元・遠月学園番外席次は料理を作らない=最悪の料理人= (九十九夜)
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ある料理人との邂逅・もう関わりたくないんだが・・・。

転生物書いててふと思う。

・・・たとえすごい能力持ってたからって必ずしも幸せになれるわけじゃ無くね?

運とか、結構大切じゃね?


そんな夢も何もぶち壊しにするようなことを考えて書きました。

ごめんなさい。


「こんにちは。相席いいかな?」

 

声のした方を見るとスラッとした妙齢の女が立っていた。

今生・・・というかもう前世にあたるのだろうか?の記憶はもう磨耗しているものの、なんだか奇妙な懐かしさが漂ってくる。

此処は信じられない事に来世への待合室的なところだそうで、つまりなんだ。的確な表現という物が見つからない。

どうぞ、と短く返事をすると女は失礼と返してまず手に持っていたトレーをそのままテーブルに置いて椅子に座った。

自分の方に出されたそれはデミグラスソースのかかったハンバーグの上にオムレツが鎮座し、その隣にはパラパラのケチャップライス。

おお振りのエビフライにグラタン、カボチャと生クリームのサラダ。チョコレートムースの上には国旗を模した旗が付いている。

 

・・・お子様ランチ?

 

「あれ?嫌だった?」

 

嫌って・・・大人にお子様ランチってどうよ。まあ、嫌いじゃねーけど。と少しむくれると女は困ったように頬を掻いて笑う。

 

「大丈夫。大人のお子様ランチです。オススメですよ?」

 

どうぞと有無を言わさない雰囲気に押されて一口。

ポロリと涙が出た。

忘れていたけれど、忘れてはいけないもののような、懐かしい何か。

・・・何だったっけか。

 

そんな、いい歳こいて涙を流しながら料理を掻き込む俺をニコニコと笑いながら見ていた女が口を開く。

 

「そういえば君。此処にいるって事は願い事はまだなんだよね?」

 

お姉さん気になるなあ・・・と言う女にまだ決めてない!と投げやりに返事をした。

事実まだ決めていない。というか転生自体自分にとっては眉唾物だ。正直めっちゃ不安である。

 

「ああそう?なら良かった!いい?願い事は慎重に考えなきゃ駄目よ?じゃないと大変な事になるから」

 

私みたいにね?と女が苦笑した。いやあの、脅しかけるのとかやめてほしいんだけど。

 

「あ、ごめんなさい。私ったらつい」

 

心なししょぼくれる女の姿を見ていられなくなった俺はで?と続きを促して女の話を聞いてやる事にした。

え?とびっくりしたような女に一応理由くらいは例として聞いておくと返すと女は花の咲くような笑みで話し始めた。

 

 

 

□ ◼️ □

 

 

 

ハローハロー紳士淑女の皆さん。

突然ながら皆さんに質問だ。

よく二次創作とかでありがちなものの中で転生という物がある。

そう、転生特典だの選ばれた〜みたいな特殊設定の付いてくるアレだ。

・・・皆さんはその後主人公が必ず幸せになれるとお思いだろうか?

 

私的経験からいくと答えは完全とはいえないがNO。

 

だってそうだろう?戦争がほぼほぼ無い世界に戦闘系の能力を引っさげていっても何の役にも立たないし、美人になっても基本的に美人ばっかりの世界ではその中の一人として埋もれていくだけだ。金持ちになった所でそれを維持していく手腕がなければすぐに底をつく。幸せになりたい!なんて願った日には周りを不幸にして自分だけなんかまだマシみたいな境遇になって逆恨みされかねない。

ザッと挙げただけでもこれぐらいの悲惨さを秘めている。

え?幸せになれた奴もいる?なんでそんな後ろ向きな考えしかできないんだ?前を見ろ?

ああ、うん。そう。じゃあその人たちは運が良かったんだろうね。

 

 

・・・本当に。どうして私はあの時あんなにも安易に願い事を決めてしまったのだろう。

・・・今更何をどうしたって意味はないのだが、心の中は嘆きでいっぱいだ。

 

ごめんなさい。

 

銃声や爆撃、人の叫びに怯えない暮らしがしたかっただけなんです。

 

ごめんなさい。

 

自分と同じような子と一緒に幸せを分かち合いたかっただけなんです。

 

ごめんなさい。

 

誰かに愛して欲しかったのです。

 

ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

 

 

ーーーーーー

 

 

目が覚めた。

 

「・・・。」

 

寝返りを打とうとすると携帯がバイブレーションを刻む。

誰だろうか、嫌な予感しかしない。

 

恐る恐る画面を見ると見たことのない番号が表示された。

・・・良かった一応件のストーカー野郎ではないらしい。

 

「もしもし。」

 

『もしもし。元気にしているか?出流。』

 

「!?堂島さん?何故私の携帯を・・・」

 

『いや何。乾にお前に用があると言って教えてもらっただけだ。そう警戒するな。』

 

「そう・・・ですか。」

 

乾先輩・・・あなたか。

くそ・・・今度変えた時は除外対象だな。

 

『そうカッカするな。アイツもお前の事を心配して俺に頼んだんだ。』

 

「はあ・・・」

 

心配とかしなくていい。好きにさせてくれ。

今度もしかしたら立ち寄ったりとかくらいならする・・・かも、だから。

 

『で、実は頼みがあるんだが。』

「お断りします。」

 

堂島さんが持ってくるとしたら9割くらいが料理関係の話である。

こちとらその業界から退いた身だ。巻き込まんでほしい。

 

『実は今度の宿泊研修の講師をだな・・・』

「いや人の話聞けよ。」

 

『なに、安心しろ。お前の他にも水原やドナートも来る。それに調理しろってわけじゃない、審査員だ。』

 

うわー絶賛会いたくない人たちじゃないか。

まあ、四宮小次郎や乾日向子が参加しないだけまだマシといったところだろうか。

いや、行かないけどな?

