霊夢さんの嫁入りを妄想してみた (belgdol)
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霊夢さんの嫁入りを妄想してみた
キャラの造型も大体妄想です。
地霊と緋想くらいしかやっていないにわかさんなので設定などおかしい所があってもご勘弁を。
麗らかな春の昼下がり、そよぐ風も爽やかな山の登山道を、えっちらおっちらと登る青年の姿があった。
その道もあと僅かという所まできている。
徐々に木々が開けて、目の前には名も知らぬ神を祭った鳥居が姿を現す。
鳥居の傍では、胴と腕の衣が離れている珍妙な巫女服を着た、黒髪を結い上げた少女が気だるげに箒を動かしていた。
「おはようございます巫女様」
少女に挨拶した青年は、良く見れば丈の短い着物の腰に、びくと袋をすえつけていた。
少女はそれを見てほんの少し、表情を和らげた。
「今日の釣果はいかほどかしら」
「へぇ、川魚が三匹です。どうぞお納めください」
「そ。毎日ありがとね。それにあなたも毎日よく続くわね」
「博麗のご利益はありがてぇこってすから」
「そう」
「それじゃあ、参拝させていただきます」
「いってらっしゃい。お魚、台所の瓶の中に入れておいて貰って良いかしら」
「それじゃあ神様を拝んだ後にでも」
「お願いね」
再び境内の砂と葉を擦る、少し耳に障る音を立て始めた少女の横を通り越し、青年は鳥居の奥の社殿の前にある賽銭箱へと辿り着く。
腰の小さな袋から、ちゃらりと銅銭を取り出して、それを賽銭箱に放り、吊り下げられた鈴に繋がる紐を引いてカラカラと音を鳴らす。
その後青年はぱんぱんと拍手を打ってからじっとなにやら祈りを捧げてから、勝手知ったると言う感じで神社の裏手に回る。
裏手にある勝手口から台所に入り込んだ青年はびくを置き、まずは井戸に水を汲みに行く。
たっぷりと使えるように大き目の瓶を用意して、それをえっこらと持ち出して、かすかな水音を立てて釣瓶が水の中に入るのを聞く。
その後はそれなりの重さのはずの水入りの桶をするすると持ち上げて、中身を瓶に移すのを何度も繰り返す。
それが終わると、どうにも井戸水を軽々と汲み上げていたとは思えぬ、ひいこらと息をつく様な具合で運ぶのが違和感を感じさせる。
こうして準備万端整うと、びくの中から既に〆てわたも除いた魚を改めて入念に水洗いして、改めて塩で〆る。
その所作は完全に手馴れたもので、青年が長くこの作業をやっているのだと伺わせるのに十分だった。
ここまで終われば後は一作業と、台所の陰に魚を干す。
青年が、「これで誰ぞつまみ食いでもしなければ巫女様の夕餉までもつべ」と思いながら少し汚れた水の入った瓶を持ってでようとすると、ひょっこり土間の奥からでてきたらしい二本の角を生やして赤い布を纏めたもので白い袖なしの服を飾り、くるぶし丈の紫の腰布を纏い、腕に鎖の戒めをつけた少女が青年に声を掛けた。
「権佐、あんたも飽きないねぇ。霊夢の奴に懸想でもしてるのかい」
「からかわないでくださいよ鬼の方。そんな畏れ多い」
「まぁ、確かにあんたと霊夢じゃ歳の釣り合いがねぇ。あんた今年でいくつになる」
「へぇ、数えで二十五になります」
「二十五かぁ。でもまぁ、霊夢の年齢は誰も知らないからねぇ、問題は見た目くらいかね」
「まぁたいがい俺もとっぽいですからねぇ。それはそうと」
「なんだい」
「そこの魚、巫女様と夕餉の共にでも。つまみ食いはダメですよ」
「そうはいうけど、三匹あるじゃないか。一匹くらい摘んでもいいと思わないかい」
「はぁ。今摘んで夜に酒のつまみがないと仰るならそれでもいいとおもいますが」
「あはは、痛いところをつくね。解った、食べないよ。それじゃあ引きとめて悪かった。おいきよ権佐」
「へぇ。ほんにおねげえします」
ぺこりと頭を下げて、またひいこら言いながら瓶を綺麗に片した権佐は神社の表に戻る。
そこには既にこの博麗神社の巫女である霊夢の姿は無かったが、権佐は律儀に一度神社の本殿に礼をしてから、山道を降りていった。
これはすでに十年以上続いている、権佐の自分に課したお勤めだった。
このような権佐の行動は霊夢が巫女の役目を終えて代替わりしても変わらず、ただ粛々と神に賽銭と祈りを捧げて、巫女には魚を献上し続けた。
そんな権佐の家を、巫女を辞めたただの霊夢が訪れた。
「権佐。貴方今でも神社を拝んで、賽銭いれて、魚の差し入れしてるらしいわね」
「へぇ。あそこの名前もわからねぇ神様は、あっしらが分を弁えてる分には助けてくれる神様ですけぇ」
「そう……ねぇ権佐」
「へぇ、何でしょう元巫女様」
「元巫女様じゃなくて、霊夢って呼ぶ気はない?あんたの魚は美味しいわ」
「はぁ、それがお望みなら喜んで。霊夢さん、魚を食べていくんで?」
「そうね。決めたわ。私あんたの嫁になる。別段、これっていう男もいないしね。それなら釣ってくる魚が美味しいあんたがいいわ」
「へぇ。霊夢さんがそういうなら、嫁にいただきます」
「よろしい。ところでお酒はあるの?」
「なんなら買いに行きますけんど」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
「そいじゃあっしも一献分頂きにまいりまさぁ」
「ん」
そういう事になった。
権佐の、朝魚を釣って昼近くまで人里で売るという暮らしと、親のない霊夢の身の上があって、結納だとかそういう雑事(と霊夢が思っている)は行われなかった。
神社を出た霊夢が権佐の家にふらりと住み込んで、そのまま事実上の夫婦になったと周囲にしれるのに少し時間が掛かった。
里の人間とそれを取り囲む妖怪達は驚いた。
何者にも囚われない霊夢を嫁にする男など、そうは居ないと思われていたからだ。
だが権佐は霊夢を嫁にした。
一応の家事はするが、ふらりふらりと捉えどころ無く動く霊夢を、ただ静かに嫁として迎えた。
それは夫婦というより、主従に近いような関係だったという。
ただそれも霊夢を慕う妖怪や人間以外にはさらりと忘れられ、多くの人の心は新たな巫女に向かうようになった。
それに関して霊夢が萃香に語った事には。
「あいつの信心は本物だったわ。神を信じるという事に掛けては類を見ない男ね」
「それがあんたが嫁になったことと何か関係あるのかい?」
「ないわ。ただ、あいつといると食べるに事欠くことは無いと思ったから傍に居るだけ」
「なんだい。それじゃ生殺しかい?」
「あいつから求めるなら別に応じてもいいけど、あいつはアレね、男としては欠陥品ね。そういう欲がとんとないわ。その分楽なんだけど」
「なにかい、一緒に居て一番楽な相手だから旦那として捕まえたのかい」
「そうよ」
「あらら、それは権佐も可哀想に」
「いいのよ。私もあいつに好きなように信仰に専念させてあげてるんだから。普通の女房ならもっと家のほうに金を入れろとかうるさくいうわよ」
「ははは。確かにそれはそうかもねぇ。お互い様ってところかね」
「そ、だから夫婦仲は円満よ」
そう涼しい顔で言った霊夢はどこまでも掴み所の無い、巫女時代と変わらぬ様子だったという。
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