織斑一夏[感性 A+] (卯月ゆう)
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その1

凝りもせずにまたやります。
不定期(やる気のある数カ月はバンバン投稿、萎えたら……)で


 織斑一夏()は物心ついた頃から独りであった。

 両親は居らず、唯一の肉親である姉も両親の代わりにと朝や夜な働き詰めであった。

 もちろん、姉もそう歳が離れているわけでもなかったから、できる事など限られていた。それでも、弟のためにと身を粉にしていたのを知っていた。

 何度となく「俺も千冬姉のために、学校出て働くよ」と言ったが、姉は「お前は高校に行き、大学へ進め」と頑なに断り続けた。

 そして、忘れもしない日がやってくる。

 

 当時、姉と親しくしていた篠ノ之束と言う(当時は自称)科学者が、宇宙を翔けるマルチスーツとして開発した【インフィニット・ストラトス(IS)】のデモンストレーション。通称、白騎士事件が。

 

 その日を境に生活は一変する。姉はISにかかりきりになり、今まで以上に帰ってこなくなった。

 知らない間に姉には国家公務員と言う肩書が付き、気がつけば世界で一番のIS乗りになっていた。

 

 その頃「自分のやりたいことをやればいい」と言った姉の言葉に甘え、己を磨くことにした。

 幼い頃から続けていた剣道に加え、書道を始めた。剣道の師範に、心の磨き方を尋ねた時に勧められたからだった。

 剣にも筆にも心が表れる。だから普段は波一つ立たない水面のように穏やかに。起こす波は荒々しくも美しく。自然の力を見せつけるような雄大で、懐の深いおおらかな力で。

 その一方で学業も頑張った。小学生のうちから無遅刻無欠席はもちろん、テストで90点以上は当たり前。先生に質問されれば進んで手を上げた。

 そんな彼だから、周囲は「お姉さんと二人暮らしでも、一夏くんは立派だから頑張っていける」と温かい応援をくれた。

 

 小学4年の春だった。仲の良かった篠ノ之箒(束の妹だ)は剣道の師範であった篠ノ之柳韻先生共々、突然引っ越してしまった。

 姉は相変わらず家に帰ってこない。

 

 剣道の鍛錬は警察署で行われる地域の剣道クラブに移すことになった。もちろん、見知った人ばかりで、一夏が柳韻の元で剣道をしていたことも知っていたし、篠ノ之家が引っ越したことも知っていたから快く迎えてくれた。

 変わらず書道も続け、剣道クラブの人とみんなで書を嗜む事もあった。

 真面目で運動もできて、頭も良いと評価されていたが、変に敵を作らなかったのは周囲の友達と程よくバカをしていたからだろう。ある日は公園でサッカー、別の日には友達の家でゲーム。長期休暇には秘密基地も作った。同学年なら誰もがこう言うだろう。

 

「一夏(君?)、もちろん友達だよ」

 

 小学5年の春、中国から転入生が来た。もちろん、はじめこそ出自故にいじめられもしたが、気がつけばいつもつるむ仲間に入っていた。

 姉は昨年の大会で優勝したからテレビで見かけることが増えた。偶に着替えを取りに帰ってくるようになった。

 

 中学生になった。

 小学生最後の道場対抗大会で全国ベスト4にまで勝ち進み、自信がついた。姉も褒めてくれた。

 部活では今までやったことのないことをしようと思い、吹奏楽部に入った。もちろん、剣道も書道も続けている。

 夏休み、姉が初めてISの競技会に見に行くことを許してくれた。さらに言えばはじめての海外旅行でもある。

 それが、姉の運命すらをも狂わせてしまったが。

 

 視界は真っ暗。動こうにも手足は縛られ、口にも何かを咥えさせられて喋れない。耳に入るのは遠くを走る車の音と、耳慣れない言語で話す男たちの声。

 一夏は自らの立場を理解した。映画の見すぎかとも思ったが、間違いなく自分は拐われた。人質だ。見返りになり得るのは唯一、姉だった。

 それから何時間たっただろう。もしかしたらまだ数分しか経っていないかもしれないが、男たちがざわめき出した。その直後だ。大きな音を立てて大勢の人間の足音が聞こえた。布団を叩くような音がして、誰かが呻き声を上げて倒れた。

 

 

「一夏、大丈夫か!」

「千冬姉、ごめん」

 

 第一声は、謝罪だった。

 

 中学2年になった。

 小学5年の時に来た中国人、凰鈴音が中国に帰ってしまった。家族の都合があったらしい。いつもつるんでた仲間の一人、五反田弾と3人でお別れ会をして、空港に見送りに行った。

 姉はドイツで仕事をしている。あの日から帰って来ていない。

 

 中学3年になった。

 部活も順調、コンクールの成績は振るわないが、2年前の薄っぺらい音とは違い、今は男の肺活量と力強さを生かしてトランペットパートを引っ張る立場になった。

 剣道は相変わらずコンスタントに道場対抗では上位に食い込んでいる。個人戦に出る機会がないのが少し残念な気もするが、自己鍛錬のためだ、そこまで結果にこだわることも無い。

 そして、2年生の頃からではあるが、女子から告白されることが増えた。もちろん、男として嬉しくないわけがなかった。けれど、ここで誰かと付き合うことは熱い視線を俺に向けながらも見てみぬふりをし続けていた鈴に申し訳が立たないし、そもそもそんな気にもなれなかった。

 弾は俺の性分を知ってるからか、口では「モテる男は辛いな」なんて軽口を叩きながらもちゃんと一線引いていてくれた。結局地元に残った古馴染みはお前と御手洗くらいだ。

 

 何度となく使ってきた「運命の転換」

 その言葉が一番しっくりくるのはこの日以外にない。

 高校受験当日、会場で道に迷ってしまった時のこと。ふと半開きのドアが目についた。

 らしくもない、と思いながらも誰かいないかとドアを開けると、鉄が居た。

 表現としては不可解だが、目の前には紛れもない鉄、国産IS 打鉄がおいてあった。自身の人生を、姉の人生を狂わせ続けてきたIS、それに興味がなかったかといえばもちろん嘘になる。当然、恨みも後悔も、喜びも何もかもごちゃまぜになった感情のままに、手を伸ばしてしまった。

 

 

「……くん? 織斑くん?」

「あっ、えっと、はい!」

 

 そして舞台は現在に至る。

 高校1年の春。

 姉は同じ場所に居る。

 



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その2

「……くん? 織斑くん?」

「あっ、えっと、はい!」

「ごめんね、驚かせちゃったかな?」

 

 高校1年の春、俺は男女比1:300の学校にいた。

 弾や数馬が聞いたら血涙流しそうなものだけど、そんなに優しいもんじゃない。視界の中に男はいないし、下手に口を開けば何を噂されるかわかったもんじゃない。

 入学式で壇上に立つ偉い人以上に注目されて過ごしたら、今度は教室で視線に串刺しにされている。

 

 

「いえ、大丈夫です。緊張しちゃってて」

「それも仕方ありませんよね。自己紹介、できますか?」

「はい。えーっと、織斑一夏です。趣味は――」

 

 趣味は楽器と料理、特技はマジック。中学では吹奏楽やってました。そんな当たり障りないことをつらつらと述べるだけで女の子から拍手喝采。恐ろしいな。

 周りの子の名前も覚えてから最後の人まで行ったのを確認した先生が、改めて教壇に立つと、改めて自己紹介を始めた。

 

 

「すっかり忘れてたね、ごめんね。私は1組副担任の山田真耶です。これから1年間、ISの座学と実技を担当します。よろしくね」

 

 全体的にサイズがあってない山田先生。メガネはなんだかずり落ちてるし、ダボッとしたシルエットの服は低い背とアンバランスな母性の象徴(おっ○い!)をごまかすためだろうか?

 ううむ、いかんいかん、男はコソッと見てるつもりでも女の人は気づいてるって言うしな。そっと視線を少し上げて首元を見れば話す人も聞く人も見てるし見られてる感が出る。うん、煩悩退散煩悩退散!

 

 

「おや、もう自己紹介は終わったみたいだな」

「あっ、織斑先生。スムーズに進みましたよ」

 

 どことなく褒めて褒めて! と言っているようにも見える山田先生。癒やしかな?

 入ってきたスーツ姿の先生は織斑先生、と呼ばれていたからもう察しが付くだろう。

 世界最強の姉ちゃん。織斑千冬だ。

 直後、俺の第六感が緊急警報を発した。反射的に耳を塞ぐと音響弾が炸裂。黄色い悲鳴が教室を揺らす。

 やれ千冬様だ、やれ千冬お姉様だの、ありとあらゆる呼称で千冬姉を呼ぶのはいいが、実際に「姉ちゃん」と呼べるのは俺だけだっつーの。フフン。

 

 

「なにをニヤついてる、馬鹿者」

「あでっ」

 

 学校で会って初っ端が出席簿で叩きますかお姉様? まぁ、軽くポン、くらいだから痛かないけどさ。

 教壇に立つ姿は妙に様になっていて、言っちゃ悪いが脳筋の千冬姉とは思えなかった。先日出しておいた春夏物のスーツもきっちり着こなしてるし、それに心なしか背が高い。

 ウチの姉はいつの間に成長したのだろうか、と思っていると静かにしろ、と言う千冬お姉様のありがたいお言葉が出たので黙ろう。

 

 

「諸君、私が織斑千冬だ。1年間、ISの基礎をみっちり叩き込んでやる。それ以外でも学生生活でなにかあれば遠慮なく言ってくれ。もちろん、山田先生にもな」

 

 よろしく、とそれだけの短い挨拶。だが俺はまたしても脳内警報により挨拶の後半を聞くことなく耳を塞いだ。 隣の席の子も俺が耳を塞いだのを見て同じようにして頭を下げた。

 さて、その後の話をしようか。悲鳴どころか奇声が飛び交った1組はブリュンヒルデの手によって制圧。クラスの過半数が沈黙したところでSHRの終わりを宣言し、そのまま次の授業の支度を初めていた。

 そう、入学式の日だと言うのにいきなり授業なのだ。

 ここて改めて俺の立場を説明させてもらおう。

 

 そもそも、ISと言うものは女性にしか扱えない、と言うのが一般常識だ。なぜなのかはともかく、470弱あるISはすべて女性が扱っていた。

 いた、というのもそこに現れたイレギュラーが俺だから。受験会場でISを触って、起動までさせてしまった俺はあれよあれよと世界で唯一の、男性としてIS操縦者や技術者を育成する機関であるIS学園への入学を決められてしまったのだ。

 俺には人並みのISに関する知識しかなかったが為に、電話帳か辞典ではないかというほどの分厚い参考書を1ヶ月で丸暗記して今日に至っている。

 もちろん、周りはIS操縦者か技術者の卵というわけで、予備知識がまるで違う。そんな中でいきなり授業を始められては休み時間にダウンするのも仕方ないだろう。

 

 

「うー……」

「少し良いか」

 

 教室の内外から降り注ぐ視線に晒されて身も心もボロボロになっていたところ、女子たちの牽制に競り勝った勇気ある若者が声をかけてきた。

 見上げればポニーテール。そして組まれた腕。顔立ちも、うーん、美人だ。

 

 

「……ん? なぁ、箒か?」

「っ……!」

 

 この反応はビンゴらしい。小4で引っ越してしまった幼馴染であり、剣のライバル。篠ノ之箒がそこにいた。

 お互いに6年も会わなければ成長はするか。もともと長身だった箒は今でもスラリと伸びた背筋も合わせてそう見える。

 小4のときにはそんなに差がなかったが、抜かれてなくて良かった、と少しばかり思ってしまった。そんな考えが読まれたか、廊下へ出ろ、とまるでカツアゲか〆る前のチンピラみたいに態度で示すと俺も諦めて付いて行った。

 

 

「何だ、その、久しぶりだな」

「ああ、そうたな」

 

 ………沈黙。

 ねぇ、箒さん。なにか用があって呼び出したんではなくて? 自分から呼び出しておいてだんまりはあんまりだよ。我ながらナイスセンス。

 仕方ないから脳内メモリーの過去ログを漁って話のネタを探す。1件ヒットしました。

 

 

「そうだ、まだ剣道やってるんだろ。去年、全国で優勝したんだし」

「な、なぜ知っている!」

「いや、新聞で見たし、ホームページにも乗ってたぞ」

「なぜそんなものを見ているんだ!」

 

 なぁ、いちいち叫ぶなって。声でけえよ。俺だって新聞は読むし、全剣連のホームページも見るさ。

 しかし、この箒、さっきから妙に落ち着きが無く、俺のことをチラチラと見ている。顔を向けないなら向けないで違和感ないとこ見ろよな?

 まるで俺に好意があるみたいだろうが。

 

 

「ああ、そうだ」

「何だっ!」

「えっ、」

「あっ、いや……」

 

 食い気味な返事、間違いない。箒は俺のこと、好きだったんだろうな。ずっと前、それこそ一緒に剣道やってた頃から。

 これはマズいぞ。鈴には別れ際に「私の味噌汁」的なこと言われるし、絶賛2人の女子、それも両方幼馴染に好き好きオーラ向けられてる状態な訳だ。

 ――やべぇっす。

 これからの苦労を思って心の中で大きなため息を吐いたところでチャイムがなった。聞き慣れたキーンコーンカーンコーン、で安心したぜ?

 

 

「やべっ、戻るぞ、箒」

「お、応っ!」

 

 同じように散っていった他クラスの女子たちと同じく、教室に滑り込んで自分の席に着くと山田先生が入ってきた。織斑先生は後ろで見てる。おお、怖い怖い。

 

 

「ここまででわからない点はありますか?」

 

 1限目に引き続き、ISの座学。まずはISを取り巻くルールの話だったが、今のところは問題ない。

 分厚い参考書と、立派な教科書を見比べながら全速力でノートにまとめる事で乗り切っている。

 

 

「織斑くん、大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか。わからなければ質問します」

「はい! いつでも聞いてくださいね」

 

 私は先生ですから、ふんす、と胸を張る山田先生。眼福なり。

 しかし、実際のところは付いていくので精一杯。隙あらば教科書にマーカー、参考書の付箋を掴んでページを開いてノートを取って。死ぬほど忙しい。

 だから、また休み時間にくたばってても怒らないでください。金髪縦ロールさん。

 

 

「はい?」

 

 唐突に声かけられればそんなすっとぼけた返事にもなりますよ。それで『聞いてるのか、なんだその呆けた返事は』と怒られましても。

 

 

「これは失礼を、慣れない環境で疲れてしまって」

「あら、ちゃんとした言葉も話せるのではないですか」

「いえいえ、これでも頑張ってなんとか、ですよ。オルコットさんみたいな立場の方と話す機会はそうそうありませんから」

 

 この金髪縦ロール、セシリアオルコットと言うが、イギリスの国家代表候補生と言う肩書を持っている。

 その名の通り、国を代表してISを扱う人間の一人である。大抵の場合、代表の下に数人の代表候補生を置き、トップクラスの成績を出すとこうしてIS学園への留学や、専用機を与えられてさらに実力を伸ばすことになる。

 まぁ、その手合にありがちなのが、こんな感じの明らかに「男なんて汚らしい」的な思想の持ち主というわけ。

 

 

「それで、オルコットさんが俺みたいな奴にどんな用件で?」

「唯一の男性操縦者ですし、一度ご挨拶をと思いまして。予想よりずっと紳士的な方で安心しましたわ。授業などでお困りでしたらお声をかけてくださいまし」

「それは助かります。見ての通り、もう崖っぷちですから」

 

 付箋がびっしり貼られた参考書を見たオルコットさんが一瞬、オイまじかよみたいな顔をしてから視線を戻して苦笑いしてから席に戻っていった。

 表面上は友好的だが、態度の端々に嫌な感情が漏れてるから、おそらくお国に俺と近づけみたいな事言われたんだろうな。彼女みたいな立場は大変だ。

 ねぇ、まさかと思うけど寝込み襲われたりするやつ?

 

 

「よし、全員いるな。授業の前に再来週行われるクラス対抗戦への代表者を決めるぞ。自薦他薦は問わん、だれかやるか」

 

 さて、言葉の足らない姉ちゃんに聞けば、クラス対抗戦の代表とはすなわち、クラス委員長的なものらしい。

 委員会や会議への出席なんかも仕事の内だとか。まぁ、そんなに頻繁にあるわけでもなく、去年は顔合わせの1回だけだったとか。

 しかし、対抗戦の代表は話が別だ。クラスの実力指標となる立場、つまるとこ代表が下手ならそのクラス総じて下手なんだろ、と思われてしまいかねない。

 これは大問題だが、ウチのクラスには代表候補生のオルコットさんも居るし、問題ないだr――「織斑くんを推薦しまーす!」誰だテメェ!

 

 

「はぁ!? そんなもん常識的に考えりゃ無理だろ!」

 

 思わず声に出た。

 そんな叫びを聞いてか聞かずか、やれ私もそう思うだとか、織斑くん頑張れやら、好き勝手言い始める女子たち。

 不満オーラを出していたらお姉様から「自薦他薦は問わんといったはずだ」とありがたいお言葉を頂戴したので本来なるべき人を推そうではないか!

 

 

「なら、オルc――「ありえませんわ!」

 

 被せるなや縦ロール。いまお前を推してやろうと思ってたのに!

 

 

「こんな選出納得できかねます! 男であるだけでクラス代表になるなんて、わたくしに1年間屈辱を味わえとおっしゃるのですか!」

「まぁ待てオルコット。織斑、誰を推薦するつもりだ」

「オルコットさんを」

 

 当然ですわね、と言わんばかりの縦ロールはさておき、きっちりと反論の材料を揃えて行こう。

 

 

「第一に、オルコットさんはこの中でトップの実力を持っていて、俺はまちがいなくビリだ。ISなんて試験の10分しか乗ったことがない。第二に、そんなことしてる余裕は俺にない。なんならクラス全員を俺が推薦してやってもいい。第三に――」

「そのへんにしておけ。そんなことわかりきっていてなお、お前を推す理由があるんだろう、なぁ?」

 

 哀れにも織斑先生に目をつけられたのは、真っ先に俺を売りやがった(あえてこう言わせてもらう)女の子。

 静寂が包む教室で、織斑先生に迫られた女の子がか細い声で呟いた。

 

 

「お、織斑くんならブランド力というか、うまいことアピールにもなるし……」

 

 そんな声を聞き逃さず噛み付いていくのはもちろん縦ロール。

 ああ、もう勘弁してくれ。




次は13日


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その3

「なんですって! 物珍しいからという理由でこんな男にされては困ります! わたくしはISの技術向上の為にここにいるのであって、サーカスをしに来たわけではありませんわ! そんな巫山戯たことを言う人間が同じステージにいるなんてあり得ないことです!」

 

 おやおや、火に油を注ぎやがったな。確か名前は…… まぁ、俺を売った人間だ、覚えるまでもない。彼女が救いを求めて俺に視線を向けるが敢えて無視した。口元だけ動かして「自分でなんとかしなよ」と。

 ものすごい剣幕で怒鳴り散らすオルコットさんはさらにギアを上げ、ついにはお国自慢とイギリス上げ、日本下げまで始めたからさぁ大変。

 織斑先生の頬がひくつき始めたからそろそろ止めてやろう。せめてもの情けだ。

 

 

「オルコットさん、そのへんにしておいた方が……」

「黙りなさい! そもそも貴方はどうしてそう卑屈に、男というのは皆こうなのですか! まったくだらしのない――」

「いい加減にしとけよ候補生サマ? 国背負ってんだろ?」

「ええ、そうですとも、わたくしはイギリスを……!」

 

 さて、ようやくお気づきになりましたね。代表候補生とはいえ、一国を代表している立場に変わりなく、その口から出る言葉の重みはまるで違う。

 ま、あとはお察し。

 

 

「賢明だ、オルコット。議論では決着が付きそうに無いが、どうする」

「織斑先生、わたくしは、彼とのISバトルを希望しますわ」

「ほう?」

「え、ちょっと待てよ、俺不利すぎだろ」

「ええ、わかっていますわ。ですから、勝敗だけではなく内容で勝負いたしませんこと?」

 

 オルコットさんの言うことをまとめるとこうだ。

 普通にISを使って勝負するが、勝敗だけではなく内容で、俺ならオルコットさんにどれだけ善戦したか、オルコットさんは俺にどれだけ余裕で勝てたか。そういうポイントを加味しようというのだ。

 審査員はクラス全員。そして織斑先生と山田先生。贔屓目で見るなと口では言うが実際には俺のほうがポイントを稼ぎやすいとおもう。多分。

 

 

「なるほど、面白い。来週の月曜、放課後の第3アリーナで行う。良いな」

 

 

 四の五の言わせない雰囲気で、全員が返事をすると、織斑先生の授業が始まった。

 

 その日の放課後、疲れ切った体に鞭打って授業内容をまとめなおしていると「まだ残ってたんですねー」とふんわりした声で山田先生がやってきた。

 

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました!」

「はい? 1週間は自宅通学って聞いてたんですけど」

「織斑くんの立場上、それは難しいんです。なので、無理矢理決めてしまったんです。――上からなにかきいてますか?」

 

 最後だけ耳打ち。

 俺は黙って首を振ると、少し困ったように目尻を下げて、ですよねぇ、と。

 あと1ヶ月もすれば個室が用意できるそうだが、そもそも着替えとかなんも持ってきてねぇぞ。

 

 

「でも、着替えとか、いろいろ家に取りに帰らないと」

「それなら――「私が用意しておいた」

「織斑先生、ありがとうございます」

 

 そう言うと、織斑先生は少し残念そうな顔をした。なんだよ、学校だからちゃんと先生呼びしてんだろ。

 

 

「クローゼットの中から適当に見繕っただけだから、あとで確認しておけ。あと携帯の充電器とパソコンがあれば良かっただろう」

「まぁ、中身によるけど……」

 

 千冬姉、生活力ゼロだからなぁ…… そこはかとない不安を胸に、食事や寮の場所などについて説明を受けると最後にキーを渡されて2人は会議に行ってしまった。

 うーん、ここわかんなかったから聞いておきたかったんだけどなぁ。

 そろそろ外から覗く視線にも疲れたし、部屋に戻るとしよう。山田先生の言い草だと、おそらく同室の人がいるはずだ。知らない女子と同室とか嫌だなぁ…… お互いにストレスマッハだろ。

 地図を片手に寮にたどり着き、入り口脇の事務室で千冬姉が用意してくれたスーツケースを受け取ると、館内図とにらめっこをしてから部屋に向かった。

 

 

「1025は…… ここか」

 

 寮はどちらかというとホテルっぽい感じ。廊下含めてカーペット敷だし。

 意を決して扉を4回ノック。これが正しいマナーだったはず。それから、同室になった織斑です。と名乗れば中から一夏っ!? と反応があった。箒か…… それはそれで気まずいなぁ。

 休み時間以降、箒とは話してない。それどころじゃないというのもあったけど、やっぱり気まずかった。

 

 

「い、い一夏、どうしてここに!」

「いや、政府命令とかで、今日から寮にはいるんだとさ。いま忙しいみたいだし、また後で出直すよ」

 

 声が遠かったから、おそらくシャワーだ。それに、何もなければドアくらい開けてくれるだろう。

 触らぬ神に祟りなしと寮内探検がてらウロウロしてみることにしよう。共有スペースには風呂上がりと思しき何人かが飲み物片手に喋っていたし、時間が時間だからか、そういう子と廊下ですれ違うことも多かった。

 みんなその、無防備な格好をしておられまして、思春期男子にはとても目に毒なわけですよ。ええ。

 心を鬼にしてステイクールステイクール。寮舎を一周して、屋上に出ると春の夜風が心地よい。さっき買ってきたコーラを開けると、一口煽った。

 

 

「あら、織斑さん」

「ん? ああ、オルコットさん。こんばんは」

「えっと、お風呂上がり…… ではなさそうですわね」

「まぁ、ね。オルコットさんは涼みに?」

「ええ。そんなところですわ」

 

 昼間の縦ロールは鳴りを潜め、きれいなストレートになっている。高そうな生地のナイトウェアと、手にはサイダー。

 

 

「ふふっ」

「なにか面白いことでも?」

「いや、オルコットさんもそういう物飲むんだな、ってね」

「わたくしもサイダーくらい飲みますわ。その、織斑さん」

「どうした?」

「昼間のことを、お詫びしたくて。言いすぎてしまいましたわ。織斑さんが止めてくださらなければもっと恥を晒すところでした」

「それは俺じゃなくてあの子にするべきじゃないか?」

 

 けれど、と言ってオルコットさんは一言ありがとう、と言った。そこからは2人黙って夜の暗いくらい海を眺めていた。それも長くはなかったけれど。

 

 

「そろそろルームメイトも風呂上がってるかな。それじゃオルコットさん、また明日」

「ええ。また明日。おやすみなさい」

 

 1025室に戻る道すがら、オルコットさんの事を少し考えていた。初対面の印象と言い、昼間の言動と言い、正直なところ印象は最悪クラスだったが、さっきの短い会話で印象はだいぶ良くなった。

 なんというか、やっぱり普通の女の子なんだなって。まぁ、行き過ぎた言動はあるにせよ、それもしっかり反省してるし、これ以上悪くはならないだろう。

 さて、再び1025室とご対面。ノックは4回。名乗るのも忘れず。

 後ろから織斑くんの部屋ここなんだー、とか聞こえても心を無にする。

 

 

「……待たせたな」

 

 ドアを数センチ開けた箒のセリフは、まるでどこかの蛇だった。

 部屋はホテルのツインルームみたいな感じ。と言うかまるでそう。キッチンがあったり、シャワーがシステムバスじゃなかったりは素敵。だが、トイレが1階にしかないと言うのはいかがなものか?