 

「・・・。」

 

『あ、後な・・・もしこの話を受けてくれるのなら・・・遠月リゾート年間パスを特別に手配しよう。あの男に追われているのならあって困ることは無いだろう?』

 

・・・確かに遠月ならあの男もそうそう手出しはできまい。だが、どちらにしろ私にとっては居心地が悪いことに変わりはないのだ。もちろん。

 

「いいでしょう。その話、乗りましょう。」

 

やっぱり身の安全は大切だよね。うん。

・・・役目が終わったらギリギリまで引きこもろう。

 

『期待しているぞ。癒しの御手』

 

懐かしの称号を、よくもまあ覚えていたものだ。

いい加減忘れてほしい。

 

「―――ハッ。何言ってるんですか。堂島さん。私は処刑人ですよ。それもとびっきり質の悪い死の商人みたいなやつです。・・・では、離宮の方で?」

 

『ッ—――ああ、そうだ。日取りは』

 

 

 

 

 

 

 

「ではな。」

 

電話を切った男―――遠月リゾート総料理長兼取締役会役員である堂島銀はふと窓から外の景観に目をやった。

 

 

「傷は深い、か。―――だがお前もそろそろ進むべきだ。出流。」

 

 



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会いたくない

感想ありがとうございます。
まさかこんなに早く感想をいただくとは思いもしませんでした。
設定やらはこれから後書きの方にちょくちょく書いていきたいと思います。




ガタン ゴトン

 

「あそこに座ってんの誰だ?」

 

「あんな人いたっけ?」

 

「おい誰か声かけろよ」

 

ーーーやっぱり目立ってる。

 

 

愛染(アイゼン) 出流(イズル) 15歳。

 

現在学生に混ざってバスで移動中。

 

内心では理事長とか堂島さんとか理事長とかに言いたいことで溢れかえっているが此処は我慢だ私。

あと少し、ホテルに着くまでの辛抱だ。

 

「ん?お前誰だ?」

 

一際大きくバスが揺れたことにより隣に座っていた男子生徒が起きたらしい。

 

「愛染出流。・・・君は?」

 

「俺?俺は幸平創真。よろしくな。愛染。」

 

ガシッと握手を交わす。

・・・?この手の感触は・・・

 

「創真。君は現場に入って長いのか?」

 

「?あ、ああそうだけど?」

 

「ふうん・・・。」

 

ガタンという音が響く。どうやら目的地に到着したらしい。

 

さて、私も行かなくてわね。

 

「じゃあ、私はこれで」

 

「ん?ああまたな」

 

そのままバスを降りる。

 

さっきの少年、創真の手は明らかに長期で現場に入っていたことのある手だった。

温室育ちではない、叩き上げ。

それに・・・いや、これは早計か。

 

 

「・・・大丈夫。君はきっとこんなところで退学になったりなんてしない。」

 

 

 

 

 

□ ◼️ □

 

 

 

 

 

「さて、と。・・・まずはフロント」

「おお、よく来てくれた。出流。」

 

「お久しぶりです。堂島さん、お変わりないようで。」

 

現れた筋骨隆々のスーツ姿の男・・・堂島銀と、白のカッターシャツに黒のパンツというラフな格好の女性、出流は握手を交わした。

 

「既に他のメンバーは到着済みだ。お前には別に部屋を取っている。案内しよう。」

 

部屋に着くまでの間に様々な話をした。

例えば今年の第10席は入学したての薙切の息女だとか、例の男に見つかりそうになって香り付きの食品サンプルを使って逃走したこととか・・・まあ、いろいろだ。

 

「しかしまあ、あの箱入り娘があの学園に、ね。まあ、当然と言えば当然か。」

 

あんな教育を施されていたのだ。あの男の執着もかなりのモノだろう。

・・・この世界で生きていくしかない小鳥へのせめてもの庇護のつもりか、薙切仙左衛門。

 

「薙切えりなが心配か?」

 

窓の外に停車された黒塗りの高級車を眺めている出流に堂島が声を掛ける。

 

「いや、全く。・・・奴がどう進もうがどう転ぼうが、私には成り得ないことは明白ですから。そんなものははなからしていませんよ。」

 

傍から見れば傲慢ともいえる物言いで目線を逸らして先を歩き出す出流。

 

「・・・そうか。」

 

もう一度彼女の見ていた車を見た堂島はそれだけぽつりと零すと彼女の元に戻った。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

着替えてここで待っていろと言われて数分。

何だ此処、学生しかいないんだが。

 

「あ、愛染じゃねーか。おーい。」

 

向けられる視線をいなしつつホール内を見ていると見知った少年とその仲間らしき一団がこっちにやってくる。

 

「ん?ああ、創真か。さっきぶりだな。」

 

「ちょっ、ちょっと幸平!!いい加減にしなって!その人どう見ても上級生じゃん!!」

 

「はあ?じゃあなんで一年の合宿に上級生が来てんだよ」

 

「そ、それはほら、お目付け役とか・・・?」

 

「・・・ご想像にお任せしたいところだが、残念ながら同学年だよ。」

 

