ゲート 日本帝国軍 彼の異世界にて、活躍せり (ハムスター大好き)
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第一章 異世界進出編 第一話 異世界軍、撃退す

その日は、夏にもかかわらず少し肌寒かった。街は何故か市民が居らず。そこ居たのは、帝国陸軍の歩兵、戦車、さまざまな種類の火砲などだった。

何故なら、現れた異界の軍勢によって市民が虐殺される。という内容が書かれた謎の予言書が一ヶ月前に、東大寺から見つかったからだ。もし、これが本当ならば?という時の『大星』皇帝陛下の提言により、陸軍が銀座に出動する事になったのだ。

事情を知らされた市民や住民は、警察と憲兵による誘導のもと、一時的に皇居や東京都外に避難した。

銀座四丁目交差点には、有刺鉄線が張り巡らされたり、土嚢が積み上げられていた。その土嚢に身を隠すように歩兵達が九六式半自動小銃や九九式軽機関銃を構えている。

三式戦車改や九八式中戦車・チヌが主砲の照準を交差点の真ん中に合わせる。その背後には、野砲、高射機関砲、自走砲を操作する砲兵達が続いており、最後尾にはもしもの時のために、衛生兵達が待機している。

そして、午前十一時五十分。陽光は中天にさしかかり、気温が少し上がろうとした頃、東京都中央区銀座に突如『異世界への門(ゲート)』が現れた。

中から溢れだしたのは、中世ヨーロッパの鎧に似た武装の騎兵と歩兵、弓兵、ワイバーンと呼ばれる架空生物に跨る竜騎兵。

そして……ファンタジーの物語や映画に登場するようなオークやゴブリン、トロルと呼ばれる異形の生き物達だった。

しかし、彼らは見たことがない軍勢から放たれた光の弾によって撃ち倒されてゆく。

屈強なオーガが突進を始めるが、三式戦車改やチヌなどの戦車や歩兵が操る小銃、機関銃の集中砲火によって粉砕される。

何とか弾を避けた竜騎兵は、弾幕を張る歩兵に対して急降下をしながら突撃を行おうとするが、二式四十粍高射機関砲や別方向に居た歩兵達による集中射撃によってバタバタと撃ち墜とされる。

亀甲隊列を組む歩兵も持っている剣や槍で攻撃をする前に数を減らす。

 

 

 

 

帝国の将軍・アルトゥーロは、自軍に向けられて飛び交ってくる閃光を前に戦意が失せそうになっていた。

彼の周りには、つい先程まで言葉を交わしていた部下の遺骸と彼を囲うように展開していた重装歩兵の遺骸が転がっていた。

騎馬の名手と呼ばれている彼は、乗っている馬を飛び降りて真っ先に門の向こうまで走り出したいほど怯えていた。

門を潜った先に街があれば、そこに居る敵国の民を殺し、強姦し、略奪し、殺した敵の遺骸で築き上げた屍の山に帝国の旗を突き刺し、高らかに征服を宣言してやろうかと思ったのだが。

現にアルトゥーロの目には、受け入れ難い光景が広がっていたのであった。

歩兵や弓兵は、閃光によって両手を刈り取られ悶え苦しみ。重装騎兵は、装甲で身を固めた騎馬で駆けるが、無数の閃光によって虚しくなぎ倒され、硬い鱗を持つ翼竜を巧みに操る竜騎兵は、耳をつんざく音や上空に向けられてやって来る閃光によって四肢と上下半身が真っ二つに切り裂かれ、肉片へと姿を変えた。

力を頼りとする凶暴な怪異達は一方的に撃ち倒され、屠殺場に送られる家畜のように泣き悶えていた。

この光景を一言で言い表すならば、『地獄』であった。

アルトゥーロは、目の前に広がる光景を受け入れる事を心の中で拒み続け。気が付けば、自身の身体も前にいた者達と同じように、手足が刈り取られていた。

そして、アルトゥーロは満足できないことに憤りを覚えながら赤く舗装された地面に倒れた。

 

 

 

 

日本軍による攻撃が止んで分かった光景は、歩兵、騎兵、竜騎兵などの死体によって築かれた屍の山のそばで、兵士達や異形の生物が呆然と立ち尽くしていたり、地面に伏せて怯えているというものだった。これらは全て拘束され、捕虜となった。これに対して、日本側の被害は無かった。

だが、一方的に戦争をふっかけて来たのは、彼らの方である。帝国陸軍は、門の向こうの世界を調査するために、機甲科を中心とする強襲部隊を編成した。

その日のうちに、ティーガーⅠ型・六号重戦車や二式快速戦車などを中心とする戦車隊や、所謂ハーフトラックと呼ばれる装甲車両を装備する機械化歩兵隊が門の向こうへと突入していった。

門の向こうに居た敵は、布陣していたようだが、全て戦車隊や機械化歩兵隊などによって制圧された。続けて、軍や協力を名乗り出た市民、民間企業によって門の向こうの異世界を調査するための拠点の建設が始まった。

『銀座事変』

歴史に記録される異世界と我らの世界との接触は、後にこのように呼ばれることとなった。

始めて予言というものが当たったということに、世界中の人々は銀座事変に関心を持った。

帝国軍が派遣されてから五日後、時の内閣総理大臣である『戸村 謙三(とむら けんぞう)』は国会で次のように語った。

「当然のことではありますが、その土地は地図に載っていません。どんな環境があり、どのような人々が暮らしているのか。その文明の水準は?科学技術の水準は?宗教は?統治機構の政体すらも不明であります。

現在。門の向こうの異世界、『特別地域』を略して、特地に我が軍を派遣して調査の真っ只中であります。後には、『門』の向こうの勢力を和平のテーブルに着かせ、再び平和を取り戻しましょう」

約十万人の陸海空帝国軍将兵(今のところ海軍は、航空隊のみ)が追加という形で門の向こうへと派遣されることになった。

派遣される十万人が本土から居なくなるため、本土防衛の臨時募集をかけると、志願する者が殺到した。

こうして、本土の防衛や門の向こうの防衛に盤石な体制を整えた。なお、アメリカ合衆国や大英帝国をはじめとするNATO諸国は、「門の調査には、協力を惜しまない」との声明を発表している。

戸村総理は「現在のところは必要ではないが、情勢によってはお願いすることもありえる。その際はこちらからお願いする」と返答している。

また、ソビエト連邦政府は、『門』という超自然的な存在は、国際的な立場からの管理がなされることが相応しい。

日本国内に現れたからと言って、一国で管理すべきではない。ましてや、そこから得られる利益を独占するようなことがあってはならないとの声明を発表した。

 



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第二話 二つの軍勢

打ち上げられた照明弾が、漆黒の闇を切り裂き大地を煌々と照らす。

彼らもみずからをして『帝国軍』と名乗る、敵の突撃が始まった。人工の灯りと、中空に打ち上げられた照明弾によって、麓から押し寄せる人馬の群れが浮かび上がる。

重装騎兵を前面に押し立て、オークやトロル、ゴブリンといった人型の生き物が大地を埋め尽くして突き進んで来る。その後ろには、方形の楯を並べた歩兵達が続いていた。上空には、ワイバーンに跨る竜騎兵の隊列が見える。数にして、数千から万。はっきり言って数えようがない。

監視員が無線に怒鳴りつけていた。

「地面三分に、敵が七分。地面が三分に敵が七分だ!!」

敵意が静かに、ひたひたと押し寄せて来る。

哨所からの知らせを受けた、帝国陸軍特地派遣部隊・第五戦闘団所属の将兵が交通壕を走ると、第二区画の各々に指定された小銃掩体へと飛び込んで、担当範囲へ向けて銃を構えた。

九六式半自動小銃を持つ者は素早く構えた。ある者は九九式軽機関銃を構えながら、弾倉を手の届く場所に置く。

砲兵科の四式対空戦車をはじめとする、二式四十粍高射機関砲や、前大戦中にアメリカから輸入したM19対空自走砲といった最新の装備が、上空から近付くワイバーンへと砲口を向けた。

三式戦車をはじめとする、戦車や対戦車砲も敵の騎兵や歩兵、異形の生き物達へと砲口を向ける。

次の照明弾が上げられ、闇夜が再び明るくなった。

上空から降り注ぐ光が、夜空を背景にしていた敵を浮かび上がらせる。敵も、その足を速め、足音と言うよりは轟きに近くなっている。

無線機から、指揮官の声が聞こえた。

「慌てるなよ、まだ撃つなよ……」

これが初めてという将兵もいたが、銀座での戦闘を経験した将兵からすれば、これが初めてという訳でもない。

日本軍将兵達は近づいて来る敵を前にして息を呑みつつも、号令を待つことが出来た。

敵が、彼らの言葉で『アルヌス・ウルゥ』と呼んでいるこの丘に押し寄せて来るのは、初めてだった。

この世界の標準的な武器である剣や槍そして弓、防具としての甲冑では、その戦術はどうしても隊伍を整えて全員で押し寄せるという方法となる。

時折、火炎や爆発を用いた魔法と思われる攻撃も行われているが、射程が短い上に数も圧倒的に少ないため、それほど脅威にならない。

そのために、どれほどの数を揃えようとも、それらを超越した銃砲火器を装備した日本軍の前では敵ではなかったのだ。

かつて、武田騎馬隊が織田・徳川の鉄砲隊を前にたちまち壊滅するということがあったが。それよりもさらに、人馬の骸が丘の麓に広がる結果となったのである。

だが、それでもなお彼らはこの丘を取り戻そうと攻撃を始める。

日本帝国軍もこの地に居座って、アルヌスの丘を守ろうとする。

全てはここに門があるからだ。門こそが、異世界を繋ぐ出入り口であった。敵はアルヌスから銀座へとなだれ込んだのである。東京、そして銀座で起きたあの戦いや、謎の文明を持つ蛮族による侵略を防ぐためには、この門を確保し絶対に渡すことは許されない。

奪い返そうとする。そして守ろうとする。

この二つの意志が衝突してついに三度目の攻防戦へと行き着いた。敵は、夜ならば油断も隙もあり得る……というこの世界の感覚だったのだろう。悪い考えとは言えない。が、しかし……次の照明弾があがると、帝国軍将兵の姿が、はっきりと浮かび上がった。

「射程圏内に入ったぞ!撃てぇ!」

指揮官の号令と共に全ての兵器から火が放たれる。そして、将兵達や異形の生き物達がバタバタとなぎ倒されていった。

 

 

 

 

 

 

「大失態でありましたな皇帝陛下!!僅か七日で帝国が保有する約四割の損失。いかなる対策を講じられるおつもりか、陛下のお考えを承りとう存じます。また、陛下!皇帝陛下は、この国をどのようにお導きになられるおつもりですか?!」

元老院議員であり、貴族の一人でもある『カーゼル・エル・ティベリウス』侯爵は、約三百人の同じ元老院議員達が囲う議事堂の中央に立って玉座の皇帝『モルト・ソル・アウグスタス』に向けて疑問と不安を含めた言葉を突きつけた。

周りのハト派議員達は七日で総戦力の四割の損失という言葉を聞くと、不安げな声で騒めき始めた。続けるようにモルトは、語り始めた。

「カーゼル侯爵……卿の心中は察するものである。此度の損害によって帝国が有していた軍事的な優位が一時的にせよ失せていることも確かなことである。外国や諸侯が伏していた反感をあらわにして一斉に反旗を翻し、帝都まで進軍して来るのではないかと、恐怖に駆られて夜も眠れないのだろう?痛ましいことである」

皇帝のからかうような物言いに、厳粛な議場の空気がくぐもった嘲笑で揺れた。

「我が帝国は、危機に遭遇するたびに皇帝、元老院、そして国民が力をあわせてきたではないか。二百五十年前のアクテクの戦いのように、戦に百戦百勝はない。故に此度の戦いの責任は追及はせぬ。まさかとは思うが、他国の軍勢が帝都を包囲するまで、裁判ごっこに明け暮れようとする者はおらぬな?」

議員達は、モルトの問いかけに対して首を横に振って見せた。

誰の責任も問われないとなれば、皇帝の責任を問うこともできない。カーゼルは皇帝が巧みに責任を回避したことに気付いて舌打ちをした。ここであえて追及を重ねれば、小心者と罵倒された上に、裁判ごっこをしようとしていると言われかねない雰囲気になっていたのだ。

すると、松葉杖をつきながらやって来た魔導師のゴダセン議員が、敵と遭遇した時の様子を興奮気味に語り始めた。

「敵の武器のすごさがわかるか?パーン!とかパパパ!だぞ。遠くにいる敵の歩兵がこんな音をさせたと思ったら、味方が血を流して倒れているんだぞ。他には儂らより身長が大きいオーガをバーンッという音と火花と一緒に一発で仕留めたり、歩兵達を蹴散らしたまだら模様のあるでっかいトカゲみたいなやつもいたんだ!あんな凄い魔術は見たことないわい!」

ちなみに、彼と彼の率いた部隊は、二式快速戦車の強襲にあい、全滅した。そのためかゴダセンは五体満足であるものの、大怪我を負った。

しかし、ゴダセンの声を無視して、禿頭の老騎士ポダワン伯爵は、立ち上がると皇帝に一礼して、主戦論をもって応じた。

「戦いあるのみ!!兵が足りないなら、国中や属国からかき集めるべきだっ!」

異世界軍に対しては、これしか無いと考える者も居たが、「連中が素直に従うものか!ゴダセン議員の二の舞いになるぞ」、「引っ込め戦馬鹿!」と彼を罵倒するヤジが溢れた。

議員達は冷静さを失って乱闘寸前にまでヒートアップし、時間だけが虚しく過ぎ去って行く。冷静な者はこのままではいけないと思うものの、紛糾する議場を纏めれずにいた。

そんな中で、皇帝モルトが立ち上がる。

発言しようとする皇帝を見て、罵り合う議員達は、元の冷静さを取り戻した。

「余はこのまま事態を座視することは望まん。ならば、戦うしかあるまい。諸国に使節を派遣し援軍を求めるのだ。

ファルマート大陸侵略を企てる異世界の賊徒を撃退するために、我らはコドゥ・リノ・グワバン(連合諸王国軍)を糾合し、アルヌスの丘を奪い返すのだ!!」

この言葉と共に、議事堂はタカ派による賞賛の言葉で埋め尽くされた。

「……皇帝陛下。アルヌスの丘は、再び人馬の躯で埋まりましょうぞ?」

カーゼル侯の問いに、皇帝モルトは嘯くように告げる。

「余は必勝を祈願しておる。だが戦に絶対はない。故に、連合諸王国軍が壊滅するようなこともありうるかも知れぬ。そうなったら、悲しいことだな。そうなれば帝国は旧来通りに諸国を指導し、これを束ねて、侵略者に立ち向かうことになろう」

諸外国が等しく戦力を失えば、相対的に帝国の優位は変わらないということであった。

カーゼルは連合諸王国軍の運命を思って、呆然とした面持ちになった。

周囲は、そんなカーゼルらハト派を残し、各国への使節を選ぶ作業へと移ったのである。

 

 

 

連合諸王国軍(コドゥ・リノ・グワバン)に軍旗を連ねた国は、諸公国を合わせて二十一カ国。総兵力は約十万である。古今東西、様々な国の兵士が一同に会する光景は、見事なまでの壮観であった。

裸馬同然の馬にまたがる軽装騎兵。

重厚な鉄の装甲で馬を纏った重装騎兵。

大空を舞うワイバーンにまたがる竜騎兵。

方形の鉄楯を連ねる重装歩兵。

林のような長槍を並べる槍兵。

さらには弩、投石機、石弓等が所狭しと集められている。

帝国では軍馬同様の扱いを受けるオークやゴブリンにまで鎧を着せている国もあった。

それぞれが国毎に異なる軍装の煌びやかさを競っているかのようであった。

そんな各国軍の国王または、将軍達が一つのテントに集まっていた。

そんな中で、エルベ藩王国の国王『デュラン』は、連合諸王国軍が結成された理由を考えており、気が付けば、リィグゥ公王と呼ばれる男に話しかけられていた。

「さて、デュラン殿、どのように攻めようとお考えですか?」

リィグゥ公王は目の前の課題を真剣に考えており、デュランにも考えを求めたのであった。しかし、デュランは考え事のことを口に出してしまった。

「リィグゥ殿。貴公も少しは我らが集められた理由を真剣に考えてくだされ」

「とは言われましてものう。我が軍だけで攻めよと言われれば、陣立てや戦術を考える必要もあろうかと思われますが、敵は一万少々と言われている程度と言われているそうな。それに対して我らは大げさに三十万と号しています。一斉に攻め立てれば労することもなく戦も終わることでしょう。敵の様子など、敵と相対している帝国軍と合流してから調べればよいかと思います」

「確かにその通りではありますが……」

「デュラン殿の考えも察しますが、歳に似合わず神経質ではありませぬか?」

リィグゥはデュランに言ったことに共感しつつ、軽い冗談を言ったが、思考の袋小路にはまっていたデュランは気にも留めなかった。

数十時間後に、アルグナ王と呼ばれる者が率いる王国軍が先発で、モゥドワン王国軍を含む約一万人少々がアルヌスの丘へと出陣していった。

「そろそろ帝国軍が見えてもおかしくない頃だが……何処に居るのだ?」

アルグナ王がそう呟きながら、跨る騎馬を進めていた。

だが、途中で何かが落下してくる音がする。アルグナ王が空を見上げた途端。爆発がアルグナ王国軍とモゥドワン王国軍、その後からやって来たリィグゥ公国軍の兵士達を覆い尽くした。

それは、帝国陸軍の五式多装連噴進砲や九六式十五粍加農砲などから放たれた砲弾やロケット弾がほぼ同時に着弾したからだった。

したがって、その有様を一言で言えば、「一瞬で叩き潰された」である。

煙がもくもくと立ち上げる中では、バラバラになった死体や、致命傷の者が多く居る中で、両軍の兵士達が悶え苦しんでいた。

その中にいた、リィグゥ公王はこう言った。「こんなものが戦であってたまるものか!まさか、皇帝は……」この一言がリィグゥ公王の遺言となってしまった。

この時、様子を見に来ていたデュランは、「アルヌスの丘が噴火したのか?」と呟いた。

しばらくして、煙が晴れて分かった光景は、阿鼻叫喚という言葉が相応しかった。

あまりにも酷い光景を目の当たりにしたデュランの部下の一人が、口を覆う。

「アルグナ王は…モゥドワン王は……リィグゥ殿はいずこへ……」

デュランは阿鼻叫喚のなか、真っ先に三人の王の行方を心配したのだった。

この第一次攻撃で、約一万人の諸王国軍将兵が犠牲になった。

第二次攻撃には、竜騎兵やオーク、ゴブリンといった強力な戦力を活用したが、全て喪った。

歩兵や怪異達は、戦車や火砲による集中砲火にあい、竜騎兵は、M19対空自走砲や二式四十粍高射機関砲によってことごとく撃ち墜とされた。

あっけなく第二次攻撃は終わり、約四万人の死者を出した。

しばらくして、夕刻が訪れた。

テントの中は重苦しい雰囲気が流れており、敗北を確信した者までいたほどだった。

「帝国軍は何処でいったい何をしているのだ」と思う将軍衆は同時に、十万人いた将兵が半数にまで減ったことに怯えていた。

「かといってこのまま退くわけには行かない。せめて、一矢報いてやらねば」

そう思ったデュランは、リィグゥ公王のものと思われる兜を見つめながら、思いついた案を将軍衆に言い放った。

「夜襲だ。今夜は新月だったはず。この闇夜に乗じて丘の裏手より奇襲を敢行すれば良いのだ」

これには、周りの将軍衆も困惑したが。夜襲しか無いと考えた末に、実行された。

闇夜の中、丘に進む兵士達は足音を立てずに近づいているつもりだった。突然、空が数個の丸い光と共に昼のように明るくなった。明るさに驚いた兵士達は困惑する。

「人は走れっ!!馬は駆けろっ!!」デュランはその一言と共に真っ先に馬で駆けていった。

駆けているうちに、騎馬が張り巡らされた有刺鉄線でつまずいた。その反動で騎馬から投げ出される。後からやって来た歩兵達が有刺鉄線を除け、デュランを助け出す。

敵が尋常で無いことを悟ったデュランは、自身を介抱しようとする兵士に、逃げるようにと言う。

次の瞬間、ありとあらゆる光の線が兵士達に襲いかかった。

デュランを守るために亀甲隊列を組んでいた歩兵達が瞬く間に撃ち倒されてゆく。周囲は爆発が起きており、歩兵、騎兵、竜騎兵、ゴブリン達の亡骸がデュランの背後を覆っていた。

「何故だ……何故こんなことに……」そう呟いたデュランは正気を失い、ついに発狂した。そして、自身も爆発に巻き込まれた。

 

 

 

三度目の攻撃を受けた翌朝。

明るくなって見えた光景は、夥しい人馬と怪異の死骸によって大地が埋め尽くされているというものだった。

さらには高射機関砲の攻撃を受けて墜ちたワイバーンも横たわっていた。40mmの徹甲弾を受けていたせいか、遺骸の損傷は酷かった。

ワイバーンに関しては、九六式半自動小銃や九九式軽機関銃で胸部を狙えば、一発で殺傷する事が出来る。

十四年式拳銃の8mm弾でも、胸部に五発ほど撃ち込めば、殺傷する事が出来る。また、オークやゴブリンといった怪異にも共通であった。九六式半自動小銃などの7.7mm弾を使用する銃器は、頭部または、胸部に撃ち込むことで一発で突進を止められる。

無論、身長が大きいオーガにもだ。逆に拳銃でこれらの突進を止めるのは、難しく。頭部に撃ち込むことで、一発で倒せるが、頭部以外で止める事が難しい事が予測されていた。

これらの人以外の生物に対する策は、銀座で回収した死体を研究した事から分かったデータだった。

銀座防衛戦のときのように、今回の戦いでも日本軍側には死者はおろか、怪我人すらいなかった。

死者が出ていないものの、これまでで怪我人を出した戦いは、丘に強襲をかけたときのみだった。

合計十二万人の敵の遺体を手厚く近くの荒地に葬った。正直言って敵は末期的と言えるだろう。

しかし、せっかく滑走路まで完成させたうえに、最新の空軍機や、海軍機や勇敢な将兵達を送り込んだのだから、次第に調査を始めなければならない。

「俺達の出番もくれぇ」と海空軍のパイロット達が騒ぎ立てる前にという事もあるし、国内の不安を鎮めるために早く敵の指導者と交渉するためにという事もあった。こうして、本格的な調査が始まろうとしていた。

 



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第三話 陸軍中尉

相馬 耀介(そうま ようすけ)』中尉(二十七歳)は帝国陸軍の軍人だった。予備兵を養成する教官をしていたが、現在は特地に派遣された将兵の一人だった。

彼は言う。

「俺は、この国が大好きだからこの国を守る軍人になったんですよ。だから仕事と社交のひと時とどっちを選ぶ?と尋ねられたら、仕事を選びますよ」

そんな彼は、運命のごとく帝国陸軍の軍人になっていたのである。

そもそも彼のこれまでは、軍人生活に注ぎ込んでいたといっても過言ではない。

成績はよく、トントン拍子で士官学校を卒業したのであった。卒業後は、さらなる昇進を目指して昇進するための試験を受けては、合格の繰り返しだった。

こんなこともあってか、彼の国防意欲や愛国心に感心した彼の上司が、「お前ちょっと教官をやって来い」と彼を教官にさせたのであった。案の定、彼の評判は良かったようだ。

そんな彼が特地に派遣されたきっかけは、あのとんでもない出来事だった。

 

 

後に、『銀座事変』と呼ばれるアレである。

突然東大寺で見つかった謎の予言書。そこから溢れ出た、異形の怪異を含めた軍勢によって人々が虐殺されるという内容が書かれた予言だった。しかもそれは日時や場所まで記されており、皇帝と内閣府の意向により陸軍の派遣が行われることとなった。

軍勢が現れる二日前には、軍による大規模な人々の避難が実施され、東京都外へと避難していった。

また、どうしても東京に残らなければならない市民達は、憲兵や警察官による誘導のもと、軍勢が現れる日の真夜中から早朝にかけて、皇居へと避難していった。

もしもの時を考えて、防衛ラインが突破された時には、人々を半蔵門から西へ避難させるという計画まで存在したのであった。

皇居の防衛を任された近衛第一から第三の師団と第一師団所属の歩兵隊や砲兵隊が、皇居を囲むようにして、展開した。後に、自主的に出動してきた輜重兵連隊によって死守の構えになった。

そこには、相馬の姿もあった。

相馬は、急遽編成された歩兵小隊の小隊長を務めており、皇居の内部にて待機していた。

「しかし、大規模な避難計画だな。俺たちの出番は無く、並木通りとか15号線に展開している部隊が何とかしてくれそうだが、油断はできんな……」

相馬は、軍勢が現れるとされている銀座四丁目交差点付近に配置される部隊が書かれた書類を見つめながら、そう呟く。

すると、彼の小隊に一人の兵卒が息を切らしながら駆け込んできた。

「15号線に展開する部隊から、相馬中尉宛に援護要請が来ていますっ!至急向かってください!」

兵卒から告げられたのは、自身の小隊による援護要請が来たことだった。相馬は、これを快く承諾する。

しかし、問題があった。それは、移動用の車輌が避難をしている市民を護送するために駆り出され、圧倒的に数が不足していたからだ。かといって輜重兵連隊に無理を言って運んでもらうのもどうかと思った。

だが、それはすぐに解決した。たまたま、15号線へ向かっている戦車隊が15号線まで乗せて行ってやると名乗り出たのだった。

こうして、約二十人で構成されている相馬小隊は、15号線に展開する部隊を援護すべく向かって行ったのだった。

無事に到着した相馬の小隊は、先に到着した部隊の間を縫うようにして、配置についていった。相馬も急いで配置につき、小銃に銃剣を装着して、攻撃態勢を整える。

そして、午前十一時五十分。突然、交差点の真ん中にパルテノン神殿のような『異世界への門(ゲート)』が出現した。

これに、周りの将兵達は騒めく。続けるようにして、ローマ帝国時代を彷彿とさせるような歩兵、騎兵、弓兵。さらに、その背後にいるファンタジーなオーク、トロル、ゴブリン、オーガといった怪異によって構成された異世界の軍勢が現れたのだった。

「うわっ……やばそうな化け物までいやがる……」

相馬の横に居た新兵の『田中(たなか) 治郎(じろう)』二等兵がそう言いながら怪異達を見て、少しばかり震えだす。

相馬は、「心配することはないさ。俺や君は鍛え上げられた帝国軍人なんだから、奴らに俺らの大和魂を見せてやろうぜ」と田中を励ます。

すると、先頭に立っていた歩兵がホラを吹き始めた。ホラの音にあわせて、歩兵が隊列を揃え、弓兵達が弓を構えた。

「日本の土を踏んだことを後悔させてやれっ!総員攻撃開始っ!!撃てぇっ!!」

双眼鏡から敵の様子を見ていた指揮官の一人が無線でそう怒鳴りつけたと同時に、一斉射撃が始まり、敵の歩兵、弓兵、騎兵、怪異達がなぎ倒されてゆく。

続けるようにして門からワイバーンに跨る竜騎兵が姿を現し、空高く飛び上がる。

竜騎兵は、槍を構えて相馬の小隊に向かって急降下からの突撃をしようとするのだが、それも虚しく。

別の大通りに布陣していた部隊からの対空掃射によって撃ち墜とされてゆく。

その次には、身長が三メートルから五メートルほどあるオーガの集団が現れた。

オーガは棍棒を振りかざしながら土嚢に向かっていくが、土嚢の前にある有刺鉄線に足をとられて転倒して、それから集中砲火にあったり、戦車によって腹部を撃ち抜かれたりということが続いた。

「田中二等兵。そして、他のみんなやるじゃないか!その調子で敵さんを撃ってくれよ!」

「小隊長殿っ!感謝の極みでありますっ!!」

相馬が田中や他の兵士達を褒めると、田中や兵士達から元気の良い返事が聞こえた。

相馬は、迫り来る騎兵達を確実に仕留める。

田中も相馬に便乗するように、的確に目の前の敵を撃ち倒していった。

しばらくして、攻撃中止の指示が出て分かった光景は、門を囲うようにして敵の屍の山が出来ていた。

その傍らには、呆然と立ち尽くす敵や、地面に伏せて怯えている敵兵士や怪異がいた。

無論これらは、すぐに拘束された。

交差点付近は、敵の赤黒い血をもって舗装されていた。

「あらら……ちょっとやりすぎたかなぁ?」と、相馬が呟いた。

「いいや、やりすぎでは無いだろう。奴らは我が帝国の領土を侵そうとし、善良な民衆を殺戮しようとした賊徒だ。これぐらいやっても構わんだろ」

相馬の後ろからやってきた『森野(もりの) 直人(なおと)』少佐がそう言いながらタバコを吹かす。

こうして、交差点付近に展開していた帝国陸軍の将兵達の活躍により、『銀座事変』は、終息へと向かいつつあった。

 

 

 

しばらくして、帝国軍や連合諸王国軍との戦いの後片付けを終えた日本側は、いよいよ異世界の調査を始めようとしていた。

前進して一定の地域を確保するにしても、『門』周辺だけを確保し続けるにしても、さらに進んで敵と交渉するにしても、今後の方針を定めるには情報が不足していたのである。

幸いにして戦闘の終了から二日後に空軍の九八式偵察機と海軍の四式偵察機・景雲が撮って来た航空写真から周辺の地図を書き起こせた。

したがって、人や文化、産業、政治形態そして宗教がどのようになっているか、約六個の深部偵察隊による調査が開始されようとしていた。

 

「はっ!是非やらせていただきますっ!」

「うむ。では、君に第三偵察隊の隊長を任せよう」

森野少佐は、相馬中尉の快い返事を聞くと、詳細を話し始めた。話の内容としては、偵察隊に関することだった。

偵察隊の車輌に関しては、九三式機動乗用車と一式半装軌装甲兵車・ホハ改と約二台の九二式小型貨物自動車の編成と銃火器に関しては、九六式半自動小銃と九九式軽機関銃や、十四年式拳銃、ホハ改に搭載するM2J重機関銃、九九式七糎噴進砲などだった。

偵察隊にも、いかなる状況にも対応することができる装備が配備されるのであった。

「それじゃあ、頼んだぞ」

「了解っ!」

相馬は、森野と敬礼を交えると退室していった。こうして、相馬は第三偵察隊の隊長となったのである。

 



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第四話 炎龍

アメリカ合衆国・ホワイトハウス

「大統領閣下。東京に現れた門に関する、第六次報告です」

合衆国大統領の『ヘンリー・マルティネス』は、どこかめんどくさそうに、補佐官から報告書を受け取る。大統領は表紙を含めて数枚ばかりめくる。しばらくして、テーブルの上にしずかに置いた。

「やはり、未だにWWⅡで中立を保った日本のことをファシストに恐れをなした腰抜け呼ばわりしている一部諸外国のように、彼らを侮ってはいけないようだな。日本は亀の子のように引っ込んでいるが、それははっきり言って、何があるか分からない異世界に対するベストな態勢を整えているではないか……」

「その通りだと思います。閣下。日本は、前大戦期のドイツ、イタリアの失敗を教訓として学んだのです。いかに強力な戦力を有しているとは言え、広大な領域を制圧支配しようとするには、その戦力は不足します。なので、彼らはそれを徹底して見極め、要点を抑えているのでしょう」

だが、マルティネスは日本のことが怖かったのであった。かつて、彼の前に大統領を務めていたスペンサーという男が国民党中国と手を組んで、日本を戦争の道へと引きずり込もうとしたが、逆に全て日本側にお見通しにされ、日本は戦争を回避し、そのうえ国力がさらに発展したのであった。

また、彼は、日本の陸軍力や空軍力そして、海軍力に恐れをなしていた。

これら全てを並行して強化して行ける国はアメリカ合衆国のみと言われていたが、日本は海洋国家でその上島国であるにもかかわらず。

三軍を強化するということに大成功を収めていたのだ。

そんな戦力、技術、外地、そして国力を持つ日本がアメリカに矛先が向いたらと、マルティネスは言い知れぬ恐怖に支配されていた。

「ですが。ご安心ください。日本帝国は今や、頼れるお隣さんとして我が合衆国と同盟を結んでいるではありませんか。あの門が現れたからと言って、ソ連や中国が大人しくしているわけではありません。あのような門は日本に任せておいて。対ソ連、中国、ワルシャワ条約機構の策を大統領閣下は、講じるべきです」

強烈な反共主義であるこの補佐官は、大統領を別の話題に誘導する。

「そうだな。こうしていては、対共産防衛に支障が出ることになろう……日本には、武器供与の支援と武器、弾薬のライセンス料を安くして、武器などのライセンスの売買を促進させる。というのはどうだね?そうすれば、連邦議会の戦争屋共を黙らせることも出来るだろう。それに伴って東京に開いたあの門の話題を持ち上げる国内世論はましになるだろう」

彼は日本に対する策を補佐官に言うと、「それがいいでしょう」と補佐官がマルティネスに共感の言葉を返した。

こうして、アメリカ合衆国の対日姿勢が決まったのであった。

この姿勢には、あまり日本に加担しすぎると万が一の時に巻き込まれる恐れがあるという意味が、マルティネスによって込められていた。

 

 

 

ウラ・ビアンカ(帝国皇城)

皇帝モルトが居る玉座の間の普段は、貴族・諸侯が毎日のように参勤し、その会議では優雅に踊り、食事を楽しみ、帝国の今後を話し合う場所でもあった。だが、ここしばらく続いた敗戦が、それらを全て消し去り、空虚な雰囲気が玉座の間を支配していた。

「皇帝陛下、連合諸王国軍の被害は甚大なものとなりました。死者・行方不明者はおよそ八万人。重軽傷者を併せますと、損害は十万に達する見込みです。敗残の連合諸王国軍は統率を失い、それぞれ散り散りとなって故郷に帰国したようです」