 誤解の無いように付け足せば、女子トイレは各フロアの両端にある。だが、そもそも男が入ることを考えられてないこの学園である。男子トイレは1階に来客用としてある場所しかこの建物には存在しないのだ。

 

 

「暇すぎて死ぬかと思ったよ。シャワー浴びて寝たい」

「い、一夏?」

「ん?」

 

 頑張って平然を装いながらスーツケースを漁って変えの下着とパジャマ代わりのスウェットを確保。バスタオルも…… 入ってる。よし。

 

 

「そ、そのだな。やはり同じ部屋になったとはいえルールは必要だろう?」

「そうだな。どっちのベッド使うんだ?」

「手前のだ。ってそうじゃない! シャワーは私が8時まで、一夏はそれ以降だ」

「わかった。けど、女子は大浴場使えるんだろ?」

「自室じゃないと落ち着かんのだ」

「そーですか。んじゃシャワー浴びてくっから、他のルールは上がったら決めようぜ」

 

 そして風呂場に逃げ込む俺。なんでもないようにしたつもりだが、あれはやばいって!

 箒さんどれだけ成長してるんですかぁ!? それもあいつ昔から、寝るときは薄着だから目立つんだって! うがああああ!!

 煩悩退散煩悩退散煩悩退散!!! 滝行だ。それだ。

 シャワーの温度を最低に。蛇口を捻れ!

 水を被って頭を冷やし、頭の天辺からつま先まで丹念に洗ってからもう一度水を被って風呂から出た。

 

 

「遅かったではないか」

「悪いな。温まったついでにストレッチしてたんだよ」

 

 口から出まかせだ。ひたすら水を被っていただけなのに。だが、箒は納得したのか、追求してこなかった。

 まぁ、突っ込まれたらそれはそれで社会的な死が待っているわけだが。

 それから部屋のルールをいくつか決めて(どれも一般常識的なものだ。友達呼ぶなら了承を得る、とか)から眠りに落ち…… るわけがない。

 隣には女の子、それもこっちをバリバリに意識してるのがわかる。なんなら今だって寝たふりしながらこっち見てる!

 俺だって思春期男子。昼間からもうたまらんわけよ。それもここ数週間ナニもできない、ってかする暇すらなかったわけでピークでもあるんです。ハイ。

 寝不足で翌朝を迎えました。それでも朝の6時には起きて、学園の中を探検がてらランニング。同じような習慣の人も多く、朝から視線が痛かった。

 部屋に戻ってシャワーを浴びてから朝ごはん、と行きたいところだが、

 

 

「なんだこの混雑は……」

「仕方ねぇよ、1年全員いるんだから」

 

 食堂は大混雑。和食セットのトレーを手にキョロキョロしてしまう。同じような境遇の人の先を越さねば朝食はない。

 む、あのダボダボ袖のキグルミは…… 同じクラスの布仏さん! それもテーブルに空きがある。行くしかない。

 

 

「箒、こっちだ」

 

 そして布仏さんと、谷本さん、だったかな。それから鏡さんの3人に近づくと、サラリと声をかけ着席。箒もおずおずといった様子で布仏さんの隣についた。

 

 

「いやー、織斑くんから来るとは。朝からツイてるぅ」

「そんなことないだろ、どうせ1時間後には教室にいるんだし」

「ねーねー、おりむーとしののんは何食べてるのー?」

「おり、むー?」

「しののん……?」

 

 この布仏さん、片っ端からあだ名をつけて回っているらしく、まだ2日目だというのにクラスの半分以上は既に命名済み。

 谷本さんはゆっこ、鏡さんはナギナギらしい。まんまだな。俺のネーミングセンスも人のこと言えないけど。

 そして会話を楽しめば箒さんの不機嫌度が急上昇。なぁ、俺はお前のなんでもないんだからそんなみっともないことすんなよ。

 

 

「ごちそうさまでした。一夏、先に行っているからな」

「お、おう」

 

 明らかに不機嫌丸出しでそんなこと言われてみろ、残された側は

 

 

「ねぇ、私達篠ノ之さんになにか悪いことしたかな」

 

 こうなるに決まってる。

 箒、頼むから人並みのコミュ力と想像力を得てくれよ!




次は15日


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その4

 あのあと、鬼寮長(もちろん千冬姉だ)の一喝で即座に朝食を取ることを強いられた1年生各位は授業時間にだいぶ余裕を持って教室に集まることになった。

 その間に俺は復習と、モンエナチャージ。寝不足すぎてこれがないとすぐにでも死にそうだ。

 山田先生の子守唄……ではなく、授業をなんとか気力で持たせると千冬姉、じゃなくて織斑先生が寄ってきた。

 

「寝不足か。慣れない環境だとは思うが早く慣れろ。身が持たないぞ」

「言ってることが矛盾してるぞ、千冬姉。マジで辛い……」

 

 無意識に千冬姉と呼んでしまったが、特に注意されることも無く、頭を雑に撫でられてそのまま出ていってしまった。

 次は普通に一般科目。IS学園では初めてだが、一般科目に関して言えば高校1年の範囲はあらかた予習済み。剣道クラブで進学塾の講師をしていた人に、少しずつ教えてもらっていたのが功を奏した。

 だからと言って手は抜かない。もしもカリキュラムが違ったら困るのは俺だ。まぁ、そんなことはなかったけれど。

 

 

「眠い、辛い、疲れた……」

 

 放課後、自室のベッドでうわ言のようにそんな言葉を繰り返しているとノックもなしに扉が開かれた。

 誰だよ、と体を起こすとボストンバッグと楽器のケースを持った千冬姉だった。

 

 

「追加の荷物だ。これ以上は自分で取りに帰れ。外出届は私のところに取りに来い」

「ありがと、千冬姉」

「本当に参ってるみたいだな」

「毎日視線に射殺されればね。それに…… いや、なんでもない」

 

 ついボロりと碌でもない事を口走りそうになるのを阻止すると、唐突に肩を掴まれた。

 ゴキぃ、と人間が立てるべきでない音がしたのは千冬姉が馬鹿力だからではない。

 

 

「うおっ」

「これは、酷いな。うつ伏せになれ」

 

 黙ってベッドにうつ伏せになれば千冬姉の親指が背中に突き刺さる。バキバキと音を立てて歪みが矯正されていく感覚。痛いとか苦しいとかよりも、なんとなく立ち直されるような。

 

 

「一夏、居るんだろ…… 千冬さ、織斑先生」

「もう放課後だ。千冬さんでいい」

「凄い音、そんなになるまで何をしてたんだ」

「無理もない。ずっと机と向き合ってたんだろう。箒、済まないな、一夏と同じ部屋にしてしまって」

 

 その間にも俺の体はバキバキと音を立て、ときには俺の悲鳴も混じり、気がつけば千冬姉は居らず、備え付けの机で箒が本を読んでいた。

 寝落ちしていたらしい。

 

 

「起きたか。今は9時前だが、なにか食べるか」

「いや、いいよ。ありがと」

「千冬さんから聞いたぞ。苦労、してきたんだな」

「まぁ、な。こうなったんだ、少なくとも千冬姉の弟なのに、って言われることは避けなきゃいけない」

 

 そんな気がして。

 

 

「お茶を淹れるが、飲むか」

「頼む」

 

 不器用だったり優しかったり、なんなんだよ。箒。

 なれた手付きでケトルから急須にお湯を移して少し待ち、自分の湯呑と俺のマグカップにお茶を入れて持ってきた。

 久しぶりに飲むちゃんとした(というかは疑問だけど)緑茶。ペットボトルとはものが違う。

 

 

「旨い。あたたまる」

「良かった。なぁ、一夏。私は不安だったのだ」

「なんだよ、急に」

「久しぶりに会って、覚えてなかったら、なにを話せばいいのか、そもそも恨んでいたりしないか」

「なんで、忘れるわけも無いし、恨む理由もないだろ。まぁ、話すネタは頑張ろうな」

「むぅ…… けど、良かった。一夏はなにも変わってない。昔からずっと――」

「いや、変わったぞ」

 

 俺だって無能じゃないし、成長するんだよ。

 少なくとも、箒が居なくなってからが一番伸びたんだ。

 

 

「箒、単刀直入に聞く。お前、俺のことをどう思ってる」

「な、ななっ! なにを言い出すんだ!」

「俺の勘違いじゃなければ、箒は俺のことを想ってくれてたんだろ。ずっと前から。なのに俺はそれに気づかず――」

「違う、違うんだ! いや、違くない!」

 

 どっちだ。

 

 

「けど、悪いな。俺はその気持ちに応えられない。今はまだ」

「どうして、分かっててなぜだ!」

「見てみぬふりをして傷つけた()が、他にいる。その落とし前をつけるまで誰にも応えちゃいけないんだ」

「一夏、お前と言う男は……! いまさらそんなの、ないじゃないか……」

 

 

 学園生活2日目。早くも女の子を泣かせた。

 次の日、箒は不機嫌とかそういうのではなく、どこかこう、空っぽだった。

 オルコットさんがクラスみんなの前できっちり頭を下げても、俺に専用機が与えられるなんて話でクラスが盛り上がっても、なんだか寂しい入れ物になっていた。

 

 

「箒」

「なんだ」

「剣道場、行かないか」

「そんな気分じゃないんだ」

「部活があるだろ」

「今日は休む」

「ズル休みなんて、一番嫌ってただろうに」

「体調不良だ」

「ほら、行くぞ」

 

 無理矢理引きずっても箒は抵抗しなかった。

 女子がキャーキャー言うのも気にせず、頭の中の地図と、箒があっちこっち言うのを頼りに剣道場へたどり着くと、箒は剣道部の先輩に任せ、自分は一緒に持ってきた自前の道着に着替えた。

 無理矢理着せられたフル装備の箒と、道着は着てても防具のない俺。いかにも不釣り合いだが箒は腑抜けている。

 

 

「おい、腑抜け。いつもの威勢はどうした」

「誰のせいだと思ってる」

「俺のせいだとでも言うのか? なら聞くが、お前は俺に何をした? 何もしてないだろ」

 

 そう、箒は俺になんのアプローチも仕掛けてない。まぁ、小学生に告れというのも無茶な話だが、それでもクラスでは誰それくんと誰それちゃんが付き合ってただのちゅーしてただのなんて話もなくはなかった。

 そんでもって昨日一昨日を見ていて何があった。もうお互い15だ。今年16だろ。告白の1回や2回、されたことがないわけでもなかろうに。箒は何もしてこない。ただ、一人で勝手にヒートアップしていただけだ。

 

 

「俺はお前のなんでもない。ただの幼馴染、友達だ。お前も俺のなんでもない。幼馴染で友達なはずだろ」

「そんなわけ、ないだろう!」

 

 唐突に放たれる刺突。おいおい、高校で解禁つってもいきなりやる奴がいるか。

 勢いに任せただけの突きを避けるのは容易かったが、そのまま回転に移って横薙にくる胴はヒヤリとした。スピードも、気迫もつい先日まで中学生だった女の子のソレではないと思った。

 

 

「一夏に! 救われた! あの日からずっと! お前の事を想っていたのに!」

 

 ブンブンと振るわれる竹刀。当たったとしても一本には決してなり得ないが、技術に裏打ちされた技が幼い頃から鍛錬を積んできた身体から放たれるのだ。当たったら痛いでは済まないな。

 

 

「それだけだろ、箒。中学で俺に告白してくれた女の子より、言葉にできなかったお前は弱いんだ!」

「そんなわけ、ないだろう! ずっと、ずっと、姉さんがあんなもの(IS)を作ってもずっと、お前の事が好きだったんだ、一夏ァ!」

 

 ヤベぇ死ぬ! 今まで見てきた中で一番速い面が俺を襲う。反射的に竹刀を頭上に掲げて防ぐと、甲高い音と、鈍い打撃音が俺の頭上から聞こえた。

 箒渾身の、重すぎる愛のこもった一撃はどうにか威力を抑えたものの頭に命中。万が一の事を考えて、練習用の鉄芯入りを持ってきたが大正解。

 鉄芯が見事に曲がり、竹は折れてしまっている。

 箒が打ち込んだ竹刀は真っ二つだ。

 

 

「箒、気持ちは痛いほど伝わった。けど、ごめんなさい」

「あぁ、わかった。私は、勇気が無かったんだ。振り払う暴力はあってもな」

 

 いつの間にか集まっていたギャラリーも静寂を守っている。まぁ、あんな熱い告白してるのを見ちゃったら、黙るしかないよね。

 

 

「一夏、私は諦めない。お前が泣かせたもう一人を出し抜いて、絶対に振り向かせてやる」

「おう、楽しみにしてる」

「久しぶりに泣いたら気が晴れた。一夏、もう一合わせ、願おうか」

「えっ、それは……」

 

 さっきの一撃を耐えた両腕がビリビリするんですが!

 痺れる腕で歪なオブジェと化した竹刀を拾うと、箒に見せつけるようにしてから自分の荷物の脇に置くと、防具をきっちりと付け、鉄芯の入っていない竹刀を持った。

 

 

「合図は要らない、好きに打ち込んで来い」

「その余裕がいつまで持つか、なっ!」

 

 いつの間にか竹刀を持ち替えていた箒に挑発されると、俺も闘争心に火がつく。

 最初から全力で小さめの胴を狙いに行く。しかし、箒も早い対応で最小限の動作で払うと直ぐに打ち込みに来る。竹刀で受けられないなら、身体を捻って避けるしかない。実際、そうしても箒が怒らないのはスポーツではなく、仕合であることの現れだろうか。

 そのまま時間も忘れてお互いに一撃も決まらないまま駆け引きを続けていると、ふと、今までと違う視線を感じた。

 わざと大きく振り上げて箒に空振りさせると視線の主を探す。

 いた! 水色の髪の女の子がこっちを見ている。それも、目があったのに気づいてウィンクまでして。横から迫る横薙を弾き上げて空いた銅を狙うも1歩下がられる。

 

 

「よそ見をしている場合か!」

「よそ見しても防げるっつーの!」

 

 時折こういった口撃も交えつつ、その後も有効打のないまま時間が過ぎ、剣道部の部長さんが剣道場閉めたいんだけど、と声をかけてくるまで続いた。




次は17日


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その5

 はてさて、箒の熱い重い、じゃなくて想いの告白から一夜明け、クラスは、というか学校はその話題で持ちきりになっていた。

 昨日の昼間、箒が抜け殻になっている間に千冬姉がサラリと箒が束さんの妹であるとバラしてしまったがゆえに、有名人の弟妹同士だなんだと尾びれが付きまくって広がっていた。

 そして、当の本人だが……

 

「……なんだ、私の顔になにかついてるのか」

 

 平然としていた。

 一昨日までの箒なら、あっという間に赤面して直ぐに手が出ていそうなものだが、謎の余裕で以って女子たちの質問攻めをのらりくらりと(ときに事実を交えて)躱しつつ、交友関係を広める事にも成功していた。

 えぇ、箒さんに一体なにが……

 それを思っていたのは俺だけではなかったようで、昼休み、織斑先生の授業が終わると箒になにがあったのか聞きに来た。もちろん、噂は耳に入っているようだったので告られた、振ったと簡潔に話すとそうか、とだけ言って職員室に戻ってしまったが。

 

 

「篠ノ之さん、織斑くんに告白したんでしょ!」

「ま、まぁな、結果は知っての通りだったが」

「ううん、でも、今の篠ノ之さん、なんだか一皮むけたっていうか、別人みたい!」

「そうか? でも、確かにそうなのかもな」

 

 と、また質問攻めな箒を教室に残して食堂へ。

 なんだかリボンの色が違う人も入り乱れている気がするが、そんな事まで気にしていたら胃がいくつあってもたりない。弱った胃にやさしいきつねうどんの食券を買うと、トレーを持ってカウンターへ。

 その間に空席に目星を付けてからあっという間にできたうどんを受け取ると、見ておいた席に着いた。

 

 

「はああああああ……」

 

 魂の抜けるようなため息まで出てしまうが、しかたなかろう。

 

 

「お隣よろしくて?」

「どーぞー」

「お疲れのようですわね。篠ノ之さんの事ですの?」

「そんなトコですよ」

 

 腑抜けた返事をしても怒らなくなったオルコットさん。どうやらノブレス・オブリージュを学んだらしい。なんとなく持てるものの余裕が出ているし、そのほうがかっこいい。

 

 

「織斑さん、週明けにはわたくしとの対戦ですが、ISの実機練習などはしていらっしゃいますの?」

「練習機が取れなくて全く。織斑先生に頼み込んでなんとか土曜日に3時間取れただけかな。面目無い」

「それは、仕方ありませんわ。だからと言って手加減は致しませんが」

「いや、そんなんで手加減されたときにはそんなの俺のメンツが立たないよ。容赦無くボコボコにしてくれ」

 

 箒に(かま)けていただけでなく、もちろんオルコットさんとの対戦に備えて動いてもいた。だが、限られた練習機を数百人の生徒が奪い合うのだ。なんなら数ヶ月前から予約までして。そこにぽっと出の俺が入り込む余地などあるわけなく、なんとか織斑先生に頼み込んで教官機を貸してもらえる事になった。

 けど、そもそもノリと勢いで動かせるものでもないし、本当に基礎の基礎だけで終わりそうな気がする。

 そのまま食事を終えてオルコットさんと教室に戻ると、今度はオルコットさんに手を出したと噂される。ああ、もういい加減にしてくれ。

 なんだ、俺は一人でいないといけないのか?

 隣でオルコットさんが悲しそうな顔をしている気がした。

 

 

 その夜、一夏が部屋にいないことを確認した上で1025号室の扉を叩くものがいた。

 金髪の髪は手入れが行き届き、身を包むナイトウェアも上質な生地でできている。1025の住人は、少し開けたドアの隙間から来客を見ると、一瞬驚いてから迎え入れた。

 

 

「それで、一夏の事とはなんのようだ?」

「織斑さん、お疲れのようですわ」

「ああ、朝にはランニング、昼はついていこうと必死だ。部屋に戻れば剣を振り、寝る前にはまた復習と予習をしている」

「まぁ、そんなに。ですが、わたくしが言いたいのは彼の努力ではありませんわ」

「どういうことだ」

「織斑さんの立場上、周りに噂されるのは仕方ないと思います。ですが、度が過ぎると思いませんか」

 

 1025の住人、箒は記憶を遡る。というか、遡るまでもなかった。初日から奇異の目に晒され、二日目も同様。昨日は自分が一夏に告白する瞬間を大勢に見られている。そして、昨日の今日だ。昼にオルコットさんと戻ってきた彼を真っ先に突き刺した言葉はもちろん耳に入っていた。

 

 

「昼休み、わたくしと織斑さんが一緒に教室に入ったとき、なんて下卑た言葉が織斑さんを襲ったのでしょう。彼は小さな声で『一人でいないといけないのか』と呟いていましたわ」

「周りに心許せる友達はいない、か」

「彼も男性ですし、篠ノ之さんも幾ら古くからのご友人とはいえ、言えないこともあるでしょう」

「確かに、周りも男に免疫のない、というか誘ってさえいる者もいる始末」

「それに反応すれば残酷な言葉が襲いますわ」

 

 どちらに転んでも地獄というわけだ。

 目をそらせば男の子だねー、と言われ、釘付けになる……ことはなかったが、そのときは更に肩身が狭くなるだろうことは簡単に想像できた。

 珍しいもの、唯一の男、青春の希望。様々な見方があるだろう。だが、1人分ならまだしも、数百人のソレは15歳の思春期男子には重すぎた。

 

 

「策を練らないとな」

「ええ、幾らなんでも目に余ります」

「だが、私達が動けば」

「確かに、また騒ぎを大きくするだけ」

 

 困った…… と言わんばかりに重い沈黙が部屋を包み込んだ。




次は19日


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その6

 土曜の夜、人気のない第3アリーナで、フラフラの体と頭を引きずりながら、グリーンのラファールをなんとか歩かせる。

 

「思考が乱れてるぞ。疲れてるならもう切り上げるか」

「まだだ、行ける。歩いて走るだけじゃ、勝負にならない」

 

 なにか言いたげな千冬姉だったが、一瞬だけ口を開いてから、つぐみ、翔べ、とだけ言った。

 ふわりと浮き上がる機体。重力から切り離され、物理法則ともおさらば。

 PICとはすなわち運動の法則から切り離される魔法だ。慣性がなければ作用反作用の法則も成り立たなくなる。そこに慣性がなくなるのだから。

 千冬姉曰く、そこら辺の奴らより筋はいいらしいが、それでも飛んで歩くだけなら来週から始まる実習をやれば2週間でできるようになるとも言っていた。

 アリーナの外周に沿って円を描くように飛ぶ。あくまでイメージだ。しっかりと、飛びたい場所にレールを引くように。

 

 

「そこから思う通りに動いてみろ。そうだな、撃たれたときの回避機動のつもりだ」

 

 サイドスラスターを吹いて一人分横にずれる。それを繰り返せばジグザグに飛べるが、身体もミシミシ言い始める。

 戻ってこい、という千冬姉の声で再び地に足を付けると、時間もないから最後に取っておきを教えてやる、と言われた。

 

 

「私が現役時代に一番得意だった事だ。瞬時加速。エネルギーをブースターに再度取り込んで点火するんだ。爆発的な加速が得られる代わりに、真っ直ぐしか飛べない」

「曲げたらどうなるんだ?」

「内臓が一回転だな」

 

 というのは流石に冗談だったが、身体に戦闘機なんて目じゃないほどの負荷がかかるらしい。下手すれば骨が折れるとも。

 オルコットさんに一太刀くらいなら浴びせられるだろう、と言う千冬姉の教えに従って、何回か飛び上がっては再取り込みと放出のイメージを繰り返す。

 

 

「まぁ、一発でできるとは思ってなかったさ。そうだな、戦闘機のアフターバーナーはわかるか?」

「????」

「はぁ、一番わかり易いたとえだったんだがな。仕方ない。今日は時間だ、片付けるぞ」

 

 専用のカートにラファールをしゃがませると、飛び降りる。このカートなかなか重いんだよなぁ。格納庫まで飛ばせてくれりゃ楽なのに。

 心の中でボヤキながらもカートを押すと、隣に千冬姉が来た。

 

 

「この前な、箒とオルコットが来たんだ」

「ん?」

「最近、お前が疲れてるのは周りのバカどもが騒ぎ立てるせいなんじゃないか、とな」

 

 どうやら箒とオルコットさんはここ数日の俺を心配してくれていたらしい。確かに、行く先々で視線に突き刺され、誰かと喋れば噂されるのは疲れるし、そろそろ苛立ちも限界ではある。

 かと言ってできることはなにもない。人の口に戸は立てられないし、ここで騒ぎを立てても今後が生きづらくなるだけだ。

 千冬姉も同じような心配をして、何もできない事を悔やんでいたんだろう。

 

 

「そうだな。周りの女子にはムカつくし、イライラもしてる。けど、こうなったんだから我慢するしかないよ」

「っ……!」

「箒がたまに愚痴聞いてくれるようになったのはそういう理由だったんだな。最近、千冬姉も妙に優しいし――痛い痛い! お姉様はいつでも優しいですっ!」

 

 頭を掴むな!