え゛!?ご、ごめんなさい。と素直に謝ってくるお団子の少女に特に気にすることでもないのでいいえと適当に返した。

・・・早生まれだから歳が一つ上であることは確かなんだけどね。

このまま素直に健やかに育ってほしいと思う。

・・・それだけ私のまわりのは屈折・・・いや、癖の強い人物が多いという事だろうか。

 

「ん?でも制服は?幸平みたいな編入生だったらそれこそ式典で紹介されていただろうし」

 

「いや、私は」『おはよう諸君。ステージに注目だ、これより合宿の概要を説明する。』

 

あれは・・・ローラン・シャペル先生。

・・・まだ学園で講師を続けていたのか。

何はともあれあの人にもあまり関わりたくない。・・・なるべく大人しくしておくか。

 

「友情とふれあいの宿泊研修ねえ・・・今年は何人ぐらいが正しくその名の通りの合宿を送れるのやら・・・。」

 

僕の頃はあの時の制度もあって今年より倍の人数が受けたようだった気がする・・・それだけ退学(クビ)になるやつも多かったような気もするが。・・・まあ、私にとってはもう思い出したくもない経験の一端であること故あまり覚えていないとだけ言っておこう。

 

 

『審査に関してだが、ゲスト講師を招いている。多忙の中この日のために集まってくれた・・・遠月学園の卒業生たちだ。』

 

さて、水原さんとドナートさんと後は誰が・・・くうdhfpをjふぃw9!?

 

「んー・・・前から9列目、眉の所に傷のある少年・・・。あ、悪い悪いその隣だ。そう、お前退学。帰っていいぜ。」

 

なんで!?なんでアイツら此処にいんの!?私聞いてないんだけど!!

おのれ堂島銀。騙したな!!あの二人は来ないって言ったじゃないか!!

※言ってません

ひい!?近付いてきた!は、早く逃げねば・・・。

そろりそろりと後ずさっていると新たな影が付近に近づいてくる。

今度はなんだ?

 

「ごめんなさい・・・怖い思いをさせました。ところで貴女可愛いですね。ああ・・・とても食べ応えありそうです。」

 

こっちにもなんかいた!!ヤバイのいた!!

ははは早くににに逃げっ

 

「じ、じゃあ!あそこにいる部外者はなんでつまみ出されないんですか!おかしいじゃないですかっ僕だけなんてそんなの不公平だッ」

 

そう言って退学を言い渡された生徒の指差した先には・・・私?

 

「ん?」「あら?」「おや。」

 

卒業生たちから集まる視線。囲まれる私。

に、逃げ場なくなったああああっ

 

「えっと「やだ!いーくん?やっぱりいーくんですよね!!会いたかった!!」

「oh!やはりイズルでしたか。息災なようで何より。素敵なレディになったね。」

「あ?誰だお前?」

 

 

若干1名以外気づくの早!?頼むから今すぐ壇上に戻ってほしい。

ほら、シャペル先生も睨んでるから!!早く戻れ!そして私のことを忘れろ!!今すぐにっ!

そんな願いが届いたのかシャペル先生に気付いたらしいドナートが二人に呼びかけ壇上に帰っていった。

 

『はぁ。愛染・・・一応お前もこっちに来い。』

 

呼ばれちまったあああ

・・・こんなことなら無理にでもあの時逃げておけばよかった。

 

「・・・はい。」

 

フラフラと壇上に向かう。

集まる視線に「あんな奴見たことない」みたいな会話。

ええ、そうでしょうとも。

・・・なんでこんなことになったのだろうか。

 

「では、自己紹介から頼もうか。」

 

ニコニコと笑いながら堂島さんがマイクを差し出してくる。

 

「・・・愛染出流。」

 

更にニコニコしながら圧力かけてくる堂島さん。

あの、ほんと止めてくんない?マジで。

 

「・・・一応89期卒業生です。・・・とは言っても歳は君たちと変わらないから、かしこまらなくていいですよ。」

 

やることやってはやくかえろう。うん。

 

 

ーーーーー

 

 

「しかし、よかったんですか?参加しなくて。」

 

「ん?ああ、本当はお前には内部に入り込んで監査を・・・と思っていたからな。それがダメになってしまった以上運営(裏方)に回ってもらう。もちろん審査員もしてもらうつもりではあるが運営(こっち)がメインだな。」

 

「堂島さんが送ってきたあの制服、ジョークだと思ってました。すみません。」

 

「詳細を伝えていなかった俺にも責任はある。気にするな。」

 

試験会場の監視カメラの集まるモニタールームにて、事も無げにそう言ってのける堂島。

先程醜態を晒してしまった自分とは打って変わって、不測の事態にも冷静に対処し笑っていられる堂島をみて自分もこうあらねばなと出流は苦笑を浮かべた。

流石にこの背丈で制服で潜入捜査などごめん被るが、どう頑張ったってコスプレにしか見えまい。

 

「逆に助かりました。あの面子と今会うのは・・・しんどいですから。」

 

特に一番面倒を見てくれたあの二人には本当に申し訳ない成長をしてしまった自覚はある。

いや、もっと言えば堂島さん含め私を構成するにあたって関わってきた全ての人に謝罪したいくらいだが。

 

「・・・案外。それは向こうにも当てはまるかもしれないぞ。」

 

「は?」

 

「いや。こちらの話だ。」

 

忘れてくれと言って堂島はその目をモニターに戻した。

きっとこれ以上は何を言っても教えてくれないだろうと諦めて出流もモニターに目を向ける、と―――。

 

『それ終わったら卵の黄身と白身を分けてくれ!』

 

『うん!』

 

「・・・あと15分無いっていうのに。」

 

【あ、あと20秒でそっちの鍋降ろしといて】

 

【は、はい!】

 

