笑顔の魔法を叶えたい (近眼)
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アニメ一期:笑顔の魔法を叶えたい
始まる前の自己紹介



ご覧いただきありがとうございます。


本作品はオリジナルの登場人物が9人も登場します。メインキャラを除くともっと多いです。
読んでいる途中で「こいつ…何者だ…?!」ってなったら読みにくいかなーと思ったので、登場人物一覧を作成しました。
最初に見てしまうのもよし、忘れたら見返すのもよし。お好きなようにご活用ください。


ネタバレ回避!!!って方はブラウザバックですよ!!




 

・波浜 茜(なみはま あかね)

17歳、156cm、45kg。誕生日:2月2日

 

本作品の(一応)主人公。音ノ木坂の3年生。にこちゃん至上主義で体力の無い絵の天才。絵以外でも、照明などの「色に関わる分野」についてはかなり幅広く才能を発揮している。ちなみにパワーもない。

 

「はろー皆様、波浜茜です。にこちゃんが世界一可愛いことを証明しに来ました。おしまい。」

 

 

・滞嶺 創一郎(たいれい そういちろう)

15歳、208cm、145kg。誕生日:5月28日

 

音ノ木坂の1年生。とりあえずでかい。細身ではあるが、信じられないくらい筋肉が詰まっている。髪型をオールバックにしてサングラスをかけているので色々怖い。

 

「滞嶺創一郎だ。腕力には自信がある。車くらいなら軽いだろ。あ?怖くねぇよ」

 

 

・水橋 桜(みずはし さくら)

17歳、178cm、65kg。誕生日:8月13日

茜の友人。音楽の天才であり、最強の音感と作曲・演奏センスを持ち、世界的に支持されている。穂むらに入り浸る和菓子好き。季節によらず常にロングコートを着ている。暑そう。

 

「水橋桜だ。音楽くらいしか能がねーが、まあ気にすんな」

 

 

・天童 一位(てんどう いちい)

18歳、178cm、75kg。誕生日:9月7日

茜と桜と共に演出請負グループ「A-phy(えーさい)」を運営するリーダー。脚本家として世界的に活動しており、支持も厚い。しかし飄々としていてくだらないことを言いまくる圧倒的ネタ勢。

 

「はーいどーも世界に名だたる天童一位さんだぜー!!え?知らない?またまたそんな恥ずかしがらなくてもいいんだぜ?ほんとに知らないの?そんなぁ」

 

 

・雪村 瑞貴(ゆきむら みずき)

17歳、168cm、52kg。誕生日:12月7日

天才ファッションデザイナーとして活躍する、両足を失った少年。両足を失くしても特に悲観せず、車椅子にミシンと大量の布を乗せて今日もあっちこっちで服を作っている。結構捻くれている。

 

「…雪村瑞貴だ。服が欲しければ言うといい。それなりのものは用意しよう」

 

 

・藤牧 蓮慈(ふじまき れんじ)

17歳、170cm、67kg。誕生日:6月26日

17歳にして大学の医学部医学科の博士号を持つ最強の天才。右腕と右眼を失っている。彼に出来ないことはないとさえ言われるが、結構空気を読めないため言動がだいたい腹が立つ。

 

「藤牧蓮慈だ。まあ、私に出来ないことなどほとんどないからな、何か困ったら助けてやろう」

 

 

・湯川 照真(ゆかわ てるま)

15歳、162cm、47kg。誕生日:No data

サヴァン症候群の天才少年。花陽の隠れた幼馴染。藤牧とは違って科学・工学において非常に高い技術と知識を持つが、対人能力が低いためあまり知られていない。

 

「…湯川照真だ。…………花陽、なんとかしてくれ」

 

 

・御影 大地(みかげ だいち)

18歳、186cm、72kg。誕生日:3月8日

舞台や映画で活躍する天才俳優。その天才ぶりは、役さえ与えられれば老若男女問わず何でも演じられるという点で誰もが知っているほど。当然女装する。知名度が高く、礼儀も正しい。天童と仲が良く、彼の作品にはほぼ必ず出演している。

 

「御影大地です。僕の舞台、よかったら見に来てくださいね」

 

 

・松下 明(まつした あきら)

18歳、164cm、50kg。誕生日:1月20日

若干18歳で国立大学の准教授を務める。文学部所属であり、あらゆる時代のあらゆる国の文書を片っ端から解読している。小説や詩も自身で執筆し、その際は柳 進一郎(やなぎ しんいちろう)と名乗っている。

 

「えーっと…松下明、またの名を柳進一郎と申します。僕の著作や論文、ぜひ読んでください」

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

また詳細を忘れたら、いつでも戻って来てくださいね。


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序文:うちの幼馴染はダイナマイトかわいい

近眼と申します。拙作を読んでいただきありがとうございます。

拙い文章ですが、頑張って書いていきます。




 

「スクールアイドルやるわよ!!」

 

 

 

僕の幼馴染が放課後にそんなことを言い始めたのは高校1年の時。共学化された音ノ木坂学院は、その甲斐もなく男子生徒はさっぱり入らず、この学年では男子生徒は僕だけだった。非常に気まずかったが、3クラスあるこの学年でたまたま幼馴染が同じクラスだったのは相当僥倖だったと言える。まあおかげでこのちょこまか動く幼馴染とばっかりしゃべることになったけど。

 

 

「ちょっと茜、聞いてる?!」

「聞いてる聞いてる、聞いてますよまったく。何でとは聞かないけど、思ったより決断が早かったね」

「そりゃもう、A-RISEのライブ見ちゃったらやらざるを得ないわよ!」

 

 

この幼馴染…矢澤にこちゃんはもう驚くほどアイドルが好きで、自分もアイドルになる!と言って何年経ったか数えるのがめんどくさくなったくらい昔からドルオタだ。だったらアイドル養成所でも行きなさいよとは思うけど、この子の家はそこまで裕福ではないので普通に高校行くのが限界だったのだろう。勉強できないなりに頑張って公立高校に入ったわけだし。あと「スクールアイドル」というものが台頭してきたのも都合がよかっただろう。普通に高校行きながらアイドルもできる…かもしれない、って感じで。

 

 

で。

 

 

「A-RISEねえ」

「何よ。知らないとは言わせないわよ」

「君が散々教えてくれたのに知らないわけないだろう」

「ふふん、やっぱりA-RISEともなると茜みたいな凡人にも名が知れ渡っているのね…!」

「だから君が一方的に教えてきたんだろうに」

 

 

そう、A-RISEという名のスクールアイドル。同じ秋葉原のUTX高校で結成された女の子3人組は、急速に人気を集めて一世を風靡するほどの存在となっている。確か同い年だったはずだけど、大したもんだよねほんと。

 

 

だけどそれよりも。

 

 

「でもメンバーに当てはあるの」

 

 

確か彼女もそこまで友達いなかった気がする。いないことはないと思うが、始終僕に話しかけてくるあたりで察せる。まあ僕も友達いないわけだけど。だって男子だし。

 

 

「まず茜でしょ」

「待って」

「…あとは勧誘で頑張るわ」

「待って。まず勝手に僕を勘定にいれないで。しかも僕以外当てはないのかよ」

「大丈夫、茜小さいから多分女装いけるわ」

「ふざけろ」

 

 

小さいのは否定しない。身長157cm、体重47kgじゃそこらの女子より小さいし軽い。だからって女装するほど割り切れない。あと僕は踊れない。

 

 

あともう一つ理由がある。

 

 

「何より『本職』に差し障るから無理だよ」

 

 

僕はグラフィックデザイナーとして仕事をさせてもらっている。元々絵を描いてネットにあげてたのが会社のお偉いさんの目に止まり、お誘いを受けたのだ。それなりの報酬ももらえるし、在宅勤務だし、時間縛られないしで高校生の身にはありがたい処遇だ。ただ、あんまり学校と本職以外に時間がほぼ取れないのは困ったところ。まあバイトしてると思えばいいか。

 

 

「うー、それ言われると困るわね」

 

 

机にへたばってのび〜っとしながら唸るにこちゃん。猫っぽい。いや猫っぽいとかの前のその机僕の机だから。っていうか本職に差し障らなかったら本気で女装させる気だったのか。こわ。

 

 

「やれるとしてもマネージャーくらいだよ」

「じゃああと3人は集めないと部活としては承認してもらえないのわけね」

「しまった、やるとは言ってないのにいらんこと言ったせいで頭数に入れられてしまった」

「やらないの?」

「やるけどさ」

 

 

まあ、なんだかんだ言って彼女に協力しないという選択肢はない。

 

 

幼馴染がずっと昔からの夢を叶えようとしているんだ。それを一番近くで見てきた僕が、「そうなの、頑張れ」で送り出すのは薄情が過ぎるし、個人的に気に入らない。

 

 

大事な人のためになら、きっと何だってできる。

 

 

「自分で言っといてなんだけど、無理しなくてもいいのよ。だってあんた…」

「無理なんかないよ。にこちゃんのためなら僕は何だってできるから」

「…平気な顔で恥ずかしいこと言わないでくれる?」

 

 

こっちを気にかけてくれる優しい幼馴染に笑顔で返事をすると、当の幼馴染さんは顔を赤くしてそっぽ向いてしまった。アイドル目指すくせに照れ屋なのは大丈夫なんだろうか。

 

 

「ははは、ごめんごめん。ともかくメンバー集めないとね。どうやって勧誘するの?」

「そりゃチラシ配って宣伝するのよ」

「まあ王道だね。で、チラシはどうするの?」

「…」

「…」

「…茜、頼んだわよ」

「だと思ったよ」

 

 

手伝うと言った手前断れないけどさ。

雑務を全部僕に投げる気じゃないよなこの子。

 

 

 

 

 

 

チラシを用意して、2人でビラまきして。

 

 

にこちゃんが初めて人を連れてきた時には2人で引くほど喜んだ。

 

 

最終的にはダンサー5人、マネージャー1人で部活承認要件を満たし、無事「アイドル研究部」は発足した。名前をつけたのはにこちゃん。スクールアイドル部にしなくていいのか聞いたら、

 

 

「私たちはスクールアイドルの枠にとらわれないのよ!」

 

 

などと大層なことを言ってた。ほんとに好きなことに関しては全力投球の子だ。眩しい。

 

 

初ライブはそんなにお客さんいなかったけど、結構お褒めの言葉を頂いた。もちろんダメ出しもあったけど、にこちゃんは全部踏み越えていくつもりのようだ。頼もしい限り。

 

 

舞台衣装はやっぱり僕に投げられ、まあ確かに手先器用なのは否定しないけど、5人分の衣装を作るのは骨が折れた。でもまあ、にこちゃんが笑顔でいてくれるなら文句は言わないし、なんだかんだ僕も楽しかった。

 

 

 

 

このまま順調にスクールアイドルやってくれるのかと思ってた。

 

 

 

 

にこちゃんは好きなことに対しては妥協を許さなかった。

 

 

他のメンバーの子はそれに耐え切れずに、1人、また1人と抜けていってしまった。僕も必死に引き止めたけど、1人としてここに繋ぎ止めることは叶わなかった。

 

 

2年生に上がるよりも前に、部員は僕とにこちゃんだけになってしまった。

 

 

それからにこちゃんはあんまり笑顔を見せないようになってしまった。

 

 

僕はにこちゃんの笑顔を取り戻したくて、あっちこっち駆けずり回った。メンバーを探したり、ビラまきしたり。寝る間も惜しんで頑張っていた。

 

 

 

 

「…もう、いいわよ。茜。そんなに頑張らなくて」

 

 

放課後の部室で、にこちゃんが机に突っ伏しながら、呟くほどの音量で僕に言った。もう全部諦めてしまったような声で、でも反論も許さないような鋭さで、新しいチラシを描いてた僕の手は動かなくなってしまった。

 

 

「私は、あんたと一緒にいられる場所ができただけで満足だから」

 

 

そう言って彼女は顔を上げ、静かに笑って見せた。笑っていたけど、その裏で泣いているのが僕には見えた。

 

 

「…そうか」

 

 

僕も笑って返した。

 

 

僕の笑顔は、彼女にはどんな笑顔に見えただろう。僕がにこちゃんに見たように、泣いて見えただろうか。彼女はそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

にこちゃんの笑顔は魔法だ。

 

 

その笑顔を見る人みんなに笑顔を伝播させる、世界一平和で宇宙一尊い笑顔の魔法。

 

 

僕はその笑顔を守りたかった。

 

 

また心から笑ってほしかった。

 

 

今回は守れなかったけど、彼女は生きてるから、取り返せる。

 

 

諦めない。たとえにこちゃん本人が諦めても、僕が彼女の夢を諦めない。

 

 

取り返しがつかなくなる前に。

 

 

 

 

 

僕が。

 

 

波浜茜が。

 

 

にこちゃんの笑顔の魔法を叶えるんだ。

 

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

実は既に20話くらいまで書いてあります。

ちょこちょこ修正しつつ適度に投稿していこうと思います。

どうぞよろしくお願いします。


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にこちゃんってお友達いたのかよ



ご覧いただきありがとうございます。

ふと見たらお気に入り登録して下さった方がいらっしゃいました。嬉しくてあと10年くらい生きられそうです。私ちょろい。でもお気に入り登録して下さった方ってどうやって確認するんだろう。

メインパーソンがにこちゃんなので最初の方の穂乃果たちの頑張りは必然的に全カットとなります。ショッギョムッジョ。

というわけで、どうぞお楽しみください。




 

 

「廃校ねえ」

 

 

ついに3年生になってしまって、しかも以前から囁かれていた廃校の噂が遂に現実味を帯びてきた。帯びてきたどころか、一定数に満たなかったらもう廃校と言われてるんだから王手だ。

 

 

「…今更廃校って言われても驚かないわよ。今年の1年生なんて1クラスしかないらしいじゃない」

 

 

僕のつぶやきに、にこちゃんが弁当箱の中の卵焼きをつっつきながら返事をした。ちなみにここは部室であり、教室ではない。1年のうちに色々目立っちゃった僕らはあんまり友達とかできなくて、教室よりもここにいた方がはるかに居心地がよかった。いや僕はいいんだけどにこちゃんはそれでいいのだろうか。心配だ。

 

 

「クラス替えがないのがいいことか悪いことか、とは思うけどね。僕とにこちゃんもクラス変わっちゃったし」

「一緒でもどうせここでお弁当食べてここで駄弁って帰るんだから同じよ。…そんなことより、卵焼きが甘くないんだけど」

「いいじゃないか卵焼きは本来甘くない」

「嫌よ。私は甘いのが好きなの」

「辛いよりマシだろう?」

「辛くしようものなら出禁にするわよ」

「そこまでか」

 

 

僕ら2人の弁当は僕が作っている。前はにこちゃんのお母さんが作ってたんだけど、お仕事が大変になって手が回らなくなってきたから僕が代わった。食費も僕が持ってるけど、本職のおかげでどうせ僕のお金は余るから問題ない。しかもにこちゃんのお母さんがとても感謝してくれる。

 

 

「それよりも茜、英語教えなさいよ」

「人にものを頼む態度じゃないよね」

 

 

卵焼きをもりもり食べながら勉強を教えて欲しいとおっしゃるにこちゃん。卵焼き結局食べるんじゃないか。文句言ってたくせに。

勉強に関しては、まあ見ての通り?できる子じゃない。頭悪いわけじゃないだろうに…って授業中寝てるからか。

 

 

ちなみに僕は常に1位である。1位波浜茜、2位絢瀬絵里、3位東條希。これが入学当初から変わらない学力のヒエラルキーである。ちなみに絢瀬さんは生徒会長で東條さんは副会長。僕はアイドル研究部マネージャー。なので僕は影が薄い。きっと、こいついつも1位だけど誰?って感じだろう。

 

 

全く構わないけどね。

 

 

「いいじゃないのよ、私とあんたの仲でしょ」

「いいんだけどさ。授業終わったらね」

「授業出たくない」

「馬鹿言ってんじゃないよ。放課後ここに来るからその時ね」

「ぶー」

 

 

弁当箱の隣に突っ伏すにこちゃん。ふてくされてても可愛いけど、勉強はやろうね。僕も別に授業聞いてないけど。

 

 

 

 

 

昼ごはんを食べて教室に戻る。にこちゃんとは違うクラスだけど、絢瀬さんと東條さんは同じクラスになった。まあ向こうは僕を認識してないと思うので気にしない。…いや、この学年で男子って僕だけだから知ってるかもしれない。あれ、そうすると学年1位が誰かもモロバレじゃないか。困った。嘘困ってない。

 

 

僕の席は廊下側の一番後ろなので、教室全体がよく見える。絢瀬さんは窓際一番後ろなのでもっとも見にくい位置だが、金髪故に視界には入りやすい。入学当初から冷たい印象まっしぐらの彼女は、素晴らしい美貌とスタイルで尊敬を集める一方であんまり積極的に関わる人は少なかった。東條さんくらいだろう。生徒会メンバーですら一歩引いてる気がする。一歩引いてるというか崇拝してる感じもするけど。

 

 

そんなどうでもいいことをぼさっと考えていたら、不意に視界に誰かが入ってきた。

 

 

「ちょっといいかしら」

「よくないよ」

「えっ」

「…冗談だよ。そんな露骨にショック受けないでよ」

 

 

絢瀬絵里その人だった。お隣に東條さんもいる。ショックをうけてるけど相変わらず凛とした佇まいで、まさに氷の女王と言ったところ。エルサかな。

 

 

まあそれは置いといて。何の用だろう。咄嗟に冗談が出てしまったけど、ここで会話打ち切りとかないよね。それは非常にいたたまれなくなる。

 

 

「別にショックなんて…」

「それで、何か用かな」

「弁明もさせてくれないのね…。学年1位って何かの間違いじゃないかしら」

「えりち。そんなこと言ったらあかんよ」

「何か用かなー」

 

 

勝手に会話しないでちょうだい。

 

 

「ほら、えりち」

「もう…。あなたが波浜茜くんで間違いないわね?」

「違うよ」

「えっ」

「いやだから冗談だってば。ツッコミ待ちなの。間に受けられると困っちゃうよ」

「希、私こいつ嫌い!」

「ごめんえりち、うちも波浜くんの気持ちわかる」

「もう!」

 

 

顔を赤くして涙目でうずくまる生徒会長様。あれ、氷の女王がかき氷お嬢ちゃんになってきた。もしかしてこの子からかうと面白いんじゃなかろうか。

 

 

まあでも話が進まないので冗談言うのはもうやめとこう。

 

 

「結局用事は何なのかな」

「…今度はちゃんと答えるわよね?」

「答える答える」

「…本当に?」

「どんだけ警戒するのさ」

 

 

うずくまったまま顔を半分だけ机の端から覗かせてこっちを見る絢瀬さん。何歳だこの子。上目遣いで妙に色っぽいからにこちゃんがいなければ落ちてた。いや流石に落ちないか。

 

 

「実は…あなたが普段どうやって勉強してるのか聞きたくて」

「そんだけかい」

「で、実際どうなの?よければノート見せてほしいのだけど」

「ノート?別にいいけど」

 

 

なるほど、勉強熱心な真面目さんだ。ノートの取り方とかにコツがあると踏んでのことだろう。まあそんなわけないんだけど。

 

 

パラパラとノートをめくる絢瀬さんの表情は何か面食らったような変な顔してた。何というか、「砂糖だよ」って言われて砂渡されたみたいな。いや表現が難しいんだよ。

 

 

まあそりゃそうだろう。

 

 

「あの、落書きしか描いてないんだけど」

「そりゃ落書きしか描いてないからね」

「授業中?」

「うん」

 

 

授業なんて本職の仕事しかしてない。流石にパソコンやらペンタブやら持ってくるわけにはいかないので、ノートにラフを書き殴るだけだけど。

 

 

「…勉強はいつしてるの?」

「そりゃ学校でしてないなら家でするでしょ」

「あの成績は独学ってこと…?」

 

 

なにやらショックを受けている絢瀬さん。学校で先生に習うより気に入った参考書使ったほうがいいと僕は思うんだけど、どうなんだろう。

 

 

項垂れている絢瀬さんをぼさっと見ていると、隣の東條さんが不意に教室の入り口に向かって声をかけた。

 

 

「あ、にこっちやん」

 

 

東條さんの視線の先にはなにやら隠れてこっちを見ているにこちゃんが。まあ、さっきから射殺すが如き視線を向けてくるので僕は気づいてたけど。

 

 

「どうしたのにこちゃん。ジェラシーかい」

「違う!茜ちょっとこっち来なさい」

「あと3分で授業始まるけど」

「どうせあんた授業聞いてないでしょ!」

「いや僕じゃなくてにこちゃんがさ」

 

 

ずかずか教室に入ってきて僕の腕を引っ張るにこちゃん。これはジェラシーだ。間違いない。東條さんと絢瀬さんは、というかクラスのみんなが呆気にとられてぽかんと口を開けて見ていた。まあ反応に困るよね。

 

 

廊下まで引っ張ってこられた僕はにこちゃんと窓にサンドイッチされていた。はたから見るとにこちゃんが壁ドンしてるように見える。残念ながら僕は壁ドンされてもときめかないよ。

 

 

「茜、何か言うことあるんじゃない」

「にこちゃん友達いたんだね」

「うっさいわね!」

 

 

さっき東條さんがにこちゃんを「にこっち」と呼んでいたから、きっと2人は友達なんだろう。友達でないのに愛称呼びは流石にレベル高い。

 

 

「希と絵里は去年ちょっと仲良くなったのよ!」

「確かに去年もクラス違ったけど、友達できてたんだ。っていうか絢瀬さんもか」

「そうよ。あんたみたいにぼっちじゃないの」

「大差ないだろう」

「ある!っていうかそんなことどうでもいいのよ!何であんた希と絵里と仲良くなってんの!」

 

 

にこちゃんに友達ができてたのは喜ばしいことなんだけど、それよりもジェラシー全開のにこちゃんをどうにかしなきゃいけない。何で仲良くなってんのと言われても困るし、だいたい今さっき初めて喋ったばっかりだぞ。

 

 

「いやさっき話したのが初めてだから仲良しとは程遠いかと」

「本当でしょうね」

「嘘つく意味がないだろうに。何がそんなに気に入らないのやら」

 

 

にこちゃんが息巻いて答えようとしたところで本鈴が聞こえた。流石に本鈴鳴ったら授業に向かう素振りくらいは見せなければまずいだろう。にこちゃんが。

 

 

「ほら授業始まるよ」

「うー、放課後ちゃんと部室来るのよ!逃げるんじゃないわよ!」

 

 

そう言って走り出すにこちゃん。いや廊下は走ってはいけないよ。あと放課後は英語やるんじゃなかったのか。

 

 

廊下走ってるのを先生に見つかって叱られるにこちゃんを尻目に、僕は自分の教室にのんびり入るのだった。

 

 

 

 

 

授業が終わって放課後、早速部室に向かおうと鞄を担ぐ。絢瀬さんと東條さんに呼び止められたけど、ごめんね、にこちゃん最優先。軽く断って失礼させてもらった。

 

 

というわけで、死地部室なう。扉開けたらにこちゃんが仁王立ちしていた。目の前で。部屋に入ってきたのが僕じゃなかったらどうすんだ。

 

 

「やあにこちゃん、今日もかわいいね」

「うるさい!今日の昼の続きを聞かせてもらうわよ!」

「にこちゃんかわいいよ」

「ちょっと、聞いてんの?」

「にこちゃんかわいい」

「話逸そうったってそうはいかないわよ」

「ほんと超かわいい」

「ああああもおおおおおお!!やめて!やめなさい!!」

 

 

とりあえずべた褒めしておく。うーん、照れてる。かわいい。顔真っ赤にして頭をぶんぶん振ってツインテールを振り回している。おお、ナイススイング。

 

 

「そんなことより!絵里とか希とかとは友達じゃないっていうのは本当でしょうね!」

「そんなに僕に友達いてほしくないのかい」

「違うわよ!」

「じゃあ何さ」

「なんか…その…茜が女の子と話してると腹たつの!」

「やっぱりジェラシーじゃないか」

「うー!」

 

 

ほんと可愛いなにこちゃん。

 

 

「じゃあ僕はどうしたらいいのさ」

「…え?」

「え?って」

 

 

まさかほんとに友達かどうか聞くだけの用だったの。

 

 

「友達ではないわけだけど、今後の彼女らとの関わりはどうして欲しいのさ」

「…どうしてほしいんだろう」

「嘘やん」

 

 

この流れだったらあんまり関わらないで!って要望通すところじゃないのかな。うーん、そう考えるとなかなかのヤンデレ具合だ。いやいやにこちゃんヤンデレちゃうし。

 

 

「でもにこちゃんが嫌がることはしたくないから、今後絢瀬さんと東條さんとの接触は控えようかな」

「え?!それは…」

 

 

にこちゃんがハッとした表情で声を上げた。なんか、それは違うよ!って言いそうな表情だ。論破されそう。

 

「どうしたの。友達か僕かどっちを取ろうか迷ってるの?」

「…あーもう!わざわざ言うな!!」

「あふん」

 

 

言ってみたら図星だったらしく、教科書投げられた。痛いよ。教科書って意外と痛いんだよ。だってほら、背が硬いじゃん。

 

 

「そうよ!茜も絵里も希も大事よ!みんな仲良くしてほしいのわよ!!」

「じゃあ仲良くしようよ」

「でもそしたら茜が…」

 

 

話が進まないよにこちゃん。

 

 

「一回仲良くしてみればいいじゃないの。やっぱりにこちゃん的に嫌って言うなら距離取るし」

「それはそれで絵里と希が傷つきそうよねぇ…」

「何事も犠牲がつきものだよ」

「怖いこと言うんじゃないわよ」

 

 

にこちゃんファースト派としては他の誰かがどうなろうと知りません。人間的にどうなんだろうかって感じではあるけどしゃーない。

 

 

「というわけでにこちゃんと一緒に仲良くしてみるね」

「…うん」

 

 

なんだかんだ押し切った。にこちゃんには友達が大いにこしたことはないからね、にこちゃん笑顔になるかもしれないし。

 

 

その後、微妙に納得いかない様子のにこちゃんを引き連れてそのまま帰った。流れで帰っちゃったけど、そういえば英語勉強してないじゃん。してやられた。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

自分で書いてて長いなとは思いました。約4,000字でした。4,000字って長いんですね。

しばらくオリジナル展開が続きますが、途中から原作に合流します。それまでオリジナル駄文にお付き合いください。精進します。


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やりたいことは好きなだけやらなきゃ損だと思う



ご覧いただきありがとうございます。

またお気に入り増えていました。感想もいただきました。更に10年寿命伸びました。嬉しすぎたので次話投げます。ほんとちょろいわー。

あと、海未ちゃんお誕生日おめでとうございました。来年までに海未ちゃんがハッピーエンドしてたらおまけ書きたいですね。進まないんですよ話が。

というわけで、どうぞご覧ください。

ちなみに突然シリアスしたりするのでご注意ください。


 

 

「はあ、スクールアイドルを始めた子がいると」

「そうなの。廃校を阻止するためにって言ってるんだけど…」

「えりちは自分が頑張ってるのに余計なことしてほしくないんやって」

「希の言い方だと私が嫉妬してるみたいじゃない!」

「違うのかい」

「違うわよ!私はスクールアイドルみたいなリスクの大きい方法には反対って言ってるの」

 

 

放課後の教室で勉強会をしている折に、絢瀬さんがそんな話をしてくれた。2年生3人組がスクールアイドルを始めたと。僕としては後継者が出てくれて嬉しい限り、あわよくばにこちゃんも入れてくれと切に願うわけだが、生徒会長様はあんまり乗り気じゃない様子。こりゃ一回様子見てあげた方がいいかもしれない。

 

 

にこちゃんと友人関係でわちゃわちゃした翌日、ちょうど絢瀬さん&東條さんが「勉強を教えてほしい」と相談してきたので快諾しておいた。そしたらにこちゃんもいつの間にか乱入していた。そんなわけだ。

 

 

つまりこの場にはにこちゃんもいるわけだけど、

 

 

「…ぐう」

「静かだと思ったら、寝てたのね…」

 

 

ぐっすり寝ていた。そんなに勉強が嫌だったか。

 

 

「起こしましょうか」

「いーや、ほっといて。スクールアイドルの話をしてる時に起きたらそれはそれでうるさいから」

「にこっちはほんとにスクールアイドル好きなんやね」

「スクールアイドルっていうかアイドルがね。それにしても、その子たち、君が承認してやらないと、部を作るなりしないと非公認扱いにならないか」

 

 

基本的にスクールアイドルは好き勝手やるもんじゃない。練習場所とか資金とか諸々必要ということで、部活として機能するのが一般的だ。学校側から直々に承認もらうこともあるらしいが、まあ面倒ゆえに普通やらない。部活承認に人数が届かないときくらいだ。事実にこちゃんもアイドル研究部を発足させたわけだし。

 

 

で、部活承認人数は5人。

 

 

普通に足りてない。

 

 

「そうよ。だからまずメンバーを揃えて来なさいって」

「っていうか僕らアイドル研究部に入ればいいだけな気もするけど、その存在はちゃんと伝えてあるの?」

「…それは」

「…意外とせこい戦い方するね絢瀬さん」

「余計なお世話よ」

 

 

基本的には同じような活動内容の部活は承認できない。場所と予算がもったいないからだろう。だったら今機能停止中のアイドル研究部に入ってくれれば何も問題ないのだけど、その存在を意図的に隠しているらしい。

 

 

「まあ君のやり方を邪魔するつもりはないけど。でもスクールアイドルはにこちゃんに必要だからね、僕は彼女らを支援するつもりで動くよ」

「…何よ、全然味方してくれる人がいないじゃない」

「東條さんがいるじゃないか」

「希もあの子たちに肩入れするもの」

「そんなことないよ。うちはいつもえりちの味方や」

 

 

なんだか複雑な感じになってるけど、まあいいや。絢瀬さんの友達になるのはいいけど、あくまで最優先はにこちゃんだ。

 

 

「まあ廃校は僕も気分がよくないし、如何なる手段でも応援することにするよ。それより今は勉強だ勉強」

「…あなたは落書きばっかりしてるじゃない。」

「ラフと呼んでくれ。勉強は家帰ってからやるよ」

「勉強風景も見たかったのに」

「使い終わった参考書でも見るかい」

「いいの?それなら見せてもらおうかしら」

 

 

そんなこともあろうかと、鞄に突っ込んでおいた参考書を引っ張り出す。表紙が擦れて、中の紙も寄れて汚れたひたすら汚い本が数冊。

 

 

「はいどーぞ」

「こ、こんな風になるまでやり込んでるの…」

「そんなもんでしょ」

「いやいや、ここまで汚れてるんは見たことないで…」

 

 

お二人にドン引きされる。そんなに変かなあ。

 

 

とりあえず話は勉強に戻ったのでにこちゃん起こそう。

 

 

「にーこちゃん、朝だよー」

「んむう」

「あっ可愛い」

 

 

起きずにむにゃむにゃしているにこちゃんを見てつい本音が出てしまった。絢瀬さんと東條さんを見たら冷ややかな目線をくれた。どうしたの。寒いよ。視線が。

 

 

「あなた、息をするようににこを可愛いって言うわよね」

「流石にひくわ」

「何を言うか。にこちゃんが可愛いのは自明だから何度言おうと恥ずかしくないぞ」

「ペットやないんやから」

「それ採用」

「やめなさい」

 

 

名案をいただいたのに却下されてしまった。

 

 

「いいじゃないか。にこちゃんがお手してくれたら幸せだよ。ねえ、にこちゃん」

 

 

にこちゃんの方を向いて声をかけたら、にこちゃんの体がビクッ!っとはねた。他2名は驚いているけど、僕は気づいていた。にこちゃんを呼んだタイミングで既に起きていて、僕が可愛いって言ったせいでなんか起き辛くなってしまったことはお見通しだ。

 

 

 

うん、ごめんにこちゃん、反省してる。

 

 

 

後悔はしていない。

 

 

「…、ぐ、ぐう」

「寝たふりしてもダメだよにこちゃん。不自然な寝息はすぐわかる」

「何でにこの寝息に詳しいのよ」

「そりゃ何度も一緒に寝てるからねえ」

 

 

ガタン!!と3方向からでかい音がした。僕以外の3人が一斉に立ち上がった音だ。どうしたみんな、トイレかい。連れションかい。女の子って連れション好きだよね。でもその割には表情が深刻だよ。彗星でも降って来たのかい。降ってきても僕とにこちゃんは入れ替わらないよ。

 

 

「ちょおおおおおおおおっとおおおおおおおお?!?!その言い方だと誤解生むでしょおおおおおおおおお!!!!」

「やっぱ起きてんじゃん」

「に、にこ、まさかあなた…!」

「にこっち、大人になるにはまだ早いんじゃ…」

「違う!違うから!!そういうのじゃないから!!誤解よ!宇宙ナンバーワンアイドルがそんな汚れたこと…!」

「なんだい。あんなに喜んでたのにその物言いは酷くないか」

「茜は黙れえええええええっっ!!!」

 

 

立ち上がった理由がなんとなく想像できたので、敢えて煽ってみる。そしたら、バッシいいいいんといい音のするビンタが飛んできた。痛い。

 

 

「おぶう」

「違うの!そういういかがわしいことはいっっっっっさいない!ないんだからああああああ!!!!!」

「ちょ、わかったから落ち着きなさいにこ!波浜くん死んじゃう!」

「そんなに揺すったら波浜くん首折れるよにこっち」

「あうあう」

 

 

完全にテンパったにこちゃんに全力で揺すられる。意外とパワーあるねえ。おかげで首もげそう。ごめんて。

 

 

ちなみに一緒に寝た、というのは、にこちゃんの弟くんと妹ちゃんの寝かしつけをやっていたってだけ。にこちゃんと2人でやってたんだけど、いつもにこちゃんが速攻で寝ちゃうから寝息はよく聞いた。ついでに寝顔もよく拝んだ。役得というやつだ。しかもにこちゃんとご両親に喜んでもらえる。最高。

 

 

「もう帰る!!」

「待て待てにこちゃん、それなら僕も帰る」

「ついてくんな!」

「あふん」

 

 

遂に鞄を持って飛び出しちゃったにこちゃん。追いかけようとしたら教科書が飛んできた。だから教科書は武器じゃないって。

 

 

「…何というか、あんなに元気なにこは初めてみたわ」

「にこっちいつも不機嫌そうにしてるもんね」

「やっぱりそうなのかい」

 

 

にこちゃんの奇行を見て呆然とする生徒会役員共。ぽつりと言った言葉は彼女らが思っているよりはるかに大きな意味があった。

 

 

友達できたくらいじゃ笑顔にできないのか。

 

 

「にこちゃんほっとけないし、僕も帰るよ。君らはどうする?」

 

 

今更にこちゃんには追いつけないだろうけど、このまま居残るのもなんか気に障る。一応にこちゃんを追うため、ということにして帰ろうと思ったが、絢瀬さんと東條さんを置いていくのも気が乗らない。ジェントルマンだからね。え?何か文句ある?

 

 

「私たちは一度生徒会に寄ってから帰るから心配いらないわ」

 

 

要らぬお世話だった。

 

 

「そうかい、それじゃあまた明日ということで」

「ええ。気をつけて帰ってね」

「ばいばーい」

 

 

3人で教室を出て、鍵を閉めて別れる。鍵は絢瀬さんが返しておいてくれるらしい。便利だ。

 

 

 

 

とは言っても、走るつもりもないので普通に歩いて帰る。まっすぐ帰るつもりだったけど、何かピアノの音が聞こえてきたからちょっと寄り道して音楽室に向かった。途中で音楽は途切れてしまったけど、流石に3年目ともなれば音楽室くらい直行できる。

 

 

音楽室にたどり着くと、誰かが自分が来た道とは違う道へ走り去っていくのが見えた。にこちゃん以外にも廊下ダッシュを厭わない子がいるとは。

 

 

それはさて置き音楽室へ入場。

 

 

「…今度は誰?」

「僕だけど」

「いや誰よ」

 

 

音楽室には1人の女の子がいた。赤い髪のつり目の女の子。ピアノの前に座っているから、多分この子がピアノを弾いていたんだろう。

 

 

「僕は波浜茜、3年生だよ。今度はって、さっきも誰かいたのか」

「ええ。2年生の変な先輩が曲作ってくれって」

「曲?」

 

 

自分も名乗らんかいって文句言おうと思ったけどちょっと後回し。2年生の子が、曲を作って欲しいと。確かスクールアイドル始めた子も2年生。もしかして。

 

 

「スクールアイドルの子に頼まれたのか」

「何でわかったの?!」

 

 

僕の問いに驚愕で答える赤髪少女。目を見開いておっかなびっくりこっちを見ている。反応が面白いけど後回し、予想通りだ。だけど作曲担当もいないのによくスクールアイドルやろうと思ったな。ノープラン極まるね。

 

 

「しかし、作曲っていっても歌詞はあるの?」

「さっき貰ったわ。これ見てもダメだって言うなら諦めるって」

 

 

そう言って四つ折りの紙をひらひらさせる赤髪少女。ちゃんと作詞担当はいるようだ。あとは衣装担当がいればいいけど…心配だ。

 

 

「私はスクールアイドルなんてチャラチャラしたのは嫌いなんだけど」

「へえ。僕は2年前スクールアイドルのマネージャーやってたけどチャラチャラしたつもりはなかったなあ」

「うぇえ?!あなたスクールアイドルやってたの?!」

「マネージャーね」

 

 

すごい叫び方するなこの子。そしてすごい申し訳なさそうな顔してるけど、それよりも年上には敬語使おうね。面倒だから訂正しないけど。あと僕はスクールアイドルじゃないからね。マネージャーだからね。

 

 

チャラチャラしたのは嫌いと言う割には嫌そうな顔をしていないので、なんかスクールアイドル始めた子がうまいこと説得したんだろう。なかなかカリスマのある子じゃないか。

 

 

にこちゃんほどではないけど。

 

 

「そうだよ。今は部長のマネージャーだけど」

「?」

 

 

首を傾げる赤髪ちゃん。なんだ割と可愛いじゃないか。

 

 

にこちゃんほどではないけど。

 

 

「まあそんなことより、言う割には乗り気に見えるけど」

「そ、そんなこと…」

「スクールアイドルの子にはなんて言われたの?」

「え?えっと、チャラチャラしてそうに見えて大変なんだって」

 

 

へえ。

 

 

意外と真に迫ること言うじゃないか。

 

 

2年生の子たち、だいぶ興味が湧いてきたぞ。

 

 

「確かに実際大変だけど、よく理解できたね」

「…腕立て伏せやらされたのよ」

「はい?」

「それも笑顔で」

「はあ」

 

 

何をさせてるんだか。まあ、笑顔で踊るの大変だぜって言いたかったのだろうけど、腕立て伏せじゃなくてもよかろうに。ステップとかさ。

 

 

「散々だったわ」

 

 

髪の毛をくるくるしながら言う赤髪ちゃんは、やっぱり言う割には嬉しそうだ。ピアノを弾けるし作曲もできるのなら、音楽好きと見て間違いないだろう。結局この子もスクールアイドルに興味を持ってしまったということだろう。メンバー増えるかも。5人まで増えるかはわかんないけど。

 

 

そうしたら、絢瀬さんもアイドル研究部の話を出さざるを得なくなる。

 

 

そして必ず新生スクールアイドルたちはにこちゃんの元へやってくる。

 

 

そうなれば、あとはにこちゃんを引っ張りこむだけだ。

 

 

楽しくなってきた。

 

 

にこちゃんの笑顔が、いつの間にか近くなってきた。

 

 

「何笑ってんのよ気持ち悪い」

「失礼な子だな」

 

 

不本意ながら顔に出ていたらしい。いけないいけない、ポーカーフェイスでなくちゃ。

 

 

「で、君は作曲するの?」

「…私は、」

 

 

聞いたら、とても辛そうな顔をして言葉を詰まらせた。何か重大なものを抱えているんだろう、実は指が動かないとか。指がないとか。いやそれだったらピアノ弾けてないか。

 

 

「私の音楽は、もう終わってるから」

「何々聞こえない」

 

 

精神的な話だった。なんだい。

 

 

「だからっ!私の音楽は終わってるって言ってるの!」

「いやセリフが聞こえないんじゃなくてさ」

 

 

なんか勘違いしてるようなのでしっかり言っておく。まあ僕がわかんないように言ったんだけどさ。

 

 

今僕が聞きたいのは君の予定がどうとかじゃないんだ。

 

 

「君の本音が、聞こえないって言ってるんだ」

 

 

真剣な表情でまっすぐ赤髪ちゃんを見つめると、表情を引きつらせて固まってくれた。にこちゃんから「凍りつくからやめて」と評判の表情だ。もちろんやめない。便利だもの。

 

 

「君がどうしたいか、だよ。君の事情は知らないけど、やりたいことを我慢して諦めていかなきゃいけない未来なんて悲惨でしかないんだよ」

「そっ…そんな、知った風に言わないでよ!」

「だから知らないって言ってるじゃないか。君のことは知らないけど、僕のことはよくわかる。どんなに足掻いたって泣き叫んだって取り返せない未来があることを知っている。だから言ってるんだ、取り返しがつくうちに後悔しないようにしろって」

 

 

赤髪ちゃんは黙っていた。急になんか重そうな話を振られて反応に困ってるんだろう。よくある。いやそんなに頻繁にはないか。ないわ。

 

 

「さあ、もう一度聞こうか」

 

 

一歩近づいて告げる。赤髪ちゃんの表情は夕陽が逆光になっていて見えないけど、目が潤んでるように見えた。怖がらせすぎたかなあ。

 

 

なんにせよ、彼女の後押しはしてあげなければなるまい。ここまで言った責任もあるし、新生スクールアイドルのためでもあるし、何よりにこちゃんの笑顔のためだ。

 

 

「君は、どうしたいの」

「…、私は、」

 

 

一回目に聞いた時と同じ切り方をして、しかし声は震えていたし、もっと長い時間をかけて言葉を選んでいるようだった。

 

 

そして、答えが紡がれる。

 

 

「…わからない。わからないわよ…!」

 

 

そう言ってその場で泣き崩れてしまった。えー、これ僕が泣かせた感じか。やだなあ、にこちゃんに怒られそう。黙ってよ。

 

 

赤髪ちゃんは数分泣いた後に結構すぐ復活し、立ち上がった。意外と精神の強い子だ。にこちゃんに次ぐくらい。まあ立ち直ったならなんの文句も言うまい。初めから文句なんてないけど。

 

 

「まあ答えはゆっくり出せばいいか。だいたい僕が答え聞かなきゃいけないわけでもないし」

「あれだけ言っといてあっさりしてるわね…」

「そういう人種なの。まあ日が落ちる前に帰りなさい、ご両親心配するでしょ」

「…そうするわ」

 

 

鞄を持って立ち上がる赤髪ちゃん。相変わらず仏頂面してるけど、ずいぶん柔らかい表情になった。ちょっと気が楽になったのか、とにかくいい顔だ。涙の跡がなければ。

 

 

「…顔洗って帰りなよ。涙の跡がすごいから」

「誰のせいだと思ってるのよ…でも、」

 

 

文句を言ってから、少し恥ずかしそうにこっちを見る。何々告白かい。やだなー初対面なのに。ってそんなわけないか。

 

 

「その…ありがと」

 

 

礼を言って頭を下げる赤髪ちゃん。プライド高そうな子なので頭を下げる光景には少し驚いた。しかし、はて、お礼を言われることしただろうか。寧ろ泣かせたからって言って怒られそうなんだけど。あれ、もしかして親御さんに報告したりしないだろうかこの子。やだ怖い。

 

 

「何のお礼かわかんないな。僕は先に帰ってるよ、幼馴染が僕を置いて帰っちゃったし」

 

 

後が怖いので、後ろで何か言ってる赤髪ちゃんは放っておいってさっさと帰ることにする。ついでににこちゃんも怒ってそうだ、追いかけてこなかったって言って。はあ、困った。

 

 

家に着いてから、赤髪ちゃんの名前を聞くのを忘れてたことを思い出した。まあいっか。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

6,000時超えてました。ノリノリですね私。文章自体はだいぶ前にできてはいましたが。

途中で波浜少年がなんか意味深なこと言ってますが、登場するオリキャラはだいたい後ろ暗い過去があるので気にしないでください。暗い過去持たせとけばカッコよくなるとか思ってないです。ええ、思ってないです。


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嘘つくときは堂々とつけば案外バレない



ご覧いただきありがとうございます。

ソロアルバムⅢが楽しみで仕方ないんですが、そういえばお金ないんでした。貯めなきゃ。でも意地でも全員分欲しいからかなりのお値段が…お高い…仕方ないけどお高い…。お金大事ですね。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

僕は今、学校に行く前に神田明神という地元の神社の無駄に長い階段を上っている。いや本当に長い。つら。

 

 

なぜわざわざ早起きしてこんな疲れることをしているかというと、東條さんに、新生スクールアイドルの子たちが毎朝ここで練習していると聞いたから。彼女が何でそんなこと知ってるのかと思ったけど、ここで巫女さんバイトしてるらしい。なんかタロットカードとか持ってるし、神妙なものが好きなんだろうか。でもタロットは神道とは関係ないよね。和洋折衷かな。

 

 

頑張って石段を登り終えると、4人の女の子が目に入った。3人は知らない子で、1人は知ってる子。この前の赤髪ちゃんだ。オレンジ髪の女の子とひとつのイヤホンで曲を聴いている。おや、キマシタワーかな。

 

 

歩いて近づくと、茶色っぽい髪のトサカが生えた女の子がこっちに気がついた。くりっとした目でなかなか可愛い子だ。にこちゃんには及ばないけど。あと背が…僕より高いな。はあ。

 

 

まあなんにしても、赤髪ちゃん以外の3人が新生スクールアイドルだろう。取り敢えず挨拶せねば。

 

 

「どうも、おはよう。君たちがスクールアイドルの3人かな」

「え、お、おはようございます…」

 

 

トサカ少女がちょっと警戒しながら挨拶を返してくれた。いい子だ、いい子だけどなんか悪徳商法にやられそうで心配。トサカ少女の返事で残り3人もこちらに気づいたようだ。赤髪ちゃんと、黒髪ロング撫子と、オレンジ髪少女。君たちキャラ濃くない?え?僕ほどじゃない?聞こえない聞こえない。

 

 

「えっと、どちら様でしょうか…」

「おっと失礼、3年唯一の男子生徒である波浜茜です。よろしくね」

「先輩だったんですか?!てっきり1年生かと思ってました!!」

「オレンジちゃん僕はとっても傷ついたよ」

 

 

絶対このオレンジちゃん、身長見て言ったよね。同級生には男子生徒いないから1年生だと思ったわけだ。泣いていい?

 

 

「す、すみません!穂乃果、謝って下さい!」

「わわわ、ごめんなさい!」

 

 

ちゃんと謝れる子で何より。不躾な子じゃなくてよかった…いや不躾かもしれない。

 

 

「大丈夫、敬語使えるだけそこの赤髪ちゃんよりマシだよ」

「うぇえ?!」

 

 

また変な声を出す赤髪ちゃん。面白いなこの子。

 

 

「まあそんなことより君たちも名前教えてよ。スクールアイドル、興味あるしさ」

「本当ですか?!」

「うぉあ、近い近い」

 

 

興味あるといっただけで、オレンジちゃんはものすっごい顔を近づけてきた。この子あれだ、一般の男性の前に出しちゃいけない子だ。きっと周りもご本人も危ない。

 

 

「私、高坂穂乃果って言います!スクールアイドル始めました!!」

「おーけおーけー、わかったから離れようか。近い近い」

 

 

さらにぐいぐいパーソナルスペースに侵略してくる高坂さんを、両手を前に出して制しながら離れるように告げる。怖いよこの子、とにかく勢いが怖い。

 

 

「穂乃果、離れなさい!…すみません、穂乃果はいつもこんな感じなので…。私は園田海未と申します。よろしくお願いします」

「私は南ことりです。よろしくお願いします」

 

 

高坂さんを無事引き剥がしてくれたお二人が自己紹介をしてくれる。黒髪の大和撫子が園田さん、アッシュブロンドのトサカちゃんが南さんだそうだ。お二人はまともであるらしい、ありがたい。

 

 

「で、赤髪ちゃんは?」

「うぇえ、私?!」

 

 

君も名乗ってないでしょうに。こら髪の毛くるくるして誤魔化さない。

 

 

「私の名前なんて」

「この子は西木野真姫ちゃんです!」

「ちょっと!」

 

 

リークありがとう高坂さん。赤髪ちゃんが西木野さんだということが判明した。よかった。

 

 

ん?西木野?

 

 

病院の?

 

 

お金持ちじゃん。

 

 

まあそれはおいといて。

 

 

「結局曲作ったんだね」

「何のことよ」

「はいはい嘘つかない」

「何のことよ!」

 

 

徹底して誤魔化す西木野さん。顔真っ赤だよ、全然誤魔化せてないよ。恥ずかしいのかな?

 

 

「あれ、波浜先輩と真姫ちゃん知り合いなんですか?」

「一回泣かせた仲だね」

「えっ」

「何であなたわざわざ自分が悪者になるような言い方するのよ。っていうか泣いたことは言わないで!」

 

 

面白いじゃん。みんなの反応が。ちなみに犠牲になるのは僕の信用。うん、割に合わないな。

 

 

「先輩ちょっと…ごめんなさい」

「待った待った別に暴力振るったとか暴言吐いたとかそんなバイオレンスな話じゃないからね。西木野さんの本音が聞きたいんだって言ったら泣いちゃったんだよ僕は悪くない」

「何で全部言うのよ!」

「だって誤解を解くには全部説明するしか」

 

 

ドン引きしてる3人にちゃんと説明したら今度は西木野さんに怒られた。何だこれは、まさに八方ふさがり、四面楚歌。味方いないじゃん、助けてにこちゃん。いやにこちゃんに女の子泣かせたってバレるのは避けたい。自力で乗り切るしかないじゃん。はあ。

 

 

「まあ、泣かせた件については僕の配慮不足だよ、ごめんね」

「だから言わないでって…。でも、あれは私が勝手に泣いちゃっただけだから気にしないで」

 

 

というわけで被害者の言を頼らせていただく。これで被告人は無罪放免なはず。無罪放免だよね?ちょっと3人組を見てみると、いややっぱりまだ引いてる。にこちゃんヘルプ。いやだめだ、女の子泣かせたことを知られたら以下略。

 

 

よし、諦めよう。

 

 

如何に引かれようとも僕にはにこちゃんがいるし。

 

 

「まあいいや、僕はもう行くよ。君たちも早くしないと遅刻するよー」

 

手をひらひら振りながら石段に向かう。後ろの方で時間を確認してわーきゃーしてるのが聞こえるけどほっといた。

 

 

 

 

で、お昼ご飯はいつものように部室でお弁当。

 

 

なんだけど、

 

 

「僕が悪かったからお弁当食べな」

 

 

今、にこちゃんは機嫌を損ねちゃってる。理由は明白、僕が朝にこちゃんを呼びに行かなかったからだ。ちゃんと「用があるから先行くよ」ってメールしたんだけどね。それでもにこちゃんがご機嫌斜めなのは、きっと僕の「用」が女の子たちに会うことだったのが原因だろう。可愛いかよ。

 

 

「ほらほら今日は卵焼き甘くしたからさ。ちゃんと食べよ」

「…」

 

 

卵焼きを凝視しながら、しかし黙って動かないにこちゃん。お腹は減ってるんだろう、どうせ僕を困らせるためのやせ我慢だ。そんなもん効かないというのに、困ったちゃんだ。あ、しまった僕困ってる。ちゃんと効いてる。さすがにこちゃん。

 

 

「新しくできた、スクールアイドルの子たちに会ってきたんだってね」

「その通り。誰に聞いたのかな」

「希が教えてくれたわ」

「意外とおしゃべりさんだ」

 

 

というか、僕が東條さんの言葉に従って会いに行き、それをにこちゃんが知るまでを計算しての発言だったのかもしれない。だったら怖い。スピリチュアル怖い。

 

 

「…スクールアイドルなら、私がいるのに」

 

 

ふてくされて呟いた声は、小さいながらもこの静かで狭い部室では良く聞こえた。今日もジェラシーが捗るねにこちゃん、かわいいわ。

 

 

「今は活動してないじゃないか」

「またやっても誰も見てくれないし」

「僕がちゃんと見てるよ」

「…だったら茜専用のアイドルでいいわ」

 

 

おっと危ない発言だよにこちゃん。ここで僕に襲われたら誰も助けは来ないからね。茜専用なんて言っちゃいけないよ。決して興奮したわけではないけど。興奮したわけではないけど。

 

 

「宇宙ナンバーワンアイドルがそんな消極的でどうするのさ」

「何よ、あの子たちと一緒にスクールアイドルやれって言うの?」

「なかなか楽しい子たちだったし、やる気も満々だったよ」

「ふん、やっぱり新しい子たちの方が興味あるんじゃない」

「どうしたのにこちゃん、今日やたら面倒くさい子になってるよ?」

 

 

にこちゃんジェラシーは割と慣れたもんだけど、今日はいつもよりしつこい。おそらく僕が他の女の子に興味を持ってることと、他の子たちのスクールアイドル活動に首突っ込んでるのが気にくわないんだろう。しかし僕もにこちゃん再起のための努力は惜しみたくない…。どうしようか。

 

 

「どうもしてないわよ」

「それならほら、お弁当。はいあーん」

「むー」

 

 

箸でにこちゃんの弁当箱の卵焼きをつかみ、彼女の方に差し出すと、案外素直に口を開けた。うん、かわいい。そしてちょろい。

 

 

はむっ、と卵焼きを口に含んでもぐもぐするにこちゃん。親鳥気分でにやけてしまいそうになるが、いけないいけない、ポーカーフェイス大事。

 

 

無事卵焼きを飲み込んだにこちゃんがこっちを睨む。あれ、意外とちょろくなかったかな。

 

 

「茜…あんた…」

「僕何かしたかな」

「卵焼き甘くないじゃない!」

 

 

ダァン!と机をぶっ叩くにこちゃん。女の子がそんな悪鬼の表情するのはだめよ。

 

 

「だって嘘だし」

「ほんっとに!息をするように嘘つくわねあんた!!」

「こらにこちゃん、机叩いちゃだめだよ」

 

 

引き続き机バンバンを続けるにこちゃんをたしなめる。あんまりやると主ににこちゃんの手のひらがやばい。

 

 

「あームカつく!」

 

 

とか叫びながらがつがつ弁当を掻き込むにこちゃん。やっぱりお腹減ってたんじゃないか。あと女の子の食べ方じゃないよにこちゃん。元気になったようで何よりだけど。

 

 

一気に弁当を食べちゃったにこちゃんは弁当箱を引っつかんで思いっきり立ち上がる。おお、荒れてるねえ。僕のせいか。

 

 

「放課後ちゃんとここ来なさいよ!」

「お勉強会はどうすんのさ」

「サボる!」

「こら」

 

 

堂々と宣言するねえ。それについて苦言を呈そうかと思ったらダッシュで出て行ってしまった。全くせわしない子だ。あと廊下走ると危ないよ。

 

 

 

 

「私たちも明日の準備が忙しいから、どちらにせよ今日は勉強会はできなかったから気にしないで」

「生徒会でちゃーんと管理しんと、みんな混乱するから。ごめんね」

「いや僕は頼まれてる側だから一向に構わないよ」

 

 

昼ごはんの後教室で絢瀬さんと東條さんににこちゃんの奇行を伝えたらこう言われた。明日は部活動紹介だか何だかあるんだっけ、大変なことだ。ちなみに我らがアイドル研究部は不参加。にこちゃんがやらないって言ったらやらないのだ。

 

 

「それより、明日は波浜くんはどうするん?」

「明日?明日何かあったかな」

 

 

東條さんに聞かれて疑問符を浮かべる。別ににこちゃんとデートとかの予定は入っていないはずだ。部活動紹介とか関係ないし。そんなこと考えていたら、東條さんが怪訝な顔をしているのが目に入った。なんだい。

 

 

「波浜くん、穂乃果ちゃんたちから聞いてないん?」

「ホノカチャン…?ああ、スクールアイドルのオレンジちゃんか」

「オレンジちゃんて」

「高坂さんだったっけ。特に何も聞いてないけど」

「スクールアイドルのライブ、明日なんよ」

「なんと」

 

 

知らなかった。ってそういうことは真っ先に言いなさいよオレンジちゃん、お客さん集まらなくても知らないよ。行くけど。

 

 

行くけど、観客としていくつもりじゃないんだよなあ。

 

 

「なんかいろいろ心配になってきたぞ」

「もう、2人とも、そんなにスクールアイドルが好きなの?」

「僕が好きなのはにこちゃんだぞ」

「ぶれないわね」

「ぶれへんなあ」

 

 

僕らの会話が気に入らないご様子の絢瀬さん。ふくれっ面してるのももっとみんなに見せてやるといい、モテるよ。ここ女の子ばっかだけど。

 

 

「まあ気に入らなくても僕は構わないんだけど、邪魔するのはやめてよ。せっかく一生懸命やってんだ」

「…わかってるわよ」

「わかってんのかなあ」

 

 

僕の周りの女の子、扱いが面倒くさい子ばっかじゃない?東條さんは東條さんで読めないし。新生スクールアイドルも高坂さんだし。西木野さんもツンデレ子ちゃんだし。にこちゃんかわいいし。

 

 

とにかく、絢瀬さん的にはこの状況は面白くないらしい。何がそんなに気に入らないのか知らないけど、この感じではあの子たちの邪魔をしかねない。流石にライブそのものを邪魔することはないと思うんだけど、気をつけるに越したことはないか。

 

 

「まあ僕は邪魔されても問題ないように、彼女らを手伝いに行くわけだけどね」

「え?お客さんとして行くんじゃないの?」

「おっと口が滑った」

 

 

滑らせたんだけどね。

 

 

「ライブでお手伝いなんて、ビラまきでもするのかしら」

「ビラまきしてもいいけど、僕は得意なことがあるからそっちやるよ」

「「?」」

 

 

首をかしげるお二人。まあ見てなさい、僕の本業の実力。グラフィックデザイナーとして意外にも活躍してんだから。

 

 

ここでチャイムが鳴って、授業開始と相成ったため彼女らの疑問は解消されなかったけど、どうせ明日わかるんだからいいか。

 

 

 

 

授業後はお誘い通り部室へGO。にこちゃんは珍しくまだいなかった。掃除当番かなんかだろう。それか居眠りのお叱りを受けてるか。前者であることを祈ろう。

 

 

適当に手近な椅子に座って、にこちゃんが集めたスクールアイドルグッズの数々を眺める。一室の壁を埋め尽くすほど集められたそれは彼女の象徴であり、命。彼女の高校時代はまさにスクールアイドルに支えられている。友達いないし。いや絢瀬さんと東條さんは友達なんだっけ。まあそれは置いといて。

 

 

彼女が求めた夢は破れてしまったけど、やっと今新しい希望が見えてきた。新生スクールアイドルという希望が。

 

 

明日のライブ、大事なことは成功することじゃない。というか初ライブが成功する方が怖い。

 

 

ライブが失敗しても折れない心と。

 

 

ライブを楽しむ心。

 

 

どうか、どうかにこちゃんの心を潤すほど明るい笑顔を見せて欲しい。

 

 

「…必ず守るぞ。にこちゃんの笑顔を、今度こそ」

 

 

小さく声に出して自分自身に聞かせる。誰とも異なる、にこちゃんのための僕の目的。にこちゃんが笑顔を取り戻し、これから先笑顔を失わないように。

 

 

そのためなら何だってしてみせる。

 

 

と、決意を新たにしていると、部室の扉がバァン!と開いた。急いで笑顔を作り直して入り口を振り向く。

 

 

「にこちゃん、そんな勢いよく扉開けたら壊れるよ」

「うるさい!そんなことより茜、これ!」

 

 

そんなことって。扉大事だよ。

 

 

一瞬で僕の目の前に来たにこちゃんが手に持ってる紙をこっちに突きつけてくる。近いよにこちゃん、近くて見えない。

 

 

「ふむ」

 

 

紙を受け取って見てみると、他でもない、新生スクールアイドルのライブのお知らせのチラシだった。手書きを印刷したものだろうけど、まあまあセンスあるチラシだ。っと、注目するポイントが違うか。

 

 

「結成して間もないのにもうライブですって!身の程知らずにもほどがあるわ!」

「うん。確かにちょっとこの辺の配色が」

「そんなとこ気にすんなーっ!!」

 

 

にこちゃんにチラシを取り上げられた。ああ、まだ精査の途中だったのに。

 

 

「チラシが問題なんじゃなくて!ライブよライブ!ぜっっっったい悲惨なライブになるに決まってるわ!!」

「でも行くんだろう」

「いっ………行かないわよ!」

 

 

結構な間があったけど突っ込まないでおこう。にこちゃんが「行かないってことにしてる」なら僕も行かないことにしておく言い訳になるし。

 

 

「まあにこちゃんが行かないって言うならいいけどさ」

「そっ…そうよ、行く意味なんてないわ、ちょっと期待してなんかもいないし!」

 

 

期待してたんかい。

 

 

こりゃ絶対行くな。

 

 

「そうかい。どっちにしろ明日は本職の仕事も詰まってるし、一緒には行動できないな」

「そう、それは仕方ないわね」

 

 

あっさり納得するにこちゃん。いつもならぎゃあぎゃあ文句を言ってくるところなのにね。別行動で好都合だというのがバレバレだ。ほんとかわいい。

 

 

「さ、僕も本職の準備したいし、今日は早めに帰ろうか?」

「そうね。たまには早く帰ってもいいわね!」

「今日もにこちゃんの家寄っていいかい」

「もちろんよ。こころもここあも虎太郎も会いたがってたし」

「最近寄ってなかったもんねえ」

 

 

同時に鞄を背負って部室を出る。僕はしばらく前からにこちゃんハウスにお邪魔して、矢澤家のお子様の相手をしたり、ご飯作ったりしている。通い妻かよ。通い婿か?まあいいや、とにかくそうやって仲良くさせてもらっている。なかなか家に帰ってこないにこちゃんのご両親へのせめてもの恩返しだ。

 

 

「久しぶりだしハンバーグ作ろうか」

「ほんと?!…んんっ、こ、こころたちも喜ぶわね」

「主に喜ぶのはにこちゃんだろう」

「うううううっさいわね!」

 

 

仲良く並んで帰るのも久しぶりだった気がする。たまにはこんな平和な帰路もありだな。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。


ちなみに私自身はグラフィックデザイナーのお仕事が何なのかさっぱり知りません。絵を描くのは好きなんですけど。


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暇な時に限って案外やることがない


ご覧いただきありがとうございます。

お気に入りが増える毎に感激で寿命が伸びております。おかげさまで還暦までは生きられそうです。頑張ります。

さて、そろそろμ's初ライブとなります。同時に波浜ボーイの本領発揮回です。天才だらけの一端です。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

というわけで、今日は新生スクールアイドル、「μ's」の初ライブだ。…μ'sって誰がつけたんだろう、ギリシャ神話の女神様だったと思うけど、9人だった気がする。三分の一しかいないじゃない。君たち3人じゃない。いいのかな。

 

 

今日は珍しくにこちゃんは一緒じゃない。おおよそどっかで潜伏してライブ会場である講堂に侵入するつもりだろう、読めてる。僕もわざわざにこちゃんの邪魔はしない。むしろ支持する。

 

 

授業も早く終わるしありがたいけど、講堂を使うのはμ'sだけじゃなく、演劇部が使った後らしい。時間的に機材のセッティングは間に合わないだろう。

 

 

間に合わないだろうから、授業サボって講堂に来た。

 

 

皆勤賞?いらないよ。もう働いてんだし。

 

 

講堂にはすでに、演劇部が依頼したのであろう照明業者が機材の搬入・設置を行っていた。うん、ありがたい。ちょっとお金渡せばμ'sの出番にも貸してくれるんじゃないかな。

 

 

こう見えて、業界じゃトップランクに有名人だし。

 

 

「みなさんおはようございまーす。お久しぶりな方が多いですね」

 

 

「…?どちら様…って、えええええ?!茜さん?!何であなたがここに?!」

「えっ茜さん?!嘘、どこ?!」

「先輩、茜さんって誰です?」

「バッカお前、SoSの本名だよ!サウンド・オブ・スカーレット!」

「ま、まじっすか?!あんな小さい人が?!」

「新人さん聞こえてるよ」

 

 

…とまあ、このくらい有名人だ。

 

 

ペンネーム「Sound of Scarlet」…CGや3Dなどの多方面でのグラフィックデザインを始め、3DCGアニメーションムービーなどの動画、舞台演出や照明演出、空間デザインや服飾デザインなどのリアルでの演出まで、視覚に関わるあらゆるデザインを1人で全て請け負うデザイナー界の神童…って某百科事典に載ってた。大げさだよ。誰が神童だよ。神童ならもっと身長をくれ。ほんとに。切実に。

 

 

とにかく、僕個人への依頼以外にも、大手からドマイナーまで様々な業者から、こっそり後ろ支えとして仕事を依頼されるためだいぶ顔が効く。海外にも効く。すごいでしょ?

 

 

「まさかここでお会いできるとは思いませんでしたよ」

「あー半年ぶりくらいでしたっけ。神戸ではお世話になりました」

「いえいえ、あのときは本当に助かりました!…ところで、今日はどのようなご用件で?」

「ああ、あなたたちの後に僕の出番があるから下見に。それにしても結構大掛かりに用意してますねえ」

「個人依頼とは…この学校お嬢様でもいるんでしょうか。ええ、何でも今年は新入生が少ないそうですから、新入部員を集めるのに躍起になってるようでして」

 

 

まあ1クラスしかないもんねえ。でもちょっとお金かけすぎじゃないかな、今後の公演に響かないといいけど。

 

 

「なるほどね。まあこっちも都合がいいですね。申し訳ないですけど、よければ僕の出番まで機材貸してくれませんか?お金は払うので」

「もちろんですよ!お代もお気になさらずじゃんじゃん使って下さい!」

「いやそうはいきませんよ。あなたたちも商売なんだし」

 

 

交渉はすんなりうまくいった。しかも協議の結果、予定の半分くらいのお値段で貸してくれることになった。こっちは実は無償でやってるからありがたいっちゃありがたいけど、あんまり姿勢低くしないほうがいいんじゃないだろうか。業者的に。

 

 

「こんな安くていいんですか?こっちは皆さんの名前は機材提供としてしか載せられないんですが」

「いやいやいや!茜さんの作品に名前を載せてもらえるだけで私たちの評価は激増しますから、むしろこれでも高いくらいですよ!」

 

 

そんなに影響あるかなあ。

 

 

「あと機材の調整見ていただきたいですし」

「それは別料金もらいますよ?安くはしますけど」

「ですよねー」

 

 

流石にそこは譲らないよ。僕も生活があるんだ。

 

 

 

 

 

そうして機材調整を見てあげていたらお昼になった。今日はお弁当はにこちゃんに既に渡してあるので、わざわざここを離れなくていい。というか僕のお昼はおにぎり2個だし。時間ないから。あとお腹の容量。

 

 

おにぎりを講堂の管理室の扉の前でもりもり食べてると、3人の女の子が目の前に現れた。音ノ木坂の制服着てて、リボンの色が2年生だから、μ'sのお手伝いさんかもしれない。演劇部の子かもしれないけど。

 

 

「やあこんにちは、ここを通りたければ僕を倒して行くんだな」

「えっ…えっ?」

「ごめん、謝るからドン引きはやめてつらい」

 

 

冗談言ったらドン引きされた。初対面で冗談はダメなのかな。

 

 

「えっと…あれ、音ノ木坂の方ですか?」

「ですよ。3年生唯一の男子生徒、波浜茜です。よろしくね」

「あ、はい、よろしくお願いします…じゃなくて!私たち、スクールアイドルのライブのお手伝いでそこ使いたいんですけど、大丈夫ですか?」

 

 

大丈夫って何がだい。ってツッコもうかと思ったけどやめといた。学習するんだよ僕は。

 

 

そしてスクールアイドルお手伝い班で合ってた。というかちゃんとお手伝いいて良かった。いなかったらどうしようかと思った。

 

 

「大丈夫も何も君たちを待ってたんだよ。はい名刺」

「待ってたってどういうことですか?しかも高校生が名刺…ってサウンドオブスカーレット?!」

「ヒデコ知ってるの?私知らない」

「私も」

「知ってるも何も!メッチャ有名なデザイナーさんだよ!私すっごい好きなの!この財布のデザインもSoSさん!」

 

 

一般人は知らないかと思ってたけど以外と名が売れてた。ヒデコと呼ばれた女の子がポケットから取り出した財布は、白地に桜色と金色で蔦と花をあしらった可愛らしいデザインの財布だった。確かに、なんか女の子向けにって依頼であんなのデザインした気がする。でもそれを本人の前で出すのはちょっとだいぶ恥ずかしい。やめようか。やめて。

 

 

「わあ!すごくかわいい!」

「私も欲しい…」

「何でもいいけど早く作業始めなさいよ」

 

 

きゃいきゃいし始めたお手伝いガールズに釘をさす。時間ないんでしょ。っていうか僕が爆死するからやめて。

 

 

「っは!す、すみません…。あの、私たちを待ってたっていうのは…」

 

 

ヒデコといった女の子は礼儀正しく頭を下げながら、おずおずといった感じで質問してくれた。状況がわからないながらもテンパらない感じ、いいね。お仕事有能感が出てる。

 

 

「うん、僕もスクールアイドルに興味があるから。許可は取ってないけど、裏方をお手伝いしようと思って。ほら、照明とか音響とか、素人だけじゃ大変でしょ」

 

 

説明してあげると、3人はすっごい笑顔になって喜びだした。大方、ビラまき呼び込みがメインで、舞台関連のことはうまくできる自信がなかったのだろう。そりゃそうだ、そう簡単にできるものでもないし、機材だって限られているのだから。そんな彼女らにとって、僕の出現は正しく渡りに船、といったところだったのだろう。

 

 

「い、いいんですか?!でも確かSoSって依頼料かなり高かった気が…」

「よく知ってるね。僕もお金欲しいから高めにしてるけど、今回はボランティア。無償だよ」

 

 

というかにこちゃんのためだしね。お金もらってる場合じゃないよね。

 

 

さっきの機材調整費はもらったけど。

 

 

「わあぁ…!ありがとうございます!」

「さあ、時間ないし打ち合わせでもしようか?」

 

 

感謝はおいといて。

 

 

僕らは僕らの仕事をしなきゃね。

 

 

 

 

 

「カメラこの辺でいい?」

「んー、もうちょい右!あ、私から見て右!そう、そこ!ストップ!」

 

 

うーん。

 

 

お手伝いさんたち、めっちゃ有能。

 

 

教えたことのほとんどは理解して勝手にやってくれる。おかげでこっちも細かい調整だったりプログラミングだったり専門分野に集中できる。そこらへんの業者より有能だ。雇おうかな。

 

 

「茜さーん!セッティング終わりましたよー!」

「んー、ありがとね。こっちはまだ時間かかりそうだけど、君ら手が空いてるならビラまきとかしてあげて」

「手伝うこととかないんですか?」

「ないね。ここらはもう専門家の領分だから、変に首突っ込まない方がいい」

 

 

準備が終わったお手伝いガールズが戻ってきたけど、あいにくちょっと人任せにできない仕事をしている。なので体よく追い払う。というか実際人寄せはしないとヤバいと思う。

 

 

「そうですか…」

「ほら、シュンとしないで。まだやることあるんだから、友達のために頑張ってらっしゃいな」

 

 

しょげてるお手伝いガールズの背中をペシペシ叩いて励ます。励ましになってるかはわかんない。ほとんど人を励ましたりしないもん。でも、3人ともちょっと元気になって「いってきます!」って言ってパタパタ出て行ったから多分成功だろう。いいだろ成功で。

 

 

さて、1人になったわけだし、やるべきことはやってしまおう。まず音楽再生、それに合わせて照明演出プログラム作成、切り替えタイミングは手動。カメラワーク設定、音響調整、その他諸々。μ'sの子らの要望に極力沿うように全て整える。彼女らの動きから、1番映える画面を予測する。後で動画上げるだろうし、どうせなら綺麗に撮ってあげたいもんね。

 

 

一通り作業を終えて外に出たら、業者の方々が丁度来たところだった。演劇部の出番が近いということか。軽く挨拶して管理室を後にし、ちょっとうろついて時間を潰すことにする。

 

 

 

 

 

あっちもこっちもいろんな部活が新入生を交えて活動していた。1年生自体が少ないけど、いや、だからこそか。みんな気合が入ってる。外に見える運動部たちはほぼ女子高なのに素晴らしくテンション高い。むしろ女性の方がテンション高い可能性もあるけど。

 

 

そんな中、ビラまきしている一団が。μ'sの3人と、お手伝いガールズ3人。ビラは配れてるようだけど、さて、実際何人が来るものか。受け取った人数がそのまま来るわけないし、下手したら全く来ないかもしれない。

 

 

まあ、実際、正直なところ。

 

 

誰も来なくてもしょうがない。

 

 

知名度ゼロから始めたらそんなもんだ。僕らのときはたまたま人が来てくれたけど、それでも両の手で足りる人数。メンバーの知人とか、そんなレベル。

 

 

そこで折れないかが問題なんだ。

 

 

そこで折れちゃ、続かない。

 

 

にこちゃんを交えて活動したら、また2年前の二の舞を演じる羽目になる。

 

 

彼女らは、今後もスクールアイドルを続けるなら。

 

 

人がいなくたって、誰も見てくれなくたって、楽しく歌って踊れるべきなんだ。

 

 

それが、アイドルってもんだろう?

 

 

なあ、にこちゃん。

 

 

 

 

 

正直なところ、することは全くなかったので気まぐれに屋上に来てみた。何故か知らないけどなんか綺麗になっている。誰がこんな辺境の地を掃除したのかと思ったら、あちらこちらに複数の足跡が見えた。

 

 

懐かしい感じがする。規則的に、しかし完全に一定ではないような足跡。きっとダンスの練習でついた跡だろう。μ'sの3人は意外にもこんなところで練習していたわけだ。まったく、邪魔が入らないとはいえ、直射日光が直撃するうえに雨風強い日は使えないというのに。無茶する子たちだ。

 

 

僕らは狭いながらも部室はちゃんとあったので、机をしまってそこで練習していた。以前は今ほどにこちゃんのコレクションは多くなかったし、物も少なかったから案外余裕があった。踊る場所には相応しくない気もしたが、安定して練習できる環境ではあった。今のスクールアイドルたちにはそれすらないらしい。それでも負けずに練習してきたのだ。曲も作れないくせに。

 

 

彼女らなら、にこちゃんと一緒にいても離れないでいてくれるだろうか。

 

 

いや、早計はよくない。やっぱりちゃんとライブを見届けてからだろう。どれだけの気概でスクールアイドルをやろうと思ってくれているのか、しっかり見てから判断しよう。

 

 

正門に目を向けると、μ'sの3人がお手伝いガールズ3人に残りのビラまきを託して校舎に戻るところだった。まだ演劇部がなんかやってる時間のはずだけど、衣装に着替えたりまあいろいろやることがあるのだろう。僕は彼女らに遭遇しないようにもう少し時間をおいて行こう。あくまでこっそりお手伝いしないといけない。いやいけないわけじゃないんだけど、にこちゃんが不機嫌になりそうだから。どうせ演出の癖とかでバレそうだけど。

 

 

一際強い風が吹いて、地面の木の葉が舞い上がる。それに混じってライブのビラが一枚飛んできた。キャッチしようと思ったらべしっと顔にへばりついた。かっこわる。

 

 

顔から剥がしてみてみると、手書きであろうビラが目に入った。なかなか可愛らしい絵だけど、誰が描いたのだろうか。なんとなく南さんな気がする。高坂さんではないだろう、あの子は確実に絵が下手だ。園田さんもちょっとイメージに合わない。んー、でも意外と高坂さんっていう線もある。まあ今気にすることではないか。

 

 

いつか彼女らのビラも描くことになるのかな。

 

 

…描いてみたい。この先何人になるかわかんないけど、彼女らの宣伝はしてみたくなる。不思議と応援したくなる。そんな魅力を感じた。人を惹きつけるというか、魅せるというか。案外スクールアイドルにぴったりな子たちなのかもしれない。

 

 

…なんで僕はにこちゃんに関係ないことまで考えてるんだ?

 

 

ふと我に帰ったら、演劇が終わるくらいの時間になっていた。ちょっとのんびりしすぎたかもしれない。ちょっと急ぎ目で管理室まで向かった。

 

 

 

 

 

 

「ああっ先輩!!助けてください!!」

「どーしたの一体」

 

 

管理室に入るなり、管理室に既にいたお手伝いガールズの1人が半泣きでヘルプを求めてきた。このタイミングでトラブルは困る、というか、君そこの機材の操作できるの。勝手に適当にいじったんじゃないでしょうね。

 

 

「機械の操作の仕方が全然わかんないんです!!」

「ああ、うん、」

 

 

だろうね。

 

 

「このままじゃ穂乃果たちのライブに間に合わない…」

「あーわかったわかった僕が動かすから泣かないの」

 

 

最近僕の周りで泣く子増えてないかな。僕は悪くないぞ。悪くないよね?

 

 

「ほとんど用意は終わってんだから心配しなくていいのに。えーっとプログラム呼び出して、起動準備はOK、カメラ初期位置問題なし」

 

 

なにさ、やることほぼないじゃん。まあ僕が後でわたわたしないように準備しといたんだけどさ。

 

 

「…っえ、もう終わったんですか?」

「そりゃ午前中に全部仕込んでおいたからね」

「よ、よかった…」

 

 

へたりこむ女の子。どんだけ心配性なんだ。

 

 

椅子に座ってどうしたものか考えてると、不意に管理室の扉がノックされた。このタイミングでここに人が来る予定はないんだけど…、何事だろう。てか誰だろう。

 

 

「どーぞー、鍵は開いてるよ」

「失礼します…って、波浜くん?」

「あれ、会長様だ」

「普通に呼んでくれないかしら」

 

 

扉を開けて礼儀正しく入ってきたのは我らが生徒会長、絢瀬さんだった。何しに来たんだろう。あんまりスクールアイドル活動に肯定的ではなかったはずだけど。まさかこっそり見るためにわざわざ管理室まで来たんだろうか。ありうる。

 

 

「どうかしたのかい」

「あの子たちのライブの映像をもらおうと思って」

「永久保存版かい。大ファンじゃないか」

「違うわ。ネットに上げて、反応見たいのよ」

「お嬢様、肖像権というものをご存知ですかな」

「うっ」

 

 

ネットに上げるといっても親切心ではないだろう。あんまり評価が良くないのを期待してるのか、袋叩きにされるのを望んでるのか、とにかく悪意で思いついたことだろう。でも本人の許可なく動画を載せるのは感心しないぞ会長。

 

 

「まあいいけど」

「あなたが許可出していいの?」

「僕が動画のセットアップしてるからいいでしょ多分。ライブ終わったら渡すから、せっかくだからここからライブ見ていきなよ」

 

 

一応制作陣の1人なわけだし、許可も出せるだろう。だめかな。まあいいや多分本人たち気にしないし。

 

 

「ライブ…できるかしら。誰もいないけど」

 

 

そう言って窓から講堂の中を見る絢瀬さん。もう開始まで数分というところなのに、講堂には人の気配は皆無だった。きっとどこかににこちゃんが潜んでるのだろうけど、ここからはさっぱり見えないし、にこちゃん以外は人っ子一人いない。

 

 

「まあそうだろうね」

「まあそうだろうねってあなた」

 

 

まあ予測してた事態だけどさ。

 

 

「そりゃできて1ヶ月もないスクールアイドルのライブなんて来ないでしょうよ。他の部活の体験もあるんだし」

「やけにあっさりしてるわね…」

「経験者なのでね」

 

 

経験者なめんなよ。

 

 

「先輩、もうすぐ時間です!」

「はいはい了解」

「え、あなたが操作するの?」

「他に誰がいるんだい」

「そこの子かと…」

「はっはっは、素人に操作できる機材に見えるかい」

「あなたが操作できるようにも見えないわよ…」

 

 

ブザーと緞帳の準備を始める僕に驚く絢瀬さん。そういえば彼女には僕の本職教えてなかったな。まあ教える意味もないけど。サウンドオブスカーレットを知ってれば、動画アップするときにクレジット見て気づくかもしれない。でも別に気づかなくていい。

 

 

「3、2、1…ブザーお願いします!」

「はーい」

 

 

ブザーのボタンをポチッと長押し、たっぷり5秒間ぶーっというよくあるブザー音を鳴らし、指を離すと当時に緞帳を開くボタンを押す。

 

 

誰もいない講堂の舞台の、幕が上がった。

 

 

 

 

 

『ごめんね、頑張ったんだけど…』

 

 

お手伝いガールズの声がスピーカー越しに聞こえる。衣装に身を包んだ舞台上の3人は講堂の様子を見て随分ショックを受けているようだった。無理もない、一念発起して臨んだライブで、まさか1人として客がいないとは思わなかっただろう(にこちゃんいるだろうけど)。

 

 

『ほのかちゃん…』

『穂乃果…』

 

 

南さんと園田さんの声が、限りなく弱々しい声が、辛うじて聞こえた。むしろよく声が出たものだ、絞り出すような声であっても精神力が及ばなければそこで崩れ落ちてもおかしくない。

 

 

『そっ、そりゃそうだ!…現実、そんなに、甘くない…!』

 

 

明らかに無理して明るい声で言う高坂さん。しかし、ここから見ても涙が止まらないのがすぐにわかった。あんだけ無駄に元気な子でも、こんな惨状の前では元気は品切れなようだ。

 

 

大きな挫折だろう。心が折れただろう。ここまで届く嗚咽が全てを物語る。

 

 

「ほら、見なさい。こんな結果になったじゃない」

 

 

意外にも悲しそうな、ん?辛そうな?よくわからない、とにかくネガティヴな表情で言う絢瀬さん。何か彼女にも思うところがあったのか。

 

 

僕は絢瀬さんの言葉には返事せず、椅子から立ち上がって扉へ向かう。

 

 

「あなたも諦めた?」

「まさか」

 

 

次の問いには答えた。扉の前で立ち止まり、絢瀬さんの方に振り返る。

 

 

確かに、客がいなくてショックで歌えないとなると、メンタル的にはアイドルとしては赤点だと僕は思う。にこちゃんは誰もいなくたって笑顔で歌って踊れる子なんだから。

 

 

でもさ。

 

 

なんだか、あんだけ頑張ってた子たちが、この学校のために慣れないことに手を出して身を削ってきた彼女らが、こんな結末で終わっちゃうのは。

 

 

 

 

「ただお客さんになってくるだけだよ」

 

 

 

 

なんか癪じゃない?

 

 

ここでお仕事してる場合じゃないでしょ。

 

 

だから、そう言って管理室の扉を、

 

 

 

 

バンッ!!と。

 

 

 

 

開けようとしたら、扉の音は講堂の方から聞こえた。

 

 

『あ、あれ?ライブは?あれ?あれぇー?』

 

 

さらにやけに可愛らしくて情けない声が聞こえてきた。とっさに窓に駆け寄って講堂の中を覗くと、端っこに茶髪が見えた。身を乗り出してよく見てみると、リボンの色からして1年生の眼鏡っ娘だ。

 

 

ここにきてまさかの遅刻勢。

 

 

…なんか僕、カッコつかないなあ。

 

 

「ふふ、ははは」

 

 

思わず笑ってしまった。なんだい、ちゃんと見てくれる人いるじゃないか。1人だけど、0とは天地の差だ。なんか笑っちゃった僕を絢瀬さんが変な目で見てくるけど気にしない気にしない。

 

 

『やろう!歌おう、全力で!』

 

 

高坂さんの威勢のいい声も聞こえてくる。舞台に目を向けると、さっきまで崩れそうだった新生スクールアイドルたちが、それはもう嬉しそうに立っていた。立ち直り早いね。

 

 

『だって、そのために今日まで頑張ってきたんだから!』

 

 

さらに声が続く。南さんと園田さんも俄然やる気が出たようだ。ライブを始めるために、それぞれ配置についていく眼鏡っ娘1年生は感動の嘆息をもらしながら講堂の中央付近まで降りていく。

 

 

これは楽しくなってきた。

 

 

「ふふっ、ふははは。どうだい、彼女ら、素晴らしいじゃないか。こんなに手に汗握る展開も、心躍る舞台も初めてだよ…!」

 

 

にこちゃんの前以外ではほぼ出ることのない、本気の笑顔で思わず口にする思い。ただにこちゃんの希望が息を吹き返したからだけじゃない、何か彼女らμ'sの重大な魅力を見つけたような気がして、笑わずにはいられなかった。こら絢瀬さんドン引きしない。お手伝いちゃんもドン引きしない。傷つくでしょう。

 

 

やめないけど。

 

 

「さあ、さあ、僕も腕を振るおうじゃないか。ちょっとオーバーワークで頑張ってあげるよ、君らがもっともっと相応しく映るように!」

 

 

音楽が始まるのを待つμ'sの3人を前に、お手伝いちゃんと絢瀬さんを機材の近くから押しのけて再生ボタンに手を伸ばす。何か言ってるけど聞こえない聞こえなーい。

 

 

「見せてくれ、魅せてくれ、君たちの輝きを!!」

 

 

そう叫んで、ボタンを押す。

 

 

彼女らの、μ'sの、音楽が始まる。

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございました。

波浜ボーイをこんな天才野郎にしたのは、「素人にあんな照明操作は無理じゃね?」って思ってたからです。なのでプロの犯行にさせました。これからも照明やカメラワークはプロの犯行になります。ちなみに「茜→赤音」からサウンドオブスカーレットは出しました。かっこいい…かっこよくない?

波浜少年が心の中でめっちゃ喋ったりテンションぶち上げたりお忙しい回でした。彼もいろいろあったせいで情緒不安定なんですよ。多分。

次くらいにやっと他の男達が召喚されます。多分。



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ビラを見ると粗探ししちゃうのはだいたい職業病のせい



ご覧いただきありがとうございます。

ちょっと遅くなりました。ES書いたりしてて疲れたんですー!小説投稿してる場合じゃないじゃんね!!でも我慢できなかったから投稿!!お気に入り増えてたもん!!トトロ本当にいたんだもん!!

やっと原作に合流できそうです…。

というわけで、どうぞご覧ください。





 

 

どんな様子だったかは置いといて、とにかくライブは無事終了した。

 

 

「はぁ、はぁ、…っは、はぁ、死ぬ…」

「せ、先輩大丈夫ですか…?」

「あー、ちょっ、ちょっと、ハッスル、しすぎた、かも」

「いやあれはちょっとじゃないですよ」

 

 

そして僕は椅子に沈んで死にかけていた。そりゃあプログラムした照明効果に加えてオリジナルアレンジをつっこんであっちこっち手を動かてたからなあ。体力が人並み以下の僕には苦行だ。なぜやったし。絢瀬さんはどっかいっちゃうし。どうせμ'sに難癖付けに行ったんだろ、ほっとこ。

 

 

「あぅー、動画、へんっ、編集、しとかねば…」

「えええ、まだ働くんですか…」

「ふ、ふふふ、これが、しょく、職人って、もん、だから、ね」

 

 

ドン引きしてるお手伝いさん1号をほっといて、もぞもぞ手を動かしてパソコンを起動し、手早く動画の編纂に移る。あーよく撮れてるよかった、プログラムのおかげであんまりいじらなくても良さげだ。最後にクレジットいれて、ちょっと微調整してしゅーりょー。

 

 

『どうするつもり?』

 

 

画面を閉じると同時に講堂から絢瀬さんの冷たい声が聞こえた。初見の人はビビるだろうけど、あの子かき氷お嬢ちゃんだからなあ。あんまり怖くないよなあ。僕からしたら。

 

 

『続けます!』

 

 

答えるのは高坂さん。こっちは元気な感じに加えて力強さも感じる。壁を乗り越えられたようでなにより。

 

 

『なぜ?これ以上続けても意味はないと思うけど』

『やりたいからです!』

 

 

絢瀬さんの厳しい言葉にも高坂さんは即答して見せた。しかも、スクールアイドルをまだ続けたいって、やりたいって言ってくれている。うん、にこちゃんと一緒にやっていくにはそうでなくちゃ。

 

 

『今、私、もっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。きっと海未ちゃんも、ことりちゃんも』

 

 

高坂さんの言葉に頷く園田さんと南さん。高坂さんの独断ではなく、3人とも同じ気持ちなようだ。

 

 

『こんな気持ち、初めてなんです!やってよかったって本気で思えたんです!…今はこの気持ちを信じたい』

 

 

高坂さんはにこちゃんみたいに元気な子だけど、にこちゃんみたいに本心をしまいこんだりしないらしい。だからこそ、その言葉に偽りはなく、真っ直ぐ聴衆に届く。

 

 

ある意味、アイドルとして、他者を魅了するものとしての才能があるのかも。

 

 

『このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない。でも、一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って届けたい!今、私たちがここにいる思いを!いつか、私たち必ず…ここを満員にしてみせます!」

 

 

なんか急にすごいこと言いだしたぞこの子。

 

 

講堂満員って結構キツいよ。

 

 

ここ500人くらい入るでしょ。

 

 

それはともかく、高坂さんは本気でスクールアイドル続けるようだ。絢瀬さんも何も言わず去ってしまったようだ。にこちゃんは椅子の上にちょっと顔を出して一部始終を見ていた。やっぱりいるんじゃない。眼鏡っ娘もまだいる…あれ、なんか1人増えてる。オレンジ髪短髪バージョンが増えてる。

 

 

ま、西木野さん含めても眼鏡っ娘が入ってくれれば5人に届く。そしたら彼女らも僕らのアイドル研究部に来るはず。にこちゃん待ってろ、君の希望が随分迫ってきたぞ。

 

 

 

 

で、翌日。

 

 

「μ'sのライブどうだった」

「行ってないって言ってるでしょ!」

「なんだい、感想聞きたかったのに」

「聴いてないのに感想なんてないわ。残念だったわね」

 

 

部室でお昼ご飯食べながら聞いてみたけど、案の定嘘つかれた。にこちゃんよ、いい加減僕には嘘つけないって学習しようぜ。

 

 

「でも結構いいダンスだったよ」

「あれのどこが…っは!」

「…にこちゃん、僕が言うのもなんだけど、ちょろいよ」

「うううううううう!!!!」

「わかったわかったわかったからパイプ椅子を振りかぶらないで」

 

 

雑に引っ掛けたら口を滑らせた。にこちゃんこういうところがあるから心配だ。でもパイプ椅子はダメ。死んじゃう。マジで死んじゃう。

 

 

「…でも、あれ茜の演出でしょ。あんたもやっぱり行ってたんじゃない」

「僕は別に行かないなんて言ってないよ」

「そうだけど!」

「一緒にいてほしかった?」

「そ……違う!!」

「最初なんて言いかk痛い痛い本を投げるんじゃない弁当が危ないし痛い」

 

 

暴力反対。あとやっぱりバレてたね。

 

 

「っていうか随分張り切ってたじゃない。無理しないでって言ってるのに、そんなにあの子達気に入ったの?」

「だから僕はにこちゃんのためならなんだってできるんだって。結構前に言ったような」

「そんな恥ずかしいこと何度も言わないで!」

 

 

照れてるにこちゃんかわいい。あーいや何時でもかわいいから「いつもより」かわいいだな。betterだbetter。

 

 

「だいたい私関係ないじゃない」

「あるんだなーこれが。まあそのうちわかるよ多分」

「隠さないでよ」

「サプライズだよサプライズ」

 

 

手をひらひらさせて誤魔化しておく。ここに彼女らが来てからのお楽しみ…いや来るかわかんないけど。

 

 

そーだ、一応言っといた方がいいのかな。

 

 

「まああの子たちが気に入らないなら絢瀬さんが協力してくれるでしょ。何か嫌いみたいだし」

「あー、何か文句言ってたわね」

「あのかき氷お嬢ちゃんがなあ」

「…かき氷お嬢ちゃんって何?」

 

 

にこちゃんには伝わらなかった。おかしいなあ、にこちゃんは絢瀬さんのポンコツモード見たことないのかな。

 

 

「絢瀬さんって氷の女王というよりはかき氷お嬢ちゃんだよねって話」

「そう?」

「だってたまにポンコツじゃないか」

「ポンコツってあんた」

 

 

にこちゃんが呆れ顔でこっちを見てくる。ポンコツ呼ばわりはダメなのかい。ダメか。

 

 

「ともかく、スクールアイドルの何がそんなに気にくわないかは知らないけど、にこちゃんがμ'sを相手取りたいなら強い味方だと思うけど」

「…まあ…」

「悩めるにこちゃんの選択やいかに」

「悩んでない!」

 

 

変なところでムキになって机をバンバンするにこちゃん。こんなに一緒にいても、にこちゃんの意地の張りどころはよくわからない。あと机を叩くのはやめなさいってば。

 

 

「まあ、僕はにこちゃんの味方だから安心して」

「余計安心できないわよ」

「死んでいいかな」

「冗談よ、ショック受けすぎ」

 

 

にこちゃんに拒否されたら死ねる自信はある。

 

 

結局にこちゃんがどうするかは聞けなかったけど、考える機会になっただけで十分だ。どうしたいか…だいたいわかってるけど、ちゃんと待ってあげよう。

 

 

 

 

 

最近は生徒会コンビが忙しいらしいので、勉強会はしばらくお休み。にこちゃんも今日はご兄妹の世話すると言って先に帰ってしまった。まあどうせ本当は1人で考え事したいだけだろうけど、先に帰ると言うなら止めない。が、僕はやることない。つまんない。

 

 

というわけで校舎内をうろうろしていると、掲示板にμ'sのビラが貼ってあるのに気づいた。「メンバー募集中!」らしいけど、あんまり人数増えても管理が大変な気がする。あと文字の色が薄いし余白が多い。カラーリング的にも文字に目がいかない…ってビラのダメ出ししてどうする。

 

 

ふと意識が途切れた瞬間に、視界の端になんか手帳みたいなものを捉えた。そっちを見てみると、誰かの生徒手帳が落ちている。拾って開いてみると西木野真姫と書いてある。西木野さんのかい。って躊躇なく開いてしまったけど普通に失礼かもしれない…いや持ち主特定のために必要なことだ、うん。

 

 

しかし、ここに落ちてたってことはμ'sのビラ見てたのかな。

 

 

「あっ…」

「ん?」

 

 

なんか声が聞こえたから横を向いてみると、茶髪で眼鏡な女の子がこっち見て固まってた。顔が赤いからなんか恥ずかしい思いをしてるのだろう。何故かは知らない。っていうかこの子ライブに来てた子じゃないか。この子もビラ見に来たのだろうか。

 

 

「やあこんにちは。μ'sのライブにいた子だよね」

「あ、え?は、はい、そうですけど…何で…」

 

 

後半は声が小さくて聞こえなかったが、多分何で知ってんだってことだろう。いかん、また初対面で警戒されてる。僕警戒されすぎじゃない?今回はどこで間違った?冗談は言ってないのに。

 

 

「あー、僕は照明演出でお手伝いしてたから窓から見てたんだよ」

「あ、なるほど…」

 

 

あっさり納得してくれた。この子も怪しい人に引っかからないか心配だ。

 

 

「ちなみに僕は波浜茜と言います。3年唯一の男子生徒…」

 

 

あれ。

 

 

そういえば1年生に男子生徒いるのかな。

 

 

2年生にはいないわけだし、1年生にもいなければ僕はめでたく学院唯一の男子生徒になる。全くめでたくない。

 

 

「…そういえば1年生に男子生徒っているの?」

「え?は、はい。1人だけ、滞嶺(たいれい)くんっていうすごく大きくて怖い男の子がいます」

「一瞬で不良のイメージが」

 

 

男子生徒いるらしい。よかった。よかったけど怖いらしい。よくない?いやいい。それでも性別は男だ。

 

 

「まあいるならいいや。3年唯一の男子生徒、波浜茜です。君は?」

「え、あの…こ、小泉花陽です。1年生です」

「1年生なのはリボンでわかるよ。だからさっき1年生のこと聞いたんだし」

 

 

ああなるほどみたいな顔をする小泉さん。声は小さいけど表情はよく変わる子だ。見てて飽きない。この子もμ's入ってくれないかなぁ。

 

 

っと、それよりも。

 

 

「そうだ、ちょうどいいところに来てくれた。これ西木野さんの生徒手帳なんだけど、ここに落ちてたんだよね。男性である僕が行くとそれはそれで警戒されそうだから、代わりに届けてくれないかな」

「あ、はい。でも私も西木野さんの家がどこかは…」

「生徒手帳に書いてあるんじゃない。なければ西木野総合病院で聞けばわかるかと」

 

 

院長の住所くらい調べりゃ出てくるだろう、多分。

 

 

「あ、生徒手帳に書いてありました」

「割と躊躇なく覗いたね君」

「え?あ、あの、えっと」

「ごめんきっと僕が悪かった」

 

 

思わずツッコんだら半泣きになってしまった。困った、にこちゃん以外の女性の取り扱いが全くわからん。

 

 

「あー、そうだ。君はμ'sに興味あるの?このビラ見に来たんでしょう。メンバー募集中らしいけど」

 

 

ごまかしついでに聞いてみたら返事が返ってこない。涙こらえるので精一杯感じかな?と思ったけど、覗き込んだら別に泣いてなかった。泣いてはないけど沈鬱な表情してる。また西木野さんパターンかな?

 

 

「スクールアイドルをやりたいわけではないのかな。応援する側か、それとも自信がないだけか、もっと特殊な事情があるのか」

「えぅ…」

 

 

謎の声を出して答えに窮する小泉さん。あー、これはやりたいけど踏み出せない系の子だ。幼い頃のにこちゃんタイプだ。そういえばいつからあの子はあんなに猪突猛進になったんだろう。可愛いからいいんだけど。

 

 

「まあなんでもいいんだけど、」

 

 

せっかくだしちょっと後押ししてあげよう。

 

 

「やってみたら案外なんとかなるもんだよ。やりたいならね」

「…」

 

 

返事はなかった。

 

 

でも、ちょっと目が輝いた気がする。

 

 

気がするだけ。

 

 

「まあ、なんにせよこれからもμ'sを応援してあげてね。頑張ってる子は、ちゃんと報われてほしいから」

 

 

それだけ言って、特にもう言うこともなかったので踵を返して昇降口へ向かう。これであの子がμ'sに入るかどうかはわからないけど、この後西木野さんのところに行くわけだし、何かしらスクールアイドルの話題が出てくれると嬉しい。

 

 

「あ、あの!」

「うん?」

 

 

小泉さんの割と大きい声が後ろから飛んできた。大きい声出るじゃん。振り向くと、何か口をぱくぱくさせてる小泉さんが見えた。金魚かな。

 

 

「あの…あの、ありがとうございました!」

「あー、うん、どういたしまして?」

 

 

何故感謝されたのか。西木野さんのときもそうだけど、これはさっぱりわからない。

 

 

 

 

 

翌日、にこちゃんが今日も知らぬ間に帰ってしまったのでどうしようか考えていたら、中庭の方から声が聞こえた。発声練習してるみたいだけど、うちの合唱部ってわざわざ中庭で練習してたっけ。あとこれ2人分の声しか聞こえない。

 

 

試しに中庭に向かってみると、その途中で西木野さんとオレンジ髪2号ちゃんが小泉さんを引きずっている場面に出くわした。オレンジ髪2号ちゃんは小泉さんの後にいつの間にかライブに来てた子だろう、いやそれはいいんだけどこれどういう状況。

 

 

「だ、誰か助けてぇ〜!!」

 

 

なんか叫んでるし。

 

 

これをスルーしろという方が無理がある。

 

 

「…ちょいちょい、これ今どういう状況なの君たち」

「ああっ先輩!助けてください!!」

「うぇえ、波浜先輩…」

「今度は変な人が来たにゃ…!」

「ちょい待て、西木野さん露骨に嫌な顔しないで。あと誰が変な人だ誰が」

 

 

西木野さんもオレンジ2号ちゃんも失礼極まる。小泉さんの必死な表情が見えんのか。っていうか止まりなさいよ、ナチュラルに僕の横を素通りするな。そっち階段だぞどこ行くんだ。

 

 

「待て待て階段上るならせめて立たせてあげなさいよ、腰がやられるよ」

「それもそうね…」

「かよちんが怪我するのはよくないにゃ」

「そんなことより止めてくださいよぅうう!!」

 

 

小泉さんごめんよ、僕には止められそうにない。

 

 

仕方ないのでこの3人についていくついでに事情を聞いた。要するに屋上で練習してるμ'sのところに行って、小泉さんを入れてもらおうと。小泉さんはそんな急に言われても無理と。何だこの子たち、仲良しかよ。ちなみにオレンジ2号ちゃんは星空凛さんと言うらしい。この子もえらく元気だけど、オレンジは元気という法則でもあるのだろうか。あと平時で「にゃ」とか言えるにこちゃんの上位互換性能持ちだ。つよい。

 

 

「で、止める間もなく屋上来ちゃったわけだけど」

「止める間はありましたよ?!」

「さあかよちん、早くしないと先輩たち帰っちゃうよ!」

「えっええ?!」

「ほら早く!どうせここにいてもそのうち先輩たちこっち来るわよ!」

「うええええ?!」

 

 

扉の前で小声でせっつく先導者2人とビビる張本人。これは埒があかない。

 

 

じゃあ僕が道を開いてやろう。

 

 

「はいどーん」

「わああああああ?!」

「うぇえ?!」

「にゃああ?!」

 

 

ばーん、と扉を盛大に開放してあげたら、3人全員にびっくりされた。というか帰る準備してたらしいμ'sの3人までびっくりしてた。え、何。僕が空気読めてないみたいじゃん。やめて。

 

 

「…えっと、波浜先輩?」

「私たちになにか…」

「あ!花陽ちゃん!それと真姫ちゃんと凛ちゃん!」

「高坂さんは平常運転みたいで何より」

 

 

目をぱちくりしてる南さんと園田さん、そして1年生3人組を見て瞳に夕日を全反射させる高坂さん。高坂さんには僕が見えないのかよ。てか瞳眩しい。

 

 

まあ今回彼女らに用があるのは僕じゃないので横にどいて日陰にイン。あんまり陽に当たりたくない…あれ、ニートみたいじゃん。やだやだ、なんか仕事しよ。してたわ。

 

 

「ほら、お三方ぼーっとしないで何しに来たんだっけ?入れてくださいって頼みに来たんでしょう」

「そ、そうなんです!かよちんがスクールアイドルやりたいって!」

 

 

僕の声に真っ先に反応したのは星空さん。こういう子は行動が早くて読みやすいので助かる。にこちゃんに近い部分があるからかな。

 

 

「…つまり、メンバーになるってこと?」

 

 

答えるのは南さん。μ'sの3人は真面目な顔して1年生ズを見て、西木野さんと星空さんも真剣な表情をしていて、小泉さんはぐったりしている。ちょいちょい、主役が瀕死なんだけどいいの。

 

 

「はい!かよちんはずっと前からアイドルやりたいって思ってたんです!」

「そんなことはどうでもよくて、この子は結構歌唱力あるんです!」

「どうでもいいってどういうこと?!」

「言葉通りの意味よ!」

 

 

いや本当に何しに来たんだ君ら。

 

 

「わ、私はまだ…」

「もう!いつまで迷ってるの!絶対やったほうがいいの!」

「それには賛成、やってみたい気持ちがあるならやってみた方がいいわ!」

 

 

小泉さんが尻込みしてると2人とも発破をかけにいく。君ら仲良いのか悪いのかどっちなんだ。

 

 

「さっきも言ったでしょう、声を出すなんて簡単。あなたなら出来るわ」

「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっと、アイドルになりたいって思ってたこと」

「凛ちゃん、西木野さん…」

 

 

2人の言葉に押されていく小泉さんの顔は最後にこっちに向いた。ん?なぜこっち向いた?僕も何か言わなきゃいけないやつか?言って欲しいやつか?

 

 

「…君が自分をどう思ってるか、そんなこと昨日会ったばかりの僕は知らないんだけどさ」

 

 

せっかくなので日陰から出てきながら言葉を紡ぐ。後押しに必要な言葉は何だろうと考えながら。

 

 

…不思議なもんだ。

 

 

にこちゃん以外の人のために頭使うなんていつ以来だろう。にこちゃん以外のために頑張るなんてこの先ずっと来ないかもしれないと思っていたのに、いつの間にこんなに彼女らに肩入れしてしまったんだろう。

 

 

まさに偶像。

 

 

彼女らは、存在するだけで信仰を集められるのかもしれない。

 

 

だとすれば、神話の名を冠するに相応しいと言えるだろう。

 

 

「やってみたら、案外何とかなるもんだ。自信があろうがなかろうがね。さあ言ってみな。君は、どうしたい?どうなりたい?」

「波浜先輩…私は…、」

「返事は僕に向けるもんじゃないよ。向けるべき相手はあっちだあっち」

 

 

何か答える前に僕はμ'sの3人の方を指差す。それを見た小泉さんが一瞬ためらって、しかし力強く振り向く。

 

 

「がんばって!ずっと凛がついててあげるから!」

「私も少しは応援してあげるって言ったでしょう?」

「えっと…私は…」

 

 

意を決しても声は出ないらしい。どうしたものかと思っていたら、星空さんと西木野さんが小泉さんの背中を押した。それで少し吹っ切れたらしい。あれが友情なのかな。小泉さん半泣きだけど。

 

 

「…私、小泉花陽と言います!1年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものも何もないです。でも、アイドルへの思いは誰にも負けないつもりです!!だから…μ'sのメンバーにしてください!!」

 

 

遂に。

 

 

今まで聞いた中でもっとも大きな声で言い切った。涙はぼろぼろ流すし声は震えるしで聞いてられない見てられないと言えばまあそうなんだけど、なかなか心打たれる演説だった。

 

 

そして、返事はもちろん。

 

 

「こちらこそ、よろしくね!」

 

 

そう言って手を差し出す高坂さん。その手をとる小泉さん。ここに満願成就と相成ったわけだ。

 

 

「かよちん、偉いよー」

「何泣いてるのよ」

「だって…って、西木野さんも泣いてる?」

「誰が!泣いてなんかないわよ!」

 

 

何してんだこの子たちは。

 

 

「それで、2人はどうするの?」

「「え?どうするって…え?」」

 

 

南さんの言葉に戸惑う本泣きガールズ。南さんなかなか強いな、メンタルが。

 

 

「まだまだメンバー募集中ですよ!」

 

 

園田さんも続き、2人に手を伸ばす。すごい笑顔だけど、まだ1年生2人は戸惑いから抜け出せないご様子。

 

 

さ、もう一仕事かな。

 

 

何で僕こんなに働いてんだろう。

 

 

「…西木野さんさ、自分の音楽がどうのって言ってた割には曲作ったんだよね」

「えっ、えっと…そうだけど!」

 

 

否定はされなかったけどキレられた。何でさ。

 

 

「だったらあの時の答えは出たわけだ。今のこれはその延長線上だよ。だから今度こそ聞かせてほしい。君は…どうしたい」

「わ、私は…」

「それと星空さん」

「にゃっ?!」

 

 

今度はこっち。今日会った人に助言とかハイ難度すぎないか。

 

 

「君のことはよく知らないけどさ、西木野さんと同じことだよ。君の素質とかは抜きにして、君は一体どうしたい?」

 

 

それだけ言って一歩下がる。まあ初対面の人に言えることなんてこの程度だろ、むしろ頑張った方だと思う。頑張ったよね?