内務相の『マルクス』伯爵の報告に、皇帝は静かに嗤った。

「ふむ、予定通りと言えよう。わずかばかりの損害に怯えておった元老院議員達も、これで安堵することだろう」

「しかし、あの門より現れ出でました敵の動向がいささか気になります」

「余は、そなたの心中を察するぞ。だが、現在我が帝国軍は、再建が終わろうとしている。また、臣民は二つに割れている。戦争の継続を望む者、一部元老院議員のように講和を望む者も居るそうだ。だが、これらを全て頭の片隅に置いたうえで、来るべき決戦に備えるのだ」

皇帝は続けた。

焦土作戦を行うのではなく。いざとなったら再建が終わった帝国軍に民衆を守らせ、そのうちに民衆から屈強な兵士を養成し、貧困層の民衆には軍需産業への就労を勧める。そして門の敵を退けた後は、門を取り壊し、そのままの勢いで反帝国諸国を葬り去る。

という事がモルトの口から語られた。

「そうすれば、税収の低下を免れることが望めますな。また、カーゼル卿あたりを抑えれるかと思います」

マルクス伯は民衆の被害が無い事に安心し、皇帝の打ち出した案に共感する。

そして、マルクス伯爵が玉座の間から去ろうとした瞬間。

凛と響き渡る鈴を鳴らしたような声が、部屋に響いた。

「皇帝陛下!!」

つかつかと皇帝の前に進み出たのは、皇女、または皇帝の娘である『ピニャ・コ・ラーダ』であった。

「どうかしたのか?」

「無論。国内情勢、そして敵のことであります!イタリカでは治安の悪化や他の地方では、盗賊集団の横行。また、アルヌスの丘はまだ敵の手中にあると伺い、そして連合諸王国軍の敗退を耳にしました!諸王国軍が多大な犠牲を出して敵に対処できたとはいえ、いつ攻めてくるか分かりません!また、各軍団の増員を申し出たくて伺いました!」

「ピニャよ。帝国軍の再建は終わろうとしている。そして新たに騎馬兵団といった機動力主体の軍団を増員の対象にしよう。だが、偵察兵の不足が事実だ。丁度良い。ピニャ、そなたが率いる薔薇騎士団でアルヌスへと偵察に向かってくれぬか?」

ピニャは、早くも軍の再建が進んでいることに安心したと同時に、偵察に行って来いという皇帝の一言に驚いた。

だが、日頃から兵隊ごっこと揶揄されてきた騎士団にとって、栄光の初陣とも言えた。

そこでピニャは、各地方の視察も兼ねて行けば良いだろうと思い、父である皇帝の意向を受け入れた。

「確かに承りました」

「うむ、成果を期待しておるぞ」

「では、父上。行って参ります」

そしてピニャは、玉座に背を向けて部屋を後にし、騎士団の準備が整いしだい帝都を出発しようとしていた。

事実、帝国軍は徴兵や募集に志願兵が殺到したため数が初期の十万人から十五万人に成ろうとしていた。

騎兵や竜騎兵には、普段から馬や翼竜を飼い慣らしている者が集まり、歩兵や弓兵には、普段から狩猟で生計を立てている者が集まり、怪異使いには、怪異を専門とする奴隷商人達が集った。

こうして、帝国も盤石な姿勢を整えつつあった。

 

 

 

「空が蒼いなぁ。さすが異世界だ」

相馬が呟く。青空に、大きな雲がぽっかりと浮かんでいる。

周りを見渡せば、電柱や電線などもない。前から後ろまで、上半分は完全に空だった。

「こんな風景でしたら。樺太にいっぱいありますよ」

運転席の、田中二等兵が応じた。

田中は、樺太の鉾部陸軍基地から来ている。そのうえ彼は生まれも育ちも樺太だった。

「俺は、銀座やこっちに来てから見たドラゴンとか、昔親に読んでもらったおとぎ話の本に出てくる妖精みたいな生き物がつねに飛び交っていると思ったのですが。意外と人間ばっかりでしたね。家畜に変わったのはいましたけど。正直人間を見たら安心しますよ」

田中は両親や友人、高校時代の恩師の勧めを受けて帝国陸軍に志願した十八歳だ。

相馬とは、銀座事変以来一緒で、階級に関係なく仲が良くなっていた。

青空を背景に迷彩色(史実における後期迷彩色)に塗装された軍用車輌が列を組んで走り抜けていく。

先頭に九三式機動乗用車(以下、機動車)、その後ろに約二台の九二式小型貨物自動車、さらには一式半装軌装甲兵車・ホハ改が続く。要するに、前三台はトラックみたいな乗り物、後ろの一台は戦車に見えるバスみたいな乗り物が走っているのである。

相馬はその一両目の機動車に乗っていた。

その後ろの席には銃火器が積み込まれていた。

他の隊員達は、小型貨物自動車の運転をしているか装甲兵員輸送車であるホハ改に乗り込んでいた。

車輌四台、総勢十二名が偵察隊の総戦力であった。

相馬は、ガサガサと地図を広げて田中に指示を出す。

「田中二等兵、この先をしばらく行くと小さな川が見えてくるはずだ。そしたら、右折して川沿いに進んでくれ。しばらくすると森が見えてくる。それがコダ村の村長が言っていた森だ」

相馬は、航空写真から作られた地図と、方位磁石とを照らし合せながら説明する。

相馬は、一九三七年三月から一九三八年十月までに行われた日ソ戦争で実戦を経験しており、その経験を用いてでの説明だった。

「そして、森の手前で停止して野営をする」

相馬の言葉に田中は「賛成です」と応じた。続けて無線で野営を行う事を各車輌に告げる。

「しかし、一気に乗り込まないのは何故です?」

「今、森に入ったら夜になるからな。それに、わけのわからん虫や動物がうじゃうじゃいるかもしれんし。現地住民を怖がらせてしまう。俺たちは国や本土や外地そして、諸外国に信頼されている日本帝国軍だし、森の手前で野営をすれば、こちらも向こうも損は無しだからな」

だから森には少人数で入ると相馬は告げた。

日本側の偵察の目的は、現地住民に武力による征服の意思が無い事を伝えるためでもあり、悪感情を持たれるような事を極力避けるために、兵員を用いて直接偵察に向かわせたのだった。

これまで三カ所の集落を通り、この土地の交流を取ってみた。

住民達は、あなた達が我々に危害を加え無いことは理解した。なので、これからは仲良くしよう。

という感じで、ある程度国家に対して信用はしているが、相馬達日本軍が傲慢な侵略者でない事を知るやいなや、嫌悪感を示すことは無く、友好的な態度を取ったのであった。

相馬は胸ポケットからメモ帳を取り出すと、この土地の挨拶を綴ったページを開いて予習する。銀座事変の捕虜を調査したある下士官と、事前に集めていた各国の言語学者達の成果だった。

「サヴァールハルウグルゥー?(こんにちは、ごきげんいかが?)」

「もうそんなにうまく使えるのですか?自分なんてまだ棒読みっすよ」

「経験を上手く使ったんだよ。ただそれだけ」

こうして、順調に森の前まで進むはずだった……。

 

 

森の手前にやってきた第三偵察隊であったが、最初に彼らの目に入ったのは天を焦がす黒煙だった。

「火事ですかねぇ」

田中の言葉に、「それにしては、盛大に燃えているな」と相馬はそう言いながら黒煙を見上げた。森から炎が立ち上がっていた。

「自然火災か?」

「いえ、中尉。あれを見てください」

副隊長の『大滝 五郎(おおたき ごろう)』少尉がそう言うと、双眼鏡を相馬に渡した。そして正面からやや右にむかったところを指さす。相馬は大滝の指さした辺りに双眼鏡を向けた。

「おい、冗談にしてくれよ……」

双眼鏡から見て分かった光景は、紅い鱗に身を包むそれも、何十メートルもあるような巨大な飛竜が地面に向かって火炎放射をしていた。

「あんなでかいトカゲに小火器は、豆鉄砲だろうな」

大滝のセリフに相馬が「おやっさん。それは、言えるかもね」と言葉を返す。

大滝は、第一次世界大戦に参加した経験がある五十三歳の古参兵だった。

そこで大滝は、かつて青島(チンタオ)の戦いで従軍し、複葉機に遭遇して対空戦闘になったときの記憶を回想しつつ飛竜に対する策を練ることにした。

後方で停止したホハ改から、平均的な身長の女性兵士が走り寄ってきた。

この偵察小隊には二人の女性兵士が配属されている。これには、一九三四年初頭のクーデターによって樹立された新政府の方針で、衛生兵科限定かつ、任意で女性の募集も行われた。それから、十一年が経った衛生兵科は男女比率が一対一になった。

「相馬中尉、どうしますか?このままあのドラゴンという生物の観察を継続しますか?」

室井 美代子(むろい みよこ)』兵長だった。

彼女を見ると多くの男性将兵達は、頼れるお姉さまと謙遜(けんそん)する。それには、衛生兵であるにもかかわらず射撃の腕は熟練の狙撃兵と互角で、百発百中の猛者である。

「室井兵長的には、あのドラゴンが何も無い森を無意味に焼き討ちすると思うか?」

相馬に意見を求められた室井は少しばかり首を傾げたあと、素直な態度で答えた。

「もしかすると。爆撃機が都市部の人々を攻撃するように、あのドラゴンは人々に襲いかかっているのでは?ほら、さっきのコダ村の村長さんが言っていたようにエルフと呼ばれる人々が暮らす集落が、ドラゴンによる火炎放射が行われている所の真下にあるはずだと思います」

室井の一言に相馬は、感心した。

すると、ドラゴンが突然。相馬の方を向き、甲高い咆哮を放った。次に、相馬達に向かって飛び出す。

「まずいっ気づかれたか!総員戦闘配置につけっ!富河軍曹っ!噴進砲を持って来いっ!!」

『富河 晃』軍曹が急いで九二式小型貨物自動車に向かってゆく。何も掴めないまま逃げるよりは、せめて実態を把握したいと思った相馬は一か八かの勝負に出た。その間に、隊員達が小銃や機関銃で攻撃を行う。ある程度効果があったのか、途中でドラゴンが立ち止まり、嫌そうな鳴き声をあげる。

「中尉っ!持って参りましたっ!」

富河が九九式七糎噴進砲を持ってくる。そして、室井に手渡す。

「はい、後方の安全確認」

「遅いよっ!」

室井の行動に、全員の突っ込みが入る。正直言って、訓練であれの扱い方がこうだからね。と思う隊員が多かった。

パシュンッ!という音を立てて噴進砲から砲弾が放たれた。

そして、怒りに任せて飛び立って来たドラゴンは、それを避けることが出来ずに、ドラゴンの左腕にあたる部分がいとも簡単にえぐられた。ドラゴンは己の痛みや状況を理解し、絶叫した。そして、翼を広げてよたよたとよろめくようにしながら飛び去っていった。

隊員達は、その後ろ姿を黙って見送るだけであった。

 

 

 

結局、相馬達が森に入ることが出来たのは、翌朝だった。

真夜中になってようやく雨が降り始めたおかげで火災は鎮火された。

森は、すっかり見通しが良くなっていた。

木の葉は全て焼けおち、立木は炭となり果てていた。地面は焼け焦げ、煙が立ち上っている。

地面にはまだ熱が残っていて、半長靴の中がじんわりとあたたかい。

「これで生存者がいたら奇跡ですね」

田中の言葉に、相馬もそうかもなと思いつつ、とにかく集落があったと思われるところまで行ってみようと考えていた。

二時間ほど進む。すると立木がない開豁地(かいかつち)へと出た。

この森が焼かれていなければ、ここまで入るのに最低でも半日を要したであろう距離である。見渡すと、明らかに建物の焼け跡とおぼしきものが何軒分かある。よく見れば、遺体と思われるものが何体も転がっている。

「中尉、俺はあっち探して来ますね」

「ああ、頼んだ」

田中は建物の中を捜索し始める。

だが、無事な建物は一軒たりともない。その建物の中にも遺体が転がっていた。

偵察隊一行は、小一時間かけて捜索したが、集落には生存者がいないようだと判った。

相馬は、井戸の脇にどっかりと腰を下ろすと、腰に下げていた軍刀を杖代わりにし、タオルで汗をぬぐう。

他の隊員達は、ここに住んでいた者が生活していた時の様子が判るものを探して、集落のあちこちを歩き回っている。

すると、室井がクリップボードを小脇に抱えてやってきた。

「中尉。この集落には大きな建物が三軒と、中小の建物が二十九軒ほどありました。確認できただけで遺体は二十六体で、少なすぎます。ほとんどは建物が焼け落ちた時に瓦礫の下敷きになったのではないかとも考えられます。また、人体の一部が欠損している遺体に関してはあのドラゴンによって襲われた人だと思われます」

「報告ありがとう。しかし、酷いものだ。この世界のドラゴンは集落を襲うこともあるって報告しておかないとな……」

相馬は残り少ない水筒の水を入れるために井戸をのぞき込む。すると、何かと目があった。

「まさかっ!」

「どうしましたか?」と、言いながら彼女も一緒にのぞき込む。

「なんと?!」

その先には、井戸の底で、長い金髪を持つ二人の少女が、お互いの手を握ってこちらを見つめていた。

 

 

 

数時間前 エルフの集落

エルフの少女、『テュカ・ルナ・マルソー』とその親友、『ユノ』は逃げ惑っていた。燃える木々や、焼かれる家を背景に。怒号や悲鳴、絶命の金切り声が集落に響き渡っていた。逃げ惑っている途中で父に会う。

「お父さんっ!」

「テュカ!無事だったのかっ!ユノと一緒にあの井戸に隠れなさい」

テュカの父は、数十メートル先にある井戸を指差す。

「で、でも。お父さんはどうするの?」

「私なら大丈夫だ。それに他の人々が炎龍に随分とやられている。だから、君はユノを連れてっ!早くっ!」

すると、二人の少女の横に、下半身がない男性の遺体が投げ飛ばされて来た。

「っ?!」

悲鳴をあげることすら出来ずに二人は驚く。続けるようにして、炎龍の咆哮が響く。そして、大きな影が二人を染める。

「逃げなさいっ!二人ともっ!!」

父の言葉に自然と体が動き、二人は走り出す。振り返る余裕すらなく、父が呪文を唱える声が耳に入る。炎龍の叫び、集落を守ろうとする戦士達の雄叫び、この両方も耳に入る。

そして、二人が井戸にたどり着き。二人はロープを伝いながら井戸に入っていった。テュカが井戸の底についた瞬間。井戸の上が業火で覆い尽くされた。

炎龍は咆哮を上げてアルヌスの丘がある方へと飛んでいくことが判った。だが、しばらくすると、炎龍が最も嫌そうな咆哮を上げて何処へと飛び立っていった。それから二人は、何も考えずにただ自身の脚を冷やす井戸の水を見つめていた。

すると、青空を背景に誰かが井戸をのぞき込むのが見えた。

父に似ているようで、似ていないような。深緑の帽子を被った青年が唖然とした顔でこちらを見つめていた。

 

 

 

 

「生存者を発見したっ!!田中二等兵っ!九三式をこっちに持って来いっ!」

田中が車に乗り込んで、バックしながら井戸に車を近づける。

「君たち大丈夫か?俺は味方だ」

相馬は、分かりやすい言葉でそう言いながらロープを伝って降りる。

相馬は、一人づつ少女を抱えて井戸から出る。

井戸から出ると、室井ともう一人の女性兵士『久島 愛里合(ひさじま まりあ)』兵長が、井戸から引き上げた見た目で十六歳前後の少女の濡れた髪をタオルで丁寧に拭いたりしている。

「よし、二人とも。この子達を九三式に乗せてくれ。俺は、二等兵と他のみんなを連れて警戒に入る。あとは任せた」

相馬はそう言いながら、井戸のそばに置いてあった軍刀を再び腰に下げると、ホルスターから十四年式拳銃を抜き取った。

続けるように、隊員達が小銃やらを構えながら森の方を見渡す。

しばらくして、相馬のもとに久島兵長がやって来た。

「どうだい、あの子達の様子は?」

「それなんですが。あの子達、中尉にお礼を言いたいそうなんです」

大滝に指揮を任せつつ、少女達のもとへと向かって行った。

「調子どう?」

相馬は、ぐっすりと眠っている少女の横にいた少女に声をかける。

「はい。大丈夫です。助けてくれてどうもありがとう」

少女の口からは、ハキハキと感謝の言葉が出る。それから、少女は隣で寝る彼女のようにうとうとと眠り始めた。

「昨日から一睡もしていなかったんだろう。この子達の親と思われる人が見つからない以上、保護するしかないな」

相馬がそう言うと、室井と久島がニッコリと笑った。

「中尉ならそうおっしゃってくれると思いました」

「もし我が国への亡命を望む難民や孤児がいれば保護するようにって言われたからね。それに、人道的な配慮がなきゃ、人々と友好を深めることは出来ないからね」

そして、アルヌス基地へと進路を向けて、帰還の準備が整った偵察隊は車を走らせた。

 



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第五話 遭遇

本来なら、あと二〜三カ所の集落めぐりをすることになっていた。だが、保護した二人のエルフの娘を連れ回すわけにも行かない。

そのために相馬は、コダ村に巨大な飛竜が現れたことを告げるために立ち寄る事にした。

ところが、コダ村は昨日とは違い。みんなして意気消沈としていた。

そこで、相馬は住居のそばで寂しげにパイプを吹かす村長に話しかけた。

「何があったのです?」

「盗賊じゃよ。多分、あなた達と戦った諸国軍の連中や帝国軍の連中が混ざった盗賊が村を襲撃したのじゃよ。

村の男たちが撃退したのだが。村にいた六割の男衆が奴らと相討ちになったりして殺されたのじゃよ」

コダ村の村長が目を向けた先には、数百人の男性の遺体を葬った簡易的な墓が立てられており、その傍らには、その男性達の妻と思われる女性や、その子供達が悲しみの涙を流していた。

相馬は、盗賊についてメモ帳に記した。続けるようにして、相馬は炎龍について話し始めた。

「我々、森に行く。大きな赤い龍、いました。森焼けた。村焼けました」

ドラゴンを意味する言葉と共に、地面に絵を描いてみせる。意外と相馬は絵が上手かったりする。

村長は、絶望のどん底に叩きつけられたような表情を浮かべた。

「よりによってこんな時に炎龍が……」

「ドラゴン、火、だす。エルフ、たくさん、焼けました」

「なんと、エルフの人々までやられてしまったのか。くそっ……こんな時にピニャ殿下の薔薇騎士団がおられたら……」

相馬は、ピニャと薔薇騎士団という単語をメモ帳に書き込む。

そこで、相馬は村長に対し、アルヌス基地での保護を持ちかけた。

「我々、あなた達、保護する。よかったら来てください」

「なんと……わしらを助けてくれるというのかっ!!」

村長の言葉に、相馬は「はい」と目を合わせて言った。続けて村長に、テュカとユノのことを話した。

「二人、女の子を助けた」

そこで、相馬は村長を九三式機動車の荷台へつれて行きぐっすりと眠る金髪の少女らを見せた。

「痛ましい事じゃ。この娘二人を残して全滅してしまったのじゃな」

村長は、二人のエルフ娘を心の底から哀れんだ。種族は違えど、このコダ村とエルフの集落とはそこそこ交流があった。

お互いが困りごとを協力して解決したり、時には、共に狩に出かける事もあった。これらの協力もあってか、特に揉め事がなかったようだ。

それから、夕刻にかけて相馬達第三偵察隊は、村人達の避難作業を手伝った。

数時間後、辺りは太陽が沈みきり、人や家畜、家財道具を乗せた馬車が村の中心に集められていた。

夜に出ると、自動車のライトを照らしても分かりにくい道のりである事が分かるため、明日の夜明けに出発する事になった。

さて、そんな中で『カトー・エル・アルテスタン』という魔導師の老爺に、「弟子の『レレイ』とその子供たちを呼んできてほしい」と頼まれた相馬は、迎えに行くことにした。

 

 

 

 

コダ村の中心から少し離れた森の中に緩やかな流れの小川が、流れていた。その側では、年の頃十四〜五といった感じで貫頭衣をまとったプラチナブロンドの少女『レレイ・ナ・レレーナ』と彼女の後ろにいる二人の少女達は、馬にまたがる二人の輩と十人くらいの盗賊に問い詰められていた。馬にまたがるちょび髭を生やした中年の男がレレイに対して、嘲るように言う。

「おい、嬢ちゃんよぉ……頼むからおじさん達と一緒に遊ぼうぜぇ……」

レレイは親の敵にあったように男を睨みつけている。その傍らで二人の少女は酷く怯えている。

すると男が馬を降り、鞘から剣を抜き取った。

「さっきから舐めた態度をとりやがって……串刺しにしてやるっ!!」

ガガガガガッ!!

突然、甲高い音がなった同時に、ちょび髭の男の身体には、風穴が開いた。そして、倒れ込む。さらに誰かが駆ける音と共に、横からレレイ達を襲おうとした巨漢が首をはねられ、その切断面から血液を飛び散らした。

「あ、あいつだやれっ!」

馬にまたがるもう一人の男がそう言いながら指差した先には、サーベルより少し細長い刀を握った異様な格好をした男がいた。その男は三人の少女を逃した。

 

 

 

「よりによって幼気な少女達に手を出すとは……許せん。この外道共がっ!!」

相馬は、喊声(かんせい)をあげながら軍刀を片手に馬の男に斬りかかった。男は、抵抗する術がなく。左腕を切り落とされ、馬から転げ落ち、泣き悶えながら多量出血によって死んだ。

相馬は、男が乗っていた馬に飛び乗ると、馬を巧みにあやつり始めた。そして、周りの盗賊たちを斬り伏せていった。

あたふたする盗賊たち。仲間がどんどん斬り伏せられてゆく姿を見た一人は、相馬の左胸に向けて弩の矢を発射して、見事に命中させるものの、勢いを止めることが出来ず。それどころか、血を流しながら動き回る相馬に、全員斬り伏せられた。

「はぁ…はぁ……今度は守れたぞ……」

相馬は、そう言いながら馬から降り、地面に寝転がった。

「ち、中尉が怪我をしているぞっ!!久島、室井!!早く手当をっ!!」

駆けつけてきた久島や室井が相馬の左胸に刺さっていた矢を抜き、止血治療を始める。

気付けば、レレイが心配そうな表情とともに相馬の前にしゃがみ込んでいた。

「お嬢さん。俺なら平気だ。それより、さっきは大丈夫だったか?」

相馬は、自身の怪我よりもレレイの身を心配した。すると、レレイは相馬の左胸に手を当てはじめた。当てはじめて数秒後、レレイの右手は、エメラルドグリーンに輝き始めた。相馬や、他の三人が見つめていると、相馬の左胸に空いた傷がみるみるうちに、元に戻った。

「お嬢さん……君は、優しい子なんだね。ありがとう」

相馬がレレイに感謝の言葉を言うと、レレイは言葉の意味を理解したのだろう。どこか嬉しそうに「どういたしまして」と言い、村の中心に向かって行った。

「あれが……魔法か」

大滝は、レレイの後ろ姿を見つめながらそう呟いた。

「三人ともありがとう。三人は、村の中心に行って欲しい。大滝少尉、悪いがしばらく俺を一人にさせてくれ。指揮は、少尉に任せる」

相馬は、三人が去ると、自身の横に落ちていた軍刀を拾い、すぐそばに流れていた小川で血まみれになった刀を拭き始めた。

 

 

 

その日の夕食時、偵察隊の隊員達は何故か盛り上がれなかった。

何故なら、あそこまで相馬が怒ったことについてずっと考え込んでいたからだった。

相馬は、比較的に温厚な性格をしており、偵察が始まる前夜に隊員達を集めて食堂のごちそうを自腹で振る舞うほどの人物だった。だから、そんな人物が怒ったということを聞いた隊員は、未だに信じられないのであった。

「しかし、中尉はすごいですよ。馬にまたがりながら敵を斬り伏せるなんて」

田中がそう言いながら牛缶の肉をおにぎりの上に乗せて食べる。

他の隊員達は、「ほんとにそうだよ」なんて言いながらおかずやご飯を頬張る。すると、大滝が箸と缶詰を置き、隊員達に向けて呟いた。

「みんな。黒河省事件って聞いたことはあるか?」

他の隊員達は、「知っている」と答えた。

黒河省事件とは、本土、台湾、朝鮮半島に住む日本人が満州に移住を始める前の一九三七年、日ソ戦争中に満州国・黒河省で起きた事件であり、住民だった満州人や華僑系人などが侵攻してきたソ連軍によって虐殺されるという事件だった。

駆けつけた満州国軍や日本帝国陸空軍により事態は解決したものの、何の罪も犯していない人々が多く犠牲になった最悪の事件であった。大滝は、少し暗い表情で続けた。

「実はな……あの時少尉候補生だった相馬中尉は、さっきの盗賊を倒したみたいに、捕虜のソ連兵達を殺したんだ」

これに隊員達が騒めく。

田中が「理由は何だったのですか?」と大滝に尋ねる。

「理由は悲しいものだ……当時、相馬中尉ととても仲が良かった満州人の女の子を侵攻してきたソ連兵達によって犯された挙句。殺されたんだ。それを知った中尉は、さっきより怒り、主犯と思われるソ連兵将校を見つけるやいなや軍刀で斬りかかって首をはね、見張りをしていた兵卒の短機関銃を奪い取ると、その周りにいたソ連兵達に向けて乱射しはじめたんだ……」

ここで、大滝の話が止まった。隊員達は、何か悪いことを聞いてしまったような感覚になっていて、少し意気消沈としていた。

そんな傍ら、レレイはパンや飲み物などを持って相馬の方へ向かって行った……。

 

 

 

相馬は、緩やかな流れを感じる小川のそばですこしばかり寝ていたが、悪夢にうなされていた。

複数の銃弾を受けて死んだ男性の遺体に取りすがって泣き続けるその妻と思われる妊婦がいるという光景

ソ連兵によって暴行を受けた人々が悶え苦しみながら診療所に溢れかえる光景。

繁華街だった場所は、至近距離で大量の砲弾が撃ち込まれたせいか死体、瓦礫が道を覆い尽くしているという光景。

同じ日本兵や、満州兵達が捕まえたソ連兵達を怒る民衆の前に突き出し、ソ連兵に向けて石を投げさせたりなどという光景。

という黒河省の街をソ連軍から奪還した際に見た凄惨な光景が彼の夢の中で再生されていた。

彼の悪夢は絶頂に向かっていた。それは、かつて恋人のように仲が良かった満州人少女『鈴麗(りんりー)』の遺体を見つけた時の光景がはっきりと浮かび上がった。

相馬に仇をうってくれと彼に取りすがる彼女の両親。彼女を凌辱し、殺した者に対する憎悪によって理性的な何かが無くなりそうになる自分。

悪夢の場面はさらに加速する。相馬は怒り狂いながら彼女を殺したソ連軍将校を見つけ出すと、軍刀で斬りかかり、その首をはね飛ばした。

あたふたする見張りの兵士を気絶させ、彼から奪い取った短機関銃を怯えるソ連兵に向けて乱射した。

『地獄へ堕ちろ!!人でなしどもがぁぁぁぁっ!!』

そう叫びながら、弾が尽きた短機関銃を投げ捨てて、泣き悶えるソ連兵達を軍刀で斬り伏せる。

そして、駆けつけた上司達に抑えられたところで、ついに悪夢は絶頂に達した。すると、同時に優しい手の感触で目が覚めた。

 

 

 

 

「はっ?!またあの夢か……くそっ!」

相馬はそう言いながら飛び起きた。両目からは涙が少しばかり溢れ、身体は汗まみれだった。

その横にレレイが居たことに気づく。

「なんだ。お嬢さん来ていたのか。ん?これは……」

レレイが持っていたパンや、ヨーグルトのような飲み物に気づく。よく見ると、二人分あった。レレイの方を見ると、何か言っていることにも気付いた。

「一緒に食べよう」

どうやら、レレイは相馬の夕食を持ってきたついでに一緒に食べるために来たようだ。

「ああ、いいよ」と相馬は同意の言葉を口にする。その後、二人の静かな食事が始まった。

「君の名前は何て言うの?」

相馬はパンを食べながら、レレイに名前を聞く。相馬の言葉を彼の動きで理解したのか、「レレイ・ラ・レレーナ」と言葉を返す。「名前を教えてくれてありがとう。レレイお礼にこれをあげるよ」

相馬はころころと笑いながらズボンのポケットからキャラメルを出して、レレイの左手に持たせる。

レレイは、興味津々でキャラメルの包み紙を剥がして、キャラメルを見つめる。そこから出る甘い香りを感じたのか、口に含んだ。美味しいと感じたのかさらに口に含んだ。

「おっ美味かったのか。レレイそろそろ村へ戻ろうか」

相馬がそう言いながら村の方へ歩こうとするが、レレイが相馬の左手をさかんに引っ張る。

「何かあるのかい?」

相馬は、レレイに引っ張られるような感じで彼女の家の前と思われる場所までついていった。

それからレレイは家に入って石鹸やタオルのようなものを取ってきた。相馬は、何を始めるのかと思いつつレレイを見つめていると、突然貫頭衣の紐を緩め始めた。

何となく状況を理解した相馬は、その場から立ち去る。村の入り口まで後すこしというところで何故か身体が軽くなったように感じた。

「え?まさかなぁ……」

だが、相馬は村の入り口から遠のいて行く。振り向くと、井戸端の身体中が泡まみれになったレレイが無表情でこちらを見つめており、杖を右手に持っていた。

間も無くして、レレイの魔法によって連れ戻された相馬は、目をつむっていた。

「俺に見張り役をしてほしいのか?じゃあ近くまで、見回りに行ってくるね」

そう言いながら、ホルスターから拳銃を取り出して森の方へ行こうとするが、また身体が軽くなって、気づけばレレイの目の前まで来ていた。

「分かった。待っていればいいんだね」

相馬はそう言いながら、レレイを直視しないように目をつむった。

それから目をつむっているうちに、相馬はまた眠りについてしまった。

 

 

 

しばらくして、相馬は日が差し込むどこかの家の中で目が覚めた。

外を見渡せば、井戸端の前にあった家の中であることが判る。相馬は時間を確認するために腕時計を確認すると、午前四時頃であることを確認した。

「出発の三時間前か。みんなを待たせすぎたかな。そろそろ行こうか」

今までは気が付かなかったが、ベッドの上にいることも理解した。そして自分の左側を見ると、レレイが自分の方を向いてぐっすり眠っていた。

「いかんいかん。自分は何をしているんだ。あっ…あの時そのまま寝てしまったんだな俺」

昨日の事を思い出した相馬は、レレイを見つめる。それから、眼を覚ますために井戸端で顔を洗う。レレイも起きて来たのだろう。相馬の後ろに立っていた。

「おはようレレイ。今日は昨日より晴れているね」

登りかけている太陽を見つめながらそう言う。

「兵隊さん。おはよう」

レレイは相馬に挨拶の言葉を返した。それから準備を終えた二人は村へと向かった。

村へ着くと、隊員達が出発の準備をしていた。大滝少尉が相馬に気づいて、駆け寄ってくる。

「おはようございます。中尉、昨日はぐっすり眠れましたか?」

相馬は、大滝が半笑いになっているのに気づく。それから隊員達を見ると、男の隊員達は、いつもより明るく。テンションが高かった。女性兵の二人の反応は、室井が今にもお幸せに〜。と言いそうな感じで、久島はいわゆるジト目でずっと相馬を見つめていた。

「おやっさんとみんな昨日のこと知ってたんだ」

相馬はすこし照れながら隊員達にそう言う。隊員達は、からかいながら「知ってました」と言葉を返す。

 

 

 

数時間後、コダ村の住民達は相馬達帝国陸軍第三偵察隊による先導のもと、アルヌス基地へと帰投していた。

「基地に戻ったら少佐と勉強会か。なんか気が晴れないなぁ……」

「へぇ、中尉ってそんな事もやらなきゃいけないのですか」

田中が不思議そうに相馬に言葉を返す。

相馬が、特地深部偵察隊の指揮官である森野とコダ村の住民や炎龍について話さなければならなかった。

また、炎龍に関する報告書に覚えている限りびっしりと書かなければならなかった。相馬は久々に来るであろう書類関連の仕事にため息をついた。

そうやって話をしているうちに、前方のホハ改が停止した。

相馬は何があったのかと思いつつ車の外へ出てホハ改の横に行き、双眼鏡で前方を見ると、息を呑んだ。

相馬が双眼鏡を向けた数十メートル先には、カラスに囲まれるようにして、斧ようなどす黒い塊を持つ黒ゴスの少女が道の真ん中に座り込んでいた。

異様な黒ゴスの少女は、相馬に気づくと立ち上がってゆっくりと近づいて来た。

そうこうしているうちに、黒ゴスの少女は相馬の目の前まで来ていた。

「サヴァールハルウグルゥー?」

異様な姿である者であるとはいえ、敵意を持ってないことを理解させるために相馬は、車から降りて特地語でいつもより陽気に挨拶をする。

「あらぁ、陽気な兵隊さんね。私はエムロイの使徒・『ロゥリィ・マーキュリー』よ。よろしく」

ロゥリィと名乗った少女は相馬に挨拶を交わす。

それからロゥリィは相馬が乗っていた機動車に目をつけた。

「ねぇ、これってどんな乗り心地なの?私もこれの乗り心地を感じてみたいわぁ」

ロゥリィが相馬にそう言ったので、相馬は助手席を前に倒すために座り込むが……。

「っ?!」

なんと、ロゥリィは車の荷台に自身の武器であるハルバードを投げ込むと、相馬の膝の上にちょこんと腰を下ろした。

相馬は、なんとも言えない表情でロゥリィを見つめていた。その傍らで田中が唖然としていた。

「少尉。早く車を……」

相馬が大滝に指示を出すと、車がようやく動き始めたのであった。

しばらくして、基地についた相馬は、他の兵士に幽霊と間違われるほど顔面蒼白で無表情だった。

「どうしたんだ。相馬?気分でも悪いのか?」

森野は、避難民保護の書類を書きながら相馬に声をかける。

「い、いえなんでもありませんよ少佐」

上司の呼びかけに少し遅く反応する相馬であった。

 