 けど、そうやって気にかけてくれるだけで幾分楽になってるのもまた事実。まだ時間は掛かりそうだけど、暫くすればみんな慣れて静かになるだろ。

 それまで、時折箒に愚痴ったり、こうやって千冬姉とじゃれたりして過ごせばなんとかなる気がしてる。のほほんさん――この前そう呼べとやんわり強制された。も癒やしだし、敵も多いが味方は一騎当千だ。我軍、今は堪える時なり。

 

 

「鍵は閉めた、シールドも問題ない。よし、帰るか」

「そうだ、千冬姉、外出届をもらいたいんだけど」

「なにか取りに行くのか」

「まぁ、それもあるけど、弾にも会いたいし。IS学園の現実を教えてやる……」

「そうか。後で渡すから、明日の朝に事務室に出してくれればいい」

 

 久しぶりに姉弟で過ごす時間。小さい頃から思ってたが、やっぱり千冬姉は偉大だ。ブリュンヒルデだとかそんなの抜きにしても。唯一人の、世界一の姉ちゃんに変わりはないのだから。

 と、いい話で終わらせたいところだが月曜の放課後。この前の練習と同じ第3アリーナのピットで、俺と織斑先生は専用機の到着を今か今かと待ちわびていた。

 

 

「遅い!」

 

 先に切れたのは織斑先生。まぁ、オルコットさんもそろそろキリンになってもおかしくはないし、待たせるのは人としてのルール違反だ。

 千冬姉は俺の淹れたコーヒーを一気に飲み干すと、紙コップを握りつぶした。おっかねえおっかねえ。

 

 

「すみません! おまたせしました、倉持技研ですっ!」

「「遅い!!」」

 

 世界最強と、世界唯一(自分で言うのもこそばゆいが)に同時に怒鳴られたスーツの女性はビクリと震えながらすみませぇん! と鳴き声を上げた。

 ゴウンゴウンと音を立てて搬入口が開くと、

 

 

「カッケェ……」

 

『白』がいた。

 正しくは白くない。研磨してないアルミ、とでも言おうか、むき出しの金属。雑な輝きは蛍光灯のせいだろうか。太陽の光ならもう少しギラギラしてそうだ。

 

 

「よし、オルコットも待たせている。ぶっつけ本番、調整も現場でやれ」

「おう!」

 

 そのまま名前も知らない我が愛機に飛び乗ると、いつの間にか観客がいっぱいのアリーナに飛び出した。

 突き刺さる視線。待ちぼうけの姫は、呆れた、と言わんばかりの視線を俺に向けてくる。

 

 

「日本人は時間に厳しいと聞いていましたが、ルーズな方もいらっしゃるんですのね」

「ああ、おかげで織斑先生がブチ切れ寸前だったよ」

「あら、それは怖い。織斑さん、レディを待たせたのです。ちゃんと埋め合わせをしてくたさいませ」

「自信はないが、できる限り尽くさせてもらおう」

 

 合図もなしにいきなり鳴り響く警報。ロックオンアラート? そんなもん知らん。俺の第六感がとにかく避けろと叫んだ。

 身体を捻って半身反らせば、さっきまで頭のあった場所をレーザービームが通り抜ける。空気って焦げた匂いがするんだな。なんて驚いている暇もなく、続いて第2射、3射と襲いかかる。

 

 

「あらあら、一撃で決めるつもりでしたのに」

「まぐれだよ、死ぬかと思ったぜ」

「いい目ですわ。精々、わたくしを楽しませてくださいまし!」

 

 降り注ぐレーザービームの雨。さっきより増えてねぇか? 太さもまばら、そして方向も。見事に俺の死角からぶっ放してきやがる。

 ひとまず今は避けられているが、これ以上増えたらまずいぞ。原因を絶たないと。

 周囲を見渡すと、青い四角錐のようなものが俺の周囲を飛び回ってはレーザーを放ってくる。こいつがブルーティアーズねぇ……

 

 

「武器、武器……!!」

「いつまで逃げ続けるつもりですの? このままではノーポイントですわよ」

「武器…… あった! 出てこい!」

 

 初心者は武器の名前を呼んだり、なにか言葉をキーにして呼び出すと楽だと教科書に書いてあった。なのでそのとおりに叫べば装備リストにある唯一の装備、近接ブレードが手の中に収まる。

 

 

「そんなブレードでわたくしに勝負をかけるおつもりですの? とんだお笑い種ですわ!」

「いや、俺もかなりマズいとは思ってるけど、これしか無くてね」

 

 一瞬、レーザーの雨が止む。

 謎の沈黙。

 

 

「本当ですの?」

「ああ。飛び道具があるなら適当にばら撒くなりしてるさ」

「「…………」」

 

 気まずい沈黙を破ったのはオルコットさんのレーザー。俺の足元に一発叩き込まれると、それを合図と言わんばかりにレーザーの雨が雨量を増して襲いかかる。

 一昨日の練習を思い出し、ジグザグに距離を詰めようとはしているものの、レーザーが鬱陶しいし、ある程度詰まったと思うとオルコットさんのライフルが牙を剥く。

 勝負は一向に決まらないまま時間だけが過ぎ、視界の片隅に映るタイマーが20分を数えた頃、謎の光が俺の身を包んだ。

 

 

「んなっ!? こんな兵器聞いてないぞ!」

「これは! 織斑さん、ファーストシフトですわ! 今まで初期設定の機体で戦っていたということですの……!」

 

 ファーストシフト、漢字で書けば一次移行。工場から出たISが操縦者の物になった瞬間だ。今まで鈍い金属の輝きを放っていた機体は今度こそ純白に。大きな翼状のスラスターは今まで以上のパワーを感じさせ、手に持つブレードも、雪片弐型(ゆきひらにがた)なんていう厨二ズム漂う名前の刀に姿を変えていた。

 

「雪片……」

 

 その名前は、かつて千冬姉が現役時代に振るっていた刀と同じだったのだ。




次は21日


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その7

1巻の半分終わるのに7話もかかってるんですけど。
まぁ、今作はわりとテンポよく短めにまとめてるんで話数は嵩んでますね。


「雪片……」

 

 俺の記憶にある雪片とは姿も形も異なるが、漂う雰囲気だけは似ている。只者ではない、寄らば切る、そんな殺気めいた気迫。

 軽く振り下ろせばその剣は軽く、ヒュンと風を切った。

 

「これからが本番、ということですわね」

「ああ、ブリュンヒルデから重々しいプレッシャーを感じるからな。勝つ…… とは言わずとも、追い詰めてやる!」

「そこは高らかに勝利を宣言して欲しかったですわ……」

 

 ぐっと足元に力を込めて、跳躍。

 というより、飛び出す? うーん、なんというべきか。何はともあれ、オルコットさんが目を見開くほどのスピードで一気に距離を詰めると通りすがりに一薙。浅い!

 それでも初めてオルコットさんにダメージを入れたのだ。100倍乗ってる経験者に手が届いたのだから、更に燃えてくる。ワンチャンあるだろこれ!

 

 

「機体のスペックが上がって……!」

「避けられる! 行けるッ!」

 

 エネルギーを取り込み再点火。口ではそう言うが、吹き出す炎に溢れ出たエネルギーを吹き付けてやるのだ。

 これでケリを付ける!

 

 

「――ッ!!!」

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

 吠えろブースタ! 唸れ雪片! これが俺の、本気の一撃だ! なんて、アニメの主人公を気取るのは頭の中だけにしつつも、実際に吠えてるのは事実。

 視界の真ん中に焦った顔のオルコットさんを捉え、端から端までを雪片で結ぶ。あれ? 雪片の刃って青白かったか?

 

 

『試合終了! 両者シールドエネルギー残量ゼロ!』

 

 そんなアナウンスが耳に届いて、俺はそのまま壁にキス。止まり方教えてもらってねぇもん。そもそも止めるためのエネルギーすら切れてたがな。

 

 

「ああ、これで俺は……」

「織斑さんっ!」

 

 青い空と光る縦ロールを見て、俺の意識はすっ飛んだ。

 ところ変わって保健室。まぁ、連日の疲労でヘロヘロだった身体に気絶クラスの衝撃を与えれば簡単に意識を手放すのは当たり前。

 保健室の先生(養護教諭ではなく、ガチの医師だった)に『過労ですね。若いから限界超えても気付かなかったりするから、気をつけるんだよ』と診断されたのは今さっき。その今は火曜日の午後1時半。ほぼ24時間睡眠だったようだ。やべぇよ、コレ。

 体を起こそうと力を入れるとまず腹筋が悲鳴を上げ、たまらず腕をついたら見事に連鎖反応。そして再びベッドへ。ははっ、起きられねぇ。

 

 

「ようやく起きたか、馬鹿者」

「怪我人にかける言葉がそれかよ」

「自爆特攻しかけるような愚弟にはこれで十分だ」

「そんなつもりは無かったんだけどな」

 

 日も暮れた頃に千冬姉がやってきた。

 開口一番で罵倒してくるあたり、今日もお姉様は絶好調。どうやら、昨日はオルコットさんが慌てて俺を担ぎ込んでくれたらしい。これはお礼を考えないと。

 最後になにがあったのかを聞けば、俺の機体『白式』と俺の相性は抜群らしく、ワンオフアビリティという特殊能力的な物が発動したらしい。その特殊能力が曲者で、自分のシールドエネルギーを食い散らかしながら、雪片を当てた対象のシールドを無視して絶対防御を発動させ、エネルギーをゴリゴリ削る超ピーキーなもの。

 千冬姉の現役時代と同じ能力だそうで、千冬姉はこのワンオフ(長えから省略)とこの前教えてもらった瞬時加速のヒットアンドアウェイ戦法で無敗だったそうだ。

 

 

「なるほど…… それで自分のシールドエネルギーを使い切るのと同時にブルーティアーズのシールドエネルギーも雪片で吹き飛ばしたと」

「そういうことだ。機体に慣れてないとはいえ、昨日のお前は10必要なところに100注ぎ込んだようなものだからな。燃費が悪くて当然だな」

「初心者に手厳しい。もっと褒めてくれてもいいのよ?」

「調子に乗るな」

 

 ばすっ、と今日は出席簿では無いもので頭を叩かれた。それも割と重量級のなにかで。

 首まで響いた衝撃に辟易しながら千冬姉を見ると、ドスンと音を立てて枕元に電話帳が置かれた。どうやら俺はあれに殴られたらしい。

 

 

「これが専用機を持つにあたってのルールブックだ。熟読しておけ」

「うげぇ、分厚い……」

「それが持つものの義務ということだ。オルコットにちゃんと礼を言っておけよ」

 

 それだけいうと、千冬姉は保健の先生と少し話してから出ていった。

 翌日の目覚めは最高。涎か汗か、たぶん前者で少しシワシワになったルールブックをカバンに放り込んでから自室に寄って、教科書を詰め込むといざ教室に向かった。

 出遅れ気味に教室に入ると、一斉に視線が突き刺さる。思わず顔をしかめたのは悪くない。

 

 

「一夏!」

「箒、オルコットさんも、心配かけて悪かった。それに、ありがとう」

「千冬さんから、筋肉痛で唸ってるだけだとは聞いていたが」

 

 それでも心配したんだぞ、と続きそうな気がしたが、そういう目で見られるだけだった。

 そう、オルコットさん、彼女は……

 

 

「織斑さん、いえ、一夏さん!」

「は、はいっ!?」

 

 名前呼びっ!?

 あのオルコットさんが? あのとき頭でも打ったんじゃないだろうか。

 大またでこちらに向かってくると、俺の手を取り胸に押し当て…… 柔らか…… じゃなくて何をしていらっしゃるのですかぁ!?

 

 

「このセシリア、一夏さんをお慕い申し上げますわ。先日見た闘志、日頃のたゆまぬ努力。そして芸術を尊ぶ感性。いきなりお付き合いをとは申しません。まずは友人から、始めませんこと?」

「……??」

「……一夏、ちゃんと返事をせんか!」

 

 いやね、箒さん。小声で怒鳴るなんて器用な真似されるのは結構なんですが、わたくしオルコットさんに惚れられるような事をした覚えがまるでございませんのよ?

 それに、貴女のその態度を見るに、裏で協定でも結びました? ねぇ?

 

 

「オルコットさん、気も――」

「セシリアと、呼んでくださいな」

「セシリア、気持ちは嬉しい。けど、俺にはまだちゃんと責任を果たさないといけない相手がいるんだ。ああ、決して卑しい意味じゃないぞ! 告白してくれたのに、ちゃんと答えてない子がいる。その子にちゃんと答えるまで恋人は、ごめん。けど、友達から、なんて。もう一週間前から友達じゃないか」

 

 一瞬クラスが湧いたのがわかったから釘を刺す。そしてフォロー。オルコットさん……じゃなくて、セシリアは少なくとも昼に同じテーブルで飯食った頃からは嫌なクラスメートから友達にランクアップ済みだ。

 夜にサイダーを飲む俗っぽさもあるしな。

 

 

「やりましたわ、箒さん!」

「予想通りだな」

「やっぱり、お前ら謀ったな」

「謀ったとは失礼な。私はセシリアから相談を受けたから、正々堂々、一夏を巡って争うライバルになろうと受け入れただけだ」

「本人に同意無しでか」

「同意なら今しただろう。問題ない。あとはお前が泣かせた女の子をもう一度泣かせれば、私とセシリアの勝負だ」

 

 もう一度泣かせるって、振ること確定かよ。けどまぁ、こうして後腐れなくおわ――

 

 

「はいはーい、青春するのもいいですけど、SHR始めますよー」

「はぁ……」

「ふふっ、織斑くん。モテる男は辛いですねぇ」

「山田先生、癒やしてもらえます?」

「ええっ! そんな、いまオルコットさんを、わわっ、で、でも織斑くんとなら……」

 

 そこですかさず出席簿アタック。もちろん山田先生にも。教師同士でも容赦ねぇな織斑センセ。

 

 

「んんっ、山田くん?」

「は、はいっ、えと、えーっと、そうでふ!」

 

 クスクスっと笑いが漏れて、また慌てる山田先生。織斑先生はうつむいてこめかみを揉んでいる。

 さてまぁ、こうして後腐れなく終われた…… いや、懸念事項が残ってる。先日のセシリアとの勝負は引き分けた。クラス代表はどうなったんだ? 数日前とは別人な彼女が引き受けた?

 

 

「織斑くんも戻ってきましたし、これでクラス代表も任せられますね」

 

 そして、山田先生は俺に絶望を投げつけて柔らかい笑みを浮かべた。

 いまはその笑みが三途の川の船頭に見えますよ、ええ。




次は23日


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その8

 クラス代表決めの一騒動も落ち着きを見せ、学園内の目も俺の胃に優しくなってきた(俺の胃が鋼になったのかも…… それはないか)ころ、1年生は朝から浮ついた空気に包まれていた。

 いろんな噂を合わせるにこの時期に転校生が来るらしい。中国から。

 こんな時期にこの学園に入り込めるのは代表か候補生と相場が決まってるし、調べてみれば中国の候補生の中で年が近くて優秀な人物と言うと、1人しか当てはまらない。

 

「マジか……」

 

 そして、その名前には見覚えがあり、顔写真を見て確信に変わった。

 中国からの転校生、そして代表候補生とは――

 

 

「待たせたわね! 中華人民共和国 代表候補生主席、凰 鈴音、只今参上! 会いたかったわ、一夏!」

 

 このツインテールのちんちくりん。俺が箒とセシリアを振った理由の女の子なのだから。

 

 

「り、鈴、久しぶりだな。代表候補生になってるなんて驚いたぞ」

「ニュース見たら一夏の顔がデカデカと映ってるのよ、アタシだって驚かなかったわけないじゃない」

 

 背中に突き刺さる視線。なんというか、首筋に日本刀、後頭部に銃口を当てられたような……

 ゾクリと震え上がりつつ、目の前の旧友、と言うには別れから時間の経ってない鈴を見下ろす。相変わらずちっこい背丈と、成長の見えない胸部装甲。うん、だがこのお手頃感と言うか、こうして撫で回したときの嫌がりつつ満更でもない猫っぽい感じが――( ゚д゚)ハッ!

 

 

「織斑、再会が嬉しいのはわかるが授業の時間だ。凰、教室に戻れ」

「千冬さ……痛っ!?」

「ここでは織斑先生だ」

「ひ、ひぃっ、はいっ!」

 

 脱兎の如く逃げ出す…… いや、数メートル進んで教室に飛び込んだから2組らしいな。

 俺もおとなしく席に戻ろうと振り返え、る…… ほ、箒、お前はどうしてそう般若のお面みたいな顔をしていらっしゃるので? セシリアさん、背後に黒スーツのヒットマンが見えますよー? こ、これはいかん。即座に席について教科書を開いた。

 休み時間の度に繰り返された尋問タイムをなんとか乗り切って食堂へ逃げ込むと、そこにはなぜか両手を腰に当ててドヤ顔の鈴。手にはラーメンとラーメン+半チャーの食券。

 

 

「待ってたわ、一緒にご飯食べましょ」

「お、おう」

 

 背後に視線を感じつつ、鈴と料理を受け取ればテーブルに着く。正直半チャンラーメンはキツいが、出されたものは黙って胃に入れる。お残しはいけません。

 

 

「んんッ、お隣よろしくて?」

「ああ、いい、ぞ……」

 

 反射的に答えたが、お嬢様口調で話す知り合いは一人しかいない。

 

 

「セシリア、それに箒も……」

「私達が居てなにか問題でもあるのか?」

「それに、転校生ともご挨拶をしておきたいですし」

 

 目が笑ってませんぜ、セシリアお嬢様。隣の鈴も引き攣り笑いだし。

 この場を乗り切るべく、正直に鈴がその泣かせた女の子だと説明したら、それはそれで困ったことになりそうだが、今度は鈴をごまかす理由が弱くなる。

 どうする、どうするよ俺!(このネタ通じんのか?)

 

 

「あ、ああ、そうだな。コイツは凰鈴音。中国の代表候補生で、俺が泣かせた女の子だ」

「泣かせたって…… まぁ、間違っちゃないけど。凰鈴音よ、よろしく! そっちの金髪がセシリアオルコットで、そっちのサムライは…… どちらさん?」

「金髪ッ」

「サム……ライ?」

 

 まぁ、間違っちゃいないが。そうして変に喧嘩売らないでくれよ。おとなしくラーメンずるずる。

 ガールズでまぁなんとかかんとか親睦を深めて頂いたところで自然と流れていた話題を掘り返したのは箒さん。

 

 

「そうだ一夏。凰さんがその、お前が責任を果たすべき相手なのだろう。どうするのだ」

「んな、結論を急ぐなよ」

「どういう事よ、一夏」

「ええと、これには日本海溝より深い理由がございましてですね」

 

 中途半端な深さの言い訳をするべきか悩んでいたところで最後のチャーハンをかき込み、トレーを手に立ち上がる。回れ右して返却口へ!