【イズルは手際がいいね。とても助かるよ!】

 

【そ、そんなことないです!】

 

幸平創真と・・・田所恵?の調理の光景にあまり思い出したくない過去がほんの少し甦った。

全然似ていないはずなのに・・・イラつくような、眩しいような不思議な感情が胸中に燻ぶっている。

 

「日向子の受け持ちが気になるか?」

 

「・・・いいえ。」

 

「そうか・・・ちなみに今調理している少年。彼は高等部からの編入生で名前は幸平創真。ペアの少女は田所恵。彼女は彼と出会うまで評価はほぼE。だが、彼と組んでからはその腕を着実に上げて行っている。目立たない実力者として名をつらねそうなくらい、な。」

 

全く、どっかの誰かさんと似ているよ。と力なく、されど何処か楽し気に堂島さんは笑う。

お前も気になるだろう?とでもいうかのような態度が、悪意はないのだとわかっていても鼻についてしまう。

なぜ、わざわざそんなことを私に言うのだろうか。

私にとってはもう終わったことで、過ぎ去ってしまったモノだ。

そんなものを穿り出そうとしないでほしい。

堂島さんの眼が見られずに視線を彷徨わせていると紅茶が空になっていることに気が付いた。

 

「・・・そう、です、か。ところで堂島さん。紅茶がもうないようですが、よろしければ私の分と一緒に淹れてきましょうか?」

 

「ああ、悪いな。」

 

隅に備え付けられた簡易キッチンに向かう前にじっと、なるべく画像を目に焼き付ける。

 

―――幸平創真に、田所恵。

 

 

【大丈夫!きっと君ならできるさ!俺が保証するよ!!】

 

 

【お前のせいだ!お前さえいなければ兄ちゃんは今頃っ・・・!!】

 

 

 

―――田所恵。お前は私の様には成るなよ。

 




愛染(アイゼン) 出流(イズル)

2月4日生まれ。
身長168cm
体重48kg
血液型O型

ドイツと日本のハーフ。
ブルーブラックの髪を横髪は肩につかないくらいに切っており、後ろ髪はうなじあたりで適当に括っている。
同年代の女子の中では長身の部類に入り、雰囲気も相俟って年上にみられることが多々ある。
父親の計らいで幼少時から学園に体験入学の態で度々訪れており、79、80期生とはこの時に知り合い、料理の道へ足を踏み入れる。
現在は学園に籍こそ置いているものの特例として卒業扱いになっている(本人曰く卒業の名を借りた追放)。
複数のストーカーに追われているらしく、あちこちを転々とする逃亡生活中。
自分が食べる分しか料理を作らない。どれだけ金を詰まれようが作らない。
ただし、衣食住(安全)を提供するのならちょっとした補助ぐらいなら受けないこともない・・・かもしれない。


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MとIの初対面

幕間にて


「はあ?イズルは男だろ?」

「やだー何言ってるんですか四宮先輩。いーくんは女の子ですよー。」

「いや、あれはどう見ても女の子だろう。」

「関守さんまで・・・」

「だからあの時滅茶苦茶根気強く諭そうとしてたんですねー先輩。てっきりロリコンだからかといたたたっ!?ごごごごめんなさいっ」

「四宮、鈍すぎ。」

「それにしてもっ『僕、大きくなったら小次郎兄さんと結婚したいですっ!!』って幼稚園児に言われたのに対して『あのな、そもそも結婚できるのは男と女の場合だから、わりーけどお前とは無理だ。』って必死に言い聞かせてる四宮先輩・・・何度思い返してもブフッ・・・あーおかしいだだだっごごごごめんなさいっ」

「嘘だ、ぜってー顔が多少整ってるだけの男だ!」

「いい加減現実をみまショウ?四宮さん。」


こんなことがあったりなかったり・・・。


「クソッ終わらねえ!!」

 

「おいそこどけよ!!」

 

「う、腕が・・・上がらない・・・。」

 

コツコツと靴を鳴らしながら牛肉ステーキ御膳を作っている生徒を見て回る出流。

と、嘆いている生徒に混じって何やら不穏な動きをしている生徒に声を掛けた。

 

「おい、そこの短髪。そう、毛先から0.5㎝だけ金髪に染めているお前だ。お前、今何をしようとした?」

 

「な、何も・・・」

 

「ふうん?私にはお前がたった今その子の作った料理を取ろうとしたように見えたけど?」

 

「な!?そんな言いがかり「言いがかりじゃ無い事実だ。」

 

なんなら此処でお前のそのもう片方の手に持ってるのと食べ比べ、して見ようか?と言うとさっきまで料理を取られ掛かっていた少女・・・田所恵が泣きそうになりながら出流を見る。

ああ、君は気にせず作ってていいからと前置きをして、もう一度注意していた生徒に視線を向ける。

 

「そんなっわかるわけないじゃ無いかっ!!「じゃあ、別にいいだろう。もし違っていたらお詫びにお前だけ時間の延長を許可しよう。」っ・・・勝手にしろ!!」

 

じゃ、遠慮なくと言って出流はサラダ、味噌汁、ステーキを少しずつ取り分けると口に放り込んだ。

幾度かの咀嚼。後、嚥下。

ゴトリと食器を置く。

いつの間にか周囲は彼女に注目していた。

 

「・・・まずサラダ。野菜の切り方が雑、お前最近包丁の手入れを怠っているな。所々刃が潰れてしまって切り口がグチャグチャだ。切れないのを無理に押し切ろうとしたせいか繊維も殆ど潰れてる。それを補おうとして水につける時間も長めにしたんだろうが、かえって旨味が殆どなくなってる。野菜使う意味が無い。

