた表情を緩める。

 

『……我らが歌姫も英雄もプラントの為に、そして世界のために戦火に身を投じた。しかし、彼らは無事であることを、報告しよう』

 

 画面の外から大きな声と拍手が上がる。ラクスを案じていた人もいるのだ。どのような報道をされていようとも、ラクスは間違いなくプラントに住む者達にとって歌姫であり続ける。

 

「隊長とラクス嬢のことは軍でも心配されていましたよ」

「それは……そうだろうな」

 

 傷を負っている姿が彼らに見せた最後の姿だ。上に立つものとして、改めて無事な姿を見せる必要はある。ラクスについては、叶わないことだが。

 

『戦闘の折に怪我を負ってしまったが治療が終わり次第、シリウェル・ファンヴァルトは皆にその姿を見せてくれる。それまで待っていて欲しい。また、今後の評議会についてだ。停戦交渉後は、再び正式な評議会を召集する。これを以て、臨時評議会は解散となる』

 

 新たに議員を集めて評議会を作るということだ。全部を入れ換えることはないだろうが、主だったメンバーが不在である以上は再選挙となるのは仕方のないことだろう。

 

『加えて軍部においてだが、現在の最高司令部は既に死しており不在という状況だ。それ故、現在における最高指揮官でもあるファンヴァルトを国防委員長兼務とする』

「……そうくるか……」

「隊長?」

 

 シリウェルは重く息を吐いた。議長を辞する時の発言からきたのだろうが、国防委員長は簡単に出来る立場ではない。軍の最高位に当たるのだ。議長と同格に近い権限を軍部では持つことになる。前任はパトリックだ。議長と兼任をしていたので、軍と政治の切り離しが出来ていなかった。現時点においては、どちらも空位である。そこに、シリウェルを据えるということだ。

 

「隊長はご存知なかったのですか?」

「……聞いていないが、納得できない訳ではない。引き受けざるを得ないだろう。……マリク、お前は全く驚いていないな」

「それはそうですよ。順当ですし、ある程度可能性として考えていましたから」

「そうか……確かにな」

 

 反対する者はいない。生き残っている軍上層部は拘束されているのだから。元々、シリウェルは軍部においても単なる指揮官以上の権限を持っていた。何もかも今更でしかない。

 

「……マリク、兼務というからには隊は残る。だが、今まで以上にレンブラントらには負担を強いることになるだろう」

「そうですね。艦長も含め、今後については我らファンヴァルト隊は指示に従うまでです」

「……司令部にも人を回す必要がある。再編は急ぐが、隊からも異動させることもあるだろう。艦の人員はそのままになるだろうが、な」

「艦長がいなくてはヘルメスも動けません。ならば、整備班やMS隊もそのままでしょうか?」

「そうなるだろう」

 

 念のため部隊は出来る限りそのままにしておくのがいい。前線で戦える即戦力ならば、尚のこと。

 

「ならば、動くのは私ですか?」

「……不満か?」

「いえ、艦長が艦を離れられないのならば私位しか隊長に進言できる者はいないでしょう。貴方は、放っておけば無茶をしますからお目付け役は必要です」

「おい……」

 

 睨むようにマリクを見るが、当のマリクは気に止めていないようで肩を竦める。

 確かに、シリウェルはその生まれや立場から盲目的に従う者が多い。付き合いが長いナンナも、ファンヴァルト家の使用人であるので苦言を言うことはあるが、ナンナ自身は一般兵に過ぎない。だが、マリクは副官という立場がある。使用人であるナンナよりは、軍人として意見を通しやすいのだ。

 

「マイロードも、同じく異動になるので?」

「ったく……あぁ、そうだ。軍人だが、ナンナは俺の専属に近いからな」

「心得ています、シリウェル様」

 

 これまで会話に加わらなかったが、己の名前が出たところでナンナも答える。戦場以外の場所ならば、ナンナはシリウェルの側にいるのが当たり前だった。

 

「……明後日には軍に向かう。マリクは、レンブラントに報告しておいてくれ。あと、全員に召集を頼む」

「はっ!」

「ナンナ、セイバスに連絡だ。明日には戻る」

「シリウェル様、ですがまだ安静にと」

「戦場に行くわけじゃないし、動き回りもしない。痛むようなら休む。ここに、軍人を呼ぶわけにはいかないだろう? ならば、俺が出向くのがいい」

「ですがっ!」

「……ナンナ、俺は大丈夫だ。今は無理をしない」

 

 今後のことを考えても怪我は完治させておく方がいい。そのことはシリウェル自身もよくわかっている。だから、無理のない範囲でやるべきことをするのだ。

 こうだと決めたら動かないことをナンナはよくわかっている。折れるのは、ナンナの方だった。

 

「……わかりました。では、連絡をしてきます」

「頼む」

 

 ゆっくりとナンナは病室を出ていった。

 

「隊長も、人が悪いですよ」

「だが、休んでばかりもいられないのは事実だ」

「軍が隊長を必要としていることは間違いありません。ですが、それ以上にマイロードは貴方を心配しているのです」

「そんなことは言われずともわかっている……」

 

 ナンナだけでなく、最近は帰ることがない屋敷にいるセイバスをはじめとする使用人たちも、アーシェも。シリウェルを案じていることは理解している。わかっていてもやらなければいけない。戦場に向かうわけではないので、そこまで無理を通すわけでもない。傷に響かない程度にするつもりだ。

 

「わかっているならいいんです。それと……隊長、アマルフィのことは聞いていますか?」

「アマルフィ議員が拘束されたことか?」

 

 直に会ってはいないが、ナンナより話は聞いていた。だがそれ以上に、ここでユリシアの話が出ることにシリウェルは眉を寄せた。

 

「何があった?」

「隊長が考えている通りです。パトリック・ザラと共に核を用いることや殺戮兵器を使用することに同意した彼の娘であるアマルフィは、隊長の婚約者として相応しくないと……軍の中では反対する者が増えています」

「親と子は、別の個人だろうが……そう簡単には切り離せない、か」

 

 アマルフィが評議会議員を父に持つことに、ユリシアが選ばれた一因がある以上は、完全に切り離すことは出来ない。昨日の時点で直接ユリシアと会うことが出来ていたなら、その話がユリシアから聞くことが出来たのだろうが。どちらにしても、意味のない中傷だ。

 

「軍内部だけで、収まるか?」

「……市民には伝わっていませんから恐らくはですが」

「そうか……俺が直接宣言した方がいいだろうな。わかった」

「お願いします。今はアマルフィも出てきていませんから、彼女に直接何かがあったわけではありませんが、現状だけでも我々としても不快なので」

「あぁ」

 

 不快なのはシリウェルとて同じだ。言い分がわからない訳ではないが、認めることは出来ない。シリウェルの心は既に決まっているのだから。

 

 未だテレビの向こうで演説をしているカナーバを見ながら、今後についてシリウェルは思考を働かせていた。



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第36話 久方ぶりの帰宅

お久しぶりです。本日から更新再開します。マイペースでぼちぼちとやっていく予定です。
今年もよろしくお願いします。


 その日の夜、ナンナも帰した後、病室でシリウェルは一人ベッドの上から体を起こし、外を見上げていた。

 医師には何とか説得をすることで退院することを了承させた。それほど時間が経っていないようだが、ようやくアーシェにも会うことができる。見舞いに来たがっていたことを我慢させたのだから、怒っているかもしれないがそれでも会えることを純粋に楽しみだと思えた。オーブから避難してきたシンの今後についても話をしなければならない。

 同時に、ユリシアのことも考えなければならなかった。

 既にシリウェルの気持ちは決まっている。あとは、それをユリシアが受け入れるかどうかだ。

 

「……連絡をするべき、だろうな」

 

 ベッドの横に置いてあった端末を手に取り、メールを打つ。明後日、軍本部へと顔を出す際にシリウェルの私室へと来るようにだ。邪魔が入らない場所で話し合う必要があるため、屋敷よりもいいだろう。

 メールを送ると直ぐに了承の返信が来た。これでいい。

 

「……明後日、か」

 

 すべてはそこから始まる。今後のザフトがどう動いていくのかも。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 翌朝、起きるとシリウェルは私服へと着替えた。のんびり寝ているよりは、出来るだけ早く退院して帰宅したかったのだ。ここ二日ほど動くこともなく、ずっとベッドで寝ていたことで心なしか体力も落ちている気がする。軽く体を解すが、傷に障ると塞がったものが開くので最小限でしか出来ない。完全に塞がらない限りは、シリウェルに出来る運動はなかった。それが医師と退院を認める時の約束事だ。

 

「シリウェル様?」

「来たのか、ナンナ」

「はい、おはようございます。車は既に用意してありますが、もう出られるのですか?」

「あぁ。了承は取ってある。行くぞ」

「は、はいっ」

 

 ナンナは昨日の内に用意していた荷物を持ち、先に病室を出たシリウェルを追う。

 入り口にはファンヴァルト家の車が停まっており、看護師や医師もそこに集っていた。どうやら、見送りらしい。

 

「……わざわざ来たのか?」

「シリウェル様。退院は認めましたがくれぐれもご無理はなさらないようにお願いしますよ」

「わかっている。世話になったな」

「医師として当然のことをしたまでです。……ラクス様がいない今、貴方様だけが我々の頼りなのですから」

 

 彼がクライン派であることはシリウェルも既に知っている。だからこその言葉なのだろう。しかし、同じようなことを考えている人は多いはずだ。

 

「それもわかっているつもりだ」

「シリウェル様……」

 

 それだけ言うとシリウェルは車の後部座席へと乗り込んだ。ナンナは荷物をトランクに積むと助手席に乗り込む。

 

「出せ」

「かしこまりました」

 

 指示を出せば運転手は車を発進させる。窓から見える病院からは、医師らが頭を下げているのが見えた。

 

「……ったく」

 

 シリウェルは舌打ちをしたい気分だった。誰も彼も二言目には同じ事を言う。こうなることはわかっていたこととはいえ、少しは自分達だけで何かを成そうとは考えないのだろうか。まだ10代に過ぎないシリウェルやラクスに、精神的な支柱を求める。それほどにプラントの人々が不安定なのだとも取れるが、安定剤のように盲目的に近い信頼を寄せられる側としては、あまり歓迎したくないことだ。それも戦後という今の状況では仕方のないことなのかもしれない。

 

「どうかされましたか?」

 

 シリウェルの機嫌がよくないことを感じたのか、ナンナが後ろを振り向いて案じてくる。

 

「いや……何でもない」

「そうですか。ならば良いのですが……」

 

 ナンナはその言葉を疑っているようだ。それでもシリウェルに反論することはしない。シリウェルが問題ないと言えば、追及しても話さないことは経験上わかっている。不満そうではあるがナンナは再び前を向いた。

 

(……思えば、さらけ出して話ができたのはラウだけだったか……)

 

 立場も何も気にせず、ありのままでいられたのは既にいない友人の前だけだった。年は離れていても、シリウェルにとっては特別な友人だった。こういった時は、愚痴の一つでも彼に吐きたくなる。その姿がどこにもなくとも。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆

 

 ファンヴァルト邸へと到着すれば、使用人一同が出迎えてくれた。それほど時間は経っていない筈なのだが、随分と久しぶりに戻ってきたように思う。

 

「お帰りなさいませ、シリウェル様」

「あぁ、今戻った……皆、留守をよく守ってくれたな。感謝する」

 

 一人一人の顔を確認するように視線を移動させる。それぞれ安堵の表情を見せている。話は聞いていても、実際に見て本当の意味で安心したのだろう。

 

「兄様っ!」

「……っ」

 

 使用人たちの間からアーシェが飛び出してくる。勢いよく駆け寄ってきたその体をシリウェルは抱き止めた。

 

「……お帰りなさい、兄様。ご無事で……」

「心配をかけた、すまなかったアーシェ」

 

 背中に手を回してアーシェを抱き締める。オーブへ避難させて母を失い、更にオーブから避難をしてきた時には直ぐにシリウェルは戦場に出てしまい、寂しい思いをさせたはすだ。その分を補うかのように、シリウェルはしっかりとアーシェを包んだ。

 

 

 アーシェを伴いながら屋敷内に入り、リビングに向かえばシンが待っていた。不安気な表情から見るに、どう振る舞えば良いのかわからないといったようなところだろう。

 シリウェルは腕に抱きついていたアーシェを離し、そのままシンの近くにいくと、ポンと肩に手を置いた。

 

「あ……シリウェル、さん」

「留守にしていて済まなかったな。アーシェの側にいてくれて、感謝する」

「いえ、俺は……」

「……今日は、時間がある。ゆっくり話をしようか」

「……はい」

 

 戦争は終わった。復興に向けて世界は動き出す。

 動き出すのは、軍や政治だけではない。立ち止まっていた日常を取り戻すために、一人一人が動き始めなければならない。

 今後、それぞれがどう生きていくかを考えなければならない。多くの人々にとって分岐点に来ていた。それは、シンやアーシェにとっても例外ではないのだから。

 



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第37話 未来の提示と選択

 ファンヴァルト邸のリビングには、アーシェとシン。そして、シリウェルがソファーに座って向き合っていた。

 テーブルの上には紅茶があり、シリウェルは手にとって味わうように口に含む。

 

「……久しぶり、だな。カレナの紅茶を飲むのは」

「兄様……」

 

 カレナというのはファンヴァルト家の侍女の一人だ。クレアの側によく控えていた料理が得意な女性だった。それほど時間が経ったわけではないというのに、戦争が終わったという解放感からか、心地よい空気の中で香りを味わう余裕が生まれたのだろう。

 

「……兄様は、これからどうするのですか?」

「カナーバ議員の放送は見たのか?」

「は、はい」

「そうか……ならわかるだろうが、軍内部の立て直しが急務だ。国防のトップを任された以上は、俺もまた司令部にかかりきりになる」

「で、でも兄様はまだお怪我が!」

「そこまで無理はしないさ。心配しなくていい」

 

 柔らかな笑みを浮かべて、安心させるようにアーシェに伝える。本来ならば未だベッドの上で安静にしていなければならない体だ。動くことも制限されるだろうから、基本的にはデスクワークがメインだ。シリウェルが動き回ることはない。そんなことをすれば、マリク達が止めるだろう。最優先でしなければならないのは、シリウェルの怪我の回復なのだから。

 腹部に手を当てれば、包帯の存在を強く感じる。これが取れるようになるまでには、ある程度の落ち着きは取り戻しておきたい。

 

「それより、二人はどうするんだ? ……アーシェは、学校に戻るだろう?」

「……それは……」

 

 アーシェは14歳。ジュニアスクールに通っていたのだが、オーブに避難することになり一時的な休学措置をとっていた。復帰するならば、手続きをしなければならない。クレアがいない今、シリウェルが行う必要があるため、まだ屋敷にいる内にやっておきたいことだった。

 当然、学校に戻ると答えが返ってくると思っていたシリウェルだが、反してアーシェは口ごもっている。

 

「アーシェ?」

「……わ、私……」

 

 どこかそわそわして視線を泳がせるアーシェは、助けを求めるようにシンを見た。助けを求められたシンは、そんなアーシェから視線を反らした。

 どうやら二人の間で何かがあるようだ。シリウェルは仕方ないと、相手を変えることにした。

 

「シンは、君にも聞いておきたい。この先のことを」

「うぇ、え、お、俺?」

 

 自分に手が向くとは思わなかったのか変な声を上げてシンは驚き、慌てている。だが、シリウェルは気にすることなく話を続けた。

 

「……君にはいくつかの選択肢がある。大きいのは二つだ。このままプラントに残るか……オーブに戻るか」

「へ?」

「停戦交渉の中には、大西洋連邦が支配下に置いた地域の自治権を戻すよう要請するものがある。連邦の力を削ぐため、というのが表向きの理由だ。だが、中立を保っていた国には、出来るだけ早く自治権を戻したいという思惑がプラントにはある」

「何故、ですか?」

「……コーディネーターのため、としか今は言えない。だから、オーブは自治権を取り戻すことになる。オーブの民が望めば、帰国することも可能になるということだ」

 

 停戦交渉の内容については、シリウェルもカナーバより聞いているし、内容の精査にも手を貸した。恐らくは簡単に纏まることはない。お互いにどこを落とし所とするかが決まれば終わるが、それが何よりも難しい。カナーバはシリウェルにも交渉の場に居て欲しかったようだが、今のシリウェルは宙域に出ることも許可が出ない状態だ。出来ることは、通信で助言をすることのみ。とはいえ、自治権についてはそれほど揉めることなく決まるだろうとシリウェルは踏んでいた。今の大西洋連邦に、複数の国をまとめるだけの求心力はなく、財源も心許ない。特に最後まで反抗していた中立国など、邪魔なだけのはずなのだから。

 

「オーブに……」

「あちらでの居住については俺の方で用意するし、学校に通っていたならその辺りも考慮できる。やりたいことがあるなら最大限に手助けするさ」

「え?」

 

 そんなことまで、というような顔をするシンにシリウェルは、当たり前だと言いきる。

 

「アーシェと共に居てくれたこと。お陰で俺は戦いに集中できた。それに……忘れたか? 俺は、アスハ家の一人だ。オーブ国民を助けるのは当然だ」

「あ……」

「そう言えば名乗ってなかったか……。シリウェル・イラ・アスハ、元代表首長ウズミの甥で、これから代表になるだろうカガリの従兄だ。と言っても、俺がオーブに戻ることはないだろうけどな」

 

 ウズミが存命なら分からなかったかもしれない。否、戦争がなければ、か。

 いずれにしても既にシリウェルはプラントを離れることは出来ない。オーブにはカガリがいる。カガリには恐らくはラクスやキラ、そして戻らないアスランも共にいるだろう。ウズミを亡くしてもカガリは決して一人ではない。ならば、シリウェルはここで己の責務を果たすだけだ。

 

「シン、君が望む道を助けることが俺にはできる。だから、君自身が決めて欲しい。どうするのかを」

「……俺が、望む道……俺は……」

「直ぐに決めることは出来ないだろうから、答えは後でいい。落ち着いたら教えてくれ」

「……はい」

 

 シンへの話は終わりだ。

 再びアーシェへと目をやれば、不安気に表情を曇らせていた。それの意味するところがわからないわけではない。要するに、アーシェは復学する気がないということだ。

 

「アーシェ、復学したくないなら構わない。だが、学校を卒業しないことには社会に出ても苦労する。それはわかっているな」

「……に、兄様……わ、私……その、アカデミー、に」

「……は? ……今、何て、言った?」

 

 思いの外シリウェルから低い声が出た。一瞬でリビングの空気が変わる。今までのような和やかなものではなく、冷えきった空気が室内を覆っていた。

 アーシェがビクリっと体を震わせている。兄として、シリウェルがこのような声でアーシェに話しかけたことは一度足りともない。

 

「うっ……だ、だから……アカデミーに行き──」

「アーシェ、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「っ……」

 

 アカデミー。それは、プラントにおける軍養成学校のことだ。シリウェルも在籍していたし、例外なく今の軍人はアカデミー出身だ。そこに入学するということは、軍人になることと同義である。

 まさかそんな言葉がアーシェから出てくるとは思いもしなかったシリウェルは、不機嫌を顕にした。そこに優しい兄はいない。

 

「軍人になりたいというのか? ふざけるな。お前が人を殺すのか? 誰かを殺して、誰かに憎まれる汚れ役を何故わざわざ選ぶ必要がある?」

「シリウェルさん……」

「戦争には正しいこと等ありはしない。そこにあるのは虚しさだけだ。何故、そんなところにお前を送り込まなければならない。馬鹿を言うな」

「で、でも……私っ」

「戦場では力ない者は死ぬ。そんな覚悟もない奴が軽々しくなれる世界じゃないんだ。考え直せ」

 

 これ以上は聞かない、とシリウェルは立ち上がりそのままリビングを出ていった。

 

 



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第38話 困惑と決意

メインはシン側のお話です。
シン側の心境は原作とは違っています。


 自室に戻ったシリウェルは、椅子に座り体重を預けた。

 先程のアーシェの言葉はかなりの衝撃だったのだ。

 

「よりにもよって……」

 

 冷静さを失い八つ当たりのように反対をしてきた。話したことに嘘はない。全て事実だ。現に、シリウェル自身が多くの大西洋連邦側の兵士を身内に持つ人たちから憎まれている。ブルーコスモスだけでなく、兵士からも死神と呼ばれるほど悪名が広がっていることも知っていた。アラスカでのこともあり、命を狙われていることもわかっついる。

 そんな戦場に、誰が身内を巻き込みたいと願うのか。ましてや、アーシェはファンヴァルト家の令嬢として、ラクス以上に箱入り娘として育っている。観察眼もなければ、何か護身術を習っているわけでもない只の少女だ。

 ただでさえシリウェルの妹として利用される可能性があるというのに、わざわざ危険に飛び込む必要などないのだ。

 クレアからファンヴァルト家の立ち位置やアーシェ自身の価値については説明はしているし、シリウェルも何度となく話をして来た。理解しているはずだ。だからこそ、アーシェの発言には耳を疑った。

 

「……全く何を考えているんだ」

 

 目元を隠すように腕で覆うと、シリウェルは重い息を吐いた。

 

 ピリリ。

 そこへ通信が入る。気分的には誰かと話をしたいわけではないが無視をすることも出来ない。仕方ないと、シリウェルは端末を開いた。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 一方、リビングに残された二人はシリウェルが出ていった扉をじっと見つめたまま、途方に暮れていた。

 先に我に返ったのはシンだった。

 

「えっと……アーシェ?」

「……」

 

 恐る恐るアーシェに声を掛けるが、返事はない。反対されるだろうとは言っていたが、あそこまで言われるとは思わなかったのだろう。

 

「だ、大丈夫か?」

「……お、怒られた……初めて……兄様に」

「え?」

「こわ、かった……」

 

 徐々に目に涙が溜まっていく。溢れ落ちていく涙を拭い、アーシェは黙って泣き続けた。

 暫くして落ち着いたのか、アーシェはぽつりぽつりと話し始める。

 

「……ずっと、兄様は私に優しかった。初めて、会った時から……ずっと」

「うん……何となく、想像できる気がする。さっきのは俺も、ちょっとびっくりしたし」

 

 表情が凍りついたようになり、空気も一緒に冷たくなったように感じた。

 まだそれほど話をしたわけではないが、ファンヴァルト家の人たちなどの話から色々と聞いていたのもあり、シンの中では穏やかで優しいという印象が強かったのだ。

 もしかすると、さっきのが軍人としてのシリウェルの姿なのかもしれないが、シンも怖いと素直に思った。

 

「そっか……母様が言ってた。私は、血の繋がりはなくとも……シリウェル・ファンヴァルトの妹だから……それがいつか重荷感じることが、あるかもしれないって」

「シリウェルさんの妹だから?」

「兄様は、コーディネーターとナチュラルのハーフで……ブルーコスモスに狙われているだからって」

「はぁ!?」

 

 シンは思わず声を上げた。

 まさかそんな単語がアーシェから告げられるとは思わなかった。

 

「ブルーコスモスに狙われてるって、何でだ? ハーフ自体はそんなに珍しい訳じゃないだろ?」

 

 オーブはコーディネーターの居住を認めている国だった。だから、ナチュラルとコーディネーターの恋人も少なくなかったはずだ。近くに対象がいたわけではないが特に反対するような風潮もなかった。ブルーコスモスにハーフが危険視されているのならば、もう少し情報があってもいいはずだ。

 

「……そこまでは、教えてもらえなかった。兄様は特別なのかもしれない。……その妹であることを苦痛になる時が来たら、その時は教えてほしいって言われたの」

「けど、その……クレアさんはもう……」

「うん。けど、私が……兄様の妹を苦痛に思うわけない。だからいいの。……たぶん、母様は私が危険になると思ったんだと思う。だから、私は……強くならないといけない。兄様のお荷物にならないように」

「だからアカデミー、なのか? ……っと悪い、その……アカデミーって何をするんだ?」

 

 シリウェルの話から軍関係だということは想像がつく。それ以外のことは全くわからないのだ。

 

「あっ、そうだね。アカデミーは、簡単に言うとザフト軍人の養成学校のこと。入学資格は成人してからだから、15歳から」

 

 つらつらとアーシェは淀みなく説明をしていく。その様子から事前にかなり調べていたのだとわかった。

 アカデミーに入れば、卒業後はザフト軍に入る。寮もあるらしく、生活にも困らない。教科書や制服などは支給されるので、シンのように何も持っていない避難民でも入ることは可能だ。聞けば聞くほど、今のシンに相応しい場所のように感じていた。

 

「ただ、兄様も卒業生だから、色眼鏡で見られることはあるかもしれない」

「アカデミーに入学すれば、シリウェルさんの妹であるから特別扱い、とか?」

「それはないと思うけど……やっぱり血は繋がってないから……」

「えっと、通ってたところでも、何かあった?」

「あからさまなのはないよ。ただ、やっぱりね、って顔をされるだけだから」

 

 面と向かって何かがあるわけではなく、周囲に過度な期待をされてがっかりされるのだという。

 あれほどの有名人を兄にもてば、ある程度は仕方ないのかもしれない。軍の養成学校なんて更に注目を浴びる場所だ。ここまで聞けばシンでもわざわざ、アーシェが飛び込む必要はないと思う。

 

「それでも、入学したいわけ? どうして? 別に軍人にならなくても他にも身を守る方法はあるんじゃ」

「……役に立ちたい、から」

「シリウェルさんの?」

「うん。……これ以上、兄様が怪我をするのを家で待つのは辛い。兄様がいなくなったら、私はまた一人ぼっちになっちゃう。そんなの嫌っ!」

「……けど、アーシェが軍人になってもシリウェルさんを心配させるだけだろ? アーシェに何かあればあの人が一人になっちゃうんじゃないのか?」

「……わかってる。そんなことしても兄様は喜ばない。でも、オーブの時のように逃げ回るだけなんて……嫌だから。前線出なくてもいい、軍に携わる仕事がしたい」

 

 アカデミーに入っても、適性がなければ軍人として戦場に出ることは出来ない。それでも何かしら軍を支える仕事に就くことができる。

 

「……わかった。なら、俺も一緒にアカデミーに行く」

「えっ?」

「シリウェルさんを説得するのを手伝う。戦力になるかわからないけど……それに俺だって、あんなことは二度とごめんだ。だから、守れるなら俺が守りたい。その力が欲しい」

「シンは、オーブに帰るんじゃ……?」

「帰らない。帰っても誰もいないし……俺はここで、プラントで強くなる。両親やマユ、大切な人を失うのは、もう嫌だから」

「……シン」

「だから、アーシェ。君も俺が守るよ。だから、一緒に行こう」

 

 初めにシンを暗闇から救ってくれたのはクレアとアーシェだ。プラントに来て、安心できる場所を与えてくれたのは、シリウェルをはじめとしたファンヴァルト家の人たち。

 シリウェルには感謝している。だが、それ以上にアーシェに恩を感じていた。彼女がいなければ、シンは憎しみと後悔で一杯だったはずだ。ウズミが何を想っていたのかも知らず、戦争がどんなものかを知ろうともせずに、ただ己の殻に閉じ籠っていただろう。

 だから、世界を広げてくれたアーシェの力になりたい。それと同時に、シン自身が誰かを、何かを守る立場になりたい、そう感じていた。

 壁は高いが、まずはその難敵であるシリウェルを説得しなければならない。アーシェとシンの二人でアカデミーへ入学するために。



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第39話 婚約者との関係

 翌日、シリウェルは司令本部の私室に来ていた。

 あの話の後、今度はシンと二人でアカデミーに入学するという話になり、シリウェルは更に頭を抱えることになった。冷静ではないことはわかっていたので、反対するだけでアーシェ達の話も聞かずに、そのまま今日は屋敷を出てきてしまったのだ。

 

「……まさかシンもアカデミーに行きたいと言うとはな」

 

 アーシェ一人だけよりはシンも同じ方が、不安は減る。だが、シンとてオーブに居た時は普通の学校で学んでいたはずだ。それはあまりにも突然な進路変更だろう。少なからず、家族を亡くしたことが関係しているとはいえ、簡単に納得することは出来なかった。シンの保護者は、現時点ではシリウェルとなっている。どこまで覚悟が出来ているのかを確認しなければならない。それはアーシェも同様だ。

 頭ごなしに反対してはいけないことはシリウェルとて理解している。本当に覚悟があるのならば、本人が決めたことを認めるべきだと。それでも、感情がそれを邪魔するのだ。

 

「覚悟が必要なのは、俺の方か……」

『失礼します。あの、シリウェル様? ユリシア殿が来ていますが……』

「……あぁ、わかった。通して構わない」

『はい』

 

 ユリシアを呼んだのはシリウェルだ。予定していた時間になったのだろう。シリウェルはため息をつきながら、頭を軽く振る。

 アーシェとシンの事はまた後で考えるとして、思考を切り替えなければならない。ユリシアとのことを。

 

 

 

 ナンナと共に入ってきたユリシアは、どこか気落ちしているように見えた。父親が拘束されたのだから、当然と言えば当然だ。

 

「……おはようございます。ファンヴァルト、隊長」

「あぁ……おはよう」

 

 ユリシアは敬礼をして部下の立場を取る。何ら不思議ではないが、ここからの話は部下と上官としてのものではない。

 

「ナンナ、二人で話をする。暫くは誰も通さないように見張っていてくれ」

「は、はい」

 

 少し驚きながらもナンナは従い、部屋を出ていく。

 まさか二人だけになるとは思わなかったのか、ユリシアは驚きを隠せずにいた。

 

「ユリシア」

「は、はいっ。な、何のお話でしょうか、隊長」

「……今は隊長じゃない。シリウェル・ファンヴァルトとして、君の婚約者として話をしたい」

「あ……はい、シリウェルさま」

 

 肩を落とすユリシアに、シリウェルは例の中傷がユリシアの耳に入っていることを確信した。賢い彼女のことだから、今後どうすることを周囲が求めているのか理解もしているだろう。だが、それはあくまで周囲の願いであってシリウェルのものではない。

 

「……何を落ち込んでいる? いつもの君なら、そういう態度にはならないはずだ」

「っ……」

「君は、以前に俺が言ったことを覚えていないのか?」

「シリウェル様が仰ったこと……」

 

 シリウェルは立ち上がり、ユリシアの側に行く。俯いた様子のユリシアは、シリウェルが側に立っても顔をあげない。以前ならば、直ぐに顔をあげたはずだ。

 制帽を取り、ポンと頭に手を乗せる。

 

「……俺は君以外と婚姻を結ぶつもりはない。俺は君にそう言ったはずだ」

「あ……それは……」

「直接、何かを言われたのか?」

「……その……」

「本当に、お節介な連中がいるもんだな。なら、ユリシア」

 

 一向に顔をあげないユリシアの頬に手を添えて、ゆっくりと上げさせる。漸く視線が合わさったところで、シリウェルは告げた。それが一番手っ取り早い手段だから。

 

「結婚するか」

「え……」

「してしまえば文句の言いようもないだろ。元々急かされてはいたんだ。戦争を言い訳にして伸ばしていたが、それも終わった。なら、問題は特にない」

「え……あう……えっと」

 

 ユリシアは混乱しているのか挙動不審のように視線は動き回っているが、両手を握りしめる形で身体の動きは止められていた。必死に状況を受け入れようとしているのだろうか。それとも、混乱して収集が付かなくなっているのか。恐らくは後者だろう。

 シリウェルは、添えていた手を離して距離を取る。

 

「……返事は?」

「ほ……本当に? いえ……本気なの、ですか?」

「嘘を伝える必要性は感じないが?」

「で、ですが……その……」

「そもそも俺たちは政略な意味で結びついている。現状において、同年代に過去に議員だったものを含め、名家出身の女性が他にいない。誰でもいいというなら話は別だが、そうならないことはわかっているはずだ」

 

 過去に議員だった家系。それはアマルフィもいずれはそうなるだろうということを意図して伝えたのだ。アマルフィ議員がどのような人物だったかは、シリウェルとてわかっている。だから、ユリシアと婚姻することに異論はなかったのだ。それ以上に、そもそも父親のしたことを子どもに関連づけることの方が間違っているのだから、文句を言わせるつもりなどない。

 

「政略……ですか……」

「ユリシア?」

 

 その言葉に、ユリシアは再び顔をうつ向かせる。

 

「シリウェル様は……決められた相手だから、私と結婚する、というのですよね?」

「……そうだ、な」

「私以外でも、政略という形で婚約者を決められれば、それに従うということですか?」

「……」

 

 ここでの返答は是だ。

 己の役割を認識している以上、定められたことには従う。恐らくはそれがユリシアでなくても。だが、ここで彼女が欲しい答えは別だ。

 何を話すのが正しいのか、シリウェルにわかるはずもない。それでもいうことが出来るとすれば……。シリウェルは、言葉を間違えないようにと慎重に切り出した。

 

「……君の言う通り、そうと決められればそれに従う。俺の影響力、血筋を考えれば当然のことだ」

「……なら」

「だが……俺は、君を気に入っている、と思う」

「えっ?」

「君が俺を慕ってくれていることはわかっている。だが俺は……今は、同じ想いを返せない。それでも……出来るなら、傍にいてくれるのはユリシア……君であってほしい」

 

 両親たちのように、ユリシアを想うことはできていないが、それでもこれが今のシリウェルの正直な気持ちだった。

 

「シリウェル様……」

「選ぶのは君だ。……俺の傍は面倒だからな」

 

 同じ隊にいるのだから、それくらいは承知の上だろう。しかし、身内となれば今以上に面倒な相手だと理解している。シリウェルがユリシアを受け入れることはできる。逆は可能かどうか。選ぶとはそういうことだ。

 

「っ……シリウェル様っ!!」

 

 涙を浮かべながら、ユリシアはシリウェルに抱き着いた。離れていた少しの距離がゼロとなる。抑え込んだ気持ちを吐き出すかのように、シリウェルの軍服を握りしめた彼女から、少しずつ声が聞こえてくる。言葉になるのを、シリウェルはじっと待った。

 それはやがて大きな声となって吐き出されていく。

 

「私はっ……相応しくないって……裏切り者の娘だからって……でも……私は、シリウェル様が好きなんです! ずっとずっと昔から、大好きだったんです! だから……だからっ!」

「そうか……」

「傍にいさせてくださいっ! ……たとえ、何があっても……私はずっと、傍に」

 

 髪を梳くようにシリウェルはユリシアの頭を撫でた。

 婚約者となったのは、幼年学校の頃だ。それからずっと、ユリシアはシリウェルを想っていた。シリウェルもそれはわかっている。真っすぐに好意を伝えてくれていた彼女が、その想いを伝えなくなったのは軍人となってからだ。それでも、最近の関りがシリウェルにユリシアとの関係を変えさせてくれた。だからこそ、シリウェルはユリシアに告げることができる。

 

「……なら、答えを聞かせてくれ。俺と、結婚してほしい」

「っ……は、はいっ!」

 

 この部屋に来てからずっと暗い表情をしていたユリシアが、満面の笑みを見せた。

 

 

 



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第40話 変わる関係

短いです・・・


 なだめるようにユリシアを抱き寄せていたシリウェルだったが、あまりこの問題に時間を使うわけにはいかなかった。蔑ろにしているわけではない。他にもしなければいけないことは山ほどあるのだ。

 涙をぬぐうように目元に指を滑らせて、ユリシアの顔を上げさせる。まだ赤いが落ち着いては来たようだ。

 

「……ユリシア、大丈夫か?」

「グスっ……は、はい……申し訳ありません……私」

「別に構わない……それと、これからだが」

「っはい!」

 

 本題に入ると思ったのだろう。パッと体を離して、ユリシアは居住まいをただした。

 

「……俺は直ぐにでも籍を入れても構わない。勿論、君がよければだ」

「す、すぐに、ですか?」

「言ったはずだ。戦争が終わった今、結婚を伸ばす必要はなくなったと。ただ……式は直ぐには無理だ。停戦交渉が終わり、プラントが落ち着くまではな」

 

 停戦交渉にどのくらい時間がかかるかはわからないが、その後にプラント情勢が落ち着くのをみても一年以上はかかる。二年はかからないとみているが、過程次第でどうなるかわからない。立場上、盛大に行う必要があるため、こればかりは先送りとさせてもらうしかないのだ。

 

「……シリウェル様、私は情勢が落ち着いてからでも構いません」

「ユリシア?」

「今は、私事に時間を使っている暇はありませんし……シリウェル様は国防委員長となるのですから」

「だが、それでは君への中傷を止めることはできない。隊の中には、強く反論している者もいるらしいしな……」

 

 ユリシア自身はさほど有名ではない。あくまで、議員を父に持っていることと、シリウェルの婚約者であるということで名前だけが独り歩きしている状態だ。だからこそ、異論を唱えやすいのだろう。

 

「……私は不安だったのかもしれません。他の方々の言う通りではないかと……私がシリウェル様の婚約者だなんて、おこがましいと」

「随分と自己評価が低くないか?」

「シリウェル様と比べれば誰でもそうなります」

「なんだそれは? ……君も十分綺麗だろ?」

「っ!!!」

「どうした?」

 

 己の顔が整っていることなど、当たり前のように理解しているし、今更言われることでもない。だが、ユリシアも昔から可愛い少女だった。今もそれは健在なので、当たり前のように言っただけだった。

 

「……は、初めて、言われました……」

「そう、か?」

「はい……」

「……そうかもしれないな」

 

 思い起こしても誰に対しても伝えたことはない形容詞だ。たかが一言だったが、ユリシアが喜んでいるのなら正解だったのだろう。

 

「……まぁいい。なら、情勢が落ち着き次第にはなるが式を挙げると公表する。文句は俺に伝わるようにしておくしかないか……くだらないことを言う前に、やることがあるはずだがな」

「ありがとうございます、シリウェル様」

「俺が決めたことだ。気にするな」

「……はい」

「……ここでの要件は終わりだ。ひとまずは、艦に戻ってくれ」

「わかりました、ファンヴァルト隊長」

 

 未だに目元が赤いままではあるが、敬礼をしてユリシアは部屋を出て行く。

 結果としては現状維持ではあるが、意識は変わるだろう。何よりも、シリウェル自身が変わったように感じるのは決して気のせいではないはずだ。

 

「……ユリシアの件はこれで終わりだ。次は……これ、か」

 

 再びデスクに向かい合うとPCを立ち上げる。これからしなければならないことは、まず生き残った軍人たちの状況説明と今後の動向についてだ。一人一人と話をするため時間がかかる作業だが、何よりもシリウェルの意気を消沈させたのは一人の人物の参加だった。

 市議会委員の一人で研究者でもあるギルバート・デュランダル。ラウと友人にして、現在のレイの保護者の一人。そして、シリウェルが危険視している人物だった。

 

 

 

 

 



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第41話 隠された事実

 それから数日が過ぎた。

 結婚の表明をしたことで、ユリシアの周囲は少しずつ落ち着いてきたようだ。最も、シリウェルはあの日以降ユリシアと会ってはいないし、艦にも戻れていなかった。屋敷にも戻っていない。

 理由は、最優先とされた軍の再編に向けて動いていたからだ。実際には、問題からの逃避もあるのだろうが……。

 再編には、隊編成を整えつつ、除隊や戦死者の確認などの戦後処理も含んでいた。中でも生死が確認されていない者は、戦死とされることが決まった。一番困ったのは、クライン派として戦っていた彼らのことだった。

 

「バルトフェルト隊、それにアスラン・ザラ……亡命扱いにするか。それとも……」

「生死不明ではありませんが、表向きにはプラントを出たことになっています。ラクス嬢も、ですが……」

 

 国防委員長となったシリウェルの姿は、国防本部にあった。側にはマリクがいる。国防本部異動となったマリクは、シリウェルの部下として今までと同様に動いてくれているのだ。一部隊の副官よりは出世したことにはなるのだろう。

 

「……結果だけを見れば何も犯歴があるわけでもない。ただの出国扱いでも問題はない、か」

「あの戦いについては、我らもザラ議長たちに弓引きましたから、問題ないと私も思います」

「全てはパトリックに、か……随分と死者を愚弄するやり方だな」

 

 プラントが核を保持したのも、大西洋連邦に核が渡ったのも含め、多くの罪状がパトリックに課せられた。真実ではないものもある。だが、それを覆す根拠はない。部下が起こした不始末は、上官が責任を負うと言われれば、ラウが何をしようが責任はパトリックに向かうのだ。

 

「ですが、実際にパトリック・ザラが先導したのですから間違いではないと思います。隊長は、ザラ議長に情状酌量の余地を与えるのですか?」

「……戦争で大切な人を失ったのだ。パトリックが正気ではなかった、と思いたいだけなのかもな。あいつに罪があるのはわかってるさ」

 