 

 

「逃げた!」

「待ちなさいよ!」

 

 あばよとっつぁ~ん! とばかりにダッシュ。女子の壁を掻い潜ることにも慣れ、パルクールもどきの立体機動(と言うか近道)も覚えてきた。この学校、窓枠が丈夫だから掴んだり足場にしても曲がらないから良い。

 どうにか授業開始ギリギリまで時間を潰して教室に戻ると、箒とセシリアは居らず、数十秒遅れたがために織斑先生から出席簿を食らっていた。

 その放課後。最近の日課となりつつあるISの練習メニュー(千冬姉直伝の訓練メニューだ)をこなすとロッカールームに戻る。今日はセシリアとは一緒じゃなかったから一人だ。セシリアもセシリアで忙しいようで、悔しさを滲ませつつ今日の練習には付き合えない、と言っていた。

 確かに、箒からリードを奪う唯一のチャンスだもんな。

 タオルで体を拭けば若干汗臭いISスーツを脱ぎ捨てジャージに着替える。以前、シャワーを浴びている間にタオルが消えると言う事件があってからシャワーは自室まで我慢することにした。箒にも相談済みで、鉢合わせることもない事を申し添えておこう。

 流石にDNAを盗まれたかも、なんてのは洒落じゃ済まないしな。

 

 

「いっちかぁ!」

「!?」

 

 テュイン! と某ステルスアクションゲーのSEが聞こえた気がしたが、目の前を柔らかい感触で包まれたかと思うと、反射的に後ろから感じる気配を投げ飛ばした。

 もちろん、ロッカーに当たって大きな音を立てるがその間にISを展開し、即時撤退だ。

 聞き覚えのある声で名前を呼ばれた気がしたが、万が一って事もある。用心に越したことはないだろう。

 

 

「織斑! 指定場所以外での展開は禁止だ!」

「身の危険を感じたんだって! 目をなにかで塞がれてさ!」

 

 物音を聞きつけたのか、偶然だったのか、見回りをしていた千冬姉に会えたのはラッキーだった。

 慌てて事情を説明すると、答え合わせの時間だ。

 

 

「さっき凰を見かけたが、タオルと飲み物を持ってたからな、それじゃ――」

「いぃちぃかぁ……!!!」

「――ないのか?」

 

 正解のようですよお姉様。

 正直なところ、あんなことがあってからどうしても目の前を塞がれる事に過剰に反応気味になっている気がする。「だーれだっ」ってアレも生理的に無理、ってレベルで拒否したい。怖いってより、いろいろとぶり返す。

 

 

「り、鈴。どうしたんだよ」

「どうしたもこうしたも、いきなり背負投げするやつがある!? めっちゃ痛かったんだから!」

「いきなり目の前塞ぐお前が悪いだろ……」

「はぁ? アタシは親切で練習終わりに来てあげたってのに……!」

「そのへんにしておけ、凰。お前も知らないわけじゃないだろう」

 

 千冬姉の助け舟にピクリと反応する鈴。鈴はじめ、仲良かった連中にはちゃんと説明してあったしな。それを思い出してくれたようだ。

 

 

「ごめん、一夏。アタシ、ついテンション上がってて、その」

「俺も悪かった、思わず手が出ちまった。怪我してないか?」

「うん、大丈夫」

「んんッ! 再会が嬉しいのはわかるが、程々にな。くれぐれも騒ぎを起こすなよ。――ライバルは強いぞ、さっさとケリを付けるんだな、鈴」

 

 わざとらしい咳払いをした千冬姉は、鈴になにか耳打ちしてから背中を叩いて(めっちゃ痛そうだった)いった。鈴の顔が妙に赤いが、千冬姉に何を言われたんだ? 襲っちまえとかでは無いと思うが。

 

 

「ね、一夏。このあと暇でしょ? お菓子買って行きましょ」

「ああ、良いけど、先に部屋戻らせてくれよ。シャワー浴びてないんだ」

「えぇ…… 男子たるもの、いつも清潔にしてなさいよ」

「下手に荷物から離れるとな……」

「あっ……」

 

 リアルに『あっ…(察し)』って反応を見られるとは思わなかったが、鈴の言うことも尤も。時々面倒だからペーパーで済ませてたりしたが、ちゃんとシャワー浴びとくか。洗濯物増えて大変なんだよなぁ。

 鈴が購買に行ってる間にシャワーを済ませ、お茶を用意して待ってるとノックが聞こえてからすぐさまドアが開いた。遠慮なさすぎだろ。

 

 

「おい、なんだよその荷物」

「ついでにお泊りしてこうかと思って。昼に逃げられたこと、聞きたいしね」

 

 お菓子とボストンバッグを持った鈴は、何時になく真剣な顔をしていた。



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その9

「そうか……」

 

 箒が買い置きしているお茶を勝手に淹れ、持ってきたお菓子を開け始めた鈴に魚偏の漢字がひたすら書かれた湯呑を差し出すと、向かいに腰を落ち着ける。

 

「ありがと。それで、昼間のアレについて説明、してくれる?」

「相変わらず回りくどいのは無しってか」

「あんだけ意味深なこと言われれば嫌でも気になるっての。どういう意味だったの?」

 

 いずれ説明を、とは思っていたが、うーん。箒やセシリアも一緒にいた方が何かと都合がいい気がするな。

 

 

「そうだな。箒が帰ってくるまで待ってもいいか? まぁ、ざっくり言っちまえばお前の告白のせい、だな」

「アタシのせい? まさか、あの二人に告られたんじゃないでしょうね!?」

「そのまさかだ。それを引き伸ばす口実に使った」

「口実って…… 一夏、アンタいつか刺殺されるわよ?」

 

 実に耳が痛い。このツインテチャイナ娘はやたらと勘が鋭いし、言いたいことは言うタイプだから、こんな俺が明け透けに言わなかったことまであっという間に踏み込んできた。

 

 

「ねぇ、ちょっと待って。いまさ、箒が『帰ってくるまで待って』って言ったわよね。どういう意味?」

「どういうも何も、言葉通り。箒と同室なんだよ。それに、寮長は千冬姉だぜ? お泊まり会はまた今度だな」

「なによそれ! 男女七歳にして同衾せず、でしょうが!」

「箒みたいなこと言うなよ。俺だって辛いんだぜ?」

 

 隙あらば女の子は見せつけてくるし、箒もそれでピリピリするし、そう簡単に"処理"もできない。

 男の子的にね? 拷問みたいなもんですよ。生殺しですよ生殺し。ISの実技なんて始まってみなさいよ、あんなのスク水ですよ? 頭の中で素数数えてたら最近は641まで数えられるようになっちまうし。

 

 

「ねぇ、一夏、アタシでよければ、その……」

「…………」

 

 やべぇ、ぶっちゃけ過ぎた。これは、ウス=異本的展開が……!

 いやいや、アカンやろ常識的に。(なぜかエセ関西弁)第一に、ここは千冬姉の庭、第二に俺らまだ高校生! いや、高校生と合法的にできるのは高校生の内だけ、と言うことはこれは一世一代の大チャンスなのでは。とここまで考えを巡らせること0.1秒。

 少しばかり潤んだ目で見上げてくる(これだけでかなりクる)鈴の両肩に手を置き、お互いの目を覚ます一撃を入れることにした。

 

 

「いや、もう少し大きいほうが俺は嬉しいから」

「ッ……! アンタぁ、歯ァ食いしばりなさい!」

 

 殴られた。

 グーで。

 まぁ、それでブチ切れた鈴は部屋を出てったし、入れ替わりに箒も帰ってきてベッドの上で伸びる俺と、鈴が開け放ったドアを交互に見てから、ため息を吐いた。

 

 

「はぁ、お前はバカか?」

 

 ここまで一連の流れを正直にお話した後の、箒大先生の第一声。なんか千冬姉に似てきたぞ。

 ムラムラします。と宣言するも同じことなので、男の尊厳的なものが音を立てて崩壊しているが箒はお構いなし。

 けれど、今までの箒と決定的に違うのは「お前の心が弱いのだ」的な根性論が一切出てこなかった事だ。俺もまさか箒の口から思春期男子なら、ある程度持て余すのは仕方のない事だ、なんてセリフが出てくるなんて、明日は日本刀でも降るのだろうか?

 

 

「そ、その、どうしても始末をしたいときは言ってくれ。私も席を外すなり配慮はしよう」

「箒さん…… すまねぇ、すまねぇなぁ……!」

「なんだ、その時代劇の小作農みたいなセリフは!」

 

 決して他人に迷惑はかけません、と言う誓いを立てると箒も(多少顔を赤くしつつ)仕方ないのだ、と半ば自分に言い聞かせるようにしてからお互い眠りについ…… た訳がない。

 昼間にあんな話してみろ、互いに変な意識しちゃってそわそわして寝られねぇよ。他人に迷惑はかけません、も誓いを立てたからしないし、そもそも他人の前でできるかっての。

 今までで一番げっそりして迎えた翌日。廊下に貼り出された紙には『クラス対抗戦』の告知。まさかまさか、2組の代表は鈴に成り代わったようで、1回戦で俺と当たることになったようだ。

 昨日、逆鱗に大剣で溜め斬り叩き込んでしまった鈴に昼休みに謝りに行ったところ、華麗にスルーされちまい(というかマジおこだ)、それは日を改めても同じこと。

 いくら胸と身長の事は鈴のタブーとはいえ、キレ過ぎじゃないだろうか、なんて責任転嫁することすら考えだした頃、助け舟は思わぬ場所からやってきた。

 

 

「一夏さん、鈴さんに何をしましたの?」

「何をって、何もしてないよ。自己防衛、互いに不幸せになりたくないしな」

「はぁ、これは重症ですわ。一夏さん、日本では好きな者同士、お互いに手紙をしたためて投げつけると聞きましたわ。お互いに避けていないで、無理にでも一歩近づいてみてはいかがですの?」

 

 鈴に何を聞いたかは知らんが、確かに、セシリアの言うことを実行する価値はある。

 投げつける、と言うのは若干違うから、多少彼女の知識も訂正しつつ、手紙を投げることにしよう。

 ならば即実行。昼休みの食堂でお腹に優しいチーズリゾットを食べながら鈴の様子を伺う。

 どうやらクラスメートと一緒に食事をしているようだが、気の抜けた今がチャンス。

 胸ポケットから小さく畳んだ手紙と、スリングショット(所謂パチンコだ)を取り出すとよく狙って引き絞り、手を離す。head shot! ヘブっ、とか情けない声を上げた鈴は狙い通りに手紙を広げて読み始めたので、残ったリゾットをかき込んで返却口へ。

 手紙の内容は、ざっくり言っちまえば『クラス対抗戦で決着つけようぜ』って感じ。もっと謙った文にはした。

 

 それから時間は経って対抗戦当日。

 アリーナのど真ん中、俺と鈴は向かい合って睨み合って。うひゃぁ、怖いぞー。

 

 

「ねぇ、一夏。冥土の土産に教えてあげる。ISのシールドバリアって完璧じゃないの。それは絶対防御も同じこと。耐えられる以上の衝撃を与えれば簡単に崩れるのよ」

「そうか。なら喰らわないようにしないとな」

「チッ、いつまでその調子でいられるかしら!」

 

 パーンと高らかに試合開始の合図が鳴れば、予想通りに鈴は衝撃砲をぶっ放してくる。

 けれど、それも完璧じゃない。目線を追えばある程度の予測は可能だし、現に初弾はそれで回避ができた。あとは隙を見て千冬姉仕込みの瞬時加速と、だいぶ使い方のわかってきたワンオフ、零落白夜でワンパンだ。

 時までは耐えるべし。そう言い聞かせながら時折攻めるブラフを噛ましつつ鈴を苛立たせていく。

 

 

「一夏ぁ! アンタなんなのよそれは! いい加減に攻めてきたらどうなの!」

「んじゃ、お言葉通りにッ!」

 

 ポン、と軽い音と、その音に似合わぬ加速力。千冬姉曰く、音のエネルギーすら使い尽くして最大限の加速力を得られるそうで、そう考えると静音化(従来比-125% *当社比)に成功したとはいえ、まだまだ甘っちょろいということだろう。

 一瞬で近づいた鈴に刃を突き立てて一瞬だけ零落白夜を発動、ゴリッとエネルギーを削り込んだが、ワンパンとはいかなかった。それでも鈴の動揺を誘うには十二分な効果があったようだ。

 

 

「はぁっ!? どんな魔法使ったのよ!」

「魔法じゃない、テクニックさ」

「ッ!!! スカしちゃってぇ!」

 

 やべぇ、さらに怒らせちまった。

 こういう時は気取っとくのがカッコいいんじゃねぇのかよ弾!

 けれど、弾に文句垂れるのも長くは続かなかった。

 爆音を立ててアリーナのど真ん中に何か降ってきたんだから。




一瞬でモチベーションなくなった


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その10

間に合わなかった


 爆音を立てて空から降ってきたのは黒くて太いなにか。

 決して嫌らしい意味合いはないが、ずんぐりむっくりな見た目と、黒光りする見た目はとてもじゃないがカッコいいとは言い難い。

 砂煙が晴れてそのシルエットがはっきりすると、人型であることはわかったが、頭らしきところが赤く光っているのがひと昔前のロボットっぽい。

 例えるなら、そう、ラ○ュタのロボット兵。ただ、目は複眼らしい。なぜわかるかって?

 砂煙がバッチリ晴れちまったからだよ。

 冷や汗が頬を伝ったのを感じると、ずんぐりむっくりの肩越しに鈴を見る。

 

「聞こえるか、凰、織斑」

「はぃっ!」

「き、聞こえる……」

 

 腰が抜けそうなところギリギリで繋ぎ止められたのは、コアネットワーク越しに聞こえる千冬姉の声があったから。

 ずんぐりむっくりは俺から目を話さないし、腕がサイコガンみたいになってることを考えると、アレは絶対に飛び道具なわけで。

 他の武器を持ちようがない事を考えるとあのサイコガンでアリーナのシールドをぶち破ったと考えるのが妥当だと行き着く。

 ということは、シールドをぶち抜けるほどの威力で人間撃ったらどうなるか。どうなるんだろう。蒸発してきえるんかな。想像はしたくないから今はやめておこう。

 

 

「今すぐそこから退避しろ。教員機が向かってる、黒いのは先生方に任せておけ」

「けど、観客席の扉が開いてない。全面ロックがかかってるんじゃないですか、先生」

「……そうだ、だが、お前たちに危険を冒させるわけにはいかないんだ」

「まてよ、千冬姉! 全面ロックって、逃げ場もないってことだろ!」

 

 逃げ場もない。逃げられない。

 明確な死が迫りくる。ああ、今まではなんだかんだ聞こえなかったが、耳に入るざわめきはほとんど悲鳴じゃないか。

 怖い、恐ろしい。死が、死が死が死死死死死死死………!!

 

 

「うわぁぁぁぁあ!!!」

「ちょっと! 一夏!」

 

 気がつけばわけもわからず黒いのに飛びかかっていた。

 音の壁すら超えていそうなつもりなのに、世界はスローに流れ、視界の右端に捉えた黒いやつの首を、雪片が青白い輝きを持って断ち切った。

 頭が飛ぶ。赤い目は空中でもなお、俺を捉え続け、地面に落ちるその瞬間まで赤い目に俺が映っていた。

 

 

「一夏、後ろ!」

「はっ……!」

 

 鈴の叫び声だけが周囲の悲鳴を切り裂いて聞こえた。というか、ネットワークでの通信だったからかもしれない。

 その声に振り向き、零落白夜を発動。首なしずんぐりむっくりのサイコガンから放たれた光が雪片の刃にあたっているのだけはわかる。

 

 

ってぇー!(撃て!)

 

 衝撃砲の攻撃でぐらつくずんぐりむっくり。もちろん、プロがその隙を逃すわけもなく、サイコガンを青龍刀で下向きに弾くとすぐさまその腕を肩から切り飛ばした。

 だが、ずんぐりむっくりの動きは止まらず、残った腕のサイコガンは鈴に向き、頭と片腕を失ってもなお明確な殺意をばら撒き続けていた。

 

 

「やめ、やめろよ、くそ、この野郎!」

「一夏、ダメ!」

 

 制止を聞かずに再びの突進。今度は雪片を袂に持った突き。無音で踏み出し、一瞬で距離を詰め……!

 

 

「っぐっ……!」

「一夏!」

 

 あの野郎、振り向きやがった! 反応できない、反応されないと思ったのに残った腕で横に薙ぎ払い、俺は勢いのままに壁へ。

 俺に意識を向けた鈴も蹴り飛ばすと残った腕のサイコガンを俺に向けた。

 ああ、死ぬんか、俺。

 

 

「チェックシックス、ですわ」

 

 バチン、と電流がスパークするような音を立てて薄紅の光がずんぐりむっくりを貫くと、今度こそずんぐりむっくりは膝から崩れ落ち、地に伏した。

 胸にキレイな穴の空いたずんぐりむっくりを、鈴が親の仇と言わんばかりに青龍刀でめった刺しにすればそこにはスクラップが残るのみ。

 

 

「「一夏、大丈夫か!?」」

「ごめんよ、千冬姉」

 

 同時に聞こえた俺を気遣う声に、再び謝罪で返すと、なんだろう、緊張の糸が解けたと言うやつだろうか。一気に全身の力が抜けてしまった。

 慌てて支えてくれた鈴には、ちゃんとお礼を言わないとな。

 

 

「ありがと、鈴」

「なに泣いてんのよ、もっとシャキッとしなさい。バカ」

 

 ははっ、泣いてんのか。そりゃ、死ぬほど怖くて怖くて怖かったんだ、泣いたっていいだろう。

 死ぬかと思ったし、死んでしまうかと思った。これほど怖いことがあるだろうか。今度は目隠しなしで、自分を死の縁ギリギリまで歩み寄ったんだ。それに、知ってる人まで死にかかった。もう、こんなの嫌になったってしかない。

 

 

「怖かった、怖かった……」

「アタシだって怖かったわよ。でも、一夏が飛び出してったら、誰が止めんのよ」

「その役目はわたくしにお譲りいただいても構いませんのよ?」

「セシリア、いいとこでやってくれたわ。もう少し早ければなお良かったんだけど」

 

 フフン、と腰に手を当てるポーズのセシリア。タイミング的には命の恩人とも言える。確かに、もう少し早く助けに来てくれていたらもう少し楽になっていたかもしれないが、そんなことを言い出したらキリがない。助けてくれただけありがたい。

 

 

「観客席で避難誘導を手伝っていましたの。ドアが開かなかったので撃ち抜いてしまいましたわ」

「やっぱりね。何はともあれ、ありがと、助かったわ」

「絶体絶命のピンチに駆けつけてこそ、役が光るというものですわ」

 

 鈴が小さく、アンタの日本人観はどうなってるのよ…… とつぶやいたが、俺は口だけ笑っておいた。

 鈴とセシリアに両脇を抱えられて飛ぶのはなんともみっともない光景だったが、ピットに戻ると千冬姉と山田先生、それから2組の担任の先生が揃っていた。

 

 

「3人とも、怪我はありませんか!? あわわっ! 織斑くん、どうしたんですか!」

「腰抜けちゃって、ははっ」

 

 俺はそのままパイプ椅子に体を投げ出して、山田先生から身体中をベタベタ触られる天国なのか地獄なのかわからない経験をすると保健室に運ばれた。

 1時間も寝ていたら体は元通り動くようになり、それから軽く取調べ(と言っても、アリーナの映像見ながらこれはこうだったとか答えるだけ)を受けると開放された。

 あとから聞いた話だと、IS乗ってて腰が抜ける、と言うのはアホの極みらしく、ある程度うまくなればISで体を支えるなんて造作もないことらしい。

 なんでも、神経信号と実際の筋肉の動きは別物だからなんだとか。範囲的には2年生以降らしいが、大抵軍役となる専用機持ちには必ず叩き込まれることらしい。なぜかって? 戦場で生身が怪我してもIS乗ってる限りは生きられるからだよ。

 

 

「今日は災難だったな。なにか食べるか?」

「お茶漬けみたいな軽いの食べたい」

 

 部屋で迎えてくれた箒は何も聞かず、ただ一言災難だったな、で済ませてくれた。

 ご飯をレンチンして、お湯を沸かしてお茶を淹れ、冷蔵庫の中に常備される梅干しと昆布であっさり完成。お茶漬けの素じゃないのが箒らしい。

 ゆっくりお茶漬けを啜る間も黙ってたし、食べ終わってからも何も聞いてこなかった。いまはその優しさが嬉しかったが。

 翌日から授業は何事もなかったように再開。アリーナが一つ使えなくなってはいるが、代わりはあるし。

 昨日のずんぐりむっくりについても織斑先生の箝口令によって気になるオーラは出しつつも、誰も聞いては来なかった。




ISABのキャラって出したほうが嬉しいですか?
私がぜんぜん遊んでないのでまだキャラクターを把握してないので難しい面もありますが、希望多ければ検討します。

活動報告に上げておきますので、お待ちしております


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その11

「織斑先生、相談があるんだ」

「入れ」

 

 クラス対抗戦から少ししたある日。夕飯時で、寮内の人も少ない時間に寮長室を訪ねていた。

 先日の一件で、どうしても気になる、というより、俺自身おかしくなっちまったんじゃないかって思うから。身内であり、第一人者である織斑先生に相談、と言うわけだ。

 

「うわ、部屋の掃除くらいしろよ千冬姉……」

「適当に座っておけ。お茶をだしてくる」

 

 千冬姉を目で追えば、冷蔵庫の中は酒の缶やら瓶やらがぎっしり入ってるし、生活感という意味ではマイナスだろう。

 脱ぎっぱなしの服を退かして場所を作るとどうにか腰を落ち着けられたが…… 話が終わったら掃除するか。

 

 

「それで、この前のことか」

「ああ。俺さ、なんかもう、よくわかんなくなってそのまま黒いのの首ふっ飛ばしちまっただろ。あれってさ、今回は"中身がなかった"から良かったけど、もし人が入ってたらって考えたら――」

「なるほど。安心しろ、アレは正当防衛だ。お前はちゃんと、自分を守り、周囲を守るために剣を振るえている。大義名分はお前のものだ。って話を聞きたいわけじゃないだろうな」

 

 黙って頷いておく。

 もし、人が入っていたら、もし、その首を撥ねていたら、もし、鈴がめった刺しにしたのに人が入っていたら、セシリアが見事に心臓を撃ち抜いていたら。

 

 

「そうだな。次の実技でオルコットの首をふっとばしてみるか。それが一番早い」

「はぁ!? 何言ってんだよ! セシリアを殺せってか!」

「落ち着け。そうならないから試してみるか、と言っている。絶対防御はわかるだろ、一夏」

 

 千冬姉の理屈はこうだ。

 シールドバリア無効化の零落白夜を持ってしても、シールドはぶち抜けても絶対防御は無視できない。むしろ、むりやり絶対防御を発動させるのが零落白夜だ。

 その絶対防御も、ISのエネルギーが続く限り(これはシールドエネルギーが、というわけではない)機能し続ける、それこそ絶対的な最終防衛ラインになる。

 つまり、平時のISはシールドバリアと絶対防御の2層のバリアによって守られている。

 刃や弾丸を叩き込み、たとえそれがシールドバリアを貫通、無効化したとしても絶対防御はIS自体が止まらない限りは何者も通さない。

 断言されたのは千冬姉が経験済だから。シールドバリアの限界を超えた弾丸の雨を浴びても、痛いけど死なない状態だったというのだ。

 

 

「と言うわけだ。安心しろ、ISでISは殺せない。たとえ弾丸の一発二発貫通しても、操縦者保護機能があるから死ねない。まぁ、声も出ないほど痛いがな」

「ちょっと待てよ、やっぱ貫通してんじゃん!」

「そうだな。だが、刃全体を直径10センチの円筒に突き通すのは弾丸の比じゃないエネルギーが必要になる。可能性は低いから安心していい」

 

 傷跡も残らんから安心しろ。と繰り返し言われたけど、なんだかモヤモヤするような……

 いいようにはぐらかされた気分も多少ありつつ、今度は俺が千冬姉に刃を突き立てる番。

 

 

「まぁ、そういうことにしとくよ。それでさ、千冬姉」

「ん?」

「部屋の片付け、しようぜ」

 

 織斑先生への質問は終了、今度は千冬姉への尋問タイム。俺の真横に落ちていた謎の言語が書かれたラベルを持ち上げ、ゴミ箱に突っ込む。千冬姉がああっ! とか柄にもない声を上げても無視。

 

 

「い、一夏! そのラベルは! ああっ!」

 

 それから日付が変わるギリギリまで千冬姉の部屋を片付け、大量の空き瓶と放ったらかしの服、ホコリまみれのタオルなどを回収して洗濯に出し、自室に戻るとすぐに寝られた。

 翌日の放課後、箒やセシリアなんかと駄弁っていると山田先生がトテトテと寄ってきた。なんだろう、のほほんさんとは違う系統の守ってあげたいタイプだよな。

 

 

「織斑くん、篠ノ之さん、お知らせです!」

「「はぁ」」

「篠ノ之さんのお引越しが決まりました! これで織斑くんは一人部屋ですよ。篠ノ之さんは鷹月さんと同室です」

 

 それからお引越しは早めにお願いしますね、と念押しされて、箒に鍵を渡すと、放課後に仲のいい友達で集まって、青春ですねぇ。と言ってからまた職員室に戻っていってしまった。時々山田先生のキャラがわからなくなる。あのひと、千冬姉の後輩だから離れてても8つ上とかそんなもんなはずなんだが……

 

 

「なら早速動くとしよう。一夏、手伝ってくれ」

「ああ、もちろん」

「わたくしもご一緒しますわ」

「「セシリアはいいよ」」

「なぜですのっ!?」

 

 箒とハモってしまったが、セシリア、生活力なさそうじゃん? なんか、朝とかも「セバスチャン、着替えを」とか、そんな。流石にそれはないだろうけど。

 なんやかんや、荷物は整理されていたから2人で2往復程度で箒の荷物はお引越し完了。これで晴れて俺の部屋となったわけだ。

 けれど、箒が引っ越したからお茶はないし、冷蔵庫からお漬物も姿を消した。これは俺の生活水準が急降下すること待ったなし。週末に買い物行かないとな。

 

 

「そうだ、一夏。セシリアと鈴とまた一つ協定を結んだのだ」

「勘弁してくれよ。今度はなんだ?」

「来月、学年別個人トーナメントがあるだろう? アレで優勝したら、なんでも一つ、言うことを聞いてもらう」

「なるほど。面白そうじゃん。俺が勝ったら誰が言うこと聞いてくれるんだ?」

「ふふん、聞いて驚け。私達3人を好きにしていいぞ。も、もちろん、お前が望むならあんなことやこんな――」

「わー! わー! うれしーなー! あー!」

 

 しかし、表面上はこうやってごまかしたものの、箒もセシリアも。鈴だって美少女だということに間違いはない。その3人を好きにいいなんて言われたら、あんなことやこんなことも考えてしまうのは男の性。

 ふふっ、(おとこ)織斑一夏、いっちょ優勝したろうじゃないですか!