 

次に味噌汁。ワカメ長すぎ、豆腐バラつきありすぎ、カツオ上げるの遅すぎてエグ味が出てる。逆に昆布は給水時間が足りない。

 

最後にステーキ。火が通り過ぎてる、筋切りが足りて無い、ソースの塩味が強過ぎる。

 

全体的に適当すぎる。量を言い訳に質を落とすな。」

 

言われた生徒はギリリッと唇を噛み締めているがそんな事は知ったことでは無いと言わんばかりに件の皿から取り分けた方を口に運んだ。

 

「・・・野菜の切り方は申し分ない。むしろ大振りのものが最小限にしてあって食べやすい。ただ、ドレッシングの酸味が少し強い。

 

味噌汁。出汁は丁寧に取られてるし、具も大きさが揃っている・・・敢えて言うならワカメを入れるのが早過ぎだ。

 

・・・ステーキに関しては肉そのものはいいとして・・・ソースの酸味が薄すぎる。甘味が強い・・・このソースの味付けは故意に変えたものか?」

 

その料理を作ったであろう少女・・・田所恵は出流に怯えながらも「はいっ」と返事をする。

彼女の手は恐怖からかはたまたは純粋な緊張でかは定かではないが震えていた。

 

「理由は?」

 

「え、と。じ、実は。さっき食器を下げた人たちが美味しかったけどステーキを食べた時に顎に痛みが走ったって言われた方がいて・・・。もしかしたら今回のソースの酸味が強すぎてなったんじゃないかと思って。その・・・。」

 

「・・・ワインの量を減らして野菜とバターの量を増やしたわけか。」

 

「・・・はい。」

 

他の食事は作り終えてしまったのか、恵が自身のコックコートをぎゅっと握って出流を見る。

その震える様子に出流はかつてを重ね、目を細める。

純粋に彼女を激励したいような、手を引いてあげたいような衝動にかられた。

 

―――もしかしたらあの人も出会ったばっかりだった自分がこう見えていたのだろうか。

 

・・・もっとも、出流自身の中にはそれより劣るもののちょっとした不快感も同時に沸き起こってしまうのは仕方のないことだろう。

 

「ふうん・・・まあ、及第点ってとこか。・・・ただ、こういった予約されているメニューは客の要望が入っていることが多いから、今度からあまり手は加えないように。」

 

「は、はい!!きゃっ!?」

 

「ちょっと待てよ!!」

 

ほっとした様子の恵を乱暴に押しのけて、出流の方にさっきに男子生徒が詰め寄ってきた。

 

「それは俺が作ったものだ!!なのにそいつが評価されるなんておかしいだろ!!」

 

正規の講師でもないくせに!!文句ばっかつけやがって!!と唾を飛ばしながらわめきたてる。

 

「汚い、調理場で唾を飛ばすな。」

 

それでも動じず平坦な声のまま、一歩生徒が足を踏み出した瞬間出流は足払いを掛けた。

転倒する生徒。周囲は本格的に静まり返る。

 

「ああ、ごめんなさいね。この子、足がもつれてしまったみたいで・・・調理に戻ってくれていいですよ。私はこの子を医務室に連れていきますから。」

 

周囲を安心させるようにこりと笑って見せると周囲の生徒たちも講師も持ち場に戻っていった。

が、田所恵だけは至近距離だったがためにその真相を知っているので青い顔をしている。

 

「あ、あのっ。」

 

「あなたも戻ってくれていいですよ。もし何かあったら講師に出流から言われてと言ってくれれば大体は何とかなりますから」

 

言って片手の人差し指をそれとなく唇に当てて、小さく手を振ってから倒れた生徒を引き摺っていった。

 

 

――――――――――

 

 

 

「放せ!放せよっ」

 

やっとの思いで出流の手を振りほどいた生徒は出流に殴りかかるも、その手を軽くいなされてよろける。

 

「・・・その元気があるなら医務室は不要だな。とっとと荷物をまとめてバスに乗れ。」

 

「な、なんで・・・!」

 

その怯えた声に出流が男子生徒の方をちらりと見遣る。

初めて目が合った生徒は凍り付いた。

さっきの笑顔や無表情とは全く違う、否。

無表情なはずなのに、まるで首元に刃物が突き付けられているかのような感覚が彼を支配していた。

 

「あ、あ・・・」

 

なんで(・・・)だと。そんなこともわからないのか?・・・まあいい。気分がいいから特別に教えてやる。まずは料理の取り換え・・・これ自体は残念ながら現場でもよくあることだ。だが、道徳的価値観以前にお前の調理台と彼女の調理台との間隔差は五台分、更に受け渡し口に行くには三台分足されることになる。なに、簡単な計算問題だ。・・・なら、移動中の料理はどれぐらい温度が下がる?お前の料理は火が通り過ぎていると言ったがそれ自体はおそらくお前なりに客を考えた結果だろう。だがそこにできて間もない彼女の料理が加わったら?お前は客に差をつけて料理を出すのか?違うだろう?