 パトリックの背後にはラウがいた。確証はないが、ラウがパトリックを唆したのではないかと、シリウェルは考えている。ブルーコスモスに核を渡したのはラウなのだ。スピットブレイクの情報を彼らに渡していたとしても不思議はない。ラウにとってパトリックは戦火を広げ、良いように動いてくれた駒の一つだったのかもしれない。とすれば、憐れだと思う。だからと言って許されることではないが。

 ラウのことを考えていたためか、無意識に腹部の傷へと手を当てていた。

 

「隊長? まだ怪我が痛むのですか?」

「? ……いや」

 

 未だ包帯が巻かれているため怪我が治っているわけではない。無理に動かなければ痛むこともないはずなので、傷がある場所に触れていたことを不思議に感じたのだろう。と思ったのだが、マリクは眉を寄せて爆弾を落とした。

 

「そう言えば……あの時、隊長は一体誰に襲われたのですか?」

「……」

「ザラ議長側の人間だということですか? 隊長はご存知なのですよね?」

「……もう終わったことだ」

「直接襲われなければあれほどの重傷を負うことはないはずです。隊長の懐に入るような相手……ということは既知の人間なのでしょうが、何故庇うのですか?」

 

 今更ではあるが、あの時は切迫していた状況だったこともあり、言及するものはいなかった。よく考えれば誰にも咎められないことの方があり得ない。

 油断していたのはシリウェルだ。と言っても、ラウがあのような暴挙に出るとは流石に想定外だった。

 

「庇う、か……」

「裏切り者がいたのであれば、周知すべきでした。他にも犠牲が出た可能性もあります。貴方が理解してないはずはありません。それでも伝えないということは、貴方が庇っている以外にありません」

「……なら、俺を捕らえるか?」

 

 マリクが言っていることはそういうことだ。

 

「馬鹿なことを仰らないで下さい。……貴方は、それが他の誰かを襲うとは考えていなかった。違いますか?」

「……」

「……クルーゼ隊長、なのではありませんか?」

 

 既に確信を持ちつつ、確認するようにマリクはシリウェルへ問う。状況を見れば、ラウが一番の容疑者なのだから疑うのは当然だ。

 怪我を負う前後には、シリウェルはラウと共にいたのだから。

 

「隊長……クルーゼ隊長とのヤキンでの戦闘、会話が聞かれていたことはご存知で?」

 

 マリクの言葉にシリウェルは、思わず目を見開く。直前に回線を開いたことは覚えている。しかし、確かに今思い返せばその後何かをした記憶はない。ということは、エターナルには繋がったままだったことになる。

 

「……なるほどな。確かに、通信を切ってはいなかったか……らしくなかったな」

「それだけ隊長の状態が悪かったということでしょう。エターナルが拾っていた会話ですが、艦長と私にのみ伝えられました。だからわかったのです。クルーゼ隊長は、シリウェル隊長を戦場に出さないために、あの時襲ったのだと。黙っていた理由は、相手がクルーゼ隊長なのだからだと」

 

 シリウェルは、溜め息を吐く。そこまで知られているのなら、隠す必要もないのかもしれない。あの時のラウの言葉を思い出せば、想像することなど難しくはないのだ。白旗をあげるしかないだろう。

 

「……そこまでの結論、誰かに話したか?」

「いえ、艦長と私だけです。最も……艦長は、クルーゼ隊長が話した『隊長が世界にされた仕打ち』の方が気になっているようですが」

「……そうか」

 

 たったあれだけの会話を拾い、意味があると考えるレンブラントは勘がいい。プラントの上層部の疑念まで抱かざるを得ない件だ。

 

「既に過去のことだ。気にする必要はない」

「……そんな理由で私たちが納得するとでも?」

「……」

「隊長……」

 

 一歩も引かない。そんな様子がマリクからは見てとれる。調べようとすれば、ある程度の事は知れるだろう。レンブラントならば既に動いている可能性もある。言わずとも、真実に辿り着く。だから、シリウェルが話さないことは、ただの時間の浪費に過ぎない。それもわかっていた。

 

「……俺とラウは……お互いが特別だった」

「隊長?」

「あいつが、俺を刺したのも……世界を巻き込もうとしたのも……理由の一端に、俺はいる」

「それは、どういう──―」

「俺たちにとって、世界は優しくなかった。それが、あいつには許せなかったんだろう。人に欲望によって生み出され、不要だからと捨てられた。だから、人を滅ぼしたかったんだ……俺は、それを知っていた……それだけのことだ」

「……貴方は……貴方も世界を……?」

 

 マリクから呟きのように問われた言葉に、シリウェルは苦笑する。結果として、シリウェルはラウの元へはいかなかった。最後は、助けられた形ではあったが、シリウェルは否定し続けたのだ。ラウと同じ世界を望んでなどはいない。

 

「そうであれば、俺はここにはいない。……俺には、まだ希望があったからな」

「……教えては、くれないんですよね?」

「知る必要がない。今は過去よりも、未来だ。この件はそれ以上追及するな……知らない方が良いこともある」

 

 それだけいうと、シリウェルは立ち上がりそのまま国防本部を後にした。

 

「……貴方の一番側にいて、理解していたのはクルーゼ隊長なのですね」

 

 後ろ姿を見送ったマリクは、1人呟いた。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 国防本部を出て、シリウェルは司令本部の私室へと戻った。軍服の上着を脱ぎ、そのまま仮眠室へと入ると、体をベッドへ投げ出した。

 些か乱暴ではあるが、傷に支障をきたすほどではない。

 

「……」

 

 倒れたまま目を閉じる。思い出すのは先程の会話。ラウもパトリックと同じく、扇動した指揮官の1人として罪状をあげられている。シリウェルを刺したのがラウだとわかったとしても、然程変わりはない。罪が追加されるだけだ。問題は、その理由にある。だから、何も言わなかったのだ。シリウェルにとっては既に終わったこと。蒸し返す必要はない。

 あの様子では、マリクもレンブラントも何かに気がつき、知ろうとしているのだろう。釘を指したとはいえ、効果があるかはわからない。

 

「……無理、だろうな。ラウ……とんだ置き土産をしてくれたものだ」

 

 周りを見ている余裕などなかったのだから、仕方のないこと。それでも、部下たちに余計な情報を与えてしまったことは後悔しか感じていなかった。

 

「……知らなくていいんだよ……あんなことは」

 

 



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第42話 表と裏

 戦争が終結してから一月が経過した。未だ停戦交渉は協議中であり、締結までには至っていない。シリウェル自身に出向いて欲しいという要請も出始めていたが、その前にシリウェルはやらなければならないことがある。

 運動に制限をしなくてよい程度まで回復したことで、プラント国民の前に顔出しをすることになったのだ。こういった見世物的な形で行動することは、久方ぶりだった。戦争中はラクスに多くを任せ、軍に集中していたからだ。だが、カナーバの発言と、今後のことを考えればシリウェルも公務として継続して行わなければならない。

 

「……隊長、会見についててですが」

「何か変更でもあったのか?」

 

 今、この場には国防委員の者たちが集まっていた。マリクもその1人ではあるが、実質シリウェルの右腕であり幹部と見なされている。

 例の件を一方的に遮断してから、マリクは話題を蒸し返すことはしてこなかった。普段通りに動いており、シリウェルとの関係も以前と変わりない。シリウェルの方も何事もなかったかのようにしているため、外から見れば何かがあったことなどわからないだろう。

 

「いえ、そうではありません。ですが本当に大丈夫なのですか?」

「……問題ない。お前は心配をし過ぎだ」

「今までの貴方の行動を振り返れば仕方のないことだと思いますが?」

「はぁ……戦場に出るわけじゃないんだ。無茶など出来ないだろうに」

 

 本格的に動こうとしていることで、治りかけた怪我に負担をかけるのではということを懸念しているのだろう。しかし、傷口は塞がり痛みもなくなった。激しすぎる運動はしない方がいいだろうが、それほど案ずるものではない。とはいえ、戦時中は無理を通した自覚もあるため、シリウェルもマリクの言い分には強く出ることは出来なかった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 アプリリウス市にある広場。そこに舞台は設定され、シリウェルは市民の前に立った。

 愛想笑いは得意ではないため、シリウェルは軍にいるときと変わりない雰囲気でそのままマイクのスイッチを入れた。

 

「……こうして顔を出したのは、血のバレンタイン以来になります。随分とご心配をおかけしました。この場を借りて、感謝と多くの犠牲を出してしまったことへと謝罪を」

 

 そうして一歩下がり胸の辺りに手を当てて目礼をする。

 

「シリウェル様―!」

「お元気そうで良かった……」

「シリウェル様はプラントを守ってくれた。礼を言うのは私たちだ!」

「息子を助けてくれて、ありがとうございますっ!」

 

 口々に発せられる言葉に、シリウェルは集まった人々へと視線を向けることで応える。今回の目的は、シリウェルの姿をみせることと、今後の軍部について報告することだ。個別に掛けられた言葉に反応することはできない。声が収まるのを待って、シリウェルは再び口を開く。

 

「改めてになりますが、今回の件を受けて国防本部委員長に就任することになりました。未だに停戦条約は締結していません。ですが、我々ザフトは今回のような過ちを犯すことのないように、未来を閉じさせないために、これからも私は彼らと共に戦います」

 

 何をどう伝えるべきか。シリウェルは迷っていた。だが、プラントに住む人々には過去を見るよりも、未来へと視点を向けるべきだろう。それが、シリウェルが下した決断だ。

 

「ナチュラルとコーディネーター、どちらも同じ人であり、共に歩むことができるものです。どうか、それを忘れないで下さい」

 

 何よりも、シリウェルから発せられることに意味がある。どちらの血も受け継いでいるからだ。それを知らぬ人々ではない。多くを伝えなくとも理解しているはずだった。

 シーンと静まり返った広場に、シリウェルのこえがとおる。マイクを通さずとも、言葉は届いただろう。

 

「……もう一つ、お願いがあります。どうか戦争で傷付いた人々へ手を差し伸べて頂きたい。貴方は一人ではないのだと、側に寄り添う人がいるのだと伝えてあげてください」

 

 それだけを付け加えて、シリウェルは壇上を降りた。名を呼ぶ声が聞こえては来るが、シリウェルには時間がない。直ぐに本部に戻り、カナーバと付き合わせをしなければならなかった。それが終われば、時間も作れる。屋敷へも戻る時間が出来ると言うわけだ。未だに話ができていないアーシェたちから、これ以上逃げるわけにも行かないだろう。移動中の車内で、シリウェルは重い息を吐いた。運転手を除けば、同乗者は隣に座っているマリクがいる。シリウェルの様子を伺うように、顔を向けてきた。

 

「体調の方は大丈夫ですか? お疲れですか?」

「……いや、問題ない」

「そうですか……」

 

 それ以上何も言うつもりがないことは、わかっているのだろう。マリクは話題を変えてくる。

 

「しかし……流石、隊長ですね。歓迎ムードが凄まじいものでした」

「……」

 

 外に控えていたマリクを初めとする国防本部直属の軍人は、シリウェルの警護を兼ねていた。舞台のすぐ近くに居て、壇上にいたシリウェルよりも人々に近かったと言える。シリウェル以上に、人の声が聞こえたのだろう。

 

「……元々は俺のじゃないがな」

「隊長?」

 

 シリウェルが歓迎される理由。それは、ネビュラ勲章を得たり軍人としての功績が評価されてというだけではない。コロニー設計者であり評議会議員でもあった父は、その容姿とカリスマ性から国民から人気があった。コーディネーターであれば、容姿が優れていることなど当たり前でもあるが、その中でも一際目を引いていたのだ。

 勿論、その一人息子であるシリウェルにも漏れなく受け継がれている。加えて、軍人としても優秀とくれば人々が騒がれない訳がない。要するに、英雄は後付けなのだ。少なくとも、シリウェルはそう思っている。

 それでも、己の言葉に一喜一憂されるというのは、ある意味で恐ろしいと言えるだろう。不用意なことは話せず、責任だけが己に降りかかる。力というのは、責任を伴う。それだけの力が、今のシリウェルにはあるということだ。ラクスが不在であるため、尚強くそれはここにあった。

 

「……本部に戻ればカナーバと会議だ。その後は、屋敷に戻る」

「……貴方は本当に肝心なことは何も言いませんね」

「……」

 

 責めているようではあるが、ラウとのこともありシリウェルは口を閉ざす。話さないのではなく、話す必要がないだけなのだ。だが、マリクが納得しないだろう。

 口を開かないシリウェルに諦めたのか、マリクが溜め息を吐いた。

 

「わかりました。一月ほど戻っていないようですし、それほど本部に詰めていなくても構わないというのに、一体どうしたんです?」

「……私的なことだ」

「もしかして、妹さんと何か?」

「……勘が鋭いな本当に」

「当たり、ですか……」

「アカデミーに入りたいらしい」

「はぁあ!?」

 

 流石にこれにはマリクも驚いたようだ。マリクもアカデミーの卒業生である。その特殊性もよく理解していた。

 

「何でまた、ファンヴァルトの令嬢がそんな……って、こんな時勢だからとも言えますか。なるほど、それで説得されたくないから帰れないということですか……本当に仕方のない人ですね」

「誰が妹をあんな場所に行かせたいと思うんだ……」

「それでも、本人にはきちんと考えがあるんだと思いますよ。貴方の妹だということも含めて」

「……わかっている」

「それなら、ちゃんと話し合うべきです。それが、兄としての貴方の役割でしょう」

 

 アーシェの言い分も聞いた上で、判断しろというのだろう。理解はとっくにしているし、認めなければならないこともわかっている。だからこそ、足が遠退くのだ。

 

 

 

 そうして目的地に到着し、シリウェルは国防本部へと向かおうとするとマリクがその目の前に立ち塞がるように立った。

 

「どうした?」

「言い忘れていました。……クルーゼ隊長とのことも、私は諦めてません。それに、気になることも出来ました」

「マリク、お前──」

「貴方以外にクルーゼ隊長と親しかったという人物、ギルバード・デュランダル……ご存知ですよね?」

 

 突然示された名前に、シリウェルは目を見開いた。まさか、マリクからその名が出るとは思わなかったのだ。

 

「L4コロニーの元研究者。そして、そこには貴方もいた。加えて、ヤキンで戦闘していた地球軍側のMSパイロット。まだ確信はありませんが、無関係ではない、私はそう考えています。貴方も──」

「っ!」

 

 思わずシリウェルはマリクの軍服を掴み、距離を縮めた。そして声を潜める。周囲に聞こえない程度に。

 

「それ以上は言うな……」

「たい、ちょう?」

「……幹部が拘束されたとは言え、残っている者はいるはすだ。調査もするな……いいか、これは命令だ」

「……それは」

「お前が知る必要はない。……事を荒立てるな。伝えておけよ」

 

 バッと手を離すと距離をとり、シリウェルはマリクの横を通り過ぎていく。

 残されたマリクはただ呆然と立ち尽くすだけだった。

 



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第43話 二人の決断

 その日の夜、シリウェルは予定通り屋敷へと帰っていた。予想通り、アーシェとシンの二人から話があると打診され、使用人たちに見守られながら逃げ道はないとシリウェルは承諾するしかなかった。

 

 一月以上前と同じく向かい合ってソファーに座る。違うのは、シンとアーシェの二人の様子だ。シンは、更に芯が通ったかのように落ち着いており、アーシェも不安はあるだろうが、しっかりとシリウェルに視線を合わせてきていた。それだけの覚悟を持ったということなのだろう。

 二人の変化に戸惑っているのはシリウェルだけだった。

 アーシェは、はっきりと意志を告げる。

 

「兄様、私とシンのアカデミー入学を認めてください」

「お願いします、シリウェルさん」

「……」

 

 アーシェはともかく、シンに至っては本当にアカデミーに行きたいのなら、最悪独断でも決めることは出来るのだが、それでもシリウェルの許可を取ってからという姿勢を取っている。アーシェの為であることは、シリウェルにもわかっていた。

 シンがアーシェとシリウェルの緩衝材になるつもりなのだろう。

 

「兄様が反対する理由もわかっているつもりです。私の世界はとても狭くて、温室育ちであることも。アカデミーに入れば、色眼鏡で見られることも。わかっていても、それでもその道に進みたいのです!」

「シリウェルさん、俺もアーシェと変わりありません。オーブで、戦争を知らずにいて、他人事のように考えていました。けど、俺はもう他人事ではいられない。ちゃんと、俺自身の手で守りたいんです! あんな思いは、二度としたくないから」

 

 思いの丈を話す二人をシリウェルは、冷静に見つめていた。

 人殺しをさせたくない、危ない目に合って欲しくない。それはシリウェルが願っていても、破られることもある。戦争とは、そういうものだ。停戦したとはいえ、もう戦争が起きないという保証はない。ブルーコスモスも途絶えたわけではないだろう。

 なら、どうすることが二人にとって最善なのか。判断をするのは、保護者としての役目。戦いを生き抜くために敢えて道を進ませるか。戦いを避けるように己が動けるか。

 そこまで考えて、シリウェルは傲慢な考えに首を横に振った。戦争を避けることは、シリウェル1人で出来ることではないのだから。

 

「シリウェルさん?」

「兄様……?」

 

 突然のシリウェルの様子に、どうしたのかと二人はさっきとはうってかわって不安気な表情をしている。

 

「何でもない。……前にも言ったが、軍人とは直接的もしくは間接的に人を手にかけることになる仕事だ。それはわかった上で、ということか?」

「……はい」

「わかっています」

「……口だけなら何とでも言えるが、ここでそんな問答をしても意味はないか」

 

 現実に人を殺めたこともない二人に、己の手が血で染まる想像など難しい。目の前で見ることと、自ら起こすことは雲泥の差があることも、理解できないだろう。

 そして、これ以上の話し合いは無駄だということだ。二人に意志を変えるつもりはなく、あくまでシリウェルを納得させるための場。どれほどシリウェルが話をしても意思は変わらないのかもしれない。

 

「思えば、俺が志願したときも父上には相当反対されたな……やはり親子ということか」

「……兄様も、反対されたのですか?」

「アカデミーに行くと言われて、喜ぶ親がいたら見てみたいな。大抵は忌避する。ただ……戦争時は兵士の増員が必要だったから、歓迎する者は多かっただろうが、本心では反対したかったはずだ」

 

 思い出すのは、ユリシアの弟であるニコルのことだ。父親であるアマルフィ議員は、アカデミー入学に反対していたが、ニコルの強い希望に折れたと話していた。音楽が好きで争い事を嫌う優しい少年だった彼も、戦う道を選んだのだ。しかもトップエリートととして最前線で戦うほどの強さを得た。それは、ニコル自身が何よりも戦争の終わりを願っていたからだろう。二度とニコルのような犠牲者は出したくはない。

 シリウェルは思い出すように目を閉じ、少し考え込むように腕を組んだ。

 アーシェもシンも、結果が出るのを待っている生徒のように緊張した面持ちでシリウェルの反応を待っていた。

 

「シン」

「は、はいっ」

 

 目を開いたシリウェルがシンを呼ぶと、多少上ずった声でシンが返事をした。

 

「……シンは俺の許可がでなければどうする?」

「え……えっと……出るまで、何度でも粘りたいと思ってます」

「シンだけなら構わないと言ったら?」

「そ、それは……」

 

 シンがどうするのか。シリウェルは、困ったようにアーシェと目を合わせるシンの様子を伺っていた。

 

「俺は……できれば、アーシェと一緒に行きたいと思ってます」

「何故?」

「えっと、上手く言えないかもしれないんですけど……俺はアーシェに感謝してます。だから、今度は俺が力になりたいし、守りたいと思うし……行きたいってアーシェが言うなら何とかしたいって思うから」

「シン……ありがと」

「いや、だってアーシェがいなかったら俺はきっと、ここにはいないし、シリウェルさんにも会えてなくて、オーブを憎んだし……今でもわからない思いはあるけど、それでも違うんだってことはわかったから……その」

 

 説明するのが苦手なのか、感情を整理できていないのかはわからないが、それがシンの本音なのだろう。

 未だにオーブに対しては何か想いがあるらしいが、それでも前に進めている。その理由の根幹にアーシェがいる。そこまで言われてわからないシリウェルではない。

 

「つまり、シンはアーシェと一緒にいたい、ということか?」

「そう、ですね……出来れば、はい」

「念のため聞くが、それがどういう意味を持っているのかわかっているか?」

「どういう意味?」

 

 隣で真っ赤になっているアーシェと、よくわかっていないシン。要するに無自覚ということだ。

 

「お前、鈍いと言われないか?」

「? いえ、特には」

「天然か……」

「あの、シリウェルさん?」

 

 シリウェルも周囲から鈍いと言われたことはあるが、シンほど無自覚に人を口説いてはいないと思っている。

 アーシェは、この様子だとシンに気を許しているようだ。それがどういう結果になるかはわからない。しかし、シリウェルは何となくだが、シンにはどこか既視感を感じていた。ラクスやカガリたちと会った時のような不思議な感覚を。最後の一押しは、シリウェルのそういった勘だ。

 

「……わかった。認める。アーシェ、シン……アカデミーへの入学の手続きを進めるよ」

「兄様っ! ありがとうございます!」

「やったな、アーシェ」

「ありがとう、シン! シンのお陰だよ」

 

 手を取り合って喜ぶ二人に、まるでシリウェルが邪魔になったようだった。様ではなく、まさにお邪魔なのかもしれないが。

 

「覚悟はしておけよ、二人とも。特に、アーシェ」

「……は、はい」

「入ったら俺は何もしてやれない。卒業後も、公私混同は出来ないからそのつもりでいてくれ」

「……わかりました」

 

 今季の入学にはまだ間に合う。しかし今から波乱の予感がするは気のせい出はないだろう。シリウェルは喜ぶ二人を見ながら眉を寄せるのだった。




シンは鈍感です。


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第44話 プラントの闇

 数ヶ月という期間を要して、漸く停戦交渉が無事に締結した。ユニウスセブン条約というものだ。

 

 シリウェルも交渉の場に参画することで、大西洋連邦とはお互いに譲歩することで最終的な条約を決めることができたのだ。元々核エネルギーを使用可能にしたのはプラント側であるため、一度は核を放棄するとしたプラントが核を用いたMSを開発したことの責任を問われ、カナーバはプラント側の条件を通すことが難しくなっていた。そこへシリウェルが現れ、オーブへの戦火やアラスカでの大西洋連邦での行動を非難し、プラント側だけの責任を回避することができたのだ。アラスカでは実際に、シリウェルは暗殺の標的となっており、サイクロプスが起動するその場にいた。Nジャマーキャンセラ―を非人道的行為だというのならば、サイクロプスにてザフト軍や地球軍の多数を虐殺しようとした行為とて、責められるべきものだと。

 この件において引くつもりはなく、連邦側も弁解できずに終局を迎えたのだ。こ

 

「……ファンヴァルト、今回は助かった」

「拘束されていたのだから、多少は仕方ないと思う。俺は、開き直っている連中が頭にきただけだ……」

「ファンヴァルト……」

 

 指揮官として戦場に出ていたシリウェルと、安全な場所にいて戦況をきいていた大西洋連邦の幹部たち。違いが出て当然だ。言葉の重みも全く違う。シリウェルが負けるはずがないのだから。

 

「カナーバは、これで議員を降りるのか?」

「……混乱させたのは我々評議会の罪だろう。引退するべきだとは考えている」

「選挙により選出された場合はどうする?」

「……その時考えるさ」

「わかった」

 

 プラントに戻り、カナーバと別れたシリウェルは、司令本部にある私室へと戻ってきた。

 ユニウスセブンからトンボ帰りに近い形で帰ってきたので、流石に疲労が溜まっているようだ。椅子の背もたれに体重をかけて座り込むと、そっと目を閉じた。

 停戦条約が結ばれたが、どの程度の期間効力を発揮するのか。大西洋連邦の連中の顔を見れば、納得しているような人物はいなかった。なれば、条約は本当にただ結んだもので、いずれは再び戦火を起こすつもりである可能性が高い。ザフト側も、状況に甘んじることなく保険をかけておく必要があるだろう。

 今後についてつらつらと考えていると、ピーと来客を知らせる音が鳴った。パッと目を開け、端末を操作する。

 

「何だ?」

『……隊長、お疲れのところ申し訳ありません。お話があります』

「レンブラントか……わかった。入れ」

『はっ』

 

 扉が開くと、そちらも疲れた様子でレンブラントが入ってきた。少し遅れてマリクも入ってくる。まさか二人が揃っているとは思わずに、わずかに眉を寄せた。

 扉が閉まり、シリウェルの前まで来ると二人は敬礼をする。

 

「まずは……停戦交渉、お疲れ様でした。うまくいったようですね」

「さてな。だが、五分に持ち込んだ。これ以上は難しかっただろう。落としどころはその辺りだ」

「あの状況で、そこまでできれば御の字でしょう。ひとまず、これで戦後処理はひと段落ですね」

 

 細かい人的支援などは残っているが、概ね終了と言えるだろう。落ち着いたわけではないが、宇宙を飛び回るのは避けられる。

 

「こちらのことはいい。それで、話とは何だ?」

「……」

「レンブラント?」

 

 一気に表情を真剣なものへと変えるレンブラントに、シリウェルは留守中に何か問題でもあったのかと不安がよぎる。マリクも複雑そうな顔でシリウェルを見ていた。

 

「おい、何があった?」

「これを」

「これ?」

 

 レンブラントは、一枚のディスクをシリウェルへと手渡す。これを見ろということなのだろう。意図はわからないが、とりあえずPCへとディスクを挿入し中身を確認する。

 画面に映し出された情報をみて、シリウェルは言葉を失った。

 

「っ……」

「ここ数ヶ月……いえ、戦争が終わってから色々と調査をしました。事の発端は、クルーゼと隊長との会話です。申し訳ありません、隊長の指揮官席にあるPCを覗いてしまいました」

 

 画面に表示されているものは、L4コロニーで行われた研究だった。シリウェルもよく知っているものだ。だが、文章などは別物。恐らくは、レンブラントらが資料としてまとめたものなのだろう。

 先へと進めて行けば、研究ノートの写真がつらつらと出てくる。

 

「クルーゼは、クローン体としてそこにいたことがあり、貴方は……その特異遺伝子のために、その場にいたのですね」

「……隊長の情報は、既にブルーコスモスに渡っています。恐らく先の戦いのナチュラルは、何かの形で隊長の因子を与えられたのではないですか?」

「研究を破棄したのは、テルクェス閣下。隊長の父上です。そして、そこの残った研究者としてギルバートがいます。その彼が残したものがこれです」

 

 手が止まったシリウェルから操作を奪い、レンブラントが画面を映す。ギルバートの日記のようなものが残っていたようだ。それが示すものとは。

 

「……上にもまだ誰がいるかわかりません。ですから、隊長にお伝えしようと思いました。お話は以上です。マリク、戻るぞ」

「……わかりました」

 

 シリウェルから何かを聞くでもなく、レンブラントはそのまま部屋を出て行った。マリクもそれを追う。声をかけることもできず、シリウェルはただ画面をじっと見つめていた。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 一方、レンブラントたちはそのままヘルメスへと戻ってきた。国防所属となったマリクは本来なら部外者だが、今回は仕方がないと言えるだろう。本音を言えば、マリクはシリウェルから何かを聞きたかったのだ。それをレンブラントが止めた。内容が内容だけに、外で話すことはできない。だから艦へと戻ってきた。

 

「……艦長、隊長はどうすると思いますか?」

「ギルバートの情報以外は、概ね隊長は知っていたようだ。と言っても、当時……隊長はまだほんの子どもで、理解していても納得できるものではないだろう。いかに優れていても、隊長はまだ十代で、私たちから見れば子どもと言っていい年齢だ。……だが、知らねばならない。国防委員長という肩書を得た隊長にも」

「本当は艦長がどうにかしたかった、と?」

「隊長を守るのは、ファンヴァルト隊の役割だ。誰にも譲らん」

「……なるほど。そこは賛成ですよ。下らないことを考えたお偉いさんには消えてもらいたい、ですから」

「そちらは任せる」

「えぇ、きっちりと払ってもらいます」

 

 頼もしいような黒い笑みを浮かべたマリクを、レンブラントは信頼していると言った風に頷いた。

 

 その後シリウェルが知らないところで、数人の議員や元議員、研究者がプラントから消え去ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第45話 デスティニープラン

 一人きりとなった私室で、シリウェルはPCを閉じた。

 あらかたの情報は見終わったからだ。今後どう行動すべきかを考えさせられる内容だった。これだけの情報を集めるために、どれだけ苦労したことだろうか。

 

「知る必要はない、と言ったんだがな……」

 

 ここまで知られてしまえば、もう巻き込む以外にないだろう。気づかれれば、たとえレンブラントたちでも消されてしまう。その前に、原因を落とさなければならない。

 

「……まさか、ギルバートがこんなことを考えているとはな……もう計画を始めている可能性もある。ならば、俺がすべきことは」

 

 拳を握りしめる。

 ラウとも友人であったギルバートならば、その運命を知っているはずだ。そして、レイのことも。

 

「ギルバート……お前は堕ちたんだな……」

 

 世界を閉じることを決めたギルバートの計画。平和への道。しかし、それを認めるわけにはいかない。出なければ、人々の想いが無駄になってしまうのだから。

 シリウェルは覚悟を決めると、部屋を後にした。急がなければ、取り返しがつかなくなる。彼に、権力を渡してはいけない。シリウェルは足早に先を急いだ。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 その頃、最高評議会では臨時評議会の解散と新評議会の召集が行われていた。臨時だが、議長を兼ねているカナーバがその場に立ち議員達を見回す。

 

「では、これで臨時評議会を解散する。では、新最高評議会議長ギルバート・デュランダル、以後は任せる」

「えぇ、引き受けます」

「……頼むぞ、未来を」

 

 両者が握手を交わし、これで全てが整ったとばかりに、ギルバートは口許に笑みを浮かべた。その時だった。

 突然、評議会の場が騒がしくなる。

 

「……何事だ?」

「ちっ……」

 

 何が起こったのかと驚きを顕にするカナーバと、舌打ちをするギルバート。ざわめきの中で登場したのはシリウェルだ。

 

「ファンヴァルト!?」

「シリウェル様だ」

「だが、何故シリウェル様が?」

「国防委員は本会に関係ないはずだが……」

 

 その通りだ。今回はあくまで最高評議会の召集が目的である。多忙であるシリウェルを気づかってか、参加はしなくとも良かったのだ。戻ってきたばかりなのはカナーバとて同じだが……シリウェルは真っ直ぐにギルバートの元へと歩いていく。

 

「……やぁ、久しぶりになるか。シリウェル」

「ギルバート……」

「何をしに来たのかな?」

 

 柔らかな口調ではあるが、本心では歓迎していないことだとシリウェルにはわかっていた。本音と建前を使い分けるのが上手い男だ。

 

「おいっ、ファンヴァルト!」

「デスティニープラン」

「……」

「お前は本気か?」

 

 柔和な表情がギルバートから一気に消える。この時点でそこまで気がつかれているとは思わなかったのだろう。

 

「人の運命を固定し、人から意志を奪う世界。それは本当に、平和だと人のためだと言えるのか?」

「……何を、言っている? ファンヴァルト? デュランダル?」

 

 混乱しているのは、カナーバだけではない。この場にいる議員達にも、何を話しているのかとどよめきが広がっていく。問われているギルバートは、じっとシリウェルを見ている。そこに含まれた感情は、嫌悪か悔しさか。それとも別のものか。

 

「ふっ……一体何の話だね? 私には」

「かつて俺を研究していたお前だ。遺伝子にも詳しい。運命を呪っているのか知らないが、お前が世界に、人に絶望しようがそんなことはどうでもいい。だが、人から未来を奪うことは、生きる力を奪うも同義。そんな世界で人は生きていけない」

「……」

「……お前を、議長にするわけにはいかない。人の運命は、遺伝子に定められてなどいない」

「ふっ……」

 

 観念したのかわからないが、ギルバートは自嘲するように笑みを浮かべる。そこには、シリウェルに対する怒りも含まれているようだ。

 

「それは君が力あるものだから言えることだ。遺伝子によって決められた世界ならば、本来の場所で才能を発揮できる。不安などない世界。戦争も起きない。それ以上の何があるというのだね? 遺伝子においても、君は上位の存在だ。今よりも世界に相応しい地位に就くことだろう」

「そんなもの、俺は望まない。人生の全てが遺伝子に決められる。そこに遺志はないなら、死んでいるものと変わりない。俺を殺すか、ギルバート」

 

 その言葉に、議会は静まり返る。次のギルバートの答を待っているのだ。

 

「……世界は変わらなければならない。君は、ラウを……レイを可哀想だとは思わないのか?」

「それは彼らに対する侮辱だ」

「なら、君は己を呪わないのか?」

「……だとしても、それは俺だけのものだ。お前にどうにかされるものではない。俺は俺の意志でここにいる。お前を止めるべきだと。レイのためにも……」

 

 ラウを失った今、レイは家族を失ったも同然。シリウェル自身も弟のように思っているレイだ。彼の未来さえも、ギルバートに定められたくはない。レイには、望む未来を進んでほしい。そのためにも、ギルバートの計画は止めなければならないのだ。この場で。

 

「……こうも早く計画が露見するとは思わなかったよ」

「デュランダル、お前は本当に?」

「それが平和のためですよ、カナーバ議長。……シリウェル、君を少し侮っていたようだ。私の協力者が不在となったのも、君の手か?」

「……」

「そうか……私の負け、か……」

 

 諦めたのか、ギルバートは両手を上げて降参の意を示す。この時点でギルバートを拘束する罪などはない。だが、議長という立場を渡すことも出来ない。ではどうするのか。

 

「ファンヴァルト、ギルバートは次の議長だった。それをどうするつもりだ?」

「……今は、ギルバートを議長にするわけにはいかない。世界を閉じる計画は、人から未来を奪う。進めさせる訳にはいかない」

「そうだな……ならば、君が議長となるか?」

 

 拘束する罪はないはずだが、カナーバは衛兵たちにギルバートの拘束を命じた。それだけ、この事実を重んじたということか。

 

「……」

「シリウェル……君の行為は、国防委員を越えている。私の計画を止めさせるというのならば、君はその責任をとってもらいたいものだな」

「俺は……軍のトップだ。政治と軍を一人の人間が掌握してはいけない」

「だが、君はそうはしない。もし、君が誤った道を行くなら、私は今度こそプランを実行する。どんな手を使ってもね……」

 

 それだけを言い残して、ギルバートは連行されていった。まだ諦めてはいない、というようにも取れる。拘束は正しかったのかもしれない。

 

「……ファンヴァルトの懸念も理解できる。なら、議長ではなくとも、政に関わってもらおう。これまで通り」

「カナーバ……」

「暫くは、私が議長を続ける。異論がある者はいるか?」

 

 議員達からも特に反対の声は上がらない。これで、臨時評議会は解散したが、議長は続投という形となった。想定外ではあるが、新評議会はこのメンバーで動かすことになる。

 

「……カナーバ、恩に着る」

「礼など不要だ。それに……ファンヴァルト、君自身もどうやら抱えているものがあるようだ。動ける地位にいた方がいいこともあるだろう」

「……あぁ」

 

 




ギルバートを退場させました。最初に話を考えたときに、これだけはやりたかった展開でしたので、ここまでこれたことに安堵しています。
この先も捏造たっぷりで進みます。見守っていただけると嬉しいです。


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第46話 後始末

 評議会を後にしたシリウェルは、そのまま軍港を抜けてヘルメスへと向かっていた。

 出会う兵たちから挨拶を受けながら、艦へと急ぐ。

 

「あ、隊長!」

「作業中済まないな。レンブラントはいるか?」

「はいっ! 艦長なら中に」

「助かる」

 

 それだけ聞き後ろで何かを言っているのも無視して、艦の中へと入っていく。ブリッジに入れば、数人が作業をしているところだった。戦時中ではないため、巡回をする以外で艦を動かすことはほぼない。ヘルメスが日程に組まれているのはまだ先のこと。だから人数も少ないのだろう。かといって無人にすることはできないが。

 

「シリウェル様!」

「隊長?」

 

 ちょうど話をしていたレンブラントとユリシアの二人が、シリウェルに気が付くと、直ぐに居直り敬礼をする。

 

「すまない、打ち合わせ中だったか?」

「はい。ですが、特に急ぎではありません。隊長は」

「レンブラント、直ぐに俺の部屋に来い。話はそこでする」

「……承知しました。アマルフィ、続きは後だ」

「は、はい」

 

 困惑しているユリシアを残し、シリウェルはレンブラントを伴い艦内にあるシリウェルの部屋へと移動した。最後に使用したのは、随分前ではあるが、定期的に清掃されているため使用するには問題がない。

 二人が部屋に入ると、シリウェルは自席に座り、レンブラントはその前に立った。

 

「……お話とは、先日の件でしょうか?」

「それ以外にないだろう……随分と無茶をしてくれたな」

「差し出がましい真似をしたとはわかっています。隊長に嫌なことを思い出させてしまったとも」

 

 過去の事象を持ち出されていい気分ではなかったのは確かだ。しかし、改めて客観的に己に起こったことを見ることが出来たこともまた事実。非難することが出来るはずもない。

 

「俺はそこまで子どもじゃないが……」

「私から見れば、隊長も十分子どもですよ。それに……当時の貴方は幼すぎた。できれば思い返したくないことだとしても、無理はありません。正直、腸が煮えくり返りそうだったんですがね……」

「レンブラント……」

「まだ落ち着ききっていない今ならば、可能だと思いましたので……色々と」

 

 色々の中には、高官が消息を絶っていることも含まれるのだろう。証拠もないし、そもそもシリウェルが原因なのだから罪に問いたくはない。としても、レンブラントたちの情報がなければギルバートの計画を早期に止めることなどできなかった。双方の事象を鑑みて、相殺扱いとすることはできる。

 

「そうか……結果としてギルバートを拘束できた。レンブラント、感謝する」

「隊長……」

「だが、一歩間違えばお前たちは消されていた。ギルバートが議長となれば、何とでも罪を偽ることもできた。俺の部下だとしても関係がなかっただろう。……もうこれ以上、危険な真似はするな。俺はお前たちを失うわけにはいかない」

 

 ギルバートにどれだけの支持者がいたのかは、これから調査される。あの様子だと、既に色々と仕組みを整えていることは間違いないはずだ。研究内容を破棄し、つながっている協力者たちを見つけなければならない。しかし、シリウェルが間に合わなければ、逆にレンブラントたちが協力者によって消されていた。もう少し危機感を持ってほしいとシリウェルが思っても不思議ではないだろう。

 

「……もしそうだとしても、私たちは止めません。確かに、私は貴方の部下です。ですが、テルクェス閣下とそう変わりません。守られるべきは、我々ではなく貴方なのですよ」

「はぁ? 何を言っている?」

「いい年をした大人が、己の半分にも満たない青年に守られてばかりではいられません。戦闘ならまだしも、そうでないのならこの程度はさせてください」

「レンブラント……」

「せめて年長者としてのプライドくらいは持たせてください。ファンヴァルト隊の者として、貴方に心配をしていただけることは光栄ですが」

 

 ファンヴァルト隊の中でも年長者は艦長であるレンブラントやメカニックを担当している数名が当てはまる。隊内において、シリウェルは年少者の方に分類される。実力主義とはいえ、ここまで隊長と隊員の年齢に差があるのは珍しい。それだけシリウェルの実力が飛びぬけていたということでもあるが、端から見れば新人とそう変わらないシリウェルを上官と認め、指示に従っている彼らがいるからこそ、ファンヴァルト隊は成り立っているのだ。

 レンブラントの言葉に、シリウェルは目を伏せる。指示のみでしか動かない駒は必要としない。レンブラントたちは、己の信条に従って行動し、結果としてプラントの為となっている。シリウェルにとっても、有益なことだった。言うまでもなく、危険なことをしている自覚はあるだろう。生きている時間は、シリウェルよりも長いのだ。わかっていて当然だったが、パトリックたちのような融通の利かない凝り固まった思想を持つ大人たちとばかり接してきたためか、最も身近にいる彼らのことを失念していたようだ。

 

「……すまなかった」

「……」

「俺が一人でできることなど、たかが知れている。わかっていたことだというのに……全てを知ったつもりになっていたよ」

「背負いすぎなのですよ、隊長は。最も現状を最も理解しているのは、隊長だということは変わらないと思います。我々は、貴方の部下です。戦闘時だけでなく、そのことを忘れないでください」

 

 英雄と呼ばれ、ラクスがいない今はプラントの支えとならなければいけないことに加えて、停戦交渉にも駆り出されたことで、多少己の価値を傲慢に感じていたようだ。天才と呼ばれていても、レンブラントたちから見れば、まだまだ大人になり切れていないということなのかもしれない。

 

「覚えておく。……ありがとう」

「えぇ」

「打ち合わせの邪魔をしてすまなかった。アマルフィにも伝えてくれ」

「はい。では、私はこれで失礼します」

 