 

 

「やる気になったようだな。楽しみにしているぞ」

「おう!」

 

 

 

 

「それで、一夏はどうだったのよ」

「優勝したら私達を好きにしていい、と言ったら目の色を変えたぞ」

「やはり、一夏さんも男の子ですわぁ。ですが、優勝はこのわたくし。一夏さんを手に入れてみせますわ」

「セシリア、それは他の有象無象と言うことが変わらん。我々は一夏の為に、我々のために、プライドを持って動かなければ」

「そうよ、Win-Winな関係がベストよ。たとえ誰かが負けても、3人のうちの誰かが優勝すれば」

「私達の勝ち、そして私達の勝負の始まりだ」

「ふふふっ、楽しみですわ。箒さんは訓練機ですし、望み薄ですが」

「ぐっ……」

「その分、アタシたちが頑張りましょ? いまは互いに助け合いよ」

「済まないな、鈴、セシリア。恩に着る」

「その言葉はまだ早いですわ。わたくしたちこそ、箒さんには助けていただいておりますから、きっちり結果で報いなければ」

「そうね。まずは」

「4組の更式簪さん、日本の候補生ですわ。専用機はまだ無いようですが、十分脅威と判断します」

 

 

 夜の寮、その中の一室 ……のクローゼットの中で乙女3人の戦いが静かに始まっていた。




1巻終了
ABのキャラは出さない方向で。
見た目はかわいい子多いですよねぇ。ヅカっぽかったり、ロングヘアーのギーク系とか。
( ゚∀゚)o彡゜メガネ!メガネ!


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その12

 6月の初頭にもなれば学園生活に慣れ、また、周囲の女の子もたった一人の男というものにも慣れてきて、精神的にすり減ることも少なくなってきた。

 一人暮らしにも慣れて普段は箒やら鈴やら、セシリアやら、誰かしらが遊びに来てはゲームするなりマンガ読むなり、好き勝手に過ごしている。

 余談ではあるが、セシリアは鈴にかなり毒されたらしく、だいぶ俗っぽくなった。普段着はどんどんグレードダウンして、今では休日に「Yes, your majesty」と書かれたTシャツとジャージ姿でいるのをよく見かける。

 やはり英国面は譲れないらしい。

 そんなことはさておき、貴重な休みを利用して俺は弾の家に遊びに来ていた。入学早々に遊びに来て以来だったから、だいぶ久しぶり感がある。

 

「お前も苦労してんだな。てっきり楽園かと思ったが、よくよく考えりゃ地獄だわな」

「ほんとだよ。オカズはそこらじゅうにあんのに処理できないんじゃ生殺しもいいとこだぜ。いい加減機体変えたらどうだ?」

「それでも今は一人なんだろ? できんじゃん。そういうお前はいきなり千冬さん使い始めてどうしたんだよ」

「無理無理。いくらファ○リーズしてもバレんだよ。一度鈴にバレかけてめっちゃ焦ったんだからな。リアルで千冬姉スタイル始めたんだよ。その練習」

「うわー、俺が女だったらドン引きだわ。ああ、そうか。お前IS乗れんだったな」

 

 日頃の鬱憤を晴らすかのように昼間から下ネタ混じりの会話を繰り広げつつ、ISを題材にしたゲーム、ISVSで対戦。ゲームでも千冬姉の暮桜でヒットアンドアウェイは最凶クラスの戦い方で、修正が入ってもなお嫌われている。攻撃が当たると硬直するゲームシステムにも問題があるんだけどな。

 零落白夜でシールドエネルギーを削りきったところで弾がコントローラーを投げてゲーム終了。情けない声を上げながら倒れたところでドアが開いた。

 

 

「お兄、お昼でき、た…… 一夏さん!」

「よっ、邪魔してるぞ」

「えっ、あのっ、お久しぶりです!」

 

 はぁ、そして弾の妹、蘭にもまた好き好き光線を放たれているのだ。どうしてこうなった!

 弾が謂れのない罪で妹から断罪されている間にゲームをセーブしておくと、いつの間にか蘭は消え、幾分小さくなった弾が、食堂へと誘ってくれた。

 食堂、というのも、弾の家は大衆食堂。一旦外に出てから店の正面に回り、入ってテーブルを見ると、あちゃー、さっきのキャミソールとショートパンツみたいなカッコとは大違いの蘭。そんな気合い入れてもわたしゃ振り向きませんぜ。

 

 

「遅い、バカ兄。一夏さんのもあるので、ゆっくりしてってくださいね」

「ああ、ありがとな」

 

 兄の威厳とやらはないらしい。

 奥の厨房で大きな鍋を振るう弾のお爺さん、厳さんに一言言ってから早速頂こう。

 

 

「一夏さん、IS学園の生活って、どんななんですか?」

 

 食事も終えて、水を飲んでいると蘭ちゃんが聞いてきた。ここはどう答えるべきかなぁ。

 

 

「うーん、どんなって、朝起きて、朝飯食って、教室行って授業受けて、飯食って授業受けて放課後は自主練なり復習なり。そんで飯食って、風呂入って寝る」

「そうなんですか…… って、そんなのはわかってるんです! もっとこう、授業でなにしたとか!」

「って言われてもなぁ。関連法令とか、動かし方の理論とか、そんなんだからネットで調べれば出てくるよ」

 

 彼女には申し訳ないが、本当にそのとおり。実技の授業もまだだし。

 言葉にしてしまうとそれ以上でもそれ以下でもないから仕方ない。

 女の子のISスーツはエロいぞ、とか制服が好き勝手にイジれるからみんな違ってかわいい。なんて事を聞きたいわけじゃないだろうし。

 

 

「むぅ〜」

「期待に答えられなくて悪いな。けど、憧れの学園だって普通の学校だからな」

「けどよ、一夏。周りはみんな女の子だろ、それも、代表候補生なんて美少女ぞろいじゃねぇか。なんかねぇの?」

「同じ学年の候補生にISの模擬戦付き合ってもらったりはするな。やっぱり時間で言えば俺の100倍とか乗ってるからすげぇ参考になるよ」

 

 

 やっとIS乗りっぽい答えたが聞けたからか、そこから掘り下げられて、満足気な蘭が店の手伝いに呼ばれて席を立つまでずっと質問攻めだった。

 

 

「蘭が困らせて悪かったな。ほれ、帰りに飲んできな」

「ありがとうございます。いや、でも、こうやって無邪気な質問なだけいいですよ」

「時々テレビでみるが、あんな裏が見え透いたこと聞かれりゃ、参っちまうな。ま、たまには気晴らしに遊びに来い」

「はい、そうさせてもらいます」

 

 厳さんの力強い手で背中を叩かれると、瓶コーラを持って弾の家を後にした。

 それからまた一度自宅に戻って荷物を整理すると再びIS学園へと戻っていく。まぁ、たまには無神経に言いたい放題言うのも悪くない。弾にまた遊びに行く、とメッセージを送ってから電車で寝ることにした。

 さて、今日の教室は朝から騒がしい。それもそのはず、今まで上級生のを指を咥えてみていただけの実技の授業が始まるのだ。そして、今日は個人のISスーツ発注ということもあって騒がしくなっている。学校指定のもいいんですがね。

 

 

「諸君、おはよう」

「おはようございますっ!」

 

 さて、今日も鬼軍曹の号令から授業が始ま…… らなかった。扉の外に人の気配がする。ってのは嘘で、山田先生と、知らない女の声が廊下から聞こえた。

 この時期に転入生だろうか?

 

 

「今日は転入生が来ている。紹介してからホームルームを始めよう。山田先生」

「はいはーい、それでは入ってくださーい」

 

 ここまでは普通だ。けれど、俺が聞いた声の数は3。転入生が2人ということになる。

 ざわめく教室。

 一瞬の静寂。

 俺が耳を塞ぐと、隣の席の子も耳を塞いだ。

 

 

「――ァァァッ!!!」

 

 耳を塞いでもなお聞こえる悲鳴奇声超音波。それが一段落したのを確認してから耳から手をおろし、改めて転入生を観察。

 金髪の美少女に、銀髪の美少女。金髪は制服のジャケットにスラックス。ちょっと待て、あのジャケットの合わせ目、隣の銀髪と()()()

 

 

「黙れバカども」

 

 織斑先生の一喝で静まる教室。

 目で山田先生に進めろ、と言っているのがわかる。それから、山田先生がおずおずと「じ、自己紹介、お願いします」と言えば、男物のジャケットを着た金髪が名乗りだした。

 

 

「シャルル·デュノアと申します。フランスからきました。不慣れなことも多いと思いますが、よろしくお願いします」

 

 さて、耳を塞ぐ…… 前に織斑先生が睨み、口を開いた生徒は何も出さずにその口を閉じることになる。

 ニコニコとした笑みがとても可愛いが、男物のジャケット着てるんだよなぁ。イチカ·アイはあの子が男ではないと告げているが、後で織斑先生に確認しておこう。なにか配慮をしないといけないのかもしれない。

 そして隣の銀髪。小柄ではあるが、左目の眼帯と腕を組んだ姿勢、明らかに軍服モチーフの(それもナチス時代の乗馬ズボンだ)制服が放つ威圧感は明らかに軍人のソレだ。

 

 

「いつまで黙っているつもりだ」

「はっ、ドイツ連邦軍、ラウラ·ボーデヴィッヒ少佐だ」

「ええっと…… 以上ですか?」

「ああ、そうだ」

 

 あー、これは千冬姉のドイツ勤め時代に何かあったやつですねー、そうですねー。

 そうでもなければ俺に睨み利かして歩いて来ないっすよねー。

 ほうら、腕を振りかぶって――

 

 

3()()()()()()()()()けど、ドイツでは初対面の人間を殴るのが挨拶なのか?」

「……ッ!」

 

 その腕払って胸ぐら掴み上げればちっこい体は宙に浮く。抵抗されると厄介なので怒られる前に突き飛ばしておこう。

 おうおう、反抗的な目で睨みやがる。俺だって同じくらい冷たい、それこそゴミを見る目で見返してやると織斑先生に引き剥がされ、ホームルームが始まった。

 

 

「以上でホームルームを終わる。織斑、デュノアの面倒を見てやれ」

「はい……」

 

 1限目から実技だ、さっさと移動してアリーナで着替えてしまおう。面倒な奴らに絡まれる前にな。

 

 

「デュノア、急げ」

「えっ!? わわっ、引っ張らないで!」

 

 変な噂を立てられないよう、手をつなぐようにではなく、思い切り手首を掴んで引っ張る。

 それでも思い思いに騒ぐバカどもはいるが、睨んでやるとさっきのボーデヴィッヒとの一件もあってか、すぐに黙ってくれた。



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その13

 ホームルームが終わり、互いに自己紹介をする間もなく教室を飛び出す。それも、ドアではなく窓から。

 それを見た織斑先生はため息を吐き、山田先生は慌てふためいていたが、当の俺自身、それを知るのはだいぶあとの事だ。

 窓から飛び出しても、ここは仮にも地面から数メートル、10数メートルは流石にないかな。落ちたら痛いじゃ済まないが、真下の(ひさし)で勢いを落としてやれば無事に着地可能だ。初見プレイのデュノアもなんだかんだ付いてきているから身体能力は高そうだ。

 

 

「毎日こんなアクロバティックなことしてるの?」

「いや、めったにないぞ。今日はお客さんも多いしな」

 

 

 話をしながらもランニングのペースは落とさない。そしてアリーナの更衣室に滑り込むと時計を確認。うむ、まだ余裕がある。

 適当なロッカーに荷物を放り込んでからジャケットを脱ぎ、シャツも一気に脱ぎ捨てると、後ろから声が聞こえた。あのー、デュノアさん、どうして目を覆っていらっしゃいます? まるで男に免疫ない女の子みたいな反応ですよ?

 

 

「どうした? 下にISスーツ着てるし、恥ずかしい事ないだろ」

「う、ううん、そうだね」

 

 動揺しすぎでは? ここは一つ、カマかけてみますかね。

 

 

「でもやっぱ、ISスーツって着づらいよな」

「そうだね。自分用になってるとはいっても」

「アレ引っかかるしな。パンツ履くみたいにサラッといけないもんかね」

「アレ? ……ッ!」

 

 顔赤いよ? やっぱりコイツ、女じゃね? まぁ、まだ時間はあるし、どうせ同室になるんだ。時間をかけてじっくり証拠集めといこうか。

 男のフリして俺に近づくんだから、ハニートラップ、暗殺、なんにでも気をつけないといけない。

 脱いだ制服は畳んで鍵のかかるポーチに入れると、ロッカーの扉とワイヤーロックで結びつけておく。

 

 

「んじゃ、先行ってるからな。遅れるなよ」

「う、うん!」

 

 さて。ワイヤーロックの錠前に仕込んだ隠しカメラは何を捉えてくれるかね。あとでじっくり見させていただこう。

 その後の授業は悲惨なもので、まず最初に俺がセシリアの首に雪片を振り下ろす(それも零落白夜込み)というデモンストレーションから始まり(もちろんセシリアは無傷だったが、苦しそうな声を上げていた)、お返しと言わんばかりにセシリアから頭を撃ち抜かれ(脳震盪起こすかと思ったが、ISがさせてくれない)、その後のグループに分かれての実動作。まぁ、一部のグループを除いて滞りなく進んだから良かったかな?

 午前中を実技で潰せば午後は整備。専用機持ちは日頃から日常点検的な事はこなせるように訓練を受けていて、かく言う俺も白式を渡された翌週に開発元に行って講習を受けている。それをまたやれと言うことだ。

 挙動不審なデュノアを置いて着替え、教室に戻ることなく屋上へ。

 なんと、箒始め、3人が弁当を作ってくれると言うのだからご相伴に預からないわけには行かない。

 

 

「一番乗りか。しっかし暑いな」

 

 アリーナからの帰りに買っておいたスポーツドリンクがうまい。それから、スマホでゲームをして時間を潰すと、3人と思わぬ客人がやってきた。

 

 

「おまたせ、一夏。噂の転入生も連れてきたけど、良かった?」

「ああ、もちろんだ。まだまともに自己紹介もしてなかったしな」

「私たちも道すがら済ませたところだ。みんなで食事をつまみながらワイワイやるのも良いだろう」

 

 それからテーブルを囲うと3人が弁当を広げた。

 箒は予想通り、ザ·弁当。唐揚げ、レタス、卵焼き、その他煮物にお漬物。どれもうまそうだ。

 鈴は日本にいたときは中華料理店の看板娘。実際、鈴の酢豚はうまい。だが、今日はそれにチャーハンセットだ。箒の弁当のように品目はないが、男の子的にはボリューム感が嬉しい。

 そして、セシリア。バスケットを開けるとサンドイッチがずらり。タマゴにハムレタス、これは…… 独特の臭いを放つ黒いペースト。噂に聞くマーマイトってやつか?

 

 

「僕まで入れてもらってよかったのかな?」

「いいのいいの、お近づきの印に、ってことで」

「そうですわ。交友が広がる事が悪いわけありませんもの」

 

 その間に箒が箸と紙皿をみんなに配り、お手拭きまで用意しているとは…… 女子力ってか、母力だよな。そういうこと言うと怒られそうだから口には出さないが。

 

 

「時間は有限だ、早速頂こう」

「そうね、いただきます!」

 

 言うが早いか、まずはセシリアのサンドイッチに手を伸ばす鈴。セシリアのあらあらまあまあ、と言う言葉は貴婦人のそれだが、手元の皿には酢豚チャーハンセットとガッツリだ。箒はここでもふふっと笑ってサンドイッチに手を伸ばし、俺とデュノアは箒の唐揚げを頬張った。

 

 

「んっ!?」

「…………」

「どうしたんだ? 骨でも刺さったか」

 

 サンドイッチに骨の要素はないが。

 涙目の箒に食べかけのサンドイッチを口に突っ込まれた瞬間にその謎が解けた。

 クソ不味い。本当にまずい。信じがたいほどまずい。

 慌ててスポーツドリンクで胃に流し込んでもなお、腹の底で暴れまわっている。

 

 

「セシリア、味見はしたか?」

「いえ、しておりませんが……」

「アンタこれ食べなさい」

「そんな、鈴さんの食べか、ふぐっ!」

 

 そして嘔吐く(えずく)セシリア。これは重症だ。

 セシリアが持ち込んだサンドイッチの中で唯一食べられたのは(それでもまずかったが)、バターとマーマイトを塗ったものだけという有様。

 それに、このまずさはマーマイトが俺の口に合わないと言うだけで、バイオテロ物質を口に入れたからではない。

 

 

「ほ、箒さん、鈴さん。お料理を教えてください。お願いしますわ」

「もちろんだ。流石にこれは…… なぁ?」

「なんでこっち見んのよ、正直食えたもんじゃないけど」

「お、おいしいよ……」

「デュノア、涙目で言っても説得力ゼロだ。下手な励ましはやめとけ」

 

 その優しさは美点だが、時には牙を剥くのさ。今みたいな場面では。

 セシリアが肩を落としたところで楽しい(?)ランチタイムは終了。ちなみに、デュノアはマーマイトがイケる口らしく、本当においしいと食べていた。

 午後のIS整備実習も終わって、ホームルームで山田先生のありがたーいお話を聞くといよいよ俺とデュノアが呼び出された。

 

 

「2人とも、予想はついてたと思いますが、同室です。織斑君は一人暮らし脱却ですね」

「ハハッ、そうですね。やっぱ、慣れてても寂しいもんは寂しかったんで、ルームメイトができて良かったですよ」

「僕も、知らない土地で一人暮らしにならなくてよかったよ。よろしくね、一夏」

 

 デュノアにキーを渡し、「失くしたらダメですよ!」と念押しする山田先生に癒やされてから我が居城に戻るとしよう。

 廊下で女子ズの待ち伏せが予想されるので、策略を立ててから教室から脱出せねばならない。

 

 

「デュノア上等兵、状況は」

「廊下に複数。扉の外に固まっています」

「なるほど、窓の外は」

「通行する生徒は確認できますが、待ち伏せはない模様」

「よし、窓から脱出する。ルートC(Charlie)で1025に向かうぞ」

「Roger」

 

 教科書を詰めた鞄を背負うと窓を開け、わざと大声で「あばよとっつぁ~ん!」と叫んでからダイブ。俺は5点接地で一回転してからダッシュ。デュノアは一度庇に足を付き、それからパイプをつたって降りてきた。

 教室の窓から追えだの待てぃ、ルパ~ンなど、叫び声が聞こえるが足は緩めずに1年寮裏へ。正面から入れば待ち伏せに捕まること不可避。なので食堂のおばちゃんに話を通して裏口から入る。挨拶はわすれない。

 

 

「い、一夏? ここ通っていいの?」

「ああ、食堂のマダムには話をつけてある。このまま走れ。エレベーターに乗れば勝ちだ」

 

 案の定、玄関ホールに固まっていた女子ズを横目にエレベーターに滑り込むとドアを閉めた。ここまでくればあとは部屋まで余裕のよっちゃん。

 

 

「なんだか映画みたいで楽しいね」

「毎日やってたら疲れるだけだがな」

 

 なんだかんだノリノリだったデュノアも満足いただけたようで、エレベーターを降り、無人の廊下を悠々歩いて部屋に帰って来られた。

 

 

「ここが1025室、我らの居城よ」

「ホテルみたいだね。一夏は、窓際か。僕が手前のベッドを使えばいいんだね」

「ああ、悪いな。代わるか?」

「いや、いいよ。こだわりは無いしね」

 

 それから、デュノアの荷解きを手伝い、簡単にルール決めをして、放課後の練習に付き合ってもらう約束を取り付けると夕食を取って寝ることにした。

 まぁ、俺は夜中に部屋を抜け出す訳ですが。

 

 

「千冬姉、起きてるだろ」

「やっと来たか。入れ」

 

 また片付けの必要性を感じる部屋に入ると、前回よりは広く感じるラグに座れた。

 酒臭いのは気の所為ではなさそう。

 

 

「で、デュノアの事で話があるんだろ」

「なぁ、アイツ女だろ?」

「ああ。それがどうした?」

「あっさり認めんだな。また禁欲生活か……」

 

 もっとはぐらかすかと思えば一発で女認定。わかってて入れてるってことは大人の事情がありそうだが……

 

 

「大丈夫なのか? 風呂入るたびに髪の毛一本残さず掃除するのだって大変なんだぜ?」

「しばらく堪えてくれ。こればかりは学園だけでどうしようも無かったんだ。そのまま警戒して、揺さぶりをかけ続けてほしい」

「初日から尻尾出しまくってるけどな。また精神すり減らす生活だよ。ご褒美くらいあったっていいんじゃね?」

「隣にとびきりのフランス人形が寝てるだろう」

「酔ってる?」

 

 それから昼間に隠し撮った映像を確認すると、まぁ、制服の下にISスーツを着てたからあっという間に脱いで終わり。収穫ゼロ。逆に俺の脱衣を見てげんなりしちまった。

 デュノアの事、どうするかなぁ。()()()()()()アイツの着替えなり風呂なりを覗いてみるか……

 後戻りできないとこまで追い詰めて、ご退場願おう。ついでに美味しい思いができればラッキーだ。



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その14

 デュノアとボーデヴィッヒが転入して5日。なんとなくわかってきたのは、基本的にシャルル・デュノアはお人好しだ。そして、箒や鈴、セシリアより教えるのが超上手い。擬音だらけの箒や、勢い任せの鈴、上半身15°捻らせるセシリアと違って、人間的だ。

 そんなデュノアについてもう一つ。本名はおそらくシャルロッテ。これは調べたのと、本人から聞いた情報を足し合わせての予想だ。シャルルと言う名はCharlesと綴るが、英語で言うチャールズ。それに対応する女性名はCharlotteでシャルロッテだ。

 そんな、シャルロッテ(仮名)さんにコーチングをお願いしている放課後。今日のカリキュラムは飛び道具の基礎。

 

「一夏は凰さんやオルコットさんを相手にする時、篠ノ之さんと戦うときよりも間合いを広く取ってると思うんだ」

「そうだな。飛び道具怖いし」

「ふふっ、そうだね。けど、凰さんの衝撃砲は別として、オルコットさんみたいな典型的なライフルを扱うタイプの人は白式のダッシュ力で間合いを詰めればもっと戦いやすくなるよ」

 

 デュノア先生の理屈では、ライフルみたいな長物は、距離を取って戦うと相手は狙いやすくなる。なんでかと言えば、狙われる側が大きく動いても、小さな動きで追随できるから。距離を詰めれば詰めるほど狙われる側の動きが小さくなっても狙う側は大きく銃を振らなきゃいけない。それは銃本体が長くなればなるほど顕著になる。

 その点、鈴の衝撃砲は邪魔になる銃身がなく、360°フリーに狙えるからめちゃつよと言う訳だ。

 逆に、衝撃砲の様な弾速が遅くて(それでも十分速いが)範囲に効く武器、他にはフレシェット弾や空中炸裂のグレネードランチャーなどは間合いを取って射撃後の次弾装填を待つのが定石だという。たいていそういうのはリロードが長いから。

 

 

「ってわけで、まずは体験してみよう。はい、銃」

「どうも、銃」

「見よう見まねでいいからとりあえず構えてみてよ。そうそう、もう少し左の脇は締めて。そして体に引き付ける。てぇーっ(撃て)

 

 デュノアから渡された銃を構え、タタタン、と小気味いい三点バースト。撃った弾は的のフチに当たっている。ヘッタクソだなおい。

 この前知ったが、この白式には射撃支援システムが搭載されておらず、視界の中に映るはずのクロスヘアや残弾数などが見えない。反動制御もないからすべて自分の実力。ひえーっ、なにこのマゾ機体。

 

 

「実際に撃ってみてどう?」

「いや、やっぱ飛び道具ずるいなーって」

「そうだね。自分の手が届かない範囲に一瞬で攻撃できるから、その特性を理解した上で対処しなきゃいけないんだ…… ねえ、周りが騒がしくない?」

「アイツのせいだろ。クソジャーマンめ」

 

 訓練機の隙間から獲物を探すようにうろつく黒いの。それを操るちっこい奴はグレーのISスーツで凹凸の少ない体を隠していた。やば、目があっちまった。

 

 

「おい、貴様も専用機があるのだろう? 私と戦え」

「断る。理由がないしな」

「貴様になくても、私には有る」

 

 何だこいつ、千冬姉の信者の類か。ホント、勘弁してくれよ。俺だって拐われたくて拐われたわけじゃねぇっての。それに、俺が後悔してないなんて思ってんのか? 罪悪感が無いなんて思ってんのか?