そして二つ目、私への暴言・・・というより調理場で騒ぎ立てたこと。別に私に盾突いたからってわけじゃない。お前が騒ぎ立てた調理場には受け渡し口があったよなあ?詰まる所お前は客の前で誰かを貶したってことだ。そんな雰囲気の悪い店に金を払ってまで来る客がいると思うか?・・・お前は店を潰す気か?・・・わかったらとっとと帰れ。」

 

かくして、宿泊研修一日目が終了した。

 

 

 

―――――――

 

 

 

【素晴らしい!十傑入りも確実だろう!!】

 

【え?足りない所?そんなものはないよ!大丈夫。君は天才だからね!】

 

【頼む、もう一度作ってくれ!!】

 

【天才はお気楽でいいわよね。出来が違うっていうの?】

 

「・・・天才、ね。」

 

温泉に浸かりながらぽつりと呟いた。

いい加減のぼせてしまうかもしれないのでザバリと湯船から上がる。

鏡に映る出流の身体は長身の割りにほとんど肉がついていなく、白というより青白い肢体には病的な美しさがあった。

その今にも倒れそうな印象を受ける身体を気にするでもなく出流はボディーソープを泡立てて擦り付けていく。

と、がたたっという音の後に扉が乱暴に開けられた。

そこにいたのは荒く呼吸を繰り返す退学を言い渡した生徒が立っていた。

手には包丁が握られている。

 

「・・・なに?それ。」

 

「ヒュー お、俺は ヒュー こんなとこで終わったり ヒュー しない ヒューた、退学を取り消せっおおお俺は本気だぞ!!」

 

「いや、だから何?それ、脅しのつもりで自前の包丁持ってきたのか?」

 

うおおおおっという声とともに男子生徒が突っ込んでくる。

それを料理人としても人としてもどうなんだと思いつつ冷めた態度で出流が避けた。

濡れた床で滑りかけたところを湯船に突き落とす。

学生服で靴もそのまま、正に着の身着のままといった格好の男子生徒は重さによって浮くことが出来ず、突然だったこともありパニックに陥ってしまった。有体にいえば溺れている。

取り敢えず上がってくるかもしれないと思った出流は近くの桶に備え付けのシャンプーとコンディショナーを入れて水と混ぜ合わせると湯船の方に視線を向ける。

そこには丁度パニックから回復し這いあがってくる男子生徒の姿があった。

そこに丁度いいと言わんばかりに先程作った桶の中身を盛大に男子生徒の頭目掛けてぶちまける。

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

大きな叫び声とともに床に転げのた打ち回る生徒。

そんな生徒を逃げるわけでも、手を貸してやるでもなくただじっと近くの椅子に座って見ていた出流は複数人の足音が近づいてくることに気が付いた。

 

「おい、なにがあっ!?」

「コレはラッキースケベ?それともエマージェンシー?どっちだいイズル?」

 

「ん?ああ、一応エマージェンシーでお願いします。梧桐田シェフ。誰でもいいんで警備か堂島さんあたり呼んでください。」

 

ラジャと言って携帯を取り出す梧桐田シェフに、何故か震えながら上着を掛けてくれる四宮シェフ。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「・・・本当に女だったんだな。お前。」

 

「はあ、まあ。」

 

視線が合わないので何とも言えないがやっぱりというかこの人。どうやら私を忘れていたのではなく私が女だという事を知らなかったがために結びつかなかったらしい。

・・・あの時のメンバーであんただけだよ。気付いてなかったの。

 

 

「イズル。堂島さんがイズルに代わってくれって」

 

「はい。出流です。」

 

『取り敢えず元気そうで何より。で、除籍者の処罰の件だが・・・。』

 

何か希望はあるか?という心配そうな堂島にあーと面倒そうな声を上げて出流が対応する。

 

「警察は・・・学校の体裁があるでしょうから・・・いいや。こっちで引き取ります。」

 

私の元調理棟のスタッフを三人ほど手配してください。というと相手方の声が少し低くなる。

 

『・・・それは、《病棟》に連れていくからか。』

 

「ええ、まあ。駄目ですか?」

 

いくらかの沈黙の後。ため息が聞こえた。

 

『いいや。被害者はお前だ。気が済むようにするといい。』

 

「はい。ありがとうございます。」

 

では、と言って携帯を梧桐田に渡した出流は再度足元に転がった男子生徒を見た。

 

―――さて、この子はどれ位保つのかな?

 

ひたすらのた打ち回って退学だけはと言い続ける男子生徒に向けられる目には失望と、わずかな哀れみが混ざっていた。

 

 

 



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違和感

《悲劇乗り越え、最年少料理人秋の選抜決勝へ!!》

 

見出しに書かれたタイトルを見たくなくて、顔を背けた。

 

『出流さんっ。お話よろしいですか?東雲さんの件は本当に残念でした。もし彼がいたらどんな言葉を送ってくれたと思いますか?』

 

『一人きりで高等部の方々に挑む今の心境を・・・。』

 

『選抜終了後はどのような活動を・・・。』

 

うるさい。

 

『素晴らしい!!君!何故こんなところで燻ぶっているんだい?私の店に来ないか?』

 

『何言ってるの!彼女は私のお抱えになるのよ!!』

 

止めて。

 

『頼む!いくらでも払う!なんでもやる!!だから私のために料理を!!』

 

『頼む!お願いだ!!頼むからあああぁぁぁぁぁぁ』

 

『私に』『俺だけに』『私のために』

 

こないで。

 

消えて。

 

消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて

 

 

―――消えろ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・悪夢だ。」

 

既にもう朧げになった夢の内容はあまり気持ちのいいものではなかった気がする。

たぶん、随分前の記憶。その追憶。

 

「・・・あんなの見たからか?」

 

自身に似た少女(田所恵)と、何処かあの人に似た少年(幸平創真)

粗削りながらも確かな何かを秘めたペア。

少女の見せた才覚の一片と、少年の少女にとっての精神的支柱としての役割。

 

何処までも似ている。似ているだけの全く違うはずの二人組。

あの二人の眼には今、どんな世界が映っているのだろうか。

 