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第六話 転生者

コダ村の住民を保護して二日が経ったある日。

相馬はいつものように住民達のもとへと向かおうとしていた。さて、今日も行くか……そんな事を考えて廊下を歩いていた。

突然誰かが、「ちょっと相馬君」と相馬に声をかける。

かけられた声に、相馬は大儀そうに振り返る。

すると各戦闘団の団長がいる部屋の前に立つ、軍刀や拳銃を腰に下げている黒髪の女が見えた。彼女は久しぶりなんだからスルーするなという感じの表情だった。

白石 紀子(しらいし のりこ)』大尉であった。

「皆さん。こちらが相馬中尉です」

「第三偵察隊隊長の相馬と申します。以後お見知り置きをっ!」

相馬が白石に連れて来られたのは、本部隊舎の会議室だった。そこには、特地派遣部隊の最高司令官を務める『大高 弥三郎(おおたか やさぶろう)』大将、国防大臣の『高野 五十六(たかの いそろく)』、特派空軍司令官『巌田 新吾(いわた しんご)』中将、第一戦闘団団長『瀬戸 基(せと もとい)』大佐、特地戦略担当官『前原 一征(まえはら いっせい)』少将、さらには内閣総理大臣である戸村謙三らが集まっていた。これらの面々は相馬を拍手で歓迎した。

「相馬君。我々のことを知ってもらうために、今日は君に来てもらったよ」

「戸村総理、我々のことと言うと?」

相馬の質問に戸村は、静かに笑いながら答えた。

「そこにいる望月さん……失礼。白石大尉のように、君を除く皆さんは『転生者』なんだよ。また、狭間陸将いや、大星皇帝陛下も転生者なんだ」

相馬は、話の内容を理解すると、何だそんなことかという表情になった。

「おっと。その様子だと我々以外の転生者に遭遇したことがあるみたいだね……一応言うと、私がこの世界に転生する前の世界では、柳田 明という名前の自衛隊員だった」

「自衛隊?たしか、日本があの戦争に参戦して負けたとされる世界で出来た軍隊のような組織ですよね」

「ああ、そうだよ。君が遭遇した転生者に俺と同じ自衛隊員が居たのか……あのお方もお人好しだなぁ」

相馬の疑問などに答えながら柳田……いや、戸村は真剣な表情に変え、話を進める。

「当然のことだが、我々は歴史を動かしすぎた。

一九三四年一月に当時、軍大佐だった私がこちらの大高大将や高野国防大臣らと共に起こした帝国軍決起事件をきっかけに前大戦に参戦しなかったこと、さらに銀座事変の前に軍の展開や避難勧告の発令も裏で我々が動いたからだ。他には、本来登場しなかった兵器が数年、数十年早く登場したのは我々の仲間による行動だ」

相馬は興味津々で戸村の話に聞き入っていた。

次に大高大将が声を上げた。

「いやぁ、戸村総理が我々の仲間で良かったと今でも思います。第一前世では、米国との開戦。第二前世では、米国だけでなく独国とも開戦してしまったが。この世界ではあの悲劇の大戦に巻き込まれることなく。日本や満州で人々とともに一時的ではありますが、平和を謳歌できましたなぁ」

大高は戸村と目を合わせながら語った。「ええ、私もそう思います。大高閣下」と戸村はころころと笑いながら言葉を返す。

ちなみに、大高の言う第一前世というのは史実の世界のことで、第二前世というのは、アメリカやドイツと開戦こそしたものの、日本が第二次大戦において優位を保った世界のことであった。

相馬は、大高の話にも聞き入っていて、ついこんな質問をしてしまった。

「じゃあ、俺が日ソ戦争の時に軍法会議にかけられなかったのは、貴方達転生者のおかげですか?」

相馬の質問に、戸村は答えた。

「ああ、それはそちらの白石大尉のおかげだよ。あの時、白石大尉いや、紀子様は黒河省での君をとても気にかけてくださったのだよ。だから軍部は君の軍法会議をしないことにしたんだ」

相馬の横で紀子がころころと笑っていた。

「帝国軍に皇族の方がおられるとは聞いていましたが。白石大尉が皇族だったなんて……あ、あの時はありがとうございます!大尉殿っ!」

相馬が白石の方を向いて敬礼をする。「どういたしまして」と言いながら白石は相馬と敬礼を交わした。

それから、戸村はまた語り始めた。

「たしか……私の前世の記憶だと。この後、いずれかの偵察隊がイタリカという場所に行くはずだったんだ。実は、転生した際にこの異世界に関する記憶はほとんど消えてしまったようだ。だから、どうも部分的にこのイタリカという地名しか思い出せない。だから、我々の謎を晴らすのに丁度いい。悪いが、相馬中尉。このイタリカへと赴いてくれないか?」

「はっ!我々第三偵察隊にお任せください!」

相馬は戸村の頼みを受けいれた。

「君ならそう言ってくれると思ったよ。ただいまからイタリカ探索作戦発令の準備に取り掛かる。作戦発令までゆっくり休んで居てくれ、相馬中尉。我々が君に言うことは最後だ」

「分かりました。私はこの特地探索に貢献するために全身全霊で努めます。では、失礼いたします」

相馬は、転生者達と敬礼を交えると、部屋を後にした。

 

 

 

相馬が部屋から出て行った後、転生者達は少しの間話し合い始めた。

「特地に海があったら我が海軍の戦艦を海に浮かべたいものです。最近の地形調査はどうですか?」

戸村が前原に声をかける。

「ええ。順調に進んでいます。さっき総理が言っていたイタリカというところなんですが。どうやら城塞都市であると思われ、その周りには穀倉地帯が広がっています」

「穀倉地帯に城塞都市か……今後この世界における交流の要所にしたいものだ。しかし、そんな城塞都市はきっと重要なはずだ。こちらも何らかの譲歩をしつつ近づいてみたいものだ」

戸村はコーヒーをススっと飲むとそう呟いた。

「ですが。仮にイタリカの人々と友好を深め、交流を始めたとしても、今まで以上に情報の機密規定を敷かなければならないことになるでしょう」

前原の脳裏には、ソ連や中国などのスパイの存在が浮かび上がった。

「そうでしょうな。今後は公安や憲兵隊による監視をいきすぎないように強化しようかと思います。あとは、この世界でも同盟国であるアメリカとて例外ではありません。今後は同盟国にも警戒を強めましょう。兵器販売での利権を狙っている西側諸国もあるはずですから……」

戸村は同盟国も警戒の中に入れていたのであった。転生者一同は、戸村の考えに感心した。

こうして、転生者達は今後は同盟国や友好国にも警戒しながらという考えのもとで対特地作戦の会議を終えたのであった。

「この特地に第一、第二前世のような恐ろしい指導者がいなければ良いですな」

「そうですな大高閣下。ヒトラーのような恐ろしい指導者がいないことを私は願います」

高野や大高の脳裏には、彼の他に前世で見てきた策略家達の姿が浮かび上がっていた。

たとえこちらが優位に立っていても、味方はもちろん。

敵の尊い命を奪いたくないという思いが大高や高野、そして転生者達に共通してあった。

それから転生者各々は、自分達が居るべき場所へと戻って行った。

 

 

イタリカ・フォルマル家邸にて

「騎士ノーマ。どう思われますか?」

女性の騎士『ハミルトン・ウノ・ロー』が、街でたまたま捕らえた盗賊の話を話題に、先輩騎士の『ノーマ・コ・イグルー』に意見を求めた。

「どうって言われてもな?こいつが『緑のやつら』がとか言い出したんだから。私的には今話題の異世界軍しかないと思うのだが」

ノーマは自身の推測を交えつつハミルトンの質問に答えた。

ちなみに、帝国軍の生き残りの中には、日本軍側の戦闘服を見た者がいたのであった。帝国でこの生き残りは重要な証人として扱われていた。

「どうせ。あいつもパパパ!とか答えんたんだろうな」

ノーマとハミルトンの横にいた老騎士『グレイ・コ・アルド』はゴダセンの事を小馬鹿にしつつ言った。

ノーマはグレイに、「まったくその通りですよ」と言葉を返した。

すると、デュランのもとを訪れていた皇女ピニャとその護衛の『ボーゼス・コ・パレスティー』らが三人が集まる部屋に入って来た。

「ピニャ殿下。お疲れのようですね……デュラン陛下の様子はどうでしたか?」

ハミルトンが椅子やら飲み物を用意しながらピニャに声をかける。

「デュラン陛下は結局何も教えてくれなかった。ただ帝国に対する不満を聞かされただけだった」

ピニャはハミルトンが用意した椅子に深く腰掛けると、そう言いながら飲み物が入ったコップを口に運んだ。

「ピニャ殿下。お聞きください。盗みの罪で捕らえた者は、敵軍と接触したようです」

ピニャはコップを机に置くと、ハミルトンに連れて来いと命じた。それからしばらく経って、ボーゼスの怒号で部屋が響き渡った。

「軍人たる者がか弱き民衆を襲ってどうするのです?!この恥知らずっ!!」

ボーゼスは連れて来られた元連合諸王国軍兵士の男に平手打ちをしながら怒鳴りつけていた。そこでピニャがボーゼスを制止する。

「まぁ、落ち着けボーゼス。怒ってるとお前の美しい髪と顔が台無しになる。ここは妾が引き受けよう」

ボーゼスに変わってピニャが男の前に立った。男の頰には、ボーゼスの手形が浮かび上がっていた。そして男はめんどくさそうに語った。

「はっきり言いますぜ。奴らは全員魔導師だ。俺っちの戦友を葬ったパパパッと音がなる物の正体は棒のようなものや俺の手のふた回りはあるような鉄の塊だ。俺はこれぐらいしか知らねえ」

この男は、夜中にコダ村を仲間で襲撃したが。見回りに回っていた第三偵察隊のメンバーによって反撃され、生き残ったのは彼だけだった。

「貴様っ!誰に向かって口を聞いている?!こちらはピニャ・コ・ラーダ様であられるぞっ!!」

ノーマが男に怒鳴りつけながら剣を引き抜くが、これをまたピニャが制止する。

「ノーマも落ち着け。この男の話で敵のことがよく分かった。彼には感謝しよう」

「へへっ、照れますぜぇ殿下」

男は、急にピニャに媚を売り始めた。

「褒美として、お前には鉱山に行ってもらおう……」

ピニャはいわゆるダークスマイルで男を震え上がらせた。

そして、ピニャは深く日本軍について考え込んだのであった。

この男は後日、帝都に送られた後、タコ部屋労働かつ劣悪な鉱山へ送られた。何故なら、この男はイタリカに逃れてからフォルマル家に仕える者の金銭を盗んだからだったそうな。

 



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第七話 接触

相馬が転生者と遭遇してから一ヶ月が過ぎた頃、相馬はぼーっとしながら、編隊飛行をする明灰白色に塗装された六機の九五式戦闘機(史実の零式艦上戦闘機)を自身が宿泊に使う兵舎の窓から眺めていた。

パトロールを終えた九五式戦闘機は、一機づつ滑走路に着陸して行った。

「あのトカゲ野郎の報告が上がってから空軍さんの戦闘機を毎日見るなぁ」

相馬は、口から業火をまき散らす炎龍の姿を思い浮かべながら呟いた。

相馬が言ったように、空軍や海軍航空隊が炎龍を警戒するために、毎日のように戦闘機を飛ばしていたのであった。

すると、室井がテュカ、ユノ、レレイ、ロゥリィを連れて兵舎に入ってきた。

見れば、テュカは何かが詰まった布袋を二つほど持ってきた。

「ん?何だこれは?」

相馬はそう言いながら布袋に目をやる。

「これは、ずっと以前の戦闘で倒した特地害獣・ドラゴンの鱗です。四人は、これをイタリカという場所へ売りに行きたいと言っているのですが……」

避難民を保護してから最初の数週間は、第三戦闘団の輜重兵部隊から食料、プレハブ小屋の提供などを受けていたが、元コダ村の住民達は、後の自活に悩んでいた。

経営の知識がある夫婦が小さい酒場を開いて収入を得るにしろ、人々が畑を耕して野菜類の食料を確保するにしろ、長い時間かけないと安定した生活を送るということが難しかった。そこでレレイやテュカは、連合諸王国軍の竜騎兵が操っていたとされる翼竜の遺骸が無数に横たわる場所に目をつけ、他の村人達と共に翼竜の鱗を集めたのだった。

このような経緯があり、三日後の出発を予定に、第三偵一行は準備に取り掛かった。

 

 

 

帝国陸軍・特地派遣部隊本部隊舎

陸軍総司令官の大高大将は自身のあごに手を当てながらイタリカに関する報告書を見つめていた。その傍らには、前原少将が待機していた。

「ふむ……ついにイタリカへと向かう日がやって来ましたな。前原さん」

「はい、我々がこの特地の指導者と接触する始めの第一歩と言えるでしょう。しかし、相馬中尉の第三偵察隊だけで大丈夫なのでしょうか?」

前原は、戦力面を心配していた。盤石な装備を整えた偵察隊とはいえ、多数の敵に包囲されればひとたまりもない。

かといって全て自動車化、機械化された軍の歩兵隊を送ってしまえば、敵に侵攻と解釈されてしまう。無意味な戦線の拡大につながる原因になりかねない。

「では、偵察隊に火砲を装備させるのはどうでしょうか?たしか、相馬中尉の第三偵察隊には、第一次世界大戦に参加したことがある大滝少尉がいたはずです。彼なら火砲の扱い方を知っているかと思います」

「なるほど。そうすれば、敵の歩兵、騎兵はあっという間に吹き飛ぶでしょう。しかし、問題は竜騎兵がまたがるドラゴンです。飛行機より飛行速度が遅いとはいえ、軽快な動きをする生き物ですから……」

大高は前原の案に賛成したものの、ドラゴンのことが心配だった。

「同第三偵察隊が遭遇したドラゴンですが。M2機関銃の12.7mm弾がかろうじて効くという様子だったそうな。なので、野砲には榴弾だけでなく。徹甲弾も持たせましょう」

前原が報告のことを交えながらもう一つ案を提案すると、考え込んでいた大高は納得した。

「では、そうしましょう前原さん。万が一に備えて空軍の飛行隊と陸軍第一戦闘団を待機させておきましょう。それと特地第二基地に駐屯する自動車化歩兵小隊を三偵の護衛つけましょう。そうすれば敵の警戒は和らぐはず」

「はっ。それでは、私は空軍の巌田中将と第一戦闘団の瀬戸大佐に待機を呼びかけて来ます」

前原は、大高と敬礼を交えると部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

三日後、第三偵察隊の面々はアルヌス基地を出発し、車輌でイタリカへと向かっていた。

一台の九二式小型貨物自動車が、八七式機動野砲(史実の九五式野砲)を牽引している。

九三式機動乗用車の荷台には、翼竜の鱗が詰められた袋が四つほどあった。数百、数千枚の鱗を集めたのだから。レレイや住民達は、結構な金持ちになれる予定であった。

レレイの師匠であるカトーの旧友リュドーは、イタリカでは名を轟かせた商人であるため、住民達には頼りにされていた。

さらに、往復路についてはとても頼りになるニホンの将官である相馬とその部下達がついてくれるのだから……と、レレイは相馬を見つめる。

「ん?どうした?」

視線の合った相馬に問われ、レレイは「別に」という意味の言葉を掛けた

「そのリュドーという人は何処に店を構えているの?」

レレイの側にいたテュカとユノはそれが気になってしょうがなかったのであった。レレイは詳しく二人に伝える。

「イタリカの街。テッサリア街道を西、ロマリア山麓」

「イタリカの街。テッサリア街道を西、ロマリア山麓ね……」

大滝少尉が航空写真から書き起こした地形図に、名称の判明した地物について書き込みをしている。

今回の行動では、レレイから様々な地名を聞き取ることができ、アルヌス周辺の地形図について言えば、ほぼ完成と言って良い状態になりつつあった。

「イタリカとアルヌス基地の中間にある特地第二基地で機械化歩兵連隊と落ち合うようにと言われています」

大滝少尉が地図に記された赤い点を指差す。

「たしか、あの基地には、皇族の士官がいるみたいだよ。おやっさん。しかも戦車乗りらしい」

相馬は思い出したことを大滝に話す。大滝は、「それは頼りになりますね」と言葉を返した。

ちなみに、特地第二基地には、火力と機動力に優れた機甲部隊を中心とする第一戦闘団や、電撃的な展開を得意とする機械化歩兵師団、この二つの部隊を陰で支えている工兵隊や輜重兵隊が駐屯していた。

「三偵の相馬中尉と合流しましたっ!これより同行するっ!」

相馬達と合流した機械化歩兵小隊の隊長を務める『輪島 新太郎』曹長が無線でそう言っていた。その傍らで他の兵士達がハーフトラックの荷台や運転席に乗り込んで行く。

しばらくして、偵察隊のホハ改を先頭に、相馬達の自動車とその背後に、歩兵小隊のホハ改が続いていた。

機動乗用車の中では、田中がユノと楽しげに話しをしていた。田中が現地語に慣れるために、現地語の意味が書かれた冊子を開きながら話しをしている。

まだ慣れていないのか、田中は少しカタコトだった。それがおかしいのか、テュカとロゥリィが笑っている。

田中は、二人からからかわれるのが恥ずかしかったのか、相馬に助けの視線を送るが、相馬は「まぁ、上手くやれ」という視線を返した。

「相馬隊長、右前方で煙が上がっています」

相馬に代わって運転をしていた大滝が、右前を指さした。

ほぼ同時の報告が無線を通じて、先頭を走る車両から入ってくる。相馬は、双眼鏡で煙の発生源あたりを観察してみるが、まだ距離があって確認するのが難しい状態だった。

車列を止めさせて大滝に尋ねる。

「少尉、この道、煙の発生源の近くを通るかな?」

「というより煙の発生源に向かってませんか?」

「勘弁してくれよぉ〜。あのトカゲ野郎はごめんだぜ。でもなんか別の嫌な予感がするんだよね」

次いで、相馬は大滝に意見を求めた。

大滝が何度か地図を確認したが、カタカナで『イタリカ』と記入された街が存在していることを示した。テッサリア街道を進む車列は、当然のことながらイタリカへと向かっている。

その次にレレイに意見を求めた。

相馬が双眼鏡の使い方を普段から教えたためか、正しく構えると前方へ向けた。

「あれは、煙」

レレイは日本語でそう答えた。

「煙の理由は?」

レレイは、相馬の質問の意味を直ぐに理解した。レレイは、コダ村で相馬と会って以降、日本語に興味を持ち、今となっては、相馬や他の日本兵達とそこそこ意思疎通ができるようになった。

「あれは、人がした、何かの火。でも大きすぎる」

「あれは『火』だけど、人がやるなら『火事』だ」

単語の応用をレレイに伝えておいて、相馬は思索し、指示を下す。

「周囲への警戒を厳にして、街へ近づく。特に対空警戒は怠るなっ」

田中が軽機関銃を引き寄せた。それぞれ左右に目を配り出す。テュカはレレイに列び、ユノは田中と列んで一緒に周囲を警戒した。そして車列は再び進み始めた。

ロゥリィは、相馬と大滝の間に身を乗り出してきて、「血の臭い」と呟きながら、なんとも言えない妖艶(ようえん)な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

帝国貴族フォルマル伯爵家領・イタリカ

イタリカの街は、出来てから二百年が経つ城塞都市だった。帝都や他の街道を結ぶ交通の要衝として大きく発展していた。

多くの商人が集まったため、二百年経った今でもその名残がある。さらには、帝国を支える穀倉地帯としても有名だった。ところがフォルマル伯の当主コルトが妻と共に事故死してしまったことから街に不幸が始まってしまった。

その長女・アイリと次女・ルイが、実質的な跡継ぎである末っ子のミュイの後見という名の実権を巡っての争いが生じてしまったのである。

そのうち、アイリとルイの嫁ぎ先の伯家の兵が争うという、小規模紛争に発展してしまったのである。

さらに、事態を悪くさせてしまったのが、帝国による異世界出兵である。

これに長女と次女の夫が出征し、それぞれの当主がそろって行方不明になってしまったのである。

これによってアイリもルイもフォルマル伯爵領に関わっている余裕が無くなってしまい、アイリとルイは、イタリカの治安維持を担っていた兵を退いたのであった。

あとに残されたのはミュイとフォルマル伯爵家の遺臣ばかりである。

わずか十一歳のミュイに家臣を束ねていく力などあるはずもなく、領地の運営も惰性でなされるようになった。心と揺るぎない忠誠がある家臣が存在する以上の確率で、私欲に素直な家臣が存在し、気が付けば横領と汚職が散見され、不正と無法がはびこっていた。

民心は揺れ動き、治安は急激に悪化する。

各地で盗賊化した落伍兵やならず者が、領内を旅する商人を度々襲うようになり、これによって交易は停止し、イタリカの物流は停滞してしまう。

さらに盗賊やならず者達は徒党を組んで、大胆かつ大規模に村落を襲撃するようになった。数人の盗賊が数十人の盗賊集団となり、現在では数百の規模となった。

そしていよいよイタリカの街そのものが盗賊に襲撃されたのである。

 

 

 

 

街の城門上に陣取って、弓弦を鳴らしていたピニャは、退いていく盗賊を数人仕留めると、大きなため息をついて弓矢を降ろした。周囲の兵士は、彼女と同じようにため息をついて剣や弓を降ろす。

あるいは、傷ついた兵士がのろのろと立ち上がった。

石壁には矢が突き刺さり、周囲では煙が立ち上っていた。見渡すと、騎士達が情け容赦なく盗賊の残党狩りをしていた。

城壁の外には、盗賊達の死体や馬などが倒れている。

「ノーマ!ハミルトン!ボーゼス!ヴィフィータ!怪我はないか?」

破られた門扉の内側にある策を守っていたノーマは、大地に突き立てた剣を杖のようにして身体を支え、肩で息をしつつ、わずかに手を挙げて無事を示した。彼の鎧には、敵の返り血がべっとりとついていた。

ハミルトンに至っては既に座り込んでいた。両足をおっ広げて、後ろ手で身体を支えているが、今にも仰向けに倒れ込みたいという様子。剣も、放り出していた。

「はい、なんとか生きています」

「怪我はありません。殿下は、大丈夫でしたか?」と、城外にいたボーゼスが手を振りながら心配する。

「ええ、平気です」と、『ヴィフィータ・エ・カティー』がピニャに手を振る。

「姫様。小官の名がないとは、薄情じゃありませぬか?」

「グレイっ!お前は無事に決まってるだろう。だからあえて問わなかったまでだ」

「いささか辛辣ではありませぬか?」

堅太りの体格で、いかにもタフそうな四十男が少しも疲れた様子も見せず、剣を肩に乗せていた。見ると、グレイの鎧はノーマのものよりも剣で斬りつけられた跡が多く。弓矢が刺さっていた。

「姫様、何でわたしたち、こんなところで盗賊を相手にしているんですか?」

ハミルトンは責めるような口調で苦情を言い放った。いささか無礼ではあるが、言わずにいられない気分だった。

「仕方ないだろう!異世界の軍がイタリカ攻略を企てていると思ったんだからっ!お前達も賛同したではないか?」

アルヌス周辺の調査を終えて、いよいよ、イタリカに乗り込もうとしたところ、ピニャらの耳にひとつの噂話が入った。

それは「フォルマル伯爵領に、大規模な武装集団がいる。そしてイタリカが襲われたそうだ」というものだった。

それを聞いたピニャは、アルヌスを占拠する異世界の軍がいよいよ侵攻を開始したと考えたのである。「分遣隊を派遣して、周辺の領地を制圧しつつ帝都を包囲しようという魂胆か?」と察した。

ならばこちらとしても考えがある。ピニャとしては、やはり初陣は地味な偵察行より、華々しい野戦が良い。

丘の攻略戦では帝国は大敗を喫したが、野戦とならばという思いもあった。だからアルヌス偵察は後に回し、指揮下の騎士団にイタリカへの移動を命じつつ、自分達も準備を整えるためにイタリカへ来たのだった。

どのような戦法をとるにしても、敵の規模や戦力を知らなければならない。もし、敵の戦力が少なければイタリカを守備しつつ、その背後を騎士団につかせて挟撃することも出来る、とも考えていた。

ところが、実際にイタリカに到着してみれば、街を襲っていたのは大規模な盗賊集団だった。

しかもその構成員の過半が、「元」連合諸王国軍とも言うべき、敗残兵達であったのだ。

これに対して、イタリカを守るべきフォルマル伯爵家の現当主はミュイ十一歳。

彼女に戦闘の指揮など取れるはずもなかった。だが、運良くピニャ達がイタリカに訪れていたため、兵の士気低下や脱走を避けることが出来たが、兵力の消耗は時間の問題だった。

「とりあえず三日守りきれば、軍団が到着する」

実際はもう少しかかるかも知れないとは言えない。

ピニャのその言葉を信じた伯爵家の兵達は力戦奮闘した。

だが敵も落ちぶれたとは言え元正規兵であり、攻城戦に長けていた。

街は攻囲こそされないものの堅牢なはずの城門が突破寸前であった。兵や騎士団員達が力戦したからこそ、こちら側の死者がなく戦い抜けたのだが、正直あと少しで負けるとこであった。

物心共に被害も甚大だ。

そのうち、守るべき民から勇敢な者を引き抜き、民兵隊を編成しなければならなかった。

そして、ピニャには兵の士気をあげる術が、どうにも思いつかない。

これが、彼女の初陣における悩みのタネだった。

ピニャは、戦いの疲れと悩みの疲れか、眠りに入ってしまった。

 

 

 

ピニャを起こしたのは、水の冷たい感触だった。彼女は顔を布でぬぐい、濡れた衣服の上に鎧を手早くつけつつ、ピニャは怒鳴った。

「何があった!敵か?」

濡れそぼった朱髪を振り乱すピニャの姿に何とも言えない艶気を感じつつも、事態の急変を知らせに来たグレイは、そんな気分は隠して報告した。

「はたして、敵なのか味方なのか、見たところ判りかねますな。とにかくにもおいで下され」

城門にたどり着いてみると、戦闘態勢を整えた兵士と団員達が、城壁の鋸壁から、あるいはバリケードの隙間などから、門前の様子を見ていた。

「姫様。こちらからよく見えます」

槍を手にした兵の一人が、積み上げたバリケードの隙間を譲ってくれた。

覗いてみると狭い視界の向こう側に、鉄の塊を支える四輪のものと、よくわからない鉄の塊を含めて、十台停まっている。

ピニャは、魔導師が木甲車を魔法で動かしているのだろうと考えた。だが、それは鉄甲車とも言えた。

車の中をよく見ると、同じデザインのオリーブドラブ色の服を身にまとい、同じ色の布で覆われた兜を被った兵士達だ。

手には、武器なのか杖なのか判別の難しいものを抱えている。その険しい表情や鋭い視線などから、この者達が油断のならない力量を有した存在であることはわかる。

「何者だ!敵意が無いなら姿を見せろ!」

「そうだ!敵なら潔く投降なさい!」

ノーマによる誰何の声と、ボーゼスが投降を迫る声が、頭上の城壁から厳しく響いた。

どんな反応が起こるのかと、ピニャもイタリカの兵士も、騎士団員達も皆、息を呑んで見守っていた。

待つこと、しばし。ふと、車の後ろの扉が開いた。

そこから、ローブを身に纏っているプラチナブロンドの髪を持つ少女が出て来た。

「オーク材のくすんだ長杖……リンドン派の正魔導師か?」

じっくりと見ている暇もなく。また誰かが降りてくる。

続いて降りて来たのは、いかにもエルフという感じの衣装をまとった娘だった。

ピニャは、エルフの者がなぜ森ではなく。こんな街道の上に居るのだ?と思っていた。

急に起きた出来事に頭が追いつかなかったピニャは、その後に出てきた娘を見て、ピニャは、濡れそぼった衣服が急激に冷えていくのを感じた。

フリルにフリルを重ね、絹糸の刺繍に彩られた漆黒の神官服。

黒髪を紗布のついたヘッドレスで覆う、いとけない少女。

「あ、あれはロゥリィ……マーキュリー。父上……いや、皇帝陛下が彼女と話をしているのを、国事祭典で見たことがある」

「あれが噂の死神ロゥリィですか?初めて見ますが、見た感じじゃここのご令嬢様ほどでしかありませんね……」

魔導師の少女や、エルフ少女と比べても、ロゥリィは小さくて幼そうに見える。が、自分の体重の倍もありそうなハルバートを、細枝のような腕で軽々と扱って、ズンと大地に突き立てる腕力が凄まじい。

「ひっ」、と小声を漏らすハミルトン。

「無理もない。あれで、齢九百歳を超える化け物だからな」

帝国などこの世に影も形もなかった時から延々と生き続ける不老不死の『亜神』、それが使徒である。これでもロゥリィは、十二使徒の中でも二番目に若い。

使徒・魔導師・エルフの精霊使い……この三人の組み合わせがもし本当に敵ならば、ピニャはさっと抵抗を諦めて、逃げ出す方法を考えようと思ってしまった。

「ですが。エムロイの使徒が盗賊なんぞに(くみ)しますかねぇ?」

「もし、当初から盗賊に与しているのなら、今頃イタリカは陥落だぞ。もしくは、日和見を決めて、こちらか向こうに加勢していたということもあるだろう……それに、あの三人が味方なら是非とも迎い入れたい」

ピニャは、三人が盗賊に与していないなら即戦力にしたいという考えがあった。

そして、味方なら「味方が増えた!」と告げることが出来る。

いやいや、説き伏せている時間など無い。無理矢理、強引にでも味方にしてしまわなければならない。

あるいは、入城を拒絶するかのどちらかだ。

こうして、ぐるぐると思考が巡り決断のつかない状況の中で、ついに城門小脇の通用口の戸が外から叩かれた。

思わず息が止まってしまう。

そして、唾をグビと呑み込むとピニャは決断した。勢いだ。勢いで有無を言わさず、巻き込んでしまえ。巻き込むと決める。

三本ある閂を引き抜くと通用門を、力強く、勢いよく、大きく開く。

「よく来てくれたっ!!」

「さぁ、投降なさい!」

ここで聞き覚えのある声と、カキンっ!という甲高い音が響く。

ふと、ピニャが我に返ってみると、先程まで頭上の城壁にいたボーゼスが自分より前に出て見たことのない衣装を纏った男と剣を交えたまま、男を睨みつけていた。男は、急なことだったのか、少しおどおどとしていた。

すると、ロゥリィも、エルフの娘も、魔導師の少女も戦闘態勢といえる体勢になっていた。

やがて彼女たちの、冷えた視線がピニャとボーゼスへと注がれる。

「…………聞きたいことがある。敵対する気は無いのか?」

三人の少女は、そろって頷いた。そして、男も困惑しながら数回頷いた。

ピニャは、まずいことであることは理解できるので、まずはボーゼスを制止する。

「お、おい!味方になってくれるかもしれないのだぞ。剣を下ろせ」

「は、はい」

ボーゼスはピニャに従って剣を下ろした。

続けるように、男も剣を鞘に収めた。

三人の少女と男は、ピニャが敵意を持っていないことを理解したのか、反撃はおろか、非難の声を上げることは無かった。

「すまなかった!」

「いえ、そういうことなら……」

深々と頭を下げるピニャをすんなりと許す相馬であった。

 

 

 

大滝少尉と輪島曹長からの呼び出しが、拡声器を通じて聞こえていたので、一旦通用門を出て返事をする。

「中尉、ご無事でしたか?心配しました」

「大丈夫だ。おやっさん。もう少し待ってほしい」

「もう少し遅かったら小隊に指示を出すところでしたよ」

大滝の横にいた輪島曹長は、拳銃を片手にそう言っていた。

「じゃあ、交渉してくるよ」

相馬は、二人にそう言って城門内に戻ると、何故かまったりした空気になっている周囲に対する反応に困った。

「それで、誰が指揮官なの?」

「わ、妾だ!」

ピニャは、状況を理解したのか声を張り上げた。見れば、彼女の後ろから騎士団員達が、「なんだ?どうした?」と言いながら野次馬モードに入っていた。

この後ピニャは、このよくわからない空気をおさえるのに、小一時間ほど掛かったそうな。

 



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第八話 イタリカ攻防戦

相馬の双眼鏡には、斥候と思われる盗賊の騎馬が数騎写り込んでいた。

「敵の攻勢を真正面から受けることになりますね」

輪島曹長の言葉に相馬は頷いた。

他の盗賊と結託しないかぎり包囲攻撃という選択肢は、盗賊側にはない。

この街を六百弱程度で包囲するには、無理がある。なので彼らは、数に物を言わせて一方向から攻め込むという方法しかなかった。

しかし、相馬達が守る南門は一度突破されかけている。

だが、損傷は酷くなく。門の修復が完了していた。はっきり言って盤石な備えといえるだろう。

「だが、思うのはあのピニャという姫様が我々を囮にする事が明らかに分かる。我々四十六人と、駆り出されたと思われる民兵隊の人とここを守るしかないな。しかし、敵が突破に失敗したところを攻めると思うか?」

相馬は、輪島に意見を求めた。

「そうですね。敵さんも一度突破が失敗したところを素直に攻めると思いません。丁度基地から暗視装置を何個か持ってきているので、部下にこれを持たせて北東西に向かわせるべきかと思っています」

輪島は、二人一組で暗視装置を持たせて南門以外の門にも向かわせる案を相馬に持ちかけた。

「それは良いかもね。ありがとう輪島曹長。じゃあ、小隊に指示を出してくれ」

この後、相馬の指示を受けた輪島が部下に、他の門への移動を命じた。

「あっそうだ。一応第二基地の戦車隊にも応援要請をしてもらっても良いかな?何か嫌な予感がするんだよね……」

相馬は、顎に手を当てながらそう呟く。

「分かりました。では、出発の準備を整えるように無線を送ります」

輪島はそう言いながら九三式機動車の方へ行き、本部と通信を始めた。

イタリカの付近まで部隊を展開させるから、事が始まり次第また返事をしろという感じの言葉が本部から返ってきた。

 

 

 

相馬の勘は的中していた。アルヌス基地から飛び立った九八式偵察機が、偵察中にイタリカの北門へと向かう約二千の盗賊集団を捉えたのだった。偵察機に搭乗していた偵察者が素早く本部に電文を送る。

約二千の盗賊達は、数百の「元」歩兵、騎馬や十数匹の翼竜をもって構成されていた。

その先頭には、彼らが飼い慣らしたと思われるオークとゴブリンといった怪異が陣取っていた。

怪異達は、あたかも女子供を犯すことが目的であるかのようだった。口から涎をこぼし続けるオークとゴブリンは常に早歩きだった。

しかし、そんな彼らが数時間後、『火を吐く鉄の木甲車』や『鉄の翼竜に乗る弓兵』によって逆に地獄を見るはめになるとは誰が想像できたのだろうか……。

 

 

戦闘は、夜中過ぎから始まろうとしていた。

それは日の出まであと数刻という頃合いだった。

「小隊長へ、お客さんが向かってきています。本部に呼びかけをお願いします。数は……おそらく千人ほど、何故かさっきより増えています!誰か東門へ!」

兵卒の一人が無線機を持ちながらそう言う。もう一人がノーマや周りの兵士に敵の接近を知らせる。

「皆の者!敵が来るみたいだ!弓兵は、身を屈めろ!歩兵は亀甲隊列の準備をしろ!」

ノーマが周りに指示を出す。

周囲の兵士はノーマの指示に従って行動をする。

「くそっ!落伍兵や敗残兵ならのたれ死ねばいいんだ!よりによって何で民や帝国を襲うんだ!」

ノーマはそう怒鳴る。

次の瞬間、盗賊側の弓兵による矢が東門へと降り注いだ。敵の行動を把握したノーマのおかげで、矢を避けることができた。

しかし、そんなノーマ達に新たな試練が襲いかかった。

飛んでくる矢が先ほどから徐々に威力を増していたのであった。

そのせいか、複数の矢が壁に深く突き刺さっていた。まるで風に後押しされていたかのようだった。

「まさか、敵に精霊使いが?」

ノーマは、城壁から身を乗り出して様子を見ようとしたが何かが突き刺さる音と共に、腹部に尋常じゃない痛みと苦しみを感じた。

「あがっ……!苦しい…毒矢か?」

ノーマは、城壁から降りてすぐのところで倒れ込んだ。敵と正々堂々と戦うこともなくこのまま無様な死に方をするのか。

クソッタレめが。と思いながら涙を流していた。

だが、緑色の服を纏った長い黒髪の女がこちらの前に屈んで様子を伺っているのが見えた。それから、女の一人に優しく抱え込まれたところで、ノーマは意識を失った。

 

 

 

「これは毒矢だな……久島兵長、室井兵長。彼に救命処置を施してくれ。輪島曹長、富河軍曹そして、小隊の諸君。ひと暴れするか……」

相馬はそう言うと、小銃を持ってホハ改に乗り込もうとした。したのだが、誰かが相馬の左腕を握った。

「誰だ?」

そう言った次の瞬間。急に身体が飛び上がったので、思わず持っていた小銃を落としてしまう。ほどなくして、柵の外に出てきてしまった。

「……って、ロゥリィ!危ねえだろ?」

相馬は、隣にいたロゥリィにそう言った。

「だって。ヨウスケと一緒じゃなかったら……」

ロゥリィがそう言った次の瞬間。ついに盗賊達が、乱入して来た。

「こいつ、俺っち達が来たのに女とイチャついてるぜぇ!」

騎馬にまたがる盗賊がそう言いながら相馬を指差す。周りの盗賊達も嘲笑を始める。

「おい、なんとか言え。クソガキ」

盗賊は相馬を煽りながら鼻の穴に指を突っ込み、ほじり出す。だが、相馬はうつむいたままだ。

「うざったい!殺す!」

急に苛立ち始めた盗賊は、そう言うと剣を抜こうとするが……

パンパンパンッ!