 

 

努力の甲斐あって(多分)、2人は笑顔で先輩方の手を取った。うんうんよきかなよきかな、やりたいことができるのは素晴らしいことだ。

 

 

あと、これで6人だから、彼女らがアイドル研究部にやってくるのも遠くない。

 

 

あとはにこちゃんをどう説得するかだな。

 

 

「先輩はどうするんですか?」

「うん?」

 

 

考え事してたら、6人全員が笑顔でこっち見てた。…ん?僕を誘う気か?正気か?男だぞ。

 

 

「僕はやんないよ、男だし」

「いや、先輩なら女装すれば…」

「冗談だろ」

 

 

高坂さんの思考回路はにこちゃん並みかよ。おっとにこちゃんが頭悪いみたいな言い方になってしまった。悪いけど。

 

 

「さすがに女装は冗談ですが、マネージャーとしてはどうでしょうか。ヒデコたちから、先日のライブの件も聞いています」

「ありがとうございました!それで、これからもお手伝いいただけたらいいなーって、私たち思ってたんです」

「言っちゃったんかいあの子たち」

 

 

園田さんと南さんが続いてそんなことを言ってきた。そう言えば口止めしてなかった気がする。まあいいか。

 

 

「あー、どういたしまして。何にせよ、僕はもう部活入ってるから無理だよ」

「えーっ兼部すればいいじゃないですか!」

「軽々しく言うもんじゃないぞ」

 

 

兼部大変なんだぞ。多分。

 

 

そもそも。

 

 

「大体、わざわざ兼部することもないよ」

「え?」

「そのうちわかるよ。次は、然るべき手順を踏んで、正規のルートで会いにきて。そしたら考える」

 

 

意味深な言い方をしといたら、高坂さんだけでなくみんな揃って頭にハテナを浮かべ出した。まあわからないように言ってるからね。

 

 

「ともあれメンバー増加おめでとう。活躍、楽しみにしてるよ」

 

 

それだけ言って屋上を去る。新生μ'sの6人はまだ首を捻っていたけどほっといた。

 

 

昇降口についたあたりで、部活申請忘れないように言っとくのを忘れてた。まあ忘れないよな…多分。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

また長いこと書いてしまいましたが、ついに原作に乗ってきました。やー、原作沿いのお話にすると自分で読んでても楽しいですね。それだけ原作が面白いってことですね。そしてオリジナルの話がさほど面白くないってことですね。わーつらたん。

あと新キャラ登場ですね。名前だけ。滞嶺くんの活躍はもう少し先の話になります。大きくて怖い人がどうやって頑張るんでしょうか。



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にこちゃんカレーの隠し味は愛情



ご覧いただきありがとうございます。

またまたお気に入り増えてて幸せしています。もうすぐ100歳迎えられそうです。本当にありがとうございます。
ソロライブコレクションも出ましたね。超欲しいです。だれかお金ちょうだい…。

今回はR15が本気を出すのでセクシーにご注意ください。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

「…それで、デコピンかましてきたわけね」

「いいじゃない。腑抜けたスクールアイドルは居ても迷惑なの」

「羨ましいだけでしょうに」

「…」

「あれ、返事が来ない」

 

 

梅雨入りして雨が降る中、傘をさしての下校中ににこちゃんがμ'sの子たちに喧嘩売ってきたという旨の報告を聞いた。なぜ報告してきたんだ。共感してほしかったのか。さすがに初対面のアイドルにデコピンかますのは共感できないよにこちゃんや。

 

 

「…茜はさ、あの子たちどう思う」

「変な子たち」

「もうちょっとなんかないの」

「面白い子たち」

「それじゃ芸人じゃないの」

 

 

何が言いたいのかな。

 

 

「…茜は…、私があの子達とやっていけると思う?…前みたいに、みんな居なくなっちゃったりしないと思う?」

 

 

うーん。

 

 

やっぱりというか、そこが心配だったのか。変に挑発するのは、それで凹むようだったらその程度…っていう、にこちゃんなりの判断方法なのかもしれない。相変わらず不器用なことで。

 

 

「さあ?」

「さあってあんた」

「僕はあの子たちのこと全然知らないからそんなの分かんないよ。でもさ」

 

 

呆れ顔するにこちゃんに、一度言葉を切って本気の笑顔をにこちゃんに向ける。

 

 

「にこちゃんが羨ましいと思うほどの子たちが、並大抵のことで音をあげたりはしないと思うな」

「…ふーん」

「ふーんて」

 

 

ふいっと顔を背けて素っ気なく答えるにこちゃん。あんだけ真剣な表情で聞いといて反応が淡白だなと思ったら、顔は赤く染まっていた。なんだ恥ずかしがってるだけか。ほんとかわいいな。

 

 

「ふーんよ。別に羨ましいなんて思ってないし」

「ほんとに?」

「…ほんとよ。ちょっと、何よその目」

 

 

意地っ張りには優しい視線を向けておく。うーむジト目もかわいい。眼福だ。

 

 

恥ずかしがって濡れたローファで蹴りを入れてくるにこちゃんを避けていると、不意ににこちゃんが立ち止まって前を見つめる。何事かと思ったら、μ'sの面々がファーストフード店に入っていくのが見えた。あれを見ていたのか。

 

 

「…追うわよ!」

「なんでさ。てか変装早いな」

 

 

一瞬でサングラスをして髪をまとめるにこちゃん。…いや、何その髪。ピンクのソフトクリームヘアー。どうやったの。ツッコミが追いつかないんだけど。何その髪。帽子?帽子か。流石に色まで変えれないよね。

 

 

僕はツッコミは諦めて自分の変装に取り掛かる。にこちゃんに強制されてもう何年も経つから慣れたもんだ。久しぶりだけど。カツラかぶって、サングラスして、おしまい。十分変装になる。見慣れてなければ。うん、多分大丈夫。きっと。

 

 

で、何食わぬ顔で店内に入ると、6人が丁度席に着くところだった。僕とにこちゃんは隣の席に陣取り、とりあえず席はにこちゃんに任せて適当にポテトでも買っておく。

 

 

「あー!うんちうんち!」

「うっさいわね!」

 

 

…。

 

 

お子様や、言ってやるな。

 

 

ともあれポテトを買って席に戻ると、仕切りの隣から「雨なんで止まないの!」って高坂さんが叫んでた。いやなんでって言われてもねえ。

 

 

っていうかさ。

 

 

(にこちゃん何してん)

(いっいや…ちょっとお腹がすいて…)

(だからって人のもん取ったら窃盗でしょうよ)

 

 

にこちゃんは仕切りの隙間からお隣さんのポテトを窃盗していた。窃盗だよな?程度が低いけどダメだよな?

 

 

「穂乃果ちゃん、さっき予報見たら明日も雨だって」

「えー!…はあ…」

 

 

バレてないからいいものを…ってまだ食うか。やめなさい。僕のあげるから。

 

 

「…なくなった」

 

 

バレたじゃん。

 

 

「海未ちゃん食べたでしょ!」

 

 

バレてなかった。にこちゃん器用だな。でも更に罪を重ねるのはやめなさい。ってか今度はどこからとってんだ。やめなさいって。

 

 

「自分の食べた分も忘れたんですか?まったく…っは?!」

 

 

園田さんの分か。高坂さんはともかく園田さんにはバレるでしょ。

 

 

「穂乃果こそ!」

「私は食べてないよ!」

 

 

…バレないね。にこちゃん隠密スキル高すぎないか。

 

 

「そんなことより練習場所でしょ。教室とか借りられないの?」

 

 

そのまま話題を戻しにかかるのは恐らく西木野さん。にこちゃんこのままバレない可能性が…ってポテトはもう手の届くところにはないかも。

 

 

「うん、前に先生に頼んだんだけど、ちゃんとした部活じゃないと許可できないって」

「ちゃんとした部活にするにはどうしたらいいんですか?」

「部員が5人いるんだって。5人いればちゃんとした部の申請をして部活にできるんだけど…」

「5人…」

「5人なら…」

 

 

 

 

「あっそうだ!忘れてた!部活申請すればいいじゃん!」

 

 

 

 

「「忘れてたんかーい!!」」

 

 

思わずにこちゃんが立ち上がって、僕はその場で机に拳を叩きつけてツッコんでしまった。マジでか。マジで忘れてたのか。高坂さん大丈夫か。

 

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

 

速攻2人で身を伏せる。

 

 

(ちょっにこちゃん!何やってんの!)

(なっ茜もツッコんでたでしょ!私のせいにしないで!)

(君立ち上がっただろ?!顔見られたらどうする!!)

(へ…変装してるから大丈夫よ!)

(な訳あるか!あとその手を止めなさい!)

 

 

小声で罪をなすりつけあいつつ、にこちゃんはまた仕切りの向こうに手を伸ばしていた。やめなさいってば。

 

 

「はー、ほっとしたらお腹すいてきちゃった。さーて…」

 

 

声が途切れる。

 

 

にこちゃん。これは間違いなくばれたぞ。今手を戻しても遅いぞ。ってか何を盗るつもりだったんだい。

 

 

「ちょっと!」

 

 

ついに高坂さんににこちゃんの腕が掴まれる。その腕にはがっつりハンバーガーが掴まれていた。大胆にもほどがあるでしょ。しかもにこちゃんの謎変装が白日の元に晒された…いやもともと晒しまくりではあったけど。僕は顔を見られないように注意。

 

 

「解散しなさいって言ったでしょ!」

「解散?!」

 

 

そんなこと言ったんかい。それは聞いてないぞにこちゃん。デコピンは聞いたけど。

 

 

「そんなことよりポテト返して!」

「…そっち?」

 

 

つい素で返してしまった。解散がどうのに反応しなさいよ高坂さん。優先順位おかしいよ。

 

 

「あーん」

 

 

にこちゃんはにこちゃんで口開けて挑発してる。やめなさいみっともない。

 

 

「買って返してよ!」

 

 

まあそれが妥当だよね。ごめんね高坂さん。あと園田さん。

 

 

「あんたたち、歌もダンスも全然なってない!プロ意識が足りないわ!!」

 

 

スルーしないであげてにこちゃん。確実に非があるのはにこちゃんの方だよ。あとほっぺた引っ張られながら言ってもあんまり説得力ないよ。僕もにこちゃんのほっぺた引っ張りたいげふんげふん。

 

 

「いい?あんたたちがやってることはアイドルへの冒涜!恥よ!とっとと辞めることね!」

 

 

そんだけ言い切ったにこちゃんはダッシュで店から出て行ってしまった。またお子様にうんちうんち言われてるけど気にしたら負けだろう。それよりも早く追いかけなければ。

 

 

「…あれ、もしかして波浜先輩…わっ?!」

 

 

高坂さんが気づきそうだったので、ポテト2人分のお金を押し付けて逃げた。雨なのに。そしてあんまり走るとヤバいんだけど、それどころではないか。

 

 

 

 

 

 

「…ごめん」

「い、いや、にこちゃん、いいんだ、にこ、ちゃんが、謝ることは、一切、ない」

 

 

ものすっごい走って辿り着いたにこちゃん宅で僕は死にかけていた。家まで動く元気もない。体力もない。ほんとに死ぬ。

 

 

「そんなことない、私が走って逃げなければ、茜も走る必要はなかったのに」

「っは、過保護、じゃない?…走っちゃだめ、じゃあ、生きていくには、厳しすぎる」

「でもっ…!」

「あー、ストップ。っはぁ、ただでさえ、余計、体力落ちてんだもん。…たまには、走んないと」

 

 

息も絶え絶えながら、にこちゃんから目を逸らさないようにすることで反論の一切を封じる。にこちゃんも無事口を噤んでくれた。

 

 

しばらく休んでると随分良くなった。しかもその間ににこちゃんが夕飯を作ってくれたらしく、妹ちゃんズと弟くんと、珍しくいるにこちゃんのお母さんと一緒に夕飯をご馳走になることになった。急に人が増えたせいかカレーだ。にこちゃんは料理上手だからレトルトだろうがなんだろうが、何かしら手を加えて美味しくしてるだろう。素敵だ。

 

 

「美味しいです!さすがお姉様!」

「おかわり!」

「おかわりー」

「ここあちゃんと虎太朗くん早ない?」

「はいはいまだあるから急がないの」

 

 

こころちゃんは年齢不相応に上品に食事し、ここあちゃんと虎太朗くんは随分早食いだった。よく噛んで食べなさいよ。

 

 

「茜くん、今日はごめんなさいね。にこちゃんが走らせちゃったみたいで」

「いいんですよ。直ぐ回復しましたし」

「30分はすぐって言わないのよ」

「30分ならすぐだよ」

 

 

にこちゃん母は僕が幼い頃から良くしてもらっているので、いろいろ気にかけてくださる。とてもありがたい。自分のお仕事も大変だろうに、頭が上がらない。本当にありがとうございます。

 

 

「そんなこと言ってないで早く食べなさい。香辛料には気管拡張効果があるとか言ってたでしょ」

「まさかそれでカレーにしてくれたのか」

「そうよ。他のスパイス効いた料理でもよかったけど、やっぱりカレーが1番手軽だし。あんたのだけ少し唐辛子粉末入れたから辛いかもしれないけど」

「にこちゃんじゃないんだし唐辛子粉末くらいでどうにもならないよ。それよりも、気遣いありがとね」

「いつものことよ」

 

 

にこちゃんのナイス気配りに素直に感心してお礼を言ったら、恥ずかしがって顔を背けてしまった。んー、可愛い。香辛料が効いてきたのか、こっちも温かくなってきた。でもおいしいから食べる。ぱく。

 

 

「ほらにこちゃん、茜くんに迷惑かけたんだから、あーんくらいしてあげたら?」

「ん゛んっ」

「ぶっふぅ?!まっっママ何を言って?!」

 

 

軽くむせた。嘘だわ軽くじゃないわ。

 

 

「いいじゃないの、あーんくらい。青春よ」

「いやいやいやいや!!もうご飯作ってあげたんだから十分よ!!」

「そんなことないわよ。あ、もしかして口移しの方がよかったかしら。にこちゃんだいたーん」

「ごふっ」

「ちょおおおおお!!茜むせてる!ママが変なこと言うから!」

「あら、ごめんなさい。でもむせてたらご飯食べるの大変ね、にこちゃんここはやっぱり口移ししか」

「お母さんちょっと黙っていただけますか」

 

 

これ以上心臓に悪いことされるとまた酸欠になる。にこちゃんママは僕らが高校に入ったくらいからこういったちょっかいを頻繁にかけてくる。お世話になってるぶん無下にはできないが、今回は命に関わる。

 

 

「そういえば、お姉様と茜様はちゅーはまだなのですか?」

「にこちゃん、飛び火したぞどうにかして」

「こころ、食べ終わったならお風呂入ってきなさい」

「茜様と入りたいです」

「それは僕が捕まるから勘弁して」

「やっぱり茜様はお姉様と」

「やめなさい」

 

 

こころちゃんが随分強くなってる。主に精神的に。やばい。確実に母上の血を引いてらっしゃる。

 

 

「ほら早くお風呂いきなさい」

「うー」

 

 

にこちゃんに追い出されるこころちゃん。ついでにここあちゃんと虎太朗くんも追い出して、居間に3人残る。

 

 

「茜、ほんとに大丈夫?さっきむせてたし、無理してない?」

「大丈夫だって。さすがにむせたくらいで倒れないよ」

「さっきまで倒れてたんだから、むせただけでも危ないかもしれなかったわよ?」

「仰る通りですね、お母さん。ただしむせた原因はあなたです」

「うぐっ」

 

 

結局話題は僕のことになる。まあ急な来訪の原因は大体いつも僕が家まで辿り着けなかったときだから、当たり前っちゃ当たり前。

 

 

「この前検診受けたときは少し再生してるって言われたんですけどねえ」

「それでも無理したらまた悪化するじゃない」

「まあね」

 

 

少しずつ運動するべき、とは言われてるけど、本職の都合もあってそうも言ってられない。前に軽く腹筋してみたら息切れするわ腹筋痛いわで死にそうになったからもうやらない。

 

 

「今日は泊まっていっていいから、ゆっくり休んでね」

「毎度毎度ありがとうございます」

 

 

お泊り許可が出たので遠慮なく泊めていただく。ラブコメ展開などではなく、今日みたいに僕の体力が限界きてるときとか、にこちゃんのご兄弟が会いたがってるときとか、年末年始とか、とにかくよく泊めてくださっている。着替えも歯ブラシも置いてあるくらいだ。

 

 

「お姉様、お風呂上がりました」

「ん、ありがと」

「それ以前に下着姿で男性の前に出てこないようにねこころちゃん」

「うあー」

「こたろーまてー!」

「あっちのお二人に関しては下着すら身につけてないじゃないか。ってか濡れっぱなしはよくないぞ床がカビる腐る」

 

 

追い出された3人が風呂から上がったようで、続いてにこちゃんが風呂場へ向かい、僕は虎太朗くんをキャッチして脱衣所に放り投げる。あとはにこちゃんが世話してくれるだろう。ここあちゃんも脱衣所に戻り、こころちゃんは未だに下着姿である。早く服着なさい。逮捕される。僕が。

 

 

「こころ、早く服着なさい。風邪ひくわよ」

「はい」

 

 

にこちゃんママが言うと素直に従う。そそくさと部屋に入ってくれた。

 

 

「そろそろ恥じらいを持ってくれないと困るんですがね」

「もうすぐおっぱい出てくる歳だものねえ」

「せめて胸が膨らむとか言ってくれませんかね」

 

 

恥ずかしいでしょ。

 

 

「胸といえば、うちのにこちゃんは少し控えめだけど、茜くんは気にしないタイプ?」

「そりゃにこちゃんですから気にしませんけど、自分の娘の胸が控えめとか言ってやらないでくださいよ」

「揉めば大きくなるかも」

「黙りましょうか」

 

 

セクハラはよくないですよ母君。

 

 

にこちゃんママから恥ずかしい詰問をされていると、

 

 

「ひいいいいいいいいい?!」

 

 

風呂場からにこちゃんの悲鳴が聞こえた。何か考える前に体が動き、走るのはまずいと知りながら全速力で脱衣所に突入する。

 

 

「どうしたっ?!」

「く、く、蜘蛛があ!!」

 

 

蜘蛛かよ。

 

 

一瞬で酸欠気味になった体が一気に脱力する。倒れないように踏ん張って、にこちゃんを見ないように目をそらして風呂場に失礼し、蜘蛛は手で追い込んで窓から退散していただく。ふう。

 

「っはあ、はあ、全く、蜘蛛くらいで叫ばなくても…」

「こっち見んな!」

「理不尽だ」

 

 

振り向こうとしたらにこちゃんの手が僕の顔を固定してきた。ちょっと、後ろ歩きで出ろと。あと顔濡れる。濡れてる。

 

 

「今服着てないのよ!」

「知ってるよ、風呂なんだし。さっきちょっと見えたし」

「見たの?!」

「嘘だよ痛い痛い嘘だから安心して痛いって」

 

 

冗談言ったら頭を締め付けられた。だいぶ痛い。

 

 

「あんたの嘘が1番信用ならないのよっ!」

「わかったわかった悪かったから離し

 

 

ズルっ、と。

 

 

頭の締め付けから逃れようと身を捩ったせいで足が滑った。そりゃ風呂だもんね、滑るよね。しかも後ろに滑ったせいでごんっという鈍い音を響かせて頭を打った。超痛い。一瞬意識飛んだ。

 

 

「ぃ、痛い…」

「ちょ、大丈夫…」

 

 

目を開けたら、心配そうなにこちゃんが上から覗いていた。

 

 

ただし。

 

 

僕の頭は今、ちょうどにこちゃんの足の間に位置していた。

 

 

現実は湯気が局部を隠してくれるわけもなく、いろいろ丸見えだ。胸はにこちゃんタオルで律儀に隠していたが、下半身はどうにもならん。にこちゃんも少ししてから気づいたらしく、一気に顔を真っ赤にして湯船に飛び込んだ。あつっ、湯がかかった。服濡れるじゃないか。既に濡れてたわ。

 

 

「…あ、茜、み、みみ、見た?」

「えーと、ちゃんと毛が隠してくれたよ」

「死ねっっっっっ!!!!!!」

「んごっ」

 

 

洗面器が顔面にクリーンヒットして、そのまま意識は吹っ飛んだ。

 

 

正直、生えてないかもと心配してたから安心した。

 

 






最期まで読んでいただきありがとうございました。

バスタイム突撃型スケベイベントでした。ただし茜は逝く。

UAが500を突破しました。いつも読んでくださる方々、本当にありがとうございます。1000とかいったら記念話とか作りたくなりますね。行くかなぁ。



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女の子7人に囲まれてもハーレムとは言わない



ご覧いただきありがとうございます。

またお気に入り増えて嬉しい限りです。本当にありがとうございます。UAももりっと増えましたし。スケベか?!君たちやっぱりスケベが見たいんか?!残念ながらスケベは私の専門外だわっはっはっh

スクフェス5周年までに全員揃えられるかなぁ。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

登校中、というか起きた瞬間からにこちゃんはすこぶる不機嫌だった。うん、昨日は悪かったよ、いや実際に悪かったのが僕かどうかは置いといて、結果としては僕が悪かったよ。だからそっぽ向かないで心折れる。

 

 

「にーこちゃん、そろそろ機嫌を直して欲しいよ」

「…」

「無言はやめなさい。ちゅーするぞ」

「…」

「…ちゅーするぞ?」

 

 

実際にする気はないのだけど、ここまでだんまりを決めこまれるとむっとなってしまう。そっぽ向いてるにこちゃんの顔に手を伸ばし、頬に両の手のひらをあてがって強制的にこっちを向かせる。

 

 

「んむ…」

「…」

 

 

そこには、顔を赤くして、頬を押さえられてるせいでちょっと押し潰された形の唇をこちらに向ける、若干目が潤んだにこちゃんがいた。しかもあろうことか目を閉じた。ちょい、ちょっと待って、これいわゆるキス顔ってやつじゃない。マジでやっちゃっていいのか。可愛すぎて禿げるんだけど。

 

 

 

 

しかしまあ、にこちゃん抵抗しないしやっちゃっていいかと思ってにこちゃんに顔を近づけ、

 

 

 

 

「だあああっ!!!!」

「ぎゃっ」

 

 

 

 

全力で引き剥がした。

 

 

バカか。

 

 

にこちゃんとキスだと。

 

 

できるか。

 

 

恥ずかしすぎて禿げるわ。

 

 

「にこちゃんそんな顔してたら色々危ないでしょうよ!!」

「…へたれ」

「ああん?!」

「茜って焦るとキャラ変わるわよねー」

 

 

はあ、となぜかため息をついて先を行くにこちゃん。何故だ、ため息はこっちが吐く番だと思うんだぞ。あんな可愛い艶かしいにこちゃんを目の前にしたら、もう、なあ。

 

 

「はああああああぁぁぁぁぁ」

「置いてくわよ」

 

 

猛烈に熱くなった顔を両手で押さえて盛大にため息を吐いてると、にこちゃんの平常心を装った、なんか若干がっかりした声が飛んできた。ご無体な。

 

 

なんだかなあ、にこちゃんも言ってたけど、これ僕のキャラじゃないだろ。

 

 

 

 

 

にこちゃんは昼には機嫌を取り戻し、僕も平常心になったので昼食はいつも通りダラダラ過ごすだけだった。今日はにこちゃんママがお弁当作ってくれたので2人とも内容は同じで…はなく、だいたい僕の弁当箱ににこちゃんの好きなものが入ってた。逆もまた然りなのでこれは弁当箱を間違えた疑惑あり。意図的にやってる可能性もあるけど。

 

 

会話の内容もまあくだらないもので、いつも通りにこちゃんいじりをして教科書を投げられただけだった。教科書投げが日常なのはもう諦めよう。いやだめだ、本は武器じゃない。本が傷む。

 

 

それで、放課後。

 

 

「まったく、なんで盛大に寝てんのよ」

「昨日疲れちゃったからね。どうせ授業聞いてないから同じことだよ」

「私が起こしに行くの恥ずかしいでしょ」

「絢瀬さんと東條さんの反応が面白いよね」

「うぐぐ、もっとアイドル的な目立ち方がしたいのに…!」

「アイドル的な目立ち方ってなにさ」

 

 

そんなことを言いながら部室へ向かう。他愛もない話をしながら頭の片隅でμ'sのみんながいつ来るかを考えていた。放課後に申請に行ってたら僕らが部室にいる間にくるだろうが、昼休みに行ってたら、何ならもう部室前に待機してるかもしれない。

 

 

 

 

とか思ってたら、

 

 

 

 

「あ!」

「うっ」

「おや」

 

 

部室前で鉢合わせた。

 

 

「…じゃあ、あなたがアイドル研究部の部長?!」

 

 

高坂さんが驚いている。「じゃあ」って何がじゃあなんだ、というのはとりあえず保留にして、まあそうだろう、あろうことかデコピンまでしてきた解散を叫ぶ怪女がアイドル研究部の部長だとは…おっと怪女はよろしくないか。魔女?

 

 

「うにゃああああああああ!!!」

「?!」

「おっかわいい」

 

 

にこちゃんは両手を振り上げて猫のような可愛らしい声を上げて威嚇した後、μ'sの面々が怯んでる隙に部室に飛び込んで鍵をかけた。

 

 

いや鍵かけないでよ。

 

 

「茜!そいつら絶対入れないで!!」

「はいはい」

 

 

門番を頼まれたので扉の前に仁王立ちさせていただく。仁王立ちといってもこの身長じゃあ様にならないけど。涙出ちゃう。

 

 

「…というわけで、部長様のお達しだからここは通せないよ」

「波浜先輩もアイドル研究部だったんですか?!」

「そだよー、マネージャーやってます以後よろしく」

「波浜先輩、開けてください!」

「部長様のご要望にそぐわないからできないな」

 

 

全員見知った顔ゆえに一様に驚いている。このままどこかへ連れ出してしまえばにこちゃんの望みは達成されるわけだが、女の子6人とお出かけしました何て言ったらにこちゃんに殺されそう。どうしようかな。

 

 

「外からいくにゃ!」

「えっ」

 

 

星空さんが飛び出していった。え、外?嘘でしょ。ここ二階よ。一階じゃないんだよ。無理あるよ。窓から入る気なの。でもあの子猫っぽいし万が一にもやりかねない。

 

 

「っに、にこちゃん!窓閉めて!外から来る!」

「きゃあああああああ?!」

「にゃああああああああ!!」

 

 

…遅かった。いや早くない?

 

 

 

 

 

ちょっとして部室の扉が開いたら、にこちゃんの鼻には絆創膏が貼られていた。あー、これはこれで可愛い。

 

 

不法侵入によって解放された部室に結局μ'sのみなさんは全員入り、部室内を見回している。にこちゃんコレクションに度肝を抜かれてるらしい。すごいっしょ。僕が威張ることじゃないないわ。

 

 

「A-RISEのポスターにゃ」

「こっちは福岡のスクールアイドルね」

「校内にこんな場所があったなんて…」

「…勝手に見ないでくれる?」

 

 

そして不機嫌なにこちゃん。まあそりゃあそうだよね。大事なコレクションだもんね。それ以前に不法侵入されたしね。

 

 

「こ、これは…!!」

 

 

なんかやたら興奮してる子がいたから目を向けると、小泉さんがDVDボックスを持ってわなわなしていた。何だっけあれ、カタツムリみたいな略称の。

 

 

「伝説のアイドル伝説DVD全巻ボックス…!!」

 

 

ああ、そうそう。伝伝伝とかいうやつだ。にこちゃんがよく家で見てるやつ。観賞用は自室に、保存用と布教用はここに置いてるんだった。どっからその金が出てきたかはわからんが、結構な人気だったDVDボックスを3つも占領するのを見た時は慄いた。ん?伝伝伝で合ってるか?伝の字多くない?

 

 

「持ってる人に初めて会いました!!」

「そ、そう?」

「すごいです!!」

「ま、まあね…」

 

 

にこちゃんが引くほど熱烈に感動してる。小泉さん、もうちょっとおとなしい子じゃなかったか?眼鏡も無くなったし、キャラチェンジしたのか。

 

 

「へえー、そんなにすごいんだ」

「知らない んですか?!」

「わお」

 

 

高坂さんが何の気なしに呟いたらすごい勢いで食いついた。入れ食いフィーバーじゃないか。どんだけ好きなんだ。にこちゃんかよ。

 

 

小泉さんは(勝手に)部室のパソコンを立ち上げて操作し始める。めっちゃ慣れてる。まあ大人しい系あるあるでネットに強いのはわかるけども、すっごい慣れてるな。あとコンタクトでそんなに画面凝視してると乾くよ。張り付くよ。あとそれうちの備品だからね。サウンドオブスカーレットとしてのデータも入ってるんだから気をつけてね。

 

 

「伝説のアイドル伝説とは、各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVDボックスで、その希少性から伝説の伝説の伝説、略して伝伝伝と呼ばれる、アイドル好きなら誰でも知ってるDVDボックスです!!」

「超しゃべるね」

「は、花陽ちゃんキャラ変わってない…?」

 

 

この子こんなに流暢にしゃべったっけ。前は声が小さくて聞き取りにくいくらいだったはずなんだけどなあ。何が起きたし。

 

 

てか伝説の伝説の伝説ってなんだよ。どれだけ伝説なんだよ。

 

 

「通販でも瞬殺だったのに2セットも持ってるなんて…尊敬…!」

 

 

そんなことで尊敬しちゃっていいのかい。

 

 

「家にもう1セットあるけどね」

「ホントですか!!」

 

 

にこちゃんも追い打ちかけるんじゃない。

 

 

「じゃあみんなで見ようよ!」

「ダメよ、それ保存用だから」

「くぅうう、伝伝伝…!」

 

 

そんなに見たいのかい。どれだけ希少性高いんだ伝伝伝。でんでんむしむし…おっとにこちゃんに怒られる。いけないいけない。

 

 

「 かよちんがいつになく落ち込んでるにゃ」

 

 

だからって部室のパソコンのキーボードにほっぺた押し付けないでね。キー壊れる。

 

 

「…あぁ、気がついた?」

「え、いや、そのぉ…」

 

 

にこちゃんと南さんが何かに反応したので目線を移すと、その先にはミナリンスキーのサインがあった。なんでも伝説のメイドさんらしいが、僕としてはにこちゃんに敵うはずもないと知ってるため大層興味がない。

 

 

「アキバのカリスマメイド、ミナリンスキーさんのサインよ。まあ、ネットで手に入れたものだから本人は見たことないんだけどね」

「自分で行きなさいよ」

「嫌よ、メイド喫茶に女子1人でなんて」

「僕も連れてけばいいじゃないか」

「…あんたメイドとか好きなの?」

「言ってないでしょうそんなこと」

 

 

何故か飛び火した。なんでさ。

 

 

「と、とにかく、この人、すごい!!」

 

 

小泉さん語彙力が行方不明になってるよ。

 

 

「それで、何しにきたの?」

 

 

そうだ、そういえば本題がまだだった。だいたいわかってるけど。…にこちゃん、にやけ顔を直しなさいな。すごいって言われてうれしいのはわかるけど。

 

 

真っ先に口を開いたのは高坂さんだ。やっぱりこの子が発起人でリーダーなんだろうな。

 

 

「アイドル研究部さん!」

「にこよ」

「僕ら2人に言ってるのかもしれないぞ」

「にこ先輩!」

「なんでもなかった続けて」

 

 

恥ずかしくなった。

 

 

「実は私たち、スクールアイドルをやっていまして」

「知ってるわ」

「どうせ東條さんに話をつけてこい、とか言われたんでしょ」

「おお、話が早い!」

「まあ、いずれそうなるんじゃないかとは思ってたからね」

「思ってたんだ」

 

 

てっきり何も考えてないものかと思ってた。だから僕がこっそりお手伝いしてたのだけど、にこちゃん自身に考えがあるとちょっと不都合が生まれるかもしれない。

 

 

「なら、」

「お断りよ」

 

 

だよねぇ。

 

 

改めてμ'sの子らを見渡すその目はとても冷たい。意思は断固として曲げんと主張するかの如く。どうしても意地っ張りは治らないらしい。

 

 

にこちゃんだって一緒にやりたいとは思ってるだろうに。

 

 

「…え?」

「お断りって言ってるの」

「いや、あの、」

「私達はμ'sとして活動できる場所が必要なだけです。なので、ここを廃部にしてほしいとかではなく、」

「お断りって言ってるの!言ったでしょ、あんた達はアイドルを汚してるの!!」

 

 

断固拒否するにこちゃんに戸惑うμ'sのメンバーたち。そりゃあそうだろう、一応場所を借りたいとそこそこ厚かましい話をしに来たとはいえ、ここまで全力で拒否られたらビビるだろう。というか想定していてもそこそこビビる。

 

 

「でも、ずっと練習してきたから、歌もダンスも…」

「 そういうことじゃないの。あんた達…」

 

 

彼女らとしてはにこちゃんが何を求めているかを知り、達成する必要があるのだろう。にこちゃんの許しを得られなければ、場所を借りるにも、僕が望むとおりにこちゃんを仲間に引き入れることも叶わない。

 

 

して、にこちゃんの望みは。

 

 

 

 

 

「…あんたたち、ちゃんとキャラづくりしてんの?」

 

 

 

 

 

………おや?

 

 

 

 

 

「…そこなの?」

「何よ茜文句ある?」

「ございません」

 

 

ツッコんじゃいけないのか。ネタじゃないのか。マジで言ってるのか。にこちゃん、確かに君キャラづくり完璧だけどさ、そこか。そこなのか。

 

 

「…キャラ?」

「そう!お客さんがアイドルに求めるものは、楽しい夢のような時間でしょ?だったらそれに相応しいキャラってもんがあるの」

 

 

μ'sの面々、ついていけない様子。頭に疑問符を浮かべ…いや、小泉さんだけ異様に熱心に聞いてる。ちょっと気合いの入れどころが違うんじゃないかな。いや勉強熱心なのはいいことなんだけどさ。

 

 

「ったく、しょうがないわね。例えば…」

 

 

にこちゃんが不意に後ろを向く。何やら準備をしているようだが、大体わかる。アレやるんだろう。長らく見てなかったから久しぶりだ。

 

 

ただなあ。

 

 

僕は好きなんだけどさ。

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー、笑顔届ける矢澤にこにこ!にこにーって覚えて、ラブにこ!」

 

 

 

 

 

「うっ…」

「これは…」

「キャラというか…」

「私無理」

「ちょっと寒くないかにゃー?」

 

 

初見受け悪いんだよなあ。

 

 

でも無理とか寒いは酷いんじゃないかい。

 

 

「ふむふむ…」

 

 

いや、1人だけイレギュラーがいた。小泉さん、流石にメモしてまで参考にすることではないよ。あれはにこちゃんの特権だから。

 

 

「そこのあんた、今寒いって言ったでしょ」

「いっ、いや!すっごい可愛かったです!さいっこうです!」

「あ、でも、こういうのもいいかも!」

「そ、そうですね!お客さんを楽しませる努力は大事です!」

「素晴らしい!さすがにこ先輩!」

 

 

にこちゃんの一言に対して必死に取り繕うみなさん。いやいや流石に誤魔化せないよ、いくらにこちゃんがチョロいとはいえ。約1名本気の子がいるけど。

 

 

「よーし!そのくらい私だって!」

「出てって」

「え」

「とにかく話は終わりよ。とっとと出てって!」

 

 

そう叫んで、にこちゃんはμ'sの6人を1人残らず追い出してしまった。そのまま部室の扉を閉めて鍵までかける。しばらく喧騒が聞こえたが、やがて足音とともに遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

「…はぁ」

「いいのかい、にこちゃん」

 

 

扉を背にずるずるとへたりこむにこちゃん。きっと、さっきの出来事の諸々を整理して、反芻して、また意地はっちゃって後悔してるんだろう。

 

 

「…いいのよ」

「そんな顔には見えないな」

「いいのよ!」

 

 

若干大きい声を出して勢いよく立ち上がるにこちゃん。そのままいつもの窓際特等席に座って、腕の中に顔を埋めた。明らかに落ち込んでる。

 

 

「…いいのよ。アイドルがなんたるかわかってないような子たちとは、私は一緒にやれないわ」

「本心かい?」

「………そうよ」

 

 

はあ。

 

 

僕は立ち上がってパイプ椅子を持ち、にこちゃんの隣まで移動させてそこに座る。そのまま顔を上げないにこちゃんの頭を撫でると、一瞬ビクッとしたけど抵抗せずになでられていた。

 

 

「にこちゃん、僕がにこちゃんの本心も見切れないと思うか?」

「思うわよ」

「あれっ即答なの」

 

 

ちょっとショック。

 

 

「…ま、まあ、とにかく今は本心じゃないってことくらい僕にもわかるよ」

「なんでそう思うのよ」

「楽しそうだったじゃないか」

 

 

そう。

 

 

にこちゃんがいろんな言葉に反応してわちゃわちゃする光景なんて、今までほとんど見たことはなかった。別にお客さんでもない人ににっこにっこにーしてるのも初めてみた。あと部室にあれだけ人がいたのも初めてだ。

 

 

楽しくないわけがない。

 

 

「…楽しくなんて、」

「久しぶりににっこにっこにーしてくれたよね」

「…」

「久しぶりに僕以外にでかい声出してたね」

「…」

 

 

にこちゃんは答えない。

 

 

「楽しそうだったよ、にこちゃん。僕もあんなに賑やかなのは初めてで結構楽しかった。にこちゃんは笑わなかったけど、不機嫌顔だったけど、やっぱりいつもより楽しそうだった」

「そんなこと、」

「にこちゃん」

 

 

席を立ってにこちゃんの背後に回り、そっと抱きしめる。ちっさい割には柔らかい感触とにこちゃんの少し甘い香り、そしてわずかに震えていることを確かに感じた。

 

 

きっとこの子は、また同じ失敗をするんじゃないかって心配しているんだろう。また1人で突っ走ってしまわないだろうか、周りを顧みず進んでしまわないだろうか、そして、また1人になってしまうんじゃないかって。こう見えてお姉ちゃんであるにこちゃんは、他人のことに対してすこぶる敏感なのだ。

 

 

だから、安心させてあげなきゃいけない。

 

 

「大丈夫だよ。あの子達、自分が楽しいからやりたいって言ってたじゃない。気まぐれや打算でやってるんじゃない。始めた理由がなんであれ、自分たちで立ち上げて、自分たちで努力して、自分が楽しいから続けてる。それに、」

 

 

1度言葉を切って、より強く抱きしめて、にこちゃんの耳元に口を寄せて囁く。

 

 

「仮にダメでも、ずっと僕がいるから」

 

 

それだけ言ってにこちゃんの返事を待つ。しばらく返事はなかったが、震えは止まっていた。

 

 

やがてにこちゃんはポツリとつぶやいた。

 

 

「あんたさ、」

「ん?」

「…今すっごい恥ずかしいことしてるのわかってる?」

 

 

んん?

 

 

今僕はにこちゃんを抱きしめている。

 

 

おお、やばいな。

 

 

「にこちゃん柔らかい…」

「死ね変態!」

「んぎゃ」

 

 

投げられた。机に激突してどんがらがっしゃんと結構な音を立てる。痛え。

 

 

「…わかってるわよ、あんたがずっと側にいてくれることくらい」

 

 

衝撃で未だ立てない僕には目を向けないでつぶやくにこちゃん。嬉しいな、嬉しいけどまず起こして。

 

 

「わかってるわよ。あの子達が羨ましいなんて」

 

 

やっとこっちを向いて、にこちゃんが手を引いてくれる。ついでに「ごめん」と言ってきた。まだ意気消沈しているようで、わざわざハグした甲斐もない。力及ばずで悔しい限りだ。

 

 

「でも…もうちょっと待って。自分の気持ちも整理したいし」

 

 

そう言って鞄をとり、帰る準備をするにこちゃん。なんだ帰るのか。

 

 

「…わかったよ」

 

 

それなら僕も帰ろう。開きっぱなしの窓に近づいて閉めようとすると、また雨が降り出していた。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

波浜さんのキャラがブレブレですわ。甘い!急に甘いラブコメ風味に!!砂糖吐きそう!!!
でもちゃんと不安定にしようと思ってしてるので大丈夫です。決して私がポンコツなんじゃありません。多分。おそらく。きっと。


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予定通りじゃなくてもハッピーエンドは飾れるから



ご覧いただきありがとうございます。

7話の閲覧数が6話より多いんですが、絶対皆様スケベ目当てでしょ!!ふっふっふっ残念ながらスケベ路線は控えめなんですよ!!え?R-15タグついてる?あーあー聞こえない。

スクフェス5周年のために絵も描いてたらするので投稿忘れそうになりますよ…危ない危ない。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

翌日もにこちゃんはちょっと元気なかった。雨も止まないし、僕もテンションが上がらない。いつも別に高くないけど。

 

 

にこちゃんは、結局自分がどうしたいのか決めきれずにいるのだろう。生来の性格なのか、アイドル根性なのかはわからないけど、彼女らに頭を下げるのはプライドが許さないようだ。いかにもにこちゃんらしいが、僕がせっつくわけにもいかない。それで変に傾いたら後で困る。にこちゃんが自ら望んで手を伸ばさなければいけない。

 

 

「…なんか、静かに感じるわね」

「昨日が賑やかだったからね」

 

 

いつも通り部室で昼食中の僕ら。今日はなぜかにこちゃんが直々に弁当作ってきてくれて驚いたが、中身がもやし炒めとかで妙に質素で困った。そこまで節制しなくてもよかろうに。

 

 

「…やっぱり、茜は賑やかな方がいい?」

 

 

どうにも弱気になってるらしいにこちゃんが弱々しい声で僕には聞いてきた。いつもなら即断即決でガンガン行っちゃうのにね。

 

 

「僕がどうとかより、にこちゃんが望むべきだろ。決めるのはにこちゃんだ」

「…むぅ」

 

 

ふてくされしにこちゃん。流石にそこはね。にこちゃんの意思で決めてほしいから。

 

 

「私は、あんたにも決めてほしい」

「へえ」

 

 

ふてくされながらもやし炒めを口に突っ込むにこちゃんがそう言う。ちゃんと飲み込んでからしゃべるあたりは流石お姉ちゃん。高校生なら普通かもしれないけどさ。マナー的に。

 

 

「なんでさ?」

「だって…あんたはうちの、アイドル研究部のマネージャーなんだし。あの子達に部屋を渡すなら、あんたの許可だって必要なはずよ。部長はそんな強権じゃないの」

「そうかな」

「そうよ」

 

 

僕も僕で弁当を平らげてから返事をする。弁当箱を片付けながらにこちゃんを見てみると、結構真剣な目でこっちを見ていた。僕に縋るんじゃなく、本当に僕の意見を尊重しようとしてるんだろう。こういうときしっかりしてるから困る。ギャップ萌えというやつだ。多分。

 

 

「そうだね…。僕は確かに賑やかな方がいいかもしれない。にこちゃんが笑顔になるからね」

「そんな理由なの?」

「そんな理由って酷くないかい」

 

 

眉をひそめて苦言を呈するにこちゃん。失礼な、僕にとっては大事な理由だぞ。

 

 

「にこちゃんの笑顔はね、見てるとこっちも笑顔になれるんだ。僕はもっともっと多くの人に君の笑顔を見てほしい」

「…そこは独り占めしたいって言いなさいよ」

「なんでさ」

 

 

にこちゃんからよくわからない返事が返ってきた。ツッコミはしておくけど、まだ話は続きがあるから続ける。

 

 

「にこちゃん、にっこにっこにーしてるときとか、踊ってる時とかはちゃんと本気で笑顔になれるけど、なかなか心から笑わないもの。昨日にこちゃん楽しそうだったから、あの子たちと一緒にいればにこちゃんも心から笑顔になってくれるかなってさ」

 

 

そう言ってにこちゃんに笑顔を向けると、にこちゃんも笑顔で返してくれた。いつもの大輪のひまわりみたいな笑顔じゃなくて、もっと静かで可憐な笑顔だった。たまに見る、落ち込んだ後に見られる元気が出たサイン。とても可愛い。禿げる。僕禿げすぎじゃない?やばいね。

 

 

「…そうかもね」

「いい笑顔だよにこちゃん、可愛い」

「どんだけ可愛いって言えば気がすむのよ」

「いつまでも言うよ」

 

 

呆れつつ、にこちゃんは嬉しそうだった。

 

 

「…でも、やっぱり私はそんなにすぐに割り切れないわよ」

「だろうね」

「だろうねってあんたね」

 

 

にこちゃんの意地っ張りがすぐ治るならもう治してるよ。

 

 

「でも、にこちゃんが決めたことなら僕はどこまでもついてくからさ」

 

 

結局はそういうことだ。

 

 

「ほんとに恥ずかしいわねあんた」

「そんなにかい」

 

 

いつの間にやら弁当箱を片付けたにこちゃんがこっちに歩いて来ながら言う。僕は恥ずかしくないぞ、だって事実だもの。にこちゃんは可愛い。事実を主張するのになんのてらいも有りはしない。

 

 

「私が恥ずかしいのよ」

「そうは見えないぞ」

 

 

僕の横で仁王立ちするにこちゃん。僕も座ったままにこちゃんに向き合う。普通に真顔で恥ずかしがってる気配はない…いや顔がちょっと赤い。やっぱり恥ずかしがってる。流石にこちゃん、アイドルは表情詐欺が完璧だ。ごめん詐欺は言いすぎた。

 

 

「だから」

 

 

急ににこちゃんははにかんで、一歩近づいて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

額に唇をつけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

…………………………………………ん?

 

 

 

「………んん?んんん?!?!」

「恥ずかしいのお返しよ。じゃ、私はもう行くから」

 

 

待て。待ってくれ。事象に認識が追いつかない。にこちゃんはさっさと出て行ってしまったが、僕はパイプ椅子に縛り付けられたが如く動けない。ちょい、にこちゃんが、んん?!

 

 

意識もはっきりしないまま立ち上がろうとして、盛大にこけた。ついでに机に顎を打って視界が明滅する。散々だ。まったくまったく散々だ。

 

 

痛いやら恥ずかしいやらで悶絶してたら、授業に30分遅れた。

 

 

 

 

 

 

授業後にはにこちゃんもいつもの感じに戻っていた。僕も忘れることにした。なかったことにした。それがきっと正しい。正しいって言ってお願い。

 

 

にこちゃんの教室前で合流して、職員室に部室の鍵を取りに行って、二人並んで部室に向かう。その間二人とも言葉はない。なんだかんだ言って、昨日の喧騒が恋しくなってるんだとは自分でも理解できる。きっとにこちゃんも同じ気持ちだ。

 

 

だから、にこちゃんの気持ちは、きっと彼女たちとともに歩む方向に進んでくれるはずだ。にこちゃんも心の奥でそれを望んでるはずだから。

 

 

今しばらく時間をおけば、きっと。

 

 

「ねえ、帰りどっか寄ってかない?」

「いいね!部員のみんなも誘っていこ!」

 

 

そんな言葉が横を過ぎる。にこちゃんも反応したようで、部室の扉の前で一瞬固まった。

 

 

「…入ろうか」

「うん」

 

 

僕が促して、にこちゃんは扉を開ける。

 

 

 

 

 

何故か電気がついた。

 

 

…ここ自動点灯だったか?

 

 

 

 

 

 

「「「「「「お疲れ様でーす!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

「なっ」

「えっ」

 

 

 

 

 

μ'sの皆様がそこきちんと着席していらっしゃった。

 

 

 

 

………

 

 

……………んんん???

 

 

 

「お茶です部長!」

「ぶ、部長?!」

 

 

さっとお茶を出す高坂さん。え。…え?なんで君たちいんの?どうやって入ったの?

 

 

「今年の予算案になります、マネージャーさん!」

「あ、どうもご丁寧に…」

 

 

僕に紙束を渡してくる南さん。いや何受け取ってんだ僕。他に聞くことあるでしょう。

 

 

「ちょいちょい、君たち」

「部長!ここにあったグッズ邪魔だったんで棚に移動しておきました!」

「こらっ勝手にっ」

「さ、参考にちょっと貸して、部長のオススメの曲」

「おーいみなさまー」

「なら迷わずこれを…!」

「ああっだからそれは…!」

「聞いて」

 

 

聞いてよ。勝手にもの動かしちゃダメでしょ星空さん。あと小泉さん伝伝伝ってDVDじゃなかったっけ。ライブDVDなんだっけ。あとそれ保存用らしいからダメよ。

 

 

「ところで、次の曲の相談をしたいのですが部長!」

「やはり次はさらにアイドルを意識した方がいいと思いまして」

「それと振り付けもいいのがあったらお願いします!」

「歌のパート分けもお願いします!」

 

 

投げすぎじゃない?

 

 

というかほんとに何なのだろう。まさか昨日追い出されたからってゴリ押ししにきたのだろうか。にこちゃんそんなにちょろくないぞ。でこちゅーしてくるくらいだからな。あー待ったこれは思い出しちゃいけないやつだった今のナシ。

 

 

「いやいやいやいや君たち」

「…こんなことで押し切れると思ってるの?」

 

 

にこちゃんも同じ考えのようだ。どういう経緯でどういう思いがあってゴリ押しを敢行したのかはわからないが、そんな力技に負けるようなヤワな精神はしていない。僕も、もちろんにこちゃんも。アイドルなんて力技ではやっていけないし、力技に押されるようでもやっていけないのだ。

 

 

 

「押し切る?」

 

 

 

やっていけないのだ。

 

 

 

「私はただ相談しているだけですよ」

 

 

 

…やっていけないのだ。

 

 

 

 

「音ノ木坂アイドル研究部所属の、μ'sの"7人"が歌う次の曲を」

 

 

 

 

…………、

 

 

「…7人?」

 

 

…これは。

 

 

力技じゃないのか。

 

 

「…そうか。君たち…」

「何よ、どういうことなのよ茜」

 

 

驚き、戸惑い、不安や恐怖まで見て取れるにこちゃんの顔。目の前で起きる怪現象にどう反応したらいいかわからないといったようなその表情に、僕は優しく笑顔を返した。

 

 

「ふふ、簡単なことだよ。彼女たち、"音ノ木坂アイドル研究部所属の"って言ったんだよ?」

「それが何よ」

「部員、僕らしかいないはずなんだ。じゃあなぜ7人なのか。」

 

 

 

 

君はもう、ひとりじゃない。

 

 

 

 

「この子たちがアイドル研究部に入ったからだよ」

 

 

 

 

今度は自分ができる最高の笑顔をにこちゃんに送った。

 

 

 

 

「アイドル研究部所属のスクールアイドルがμ'sなら…にこちゃんも、μ'sのメンバー。だろ?だって、にこちゃんもスクールアイドルなんだから」

 

 

 

 

にこちゃんの心が決まるまで待つつもりだったけど。

 

 

周りはそんな悠長に待つつもりなんてなくて。

 

 

それでいて、より良い手を打ってきた。

 

 

にこちゃんがスクールアイドルをやりたいと思ってることが前提だから、にこちゃんが以前スクールアイドルをやっていたと知らないと思いつきそうにない作戦だけど…どうせ東條さんあたりが教えたんだろう。

 

 

まあ、何にせよ。

 

 

にこちゃんは無事押し切られてしまったわけだ。知らぬ間に。

 

 

でも、返事しないで僕を見つめるにこちゃんは、理解が追いついてきたのか、戸惑いながらも嬉しそうだった。

 

 

やがてにこちゃんは真剣な表情に戻ってμ'sの仲間たちに目を向ける。

 

 

「…厳しいわよ」

「分かってます、アイドルへの道が厳しいことくらい!」

「分かってない!」

 

 

デカい声で、でも割と嬉しそうに声を張るにこちゃんはやる気に満ちていた。ポジティブなにこちゃんを学校で見るのは久しぶりだ。

 

 

「あんたも甘々!あんたも、あんたも!あんた達も!!」

 

 

μ'sの仲間達一人一人を見据えて容赦なく言い放つにこちゃんは、アイドルという意味では間違いなく先導者であった。

 

 

「ついでに茜も!」

「僕関係なくない?」

「いーや!あんたは部員が8人になった重大さがわかってない!」

「あっはい」

 

 

おっしゃる通りですお嬢様。

 

 

っていうかそうじゃん7人じゃなくて8人じゃん。いやμ'sは7人か。なんか寂しい。

 

 

「いい?アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃない。…笑顔にさせる仕事なの!そのことをよーーく覚えておきなさい!!」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 

まあ、何はともあれ。

 

 

無事ににこちゃんがスクールアイドルに復帰してくれた。本懐は果たしたけど、本番はここからだろう。

 

 

にこちゃんの笑顔を世界中に振りまく、お手伝いをしなければ。

 

 

「じゃあ、にこちゃんも加わったことだし…練習する?」

 

 

そう言って窓を開け放ち、7人となったμ'sへ振り向く。開かれた窓の向こうは、いつの間にか雨は上がっていて、わずかながら青空まで見えていた。

 

 

 

 

 

で、屋上。

 

 

「にっこにっこにー!」

「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」

「…それやんの?」

 

 

なぜかみんなでにっこにっこにーしてた。あれにこちゃんの専売特許じゃないの。いいの。

 

 

「釣り目のあんた気合入れなさい!」

「真姫よ!」

「名前は覚えてあげて部長さん」

「茜うるさい」

「扱いがひどい」

 

 

今のは正論でしょ。セイロンティーでしょ。ごめん今の無し。

 

 

その後もわちゃわちゃやりながらひたすらにっこにっこにーしてたけど、時折にこちゃんが背を向けて涙を拭ってるのを見て嬉しくなった。きっと、やっと一緒にやっていける仲間を得られて感涙してるんだろう。今夜はハンバーグ作ってあげようかと、練習を眺めながら考えていた。

 

 

空は、雨が降ってたのが嘘みたいに快晴になっていた。

 

 






最後まで読んで読んでいただきありがとうございました。

若干短めでしたが、ついににこちゃん加入です。ここからが本番、やっと原作に合流です。ラブコメっぽいこともしてましたが、この先減るのでラブコメタグをつけるべきか否か。

あと次回はオリジナル展開、遂に男が本格的に増えます。せっかく原作に合流したのにね!!



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後日談



ご覧いただきありがとうございます。

おかげさまでついにお気に入りが10人に達しました。私の寿命も100年が保証されました。本当にありがとうございます。自己満全開ですが頑張ります。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

「とまあ、そんな経緯でにこちゃんは無事スクールアイドルに復帰したわけだよ」

 

 

とある喫茶店で、嬉しそうに語るのは波浜茜。音ノ木坂学院の3年生であり、圧倒的頭脳と抜群の芸術センス、そして脆弱な体と小さな身長を持つデザイナー界の神童である。

 

 

そして。

 

 

「…なあ、仕事の打ち合わせに来てんのにお前、2時間くらい矢澤の話しかしてねぇぞ」

「いいじゃないか。にこちゃんのことだぞ」

「いいわけあるか。暇じゃねえんだ」

「嘘つけ」

「ぶん殴るぞ」

 

 

波浜の対面に座っているのは、細身で背が高く、手足が長くてぼっさぼさの黒髪を頭に乗せた眠そうな顔の青年。その実態は波浜が作ったステージ演出等請負グループ「A-Phy(えーさい)」の一員であり、ペンネームはサクラ、音楽担当の別名"音楽界の神童"。

 

 

名を、水橋桜と言う。

 

 

「桜、暴力は何も生まないよ」

「そうだな、何もないところから暴力を生むことはできるがな」

「だから人は争いを止めないんだね」

「煽るやつがいるせいでな」

「乗ってくるから悪い」

「まず煽んな」

 

 

設立メンバーなので仲はいいのだが、ノリはこんな感じである。

 

 

「まあとにかく、次の舞台はアキバドームらしいし気合入れないとね」

「じゃあ矢澤の話してる場合じゃねえだろ」

「そうそうにこちゃんといえば」

「黙ってろ」

「あふん」

 

 

どうしてもにこちゃんの話をしたいらしい波浜の額に水橋の拳が刺さった。身体能力が壊滅的な波浜はそれだけで軽く意識を持って行かれる。

 

 

「ああ…にこちゃんが僕を呼んでる…」

「もう帰れよお前」

「冗談だってば」

 

 

冗談と言う割には焦点が定まってないが、冗談ということにしておく水橋。というか、下手に加害を肯定すると賠償金とか取られそうで怖い。

 

 

「ったく。…アキバドームほど広い場所だと照明装置の設置調整だけで一苦労だぞ、前日のライブの撤去、当日の機材搬入の時間も考えると相当厳しいぜ」

「適当なタイミングで現場入りして、下見してプログラムをあらかじめ組んでおけばだいぶ余裕できるよ」

「普通は出ねえ発想だっつーの」

「どうせ音響設備もそんな感じでしょ」

「そりゃあな」

「じゃあ同じことだ」

 

 

2人とも神童と言われるだけあって並みの感覚ではない。圧倒的なセンスと仕事の早さがその有名さの秘密でもあった。

 

 

「じゃ、とりあえずいつも通り図面から仮想で配置を組むか」

「りょーかい」

 

 

そう言って喫茶店の机にドームの見取り図を広げて、彼らにしかわからない打ち合わせが今日も始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ出発です!!」

「出発にゃー!」

「なんで私まで…」

 

 

秋葉原にて声を上げる3人の女子高生は、小泉花陽、星空凛、西木野真姫。音ノ木坂学院の1年生であり、スクールアイドルである。今日は久しぶりに練習が休みなので、「スクールアイドルショップに行きます!!」と花陽が鼻息荒く宣言し、それに凛が真姫を連行して同行したところである。要するに真姫は巻き込み事故なのだが、だいぶまんざらでもなさそうだった。

 

 

「そんなこと言って真姫ちゃん嬉しそうにゃ」

「そっそんなことないわよ!」

 

 

凛に絡まれながら、ふんすふんす言って先を行く花陽についていく。なんでも、どこかのスクールアイドルの新曲の発売日らしい。聞いたら目をキラキラさせて語ってくれた。アイドルのことになるとキャラが変わるのが小泉花陽である。

 

 

スクールアイドルショップは駅からそう遠くないため、大した時間もかからず到着した。

 

 

「…あれ?」

 

 

テンションMAXな花陽やなんだかんだ舞い上がってる真姫は気づいていないが、凛は確かに見た。

 

 

自分たちが目指すスクールアイドルショップに、ものすごくデカくて屈強な男性が身を屈めて入っていくのを。

 

 

(あの人どこかで見たような…)

「凛、置いてくわよ」

「わわわ、待ってー!」

 

 

まあいいやと思い直して2人についていく凛。そんなに細かいところまで頭の回らない凛であった。

 

 

店内はそれほど広くないが、壁にも棚にも所狭しとスクールアイドルグッズが並べられていた。それはもう天井から床までびっしり。そのせいで彼女ら程度の身長では脚立や踏み台を借りないと天井近くの品は手が届かなかったりする。彼女らに限らず、だいたいの人がそうだが。

 

 

「すごいわね…」

「すごいよねー」

「すごいです!!」

 

 

真姫は初めての光景に圧倒され、凛は慣れたもんだとばかりに眺め、花陽はまたライナップが変わってることにテンションを上げていた。どうにも共通点が少ない1年生ズである。

 

 

花陽の目当ての品はすぐに見つかった。新発売ということで見やすく取りやすい場所にあったのでそう困らなかったのだが、

 

 

「あ…!あれは!」

 

 

そう言って見上げた先に、今人気上昇中のスクールアイドルのキーホルダーがあった。花陽は前々から欲しいと思っていたのだが、なかなか見つからないと思ったらあんなところにあったのか。

 

 

「うう…あんな高いところに…」

「かよちんどうしたのー?」

「あれが欲しいんだけど…脚立ないと届かないなぁ…」

「持ってこればいいじゃない」

 

 

そう言って真姫が脚立を探しに行こうとした時である。

 

 

後ろからぬっとどでかい人影がやってきて、花陽が欲しがっていたキーホルダーをスッと手に取り、

 

 

「…これか」

 

 

花陽に差し出してきた。

 

 

「ぅえ?あ、ありがとうございます…」

 

 

突然の出来事に変な声を出しながら見上げた先にいたのは、2mはあろうかという巨体に、細身ながら屈強な体、オールバックにした銀髪、そしてサングラス越しのものすごく鋭い眼光。

 

 

音ノ木坂1年生唯一の男子生徒である、滞嶺(たいれい)創一郎だった。

 

 

もちろん、風貌が怖いので3人とも話したことはない。というかほとんど1年生全員が話したことない。

 

 

「えっ」

「にゃっ」

「うぇえっ」

「…なんだ」

 

 

3人揃って変な声が出た。そして当の滞嶺には不審そうな顔をされた。

 

 

「…滞嶺くん、スクールアイドル好きにゃ?」

「そうだが」

「似合わな…」

「まっ真姫ちゃん!!」

 

 

真姫が余計なことを口走ったので花陽が止めにかかるが時すでに遅し。バッチリ聞こえたはずだ。

 

 

「自覚はある」

「えっ」

 

 

気にも留めてなかった。

 

 

というか自覚していた。

 

 

「なんだ、滞嶺くん怖い人かと思ってたのに急に怖くなくなったにゃ」

「そんなに怖いか」

「そりゃあいつも仏頂面で無言で机に足乗せてたら怖いわよ」

「仕方ないだろう。話すこともないんだ」

 

 

1年生の間ではただただ凄まじい存在感とプレッシャーを与えていた滞嶺だが、別に本人はプレッシャーかける気などまっっったくなく、むしろ「何故みんな俺の周りを避けるんだ」と軽くしょげていたくらいである。真相はただ怖かっただけだった。

 

 

「あ、滞嶺くんもそのCD買うんですか?」

「ん?ああ、そりゃ新発売なら買うだろ。今注目のスクールアイドルの初シングルだ、買わない手はない」

 

 

あれ。

 

 

結構ガチファンなんじゃなかろうか。凛と真姫はそんな予感がして、花陽は確信した。

 

 

「た、滞嶺くん、今度スクールアイドルについて語りませんか?!」

「?お、おう、つーか何であんた敬語なんだ」

「かよちん、滞嶺くん引いてるにゃ」

「花陽アイドルのことになると怖いものなしね」

 

 

目を輝かせて滞嶺に詰め寄る花陽と、若干引く滞嶺。滞嶺も、こんな見た目ながら隠しもせずドルオタをしている結構な重症患者だが、それこそ見た目に似合わず冷静である。それに、今までドルオタ仲間がいなかったのもあって花陽のテンションについていけない。

 

 

「…わかったから早く買ってこい」

「…っは!そうでした!凛ちゃん、真姫ちゃん、それと滞嶺くん、外で待っててください!」

「だからなんで敬語」

「滞嶺くんが怖いからじゃないかにゃ?」

 

 

そんなに怖いか、と若干落ち込む滞嶺。以外とメンタルが脆いらしい。

 

 

「でも、あなたスクールアイドル好きなのに私達のこと知らないの?」

「真姫ちゃん、凛たちはまだ1回もライブ出てないにゃ」

「あ、確かに」

「…なんだ、お前らスクールアイドルやってたのか。μ'sは高坂穂乃果、園田海未、南ことりの3人だと思っていたが」

 

 

自分の高校ながら、まだ知名度の低いスクールアイドルも名前まで完璧に把握しているあたりだいぶ詳しい。さすがに公表されていない内容までは知らないようだが。

 

 

「今は凛たち3人とにこ先輩が入って7人になったにゃ」

「7人。多いな」

「多いの?」

「そうだな、ほとんどのスクールアイドルは2〜5人だからな」

 

 

へえ、と感心する凛と真姫。花陽なら知っているだろうが、この2人は調べたとはいえまだまだ素人である。

 

 

「お待たせしました!さあ行きましょう!」

「いくにゃー」

「ああ、じゃあな」

「えっ滞嶺くん帰っちゃうんですか?!」

「なんで帰らねえと思ったんだよ」

 

 

やっと出てきた花陽が号令を出すと同時に自然と撤退を始める滞嶺。何故か花陽に驚かれたが、こっちはこっちで用がある上に今日初めて話した相手とお出かけするほどコミュ力は高くない。

 

 

「俺は俺で用があるんだよ」

「そうですか…」

「ショックにゃ…」

「なんでそんなにショック受けてるのよ」

 

 

冷静なのは真姫だけであった。しかしいくら悲しい顔をされても用があるのは事実。また学校で話すと(仕方なく)約束して帰路に着いた。

 

 

(…まあ、初めての友人と思えばいいか)

 

 

こんな見た目でも、彼は高1である。

 

 

友達ができて嬉しくないわけがない。

 

 

 

 

 

「…ったく、もう日が沈みかけじゃねぇかよ。最初の脱線がなければもうちょい早く終わったろうが…」

 

 

水橋桜はブツクサ言いながら帰路についていた。6月で午後6時はもう日は地平線近い。街灯も疎らにつき始める中、1人寂しく歩いている。波浜は「にこちゃん家行くから」とか言ってさっさと帰ってしまった。毎度思うが、通い妻かよ。

 

 

暗くなり行く道をのそのそ歩いていると、ふと一軒の店が目に入った。

 

 

饅頭屋「穂むら」。

 

 

水橋が好物とする、和菓子の店である。

 

 

「…夕飯とはいかねえが、流石に腹減ったからな」

 

 

誰に言うわけでもなくつぶやいて穂むらに向かう。結局は穂むら名物「ほむまん」が食べたいだけである。財布の中身を確かめ、10個入りでいいかと決めて店に入る。

 

 

「いらっしゃいませ…あ!桜さん!」

「10個で」

「素っ気ない?!」

 

 

店番は長女の穂乃果がしていた。元気でいいことだが割とおっちょこちょいで、割とアホだ。波浜が手伝いをしているμ'sの発起人でもある。

 

 

「あ、桜さん、μ'sまたメンバー増えて7人になったんですよ!」

「ああ、茜から散々聞いたよ」

「えっ桜さん波浜先輩と知り合いなんですか?」

「言ってなかったか?」

「はい、初めて聞きました」

 

 

割といらんことまで話してしまった記憶があるのだが、波浜のことは話していなかったようだ。まあ、いちいち会話の仔細を覚えてる奴の方が少ないかと特に気にも留めないことにする。

 

 

「なんつーか、ちょっとした縁でな。そんなことよりほむまん早く」

「相変わらずせっかちですね」

「余計な御世話だ」

 

 

はいどーぞ、と差し出されるほむまん(10個入り)。基本的に表情筋が死んでいる水橋も、これを見ると無意識に表情が緩んでしまう。穂乃果はいつもこっそりそれを観察するのを楽しみにしていた。

 

 

「ありがとうございました!」

「ん。新曲、楽しみにしてる」

 

 

それだけ言ってさっさと店を後にする。わざわざ言わないが、当然早くほむまんを食べたいからである。

 

 

(スクールアイドルねえ…)

 

 

帰り道、すっかり暗くなった道を歩きながら考える。

 

 

(俺も高校行ってたら…いや、考えるな。無理な話だ)

 

 

嫌な方向に思考が向かいかけたので頭を振ってリセットする。幸せな学生生活や青春なんてものは、自分で潰してしまったのだから、今更取り返せるはずもない。

 

 

街頭に照らされた夜の道を、ふらふらと不安定な足取りで歩いていく。誰もいない住宅街は不自然なほど孤独を感じさせた。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

新しく出てきた2人、またキャラの濃そうなやつらですね。誰が考えたんだ!!私か!!

実は今まで出てきた3人は、この話を書こうと考えた最初期からいたメンバーです。他の男たちは名前や中身がコロコロ変わっているのですが、彼ら3人はほぼ変化なし。なので作品全体としては彼ら3人が最も活躍する予定です。いい意味でも、悪い意味でも。



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どうでもいいことを素晴らしい作品にするのが本物のプロ



ご覧いただきありがとうございます。

またまたお気に入り登録してくださってありがとうございます。私の寿命もうなぎ登りです。感想もくださってより一層長生きできそうです。仙人でも目指そうかな!!頑張ります!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

なんだかんだあった割には日常はフツーに過ぎていくもので。

 

 

今日も元気に勉強会である。まあ結構久しぶりなんだけどさ。

 

 

「とりあえず絢瀬さん、機嫌治さないと頭まわんないよ」

「別に機嫌悪くなんて」

「にこちゃん起きな」

「聞いてない…!」

 

 

今日は絢瀬さんが朝からご機嫌斜めだった。いつもは氷の女王で、たまにかき氷お嬢ちゃんなのが、今日は極低温エンプレスだった。ネーミングセンス酷いな僕。

 

まあどうせ、不機嫌の理由はμ'sだろう。何故だかわからないけど毛嫌いしてるのに、順調にメンバーを増やして今や7人、無事部室も確保した。そりゃ目の上のたんこぶというか、とにかく腹たつだろう。

 

 

僕としてはそんなのどうでもいいので、絢瀬さんの相手は早々に切り上げてただいまにこちゃん起床チャレンジ中である。

 

 

「んんー、あと5分…」

「それは布団の中で言うセリフだよにこちゃん」

「にこっち起きる気配もないね」

「いつものことだよ」

「いつものことでいいのかしら」

 

 

いいわけない。どうせテスト直前で泣きついてくるんだから早めに勉強していただきたい。泣きついてくること自体は役得なんだけど、赤点取るか取らないかの瀬戸際でハラハラするのはいかんせん心臓に悪い。

 

 

「にーこーちゃーん」

「うー」

「波浜くん、うちに任しとき」

 

 

いくら揺さぶっても起きないのを見て、東條さんが立ち上がった。何事かわからないけど策があるんだろうか。そのままにこちゃんの背後に回る。

 

 

「にこっちー、起きないと…」

「起きないと?」

「わしわしマックスや!!」

 

 

瞬間。

 

 

東條さんの両手が、机に伏すにこちゃんの脇に向かった。くすぐる気かと思ったら、更にその先の胸に向かった。

 

 

「ひゃう?!」

「覚悟しぃ!」

 

 

咄嗟に目を瞑って顔を机に押し付け耳を塞いだ。ゴンっていったしとても痛いがそんな場合じゃない。これは見ても聞いてもいけないやつだ。しかしここまでしてもにこちゃんのアカン声が微妙に聞こえてくるので頭の中で必死に別のことを考えることにする。何考えようかな桃太郎朗読でもするか昔々あるところにおじいさんとおばあさんが以下略。

 

 

「波浜くん、にこっち起きたよ」

「どうも…」

「何で波浜くんが1番疲れてるのよ…」

「にこちゃんの悩ましボイスをシャットアウトするのにどれだけ頑張ったと思ってんの」

「な、悩ましボイスとか、言うんじゃないわよぉ…」

「にこちゃんストップ落ち着いてから喋って」

 

 

まだ艶の残るにこちゃんの声を聞いてるといろいろマズい。煩悩で溢れる。顔も見れない。どうせ火照って艶かしい表情してるんだろう。

 

 

「波浜くん、いつもにこっちを好き好きゆってる割には純情なんやね」

「純情とかそういうレベルかい今の」

「あ、茜は、ヘタレだもん…」

「だからにこちゃんストップ頼むからほんとに」

「焦ってる波浜くんは初めて見るわね」

「いつもヘラヘラしてるもんね」

「そっちが本来だよ」

 

 

顔は上げれないがどうせ東條さんも絢瀬さんもにやにやしてるんだろう。やめてくれ。いつも通りの裏が読めない系男子をさせてくれ。

 

 

何か突破する案がないかと思っていたら、東條さんが別の話題を振ってきた。

 

 

「そう言えば、生徒会で今、部活動紹介のビデオ撮ってるんやけど、アイドル研究部も撮る?」

「ビデオだって」

「なんか急に元気になったわね」

 

 

ビデオと聞いて飛び起きる。映像作品となれば僕の本業だ。

 

 

「機材はどんなもんだい?撮影時間と撮影場所は。時間帯と演出の有無は」

「え、えっと…」

「茜、引いてるわよ」

 

 

おっとしまった。復活したらしいにこちゃんに窘められて一旦落ち着く。

 

 

「おっと、失礼。取り乱したようで」

「そう言えば波浜くんって有名なデザイナーさんらしいわね」

「有名かどうかは知らないけどね」

 

 

絢瀬さんはおそらくμ'sのライブ映像に仕込んでおいた(というか載せざるを得なかった)クレジットを見て気づいたのだろう。まあバレるのは想定内だから別にいい。言いふらされると困るけど。

 

 

「プロの血が騒いだってことね」

「えりち、うちを置いて話進めんといてよぉ」

 

 

珍しく不機嫌顔の東條さん。なんだかんだいってこの子も疎外感は食らいたくないタイプなのだろう。口止めも含めて僕の本職の説明をしておいた。

 

 

「ふぇえ〜、波浜くんがSoSさんやったんやね…」

「あら、希はそのサウンドなんとかって知ってたの?」

「うちはどっちかって言うと裏方に目が向いちゃうから。舞台とか、映画の後援とかによく名前が載ってるんをよく知ってるんや」

「映画もなの?」

「たまにね」

 

 

感心されているけど、こういう反応は慣れている。あんまり顔出ししないし、作品の幅広さは随一だから。桜は音楽作品で、天童さんは脚本で有名だけど、僕は舞台演出、照明演出、グラフィックデザインウェブデザイン服飾デザインなどなど分野の広さがウリだ。何だったら音楽も脚本もできる。他2人ほどじゃないけど。

 

 

「波浜くん以外だと、BGMにサクラって人とか、脚本にNo.1って人とかよく一緒に見るよ」

「めっちゃ詳しいね」

 

 

驚いた。サクラは言わずもがなA-Phyの音楽担当である水橋桜、No.1はこちらもA-Phyメンバーで脚本担当の天童一位のことである。A-Phyとして3人で活動してるときもそれぞれ名前をちゃんと出しているとはいえ、全員覚えてるとはね。

 

 

「私は3人とも会ったことあるわよ。茜はここにいるし、たまに水橋くんも天童さんも茜と一緒にいるから」

「にこちゃん、本名出しちゃダメよ」

「あっ」

 

 

にこちゃん、今更口押さえても遅いよ。可愛いけど。お二人には念のためもう一度黙っておくように頼んでおいた。

 

 

「それにしても、波浜くんって友達いたのね」

「どういうことかな」

「意外よねぇ」

「にこちゃん勘弁して」

 

 

ひどいことを言ってくる。にこちゃんが追い打ちしてくるのは、以前「友達いたんだ」とか言っちゃったからだろう。ごめんって。

 

 

このままだと弄られるので話題転換。

 

 

「とにかく、部活動紹介ビデオ撮るんでしょ。メンバーにも確認とっとかないと」

「撮るわよ」

「今部長の独断で決まりました」

「…そんなんでいいの?」

「どうせ言ったら言ったでどこかの園田さんとか小泉さんとかが嫌がるし」

 

 

鶴の一声で撮影決定。絢瀬さんが呆れてたが、恥ずかしがり屋が反対するとめんどくさいのでこっちの方が都合がいい。というわけで連絡したら案の定恥ずかしがり屋お二人がテンパってた。

 

 

「早速やけど、明日でいい?」

「いいわよ。まだ新曲もできてないみたいだし」

「遅いねー」

「茜は水橋…サクラさんのスピードに慣れてるからそう思うのよ」

「一理あるね」

 

 

桜は2,3時間で一曲作るからね。

 

 

その後また絢瀬さんが若干不機嫌モードだったが、ほっといて勉強に励んだ。僕はラフ描いてるだけだけど。

 

 

 

 

 

 

「た、たすけて…」

 

 

で、翌日の放課後。

 

 

東條さんが構えるビデオカメラの先で、小泉さんが助けを求めていた。何に対してのたすけてなのだろうか。

 

 

っていうか。

 

 

「何で撮らせてくれないの」

「撮るのは生徒会役員って決まってるんよ」

「あとどうせあんたが撮ったら時間食いすぎるわよ」

「精々4,5時間で終わらせるよ」

「長いわよ」

 

 

やる気満々で来たのに僕はカメラマンですらなかった。そりゃないだろう。カメラを目の前にして何もできないなんて。

 

 

…、いや?

 

 

「そうじゃん、自分で撮ればいいじゃないか」

 

 

というわけで、早速自分のカバンから自前のビデオカメラを取り出す。結構なお値段のいいやつだ。仕事でも使うわけだしね。

 

 

「はぁ、茜が本気出した…」

「何で嫌そうな顔すんのさ。ほら笑って笑って」

「腕がいいのは知ってるけど、熱入りすぎて無理するから嫌なのよ」

「にこちゃんが心配してくれてる…」

「心配くらいするわよ」

 

 

塩対応が多いから心配されてないかと思った。

 

 

少し離れたところでは小泉さんが未だに撮ってた。星空さんに励まされているらしい小泉さんは東條さんに任せて、僕はこっちだ。

 

 

「はい西木野さんこっち向いてー」

「あなた何でそんないいビデオカメラ持ってるのよ…っていうか勝手に撮らないで」

「何をいう、撮影タイムにじっとしてられるほど僕は人間できていない」

「なんでそんなに自慢げなのよ」

 

 

創作意欲が湧くというやつだ。決して悪いことではない。多分。

 

 

「ほら、一応インタビューって形式なんだから意気込みとかどうぞ」

「…」

「…」

「…」

「…彼女は西木野真姫、寡黙で冷静な見た目と鋭い眼差しの裏に、音楽への熱い情熱を秘めた多感にして繊細なる15歳の少女…」

「何勝手にナレーション入れてるのよ!!っていうかなんか大仰!!」

「かっこいいじゃん」

「かっこよくない!」

 

 

喋らないから適当にナレーション入れたら怒られた。なんでさ。役者の不足を自ら補うから一流なんだ。

 

 

「茜、真姫ちゃんはツンデレだからしょうがないわよ。代わりに私を撮りなさい」

「誰がツンデレよ!」

「にこちゃんもツンデレじゃないか」

「違う!」

 

 

ツンデレガールズが元気に吠える。うむ、この2人仲良くなれそう。

 

 

その後もいくらか映像を撮ったが、印象としては女子高生が遊んでるだけだ。僕の映像の方はちょっといじれば日常ドキュメンタリーとかいけそうだが、東條さんが撮った方は流石にそうはいかない。

 

 

「まあ、スクールアイドルの本領といえばライブで、そのための練習でしょ。それ撮ればいい」

「せやね。元々練習する予定だったみたいやし」

 

 

というわけで、屋上へ向かう運びとなった。

 

 

 

 

 

 

「1,2,3,4,5,6,7,8…」

 

 

僕の手拍子に合わせてステップを踏むμ'sの皆様。元々は園田さんがやってたらしいのだが、全員踊らせてあげたいのと、僕のリズム感が随一であること、そして全体観察力が常人の比ではないということでこういう全員でやる練習の指揮は僕が取っている。

 

 

「小泉さん、若干遅れてる。手の振りが遅いのかな」

「は、はい!」

「星空さん逆に早い。腕を振り切ってない、もっと大きく動かして」

「はいにゃ!」

「高坂さん疲れた?足が乱れたよ、無理しないように」

「まだまだ!」

「西木野さん顔硬い。笑顔笑顔にっこにっこにー」

「わかってるわよ!」

「それ私の…!」

「にこちゃんそこ足違う」

「うぐっ」

「南さん、位置がズレてきた。重心ぶれてるよ」

「はい!」

 

 

全員に指示出しするのも疲れる。当然足りないので、毎回ビデオ撮りながら練習して後で見直すのだ。いつもは安いカメラだが、今日は撮影で使ったいいやつで撮ってる。ぶっちゃけ見直し程度なら大差ない。

 

 

「はいじゃーラスト」

 

 

ぱん、と手を鳴らすと同時に全員でポーズを決める。んー…

 

 

「高坂さんよし、南さんよし。園田さん顔もっとこっち向けて、西木野さん10cm左にずれてる。星空さんと小泉さん寄りすぎ…星空さんが下がりすぎなのか。もう15cm前、小泉さんはポーズもっと大きく。にこちゃん可愛いけど前すぎ。7cm後ろ」

「「「「「「はい!」」」」」」

「私だけ細かくない?!」

「にこちゃんならやれると信じてる」

 

 

ほんとはただのたまたまです。ごめんねにこちゃん。

 

 

「じゃー休憩しましょ。スポドリ取りにきなさいな」

 

 

そう言って、扉横に設置した机を指差す。机の上には紙コップとクーラーボックスがあり、クーラーボックスの中にはスポドリが入っている。ぶっちゃけあれ持ってくるだけで体力が限界を迎えるため、学校まではキャスターで転がしながら、ここまでは時間をかけて数本ずつ持ってくる。そのせいで夜明け前から学校来る羽目になってるが、にこちゃんのためなら頑張れる。余裕である。いやほんと余裕なんだって。

 

 

「というわけで東條さんもどうぞ。暑いっしょ」

「ん、ありがと」

 

 

紙コップにスポドリを注いで東條さんに手渡す。まだ春とはいえ、日差し直撃の屋上では結構暑くなる。

 

 

「…それにしても、練習の指揮って本来リーダーがやるもんやない?」

「そう?まあ誰がやってもいいと思うけど…」

 

 

一応発起人の高坂さんがリーダーなんだが、歌詞は園田さんだし衣装は南さんだし作曲は西木野さんだし、

 

 

 

 

おや?

 

 

 

 

「そういえば高坂さん何もしてないね」

 

 

まあリーダーだからなんかするってわけでもないだろうけど、みんなの士気的にそれでいいのかはちょっとわからない。

 

 

人も増えてきたし、1度しっかりと協議してもいいかもしれない。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

前回ひっそり出ていた天童さんが名前だけまた登場。彼はまだ出て来ません。名前しか出ないなんて不遇…!!

もうすぐUAが1,000に到達するので何かおまけを書こうかなと思ったのですが、まだ全員揃ってないし何も思いつかないし…って感じです。特別編って何を書けばいいんですかね?



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カラオケは運動だって古事記にも書いてあるから



ご覧いただきありがとうございます。

そしてスクフェス5周年おめでとうございます!!5年ですよ5年!!何も特別編とか用意できませんでしたけど!!なんだか漲りますね!!何がというわけでもありませんけど!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

「リーダーに誰が相応しいか…。大体、私が部長についた時点で一度考え直すべきだったのよ」

 

 

そんなわけで部室に全員集まり、リーダー決め会議勃発。にこちゃんは自分がなる気満々みたいだけど、さあ果たして。

 

 

「リーダーね」

「わたしは穂乃果ちゃんでいいと思うけど…」

「だめよ。今回の取材でわかったでしょ、この子はまるでリーダーに向いてないの」

「まるで向いてないとまでいうかな」

 

 

まあ部の運営に関わってる部分はゼロだけど。というか実際の資金繰りとかは全部僕がこっそりやってるので誰も関わってないっちゃ関わってない。彼女らは元気にスクールアイドルをしているだけである。

 

 

「それもそうね」

「まあ、PVも撮らなきゃいけないし、変えるなら早めにしないとね」

「PV?」

 

 

園田さんが疑問系で投げてくる。もしかしてご存知ない?さすがにそんなわけないか。おおよそ、PVとリーダーにどういった関係があるのかっていう疑問だろう。

 

 

「リーダーが変わると必然的にセンターも変わるでしょ。次のPVは新リーダーがセンター」

「そうね」

「でも、誰が?」

「それを今から決めるんでしょ」

 

 

目的忘れちゃだめよ皆様。

 

 

そんなことを言っていると、にこちゃんが立ち上がってホワイトボードをひっくり返す。そこには「リーダーとは」と書かれていた。昼に何か書いてると思ったらそれかい。

 

 

「リーダーとは!まず第一に、誰よりも熱い情熱を持ってみんなを引っ張っていけること!次に、精神的支柱となれるだけの懐の大きさを持っていること!そしてなにより、メンバーから尊敬される存在であること!この条件をすべて備えたメンバーとなると…」

「海未先輩かにゃ?」

「なんでやねーーーん!」

「おお、ナイスツッコミ」

 

 

素晴らしい流れで漫才を決めるにこちゃん。それはそうと、その条件でいくとにこちゃんは懐の大きさが微妙だから向かないよ、リーダー。そこも可愛いけど。

 

 

「私が?!」

「そうだよ!海未ちゃん向いてるかも、リーダー!」

「君が言うか」

 

 

高坂さんも同意の声を上げる…いや君が現リーダーなんだからね。なんでそんなノリノリなの。自分の立場追われるよ。

 

 

「そうですよ。それでいいのですか?」

「え?なんで?」

「だって、リーダーの座を奪われようとしているのですよ?」

「え?それが?」

 

 

それがって。

 

 

「…何も感じないのですか?」

「だって、みんなでμ'sやってくってのは一緒でしょ?」

「でも、センターじゃなくなるかもですよ?!」

 

 

園田さんの言及に続いて小泉さんも声を上げる。だからアイドルごとになると元気になるのは何なの。にこちゃんじゃないんだから。

 

 

「おお、そうか!…うーん、まあいいか!」

「「「「「「ええええ?!」」」」」」

「えぇ…」

 

 

軽い。すこぶる軽い。リーダーやる気満々だったにこちゃんでさえびっくりしてるし、僕も思わずえぇって言ってしまった。いやさ、リーダーに拘らないのはいいんだけど、もうちょっと躊躇いを見せてほしいな?数秒しか迷わなかったでしょ君。

 

 

まあ、しかし。

 

 

彼女にとって、自分が率いることよりもμ'sのメンバーでスクールアイドルをやることの方が重要なんだろう。

 

 

それがいいのか悪いのかわかんないけど。

 

 

「そんなことでいいのですか?!」

「じゃあリーダーは海未ちゃんということにして、」

「ま、待ってください!無理です、恥ずかしいです…!」

「…面倒な人」

「こら西木野さん」

「いたっ」

 

 

口の悪い西木野さんにはチョップを食らわせておく。園田さんが辞退することは想定済みだ。恥ずかしがり屋だし。リーダーとして最前線に立つのは、素質云々の前に性格的に難があるだろう。

 

 

「じゃあ、ことり先輩は?」

「わたし?」

「副リーダーって感じにゃ」

 

 

南さんも自己主張が少ないという意味では表方は向いてなさそうだ。一部自己主張が激しい部分もあるけど…おっとにこちゃんの視線が痛い。

 

 

「でも、一年生でリーダーっていう訳にもいかないし…」

「仕方ないわねー」

「やっぱり穂乃果ちゃんがいいと思うけど…」

「仕方ないわねー!」

「わたしは海未先輩を説得した方がいいと思うけど」

「仕方ないわねー!!」

「と、投票がいいんじゃないかと…」

「しーかーたーなーいーわーねー!!!」

「にこちゃんどこからメガホン持ってきたの」

「で、どうするにゃ?」

「どうしよう…」

「君たちも、もうちょっとにこちゃんを気にしてあげて」

 

 

混迷する議論に全力で自己主張していくにこちゃんだが、メガホンまで使ってもみんなの意識はにこちゃんへは向かわなかった。いやみんなスルースキル高すぎでしょ。

 

 

「まったく…話し合っても埒があかないね。別の手で決めよう」

「私にいい考えがあるわ!!」

 

 

意気揚々も宣言するにこちゃん。…にこちゃん、それは一般に負けフラグと言われる流れだぞ。

 

 

 

 

 

 

「こうなったら歌とダンスで決着をつけようじゃない!」

 

 

で、カラオケなう。要するに、にこちゃん的には歌とダンスが最も上手い人がリーダーってことだろう。まあにこちゃんのことだから負けないように細工しているだろうけど。

 

 

「決着?」

「みんなで得点を競うつもりかにゃ?」

「その通り!一番歌とダンスが上手い人がセンター!どう、それなら文句ないでしょ」

 

 

文句は出ないだろうけど、それ僕いらないじゃん。

 

 

「でも、私カラオケは…」

「私も特に歌う気はしないわ」

 

 

そして乗り気じゃない子が若干2名。園田さんは恥ずかしがり屋だし、西木野さんはノリ悪いし。小泉さんも反対するかと思ったら星空さんと楽しそうに曲選びしていた。

 

 

「なら歌わなくて結構!リーダーの権利が消失するだけだから!…ふふふ、こんなこともあろうかと、高得点の出やすい曲のピックアップは既に完了している…!これでリーダーの座は確実に…」

「にこちゃん声に出てる声に出てる」

「…っは!に、にっこにっこにー」

「誤魔化すにしても無理ないかい」

 

 

本音ダダ漏れのにこちゃん。別にそんな小細工しなくても上手だと思うんだけどねえ。他のメンバーが上手かどうかが不明だけど。

 

 

「さあ、始めるわよ!」

「カラオケ久しぶりだねー」

「何歌おうかなー」

「にこちゃん、既にただのカラオケ会になってる」

「あんたら緊張感なさ過ぎー!!」

 

 

にこちゃんが意気揚々と開始を宣言する頃には、みんな思い思いに行動していた。フリーダム極まる。

 

 

 

 

 

 

「は、恥ずかしかった…」

「とか言って93点とか出すんだね」

 

 

最終的に結局園田さんも西木野さんも歌うことになり、なんだかんだみんな90点オーバーだった。にこちゃんは狙って出してるからそりゃそうだが、その他も結構な実力者だったらしい。

 

 

「これでみんな90点台だよ!みんな毎日レッスンしてるもんね」

「ま、真姫ちゃんが苦手なところ、ちゃんとアドバイスしてくれるし…」

 

 

西木野さんのアドバイスのおかげ…らしいが、それにしても見事なもんだ。もともと上手かったのか、指摘が的確だったのかは不明だけど、まあ結果が出るなら同じだろう。

 

 

「こいつら化け物か…!」

「化け物はひどいんじゃない」

「うるさい化け物筆頭」

「僕歌ってないんだけど」

 

 

にこちゃんも戦慄している。別ににこちゃんが負けてるわけでは決してないんだけど、勝ってるとも言い難いわけだし。あと僕関係ない。

 

 

「そうだ。波浜先輩は歌わないんですか?」

「念のため言っとくと、君たちのリーダー決めのために来てるんだからね」

「そんな堅いこと言わずに!」

「この緊張感のなさよ」

 

 

高坂さんに謎のゴリ押しを受ける。ほんとにただカラオケしに来ただけになってる。

 

 

「穂乃果、やめときなさい。いろんな意味で後悔するわよ」

「え?」

「そう言われると俄然やる気出るけど」

「激しい曲はダメよ」

「ちぇ」

「えっえっどういうことですか?」

「聞けばわかるわよ」

 

 

お許しが出たので早速曲を入れることにする。カラオケなんてにこちゃんに止められるから随分久しぶりだ。何歌おうかな。

 

 

 

 

 

 

「きゅ…」

「「「「98点………」」」」

「…言ったでしょ。後悔するって」

 

 

こんなもんである。

 

 

ぶっちゃけ運動以外で隙はないのだ。

 

 

では、カラオケは運動であるか?

 

 

「…っふ、に、にこちゃ、僕、もう、」

「はいはい。こうなるってわかってたんだから、やめとけばよかったのに」

 

 

答え。

 

 

運動である。

 

 

よって僕は今死にかけてる。

 

 

運動というよりは肺活量的な問題だけど。まあ何にしても死にかけてにこちゃんに膝枕してもらっていることに変わりはない。あれ、これご褒美じゃない?

 

 

「えっと…あの、ごめんなさい…」

「ほらね。いろんな意味で後悔するでしょ」

「いやいや、高坂さ、そんな謝rごふっ」

「そんな息も絶え絶えで喋るんじゃないわよ」

 

 

なんか僕のせいで空気が沈鬱になってしまったけど、弁明する体力もない。こういう時にはボケるのが正解なはずだ。

 

 

「に、にこちゃ」

「はいはいなーに」

「太もも柔らか」

「ふんっ!!」

「んごっ」

 

 

セクハラしたらヘッドロックを極められた。あ、やばい、今それやられるとマジで死ぬ…と抵抗する前に、意識は持ってかれた。

 

 

 

 

 

 

僕の意識が持ってかれてる間にそこそこ騒いだようだけど、今はもう元気だ。元気になったところで退散することになった。ちょうど時間だったらしい。

 

 

みんなで部屋を出たところで。

 

 

「ん?茜か」

「うわ桜」

「うわってなんだてめえコラ」

 

 

桜がいた。カラオケで出会いたくない人ナンバーワンだ。こんな音楽の才能の塊みたいなやつはカラオケで会うと悲しい気分になる。

 

 

「あ!桜さん!こんにちは!」

「ん?穂乃果…ああ、μ'sで来てたのか。矢澤もいるな」

「うわぁ…」

「何であんたまで嫌そうな顔してんだ」

 

 

にこちゃんも僕と同じ気持ちらしく、アイドルがする顔じゃない顔してる。

 

 

…あれ?

 

 

「え、高坂さん、桜知ってんの?」

「はい。よく店に来てくれます!」

「…店?」

「穂むらって和菓子屋があんだよ。そこの娘さん。よく手伝いしてるしな」

「へぇ…そうだったの」

 

 

高坂さんの家、和菓子屋だったのか。知らなかった。

 

 

(穂乃果、この人は一体誰ですか?)

(目が怖い…)

「海未ちゃんもことりちゃんも怖がらなくて大丈夫!桜さんいい人だから!」

「説得力に欠けるわね」

「波浜先輩もにこ先輩も嫌そうな顔してるにゃ」

「や、やっぱり目が怖いです…」

 

 

高坂さん以外みんな警戒してる。まあ桜、目つき悪いからねえ。怖いよね。

 

 

「何で俺は初対面でこんなボロクソ言われなきゃならんのだ?」

「目が怖いんだよ目が」

「余計な御世話だクソッタレ」

「あと口が悪いのよ」

「余計な御世話だクソッタレ」

 

 

聞く耳は持たない模様。

 

 

「てゆーか何しにきてたの」

「作曲だよ。今度は歌唱曲を依頼されたからな、自分で歌ってみてんだ」

「桜さんって作曲出来るんですか?!」

「それで稼いでんだよ近寄んな鬱陶しい」

 

 

めっちゃ桜に詰め寄る高坂さん。他のメンバーは萎縮してるのに…この子のメンタルはどうなってるんだ。あと警戒心もどうなってるんだ。

 

 

「まあ、作曲してるって言ってるのに邪魔しちゃ悪いわ。早く行くわよ、次はダンスで勝負するんだから」

「勝負?」

 

 

引っ付いてくる高坂さんをぐぐぐっと引き剥がしながら、にこちゃんの言葉に疑問符を浮かべる桜。まあ何言ってるかわかんないよねぇ。というわけで僕が軽く経緯を説明すると、桜は心底面倒くさそうな顔になった。いや僕だって面倒だよぶっちゃけ。でも出た議論を放り投げてはおけないじゃない。

 

 

「またアホくさいことしてんなあ…。穂乃果にやらせておけばいいだろうに」

「ダメよ、穂乃果はリーダーに向いてないって昨日わかったの」

「向いてないって…ああ、そうか…それがわかってねーからこんな事態になってんのか…」

「どういうこったい」

 

 

顔に手を当てて天を拝む桜。彼には何かしら、高坂さんが適任だと感じる理由があるらしいけど…こっちはさっぱり思い当たらない。μ'sの面々も同様、高坂さん自身も同様。

 

 

「いや、何でもねえよ。そのうちわかるだろ…。それより茜、新曲聞いてけよ」

「だからμ'sの活動があってだね」

「あ!私桜さんの曲聴きたい!」

「だから次はダンスで勝負って言ってんでしょ!!早く行くわよ!!」

「ええ〜!!」

 

 

するっとはぐらかして僕を仕事に拉致しようとしてきたが、乗ってきたのは高坂さんの方だった。しかも高坂さんはにこちゃんに連行された。

 

 

「…ほんと元気だなあいつ」

「どうでもいいけど、何で桜は高坂さんを名前呼びなの?」

「穂乃果の家族全員高坂だろうが。名字で読んでたら店で呼ぶときややこしい」

「なんだ深い事情があるんじゃなかったのか」

「何で残念そうなんだてめえ」

 

 

桜が高坂さんを穂乃果って呼ぶからそういう関係なのかと思ったら違った。つまらん。まあ、桜だし、そんな青春くさいことはしないとはちょっと思ってたけども。

 

 

「ほら茜も行くわよ!」

 

 

いつの間にかμ'sのメンバーたちは受付まで移動して僕を待っていた。これでは置いていかれる。困る。

 

 

「まあ、そういうわけだから。また今度聴かせて」

「チッ」

「舌打ちよくない」

 

 

露骨に嫌そうな顔をしながらも引き止めはしない桜に内心感謝しつつ、受付でまつμ'sの方に足を向けた。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

スクフェス5周年は嬉しいんですが、曜ちゃん限定勧誘が来るのは予期していなかったので石が足りませぬ。課金か…!!



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曰く、みんな違ってみんないい



ご覧いただきありがとうございます。

曜ちゃん誕生日おめでとう!そして明日は真姫ちゃん誕生日おめでとう!たまたまながら間の日に投稿になりました。真姫ちゃん誕生日特別編とか書きたいですが、それは彼女のお相手が見つかってからにします。来年ですね!来年まで書いてるかな!!自己満なので多分書いてます。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

カラオケを後にして、次にやってきたのはゲーセンだ。よくあるダンスゲームで勝負するらしい。僕はやらないぞ、カラオケどころじゃなく死ねる。

 

 

「次はダンス!今度は歌の時みたいに甘くないわよ!!」

「にこちゃん、そういうセリフはフラグになるから避けた方がいいよ」

「ファンタジーじゃないんだから、そんなフラグなんてないわよ」

 

 

いや、僕が言いたいのはカラオケみたいな結果になった時に恥ずかしいよって話なんだけど。まあいいか。

 

 

それよりも。

 

 

「みんなクレーンゲームやってるけど」

「やった!ぬいぐるみ取れた!」

「穂乃果ちゃんすごい!」

「あぅ、落ちちゃった…」

「かよちん、凛に任せて!」

「だから緊張感持てって言ってんでしょ!」

 

 

にこちゃんがおこである。そりゃそうだ。あと園田さんと西木野さんどこ行った。

 

 

「凛は運動は得意だけどダンスは苦手だからなぁ…」

「これ、どうやるんだろう…」

「そりゃあ踊るんでしょ」

 

 

星空さんと小泉さんは結構自信無さそうだ。とは言ってもどちらも普通に踊れてると思うけど、やればわかるんだからわざわざ言わない。

 

 

「経験ゼロの素人が挑んでまともな点数が出るわけないわ。くくく、カラオケの時は焦ったけどこれなら…!」

「にこちゃんにこちゃん声に出てる。あといつの間にこんなゲームやってたの」

「たまに茜が先に帰っちゃう時に…」

 

 

わざわざ少ないお小遣いを消費してこれやってたのかい。努力の一環なのかもしれないけど。

 

 

「別に一緒に来てもよかったのに」

「だって茜は一緒にできないじゃない。流石に申し訳ないわ」

「今更そんなことに気を使うかい。そこらへんで格ゲーとかやってるから気にしなくていいのに」

「何よ、見ててくれないの?」

「僕の行き場が無いぞ」

 

 

にこちゃん観察日記が捗るだけじゃないか。

 

 

そんなことを話していたら。

 

 

「すごーい!」

「な、何?!」

「どうかしたのかな」

 

 

ダンスゲームの方から歓声が聞こえた。星空さんがプレイしていたようで、なかなか高得点だったらしい。そうだとは思ったけど。

 

 

「何かできちゃったにゃ」

「やるじゃん」

「波浜先輩が褒めてくれた…?!」

「そりゃ褒める時は褒めるよ。あとにこちゃん目が怖い」

 

 

星空さんを褒めたらにこちゃんが殺意を向けてきた。なぜだ。

 

 

「一体何の騒ぎよ?」

「何かあったのですか?」

 

 

騒ぎに乗じて西木野さんと園田さんがひょっこり出てきた。

 

 

「どこ行ってたの君たち」

「お手洗いよ」

「そりゃ失礼。なかなか来ない場所だろうから迷子になったものかと」

「そっそんなわけないじゃないですか!」

「そ、そうよ!私たちがゲームセンターで迷うなんて…!」

「わかったわかった」

 

 

適当に言ったらまさかの図星だったようで、2人ともわたわたし始めた。うん、なんかごめん。悪気はなかったんだ。

 

 

その後もにこちゃん含めみんなでダンスゲームをやった。カラオケ同様みんな高得点で困った。しかもカラオケで点が低めの子に限ってダンスで点が高い。困った。しまった二回も困ったって言っちゃった。

 

 

 

 

 

 

「歌と踊りで決着がつかなかった以上、最後はオーラで決めるわ!」

「オーラ」

「…オーラ?」

 

 

ゲーセンを後にして更に移動した先は、秋葉原の路上。そしてみんなの手にはたくさんのチラシ。無論僕が作った。作らされた。にこちゃんに。

 

 

でもなんで僕も持ってんだ。

 

 

「アイドルとして一番必要と言っても過言ではないものよ!歌も下手、ダンスもイマイチ、でも何故か人を惹きつけるアイドルがいる!…それはすなわちオーラ!人を惹きつけてやまない何かを持っているのよ!!」

「わかります!なぜか放っておけないんです!」

「それオーラじゃなくてカリスマじゃない?」

「茜うるさい」

「ひどい」

 

 

ツッコミ入れたら一蹴された。訴訟も辞さない。

 

 

「…で、それをはかるためのこのチラシなわけだ」

「そう。オーラがあれば黙っていても人が寄ってくるもの。1時間で一番チラシを配ることができた者が、一番オーラがあるってことよ」

「今回はちょっと強引なような…」

「全部強引だったと思うけど」

「でも、面白そうだからやろうよ!」

 

 

面白そうって。まあμ'sの宣伝にもなるからいいんだけど、僕がチラシ持ってるのは何故なんだ。補充係か。

 

 

「茜は手本ね」

「そっちか」

「茜のチラシ配りはすごいから」

「うれしくない…」

 

 

そんなにすごいことしたことないし、なんか嬉しくない。ごめんねにこちゃん。

 

 

そんなわけで始まったチラシ配り。園田さんあたりが非常に困っているが、ちょっとお手伝いできない。

 

 

「ちょっとそこ行くおにーさん、スクールアイドルの耳より情報ですよ」

 

 

適当に道行く人に声をかける。捕まれば僥倖、捕まらないのがデフォルト。でも今回はすぐヒットした。3人組のお兄さん方がこっちに注目してくれた。秋葉というフィールドがいいんだろう。

 

 

「最近できたスクールアイドルのチラシですよー。初ライブ配信から僅か一週間で5万再生突破、期待の新人ですよ」

「μ's…?聞いたことないな」

「それなら1度聞いてみるべきですよ。チラシにQRコードありますんで是非。初ライブは照明監修をSound of Scarletが請け負った超豪華版ですし。ああそこのお嬢さんもどうです1枚」

 

 

大通りでチラシを配るには、まずは視界に入ってもらわなければならない。そして人の視線が向きやすい場所といえば?

 

 

僕の答えは、「人だかり」。

 

 

人が一箇所に集まっていれば、野次馬本能でちょっと寄ってくる。そこにチラシを渡していけばいい。

 

 

だから、まず行うべきは人だかりを作ることだ。できるだけ多くの人を、僕の周囲に留まらせることで、「そこにある何か」に道行く人々の意識を誘導できる。

 

 

「お嬢さんお嬢さん、チラシどうですか。ああそっちのお父さんも。お兄さんはどうですか」

 

 

知らぬ間に、僕の周りは結構な人だかりができていた。後は勝手に人が集まるから片っ端からチラシを渡していけば終わる。

 

 

「…あら、なくなっちゃった。チラシ欲しい方がいらっしゃったら、あっちでご本人たちが配ってるのでどうぞー」

 

 

というかものの数十分で無くなった。

 

 

「「「「「「はやっ?!」」」」」」

「呆れるわよねぇ…」

「どうだいにこちゃん褒めろ」

「あーすごいわねー」

「なんでそんな塩対応なの」

 

 

にこちゃんに褒めてもらおうと思ったら軽くあしらわれた。酷くないか。君の言うオーラが溢れる働きをしたじゃないか。違うの?

 

 

その後も引き続き各々がチラシ配りを続けた。僕は疲れたので日陰でくつろいでいた。数十分チラシ配りしただけでこのザマである。つらい。

 

 

園田さん以外なら誰が最速でもおかしくなかったけど、結果として一番早くチラシを完売したのは南さんだった。なんか手慣れてた気がする。おかしいな、この子たちチラシ配りの経験なんてあったのか?いやあったら園田さんもうちょいマシな対応できるよなあ。

 

 

「おかしい…、時代が変わったの?!」

「現実は非情である」

「慰めなさいよ!!」

「さっき褒めてくれなかったしなぁ」

 

 

にこちゃんが嘆いていたけど、塩対応の仕返しをしておいた。これでプラマイゼロ。

 

 

 

 

 

 

結局、誰かが特に秀でているなんてことはなかった。

 

 

高坂さんは、歌は綺麗で伸びやかであり、ダンスも動きは悪くないが、どちらも我流が過ぎる。セルフアレンジはソロ曲作る時にね。ビラまきは結構はける。元気だし、威勢がいいもんね。

 

 

園田さんは、歌は特筆するところもなく普通に上手いが、ダンスが特に上手い。なんでも日本舞踊の宗家だとか。踊りの類はお手の物ってところかな。その分ビラまきは残念。ほんとに残念。

 

 

南さんは、歌は音程の支えが足りていなくて特に語尾がブレる。単純な声質で言えば結構ファンが付きそうな声ではあるけど。ダンスは動きが柔らかくていい感じ。ビラまきが最速。

 

 

小泉さんは、歌うと結構いい声が出て、音の調子もいい。幼い頃からアイドル目指してたらしいし、にこちゃんみたいに自然と上手くなったのだろう。ダンスはちょっと硬いが悪くない。ビラまきも案外普通。

 

 

星空さんは、これがまた意外と歌が上手い。いつものにゃーにゃーボイスとは全然違う声が出る。ダンスも硬いところはあるものの点数は上位であり、ビラまきは成果はそこそこだが頑張っていた。来年もスクールアイドル続けるようであれば、おそらくこの子がリーダーだろう。でも総合で見たらみんなと大差ない。

 

 

西木野さんは、唯一カラオケで97点を叩き出した。とにかく音程の安定感が凄まじい。ピアノ奏者とはいえ、なかなかこうはいかないだろう。その分ダンスは動きが遅れ気味で、ビラまきも芳しくなかった。ツンデレだし、結構人見知りだしね。

 

 

にこちゃんは…結果として見ればほとんど平均ど真ん中だった。他のメンバーが長所短所が結構強く出るのに対して、にこちゃんは軒並み平均を叩き出す。ある意味隙のない出来であり、にこちゃんが目指したものでもあるのだろう。その分他を圧倒することは叶わなかったが。

 

 

「まあそんなところかなあ」

 

 

と、星空さんの有望性意外は包み隠さず伝えた。とにかく点数をつけたらほぼ同点だ。逆にすごい。仲良いね。

 

 

「ぐぬぬ…納得いかないわ…」

「そう言われてもね」

 

 

にこちゃんは悔しそうだけど、他のメンバーの練習時間を加味すると相当な実力だと思う。

 

 

「…で、結局どうすんの。これじゃ誰がリーダーかって一概には言えないよ」

 

 

というわけで、実は今回のメインテーマはリーダー決めだ。こんなに僅差では決めるに決められない(来年の展望はできたが)。ぶっちゃけ遊んで宣伝してきただけだ。

 

 

「ふぁー、結局みんな同じだ」

「見事にバランス取れちゃってる」

「にこ先輩もさすがです!みんなより全然練習してないのに同じ点数なんて!」

「あ、当たり前でしょ…」

「にこちゃん声が震えてるよ」

「ふんっ」

「あぼん」

 

 

星空さんに褒められて、しかし思惑通りにいかなかった故に素直に喜べないにこちゃんにツッコミ入れたら裏拳が飛んできた。痛い。

 

 

「でもどうするの?茜も言ってたけど、これじゃ決められないわよ」

「で、でも、やっぱりリーダーは上級生の方が…」

「仕方ないわねー!」

「にこちゃん立ち直り早いね」

 

 

小泉さんの視線に意気揚々と答えるにこちゃん。ついにスルースキルを打ち破ったか。

 

 

「凛もそう思うにゃ」

「私はそもそもやる気無いし」

「…あんたたちブレないわね」

「まったくだ」

 

 

やはりスルーされた。にこちゃんかわいそう。

 

 

 

 

 

「じゃあ、いいんじゃないかな。なくても」

 

 

 

 

 

え。

 

 

「「「「「「「ええ?!」」」」」」」

 

 

みんなして絶句してしまった。初めてみんなと一緒に声出した気がする。

 

 

「なくても?!」

「うん、リーダーなしでも全然平気だと思うよ。みんなそれで練習してきて、歌も歌ってきたんだし」

「しかし…!」

「そうよ、リーダーなしのグループなんて聞いたことないわよ!」

 

 

次々と噴出する異論。そうだ、流石にリーダーなし、なんていう訳にはいかない。何かの折に前面に立つ人物が必ず必要だ。

 

 

さらに。

 

 

「それだと、次の曲のセンターはどうする気だい」

 

 

センターも今回のリーダー決めの主題だったはずだ。結局センターが決まらないことには、次の曲は作れないしPVも撮れない。μ'sの活動が足踏みしてしまうわけだ。

 

 

しかし。

 

 

「それなんですけど…私、考えてみたんです。皆で歌うのはどうかなって」

「…み、みんなぁ?」

 

 

どういうこと?

 

 

「家でアイドルの動画を見て思ったんです。何か、みんなで順番で歌えたら素敵だなって。そんな曲作れないかなって!」

「な、何という…」

 

 

ものすごい斜め上の発想だ。セオリーも何もない奇策。よく思いついたね。ってかちゃんと考えてたんだね。何にも考えてないと思ってたごめん。

 

 

「順番に?」

「そう!無理かな?」

 

 

奇想天外な奇策なんだけど、

 

 

「まあ、歌は作れなくもないですが…」

「そういう歌、なくはないわね」

「ダンスはそういうの無理ですか?」

 

 

園田さんと西木野さんは乗り気なようだ。そして高坂さんの目は僕に向く。ちなみに、僕がマネージャーを始めてからは、大方の振り付けを考えるのは僕の役になっている。そういう舞台上の動きとか考えるのは慣れてるしね。

 

 

まあそれはともかく。

 

 

大変にはなるだろう。各個人にソロがあるようなものだし、各々の実力がモロに出る。おまけに一人一人を目立たせるために全員の配慮と動きの精密さが要求される。はっきり言って難度がヤバい。

 

 

でも。

 

 

「…君らならできるんじゃないかな」

 

 

そう、思ってしまった。

 

 

「じゃあ、それがいいよ!みんなが歌って、みんながセンター!」

 

 

そう言う高坂さんはとても楽しそうで、あれだけリーダーに拘ってたにこちゃんすら反論しなかった。

 

 

「仕方ないわね。ただし私のパートはかっこよくしなさいよ、茜」

「はいはい」

「よおし、そうと決まったら早速練習しよう!」

 

 

にこちゃんもむしろ楽しそうだった。でも、きっと僕も笑ってるんだろう。

 

 

次々と屋上へ向かうμ'sのメンバーを見送りつつ、一人部室で飲み物を用意しながら考える。

 

 

『またアホくさいことしてんなあ…。穂乃果にやらせておけばいいだろうに』

『ダメよ、穂乃果はリーダーに向いてないって昨日わかったの』

『向いてないって…ああ、そうか…それがわかってねーからこんな事態になってんのか…』

 

 

カラオケでの桜の言葉が脳内で蘇る。何でかわからないけど、彼にはわかっていたのだろう。

 

 

リーダー無しなんてとんでもない。

 

 

「やっぱりリーダーやるのは、高坂さんが一番ってことなのか…」

 

 

あの子が最もリーダーだったんだ。

 

 

練習指揮もできないし、練習計画も立てられないし、歌詞も作れないし、衣装も作れないし、曲も作れないし、振り付けもだいたい人任せ。

 

 

でも、真っ直ぐ好きなことに向かって邁進できるという点では、にこちゃんすら凌ぐほどの情熱の持ち主なのだ。

 

 

好きなことのためなら、そもそも自分が先導する必要だってない。みんなで歌えるなら、別の誰かがリーダーで構わない。にこちゃんはアイドルへの憧憬が先行しすぎてしまって独走してしまっていたけど、高坂さんは「みんなで」やるのが前提だからそれもない。

 

 

うん。

 

 

やっぱりμ'sのリーダーは、高坂さんだな。

 

 

とか思っていたら、廊下からダダダダっと駆ける音がして、部室の扉がバンッと開いてにこちゃんが現れた。どうしたの。

 

 

「茜遅い!」

「振り付け考えてたんだよ」

 

 

ただ煽りに来ただけらしい。僕も準備した飲み物を持…とうとしたらにこちゃんに横取りされた。しょぼん。しかしどうせそんなに一気に持てないので結末は同じだったかもしれない。

 

 

「そんなすぐ振り付け思いつかないでしょ」

「いや、もう思いついたよ。PVの構成も」

「はやっ!」

 

 

考え事してはいたけど、本当に振り付けやPVも考えてたよ?