 いつものように敬礼をして、レンブラントは出て行った。姿が消えて行った扉を見つめながら、シリウェルは顔を手で覆う。

 

「……まだまだ、か。やはり、俺にはまだ……」

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。


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第47話 偽りの歌姫

 プラントで最高評議会が動き出し始め、ようやく平和への道を進もうとしていた矢先に、その知らせは届いた。

 

「ラクスがいる?」

「……恐らくは、影武者のようなものかと思われます」

 

 最高評議会の場に呼び出されたシリウェルは、他の議員たちからの報告に眉を寄せる。ギルバートが拘束されてから、周囲を調査するように命じたカナーバの指導によって、デスティニープランの協力者たちが次々と洗い出され拘束されていった。その拘束されたものの中に、ラクス・クラインがいたというのだ。あり得ない情報に、議員たちもどうしてよいのかわからず、シリウェルを頼ったということだった。

 

「どうする? ファンヴァルト。一応、事情を聞くために別の場所にて拘束はしているが……」

「別の場所?」

「姿を見せるわけにはいかないだろうと思ってな」

「……なるほどな」

 

 不在となった今でもラクスは、プラント国民にとっては平和の象徴の一つとなっている。エターナルに乗り込み、自ら戦争に身を投じ平和を望み続けたその姿勢が、そのまま評価となっているためだ。そんなラクスが、拘束されたものたちと通じていた。もしくは、拘束されるようなことをしたなどと広まれば、評議会への疑念とラクスへの疑念の二つが出てきてしまう。混乱を防ぐための措置だと言える。

 

「わかった。……そのラクス・クラインに会わせてもらおう。構わないか?」

「そうしてくれると助かる。ファンヴァルトならば、真偽についても信用できる」

「その後の彼女の処置は、俺に任せてもらえるということか?」

「構わん。評議会の方でどうこうするよりはいい」

 

 扱いが難しいということだ。何にせよ、まずは問題の人物に会う必要があるだろう。シリウェルは、居場所を教えてもらい、すぐさま彼女に会いに向かった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 指定された場所は、アプリリウス市にあるホテルだった。この最上階に彼女はいるらしい。

 面会にはシリウェルの他にナンナとマリク、そして先日正式に隊長格へと任命されたイザーク・ジュールと副官のディアッカ・エルスマンが同行していた。二人を巻き込んだのは、ヤキンでの戦いにおいてエターナル側に賛同したザフトの人間であり、プラントに残っている人員だったからだ。戦いの真実を知っており、ラクスの事情も理解している二人ならば、先入観を持つことなく対することができるとシリウェルが判断したからだ。最も、この二人への認識は、元クルーゼ隊だったという程度。あとは、ニコルの戦友だったことくらいだった。

 当初、任務を伝えた時の狼狽ぶりを見て人選を間違ったようにも考えたが、ディアッカの対応をみてそのまま続行することに決めた。どうやら、冷静さはディアッカの方が上らしいので、いざというときのストッパーにもなってくれると踏んでいる。

 

「……ここだ。俺が話をする。それまで、誰も声を出すな」

「「「はっ!」」」

 

 返答を聞き、問題ないことを確認すると、シリウェルは室内へと入る。

 そこには衛兵たちに囲まれ、銃を突き付けられたまま涙を見せているピンク色の髪の少女がいた。

 扉の音に反応したのか、全員が一斉にこちらの方を見る。その場にシリウェルがいることに驚いたのか、思わず少女が立ち上がった。許可を得ずに動いた少女を、近くにいた衛兵がゆっくりと座らせる。この間、一言もやり取りはない。衛兵たちも相手の正体がわからずに、戸惑っているようだ。

 

「……君が、ギルバートの協力者か?」

「っ……わ、私は、ラクス・クライ──―」

「俺の前でその名を告げるということは、その覚悟が君にあるということか?」

 

 目を泳がせながらも少女は、己がラクス・クラインだと名乗ろうとする。どうみても、ラクスではない少女だ。幼馴染でもあり妹同然だった少女を間違うはずがない。それ以上に、現時点においてラクスの名は、単なる歌姫以上の意味がある。どのような理由があろうと、名乗らせるわけにはいかなかった。

 シリウェルの言葉に、目を見開き涙目になる少女。そこにあるのは畏れ。それでも、シリウェルが偽るわけにはいかない。

 

「君はラクスじゃない。ラクスならば俺を畏れることなどないし、尚且つこの程度で泣きわめくほど柔ではないからな」

「で、でも」

「ギルバートは拘束され、計画は潰えた。君がそれでもラクスを名乗るというのならば、この場で消させてもらう」

「え……」

 

 最後通告だというように、シリウェルは少女に向けて銃口を向ける。頑なにラクスを騙ろうというのならば、兄として許すことはできないからだ。

 

「これが最後だ。……君は一体何者だ?」

「ど、どうして……だって、あの人はそう名乗ればいいって。悪いようにはしないって……なのに、どうして」

 

 シリウェルの本気に気が付いたのか、少女は混乱したように泣き叫びだす。吐き出される内容から、ギルバートによって用意された駒なのだということはわかった。少女が多少なりとも落ち着くのを待って、シリウェルは銃をしまうと更に少女に近づく。

 

「……ラクス・クラインは、プラントにいない。第一、俺とラクスの関係性を知らないわけはないだろう? 騙せるわけがない。世論を操作しようとも、俺が許容するわけがないだろう」

「シリウェルさま……わ、わたし」

「それが君の仕事、違うか?」

 

 首をゆっくりと縦に振る少女。ラクス不在を利用して、この少女にラクスの偽りの言葉を語らせることで人々の意識を向けさせようとしたのだろう。ということは、ギルバートはシリウェルをプラントから動かせるつもりだったのだろうか。それとも、殺させるつもりだったのか。いずれにしても、シリウェルがこのような茶番を認めるはずがない。

 最も、全てもしもの話であり、今となっては実現することはない。今の問題は、この少女をどうするか、だろう。

 

「その顔は整形でもしたのだろうが……本当の名は? 家族はどうしている?」

「……わ、私は、ミーア。ミーア・キャンベルです……お父さん、とお母さん……あと弟、が一人」

 

 天涯孤独というわけではなく、アイドルを夢見てオーディションなどに参加していたところ、声色が似ていることからスカウトされたのだという。顔を変えることは抵抗があったが、世界を救うためだと言われて有頂天になり、即答してしまったようだ。ラクスの代わりともなれば、歌も歌えるし、ステージにも立てる。ミーアにとっての夢が叶う。そんな甘い言葉に誘われ、深く考えることもなかったという。全てギルバートの策略だ。疑うことを知らず、自分が行う行為がどのようなものかもわからないまま動いた結果が、今だ。

 ミーアは、迷子の子供のようだった。ラクスと似た顔では、家族の元へ返すこともできず、簡単に街を歩くこともできない。アイドルになりたいとしても、ラクスの顔になってしまっては難しい。ミーアはラクスではないのだから。

 

「……ギルバートは、逃げ道をすべてなくして君を利用した、か。本当に、絶望した人間は何をするかわからない」

「あの……わ、私はどうなるんですか?」

 

 ミーアを始め、そこにいた全員がシリウェルを見る。話を聞けば、彼女も被害者の一人だともいえる。利用されただけだ。その代償は大きく、未来の一部を閉ざされてしまったようなもの。自由に動くことはできない。シリウェルはミーアを見て、ため息をつく。

 

「……仕方ない、か。マリク」

「はっ!」

「カナーバに報告だ。ラクスではなく、ギルバートに利用された被害者だったと。彼女の身柄は、俺が預かると」

「……隊長が、ですか?」

「問題があるか?」

「いえ……わかりました」

 

 多少きになることがあるようだが、マリクは承諾すると一旦部屋を出て行く。衛兵たちにもこの場を譲ってもらうために、引き払ってもらった。

 

「ナンナ」

「はい、シリウェル様」

「屋敷に連絡を頼む。そのままお前も屋敷に向かってくれ」

「わかりました」

 

 ファンヴァルト邸に向かうということになる。部屋なども含め、諸々の準備が必要だ。ナンナから連絡がいけば、あとは使用人たちがうまくやってくれる。これでこの場に残ったのは、シリウェル、ミーア、イザークとディアッカだけとなった。

 

「イザーク、ディアッカ」

「「はっ」」

「……君たちに聞きたいが、ミーアはラクスに似ているか?」

「へ……?」

「えっと……似ている、と思いますけど」

 

 呆気に取られているイザークとは違い、困惑しながらもディアッカは答える。ラクスと身近に接したことがある彼らだ。それでも、ラクスに似ていると感じるならば、他の者はそれ以上に本人と間違うほどには感じるだろう。

 

「そうか……」

「シリウェル隊長、その……整形というのは、元の顔に戻せばいいのでは?」

 

 一度整形したのだから、同じく整形をして戻せばいい。それがイザークの提案だ。しかし、シリウェルにその提案は飲むことが出来なかった。

 

「理屈ではそうだ。だが、整形をしてそれほど時が経ったわけじゃない。ということは、今手術をすれば彼女の顔が元に戻るどころか酷くなる可能性の方が高い」

「それでは、このままにする、ということですか?」

「そうなるな」

 

 納得していない様子のイザークは、ミーアを睨みつけていた。シリウェルの言い分も理解はできるが、恐らくラクスに似ていることが許せないのだろう。ディアッカにしても複雑そうな顔をしている。

 

「はぁ……それとミーア」

「は、はい!」

「君には、俺の屋敷でこれから過ごしてもらう。ただ、姓は変えた方がいい。と言ってもファンヴァルトの姓を与えるわけにはいかないからな……誰か使用人のところに養子になってもらう」

「……はい」

「キャンベル夫妻には、君は行方不明になった後、亡くなったということにさせてもらう。これが君に与える処遇だ」

 

 知らなかったとはいえ、ミーアが行ったことは許されることではない。無知であったとしても、己の行動に責任を持ってもらう。ミーアは、その場で泣き崩れてしまったが、シリウェルたちはただ黙ってみているだけだった。

 

 




原作でミーアが死んだ回は泣きました。好きなキャラなので生きていてほしいと思った末の今回のストーリーです。
知らなかったから許されるわけではありませんよね。戦後処理はこれで一区切りです。

次話から新しい章となります。個人的な都合ですが、少し期間を開けてからの投稿とさせてください。
そのため、次回は3月10日になります。

評価・お気に入り登録ありがとうございます!これからもよろしくお願いします。


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第六部 仮初めの平和
第48話 新しい生活


シンが主役です。


 シンとアーシェがアカデミーへ入学してから数週間が経った。慣れない寮生活で、ルームメイトとは未だに打ち明けられてはいないが、目標が出来たことで充実した日々を送っていた。

 

「シンー!」

「アーシェか、どうしたんだ?」

「兄様から手紙が届いたの!」

「シリウェルさんから?」

 

 走って駆け寄ってきたアーシェは手に持っていた紙をシンへと手渡す。寮に入ったため、シリウェルと顔を合わせることはなくなってしまった。シンも端末を持っているので連絡をとることはできるが、向こうは国防委員長だ。多忙な人にシンの方から連絡をするのは憚られる。そのため、入学してからは挨拶も何もできないでいた。

 手渡された手紙をみると、宛先はシンとなっている。不思議に思ってアーシェを見ればもう一通手紙を持っていた。

 

「ん? これは私宛で、そっちはシン宛だよ。ほら、シンの保護者は兄様になっているけど、色々言われたら面倒だからって私経由にしたみたい」

「そっか……気を遣ってくれたんだな」

「兄様だもん」

「あはは」

 

 軍養成学校ということもあり、シリウェルの名前はよく耳にしていた。アカデミー時代でも、優秀な成績だったことから講義でもそれとなく話が上がるのだ。シンにとってシリウェルが目標になるのも当然のことだろう。憧れの部分も大きいが、シンにとってシリウェルはそれだけの存在ではない。恩人でもある。そんな人からの手紙だ。嬉しくないわけがなかった。

 

「ありがと、部屋に戻ってから読んでみる」

「うん。それじゃあ、私は行くね!」

「おう」

 

 用件を済ますとアーシェは再び走り去っていった。

 シンは手元に残った手紙を見る。口許が緩んでしまうのは仕方がないことだった。

 

 講義を終えて寮に戻ると、シンは早速手紙を開く。綺麗な字がそこには並んでいた。

 

『シンへ

 アカデミーの入学おめでとう。直接言えなくて済まなかったな。そろそろ寮生活にはなれたか? 不自由していることがあれば、何でも言ってほしい。アーシェにも伝えてある。

 閉鎖された空間とはいえ、外出も出来る。たまの休暇には、屋敷に帰ってこい。無理はするなよ。

 シリウェル・ファンヴァルト』

 

 何てことない手紙だ。だが、シンは手紙を握りしめた。

 帰ってこい。

 シリウェルにはシンが考えていることなどお見通しだったのかもしれない。だからこそわざわざ手紙で伝えたのだろう。ファンヴァルト邸に、シンの居場所があるということを。

 

「……凄い人だな、シリウェルさんは」

「お前、シェルの知り合いなのか?」

「えっ?」

 

 突然、声をかけてきたのはシンのルームメートだ。最もルームメートとはいえ、会話はほとんどしたことがない。アカデミーの首席入学者で、優等生ではあるが常に一人でいるような変わり者。それがシンが知ってるレイ・ザ・バレルだ。それが、向こうから声をかけてきたのだから驚くのも当然だった。

 

「えっと……」

「答えろ」

「……そんな恐い顔をしなくてもいいだろ? シリウェルさんと知り合いだったらなんだって言うんだ」

「……」

 

 ムスッとした顔を隠さないレイに、シンはため息を吐く。有名人であり英雄とされているシリウェルと関わりがあることで、何か言い掛かりなど向けられることは事前に伝えられていた。だから、レイがシンに向けるものもある程度は理解できる。理不尽だとは思うが、こればかりは仕方がない。ただ、シンとて言われっぱなしではいたくなかった。

 

「お前こそ、シリウェルさんと知り合いなのか? 今までシリウェルさんをシェルなんて呼ぶ人に会ったことないけど……」

「……お前には関係ない」

「ならいちいち突っかかってくるなよ……ったく、ガキじゃないんだ。知り合いくらいいるだろ普通……」

「シェルはガードが硬い。知り合いなんて、軍関係者が多い。お前のような何でもない奴が知り合うことなんて出来ない人なんだ」

 

 饒舌になったレイだが、そこにはシンとは違う世界の人なのだという意味が含まれていた。要するに気に入らないということか。

 

「はぁ……別にいいだろ。全く……俺にとってあの人は恩人だ。俺は……オーブからの避難者だから」

 

 その言葉の意味に気がついたのか、レイは顔色を変えた。戦火に巻き込まれ、故郷を奪われたオーブの避難者は多い。その一人だと理解したのだろう。

 

「オーブ……そう、か。お前も……いや、済まない」

「お前に謝られてもな……」

 

 同情や憐れみはいらない。レイから微かに感じられたのは、まさにそれだ。確かに忘れられない出来事で、悲しみがなくなった訳じゃない。後悔もある。だからこそ、力を手に入れるためにアカデミーに入ったのだから。

 

「……俺も、家族を亡くした」

「えっ?」

 

 ポツリとレイは呟くように漏らす。近くにいたシンには当然聞こえている。

 家族を亡くした。シンと同じく。それはあの戦争でということだ。

 

「俺にとって父のような人をな。……だから、お前の気持ちはわかる、つもりだ。だから……思い出させて悪かった」

「お前も、か……」

 

 この件についてはシンの中である程度気持ちを落ち着けてはいる。思い出すのは、最後に家族で行った旅行やバーベキューでの笑顔だ。それを奪った戦争は許せない。レイも同じ思いなのだろう。

 シンはレイに手を差し出した。

 

「……シン・アスカ」

「何だ? これは」

「ファンヴァルト邸に世話になっているから、シリウェルさんが保護者になってるけどな」

「……俺はレイ・ザ・バレルだ。レイでいい」

「わかった。これから、宜しくな、レイ」

「……あぁ、シン」

 

 これが、後にエースとなる二人が絆を結んだ日だった。

 




原作と違いますが、シンとレイの本当の意味での出会いになります。
時間軸も原作にはないので、主人公以外の視点ということでシン視点をこれからも度々入れていこうと思っています。主人公だけでは、話も繋がらないと思いまして・・・。


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第49話 ミーアの処遇

 朝、ファンヴァルト邸の自室でシリウェルは目覚めた。

 情勢はまだ不安定だが、屋敷に戻る程度には落ち着きを取り戻していた。いつものように、シャツを着て白の軍服を羽織ると、そのまま部屋を出る。向かう先はリビングだ。

 

「おはようございます、シリウェル様」

「あぁ、おはよう」

「「おはようございます!」」

 

 起きる時間はほぼ同じだ。そのため、それに合わせて朝食も準備されている。シリウェルは席につくと、食事を始めた。

 一人ではあるが、この場には少なくない人達がいる。これがシリウェルにとっては日常だが、一般的ではないことは認識している。

 食事を終えた頃、ふと周りを見回すとある人物の姿がないということに気がつく。

 

「……セイバス、ミーアはどうした?」

「はい、只今マナーのレッスンをしております。終わり次第こちらに来るので、もうそろそろだとは思いますが……」

 

 ガチャ。

 タイミング良くリビングの扉が開く。

 

「お、おはようございますっ、シリウェル様」

「……あぁ」

 

 多少緊張しているようだが、そこには困惑した様子のミーアが立っていた。側には、妙齢の女性がいる。

 ラクスと顔が似ていることはもう変えようがない。だが、髪型を変えればある程度の違いは判別できるだろう。年齢もミーアの方が年下であり、性格に至っては全く違うのだ。

 ということで今目の前にいるミーアは、後ろ髪はアップにして編み込み、前髪の分け目は変えている。雰囲気もラクスとは異なるように意図的にしていた。

 

「お待たせ致しました、若様。一通りのマナーは仕込みました。まだ怪しいところはありますが……」

「いや、この短期間にそこまでのものは求めてない。ご苦労だったな、ターナ」

「いえ、義理とは言え孫になるのですからファンヴァルト家に仕える者として当然のことでございます」

 

 厳しい目をミーアに向けている。ファンヴァルト家の使用人として古参の一人でもある彼女に、シリウェルはミーアを任せていた。その身の保護を兼ねて。

 ミーア・キャンベルとしての戸籍はあるため、それを弄るわけにはいかず、ここのミーアはクライン家の遠縁から養子になっている扱いだった。新たな名前は、ミーア・ヴァストガルだ。ラクスと似ている事について、全くの他人の空似とするよりは血縁にした方がいいだろうとの判断だ。過去にファンヴァルト家と懇意にしていて、既に断絶している縁戚で一人になったのを引き取ったことにしてある。

 要するに、ラクスと似ていることに対する言い訳を用意したということだった。

 

「……覚悟は出来ているか、ミーア」

「はっはい……が、頑張ります」

「初日だ。そこまで構える必要はない。あくまで、俺の秘書的な扱いだからな」

「……あの、でもそこまで……本当に」

「隠しておく方が厄介になる。それに、言ったはずだ。君が望むような未来は用意することが出来ない、と」

「それは……わかって、います」

 

 普通にスクールに通って、成人後に普通に就職することは、ミーアには望めない。アイドルになることも、それ以外の道も閉ざされた。しかし、社会に出さないわけにはいかない。ということで、手っ取り早いのがシリウェルの側で仕事をさせることだった。

 ファンヴァルトの使用人としてナンナも専属として軍にいる。だから、国防委員長としての専属にミーアをつけることにしたのだ。ナンナと違い、軍人としての教育を受けていないミーアだ。出来れば、そのような危険を伴う場所に普通の一般人であったミーアを連れていきたくはなかった。

 

「慣れるまでの辛抱だ。食事はとったか?」

「はい、まぁ……少しなら」

「ミーア! はっきりと答えなさいっ。貴方はもう我がヴァストガル家の一員なのです。若様にそのような口のききかたをしてはいけません」

「うぅ……ごめんなさい」

 

 二人のやり取りをみて、シリウェルは苦笑する。別に気にしていないのだが、この場で助け船をだそうものなら、矛先がシリウェルに来ることは間違いない。

 

「ターナ、その辺にしておあげなさい。シリウェル様もそろそろお時間ではないですか?」

「……あぁ、そうだな。あとは頼む。ミーア、行くぞ」

 

 立ち上がり、リビングを出るところでミーアの手を取り引っ張っていく。既に準備は出来ているのだから後は向かうだけだ。

 玄関を出て車に乗り込む。

 

「出してくれ」

「はっ」

 

 指示を出せば、車はそのまま走り出す。

 車内にはナンナはいない。ミーアとシリウェルは二人で後部座席に座っていた。

 

「……このまま本部に向かう。初めての場所だろうが、あまりキョロキョロしないでほしい」

「……わ、かりました」

「これから俺の近くにいることになる。その中で機密に触れる機会もあるだろう。不用意に他の者と話さないようにしてくれ。着いたら俺の側から離れるな。わかったか?」

「っ……はい」

 

 聞く人が聞けば誤解を招きかねない発言だが、ここにいるのは運転手とミーアだけだ。運転手がシリウェルに指摘することなどないし、言われた当人は、顔を真っ赤にして俯いているだけ。ナンナがいれば、シリウェルに注意するところだろうが、残念ながら適任者は不在だった。

 

「? どうかしたか?」

「い、いえ……その、何でも、ありません」

「ならいいが……」

 

 ミーアの様子を不思議に思っているだけで、シリウェルは全く気がつく様子がない。車内から、運転手のため息が漏れていた。

 

 

 一方でミーアの心の中は困惑しどうしだった。

 

(何なのよ~~もうシリウェル様って天然なの? 婚約者いるよね? タラシなの? 狙ってるの? どうしろっていうのよ~~~)

 

 




色々とこじつけていますが、要するにミーアの居場所を作りたかっただけです。


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第50話 国防本部

 目的地へと到着すると、そこには既にナンナが待機していた。

 

「お疲れ様です、シリウェル様。それに、ミーア」

「お、お疲れ、さまです。マイロード、さん」

 

 先に車を降りたミーアがオドオドしつつも挨拶をする。ミーアにとってはナンナも緊張せずにはいられない相手なのかと、思わず苦笑しながらシリウェルも車を降りる。

 

「ご苦労だった。ナンナ、マリクには伝えてあるか?」

「はい。国防本部には通達済みです」

「わかった。……行くぞ」

「はっ」

 

 シリウェルが先に動く。どちらが先に行くのかと、ミーアはナンナにさ迷う視線を向けた。

 

「貴女が先に」

「わ、私?」

「その後に付くから大丈夫。さぁ、早く」

「は……い」

 

 促されるままミーアが足を動かす。本部に到着するまで、多くの人達に頭を下げられ、敬礼をされる。全てはシリウェルに向けられたもの。ミーアは改めてシリウェルの立場を意識せざるを得なかった。

 

 国防本部に到着すると、シリウェルはミーアを紹介する。クライン家の遠縁で一人になったところを保護したと。

 

「今後、俺の秘書として付くことになる。不慣れだが、皆宜しく頼む」

「「「はっ」」」

 

 戦後のゴタゴタで孤児が居てもおかしくはない。それがクライン家関連ならば更に確率としては高い。一時は反逆罪として抹殺対象にもなったのだ。実際に、シーゲル・クラインは国防軍直属によって殺害されている。そこに多少の嘘があろうとも確かめることは既にできない。

 全員に不満の色がなかったことに安堵し、シリウェルはミーアに視線を向けた。

 

「……ミーア、挨拶はできるか?」

「は、はいっ」

 

 シリウェルの隣に立ち、ミーアはファンヴァルト家で学んだように姿勢を正し、顎を引いて真っ直ぐに皆を見た。

 

「ご紹介に預かりました、ミーア・ヴァストガルです。ご縁がありシリウェル様に拾われました。仕事をするのは初めてとなりますので、ご迷惑をお掛けするかと思いますが、どうか宜しくお願いします」

 

 と頭を下げた。

 淀みなくスラスラと話すミーア。本人は必死に取り繕っているのだろう。僅かに肩が震えていた。

 その肩にポンと手を置くと、ミーアは不安そうにシリウェルを見てきた。

 

「……良くできたな」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 午前中の仕事として事務周りを処理していると、通信が入った。評議会からだ。

 

『ファンヴァルト、少しいいか?』

「カナーバ? 何かあったのか?」

『……話がある。来てもらえるか?』

「……わかった。1時間後に行く」

『頼む』

 

 通信を切ると、シリウェルは椅子の背もたれに体を預ける。こうして評議会から呼び出されるのは珍しいことではない。条約が締結されたとはいえ、まだまだ戦後処理としてやるべきことは残っている。仕方ないと言えることだが、本日の予定を変えなければならないため、通達をする手間が出る。

 

「隊長……」

「マリクか。済まない、レンブラントには明日に向かうと伝えてくれ。今日は無理だろうからな」

「はい。それは構いませんが、彼女は?」

「評議会には連れてけないな……」

 

 いくら秘書として付かせるといっても、最高評議会の中までは連れてはいけない。マリクやナンナでさえ、連れ立ったことはないのだ。かといって誰かに頼むのも問題がありそうだった。

 

「ミーア」

「は、はい? 何ですか?」

 

 手元にある資料に集中していたミーアが呼ばれたことで慌てて立ち上がった。

 

「俺は評議会に向かう。流石に連れていくわけにはいかない。マリクの側についてほしい。マリク、構わないか?」

「私は構いませんが……いいんですか?」

 

 マリクとてこの場にずっといるわけではない。これから軍港と工匠に向かう予定があった。そこにミーアを向かわせても良いのかということだ。

 

「評議会よりはいい。それに、事情を知っているお前しか任せられない」

「……それはそうですが」

 

 チラリとマリクはミーアを見る。視線を向けられたミーアはビクッと怯えたような表情を見せた。ミーアはマリクのことを覚えていない。あの時はそれどころではなかったので、シリウェル以外に誰がいたかはわからなかったようだ。だが、マリクの瞳から好意的ではないことを感じ取ったのだろう。

 

「おい、怯えさせるな」

「……すみません。わかりました。隊長が戻るまでは私がみます」

「頼む。ミーアも、いきなりで済まないがマリクと居てくれ」

「あ、え……でも」

 

 心細いのかミーアは視線をさ迷わせる。来たばかりで慣れないのは当然だ。だが、連れていくことはできないことに変わりはない。

 仕方なくシリウェルは、ミーアの頭に手を乗せた。

 

「えっ?」

「……心配することはない。すぐに戻る」

「……は、はい」

「隊長……」

「何だ?」

 

 今度はシリウェルに対しマリクは呆れた視線を向けた。

 ミーアの頭から手を避けて、シリウェルはマリクに向き直った。

 

「誤解をされかねない行動は控えた方が良いと思います。アマルフィが悲しむのでは?」

「……ユリシアが? 何故だ? 関係ないだろ」

「そうですよね、隊長はそういう人ですね……はぁ」

「マリク?」

 

 



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第51話 中立国の要求

 評議会に出向いたシリウェルを迎えたのはカナーバだった。そこには、人の面々もいる。

 

「突然すまなかった、ファンヴァルト」

「力を貸すと言ったのはこちらだ。それで、用件は?」

「あぁ。まずはこれを見てほしい」

 

 議長であるカナーバの隣に座るとモニターが表示される。

 

「まずはこれを見てほしい。今現在の地球での勢力図だ」

「……」

 

 勢力図では、大西洋連邦の要請により半ば強制的に中立から立場を変えることとなった国々が、自治を取り戻したことが反映されている。勿論、オーブもそこに含まれていた。

 

「自治権について、大西洋連邦は条約通りにしたってことか……それで?」

「このうち、スカンジナビア王国とオーブ首長連合国。赤道連合については、プラントに避難してきている人々がいる。これらの人々についての今後の動向について、説明を求められているところだ」

「……取り戻した自治権か。ならば、人手不足からくる人材確保が目的というところか」

「その通りだ」

 

 避難してきている多くはコーディネーター。といってもナチュラルがいないわけではないが、今後国の建て直しを図るためにも必要な力だ。

 それに、避難した人々の状況を知りたいという要求を拒否することはできない。あくまで避難民であり、国籍はそのまま元の国にある。二重国籍になるため、避難民にはこれからプラントに引き続き住むのか、国へ戻るのかを選択してもらう必要がある。

 

「……わかった。皆の意志を確認しておこう」

「忙しいのに済まないな」

「あの時に議員だったのは暫定とはいえ俺だけだ。なら、こちらの役目だからな」

「助かる」

「説明するまでの期限は?」

「半年以内とは言われているが、出来るだけ急いだ方がいいだろう」

 

 簡単に終わる作業ではないことはあちらもわかっているということだ。それでも、なるべく早めに情報がほしいのだろう。

 

「報告に向かうのは俺が良いだろうが、他に同行者は必要か?」

「逆に、ファンヴァルトの方が必要ならば選定する。ファンヴァルトが適任だ。全て任せる」

「……丸投げか」

「ふっ、信頼しているだけだ」

「人使いが荒いな……わかった。俺の方でやる。報告は後でな」

 

 その後、議会や軍の状況について情報交換をし、シリウェルは評議会を後にした。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 一方、マリクはシリウェルから指示された仕事のために、軍港にあるヘルメスへと向かっていた。もちろん、ミーアも一緒だ。

 

「きゃっ」

「手に掴まってください」

 

 無重力空間に入ったことで、ミーアは思うように身体を動かせないでいた。マリクが手を差し出すと、恐る恐るその手をとる。

 

「ごめんなさい……わたし、慣れてなくて」

「一般人が何度も無重力空間に行くことはありません。慣れていなくて当然です。私が誘導しますから、力を抜いていて下さい」

「……はい」

 

 丁寧に接するマリクだが、それはミーアを敬っている訳ではない。むしろ突き放しているようにも感じられる。誰にでも丁寧語ではあるので、周りからみれば不思議ではないが、疑念を抱いているからこその冷たい対応だった。

 

「あの……」

「貴女は黙っていてください。何かあれば隊長に迷惑がかかります」

「……」

「わかりましたか?」

「はい……」

 

 プレッシャーをかけられ、ミーアは頷くしかなかった。

 そのままヘルメスまで向かうと、艦の側にレンブラントたちがいた。打ち合わせをしているようだ。

 マリクが近づくと、レンブラントはこちらに顔を向けた。

 

「艦長」

「どうした、マリク? ん? そっちは誰だ?」

「……隊長からの指示です。評議会の呼び出しがあり、こちらには来れません。明日になると」

 

 シリウェルからの話を一通り伝える。マリクは既にヘルメスの副官ではない。国防本部直属であり、宙域に出ることはほぼなくなった。とはいえ、レンブラントもマリクもシリウェルの部下であることに変わりはない。

 

「わかった。それで、彼女は? 制服は国防文官のようだが?」

「ええ、詳細は隊長から聞いた方がいいと思いますが……ミーア・ヴァストガルです。基本は隊長の側にいるので、これからも会うことになるでしょう」

「隊長の?」

 

 この話に反応したのは、側で聞いていたユリシアだ。レンブラントもチラリとユリシアを見る。ユリシアは首を横に振った。聞かされていない、ということだ。

 

「立場としては、隊長の秘書になります」

「……秘書か。あの方には不要な気もするが、わざわざ用意しなければならない事情があるということだな」

「理解が早くて助かります」

「わかった……」

 

 深くこの場で尋ねることはしないでくれるようだ。ミーアは先に言われた通り、黙ったまま話を聞いており、最後まで話すことはなかった。

 

 去り行く背中を見て、レンブラントはため息を吐く。

 

「アマルフィ……気になるだろうが、大丈夫か?」

「艦長……ありがとうございます。気にならない訳ではありませんが、私的なことではないのだと思います。必要であれば、教えてくれるでしょうから」

「聞き分けが良すぎるのも問題だと思うぞ? 無理はするなよ。隊長は、こういうことには疎い」

「わかっていますよ……」

 

 婚約者であっても、シリウェルと過ごす時間はほとんどない。多忙なシリウェルだ。結婚の約束はしたが、あれ以来二人きりになったことはなかった。不満があるわけではないが、それでも寂しいと思ってしまう。

 秘書ということは、一緒にいられる時間も多いに違いなかった。

 

「……少しだけ、彼女が羨ましいです」

「アマルフィ……」

 



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第52話 新たな艦

 ファンヴァルト邸。

 

 それから二か月後、ようやく情報をまとめた報告書の作成が完了した。

 人数が多いこともあるが、状況次第では交渉の必要も出てくるため、一人一人の意見を聞く必要があったため時間がかかった。あとは実際に各国に伝えに行くだけだが、これが最も面倒な作業だ。

 

「数週間か……ひと月はかからないと思うが」

 

 訪問国には、オーブも含まれていた。

 自室の机に置いてある写真がふと目に入る。そこには、ウズミ、クレア、カガリとシリウェルが写っていた。十年ほど前に撮影した家族写真の一つだ。オーブで撮られたもので父テルクェスとアーシェはその時にはプラントにいたため、共に写ってはいない。オーブにあるアスハ邸での写真だ。まだ幼いカガリは、父であるウズミをよく慕っていた。尊敬もしていただろう。父としても為政者としても。そんなカガリが、今は首長家を背負ってオーブをまとめている。カガリが代表首長になるというのが、概ねの意見だ。首長の中でも最年少だが、恐らく名家であるアスハ家の者だからという意味合いが強い。

 

「カガリ……潰されるなよ。その名に……」

 

 アスハの名を持っていても、シリウェルがオーブに留まることはできない。既にプラントで権力を持っている以上、下手にオーブへ顔を出すことも控えた方がいいだろう。ただの軍人だった時とは違う。今のシリウェルは、ザフト軍のトップだ。オーブの為にできることは以前よりも少なくなっていた。

 しかし万が一、オーブの首脳陣がアスハの名を利用し、カガリを傀儡にでもしようものなら、容赦はしない。コーディネーターだろうと、プラントの者だろうと……シリウェルはアスハであることを止めたわけではないのだから。

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 ザフト軍新造艦であるカーリアンス。ファンヴァルト隊に配属された最新式の艦だ。艦長は、レンブラントとなりヘルメスの艦長は引き継ぎを行った。ヘルメスの武装も艦の能力も申し分ないが、宇宙艦であるため地球上での航行ができない。先の大戦でスピットブレイクから漏れたのもそれが原因だった。このことから、ファンヴァルト隊の母艦とした、双方での運用を可能にする艦が製造されていたのだ。戦争が終わったとはいえ、あくまで表面上のもの。今後、同じようなことが起きないとは言えないのだから。

 

 軍港にてシリウェルはカーリアンスへと乗り込む。ミーアも一緒だ。そして他の者たちもそれに続く。約半数の人員はヘルメスからの馴染みがあるメンバーだった。

 ブリッジにいる者たちについてはほぼ変わらない。だが、地球に降りるという経験はない者が多い。今回は試運転も兼ねての航行となる。

 

 新たな指揮官席にシリウェルは座った。そのやや後方にミーアが座る席が用意されていた。

 

「この艦では、そこがミーアの席だ。部屋は後で案内する」

「はっ、はい」

 

 まだ無重力には慣れてないが、何とか椅子に座った。その様子を見て、シリウェルは艦長であるレンブラントの元へ移動する。

 

「どうだ?」

「はい、問題ありません。直ぐにでも行けます」

「そうか」

 

 周りを見回しても問題ないというように頷きが返ってくる。改めてシリウェルは席につく。

 

「……カーリアンス、発進する」

「はっ」

 

 シリウェルの声で艦が発進する。今回はプラント周辺を回りながら最終的にはカーペンタリアへ向かうのが目的だ。

 針路を確認しながら艦の様子を見る。ヘルメスよりも広いブリッジだが、基本的な機能は大きく変わらない。

 チラリとミーアを横目で見ると、加速の衝撃に驚いたようで座席の肘掛けに力をいれていた。こればかりは慣れてもらうしかない。一般人が使うシャトルとは違い、艦内に重力はない。宇宙空間を移動する場合はこれが普通なのだから。

 

「レンブラント」

「はっ」

「何かあれば知らせてくれ。俺は格納庫の様子を見てくる」

「わかりました」

「あ、あのわたしは……」

 

 シリウェルが移動すると聞いて、不安になったのだろう。ミーアが震えながら声を上げた。それはそうだろう。この場にはマリクはいないし、知り合いの軍人はいないのだから。

 

「そうだな。なら、ミーアも来い。つまらないとは思うが」

「……はいっ!」

「ついでに部屋も案内するか……ユリシア」

「はっ、はい」

「お前も来てくれ……リスティル、構わないか?」

 

 試験的なものとはいえ、ユリシアはCIC担当と管制も担っていた。一人ではないが負担は増える。そのため、片割れであるリスティル・バースに確認をしたのだ。

 

「はっ、構いません。アマルフィ、こちらは任せて隊長と」

「了解しました」

 

 ヘッドマイクを外し、ユリシアもブリッジの出入口に移動する。

 

「ユリシアはミーアを誘導してくれ」

「……わかりました。ミーアさん、お手を」

「えっと、はい。その……お願いします」

 

 そっと差し出したユリシアの手を戸惑いながらもミーアがとる。シリウェルは先にブリッジを出た。直ぐにユリシアもその後を追う。

 

 格納庫の前に部屋を確認する。まずはシリウェルの部屋の前に来る。

 

「俺の部屋はここだ。ミーアは、向こうの方だな。先に行っていてくれ。ユリシア頼む」

「はい。こちらです」

「えっと」

 

 ミーアがユリシアに手を引かれながら更に移動すると、シリウェルの部屋から数部屋離れたところに個室があった。

 部屋を開くと、一士官と同じような広さがある。既に荷物は置かれていた。ミーアのものだ。

 

「ここが……」

「休憩や就寝する時はここで。食事は食堂がありますので、そこで取ります。睡眠も食事も各員が交代で取りますが、ミーアさんはいつでも構わないと思います」

「ユリシア、ミーア」

「隊長?」

 

 シリウェルがミーアの部屋まで来た。自室での用を済ませたので追いかけてきたのだろう。

 

「後でゆっくりと中は見ればいい。先に格納庫に向かう」

「はっ」

「わ、わかりました」

 

 そうして区画を抜けて、格納庫まで移動した。

 ここにはMSも複数機配置されている。中は、メカニックらが忙しなく動いていた。

 シリウェルが来たことに気がつくと、彼らは敬礼をして周囲に集まってくる。

 

「隊長っ!」

「お疲れ様です。ファンヴァルト隊長、もしかして機体ですか?」

「あぁ。調整はどうなっている?」

「もう少しで終わります。動かしますか?」

「……いや、まだいい。こちらでも状態を見たい。中にはいっても構わないか?」

「勿論です」

「案内してくれ」

「こちらです」

 

 そうしてシリウェルはメカニックとその場を離れる。残されたのはユリシアとミーアの二人だ。

 

「……暫くかかりそうですが、ここで待っていましょう」

「……すごい……」

「ミーアさん?」

 

 返事がなく呟かれたようなことばにユリシアは、怪訝そうにミーアを見る。その視線は、MSにあった。

 

「ミーアさんは初めてでしたか?」

「うぇ? あ……えっと、はい……これがモビルスーツ? 何ですよね?」

「はい。幾つか試験的に配置された最新式のもありますが、量産型がメインですね」

 

 まだ十代ではあるがユリシアも多くの戦場を経験している。更にMSの発進シークエンスはユリシアがメインで操作していることもあり、MSには詳しい。無論、ミーアが素人であり軍人ではないことはわかっているため、なるべく個名称や専門用語は避けて話す。それでもミーアには理解できていないだろう。

 

「興味がありますか?」

「その、わたしにはちょっと難しいです……」

「そうですか」

「ユリシア、さんは……軍人さんですよね? その……銃とか使ったりもするんですか?」

「私は軍人ですから……必要ならば銃を取って戦います」

 

 当たり前のことだ。この場にいて軍人でないのはミーアだけ。戦えないミーアを何故連れてきてのか。この点については、シリウェルの考えが知りたいとユリシアは思うのだった。



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第53話 二人の距離

 ユリシアにミーアを任せ、シリウェルは機体内部の座席に座って状態を確認していた。

 この機体は、核エネルギーに代わる新たな動力を使った最新式のもので、シリウェルの愛機のレイフェザーの後継機でもある。武装の強化もされており、大戦時にシリウェルが設計した3機に劣らない性能を持っている。キーボードによるカスタマイズが容易になり、座標を入力することでシールドの広域展開を可能にした。シリウェル以外に扱えなくなるのは当然だった。

 

「……やはりまだ効率が悪いか……」

「動力としては問題ありませんが、攻守の同時は難しいと思われます」

「当然だろうな……なら、次に考えるのは武器の多様化か。あとは、MAとMSのメリットを合わせてみるのも面白そうだな」

 