盗賊の男の脳天に、三つの穴が開く。そして、血を垂らしながら後ろに倒れ込んだ。

「人が女と話している時にガタガタ抜かしやがって……てめぇらぶっ殺してやる!!」

相馬は、そう言うと拳銃をホルスターに収め、刀を抜いた。

これを見たロゥリィは、静かに笑うと同時にハルバートを地面に叩きつける。

「いくぜ……ロゥリィ」

「はぁい。ヨウスケ」

そう言うと、二人は目の前にいた敵に斬り掛かり始めた。

ロゥリィは、人馬を蹴り飛ばし、ハルバートで吹き飛ばす。

相馬は、吹き飛ばされて来た盗賊を斬り伏せる。

巧みに避ける相馬とロゥリィに反撃の一つも出来ずに斬り伏せられてゆく。盗賊達。

「お前らっ!玉になれ!」

盗賊の頭と思われる者がそう叫ぶと、歩兵達が亀甲隊列を組む。

それも虚しく。相馬から投げられた手榴弾が、亀甲隊列を吹き飛ばす。今度はロゥリィが敵を斬り、その首を刈り取る。

尋常では無いと感じた彼らは、徐々に退いてゆく。その間にも輪島達による銃撃によって彼らは撃ち倒されてゆく。

そんな盗賊達は、二人に釘付けになっていたため、自分達の後ろから近づいてくる何かに気づく暇もなかった。

そして、甲高い爆発音と共に外に出ていた盗賊達は、吹き飛ばされた。

 

 

 

盗賊によるイタリカ侵攻が始まる三十分前、第一戦闘団所属の約八十数輌の戦車の群れが薄暮に覆われた大地を走っていた。

本土から持ち込んで来た三式戦車改を先頭にして、二式快速戦車、衛生兵を乗せたトラック。さらにその後ろに火炎放射器を装備した八九式軽戦車・ハ号が続いていた。

轟く履帯の音。

戦車はラッシュ時の会社員の如くスムーズに移動して行く。

「瀬戸大佐。あと十分で会敵する予定です」

通信手からの報告を、瀬戸は頷いて受けた。

二式快速戦車に搭乗している副団長かつ皇族軍人の『陸奥宮(むつのみや)』中佐が無線を通じて、「敵の行動を牽制しつつ、我々が向かう北門の人々を守るために大佐殿の三式改が門の前で固定砲がわりになるべきかと思います。その間私が二式と八九式を率いて敵陣に切り込みたいと思っています」と段取りを提案する。

瀬戸は、これも頷いて受けると、「若様にお任せ致します」と返した。

車内の砲手は主砲の発射トリガーに手を添えた。

「あと五分!!」

戦車達は、休まず北門へと向かって行く。

快速戦車と軽戦車が張り切って三式戦車改の前に出る。

瀬戸大佐は、双眼鏡を覗き込む。

双眼鏡から見えたのは、北門を蹂躙せんとする怪異の群れと多数の騎馬だった。

瀬戸大佐は、城門の方へと双眼鏡を向ける。そこには、白を基調とした甲冑に身を包む美女達の姿が見えた。

「総員に告ぐ。最大速度で吶喊だ!北門には、べっぴんさん達がいる。なんとしても彼女達を守り通せ!そして、善良たる人々を殺めんとする賊徒共を討ち取れ!!」

瀬戸は、無線でそう怒鳴りつけると、各車輌から「了解!!」と各車輌の搭乗員達の血気盛んな声が無線機から溢れ出た。

すると、戦車達の上を九七式襲撃機や九五式戦闘機六四型が通過していった。

「空軍も張り切ってるじゃねえか。南東西は空軍さんに任せて、俺たちは北門でひと暴れだな……」

瀬戸達第一戦闘団は、刻一刻と北門へ近づいていた。

 

 

 

北門に布陣していたピニャ達薔薇騎士団は正直言って、近づいてくる怪異達や騎兵達に圧倒されていた。

騎士団全員で敵に突っ込んで騎馬戦を挑みたいところだが、興奮状態のオーガやゴブリン、トロル達に背後に回り込まれて全滅することが目に見えている。

かといってこのまま敵を引きずり込んで攻城戦に持ち込んだとしても、破壊を得意とする怪異達の総力戦によって持ちこたえられる時間は、圧倒的に少なくなってしまう事が目に見えている。

どの戦法を考えても自分達が犯され、なぶり殺される結末しか思い浮かばなかった。

「くそっ……(妾はどうすれば良いのだ。『緑の人』達に助けを求めようにしろ彼らを囮として南門に配している。妾は勇敢たる騎士団を犬死にさせてしまうではないか……)」

ピニャは悔しさのあまり唇をギッと噛み締めた。ハミルトンやボーゼスといった部下達がピニャを心配する。

「私たちはこの街を守った英雄として名を残してやります。殿下はお逃げください。殿下っ!私達にご命令をっ!」

ボーゼスはそう言いながら、ピニャの両手を握りしめながらピニャを見つめていた。

「……いや、妾はお前たちを見捨てない。妾もお前たちと運命を共にしたい……ボーゼス。最後の命令かもしれん。皆と妾と共に英雄となるべく、敵を迎えるぞ!帝国に幸あらんことをっ!!」

ピニャはそう言いながら腰に下げていた剣を天高く振り上げた。

これに騎士団員達は共鳴して剣を振り上げる。

すると、甲高い爆発と共に、眼中にあった数百メートル先の怪異や騎馬達が吹き飛んだ。

「殿下。あれは……緑の人の仲間なのでしょうか?」

ヴィフィータは指差しながら城壁の外を指差す。それにつられて周りの団員達も外を見る。

「火を吐く鉄の木甲車?」

ピニャの目に入ったのは、城門いや、自分達を守っているであろう。まだら模様に塗装された巨体を持つ『火を吐く鉄の木甲車』だった。他には、敵へ突っ込んで行く同じような鉄の木甲車の群れがいた。

そして、城門の前に広がる鉄の木甲車から見慣れない緑色の衣装と帽子を身に纏った男がホラのようなものを持ち、こちらを見つめながら自身の声を響き渡らせていた。

「怖がらないでくださいっ!私達は貴女達の味方ですっ!共に戦いましょう!!」

「味方なのか?」

ヴィフィータは、男や『火を吐く鉄の木甲車』をずっと見つめていた。

第一戦闘団は、ピニャ達薔薇騎士団を守るべく北門に展開した。

陸奥宮に率いられた快速戦車と軽戦車はなおも進撃をやめない騎兵や怪異達に向かって走り出していた。

八九式軽戦車は固まって突撃をしてくる怪異達に向かって火炎放射攻撃を始める。

火炎放射器から放たれた炎に身体中を焼かれ、転げ回りながら悶える怪異達。他の怪異達は、同じように業火に晒されてゆく。

「汚物は消毒するんやでっ!!」

関西地方出身であろう戦車長が、業火を撒き散らす戦車のキューポラから身を乗り出して短機関銃を怪異に向けて乱射する。

「覚悟せいっ!賊徒共!」

陸奥宮も同じようにキューポラから身を乗り出して数十輌の快速戦車を率いる。

右往左往する敵達に向けて、車載機関銃を撃ち込む。なおも勇敢に槍を連ねて向かってくる騎兵には、集中砲火で迎え撃つ。案の定、敵は吹き飛ぶ。

そのうち槍を連ねてやってくる敵に体当たりを仕掛ける戦車まで現れ始めた。もちろん鉄の塊を避けれるわけがなかった敵は衝撃と履帯によって踏みにじられていった。

門の前に展開した三式戦車改は、亀甲隊列を組みながら近づいてくる盗賊達を、完全に自動装填化された主砲から放った成形炸薬弾で、アルヌス防衛戦の時ように、葬り去る。こうして、北門を襲おうとした敵の野望は一瞬にして打ち砕かれた。

 

 

 

東門では、九五式戦闘機が自由に空を舞っており、飛来してきた盗賊側の竜騎兵達をロケット弾や機銃で葬る。

20mmの機銃を受けた竜騎兵は、自身の手足や胴をズタズタに引き裂かれた。彼らを乗せている翼竜は、脳天や翼膜に穴を開けられ、悲鳴をあげながら倒れていった。

盗賊達からすれば、日本軍の戦闘機は、死神の羽音を響かせる鋼鉄の翼竜または、パイロットが『鉄の翼竜に乗る弓兵』として見えていた。

地上でもほぼ同じ光景が広がっていた。

大地を闊歩するように、軽快な動きをするホハ改から身を乗り出した隊員達が、小銃で弓兵や歩兵を撃ち倒す。富河軍曹が、置き土産よろしく手榴弾を弩の矢を装填する敵に投げつけていた。

室井兵長が城壁の上で身を隠すように三八式歩兵銃を構え、視野の周囲にぼんやりと見える照門の中央に照星を置き、これを体勢を立て直そうとする盗賊の頭部に重ねた。盗賊の動きの速さに合わせながらリードをとる。

「正しい見出し、正しい引きつけ、正しい頰つけ。コトリと落ちるように……」と呟きつつボルトの操作を行い、引き金をひく。

三発の発射。

右の肩に発砲の衝撃を受け止めながら、自分の実力が発揮できるという感動を憶えていた。

「あの室井とかいう娘。とんでもねえじゃじゃ馬じゃねえかっ!」

ホハ改に乗る輪島は小銃の弾を装填しながらそう呟いた。周りの部下達は、彼女に賞賛の声を送っている。

だが、そんな彼女よりすごいのは相馬の方である。相馬は、空軍による攻撃が行われるなかでロゥリィと共に大地を駆けていた。

自分達に襲いかかってくる敵を斬る蹴るのコンビネーションで圧倒していた。

ロゥリィが蹴飛ばした敵を相馬が斬り、相馬の背後に回り込んだ敵をロゥリィがハルバートでスイカのようにかち割るの繰り返しだった。

「いいぞロゥリィ。その調子だ」

相馬はそう言いながらロゥリィの背後にいた巨漢を拳銃で撃つ。

「あらぁ、ヨウスケだってやるじゃない」

ロゥリィは、ハルバートを相変わらずのように振り回し、プロペラのような旋風でトロル達の首や上半身を高々と跳ね上げている。

二人は赤い雨粒をその頰に受けながら、血肉を斬り、そして断つ。

そんな事が続いているうちに、敵の士気が下がっているという事に気づく。

それと同時に、天を覆っていた黒煙を切り裂くようにして九七式襲撃機が姿を見せた。

その威容に人々は圧倒された。

空を見上げ、指をさして天空を舞う鋼鉄の翼竜に見入っていた。

相馬達や第一戦闘団に押しまくられて密集しつつあった敵に、三機の九七式襲撃機は、急降下爆撃の態勢に入る。

状況を理解した相馬は、刀をしまい。ロゥリィの手を引いて走る。

輪島は、「空軍さん!とどめをかましてやれ!!」と言いながら身を屈める。

相馬等を待ちかまえていたかのように、三機から落とされた合計六個の六十キログラム爆弾が瞬く間に敵をミンチへと変えていった。

そこからさらに九五式戦闘機が、機銃掃射を行う。それは最終的な破壊だった。

燃えさかる戦いの炎、全てを一瞬にして吹き飛ばす豪雨であった。

ほどなくして、空軍機がアルヌス基地へと帰還していった。

耳に残るのは、盗賊達の慟哭(どうこく)と悲鳴。

衛生兵達を乗せたトラックが次第に集まってきて、そこから兵士達が降車する。

周囲を警戒しながら敵味方の生存者や怪我人を探していく。

ここで、住民の一人が尊崇の念を込めて、相馬にどこの誰かと尋ねた。そして「日本帝国軍」という答えを得る。

ロゥリィは、飛び去ってゆく空軍機に手を振りながら周囲を見渡した。

ふと、気付く。

相馬が微笑みかけながら自分を見つめていることに。

相馬は右の拳を握りしめていた。おそらく自分と拳を合わせたいのだろう。だが、せっかく楽しませてもらったんだ。これ以上の良いことをしてあげよう。

ロゥリィ・マーキュリーは目を瞑り、その桜色の唇を相馬の頰に重ねた。

こうして、イタリカ攻防戦は幕を閉じた。奇跡的に日本側と帝国側には、死者が出ておらず。数十名の怪我人だけで済んだ。

盗賊側の被害は甚大なもので、死者千六百人。重軽傷者五百人というものだった。

この特地では、後に奇跡の戦いとして語り継がれるのであった。

 



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第九話 皇女の決断

アルヌス基地へと帰還する空軍機が飛び交う中で、北門の城門に差しかかろうとしていた一機の九七式襲撃機の後部搭乗席では、海軍少将の前原 一征がパラシュート降下の準備をしていた。

「少将。この辺りでしょうか?降りる際は、尾翼に気をつけてください」

「うむ。ありがとう大竹大尉。こうして、第二前世でも君に世話になったな。じゃあ、行ってくるよ」

この九七式襲撃機を操縦する『大竹 馬太郎』空軍大尉は、第二前世で前原が指揮する超国家機密とされていた潜水艦隊の隊員の一人だった。

特殊攻撃機隊を率いてパナマ運河を攻撃したり、時には新聞記者をワシントン上空まで送って降下させたりという重要な任務をこなしていた。前原や他の第一、第二前世メンバーが新しい日本に転生して来たと同時に、彼も第二前世と同じように、航空機のパイロットとして日本に転生していたのであった。

それから前原は搭乗席から勢いよく飛び降り、パラシュートを得意げに開き、ゆらゆらと城門へ降りて行った。

北門にいた騎士団員達は人が空から降りて来るという光景に釘付けになっていた。

 

 

 

ピニャは、圧倒的な速さで敵を殲滅した相馬達日本軍とロゥリィを前にして、語りかけるべき言葉が見つからず窮していた。

昨日は相馬を謁見し、高みから協力を命じる立場だった。

死者を出さずに盗賊を撃退し、兵士や市民達が素直に喜んでいる傍らで、ピニャは今日の戦闘で一気に惨めな気分になっていた。一方で、勝利を得たことに喜ぶべきなのだという感情もあった。だが、ピニャの中では惨めな気分の方が勝っていたのだ。

勝利したのはロゥリィや、相馬達「ニホンテイコクグン」を自称する軍勢だ。

不当にもアルヌスの丘を土足で占拠し続けるこの敵は、鉄の翼竜や火を吐く鉄の木甲車を駆使し、大地や盗賊を焼き払う強大な魔導をもって、大勢の盗賊らを瞬く間に滅却してしまったのだ。

こんな異常とも言える力を持つこの軍勢は、政治を解さない民達を丸め込み、そしてこの丸め込んだ民を利用して開城を要求して来たら……妾は娼婦のように取りすがって慈悲を請い、我が身とミュイ伯爵少女の安堵を願い出るしか無いのかも知れない。などと考えながらピニャは、相馬等が要求を突きつけて来るのを、恐る恐る待っていた。

待っていたのだが、よくわからない意識が彼女を覆った。

「捕虜の一部は我々に譲って頂きたい」

レレイが、ピニャの傍らに立つハミルトンの言葉を前原少将に通訳していた。相馬よりも特地語に精通した前原が交渉に応じることになった。

前原は、直立不動の姿勢のまま頷く。

「イタリカ近辺の復興に労働力が必要という貴女の意見は了解しました。また、今後の情報収集のためにそちらの捕虜を三名〜五名を選出して連れて帰ることを希望します。以上を約束して頂きたい」

「本当にあなた達の要求はそれだけなのか?」

この言葉をハミルトンは三回以上繰り返して声に発した。レレイは分かりやすく三回頷く。

ハミルトンに下がるように、ピニャは声をかけた。

「良かろう。求めて捕虜達を数名引き渡そう。此度の勝利にそなたらの貢献が著しいのでな、妾もそなたら意向を受け入れるに(やぶさ)かではない」

ハミルトンは、ずうっと黙っていたピニャが言った一言に納得する。

ピニャはレレイの横にいる青年の事が気になってしょうがなかった。そもそも誰なんだと。それは、少し青みがかかった髪とやわらかな青い目を持つ青年だった。

この青年は白い帽子と同じ色の修道服のようなものを身にまとっている。そして兵卒とは明らかに違う雰囲気であった。

ニホンテイコクグンを束ねる者であろうと、ピニャは自己解釈した。

それからピニャは考え込みながら近くにあった椅子に腰掛けた。

気が付けばハミルトンが締結されようとしていた条約の内容を歌い上げるようにして、読み上げていた。

ハミルトンが頑張ってくれたことにピニャは心の中で感謝した。

ピニャは立ち上がって、条約の内容が書かれた羊皮紙の末尾にサインをして、封蝋に指輪印を押捺(おうなつ)した。

隣席に、お行儀よく腰掛けているミュイ伯爵少女にもサインと捺印が求められた。

ハミルトンが前原の前に出て、羊皮紙を差し出す。

これをレレイとテュカが確認して頷いたのを見て、前原は漢字で署名を書き込む。

ロゥリィは何故か唇から歯を覗かせながら上機嫌な様子で相馬の腕を組んでいるが、関わろうとしない。相馬は何故か顔を赤くして、ぼやっと突っ立っていた。

協約書は二通作成する。

二通目の作成中に、ピニャの手元に一通目が戻ってきた。

改めて書面を確認して見ると、前原の署名が目に入る。

そこに書かれている文字を見て、なんともカクカクとしているなと感じるのだった。

協約は直ちに発効され、第一戦闘団の戦車は轟音と土煙を上げて走り去っていく。

騎士団の壮麗な女騎士達は、瀬戸や陸奥宮たち第一戦闘団が敵であるということを忘れてその姿が見えなくなるまで手を振っていた。

中には、敵を瞬く間に撃破した戦車を操る兵士に憧れを抱いた者までいたほどだった。ヴィフィータは、瀬戸が乗っていると思われる三式戦車改を旧友に別れを告げるような表情で見つめていた。

 

 

レレイやテュカ、ユノは、商人リュドー氏の元へ向かって、商談を済ませていた。その商談の最中でレレイはリュドーに大金ともいえる銀貨千枚を渡し、相場情報の収集を依頼したのであった。

当初リュドーは情報なんてものに大金を払おうとするレレイに困惑したが、こちらも損をしなければレレイも損をすることはないだろうと考えた末に大金を受け取り、八方手を尽くして情報収集に取り掛かることをレレイと約束したのであった。

こうして、少し変わった商談ではあったが無事に終わった。

 

 

 

夕刻。

調査の為にイタリカに残ることにした第三偵察隊一行と前原は、ピニャの誘いでフォルマル伯爵家邸に一泊していくことになった。

他の隊員達は宿舎や自宅にいるような感覚でくつろいでいた。室井と久島は、容態が安定しつつあるものの、まだ寝込んでいるノーマの側にいた。そんな中で前原と相馬はどこか不穏な表情で腕を組んで椅子に座っていた。

「相馬中尉。君は怪しいとは思わないか?」

「確かに、そう感じますね」

この二人は、何かの罠ではないのかと考えていた。特に前原は第二前世において。世界中の裏表に巨大なネットワークを有しており自分達の利益のためには一国を滅ぼすという思想を持った組織の諜報員に命を狙われたことがあり、その経験から新たに転生した際も用心深く行動していた。

そんなこともあってか前原はどうも気分が晴れなかった。

そこで相馬は、思いがけない案を前原に言い放った。

「ここはあえてこのフォルマル伯爵家やあのピニャ殿下を信じてみるのはどうでしょうか?我々は、軍人です。もしこれが罠だとしても我々はそれを切り抜けるための訓練を施されています。それに、ピニャ殿下は我々の戦力を目の当たりしたのですから。あちらも到底手は出しにくいです。以上のことからピニャ殿下とフォルマル伯爵家の方達を信じてみましょう」

「……わかった。相馬中尉、君の言うことを信じてみよう」

前原はそう言いながら相馬の目を見つめた。

相馬は、「少将ならそうおっしゃってくれると思いました。ありがとうございます」と、言って前原に感謝する。

すると、部屋の扉がノックされるのが聞こえた。

前原は、懐にしまってある拳銃をいつでも取れるように構える。

「入ってください」と相馬が一言。

そして、相馬の一言と共に部屋の扉が開かれた……。

 

 

 

田中 治郎二等兵は、青春と言えるであろうものを味わっていた。

宿泊用に用意された伯爵家邸の部屋で仲間とくつろいでいたところ、老メイド長が五〜六人のメイド達を連れて部屋に入ってきた。

田中は、何だ何だと思いながら彼女達を見つめていると、一人が田中の方へ駆け寄って行ったのだった。

田中へと駆け寄って行ったのは長身でまん丸のメガネをかけている豹とかライオンのような肉食獣タイプの猫耳のお姉さんであった。

田中はそのスポーティな体躯に気をとられていた。

「『ペルシア』は、あなたのことを昨日からずっと気にしていたのよ。仲良くして頂けると光栄でございます」

老メイド長『カイネ』は、田中に微笑みかけながらそう言う。

「あ、えっ……えっと。ユノちゃん!ちょっと助けてもらっていいかな?」

田中は、ユノを通訳人の代わりにしようとしたが、ユノはぶすっと頰を膨らませて黙り込んでいた。その傍らでテュカがユノをなだめていた。

相馬や前原、他の仲間は「まぁ、上手くやれや」という目線を田中に浴びせている。

仕方ないので、田中はペルシアに軽く挨拶をすることにした。

「じ、自分は、田中治郎と言います」と、少し緊張気味に敬礼をする。

だが、そのかちかちな姿は彼女をさらに「くすっ」とさせた。

ペルシアは、田中の若々しさと純粋さを目の当たりにして、好意が自然と湧き上がっていたのであった。

こうして田中は気づかないうちに猫耳メイドさんといい感じの関係になれた。

 

 

フォルマル伯爵家のメイドさん達と、日本兵達は、なごやかにうち解けていた。

深夜なのにお茶まで出てくる。

こういう貴族の館では、当主の気まぐれや()(まま)に応えるため、夜であろうと軽食やお茶の支度がしてある。それは不意な来客に備えていたのであった。

博識な前原は、カイネとロゥリィの三人で宗教マニアといった人達が喜びそうな堅苦しい会話を楽しんでいた。

他のメンバーも前原のようにメイド達と会話を楽しんでいた。

相馬は、富河を相手に、状況の安定とカイネ達が敵意がなかったことに安心したということを話している。変に警戒する必要もないだろうという結論に達していた。

 

 

こんな有様だったので、室井と久島の側で寝込んでいたノーマが目を覚ました。

ノーマは、辺りを見渡した。

緑の服を着た男達が楽しげにメイド達と話をしていたり、兵卒と明らかに立場が違う雰囲気を醸し出している白い帽子と衣装を見に纏った青年が、老メイド長と会話をしているという和気藹々な光景が彼の目に飛び込んだ。

自分は死後の世界で夢でも見ているのか。とノーマは思った。

だが、すぐに死後の世界でないことが理解できた。

ノーマ自身が寝込んでいたソファーのそばにあった二個の丸椅子に、メイド達と楽しげに会話している男達と同じ服に身を包んだ二人の女の姿が見えた。

二人いるうちの、肩先に少し髪が付いた方の女が長弩のようなものをいじくりながらこちら自分のことを見つめていた。

「よかった。気がついたのね。ここは、フォルマル伯爵家邸の部屋よ」

「フォルマル伯爵家邸……た、戦いの方はどうなったんだ?!」

ノーマは身体を起こし、室井に問いかけた。

「喜ぶかどうかは、あなたに任せるけど。盗賊達は、あなた達の仲間と私達日本帝国軍が討伐したわ」

室井の一言でノーマは、盗賊側から放たれた毒矢によって負傷し、意識が遠のいていった時のことをふと思い出した。

「もう一つ聞きたいことがあるっ!私の意識が朦朧とする中で、助けてくれた女性のことを知らないか?」

ノーマはさらに室井に問いかけた。

「その人ならあなたの横にいるわ。ね、まりちゃん」

室井は、ノーマの右斜め前にいた久島を指差した。

室井に声をかけられた久島は、ノーマの方を見てニッコリと微笑みかけた。

「……助かった。ありがとう」

ノーマは、この際敵も味方も関係あるものか。など思いつつ久島の両手を握った。

久島は、「どういたしまして」と一言。

二人はしばらくお互いの手を握り合っていた。それは、長かったような短かったような感じであった。

 

 

帝国皇女ピニャ・コ・ラーダとその付き人であったハミルトンとボーゼスは、ノーマが回復したという報告を受けて、相馬達がいる部屋へと向かった。

部屋の扉を開けると、意外にも和気藹々とした光景が広がっており、その光景に三人は圧倒された。

周りを見渡してノーマを探し出す。

ノーマを見つけたハミルトンは、心配しながら小走りで彼のもとへ駆け寄っていった。

ピニャはとりあえず場の空気に馴染もうと前原や相馬に話しかけてみる。

ボーゼスに関しては、よく同じ雰囲気が続くものだなと思いつつ和気藹々とした雰囲気について考え込んでいた。

気がつけば、外は明るくなろうとしていた。時間というのは不思議なものである。

楽しい時やアルバイトや仕事で忙しい時などが一瞬で終わるように、この和気藹々とした雰囲気も絶頂を迎えようとしていた。

「あの、我々は基地へ戻らなきゃいけないので。そろそろ明るくなって来ましたし」

と相馬がピニャに言った。

「ちょっと待ってくれないかっ!」

ピニャは、このまま帰すわけには……と、引き留める理由を探して、朝食を摂って行ってはどうだろうか、接待を受けてほしいとか、など様々なことを言い引き留めにかかった。

富河は、とても申し訳なさそうな態度を示しながら詳しい説明を続けた。

「実は、相馬隊長は、特別参考人として政府から呼び出しがかかってまして、今日か明日には帰らないとまずいので」

この時、レレイの翻訳は、語彙(ごい)の関係で以下のようなものとなった。

「ソウマ隊長は、執政機関から報告を求められている。今日か明日に戻らなければならない」

これを聞いたピニャの顔は、某ホラー漫画家の作品に出てくるびっくりした時の顔のようになった。

相馬を、政府直属のキャリア人材であると勘違いしたピニャはこんな言葉を口にしてしまった。

「妾も同行させて貰う!!」

部屋には、皇女の決断の声が響いた。

 



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第十話 日本帝国皇帝

ピニャとボーゼスは、揺られながら九三式機動乗用車に乗っていた。二人は、帝国軍・アルヌス基地もとい、アルヌスの丘に向かっていた。

しばらくして見えたアルヌスの風景は、二人の知るものとは一変していた。

ただの土が盛り上がっただけの丘だったはずが、今や城塞がそびえている。

途中で見た特地第二基地よりも堅牢な作りに圧倒された。

しかも、かつて急斜面であったと思われる場所は平らに整地されていたということにピニャは技術力の高さに感心した。

ピニャ達を出迎えるかのように上空を訓練飛行中の戦闘機が五機編隊で飛び去っていった。

そんな中を、第三偵察隊の車列は砂利で整備された道路へとはいった。前哨監視線を越えると、いよいよ日本帝国軍の支配地域である。

その次に見えたのは、ニホンテイコクグンの兵士と思われる男達だった。彼らは先端に短刀をつけた長弩を構えている。その先には、見慣れた歩兵用の甲冑で作られた的があった。

ピニャは、何をしているんだと彼らを見つめていた。

突如、甲高い音が連続して響き渡った。見事なまでの疾さで瞬く間に横一直線に展開すると、的を穴だらけにする。

ピニャはこの瞬間に、門の向こうの世界の戦術を理解し、その戦術を駆使した日本兵達によってばたばたと撃ち倒される騎兵や歩兵の姿を想像した。

最後に見えて来たのは、暴れ狂う巨像にも比肩するほどの約十両の巨大な鉄の塊……ティーガーⅠ型・六号重戦車が轟音をあげて走っていくのが見えた。

六号重戦車の鼻先から突き出ている8.8cm砲が目に入った。

各々の戦車は土の盛り上がったところで停止して、砲塔を左に旋回して、照準を合わせてから甲高い音と共に主砲から火を吐いた。

「あんなに大きな火を吐く木甲車まで……」

ボーゼスが呻くように言った。こんな凄いものを作れるのは、帝国の武器職人や山岳地帯に住まうドワーフにもいないだろうと彼女は考えた。

「鉄の翼竜。火を吐く鉄の木甲車。あんなものを大量に作り上げるテイコクグンはいったい何者なのか?よりによって何故、こんな相手だったのだろうか」

ピニャの呟きに、レレイはついこんなことを言ってしまった。

「帝国は、鷲獅子(グリフォン)の尾を踏んだ」

「帝国が危機に瀕しているというのに、他人事のように……」

ボーゼスの静かな怒りを、レレイは肩をすくめてやり過ごすと言った。

「私は、ルルドの一族。帝国とは関係がない」

続けるようにして、テュカとユノも、手を挙げた。

「はい、あたし達はエルフです」

ロゥリィに関しては、あえて言うまでもないと薄く笑うだけ。

この特地における帝国とは、力による支配が主力であった。だが、支配力が強くても、地方の諸部族や亜人達が心から服していなかった。

この時ピニャは、国の現状を目の当たりにしたのであった。

 

 

 

ようやく目的地に到着したピニャは、アルヌスの丘頂上近くに建設された特地方面派遣部隊本部の看板が掲げられた建物に案内された。

ピニャとボーゼスの二人は制服で身を固めた佐官クラスの兵士に誘われ、階段を上り建物の奥へと迎えられた。

そして応接室に案内され、部屋に入る。

見ると初老の域に達した男が長椅子に座っていた。

灰色に近い髪を持つ。前原と違って少し穏和な笑顔が特徴だった。

男の着ている緑の制服が色とりどりの飾りを施していたので、一軍の最高位の指揮官であるとピニャは自己解釈した。

後から入ってきた前原が傍に立ち、彼に耳打ちするかのように何かを囁いているし、闊達とした振る舞いに、貫禄めいたものを感じられたからだ。

前原に続いて、イタリカで目にした同じ年頃の青年や、男の兵士達も入ってくる。

最後に、レレイが招かれたように入ってきて、初老の男の隣に立った。

初老の男が、笑顔でレレイを労うかのように何かを告げた。

レレイは首を振って、それからピニャの方へと向き直ると、初老の男について「こちらはニホンテイコクグンの将軍、オオタカ閣下」と紹介した。そうしておいて、オオタカに向けて、ピニャのことを紹介している。