 

 

「どうせ『お前がいなけりゃ千冬姉が二連覇できた』って言うんだろ。巫山戯んな。俺が望んで千冬姉の邪魔したと思ってんのか? ああ?」

「だが、結果として貴様は拐われ、織斑教官は二連覇を果たすことなく引退してしまった! 貴様は教官の人生の汚点でしかない!」

「お前に何がわかるんだ。汚点扱いされるものの苦しみが、後悔が、罪悪が! 放っておけば言いたい放題言いやがって、テメェは千冬姉のなんなんだよ!」

「その辺にしておきなよ、一夏」

「ボーデヴィッヒさんも、その恨みは濡れ衣もいいところですわ」

 

 デュノアと騒ぎを聞きつけて飛んできたセシリアが間に入り、俺とボーデヴィッヒを引き剥がす。よく見れば鈴が周りの生徒を避難させて遠くから教官機まで来るではないか。

 

 

「チッ。私は絶対にお前を赦さない」

「恨む相手が違うぞ」

 

 機嫌が最悪だが、それを隠すことなくピットに下がってISを解除。そのままデュノアに一言断ってからさっさと着替えて自室に戻ると、スマホのToDoリストを確認。自主練は終わった事にしておこう。

 それから、風呂場の残り少ないシャンプーを全部流して捨てる。このあとの伏線もやることリストの内だ。

 そして、山田先生に呼び出されたから先にシャワー浴びておいてくれ、と書き置きを残してから自室を出て職員室へ。先生から呼び出されたのは本当だから仕方ないね。

 

 

「書類はこれだけです。それで、放課後の事なんですけど、ああいうのは程々にしてくださいね? 周りを巻き込むと危険ですし」

「それはあの腐れジャーマンに言ってやって下さい」

「言葉遣いには気をつけろ」

 

 真後ろから出席簿の一撃。我らが担任ではないですか。

 まぁ、職員室だし、居てもおかしかないが。

 

 

「ボーデヴィッヒからも聞いたが、売り言葉に買い言葉か。アイツもアイツだが、お前ももう少し冷静になれただろう」

「どうだか。あのアマ、まるで俺一人のせいで千冬姉が――」

「それは違う、お前は何も悪くない。直接関わった者として、真実を知っているのだから、もっと余裕を持て」

「努力するよ」

 

 呼び出された割に書類数枚にサインして印鑑押すだけだったので早いもの。千冬姉のお話含めても20分程で部屋に戻れた。さてさて、どうかね。

 予想通り、シャワーを浴びてるな。ここで、親切を装ってシャンプーの詰替えをお届けに上がればデュノアの正体がバッチリわかるわけだ。さて、白黒つけようぜ。

 

 

「デュノア、シャンプー切れてたろ、替え持ってきたぞー」

「い、一夏っ!? ちょっと待っ――」

 

 WAWAWA忘れ物〜的なノリで風呂場のドアを開けば――

 金髪の美少女がいた。

 ああ、纏めてたからわからなかったけど、意外と髪長いな。そんで、やっぱし肌キレイだなー。胸は…… あります。大きすぎず小さすぎず。形の良さそうな……

 

 

「きゃああああああっ!!!」

「すっ、すまん!」

 

 その場でシャンプーを置いて回れ右、のつもりだが、ここで予想外のハプニングが起きてしまった。

 風呂場に一歩踏み入れていた足が滑った。もちろん、コケるわけだ。デュノアを巻き込んで。

 まさかの天然ラッキースケベ! なんて考える余裕は無く、あっ、ヤバイ、と思った瞬間には顔面を床に叩きつけた痛みと、重量のあるものが自分の上に降ってきた感触を味わった。

 床とキスした俺の背中には、柔らかい感触が濡れたTシャツ越しに伝わってくる。そして耳元で聞こえる呼吸と、叫びと。

 

 

「わわわっ! 大丈夫!?」

「大丈夫だけど大丈夫じゃない…… 悪いけど早くどいてくれ」

 

 いろいろダメです! 主にアレとかソレとか!



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その15

賛否両論割れそうな話をまた書いてしまった……


 絶賛気不味いこの雰囲気なんとかしてもらえませんか。

 あの後何があったかと言えば、錯乱したデュノアに半裸にされたり、我が雪片に釘付けになったあと、一言「一夏のえっち」と言われ、いろいろたまらなかったり。

 そして、胸の大きさを隠すことをやめたデュノアさんとご対面に至る。あの場で襲わなかった鋼の心を褒め称えてほしい。

 

「えっと、そのだな。実を言うとお前が女なのはなんとなーく、予想がついてたんだ」

「僕も、一夏にはすごく警戒されてる気がしてたんだ。ロッカーには鍵かけるし、朝起きるとベッドには髪の毛一本落ちてない。シャワーの後もそうかな。綺麗好きって言うにはやりすぎな感じがしたんだ」

 

 沈黙。

 セガールは来ない。

 

 

「正直に話してほしいんだけど、目的はやっぱり俺だったりします……か?」

「うん。一夏と白式。そのためには殺し以外なら手段は問うなって。そろそろ上も痺れを切らしたころだったから、焦ってたんだ」

 

 なぜ敬語。

 だが、千冬姉仕込みの警戒策は効果テキメンだったようだ。日頃の苦労が報われる。

 いまさらながら、寝るときはナイトキャップつけとけば掃除が楽になったんじゃないかとも思ってしまったが後の祭り。

 

 

「でもそれって――」

「だから、そろそろ、こうするしかないんだ」

 

 

 言うが早いか、デュノアに押し倒される俺。え、なにこの状況!?

 そそくさとジャージを脱ぎ、俺の短パンにも手をかける。ちょ、待てよ。

 そんな悠長なこと考える余裕はなく、絶賛チェリーな俺は女の子に押し倒された、という現実で頭がいっぱいだった。

 

 

 ふぅ。

 結論から話そうか。俺は魔法使い見習いをやめた。

 そして、お互いに賢者の時間が訪れている。

 

 

「デュノア」

「ううっ、ごめん、ごめんね。一夏、僕、ごめんなさい」

 

 俺の雪片が零落白夜(意味深)してデュノアのシールドをぶち破り、直接ダメージを与えてしまってからというもの、デュノアはこの通り泣きながら謝り続けている。

 俺も泣いている女の子のアフターケアは手慣れたつもりでいたが、このシチュエーションは初めてだ。

 

 

「その、俺もなんて言ったらいいかわかんないけど、お互いに混乱してたんだな」

「そ、そうだね。でも…… 僕の初めて…… あぁ……」

「お、俺も男だ。その時はその時、腹括るさ」

「そうだね。それで、どうするの、一夏。もう後戻りできないよ。僕はスパイ紛いの事をして、ここまでやっちゃった」

「そうだな…… ひとまず3年間はなんとかなるとして、その後が問題だ」

 

 校則は破るためにある、とルールの穴を見つけるべく読み込んでおいたかいあって、特記事項という特別ルールに行き当たった。

 中立不干渉を掲げる学園故に、学園の生徒は如何なる組織、政府から干渉されないという文言があるのだ。まぁ、有名無実化してるが。

 

 

「いっそ亡命でもしてみるか」

「ええっ! どうしてそうなるのさ」

「いや、一番手っ取り早いかなーと。ひとまず、織斑先生に相談してみるか」

 

 ピロートークとしては最悪の内容だろうな。

 そして、今更ながらデュノア、いや()()()()()()(予想は微妙にハズレた)の生い立ちをゆっくりと聞き、もう一度シャワーを浴びてから寮長室を訪れた。

 

 

「……なるほどな。社内、ひいては国内の立場を考えるとは難民要件に十分当てはまるだろう。だが、その後はどうなる? この学園に居続けるには本人の資質はともかく、資金的な問題がでるぞ」

「僕はもう、ISに乗れなくても良いかな…… って」

「そうか。私から政府に掛け合ってみよう。なに、生徒の亡命申請はお前が初めてじゃない」

 

 技術スパイの任務を言い渡されたものの、良心の呵責から亡命する人は数年に一度現れるらしい。というかシャルロットで3人目だとか。

 今年は俺というイレギュラーが入ったが故に、政府の息が掛かった生徒の多くはできるだけ俺のデータを集めてあわよくば髪の毛でもなんでも送ってくれ、という状態なそうな。

 

 

「流石に一日二日で、とは行かないが、悪いようにはならん。済まないが、もうしばらく辛抱してくれ。」

「はい、ありがとうございます、先生」

「この件には山田先生や他の先生方の協力を仰ぐが、いいか?」

「はい、もちろんです。よろしくお願いします」

「なにか進捗があれば伝えよう。今日は遅いからもう寝ろ。織斑、お前は残れ」

 

 

 シャルロットが出ていくのを見届けると、まずは千冬姉に殴られた。

 うわぁ、もう思い当たる節しかねぇ!

 

 

「一夏、お前、デュノアとセックスしただろう」

「……はい」

「それがどう言う意味か知らないわけでもないだろ。何に使われるのかわかったものじゃない! それに、表沙汰になれば立場がなくなるぞ!」

 

 千冬姉からコンコンと怒られ、身も心もげんなりしてきた頃に、今度は泣き出した。もうやめてください、俺の心はボロボロです。

 

 

「本当に、もう二度とこんな事を言わせないでくれ。一夏、お前は自分一人のものじゃないんだ」

「ごめんなさい。俺が軽率だった」

「無理して耐えろとは言わない。今回も経緯があってこうなったんだろう。だが、後先を考えてからにしてくれ」

 

 久しぶりに千冬姉の泣き顔を見た。そして、もう二度と泣かせないように心の中で誓いを立て、もう一度謝ってから部屋を出た。

 

 

「織斑先生、なんだって?」

「バレてたよ、何もかも……」

「何もかも、って、さっきのも?」

「ああ。多分、歩き方とか匂いとか、そういうとこじゃないか? シャルロット」

「な、なにかな」

 

 はっきりと名前を呼ぶと、声色に含まれた緊張を察してか、はたまたその後の不安か、少し震えた声が返ってくる。

 

 

「なにがあっても、お前を守るように全力を尽くすよ」

「それは、告白、かな?」

「いや、俺なりのケジメだ」




原作沿いと言ったな、あれは嘘だ。

本妻シャルロット説急浮上


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その16

 あれから、デュノアにはお薬を飲んでいただき、その後の検査でもなんの予兆もなく、健康そのものとのお墨付きをもらったようだ。当の本人がどことなく不服そうなのは気のせいであってほしい。

 また箒たちに隠し事ができた訳だが、おかげで俺の胃は毎日キリキリと痛んでストレスの訪れを告げている。だが、これも自業自得。その痛み、受け入れよう。あ、胃薬切れてる。

 

「デュノア、ちょっと購買に――」

「シャルロット」

「……シャルロット、購買に行ってくるけど何か買ってくるものあるか?」

 

 そして、デュノアは事あることに(二人きりのときは)名前で呼ぶように迫るようになった。今みたいに。

 今回ばかりはなんのフラグも立ててないはずなんだが…… 逆に風呂を覗き、望まないセックスをし、嫌われる要素しかなくね? どうしてこうなった!

 

 

「そうだなぁ、特にないや。ありがと、一夏」

「おう……」

 

 そして、なんだこのもやもやっとした感情は! まるで好きな子に優しくされたような、甘酸っぱい感覚!

 部屋を出てから廊下で頭を打ち付けていると、後ろを通り過ぎる生徒たちの視線とヒソヒソ話を一身に浴びてから購買へ。コーラと胃薬、それからお菓子を少し買って部屋に戻ると……

 

 

「いいところに来たな」

「千冬姉」

 

 俺の手から下がる袋に視線を向けて、少し複雑な表情をした千冬姉がいた。

 テーブルには何やら書類が束になってるし、デュノアが神妙な顔をしてるからきっと亡命の云々だろう。

 

 

「進めていたデュノアの亡命手続きが最終段階に入った。身元引受人の選定だ。そこで一つ提案がある。私にその役目を務めさせてほしい」

「えっ……! それって」

「まぁ、里親的なものか。あくまで日本におけるお前の身元を保証する人間だが。デュノア、お前の気持ち次第だ。一夏にも話を聞かせておくべきだと思ったんだが」

 

 それは…… 俺が口を出す立場ではないからあくまで話を聞かせておくべき、と言ったのだろう。もしも千冬姉がデュノアの身元引受人になるのなら、それ相応のリターンがあると考えるのは行きすぎだろうか?

 

 

「今すぐに決めろとは言わない。他に宛があるのならそっちを頼ってくれても構わ――」

「お願いします、織斑先生」

「そうか。書類が山ほどある。長い夜になるぞ」

 

 俺は黙って買ってきた胃薬を流し込んだ。

 

 

「なら夕飯持ってくるよ。千冬姉のも」

「お願い、一夏のチョイスでいいよ」

「丼ものにしておけ。持ってくるのが楽だ」

 

 食堂で食券を買って並んでいると脇腹を突かれた。

 隣にはちっこいツインテ。

 

 

「なに死んだ魚の眼してんのよ」

「いろいろあってな……」

「その割によく食べるのね。丼ものばっかり」

 

 唐突なフリにも対処できるボキャブラリーはここ数ヶ月で一気に蓄えられた。

 例えば、デュノアがおらず、部屋に千冬姉がいるということを踏まえたこの瞬間の正解はこう。

 

 

「千冬姉がデュノアに書類の束を持ってきたんだよ。長引きそうだから夕飯の差し入れさ」

 

 嘘は言ってない。限りなく真実だし。

 

 

「そうなの? 男ってだけで用が増えるなんて大変ね。またお昼ご飯一緒に食べましょ。スタミナ料理作ってってあげる」

「楽しみにしてるよ」

 

 ほれ、うまく切り抜けられた。

 しかし、死んだ魚の眼なんてしてるかね? たしかに気苦労は耐えないが……

 ベッドの下にストックしてあるモンエナがそろそろ切れそうだから注文しないと。

 

 

「デュノア、夕飯持ってきた。開けてくれー」

「はいはーい」

 

 その翌日、いつものごとく休み時間にトイレまでダッシュした帰り、廊下で話し声を耳にした。

 気になって影からひっそり耳を傾けると、あのクソジャーマンが千冬姉……じゃなくて織斑先生に迫っているようだ。

 

 

「――度ドイツでご指導頂けませんか?」

「何度も言わせるな。私は、私の役目を果たすためにここに居るんだ」

「しかし!」

「くどいぞ」

 

 ははーん、読めたぞ。ドイツで織斑先生のお世話になったクソジャーマン。本国の命令か自分の意志かしらんけど、学園に来てみればびっくり。軍とは比べ物にならないくらいユルユルだ。そんな環境じゃ織斑教官サマは勿体無いとおっしゃるわけね。

 

 

「……弟の、織斑一夏のせいですか」

「どうしてそうなる。一夏は関係ないだろう」

「アイツが居るから教官はこの国に縛り付けられる、アイツのためにこんな場所に縛り付けられる。アイツが――」

「いい加減にしろ」

 

 声量的には大したことのない一言。

 けれど、背筋がゾワッとするような凄味が込められ、思わず力の入っていた手が緩む。

 

 

「私は私の生きる道を選んでいるまでだ。その内に一夏を一人前にすることが含まれるまで。それは私の責任だ。お前が口を出すことではない」

「……っ!」

「授業が始まるぞ。戻れ」

 

 クルリと踵を返して早足でかけていくクソジャーマンを見送ると、視線をこっちに向ける織斑先生。バレてたか。

 

 

「嫌な物を見せたな。だが、言ったとおりだ。私はお前の姉として、肉親としてお前を責任持って一人前にしてやる。それに負い目を感じる必要はない」

「ごめん」

 

 なんに対しての謝罪か、自分でもわからないまま教室に向けて走り出していた。

 

 

「気にするなと言ってるそばから。織斑、廊下は走るな!」

 

 放課後、今日も今日とて鈴とセシリアが自主練と言う名の模擬戦に精を出していた。

 一夏を自由にする権利を手にすべく、今はライバル同士で手を組んだ格好だ。その成果は早々に現れ、鈴は龍砲(衝撃砲)の命中率が15%上がり、セシリアは近距離での格闘戦で一夏に負けることがだいぶ減った。

 つまるところ、一夏は超とんでもなくハイパー不利なのだ。

 

 

「セシリアに教えてもらってから飛び道具の扱いがだいぶ上手くなったわ」

「わたくしも、鈴さんのおかげでインターセプターの呼び出しも、格闘戦の勝率も右肩上がりですわ。箒さんに剣道の稽古をつけて頂いてることもあるのでしょうけど」

「ほんと、最近のセシリアは戦いにくくて仕方ないわ」

 

 斬り合えば背中からビットに撃たれ、離れれば逃げ場を塞がれライフルで撃たれ。以前より隙がなくなっていた。

 もちろん、鈴も黙ってみていたわけではない。龍砲は拡散力をコントロールすることで射程や効果範囲を調整できる。その特性を活かしてピンポイント狙撃…… とは行かないまでも腕に当てて銃の狙いを逸らしたり、姿勢を乱させたりと打撃力以外の部分で新しい活用法を見出していた。

 

 

「今日はアタシの近距離特訓、行くわよ」

「ええ、お願いしますわ――っ!? 敵襲!」

 

 直後、二人の間に着弾した砲弾。

 反射的にバックステップを踏んで散開した2人が見たのは一夏の言うクソジャーマン。ラウラ・ボーデヴィッヒの駆るシュヴァルツェア・レーゲンだった。




先話が思ったよりも好意的に受け止められて驚きを隠せない

原作沿いとタグ付けちゃったからここからハーレムに持ってかねば


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その17

「いきなりぶっ放すなんて、どう言う了見?」

「中国と英国の第3世代か。まだデータで見たほうが強そうだったな」

「挨拶代わりに砲弾を打ち込む国の方はずいぶんな物言いをされますのね」

「やろうってなら受けて立つわよ? セシリア、ジャンケンにする? 指スマでもいいわよ」

「面倒だ、ザコ2人が束になっても変わらん。一気に来たらどうだ」

「さすが、水代わりにビールを飲むだけありますわ。酔っぱらいの戯言なんて言い訳はナシですのよ?」

 

 アリーナで中英独で煽り合いの末に武力衝突が起こった頃、俺とデュノアはまだ教室にいた。

 

 

「さて、今日も放課後練するけど、付き合ってくれるか?」

「もちろんだよ。今日はどこが空いてるのかな」

「第3アリーナだ」

「「ひえっ!?」」

 

 そして、うにゅっと飛び出す箒。それに驚いて飛びつくデュノアと、それに"も"驚いて椅子から転げ落ちる俺。今日も平和だ。痛いけど。

 

 

「びっくりさせないでくれよ……」

「ホントだよ! 変な声出ちゃったし。うぅ……」

「そんなに驚くとは思わなかったんだ。今日は私も訓練機が取れたし、入れてもらおうと思ってな」

 

 アリーナに来てみたはいいが、なんか物騒な音しないか?

 模擬戦やってるとしても、やたらと多いし重い音ばかりだ。実弾系の武装テストをやってると言われたほうがまだしっくりくる。

 

 

「誰か模擬戦やってるみたいだね、見てみようか」

 

 そんなデュノアの誘いに乗って客席に来てみれば……

 おいおい、なにやってんだよアイツら。

 

 

「いい加減に落ちなさいよ、ジャガイモ野郎!」

「鈴さん、当てない砲撃を心がけてくださいな!」

「意外としぶといな。評価を上げてやろう」

 

 中英独の見事な乱闘。鈴の衝撃砲はなぜか効いてないし、クソジャーマンの機体から伸びるワイヤーがセシリアの機体を絡め取って鈴の機体にぶつけたりしている。これ洒落にならなくね?

 

 

「デュノア、止めに行くぞ。箒も、乱入なら大歓迎だ」

「わかった」

「私の取り分を残しておいてくれ。あのザワークラウトには少しばかり因縁があるのでな」

 

 ボーデヴィッヒが箒に何をしたのかは知らないが、隣でデュノアがISを展開したのを見ると、俺も部分展開。雪片を握りしめる。

 

 

「アリーナのシールドをぶち破る。第一撃は任せた」

「オーケー。遅れないでね」

 

 雪片をシールドに押し当てて一瞬だけ、零落白夜を発動。最小限の隙間を開けるとデュノアが飛び込み、俺も続くと空中でISを展開。

 上を見ると、どういうわけかデュノアが空中で固まっていた。

 

 

「一夏! コイツ、なにか仕掛けがあるよ!」

「面倒な」

 

 映画の悪役がごとく手を向けた方でセシリアと鈴、そしてデュノアが何かに捕まったように動けないでいる。

 くそ、仕組みさえわかれば……!