 今後の課題としては、パイロットにある程度の技量があれば扱える機体であることが必須だろう。個人に限定された機体よりは、複数人の候補がいる方がよい。量産まではいかなくとも、数機は用意できるように。あまりにもかけ離れた技量を持つ者がいるならその限りではないが、現時点では不要な考えだ。

 

「あの、隊長?」

「……あぁ、済まない。俺は一旦部屋に戻る。レンブラントにも伝えてくれ。引き続き、残りを頼む」

「はっ承知しました」

 

 機体を降りると、ユリシアとミーアの元へ戻る。何やら話し込んでいたようだ。

 

「……こちらの用事は終わった。俺は一度部屋に行く。ミーアも部屋に戻って休め」

「は、はい」

「ではミーアさん、手を」

 

 来たときと同様にミーアの手を取ってユリシアが誘導する。

 部屋の前まで来ると、ミーアは部屋の中に入る。

 

「あの、シリウェル様」

「どうした?」

「その……この後私はどうすれば」

「移動中は特にやることはないから、好きに過ごして構わない。移動の仕方は掴めたか?」

 

 誘導しながらもユリシアはミーアに艦内の動き方を教えていた。慣れるまでは上手くいかないだろうが、繰り返していればその内慣れてくる。

 

「えっと、何となくなら」

「そうか……俺の部屋はわかるな?」

「はい」

「何か困るようなら訪ねて来ていい。艦内は広いから、迷子にならないようにな」

「……はい、気を付けます」

 

 そうして中に入るのを確認するとシリウェルは、その場を離れた。向かうのは自室だ。

 

「あの、シリウェル様……」

「ん? どうした、ユリシア?」

 

 ブリッジに向かうでもなくシリウェルの部屋の前で止まったユリシアに、シリウェルは顔を覗き込むように声をかけた。

 

「その……」

「……まぁいい。中に入れ」

「はい……」

 

 シリウェルの部屋は指揮官ということもあり、一人部屋にも関わらず広々としていた。広い机の上にはPCが置いてある。いつも使用しているシリウェルの必須アイテムだ。

 

 居心地が悪そうにしているユリシアを招くとシリウェルはベッドに腰を掛けた。隣にユリシアも座る。

 

「それで、どうかしたのか?」

「……彼女、ミーアさんを艦に乗せたのは、どうしてなのですか?」

「……非戦闘民であるミーアを、か?」

「はい。平和にはなりましたが、危険がないとは言えませんし……万が一何かあったら」

 

 戦えないミーアに、己を守る力はない。ユリシアはそれを言いたいのだろう。いや、口には出さないだけで他の皆も思っているのかもしれない。しかし、ミーアを別行動にすることは出来なかった。

 

「……ミーアはただの一般人ではない。一人にすることはできないんだ。少し面倒な事情がある。……君にも伝えることは出来ない」

「シリウェル様……」

 

 ユリシアは軍人だが、上層部に関わる者ではない。ギルバートの計画も知らされていないので、ミーアのことも知るはずがないのだ。

 

「付き合わせて悪いな。だが、出来れば艦にいる間は君が気にかけてやってほしい」

「私が?」

「……不用意な誤解もされているようだからな」

「えっ……シリウェル様、知って……」

「常にミーアと行動しているんだ。それがどう映っているかわからないほど鈍いつもりはない」

 

 驚くユリシアにシリウェルは苦笑する。

 その件でユリシアが責めてくることはないとわかっているが、恐らくはユリシアは周囲に色々と言われているだろうということも。多忙だとはいえ、ユリシアと共に過ごしていないことも要因としてあるかもしれない。

 

「シリウェル様……」

「不快な思いをさせていたなら……悪かった」

「あ……」

 

 シリウェルなりにユリシアとのことは考えているつもりだった。以前ならばプライベート以外ではアマルフィと呼んでいたが、今はユリシアと名前で呼んでいる。それは周囲に示すためでもあるが、一番はユリシアへの想いがシリウェルの中で変化したからだ。

 そっと、シリウェルはユリシアを抱き寄せる。

 

「シ、シリウェル様っ!?」

「ただの一部隊の指揮官であった頃とは違って、共にいられる時間も減った。以前は、意識しなくてもよかったんだがな……これからは、意図して行動しないといけないらしい」

「……それは、どういうことですか?」

「君と会うための時間を作る。これからはな」

 

 ユリシアは目を大きく開いてシリウェルを見ていた。それはそうだろう。ファンヴァルト隊にユリシアが所属してから、以前まで行っていた食事会もなくなり、顔は見ているし話はするが二人だけで何かをすることはほとんどなかった。任務中のカーペンタリア滞在の時のデートや、出陣前のひと時くらいだ。関係を持ったのも、ニコルが亡くなったことを聞いたその時だけである。接触が少ないことはシリウェル自身わかっていたが、当初はそれでも構わないと考えていた。

 ユリシアの頬に片手を添える。

 

「……こうして君に触れるのは久しぶりだな」

「シリ、ウェルさま……」

 

 ゆっくりと顔を近づけて、シリウェルはユリシアと唇を重ねると、もう片方の手もユリシアの頬に当てた。わずかに唇を離し、吐息がかかる距離で止まる。

 

「ん……」

「……ユリシア」

「シリウェル様……私は、少しだけ……寂しかった、のだと思います」

「そうか……」

 

 決してわがままを言わないユリシアが、初めてシリウェルに伝えたのは「寂しかった」という言葉。そう感じさせた自覚はある。それを埋めるかのように、シリウェルは再びユリシアへとキスを送る。ユリシアもシリウェルの背に手をまわし、二人は暫くそのまま抱き合っていた。

 

 

 

 




土日は投稿をお休みします。次回は、3/18の予定です。


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第54話 オーブへ

 航行は順調に進み、問題が起きることなく予定とおり地球に下り立ちカーペンタリアへと到着することができた。

 現地の歓迎を受けながら、ファンヴァルト隊はひとまずの休息を取ることとなった。

 いつもの部屋へと移動すると、シリウェルはベッドに横になった。慣れているとはいえ、宇宙から地球へと移動をすると疲労を強く感じる。更に、これまで休みがほとんどない状態で仕事をこなしてきたのだ。多少はゆっくりと過ごしたいと思っても仕方ないだろう。

 今回は日程も緩く組んであった。それはシリウェルだけの予定でなく、新造艦であるカーリアンスの性能を確かめる必要もあったからだ。地球上での演習もスケジュールに入れてあるため、その状態も確認しなければならない。

 

「仕方ない、か……」

 

 少し重い身体を起こすと、少し乱れた軍服を正す。

 すると、コンコンと扉が叩かれた。

 立ち上がり扉を開けると、緑の軍服を着たままのユリシアが立っていた。

 

「ユリシア?」

「……シリウェル様、少しお話があるのです」

「どうかしたのか?」

「その、ミーアさんの予定なのですが……彼女をショッピングに連れていくのはいいのでしょうか?」

「ミーアを?」

 

 ミーアの仕事は基本的にシリウェルの側にいて、基本的な事務作業を行うことだ。少しずつ慣れてきたのもあり、簡単な書類整理等は任せている。当初よりはシリウェルから離れて仕事をすることも増えてきたが、自由な時間などはあまり与えていない。

 

「慣れない航行でしたし、気分転換も必要ではないかと……その、私も初めての時は気が滅入ってしまったので」

「そういうものか?」

「駄目でしょうか?」

 

 いまいちユリシアの話には頷くことは出来ないが、シリウェル自身、己の感覚と周囲の感覚がズレているのことには気がついていた。ならば、ユリシアの言うことは正しいのかもしれない。それほど、ミーアの気分が落ちている様には思わないが、シリウェル相手だからという可能性もある。同性同士ならば、シリウェルよりも気兼ねなく接することも出来るだろう。

 

「……わかった。だが、あまり羽目を外し過ぎないように頼む」

「はい! ありがとうございます」

「ミーアのこと、頼んだ」

「お任せ下さいっ!」

 

 笑みを見せて去っていくユリシアの姿をシリウェルは腕を組みながら見守る。艦内では度々会話をしている様子は見ていたが、ここまで親しくなるとは思っていなかったのだ。ミーアの様子を見ている限りでは嫌がってはいないようで、良好な関係を築いている様に見える。それ以外の女性士官とも、挨拶を交わしていたのでそちらも問題はなさそうだった。

 初めてミーアが艦に来た時は、厳しい視線を向けていたことをシリウェルは知っていた。だからこそ、ここまで関係が変化するとは思わなかっただけに、驚きも大きい。

 

「やはり、女性同士の方がミーアには良さそうだな……」

 

 ユリシアに任せることは正解だった。これからもミーアが生活をしていく上で、良い方向になればとシリウェルは思う。人生を狂わされた被害者の一人なのだ。出来れば、明るい未来を与えてやりたいと思っていた。

 

 

 

 翌日から、シリウェルはミーアと数人のファンヴァルト隊の兵たちを連れて中立国を訪問するためにカーペンタリアを出ていた。赤道連合とスカンジナビア王国を回り、最後はオーブだった。

 

 オーブ連合首長国のオノゴロ島にある軍施設の空港へと降り立つ。シャトルから降りたシリウェルを出迎えたのは、オーブの各首長たちだった。見覚えのある者も多い。無論、その中には従妹であるカガリの姿もあった。

 シリウェルは表情を出さずに、軍人としての敬礼ではなく、政府関係者として来たことを示すため軽く目礼をした。

 前に出て、カガリがシリウェルの近くに来る。

 

「……ようこそオーブへ、ファンヴァルト卿」

「遅くなってすまなかった、アスハ代表」

 

 シリウェルが手を差し出すと、カガリもそっと手を握ってくる。だが、その手は微かに震えていた。シリウェルは安心させるように、空いていたもう片方の手でカガリの手を包む。

 

「お、にいさま……」

「……元気そうで良かった。カガリ……」

 

 出来るだけ周囲に聞こえないように二人は声を潜めた。正式なプラント大使としてシリウェルは来た。対応も公のものとして相応しいものが求められるのだ。私的な話は後でゆっくりできる。この場で控えなければならない。

 

「ファンヴァルト卿、遠いところをわざわざありがとうございます」

「……いえ、気遣いは必要ない。各首長殿たちもご苦労だった」

 

 カガリの後ろから口を出したのは、ウナト・ロマ・セイランだった。言葉では歓迎している風を装ってはいるが、目元が笑っていない。そして、シリウェルも彼を良くは思っていなかった。

 この二人の間にある不穏な空気は、他のどの首長たちも介入出来るものではなかったため、そのままの雰囲気が会議室まで続くこととなった。

 

 

 

 会議室では主にシリウェルから現在の避難民の状況を説明することで進められた。各首長たちは、それを聞いた上で今後の方針を決めるとのことだった。

 ひとしきり話終わると、シリウェルは周りを見回す。

 

「以上がプラント側からの報告だ。何か質問等は?」

「……」

 

 隣同士の首長が顔を見合せながら、囁き合っている。プラント側のは報告だけだ。この内容からオーブ側がどう動こうとも、プラントにとっては然して問題ではない。

 後日改めての方が良いかと、この場を切り上げようとした時だった。ウナトが立ち上がったのだ。シリウェルは僅かに眉を寄せる。

 

「……少し確認をさせていただきたいのですが、宜しいですか?」

「……何か?」

「シリウェル様は、オーブには戻られないのですか?」

 

 シーン。

 部屋が静まった。何を言っているのだ、この男は。しかも、呼び方を敢えて変えている。その意味するところがわからないシリウェルではない。しかし、ここでは場違いな発言と言わざるを得ない。

 

「……ここにはプラント側の代表として来ている。そのような話をする場ではない」

「オーブにとってアスハ家の正当な血筋を遺すことは重大な問題。プラントとて無関係ではいられますまい」

 

 シリウェルはカガリ、ウナトと視線を移動させる。顔面蒼白なカガリとは違い、口許に笑みを浮かべるウナトがそこにはいた。

 



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第55話 カガリの想い

 会議室を出た後、シリウェルはカガリと共に行政府の執務室へと来ていた。この場には二人しかいない。

 

「今更だが……久しぶりだな、カガリ」

「シェルお兄様……はい。本当にお久しぶりです」

 

 畏まる必要もなく、誰に遠慮することもなく話をするのはいつぶりだろうか。以前、オーブに来た時はカガリは不在だった。次に会ったのは、ヤキンでの戦いの最中だ。ゆっくり話をすることもなかった。

 

「お兄様、先程はすみませんでした」

「お前が謝ることはない」

「ですが……」

 

 カガリが謝ったのは、ついさきほどのウナトとの会話のことだ。非常識と取られてもおかしくないものだった。だが、ウナトはそれを狙っていたという可能性もある。セイラン家はアスハ家よりも名家としては劣るものの、オーブを共に担ってきた一族でもある。簡単には切り捨てられるような家ではないのだ。

 更に言えば、先程の言い方はカガリがアスハ家の血を引いていないことを暗に伝えていた。必要なのは意志であり、血筋ではないというのがアスハ家の考え方だが、セイラン家では違うらしい。プラント側の人間という立場できたシリウェルに対して、存外にアスハ家の血をオーブに遺さないのかと意見してきたに等しかった。

 カガリにもそれはわかっているのだろう。シリウェルは表情を曇らせるカガリの頭に手を乗せる。

 

「お兄様?」

「オーブの獅子たる伯父上の意志を継ぐのはお前だ、カガリ。その事は、オーブの人々が一番よく知っている」

「……それは、そうかもしれません。ですが、それでも私は……私は……お父様の、本当の子ではない、のです」

「カガリ……」

 

 苦しそうに告げられた言葉。それは真実、カガリがウズミを父として慕っていたからなのだろう。血の繋がっていないのだと知った時、カガリはどれ程悲しんだことか。想像に難くない。この場でカガリはそれを告げようとしたのだろうが、シリウェルには必要ないものだ。

 

「それ以上は言わなくていい」

「え……?」

「お前の本当の両親が誰なのか。そんなことはどうでもいい事だ。俺にとってはな」

「おにいさま……」

「それに……俺は全て知っているんだ。お前のことも、そしてキラ・ヤマトのこともな」

「えっ?」

 

 知っていると告げた時、カガリは驚愕に目を大きくした。それはそうだろう。だが、シリウェルははっきりと伝えなければならない。

 

「知っていても、どうでもいいということだ。俺にとってカガリは従妹であり、それが変わることはない」

「あ……」

「もし、お前がアスハの名を重く感じるなら、離れても構わない。伯父上も、お前を苦しめてまで継いでほしい等とは思っていないだろう」

 

 現時点ではアスハ家の当主はカガリである。戸籍があるとはいえ、シリウェルはプラントの人間だ。それを放棄するつもりはない。しかし、カガリの後ろ楯としてアスハの人間であることを辞めることもしないつもりだ。万が一、カガリが苦しいと言うならばアスハ家の年長者として対応をすることもできる。

 

「わ、たしは……それは」

「捨てることはできない、だろう?」

「はい……私はこの国を守りたいのです。まだまだ力が足りないことはわかっています。辛いと思うこともあります。でも、お父様が守った理念で、オーブをこれからも守っていきたい。そう、思います。例え、お父様と血が繋がらなくても……娘でいられなくても、これだけは変わりません」

「カガリ……そうか。なら、俺はお前を後押しするだけだな。たとえば、セイランから何かを要求されたときのために、な」

「シェルお兄様」

 

 悲しげな表情だったカガリが笑みに変わる。ウズミの子ではないことを知られて、拒絶でもされるかと思ったのだろうか。セイランについては、後々考えなくてはいけないが、先にシリウェルからの用事も済まさせてもらわなければならない。プラント大使としてではなく、個人的な用事を。

 

 カガリとシリウェルは対面する形でソファーに座る。

 

「カガリ、俺から頼みがあるんだが」

「頼み、ですか?」

「あぁ。……ラクスに会わせてほしいんだ」

「!? ……ラクス、に」

「出来ればその辺りも説明が必要だろう。エターナルに乗っていた全員でもいいな」

「その……お兄様、ラクスたちはその……」

「個人的にいくつか話がある。……頼めないか?」

「……わかりました。聞いてみます。場所はどうしますか?」

「……こっちにも会わせたい人がいる。アスハ邸で頼みたい。構わないか?」

「多分ですが、大丈夫だと思います。お兄様には、アスハ邸で滞在してもらう予定でしたし」

「すまないな、助かる」

「いえ……それでは、先に向かっていてください」

 

 カガリは立ち上がると、執務室を出ていった。ラクスらと連絡を取るのだろう。出来れば早めに用件を済ませておきたいが、あちらにも予定があるだろう。その辺りの調整はカガリに任せるしかない。

 

「……俺も戻るか」

 

 ラクスに会わせたい人。即ち、ミーアを連れてこなければならない。カガリに会わせるという意味では、ユリシアも対象だ。二人を連れてくるべく、シリウェルは二人が待機しているだろう場所へと向かった。

 



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第56話 セイラン家の企み

設定の捏造多いです。


 ユリシアとミーアを連れて、シリウェルはアスハ邸へとやって来た。

 

「あの、私たちもいいんですか?」

「あぁ。話はついている」

 

 戸惑った様子のユリシアとミーアを他所に、シリウェルはスタスタとアスハ邸の玄関の扉を開けた。すると、そこには多くの使用人達が動き回っている。扉が開いたことに気付き、一斉に動きを止め一列に並んだ。

 その中の一人、恰幅のいい女性が一歩前に出る。

 

「お待ちしていましたよ、シリウェル様。本当にお元気そうで何よりです!」

「あぁ……心配をかけたみたいだな。もう大丈夫だ」

「ようございました……クレア様も、安心しておられることでしょう」

「マーナ……」

「あ……申し訳ありません。既に準備は出来ております。そちらの方々が、お連れ様ですか?」

「あぁ」

 

 シリウェルがユリシアとミーアをマーナたちの前に出す。

 

「皆は初めてになるな。ユリシア・アマルフィと、ミーア・ヴァストガルだ。ユリシアは俺の婚約者でもある」

「この方が……そうですかそうですか。ええ、承知しました。ではユリシア様はシリウェル様と同じ部屋で宜しいですね? ミーア様は客室にご案内致します」

 

 一瞬ユリシアが「えっ」と声をあげた。聞く形ではあったが、答えまでは求めていなかったようで、気にすることなくマーナは直ぐに使用人たちに指示を出す。並んでいた使用人たちが動き始めた。それを見て頷くと、マーナは改めてユリシアたちの側に寄る。

 

「改めまして、アスハ家のマーナでございます。この屋敷のまとめ役をしておりますので、何かございましたらおっしゃってくださいね」

「あ、ユリシア・アマルフィ、です。その、宜しくお願いします」

「よ、宜しくお願いします。ミーアです……」

「はい、宜しくお願いします。では、まずはお部屋にご案内します。サクヤ、クルル」

「「はい!」」

 

 戸惑いの中のままユリシアとミーアは挨拶をする。マーナは二人の混乱しているのも気づいていないようだ。このような様子には慣れているので、シリウェルは黙ったまま見ていた。

 マーナから名を呼ばれると、二人の侍女が出てくる。二人ともシリウェルのよく知る人物だ。

 

「サクヤ・ハマラです。宜しくお願いしますね」

「クルル・ザムと申します。宜しくお願いします」

 

 サクヤは黒髪黒目で、長い髪の毛は後ろで束ねている。クルルはサクヤよりも短いが同じ黒髪黒目でどちらかというとクルルの方が若々しい雰囲気をしていた。滞在中の世話をしてくれるようだ。

 

「若君も、宜しくお願いしますね」

「……あぁ」

「では、参りましょうか。私たちに着いてきてください」

 

 

 

 まずはミーアを客室へと案内し、クルルがミーアの側にいることになった。

 二人を置いてそのままシリウェルの部屋へと向かう。ついた場所は、アスハ邸に滞在する時はいつも使用している部屋だった。扉を開け中に入る。

 この部屋は客室等ではなく、シリウェルの為に作られた部屋だ。棚には沢山の書物が置いてあり、写真も飾られている。奥にも部屋があり、寝室となっている。

 

「……懐かしいな」

「そうでございますね。最後に滞在されたのは随分と前のように思います」

 

 棚に飾られている写真の前まで近寄り、シリウェルはその内の一つを手に取った。

 家族写真だ。テルクェス、クレア、ウズミの三人とシリウェル、カガリ、アーシェの六人で撮った最後の写真。まだまだカガリもアーシェも子どもで、シリウェルでさえアカデミーを卒業した頃のまだ幼さを残している時だった。

 

「……若様、後程呼びに参ります。ゆっくりとお休み下さい」

「サクヤ……わかった」

「では、私はこれで」

 

 パタンとサクヤが出ていき扉が閉められる。部屋にはユリシアとシリウェルの二人だ。

 普段通りのシリウェルとは違い、ユリシアはどうしてよいかわからないように視線をさ迷わせていた。

 

「どうした、ユリシア?」

「っ!? えっと、その……私、本当に……その……」

「? ……俺と同じ部屋でというのが気になったのか?」

「は、はい」

 

 シリウェル自身は対して気に止めてはいなかったが、ユリシアから見れば予期していなかったのだろう。いくら婚約者とはいえ、こうして同じ部屋で過ごしたことはない。しかし、オーブはシリウェルの故郷の一つであるといえ、気を付けなければならないこともある。故に、ユリシアとは同室の方が都合がいいのだ。

 

「説明していなかったな……悪い」

「いえ、その……私は一緒でも構いませんから」

「そうか……。だが、先に話しておかなければならなかったな。ここ、オーブでのことを」

「え?」

 

 そう言うとシリウェルはユリシアの手を取ってソファーに座らせると、その隣にシリウェルも腰かける。

 

「俺はここオーブではアスハ家の一員として扱われている。アスハ家はオーブの首長家として代々受け継がれている名家で、歴史も古い。他の首長家も似たようなものだが、アスハには及ばない。途絶している家もあるからな」

 

 更に、代々為政者としてオーブを発展、守護してきた。先の戦争でも全面に立って人々を守る姿勢を崩さなかった。そういった意味でもアスハは他の首長家とは一線を画し、国民からも敬われているところがある。言葉だけでなく、その身で示す。だからこそ、他の首長たちもついてくるのだ。

 しかし、一方で己こそが上に立つものだという思いを持つ人たちがいるのも事実だ。世界でのオーブの立ち位置を利用しようとしているもの。即ち、ブルーコスモス寄りの首長家だ。彼らはハーフコーディネーターであるシリウェルをよく思ってはいない。表面上では敬いつつ、その実は疎ましく思っている。セイラン家のウナトのように。

 

「セイラン家はアスハ家との繋がりがほしい。昔からカガリとユウナ、俺とカリナとの縁談を進めようとしていた」

「シリウェル様にも、ですか?」

「カガリは正確には血筋としてアスハ家からは遠い。直系としては、今は俺とホムラ伯父上のところしか残っていないからな。疎ましく思っていようとも、その血は欲しいんだろう」

 

 ユウナはセイラン家の長男、カリナは長女だ。年齢でいえば、二人ともシリウェルより年上だ。カリナはシリウェルの一つ上なので、大した差ではない。まして、カリナも嫌がっているわけではない。ユウナに至っては、利用できれば良いという雰囲気が出ている。とすれば、カガリとの縁談など、認めるわけにはいかない。かといって、シリウェル自身もカリナと結婚するつもりはない。

 

「君にはこちらの事情に巻き込むことになるが、牽制の意味も含めて……俺と君がそういう関係であることを隠すことはしないつもりだ。どこまでカリナに通じるかはわからないが」

「えっと、どういうことですか?」

「……思い込みが激しいんだ、カリナは。君に危害を加えないとは思うが……」

 

 意思表示はしておくことにこしたことはない。滞在中に、この問題を何とか防いでおきたい。それには、ウナトらを牽制できる何かが必要だった。

 



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第57話 対面

 暫く休憩をしたあと、サクヤに呼ばれてシリウェルは広間へとやって来た。そこには、カガリがいる。

 

「お兄様、彼らとの話をしてきました。都合はいつでもよいのですが、場所は別邸でお願いしたいのです」

「アスハのか?」

「はい。彼らは今はそこに住んでいます」

 

 オノゴロ島から程近い小島にそれはある。有名人でもあるラクス・クラインを隠すための処置なのだろう。確かに、アスハ邸よりも人目につかないような場所の方が彼らにとっては過ごしやすいかもしれない。

 

「……そうか。仕方ないな。わかった、行こう」

「良いのですか?」

「人目を避けたいのはこちらも同じなんだ。出来れば、あまり連れて歩きたくはないが、どちらにしても同じことだからな」

「? えっと……」

「2時間後、向こうに行く。そう伝えてくれ」

「わ、わかりました」

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 2時間後、シリウェルはアスハ家の別邸へと来ていた。同行しているのはユリシアとミーアだ。カガリには先に向かってもらっていたので、既に中にいるはずだった。

 ゆっくりと中にはいれば、カリダ・ヤマトが出迎えてくれた。

 

「お待ちしていました、シリウェル様」

「……ヤマト夫人、お久しぶりです。貴女もここに?」

 

 カリダと会うのは実は初めてではなかった。前に一度顔を合わせたことがある。ちょうど、ヤマト家がオーブに移住する時に、両親と共に。その時には夫妻だけで、キラの姿はなかった。対面はそれ以来となる。

 

「はい。少しでもあの子の側についていてあげたかったものですから……」

「……そうですか」

「皆さんお待ちになっていますので、ご案内しますね」

「お願いします」

 

 通された場所はリビングだった。アスハの別邸でもあるので、それなりに広さはある。そこには既にカガリらが揃っていた。

 ラクスの隣にはキラ、カガリ、アスラン。そして、バルトフェルドとマリューの姿がある。

 揃った皆に視線を移しつつ、シリウェルは口を開いた。

 

「……改めてになるが、シリウェル・ファンヴァルトだ。こちらの都合で時間を割いてもらって感謝する」

「シリウェルお兄様……いえ、こちらこそわざわざおいで頂いてありがとうございます。そちらの方々とは初めましてになりますわね。私は、ラクス・クラインです」

 

 ラクスの視線を受け、ミーアが肩を震わせるのをシリウェルは見逃さなかった。しかし、これもミーアには必要な機会だ。

 

「キラ・ヤマトです。シリウェルさん……その」

「わかっている。だが、その話はまた後で話そう」

「……はい。わかりました」

 

 キラが言いかけたことはシリウェルも話すべきだと思っている。しかしながら、ミーアとユリシアの前で話したくはなかった。二人がいない時に、シリウェルから話をしなければならないだろう。

 

「私は、アスラン・ザラです」

「えっ?」

 

 アスランの名に反応したのはユリシアだった。ザラの名にか、アスランの方かはわからない。どちらもユリシアとは無関係ではないのだから。

 アスランも気まずい風に表情を曇らせたので、恐らくはパトリックのことだと感じたのだろう。プラントにいるもので、ザラに反応するのはある意味で当然のことだった。

 

「すみません……」

「いえ……」

「ふぅ、なら次は俺だな。アンドリュー・バルトフェルドだ。この中では最年長かな」

「……私は、マリュー・ラミアス。この中で異質なのは私の方かもしれないわね。アークエンジェルの艦長をしていたわ」

「アークエンジェル……なるほど、貴女が」

 

 不沈艦の異名を持つ地球軍の艦だ。ザフトにとって、多くの兵士の命を奪うことになった原因の一つでもある。

 既に過去のことで、この場で改めて伝えることではない。シリウェルも、マリューに特別何かを言えるわけではない。敵だったのはお互い様で、戦争の中でのこと。この場ではないのだから。

 相手側の挨拶の次はこちらだ。ユリシアに目配せをする。

 

「……初めまして。私は、ザフト軍ファンヴァルト隊所属のユリシア・アマルフィです」

「アマルフィ……? まさか、ニコルの……」

「ニコルは、弟、です」

「あ……」

 

 ニコルという名を聞き、驚きに目を開くのはキラとアスランだった。事情を知っているのか、ラクスもカガリも心なしか暗い表情をしている。勿論、シリウェルもどうしてそういうような顔をしているのか理解していた。

 

「……顔をあげてほしい。戦争の中で起きたことに対して、個人を恨むのは筋違いだ。ユリシアもそれは理解している」

「はい。勿論です。あの子の事を覚えていてくれたこと。それだけで十分ですから……」

 

 ユリシアはキラたちに微笑む。それは本心でのユリシアの想いなのだろう。戦争で亡くなった人は多い。それでも、その他大勢ではなくニコル個人を覚えていてくれた。忘れないでいてくれたことが、嬉しかったのだ。

 

「ユリシア・アマルフィって、お兄様の婚約者ですか?」

「あぁ、そうだ。カガリは会ったことなかったな」

「私もお会いしたことはありませんわ。ユリシアさん、宜しくお願いします」

「はい。こちらこそ宜しくお願いします、カガリ様、ラクス様」

「……あとは、ミーア。君の番だ」

「あ、はい……わ、私は……ミーア・ヴァストガル、です」

 

 この中で誰よりも緊張をし、常に動揺をしていてのがミーアだ。そして、一番の問題も彼女だった。

 

「ミーア、髪をほどいてほしい。そうすればよりわかるだろう」

「え……は、い」

 

 シリウェルに言われ、恐る恐るミーアは編み込んでいた髪をほどき、下ろす。そこに表れた容姿に、シリウェルを除く全員が息を飲んだ。

 

「おいおい、これはどういうことだファンヴァルト」

「見ての通りだ。ミーアは、ラクスの顔を持っている。いや、持たされたというべきか」

「お兄様、それは意図的にということですか。私の立場を利用するために」

 

 流石にラクスは理解が早い。己の立ち位置がどれ程の力を持っているのか。ラクス本人ではなく、ミーアをその位置に置こうとした者がいることを。

 シリウェルは頷き、ギルバートの計画を伝えた。

 既に破綻しており、当人も拘束されている。しかし、万が一ということがないとは限らない。ミーアは背格好が似ていたが、一番の武器はその声だ。本人を前にしてもよく似ている。ラクスの姿を使ってミーアに語らせれば、多くの人々はラクスが話をしていると思うだろう。

 

「似ていることはもう仕方がない。だから、俺が保護した」

「しかし、お兄様。ヴァストガルとは、ファンヴァルト家の?」

「そうだ。ターナーの所の戸籍を持たせた。元のミーアは消息不明から死亡とされている」

「それでは、ミーアさんは……」

 

 親兄弟とは他人となり、家族の元へは帰れないということだ。話を知らなかったユリシアも表情を曇らせている。ミーアの事情は普通ではないとシリウェルから話はあったが、ここまでとは思わなかったのだろう。

 

「……本人は納得の上なのか?」

「こうしなければ、ミーアは処罰されていた」

「何故ですか? 聞いた限りでは、彼女は被害者では?」

 

 アスランまでもが食いつく。だが、シリウェルは頭を振った。

 

「ラクス・クラインは、既にプラントでは只の歌姫ではない。その名を騙ることは、その言葉に責任を持たなければならないんだ。言葉さえも武器となる。保護しなければ、誰かがミーアをラクスに仕立て世論を操ることもあり得た。だからこそ、似ている別人にする必要があった」

「なるほどな……言葉は武器、ね。お前と同じく、か?」

「……そうだ。俺も、単なる軍人ではない。言葉と行動は、俺だけのものではないからな……」

 

 不用意なことは、言えない。誰が耳にしているかわからないからだ。責任を伴うのはシリウェルもラクスも変わらない。

 

「シリウェルお兄様……」

「ラクス、お前にはキツイ現実を突きつけるようだが、これが今のプラントだ。だから、お前にはミーアの存在を知る必要がある。歌姫としてクライン派を動かした者として、お前が使った力の代償がこれだ」

「シェルお兄様っ、ラクスは──」

「カガリさん、良いのです」

「けど……」

「……お兄様、ご面倒をおかけしてすみませんでした。そして、ありがとうございます。ミーアさんを保護してくださって」

 

 らはシリウェルに頭を下げると、ミーアの元へと歩み寄った。

 

「ラ、ラクスさま……?」

「ミーアさん、ごめんなさい。私の責任ですわ。謝ってもどうにもならないことではありますが……」

「い、いえっ! 私が深く考えずにあの人たちについていってしまったからで……私が馬鹿だったから……シリウェル様にも迷惑かけて……ごめんなさいっ」

「ミーアさん」

「ちゃんと、謝りたかったんです。私、ラクス様に憧れてて……ラクス様になりたくて……なんて馬鹿なことをしちゃったんだろうって」

「……そうでしたか。ありがとうございます。それほどまでに、想ってくださって。とても嬉しいですわ」

「ラクス様……ラクスさまぁぁ」

 

 泣き崩れるミーアをラクスはそっと抱き寄せる。同じような顔の二人だが、よく見れば違いはあった。感情のままにくるくると表情を変えるミーアと、感情を抑え激情に駆られないように常に己を律し周囲を気遣うラクス。ミーアが泣き止むまで、ラクスはずっと側に寄り添っていた。

 

 

 



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第58話 プラントの現状

 泣き疲れたミーアは眠ってしまったので、ユリシアが付き添ってベッドで休ませてもらうことになった。

 

「ラクス、大丈夫?」

「キラ……。はい、ありがとうございます。私は大丈夫ですわ」

 

 ラクスを気遣うキラ。彼はラクスが安心していられる相手なのだろう。以前のラクスにはない様子だった。ラクスはシリウェルにとっては妹同然だが、ずっと共にいたわけではない。知らない表情があって当然だろう。

 二人の様子をじっと見ていると、バルトフェルドが側に来る。

 

「気になるのか?」

「……兄代わりとしては気にならないといえば嘘になるな」

「ラクスはキラと恋人だ。……元の婚約は破棄されているんだろう?」

「あぁ。書類上はそうだ。だから、誰と結婚しようが問題はないが……」

 

 恋人同士。その言葉にシリウェルは複雑な想いを抱いた。プラントにおいて、恋人という関係は未来がないことが多い。かつてのギルバートも計画を練った起因の一つが、恋人との別れだったらしい。純粋に恋愛を楽しむようなことは、プラントではほぼ無理なことだ。

 

「お前も、アマルフィとは似たようなものだろ?」

「いや、俺たちは……」

「ん? そういや、お前さんはそういう方面には疎かったな」

「……どういう意味だ?」

「こっちの話さ」

 

 茶化している風だが、バルトフェルドの言葉に身に覚えがあるのも事実だ。否定できる要素はない。ため息をつきながら、シリウェルは用意された紅茶に手を付ける。

 

「それはともかく、ファンヴァルト。お前からの話は他にもあるんだろ?」

「あぁ……今の方がいいか。隠すことでもないが、事情が事情だからな」

 

 ここで話すべきことは、現在の彼らの処遇についてだった。

 第二次ヤキン・ドゥーエでの戦いにおいて、アスランとバルトフェルド、エターナルと共に出港していったクライン派に所属している軍人は、現在亡命扱いになっている。ラクスも当然、その中に含まれていた。

 しかし特例として、今後プラントに入国することは可能であり、別人を偽る必要はない。戦時中は反逆罪とされていたが、それは覆されている。逆に彼らの行動は軍内部でも評価され、権力に屈することなく平和への道を作るために意志を貫いた戦士として、英雄の近い扱いだ。

 

「カナーバ議長を始め、現最高評議会でも既に承認されていることだ。もし、プラントに戻りたいと望むのなら便宜は図る、と伝言を預かっている。尤も、戻れば否応なしに舞台へと上げられるだろうがな」

「それは……どういうことですか?」

 

 キラの疑問に答えたのはシリウェルではなく、隣にいたアスランだった。

 

「……俺たちは、望む望まないに関わらず軍に所属し英雄的行動を求められる、ということだろう」

「アスラン……」

 

 既に名声を得ている。ならばそれに相応しいとされる場所を用意され、それを求められる。シリウェルも異論は唱えない。それは、まさに現段階でシリウェルが置かれている状況そのものだからだ。

 

「シェルお兄様も、ですか?」

「……こうなることはわかっていた。その上で行動した結果だ。今の俺は、国防委員長という肩書だが評議会への口出しも許可されている。本来ならばあり得ない状況だ」

「ファンヴァルトの発言権が増している、か。だが、プラント国民は何とも思わんだろう。お前さんは前々から英雄だからな」

「一人の人間に権力が集中するのは良くないが……現状ではそうせざるを得ないことは理解している。その責任も。俺の言動でプラントが動いてしまうことも、な」

「私がいなくなったせいで、お兄様への負担が大きくなってしまったのですね……」

「こうなることがわかっていて、お前が動くことを止めなかった。逆に、お前に情報を与えたのは俺だ。だから、ラクスが気にすることじゃない」

 

 動くために必要な力を与えたのはシリウェル。きっかけの一つになったことは間違いないはずだ。だから、気に留めることではない。

 

「なら、ファンヴァルト。お前は、俺たちに暫くは戻るなと言いたいのか?」

「そうだな。無理強いはしないが、少し落ち着いた状況の方がいいだろう。今は、影響が大きい」

 

 ほとぼりが冷めてからなら、プラントの状況も変わっているだろう。騒ぎになることは間違いないが、少しでも影響を減らせればそれに越したことはない。

 

「わかりました。……状況を教えてくださってありがとうございます」

「アスラン、いいのか?」

「あぁ。あんな風にプラントを飛び出したからな。元々、戻るつもりはなかった」

「けど……」

「いいんだ。これで……俺も、まだ整理が付かないこともある」

「アスラン……」

 

 アスランに寄り添うカガリ。こちらも先ほどのキラとラクスに似たような雰囲気を持っている。どうやら、そういうことのようだ。カガリはナチュラルで、アスランはコーディネーター。この関係がどうなるかは、オーブの状況にもよるだろう。カガリは代表首長なのだから。

 

「俺の方も、暫くはこちらにいることにするかね。急いで戻る必要もない」

「バルトフェルド……わかった。好きにするといい。戻ってきたら、容赦はしないがな。ラクス、お前はどうする? できれば、お前には暫くここにいてほしいと思うが……」

「……はい。私は……」

 

 少しだけ迷いを見せるラクス。これまでプラントで果たしてきた行動への責任があるのだろう。更にはミーアのような存在も出てきたのだ。ラクス自身は地位を望んではいないが、またミーアのような被害者が出ないとは限らない。その懸念を切るためには、ラクスがプラントに戻った方がいい。

 

「……ラクス。一つだけ言っておく」

「お兄様?」

「お前はシーゲルの娘のラクス・クライン。それ以下でもそれ以上でもない。だが、忘れるなよ。お前は軍人でも為政者でもない。本来ならばその肩書に責任など存在しない」

「……それは、そうかもしれませんが……」

 

 ラクスは平和を願った。お互いを滅ぼすだけの世界を嫌った。だから願いを同じにする者と手を取り、戦った。それだけだ。行動したからには責任を。尤もな意見だが、一人の少女にそれを押し付ける方が間違っているとシリウェルは思っている。その立場に自分が置かれているからこそ尚更だ。広い視野と洞察力を持っているラクスだが、彼女もまた戦争の中で父を失っている。家族を失って傷ついていないわけがない。更に、政治を任せようなどと、無責任なのは大人の方だろう。

 

「お前がそれを望むのなら構わない。だが、その意志がついてこないのならば今戻っても意味がない」

「お兄様……」

「今最もラクスが望んでいることはなんだ?」

「……私は」

 

 ちらりとラクスはキラを見る。シリウェルとて察しが悪いわけではない。ラクスが彼と共にいることを望むのならば、それを叶えたいと思う。

 

「キラと共に過ごしたいのならそうすればいい。俺は……お前には幸せになってもらいたいからな。シーゲルもそれを望んでいるだろう」

「……お兄様、ありがとうございます」

 

 ラクスも残ることを決意した。これで、シリウェルから話したいことは終わった。

 

 

 




土日の投稿はお休みします。
次回は、3/25の予定です。


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第59話 コロニーメンデル

更に捏造してます。


「俺からの報告は以上だ。他に聞いておきたいことがあれば答えるが……何かあるか?」

 

 オーブに滞在しているとはいえ、別邸まで来れる機会はそう多くはない。こうして彼らと顔を合わせて話せるのも、次はいつになるかわからない。話があるならこの場で片付けておくべきだろう。

 

「……それなら、シェルお兄様。私から良いですか?」

「カガリ?」

「お兄様は、私がお父様の娘でないことをご存知でした。その……一体いつから、なのですか?」

「……」

 

 まさか、この質問が先に来るとは思わなかったので、シリウェルは驚きに目を見開く。いつからなどとどうでも良いことだとは思うが、カガリにとってはそうではないのか。もしくは、別の事が気になるのか。

 

「理由を聞くのは野暮か……そうだな。俺が話さなければならない事とも無関係ではない、か」

「え?」

「……特にキラ、君には話しておくべき事だろうから」

「僕、にですか?」

「あぁ」

 