 

 

せっかく高坂さんがリーダーだと再認識したんだし、振り付けは差別なく作るにしてもPVは高坂さんの希望に沿うようにしたかったのだ。確かμ'sが発足した理由は音ノ木坂の廃校阻止だったはずだ。

 

 

なら、この学校をアピールできる構成にするのがいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうですか、桜さん!新曲の感想は!」

「下手だな」

「えー!!」

 

 

新曲、「これからのSomeday」のPVが公開されて数日後。

 

 

いつも通り薄手のコートとTシャツジーパン姿の水橋は、「穂むら」で穂乃果の話し相手をしていた。穂むらには座敷スペースがあり、買ってすぐ和菓子を頂けるようになっている。常連である水橋は時折ここで作曲を進めさせてもらっており、そうすると穂乃果が机の対面に寄ってくるのだ。

 

 

「あんなに練習したのに…カラオケもみんな90点以上だったのにぃ…」

「…ん?カラオケって100点以外出るのか?」

「えっ」

 

 

沈黙。

 

 

「…もしかして桜さん、100点以外取ったことないってことですか?」

「ああ。てっきり機嫌取り用の演出だと思っていた」

 

 

なるほど、と穂乃果は内心理解した。波浜先輩とにこ先輩がカラオケであったときに嫌そうな顔をしていたのは、彼が化け物じみた才能を持っているからだと。

 

 

そりゃ98点取ってもうれしくない。

 

 

「そんな人からしたらそりゃ下手ですよぅ…」

「泣くなよ鬱陶しい」

 

 

よよよ、と机に伏す穂乃果を水橋は一蹴。感情豊かな穂乃果に振り回されないレベルで水橋は冷静だった。

 

 

「っていうか、結局リーダーになったらしいじゃねえか」

「そう!そうなんですよ!」

「立ち直りはえーなオイ」

 

 

水橋が話題を切り替えると、穂乃果はすぐさま起き上がって机をバンバン叩いて叫んだ。水橋も思わずツッコミを入れてしまう。

 

 

「別にリーダーいなくてもやっていけるのになぁ…」

「そういうわけにもいかねーだろ。マスコットでもなんでも、結局は誰かを最前線に立てておかないと不便が多い」

「でもなんで私なのかなあ」

「…知らなくてもいいだろ」

「えー、気になりますー」

 

 

結局満場一致で穂乃果がリーダーとなったというのに、何故か納得いっていない様子の穂乃果。水橋からすれば当然の結果なわけだが、やはりというかなんというか、彼女自身は自覚がないようだ。自覚がない方がいいかもしれないが。

 

 

「まあ、リーダーがどうのこうのよりも、次のこと考えな。活動はまだ続くんだろ。新しい曲作るなりPV撮るなりライブするなりしないと人気は落ちていくぞ」

「うぅ…それは確かに…」

 

 

リーダー向きでない、と言われる理由としてこういう計画力の無さが少なからずある。結局は頭使うのが苦手な子なのだ。

 

 

アドバイスするつもりはさらさらないが、内心今後のμ'sの成長に期待する水橋としてはこのままでは困る…そう思っていると、ジーパンの左のポケットに突っ込んであるスマホに着信があった。

 

 

画面に出た名前は、「天童一位」。

 

 

水橋、波浜とともに働くA-phy(えいさい)の仲間だ。

 

 

穂乃果はほっといて電話に出る。穂乃果も不満全開の顔ではあるが黙った。

 

 

「…何の用ですか」

『第一声が「何の用ですか」は傷つくな?!』

「用が無いなら切りますけど」

『だあああああ!待てい待てい!!用件も聞かずに切るんじゃねえ!!』

 

 

はあ、と盛大にため息をつく水橋。正直このテンションは苦手だ。

 

 

『12月に大阪でやる舞台の脚本書いてんだけどな。BGMに丁度いいのが見当たらなくてよ。ちょっくら作ってくれねーか?』

「報酬は?」

『30万でどうだ。それと制作協力に名前載せるネームバリューと、サウンドトラックの印税の7割渡しちゃるわ』

「40万なら受ける」

『ぐっ…しゃあないか、他にアテもありはしないしな。よっしゃ、40万で手を打ったろやないかい』

「まいどあり。じゃあ脚本とBGMのイメージを文字に起こして送ってくれ。作っておく」

『おお!サンキュー!やっぱ持つべきものは友だな!任したぜ!!』

 

 

依頼を承諾すると大喜びで一方的に電話を切ってきた。無駄に高いテンションとか、とにかく本当に何なんだ。

 

 

「…なんなんだ」

「うー、目の前で電話だなんて!」

「悪いかよ」

「私が暇!」

「知るかよ」

 

 

電話の後は別の面倒が目の前にある。人生は多難だ。そもそも水橋は曲作りをしに来たのに、穂乃果の相手とか電話のせいで全然はかどらない。

 

 

「桜さんいつもパソコンいじっててつまんない」

「仕事してんだよ。むしろ邪魔すんな黙ってろ」

「あ!もしかしてそれ曲を作ってるんですか?」

「あーそうだ。そうだから黙ってろ」

「私桜さんの曲聴きたい!!」

「黙ってろっつってんだろ」

 

 

穂むらに仕事を持ち込み始めてから結構経つのだが、穂乃果は今まで何やってるかわかってなかったらしい。実際、画面を見たところでよくわからない上に本人は絶対に口を割らないため知らなくても仕方がない。

 

 

「きーきーたーいー」

「ネットで探せ」

「その手があった!!」

「思いついてすらいなかったのかよ」

 

 

ノートパソコンの画面からは視線を動かさず、しかし盛大にため息をついて辟易する水橋。その後も閉店ギリギリまで仕事を邪魔され続けるのだった。

 

 

それでもこの店で作業するのをやめない理由は、水橋にはまだわからない。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

穂むらの座敷スペースは勝手に作りました。聖地巡礼してないので実物はわかりません…巡礼したい…。

メンバーそれぞれの評価は独断と偏見で書きました。異論は認めます。しかしどう足掻いてもみんな可愛いです。異論は認めません。

そしてすごくどうでもいいですが、8,000文字ぴったりでした。



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ノックは3回らしいけど、ノックする前に開いちゃったらどうしたらいいの



ご覧いただきありがとうございます。

実は5月には誕生日の子がいないんですよね。なので真姫ちゃん生誕祭を終えるとのん誕祭まではちょっとテンションが上がりませんね。早く6月来ないかなあ。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

ここ最近、勉強会はしていない。

 

 

その理由は他でもない…絢瀬さん。μ'sの活動が結構表立ってきて、ランキングも上位に入り、人気急上昇中のピックアップアイドルとしても選ばれていた。何でか知らないけどμ'sを敵視してる絢瀬さんからしたら、μ's構成員である僕アンドにこちゃんと仲良く勉強会…というのはちょっと無理があるだろう。仕方ない。

 

 

で。

 

 

「もうすぐ期末試験だけどにこちゃん大丈夫かい」

「あっ当たり前よ!」

「はいダウト」

「ちょっと!少しくらい信用しなさいよ!」

「じゃあ三角関数もバッチリだね」

「えっ」

「微分積分も問題ないね」

「ちょっ」

「ベクトルもやったっけ」

「わああああ!!私が悪かったわよおおおおお!!」

 

 

メンバーが増えても依然二人きりの部室でにこちゃんいじり。嘘は良くない。勉強会してる感じでも、にこちゃんがダメダメなのはバレバレだ。そもそもにこちゃんが試験で大丈夫だった試しがない。

 

 

「赤点とってライブ出れません、とかなったら笑えないからね」

「な…無いわよそんなこと。…………多分」

「そもそも赤点取らなければいいんだけどね」

 

 

にこちゃんは一年生の時に一度だけ赤点を取っており、それで割と懲りたため試験前は毎回泣きついてくる。泣きついてくること自体はいいんだけど、勉強はちゃんとしようね。

 

 

「僕がいなかったらにこちゃん赤点の嵐なんだからね」

「ぐぬぬ…反論できない…」

「願わくば反論して欲しかった」

 

 

もう一度言うけど、勉強はちゃんとしようね。

 

 

弁当をさっさと食べてしまったにこちゃんは、弁当を片付けてだらーっと机に伏す。今考えると、南さんとか高坂さんだと苦しそうな体勢だ。主に胸が。

 

 

「…どこ見てんのよ」

「にこちゃん」

「私のどこ見てんのかを聞いてんのよ!」

「気にしないで、大きさが全てじゃない」

「滅びろ」

「ぶべっ」

 

 

直接言わなかったのに弁当箱が飛んできた。痛い。

 

 

「別にどことは言ってないのに」

「じゃあどこなのよ」

「胸」

「ふんっ」

「ぐぇ」

 

 

今度は高坂さんが置いていったお菓子の空箱が飛んできた。さっきほど痛く無い。でもちゃんとゴミは捨ててね高坂さん、にこちゃんの武器が増える。

 

 

「他のメンバーに言ったらセクハラで訴えられるわよ」

「つまりにこちゃんには言っていいんだね」

「ていっ」

「あぼん」

 

 

さらにペットボトルが飛んできた。頭にヒットして、ばこん、とそこそこな音を立てて激突。僕はノックアウト。

 

 

マジでノックアウトされたため、目が覚めたら授業始まってた。にこちゃん共々遅刻した。なんだかんだ起きるまで居てくれたにこちゃんマジ天使。

 

 

 

 

 

 

授業後の一年生の教室。

 

 

ここでは、最近謎の現象が見られるようになっていた。

 

 

「それでですね!最近注目の3人組スクールアイドル、『FREE'S!』はですね、名前の通り自由なアイドルをコンセプトとして、自ら演奏しつつ踊るという今までに無いスタイルでライブを行っているんです!最新曲の『ファイターズ』では、3人ともボクシングジムに通ってまでボクシングをイメージとしたPVを撮影しているんです!」

 

 

いつもはおどおどしていて声も小さく、おっとり系という言葉が似合うような可憐な少女・小泉花陽が、もうこれ以上ないほどハイテンションでスクールアイドルについて捲し立て。

 

 

「甘いな。彼女らの注目すべき点はそこじゃない。あんな激しい動きを数分間絶えずし続ける無尽蔵のスタミナと、その中でブレずに歌い切る安定感だ。過去最も長い曲は『パーフェクトドライブ』の7分42秒、その時間全てで3人ともノンストップで踊り続けている。リーダーは陸上部、他二人も水泳部とバスケ部を経験しているからこその所業と言えるだろう」

 

 

現在進行形で机に足を乗せ、椅子の背にもたれかかり、オールバックの銀髪をギラギラ光らせてサングラスの奥から射抜くような視線を放つ、身長2m越えの一年生唯一の男子生徒、滞嶺(たいれい)創一郎が、驚くほど饒舌に返事をし。

 

 

「花陽も滞嶺くんも、スクールアイドルのことになると止まらないわね…」

「凛はこっちのかよちんも好きにゃあ」

 

 

それを星空凛と西木野真姫が横から眺めるという現象。

 

 

「さ、さすが滞嶺くん、目の付け所が違います…!」

「そうだ、最近注目と言えばな…」

「花陽、そろそろ切り上げないと練習遅れるわよ」

「っは!もうこんな時間!」

 

 

それが真姫が止めるまで続く。クラスメイトからは不思議な現象扱いをされていることに、本人たちは気づかない。

 

 

「ああ、そういえばμ'sの新作見たぞ。素晴らしい曲だ」

「ほんと?!」

「ぅおあ、星空、近い」

「上手くできたって自信はあったけど、実際に褒めて貰えると嬉しいにゃー!」

「ぐ、ぬおおお、やめろ、頭を擦り付けるな!!」

 

 

滞嶺がμ'sを褒めると、凛は滞嶺に飛びついて頭をぐりぐりと滞嶺の胸板に擦り付けだした。女性耐性があまりないらしい滞嶺は真っ赤な顔で凛の頭を巨大な手で引っつかんで容易くひきはがす。

 

 

「んにゃあ」

「な、なんだこの猫は…」

「凛にゃ!」

「やってらんない」

 

 

結局話が収束しない様子に呆れた真姫は、もうほっといて先に部室に向かおうと教室の外に足を向けた。

 

 

その時だ。

 

 

「あ、メール…」

「ん?」

 

 

花陽と滞嶺に同時にメールが来た。花陽は両手でスマホを操作して、滞嶺は凛の頭を掴んでぶら下げたまま片手で携帯を操作する。

 

 

そして。

 

 

「っこ、ここここれはッッッ!!!!」

「…!!てめえらさっさとメンバーに伝えてこい!」

「んにゃあああああああああ?!?!」

「え?……え、きゃあああああああああ?!」

 

 

花陽が叫び。

 

 

滞嶺は教室の扉に向かって凛をぶん投げた。射線上にいた真姫は咄嗟にしゃがんで凛弾を避け、当の凛は猫の如く謎の華麗な着地を見せた。

 

 

「真姫ちゃん、凛ちゃん!は、早く部室に行きましょう!」

「な、何が…って花陽、待ちなさいよ!」

「今日のかよちんはいつになく早いにゃ…!一体何が…!」

 

 

花陽は部室へ猛ダッシュし、真姫は事態が飲み込めず呆然。凛は謎の実況を開始した。

 

 

そして、疑問に答える声は、凄まじい音量で発せられる。

 

 

「『ラブライブ』だ!世界最大のスクールアイドルの祭典の開催が決定した!!」

 

 

 

 

 

 

「はあ…にこちゃんってこういう時に限って時間かかる掃除に当たるよねえ」

「だから急いで終わらせてきたでしょ!早く行くわよ!」

「走ればいいじゃないかい」

「あんたを置いていけないでしょ」

「僕も走るよ?」

「バカ言わないで」

 

 

授業後にラブライブ開催のメールが届いて、早くメンバーに聞かせて驚かせようと息巻いていたにこちゃんだったが、そういう時に障害物が道を遮るのがにこちゃんだ。

 

 

走らずともそこそこ急いで屋上にたどり着いたにこちゃんは間髪入れず屋上の扉を開け放つ。

 

 

「みんな、聞きなさい!重大ニュースよ!」

「それより、少し遅れてごめんね」

 

 

屋上では他のメンバーが既にストレッチを行っていた。よくよく考えたら小泉さんあたりもしっかり情報を仕入れていそうだ。

 

 

「ふっふっふ…聞いておどろくんじゃないわよ。今年の夏、遂に開かれることになったのよ…スクールアイドルの祭典!」

「『ラブライブ』ですか?」

「…知ってんの」

 

 

一瞬でにこちゃんのテンションが極小になった。やはり情報は既に出回っていたらしい…にこちゃん元気出して。

 

 

「ラブライブ、出るのかな?」

「もちろんです!」

「高坂さん近い近い」

 

 

一応聞いてみたら、高坂さんが凄い勢いで突っ込んできた。怖いよ。主に君の元気が怖いよ。

 

 

「ラブライブ出場には学校の許可がいるらしいから、まず許可もらいに行かないと。練習始める前にささっと行ってこようよ」

「そうだったのですか…。それならまずは許可をもらいに行くのが先決ですね」

「でも、許可って誰にもらえばいいんですか?」

 

 

怖くない方の2年二人が返事をくれた。そして誰に許可をもらうって、そんなの決まってるでしょう。

 

 

「そりゃあ生徒会でしょう」

 

 

そして止まる時間。どうしたかと思ったら、そうか、絢瀬さんはμ's嫌いっぽいんだった。そりゃあ許可とるのも一苦労だ。

 

 

「…どう考えても結果は見えてるけど」

「だよねえ」

「学校の許可ぁ?認められないわぁ」

「星空さん、それ絶対本人の前でやんないでね」

 

 

冷静に返事する西木野さんと、謎のモノマネを披露する星空さん。似てるかどうかの前にバカにしてる感が溢れてるからやめてね。似てる?似てるかなあ。

 

 

「でも、今度は間違いなく生徒を集められると思うんだけど…」

「そんなの、『あの生徒会長』には関係ないでしょ。私らのこと目の敵にしてるんだから」

 

 

わざわざ絢瀬さんを生徒会長呼ばわりするにこちゃん。自身が避けられてることに何かしら思うところがあるのかもしれない。

 

 

「どうして私たちばかり…」

「それは…、っ!もしかして、学校内での人気を私に奪われるのが怖いから?!」

「それはないわ」

「そだねえ」

「ツッコミはやっ!茜まで!」

 

 

だいたい君がμ'sに入る前からなんか嫌ってたじゃない。

 

 

「もう許可なんて取らずに勝手にエントリーしたらいいんじゃない?」

「それはできないよ。要項に学校側の承認が必要ってあるから、非公認のスクールアイドルが勝手に出ることはできないんだ」

 

 

西木野さんの主張は正当に蹴らせていただく。そういえば許可とってないから非公認だね僕ら。すごく今更だけど。

 

 

すると、西木野さんは続いて凄い提案をしてきた。

 

 

「じゃあ直接理事長に頼んでみるとか」

「よくも思いついたねそんな手段…。原則生徒会を通すとは記載されても、直談判できないとは確かに言ってないけどさ」

 

 

発想が恐ろしいよ西木野さん。いや実は僕直談判すること結構あるんだけどさ。

 

 

「でしょ?なんとかなるわよ。親族もいることだし」

「…親族?」

「ふぇ?」

「聞いてませんでしたか。音ノ木坂の理事長は、ことりのお母さんなんです」

「なんですと」

 

 

知らんかった。μ'sのメンバーって、親が理事長だったら医者だったり、結構後光さしてるなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、生徒会室は華麗にスルーして理事長室へ。相変わらずここだけ扉が豪華だ。

 

 

「生徒会室より入りにくい緊張感が…!」

 

 

まあ最高権力者だしねえ。慣れたけど。

 

 

それでも勇気を出してノックの構えをとる高坂さん。しかし、ノックしようとしたら先に扉が開いた。ここ自動ドアだっけ。

 

 

「あら?お揃いでどうしたん?」

「あれ、東條さん」

 

 

なぜか現れたのは東條さん。生徒会の用事かな。

 

 

ってことは。

 

 

「うわっ生徒会長!」

「うわって高坂さん」

「タイミング悪…」

「こらにこちゃん」

「いたっ」

 

 

案の定、絢瀬さんがいた。いてもいいんだけど、高坂さんとにこちゃんのリアクションが失礼極まる。やめて差し上げて。

 

 

「…何の用ですか?」

「理事長にお話があって来ました」

「各部の理事長への申請は生徒会を通す決まりよ」

「申請とは言ってないわ。ただ話があるの」

「こら西木n」

「真姫ちゃん、上級生だよ」

「ああ、うん」

 

 

果敢に西木野さんが抗議するもあえなく粉砕。ついでに敬語使うように言おうと思ったら高坂さんに先を越されて僕もあえなく粉砕。出番プリーズ。

 

 

まあ出番はともかく、結局絢瀬さんと対峙することになってしまった。どう突破するつもりか眺めていると、さらに登場人物が追加された。

 

 

「どうしたの?」

 

 

南さんのお母上こと、理事長さんである。

 

 

 

 

 

 

大勢でぞろぞろ理事長室に入るのも迷惑千万なので、一年生はお外で待機命令。一応メインの二年生が中心に話すということで、僕とにこちゃんは少し後ろで待機。絢瀬さんと東城さんもお隣にいらっしゃるが、絢瀬さんはすこぶる不機嫌な表情だ。東條さんも心配そうな顔をしている。

 

 

「へえ。ラブライブねぇ」

 

 

そしてお偉いさん机の向こうのお偉いさん椅子に鎮座する理事長さん。確かに髪型とか髪色とか南さんに似てる。トサカとかさ。あれは理事長さんセンスだったのか。

 

 

「はい。ネットで全国的に中継されることになっています」

「もし出場できれば、学校の名前をみんなに知ってもらえることになると思うの!」

「私は反対です。理事長は学校のために学校生活を犠牲にするようなことはするべきではないと仰いました。であれば…」

 

 

ラブライブ出場のメリットを説く二年生、デメリットを責める絢瀬さん。どちらも必死だ。

 

 

そして、理事長さんの意見は。

 

 

「そうねえ。でもいいんじゃないかしら、エントリーするくらいなら」

「あれ。思ったよりあっさり風味」

 

 

なんだか拍子抜けするほど物分りがいい。やっぱり親族効果だろうか。理事長がそれでいいのだろうか。よくないんじゃない。

 

 

「なっ…!ちょっと待ってください!どうして彼女たちの肩を持つんです?!」

「別にそんなつもりはないけど」

「だったら、生徒会も学校を存続させるために活動させてください!」

「んー…それはだめ」

「………意味が、わかりません…!!」

「そう?簡単なことよ?」

 

 

予想外の反応だったのか、氷の女王も裸足で逃げ出す必死さで理事長さんに詰め寄る絢瀬さん。対する理事長さんは全然まったく動じない。これが大人の貫禄…貫禄とか言うとお年を召して聞こえそう。大丈夫、理事長さんお若いよ。誰に弁明してんだろう僕。

 

 

「っ…失礼します…!」

「えりち…」

 

 

絢瀬さんは苦悶の表情で踵を返し、大股で理事長室の扉へ向かい外へ出て行った。東條さんも小走りでついていく。それを見て一年生たちも扉から顔を出した。

 

 

「…」

 

 

にこちゃんは、絢瀬さんの横顔を見つめて黙って見送っていた。友人として何か思うところがあるのだろう、それは僕も同じだ。いやにこちゃんのことじゃないしあんまり思う所ないわ。

 

 

「…ただし、条件があります」

「うん?」

 

 

理事長さんは今度は僕らに向かって言葉を投げた。なんだろう、奉仕活動でもせよと言うのだろうか。

 

 

「勉強が疎かになってはいけません。今度の期末試験で1人でも赤点をとるような事があったら、ラブライブへのエントリーは認めません。いいですね?」

 

 

まあ…当然だよね。

 

 

当然であり、

 

 

「…あぁ」

「…はは」

「…うぅ」

「また一波乱だねぇ」

 

 

にこちゃんには厳しい条件だ。…あとなぜか高坂さんと星空さんも瀕死だけど、これも僕が処理する案件だろうか。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

にことのぞえりを元から友達設定に変えたので、原作と微妙に展開が違います。内面くらいですが。でもそういう細かな変化も大事かなぁと。

あと滞嶺君再登場。ふつうに仲良くなってますね。



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高校数学ってガウス積分とかできたっけ



ご覧いただきありがとうございます。

またまたお気に入りしてくださった方がいて喜びの舞を踊っております。ありがとうございます!!さらに寿命が伸びました!!
本日のお昼からぷちぐる配信ですね。楽しみで楽しみで震えます。スクスタも早くリリースしないかなー。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

「大変申し訳ありません!」

「ません!」

 

 

部室に戻ってきて、みんなに頭をさげるオレンジ髪ガールズ。オレンジは勉強できないカラーなんだろうか。

 

 

「小学校の頃から知ってはいましたが、穂乃果…」

「数学だけだよ!ほら、小学校の頃から算数苦手だったでしょ?!」

「算数」

 

 

そこからかい。

 

 

「7×4は?」

「…………2……6………?」

「嘘だろ」

 

 

圧倒的に手遅れな気がする。園田さん、南さん、幼馴染ならどうにかできなかったの。この子和菓子屋の子なんじゃないの。だいたいなんでこの子両手使って数えてるの。両手じゃ届かないよ。二進数か。二進数なのか。

 

 

「凛ちゃんは?」

「凛は英語!英語だけは肌に合わなくて!」

「肌に合わない」

 

 

こっちはこっちで生理的な問題にし始めた。

 

 

「た、確かに英語は難しいもんね…」

「そうだよ!だいたい凛たちは日本人なのに、どーして外国の言葉を勉強しなきゃいけないの?!」

「屁理屈はいいの!」

「真姫ちゃん怖いにゃあ〜」

 

 

よく言うけど、英語はできないと大変だよ。海外旅行がしんどくなるのが殊更に辛い。個人的な理由じゃないかまったく。

 

 

「これでテストの点が悪くてエントリーできなかったら恥ずかしすぎるわよ!せっかく生徒会長も突破したのに」

「ま、ままま全くその通りよ!ああああ赤点なんてとるんじゃないわよ!」

「にこちゃん人のこと言えない」

「うっ」

「あとにこちゃん、教科書逆さだぜ」

「うううっ!」

 

 

にこちゃんはまあいつも通りアウトなので、いつも通り僕が面倒見ることになるだろう。

 

 

「とにかく、試験までは私とことりが穂乃果の、花陽と真姫は凛の、波浜先輩はにこ先輩の勉強を見て弱点教科をなんとか底上げしていくことにします」

「まあ、それがいいだろうねえ」

 

 

園田さんの提案に僕は全面的に賛成。赤点リーチガールズ以外もそれで同意した。赤点リーチガールズには人権はない。

 

 

のだけど。

 

 

「それよりも、うちがにこっちの勉強を見て、全体の総監督を波浜くんにお願いする方がええと思うよ?」

 

 

急に扉を開けて発言したのは東條さん。聞いてたんかい。盗み聞きはよくないよ。そして僕からにこちゃんを奪うのはもっとよくないよ。

 

 

「にこちゃんの面倒は僕が見るし、他の子の面倒は見る気ないよ」

「相変わらずぶれへんなあ…。じゃあうちと波浜くんの役割を交代する?」

「総監督とかいる?」

「いるいる。だってにこっち、ふざけるときあるやん?そういうときに…」

「ひぃっ!」

 

 

東條さんはにこちゃんの後ろに回り、凄まじい速度と正確さで背後からにこちゃんの胸を鷲掴みにした。速攻で目を背けた。

 

 

「お仕置きが必要やん?」

「ひ、ま、真面目にやるからぁ…」

「…うん、それは勘弁してあげて」

「ほーら波浜くんこっち見て」

「悪魔か」

「ご褒美やん」

「いやいや…いや、なんか揉むと大きくなるとかいう都市伝説があるからなんだかんだにこちゃんにとってはご褒美では」

「死ね!」

「あふん」

 

 

天才的発想を伝えたら、にこちゃんは胸をつかまれているというのにペットボトルを投げてきた。中身入ってなくて良かった。痛いけど。目を背けてるから避けれなかったよ。見てても避けれないけど。

 

 

「そういえば、波浜先輩って成績はいいんですか?」

「まあ、そこそこ?」

 

 

南さんに尋ねられたけど、適当に返事しておく。能ある鷹は爪を隠すとかいうでしょ。正確には注目を集めたくないだけですはい。っていうかにこちゃんからの暴虐はスルーなのね。リーダー決めの時から思ってたけどスルースキル高いね君ら。

 

 

「試験はいっつも一位よ。二位が絵里で、三位が希」

「えええ?!」

「全然そこそこじゃないです?!」

「意外…」

「誰だい意外って言った子」

 

 

なんで言っちゃうのにこちゃん。なんでそんなに驚いてんのみなさん。そんなに僕頭悪く見えるかい。意外って言っちゃう正直な子はどうせ西木野さんだろ。知ってる。知ってるのに誰だって聞いちゃうのよくないね。

 

 

「僕の頭よりも、赤点回避の方が大事でしょ。ほらやるよ、練習よりも勉強だ」

「えー!練習したい!」

「したいにゃー!」

「君ら自分の状況理解してる?」

 

 

息抜き程度の運動は構わないけど、勉強しないと如何に練習しても本番ではステージに上がれないのだ。頼むから勉強して。日頃から。

 

 

 

 

 

 

「えーっと、試験範囲どこだっけ。ガウス積分?」

「何よそれ」

「なんでガウス積分ピンポイントなん?」

 

 

そういえば授業さっぱり聞いてないからテスト範囲とか知らない。知らなくてもどうせ解ける。

 

 

「まあどうせ微分積分はやるでしょ。とりあえず微分やろう微分」

「微分って聞くだけで頭痛くなる…」

「んじゃあ間違えた分だけバストサイズ増強ということで東條さんよろしくね」

「まかしとき」

「鬼!悪魔!」

 

 

誰が悪魔だ誰が。善良な一市民に対して言うことじゃない。僕、善良だろ?

 

 

「とりあえず微分のやり方を覚えてるか確認しようか。はいどうぞ」

「そのくらい覚えて…るわよ」

「…」

「…」

「東條さんステンバーイ」

「ラジャー」

「待って待って待って!い、いいい今できそうだから!!」

 

 

どうも簡単な微分すらできないようだ。まあそれくらいは許容範囲で予測圏内。冗談でスタンバイさせた東條さんにはキャンセルを入れておいて、しっかり教えていこう。

 

 

「できないのに無理しない、意地張らない。ほら、やり方教えるから」

「ううう……」

「にこちゃん、萌えちゃうから涙目禁止」

「萌えちゃうからって」

 

 

にこちゃんが半泣きで睨んできたので不覚にもきゅんきゅんしてしまった。あー可愛い。東條さんにジト目で見られたけど気にしない。

 

 

にこちゃんに微分を教えながら横目で後輩たちを見てみると、星空さんは小泉さんにフェイントを入れて西木野さんに怒られており、高坂さんは南さんを目の前にして寝ようとしていた。園田さんはそんな様子を見て辟易しつつ、弓道部に向かったようだ。

 

 

うん、これ大丈夫かな。

 

 

 

 

 

 

そんで翌日。にこちゃんを呼びに行ったら既に教室には居らず、部室に向かったら赤点リーチガールズは1人もいなかった。どこいったんだろう…と一瞬思ったけど、どうせこっそり練習しに行ったんだろう。連れ戻さねば。

 

 

というわけで屋上の扉を開くと、何故か床でびくんびくん痙攣している赤点リーチガールズと、外を神妙な面持ちで眺める東條さんがいた。大体察したので一旦扉を閉めた。深呼吸して、もう一度ゆっくり扉を開く。何度見ても、にこちゃんの色々やばい表情に変化はなかった。

 

 

うん。

 

 

戻ろう。

 

 

あの場に僕は居られない。

 

 

というわけで僕は部室にとんぼ返りした。戻ったら残りの面子は揃っていた。とりあえず予測される現状を伝えていたら4人とも帰ってきた。あーにこちゃんその顔でこっち見ないで僕死んじゃう。

 

 

「今日のノルマはこれね!」

 

 

バァン!と大量の本を机に叩きつける東條さん。立派に総監督していらっしゃる。もう全部君でいいんじゃないか。

 

 

「「「鬼……」」」

「あれぇ?まだわしわしが足りてない子がおるん…?」

「「「まっさかぁ!!」」」

「勘弁して」

「波浜くんがダメージ受けるのは予想外やったなぁ」

「そっそうよ!茜がいるんだから、あ、あ、あんなお仕置きはやるべきじゃないわ!!」

「そうですそうです!お嫁にいけなくなっちゃいます!!」

「っていうか既にギリギリアウトくらいにゃ!!」

 

 

大量の怨敵を目の前にして戦慄する3人に追い打ちをかける東條さん。そして僕の呟きを拾って反撃する3人。いいぞがんばれ。ただし星空さん、残念ながらギリギリでもなんでもなくあれはアウトだと思う。

 

 

「じゃあ次サボろうとしたら波浜くんの目の前でわしわしするね」

「待って」

「悪魔だわ…!!」

「赤点回避にお嫁さんがかかってるなんて…」

「逃げ場がないにゃ…」

「待って」

「じゃあノルマ、頑張ってね」

「「「はーい…」」」

「異議申し立ての隙すらくれないのか」

 

 

悪いこと何もしてないのに僕に災いが降りかかる罰を提案され、自然な流れで実行される感じになっていた。待って。僕は悪くない。ほんと待って。もうこれ御三方が逃亡しないように頑張るしかないのか。

 

 

「ことり、穂乃果の勉強をお願いします」

「え?うん…」

 

 

こっちで最悪の事態を回避すべく頭をフル回転させていたら、園田さんが何故かさっさと退避してしまった。破廉恥禁止病が発動したのだろうか。

僕も逃げていい?

 

 

「ごめんね、うちも少しだけ出てくるわ」

「マジで」

 

 

東條さんもログアウトしてしまった。そしてここぞとばかりに逃げ出そうとする御三方。

 

 

仕方ないので積まれた本をバシンと叩いて、真顔で睨んで威嚇。絶対確実に何があっても僕の目の前でわしわしMAXなんていう事態は避けなければならない。絶対本当に何が何でもいやマジで。

 

 

「えっと…波浜、先輩?」

「目が…目が怖いにゃ…」

「ま、待って茜、ちゃんと勉強するから、」

「よし君ら」

「「「はいっ!」」」

 

 

低音ボイスで声出したら大いにビビってくれた。低音便利。

 

 

「一瞬でも逃げ出す素振りを見せてみろ」

「み、見せたら…?」

 

 

おそらく条件反射で罰則を聞いてくる高坂さん。にこちゃんは小声で「聞かない方がいいわよ」って言ってるけど気にしない。

 

 

「僕は優しいから選択肢を3つ提案しよう」

「嫌な予感しかしないにゃ…!」

「絶対優しくない…」

 

 

何か言ってるけど気にしない。

 

 

「一つ目。マイクロビキニ姿で一曲分PV撮ってもらう。曲も衣装も振り付けも僕が直々に考える」

「わしわしよりよっぽどお嫁にいけなくなりますよ?!」

「知るか。二つ目、下着姿かつ全力で恥ずかしいポーズでグラビア撮影をさせていただく」

「えげつないにも程があるにゃ!!」

「うるさい。三つ目、君らが主役のエロ同人を描かせてもらう」

「どれ一つ救われない!!」

「何で救いがあると思ったの」

 

 

とりあえず思いついた恥ずかしい限りの罰則を提案したら3人とも、というか全員引いていた。外野関係ないでしょう。

 

 

「さあ気張れ、痴態を晒したくなければね」

 

 

もう一度本の山に手のひらを叩きつけ。

 

 

今ここに、主に僕の心を守る戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。あの後戻ってきた園田さんが高坂さんの家に泊まり込み勉強するとか言い出したので、対抗して僕はにこちゃんの家に単身乗り込んでいた。対抗する意味?ないよ。

 

 

「じゃがいもこのくらいの大きさでいいかい」

「ん、ありがと。あとにんじんもお願いね」

「あいさ。終わったらコーンスープの準備しとくね」

 

 

それで何をしてるのかと言われれば、見ての通り、料理だ。今日はシチューだそうなので勝手に追加させていただいたコーンスープと共に作るのをお手伝い中である。ついでにフランスパンも買ってきたので虎太朗くんがフランスパンで遊んでる。食べ物で遊んじゃだめよ。

 

 

「にんじん完了。ここ置いとくね」

「ありがと。コーンスープの前に虎太朗からフランスパン取り上げてきて」

「容赦ないね」

「食べ物で遊んじゃダメなのよ」

 

 

流石お姉ちゃんだ。そういうわけなのでフランスパンは没収させていただいた。虎太朗くんは悲しそうに「うあー」って言ってたけどこれは返せない。ごめんよ。

 

 

そんなこんなで矢澤家の食卓は完成。本日はにこちゃんママはいないが、実際いる方が珍しいので気にしないし気にならない。それよりもにこちゃんがシチューwithフランスパンを美味しそうに食べてるのが眼福だ。今死んでもいい。嘘嘘今死んだらにこちゃんの未来が見れない。

 

 

ご飯を食べて、お風呂を済ませたらにこちゃんお勉強タイム開始である。お子様たちはすでに寝かせた。

 

 

「基本的に過ナントカって名前の化合物は酸化力が高いから覚えとくといいよ。過マンガン酸カリウムとか過塩素酸とか」

「そもそも名前を覚えられないのよ…」

「じゃあ雰囲気で」

「何でそこ適当なのよ」

 

 

にこちゃんはなんだかんだ言いつつ文系教科はそれなりにできる。特に国語。でも理系が悲惨なので数学やら化学やらは集中的にやんないとにこちゃん死んじゃう。

 

 

「酸化還元が試験に出ないなんてことはないと思うからちゃんと覚えないとね。しかしどうやって覚えようか」

「茜はどうやって覚えたのよ」

「僕は苦労しなくても覚えられたから困ってるんだ」

「あーいいわねー頭良くてー」

「馬鹿言うな。僕は歴史は苦手なんだぞ。覚えられない用語は300回書いて頑張って覚えたんだ」

「ゲシュタルト崩壊しないのそれ」

 

 

実際、一部ゲシュタルト崩壊しかけたから途中でやめた。墾田永年私財法とか。指痛くなるわ。

 

 

「とにかく、頭に入らないなら気合いで体に叩き込むのも大事だよ」

「体に…」

「何でそこに注視したの」

「いや…わしわしの恐怖が」

「なんかごめん」

 

 

僕は悪くないのにココロが痛くなった。くそう、東條さんめ。

 

 

…何も返事が来ないのでにこちゃんの顔を見ると、何だか真剣なような、悲しそうなような、よくわかんない顔で机を、いや虚空を見つめていた。どうしたの急に。

 

 

「にこちゃん、どうかした?」

「…」

「…にこちゃん?」

 

 

返事がない。何故だろう、何か悪いこと言ったかな。わしわしMAXってそんなに精神ダメージを食らうものなのかな。怖いわー。

 

 

「…ねえ、茜」

「なーに」

 

 

やたらと真剣な声色だった。なんというか、推理ドラマで事件の真相に気づいてしまった一般人Aみたいな。伝わらないか。ていうかそれ死亡フラグだよね。とにかく、何か重大なことに気づいたみたいな、それを伝えようとしてるみたいな。そんな声。

 

 

「…ううん、何でもない。それよりもう寝ていいかしら。そろそろ日付超えるわよ」

「ノルマ終わらせないとわしわしMAXが待ってるけど」

「ううう、逃げ場がない…!」

 

 

先の真剣さはどこいったと言わんばかりにいつもの調子になった。まあ、にこちゃんが何でもないと言うなら何でもないんだろう。それよりもノルマ終わらせようね。あと少しなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

そして、試験返却日。

 

 

相変わらず満点だらけの答案を即刻鞄にしまったところでにこちゃんが教室に飛び込んできた。走っちゃだめよ。ぶつかるよ。

 

 

「茜、見なさい茜!全部平均点以上だったわよ茜!!ちょっと聞いてんの茜!!!」

「聞いてる聞いてる聞いてるから落ち着いて。そんなに注目浴びたくないよ僕は」

「早く部室行くわよ、これで凛とか穂乃果が赤点取ってたら話にならないし!!」

「僕の話は聞いてくれないのね」

 

 

反応する間も無く腕をガッチリ掴まれて連行される。絢瀬さんは鞄を持ったままため息ついてるし東條さんは困ったような笑顔で見てくる。助けてよ。

 

 

部室には僕らが一番乗りだったため、にこちゃんは早速特等席でふんぞり返っていた。ご丁寧に答案を机に並べて。まあ全部平均越えはいいことなんだけど、君の周りの同級生はトップ3だってこと忘れないようにね。

 

 

程なくして1年生組が部室に入ってきた。西木野さんの心配は元よりしていないし、小泉さんも大丈夫だとは思っていた。本人は安堵の表情だけど。

 

 

で、肝心の星空さん。

 

 

「ふっふっふー!にこ先輩どうでした?」

 

 

…もうちょっとポーカーフェイスを身につけるといいんじゃないかな。赤点が無かったのが丸わかりだ。対するにこちゃんは余計ふんぞり返った。倒れるよ。後ろに。

 

 

「ふふん、この答案を見なさい!なんと全部平均越えよ!」

「えええ?!」

「すごいです!」

「そうかしら」

「西木野さん、そういうのは言っちゃダメよ」

 

 

驚く星空さん、感心する小泉さん、そして平常運転西木野さん。平均越えは統計上は全体の半分の人しか取れないんだから馬鹿にしちゃいけないよ。

 

 

「とりあえず、その様子だと星空さんもセーフだったみたいだね」

「なんだか素直に喜べないにゃあ〜…」

「どーゆーことよ!」

「にこちゃん落ち着きな」

 

 

赤点取る取らないのレベルで喧嘩しないの。っていうかにこちゃん煽り耐性なさすぎよ。昔からだけど。

 

 

にこちゃんをなだめていると、南さんと園田さんがやってきた。この2人も心配はない。多分。南さん凡ミス多そうだけど、勉強はきっちりやってそうだし。

 

 

そして、少し遅れてやってきた高坂さん。

 

 

「どうだったかな」

「凛は大丈夫だったよ!」

「あんた私たちの努力を水の泡にするんじゃないでしょうね!」

「穂乃果ちゃん!」

 

 

いろいろ言われながら扉の前に立つ高坂さんは、どうやら後手に答案を隠しているようだった。

 

 

「…もうちょっといい点だったらよかったんだけど…」

 

 

そう言ってみんなに見せつけた答案の点は、53点。

 

 

半分以上取って赤点なんてあるわけない。

 

 

「じゃーん!!」

「わざわざ不安を煽るような言い方しないでよ」

「あはは…ごめんなさい」

 

 

まあ、後手に答案隠していた時点で無事なのはわかっていた。だってアウトだったら見せたくないでしょ、答案。見せる準備をしていたってことは見せてもいい点数だったってことに他ならない。

 

 

「よーし、早速練習だぁ!!」

「うん、それはいいんだけど着替えるのは僕が外に出てからにして」

「わあああ!波浜先輩のえっち!!」

「理不尽が過ぎないかい」

 

 

元気満タンの高坂さんにマッチポンプ的冤罪を吹っかけられながら、先に屋上に出向…こうとして、まずは理事長さんに報告すべきかと思い直して足を理事長室に向ける。のんびり歩いていたら後ろから高坂さんが鼻歌スキップで追いついてきた。着替え早いね。南さんと園田さんも一緒だ。自力で報告する気だったらしい。それにしてもゴキゲンだなぁ。

 

 

しかし。

 

 

「あれ?」

「どうしたの」

「中から生徒会長の声がして…」

「絢瀬さんの…?何か用事あったのかな」

 

 

そういえば、絢瀬さんはにこちゃんが突撃してきた時点で既に鞄を持っていて、外出準備完了してた気がする。理事長さんに呼ばれてたのだろう。

 

 

がちゃっと高坂さんが扉を薄く開けると、中から声が聞こえてきた。いやノックしなさいよ。理事長室は本来ノックするべきところでしょうよ。前回来た時もノックは…あ、してないか。東條さんが開けちゃったから。

 

 

そして、その瞬間、絢瀬さんの叫びが飛んできた。

 

 

「そんな…?!説明してください!!」

 

 

いったいどうした。いくらかき氷お嬢ちゃんでも、こんな悲痛な焦り方しないだろ。

 

 

そう思った矢先の、続く理事長さんの言葉は。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。でも、これは決定事項なの。音ノ木坂学院は、来年より生徒の募集を止め、廃校とします」

 

 

 

 

 

 

淡々と告げられ。

 

 

この場の全員を釘付けにした。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

さあ早くのぞえりを加入させたいところですが、あんまり急いで描写が疎かになるのもよろしくないと思うので…
まあ既に30話以上書けてるですがね()



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普段連絡してこない人から連絡来ると何事?って思う



ご覧いただきありがとうございます。

このタイミングで秋葉原にちょっと行ってきました。神田明神とか色々。時間がなくて絵馬が書けなかったのが残念です。また今度は沢山時間を作ってから行こう…。
そしてぷちぐるが楽しくて一生ぷちぷちしてられます。

というわけで、どうぞご覧ください。





 

 

 

「今の話、本当ですか?!」

 

 

高坂さんの叫びで時間が動き出した。そうだ、理事長さんが絢瀬さんに、音ノ木坂の廃校を告げたんだ。…なぜ?このタイミングで?急すぎるとも思ったけど、経営者側の動きはどう頑張ってもこちらからは見えないのだし、向こうは散々協議した結果なのかもしれない。

 

 

だからって納得もできないけど。

 

 

「っ…あなた………」

「本当に廃校になっちゃうんですか?!」

「…本当よ」

「お母さん、そんなの全然聞いてないよ!」

 

 

ああ、そういえば君のお母さんだったね理事長さん…ってそんな場合じゃない。

 

 

「お願いです、もうちょっとだけ待ってください!あと一週間、いや、あと2日でなんとかしますから!!」

「待って待って落ち着いて。一週間やそこらで何する気なの」

 

 

何よりパニクってる二年生ズをどうにかしなければ。でもどうしたらいいの。助けてにこちゃん。

 

 

「…とりあえず詳しい経緯を聞かせていただけますか?」

「そうね。とは言ってもそんなに長い話でもないわ。廃校にするというのは、オープンキャンパスの結果が悪かったらという話なの」

「…オープンキャンパス?」

「去年もやったでしょうに」

 

 

ともかく、即座に廃校って流れではないらしい。つまり、まだ抵抗の余地はある。それよりもオープンキャンパスという単語に疑問符を浮かべている高坂さんが心配だ。ほんとにこの子大丈夫か。

 

 

聞いた話を纏めると、オープンキャンパスで中学生たちにアンケートをとり、その結果如何で廃校を決めるというわけだ。オープンキャンパスは二週間後の日曜日。それがリミット。正真正銘の王手である。

 

 

そして、生徒会長たる絢瀬さんは、自身が、生徒会が、オープンキャンパスを内容を取り仕切ると押し切って出て行った。うーん、また波乱の香りがするぞ。またっていうかいっつも波乱に満ちてるけどね。ちくしょう。

 

 

 

 

 

ここで、何かに取り憑かれたかのように独走を続ける絢瀬さんを思う。何が彼女をここまで駆り立てるのか。何故ここまで僕らを認めようとしないのか。異常とも呼べるほど頑固に突き進む、その理由がどうしようもなく気になった。

 

 

…が。

 

 

それを知ること、彼女を助けることは、今、にこちゃんの居場所に関係のないことのはずだ。僕の目的はにこちゃんの笑顔を取り戻すこと。それをみんなに広めること。些事にかまけている暇は、きっとない。

 

 

まっすぐ、次の問題を、にこちゃんにとってよりよい方向に動くように、確実に放逐しなければならない。

 

 

全部にこちゃんのために。

 

 

そのために、余計な心配事は無理矢理深層まで仕舞い込んだ。

 

 

 

 

 

 

「そんな…」

「じゃあ、凛たちやっぱり下級生がいない高校生活?!」

「そうなるわね」

「ま、私はその方が気楽でいいけど」

「そうならないために頑張ってるというのに君は」

 

 

残りの面子に先ほどの話を伝えると、やっぱりというか案の定というかかなり落ち込んでしまった。西木野さんは口では平気そうにしているが、表情は哀しげである。意地っ張りめ。

 

 

「とにかく、オープンキャンパスでライブをやろう!それで入学希望者を少しでも増やすしかないよ!」

 

 

高坂さんはこういう時でも元気だ。強気なのかアホなのかはわからないけど、前進するぶんにはありがたい動力だ。

 

 

「まあ、その前に生徒会を僕らがライブできるように説得しなきゃならないだろうけどね。その前に今日の練習しなきゃね」

「あ、あの…その前にアルパカの餌と水の入れ替えに行ってきてもいいですか?」

「アルパカ」

 

 

急に小泉さんがアルパカを気にしだしたと思ったら、彼女、飼育委員らしい。知らなかった。っていうかあのアルパカ生徒が世話してたのね。荷が重くないか。有蹄類だぞ。うさぎとか鶏ちゃうんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「1,2,3,4,5,6,7,8…」

 

 

小泉さんが戻ってきたところで、練習を始める。何故か今日は園田さんも僕と一緒に指導側にいるけど、まあ別に問題ないからいい。ちなみに手拍子は僕で掛け声は高坂さん。高坂さん踊りながら掛け声かけれるのか。いつの間にそんな体力ついた。

 

 

「…よし!おお、みんな完璧!」

「うん、ずいぶん合ってきたね。完璧かどうかは知らないけど」

 

 

実際ふざけた勢いで上達している。当然素人からしたら、って話なので悪いところは悪いのだけど、始めて数ヶ月の子らにプロ級の要求を通すのは酷だろう。まあそもそも舞台上の役者については僕も素人なので、彼女らが思ってるほど助言することもない。ど素人よりはマシだと思うけど。

 

 

「これならオープンキャンパスに間に合いそうだね!」

「でも本当にライブなんてできるの?生徒会長に止められるんじゃない?」

「最初にそう言ったよね僕」

 

 

僕の話は聞かない主義か西木野さん。泣くぞ。

 

 

「それは大丈夫!部活動紹介の時間は必ずあるはずだから」

「ああ、確かに。いかに権力者でも僕らだけ省けないよな」

「そうです!だからそこで歌を披露すれば………」

「まだです…」

 

 

突然、園田さんが暗い声と表情で割って入ってきた。何がまだなの。確かにオープンキャンパスはまだ先のことだけど。

 

 

「まだタイミングがズレています」

「海未ちゃん…。分かった、もう一回やろう!」

「えぇ…」

 

 

そりゃズレてはいるんだけど、今この瞬間に直すところではないと思うのだけど。というかいつの間にそんなに「見える」ようになったの君。

 

 

そんなわけでワンモアダンス。

 

 

さっきと同じように僕の手拍子に合わせて高坂さんが掛け声をかけ、みんなが踊る。園田さんはじっと見てる。何か問題があるなら口を出せばいいのに、特に何を言うわけでもなかった。険しい顔で見てるだけ。一体何を考えてるのやら。

 

 

「はあ、はあ…完璧!」

「そうね」

「やっとみんなにこのレベルに追いついたわねえ」

「前から大差なかったよ」

「うるさい」

「はい」

 

 

ものの見事により上手に踊ってみせるμ'sのみなさま。何度も言うが、完璧なわけではないので悪しからず。

 

 

「まだダメです…」

 

 

それでもまだ首を縦に振らない園田さん。

 

 

「これ以上うまくなりようがないにゃあー」

「ダメです。それでは全然…」

「何が気に入らないのよ!ハッキリ言って!」

 

 

遂に西木野さんが声を荒げる。これといったダメだしもなく、ただ「ダメです」では誰も納得できない。そりゃそうだ。流石にここまでくると、園田さんの態度は不思議極まる。

 

 

「感動できないんです」

「え…」

「今のままでは…」

 

 

感動。

 

 

何故そこに着目できたのかは不明だけど、園田さんのわだかまりの中心はそこにあるようだ。とは言っても、彼女自身、どうしたら感動できる踊りになるかは恐らくわかっていない。僕もわかんない。だって僕は演出マンで、舞台上の役者についてはさっぱりだ。

 

 

そして、とりあえず。

 

 

「何がなんだかわかんないけど、何がなんだかわかんないまま練習しても埒があかないね。今日は終いにしようか」

 

 

そう伝えると、意外と誰も反論してこなかった。みんな重い雰囲気にやられたのかもしれない。

 

 

それと園田さんの内心も気にはなったが、まあ自己解決に任せよう。にこちゃんには直接関係しないし。

 

 

 

 

 

 

そんで帰り道。いつも通りにこちゃんと歩いていると、にこちゃんが不意に口を開いた。

 

 

「茜」

「ん?」

「家に着いたら、海未に電話してあげて」

 

 

不思議な提案を受けて思わずにこちゃんを見ると、若干悲壮感が漂う真剣な顔をしていた。この前にこちゃんの家で勉強してるときにも見た顔だ。

 

 

一体何を思ってその表情なんだ。

 

 

「えぇ…。何でさ」

「気になってるんでしょ」

「…………そんなことないよ」

「その間は何よ」

「何でもないよ」

「嘘ね」

 

 

今日のにこちゃん、何だか、こう、強い。雰囲気が、というか、有無を言わさない感じだ。何となく語気にやられてしまう。けど、負けてるわけにもいかない。にこちゃんのためにならない行動は極力控えたい。にこちゃんに悪影響が出ては困る。超困る。

 

 

「どうせ私に直接関係ないからとか思ってんでしょ」

「エスパーなの?」

 

 

ずばり言い当ててきたのでちょっとふざけて答えたら、何故か余計悲しそうな顔になった。何でさ。そんなに面白くなかったか。

 

 

「あんたいっつもそればっかり言ってるからわかるわよ。でもあんた、私がしてほしいって言ってるのにそれも私のためにならないと思ってるの?」

「そういう事例もあるでしょ」

「今はそういう事例じゃないわ」

 

 

どうあっても園田さんに連絡を取ってほしいらしい。何故だ。

 

 

「連絡取るならにこちゃんがやればよかろうに」

「何よあんたマネージャーでしょ。団員の管理くらいしなさいよ」

「それ言われると困っちゃうな」

 

 

いくらにこちゃんのために頑張ると言っても、流石に職務放棄と言われるのは厳しいところだ。非難や批判は行動の自由を狭めるから極力受けたくない。

 

 

「たまには練習の外でもマネージャーらしくしなさい。あんた練習のとき以外あの子たちのこと考えてないでしょ」

「そりゃ頭の中はにこちゃんでいっぱいだからね」

 

 

こう言っておけばにこちゃんは照れちゃって反撃が薄くなる。とてもかわいい。

 

 

のだけど。

 

 

今日は照れずに、右手を額に当てて俯くだけだった。

 

 

「そう…そう、よね」

「待ってなんで急に納得してんの」

 

 

おかしい。何かが決定的におかしい。ここまでにこちゃんの言動が読めないのも始めてかもしれない。

 

 

「…とにかく。せっかくμ'sっていうスクールアイドルをやれたのに、あんたの職務怠慢で潰れちゃったらどうすんの」

「そんなに深刻かなあ」

「深刻よ。元々廃校を阻止するために始めたのよ?廃校が決まったらもう頑張る必要もないじゃない」

 

 

それでやる気を失っちゃうような子たちじゃないと思うけども…、にこちゃんがそういうならそんな可能性もあるのかもしれない。大人しく従っておくのが吉かな。

 

 

「はあ、わかったよ。にこちゃん家着いたら電話するよ」

「うん…ってなんで私の家なのよ」

「ダメなの?」

「ダメじゃないけど!」

 

 

でも、対価としてにこちゃんと一緒にいる時間を増やしていただこう。

 

 

 

 

 

 

さて。にこちゃんがお風呂入ってるうちに電話してしまおう。何となく聞かれたくない。にこちゃんはお風呂長いから、電話中に出てくることは多分ないだろう。

 

 

…にこちゃんが望むから。そう、にこちゃんがそうしてほしいと望むから、わざわざ電話するんだ。する必要もない言い訳を自分にしているのは何故だろう。とにかく、内心とは違って意外と躊躇なく通話ボタンを押せた。

 

 

数回のコールの後、園田さんは電話に出てくれた。

 

 

「あ、もしもし。波浜ですよ」

『も、もしもし…えっと、どうかなさいましたか?』

 

 

何故か凄く警戒したご様子の園田さん。なんでさ。僕なんかしたっけか。

 

 

「…なんでそんな警戒してるの?」

『え?い、いえ、波浜先輩から電話をいただくなんて全く想像していなかったので…』

「一応僕マネージャーなんだけど」

『波浜先輩はにこ先輩のことばかり話しているので』

「否定できないね」

 

 

どうやら園田さんにも僕のにこちゃんラブはばっちり認識されているようだ。だからって他の子を見てないわけじゃないのよ。そんなに見てないけど。

 

 

「まあそれは置いといて。今日の話なんだけどさ」

『…』

「今日のあの様子だと、何か君の認識をひっくり返す出来事があったはずなんだ。みんなの踊りを、今まで特に疑問も持たずに見てきた踊りを、感動できないと一蹴してしまえるような何かが」

 

 

今日の園田さんは明らかに様子がおかしかった。いやもう少し前から変だった気もするけどこの際それはどーでもいい。問題は、彼女の身に何が起きたのか。彼女は何を訴えようとしているのか。今回の問題を潰すにはそれを知らねばなるまい。

 

 

『…生徒会長の、踊りを見たんです』

「絢瀬さんの?ってかあの子踊れるんだね」

『幼い頃からバレエをしていたそうです。とても上手で…感動しました。あんなに踊れる人からしたら、私たちなんてただの三流にしか見えないのもわかります』

「へえ」

 

 

通話しつつ、手元のタブレットで動画検索をする。二台持ちだぜどやぁ。…とにかく、あの子昔はロシアに住んでたらしいし、10年くらい前の、ロシアのバレエコンクールあたりを探せば見つかるだろう。

 

 

そう思って探してたら案外さっくり見つかったので見てみる。

 

 

なるほど、美しい踊りだ。舞台の演出はプロでも役者そのものには詳しくないので大したことは言えないが、少なくとも僕には文句がつけられないくらいの上手さ。そりゃμ'sの子たちがど素人にも見えるというものだ。

 

 

「確かにこりゃすごいねえ」

『え、もう見てるのですか…?』

「タブレットあるからね」

『…先輩、そういえば何気なく有能でしたね…』

「何気なくって何」

 

 

無能に見えるのだろうか。泣きそう。

 

 

『いえ、気にしないでください。とにかく、私たちはそんな生徒会長を納得させられなければ、オープンキャンパスへの参加は絶望的だと思うのです』

「そりゃそうだろうねえ」

『…先輩、他人事だと思ってません?』

「まさか。ここでμ's終わっちゃったらにこちゃんに顔向けできないし」

『やっぱりにこ先輩が中心なんですね』

「そりゃそうだ」

 

 

にこちゃんは僕の存在理由といっても過言ではないからね。にこちゃん居ないと死んじゃうから。うん。

 

 

『…先輩はどうしたらいいと思いますか?』

 

 

不安そうな声がスマホ越しに聞こえる。きっと、これ以上なく真剣に悩んでいるのだろう。ここがμ's存続の分岐点みたいなものだし、深刻に捉えて然るべきではある。

 

 

ていうか、僕に聞いちゃうあたり相当参ってる。僕なんかスルーされることの方が多いのに。なんかつらい。

 

 

「君はどうしたい?」

『え?』

「君の意見。μ'sという大衆じゃなくて、個人の主張。どうしたらいいと思ってるの?」

 

 

真面目に答えちゃっていいのだろうか…と思うより前に言葉が出た。案外僕は自分をコントロールできてないっぽい。

 

 

対する園田さんからの返事は、すぐには来なかった。呼吸音さえ聞こえないため、きっと息が詰まるほど真剣に考えているのだろう。

 

 

『私は…』

 

 

何分経ったか、数秒だったかもしれないが、ともかく園田さんが重い口を開く。

 

 

『私だったら…せっかく上手な方がいらっしゃるのですから、教えていただく、というのが一番だと思いますが…みんなからは反対されると思います。言い方は悪いですが、今は生徒会長は敵なのですから』

「いいんじゃない」

『…へ?』

「いいんじゃない、教えてもらうの。大変だとは思うけど」

『…やけにあっさりしてますね?』

「そりゃ僕も同じ意見だったからだよ」

 

 

結構考えてた割には、僕と同じことを考えてただけらしい。もちろん相手は絢瀬さんなわけだし、一筋縄ではいかない上に引き受けてくれた上でこっちを崩そうとしてくることも考えられる。やだ危険満載。

 

 

でも、やっぱり上達への近道だ。今後ラブライブに出場していくことも考えれば、上達の手段を惜しんでる場合じゃない。

 

 

『…にこ先輩が反対しても、あなたはそう言いますか?』

「さあ?」

『えぇ…』

「わかんないけど、僕がどうこうよりも、君は君がいいと思う手段を貫くのがいいんじゃない」

『しかし、それで意見が割れてしまえば…』

「…ん、そこを説得するのが議論だろう。さ、僕の出番はここまでだよ。後は君たちで話し合うといい。そんじゃねー」

『え?!あ、ちょっと!』

 

 

通話終了。お疲れ様でした。

 

 

なんかいらんこといっぱい言っちゃった気がする。

 

 

「…早かったね、お風呂」

「悪いけど、いつも通りよ。あんたの電話が長かったのよ」

「そんなにかな」

「そんなによ。ってこらこっち向くな!まだ下着だけで服着てないのよ!!」

「なんで脱衣所に持っていかないの」

 

 

何故急いで電話を切ったかと言えば、にこちゃんの気配がしたからだ。我ながら気持ち悪い。背後のにこちゃんを察知してしまうとは。

 

 

「あんたが心配だったから服着る前に様子見に来たのよ」

「服着る程度のタイムラグなんて誤差じゃないの」

「うるさい」

「ぐえ」

 

 

早くも服を着たにこちゃんの拳骨が降ってきた。痛い。やっぱり服着るくらいでそんなに時間食わないじゃないの。

 

 

頭をさすりながら振り向くと、最近よく見る深妙な表情のにこちゃんが真後ろに立っていた。なんなんだろうねこの顔。

 

 

「…ちゃんと電話できたみたいね」

「僕は電話さえまともにできない子供なのかい」

「できない以前にしないでしょ」

「しないね」

 

 

確かに電話はほとんどしない。メールすらしない。桜とか天童さんみたいなごく一部の人に業務連絡するときくらいだ。いや今回もよくよく考えたら業務連絡じゃないか。

 

 

「…やっぱり…」

「ん、何か言ったか、にこちゃん」

「………ううん。何でもない」

 

 

何かボソッと呟いたにこちゃんは、その内容は教えてくれなかった。まあにこちゃんが言いたくないなら聞かない。

 

 

「そっか…うん?」

 

 

とりあえずにこちゃんを愛でる会でもしようかと思ったら、スマホに着信がきた。にこちゃんもスマホを取り出したのを見ると、にこちゃんにもかかってきたようだ。となると…案の定、μ'sのグループ通話だ。

 

 

発信主は、園田さん。

 

 

…僕、今すぐみんなに聞いてみろとか言ったっけ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

なんだか微妙に不穏がやってきました。伏線ちゃんと回収できるんでしょうか私←



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条件反射はお身体に障りますよ



ご覧いただきありがとうございます。

スクフェス5周年記念でTwitterでやってる懸賞的なアレで、果南ちゃんのメッセージカードが当たりました。やばいですね。近日中に死ぬかもしれません。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

『『『ええ?!生徒会長に?!』』』

『うん。海未ちゃんがダンス教わろうって』

『はい。あの人のバレエを見て思ったんです、私たちはまだまだだって…』

『話があるってそんなこと?』

 

 

グループ通話が始まってすぐに1年生ズの叫びが耳を貫く。息ぴったりだね、的確に僕を殺しにきてる。やめて。

 

 

ともかく内容はやはりさっき電話で話した内容だった。どうやら2年生ズは全員高坂さん宅にお邪魔していたようで、通話に参加しているのは園田さんだけなのに他2人の声もばっちり聞こえる。これ電話の内容高坂さんと南さんにも聞かれたんじゃなかろうか。やだなあ。

 

 

ちなみに僕もにこちゃんのスマホで参加している。自分のは使ってない。何でかって?なんか共同作業っぽいじゃん。気持ち悪いね。知ってる。

 

 

『でも、生徒会長って私たちのこと…』

『嫌ってるよね、絶対!!』

 

 

小泉さんと星空さんは案の定否定的…というか、単純に絢瀬さんご本人が不満なようだ。そりゃあれだけ邪魔してきたら嫌んなるよね。

 

 

でも、園田さんは簡単には提案を棄却しなかった。

 

 

『私もそう思っていました。…でも、あんなに踊れる人が私たちを見たら、素人みたいなものだって言う気持ちもわかるんです』

『そんなにすごいんだ…』

「自前のスマホとかパソコンが手元にあるなら見てみるといいよ。偏見抜きですごいもんだ」

『わわ?!波浜先輩いたんですか?!』

「にこちゃんの隣にいるよ」

『こんな時間にですか?!』

「幼馴染で家も近いんだから変でもなんでもないわよ」

 

 

口を挟んだらビビられた。しょぼん。まあ夜結構遅い時間だし、女の子宅に男子がいるのはビビるかもしれない。でもその理論だと2年生ズも帰り道危ないよ。

 

 

『私は反対。潰されかねないわ』

 

 

これは西木野さんの言。こういう時は素直だと立場が明白でありがたい。怖いこと言ってるけど。

 

 

『生徒会長、ちょっとこわい…』

『凛も楽しいのがいいなー!』

 

 

そして小泉さんと星空さんも同じく反対票。そうなるとは思ってたけど、意外と明確に嫌って言いよる。そんなに嫌か。

 

 

そして、きっとにこちゃんも反対派なのだ。

 

 

「そうね、3年生はにこが居れば十分だし」

「そんな理由なのにこちゃん」

 

 

理由が雑じゃないかいにこちゃん。

 

 

「…でも、」

 

 

ん?

 

 

 

 

「茜は賛成みたいだし、考えてみてもいいかも」

『『『『『ええ?!』』』』』

 

 

 

 

ちょい。

 

 

「待ってにこちゃん、僕そんなこと言ってない」

「でも賛成なんでしょ」

「えーっと」

「らしいわよ」

「待って待って」

 

 

シンキングタイムプリーズ。

 

あれ?何でにこちゃんに看破されたの?電話聞いてたのかな?それとも顔に出てた?ああもうとにかく、想定してたにこちゃんの動きと違う。にこちゃんの希望に沿うような行動を用意していたのに。もちろん賛成派だった時の想定もしてあるけど、こんなに肯定的なのは流石に予想外だ。

 

 

『私もいいと思うけどなあ』

「うおい」

『波浜先輩が焦るなんて珍しいにゃあ』

「焦ってない」

 

 

高坂さんも肯定派だった。それは予想範囲内なんだけど、にこちゃんが予定外すぎてそれどころじゃありません。行き当たりばったり作戦しかないのか。

 

 

『だって、ダンスが上手い人が近くにいて、もっと上手になりたいから教わろうって話でしょ?』

「そりゃそうなんだけど、色々過程すっ飛ばしてない君」

『だったら私は賛成!』

「聞いてる?」

 

 

出発点と終着点は合ってるけど、その道のりでの困難をさっぱりスルーしてしまった高坂さん。黒部ダムでも作る気かい。あれは完成して便利になったからいいけども。いやあれも別に行き当たりバッタリではないか。

 

 

『穂乃果ちゃん…』

『頼むだけ頼んでみようよ!』

「ちゃんとそこから先も考えなよ?」

『確かに、絵里先輩のダンスはちょっと見てみたいかも!』

『あ、それは私も…!』

「お願いだから聞いて」

 

 

みんな僕のこと嫌いなんですかね。いいよもう僕にはにこちゃんがいるからつーん。

 

 

『よぅし、じゃあ明日さっそくいってみよう!』

「でも、嫌な予感はするわよ。どうなっても知らないわよ」

「だからそこの対策考えてんだから聞いてくれって皆様」

 

 

解散の流れになるのを何とかして引き止めつつ、思いつく分だけ対策しておこう。

 

 

「とりあえず、絢瀬さんのことだから頼んだら了承してくれると思う」

『ちょろいってこと?』

「もうちょいマシな言い方なかったのかい」

 

 

いやちょろいって言えばちょろいんだけど。そういう意味じゃないの。

 

 

「諦めさせるには、突破不可能な壁を作ってやるのが一番早いって多分あの子は知ってるよ。そうじゃなきゃ今もバレエやってるだろうし」

『確かに…!何か挫折があったから今はやっていない、というのが自然です!』

「小泉さんは誰かと違って理解が早くて助かるよ」

「誰のことよ」

「にこちゃんじゃないよ」

 

 

あんだけ上手なバレエを今はもうやっていないのだから、きっと何か大きな壁にぶち当たってしまったというのは想像に難くない。それなら、自分の知る「挫折の手段」を再現してくる可能性は高い。あとにこちゃん飛び火しないで。にこちゃんも理解力高いとは言えないけどさ。

 

 

「とにかく、向こうがとってくる手段として最も考えられるのは『非常に厳しい練習』になると思う。対抗策はーーーー」

『へこたれない…ってことですね!』

「うん…うん?」

 

 

高坂さんが先回りして答えてきたから反射で「うん」って言っちゃった。いや合ってるけどさ。合ってるんだけどさ。

 

 

『えっ違うんですか?』

「いや合ってるけどさ。そんな軽く言うことじゃなくない?」

『え?上手くなるための練習なんですから、厳しいのは当たり前ですよね』

「うん…うーん?普通もうちょっと忌避感情出ない?」

『…きひかんじょうって何ですか?』

「あー…何でもない」

 

 

何だか拍子抜けしてしまった。あれ?困難に立ち向かうって意外と大変だと思うんだけどな?違うの?違うんですかにこちゃん。

 

 

「…ま、穂乃果はそういう子だから」

「君はお母さnおぶふっ」

 

 

お母さんかって言おうとしたら右ストレートがおでこにキマった。痛いです。

 

 

『よくわかんないけど、明日頼みに行くよ!』

 

 

高坂さんは結局よくわかんないで流してしまった。いいのか。いいのかこれ。ほんとに大丈夫か。

 

 

 

 

 

 

翌日、高坂さんらは本当に絢瀬さんに頼みに行ったらしく、スポドリを持って屋上に来たら絢瀬さんもいた。やっぱり結局引き受けたんだね。

 

 

ともかく、まずは一度今までの練習成果を見てもらおうということになったようだ。それならまずダンスを見てもらうのが一番。早速練習に取り掛かる。

 

 

「うわっと、どわわわああああ!」

「凛ちゃん?!」

「痛いにゃあー」

 

 

そんで星空さんがすっ転んだ。また間の悪い時に失敗する子だね。大丈夫かい。

 

 

「全然ダメじゃない!よくここまで来られたわね!」

「厳しいねえ」

 

 

絢瀬さんの厳しい言葉が屋上に響く。μ'sの皆さんも若干萎縮している部分はあるだろうが、最終的には人前で披露するものだし、緊張した状態でもパフォーマンスの質を下げてはならないだろう。全然ダメかどうかは知らないけど、良くはない。

 

 

「昨日はバッチリだったのにーっ!」

「基礎ができてないからムラが出るのよ。…足開いて」

「ん、サービスカットかな」

「茜」

「はい」

 

 

にこちゃんからすごい重厚なプレッシャーが飛んできた。ごめんて。ゆるして。

 

 

「こう?」

 

 

で、素直に座ったまま開脚を行う星空の背中を、絢瀬さんはぐっと結構なパワーで押した。

 

 

「んぎゃっ!痛いにゃああ?!」

「絢瀬さん、折れちゃうよ」

「折れないわよ。少なくとも足を開いた状態で床にお腹がつくようにならないと」

「ええー?!」

「それもはや180度じゃないか」

「そうよ。柔軟性をあげることは全てに繋がるわ、まずはこれを全員できるようにして。このままだと本番は一か八かの勝負になるわよ!」

 

 

そんなに柔軟大事かなあとも思ったけど、そういえばバレエやってる人ってすんごい体柔らかいイメージがある。そういうものなのかもしれない。やっぱり専門でやってる人は肝心要な部分を理解していらっしゃる。

 

 

「…嫌な予感的中」

「まったくだね」

 

 

にこちゃんも言ってるが、やっぱりキツい練習を用意してきた。予測はしてたけど、実際見てみると確かに厳しい。開脚でお腹を床につけるなんて中国のなんたら雑技団みたいなとこみたいだ。

 

「…ふっ!」

「おお!ことりちゃんすごい!」

「まじか」

「えへへ」

 

 

雑技団員がいらっしゃった。南さんがバッチリお腹を床につけている。お腹より出張ってる胸は床についていないからあの状態で上体も起こしてるわけだ。骨大丈夫なのあれ。あとにこちゃん目が怖い。大丈夫だよ貧乳はステータスだって言うじゃないかぐへぁ。

 

 

「何で殴ったにこちゃん」

「別に」

「酷くない」

 

 

にこちゃんの拳が左頰に刺さった。これはキリスト様的には右頰も差し出すべきなのだろうか。にこちゃんなら殴られてもいい…いややっぱやだ。

 

 

「感心してる場合じゃないわよ!みんなできるの?!ダンスで人を魅了したいんでしょ!このくらいできて当たり前!」

 

 

左頰をさすっていると綾瀬さんの声が飛んできた。なんか熱血顧問みたいになってるよ。見てる分には面白いわ。

 

 

「波浜くんはやらないの?」

「僕マネージャーなんだけど」

「マネージャーも部員のサポート役なんだから、練習の消耗具合も管理すべきだと思うわ」

「そういうならやってもいいけど、僕死ぬよ」

「…大げさじゃないかしら」

「大げさじゃないんだなーこれが」

 

 

引き続き柔軟に悲鳴をあげる部員たちを見ていると、絢瀬さんからお声がかかった。僕は運動すると死にかけるので絶対やだ。にこちゃんの為でもないのに命削りたくない。

 

 

「…やらないなら、練習メニューの見直しでもしてあげなさい」

「やってるよ」

 

 

膝に乗せたタブレットを弄りながら答える。μ'sの練習関連は全てここに突っ込んである。今も絢瀬さんの言葉を聞きながらベストな計画を考えているところだ。

 

 

色々考えながら見ている間に、片足バランスだったり筋トレだったり、練習は進んでいく。…いつぞや、桜が「音楽なんて基礎練習さえできれば上手くなるんだよ」とか言っていたのを思い出した。絢瀬さんもダンスの練習はほぼせず、基礎トレーニングばかりしている。何をやるにしても基礎が一番大切なのは変わらないのだろう。そういえば僕も昔はデッサンばっかやってた気がする。あれすごく大事らしいね。

 

 

「ラストもう1セット!」

 

 

同じ練習を何度も繰り返して、ついにラスト。運動神経のいい星空さん、弓道部やってる園田さん、そして過去から今に至るまでずっと練習してきたにこちゃんまでみんなキツそうな顔している。汗もすごい。

 

 

そして。

 

 

 

 

グラっと。

 

 

 

 

小泉さんのバランスが、崩れた。

 

 

「かよちん?!」

「ふんぬ」

 

 

気がついたら小泉さんを抱えていた。…重い。いやきっと僕の腕力がないだけなんだろうけど。ゆっくり降ろして僕も倒れる。反射的に走ったらしく、息がもう、だめ。

 

 

「かよちん大丈夫?!」

「う、うん…それよりも波浜先輩が…」

「い、いや、大丈、夫。短距離、だったし?」

「全然大丈夫じゃないでしょ馬鹿!!」

「誰が馬鹿さ」

 

 

じつはあんまり大丈夫じゃないけど。さすがにこちゃん。

 

 

「…もういいわ。今日はここまで」

 

 

そして降ってくる絢瀬さんの声。近年稀に見る愛想尽かした人の声だった。

 

 

「ちょっなにそれ!」

「そんな言い方ないんじゃ?!」

「私は冷静に判断しただけよ。これで自分たちの実力がわかったでしょ」

 

 

反論も意に介さず冷たく言い放つ綾瀬さん。今は立派に氷の女王だ。今は。

 

 

「今度のオープンキャンパスには学校の存続がかかっているの。…もしできないっていうなら早めに言って。時間が勿体無いから」

 

 

徹頭徹尾辛辣にして怜悧、やはり彼女はμ'sを捻じ伏せるつもりでいるようだ。練習は厳しいし、コーチも厳しいし、やる気が削がれることこの上ない。

 

 

…でもそんなの、上を目指すならば当然だろう。

 

 

「…待ちな、絢瀬さん」

 

 

足早に去ろうとする絢瀬さんを呼び止めると、随分訝しげな顔をされた。何だいその顔。

 

 

足元はふらつくけど、やらねばならないことがある。練習が厳しくて、コーチも厳しくて、でもそれは当たり前。もちろん僕らは強豪じゃないし、コーチである綾瀬さんだって同じ学生で、そもそもアイドル研究部には縁もゆかりもないはずなのだ。

 

 

だから僕はふらつきながら、スポドリと新しいタオルをひったくり、絢瀬さんに突きつける。別に悪気があるわけじゃなく、制動が効かないから動きが大雑把になってしまうだけだ。悪気はないんだ。いやほんとに。信じて。

 

 

「今日は、ありがとね。お疲れ様」

「………波浜くん、いったい何をしているの?」

「労ってんだけど」

「…」

「こんなあっついのに、わざわざ、屋上で練習見てくれたんだしゲホッ」

 

 

わざわざ来てくれた彼女には敬意を示さなきゃ失礼じゃん。しかしむせた。かっこ悪い。

 

 

そう思って絢瀬さんにスポドリとタオルを押し付けている間に、μ'sのみんなは整列していた。

 

 

「ありがとうございました!!」

「……………え」

「明日もよろしくお願いします!!」

「「「「「「お願いします!!」」」」」」

 

 

その言葉に何を受けたのか。それはさっぱりわからないけど、心底驚いたような表情をした後、さっと振りかえって無言で出て行ってしまった。スポドリとタオルは受け取らないまま。受け取ってよ。余計かっこ悪いじゃない。

 

 

「じゃあ、今日はここまでにしよっか!」

「そうですね。…波浜先輩もあの様子では私たちを見ていられないでしょうし」

「まったく無茶して!」

「にこちゃ、酸素缶」

「はいはい」

 

 

にこちゃんは僕がいつもこっそり持ってきている酸素缶を僕の荷物から取り出して僕に渡してくれた。すぐさま口にあてがってしゅーしゅーする。そしてむせる。

 

 

「何やってんのもう!」

「死にそう」

 

 

むせた反動でやっぱりぶっ倒れた僕をにこちゃんが優しく介抱してくれる。今死んでもいい。

 

 

瀕死の僕が復帰したタイミングでみんな解散することに。また明日、絢瀬さんに教わることには誰も文句を言わなかった。にこちゃんでさえ。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

屋上で準備していると、にこちゃんと2年生ズがまずやってきた。

 

 

「にこちゃん遅かったね」

「いやあんたが早いんでしょ。私6時に起きたのよ」

「その頃にはもうここにいたね」

「あんたは…もう」

「はいはいそんなことより。絢瀬さんが来るまでに柔軟くらいしておきな」

「はーい!!」

「何でこの子超元気なの」

 

 

早起きに関してはスルーするけど、それよりも高坂さんがやたら元気だ。元からか。

 

 

「にゃんにゃにゃーん!!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 

突然屋上の扉が開いたと思ったら、星空さんが絢瀬さんを伴って突入してきた。何事。

 

 

「おはようございます!」

「まずは柔軟からですよね!」

 

 

高坂さんと南さんが元気に挨拶。なんか楽しそうだ。そして対する絢瀬さんはこれまた驚いた表情だ。

 

 

「…辛くないの?」

「何がさ」

「昨日あんなにやって、今日また同じことをするのよ。第一上手くなるのかわからないのに」

 

 

呟かれたのは疑問。ああいう練習で身の程を知らせることで心を叩き折ろうとしたのに、なぜむしろ元気になってるのか。そりゃ疑問に思うわ。僕もびっくりだわ。ていうか上手くなるかわかんないのかよ。

 

 

そして、返事は至極単純だった。

 

 

「やりたいからです!」

「…っ!」

「確かに練習はすごくキツいです。身体中痛いです!でも、廃校を阻止したいという気持ちは生徒会長にも負けません!だから今日もよろしくお願いします!!」

「「「「「「お願いします!!」」」」」」

 

 

答える高坂さんに続いて、他のみんなも頭をさげる。にこちゃんまで。にこちゃんが誰かに頭を下げるなんていつ以来だろう。なんだったら僕にも頭下げたことなんてない気がする。あれ、なぜか羨ましい。

 

 

当の絢瀬さんはよほど衝撃を受けたようで、形容しがたい複雑な表情で踵を返し、無言で出て行ってしまった。急いで追いかけようと出口へ足を向け

 

 

 

 

 

(…あれ?)

 

 

 

 

 

 

足を止める。

 

 

…何で追いかけようとしてんだ??

 

 

このままみんなに彼女の指導通りの練習をさせて、見てあげればいいじゃないか。

 

 

彼女が居なくてもできることはあるだろ。

 

 

ていうかにこちゃんに関係ない。

 

 

そう思って、とっさに出口に向いてしまった足をみんなの方に戻そうとして、

 

 

「行ってきなさい」

「へ」

「行ってきなさい。絵里が心配なんでしょ」

「…え」

「そうですよ、にこ先輩の言う通りです。追いかけてあげてください!私たちも柔軟終わったら追いかけますから!」

「いやそうじゃなく」

 

 

にこちゃんが行ってこいと言ってきた。困惑してたら高坂さんも乗ってきた。待ちなさい君たち、僕そんなこと言ってない。

 

 

だいたいなぜ絢瀬さんを心配せねばならないのか。あれか、にこちゃんに仲良くしてあげてって頼まれたからか。ああそうかそういうことだな。にこちゃんの頼みなら仕方ない。

 

 

「さ、早く」

「うん、ごめん」

 

 

そうにこちゃんに答えて、出口へ向かう。思ったより迷いなく足は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

「…あの、にこ先輩。なぜ波浜先輩を行かせたのですか?」

 

 

海未がおずおずといった様子で聞いてきた。確かに、私が茜を何処かへ寄越したことなんて今までなかったかもしれない。

 

 

「…あいつは、元々そういうやつなのよ」

「え?」

「どういうことですか?」

 

 

私の答えを理解できない様子の海未と花陽。他のみんなも訝しげな表情でこっちを見ていた。

 

 

「あんたたちと関わるまで考えもしなかったけど」

 

 

茜は「あの日」から、ほとんど私以外と、私が関わらない人と接触しなくなった。

 

 

中学も、高校も、頭いいくせにわざわざ私と同じ学校を選んでまで側にいてくれた。私はそれが嬉しかったし、茜も当然のように喜んでいた。いつも私のためにって言って私のわがままを聞いてくれて、部活作るのも手伝ってくれた。

 

 

それは、全部「()()()」から。

 

 

それが、茜と穂乃果たちが関わり始めてから変わりだしていた。

 

 

少しだけ、本当に少しだけだけど、「あの日」以前の茜に。

 

 

「…茜があんなに歪んじゃったのは、私のせいなのよ」

 

 

きっと「あの日」が。

 

 

私たちを変えてしまったんだ。

 

 

 

 

「…何だかよくわかりませんけど、」

 

 

しばらくの無言の後、穂乃果が口を開いた。

 

 

「波浜先輩はいい人ですよね?」

「初ライブの時も照明やってくれたんだよね!」

「練習も彼のできる範囲で協力してくれますし」

「…悔しいけど、背中押してくれたし」

「私たちの体調管理もしてくださってるし」

「なんだかんだいって優しいにゃ!」

 

 

穂乃果に続いてみんながそれぞれ茜のいいとこをあげていく。何よ、茜のいいとこは私が一番…げふん。

 

 

とにかく、みんな本来の茜を無意識に感じているようだ。今までの茜なら、私以外に優しくしたりはしなかったはずなのに。

 

 

この子たちとなら、元の茜を取り戻せるかもしれない。

 

 

「…そうね。茜はいいやつよ。それより早く柔軟やって茜を追いかけましょ」

 

 

 

 

 

茜は、私の本気の笑顔が見たいって言ってくれた。

 

 

でもね。

 

 

それは私も一緒よ。

 

 

私も、あんたの心からの笑顔が見たいのよ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

シリアス感出てきました。いやシリアスするならシリアスな場面に合わせようかと…。波浜少年に何があったかはアニメ一期終盤くらいに公開予定です。9人も話作らなきゃいけないので波浜君の救済はかなり早め。



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笑顔の魔法を叶えたい


ご覧いただきありがとうございます。

お気に入りも感想もぐいっと増えてほんとに嬉しいです。嬉しすぎて寿命伸びるどころか死に近づいた感さえあります。タイトル回収したしいいんじゃない??
まあまだ続きますがね!!

というわけで、どうぞご覧ください。


なお、今回一万字超えてしまったので読むの時間かかるかもしれません。




 

 

 

走らない程度に急いで絢瀬さんを追いかける。姿は見えないから足音だけが頼りだ。その足音も弱々しく、ずいぶんメンタルブレイクしている模様。歩みが遅いのはありがたいけど、足音が聞き取りにくいのは困る。ここ右かな?

 

 

「うちな」

「希…」

 

 

角を曲がろうとしたところで、東條さんと絢瀬さんの声が聞こえた。足を止めて成り行きを見守る…いや聞き守ることにする。聞き守るってなんだよ。

 

 

「えりちと友達になって生徒会やってきて、ずーっと思ってたことがあるんや。…えりちは本当は何がしたんやろって」

 

 

そういえば長らく東條さんと関わる機会がなかったから忘れていたが、この2人は教室でも生徒会でもいつも一緒にいる無二の親友だ。そんな彼女は絢瀬さんが廃校阻止のために孤軍奮闘している間、何をしていたのだろう。こうして彼女が揺らぐ瞬間を待っていたのだろうか。

 

 

「ずっと一緒にいると、わかるんよ。えりちが頑張るのはいつも誰かのためばっかりで、だからいつも何かを我慢してるようで…全然自分のことは考えてなくて!」

「…!」

 

 

だんだん声に力がこもってくる。いつもの余裕綽々な言動もなりを潜め、ただ必死に親友に言葉を投げる。きっとこれが東條さんの本心で、ずっと綾瀬さんに伝えたかったことなんだ。だったら僕の出る幕じゃない。

 

 

「学校を存続させようっていうのも生徒会長としての義務感やろ!だから理事長はえりちのこと、認めなかったんと違う?!」

 

 

そういえば、理事長さんも絢瀬さんの活動を結構認めなかった。彼女は気づいてたってことか。綾瀬さんは義務感で、僕らはやりたいから。理事長として、学生である僕らにとって許可すべきはμ'sの方だと判断したのだろう。

 

 

「えりちの…えりちの本当にやりたいことは?!」

 

 

涙声だった。今の今までの、親友であるが故に気付けた本心、そして親友であるが故に言えなかった本心。東條さんの中で溢れる想いが器を超えたのだろう。最近本当に泣き声を聞く機会が増えてしまった。全然嬉しくない。

 

 

2人は無言だった。僕も当然無言で、廊下は静まり返っていた。といっても実際は朝練やってる運動部とか吹奏楽部とかの音はそれなりに聞こえている。もちろん屋上で練習してるμ'sの声も。

 

 

その一切が完全に途切れた一瞬。いい加減出て行こうかと思った矢先、遂に沈黙が破られた。

 

 

「何よ…。なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!」

 

 

またもう1人分。

 

 

泣き声が増えた。

 

 

「私だって!好きなことだけやって、それだけで何とかなるんだったらそうしたいわよ!」

 

 

堰を切って溢れ出した本心は、いっそ銃声よりも激しく聞こえるほどだった。誰かのために身を削り続けた氷の女王の、生身の部分の慟哭だった。

 

 

「自分が不器用なのはわかってる!でも!…今更アイドルを始めようなんて、私が言えると思う…?」

 

 

全部吐き出して、走り去る足音。追いかける足音は聞こえなかった。そろそろ出番か。

 

 

「…聞くつもりはなかったんだけどね」

「…」

「追ってみたら全部聞こえてしまったよ。ごめんね」

「…」

「…えーっと東條さん?」

 

 

後ろから話しかけても無言である。ガン無視ですか?傷つくなあ。まあ僕にはにこちゃんがいるからいいや。そう思って横を過ぎようとすると、俯いて泣いている東條さんの横顔が目に入った。彼女より背が低くてよかった、素通りするところだった。ん?よかったのか?

 

 

「…うちじゃ、助けられんかった」

「誰を?」

「えりち」

 

 

鼻をすんすん言わせながら、震えながら話す東條さん。そのままへたり込みそうなほど悔しそうだ。悔しそうで、哀しそうだ。

 

 

「えりち、いつも誰かのために、みんなのためにって、頑張ってた、から、うちが、うちだけでも、えりちのためにって、」

「はいはい落ち着きなさい。まだ授業始まってもいないのに泣かないの」

 

 

せめて放課後にして。タイミングの問題じゃないって?そんなこと言わずにさ。

 

 

「でも」

「でももだってもないの。人ひとりが出来ることなんてたかがしれてるってこと、君も絢瀬さんも学ばなきゃね」

「じゃあ、どうしたらいいって言うん?波浜くんなら何とか出来るって言うつもりなん?」

 

 

涙目でこっちを睨む東條さん。そんな顔も出来るのね。怖いわー。超怖いわー。

 

 

「今ひとりで出来ることなんてたかがしれてるって言ったばっかで、そう言っちゃうのは馬鹿っぽいでしょ。単純な話、ひとりじゃなければいいんでしょ」

 

 

それだけで伝えて東條の横を過ぎる。足音の方向と距離からして、生徒会室には向かってない。それ以外で絢瀬さんが行きそうなのは…教室かな?

 

 

「そんな、そんな簡単にっ…!」

「簡単だよ。だって今から僕が行くし、僕にはにこちゃんがついてるし、にこちゃんにはμ'sのみんながいる。総勢9人、単純計算なら9倍効率。僕らが君ほど活躍できなくても、2倍くらいにはしてやる」

「…」

「東條さん、そんなに自分を責めないで。君が役に立たなかったんじゃない、絢瀬さんが思ったより頑固でぶきっちょだっただけ。君の過失じゃない」

「でも、えりちは…!」

「君の親友。そうだね、きっとそうだと思う」

 

 

絢瀬さんも東條さんも、結局優しすぎたんだろう。絢瀬さんがどうのこうの言ってるけど、東條さんがやってることも結局自分度外視の自己犠牲だもの。「自分よりみんなのために」、「自分よりえりちのために」。行動の仕方が違うだけで理念は同じ、結局はお互いのサポート範囲である自身を軽視してしまったが故に起きた誤算。

 

 

だったら、彼女らをまとめてフォローできる子を放り込めば万事解決だ。

 

 

「でも僕だって友達のつもりで、にこちゃんも一緒に友達なんだ。親友だからって自惚れるな、相手の全てがわかるなんて、全てが救えるなんてとんだ傲慢だ。僕ですらにこちゃんの全部は知らないし、にこちゃんひとり未だに救えないんだぞ」

 

 

実際それは僕ではなく、にこちゃんでもないと思う。

 

 

でも、それが出来そうな人に心当たりはある。

 

 

「…でも」

「あーはいはいわかったわかった。それでも救いたいなら、後から来る女神さんたちと合流してから追ってきなさい。僕は先に行って時間稼ぎしてるから」

「ま、待って…」

「待たない」

 

 

振り向かずにガンガン歩いていく。東條さんはなんだかんだ足が動かないらしかった。頭の処理が追いついてないんだろう。仕方ない、ため息をついて一度立ち止まり、少し振り向いて言葉を発する。

 

 

「一旦頭を冷やしな。行き当たりばったりじゃ救えるものも救えない」

 

 

少し厳しめなことをいったら微妙に気まずくなってしまったから、また前を向いてさっさと歩き出した。きっと僕は悪くない悪くないよ。

 

 

理由はわからないけど、にこちゃんのためになるかどうかはこの時頭に浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

「さて、話をしようか」

「…っ、波浜くん…」

 

 

案の定教室にいた。教室の扉を開けると同時に声をかけると、絢瀬さんは半泣きかつ驚いた様子でこちらを向いた。今日は表情筋が忙しいね。

 

 

「…何よ、今日は練習を見る気分じゃ

「さっき東條さんと話してるとこ聞いてしまったからさ」

「…!」

 

 

不機嫌そうな表情が明らかに引きつった。そりゃそうか、親友に非難をぶちまけるのを聞かれたらそりゃ嫌だ。

 

 

「…だったら何なのよ。説教でもしにきたの?」

「うん」

「それなら…え?」

 

 

苛立ち募る中、僕の答えが予想外だったらしく呆気にとられた様子の絢瀬さん。何しにきたと思ったんだ。

 

 

「うん、説教しにきた」

「え…え?あの、」

「ちなみに反論は受け付けない」

「えっ」

 

 

とりあえずぼけっとしている間に畳み掛けよう。

 

 

「全く、氷の女王とはよく言ったもんだ。自分一人で何が救えると思ったんだ君は。傲慢も極まるね」

「…生徒会長だもの。私が学院を救わなくて誰が救うって言うのよ」

「そこが傲慢だって言ってるのに」

「どこがよ!それなら君なら廃校を止められるって言うの?!」

「そんなわけあるか。そもそも主語がおかしいんだよ君」

「…何を言って、」

「『僕が』『私が』じゃないだろう。…『みんなで』救うんだろ、音ノ木坂を」

 

 

息を飲む音がした。まるで盲点だったと言わんばかりに。そういうところが思い上がりだと言っているのにもう。

 

 

「普通に考えなさいよ。廃校を阻止したいのは君だけじゃなかったでしょう?東條さんだったり、にこちゃんだったり、高坂さんだったり、きっと生徒会の皆様も。他にも探せばいっぱい居たと思うけど、それらに目を向けずに勝手に突っ走ったのは、君でしょう?」

「…それは、」

「君はみんなの意見をちゃんと聞いたか?アンケートとか取ったか?聞いた上で、気に入らないからとか不合理だからって君の主観で切り捨てなかったか?全部聞けとはさすがに言えないけど、多くの意見から最善を引っ張り出すとかいうのは考えなかった?」

「…」

 

 

返事はない。図星だったんだろう。

 

 

「μ'sは気に入らなかったかい?行き当たりばったりでやってるスクールアイドルなんか当てにできなかったかい?残念だけども、あの子たちは君のやり方よりはるかに注目を集めているよ。何故だろうねぇ、君はあんなダンスじゃ響かないっていうのに」

「…それは…」

 

 

何かを答えようとする絢瀬さん。意外にも、何か心当たりがあるようだった。

 

 

「亜里沙が…妹が言ってたわ。μ'sのライブを見てると胸が熱くなるって。一生懸命で、目一杯楽しそうで…元気が、もらえるって」

 

 

君妹いたんかい。何ともいいこと言う妹さんだ。オープンキャンパス来るだろうか。いやそんなことより、絢瀬さんもことの本質は薄々わかっていたようだ。

 

 

「何でだろうね?」

「何でって…」

「さあ、初ライブで高坂さんが何て言ったか思い出そうか。さっき屋上で何て言ったか思い出そうか。…東條さんの言葉を、思い返そうか」

 

 

何故だろうか、別に歌とか踊りが上手でもないのに、応援したくなる人がいる。一流じゃないけど、頑張れって言いたくなる人がいる。いつぞやにこちゃんが「オーラ」とか呼んでいた代物を持つ人。

 

 

そういう人は、例えば高坂さんのように、決まってこう言うのだ。

 

 

「『()()()()()()』。きっと自分がやりたくてしょうがないし、楽しくて仕方ないし、それだけで元気いっぱいになれるから。そんな人を見ていると、こっちも楽しくなるし、頑張らなきゃって思える。にこちゃんもそうだったよ。本当に楽しそうで、嬉しそうで、最高の笑顔だった。それを見れば周りの人たちもみんな笑顔になれるくらいだったよ。で、東條さんは何て言ってたっけ?」

「…希は、私のやりたいことはって…」

「嫌々やってることに心なんて動かない。気持ちなんか揺るがない。東條さんはそういうことを言ってたんだろう。やりたくないことやっても気合は入らないし、人の心なんて動かせるわけもないからね」

 

 

結局はそういう話。

 

 

みんなのためにではなく、自分のためにでもなく。その両方のために頑張れる原動力は、やっぱり「やりたい」ということ。何がどうだか何て関係ない、一切合切合理論はすっ飛ばして、好きだからやりたいからの一心で貫けるなら、それはきっと万人の心を動かすのだ。

 

 

「まあ、君が何をしたいか何て僕は知らないわけだけど。君さっき何て言ってたっけ。好きなことだけやって、それだけで何とかなるんだったらそうしたい、だったかな」

「…ええ、そう、言ったわ」

「そうすればいいじゃないか」

「簡単に言ってくれるわね」

「簡単だからね。君みたいに頑固かつ不器用でなければ」

 

 

明らかにムッとした様子の絢瀬さん。随分かき氷お嬢ちゃんに戻ってきた。いいね、その方が話しやすい。

 

 

そう思って満足げにしていると、不意に扉が開いた。その先にいるのは、高坂さん筆頭のμ'sの面々+東條さん。ちゃっかり涙の跡は消してある。流石だ。っていうかみんな早かったね。

 

 

「…さて、本命も到着したし、あとはお任せするかな」

「え、さっきまでしていた話は…?」

 

 

さっさと皆様の後ろに引っ込む僕に戸惑う絢瀬さん。そりゃそうだ、急に会話切っちゃったもんね。ごめんね。

 

 

「僕のお話はおしまい。時間稼ぎでしかなかったし。ここからクライマックスなんだから、演出側の人間は舞台にいるわけにはいかないの」

 

 

そんだけ言って、後はお任せ。何か合図とかする必要もなく、高坂さんが絢瀬さんの目の前に躍り出る。続いて他の面子も。

 

 

「あなたたち…」

「生徒会長…いえ、絵里先輩!お願いがあります!」

「練習?それなら昨日言った課題を…」

「絵里先輩、μ'sに入って下さい!」

「…!!」

 

 

驚いた様子の絢瀬さん。僕も予想していたし、その他大勢も笑顔である。こうなることは前もって知らされていたか、みんなこうなると思っていたのだろう。なんか適応してきちゃったなあ。

 

 

「一緒にμ'sで歌って欲しいんです!スクールアイドルとして!!」

「…何を言ってるの?私がそんなことするわけ

「するんだよ」

「ない…え?」

「そうよ。やりたいなら素直に言いなさいよ、絵里」

「にこちゃんが言うかい」

「何よ」

 

 

未だ強情にも拒否しようとする絢瀬さんの言葉を遮り、にこちゃんが追い打ちをかけた。ただし台詞はブーメランになってるよにこちゃん。

 

 

「ちょ、ちょっと待って、別にやりたいなんて…大体私がアイドルなんておかしいでしょ?!」

「なんかおかしいかな」

「おかしくないわね」

「やってみればええやん。特に理由なんて必要ない。やりたいからやってみる。…本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?」

 

 

よくわからない主張を3年生仲間で捻じ伏せる。これには絢瀬さんも困惑だ。困惑しつつも、少しずつ嬉しそうな表情になる絢瀬さん。そこに高坂さんが手を差し出した。

 

 

「…いいの?あんなに、邪魔したり、嫌がらせしたりしたのに…」

「自覚はあったんだね」

「むぅっ」

 

 

揚げ足をとるとムッとされた。ごめんて。

 

 

「いいんです!私たちだって、絵里先輩とスクールアイドルをやりたいんですから!」

 

 

元気よく答える高坂さん。この子器大きいねえ。流石リーダー。こういうところはきちんとリーダーだね。いや、こういうところでしっかりしてるからリーダーなのか。

 

 

高坂さんの返事を聞いた絢瀬さんは遂に笑顔になり、真っ直ぐ高坂さんの手を取った。やっと、意地っ張りな生徒会長が、絢瀬絵里としてやりたいことを掴んだのだ。

 

 

「絵里先輩…!」

「これで8人!」

「僕入れて9人ね」

「…あっ」

 

 

南さん酷くないかい。まあ僕はマネージャーだけどさ。

 

 

まあそれよりも。もう一つやりたいことがあるんだけど…にこちゃん最優先をいい加減遵守しないと、って思ってたらにこちゃんと目が合った。にこちゃんは真摯な目で頷いて見せた。やれってか。にこちゃん僕が何を思ってたかわかったのか。何それ照れる。

 

 

とりあえずGOサイン出たので、やる。

 

 

「…で、どうするの東條さん」

「…どうするって?」

「にやにやしてるってことは察してるでしょうに。君はμ'sに入るのかって」

 

 

以前から思ってはいたのだ。やたら肩入れする割にはμ'sに入ろうとしないな、とは。その原因が絢瀬さんだとしたら、もう障害はないはずなのだ。

 

 

「…ふふ。にこっちのことばっかり考えてるかと思ったら、結構よく見てるんやね」

「いや僕はにこちゃんのことしか考えてないよ」

「ふんっ」

「んぎゃ」

 

 

肘が脇腹に刺さった。痛い。にこちゃん手加減プリーズ。

 

 

「…占いで出てたんや。このグループは9人になった時、未来が開けるって。…だからつけたん。9人の歌の女神…μ'sって」

「ええ?!」

「じゃあ、あの名前をつけてくれたのって希先輩だったんですか?」

「うふふっ」

「薄々そんな気はしてたけどねえ…。神話の女神なんて如何にも君が好きそうなジャンルだし」

 

 

よく占いがどうとかカードがどうとか言ってるもんね。タロットを持ってるのもよく見かけるし、そういう類の話には詳しいと思っていた。

 

 

「あと、うちらを照らす太陽さんと、うちらを守る騎士さんもね」

「流石に僕に二役は厳しいんだけど」

「せやね。だからあと一人。マネージャーが必要かもしれへんね」

 

 

心当たりはまったくないんだけどね。みんな頑張ってさがして。

 

 

「まったく、希ったら…」

 

 

呆れたように微笑んだ絢瀬さんは立ち上がって扉へ向かう。

 

 

「絵里先輩、どこへ?」

 

 

園田さんが問いかけると、さっきまで半泣きだったくせにすっごい笑顔で振り向いてこう言い放つのだ。

 

 

「決まってるでしょ。練習よ!!」

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。授業後の練習に行く前に生徒会の仕事があるため、希と一緒に生徒会室に向かっているときだった。

 

 

「…えりち、波浜くんのこと…どう思った?」

「え?波浜くん?」

 

 

希が急に問いかけてきた。波浜くんといえば、にこのことばかり考えている、かなり意地の悪い男子だけど…どういう意味で聞いてきたのかしら。

 

 

「今朝の波浜くん、いつもと違ったと思わへん?」

「いつもと…?」

 

 

確かに説教くさかったけど、いつも通りだったと思う。

 

 

「いつもの波浜くんは、にこっちの側にいつもいて、行動の中心が全部にこっちなんよ。…今朝みたいに、自分から動くのは珍しいと思う」

「そうかしら?μ'sの初ライブの時とかも一人で行動してたと思うけど」

「そうなんよ。彼、μ'sと関わり始めてから、一人で行動することが増えてるん。1年生のときも、2年生のときも、男の子一人しか居らへんかったからよく見てたんよ。その頃はにこっちにべったりで、長時間離れるのは見たことない」

「うーん…」

 

 

そうだったかしら。…恥ずかしながら、今まで学校のためにってことでいっぱいいっぱいで、波浜くんのことは試験の成績上でしか見なかったからあまり記憶にない。

 

 

「それでね。なんとなくだけど、今朝の波浜くんの方が…いつもよりよく喋るな、とも思ったんよ」

「あ、それは私も思ったわ。すごく口が回ってた」

 

 

ついでに自分のことを棚に上げすぎとも思ったけど。あなただってにこのことしか考えてないじゃない、って。でも大人気ないのでそれはナイショ。

 

 

「いつもとは別人みたいに心配して、周りを見て…全体を見て行動してた。にこっち中心じゃなくて、波浜くん本人を中心に。うちらの悪いところもちゃんと叱ってくれて、たまに口調も変わって…でも、いつもみたいな芝居がかった感じじゃなくて、とても自然な話し方だったと思う。だから、うち思ったんよ」

 

 

珍しく真剣な顔の希は、真っ直ぐ私を見てこう言った。

 

 

「もしかして、波浜くんって本当は———」

 

 

 

 

 

 

 

さて、オープンキャンパス前日なわけですが。

 

 

「…困った」

 

 

うん、困った。

 

 

何がって、会場が芝の上の特設ステージなのだ。いやそれの何が困るのかって話かもしれないが、芝の上にトラックやらフォークリフトが乗り込むわけにはいかないのだ。傷むから。特設ステージの骨組みだって接地面を目一杯減らしたものを選んできた。

 

 

選んだはいいが、設置する場所まで運ぶ手段が、手運びしかない。

 

 

新メンバー追加による仕事の増加もあるし、絢瀬さん考案の練習スケジュールに手を加えたりしてたら会場がどこか確認するのをすっかり忘れていた。照明演出失格である。引退しよかな。

 

 

一応ヒフミのお嬢さんらが頑張ってくれてるが、所詮一般の、しかも女の子である。骨組みもアルミ合金とは言えそこそこ重い。だいたい僕には持てない。このペースだと今日中に終わらないというか、夜が明けても終わんない。やばい。照明器具の設置もしなきゃいけないし。やばい。とても。

 

 

「むー、いっそ設営業者に無理言って派遣してもらうか?いや今から頼んでもすぐには来れないだろうし…むむむ」

「…おい」

「人脈が狭いからなあ…。桜か天童さんか…あいつら?ダメだ、パワーが足りるビジョンが浮かばないわ。台車とかでどうにかするしかないのか…」

「おい」

「しかし照明器具はどうするよ。振動に弱いのも無くはない。あんまり負荷かけたくないんだよな…あーくっそどうするかなぁぐぇ」

「聞いてんのかコラ」

 

 

首根っこをつかまれてぶら下げられる。気分は首を咥えられた子猫だ。嬉しくない。っていうか、僕が軽いとはいえ片手でぶら下げるって何事。

 

 

僕を引っつかんだ何者かは、そのまま僕は自身の目の前に持ち上げた。…デカい。すっごくデカい。2mあるんじゃなかろうか。射抜くような三白眼をサングラスで隠し、銀髪をオールバックでまとめていてなんかヤのつく一族みたいだ。あと筋肉やばい。とにかくやばい。

 

 

「何さ、僕は忙しいんだけど」

「状況の割には冷静だなオイ…。忙しいのはわかってる、というか忙しそうだから声をかけてるんだ」

「はあ。嫌がらせかな」

「違ぇよボケ」

「口が悪いね」

 

 

礼儀がなってないね。そもそもいきなり人の首を引っ掴むようでは礼儀もクソもないか。

 

 

「手伝うぞ」

「はいはいだから…んん?」

「だから手伝うぞ」

 

 

んんん?

 

 

どうしてそうなった。

 

 

「えーっと…ありがたいけど、何で?」

「何でってお前…μ'sのライブなんだろ?」

「うん、いやそうなんだけど理由になってないよね」

「μ'sのファンだ」

「うん」

「…それ以上なんか要るか」

「………いや、うん、わかったよ」

 

 

まったく脈絡がないけど、まあパワーありそうな人が手伝ってくれるならありがたい。ここはお言葉に甘えようか。

 

 

「じゃあまずは…」

 

 

 

 

 

 

 

やばい。

 

 

彼、なんか、こう、強い。

 

 

「おいこの骨どこだ」

「向かって右の奥の方。番号書いてあるからその通りに」

「了解」

 

 

…何で片手で2本も骨持ってるんだろう。女の子たち見なよ。両手で1本でしょ。君は両手で4本だよ。おかしいよね。いや片手で僕を持ち上げれるんだからまだ余裕あるのか。なんだ彼。強い。

 

 

「さらに僕を肩車する理由がわかんない」

「あ?指示が聞きやすいだろ」

「そんだけの理由でウエイトを増やすのか」

 

 

筋肉ダルマめ。

 

 

「おらコレどこだ」

「ステージの角だよ。うん、そこ」

 

 

筋肉ダルマのくせに察しがいいのだ。しかも仕事は丁寧、照明器具も慎重に持ってくれる。なんだ彼、強い。

 

 

「この鉄骨はなんだよ」

「あー、後ろのアーチ用のトラスだね。裏側だよ」

 

 

彼が指さしたのはアーチ状のアルミ合金製鉄骨群。個々のサイズは大きいけど見た目よりは軽い。彼なら楽々持てるだろう。十数本あるから何度か往復が必要だけど。

 

 

「これ縛ってあんのか?」

「そうそう。その紐っぽいやつは切っちゃっていいからね」

「ああ、そうする…後でな」

「は?」

 

 

筋肉マン君はおもむろに積んであるアーチの最下段をむんずと掴むと、あろうことか全部一気に持ち上げた。パラパラと土が落ちる。何これ世紀末?頭上に鉄骨が浮いてるんだけど。

 

 

「…何してんの?」

「この方が早いだろ。つーか軽いなこれ」

「嘘だろ」

 

 

予想以上に脳筋だった。脳筋すぎるだろ。

 

 

でも、そのおかげで予想外に早く準備が進み、照明の仕込みまで終わらせられてしまった。屋上でリハーサルしてるにこちゃんとは一緒に帰れないかと思ったらいい感じに間に合いそうだ。

 

 

「…いや、本当に助かった。ありがとね」

「おう」

 

 

短く返事する筋肉マン君。下から見上げると威圧感恐ろしいんだけど。ヤンキーも裸足で逃げ出す勢い。いやマジで。

 

 

「明日も聞きにくるでしょ。名前は?」

「…滞嶺、創一郎」

「滞嶺君ね。覚えた」

 

 

滞嶺…そういえば以前、小泉さんが1年生に滞嶺っていう男子いるって言ってたな。君か。いや校内に制服でいる男子なんだから消去法で彼しかいなかったわ。

 

 

「あー!波浜先輩!お疲れ様です!…って、わああ?!」

「準備はもう終わっ…ぴぃ?!」

「穂乃果、ことり、どうしまし…ひっ?!」

 

 

自己紹介を終えたところで、ちょうどμ'sのみんなが校舎から出てきた。出てきたはいいけど、2年生の皆様が滞嶺君におビビり申し上げてる。失礼でしょ、と言いたいところなんだけど、何というかしょうがない。見てくれの恐さが半端ないもん。3年生ズも警戒してる。滞嶺君は気にしてなさそう…いや、しょげてる。グラサンの向こうの目が悲しそうになってる。意外と豆腐メンタルなのか。

 

 

「あっ滞嶺くんにゃ」

「こんな時間にどうしたんですか?」

「授業は午前中で終わったじゃない。早く帰りなさいよ」

 

 

おや。1年生ズは恐がってない。むしろめっちゃフレンドリー。仲良いの?意外。

 

 

「…野暮用だ」

「彼、設営手伝ってくれたんだよ」

「おい」

「そうなの?!ありがとう!」

「ん、お、おう」

 

 

何故かはぐらかそうとしていたので暴露した。怒られそうになったけど星空さんが先手を打ってくれた。ありがとう。

 

 

「あのー、凛ちゃん…知り合い?」

「同じクラスの滞嶺創一郎くんにゃ」

「い、1年生?!」

 

 

高坂さんと園田さんが仰天している。まあ1年生には見えないよねえ。でかいし。恐いし。…でかいし。

 

 

「お、大きいわね…」

「208cmだ」

「にこちゃんに50cm足しても届かないね」

「茜もでしょ」

 

 

でかすぎない?