 

 

「一夏、そいつの第3世代装備は停止結界、見えないワイヤーみたいなものよ!」

「エネルギーの糸のようなもの! 零落白夜で切れるはずですわ!」

 

 経験者は語るってか。仰せのままにまずはノーダメのデュノアとボーデヴィッヒの間の空間を零落白夜を発動させて雪片を振ってみる。

 手応えあり。デュノアがマシンガンで鉛玉をばら撒きながら横方向への動きで揺さぶっていく。

 

 

「チッ、面倒な奴が来たな。だが、所詮第2世代(アンティーク)。世代差と言うものを見せてやる」

「セシリア、鈴、無事か!」

「なんとかね。そろそろ機体がヤバいかも」

「わたくしも同じですわ。いいようにされて、くっ……!」

 

 二人をなんとかなだめて下がらせると、グッと姿勢を低くするボーデヴィッヒが見えた。瞬時加速でダッシュでも決めるのか。

 対するデュノアは片手に大きな盾を構え、反対にはショットガンだろうか。

 パンと空気が弾け、ボーデヴィッヒの機体が飛び出した瞬間。なにかが横から飛んできて黒いのに当たると、姿勢を乱したボーデヴィッヒはそのままデュノアの横を飛び去る。

 

 

「いい腕だ、篠ノ之」

「ありがとうございます」

 

 飛んできた物体の射出された方をみれば、訓練機の打鉄を纏う箒と、いつもどおりのスーツ姿の織斑先生。箒は墜落したボーデヴィッヒの下へ。その途中で日本刀のようなブレードを拾うと首筋に当ててニヤリと笑った。

 

 

「不思議な糸でも使うか?」

「……Scheiße」

 

 どうやら、ボーデヴィッヒを撃墜したのは箒の投げたあのブレードらしい。いつの間にあんな技身につけてたんだ?

 瞬時加速したISって音速手前くらいは出てるぞ?

 

 

「模擬戦は一向に構わんが、アリーナのシールドまで破られてはかなわん。今後一切の私闘は禁止だ。この決着は今度のトーナメントでつけろ」

 

 織斑先生がそういうのなら、ハイとしか答えられないだろう。クソジャーマンから熱い視線を受けつつも、互いにプイッとそっぽ向く大人な対応。これには織斑先生もため息で絶賛だ。

 それから2対1でもからのクソジャーマンを圧倒できなかった2人を回収し、言い訳を聞き終えると人間とISの整備に向かった。

 

 

「ダメージレベルBですか…… これはちょっと。トーナメント参加は怪しいですねぇ」

「ウソでしょ……」

「そんな…… 下手に動かすわけにも行きませんし」

 

 山田先生の言葉に対する2人の反応を見るに、どうやら想像以上に重症らしい。

 ダメージレベルがB以上となると、下手に直すよりもISの自己修復機能に頼った修復のほうが後々に影響しにくいと言われている。その自己修復がそれなりに時間もかかる代物ってわけだ。まぁ、売られたケンカを買ったツケは高くついちまったっつーことだな。

 

 

「それでも、2人に大きな怪我なくてよかったよ」

「機体は大怪我ですけれど……」

「これじゃあトーナメント参加は難しそうね」

 

 先生の帰った整備室で機体のデータを見ながらボヤく鈴。まぁ、あの協定というか、約束もあるからな。流石にこれで俺が勝っても後味悪いし、機会を改めるのがベストか。

 

 

「なぁ、あの約束だけど、また今度違う機会にしようぜ。代わりっちゃアレだけど、みんなで出かけよう」

「そうね、なんだか釈然としないけど」

「こうなっては仕方ありませんわ。箒さんにはわたくし達で話しておきますわ。元はといえば自分の責任ですし」

「そうね、箒には悪いけど」

 

 隣のデュノアから袖を引っ張られ、約束ってなに? と小声で詰められる。ねぇ、目が笑ってない。

 

 

「トーナメントで優勝したら、言う事ひとつ聞いてもらう、って約束してたんだ。けど、こうなったら仕方ないよな」

「なるほどね。次があるとすれば…… 秋のキャノンボールファストかな? だいぶ先だけど、その頃にはみんなレベルが拮抗して面白くなるんじゃないかな」

「その時には、デュノアさんも入っていただきましょうか」

「そうね、そのほうが何かと楽しくなりそうじゃない?」

 

 さて、この2人はデュノアの秘密を知ってか知らずか、はたまた俺を好き勝手するという本来の目的を忘れているのか。デュノアの参加が決まると、なにやら外が騒がしい。

 やれ、織斑君を探せだの、デュノア君を探せだの、マズい雰囲気がマックスだ。しかし、すっかり得意になったパルクールもどきで逃げようにも整備室には窓がない。

 

 

「デュノア、隠れるぞ。鈴、セシリア、誰か来たら適当に誤魔化してくれ!」

「はいはい、わーったわよ」

「おまかせくださいな」

 

 そしてデュノアを戸棚に押し込み、俺はまた工具の入ったキャビネットに。さすがに一緒に掃除用具のロッカーに入るような真似はしない。ソレなんてエロゲ?

 自分の入った引き出しを閉めると同時に空気のぬける音ともに人間がなだれ込んできた。

 

 

「織斑君見てない!?」

「何よいきなり」

「見ての通り、わたくしは鈴さんと2人で居ましたので」

「なんだ、残念。ありがとね!」

「せめて何があったのか教えなさいよ」

 

 なだれ込んできた女子の一人の話をまとめると、先日黒いずんぐりむっくりが乱入してきた事もあり、今度行われるトーナメントをより実践的にするべくタッグマッチ形式にするというのだ。

 そこで男と組んでいい思いをしたい女子達が血眼になって探していると。こんな動物園のパンダみたいなの嫌だぞ?

 

 

「行ったわよ」

「ふぅ、大変なことになったね。僕たちはどうしようか。一夏?」

「一夏さん、もう出てきても大丈夫ですのよ?」

「……自力で出られねぇ。手伝ってくださいお願いします」




感想に何件か返信しました。
今作はやたらと感想をいただけるので、モチベーションも上がりますし、励みになります。
その一方で、全てにお返しできない事になってますが、今後も気まぐれにお返しはしていこうと思います。

もちろん、頂いた感想は全部読んでますよ!


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その18

 6月も最終週。これから1週間かけてタッグトーナメントを行うわけだが、まだ1回戦すら始まってないのにこの熱気である。

 だだっ広い更衣室をふたり占めしつつ、天井から下がるモニターを眺めていると、早くも観客でいっぱいのスタンドを舐めるようにカメラが映し出していた。

 

「緊張してる?」

「そりゃな。けど、今回の目的はとりあえず腕試しだ。変に気張らずに頑張るよ」

「そうだね」

 

 結局タッグはデュノアと組むことにした。一番健全というか、お互いにやりやすいというか。

 もちろん、一応箒に声もかけたが、なんと、断られたのだから驚きだ。

 

 

「よし、準備完了。デュノアはどうだ」

「シャルロットって呼んでって言ってるよね?」

 

 むぅ、と頬を膨らますデュノア。呼んだら負けな気がするから俺はずっと意地でファミリーネームで呼び続けている。

 何度見ても不思議なデュノアのコルセットだが、肩幅と腰回りだけはどうしようもないらしい。この骨盤の形は女性のソレなのに、どうして周りは気づかんの?

 

 

「ほら、組合せが出るよ」

 

 ちょっと不機嫌モードのデュノアに言われるままにモニターを見れば、1回戦の対戦相手が出てこようというところ。

 

 

「ゲェっ……」

「これは……」

 

 まさか初回からクソジャーマンと当たるとは。それも、ペアが箒とは聞いてねぇぞ。

 

 

「ペアが決まってるとは聞いたが、まさかソイツと組むとはね」

「織斑先生に言われてな。組んでみると悪いやつではないぞ。実力は確かなものだ」

 

 

 悠長に話してるのは俺と箒のみ。デュノアもクソジャーマンもゴミを見る目で互いを見下している。ヒェッ

 箒がニヤリと口元を歪めると、視界の片隅でカウントダウンが始まった。

 

 

「ぶっ飛ばしてやる」

「叩きのめす」

 

 おや、クソジャーマンは俺を視界に捉えて手を伸ばす。アレが来る。

 即座に空中で体をひねって前転の要領で一回転。これにはクソジャーマンもびっくりらしい。そりゃ、見えない糸を避けられれば驚きもするわな。けど、残念ながら仕掛けはわかってるんだぜ。お前が2つ以上の対象を同時に止められないこともな!

 その間、デュノアは箒を相手に飛び道具で一方的に嫐る仕事を始めている。まてまて、箒さん、いつの間にハンドガンを扱えるようになっていらっしゃいますの?

 

 

「お前の得物はそのブレードのみ。リーチと手数なら私が上だ」

「だろうね。けど、お前のトリックは破った」

「フン、どうだか」

 

 クソジャーマンが言うが早いか、6本のワイヤーブレードがすっ飛んでくる。前によければ肩のレールガンの餌食。後ろに避けてもレールガンの餌食。こりゃマズい。

 だが、俺は正面から行かせてもらおう。それしか能がない。

 

 

「バカめっ!?」

「ははっ、これで一撃!」

 

 凸る、レールガン撃たれる、雪片振る、弾丸真っ二つ。

 いやぁ、人間やってみるものですね。

 目を見開くなんて致命的な隙を見せたクソジャーマンにまずは零落白夜で一閃。そして背中に突き刺さるワイヤーブレードで俺のシールドエネルギーも半分以上なくなるも、クソジャーマンの機体に抱きついてそのまま押し倒す。

 そして肉弾戦開始。もう、ワイヤーやら、ブレードやらがガシガシとお互いを削り合っている。

 手を伸ばせば届く距離だから飛ぶに飛べないし、近すぎるからレールガンは使えない。

 

 

「このっ! 粘るな!」

「てめぇこそ、さっさと落ちちまえ!」

 

 ここまで来ると子供の喧嘩も同然。もはや剣とかそんなんバシバシあたって火花散らせば、デュノアは箒を片付けてくれているはず。そんな期待もわずかに抱きつつ、劣勢なこの状況を引き伸ばす策を考えねば。

 

 

「なんだ、さっきの威勢はどうした」

「腕が、多すぎっ!」

「あるものを活かすのは当然だろう? お前こそ、ワンオフアビリティを使わないのか?」

 

 ぐぬぬ。このままじゃジリ貧。はやく助けに来てくれ、デュノア!

 

 

「一夏、下がって!」

「女神かよ!」

 

 ドヒャァとブースターを吹かしてバックステップ。するとクソジャーマンを鉛玉の雨が襲った。

 バリバリと響く銃声に、クソジャーマンもタジタジ。あのAICとかいう相手の動きを止める第3世代兵器も面では捉えられない欠点がある。

 

 

「クソっ、篠ノ之!」

「箒はお休み中だよ! さぁ、僕らが相手だ」

 

 しかし、距離を取って有利に立つのはクソジャーマン。ワイヤーブレードを飛ばして捕まえるのは、俺かよっ!?

 あっさり捕まりそのまま壁へ叩きつけられると、思わず頭がくらくらする。そこに迷わず叩き込まれるレールガン。頭が引きちぎれるんじゃないかという痛みに襲われ、視界も歪む。

 

 

「一夏っ!」

「よそ見をしている場合か?」

「ぐぅ!」

 

 やばい、すりガラス越しに見ているみたいなフィルターのかかった世界。

 どこかぼやけて聴こえる銃声と、金属同士がぶつかる音。

 

 

「お前、ここで終わるのか?」

 

 周りの音がフェードアウトした頭にそんな声が響く。

 終わらせたくねぇよ。負けっぱなしで終われるかっての。

 

 

「なら、力がほしいだろ?」

 

 あたりめぇだ。あって損しない。まぁ、使い方間違えたら怒られそうだがな。

 

 

「お前を待ってる者がいる。行かないのか?」

 

 行きたいさ。行かなきゃならねぇ。

 

 

「力を持って力を制すか、無力のまま地に伏すか」

 

 力を持って力を制す、そっちに決まってる。このままくたばってたまるかっての。

 

 

「なら、これを持っていくしかないだろう。姉の姿を、追いなさい」

 

 音が、視界が、戻ってくる。

 クリアな視界、シャープな音が。

 面白い。やってやる。

 ここから巻き返しだ。

 

 

「一夏! どうしたの、ソレ……」

「貴様……! どうして貴様がその姿をしている!」

 

 なんでだよ、俺は俺のままだろ。

 視界に捉えた黒と橙。俺は本能に従い、というとおかしいな。普通に一歩踏み出すように"一瞬で距離を詰め"青白く光るその剣を振るった。

 

 

「一夏、そんな音もなく……」

「その技は、その瞬時加速は教官のものだ! 貴様がぁぁぁ!!!」

「黙れ。死ね」

 

 自分の声とは思えないほど冷酷な声が出た。

 なんとなく千冬姉っぽいな。

 吠えながら突っ込んでくる黒を一振りで地に叩き伏せる。いい気味だ。

 

 

「一夏、おかしいよ。まるで織斑先生みたい」

「何がおかしいことがある。眼の前の敵を討つ。それだけだ」

 

 さて、トドメだ。

 そう思い、剣先をクソジャーマンに向け、瞬時加速を……

 

 

「んぐっ! なんだ…… うがぁぁぁぁぁ!!」

「一夏、一夏大丈夫!?」

 

 頭が焼ききれそうだ!

 目玉が熱い! 身体中の血液が一気に沸騰したんじゃないかと思えるほどの熱量。焼ける!

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!



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その19

予想通り「お前が暴走するんかい!」のツッコミありがとうございます。


 Damage Level... C

 Mind Condition... Downburst

 Certification... Clear

 

<<Valkyrie Trace System>> Boot

 

 

 突如として白式を包み込む紫電。

 少年の叫び声が響き、それに呼応するかのように少女も声を上げている。

 少年の声が止んだときには、白式と呼ばれていた純白の機体はそこになく、ただドス黒い、粘土細工のようないびつな黒に成り代わっていた。

 

 

「どうなってるの……」

「貴様…… どこまで教官を愚弄すれば気が済むのだ!」

 

 シャルロットはひたすらに一夏の名前を呼び続け、沈黙を貫いていた、いや、突然の光景を理解することに努めていたラウラも再び吠えた。

 ドス黒い粘土細工は確実に、現役時代の織斑千冬を模していたのだから。

 そして顔を上げる黒。目があってしまったラウラは背筋に氷を当てられたような、嫌な感覚を覚えたのもつかの間。反射的に肩のレールガンを発砲すると目の前で砂煙が上がり、何かにあたった感触を覚えた。そのまま後退して距離をとるも、砂煙の中から飛び出してくる白色だったなにか。その刃が振るわれ、ワイヤーブレードを束ねて受け止めるも、衝撃は受け止めきれずにアリーナのシールドまで追い込まれてしまった。

 

 

「こっちだよ!」

 

 トドメを刺しにかかった千冬モドキに向かってアサルトライフルを乱射するシャルロット。目的はあくまでも牽制。一撃の火力に優れたラウラの機体ならば彼の機体を叩き落とせる可能性が高い。

 

 

「僕が囮になるから、頼んだよ!」

「言われずとも!」

 

 ラウラは集中する。二度とないかもしれない一瞬のために。左目を覆う眼帯を外し、金色に輝く瞳で尊敬してやまない師を真似るものを追う。

 そしてシャルロットとラウラ、黒く染まった白式が一列に並んだ瞬間、停止結界が発動。黒いのは動きを止める。

 

 

ありったけぶっ放せ(Alles feuer)!!!」

 

 大口径レールガン、アサルトライフル、ワイヤーブレード、彼女が手に持つ火力すべてを1機のISに向ける。そこに慈悲など無く、踏みにじられたプライドと、甘酸っぱい恋心と、その相反する感情を混ぜこぜににした乙女の咆哮だった。

 

 

「一夏、戻ってきて!」

 

 そしてトドメの一撃。重戦車すら貫く69口径パイルバンカー。"灰色の鱗殻(グレースケール)"、通称シールドピアース(Shield Pierce)

 その重い砲撃が5発立て続けに腹に決まると、粘土細工がどろりと溶け、吐き出されるように一夏の体が滑り落ちる。

 すかさずシャルロットがその体を受け止めると、ラウラへ振り返って一回頷いた。

 

 

 ---------------------------------------------------

 

 

 夢を見ていた。

 3年前、千冬姉が決勝で戦うはずだった相手、炎のように赤い髪のイタリアの代表。彼女と戦う夢だ。もちろん、俺ではなく、千冬姉が。

 だが、その千冬姉の目線で進んでいく。眼の前で爆発が起きれば砂煙の中から飛び出して一撃を浴びせ、アサルトライフルで牽制されれば、付かず離れず、被弾しないように追い、隙を狙う。

 けれど、唐突に体が止まるんだ。理由はわからないけど。もちろん、待っているのは銃弾の雨あられ。トドメに至近距離から殴られて、そのまま倒れ……

 

 

「がぁッ!?」

「一夏!?」

 

 跳ね起きると体中に激痛が走る。

 声にならない悲鳴を上げながらぶっ倒れるが、地面に叩きつけられた感覚は無い。どうやら、ちゃんとベッドで寝ているようだ。

 涙でぼやける視界を誰かが覆った。蛍光灯の光が金色に透ける。

 

 

「一夏、一夏…… よかった、生きてる……」

「デュノア……」

「うん、僕だよ。どうなるかと思ったんだから」

 

 頬に水気が降ってくる。おいおい、泣くなよ。

 

 

「体がクッソ痛いっ!?」

 

 そして俺が感想を述べる間もなく迫る顔。

 唇に伝わる温かくて柔らかい感触。

 あぁ、俺は死ぬんかな。

 

 

「スキンシップは結構だが、時と場所を選んだらどうだ」

「……!」

 

 やべぇ、死ぬ。

 

 

「お、お、織斑先生っ!」

「肉食系女子というのだったか。あまりがっつきすぎると食べるものがなくなるぞ。それで、具合はどうだ、一夏」

「体中が痛い」

 

 慌てふためくデュノアを自然に退かすと、千冬姉の優しい声色が耳に届く。

 デュノアはぐるぐる目で「あのっ、そのっ」とか詰まりながら言い訳を垂れ流す機械になっているが、千冬姉はもうどうでもいいらしい。ベッドサイドのテーブルに置かれた書類に目を通すと、少し苦い顔をした。

 

 

「体に無理な負荷を掛けたのと、腹部に打撃を受けたせいで打撲傷がある。しばらく安静にしておけばいい」

「俺の体はわかった、何があったんだ?」

「デュノア、戻ってこい」

 

 出席簿アタック(弱)で現実に引き戻されたデュノアが説明役になるようだ。

 千冬姉は出席簿に挟んである書類に目を向けた。

 

 

「一夏の機体は不正なプログラムに乗っ取られちゃったんだ。それで僕やボーデヴィッヒさんを無差別に襲った。結果的には返り討ちだったんだけどね」

「そうか…… 悪かったな、迷惑をかけて」

「そのプログラムと言うのは通称VTシステム。アラスカ条約によって使用はもちろん、研究開発も禁止されているプログラムだ」

 

 説明を引き継いだ千冬姉曰く、VTシステム、正式にはヴァルキリートレースシステムといい、文字通りヴァルキリーの動きを真似るプログラムだ。

 そのヴァルキリーというのはモンドグロッソの部門優勝者のこと。そして、俺が今回トレースしちまったのが、総合優勝の織斑千冬だった。そう考えると2人がかりで織斑千冬に勝ったデュノアとボーデヴィッヒはとんでもない実力者なんじゃないか?

 

 

「簡単に言えばお前は私の劣化コピーになっていたんだ。そのシステムは機体の状態はもちろん、操縦者の精神状態もトリガーになって起動するようになっていた」

「って言われてもよくわかんねぇけどな。確認だけど、俺は誰も傷つけてないんだよな?」

「ああ、デュノアは見ての通り、元気が有り余っているようだし、ボーデヴィッヒも機体に多少ダメージは有るが人間は無傷だ」

「はわわわわ……」

 

 夕方まで休んで、明日には事情聴取だ、とありがたい予定を受け取り、千冬姉はデュノアを引きずって去っていった。

 いろいろありすぎた。クソジャーマン…… じゃないな、ボーデヴィッヒと初っ端から当たり、箒はデュノアに任せ切りだったが、デュノアもそれなりに時間がかかっていたから善戦したんだろう。それから、ボーデヴィッヒにボコされ、暴走し、目が覚めたらデュノアにキスされ……

 なぁ、あの時俺はデュノアとキスしたか……? してない、気がする。

 ってことは、え、俺の初めて奪われたん……?

 



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その20

大遅刻


「長い時間お疲れ様でした。最後にいい知らせなんですけど」

 

 タッグマッチトーナメントでの暴走から一晩。アリーナでは1回戦を消化すべく試合が行われているが、俺始め、昨日の暴走に関わった4人は山田先生と織斑先生から代わる代わる尋問を受けていたところだ。

 山田先生と狭い部屋で2人きり、そんなシチュエーションではあったが、前もって用意されていたであろう質問にひたすら答えるだけの時間が数時間。山田先生がいつも通りのやさしさを持ってくれたので尋問という言葉から想像されるような厳しいものではなかったから良かったが。

 

 

「いい知らせですか?」

「はい! ついに!」

「ついに!?」

「男子の大浴場解禁です!」

「おお!!」

 

 日本人の心、風呂。それも大浴場! 旅館とかのでかい風呂はやっぱロマンだろ。それも独り占め。いやー、これはテンション上がらざるを得ない!

 

 

「デュノア君には後で伝えておきますけど、織斑君からも言って上げてくださいね。私は、鍵を取ってくるので大浴場の前で待ってますね」

「はい! ありがとうございます!」

 

 山田先生から大浴場使用スケジュール(女子とは日程をズラしてある)を貰い、本日点検作業が早く終わったので臨時開店だと言う情報でさらにテンションを上げ、早速風呂に入ることを心に決めたところで我に返った。

 あれ、デュノア女じゃね、と。

 

 

「なるほどね。僕は脱衣場で待ってるから、一夏はゆっくりしてきなよ」

「けどなぁ、それはそれで申し訳ないし」

「いいよいいよ、とりあえずお風呂行こうか。遅いと変に思われそうだし」

 

 うーん、とりあえず運を天に任せて…… いやいや、まずいだろ。

 

 

「来ましたねー、大きいお風呂を2人占めですよ! それでは、上がったら声をかけてくださいね」

「は、はい……」

 

 ごゆっくり〜 と言って戸は閉められた。さてどうする。

 

 

「よし、時間を決めて入ろう」

「そうだね、それがベターかな。一夏、最初に入ってきなよ」

「いや、俺長風呂だから、デュノア先行きなって」

 

 それからまた「どうぞどうぞ」と譲り合った結果。

 

 

「あぁ〜 沁みるぅ……」

 

 大浴場を独り占めしている。

 部屋の風呂も小さくは無いが、体ごと伸ばして入れるのは最高だ。

 お湯に体を任せて、重力が半減したような感覚は風呂ならではだと思う。プールだと体が溶けたような感覚は薄れるだろ?