 最後のラウとキラの会話から判断するに、お互いに己がどういった存在なのかを知っている風だった。そして、恐らくはラウの最期を見たのもキラだろう。

 カガリの質問に答える範囲を越えているだろうが、知りたいのなら話すつもりではあったので問題はない。

 

「……どこから話すべきかな」

「ファンヴァルトは、キラの事も知っていたのか?」

「バルトフェルド……あぁ、知っていた。キラが、カガリの双子の兄であることも。二人の両親がヒビキ博士夫婦であることもな」

「お、にいさま……それは」

「いつから知っていたか、だったか……いうなら、最初から、と言うのが正しいな」

「え……?」

 

 何を言っているのか。全員の表情がそう物語っている。しかし、それは嘘でも誇張でもなくシリウェルにとっての真実だ。

 

「……俺は記憶力がいいんだ。生まれつきな。二人が生まれた時の事も覚えているよ……メンデルが襲撃されたことも」

 

 全てを知ったのは、もう少し成長してからだったが、確かに覚えていた。人工子宮と呼ばれる機械から生まれたキラと母体から生まれたカガリ。だが、直ぐにメンデルはブルーコスモスに襲撃され機械も破壊され、沢山の研究者たちも瞬く間に殺害されていった。シリウェルが見たのは、己が逃げるまでの事。父テルクェスが助けに来たことで、シリウェルは難を逃れた。

 

「メンデルが廃棄されたのは、事故じゃない。だが、これを公表することも出来なかった。当時のブルーコスモスは、それほどに世界に影響力を持っていたんだ」

「なるほどな……言うなればお前さんは生き証人か」

「たかだか2歳程度の子どもだがな……」

 

 父がどれ程の権力者だとしても、自我が芽生えたかどうかすらわからない段階の子どもの記憶など、証言にもならないだろう。ここまで月日が経ってしまったのだ。全ては今更のこと。

 

「じゃあ、お兄様は最初から……全て?」

「そうだ。初めてお前に会ったときは驚いたよ。あの時の片割れが従妹になるとは思わなかったからな」

「……僕のことも、ですか?」

 

 これまで黙っていたキラが問う。キラのことを知ったのは最初だが、彼があの時の子どもだと知ったのはいつだったか。

 

「……ヤマト夫妻に引き取られたことは聞いていた。だが、君がパイロットだと知ったのは君と顔を合わせたあの時だ」

「え……?」

「恐らく、ラウは知っていたんだろう。意図して俺には伝えなかったんだな。キラの名前を聞けば、俺が思い出すとでも思ったんだろう……余計な世話だ」

 

 今は亡き友人を思い出し、シリウェルは自嘲気味に笑った。

 

「あの……ファンヴァルト隊長はその、クルーゼ隊長と?」

「? ……あぁ、お前はクルーゼ隊だったか。そうだ……ラウとは友人だった。俺たちは似た者同士だったから」

「……シリウェルお兄様」

「キラが人の夢で生まれたのなら、ラウたちは人の欲から生まれた存在だった。だが、結局はどちらも人の願いによって生まれた希望だ。ラウは認めないだろうけどな……」

「人の願い……」

 

 無意識なのかキラは、シリウェルの言葉を繰り返した。

 ラウの話に驚かないということは、どういう風にラウが生まれたか知っていたのだろう。或いは、どこかでラウからもたらされたか。

 

「キラ、君はラウに会ったのか?」

「っ……は、い。コロニーメンデルで……」

「メンデル……そうか。そこに行ったのか……」

 

 L4には未だに廃棄された当時のまま、ことはが残されている。不穏な集団が根城にしたこともあるが、現在は無人となっている。

 

「……何か残っていたのか?」

「……」

「そう、か」

 

 無言は肯定だろう。ラクスたちは首を横に振っていた。見たのはキラだけで、ラクスらは話を断片的に聞いただけだという。なら、彼の話をしておいた方がいいだろう。何故、ラウが世界を壊そうとしたのか。

 

「……ラウは、クローンだった。それでも必要とされてたんだよ……あることが判明するまではな。クローン体だったラウは、生まれつきテロメアが短く長くは生きられない。元となった人間の遺伝子通りの寿命の分だけしかなかった。……それがわかった時、ラウは捨てられた」

「そんな……」

「……だから、ラウは元となった人間を殺したんだ」

 

 正確には火事を起こして、その家族を壊した。元の人間は死に絶え、ラウはそこから逃げたのだ。

 

「……アル・ダ・フラガ、ね」

「……貴女は知っていたのか?」

「……ムウ……彼から聞いたわ。メンデルから戻ったときに。彼の、父のクローンだと」

 

 マリューが口を開く。悲しげに紡ぐムウの名。名前だけならばシリウェルも知っている。この場にいないということは、戦死したということだろう。ニコルと同じく。

 

「ラウと彼は血の繋がりだけでいえば親子だった。アルダは富豪だったからな。メンデルの研究者たちは研究費用が必要であり、アルダはその援助者だが……実際にはそれを盾に違法クローンを強要した……強欲な人物だったらしい。俺も、ラウから聞いただけだからな、真相はわからない」

「……ムウも言ってたわ。傲慢で、強欲だったって。そんな父親が嫌だって。彼は世界を憎んでた……でも、だからって世界を巻き込む理由にはならない」

「……マリューさん」

 

 その通りだろう。理不尽な生き方を強要されることなど、珍しくはない。どのような生まれであろうとも、他者を害する理由にしてはいけない。道徳的にはマリューの言うことは正しい。しかし、感情がそれを認めなかっただけだ。ああ見えて、ラウは激情家だった。世界を憎む理由には、シリウェルとそしてレイも関わっている。そのことで人間を見限ったラウには、世界は守るものではなくなった。勝手にそう決めて、勝手に行っただけだ。

 最後にはシリウェルも、そのラウの行動を認めることなく対立的立場を取った。しかし、ラウの想いを理解できないわけではない。マリューのように、大衆意見としてラウを否定することは出来なかった。

 

「……」

「お兄様、どうされたのですか?」

 

 考え込んでいたように見えたのか、ラクスが顔を寄せていた。シリウェルは苦笑しながら首を横に振る。

 

「……いや、何でもない」

「ファンヴァルト、お前はクルーゼの事を伝えたかったのか?」

「……ラウから想いをぶつけられていたキラは、知るべきだと思った。そして、それを支えるお前たちにも。……今後のためには事実と向き合ってほしいからな」

 

 どんなに隠していてもいずれは知られるだろう。戦争の事がなければ、ウズミもカガリに出生の真実を伝えることはなかったはずだ。キラも知らずにいただろう。だが、それではだめだ。既に彼らは守られるだけの子どもではない道を選んでいる。その手に武器を取って戦う道を。ならば、知らなければならない。世界の裏にいる彼ら、ブルーコスモスと無関係ではないのだから。



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第60話 触発

二人の時間です。少しだけ甘い感じになれば・・・。


 ラウの話が一段落したところで、シリウェルは別邸を後にした。疲れて寝ていたミーアも起きたこともあり、お暇することにしたのだ。

 まだ残るというカガリと別れ、シリウェルたちはアスハ邸へと戻った。

 

 夕食後、ミーアは直ぐに部屋で休むというので、シリウェルはユリシアと共に自室に戻ってきた。テーブルの上にはサクヤが入れた紅茶が置かれている。

 一口飲むと、シリウェルはソファーに身体を預けた。

 

「……」

「シリウェル様?」

「……少しだけ、安心したんだ。ラクスも、カガリも……どうやら信頼できる人たちがいるようだからな」

 

 気がかりだったラクスの様子も知ることが出来た。何より、オーブで一人頑張っているだろうカガリにも大切な相手が出来ていたことがシリウェルにとっては大きい。従兄でありながらも、遠く離れた場所にいて力を貸してやれない。オーブの情勢はまだまだ苦難な環境に置かれている。政治家としてはまだ新米であるカガリでも、周囲に支えてくれるものがいることで戦い続けていられるのだろう。傀儡になり兼ねない状態ならば、どうにか手をまわそうとも考えていたが、その必要はなかった。

 

「……そうですね。ラクス様も、お元気そうで私も一ファンとして安心しました」

「ユリシア……悪かったな。君にとっては、負担になるような形だった」

「いえ……シリウェル様がラクス様と親しいことは存じていましたし、ミーアさんの事情も今回のことで理解できましたから……これからもミーアさんのことは気にしていたいと思います」

「……ありがとう、ユリシア」

 

 まだまだ一軍人の立場に過ぎないユリシアを巻き込んだ形となったことに、少なからず申し訳なく感じていた。しかし、ユリシアは気にしていないと微笑む。今回のことも、他言は無用な案件だと理解しているようだ。ラクスのこともミーアのことも、そしてその場にいた亡命と扱われている彼らのことも。

 シリウェルはユリシアに手を伸ばすと、ユリシアは手を重ねた。そのまま手を引っ張り、シリウェルの上に乗っかる形でユリシアが倒れこんでくるのを抱きしめた。

 

「シ、シリウェル様っ!」

「……ここは俺の部屋だ。誰も来ない……」

「そ、それはそうかもしれませんが……その、重い、ですし」

「こう見えても、それなりに力はある方だが?」

「そういうことじゃありませんっ!」

 

 顔を真っ赤にして反論し、ユリシアは体を離す。そんな風に感情を露わにして慌てる様子も、好ましいと思う。

 ふと、バルトフェルドにユリシアとシリウェルが恋人だと言われたことを思い出した。誰かに愛情を向けたことがないシリウェルには、ラクスとカガリがキラ、アスランに向けているような想いをユリシアに向けているだろうか。

 共にいることも、こうして傍にいて触れていることも嫌だとは思わない。己の領域に入ってきても、不快ではない。万が一、これが他の誰かであればどう感じるか。恐らく突き放し、そもそも領域外に追いやって近づくことを拒否することだろう。

 

「シリウェル様?」

 

 考え込んでいたことに気が付いたのか、ユリシアが顔を覗き込んでいた。苦笑しながら、シリウェルは頭を横に振る。

 

「いや……何でもない。俺は、君をどう想っているのか考えていたんだ」

「シリウェル様……」

「俺は……こうして君に触れているのは嫌じゃない」

 

 ユリシアの髪を一房手に取り、口元に寄せる。

 

「っ……シ、シリウェルさま、その」

「傍にいてほしい、とも思う。だから……君を抱いてもいいか?」

「あ…………はい。私も……一緒に」

 

 ゆでだこのように真っ赤にしているユリシアの様子に、シリウェルは微笑む。そのまま両腕でユリシアを抱きながら、立ち上がる。

 

「きゃっ」

「……言っただろ? 力はある。君くらいなら、抱き上げて連れて行ける」

「うぅ……それでも恥ずかしいものは恥ずかしいです」

「そういうものか?」

「シリウェル様は、その……照れたりとかしないんですか?」

「……君以外いないのにか?」

 

 逆に、二人だけしかいない状態で照れるユリシアが不思議だとシリウェルは首を傾げた。こうして抱き上げて移動するのは初めてではあるが、意識をするようなことではないと思っている。他人に見られているのならば、ユリシアが照れるのもわかるが、シリウェルに照れる要素はない。万が一、人がいても平気でやるだろう。ユリシアには悪いが、シリウェルが人前で特別扱いをすることで不用意な戯言への牽制にもなるので、人前の方がやるべきだとも思っている。

 そのままシリウェルは寝室の方へと歩いていき、器用に部屋の扉を開けるとベッドの上にユリシアを下ろした。

 

「……あの日、以来だな」

「シリウェル様……その、あの時は……」

「わかっているさ。……だが、今日は違う」

「……はい」

 

 シリウェルもベッドに乗ると、ユリシアに覆いかぶさる形でキスを交わす。初めて関係を持ったのは、同情に近いものだった。戦場の中で失われた命を理由に、不安を紛らわせるために。

 だが今回は違う。正真正銘、二人の想いが合わさった結果だった。

 

 



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第61話 オーブの状況

 翌日、再び各首長らと会議を迎えた。今回はこれが最後になる予定だ。今日の夜はカーペンタリアに戻る。

 全員が席についたことを確認すると、カガリ主導により会議が始められる。プラントの人間であるシリウェルから話はない。オーブ側からの回答を待つだけなので、ただ腕を組んだまま様子を見守った。

 結論としては、現段階でオーブへの帰国を要望している者については、できるだけ早く戻ってきてほしいということ。プラント側もそのために支援を要請する。そして、元オーブ国民のうちナチュラルは数年の間に帰国をすることを要望として挙げてきた。避難したオーブ国民のナチュラルをすべて帰国させてほしいということだ。中には、プラントにそのまま居住を希望している者もいるが、一度オーブに帰国してからの話だという。

 話を持ち出したのは、ウナトらだ。コーディネーターはそのままでもいいが、ナチュラルは戻すべき。議論の方向性は、プラントにナチュラルがいるのは不自然であり、住みにくいだろうということになっている。これはプラントに対する侮辱だろう。しかし、戦時中の風潮はまさにそれであり、クレアをオーブへと避難させた事実もあるため、シリウェルには反論しにくかった。

 結局、最後まで口を挟むことなくシリウェルは会議を傍観していた。ナチュラルとコーディネーターの扱いがあからさまに違うことについては意見をしたいが、あくまでここはオーブ側の意見を聞く場だ。話された内容をそのまま持ち帰るだけである。

 

 会議終了後、眉を寄せているカガリを見るに、納得がいっていないことが読み取れる。為政者として、周りをまとめる力がまだカガリには足りない。ウナトらを論破するだけの根拠も持ちえない状態では、逆に負けてしまう。それではだめなのだ。

 

「カガリ……」

「お兄様……申し訳ありません。私は、何も反論することが出来ませんでした。コーディネーターもナチュラルも共に生きていけるはずなのに、私は……」

「……仕方ない。お前にはまだ経験が足りない。為政者としてのな」

「わかっています。……けど、私は……」

 

 外からみれば、カガリは代表首長とはいえ実際には傀儡に近い。古くからオーブを見ていた彼らに対し、どこかで迷いを見せているような態度も彼らを助長させている原因の一つだろう。カガリの意志は、ウズミの考えに基づくものだ。どこかでウズミを意識し、その通りにしなければならないと思っている。己の意志ではないから、不安がにじみ出ているのだ。

 

「確かに、ウナトたちはこれまでオーブを見てきた。いろいろなことを知っているだろう。だが、彼らはオーブしか見ていない」

「え?」

「国民を、人として見ていないんだ。オーブという国と、己の位置を見極めているだけで、そこにあるものは見えていない。でも……カガリ、お前は違うだろう?」

 

 オーブに住まう民が、血の通った同じ人であることを知っている。同じように笑い、悲しみ、怒ることを知っている。

 

「お前には彼らにはない、その視野の広さと想いの深さがある。お前は一人じゃない。キラが……お前にとっても血のつながった兄がいるだろ?」

 

 ここでシリウェルが傍にいると言えたなら、どれだけいいことか。しかし、それはできない。シリウェルは既に選んでいる。プラントを。オーブを大切に想う気持ちは変わらない。それでも、オーブにずっといることはできないのだ。

 

「キ、ラ……」

「俺もいる、と言いたいが……プラントに帰ってしまう身分ではお前の支えにはなりえないだろうからな」

「……シェルおにいさま」

「お前は伯父上じゃない。カガリだ。間違えそうならば、キラやラクス、アスランを頼ればいい。この場は一人で戦っていけるほど、簡単な世界じゃない」

 

 政治の世界は、きれいごとだけではやっていけない。時には非情な判断も必要になるだろう。恐らく、今のカガリにはできないことだ。いつか、それに気が付く時も来るだろうが、それまではウナトらにその役目をやってもらうしかない。つまり、カガリが主体となって動けるまでは、オーブの動きも注意しなければならないということだ。

 プラントにとって、オーブは決して安全な国ではないということを示している。

 今後、カガリを利用して何かを企むというならシリウェルはその者たちに弓を引く。例えそれが、オーブを守る首長らであっても。

 

 カガリに寄り添いながら会議室を後にすると、行政府のカガリの執務室まで送り届けた。今は、一人にしておく方がいいだろう。

 

「……試練、だろうな」

 

 エールを送ることしかできない己がもどかしいが、それも自分で選んだ道だ。カガリと同じく、シリウェルもプラントを守ることを選んだのだから。

 一人になったところで、シリウェルは前方からウナトとユウナのセイラン親子が歩いてくるのを視界に捉えた。このままだと鉢合わせするが、相手もわかっていて向かってきている。その顔につけられた笑みがそれを証明していた。ならば、逃げることはできない。シリウェルも彼らに向かって足を向ける。

 

「おや、シリウェル様このような場所にまだいらしたのですね」

「……少し寄るところがあったからな」

「そうでしたか。ですが、このような場所であったのもちょうどいい。実は、カリナも貴方様に会いたがっておりましてな。時間を作っていただけませんか?」

 

 カリナとシリウェルのことをまだあきらめていなかったようだ。シリウェルはため息をつきたくなった。

 

「カリナ嬢との縁談は断ったはずだ。会ったところで、俺の意見は変わらない」

「シリウェル様、貴方はアスハ家の血を持つ最後の男児です。なら、その血筋はオーブにこそ残すべきではありませんか?」

「……悪いが、それには賛同しかねる。俺には既に婚約者がいる。彼女以外を妻に迎えるつもりはない」

「オーブを捨てるとおっしゃるのですか? アスハ家の者である貴方が? カガリ様を置いて、一人見捨てるというのですかな」

「ハーフである俺を嫌っていたのはお前たちの方だったと思うが?」

 

 半分コーディネーターの血を引くシリウェルを歓迎したことなどセイラン家にはない。ナチュラルとコーディネーターの友好の証として、プラントとオーブ双方から国籍を与えられ、何かと便宜を取られているシリウェルを疎ましく思っていたのはセイラン家をはじめとするブルーコスモスよりの首長家たちだ。今更、シリウェルに取り入ったところで、受け入れられるはずがない。

 シリウェルは眉を寄せ、ウナトを睨む。

 

「……オーブに身を寄せるならば、貴方様の身の安全は保障したのですが……残念です」

「何っ!?」

「次に会うときまでには考えておいてくださいね。カリナも待っていますから。では、私たちはこれで」

 

 にやにやと笑いながら、ウナトとユウナは去っていく。一言もしゃべらなかったユウナだが、その眼はずっと笑っていた。

 だが、そのことよりも最後にウナトが告げた言葉の方がシリウェルには重要だった。まるで、シリウェルの身に危険があることを示すかのようだったからだ。

 

「……セイラン家、もしやつながっているというのか……」

 

 ブルーコスモス。その中枢と関係があるかもしれない。シリウェルはウナトらが去った方を睨みつけていた。

 

 




明日は投稿をお休みします。次回は、3/29の予定です。


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第62話 カーペンタリア帰還

 夕方までにはオーブを去り、シリウェルはカーペンタリア基地へと戻ってきていた。

 レンブラントと話をするため、シリウェルはカーリアンに赴いた。自室に行き、ブリッジにいたレンブラントを呼び出す。

 

『隊長? お戻りになられたんですね』

「あぁ、先程な。話がしたい。俺の部屋に来てくれ」

『はっ』

 

 通信を切り、シリウェルは机の上にあるPC開いた。作業をしながらオーブでの出来事を思い返す。ウナトのことといい、頭の痛くなる課題が多すぎる。

 今後は、常にオーブの、否セイラン家の動きを監視しておく必要がありそうだ。セイランに潜り込ませるのは難しいが、ユウナの方にならば探りを入れるために誰かを潜ませても問題ないだろう。ユウナという男は軍人ではなく、ただ机上で知識を得ただけの頭でっかちだ。先の戦争でも、我先に避難したという。結局は、戦争も外から見ていただけで、行政府職員からの心象もよくなかった。漬け込む隙はユウナの方がある。

 こちらの匂いをかぎ分けるほどの知識も技量もないのだから、そう簡単に潜入がバレることもないはずだ。とはいえ、潜入させるのならそれ相応の実力がなければならない。

 

「……追々考えるか……」

「失礼します、隊長」

 

 考え込んでいる間に、レンブラントが部屋へとやってきた。敬礼をするレンブラントに軽く手を挙げて応える。

 

「随分とお疲れのご様子ですが……」

「少し色々あったんでな……機体の調整の方はどうなっている?」

「現時点では、問題は見られません。演習と称して海上での模擬戦闘をしましたが、宇宙空間とは違い対空が海面側に対しては使用できませんから、海中から攻撃をされれば打つ手はありません」

「……それはそうだな。海中、か……MSの新型を作って配備するのが一番妥当だろうな」

 

 これまでも水中戦闘用のMS開発は行われているが、その性能は既に古い。艦の防衛に合わせたMSを作ることも視野に入れた方が良さそうだ。地球軍が開発したという換装を利用したMSも面白い。ザフトとしてもあらゆる可能性を考慮して、武装強化を行っても構わないだろう。平和条約の中に、やんわりとも見込まれている内容に抵触しそうだが、同じようなことは大西洋連邦……いやブルーコスモスとて行っているはずだ。

 

「状況はわかった。こちらで手を打つ。残りの演習内容はどのくらいだ?」

「地球圏において行うものは、ほぼ消化済みですがCICとMS運用の点で調整をしたいことがあります。あと2日ほどいただければと」

「2日か……その程度ならいい。わかった。出立は4日後とするか。一日くらいは休暇も必要だろう」

「そうですね。ではそのように伝えます」

「頼む」

 

 シリウェルらが不在の間も演習は続いていた。戦時中ではないのだから、急ぎ戻る必要はない。無論、長期間留守にすることも避けたい。プラントに戻った際に、また休暇を取らせることもできる。ここでゆっくりするよりは、他の皆もその方がいいだろう。

 

「隊長は、この後どうされるのですか?」

「考えたいこともあるから、暫くはここにいるつもりだ。何か用でもあったか?」

「いえ……戻られたばかりなのですから、今日は休んではいかがですか?」

「……問題ない。ここにいるだけだ。それほど長時間作業をしているわけじゃない」

「隊長」

「作業に戻っていい、レンブラント」

「……はっ」

 

 何か言いたそうにしているレンブラントだが、指摘される前に命令で以て下がらせた。上司とはいえ、レンブラントにとってはシリウェルはまだまだ子どものような存在だ。戦時中は、怪我などで何かと心配をさせた自覚はあるが、今はそれほどではない。

 先ほどの話に出たMS設計のことも考えたいことだが、それよりもまずはオーブだ。

 

「……プラントに戻る前に手を打っておくか」

 

 シリウェルは端末を手に取り、通信をつなぐ。数回のコール音の後、相手側からの声が届いた。

 

『もしもし……』

「……サクヤか。俺だ」

『若様っ!?』

「少し話がある……今、一人か?」

『……はい。私室に戻っております』

「手短に伝える。セイラン家に人を送りたい。秘密裏に、だ」

 

 向こうでサクヤが息を飲む音が聞こえた。内容が内容だけに、緊張をしているのだろう。

 

「影を動かすことを許可する。アスハの名において」

『カガリ様へは、どうなさいますか?』

「不要だ。あいつは知らないだろ?」

『……承知しました。すぐにでも対応いたします』

「面倒を頼んですまないが、任せた」

『お任せを……』

 

 直ぐに通信を切る。

 オーブで感じた危うい状況。直接手出しはできないが、シリウェルにはオーブ内で動かす手があった。真っすぐで、政に染まっていないカガリは知らないアスハの裏の存在。現時点で、それを動かすことが出来るのはシリウェルだけだった。時期が来れば、カガリに引き継がなければならない事項だが、まだ早い。

 

「今思えば……こういうことを見越して、伯父上は俺に引き継いだのか……」

 

 改めて、ウズミの先見の明には恐れ入る。だからこそ、オーブは小国でありながらも大国と渡り合い維持できたのかもしれない。シリウェルはウズミを尊敬すると共に、その慧眼に恐ろしさを感じた。

 

 

 

 

 



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第七部 黒き運命
第63話 不穏な門出


4月に投稿すると言っておきながら、遅くなりました。申し訳ないです。
ここから原作でいうところの種運の開始となります。展開は似ていますが、ほぼ捏造になると思います。


 それから約1年後―

 

 本日、プラントのアーモリーワンでは、新型艦のMSのお披露目が行われる。

 最新艦の前に立ち、シンはその巨体を見上げていた。そこに、後ろから歩いてきていたアーシェも並ぶ。

 

「これが、ミネルバ、か」

「どうしたの? もしかして、緊張してるとか?」

「そんなんじゃないさ……ただ、漸くなんだなって思って」

「そうだね……あっという間だったけど、これで漸く兄様の力になれる」

「あぁ」

 

 アカデミーへ入学してから、力を手にすることを目指してきた。シンとアーシェは無事にアカデミーを卒業し、ザフト軍に所属することになった。所属隊はグラディス隊。目の前にあるミネルバが母艦となるのだ。シンはエリートの証でもある赤服を与えられMSパイロットとして最新鋭の機体を扱うことになる。

 同じくアーシェもグラディス隊に所属する。しかし、軍服は一般兵と同じ緑だった。ミネルバの副操縦士として艦に乗る。

 国防本部委員長であるシリウェルの妹としては、不出来かもしれないし、アーシェ自身もその結果に落ち込んだ。だが結果を知ったシリウェルの反応は逆だったのだ。赤服ともなれば、ルーキーと言えども戦場を駆けるパイロットとなるのが普通だ。しかし、一般兵のルーキーにはそれが求められることは少ない。アーシェの成績からして、パイロットには向いていないため、それがないことに安堵したという。アーシェとしては複雑な想いだ。

 とはいえ、いずれにしても兵であることには変わらない。戦艦を動かす任務を与えられたなら、その行動は間接的に人を殺めることを忘れるなと、シリウェルからはキツく言われている。

 シンに至っては、それ以上に厳しく言われた。MSに乗るということの意味を。

 シンは再び艦を見上げる。

 

「シンは、ここにいていいの?」

「え?」

「ほら、私はミネルバに乗るけど、シンの集合場所は機体の格納庫のところだよね?」

「……あぁ」

 

 シンの機体とは、ZGMF-X56Sインパルス。最終調整が終わったので、本日ロールアウトすることになっていた。

 

「これから行くさ。アーシェは?」

「この後、艦のクルーの挨拶があるから、このまま向かうつもり」

「そうか。それじゃ、また後でな」

「またね、シン」

 

 手を振るとシンは、アーシェに背を向けて駆けていった。

 ミネルバのクルーには、シンらの同期も多く配置される。パイロットも同じだ。シンと同じくエリートの赤服を着ることになったレイ、赤服の紅一点であるルナマリア・ホークがミネルバに配属される。

 

 アモーリワンに新造された格納庫。そこにシンの機体がある。レイやルナマリアが乗る機体は、ザクウォーリアで、既にミネルバに配置されているらしい。シンのインパルスだけが、調整遅れのため格納庫にいるのだ。

 

「あった……これだ」

 

 シンは格納庫内にあるインパルスの前に立った。この機体の基本設計はシリウェルによるものだという。それだけで好奇心が疼くものだ。

 軍服のままシンは、インパルスへと乗り込んだ。

 機体のOSを立ち上げると、文字の羅列がモニターに流れる。3つのパーツをドッキングすることができ、それぞれをここから操作することもできる。事前に資料はもらっているため、後は実際に動かすだけだ。

 

『シン・アスカ、OSの状態を確認してくれ。問題があれば、調整する』

「は、はい……えっと、大丈夫みたいです。問題ありません」

『わかった。シリウェル様にも伝え──―』

「えっ」

 

 その時、大きな爆発音と共に地面が揺れ動いた。まるで地響きのようだ。地球上ではないため、それはあり得ない。ならば、何が起きているのか。

 ピーピーという音がインパルス内に流れる。通信だ。シンは回線を開くスイッチを押した。

 

『インパルスパイロット、シン・アスカで間違いないですか?』

「はいっ。えっと、一体何が?」

『国防本部所属ミーア・ヴァストガルです。本部より指令です。アモーリーワンにて襲撃がありました。場所は、MS格納庫。そこから近くになります。直ちに出撃し、対象の排除をお願いします』

「出撃、ですか? その、俺はえっと」

『時間がありません。ジュール隊他は、宙域へ回しています。近くにいる隊はグラディス隊のみなので、急ぎ対応願います。同じくミネルバへも出撃命令が出ています』

 

 ミネルバまで出撃する。それは出航式というお披露目もなくなるということだ。それだけの事態だということに、シンの手が震えた。これが初陣だ等と、弱音は吐いていられない。震えを堪えるように操縦捍を握りしめる。

 

「わかりました。シン・アスカ、出撃します」

『……後武運を。宜しくお願いします』

「はいっ」

 

 武装を確認し、シンは拘束を解除した。パイロットスーツを着ておけば良かったと後悔するが、既に遅い。

 

「……大丈夫だ。ちゃんと出来る」

 

 シュミレーションはしてきたのだ。動かすことも出来た。やれるはずだと、シンは己を鼓舞する。

 

『インパルス、動くのか?』

「国防本部より指令がありました。このまま行きます」

『っそうか。わかった。無茶するなよ。総員、インパルスが出る。離れろっ』

 

 モニターから格納庫にいる人たちがインパルスから離れるの確認し、シンはインパルスを動かした。

 格納庫から出て向かう先は、爆発があった場所。これが、シンの初めての出撃となった。

 



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第64話 もう一つの視線

短いです。


 シンが出撃する少し前のこと

 

 アーモリーワンにある会議室では、極秘にオーブ代表首長であるカガリとプラント最高評議会議長であるウルスレイ・ガイが会談を行っていた。暗い室内で、二人の最高権力者である女性が向き合っている。

 

「……プラントへ流出した移民をオーブへ戻せとおっしゃるのですか?」

「はい。彼らは元よりオーブ国民。戸籍の件においても、当人が一度オーブへ帰還することを依頼していたはずです」

「確かに、それは伺っています。ですが、彼らにも生活があります。避難後、必死に彼らはここで生きてきました。それをこちらの都合で振り回すわけにはいかないのです」

「それは……」

 

 正論すぎる言葉にカガリは言葉が出ない。カガリのガードとして付き添ってきたアスランは、肩を落とすカガリを痛ましそうに見るが、政治の世界の話においてアスランが口出しできることは何もなかった。その後も話は平行線を辿るばかりで進まない。息抜きと称して、ウルスレイ議長はカガリらを外へと連れ出した。

 

 真新しい施設にカガリもアスランも目を疑った。そこは間違いなく、最新鋭であろう機体らが並んでいたからだ。量産型のザクでさえ、アスランが知っていた時のものとは違う。それは、プラントがユニウスセブン条約に規定されている事項を厳守していないことを示していた。

 

「これはどういうことですかっ! 戦いはもう終わりだと、貴方方も言ったはずだ! これでは、また戦いが起きてしまいます!」

「アスハ代表、お言葉ですが……これはプラント国防委員長であるシリウェル・ファンヴァルト閣下のご指示です」

「な……」

「戦いはまだ終わっていない……閣下が必要だと認めた力。戦争がなくならない以上、力は必要なのですよ」

 

 激情を露わにするカガリとは対照的に、冷静に告げるウルスレイ。何よりも衝撃なのは、全てシリウェルの指示だということだ。同じ想いを持っていると疑っていなかった尊敬すべき従兄が、兵器を作り続けているという事実。カガリを打ちのめすには十分だった。

 

 ドーン。

 

「「!??」」

 

 刹那、爆発音とともに火が上がった。駆動音が聞こえるということは、MSが動いている。

 

「どういうことですか!? 状況の報告をっ」

『た、ただいまB格納庫より火の手あり! 侵入者です! 急ぎ避難をっ』

 

 ウルスレイが通信機へ怒鳴っていた。予期せぬ襲撃。漏れ聞こえる会話から読み取れるのはそれだけだ。直ぐに状況がわかるはずもない。じっと影に身を寄せていると、すさまじい風が横を通った。その影を追えば、MSだということがわかる。

 カガリを守るようにアスランが壁となり、MSから身を隠す。

 

 ダダダダっ。

 

 MSのパイロットがザフト兵でないことは一目瞭然だ。自軍を攻撃する馬鹿などいない。ウルスレイが叫んでいるが、爆音により聞き取ることが出来なかった。恐らくは避難を呼びかけているのだろうが、動けば標的にされる可能性もある。

 

「アスラン……」

「……わかっている。君は俺が守る。絶対に」

「でも……」

「何か手は……!? あれは……」

 

 困惑するカガリの手を取り、アスランは無事だったザクウォーリアへと乗り込んだ。すぐさま、状態を確認する。武装は心もとないが、あのままでいるよりはマシだろう。ちらりとカガリを見れば、不安がその瞳に現れていた。

 

「大丈夫だ、カガリ」

「……アスラン」

「動く。しっかり捕まっていろ」

「わかった……」

 

 久しぶりに動かすMS。まさかこんなことに巻き込まれるとは思ってもみなかったことだ。しかし、今は何としてもこの場を生き残ることを最優先としなければならない。アスランの手に力が入る。

 

 動き始めたザクを見て、相手は照準を当ててきた。しかし、アスランはかつてザフトのエースだったパイロットだ。攻撃を避け、反撃をする。更に相手は向きになり、近づいてきた。

 

「ちぃっ」

 

 万全ではない機体で相手をするのは、流石のアスランでもキツイものがある。もっと言うと、相手はザフト軍の最新機体。機体の性能では雲泥の差がある。

 このままでは押し切られる。アスランの表情に焦りが出た時だった。横をシュッと何かが横切った。

 後方から飛翔してきた物体が敵機体へと命中したのだ。

 

「何っ?」

 

 物体が飛んできた方向を見れば、見たことのない機体が立っていた。いや、その姿はどこかかつての敵機だったあれに似ている。

 

「ストライク……いや、違うあれは……」

 

 かつて親友のキラが乗っていた機体に似ているようだが、違う機体だ。その機体が滑走し、アスランの横を通り過ぎ敵機へと向かう。その様を、どこか茫然とアスランは見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 



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第65話 混乱の中で

漸く主人公のターンです。
種運は、ちょくちょく別視点、主にシン視点が入ります。


 国防本部の執務室では、緊迫な雰囲気が流れていた。そこへ、指令を伝えていたミーアが走ってくる。

 

「ミネルバ配置完了しました。宙域へのルートも問題ありません」

「わかった。ご苦労だったな、ミーア」

「はいっシリウェル様」

 

 秘書として力を付けてきたミーアは、今では一人で動き回ることまでできるように成長していた。専門的知識も身に着け、アカデミー出身ではないにしても知識量だけなら劣ることはない。

 シリウェルは己の席に座ると、モニターを確認する。

 襲撃されたのはアモーリーワン。最新機体を配置していた場所だ。敢えてそこを狙ったということは、ザフト側にスパイがいることに他ならない。前回の大戦時に洗い出しをしたものの、完全ではなかったようだ。物事には絶対などあり得ない。今すべきことは、この事態を収拾することだ。

 

「どうしますか?」

「……レンブラントに連絡を入れろ」

「隊長も出撃なさるのですか?」

「俺が行ってどうなることでもないが……気になることがある。マリクはここで指示を頼む。何かあれば連絡を入れろ」

「……わかりました。無茶はしないでくださいよ……」

「ミーア、お前も来い」

「は、はい」

 

 急ぎ足で本部を出て行くシリウェルを慌ててミーアが追っていく。大戦が終わってから、ここまで緊迫した状況はなかった。しかし、いつかは起こり得る事象だと想定していた。戦争が、人々の争いが本当の意味で終わることなどないと、シリウェルは知っていたからだ。

 

 

 ファンヴァルト隊母艦カーリアンスは、軍港にて出撃準備をしていた。ミーアを伴ったままシリウェルは、艦内へと入る。ブリッジには、既にレンブラント以下クルーが席に着いていた。

 

「「隊長」」

「「シリウェル様」」

 

 入ってきたシリウェルに、レンブラントらが敬礼する。マリクからの連絡は来ているようで、事情も理解しているということだろう。

 

「プラントの近くにunknownが一つありました。恐らく奴らの母艦かと思われます。ミラージュコロイドを展開している模様」

「そうか……」

 

 カーリアンスの索敵機能は、ザフト内でもかなり優れている。そのレーダーでさえミラージュコロイドで隠れてしまわれると確認は難しい。他では確認が取れなかったのは仕方ないことだ。相手側がユニウスセブン条約違反である兵器を開発していたことは、既に予想内のことであるため驚きはない。お互い様だ。

 

「大西洋連邦、いやブルーコスモスか……今までにはないタイプのようだが、新型か。他にも色々とありそうだ」

「どうしますか、隊長」

「ミネルバの動きは?」

「ミネルバ及びインパルス、宙域にて確認しました。通信、入ってきています。画面繋ぎます」

 

 ユリシアを見れば、直ぐに返答が返ってくる。正にたった今ミネルバから回線が開かれたらしい。シリウェルは指揮官席に座ると、画面を開いた。

 

『ファンヴァルト閣下、タリア・グラディスです。申し訳ありません、撃墜出来ませんでした』

「状況は?」

『MS3機が奪取、敵艦―今後ボギーワンと称します。そちらへ収容されました。本艦及びMSに損害はありません』

「……」

『閣下?』

 

 モニターの向こうにいるタリアは、暗にこのまま追撃をすると言いたいのだ。シリウェルもそれはわかっている。だが、どこか胸騒ぎがする。そんな予感がシリウェルの判断を鈍らせていた。

 

「隊長? どうかされましたか?」

「……いや、何でもない。グラディス、そのまま追え。こちらも後から追う。判断は任せる」

『はっ』

 

 プチっと画面が切れた。タリアは指揮官としても優れた判断力を持っている。任せても問題はないだろう。しかし、シリウェルの顔色は優れなかった。

 頭のどこかで警戒を鳴らしている。それが何か、今のシリウェルにはわからなかった。

 思考を切り替えるため、シリウェルはレンブラントにミネルバを追う指示を出す。そして、回線を最高評議会へと繋いだ。

 

「シリウェル・ファンヴァルトだ。ウルスレイ議長はいるか?」

『はっ……それが、L4より未だ帰還しておりません』

「……わかった。無事が確認でき次第教えろ。コロニーの被害状況は?」

『死者・重軽傷者多数出ております。そちらは、医療チームを派遣し対応中です』

 

 報告を聞く限り、対応に問題はない。このまま任せてもいいはずだ。気になるのは、ウルスレイからの連絡がないことのみ。抜け目がない彼女のことだ。そう簡単に死ぬ筈はないが。

 

「前方に、ミネルバ。更に前にボギーワンを確認しました」

「ミネルバの右舷に回れ」

「はいっ」

 

 速さではミネルバには敵わない。しかし、様子から既に戦闘に入っているようだ。状況の報告を聞きながら、シリウェルはボギーワンに注視する。

 

 奪取されたMSは既に乗りこなしているようだ。その技量、ナチュラルではあり得ない。ならば、コーディネーターか。これも否だ。現在、ブルーコスモスに侵食されている大西洋連邦が憎きコーディネーターを使うことなどない。直ぐに抹殺するはずだ。今のブルーコスモスにコーディネーターに価値を見出だすとは思えないのだから。その理由として、先の大戦で大西洋連邦側にいたパイロットたちがいる。

 

「まさか……くっ」

「シリウェル様っ?」

 

 ミネルバに近づき戦闘宙域が目視できる場所に来て、シリウェルは何かを感じた。示すならば嫌悪。否、不快感が正しい。胸を押さえ思わず声に出してしまった。

 小さい声であっても、シリウェルが発した声はブリッジ内にいるクルーらには届いている。一斉にシリウェルを見ていた。

 

「隊長、大丈夫ですかっ?」

「……だ、大丈夫だ。すまない……」

「顔色が悪いです。ここは任せてください。ヴァストガル、隊長を部屋に」

「わ、わかりました」

「俺は平気だ」

 

 不快感はあるものの、それだけだ。ブリッジから出なければならないほどのものではない。しかし、レンブラントは厳しい表情を崩さなかった。

 

「隊長、ここは引いてください。気にかかることがあるのなら、尚更です」

「レンブラント……わかった。すまない、任せる」

「はい」

「一人で行ける。ミーア、君はここで状況を見ておけ」

「え……は、はい」

 

 それだけ指示を出し、シリウェルはブリッジを出る。そのまま艦内にある私室へ向かった。

 レンブラントの言うように、先ほど感じたものが気になるのは間違いない。椅子座り背もたれに寄りかかる。胸の上に手を当てるが、不快感は治まることはない。これが一体何なのか、今のシリウェルには知る由もなかった。



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第66話 予期せぬ客

シン視点になります。


 宙域へと出て、シンは必死に追撃をした。しかし、奪取したばかりだというのに、相手はMSを完全に乗りこなしている。共に出撃したザクウォーリアに乗るレイ、ルナマリアと共に追い詰めるが、沈めることは出来なかった。

 帰還命令を受け、シンはミネルバへと戻ってきた。インパルスから降りると、同じく戻ってきたレイ、ルナマリアが待っている。

 