 

 

しかし、そんな巨人に対してもまったく物怖じしない子もいる。特に星空さんはさっきからひたすら滞嶺君の手を引っ張っている。

 

 

「一緒に帰ろーよー!」

「帰らねえよ…つか押すな」

「んぐぐぐぐ…重いにゃ!」

「145kgだからな」

「ひゃくっ…?!」

「重戦車かよ」

 

 

なんだこの怪物。そして何故そんなに懐かれているのか。

 

 

「そんなこと言わずに、せっかくなのでスクールアイドルについて話を…!」

「受けて立とう」

「にゃー!凛とも遊んで!」

「片手間にな」

「何やってんのよもう」

「理解が追いつかない」

「安心して波浜くん、私もよ」

 

 

何故か鼻息荒い小泉さんの提案にノリノリな滞嶺君。ご不満な様子の星空さん。呆れる西木野さん。うん、意味がわからん。

 

 

まあ、とりあえず彼がいい人ってことだけはわかった。そうじゃなければ、星空さんはともかく小泉さんが仲良くしない。そもそも僕を手伝ってくれたしね。今度バイト代払おう。

 

 

 

 

 

 

そして、オープンキャンパスでのライブは。

 

 

「皆さん、こんにちは!私たちは、音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!」

 

 

たくさんの人が来てくれて。

 

 

「私たちは、この学校が大好きです。この学校だからこのメンバーに出会えて、この9人が揃ったんだと思います」

 

 

多くの人が目を輝かせ。

 

 

「これからやる曲は、私たちが9人になってはじめてできた曲です。私たちの、スタートの曲です!!」

 

 

何より。

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「聞いてください!『僕らのLIVE 君とのLIFE』!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

みんなの、にこちゃんの笑顔が。

 

 

 

とっても輝いていた。

 

 

 

 

ここからまた始まる。にこちゃんの笑顔の魔法を、世界に広めるのだ。

 

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

タイトルは無事回収できましたが、まだまだお話は続きますよ。むしろここから本番ですね。だんだん他の男たちも出てきます。


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幕間:まだ見ぬ者たち


ご覧いただきありがとうございます。

今回もお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました。ありがとうございます。また寿命が伸びました。え?このノリいい加減飽きた?なんと言われようと私はお気に入りしてくださった方への敬意を怠らない!!
あと17話が16話のUA超えてるのは何故でしょうか。鬼鮫先生の名言効果でしょうか。お身体に触りますよ()

今回はオリジナル回、残る男たち総出演です。9人も覚えていられるか!!って言われそう。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

俺こと天童一位は、今日は喫茶店にて舞台の打ち合わせに来ている。舞台のモデルとなって頂いた天才文学者・松下明(ペンネームは柳新一郎)と、天才俳優・御影大地の2人が今、俺の目の前に座っている。

 

 

松下先生(18歳)は、茜ほどではないが背も低く線も細いメガネ系男子だが、俺と同期であるにも関わらず単身イギリスに留学して博士号を取得し、既に准教授の地位にいるスーパーアクティブバケモン野郎だ。まあかく言う俺も天才劇作家なわけだから人のことは言えない。齢18で年収700万なら凄いもんだろう。脚本作りに伴う著作権料とか印税とかが格が違うんだよ格が。

 

 

大地も同じく18歳で、背は高いわ体格いいわ顔はいいわ声はいいわで人生勝ち組野郎だ。しかも努力家で謙虚という人生のチーターだ。背後から刺されても不思議じゃない。俺も負けてないけどな。身長178cm、体重75kg、握力は42kg。あれ、割と普通じゃね?大地死すべし。

 

 

「ちくしょうこれだから人生はっ!!!!!!」

「…突然何言ってんの天童」

「お店の中ですから、あまり騒がないように」

 

 

ダァン!!!と喫茶店の机に拳を叩きつけると、大地からも松下先生からも冷やかな視線とお言葉を頂いた。ちくしょう人生勝ち組野郎どもめ、脚本家なめんな。全然モテないんだぞ。涙出てきた。

 

 

「俺は今人生の理不尽さに必死に抵抗してんだよ」

「あー、病院行く?」

「病院で治るでしょうか」

「しばくぞ」

 

 

今すぐその可哀想なモノを見る目を止めるんだ。泣くぞ。

 

 

「天童、今日は舞台の打ち合わせに来たんだろう?よくわからないリアクションしてる場合じゃないよ」

「ド正論過ぎてぐうの音も出ねぇ」

 

 

大地の諭すような言葉で我に帰る。そうだ絶望してる場合じゃねえ。

 

 

「まあ今日は大地に松下先生のパーソナリティを掴んでもらうための会食だ。ただ飲んで食ってしてればいいぜ」

 

 

実在する人物をモデルにする場合は、できるだけ本人に近い言動を心がけたい。その方がリアリティが出るし、見ている人もわざとらしさを感じにくい。それは脚本家の自分だけでなく、演じる側である俳優にも頼んでいることだ。大地は良く出演してもらっているからそこら辺の勝手はわかってくれているだろう。

 

 

「僕のことは先生なんて呼ばなくていいですよ、同い年なんですし」

「そうか?じゃあそっちも敬語じゃなくていいぜ、明」

「じゃあお言葉に甘えて。でもある程度の敬語は癖なので許してくださいね」

 

 

とりあえず向こうも堅苦しいのは避けたいようで好都合。やっぱり縁のあった人とは仲良くしたい。

 

 

「にしてもいきなり名前呼びかい?なかなか大胆だな」

「大地もそろそろ俺を名前で呼んでいいんだぜ?」

「やだよ、君の名前『一位』じゃないか。人の名前って感じがしない」

「失礼極まる」

 

 

仲良くしたいって言ってんだろ人の名前をバカにすんなちくしょう。

 

 

「僕はいい名前だと思いますよ。名前負けしてる感は否めないけど」

「あんたも大概失礼だなおい」

 

 

味方はいなかった。帰りたい。

 

 

「天童は置いといて。松下先生…おっと、松下君でいいのかな?」

「呼び捨てで構わないよ、御影君」

「天童じゃあるまいし、流石にいきなり呼び捨ては厳しいよ。松下君は文学者らしいけど、実際何してるの?」

「主に文献の解釈かな。時代は古代から現代まで、世界各国の文学作品を評価している」

「へえ…なんか想像も及ばないな」

 

 

本当に置いてかれた。

 

 

「あれ、でもペンネームの柳新一郎って小説家だよね?小説も書いてるの?」

「ええ。それに小説だけではなく詩も書いていますよ。学んだ文学の叡智を形にしてみたくて始めたんだけど、意外と好評で」

「おうおう、今回の舞台も柳新一郎の詩集、『未来の花』が題材だぜ。小説は結構有名だが、詩集はなかなか手を出す人が少ないからな。俺の舞台で広めようかと思ってよ」

「急に復活したね」

 

 

何を隠そう今回の舞台、この俺が詩集「未来の花」に感銘を受けて、せっかくだから世に広めようと思って作った劇なのだ。柳新一郎という名は小説の分野では有名なのだが、詩集となるとそれほど出回っていない。そもそも詩集を買い求める人が減ったというのもあるだろうが、お蔵入りにするにはとても勿体ない。なに?詩集読んでるなんて意外だって?脚本家であり劇作家なんだからそこら辺の人の数倍本読んでるわなめんなばーか。

 

 

「これでも結構柳新一郎の作品は読んでるんだぜ。意外かもしれねーがな」

「意外だね」

「ノータイムで答えたなお前」

 

 

そんなに意外か。泣くぞ。

 

 

「普段どんな扱いを受けてるかが如実に現れてますね」

「泣きたい」

「まあ天童なんてそんなもんだよ」

「キレそう」

 

 

いい加減キレていいか?

 

 

「他人との関わり方が明らかというのは、人となりが把握しやすいという意味では非常に良いと思いますよ。今日はそういう会なんでしょう?」

「俺がわかりやすくてもなー」

「監督が親しみやすい人だとわかったら安心すると思うよ」

「大地、お前ほんとにそう思ってんのか」

「心外だな、思ってるよ」

「…そうか、それはすまん」

「まあ大体いじりやすいからいじってるだけだけど」

「ようし歯を食いしばれ」

 

 

一瞬反省した俺を殴りたい。いやその前に大地を殴る。許さん。

 

 

「喫茶店で暴れないでくださいよ、追い出されますよ」

「何も言えん」

「あはは、なんだかんだで僕らいいトリオかもね。いじり役いじられ役諌め役って」

「俺の役回りが損しかねぇ」

「愛されてるじゃないか」

「こんな愛いらねえ」

 

 

イジりを愛と形容する文化はどこから来たんだ。オラこんな愛嫌だ。許さん。今日俺誰も許してねぇな。

 

 

「そんないじられ役の天童君は最近のトレンドとか知りませんか?」

「ツッコまんぞ、おおツッコまんぞ。最近のトレンドっつったらあれだろ、スクールアイドル」

「天童、高校生に手を出すのはどうかと」

「出さねえよ。つか最大でも3歳しか変わんねえじゃねか」

「いや天童が女子高生と付き合ってるって言われたらちょっと警察呼んじゃう」

 

 

不本意だが字面だけ見ると確かに結構ヤバイ香りがする。実際手を出す気なんてさらさらないわけだが。ないぞ?何疑いの目を向けてんだ。

 

 

「別に手を出そうなんて考えてねえ。SoSの野郎がよく話してるから興味が出ただけだ」

 

 

SoSは、サウンドオブスカーレット(Sound of Scarlet)…つまり茜のことだ。基本的にA-phy(えいさい)の3人で俺意外の2人(茜と桜)は外部への露出をめっちゃ嫌うため、極力本名は出さないようにしているのだ。面倒なやつらめ。

 

 

「SoS…グラフィックデザイナーだよね。アイドル好きなの?」

「いや、幼馴染がスクールアイドルやってるから話題に上るだけだと思うぞ」

「スクールアイドルといえば、μ'sの作詞の方が以前、僕の詩を引用したいと申し出がありましたね」

「マジで」

 

 

大地はともかく、明はアイドルなど興味ないとか思っていたのだが、まさかまさかのμ'sに関わりがあった。世間狭し。

 

 

「アイドルが僕の詩を読んでいるなんて想像もしませんでしたよ」

「だろうね」

「教養の深いヤツもいるもんだな」

 

 

にこちゃんもだいたいオツムは弱い子だし、リーダーの子もあんなんだし、類友というヤツでそんな子ばっかりかと思ってた。

 

 

「そもそも谷川俊太郎先生や宮沢賢治先生、寺山修司先生の詩をそのまま歌にしているスクールアイドルもいるそうですからね」

「合唱曲かよ」

「…ごめん、寺山修司ってどなたかな」

「…なんですって?」

「お前…寺山修司知らんのか…」

「あー、うん…えっなにこれ、地雷踏んだ?」

 

 

詩人に詳しい教養人たちの前で有名な詩人を知らぬと答えるとは浅はかなり、大地。

 

 

この後の喫茶店会議は、本気を出した明と俺が閉店まで大地に詩人講習を行って終わってしまった。…まあ、これで大地も明がどういう人物かわかっただろ、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

「以上が手術の概要だ。波浜の方は成功率63%、雪村は83%」

「低いよ」

「贅沢を言うな…肺の手術だぞ」

「だって失敗したら死ぬやつじゃん。ゆっきーとは違うんだ」

「俺だって失敗していいとは微塵も思ってないんだがな」

 

 

僕は今日は小さな病院に来ている。べつに病気になったわけではなく、とある縁で知り合った2人の天才と話をしに来たのだ。

 

 

「私の右手と高性能な人工肺でもあれば成功率は格段に上がるんだがな、左手一本かつ臓器移植、しかも患者の体力が最底辺だとこれくらいが限界だ」

「十分化け物だと思うよ」

 

 

今、僕の前でホワイトボードに僕の肺機能再生手術案を書いているのは、18歳にして医師免許と医学部の博士号を持つ天才もとい化け物、藤牧蓮慈。右腕と右目を失っているため白衣の袖に右腕は入っていないしいつも眼帯をしているけど、不思議と違和感は感じない。そんなことより、ぶっちゃけ目が死んでることの方が心配だ。

 

 

「俺は今の義足と車椅子で十分だ。そもそも足の移植なんて聞いたことがない」

「前例がないわけじゃないから安心するといい」

「そういう問題かな」

 

 

そして、僕の隣で足の移植手術案の説明を受けているのが今話題沸騰中の天才ファッションデザイナー、雪村瑞貴。彼は両足を失っているため基本的には車椅子生活であり、今日も車椅子で病院に来ている。彼は別に目は死んでいないが、だいたいいつも半目なので気怠げに見える。でも車椅子には裁縫道具が大量に搭載されてるし、そんなのが病院に入っちゃっていいのだろうか。

 

 

今日の話し相手はこんな脱力系天才2人だ。僕も割と脱力系だから多分第三者から見たらきっととてもユルい。

 

 

「俺は足を使うこと自体が少ないからな、高い金を払ってまで足を手に入れようとは思わない」

「僕だってにこちゃんに会えなくなるリスクは払いたくないよ」

「またにこちゃんか」

「またにこちゃんだよ」

 

 

僕の人生はにこちゃんでできてるんだってば。

 

 

「その矢澤嬢とより快適に過ごせるようになるはずなんだがな」

「それで命失うわけにはいかないよ」

「難儀なやつだ」

「命は投げ捨てるものではないんだよ」

 

 

藤牧(まっきー)は医者なはずなのに命を軽視しすぎじゃないだろうか。

 

 

にこちゃんの話題を出すと、雪村(ゆっきー)が思い出したように口を開いた。

 

 

「そう、矢澤さんといえば、μ'sのメンバーだったよな」

「そうだね。ゆっきーがμ'sに興味あるなんて意外だね」

「ああ、アイドル自体は毛ほども興味無いんだが」

「それはそれで悲しいね」

 

 

真顔でアイドル全否定されるとにこちゃんラバーとしては悲しくなってくる。毛ほどは興味持ちなさいよ。いや毛ほどの興味でも無いと同義か。

 

 

「μ'sの衣装がよくできていると思ってな」

「ああ、南さんか。上手だよね、僕より」

「お前の専門は絵だろうが」

「演出も得意だよ」

 

 

グラフィックデザイナーだけど一芸特化じゃ一流とは言えないもんね。なんかの漫画で似たようなセリフ聞いたな。

 

 

「そりゃ服くらい作れるだろう」

「「お前は黙れ」」

「私が何をしたというんだ」

 

 

どうせ何でもできるバケモンは口を挟まないでください。

 

 

「とにかく一度会ってみたいものだ。まだまだ改良の余地もあるしな」

「という口実でナンパするんだね」

「お前は俺を何だと思っている」

「そんなやつだとは思わなかった」

「轢くぞ」

「誠に悪うござんした」

 

 

からかってたら真顔で脅された。ゆっきーはいつも真顔だから冗談なのかマジなのかわかんない。困る。

 

 

「μ'sに会いに行くなら私も呼んでくれ。西木野先生の娘さんに挨拶しておかなければ」

「面識あったのかい」

「そもそも私たちが入院していたのは西木野総合病院だろう。私と波浜は特に危篤だったからか、お嬢がよく病室に来ていたよ」

「覚えて無いんだけど」

「肺が潰れて意識不明だった患者が覚えてるわけないだろう」

「確かに」

 

 

意識不明なら外の様子がわからなくてもしかたないね。

 

 

僕ら3人は偶然同じバスに乗り合わせ、偶然交通事故に遭い、まっきーは右半身を、ゆっきーは下半身を、そして僕は胸をそれぞれ破壊されていた。僕は言うまでもなく、まっきーは顔まで被害が及んでいたしゆっきーの出血も尋常じゃなかったはずだけど、命が助かったのは単に西木野先生の手腕のおかげだろう。今も定期検診ではお世話になってるし。西木野さんのことは今の今まで知らなかったけど。

 

 

ちなみに、事故の生存者は4人しかいない。この集まりは事故生存者の会みたいなものなのだ。

 

 

「そういうことならちゃんと挨拶しに行かなきゃね」

「しかし私もお嬢に会うのは10年ぶりくらいだから、向こうは覚えてないかもしれないな」

「覚えてないだろ、当時向こうは5歳だぞ」

「5歳なら覚えてるかもしれない」

「お前、全人類がお前と同等に記憶残せると思うなよ」

 

 

まっきーは天才すぎて思考回路が僕らと合わない。5歳のときのことなんてそうそう覚えてないよ。僕もにこちゃんしか覚えてない。いや流石にそんなことないか。

 

 

「まあ予定が合いそうな日があれば連絡するよ。彼女らをここに連れてくる方が楽かな」

「私のスケジュール的にはそれがありがたいな…そろそろ時間だ」

 

 

そう言うと同時に、ノックとともに「先生、診察のお時間です」と看護師さんの声が聞こえた。看護師さんも恐らく立派に医学部看護学科とか出てるだろうに、未成年を先生呼ばわりしなきゃいけないとはちょっと切ない。強く生きて。

 

 

「そういうわけだ。また後日」

「うん。さあ僕らも帰ろうか、ゆっきー押してくよ」

「やめろ。虚弱体質に車椅子押されたら逆に心臓に悪い」

 

 

無視して車椅子を押しながら部屋を出る。今日も、というか今回も被害者の会は他愛もない話で終わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ぴんぽーん、と軽い音が鳴る。

 

 

それと同時に目の前の扉が勝手に開きました。入ってよいということです。

 

 

私…小泉花陽がこの家を訪れるのは一ヶ月ぶりくらいになります。最近μ'sに入ったこともあって忙しく、なかなか来れなかったんです。長らく顔を見せてなかったので門前払いを食らうかも…と内心不安だったのですが、杞憂だったようです。

 

 

扉をくぐって靴を脱ぎ、きちんと揃えてから廊下を進む。途中にある居間や和室は生活感がなく、人が住んでいるとはとても思えません。一瞬ほんとうに誰もいないのか心配になりましたが、お風呂やキッチンは少し使われた形跡があったので一安心です。でも、逆に一ヶ月ぶりで少ししか使われた形跡がなかったということに気づいてやっぱり心配になりました。

 

廊下の突き当たりには金属製の扉と、壁にボタンがついています。ボタンを押すと扉は滑らかに開き、中にお手洗いより少し広いくらいの空間が現れました。

 

 

そう、エレベーターです。

 

 

さっきまで見えていた民家とは明らかにマッチしない設備を使って、私は地下に降りていきます。

 

 

数十秒ほどかけて降下した後、チーンという高い音とともに再び扉が開くと、そこには白色の、アキバドームを超えるんじゃないかと思うほど広大な地下施設がありました。嫌な匂いもなく、音も微かに聞こえる機械音だけ。そんな空間を一人で歩いていると足音さえひどく大きく聞こえてしまいます。

 

 

しばらく歩くと、白衣を着た男の子が見えてきました。沢山のモニターの前に座り、何やら入力していたようですが、私が近づくとおもむろに立ち上がってこちらを振り向きました。

 

 

「…もう来ないかと思った」

 

 

目元の隠れたボサボサの髪、痩せた体、硬い表情、高い身長。ぱっと見は不健康な科学者みたいな男の子。

 

 

「ごめんね。μ'sの活動が忙しくて」

 

 

湯川照真。

 

 

凛ちゃんにも秘密の、世界に秘密の私の幼馴染。

 

 

「μ'sの活動が忙しかったなら、わざわざ謝る必要はない。…茶でも飲んでいけ、折角来たんだから」

 

 

抑揚のない声でお茶を進める照真くん。表情が変わらないため分かりにくいですけど、彼はいつも人のことを気にかけている優しい人なんです。

 

 

「あ、ありがとう。…今は何を…」

「今は何を作っていたか?依頼があったから義手を作っていた。肩から先がないクライアントは初めてだな」

 

 

自分のお茶も注いだ照真くんはモニターの一つを顎で指す。そのモニターには沢山の線で描かれた腕のような機械が写っていました。なんだか想像していた義手と違います。映画のロボットみたいです。

 

 

「肩から受け取った信号をどれだけ早く正確に伝達し、人工筋肉に伝えられるかが肝だな。普通依頼されるものは肘から先ばかりだったが、今回は肘や肩まで動かさねばならん…。筋電義手の手法じゃ手詰まりかもしれん、肩に直接電極をつっこみたいところだが、それだと風呂とかでの劣化とそれによる疾病が心配だしな…」

 

 

よくわかんないことをぶつぶつ言いながらふらふら歩く照真くん。明らかに真っ直ぐ立っていられない状態です。

 

 

「…あ、あの…照真くん、ご飯ちゃんと食べてる…?」

「ご飯ちゃんと食べてる?ご飯は…最後いつ食ったかな…」

「うう…やっぱり…!」

 

 

私は急いでエレベーターへ戻り、地上に戻ります。やっぱりというかなんというか、昔から集中するとご飯もまともに食べない人だったのでなんとなく予想してましたけど…!

 

 

地上についてからキッチンにお邪魔すると、冷蔵庫の中身を確認。案の定ほとんど何もは入っていなかったので急いで靴を履いて玄関から飛び出します。時間も惜しいので近くのスーパーでレトルト食品を多めに買ってすぐ帰宅。今度は靴も揃えずキッチンに向かい、レトルト食品をレンジで温めてエレベーターを降ります。とりあえず炒飯にしました。お野菜も入ってますし。

 

 

「はあ、はあ…こ、これ、食べて…!」

「これ食べるのか。足、早くなったな」

「そんなこと言ってないで食べてください!」

「んぐっ」

 

 

他人事のようにぼーっとしている照真くんの口に、焦っていた私は炒飯をすくったスプーンを突っ込んじゃいました。

 

 

「あっちぃ?!」

「あっ!ごっごごごごめんなさい!」

 

 

出来立てなのを忘れていました。

 

 

「おっ、おまっ」

「あわわ、だ、誰か助けてぇー!」

「誰か助けてって、落ち着け、ここには俺と花陽しかいない。…火傷したかもしれないが平気だ、ゆっくり食えば問題ない」

 

 

しゅんとする私を尻目に、炒飯に息をふーふーして冷ましながら食べる照真くん。多分火傷しているのですが、それでも彼は文句は言いません。何度私がドジしても、一度としてそれを諌めたことはありません。

 

 

誰も知りませんが、本当に優しい人なんです。

 

 

「…うん、美味い。久しぶりにご飯食うとやたら美味く感じるな」

「ほんとにいつから食べてなかったの…」

 

 

呆れる私を見て目を細くする照真くん。ほとんど表情は変わっていませんが、これが彼の精一杯の笑顔であることを私は知っています。

 

 

彼はサヴァン症候群だそうです。

 

 

普通の人の脳とは構造が異なる現象。その多くが凄まじい記憶力などの天才的才能をもたらし、その代償のように対人関係や言語能力に異常をきたすと聞きます。

 

 

照真くんは天才と呼ぶことすら憚られるほど卓越した科学・工学の知識と能力を持ち、数々の機械や理論を独自に作り上げたにも関わらず、感情表現ができず、一部以外の人間と直接コミュニケーションを取ることができないため、世にその技術が広まることはありませんでした。

 

 

彼のご両親は飛行機事故で亡くなられたそうです。それは小学校2年生のときのことで、それから彼が学校に来ることは無くなりました。そのときに心配になって、幼馴染ということもあって時々様子を見に来るようになって、今に至ります。

 

 

彼は「外」には出ないため、一般常識が欠けているところがあるので、ある意味引きこもっていた方がトラブルは少なそうですが。

 

 

「…ご馳走さま。助かった」

「ううん、どういたしまして」

 

 

お礼に対して笑顔で返事をすると、照真くんも目を細め返してくれました。

 

 

「あ、そうだ。μ'sね、またメンバーが増えて9人になったんだよ」

「またメンバーが増えて9人になったのか。この前のライブの動画を見たから知っている」

「あ、そうなん…って照真くんネット使えたの?!」

「ネット使えた。当然だ」

 

 

びっくりして大きな声を出してしまいました。だって照真くんがネット使ってる姿なんて想像できないもん…!

 

 

「俺謹製のマザーコンピュータがあればネットくらい繋げる。…ほら」

 

 

そう言って照真くんが真顔で手を横に振ると、沢山あるモニターの一つに動画サイトが映し出されました。なんだか他の画面に映る様々な設計図や理論、プログラムと並べると凄く浮きます。あと動画サイトの開き方がいちいちカッコいいです。近未来です。

 

 

「ちゃんと今までの花陽の活躍も見てる。…とは言ってもまだ2曲しか出てないか」

「うぅ…」

「…何恥ずかしがっているんだ」

「恥ずかしいですよっ!!」

 

 

男の子に「ちゃんと見てる」なんて言われると、いくら幼馴染といえども少しくらいドキドキします。

 

 

「ここから応援しているから、無理に会いに来なくてもいいんだぞ」

「…でも、そうしたら照真くんご飯食べないよね?」

「……………………そんなことはない」

「目を見て言ってください」

 

 

視線を思いっきり逸らす照真くん。やっぱりたまには会いに来ないと心配です…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザグッ

 

 

 

 

ドスッ

 

 

 

 

 

布を裂く音と樹脂を貫く音が鈍く響く。足を動かすと今度はギャリギャリと金属が擦れる音がした。

 

 

足元に散らばるのは、ハサミ、カッターナイフ、剪定鋏、サバイバルナイフ、包丁、メスなど入手が楽なものから困難な物まで様々。それらを息を切らして眺める。震える手に握られているのは果物ナイフで、暗い室内でも刃に光が反射するほど鋭く研がれている。

 

 

目の前のマネキンはズタボロになっていて、いい加減新調しなければならなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

狙った位置に付く傷はだいぶ増えたが、完全じゃない。反射的に動いて出来てしまった傷も少なくない。

 

 

 

 

 

違う、こうじゃない。

 

 

 

 

 

自身に言い聞かせるように呟いて、また果物ナイフを振るう。

 

 

 

狙う場所は—————————。

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

裏の情報が出たり、ラスト不穏だったり忙しい回になってしまいました。最後誰なんでしょうね。

波浜茜、水橋桜、滞嶺創一郎、天童一位、藤牧蓮慈、雪村瑞貴、松下明、御影大地、湯川照真。
この9人が全オリキャラになります。テンション低いやつが多いのは私の趣味です。ツンデレがいいんです(?)。天童さんがテンション高すぎて浮くわ浮くわ…笑。

どこかでまとめた方が良さそうですが、どうやってまとめるべきかわがんにゃいので思いついたらまとめます。



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異性がみんな同じ考え方してるわけがない



ご覧いただきありがとうございます。

この次のお話あたりから週一投稿にしようかなあと思っています。何故かって?下書きに追いつきそうで怖いんですよ!!!(ゆーて今書いてる下書きは39話)
ストックは無いと怖いんです。

あと今回もオリジナル回です。

というわけで、どうぞご覧ください。

今回も一万字注意報です(というか18,000あったので二つにわけました)


 

 

μ'sのライブを手伝ってきた。

 

 

狙ってやったわけじゃない。たまたまμ'sのライブ会場予定地で、簡易ステージの骨組みの前でうんうん唸ってるちっこいやつがいたから、恐らくμ'sのステージ設営に困っているのだろうと思って手を貸しただけだ。そのせいで…いや、そのおかげでμ'sのメンバー全員と顔見知りになれたのは僥倖だった。ただでさえ小泉、西木野、星空の3人と仲良くなれたのに、さらに面識が増えてスクールアイドルファンとしては願ったり叶ったりだ。

 

 

だが、ちっこい先輩のように彼女らの支援を真っ当にすることは難しいだろう。

 

 

なぜなら。

 

 

「兄さん、手伝うよ」

「先に全員呼んでこい」

「わかったよ。…おーい!ご飯だぞー!!」

 

 

弟の銀二郎がデカい声で呼ぶと、どたどたと数人が駆けてくる音が聞こえた。すぐさま居間に飛び込んできたのは四男の当四郎、次に末っ子の大五郎。最後に三男の迅三郎がのそのそ歩いてきた。

 

 

「テメェら飯だ!自分の飯は自分で運べ!」

「「はーい!」」

「うぁ〜い」

「兄さん、ぼくの出番が…」

「味噌汁注いどけ」

 

 

俺はこの5人兄弟の長男であり。

 

 

親は、いない。

 

 

死んだわけじゃない。いや、むしろ死んでいてくれた方がありがたいくらいだ。両親はどちらも遊び呆けて5年前に俺たち全員を捨てて出て行きやがった。当時俺はまだ10歳、それでも弟達を養わなければならなかった。幸い、クソ両親どもはロクに家事もしなかったため、代わりに家事をしていた俺が弟達を養うのは難しくなかった。

 

 

問題は金だ。

 

 

クソみたいな両親にまともに親族がいるわけなく、当時保護団体みたいなモノも知るわけなかったため、あらゆる手段でせめて飯くらいは確保してきた。これまた幸い、クソ親父からの遺伝で体格はかなりよく、10歳のクセに170cm近く身長があったためザルなバイトなら高校生で通じた。環境は良くなかったが金は稼げた。当然それでも足りないから、そこら辺のカツアゲ万引きをするような不良どもから金を巻き上げた。最初はボコボコにされたが、体を鍛えて鍛えて、より強く、より堅く、より強靭に鍛えあげたら車に撥ねられても無傷でいられるようになった。食事量は増えたが、その分金回りのいい力仕事もできるようになったし、不良が5人いようが10人いようが負けなくなったから金はギリギリ足りた。

 

 

「今日は煮魚と…インゲンかなこれ」

「ああ、サバ煮とインゲンの胡麻和え、白米、味噌汁。サバ安かったからな」

「えー、魚嫌いー」

「じゃあ食うな」

「やだー!」

「迅三郎、無言でこっちに寄越すな食え」

「うー」

 

 

魚が苦手な大五郎と迅三郎が嫌そうな顔をしているが、こっちも栄養に気を使って飯を作っている。嫌なら食わなくていい、他に食うものもないが。

 

 

金が足りたといっても、生活ギリギリの範囲。弟達も学校に行くようになると、当然俺の進学するための金額は足りるわけない。だから元々は中卒で働きに出るつもりだった。

 

 

予定が変わったのは、中3の夏だったか。

 

 

いつも通り授業が終わってから家に直帰し、荷物を置いて着替えてから町の路地裏に繰り出して不良どもの「狩り」に出ていたときのこと。

 

 

路地裏の中でも特に人目につかない袋小路から男性の小さい悲鳴と若い男の笑い声、そして殴打音が聞こえてきた。男性の悲鳴は少しでも気を抜いていたら聞こえなかったかもしれないほど小さく、おそらくかなり深刻な状態だと思った。鍛え抜いた足で一気に駆け抜け目的地にたどり着くと、薄汚い高校生か大学生くらいの不良10人ほどが、汚れた白いスーツを着たおっさんを取り囲んで、殴り、蹴り、場合によっては鉄パイプなんかでも殴打を繰り返していた。

 

 

そこから先はうろ覚えだ。

 

 

覚えてるのは、あまりの惨状にブチギレたこと、最初に数人を突き飛ばして轢き潰したこと、鉄パイプで殴られてもさほど痛くなかったこと、死者こそ出なかったが全員の意識を刈り取ったこと。

 

 

そして、瀕死のおっさんが泣きながら感謝していたこと。

 

 

俺は急いでおっさんを抱えて大通りまで走り、携帯なんて持ってなかったからそこらへんの通行人を脅して救急車を呼ばせた。待ってる間はおっさんの看病をしていた。なぜか俺の名前をやたら知りたがったから教えといた。救急車には乗るとスペースを使いすぎるから乗らず、そこでおっさんとは別れた。

 

 

「大兄貴!おかわり!」

「自分でとってこい。今日は2回までだ」

「わかった!!」

「…迅三郎、食わないならそれでいいが、代わりに食うもんはないぞ」

「うー」

「兄さん、ぬか漬けってあれもう食べれる?」

「食えなくはないが、まだ味はしみてないと思うぞ」

「じゃあまだ我慢しよう。僕もおかわり」

 

 

自分含めて、この兄弟は大概大食らいだ。おかわり回数を制限しないと喧嘩になる。特に白米。

 

 

おっさんを助けて1週間かそこらたった頃、身なりのいい女性とガタイのいいスーツ野郎がうちに来た。金持ちそうな人に面識はないが、女性は重々しく口を開き、あのおっさんが先日亡くなったことを俺に告げた。

 

 

それ自体は特に不思議でもなかった。まともな人間があれだけ暴行を受けたら内出血かなんかで死ねるとは思う。しかし、わからないのは何故それを俺に伝えにきたかということだ。あとどうやって住所を割り出したか。今でも不安なんだが、怪しい方法使ってねえだろうな。

 

 

なんでも、おっさんが死ぬ間際に書いた遺書に、財産の一部を俺に相続すると書かれていたらしいのだ。

 

 

全く意味がわからず、最初は断固反対していたのだが、女性(おっさんの奥さんらしい)が全く引き下がらなかったため渋々承諾した。後になっておっさんが俺の名前を聞いてきたのはこのためか、と思い至った。

 

 

金持ちそうには見えたが、相続なんて相続税が引かれるし大した額も残らないだろう…と思ったら物凄い金額が渡された(流石に当時も今も口座なんて持ってないので現ナマだった)。ドン引きした。後で聞いたところではほんとに有数の富豪さんだったらしい。すげぇ人助けてしまった。

 

 

『見ず知らずのおじさんを、危険を顧みず助けてくれた勇気ある少年に』。

 

 

遺言にはそう書かれていたそうだ。

 

 

おじさんっつーかおっさんだし、危険と思わなかったし、負けるなどとは微塵も思わなかった故に勇気があったというわけでもないから若干罪悪感が拭いきれないが、これは有意義に使わなければ、と思った。

 

 

弟達のために使おうかと思ったが、流石に大金すぎて何に使うか思いつかなかったから弟達に直接聞いてみた。そうしたら、口を揃えて「兄貴が高校行け」と言ってきた。銀二郎曰く、高卒の方が金の入りがいいだろうから、らしいが、本音は俺への恩返しのつもりだったのだろう。小生意気なことしやがってとは思ったが、愛すべき家族の訴えくらい甘んじて受け入れるべきだとも思った。

 

 

こう見えて勉強は問題ないのだ。むしろかなり成績は良い。弟達に教えなければならなかったこともあって勉強は真面目にしていた。だからおよそどこの学校にも行けたが、家から一番近いところを選んだら音ノ木坂になった。女子ばっかとか知らん。

 

 

「当四郎、悪いが風呂の準備してきてくれ。迅三郎が残さないか見張らなければならんからな」

「オッケーでありますよ大兄貴!!」

「兄さん、大五郎がいつのまにかいないけど」

「探してこい」

「たべてるー」

「食べてるアピールは一切れでも食ってから言え」

 

 

そして今に至る。今は部活も何もしていないから夕飯にも間に合うし、朝も全員の弁当作るくらいの余裕はある。

 

 

…前置きが随分と長くなってしまったが、俺は兄弟の世話をしなければならない以上、恒常的にμ'sの手伝いをする暇はない。既に寝る間も削るほどなのだ、雑事に追われている場合じゃない。

 

 

「兄さん、大五郎連れてきたよ」

「やぁーだーさかなたべたくないぃーー!」

「なら食わなくていいぞ」

「ほんと?!」

「まあ魚も肉の一種だし、今後魚類も肉類も大五郎には出せなくなるが仕方ないな」

「え」

「副菜がないと白米と味噌汁と…なんだ?サラダか?あとぬか漬け?くらいしか食わせられないが、本人が嫌と言うなら仕方ない」

「えっえっやだやだ」

「まあ好き嫌いは誰にでもあるもんな」

「やだー!お肉食べたい!」

「じゃあ魚も食え」

「やだ」

「ほう」

 

 

大五郎が駄々をこねて鬱陶しいから、口をこじ開けて煮魚の切れ端をぶち込んだ。吐かせないように口を手でロックしておく。空いてる手で逃げようとしていた迅三郎を捕捉。大五郎の絶叫が響く、我が家の日常は今日も滞りなく進む。

 

 

 

 

 

 

「滞嶺くん!」

「断る」

「まだ何も言ってないにゃ?!」

 

 

翌日の放課後、教室で席に座ってぼーっとしていたら星空が話しかけてきた。内容は分かりきっていたから即刻お断りした。これには星空の両サイドにいる西木野と小泉も苦笑い。

 

 

「凛、もう諦めなさいよ。1週間ずっとこの調子じゃない」

「嫌!凛は滞嶺くんに手伝って欲しいの!」

「た、滞嶺くん、どうしても…だめ、ですか?」

「ダメだ。μ'sのマネージャーなんかできるか」

 

 

そういうことだ。

 

 

この前のライブで手伝ってからやたらと勧誘されるようになった。朝も放課後もよく練習しているのは知っている、しかしそれを手伝う余裕はない。

 

 

「じゃあなんでオープンキャンパスのときは手伝ったのよ…」

「時間があったからな」

「今日は?!」

「ない」

「にゃあ〜」

 

 

残念そうにする星空。それほどまでに俺の手が必要だろうか。

 

 

「波浜先輩の代わりに飲み物持ってくれる人がほしいのに…」

「雑用じゃねえかよ」

 

 

安請け合いしなくてよかった…と思ったが、続く西木野の説明からするとそう単純な話でもないようだ。

 

 

「違うわよ。波浜先輩…小さい男子の先輩、理由は知らないけど信じられないほど体力と筋力がないのよ。おかげでマネージャーの仕事のうち、飲み物運んだり練習道具運んだりするのが凄く時間がかかって、そのせいで先輩ものすごく早起きしてくれてるみたいなの」

「この前は朝5時には来てたって言ってましたから、もう1人マネージャーさんがいたら負担が減るかなって思ってたんだけど…」

「本当に人間かあいつ」

「あいつって、先輩よ」

「真姫ちゃんもたまに敬語抜けてるからおあいこにゃ」

「うぇえ?!」

 

 

飲み物もロクに運べない男子なんて有史以来いただろうか。いたかもしれないが想像も及ばん。そういえば確かに、ステージ設営も自分は働いてなかったな。そういう理由か。

 

 

しかし、結局時間がないことに変わりはない。

 

 

「まあどんな理由があろうと無理なものは無理だ…他をあたれ」

「でも滞嶺くん、μ'sのファンだって聞いたにゃ」

「……知らん」

「今一瞬迷ったにゃ」

「迷ってねぇ」

「部室に伝伝伝もありますよ!!」

「なん…い、いや、時間は削れん」

「なんで一瞬揺らぐのよ…」

 

 

伝伝伝につられそうになったが、流石に弟達を捨て置くことはできない。μ'sの手伝いだってしたいのだが、兄弟を養う義務からは逃れられない。

 

 

「…ダメだ。どうしてもダメな理由がある。無理だ」

 

 

これは俺の家族の問題だ。そこにスクールアイドルをやってるような忙しい奴らを巻き込むわけにはいかないだろう。

 

 

 

 

 

 

「でも、理由があるってことは、それを解決すれば大丈夫ってことだよね!!」

 

 

 

 

 

「あぁ…あぁ?」

 

 

変な声が出た。

 

 

「だったらみんなで解決すればいいにゃ!みんなに相談しよ!!」

「…何勝手なこと言ってんだ」

「そうよ。そんな簡単な問題じゃないかもしれないじゃないの」

「ご、ご家庭の事情とかかもしれないし…」

「よーっし行っくにゃーー!」

「聞けよ」

 

 

狼狽えていたら強行突破された。なんて話を聞かないやつだ。これは波浜先輩も苦労していることだろう、そもそも西木野と小泉が既に辟易している様子だ。

 

 

「滞嶺くん早く早く!!」

「誰も行くっつってねーだろ」

「うにゃにゃにゃにゃ」

「押しても動かないのは確認しただろ。学習能力ねえのか」

「んぐぐぐぐ…今度は動くかもしれないじゃん!!」

「動かねえよ」

 

 

俺の体重を押すには一般の女子では筋力が圧倒的に足りない。無理がある。

 

 

「うう…どうやったら部室まで連れていけるの…」

「無理だ諦めろ」

 

 

ひたすら俺を押し続ける星空。この程度の障害は毛ほども効かない。そのまま立ち上がり、引き止めようと腰にしがみついてにゃーにゃー言う星空を引き摺りながら昇降口まで突き進む。最終的には練習に遅れるからといって西木野に連行されてどっか行った。嵐のようなやつだ。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、滞嶺君を連れて来たいから僕に相談に来たのね。何故僕に来たのかさっぱり不明だけど」

「だって男の子同士にゃ」

「男の子は同じ生物の一群じゃないんだよ」

 

 

放課後、練習前の部室にやってきた星空さんが僕に相談してきた。滞嶺君を連れてきたいのに来てくれないと。知るかよ。僕はにこちゃんと蜜月の時を過ごしてたんだぞ。ごめん蜜月は言いすぎたわ。

 

 

「なんか事情があるなら無理に引き止めてはいけないでしょ。複雑なご家庭かもしれないじゃないか」

「なんとかならないの?」

「何をなんとかするんだよ」

 

 

無理に引き止めるなと言っているじゃないか。

 

 

「だいたい僕は平気だって言ってるのに」

「どこが平気なのよ。今日も朝5時くらいに来てたんでしょ」

「なんか変かな」

「早起きすぎるでしょ!」

 

 

そんな早起きじゃないよ。家帰ってご飯食べてお風呂入って絵描いて12時には寝る。4時に起きて朝ごはん食べて出発して5時着。ほら4時間も寝てる。いや、最近はこっそりμ'sのグッズのデザイン作ってたからもっと寝るのは遅いか。仕方ないよ、依頼が来たんだもん。ご本人たちにはまだ内緒だけど。

 

 

「…これは本格的に滞嶺君を勧誘しなければいけませんね」

「そうね…そんなに早くからいるなんて知らなかったわ」

「というかにこっちじゃない限り気づけんなぁ」

 

 

なぜか哀れみの視線を向けてくる女神さんたち。なんでさ。にこちゃんのためなら無休で一生働けるよ。

 

 

「とにかく滞嶺くんの話を聞く場を準備しないと…」

「それなら簡単だよ!!」

 

 

急に高坂さんがでかい声で宣言してきた。さっきまで静かだったのに。いやうるさかったけど僕の耳に入ってなかっただけか。にこちゃんの声しか聞こえないもんな。

 

 

「あんな筋肉達磨は力ずくじゃ連れて来れないよ?」

「筋肉達磨って」

「うん、だから力ずくで連れていかなければいいんだよ!!」

「うん、何言ってるかわかんない」

 

 

彼女の中では理論が繋がってるのかもしれないが、僕にはさっぱり伝わらん。にこちゃんや絢瀬さん勧誘作戦のときも案外こんな感じだったのかもしれない。みんな察しがよい…いやみんなも首を捻ってる。やっぱりわかるように言いなさいよ。

 

 

そう要請したところ、高坂さんによる滞嶺君勧誘作戦の概要が伝えられた。まあ、なんというか、ゴリ押しだ。でもまあにこちゃんのときも絢瀬さんのときもゴリ押しだったし、ゴリ押しって実は結構いい手なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

いつも通り授業を受け、μ'sの一年生達と飯を食い、今日もさっさと帰る。帰って飯の準備だ。食料自体はまだあったはずだから、スーパーに寄る必要もないだろう。

 

 

「お邪魔します!!」

 

 

と思っていたのだが。

 

 

「滞嶺君はいますか!!」

 

 

なんか来た。

 

 

なんかというか、紛れもなくμ's御一行様だ。マネージャーも含む。

 

 

「…なんだ?」

「滞嶺君!μ'sのマネージャーをやってくれませんか?!」

「断る」

「即答じゃないか」

「何で?」

「…わざわざ言う必要もないな」

 

 

わざわざ全員で説得しに来たか。無駄な話だ、家族は犠牲にできん。

 

 

「そっか…じゃあ仕方ないね」

「ああ、先輩には悪いが…」

「仕方ないから滞嶺くんについていくね!!」

「悪いが諦め…はあ??」

 

 

 

 

何言ってんだこの人。

 

 

「滞嶺くんが授業終わったらすぐ帰っちゃうのは知ってるにゃ。だからこの後、滞嶺くんにとって大事なことがあるに違いないにゃ!」

「それ高坂さんが言ったことだよね」

「だから凛たちは、放課後の滞嶺くんに直接ついていくことにしたの!」

「それも高坂さんが言ったことだよね」

「そうすれば、滞嶺くんが何に困ってるかわかるし、何か手伝えるかもしれないにゃ」

「全部高坂さんの言だね」

 

 

星空が何やら嘯き、波浜先輩が横槍を入れる。しかし星空は聞こえないが如くスルー。この先輩マジで大変そうだ。

 

 

「にこちゃん、もう僕は必要ないんじゃないかな」

「安心しなさい。あんたいなくなったら会場の予約とかライブの演出とか諸々できなくなるわ」

「にこちゃん愛してる」

「ふんっ」

「あふん」

 

 

微妙に傷ついたらしい波浜先輩が矢澤先輩にちょっかいをかけて肘鉄を食らっている。そういえばこの2人、幼馴染だそうだ。なるほど仲がいい。

 

 

…そんなことより。

 

 

「気安く人のことに首突っ込むんじゃねえ。あんた達になんとかできる案件でもねえし」

「そんなのわかんないじゃん!」

「わかります。俺の家族の問題だ…あんた達にできることはない」

 

 

無理なものは無理だ。まさかこの人達に弟の世話とか家事とか任せるわけにはいかない。そういうのは金払って雇うものだし、そんな金はない。

 

 

だから追及を逃れるためにキツめに断ったのだが、波浜先輩が「家族」というワードに一瞬反応した気がした。

 

 

「家族…?」

「ああ、家族だ。そう簡単に首突っ込んでいい案件じゃないのはわかるだろ」

「それは…」

 

 

μ'sのメンバーは全員返答に困っていた。病気で倒れた母がいるとか、そんなのを想像しているのかもしれないが、あいにくそんなことは全くない。しかし萎縮してくれるならそれでいい、俺の事情に巻き込むわけにはいかない。

 

 

「…それは余計なんとかしなきゃいけないな」

「は?」

「「「「「「「「え??」」」」」」」」

 

 

なんとか切り抜けられそうだと思ったところで、波浜先輩が謎発言を繰り出した。

 

 

「はぁ…そう言うと思ったけど」

「にこちゃん何でため息」

「うっさい。それよりいいの?普通に考えてめちゃくちゃプライベートな問題よ?」

「プライベートだからって一人で解決しなきゃいけないわけじゃない。ぽっと出の僕らの役割かどうかはわかんないけど、適度に人が多いのは悪いことじゃないはずだよ」

 

 

なぜかいつもは眠そうな目をギラつかせて語る波浜先輩。この人こんなんだったか?

 

 

つか家庭の事情に首突っ込むか普通。

 

 

「でも、あまりご家庭のことに他人が口を出すべきじゃないと思うわ」

「そうやで、見られたくないこと、言いたくないこともあるかもしれへんやん?」

「知ったことか」

 

 

絢瀬先輩、東條先輩の苦言も一蹴。何か家族に対して思う所でもあるのだろうか。

 

 

「家族のために何かが犠牲になるのは仕方ないかもしれないけどさ、家族のために自分を犠牲にするのは、残された家族にとっては降りかかる不幸意外の何者でもない」

「俺は別に自分を犠牲にはしてねえぞ」

「君、μ'sのファンだと言ったよね」

「…まあ」

 

 

本人達の前で言うかそれ。ほら見ろ星空が若干嬉しそうな顔をしているじゃないか。いやよく見たら全員満更でもなさそうな顔をしてやがる。クソが。

 

 

「なら、一緒に活動できるチャンスをフイにしてるわけだよ」

「だからなんだ」

「だから自分を犠牲にしてるでしょ」

「してねえよ」

「おかしいな、日本語が通じてない」

 

 

意地を張る俺との問答に辟易した様子の先輩。早めに諦めてほしい。

 

 

ん?

 

 

よくよく考えたら、わざわざ相手してやる必要もねぇ。このまま力ずくでトンズラしたっていいじゃねぇか。

 

 

走れば乗用車程度の速さは出せるし。

 

 

「…問答の時間も惜しい、俺は帰る」

「えー!」

 

 

高坂先輩が抗議の声を上げるが、無視して教室を出て昇降口まで行く。…意外と誰も追い縋って来ない。いや期待したわけではないが、予測はしていた分拍子抜けだ。

 

 

まあそれはそれで走る必要はなくなったのでいいんだが

 

 

 

 

「滞嶺くん遅いよー!」

「早く行くにゃ!」

 

 

 

 

…なぜ先回りしている??

 

 

「先に靴と脚立用意しておいたんだ」

「…準備がいいですね」

 

 

波浜先輩、意外と…いや思った通り食えない先輩だ。つーかどこに2階まで届く脚立があったんだ。

 

 

まあ…それならそれで、当初の予定通り走るだけだ。

 

 

「悪いですが…ここは一人で帰らせて頂きます。…それでは、お先に」

 

 

一瞬腰を落として、ドンッ!!という音を残して彼女らの頭上を飛び越える。一瞬誰かの手が服に掛かったような気がしたが、振り返る暇はない。着地とともに、跳んだ速度を殺さず走り出し、階段を一足で一気に全て飛び降りて道路を突っ走る。あとは車道をひたすら走るだけだ。車と同速で走れば文句も言われん。

 

 

ひとしきり走ったら家に着いてしまった。だいたい5分くらいだろうか。走ったお陰で時間もあるし、少し手の込んだ料理を

 

 

 

 

 

 

「にゃ〜、やっと止まったにゃあ…」

 

 

 

 

 

 

…ん?

 

 

 

「っ?!?!」

「にゃああああ?!」

 

 

あっ。

 

 

いつのまにか腰にへばりついていた星空を反射的に真上にぶん投げてしまった。そうか、腰になんか当たったものと思っていたが、星空が飛びついてきていたのか。我ながら何故気づかんかった。…その前に結構な威力で投げてしまった星空を回収する。上に放り投げたから落ちてきた星空を衝撃を与えないようにキャッチ。ここら辺は大五郎を高い高いしていたときに慣れた。しかし星空が落ちてくるとは、字に起こすと恐ろしいな。

 

 

「んにゃっ」

「…おどかすな、反射的に投げちまったじゃねえか」

「反射的に人を数メートル投げ飛ばせる方がびっくりだにゃ」

「そんなにおかしいか?」

「人を投げ飛ばせる時点でびっくり人間にゃ」

 

 

そうだろうか…恒常的に弟達をぶん投げてるからよくわからん。というか走っている俺にひっついてきた星空は乗用車にしがみついて5分ほど耐え抜くのと同義であり、それはそれでびっくり人間だろう。

 

 

それよりも、こいつどう処理すべきだろうか。とりあえず地面に降ろすと「ありがとう!」と元気よく返ってきた。

 

 

「とりあえずお邪魔しんぎゃっ?!」

「何勝手に人の家に入ろうとしてやがる」

 

 

不法侵入されそうだったから首根っこ捕まえて引き戻す。こうすると首をくわえられた子猫に見えなくもない。

 

 

「何するにゃ!!」

「こっちのセリフだアホ」

「せっかく家まで来てあげたのに!!」

「勝手に来ておいて恐ろしい言いがかりだなおい」

 

 

フリーダムすぎるだろこいつ。

 

 

と、星空がでかい声を出すもんだから。

 

 

「兄さん、帰ったなら早く入りな…よ??」

 

 

ガラッと。

 

 

玄関の戸を開けて銀二郎が出てきた。

 

 

そして、俺と、俺が首根っこを掴んでる星空を交互にしばらく見比べて、

 

 

「…にっ兄さんがスクールアイドルを拉致してきた…?!」

「銀二郎てめえ死にてえのか」

「いやだって、兄さん…えっ…え??兄さん?マジで?」

「お前の語彙力は虫並みか?」

 

 

失礼な誤解をしてきやがった。こいつ兄をなんだと思ってんだ。顔面蒼白の顔をする銀二郎と、それを見て首をかしげる星空。なんだこれ。

 

 

「とりあえず凛は入っていい?」

「いいわけねーだろ」

「事態は飲み込めないけど、せっかく来ていただいたのに放り出すのは忍びなくないか兄さん?」

「お前は黙ってろ」

「あ、もしもし凛だよー」

「てめえ何電話なんてしてやがる」

「うん、かよちんのスマホで凛の場所わかるからそこまで来て!」

「何呼んでんだコラ」

 

 

他のμ'sのメンバーに連絡をしだした星空からスマホを没収する。腕も押さえておくべきだったか?

 

 

「みんな来るって!」

「来るって!じゃねえよ」

「本当ですか?!」

「銀、てめえは黙ってろ」

 

 

満面の笑みでよろこぶ銀二郎は牽制しておく。何だかんだ言って俺の影響で兄弟みんなスクールアイドルファンなのだ。だからここで舞い上がられるとこいつらの侵入を許してしまう。

 

 

「でも…」

「銀、うちに余計な人を招く余裕はねえ。自分らの食いぶちだけで精一杯なんだ、大したもてなしも出来ないのにスクールアイドルを家に上げるか?」

「う…」

 

 

星空を一旦下ろしてから銀二郎の両肩を掴んで、諭すように言い聞かせる。実際余裕はないので間違いない。礼儀の上でも軽率に人を入れるわけにはいかない。

 

 

しばらく不味そうな顔をしていた銀二郎は、やがて諦めたように星空の方へ顔を向ける。

 

 

「…星空凛さん、申し訳ありませんが…」

 

 

 

 

 

「ご飯なら心配なさるな、僕が買ってきた」

「持ってるのは穂乃果たちだけどね!」

「大人数でお家に向かうなら、私たちも何かしなくちゃって思って!」

「滞嶺君は沢山食べそうですから沢山買ってきましたし!」

「栄養バランスも考えて買ってきましたよ」

「私がバランス考えたんだから、文句は言わせないわよ」

「それに、こんな大人数でご飯なんてわくわくするやん?」

「勝手にお邪魔するんだし、これくらいはしないと」

「宇宙ナンバーワンアイドルの手料理を食べられるんだから泣いて喜びなさい!」

「にこちゃん、一人だけなんか毛色が違う」

「うっさい!」

 

 

 

 

 

…なんか来た。

 

 

高坂先輩と南先輩、そして小泉がでかい買い物袋を提げている。自分らの分+αといったところか…、白米がやたら多いのは見なかったことにする。

 

 

しかしまあ…なんというか、凄いことにするやつらだ。

 

 

「…いくらだよこれ」

「気にしなさんな、僕お金持ちだから」

「半分は私が払ったじゃないの!」

「君が勝手に払ったんじゃないか」

 

 

値段を気にしたらはぐらかされたが、どうやら、なぜか金持ちらしい波浜先輩と医者の娘西木野による富豪作戦らしい。強行突破すぎるだろ。

 

 

「そんなわけだから入れて」

「…いや、」

「兄さん、流石にあれだけご飯があるというのに断るというのは納得いかない」

「銀、お前詐欺には気をつけろよ」

 

 

弟に疑心がなさすぎて心配だ。

 

 

しかしまあ、実際あれだけ食材を用意されて追い返すというのも申し訳ない。…結局向こうの作戦勝ちか。

 

 

「…わかったよ、入ればいい。ただし飯は手伝わん」

「もとからそのつもりよ。それより勝手に決めてしまってごめんなさい」

「今更謝られてもな」

「っていうかほんとにいいの?ご家族とかに何の了承も貰ってないけど」

「まさかそれを気にしていらっしゃる方がしるとは」

「言っとくけど穂乃果が勝手に決めたことだからね?」

「お得意の強行突破ってやつだ」

「ちょっとー!穂乃果のせいにしないでください!」

「他に何と言えと言うんだい」

 

 

誰が言い出そうと強行突破の事実は変わらない。とりあえず仲は良いようでなによりだ。俺には迷惑だが。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

重々しい設定第1号は滞嶺君でした。重いくせにざっくり。だって悲しい話書きたく無いですもん!!(じゃあ何で考えた)

とりあえずはあと1話、滞嶺君のお話にお付き合いください。



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カレーって冷めてもおいしいよね


ご覧いただきありがとうございます。

今回もまたお気に入りしていただきました。ありがとうございます!もうすぐ寿命が200年に届きそうでわくわくしてます。今後増えるかどうかはわかんないですけどね!!

というわけで、どうぞご覧ください。


 

「わぁー!μ'sだ!!」

「うああ」

「おおお?!サインサイン!!あれっ色紙あったかな?!」

「邪魔だチビ」

「ささささささサインなんて書けませんよ?!」

「海未ちゃん落ち着いて…」

「ふふーん、私ならサインあるわよ!!宇宙ナンバーワンアイドルにこにーのサインをもらえるなんて幸運ね!!」

「にこにーのはいいや」

「ぬぁんですって?!」

「にこちゃん落ち着いて」

「なんであんたらまで騒いでんだ邪魔だ」

 

 

家に上げたら弟どもが群がってきた。そしてそれに律儀に反応するμ's。廊下そんなに広くないから、そんなことしたら渋滞が起きる。

 

 

「兄さん、いつも通り押し退ければいいのに」

「女性もいるのにそんなことできるか。大体今日は飯を作るのは俺じゃねえから急ぐ必要もない」

「じゃあ私たちは頑張ってキッチンまで行かないといけないわね」

「でもなかなか言うこと聞かへんよ?」

「しゃーねぇな、どいてな先輩方」

 

 

いつもは邪魔でも力づくで押し通るのだが、今はそれをやっても後続が続けないしμ'sの方々も巻き込みそうだ。だから別の手段で強行突破する。

 

 

μ'sの方々の前に割って入り、1番前にいた大五郎と当四郎の首裏を引っ掴む。

 

 

そして、ブォン!!と。

 

 

廊下の奥に放り投げた。

 

 

廊下の奥にはちゃんとマットが敷き詰めてあるので死にはしない。多分。

 

 

ボッ!!というなかなかすごい音と2人分の悲鳴が重なった。

 

 

「んぎゃあ?!」

「ぐぅえっ!!」

「…兄さん、それは強引過ぎるよ…」

「何のためのマットだと思っている」

「そう言う問題じゃないんだけどなあ…」

 

 

何やら遠い目をしている銀二郎。後ろを振り返るとμ'sの皆様も困惑していた。そんな顔すんなよ、日常だ。

 

 

「滞嶺くん、やっぱり見た目通りの人だったにゃ」

「人間って投げ飛ばせるんやね…」

「普通は投げ飛ばせないと思うよ」

「何言ってんだ、投げないと大人しくならねぇんだからしょうがねぇだろ」

「論点が違うんだよね」

「やめときなさい茜、あれは住んでる世界が違うタイプよ」

「桜タイプか」

「失礼な、どう見ても普通の人間だろうが」

「どこを見たら普通なんだろうか」

「あ?」

 

 

ちょっとでかいだけだろ。

 

 

「それより早く飯作ってくれよ」

「そういやそんな契約だったね。誰が作る?」

「そりゃもう宇宙ナンバーワンアイド「にこちゃんは弟くんたちの相手してあげて」言わせなさいよ!!」

 

漫才しつつ、「おっきいねー!」なんて雑談もしつつ、μ'sの方々が家にわらわら上がってくる。居間に全員入るだろうか。家自体はそこそこでかいから多分大丈夫か。

 

 

 

 

 

 

「希、にんじんも切れたわよ」

「ありがとエリチ。後は食材とルーを入れるだけやね」

「お米炊けたよー!」

「お米多くないかい」

 

 

滞嶺宅にお邪魔した僕ら。ご飯は東條さんと絢瀬さんと小泉さんが担当し、にこちゃんと高坂さんと星空さんが子供の相手をし、残りはお手伝い。しかし炊飯器満タンのお米を見るのは初めてだ、こんなに炊けるんだね。

 

 

「お母さんとお父さんはお仕事?」

「いませんよ、親なんて」

「えっ」

「…心配なさらずとも、死んだわけじゃありませんよ。多分」

「多分…?」

 

 

南さんがいらぬことを聞いてしまったようだ。まあ予期してなければ聞いちゃうよね。

 

 

でも、なんでいないのかねぇ。

 

 

「うちの親は離婚しまして、2人とも出て行きやがったので。奴らの生死は知りません」

 

 

そういう話なのね。重いね。重いとは思ってたけど、重いね。話を聞いていた南さんと園田さんは黙ってしまった。西木野さん?なんか先程からぷりぷりしながらお掃除始めたよ。汚部屋が気に入らなかったご様子。でも君掃除できたんだね。家政婦任せだと思ってた。

 

 

「なかなか人生ハードモードだね」

「…反応軽いですね」

「そうかな」

 

 

そこそこ重い話は想定してたからね。

 

 

「とにかく、あなたたちを手伝えない理由はこれです。弟たちの世話をしなければならんので」

「そっか…それは…」

「流石に仕方ないかもしれませんね…」

 

 

思った以上に大変な事態だったのか、南さんも園田さんもこれ以上強く言えないようだ。まあそうだよね、ご家族を養う大変さは僕らにはわからないもの。

 

 

「カレーできたよー」

「「食べる!!」」

「手を洗ってきなさい!」

「えー、いつも洗ってないよー」

「ないよー」

「洗ってねえのかお前ら」

「「あっ」」

 

 

カレーに過剰反応したちびっ子2人がボロを出したらしい。滞嶺君に連行されて手を洗いに(洗わされに)行ってしまった。なかなか面倒見がよい。流石長男、にこちゃんと同じものを感じる。

 

 

「ふぅー楽しかった…あれ、うみちゃんことりちゃん、どうしたの?」

「それより何で君の方が堪能してるんだい」

「楽しかったにゃ!!」

「失敬、君『達』だね」

「ほんっとに、なんなのよ…」

「…うん、お疲れ様」

 

 

ほくほくした顔の高坂さんと星空さん。にこちゃんは疲れ切ってるからきっとこの2人はちびっ子と一緒に走り回っていたんだろう。にこちゃん頑張れ。

 

 

暗い顔の園田さんと南さんの顔を見て頭にハテナを召喚する高坂さん。それに対して僕が軽く滞嶺君の事情を説明した。ついでにカレーを持ってきた絢瀬さん、東條さん、小泉さんにも説明した。何故2回も説明せねばならんのだ。

 

 

話を聞いたみんなは深妙な顔をしてしまった。これからご飯なんだから辛気臭い顔をするんじゃないよまったく。高坂さんは深妙というよりは真剣な顔をしているけど。

 

 

「カレー!」

「食べる!!」

「かれー」

「こんなに具がたくさん入っているなんて…!!」

「…なんで葬式会場みてぇな面してんですか」

「なんでだろうねえ」

「逆にあんたは冷静すぎやしませんかね」

 

 

戻ってきた滞嶺君にドン引きされた。暗い顔してない僕までドン引きされた。なんでさ。

 

 

「さっき聞いたことを話しただけだよ」

「そんなに深刻な顔しなくてもいいだろうよ…今から飯ですよ先輩方」

「はい…」

「うん…」

 

 

なかなか要領を得ない歌姫たち。まあご飯だからって復帰できるほど元気はないか。

 

 

と思ったけど。

 

 

「ねぇ…滞嶺くん」

「なんすか高坂先輩」

 

 

何人か別の顔をしていた。具体的には高坂さんと絢瀬さんとにこちゃんがどうやら怒ってらっしゃるようだ。兄妹いる勢だね。何かしら思うことがあるのだろうか。

 

 

「滞嶺くんは、スクールアイドルが好きなのは弟のみんなも知ってる?」

「あぁ?…まあ、全員まとめてスクールアイドル好きですから…」

「それじゃあ、私たちにマネージャーがいるのもみんな知ってる?」

「今度は絢瀬先輩か…当然知ってますよ」

「…あんたさ、自分がマネージャーやりたいって兄弟に言ったことある?」

「何なんですか矢澤先輩まで…」

「にこよ」

「…にこ先輩まで。言うわけないでしょう、そんなこといちいち言ってる暇はない」

 

 

3人で質問を投げていく。3人とも考えが同じなのかいちいち口は挟まない。空気的にも挟めない。でもにこちゃん、名前の訂正はいらないと思うよ。いつも訂正してるけど名字嫌いなの。

 

 

「滞嶺くん」

 

 

すっ、と、高坂さんが立ち上がる。続いて絢瀬さんとにこちゃんも立ち上がった。どうしたんだい、にこちゃんの背が低いのがモロバレしちゃうよ。

 

 

「…何で弟くん達と相談して決めないの?」

「弟に余計な気を使わせたくないんで」

 

 

滞嶺君が答えると、高坂さんが滞嶺君に近づいて、

 

 

パシィ、と。

 

 

ビンタした。

 

 

うそん。

 

 

「…?」

 

 

当の滞嶺君も何が何だかわかっていない模様。ただし痛くなさそうだ。しかしご兄弟は黙っていなかった。血相を変えたご兄弟達が全員凄まじいスピードで立ち上がって、滞嶺くんの前に立ち塞がったのだ。めっちゃ早かった。血筋か。

 

 

「なっ何をするんです穂乃果さん?!」

「うー」

「大兄貴を殴ったな?!許さねー!!」

「許さねー!!」

「…どけアホ、ビンタ程度で何とかなるかよ」

「でも…!」

「どけ」

 

 

ただし滞嶺君が強かった。弟達を一喝して押し退け、再び高坂さんの前に立つ。今度は絢瀬さんとにこちゃんも高坂さんの両サイドにいる。なにこれ。何が起きるんだ。

 

 

「…何のつもりだ」

「あなた、兄弟をなんだと思ってるの」

「兄弟だろ」

「兄弟には何の相談もしなくていいの?」

「したさ、高校入るときに。たまたまデカい金が入って、その使い道は相談した。だから親がいない俺でも高校に行けている。それだけでもこいつらに負担かけてんのに、これ以上余計なことできるかよ」

 

 

滞嶺君はもはや敬語も抜けて、ものすごい威圧感を放ってこちらを見下ろしている。しかし御三方は全く引かない。ほかのメンツは震え上がっていて、東條さんなんかしきりに絢瀬さんの袖を引っ張って小声で「えりち…」って呼んでいる。子供かな?

 

 

「余計なこと?本当にそうかしら。あなたの思いを弟くんたちに話したらきっと

 

 

 

 

 

「うるせぇ!!!!」

 

 

 

 

 

家が震えた。

 

 

鼓膜がヤバかった。

 

 

そのぐらいの怒声だ。命の危機を感じるくらい。いやほんとに。

 

 

「余計なことを口走るな…俺はこの家の長だ!!支えなきゃならねえ!!大黒柱が余暇に割く暇も時間もあるわけねぇだろうが!!!」

 

 

忿怒の形相で、視線だけで鬼も殺しそうな滞嶺君の声が轟く。普通なら気絶してる人もいたかもしれない。

 

 

しかしこの子達は格別の子らだ。

 

 

みんなむしろ、より決意に満ちた表情になって立ち上がった。僕も立った。流れ的に。

 

 

「…私たちには、一家の大黒柱の大変さなんてわかんないよ。そりゃそうだよ、お父さんもお母さんもいるんだもん、お小遣いに困ることはあるけど、お家のお金の心配なんてしたことないもん」

「だったら余計なこと」

「でもさ!…でもさ、私はお父さんが自分のために時間やお金を使ったことないなんて…そうは思わないよ」

「…だから何だ、俺は俺だ」

「そうかもしれないけどさ!!…でもさ」

 

 

高坂さんがその思いを伝える。僕は対して思うところもないが、他のみんなは心が1つなようだ。やだ僕仲間外れじゃん。別に平気だわ。いやでもにこちゃんと同じ気持ちじゃないのはつらい。

 

 

「でもさ…お父さんが全く遊んだり趣味に時間使ったりしなかったらさ、多分心配するよ」

「だから何だ」

「そうだよね…お兄ちゃんが、μ'sの手伝いをする機会があるのに、手伝いがしたいのに、それを我慢してるって聞いたら…君たちはどう思うの?!」

 

 

高坂さんの言葉の、方向が変わった。滞嶺君の弟たちに向けて言った。末っ子はよくわかってないっぽいけど、特に2番目の子は俯いてしまっている。

 

 

家族とは、みんなでいるから家族なんだと。

 

 

にこちゃん一家を見ていれば、僕だってわかるさ。

 

 

稼ぎ頭だろうが大黒柱だろうが、一人で全部背負いこむのは…身内としては、きっと面白くない。

 

 

「…俺の家のことに、よくもそこまで…」

「兄さん」

「あ?」

 

 

半ギレの滞嶺君が一歩踏み出そうとしたところで、次男君が声をかけて引き止めた。彼の顔は僕からでもよく見えない。

 

 

「…兄さん、また一人で我慢してたのか?」

「お前らの生活費を削ってまで高校に通わせてもらってんだぞ、我慢することなんざ腐るほどある」

「また俺たちにはなんの相談もしないで我慢してたのか?」

「相談したら反対するだろ」

「…反対されるのはわかってたのか」

「何だ銀、鬱陶しいぞ」

 

 

次男君の声は震え、滞嶺君は露骨にイラついてきた。さっきまで威勢がよかった高坂さんもちょっとびびって引いている。僕はぼさっと眺めてる。

 

 

と、瞬きの瞬間には次男君は滞嶺君に殴りかかっていた。滞嶺君はまるで動じず受け止めたが、次男君の形相に戸惑っているようだ。何しろ半ギレどころかマジギレなんだから。鬼か阿修羅かそんな感じだ。阿修羅は別に顔怖くないか。怖い顔もあったかな?

 

 

「あんたは!!俺たちが何を思ってあんたを高校に送り出したと思ってんだ!!」

「お前が高卒の方が給与がいいからっつったからだろーが」

「それだけなわけがないだろ!言っただろ!『兄さんの好きに過ごしてくれよ』って!!今まで一人で金を拾ってきて!飯も作って!掃除も洗濯も家事の一切!食事のバランスから俺らの健康管理まで全部一手で担って!!だから、あれだけ金が入ったなら、そろそろ兄さんに好きに生きて欲しいと思って高校に行かせたのに!!まだ俺たちに遠慮してるのか!!!」

 

 

滞嶺君もびっくりな大声だ。家が震えてる気がする。殴りかかって止められた姿勢のままで、しかし恐ろしい形相で滞嶺君に詰め寄る次男君。滞嶺君はひどく困惑しているようだ。

 

 

「お前な…俺がいなかったら生活もままならんだろ…」

「舐めるなよ、兄さんほどじゃないが俺だって料理できる。迅三郎も洗濯くらいできる。当四郎も大五郎も自分の部屋の片づけくらいできるんだ。何でも自分がいなきゃ成り立たないと思うな」

「いや…だがな…」

 

 

滞嶺君は体格や単純な力では圧倒的に勝っているはずなのに、気迫で次男君に押されている。そりゃ今まで人生かけて守ってきた家族に噛みつかれたら困惑はするかもしれない。

 

 

彼のやってきたことは、とても正しく家族の柱であり、しかし確かに弟君たちに劣等感や罪悪感を植え付けてきたのだろう。

 

 

 

 

 

「いい加減にしてくれ!!何でもかんでもあんたが片付けてしまったら、俺らは何もできないままだろうが!!そんなの…ペットか家畜みたいなもんじゃないか!!」

 

 

 

 

 

 

確かに。

 

 

超然としていた滞嶺君の顔が大きく歪んだ。

 

 

怒りなどではなく、明らかな悲哀と後悔の表情だった。

 

 

「…おい、そんなつもりは」

「創にーさん、つもりとかじゃないよう」

「…迅」

「創にーさんが、ぼくらのために頑張ってくれてるのはしってるよー。でもさ、ぼくらもその恩返しくらいしたいよ」

「恩返しなんて、」

「見返りを求めないなんて、銀にーさんも言ってたけど、そんなのペットだよー。ささえて、ささえられて、それが家族だよー」

「…」

「細かいことはわかんないけど、大兄貴に無理してほしくないぞ!!」

「ないぞ!!」

「…お前ら…」

 

 

弟軍団の総攻撃に、腕を下ろして、気の抜けた顔をしてしまう滞嶺君。なんだかとても小さく見えた。

 

 

最後は次男君が締めにいく。

 

 

「俺たちはもう十分兄さんに助けられたよ。今度は俺たちが支える番だ。料理不味いかもしれないし、洗濯も掃除もそんなにうまくできないかもしれないけどさ…兄さんが帰ってくる場所は、ちゃんと守るから」

 

 

すっかり覇気のなくなってしまった滞嶺君はそのまま俯いてしまった。今までのことを思い出して後悔してるのかなんなのかはわかんないけど、ちゃんと弟君たちの思いが通じたようでなによりだ。

 

 

「うう…いい話だね…」

「にゃあ…」

「ぐすっ」

「…何で泣いてんの君ら」

 

 

μ'sのみんなはなんか泣いてた。にこちゃんも泣いてた。許さん。うそうそ、悲しい涙じゃないからこれはセーフ。

 

 

「…しかし部費がな…」

「ああ、それなんだけどね」

 

 

まだ抵抗してくる滞嶺君に、バッチリカウンターを決めておく。これは事前の作戦にもあったことだから問題ない、メンバー全員把握していることだ。

 

 

「僕ってグラフィックデザイナーとかやってんだけどね」

「…働いてたのかよ」

「働いてるよ。でも壁画みたいな大きい作品とかさ、描いても運べないんだよね。パワーなくて」

「まあそうでしょうね」

「君、敬語使えるのか使えないのかどっちなんだい。…とにかく、だから僕は君を雇おうと思うんだ」

「は?」

「バイトバイト」

「は?」

「何でそんな攻撃的なの」

 

 

理解不能といった表情の滞嶺君。だからってそんなキツい物言いじゃなくてもいいと思うんだ。泣くよ?嘘嘘泣かない。

 

 

「そうそう、これこの前のお手伝いの謝礼ね。バイト代」

「…」

「はい」

「…」

「いや受け取ってよ」

 

 

それなりの額が出るよって教えるために、この前のライブのお手伝いの謝礼は封筒に入れて用意しておいた。いや元々渡すつもりだったけど、更なる付加価値が出たもんだからその面も主張しておきたかったの。でも受け取ってくれない。虫なんて入ってないよ?

 

 

「何のつもりだ」

「謝礼だって言ってるのに」

 

 

物も言葉も素直に受け取りなさいよ。

 

 

渋々ながら受け取った滞嶺君はすぐに封筒を開ける。失礼だからねそれ。

 

 

「…何でこんなに入ってんだ」

「諸々の事情で」

 

 

諸々の事情というか、バイト代の相場がわかんなかったから多めにいれただけ。少ないって文句言われるよりマシだろう。多分。

 

 

「で、バイトしてくれれば毎月その2倍くらいは入ると思うけど。どうする?部費なんて余裕でお釣りが出るけど」

「やろう」

「決断早いね」

 

 

即答だった。

 

 

お金は大事らしい。

 

 

「お仕事の内容にμ'sのマネージャーも含まれるからサボらないでね」

「…聞いてませんが」

「言ってないからね。よし、これで晴れて滞嶺君も仲間入りだね」

「「「「「「「「「やったー!!」」」」」」」」」

「鼓膜が」

 

 

鼓膜がパーンなるところだったよ。びっくりしたよ。うるさいよ君たち。にこちゃんは許す。

 

 

「これで波浜先輩の負担も減るね!」

「その分練習も増やせますね」

「ボディーガードにもなるにゃ!」

「滞嶺くん、大きいもんね…」

「一緒に伝伝伝も見れます…!!」

「だからあれは保存用だってば!!」

 

 

大いに盛り上がりを見せるμ'sの皆様…あれ、全員が盛り上がってないな。

 

 

 

「あのー…」

「盛り上がってるとこ悪いんやけど…」

 

 

みんなが怪訝な顔で声の方を向くと、そこにいたのは申し訳なさそうな顔の絢瀬さんと東條さん、そして呆れ顔の西木野さんが食卓の前で立っていた。

 

 

「…カレー、冷めてるわよ」

 

 

あっ。

 

 

ご飯前なのをすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「美味しい!」

「うん、冷めても美味しいっすよ!!」

「でも兄さんのカレーの方が好きだな」

「ご家庭の味ってやつかしら」

「嵩増し用の小細工のせいだろ。ルーを少なくしか使えないから、ケチャップとかソースで味を濃くしてるからな」

「道理でこんなにルーが粘り気がある…」

「普通こんなもんだと思うけど」

 

 

結局十数人で食卓を囲んで冷めたカレーを食す。当然俺の作った味誤魔化しほぼスープカレーより上出来なのだが、やはり隠し味などの諸々は弄っていないようだった。素のカレーの味…俺も初めて食った気がする。

 

 

というか。

 

 

誰かが作った飯を食うのも10年ぶりくらいだろう。

 

 

「滞嶺くん泣いてる?」

「泣く要素が無ぇ」

「でも目がうるうるしてるにゃ」

「気のせいだ」

「えー?」

「うるせぇな…」

 

 

…誰かが俺に、俺たちに作ってくれた料理。

 

 

別に特別な工夫がしてあるわけじゃないが。

 

 

 

 

「…飯くらい味わって食わせろよ」

 

 

 

 

…美味いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーてそれじゃあ設営開始だね」

「もう全部持ってきたぞ」

「なんで全部持てたの」

 

 

翌日朝、早速来てくれた滞嶺君。敬語は面倒だから無しという方向にした。そんなことより、机や9人分の飲み物やその他必要なものは彼一人で全部持ってくれた。おかしいね。

 

 

「つーかμ's本隊は何してんだ」

「階段ダッシュでしょ。神田明神でいつもやってるから」

「…じゃあ俺らも行くべきだろ」

「いつも時間なかったから」

 

 

基本的には彼女らが階段ダッシュをしている間に屋上の設営をして、彼女らの到着を待つスタイルでやっていた。しかしこうも早く設営が終わるなら、もう少し早く来て彼女らに合流するのもアリかもしれない。

 

 

「とはいっても今日ももう間に合わないし」

「走れば間に合うだろ」

「僕走れないんだよ」

「乗れよ」

「うそだろ」

 

 

もう滞嶺君は僕を背負って突っ走るモードだ。星空さんの証言では自動車より早かったらしいのに、そこに剥き身でしがみつけと。無理だよ。無理すぎだよ。

 

 

「君にしがみつけるのなんて星空さんくらいだよ」

「それもそうか」

 

 

諦めてこちらを向く滞れ…いや違う。不意に抱え上げられた。

 

 

「待とうよ」

「時間が惜しい」

「惜しいけん゛に゛ゃ」

 

 

ドンッ!!!と。

 

 

すごい音を立てて飛んだ。

 

 

音ノ木坂の屋上から。

 

 

4階建てなんですが。死ぬよ?変な声出たよ??

 

 

地面は見えないのでいつ死ぬのかなーと思ってたけど、思いのほかふわっと着地して、しかし、ゴウッと音がするくらいのすごいスピードのまま走り出した。風圧で息がやばい。

 

 

そのまま走り抜けて、ものの数分で神田明神までたどり着いてしまった。なんという脚力。

 

 

「あれっ?!滞嶺くんと波浜先輩?!」

「わざわざここまで来てくれたんですか?」

「っていうか茜生きてる?!」

「あぶふう」

「…大丈夫かしら?」

 

 

ただし僕は逝く。

 

 

新しい仲間が増えたはいいけど、こうして僕の命が削られる日課が増えたのであった。

 

 

本気で死にそう。

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございました。

割と無理矢理理論で滞嶺君をぶっこんでしまった感はあります。が、よかれと思って…ってことが裏目に出ることはよくある気がします。まだまだ未熟者ですね私!!

ともあれ、これでこのお話でのアイドル研究部員は勢揃いとなります。残りの方々は後方支援です。

というわけで、前回お伝えしたように次話は来週となります。お待たせすることになって申し訳ありません。でも自己満作品なので後悔はしません。だって私の作品なんだもーん!!!()



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良きに計らえっていつの時代に使ってた言葉なんだろう



ご覧いただきありがとうございます。

週一投稿にしたお陰で…こんな感じのサンシャインバージョンの下書きも始まりました。毛色は違うけど同じシステムの作品の予定です。20話分くらい書けたら投稿すると思います。遠いなー!!

というわけで、どうぞご覧ください。


 

 

 

「オープンキャンパスのアンケートの結果、廃校の決定はもう少し様子を見てからとなったそうです!」

「それって…!」

「見に来てくれた子が興味を持ってくれたってことだよね!!」

 

 

オープンキャンパス終わって滞嶺君が入って、やっと出たアンケートの結果は上々だった。まだ延命でしかないけど、延命できただけでも儲けものだ。よく頑張った。

 

 

「しかも〜、いいことはこれだけじゃないんだよね〜」

「なんでいいことを発表するのにそんな悪い顔ができるんだい」

「わけわからん先輩だな」

「ひどい?!」

 

 

何故か悪い顔をする高坂さん。僕と滞嶺君のダブルアタックによって撃沈。だいたい、僕は「いいこと」の内容を知っている。だって僕が教えたんだもん。マネージャーだから最初に情報仕入れたのは僕だもん。

 

 

「じゃじゃーん!部室が広くなりました!!」

「「おお!!」」

「そういえばここ使ったことなかったね」

「だって私たちの部室じゃなかったじゃない」

「そうだったね」

 

 

今まで使ってた部屋の奥の扉を開けたその先。そこにある、教室半面くらいの広さの部屋がアイドル研究部の部室に加わったのだ。なお、これは廃校延期のご褒美に理事長さんがくれたものであって、絢瀬さんが権力を振りかざしたわけでは決してない。今彼女がさして驚いていないのは僕が事前に教室で教えたからだ。にこちゃんには当然言った。即言った。

 

 

まあ、雨の日にもストレッチと筋トレくらいできるようにはなったか。数人でなら踊れなくもない。…なんで僕らが1年のころは使えなかったんだろう。多分申請してなかったからか。抜かった。

 

 

「安心してる場合じゃないわよ」

「絵里先輩!」

「生徒がたくさん入ってこない限り、廃校の可能性はまだあるんだから頑張らないと」

「そうだねえ、まだまだ危機には変わりないし」

 

 

さっきも言ったけど、延命は延命なのでまだ寿命がすぐそこな事には変わりない。死にたくなければ根本から解決しなければならないのだ。

 

 

「…ぐすっ」

「…ん?」

「嬉しいです…!やっとまともなことを言ってくれる人が入ってくれました…!!」

「それって凛たちがまともじゃないみたいなんだけど」

「まあまともじゃないよね」

「まともの意味を広辞苑で調べてこい」

「さっきから波浜先輩と滞嶺くんが厳しいにゃ!」

 

 

まあ確かに、絢瀬さん以外まともかどうかは疑わしい。小泉さんと南さんは比較的まともだけど、小泉さんはアイドルのことになるとフォルムチェンジするし、南さんは頭がゆるい。僕はこんなんだし、滞嶺君もこんなんだし。

 

 

眼下の女神様たちを見渡してみると、やはり絢瀬さんが最もまともであるのは明白だろう。にこちゃん?にこちゃんはまともとかそういう尺度じゃ測れないから。

 

 

「ほな、練習はじめよか」

 

 

東條さんが声をかけて、早速練習開始。まとめ役が増えて嬉しい限りだ。

 

 

「あっ…ごめんなさい、私ちょっと…今日はこれで…」

 

 

と思っていたら南さんがそそくさと帰ってしまった。割と急いでるらしい。

 

 

「どうしたんだろ?ことりちゃん、最近早く帰るよね?」

「まあ用事くらいあるでしょ。今まで忙しかったし、用事が溜まっててもおかしくはないよ」

「案外彼氏でもできたのかもしれんぞ」

「恋人ができたからって練習サボるような子かなあ」

 

 

みんな首を捻っているが、まあ用事は用事なんだろう、あんまり首を突っ込むものでもないと思う。

 

 

「…さっきからツッコむタイミングを失ってたのだけど」

「ん?」

 

 

絢瀬さんがこっちを見上げて怪訝な顔をしている。

 

 

「…なんで波浜くんは滞嶺くんに肩車されてるの?」

「そりゃあ僕がブレインで、」

「俺がボディだからっすよ」

「一心同体ってやつだね」

「いつの間にそんなに仲良くなったのよ」

「男の子なら仲良くしてもにこちゃん怒らないし」

「いつも怒らないわよ!!」

 

 

そう、僕は絶賛肩車中である。これなら僕は体動かさなくていいし、滞嶺君は体が鍛えられる。一石二鳥だ。一石二鳥でいいのかな?憤慨するにこちゃんは微笑ましく眺めておこう。手はここまで届かないし。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ〜!50位!何これすごい!!」

「事実、驚異の人気上昇率っすよ」

「夢みたいです…!」

 

 

屋上についてから僕らの順位を確認したらすっごい上がってた。なにこれびびる。にこちゃんは顔がふやけてる。うーんかわいい。

 

 

「20位にだいぶ近づきました!」

「凄いじゃない!」

「絵里先輩が加わったことで女性ファンもついたみたいです」

「確かに背も高いし、足も長いし、美人だし、何より大人っぽい!さすが3年生!!」

「や、やめてよ…」

「らしいですけどどう思われますにこちゃんごっ」

「なによ!」

「悪かったけどペットボトルシュートは痛いよ」

「避けろよ」

「無茶言うなよ」

 

 

絢瀬さんの日本人離れした美貌は女性からの人気も高いようだ。にこちゃんは日本人男性からの人気はきっと高いよ、日本てロリコン文化だし。だから空とはいえペットボトル投げるのはやめて。痛い。極めて痛い。あと僕がロリコンってわけではない。

 

 

「でもおっちょこちょいな所もあるんよ。この前もおもちゃのチョコレートを本物と思って食べようとしたり」

「の、希…!!」

「何を言うんだい、うちのにこちゃんだってこの前僕が描いたケーキの絵にヨダレたらしてんがっ」

「茜っ!!!」

「わかったからペットボトルシュートはやめてってば」

「避けろよ」

「撃ち落としてよ」

 

 

絢瀬さんは生徒会長という立場に縛られなくなってから、μ'sのみんなにもかき氷お嬢ちゃんな部分も見せるようになってきた。キツいイメージが払拭されたようで何より。しかしにこちゃんの方がおっちょこちょいだぞ負けないぞ、にこちゃんは否定してくるけど。

 

 

「でも本当に綺麗…よし!ダイエットだ!!」

「聞き飽きたにゃ」

「大体筋トレとかやってんですから自然と痩せますよ」

 

 

女性の口癖第1位に輝きそうなセリフを高坂さんが吐き、肥満とは縁のなさそうな星空さんが冷めたことを言い、滞嶺君がマジレスを返す。うーん、μ'sもだいぶシュールな集団になってきた。大丈夫かな。

 

 

と、そんな時。

 

 

「おーい!穂乃果ー!!」

「頑張ってねー!」

「ファイトー!μ's応援してるよー!!」

「ありがとー!!」

 

 

下からヒフミのお嬢さん達が声援をくれた。彼女らも結構声出るね。返事した高坂さんの声の方が大きいけど。

 

 

「知り合い?」

「はい!ファーストライブの時から応援してくれているんです!」

「てゆーかそのうち1人はあのとき管理室にいたんだけどね」

「うっ」

 

 

絢瀬さんの顔が歪む。弄りがいのある子だ。楽しい。

 

 

 

 

とか思ってたら。

 

 

 

 

ズバァン!!!!と。

 

 

すごい音が近くで鳴った。

 

 

あとなんか水が僕に降りかかった。降りかかった?下から来たから降ってはないな。とりあえず濡れた。

 

 

音源を見てみると、僕を肩車している滞嶺君が手に持っていたペットボトルを握り潰していた。それ中身満タンだったよね。なんで握りつぶせるんだろうね。てかつまりこの水スポドリか。べとべとになるじゃん。

 

 

「…俺は今…声援を受けるほどの新進気鋭のスクールアイドルのマネージャーをしているのか…!!」

「なんで急に燃えだしたの」

 

 

沸点がわからない。

 

 

「さあ、こんなところで気を抜いてる場合じゃねーです」

「そうね、ここからが大変よ」

「上に行けば行くほどファンもたくさんいる」

「それを超えていかなきゃいけないね」

「そうだよね…20位かあ」

 

 

下位層は団子になっていても、上位層は各チームで人気に大きな差がある…というのは割とあることだろう。固定ファンなんかも多いだろうからより一層人気獲得に力を入れる必要がある。…それよりこのジャージどうしようか。制服じゃなくてよかった。

 

 

「滞嶺君、着替えてくるから降ろして」

「何故着替えるんだ」

「さっきの君のスポドリでべとべとになったからだよ」

「避けろよ」

「無茶が過ぎる」

 

 

肩車していた僕を降ろしながら滞嶺君が凄いことを言う。避けろて。てか君も着替えなよ。

 

 

「今から短期間で順位を上げようとするなら、何か思い切った手が必要ね」

 

 

さっと着替えて戻ってきて、順位上げの手段を考える。もう猶予は言うほど多くないのだ。

 

 

「その前に、しなきゃいけないことがあるんじゃない?」

「何かあったっけにこちゃん」

「茜は察しなさいよ!」

「にこちゃんのことだからどうせしょーもな

「ふんっ」

「うばう」

 

 

どうせしょーもないことを考えているであろうにこちゃんに隠さず本音を伝えたら回し蹴りが飛んできた。しまった、今は地上にいるんだった。しかし、にこちゃんが機嫌よく何か思いついたときは、どうせアイドルモードにこちゃんになるか不審者全開のにこちゃんを演じるかどっちかだ。どっちもかわいいから許す。

 

 

「とにかく、まずは移動するわよ!!」

「うばふう」

 

 

確信した。

 

 

後者だ。

 

 

しかし僕はダメージで動けない。みんながんばれ。

 

 

 

 

 

 

 

「あの…すごく暑いんですが…!」

 

 

だろうね。

 

 

μ'sのみんなはにこちゃん変装スタイル(サングラス、マフラー、マスク、コート着用)で秋葉のど真ん中にいた。僕と滞嶺君は着てない。僕はこの季節にあんな真冬仕様は死ぬ。滞嶺君はサイズ的に無理。だから僕と滞嶺君は微妙に女性陣から距離を置いてる。そりゃね。

 

 

ちなみに、今は滞嶺君からは降りてる。「にこ先輩になじられるといい」とか言われた。何それ嬉しい。嬉しくない?

 

 

「我慢しなさい!これがアイドルとして生きる者の道よ!有名人なら有名人らしく、町に紛れる格好っていうものがあるの!!」

「でもこれは…」

「逆に目立ってるかと…」

「あーもうっバカバカしい!!」

 

 

うん、にこちゃん的発想もわかるんだけどね。過剰だよね。いつものことだけど。しかしバカバカしいはどうなんだい西木野さん。

 

 

「にこちゃん、いつも言ってるけど、かわいいけど目立つか目立たないかの指標で答えるなら目立つよ」

「うっさいわね!」

「いつも言われてる上でこの格好なのね…」

「多分有名人っぽいことしたいだけなんやろうなぁ」

「あーあーうるさーい!!」

「大声出すと余計目立つよ」

 

 

実際有名人(というかアイドル)っぽいことをしたいだけというのは事実だろう。にこちゃんだし。

 

 

てゆーか人気沸騰中のスクールアイドルのこんな姿を見て大ファンの滞嶺君は絶望してないだろうか…ん?いない。さっきまでお隣にいたのに。

 

 

「凄いにゃー!!」

 

 

なんか遠方から星空さんの声がしたからそっちを見てみると、星空さん、小泉さん、滞嶺君がスクールアイドルショップに特攻していた。早いな。しかも変装はいつのまにか解いてる。早いな。

 

 

「うわぁ…!!」

「かよちん、これA-RISEの!!」

「こんなにいっぱいあるなんて…!!」

「上位ランカーからマイナーまでかなり広く揃えているな…まだ名が上がったばかりのグループまで並んでんじゃねぇか」

「あぁ…あれも欲しいこれも欲しい!!」

 

 

大興奮の小泉さん。滞嶺君もいつもより多めに喋っております。そんな2人を見つけた他のメンバー(変装解除済み)と一緒にスクールアイドルショップに向かう。にこちゃんも何気に変装解除してんじゃないか。暑かったんでしょ?

 

 

「何ここ?」

「近くに住んでるのに知らないの?最近オープンしたスクールアイドル専門ショップよ」

「僕も知らなかったけど」

「あんたは家と学校とスーパーしか行かないじゃないの」

「にこちゃん家にも行くよ」

「言わんでいい」

「あふん」

 

 

こういう専門性の高いお店は、いくら近所でもできたばかりでは通しか知らないもんだろう。僕も知らなかったし。いらんこと言ったらにこちゃんにチョップされるし。僕は悪くない。悪くなくない?

 

 

お店に入ってみると、スクールアイドルのグッズが所狭しと並べられていた。流石に天井まで品を並べたりはしていないけど、通路がそこそこ狭い。しかし人気のスクールアイドルはTシャツとかまであるんだね。この前入稿したやつは流石に衣類はなかった。うちわとかタオルはあったけど。そのうちタオル振り回す曲も作るのかな?

 

 

狭い店内をみんなでのそのそ歩いていると、奥から星空さんが走ってきた。危ないよ。

 

 

「みてみて!この缶バッジの子かわいいよ!まるでかよちん!そっくりだにゃー!!」

 

 

手になんか持ってると思ったら、小サイズの缶バッジだった。1人の女の子がプリントされている…っていうか、

 

 

「というかそれ…!」

「花陽ちゃんだよ!!」

「ええーっ?!」

 

 

何故気づかないのさ。

 

 

「星空!それどこにあった!!」

「こっちにゃ!」

「騒がないの」

 

 

どこからか滞嶺君がやってきて、星空さんとともにどたどた走っていった。だから道狭いんだって。危ないって。てゆーか滞嶺君、あの巨体でよくぶつからずに走れるね。

 

 

2人についていくと、そこにはなんとなんとμ'sのコーナーがあるではありませんか。品をデザインしたの僕だけど、店頭に並ぶの早いね。最近は生産が早くて何よりだ。しかし「人気爆発中!!」とか書かれてるとほんとに素で外歩いてていいのか心配になるね。にこちゃんの心配もあながち間違いではないのかもしれない。

 

 

「ううう海未ちゃん!ここここれ私たちだよ?!」

「おおお落ち着きなさい!ここここれは何かの間違いです!!」

「みみみμ'sって書いてあるよ!石鹸売ってるのかな?!」

「ななな何でアイドルショップで石鹸売らないといけないのです!!」

「動揺してても漫才できるんだね君ら」

 

 

衝撃で漫才を始める幼馴染のお二人。仲良いね。それにしても石鹸はありかもしれない。シャンプーかな。にこちゃんイメージで…桃の香りかな??にこちゃんって言ったらピンクだもんね。

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

この光景を目の当たりにして1番緊迫するのは。

 

 

 

 

 

「どきなさーーーい!!」

 

 

 

 

 

間違いなく、にこちゃんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?!私のグッズがない!どういうこと?!」

「入荷されてないんじゃないかにゃー?」

「まさか。あと、ぱっと見見当たらないという意味では星空さんもだよ」

「んにゃ?!」

 

 

いらんこと言う星空さんには釘をさしておく。

 

 

「何で?!なんでよ!!」

「にこちゃん落ち着いて。一緒に探すから」

「うう、茜ぇ…!!」

「よしよし」

 

 

半泣きモードのにこちゃんをあやしながら僕もにこちゃんグッズを探す。メンバーのイメージカラーは勝手に決めてしまったけど、にこちゃんはピンクで間違いない。他の子のもまた考えてもらわなきゃな。

 

 

ピンクを探していると、視界の端にピンクのうちわを捉えた。近くに缶バッジもタオルもちゃんとある。クリアファイルとかも作るべきかな?

 

 

「にこちゃん、こっちにあったよ」

「ほんと?!ああっあった!!あったわよ茜!!」

「うん、ちゃんと見たよ」

「茜…ついに私の…私のグッズが!!」

「うん、よく頑張ったね」

 

 

感極まって抱きついてきたにこちゃんを抱きかえして頭を撫でる。

 

 

ずっと夢みてたんだもんね。

 

 

ずっと追いかけて来たんだもんね。

 

 

夢への第一歩でしかないけど、やっと進んだ一歩なんだ。

 

 

泣いても仕方ないよね。

 

 

やばい僕も泣きそうだ。

 

 

「うう…茜ぇ…」

「泣くのは我慢するのに鼻水は出すんかい」

「だっでぇ…」

 

 

涙引っ込んだ。服に鼻水つくところだった。いやにこちゃんの鼻水なら歓迎だ。いや流石に微妙だな。

 

 

「波浜くんってあんな優しい顔できるのね…」

「基本的に調子こいた顔してますしね」

「やっぱりにこっちには優しいんやねー」

「ほんと極端」

「聞こえてんぞ外野ー」

 

 

そりゃにこちゃんには優しくするでしょ。

 

 

「しかし、こうやって注目されているのがわかると勇気づけられますね…!」

「ええ!」

「園田さん最初ミニスカすら嫌がってなかったかな」

「よっ余計なお世話です!!」

 

 

まあ、これだけ注目集めてるんだから頑張らなきゃって思うよね。にこちゃんももっと上を目指さなきゃだし。

 

 

「そういうことだから高坂さ————あれ?高坂さんどこいったの?」

 

 

激励しようかと思ったら高坂さん不在。さっきまで園田さんと漫才してたのに。すこし見回したらなんかを凝視している高坂さんを発見した。何見てんだろうと思った矢先だ。

 

 

 

 

 

 

「すみません!」

 

 

 

 

 

 

なんか聞いたことある声が聞こえた。店の外かな?

 

 

「あの、ここに写真が…私の生写真があるって聞いて…あれはダメなんです!今すぐなくしてください!!」

 

 

あれ、何故かメイド服を着た南さんが。

 

 

「…ことりちゃん??」

「ぴぃ?!」

 

 

凄い声出たね。

 

 

「ことり…何してるんですか?」

 

 

みんなでメイド版南さんの元へ合流してみると、園田さんの問いかけにも答えず背を向ける南さんがいた。うん、紛れもなく南さんだね。主にトサカが。

 

 

「…コトリ?ホワッツ?ドゥナータデスカー?」

「どーゆー誤魔化し方だい」

「わぁっ外国人?!」

「うそん」

「こいつの頭には期待しない方がいいぞ」

「もとから期待してないけどさ」

 

 

ガチャガチャの蓋を目に当てて謎の片言を発動した南さん。誰が騙されるのかと思ったら星空さんが引っかかってた。うそやん。純真無垢かよ。この間の試験の時点で頭脳に期待できないのはわかってたけど、余計期待できなくなった。

 

 

「…ことりちゃん、だよ————」

「チガイマァス!」

「頑なだね」

「ソレデハ、ゴキゲンヨーウ…ヨキニハカラエ〜、ミナノシュ〜…」

「何てコメントしたら正解なのさ」

「俺にはツッコミきれん」

 

 

片言のまま誤魔化し続け、謎のフラフラウォーキングで僕らから離れていく南さん。どこからつっこんだらいいのかなこれ。とりあえず良きに計らえにはつっこむべき?

 

 

「…サラバ!」

「あっ逃げた」

 

 

メイド服のスカートを持ち上げて走り出した南さん。メイド服なのに走るとは思わなかった。ってか結構早いね。それを見て追いかけ出す高坂さんと園田さん。追いつけるのかな。

 

 

「任せろ」

「待って待って、君が往来で南さんを確保する様子を見たら誰だって警察にお電話しちゃうよ」

「…」

「そんな顔されても」

 

 

サングラス越しに悲しそうな顔をする滞嶺君。事実だから仕方ない。だって君、でかいし顔怖いしだもん。何もしてなくても通報されそうな勢いだもん。

 

 

「…ここで待てと?」

「メイド服着てたんだから多分メイド喫茶でしょ。この辺り一帯のメイド喫茶を当たれば最悪見つかるさ」

 

 

というわけでスマホでメイド喫茶を検索…しようと思ったら、東條さんから南さん確保の連絡が来た。早いね。ってかいつの間に追いかけてたの。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

波浜少年がべとべとに…()
さて、ワンダーゾーン編です。μ'sのグッズは原作では知らない間に作られてましたが、普通に考えたら肖像権とかヤバない?って思ったので波浜少年に作らせました。
あとは感動すべきにこちゃん。原作よりオーバーに喜んでもらいました。これには波浜少年も慈愛の笑顔。愛ですね!





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リスクとリターンがわからない人に限って大物



ご覧いただきありがとうございます。

いろんな作品の二次創作案は出てくるのですが、そんな全部同時進行できないしどうしよっかなー!状態です。好きにしろよって?仰る通りでございます()

というわけで、どうぞご覧ください。、


 

 

 

 

「こ、ことり先輩が、この秋葉で伝説のメイド「ミナリンスキー」だったんですか?!」

「そうです…」

「そういえば部室のサインにも反応してたね」

 

 

場所は変わって某メイド喫茶。…初めて入ったけど以外と普通な見た目だね。もっとこう、ピンクでギラギラしてるイメージがあったけど。店員がメイド服なこと以外は普通だ。あとメニューが恥ずかしいくらい。

 

 

「酷いよことりちゃん!そういうことは教えてよ!!」

「うぅ…ごめんなさい〜…」

 

 

幼馴染である高坂さんや園田さんも知らなかったようで、高坂さんが憤慨している。そんなに怒らなくてもいいだろうに。

 

 

「言ってくれれば遊びに来て、ジュースとかご馳走になったのに!!」

「そっちかい!!」

「なんてセコい発想だ」

 

 

怒ってるベクトルがおかしかった。

 

 

「じゃあ、この写真は?」

「店内のイベントで歌わされて…撮影、禁止だったのに…」

 

 

俯いて答える南さん。僕らに内緒にしていたバイトがバレたこと自体だけでなく、禁止されていた上で隠し撮りされていたのもダメージが来ているんだろう。週刊誌じゃないんだから隠し撮りなんてしなくてもよかろうに。週刊誌もしないであげてほしいけど。

 

 

「なぁんだ、じゃあアイドルってわけじゃないんだね」

「それはもちろん!」

「でも何故です?」

 

 

何故って何でメイドなんかしてるのかってことだろう。いやバイトくらい自由にさせてあげなさいよ。僕なんて働いてるよ。滞嶺君も僕のもとでバイトしてるよ。てか滞嶺君さっきから静かだな。目を閉じて瞑想してるな。女の子耐性ないのかな。

 

 

「…ちょうど3人でμ'sを始めた頃、帰りにアルバイトのスカウトされちゃって…」

「いまどきスカウターなんているのだね」

 

 

スカウトされる南さんもびっくりだがスカウトする方もびっくりだ。しかもメイド喫茶だし。普通に考えたら怪しいことこの上ない。南さんも警戒なさいよ。しかも話の内容的にはメイド服にテンション上がっちゃったからみたいな感じらしい。警戒なさいよ。

 

 

「自分を変えたいなって思って…私、穂乃果ちゃんや海未ちゃんと違って、何もないから…」

「何もない?」

「穂乃果ちゃんみたいにみんなを引っ張っていくこともできないし、海未ちゃんみたいにしっかりもしてない…」

「にこちゃんより持ってるじゃなうぼぁ」

「セクハラよ」

 

 

何もないと言うからにこちゃんより胸があるよと伝えようとしたら拳が飛んで来た。なんかキレが増してる気がする。痛い。しかし胸の話ってよくわかったねにこちゃん。

 

 

「そんなことないよ!歌もダンスもことりちゃん上手だよ!」

「衣装だってことりが作ってくれているじゃありませんか」

「少なくとも2年生の中では一番まともね」

 

 

色々フォローが飛んでくるが、南さんの表情は暗いままだ。

 

 

「ううん…私はただ、2人についていってるだけだよ…」

 

 

それだけ言って、後は何も語らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「何も頼まずに出てきてしまったけどいいのかな」

「仕方ないですよ、滞嶺くんが限界みたいですから」

「あんな空間に居られるか」

「結局店内で一言も話さなかったもんね」

「ヘタレにゃ」

「なんだと」

「にゃにゃにゃ」

 

 

あの後すぐに南さんはバイトに戻り、僕らは店を後にした。滞嶺君のメンタルが限界だったため何も食べたりすることなく。そんなにいたたまれなかったかな。その割には星空さんと仲良くじゃれてるけど。じゃれてるっていうか頭掴んでぐりぐりしてるけど。

 

 

「まあ今日はここまでかな。練習する時間もなくなっちゃったし、各自ランキング上げの作戦でも考えようか」

「茜は何か策はあるの?」

「ないね」

「なによ、あるかと思ってたのに」

「待ってな、今すぐ思いつく」

「ないならないでいいわよ!!」

 

 

とりあえずは時間も時間なので帰ることにする。他のメンバーとは別れた後、にこちゃんの家に寄るか寄らないかを考えていた時。

 

 

「茜、ことりのことどう思う?」

「にこちゃんには及ばないけど可愛いと思うよ」

「そうじゃなくて!!」

「んべっ」

 

 

正直に答えたら鞄が飛んで来た。痛い…あれっあんまり痛くない。さては置き勉してるなにこちゃん。

 

 

「どうしたら解決できるかって話よ!!」

「それ僕が考えるんかい」

「考えなさいよ」

「えー」

 

 

正直僕がなんとかしなくても幼馴染のお二人がなんとかしてくれると思うよ。あとにこちゃんのことじゃないし。

 

 

「あんたマネージャーでしょ」

「にこちゃんそう言って全部僕に押し付ける気じゃないだろうね」

「んなわけないでしょ。同じ部の仲間なんだからちゃんと考えてあげなさいよ」

 

 

仲間。

 

 

今まで長いこと僕らのもとに居なかった存在。

 

 

確かに大事にすべきかもしれない。

 

 

結果的ににこちゃんにつながる…かもしれないし。それなら少しは気にかけてあげようかなぁ。

 

 

「しかし、そうは言っても言葉でなんとかなるものじゃなさそうだけどなぁ」

「だからどうしたらいいと思うかって聞いてんのよ」

「そんなこと言われても」

 

 

僕困っちゃう。

 

 

「結局は穂乃果と海未への劣等感を感じてるわけよね?」

「そうだと思うけど、だからって自分の優勢に拘るタイプでもないじゃないか」

 

 

要はそこがややこしい。

 

 

優れていたいと思うわけでもないのに劣等感に苛まれたり、過剰に自身を卑下したりする子へのフォローはなかなか難しい。だいたい何を言っても否定しちゃうからだ。

 

 

いわゆるメンヘラに多い気がする。

 

 

ああいや南さんはメンヘラではないと思うよ。多分。

 

 

「だからそれを何とかしなさいよ」

「無茶言わないでよ」

 

 

というかにこちゃんも考えなさいよ。

 

 

そのままにこちゃんの家まで考えていたけど、解決案は思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日である。

 

 

「秋葉でライブよ!!」

 

 

絢瀬さんがなんか言い出した。

 

 

「頭打ったのかい」

「何でそんな反応になるの?」

 

 

急すぎるし。絢瀬さんが言うとは思わなかったし。理由がわかんないし。急だし。

 

 

「え?そ、それって…」

「路上ライブ?」

「ええ」

 

 

高坂さんや南さんも疑問形だ。そりゃそうだ。ていうか路上ライブってスクールアイドルがやるものだろうか。バンドとかじゃないだろうか。スペース的に。

 

 

「秋葉といえば、A-RISEのお膝元よ?!」

「それだけに面白いやん!」

「でも、随分大胆ね?」

「秋葉はアイドルファンの聖地。だからこそ、あそこで認められるパフォーマンスができれば、大きなアピールになる」

 

 

まあそうなんだけどリスクを考えると結構な博打じゃないかな。いや、博打でもしないとラブライブには出れないのか。

 

 

「良いと思います!」

「楽しそう!」

「怖いもの無しだね君ら」

「リスク計算とかしてねえんだろ」

「だろうね」

 

 

一部の子らがリスク計算なんてできないことは知ってたけど。

 

 

「しかし…凄い人では…」

「人が居なかったらやる意味ないでしょ」

「そ、それはそうですが…」

「こっちはこっちでリスクのベクトルがおかしいね」

「ほんとにまともな人いねえな」

「君が言うか」

 

 

園田さんは死ぬほど恥ずかしがってるし。問題はそこじゃないでしょうに。あと滞嶺君、君もおかしいからね。あと君はファンなんだからもうちょい優しくしてあげて。

 

 

「一応言っておくけど、逆にあの場で認められないようならむしろ人気は落ちると思うけど大事かい」

「認められればいいんですよね!」

「元気でよろしいけど、君そんなんだから数学できないんだと思うよ」

 

 

高坂さん絶対途中計算とかしない子でしょ。

 

 

「まあ、リーダーがいいって言うならいいんじゃないっすか」

「じゃあ決まりね」

「じゃあ早速日程を…」

「その前に」

 

 

なんだかゴリ押しなまま参加が決定した。いいのかな。しかもさらに絢瀬さんがなんか被せてくる。だんだん考えるのが面倒になってきた。

 

 

「今回の作詞はいつもと違って、秋葉のことをよく知っている人に書いてもらうべきだと思うの。…ことりさん、どう?」

「えっ、私?」

「ええ。あの街でずっとアルバイトしていたのでしょ?きっとあそこで歌うのにふさわしい歌詞を書いてくれると思うの」

「秋葉ならにこちゃんも詳しいけど」

「働いてる人には敵わないわよ」

「にこちゃんが素直だと」

「何が不満なのよっ」

「んがっ」

 

 

作詞者も変えるときた。しかし秋葉がどうとかなら、にこちゃんも秋葉には入り浸ってる気がする。しかしにこちゃんは素直に引き下がった。意外だ。驚いたらにこちゃんの裏拳が鼻に刺さった。痛い。

 

 

「それいい!すごくいいよ!」

「やった方がいいです!ことりなら秋葉にふさわしい良い歌詞が書けますよ!」

「凛はことり先輩の甘々な歌詞で歌いたいにゃ!!」

「それは俺も聞きたいです」

「ノリノリだね」

 

 

皆さまが絢瀬さんの提案に賛同して南さんを応援する。しかし滞嶺君急に鼻息荒くなったね。確かに南さんならかわいらしい歌詞になりそうだけどさ。

 

 

「そ、そう?」

「ちゃんといい歌詞作りなさいよ?」

「期待してるわ」

「頑張ってね!」

「…う、うん。が、頑張ってみるね!」

 

 

かくして作詞担当になった南さん。

 

 

歌詞ってそんな簡単に作れるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、案の定難航してるわけか」

「案の定じゃないよ!!」

「俺からしたら案の定だ。そんな簡単に歌詞作れるかよ」

 

 

穂乃果の幼馴染である南ことりが何の流れか知らんが歌詞担当になって数日後、穂むらに寄ったときにそんな話をされた。ちなみに今日は園田と南が2人とも同席している。一応この2人は面識がある。というか穂むらに入り浸っているのに幼馴染に遭遇しない方が難しい。

 

 

南はなかなかにしんどそうな顔をしていた。なかなかプレッシャー食らってるようだ。

 

 

「うう…ごめんなさい…」

「あんたが謝ることじゃないだろう。負担を考えないで押し付けたやつらが悪い」

「穂乃果が悪いの?!」

「お前らみんながな?」

「う…確かに、ことりの負担を考えていませんでした…」

「園田は素直で助かる」

「穂乃果は?!」

「犬」

「人ですらない?!」

 

 

単純にプレッシャーが大きいということもあるだろうが、劣等感がどうのって話があった矢先らしいし、気合いが空回りしてるところもあるだろう。健気でいいことだが不憫だ。

 

 

「ちょっとくらいアイディアくらい出してやれよ」

「いえ…私たちも考えてはいるのですが、やはり秋葉にふさわしい歌詞と言われるとなかなか思いつかなくて…」

「ほんとに作詞担当かよ」

「うっ」

「ちょっと桜さん!海未ちゃんまで凹んじゃったじゃん!」

「あ、ああ…すまん、穂乃果と同じノリで話してしまった」

「私の扱いがひどいよぅ!!」

 

 

凹みガールがもう1人増えてしまった。仕方ねーだろ、穂乃果は多少罵倒してもへこたれないんだし。茜も天童さんもそうだし。そんなノリでしか喋ったことねーんだよ。

 

 

まったく埒もあかないので、元気の出る曲でも流してやることにする。手元のノーパソにスピーカーをつないで、音量抑えめで曲を再生。一般に出回っていない試作品を特別に流してやる。ほんとはこれに歌が入るんだが、まあなくてもいい曲だ。

 

 

「…この曲は?」

「気にすんな」

「桜さんが作った曲?」

「…それを公言すんなって散々言ったはずなんだがな…」

 

 

疑問を呈してきた園田をはぐらかそうとしたら穂乃果が口を滑らせよった。俺がサウンドクリエイターのサクラであることはあまり知られたくないし、作曲してることさえ知らないでいてほしい。

 

 

…とは、穂乃果にはいつも言ってるんだがな??