「こちらは……帝国皇女ピニャ・コ・ラーダ……ニホン語での尊称がわからない」

「『殿下』がいいと思います。こちらの言葉で、王族の女性につける尊称は……フランセィアでしたか?」

大高は、レレイに確認する。レレイは、縦に首を振った。

「はじめまして、フランセィア(殿下)。そして、ボーゼス殿」

その後、前原達も腰掛けると、レレイの通訳を間に挟んだ会話が始まった。

「協定を結んで早々に、しかも殿下自らお越しに成られたのは、どういったご理由からでしょうか?」

「貴国がどのような国かしっかりと見てみたいと思って参りました」

「なんと。我が帝国をご視察されるおつもりでしたか。そういうことなら……殿下。後はよろしくお願い致します」

すると、傍らに座っていた同じ年頃の青年が所謂最敬礼をしながらピニャ達の前に立った。

「お会いできて光栄です。ピニャ殿下。私は、日本帝国第三皇子・陸奥宮と申します。どうぞ、お見知りおき下さい」

これがレレイに通訳された途端、ピニャとボーゼスの背筋に激震が走った。

ピニャとしては敵の本陣に来たのだから王族系の者がいても不思議では無いと思っていたのだが、いざ目の前に現れると言葉が出なかった。

しかも青年は自身の名を告げたので、ピニャには、「我が名は、ムツノミヤと言う。よく憶えるがいい」と聞こえた。

「ピニャ殿下。明日は、我が国をこの私が案内致します。気になる点がございましたら、なんなりとお申し付けください」

ピニャとボーゼスは、この親切さを逆に怖いと感じた。

無論、レレイが通訳しているので、陸奥宮を始めとする各々の軍人の言葉が、きつく言ってるように聞こえたのであった。

 

 

 

「刀を磨いて寝るか」

残った弾薬を弾薬交付所に返納して、銃を整備して武器庫に収め(室井の三八式歩兵銃に関しては、ボルト辺りに個人的な改造が施されているため、個人所有という形になっている)、車両の泥を落として……などとやっていたら刀を磨く時間もなく、既に陽は落ちて夜になっていた。

さらに報告書とかも書いて、提出して、明日の政府への出頭と、それが終わったあとの行動についての指示を受けたりして……さすがに疲れた相馬である。

とりあえず、デスク前に座って乾パンと金平糖を口に含んだ。

すると、廊下の方から戸を叩く音が聞こえた。

こんな時間に誰だよと思って振り返ると、暗い廊下にレレイがたたずんでいた。

「今日は疲れたろう。俺が送ってやるよ」

レレイは、相馬の前までいくと、杖を投げ飛ばして女の子座りでしゃがみ込んでしまった。

「ここで寝る……おやすみソウマさん」

「あらら……結構疲れてるなこりゃ」

そのまま床に寝転がろうとしたレレイを抱え上げ、自分が寝るために用意した布団に軽く放り込んだ。

彼女に毛布を被せる。

「な、何やってんだ俺」

相馬は、ふと気づいて呟いた。

そう、あと二、三年歳をとったら嫁も出来て子供を持つからおかしくない、と彼は自身の合理化を進めた。

この前のように、誰かに見られちゃったらまた変にからかわられそうだと思いつつも部屋から立ち去ろうとするが、だんだん意識が朦朧とし、睡魔がさらに襲い掛かる。

そして、身体がじっくりと重くなったところで、寝返りをうったレレイが相馬の右腕を抱え込んだ。

「あ、そういえば二日ぐらい寝てなかったよな。俺……」

こうして、相馬の意識が途切れる。

結局の所、レレイの抱き枕にされるという感じで眠ることとなってしまうのだった。

 

 

「これが、門の向こうの世界……帝国の将兵は、ここを見て何を思ったことか」

皇女ピニャ・コ・ラーダは、車に揺られている最中に出たトンネルの先の世界に驚いた。アルヌスの丘は、斜面が急で手付かずの自然が多く。そこから、世界を結ぶ門を越えた途端、目の前に広がった摩天楼に驚愕したのであった。

ニューヨークやロンドンなどといった都市を訪れた人からすると、銀座(この世界の日本では、1960年代前半の街並み)程度で摩天楼はないだろうと思うかもしれないが。皇城、元老院議会堂、あとは軍事用の城塞しか知らないピニャとボーゼスにとって、銀座の街並みでも十分に摩天楼なのである。

「あの中に人も入れるのですね……」

ボーゼスが、門の右側にあったビルの中に居た日本兵を指差しながらそう言う。

もちろん、二人だけではない。

レレイやテュカ、そしてロゥリィすら、目を丸くして呆然と立ちつくしていた。

冬の銀座の真っ只中で、寒さも忘れてずうっとたたずんでいた。

「よし、警護所へ行くか」

そんな五人を後目に、警護所で営外へ出る手続きを終えた相馬に声をかける者がいた。

『憲兵』と書かれた腕章を付けた男と兵士の集団だった。

その代表者らしき人物は、禿頭が似合う三十代前半の男であった。

「相馬中尉でありますか?」

「ええ。そうですが」

「私は、憲兵隊の寺田であります。今回は、皆様の護衛を任されて参りました」

よく見ると、兵士達の背後には約四台の九三式装甲自動車が停まっていた。他国、それも異世界の要人を招いているのだから当然と言える。その要人を歓迎するかのように、三台のAA型乗用車も停まっていた。

「それでは、そこにある自動車に乗ってください。皇居まで我々が護衛します」

『寺田 秀夫』少尉は相馬の前で背筋を整え、ピシッと敬礼した。

 

 

銀座の『門』周辺につくられた、帝国陸海空軍の共同管理区域、後に銀座基地と呼ばれる場所を出ると、いよいよ銀座の街中へと進み始めた。

すると幼い子ども達がするように、特地から来た女性方は初めて見る日本の景色を見ようと車窓にかぶりつきになってしまった。

「こっちは相変わらず賑やかだねぇ」

銀座の街は、九月に恐ろしい予言が的中した現場であったと思えないほどに、たくさんの自動車が行き交い、多くの買い物客で賑わっていた。

一時的な住民の避難から、シャッターが降りて再開の目処の立たない店舗もある。

店主が避難先の場所を気に入ってそのまま引っ越してしまったからだ。

運営そのものが立ち行かなくなってしまった会社もある。あの出来事を機に社員の殆どが転職してしまったからだ。

それでも、多くの人々が銀座を盛り上げ、人を呼び戻そうとしていた。

そんな中で高級車を囲う軍の装甲車が来たので、歩道の群衆は足を止め、あるいは車道の路肩に自動車を止めて相馬達に注目する。それも気にせず一行は、皇居へと向かう。

皇居に到着した相馬達は、厳重なボディーチェックを受けて一人づつ中へと入っていった。

特にピニャとボーゼスの二人は、より厳しいチェックを受けたせいか。この時点で少しくたくたになっていた。

ここで陸奥宮がやって来て、相馬達をある場所へと案内する。

それから案内された先は、二重格天井であり、シャンデリアや絨毯などを取り入れたとされる折衷様式であり、様々な国の使節達が、東洋屈指の大美術であると賞賛したらしい部屋だった。

しばらくすると、戸村内閣総理大臣と高野国防大臣をはじめとする閣僚達が集まって来た。総理や閣僚達は、ピニャとボーゼスに一礼すると、部屋の隅で一列に並んだ。

「聞きたいことがある。ムツノミヤ殿。何が始まるというのだ?」

「殿下に会わせたい人が居ますので。今しばらくお待ちください」

陸奥宮は、ピニャの疑問に応じた。

二、三分経った頃だろうか。帝国陸軍・第一近衛師団の団長が入って来て、一同に最敬礼を行う。それから団長が声を張り上げた。

「大星皇帝陛下、御入来っ!!」

この瞬間、ピニャとボーゼスは鎖で縛られたかの様に硬直してしまった。

門を潜って来て、一番先に連れて来られたこのコウキョという名の城にて、一国を治める皇帝がいきなり来たということに酷く驚いて、小さな悲鳴や声すら出なかった。

そして、大高のものより煌びやかさを感じる飾りを施した衣装を身に纏った貫禄のある中年の男が部屋に入って来た。

ここで、相馬達が最敬礼を皇帝に対して行う。

特地から来た女性達は、空気を読んだのか。皇帝に対して頭を下げる。

 

 

 

「歓迎申し上げます。殿下、そして閣下。ならびに特地住民の皆様方」

この日本帝国の象徴とも言える人物から、歓迎の言葉をかけられたピニャとボーゼスの額には、一筋の汗が滴っていた。

迂闊な行動が国益を損なってしまうからだ。ピニャは、ここに講和をするために来た訳でない。

日本という国がどのような国であるかを見るためと、交渉の仲介を引き受けただけである。

だが、降伏を勧める敗北主義者同様だと揶揄されないために、ピニャはあえて仲介役に徹するのであった。

皇帝は特地の人間を知るために、交渉の要ともいえるピニャらを皇居に招いたのであった。

そして、招いた人々から日本に対する印象とそこからうかがえる特地住民の民心を聞くためにという事をもあった。

「特地住民代表者のレレイ・ラ・レレーナ殿にお尋ねしたいことがあります。特地からの報告で知ったことなのですが……あなたが我が国の言語。すなわち日本語に興味を持ったきっかけは何でしょうか?」

「それは、貴国の兵士達。特にこちらのソウマ中尉の人柄の良さから、貴国の人々と馴染みたいと思ったことと、今後私が異国の語学を知る上での教訓として役に立てたいと思ったからです」

「なるほど……貴女が我が国の言語に興味を持って頂いたことを感謝致します。これからも勉学などを頑張ってください」

皇帝は、頷いて感謝と励ましの言葉をレレイにかけた。

レレイも感謝の意を込めて軽く頭を下げた。

その次にテュカに声を掛ける。

「私は、エルフ、ロドの森部族マルソー氏族。ホドリュー・レイの娘、テュカ・ルナ・マルソー」

「失礼ながらお聞きしたいことがございます。貴女は巨大な飛竜に襲われた後に助け出された民間人の一人だと伺っています。我が帝国軍は貴女に対してどのように扱って来たかお伺いしたい」

レレイが皇帝の言葉を通訳すると、テュカは「なんだそういうことか」という表情をした。テュカはすぐに答えを返した。

「緑の人……ニホンテイコクグンは、村を襲っていた炎龍を退けてくれたうえに、私達を助け出して、贅沢みたいな感じの生活をさせてくれました。なので、話からは遠ざかりますが。貴方達ニホンテイコクグンには、とても感謝しています」

テュカの答えを聞いた皇帝は、頷いてレレイにしたのと同じように感謝と励ましの言葉を掛けた。

皇帝は、最後にロゥリィに声を掛ける。

「貴女は……エムロイの使徒と呼ばれる亜神の一人でお間違いないのですね?」

「あらぁ、日本帝国の皇帝にまでお見知り置き頂けるとは、嬉しいわ」

ここでいきなりロゥリィが達者な日本語で喋り出したため、相馬は「いつの間に覚えたんだよ」という表情で驚いた。

「さっきまでのレレイやテュカに対する質問を聞いていて思ったのだけど……この日本帝国は、巨大な国でありながら民を愛する良い国なのね。それも程よく行きすぎないほどに。九百六十一年生きているけど。こちらの世界にもこんな国があったら……と、時々思うわ」

ロゥリィは、ピニャの方を見る。

ピニャはそんなことよりもロゥリィが急に日本語を話し始めたことにきょとんとしていた。

「なんと、もう看破されましたか。はい、我が帝国が開闢して以来三百年間。国と民が共に危機を乗り越えて来ました。時には、お互いが傷つき合い、悲しみ合うこともありました。ですが。どんな時も民を愛するという事を忘れなかった祖先達のお陰で程よく行きすぎないほどに民を愛せる国になれたのです。これを神に仕える使徒様が我が国の国是を賞賛して頂けるとは、極めて満足でございます」

ロゥリィが日本を賞賛した事に対して、皇帝は感謝の言葉を述べるとともに、ロゥリィに軽く日本の成り行きについて説明した。

そして、最後の最後に皇帝はピニャとボーゼスに声を掛けた。

「我が日本帝国そして、国民や私は世界を超えて貴国と助け合うという事を望んでいます。また、講和が成立すれば現在は、犯罪者として収監していますが。貴国の軍の生存者一万人を返還したいと考えております。また、貴国を屈服させて支配しようとは考えてもいません。ですが。何らかの譲歩は期待いたします」

ピニャは皇帝の一言が威圧的ではなく、丁寧に聞こえたのであった。そして、ニホンという国が捕虜というものをどう扱っているのかを学ぶとともに、民を愛する国について学んだのであった。

こうして、歴史の教科書に記される事がない日本帝国の皇帝大星と特地住民らとの秘密の交流は幕を下ろしたのであった。

 

 



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第十一話 希望と絶望

ソビエト社会主義共和国連邦 モスクワ

クレムリン

『ヨハン・シュムスキー』書記長と『李 汀洲(り ていしゅう)』国家主席は、机上に置かれた日本に関する情報が書かれた報告書を手に取って見つめていた。内容のほとんどが特地に関する情報ばかりだった。

李は、コーヒーの入ったマグカップを片手に報告書を眺めていた。シュムスキーに関しては、何かに取り憑かれたかのように報告書を眺めていた。

「ヤポンスキーめ……ハバロフスクやウラジオストク、カムチャッカ半島を屠ったにもかかわらず。今度は異世界に手を伸ばすのか……」

シュムスキー書記長は、日本が憎くてしょうがなかった。

というのも。日本が日ソ戦争において、一時的にソ連側に奪われた地域を奪還した後に、反共産派のソ連軍人などと結託してハバロフスクやウラジオストク、そしてカムチャッカ半島を占領したのだ。後に、ハバロフスクなどの外満州地域が満州国領として。カムチャッカ半島が日本帝国領として成立した。

また、日本などにこれらの地域を奪われる前に、ソ連政府はこの地域に住まう人々を激しく迫害したこともあり。

以前から迫害を非難していた日本は占領した地域の住民から信用を得るためにインフラ整備や食糧、生活用品の配給などを行なった。

このような経緯もあり、住民達は、新しい支配者となった日本や満州を歓迎したのであった。

こうして、住民達による歓迎を確認したアメリカをはじめとした反共主義諸国はこぞって日本を圧政に苦しめられた民を救った解放国家として評価し、満州国を古来の領土を正当に奪還した国として評価していた。

これらの経緯でソ連による領土奪還を正当化するのが難しくなったということもあり。シュムスキーは、日本を強く憎んでいた。

「同志シュムスキー。私は日本による独占だけは許せないと思います。我が民族を裏切った国民党の猿とその下僕達をハバロフスクに匿っていることもあり、私も日本に対して怒りを感じます」

シュムスキーの気持ちに共感するように、李が応じた。

李もシュムスキーと同じように日本を憎んでおり、その理由としては、日本が国民党派の人々と、国民党員の亡命を受け入れ、ハバロフスクに臨時政府を成立させたからだった。その上国民党を支援していたからというのが、主な理由だった。

「そうだ。従って我が祖国の領土奪還正当化と特地住民の娘共を拉致してくるように、潜伏している工作員達に命じようと思う。李主席、貴方はこの案に協力してくれるかね?」

「かしこまりました。我が国も日本に潜伏させている工作員を動かします」

「そして娘共を人質にし、領土の返還を迫る……実現すれば理想的だな」

「それは素晴らしいお考えで」

「李主席。貴方なら理解してくれると思いました。ふん……今に見ていろ。極東の猿共め」

シュムスキーと李は、不穏な微笑みを浮かべると。日本に潜伏している工作員達に命令を下した。

 

 

 

日本帝国の市ヶ谷国防総省本部には、地下に作られた公の場に出ない部屋があるようだ。

この部屋は、各国の事情……特にソ連と隣接している樺太府やカムチャッカ州、満州国の事情を把握したり。軍事作戦を極秘裏に立案する場であった。

この部屋に、国防大臣の高野が、『日向 昭了』中佐に付き添われてやって来た。

「おはようございます、閣下」

「うむ、おはよう」

高野も手を挙げつつ椅子に腰を下ろした。

「閣下。今のところ計画は順調です」

高野の横に腰掛けた日向中佐が、差し出された写真付きの資料を持って高野に報告する。

「そうか、それは良かった。確か来賓の方と相馬中尉は、箱根の温泉宿に泊まっているそうだね」

日向に感想を告げながら、高野は用意された紅茶を口に流し込んだ。

ここで高野や他の軍士官達は、状況を確認するために地図を広げる。

「温泉旅館の山海楼閣。美味い料理に、絶景を堪能できる場所として評判です。ここと、ここに我が国の精鋭『霞部隊』が布陣しています」

旅館の周辺の山や、川といった地形の周囲を万年筆で指差す。その周辺には、隊員を表すこまが置いてあった。

「霞部隊……第二前世の欧州戦線で活躍した陸軍の精鋭部隊か。すると、あの方もこちらにいるのか」

霞部隊とは、高野が言ったように第二前世の大戦末期において活躍した特殊師団で、猛威を振るっていたドイツ第三帝国に打撃を加えた精鋭集団だった。

その活躍の例として、暗殺には至らなかったものの、第三帝国総統の『ハインリッヒ・フォン・ヒトラー』の別荘に強襲を掛けて、ヒトラーを含む軍令部の者に致命傷を負わせた。その上、第三帝国の指揮系統を麻痺させたので、日本やイギリスの勝利を決定付けたといっても過言ではない。

そんな精鋭部隊の指揮官が、この日本帝国にも転生していたのであった。

すると、部屋の扉を三回ノックする音が聞こえた。

「噂をしたらか……どうぞ」

高野がそう言うと、陸軍の制服を身にまとった男が入って来た。

この男こそ、霞部隊の総指揮官である『千葉 州作』少将であった。

「ご無沙汰しております。高野閣下」

「ああ、千葉少将。霞部隊は順調にやっているようだな」

「はい、その報告で参りました。昨日から来賓をつけ回していた集団ですが。箱根に到着する前になんとか撒きました。それを現在、寺田少尉の憲兵小隊が調査中であります」

相馬達を護衛していた装甲車から撮影したとされる一枚の写真を高野に差し出しながらそう言う。

「しかし、敵がこうも早く動いて来るとは……それにしても怪しいと思わないか?」

「ええ。私もそう思いました。もしかすると……敵に何らかのルートがあり、そこから流出してしまったのではないのでしょうか」

高野と千葉は、顎に指を添えて考え込んだ。

「何らかのルート……すると、旅館の従業員に敵の工作員がいる可能性があると思うのだが」

「たしかにその可能性は、拒めませんね。ちょうど、調査に向かわせることが出来る小隊がありますので、小隊を向かわせます」

千葉はそう言うと、高野達に一礼してから部屋を後にした。

 

 

箱根山・山海楼閣付近

正体不明の武装集団が宿に近づいて来るのが確認されると、静かな戦闘が始まった。

「右斜め前に敵を発見。撃て」

「了解」の一言と共に小銃から静かに弾が撃ち出される。

霞部隊の隊員は、この箱根山中を自分の家の庭のように知り尽くしていた。

敵側は、とりあえず山海楼閣がある方向へと進むしかなかった。

そして、自身の庭に入って来た害獣を退治するかのように、隊員達が無造作に近づいて来た敵を一方的に無力化する。

これに対抗するには、数を活かした連携での攻撃しかないだろう。愚かなことに、敵側には確認されているだけで七個のグループが存在するのに、その数を全く活かしていなかったのだ。

「たくっ、連中め。しつこいな」

隊員の一人がそう愚痴りながらMP40J短機関銃の引き金を引く。

短機関銃が大きな金切り声を上げたにも関わらず、敵は山を登るのに必死で一方的に撃ち倒された。

敵からの反撃がある程度あったものの、地形を知り尽くしている隊員の前では、大して効果が無かった。

こんな事が繰り返して続いているうちに、敵は少しずつ後退していった。

「よし、敵の遺体を確認するぞ。他は、引き続き周囲の警戒にあたれ」

『小野田 元治』中尉が部下に指示を出しながら、横たわる遺体を確認する。

「……やはりか、敵の銃で察しはついていたが、ソ連と中共か」

小野田は、敵が握りしめていたSKSカービンとトカレフT-33を見つめながらそう言う。ふと、遺体の懐にある手帳のような物が目に入った。

小野田は、それを手に取ると息を呑んだ。

「これは、あの宿の従業員証明書……」

それは、一枚の証明写真と住所が明記された同胞のものであった。

この後、小野田は状況を知らせるべく。近くの小屋に潜伏していた通信兵を通じて国防総省に電文を発信した。

こうして、高野と千葉の予測通りとなってしまった。

 

 

 

部下達が寝静まっている中で、相馬は眠れずに、窓側の籐椅子(とういす)に腰掛けながら、ゆるく三つ編みにした長い髪を、うなじの上で巻き上げて留めている少女が映る一枚の写真を月の光を浴びつつ見つめていた。

その傍らで相馬の護衛として付いてきた室井や富河は、浴衣を着て布団に覆いかぶさって眠っていた。

特地から来た女性達も静かな寝息を立てて眠っている。

それに対して相馬は、浴衣では無く。将校用の軍衣を身に纏っていた。

ふと、相馬は気付いた。

向かいの籐椅子に人影が一つあるということに。

ガラスのコップに入った氷を転がす音。外の風景を酒肴とし月の光を浴びながら、誰かが透明な酒精を傾けていた。

それはすぐにロゥリィであると分かった。

いつもの黒ゴス神官服と違って、どこか色気を感じさせる着こなしで浴衣を羽織っていた。

染み一つ無い肌に見惚れそうになった相馬は、我に返って目を逸らした。

相馬が目を逸らしたところでロゥリィが相馬の存在に気づいた。

「全然寝れないのよぉ。どう……これは何ぃ?女の子が写っているわ」

「これは、写真というんだ。それに……今日はこの子の命日なんだ」

「命日ね……この子はレレイと同じ年頃って感じがするわぁ」

ロゥリィは相馬の持つ写真を覗き込みながら、相馬の左膝の上に座り込む。

相馬は、そんなことも気に留めず。写真を見つめていた。

「鈴麗は、天国で楽しく暮らしているのかなぁ。それとあの事件からもう八年が経つのか……早いもんだぜ全く」

相馬は呟きつつ、蒼白く輝く満月を見つめながら鈴麗の姿を思い浮かべる。

ロゥリィは静かに微笑むと、相馬を驚かせる一言を言い放った。

「これが、ヨウスケの強さの秘密なのね……あなたは、とても悲しい過去を乗り越えているのね。少しだけ心の奥を覗かせてもらったけどぉ」

「すごい、さすが亜神と呼ばれるだけあるなぁ。あの時からもう悲しみなんて見たくなくて、気付けば君が言った俺の強さの秘密になったんだな」

相馬は、そう言いながらロゥリィに微笑みかける。ロゥリィも満足気に静かに笑う。

健全的な意味で良い感じの雰囲気になって来たその時、相馬達がいる部屋に向かって誰かが忍び寄ってくる足音が聞こえた。それも、一人だけではなく、複数人であった。

「さて、ロゥリィ。面倒なお客さんがやって来たみたいだ。迎えてあげよう」

「時と場所を選ばないなんてぇ、鬱陶しい客ぅ」

相馬が鞄の中に隠していたMP40J短機関銃を取ったのと同時にロゥリィも部屋の隅に置いてあったハルバートを手に取ると、拗ねた態度で渡り廊下に面している襖を睨みつける。

しばらく深呼吸をして息を整えると、部屋の隅に行き、襖に向かって短機関銃を構える。

襖の前で誰かが立ち止まると、「カチャリ」という音が複数回響いた。

そして、勢いよく襖が開かれた。

 

 

 

NKVD(内務人民委員部)工作員 『ヴィクトール・グレチャニノフ』と共に、行動する共和国国家安全部工作員『(ちょう) 余暉(よき)』は、順調に旅館の中を歩んでいた。

この二人のチームは、霞部隊の攻撃を振り切り、旅館に潜伏していた仲間の情報を頼りに旅館の中まで侵入したのであった。

来賓がいるとされる部屋の前まで忍び寄りつつ、周囲を警戒する。

「日本の渡り廊下は本当に歩きづらいものだ……」

「そうでしょうな。床はミシミシというし、砂利よりも堅いしで、俺も嫌になる」

ヴィクトールと張は、愚痴をこぼしながらゆっくりとフスマと呼ばれる扉に近づいていった。

目標まであと少し、警備も薄いこんな温泉宿だったら警備(三人の日本兵)も眠り込んでいるし、目標も眠り込んでいれば最高の獲物として確保出来る。そして、警備の三人を纏めて始末してあとは娘達を拉致するだけという簡単な仕事であった。

扉の前に差し掛かると、二人のチームのメンバーは、短機関銃や小銃などを構える。

さて、目の前には最高の獲物が待っている訳だ。早くこいつらを仕留めて、本国に帰還して英雄と讃えられるのを待つだけだった。そして、張が扉を勢いよく開けるのだが……。

「みなさまぁ、こんな夜半に、わざわざご足労様ぁ」

扉を開いた先には、目標の幼い少女がいたのだった。でもわざわざその娘が自分達の目の前に躍り出て来るなんて思ってもみなかった。

工作員達は、罠かも知れないなんて考えもせずに、一歩二歩と近づいて行く。

「さぁ、おいでお嬢ちゃん……」

「そうそう。いい子だよ」

張とヴィクトールがそう言いながら、がっつく姿勢で近づいていった。

少女は、「うふっ」と笑うだけであった。こんなにカモな獲物は、初めてだ。楽勝だ。ラッキーだ。この三つの感情が張達を完全に支配したとき、信じられない出来事が起こった。

軽快な金切り声を上げる何かによって部下達があっさりとなぎ倒されていった。それから張とヴィクトールは、我に返った。

気が付けば、将校と思われる男が短機関銃の銃口を自分達に向けていた。

「今だロゥリィっ!やれ!」

将校の男がロゥリィと呼ぶ少女に目を向けると、さっきまでは持っていなかった斧のような鉄の塊を持っていた。

人間という生き物は、不思議なものだ。己の身が危ないと分かっておきながらも、つい目の前にあるものに見入ってしまう。

二人は、危ないということを理解しつつも抵抗する術がなく、鉄の塊によって意識を刈り取られた。

あたかもそれは、使えなくなったマッチ棒を真っ二つにへし折ったときのようだった。

 

 

相馬とロゥリィがひと暴れしたせいか、眠っていた全員が飛び起きた。閲覧注意という言葉が似合う状況だったので、敷居の襖を閉めて相馬は状況を説明した。

それから数十分後、ようやく小野田中尉の小隊が到着した。

到着した小野田は、相馬達が泊まっているとされる部屋の光景に圧倒された。

部屋に入ってすぐの所で、敵工作員の遺体が横たわっており、数メートル先にはそのそれぞれのリーダーと思われる二人の男の惨殺体が転がっていた。

小野田は、その部屋に残っていた相馬に声をかけた。

「……当然のことだが。あの二体の惨殺体は、君がやったんじゃないよな?」

「俺ではありません。イタチとか猪が紛れ込んでいたかと」

「なるほど……失礼だが、思った以上の化け物が味方についたというわけか」

小野田は、顎に指を添えながら空気の読めた感想を相馬に告げた。

すると、小野田の部下が一人の男を連れてきた。

その男は、いかにもアメリカ人という感じだった。また服装からして、旅行客になりすました工作員であろう者だった。

「露天風呂から逃げようとしたところを捕えました」

「うむ、ご苦労。そこの米国人に聞くが……日本語は、分かるかね?それと名前を聞きたい」

「イエス。少しだけなら分かる。名前は『トーマス・フォレッリ』だ」

小野田に名前を聞かれたトーマスと自称する男は、少し達者な日本語で軽い自己紹介をする。

それからトーマスはゆっくりと口を開いた。

「大統領令により、あのロゥリィという娘の戦闘能力を調べて来いと言われた。ただそれだけ」

「本当にそれだけか?」

「そうだ。それだけだ」

その証拠として鞄の中には、軍用の通信機が詰められていた。

「なるほど。こちらに危害を加えるつもりがないことは理解した。しかし、貴方が行なったことは、立派なスパイ行為だ。我々はこれを見逃すつもりはない。悪いのだが、こちらに投降してもらおう」

トーマスは、拒否的な反応をせず。大人しく小野田の部隊に投降した。

しばらくして、憲兵隊の自動車が到着する音が聞こえた。相馬と小野田は、トーマスの身柄を憲兵達に引き渡した。しかし、彼は最後まで抵抗の意思を示さなかった。

 

 

 

箱根山中でのいざこざから、早くも四時間が経過しようとしていた。

寺田少尉の部隊に再び護衛された相馬達は、国道一号線を走り抜けていた。

午前六時ということもあり、国道上には運送屋のトラックなどが走っていた。

そんな中を軍の装甲車が高級車を囲って走り抜けて行くという奇妙な光景だった。

当然のごとく、トラックの運転手達は、車を路肩に停めて相馬達を見つめている。

「やれやれ、今日は来賓が銀座事変の敵軍犠牲者慰霊碑を訪問することもあってか、一昨日より注目の視線が多い気もするな」

「そうですね。さっき寺田少尉から渡された新聞を少しだけ読んでみたのですが。特地で撮ったレレイ達の写真が派手に掲載されていました」

富河が、折り畳まれた新聞を助手席の相馬に手渡す。

「すごいなぁこれ。しかし、こんな派手にしちゃって大丈夫なのか?失礼な話だけど。ピニャ殿下達は、国民達からすれば初めて見る敵国人だ。特地のことを快く思わない連中が逆恨みでしかない感情を彼女達にぶつけようとして、見物人達に紛れていたら厄介だ。軍による警備はどうだ?」

「そのために、銀座基地の警備兵をこの日だけのために増員しました。あと、基地の周辺にそびえ立つビルには、狙撃兵を配したようです」

室井が丁寧に、警備態勢を説明する。

彼女の説明を聞いた相馬は、ひとまず安心した。

「ソウマ殿。一つ聞きたいことがある。妾達は、一体どこに行くというのだ?」

ここでピニャが数時間ぶりに口を開いた。

「それは、私達との戦いで犠牲になった貴国の兵士達を、弔った慰霊碑と呼ばれる場所に向かいます。私達としては、殿下が犠牲者達を慰霊していただけるということを望んでいます」

ピニャは、この日本帝国が敵味方問わず。死者の魂をいたわる風習に感心してしまった。この一風変わった風習を帝国でも広めてみようと試みるピニャであった。

それから、さらに一時間が経過して。気付けば、車から降りて銀座の街の地面を踏もうとしていたのであった。

 

 

 

 

「ファンタジー世界のエルフ娘って本当に居たんだ」

車から降りてきたテュカを見て、群衆の中の一人がコンパクトカメラのシャッターを切りながらそう呟く。

見物人達を整理する警官達も、整理を忘れてロゥリィとレレイに見入ってしまった。

ロゥリィに関しては、見た目と年齢が大幅に釣り合っていないせいか。見物人達の心をそそらせた。

「あの青髪の子ってひょっとして魔法使いかしら?まぁ、それにしても美人な方ね」

ビルの中にあるカフェに居た高貴なご婦人が、夫の手を引きながらそう言う。

夫の方は、レレイの持つ長杖に興味を持っていた。

「あれ。来賓にあんな女性なんて居ましたっけ?」

警備兵の一人がピニャとボーゼスを指差しながらそう言う。群衆は釣られるようにして、警備兵が指差した先に注目する。

そこには、豪奢な赤毛女性と金髪縦巻きロールの女性と彼女のボディーガードなのか、案内役なのか、日本人の男女がいた。

群衆は状況をなんとなく理解したのか、呼び掛けあって道筋を広くしていった。

女性達が献花台に近づくにつれて、群衆は静まり返っていった。

それからピニャ達特地五人組が献花を済ませる頃には、完全に静まり返った。

「鎮魂の鐘が必要ね。誰かぁ鐘をならしてくれるかしらぁ?」とロゥリィが声をあげた。

その時、まるで彼女の求めに応じたかのように、銀座の時計塔がチャイムを鳴らし始めた。ロゥリィは「うん。ありがとぉ」と微笑むと、静かに瞑目を始め周囲は厳粛な雰囲気に包まれた。

五名が哀悼の意を表している姿を、新聞記者達が撮影してゆく。

こうして相馬達は、ゴタゴタを乗り越えて、銀座の『門』へとたどり着いた。

そして、大群衆や基地の兵士達による歓迎ムードの中で一行は門を潜っていった。

 

 

 

「くそっ、早く撤収の準備をしろっ!」

都内某所の閑静な住宅街、その一角にある住居は、中ソ連合情報本部の日本支部であった。

各所に配置した部隊が全滅したことを悟った情報部日本支部員の統括責任者、『ボリス・チャフキン』は態勢を立て直すべく、撤収の準備に勤しんでいた。

こんなところで日本の憲兵隊にでも拘束されれば、せっかく築いた我が国のネットワークがズタズタになるではないか。と思いつつ床に落ちた書類をまとめて行く。

あと少しで、逃走の準備が完了しようとしたところで、外で銃声が鳴り響き、仲間の悲鳴が聞こえた。

「何っ?!奴らはもう動いたのかっ!」

ボリスは舌打ちすると、必要な書類が入った鞄を手に持って、建物の裏口にある用水路を伝って逃れようとするが。

その先には、小銃を持った禿頭の兵士が立っていた。

拳銃を抜き取ろうとした時に右腕が撃たれた。

「無駄な抵抗はやめろっ!!お前達をスパイ容疑で逮捕するっ!!」

「畜生っ!!」

こうして、ボリスは兵士を罵倒しながらその身を拘束された。

「相馬中尉……露払いはしておきましたよ」

寺田秀夫少尉は『門』がある方を見ると、静かに敬礼をした。

「おのれっ!ヤポンスキーめっ!!」

ソビエト連邦書記長、ヨハン・シュムスキーはクレムリンの執務室にて両手を机に叩きつけた。

同じ部屋の李汀州国家主席は、舌打ちをしながら日本支部が壊滅したという内容が記された報告書を睨みつけていた。

凄腕の連合情報部の部員たちが、銃を密売していた暴力団組織という名目で拘束されたことに、二人は腹を立てていた。

怒りが頂点に達した書記長は、クレムリンの赤い絨毯の上にウォッカの入ったグラスを叩きつけた。

ホワイトハウスではヘンリー・マルティネス大統領が最終的な意思決定をした。

「さすが日本人だ。迂闊な行動はするなという事だね。ならば、合衆国は異常とも言える特地とどのようにして渡り合って行くのか傍観させていただこうじゃないか」

ヘンリーは、日本から送られてきた警告文書を眺めながらビスケットを口に放り込んだ。

こうして、日本帝国は相馬を始めとする日本軍将兵の活躍により、降りかかってきた脅威を乗り越えることが出来たのであった。

 