「・・・きっと、明るいんだろうな。」

 

無責任で月並みな一言がポロリと零れ落ちた。

夢に満ち溢れた、かけがえのない一瞬。

そんな時間を生きる少年少女。夢は見ておけるうちに見ておくものである。

 

・・・もっとも、夢とはいつかは必ず覚めるからこその夢なのだが。

 

果たして、その果てにいるのはかの流浪の料理人だろうか?それとも・・・出流(自分)なのだろうか。

 

―――出来ることなら其の役は私が担ってみたい。

 

どうせ終わりが来るのならあの二人にこそ倒されたいと、そう思うのだ。

 

ケースの中の一本の包丁を見遣り、上着を手に取った。

 

 

 

  □ ■ □

 

 

 

 

今日担当する実習室に行くと既に担当講師・・・四宮が食材の確認をしていた。

 

「おはようございます。お待たせしました。」

 

「ああ、おはよう。まだ一時間以上あるぞ。」

 

四宮の声に出流はちらりと時計を見る。・・・確かに、時計の針は8時半を差していた。

いささか早く着き過ぎてしまったようだがまあいいかと思い直した出流は四宮に指示を仰ぐ。

 

「・・・粗方終わってるみたいですが、私は何を手伝えば・・・。」

 

「野菜は全部確認しちまったし、そうだな・・・なら、備品の確認しといてくれ。コレ、リストな。」

 

「はい。」

 

言って、受け取ったリストには既に確認済みらしきチェックマークが入れられている。

ダブルチェックというやつだ。

言われたとおりにその記入の脇にさらに確認済みのマークをつけていく。

各種カップ、鍋、バット・・・。

と、それらの確認作業が半ば終わりかけになってから出流の中で違和感が疑問へと変わった。

 

―――何故野菜のダブルチェックは頼まれなかったんだ?

 

野菜は肉や魚よりは劣化しにくいイメージを持たれやすいが同じ生鮮食品のため、ホウレン草などの葉物をはじめとして傷みやすいものが多い。

予備の都合もある。早急にダブルチェック後に手配し直す必要も無きにしも非ずだ。

 

「四宮さん。野菜の「それと、今回の課題はこのルセットでいく。一応聞いておくが・・・お前が手を加えるとしたら・・・いや、誰かしらが手を加えたいと思う様なところはあるか?」

 

「は?手を加える?」

 

「そうだ。」と返ってくるとともにピリピリとした空気が四宮から発せられる。

そのままルセットに目を通している出流は気付くことは無かったが、その質問をした時からまるで睨むかのように四宮は出流の様子を伺っていた。

 

「・・・安直かもしれませんが、何も異常がなければソースでしょうか。下手にテリーヌ本体に手を加えてしまうとゼラチンの凝固に誤差が生じるかもしれません。弄ろうと思えば弄れるでしょうけれど制限時間を考えると・・・生徒たちにはあまりお勧めできませんね。もっとも、ゼラチンをヌガーや寒天に変えてしまえば或いは・・・。」

 

いや、ゼラチンをヌガーはともかく寒天に変えてしまったら食感もだが、その時点でテリーヌではなくなってしまう気がする。それに見た目のことを考えるとヌガーとゼラチンでは透明度が違うため少々見た目も変わってしまう事だろう。やはりオリジナルに添わせるのが最適だ。初見の料理となれば尚更。

 

「・・・いえ、無いですね。自分で言っておきながらこれは無しです。」

 

首を振ってルセットを返すと四宮が何処か安堵するかのような表情で出流を見ていた。

出流はそんな四宮の様子を見て、さっきまでの空気といい話題を変えて話しかけてきたことといい、なにかあるのではないのだろうかと疑問を疑念に変化させる。

 

「そうか、ならこれを各調理台に二枚ずつ配ってくれ。」

 

「はい。・・・四宮さん。」

 

「?なんだ」

 

「・・・いえ、やっぱり「失礼します。」

 

ぞろぞろと学生たちが実習室に入ってくる。

そのまま四宮は奥の椅子の方に行ってしまったため、出流も疑念をそのままにルセットを配っていった。

 

 

 

「おはよう。79期卒業生の四宮だ。この課題では、俺の指定する料理を作ってもらう。ルセットは行き渡ったな?」

 

途端に学生たちの間から不安の声が漏れだす。

 

「俺のルセットのうち割と簡単な料理をチョイスした。もっと難しい品の方が良かったか?」

 

『クッソ。マジ殴りてえ』

 

この実習室にいるほとんどの学生の心の声が一つになった瞬間である。

部外者の様な立ち位置の出流は端でその様子を見守っているのみだが、すごい煽り方するなと感心していた。

それからちらりと視線を注目しているペア・・・幸平・田所ペアに向ける。

 

「ルセット?」

 

「レシピのことだよ。」

 

会話に出流は思わず転びそうになる。まずそこからなのか。

あの人と似ていると思ったのだが間違いだったのだろうか。

というか、奴はフランス料理の講義はいったいどうやって切り抜けていたのだろう。

ルセットが分からないとなると他の用語もわからないのではなかろうか。

 

―――自分の事でもないのに不安になってきた。

 

「それと、この課題ではチームは組まない。一人で一品仕上げてもらう。調理中の情報交換や助言は禁止だ。」

 

その言葉に顔を歪ませる田所を見て、出流は表情を硬くする。

 

―――やっぱりな。

 

別な意味で不安が的中してしまった。

一日目の様子から二人の関係性は大体把握したが、やはりというか田所恵は幸平創真と一緒にいるからこその自分という、過去の経験からの思い込みによって行動している節がある。