 

 

「…あっ」

「え?水橋さんは作曲できるんですか?」

「これも水橋さんの曲なんですか?」

「…あー、まあそうだ。他言無用だぞ、秘密の趣味だ」

「波浜先輩にもですか?」

「…あいつは知ってるからいい。が、あんまり外で話題にしてほしくねーな」

「わかりました…しかし穂乃果…」

「だ、だって話し相手は桜さんだったもん!!」

「言い訳すんな」

 

 

園田が穂乃果をジト目で諌めるが、まあ知られてしまったものは仕方ない。言いふらさないでいてもらうだけだ。園田や南ならそう心配いらないだろう…多分。いっそμ's全体に伝えておくのもありだが…いや、やっぱり穴は少ない方がいいな。

 

 

「それで、この曲はなんていう曲なんですか?」

「まだ名前はつけてないし、歌詞もないし、誰が歌うかも決めてない。完全な試作品だ」

 

 

本当に何も決まっていない。インスピレーションが湧いたから書いただけだ。強いて言うなら太陽みたいな曲ってくらいだろう。眩しい日に書いた気がする。

 

 

「じゃあ私歌いたい!」

「何言ってんだお前」

「だって誰が歌うか決めてないんでしょ?」

「まあそうだが…そもそも世間に公表するかどうかもわかんねー曲だぞ」

「いいじゃんー歌いたいよー!!」

「穂乃果、わがまま言うんじゃありません!」

「でも、私も水橋さんの曲歌ってみたいなあ…」

「ことりまで…!」

 

 

なぜか穂乃果が立候補してきた。別に構わないんだが、こいつのために一曲こしらえたと思うと若干悔しい。あとこいつらの腕で曲のイメージを発揮しきれるか怪しい。

 

 

だがまぁ…。

 

 

「あー、じゃあ…歌詞とタイトルを用意してきたらお前ら用に一曲用意してやる」

「ほんと?!」

 

 

腕前はともかく、こいつらが俺の曲を歌うところは…ちょっと聞いてみたい。

 

 

「本当にいいんですか?」

「ああ、まあ曲はここにある試作品から選んでもらうけどな。一から作るのは面倒だし」

「穂乃果やことりのためにそこまで…」

「…君も選ぶんだぞ?」

「え?」

「お前ら用に作るって言っただろ。3人それぞれに作ってやる。不公平だからな」

「い、いえ、私は…」

「海未ちゃんもやろうよ!ソロだよソロ!」

「それが嫌なんです!!恥ずかしいじゃないですか!!」

「…投げキッスしてる子が恥ずかしいとか言うか?」

「なっなんで知ってるんですか?!」

「PV見たからに決まってんだろ」

 

 

せっかく曲を提供しようかと思ったのに、約一名が拒否反応を示した。嫌なら嫌で構わないが、恥ずかしいっていう理由はアイドル的にはどうなんだ。

 

 

「まったく、俺が無償で曲を提供してやるなんて相当稀だぞ?それを蹴るとはなかなか豪胆だなおい」

「そ、そうなのですか…?」

「この前電話で40万とか言ってたもんねー」

「いらんことばっか覚えてやがるなお前」

 

 

確かに天童さんにそんくらいふっかけた記憶はある。まあ、例え天童さんじゃなくても、仕事は結構割高で請け負ってるのも事実。むしろ向こうが金を積んでくる。

 

 

それくらい価値があるってことだな。

 

 

「海未ちゃんも、こんな曲も歌ってみたいよね?」

「う…そ、それは…確かにそうですが…」

「ね?一緒に歌おう?」

「…そ、そこまで言うなら…」

 

 

南の後押しもあって園田も承諾した。これで公平だな。…しかし、一緒に歌おうって言っておいてソロしか用意しないのも釈だから、南と園田のデュオも考えておくか。

 

 

…なんで俺はこんなノリノリなんだ?

 

 

「桜さん、早く曲聴かせてよー!」

「やかましいほの犬」

「犬じゃないよ!!」

 

 

犬がうるさいので早速試作品を流してやる。ノリで作って結局お蔵入り…というのは割と頻繁にあるから何だかんだ言って助かる。作られた曲も、活躍の場ができて喜んでることだろう。

 

 

とりあえず一通り聴かせてやった。どの曲も真剣に聴いていて、穂乃果さえ(表情はうるさかったが)静かに聴いていた。ここまで真摯に聞いてくれるとやはり嬉しいもんだ。

 

 

「すごいですね…」

「すてき…」

「ふわぁ…」

 

 

全部終わったら、3人ともため息をついて一言だけ感想を述べた。感想というか、嘆息というか。穂乃果は単語ですらないし。

 

 

まあ、よくあることか。音楽の前じゃ言葉では語れない感動もある。最高の演奏の後は拍手すら躊躇われることすらあるんだしな。

 

 

「本当に…よく思いつきますね、こんな素晴らしい曲が…」

「あー、つってもそこら辺うろつきながら感じたことを曲にしてるだけなんだがな…」

 

 

うろつくにしても、散歩もあれば海外渡航もある。とにかく目にしたもの聞いたもの感じたものを全部音に込めるだけだ。場合によっては依頼主と一緒に出歩いて感想を聞いたり…

 

 

 

 

「…あ」

「どうかしたの?」

 

 

いいこと思いついた。

 

 

歌詞もそうだった。結局は、その場で感じたことを言葉に変えてるんだったな。

 

 

それなら、秋葉でメイドやってる南の手伝いをするというなら…。

 

 

 

 

 

 

「お前ら、メイドやってこい」

「「…え?」」

 

 

 

 

 

 

自分たちもその場の感覚を共有するのが一番だ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ソロは桜に作らせることにしました。真姫ちゃんに全部曲作らせるには荷が重すぎるでしょ…?そうじゃない?


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会いたくない時に限って知り合いに会う



ご覧いただきありがとうございます。

またお気に入りしてくださった方がいました。ありがとうございます!もうすぐ20人です!寿命が200年伸びます!!
自己満作品ではありますが、読んでくださる皆様のためにも気合入れて書かなきゃって思います。頑張ります。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「…なんで僕らはまたメイド喫茶に来てるんだろね」

「猛烈に帰りてえ」

 

 

なぜか僕らは南さんの働くメイド喫茶に集合していた。なぜかと言われたら、昨夜高坂さんから「メイドやるからみんな来てね!」とかいうメールが届いたからだ。何してんの。しかも桜に言ったら「ああ、すまん、俺の提案だ」とか言ってきた。あいつそんな趣味があったのか。

 

 

「にゃー、遊びにきたよ!」

「えへへ」

「秋葉で歌う曲なら秋葉で考えるってことね」

「帰らせろ」

「しつこいね」

 

 

元気に扉を開けて突入する1年生。そしてあくまでも帰りたい滞嶺君。なんだかんだ言って帰らないあたりは責任感の強い彼らしい。

 

 

「ではでは早速取材を…」

「やめてください!」

「映像技術なら負けないよ」

「張り合わないでください!!」

 

 

続いて入ってきた東條さんが園田さんにビデオカメラを向ける。そういうことなら僕も参加しよう。バッチリにこちゃんを映してやる。

 

 

「なんで私を撮ってんのよ」

「そりゃにこちゃん撮るでしょ」

 

 

被写体はにこちゃんに決まってる。だってにこちゃんだもの。最高のモデルだ。うん、最高。

 

 

「はぁ…それよりはやく接客しなさいよ」

 

 

にこちゃんが何故かでかい態度で2年生たちに注文する。まあ多分なんだかんだいって遊びでやらせる気もないんだろう。バイトしてるからにはちゃんと働かせようという話。だと思う。だよね?

 

 

「いらっしゃいませ。お客様、3名様でよろしいでしょうか?」

「は、はいにゃ」

「それでは、ご案内致します」

 

 

バッチリだった。

 

 

バッチリメイドな南さんがいた。

 

 

プロかよ。

 

 

「…3名様だと僕らは含まれないわけね」

「ちっこい組だろ」

「誰がちっこい組よ!」

「残念ながら身長ワースト3なんだよにこりんぱなは」

「何よにこりんぱなって」

「君ら3人組の名前を今つけた」

 

 

にこちゃん、星空さん、小泉さんでにこりんぱな。我ながらなかなかのセンスだと思う。

 

 

しかしまあ、南さんの本気には驚いた。ありゃ伝説のメイドとか言われても納得だ。もうここに就職すればいいんじゃないかい。

 

 

 

 

とか思って感心して眺めていたら、視界の端に車椅子を捉えた。ただの車椅子なら気にも止めないのだが、あの裁縫道具満載の重戦車と、その後ろで待機する隻腕の青年を見たら確信した。

 

 

「ゆ、ゆっきーとまっきーがいる…?!」

 

 

ビデオカメラ落としそうになった。首からストラップかけておいてよかった。

 

 

何を隠そう、僕の数少ない友人であるゆっきーこと天才ファッションデザイナー…雪村瑞貴とまっきーこと天災級の天才医師…藤牧蓮慈が、店の隅っこで店長らしき人と話をしていたのだ。

 

 

「やっと気付いたようだぞ瑞貴」

「ほんと矢澤さんが絡むと周り見えないな、あいつ」

「波浜くん、知り合い?」

「…うん、まあ友達だね」

「波浜くん友達いたんやね」

「男ならにこちゃん怒らないからね」

 

 

向こうは事前に気付いていたらしい。まあまっきーがいたら隠れるなんて不可能なわけだけど。

 

 

「しかしまあこんなところで何してんの」

「服の製作依頼に決まってるだろ。今後女性層の獲得に向けて執事服を作って欲しいと頼まれてな」

「男装させるのか」

「一応男性も雇うらしいが」

「一応なのね」

 

 

まあ男装させてもいいんだけどさ。悪くはないと思うけどさ。そういう趣味の方もいるみたいだし。

 

 

「作るのは構わないが、客寄せになるかは別の話だから一度試させるのがよいか、と言う話をしていたところだ」

「やらせるのかい」

「それが一番効果が目に見えるだろう」

 

 

基本的に服飾については惜しみなく提供する派のゆっきーは、男装だろうがなんだろうが作るものは作るみたいだ。

 

 

「しかし急にメイド服から執事服にチェンジしろと言われても困りそうだけど」

「そこは店側でなんとかしてもらうしかないな」

「私たちが関わることでもなかろう」

「ってかまっきーに関しては全般的に関係ないよね」

 

 

まっきーは病院行きなさいよ。てか病院どうしたの。さぼるんじゃないよ。

 

 

呆れていると、ぐいっと後ろからつまみ上げられた。見ずともわかる、というかそんなことできる人間は1人しか知らない。滞嶺君だ。一応振り向いて見ると気まずそうな顔の滞嶺君がいた。サングラスでよくわからないけど。

 

 

「おい、俺をあの空間においてくんじゃねえ」

「頑張りなよ」

「無理がある」

 

 

そんなことだろうと思ったよ。

 

 

「茜が言っていたマネージャー君かな?なるほど、なかなか完成された肉体じゃないか」

「…でかくないか?」

「なんだてめぇら」

「何で君はそんな攻撃的なの」

 

 

見るなり品定めするまっきー、慄くゆっきー、威嚇する滞嶺君。なんだ君ら。いやゆっきーは割と正しい反応か。

 

 

「…五体満足な男性が2人…」

「ゆっきー不穏なこと考えてない?」

「案ずるな茜。私たちにしてみれば五体満足は非常に羨ましいものだ」

「そりゃそうだろうけど絶対その意図じゃないよね」

 

 

正しい反応じゃなかった。

 

 

ゆっきーは両足がないし、まっきーは右腕と右目が無いのは百も承知。僕はともかく滞嶺君のような身体能力の化身みたいなのが羨ましいのも間違いないだろう。いやどうだろう、筋肉ダルマは願い下げかもしれない。

 

 

でも今ゆっきーが考えているのはいかにして僕らに執事服を着せるかだと思う。

 

 

それは困る。

 

 

僕はコスプレ趣味はない。

 

 

どうにかして論破を試みよう。

 

 

「ゆっきー、僕らじゃ平均身長からかけ離れていてあんまりいいサンプルとは言えないんじゃないかな」

「身長関係あるか?」

「無いのかよ」

 

 

ダメだった。

 

 

身長差50cmオーバーの2人組ならいける気がしたけど気のせいだった。

 

 

「ふざけんな、俺が執事服なんか着るものかよ」

 

 

今度は滞嶺君がすこぶる不機嫌顔で言う。そうだ、彼の威圧感ならゆっきーも突破できるかもしれない。

 

 

「何故だ?」

「無意味だ。どうしても着せたいなら金を積め金を」

「10万出そう」

「よし早く着るぞ」

「ポンコツめ」

 

 

ダメだった。

 

 

むしろノリノリになった。首根っこ掴まれて引きずられる。どんだけ金に弱いんだ。いやゆっきーも出し過ぎだろ。コスプレするだけで10万ってなんだ。プレミアかよ。

 

 

 

 

 

 

「…なんでサイズがぴったりなんだろうね」

「…全くキツくねえ」

「俺が作ったからな」

「サイズが無いからって数分であつらえられるものじゃないよね」

「すげー動きやすい」

「数十分で精密模写しやがる奴に言われたくないな」

「何も言えないね」

「快適だ」

「滞嶺君腕振り回さないで怖い」

 

 

早速着せられた。当然僕らのサイズの執事服はなかったので、急遽作った。服は急遽作れるものじゃ無いと思う。あと滞嶺君、そんなに腕ブンブン振ると怖い。当たると即死しそう。トラップかよ。

 

 

「はっはっは、よく似合うじゃないか。早く矢澤嬢の接待をしてくるといい」

「この格好で接待するのは抵抗があるよ」

 

 

まっきーが他人事のように言ってくるが、にこちゃんのお世話は日常の中でこそするものであってこんな格好でするものじゃない。てか笑われそう。

 

 

「…滞嶺、少し屈め」

「何でだ」

「怖くなくしてやる。早く屈め」

「余計なお世話だ」

「とかいいつつ屈むんだね」

「素直だな」

 

 

ゆっきーが滞嶺君の圧倒的ヤのつく人感に流石に何かしら思ったのか、その顔をどうにかしようとし始めた。今はサングラスにオールバックだが、何とかなるのかなこれ。

 

 

しばらく髪をもしゃもしゃした後、そっとサングラスを外した。

 

 

「こんなもんだろう」

「わあ」

「流石は瑞貴、人のデザインは一流か」

「変なことしてねーだろうな」

「君に変なことしたら死にそうだ」

「まあ殺すな」

「物騒な」

 

 

髪は完璧にときほぐされ、綺麗に真っ直ぐ整えられている。それでサングラス外すだけでなんか仏頂面のSPみたいになった。誰これ。

 

 

「わあ!波浜先輩が執事になってる!」

「ついに見つかった」

「…」

「にこちゃん無言で写メるのやめなさい」

 

 

高坂さんが大声で宣告するもんだから視線が集まった。にこちゃん後でその写真は消しなさい。

 

 

「…となりにいるのは、まさか滞嶺くん…??」

「まさかで悪かったな」

「…かっこいい…」

「あ?」

「なっなんでもないにゃ!!」

 

 

1年生は滞嶺君の変貌に見とれている。まああの威圧感が消えたら普通にかっこいいだろうしね。でかいし。でかいのは関係ないか。

 

 

「あ、波浜くんこっち向いてー」

「何撮ってんの東條さん」

「だってせっかくやし?」

「せっかくだし?」

「絢瀬さんも便乗して撮らない」

 

 

3年生こぞって僕を撮るのやめなさい。にこちゃん顔がマジだから怖いよ。可愛いけど。今度はにこちゃんがメイド服着なさいよ写真撮りまくってやる。

 

 

もう諦めて執事するしかないか。知り合いが来ないことを祈ろう。

 

 

 

 

「あっ桜さん!!」

 

 

 

 

死んだ。

 

 

「ちょっ波浜くんどうしたの?!」

「知り合いが来たからショックで死んだのよ」

「にこ、軽いわね…」

「茜は恥ずかしいと死ぬのよ」

「にこちゃん僕はもう疲れたよ」

「はいはい」

「ひどい」

 

 

膝から崩れ落ちたら心配された。いやにこちゃんは心配してくれなかった。いやきっと心配してくれてるはずだ多分。塩対応なのも照れ隠しだと信じてる。信じてる。

 

 

「あっ、お姉ちゃん!」

「あ、亜里沙?!どうしたのよ、こんなところに!」

 

 

にこちゃんにしなだれかかっていたら、桜の後ろから金髪少女がひょっこり現れた。まさか桜が道端の金髪少女を拾ってくるわけないが…いやわからん。桜だし。

 

 

「お知り合いかな」

「私の妹よ」

「なるほど、よく似ている」

 

 

妹さんだった。しかし絢瀬さんに似ているが、さっきから動きがオーバーなので中身は全然似てないと見える。

 

 

「雪穂から、穂乃果さんたちが働いてるって聞いて一緒に来たの!」

「カラオケで一回見かけたか?改めて、水橋桜だ。穂乃果の店の常連で、今日のことの発案者だ。こっちの金髪の子は雪穂の引率のついでに着いて来た」

「す、すみません…」

 

 

桜が改めて自己紹介した瞬間に不満そうな顔をし、絢瀬さんが謝る。桜はコミュ障だもんね。当の絢瀬さんの妹さんは頭にハテナを浮かべてる。天然ちゃんであらせられたか。

 

 

「あっ雪穂!」

「お姉ちゃん!…似合わないね」

「ちょっと!!」

「似合わなくはねえが…」

「ほんとですか?!」

「今の無し」

 

 

亜里沙ちゃんの後ろから更にもう一人召喚された。高坂さんの妹さんらしい。桜から話は聞いたことあるけど見るのは初めてだ。…こっちも中身は似てないなあ。

 

 

「今混んでるから相席でもいい?」

「あー、俺は後で案内してくれ。さっきから気になりすぎることがあるからな」

「?…わかりました!」

 

 

桜は妹たちを先に案内させると、僕の方に向き直った。だろうね。予想はしてた。当たって欲しくなかった。

 

 

「…お前何してんだ??」

「僕が聞きたいね」

 

 

ほんとに僕が聞きたい。

 

 

「実際何してんだ」

「執事服着せられてウエイターさんだね」

「それは見ればわかる。何でそんなことしてんだ」

「やらされたんだよ」

「全く理解が追いつかねえぞ」

「全くだよ」

 

 

僕も理解が追いついてない。隣にいる滞嶺君はノリノリで…

 

 

「…あれっ滞嶺君どこ行った?」

 

 

隣にいない。

 

 

「誰だ滞嶺って」

「新しいマネージャーだよ。すごくでかい男」

「なんだその雑な紹介は。…だが、でかい男ならあそこにいるぞ」

 

 

桜が僕の後ろを指差す。振り返ってみると…

 

 

「あっあのっ、チェキお願いしてもいいですか?!」

「…チェキって何だよ」

「これです!」

「インスタントカメラかよ…俺が撮ればいいのか?」

「ち、違いますっ!あの、い、一緒に写って欲しいなって…」

「わ、私も!」

「私も次お願いします!」

「あ、ああ??」

 

 

なんか女の子に囲まれてた。

 

 

「何あれ」

「俺が聞きたい」

 

 

何あれ。

 

 

「…お前はウエイターしなくていいのかよ」

「僕がトレイを持てると思うかい」

「無理だな」

 

 

さくらがつっこんできたが、残念ながら僕はこの手の仕事がとんと向いていない。力無さすぎて。

 

 

まあその分楽できる。

 

 

「あ、あの」

「ん?何用ですかな」

「チェ、チェキ、お願いできますか…??」

 

 

楽できなかった。

 

 

予想外だった。

 

 

今日予想外の出来事多くない?

 

 

こら桜、ほくそ笑むな。どこ行くのさ。置いて行かないで。マジで。

 

 

「あの…」

「………承りました、お嬢さん」

 

 

ちくしょう。お仕事だし、これ断るわけにもいかないだろ。

 

 

なんでにこちゃん以外の女の子に媚を売らねばならんのだ。

 

 

 

 

 

 

 

面白いことになってる茜を置いて相席に案内されたら、矢澤と他μ'sの子2人、そしてさっき連れてきた雪穂とそのお友達の席だった。およそ南あたりが知り合い同士座れるように気を利かせたのだろう。しかし天然金髪少女の相手をまたしなければならんのか。

 

 

「とりあえず矢澤、殺気をしまえ」

「殺気なんて出してないわよ」

「視線で人殺せそうな目してるにゃ」

「してない!!」

「視線で人が死んじゃうんですか?!」

「比喩だ比喩」

「ハラショー…日本語って難しいですね」

 

 

しかし矢澤が茜に群がる女子を射殺さんばかりの視線を投げているのはいただけない。亜里沙というらしい雪穂のお友達が変な誤解してるだろうが。ハラショーって何だ。

 

 

「…そうか、ロシアから来たって行ってたな。ハラショーもロシア語か」

「そうみたいなんですけど、私も意味はよくわからなくて…」

 

 

そういえば道すがら素性は聞いていた。絢瀬絵里の妹でロシアから来たクォーターガールだと。クォーターなのにこんなロシア感満載の顔立ちになるものか?遺伝はよく知らん。

 

 

ロシアンガールだったりアサシン矢澤だったり、猫少女だったりひたすら米食ってる少女だったり個性が強すぎて辟易していると、今度は机の隣に車椅子の男と片腕の男がやってきた。

 

 

誰だこいつら。

 

 

「失礼…そちら3人がμ'sの子だな?」

「えっは、はい…」

「話は良く茜から聞いているよ。まあ、だいたい矢澤嬢の話だが。私は藤牧蓮慈、医者をやっている。こっちの車椅子は雪村瑞貴、ファッションデザイナー。ともに波浜茜氏の友人…といったところか」

「は、はぁ…どうも…」

「突然すまないな。茜が気にかけている矢澤さんがどんな人か気になったし、μ's自体も気になったし」

「茜の知り合いらしき男性も始めて見たしな」

「俺も、茜に友人がいるとは思わなかったな。水橋桜、茜の仕事仲間だ」

 

 

急に来たから警戒したが、どうやら茜の知り合いのようだった。あいつ友達とかいたんだな。

 

 

「仕事仲間ね…。なんだかんだ言ってやはり知り合いは多いのだな」

「そりゃそうだろう。元来の性質をそうそう無視できないさ」

「私が天才であるようにな」

「ほんとウザいなお前」

 

 

藤牧と雪村は俺の挨拶に対して勝手に2人で話し始めてしまった。コミュ障か?俺が言えることではないが。

 

 

「お医者さんってことは真姫ちゃんのご両親とおんなじにゃ」

「ああ、西木野嬢とは既に話してきた。以前にも会ったことがあるのだが…覚えてはいなかったな…」

「10年前のことなんて普通覚えてねぇよ、向こうは5歳だぞ。…あなたは星空凛さんかな?お隣が小泉花陽さん、さらにその隣が矢澤にこさんか」

「はっはい!」

「…私はあんたたちのこと知らないんだけど」

 

 

俺は矢澤と2年生しか把握してなかったが、雪村はバッチリ把握しているようだった。矢澤の機嫌が悪そうだが、おそらく「茜の知人に知らない人がいる」のが気に入らないんだろう。

 

 

「それはそうだろう、私たちは貴女に関係ないからな。逆に水橋氏は仕事という側面で、貴女の財政に関わるから存在を伝えられている。彼の中心は常に貴女であるし、逆に言えば彼はそれ以外のことを一切考慮しないからな」

「…そうだとは思うけど」

 

 

藤牧がやたら自慢げに解説するのを聞いて、矢澤の顔が曇る。

 

 

 

…何か不自然な反応だ。

 

 

 

藤牧の説明はなるほど確かに奴の特性を言い当てているが、それでも自分に伝えられなかったことに納得いかないと言うことだってできる。しかしそうじゃない、矢澤は「自分の知らない茜の知人」がいること自体にはなんの抵抗もなく納得し、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな感じだ。

 

 

そんな矢澤の反応は藤牧と雪村にも奇怪に映ったようだった。

 

 

「…ん?そうだとは思うのか?あれほど矢澤さんに固執するのは当事者であろうと不自然かと思えそうだが」

「まさか…いや、それはないか。…そうか、μ'sだな?μ'sとの関わりが…ふむ…」

「…あのなぁ蓮慈、勝手に解決されても何も伝わって来ねえんだって」

「ああ、すまない。だがわざわざ言うことでもないだろう」

 

 

不自然と言った。

 

 

茜の矢澤好きはやはり不自然なのか。あまり人との関わりが多くないからそこまで気にならなかったが、あれほど固執するのは異常なのか。

 

 

まあしかし、それは納得だ。

 

 

あいつの家やばいしな。

 

 

「あ、あの…」

 

 

茜について考えを巡らせていると、大量のライスをいつのまにか完食した小泉がおずおずと声をかけてきた。あまり自分から発言するタイプには見えないが…何事だろうか。星空も不思議そうな顔をしている。

 

 

「何かな、小泉嬢」

「あの、…いえ、やっぱり何でも…」

「ああ、()()()()()()()()()。事故で失った」

「えっ」

「…せっかく配慮して言うのをやめてくれたのに看破するやつがあるか…」

「何かまずかったかな?」

「空気読めないってやつね」

「KYにゃ」

「けーわい?」

「思いやりが足りてないってこと」

「ハラショー…」

 

 

小泉が遠慮して聞かないでおいたことに、どうやってか知らないが問われなかった問いに見事答えてみせる藤牧。そして総スカンを食らう藤牧。頭を抱える雪村。亜里沙は相変わらず天然。カオス空間だ。

 

 

「しかし、私の右腕がどうかしましたかな?」

「その話題拾うのかよ」

「なにかマズかったか?」

 

 

自称天才の藤牧は致命的に空気が読めないらしい。

 

 

まあ空気読めないのは俺も茜も同じことだろうが。

 

 

「ほ、ほんとになんでもないんです!」

「いやしかし

「蓮慈、店長に執事の需要を報告しに行くぞ。押してくれ」

「会話を遮るのは失礼だと思わないか?」

「お前の方がよっぽど失礼だ。早く行くぞ。…いろいろ申し訳なかった。勝手ながら失礼する」

「は、はあ…」

 

 

遠慮なく話を進めようとする藤牧を、雪村がファインプレーで撤退させた。

 

 

「何だったのかしら」

 

 

2人が店の奥に消えてから矢澤が口を開いた。

 

 

「俺が聞きたい。そもそも何者なのかもよくわかんねぇよ。矢澤はなんか知らないのかよ」

「私だって初めて会ったわよ」

 

 

俺も矢澤も知らない茜の友人なんているとは思わなかった。あいつ交流のほとんどを矢澤で完結させてるしな。

 

 

6人で呆然としていると、ヘロヘロな茜が近づいてきた。死にそうな顔をしていて笑える。

 

 

「に、にこちゃん、助けて…あんなの無理ぃ…」

「何よ、情けないわね」

「にこ先輩顔が緩んでるにゃ」

「緩んでない!!」

「緩んでるの?」

「緩んでないって言ってんでしょ!!」

「ぶぎゃ」

 

 

早速矢澤に縋り付いた茜。そしてにやける矢澤。照れ隠しにヘッドロックを極められる茜。相変わらず不憫だ。

 

 

「なあ茜、藤牧と雪村とかいうやつらが来たんだが、何者だ?」

「ゔぇ…あー、彼ら君達のところにも来たんだね。友達だよ」

「私も知らなかったんだけど」

「そりゃにこちゃんの人生に関係ないもん」

 

 

さも当然の如く言う茜。いくらなんでも矢澤中心主義が過ぎるだろ。

 

 

「あ!マネージャーの波浜さんですよね!チェキお願いしてもいいですか?!」

「まじ?」

「ダメですか…?」

「…ダメじゃないです」

 

 

そして亜里沙ちゃんからの突然の死刑宣告に死ぬ茜。今のは可哀想すぎた。なんたってチェキ地獄から逃れるために矢澤の元に来たのに、死角から一撃食らわされたのだ。そりゃ辛い。だが面白い。

 

 

結局枯れた笑顔で満面の笑みの亜里沙ちゃんと並び、矢澤にチェキを取られていた。あんな瀕死の茜は初めて見たかもしれん。

 

 

よくわからんことばっか起きたが、まあ最後はレアものを見たということで良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はみんな来てくれてありがとうね!」

「いいわよ、それくらい」

「そうだよ、僕らなんて働いたからね」

「死にてぇ」

「…波浜先輩と滞嶺くんは一体何があったんですか?」

 

 

業務が終わってから、南さんがお礼を言いに来た。うん、ほんとに疲れた。滞嶺君はもう目が死んでる。あんなに人気出るとは。

 

 

「何もかもこいつのせいだよこいつ」

「…だから悪かったって。あれほど人気が出るとは思いもしなかったんだ」

「私は思っていたがな」

「「「じゃあ言えよ」」」

 

 

ゆっきーを非難したらまっきーが酷いこと言ってきよった。男三人の心が一つになった。この天災め。

 

 

「それより、アイディアは出たんでしょうね?」

「うん!おかげで作詞が進みそうだよ!」

「よかった!桜さんのおかげだね!」

「俺は提案しただけだ。行動したのはお前らだろ」

「それでも、桜さんの助言があったから掴めたんです。ありがとうございます!」

「あー、おう、そうか」

「桜さん照れてる?」

「照れてねえ」

 

 

被害甚大ではあるけど、当初の目論見通り作詞の手がかりは掴めたらしい。そうか、そういえば作詞のためだったか。結局僕ら関係無いじゃん。執事なんてやらなくてよかったじゃん。

 

 

「それじゃあ今度の日曜日、秋葉でライブをしましょう!」

「日曜日?!」

「絢瀬さん、練習時間とかまるで無いんだけど」

「ここじゃあまりスペースはとれないし、パフォーマンスは最小限にしましょ。あと衣装はメイド服で!」

 

 

絢瀬さん、なんかむちゃぶりが加速してない?大丈夫?お兄さん心配なんだけど。主に心労が。てかお兄さんじゃないわ同級生だわ。

 

 

「あ…服は流石に全員分はないかも…」

「ないなら俺が作ろう。寸分違わずつくってみせるぞ」

「そんなことできるんですか?」

「そこのでかい奴の執事服も俺が作ったんだから間違いない」

「そうだったんですか?すごいですね…!」

 

 

そりゃゆっきーは世界的なファッションデザイナーだもんね。南さんは知らないのかな?ああ、そういえば顔出ししてないな彼も。

 

 

「てか滞嶺君いつまでそれ着てるの」

「腹立つくらい快適だ」

「そりゃ俺が作ったんだからな」

 

 

滞嶺君は未だに執事服着ていた。でかいから今までサイズが合う服がなかったんだろう。あと怖がられないのも大きいかもしれない。僕はすぐ着替えた。即刻着替えた。

 

 

「…でも私たちの衣装を寸分違わず作るって…」

「にこちゃん、深く考えたらだめよ」

 

 

世の中知らなくていいこともある。知らない方がいいこともある。うん。

 

 

 

 

 

ゆっきーは一目でスリーサイズ含め体型に関するステータスを看破できるとか、多分知らない方がいい。

 

 

 

 

 

 

 

ライブ当日。

 

 

ゆっきーはほんとに全員分、お店のものと全く同じデザインのメイド服をほんとに寸分違わず作ってきた。みんな感動していたけど、にこちゃんは怪訝な顔をしてるし、南さんと東條さんは顔が赤くなってる。東條さんほんと意外と初心だな。

 

 

「で、なんで僕らは執事服なんだろうね」

「俺は私服だ」

「君はいつから執事服がデフォルトになったのさ」

 

 

なぜか僕らも執事服を着せられた。滞嶺君は自ら着てきた。何、気に入ったの。

 

 

 

 

 

曲名は「Wonder zone」。

 

 

 

 

 

たしかに、秋葉らしい曲だった気がする。

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は登場人物多目です。そして被害者波浜少年。まあこの話をしたら男性陣は執事になるしかないですよね!!



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純粋培養乙女大量発生中



ご覧いただきありがとうございます。

のんたん誕生日おめでとうございます!!のん誕ではありますが、特別編とかではありません…。ひいっごめんなさい!まだのんたん主役にするには話が進んでなさすぎるので…!来年はできたらいいなあ。

前回は感想もいただきました。感想も寿命伸びますね!!ありがとうございます!!頑張ります!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

「…あつい」

「そだねぇ…」

「死ぬ…」

 

 

夏真っ盛りのある日のこと。

 

 

僕は瀕死だった。

 

 

体力おばけの高坂さんまでバテてるんだ、ネガティヴ側体力おばけの僕が生きていられるわけない。溶ける。マジで。

 

 

「っていうかバカじゃないの?!この暑さの中で練習とか!茜死ぬわよ?!」

「溶ける」

「そんなこと言ってないで早く練習するわよ。波浜くんは日陰にいるといいわ」

 

 

にこちゃんが抗議するが、絢瀬さんには効かなかった。なんであなたはそんな元気なの。ロシアンガールじゃないのかよ。暑いのダメじゃないのかよ。

 

 

「日陰あんまりないんだけど」

「俺の影があるだろ」

「君は君自身の熱がすごいんだよ」

 

 

滞嶺君は見事にタンクトップに短パンであった。見事にムキムキだ。ムキムキすぎて代謝が凄いのか、彼なんか体温高い。暑い。

 

 

というか滞嶺君の後ろにはすでに小泉さんが隠れている。何してんの。

 

 

「花陽、これからは先輩も後輩もないんだから。ね?」

「は、はい…」

 

 

絢瀬さんが優しく言っても若干縮こまる小泉さん。未だに微妙に苦手らしい。まあ一時期怖かったしね。暑い。

 

 

「そうだ!合宿行こうよ!!」

「はあ?急に何言い出すのよ」

「思考の方向性が全くわからないね」

 

 

高坂さんがなんか言い出した。ほんとに急だね。何がどうなって合宿が出てきたんだ。まっきータイプか。過程すっ飛ばして結論が出てくるタイプか。前もそんなことあったな。

 

 

「あーなんでこんないいこと早く思いつかなかったんだろう!!」

「何の話だよ」

「僕が聞きたいよ」

 

 

高坂さんの思考に追いつけない。

 

 

「合宿かぁ、面白そうにゃ!」

「そうやね、こう連日炎天下だと体もキツいし」

「君ら順応早いね」

 

 

星空さんと東條さんはノリノリだった。よくそんなすぐ納得できたね。

 

 

「でも、どこに?」

「そりゃあ海だよ!夏だし!」

 

 

疑問を投げた小泉さんに対していかにも当然というように答える高坂さん。何がそりゃあなんだ。

 

 

「高坂さん、簡単に言うけど場所やら費用やら当てはあるの?」

「えっ?えーっと、それはぁ…」

 

 

言ってみたら戸惑った。これは何も考えてなかったな?いや考えてないと思ってたけどさ。

 

 

「…ことりちゃん、次のバイト代いつ入る?」

「え、えぇっ?」

「ことりをあてにするつもりだったのですか…」

「他人の金をむしり取るんじゃないよ」

 

 

まさかの他力本願。

 

 

「あっ、波浜先輩ならお金持ってますよね!!」

「今僕他人から金を取るなと言ったところなんだけど」

「うう…あっ!そうだ!真姫ちゃん家なら別荘とかあるんじゃない?!」

「別荘なんてあるわけねーですよ」

「あるけど」

「あるのかよ」

「ブルジョワだね」

 

 

人を当てにし続けた結果謎の大当たりを引いた。てか別荘あるんかい。金持ちの極みじゃないか。さすが医者の娘。滞嶺君も思わずツッコんだ。

 

 

「ほんと?!真姫ちゃん!お願い!!」

「いやいや個人宅をそう簡単に借りていいわけないでしょ」

「仕方ないわね…聞いてみるわ」

「いいのかよ」

「実は満更でもねーだろお前」

「なによ!!」

 

 

高坂さんが頼んだらあっさり承諾した。マジかよ。君らノリ軽すぎるだろ。

 

 

「本当?!」

「やったにゃー!」

「俺にくっつくな」

「汗でべっとりしてるにゃ」

「殺すぞ」

「やめなさい」

 

 

まさかの臨海別荘使用許可(予定)が出てよろこぶ皆様。滞嶺君に飛びつく星空さん。そして惨劇未遂。僕は血なんて見たくないよ。あと東條さんと絢瀬さんは何をこそこそ相談してるの。まあいいや。

 

 

「合宿行くのは勝手だけど、僕らはどうしたらいいのさ」

「行かねえぞ。弟達を置いて合宿なんて」

「本音は?」

「女子だらけの空間に寝泊まりなんてできるか」

「右に同じだね」

 

 

とりあえず、合宿と言われても最も困るのは僕らだ。僕はにこちゃん以外興味ないからいいんだけど、滞嶺君は大変だろう。色々危ない。うん、色々。

 

 

「何か問題かにゃ?」

「問題ないよ!」

「嘘だろ」

「この子達の未来がすこぶる心配だ」

 

 

無警戒極まる星空さんと高坂さん。おたくの性教育とかどうなってんの。暮らしてきた環境が気になるわ。嘘だわ気にならないわ。

 

 

「いいじゃない。信頼してるってことよ」

「僕はにこちゃん以外興味ないからいいんだけどさ」

「ふん」

「ぐえ」

「俺の苦労も考えてください」

「大丈夫よ、負担はかけないわ」

「そうじゃねぇ」

 

 

にこちゃんの肘鉄に悶絶してる間に滞嶺君が危機に陥っていた。あかん、絢瀬さんも性教育がなってないタイプだ。説得が効きそうな東條さんもにやけてるしこれは詰んだ。

 

 

…まあ、海に行くそうだし、せっかくなので新曲のPVでも撮っておけばいいかもしれない。他に人居ないだろうし都合がいい。

 

 

 

 

 

 

「というわけで合宿行ってきます!」

「あー行ってらっしゃい」

「桜さんも来ましょう!!」

「何でだよ」

 

 

穂むらに寄ったら穂乃果が合宿行くとか言い出した。勝手に行けばいいが、茜も巻き込まれるらしい。先日の滞嶺とかいうデカいのも巻き込まれるらしい。こいつら蹂躙されないだろうか。性的な意味で。

 

 

「はじめてのフルPVを撮るんです」

「そりゃよかったな」

「なのでアドバイスがほしいんです!」

「断る」

「何でですかー!!」

 

 

机をバンバン叩いて抗議する穂乃果。やめんか、パソコンが落ちる。

 

 

だいたい俺が行ったら他のメンバービビるだろ。何だあいつってなるだろ。いや全員に顔割れてんのか、だからって一緒に海行こうとはならんだろ。

 

 

「みんなにはもう言いましたし!!」

「先に俺の予定を聞けよ。あと何で反対意見が出なかった」

「『桜さんは大丈夫そう』ってみんな言ってました」

「てめーらは俺の何を知ってるんだ」

 

 

ポンコツか女子ども。

 

 

全員漏れなく純粋培養乙女か。

 

 

「だいたい俺に意見貰ってどーすんだ」

「桜さん歌上手らしいですし、参考になるかなって」

「アバウトすぎんだろ」

「いいじゃないですかー行きましょうよー」

「引っ張んな」

「ううううう」

「引っ張んな」

 

 

唸りながら袖を引っ張る穂乃果を振りほどいてチョップを入れる。「あうっ」と言って頭を抑える穂乃果。…意見をやるのはいいんだが、俺の要求についてこれるとは思わないんだが。

 

 

だが、まあ。

 

 

無碍にするのも気がひける。

 

 

「…謝礼はもらうぞ」

「………えっ」

「そこをちゃんとメンバーと協議したら行ってやる」

「やったあああああああああ!!!!」

「うるせえ」

 

 

何だかんだ承諾してしまった。つーか本当に謝礼の件はちゃんと相談するんだろうか。しないだろうな。

 

 

心配だが、ちょっと楽しみではある。

 

 

 

 

 

 

「本当に来たんだね」

「悪いかよ」

「答えかねる」

 

 

合宿当日。

 

 

駅でにこちゃんと一緒にみんなを待ってたら、高坂さんに連れられて桜が来た。呼ぶとは言ってたけど本当に来るとは思わなかった。だって桜だし。

 

 

ちなみに滞嶺君はまた執事服だった。どんだけ気に入ってるんだ。

 

 

「桜さん、よろしくお願いします」

「あー…おう」

「桜、コミュ障してる場合じゃないよ」

「黙ってろ」

「よ、よろしくお願いします!」

「お、おう」

「もっと気の利いた返事しなさいよ」

「黙れっつーの」

 

 

園田さんや小泉さんが挨拶したら、桜は明らかに慣れてない返事をした。まあ慣れてないよね。でも君メイド喫茶で会ったんじゃなかったっけ。にこちゃんですらつっこんでるよ。

 

 

「さて…みんな集まったところでやっておきたいことがあるの」

 

 

バカやってると、絢瀬さんから声がかかった。なんだろう。合宿するって決めたときにコソコソ言ってたやつか。

 

 

「それは…先輩禁止よ!!」

「ええっ?!先輩禁止?!」

「声でけえよ」

「いつものことだよ」

「周りの視線が腹立つ」

「滞嶺君は殺気を振りまかないの」

 

 

絢瀬さんが宣言したところ、高坂さんが驚きの声をあげた。声が大きいのはまあ確かに。視線が痛いのも確かに。でも君らはもう少し世界に優しくなろう?

 

 

「前からちょっと気になっていたの。先輩後輩はもちろん大事だけど、踊っているときにそういうこと気にしちゃダメだから」

「そうですね、私も三年生に合わせてしまうところがありますし…」

「そんな気遣いまったく感じないんだけど」

「まったくだね」

 

 

僕とにこちゃんに関してはさしたる敬意を感じないのは何でだろう。

 

 

「それはにこ先輩や波浜先輩が上級生って感じがしないからにゃー」

「誠に遺憾だね」

「上級生じゃないならなんなのよ!」

「うーん…後輩?」

「ていうか子供?」

「マスコットとかと思ってたけど」

「飾りだろ」

「うおい」

 

 

君らは僕らをなんだと思ってんだ。

 

 

「じゃあ早速今から始めるわよ、穂乃果」

「僕らの扱いについてはノーコメントなのね」

「はい!良いと思います!え…ふう、…絵里ちゃん!!」

「うん!」

「ふうー、なんか緊張!」

「僕のツッコミにもノーコメントなわけね」

「茜、強く生きなさい」

「生きる」

 

 

僕らの絶望はことごとくスルーして早速敬語撤廃を始める絢瀬さん。とりあえず僕らをスルーしないで。でもにこちゃんに励まされたから生きる。

 

 

「っていうか僕と滞嶺君はすでに敬語撤廃してるわけだけど」

「あなたたちの関係を見ていて思いついたことだもの。でも、そうね…あなたたちも名前で呼ぶとかどうかしら」

「名前ね。創一郎だっけ」

「ああ、お前は茜だったな」

「ついにお前呼ばわりに」

 

 

僕と滞れ…創一郎は名前で呼び合うことになった。余計敬意が感じられなくなった気がする。

 

 

「じゃあ凛もー!…ふう、ことりちゃん!!」

「はい!よろしくね、凛ちゃん!」

 

 

星空さんも乗っかり、南さんが返事する。まあ高坂さんや星空さんはむしろ敬語ない方が楽なのかもしれない。

 

 

「それに真姫ちゃんも!」

「えっ?」

 

 

南さんが促すと、西木野さんは戸惑いの声をあげた。君は咄嗟に敬語出ない子なんだからうろたえることもないでしょうが。

 

 

「べっ別に今わざわざ呼んだりするもんじゃないでしょ!!」

「照れてんな」

「敬語出ないくせにね」

「うるさいわね!!」

 

 

にこちゃんに次ぐツンデレガールは今日もツンデレらしい。ブレないね。

 

 

「それに…茜くん、創一郎くん。あなたたちにも名前で呼んでほしいの」

「えっ嫌だけど」

「えっ」

「名前呼びはにこちゃん特権だもの」

 

 

急に話を振られたと思ったら僕らも巻き添え計画だったらしい。でも僕はにこちゃん以外名前で呼ぶ気はない。にこちゃんファーストだもの。絢瀬さんショック受けてるけど気にしない。

 

 

「いや、茜…名前呼ぶくらいいいじゃない」

「やだよ、にこちゃんに言われたって嫌だよ」

 

 

最近にこちゃんファーストが破れてきてる気がするからたまには断固死守しなければね。

 

 

「じゃあ創一郎くん!」

「名前で呼ぶな」

「照れてるにゃ」

「照れてねぇ」

「でも創一郎くんって呼びにくいから創ちゃんって呼ぶにゃ!!」

「やめろ」

「創ちゃん…いいね!!」

「マジでやめてください」

「創ちゃん、敬語禁止だよ?」

「ああ??」

 

 

僕が断固拒否している間に創一郎がひどい目に遭ってた。可哀想に。一応一年生だからね彼。

 

 

「名前くらい呼んでやってもいいじゃねーかよ」

「桜は関係ないじゃないか」

「まあ関係ねーけどよ」

 

 

巻き込まれ大魔王の桜が他人事のように言う。実際他人事か。

 

 

「そうだ!桜さんにも敬語無くしていいですか!!」

「何でだよ」

「ほんと何でさ」

 

 

巻き込まれ大魔王、またもや巻き込まれる。可哀想に。μ'sの決め事なのにμ'sに関係ない桜まで巻き込む意味ないでしょうに。

 

 

「桜さんも今日はみんなと仲良くして欲しいですし、桜さんも先輩禁止になれば茜くんもやってくれそうだし!」

「茜くんって言われるとなんかぞわぞわする」

「慣れろ、俺はやらん」

「僕もやる気ないんだけど」

 

 

慣れない呼ばれ方するとぞわっとする。

 

 

「うー!!やりましょうよー!!」

「だから俺関係ねーだろ…」

「勝手にやればええやん!」

「なるほど!」

「やるなアホ」

 

 

桜も強行突破寸前である。頑張れ桜。

 

 

「まぁ、これから合宿で慣れていけばいいわよ」

「絶対慣れねぇ」

「俺関係ねぇ」

「なんだいこの悲劇的状況」

「さて、改めて。これより合宿に出発します」

「無視かい」

 

 

3人の怨嗟の声は届かず。男性陣に人権をください。

 

 

「部長の矢澤さんから一言!」

「ええ?!にこ?!」

「頑張れにこちゃん」

「助けなさいよ!!」

 

 

絢瀬さんの無茶振りにうろたえるにこちゃん。助けろと言われても。どう助けりゃいいの。応援するしか僕にはできない。

 

 

 

 

「え、えーっと…しゅ、しゅっぱーつ!!」

 

 

 

 

…。

 

 

 

「それだけ?」

「考えてなかったのよ!」

「お前の嫁だろ、助けてやれよ」

「一体どうしろと」

「誰が嫁よ!!」

 

 

なんか場が静まってしまった。桜も助けろとか言うけど具体的にどうしろと。でもにこちゃんは僕の嫁だよ。将来的には。

 

 

 

 

 

 

 

こうして、唐突に始まった夏合宿が始まった。

 

 

…大丈夫かなあ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

巻き込まれ大魔王の桜。今後もきっと巻き込まれていきます。不憫…笑。


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鯨が水面に飛び出てくるアレってなんていうんだっけ



ご覧いただきありがとうございます。

鞠莉、誕生日おめでとうございました。のん誕鞠莉誕とこんなに近いとウキウキが止まりませんね!!
そして前回!なんと☆10評価をいただきました!!ありがとうございます!!!私が!!!最高評価!!!すっごく嬉しいです!!!
感激で死にそうなので茜君を生贄に捧げます。「解せぬ」

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

「なんだこれは」

「別荘でしょ」

「凄いよ真姫ちゃん!!」

「さすがお金持ちにゃー!!」

「金持ちだからってこんな規模の家が建つか…?」

 

 

結構長い時間電車に揺られてたどり着いた西木野家の別荘。とても大きい。何するためにこんなに大きいんだろう。パーティーでもするのかな。

 

 

「そう?普通でしょ」

「お前俺の家と比べてどう思う」

「…」

「なんか言えや」

 

 

これを普通とおっしゃる謎神経。創一郎が比較対象を並べたら黙った。まあ創一郎の家も広さで言ったら結構なもんだったけどね。

 

 

 

 

 

 

「「「わぁー…!!」」」

「寝室までご立派…しかも部屋数もかなりのもの…本当に何のための別荘なの」

 

 

創一郎と桜とは別行動を取り、とりあえず僕は寝室の確保に向かった。そしたら開けてびっくり、めちゃんこ豪華なお部屋が。しかも数が多い。誰を呼ぶんだこれ。

 

 

「こことーった!!」

「凛はここ!!」

「何してんの君ら」

「波浜先輩も海未先輩も早くとった方が…あ!!」

「…やり直しですね」

「いや僕は別室だよねそうだよね」

 

子供の夢であるベッドダイブを敢行する高坂さんと星空さん。やはり中身が幼い。あとうっかり苗字呼びをしたのを指摘しても、僕は名前呼びしないからね。あと男性陣は隔離されて然るべきだよね。隔離してよ。

 

 

「…うん!海未ちゃん!穂乃果ちゃん!茜くん!!」

「ほんとぞわぞわする」

「慣れてください」

「慣れないよ」

 

 

ほんとに名前呼びされるの変な感じする。

 

 

「って寝てる?!」

「フリーダムすぎないかい」

 

 

高坂さんは秒で寝てた。なんなの。

 

 

 

 

 

 

 

「りょ、料理人?!」

 

 

台所の様子を西木野…あー、真姫、ことり、にこと見にきたら、真姫が家に料理人がいるとか言い出した。なんだ料理人って。料理くらいしやがれ。

 

 

しかしまあ…ここは一家の料理をするような場所じゃねえな。台所っつーか厨房だ。尋常じゃなく広いし、各装備も一家の一食を作るスケールじゃねぇ。波…茜も言ってたが、パーティー会場かなんかなのかここは?

 

 

「そんなに驚くこと?」

「驚くよ!そんな人が家にいるなんて…凄いよね!!」

「うちによこせ」

「嫌よ」

 

 

料理人なんていたら弟達の負担が減る。最高じゃねえか。よこせ。

 

 

「…へっ、へえ~、ま、真姫ちゃん家もそうだったんだぁ~!にこん家も専属の料理人いるのよねぇ~!だからにこぉ、ぜ~んぜん料理なんかやった事なくてぇ~」

「猫かぶり具合がクソ怪しいな」

「あ、怪しくないわよ!」

「へぇー!にこ先輩もそうだったなんて!」

「信じるのかよ」

「にこにーでしょ」

「えっ?」

「にこ先輩じゃなくて、にこにー!」

「あっ…、うん!」

「にこにーなのかよ」

「何よ」

 

 

絶妙に怪しいことを猫かぶりボイスで言い始めるにこ。絶対いねーだろ料理人。普通いねーだろ。つーか名前の訂正は「にこにー」なのかよ。

 

 

…俺もにこにーと呼ぶべきなのか??

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら練習もできそうね」

「そうやね」

「スタインウェイのグランドピアノ…しかもかなり上等だな。こんなものが居間にあるとは…」

 

 

居間で練習の相談を聞いてやっているのだが、もう居間で十分練習できる環境だ。恐ろしく広い。三管編成のフルオケを突っ込んでも客席を確保できるレベルだ。…マジでやってそうだな。

 

 

「でもせっかくなんやし、外の方がええんやない?」

「海に来たとはいえ、あまり大きな音を出すのも迷惑でしょ?」

「まあ、本当ならどこで練習しても恥ずかしくない演奏をしてほしいもんだが…そういうわけにもいかんだろ」

「流石にそこまでの境地は遠いわね…。でも、それくらいの意気じゃないとね!」

「やる気やね!」

 

 

見たところそんなに民家があるようには見えないが、遮蔽物も少ないしどれだけ音が届くかも予測しにくい。声を漏らしたくないというのなら室内でやるべきだろう。

 

 

「…で、小泉はなんでそんな隅っこで縮こまってんだ」

「な、なんか…広いと落ち着かなくて…」

「まあ無駄に広いのは否定しないがな…」

 

 

だったらキッチンにでも行けばよかったじゃねーかよ。

 

 

「あの…そういえば、桜さんって何歳なのかしら?茜やにこが敬語使ってないから勝手に同い年だと思ってたけど」

「言ってなかったか?17だ、あんたらと同い年で間違いない。しかしなんでだ?どうせ年上だろうが敬語使う気ねぇんだろ」

「穂乃果じゃないんだからあなたまで巻き込まないわよ?」

「え?」

「え?」

「認識に齟齬があるようだぞ」

 

 

そりゃ俺と茜のやりとりがタメ口なんだから同い年だろ。どっちかがよほど無礼でない限り。

 

 

あと巻き込むな。

 

 

「でもさっきえりち、「桜くん」って呼んだやん」

「あっ」

「もう何と呼ぼうが気にしねえよ…」

 

 

いい加減気づいた。いちいち意識する方がめんどくせえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが合宿での練習メニューになります!!」

「おー!」

「凄い、こんなにびっしり…」

「びっしりすぎないかい」

 

 

みんな外に出て、園田さんから練習メニューの説明を聞いていた。まあ、今回何故かやたらと練習メニュー作りたがってたから作らせてあげたんだけど。

 

 

ていうか、にこちゃんと高坂さんと星空さんは既に水着で待機中なんだけどそれはいいのかな。

 

 

「って…海は?!」

「…私、ですが?」

「そっちじゃないよ、向こうに見える海だよ」

「そう!海未ちゃんじゃない方の海だよ!海水浴は?!」

 

 

何天然でややこしいボケを発動してるの君は。まさかの高坂さんがツッコミだよ。前代未聞世紀末だよ。世紀末モード突入だよ。

 

 

「ああ…それならほら!」

「え、遠泳10km?!」

「その後ランニング10km…?!」

「死ぬだろ」

「死ぬね」

「余裕だろ」

「君は黙ってなさい」

 

 

なんか凄まじい練習内容が書いてある。僕じゃなくても死ぬじゃん?創一郎は黙ってなさい、君は人間の領域にいないから。

 

 

「最近、基礎体力をつける練習が減っています。せっかくの合宿ですし、ここでみっちりやっておいた方がいいかと!!」

「みっちり?」

「みっちりっつーか拷問の域なんだがな」

「それは重要だけど、みんな持つかしら…」

 

 

平常運転ならまとも側の園田さんがなんか変な方向に振り切ってる。どうするのさこれ。絢瀬さんまで困惑してるよ。

 

 

「大丈夫です!!アツいハートがあればッ!!」

「馬鹿なの?」

「馬鹿だろ」

 

 

この子こんな熱血だっけ。

 

 

「ちょっと茜、なんで海未に作らせたのよ!!」

「いやぁ、やたらやる気だったもんだから…」

 

 

にこちゃんに怒られた。しょぼん。でもこんなの予測できなくない?無理じゃない?誰が遠泳ランニング10kmしようなんて言うと思うの。デュアスロンなの?

 

 

「こうなったら…凛ちゃん!!」

「わかったにゃ!!」

 

 

ここで星空さんが何か仕掛けるつもりらしい。おもむろに園田さんの腕を引っ張り、

 

 

「あー!海未ちゃんあそこ!!」

「えっなんですか?!」

 

 

何その低レベル視線誘導。

 

 

「今だっ!!」

「いっけー!!」

「うわーお!!」

「ああっあなた達ちょっと!!」

 

 

効くのかよ。

 

 

にこちゃん、高坂さん、星空さんは言わずもがな、南さんも割と元気に飛び出し、小泉さんは星空さんに連行された。元気かよ。

 

 

「まぁ…仕方ないわね」

「え…いいんですか、絵里先輩…あっ」

「禁止って言ったでしょ?」

「…すみません」

「μ'sはこれまで部活の側面も強かったから、こんな風に遊んで先輩後輩の垣根を取るのも重要なことよ」

 

 

相変わらず敬語が取れない園田さん。絢瀬さんはこう言ってるけど僕は先輩だからね。先輩でいくからね。誰がなんと言おうとにこちゃん以外は名前で呼ばない。

 

 

「おーい!海未ちゃーん、絵里ちゃーん!」

 

 

遠くから小泉さんが呼んでいる。あちらも頑張って敬語つけないようにしているようだ、「ちゃん」の前に一瞬間があった。

 

 

「創ちゃんも早く来るにゃー!」

「創一郎も呼ぶのかい」

「…」

 

 

創一郎も星空さんに呼ばれてた。こっちはまるで抵抗なく呼んでいる。逆にすごい。

 

 

で、当の創一郎は黙って上を見上げてなんか呟いている。背が高すぎて表情はわかんない。だが、3回くらい呼ばれたあたりでバッ!!と勢いよく前を向き、

 

 

「千載一遇の…海ッ!!!」

「いや千載一遇ってことはなあっ?!」

 

 

ズバンッ!という音を残して海に向かって走り出した。

 

 

おかげでツッコミ入れようとして風圧で遮られた。かっこ悪い。

 

 

「…なんなの」

「今後海に来る機会なんて無いかもしれないってことだろ」

 

 

たとえそうだとしても、砂浜を抉る勢いで突入することはないと思うんだ。っていうか下に履いてたズボンは水着だったのか。それとも水着じゃないけど突入したのか。後者な気がする。

 

 

「仕方ない…僕らも行くか」

「お前泳げねーだろうが」

「泳がないけど近くには行くんだよ。にこちゃん今水着なんだぞ」

「そーかいそーかい。俺は引きこもる」

 

 

にこちゃんの水着を見逃す手はない。大丈夫、ビデオカメラも持ってきたしパラソルがあるのも確認済み。戯れるみんなの映像をPVに挿入するのもありかもしれない。

 

 

「…?」

「どしたの」

 

 

即刻室内にとんぼ返りしようとしていた桜が玄関前で立ち往生している。ドアノブをガチャガチャしているっぽい。

 

 

「…いつの間にか鍵を…?」

「残念だったね」

「冗談じゃねえ…裏口とかねえのかよ…っ?!」

 

 

すこぶる不機嫌顔で侵入手段を探す桜の左腕を、誰がガッ!と掴んだ。桜は咄嗟に上着の内側に手を突っ込んで振り向いたが、そこにいたのは水着姿の高坂さん。既に海にダイブしたらしく全身濡れているがその顔はもう、超笑顔だ。

 

 

「桜さんも早く!!」

「いや俺は音楽監督として呼ばれたわけであってお前らの交流には一切関係な…」

「行きましょう!!」

「おい話聞けよ!!頼むから!!水着なんて持ってきてるわけねーだろ!!」

「じゃあ砂のお城作りましょう!」

「冗談じゃねえ…!!」

 

 

桜も高坂さんの謎パワーに引きずられて海に連れていかれた。頑張って高坂さんから目をそらす桜はなかなか新鮮だった。

 

 

さて、僕も行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

海の中ではμ'sの面々が水鉄砲戦争をしていた。東條さんだけやたら武器がでかい気がするんですけど。

 

 

まあいいや、これはこれで撮っておく。絵としてはベタだけど、使い所も多そうだし。

 

 

とか思ってあちこち撮ってたんだけど。

 

 

ザッバァーン!!と。

 

 

急に何かが沖の方から飛び上がった。

 

 

「わああ?!なっ何?!」

「クジラ?!」

「こんな近海にクジラがいるわけないでしょう!!」

 

 

うん、園田さんの言う通り鯨ではないと思う。鯨にしては小さいし。

 

 

そのままこっちに飛んできてズドンと着地したのは創一郎。やっぱり君か。何してんの。

 

 

「楽っっっっっっっっしい!!!!!」

「何がだい」

 

 

目がキラキラしてらっしゃった。何があったの。水中から飛び出すのがそんなに楽しかったの。てかタンクトップ脱ぎなさいよ。ベタベタになるよ?

 

 

「創ちゃんが見たことないくらい輝いてるにゃ」

「子供みたいだね…」

 

 

もはや軽く引いちゃってる星空さんと小泉さん。まったくだよ。めっちゃ楽しそうじゃん。

 

 

「よーっし!私も潜るぞー!」

「いいだろうッ!勝負だッ!!」

「負けないよ!!」

「勝てるわけねーだろ」

「無理だよね」

 

 

さらにテンション上げてく高坂さんと、ノリノリな創一郎。流石に創一郎に勝てる競技なんてないと思うけど。

 

 

呆れているうちにザブンと潜る高坂さん、砂浜からひとっ飛びで沖に飛び込む創一郎。何故か便乗して潜る星空さん。いや星空さんもかよ。さっき引いてたじゃん。

 

 

「あっちは拉致があかないからパラソル組撮ろう」

「西木野は水着な割には泳がねーのか」

「何よ、悪い?」

 

 

一旦創一郎たちはほっといて移動すると、少し離れたところで西木野さんがパラソルの下で椅子に座って本を読んでた。サングラスも相まってなんかセレブな感じだ。てか泳がないのね。

 

 

「別に絶対泳がなきゃいけないわけじゃないでしょ?」

「まあそうだけど、だったら何で水着着たのさ」

「べっ、別にいいじゃない!」

「いやいいんだけどさ」

「まさか泳げねーんじゃねーだろうな」

「そんなわけないじゃない!!」

 

 

この子もいじると楽しいよね。

 

 

「まあ好きにさせてあげなよ。映像は撮れたし」

「何で撮ってるのよ!」

「PVに使えると思ったからだけど…」

 

 

急に文句言われても困っちゃう。ていうかPVのためにビデオ撮るよって言わなかったっけ。言わなかったかも。まあいいや。

 

 

ぷんすこしている西木野さんが読書に戻ったところで、にこちゃんが謎のモンローウォークをしながらこっち来た。あれだろう、西木野さんを見てセレブしたくなったんだろう。それは構わないけど、「私を撮りなさいよ」的な視線向けないでよ。言われなくても撮るよ。超撮るよ。

 

 

「隣…いいかしらぁ?」

「…いいけど」

「失礼」

 

 

なんかよくわからないタメを入れた言い方で話すにこちゃんが西木野さんの隣の椅子に座る…寝転ぶ?あの椅子って座ってるのか寝てるのかわかんないよね。プールとかでよく見る平べったい椅子。

 

 

「…矢澤、なんだその気持ち悪い言い方」

「気持ち悪いって何よ!」

「可愛いよにこちゃん」

「茜は息をするように可愛いって言うな!!」

 

 

だってにこちゃん可愛いもん。決して気持ち悪くないよ。ないよ?

 

 

「うるさい…」

「だから遊んでこいよ」

「泳げないんじゃないの?」

「泳げるわよ!」

「みんなと楽しく遊べるか自信ないんだよ、察してあげなよ桜」

「ちっ違うわよ!」

「察しやすい女しか知り合いにいなくてな」

「穂乃果はわかりやすいわよねぇ」

「聞きなさいよっ!!」

 

 

急に周りが騒がしくなって苦言を呈する西木野さん。そこからみんなにいじられる西木野さん。かわいそうに。いや僕も主犯だわ。

 

 

「そういえば桜って穂乃果のブッ?!」

「ごめーん、にこちゃーん!」

 

 

にこちゃんが桜になんか言おうとしたら、当の高坂さんからのバレーボールシュートが顔面にクリーンヒットした。ああっにこちゃんのお顔が。

 

 

てかいつの間にビーチバレーに切り替わってたの。創一郎はどうしたの。居たわ、すっごい沖を泳いでる。どこまで行くんだよ。

 

 

「もっと遠くでやりなさいよ!」

「にこちゃんもやろうよ!」

「そんな子供の遊びやるわけないでしょ!」

「あんなこと言ってほんとは苦手なんだにゃ」

「ぬぁんですって?!見てなさい、ラブにこアタックをお見舞いしてやるわ!!」

「ちょろいよにこちゃん」

 

 

星空さんのやっすい挑発に乗って駆け出すにこちゃん。ちょろいね。すこぶるちょろいね。

 

 

「桜さんも!」

「行かねえよ引っ張んな」

「水の中じゃないから水着じゃなくても大丈夫ですよ!!」

「そういう問題じゃねえんだよいててて力強いなお前?!」

 

 

桜も連れて行かれた。高坂さん恐るべし。

 

 

 

 

 

 

 

…目の前で桜が瀕死になってる。

 

 

「…あっ、あンの馬鹿野郎…、年中引きこもって作曲してるようなやつが!毎日ダンスの練習してるような奴らと!同等に運動できるわけねーだろ!!」

「どんまい」

 

 

高坂さんと組んでにこちゃんと星空さんチームと対戦していた桜だったが、砂浜に足を取られて転んだり顔面セーブしたりで散々だった模様。すぐに体力を使い果たして今に至る。

 

 

ちなみにビーチバレーは、桜のあとに創一郎が参戦し、バレーボールを粉砕してしまったことで終了した。意味がわからない。そして今はスイカ割りの準備中。創一郎は波打ち際でしょげてる。彼意外と繊細だね。

 

 

「スイカ割りならできるんじゃないの。得意分野でしょ」

「俺がいつそんなこと言ったんだよ…」

「キャベツの千切りとか得意じゃん」

「それならせめてスイカ「切り」のときに呼んでくれ」

「何その物騒な競技」

 

 

怖い競技を思いつくんじゃないよサイコパスめ。

 

 

「茜!準備できたから撮りなさい!」

「らじゃー」

 

 

にこちゃんから号令が来たので早速ビデオカメラを構えて撮影開始、桜は置いて行く。強く生きろ。

 

 

トップバッターは小泉さんだ。周りの指示に従って慎重に動いていく。わたわたしてるから撮ってて面白い。「誰か助けてぇー」って言ってるけどみんな助けてるからね。大丈夫、世界は優しい。

 

 

たっぷり時間をかけてかなりいい位置に移動した小泉さん。あとは上手く振り降ろせればばっちり当たるだろう。割れるかどうかは知らない。

 

 

で、小泉さんが大きく振りかぶって振り下ろす瞬間。

 

 

にこちゃんが華麗な動きでスイカを掻っ攫っていった。

 

 

結果見事に空振り。

 

 

「…いやにこちゃん何してんの」

「ふふん、甘いわね!」

「ドヤ顔するところじゃないよね」

 

 

映像的には面白いから許すけど。許すけど遊び的にはどうなのそれ。

 

 

「にこちゃん何するの!」

「ふーん!横槍が入らないと思う方が悪いのよ!」

「普通入らねーよ」

「危ないよ」

 

 

狙い外れてにこちゃんに当たったらどうすんの。死んじゃうよ。小泉さんは残念そうにするんじゃなくて怒っていいからね。

 

 

「次は誰がやるー?」

「切り替え早くない?」

「そりゃ穂乃果だしな」

「どゆこと」

 

 

早速次弾装填済みの高坂さん。皆様別に違和感はないらしい。適応早くないかい。いや何だかんだで何ヶ月も一緒なのか。

 

 

「それなら創ちゃん呼んでくるにゃ」

「それは色々大丈夫かい」

「大丈夫!スイカなら割るものだし!」

「粉々になりそうなんだよなあ」

「バレーボールも相当力入れないと破裂なんてしないものねぇ」

 

 

星空さんはさっさと創一郎を呼びに行ってしまったが、僕と絢瀬さんは不安一色だ。砂浜に真っ赤な花が咲きましたとか嫌だよ僕。真っ赤って言ってもスイカの中身だけどさ。血じゃないよ?

 

 

遠巻きに様子を見ていると、星空さんは高速ダッシュで創一郎に飛びつき、背中に抱きついたり腕にしがみついたりと好き勝手していた。あの子自分が女の子だってわかってないんじゃないかな。

 

 

当の創一郎本人は大いに動揺している様子で、捕まえようとするもどこを掴めばいいかわからないといった具合にわたわたしていたが、しばらくして星空さんの頭を引っ掴んで海に向かって放り投げた。マジか。しかしそのまま座ろうとした創一郎に向かって星空さんが水中から奇襲、あろうことか顔面に飛びついた。それはいけない。色々いけない。

 

 

『わかった!行く!行くからそこを退けええええええええ!!!!!!』

『にゃぁぁぁぁああああああ?!?!」

「ぬおお?!」

「マジか」

「茜こっち!」

「ぐえ」

 

 

遠くから遠雷の如き大声が飛んできて、同時に星空さんも飛んで来た。当たるやん。死を覚悟したらにこちゃんに首を引っ張られて命は救われた。にこちゃん大好き。桜は自力で緊急回避した。

 

 

投げられたらしい星空さんは自力で見事に着地。すごいな。猫かよ。

 

 

「何するにゃ!!」

「それはこっちの台詞だッ!!!」

「男性陣としてはちょっと星空さんは擁護できない」

「園田か東條あたり教育してやってくれ」

「えー?!ちゃんと創ちゃん呼んできたのにー!!」

「論点が違う」

 

 

頼むから女の子だと自覚して。

 

 

園田さん、東條さん、小泉さんに星空さんを連行してもらって、創一郎には目隠しをし、スイカをセット。

 

 

「準備できたわよ!」

「創ちゃん頑張れー!」

「創ちゃーん!」

「創ちゃんやめろ」

 

 

あちこちから「創ちゃん」と呼ばれる創一郎。全員が呼んでるわけじゃないけど、別に気に入ったわけじゃないらしい。いや違うこれ恥ずかしいだけだ。顔赤い。

 

 

「あと指示はいらない」

「へ?」

「自力で見つける」

「何いってんの」

「私に聞かないでよ」

 

 

創一郎がなんか言い始めた。自力で見つけるって何。目は見えないでしょ。

 

 

そのまましばらく棒立ちのままだった創一郎は、数分後に突如スイカに向かって一歩で踏み込み、手に持つ棒をスイカに一閃。何故か見事に真っ二つに割れた。何。どういうこと。スイカまで数mはあったと思うんだけど。縮地?君縮地できるの?

 

 

「わぁ〜!!すごい!!」

「本当に指示なしで割っちゃった…」

「しかも綺麗に真っ二つです…」

「逆にリアクションに困るんだけども」

「バケモンかあいつ」

 

 

バケモンだね。まっきーと合わせたら万能超人が生まれるわ。

 

 

丁度そこで戻ってきた星空さん説教組はみんな揃って顔赤くしてた。何を話したの君たち。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

巻き込まれ大魔王の水橋桜君は今日も絶好調です。でも今回は滞嶺君の方が被害は大きいかもしれません。だいたい凛ちゃんのせい。
あと勝手に別荘広くしました。流石にフルオケが入る家とか無いですね。無いですよね?

あと、私今日のAqoursの大阪ライブに行ってまいります。初ですよライブ行けるの!!うわぁ!!最高!!



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男も料理ができる時代ですから



ご覧いただきありがとうございます。

Aqoursの3rdライブ大阪公演に行ってきました。もう…あれですよ。あれ。最高でした。語彙力が追いつきません!!死にそうになりました!!感動で!!
さらにお気に入りも増えてついに20人です!!寿命が200年に到達しました!!ありがとうございます!これからも頑張ります!!

というわけで、どうぞご覧ください。



 

 

 

 

「買い出し?」

「なんかスーパーが結構遠いらしくて」

「まあぱっと見何もなかったもんね」

 

 

遊び終わっていい感じの時間になったから晩飯にする…というところだったが、どうやら食材はないらしい。そりゃそうか、痛むか。総計12人分の食材運ぶとなると、まさに俺の出番だろう。

 

 

「別に私1人で行ってくるからいいわよ」

「え?真姫ちゃんが?」

「私以外お店の場所わからないでしょ?」

 

 

確かに場所は知らんが、1人で行くこともないだろう。どうやって運ぶ気だ。

 

 

「じゃあうちもお供する!」

「え?」

「俺も行かせてもらおう」

「創一郎も?」

「荷物持ちとしては最大戦力だろう。遠慮はいらん、何でも持つ」

「本当になんでも持てそうだから怖いよね」

 

 

乗用車くらいなら持てるから強ち間違いではないな。

 

 

「そうそう、創ちゃんに持ち物は任せられるし。それにたまにはいいやろ?こういう組み合わせも」

「創ちゃんはやめろ」

「い〜や☆」

「誰かなんとかしろ」

「頑張れ創ちゃん!」

「創ちゃんファイトだよ!!」

「やめろっつってんだよ」

 

 

創ちゃんは本気で恥ずかしいからマジでやめろ。

 

 

 

 

 

 

 

「お〜、綺麗な夕日やね!」

「素晴らしいな、これほどの景色が見られるとは」

 

 

時刻は夕刻、丁度夕日が海に沈もうとしているところだった。一切の遮蔽がなく、ダイレクトに夕日が臨める。こういう立地も加味して別荘建てたのだろうがな。

 

 

「…どういうつもり?」

 

 

さっきまで黙っていた真姫がようやく口を開いた。視線の先には希。何故わざわざ付いてきたのか、ということだろう。実際、荷物持ちならそれこそ俺がいれば事足りるのだ。

 

 

「…別に?真姫ちゃんは面倒なタイプだなーって。ほんとはみんなと仲良くしたいのに、なかなか素直になれない」

「…私はふつうにしてるだけで、」

「そうそう。そうやって素直になれないのよね」

 

 

面倒とストレートに言うあたり流石は希。こういった言論は希に任せてしまおう。口を挟む隙がない。つーかなんか違和感あったが何だ?

 

 

「っていうかどうして私に絡むの?!」

「んー…ほっとけないのよ。知ってるから、あなたに似たタイプ」

 

 

ああ、そうか。

 

 

()()()西()()()()()()()()

 

 

素で関西弁なのかと思っていたが、本当は関西圏出身じゃないのだろうか?とにかく、今まで関西弁のおちゃらけたイメージがあったせいか、標準語で話すとひどく真剣に聞こえる。実際真剣なんだろう。

 

 

「まっ、たまには無茶してみるのもいいと思うよ?合宿やしっ!」

 

 

と思ったらまた関西弁に戻り、さっさと先に行ってしまった。なんだったんだよ。

 

 

「…何なのよ、もう」

 

 

同感だ。

 

 

って希がいなくなったら俺がフォローしなきゃならねぇじゃねぇか。そういうのは茜に任せたいんだが。

 

 

…しかしほっとくわけにもいかねえな。やるだけやるか。

 

 

「…俺も何が何だかわからねぇけどよ」

「?」

「まあ…多分、みんないいヤツだって言いたいんじゃねぇのか」

「…」

「…」

「…要約しすぎじゃない?」

「うるせえ」

 

 

ダメだ。女子を励ますとか無理が過ぎる。希何とかしろ。つーか道わかんねぇんじゃなかったのかよ。

 

 

 

 

 

 

 

さて、買い出し組も帰ってきたし、お料理の時間だね。

 

 

「さて、始めようか」

「任せなさい」

「準備万端だぜ」

「万端にして万全だ」

 

 

メンバーは男性陣+にこちゃん。全員料理が得意なメンツである。男連中がみんな料理できるってなかなか面白いね。

 

 

「大人数にはカレーだろ」

「妥当だね」

「具はじゃがいも、人参、玉ねぎ、ほうれん草に何と牛肉だ」

「何でわざわざ牛肉買ってきたんだよ」

「真姫が勝手に買った」

「ブルジョワならではの思考だね」

「いいじゃない、何肉だろうと美味しく作るわよ」

 

 

まさかのビーフカレーだった。豪華だね。腕がなるね。

 

 

「俺と矢澤で材料を切る。煮るのは人数のせいで力もいるだろうから滞嶺」

「僕は」

「下処理とサラダ」

「何か地味なんだけど」

「適材適所だ」

 

 

絶望的に影薄くないか僕。

 

 

「そうだ、隠し味のハチミツとトマトは買ってきたよね」

「勿論だ」

「チーズがあるといいと思うが」

「無論用意してある」

「何であるのよ」

「隠し味は家庭の基本だろうが」

 

 

バッチリ隠し味も用意してくれたようだ。これなら安心。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「おおー!!」」」」」」」」

 

 

歓声が上がった。まあまあ上手くできたと思うよ。みんな手際がよかったからね。

 

 

「花陽、白米だ」

「わあ…!ありがとう!」

「…何で花陽だけお茶碗にご飯なの?」

「気にしないでください!」

「そういう人種もいる」

 

 

小泉さんだけ白米別盛りになってた。しかも山盛り。いくら白米好きだっていってもそんなに食べれるのかい。

 

 

「創ちゃんも凄いことになってるにゃ」

「鍋が空いてたからな」

「鍋は食器じゃねーんだぞ」

「食器みたいなもんだろ」

「そんなわけないじゃない…」

 

 

創一郎は鍋にご飯とカレーを注いでいた。何人分あるのそれ。自分の体重の何割なの。

 

 

「にこちゃん料理上手だったんだね!」

「ふっふーん!」

 

 

そりゃほぼ毎日ご飯作ってるからね。

 

 

「あれ?でも昼に料理したことないって言ってなかった?」

「言ってたわよ。いつも料理人が作ってくれるって」

 

 

ん?

 

 

にこちゃんが知らないうちに見栄張ってる。

 

 

「やあん、にここんなに重いもの持てな〜い」

「い、いくらなんでもそれは無理があり過ぎる気が…」

「僕でも持てるわ」

「それは胸を張って主張することかしら」

「でも可愛いから許す」

「ちょろいね」

 

 

にこちゃんが急にスプーン重いとか言い出した。流石にそれはやばいよ。でも可愛いのでよし。

 

 

「これからのアイドルは料理の一つや二つできないと生き残れないのよ!!」

「開き直った?!」

「にこちゃんは僕が養うんだから料理できなくてもいいじゃん」

「ふんっ」

「んぐぇ」

 

 

スプーンが飛んできた。痛いよ。金属はまずいよ。あと食器を武器にするのもどうかと思うよ。

 

 

「いつも通りだなこいつは」

「いつも通りなんですね…」

「逆に安心したわ」

 

 

どういうことよ。てか助けてよ。スプーンがおでこにクリティカルヒットだよ。痛いよ。

 

 

 

 

 

 

 

「はー、食べた食べた!」

「穂乃果…食べてすぐ横になると牛になりますよ」

「もー、海未ちゃんお母さんみたいなこと言わないでよ!」

「牛になるとは言わねえが、デブるのは間違いねーな」

「えっデブ?!?!」

 

 

早速だらけ始めた高坂さんに桜の痛恨の一撃が決まった。勢いよく飛び起きた。でも女の子に向かってデブはダメじゃないかい。未来形だとしても。

 

 

「よーし、じゃあ花火をするにゃ!」

「その前にご飯の後片付けをしなきゃダメだよ」

 

 

早速遊びに行く気満々の星空さん。ご飯前まで散々遊んだじゃん。

 

 

「あ、それなら私がやっとくから、行ってきていいよ!」

「南、流石にそれはよくねーんじゃねーか」

「そうよ、そういう不公平はよくないわ。みんなも自分の食器は自分で片付けて」

 

 

そりゃそうだわね。

 

 

「それより、花火より練習です!」

 

 

それはそうじゃないね。

 

 

ご飯食べた後運動するとお腹痛くなるんだよ。知らないの園田さん。

 

 

「えぇっこれから?」

「当たり前です。昼間あれだけ遊んでしまったんですから…」

「でもそんな空気じゃないっていうか…」

「とりあえず穂乃果をご覧あれ」

「雪穂ー!お茶ー!」

「家ですか!」

 

 

高坂さんは完全に脱力モードである。机に伏してだらーっと。だいたい妹ちゃんは今その場にいないんだけどね。呼んでも来ないからね。

 

 

「じゃあ、これ片付けたら私は寝るわね」

「えー?!真姫ちゃんも一緒にやろうよ花火!」

「いえ、それよりも練習です!」

「どんだけ練習したいんだよ」

「やる気に満ちてるね」

 

 

ほんとにこの子たちフリーダムだな。

 

 

「そうにゃ。今日はみんなで花火やろ!」

「そういうわけにはいきません!」

「かよちんはどうしたい?!」

「え、えっと…私はお風呂に…」

「第三の意見出してどうするのよ」

「じゃあ僕はにこちゃんを愛でる」

「ていっ」

「んげっ」

「収拾つかねーにも程があるだろ」

 

 

白熱する議論に投下される新提案。便乗してもう一個提案したらにこちゃんの右ストレートが決まった。痛いよにこちゃん。

 

 

「じゃあ、もう今日はみんな寝よっか」

「それがいいだろう。初日から疲労を残すのは愚策だな」

「うんうん、いっぱい遊んだしね。練習は明日の早朝、花火は明日の夜にすることにして」

「そっかあ!それでもいいにゃ!」

「確かに、その方が効率がいいかもしれませんね」

「おい、ナチュラルに俺も早起きを強いられてねーか」

「そりゃそうでしょ」

 

 

まとめてくれてのは東條さん。流石だね。ほぼ異論のない結論にたどり着いた。ほぼね。桜意外と早起き苦手だもんなあ。

 

 

「じゃあ決定やね」

「俺の都合は非考慮かよ」

「仕方ないよ、彼女らの合宿だし。それより食器片付けたらお風呂だけど、どうするの?僕ら先?」

「そうね…私たちは長くなるだろうし、男性に先入ってもらおうかしら」

「おーけー。じゃあ全員出たら呼ぶから、今後の予定でも細かく決めておきな」

 

 

そんなわけでレッツお風呂。まあそんなに時間かけないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…無駄に大きいねぇ」

「大衆浴場かよ」

「…」

「何でそんな嬉しそうなの創一郎」

 

 

早速3人でお風呂に来たら、それはもうびっくりするほど大きい。旅館だよねもはや。露天風呂もあるのあれ。何がどうなったら個人宅に露天風呂ができるの。あと何で創一郎はそんなにやけてんの。大きいお風呂は初めてか。

 

 

「まあいっか、大きいぶんには困らないし」

「シャワーの数が大きさに見合ってねーんだよな…」

「でも3人分はあるんだから、創一郎はわざわざ湯船のお湯使わなくてもいいんだよ」

「節水だ」

「この設備見て節水の必要があると思うかい」

「…確かに」

 

 

シャワー自体は数台しかないけど、ちゃんと数足りるよ。創一郎は癖か。いつもの癖なのか。

 

 

というわけで並んで座る3人。僕が真ん中、右が桜、左が創一郎。僕が1番小さいから2人が洗った水の流れ弾が飛んでくるのは納得いかない。

 

 

「滞嶺、お前古傷が凄いことになってんな」

「ほんとだねえ」

 

 

腕も若干傷跡があるのは知ってたけど、背中とか胸とかお腹は特に多い。歴戦の戦士みたいなことになってる。恐ろしいわー。

 

 

「力入れると痛むんだよな、広がって」

「どんだけ筋肉膨張してんだよ」

「やっぱり人間じゃないよね」

 

 

イビルジョーみたいだね。

 

 

「つーか茜もすげぇことになってんじゃねぇか」

「あー、事故被害者だからね」

 

 

創一郎が指したのは僕の胸と背中、陥没して明らかに繋ぎなおしたようなケロイド状の痕。事故で怪我した部分だ。

 

 

そういえばにこちゃん以外の人に見せたことなかったな。

 

 

「それで体力ねぇのか」

「いや体力ないのは元からなんだけどさ」

「元からかよ」

「でもはるかに悪化したのは否定できないね」

 

 

そりゃ肺持ってかれたからね。

 

 

「桜は綺麗なもんだねえ」

「普通はこうなんだよ」

「白すぎるな」

「引きこもりなんだからしゃーねーだろ」

「引きこもりなのか」

「外に出る用事がねーんだよ」

 

 

桜は目立った外傷はない。外傷がない方がマイナーってひどいメンツだ。

 

 

身体や頭を洗い終わって湯船にみんなで入る。湯船っていっても温泉並みだからすごく無駄使い感ある。創一郎ですら余裕だ。ほんとに誰を呼ぶための施設なんだ。

 

 

「あ〜いい湯」

「おっさんかよ」

「広い…!」

「滞嶺ははしゃぐなガキか」

 

 

くつろぐ僕とはしゃぐ創一郎。ツッコミは桜。桜のストレスがマッハだね。どんまい。僕は助けない。

 

 

「つーか、結局茜はμ'sのやつらを名前で呼ばねーのかよ」

「だからにこちゃんしか呼ばないんだって」

「極端だな」

「僕はにこちゃんのために生きてるんだもん」

「矢澤が死んだらどーすんだよ」

「死ぬね」

「潔すぎだろ」

 

 

そりゃにこちゃんのために生きてるから。にこちゃんがいなかったら生きていけない。なんて儚い。

 

 

 

 

あれ、創一郎どこだ。

 

 

 

 

「…おい、滞嶺はどこ行ったんだ?」

「僕も思ったところだよ。露天風呂かな」

「外出て行くの見たか?」

「わかんない」

 

 

そんなこと気にしてないし。

 

 

と思ってたら、近くの水面が爆発した。

 

 

「っっっっっはあッ!!!」

「ぶわっ?!何してんだお前は!!」

「潜っていた」

「風呂で潜るな!!」

「全身温めるためには潜るしかないだろ」

「くっそバカしかいねーな…!!茜…くそっ茜どこ行った!!」

「へい」

「何でそんな遠くいるんだ!逃げんな!!」

「流されたんだよ」

 

 

爆発したというか、創一郎が急浮上してきた。衝撃で流された。溺れたらどうすんのさ。あれで僕は溺れるよ。溺れなくてよかった。

 

 

「ったく…!風呂ぐらい静かに入れよ…」

 

 

自分の懐をわさわさしながらぶつくさ文句を言う桜。僕悪くないじゃん。被害者じゃん。てか何やってんの。

 

 

「何自分の脇腹をわさわさしてんだ」

「あーうっせぇ、癖だ!今服着てねーんだったな畜生…」

 

 

どういう癖だよ。でもそういえば高坂さんに急に腕掴まれたときも上着の内側に手を突っ込んでたな。飴でも入ってんのかな。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

枕投げかと思った?残念!次回でした!!
次回は枕投げます。
家庭的お料理男子、相変わらずテンションの高い滞嶺君、相変わらず巻き込まれ大魔王の水橋君。すっかりネタ勢に成り下がってきてます。誰のせいでしょう(すっとぼけ)



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実は男女混合で雑魚寝しても何事も起きない



ご覧いただきありがとうございます。

なんとなんと、また☆10評価をいただきました!お気に入りも増えました!!寿命が爆上がりです!!いつも感想を下さる方もいてもう私頑張りますの極みです!!今なら雷に打たれても無傷でいられる!!!気がする!!!(うるさい)

今回はお待ちかね、枕投げ回です。前座を挟みますが。R18な出来事は起きないってタイトルでネタバレしてますがね!!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

風呂から上がって、穂乃果たちと入れ替わりでリビングに戻ってきたら、なぜか布団が敷いてあった。

 

 

しかも12人分。

 

 

「バカじゃねーのか」

「馬鹿だろ」

「ストレートすぎるよ」

 

 

いやバカだろ。何で一緒に寝る気満々な感じになってんだよ。寝るわけねーだろ、二階に腐るほど部屋あるだろ。

 

 

今のうちに片付けるか。

 

 

「滞嶺、やるぞ」

「おう」

「頑張れー」

 

 

というわけで即撤去。茜はどうせ布団など持てないから待機。

 

 

「片付けたらさっさと上階に行って閉じこもるか…」

「サーチしてきそうだけどね」

「休まる場所がねぇな」

「何の罰ゲームだ?」

 

 

女の子の隣で寝させられるとかご褒美じゃねーからな。むしろ苦行なんだよ。奴らが何を考えてんのかはわからんが、親睦を深める要因にはならん。無理がある。

 

 

というわけでさっさと二階に向かう俺たち。せっかくだから一人一部屋使うことにした。せっかく部屋あるんだからな。

 

 

適当な部屋に入ったら、何故かピアノが置いてあった。…リビングにもあったよな?何台あるんだ。

 

 

せっかくだからちょっと触ってみる。流石にしばらく使ってないからか調律は合っていないようなので勝手に少しいじる。本当は弾く曲によって調律は変えたいんだが、流石に面倒だからやらない。

 

 

何を弾こうか若干考えたが、月もよく見える綺麗な夜空だしゆったりした曲を即興で弾くことにしよう。なんかのヒントになるかもしれないからこういう時に録音は欠かさない。スマホを脇の机に置いて、静かに弾き始める。

 

 

しばらく適当な曲を弾いていたが、せっかくμ'sもいることだしあいつらをイメージした曲にしようかと考える。どんなイメージかと言われると困るが、まあ和気藹々としている感じなら何だっていいだろう。その上でゆったりした曲となると難しいが…なんとかなるか。

 

 

歌詞はないので鼻歌だ。当たり前だそんな速攻で歌詞を思いつけるか。曲を作るのは早いが歌詞は別物だ。だからμ's2年生には歌詞を持ってくるように言ったんだ。そういえばあれから誰も持ってこないんだがいいのだろうか。いや期待しているわけじゃねーが、

 

 

 

 

『あれ?ピアノの音がするよ?』

『本当ですね。一体どこから…』

 

 

 

 

速攻でピアノから離れた。

 

 

なんだ意外と風呂時間かからねーな?!と思って時計見たら1時間経っていた。1時間もピアノ弾いてたのかよ、なんか恥ずかしいなおい。スマホ置いてたのに時間は確認してなかったな。おっとスマホ忘れるところだった。

 

 

『桜さんかな?茜くんとか創ちゃんがピアノ弾ける気がしないし!』

『茜はピアノ弾けるわよ。それよりわざわざ連れてこなくてもいいじゃないの』

『嫌!桜さんも茜くんも創ちゃんも一緒に寝たい!!』

『せっかくの合宿だもん!!』

 

 

恐ろしい会話が聞こえる。本当にバカじゃねーのか。いや穂乃果はバカだわ。

 

 

『うーん、この部屋にもいないなぁ…』

『もしかしてこっそり帰っちゃったとか…』

 

 

…その手があったか。帰ればよかったな。

 

 

『靴があるのは確認したじゃない。もう…早く寝ましょ、無理に連れてくることもないわ』

 

 

おお、西木野その調子だ。ぜひともさっさと寝てくれ。寝ろ。頼むから寝ろ。

 

 

『この部屋にもいない…』

『聞いてるの?!』

『あー!創ちゃんみっけ!!』

『ほんと?!』

 

 

…、

 

 

今がチャンスか?

 

 

 

 

 

 

 

「くっ…まさか全部屋探し回ってんじゃねぇだろうな?!」

「ふっふっふ…そのまさかにゃ!!」

「何でそんな自信満々なんだテメェは…!」

 

 

男3人で別々の部屋に入ってから、どこからか聞こえるピアノを聴きながらしばらく筋トレしていたのだが…予想外にも、いや予想通りか。風呂上がりどもが俺たちを探しに来た。咄嗟に隠れたが、隠れるには体がデカすぎるか。奇襲とか性に合わねぇからな、隠れるなんて経験はほとんどない。覚えねぇとな。

 

 

「観念して一緒に寝るにゃ」

「断る」

「えっ」

「…何でそんな半泣きなんだ」

 

 

女と一緒に寝れるわけねぇだろ。しかもお前らスクールアイドルなんだぞ。身を守れ。泣くな。

 

 

「でも、せっかくの合宿だし…もっと仲良くなりたいな」

「私はどっちでもいいけど」

「お前らなぁ…」

 

 

花陽と真姫まで同意してくる。正確には真姫は同意していないが、髪の毛をくるくるしてソワソワしているあたり実は期待しているだろう。ほんとに素直じゃねぇな。

 

 

つか他のメンツはどこ行った。

 

 

「…お前ら、茜ならともかく、俺は誰が抵抗しようが勝ち目がない相手だってのは理解してるか?」

「でも、そうやって注意してくれるってことはそんな気は無いんだよね?」

「…」

 

 

花陽はちゃんと理解した上で「俺なら大丈夫」というわけだ。思わず頭を抱えそうになる。いや事実抱えた。この純粋培養どもめ。

 

 

「だいたい、創ちゃんが犯罪起こしたら弟くん達が生きていけなくなっちゃうにゃ」

「!!!」

 

 

確かに。

 

 

下手を起こしたら、あいつらの生活が余計厳しくなってしまう。

 

 

それはまずい。意地でも理性を保たねばならん。…いや意地になるほど発情しているわけではないが。

 

「さ、わかったら早く行きましょ。眠いわ」

「…真姫もノリノリじゃねぇか」

「のっノリノリじゃないわよ!!」

「創ちゃん、凛の隣で寝るー?」

「馬鹿め、寝返りに潰されるぞ」

「突然のマジレスにゃ」

「ふふっ、創ちゃんもμ'sに馴染んできたね」

「花陽…お前まで創ちゃんと呼ぶのか」

 

 

創ちゃんはやめろと言っている。

 

 

反論材料が無くなってしまった以上、もう反撃はできない。大人しくついていくしか無さそうだ。しかし、こいつらが純粋なのは逆に助かったのかもしれない。変に意識されるよりはこちらも気が楽だ。おそらく。

 

 

つーか凛も何が危ないかちゃんと理解してるっぽかったな。ちゃんと教育してくれたのか…っと、昼に水着でくっつかれたのを思い出してきた。まずいまずい。要らぬ考えは頭を振って吹っ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ茜、覚悟しなさい!!」

「というわけでにこちゃんだけ貰っていくね」

「あれっ?!」

「自然な流れで攫う側にチェンジしたわね」

「流石やね」

「ちょっ助けなさいよ!!」

 

 

にこちゃん達が部屋を捜索して僕らを捕らえようとしてきた。ので、逆ににこちゃんを捕まえた。やったね。

 

 

「ふふふ、別にみんなで寝るのは一向に構わないんだけど、にこちゃんと2人で寝られるなら断然そっちを推すよ」

「何言ってんのよあんた」

「照れてるね」

「照れてない!!」

 

 

にこちゃん顔赤いよ。相変わらずかわいい。

 

 

僕自身はにこちゃんにしか興味ないのでみんなで寝ようが平気だし、仮に誰かを襲ってしまってもパワー的な問題で誰にも勝てない。わー泣ける。

 

 

「しかしこの場に3年生しかいないのはどういうことだい」

「1年生は創一郎を拉致しに行ったし、2年生は桜さんを追っかけてるわよ」

「なるほど。お悔やみ申し上げなきゃ」

「殺さないであげて?」

 

 

創一郎は多分落とされるだろう。なんだかんだ言ってお人好しだし女の子に弱そうだし。桜は見つかったら負けだな、高坂さん足早いし。桜そんなに運動神経良くないし。昼のビーチバレーでも判明してることだね。

 

 

「そもそも何でみんなで寝ることになったのさ」

「せっかくの合宿だもの。それに元々は先輩後輩の垣根をとるためのものだし、たくさん交流したいのよ」

「僕は関与しないと言ってるのに。というか警戒しなさいよ色んな意味で」

「みーんないい人やから心配いらんよって話になったんよ」

「重い信頼というやつ」

 

 

僕はともかく、桜と創一郎が可哀想だ。

 

 

「いいじゃないの。茜ももっと仲良くしなさいよ」

「仲良くしてるよそれなりに」

「それなりでいいわけないでしょマネージャーなのに」

 

 

それなり以上にどうしろと。

 

 

「とりあえず茜くんは連れて行くのに苦労はしないから楽やね」

「ちなみに抵抗したらどうすんの」

「にこっちがお願いする」

「全面降伏だね」

 

 

にこちゃんにお願いされたら死ねと言われても受け入れるわ。これは勝ち目がないね。

 

 

と、その時。

 

 

『あー!桜さんいた!!』

 

 

桜の死刑宣告が聞こえた。

 

 

がんばれ桜。

 

 

 

 

 

 

やたらでかい別荘に感謝することがあるとすれば、それは逃げるスペースが存分にあることだろう。ああ、普通は感謝するところじゃないのは重々承知だ。

 

 

だが…

 

 

「桜さーーん!!逃がしませんよーーー!!!」

「うるせーバーカこっち来んな!!」

 

 

今は感謝しかない。身体能力だけでは確実に勝てん。遮蔽やスペースを存分に活かして逃げるしかない。見つかっても、距離が開いていればまだ何とかなる。隙をつけば逃げ切れる。

 

 

が、焦ると言動がバカっぽくなるのはちょっと悲しい。

 

 

この建物、何も二階建てではない。まだ上の階があるのだ。1階には他のメンツが集っている可能性もあるため上に逃げるしかない。恐らく追ってきているのは穂乃果だけだし、先で待ち伏せとかもないだろう。個室でやり過ごすという手だってある。そう、手段なら無くはない。

 

 

「うおおおお!!待て待てええええ!!」

「待て待て何であいつはあんなに早いんだ?!」

 

 

…穂乃果がバカみたいに早くなければな。

 

 

なんだあいつは、スプリンターか?

 

 

一瞬視界から外れた隙に部屋に飛び込む。扉の裏に隠れ、穂乃果が飛び込んできた隙に入れ違いで外に出るつもりだ。その場しのぎにしかならんし、2度は使えん手段だが。

 

 

「追い込んだ!!」

「ぶげっ?!」

 

 

…そういう予定だったんだが。

 

 

まさか開いている扉をわざわざ更に押し開くとはな。おかげで壁と扉の間に潰された。くっそ痛え。

 

 

「あれ?桜さんどこだろ」

(まさかのバレてない)

 

 

そこそこの音量の奇声を発してしまったはずなんだが、自身の声のせいなのかバカなのかはわからないがこっちには気づいていない模様。ベッドの下を覗いている間に脱出し、痛みを堪えて足音を立てないように階段を降りる。

 

 

後ろからついてくる音は聞こえない。

 

 

急場は凌いだ。

 

 

「はぁ…あとはどこに潜伏するかだな。何で部屋に鍵ついてねーんだよ…まあホテルじゃねーんだから普通ついてないかもしれんがよ」

「そうやねー、大きいっていっても真姫ちゃん家の別荘やもんね」

「そうだよなー…ってんん?!」

 

 

独り言に返事が来たから普通に返したら、いつの間にやら後ろに東條が控えていた。嘘だろ、いつの間に。ジャパニーズニンジャかよ。

 

 

「…何でいるんだよ。茜を連行してるかと思ってたが」

「茜くんはにこっちに任せればすぐやし?」

「全く妥当だな」

 

 

既に茜の扱い方を会得していた。高性能だなこいつ。

 

 

「じゃあお前は何しに来たんだよ」

「うちは穂乃果ちゃんのお手伝いや」

「勘弁してくれ」

 

 

お前ら俺に何の恨みがあるんだよ。

 

 

「ほら行くでー」

「お断りだ…引っ張んな上着脱げる」

「何で夏でパジャマなのに上着着てるん??」

「俺の勝手だろ」

 

 

いいだろう、別に寝巻きに上着でも。

 

 

「…桜くんのことはうちはよく知らんけど、穂乃果ちゃんが懐いてるし、悪い人じゃないっていうことはμ'sのみんながわかってるよ」

「そういう問題じゃねーんだがな」

「ううん、そういう問題。みんなあなたと仲良くなりたいのよ。たった数日しか関わりがなかったとしても」

 

 

急に標準語になった東條の本気の目線のせいで何も言えなくなってしまった。

 

 

そうまでして俺と仲良くしたいか?変な奴らだな。お前らのマネージャーの友人ってだけだぞ。

 

 

だが…。

 

 

そりゃ俺だって仲良くしたいさ。

 

 

「…はー、めんどくせえ奴らだな」

「桜くんも素直じゃないよね」

「悪かったな」

 

 

自覚はあるさ。

 

 

「あー!桜さんみっけ!」

「かくれんぼしてんじゃねーんだぞ」

 

 

突然上から穂乃果のでかい声が降ってきた。四六時中元気だなこいつ。そのままダダダダッと階段を駆け下りて飛びついてきた。

 

 

「なんっ、何で飛びついてくる?!」

「だって捕まえないと逃げちゃうじゃん!」

「もう逃げねーよ…」

「それより希ちゃんと何してたの?!」

「話してただけだ」

「どうせ希ちゃんのおっぱい見てたんでしょ!!」

「おいコラでかい声でふざけたこと言うんじゃねー誤解を招くだろ」

「や〜ん桜くんのえっち〜」

「ぶっ殺すぞ」

 

 

マジで何なんだお前ら。

 

 

 

 

 

 

 

「結局全員揃うわけね」

「せっかく片付けたのにな」

「諦めが肝心」

 

 

結局全員1階に連行されてしまった。創一郎が片付けた布団はいつの間にやら再召喚されていた。用意いいね。

 

 

桜は上着を脱いでハンガーにかけ、近くのハンガーラックにかけてから戻ってきた。桜が上着を脱ぐとか珍しい。

 

 

「じゃ、寝る場所を決めましょ」

「私ここー!」

「えーっそこはにこでしょ!」

「凛はかよちんのとーなりっ!」

「元気だね」

「今から寝るんだよな?」

 

 

寝る前なのに超元気だ。いや、こういう子に限って寝るときは一瞬なものだ。知ってる。ここあちゃんのおかげで知ってる。にこちゃんもすぐ寝るし。

 

 

「俺らは端っこだからな」

「えっ僕はにこちゃんの隣がいい」

「何なんだよお前は」

「じゃあ創ちゃんも凛の隣に来るにゃ」

「断固端っこだ」

「桜さん!」

「断る」

「まだ何も言ってないのに!!」

 

 

…波乱万丈だ。

 

 

結局男は端っこに寄せられることになった。僕はにこちゃんの隣が良かったのに。ぐすん。

 

 

「それじゃ、電気消すぞ」

「はーい」

 

 

寝たくてしょうがない桜がさっさと電気を消す。一瞬誰かの悲鳴が聞こえた気がするけど…気のせいか。

 

 

まあにこちゃんも隣にいないし、さっさと寝てしまおう。

 

 

……。

 

 

「…ねえ、ことりちゃん」

「…なに?」

「なんだか眠れなくて…」

「そう言ってるといつまで経っても眠れないわよ」

「ごっごめんなさい…」

「何度も言うけど、遊びに来てるわけじゃないのよ。明日はしっかり練習するんだから早く寝なさい」

「はーい」

 

 

寝なさいよ。

 

 

枕変わると寝れない派なの。場所変わると寝れない派なの。てかあんだけ遊んだら疲れるでしょ、早く寝なさいよ。

 

 

…。

 

 

 

 

……なんかパリポリいってる。

 

 

 

 

「え、ちょ、何の音?!」

「私じゃないよ!」

「凛でもないよ!」

「いや暗くてわからないし」

「もう!誰か明かりつけて!!」

「…せめて平和に寝かせて欲しいんだがな…」

 

 

正体不明のパリポリ音にビビってついに再度電気をつけることに。何事なの。っていうか、何だかんだ言いつつ動いてあげる桜はツンデレ属性持ちなのかな?いやー笑うわ。

 

 

そして電気をつけると。

 

 

「………何やってんだ穂乃果」

「いやー、何か食べたら寝れるかなって…」

「アホだろ」

「アホじゃないもん!」

 

 

とりあえず虫歯が心配だね。

 

 

「もーっうるさいわね!」

「にこちゃんそれまたやってたの」

「何よ」

 

 

ついににこちゃんも飛び起きる。しかしその顔には顔パックの上に輪切りのきゅうりという出で立ち。よくやってるけど効果あるのそれ。

 

 

「な、なによそれは」

「美容法だけど?」

「ハラショー…」

「何だその顔面きゅうりおばけ」

「誰がきゅうりおばけよ!」

 

 

うーん、否定できない。きゅうりおばけだわ。可愛いから許す。

 

 

「いいから早く寝るわ…ぶふっ?!」

「異次元からの枕シュート」

「真姫ちゃんなにするのー?」

「えっ何言ってるの?!」

「いや今東條が投げ…うおっ?!」

「いくらうるさいからってそんなことしたらだめ…やん!」

 

 

次々と投擲を繰り返す東條さん。桜の言から、一投目も東條さんなのだろう。二投目は桜の脇腹を擦り、三投目は星空さんがキャッチ。

 

 

「何する…にゃ!!」

「うわっ!…よーし、えい!」

「わっ?!」

「投げ返さないの?」

「あなたね…ぶっ?!」

「うふふ」

「…いいわよ!やってやろうじゃないの!!」

 

 

何このカオス。

 

 

何故か始まった枕投げ大会、すやすや眠っている園田さんと創一郎以外のほとんどが参加していた。僕は掛け布団ガードしてる。桜は逃げてる。にこちゃんは当たってる。にこちゃんマジ不遇。

 

 

「ちょっ、てめーら何してんだ?!寝ろよ!いや寝させてくれ!頼むからよお!!」

「桜さんくらえ!!」

「ぬおお?!」

「隙ありー!」

「ぐあっ!南貴様ぁ…!!」

 

 

まさかの南さんに直撃弾をもらった桜がついに枕を掴んだ。桜って運動できたっけ。できないよね。でもやるのね。

 

 

桜は大きく振りかぶって、

 

 

「ぶっ殺す!!」

「ぐえ」

「しまった」

 

 

すごいノーコン弾がこっち来た。やっぱり桜も運動できないマンだったか。ちくしょうやりおったな。

 

 

「桜覚悟」

「覚悟ってお前、」

「ていっ」

 

 

ぽいっと。

 

 

投げた枕は数十cm先にぽてっと落ちた。

 

 

全力で投げたんだけどなあ。

 

 

「…まあ、そうなるな」

「ぐぬぬ」

 

 

こうなるとは思ったけどさ。

 

 

「…隙あり!」

「ぶへっ?!」

「ああにこちゃん…」

 

 

一瞬僕に気を取られたにこちゃんが真姫ちゃんの直撃弾をもらってた。ああっごめんよにこちゃん、そんな予定じゃなかったの。

 

 

「はっはっは貴様ら全員葬ってやるわ!!」

「うわわっ!」

「桜超ノリノリじゃん」

 

 

桜が超笑顔だ。初めてみた。悪い笑顔だけど。ノーコンだけど。

 

 

…と、そんな感じの枕投げ戦争の途中。

 

 

「……ぶっ」

「あっ」

 

盛り上がってるところに、誰かの流れ弾が眠っている園田さんに直撃した。わお、これは悲劇の予感。

 

 

「……何事ですか…?」

「ひっ!」

 

 

なんか最早魔人のごとくなんか…オーラが出てる。ヤバいんじゃないのこれ。命が。っていうか寝起き悪いね。血圧低いのかな。

 

 

「どういうことですか」

「ちがっ…狙ってやったわけじゃ!」

「そっそうだよ!そんなつもりは全然!」

「…明日は朝から練習すると言いましたよね…?」

「…う、うん」

「それをこんな夜中に…ふふっうふふふ」

「おいおいなんかやべーことになってんぞどーすんだこれ」

「私に言われても!」

「とりあえずその枕をっだああ?!」

「へぶっ!!」

「ああにこちゃん!!」

 

 

魔人モードと化した園田さんの豪速球が桜の後ろにいたにこちゃんにヒットし、にこちゃんが吹っ飛んだ。マジで。何事。どゆこと。にこちゃん大丈夫かな。

 

 

「そもそも何で茜くんと桜さんまで一緒になって遊んでるんですか…?」

「あっああ?いやまあ、止めようとした、流れ?つーの?」

「僕はほぼ何もしてないんだけど」

 

 

こっちまで飛び火するの怖いんですけど。僕あれ食らったら死ぬんじゃない?死ぬね?