レレイ、ロゥリィ、テュカの三人は、富河の運転する機動乗用車で、アルヌス丘麓の難民キャンプへと送り届けられた。

「日本ってすごいところだったわぁ」

ロゥリィが言う。

「興味深い。また行きたい」

レレイが言う。

「みんな優しそうで、楽しいところだった」

テュカが微笑んだ。

そんな三人に相馬は、「お疲れさん」「また、明日」と言葉をかわす。そしてお互いに別れていった。

既に陽は落ちて暗くなろうとしていた。

テュカは、プレハブ長屋の間を抜けて自分に割り当てられた部屋の戸を開けると「ただいまぁ!!」と明るい声で帰宅を告げた。

それにユノが応じる。

「日本に行ったら気が楽になったわ。何と言うか、お父さんが何処かに行ってから不安だったけど、ソウマさん達が勇気を与えてくれた気がするの」

「よかった炎龍に襲われる前のような明るさに戻って。ねぇねぇ!今度私も日本に連れて行ってよ。それで行けるとしたら、ジロウと一緒に行きたいわ」

二人は部屋の隅あったベッドに腰掛けて会話を楽しむのだった。

ピニャとボーゼスの二人は、宿舎として借り受けた居室で、椅子に座り込み重苦しい雰囲気を放って黙り込んでいた。

日本と帝国との交渉の仲介役。その重さが今更ながら感じられてきたのだ。

このまま戦争を続けたら、帝国は間違いなく負ける。文明、技術、そして戦争というものに対する考え方。これら全てが段違いであることをその目で確かめ、その身体で実感してきたのだから。

そして、ピニャは決断する。

「妾は、この戦争を終わらせる」と。

 

 



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第二章 講和模索編 第十二話 来訪者達

日本帝国軍による異世界進出から六ヶ月後

特地派遣部隊隊舎

「エルベ藩王国の国王が、ここの診療施設に入院している?」

大高弥三郎陸軍大将の話に前原一征海軍少将は、驚きを隠せなかった。

こんな重要な人物が身近にいたとは。もし本当なら、藩王国との国交が成立する機会があった。

「本物なんですか?」

「ええ。先ほど、白石大尉から連絡を受けまして。フォルマル伯爵家のカイネ氏と大尉が本人と会話になったということで、間違いがないようです。私もそうですが、彼女も大いに驚いていましたよ」

大高も抜け目なく、カイネや他のメイド達に国王が本物かどうか確認させたようであった。

それから、前原は診療施設の病室へと赴いた。

前原の見た光景はベッドに座った隻腕隻眼の初老の男性が、晩飯をがつがつと口に運んでいるところだった。

病み上がりとは思えない健啖ぶりである。

「おおっ、来たか。待っておったぞ……」

デュラン王は、前原の顔を見るなり、待ちくたびれた感じの表情で前原に声を掛けた。

それからお互いに軽い自己紹介をし合った。程なくして静かな交渉がはじまった。

まず前原は、国境を越えての軍事作戦。炎龍討伐に関する交渉について語り始めた。

「という訳で……我が軍の戦闘機が貴国の山岳地帯の方へ飛び去って行くのを目撃しています。我々としては、今後の脅威となりうる炎龍を討伐したいのです。そして、炎龍の生息地を明確に知るために我が軍の一部を貴国に派遣したいのですが……」

「炎龍の討伐じゃと?実に面白いではないか……じゃが、その前にやってもらいたいことがある」

デュランは前原に、二通の信書と手描きの略地図を差し出した。

「そこでな、この手紙をクレムズン公爵と、ワット伯爵に送ってくれ。この二人は私に味方してくれる。場所も地図で示しておいた。この二人を通じて、国内の有力な貴族をまとめて貰うつもりじゃ」

「我々をお家騒動に巻き込まれるつもりですか?お家騒動ならば、宗主国ともいえる帝国にお願いします」

するとデュランは「帝国はもう嫌じゃ」と顔をしかめながら前原に言った。

前原はデュランが帝国に対して相当な恨みを持っていることを察してしまった。

「それで、炎龍以外に我が国に対して何を要求するのだ?」

デュランは前原が思ってもみないことを口にした。それは、取引の材料を増やしたかのようであった。

前原は、あえて遠慮無く欲しいものは欲しいと素直に告げることにした。

「地下資源の採掘権。様々な税の免除。国交の正常化、同盟の締結」

「ほぅ……良いことを言うではないか。じゃが、金山と銅山は、我が国の富の源泉じゃ」

「ことごく寄越せとは申しません。金銀銅山については三割。そして金銀銅以外で、有望な資源があれば、全てということで」

「譲歩をしてくれるという訳じゃな。しかし、貴殿が金銀銅以外は全て寄越せと口にする理由じゃ。妙に気になる。金銀銅以外で価値のあるものが、我が国に埋まっておることを知っておるではないか?」

「ええ。知っていますとも。教えなければならない理由等はございますか?」

「……見た目に反して欲張りな者じゃな。分かった。金銀銅などの貨幣に用いる鉱物以外の、地下資源一切と免税、国交の正常化と同盟の締結じゃな」

「陛下も譲歩をされるわけですか……感謝いたします。では、我ら帝国軍が、陛下のご帰還を護衛いたします。ドラゴン討伐の段取りのためです」

「よし。我が国はニホンテイコクと同盟関係じゃな。仲良くしようではないか」

「ええ。私や我が国は、貴国と共に繁栄することを望んでいます」

こうして二人は、手を握りあった。

この交渉は日本帝国やデュラン王のエルベ藩王国の両者にとって都合の良い結果となった。

 

 

 

ダークエルフ族の女性、『ヤオ・ハー・デュッシ』は困り果てていた。

『アルヌスの街』と呼ばれるようになったアルヌスの丘に居るとされる『緑の人』を探しにやって来ていた。

彼女がこの街にやって来た理由は、同胞の敵討ちの依頼。つまり、炎龍討伐を緑の人に呼び掛ける為であった。

ヤオ達ダークエルフ族が住んでいたシュワルツの森は、片腕を抉られた燃え盛るような赤い鱗を持つ炎龍によって襲われた。

各々のダークエルフは、散り散りに逃避行を始めた。

いつまでもこうしているわけにはいかないので、ダークエルフ達を束ねる長老達は、緑の人達に救済を呼び掛ける遣いにヤオを選んだ。

ヤオは、平穏な日々を取り戻したいと考えていたので、長老達の意見を積極的に聞き入れ、緑の人達を探す旅に出るということにした。

ところが、いざ街に着いてみると緑の服を着た男女が多く、誰に声を掛けて良いか戸惑っていた。

そして闇雲に探しても見つかるわけがなかった。

「ダークエルフの姉さんよぉ〜。誰を捜しているんだい?」

「緑の人だ」

ヤオは、理由を述べつつ流暢な言葉に振り向いた。振り向いた先には、ここの国の住民であることが分かる男が立っていた

次に男は、ヤオにこう言った。

「緑の人なら、俺が居場所を知っているから案内してやるからさ」

それはありがたい申し出だったので、ヤオは親切を受けることにした。

この男は、ヤオの手をとってから街を出て、森の暗がりへ連れて行こうとしたのだろう。すると、どこからともなく男を呼び止める声が聞こえてきた。

「ん?なんだ……?!」

「どうしたというのだ?」

ヤオは、男の驚いた表情に疑問に思いながら男が見る先に視線を向ける。

彼女の目には、少し青みがかかった髪を持つ青年とその取り巻きと思われる見たことがない言葉が記された腕章を付けた緑の服を着た者が映り込んだ。

「女性を連れて街を出ようとしているなあんた」

「あっ……え?何のことかなぁ?俺はこの姉さんを緑の人達のところへ連れに……」

緑の服を着た男こと、憲兵に問い詰められた男は、目を回しながらしらばっくれる。

「この男の特徴からして……暴行未遂犯の特徴に合致しないか?」

「そうですね。おい君、ちょっと付いてきてくれるかな?」

「………」

男は憲兵達に両腕を持たれると、無念と言わんばかりの表情で下を向いていた。

ヤオは、「ちょっと待ってくれ」と言いたかったが。それはすぐに解決した。

「貴女は、緑の人を探しているそうですね。それなら私について来てください」

「ああ、分かった」

ヤオは、少し青みがかかった髪を持つ青年……前原に疑問を抱きながらついて行くことになった。彼が緑の人の仲間だと知らないまま。

「遠路からはるばるおいで下さりありがとうございます。是非、炎龍という巨大生物の討伐に乗り出したいとこちらも考えておりました。ですが、こちらもあるお方との交渉を終えたばかりなので。炎龍討伐の段取りに時間がかかると思います」

「なるほど……」

大高は、賛成の言葉を口にしつつ、時間がかかるということをヤオに伝えた。

緑の人……日本側の状況を理解したヤオは、大高の言葉を信じて特地派遣部隊隊舎を後にした。

この後、前原の勧誘によりヤオはアルヌス基地に留まることになったのであった。

 

 

 

炎龍討伐の段取りに時間が掛かるもう一つの理由として、日本帝国軍は炎龍討伐の前にヴォーリアバニー族の女王とその同胞達を救出する作戦を決行しようとしていたからだった。

ここで時は少し遡る。

ピニャが帝国に帰国してから、交渉は順調に進むはずであったが、対日強硬策を打ち出した帝国の第一皇太子『ゾルザル・エル・カエサル』とポダワン伯爵らの継戦主張により、交渉は齟齬を見せていた。

そんな状況を打ち破るかのように、ピニャ達が帝国に帰国してから三ヶ月後に、ゾルザルらによって迫害されたヴォーリアバニー族と呼ばれる亜人達が、アルヌス基地へと亡命しにやって来たのであった。

そこで状況進展の起爆剤になると考えた大高や他の特地派遣士官達は、帝都に捕らわれているであろうヴォーリアバニー族達とその女王の救出作戦を練ることにした。

彼女達が亡命しにやってくるまでの経緯を一人のヴォーリアバニーを用いて説明しよう。

発端は、帝国軍によるヴォーリアバニーの王国の侵攻だった。

それは軍事的な攻撃というよりは、狩猟であった。

そう、奴隷狩りと呼ばれるものである。無駄な犠牲と労力をもってする非効率的かつ後進的なものであった。

当初は、ヴォーリアバニー側が優勢であったものの、優れた装備と数のごり押しによってヴォーリアバニー側の王国は敗北してしまったのである。

敗残したヴォーリアバニー達は、兵士達に凌辱され、ある者は彼らが連れてきた怪異達によって遊び道具のように嬲られ。

暴行を受けなかったヴォーリアバニー達は、奴隷市場に売り払われた。

もちろん全員が捕らえられた訳ではない。一部で、なんとか逃げ落ちることのできた者もいる。逃げ落ちた者は、三つに分かれた。

一つ目は、食料になる果物や動物類が豊富な地でゲリラ戦を行いつつ再起を図る。

二つ目が身分を装い、帝都の悪所に流れて身売りなどをして生計を立てる。

三つ目が奴隷にされる覚悟で緑の人の軍団に身を寄せる。

以上の三つが逃げ落ちた者たちに突きつけられた。

そんな彼女達に、ある時希望の光ともいえる噂が耳に入った。

イタリカを襲撃していた盗賊を緑の人達が様々な魔導を用いて撃滅し、その上慈悲深い対応をするや、野生の怪異に襲われそうになったところを『ショウジュウ』と呼ばれる魔導兵器を使って助けてくれた。という噂を耳にした。

これを耳にしたヴォーリアバニーの一人である『デリラ』は、仲間と共に身を滅ぼす覚悟で緑の人がいるアルヌスの丘に向かったのであった。

意外にも、緑の人は襤褸を身に纏い、傷だらけのデリラ達を手厚く出迎えた。しかも、達者な言葉で分かりやすく。

さらにデリラ達を驚かせたのは、衣食住の全てにおいて不満な点がないということであった。

極め付けは、緑の人……ニホンテイコクグンが帝都に囚われているであろう同胞の解放に協力的な態度を示したことだった。

デリラとて、最初こそ何かの罠だと思ったが。次第に交流を重ねていくうちに完全に緑の人を信頼できたのであった。

こうして、虐げられている奴隷達を解放することによって、帝国の頑迷な主戦派や日和見主義者に日本の強さを思い知らせるためでもあり、『門』の向こうの世界の国家がどのようなものであるかを思い知らせるための軍事作戦が実行されようとしていた。

 



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第十三話 奴隷解放作戦 前編

帝都南部・第一皇太子居館

その居館の主人たる男、ゾルザル・エル・カエサルは、沙の天蓋に覆われた寝台に座り込み、頭部に二つの白い兎耳を持つ女性の首を軽く締め上げていた。

「で、殿下。お許しを……」

「ふんっ。ヴォーリアバニー族の長はその程度か?もっと良い声で苦しめ。苦しめっ!」

程なくして意識が朦朧としていた兎女に対して、ゾルザルは飽きた玩具を放り出す赤ん坊のように、女性を突き飛ばした。

女性はこれに慣れていたのか、すぐに起き上がった。

だが、起き上がるたびに身体中の痛みが女性を襲う。無論、彼女の身体には複数のアザと、擦り傷、微々たる程の切り傷といった度重なる暴力の痕跡で覆われていた。

「我が同胞にお情けを……」

続けるようにして女は、小さく震えるような声を上げた。

「ほぅ。流石はヴォーリアバニーだな……満足した。帰れテューレ」

ゾルザルはめんどくさそうにそう言うと、ヴォーリアバニーの女『テューレ』が着崩れた襤褸を整えてからゾルザルの部屋を後にした。

ゾルザルは舌打ちすると、「この頃、敗北主義者共が煩くて、苛々するばかりだ」と呟いた。

すると、その独り言に応える声があった。

「失礼いたします殿下。悪所に関する報告に参りました」

主戦派のポダワン伯爵であった。

「ん?名の通り汚らわしい場所のことか。それがどうしたのだ」

「近頃、チンピラ共が妙に大人しいのです」

「大人しいだと?」

「はい、殿下。アルヌスから帝都を往来している商人の拠点付近でチンピラの死体を見かけることが多くなったと近衛の兵士達が噂にしていたので、密偵を派遣したところ。早朝まで(やかま)しい悪所の酒場も静まり返っていたそうです」

「静まり返っている。良きことなのではないのか?帝都の汚点が少しでも無くなるのだから」

「さらには、悪所を取り仕切っていたベッサーラという者が身体中を刃物と思われる物に刺された状態で死体として見つかったそうです。それから悪所は元来からの陰惨な空気が薄れつつあるとのことです」

「ほぅ。面白い報告じゃないか。だが、俺はあそこが好きじゃないんだ。そんなに気にすることは無いだろう」

「し、しかし……」

「しかしもこうもあるか。また騒がしくなったら軍を赴かせて大人しくさせたらいいではないか。丁度、第Ⅳ軍団の視察に行こうとしていたのだ。十五万人から二十万人に増えた兵の士気を確認しに行く為にな。ポダワン伯。俺は出掛けるぞ」

ゾルザルは、部屋の外にいた取り巻き達に「いくぞっ!」と声をかける。

その背中を見送ったポダワン伯は、額に手を添える。

「殿下は、唐突な変化に不安にならぬというのか」と不安げに呟いた。

 

 

その夜、第一皇子居館と帝都の奴隷市場は血煙と悲鳴で溢れた。

遠くの空から甲高い音が鳴り響いたと思うと、しばらくして爆発音が響き渡った。

この一瞬で、緑の服を着た者達が居館や市場に居た奴隷達とともに、鉄の木甲車に乗り込んでアルヌスの丘がある方へと走り去ったようだ。

帝都の住民達は、貴族や奴隷商人同士の小競り合いと考えた。また、それと同時に響いた甲高い音や爆発音が人々の関心をそそらせた。

そして、明るくなって分かった光景は、ズタズタになったチンピラ達の死体が奴隷市場で多く横たわっているというものであった。また、第一皇子の居館のありさまはもっと凄かった。居館の警備兵達は身体中に穴を開けられているか、頭部を刈り取られた状態で死んでいた。

その主人である皇子に関しては、別人のようになって自分の部屋でうずくまっていたそうな。

時に、正和(しょうわ)二十一年三月。霞部隊と第三偵察隊による奴隷解放作戦が行われた結果であった。

ここで時は、六日ほど遡る。

「帝都強襲隊は、作戦開始の三日前には特地第三基地へ移動せよ。霞部隊の目標は、サデラ山中腹にある南宮……帝国第一皇子の居館に捕らわれているとされるヴォーリアバニー族の女王の救出とその他の虜囚の解放。また、第三偵察隊は、悪所付近の奴隷市場から虜囚解放を遂行せよ。なお、帰還する時は、特地第三基地で輸送機に乗り換え、そのままアルヌスに帰投せよ。以上が作戦内容だ。そして、本作戦の要は速さである」

霞部隊総指揮官、千葉州作少将は指揮棒で机の上に置かれた地図を軽く叩きながら隊員達に説明する。

また、作戦開始の三日前には悪所に潜伏している深部偵察隊に向けての物資の空中投下が行われた。

当然のことながら、この特地には電波探知機といったものが無いため、易々と帝都上空に侵入し、物資の投下を行うことができた。

斯くして作戦開始の準備を整えた帝都強襲隊隊員は、英気を養いつつその日を待った。

 

 

特地第三基地

「神よ。天地を支える、使徒よ。我が祈りをここに捧げる。この身を供犠として、我は祭祀の炎をくべる者なり……。戦いの神エムロイ、冥府の王ハーディ、盟約の神デルドート、復讐の神パラパン」

デリラは複数人の仲間と一緒に祈りの言葉を口にしつつ、テーブルにしつらえた小さな祭壇に向かった。

既にその身は、戦衣や化粧につつまれていた。

「この身はこの時より、敵たる者の命を奪う一振りの剣と為らん……」

それは、ヴォーリアバニー族の祈りだった。

彼女達は、祈りを終えると部屋を出た。

その先には、戦闘服に身を包んだ白石紀子大尉が立っていた。

「祈りを終えましたか?六時間後に作戦開始なので。それまで必要な段取りをしておいてくださいね」

「ああ、分かったよ。あたいは、あんた達ニホンテイコクグンが仲間を助け出してくれるということにとても感謝してもしきれないほどだよ」

「そう言ってくれると嬉しいわ……変なことを言うと思うけど、私はまるで誰かの敵討ちをしたり、何らかの雪辱を晴らす気分になれる気がするの」

白石はそう言いつつ、自身の胸の真ん中に手を添える。その瞬間に、彼女が前世で経験してきたであろう苦い記憶が蘇った。

だが、彼女はすぐに立ち直った。

今度は、自分が助ける側になるんだ……と。

「あんたがどんな思いを受けたのかは、あたいは知らないけど。あんたの気持ちに共感が持てるよ」

デリラは白石が考えてることを理解したのか、共感の言葉を漏らした。

それから、二人は外の夕日を見つめながら静かに笑い合った。

 

 

悪所から少し離れた南東門付近

月に照らされた街路を第三偵察隊の隊員達が駆け抜けていた。目標である奴隷市場に向けて。

隊長である相馬が、小銃を構えながら周囲を見回す。さすがに夜中なので周囲には、敵と言える者が居なかった。だが、街中ということもあり、路地裏から敵が不意打ちを掛けてくると考えられた。

現に、先のアルヌス強襲において、敵が死体に紛れて、近づいて来た兵士に対して短刀やボウガンを用いて不意打ちを掛けてきたことが原因で、微小ながら怪我人が出てしまった。

相馬は、これを教訓として作戦に勤しんでいた。

「我々は、虜囚の人々を解放した後に、一度この帝都を離れますが。再びここに戻るのは、いつぐらいになりますかね?」

「分かっていることだけで言うと、俺達は帰還したらそのままアルヌス基地に留まるみたいだ。だから、いつここに戻るのかは分からない」

相馬は、富河の質問に応じつつ先陣をきっていた。それからさらに前進していると、暗闇の中にぽつりと火が灯っているのが、目に入った。ここが帝都唯一の奴隷市場である。

この奴隷市場の特徴は、日本でいうところの長屋のような建物が二軒ほど立ち並んでおり、周りは高い塀で囲まれている。

一軒につき、奴隷達が二、三十人ほど収容されている。

さらに警備も厳重で、長屋の周りには槍を持った男達と入り口には怪異使いのものと思われる四匹のオークと、弩を持った二人の主人が入り口に陣取っている。

「正面から突っ込んで奴らの仲間が出てきたら面倒なことになりそうだな。室井ちゃん狙撃の方を頼んだよ」

室井は、「了解」と言いつつ三八式歩兵銃に暗視スコープを取り付け、引き金に指を重ねる。

瞬く間も無く、ボルトの操作を素早く行いながら五発ほど敵の頭部に撃ち込む。

室井は、先に二人の怪異使いを仕留めたため。オーク達は、二人の主人が急に倒れたせいでパニックになっており、賢明な判断が出来ずに主人達と同じように撃ち倒された。

「いいね。よし、行こうか」

相馬の指示を受けた隊員達が、相馬の後に続いてゆく。市場に入った隊員達の一部は、敵を一気に撃滅するために、小銃の銃口に擲弾を取り付ける。

入り口の様子を不審に思った九人の男達が、近づいて来るのが分かる。

「よし、撃て」

相馬の指示を受けた『木場(きば) 寛人(ひろと)』上等兵、『古川仁(ふるかわ ひとし)』伍長、『楠木(くすのき)(わたる)』一等兵の三人が擲弾を一斉発射する。

無論、擲弾が発射された音が分からない男達は、迂闊に近づいて行くままなので、そのまま擲弾の餌食となる。

流石に大きな爆発音が三発も響いたせいか、数十人が駆ける音が聞こえる。

「おやっさんと田中二等兵は、機関銃を準備してくれっ!他のみんなは、小銃で一斉攻撃だっ!」

『了解っ!』

隊員達は、敵を迎えるために一旦入り口まで退いて手榴弾や小銃、機関銃を構える。

そして、敵が相馬達を視界に入れた時には、もう遅く。一方的に撃ち倒され、吹き飛ばされていった。

ここで初めて敵の悲鳴と相馬達の攻撃による爆発音や銃声が本格的に市場中に響き渡った。

市場の警備を排除した相馬達は、奴隷達が収容されていると思われる建物の扉にかかっていた錠と鎖をワイヤーカッターで壊し、扉を開ける。

扉を開けた先には、ヒト種からさまざまな種類の亜人種達がいた。驚くことに、みんな襤褸を身にまとった女子供ばかりだ。そんな彼彼女らは、不思議そうに相馬達を見つめている。しばらくすると、 ヒト種の少年がウトウトしながら相馬のもとに歩み寄ってきた。

「おじさん達は、誰で何しに来たの?」

「おじさん達は日本帝国軍。君たちを助けに来た。ただそれだけさ」

相馬がそう言った瞬間、人々は立ち上がって相馬達のもとに駆け寄った。人々は、これまで絶望的な状況下に置かれてきたせいか、完全に相馬達を信用していた。

それから相馬達は、人々の手錠や足枷を工具で壊していった。

「では、皆さん。我々と共にここを出ましょう」

相馬は人々を建物から連れ出すと、向かいの建物からヴォーリアバニー族を連れた大滝達も出て来た。

「よし、特地第三基地へ向かうぞ。他の隊員は警戒しつつ前進せよ」

見事に奴隷を解放した相馬達第三偵察隊は無事に悪所を通り抜けいった。偶然にも見張りが居なかった南東門の前では、特地第二基地所属の輪島新太郎曹長の機械化歩兵隊が待機していた。

「お久しぶりであります相馬中尉。我が隊は、万が一に備えてハーフトラックを備えてやって参りました」

よく見れば、ホハ改ではなく。アメリカから供与されたであろう六台のM3ハーフトラックが停止していた。

「ありがとう輪島曹長。さっそくで悪いのだが、我々を第三基地へ送ってくれ」

こうして相馬達第三偵察隊は、解放した人々とともに帰路についた。

 



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第十四話 奴隷解放作戦 後編

帝都・第一皇子居館付近

相馬達が帝都の奴隷市場から奴隷達を解放したほぼ同時刻。

九九式輸送機から、白石大尉指揮下の約十五名の霞部隊隊員と、復讐を果さんとする五人のヴォーリアバニー達が空挺降下を開始した。

隊員達が一人づつ輸送機から飛び出してパラシュートを開いて行く。

デリラ達ヴォーリアバニー達は、本作戦のためにパラシュート降下の訓練が施されていたため、難なく飛び降りていった。

しばらくして、居館の数百メートル離れたところに降り立った白石達は、肩に背負っていた小火器を手に持つ。

一応デリラ達にはステンガンとその予備弾が配られているのだが、彼女達はステンガンではなく。

以前から愛用しているククリナイフを手に持った。

「彼女達は接近戦が得意なのか?白石大尉。デリラさんに先陣を任せるべきだと思います。彼女達が奇襲を掛けるのと同時に、我々が集まってきた敵を攻撃すべきかと思います」

「それは、良いと思います。小野田中尉の意見具申を感謝するわ」

彼女は、小野田中尉の提案を受け入れることにした。

それから白石達は、ゾルザルの居館へと忍び寄っていった。

 

 

 

第一皇子居館

自身に敵が忍び寄って来ているということを知らないゾルザルは、寝台に寝そべっていた。

これは、猫型ロボットと一緒に日常を過ごしている小学生がのんきに昼寝をしているようにも見えるが、彼は焦燥と言おうか、よくわからない感情になっており、帝国の今後を不安視していた。

「こうして俺が馬鹿を演じている間に帝国が敵と講和を結んでしまったら、帝国は弱体化して、いずれは崩壊の道を歩む筈。そうなれば、俺はただのお払い箱かもしれん。かと言って派手に動けば、カティ義兄ぃのような末路を辿ってしまうかもしれん。そして、問題はディアボの奴だ。奴め、今は日和見を決め込んでいるが、もし敵が我が国にとって有利な条件で講和を申し込んで来た時には、奴はピニャの方に寝返るかもしれん。そして、奴は俺の命を真っ先に狙いに来ることだろうな……」

彼は、元来からの劣等感と臆病な性格に心を支配されていた。それが故に、彼は普段から傲慢な態度を取るのである。

そう考えているうちに、夜は更けてゆく。

窓から見える不透明雲が月を隠そうとしたとき、突然一階の方から警備兵達の悲鳴と刃物で肉を断つ音や聞き慣れないが聞こえて来た。

それと同時に、脱兎のように誰かがゾルザルの部屋に向かって来ている。

彼はすぐに理解してしまった……自分自身が狙われているということに。

ゾルザルとて人間だ。ぼやっとして立ち竦んでいるわけにもいかないので、自身の部屋を見渡して、隠れることが出来そうな場所を探す。巨漢ともいえる彼が入りきれそうな場所はせいぜい寝台の下ぐらいであった。彼は、素早く寝台の下に隠れる。

そして、部屋の扉が開かれる音が響いた。

 

 

霞部隊は、デリラ達ヴォーリアバニーと共に第一皇子居館に強襲を仕掛けた。

第一皇子の居館ということもあってか、四十人前後の重装歩兵と弓兵が入り口とベランダに配されている厳重な警備だったが、隊員達が操る擲弾筒から放たれた擲弾によって一瞬で吹き飛ばされた。

流石の警備兵達も火薬という名の強靭な威力を誇る物質の前では、無力という言葉が相応しかった。

これに動揺しないわけがなく、敵はさらに集まってきた。

「一気に集まって来たわね。一斉射撃開始よ」

白石の指示を受けた隊員達が、軽機関銃で数十メートル先の敵をなぎ倒してゆく。

無論、青銅製の盾で7.7mmの銃弾を防ぐことは出来なかった。

敵に対して反撃を加えることが出来ないまま、居館の警備兵は、四十数人から十数人程度までに減らされていった。

「さて、あたいらの出番だね。あんた達、行くよっ!」

デリラは、背後にいた四人の仲間に声を掛けると、居館に向けて走り出した。

ヴォーリアバニーの名前に相応しく、脱兎のように駆ける彼女達は、居館の扉を蹴破ると、集まっていたゾルザルの取り巻き達に襲い掛かった。

軽快な身のこなしで、彼らを守るようにして広がっていた兵士達をすり抜け、逃げ惑う取り巻き達の首を真っ先に刈り取る。

彼女たちの復讐を彩るように、刈り取られた首が大きく宙を舞い、血の雨を降らす。

ヴォーリアバニーの一人が、背負っていたステンガンを抜き取ると、二階で弓を構えていた兵士達に向けて乱射する。

「ジュウっていう武器は肩こりがほぐれるわっ!」

彼女はそう言いつつ、的確に弾を命中させる。その間にデリラ達が軽快な身のこなしで敵の首を刈り取る。たった五人のヴォーリアバニー達に翻弄された敵は瞬く間に全滅した。

「他の隊員は地下室のようなものが無いか捜索しろっ!俺たちは二階に向かう」

小野田が部下達に指示を出しつつ二階に向かって行く。デリラ達も二階へ上がろうとしたが、白石に止められる。

「今回の作戦は、ゾルザルの襲撃じゃなくてあなた達の仲間の解放だから。もう少しの辛抱よ。もし、ここで奴を殺してしまえば、今度は破滅よ……」

「あっ……そうだったね」

もし、今ゾルザルを殺したものならば、帝国と日本はお互いが死滅するまで果てしない戦争が続き、緑豊かなファルマート大陸が骸と溢れんばかりの血で覆われた死の大地に変わり果てる。

という意図が白石によって込められていた。だから日本側は、敢えて第一皇子のゾルザルを生かしておくのであった。

すると、一人の隊員が敬礼をしながら隣の部屋から出てきた。

「大尉殿、隣の部屋で地下へとつながる道を見つけました。多分、この先にヴォーリアバニー族の女王が居ると思います」

「ありがとう。じゃあ、行きましょう」

「ああ、そうだね」

デリラ達は、白石と共にテューレが居るとされる地下に向かった。

 

 

ヴォーリアバニー族の女王テューレは、狭苦しい私室にて、粗末な寝台で寝そべっていたが、突然聞こえた聞き慣れない音が響き渡ったのと同時に、私室の看守達が急に居なくなったので不審に思った。

「敵が来ているのか?それにしても喧しいな」

「全くその通りでございますな」

「こんな時にボウロか。何しに来た」

寝台の下からは、豚と犬をかけ合わせたような醜男(ぶおとこ)が現れた。

「アルヌスの異界の軍が攻めて来たようですな……私には奴らの意図が読めませんがね。帝都に潜伏している仲間から聞いたのですが、奴らは奴隷達の解放を行なっているようです」

「解放だと……?」

「奴らは奴隷の解放を行なっている」のくだりはテューレの胸中にあった正体不明の希望を喜びに変えた。

もしかすると、自分達も解放してくれるかも。

たしかにヒト種は憎いが、アルヌスの敵は同胞達を保護していると聞く。

彼らは話が分かる相手かも知れない。

この三つの希望がテューレの胸中を覆い尽くした。

すると、テューレの首元に冷たい何かが突きつけられた。

「俺たちハリョの皇帝を生み出すのに使えそうな女だと思ったのに……まぁいい。冥土の土産を持たせてやろう。ゾルザルにてめぇらの王国を襲撃するようにそそのかしたのは俺だ。いひひひひひ」

「ちっ……」

この瞬間、テューレは真相を知ったのと同時に、彼に対して激しい憎悪を覚えた。これだけは絶対に許せなかった。

「さぁ、し……」

振りかざされたナイフが彼女の首元に勢いよく突き刺さろうとしたとき、扉が勢いよく開いた。

「うぎゃっ?!」

ボウロの悲鳴とともに、見覚えのある兎女が彼を突き飛ばすのが目に入った。その身は一族伝統の戦衣と化粧につつまれていた。

「テューレさんですね。助けにやって参りました」

「……助けに?」

同胞の後からやって来た緑色の衣装を身に纏ったヒト種の女がそう言う。

当然テューレは、何かの罠だと思ってヒト種の女を警戒するが。同胞達の様子を見ると、罠では無く。本当に助けに来たということが理解できた。

その証拠として、女の仲間と思われる緑の服を着た男達が、奴隷娘達の手錠などを壊しているのが目に入った。

「うぐぅ……なめた真似をしやがってっ!!」

起き上がったボウロは、落としたナイフを手に取ろうとしたが、彼よりも素早くナイフを手に取ったテューレに首元を突き刺される。

「自業自得ね……」

血まみれのナイフを手に持ったテューレはそう呟く。

テューレが再び同胞達を見ると、同胞達は自分を待っているようにも見えた。

「分かった。あなた達に付いていくわ……」

テューレがそう言ったのと同時に、ヒト種の女……白石紀子大尉が手を差し伸べる。

テューレは彼女の手を持つと、静かに立ち上がった。

その後、テューレは白石達霞部隊と同胞達に連れられてゾルザルの居館を脱出した。

 

 

 