 

 

「んああああ〜 ん? 戸が開いたか?」

「お、お邪魔しま〜す……」

「……何考えていらっしゃるんですかね」

「ああ、えっと…… お背中お流しします……?」

 

 さて、非常にドギマギしたままデュノアに背中を流され、また風呂に戻るとデュノアも入ってくる。いやいや、まずいまずい。

 俺の隣には一糸まとわぬデュノアさん。鎮まれ、鎮まれ雪片!

 

 

「い、一夏。大丈夫だった?」

「な、なにがでせうか?」

「暴走したとき、お腹にパイルバンカー何発も入れちゃったから」

 

 俺の腹には青あざがある。

 デュノアのパイルバンカーのお陰と聞いたときには顔が青ざめたが、それでも僕は元気です。

 そんな青い腹にデュノアの手が伸びる。触られると鈍い痛みが襲うが、まぁ、すっ転んで作った痣と変わらない。

 けどね、もうダメですわ。

 

 

「デュノア、まずいって」

「えっ、あっ…… 一夏のえっち」

 

 

 ふぅ……

 なんだろう、この爛れた感じ。

 いろんな意味で温まると山田先生に声をかけてからその日は終わった。

 ああ、寝る前にデュノアに何故かありがと、って言われたな。お礼を言うのは俺だ、って返したけど、あれはなんだろうな。どこかお別れ感があったんだけど。

 鈴や箒が引っ越す前みたいな。

 

 その翌日。早朝ランニングから戻ると、普段はいるはずのデュノアの姿が見えず、用があるから先に行っていて構わない、といった趣旨の書き置きが置いてあった。

 千冬姉のところかな、とアタリを付けて書き置きの通り、いつもと同じように着替えて教室へ。

 ホームルームが始まってもデュノアの姿は見えず、少し疲れて見える山田先生がやってきて、衝撃的な言葉を発した。

 

 

「今日は皆さんに転入生、って言うとすこしちがいますね…… はぁ、入って来てください……」

 

 さて、そこで入ってきたのは誰でしょう。

 ヒント。その子は女です。その子は金髪です。その子は紫眼です。

 

 

「シャルロット・デュノアです。みなさん、改めてよろしくお願いします」

 

 教室が揺れたのは言うまでもなく、同時に俺は激しい殺気に振り向くと目の前には銃口。いやいや、セシリアさん、まずいっす!

 慌てて首を引っ込めると髪の毛を数本焼き飛び去るレーザー。威力は抑えられているだろうが、それでも生身の人間を焼き肉に変えるには十分だろう。

 

 

「一夏さん、お話がございますの」

「そ、ソウデスネ…… 後でゴユックリ……」

「逃げるんじゃないぞ」

「ヒッ……!」

 

 そして頭を下げたと思ったら、股ぐらから生える日本刀。動けば削ぐ、と言わんばかりだ。

 まさか、バレてる……?

 

 

「やれやれ、貴様らは落ち着きというものを知らんのか。年頃の男と女が同じ部屋にいればセックスくらいするだろう」

「「はぁぁあ!!??」」

 

 問題は唐突に聞こえた内容ではなく、発言者の方だ。

 「やれやれ」と言わんばかりに片手を腰に、もう片方を肩の高さでヒラヒラとするのはボーデヴィッヒだったのだ。

 

 

「教官から聞いたぞ。お前も大変後悔して、そして自己鍛錬を怠らなかったそうだな。そんなことも知らずに酷な物言いをしてしまった事を詑びよう。済まなかった」

「お、おう……」

 

 眼の前まで来て頭を下げるボーデヴィッヒ。いや、確かに謝ってもらえた事は悪いことじゃない。だが、この不自然なほどの優しさはなんだ?

 

 

「そして、贖罪と言ってはなんだが、私のできる技術を伝えよう。いわば、なんだ。私はお前の教官であり、母になってやる」

「はぁ…… はぁっ!?」

「どういうことですの!?」

「ラウラ、それはどういう意味だ!」

「言葉通りだが? 私は教官と同じように一夏を導くのだ」

 

 ちょっと待てよ、どういうことです?

 俺の疑問はチャイムでかき消され、それぞれも憮然とした顔で席に戻ると授業が始まった。

 問題はその昼である。

 

 

「まずどこから話すべきか」

「ねぇ、そもそもアタシはシャルルが女だって事実を受け止めきれないんだけど?」

「それで一夏さんとシャルル…… シャルロットさんはそ、その…… セックスしましたの?」

 

 昼休み。以前と同じようにテーブルを囲む我々、プラスボーデヴィッヒ。

 だが、和気藹々とは程遠い空気が包みこんでいるのは言うまでもない。

 

 

「したよ。けど、それはセシリアとは関係のないことだよね」

「デュノアさん!?」

「一夏、千冬さんに言いつけるぞ……」

「織斑先生も知ってるよ。それに、この前も――」

「はぁ!? 千冬さん公認っての!?」

「待て、鈴。デュノアは千冬さんの養子になると聞いている。セックスしても結婚はできない」

「えっ?」

「なっ!?」

「……!?」

 

 上から鈴、セシリア、ボーデヴィッヒの反応。まぁ、そりゃ驚くよね。ってか、結婚ってなに? そこまで考えてらっしゃいますの、箒さん?

 まさか鈴もセシリアも……!

 

 

「一夏、4股は感心しないぞ。デュノアにしておけ。一番いい女だ」

「お待ち下さいな、そもそもボーデヴィッヒさんはどんなポジションですの!?」

「そうよ! アンタにケンカ売られたの忘れてないんだから」

「それは済まなかったな。あの時はどうしても一夏をぶっ殺してやりたくてな」

「えっ、なにそれ初耳」

 

 俺にとって地獄のようなランチタイムはまだまだ始まったばかりだ……



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その21

 さて、先日のシャルロット女バレから早1週間。修羅場もどん底は過ぎ去り、いまは底くらいだ。

 ラウラ以外の4人の間で正妻戦争が勃発し、何かとアタック合戦が激しさを増している。名前呼びもその一環で、シャルロットがにっこりと目元以外に笑みを浮かべてお願いしてきたのでこうなった。

 だが、それでも協定がただ一つある。

 それは、『織斑一夏とセックスしないこと』それだけだ。どうやら、抜け駆けのラインはそこに設定されたらしく、2人きりで出かけようがキスしようが、それは彼女たち的にはセーフなラインらしい。

 だが、俺的にはどうだろう? 仮にも性欲を持て余す思春期男子。朝起きれば箒とランニング、部屋に戻るとシャルロットが朝食を作っており、昼休みにはセシリアがすり寄ってくる。放課後はラウラが母親というよりは家庭教師のように隣で勉強を教えてくれて、夕飯は鈴が腕を振るう。精神が落ち着くのはラウラとの勉強タイムくらいだ。

 

 

「今日はこの辺にしておこう。ほら、ご褒美だ」

 

 ラウラは放課後の勉強が終わると、ご褒美と言ってブドウ糖の飴玉をくれる。それがまた効く感じがするのだ。

 彼女の指導はシンプルで、学園で使っている教科書を彼女の知識で上乗せした分をインプットするだけ。基本は教科書だから理解不能なわけではないし、ラウラも軍の教本をもとに補足していると言ってたから基礎はかなり分厚く固めれるだろう。

 

 

「そろそろ1週間だが、今学期の分はだいぶ進んだな。早ければ今月中に1学期で学ぶ範囲は終わるだろうな」

「めっちゃペース早いからついていくので必死なんだぞ。もっと落としてくれてもいいくらいだ」

「甘えるな。軍では学園で3年かけることを1年で終わらせるのだ。このくらいのペースが普通だ」

 

 少佐殿の言うことは絶対。Jawohl Frau.

 だが、内容はとてつもなく濃いはずなのについていけているのも事実。ギリギリではあるが、理解の範囲内で物が進み、その理解の範囲を広げていく感覚だ。

 いつの間にか部屋に常備されるようになったパックの牛乳をラウラが吸っていると、鈴がそろそろ来る時間だ。

 

 

「いっちかー! 来たわよ!」

「おう、待ってたぜ」

 

 そしてラウラを含め3人で夕食。最初は鈴もピリピリとしていたが、気がつけばラウラを膝に乗せて撫でているからわからない。

 

 

「今日はこの前聞いたシュニッツェルってのを作ってみたんだけど、これであってる?」

「そうそう、これだ」

 

 こんなふうにラウラのリクエストを聞くくらいには仲がいいらしい。

 と言うわけで今日はラウラのお気に入り、シュニッツェル。どうやら牛肉のカツレツ的なものだが、揚げ焼き程度の油の量だな。衣も薄くて思ったより軽い料理だ。肉もミートハンマーで薄く叩いてあるから、なおさら軽い口当たりなんだろう。

 

 

「美味いな。揚げ物かと思ったけど、そこまで重くないし」

「下味の付け方が見事だ。本当に初めて作ったのか?」

「ドイツ料理なんて初めてに決まってるじゃない。でも美味しかったなら良かったわ」

 

 米が欲しいところだが、付け合せはふかしたじゃがいも。確かに、本場はこうなのかもしれないが、ここは日本。それに、俺は食べ盛りだぞ? まぁ、夜だから食べすぎても良くないが。

 

 

「じゃ、お風呂借りてくわよ。ほら、ラウラ、ちゃんとして」

「うーむ、眠い……」

 

 夕食を食べ終えてしばらくテレビを見ながらゴロゴロすると、ラウラが眠そうにする。そのタイミングで鈴がラウラを連れて風呂に入るのがいつものパターンと化してきた。これじゃどっちが母親だかわからないが、あくまでラウラは俺の母親ポジションでいたいらしい。

 千冬姉はどうなんだ、と聞いたら「気づかなかった!」と言う顔をして、千冬姉の元にすっ飛んでいった。浮かない顔をして戻ってきたから、振られたらしいが。

 

 

「それじゃ、また明日ね。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 そしてラウラを鈴が連れ帰り一日が終わる。

 なんだろう、気分的にはもはや父親なんだが。

 翌朝、いつもどおりに早起きすると箒とランニング。そして軽く竹刀で打ち合い、部屋に戻るとシャワーを浴びて、シャルロットが来るのを待つ。

 コンコンコン、と控えめなノックでドアを開ければバスケットを持ったシャルロットが箒と一緒にやってきた。

 

 

「箒、最近機嫌がいいな」

「シャルロットの作る朝食は美味いからな。楽しみなのだ」

「ふふっ、嬉しいな。今日はご飯だから、焼き鮭にオクラの胡麻和えと、玉子焼き。それからお味噌汁」

「ザ・焼き鮭定食だな」

「シンプルだが、それだけに実力が試されるな」

「なに料理番組みたいなこと言ってんだよ」

 

 このシャルロット、家庭科スキルは天元突破でカンストしているらしく、料理に裁縫、掃除洗濯なんでもござれなのだ。メイドさんにほしい。

 日本食もレシピを読んだだけと言っていたが、しっかり出汁の効いた玉子焼きはそう簡単には作れないし、ごまの風味がふんわりと香る和え物も絶妙だ。

 

 

「大根の味噌汁か。しっかり食べた感じがいいな」

「おかずがすこし寂しいから、お味噌汁の具も食べごたえ重視にしてみたんだ」

「最高だ。一夏ではなく、私に嫁に来い」

「それは無理かなぁ」

 

 箒は最近、シャルロットを口説くようになった。まぁ、2人とも冗談だろうが。

 腹ペコ属性が追加された箒には、シャルロットの手料理は星5つのアイテム。そりゃシャルロットが欲しくなるわなぁ。

 楽しい朝食を終え、午前の授業もこなせば昼休み。セシリアの手番だ。

 

 

「おまたせいたしました。今日はうまく行ったと思うのですが……」

「見た目は、普通だ」

「特に変な匂いもないぞ」

 

 屋上のテーブルを6人で囲み、各々の手にはサンドウィッチ。今日はスパムとレタスのサンドウィッチ。それだけだ。

 

 

「た、食べるぞ」

 

 まずは俺から。

 一口。表面をトーストしてあるパンはサクリといい食感。そしてスパム。これも焼き加減は良さそうだ。下顎がレタスを食い破るが、水気がよく切られてパンがベチョベチョしていない。

 それらを咀嚼したところで俺の頬が引きつる。

 

 

「いかがでしょう?」

 

 不安そうなセシリアの顔。

 それは他の4人も同じく。

 今の俺の口の中では半端ない塩気が暴れまわっているところだ。それを堪えてしっかり噛むとお茶で一気に流し込む。

 

 

「セシリア」

「はい……」

「塩、振りすぎたな。スパムはもともとかなりしょっぱいから、普通の肉の感覚で塩コショウすると味が濃くなりすぎるんだ」

「そうですか…… まだまだ勉強がたりませんわ」

 

 昼休みはセシリアの作った昼食をみんなで毒味する時間だ。春先のパイオテロ物質からは遥かな進歩を遂げ、先日は第1段階のハムサンド(ハムにマヨネーズをかけ、レタスと一緒にパンで挟むだけ)をクリアし、今は第2段階、焼く工程が入るスパムサンドに挑戦している。

 

 

「いただきます……!」

 

 俺が所感を述べたところで他の4人が覚悟を決めて凄くしょっぱいスパムサンドに齧りついた。



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その22

 7月に入り、衣替えも終えて制服の生地が薄くなり、男の子的に美味しい季節。

 それは我がハーレム(周りに茶化されすぎて開き直ることにした)の女子ズも同じこと。とはいえジャケットタイプにあることは変わりないから、中学校の頃のようにサマーベストで体のラインがクッキリ、なんてことはない。

 さて、朝からこんな煩悩まみれのことを考える理由は臨海学校が迫っているからに他ならない。おかげで水着を買いに行くから付き合え、というお誘い(脅迫)が5件立て続けに入り、俺のキャパシティは表面張力でギリギリを保っている。

 

 

「ねぇ、どういうつもり?」

「納得できる理由を」

「ご説明願いますわ」

「どうして朝から」

「全員揃っている……」

 

 そして俺が取った策はコレ。一人ひとりに付き合っていたらキリがないし、俺の心も持たないのでブーイング覚悟で5人を一気に連れ出すことにした。

 というわけで学園最寄りの繁華街にほど近い駅に集合したは良いが、案の定女子ズは納得行かないらしい。

 

 

「簡単なことだ。いちいち付き合っていたらキリがない、それに俺のいろいろも持たない!」

「はぁ……」

「だから、こうして一気に買い物に行き、女子会の雰囲気で楽しんでもらって俺はその間に――」

「はいはーい、最後まで付き合ってもらうわよ」

「誘っておいてほったらかしは無いよね」

 

 ぐぅ、これは……

 

 やばかった。

 眼の前では女子ズがきゃいきゃいと水着をお互いに選び合っている。俺? もちろん売り場で「似合ってるぞ」って言うだけのペッパー君だ。

 いや、マジで素材が良すぎるだけに、よほどのものじゃない限り本当に似合うからソレ以外に言うことがないのだが、どうやらそれがご不満らしく、一夏を落とす水着選び大作戦の幕が上がった。作戦指揮はシャルロットだ。

 

 

「こういうの、どうかな?」

「おう、明るい色がいいな」

「わたくしのはいかがでしょう?」

「白より青のほうが俺は好みだぞ」

「一夏、どう?」

「お前にビキニは早っ―― 何しやがる!」

「い、一夏、これはどうだ?」

「Oh...」

「私の選択に間違いは無いだろう?」

「はいはーい、シャルロットに選んでもらってねー」

 

 眼福以外の何者でもない。眼の前でSランクの美少女が水着姿を見せてくれるんだぜ? これなんてエロゲ? だがしかし、そんなことを言っている間に数周すると、各々水着を決めたらしく、会計に向かうと紙袋を持ってニコニコとしていた。

 それからワイワイと飯を食い、ウィンドウショッピングを楽しんでいるあいだに朝のギスギス感はどこへやら。俺の財布が幾分軽くなったが、幸いにもIS操縦者というのは目玉飛び出るほどの給料ももらってるから、なんとかなる。

 まぁ、その給料も来月から怪しくなるわけだが。

 

 

「今後のIS開発は防衛省の外局である防衛装備庁で行うことになったのは既に話したと思う」

「ええ、そう伺っています。なので代表候補生とはまた違う扱いだとも」

 

 ハーレムのご機嫌をまとめて取ったのはこの予定があったから、というのもある。

 日曜になれないスーツを着て、いかにも高そうなホテルに入ればこうして俺より幾分スーツなれしてそうなオッサン達を相手にお話だ。

 

 

「ああ、そのとおりだ。文官だから階級はない、といったがね」

「え?」

「いや、処遇は変わりないんだが、織斑くんの主な職場は立川になりそうだ」

「立川、ですか」

「遠くてすまないが、そんなに来てもらうこともないと思うけれどね」

 

 相手は防衛省の役人と、"旧"倉持技研の役人、技術者。

 一応倉持技研専属の操縦者という扱いだった俺は、VTシステムの一件で世界的大バッシングを浴びて解体された倉持技研から手放されて宙ぶらりん。とは行かず、来月から公務員になる。扱いとしては国家公務員と同じ。防衛装備庁のIS操縦者だ。

 今回は何度めかのお話会。正直、最初の面談で待遇面の話など、一通りは終わっていたが、今日は詰めと飯をおごってもらうような感じ。

 

 

「わかりました。倉持よりは近いので大丈夫です」

「そうか、織斑くんはまだ15だったね。バイク通勤でも構わなかったが」

「免許も取りたいですけど、立場が立場なので、どうなることやら」

「車は掛け合うこともできたかもしれないけれど、バイクは難しいね」

 

 と、こんなふうにおじさんとおしゃべりするだけで高いディナーがいただける。倉持の人? 飾りだよ。俺に誠意を見せるつもりだったらしいが、誠意は金で見せろ、とゲスいこと言ったら本当にお金出してくれたすごい人。だが、ソレっきりだ。

 

 

「それじゃ、次は市ヶ谷で会おう。制服は近い内に送れると思う」

「はい、お願いします」

 

 そんでもって夜の街へ消えるオッサンを見送ると、俺もまたタクシーで学園へと帰るのだった。

 で、終わらないのが今回の話。

 

 

「相乗りタクシーに乗った覚えは無いんですが、生徒会長」

「あら、覚えててくれたの?」




すごく短い


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その23

「あら、覚えててくれたの?」

 

 助手席からこちらを見て妖艶に笑う彼女。IS学園の生徒会長サマな訳だが、俺が彼女と話すのは初めてではない。

 彼女とのファーストコンタクトは1ヶ月ほど前、タッグマッチトーナメントが終わった頃だ。有り体に言えば、彼女もまた俺を監視する一人であり、また、知らないところでサポートをしてくれていた一人でもあった。

 だが、この女の性格が俺には合わない。いつでも飄々として、言ってしまえば『食えないやつ』だ。

 

「生徒会長さんがなんのようです? さっきまでの話もあなたの耳には入るでしょうに」

「釣れないわねぇ。何か用がなきゃ会いにきちゃいけないの?」

「テンプレ台詞をどうも。妹さんの事でしたら、前から言ってる通り、難しいですよ。俺にもそんな余裕ありませんし」

 

 彼女が俺に求める事は、倉持技研の解体によって放り出された彼女の妹(4組の更識簪さんだ)と協力してその子の機体を完成に導くこと。

 もちろん、更識さん…… 妹の簪さんとは面識があるし、倉持から放り出された者同士、後始末に東奔西走するなかで一緒に動くこともあった。

 そのなかで、彼女が大変なのは国内唯一と言っていいIS産業の担い手たる倉持の解体によって、専用機開発がストップしてしまったことだ。

 ただでさえ、俺の白式の開発によってペースが落ちていた(実質止まっていたらしい)ところにこの事態。国の援助も、ただでさえ、武器を輸入しているのに、国家戦力の要であるIS開発を他国に丸投げするのか、と国会が大騒ぎになっているから、ただでさて止まっているものが後ろに下がり始めるのも時間の問題だ。

 と、心配になった更識生徒会長。そこでないなら作っちまえば、と言う考えが浮かぶのはわかるが、彼女は日本人でありながら、ロシアの国家代表(候補ではなく、代表だ)を務める人物。おいそれと他国の情勢に口を出すわけにも行かず、回り回って俺のところまで話が降りてきたわけだ。

 もちろん、俺だって何も考えてないわけではなく、倉持にいた技術者達とコンタクトを取り、なんとか策はないかと話をしてはいるが、所詮高校生。あくまで司会進行程度の仕事しかない。

 

 

「織斑くんが倉持の技術者を集めているのも知っているし、彼らが会社立ち上げという考えに至るのもわかる。そして、ネックになっていることも」

 

 もちろん、技術者達と話す中で、新会社立ち上げという話になるのは当然の成り行き。さっきまで飯を食っていた防衛省の役人さんはもちろん、国会で騒ぎ立てる議員にもその話は伝わっているだろう。

 それができないのは単純な話、金と、法と、利権の問題だ。

 倉持は解散したからそもそも金が無い。

 そして、ISを作るとは言っても、実弾兵器を作るには法律に定められた認可を得ねばならず、それも簡単に取れるものではない。

 最後の利権の問題というのは、「旧倉持なんて信用ならん! 監査役としてこの人物を!」と言うドロドロとした政治の話だ。この辺は話を聞いても難しくて理解できないが、なんとなくISビジネスに首を突っ込んで甘い汁を吸いたい人間が群がっているのはわかる。

 なんなら俺にまで接待しようと持ちかけてくるし。

 

 

「実際、俺は自分のために大人たちを焚き付けてるだけですがね。それ以上はできませんし」

「けど、その大人たちは進み始めた。それは君がきっかけであることに変わりはないわ。一枚噛ませて、って言ってるんじゃないの。ただ、同じように簪ちゃんを――」

「それはもちろんです。俺も簪さんも、倉持から放り出されたのは同じですから。ただ、俺と違って制約が多いので、どうなるか。一応、国分さん(さっきまで一緒にいた防衛省の人だ)には話をしてはいますけど」

 

 俺と違って、簪さんは日本国の代表候補だ。俺とは違う意味で制約は多い。彼女の機体も白式と同じく防衛装備庁で開発を行うことにはなっているが、正直彼らの仕事は個人兵器や航空機などの技術開発で、ISは倉持に任せきりだった面もあるから、あまり期待はしていないのが実情だ。

 

 

「今まで実績のないところにいきなり放り出されるのも怖いと思うの。それは向こうも同じこと。ほとんど扱ってこなかったISを突然扱うことになる。今後の政府の動き次第ではあるけれど、すぐに環境を整えることは難しいわ」

「でしょうね。その話も大人たちとしてますけど、やっぱり……」

「まだ、彼らも自重しているのよ。その気なれば織斑くんを表立って担いでいくらでも稼ぎ出せるはず。それをしていないのはまだ大人としてクリーンで居たいからだと思うわ。そんな素敵な人たちだもの、きっとできるわ」

 

 学園へと続くモノレールの駅前でタクシーを降りると、夏の夜の蒸した風が頬を凪いだ。

 うへぇ、これから忙しくなるなぁ……




幕間のおはなし
とても短い


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