 

 

「うふふふふふ、覚悟はできていますよね…?」

「ごめん海未…ぶわっ?!」

「絵里ちゃん?!」

「容赦ねぇ…!」

「悪鬼羅薩だよもう」

 

 

あれはどうしたらいいのさ。

 

 

「と、とりあえず離れなきゃ…うわ!」

 

 

逃げようとした星空さんが何かに躓いて転んだ。迫る園田さん、立ち上がる影。

 

 

 

 

 

 

…立ち上がる影??

 

 

 

 

 

 

「にゃ、にゃにゃにゃ…!」

「おいコラなんてモノ起こしてくれたんだ」

「あーもうめちゃくちゃだよ」

 

 

 

 

 

 

何に躓いたかと問われれば。

 

 

 

 

 

 

それは創一郎であったと。

 

 

そういう話。

 

 

「…」

「あっあのっ」

 

 

全員動きが止まった。悪鬼羅薩モードの園田さんさえ止まった。オーラは消えないけど。でも創一郎のオーラの方がやばい。あれだよ、走馬灯見える感じのやつ。

 

 

「………」

「はっ早く布団に戻ろう!電気消して!!」

「え?!ま、待って急に電気消さないで!!」

 

 

無言で威圧感を放つ創一郎に怯えて逃走を開始する皆様。それで逃げ切れるんだろうか。無理じゃない?

 

 

 

 

 

だってほら。

 

 

 

 

一歩で数mは移動できる男だし。

 

 

 

 

 

ズバンッ!!という凄まじい音。いつのまにか放たれた枕。「ぐぇっ」という微かな悲鳴。倒れ臥すにこちゃん。…何でにこちゃんばっかり。

 

 

「に゛ゃっ」

「きゃっ」

「ぎゃっ」

 

 

星空さん、小泉さん、高坂さんが連続被弾。何だあの超兵器。

 

 

「おっおい?!冗談じゃねーぞこれ?!」

「死ぬわ」

「海未もまだ…あれっいつのまにか撃破されてる?!」

「……これはあかんのやない…??」

 

 

残されし17歳組(にこちゃん除く)+西木野さん。あれ、南さんどこ行った?と思ったら自前の枕を大事に抱えてインザオフトゥンしていた。いやあれは撃破されたやつだ。創一郎がご丁寧に掛け布団かけてるんだ。何こっそり優しさみせてんの?

 

 

「………」

「せめて何か言えよ…!!」

「死ね」

「怖えわ!!」

「もうちょっとなんかなかったの」

 

 

怒り心頭なのだろうか。マジで悪かったって。ほんとに。マジで。

 

 

「っ真姫ちゃん!!」

「え?!あっ希!!」

 

 

西木野さんに向かって放たれた創一郎のスーパーノーモーション枕ショットを東條さんがかろうじて防ぐ…が、吹っ飛んだ。マジかぁ。振りかぶることすらせずにその威力なのおかしくない?

 

 

「希!大丈夫?!」

「…ふふ、名前、自然に呼べるようになったやん?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「何急に感動秘話垂れ流してんがっ」

「桜お疲れ」

 

 

何故か今際の際みたいなセリフを流す東條さん、それにツッコミ入れようとして意識を刈り取られた桜。うーん、枕が意識を刈り取る形をしているように見えてきた。怖いわー。

 

 

「さてどーすっかなー…?」

 

 

なんか静かだと思ったら、知らぬ間に西木野さんと絢瀬さんも撃破されていた。うそん。悲鳴すら聞こえなかったんだけど。

 

 

「………」

「あー…うん、おやすみ」

 

 

まあ、避けれないよね。

 

 

死ぬよね。

 

 

わかってる。

 

 

わかってたから、顔には衝撃を受けても驚かなかった。

 

 

正確には驚くも何も意識を持っていかれた。

 

 

 

 

でもなんで顔狙ったし。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

巻き込まれ大魔王水橋氏、今回も無事ノルマ達成。ついに謎のテンションになりました。深夜テンションなのか素なのかどっちなんでしょう。でも楽しそうなので問題ないですね!

そして枕投げ戦争、勝者は滞嶺君。きっとこの後電気消して寝ました。流石です。



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筋肉は嘘つかないとかいう謎理論



ご覧いただきありがとうございます。

前回またお気に入りしてくださった方が増えました!!ありがとうございます!!湿気と低気圧でもりもり元気が奪われますが頑張ります!!!
雨すっごいですが、3rdライブ福岡に行く方々はお気をつけて。私は行けませんので…行きたい…せめてライブビューイング…

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

起きた。

 

 

「…なんでこんな散らばってんだこいつら」

 

 

起きてみたら、何故か全員不自然な場所で寝ていた。布団がちゃんと掛かっているのが不思議なくらいだ。真姫と希は密着しているし、大概意味がわからん。

 

 

まあいい、早起きしたから飯でも作るか…いや、全員分一人で作るのは流石にキツい。せめて水橋さんと茜が起きてくるまで筋トレでもしていよう。幸い日の出前の涼しい時間帯だし、砂浜で足腰鍛えるのがいいだろう。

 

 

裸足で外へ出て、砂浜を歩く。足に伝わる砂の冷たさ、細かな粒子、夏でも涼しい朝の潮風。こんなところでトレーニングできるなんてそうそう無いだろうし、存分に活用せねばな。

 

 

早速軽くストレッチをしてから、ランニングを始める。砂で足を取られるため意外と負荷がかかる。これはいい。

 

 

しばらく走っていたら私有地の端まで来てしまったため、今度は波打ち際でダッシュ。波が来ると足にかかる抵抗がかなり大きくなるため、かなり足に負担がかかる。最高だ。本当はもっと深く足を沈めたいが、あいにく昨日のように濡れて海水でベタベタになるわけにはいかないから諦める。

 

 

と、走って元の位置に戻ってきたら、いつのまにか希と真姫がいた。

 

 

「何してんだこんな時間に」

「あ、創ちゃんも来たやん」

「創ちゃんはやめろ」

「えー、かわいくていいと思うけどなー」

 

 

いかにも残念といった顔をする希。何が良いんだよ。俺がかわいい必要あるか?真逆だろ。

 

 

「ま、そんなことより。早起きは三文の徳、お日様からたーっぷりパワー貰おうか」

「希の謎パワーの源は太陽なのか?」

「うちのパワーは神様みんなのものやで。それを言うなら、創ちゃんのパワーはどこからくるん?」

「無論筋肉だ」

「…わあ」

「何だよ」

 

 

引かれた。何故だ。筋肉は嘘をつかないとはよく言うだろ。

 

 

「…どういうつもり?」

 

 

真姫が昨日と同じことを聞く。また知らぬ間に希がお節介を仕掛けたのだろう。

 

 

「んー?何のこと?」

「…しらばっくれ、」

「別に真姫ちゃんのためじゃないんよ」

 

 

うむ、何がなんだかわからんから黙って聞いておく。

 

 

「海はいいよねー!見ているだけで大きいと思っていた悩み事が小さく見えてきたりする。創ちゃんですら小さく見える」

 

 

俺の例えいらねぇだろ。あと創ちゃんをやめろ。

 

 

「…ねぇ、真姫ちゃん。うちな、μ'sのメンバーのことが大好きなん。うちはμ'sの誰にも欠けてほしくないの。…たしかにμ'sを作ったのは穂乃果ちゃん達だけど、うちはずっと見てきた。何かあるごとにアドバイスしてきたつもり。それだけ、思い入れがある」

 

 

希がμ'sに対して何してきたかとかは、俺はあまり知らない。俺がマネージャーとして入ったときには既に全員揃っていたからだ。

 

 

だが、今まで見てきただけでも。…こいつは、全体の動きを見て、不足しているところにお節介してきたんだろう。ああ、きっとそうしている。細やかな気配りができるやつだから。

 

 

そうしないと、気が済まないやつだから。

 

 

「ちょっと話しすぎちゃったかも。みんなには内緒ね?」

「…めんどくさい人ね、希」

 

 

めんどくさいといいつつ、しかし真姫は笑っていた。珍しく、笑っていた。きっと何か吹っ切れたのだろう。俺が活躍する場面がねぇ…いや活躍したいわけでも活躍できるわけでもないんだが、何か癪だ。

 

 

「あ、言われちゃった」

 

 

希も笑っていた。ああ、お前らは笑ってる方が似合うだろう。スクールアイドルなんだからな。

 

 

「…」

「…」

「…創ちゃんは言うことないの?」

「創ちゃんやめろ」

 

 

ここで?ここで来るか?無理がある。無茶振りだ。

 

 

「…あー、なんだ」

「…」

「…」

 

 

二人して期待して耳を傾けるのやめろよ。

 

 

「…二人ともめんどくせぇな」

「「はぁ?!」」

「シンクロすんな」

「いやそれはないわ創ちゃん…」

「もっと気の利いたこと言えないの?」

「お前らは俺に何を期待してんだ?」

 

 

無茶振りしといて返す反応じゃねぇだろそれは。落ち込むだろうが。俺が気の利いたことを言えるように見えんのか。見えねぇだろ。自分で言ってて悲しくなってきた。

 

 

「あのなあ、いちいちそんなあれこれ考えてねぇでやりたいようにやればいいだろうがよ。何事か我慢してやるのは…こう、心にくるんだよ、辛いだけだ」

「…初めからそれを言いなさいよ」

「創ちゃんも不器用やなあ」

「だから創ちゃんをやめろっつってんだろおい」

 

 

言ったら言ったで非難されるんじゃねえか。なんなんだお前ら。

 

 

「真姫ちゃーん!希ちゃーん!創ちゃーん!おーーーい!!!」

「創ちゃんと呼ぶなッ!!!!!!」

 

 

あっちもこっちも創ちゃん創ちゃんと…!!気持ち悪いだろうが!!

 

 

「あれ?桜くんは?」

「意地でも起きないって」

「彼朝弱いからねえ」

 

 

水橋さんがいないが、まあ仕方ない。

 

 

μ'sのメンバーたちが集まって海に向かい、一列になって手を繋ぐ。随分と一体感が増したようだ。

 

 

「ねぇ、絵里…」

「ん?」

「…ありがと」

「…ハラショー!!」

 

 

真姫も、素直に感謝を口にできるようになったようだ。かなり照れ臭そうではあるが、それでも確かに素直になったのだ。

 

 

それぞれ何かしら成長があったということだろう。

 

 

…だが返事がハラショーなのは合ってるのだろうか。ハラショーってどういう意味だ。マジで。

 

 

「…茜は何で写真撮ってんだ」

「この構図いいなと思って」

「茜も創一郎も早く来なさい!日が昇るわよ!!」

「はーい」

「はーいじゃねぇよ何で俺まで」

 

 

茜は平常運転か。あと俺は並ばんぞ。並んだら手を繋ぐ流れだろ。無理だ。

 

 

「創ちゃん早く!!」

「やめろっつってんだろ」

 

 

全員から非難の視線が向けられた。わかったわかった行けばいいんだろ行けば。

 

 

「ん!」

「あ?」

「手!!」

「いや、」

「早く!!」

 

 

凛の隣に並んだら、無理やり手を繋がされた。こっそり手を繋がずにいるという選択肢は無かったらしい。ちくしょうめ。

 

 

 

 

…凛の手小さいな。

 

 

 

 

「よーし!ラブライブに向けて、μ's頑張るぞー!!!」

「「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」」

 

 

まあ、ここからあと約1ヶ月だ。

 

 

更なる研鑽を重ねていこうじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿も終わり、やっと帰ってきたところで2年生組と共に穂むらに直行。久しぶりにほむまんを食わねばならん。時刻は昼過ぎでまだクソ暑く蝉もうるさいが、別段煩わしくは感じなかった。

 

 

「ただいまー!」

「「お邪魔します」」

「ほむまん10個入りお願いします」

「あら穂乃果おかえり。海未ちゃんとことりちゃんもいらっしゃい。桜くんも来ると思ってたから用意してあるわよ」

「ありがとうございます」

 

 

早速ほむまんをいただき、イートインスペースに行ってパソコンを開く。合宿中は仕事は進まないだろうとは思っていたが、本当に見事に全く進まなかった。さっさと進めなければ。

 

 

「桜さん!歌詞できましたよ!!」

「ああ、まあ仕事が進まねーとは思ったよちくしょうめ」

「ご、ごめんなさい…合宿にも時間使っていただいたのに…」

 

 

空気読まない系女子である穂乃果は俺の都合はまるで頭にないご様子。南が謝ってくれたが、どうせ君も歌詞できてんだろ。そう思っていたら申し訳なさそうに渡してきた。やっぱりな。

 

 

「…園田はねーのか?」

「わ…私は、詩を引用したいと思っているので、作者様に許可をいただかないと…」

「律儀なやつだな…まあ本来そうすべきだが」

 

 

昨今でわざわざ詩の利用許可もらってるやついるのだろうか。無許可で使って後で怒られるパターンがやたら多い気がする。

 

 

まあまだだと言うならいい。まず穂乃果の歌詞を読ませてもらう。

 

 

曲名は、「愛は太陽じゃない?」だとよ。

 

穂乃果らしいっちゃ穂乃果らしい。元気で、みんなの幸せを願う歌になるだろう。

 

 

「…しかし歌詞にするには単調すぎるな」

「えー!!」

「お前各パートで文字数同じならいいと思ってんだろ」

「ダメなの?」

「園田お前何とか言わなかったのかよ」

「すみません…言ったのですが…」

 

 

本当にポンコツだなこいつ。

 

 

「ちょっと弄るが文句言うなよ」

「えー」

「殴るぞ」

 

 

まともな歌詞作ってから文句言え。

 

 

一応イメージの湧きやすい曲ではあるから、やかましい穂乃果はほっといて南の歌詞を見ることにする。

 

 

…。

 

 

「スピカ…テリブル?」

「は、はい」

「曲名が既に後ろ暗そうなんだが大丈夫か」

「え、えへへ…」

 

 

terribleはまずいだろ。

 

 

スピカは…乙女座の恒星だったか?絶対失恋するだろこれ。

 

 

実際読んでみてまさにそんなんだった。「言えないよ、でも消せないから、扉を叩いて」…なるほど…。

 

 

「なんというか…お前怖いな…」

「ええっ」

「桜さんひどい!ことりちゃんこんなに可愛いのに!!」

「中身の話だ」

「見た目が可愛いことは否定しないんですね…」

「…やかましい」

 

 

南の見た目はともかく、微妙に裏に狂気を感じてしまう。普通に「好きって言えない」的なストーリーにすればいいじゃねーか。「まだ見ぬ夢が醒めぬようにと怯えてる」って何を表した比喩だ。あと扉の比喩が怪しいぞ。アレじゃねーのかこれ。

 

 

なんか怨讐でもあるのかこいつ。

 

 

「何でこんな…昼ドラっぽいというか…後ろ暗い湿った感じの歌詞なんだ」

「えっと…穂乃果ちゃんも海未ちゃんもこういう歌詞は書きそうになかったから…」

「まあ書かねーだろうな」

 

 

メイド喫茶事件までは「他の2人がやらないこと」をする、なんて考えはなかっただろうからそこは素直に賞賛すべきなんだろうが、状況が状況なだけあって微妙に褒めにくい。

 

 

「…まあ、一回歌詞作ったことある分、出来はいい。このまま使わせてもらう」

「はい、お願いします!」

「私のは?!」

「ちょっと弄るっつっただろ離れろ邪魔くさい」

「あだっ」

 

 

身を乗り出して抗議してくる穂乃果にチョップを食らわせて撃退。額を押さえている間に園田にも話を振っておく。

 

 

「で、園田はまだだっけか。引用するっつっても誰の詩だよ」

「柳進一郎先生です。最近文学作品で有名な」

「あー、名前はよく聞くな。顔も知らないし作品も知らねーが、小説家だったか?」

「文学作品全般で活躍していらっしゃるので、小説家と呼ぶのが正しいかはわかりませんが…そうとも言えますね」

 

 

柳進一郎…俺らと同じく、顔出しNG系の作家だったはずだ。なんか天童さんが気に入ってた気もする。天童さんは存在がふざけてるくせに意外と本の虫だから、彼が気に入るとなると良作品なのかもしれない。

 

 

「詩も出してるってことか。今度見せてみろよ」

「はい…これです」

「今あるのかよ」

 

園田が鞄から取り出したのは「未来の花」と題された詩集。つーか合宿から穂むらに直行したのに何で持ってんだ。わざわざ合宿に持って行ったのか。

 

 

…つーか未来の花って。

 

 

「…これ、なんか天童さんが今度舞台でやるって言ってたやつじゃね?」

「え?!」

「急にでかい声出すなびびったじゃねーか」

 

 

突然園田が元気になった。

 

 

「す、すみません…しかし本当ですか?柳先生の詩集が舞台に?」

「仕事仲間がそんなこと言ってた気がする。が、まあまだ未発表だろうから他言無用だぞ」

「うん!」

「穂乃果は信用ならん」

「なんで?!」

 

 

天童さんもまだ製作段階だろうからあまり口外するのはマズいだろう。穂乃果は信用ならんがどうせ忘れる。

 

 

「桜さんや茜は交友範囲が広いのですね…」

「いや、俺はそんなことはない。仕事仲間の茜ともう1人くらいしかまともに会わねーよ。だいたいメールで連絡が済んじまうからな」

「えー、私たちとも会うじゃん!!」

「まともには会わねーだろ」

「一緒に寝たのに!」

「語弊がある言い方すんなよご両親に聞かれたらどうすんだバカ」

 

 

穂乃果がいらんこと言うもんだから焦る。声をひそめてご両親の方を窺うと、幸いお父さんは聞いてらっしゃらなかったようだが、お母さんはサムズアップしていた。なんなんだあんた。

 

 

「間違いではないですが、他に表現も思いつきませんね…」

「誤解を招くくらいなら秘匿していればいいんだよ」

「みんなで一緒に寝るのがそんなに悪いことなの?!」

「俺らにとっちゃ大問題だ声がでかいわアホ」

「ひどい?!」

 

 

穂乃果には黙ってていただきたい。

 

 

「そもそも俺が合宿に同行すること自体がおかしいんだよ」

「桜さんノリノリだったじゃん」

「ノリノリではねーよ」

「それでも来ていただいて本当にありがとうございました。とてもためになりました」

「普通に感謝されるのもなんか受け取りにくいな」

「何故ですか…」

 

 

周りに素直に感謝するやつらがいねーんだよ。穂乃果だろ、茜だろ、矢澤だろ、あと天童さん。まともなヤツがいねぇ。そういう意味では園田は随分まともだ。たまに狂うが。

 

 

「…桜さん照れてるの?」

「照れてねーよ」

「嘘だー、私と話すときそんな顔しないもん!!」

「どんな顔だよ」

「照れてる顔!!」

「どんな顔だよ」

 

 

何故か不服そうな顔で抗議してくる穂乃果。お前こそ何を思って膨れっ面なんだよ。

 

 

「桜さん…いつも穂乃果の相手をしてくださってありがとうございます」

「ほんとだよまったく」

「なんか私がバカみたいじゃん!」

「バカなんだよ」

 

 

園田が謝ってくるあたりこれが穂乃果の平常運転なんだろう。俺にだけこんなノリなのも困るが、俺以外にもこんなノリを押し付けているとなるとそれはそれでヤバい気がする。

 

 

 

 

 

この後も穂乃果がぶつくさ言っているのに園田が謝るというわけのわからん展開が続いた。

 

 

 

 

 

穂乃果の相手で手一杯ではあったからかもしれない。

 

 

 

 

 

途中から南が黙り込んでいたことには意識が向かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…瑞貴に電話とは珍しいな」

「フランスの美大からだ。南ことりの留学について、本人の是非がなかなか来ないと」

「彼女も迷っているのだろう、そう急くものではないとでも言っておけ」

「何でお前が偉そうなんだ。しかしそう簡単に決められるとは思わないしな、似たような台詞は伝えた」

「しかし何故瑞貴にわざわざ電話するのだろうな」

「特に意味はないだろう。彼はよく目的もなく愚痴ってくるからな」

「鬱陶しい嫁のようだな」

「他に言い方は無かったのか?」

「この私に他の可能性を示すとはなかなかのものだな。私は特に適切な言葉を選んだぞ」

「なんで天才ってこうも腹立つんだ」

「そんなに褒めるでないぞ」

「ほんとに腹立つな」

「しかし…南ことり嬢については、留学には行かないと思うぞ」

「…彼女の才能からしたら、行くべきだと俺は思うがな」

「人心はそれほど単純ではない。瑞貴にはわからんかな」

「わかるさ、お前よりはな。そもそも俺も行かないとは思う。

 

 

 

 

だが…

 

 

 

 

高坂穂乃果が、どれだけ周りに目が向いているか。南ことりに目が向いているか。そこが心配だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲劇の足音は。

 

 

 

 

きっと片鱗はあったのだろうけど。

 

 

 

 

ほとんどが聞き逃し、ちゃんと聞こえた人も気に留めなかったんだろう。

 

 

 

 

だからこそ、引き起こされる。

 

 

 

 

幕が上がる。

 

 

 

 

笑顔を踏み潰す、惨劇の幕が。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

枕投げ戦争は無意識の産物だった模様。さすが筋肉兵器。滞嶺君もメンタルなどでこっそり成長中ですね。

あとはおまけのソロ曲。スピカテリブルのせいでことりちゃんのヤンデレ化が止まらない…!!!そんなことない?


また、一つお知らせです。

次回からしばらく投稿ペースが…

超加速します。

具体的にはアニメ一期終了まで加速します。
理由は、諸々の事情で「ある日」までにアニメ一期を終わらせたいからです。大丈夫、ストックはたくさんあるので!!
1日に2話投稿したりはしませんが、毎日投稿とかもするかもしれません。だいたい2日に1話くらいになると思います。

よろしくお願いします。


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外で演奏すると響かないし風がやばいしで大変



ご覧いただきありがとうございます。

早速次話投下です。大丈夫です!!随分先まで下書きは済んでますので!!
さて、合宿が終わって文化祭編です。名前は「文化祭編」でいいんでしょうか。まあいいや私の好きにしますね!!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

合宿も終わり、にこちゃんセンターの新曲も動画サイトでもりもり再生数を伸ばしていて今日もμ'sは絶好調だ。いやほんとに絶好調だな。すっごい伸びてるな。なにこれ。

 

 

しかも。

 

 

「19位だってにこちゃん」

「19位!!!!!」

「オーケーわかったからボリューム落とそう」

「19位よ!!!このまま行けばラブライブに出れるのよ!わかる?!私が!!ラブライブに!!出る!!のよ!!!」

「わかったってば」

 

 

スクールアイドルランキング、μ'sは現在19位。

 

 

ラブライブ出場条件は、20位以内。

 

 

ついに射程圏に入ったわけだ。

 

 

それを確認した昼の部室で、相変わらず二人で弁当食べた後ににこちゃんはテンションマックスになってしまったわけだ。

 

 

「ついに…ついに私が夢の大舞台に!!」

「僕も一緒に喜びたいところなんだけど、まずは鼻水拭いてね」

 

 

感涙しちゃってるにこちゃんもかわいいけど、それだけ喜んでいるにこちゃんと一緒に喜びたいけど、鼻水だらだらで抱き合うほど反射神経で過ごしてない。流石に鼻水はごめんね。制服カピカピになる。

 

 

ティッシュを渡して鼻をかんでもらった後、改めて向かい合う。超笑顔だった。やばい好き。超好き。

 

 

「ううん、まだここからよ!絶対ラブライブ出場を逃すわけにはいかないわ!!」

「でもにこちゃん超笑顔だよ」

「笑顔じゃない!!」

「かわいいがオーバーフローしてる」

「何言ってんの」

 

 

にこちゃんには理解が及ばなかったらしい。残念。しかしにこちゃんのかわいさが限界突破してるのは事実だ。鼻血出そう。

 

 

「さあ、絵里と希にも早く伝えに行くわよ!!さあ!!」

「わかったよにこちゃんストップ引っ張らないで」

 

 

めっちゃ元気に僕を連れて部室を飛び出そうとするにこちゃん。残念ながら僕にはにこちゃんについていく身体能力はないよ。死ぬよ。

 

 

 

 

 

 

 

「7日間連続ライブ?」

「そんなに?!」

「よくそんなことできるよねぇ」

 

 

放課後、にこちゃん、絢瀬さん、東條さんと部室に向かい、ほかのメンバーにA-LISEのライブのことを伝えた。にこちゃんが飛び出していった後に4人で情報集めをしていたら見つけたものだ。1週間ぶっ続けって意味がわからないね。でも創一郎ならできそう。

 

 

「ラブライブ出場チームは2週間後の時点で20位以内に入ったグループ。どのスクールアイドルも最後の追い上げに必死なん」

「20位以下に落ちたグループだってまだ諦めてはいないだろうし、今から追い上げて何とか出場を勝ち取ろうとするスクールアイドルもたくさんいる…」

「つまり、ここからが本番だ」

「ストレートに言えばそういうこと。喜んでいる暇はないわ」

「出場枠の中で言えば下層スレスレだもんねえ」

 

 

μ'sは一気に人気をぶち上げたスクールアイドル。ちゃんと勢いを維持しないと他のスクールアイドルにさらっと抜かれてしまうこともあるだろう。

 

 

「よーし、もっと頑張らないと!」

「とはいえ、今から特別なことをやっても仕方ないわ。まずは目の前にある学園祭で、精一杯いいステージを見せること。それが目標よ」

「意外と地に足ついてるね」

「意外とって何よ?」

 

 

いやだって君、一人で廃校防ごうとしてたじゃない。無謀も極まる子だったじゃない。

 

 

「よし!そうとなったらまずはこの部長に仕事をちょうだい!!」

「急に部長感出してきたねぶぎゃる」

「何よ」

「痛いよにこちゃん」

 

 

やる気満々のにこちゃんにつっこんだら拳が右頬に入ってきた。痛いよ。これは左頬も差し出さなきゃいけないやつかな。このノリ前もやった気がする。

 

 

「じゃあにこ、うってつけの仕事があるわよ」

「何?」

「そう都合よく仕事あるものか?」

「あるみたいだけど」

 

 

まさかのお仕事あり。しかしこのタイミングで部長に何か仕事来るかな?ロクでもない予感がするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で講堂の使用権がくじなんだ」

「昔からの伝統らしくて…」

「迷惑な伝統だね」

 

 

つまりにこちゃんの出番はくじ引きというわけだ。しかし何故くじ引き。講堂は引く手数多なのかな。それにしてももっとやりようがある気がする。でも確かに楽ではある。

 

 

「では、続いてアイドル研究部の…わあ?!」

「見てなさい…!」

「にこちゃん落ち着いて」

 

 

そんな殺気放っちゃだめよ。生徒会の人引いてるよ。引いてるというかビビってるよ。

 

 

「にこちゃん、頼んだよ!!」

「講堂が使えるかどうかでライブのアピール度は大きく変わるわ!!」

「つっても確率論じゃねぇか」

「ほんとに意外と理性的だね創一郎」

「意外とってなんだ」

「でもツッコミに対して胸倉掴みあげるのは理性的じゃないなぐえ」

 

 

にこちゃんに降りかかるプレッシャーと僕に降りかかる暴力。苦しい。しかしこの苦しみでにこちゃんがくじ運発揮してくれれば幸せだ。

 

 

「「あぁっ…」」

 

 

…発揮してくれればね。

 

 

にこちゃん相変わらずフラグ回収能力高いね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよー!!」

 

 

皆さま一様に落ち込んでいた。まあそうだよね。肝心の講堂が使えないのは大いに痛い。ライブといえば講堂やらホールやらが定番というか、環境的にも最適なのだ。

 

 

「だってしょうがないじゃない!!くじ引きで決まるなんて知らなかったんだから!!」

「あー!開き直ったにゃ!!」

「うるさい!」

「なんで外れちゃったのぉ…」

「阿鼻叫喚って感じだね」

「くじに文句言っても仕方ねぇだろ」

「ま、予想されたオチね」

「オチで片付く案件ではないけどね」

 

 

あっちこっちで悲嘆と絶望が振りまかれる。僕はまあそんなこともあるだろうと思ってたし、創一郎や西木野さんもそう思ってたみたいだから割と平気そう。平気ではないんだけどさ。

 

 

「気持ちを切り替えましょう。講堂が使えない以上、他のところでやるしかないわ。」

「その通りだな。使えないものに悲嘆に暮れても仕方ない、今できる最善を尽くすしかない」

「とはいってもどこ使おうね」

 

 

実際落ち込んでいてもしょうがないわけだけど、他に使えるところを探すのもなかなか大変だ。体育館やグラウンドは軒並み運動部が押さえてしまっているし、正面玄関でライブやるわけにもいかない。他のスペースは狭すぎて無理。割と八方塞がりだ。

 

 

「体育館とか終日埋まってるのかな。空いてる時間があればお邪魔させてもらう手もあるけど」

「それは無理よ。部の入れ替わりや片付け、準備の時間も考えるとほとんど余裕がないもの」

「だよねぇ」

 

 

やっぱり八方塞がりだ。詰んだかな?

 

 

「じゃあ、ここ!!」

「どこさ」

「ここ!!」

 

 

ここ?どこ?

 

 

「屋外ステージ?」

 

 

まさかのここ…屋上である。外かよ。

 

 

「ここは私たちにとってすごく大事な場所…。ライブをやるのにふさわしいと思うんだ!」

「野外ライブ…かっこいいにゃー!」

「いやねぇ君たち、屋上だよ?誰がどうやって舞台設営しに来るっていうのさ」

「俺だな」

「ごめん何も問題ないわ」

 

 

トラスとかどうやって持って来るんだと思ったけど、そういえばうちには怪物さんがいたんだった。創一郎なら余裕だね。何だったら1階から飛んで来るね。やばいね。

 

 

「まあ舞台はなんとかなるとして、人をどうやって呼ぶかだよね」

「確かに…。ここならたまたま通りかかるということもないですし…」

「下手すると1人も来なかったりして」

「えぇっそれはちょっと…」

 

 

場所がマイナー極まるせいでこんな問題も出てくる。そもそも屋上への道はどっちだってなりかねない。ああ、それは僕が誘導するのか。僕の仕事か。多分そうだよなあ。

 

 

「じゃあ、おっきな声で歌おうよ!」

「はあ?そんな簡単なことで解決できるわけ

「校舎の中や、外を歩いてるお客さんにも聞こえるような声で歌おう!そうしたら、きっとみんな興味をもって見に来てくれるよ!!」

「喋ってるのを遮らないであげて」

 

 

高坂さんの主張に対してのにこちゃんの反撃は、高坂さんのパワープレイで握りつぶされた。なんてこった。にこちゃんの不憫が加速する。

 

 

でもまあ、高坂さんのパワープレイは割と効果あるからね。

 

 

「ふふっ、穂乃果らしいわね」

「…だめ?」

「いつもそうやって、ここまで来たんだものね。μ'sっていうグループは」

「無鉄砲の極みみたいなのになんか上手くいくもんねえ」

「絵里ちゃん…茜くん…!!」

「ううっぞわぞわする」

「まだ慣れねぇのかよ」

 

 

この11人が揃ったのも力技のおかげみたいなところはあるからね。でも名前で呼ぶのはみんなやめないかなほんとにぞわぞわする。

 

 

「決まりよ!ライブはこの屋上にステージを作って行いましょう!!」

「確かに、それが一番μ'sらしいかもね!」

「優秀なステージ設営係もいるし!」

「俺はステージ設営係じゃねぇぞ」

「でもやってくれるんでしょ?」

「やるけどよ」

 

 

割と満場一致な感じで、この屋上でライブをすることになった。創一郎もなんだかんだでノリノリだ。でも雨降ったら過酷って忘れてない君たち。

 

 

「よぉーし、創ちゃんに負けないように、凛も大声で歌うにゃー!!」

「創ちゃんはやめろ」

「じゃあ各自、歌いたい曲の候補を出してくること。もちろん創ちゃんも茜もね?…それじゃあ、練習始めるわよ!!」

「やめろって」

「君こそ慣れたらどうだい」

 

 

創一郎も創ちゃん呼びに慣れてないじゃないか。人のこと言えないじゃん。てか絢瀬さんまで創ちゃんって呼び出したね。蔓延してるね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新曲を学園祭で使う?」

「うん!真姫ちゃんの新曲を聴いたらやっぱりよくて、これを1番最初にやったら盛り上がるんじゃないかなって!!」

「そりゃ盛り上がるだろうけどさ。練習時間相当ないよこれ」

 

 

翌日、高坂さんがすごいこと言い出した。まあすごいこと言うのはもういつも通りなんだけどさ。

 

 

しかし、まだ曲ができただけで歌詞も振り付けもできちゃいない。実質練習時間は1週間あるか無いかくらいの勢いだ。流石に大変じゃないの君たち。しかもこの曲、かなりハードだ。ゆるいダンスで収められる気がしない。

 

 

「頑張ればなんとかなると思う!」

「なんとアバウトな」

「でも他の曲のおさらいもありますし…」

「私、自信ないな…」

 

 

高坂さんの論はゴリ押しだし、不安も大きいし、あまり推奨しないのだけど。

 

 

「μ'sの集大成になるライブにしなきゃ!ラブライブ出場がかかってるんだよ?!ラブライブは今の私たちの目標だよ!そのためにここまで来たんだもん!!このまま順位を落とさなければ本当に出場できるんだよ!たくさんのお客さんの前で歌えるんだよ!!私頑張りたい、そのためにやれることは全部やりたい!!ダメかな?!」

 

 

なんかゴリ押し凄まじくないかい。いつもパワフルな高坂さんがさらにパワフルになってる。どうしたらいいのこれ。まあ言ってることに一理はあるんだけど。

 

 

「だが、お前センターじゃねぇか。曲も今までにないくらい激しい曲だ。他の奴らの倍はキツいぞ?」

「うん!全力で頑張る!!」

「気合いがあるのは結構なんだがな」

「いいじゃない。穂乃果がやるって言っているんだし、やってみましょ」

「振付師のお仕事が増えたぞ」

「うちも手伝うよ」

「そりゃどーも」

 

 

もうほとんど暴走機関だけど、まあやるって言ってるならいいや。頑張れ。僕の仕事が増えたことについては恨む。嘘嘘恨まないよ安心して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜…今日も疲れた…」

「…最近やけに疲れているな」

 

 

最近よく、俺の元に花陽が来ている。スクールアイドルの練習が相当厳しいようだ。調べた情報からすると、ラブライブ出場に向けて最後の追い込みをしているのだろう。もともとそれほど体力のある方ではない花陽の体が持つか心配だ。

 

 

「練習が大変だから…。あ、ご飯炊けたよ」

「…ああ、ご飯炊けたか、ありがとう。しかし無理はよくないぞ」

「うん、ありがとう照真くん。でもこういう時に頑張らないとね」

 

 

疲れた表情ながら笑顔は明るい。楽しいのだろう。それなら何も言うことはない。

 

 

「照真くんは今何をしてるの?」

「今か?義手が2件、大型プラント設計が1件、超高解像SEMの開発協力が1件、XRDの解析ソフト開発が1件、人工肺培養が1件、3D細胞培養液の改良が1件…まあそこそこ忙しい」

「えっと…大変そうだね?」

 

 

直接接触などはしないが、人から依頼を受けることは多い。両親がいない俺は、そうでもしなければ生活できないからだ。自作のサイトに要求を書き込めるようにしてある。サイトの存在自体を相当コアな立場の人たちでない限り知らないためそれほど依頼は来ないが、多い時は多い。

 

 

花陽が炊いてくれた白米と、作ってくれた味噌汁、サラダ、回鍋肉を無言で食べ終わる。相変わらず料理がうまい。しかし俺にはそれを表現する方法はない。

 

 

「美味しかった?」

「…ああ、美味しかった」

「ふふ、ありがとう。さ、片付けよ?」

「いや、俺が片付ける。花陽は休んでいるといい」

「え、いいよ!自分の分は片付けるよ!」

「自分の分は片付けるか?そうか…わかった」

 

 

せめて休ませてやりたいところだが、彼女はどうしても人任せにできない。優しすぎる子だ。俺には彼女を休ませることができない。どうするべきかわからない。

 

 

食器も片付け終わり、地下の施設に向かう。花陽はもう帰ると言った。

 

 

「明日も朝から練習だから…」

「…明日も朝から練習か。大変だな」

「うん。私は大丈夫だけど、穂乃果ちゃんが心配だなぁ…」

「…そのホノカチャンはわからないが、倒れないようにな」

「うん、ありがとう」

 

 

じゃあね、と言って家を出る花陽。その後1人で地下まで降り、ほぼ完成した依頼品の調整を行う。

 

 

「…」

 

 

花陽が無理しなければいいのだが。

 

 

「…」

 

 

それはそうと、こんな義手は初めてだ。一般的な肘から先を模したものではなく、肩に接続するタイプ。しかも造形は全く腕には見えず、数十にも別れた細い触腕でできている。そう依頼されたから、そう作った。

 

 

『一般的な用途ではなく、私専用の手術用義手、というか義腕を作っていただきたい。現代が誇る最新医療機器「ダ・ヴィンチ」に対抗して、「ミケランジェロ」とでも名付けようか?とにかく、この天才を以ってしても完成には至らなかったから、貴方に託そうと思う』

 

 

そんな大仰な文と共に送られてきた設計図を元に作ったのだが、本当にまともな用途に使うのだろうか。というか使えるのだろうか。

 

 

「…」

 

 

そして人工肺。

 

 

義腕の依頼主と同じ人物から、凍結された細胞が送られてきて、『肺を作ってくれ』と言われたから作ったが、本当にまともな用途に使うのだろうか。

 

 

しかし、俺にはそれを言及する術がない。

 

 

花陽が「多分大丈夫だよ」って言ったからやっている。

 

 

花陽がいないとまともに生きてもいけない俺は、なんと惨めなものだろうか。

 

 

せめて花陽は幸せに生きて欲しいと切に願う。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

導入で既にエンジン全開モードの穂乃果ちゃん。大丈夫でしょうか。
そして久しぶりに登場の湯川照真くん。湯川くん主観は初めてですね。何やら物騒なものをあっさり作ってしまうあたりが規格外です。
たまに本筋に関係ない男性陣も出しておかないと忘れられそうで怖いですね!!笑



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無銘の少女の末路



ご覧いただきありがとうございます。

またお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!連続投下中ですが頑張ります!!大丈夫ですストックはいっぱいあるので!!!前回と同じこと言ってる!!
さて、いきなり不穏なタイトルになってますが多分気のせいです。たぶん。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「どう?昨日徹夜で考えてたんだ!!」

「どうと言われましてもね」

「つか寝ろよ」

「絶対こっちの方が盛り上がるよ!昨日思いついたとき、これだ!って思ったんだ!!」

 

 

朝から眠そうな高坂さんが急に踊り出したかと思ったら、なんと振り付けを変えたいとおっしゃる。僕の振り付けがご不満かね。つらい。

 

 

「今から変えるのさらにキツいと思うんだけどねぇ」

「えぇーっこれは絶対いけるよ!」

「本番でいけるかじゃなくて、練習する時間が無いって意味なんだけどね」

 

 

高坂さんはなんとしても振り付けを変えたいご様子。また覚え直しは厳しいと思うけど。

 

 

「…いいんじゃないかな」

「南さんマジかい」

「ことり、本気か?」

「だよねだよね!ほら、ことりちゃんはいいって言ってるよ!!」

 

 

南さんは賛成のご様子。君そんな高坂さんの言うこと全部受け入れなくてもいいんだよ。君そんなにイエスマンだっけ。

 

 

「いや、それでも俺は反対だ。あと1週間もねぇんだぞ、余計なことをするより今のままで完成度を上げる方が建設的だ」

「建設的とかそういうのよりも、もっとよくなるようにしたいの!他のスクールアイドルの人たちだってやってるはずだもん、もっともーーっといいステージにしなきゃ!!」

「それは…そうなんだがよ」

「ラブライブ出場をかけた大事な時期だよ?!ちょっとくらい大変でも、できることは全部やらなきゃ!!そうじゃないとラブライブ出場なんてできないもん!そうでしょ?!」

「…言っておくが、センターのお前が一番キツいぞ。他のやつらの数倍は厳しいと思え。いいのか?」

「大丈夫!!できるよ!!」

「…なら文句は言わねぇ。好きにやれ」

 

 

やったーー!と叫ぶ高坂さんと、警戒するような視線の創一郎。明らかに振り付け変更を歓迎していない様子だ。

 

 

「…茜、あれはやべぇぞ」

「そう言われましてもね」

 

 

小声で耳打ちしてくる創一郎の意見には賛成なんだけどね。どうもできないよね。いいよ僕はにこちゃんが怪我しなきゃなんでも。

 

 

そんなわけで、このタイミングで振り付けが一部変更となった。大丈夫かなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、学園祭前日。

 

 

「もう足が動かないよ…!!」

「にこちゃん大丈夫かい」

「まだダメだよ!もう一回!!」

「えーっ?!また?!」

「いいからやるの!まだまだできる!!」

 

 

前日にしてこんなんである。死ぬよ君たち。明日に疲れを残すべきではないよきっと。たぶん。

 

 

「流石にもうやめときな。てゆーか一番激しく動いている高坂さんが一番元気って何事なの」

「私、燃えてるから!!」

「うん意味がわからない」

 

 

まさか気合いで乗り越える気じゃないだろうね。体痛めるよ。多分。

 

 

「ことりからも言ってやってください!」

「私は…穂乃果ちゃんがやりたいようにするのが一番だと思う」

「ほら!ことりちゃんもこう言ってるよ!!」

 

 

そして南さんが役に立たないことが判明した。君そんなイエスマンだっけ。あれっ前も同じこと言った気がする。

 

 

しかし、力技への対抗策は奥の手がいる。

 

 

「…だめだ、許さない」

「えー?!なんで?!」

「これ以上詰めても疲労が残るだけだ。明日に響く」

「でもっ

「うるせぇ、さっさと帰って寝ろ。嫌と言うなら担いで家まで連れて行く」

「うう…わかったよ…」

 

 

そう、創一郎だ。創一郎に力技で勝てる人間はいないだろう。いるとすれば吉田沙保里さんくらいだ。以前は言論に押されたが、物理的な力を加えれば一瞬で勝てる。そうやすやすと力を振りかざすわけにはいけないだろうけどね。

 

 

とりあえず練習を切り上げることに成功。そのままにこちゃんと帰路につく。

 

 

「さてにこちゃん、明日は本番だから今日の夕飯はハンバーグ作るよ」

「ほんと?!…んん、ま、まあ虎太朗も喜ぶわね」

「にこちゃんも喜んでよ」

「わーうれしー」

「何でよくわかんない意地張るのさ」

 

 

ハンバーグ美味しいじゃん。子供っぽいとか思ってるのだろうか。その発想が子供っぽいよにこちゃん。言わないけど。

 

 

「…茜」

「何?」

 

 

にこちゃんが立ち止まり、僕が振り向いて向き合う。にこちゃんはすっごい笑顔だった。眩しい。

 

 

「明日は…ちゃんと見てなさいよ」

「もちろんだよ」

 

 

いつも見てるけどね。でもにこちゃんがさらにいい笑顔になったから見惚れてしまった。にこちゃんマジギルティ。

 

 

「ふふーん、私の大舞台への第一歩を見られるんだから感謝しなさいよ!!」

「第一歩どころか最初から全部見てますが」

「うっさい!!」

 

 

テンション高いにこちゃんがくるくる踊りながら僕の前を行く。絶好調なようで何より。明日が楽しみ…ん?

 

 

「あ、雨降ってきた」

「ええっ?!」

「相変わらず肝心な時についてないよね」

「相変わらずって何よ!!」

 

 

ポツポツと雨が降ってきた。明日は止んでるといいけど、止んでなかったら雨中ライブになるなぁ。大変だ。

 

 

「…あと、穂乃果が無茶してないといいけど」

「にこちゃんが言うとフラグになっちゃうよ」

「そんなことないわよ!」

 

 

にこちゃんフラグメイカーじゃないか。

 

 

「でも、あの子が倒れたら大変だし、笑い事じゃないわね」

「大丈夫じゃないの。元気だし」

「あんたはもうちょっと他の人を気にかけなさいよね…」

 

 

にこちゃんに呆れられたけど、にこちゃんファーストは変えられないし。てか変えないし。

 

 

雨は止む気配もなく、むしろ強くなってきたのでにこちゃん宅で傘を借りて帰った。雨、止むかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…結局未だ決めかねているのか」

『…はい』

 

 

自宅の自室、車椅子に座って片手間に裁縫しながら電話をする相手は、南ことり。μ'sの衣装製作担当だ。

 

 

何故連絡先など知っているかと聞かれれば、以前メイド喫茶で会った時に押し付けられたからだ。一応名の通ったファッションデザイナーだ…顔は出していないが、茜などと違って本名で活動していたため名を告げた時に即刻バレたようだ。デザイナー志望としてはそんな縁を逃すわけにはいかなかったのだろう。こちらとしても彼女の才能には眼を見張るものがあったし、好都合ではあったが。

 

 

何度か衣装の相談にものってあげていたが、最近はとある話題が占めている。

 

 

「…行くのはフランスだ。そう簡単に行って戻って、とできる場所じゃない。早めに決めなければならないし、行くなら友人たちにも別れを告げる暇が必要だろうよ」

『…そう、ですけど…、今はみんな、ラブライブに集中してるので…』

 

 

そう、彼女には留学の話が来ている。向こうの入学に合わせて秋学期からの留学だが、手続きや住居なんかの諸々の準備が必要であるため悠長には待っていられない。

 

 

どうせラブライブ本戦までは待てないだろう。

 

 

「…明日が学園祭だったか。せめてその後にでも話を通すべきだろう」

『はい…』

 

 

その後、留学手続きについての説明を少ししてから電話を切り、手に持つスマホの画面を眺めた。

 

 

彼女は優しすぎる。

 

 

あまりにも周りに余計な気を回しすぎだ。他人の邪魔をしてはならないと、迷惑をかけてはいけないと、必要以上に気を遣う。

 

 

それが悪いかどうかは一概には言えないが…今回は恐らく悪手に働くだろう。ただ徒らに決断を先延ばしにしているだけなのだから。

 

 

「さて、俺はどうすべきか…」

 

 

それを前提に、俺は俺としてやることがある。フランス側とて連絡のないまま放置するわけにもいかないのだ。本来は彼女の親がすべきことだろうが、何しろ相手はフランス人。フランス語を習熟した日本人が何人いるかという話だ。一応英語も通じるだろうが、彼らは母国語を重んじるしな。

 

 

そして、問題は何と伝えるか。

 

 

向こうとて受け入れ準備は大変だ。来そうか、来なさそうか、どちらかわからないままよりは憶測はつけて見切りでも準備しておきたいところだろう。

 

 

南ことりとしては千載一遇のチャンスだ。

 

 

しかし彼女にはμ'sがある。

 

 

蓮慈も恐らくは断るとは言っていた。だがあいつは基本的に人のことをわかっていないためあまり当てにならない。

 

 

彼女はチャンスを蹴ってまでμ'sに残りたがるだろうか。

 

 

しばらく考えて…結論は出した。

 

 

早速スマホを操作して、電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やまないねぇ」

 

 

で、当日。

 

 

バッチリ雨降ってた。

 

 

むしろ昨日より強くない?

 

 

「ステージは組み上がった。風が強くないのが幸いだろう、これなら崩れたりはしないはずだ」

「天幕もバッチリ張ってくれたんだね。一応ある程度ステージ上は守れるか」

「ああ。だが、やはり完全には防げん。滑って転ばないようには気をつけさせないとな」

 

 

高さ3メートルほどの特設ステージにはすでに濡れた跡が見られる。まあ仕方ないよね。雨を完全に防ぐには室内しかないな。

 

 

「靴底ってゴム製だったっけ」

「ああ。如何なる時も滑る危険はあるからな、不測の事態への対処は万全だ」

「ならいいか」

「それでも滑るときは滑る、特に濡れた地面だとな。だから開始前には軽く拭いておかなければ」

「そういうものなんだね」

 

 

雨の日に激しく動いたことない…というか激しく動くこと自体が少ない。だからどうしたら転ぶとかそんなのはさっぱりわかんない。そこらへんは創一郎に頼んだ。

 

 

「後は照明機材か。外に置かざるを得ないヤツはどうするべきだ?感電したりしねぇだろうな」

「電線剥き出しじゃない限りそうはならないよ。でも接続部の隙間は埋めないとショートしかねないかな、ビニールテープで巻いとこう」

「一応即席で屋根は作ったが」

「機材自体は防水だから大丈夫だけど、あると安心だね。ありがとう」

 

 

屋外ステージ用の防水型照明はちゃんとある。大半借り物だけど、点検は済ませてあるから不良が起きたりは多分しないだろう。起きたらごめんね。

 

 

「とすると、防水準備が終われば完了か。ビラ配り組の先輩方に合流するか、控えてるメンバーの元に行くか…」

「まあビラ配りは雨のせいで配れる場所が限られるでしょ。校内の案内表示は僕が作っておいたし、そこまで心配無いと思うよ」

「なるほど。じゃあ俺らは…」

「戻るだけだね」

 

 

とりあえず設備に不良はない。それは今までの創一郎の働きを見れば明白だ。彼自身意外と頭が切れる方だし、意外と器用だし、何より手を抜かない。弟たちを纏める過程で身についたのか、観察眼もかなりのものだし非常に目ざとい。だから大丈夫。僕自身も見て回った。

 

 

だから、何か起こるとしたらμ'sのみんなだろう。

 

 

風邪引いたりしてないといいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、もう準備万端」

「当たり前でしょ?本番なんだから」

「そりゃそうだね」

 

 

帰ってきたらみんな着替え終わってなんかもう出発直前だった。早いね。いや点検することがいっぱいあったから時間かかったのはこっちか。

 

 

「よーし、いくぞー!!」

「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」

「おー」

「おぅ」

 

 

早速出発してしまった。時計見たら開場30分前だった。わあギリギリ。

 

 

「…なあ、穂乃果の声掠れてなかったか?」

「え?そうだったかな」

 

 

そうだった気もするけどにこちゃんに気を取られて気づかなかったな。

 

 

「風邪引いてねぇだろうな…」

「大丈夫じゃない?馬鹿は風邪引かないっていうじゃん」

「あれは風邪に気づかないって意味だから余計心配なんだよ」

 

 

そうだったのあれ。知らなかったよ。たしかににこちゃんも風邪引いても元気だけど。あーいやにこちゃんは馬鹿ってわけではなくはないな馬鹿か馬鹿じゃないかって言われたら馬鹿だわ。

 

 

ともかく僕らも向かわねばなるまい。彼女らに続いて屋上へ向かい、舞台袖に案内したら僕は特設の照明管理室へ。室って言っても野ざらしだけど。寒いよ。横幕があっても寒いよ。今夏だけど。

 

 

「おう、そんな寒そうなところにいて大丈夫なのかお前」

「やあ桜、高坂さんに逢いにきたのかい」

「穂乃果は関係ねーよ。μ'sのライブを見にきたんだ」

「珍しいじゃないか、君がライブに直々に足を運ぶなんて」

「珍しくねーよ、年に数回あるわ」

「十分珍しいよ」

 

 

いつも通り夏なのに薄手のコート着てる桜が傘をさしながら僕の前に来た。いつも思うけど暑くないのそれ。聞くと「気にすんな」としか返ってこないから聞かないけど。

 

 

「ん?水橋さんも来たのか」

「…あぁ、滞嶺か」

「桜、コミュ障だからってそんな愛想悪くしなくていいんだよ」

「喧嘩売ってんのか」

 

 

桜は交友範囲が狭いから超コミュ障だ。それでも合宿を共に過ごした創一郎にまでそんな態度しなくてもいいと思う。

 

 

「水橋さんもμ'sに興味が湧いたか」

「湧くも何も、興味なかったら合宿なんかに付き合わねーよ」

「おっ桜がデレたおっふ」

「殺すぞ」

「拳を繰り出した後の台詞じゃないよね」

 

 

煽ったら額に左ストレートが入った。痛いよ。痛いけどわざわざ利き手じゃない方で殴るあたりやはりツンデレ。あれ、桜右利きだよね?

 

 

「まあ生憎の天気だが、楽しんでいってくれ」

「お前厳ついのにいいやつだよな」

「褒めてんのか?」

「敬語はできねーのか」

「落ち着いていれば使えますよ」

「沸点低くねーか」

 

 

低温系ヤクザの2人が何かし始めた。やめなよ、見た目不良と中身不良がいがみ合わないでよ。怖いよ。

 

 

「あっ、桜さん!」

「桜さんお久しぶりです!」

「ん?…ああ、雪穂と…亜里沙だっけ」

「はい!桜さんもμ'sのライブを見に来たんですね!」

「ああ…まあ、な」

「桜がまたコミュ障発揮してる」

「黙れよ」

 

 

妹ガールズもいらした模様。そりゃ来るわね。雨の中お疲れ様。天童さんも知り合い連れて行くぜ!!って言ってたし、まっきーも来る気満々だったけどどこだろう。

 

 

「私をお探しかな?」

「もう少し俺の意思も汲んで移動してくれないか?」

「おお、まっきーにゆっきー。…ゆっきーも来たんだね」

「連行されたようなもんだな」

 

 

ちゃんといた。何故かゆっきーを連れて。どうせ病院行ったら強制連行されたんだろう。ご愁傷様。

 

 

「この前の片腕野郎と車椅子野郎か…」

「流石に失礼極まりない呼び方だな…。身体欠損を指摘するのはあまり感心できることじゃないな。もう一度伝えると、俺は雪村瑞貴だ。こっちのうざいのは藤牧蓮慈」

「この天才に向かってうざいとはなんだ」

「改めて、水橋桜だ」

「滞嶺創一郎だ。いい服をありがとう」

「ああ…あれそんなに着る機会あるか?」

「普段着で着させていただいている」

「執事服を普段着で着るってなんつーメンタルしてんだ?」

 

 

創一郎は執事服じゃないと怖くなるからね。そういう意味では最も普段着かもしれない。でも普通に考えたらおかしいね。

 

 

「そこの水橋君にも執事服を作ってあげたらどうだ?」

「ぜひ頼むよ」

「ふざけんな失せろ」

「口悪いのどうにかしなよ」

「うるせえ」

 

 

まっきーの言葉にキレる桜。大丈夫冗談だよ。多分冗談だと思う。まっきーは本気か冗談かいまいちわかんないから怖い。

 

 

「お嬢さん方もお久しぶりだね。覚えているかな?」

「はい、メイド喫茶で会った方ですよね!」

「…なんか響きに敗北感があるな」

「はっはっは、私が言葉の響きなどに負けるわけないだろう」

「おーおー羨ましい限りだ」

「藤牧さんは強い人なんですか?」

「ああ、誰にも負けない強い人だ」

「ハラショー…!!」

「おお、ロシアンガールだったか。ロシア語で話した方がよかったかな」

「ツッコミが追いつかなくなるからやめて」

 

 

いつも通りまっきーが腹立つ。なんで自信満々に誰にも負けないとか言えるんだ。実際負けないだろうけどさ。あとロシア語話せるのか。話せるだろうけどさ。まっきーだし。

 

 

「そういえばさっき有名人がいたぞ。脚本家の」

「ああ、天童さんかな」

「そう、天童一位。知り合いか?」

「うん。桜と同じく同業者で、僕らの顔だよ」

 

 

やはり天童さんもいた。天童さんは僕や桜と違って顔出しオーケー本名丸出しなので非常に世間的には顔が広い。さすがコミュ力の塊。どこにいるのかなと思ったけど、遠目に人だかりが出来ているのが見えるから多分あそこだろう。おそろしい。

 

 

「ってもう始まるじゃん。ほらどいてどいて」

「おう。ほら、散れ散れ」

 

 

気づいたらもう開演数分前だった。ちゃんとお仕事せねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブは始まる。

 

 

雨の中でも結構盛況で、μ'sのみんなもやる気満々だった。

 

 

最初の曲は新曲「No brand girls」。かなり動きも歌も激しい曲で練習時間もなかったけど、何とか形になっている。すごいね。

 

 

 

 

 

 

けど、なんか高坂さんが微妙にふらついてるような…?

 

 

 

 

 

 

そして、曲が終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高坂さんが、倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

 

何が起きたの?

 

 

 

 

 

 

「おい!穂乃果、大丈夫か!くそっなんて熱だ…舞台袖に連れて行く!どけアホぼーっとしてんじゃねえ!!!」

「毛布とタオルと冷水を持ってくる。穂乃果を頼んだ」

「わかった早くしろ!穂乃果、穂乃果!!」

「退きな水橋君、たまたま医者が居合わせたのだから私に任せるといい」

「やかましい!引っ込んでろ!!」

「あまり患者の側で大声を出すんじゃない」

「水橋さん、あまり動かすもんじゃない。毛布と冷やしたタオル、冷水を持ってきた。応急だが野ざらしよりはマシだろう」

「先に濡れた体を拭いてあげるといい。水の蒸発熱で体温が奪われる、できるだけ軽減してあげなさい」

「誰だあんた」

「メイド喫茶で挨拶したと思うんだが…藤牧蓮慈、医者だ」

「医者か、早く治せ」

「君たち医者に敬意はないんだな」

 

 

 

 

 

高坂さんが地面に倒れる前にステージに駆け上がって受け止めた桜、的確に必要なものを持ってくる創一郎、医者として支援するまっきー…ゆっきーや天童さん、その他知らない人も観客の誘導とか色々やっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕だけ、何もできずに、座ったまま動けなかった。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ついに始まりました、アニメ一期いちばん辛いとこ。私自身書いてるだけで非常に辛かったです。はやくハッピーエンド迎えて。
ライブでは、天童さんが御影さんや松下さんを連れて来てるので何気に湯川君以外勢揃いしています。誰が誰だったかわからなくなりそう!どこかにまとめておいた方がいいんでしょうか。

とにかく、ここからが本番です。



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悲劇の幕まであと一歩



ご覧いただきありがとうございます。

またお気に入りしてくださった方がいました!!ありがとうございます!!毎投稿ハッピーですよ私!!!死にそう!!!生きる!!!!(うるさい)
そして善子誕生日おめでとう!連投してるおかげで誕生日ジャストに祝えましたよ!!あなたも祝いましょう!レッツ黒魔術!!

まあタイトルが前書きのテンションと落差ありすぎなんですけどね。毎回タイトルは遊んでますが、しばらくはそんなテンションじゃなくなりそうです。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「待って、待って…待ってよ、何もラブライブ出場を諦める必要はないじゃないか!!」

「いいえ…その必要があるのよ。穂乃果が倒れたのは私たちの責任でもあるもの。誰か1人でも穂乃果を止めていれば、ああはならなかった…」

「嫌だ…嫌だ!!失敗は次に活かすものだろ?!ここで辞めてしまったらもう二度と!こんなチャンス来ないじゃないか!!」

「だからこそ、よ。目先の目標のために身を削っていては本末転倒よ」

 

 

穂乃果が倒れた翌日、全員で集まって、ラブライブ出場を辞退しようという運びになった。反対者が出るかもしれないとは思ったが、まさか茜がこれほど強烈に反発するとは思わなかった。一種鬼気迫るものを感じるほどの苛烈さで絵里に食ってかかっている。

 

 

「だめだ…そんなの、せっかく…」

「いいのよ、茜」

「…にこちゃん」

「私だって、メンバーを潰してまでラブライブに出ようなんて思わないわよ。これが一番いいの」

「いいわけない…いいわけない!!だってにこちゃんは!!」

「いいのよ!!!」

 

 

ガンッ!!と椅子を蹴って立ち上がるにこ。悔しそうに唇を噛みながら、しかしまっすぐ茜を見据えて。

 

 

「私だって悔しいわよ!!スクールアイドルの頂点を目指したいわよ!!でも、でも!!穂乃果を犠牲にしてまで辿り着いて、それが心から喜べるとも思わないわ!!」

「に、にこちゃん…」

「…」

「…わかったよ。にこちゃんが、そこまで言うなら…」

 

 

にこの慟哭を聞いて、茜も覚悟を決めたようだった。震える手ではあるが、目の前のパソコンを操作し…

 

 

 

 

スクールアイドルランキングから。

 

 

μ'sの名を。

 

 

…消した。

 

 

 

 

「…これでいいかい」

「…うん」

「…ごめんなさい。私たちがもっと穂乃果のことを気にかけていれば…」

「…いい、いいよ。それ以上…何も言わないで…」

 

 

いつもの飄々とした態度は鳴りを潜め、すっかり意気消沈してしまっている茜は弱々しく立ち上がり、自分の鞄を持ってフラフラと出て行ってしまった。

 

 

「茜があれほど反対するとはな…」

「きっとにこの夢が叶いそうだったからよ。彼の中心はいつもにこだから」

「…そうね」

「にこにも、悪いことしちゃったわね…」

「いいわよ…。私も帰るわ。茜が心配だし」

「そうやね…今日はもう解散にしよっか」

 

 

希の提案で今日のところはお開きということになった。どうせ今の状態で練習などしても身に入らないだろうし、そうすべきだろう。

 

 

海未とことりは先に帰り、絵里と希は生徒会の仕事があるそうで残っていった。だから今帰路につくのは一年生の4人だ。

 

 

「残念だったけど…これでよかったんだよね」

「よかったかどうかで聞かれれば、全体を通してまったく良くはないが…悪くはないと信じている」

「にこちゃんも茜くんも…なんだか可哀想にゃ」

「仕方ねぇよ、俺たち全員が背負うべき罪だ」

「そうよね…」

 

 

案の定意気消沈している3人。花陽もアイドル好きとしては辛い選択になっただろう。

 

 

しかし…このまま暗い顔させ続けるわけにもいかない。

 

 

「…よし、お前ら、うちの弟どもと遊んでいけ」

「「「え?」」」

「遊んでいけ。動けば少しぐらい気も紛れるだろ」

 

 

そう言って振り返ると、キョトンとした顔でお互い顔を見合わせた後、こっちに笑顔を見せてきた。何笑ってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果が倒れた日から数日経った。

 

 

あの日はとにかく必死に穂乃果を回復させようとして病院に連れて行くまで全部ついていった。結局風邪をこじらせただけで命に別状もなく、数日寝ていれば回復するとのことだった。

 

 

とはいっても心配だったから毎日見舞いに行っていたのだが…。

 

 

「あーん」

「…」

「…桜さーん?早くー」

「そろそろ自分で食えよ…」

 

 

なぜか俺が餌付け役をやらされた。

 

 

しかも割と元気だ。

 

 

心配してソンした気分になる。

 

 

「もう粥でもねーんだし、自力で食えるだろ…」

「えー、でも咳はでるよ!」

「熱は引いただろ」

「咳はでるよ!!」

「ゴリ押しすんな」

 

 

意地でも食わせてほしいらしい。なんなんだ。

 

 

しかも今食わせてるのはおやつのプリンだ。おやつにまで俺を使うんじゃねえ。

 

 

「あーーーーーーーん」

「わかったわかったもうはよ食え」

「あむっ…んーっ美味しい!」

「あーあーよかったなはよ食え」

「まだ食べてる!!」

「うるせえはよ食え」

「桜さんもしかして照れてる?」

「照れてねえはよ食え」

 

 

誰がてめーなんかに照れるか。マジで心配して損した。

 

 

「あー」

「ったく何で俺がこんなこと…」

「お邪魔しま…す…?」

「げっ」

「あむっ…あ、海未ちゃん!ことりちゃん!」

 

 

ちょうど餌付けしているタイミングでμ'sの奴らが来た。全員ではない、2,3年の女子どもだけだ。茜はいねーのかよ。いなくてよかった。

 

 

「よかったぁ、起きられるようになったんだ!」

 

 

華麗にスルーしてくれた。ありがてえ。

 

 

「うん!風邪だからプリン3個食べてもいいって!」

「食わせねーからな?」

「何で?!」

「どう考えても食いすぎだ」

「心配して損したわ…」

「奇遇だな絢瀬、俺も毎日思ってるわ」

「ひどい?!」

 

 

確かにそんなこと言ってた気がするが、そんな大食いさせるわけねーだろ。

 

 

「それで、足の方はどうなの?」

「ああ、うん。軽く挫いただけだったし処置も早かったから、腫れが引いたら大丈夫だって」

「藤牧さんにもお礼を言いに行かなければなりませんね」

 

 

穂乃果は倒れた時に足を挫いたらしく、右足には包帯が巻かれていた。俺は熱に気を取られてまったく気がつかなかったが、藤牧が即座に気づいて患部の冷却やら固定やらを迅速にやってくれた。感謝しかねぇ。

 

 

「…本当に今回はごめんね。せっかく最高のライブになりそうだったのに…」

「穂乃果のせいじゃないわ。私たちのせい…」

「でも、

「はい」

 

 

穂乃果の言葉を遮って絢瀬が差し出したのは、数枚のCD。手書きで表面に曲名が書かれている。有名どころからマイナーまで、ゆったり系ピアノ曲が目白押しだった。その選曲センス嫌いじゃない。

 

 

「真姫がピアノでリラックスできる曲を弾いてくれたわ。これ聴いてゆっくり休んで」

「わぁ…!!」

 

 

弾いたのか、この曲数。やるなあの赤髪ツリ目。

 

 

とか感心していたら、穂乃果がおもむろに窓をバッと開け、

 

 

「真姫ちゃん!!ありがとーーー!!!」

「何やってんだ?!」

「アンタ風邪引いてんのよ?!」

「うわ!ごほっげほっ」

 

 

叫び出した。

 

 

恐らくは外にいる西木野に。

 

 

馬鹿だな。

 

 

「ほら、病み上がりなんですから無理しないでください」

「ありがとう。でも明日には学校行けると思うんだ」

「ほんと?」

 

 

これは本当だ。熱が引いたのは一昨日、足の腫れもほぼ引いたし、咳も相当収まった。もう平気だろう。

 

 

「うん。…だからね、短いのでいいから、もう一度ライブできないかなって!ほら、ラブライブ出場まであと少しあるでしょ?何ていうか、埋め合わせっていうか…何かできないかなって!!」

「お前病み上がりでライブやってまた倒れたらどうすんだよ」

「今度は無理しない!短くてあんまり激しくない曲をやるから!」

「そういう意味じゃねーんだがな」

 

 

穂乃果も罪悪感は感じているようで、そんなことを今いるメンツに相談した。まあ、あと少しっつーかもう3日しかないようだが、間に合うか?

 

 

…というか。

 

 

なぜ当のメンバーたちは黙っている?

 

 

「…みんな、どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果…ラブライブには、出場しないわ」

 

 

 

 

 

 

 

「…え」

 

 

俺も。

 

 

今初めて聞いた。

 

 

…当たり前か。それでも茜が伝えてくれるかと思っていたが。

 

 

「理事長にも言われたの。無理しすぎたんじゃないかって、こういう結果に招くためにアイドル活動をしていたのかって。それでみんなと話し合って…エントリーをやめた。もう、ランキングに…μ'sの名前は、ないの」

「そんな…」

「私達が悪いんです。穂乃果に無理をさせたから…」

「ううん、違う。私が調子に乗って、」

「誰が悪いなんて話してもしゃーねーだろ。…もうやっちまったことだ」

「桜さんの言う通り、あれは全員の責任よ。体調管理を怠って無理をした穂乃果も悪いけど、それに気付かなかった私達も悪い…」

「えりちの言う通りやね」

 

 

μ'sっつーのは誰も彼もが優しく、一人で責任を背負いこもうとする。そうではない、みんなで責任を背負わねば。つーか矢澤がやたら静かだと思ったが、これが原因か。茜も、矢澤のことだから言い出せなかったのかもしれない。

 

 

つーか最近あいつと連絡とってねーな。

 

 

「…じゃあ、私たちはもう行くわね」

「うん…ありがとね」

「桜さん、穂乃果をお願いします」

「俺がいつも暇だと思ってねーか?」

「そうよ、桜さんも学校あるはずだし」

「あっ…そ、そうですよね。ごめんなさい」

「…いや、いいさ」

 

 

…ダメージは受けたが、それは園田のせいじゃない。むしろ、絢瀬の言葉だ。

 

 

全員が出て行ったあと、穂乃果は重々しく口を開いた。

 

 

「…桜さん、ラブライブ…だめだって」

「…ああ、残念だな」

 

 

ベッドの端に腰掛け、身を起こす穂乃果を見つめる。何でもなさそうな顔をしながら、瞳は大きく揺れていた。さっき俺もダメージ負ったからだろうか、なんだか愛おしく思えてきた。

 

 

ああ、きっと状況のせいだ。

 

 

俺が穂乃果なんか好きになるわけねー。

 

 

 

 

 

だけど、

 

 

 

 

 

「わっ」

「…泣きたい時は泣いておけ。我慢するのは、辛いだろ」

「…うん」

 

 

 

 

 

こんな心身が衰弱した女の子を、放っておくのは。

 

 

俺にはできないから。

 

 

今だけ、今だけは、ちょっとくらい抱きしめてやってもいいだろ。

 

 

 

 

 

穂乃果は俺の胸に顔を埋めて、意外にも静かに泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、高坂穂乃果には伝えられないまま決めてしまったんだな」

『…仕方ないんです。穂乃果ちゃん、ずっとラブライブに夢中だったので…』

「まあ、決めてしまったものはどうしようもない。発つ前に伝えな、せめてな」

『はい…』

「では、俺は先方に連絡しておく。君も早く準備するといい」

『…はい。ありがとうございます』

 

 

そこで通話は切れた。南ことりもこれからフランス渡航の準備を行うのだろう。

 

 

「さあ、どうだ?俺のシナリオ通りだったろ?」

「…まさしくな。あんた一体何者だ?」

 

 

今いるのは誰もいない劇場の控え室。俺が座る車椅子の後ろには、いつもの蓮慈ではなく、見慣れない長身の男がいた。

 

 

天童一位。

 

 

世界最高と名高い脚本家だ。

 

 

「言っただろ?ただの茜の友達だぜ」

「怪しいことこの上ないな」

「わーお何この信頼感の低さ」

 

 

…しかし、なんというか、おちゃらけているというか。茜や水橋桜氏のようなオーラがさっぱり感じられない。ただのいじられ役だ。

 

 

「そんな態度だから信用ならないんだ」

「つっても、今のところシナリオ通りだろ」

「それは否定しないが」

「だろ?」

「…蓮慈や茜とはまた違った方向で鬱陶しいなあんた」

「ひどくなーい?わたくしそんなに悪行を成したつもりないんですけどー?」

 

 

本当になんか腹立つやつだ。

 

 

しかし、彼の言う通り、現状は彼の描いたシナリオ通りの展開が続いている。初めて会ったのはこの間のライブのときだが、そこから彼のシナリオだったらしい。

 

 

彼のシナリオの始まりは高坂穂乃果が倒れたことをきっかけに描き出されたそうだ。

 

 

その後、翌日の夜にはスクールアイドルランキングからμ'sの名が消えていた。

 

 

以降、茜から連絡が来なくなった。

 

 

音ノ木坂の入学案内がネット上に掲載された。

 

 

そして。

 

 

「今、南ことりがフランス行きを決めたのも…シナリオ通り」

「おーい一人で喋ってんじゃねーぞー、泣くぞー」

「おい、このままシナリオ通り行くと…」

「おお、急に話しかけてきたな。そうだな、

 

 

 

 

 

数日以内に、穂乃果ちゃんはμ'sを抜ける」

 

 

彼は、たとえ現実であっても、今後起こりうるシナリオを読むことができるのだろうか。そんなの、蓮慈でもできない未来予知の類だ。

 

 

「はっはっは、もしかして未来予知できるとか思ってる?いやーわかっちゃう?俺ってば天才だからなー!!」

「本当にうざいな」

「だからもうちょいソフトにさあ?!」

 

 

本当に所作が腹立つやつだ。

 

 

「…まあ、冗談は置いといて。未来予知してんじゃねぇよ。俺は人の行動をちょっと先読みするだけ。それもできるだけ多くな。そうすると、取れる行動がだんだん絞られていく。ある人とある人の関わりがまた別の行動を阻害する…そんな一連の流れを読むだけ」

「十分化け物の所業だ」

「そうかもな」

 

 

今度はふざけた返事をしなかった。

 

 

「まあ人となりがわかればさらに精度が増す。だから茜や桜はお手の物よ。…そして、ここからが俺の本領」

 

 

今の本領じゃなかったのか。

 

 

「俺も悲劇作家じゃないんでね、できれば予測した悲劇は未然に防ぎたい。だから、俺自身が物語に介入して、少しだけレールを切り替えてやる。…それを繰り返して、一つの悲劇から起こる最悪の悲劇を回避する。それが俺が作れる最高傑作だ」

「そんなことが…」

「可能さ。ちょうどいいからあんたにも介入してもらう、いや介入してもらわなきゃハッピーエンドは飾れねぇ。あんたが今までにとった行動も全部巻き込んで、利用して、みんな笑えるエンドを取りに行くぜ」

 

 

なんとも荒唐無稽。

 

 

ふざけたことを言っているとしか思えない。

 

 

…だが、このまま南ことりを孤独で送り出すのも癪ではある。

 

 

「…具体的に、どうする気だ?」

 

 

信用ならなくても、何もしないのは気に入らない。

 

 

「まあぶっちゃけ穂乃果ちゃん離脱までは防げねぇ案件だ。だからそこから先の改変をする。第1目標は穂乃果ちゃんの復帰、ことりちゃんの離脱阻止、茜の回復の3点。他にも問題点は山積みだが、まずはこれさえ押さえればいい。他の結果はオマケだ」

「…待て、茜がどうしたっていうんだ」

 

 

 

「あいつこのままだと死ぬからな」

「は?」

 

 

さらっと恐ろしいことを言いやがった。

 

 

「だから、命を救うついでに性根を叩き直す。あいつの異常性を回復するまたとないチャンスだからな」

「はあ…」

 

 

さっきから異様に饒舌だが、こういう人なのだろうか。

 

 

しかし、茜の「異常性」とは…一体なんだ??

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

巻き込まれ大魔王の水橋氏、ついにデレる。さあ想像したまえ、水橋君の胸でさめざめと泣く穂乃果ちゃんをッ!私が泣いちゃう!!
波浜君と滞嶺君も心が辛そうですが、今後どうなるやらですね。
そして水面下で動くは天童さんと雪村君。あんまり活躍してこなかった天童さんが本気出し始めました。
「こんなネタキャラで大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」


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救った未来、救えなかった未来



ご覧いただきありがとうございます。

前回もまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!毎回これを言えるのすごく嬉しいですね!!連投の影響で普段投稿しない曜日にも投稿してるせいでしょうか?まあ嬉しいからなんでも良いです!!

というわけで、どうぞご覧ください。





 

 

 

 

 

穂乃果の家まで見舞いに行った翌日、俺はいつも通りμ's一年生ズと共に部室へと向かっていた。

 

 

「穂乃果ちゃん、元気になってるといいけど…」

「まあ…元気じゃなかったら希がなんとかするだろ…」

 

 

今朝方、復活した穂乃果にも会ったが、やはりラブライブへの未練があるようだった。それはそうだろうとは思う。しかし、それも乗り越えて次に活かさなければならない。…希のわしわしマックスを見たくないというのもあるが。

 

 

「うん…あれはもうこりごりにゃ…」

「お前食らったことあんのかよ」

「…その目はなに?」

「いやお前…うおっ何だ急に飛びかかってきやがって」

「なんか聞きたくないセリフの予感がしたにゃ!!」

「別に貧乳が悪いとは言ってねぇぞ」

「フシャーーー!!!」

「うおっ」

「…何やってんのよ」

 

 

正直に言ったら猫みたいに飛びかかってきた。引っ掻かれたり抓られたりするがさほど痛くは無い。そんなヤワな肌では無い。真姫も花陽も呆れた顔をしているし、さっさとどいてほしい。あと一般モブの視線が痛い。

 

 

「にゃ?!」

「急にでかい声出すなアホ」

「創ちゃんこれ見てこれ!!」

「創ちゃんはやめろ」

「見て!!」

「聞けよ」

 

 

背中にしがみついた凛が後ろを振り返らせようと頭を両手でひっつかんで叫ぶ。うるせえよ、耳悪くなるだろ。

 

 

仕方なく振り向くと、一枚の張り紙が目に入った。別に目を引くような煌びやかさあるわけでもなく、なんの変哲も無いただの白い紙に印字してあるだけだ。

 

 

しかし、内容は。

 

 

 

 

「来年度…」

「入学者…」

「受付の…」

 

 

「「「「お知らせ?!?!」」」」

 

 

 

 

まさか!!

 

 

「早くみんなに伝えなきゃ!!」

「あっ凛ちゃん!待ってぇ!!」

「え?ま、待ちなさいよ!!」

「おいコラ置いてくな」

 

 

一気に駆け出す三人娘。待て、置いていくな。どうせすぐ追いつけるが。

 

 

速攻で3人捕らえて屋上に運び、扉をバンッ!と開け放ち3人を放り投げる。

 

 

「お前ら!!!!」

「大変にゃ!!」

「た、助けて…」

「何してんの君ら」

「大変にゃ!!」

「うん、ちゃんと聞こえてるから大丈夫だよ」

 

 

既に他のメンバーは勢揃いしており、茜も日陰でぐったりしてはいるがいつもの調子だった。そこはまあ安心して、しかし言葉で説明するのもなんか気にくわない。

 

 

「いいから来い!!」

「一体何がぐえ」

 

 

とりあえず茜をひっつかんで掲示板の元へ戻る。茜は死にかけたが、後からちゃんと他の面子もついてきた。茜は死にかけたが。

 

 

「…来年度、入学者受付のお知らせ?」

「これって?!」

「中学生の希望校アンケートの結果が出たんだけど…」

「…どうやら、去年よりはるかに多かったそうだよ…。だから、音ノ木坂は存続。来年も新たな一年生が入ってくるってこったね」

「再来年はどうなるかわからないけどね」

「じゃあ後輩できる?!」

「うん!」

「やったにゃー!!」

 

 

絵里や茜の解説に喜ぶ一同。これは喜ぶしかないだろう、何しろμ'sは音ノ木坂存続をかけて作られたスクールアイドルだ。多くの苦難を乗り越えて、これほどのことを成し遂げた。

 

 

音ノ木坂を救った…!!!

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

「うわっ?!」

「創ちゃんどうしたの?!」

「お前らっ!これが叫ばずにいられるか!!!」

「元気だね」

 

 

俺が頑張ったわけでもないのだが、無性に達成感がこみ上げてきて、つい叫んでしまった。みんなの鼓膜は無事だろうか。

 

 

「よし、こういう時はどうすればいい!今なら4tトラックも持ち上げれられるぞ!!」

「何言ってんの」

 

 

喜びを言葉で表現したら茜に引かれた。しかし今は本当にそんな気分なのだ。何だってできる、そんな気分だ。

 

 

しかし肝心の「何すべきか」は全くわからん!!

 

 

「落ち着きなさいよ。…でもせっかくだし、明日お祝いパーティーするわよ!お菓子買ってきなさい!」

「了解ッ!!」

「待ってお金どうすんぶぇ」

「来い財布!!」

 

 

にこの提案を受けて即出発。金は後で集めるとして、とりあえず茜を財布代わりに連れて行く。財布役なら瀕死でも構わん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではとりあえず…にっこにっこにー!」

「開幕はそれ安定なんだね」

「うるさい」

「はい」

 

 

そして翌日、大量のお菓子とメンバーたちによる料理を部室の奥の部屋に並べてパーティーが開催された。飾り付けなんかもしてなかなか豪華になっている。片付けが面倒かもしれないが、今そんなことを気にするのは野暮だろう。

 

 

「みんなー!グラスは持ったかなー?」

 

 

そして、一応部長であるにこが場を取り仕切っている。まあおそらく仕切り役としては最後まで保たないだろうが。

 

 

「とりあえず学校存続が決まったということで…部長のにこにーから一言!挨拶させていただきたいと思います!!」

「おおー!」

「にこちゃんがんばれー」

 

 

意気揚々と演説を始めるにこ。今回は挨拶を準備したんだろう。しかし茜が微妙に疲れたテンションなのが心配だ。海未とことりも何故か喜ばしいとは言えない顔をしている。

 

 

「思えばこのμ'sが結成され、私が部長に選ばれた時からどれくらいの月日が流れただほうか…!!」

「あっこれ長いやつだ」

「たった二人のアイドル研究部で耐えに耐え抜き、今こうしてメンバーの前で思いを

「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」

「ちょっと待ちなさーい!!!」

「そんな気はしてたよ」

「どう考えても長ぇよ」

 

 

大方の予想通り、フリーダムなμ'sたちは話が長いと見るや否や乾杯してしまった。にこの制止も振り切ってお菓子や料理に手を伸ばす女子達。何でもありだなこいつら。

 

 

「お腹すいたー。にこちゃん、早くしないと無くなるよ!」

「…卑しいわね…」

「みんなー!ご飯炊けたよー!」

「何でご飯があるんだ寄越せ」

 

 

俺は俺で白米をいただく。結局俺もフリーダムだな。

 

 

ご飯を山盛りにして少し離れると、絵里と希が保護者さながら優しくメンバーを見守っていた。

 

 

「ホッとしたようやね、えりちも」

「まあね…肩の荷が降りたっていうか」

「何だ、そんなに肩肘張ってたのかお前」

「生徒会長だもの。責任を感じるところではあるわよ」

 

 

そういえば、花陽が以前の絵里は怖かったとか言っていた気がする。合宿前までは実際に怖がっていたくらいだしな、色々気苦労があったのだろう。

 

 

「μ's、やってよかったでしょ?」

「…どうかしらね。正直、私が入らなくても同じ結果だったと思うけど…」

「そんなことないよ。μ'sは9人、マネージャーが2人。それ以上でも以下でもダメやってカードは言うてるよ」

「ああ、きっとお前ら9人でなければ俺も手伝わなかったと思う。絵里が不要だった、なんてことは絶対無ぇ」

「…そうかしら」

 

 

誰かが居なくなったら成り立たない。それがμ'sだと俺は思う。名前も9人の女神なんだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい…みんなにちょっと話があるんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然ですが、ことりが留学することになりました」

 

 

 

 

 

 

 

突然の話に、頭がついていかなかった。

 

 

 

 

 

 

「2週間後に日本を発ちます」

 

 

ことりが?留学?突然、このタイミングで?

 

 

「…は?」

「ちょっと…どういうこと?」

「前から服飾の勉強をしたいと思ってて…そしたらお母さんの知り合いの学校の人が来てみないかって…。ごめんね、もっと早く話そうと思ってたんだけど…」

 

 

誰も彼もが困惑していた。信じられなかった。ここまで一緒にやってきて、廃校を乗り越えて、ここからまた始まると思った矢先。

 

 

「学園祭でまとまっている時に言うのはよくないと…ことりは、気を遣っていたのです」

「それで最近…」

「行ったっきり…戻ってこないのね?」

「うん…高校を卒業するまでは…」

 

 

高校を、卒業するまでは帰ってこない。

 

 

それはつまり、彼女が音ノ木坂に帰ってくることはないということ…。

 

 

 

 

 

 

 

「…どうして、言ってくれなかったの…?」

 

 

 

 

 

穂乃果は震える声で呟きながら立ち上がった。そう、そうだ。今最も不自然なのは、彼女が留学のことを知らなかったこと。海未は知っていて、穂乃果は知らない。一番の幼馴染であるはずなのに。

 

 

「だから…学園祭があったから…」

「…海未ちゃんは知ってたんだ」

「それは…」

「…どうして言ってくれなかったの?ライブがあったからっていうのもわかるよ。でも…私と海未ちゃんとことりちゃんはずっと…!」

「穂乃果…」

「…ことりちゃんの言うこともわかってあげな

 

 

 

 

 

 

 

「分からないよッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

叫び声が炸裂した。

 

 

今まで聞いたことのないような…そう、多くの修羅場や阿鼻叫喚の地を渡り歩いた俺も聞いたことのないような、怒り、悲しみ、嘆き、戸惑い…様々な負を全部投げ込んだような、叶うなら死ぬまで聞きたくなかった、恐ろしい叫びだ。

 

 

「だって!いなくなっちゃうんだよ?!ずっと一緒だったのに!離れ離れになっちゃうんだよ?!それなのに…!!」

「…何度も言おうとしたよ?」

「………え?」

 

 

多くを叫んで糾弾する声を、ことりが止めた。今にも泣きそうな声で、表情で。

 

 

「でも、穂乃果ちゃんライブに夢中で、ラブライブに夢中で…だから、ライブが終わったらすぐ言おうと思ってた。でも…あんなことになっちゃって…。聞いて欲しかったよ!穂乃果ちゃんには!!一番に相談したかった!!だって!…穂乃果ちゃんは初めて出来た友達だよ?!ずっと側にいた友達だよ?!!」

 

 

ことりも抑えきれない涙を流して、堰を切ったように言葉を投げ出した。ああ、きっとそうだったのだろう。彼女は優しかった。友人の邪魔をしたくなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

「そんなの…そんなの!当たり前だよっ!!」

 

 

 

 

 

全てタイミングを、逃してしまった。

 

 

 

 

 

「ことりちゃん!!!」

 

 

叫んで飛び出していってしまったことりを、追いかけられる者はいなかった。俺も動けなかった。ここで彼女を捕らえる勇気がなかった。連れ帰ってきてどうしたらいいかなんて、何も思いつかなかった。

 

 

こんな状況では、これだけ鍛えた筋肉も全く役に立たないな…。

 

 

「ずっと…行くかどうか迷っていたみたいです。いえ、むしろ行きたくなかったようにも見えました。ずっと穂乃果を気にしていて、穂乃果に相談したらなんて言うかとそればかり…。黙っているつもりはなかったんです。本当にライブが終わったらすぐ相談するつもりでいたんです…分かってあげてください」

 

 

海未の弁明は主に穂乃果に向けたものだろう。穂乃果も放心してはいるが、聞こえてはいるようだ。他のメンバーもうなだれて、人によっては涙を浮かべて黙っている。

 

 

「…もう、今日は帰ろうか」

 

 

一人、全くの無表情を貫く茜が言った。決して何も感じていないわけではない。奴は真顔が緩い笑顔みたいなやつだ、無表情になんてほとんどならない。

 

 

あいつもどこか、ダメージを受けているのだろう。

 

 

…茜の言葉に反論する者はなく、静かに片付けて、みんな無言で去っていった。

 

 

俺はみんなが去った後、屋上に行った。屋上の真ん中で膝をつき、両手も地面についた。こんな体勢をとるのはいつ以来だろうか、負けたときくらいしかこんな無様な格好はしなかった。

 

 

…何も出来なかったのが悔しかった。

 

 

きっとできることは無かったが、それでも…無力な自分に腹が立った。

 

 

 

 

 

 

「—————————————————————————————ッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

音に表現できないほど叫んだ。

 

 

上体を逸らして天を仰ぎ、地球の裏まで届けと、太陽まで届けと言わんばかりに叫んだ。

 

 

張り裂けるほど。

 

 

…壊れそうなほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おい、あんたの指示通り動いているが…本当に大丈夫なんだろうな?」

「まーた心配性だな。大丈夫だって言ってんだろ?何も問題ないって!あと俺一歳だけ年上だからね?!」

 

 

今日も俺と天童一位は劇場の空室で裏工作をしていた。劇場なんか勝手に使っていいのかと思ったが、彼がこの劇場の責任者なんだそうだ。何者だこいつ。

 

 

「敬語は使う気になれないな。全く事態が見えないし好転しているようにも思えない、これで信用を得られると本気で思ってるなら無理があるぞ」

「ねぇそんなに俺のこと嫌いなの?泣くよ?泣いちゃうよ俺?」

 

 

南ことりが留学を決めてから数日、俺は天童一位の指示通りの行動を起こしていた。今していることが本当に役に立っているのか…というか読みが外れたら恐ろしいことになる。恐ろしい胆力と自信だ。

 

 

「責任取れるんだろうな…」

「さあなー。あーもしもし?オレオレ。あー待てっ詐欺じゃねー!天童!天下一品天童さんですぅー!!てめっ聞いた上で切ろうとすんな!ああ?!嘘つくな!!見える、私にも見えるぞ!!」

「…マジでなんなんだ?」

 

 

…急に電話しだす天童一位。動きが読めないにも程がある。

 

 

「いやさぁ桜、お前茜の家行ったことあるだろ?なんか変なもんなかったかなーって。あ?いいじゃねーかネタになるだろ?あいつもそろそろ舞台化していいと思うんだよ。………ほう、そんなんあるのか。気持ち悪いなあいつ。…何だとコラ、俺は気持ち悪くないぞ。今世紀最大の気持ち良さを放ってあー待て待て俺が悪かったーッ!!!」

「…」

 

 

会話の内容が気になりすぎる。

 

 

そういえば、俺も蓮慈も茜の家には入ったことがないな。まあ、お互い相手の家に入ろうなんて思わないんだが。

 

 

何が勘に触るかわからない地雷源みたいなもんだしな、自宅なんて。

 

 

「あ?直接聞いたところであいつは変とは思ってねーだろ?第三者の意見が大事なんだよ。……だーかーらー仕事!俺、仕事では真面目だろ?!違うの?嘘?もうマジ無理マリカしよ…」

 

 

本当に仕事の話なのか、今回の作戦の話なのか判断に困る。

 

 

「あー、お前もか?やっぱ怪しいよなー、ここに来て引きこもるとか。一回にこちゃんに聞いてみるかな。……ん?ああ、大丈夫だ。俺も面識ある。お前は穂乃果ちゃんの心配してろ…おっと口が滑ったわ。はっはっはもう用は済んだから切るぞーお達者でー!!」

「…」

「よーし、俺もちょっと行動に移すかなー!カリスマムーブ見せちゃうぞー!!」

「…本当にうざいな」

「ねぇみんな俺に冷たいのはなんで?死にたくなるじゃん?」

 

 

今回うざいと形容したのは電話後の言動のことではない(うざいのは否定しないが)。

 

 

電話の最後の言葉。…口が滑ったとか言ったが、あれはわざと滑らせたのだろう。水橋桜の意識を高坂穂乃果に向けるための布石。一体どれほどの経験があればあんなに自然に布石を打てるのか。

 

 

…まさか俺も?

 

 

「さて、俺もそろそろ出番だな…」

「あんた自身も動くのか?」

「当然よ。予定通りなら明後日かなー、ちょっと前後するかもしれねーけど」

 

 

そう言って、「んじゃまたなー」と軽い挨拶をして出て行く天童一位。その背中はただの軽い男にしか見えないが、得体の知れない風格も纏っていた。

 

 

彼が考えていることは、今でもわからない。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は情緒不安定な滞嶺君。感激で叫んだり辛くて叫んだり忙しい子です。なんだかんだ言って彼も高校一年生ですから。半年前くらいまでは中学生だったんです。精神的にも不安定にもなります。
あとは今日も元気に裏工作、天童さんと雪村君。何してるんでしょうね!!!

ちなみに、最近波浜君視点が少ないのは意図的にやってます。



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結局は、全て僕の勝手だった



ご覧いただきありがとうございます。

今回もお気に入りしてくださった方がいました!!ありがとうございます!!!沢山の人に読んでいただけると元気も出ますし頑張れます!!これからもよろしくお願いします!!
…まあ内容はブラックなんですけどね!!!

今回は空白多めなので読み辛かったらごめんなさい。

それでは、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「ライブ?」

「そう。みんなで話したの、ことりがいなくなる前にみんなでライブをしようって」

「…俺は聞いてないんだが」

「だって創ちゃんスマホ持ってないにゃ」

「金がねぇ。あといい加減創ちゃんやめろ」

 

 

翌日、絵里からライブの話を聞いた。昨日はこの屋上で全力で叫んだためなんか気恥ずかしかったが、当然そんなことはこいつらは知るわけない。平常心だ平常心。

 

 

しかし俺だけ話が通ってないのは微妙に悲しい。仕方ないが。

 

 

「来たらことりちゃんにも言うつもりよ」

「思いっきり賑やかなのにして、門出を祝うにゃ!!」

「はしゃぎすぎないの!」

「にこちゃん何するの?!」

「手加減してやったわよ!」

「にこちゃん手加減なんてできたの」

「ふんっ」

「あぼん」

 

 

みんななかなかはしゃいでいる。無理にやってるのか素なのかはわからないが、暗いよりはいいだろう。

 

 

 

 

だが、まだ顔が暗い奴がいる。

 

 

穂乃果だ。

 

 

「…まだ落ち込んでいるのですか?」

「明るくいきましょう?これが、9人での最後のライブになるんだから」

 

 

海未と絵里が声をかけるが、穂乃果は顔を上げない。余程メンタルにきてるんだろう。

 

 

「そうだ、μ'sの顔であるお前が暗い顔してちゃ、笑顔になれるもんもなれねぇよ」

 

 

今度は俺も役に立ちたい。何かしら励ましを入れてやるべきだろう。…得意ではないんだがな。

 

 

しかし。

 

 

いや、やはりと言うべきか。

 

 

「…私が、もう少し周りを見ていればこんなことにはならなかった」

 

 

俺の言葉は彼女に、届かない。

 

 

「そ、そんなに自分を責めなくても…」

「私が何もしなければこんなことにはならなかった…!」

「あんたねぇ…!!」

「そうやって全部自分のせいにするのは傲慢よ?」

「でも!!」

「…それをここで言って何になるの?何も始まらないし、誰もいい思いをしない」

「ラブライブだってまだ次があるわ」

「そう!次こそは出場するんだから、落ち込んでる暇なんてないわよ!」

「仮に今すぐ元気になれなくても、過ぎたことで悩むのは意味がないだろ。前向いて生きようぜ」

「創ちゃんが妙に優しい…」

「うるせえ。とにかく次のラブライブのために

 

 

 

 

 

 

 

 

「…出場してどうするの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

…なに?」

 

 

何故。

 

 

何で。

 

 

そんなことを言うんだ…?

 

 

「もう学校は存続できたんだから、出たってしょうがないよ」

「穂乃果ちゃん…」

 

 

そんなことはない。

 

 

花陽や凛から聞いているぞ。講堂でライブをした日、「やりたいから」って言ってスクールアイドルを続けたって。学校を救った後でも、新たな目標のために邁進するんじゃないのか。やりたいんだろ?そうだろ?

 

 

…そう思っても、声が出ない。

 

 

「それに無理だよ。A-RISEみたいになんて…いくら練習したってなれっこない」

「あんた…それ本気で言ってる…?本気だったら許さないわよ」

 

 

そうだ、無理なんてことはない。これだけ短期間で実力を上げてきたんだ、伸びしろも感じる。A-RISEも射程圏内だ。

 

 

そう思いはするが。やはり、声に出ない。

 

 

俺は、何をしているんだ。

 

 

「許さないって言ってるでしょ!!!」

「だめぇ!!」

「放しなさいよ!」

 

 

穂乃果に摑みかかる勢いで飛び出したにこを真姫が抑える。ああ、その役も本来なら俺のはずだ。何故俺の体は動かないんだ。

 

 

「にこはね!あんたが本気だと思ったから!本気でアイドルやりたいと思ってたからμ'sに入ったのよ!ここに賭けようって思ったのよ!!それをこんなことぐらいで諦めるの?!こんなことぐらいでやる気を無くすの?!」

 

 

ああ、そうだ。あんたは誰よりもスクールアイドルを愛して、目指して、憧れた。だから穂乃果を許せない。わかるさ、俺だって許せない。穂乃果の胸倉を掴み上げて吊り上げてやりたい。

 

 

しかし、やはり体は動かない。声も出ない。

 

 

穂乃果も、俯いたまま答えない。

 

 

「…じゃあ、穂乃果はどうすればいいと思うの?どうしたいの?」

 

 

絵里の催促にも無言を貫く穂乃果。今彼女は何を思っている?聞かなければならない。しかし、同時に聞いてはならない予感もした。

 

 

「答えて」

 

 

もう一度、絵里が言う。

 

 

穂乃果も、ついに口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………なんだと?

 

 

 

 

 

「私…スクールアイドル、やめます」

 

 

 

 

 

誰もが息を飲んだ。

 

 

驚愕、怒り、戸惑い…誰が何を感じているのかはわからない。しかし、誰も予想しなかった答えを。

 

 

穂乃果は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………何を言ってるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの声がした。

 

 

女性の高い声ではないが、一般的な男性ほど低くもない声。

 

 

…今まで一言も喋らなかった、茜だ。

 

 

「君は何を言ってるんだ。引責辞任か?君が始めたこのグループを、自分が悪いからってやめてしまうのか?君が作り上げたμ'sは、そんな簡単に放り捨てていいものなのか?!なあ!!ここはもう君一人のものじゃないんだぞ!!」

「…じゃあ、誰のものなの」

「そんなものμ'sのみんなの

 

 

 

 

「…にこちゃんでしょ」

「っ?!?!」

 

 

 

 

茜が、初めて見せる憤怒の表情で穂乃果に詰め寄る。穂乃果の制服を掴んで、本気で怒っていた。にこも口を挟めないほどに。

 

 

しかし。

 

 

彼の本音を、穂乃果は恐ろしく的確に貫いてしまう。

 

 

「にこちゃんのため。そうでしょ?茜くんいつもそうだもん。…あなたにとっては、μ'sは私たちの居場所とかじゃなくて、にこちゃんの居場所なんでしょ?」

「…それは…!!」

 

 

実際そうなんだろう。茜の思考は常ににこ中心、他のことは後回しな節がある。

 

 

だが、今それを。

 

 

糾弾してはいけない気がした。

 

 

 

 

したが、止められない。

 

 

 

 

 

 

「…茜くんの都合に、私を巻き込まないでよ」

 

 

 

 

 

 

「…あ、」

 

 

 

 

 

 

茜は。

 

 

穂乃果の制服を手放し。

 

 

その目は、表情は、生きている人間とは思えないほど生気が抜けていた。

 

 

そのまま動かなくなった茜を置いて、屋上から去ろうとする穂乃果。にこがキレるかと思ったが、にこもかつてないほどの絶望感を纏っていた。

 

 

誰も動けなかったが。

 

 

唯一、海未が穂乃果に近づき、

 

 

 

 

 

バシィッ!!!と。

 

 

穂乃果にビンタを食らわせた。

 

 

 

 

 

 

「…あなたがそんな人だとは思いませんでした。最低です…あなたは最低ですッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、みんな帰ってしまった。茜はにこに連れられて、穂乃果と海未はバラバラに。多くのものが崩れていく感覚があった。喪失感とも言うのだろうか。

 

 

「…創ちゃん、凛たちも帰ろ?」

「……ああ」

 

 

凛に促されて、俺も歩き出す…が、数歩で止まってしまう。

 

 

「大丈夫…?」

「…ごめんな」

「え?」

「何もできなかった…お前らを支える立場にありながら、穂乃果を止めることもできなかった…!!」

 

 

思わず拳を握る。昨日あれだけ叫んだのに、まだ叫び足りない。自分が許せない。あの場で動けなくなってしまった自分が。

 

 

「…ううん、創ちゃんはあれでよかったんだよ」

 

 

…え?

 

 

凛は良かったと言う。何が良かったんだ、何も出来なかったし、何も救えなかったのに。

 

 

しかし、花陽と真姫も寄ってきて言葉を続ける。

 

 

「そうだよ。創ちゃん、きっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「穂乃果やにこちゃんを止めるのに、あなたの力技は一番有効だったとは思うけど、あなたはそうしなかった。怪我させるかもしれなかったからでしょ?怖がらせたくなかったからでしょ?ほんとに見た目に似合わずお人好しなんだから」

「凛はね、創ちゃんもっと怒ると思ってた。何かあった時に穂乃果ちゃんを殴ったりしないかなって心配だったの。でも、最初ライブの話をした時は穂乃果ちゃんを励まそうとしてくれたし、頑張って優しいこと言おうとしてた。一回も手を上げなかった。一回も怒らなかった」

 

 

3人の励ましを受けて、何か納得できそうだった。

 

 

 

 

「創ちゃんは何も出来なかったんじゃないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。創ちゃんが優しいから。凛たちは知ってるよ、創ちゃんがいつも凛たちのことを一番に考えてくれてること。傷つけないようにって思ってること」

 

 

 

 

凛が俺を見上げながら、涙を流しながら語る。花陽も涙を浮かべた笑顔を俺に向け、真姫も目を潤ませながら呆れたような笑顔を向けてくる。

 

 

ああ、そうだ。

 

 

ずっと、こいつらを最優先でやってきた。

 

 

だってこいつらはスクールアイドルで、俺はマネージャーだ。こいつらを傷つけるわけにはいかない。必要以上に怖がらせてはならない。俺が手を上げれば彼女らは怪我し、怒声を上げれば慄く。怪我させたら踊れないし、怖がらせたら以降の関係に支障が出る。彼女らを支えなければならなかった。

 

 

だから、怒りや激情にまかせて声を上げることも手を出すこともできなかった。

 

 

動けなかったのではなかった。

 

 

怒りや焦りの本能を、「彼女らを守るべきだ」という奥底の理性が封殺した。

 

 

だから動けなかった。否、動かなかった。

 

 

あんな状況下でも、俺は無意識下で彼女らを守ろうとしていた。

 

 

目先の解決ではなく、これからもずっとμ'sを守っていくために。

 

 

「だが…穂乃果を止めることはできなかった…」

「それは凛たちがなんとかするにゃ。友達だもん」

「うん、全部創ちゃんに任せっきりにするわけにもいかないもんね」

「仕方ないわねぇ」

「真姫ちゃん素直じゃないにゃ」

「何よ!」

 

 

俺は余計なことをしない選択をすることで、これからもμ'sを守れる。俺が苦手なこと、出来ないことはどうやらこいつらがやってくれるらしい。

 

 

らしいが…ん?

 

 

凛がこちらに向けて手を広げている。

 

 

「…どうした」

「…しゃがんで」

「は?」

 

 

よくわからない要請をされたが、言われた通りしゃがむ。

 

 

 

 

 

 

 

ふわっ、と。

 

 

軽やかに凛が抱きついてきた。

 

 

 

 

 

 

「んなっ何を?!」

「…ありがとう」

「…は?」

「ごめんね。凛たちのために苦しませちゃったね。ありがとう、凛たちのために悩んでくれて。…いいんだよ。凛たちは友達でしょ?一人で悩まなくてもいいんだよ」

 

 

一瞬振り解こうとしたが、凛の震えた声を聞いて思い留まった。…泣いているのか。俺を苦しませたと思って。

 

 

「…ああ、すまないな。変に心配かけちまったな」

「いいよ、心配かけてよ。創ちゃんはいつも凛たちのために頑張ってくれるんだもん、凛たちもお返ししたいよ」

 

 

横にいる花陽と真姫も頷いていた。…なんて優しいやつらだろうか。なんて俺は恵まれているのだろうか。生まれた境遇に文句も言いたくなったことも沢山あったが、今は生まれてきてよかったと思う。

 

 

不意に、凛の手が俺の頭の後ろを撫でた。

 

 

「…創ちゃんも、辛かったら泣いていいんだよ」

「辛いわけが…」

「さっきは泣きそうな顔してた。いい?泣かなくて大丈夫?」

 

 

耳元で囁きながら俺の頭を撫でる凛。かといって、そう簡単に泣けるもんでもない。泣いたことなどほとんどないしな。

 

 

 

 

「…ああ、大丈、夫…だい、…」

「…うん」

 

 

 

 

おかしいな。

 

 

声がうまく出てこない。視界が潤む。目が熱い。

 

 

涙が、ぼろぼろ零れ落ちてくる。

 

 

「…ぐっ、く…」

「…うん、ありがとう、創ちゃん」

 

 

そういえば、生まれてこの方頭を撫でられたことなどなかった。慰められたことなどなかった。人生で初めて、しかも同級生の女子に頭を撫でられて慰められるとか。

 

 

…カッコ悪いな。ダサいな。

 

 

でも、涙は止められなかった。

 

 

 

 

 

それから優に30分くらいは泣いていた。

 

 

泣き声を上げるほどではなかったが、凛はずっと頭を撫でてくれて、花陽は背中をさすってくれていた。真姫はおろおろしていたらしい。

 

 

泣いた後は、これほどスッキリするものかと思うほど思考がクリアになった。ああ、落ち込んでいる暇はない。これまで通り、こいつらを守ってやらなければならない。

 

 

 

 

…本当は凛を抱きしめ返してやりたかったが、俺は人を抱きしめる力加減なんて知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

………………

 

 

………………………あれ。

 

 

僕はいつの間に帰ってきたんだろう。

 

 

なんかさっきまでにこちゃんが居た気がする。多分にこちゃんと帰ってきたんだろうな。なんで記憶飛んでるんだろう。損した。

 

 

知らぬ間に僕は居間のど真ん中に立っていた。一軒家の居間だからそれなりに広いが、仕事で使う画材やキャンバスが空間の大半を占めているせいであまり広くは感じない。

 

 

居間を一人で占領していいのかって?

 

 

いいんだよ。

 

 

僕は一人だから。

 

 

 

両親は、もういないから。

 

 

 

一人だと自覚したら、さっきの屋上での出来事が脳裏に蘇ってきた。いや本当にさっきなのかわかんないけど。体感的にはさっき。

 

 

とりあえず、高坂さんが抜けてしまったらμ'sはうまく回らなくなるだろう。衣装係もいない。少なくともしばらくは活動休止とかになるだろう。

 

 

「…せっかくにこちゃんの居場所を見つけたのになぁ」

 

 

にこちゃんがμ'sに入った時は、アイドル研究部を続けておいてよかったと思ったけど…結局ダメだったか。

 

 

今まで成功した試しがないなあ。

 

 

「まあいいか、またにこちゃんの居場所作りを

 

 

 

 

 

 

 

 

『…茜くんの都合に、私を巻き込まないでよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

ああ、

 

 

そうか。

 

 

僕の都合には、誰も巻き込めないのか。巻き込んじゃいけないのか。

 

 

でも、そしたら、にこちゃんの居場所はどうしよう。

 

 

にこちゃんが笑顔でいられる場所はどうやって作ろう。僕がやろうとする限り、全部僕の都合になっちゃうじゃん。

 

 

 

 

 

…あれ?

 

 

…僕には、何もできないの?