「生き残ったのは、俺だけなのか?」

運良く小野田達に発見されなかったゾルザルは、隠れていた寝台から抜け出し、様子を見るために部屋を出た瞬間から自身の居館の惨状に圧倒されていた。

四十人近い警備兵と今朝まで一緒だった取り巻き達の死体が一階を中心にして、転がっていた。

彼は、テューレの様子を見るために、自身の奴隷娘達を収容している地下へと向かうが、人の気配すらなかった。

代わりに、以前から絡みがあったハリョの醜男の死体がテューレが居たとされる部屋に転がっていた。

「おのれ……異世界軍めっ!!」

ゾルザルはそう怒鳴りつつ、元来た道を辿って一階に戻って、死屍累々ともいえる一階を見渡すと、床に伏せて駄々っ子のように同じ言葉を繰り返す。自身が助かったとはいえ、今まで従えてきた取り巻き達や兵士達が一瞬にして全滅させられたことにも腹を立てていた。

すると突然、しわがれた声がゾルザルの耳に入った。

『お前は敵が憎いか?』

「誰だっ?!」

再び周りを見渡すが、屍だらけで誰が喋っているのか分からない。

『私はハインツ・フォン・フレーリッヒ。ドイツ第三帝国の総統だ。敵を憎むその姿勢に満足した。丁度良い、お前は私の肉体となれ』

宙に浮きながら現れたフレーリッヒと名乗るこの男は、聞いたことがない国の名前を言いながら姿を現した。

鷲が「卐」という見慣れない紋章を脚で掴んだものと柏葉で囲まれた赤と白の飾りを基調とした革製の(つば)がついた帽子と左胸の辺りに煌びやかな飾りが施された黒い服を身に纏い、筆のような髭を生やしたモノクルを掛けた初老の男だった。

「ふ、ふざけるなっ!!」

ゾルザルは床を這うようにして逃れようとするが、男は素早く彼の前に回り込む。

そして、男はプールに飛び込もうとする水泳選手のようにして、ゾルザルの胸部から身体に入り込もうとする。

『さぁ……我が肉体となれ』

「や……めろ……っ!!」

ゾルザルは最後まで正気を保とうとするが、次第に意識が遠のいてゆく。男はどんどんゾルザルの身体に侵蝕してゆく。

立ち上がろうとしていた彼の肉体は、糸がちぎれた操り人形のようにぐたっと床に倒れ込んだ。

しばらくしないうちにゾルザルは再び起き上がったが、この時の彼は今までの彼ではなかった。

「くっくっく……ついに肉体を手に入れたぞ。この無能を乗っ取って正解だったな。こいつを利用して、今度こそ永久帝国を築き上げてやるっ!!そして、日本よ……貴様達を我が覇業達成の為にこの世界から追い出してやる……ふははははははははははっ!!」

ゾルザルの肉体を乗っ取ったフレーリッヒは、立ち上がって高らかな笑い声を上げた。

 

 

帝国軍アルヌス基地

三機の九九式輸送機がアルヌスの丘へと戻ってきた。

デリラは、輸送機から降りると、一先ず空を見上げた。そして、救い出した仲間達を見つめる。「仲間を救えたんだ」と思うと、左目から涙が溢れた。

仲間達に囲まれるように座る相馬や白石達といった日本軍将兵達が何かと気を遣ってくれた。仲間の着る物も手配してくれたし、襲撃を行う前にいた場所に帰ってきたときには、緑の人達が食べ物や飲み物を同胞や他のヒト種奴隷に配っていた。その上、怪我の治療をしてくれた。はっきり言って感謝感激だ。

「デリラさん。私はあなたの役に立てましたか?」

「ああ、感謝しきれないほどにね……」

白石に話しかけられたデリラは、左腕で涙を拭うと言葉を返した。

白石は、デリラが喜んでいる姿を見て安心したのだろう。ころころと笑っている。

そして、二人はお互いの手を握り合った。

「ありがとう。シライシの姉御。そして、ニホンテイコクグン……」

デリラは、解放された仲間の存在に喜びながら雲一つない晴れ渡った空を見上げて呟いた。

「これが……緑の人」

テューレは、同胞達やヒト種など分け隔てなく手厚く接する日本兵達を見つめながらそう呟いた。

 



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第十五話 元総統と元老院

帝都・元老院議会堂

「陛下にお尋ねしたい。アルヌスの異界の軍勢この呼び掛けに対して、どのような対応をご講じられるおつもりか」

元老院議員のカーゼル侯爵は、以前のように議会堂の真ん中に立つと一枚のA4サイズほどの紙を持ちながら玉座の皇帝モルト・ソル・アウグスタスに向けて歯に衣着せぬ言葉を突きつけた。

薄闇の広間ともいえる場所が議員達の騒めきによって色んな意味で煌びやかになっていた。

何故なら、東の空が白んで変わらない帝都の朝を迎えたところ、天空を切り裂く大音響が響き渡った。

それは暴風にも似た、腹にも響く大音響であった。

四体の巨大な翼竜のような飛行物体が天を闊歩するように横切ると、そこから投下された紙が、帝都に降り注いだのである。

人々は逃げることなく、降り注いできた紙を手に取った。

しかも、それは帝都だけでなく。イタリカ、ロマリア山地と呼ばれる地域の近くにある学都ロンデルにまで降り注いだという。

市民。特にこのファルマート大陸において博識な者達が住まうといっても過言ではないロンデルの市民達は、その紙に記された内容に強い関心を抱いた。

これは、第三偵察隊と霞部隊が帝都から撤収した直後に、空軍長距離爆撃隊所属の四式超重爆撃機・富嶽から大量のビラが投下された後だった。

その紙の内容は次のようなものだった。

『我が日本帝国は、ファルマート大陸の非ヒト種民族や少数民族の悲惨な現状を大いに憂い、我ら日本民族の総力を挙げて、決起するものである。また、我が帝国はファルマート大陸の民との共栄を望むものとする。最後に我が帝国と共に共栄を望む者をアルヌスの丘にて待つものとする』

要するに日本帝国は、これ以上戦争を継続するなら帝国に対して民族解放戦争を辞さないという姿勢を示したのである。

とはいえ、自分達の権威の醍醐味である帝国中にばらまかれたこの紙の内容に元老院議員達は圧倒されていた。

「事の次第は、昨晩に帝都の悪所付近にあるとされる奴隷市場と皇子ゾルザル居館に襲撃を仕掛けた敵の行いに始まる。敵兵は、ゾルザル殿下がアルヌスでの開門直後に行ったとされる蛮族征伐戦で奴隷にしたヴォーリアバニーの女王や他の虜囚を連れ去ったそうです。間違いありませんな。皇帝陛下そして、殿下」

見ればゾルザルが、畏まった態度で皇帝の傍らで静かに頷いた。

これにはハト派タカ派の議員問わず。多くの議員達が彼の態度の変化に驚きを隠せなかった。

「はい、私の居館に強襲を掛けた敵は私の奴隷達を連れさらい。その上、私の優秀な部下達と衛兵達を殺戮しました。(この無能が日頃からいかに粗野な人物であったことが分かるな……お陰で周りのローマもどき共からざわつかれるわけだ)」

ゾルザルいや、彼の肉体を乗っ取っているフレーリッヒ“元”総統はいささかな苦労を感じていた。

すると、タカ派の座席に腰掛けていたポダワン伯爵が声を上げた。

「皇帝陛下っ!敵が異常なまでのお人好しとはいえ、このまま手をこまねいていると、帝国内の他民族や帝国に反感を持っている諸外国で帝国打倒、民族独立の火の手が上がりかねませんっ!また、このままだとニホンテイコクと名乗るこの国が正義の味方で我々が悪として誹りを受ける事でしょう。陛下っ!今こそ我が帝国が勢力の拡大を図る絶好の機会です。国家の機能が失われつつある諸外国を服従させ、帝国の威光を強大なものとしましょう。そして、来るべき敵との決戦に備えるべきですっ!!」

彼はこの特地の常識に従ってお得意の主戦論をもって皇帝に呼びかけるが、直後意外な人物が彼を制止した。

「待たれよポダワン伯爵。貴公はまだ敵を侮っているのか?仮にも、敵はアルヌスに赴いた十万の将兵を二日足らずで葬り去ったのだぞっ!真実を明かせば、今朝私の邸宅の庭に五体の翼竜と身体中を抉られた竜騎兵達の死体が転がっていた。その側に立っていた警備兵に訳を聞くと、敵の巨大な翼竜が、尻尾のようなものから放った火花で竜騎兵や翼竜を粉々にしたそうだ。私はこの時思った。アルヌスの敵………ニホンテイコクの軍は帝国や連合諸王国軍の兵士達をこのようにして葬ったのだと……」

タカ派の重鎮ともいえる『キケロ・ラー・マルトゥス』卿は少し興奮気味で語った。

この一言は、タカ派の議員達を唖然とさせた。

さらに議員達を驚かせる事実が、初めて元老院に招かれたピニャによって語られた。

彼女は事の次第を時系列に従って、説明し始めた。

「そもそも、妾が彼らと出会ったのはイタリカにおいてだ。敵は弓も届かないところに立つ魔導兵器を兵達に当たり前に持たせている。それだけではないぞ。彼らは火を吐く鉄甲車ともいえる魔導兵器を持っている。現に妾は、盗賊の軍勢に押されているところを彼らが操る鉄甲車で助けてもらった。また、この世界における翼竜の鋼鉄版ともいえる魔導兵器を持ち、空から盗賊達を強大な魔導を使って滅却した。妾は、ニホンテイコクという門の向こうにある国を見てきた。あそこは、この帝都を遙かにしのぐ、摩天楼のごとき世界だった。それは地上をことごとく埋め尽くして、天空への広がりを見せていた。そして、この国を治めている皇帝は言った……『民を愛する国』であると。この一言は、正真正銘のものであった」

帝国の為政者達は、自分達が何者と戦争を行なっているかを知ることとなったのである。

実際に日本軍による攻撃を目の当たりにしたキケロ卿は、共感するように頷いた。

ピニャの話を聞いた議員達は講和派、徹底抗戦派、日和見派の三つに割れた。しかも均等に。

そのうち議員達は、誰一人と声を発することなく黙り込んでしまった。

すると、今まで黙っていた皇帝がゆっくりと口を開いた。

「皆の者。これだけは覚えていてほしい。民を愛しすぎる国はいつか滅びるということを……これ以上皆の意見がないのであれば、今日の議会は閉会とする」

皇帝モルトの一言によって議員達は、頷くと静かに解散していった。

「もう終わりなのか……(このピニャという女は、日本のカイザー大星を見たというのか。確かにあの男はこのモルトという皇帝やピニャという女が言ったように、民を愛することを誇りにしている人物だったな……。日本は惜しい国だ。希少価値が高い資源が大量に埋まっているといっても過言ではないこの世界を制圧支配しないのだ?我が第三帝国が栄えていた時代にこの世界と私が元いた世界を結ぶ『門』とやらが開いたならば、国防軍やSS(武装親衛隊)で攻め入って、真の支配者として君臨してやったのに……)」

そんな事を考えていたフレーリッヒは、モルトと目が合うと、目線を逸らしながら議員達に紛れて元老院を後にした。

 

 

 

日本帝国・首相官邸

相馬と白石からの無線による報告を受けた、特地派遣部隊最高指揮官たる大高陸軍大将は、ただちにテューレ達のアルヌスへの移送を命じると共に、帝国ならびに帝国政府に対する威嚇として、空軍の巌田中将を通して四機の富嶽によるビラの投下を要請した。

この威嚇は国防大臣の高野五十六による発案で、そこに込められたメッセージは、「破滅か和平か」という内容である。

「高野国防大臣。こちらの作戦は上手くいったようですね」

「ええ。効果は極めて大と言っても良いでしょう」

内閣総理大臣の戸村謙三と高野は、執務室にて軽食を交えながら話をしていた。

「あとは、向こうの出方を伺いながら新たに同盟国に成ろうとしているエルベ藩王国との外交の開始ですね」

「そうですな。彼……前原少将ならやってくれるでしょう。それに伴って空飛ぶ戦車と揶揄されている炎龍討伐がいよいよ開始でありますな……しかし、奴とて生物であります。下手をすると戦闘機でも奴に苦戦するかもしれません。慎重に討伐方法を考えながらでないと、こちらにも損害が予測されます」

高野は、少しばかり(まぶた)を閉じながら瞑想する。戸村も彼に共感するように、瞼を少しばかり閉ざした。

「………今回は大規模な編成と慎重な判断で行きましょう。たしか、前世で私の同僚が相馬中尉達と一緒にいる女性達のような方や原住民の人々達と挑んで、犠牲を出しながら戦ったはず。ここからの記憶があやふやなのですが……この炎龍以外にも二体ほど居たはず……討伐の前に、深部偵察隊による新たな調査を発令してみてはいかがでしょうか?」

「総理がそう仰られるのなら、その方針を取らせていただきます。前世の記憶は、作戦の要といえるでしょう。私も第二前世では、第一前世の記憶を回想しながら戦ったものですから」

二人は再び瞼を閉じながら前世の記憶を思い出せる限り回想するのであった。

 

 

 

皇居

日本帝国の第三皇子たる陸奥宮陸軍中佐は、満月の下で皇居の二重橋濠に掛かる二重橋という鉄橋を眺めていた。

「我が軍による異界への進出からもう半年が経つのか……同時に私がフィンランド戦線でお師匠様と出会ってから丁度二年も経つのか」

彼は独り言を言いつつ北西の方を向く。すると、誰かが貫禄のある声で彼に声を掛ける。

「皇帝陛下。こんな夜遅くにいらっしゃるとは、珍しいですね」

「陸奥宮よ、二人きりなのだから。畏まることは無いだろう。私もどうも眠れないのでな。こうして二重橋の近くに来たのだ」

皇帝大星は、そう言いながら陸奥宮の横に立った。それから二人は話を始めた

「陸奥宮よ。私が先代からこの国を受け継いでから色々な事が起きたな」

「そうですね父上。一九三四年の戸村閣下達によるクーデターや日ソ紛争での外満州とカムチャッカ半島の解放、あの悲劇的な世界大戦……色々ありました」

皇子と皇帝はこれまでの日本の歩みと世界の流れを少し回想する。

「こうして月と二重橋を見つめていると、私は前世での事を思い出すのだよ。攻めようとする。守ろうとする。の意志がぶつかり合った場所ともいえるのでな」

「父上の前世ですか……。父上は、別の世界の日本では大高閣下のような立場でしたね。私は、父上や戸村閣下などがした転生というものをしていないので、いささか理解に苦しむところはあります」

陸奥宮は、微笑しながら右手で頭を掻くと、皇帝も静かに笑った。

「時々思うのだが、もしかすると私は無数に存在する次元の日本を司る神にこの世界の日本を導けと言われている気がするのだよ」

「神のお告げというやつですか……にわかには信じ難いのですが、本当にそうであるのなら、私は父上の子として誇りを持てます」

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。それならば私は、どんな民族も問わずに救いの手を差し伸べ、どんな悪にも立ち向かう我が子を誇りに思っているぞ」

皇帝はそう言いながら皇子の右肩に左手を添える。

「父上。それならば私はこれからも全身全霊を尽くし、日本の為、世界平和の為に生涯を費やしたいと思います」

皇子は皇帝の方を向くと、静かに決意の表明をした。皇帝は静かに笑うと、「うむ。その姿勢だ」と言いながら皇子の方を向いた。

それから二人は、煌びやかな月光の下で静かに笑い合った。

 

 



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第十六話 炎龍討伐前夜

アルヌスの街・デリラの食堂

デリラ達ヴォーリアバニーが営む食堂の一角では、陸軍の瀬戸大佐と『秋川 正喜(あきかわ まさよし)』少将、海軍の『岡村 啓司(おかむら けいじ)』少佐、そして空軍の大竹大尉の四人が、食事をしながら炎龍のことについて話し合っていた。

「皆の衆、何か意見はないか?」

「海軍による偵察で、先に奴を捕捉して、それから囮役の空軍の戦闘機が奴をどこか開けた場所に誘導し、自走砲や対空砲の射程圏内に入ったところを展開している秋川少将の第二戦闘団による集中攻撃から、空軍機による急降下爆撃。それに、第一戦闘団の戦車による集中攻撃を行う。それから深部偵察隊に奴の死亡確認を行わせるのはどうでしょうか?」

秋川少将の呼びかけに、真っ先に岡村少佐が自身の提案を持ちかけた。

「ですが、問題は奴の機敏さです。この前偵察に出ていた疾風が、奴と会敵して少しだけ空戦になったようです。それで、肝心の結果は、疾風が空中分解寸前で帰った来たことです。そして、パイロットに話を聞くと、空中浮遊をしながら火を吐き続けていたため、近くにも近づけなかったそうです。やっと攻撃を加えれたと思ってもドラゴンは嫌がるばかりで、機関砲の効果はあまり無かったそうです。それから方向転換をしたと思うと、エルベ藩王国の方に飛んで逃げていったようです。それで、そのパイロットは追いかけたみたいなのですが。疾風のように速力がそこそこあるレシプロ機でさえも追いつきそうになかったそうです」

「そうじゃな。大竹大尉よ、陸軍のわしが言うのも何じゃが。これを機に本国から憤式(ジェット)戦闘機の一時的な配備を呼びかけるのはどうじゃろうか?」

「確かに。噴式ならドラゴンに追いつくし、仮に追いかけられてもうまく誘導できるかもしれんな。あと、三偵の相馬中尉が言っていたのですが、七糎噴進砲で奴の腕を吹き飛ばすことができたみたいです。しかし、腕はともかく。胴体はドイツのマウス戦車以上の装甲を持つと予測されていますが……」

秋川は咳払いをすると、再び語り始めた。

「そのための第二戦闘団だぞ。儂の戦闘団には、四式自走砲が配備されておる。こいつは二年前のフィンランド戦線のカレリア防衛戦において、迫ってきた露助のIS-2を自慢の十五糎榴弾砲で粉砕したやつだ。きっと馬鹿でかいあのトカゲ野郎も榴弾を受ければ木っ端微塵じゃろうな……がはははははっ!!」

秋川は、フィンランドに義勇兵として派遣されていた日本軍将兵の一人だった。

多分、その時の戦果の時のように炎龍が木っ端微塵にされる姿を想像したのだろう、顔を上げて高らかに笑う。他の三人は、「確かにそうかも」という感じの表情で頷いた。

その傍らで、皿を拭いていたデリラが「くすっ」と笑う。

すると、相馬と前原や炎龍討伐の依頼を申し出てきたダークエルフの女性が店に入ってきた。

「よおっ、ソウマの旦那、マエハラの旦那っ!」

「こんにちは、デリラさん」

「噂をすればやって来たのう。皆の衆、静かにするぞ」

四人は、相馬達と敬礼を交わすと再び食事に手をつけ始めた。

 

 

相馬は、前原に誘われてヤオと共に、アルヌスの街に出てきてデリラの食堂の入った。

ヤオは始めて相馬に会ったため、不思議そうな顔でずっと彼を見つめている。

前原は、話の本題をすぐに切り出した。

「ヤオさん。こちらは、炎龍を撃退した我々の仲間の一人、相馬中尉です。何か炎龍に関する質問があれば彼に聞いてみてください」

「御身があの炎龍を……」

この時点でヤオの目は、宝石のように輝いていた。何せ、炎龍を撃退した張本人に会ったからだ。

「炎龍は相当おっかない奴だったよ。噴進砲という名前の武器が有るんだけど、それでやっとという感じだった。こんなことを言うのもなんだけど……はっきり言って俺らは運が良かっただけなんだ」

相馬は簡単な経緯を交えつつ、彼女に対して自身の炎龍に対する思いを打ち明けた。

だが、相馬はせっかく助けを求めてやってきた彼女を落胆させたくなかったのだろう。続けるようにして言った。

「もし、俺と部下達がいかに強い装備を持とうとも再び奴と会ったら今度の勝算は、絶望的だ。だけど、安心してくれ。じきに俺達日本帝国軍が本格的な討伐態勢に入る。そして、必ずあんたの仲間の仇を取り、以前ように安定した暮らしを取り戻すと約束しよう」

「………ありがとう」

ヤオは、相馬の一言を理解すると静かに頭を垂れた。

「ところで、ヤオさん。我々が炎龍の討伐をするにあたって、炎龍の生息域に関して詳しくうかがいたいのですが」

「奴は、テュバ山という名前の火山に棲んでいる。生息域は基本的にこの火山だが、最近は我らが元々住んでいたシュワルツの森を含む、南部地域全域に出没し、我が同胞に牙を剥いている」

「そんなに広かったのですね。あと、南部地域で広くて平坦な場所等は有りますか?」

「それなら我が一族が隠れ住んでいるロルドム渓谷に行けばいい。渓谷にしては、御身が言ったような平坦な場所が点在する。ただ、奴が自由に動き回る可能性の方がある」

前原は思った。ならば、これを逆手に取れば良いのだと。彼の中にある歴戦の智将の直感が、彼自身の脳裏で囁いた。

それに共鳴するように、紅茶を飲み干したばかりの秋川少将が立ち上がり、ヤオの前までやって来た。

「ダークエルフの姉ちゃん。その場所の広さについて、もう少し詳しく教えてくれんか?」

「広さはというと……このアルヌスの街とほぼ同じ広さだ」

「ほぅ……ここと同じ広さか。大竹大尉、岡村少佐、空軍司令官と海軍司令官にこの姉ちゃんの言っているロルドム渓谷とやらの航空偵察の意見具申を申し出てくれ。瀬戸大佐、もしこの場所の地図明確に書き起こせたら貴様は各戦闘団の団長や副官、その他の下士官達に招集をかけてくれ」

秋川が他の三人にそう言うと、大竹と岡村は会計を済ませ、素早く店を出てそれぞれの持ち場へと戻っていった。

「………」

ヤオは、緑の人達言葉があまり理解できなくてもこの一瞬の言葉の意味や彼らの行動が理解できてしまった。

涙もろい性格とも言えるヤオは、両目から小粒の涙をこぼした。

「姉ちゃん。儂は、お前さん気持ちに共感するよ。だからもう少しの辛抱だ」

秋川は、自身が食事をとっていた机の上に置いてある帽子を手にとって深々と被ると、ヤオの前でビシッと敬礼した。それから秋川と瀬戸や前原も店を後にした。

「そうだ。ヤオさん、ちょっと来てもらってもいいかい?」

「……分かった」

相馬はヤオを連れて難民キャンプの方へと向かっていった。

 

 

キャンプから少し外れた森の中では、コアンの森の民、テュカとユノが周りの木々に向けて矢を放っていた。

これで何本目だろうか、周りの木々に深々と突き刺さっている。二人の身体は汗ばんでいた。特にテュカに関しては、何かに取り憑かれたかのようにして矢を射っていた。

言うまでもなく、全て炎龍絡みだ。

仲間を奪い、約束されたはずの平和を壊し、そして最愛の父を奪ったあいつだけは許せない。という心がここ最近のテュカを支配していた。

それに反応するように、また一つ矢が木に深く突き刺さる。

「はぁはぁ……」

「テュカ、ユノ。今日もやってるな」

気がつけば相馬が、見知らぬダークエルフの女を連れて立っていた。

すると、ダークエルフの女が口を開いた。

「この矢は全て汝らが放ったものなのか?それにしてもよく撃ち込んだものだ」

「あの……あなたは誰?」

「申し遅れてすまない。此の身はヤオ。ダークエルフ、シュワルツの森部族デュッシ氏族。デハンの娘ヤオ・ハー・デュッシ」

ヤオの存在に疑問を持っていたテュカとユノに深々と頭を垂れる。

「私は、テュカでこっちは友達のユノよ。よろしくねヤオ」

エルフとダークエルフは、微妙な違いがあれど同じエルフ族だ。しかもこの三人は、同胞を炎龍によって殺されていると言う共通点があるため、すぐに打ち解けることが出来た。

「さて、敵の敵同士が集まったことだし、これから仲良くしてくれ。それとテュカ、ユノ。炎龍のことなんだが……」

相馬は、炎龍討伐に関しては軍が行うため、テュカとユノが直接炎龍を討伐するとなると危険が伴うため、止めておくようにと二人に言った。ヤオの時と同じように二人を落胆させたくなかったのだろう。フォローするように言った。

「だから、見ていてくれ。俺たちの戦いを……」

この一言には、何か特別な魔力が有ると言っても過言ではなく、瞬時にテュカとユノは納得したように頷いた。

「ちょっとぉヨースケ。あたしとレレイは除け者にする気ぃ?」

相馬が振り向くと、そこにはロゥリィとレレイがちょっと待ったと言わんばかりの表情で立っていた。

「おっと、お二方すまないな。ヤオ、紹介するよ。こっちは亜神のロゥリィで杖を持った方がレレイだ」

「なんとエムロイの使徒ロゥリィ聖下まで……」

ヤオはロゥリィに対してさっきより深々と頭を垂れる。

「こうして四人いや、俺を入れたら五人か。丁度いい、みんなで炎龍討伐成功を祈ろう」

相馬、テュカ、ユノ、レレイ、ロゥリィ、ヤオの五人は円陣を組んで、それぞれの手を重ねて、五人目が重なったところで一回下げて、全員かけ声と共に夕陽に染まった空に向けて高く上にあげた。

この三日後、先のアルヌス攻防戦で瀕死の重傷を負ったエルベ藩王国の国王デュランが、前原に率いられた帝国軍部隊による護衛のもと、王国に帰還した。それからすぐに、日本とエルベ藩王国との間に正式に同盟が締結された。

さらに二日後、陸海空帝国軍による合同調査によってエルベ藩王国一帯の地図を書き起こすことに成功した。

こうして、炎龍討伐の火蓋が切って落とされようとしていた。

 



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第十七話 炎龍の墓標

相馬は、ヤオや現場の状況を自身の目で把握したい秋川少将と共にロルドム渓谷を訪れていた。

「うむ、文字通り平らな場所じゃな。そして、あの野郎が降りて来れそうな場所でもあるし、周りの森林帯に火砲や戦車を集中させるのも良いな……よしっ!ここにするか」

対炎龍特別師団の団長を務めている秋川少将は、しばし周りを眺め終えると、メモ帳に部隊の配置を書き始めた。

相馬達が今いるこの場所は、数字の「0」のように真ん中がゴツゴツとした石が転がる場所で、その周りはこのロルドム渓谷で唯一森林が広がっている場所だった。

「おい、そこに居るのはヤオか?」

秋川の独り言に気を取られていた二人は、周りから人が出てくるなんて思っておらず、気が付けば、弓を持った七〜八人のダークエルフに囲まれていた。

「ヤオよ、よく戻った。二週間で帰ってくるとは、意外に早かったな」

場所は変わって光の届かない森奥深くの洞窟。薄暗い灯火の下で、ヤオは七人の長老がつくる円の中心に片膝を付くと、目を瞑ったまま「感謝いたします」と丁寧に応じた。

「御身の帰還があと少し遅れれば、この唯一の森は焼き払われ、多くの同胞を失っていたかもしれんな」

ヤオは長老達の中でも主だった三人へと顔を向け、はっきりと告げた。

「炎龍を退けたことで知られている、緑の人ことニホンテイコクグンの戦士を連れて参りました」

「おおっ!」

一斉にどよめく長老達。

「ソウマ殿、アキカワ将軍。こちらへ」

ヤオの一声に、相馬と秋川が洞窟の中へと入ってきた。

「よくぞ参られた。緑の人よ」

「初めまして。小官は、秋川と申します。小官は皆様ダークエルフ族の悲惨な現状を憂いてやって参りました」

秋川は、長老達に対して最敬礼を行なった。彼が最敬礼を終えるのと同時にヤオが相馬の紹介を始めた。

「もう一人が憎き炎龍をフンシンホウという魔導兵器を用いて撃破したソウマ殿であります。そして、此方も炎龍討伐を望む同志です」

「なんと、その本人が」

長老達は、秋川と相馬に好漢という印象を抱いた。この後、この場には居ない他の四人の紹介も行われた。

特に亜神のロゥリィと魔導師のレレイの存在は、ダークエルフ達にとってさらなる希望ともいえた。

テュカとユノの二人に関しては、共に炎龍を敵とする同志であるという理由から、ダークエルフ達にそこそこ受けが良かった。

さらに長老達と秋川の話は続いた。

「それで……炎龍を討つ時はいつになりますかな?」

「討伐なら、こちらの準備を考えますと約六日ほどになりそうです。また、我が軍はこのロルドム渓谷を拠点にして奴を待ち伏せするつもりであります」

「この渓谷を決戦場にされるつもりですか」

「はい。奴は森に潜む我々を絶好の食事だと思っていることでしょう。そこにつけ込んで我々と貴方達で一網打尽にしましょう」

秋川は、長老達の今後の事に関する質問に対して丁寧に応えた。

「それでは、我々は一度帰ります」

一連の話を終えた秋川と相馬が立ち上がった瞬間、渓谷に爆発の衝撃と耳をつんざく大音声が木霊した。

 

「退けっ!炎龍だ!」

ダークエルフ達の声が響いた。

洞穴から数百メートル離れた場所で見張りをしていたダークエルフの男が、急降下してきた炎龍によって踏み潰されてしまったのである。

炎龍の足の辺りに、上半身のみとなった亡骸が見える。

「こんな時に来やがって!みんな逃げろ!」

相馬は洞穴から抜けると、小銃を構えた。この九六式半自動小銃から放たれる7.7mm弾が炎龍に対して効果が無いことを理解しつつも炎龍の気をそらすため、目に向けて小銃を撃ち始めた。

さすがの炎龍も自身の目の辺りに放たれてくる銃弾に苛々したのか、その主である相馬を睨みつける。

「相馬、焦りは禁物だぞっ!これを使え!」

秋川が機動車に積んでいた九九式七糎噴進砲を相馬に手渡す。

他のエルフ達は、女性や子供の見張りを逃がしながら弓を射る。

中には、風魔法と呼ばれるそこそこ威力がある魔法で攻撃を行う者もいた。だが、鉄壁の防御力を持つ鱗に弾かれるばかりで全く効果はなかった。

炎龍は相馬やエルフ達による微々たる抵抗に苛立っていた。

その牙の隙間から、炎龍の殺意の集合体ともいえる炎が見え隠れする。

その時、空気を裂くような噴射音とともに一筋の光が炎龍の後頭部付近を通り過ぎた。その瞬間、どう聞いても絶叫のような咆哮を炎龍があげると、地を蹴って飛び立った。

「惜しかった。けど、野郎これに腕を抉られたことを覚えていたのか」

そして、炎龍は身体を翻しながら高く飛び上がった。

再び黙って逃すわけにもいかないので、相馬は噴進砲の弾を再装填すると、炎龍の背中に照準合わせて、引き金を引く。

しかし、噴射音が響いたのと同時に、炎龍は空高く飛び上がってしまった。

それから、空中で爆発した噴進弾の爆発音が大きく鳴り響いた。

「これが、魔導兵器フンシンホウ……」

思わず声を漏らすダークエルフ達だった。

 

 

相馬と秋川は、ヤオ達ダークエルフに改めて協力の意志を伝えると、周りの森林帯を詳しく見てから一旦エルベ藩王国の北部にある軍の野営地に戻ることにした。

今日における炎龍との小規模な戦闘やロルドム渓谷の地理を把握した秋川は、野営地にある大型テントで陸海空各軍の将官や佐官、尉官達を集めて会議を開いていた。

「このロルドム渓谷の森林の中にある開けた場所の付近に砲兵隊と戦車隊を布陣させようと思う。場所的に火砲と戦車が入れんところには、現地住民のダークエルフ族や相馬の第三偵察隊、アルヌス自警団員の代表者達を配そうと思う」

「第三偵察隊ならともかく……アルヌス自警団と現地住民をですか?」

「そうじゃ。あそこには、魔導師のレレイちゃんとイタリカの戦いで数百の賊徒共を平伏させたロゥリィ閣下もいらっしゃる。それに、射撃の腕の立つテュカちゃんとユノちゃんも居るからのう」

秋川が言うほど自警団の代表役である彼女達は、他の日本軍将兵達から信頼されていた。

現在炎龍と交戦状態にあるダークエルフ族なら炎龍の動きを正確に読み取ることができ、十分な対応が出来るということが会議に集められた将兵の中で浮かび上がっていった。

「最後になるが、何かしらの提案は無いか?」

「少将のお心のままに」と将兵たちは告げる。

会議が終わろうとした時、テントに兵卒が駆け込んで来た。

「アルヌスから入電。準備が整い次第状況を開始せよとのことです」

「うむ。承知した」

秋川は腰を上げた。

「儂を含めてここに居る者が前世や別次元の日本から転生して来た面々だから話すが、前世の蒙古決戦でアジア諸国が一丸となって、ヒトラーの神聖欧州帝国にぎゃふんと言わせたように、我々が為すことはこの世界の人々と共に初めて炎龍という脅威を討つということである。これを機に人々との恒久平和への土台を築き上げるべきだと思う」

秋川から放たれたこの一言に、将兵達は縦に頷く。

「全部隊に待機を命じる。適切な戦力を抽出して、来るべき決戦に備えよっ!」

「はっ!」

それぞれの部隊の隊長、その中枢を担う将兵達が散開していった。

 

 

六日後、特地の空を暗緑色に塗装された海軍の四式偵察機・景雲が天空の蒼とそれを彩るように広がる雲を背景に、眩しい太陽が輝いていた。

そんな中を景雲がプロペラの音を響かせて空を闊歩していた。

「現在、高度八千メートル。そろそろ出て来てくれないもんですかね」

副操縦士の『川井 秀(かわい しゅう)』上等兵が操縦士の岡村少佐に愚痴をこぼしながら計器を見ていると、計器が電子音をあげた。

「レーダーに感あり、進路そのまま。空中動作ありっ!」

「ヨーソロー。高度を上げて近づくぞ」

この景雲に搭乗する岡村少佐と川井上等兵は、対炎龍特別師団がロルドム渓谷に向かっている間も休むことなく、アルヌス基地を往復して五日も警戒を行なっていた。

いい加減見つかっていいだろうと思ったときに、それと思しき反応があった。

偵察機は、高度を上げつつ徐々に目標へと迫ってゆく。

空気を切り裂き、なおも景雲は轟音を立てて優雅に空を舞う。

すると、キャノピーから赤い鱗で覆われた身体が目に入った。

「電文発信します」

「特地巨大甲種害獣、通称炎龍と確認。間違いない」

「本部からです。速やかに帰投せよとのことです」

「ご苦労。帰ったら風呂に付き合ってくれよ」

「はっ!」

川井が素早く電文を発信したおかげもあってか、炎龍に見つかる前に景雲は身を翻して基地へと戻っていった。

 

 

それから一時間後、曇天の空に覆われたロルドム渓谷の森の中で日本軍将兵達が戦闘準備を整えていた。

ある者は対空機関砲を空に向け、戦車は崖の手前にある林に身を潜め、自走砲をはじめとする火砲を操る兵士たちは、離れたところで射程距離を計算しながら照準を合わせている。

そんな中、戦車や火砲が入れない場所に布陣した相馬達第三偵察隊とヤオをはじめとするダークエルフ達、そしてテュカといった四人娘達もこの中にいた。

「緊張するか、テュカ?」

「ええ。昨日から胸騒ぎが…」

テュカは、噴進砲を下に置くと両手を自身の手に重ねる。

「こっちは盤石の備えだ。もしもの心配は少々しなきゃならないけど、あの野郎を粉々にしてやろう。テュカが頑張っている姿を見たら天国の父さんは、喜ぶと思うぜ」

相馬は、空の方を指差しながらそう言う。

「……そうねヨウスケ。けど、あなたにそう言われると何だかあなたがお父さんに見えてくるの」

「俺が君のお父さんにか……だったらそうでも構わないけどな」

相馬は軽い冗談を言いつつ、テュカを励ましていた。

噂をすればというやつだろうか。

遂に決戦の時がやって来たかのように、空を引き裂くような複数の轟音が遠い空から木霊した。

すると、相馬はテュカの下ろした噴進砲を手に取るとテュカとユノに背後から構えさせた。

「二人とも、あの時は見ていてほしいと言ったけど。今は、野郎があの辺りに来たらこれをぶちかましてやれ」

相馬は二人の前に立つと、噴進砲の弾がギリギリ届く距離を指差す。

「でも……本当に出来るのかな?」

「へへっ、撃てると思ったら俺が指示を出すよ。そうだな……俺をお父さんだと思ってくれよ」

相馬は微笑みかけながらテュカにそう言った。

テュカは彼のこの一言に、不思議な感覚を覚えた。だんだん相馬が天国にいるであろう父に見えて来たからだ。

そう考える暇もなく、六機の五式戦闘機・火龍がジェット機特有の空を引き裂くような音を鳴らしながら相馬達の真上を通過していった。それから十秒も経たない内に、地面を覆う砂を巻き上げん勢いで羽ばたいて来たくそったれのトカゲ野郎(炎龍)が姿を現した。

そして、その憎たらしくも美しい頭が開けた場所へと入った。

 

「今だっ!!テュカ、ユノ!」

相馬が腹の底から声を張り上げる。

それに共鳴するように、二人の構えた噴進砲から噴進弾が勢いよく放たれ、なおも羽ばたく炎龍の顔に直撃した。

グオォォッ?!!