「仕留められなかったな」

「あぁ……何なんだあいつら」

「突然襲ってくるなんてね……」

 

 二人も悔しさを滲ませている。初陣でもあった今回。功績は何も挙げられていない。

 

「おう、ルーキー3人、グラディス艦長がお呼びだ。艦長室に向かえ」

「「は、はい」」

「……了解しました」

 

 格納庫にいる技術者と見られる男性に声をかけられ、シンらは無重力の床を蹴り移動する。初めての艦内だが、事前に地図は受け取っていた。とはいえ、頭の中に入っているわけがない。

 

「なぁ、場所わかるか?」

「シン、ちゃんと確認したの? それくらいわかるわよ」

「確認した……けど、初めて中に入るんだ。仕方ないだろ」

 

 不貞腐れたように言い返せば、フッとレイが笑う。その態度に、シンは更に不貞腐れた。

 

「お前はついてくればいい。ほら、行くぞ」

「ちょっ、待てよレイ!」

「はぁ……」

 

 レイを追うシン。ルナマリアは呆れながらも、二人の後を追った。

 艦長室へ入ると、思ってもいない人がおり、シンたちは固まる。

 

「えっと、レイ。あの人ってもしかして」

「……最高評議会のウルスレイ議長閣下だ」

「何でここにいるの? それに、あの人たちは?」

 

 小声で確認しあうが、間違いないようだ。画面の奥でしか見ることしかない大物である。更にもう二人知らぬ人たちがいる。否、正確には見たことがないわけではないので、知っていることは知っている。かのオーブ代表首長であるカガリ・ユラ・アスハ、それにかつての英雄の一人であるアスラン・ザラだ。このような人たちが、何故ミネルバにいるのか。

 シンらが驚いていることを理解しているタリアは、苦笑しながらシンたちに向き直った。

 

「来たわね。初出撃はまずまずといったところ。今後、再び出撃することもあるから肝に命じておきなさい」

「「「はっ」」」

「それと……例の襲撃で避難していたはずの議長閣下とアスハ代表たちが紛れ込んでしまってね。下手にシェルターに入るより、艦内の方が安全だと思ったということで……。それで議長がパイロットに会いたいと仰ったので貴方たちに来てもらったの」

 

 タリアでさえ困惑しているのが目に見えている。その横で、ウルスレイは微笑んでいた。

 

「お初にお目にかかります。ウルスレイ・ガイと申します。突然、お邪魔してしまいご迷惑をおかけしますが宜しくお願いします」

「えっと……」

「……こちらこそ、宜しくお願いします。ですが、議長がここにいることファンヴァルト閣下はご存知なのですか?」

 

 レイがファンヴァルトの名を出せば、シンやカガリはビクッと反応する。

 一方で、質問されたウルスレイは笑みを崩すことなく答えた。

 

「勿論、知りません。報告はこれから、ですよね艦長?」

「……はい。議長は元よりオーブ代表までいることは、これから直ぐに報告します。閣下の母艦も直ぐそこに来ていることですし」

「ということです。それで、貴方方の紹介をお願い出来ますか?」

 

 議長からの言葉を無視することなどできない。レイはシンとルナマリアに視線を移し、頷く。

 

「私はレイ・ザ・バレル。こちらがシン・アスカ、そしてルナマリア・ホークです」

「なるほど、そうですか。噂の卒業生上位3名がミネルバのパイロットたちなのですね。これは、期待させていただきたいと思います」

「……ありがとうございます」

 

 礼を告げるレイだが、全く気持ちはこもっていなかった。しかし、優等生であるレイは場をわきまえているのか、下手なことは言わない。シンは、どうしてよいかわからないので、レイに任せたままだ。

 その後、特に用件があるわけではないということで、シンたちは艦長室を出ていった。

 

「なぁレイ」

「なんだ?」

「あれって、アスハ代表だよな? 確かシリウェルさんの──」

「あぁ、従妹だと聞いている。俺から見れば、名ばかりの代表だがな」

「随分辛辣ね……」

 

 ルナマリアの指摘にもレイは涼しい顔だ。オーブ代表ということに、シンも複雑な感情を抱いているがそれはカガリ自身に対してということではない。

 ただ、オーブから避難してきた人に対して帰還を求めている言動には、不義理を感じていた。その申し入れをしているのが、現代表であるカガリだ。同じアスハ家でも、プラントに避難したオーブ国民を助けて援助してきたのは、シリウェルでありオーブのアスハ家ではない。言うなれば、彼らはオーブから逃がしただけで何もしていないのだ。今さら、帰ってこいだなんてふざけているとしかシンには思えなかった。

 

「ここまで来たのだからオーブまで送ることになりそうだが、俺は関わりたくない」

「レイ……そうだな。けど、一応アーシェには言っておいた方が言いと思うから、俺はブリッジに行ってくる」

「……そうだな。彼女は無関係で入られないからな」

「あぁ。それじゃ、またあとでな」

 

 シンは壁を蹴って、移動していく。姿が見えなくなるのをレイとルナマリアは見送るが、ふと気がつく。

 

「でも、シン……ブリッジの場所わかるの?」

「……個室ならともかく、ブリッジがわからないことは……ないだろ。たぶん、な」

「そ、そうよね……」

 

 



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第67話 面倒事

 ミネルバから報告を受けているシリウェルは、腕を組み眉を寄せていた。今シリウェルは艦内の自室に一人でいる。モニター画面には、タリアとウルスレイが対称的な面持ちで映っていた。

 

『報告が遅れ、申し訳ありません』

「……グラディスのせいじゃない。それに……ウルスレイ、あんたは一体何をしているんだ……」

『すみません、シリウェル様。こちらな方が安全でしたので』

 

 謝ってはいるが、その顔には笑みを浮かべている。全く悪いとは思っていないのだろう。思わずため息を吐く。

 

「まぁいい。それと、オーブか……面倒をかけた。すまないグラディス」

『いえ。あの状況では、致し方ないと思われます。ただ今後ですが』

「わかっている。悪いが、ミネルバにはオーブまで送還を頼む。例のボギーワンを追うついでで構わない」

『はっ』

 

 カガリがプラントと交渉に来ていたことは極秘扱いだ。このままアプリリウスに戻り、移送するよりはこのまま保護という形でオーブへ戻した方が外聞がいい。だが、このまま何の説明もなしにはいられないだろう。カガリは、ある意味では潔癖なところがある。今回目撃したことについて、言いたいこともあるはずだ。それをどうにかしなければならない。

 

「あとで、そちらに顔を出す」

『閣下が、ですか?』

「……こっちの事情だ」

『……わかりました。通達しておきます』

「頼む。ウルスレイ、詳しい話はその時に聞く」

『はい』

 

 それだけ伝えるとシリウェルは通信を切る。背もたれに身体を預けると、目を閉じた。

 カガリと話をするのは、実はかなり久しぶりだった。オーブへ降り、ラクスらと話をした時が最後に顔を突き合わせた日。それから、お互いに忙しいのもあり話をすることはなかった。

 尤も、シリウェルはオーブがどういう状況にあるかは知っている。アスハの影を通じて、情報を得ているからだ。無論、カガリには知らせていない。まだ早いと判断したためだが、カガリは完全に政に染まっておらず嘘を嫌う。腹芸が出来ないカガリに、話をすることは出来なかった。

 今回のことも、多くの思惑が絡んだ結果だ。カガリには理解できない部分も多い。だが、ここまで来ておいて何も言わずに別れることも出来ない。

 シリウェルは通信をブリッジへとつなぐ。

 

『隊長、何かありましたか?』

「あぁ。これからミネルバへ向かう。ミーアを格納庫までよこしてくれ」

『……わかりました。気分の方は大丈夫なんですね?』

「問題ない。少しの間、艦を任せた」

『はっ』

 

 格納庫には、シリウェルの機体がある。飛行艇で向かってもいいが、何があるかわからない以上は機体の方がいい。

 ふと、胸元に手を当てる。先ほど感じたものは、今は無くなっている。また同じようなことがあるとも限らない。

 調べたいこともあるが、今はミネルバに向かうのが先だ。

 立ち上がり、シリウェルは部屋を出て行った。

 

 

 格納庫には、既にミーアの姿がある。ここに呼ばれたということで、予想はしていたのかシリウェルの機体の前で待っていた。

 

「呼び出してすまない」

「いえ、それで何をするのですか?」

「……所用が出来た。ミネルバへ向かう。この機体でな」

 

 見上げれば、白を基調とした機体がある。最新型のシリウェル専用機。ZGMF-101Aレイフェザー・フォース。

 

「えっと……私も、ですか?」

「広くはないが、一人くらいなら問題はない。多少、負荷はかかるが……ミネルバまでの距離を考えれば大したことはないだろう」

「……は、はい」

 

 戸惑っているミーアの手を引き、地面を蹴るとそのまま機体のコックピットへ移動する。軍人ではないミーアは、無論乗ったことなどない。開いたコックピットシリウェル自身が入ると、ミーアを抱え込むように中に招き入れた。

 

「キツいか?」

「い、いえっ大丈夫ですけど、その……このまま、ですか?」

「初めてだからな……衝撃もある以上はその方がいいと思うが、どうする?」

 

 シリウェルなりに考えた結果だ。初心者が立っていられるとは思えない。怪我でもされると面倒というのもあるが、この方が手っ取り早い。

 しかし、ミーアは顔を真っ赤にしたまま何も言えずにいた。だが、意を決したように顔を上げた。

 

「ミーア?」

「その、この状態はユリシアさんに申し訳ないですっ! ……嬉しい、ですけど……」

「ユリシア? ……気を使ってくれてるのか。プライベートならともかく、これは任務だ。それ以上の意図はない」

「そ、そういうことでは、なくて……私が居たたまれないというか……」

「何を言ってるんだ?」

 

 ミーアの困惑を理解できていないシリウェルは、モゴモゴとしているその姿に首をかしげる。だが、ここはそんな問答をしている場合ではない。

 

「まぁいい。行くぞ」

「ふぇ?」

「しっかり捕まっていろ」

「え、ちょっと待ってください! 心の準備がっ!?」

 

 機体を起動し、シリウェルはそのまま動かす。振動が伝わり揺れる機体に、思わずミーアはシリウェルへとしがみつくのだった。

 

 

 

 

 

 



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第68話 プラントの議長

 ハッチが開いたミネルバの格納庫へ到着する。

 

「大丈夫か、ミーア?」

「っ……だ、だいじょうぶです」

 

 流石に宇宙空間が怖かったのか、ミーアは震えながらシリウェルにしがみついていた。シリウェルの秘書となってから一年と少し。飛行艇などで宇宙を飛んだことはあるが、機体では初めてだ。仕方ないだろう。

 

『シリウェル様』

「今、降りる。少し待て」

『はっ』

 

 外からの声に応じると、シリウェルはハッチを開く。ミーアを先に出そうと彼女を見るが、未だに震えが止まっていないようだ。

 

「……ミーア?」

「も、申し訳、ありません……わたし」

「気にするな。なら、掴まっていればいい」

「は、はいっ」

 

 そのまま腕にしがみつくのを見てから、シリウェルは格納庫へと降り立った。無重力の中だ。どれだけ掴まれようとも負担には感じない。

 降り立ったところで、ミーアは腕から離れた。

 

「あの、えっと……」

「すまない。艦長は?」

「え、あ、はいっ。こちらにいらっしゃると──」

「ここに来ております、閣下」

 

 慌てふためく兵の後ろから、タリアが姿を現す。その表情はどこか呆れ顔だ。

 

「差し出がましいとは思いますが、閣下。人目があるところで、何をしておられるのですか」

「……初めての出撃だったからフォローしたまでだ。それ以上のことはない」

「周りがどう思うかは別だと思われます」

「グラディス……随分はっきりと言うんだな」

「……申し訳ありません」

 

 謝罪をしつつも、全くそうは思っていないだろう。その言葉はどこか機械的だった。

 

「まぁいい。それで、ウルスレイはどうしている?」

「……貴賓室にて待機していただいています。アスハ代表も同様です」

「わかった。案内頼む」

「はい」

 

 不満を隠そうとせず、タリアは頷くとシリウェルを案内するため床を蹴った。シリウェルもそれに続き、ミーアも後を追う。

 

 貴賓室へと到着すると、タリアが中へ呼び掛ける。

 

「グラディスです。議長、ファンヴァルト閣下をお連れしました」

『はい、どうぞ開いています』

「はっ」

 

 開閉ボタンを押せば、扉が開く。そこには、微笑むウルスレイの姿。タリアの横をすり抜けて、シリウェルが中へと入った。

 

「シリウェル様、ご足労頂き申し訳ありません」

「……すまないと思うのなら、相応の表情を作れ。満面の笑みで言われても説得力は皆無だ」

「うふふ。すみません。不謹慎ですが、シリウェル様とお会いできて嬉しかったもので」

「……あんたはどこでもそれだな」

「本心ですよ」

「だから質が悪い」

 

 心底呆れたように話すシリウェルに、ウルスレイはどこか楽しそうだった。

 

「グラディス、案内ご苦労だった。あとはいい。ブリッジに戻り、宙域の警戒に当たれ」

「……はい。では、失礼します」

 

 扉を閉めてタリアは去っていく。部屋の中には、シリウェルとミーア、ウルスレイが残された。

 

「で、何故ミネルバに乗った? あんたが、考えもなしに行動するとは考えにくい。尤もらしい理由をつけてまで……何を考えている」

「……相変わらずですね。ですが、私はただ己を守る行動を取ったまで。シリウェル様の意に背くようなことはしておりませんよ」

「ウルスレイ……」

 

 問い詰めるシリウェルの視線から逃げるでもなく、ただ笑みを浮かべて受け止めている。議長と国防委員長。政治のトップと軍のトップ。立場は同等ではあるが、ウルスレイは、シリウェルの信望者だった。それは、必ずしもプラスになるとは限らない。ウルスレイ自身は意図的に、巧妙にそれを行っている。面倒な相手、それがシリウェルの彼女に対しての評価だった。

 

「はぁ……仕方ない。今はそれで納得しておく。議長としての自覚があるなら、要人としての行動を取ってくれ」

「そっくりそのままお返しいたしますよ」

「俺は軍人だ。あんたとは違う」

「関係ありません。今、プラントにおいて最大の要人はシリウェル様なのですから」

「……」

 

 注意をすればするだけ、跳ね返してくる。計算で動く人間よりも、こういった信念で動く人間の方が厄介だ。強かと言えばそれに違いないが。

 

「口の減らない奴だな」

「それが私の取り柄ですから……それはそうと、会談の結果についてですが」

 

 それまでの笑みを引っ込めて、ウルスレイは固い口調へと変えてきた。シリウェルも改めてウルスレイに向き直る。

 

「オーブ陣営の要求は変わりありませんでした。人材の流出を止めたいのでしょうが、今となっては人の居場所は生まれでは決まりません。かの国は、それを理解しておられないのではありませんか?」

「狭い世界でしか見れていないのだろうな……それで?」

「……失礼を承知で申し上げますと、あの方では代表としては力不足です」

「……そうか」

 

 厳しい評価だと、シリウェルは思わなかった。政治家として、まだまだ足りないモノがあることは政治の世界に携わるものならば誰もが感じることだ。それ故に、今のオーブは他国から軽んじられている部分があることは否めない。周囲の首長らが、何とかフォローしているのでそれほど大きな影響はでていない。しかし、それは代表とは名ばかりのものであり、傀儡に近いということだ。

 ウズミがオーブ代表だった頃よりも求心力は落ちていると言っていいだろう。

 

「周囲に恵まれていることを、勘違いなさっておいでですよ。そもそも今の地位があるのは、かのウズミ氏の力であり、あの方の力ではありません」

「辛辣だな……気に入らないにしても、それであいつを評価するなよ。感情的になって視野が狭くなっては、あんたも同様だ」

「……申し訳ありません。失言でした」

 

 ウルスレイは一瞬眉を潜めたが、俯き頭を下げた。己の言葉が間違いだとは思わないが、同じに扱われる事の方が嫌だったのだろう。

 

「俺たちしか聞いていないから、構わない。……話はわかった。とりあえず、議会には連絡しておくが、どうする?」

「いずれにしてもカーペンタリアに赴く予定がありましたので、このまま同行するつもりです。問題ありますか?」

「同行って……わかっているのか? ミネルバは」

「わかっていますよ。それでも議長として見ておかねばならないこともあります」

 

 議長としての判断。それを言われてしまえば、表向き軍人のシリウェルには反論することはできない。政治的な事に口を出すことは最低限にしたいというのが、シリウェルの想いだからだ。

 シリウェルは渋々承知するしかなかった。

 

「わかった……そう伝えておく」

「お願いしますね」

「……ミーア、行くぞ」

「え? あ、は、はいっ」

 

 部屋を出ていくシリウェルと慌てて後に続くミーアを見送り、扉が閉まる。残されたウルスレイは、それまでの表情から一変し、憎々しい顔になった。

 

「気に入らないのではありません。嫌いなのですよ。その血を持たないくせに、その血に守られているあの娘が……貴方は、何もわかっておられない……シリウェル様」

 

 



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第69話 理想と現実

原作の種キャラ好きには、少し嫌な内容が含まれているかもしれません。


 ウルスレイの部屋からそれほど離れていない部屋が

 カガリの待機している部屋だった。

 その部屋の前に立ち止まると、シリウェルは外側にある通信ボタンで中へコールをする。

 

「……カガリ、いるか」

『えっ……』

「シリウェルだ」

 

 カチという音と共に扉が開けられた。そこには、戸惑いを隠せずにいるカガリとアスランの二人がいた。

 

「久しぶりだな、二人とも」

「ご、ご無沙汰をしております」

 

 シリウェルとミーアが中に入り、扉も閉まった。これで、余計な会話を聞かれる事もない。

 

「カガリ?」

「シェル、お兄、様……お兄様っ」

 

 溢れる想いのままカガリが抱き付いてきた。シリウェルもその身体を優しく抱き止める。久しい温もりを感じながら、カガリの金色の髪を撫でた。今、この時だけは従兄として触れあっていられるのだと。

 

「無事で、良かった。アスラン、感謝する」

「……いえ。カガリを守るのが、私の役目ですから」

「そうか……」

 

 秘密裏に来ていたのだから、通常の護衛を連れるわけにもいかず、プラントも目立ったことはしてやれなかった。あのような出来事に巻き込まれれば、怪我の1つや2つで済んで御の字と言ったところだ。それが、二人とも無傷でいるのは、間違いなくアスランがそこにいたからだった。

 

「それでも礼を言わせてほしい。ありがとう」

「……はい」

「シェルお兄様……」

 

 シリウェルの胸に埋めていた顔を上げたカガリの頭にポンと手を置き、シリウェルは微笑む。そうして、カガリを椅子に座らせると本題に入った。

 

「カガリ、アスラン。二人には、このままミネルバでオーブへと送らせてもらうことになった。既に艦長には話をしてある。不自由を強いるが、そこは我慢してもらうことになるが」

「いえ、ありがとうございます。私達がこちらにお邪魔したのが悪かったのですから、そこまでしていただき、申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げるカガリ。確かに、二人が乗艦してあることは予想外だ。機密という意味では、他国の代表であるカガリを乗せることにメリットはない。そこは、友好国という配慮があるため、出来ること。そもそも、既に乗艦しているのだから、宇宙空間で降ろすという選択肢など出来はしない。

 

「ただ、例の襲撃をしてきたunknownを追うことだけは許容してほしい。このミネルバと俺の艦が追跡している」

「っ……は、はい」

「俺から話すことはこれくらいだが……カガリ、お前からも何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

「……そ、れは」

 

 今後についてはこれ以上伝えることは出来ないので、シリウェルからの話は終わりだ。このまま部屋を出ても構わない。しかし、それではカガリの為にはならないだろう。公的な場所でなく、誰の横槍も入らないプライベートに近い形で話が出来る機会が次に持てるのかわからない。だから、話をするならば今しかないのだ。

 カガリは俯き、拳を握りしめていた。

 

「カガリ、言ってみろ」

「っ……シェル、お兄様は……どうして、その……いえ、何故力を作り続けているのですか?」

「……カガリ」

 

 隣でアスランが気遣うように、カガリの震える肩に手を乗せる。そこから読み取れるのは、アスラン自身はカガリよりも現実を知っているということだろう。その瞳には、どこか諦めの意志が見える。同じものを見ていても感じることが違うのは、汚い世界を知っているからなのかもしれない。

 

「カガリは、どう感じた?」

「わ、わたしは……二度とあの様な戦いを起こしたくありません。力は、更なる力を呼びます! 戦いが戦いを呼ぶ! ならば、お互いに退かなければなりません‼それを、前回の大戦で皆知ったはずです!」

「カガリっ」

「構わない、アスラン」

 

 先程までとは違い、感情を露にして瞳には強い意志が灯っていた。シリウェルを前に取り繕う必要などない。カガリを止めようとするアスランを、逆にシリウェルが制止させる。吐き出した方がいいのだ。

 力が力を引き寄せる。カガリのその考え方は間違いではない。真実だ。それこそ、コーディネーターが存在した理由でもある。誰もが、他者より上へと更なる力を求める。

 

『他者より上へ、他者より先へ』

 

 ふと、かつての友人の言葉が脳裏を掠める。言葉は違うが、意味するところは同じだ。

 

「お兄様っ! どうしてですかっ! どうして、貴方が……」

「簡単なことだ。まだ、戦いは終わっていない。それが理由だ」

「え……?」

「プラントだけではない、大西洋連邦も新たな力を開発している。その証拠が、今回の襲撃だ。ユニウスセブン条約で禁止されたミラージュコロイド。それを搭載した母艦……これが意味するところを理解できない訳じゃないだろ?」

「そ、れは……」

 

 実際に目にしたのだから、これを否定することは出来ないはずだ。

 

「戦争が終わったというのは、表向きにすぎない。政治の世界にいるんだ、お前にもわかるはずだが?」

「……お兄様」

「アスハの名は、オーブ国民にとってそれだけで安心感を与える。それまでの実績がそうさせている。だが、お前にはまだ足りないものがあるようだな」

「シリウェル様……」

 

 話を聞いていたミーアがポツリと呟く。この場でどうしたらいいのかわからないようだ。かといって、口出しできるような内容ではない。

 

「た、確かに私はまだまだ力不足ですっ! ですが、それでもわたしはっ」

「政治は結果が全て。どれ程努力していようとも、結果がなければ評価はされない。今、オーブが体制を保っていられるのは周囲の力だ」

「お、にいさま……」

「今のお前では、己を道具とする意味もない。己の言葉で人を動かしてみろ。そして結果を出せ。それができなければ、お前が話すのはただの理想論として切り捨てられるだけだ」

 

 厳しいことを言っている自覚はある。目の前の従妹が傷ついていることも、承知の上だ。それでも伝えなければならない。政治の世界はかくも厳しいところだと。ウズミの威光だけでは、やっていくことは出来ないのだと。

 

「それが出来ないのなら、その座を降りろ。今、お前が降りたとしても何も変わらない。それだけ、オーブにおいてお前自身がしてきたことは何もないということだ」

「ファンヴァルト隊長……貴方は……」

「……理想と現実は違う。カガリ、お前にもわかっているだろう?」

 

 シリウェルから発せられる言葉の数々に、カガリは動揺を隠せずにいた。正確には為政者ではないシリウェルだが、己の立場から政治と無関係ではいられない。政治と密接に関係する立場だからこそ、言えることがある。オーブでは、誰もカガリに対してこういったことは伝えないはずだ。現状の首長たちは、カガリには理想のみを語っていてほしいはずであり、まだ未熟者であることこそが彼らにとって都合がいいのだから。

 

「……では、私が間違っていると。お兄様は、そうおっしゃるのですか?」

「何が正しく、何が間違いなのかを判断するのは俺ではない。後人たちが判断することだ。俺は、これ以上無駄な犠牲は増やしたくない。プラントを、守るために出来ることをしているだけだ」

「プラントを……では、お兄様にとってオーブは」

「……俺がオーブに手を出すことは、最終手段だ。あの国を戦争の道具にするのなら、俺はそれを許した組織と戦うことを辞さない。それが、お前の判断だとしても、だ」

 

 オーブは中立国。何らかの形で、それを再び失うことがあれば、誰であろうとも許さない。ある意味での警告だった。

 

「それだけは忘れるな。プラントにいても、俺はアスハの家であることを捨てない。伯父上や母上が最期まで守り通した理念と覚悟を踏みにじる真似は誰にもさせやしない」

「……でも、それは身勝手では、ありませんか? お兄様は、オーブではなくプラントを」

「そうだ。これは、俺が勝手にすること。傲慢な手段だろう。糾弾されて当然だ。プラントからも非難される行動だろうな」

 

 シリウェルは苦笑する。非難されるのが、目の前の従妹であってもシリウェルは実行に移す。それが、オーブを押し付けてしまったせめてもの償いだ。カガリは、知らなくていい。

 

「話が逸れたな。俺が言えるのはこれくらいだ。その上で、代表を続けるのなら……考えを戒めろ。周囲はお前が考えている以上に、お前をお飾りとしかみていない」

「……は、い」

「……邪魔をしたな。カガリ、アスラン、元気でな」

「……はい。ありがとうございます、ファンヴァルト隊長」

 

 涙目になっているカガリ。抱き寄せたくなるのを耐えて、シリウェルは部屋を出た。あのような顔をさせた張本人が慰めることなど出来ない。ここは、アスランに任せるしかないだろう。

 

「シリウェル様……良いのですか? その」

「甘やかされては成長しない。……カガリは強い。経験を積めば、その意志を生かして良い為政者となる。だが、今は時間が足りなすぎる。これで、少しでも警戒してくれることを願うしかないんだ」

「えっと……何か、あるのですか?」

「何もないなら、俺が言うことはない。この話は終わりだ。だが、ミーア。君も肝に命じておけ。これから世界は動く」

「は、はいっ」

 

 




嫌いではないのですが、最初の彼女はちょっとなぁと思うところがあったので・・・ご不快に思われた方がいたならすみません。
今後に踏まえて、身内に警戒心を抱かせたかったシリウェルの兄心のつもりです。


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第70話 嬉しい再会

シン視点になります。


 警戒体制は解かれておらず、アラートはイエロー。しかし、パイロットであるシンたちにやることはない。今のうちに休憩ということで、シンは交代で休憩に入ったアーシェと共に艦内を散策していた。本来的ならば、式典にて見ることが出来た筈だが突然の出撃となり叶わなかったのだ。

 

「各個人の部屋は、大体が相部屋だけどシンはレイとだったよね?」

「ん? あぁ、アーシェは誰と何だ?」

「私はメイリンだよ。同じブリッジ要員だし、寮でも同室だったから気分的には楽だと思う」

「そっか……」

 

 アカデミーから一緒にこのミネルバに配属されたのは、シンたちの同期が多い。新造艦ということもあるのだろうが、ザフト軍において沢山のルーキーを投入することは、珍しくはなかった。戦争当時なら、当たり前に前線投入され殉死することも少なくなかったらしい。

 ミネルバの搭乗員の構成は、ベテランのパイロットはいない。しかし、ブリッジ要員やメカニック要員はベテラン勢が多くを占める。これは、先の大戦の戦死者がパイロットに多くあったということを指しているのかもしれない。

 

「……なぁアーシェ」

「どうしたの?」

「これから……また戦争が始まると思うか?」

「シン……そう、だね。未確認だけれど、恐らくは大西洋連邦の仕業だろうし……被害も出てるから、可能性はあると思う」

 

 先のアーモリーワンの件。あれがどういった勢力によって行われたのか。シンたちは知らされていない。あの襲撃で、アーモリーワンは大きな被害を被った。人的被害もゼロではなかったに違いない。出撃してしまったシンには、想像することしかできなかった。

 

「……シン、大丈夫?」

「ん? あ、あぁ。大丈夫。ちょっと、気になっただけだから」

「うん……なら、良いけど」

「ほら、食堂に行って何か食べてこようぜ」

「シン……うん、そうだね!」

 

 曇っていた表情から笑みを見せるアーシェ。何も解決はしていないが、シンに出来ることはない。ただ、求められた役割を軍人としてこなすだけだ。

 

 

 

 そうして食堂に向かう前に、格納庫の前を通った時だった。

 

「──あぁ、頼む」

「はっ、承知しました、シリウェル様」

「シリウェルって……まさかっ」

 

 聞いたことのある声。そして、呼ばれたその名を聞いてシンは駆け出し、格納庫へと急いだ。

 

「シリウェルさんっ!」

「兄様っ!」

 

 姿を捉えて大きな声を出す。白い指揮官服を着ているシリウェルがそこにいるのだ。

 シリウェルも呼ばれた声に振り返り、シンとアーシェに気づく。

 

「アーシェ、それにシン?」

「兄様~~っ!」

 

 ドンっと勢いのままアーシェはシリウェルに抱き着いた。格納庫には重力がないため、シリウェルは抱き着かれた勢いのままに浮遊する。

 

「元気そうだな、アーシェ」

「はいっ! 兄様は……その……少し疲れてますか?」

「……そう見えるか?」

「はい……」

 

 アーシェの言葉に苦笑するシリウェル様だが、シンから見てもその顔色は優れないように見えた。アカデミーを卒業したばかりの新人であるシンたちとは違い、シリウェルは軍のトップに立つ要人でもある。気苦労も多いのだろうから、疲れていること自体は不思議ではない。だが、アーシェは少し違うらしい。

 

「兄様……大丈夫、ですか? 何か──―」

「問題ないさ……心配するな」

「でも──―」

「それよりも、半年振りになるか……アーシェ」

 

 言葉を遮るようにシリウェルが重ねる。話題を不自然に変えてきたということは、これ以上触れない方がいい話題なのかもしれない。徐々に降りてきたアーシェとシリウェルはシンの元へと来る。シンが手を伸ばし、アーシェを降ろした。

 

「シンも……久しぶりだな」

「……はい、シリウェルさん」

「アーシェ、シン……ちゃんと顔を見て言ってなかったな。アカデミー卒業おめでとう。二人とも優秀だったと聞いているよ」

 

 アカデミーへと入学してから、シンもアーシェもファンヴァルト邸へは帰宅していなかった。同期の中には帰省をしている人もいたが、シンたちが帰ってたとしてもシリウェルは屋敷へ戻ってきてもゆっくり話す時間さえない状況だった。それならば、アカデミーにいた方が会う機会もあるかもしれないと、二人とも帰省を選ばなかったのだ。どちらにしても、顔を合わせたのが半年ほど前のアカデミー内の講義であり、会ったといえるほどではなかったので、手紙ではなく顔を見て話をするのは本当に久しぶりだった。

 

「ありがとうございます、シリウェルさん!」

「兄様、ありがとうございます。でも……私はシンほど優秀じゃありませんでした。赤服も着れませんでしたし……兄様の妹なのに、すみません」

「……謝る必要はない。ここは前線だ。ミネルバにいる……それだけで軍人としては優秀だという証。軍服の色だけで、優劣は決まらない。それに……」

 

 シリウェルはポンとアーシェの肩に手を乗せ、微笑んだ。

 

「お前が赤を着ていないこと、俺は嬉しい……兄として、だがな」

「……兄様」

「だから、シンが赤を着ていることは少し複雑だ」

「えっ」

 

 次にシンに視線を合わせ、シリウェルが苦笑する。シンは思わず声を出してしまう。アーシェはともかく、シンに対してそんな風に思っているとは思わなかったからだ。単純に喜んでくれていると思っていた。

 

「……そこまで驚くことではないと思うが」

「いえっその、すみません……」

「シン……例え君が家を出ても、俺は君の保護者のつもりだ。アーシェと同じく、守る存在だと。だから……守るべき人が己の手を離れていくという点に於いては、寂しさを感じている。と同時に、軍の責任者としては誇らしい。だから、複雑なんだ……お前を……戦場に送る指示を、俺が出さなければならないからな」

「あ……」

 

 言われて、シンは今回の出撃の時のことを思い出した。回線で告げられたのは、シリウェルからの指示だったはずだ。

 

「シリウェルさん……」

「公私混同はしない。だから、これからも俺はそうするだろう。それがどのような戦場であっても……」

 

 ミネルバは現時点で、戦場にいる。いつ戦闘になってもおかしくはない。否、対象を追っているという点では、こちらから仕掛けているとも言える。そうすることを認めたのはシリウェル。従うのは軍人となることを選んだシンたちの責務だろう。

 わかっていてシンはこの道に来た。だが、指示を出す側となるシリウェルの苦悩まではわかっていなかった。

 シンは拳に力を込めた。

 

「シンそれにアーシェも……お前たちは新人だ。不用意に力を振るわないこと。戦いに正義を求めてはいけないこと。ただ、指示されるだけの軍人とならないこと。これを忘れないでほしい」

「兄様は正しいのではないのですか? だって、兄様はプラントの英雄で、国防委員長です。だから……」

 

 声には出さないがシンもアーシェと同じ気持ちだった。これまでもずっと、シリウェルはシンにとって正しい道を示してくれる賢人だ。戦いに正義を求めないということは、シリウェルが行っていることは正しくないと言っているようなものだった。

 しかし、シリウェルは首を横に振る。

 

「俺とて人間だ。人は過ちを犯す生き物であり、俺も例外ではない。出来るだけ最善の道を選んでいるつもりだ。アーシェ、シン……俺に盲目的に従うなよ」

「あ……」

「兄様、それはどういう……」

 

 困惑しているシンたちの頭を撫でると、シリウェルは微笑んでそのまま機体の元へと帰っていった。そこには、女性が一人待っている。

 そのまま女性の手を取り機体のコックピットへと入るのを、シンたちは黙って見送った。

 



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第71話 真意

シン視点続きます。


 食堂に座り、シンとアーシェは食事を摂っていた。次にいつ戦闘が始まるかわからないため、動けるうちに摂ることにしたのだ。

 だが、食事の手はあまり進んでいない。

 

「……」

「さっきの……どういう、ことかな……? ねぇ、シン」

 

 アーシェの困惑は、シンにも理解出来た。シンとて、シリウェルの意図がわからないからだ。シリウェルは正しいはずで、その彼がすることならシンは従うつもりでいる。しかし、それはシリウェルが望むものではないようだ。

 

「わからないよ……俺にも。でも……それでも、俺はシリウェルさんに従うと思う。あの人がそうすると判断したなら……」

「うん……そうだよね……それで、いいんだよね」

「……」

 

 それはシリウェルが望むことではないのかもしれない。だが、今のシンにはわからなかった。シリウェルが懸念していることが何なのか。

 会話少なく食事を終え、シンとアーシェは食堂を出た。そろそろ休憩も終わりだ。アーシェはブリッジに行かなければならない。

 ブリッジへと移動していると、アーシェがある部屋の前で止まった。

 

「アーシェ?」

「……シン、ちょっといいかな。その……せっかくだから姉様に会っておきたい」

「……オーブ代表のところにか?」

「うん……あの戦争の後から、会っていないし」

「……わかった。一緒に行くよ」

 

 相手は一国の代表だ。シンが会える相手ではないが、無意識かアーシェの手はシンの軍服を掴んでいるので、付いてきてほしいのだろう。いるだけで、何かをするわけではないのだから。

 アーシェは相手を呼び出すため、部屋のボタンを押す。

 

『誰だ?』

「えっ……あ、あの私……カガリ姉様は、居ますか?」

『姉様? 君は……』

 

 声は男のものだった。カガリが出てくると思っていたアーシェは、困惑しながらカガリを呼ぶ。

 

「私、は……アーシェ・ファンヴァルトです」

『ファンヴァルト? ……そうか、ファンヴァルト隊長の……わかった』

 

 ファンヴァルト隊長。即ちシリウェルの妹だと分かったのだろう。程なくして、扉が開くとそこには見覚えのない相手が立っていた。

 

「え……?」

「すまない、入ってくれ」

「……は、はい。シン、もいいですか?」

「? ……あぁ」

「失礼します」

 

 アーシェと共に招き入った部屋。そこにはベッドに腰を掛けているカガリがいた。アーシェがほぅと安堵の息を漏らす。

 

「……久しぶりだな、アーシェ。本当に無事で良かった」

「……カガリ姉様。すみませんでした。何の連絡もせず、それに……お礼も言っていませんでした」

「君は私にとって従妹だ。遠慮はいらない。気にするな」

「姉様、ありがとうございます」

 

 頭を下げるアーシェに、笑みを見せるカガリ。やはり、身内なのだなとシンは改めて認識した。

 ふと、横を見れば先程の男と目が合う。何となく気まずくて、シンは直ぐに目を逸らしてしまった。

 

「そう言えば、彼は?」

「あ……彼はシン・アスカです。私と同期で同じく、ここに配属されています。ね、シン」

「……シン・アスカです。宜しくお願いします」

「アスカ……もしかして、君は……」

 

 シンの名前に反応するカガリ。アスカという名前はプラント国民としては珍しいものだ。逆にオーブであれば、ありふれたものだろう。カガリは、そう感じたはずだ。だから、シンは答えた。

 

「そうです。俺は……オーブ国民でした。今は、プラントに居ますし、これからもそれは変わりません」

「そう、か……」

 

 暗にオーブへは戻らないと言っているのだ。レイからオーブ代表はプラント移住者に帰還を求めているという話を聞いている。カガリがその代表だ。だから、シンは何かを言われる前に牽制のつもりで伝えた。

 

「姉様、そちらの人は……その」

「……あ、あぁ。彼は」

「俺は、アスラン・ザラだ。今は、カガリの護衛をしている」

「アスラン・ザラ……と言うことは、その……ザラ議長の」

「……あぁ、息子だよ」

 

 シンにとっては、それほど馴染みはない名前だ。しかし、アカデミーにいた頃には聞いたことがある名前だった。射撃を始めとした戦闘技術、パイロットとしての技量は、アカデミー内でも歴代トップレベルだった元エースパイロット。記録だけではあるが、シリウェルと同等がそれ以上の腕前だと言われている。それだけで、シンからしてみれば気にくわない存在だった。

 

「あんたが……あの」

「とても、優秀な方だと聞いています。兄様と同じかそれ以上だと……」

 

 まさにシンが考えていることをアーシェが口にする。どう反応するかと、シンたちが見ているとアスランは困ったように笑った。

 

「あくまで成績の話さ。……実際、ファンヴァルト隊長に敵うとは思っていない。あの人は、俺よりも広い世界を見ているし、指揮官として沢山の人を救ってきた。単純な対人ならば、俺に軍配が上がったとしても……そんな人に俺が敵うことはない」

「アスラン……」

 

 シンは実際にシリウェルが戦っているところを見たことはない。勿論、アスランもだ。確かにアスランの言うとおり、成績の上での話で教官らが勝手に話していただけのこと。

 

「えぇっと、その……もうプラントには戻られないのですか?」

「今は、その方がいいと思っている」

「アスラン?」

「君と同じさ、シン」

 

 オーブからプラントに来たシン。プラントからオーブへと渡ったアスラン。戻らないという点については、シンもアスランも変わらない。

 

「そうですね……」

「あぁ」

 

 別に、シンはアスランが戻ろうと関係ない。アーシェもただ話題として聞いてみただけだろう。

 あまり長居してもダメだろうと、シンが動こうとすると、その前にアーシェが口を開いた。

 

「あ、あの! 姉様は、兄様に会われたのですか?」

「えっ!」

「先ほど、兄様と艦内でお会いしました。だから、すぐ側に──―」

「シェルお兄様になら、会った……」

「えっ……」

 

 アーシェの言葉を遮り、カガリは今までとは違う固い口調で告げた。

 

「……けれど、私にはお兄様の考えている事がわからなかった。それで……叱られてしまったんだ」

「カガリ姉様……」

「お兄様に叱られたことなんて、数えることしかなかった。だから……ショックも合って……」

「カガリ……」

 

 カガリは俯き、膝の上で組まれた手を握りしめていた。以前、アーシェがアカデミー入学に反対された時にも同じように震えていたことをシンは思い出す。身内に対してシリウェルが怒るということは、恐らく本気で相手を思っているからだ。間違いなく、カガリに対してもそうだろう。

 

「……怒ってくれる相手がいるならいいと、俺は思いますけどね」

「えっ……?」

「ちょっ、シン?」

「だってそうだろ? シリウェルさんが何も考えずに怒るわけないし……あんたが大切だから怒ったんじゃないですか」

 

 カガリを何で呼べばいいか困り、敬称をつけるのが癪で名前を避けてしまった。噂だけで気に入らないとは思っていたけれど、やっぱりシンはカガリを好きにはなれなかった。その態度が言動には現れている。

 

「シン……えっと、姉様、シンは」

「いや、いいんだ。きっと彼の言う通りなんだろう。……あれは私の為の言葉だ。お兄様が、世界を憂いていないはずがないのだから……やはり私にはまだ見えていないものがあるということか……」

「姉様?」

 