 

 

 

 

 

かしゃっ、と。

 

 

無意識に手に持っていた平筆が床に落ちた。

 

 

…ああ。

 

 

そういえば今まで一度もにこちゃんの居場所を作れなかった。小学生の頃も、中学生の頃も、高一のときも。で、今回も無理だった。

 

 

もしかして、僕はにこちゃんの役になんて立てないんじゃないか。

 

 

「…だめだ、そんなこと考えてたら…」

 

 

頭を振って疑念を吹っ飛ばし、隣室の書斎に行く。

 

 

書斎には父さんが残した多くの本と書斎机がある。そして、それとは他に大量の40ページ綴りのノートで埋まった棚がある。

 

 

「書かなきゃ…」

 

 

そして今日も机のスタンドライトをつけて比較的新しいノートを開き、内容を書き込む。

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

書き込もうとした。

 

 

 

 

 

でも、手は動かなかった。

 

 

 

 

 

 

ノートの題名は。

 

 

 

 

 

 

 

『にこちゃん観察日記』。

 

 

 

 

 

 

 

これで、175冊目。






最後まで読んでいただきありがとうございます。

まずは遂に抜けてしまった穂乃果ちゃん。波浜君への言葉がクリティカルヒットしたようですが…はたして。
そして滞嶺君。9人の男性陣の中でもかなり登場は多いのでツワモノ感がすごいとは思いますが、無敵ではありません。むしろ過剰に優しすぎるくらいです。親もいないので甘えることもできなかった彼に抱擁は効果抜群です。凛ちゃんファインプレー。
最後に、心の折れた波浜君。ここから波浜君の核心に入っていきます。

ちなみに、40ページのノート174冊を毎日1ページ丸々埋めて日記を書くと19年くらいかかります。


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ふたつの悲劇を止めるため



ご覧いただきありがとうございます。

驚異の翌日投稿!!日刊近眼ですよ!!
…なんか語呂悪いから今のナシにしましょう。
ここから毎日投稿しないとお誕生日に間に合わない計算なので…あっお誕生日って言ってませんでしたね!そう!にこちゃん生誕祭に向けて連投しているのです!!お楽しみに!!
でもまだばっちり暗い内容です。
三人称視点にしたのですが、あんまり三人称っぽくなりませんでした…これは無能ですね!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

穂乃果が離脱を宣言した翌日、μ'sは活動休止をすることになった。絵里の提案により、今後の方針を見つめ直すべきだと判断したからだ。

 

 

そしてその日、茜は学校に来なかった。

 

 

にこの携帯に連絡はなかった。教師にも連絡されていなかった。茜は無断欠席なんてするタイプではない。あれでも礼儀を重んじるタイプなのだ。

 

 

何かおかしいことはわかっていた。にこ自身も、昨日茜を家まで送り届けた時に流石に気づいていた。普段では考えられないほど放心していることには。

 

 

その理由は、大方の予想はついている。

 

 

だが、それについてどう言及すべきかは…思いつかなかった。

 

 

しかし、にこは他にもやらなければならないことがある。アイドルを目指す身としては、活動休止なんてしている場合ではないのだ。何かしらの形で活動はしていたい。

 

 

だから、人の居なくなった教室に花陽、凛、創一郎を呼んでこう言うのだ。

 

 

「私はアイドル活動を続けるわ。…一緒にやらない?」

「…うん!」

「いいけど…かよちんはわかるけど何で凛も?」

「俺が呼ばれた意味もわからんぞ」

「凛もやりたそうだったからよ。創一郎はマネージャー」

 

 

一応快諾してくれたことにはまず安堵。しかし心苦しいのはこの先だ。

 

 

「マネージャー…まあ雑用は受けるがよ。茜はどうしたんだ」

「…茜は」

 

 

そう。

 

 

茜のこと。

 

 

今日も何度もこちらから連絡を取ろうと思ったが、通じないのだ。今まで、にこからの連絡は一瞬で返事が来たというのに。

 

 

そして、心当たりもあるから辛いのだ。

 

 

「…まあいい。言いにくいなら聞かないでいてやる」

「…いいの?」

「いいさ、それくらい。それより活動は何をするんだ?とりあえず基礎トレとかはいいが、曲も歌詞も衣装もねぇぞ」

 

 

意外とさらっと流してくれた。創一郎がなんか一回り成長している気がする。

 

 

「曲は桜さんにでも頼むわ。でも歌詞と衣装は…自力でなんとかするしかないわね」

「えーっどっちも無理にゃー」

「やる前から無理とか言うんじゃねえ」

「いたっ」

 

 

ともかく、受け入れてくれたのはありがたかった。どうしてもすぐにはできない作曲は本業の方にお願いして、まだ経験のある歌詞と衣装はどうにかしよう。花陽ならそこらへんの知識はあるかもしれないし、にこ自身も過去のスクールアイドル活動において経験がある。出来ないことはないだろう、とにこは踏んでいた。

 

 

「まあ、何をするにも基礎だろ。明日からまた神田明神で朝練して、そこから少しずつ進めるのがいいんじゃねぇか」

「…あんた、なんか急に頼もしくなったわね」

「褒めてんのか?」

「褒めてるわよ」

 

 

さっきから創一郎が的確だ。あまり様子が急変されると対応に困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「練習メニューとかは今までのを流用して問題ないかしら…結構完成された内容だったし。とりあえず朝の階段ダッシュと基礎トレ…あとは歌の練習もしなきゃ。あー真姫ちゃんも呼んだ方がいいかしら…」

 

 

その日の帰り道、にこは一人で帰りながら今後の方針を考えていた。今まではあまり細かく考えたことはなかったが、こうしてみると意外と大変だ。

 

 

部長がそんなんでいいのかとか言われそうだが。

 

 

(…やっぱり茜を呼び戻そうかしら。いや、私の連絡に返事がない時点で多分無理。私がなんとかすべきなんだろうけど…)

 

 

茜には、その後も何度もメールを送った。

 

 

何度も言うがいつもなら一瞬で返事が来るのに、今日は全く音沙汰ない。仕事があるという話も聞いていない。

 

 

茜の様子がおかしくなった原因は…直接の原因は穂乃果だろうが、根源的な原因は自分にあるということを、にこは知っていた。知ってはいるが、解決できるかは別問題。どうしたらいいかわからないから、今は茜は後回しにしてしまっている。

 

 

早急に何とかしなければとは思うが。

 

 

そう簡単に名案は浮かばない。

 

 

 

 

 

「おやーっ!!これはこれは宇宙ナンバーワンアイドルにこちゃんじゃないですかーおやー!!こんなところで奇遇だなおいおいおい!!」

「…」

 

 

 

 

思考が沈んでいるにこに、横合いから声がかかる。声の方を向かなくても、誰のものかはすぐわかった。

 

 

天童一位。

 

 

茜の仕事仲間にして、軽薄さでは他の追随を許さないようなノリで生きている変な人だ。

 

 

なのでにこは、テンションの低い今日はスルーさせていただくことにした。

 

 

「えええええ?!嘘でしょ?!こんな至近距離から元気よく知り合いに声かけられてガン無視?!スルースキルたけーなオイ!よーっしそういうことならお兄さん頑張っちゃうぞーほーれにーこーちゃん!あっそーれにーこーちゃん!!」

「あーもーうっさいわね!!何よ!!何なのよ!!今それどこれじゃないのよ!!」

「ハンプティダンプティ!!」

 

 

スルーできなかった。

 

 

やかましいにも程がある。

 

 

割と久し振りに見た天童の顔は、相変わらず胡散臭い笑顔をにっこにこにしてこっちを見ていた。無性に腹が立つ。

 

 

なので反射的に殴ってしまったがまあ気にしないことにしよう。茜も奇声を発するが、この人も殴られたときに変な言葉を発するタイプらしかった。なんだろうハンプティダンプティって。

 

 

「や、やっと反応してくれたか…」

「…ほんとに何なんですか?」

「おっ一応年上だということを覚えていてくれたのか。天童さん嬉しいぞ」

「帰ります」

「あー待って待って、15分でいいから話聞いて!!なんか奢るから!!」

「じゃあそこの喫茶店のパフェ」

「それ高いやーつ!!」

 

 

奢ってくれるそうなので15分だけ話を聞いてあげることにした。800円もするパフェを逃すにこではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店に入って、にこがパフェを、天童がコーヒーを注文してからすぐに天童が話し始めた。

 

 

「まあわかるだろ。茜のことさ」

「…」

「あれー?もうちょい食いついてくれると思ったのになー」

 

 

にこも予想はしていたが、何も茜に関する全てに過敏に反応するわけではない。いや平時なら反応したかもしれないが、今は状況が違う。

 

 

「…わざわざそんなに大げさに反応しませんよ」

「嘘だーいつもは過剰反応してたぞー」

「帰っていいですか」

「せめてパフェ来てからにしましょうよお嬢」

「自分で食べればいいじゃないですか」

「俺甘いの苦手なんだよなぁ」

 

 

にこの向かいの席で背もたれに寄りかかりながら怠そうにつぶやく天童。大事な話なのかつまらない話なのかイマイチはっきりしない。いつものことだが。

 

 

「…それで、結局茜がなんなんですか?」

「ああ、茜な。…あいつさ、昔からあんな感じなのか?」

「……どういう意味ですか」

「いや。昔からにこちゃん一筋人間だったのかなーって」

「…それ今関係あります?」

 

 

急によくわからないことを聞き始める天童。今後のスクールアイドル活動のことや茜の不調のことがあるせいでにこは若干気が立っており、つい棘のある返事をしてしまう。パフェとコーヒーも来たが、そっちには手を伸ばさない。

 

 

「…ふ。関係あるか、ねぇ」

 

 

それに対して。

 

 

天童は今までの軽薄な調子を一瞬で潜め、何か貫禄を感じる雰囲気をまとって返事をした。

 

 

にこも、そう何度も天童と交流があったわけではないが…明らかにいつも通りではない。こんなに、真剣な顔をするような人ではなかったはずだ。

 

 

「あるさ。ああ、多いにな。そもそもさ、薄々君もわかってるだろ?何をすべきか。そうじゃなきゃ今関係あるかなんて問いは出てこねぇ」

「…」

 

 

…これは一体誰だ。

 

 

反射的に、にこはそう思ってしまった。いつもの軽薄さは微塵もない。むしろ冷たく鋭く突き刺さるような空気を発して、にこの呼び方さえ「君」となった。これは本当に同じ人物と話しているのか、不安になるほどだ。

 

 

「返事がなくても勝手に喋るぜ?元々おかしいとは思っていた。()()()()()()()()()()()()()()…いや、それが人としておかしいわけではねーな、友達のいないコミュ障だって世の中普通にいるしな。そこじゃねぇ、あんだけコミュ力高くて、社交的で、国外にもパイプを積極的に繋げに行くようなやつが、自身の周りにほとんど知人がいないっつーのはどう考えても異常だ」

 

 

にこの返事は待たずに、しかしにこの目を真っ直ぐに見据えて本当にノンストップで語る天童。その目から放つプレッシャーに、にこも口を挟めない。

 

 

「幼馴染の女の子一人と、仕事仲間二人と、事故仲間が二人。()()()()()()()。世界的グラフィックデザイナーの交友範囲がこんだけ?ありえねぇだろ」

「…だったら、なんだっていうんですか」

「あいつの家の書斎、行ったことあるか?」

「え?」

 

 

書斎。そう、茜の自宅には書斎がある。しかし元々彼の父親の部屋でもあったし、にこはあの日以来ほとんど茜の家には行っていないから書斎に入ったことはなかった。

 

 

「ないけど…」

「あそこ、何が置いてあるか知ってるか?いや俺も知らなくてこの前桜に聞いたんだがよ」

「…知りません」

 

 

 

 

 

 

「にこちゃん観察日記、だとよ。3年前に見たときに、既に100冊以上あったって」

「…?!」

 

 

 

 

 

 

にこは驚愕に目を見開いた。

 

 

100冊以上。

 

 

それほどの量を書き連ねるほど、彼は自分を観察していたのか。

 

 

あまりにも膨大で…思わず鳥肌が立ってしまった。

 

 

「な?明らかにまともじゃねえ。1日1ページ以上のペースだぜ?自分のことでも1ページも日記書けねーわ。それを他人のことを、7年間…おそらく今も続けているだろうから10年間。君は10年間、休みなく、他人の観察日記を、毎日1ページ以上書いてられるか?」

 

 

無理だ。

 

 

にこは、ほとんど条件反射でそう思ってしまった。いや、そう思うしかない。日記を書こうとしたことはあるが、自分のことでさえ書けて5行。それを1ページ?何を書いたらそんなにいくだろうか。

 

 

「…そして、その中心は必ず君だ、にこちゃん」

「…」

 

 

返事はできない。しかし、そうだとは思っていた。茜がおかしくなった理由に心当たりはあった。

 

 

しかし、その解決策は…思いつかない。

 

 

「10年前に何があったかなんて聞かないけどさ、その時の君の行動が茜にここまで強烈に影響しているはずだ。…そうだとしたら、茜を助けられるのは君以外ありえない」

「何よ…そんなのわかってるわよ…」

「おや?」

 

 

自分がなんとかしなきゃいけないとはわかっている。

 

 

そもそも茜がおかしくなっていることは、茜がμ'sと関わり始めた時から気づいている(逆に言えばそれまで気づかなかった)。その時から自分の失態にも気づいていた。

 

 

「何とかしなきゃとは思うわよ。でも…どうしたらいいかわからないのよ!!どうしたら茜が元に戻るかなんて!!わかるわけないじゃない!!」

「オーケー落ち着けお嬢。今俺たちは喫茶店にいるわけだ。喫茶店なうなわけだ。周りにはお客様がそれなりにいらっしゃる。あんまり大声出すもんじゃないぜレディ?」

 

 

つい叫んでしまった。しまったと思い、天童も焦っている。周りの客の視線を感じて周りにぺこぺこ頭を下げる天童。天童的には心の中ではちくしょうなんて日だって感じである。気を紛らわせるために飲んだコーヒーも冷めている。ほんとになんて日だ。

 

 

「…ま、まあともかく…わかんねえなら誰かに相談するとか無いのかよ」

「こんなこと誰に相談するんですか」

「俺がいるじゃねぇか!!」

「…」

「せめてツッコんで?」

「私にそんな元気があるように見えます?」

「見えませんでしたすみません生きててごめんなさい」

「何なんですか」

 

 

頭を机にゴリゴリ押し付けて謝る天童。にこからしたら気持ち悪いこと極まりない。

 

 

「冗談は置いといて、君にはμ'sの仲間がいるだろ?彼女たちは信用ならないのか?」

「…それは」

 

 

にこが言い淀むと、天童はふっと息を吐いて、何か確信したような表情を見せた。

 

 

「…なあにこちゃん。誠に不愉快だろうが…君が茜を救えない理由を言い当ててやる」

「何ですって?」

 

 

鋭いプレッシャーは保ったまま、何か余裕のある表情で天童は続ける。

 

 

「その理由はな、—————————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、穂乃果を見ない。

 

 

穂むらにはいつも通りよく顔を出しているが、穂乃果が出てくるのをほとんど見ない。いつもなら店番してようが部屋にいようが邪魔してくるのだが…いや邪魔がないのは仕事上好都合なんだが。

 

 

だからってわざわざ穂乃果に連絡をとったりは…実は何度かしたのだが、全部返事なしだ。これは何かあったのだろう。

 

 

『…はい、園田です』

「あー、もしもし、水橋だ」

 

 

というわけで、とりあえず園田に電話した。本人に繋がらないなら周りから情報を得るしかないだろう。いやそんなに穂乃果が心配かと言われたらそうでもないんだが、ほら、いつも元気なヤツが元気無くなってたら気になるだろ。誰に弁明してんだ俺は。

 

 

しかし休日の朝8時に起きてんのかこの子は。穂乃果とえらい違いだ。

 

 

『お久しぶりです。しかし珍しいですね、桜さんが私に電話なんて…』

「あー、ああ、まあな…」

 

 

電話は苦手だから受け答えがコミュ障をモロに醸し出してしまって若干恥ずかしい。メールにすればよかった。

 

 

つーかお前も「桜さん」って呼ぶのかよ。

 

 

『…それで、一体どのようなご用件でしょうか?』

「…あー、穂乃果についてなんだがな」

『っ…』

 

 

 

 

一瞬。

 

 

 

 

確実に、息を飲む音が聞こえた。

 

 

 

 

 

ああ、これは何かあったな。確実に。

 

 

「最近全く姿を見ない。別に邪魔されなくなるから構わないんだが、流石に気になってな。…何かあったな?」

『…はい』

 

 

やっぱりな。そこは想定内だ。

 

 

 

 

『穂乃果が…スクールアイドルを辞めると…』

「…なんだと?」

 

 

 

 

内容は果てしなく予想外だった。

 

 

嘘だろ?あれだけ毎日毎日楽しそうにスクールアイドルの話をしていた穂乃果が。早起き苦手なくせに頑張って朝練してた穂乃果が。

 

 

…俺にソロを作らせておいて、辞めるだと?

 

 

「嘘じゃねーだろうな」

『…本当です』

 

 

そこからことの顛末を聞いた。南が留学すること、穂乃果がそれに気づかなかったことを気に病んだこと。今はほとんど仲違い状態であること。

 

 

『…なので、今はμ'sは活動休止をしていて…』

「実質解散みてーなもんか」

 

 

だいたい音楽グループが活動休止したらそのまま辞める。そうでもないときもあるが…だいたい期待しないもんだ。

 

 

「なるほどな。オーケー、助かった。教えてくれてありがとよ」

『いえ…。しかし、どうしたらよかったのでしょう』

「知るか。もう過ぎたことを、どうしたらよかったかなんて考えても不毛だろ。どうすればいいかぐらいならわかるかもしれねーが」

『ふふっ…そうですね。…それでは、桜さんはどうしたらいいと思いますか?』

「それも正直わからん」

『えっ』

 

 

えっじゃねーよ勝手に期待すんな。

 

 

「わからんが、とりあえず穂乃果に会いに行く。少なくともせっかく作ったソロ曲を受け取って貰わなきゃ、俺の気が済まん」

『…うふふ、そういうことにしておきますね。ありがとうございます、私も少し気が晴れました』

「どーいたしまして」

 

 

そこまで会話して、挨拶をして電話を切る。

 

 

「…さて、それじゃあ乗り込むか」

 

 

スマホをジーパンのポケットにしまって腰を上げる。…何を隠そう、今俺は穂むらにいるのだ。あとは穂乃果母に許可を取って部屋に突撃するだけでいい。

 

 

「あの、

「いいわよ」

「まだなんも言ってねーんですけど」

 

 

聞く前に返事が来た。何なんだよ。

 

 

「穂乃果を励ましてくれるんでしょ?それなら歓迎よ。お願いね、桜くん」

「何でそんなお見通しなんですかね」

「そりゃもー桜くんは息子みたいなもんだから!」

「意味わかんねーです」

 

 

本当に意味がわからん。

 

 

とりあえず無事に許可は出たため、二階にお邪魔させてもらう。穂乃果の部屋の前に着いても、中から音はしなかった。

 

 

恐らく寝ているであろう穂乃果に、気合いを入れてやろうと思って一気に扉を開ける。

 

 

 

 

 

「おい穂乃果!いつまで寝…て…」

「…えっ」

 

 

 

 

 

寝てなかった。

 

 

着替えていた。

 

 

あー、そりゃ朝8時すぎだもんな。

 

 

ああ、俺が悪かった。

 

 

「っきゃああああああああああ?!?!」

 

 

バシーンッ!!と。

 

 

なかなか威力のあるビンタに見舞われた。

 

 

流石に文句も言えん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いやすまんかったって」

「もう!!ノックくらいしてよ!!」

 

 

しっかり着替えを待ってから再入室したが、思いっきりご立腹だった。うん、ほんとにすまん。

 

 

「…それで、急にどうしたんですか?」

「ああ…スクールアイドルやめたんだってな」

「…っ!!」

 

 

その一言だけで穂乃果の身体は強張った。やはり、何かしら大きな負担になっているんだろう。

 

 

「…顛末も聞いた」

「それで…どうしたんですか。桜さんも私を怒るの?」

 

 

向かいに座って俯く穂乃果は、怒りや不満よりも恐れで声を震わせているようだった。

 

 

「別に怒りはしねーよ。そんな程度で怒らねー。やるも辞めるもお前の勝手だしな」

「じゃあ…」

「はいよ」

 

 

何事か言われる前に、渡すべきものを渡しておく。

 

 

渡すべきものとは、一枚のCD。

 

 

「…これは?」

「お前のソロ曲だよ」

「え?!」

「完成したから、持ってきた。歌うかどうかはおいといて、お前のための曲だからな」

 

 

そう、穂乃果一人が歌うための曲、「愛は太陽じゃない?」。歌詞も穂乃果に寄せて修整した。

 

 

「え…えっと、今聴いてもいい?」

「ああ、どーぞ」

「…恥ずかしがらないんだね?」

「そりゃ自分の曲は誇りを持って完璧だと言えるからな」

「すっごい自信満々」

 

 

俺の曲は人に聴かせて恥ずかしいような代物ではない。如何なる人が聴こうが賞賛されるものだ。本当にそうだったんだから仕方がない。

 

 

穂乃果は早速パソコンに取り込んで曲を再生した。ちなみに歌は人工音声だ。俺が歌ってもよかったんだが、この曲は俺が歌うわけにはいかないと思ったんでな。

 

 

一巡して再生が終わった後、穂乃果はしばらく感動したように目を閉じ、その後もう一度初めから再生して…もう一巡したところで、やっとまた口を開いた。

 

 

「…ねぇ、桜さん」

「なんだ?」

「桜さんは…やっぱり、この曲歌ってほしい?」

 

 

穂乃果はこっちを見ず、パソコンの画面を見ながらそう言った。恐らく歌いたいと思ってるだろう。しかし自分はμ'sを抜けてしまっているから歌うわけには…、そんな感じだろう。

 

 

そりゃあ曲を作った本人としては歌ってほしいに決まってるが…そんな理由ではこいつも満足しないだろう。まあ満足させてやる義理もないんだが。

 

 

しかしまあ、本心で返事するとしたら。

 

 

「…ああ、歌ってほしい」

「作曲者として?」

「それもあるが…俺はスクールアイドルをやっているお前に歌ってほしくてこの曲を作った。それをイメージした。その姿が一番お前に映えると思ったからな」

 

 

実際。

 

 

穂乃果がスクールアイドルをやっている姿は気に入っていた。

 

 

そもそも気に入らなければここまで肩入れしないわけだが、音楽の才能の塊みたいな俺が音楽関連の何物かを気にいることなどほとんどない。

 

 

μ'sは別に歌は(俺基準では)上手くなかった。踊りは知らん。

 

 

だが、心の底から楽しそうなその表情、雰囲気。そういうものには、心が惹かれてしまった。

 

 

「…」

「そして…やっぱり、そんなお前を、また見たみたいとは思う。しかもそれが俺の歌を歌ってくれているなら尚更な」

 

 

穂乃果は黙っていた。黙って考えているようだった。恐らく、自分がどうすべきか、どうしたいのか。

 

 

「…私は、μ'sやめちゃって…でも、やっぱり歌いたい、踊りたい。この前ヒデコたちと遊んだ時も、そう思った」

 

 

ヒデコが誰か知らんがこの際置いておく。

 

 

「でも…みんな、きっと許してくれないよ…」

「そんなもん知るか」

「えっ」

 

 

弱音を吐いて、慰めを期待するようにこっちを見てきたから…慰めないでおいた。そんな気休めはしない方がいいと思ったから。

 

 

「許してくれるまで謝ればいいんじゃないのか。…別に、犯罪起こしたわけでもねーんだし。土下座してでも謝って、またみんなで笑えるようにすればいい」

「でもそんなの…そんな簡単なことじゃ…」

「あー、あれだ。ついでに南も連れ帰ってこればいい。最悪渡航費くらい出してやる」

「流石にそれは無茶すぎない?!」

 

 

渡航費云々は冗談だが、南を連れ帰ってくることは割と本気だ。この前の電話の感じからして、天童さんも動いている。あの人が動いているなら、下手な安全策を取るよりも最高のハッピーエンドを目指すべきだ。

 

 

「とりあえず園田あたりに謝ってからだな。…どうしても勇気が出ないなら神田明神でも行ってこい。神霊なんか信じねーが、あそこでいつも練習してるならちょっとくらいご利益を期待してもいいんじゃねーか」

「…そうかな」

「そうだと思うぞ」

 

 

ご利益云々も冗談だが、実際穂乃果に多くの縁を繋いだ場所でもあるはずだ。穂乃果の気持ちに、何かしらプラスにはなると思う。

 

 

「…うん。夕方くらいに行ってみる」

「いやすぐ行けよ」

「まだ頭が整理できてないから…しっかり考えておきたいの」

 

 

少し笑顔が戻ったような穂乃果はそう言って立ち上がる。若干元気になったようだ。いやビンタできるくらいだから元々それなりに元気か。

 

 

「それに、お店のお手伝いもあるしね」

「それ先に言えよ」

「えへへ…何か買ってく?」

「いや、もう買ってあるし、今日はこの後おおさかに向かうからすぐ出るよ」

「えー」

「えーじゃねえよ。そもそもそうじゃなきゃ朝に寄らねーよ」

 

 

店の手伝いに向かう穂乃果と共に一階に降り、パソコンと周辺機器を回収して外に出る。外は相変わらずクソ暑いが、そんなに悪い気分ではなかった。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は三人称視点からのにこりんぱな結成、そして黒幕っぽい天童さんです。三人称視点で天童さんのつかみ所のない感じを感じていただければ。
そして巻き込まれ大魔王こと水橋君、こんな時にもラッキースケベです。ラノベの主人公かよォ!!!割とデレ成分も多めですがまだまだくっつきませんよー。


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ひとりの盲信の真相



ご覧いただきありがとうございます。

今日も連投です。
今回は特にシリアス多めなので、私も静かにいきます。
あまり過激ではないですが、一応「残酷な描写」タグをつけておいた理由がこのお話になりますので、苦手な方はご注意を。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「よーい、スタート」

 

 

ここしばらくは、私と花陽、凛、創一郎の4人で活動していた。天童さんと話した後も、なかなか茜の元に行く勇気が出ず、こうして練習することで気を紛らわせていた。

 

 

「ゴール!!」

 

 

今走っているのは凛と花陽。私はさっき走って、今は休憩中。この長い階段を走って上るんだからそう何度も連続してできない。創一郎はできそうだけど。

 

 

「はぁ、はぁ…」

「かよちん遅いにゃー」

「ご、ごめん…はぁ、はぁ、久しぶりだと、きついね…」

「当たり前だろ。運動しなかった分だけ体力は失われる…だからこその基礎練だ。夕方にやるのは比較的涼しいから、あと太陽が背を向く形になるからだな。眩しくないし目に優しい」

「…あんた本格的にマネージャーになってきたわね」

「マネージャーだからな」

 

 

穂乃果が抜けてから他のみんなは多少なりとも落ち込んでるのに、創一郎だけむしろやる気に満ちていた。なんかあったの?

 

 

 

 

 

「あっ!」

「…凛ちゃん、花陽ちゃん、にこちゃん…創ちゃんも」

「…穂乃果ちゃん」

 

 

 

 

 

そこに、階段を上ってきたのは…穂乃果。私たちが練習しているのを見て驚いているようだった。

 

 

「練習…続けてるんだね」

「当たり前でしょ?スクールアイドル続けるんだから」

「え?」

 

 

私の答えにさらに驚く穂乃果。廃校を免れた今、穂乃果としては活動する意味はないと思ってるのかしら。

 

 

「…μ'sが休止したからって、スクールアイドルをやっちゃいけないって決まりはないでしょ」

「でも、何で…」

 

 

何で、ですって。

 

 

愚問にも程があるわ。

 

 

 

 

 

 

「好きだから」

 

 

 

 

 

 

それが私の全てよ。

 

 

「私はアイドルが大好きなの。みんなの前で歌って、ダンスして、みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって…そういう気持ちにさせてくれるアイドルが、私は大好きなのよ!!」

 

 

そう。私はアイドルが大好きで…私自身も、アイドルになりたかった。

 

 

茜が応援してくれた夢を、叶えたいの。

 

 

だから。

 

 

 

 

「穂乃果みたいにいい加減な『好き』とは違うの!!」

 

 

 

 

ちょっときつい言い方をしてしまった。勿論嘘はない。私の「好き」にはいろんなものが詰まってるもの。

 

 

「違う!私だって…」

「…どこが違うの?自分から辞めるって言ったのよ。やってもしょうがないって」

「それは…」

「にこちゃん、言い過ぎだよ…」

 

 

凛に咎められたけど、これは言っておかなきゃいけない。私は…中途半端にアイドルをやってほしくなかったから。

 

 

「ううん、にこちゃんの言う通りだよ。…邪魔しちゃってごめんね」

 

 

バツの悪そうな顔をして私たちに背を向ける穂乃果。

 

 

「待ちなさい」

「…?」

 

 

それを、私は呼び止めた。もう一つ言っておかなきゃいけないことがあるから。

 

 

「今、茜は全く連絡が取れないわ。あんたが辞めた日から」

「え…」

「元凶は私だけど…トドメを刺したのは、あんたよ。私がなんとかするけど…あんたが茜に謝らない限り、私はあんたを許さないわ」

「…うん、わかった」

 

 

穂乃果は顔を伏せて返事をし、そのまま階段を降りていった。…茜のことは言わないわけにはいかなかった。あいつの悲劇を、知ってもらわなきゃ。

 

 

 

 

 

 

『…なあにこちゃん。誠に不愉快だろうが…君が茜を救えない理由を言い当ててやる』

『何ですって?』

 

 

あの日、何かを悟った天童さんが言った。

 

 

『その理由はな、…君のくだらない独占欲だよ』

『…独占欲?』

『そう。きっと君は心から茜に恋し、愛したんだろう。俺も知らない過去からな。幼いながら本気だったんだろ』

 

 

天童さんの指摘は確かに腹立たしく、でもきっとそうなんだって納得できた。

 

 

だって、今でも茜が女の子と仲良くするのは気に入らないもの。μ'sのメンバーでさえ、あまり積極的に関わっているとつい睨んじゃう。確かに酷い独占欲だ。

 

 

『今一度知らなきゃいけない。茜は君だけのものじゃないってことを。君一人で考えて助けられるもんじゃないってこと。だって現にあいつは病んでるわけだしな』

『…病んでるの?』

『多分なー。君にも連絡せずに引きこもるなんてそうじゃなきゃありえねーだろ?…だからさ、仲間を頼りな。君の知らない場所で補佐はするからよ。…だから、

 

 

 

 

どうか…茜を救ってくれ』

 

 

 

 

 

 

そうよ。

 

 

茜は…私のものでは、ないわ。

 

 

「なあにこ…元凶がどうのとか、一体なんの話だ?」

「…うん。今から話すわ」

 

 

ちょうど今日の練習はここまでだし、話すタイミングとしては今よね。花陽と凛も不安そうにこっちを見てるし。

 

 

「昔、茜に何があったのか…聞いて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は人気者だった。

 

 

運動は冗談みたいにできなかったけど、みんなと話をするのも好きだったし、勉強は得意だったし、運動音痴も笑いに変えられる程度にはユーモアもあった。僕はみんなが大好きで、きっとみんなも僕が好きだったと思う。みんなのためならなんだってできるって思ってた。

 

 

もちろんにこちゃんとも、保育園時代から仲良くしていた。家も近かったし、2人でよく遊んだりもした。その時はもっといろんな友達と遊んでいたけど。

 

 

父さんは数学者で国立大学の准教授だったし、母さんは専業主婦をしつつ趣味で漫画を描いてネットに上げたりしていた。親の影響で勉強もいっぱいしたし、絵もたくさん描いた。その道の才能があったのか、たまたま幼い頃から親しんできたからか、とにかく運動音痴を優にカバーできるほどの絵の技術と頭脳が僕にはあった。

 

 

絵を描くとみんな褒めてくれたし、喜んでくれた。みんなが喜んでくれるのが嬉しくて、沢山絵を描いた。ポスターなんかの絵にも使われて、結構名前が知れ渡っていた。

 

 

8歳の時、そんな僕に一つの招待状が届いた。

 

 

夏休みに日本全国の才能ある子供を集めて合宿し、交流しようというものだった。

 

 

「というわけで僕が波浜茜です」

「へぇ、君が波浜少年か。私は藤牧蓮慈だ。よろしく」

「…俺は雪村瑞貴。同年代は俺たちだけなのか?」

「っていうか大半中学生以上だし」

「1桁の年齢は私たちだけだな。まあ当然か、この私に匹敵する頭脳などいないだろうしな」

「何この人」

「俺に聞くなよ」

 

 

この時、はじめてまっきーとゆっきーに出会った。まっきーは今と同じくらい…いや今よりはるかに鬱陶しいやつだった。ゆっきーは変わんない。

 

 

「こら、蓮慈。あまり自分の才能を過信するんじゃない。驕りは成長を止めるぞ」

「む、父様。失礼しました」

「大丈夫よ。お父さんも怒ってるわけじゃないわ」

「うん、わかってるよ母様。少し驕りが過ぎてしまった」

 

 

彼の両親は共に医師で、世界的にも有名な人だった…らしい。僕は当時よく知らなかったし、今から調べても10年経ったら多分埋もれてるから当時の評判はわかんない。

 

 

とにかく、かなりの人格者だったことは覚えてる。

 

 

「これはこれは…藤牧先生、お会いできて光栄です」

「こちらこそ、波浜先生。先月の論文、拝見させていただきましたよ。非常に画期的な式でした…プログラムにも組み込みやすい。ただ数学として進歩するのみならず、ITにも衝撃を与えるでしょう」

「それほどのことではありませんよ。2つの変数の比例関係を見出し、1つの変数として再定義しただけですから」

「それだけでどれだけ計算が簡単になるか計り知れませんよ。それに…」

 

 

父さん…波浜大河はまっきーのお父さんと議論に火がついてしまった。流石についていけない。

 

 

「ははぁ…やっぱり天才の親も天才ってことなのか?」

「そんなことはないよぅ。私たちはただの一般人だけど、瑞貴はこんなに立派だもの」

「その通りですよ、雪村さん。私も夫はあんなのですが、私は一介の医師にすぎませんし」

「私もただの専業主婦ですもの!!」

「波浜さんはともかく、藤牧さんは十分優秀じゃありませんかね?」

 

 

一方の母さん、波浜藍はテンション高めで雪村夫妻に絡んでいた。テンション高いのはいつものことだったわ。

 

 

「僕らはもうバス乗っちゃっていいのかな」

「扉は開いてるが、入っていいのかはわからんな」

「開いてるのだから入っていいに決まっている。さあ行くぞ」

「うわ力強い」

 

 

合宿施設まではバスでの移動だった。親に取り残された僕らは、まっきーに連れられて車内に連行された。まっきーは何故か力も強かった。反則じゃない?

 

 

車内はまだ誰もいなかったため、僕ら3人で最後列を陣取った。しばらくしてから他の子供達や親たちも乗り込んできた。

 

 

「あれ、雪村君のご両親は?」

「うちの親は今日もこの後仕事だ。夏休みとはいえ、平日だから普通はそうだと思うんだがな」

「私の両親は医師でありながら参加しているぞ?」

「絶対おかしいと思うんだよな」

「うちは父さんはともかく母さんは暇だから」

「茜ー聞こえてるわよー!」

「やばい」

 

 

一応このイベントは親も同行可能だった。平日のくせに割と参加者多かった。うちもそうだったし。

 

 

出発時刻になって程なくして、バスは出発した。最初は都市部を走っていたが、だんだん山の風景に変わっていった。

 

 

「とりあえず仲良し計画として、雪村君はゆっきー、藤牧君はまっきーって呼ぶね」

「なんだそのダサいあだ名」

「いいじゃないか、私は構わないぞ。私だと判別できればなんだっていい」

 

 

まずは仲良くなろうと思って、早速あだ名をつけた。安直な感じもしたけどまあいいかと思った。

 

 

「ところで、2人はどんなすごい人なの」

「私は見ての通りの天才だ。すでにストークスの定理程度ならマスターしている…他の大方のことはできないことの方が少ないな」

「なんでこんなに自信満々なんだろうな」

「ねー。僕より上手く絵を描けるのかな」

「非常に残念だが、そういった芸術方面は探究分野ほど明るくない。出来なくはないが、天才には至らないな」

「何故こんなに鼻につく言い方なんだこいつ」

「にやけてるからじゃない?」

「…素直に賞賛されなかったのは初めてだ」

 

 

自信満々で自己肯定感の塊みたいなまっきーも、同じく天才の枠組みにいる僕らからはただの腹立つ頭いいやつでしかなかった。だからこそ仲良くなれたとも言えるけど。同じ土俵に立てる人自体が少なかっただろうからね。

 

 

「俺は立体把握とデザインだな。小物とか服とかを、完成品から展開図をすぐに連想でき、展開図から完成品を想像できる。立体的なデザインのセンスも買われたな」

「服作れるの?」

「ああ。…あんまり気にしたことないが、難しいらしいな」

「むう…私も服は作ったことはないな。できなくはないだろうが」

「最後の一言いるか?」

 

 

ゆっきーはゆっきーで気が短かった。一言だけでむっとする程度には。

 

 

「僕はお絵かきだよ。鉛筆でデッサンしてることが多いけど、水彩画とかもやるしデジタルで描いたりもするよ」

「また芸術分野…まあ私がいたら探究分野の天才は呼べないか」

「猛烈に腹立つな」

「落ち着いて」

 

 

まっきーの無自覚煽りがすごく的確にゆっきーの逆鱗を貫いていくからすっごいハラハラした。やめようよ。

 

 

 

 

 

その後も僕ら3人は話を続け、かなり仲良くなった…と僕は思っている。まあ悪くはない。多分。

 

 

 

 

 

そんな、なんの変哲も無い一コマに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズゴッ!!!!!!っと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい音を立てて、大岩が降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「え」

 

 

 

 

僕の身体は宙を舞った。全ての景色がスローモーションで流れていく。声が悲鳴と爆音に掻き消される。

 

 

同じように投げ出されそうになって、両手でシートにしがみつくゆっきーが見えた。

 

 

何かを叫びながら、左手でシートを掴み、右手を僕に向けて伸ばすまっきーが見えた。

 

 

僕は反射的に手を伸ばした。まっきーの手に触れ、一瞬引かれて微妙に軌道が逸れたが、僕の筋力では彼の手を掴み続けることはできなかった。

 

 

 

 

 

ゆっきーの姿は落石で見えなくなった。

 

 

 

 

僕に向かって叫ぶまっきーの右腕が巨石に吹き飛ばされるのを見た。

 

 

 

 

吹き飛ぶ眼下で、父さんと母さんが岩に押し潰されゆくのが見えた。

 

 

 

 

 

2人が僕に向かって、手を伸ばしているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

僕には、ゆっきーも、まっきーも、父さんも母さんももっと沢山のいっしょにいる人たちも…助けられなかった。

 

 

 

 

 

僕のせいではないけど、叫び声をあげるほど悔しかった。

 

 

 

 

 

そして、背中を何かが突き破り、壮絶な痛みで僕は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あの日までは、茜は誰とでも仲良くできたし、誰彼構わず助けるような…正義感の塊みたいなやつだったわ」

 

 

茜に起きた悲劇を、ほとんど伝聞ではあるけど、私の知る限りを花陽、凛、創一郎に伝えた後で、私はそう続けた。

 

 

「背中には引き千切れたバスの手すりが突き刺さっていたそうよ。背中から胸にかけて貫通していて、奇跡的に心臓を避けていたのを加味しても生存できたのは本当に奇跡だって、そう聞いたわ」

 

 

あの日病院に運ばれた茜には、半年以上面会すらできなかった。元々体力のなかった茜に、肺の大部分を損傷するような大怪我だったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()間違いなく死んでいたと言われるほど。

 

 

「そして、久しぶりに会った茜は…絶望した顔だったわ。目が死んでた。もう冗談みたいに笑わなかったわ」

 

 

病院で初めて面会した日には、茜はご両親の死を聞いていた。即死だったそうだ。

 

 

「…茜は同年代の中では圧倒的に大人だったわ。人のことを考え、人のために頑張れるやつだった。いろんな不幸を受け入れて克服できるやつだった。…だから、大人すぎたから、ご両親の死を真正面から受け止めてしまった。忘れたり、否定したりして逃げなかった」

 

 

きっとあいつは、逃げることを知らなかった。逃げ道を知らなかった。だから、ご両親の死も逃げずに受け止めてしまったせいで…もう、発狂寸前だったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茜!茜、よかった…目が覚めたのね!!」

「…にこちゃ」

 

 

どれだけ気を失っていたのかわからないけど、とりあえず目は覚ました。しばらくして容体が安定してから、西木野先生から両親は即死だったと伝えられた。ゆっきーは両足が潰されて重症だが意識は随分前に戻り、まっきーは右腕と右目を失った上でピンピンしていることも聞いた。あともう1人生存者がいたそうだが、後はほぼみんな即死だったとか。

 

 

「…茜?大丈夫?」

「…にこ、ちゃん」

 

 

肺の状態も聞いた。実際呼吸もロクにできなかった。でも何より、父さんにも、母さんにも、もう会えないことが僕の心に重くのしかかった。

 

 

もう、父さんの声は聞けない。

 

 

もう、母さんの手は握れない。

 

 

涙さえ流すこともできなかった。

 

 

 

 

「…にこちゃ。父さん、母さんも、死んじゃったよ」

「え…」

「…僕、僕だけ生き残っちゃったよ」

「茜…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕…どして、生き残っちゃったんだろ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

死にそうな声で、死にそうな言葉で、にこちゃんに漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…私は、その頃から茜が好きだったわ」

「急に変なカミングアウトするんじゃねぇよ」

「いやわかってたにゃ」

「わかるよね」

「嘘だろおい」

 

 

そう、私は茜が好きだった。…ええ、今でも好きよ。みんなに好かれる茜に、みんなのために頑張る茜に恋して、羨ましくて…独り占めしたかった。

 

 

「茜はいつもみんなのものだった。あいつも私1人を見ることはなかった。幼馴染だから関わりは多かったけど、あいつにとって特別なんてことはなかったのよ」

「それが、茜がおかしくなったことに関係あんのか?事故自体にお前関わってねぇんだろ」

「ええ。だからこの後なのよ。…私は思ったの。思ってしまったのよ。幼いながら、私は本気で好きだったから、幼かったから止まらなかった」

 

 

そう、幼かったから。しかし、それで片付けて放り投げるわけにはいかない。何年前の罪でも、私の罪だから。

 

 

 

 

 

 

「今、心が壊れそうな茜なら…私のものにできるって、思っちゃったのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…茜、私はあなたが生きててよかったと思うわ」

「…僕、何もできなかったよ」

「ううん、何ができたかじゃないの。あなたが生きててくれたこと、それだけでとっても嬉しいの!」

「…せっかく生き残ったのに、何のために生きればいいかもわからないよ」

 

 

僕の心は限界だった。

 

 

両親が目の前で死んで、無謀にも受け入れてしまって、平気なわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの簡単よ!あなたはきっと、私のために生きててくれたのよ!大丈夫、私もずっと一緒にいてあげるから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

僕が生きていくには、その言葉に縋り付くしかなかったんだ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

…自分で読み返していて泣きそうになるので困ったものです。
波浜君は、端的に言えば「超博愛主義」です。自分が死んで誰かが助かるなら平気で死にに行くような人間です。
それが、他の被害者や愛する両親を差し置いて自分だけ生き残ったら。しかも満足に呼吸もできない状態で。しかも一瞬にして天涯孤独です。8歳で。このまま退院して放り出されても即刻死ぬでしょう。
そこに刺さったのが、幼いにこちゃんの無邪気な願望です。
波浜君はそれに救われ、それ以外の一切を失いました。
そんな最後の柱も折れた波浜君、ちゃんと助けてあげないといけませんね。


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盲目の恋が終わる日



ご覧いただきありがとうございます。

また前回もお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!もっともっとお気に入りしてくださるように頑張ります!!
そして物語はシリアス終盤です。しっかりハッピーエンドにしなきゃ!!あれっタイトルは終わるとか書いてある!大丈夫かこれ!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「あの日から、茜はまた元気になったわ。3ヶ月くらいは入院してたけど。…元気になった代わりに、私以外の人とはほとんど関わらなくなった。私もそうなってほしいと思っていたから嬉しかったし、μ'sと関わるまで何の疑いも持たなかったけど」

 

 

花陽も、凛も、創一郎も…みんな黙っていた。既に暗くなった境内に重々しい空気が漂っていた。

 

 

「あいつが急にμ'sの手伝いを始めて、花陽が倒れそうになった時に支えたり、絵里のことを気にかけたりして…その時から、昔のあいつの面影が見えたのよ」

 

 

昔の、私だけじゃなくて目に入る全てを助けないと気が済まないみたいな凄まじい博愛思想。それは、あの日以前の茜の姿と同じだった。

 

 

「やっと気付いたのよ。あいつが無理してたって。私のわがままを守るために、今までずっと自分の主義を殺してきたんだって」

 

 

多分、茜にとって、それ以外に生きる希望がなかったんだと思う。必死に私のために生きようと、他の全てを封殺してきたの。

 

 

そんな私の話に返事をしたのは…花陽でも、凛でも、創一郎でもなかった。

 

 

「…やっぱりそうだったんやね」

「…希」

 

 

いつのまにか私の後ろにいた希だった。隣には絵里もいる。境内でよく見る巫女服ではなく、私服だった。

 

 

「ん?どうしたお前ら」

「希がここにあなたたちがいそうだから、買い物ついでにのぞいていこうって言ったのよ」

 

 

何か意図があって来たのではないのね…いや、希のことだからまた何か裏があるかも。

 

 

「希、やっぱりって…どういうこと?」

「えりちがμ'sに入ったときにえりちにも話したんやけど、茜くんってμ'sと関わり始めねから雰囲気が変わったんよ。それまでにこっちしか見ていなかったのに、反射的に他の人も気にかけてしまうような、そんな感じ」

 

 

…流石希ね。そんなに茜と関わりが深かったわけでもないのに、そこまで見抜くなんて。

 

 

「だからえりちに言ったんよ。もしかして、波浜くんって本当はみんなのために頑張りたいんじゃないかって。にこっちが大好きなのはわかるけど、それにしても不自然だ、何か無理してにこっちだけ見ているんじゃないかって」

「…本当に全部お見通しなのね」

 

 

これほどとは恐れ入ったわ。希は優しい笑顔でこっちを見ている。何よ。お母さんなのあんたは。

 

 

「そうでもないよ。…ねえ、にこっち。茜くんを助けたいんでしょ?」

「…うん。でもどうしたらいいのかわからなくて」

 

 

希は関西弁を消して私に問いかけた。こういう希は、大抵真剣なとき。だから私も本音を言った。

 

 

「そっか…どうしたらいいかはわからないけど、何が原因かはわかるかも」

「え?」

「多分ね?多分、にこっちが茜くんを手放したくないからよ」

「…そりゃそうよ。好きなんだもの。あいつを手放したら…あいつはもう私のもとには帰ってこないわ。そういうやつだもの」

 

 

当たり前だ。茜は恐ろしいほどの博愛で、きっと誰のものにもならない。手を離した瞬間、一瞬で他の誰かを救いに行ってしまうのよ。

 

 

「大丈夫よ。…言ったでしょ?茜くんがにこっちのことが大好きなのは私たちにもわかるの。あれはきっと、嘘じゃない」

「…」

「彼を信じて、自由にしてあげて。だって、にこっちが好きだったのは…みんなのために頑張る茜くんなんでしょ?」

「あ…」

 

 

そうだ。

 

 

私はそんな博愛の茜が好きだった。

 

 

その博愛が好きで、恐ろしかった。

 

 

 

 

「にこっちが一番好きな茜くんを、見てあげて?」

「…うん」

 

 

 

恐れちゃいけない。

 

 

たとえ私のもとを離れるとしても…私が好きな茜を、取り戻さなきゃいけないわ。

 

 

 

 

それが、彼を縛った私の責任よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ。

 

 

今日って何日だっけ。

 

 

ご飯は食べたよな。食べた気がする。

 

 

今って何時かな。

 

 

まあいいや、お腹すいた。

 

 

お腹すいたけど、あんまり食べてもどうせ吐くからレトルトお粥でいいや。っていうか数日そればっかな気がする。

 

 

とりあえず日が出てるから夜ではないだろう。それ以外はわかんない。まあいいや。

 

 

ふらふら立ち上が…ろうとして座り込む。足に力が入らなくて立てなかった。まあいいや、ご飯くらい。

 

 

あ、にこちゃん観察日記書かなきゃ。でも最近会ってないや。何書こう。あれ、何日前から会ってなかったっけ。

 

 

全然頭回んない。

 

 

 

 

 

 

がちゃっと、扉が開く音がした。

 

 

鍵はかけた気がする。

 

 

だとすれば…鍵を開けられるのは、にこちゃんだけ。

 

 

 

 

 

 

 

「茜ー、入るわよー」

 

 

 

 

 

 

 

ああ、間違いない。にこちゃんだ。

 

 

「…久しぶりに来たけど、やっぱり変な匂いするわね」

「油絵の匂いだよ、にこちゃん」

「それと洗ってない食器とかの匂いもすごいわよここ」

「そうかな」

「そうよ」

 

 

そんなひどい匂いするかな。食器を洗う元気はなかったけどさ。

 

 

「もともともやしみたいなのに更にやつれたわね」

「そんなことないよ、にこちゃんが来たからパワー全開だ」

 

 

そうだ、僕にはにこちゃんさえいれば何でもできる。だってそのために生きてるんだからね。

 

 

「…じゃあ何であんたは、私の手伝いをしてないのよ」

「ん?」

「今も私はスクールアイドル続けてるのよ?何であんたは私の近くにいないのよ」

 

 

ああ、そういえばそんなメール来ていたな。返事してなかったっけ。いつから練習するんだっけ。

 

 

「おかしいな、にこちゃんからの連絡に返事してなかったなんて。ごめんね、すぐ準備するから…」

「茜」

「ん?」

 

 

すぐに立ち上がって…いや、立ち上がろうと踏ん張っただけだけど、とにかくにこちゃんのお手伝いをするための準備をしようと思ったら、にこちゃんが声をかけて来た。なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「…もう、私のために頑張らなくてもいいのよ」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………え」

 

 

 

 

 

 

 

動けなくなってしまった。

 

 

「な、何で…なんで?そんなの…そんなこと言われたら、僕は何のために生きればいいの?今までずっとにこちゃんのために生きてきたのに…」

 

 

あの日、僕の死んだ心を救ってくれたにこちゃんの言葉。その言葉の通りに、僕はにこちゃんのために、そのためだけに生きてきた。今になってその手を離されたら…また生きる意味を見失ってしまう。

 

 

「やだ…嫌だ、そんなの嫌だ。僕はにこちゃんのために生きるんだ、頑張るんだ。にこちゃんがいたから今僕は生きているんだ、だからにこちゃんのために頑張るんだ。にこちゃんのために…にこちゃんさえいれば…」

 

 

にこちゃんこの命の恩返しをしなきゃいけない。生きる価値をくれたにこちゃんに返礼をしなければならない。

 

 

あの日、生き残ってしまった僕にはその程度の価値しかない。

 

 

「茜、よく聞きなさい」

 

 

うわ言のように繰り返す僕の肩を掴んでにこちゃんは真っ直ぐに僕を見る。知らぬ間に僕の目からは涙が溢れていた。

 

 

「私は、あんたが好きよ」

「うん、僕も

 

 

 

 

 

「いいえ、あんたはそうじゃないわ」

 

 

 

 

 

え?」

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

僕ら相思相愛だと思ってたけど。

 

 

というか、僕がにこちゃんを好きではないの?

 

 

「…あんたは私しか見ていないだけ。私がそう仕向けただけよ。あんたには…他に選択肢がないだけよ」

「そんなこと…そんなことないよ!!」

「あるわ。あんたは必ず『私のために』って言って行動する。それ以外の行動理由がないのよ。私に関わることだからやる。関わらないならやらない。他の都合は一切考慮しない」

「それは…」

 

 

それは確かにそうだ。だってにこちゃんのために生きているんだから、他のことを頑張る意味はない。

 

 

「あんたは、昔は沢山の人のために頑張ってた。そんな姿が好きだった。…今まで、そんなあんたを独り占めできたんだから私も嬉しいわよ?」

 

 

何なんだ。にこちゃん、そんな今生の別れみたいな言い方しないでよ。

 

 

「…嬉しいけど、正直…今のあんたは好きにはなれないわ」

「そんな…だってさっき好きって…」

「ええ、好きよ。一回好きになっちゃったらそう簡単に嫌いになれないわよ。でも、今から惚れろと言われたら無理よ。かっこよくないし」

 

 

そんなこと言われても困るよ。

 

 

「今はみんなのために頑張ってないもの。…私はあんたに酷いことをしたわ。壊れそうなあんたの心を、都合のいい言葉で縛り付けた」

「でも…にこちゃんの言葉が無かったら僕は今生きていない…!」

「そうかもね。そこは難しいところだけど…それでも、ここから先はいい加減あんたを解放してあげなきゃ」

 

 

何か反論したいが、言葉が出てこない。その一瞬の躊躇は、にこちゃんに次の言葉を出させるには充分だった。

 

 

 

 

 

 

「あんたはこれから、私に構わず生きなさい。私もあんたに縋り付くのは卒業するわ」

 

 

 

 

 

 

「嫌だ!!!」

 

 

 

 

 

 

反射的に叫んでしまった。反論材料なんてないけど、嫌なものは嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ…!!

 

 

「そんなの…にこちゃんがいなかったら僕は…僕は何のために…どうやって生きたらいいの?!嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!独りにしないで!!僕を独りにしないでよ!!!」

 

 

 

 

 

 

バシン、と。

 

 

 

 

 

 

突然ビンタが入った。

 

 

 

 

 

 

痛い。

 

 

 

 

 

 

「…甘えないで」

 

 

にこちゃんも泣いていた。泣いてたけど、語気は強かった。

 

 

「私が言えることじゃないけど、あんた17歳にもなって女の子に縋り付いて生きてんじゃないわよ。大人なら1人で立ちなさい」

「でも…それじゃぼくは何のために…」

「あんたねぇ…」

 

 

にこちゃんは泣きながら、泣いてるけど、凄く綺麗な笑顔を見せてくれた。母親が子供を安心させるときのような優しい笑顔。そして、こう続けるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「別に理由がなくても生きてていいじゃない」

 

 

 

 

 

 

「…え」

「何でわざわざ誰かの許可を受けて生きなきゃいけないのよ。好きに生きればいいのよ、理由なんかなくたって、生きたかったら生きてればいいわよ」

 

 

目から鱗が落ちた気分だ。

 

 

今までずっと、何かのために生きてきた。人のために、にこちゃんのためにって。そうすべきだと思ったし、そうしなきゃいけないと思ったから。

 

 

「あとあんた独りにしないでって言うけどねぇ、あんたにはμ'sの仲間がいるじゃないの。桜さんとか天童さんとか藤牧さんとか雪村さんとかいるじゃないの。何勝手に独りになってんのよ、いつも通りあんたは味方だらけよ?1人が嫌ならみんなに頼りなさい」

 

 

確かに、そう言われればそうだ。僕はいつのまにか沢山の仲間がいた。にこちゃんしか見ていなかったから気づけなかったのか。

 

 

しかし。

 

 

「でも、μ'sは…」

「そう、正直解散寸前よ。だから今、穂乃果にはことりを連れ戻しに行かせてる」

「はい?」

 

 

何言ってんの。

 

 

「いや…留学するんでしょ?」

「そうね。海未の話だと今日出発らしいけど、それでも連れ戻すのが穂乃果よ」

「いやいやいやいや」

 

 

どんだけ先方に迷惑かかると思ってんの。

 

 

「それに…天童さんが知らないところで補佐するとか言ってたし、なんとかしてくれるでしょ」

「…え?天童さんに会ったの?」

「ええ。なんか変?」

 

 

まじで。天童さんが直々に動いてるの。

 

 

「そっか…それなら…」

「何よ」

 

 

前にも天童さんが暗躍したことは何度かあった。そのほとんどは起き始めた崩壊を止めるような、ハッピーエンドを飾るようなもの。

 

 

だったら、これが彼の思うハッピーエンドだというのか。

 

 

「…にこちゃん、僕は自分のために生きてもいいのかな」

「当たり前でしょ」

「もうにこちゃんのためだけに頑張れなくなるかもしれないよ」

「きっとそうなるし、覚悟してるわ」

「ずっとにこちゃんと一緒に居られなくなるよ」

「あーもうわかってるわよ!さっきも言ったでしょ?!私も茜を卒業するのよ!全部覚悟の上よそんなこと!!」

「あふん」

 

 

色々にこちゃんに確認したら殴られた。痛いよ。ひどいよ。でもこの感じ、いつもの僕らとにこちゃんだ。いつも通りのやりとりができるのが、なんとなく嬉しい。痛いけど。

 

 

「…私も茜にいつまでも縋ってるわけにはいかないもの。私こそ、茜がいなくても生きていけるようにならなきゃ」

「寂しいね」

「まあ私はそれでも茜を狙うわよ」

「本人を前にして言うかいそれ」

「言うわよ、幼馴染だし。茜がμ'sのみんなとか、クラスのみんなとか、沢山の女の子と出会って、その上で私を選んでくれるくらいになるのよ。…大体、もう好きって言っちゃったし」

「まあそうなんだけど」

 

 

いくらなんでも僕恥ずかしいよその宣言。

 

 

「宇宙ナンバーワンアイドルになるんじゃなかったの。僕一人にかまけてる場合じゃないんじゃない?」

「それはそれよ。もちろんアイドルに恋愛はご法度だから付き合ってなんて言わないわ。全部終わった後に一緒になるのよ」

「ごめんねにこちゃん、僕発火しそう」

「なんでよ!!」

「恥ずかしいんだよ」

 

 

恋する乙女って強い。メンタルが。何でにこちゃんそんな平気な顔してるの。

 

 

「まあ、でも茜も元気になったみたいでよかったわ」

「うん、にこちゃんのおかげかな。もう僕は…好きに生きていいんだ」

「バカね、初めから好きに生きてよかったのよ」

 

 

安心した顔の、ちょっと寂しそうな、でも望んだ結末に満足したような表情のにこちゃん。改めて見てみると、今までの盲信的な賞賛抜きにしてもかわいかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…そうだね。僕はこれから僕のために生きる。君のためには…生きられない」

「私もよ。私もあんたのためには生きないわ。ずっと一緒にいたりもしない」

 

 

 

 

 

 

しっかりと。

 

 

お互い口にして確かめる。

 

 

確信する。

 

 

 

にこちゃんは「あんたは私を好きじゃない」って言ったけど、流石にそこは譲れない。

 

 

僕はにこちゃんが好きだよ。どんな形であれ、僕を救ってくれた。しかも二回も。二回目に関しては、僕を手放す覚悟までして救ってくれたんだ。

 

 

そんなの、好きにならないわけないじゃん。そんな優しさを持ってる人、ほかにいないよ。

 

 

でも、これからはもっと色んな人を見て、その上でにこちゃんを選ぼう。根拠はないけど、やっぱりにこちゃん以上の女の子はいないと思うんだ。

 

 

 

 

 

 

だから、にこちゃんにくっついている理由はもう無い。

 

 

 

 

 

僕が10年間縋った妄執が、今、終わりを告げたんだ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

2人は幸せなキスをして終了…だと思った方!!!残念ながら違いましたごめんなさい!!キスどころかハグすらせずあろうことかビンタを食らわせました流石にこちゃん!!!
こんな設定にした私が言うのもなんですが、やはり依存はよくないと思ったのでこんな形にしました。よくある「関係を重ねて恋愛に持っていく」タイプではなく、「最初から恋愛感情マックスなのを一度リセットする」形のお話を書きたかったんです。あんまりそういうお話見ませんから。
まあでも結局波浜君とにこちゃんはラブラブカップルになるんですけどね!!!(盛大なネタバレ)

アニメ一期は次話で完結となります。突然二期もその後もお話は続きますが、とりあえずの区切りまでお付き合いいただけると幸いです。


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真説:笑顔の魔法を叶えたい



ご覧いただきありがとうございます。

一気に投稿したアニメ一期終盤、ついにラストとなります。いやーにこちゃん生誕祭に間に合ってよかった!!(無理矢理間に合わせた)
そして二度目のタイトル回収です。私はバッドエンドは苦手なのでちゃんとハッピーエンドにしますよ!え?波浜君が既にかわいそう??聞こえないなー。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「それはそうとして、にこちゃんこの後どうすんの」

「講堂でライブすんのよ」

「何言ってんの」

 

 

僕の中の確執が終わり、あとはμ's復活を目指してどうするのか気になったけど…マジでライブすんの。衣装係いなかったのにライブやんの。

 

 

「服どうすんの」

「制服よ」

「強行突破にもほどがある」

「さあ早く行くわよ、照明頼むわよ」

「強行突破にもほどがある」

 

 

まさかの僕も参加前提だった。待ってよ。

 

 

「いや、何のセットアップもしてないんだけど」

「大丈夫よ。どうせプログラムは残ってるわ」

 

 

どゆこと、と思って、しかしすぐピンときた。

 

 

ライブ会場は講堂で、僕のプログラムが残ってるとしたら…講堂で行ったのと同じ曲をやるわけだ。

 

 

そしてその曲は…。

 

 

「ほら早く靴履いて!!」

「待ってよ」

 

 

にこちゃんに急かされて、外に出る。でも僕走ると死ぬんだけど大丈夫かな。

 

 

と思ってにこちゃんと共に外に出ると、目の前に赤い車が止まっていた。その傍らには見覚えのある人が立っている。

 

 

「…さて、足は必要だろ?」

「天童さん、やっぱいたんだ」

「え、どういうことよ」

 

 

天童一位。

 

 

全ての悲劇を否定する黒幕さんだ。

 

 

にこちゃんに接触したって聞いてから、おそらく全部把握してるだろうなとは思ってた。

 

 

「さあ、乗りな☆」

「「腹立つ」」

「そこシンクロしないで?!」

 

 

でもいつも通りの天童さんだった。腹立つ。

 

 

「ま、まあ、これくらいならいつも通りだ。とにかく、まずは穂乃果ちゃんとことりちゃんを迎えにいくぞ」

「わかりました。にこちゃん、先に学校戻ってて」

「え?私も行くわよ」

「ついてきてどうすんの。先に戻って、みんなを纏めてあげて」

 

 

何故かにこちゃんがついてこようとしているので、にこちゃんには学校に戻るように促す。最悪ライブ開始に間に合わなかった時のために、場つなぎの挨拶くらいしてもらわなきゃ。

 

 

「頼んだよ、部長さん(にこちゃん)

「…わかったわ。さっさと連れて帰ってきなさいよ!!」

 

 

一瞬躊躇したけど、すぐ踵を返して学校に向かってくれた。お願いね、にこちゃん。

 

 

「さて、茜復活祭というわけで俺らも行くぞ」

「おけー」

 

 

早速助手席に乗り込み、天童さんも車を走らせる。天童さんは18歳なのでバッチリ免許持ってる。お仕事で使ってるし。

 

 

「…茜、こいつを飲んでおけ」

「あー、ありが…と…え?何でゆっきーいるの?」

 

 

後ろからなんかの飲み物が入ったペットボトルを渡されて振り返ってみると、なぜかゆっきーがいた。なんでさ。ここ交流あったの?

 

 

「天童さんの隠密部隊に巻き込まれた。あの日ライブ会場にいたせいでな」

「なーに言うんだ雪村君。あんたのお陰で予想以上にハッピーエンドできそうだぜ?」

 

 

まさかの巻き込まれ役だった。てか天童さん、あの日会った人とこんな早く仲良くなれるのか。コミュ力チートじゃん。あとこのペットボトルの中身何。赤黒いんだけど。

 

 

「このグロテスクな飲み物は一体何」

「蓮慈特製の栄養ドリンクだとよ。天童さんの依頼で作ったとか」

「絶対不味いやつじゃん」

 

 

天童さん、気を回してくれるのは嬉しいけど人を間違えてるよ。仕方ないから意を決して一気に飲んでみたけど、ゲロマズだった。一気飲みして正解だった、軽く一口とかだったら絶対二度と口をつけない。吐きそうになったけど。吹き出さなかったのはひとえに僕の肺活量不足だよ。しかも元気になったかどうかはわかんない。踏んだり蹴ったり。

 

 

そのままゲロマズに悶えてるあいだに、空港に辿り着いた。丁度そのタイミングで走ってくる高坂さんと南さんが見えたので、窓を開けて呼びかける。

 

 

「おーい、お二人とも乗るといいよ。お急ぎでしょ?」

「え?!茜くん?!」

「はいはい乗った乗った」

「えーっとよくわかんないけどお願い!!」

「えっえっ」

「わあっ知らない人…じゃない!雪村さん?」

「ああ、同席してすまないな。とりあえず早く乗れ」

「はい!失礼します!!」

「わああ?!」

 

 

さっさと高坂さんと南さんを乗せて再出発。慌ただしいことこの上ないが、高坂さんも元気なようでなにより。

 

 

「あ!そうだ!…茜くん、酷いこと言ってごめんなさい!!」

「…ああ、結構酷いこと言われたね」

「ううっ」

 

 

出発してすぐ謝ってきた。うん、あれは凹んだ。結構な期間家から出れなかったしね。そういえば結局今日は何日なのかな。

 

 

「まあ…でも、お陰で君は反省したみたいだし、僕も妄執を振り切れたし、結果的には良かったのかもね」

「えっ…怒ってない?」

「若干怒ってるけど」

「あれー?!」

 

 

まあ怒ってなくはないんだけど、いいこともあったし、そこらへんは今回は不問にしてあげよう。それだけ僕も成長できたし。

 

 

 

 

 

 

「でも、お陰様で僕は僕らしく生きられそうだよ。…ありがとう、()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「えっ!茜くん、名前…!」

「うん、これからはにこちゃんだけじゃなくてμ'sのために頑張るからね。みんなちゃんと名前で呼ぶよ」

「わあ…!!」

 

 

今まではにこちゃん以外を優先するわけにはいかなかったから、にこちゃん以外のみんなは名前で呼ばなかった。

 

 

でも、これからはみんな平等だ。

 

 

今ならみんなを名前で呼べる。

 

 

「しかし浮かない顔だねことりちゃん」

「うん…だって、留学するのに、勝手に帰ってきちゃったから…」

 

 

そういばそうだったね。後でなんとかしなきゃ。なんとかなるのこれ。

 

 

 

 

 

「…それは心配いらない。とっくにキャンセルしているからな」

「「「え?」」」

「はっはっは、俺の指示であらかじめキャンセルさせておいたのさ!絶対留学とかしないと思ってたしさせるつもり無かったからな!!」

「留学してたらどうしたんですか」

「気合いでなんとかする」

「ゆっきーなんで言うこと聞いたの」

「俺もあらかじめ『行かないとは思う』って伝えてあったからな…」

「君もかよ」

 

 

何で君たちはそんなに見切り発車全開なの。いや天童さんは見切り発車の達人だけどさ。見切り発車の達人ってなんかダサいね。

 

 

「てゆーかなんでゆっきーがことりちゃんの留学に関与してんの」

「…メイド喫茶で会った時に連絡先をつかまされてな…。俺がたまたまフランスに関わりが深かったもんだから…」

「えっ!ことりちゃん私が知らないところで男の人と仲良くなってる!!」

「ええ?!ち、違うよ?!有名なデザイナーさんだったから…」

「そうなの?!」

「騒がしいなぁ」

「はっはっはっ元気でいいことじゃねーか」

 

 

ゆっきーが知らぬ間に交友を広げていたことにびっくりしたいところだけど、穂乃果ちゃんが話を恋バナに飛躍させたせいで急に車内が騒がしくなった。うん、元気でなにより。

 

 

「ちなみに運転手さんはどちら様ですか?」

「あれっ俺割と有名人なんだけどご存知ない?」

「ことりちゃん知ってる?」

「えっと…」

「はーい察しましたワタクシ自意識過剰でした死のう」

「天童さんうるさい」

「慈悲のカケラも無ぇ」

 

 

天童さんは割と、というかかなり頻繁にメディアに出ているので割と有名人だ。ライブの時も賑わってたみたいだし。でも穂乃果ちゃんとことりちゃんは知らなかった模様。お疲れ様でした。

 

 

「…もう着くぞ。急ぎな、あと5分だ」

「え?!ことりちゃん早く!!」

「うん!!」

 

 

音ノ木坂前に着くや否や、車の扉を開け放って飛び出す穂乃果ちゃんとことりちゃん。まあ間に合うだろう。

 

 

「天童さん、おんぶ」

「何でだよ!!」

「僕走れないですしおすし」

「あーはいはい足になれってことな!!雪村君はどうすりゃいいんだ!!」

「あー…もしよければ、俺も連れていってくれると…」

「っはー!過労死待った無し!!」

 

 

何だかんだ言って僕をおんぶして、かつ車椅子を出してゆっきーを乗せ、音ノ木坂を目指す天童さん。根は優しいんだよこの人。変だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…緊張する…」

「それより凛たち制服のままだよ?」

「スクールアイドルらしくていいんじゃない?」

 

 

穂乃果と海未を和解させ、穂乃果にことり奪還を命じた後、残りのメンバーは講堂でライブの準備をしていた。俺は置いてある照明機材の設置をしておいた。茜にバイト代わりに連れ回されているおかげでその辺の仔細にかなり詳しくなった。金はくれるから文句は言えねぇ。

 

 

「しかし、穂乃果とことりは本当に間に合うか?あと5分だぞ」

「…絶対に来ます。必ず」

 

 

正直不安だし、開演を遅らせるわけにもいかない。

 

 

しかし。

 

 

「…言ってる間に、そろそろ時間やけど…」

「そうね…お客さんを待たせるわけにはいかないわ」

 

 

もう限界だろう。今いる7人で、幕の裏で準備してもらわなければならない。

 

 

そう、声をかけようとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

バンッ!!!

 

 

 

 

 

 

「どわわわわわあああああ?!?!」

 

 

 

 

 

 

舞台裏の扉が勢いよく開き、穂乃果が転がり込んで来た。…尻を打ったみたいだが大丈夫か?

 

 

「いたた…。おまたせ!!」

「穂乃果ちゃん!」

 

 

そして、扉を閉める後ろの人影。

 

 

「ことり!」

「ハラハラしたにゃー…」

 

 

南ことり。

 

 

今日、本来ならば留学のために日本を発ったはずの…μ'sのメンバー。

 

 

「ほんとに連れて来やがった…」

「えへへ…ぶい!」

 

 

ドヤ顔でVサインをキメる穂乃果を見て、若干イラッとしたが安心もした。もう元気を取り戻したようだ。…俺も支えがいがあるってもんだ。

 

 

「じゃあ全員揃ったところで部長、一言」

「ええ?!」

 

 

また希がにこに無茶振りし始めた。しかも茜揃ってねぇし。あいつは管制室か?

 

 

「なーんてね。ここは考えてあるわ!」

 

 

あるのかよ。

 

 

 

 

 

「…今日は、みんなを!一番の笑顔にするわよ!!」

 

 

 

 

 

声と同時に、全員がピースを出して輪を作る。…当然俺も。そして、輪は1人分ちゃんと欠けている。きっと茜も、今ピースサインを出している。多分声届いてるからな。スピーカーで。

 

 

「1!」

 

 

「2!」

 

 

「3!」

 

 

「4!」

 

 

「5!」

 

 

「6!」

 

 

「7!」

 

 

「8!」

 

 

「9!」

 

 

そして。

 

 

「10!」

 

 

 

 

 

 

 

『11』

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「え?!」」」」」」」」」」

 

 

俺に続いて、もう一つ声が聞こえた。音源は、スピーカー。

 

 

あらゆるメディアで声も顔も文字も残さなかった茜が、自らスピーカーで会場に向けて話している!!

 

 

 

 

 

 

『そう、11人。僕らアイドル研究部の構成人数にして、μ'sの仲間たち。…皆様、長らくお待たせいたしました。μ'sのライブプロデューサーを行なっております…サウンドオブスカーレットと申します』

 

 

 

 

 

「茜…」

 

 

どよめく会場の声を聞きながら、にこが小さく呟いた。ふと見てみると、涙を浮かべていた。一体何に対する涙かはわからないが、表情は暗くないから悪い意味ではないんだろう。

 

 

「ほら、舞台に立ってこい。茜なりの時間稼ぎだ」

 

 

茜が声を出したのは丁度開演時間。開演の前振りの体で時間稼ぎをしてくれているらしい。…まさか、あれだけにこちゃんにこちゃん言ってたやつが俺たち全員のために体を張るとはな。

 

 

「…うん!!みんな、行こう!」

 

 

穂乃果の合図で幕の裏に待機するμ's。俺は舞台裏待機。

 

 

 

 

 

 

 

 

『この度は、μ'sのライブにお越しいただき、ありがとうございます。…先日から活動を休止しておりましたが、本日を持って…メンバー9人、マネージャー2人でのスクールアイドル活動を再開いたします』

 

 

 

 

 

 

 

どよめきは歓声に変わり、万雷の拍手が幕の向こうから聞こえた。…待て。歓声デカくねぇか?何人入ったんだ。

 

 

恐る恐る幕の隙間から客席を覗くと…

 

 

 

 

 

 

講堂の全席が埋まっていた。

 

 

それどころか立ち見まで出ている。

 

 

 

 

 

 

こんなにも、人が待ち望むグループになっていたのか。そんなグループと活動をしてきた、支えてきたという実感が今更湧いてきて…若干涙が出そうになる。

 

 

 

 

 

 

 

『多くの方々にご心配をおかけしましたことを、まずは謝罪させていただきます。誠に申し訳ございませんでした。…しかし、彼女たちは今や一つの壁を乗り越え、さらに強い絆を手に入れました。その証拠をご覧にいれましょう。僕らの、皆様の歌姫たちの復活を…どうぞ最後までお聴きください。

 

 

 

 

 

 

 

 

…START:DASH 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

満員の講堂を、管制室から眺める。

 

 

「そういえば穂乃果ちゃん、初ライブの時にここを満員にするって言ってたね」

「そうなのか?」

「そうなんですよ。あの時は何大それたこと言ってんだと思ったものですが」

 

 

初めてのμ'sのライブをお手伝いした時、穂乃果ちゃんは確かに絵里ちゃんに向かってそう言った。

 

 

今思えば、あの時の僕は「今」の僕に近かった。にこちゃんのためでなく、彼女たちみんなのために張り切っていた気がする。やはり僕の本質はこちら側だったのか。

 

 

…てか天童さんまだここにいたのね。

 

 

「皆さん!今日は本当にありがとうございました!!」

 

 

ライブが終わった後、穂乃果ちゃんが挨拶を始めた。そしたら歓声と拍手が巻き起こった。売れっ子アイドルじゃないんだから。いやアイドルか。スクールアイドルだもんね。ごめん。

 

 

「私達のファーストライブは、この講堂でした」

 

 

 そう。ここから始まった。誰もいない講堂に悲嘆に暮れ、しかしそれでも、ほとんどただ1人のために行われたライブが今に繋がった。

 

 

今思うとすごい運命力だよね。

 

 

「その時、私は思ったんです。いつか、ここを満員にしてみせるって!」

 

 

だって、実際に埋まったもんね。

 

 

「一生懸命頑張って、今私達がここにいる。この思いを、いつかみんなに届けるって!」

 

 

こんなに君たちの努力を、感動を受け取ってくれる人がいるんだもんね。

 

 

「その夢が今日、叶いました!!…だから、私達はまた駆け出します!新しい夢に向かって!!」

 

 

もう、君たちは負けない。

 

 

そう思える。

 

 

 

 

 

 

 

「…マネージャー2人も一緒に!ほら創ちゃん、茜くん!こっちきて!!」

 

 

 

 

 

 

 

……………………………おんやぁ??

 

 

「さ、行くぞ茜」

「待って天童さん痛い痛い」

「馬鹿め、何故俺がここに居座ってたと思ってんだ。全部読めてたさ!!」

「冗談じゃないよ、声出しだけでも相当勇気必要だったのに顔出しとかうげっ」

「はっはっはっ御託はいい!行くぞ!!」

 

 

天童さん、それは良くない。いやマジでよくない。まあ確かに今まではにこちゃん以外に正体を晒さないつもりで顔出しNGしてたから今はもういいんだけど、心の準備とかそういうアレ。うんアレ。待ってほんと待って首とか掴まないで。

 

 

結局抵抗むなしく、講堂につながる扉の前に連れてこられてしまった。

 

 

「天童さんが中まで連れて行くわけではないんだね」

「そりゃそうだ。…そうしてほしいならやぶさかではないが?」

「やめて」

 

 

それやられるとダサいこと極まりない。仕方ないので自分で講堂の、心なしか重い気がする扉を開けた。

 

 

 

 

 

舞台にはμ'sのみんなが整列していた。創一郎も既に舞台上にいて、すこぶる気まずそうにしている。

 

 

僕は舞台に向かって歩き始めた。こちらへ向かう無数の視線。階段を降りれば降りるほど聞こえてくるどよめきも大きくなる。「え、あれって三年生の…」「うそ…サウンドオブスカーレットって…」みたいな声がたくさん聞こえる。うん。恥ずかしいことこの上ない。

 

 

舞台上まで辿り着き、振り返ると…すごい人数だった。やめてよ。なんで君らこんなに人気出てるの。しかもカメラ回ってんじゃんあーそうか初ライブの時もカメラ回したもんなー詰んだ死のう。

 

 

でもサウンドオブスカーレットとしてはこんなところで情けない姿は見せられない。ネームバリューの恐ろしさよ。

 

 

「皆様改めまして…サウンドオブスカーレット、またの名を波浜茜と申します。メディアへの露出はこれが初めてですね…見ての通り高校三年生、μ'sのマネージャーを勤めています」

「同じくマネージャーの滞嶺創一郎だ。見ての通り高校一年だ」

「見ての通りではないね」

「何言ってんだ、どこをどう見ても高一だろ」

「はい彼が高一に見える方挙手ー」

「何会場にアンケート取ってんだやめろ!てめぇらも手ェ挙げろ!!笑うな!!」

 

 

早速創一郎が変なこと言い出したのでネタにしといた。これで彼も怖くない。でも後で怒られそう。遺書を書かなきゃ。

 

 

「僕もまた、彼女たちに支えられた」

「俺もこいつらに救われた」

「今度は僕らも一緒に、11人であなたを支えようと思います」

「俺たち全員で、あんたに笑顔を届けよう」

 

 

あえて一人称で語りかけると、創一郎も付いてきてくれた。本当に聡明だ。彼が味方でよかった。

 

 

 

 

 

 

 

「僕は彼女たちを照らす光として、」

 

 

 

 

 

 

 

「俺はこいつらを守る者として、」

 

 

 

 

 

 

 

「「全ての人を笑顔にさせていただきます」」

 

 

 

 

 

 

 

歓声が沸き起こった。

 

 

音の洪水に飲まれながら、僕らはμ'sのほうに振り返った。

 

 

みんな笑顔だった。

 

 

創一郎も笑顔だった。

 

 

僕も、心から笑えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

にこちゃんだけじゃない。みんなの笑顔が、今、魔法となってみんなに届いたんだ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

遂にアニメ一期完結です!ここまで読んでくださってありがとうございました!!もちろん続きます!!
今回こっそり頑張った天童さんと雪村君。アニメ二期には彼らや他の男性陣にももっとスポットライトを当てられたらいいなぁと思います。波浜君の過去は悲惨オブ悲惨でしたが、他の皆様も割とアレな経歴を持ってたり持ってなかったりしますのでお楽しみに?
とは言ってもまだ全員の過去設定が完成してるわけではないのですよね。一番悲惨な過去を持つ人は決まっていますが。そこも今後のお楽しみにですね!また書いてて辛くなるヤダー!!笑


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にこちゃん誕生祭:プレゼントが意図せず被るとなんか悲しいからなんとか避けたい



ご覧いただきありがとうございます。

にこちゃん誕生日おめでとう!!!この日のためにアニメ一期終わらせたんですよええ!!!
時間軸は一年後なので。三年生組が卒業した後のお話ですから、波浜君が本気モードになってないと困るわけです。いやーやっとお誕生日祝えますよ!!素敵!!!
あ、ちゃんと波浜君とにこちゃんはお付き合いしている前提でお楽しみください。


というわけで、どうぞご覧ください。
一万字いきました。




 

 

 

 

 

もうすぐにこちゃんの誕生日だ。

 

 

7/22。僕が毎年心を込めてにこちゃんに感謝する大事な日。

 

 

「というわけで何かアイデアはございませんかお二方」

「土下座までしなくていいのよ?」

「というか、やっぱり要件はそのことやったんやね」

 

 

なので、僕は絵里ちゃんと希ちゃんを自宅に召喚していた。同級生というだけあって、にこちゃんと特にプライベートな関わりが多いのは間違いなくこの2人だろう。次点で真姫ちゃんかな。

 

 

最近いろんな人が来るようになって若干片付けた、しかし作品をそこら中に置きっぱなしのぶっちゃけ汚い居間でお二人は苦笑いしていた。

 

 

「でも、にこの誕生日は毎年祝っていたんじゃないの?あんなにくっついていたじゃない」

「うーん、今年は今までと心持ちが違うというか。にこちゃん以外のものも見れるようになってからのにこちゃんの誕生日は今年がはじめてだから」

 

 

そう。今年、今までと決定的に違うのは僕らの関係性。今までの「にこちゃんしかいなかった世界」から「たくさんの人がいる中でにこちゃんを選んだ世界」になったんだ。

 

 

そしたら、いつも通りのプレゼントというのもちょっと気が引けてしまう。

 

 

「そういうことなんやね。てっきり毎年スルーしてるのかって思っちゃった」

「そんなわけないよ」

「そういえば、いつもは何をプレゼントしていたの?」

「毎年ハンバーグ作ってあげてたね」

「それでええやん?」

「いつもと同じでは味気ない気がしてしまうんだよね」

「そう?恋人がご飯作ってくれるならうちはすっごく嬉しいよ」

「そうかもしれないけど、特別感はないんだよね。いつも作ってるから」

「ややこしいわね…」

 

 

にこちゃんが大学生になった今でも、僕はにこちゃんの家にご飯を作りに行ったりしている。ハンバーグも作る。だから今まで通りだとなんか日常の一コマになってしまう。

 

 

「プレゼントするなら、何か形に残るものにしたい。今までみたいに食べたらなくなるものじゃなくてさ」

「形に残るもの…アクセサリーとかかしら」

「うん。僕もそれがいいかなとは思うし、にこちゃんが気に入りそうなデザインも思いつくんだけど…」

「だけど?」

「…本当にそれで喜んでくれるか、微妙に不安になっちゃうんだよね」

 

 

そう。

 

 

僕が今困っているのは、そういうこと。もちろんにこちゃんはきっと僕から何かを渡せば大概喜んでくれるし、本気で文句を言うこともないだろう。それはわかってる。

 

 

でもそうじゃなくて、僕はにこちゃんが本気で望んでいるものを僕の手で渡してあげたいんだ。

 

 

アクセサリーであっても、「ほんとにこれが一番欲しいかな」って思ってしまったら先へ進めない。

 

 

全部まとめてしまえば、不安なんだ。

 

 

「でもなんか以外やね。茜くんって何でも自信満々でやっちゃうイメージやん」

「そんなわけないよ。僕だって不安になることはある」

 

 

まあたしかにあんまり不安は感じない方だけど、今回はにこちゃんのことだしね。

 

 

「でも、にこが喜びそうなものねぇ…。可愛いものとかかしら?」

「それはたくさん持ってそうだけど」

「それでも、好きな人からもらえたら嬉しいよ?」

「既に持ってるものと被るのが怖いんだよね」

「流石ににこが持ってるものまでは把握してないのね。安心したわ」

「そりゃね、8割くらいしかわかんないから」

「やっぱり安心できないわ」

「何でさ」

 

 

仕方ないじゃん、ストーカーモードだった頃に覚えたものだからってそう簡単に忘れないよ。それ以降の持ち物は知らないことも多いけど。

 

 

「あとはアイドルグッズとか?」

「ハマってるものは迂闊に手を出せないね。この前も伝伝伝ver.2買ってたし」

「ver.2とかあったんやねあれ」

「先月出たんだってさ」

 

 

μ'sも収録されてて大喜びだったよ。僕が提供したんだけどね。

 

 

「なかなか難しいわね…。茜の要求が難しいっていうのもあるけれど」

「ごめんね」

「いいのよ。でも、私たちじゃいい案は思いつかないわね」

「あ、そろそろ高校は終業時間やし、穂乃果ちゃんたちにも聞いてみたら?今日は練習お休みって言ってたよ」

「そうなの?それなら一応聞いてみようかな」

 

 

のぞえりのお二人は空振りのようだ。仕方ないね。大本命から始めたけど、一発で納得のいく回答を得られるとは思ってなかったし。

 

 

後輩たちにも聞いてみるしかないね。

 

 

「よし、じゃあ出かけるか。今日はありがとうね」

「あら、穂乃果たちに会いに行くなら私たちも一緒に行くわよ。最近会ってなかったし」

「うちは神社に来るみんなによく会うよ!」

「まだ巫女さんやってたんだね」

 

 

巫女さん気に入ってるのかな。大学生ならもっとバイトあるだろうに。まあ本人が楽しそうだからいいか。

 

 

 

 

「…あら?」

「どうかした?」

「この絵…私たちの?」

 

 

玄関へ向かう途中、絵里ちゃんが廊下の一画にある一枚の絵に目を向けた。

 

 

μ'sのみんなが、「僕たちはひとつの光」の衣装を着て並んでいる集合絵。背景は舞台装置にも使った大きな花で…全員、後ろを向いている。

 

 

「ほんとや、ラストライブの時のやね。でもどうしてみんな後ろ向いてるん?」

「ああ、それね」

 

 

みんな各々ポーズは取ってるけど、感じられるのは躍動感だけ。当然表情は全く見えない。

 

 

「それ、わざとそうしたんだよ」

「そりゃ茜くんの絵なんだし、そうなんやろうけど…何で?」

「…君たちの表情は、僕が決めることじゃないと思ったからね」

「「?」」

「君たちがどんな表情をするかなっていうのは、当然作者である僕が自由に決められるんだけど…僕の主観で決めた表情に固定したくなかったの。笑ってるかもしれないし、泣いてるかもしれない。真顔かもしれないし、変顔かもしれない。無限に可能性があるんだ。…だから、君たちの笑顔っていう最後のピースは見る人に委ねることにした。その人が一番相応しいって思う表情を連想できるように。だから後ろ向かせたの」

 

 

有名な例で言ったら、ミロのヴィーナスだろうね。

 

 

芸術っていうのは、100%完璧に作っちゃ面白くないものだ。だから僕は未完成の部分、画面外の部分なんかは見る人の想像力に委ねる。

 

 

そうすれば、「勝手にその人にとって最善の芸術に補完してくれる」からね。

 

 

「まあその絵は人に見せるのもったいなくて未だに公開してないんだけどね」

「ええ…」

「いいじゃん、僕の絵なんだから」

 

 

どの絵を公開するかは僕の自由だよ。だから変な顔するんじゃないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、いたいた」

 

 

音ノ木坂に向かう途中の道で丁度いい感じに穂乃果ちゃんと海未ちゃん、ことりちゃんが見えた。現3年生組だね。

 

 

「あっ!茜くん!絵里ちゃん!希ちゃん!」

「お久しぶりだね」

「はい、お久しぶりです。珍しいですね、にこがいないなんて」

「割とにこちゃんと別行動するのは珍しいことではないんだけどね」

 

 

常にセットってわけではないんだよ。一緒にいることの方が確かに多いけど。

 

 

「そっちこそ、他のメンバーは?」

「私たちは生徒会の仕事があったから少し遅くなっちゃった。2年生は花陽ちゃんがみんなをスクールアイドルショップに連れて行ったし、1年生は先に帰ったよ」

「なんか学年がごちゃごちゃになるね」

「そうやね…2年生は花陽ちゃん、真姫ちゃん、凛ちゃん、創ちゃんだもんね」

 

 

1年生たちとも会ったことあるし進級したんだなっていうのはわかるけど、やっぱり印象としてね。卒業しちゃった僕らはなかなか感覚が追いつかない。

 

 

「ところで、こんなところで何をしているんですか?」

「君たちに会いに来たんじゃないか。相談したいことがあったからね」

「相談したいこと…?」

「茜くんが?」

「珍しいね!」

「そんなに珍しい?」

「珍しいわね」

「そこ絵里ちゃんが答えるの」

 

 

どんだけ珍しいのさ。

 

 

「にこちゃんの誕生日が近いから、誕生日プレゼントをどうしようかって思ってね。なかなか思いつかなかったからみんなに聞いてみようと思って。帰りながら聞いてくれないかな」

「にこへのプレゼント、ですか?」

「そんなの茜くんが一番思いつきそうなのに…」

「色々説明するの面倒だなぁ」

 

 

面倒だけど仕方ないか。7人で邪魔にならないようにかたまって歩きながら、絵里ちゃんや希ちゃんにしたのと同じ説明を穂乃果ちゃんたちにも伝えた。同じ説明を2回するのってしんどいね。

 

 

「なるほど…」

「ちなみに、穂乃果ちゃんは桜に何もらったら嬉しい?」

「えっ桜さん?そうだなぁ…」

 

 

穂乃果ちゃん、この流れで聞かれた意味をちゃんとわかってるのだろうか。わかってなさそう。

 

 

「うーん…」

「流石に思いつかないかな」

「っていうか、桜さんが何かくれるっていう印象があんまりない…」

「かわいそうに」

「意外と照れながら何かくれるかもしれんよ?」

「ほんと?!」

「かもって言ってるじゃん」

「わあー!何くれるかな?!」

「急にノリノリになったね」

 

 

だから「かも」だってば。そういえば穂乃果ちゃんの誕生日もそこそこ近かったね。これは桜の巻き込まれ体質が全力出しそう。

 

 

「やっぱりパンかな?ケーキかな?クレープとかかな?!」

「食べ物ばっかじゃん」

「えー。じゃあネックレスとか?」

「ネックレスねぇ。確かにプレゼントとしてはメジャーかもね」

「それか指輪とか!」

「急にハードル爆上がりしてきたね」

「多分意味わかってないまま言ってるから…」

 

 

やっぱり穂乃果ちゃんの頭の中はだいたい食べ物らしい。食べ物から離れてみればまあ妥当な意見が出るわけだけど、指輪のプレゼントはちょっと待った。ちょっと早いんじゃないかな。指輪は。まだにこちゃん大学生だから。

 

 

「あ、でもペアリングとかって素敵じゃないかなぁ!恋人って感じがして!」

「十分ハードル高いよ」

「でも並のハードルじゃ満足しないやん?」

「それはそうかもしれないけどさ」

 

 

まあ確かにことりちゃんの言う通り、恋人同士のペアリングという意味ならアリだろうね。アリだろうけど恥ずかしいじゃん。超恥ずかしいじゃん。「にこちゃん、誕生日おめでとう」っつって指輪渡すの?恥ずかしいね。死にそうになるね。

 

 

でも希ちゃんの言う通り、ちょっとは日常を飛び越えないといけない気もする。

 

 

でも指輪かあ。

 

 

でもなぁ。

 

 

「でもなぁ」

「さっきからずっと同じこと言ってるわよ」

「まじで」

 

 

口に出てたか。

 

 

「花陽ちゃんたちにも聞いてみる?」

「そうしよう!私たちもにこちゃんに誕生日プレゼントあげないといけないし!」

「あ、君らもあげるのね」

「当然です」

 

 

そりゃそうだわね。完全に頭になかったわ。ごめんね。

 

 

そんなわけで、帰宅途中の穂乃果ちゃんたちはルート変更してスクールアイドルショップへ。僕らもついていく。なんか仲間を増やしてRPGみたいだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなもの俺が知るか」

「だよね」

 

 

元1年生組と合流し、事情を話したらノータイムで創一郎から返事が来た。そうだろうとは思ったけどね。ちょっとは考えて。

 

 

「でも創ちゃんもプレゼント買うでしょ?」

「あ?ああ、まあ…」

「他のみんなにあげておいてにこちゃんにはあげない、なんてわけにもいかないでしょ?」

「ああ…そう、だな」

「照れ屋め」

「殺す」

「死ぬ」

「やめなさい!」

 

 

創一郎はシャイボーイなので、誰かの誕生日のたびにこんな感じだ。それを言ったら吊るされた。死ぬ。絵里ちゃんが止めてくれたおかげで致命傷で済んだ。よかった。よくないわ。

 

 

「にこちゃんならスクールアイドルグッズです!!」

「それはお前が欲しいだけだろ」

「うっ」

「さっきも出た案だけど、被るのが怖いね」

「た、確かに…。保存用、鑑賞用、布教用以外に更に増えても困るかも…」

「3つあるのは前提なのね」

 

 

ガチオタ怖いわー。

 

 

「凛はリボンあげようかなー」

「リボン…確かに、にこはいつもツインテールですしリボンはいろんなものを使うかもしれませんね」

「ヘアゴムとかもいいんじゃない?」

「真姫ちゃんが真面目に考えてるへぶっ」

「何よ悪い?!」

「しょんなこと言ってないれす」

 

 

リボンはなるほど、良案だね。真姫ちゃんのヘアゴムっていうのも。しかし真姫ちゃんが誰かの誕生日を真面目に祝おうとしてるなんてびっくりだ。びっくりしたのは悪かったから鼻パンはやめなさい。鼻血出る。

 

 

「美容用品なんかはどうだ。顔面きゅうりおばけよりはマシなやつ」

「創一郎がまともな意見出してる」

「悪いかよ」

「悪くないから下ろして」

 

 

美容用品も盲点だったね。ライブのお化粧も色々気を使ってたし、日頃から顔パックとか化粧水とか使ってるもんね。でもそれを創一郎が言うとは。って言ったらまた吊るされた。頻繁に人を持ち上げるのやめよう?っていうか君さっき「そんなん知るか」って言ってたじゃん。普通に意見出してるじゃん。

 

 

「意見は色々出たけど…」

「みんな何にする?」

「私はケーキ焼こうかなぁ」

「ことりちゃん、私も手伝うよ!」

「うん、ありがとう花陽ちゃん!」

「私はリボンにします」

「あ、私も!」

「私は化粧水にしようかしら。希、一緒に探しましょ」

「ええやん!うちはファンデにしようかなー」

「私がいいお店知ってるわ、一緒に行きましょ。ちょっと高いけど」

「真姫のちょっとは本当にちょっとなのかしら…」

「…俺は菓子でも買うか。高い買い物もできねぇしな」

「凛も一緒に選ぶにゃ!」

 

 

…なんかみんな一斉に決まってしまったんだけど。みんな決断早くない??

 

 

「えー、えっと…僕は…ん?どうしよう?」

「なんだか選択肢を狭めちゃったみたいで申し訳ないわね…」

「まあ、これだけ人がいるんやから仕方ないやん?」

 

 

人ごとみたいに言いおって。

 

 

「…でも、きっとにこなら、茜からもらうものなら何だって嬉しいわよ」

「わかってるけどさ」

「いえ、わかってないわ」

「へ」

 

 

そんなバカな。僕ほどにこちゃんのことわかってる人はいないぞ。

 

 

「本当に、何だって喜ぶと思うわ。だからこそ、ちゃんと考えなきゃいけないのよ」

「どゆこと」

「まだ日はあるんだから考えてみて。…私たちはちょっと下見してくるわ。誕生日、楽しみにしてるわよ」

「えぇ…」

 

 

そこで放り出す?既に他のメンツは散り散りになってるし、結局振り出しである。そんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宝飾品のお店って、お客として訪れるとなんか緊張するね。デザインを任された時とかに仕事で入る分には全然平気なのにね。

 

 

いやまだ入ってないんだけどさ。

 

 

指輪って聞いたから来ちゃったけど、なんか入る勇気出ない。不審者だと思われたらやだなぁ。でも入る勇気は出ないなぁ。今同じこと言ったね頭回ってないね。

 

 

「ファーっなんかちっこい野郎がジュエリーショップの前で深妙な顔してる何これチョーおもしれーファーっ」

「天童さん死んでください」

「心に余裕がない!!」

 

 

もたもたしてたら一番来て欲しくない人が来た。現実は非情である。よりにもよって天童さん。神さまはもう少し優しくしてくれてもいいと思うんだ。いや桜が来ても嫌だけど。ゆっきーもまっきーも嫌だけど。やっぱ誰が来ても嫌だわ。

 

 

「おいおい茜クンよ、もう少し心に余裕を持とうぜ。ついでに唇に歌も持とうぜ」

「その場合心に持つのは太陽だったと思うんですけど」

「おっとそういえばお前博学だったな!通じねーかと思ってたぜ!」

 

 

相変わらずこの人会話の導入が難しい。

 

 

「まあしょーもない小ネタは置いといて。どうせあれだろ、にこちゃんバースデーをどう祝おうかって絶賛お悩み中なんだろ?」

「…どうせμ'sのみんなに相談したことも織り込み済みなんでしょう?」

「もちろんだ。そして、だからこそ来た」

「何かアドバイスくれるんですか」

「いや煽りに来た」

「ドラムにコンクリで埋められてください」

「悲惨な末路!!」

 

 

切実に帰ってほしい。

 

 

「そんな邪険にすんなよ、ちゃんと話しかける理由はあったさ」

「またシナリオの導きですか?」

「いんや、今回は本当に俺の独断によるアドバイスだ。とある方から助言してやってくれって依頼されてね」

「だいたい想像できるけど」

 

 

まあ誰が頼んだかはおいといて、実際天童さんは人心理解に関しては右に出る者はいない。なんか悔しいけど頼ってもいいかもしれない。なんか悔しいけど。

 

 

「まあ、うまく伝わるかどうかわかんねーけどさ。にこちゃんって、多分茜からプレゼントをもらえるなら何だって喜ぶと思うんだよな。それはわかるよな?」

「うん」

「オーケー、それなら行幸。だから、問題は『それならなんでわざわざプレゼント選んでるのか』ってことだ。だって何でもいいなら手元にあるもので済ませてしまえばいい。一番楽だ」

「えぇ、それはちょっと…」

「そう、そこだ」

 

 

天童さんは、たまに見る真面目な顔でこちらを見据えていた。自然とこっちも真顔になる。

 

 

「品そのものの価値に大した意味はないと知りつつ、しかし確かに価値ある何かを選ぼうとしている。その理由は、お前自身が価値をつけないと不安だからだよ」

「どういうことです」

 

 

日本語がよくわかんない。

 

 

「自分にプレッシャーかけすぎなんだよ。『にこちゃんに渡すものなんだから、相応の価値を持たせなければならない』って思い込んでしまっている。実際に価値が必要かどうかに関わらずな。だから納得できない価値のプレゼントは却下しちまう。にこちゃんは喜ばないんじゃないかって不安になっちまう。よくある『本当に何をあげたら喜ぶのかわからない』わけじゃなく、お前が勝手にハードル上げてるだけなんだよ」

「それは…」

「もちろん、選ぶ側としての責任はあるけどな。ゴミ渡すわけにはいかねーし。でも、だからって、100%心から喜ばれるものなんて選ぶ必要は全くないし、そもそも本人が選ばない限りそんなプレゼントは存在しないんじゃねーか?」

 

 

はっとして、俯きかけた顔をあげて天童さんの顔を見た。

 

 

その通りだ。絶対ににこちゃんが喜んでくれるものなんてあるわけない。

 

 

だって僕はにこちゃんじゃないんだから。

 

 

それなのに、「もしかして迷惑かな」って、「いらないかもしれないな」って、考えたって埒があかない。渡してみなければ結果はわからないんだ。

 

 

…それは、たしかにその通りだけど。

 

 

「そう…そうですね。確かに、そうだ。でもやっぱり僕は、こんな時に失敗したくない…」

「はー…茜、お前はいつからそんなに完璧主義になったんだ」

「いや、完璧主義ってことは…」

「今のお前は完璧主義者だよ。お前あれじゃなかったのか?絵描く時、何も思い浮かばなかったらとりあえずなんか描いてみるスタイルじゃなかったのか?」

「それ今関係ない…」

「いーや関係あるね。敢えてお前の言葉を使わせてもらうぞ。…未完成の方が美しいんだ。不完全の方が魅力的なんだ。そうなんだろ?だったらプレゼントもそれでいい。未完成でも不完全でも、渡してからが本番だ。作品の構想決めるのにぐだぐだしてんじゃねぇ!」

 

 

未完成の方が、美しい。

 

 

そう、そうだ。そうだけど…それでいいのかな。

 

 

「ほらさっさと帰って考え直してこい!!」

「えっ待ってプレゼント買わなきゃ

「うるせえ一旦帰って考えろ!!」

 

 

もやもやしてたら天童さんにぐいぐい押されて宝飾店から遠ざかってしまった。何すんのさ。

 

 

天童さんもなにやら待ち合わせをしているようでそそくさとどこか行ってしまったし、仕方ないから帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に戻って、とりあえず今日はにこちゃんの家にご飯作りに行く予定がないのを確認して、適当にオムライスでも作ろうかと思ってフライパンに冷凍したご飯をぶっこんで炒めている時。

 

 

視界に、自分が描いた絵が入ってきた。

 

 

μ'sファイナルライブに合わせて描いた、みんなの後ろ姿の絵。

 

 

「…未完成の方が、美しい」

 

 

この絵もそうだった。他の絵もそうだった。いつもそうだった。わざと完璧に仕上げないで、空白の部分は見る人の想像に任せる。それなら見る人それぞれにとって最高の作品が頭の中に出来上がる。

 

 

…まあそれはそうなんだけど、にこちゃんの誕生日プレゼントに関係あるかな?

 

 

しかも天童さん、100%喜ぶプレゼントなんて………

 

 

 

 

 

 

 

「…あぁ、そういうこと」

 

 

 

 

 

 

 

まったく、天童さんもいつも通りタチが悪い。肝心なところはもうちょっと強調して言ってほしい。

 

 

でも、これでやることは決まったね。

 

 

「…ってクサっ焦げ臭いっ」

 

 

でもご飯は焦げた。しょぼんぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、7/22。

 

 

そう、私の誕生日よ!!!

 

 

「「「「「「「「にこちゃん誕生日おめでと〜!!!!」」」」」」」」

「…おめでとう」

「おめでとー」

「…まさか今年もみんな集まって祝ってくれるなんてね」

 

 

でも、夕飯前に誰か来たと思ったら元μ'sのみんなが勢ぞろいしてるなんて思わないわよ。

 

 

「当然でしょ?μ'sの仲間、なんだから」

「ま、真姫が素直…!!」

「何よ!」

「まあまあ、仲良しなのは知ってるからみんなお邪魔しよう。今年もにこちゃんにハンバーグ作るよ」

「ええっそうだろうとは思ったけど急に…」

「にこちゃーん!茜くんから話は聞いてるから大丈夫よー!!」

「ママもグルか…!!」

 

 

茜はいつも私に「誕生日おめでとう!今年もご飯作りに行くよ」ってメールをくれていたのに、今年はサプライズ仕様みたい。忘れられたかと思って心配…してないけど!!してないわよ!!

 

 

「こんばんは!」

「こんばんはー!」

「みゅーずー」

「こころちゃん、ここあちゃん、虎太朗くん、こんばんは!」

「あんまり騒がしくすんなよ。近隣の方々に迷惑だ」

「そーいちろーさんあそぼー」

「ん?ああ、構わんぞ。将棋教えてやる、大五郎よりは強くなれるだろ」

「しょうぎー」

「いきなり将棋教えんの」

「なんか文句あるか」

 

 

こころ、ここあ、虎太朗ともみんな遊んでくれている。…流石に全員来ると狭いわね。

 

 

夕食をみんなで食べた後は、みんながプレゼントをくれた。

 

 

ことりと花陽は二人でケーキを作ってきてくれた。チョコを練りこんだスポンジとホイップクリームで作った土台に、いちごが山盛りの豪華なホールケーキ。…よく作ったわねこれ。

 

 

海未と穂乃果はそれぞれリボンを。海未がくれたのはピンク色にハートの模様が入ったかわいいモノ、穂乃果は虹色のモノ。海未はこういうの買うの恥ずかしがりそうだし、穂乃果は「虹色って私たちのイメージカラー全部合わせたみたいだよね!」って言ってた。でも普通虹色にピンクって入ってないような…って思ったら、端っこにYUKIMURAって書いてあった。雪村さんに頼んだのね。

 

 

絵里、希、真姫は化粧品をくれた。…なぜかめちゃくちゃ高級なブランドだったけど。真姫は当然のように渡して来たけど、絵里と希は「高すぎて2人で一つが限界だったわ…ごめんね?」と逆に申し訳なさそうだった。嬉しいけど…そんな高いものじゃなくてよかったわよ?

 

 

創一郎と凛はお菓子の詰め合わせをくれた。コンビニなんかでよく見るお菓子ばっかりだったけど、とにかく目についたものを買って大きな袋にぎっしり詰めてくれたらしくかなりの量が入っていた。お菓子は好きだからいいけど…食べ終わるのに何日かかるかしら。あんまり一気に食べすぎると太っちゃいそうだし。いや確実に太るわねこれ。

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

「今年は僕からもあるよ」

「ええっあんたはハンバーグじゃなかったの?!」

「そんなに驚かなくても」

「本当に毎年ハンバーグだったのね…」

 

 

まさかの、茜からもプレゼント。ちょ、それは予想してなかったわ。だっていつもハンバーグ作ってくれていたし、それだけで十分だったのよ!

 

 

一体何をくれるのか想像もつかない。っていうか、茜からもらえるなら何だって嬉しい…んんっ、な、なんでもないわ。茜ごときに私を喜ばせることができるかしら!!

 

 

「はい、これ」

「…何これ」

「さあ何でしょう」

 

 

渡されたのは一つの封筒。…金一封とかじゃないでしょうね。それはそれで嬉しいけど、風情も何もあったもんじゃないというか…。

 

 

「開けていいよ」

「えっいいの?」

「むしろ早く開けると良いよ」

 

 

こういうのって後でこっそり開ける系じゃないのかしら。

 

 

まあ、開けてと言うなら遠慮なく。

 

 

封筒を開けて中身を取り出すと、出てきたのは。

 

 

「…フリー、チケット?」

「うん、フリーチケット」

「……何の?」

「僕の」

「ごめん意味わかんない」

「ひどい」

 

 

本当に意味がわからない。何よフリーチケットって。このチケットそのものも不思議だけど、やたらデザインが凝ってるのも謎だわ。

 

 

「僕もにこちゃんに何かあげようって思ったんだけどね」

「うん」

「何かあげるなら、にこちゃんが一番嬉しいものにしようと思って」

「うん」

「だからにこちゃんに決めてもらおうと思って」

「…そういうこと」

 

 

私が決めるプレゼント、ってことね。

 

 

確かに…茜からプレゼントをもらえるならほとんど何だって喜べる自信がある。多分それは茜もわかってる。

 

 

だからこんな形にしたのね。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あと、これなら物以外のプレゼントもできるしね。ご飯作るとかデートするとか」

「そういう選択肢もありってわけね…」

「そう。だってほら、僕ってよく『未完成の芸術』の話するじゃない。今回もそうだよ。最後はにこちゃん完成させるってことで」

 

 

茜はすっごい笑顔でこっちを見て、そう言った。他のμ'sのみんなも茜のプレゼントのことは知っていたらしく、それぞれ笑顔を浮かべている。

 

 

きっとみんなにも相談したのね。茜が「今」の状態になってからはじめての誕生日だったから。

 

 

…なんだか、すごく、嬉しいわ。

 

 

「にこちゃん泣いてる?」

「泣いてない!」

「へぶしっ」

 

 

茜が煽りに来たので殴っておいた。人の泣き顔を覗くんじゃないわよ。

 

 

「…ありがと、茜」

「どういたしまして」

「…えっと、プレゼントの内容はまた考えておくわ」

「うん、一緒に選ぼうね」

 

 

笑顔で答える茜から、恥ずかしくて直視できなくて目を逸らした。

 

 

本当はもう決めてるのよ、プレゼント。みんなの前では恥ずかしくて言えないけど。

 

 

 

 

 

2人で一日中デートして。

 

 

 

 

 

最後にしっかり伝えるのよ。

 

 

 

 

 

「大好きよ」って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえばにこちゃん、億単位の宝飾品とかは流石に無理よ」

「そんなものねだらないわよ!!」

「ぐっふぇ」

「なんだか心なしか威力が高い?!」

「わああ!茜くん大丈夫?!」

 

 

余計なこと言ってきたので蹴りを入れておいた。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

未完成の芸術ってなんかの教科書で読んだ記憶があります。実際そうだと思います。絵なんかも全部完璧に描き込むより、一番目につくところ以外はある程度アバウトな方が見栄えは良くなるみたいですから。
ともあれ、波浜君とにこちゃんのラブラブデート(仮)も描写しないことにしました。どこへ行ったか、何をしたかは皆様のご想像におまかせします。
皆様も完璧を目指そうとして無理しちゃダメですよ!!

あと、この話を区切りにまた毎週土曜投稿に戻します。下書きをまた再生産しなければ…!!