炎龍は己の身に何が起こったのか、理解できぬまま、バランスを崩して真っ逆さまに落下し、空から地面へと叩きつけられた。

怒りが頂点に達した龍は咆哮を上げ、口から火をちらつかせながら立ち上がろうとする。だが、これが炎龍にとって最後の行動だった。

『だんちゃ〜く、今っ!!』

約二十両の四式十五糎自走砲・ホチから放たれた破甲弾が炎龍に直撃して炸裂する。

『効力射撃始めいっ!!戦車隊、攻撃開始っ!!』

秋川が、無線に向かって怒鳴りつけると同時に四式自走砲やその他の火砲から放たれた炎が、今まで炎龍に屠られた者達の怨みを含んだかのように炸裂する。

今まで姿を隠していた三式戦車改も前に出るなり、成形炸薬弾を煙に覆われて見えなくなった炎龍に向けて放つ。

その次に、五式戦闘機による六十キログラム爆弾の投下が行われた。

次から次へと放たれる弾丸は、確実に炎龍の骨を断ち、肉を切っているだろう。

それぞれの兵士達が忙しく動き回っている傍ら、ダークエルフ達は静かに見守る。

「これが、イタリカで盗賊を滅却した魔導の力……」

「つくづく私が炎龍じゃなくて良かったと思うわい」

長老達の一部は、火砲や戦車から放たれる弾を見てそう呟く。

三分が経った頃、ようやく対炎龍師団による攻撃が止んだ。それから煙が晴れてわかった光景は、あれだけ集中砲火を受けたにも関わらず炎龍が世紀末を制する覇者の如く、立ったままその生命を終えていたというものであった。

その外傷を挙げるならば、両翼とかろうじて残っていたはずの右腕が抉られていたものと、炎龍の眉間を何かが貫いているというものであった。

「三時方向より、新たに翼竜が接近中っ!!」

「何じゃとっ?!」

秋川が驚きつつ双眼鏡を手に取ってその方向を見る。

双眼鏡に映ったのは、激昂しているであろう赤、黒、緑、紫色の四匹の翼竜であった。

この四頭は、尋常じゃない速さで迫りつつあった。

 

 

 

「な、何だっ!なんて、こった……お前らっ!あっちへ行くなって!!」

日本軍による一斉砲撃を目の当たりにした白ゴスの女、『ジゼル』はこの特地において頂点に君臨する王ともいえる炎龍が無様に攻撃される様子を見て言葉を失っていた。

炎龍を五十年早く叩き起こして四頭の新生龍を産ませ、先輩ともいえるロゥリィ・マーキュリー打倒を目指していたのは良かったものの、今起こった出来事によって、全てが終わりを告げようとしていた。

ジゼルが従えていた新生龍は、動物のように親を大事にする程の知能を持っていたためか、人間の子供が泣くような咆哮を上げ、母親がいる方へと羽ばたいていった。

無論、その新生龍達も親と同じようにして集中攻撃に晒される。

よく見れば、魔道師が形成したと思われる連環円錐から放たれた凄まじい爆轟波の奔流が中でも一番大きい赤龍に叩きつけられ、その次に大きい黒龍は、森から放たれてくる沢山の閃光に叩きつけられ、逃げようとした緑、紫の龍はロゥリィ・マーキュリーによって首を刈り取られ、二体の身体が地面へと叩きつけられるのが目に入った。

「ちくしょうっ!お終いだっ!!」

ジゼルは、この場から逃げることにして、大鎌を担ぐと明後日の方向を向いて飛び立った。

 

 

戦いの終わったロルドム渓谷。

夕焼けを背景に、立ち尽くしたまま死んでいる炎龍とそれ彩るかのように転がっている新生龍達の屍体の確認を対炎龍師団の将兵達が始めた。

日本軍から貸与された噴進砲があったとはいえ、自身の手で新生龍を葬り去ったダークエルフ達は、歓喜に満ちていた。

レレイとロゥリィが相馬を抱き枕にする形で眠り、ユノは他の隊員達と歓喜に満ちていた。

ヤオは、相馬の横に座り込むと嬉し泣きの涙を流していた。

「敵を討てたんだ……」

「そうだな」

呟くようなテュカの言葉に返事を返したのは相馬だけだった。この中で彼女が炎龍に大きな一撃を与えたといっても過言ではない。

「ねぇ、ヨウスケ。貴方をお父さんって言っていいかな?」

「………君が俺のことを父だと思うならそう言っても構わないさ」

相馬は、テュカを見つめると静かに微笑みかけた。

 



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第十八話 新たな進展と不穏な影

帝国領内・キケロ卿邸

キケロ邸の午餐には豪華な食事が並べられ、その傍らでは帝国の貴族たちが恋愛遊戯や今後の政治構想や互いの領地の統治方法について語り合っていた。

華やかな雰囲気の中、この邸宅の別室では絶句という言葉が相応しい空気が流れていた。

「これが、ニホンという国の力……」

「まぁ!」

キケロ・ラー・マルトゥス卿とその妻は、ピニャによる仲介のもと日本帝国の外交官『須田 恭輔(すだ きょうすけ)』と極秘裏での対面を行なっていた。

その護衛としてやって来た日向中佐がピニャの従者達の手を借りて、手土産代わりと言わんばかりに自分達で討伐したという一番小さい新生龍(緑龍)の首が入った箱を運び込んで来たため、この二人は絶句していた。

最初は作り物だと思っていた二人だが、実際に触ってみると、竜騎兵が騎乗する翼竜とはまた違った上質さが感じられたので、本物だと認識した。

これには、我々は古代龍というこの世界の脅威など赤子の手を捻るようにして討ち取ることができるぞという意味が日本側に込められていた。

「キケロ卿、これだけではないぞ。貴殿の甥が生きているという情報を持って参った。スダ殿、あれを」

ピニャの言葉を聞いた須田は日向から一枚の写真と紙を受け取ると、キケロ卿とその妻に差し出した。

案の定、これを見た彼の妻は嬉しい知らせに感極まって倒れてしまい、メイド達があわてて彼女を別室にから運び出した。

「実は、ピニャ殿下に仲介の労を担っていただくことの引き替えとして、殿下からご要望をいただいた数名に限って、無条件で返還する約束を取り付けております」

「無条件……ですと?」

「はい。無条件です」

「身代金や領地割譲の類は必要ないと?」

「強いて申し上げれば、殿下のお骨折りが身代金に相当することになりましょう。あくまでも殿下のお口添えのある数名と限らせていただいておりますが……」

須田の放ったこの一言は、ピニャの立場が危うくなるような言動は慎め、という意味を持ってキケロの耳に届いた。

ピニャは捕虜の命を救う為に、我が身と名誉を犠牲にしてあえて仲介者として奔走しているのだ。

そう考える方がキケロにとっても受け容れやすかった。

彼は自分自身の中に有ったピニャに対する誤った考えを心の中で改めることにした。

キケロとしては、ピニャ足元に取りすがってでも甥の帰還を頼みたいところである。

彼は何も言わずに彼女の手を取った。ピニャも表情を和らげて頷く。

「最後になりますが、我が国の産物を手土産として持って参りました。ご笑納いただければ幸いです」

このあたりは手の込んだ手順であった。

須田が指を鳴らすと、日向とピニャの従者が部屋を出た。

それから日向が従者の手を借りて、日本を代表する工芸と実用の逸品揃いともいえる手土産が入った箱を運び込んで来た。

キケロ卿はホッとしたのか、表情を和らげて応じた。

「素晴らしい。貴国ニホンは古代龍をも討ち取る力を持ちつつ、このように華美な工芸品も作り上げるとは……」

「全て、我が国の職人の手によるものでございます」

「大変満足しました。是非、貴方達と共に繁栄して行きたいと考える良い機会になりました」

キケロは、まいったという気持ちと安心した気持ちを表して須田に対して頭を軽く下げた。

須田も彼に対して、自分達の意思を理解してくれたという感謝を込めて頭を下げる。

「ありがとうございます。本日は以上でございます。我々は後日、デュシー侯爵家の方に出向く予定がありますので、これにて失礼致します」

ピニャと須田はキケロに頭を下げると、キケロ邸を後にした。

 

 

「じ、自分が特地資源状況調査担当官任命と大尉に昇格ですか……」

「はい。要するに、この特地を自由に探索して役に立ちそうな資源を探せということです。丁度、貴方に向いているでしょう」

「たしかに、言われてみれば」

「三週間後をめどに、その任に就いてもらいます」

帰還早々、相馬は特地派遣部隊の最高指揮官たる大高から呼び出しを受け、いざ出向いてみるといきなり告げられた、辞令に驚いた。

まさか、こんな大きい仕事が待っているなんて思ってもみなかったのだ。

他の偵察隊隊長達は、固唾をのんで相馬を見守っている。

「また驚いてしまうのも無理はないでしょうが、これは皇帝陛下からのご勅令になりますので」

「はっ、謹んで上番致します!」

ここで、偵察隊隊長の一人が、「まじかよっ」と蚊の鳴くような声を漏らす。

無理もない。この世界の日本でも皇族に対する信頼や敬意は、根強いものであった。

それに加えて、不敬罪という概念がないほどよっぽどでもない限り皇帝をはじめとする皇族を悪く言う者が殆どいないという情勢だった。

大高の言葉に、相馬は静かに頷いた。

「これが人事異動に関することです」と大高が告げる。

それから数秒も経たないうちに、賞状紙を載せた黒い盆を掲げる下士官が続いていた。

「相馬中尉。いえ、相馬大尉。一級賞詞が国防大臣より届いています。現地住民との関係強化に対して大いに貢献した功績を特にたたえてこれを授けるものである」

大高は、相馬に賞状と略章を手渡す。

「次に、特地の各方面から、いろいろと来ていますぞ。まず、シュワルツの森のダークエルフ族長会議から、帝国軍特地派遣隊と、貴官個人の双方にそれぞれ感状が来ています。貴官には、名誉部族長の称号と、こちらです」

大高は、ヤオが持って来たらしい金剛の原石を、ドスッと相馬のデスクの上に置いた。

相馬は、この宝石の塊をイギリスの貴族や宝石マニアに見せたらどんな反応をするのか、などと考えつつ大高に頭を下げる。

すると、「気を、つけっ!!」

背後からの号令に相馬は背筋を伸ばした。隊長達は皆、一斉に起立して直立不動の姿となった。

背後から靴音を鳴らして現れたのは先の炎龍討伐戦で少将から中将に昇格した秋川だった。秋川の側にはヤオが居た。

彼女は無言のまま前に出ると、背筋を伸ばした相馬に向けて片膝をついて、胸にクロスさせた両の掌をあてて、深く頭を垂れる。

「此の身は只今より永久に御身の物。御身の、いかなる仰せにも従います」

相馬をはじめとする将兵達は、神妙に忠誠を誓うヤオを見て少々驚いた。いろんな意味でも身体を捧げそうだからだ。

「じゃあ、この世界の道案内役になってくれないか?俺たちはまだこの世界のことを知らないし」

「御意」

相馬にとってヤオという名のダークエルフは、涙脆いが自分達が勝利するヒントを与えてくれたり、一民族に対する忠誠心が高いという好印象しかないのだ。

「ヤオ氏はお前にほ……ごほんっ。お前に対する絶対的な忠誠を誓うと儂に行ってきたので、連れて来たのじゃよ。だから、事は慎重に扱うのじゃぞ。日本じゃこのような類の行為は重大な犯罪じゃからな」

秋川はそう言って、ヤオの権利書を相馬に押し付ける。ほぼ人身売買行為が行われているので、人間の所有権に関する証書類も存在するのだ。

ヤオが秋川に連れられて部屋を後にすると、再び炎龍を退治してくれてありがとうという趣旨の感状や巻物などが次々と運び込まれてくる。

最後の一通が、どことなく禍々しい気配が漂う黒い羊皮紙の手紙だった。

「ベルナーゴ神殿?そんなものありましたかな……見落としていたのでしょう」

賞状に略綬に、ダイヤモンドの原石と、書類の束。いっぺんに持って帰れそうにないところに、羊皮紙の巻物まで渡されたのであった。

大高は相馬と敬礼を交わすと、連れて来た下士官達とともに去っていった。

皆、相馬の方を向いて直立不動の姿勢を整えた。上司の森野少佐を含めて真顔で相馬を見つめていた。

「どうかしましたか」

「相馬第三偵察隊隊長の昇進を祝して敬礼っ!!」

相馬がそう口にしたのをきっかけに森野の掛け声と共に、隊長達が相馬に対して敬礼した。

 

 

「なんと、殿下が素晴らしい考えをお持ちだったとは、恐れ入ります」

帝国の貴族たるポダワン伯爵は、ゾルザル(フレーリッヒ)に対して、深々と頭を垂れる。

ポダワン伯爵の持つ一枚の羊皮紙には、今後の帝国先導論と記されていたが、これはフレーリッヒがドイツで自身の党を率いていた頃に、行ってきた政策内容が書き込まれた。

だが、それは良い部分しか書かれておらず。

負の部分に関しては、ゾルザルを乗っ取る以前から知っていた日本を刺激しないために、敢えて隠蔽したのであった。

「ポダワン伯爵閣下が、私の考えに興味を持っていただけるだけで満足ですぞ。(この者の反応が予想以上に良好だ。これなら日本を刺激することなく穏便に追い出す段取りができそうか?)」

「いや、殿下が講じられたこの『新秩序法典(特地版ナチズム)』の施行を強く希望いたします」

「ならば、ポダワン伯爵。貴方達主戦派の同志達に私の新秩序法典を広めていただきたい。さすれば、皇帝陛下も聞く耳を傾けてくれるはず。(出来ればカイザーモルトを味方につけ、我が覇業の障壁となり得る皇女ピニャを排除出来れば理想的だな)」

無論ポダワンは、第一皇子の肉体を門の向こうの世界から迷い込んできた元独裁者が乗っ取っているということを知る由がないので、あっさりとフレーリッヒの考えに賛同してしまう。

後に、この新秩序法典がこの世界の人々の一部を心酔の渦へと巻き込むと同時に小さな火種となるとは、誰が予想できたか……。

 

 

ハインツ・フォン・フレーリッヒは、総統を名乗りナチスドイツ第三帝国に君臨し、支配していた。

彼は、第一次世界大戦で疲弊したドイツを建て直し、世界恐慌から数年で世界に肩を並べるほどまで上り詰め、自国内と友好国から絶大な支持を集め、日々権力を増大させつつあった。

だが、彼の強欲な野心によってそれは儚い夢のように崩れ去った。

フレーリッヒの強欲な意向により、ドイツ軍がポーランドとフランスへ電撃的に侵攻したことによって第二次世界大戦が始まった。

共同でフランスを屈服させたイタリアとフランスを南北に分けて分割統治を行うと同時に、ヨーロッパ諸国、アフリカ大陸へと勢力を伸ばしたところまでは良かったのだが。

三年も経たないうちにイタリア占領下のソマリアと上陸した先の英本土でアメリカ軍による大規模な反攻作戦を受けたことにより、形勢が大きく逆転した。

一九四四年八月になると、イタリアは、連合軍によりアフリカとポルトガルから追い出され、残る足場は地中海、ユーゴスラビア、ギリシャ、イタリア本土のみとなり。

ドイツは、連合軍に上陸されたノルマンディーで防衛戦を強いられることになった。

さらに、十月となるとソ連が不可侵条約を一方的に破棄し、フィンランドへと向けていた部隊をドイツ占領下のポーランドや他の枢軸国に侵攻させたことによって連合国、コミンテルンによる挟撃が始まった。

それまで兵器の技術面において優位を確保していたナチスドイツとイタリアは、それまで外野扱いしていたソ連の底力を思い知ることになった。

遣芬ドイツ軍ですら見なかった最新鋭の兵器がソ連軍に配備されていたのであった。

それに加えて行われる人海戦術によってドイツやイタリアは、押しまくられた。

ドイツやイタリアのような大国ではない枢軸陣営諸外国は、ソ連の赤い雪崩によって押し潰された。

そして一九四五年三月、ドイツ軍の巧妙な戦略や堅固な防衛に四苦八苦しながら史実より遅くドイツとフランス国境に築かれたジークフリート線目前まで迫った連合軍に悲劇が起きた。

最後まで悪足掻きを続けようとしたフレーリッヒは、この世界史上最悪といえる命令を下した。

悪魔の兵器、核爆弾(長崎に投下された原子爆弾とほぼ同じ威力のもの)をジークフリート線に迫っていた約七千人の連合軍将兵に向けて投下させたのであった。

大地の緑を焼き尽くし、ありとあらゆる生命をも絶命させるこの兵器が炸裂後に残す放射能は、これによる攻撃を直接目の当たりにしなかった周辺住民と味方兵士にも襲いかかった。

この悪逆非道の所業ともいえる命令をしたフレーリッヒは、ベルリンがソ連軍に無血開城される寸前で脱出し、Uボートによる国外逃亡を行なっている最中、大西洋でアメリカ海軍に発見され、激しい攻撃を受けて沈みゆくUボートごと海の藻屑になった。

そして、フレーリッヒの死亡報告を受けたドイツとイタリアは同時に降伏した。

史実と違ってドイツは東西で分断されることがなく全土がコミンテルン占領下となり、イタリアは連合国による占領下になったことでフレーリッヒの悪夢は終わりを告げた……。

しかし、不思議なことに彼は霊魂のみとなり、大戦前からそこそこ交流があった国、日本に開いた『異世界への門』の向こうへと迷い込み、今度は門の向こうの権力者の一人である第一皇子の肉体を乗っ取ったのであった。

「せっかく強靭で若々しい肉体を乗っ取ったのだ……邪魔者たる日本を追い出した後は、この世界で我が覇業の結晶を築き上げ、以前より絶対的な権力を握ってやる……ははははっ!」

誰も居なくなった居館で彼は、雷鳴が轟く空を背景に独り、高らかに笑い声を上げるのであった。

 



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第十九話 瓦解する交渉

ご覧いただきありがとうございます。以前同様リアルが忙しく、中々投稿できる機会がなく。ようやく投稿できました。
引き続きお楽しみください。


帝都・悪所

「ミザリィさんったら。あまり無理しないでくださいよ」

「そうは言ってもねぇ。あんた達緑の人が討ち取った炎龍の首を一度は触ってみたくてねぇ……まさかあんなに重いとは思っていなかったよ」

悪所にある特派帝国陸軍・帝都潜入群の拠点内では、自身の翼を痛めた翼人族女性の『ミザリィ』が第三偵察隊隊員の久島真理合兵長から傷の手当てを受けていた。

「今日は安静にして下さいね」

「言われなくても分かってるさ。自分の翼がバカみたいに痛いのにアレをするのは荷が重いよ」

ミザリィは自身の翼をさすると、身体を起こして久島の横にあるソファーに移り、脚を組んで座り込んだ。

「前から思っていたのだけど、なんであんた達緑の人は、あたしみたいなのが集うこの『悪所』の連中に優しくしてくれるわけさ?ほら、前だってあんたらが追っ払ったベッサーラの女房やガキ達に情けをかけていたし」

「ふふっ、それは私達なりの考えというやつです。彼の婦人や子供たちは、なんの悪事に手を染めていない人達じゃないですか。そんな無関係な人達にまで恨みをぶつけていては、負の連鎖が続くだけですし」

ミザリィは、自身の持っていたタバコの煙を窓に向かって吐き出す。

「さすがは異世界だねぇ。そんな思考があんたらの世界で成り立っていると思うと、完全に住む世界が違うということを理解してしまうよ」

ここでふと、何かを思い出したかのように久島に語りかけた。

「思考で思い出したのだけど、さっき帝国の役人共がこの辺にやって来て『新秩序法典』とかいう堅苦しい考えがびっしり詰まった書物をタダでその辺のやつに配っていたんだよ。まぁ、あたしは興味が湧かなかったから無視したんだけどね」

久島がミザリィの言った新秩序法典について尋ねようとするのだが。

ミザリィは「どうもありがとうね」と、満足気に彼女の肩をポンと叩くと拠点から去っていった。

 

 

久島がミザリィの言葉の意味を理解したのは、夜半を過ぎた頃であった。

たまたま帝都の中心街を調査していた室井兵長が七二〇ページはあろう書物を持って帰って来た。

それは、帝国の第一皇子たるゾルザルの肖像画とともに、『新秩序法典』と記されていた。

久島と室井は、不思議な表情で書物を一ページづつめくっていくことにした。

それから更に四時間近くが経ち、そろそろ日の出の時間になろうとしていたところで、二人は不思議な表情で書物のページをめくるのをやめた。

「……これって、ナチスの政策とほぼ同じじゃない」

「そうね。民族差別的なところは殆ど無いけど今後の影響が考えられるわ」

室井は、書物を閉じて机の端に置くとそばにあったソファーに腰を下ろした。

「私達の世界でいうところのローマ帝国だとか中世ヨーロッパ時代みたいな世界だと思っていたけど。数百年、千年ちょっと先の政治思想が唐突に現れることもあるって、報告しておかないとね」

「ナチスに似た思想……嫌なことがなかったらいいけど」

久島はそう言いながら頷くと、何処か不安げな表情で目の前にあったタイプライターで報告をまとめ始めた。

しばらくして、玄関の扉を叩く音がしたので。室井が扉を開けると、トガのような衣装を身に纏った丸刈り頭の男、『本郷 義昭(ほんごうよしあき)』少佐が立っていた。

室井が彼の労をねぎらう言葉を掛けようとする間も無く、本郷は素早く部屋に入ると、タイプライターを打っていた久島に言った。

「帝国の皇帝、モルト・ソル・アウグスタスが倒れ、臨時国家元首として第一皇子のゾルザル・エル・カエサルが主導権を握ることになった。遺憾だが、帝国との交渉は長引きそうな予感がするぞこれは」

本郷の放った言葉に対してどこか不安気になる久島と室井であった。

 

 

アルヌスの丘・特地派遣部隊本部隊舎

本部隊舎の最高司令官室は、慌ただしかった。

何故なら、日本の使節団を歓迎する午餐会で皇帝たるモルトが急に倒れた上に、しばらく経って主戦派の一人として名前が挙がっていた第一皇子ゾルザルが国家元首としての主導権を握ったからだった。

これら報告を受けた大高と前原は顎に手を当てながら唸っていた。

「皇帝が倒れたことといい、第一皇子が皇太子府の開設とは。クーデターと思ったほうがいいでしょう」

「そうですな。しかし警戒すべきは第一皇子が発表した『新秩序法典』とやらです。ナチスに似た政策を用いて民衆を抱え込むことが彼の狙いでしょう」

「民衆を抱え込んで自身の言いなりにさせる……私達が新たにこの世界に転生した際に見たフレーリッヒ総統の手段ですね」

「全くその通りです。偶然とはいえ、こんな急展開を迎えるとは思っても見なかったものです。まるで第一皇子自身が彼であるかのようです」

「第一皇子が彼自身のようであるかですか……大高閣下、このなんともいえないドス黒いベールは何なのでしょうか」

二人の将はさらに唸るのであった。

無論、この二人が心の底から感じていた良からぬ予感は、間違いではなかったのだが。

直接彼を目の当たりにしたわけでは無いので、なんとも言えない気分であった。

「こんな事を言うのもどうかと思うのですが。ただいま特地の最深部を調査中の相馬大尉とそれに同行するレレイさん達四人が何か手がかりを持って帰って来てくれたら良いのですが。今のところは、彼らと帝国各地に潜伏している深部偵察隊隊員による最新情報をまたざるを得ないですね」

前原は曇天の空に閉ざされようとしていた太陽を見つめながらそう言った。

 

 

帝都・皇太子府

ゾルザル(フレーリッヒ)は自身の緻密な計画により皇帝モルトから主導権を奪い取り。皇城を始めとする施設に、軍や悪所を除く帝都住民、主戦派の元老院議員を抱え込むことに成功したが、当然ながら筒抜けになった部分が存在し、その穴埋めにフレーリッヒは新たに従えた部下を駆使して、奔走していたのであった。

「ヘルム君。講和派の者達の無力化や反乱分子の制圧は良き活躍であったぞ」

「はっ、光栄でありますっ!ゾルザル殿下」

フレーリッヒによって右腕的なポジションに置かれた子爵『ヘルム・フレ・マイオ』は、ローマ式敬礼に似たポーズをしながら皇子に対して忠誠を見せていた。

「……殿下、残念ながら反乱分子のテュエリ家の者達とカーゼル議員を捕らえることに失敗しました」

「ほぅ。そうなのか……(情報がだだ漏れだったのか。いや、それとも私の演説で早くも日本側に勘付かれたのか?)」

フレーリッヒは、ヘルムの失敗を責めるよりも先ずは己の行いを振り返ることにした。

「まぁ、良いだろう。捜査範囲の拡大や国内のシンパを伝って奴らを探し出すのだ」

「はっ!!」

「ところでヘルム君。例の計画は、順調か?」

ヘルムはフレーリッヒの側まで近づくと、彼の耳元で囁いた。

「レレイ・ナ・レレーナの暗殺ですね。それなら、笛吹き男とその部下に任せております」

「それは、良かった。良い段取りをしてくれて非常にご苦労であった。他の者もヘルム君のような活躍を期待しているぞ。(魔導師という存在は、この世界において厄介な存在であると同時に良き戦力となりうる存在だが、ティーゲルよりも堅い装甲を持つ巨龍を討ち取る者が敵にいては困るからな)」

皇子は部下達にそう言うと、会議室を後にした。

「………学都ロンデルの方向から時折感じるこの燃え盛るような気と映画などに登場する正義のヒーローのような雰囲気を纏うものは何なのだ?私の計画の妨げにならなければ良いのだが」

フレーリッヒはロンデルがある方向を睨みつけながらそう呟く。

程なくして彼は自室に戻ると、自身がこの世界で築き上げた僅かな功績を思い出して自己満足と優越感に浸るのであった。

 

 

帝都・翡翠宮

ここで時系列は少し遡る。日本帝国政府の使節の歓迎と日本と帝国の和平への一歩を兼ねた午餐会で皇帝モルトが倒れたことにより、日本と帝国の間に混乱が生まれることになった。

さらに追い討ちをかけるようにして、第一皇子のゾルザルが起こしたクーデターと並行して、帝国内では講和派の人間達が帝権擁護委員部(オプリーチニナ)によって多く弾圧されていった。

反抗しなかった者達は、一方的にバスーン監獄と呼ばれる収容施設に投獄されるか、身内を人質に取られて身動きが取れない状態にされ、反抗に出た者の大半はその場で殺害されるか、鉱山での強制労働に駆り出されていった。

しかし、その難を逃れた者達が少しばかり存在していた。

テュエリ家とカーゼル侯爵といった講和派の重鎮であった。

「スダ様、これから帝国とニホンはどうなっていくのでしょうか?」

「シェリー大丈夫だ。俺たち日本政府は皇帝から政権を奪取した皇子の脅しなんかには屈しないさ」

須田と一緒のソファーに座るテュエリ家の令嬢『シェリー・テュエリ』はどこか不安げに彼に語りかける。

「しかし、スダ殿。ゾルザル殿下は、私の仲間や部下それに……キケロ卿と夫人を恐るべき速さで一網打尽にしました。こうして、私やシェリー嬢やテュエリ家夫妻が彼奴らオプリーチニナから逃れられたものの、他の者の行方が心配になるばかりだ」

須田の向かいに座り込んでいたカーゼル卿は、自身やシェリーが助かったことに安堵しつつ、仲間の行方を心配していた。

「須田くん、それに皆さん方。ここはコーヒーを飲んで一旦落ち着くのはどうでしょうか?」

一同が振り向くと、青い修道服のようなものを身に纏い、同じ色の青い帽子を少し左に傾けて被った男がマグカップにコーヒーを注いでいた。

「大石元帥ありがとうございます。閣下の入れるコーヒーも一度口にしてみたかったのです」

「ははっ、須田くん。嬉しい事を言ってくれるじゃないか。コーヒーはいっぱいあるから遠慮しなくてもいいぞ。王子様には頑張ってもらわないと困るからな」

「閣下、ご冗談はよしてくださいよ。つい、海兵隊にいた時の自分が出てきてしまっただけですから……」

須田は照れくさそうに頭をかきながら、青い服の男『大石 蔵良(おおいしくらよし)』に相槌を打つ。

すると、シェリーは何かを言いたげに須田の前に立った。

「あ、あのっ!スダ様、あの時は突然だったゆえに言葉にできなかったのですが。助けていただきありがとうございました」

シェリーは座り込む須田の前に腰を下ろすと、彼の手を持ち接吻した。

「シェリー……」

須田からすればシェリー達と共に逃げている際に、追撃に来たオプリーチニナを撃退し、シェリーに手を出そうとした一人を護身用の銃で撃った時も元帝国軍人として弱者を守ってきた者として当然のことだと思っていたのだが、今のシェリーの行動で須田自身にある何かが動き始めていた。

「シェリー俺は、君の旦那になれそうか?ほら、この前の午餐会の時や園遊会の時にしろ俺にアプローチをしてくれてただろ。俺さ、君を見ているとなんか元気が出てくるんだ」

ふと、須田は自分でもよくわからないうちにこう言ってしまったのであった。

下手をすると、周りから自身の性癖や常識を疑われてしまうかもしれない。

だが、須田としてはもうそんなものはどうでも良かったのだ。

何せ、彼が二十八、九年間生きていて身内や友人以外で守るべき者が出来てしまったからだった。

そんな須田の気持ちが滲み出たのだろうか、シェリーは右眼から一筋の涙を流していた。

「スダ様、わたくしは貴方様のお気持ちを察しいたしました。どうぞわたくしを貴方のお好きになさってください。打算しつつ貴方に近寄ったこの醜い娘を……」

「もう……それは忘れよう。君はまだ齢十二のお嬢様。そんなことは人生において必要なことだったのかも知れない。これからもこれの比にならないほど大きい何かが降りかかってくるかもしれないだろ?」

今の彼にとっては、騙そうとか無慈悲だとか狡猾であるとかなもうどうでもよかったのだ。

シェリーは薄く笑っていた。

この子の未来は何があっても壊してはいけない。須田はそう思った。

そんな二人の肩を、いつの間にか背後に立っていたシェリーの父が叩く。

「婿殿。シェリー……二人に両国の未来が託せそうだよ」

父は娘と婿になるであろう男にそう語りかける。辺りを見渡せば、カーゼルやシェリーの母、ボーゼス達が静かに頷いていた。

「さぁ、皆さん。ここで一息入れてコーヒーを飲むのはどうでしょうか?」

「はい、そうしましょう。スダ様」

須田は、シェリーと共にコーヒーを口に注いで一息ついた。

 




ありがとうございました。第二章は、ここで完結とさせていだだきます。次回は第三章の第一話に当たる第二十話を投稿する予定です。また、評価や感想、お気に入りへの追加などもお待ちしております。


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