 

要は言い方は悪いが幸平創真に依存している。

 

そして、無意識に庇護対象とでも認識しているのか幸平創真はそれがどんなに残酷なことか気付かず放置している。

 

「それから、一つアドバイスを送ろう。周りの奴ら全員、敵だと思って取り組んだ方がいいぜ。」

 

―――だからこそ。

 

―――だからこそきっと、この課題で彼女は変わる。変わらざるを得なくなる。

 

「制限時間は3時間。それでは・・・始めろ。」

 

競争が、始まった。

飛び交う罵詈雑言。我先にと押しのけあう学生たち。

・・・こういう光景を見ているとエリートだろうが学生だろうが所詮は人間なんだよなと改めて確認させられているかのようだとぼんやりと出流は思った。

 

そこからはじき出される彼女に、やはり既視感。

 

―――頑張りなよ。田所恵。

 

「出流。ルセットとこっちの冊子。それとこの報告書。堂島さんの所にもっていってくれ。」

 

「分かりました。」

 

「それと、こっちは俺一人でもやっていける。おそらくあの人のことだ、俺の課題にケチつけてくるだろうからついでに対応しといてくれ。」

 

「は、はあ。わかり・・・ました。」

 

詰まる所邪魔だから出て行けとでもいう事だろうか。

そんなことに頭を悩ませつつ、堂島にもってきていた書類を渡す。

 

「態々すまないな。終わってからでも良かったんだぞ?」

 

「え?」

 

終わってからでよかったとはどういう事だろうか。

やはり出流にいられては不味いことが向こうで行われているのであろうか。

 

 

 

 

・・・そうしてその後、出流は田所恵と幸平創真。両名の退学を賭けて四宮に食戟を申し込んだことを知らされることとなる。

 



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甘えるな。

「・・・というわけで、野試合(アンオフィシャル)の食戟を行うことになった。」

 

「はあ、随分大事になりましたね。」

 

「なんだ、やけにあっさりしているな。てっきりもっと何かしらアクションを起こすものかと思っていたが。」

 

興味なさげに返事を返す出流に堂島は首を傾げる。

 

3年前(・・・)の私だったらきっともっと違った反応を返したのかもしれませんが、いかんせんそれよりも早く外に出てしまったもので・・・これくらいの事態ならはあそうですかとしか・・・。」

 

取り敢えず食材の手配やらを終わらせるかと思い口を開こうとした出流に堂島は首を左右に振ることで制止した。

 

「今回は俺が取り仕切る。俺としてはお前にも出てもらった方がいいと思ったんだが・・・奴があまりにも激しく抗議したからなあ・・・申し訳ないが留守番を頼む。」

 

短く了解しました。と返事をした出流にあ、そうそう。と唐突に歩き出した堂島が立ち止まって口を開いた。

 

「スープを九人分作っておいてくれ。食材は用意しておいた。」

 

「・・・誰かに出すんですか?なら・・・」

 

「なに、ディナーで出すスープの試作だ。飲ませるのだって俺が厳選した料理人のみ。何もそこら辺のやつに試食させるわけじゃない・・・お前だって料理人だったら1,2回は保つといっていただろう?」

 

途端に鋭く睨みつけてくる出流の視線を物ともせず、飄々と堂島は言ってのける。

 

「嫌ですっ。第一、それはこれまでに1,2回でそうなった例がないというだけで確実にならない保証はっ!!」

 

「じゃあなんだ。またお前は逃げ続けるのか?」

 

強い拒絶を示した出流に今度は堂島が視線を厳しくさせて問いかけた。

「え。」と呟いて出流が目を見開き、堂島を凝視する。

動かない彼女をそのままに堂島は容赦なく言葉を続けた。

 

「一般人では耐えきれないと判断したお前は生徒に縋り教員に縋り上層部に縋った。それが駄目になったら料理人。国内が駄目なら海外。海外が無理なら信念すら放棄する。犠牲が増えるくらいなら自分は料理(大切なもの)すら放棄する。なるほど、傍から見ればそれは英断だし、心底残念だが素晴らしいとも言える。だが、俺からしたら、いいや、きっとお前に関わりのある人物なら十中八九こういうだろう。お前は、逃げているだけだ。」

 

「・・・・そ、れ・・は。」

 

ヒュッと出流は息を吸い込んだ。いつだって何も言わずに見守るだけだった堂島が、何故こんな時に限って容赦のない説教をしてくるのか。出流にはわからない。

 

―――なんで、どうして、今更。

 

そんな言葉がぐるぐると頭を飛び交い、じわじわと後ろめたい感情に侵食されていく彼女を余所に堂島は再び口を開く。

 

「いい加減目を逸らし続けるのはやめろ。苦しいのはわかる、助けてほしいという気持ちも痛いほど、な。だからいままで誰も何もお前に言わなかったし、言わせなかった。だがそれは決してお前を甘やかすためでも腐らせるためでもない。だから、敢えて言おう・・・甘えるな(もがけ)愛染出流。」

 

言いたいことを言い終えたのか、そのまま堂島は部屋を出て行く。

取り残された出流は緩慢な動作でズルズルと、その場にへたり込んだ。

 

―――何で今なんだ。なんで。なんでなんで何で・・・。

 

「そんなことを言うなら、なんであの時助けてくれなかったのよぉ・・・。」

 

喚くように言ったその言葉を皮切りに、顔を覆う事すらせずにボロボロと涙をこぼしていく。

まるで迷子の子どもの様に、恥も外聞もなく、彼女は泣き続けた。

 

 

 



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