 それ以上、カガリは続けることはなかった。時間的にもう戻らなければならない。シンは未だにカガリを気にするアーシェを引っ張るように部屋を出ていくのだった。

 

 



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第72話 犠牲と異変

思い出しながら書いているので、色々と原作と違っているかもしれません。


 ミーアと共にシリウェルは艦へと戻ってきた。

 機体から降りると、そのまま私室へと向かう。ついてきたミーアに先にブリッジへ向かうように指示をし、シリウェルは一人部屋へと入った。

 

「……評議会へ連絡が先か……」

 

 通信回線を開き、待機しているであろう最高評議会へと繋ぐ。被害の確認も終わった頃なはずだ。その辺りも聞いておきたい。

 

『シリウェル様』

「そちらの状況はどうだ?」

『はい、現在確認を終えたところでございます。死者は30名ほどで軽傷から重傷者までを含めて100人を越えていました。現在、各市の病院へ移送を開始しているところです』

「……死者が出たか」

『……申し訳ございません』

「いや、責任を被るのは俺の方だ。このタイミングにミラージュコロイド……中から知れたと考えるのが妥当だな」

 

 軍の責任はシリウェルのもの。軍の守備に穴が合ったということだ。守備隊も責任を感じていることだろう。プラントに比べて手薄になってしまうことは、ある程度仕方ないとはいえ、正式な御披露目を前に襲撃されてしまったのだから。

 シリウェルは頭を抱えた。

 

『シリウェル様……』

「いや、すまない。今はこれからどうするかを考えるのが先だな。建物の被害はどうだ?」

『そちらは新型MSを格納していた場所に限られていますので、然程甚大なものはありません。ただ、一つだけ申し上げますと……』

「何だ?」

『被害者の多くは、人の手によって殺害されたものになります……かなりの手練れかと』

「……そう、か」

 

 ふと、前回の大戦時のアラスカでのことを思い出し、シリウェルは己の腹部に手を当てた。軍人ともなればコーディネーターがそう簡単に遅れを取るとは思わない。しかし、シリウェルでさえあの時は重傷を負った。多人数に対し一人だったのもあるが、それでもただのナチュラルではなかったのは確かだ。

 

「確認ご苦労だった……帰還次第、結果は俺から報告する」

『シリウェル様……わかりました。お願いします』

「それと、ウルスレイはミネルバに避難していた。無事を確認している」

『議長がっ!? ……それは、お手数をおかけしました』

「あれのすることだ。気にするだけ無駄だろうが……小言はそちらに任せる」

『承知しました……』

 

 回線を切ると、シリウェルは背もたれに身体を預ける。

 状況は悪い。あの母艦の所属が分かれば、抗議することも可能だ。しかし、その情報は何もない。更に悪いことに、どうやら内部に情報を流している人物がいるらしい。まるで、先の大戦でのラウの立ち回りのようだ。同じような想いを持つものがいる、ということなのか。それとも別の思惑があるのか。

 

「後手に回ってる……どうやら、本格的に始まりそうだな」

 

 いつかはやってくることだと思っていたが、予想以上に早く事態は動いているようだ。

 

「……やるしかないか」

 

 重く息を吐き、シリウェルは身体を起こす。PCを立ち上げ、キーボードに指を走らせた。無数のようにみえる文字の羅列が切れることなく、目の前に流れていった。

 

 

 

 

『隊長っ!』

「っ!」

 

 突如に大きな声がシリウェルの思考を遮った。ハッと我に返る。回線はブリッジからもたらされたものだった。

 

「どうした?」

『緊急回線にて、ユニウスセブンに異常が生じているとの報告があります!』

「ユニウスセブンが?」

 

 世界の情報を整理していて、そちらの報告を見落としていたことにシリウェルは思わず舌打ちした。よく見れば、その情報はシリウェルにも届いている。

 

「艦を向かわせろ! 直ぐにだ!」

『はっ』

 

 急ぎPCを閉じ、シリウェルは部屋を飛び出していった。

 

 ブリッジに入り、直ぐにレンブラントの横につく。

 

「状況は?」

「例のボギーワンを追っていたミネルバが近くにいたので、先行しています」

「ミネルバか……後はどうなっている? 今日の巡回なら、ジュール隊も近くにいるはずだ」

 

 全ての隊の予定は頭に入っている。異変を察知したのなら、彼らの方が先に向かっているだろう。

 

「はい。イザーク・ジュールよりユニウスセブンの状況を確認する旨、報告がありました」

「……そうか。だが、どうして……」

 

 血のバレンタインから多少の軌道変動はあったものの、全て想定内のことで軌道を大きく外れることなどはなかった。

 しかし報告では、ユニウスセブンはその軌道を大きく外れ、このままでは地球の引力圏内へと向かってしまうということだった。自然に軌道を外れる。そんなことが起きうるのか。これまでの歴史において、全く起きないとは言い切れない。だが、このタイミングだ。

 

「……嫌な感じだな」

「隊長?」

「あまりにタイミングが良すぎる。狙ってると言われてもおかしくない」

「……確かに、それはそうかもしれませんが、一体何のために」

 

 このままだとユニウスセブンが地球に落ちてしまう。何とかして軌道を戻し、落下を回避しなければ地球が大きな被害を受ける。それだけはさせるわけにはいかない。

 

 ミネルバから帰還した時点でプラントへの帰路を取っていたため、距離は離れてしまっている。この時は、己の判断に文句をつけたい気分だった。

 



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第73話 ユニウスセブン崩壊

色々変わってます。


 ユニウスセブンへ急いでいると、ミネルバより通信が入った。繋ぐとグラディスが映る。

 

『ファンヴァルト閣下』

「グラディス、どうした?」

『……本艦に搭乗しているオーブ代表の護衛である彼が協力を申し出ております。その判断を仰ぎたいのですが』

 

 聞けば、シンを初めとするパイロットたちは出撃しているとのこと。MSが余っているなら、協力させてほしいとアスランが言ってきたという。

 確かに、戦力としてはかなりのものだ。ミネルバのパイロット三人が相手になっても及ばないほどに。だが、アスランはオーブにいて、現在ザフトの所属ではない。

 シリウェルは目を瞑り考える素振りを見せる。腕は鈍っているかもしれないが、それは直ぐに慣れる。

 

「隊長?」

「……グラディス」

『はっ』

「許可はしない。アスラン・ザラは、現段階で民間人と同等。軍人ではない相手を使うわけにはいかない」

『閣下……わかりました』

「こちらもそろそろ到着する。そこで待て」

『はっ』

 

 プチンと画面が切れる。レンブラントが意味ありげな視線を向けていることに、シリウェルは苦笑した。

 彼の名前に反応したのだろう。

 

「彼は、今カガリの側にいる。護衛としてな」

「……そうでしたか。なら、尚のこと戦力になるのではないですか?」

「確かに、彼の力量はこの状況において、かなりの力となる」

「隊長……」

 

 緊急時だ。レンブラントもアスランを出撃させるべきだと考えたのだ。だが、シリウェルは首を横に振った。

 

「あれは、今はザフトとは関係ない立場だ。ここで彼に協力を依頼すれば、オーブとの問題となる」

「それは……確かに考えられることですが、しかし──―」

「あいつらに隙を与えるわけにはいかない。これからのためにはな」

「隊長?」

 

 レンブラントには何のことを言っているのか理解できていないはずだ。それはそうだろう。これは、シリウェルにとって私的な問題なのだから。

 

「隊長、ユニウスセブンです!」

「状況は?」

 

 ユリシアの声が届き、シリウェルは映し出された画面に視線を移す。複数のシグナルがあるが、そのほとんどがザフト軍の所有するものだった。

 

「……隊長、これはどういうことでしょうか」

「ユリシア」

「は、はいっジュール隊より報告があります。……その、我軍より離脱した元ザラ議長の信望者、とのことです」

 

 信望者。その言葉にシリウェルは、拳を握りしめた。

 

「だから、厄介なんだ……」

「隊長?」

「……何でもない。ユニウスセブンを落とすことが目的ということだろう。ザフトの兵が関わっているというのなら、あれを落とさせる訳にはいかない」

「っはい」

「MS隊、出撃だ。俺も出る。レンブラント、後は任せた」

「はっ、隊長もお気をつけて」

 

 見送られながら急ぎ格納庫へと向かう。これはある意味で先の大戦の後始末だ。何としても防がなければならない。万が一にでも落ちてしまえば、プラントやコーディネーターへと疑念が増すことに成りかねないのだから。

 

 機体へと入り、シリウェルは直ぐに宙域へと出た。シグナルは全てザフト軍のもの。把握するのは容易い。

 戦闘中であったMSの所属を照合し、ジュール隊のものではないことを確認。シリウェルは回線を開く。

 

「こんなところで何をしている」

『っ、シ、シリウェル・ファンヴァルトっ!』

「自分たちが何をしているのかわかっているのか?」

『貴様こそ、何をしているのだっ! ナチュラルを滅ぼすことこそが、正義だ! パトリック・ザラこそが正しくコーディネーターの未来を創る!』

「……話にならない」

『我らこそが正しい! ナチュラルなど、滅びてしまえばいいっ』

 

 それが、彼らの動機なのだ。盲目なまでにパトリックに従う。己で考えることを放棄し、信望者となった末路だ。

 

「……俺は、互いが手を取り合う未来を信じている。それを壊すと言うのなら……」

『なっ!』

 

 ビームソードを手に機体を一刀両断にすると、相手の機体が爆発した。かつて、味方であった相手をシリウェルは斬り捨てる。慈悲はなかった。

 

「残念だ……」

『ファンヴァルト閣下っ』

「イザークか……最早、説得は無理だ。テロリストを一掃する」

『……はっ。それと、報告が』

 

 テロリストたちはユニウスセブンに装置を取り付け、軌道を変えているらしい。先ずはそれを外すのをイザークらに優先してもらう。

 シリウェルは邪魔をするであろう連中を消す。久しぶりに行う戦闘。そこにどこか高揚感を得ていた。

 容赦なく斬り、散っていくテロリスト。シリウェルの目の前には戦闘中のシンたちの姿があった。テロリストは、熟練したパイロットたちだ。流石のルーキーたちも苦戦を強いられているようだった。

 

「……時間が惜しい。仕方ないか」

 

 本当なら彼らにも対戦経験を積ませてやりたいが、状況的に余裕はない。シリウェルはそのままビームでシンたちから視線をこちらに引き付けると、次の瞬間にはコックピットへ攻撃を命中させた。爆発するのを見届け、シンたちへ回線を開く。

 

「無事だな」

『シリウェルさん!?』

『シェルっ』

『え、えぇ?』

「時間がない。お前たちはジュール隊の作業をフォローしてほしい」

『は、はいっ』

 

 それだけ告げると、シリウェルはその場を去る。まだユニウスセブンは止まっていない。このまま進めば、手遅れとなる。いや、既に地球の引力圏内に近づきつつあった。

 

「まずいな……イザーク」

『はっ、あと一つで終わりです』

「そう、か……引力圏内に引っかかる。MSは全員帰投させろ」

『わかりました。……その、閣下は?』

 

 シリウェルはどうするか。この大きさのまま落ちれば、被害は甚大なものとなる。海に落ちれば、津波となり人々を飲み込む。陸地に落ちれば、周辺を巻き込んで多くのものを破壊するだろう。なら、選択肢は残されていない。

 

「君は、戻れ。命令だ。いいな」

『閣下っ……わかりました』

 

 渋々といった風に了承したイザークの回線を切り、シリウェルはレンブラントへと繋いだ。

 

「レンブラント、MS部隊帰投。ミネルバへも通達しろ。出来るだけ、ユニウスセブンから離れるように」

『隊長っ、まさかっ!』

「後は頼む」

『たい──』

 

 説教を聞いている時間はない。シリウェルはレイフェザーの武装を全て開放し、ユニウスセブンの破壊を試みる。これだけの大きさだ。MSの威力では、完全破壊など出来るわけがないだろう。それでも、やらなければ地球にいる人々へ被害が出る。今のシリウェルに出来ることは、少しでも被害を押さえることだけだ。

 

『シリウェルさんっ!』

「っ! シンっ!?」

 

 そこへ突如声が届いた。見れば、インパルスがこちらへと向かっている。

 

「戻れと言ったはずだ。グラディスからの命令を聞かなかったのか?」

『それは、聞きました。けど……けど、シリウェルさんが戻らないって聞いて……』

「シン。お前がしていることは軍規違反だ。わかっているのか?」

 

 眉を寄せて画面に映し出されたシンを見据える。語気はいつも通りではあるが、怒っていることは伝わっているだろう。

 

『でも……それでも、俺は』

「シン、もう一度言う。戻れ」

『っ……俺は、戻れません。ここで、シリウェルさんを置いていけばきっと後悔する。アーシェも、俺も……もう、誰かを守れずに後悔するのは嫌なんです』

「シン」

『だから……俺もやります! そのために、俺は志願したんですっ』

 

 破壊作業をするシン。既にMSも地球の引力圏内に入っている。これでは戻ることは既に難しい。シリウェルはため息をついた。

 

「……仕方ない。圏内突入フェーズのことはわかっているな?」

『は、はい』

「ならいい……俺が合図したら書き換えには入れ」

 

 シンは第2世代コーディネーターだ。シリウェルよりも耐性は強い。もしもの事態には陥らないはずだ。

 それよりも、ユニウスセブンの破壊をしなければならない。一機増えたことで作業は効率を増す。

 細かく砕かれた破片が、地球へと降下していくのを見ながら、シリウェルは限界を感じた。

 

「これまで、か……シン、準備しろ」

『はい、大丈夫です』

「そうか……巻き込んですまないな」

『シリウェルさん……』

 

 そのままユニウスセブンと共に、機体は大気圏へと落ちていくのだった。



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第74話 闇の胎動

随分とお待たせしてしまいましてすみません。
もう見ていない人もいるかもですが、続きです!

これからも不定期更新でやっていきます。ごめんなさい・・・


 降下していく中で、破片が広がりながら落ちて行くのを見て、シリウェルは眉を寄せ拳を握りしめた。

 元の大きさからすれば小さな破片。しかし、ひとたびそれが地上へ落ちれば人の営みを破壊する恐怖の破片となる。どれだけの破片が落ちて行くのかわからないが、少ないくない被害が出ることは予想するに難くない。

 

「……すまない」

 

 これが世界へどういう変化をもたらすのか。決して良い方向性にはならないことはわかっている。しかし、それ以上に父の墓標でもあった場所が壊されたことに、シリウェルはやりきれない想いを抱いていた。

 

『──ょう、隊長!』

「……レンブラントか?」

『ご無事ですか、隊長?』

「あぁ、座標は……そこか。そのまま降下だ。俺が合流する」

『……はっ』

 

 母艦は直ぐに確認できた。距離的に、シリウェルが動いた方が速い。その前にと、シリウェルは回線を開く。

 

「シン、無事か?」

『は、はい!』

「わかった。今回は命令違反だ。説教の一つや二つは覚悟するんだな」

『は、い……』

「だが……助かった。礼を言うよ、シン」

『シリウェルさん……はいっ!』

 

 落ち込んでいた表情がぱぁっと明るくなった。それを見て苦笑すると、シリウェルは回線を切る。

 

「それでも……犠牲は出る。被害者からすれば、コーディネーターを非難したくもなるだろうな」

 

 破片は小さくした。手は尽くした。しかし、今も降り注ぐ破片の落下により、被害を受けた者たちにとっては意味のない言葉だ。言い訳と言ってもいい。結果が全てなのだ。その過程に意味などないことは、シリウェルも良くわかっていた。

 

 

 ミネルバの姿は見えないが、シンを見失うことはないだろう。単純な性能だけでいえば、カーリアンスよりも上なのだから。後程ミネルバとは状況確認をしなければならないが、まずは現状把握が最優先だ。

 母艦に戻れば、格納庫でユリシアが待っていた。

 

「シリウェル様っ!」

 

 足早に駆け寄ってくるユリシアをシリウェルは苦笑しながら、抱きとめる。ここが格納庫で、他にも人はいる。シリウェルを出迎えるためにだ。いつものユリシアならば人目を気にして真っ赤にする場面ではあるが、それを気にする暇もないほど不安にさせた、ということなのだろう。

 

「心配かけたな……すまない」

「本当に心配しました。ユニウスセブンがばらばらになって……シリウェル様がいなくなったらと」

 

 シリウェルの軍服をぎゅっと握りしめるユリシア。いつもと違う様子に、シリウェルは戸惑う。シリウェルが出撃することなどいつものことだ。更に言うならば、前回の戦争の時はもっと無茶をした自覚もある。それに比べれば大したことではないのだが。

 

「ユリシア、あとで話そう。今は、状況を優先したい」

「あ……申し訳ありません」

 

 己が取り乱していたことを悟ったのか、スッと手を離したユリシアは顔を真っ赤に染めて俯く。シリウェルも不安にさせた自覚はある。落ち着いたらユリシアと話すと決め、急ぎ格納庫を出て行った。

 

 

 一方、残されたユリシアは自分がしでかしたことを漸く認識し、羞恥心で一杯になっていた。そこへ、整備士の女性が一人近づく。

 

「ユリシア、大丈夫?」

「……大丈夫、じゃないかも」

「貴女らしくもない……隊長が戦場に行くことなんて今までも何度もあったでしょ? ユニウスセブンのはちょっとびっくりしたけど隊長の腕なら心配いらないってわかってたのに、どうしたの?」

 

 

 トントンと肩を優しく叩きながら近づいてくる彼女は、ユリシアとアカデミーで同期だったテレッサ・バーンだ。母艦がヘルメスだった前回の戦争の時も整備士としてファンヴァルト隊に配属していた。シリウェルともユリシアとも付き合いは短くない。

 

「わからない……けど、すごく不安になって……」

「そう」

「……少し頭冷やしてくる。シリウェル様に迷惑を掛けちゃったから」

「隊長はその程度気にしないんじゃない? まぁ、今はユリシアに構っている状況ではないだろうけど」

「うん……」

 

 シリウェルの立場上、真っ先にすることは状況の確認だ。それを一時とはいえ、足止めしてしまった。そのことを思うと、ユリシアは自己嫌悪に陥ってしまう。ユリシア自身どうしてあのような行動をしたのかわからないのだ。ただ、いつになく不安で堪らなかった。それを抑えきれずに、シリウェルの姿を見て駆けだしてしまっただけで。

 

「あとで謝りにいってくる」

「うんうん、そうしなさい」

 

 テレッサとユリシアがそんな話をしている間、その対象であるシリウェルはブリッジにて険しい表情で報告を聞いていた。

 

「最悪だな……」

「えぇ」

 

 ユニウスセブン落下。その影響、損害は直ぐに判明することではない。だが、既に世界では落下の映像が流されていた。更に加えれば、コーディネーターのテロリストによるものだという説明をしているところもある。あの場には、ボギーワンもいた。大西洋連邦へ情報が流れてもおかしくはない。だが、情報が流れるのが早すぎる。

 

「こちらが何か手を打つ前に、ということか。そしておそらくは、中立を保っている各国へ圧力をかけるつもりだろう」

「……なるほど、地球圏の勢力を大西洋連邦へということですか」

 

 地球へのテロを起こしたコーディネーターを悪とし、プラントへの不信感を煽る。今回、プラントへ襲撃したことも有耶無耶にするつもりだ。ユニウスセブン条約を無視した武装についても同様に。

 

「隊長……どう、されますか?」

「……」

 

 ここで一番に考えなければならないのは、プラント。だが、シリウェルの脳裏にはオーブが浮かんでしまう。今のカガリに、この状況を御しきることができるだろうか。答えは否だ。その意志が強くとも、彼らブルーコスモス側の首長たちを論破するだけのものがカガリにはない。ならばその先に待つものは……。

 シリウェルは、強く拳を握りしめる。一時とはいえ、オーブの理念が崩される瞬間を見なければならない。唇をかみしめ、そっと目を閉じた。

 

(……すまない、皆……)

 

 オーブにいるシリウェルを慕ってくれている者たちへ、心の中で詫びる。だが、今の情勢ではオーブを見捨てる選択をしなくてはならない。それが、シリウェルの立場でもある。何よりも、これ以上状況をひどくさせないために。

 

「隊長?」

「……カーペンタリアへ向かう。その後、本国へ帰還だ」

「はっ」

 

 レンブラントへ指示を出すとシリウェルはブリッジを後にするのだった。

 

 

 



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第75話 予兆

随分とお久しぶりですが、続き投稿します!

こうしてたまーに更新していきますので、気長に待っていただけると……(^_^;)




 カーペンタリアへと戻ったシリウェルは、艦を降りるとすぐに本部へと向かった。

 地球圏の情報はこちらの方が入ってきやすい。各地に情報提供者がいるからだ。既に情報を集めるようにと指示は出してあった。シリウェルが本部へ入れば、中は慌ただしく現在進行形で情報確認中だった。

 

「閣下!」

「手を休めなくていい。情報整理を優先してくれ」

「「はっ」」

 

 シリウェルの姿に立ち上がろうとした彼らを制止すると、シリウェルは一番信頼している部下の下へと足を向ける。ここで情報を集約しているのが彼だ。

 

「ギース、どうなっている?」

「はい。被害状況は現在、ここまで判明しております」

 

 画面を見れば、各地の被害情報が乱雑な文章で入ってきているところだ。だがまだ全体把握するには情報が足りない。

 ローマ、上海、ゴビ砂漠……フィラデルフィア。たくさんの被害情報が読み取れる。まだあちらも確認中であり、死者負傷者の数は出てきていない。津波の被害も多数。これらの被害状況が出てくるのは今しばらくかかりそうだ。

 

「クソッ……」

「ファンヴァルト閣下」

「声明を出すのは、俺より議長の方がいいだろうな」

 

 何にしてもこの状況だ。これ以上の被害があると考えて動いた方がいい。今回の件はプラント側の責任だ。だが、そこをコーディネーターへの悪意につなげられるわけにはいかない。ブルーコスモスよりも早く動かなければならないのだ。

 

「支援物資の手配をする。あと、小隊を救援活動として被災地へ送る」

「はっ」

 

 議長であるウルスレイも早急に動いた。世界へと声明を発信すると同時に、救援活動の報告を行う。ザフト軍もそれに協力するという形だ。

 地球での対応はウルスレイに任せることとし、シリウェルは直ぐに本国へと戻った。救いだったのは、プラント側の対応が迅速だったことで、非難の声がそれほど沸かなかったことだ。だが、それはあくまで民衆たちの話。大西洋連邦では不穏な動きがあるという報告が上がっていた。

 

 

 国防本部でシリウェルは錯綜している情報に頭を抱える。

 元ザフト軍が起こしたことだという情報がどこからか漏れたらしい。そのことについて、ザフト軍のトップであるシリウェルへと責任を取ってその座を降りるようにと圧力をかけてきたのである。尤も、これについてはこちらも考えがあるため突っぱねるつもりだ。無論、あちらも飲み込んでもらえるとは考えていないだろう。

 これはある種の牽制だろう。プラントに対して、敵対行動を行うという意思をこちらに示したに過ぎない。地球圏に被害が出たことにより、中立国へも圧力をかけるに違いない。スカンジナビアも、もちろんオーブに対しても。

 

 オーブの現在の体制は、あまり芳しくない。カガリを代表首長とはしているものの、その裏ではセイラン家を中心とした反コーディネーター、つまりはブルーコスモスよりの首長たちが舵を取っている。シリウェルと既知である首長には声をかけてはいるものの、彼らも露骨にそれを示すことは出来ない。シリウェルも、万が一の場合を除き下手な行動はしないようにと告げている。何よりも守るべきなのは、国民たちなのだから。

 

 現在、オーブにはミネルバが寄港している。カガリを無事に送り届けたという報告は聞いているが、ザフト軍所属の艦であるミネルバがいつまでオーブに居られるか。

 

「……⁉ これは」

「閣下、どうかされましたか?」

 

 傍にいたマリクがシリウェルの上げた声に反応する。

 

「ミネルバに、直ぐ出港するように伝えろ。カーペンタリアへ急ぐように。MSの出撃準備をしながらな」

「隊長、それは」

「急げ!」

「はっ」

 

 マリクにしては動揺していたのか、シリウェルへの呼称が隊長に戻っていた。それよりもことは急を要する。何よりも、オーブはシリウェルの故郷でもある場所。そこから脱出せよと告げているのだから、想定以上のことが起きたことは理解しているはずだ。

 本部も慌ただしく動く中、シリウェルはオーブに残した彼らのことを思った。

 

「……無事でいてくれ、ラクス。キラ」

 

 コーディネーターである彼らは、今のオーブにいてはよくない。これを機にラクスを連れ戻すべきか。キラはともかくとして、それにアスランが同意するだろうか。カガリを連れることは出来ない。カガリは首長なのだから。これを連れて行けば、下手をすれば誘拐扱いだ。

 

「隊長、ミネルバに通達しました。……悪い予感は当たったようです」

「そうか」

 

 オーブの領海には、既に大西洋連邦が待機していた。ミネルバにはルーキーが多い。撃ち落される可能性もゼロではないだろう。こればかりは、彼らを信じるほかない。ここで撃たれるようでは、この先戦闘など行うことはできないだろう。これは彼らに与えられた試練のようなものなのか。

 

「レイ、シン……頼む」

「隊長……」

 

 国防委員長としてではなく、彼らの保護者として願う。どうか無事にこの境地を抜け出せることを。

 

 

 

 ★☆★☆★

 

 

 同じ頃、オーブに寄港していたミネルバよりも先にカーペンタリアへと来ていたウルスレイは、現在の状況報告を受けて笑みを浮かべていた。

 

「彼らは本当に想像を裏切らないですね」

「ですが、議長。本当によろしいのですか? これはファンヴァルト閣下の意に反することでは?」

 

 秘書である男性の表情は不安そのものだ。だが、当のウルスレイは笑みを消さない。

 

「シリウェル様はこの先必要なお方。でも、その足を引っ張る存在がいる。そのようなこと許せますか? このセ世界のためには必要なことなのです。シリウェル様もいずれ理解されることでしょう」

「……議長がそうおっしゃるならば」

「ブルーコスモスが動いた今、私たちも動き始めねばなりません。手始めに、不要となった歌姫には退場していただきましょう」

「はっ」

 

 ウルスレイの言葉に敬礼をすると、男性は足早にその場を去る。残されたのはウルスレイ一人。

 

「これから、世界が動きます。どうか、見守っていてください」

 

 

 



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第76話 母国での出会い

あけましておめでとうございます!
本年もどうかよろしくお願いしますm(__)m


久々の投稿になります。
あの場面で止めたままで「おいおい」と思っていた方もいたかもしれません;;

という事で続きです。
これから先、原作とは違う動きや出会いもあります!

長い目で見守っていてください(;^ω^)



時は少し遡る……

 

 

 オーブへと寄港していたミネルバは、クルーたちに一時的な下艦を許可していた。その時間、シンはアーシェと共にある場所へと足を向ける。かつて、二人が出会ったあの場所へ。

 

 

「ここ、だよね」

「あぁ……」

 

 

 かつてのように破壊された道ではなく、きちんと舗装された道を歩いていけば塔と墓標らしき石碑があった。海の傍にある石碑には、鎮魂碑であることが記載されている。ここで亡くなった人は数えきれない。一人一人の名を刻むことなど出来ないのは当然だ。だが、ひとくくりにされていることには悲しみを覚えてしまう。ここで亡くなったのは、シンのかけがえのない家族。アーシェにとっては母だ。

 

 

「綺麗にされたんだね。ここを整えたのは、きっとカガリ姉様かな」

「……」

 

 アーシェの言葉に、シンはどこか理不尽な想いを拭いきれなかった。どうしてだかわからないが、ここに立つとあの当時の何もできなかった自分を思い出すからだろうか。それとも……。シンは頭を振った。

 

「……ここ、シリウェルさんは知っているのか?」

「知らないと思う。兄様、あまり自分のために時間を使わないから……」

「そっか」

 

 それはそうかもしれない。シリウェルは忙しい日々を送っている。それもプラントにおいては最重要人物灯されている人だ。シリウェルが動けば騒ぎになるだろう。ここで眠る人たちのために、そのような喧騒を持ち込んではならないという事まで考えていそうだ。

 そんな風に辺りを眺めていれば、海岸沿いにも墓標があるのが目についた。だが、そこには人の影がある。誰かが花を手向けにきたのだろうか。シンは導かれるように、その人影へと近づく。

 

「シン?」

 

 突然海岸へと歩いて行ったシンをアーシェは慌てて追いかけた。近づく気配に気づいたのか、墓標を眺めていた人物がこちらを向く。シンの手にある花を見ると、表情を和らげた。

 

「……ここにもせっかく花が咲いたのに、波を被っちゃったからまた枯れちゃうね」

 

 波をかぶった。それはミネルバが寄港したからか。それともユニウスセブンが落ちたからか。あるいはその両方。彼に意図はないのだろう。ただ事実を述べただけ。悲しそうな言葉とは裏腹に、その口調はどこか冷めたようにシンには聞こえた。感情の感じさせない言い方に、シンは苛立ちを感じてしまう。

 

「ここに花が咲いたからと言って、綺麗な場所にはなりませんよ」

「え」

「どれだけ整備されても、起きたことはなくならないから」

「君……もしかして」

 

 これではただの八つ当たりだ。相手はここであったことをただ純粋に悼んでくれただけのかもしれないというのに。

 

「あら?」

「……あ」

 

 そこへ少女の声が届いた。声のする方を見ればピンク色の髪が風になびいている。とても綺麗な人だった。どことなく、既視感を感じさせる姿にシンは一瞬言葉を失う。

 

「シン、そろそろ時間だから戻らないと……っ⁉」

 

 シンが見た方向をアーシェも誘われるかのように顔を向けた。すると、アーシェは口をパクパクさせる。驚愕している。シンはただ綺麗な人で、見たことがあるなという不思議な感覚だったのだ。だがアーシェはそれ以上の驚きを現していた。

 

「ま、さか……でも」

「……」

 

 驚いているアーシェに対し、ピンク色の髪の少女は少しだけ苦しそうな表情をすると深々と頭を下げた。もしかして知っている人なのか。

 

「アーシェ、知り合いなのか?」

「……ううん、私じゃない。兄様の、大切な人……」

「シリウェルさんの? そうか。ここはシリウェルさんにとって大切な故郷だって言ってたっけ」

 

 育ったのはプラントと聞いているが、オーブにもよく来ていたと言っていた。ならばそこに大事な人がいても不思議はない。ただ気になるのは、アーシェの反応だ。そして辛そうな表情をしている少女も。

 

 

「行こう、シン」

「え、あ……えっとすみません」

 

 誰だかは知らないが、何となく無言でその場を去るのも気まずいと言葉だけの謝罪をしたシンは、アーシェに手を引っ張られるがままその場から離れる。

 

「おい、アーシェ」

「……生きてたんだ、あの人」

「どういう意味だ? あの人ってあの綺麗な人のことか?」

「うん。兄様の特別な人で……私にも優しくしてくれた人」

 

 話しながらも足を止めることのないアーシェに、シンは戸惑う。優しくしてくれた相手ならば、どうしてこんな風に離れたのだろう。まるで避けるような態度だ。

 

「……アーシェはあの人が嫌いなのか?」

「そんなことないっ!」

「ならどうして――」

「嫌い、じゃない。けど……どうして兄様の傍に居てくれなかったのか。あの人がいてくれたら、兄様だってきっともっと自分の事を考えてくれたのにって」

 

 足を止めたアーシェは、シンを引っ張っていた手にギュッと力を込めた。少しだけ痛みを感じるそれに、アーシェの痛みが感じられるようでシンは繋いでいた手を持ち上げると、空いていた片方の出てそっと握りしめる。すると、アーシェはようやく表情を和らげてくれた。

 

「ありがとう」

「いや……」

「わかっているの。きっと事情があったんだって。だって私が知っているあの人なら、今の兄様を見て放って置くはずがないんだもん。それでもね、思っちゃって……どうして貴方がそこにいるのって」

「そんなにすごい人、なのか?」

 

 そんな風には見えなかった。見覚えがあるような気はするけれども、それだけだ。シンにとってシリウェル以上に凄い人などいない。

 

「母様がね、以前言っていたの。あの人は兄様と同じだって。意味はわからないけれど、それでも私もそう思う。あの人なら何とかしてくれるんじゃないかって……そんな風に思うから」

「そっか」

「だから、裏切られた気分になったのかもしれない。なんで兄様の傍にいてくれないのって、そんなの周りが決めることじゃないのにね」

 

 アーシェにとってあの人は、シリウェルの傍に居るべき人だった。けれど、全く別の場所にいて別の人と一緒にいる。それがショックだった。それだけのことだと。

 

「……自分勝手なことを押し付けちゃった。きっと私も嫌われちゃったかな」

「そんなことないだろ」

「どうしてわかるの?」

「あの人も辛そうにしてた。だから知ってるんじゃないか? そんな風にプラントの人々から思われているってことに」

 

 わかっているのに、それをしていない。だからこそ申し訳ないという想いがにじみ出ていたのではないか。都合のいい思い込みかもしれない。でもシリウェルと同等というのならば、それも全てわかっているような気がする。

 

「俺は何も知らないけど、大丈夫だと思う」

「ふふふ、知らないけどって無責任な言い方」

「仕方ないだろ、事実なんだから」

「そうだね。でもありがとう。シン」

 

 

 ミネルバへと戻ったシンとアーシェは、何やら慌ただしい雰囲気になっているミネルバ艦内に驚く。国防本部から、オーブを出港せよとの命令があったというのだ。

 

「MSも待機せよとの命令だ。二人とも直ちに持ち場につけ」

「はっ」

「はいっ」

 

状況はわからないが、国防本部ということはシリウェルからの指示ということだ。ならば従うのみ。アーシェと別れて、直ぐにパイロットスーツへと着替える。そうして格納庫へと向かえば既にレイとルナマリアも準備万端で待っていた。

 

「遅いぞ、シン」

「悪い。今戻ってきたんだよ」

「ふーん、アーシェとデートしてきたんでしょ?」

「デ、デートじゃないっ。ただ……墓参りみたいなもんだよ」

 

 正確にはただ慰霊碑へ立ち寄ってきただけだ。シンの言葉に、ルナマリアもレイも気が付いたようで表情が一気に暗くなっていった。

 

「ごめん、シン」

「そうだな。ここはお前にとってもそういう場所だったな」

「過ぎたことだし……ここで家族をなくしたのは俺だけじゃないから気にしなくていい」

 

 勿論、未だに家族のことを思い出すと悲しいし、辛い気持ちになる。それと同時に何もできなかった無力な自分へ苛立ちを感じるのもまた事実だ。あの時、シンが直ぐに動けば少なくともアーシェの母を死なせることはなかったはずなのだから。シリウェルも母を失うことはなかった。あの二人はそのようなこと考えていないだろう。それでも、彼女に庇われた事実はシンにとって忘れられぬ出来事なのだ。

 

『ミネルバ出港する、各員戦闘準備に入れ!』

「え……まだオーブの領海なのにか?」

「どういうことなの……?」

「……」

 

 警戒するアラートが鳴り響く。オーブは中立国。だからこそザフト艦であるミネルバも寄港出来た。だというのにこれは一体どういうことなのだろう。困惑をするシンとルナマリアとは違い、レイは冷たい表情でつぶやいた。

 

 

「オーブは、大西洋連邦に屈した。そういうことだ」

 

 

 

 



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第77話 絶望と希望の狭間で

一年以上振りとなってしまいました。
今回はラクス視点のお話です。

アニメでいうところのラクス暗殺、ですね。
長くなりそうなので、原作で描かれているところは略しつつです。


 

 ユニウスセブンが落下した影響で、ラクスたちはアスハの別邸へと避難してきていた。多くの破片が落下したことで、海に囲まれたオーブでは津波の被害が起きていたのだ。海辺に近い場所で暮らしていたラクスたちがいた家も例外なく、被害に巻き込まれてしまった。

 誰一人欠けることなく避難し、こうして別邸で生活を過ごすことが出来る。これはひとえにカガリのお蔭だ。だが彼女に感謝すると同時に、このままでいいのかと言う焦燥感が時折ラクスを襲っていた。

 

「シリウェルお兄様……」

 

 部屋の窓から見える空には、時折赤く光るものが降ってきている。未だ小さな欠片は降り注いでいるのだろう。この状況、世界がどう動くのか。それは考えるまでもない。ユニウスセブンを破壊したのは、ザフト軍であるという情報も聞いている。ラクスがこうしている間にも、世界は動いているのだ。そしてその中心にいるのは、ラクスの家族にも等しいシリウェルであった。

 こうして考えてしまうのは、アーシェに会ったからなのだろうか。それほど言葉を交わしたことは多くないが、それでも彼女はシリウェルの妹。大切な兄の家族だ。そのアーシェから冷たい視線を注がれてしまったことに、自分が考えている以上の衝撃を受けていたのかもしれない。

 

「私は……」

 

 それでもこのままキラと共に在りたい。そう願ってしまうのもまたラクスの本音だ。こうしてここにいれば、世界とは離れた場所でただのラクスとして在ることが出来る。シリウェルはそれでもラクスを責めることはないだろう。彼はそういう人だから。

 

「今は考えても仕方ありませんわね」

 

 そろそろ眠る時間だ。ベッドへと顔を向ければ、すやすやと眠る子どもたちの姿がある。この子たちの未来が平和であることを願う。そう思いながら、ラクスはベッドへ上がると子どもたちの傍で眠りについた。

 

 

 

 ドカン。

 物音ところではない大きな音がして、ラクスは目を覚ます。堪が告げていた。速く逃げなければと。

 

「皆さん、起きてください!」

 

 大きな声を出して、子どもたちを起こす。急がなければならない。服を着替えて、子どもたちを急かしながら部屋を出た。そこには既にバルトフェルドとマリューがいる。その手に銃を持って。ただならぬ気配にキラとカリダも起きてきていた。やはり、これは襲撃なのだろう。ラクスは子どもたちを守ることだけを考えた。

 シェルターはそれほど遠くはない。だが、その道のりがいつになく長く感じるのは、それだけの危機をラクスが感じ取っているからなのだ。

 

「さぁ皆さん速く」

 

 シェルターの扉が開き、マルキオ導師と子どもたちを先に中へと向かわせる。最後の一人が中へ無事に入って安堵したその時だった。

 

「ハロハロ」

「ラクスっ⁉」

「え……」

 

 銃口が向けられたと気が付いた時には、キラに庇われていた。そのままキラに手を引かれてシェルターの中へと入る。マリューやバルトフェルドが入ったところで、シェルターの扉が閉まった。

 

「……コーディネーターだわ」

 

 そう相手はコーディネーターだった。それもかなりの手練れ。そしてその目的は……。先ほどの銃口の矛先がどこに向けられていたのかを考えれば容易に想像がつく。

 

「マリューさん、バルトフェルド隊長……狙われたのは、私なのですね」

「……」

「ラクス……」

 

 無言は肯定。流石のラクスにとっても衝撃的なことだった。コーディネーターということは、ザフト軍ということである。プラントがラクスを襲ったということなのだ。信じたくはないが、ザフト軍人がラクスを狙ったということは事実。それも確実にラクスを殺すために、銃が向けられているのだ。

 

「どうして、私が……」

「っ」

 

 声が震える。そんなラクスをそっと優しくキラが抱きしめてくれた。プラントに未練がないというわけではない。未練がないのは、権力だ。ラクスが望めば、プラントで歌姫としてだけれなく、彼らの旗頭として権力を手にすることが出来た。だがそれをラクスは拒んだ。シリウェルもそれを受け入れてくれた。だというのに、どうして……何故……()()()()()()がラクスを殺そうとするのか。

 

「お兄様っ……」

 

 シリウェルにはラクスが不要だというだろうか。だから彼がラクスを殺そうとしたのか。涙が流れそうになるのを必死でこらえる。すると、地響きが鳴りシェルターを再び恐怖の波が襲った。

 

 

「狙われたというか、まだ狙われてるな」

「……」

 

 バルトフェルドの堅い声色。それが安心できる状況ではないことを物語っていた。ではどうするべきなのか。このまま何もわからず、知らないまま死ぬことは出来ない。どうしたらよいのだろう。

 

「ラクス……鍵は持っているな?」

「あ……はい。いえでも……」

 

 

 鍵。それが意味することが何か。ラクスは痛いほど知っている。それを出せばまた同じことになる。愛する人をそこへ追いやってしまう。傷つけてしまう。まだ深い悲しみへと誘う鍵。示すことに躊躇いが先に来てしまう。そんなラクスへバルトフェルドが諭すように告げた。

 

「仕方あるまい。もうそれしか方法はない」

「っ……」

「ラクス? バルトフェルドさん?」

 

 ラクスらの会話が理解できないのはキラ一人。全員が固唾を飲んで見守る中、キラが周囲を見回していた。シェルターの中に在る一際大きな扉。堅く閉ざされたそれにキラの視線が向けられる。その先に何かあるのか、彼にはわかったのだろう。

 

「ラクス、鍵を貸して……なら、僕が開けるから」

「いえ……でもこれは」

「大丈夫。僕は大丈夫だから」

「キラ……」

 

 見上げればキラは真っ直ぐにラクスの瞳を射抜いた。彼はただ穏やかに笑っている。いつものように優しいだけでなく、そこに意志が込められているのをラクスは感じ取った。

 戦場へと送る決意が出来ないラクスを、キラはそっと優しく抱きしめてくれる。

 

「このまま君たちのことすら守れずに……そんなことになる方がずっと辛い」

「キラっ」

「だから鍵を貸して」

 

 言い聞かせるように告げられた言葉。そっと身体を離してキラを見上げる。彼が守りたいと望んだ。その時が来た。彼だけが扱える自由の翼を。ラクスはハロを差し出して中を開ける。そこには二つの鍵が入っていた。左右が対になった鍵。それをバルトフェルドとキラが手に取り扉を開けた。キラは振り返ることなく、真っ直ぐ中へと入る。その後ろ姿を見送ったラクスは、再び振動が届いたことで更に奥のシェルターへと逃げ込む。

 衝撃音が収まったことで、襲ってきた連中が沈黙したことがわかる。ラクスたちはシェルターの奥から外へと出た。破壊された家、瓦礫の塊とMSらしき破片、その中にたたずむ一機のMS。キラの翼たるフリーダムだ。

 

「キラ……」

 

 再び力を使わせてしまった。それを申し訳なく思うと共に、キラが戦わなければならない状況に陥ってしまった現実を想う。この先、自分たちはどうすればいいのだろうか。

 

 

 現実に困惑しながら朝を迎え、ラクスはキラとバルトフェルト、マリューと共に現状の整理を始める。プラントへ引っ越しを考えていた矢先のことだったが、この状況では見送らざるを得ない。だが、オーブは大西洋連邦との同盟を締結する意志を示している。プラントを討つために。

 プラントへも、オーブへもいられない状況。前が見えない暗闇の中に置かれたようなものだった。

 

 

「まぁまぁまぁ」

「キラ! ラクスも、一体これはどういうことだ⁉」

 

 悩みの中に届いたのは、困惑するマーナとアスランの声だった。

 

「アスラン! マーナさんも」

「キラ様」

 

 マーナはカガリの乳母であり、幼い頃からカガリを知っている。キラと双子の兄弟であることも知っていた。それゆえにキラの事を「キラ様」と呼ぶ。最初は断っていたキラだが、マーナが頑として譲らないのでキラの方が折れるしかできなかった。そんなマーナがアスランとここへ訪れた。心なしか二人とも顔色が悪い。

 

「どうかされたのですか、アスラン?」

「……いや、まぁその、な」

「カガリ様のことなのです」

「カガリの?」

「カガリさんに何かあったのですか?」

 

 カガリの近況をマーナから聞かされる。大西洋連邦と同盟を結ぶにあたって、カガリはセイラン家のユウナ・ロマと結婚をするというのだ。既にセイラン家に入り、カガリとはマーナでさえもあまり話が出来ない状況だという。

 

「アスラン」

 

 気づかわし気にアスランの名を呼ぶキラだが、アスランは口元を引き結んで応えることはなかった。誰よりも納得していないのはアスラン自身だからだろう。だが、カガリはオーブの国家元首。アスランはその護衛に過ぎない。国としての判断だと言われてしまえば、その先へ踏み込むことなど出来ないのだ。

 

 

「……本来ならこのような真似認められないのです。カガリ様の結婚については、若君の判断を仰がねばならないのですから」

「え……」

 

 アスランでもマーナでもない声に、その場にいる全員が驚いた。その声の主は、先程アスランらが姿を見せたところから現れる。ラクスたちに面識はない相手だった。

 

「皆様お初にお目にかかります、アスハ家に仕えておりますサクヤ・ハマラと申します」

 

 彼女はアスハ家の侍女の一人ということらしい。ただの侍女にしては落ち着き過ぎているようにも感じる。ラクスは彼女が唯者ではないとどこか確信めいたものを持っていた。

 

「マーナさん、彼女は――」

「キラ様、そしてラクス様、バルトフェルド様、アスラン様も、どうかオーブより退避するようお願いしに参りました。ここは貴方方にとって安全ではない場所となります」

「……まぁそうだろうがな。だがどうする?」

「……」

 

 安全ではないことはわかっている。だがラクスたちにはもう安全と言える場所などない。オーブにも、どこにも。ラクスは両手を胸に上で握りしめた。すると、それを見ていたキラがラクスの手を両手で包み込む。

 

「キラ?」

「ラクス、アスラン、バルトフェルドさん、マリューさんも」

「……行くのか?」

「はい。今ここで何が起きているのかも、今の僕たちに何が出来るのかもわかりません。けれど……今ここで動かなければ後悔する。これまでカガリだけに押し付けてのうのうとしてきた僕が言っても説得力はありませんけれど、それでも今何もしなければもう何も出来ない」

 

 キラの手は震えていた。悲しみからではない。きっとそれは彼自身への怒りだ。

 

「キラ君……そうかもしれないわね」

「だな」

 

 マリューもバルトフェルドもキラの判断に頷く。残りはラクスとアスラン。キラが決めたのならばラクスとて異論はない。

 

「私も参ります。何よりも私自身も知らなければなりません。この世界がどう動こうとしているのかを。シリウェルお兄様が何をお考えになられているのかも」

「うん」

「……シリウェル様が、とはどういうことですか?」

 

 サクヤが驚いた様子で尋ねて来る。話すべきか迷ったが、この現状を見られては素直に説明するしかない。説明をしていると、サクヤの表情が険しさを増していく。

 

「状況から判断して、プラント正規軍がラクスを狙ったと考えるのが妥当でしょう」

「つまりは若君が指示をした、と?」

「あくまで可能性の話に過ぎんがな。そう取られても仕方あるまい。いまファンヴァルトは国防委員長閣下だ。正規軍のトップにいるのだからな」

「……ありえません」

「え?」

 

 

 奥から絞り出すような声は、サクヤの怒りを示しているようだった。アスハ家に仕えていたということはシリウェルとも面識があるはずなのだから、信じられなくても無理はないだろう。受け入れたくないのはラクスとて同じだ。

 

「ラクス様は、若君のことを疑っておられるのですか?」

「それは……私は……」

 

 受け入れたくない。けれど目の前の物をみて、否定できるほどの根拠がなかった。ラクスはシリウェルをよく知っている。幼い頃からの付き合いだ。それでも、感情だけで判断してはいけない。戦場は容易く人を変える場所。ラクスはそれを理解している。シリウェルだけが例外だとは断言できない。

 

「私が断言いたします。若君がラクス様を害することなど、絶対にありえません。あの方は、ご自分の立場が悪くなろうとオーブを守りたいとお考えるほど、情に厚いお方です。今回だって、若君がどれほど憤っておられることか」

「サクヤさん……」

「ユニウスセブンの落下さえなければ、若君ならば今回の事にも介入できたのです。けれど、現状では若君も手を出せません。落としたのが既に離反しているとはいえ、ザフト軍兵士だったのですから」

 

 握りしめた拳が震えている。それほど怒りを感じているのだ。ユニウスセブンを落とした彼らに。その為に身動きが取れなくなっているシリウェルを想い、窮地に立たされているカガリを想って。

 

「何があろうとも、カガリ様の婚姻は認められません。ウズミ様が若君の許可なくしては出来ぬよう、遺言も残されております。誰であろうとも、これに異を唱えることはできません。たとえ、オーブが大西洋連邦と同盟を組んだとしても」

「その通りです。絶対に、認めません。私たちは……」

 

 マーナを筆頭に、アスハ家の人々は皆が異論を唱えている。カガリが言うからこそ黙っているだけで、心の中では行動を起こしたくて仕方ないようだ。

 

「皆様が出立されるのであれば、オーブはお任せください。プラントへ移動されるのであればと、シャトルも用意させておりましたが、それは持ち帰ることにいたします」

「え? シャトルを、ですか?」

「はい。ですが今のお話を聞く限り、プラントへは向かわない方が宜しいでしょう。若君が知らぬところで、何かが起きている。ということは、いずれにしろ安全な場所ではないということですから」

 

 

 サクヤの言う通りだ。ラクス襲撃がシリウェルの指示でないというのならば、誰かがシリウェルの知らぬところで動いている可能性があるということ。シリウェル以外でそれが出来る人物ということは限られてくる。もしかするとそれは……。

 

「プラント最高評議会議長、ですか」

「……断言はできませんが、お気をつけください」

 

 何かが起きている。シリウェルの傍でも。そして恐らくはシリウェルはそれに気づいていないのだろう。ならば慎重に動かなければならない。この先、自分たちが成すべきことを見定めなければ。

 

 



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第78話 暗雲込める空へ

ようやくこちらも投稿できますw
アスラン視点です。

次回は主人公視点へと戻ります。


 

 アスランは慎重な面持ちで目の前の白亜の艦、アークエンジェルを見据えていた。キラは覚悟を決めたという。オーブから去り、独自に行動すること。そしてカガリを連れ出すことを。

 出航の準備が進められる様子を見ながら、アスランは己がどう行動すべきか迷っていた。

 

「アスラン」

「キラ」

 

 そんなアスランの下へキラがやってくる。その身は既にオーブ軍の軍服を纏っていた。キラは軍人ではない。けれどアークエンジェルに乗るに当たって彼らは軍服を纏うことを決めた。オーブ軍は階級制度を用いている。どの階級の服にするかというところで、彼らは以前来ていた地球軍の階級に沿ることを決めたらしい。キラは士官クラスのものを着ていた。対するアスランは私服のままだ。

 

「……」

「……」

 

 キラは何も言わない。だが恐らくわかっている。アスランが迷いの中にいることを。何に迷っているのかということを。暫く二人でアークエンジェルを見つめていると、先に口を開いたのはキラだった。

 

「決めるのは君だよ、アスラン」

「……わかっている」

 

 オーブにはいられない。それはアスランにもわかっている。だが、このままキラたちと共に行くのが正しいのかもわからなかった。今のアスランに出来ることは何か。もっと他に出来ることがあるのではないだろうか。アスランは拳を握りしめる。

 

「俺は……ファンヴァルト隊長のところにいく」

「……」

「ウルスレイ議長に疑念はある。そのようなことをする人物には見えなかった。だが……もしそれが確かなら、危ないのはファンヴァルト隊長だと思う」

「アスラン……」

 

 ザフト軍の最高指揮官。その地位にいる彼が脅かされることなんてない。アスランとてわかっている。わかっているが、此度の件でシリウェルにも何か起きているのではという懸念が浮かんだ。ファンヴァルト隊は存在しているし、彼にはかなりの崇拝者がいる。ザフト軍にも、プラント国民にも。彼が害されることはない、自分たちよりもよほど信頼を得ている彼なのだから。

 

「ラクスはファンヴァルト隊長にとって特別だ。もしラクスが消されても、伝えられるのは戦後かもっと後になっただろう。あの人のことだから、ラクスのことを案じて連絡を取ることなどしないだろうし、気づく機会は多くないだろうから」

「そうかもしれないね」

「気づいた時には既に遅い。きっとファンヴァルト隊長は自分を責めるだろう。そしてもっと自分を追い込む。ラクスの分まで、と」

 

 責任感が強い人だから、そうなることは容易に想像出来た。己が持つ言葉と行動がどれほどの影響力を持つかを理解している彼。二度とその様な真似はさせないと、プラントの最高責任者の地位に付くだろう。その先もきっとプラントと世界の為に身を注ぐかもしれない。

 

「……ファンヴァルト隊長が父のようになるとは思わない。だが、彼がそうなることを望むものがいる、気がする」

「それがウルスレイ議長」

「あぁ……恐らくは」

 

 そのためにシリウェルが理性を保つために存在している者たちを排除しようとしている。いや、違う。ウルスレイ議長が描くシリウェルの在り方を作るために、彼女が選定していると言った方がいいかもしれない。

 

「考えすぎならばそれが一番だが、ラクスを排除する理由がそれ以外に思いつかないんだ」

 

 平和を願う歌姫。今も尚、ラクスの影響力は健在だ。ラクスはプラントを、世界の平和を願っている。だからこそ先の大戦では行動を起こした。それを知っているならば、放って置いたところで問題はないと分かっているはず。それでもラクスを排除したいと願うならば、理由として考えられるのは限られてくる。アスランが導き出したのはその一つに過ぎない。それだけでも十分に不穏だが。

 

「そう」

「何が起きているのかを知るためにも情報は必要だ。だから俺はプラントに、ザフトに行ってくる」

「……わかった」

「だから……カガリのことを、宜しく頼む」

 

 プラントに向かうことをカガリに告げてはいない。アスランとて、ここ数日はカガリに会えていなかった。気が付けばカガリはセイラン家に行ってしまい、コンタクトを取ることさえできなくなっていたのだ。アスランが迷っていたのはそこにも理由があった。何も言わずにカガリの元を去ってしまう。それだけが心残りで。

 

「わかった。カガリは必ず僕が奪ってくるから」

「奪う、か」

「うん。強奪、するからね」

「……国家元首を強奪とは、国際指名されても不思議じゃないな」

 

 これからキラたちが行うことは、犯罪と受け取られる行為だ。それでもキラは実行する。それによって自分らが追われたとしても、カガリを、オーブの理念を本当の意味で奪われないために。

 

「承知の上だから。全てが同じ色に染まる。それを望まれたとしても、命じられるまま討つのは間違っている。オーブは強い力を持つ国だ。だからこそ、染まってはいけない。立場や所属する場所で決められるのは絶対に違うんだ」

「あぁ」

 

 オーブは強い。キラの言葉にアスランは頷く。武力が、ではない。その意志と理念がだ。人々が共に生きていけると、理解し合えることをその身をもって示してきた国。ここで陣営を定めてしまえば、それを失ってしまえば、世界は再び二分される。そうしないために、キラたちは動く。どれだけ異質だとしても。どちらからも賽を投げられたとしても。

 

「ファンヴァルトさんの存在はそれを体現している存在。だから彼が身動きできない状況は好ましくない。ザフトにおいてもさ……ラクスもきっと心配している。今回のことを知れば、きっとカガリも」

「そうだな」

 

 二人とも兄と呼んで慕っている。やはり動けるのはアスランだけだ。少しでもこの状況を打開するために、希望を見出すために。

 

「キラ」

「うん」

 

 堅い握手を交わしてから、アスランはアークエンジェルの元を去った。行き先はアスハ邸だ。サクヤという女性には事前に話をしてある。プラントへ向かうシャトルを用意して待っているらしい。

 アスハ邸の専用シャトル。発着場に向かえば、それは準備されていた。

 

「アスラン様」

「ありがとうございます、サクヤさん」

「いえ……ですがどうかお気をつけて。若君もプラントに向かっているはずですので、アスラン様が向かうことは知らせておきました。知らせを聞くのはプラント到着後でしょうが」

「わかりました」

 

 不安がないわけではないが、彼にまず会わなければならない。ラクスの件、カガリの件。話すことは沢山ある。

 

「……」

「サクヤさん?」

「若君を、どうかよろしくお願いします。何があろうとも、我々アスハの者は若君の意志に従うと、お伝えくださいませ」

「……必ずお伝えします」

 

 他にも何か言いたげだったが、時間はそれほど用意されていない。オーブが完全に大西洋連邦の同盟国となる前にここを出なければならないからだ。これがプラントへ向かう事の出来る最後の機会。

 アスランはシャトルへ乗り込むと、ハンドルを掴みプラントへ向けてシャトルを発進させるのだった。

 

 

 

 

 



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第79話 その先は……

足早に書き殴りました。
これから動き出します。
原作とは同じなようで違う動き方をするのでご了承ください。。


 

 予想通り、大西洋連邦が動き出していた。想定内とはいえ、少なからず人々への影響はある。ユニウスセブンがザフト軍の仕業であり、地球の人々からすれば敵だと伝えているのだ。それを信じるものは、ザフト軍すなわちコーディネーターへ憎悪を向けるだろう。

 ユニウスセブンの破壊工作をしたのは確かにかつてザフト軍だった者。完全に否定することが出来ない以上、疑惑の目はザフトへと向けられる。ここまで来ると、逆に乗せられている気分にもなってくるが。

 

「まさか、な……」

「隊長、そろそろプラントです」

「あぁ」

 

 広大に広がる宇宙。それに比べればシリウェルなどちっぽけな存在なのだろう。たった一人が出来ることなどたかが知れている。だから仕方ないのだと納得するしか、させるしかない。それがどのようなことであっても。

 シリウェルが座る指揮官席に備え付けられたPC。それを起動し情報を確認する。オーブの現状を知るために、情報を検索する。そこに書かれていた内容は、シリウェルの予想通りにものだった。

 オーブ連合首長国は、大西洋連邦との同盟を締結する。友好国だったプラントと敵対する意志を示したということだ。すなわちザフト軍と、シリウェルとも。

 

「ん?」

 

 眺めていると、秘匿回線からメッセージが届いていることが確認できた。このような手段を取って連絡をしてくる人間は限られている。内容を開けば、さすがのシリウェルも絶句した。

 大西洋連邦との同盟締結については既に確認した。その中でオーブ国内でも動きが出ているというもの。一つはカガリとセイラン家の縁談。つまりユウナ・ロマとカガリの結婚ということだ。カガリ自身も受け入れたとあるが、本心ではないだろう。やはりあの状況の中で意志を貫けるほど、カガリは強くなかった。まだ十八歳の少女であり政界に身を置いて一二年程度では致し方ない。

 

「……」

 

 今すぐに出向いて助けてやりたい。ただ一言、アスハ家の年長者として認めないと告げるだけでも止めることは出来る。だが、それはどうしてもできなかった。この状況で、コーディネーターが、ユニウスセブンを落下させた原因であるザフトの人間が、そこに介入するわけにはいかない。世界情勢を鑑みても、どちらを優先すべきかなど明らかだ。

 

「カガリ……だがそれでもお前は国家元首なんだ」

 

 身内だけであれば許されることだが、事はそう簡単ではない。カガリはたとえお飾りであっても国家元首という立場。その決断はオーブという国を巻き込む。間違った決断をすれば、国をも巻き込むことになる。たった一言で、国民すべてを巻き添えに。

 シリウェルは目を瞑り、拳を握りしめた。まだ大丈夫だ。取り返しのつかないところまでは来ていない。なりふり構わず力を奮う時ではないのだと。己に言い聞かせる。どれだけ取り繕っても、シリウェルの心の中はオーブのことでいっぱいだった。

 

「ヤキンに入ります」

「……」

「隊長?」

「あ、あぁ。わかった……」

 

 どれだけ考えてもシリウェルが取るべき行動は、オーブの為ではないことだけは確かだ。今は、地球の被害を最小限にし、支援のために軍を動かす。カーペンタリアにはウルスレイが残ったままだ。何かあれば、そちらから連絡がくるだろう。シリウェルはプラントで為すべきことをしなければならないのだから。

 

 

 ヤキン・ドゥーエを抜けて港へと入る。向かう先は、国防本部だ。

 

「閣下、お帰りなさいませ」

「長々と留守にしてすまなかった、マリク」

「いいえ、状況が状況ですから致し方ありません」

「そうだな」

 

 プラントへ帰還した翌日。留守の間の報告を聞きながら、シリウェルは映されたディスプレイへと視線を滑らせる。ザフトへの批判を続けているのは、やはり大西洋連邦だ。いずれどこかでぶつかり合う可能性は十分にある。懸念すべきは、そこにオーブが出て来るかどうか。オーブ軍の将校らは、シリウェルにとっても切り捨てきれない存在。それが許されることではないことはわかっていても。

 状況を確認しつつ指示を出しているところへ、慌てた様子でミーアが中へと入ってきた。今の時間は、別のことを任せていたはずだ。

 

「閣下、急ぎ報告があります」

「ミーア?」

「これを」

 

 その様子を怪訝そうに見返しつつ、渡された端末を受け取る。そこにはミーアが書いたであろうメッセージが記されていた。

 

「……これ、いつだ?」

「つい先ほど」

 

 口頭でも伝えられる内容だが、それをあえて口に出さない方法で伝えてきたのは、そこに秘匿性があるからだ。確かにこれは安易に口に出せる内容ではない。

 

「彼はどこに?」

「カーリアンスに」

「わかった。直ぐに向かう」

「はい」

 

 シリウェルは直ぐにカーリアンスへと向かった。

 

 

 

 明日には巡回へと向かう予定だったカーリアンスはその準備中であり、内部には少なからず人がいる。今回の巡回にシリウェルは同行しない予定だ。L4近くまで宙域を航行する程度なので、それほど時間もかからない。隊を預かる立場ではあるが、国防委員長としての役割の方が重要だ。その上での決定である。

 

「隊長、お待ちしておりました」

「レンブラント、彼は?」

「はい、ご案内します」

 

 シリウェルを出迎えたのはレンブラント。彼の立場上、複雑なので艦長であるレンブラントが担ったということだろう。

 案内されたのは、客室として用意された一室。中へ入ると、随分と久しぶりに見る顔があった。

 

「アスラン・ザラ」

「ご無沙汰をしております、ファンヴァルト隊長」

 

 アスランはオーブから極秘にプラントへ来た。その伝手は、アスハ家に仕えるサクヤからのもの。オーブ本国からの正式な入港ではないということだ。それだけ身を隠してまでこちらへ来る事情があったととらえるのが普通かもしれない。

 

「君がどうしてここに来た? しかも一人で」

「俺以外、自由に動ける人間がいませんでしたから」

「どういう意味だ?」

 

 自由に動くという意味であれば、最も警戒されない人物であるラクスが一番適任者だろう。シリウェルとも知己であり、プラントの平和の歌姫だ。むしろアスランの方が警戒される。前大戦で凶行に走ったパトリックの息子なのだから。

 

「やはりファンヴァルト隊長はご存知ではないのですね」

「カガリのことならば把握している」

「いえ、それではありません」

「……何か、あったのか?」

 

 アスランが気にするとすればカガリのこと。そう考えたのだが、アスランの表情は優れない。だが別の懸念というのが、シリウェルには想像つかなかった。

 

「オーブが大西洋連邦と同盟を締結する直前のことです。ラクスが、何者かに襲撃されました」

「は? ラクスが?」

「最終的にMSを用いたらしいのですが、その機体はアッシュというものだったらしくて」

「な、んだと……⁉」

 

 アッシュ。当然だが、シリウェルも知っている機体だ。まだロールアウトして日が浅い機体であり、それほど多くの数は出回っていない。それがラクスを襲ったという。それもオーブが混乱しているこのタイミングで。

 

「隊長……」

「……情報を整理したい。同盟締結前、といったな?」

「はい。襲撃された翌日に彼女と会いましたが、屋敷は破壊されていて、ラクスたちは無事でしたが……」

「……」

 

 無事だったのは朗報だ。しかし、アッシュが使われたのならばそのパイロットはコーディネーターということになる。まだ正規軍にしかないと考えていい。シリウェルは地球へ降下させた覚えがない。まだ配備する部隊も構成中であり、ヤキン・ドゥーエ近郊でしか稼働していないMSだ。

 思いも寄らない情報にシリウェルは頭を抑えた。何かが起きている。それを知らせにアスランは来たのだろう。思い起こされるのは、前大戦でのラウの動きだった。

 ラウは大西洋連邦にも情報を流し、同じようにザフトにも内容を渡して戦場を広げた。その為に、大西洋連邦のブルーコスモス盟主であるアズラエルを利用していたことはわかっている。同じような相手が大西洋連邦にもいるということか。いやそれ以上に気になるのは……。

 

「プラントに、別の目的をもって暗躍している人物がいる、ということか……」

 

 つまりはそういうことだ。その目的が何かはわからないが、少なくともその狙いがラクスだったことからシリウェルも無関係ではいられない。

 

「まさか、そんなことが……?」

「ここプラントにおいて、そんな風に立ち回れる人物となると限られてくる。ましてや、MSさえ用意出来るともなれば上層部に絞られるだろうな。第一候補は俺だろうが、その次ともなれば……」

 

 とある人物を思い浮かべてシリウェルはアスランを見た。彼はその眼差しを受けて頷く。

 

「俺たちもそう思ったからこそ、ここに来ました。それが事実だった場合、最も危険なのはファンヴァルト隊長ですから」

「……だがそれではアスラン、君は」

「何も出来ずに、ただ見ていることはもう出来ません。俺にも出来ることがある。貴方を守ることは、きっとカガリも望んでいることだと思いますから」

「カガリは、オーブの鳥かごの中だろう?」

「カガリのことはキラに任せました。このまま、あの場所に置いていくことは出来ないからと」

 

 つまりそれは、あの場所からカガリを連れ出すということだろうか。既に結婚式は決められており、カガリにそれを覆す力はない。あるとすれば、強引に奪う事くらいだが。

 

「おい、まさか――」

「えぇ、そのまさかです」

「……国家反逆罪になるぞ」

「それでも、カガリはオーブに残された意志。今は弱くとも、彼女までも奪われてしまえば本当の意味でオーブは大西洋連邦に屈することになります。そうすれば、世界は再び二分される」

「……そこまであいつを信頼しているのか? あいつの弱さが今のオーブを招いた。それは知っているはずだ」

 

 年齢も経験のなさも理由にはならない。アスランはカガリよりもわかっていた。カガリの置かれた状況も、オーブの実態も。それでもなお、カガリを信じているというのか。

 

「信じています。彼女ならば必ず」

「……たとえカガリがいなくとも、国としての方向性は変わらない。既に締結されたものを亡くすこともできない。結果として、不用意な混乱を招くだけになるかもしれない」

「承知の上です。俺も、キラも。そしてラクスも」

 

 世界から非難の目で見られることも全て覚悟の上だというアスランは、ミネルバで顔を合わせた時よりも芯が通った顔つきになっていた。そこまでの覚悟を持っていると。

 

「……」

「……」

「わかった。お前の覚悟、いやお前たちの覚悟、俺が確かに受け取った」

「隊長、しかしそれでは我々は――」

「あいつが黒幕だとすれば厄介以外の何者でもない。その為にはこちらも欺く必要がある。何より、ラクスに手を出したことは許せることじゃない」

 

 握った拳に力が入る。シリウェルにとって幼少期から知っている妹であり幼馴染。家族も同然だ。その彼女に手を出そうなどと、どれだけシリウェルを信望していようとも許せるものじゃなかった。

 

「アスラン」

「はっ」

「お前に国防本部直属特務隊所属の地位を与える。かつてお前が持っていたものと同じだ」

「え……」

 

 アスラン・ザラは元々特務隊所属。その功績も実力も申し分ない。シリウェルの言葉にアスランは目を瞬かせた。

 

「俺の直属だ。俺以外の指示には従うな。それが最高評議会であっても、その議長であってもだ」

「……ありがとうございます。ファンヴァルト隊長」

「レンブラント」

「はっ」

「アスランに例の機体を渡せ。あと、俺がいない場合はアスランがMS部隊の指揮を取れるように連絡を」

「承知しました」 

 

 これは保険だ。万が一、シリウェルが動けないような時があった場合のための。アスランの実力ならば問題ないだろう。

 

「あとは、何とかアークエンジェルと連絡を取ってラクスをこちらに寄越すように伝えろ」

「隊長それは⁉」

「こっちにはミーアがいる。その代わりにラクスを堂々と連れ歩けばいい。ミーアはカーリアンスに乗せておけばいいだろう?」

「あの、隊長それはまた……」

「異論は認めない。直ぐに動け。アスランは俺に付いて来い」

「はっ」

 

 指示を飛ばすだけ飛ばして、シリウェルはアスランを伴ってカーリアンスを後にした。

 

 

 



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第80話 意味と出会い

 

 

無事にカーペンタリア基地へとたどり着いたミネルバ。ザフト圏に来たということもあって、クルーたちはようやくひと心地つくことが出来た。

 シンも自由行動を認められたが、その姿は基地の外ではなく未だミネルバ艦内にあった。

 

「あ、シン」

「メイリンか。アーシェは、どうしてる?」

「……うん、ちょっとやっぱりショックを受けているみたいで。ふさぎ込んじゃったまま、何も言わないの」

「そう、か」

 

 オーブから攻撃を仕掛けられた。その事実は、オーブとの関りがあったアーシェにとって大きな衝撃だった。操縦舵を握る手も震えていたという。最終的に逃れることは出来たものの、その後部屋にこもったままシンでさえ顔を見ていない。

 

「シンは、大丈夫?」

「……まぁ、俺は……」

 

 銃を向けられたことは、正直どう思っていいのかわからない。裏切られたという想いもゼロではないが、シンはそれよりシリウェルの方が気になっていた。それはミネルバにオーブより離脱するように指示があったと聞いたからだ。

 もしかするとシリウェルは、全てわかっているのではないだろうか。あの時、前の戦争の時のように。オーブが大西洋連邦に屈することを。その上で彼が何もしないのならば、それが避けられるものではなかったということではないだろうか。どういう理由が考えられるのかはわからない。ただシンからすれば、シリウェルが知った上で行動しているということだけで、不安がなくなるのだ。今は自分がすべきことを、ただ進めばいいと割り切ることが出来る。

 

「アーシェの様子を見に行ってくる」

「うん、お願いね」

 

 メイリンと別れて、シンはアーシェの部屋へと向かった。訪問のためにベルを鳴らすが、返事はない。開けないことを予想して前もってメイリンから鍵を貸してもらっていたので、それを使って中にはいる。

 

「アーシェ?」

 

 室内を見回すと、片方のベッドに横になったままのアーシェがいた。布団を被っているので、その姿は見えない。シンはそっと傍に腰を下ろすと、その身体を抱き締めた。

 

「……悲しかったのか? それとも……」

「わか、らない……の……どして……オーブが……」

「アーシェ」

 

 随分と泣いていたのだろう。声は掠れてしまっていた。肩が震えているのがわかる。

 

「どうして……オーブが兄様に、銃を向けるの……? 私たちは……もう、あそこに……いてはいけないの……?」

「……」

 

 シンには答えられない。何もわからないのは同じだ。ただシンはアーシェよりも冷静だっただけ。それはシリウェルが全て分かっているからだ。

 

「俺には、何もわからないよ。悔しい気もするし、ムカつくようにも思う。けどさ、何があってもアスハ家の人たちは違うんじゃないか?」

「……」

「ファンヴァルト家の人たちから聞いた。アスハ家で働く人も、シリウェルさんを大切に想っているって。曹兵の人だって敬意を払うほどだって。だから、えっと……アーシェが知っている人たちは、そんなこと思っていないって」

 

 話をしていて、シンは改めて思った。オーブでのアーシェの立ち位置がどうなのか知らないということに。シリウェルは、アスハ家の血を引いていて、あのカガリの従兄だと聞いている。兄妹であってもアーシェは養子だ。どういう風に過ごしているのかなど知らない。当てずっぽうのようなものだが、それでもそうであるとシンは思っている。

 

「だからさ……」

「そう……そうだよね。きっと仕方なかった、んだよね」

「うん、そうに決まっているさ」

 

 シンが断言する。すると、アーシェはやっと顔を見せてくれた。真っ赤に腫れてはいるが、それでも精一杯の笑みを浮かべて。

 

「ありがとう、シン。少しだけ、安心した」

「そっか」

 

 

 暫くして落ち着いたのか、顔を洗ったアーシェと共にシンは基地内を出歩くことにした。途中でショッピングを楽しむメイリンらに会うと、アーシェは気を遣ってくれたメイリンへお礼を伝えに行った。

 アーシェは、シリウェルの妹として注目を浴び続けてきている。アカデミーでも予想通りで、色眼鏡で見て来る人たちは多かったし、その都度比較されてきた。それでも、このミネルバに配属された同期たちは、今ではアーシェをシリウェルの妹ではなく、ちゃんとアーシェとして見てくれている。

 

「シン!」

 

 メイリンたちと別れて、駆け寄ってくるアーシェ。まだ目は赤いけれども、それでも精一杯の笑顔を浮かべて来る。今はシリウェルが傍に居ない。だからこそ、この笑顔を守るのは自分だと、シンは強く思っていた。そこにある想いが何なのか。この時のシンはわかっていなかった。

 

 

 

 その後、アーシェと海近くをバイクで走っていた時のことだった。アーシェが海の傍にたたずむ人影が落ちるのを見たという。急いでバイクを向かわせると、誰かが溺れているのが見えた。

 

「あ!」

「待って! 俺が行くから、ここで待ってて」

「シンっ!」

 

 助けようとアーシェが前に出るのを引き留め、シンは自ら海へ飛び込んだ。それほど深くはないが、泳げないのだとするとパニックになっても仕方ないだろう。

 

「死ぬのいやぁ‼」

「ちょっ⁉ 落ち着けって!」

 

 漸く近づくことが出来たものの、少女はパニックが治まらず暴れるだけ。死ぬつもりだったのかと怒ったら、更に暴れ出す。もうどうしようもないとシンは、強く少女の身体を抱き締めた。

 

「大丈夫だからっ! 落ち着いて! 君は死なない!」

「……しなない?」

 

 理由はわからないけれども、死ぬことに対して何かがあるのだろう。大丈夫だと何回も繰り返せば、漸く安心したように止まった。アーシェを見ると、彼女も安堵したように笑っている。このままじゃ戻ることも出来ないが、まずはこの少女をどうにかしなければならない。

 

「シン! あそこに休めるところあるよ」

「わかった。ほら、君も」

 

 アーシェの誘導に従って、シンは少女の手を引きながらゆっくりと水の中で足を動かす。

 

「ずぶ濡れになっちゃったから、このままだと風邪をひいちゃう」

「流石にこのままでは戻れないなぁ」

「シン、この子の服を乾かしたいから、ちょっと外向いてて」

「……あ、あぁ」

 

 アーシェが甲斐甲斐しく少女の世話をする。着ていた服を脱がして絞るが、濡れている服が直ぐに乾くことはない。アーシェは来ていた上着を少女に着せていた。

 

「これでよし。寒くない?」

「うん。アーシェ、ありがと」

「どういたしまして、えっと……貴女、名前は何ていうの?」

「……ステラ」

 

 ステラと名乗った少女は、じっとアーシェを見つめている。流石に怪訝に思ったのか、アーシェがステラに問いかける。

 

「ステラ、どうかした?」

「匂い……懐かしい匂いがする。アーシェから……アーシェじゃないけど、なんか……」

「??」

 

 ステラは何を言っているのだろう。シンはアーシェと顔を見合せた。彼女が一体誰なのか。この時は深く考えなかった。衝撃的な再会をすることも。そしてステラの正体が一体どういうものだったのかも。

 

 

 




シン視点です。


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第81話 プラントの動き


今年最初の投稿です!

SEEDの劇場版、公開されましたね~もちろん観に行きました!
全体的に面白かったのですが、どうしても心に残ることが。。。

ルルーシュがいた(笑)


 

 それから数日……。

 ちょうどミネルバがスエズ攻略へと加わっていた頃、シリウェルはプラントの最高評議会に来ていた。現在、最高評議会議長であるウルスレイは不在だ。いまだ地球にて、ユニウスセブン落下の支援の指揮を執っている。

 

「――ということです。ですが、議長よりこの件についてはくれぐれも慎重に行動をし、まずは支援要請を十二分に行うことを優先せよと」

「それでは大西洋連邦の思うがままではありませんか⁉ すでにあちらは宣戦布告をしてきているのです。このまま様子見ばかりで防戦一方では戦場にいる兵士たちの士気にも関わります」

 

 最高評議会での議題は、既に行われた大西洋連邦からの宣戦布告に対する対応についてだった。この件でウルスレイの考えは一貫している。こちら側から攻撃をしかけないこと。戦場に割く人員よりもユニウスセブン落下による被害を受けた地へ支援と救助を優先すると。シリウェルも異論はない。どれだけ挑発されようとも、反応する必要はないとも思っている。この件について()()は。

 

「はぁ……」

 

 現時点で戦場に割く人員は最小限。その中にはミネルバも含まれている。最新鋭艦でありボギーワンの件もあって彼らが追うのがふさわしいと思ったからだが、あまり楽観視していられる状況でないだけにシリウェルも胸の中ではいい気分ではなかった。

 

「ファンヴァルト閣下はどうお考えですか?」

「……議長の意見におおむね同意する。結果的に地球へ大打撃を与えてしまったことが事実である以上、それを避ければプラントは非難を受けるだけだ。ただ、大西洋連邦に屈するつもりはない」

 

 シリウェルがそういえば、議員たちは安堵したように肩の力を抜いた。思わず眉を寄せる。つい先ほどまで反対意見を述べていた議員も、シリウェルがそういうのならばと意見を簡単に翻した。これでは会議の意味がない。ただ一つだけわかったことがある。この場にいる彼らは何も知らないのだということだ。何か事を考えているという雰囲気ではなく、ただウルスレイの言葉とシリウェルの言葉を合わせて、自分たちが望む答えを得たいだけなのだろう。策略を考えるような真似ができるとは思えない。やはり一番怪しいのはウルスレイ。彼女しかいない。

 

 議会が終わった後、シリウェルは国防本部へ戻った。そこには新しいザフト軍服に身を包んだアスランの姿がある。赤服を着たアスランの襟元には、フェイスの徽章。国防軍直属であり、指揮権さえも持つ証だ。

 

「ファンヴァルト隊長」

「例のものとは連絡が取れたか?」

「いえ、伝手はあるのでそこへ隊長の考えをお伝えはしましたが、その返答はまだきていません」

「そうか」

 

 例のもの、それはアークエンジェルを指す。ラクスを手元に置きたいというのはシリウェルの要望だ。下手に知らない場所で襲われるなどということはさせたくない。シリウェルにとってラクスは、ある意味でアーシェよりも近い家族のようなものなのだ。自分の手の届かない場所で、身内を失うのはもうたくさんだった。それも自軍に狙われているというのだからたまったものではない。

 

(……地球へ降りるのが一番かもしれないな。だが今の状況でプラントを離れるのは無理だ……)

 

 近いうちにウルスレイがプラントへ戻ってくる。少なくとも、シリウェルとウルスレイの両方が欠けている状態は好ましくない。たとえ、ウルスレイが策略を巡らせていたとしてもだ。この状況をどうするか。シリウェルはアスランとミーアを交互に見た。

 

「アスラン」

「はっ」

「ミーアをつけるから、カーリアンスで地球へ行ってもらえるか?」

「……それは」

「言いたいことはわかるだろ? レンブラントにはお前から説明しておけ」

 

 誰が聞いているかわからない状況で下手なことは言えない。国防本部はウルスレイの手には落ちていないとは思う。否、そうじゃない。ウルスレイはシリウェルを信望していることは周知の事実。そのウルスレイに言われ、シリウェルのためだと言われれば、動く人間がいないと否定しきれない。それが本当にシリウェルのためになるかなど考えることなく、ウルスレイがそういったからというだけで行動する。議長という立場は、それだけの力を持つのだ。

 

「任務内容はどう……」

「ミネルバに、あるMSを届けてほしい。お前の機体の隣にあったアレだ。技術部の方でもロールアウトしてよいと許可も出ている。今、最も前線に近いのはミネルバだからな。機体引き渡し後、プラントへ戻ってこい」

「はっ」

「ミーアはアスランの補佐だ。俺は行けないからな」

「お任せください!」

 

 都合の良いことに、シリウェルの傍にはアスランがいる。前回の戦争経験者という点だけでなく、エースパイロットだったということも踏めて、かなり良い人材だ。シリウェルがいなくともレンブラントとアスランがいれば、艦は問題ない。

 

「ファンヴァルト隊長の方は……」

「大丈夫だ」

 

 アスランは何か言いたそうにしているが、それを言葉にすることはできない。それはそうだろう。ここにいて、その身は安全なのかといえるはずもない。アスランが懸念することをシリウェルも理解している。彼はシリウェルを守るためにここに来たというのだからなおさらだ。それでも、これはラクスをこちらへ呼び寄せる好機。これを逃せば、状況がどう変わるかわからないのだから。

 

「戦闘に介入する必要はない。慎重に、ということだからな」

「遭遇したとしても防衛のみということですか?」

「あぁ。あくまで輸送目的ということを忘れるな」

「はっ」

 

 慣れた手付きで敬礼をするアスランに苦笑しつつ、シリウェルも礼を返した。

 詳細を伝えたわけではないが、アスランもレンブラントも意図をくみ取ってくれるだろう。プラントの方はシリウェルがどうにかするしかない。どこまでできるか。そしてウルスレイの息がかかった人間がどれだけいるのか。それを探るのは難しいことだと理解している。

 

「……あいつは俺に一体何をさせたいんだ……」

 

 一番の謎。ウルスレイが策略を巡らせているとして、シリウェルに望んでいることが何か。今のシリウェルには見当もつかなかった。

 

 

 

 

 



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