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アニメ二期:笑顔の魔法をもう一度
自己紹介の中間報告




ご覧いただきありがとうございます。

アニメ二期に入る前に、ここまでのみんなの様子を確認できるようにしました。必要ないよ!って方はブラウザバックです!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

・波浜 茜(なみはま あかね)

17歳、156cm、45kg。誕生日:2月2日

 

本作品の(一応)主人公。音ノ木坂の3年生。8歳の時に事故に遭い、父の波浜大河と母の波浜藍を亡くし、自身も瀕死の重傷を負った。失意の底にいる時にかけられたにこの言葉に縋って生きてきたが、今は依存から抜け出してちゃんとみんなと生きていくことにした。

肺にまで達した怪我のせいで胸は非常に脆く、皮膚も申し訳程度の薄さしか残っていない。それでもギリギリ生きている。ちなみにそんな補正がなくても運動神経は死んでいる。

現在、μ'sのマネージャーとして裏方作業やライブの照明を担当している。

 

「はろー皆様、波浜茜です。にこちゃんが可愛いのは変わらないけど、みんなもちゃんと見ないとね。改めて見るとみんな可愛いんだ。でも僕はにこちゃんがいちばん好きだよ」

 

 

・滞嶺 創一郎(たいれい そういちろう)

15歳、208cm、145kg。誕生日:5月28日

 

音ノ木坂の1年生。両親は離婚・蒸発しており、4人いる弟を這いつくばってでも守ってきた優しい兄。顔は怖いが尋常じゃないほどの優しさと献身性を持ち、我慢に慣れて(慣れすぎて)いる。そして料理が上手。

身体能力も尋常ではなく、車と同速で走ったり、人を片手で投げ飛ばしたりとおよそ人間とは思えないことをする。しかも本人は普通だと言い張る。

μ'sのマネージャーとして力仕事を一手に請け負っている。彼にとっては照明機材の設置なんかも軽い作業でしかない。

ちなみに、重度のドルオタである。

 

「滞嶺創一郎だ。弟達やμ'sの奴らに手を出すヤツは許さねぇ。あ?今日の飯は何かだと?焼きそばだ、残すなよ?」

 

 

・水橋 桜(みずはし さくら)

17歳、178cm、65kg。誕生日:8月13日

茜の友人で音楽の天才。基本的にクールだが、よく面倒に巻き込まれる。主に穂乃果のせいで。本人的には満更でもないあたり、ツンデレである。作曲については初めて聴いた人が聞き惚れるほどであり、穂乃果達も一発で魅力している。そのせいでソロ曲を作る羽目になったが。

運動神経悪いが、歌うのに必要な筋肉はかなり発達している。だから潜るのは得意。でもあんまり泳げない。

 

「水橋桜だ。ん?巻き込まれ大魔王だと?誰がそんな事言いやがった。茜?そうか、あいつは殺す」

 

 

・天童 一位(てんどう いちい)

18歳、178cm、75kg。誕生日:9月7日

茜と桜と共に演出請負グループ「A-phy(えーさい)」を運営するリーダーで、脚本家。ふざけた調子だが、時折真剣になる。現実さえも脚本として捉え、次に何が起きるからどうすべきかなどをかなり正確に掴むことができる。

ふざけているのが素なのか演技なのかはわからない。

 

「はーいどーも天下一品天童一位さんだぜ!!語呂が悪い?そういうことは気にすんな!!俺の偉大さの前ではそんなものは無意味!!え?偉大じゃない?そういう現実は胸の内に秘めておいて」

 

 

・雪村 瑞貴(ゆきむら みずき)

17歳、168cm、52kg。誕生日:12月7日

天才ファッションデザイナーとして活躍する、両足を失った少年。事故で失った両足にさほど拘泥する様子もなく、服さえ作れれば気にしない。ヨーロッパ方面に特にパイプが強く、ことり奪還の際にはこっそり大活躍した。

実は頼み込まれると断れないタイプで、ことりと連絡先を交換したのも必死に頼まれたかららしい。

 

「…雪村瑞貴だ。服を作る以外のことはあまり得意ではないんだが…天童さんの小間使いはかなり疲れたな」

 

 

・藤牧 蓮慈(ふじまき れんじ)

17歳、170cm、67kg。誕生日:6月26日

17歳にして大学の医学部医学科の博士号を持つ天才。事故で右腕と右眼を失っているが、それでも大半のことをこなすあたりやっぱり天才。しかし言動が腹立つ。

西木野家と関わりがあるらしく、真姫のことをよく覚えている。

 

「藤牧蓮慈だ。片腕ではあるが、私にかかれば手術にはなんの問題もない。安心するといい。

 

 

・湯川 照真(ゆかわ てるま)

15歳、162cm、47kg。誕生日:No data

サヴァン症候群の天才少年。花陽の隠れた幼馴染。藤牧とは違って科学・工学において非常に高い技術と知識を持つが、対人能力が低いためあまり知られていない。

集中力が高く、没頭すると食事さえ忘れるほど。花陽が心配してよく様子を見にくる。

 

「…湯川照真だ。…………花陽、なんとかしてくれ」

 

 

・御影 大地(みかげ だいち)

18歳、186cm、72kg。誕生日:3月8日

舞台や映画で活躍する天才俳優。その天才ぶりは、役さえ与えられれば老若男女問わず何でも演じられるという点で誰もが知っているほど。当然女装する。知名度が高く、礼儀も正しい。天童と仲が良く、彼の作品にはほぼ必ず出演している。

松下の作品を題材にした作品を経て、松下とも交流が始まった。

 

「御影大地です。次の舞台は自信あるからね、ぜひ見に来てね」

 

 

・松下 明(まつした あきら)

18歳、164cm、50kg。誕生日:1月20日

若干18歳で国立大学の准教授を務める。文学部所属であり、あらゆる時代のあらゆる国の文書を片っ端から解読している。小説や詩も自身で執筆し、その際は柳 進一郎(やなぎ しんいちろう)と名乗っている。

詩集「未来の花」が天童の目に留まり、舞台化しようという提案をきっかけに天童や御影との交流が始まった。

 

「えーっと…松下明、またの名を柳進一郎と申します。僕の拙作が舞台になるなんて夢みたいですね」

 

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

最初の自己紹介と見比べてみるのも面白いかもしれません。御影君と松下君、湯川君の出番が少なすぎてあまり内容が変わらない!!笑



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ツ○ダオリジナルから



ご覧いただきありがとうございます。

なんだかお久しぶりな気分です…。連投しまくってたせいですね!!
とにかく、今回からアニメ二期…の前に少し伏線とか前準備とかの関係で何話かオリジナルを突っ込んでおきます。原作準拠じゃないと話がまとまんない!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「ってわけで僕はしばらくお休みさせてもらうね」

「「「「「「「「「ええ〜!!!」」」」」」」」」

「耳が」

「そりゃ驚くっつーの…」

 

 

講堂ライブの翌日。早速みんなで今後のミーティングをしよう!ということになって、早速こんな感じになった。そんなに驚かれても。

 

 

「だって急に手術って言われても!」

「びっくりするに決まってるにゃ!!」

「は、話についていけないよ…」

「開口一番『手術受けるよ』って言われてもね…」

「だいたいなんで私に言わないのよ!!」

「今言ったじゃないか」

 

 

批難喝采である。ごめんそんな単語ないわ。てかわざわざにこちゃんに言うことじゃないじゃん。君僕から卒業するんじゃなかったの。

 

 

「だいたい、まっきーが自信満々で手術するぞって言ってきたから多分夏休み終わるまでに復帰できるよ」

「そういう問題じゃないわよ!」

「そうですよ、これから色々決めなければいけないんですよ?」

「茜くんがいないのに色々決めちゃうのは…」

 

 

決め事するのにそんなに僕必要かな。嬉しいよ?嬉しいけど今はそんな場合じゃないよ。そういえば茜くんって呼ばれてもぞわぞわしなくなったな。心の持ちようって大事なんだね。

 

 

「そうは言うけどね。肺機能が回復すればもっと色々できるようになる。走れるし沢山物を持てる。今より遥かに君たちのサポートがしやすくなるんだよ」

「俺の出番がなくなる」

「わけないだろ。今よりマシにはなるけど元々僕は非力の塊だぞ」

 

 

創一郎が変な心配していたけど、流石に君の立場は奪えないよ。

 

 

「まあとにかく、僕がいない間に決めておいてほしいことはもう考えてあるから」

「流石…手が早いわね」

「敏腕秘書みたいやね」

「褒められてるか微妙な評価はやめて」

 

 

多分褒めてるだろうけどさ。褒めてるよね?

 

 

で、僕が挙げた内容は…。

 

 

「えーと…3人一組のユニット?」

「2人一組のデュエットの組み合わせ…」

「ソロ曲のイメージ…」

「ライブのアンコール用の曲案?…まだあるわ」

「なんか多くねぇか」

「多くないよ」

「それはあなた基準ででしょ…」

 

 

色々挙げておいたけど多くはないよ。なんで真姫ちゃんは呆れてんの。

 

 

「でも確かにユニットってあると面白そう!」

「凛はかよちんと一緒がいいにゃ!!」

「じゃあ今日はそれ決めちゃう?」

 

 

穂乃果ちゃんがノリノリだったからそのノリでユニットを決めることに。しかしどうやって決めようね。

 

 

「せっかく9人もいるわけだし、何か共通点のある3人組を揃えたいところだが…」

「この子達共通点あるかな」

「凛と穂乃果は髪の毛の色が似てるわよね」

「あとアホだね」

「「アホじゃないよ!」にゃ!」

 

 

オレンジ髪コンビはどっちかって言うとデュエットに使いたい気もするね。

 

 

「もっと大枠で分けようぜ。属性的な感じでよ。…そうじゃねぇととてもじゃねえが共通点なんて見つからねえ」

「そだねえ、花陽ちゃんとことりちゃんが脳トロボイスなのと、にこちゃんと真姫ちゃんがツンデレなくらいだね」

「脳トロ…?」

「「誰がツンデレよ!!」」

「そういうところだよぶふふう」

「ペットボトル二連撃か」

 

 

大枠で決めるのは賛成。でも痛いよにこまきちゃん。何で真姫ちゃんもペットボトルシュートを会得してんの。

 

 

「でも、属性といっても…どんなのですか?」

「わかりやすい人から象徴しようか。その人がユニットリーダーってことで」

 

 

大枠を決めるならわかりやすい人からがいいだろう。そしてそのユニットを象徴するリーダーは、ユニットの性質を一番よく示す人が適任だ。

 

 

「一番最初に思ったのは絵里が『冷静』とか『クール』って感じだな」

「確かに!絵里ちゃんはクールでかっこいいかも!」

「わかる。冷静よりクールの方がカッコいいからクール枠にしよう」

「あら…ありがとう」

「照れてる」

「言わなくていいわよ!!」

「あふん」

「なんか茜に対するあたりが強くねえか?」

 

 

照れを指摘したらビンタされた。ひどい。

 

 

「あと何かあるかな」

「えーっと…穂乃果ちゃんが笑顔が素敵?」

「わあ!ことりちゃんありがとう!」

「笑顔ならみんな素敵だけど」

「私も負けないわよ!!」

「だからにこちゃんも素敵だってば」

 

 

実際笑顔はみんな素敵だよ。なかなか決めにくい大枠かなあ。みんな笑顔してる…真姫ちゃんはダメだわ引き攣ってるもん。一応チャレンジするあたりやっぱりツンデレだわ。

 

 

「素敵さ云々よりも、穂乃果ちゃんは常時笑顔って意味では的するかもね。英語に合わせるならスマイルか」

「確かにいつも笑ってるわね」

「楽しそうでいいやん?」

「私も笑顔よ!!」

「にこちゃんどっちかってゆーとツッコミ顔が多いよ」

「ぬゎんでよ!!」

「そういうとこだよ」

 

 

にこちゃんはネタ勢に成り下がってるせいで笑顔を前面には押し出せないな。残念。

 

 

「あともう1人どうしようね」

「うーん…あ、海未ちゃんがピュアとかいいんやない?」

「え?!」

「「採用」」

「ええ?!」

 

 

最後の一つは希ちゃんの案を採用することにした。まったく的確だった。海未ちゃんはピュアの塊だもんね。ピュアホワイトだね。海なのにホワイトとは。

 

 

「そ、そんな…!」

「じゃああとは残りのメンバーの割り振りだね。一年生から埋めていこう」

「待ってください!そ、それでは私がユニットのリーダーに?!」

「そうなるね」

「むむむ無理ですよ!恥ずかしいです!!」

 

 

そんなこと言われても。てか未だに恥ずかしいのか。にこちゃんをご覧なさいよ、リーダーになれなかったからって射殺す目線だよ。怖いわ。

 

 

「とりあえず一年生」

「無視ですか?!」

「それなら真姫ちゃんはクールで決まりにゃ!」

「うぇえ?!」

「そうね…真姫はクールが一番似合うわ」

「そ、そんなこと…」

「照れてる」

「照れてないわよ!!」

「へぶっ」

 

 

今度は菓子箱が飛んできた。痛いよ。物を投げるなんて、にこちゃんアタックの真似しちゃいけないよ。なんだよにこちゃんアタックって。

 

 

「花陽は…ピュアかスマイルか…」

「クールではないね」

「は、はぁ…」

「かよちんは笑顔が可愛いにゃ!!」

「だからみんなそうだと」

「可愛いにゃ!!!」

「わかったわかった近い」

 

 

花陽ちゃんについては凛ちゃんがゴリ押してきた。ゴリ押しは構わないけど近いよ。にこちゃんが超睨んでるよ。にこちゃん僕を卒業するんじゃなかったの。いやでも好きは好きなのか。あーやばい恥ずかしくなってきた。

 

 

「じゃあ花陽ちゃんはスマイルだね!」

「よろしくね、穂乃果ちゃん!」

「じゃあ凛も「「ピュアだな」だね」あれぇ?!?!」

 

 

残念ながら君はもうピュアだ。君ほど純真無垢な子がいるかよ。むしろもうちょい汚れてよ心配だから。誰か薄い本でも読ませてあげて。持ってないか。希ちゃんとか持ってそう偏見。

 

 

「凛はピュア?!」

「ま、まあ…うん、凛ちゃんはピュアだよ…」

「かよちんまで!!」

「確かに疑いようがないわね…」

「にこちゃんも認める純白乙女」

「何よその表現」

「それっぽいじゃん」

 

 

純粋といえば白というより透明だろうけど、白の方が純粋感ある気がするよね。天使の羽も白いもんね。羽が黒い天使もいる?それは中ニ病だよ。

 

 

「一年生は順当に決まったし、残りはスマイル、ピュア、クールでそれぞれ一人ずつだね」

「残るはことり、にこ、希ね…誰がいいかしら」

「ことりはクールには見えないわね」

「スマイルかピュアか…あ、いや僕の中では決まってるのが1人いたわ」

「奇遇だな、俺もだ」

「へぇ、誰なん?」

「「希」ちゃん「はピュア」」

「…へ?!」

 

 

不意打ちで素っ頓狂な声を上げる希ちゃん。珍しいね。しかし僕は知っている。君はちょくちょく照れたり恥ずかしがったりする、隠れ乙女なのだ。なんだかんだいって結構にこちゃん以外も見てるじゃないか僕。

 

 

「い、いやうちはクール…」

「いやピュアだね」

「ピュアホワイトだな」

「え、えりちぃ!!」

「あの…ごめんね、私もピュアがいいと思ってた」

「ううううう!!」

「あぶふぇ」

「なぜ茜に八つ当たりが」

「八つ当たりではないんじゃ…」

 

 

味方いなくなった希ちゃんが丸めた紙を僕の頭にシュゥーーーー!超!エキサイティン!!はいごめんなさい。僕が悪かった。圧倒的に悪かった。

 

 

でもとりあえずそういうところがピュアだと言っているんだ。

 

 

「そうなると自然な流れでことりがスマイル、にこがクールか」

「えー、にこちゃんクールなの?」

「イメージと違うにゃあ」

「ぬぁんでよ!!」

「そういうとこだよ」

 

 

まあ確かににこちゃんに残る枠はクールのみだ。なんか消去法的に選ばれてかわいそう。

 

 

でも僕はもともとそれがいいと思っていた。

 

 

「でも、にこは結構冷静なところもあるわよ。頼れる時は頼れるわ」

「そうだよ、仮にも三年生なんだからね。ちゃんとクールな一面も持ってるよ」

「…なんか所々不安な言い方しないでくれる?」

「あとにこちゃん入れればネタ的にも面白くなる」

「ふん!!」

「ぐふぇ」

「おいやばい声出たぞ」

 

 

実際にこちゃんはかなり冷静だ。馬鹿っぽい…というか半分くらい馬鹿なところはあるけど、それと冷静さは直結しない。そうでなければ、僕の変化にも気づかなかっただろうし。

 

 

あと絵里ちゃんと真姫ちゃんだと冗談とか言わなさそうだからネタ勢はクールチームに欲しかった。言ったらにこちゃんから腹パンを食らった。超痛い。

 

 

「これでμ'sにユニットが…!!」

「わ、私がユニットリーダーなのはおかしいです!!希もいるんですし!!」

「いやぁうちはリーダータイプやないし」

「この期に及んでまだ言うか」

「…っていうか茜はほったらかしでいいのかしら」

 

 

感動したり困惑したり、まあいろいろあるけどとりあえず組み合わせは決まった。よかった、命をかけた甲斐があった。絵里ちゃんだけ心配してくれるさすが。いや創一郎は心配しろよ。

 

 

「…とりあえず、僕が帰ってくるまでにユニット名考えといてね…」

 

 

盛り上がってるところに声をかけて、あとは死んだ。腹パンはあかんよ。肺がほとんど死んでるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほほう…これが私の『ミケランジェロ』!!何という精度、何という完成度!!天才である私でさえ届かない技術力だ…!!」

「まっきーが褒めるとか相当だね…見ても何もわかんないけど。てか気持ち悪いけど」

「何を言うか茜!この16本に別れた触腕は直径1cmにして的確に動作を伝え、ナノ単位で精密に動かせる!義腕に付属した顕微鏡も恐ろしい精度だ…まさか光学顕微鏡でここまでの解像度が得られるとは!!」

「…花陽ちゃん、ごめんよ。こいつには関わらない方がよかったと思う」

「あ、あはは…」

 

 

未だに状況が読めませんが…。

 

 

茜くんと、メイド喫茶で会った茜のお友達である藤牧さんが…なんと照真くんの家に来ています。

 

 

どうやら照真くんが最近作っていたギワン?が藤牧さんのものだったようで、藤牧さんはそれを使って茜くんを手術するようです。藤牧さんはガラス窓のついた、ベッドのある真っ白い部屋の中でギワンをうねうね動かして動作確認をしている…らしいです。ちょっと…エイリアンっぽくて直視できないよ…。

 

 

あと、照真くんは「初対面の人と直接会うなんて自殺行為だ」って言って、別室からスピーカー越しに会話しています。

 

 

そして、あのギワンはすごく精密であまり外に出すのはよくないということで、茜くんと藤牧さんを家に呼ぶことになったらしいんだけど…怖いから一緒にいてって照真くんに頼まれちゃった。

 

 

だから、私も2人に事情を話して同席させてもらってます。

 

 

「ねぇ、テルマ君だっけ。なんであんな造形なの?」

「あんな造形なのは効率化のためだ。多関節かつ多肢の義腕となると、互いに接触や干渉を極力起こさないような配置が必要となる。虫や蟹類などの参考を得てそのような形になった」

「モチーフがそもそも虫なのね」

「ああ、モチーフがそもそも虫だ」

「だ、誰か助けてぇ…」

「花陽ちゃん怖がってるけど」

「花陽が怖がってるだと?それはいかん。早く花陽を連れてきてほしい」

「と言われても僕は君がどこにいるか知らないんだけど」

 

 

目を背けていたら照真くんを心配させちゃった。でも本当にあんまり見れないし、今から手術することを考えると照真くんのところに行った方がいいのかも。

 

 

「だ、大丈夫…自力で行けるから…」

「行くには行くんだね」

「うん…やっぱり、あの、見たくない…」

「でしょうね」

「おい茜、すごいぞ。恐ろしく高性能な培養肺だ。見ろ、健常者の肺そのものだ」

「…早く行きな」

「うん」

 

 

見てはいないけど、藤牧さんが肺を見せびらかしているようなので走って逃げました。何でそんな怖いことするのぉ?!

 

 

走っていつものモニタールームに着くと、今日は変なヘルメットを被った照真くんがいました。代わりにモニターのほとんどは真っ暗で何も映っていません。手術の光景を私に見せないように配慮してくれたんだと思います。…あれで見えてるのかはわからないですけど。

 

 

「はぁ、はぁ…」

「そんな走らなくても良かっただろう」

「だ、だって!肺!肺だよ?!」

「肺だな」

「すごく冷静!!」

 

 

ナマの内臓なんて見たくないよ!

 

 

「花陽が部屋を出てからすぐに手術の準備に入ったようだ。患者は既にベッドで寝かせれて麻酔導入段階だ。藤牧氏は肺を

「わあああ!実況しないでえええ!!」

 

 

たしかにちょっと様子が気になるなぁとは思ったけど、そんな怖い実況いらないよ!

 

 

そんな私をおいて、知らないところで手術は進んでいるようでした。

 

 

結局、照真くんは茜くんや藤牧さんに会うことはなかったけど…いつか照真くん本人にも会ってほしいなあと思いました。

 

 

照真くんも、友達いないのは寂しいと思うから。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

まずはユニット決めでした。ユメノトビラでユニット毎に班分けしているのに、ユニット自体への言及が少なかったのでここで決めさせてしまいました。あと波浜君も巻き込まれ属性がついてきました。かわいそう。
続いて、影の薄かった湯川君の出番です。ダヴィンチという名前の医療機器があるそうなので、湯川君の技術力でさらに上を行かせていただきました。肺もまるごと作っちゃう湯川君パない。波浜君もいい加減肺が死んでるままでは大変そうなので、これを機に走るくらいならなんとかなるようにしておきました。でもどうせ筋力がついてきませんけどね!!



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穂乃果誕生祭:心の贈り物



ご覧いただきありがとうございます。

穂乃果ちゃん誕生日おめでとう!!その前の千歌ちゃんも誕生日おめでとう!!誕生日近いねお二人!!絵が大変だよ絵が!!
穂乃果誕を祝って本編とは別枠でお話をひとつ、急ピッチで書き上げました。舞台は本編の一年後、主役はご想像の通り水橋君です。まだ付き合っておりません。はよ付き合いなさいよ!!!笑
速攻で書き上げたのであんまり面白くなくても怒らないでください…え?その割には10000字弱じゃないかって?後半はノリノリだったんです。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「ねぇねぇ桜さん」

「なんだよ」

 

 

夏のクッソ暑い日、珍しく俺の前で勉強をしている穂乃果が声をかけてきた。無論俺は仕事中(作曲中)だ。穂乃果は今年の大学受験のために彼女なりに頑張って勉強しているようだ。まあ、わからないことばかりですぐ俺に聞いてくるんだが。

 

 

また何かわからないところでもあったのかと思ったら、全然関係ない答えが返ってきた。

 

 

「私ね、もうすぐ誕生日なんだ!」

「そうか」

「うん!」

「…」

「…何かないの?!」

「いやまだ誕生日じゃないんだろ?」

 

 

急に誕生日を宣言されても困る。つーかもう3年くらいここに通ってるのに誕生日は初めて聞いたな。

 

 

「誕生日プレゼント用意しなきゃなーとか!!そういうの無いの?!」

「露骨に要求するあたりがお前らしいよな…」

「えへへ」

「なぜ照れる」

 

 

褒めてねーぞ。

 

 

「私はねー、アクセサリーとか欲しい!」

「そうか、親に頼め」

「お母さんもお父さんもそういうのは買ってくれないもん!!」

「だからって俺に言うなよ」

 

 

何で俺が穂乃果にアクセサリーなんか買わなきゃならねーんだよ。茜を見習えよ、結局この間矢澤と2人で一日中デートしてたらしいじゃねーか。…そっちの方が金かかってそうだな。

 

 

「じゃあパフェでもいいから!」

「何でパフェが妥協案みてーな言い方してやがるんだ」

「天童さんがこの前『そうやるとOKしてくれやすいぞ!』って言ってた!」

「あの人また余計なことを教えやがって…」

 

 

そういう交渉術は使うにしてももうちょい有益なことに使えよ。

 

 

「じゃあケーキ!!」

「『じゃあ』じゃねーんだよ」

「もーケチ!!」

 

 

誰がケチだ。

 

 

「大体何で俺がお前に誕生日プレゼントなんか買わなきゃならねーんだよ」

「えっ」

「…やめろその泣きそうな顔」

「だって…桜さんなら何かくれるかなって思ってたのに…」

「今まであげたことなんて無かっただろ」

「だって誕生日教えてなかったもん!!」

「逆に今年伝えられた方が不自然なんだよ」

 

 

心底悲しそうな穂乃果を見ていると俺が悪いみたいに感じてくる。実際悪いかもしれん。しかしそれよりも今年に限って誕生日プレゼントをねだられている理由が本当にわからん。何故急に。

 

 

「だって茜くんが何だかんだ言ってくれるかもよって言ってた」

「あいつ殺す」

「だめぇー!」

 

 

茜は次会ったら市中引き回しの刑だ。

 

 

「とにかく!私はプレゼント欲しいの!!」

「あーはいはい何か用意してやるよ10円ガムとか」

「ほんと?!」

「喜ぶのかよ」

 

 

10円ガムで喜ぶなよ。ガッカリさせるつもりで言ったんだぞ俺は。

 

 

「桜さんから何かもらえるってだけで嬉しい!!」

「あーそーかい」

 

 

そんなに喜ばれると、プレゼントやらないと外道みたいになるだろ。

 

 

「…まあ気が向いたらな」

「えーっ気が向いてよ!!」

「無茶いうな。そんなことよりとりあえず勉強しろ」

「あっ」

 

 

「気が向いてよ」は抗議文にしちゃ無理があるんじゃねーのか。

 

 

あと勉強してたんだから手を止めるな。

 

 

この日はそれ以降誕生日プレゼントへの言及は無かった。どうせ冗談かなんかだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とは言ったものの。

 

 

なんだかんだ言ってプレゼント探しをしてしまう俺は一体何なのか。

 

 

「で、プレゼントって何渡せばいいんだ…」

 

 

少し遠出してなんか豪奢なジュエリーショップに入ったのはいいが、どれを選ぶべきかさっぱりだ。つーか何で俺はジュエリーショップなんかに入った。本当にアクセサリー選ぶ気か俺。

 

 

「あんまり高いやつを与えても汚しそうだしな…だがあんま安物も気が引ける…」

 

 

白金製なら少しくらい汚れても平気だろうが、流石に勿体ない気がする。だって穂乃果だぞ。いや何で穂乃果のために真剣にアクセサリーを探しているんだ俺は。

 

 

「…おや、水橋桜じゃないか。こんなところにいる印象は無かったが」

「…雪村か」

 

 

また変なところでばったり会ってしまった。雪村瑞貴、ファッションデザイナー界の若き巨匠だ。こいつもこいつで何でこんなところにいる。

 

 

「俺はウェディングドレスを見せに来たところだ。こういった店には婚約指輪なんかも置いてある…せっかくならドレスもセットで、という魂胆だろう」

「一理あるが、魂胆とか言うなよ」

「商売なんてそんなものだろう。俺たちが作るような芸術作品とは需要が違う」

 

 

まあ、そりゃあ「一般の用途に適するもの」と「芸術として楽しむもの」じゃ根本的な思想が違うだろうがよ。もう少し嫌味のない言い方はできねーのかよ。俺も人のことは言えないが。

 

 

「…で、水橋桜は何故こんなところに?貴金属で着飾るタイプでもないだろう」

「何だっていいだろ、大した意味はねーよ」

「…高坂穂乃果の誕生日プレゼントでも考えていたのか?」

「んなっ、いや、違う!」

「案外嘘が下手だな」

 

 

こいつ何でわかった?!

 

 

「大したことじゃない…ことりがそんな話をしていたからカマをかけてみただけだ。図星だったようだがな」

「くそっ思ったより性格悪いなあんた…!」

「茜にもよく言われる」

 

 

まさかカマをかけられただけだったとは。そういえばこいつ、南と付き合っているんだったか…。変なところで繋がりができてるな。

 

 

「別に何だっていいだろ…。アクセサリーがどうのこうの言われたからどんなもんか見に来たんだよ」

「…アクセサリーを頼まれたからと言って、こんな高級な店に来なくてもよかったのでは」

「…そういえばそうだな…」

 

 

よくよく考えたら、アクセサリーだからって高いものを選ぶ必要はないな。

 

 

「何だかんだ言いつつ真剣に選んであげているじゃないか。もっと冷めた人物だと思っていたが」

「あんたはもっと物分かりのいいヤツだと思っていたよ…」

「よく言われる」

 

 

割と無口だから静かで温厚かと思っていたが、この雪村瑞貴、意外と皮肉屋だな。腹が立つ。俺の周り腹立つやつらばっかりだな。茜とか天童さんとか。

 

 

とりあえず、雪村と一緒に外に出る。クーラーの効いた室内から出ると余計暑く感じる。雪村の車椅子を押していると自分も座りたくなる。つーか相変わらず車椅子重いな。

 

 

「しかし本当に何にすべきかな…」

「君は作曲家なんだろう?曲を送ってあげたらどうなんだ」

「まあそれもアリなんだがな…意外性のカケラもないじゃねーか」

「君がプレゼントをくれる、というだけで十分意外だと思うぞ」

「それは間違いねーな」

 

 

実際、穂乃果も本気で期待したわけじゃないだろう。「もしかしたらくれるかも」、という「分の悪い賭け」をしてみただけなはずだ。もらえたらラッキー、くらいな調子だろう。

 

 

「だから無理にプレゼントを用意する必要はないと思うのだがな」

「あーまあ…」

「…茜や蓮慈とはまた違った人物だな、君は」

「あんなのと一緒にすんなよ」

 

 

あいつらは頭おかしい上に自信の塊みたいなクレイジー野郎たちだぞ。

 

 

「まあそんなことより、どうしてもプレゼントを用意したいなら結局どうする?」

「いやどうしてもってわけじゃ」

「失礼。仮に用意するとしたら、どうする?」

 

 

そう、別にどうしてもプレゼントしたいわけじゃない。ああ、そうだ。そこは否定しておく。雪村もそこには拘泥しなかった。

 

 

しかし、やっぱり名案が浮かばないのも事実だ。

 

 

「パンなら喜びそうだがな…」

「…彼女、そんなにパン好きなのか」

「まあ毎食パンくらいの勢いだな」

 

 

そんなに食事風景を見ているわけでもないが、だいたいそんな印象だ。

 

 

「まあ、何を選ぶにしても…無理に高価なものを選ばない方がいい、というのは伝えておこう」

「あ?何でだ」

「高価なものには、それだけの価値が付随するからな。有り体に言ってしまえば、()()()()()。…プレゼントというものは、心の贈り物だ。それをよく考えるといい」

「…心の贈り物?」

「そう。だから見た目の価値に惑わされぬよう」

 

 

いまいち意味がわからん。

 

 

「…ここまでで結構だ。あとは自力で行ける。車椅子、押してくれてありがとう」

「あ?ああ、どうも…」

 

 

どういう意味だか考えている間に、雪村はさっさと車椅子の車輪をモーターで動かして去ってしまった。

 

 

…そうじゃん、あいつの車椅子電動じゃん。何で俺に押させた。いや俺が勝手に押したのか。無駄なことした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、数日経って結局何も思い浮かばないわけだ。そう簡単にプレゼントなんか思いつくかバカめ。

 

 

そんな今日も穂むらに入り浸って作曲をしているわけだが、夏休みなのに穂乃果は練習でここにはいない。もちろんいないならいないで仕事は進むが、本人がいないとなるとプレゼントのことが頭をよぎって微妙に仕事の進みが遅い。何で俺が誕生日プレゼントなんかで頭を使わねばならんのだ。

 

 

「ただいまー」

「ただいまー!あっ桜さんいる!勉強しよ!」

「お姉ちゃん…桜さんがいない時も勉強してよ」

「大丈夫大丈夫!学校で海未ちゃんとことりちゃんと一緒に勉強してるから!」

 

 

穂乃果、雪穂姉妹がちょうど帰ってきた。今は2人とも同じ高校に通っている上に部活も一緒ということで、帰宅タイミングはほぼ同時だ。穂乃果は俺を見るなり正面に腰掛けてきた。何故ノータイムでこっちに来る。雪穂はそんな姉を見て呆れていた。

 

 

「とりあえず着替えてこいよ」

「えーっめんどくさい…あっもしかして桜さん、私の私服姿が見たい?!」

「いや別に」

「反応が薄い!!」

 

 

相変わらず元気でいいことだが、制服のままより着替えた方がいいんじゃねーのか。

 

 

「外暑いだろ。汗かいてないのか?」

「あ!!もしかして汗臭い?!」

「そうは言ってねーが」

 

 

むしろ制汗剤の匂い全開だ。

 

 

「風邪引いたらまずいだろ。さっさと着替えてこい」

「はーい…」

 

 

渋々といった様子で着替えに行く穂乃果。何がそんなに不服なんだ。

 

 

しばらくして着替えてきた穂乃果は、どたどた階段を駆け下りて速攻で俺の前に来た。何なんだ。

 

 

「そう!それでね桜さん!!」

「何が『それで』なんだよ俺はまだ何も聞いてねーよ」

 

 

そしてノータイムで話し出す穂乃果。今日練習であったこととか、登校中下校中あった面白いこと楽しいことをあれやこれやとガンガン話す。正直覚えていられない。どんなことで喜ぶかはそれなりに覚えているが、話を覚えていられるかどうかはまた別の話だ。

 

 

「それで凛ちゃんがね!!」

「まだあんのかよ」

 

 

いつまで話すんだ。

 

 

「だって今日もいろんなことあったんだよ!!」

「だからってそれを俺に話してどうすんだよ」

「聞いて欲しいの!!」

「構ってちゃんかよ」

「構って!!!」

「自覚ありかよ」

 

 

まさかの自覚持ち構ってちゃんだった。穂乃果のくせに自覚ありとはなんか悔しいな。

 

 

まあそれはそれとしてだ。

 

 

今のところ、あの日以降誕生日プレゼントの話は全く出てこない。こんな一時間近くひたすら喋ってるくせにだ。

 

 

本当に冗談半分だったのだろうか。

 

 

それだと俺が真剣に考えてるのがバカらしくなるじゃねーか。

 

 

いや真剣には考えてない。断じてない。

 

 

「ねえ桜さん聞いてる?!」

「聞いてねー」

「もう!桜さんのバカ!エッチ!スケベ!!」

「おい待て謂れのない罪を糾弾するんじゃねーアホ」

 

 

…やっぱりプレゼントなんてやらない方がいいんじゃないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局何もしないまま前日になってしまった。

 

 

まあいい、どうせ誕生日プレゼントなんて期待していないだろ。

 

 

 

 

 

…そう思っていたのに。

 

 

 

 

 

「あっ…桜さん!お久しぶりです!」

「桜さん!先日の合宿ではまたお世話になりました…!」

「あー…ほんと毎度毎度謎なんだがな」

 

 

南ことりと、園田海未。

 

 

穂乃果の幼馴染たちが、プレゼントを選びに買い物しているところに出くわしてしまった。

 

 

なお、園田の言う通り俺は相変わらず合宿に連行されている。そろそろ許してくれよ。去年通りならまた秋にも呼ぶ気だろ。絶対呼ぶだろ。

 

 

「謎ではありませんよ。桜さんの指導は非常に的確でわかりやすいですし、みんな指導を受けたがっていますから」

「あと穂乃果ちゃんが喜びますし!」

「何で穂乃果が喜ぶんだよ」

 

 

ほんとによくわからんなあいつは。

 

 

「桜さんも穂乃果の誕生日プレゼントを買いに来たのですか?」

「んなわけあるか。五線譜ノートを買いに来たんだ」

「えっ穂乃果ちゃんに誕生日プレゼント買ってあげないんですか?」

「買わなきゃいけねーのかよ」

 

 

何でそんな意外そうな顔してんだお前らは。

 

 

 

 

 

 

「だって穂乃果ちゃん、1週間前くらいから毎日『桜さんプレゼントくれないかなー』って学校でいってましたし…」

「私たちも桜さんなら当然穂乃果にプレゼントあげるものかと…」

「何だって?」

 

 

 

 

 

 

嘘だろ。

 

 

「…毎日?」

「ええ、それもしつこいくらい何度も」

「練習の時も言ってたから真姫ちゃんが呆れてたね…」

「…何でそんなに…俺には一回しか…」

「それはまあ…そうじゃないでしょうか?」

「私も瑞貴さんにプレゼント欲しいって直には言えないなぁ…一回でも言えるのが穂乃果ちゃんらしいよね…」

「雪村は関係なくねーか」

「「はぁ…」」

「何だよ」

 

 

そんな毎日、何度も言うほど俺からの誕生日プレゼントを望んでたのか。

 

 

でもそれなら何で一度しか言わないんだ。いつもならそれこそしつこいくらい絡んでくるだろう。何でそうしなかったんだ。何が違ったんだ。

 

 

「桜さん」

「あ?」

 

 

二人とも、なぜか真剣な表情で俺を見てくる。俺も深刻に悩んでいるのにそんな顔されたら尋常じゃない事態みたいだろうが。

 

 

 

 

 

 

「大切な人に『プレゼント欲しい』なんて、普通は言えないんですよ。だって恥ずかしくて、厚かましくて、申し訳なくなっちゃって…やっぱり言うのやめておこうって思っちゃいますから。それでも穂乃果ちゃんが桜さんにプレゼントが欲しいって言ったのは、そんな恥ずかしさや厚かましさや申し訳なさに耐えてでも言いたかったってことなんですよ」

 

 

 

 

 

 

…そういうものなのか?

 

 

 

 

 

 

「桜さんも穂乃果のことはよくわかっていると思います。穂乃果は、元気が有り余っていて、無鉄砲で、思ったことは全部言っちゃうような子です。正直頭も悪いです」

「まあ実際そうなんだがお前よく幼馴染をボロクソに言えるな」

「幼馴染だからですよ。だからこそわかります。…穂乃果は冗談なんて言えません。思ったことは全部隠さず口から出てしまいますから。わかっていたでしょう?スクールアイドルをやると言った時も、あなたに曲を作ってほしいと言った時も、穂乃果は本気でした」

 

 

 

 

 

 

ああ、それはわかる。そもそもあいつは冗談を言えるほど頭はよくない。何でも本気だ。園田が挙げたこと以外にも、合宿に来てくれっていうのも本気で言っていた。

 

 

 

 

 

 

じゃあ何で。

 

 

 

 

 

 

「桜さんは穂乃果ちゃんの言葉を冗談だと思っていませんでしたか?」

 

 

 

 

 

 

そう、俺は何であの日「どうせ冗談だろ」って片付けてしまったのか。

 

 

 

 

 

 

「そうではないと知りながら、冗談で済ませてしまおうとしたのは…桜さんが、恥ずかしかったからではありませんか?」

 

 

 

 

 

 

目を閉じる。

 

 

クソ暑い陽気で汗ばんだ拳を握る。

 

 

そう、おそらく、そうなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、全くしょーもないことに…穂乃果に誕生日プレゼントを渡すことが、恥ずかしかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…そりゃそうだろ」

 

 

やっと声が出た。本当に…何で俺がこんな恥ずかしいこと言わねばならんのだ。

 

 

「そりゃ恥ずかしいだろ!何で俺が!穂乃果に『誕生日おめでとう』なんて言ってプレゼント渡さなきゃならねーんだよ!()()()()()()()!!そんなの、正面からまともに受け止められるわけあるか!!!」

 

 

穂乃果は太陽みたいなやつだ。

 

 

あいつの笑顔を真正面から受け止められるようなメンタルはしてない。俺には眩しすぎる。

 

 

「…ふふふ。やっぱりそうだったんですね」

「…やかましい」

 

 

やっぱりとはなんだやっぱりとは。

 

 

「プレゼントを渡すのなんて、私たちだって恥ずかしいですよ?」

「はあ?お前らは幼馴染だろ。何度目の誕生日プレゼントだよ」

「何回目でも恥ずかしいですよ!穂乃果ちゃん喜んでくれるかなーって不安ですし、やっぱり改めて産まれてきてくれてありがとうって言うのは何となく恥ずかしいです」

「恥ずかしいですが、それでも誕生日おめでとうって言いたいんです。だって私たちは穂乃果が大好きですから!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

いつだったか。

 

 

雪村が「心の贈り物」だとか言っていたか。自分がプレゼントしたいから渡す…随分身勝手なもんだな。

 

 

でも、「これなら喜んでくれるだろうか」、「あれはあんまり喜ばなさそうだ」って色々考えて、「きっとこれなら喜んでくれる」と自分の心が納得したものを渡す…そういう意味では、確かに心の贈り物なんて呼んでも差し支えないかもな。

 

 

 

 

…とは言っても俺が恥ずかしいことに変わりはない。

 

 

だからプレゼントなんて…と思っていると、突然両サイドからガシッ!と腕を掴まれた。

 

 

…何だと?

 

 

「さあ、行きましょう!」

「レッツゴー!」

「は?おい、ちょっ何故引っ張る?!どこへ行く気だ?!」

「決まっています!穂乃果の誕生日プレゼントを買いに行くんです!!」

「ま、待て!何で俺まで…力強いなお前ら?!」

「うふふ。合宿の様子で、桜さんがあんまり力が強くないのはお見通しですよ?」

「怖いわ!!待て、待て…本当に待て!そんな…プレゼントなんて!!」

「往生際が悪いですね!逃がしませんよ、一緒に穂乃果の誕生日を祝いましょう!!」

 

 

両腕を掴まれてズルズルと引きずられる。周りの視線は羨ましそうにしてくるが、毛ほども嬉しくない。

 

 

さっきから恥ずかしいことばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、翌日。

 

 

スクールアイドルとしての練習は普通にあったようで、今は穂乃果は穂むらにいない。園田と南には音ノ木坂まで来て一緒に祝おうって言われたが、流石にそんなことはできない。だって確実に茜も来る。俺を見たら爆笑して地面を転げ回るまである。そんなの見たら踏み潰しかねない。マジで。

 

 

穂むらも店自体はやっているが、客がいないときなんかはご両親とも裏に引っ込んで誕生日を祝うための夕飯の支度をしているらしかった。

 

 

今はまさに客がいない状態で、ここにいるのはパソコンに向かう俺のみ。正直仕事なんかさっぱり手に付かん。人にプレゼントをやるだけだというのに全然落ち着かない。何度も時計を確認してしまうし、手汗もすごいし、何で俺がこんな目に遭わねばならんのかさっぱりわからん。なんか悪いことしたか俺。

 

 

大体もうだいぶ日も傾いてきたんだぞ。いくら夏で日が長いとはいえ、流石にそろそろ帰ってこいよ。こっちはさっきから心臓が

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

「ただいまー」

「っ!!」

 

 

 

 

 

びびった。

 

 

めちゃくちゃびびった。

 

 

びびってプレゼント落としそうになったわバカヤロウ。

 

 

「おかえり。さ、早く着替えてらっしゃい。ご飯できてるから」

「はーい。…あっ。お姉ちゃん、私先に行ってるよ」

「えっ私も行くよ?」

「もー…そうじゃなくて。ほら、私はゆっくり着替えてるから!」

「えっえっ」

 

 

こっちに気付いた雪穂が穂乃果をこっちへ押している。俺だって何となく気付いている、穂乃果は何故か意識的にこっちを見ないようにしているらしい。だっていつもなら、帰ってきた瞬間に俺の前に突っ込んでくるんだから。

 

 

雪穂がさっさと階段を上がっていって、こっちを見てぽかんとしている穂乃果となんとなく目をそらしている俺だけが残った。

 

 

 

 

………

 

 

……………

 

 

…………………どうすんだこれ?

 

 

「…」

「…何だよ」

「えっ?えー、えっと…ただいま?」

「何で疑問形なんだよ」

 

 

穂乃果もいつものような元気はない。若干顔を伏せ、目を泳がせてもじもじしていた。

 

 

…そんな態度取られると俺も余計恥ずかしくなるだろうが。

 

 

「…はぁ」

 

 

思わずため息をついて立ち上がる。若干穂乃果は身を竦めて一瞬こっちを見たが、またすぐ目を逸らしてしまう。

 

 

(…ちくしょうが。何だそれは)

 

 

何だその顔は。

 

 

何だその恥ずかしそうな顔は。

 

 

何だ、その恥ずかしそうで、期待して、同時に怖れているような…恋する乙女みたいな顔は。

 

 

 

 

 

 

…可愛いじゃねーかよ。

 

 

 

 

 

 

今のナシ。忘れろ。

 

 

 

 

 

 

「…あーくそ。おい穂乃果、目を閉じろ」

「へっ」

「目を、閉じろ」

「あ、えっ、へっ?えっちょっまだ心の準備が」

「やーかましい早く目を閉じろアホ」

「はっはい!!」

 

 

なんか腹が立ってきたので、バカ正直に渡すんじゃなくてサプライズ作戦に変更。穂乃果は顔を真っ赤にしてあたふたしていたが威圧でねじ伏せる。

 

 

ぎゅっと目を閉じてこっちを向く穂乃果に近寄る。目の前にいる穂乃果は若干震えながら目を閉じて首を竦ませていて、ここまで近づくと制汗剤の匂いやら抑えきれていない汗の匂いやら正体不明の甘い匂いやらが漂ってくる。ぎゅっと瞑った目が、きつく結ばれた唇が、真っ赤に染まった耳が、手を伸ばせば届く距離にある。

 

 

 

 

 

 

これはやばい。

 

 

 

 

 

 

顔が熱い。

 

 

 

 

 

 

やばいと理性が叫んでいる。

 

 

 

 

 

 

だから、出来るだけ手早く、しかし悟られないように慎重に…彼女の首に、プレゼントを。

 

 

 

 

 

 

ひまわりの装飾をあしらった、簡素なネックレスを。

 

 

 

 

 

 

かけてやった。

 

 

 

 

 

 

「…もういいぞ」

「…………え?」

「もういいって言ってんだよさっさと目を開けろアホ乃果」

「いたぁっ?!アホじゃないもん!!」

 

 

用が済んだらさっさと解放してやる。なんか戸惑っていたが、もたもたしているのでデコピンしてやった。

 

 

「首元を見てみろ」

「首元…?えっ…これ…」

「………………あー、なんだ。

 

 

 

誕生日…おめでとう」

 

 

 

「…ううっ」

「おいこら何で泣く」

 

 

プレゼントのネタばらしをした途端に泣き出しやがった。何だ、そんなに気に入らなかったのか。確かにそんな高価なもんじゃねーけどよ。園田と南に連れ回されているときにふと目に入って、ひまわりって太陽みたいだよなって思って、なんとなく買っちまったやつだけどよ。そりゃまあひまわり自体も宝石とかじゃなくてアクリル板だけどよ。泣くほどかよ。

 

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい…まさか、ほんとに…ほんとに、誕生日、プレゼント、くれるなんて…思わなくて、嬉しくて、涙が…勝手に…」

 

 

結構ボロボロ涙を零している穂乃果を見て俺は…うろたえていた。いや、どうすんだこれ。ちょっと雪穂やらご両親方、助けてくれ。もういっそ「よくも娘を泣かせやがって!!」みたいにキレてくれて構わないからこの場をどうにかしてくれ。

 

 

「うう…ふぐっ」

「…あー、まったく世話がやけるなお前」

 

 

しかしそんな都合よく助っ人は来ない。俺がどうにかするしかない。何か、何か記憶のどこかにこんな時の対処法が押し込まれてないか…と考えて。

 

 

一回だけ。

 

 

泣いてる穂乃果を落ち着かせたことがあるのを思い出した。

 

 

プレゼント渡すだけでも恥ずかしかったのに余計恥ずかしいことをせねばならんのは非常に気がひけるんだが…

 

 

 

 

 

渡したネックレスをぎゅっと握って。

 

 

もう堪えることもなくボロボロ涙を流す穂乃果を見ていたら。

 

 

 

 

 

「…わっ?!」

「…落ち着け。どんだけ泣く気なんだ」

「ええ?!ちょ、ちょっと桜さん?!」

「うるせえな…」

 

 

 

 

 

 

なんだか我慢できなくなって。

 

 

 

 

 

 

思わず抱きしめてしまった。

 

 

 

 

 

 

…これ捕まらないよな??

 

 

「…落ち着けって言ってんだ。一旦深呼吸」

「…う、うん」

「落ち着いたか?」

「うん、ちょっとだけ…でも、あの、もう少しだけこうしていても…」

「親御さんとか雪穂が来る前に離れろよ」

「わあっ忘れてた!!ここ家だ!!」

「忘れてたのかよ」

 

 

急にびょんっと飛び退く穂乃果。せわしねーやつだな。

 

 

「桜さんのコート硬いね」

「そういう素材なんだよ」

 

 

急に現実に引き戻すんじゃねーよ。

 

 

「あの…プレゼント、ありがとう。凄く…凄く嬉しい…!」

「あー、まあ…気に入っていただけたようでなによりだ」

「うん、凄く素敵!ずっと着ける!」

「ずっと着けていられるほど丈夫じゃねーと思うが…」

 

 

会うたびに恥ずかしくなるからずっとは着けないでくれ。

 

 

「…大事にするね」

「ああ、失くすなよ」

「失くさないよ!!」

「あんまり信用できねーな」

「ひどい!!」

 

 

いつものふざけた調子に戻ってきた。

 

 

「さあ、そろそろ着替えてきな。きっと家族も祝ってくれるから」

「うん!…あの、桜さん」

「あ?」

 

 

そろそろご家族も待ちくたびれただろうし、俺も退散しようかと思っていたら呼ばれた。何だ。

 

 

「あの、もし…もし、また私が泣き出しちゃったりしたときは、その、えっと…」

「…あー、まあ、時と場合によるが…ああ、たまにくらいなら」

 

 

何か言い淀んでいたが、大体言いたいことは伝わった。皆まで言うな、恥ずかしい。

 

 

「…ありがとう」

「はいはいどーいたしまして。じゃあ俺はもう帰るぞ」

「うん。またね」

 

 

もういい加減メンタルが保たないのでさっさと退却する。穂乃果もさっさと階段を上っていったようだった。

 

 

しばらく歩いて…もう星が見えるほど日の落ちた空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

夏は相変わらずクソ暑い。

 

 

 

 

 

 

だけどまあ…今日は気分がいいから熱帯夜も許してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、穂乃果はあれから本当に毎日ネックレスをつけているらしく、後日茜には爆笑された。

 

 

腹が立ったから殴っておいた。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。


甘あああああああああいッ!!!!!!
さすが水橋君!!糖分とお色気担当水橋君!!これは甘い!!いや私がそういう風にしたんですけど。
なんかこうして見てみると水橋君の方が主人公のテンプレみたいに見えますね。まあμ'sの主人公のお相手ですからね!!
また、大体おわかりかと思いますがことりちゃんのお相手は雪村君です。割と誰と誰が対応しているかはわかりやすくしているつもりですので。…どっかの脚本家とかは全然明言されませんけど。
水橋君と穂乃果ちゃんがくっついていないのはお話の筋道の関係で仕方ないことです。このお話はμ's解散後も続く予定なので…。


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塩対応って言うけど、塩味ってシンプルイズザベストって感じだし悪い意味じゃなくない?



ご覧いただきありがとうございます。

昨日の穂乃果ちゃん生誕祭でURを2連続で引いてテンション爆上がりな私はバッチリ今日も本編投稿です!!ほんとに凄くないですか!!確率!!
そして先週に1人、昨日も1人、お気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!!ありがとうございます!!もう元気がギュンギュン湧いてきますね!!!もうすぐお気に入り30人なんですよ!!!寿命が300年伸びるんですよ凄くないですか!!!(うるさい)
感想も一足はやく30件に到達いたしまして、いつも読んでくださっている皆様には本当に感謝しています。ありがとうございます!!これからも頑張ります!!!!

というわけで、どうぞご覧ください。

今回もオリジナル回です。




 

 

 

 

 

私、絢瀬絵里は、今日はμ'sのみんなと劇場に来てる。手術を受けて入院中の茜から、「迷惑かけちゃったお詫びに、天童さんが監督した舞台のチケットを頑張ってとってきたから観てきなよ」とか言って10人分のチケットを渡されたの。…でも天童さんってどなたかしら。希と海未は大喜びしていたけれど。

 

 

「素晴らしい舞台でした…!」

「だよねだよね!私も寝る暇が無かったくらいだったよ!!」

「ほ、穂乃果ちゃん…」

「まず素で起きてろよ」

「創ちゃん、涙の跡ついてるよ」

「なんだと」

「創ちゃん号泣してたにゃ」

「情けないわね」

「お前らも跡ついてるがな」

「「えっ」」

 

 

みんな賞賛しているけど、実際素晴らしい舞台だったわ。繊細に書き上げられた脚本を、主演の御影大地が完璧に演じる…まさに黄金コンビね。原作者の柳新一郎さんも挨拶で絶賛していたし。

 

 

…茜もすごい人と面識あるのね。

 

 

「はあ、これだけすごい脚本書けるのに本人があんな人だなんて…」

「にこっち、天童さんに会ったことあるん?」

「あるわよ。茜の仕事仲間だから」

 

 

にこもだったわ。でもにこがあんなにげんなりするなんてどんな人なのかしら。

 

 

「ねぇにこ、その天童さんってどんな人なの?」

「どんなも何も、一から十まで何がどうなってるかわからない人よ」

「どういうことよ…」

 

 

 

 

 

 

「ほんとだよ、一体俺はどんな評価を受けてんだちくしょう」

「出たわね神出鬼没の変態」

「変態とか言うのやめてー?!」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「?!」」」」」」」」

「何だてめえは」

「キャー!何で俺はゴリマッチョに吊り上げられてんの?!」

 

 

不意に私の後ろから声がかかった。びっくりしている間に、創一郎が謎の人物の胸ぐらを掴んでぶら下げていた…って何をしてるの?!

 

 

「創一郎、やめなさい!知らない人になんてことしているの!!」

「気配消してお前らの後ろに立つ怪しいやつは知らない人ではなくて不審者だ」

「ちょっとした茶目っ気!!俺の名前が挙がったからびっくりさせてやろーかなーって思っただけなんです信じろくださいいやごめんなさい許してプリーズ!!」

「ますます怪しいな」

「嘘だろこれ死刑執行ルートじゃね?やだなーこんな簡単にバッドエンドとか近年稀に見るクソゲーじゃねぇかそういうの嫌いじゃないぜでも俺まだ死にたくない」

「創一郎、やめなさい。その変質者が脚本家の天童一位よ。有名人だから最悪警察呼ばれるわよ」

「変質者ゆーな!」

「なんだと」

「痛い!急に放すなよ!」

 

 

なんと、この人が天童さんらしい。…たしかに掴み所のない人ね…。正直、高名な人には見えないかも…。

 

 

「まったく、茜は『でかいヤツいるけど凶暴じゃないから安心して』って言ってたのに!!」

「普通に考えて、スクールアイドルに変質者を近づけるわけねぇだろ」

「おっと、安易に普通とか言うべきじゃないぞって言いたいところだがまずは変質者って呼ぶのやめてお願いします生きててごめんなさい」

「こ、この方が…天童一位さん…?」

「なんかちょっと…」

「「残念?」」

「おーっと青い髪の乙女と紫の髪の乙女に初見で幻滅されし俺はどうやって生きたらいいんですか教えてマザー」

 

 

相変わらず創一郎に警戒され、海未と希にはがっかりされて泣きそうな顔をする天童さん。…なんだか可哀想になってきたわ。

 

 

「ま、まあまあ…悪い人じゃなかったわけだし…」

「そうだよ、面白そうな人だよ!」

「おっとネタ勢認定いただきました」

「ネタ勢じゃないですか」

「ひどい」

 

 

ちょっと庇いきれなくなったわ。…あとにこの敬語初めて聞いたわね。

 

 

「うう…せっかく茜がお世話になってるからご飯奢ってあげようかと思ってたのに…」

「どうせ茜の提案ですよね」

「何故バレたし」

「そして茜から預かったお金で奢るんですよね」

「何故バレたし」

「茜のことならお見通しです」

「茜よりにこちゃんの方が重症じゃいったああああ?!膝に蹴りが?!」

「にこちゃん…」

「容赦ないね…」

 

 

にこの話からすると、茜が天童さんを通じて私たちにお礼しようとしているみたい。意外と回りくどいことするのね。

 

 

「なんで直接じゃないのかしら」

「恥ずかしいんでしょ」

「茜くんって恥ずかしがるイメージが湧かんなあ」

「あいつ、他人にお礼を言われるのは慣れてるけど、じぶんがお礼言うのは慣れてないのよ。昔は人助けする側だったし、今まではお礼をするような事態を避けていたし」

「まあそういうことだから受け取ってやってくれ」

「でも、私がお礼言ったときも微妙なリアクションしてたわよ」

「あ、私のときも…」

「なんであんたたちが茜にお礼言うような事態になってんのよっ」

 

 

真姫と花陽も納得した顔をしていた。きっと私がお礼を言っても同じ結果だったのね。それよりもにこがものすごいしかめっ面してるのが気になるわ。ヤキモチかしら。茜とどういう話をしたのかは聞いてるけど、本当に好きなのね。

 

 

「つーわけで、もう予約はしてあるから逃げられないぜっつーか逃げないで」

「またフライング予約して…」

「ああ、あと2人呼んでるから」

「なんでよ」

「おっと敬語抜けてるぜにこちゃん。いや、君たちに興味があるっていう有名人がいたからさ…」

 

 

…私たちの知らない人を会食に呼ぶのは何故かしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだかなぁ…」

「落ち着きがないですよ、御影君。予定まであと数分あります」

「とは言ってもね…」

 

 

僕らは舞台が終わった後、「μ'sとご飯だぜ!!」と言われるがまま指定された場所で待機していた。

 

 

待機しているんだけど。

 

 

「めっちゃ焼肉なんだけど」

「…天童君の読みではここが一番だということなんでしょうか」

「女の子とご飯食べる場所にはふさわしくないような…」

「まあそこは天童君ですから」

 

 

僕らが待機しているのはいかにも普通の焼肉屋だった。…僕らスクールアイドルとご飯食べるんだよね?もっとお洒落なお店選ぼうよ。逆にさすがだよ、天童。

 

 

「うおーい、ついたぞー」

 

 

天童に残念さを募らせているところに、ちょうど本人がμ'sを連れてやってきた。

 

 

「…あれ、全員ではないんだ?」

「ああ、にこちゃんとでかいやつは家族の飯を作らなきゃいけないからまた今度ってことになった」

「大変だね」

「素晴らしいことじゃないですか。ご家族を大事になさってるということですよ」

 

 

確かにそうだけど、全員に会えるものと思っていたからちょっと残念。SoSさん…茜くんと言うべきか。彼が入院中というのは聞いていたから彼が来ないのはわかっているけど。

 

 

「って、焼肉なんですか?!」

「もっとお洒落なお店かと思ったにゃ!」

「何を言う、焼肉舐めんなよ。肉だぞ肉。ひたすら肉を食えるんだぞ。嫌なら帰りなさい」

「すみませんでした」

「よろしい」

 

 

さっきの予想通り微妙に文句が出ていた。天童、女の子にひたすら肉が食えるって宣伝は本当に効果的なの?効果あったみたいだけど君たちはそれでいいの?

 

 

「…あの、天童さん。ご一緒するお2人ってまさか」

「そう、そのまさかだ。さっきの舞台、『未来の花』主演の御影大地と原作者の柳進一郎…本名松下明だ」

「ええええ?!」

「俳優さんと小説家さんだ?!」

「…僕は文学者なんですが…」

 

 

先程からこちらをチラチラ気にしていた青っぽい髪の女の子…確か園田海未さん、が、僕らと食事ということで驚愕している。その他メンバーも各々驚いていた。…いや、一部焼肉に夢中になってる。なんか焼肉に負けたみたいで悔しい。

 

 

「あっあの、いつも小説読ませていただいています!!」

「ありがとう。園田さん、だよね。よく僕にメールくれる」

「あ、は、はい!その通りです!」

「海未、柳先生にメールしてるの?」

「はい、詩の一部を引用させていただく時に…」

「最近著作権なんて気にしない人も多いのに、殊勝なことです。いつもありがとうございます」

「い、いえ…そんな…」

「あと、松下と呼んでほしいかな。本名も公開しているわけだし」

 

 

そういえば、初めて会ったときにμ'sの子からメールもらったって話をしたね。見た目からして大人しそうではあるし、本とかよく読むんだろう。

 

 

「わあ…御影大地さん!あ、握手してください!」

「あ、わ、私も!!」

「よろこんで。僕も君たちに会えて嬉しいよ、南さんに小泉さんだよね」

「「はい!」」

「あ、この人テレビで見たことあるよ!」

「凛も見たことある!」

「いろんなドラマに出ているからね」

「そんなに有名なの?」

「すっごい有名なんよ。子供からお年寄りまで、なんでもこなせる万能の天才って言われていろんなドラマで引っ張りだこなんやって」

「ハラショー…」

「…ハラショー?」

 

 

僕のこともほぼみんな知ってくれているようだ。恥ずかしいな。絢瀬さんは知らなかったようだけど、ハラショーが何なのか疑問に思っていたら松下君が「ロシア語ですよ」と耳打ちしてくれたおかげで純日本人ではないらしいと理解した。まあ金髪だしね。

 

 

皆さま警戒心を解いてくれたようで、緊張もほぐれたようだ。μ'sのみんなが素でこんな感じなのか、天童パワーなのかはわからない。

 

 

「真姫ちゃん不満そうにゃ」

「そりゃあ…家の方が美味しいご飯食べられるじゃない」

「はーっそりゃ医者のご家庭に財力で勝てるわけないじゃーん!」

「何かすごく不愉快なんだけど」

「もうちょっとマイルドな言い方はできなかったのかなー」

 

 

西木野さんは確かお医者さんの娘さん。そりゃ庶民の焼肉よりいいご飯食べられるよね。

 

 

その後は全員で焼肉に殴り込んだ。これがまた結構みんなノリノリで肉を食べてた。普通「あんまり食べると太る…」とかいって遠慮しそうなもんだけど、そこは天童パワーだ。

 

 

「ああ、肉の脂質はまんま脂肪になんかならねーし、タンパク質はグルカゴンを出すからむしろ脂肪は燃焼される。米とか食ってるよりよっぽど痩せるぞ、筋肉もつくしな」

 

 

この言葉で俄然食う気になった模様。もともと多く食いそうな高坂さんや星空さんはともかく、南さんや小泉さん、東條さんが目の色を変えていたのは驚きだ。…まあ、東條さんに限ってはもとから焼肉好きだったらしいけど。後で知った。

 

 

大食い軍団は天童と対決していたし、園田さんは松下君に質問攻めしていたので、僕は絢瀬さんと西木野さんの苦労話を聞いていた。二人とも冷静な子で、苦労が絶えないようだ。でも楽しそうに話してたし、満更でもなかったんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おや、西木野嬢じゃないか」

「ねえ、その『嬢』って呼び方やめてくれませんか?」

「女性を呼ぶ時の敬称みたいなものだ。それ以外で何と呼ぶ?『さん』は西木野婦人に使ってしまっているしな」

「いいじゃないの『さん』で。被っても大丈夫ですよね」

「2人同時に近傍に存在した場合に面倒だ。あと君は敬語をもう少し覚えるといい」

「余計なお世話です」

 

 

病院でのお手伝いの休憩中、本館と別館を繋ぐ渡り廊下付近にある休憩スペースで藤牧さんに会った。…いちいち絡んでくるし、何かやけに自信満々なのが勘に触るからあまり関わりたくないんだけど。

 

 

「今日も先生の手伝いか?身近に実技を学ぶ機会があるのは素晴らしいな」

「藤牧さんはどうしたんですか。茜のことですか」

「ああ、その通り。術後の経過も良好だからここに部屋を用意してもらった。うちはあまり大きくないからな、元気なやつの面倒を見るのは逆に手間だ」

 

 

藤牧さんは元々定期的にお父さんの元で検診を受けているそうだ。今まで会わなかったのは、彼の診察がいつも平日の昼間だったかららしい。

 

 

それなのに今日会っているのは、今が夏休みである上に、彼が行った茜の手術についてお父さんと頻繁に話しているから。今まで類に見ないほど正確で的確な手術だったらしいけど、藤牧さんも口外出来ないことがあるらしくて話が進まないってお父さんが言っていた。

 

 

「へぇ、部屋が余っててよかったですね」

「全くだ。病室が余るというのはそれだけ病人が少ないということだ。医者としては微妙な面持ちだが、これを歓迎しないわけにはいかないだろう」

「そうですね。茜は無事なんですか」

「ああ、まったく無事だ。むしろ元気だ。まだ無理はさせられないが、もう走っても大丈夫だろう」

 

 

どうやったかはわからないけど、肺の移植でそれは恐ろしく早い。というか、移植に使った肺はどこで手に入れたのかしら。

 

 

「まあ、しかし私は人間の極致であって、それ以上の実力を持つ者には敵わないようだ。こればかりはどうしようもないな」

「そんな化け物どうせいないでしょ?」

「いや、いた。サヴァンがな。流石に一から全てを作り上げるあの技術は、もはや異界のそれだ。根本的に作りが違う」

「あなたがそこまで言うような人が本当にいるの?」

「私の幻覚を疑うか?彼がいなければ茜の手術も成功されることはできなかった。なにせ片腕だ、両腕であってもあれほどスムーズに、正確にとはいかなかっただろう」

 

 

珍しく他人を賞賛する藤牧さんは、なぜか嬉しそうだった。自分に匹敵する人が見つかって嬉しいのだろう。変な人。

 

 

「まあ、テルマについてはまたいずれ話すこともあるだろう。ともかく、また今日も西木野先生の元へ赴かねばならん。今日はここで失礼する」

「別に会うたびに話しに来なくてもいいんですけど」

「そう言うな、私は嬢と話がしたいからな。それではまた」

 

 

話をするなり、藤牧さんはさっさとお父さんのところへ行ってしまった。毎回こうやって塩対応してもめげないから困る。変に強いメンタルしてるわねあの人。

 

 

茜の知り合いにまともな人いるのかしらって思いながら、そろそろ私もお手伝いの時間なので腰を上げる。

 

 

「…ん?西木野か。そういえばお前ここの子だったな」

「今度は桜さん?」

「何でそんな疲れた顔してんだよ」

 

 

上げようとしたら、今度は別館の方から桜さんが歩いてきた。何で立て続けに知り合いに会うのかしら。

 

 

「別に…変なのに絡まれてただけよ。それにしても桜さんがここにいるなんて珍しいわね」

「そりゃ俺だって病院くらいくるわ。無敵じゃねーんだ」

「それもそうね」

 

 

まあ確かに病院に彼がいること自体はまったく変ではない。

 

 

それ自体は、変ではない。

 

 

「俺はもう用は済んだから帰る。手伝い頑張りな」

「ええ、…えっと、ありがとう」

「お礼言う練習もしておきな」

「うるさいわね!」

「はいはい病院ではお静かにー」

 

 

手をひらひらさせて去っていく桜さん。特に異常があるようには見えなかった。

 

 

 

 

 

 

だから、何故病院にいたのかなんて聞けなかった。

 

 

 

 

 

 

だって、別館は…精神病棟なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天童一位とかいう人の演劇を見た数日後。俺の家には、μ'sのメンバーが来て以来の来客があった。

 

 

「おい、帰ったぞ。客を案内しろ」

「お邪魔する。…弟とはいえ、扱いが雑すぎやしないか?」

「あ、お帰り兄さん。雪村さんも話は聞いていますよ。車椅子押しますね」

「おかえりー」

「大兄貴おかえりー!あっお客さんだ!いらっしゃいませー!!」

「っしゃいませー!!」

「店じゃねえんだぞ。飯の用意するから散れ」

「…賑やかだな」

「楽しいですよ?」

 

 

招いたのは雪村さんだ。たまたまμ's復活ライブの時に再会したのだが、どうやらことり奪還に少なからず貢献してくださっていたらしい。何か礼をしたいと申し出たら、服を作らせてくれと言われた。意味がわからん。わからんが、それでいいなら弟たちに服を設えてもらおうという話になったのだ。

 

 

「…車椅子重くないですか」

「色々道具を載せているからな。少しは重いかもしれん」

「持ち上げた方が楽だぞ、銀」

「ああ、車椅子ごと持ち上げられて移動したのは今日が初めてだ」

「なんか…ごめんなさい」

 

 

車椅子は段差で引っかかったりして不便だったから、途中から肩に担いでここまで運んできた。何もおかしなことはないはずだ。

 

 

「しかし…こっちが礼をするはずなのに、服なんか作ってもらって悪いな」

「気にするな。最近普通の服を作っていなかったから、これが一番俺は嬉しい。サイズも様々だしな」

「まあでかいのもチビもいるからな」

 

 

俺と銀二郎は比較的でかいが、迅三郎は母親似であまり背は高くないし、当四郎と大五郎はまだ年齢的な問題で小さい。そう思うとたしかに大小様々だ。

 

 

「とりあえず俺は飯を作ってくるから、その間に採寸でもしといてくれ」

「いや、採寸ならもう済んだ」

「…は?今会ったばっかだろ」

「ああ、今会った。だからもう採寸は済んだ」

「何言ってんだ?」

「見ただけで寸法がわかるということじゃないかな…」

「そういうことだ。食事を作ってくれている間にも完成するだろう」

 

 

何で見ただけでサイズわかるんだよ。…そういえば俺も、執事服作るとき採寸されなかったな。

 

 

「おい待て、お前以前μ'sにメイド服作ったよな?」

「ん?ああ、作ったな」

「…採寸しなかったよな」

「したぞ。ちゃんと見た」

「…つまり全員のスリーサイズを見ただけで見抜いたわけかお前」

「当然だ。全員サイズぴったりだっただろう?」

 

 

ああ、なるほど。

 

 

何人か赤面してる奴がいたが…あれはメイド服自体ではなくて、これが原因か。

 

 

セクハラ一歩手前じゃねぇか。

 

 

「ん?これメンバーサイトのプロフィール埋められるんじゃ…」

「兄さん、それやったら多分追放されるよ」

「だろうな」

 

 

それぐらいわかるわ。

 

 

雪村さんを居間に案内してから俺は飯を作っていたが、その間ずっとミシンが動いている音がした。弟たち4人がずっと静かだったあたり、その様子を見ていたんだろう。

 

 

飯を作り終えて弟たちを呼び、食卓に運ばせてから自分も食卓に向かうと、本当に服が完成していた。なんだ、俺の周りバケモンしかいねぇな。茜然り、桜さん然り。

 

 

「…パスタか、カルボナーラの。一気に茹でていたのは量の調節のためか」

「パスタは楽でいい、安いしな。これでも相当豪華に飯を食えるようになったが」

「まあ…それだけ量があれば安くせざるを得ないだろうな」

「普通だろ。お前らが食わなさすぎなんだ」

「そんな山盛りのパスタを俺はマウンテンでも見たことはない」

「山がどうかしたのかよ」

「名古屋にある喫茶店だ、気にするな。…まあ、俺の分の量が普通であることは幸いというべきか」

 

 

なんかその喫茶店気になるな。

 

 

「それでは…いただきます」

「「「「いただきまーす」」」」

「いただきます」

「…!美味いな…!」

「そりゃあ大兄貴が作ったからな!」

「食費も増えたおかげでさらに美味になりました」

 

 

飯はお気に召したらしい。不味いとか言われたら投げ飛ばすところだが、そうならなくてよかった。

 

 

飯を食い終えて片付けたあと、新しい服のお披露目となった。あの短時間でそれぞれ2着ずつ作っていたらしい。早すぎるだろ。そのうち一着はフォーマルな儀礼用といった感じの、式典にでも着ていけそうな服。もう一着はカジュアルな普段着だった。サイズも引くほどぴったりだ。

 

 

「おー!!すげー!!かっけー!!」

「かっけー!!」

「おー」

「兄さん…これ本当いただいちゃっていいの?」

「本人がいいと言ってんだからいいんだろ」

 

 

銀二郎も言っているが、もらっていいのか不安になるくらい上質だ。

 

 

「俺、普通の服を作ってくれって言った気がするが」

「普通の服だぞ?」

「普通にしては質が良すぎませんか…?」

「俺が作ったからだろう」

「兄さん、何でこんな自信満々なの」

「俺に聞くな」

 

 

天才ってみんなこんな尊大なんだろうか。桜さんもあんなんだし、茜も腹立つしな。

 

 

「何にしても、俺の服が気に入ってくれたなら本望だ。大切にしてくれ」

「ああ」

「わーい!!」

「まてー!!」

「…彼らのは丈夫な生地で作ってある、心配するな」

「何から何まですまねぇな」

 

 

当四郎と大五郎が走り回っているのを見て、雪村さんが補足してくれた。ほんとに申し訳ねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前には大量の紙が積み上げられている。

 

 

紙には配役と台詞がたくさん印刷されていた。今も現在進行形でプリンターから同じような紙が吐き出されている。しかし、積み上げられた紙の方には赤ペンでそこらじゅうに訂正が入っていた。

 

 

これは、脚本。

 

 

しかし、何かの舞台の脚本ではない。

 

 

俺の、人生の脚本である。

 

 

「俺との関わりがμ'sに与えた影響は…いまのところナシ。今後もしばらく無さそうだな。おそらく俺が介入しなくてもハッピーエンドだろうが…もう少し手を加えたいところだな」

 

 

人生なんて、一人の人間の一舞台にすぎない。しかも一回こっきりで、観客がいなければ存在すら疑わしくなるような代物だ。

 

 

何も指標がなければ無為に終わってしまう。

 

 

だから、俺はハッピーエンドを飾るための脚本を書いているのだ。

 

 

毎日毎日、少しずつ。これから起きるであろうこと、言うであろう台詞を推測して、起こりうる未来を予測する。何をしたらどこが変わるか、誰にどんな影響が出るか。全てを書き出して、よりよい未来につなげていく。

 

 

「あー、そういえば茜の回復が予定より早そうだって聞いたな。たぶん一日退院が早くなるし、そこ訂正しなきゃな」

 

 

時には、すでに起きたことの影響を考えて脚本を修正し、新しい展開を考える。よりよい未来を予測する。

 

 

「えーっと、後は…確か雪村が滞嶺と接触。衣服製作か?依頼かな…いや、彼にそんな金があるとは思えんな。雪村が自主的に申し出たか。恐らく普通の服が作りたかったとかだろう。そうなると今後の滞嶺の身なりに上方修正がいるな…あ、あいつ弟がいっぱいいるって茜言ってたな。それなら弟軍団にも服作ってるかもしれんな。何歳なんだ?そこは不確定でいいか」

 

 

予測、予測、予測。

 

 

よりよい未来のために。

 

 

 

 

一世一代の大舞台に、俺の人生を仕上げなければ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

特に影の薄かった御影さんと松下さんの存在感をあげておきました。天童さんはまあ事あるごとに絡んできます。年上勢は出番を作りにくいのでもっと存在感出さなきゃ…。
そして藤牧君と水橋君。藤牧君は波浜君の回想でも出てきた通り親が医者だったので、真姫ちゃんのお父さんと交流があります。天才ですしね!!水橋君は忘れた頃に重そうな雰囲気を突っ込んでおきます。
滞嶺君と雪村君は雪村君のスリーサイズ看破能力を書きたかっただけです。セクハラの権化爆誕です。本人はまったくそんなつもりはないんですがね!!
最後にもう一度天童さん。彼もすごい人なんです。アニメ二期の間にもっと天童さんのお話を入れていく予定ですのでお楽しみに。


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細胞の培養ってどれくらいかかるんだろうね



ご覧いただきありがとうございます。

今回からやっとアニメ二期本編に入ります。せっかく章分けしたのにまだアニメ二期入ってないとか詐欺だ!!って言ってます。私が。
アニメ二期から今まで影が薄かった男性陣も出てくるようになる(予定)なので、どこかに登場人物まとめを置いておきたいんですがどこがいいんでしょうか。好きにしろって話ですよねはーいすみませんでしたー!!!(スライディング土下座)

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「音ノ木坂学園は、入学希望者が予想を上回る結果となったため、来年度も生徒を募集することとなりました」

 

 

全校集会。二学期最初の難関だ。なんたって眠いからね。だって座りっぱなしでひたすら話を聞くだけだもん。授業みたいなもんじゃん。いやそれだと授業も寝ちゃうみたいになるわ。それはよくない。寝てはいないよ。聞いてないけど。

 

 

まあ、今日はちゃんと起きてるけど。今日はっていうかいつも起きてるけど。起きてるよ?

 

 

「三年生は残りの学園生活を悔いのないように過ごし、実りのある毎日を送ってくれたらと思います」

 

 

そして、今は理事長さんが全校生徒に向けて朗報を伝えていた。だいたいμ'sのおかげらしい。どうでもいいけど何でうちは校長より理事長が出てくるんだろう。名前違うだけで理事長イコール校長なの?三年目にして未だに把握できない我が校のルール。卒業してもわかんない気がする。

 

 

「そして一年生、二年生はこれから入学してくる後輩たちのお手本となるよう、気持ちを新たに前進していってください」

 

 

まあ、とにかく音ノ木坂の歴史がまだまだ続くようでよかった。わざわざにこちゃんを追って入学した甲斐があるってものだ。

 

 

そして、理事長さんのお話が終わるとヒフミのお嬢さんズの一角がアナウンスを始めた。ヒデコちゃんだっけ。これからはちゃんと名前覚えてあげなきゃね。でもヒフミのお嬢さんズって響きいい感じだよね。いい感じじゃない?

 

 

「理事長、ありがとうございました。続きまして、生徒会長挨拶。生徒会長、よろしくお願いします」

 

 

その声を聞いて、立ち上がるのは絵里ちゃん。

 

 

しかし、彼女は舞台に向かうわけでもなく、ただ拍手を始めただけだった。

 

 

それもそのはず、生徒会は今期から代替わり。つまり絵里ちゃんはもう生徒会長ではないのだ。新生徒会長は舞台袖にいらっしゃる。だから本来絵里ちゃんが立ち上がる意味は全くないのだけど、どうしても拍手で歓迎したかったんだろう。

 

 

 

 

 

 

だって、その新生徒会長は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、こんにちは!この度新生徒会長になりました…スクールアイドルでお馴染み、高坂穂乃果です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、穂乃果ちゃんなのだから。

 

 

湧き上がる歓声が、彼女の知名度と人気を物語っていた。それでこそ生徒会長に相応しいかもしれない。

 

 

 

 

でもマイク投げるのはダメだよ。危ないよ。てか何で投げたの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茜、本当にもう大丈夫なの?」

「もちろん。ほぼ全快だから100m潜水しても平気だって」

「その尺度は正しいのかしら」

「肺にかかる圧力の関係じゃないかな」

 

 

所変わって、にこちゃんと二人で屋上。ちなみに穂乃果ちゃんの挨拶は最初以外グダグダだった。台詞飛んじゃったらしい。そんなことだろうとは思ったけどね。穂乃果ちゃんは台詞をバッチリ暗記できるタイプじゃないもんね。

 

 

「まあ、無理だけはしないようにね。あんたが死んだら私も死ぬから」

「物騒なこと言うんじゃないよ」

 

 

フラグになっちゃうでしょ。

 

 

「…一年生達はまだかしら」

「さっき呼んでたけど何かあるの」

「もちろん。これからはあの子達が引っ張っていかなきゃいけなくなるもの、そういうのを教えてあげないと」

「なるほどね。でもそれ聞かれたらそのまま答えるの?」

「…確かになんか恥ずかしいわね」

「それなら、後輩の世話を焼いてあげれば評価上がるよ的な言い訳しておけばいいんじゃないかな」

「その手があったか…!!」

「真に受けないでよ」

 

 

冗談で言ったんだよ。

 

 

「…それにしても、茜と二人きりで学校にいるのは久しぶりね」

「確かに。寂しかった?」

「寂しくない!」

「あぼん」

 

 

僕は手術のあとしばらく外には出られなかったし、そもそも夏休みだったり、とにかく僕とにこちゃんだけで学校の一角にいるっていうのは結構久しぶりだ。しかも前回は「以前の」僕だったし、また新鮮な心持ちだ。でも蹴りは痛いよにこちゃん。

 

 

「…茜が前にここに来たのは、穂乃果が抜けた日だったわね」

「そだね。なんだか感慨深いね」

「そんなに前のことじゃないのにね」

 

 

屋上の真ん中に立って空を見上げるにこちゃんと、柵に背を預けてにこちゃんを見る僕。あの日とはまた違った関係性になってしまったけど、幼馴染であることに変わりはないし、やっぱりにこちゃんは可愛い。

 

 

まあ、結局今まで通りの関わり方になるんだろうなあ。

 

 

だって、どんな僕でもにこちゃんが大好きだからさ。

 

 

「…何よ」

「今日も可愛いなってぶへっ」

「真顔で言うな!!」

「宇宙ナンバーワンアイドルなんじゃなかったの」

「それとこれとは別ッ!!」

「だからって靴を飛ばされると困る」

 

 

正直に言ったら怒られた。なんでさ。あと靴飛ばすと屋上から飛んでくよ。取りにいくのめんどくさい上に片足裸足で恥ずかしいよ。

 

 

「だいたいあんた、もうわざわざ私を褒めなくてもいいのよ。私に気を遣わなくても」

「いやそれ抜きにしてもにこちゃんは可愛いとうぐぇ」

「もう…もうあんたは!あんたは!!」

「痛い痛い死ぬ」

 

 

正直に言ったら一気に駆け寄って来て殴られた。さらにラッシュ食らった。待ってよ、いくら前よりマシになったとはいえ防御力は変わってないんだよ。痛いよ。

 

 

「…殴って気づいたけど肋骨も治ってるのね」

「人工骨いれまひた」

「なんて顔してるのよ」

「殴られたからだよ」

 

 

肺移植のついでに、実は骨とか外傷も消してもらった。そりゃ背中から胸に向かって貫かれてたんだから、肋骨なんて逝ってるに決まってる。肌のケロイドも培養した皮膚で綺麗にしてくれた。後から聞いた話だけど、肺も骨も皮膚も僕の細胞を培養して作ったらしい。怖いよ。どうやったんだよ。改めてテルマすごい。あとゆっきーは勝手に人の細胞を渡さないで。

 

 

そんなことやってると、屋上の扉が開いて一年生四人がやってきた。

 

 

「…来たわね!!」

「まず僕を助けて」

 

 

にこちゃん、何事もなかったみたいに言ってるけど現在進行形で僕の胸ぐら掴んでるからね。離して。助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい?練習の成果を見せてあげるわ!!」

「そんな趣旨で呼んだっけ」

「うるさい」

「はい」

 

 

一年生を整列させて説教でもするのかと思ったら、まずは四人に背を向けたにこちゃん。これからのことを教えてあげるんじゃなかったの。

 

 

そして振り返るにこちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー!笑顔届ける矢澤にこにこー!あぁーんだぁめだめだめぇ!にこにーは、皆のモ♡ノ♡!」

 

 

 

 

 

 

 

新パターンだね。

 

 

「気持ち悪い」

「清々しいほどストレート」

 

 

真姫ちゃんは今日も容赦ない。容赦なさすぎない?

 

 

「何よ!昨日徹夜して考えたんだから!」

「知らない」

 

 

うん、容赦ない。

 

 

「っていうか、六人でこんなことして意味あるの?」

「流石にそれ見せにきただけっつったら殴るぞ」

「女の子に向かって殴るとか言うんじゃないわよ」

「いや茜を」

「理不尽すぎない?」

 

 

最近僕へのあたり酷くない?

 

 

まあでも、ちゃんと説明しないことには納得してくれないだろう。練習は明日からの予定だし。

 

 

「あんたたち何もわかってないわね!これからは一年生が頑張らなきゃいけないのよ!!」

 

 

そう言って三脚を設置しだすにこちゃん。ちなみに僕のである。

 

 

「いい?私たちはあんたたちだけじゃどうすればいいか分からないだろうと思って手助けに来たの!先輩として!!」

「生徒会も代替わりしたわけだしね。次世代の育成に乗り出そうというわけだよ。にこちゃんがね」

「茜もやるのよ!」

「はい」

 

 

そう説明しながら、三脚にビデオカメラを設置するにこちゃん。ちなみに僕のである。

 

 

そりゃね、にこちゃんが三脚やらビデオカメラやらを持ってるわけないもんね。でも我が物のように設置してるからにこちゃんの私物みたいに見える。僕のだからね。

 

 

「…そのビデオは?」

「何言ってるの!ネットにアップするために決まってるでしょ!今やスクールアイドルもグローバル…全世界へとアピールしていく時代なのよ!!ライブ中だけじゃなく、日々練習している姿もアピールに繋がるわ!!」

「なるほどな、確かに最近はアメリカなんかでもスクールアイドルが結成されたという話もある。ネットは強力なアピール手段になりうるな」

「あの国なんでもやるね」

 

 

流石アメリカ合衆国。どんな文化も吸収していくなぁ。

 

 

「うっへっへっ…こうやって一年生を甲斐甲斐しく見ているところをアピールすれば、それを見たファンの間に『にこにーこそがセンターに相応しい!』との声が上がり始めてやがて…」

「…全部聞こえてるにゃ」

「っは!…にこっ?」

「無理があるよにこちゃん」

 

 

誤魔化すの下手かよ。いや、今のはさっき僕が提案したカモフラージュだし、誤魔化しは成功しているのか。本気っぽく聞こえたけど気のせいだよね。気のせいだって信じてる。

 

 

と、その時。

 

 

「…ん?」

「なんだろう…」

「君ら2人にメールが来たらアイドル関係ってのは確定だと思うんだけどね」

 

 

創一郎と花陽ちゃんにメールが届いたらしい。この二人に同時にメールが届くとしたら、まず間違いなくアイドル関係だ。逆ににこちゃんにはメール来てないのかな。

 

 

「…なんだと?!」

「耳が」

「嘘…ありえないです、こんなこと!!」

「鼓膜が」

 

 

お二人が急にでかい声を出した。横にいた僕は耳がやられた。スタングレネードもびっくり。嘘嘘流石にそんな音量は出てないよ。でも耳は逝った。

 

 

そして間髪入れず駆け出す二人。創一郎に至っては砲弾みたいにすっ飛んでいった。外に。なんでさ。しかもまた昇降口に飛び込んでいった。なんでさ。なんでわざわざ一旦外出たの。屋内は走るには狭いってことかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーどうしよう!凄い…凄すぎます!!」

「革命だ…これは革命と言っていい!!」

「落ち着きなよ」

「突然どうしちゃったの?」

 

 

向かった先は部室だった。二人してパソコンのモニターを覗き込んでカチカチしている。なんなのさ。

 

 

ちなみにここまで走って追いかけて来たけど、死にかけていない。うーん、健常者って素晴らしい。でも死にかけてないだけで非常に疲れた。足痛い。みんな走るの早いよ。

 

 

「アイドルの話になるといつもこうね」

「凛はこっちのかよちんも創ちゃんも好きだよ!」

「せやな」

「茜、疲れて投げやりになってるわよ」

 

 

一年生の皆様はぶれないようでなにより。僕は疲れた。後は任せた。

 

 

「夢?!夢なら夢って先に言って欲しいです!!」

「バカ言うな!夢なら永久に覚めるな!この夢の中でなら命を終えても悔いはない!!」

「悔いなよ」

「一体なんなのよ…」

「教えなさいよ!」

 

 

バカなことを言ってる創一郎と花陽ちゃんがなかなか肝心なところを言わないので自力でモニターを覗いた。

 

 

 

 

 

 

そしたら。

 

 

 

 

 

 

「なっ」

「「「ええええええ?!?!」」」

「耳が」

 

 

またもや耳が逝った。驚く気持ちはわかるよ。僕もびっくりした。でもお願いだよ。お願いだから耳元シャウトは勘弁して。耳がお陀仏しちゃう。阿弥陀仏の声も聞こえないよ。阿弥陀仏は関係ない?そうだね。

 

 

「急いで穂乃果たちを集めるわよ!!」

「「「うん!」」」

「任せろ!!」

「あっこれ走るやつね」

 

 

みんな急いで部室から飛び出していった。待ってよ。肺は治ったけど肝心の脚力は致命的なんだよ。待ってよ。

 

 

「っと、忘れ物だ!」

「何忘れたんぐえ」

「お前だ!!」

「人をモノ扱いするのいくない」

 

 

と思ってたら創一郎が拾いに来た。ありがたい。ありがたいけど僕は忘れ物ではないよ。置いてかれたんだよ。でも肩車はしてくれるわけね。

 

 

「つーか穂乃果たちはどこにいる?!」

「生徒会役員共なんだから生徒会室じゃない?」

「わかった!」

「風圧」

 

 

いそうな場所を予測したら、創一郎は急加速しだした。風圧と慣性力がやばいから自重プリーズ。落ちる。

 

 

そして、丁度生徒会室に着いたにこちゃんたちに追いついた。

 

 

「穂乃果!!」

「あ、矢澤先輩」

 

 

でもいたのはヒフミのお嬢さんズの…ヒデコちゃんか。ヒデコちゃんが居た。というかヒデコちゃんしかいなかった。なんでさ。穂乃果ちゃんどうしたのさ。

 

 

「穂乃果ちゃんはいないの?」

「教室の方が捗るからそっちで仕事するって…」

「教室か!!」

「へいボーイちょっと待って僕が死ぬから」

 

 

返事を聞くなり、創一郎がまた砲弾ダッシュをしそうになったので釘を刺しておく。結果、にこちゃんたちと足並みを揃えることになった。それなら僕も死なない。

 

 

そして教室。

 

 

「穂乃果ちゃん!」

「あ、凛ちゃん」

 

 

今度はお嬢さんズの…フミコちゃんだな。なんだかんだ覚えてるわ。まあ何度も手伝ってくれたしね。で、肝心の穂乃果ちゃんはどこ。

 

 

「穂乃果ちゃんは?!」

「どうしても体を動かしたいって屋上へ…」

「屋上か!!」

「ちょっと待った何で窓開けた」

「跳んだ方が早い」

「バカじゃないの」

 

 

返事を聞くなり創一郎は、今度は窓から飛び出そうとし始めた。屋上にひとっ飛びするつもりらしい。だからやめなさいって。人間業じゃないんだって。

 

 

ちゃんと陸を走らせて屋上へたどり着く。

 

 

「穂乃果!!」

「あ、真姫ちゃん」

「まさかのスタンプラリーコンプだよ」

「スタンプラリー??」

「なんでもないよ」

 

 

今度はミカちゃんがいた。意図せずしてヒフミのお嬢さんズをコンプリートだ。何なの君たち。穂乃果ちゃんの痕跡を僕らに伝えるために待機してるの。助かるわ。でもどっちかっていうと穂乃果ちゃんを留めておいて欲しかった。

 

 

だってまたいないもん。

 

 

「あの…穂乃果は?」

「お腹がすいたから何か食べてくるって」

「動いてなきゃ死ぬのかあいつは…!」

「一理あるね」

 

 

あっちこっち移動している様を見るともはやマグロなんじゃないかと思えてくる。マグロの化身だったりしないの?

 

 

「今度はいったいどこ行ったのよ!」

「えーと、食べ物買ってすぐ食べるとしたら…」

 

 

今度は具体的な目的地はない。しかしまあ、購買になんか買いに行ったのは間違いないだろう。購買は一階だから、そのまますぐに食べに行ける場所といえば…。

 

 

「…中庭かな?」

「よしッ!!」

「なんで跳ぼうとしてるのかな」

「我慢ならん」

「我慢しなよ」

「こうしてのんびりしている間にまた移動されたらどうする!!」

「食事してるならしばらく動かないよ」

「っていうかのんびりはしてないわよ!!」

「全速力よ!!」

 

 

また創一郎がジャンプしようとしていたので阻止。君のスピードについていけないんだよみんな。あと僕の体も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日もパンが美味い!」

「少しはじっとしてなさいよ…」

「ほんとだよ」

「探したんだよ!」

 

 

予想通り穂乃果ちゃんは中庭にいらっしゃった。呑気にパン食べてらっしゃる。こっちはみんなへとへとだというのに。いや僕は走ってないし創一郎と凛ちゃんは平気そうだわ。

 

 

「穂乃果…もう一度あるわよ!!」

 

 

息を切らしてお疲れモードのにこちゃんが、穂乃果ちゃんの肩にガッと手を置いて言う。

 

 

にこたゃんが本気になるような事態なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度、ラブライブ!が開催されるわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

一度は潰えた夢を。

 

 

再び拾うチャンスが回って来た。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

やっと二期が始まります。ここからは無事健常者(ただし運動音痴)となった波浜君の活躍をお楽しみください。どうせ走ったら疲労で死ぬんですけどね!!
アニメ二期も波浜君、滞嶺君、水橋君がよく出てきますが、ストーリーに合わせて天童さんと湯川照真君の出番が増える予定です。あとは凛ちゃんストーリーの関係で滞嶺君の出番多め。
それでも主人公は波浜君ですけどね!!



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UFOキャッチャーって大体まともにキャッチ出来ないから名前詐欺感すごい



ご覧いただきありがとうございます。

目次にも追記しましたが、各章の頭に男性陣の自己紹介を追加しました。「こいつ誰だっけ…」って思った時などにもご利用ください。9人もいますからね!!
すこぶるどうでもいいですが、スクフェス以外のガチャが絶望的に奮わないので運を全部スクフェスに持ってかれている気がします。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

というわけでまた部室へ。自由に使えるパソコンここにしかないからね。

 

 

「そう!A-RISEの優勝と大会の成功をもって終わった第1回のラブライブ!…それがなんと!その第2回の大会が行われる事が早くも決定したのです!!」

「テンション高いねえ」

「これがテンション上がらずにいられるか!」

 

 

相変わらずアイドル関係になるとテンション高い花陽ちゃんと創一郎。今回は殊更高い。暑苦しいよ。

 

 

「今回は前回を上回る大会規模で会場の広さも数倍!ネット配信のほか、ライブビューイングも計画されています!!」

「凄いわね…」

「凄いってもんじゃないです!!」

「非常に熱い」

 

 

燃え上がるほどヒートな花陽ちゃん。熱波でも呼び起こしそうな勢いだよ。てゆーかこの前ライブ配信の依頼来てたけどもしかしてこれか。

 

 

「そしてここからがとっても重要!…大会規模が大きい今度のラブライブはランキング形式ではなく各地で予選が行われ、各地区の代表になったチームが本戦に進む形式になりました!!」

「つまり、人気投票による今までのランキングは関係ない…という事ですか?」

「その通り!lこれはまさにアイドル下剋上!!」

「ランキング下位の者でも、予選のパフォーマンス次第で本大会に出場できるっつーことだ。実力が結果に直結する…前回以上に熾烈な戦いになるな!!」

「なんだか恐ろしい世界になってきたよ」

「何言ってんの茜。アイドルの世界はいつでも弱肉強食なのよ」

「怖いよ」

 

 

アイドルってそんなバイオレンスな世界なの。可愛い顔して狼かよ。メンフクロウかよ。いやメンフクロウは言うほどバイオレンスじゃないか、猛禽類なだけで。

 

 

っていうか、地区予選やるんだったらA-RISEともぶつかるんだけど大丈夫かな。主ににこちゃんのメンタルが。ファンだもんね。

 

 

まあ大丈夫か。

 

 

「でも、それって私たちにも大会に出るチャンスがあるってことよね!!」

「凄いにゃー!」

「またとないチャンスですね!」

「やらない手はないわね」

「そうこなくっちゃ!」

 

 

みんなもやる気満々のようだし。てか最初嫌がってた海未ちゃんとかツンデレ女王の真姫ちゃんまでやる気じゃん。みんなライブ大好きかよ。いや後天的に好きになったのか。

 

 

「よーし、じゃあラブライブ!出場目指して

「ちょっと待って」

 

 

ことりちゃんの声を絵里ちゃんが遮る。まさか君が反対とか言わないだろうねかき氷お嬢ちゃん。でも反対というよりか、なんかやばいことに気づいたみたいな顔だ。

 

 

「地区予選があるってことは…私たち、A-RISEとぶつかるってことじゃない?」

「「「「「「「あ」」」」」」」

「今気づいたの」

「承知の上かと思ってたぞ」

 

 

あ、じゃないよ。気づいてなかったのかよ。

 

 

「お、終わりました…」

「ダメだぁ…」

「A-RISEに勝たなきゃいけないなんて…」

「それはいくらなんでも…」

「無理よ…」

「いっそのこと全員で転校しよう!!」

「できるわけないでしょう!!」

「テンション下がり過ぎじゃない?」

 

 

そして落胆が激しいよ君たち。そこまでショックかよ。

 

 

「むしろ茜も創一郎もなんでそんなに平然としてんのよ?!」

「おうふ」

「んなこと言われてもな」

 

 

にこちゃんに首を掴まれた。苦しいよ。創一郎も止めないし。止めてよ。死ぬよ。

 

 

「どうせいずれ当たるじゃん」

「そうだけど!地区予選で当たるなんて、実質地区予選が最後になっちゃうでしょ!!」

「あうあう」

「…それ以上は茜が死ぬぞ」

 

 

首絞めたままがくがく揺らされて僕の意識はブラックアウト寸前。にこちゃん、手術終わってから扱いが過激になってない?死ぬよ僕。本当に好きなの?もしかしてヤンデレなの?まあにこちゃんがヤンデレでもそれはそれでアリ。あー嘘やっぱやだ。

 

 

「まだやってもいないのに諦めないでよ。以前のランキングでの追い上げを忘れたの?あれだけ周りを押しのけて上位に食い込む力があるんだから、そうそう負けないよ」

「それこそA-RISEさえも射程圏内だと踏んでいる。前回王者だが、たかが前回王者だ。最強なわけでも無敵なわけでもねぇ、一位を取った経験があるだけだ。…お前らなら勝てると俺は思う」

 

 

実際、出場を断念した前回だって優勝狙いだったんだ。A-RISEがどれだけ強かろうと、僕らは負けないって信じてる。

 

 

「…二人の言う通りかもしれません。確かにA-RISEとぶつかるのは厳しいですが、だからといって諦めるのは早いと思います」

「さっきまで悲嘆してたのに立ち直りはやぶへっ」

「無言の拳とは恐れ入った」

「助けてよ」

「余計なことを言うお前が悪い」

 

 

海未ちゃんが前向きなことを言ったので煽ったら正拳突きが横腹に刺さった。ねえ君たち、僕はサンドバッグじゃないんだよ。もっと優しくしてよ。

 

 

「三人の言う通りね。やる前から諦めていたら何も始められない」

「それもそうね」

「エントリーするのは自由なんだし、出場してみてもいいんじゃないかしら」

 

 

さらに絵里ちゃんが賛同したことによって、他のメンバーたちもやる気を取り戻したようだ。ナイス元会長。あれ、そういえば現会長はどうしたの。ちょっと探したら椅子に座ってお茶飲んでた。何をくつろいでるんだ君は。

 

 

「そうだよね…!大変だけどやってみよう!」

「じゃあ決まりね」

「よし、さっそく練習行くか」

「穂乃果ちゃんが賛成したらね」

「…え?穂乃果?」

 

 

みんな穂乃果ちゃんが話に参加していなかったことに気づいてなかったらしく、今初めてくつろぎモードの穂乃果ちゃんに視線が集まった。いや君、「ふぅ〜」じゃないよ。おばあちゃんかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「出なくてもいいんじゃない?」

「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」

「ラブライブ、出なくてもいいと思う!」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「えええええええ?!?!」」」」」」」」

「ちょいちょい」

「マジで言ってんのか」

 

 

なんてことのないように、笑顔でそんなことを言い出した。

 

 

…おや?君あんだけラブライブにご執心だったじゃない。何?記憶喪失なの?

 

 

「よーしにこちゃん、とりあえず連行しよう」

「言われなくても!」

「うわぁぁ?!ちょ、ちょっと?!」

 

 

とりあえず隣の部屋へ。にこちゃんが穂乃果ちゃんを連行し、椅子に座らせ、その前に海未ちゃんが鏡を持ってステンバーイ。

 

 

「穂乃果、自分の顔が見えますか?」

「見え…ます…」

 

 

とりあえず正気度チェック。とりあえず冒涜的な神々に触れたわけではないらしい。でもこれ絵面やばいね。

 

 

「では、鏡の中の自分は何を言っていますか?」

「…何それ?」

「ほんとに何それ」

 

 

流石にその質問はファンタジーが過ぎないかい。それこそSANチェック案件だよ。

 

 

「だって穂乃果…!」

「ラブライブに出ないって!」

「ありえないんだけど!!!ラブライブよ、ラブライブ!!スクールアイドルの憧れてよ?!あんた真っ先に出ようって言いそうなもんじゃない!!ねえ茜!!ちょっと聞いてんの茜!!!」

「あうあうにこちゃん痛い苦しい死ぬ」

 

 

穂乃果ちゃんに熱弁を振るいながら僕の首を掴んで揺さぶるにこちゃん。なんでさ。虐待だ。ドメスティックバイオレンスだ。違うわドメスティックではないわ。仲間内という意味では正しいけど。

 

 

「そ、そう…?」

「何かあったの?」

「い、いや、別に?」

「だったら何で?!」

「なぜ出なくていいと思うんです?!」

「私は…歌って踊って、みんなが幸せならそれで…」

「今までラブライブを目標にやってきたじゃない!違うの?!」

「い、いやぁ…」

「穂乃果ちゃんらしくないよ!」

「挑戦してみてもいいんじゃないかな!!」

「あ、あははは…」

 

 

なんだか歯切れの悪い回答ばかり繰り返す穂乃果ちゃん。一体どうしたのかな。なんかトラウマでも

 

 

 

 

 

 

あ。

 

 

 

 

 

 

そっか。

 

 

トラウマ…とはちょっと違うけど、それに近いものだ。

 

 

それなら、ど直球で攻めても効果は無かろうな。じゃあどうしようかな。

 

 

あっいいこと思いついた。

 

 

「ねえ、遊びに行こうよ。明日からはまた練習三昧になるし、みんなで遊びに行くなんてなかなかできなくなるからね」

「はぁ?!急に何言ってんのよ!!」

「ぼへぇ」

 

 

いいこと思いついたから提案したら腹に肘が入った。痛いよ。

 

 

「そ、そうだよ!寄り道していこう?たまには息抜きも必要だよ!!」

「そうそう。あと皆様に僕の扱い方を見直してもらう必要があると思うんだ」

「それ息抜き関係ねぇだろ」

「でもいい加減僕死んじゃう」

 

 

穂乃果ちゃんが乗り気になってくれたので成功だ。あとは保身しておく。いつか死んじゃう。

 

 

「…まあ、茜が言うなら…何か考えでもあるんでしょ」

「まあね」

「はあ…ほんとに昔の茜らしくなったわね」

「どういうこと」

 

 

昔の僕のイメージが実は僕自身には無いんだけどね。

 

 

多分、周りが見えるようになったってことだろう。

 

 

とにかく、今日はこのまま遊びに行くことになった。僕はUFOキャッチャーでもしていよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけでゲーセンなう。何でゲーセンなの。

 

 

「にこちゃん、欲しいもの何でも取ってあげるよ」

「あんたUFOキャッチャーできるの?」

「やったことない」

「どこからその自信は出てきたのよ」

 

 

早速UFOキャッチャーに取り掛かる。うん、やったことないよ。まあ多分できるよ。多分。このアザラシのぬいぐるみくらいなら取れるよ。

 

 

100円入れて。

 

 

ボタン押して。

 

 

「あれ?」

「全然ダメじゃないの!!」

「意外と難しい…」

 

 

なんだい、キャッチャーのアームってこんなに緩いの。詐欺だよ。無理があるよ。

 

 

「詐欺だよ」

「詐欺じゃないわよ…見てなさい!」

 

 

今度はにこちゃんがプレイ。

 

 

100円入れて。

 

 

ボタン押して。

 

 

「ぬぁんでよ!!」

「今回もやっぱり駄目だったよ」

「何よ!!」

「あふん」

 

 

駄目だった。いやだいたいわかってたけど、やっぱり駄目だった。アームに引っかかってするんと抜けた。流石にこちゃん、フラグ回収が早い。でも正拳突きはやめて。

 

 

「あーもうこんなん詐欺よ!!」

「だからそう言ってるじゃないか」

 

 

ぷいっとそっぽを向いてしまった。うーん、こういうところも可愛いよね。いや贔屓目無しで可愛いよ。本当に。

 

 

詐欺に金をとられては困るので退散しようかと思ったら、ふと人影が近づいてきた。

 

 

「詐欺と言うのはちょっとストレートすぎますけど、不可能ではないはずですよ。発想の転換が重要です」

「こういうのは天童が得意だよね」

「おーっし、プロゲーマーお兄さんが本気見せてやるぜ?」

「…何してんの天童さん」

「えっ天童さん??」

「へーい茜とにこちゃんよ。ヒーロー参上だぜ」

 

 

誰かと思ったら、ニット帽にメガネにロン毛カツラ、チェク柄のシャツにでかいリュックという変装モードの天童さんだった。何してんの。あなたゲーセンユーザーだったのか。でも確かに格ゲーしてそう。

 

 

そんで一緒にいる人はどなただろう。

 

 

「…茜?あ、もしかしてSoSさん?」

「その通りですよ。そちらは?」

「変装していてすみません…僕は御影大地、俳優です。お噂はかねがね」

「なんと。変装お上手ですね、舞台で何度か見たはずなんですが。波浜茜、又の名をサウンドオブスカーレットです」

 

 

まさかの有名俳優さんだった。天童さんの舞台によく出演していらっしゃるから見たことはあったんだけど、変装されるとさっぱりわからない。

 

 

「僕は松下明…又の名を柳進一郎と申します。あなたがサウンドオブスカーレットさんでしたか。一度お世話になりましたね、あの時はありがとうございました」

「柳さん…ああ、『天極演舞』の。はじめまして、改めまして波浜茜です」

「え、茜は明知ってんの?」

「知ってますよ。一度カバーイラストを任せて下さって」

「素晴らしい絵でした。まさにあの作品の本質を描いているようでしたよ」

「字面がかっこよかったので抽象画にしたんですが、結構いい表現ができたと思っていますよ。最後まで読んだ時に、『ああ、だからこんな表紙なんだ』って思ってほしくて」

「一言一句違わず同じ表現をされた読者様が沢山いらっしゃいました。流石世界的グラフィックデザイナーですね」

 

 

もう一人は文学者にして小説家の松下明さん、ペンネーム柳進一郎さん。直接会ったことはないけど、作品を通して関係したことはある。この人も天童さんの知り合いだったのか。そういえば以前μ'sのみんなに行ってもらった舞台の元ネタらしいね。

 

 

「そちらはμ'sの矢澤にこさんですね。いつもライブ見ていますよ」

「ありがとうございます。…あっ、サインはダメですよ?今プライベートなので」

「にこちゃん、アイドルモードにならなくてもいいじゃないか。だいたい芸能人同士みたいなもんだよ」

「…な、なるほど!ついににこと対等な立場の人が現れるようになったのね!」

「…波浜さん、この子大丈夫?」

「大丈夫ですよ。自意識過剰で可愛いだけの女の子です」

「ちょっと!!」

 

 

御影さんに挨拶されて急に澄まし顔になるにこちゃん。なんかこの前「サインください」ってヒフミのお嬢さんズに言われた時にも同じリアクションしてたね。気に入ってるの?

 

 

「まあいいじゃねーか、実際そこそこ有名人になってるんだぜ?一般人感覚でいるよりはいいと思うぜ、俺は」

「そのぬいぐるみもう取ったんですか」

「ああ、二回かかっちまったけどな」

 

 

さらっと会話に帰ってきた天童さんの手には、僕らが取ろうとして断念したアザラシのぬいぐるみが抱えられていた。逆に二回で取れるんだね。早くない?

 

 

「流石ゲーセンのプロだね」

「なんかゲーセンのプロって廃人みたいに聞こえるからやめようぜ?」

「だいたい廃人じゃないですか」

「そんなことないぞ。俺だってできないやつはできない」

「例えば何ができないの?」

「ここにはない」

「やっぱり廃人じゃないか」

 

 

ゲーセン廃人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって休憩所。今度は一年生組も一緒だ。何故か天童さんたちもついてきたけど。まあこの前天童さんに頼んだお食事会に一緒に行ってるらしいし大丈夫なんだけどさ。

 

 

「…ねぇ、こんなところで遊んでいていいわけ?」

「明日からダンスレッスンやるんだし、たまにはいいんじゃないかな?」

「そうだよそうだよ!」

「リーダーがそうしたいって言ってるんだからしょうがないわ」

「実際、こういう交流も必要だろ。プライベートの付き合いも団体には不可欠だ」

「…ふん」

 

 

若干にこちゃんが不機嫌だ。まあそりゃそうかもしれない。にこちゃんはラブライブに出たいし練習もしたい。アイドルが大好きだからね。

 

 

「まあ、リーダーに従わなければいけないわけでもないんだけどね」

「そうだぞー。茜も桜も俺の言うことさっぱり聞いてくれねーし」

「そういえば天童さんリーダーでしたね」

「ほらー!そういうとこ!そういうとこだぞお前!敬意が足りてないぞ崇め奉れオラ」

「それは何かおかしくない?」

 

 

一応天童さんはA-phyの発起人ということでリーダー扱いになっている。まあ割と個人行動する三人だからリーダーなんて肩書きしか機能してないんだけどさ。

 

 

「でも…私たちは、次のラブライブが…」

「うん、わかってるよ」

「じゃあ何で!!」

 

 

にこちゃんが何事か言いかけたが、途中で遮った。

 

 

それは今、一年生もいる中で言うことではないよ。

 

 

それに。

 

 

「僕の意図は、僕から伝えるもんじゃないよ」

「…どういうことよ」

「にこちゃんが、穂乃果ちゃんの心に気付けるか。みんなが穂乃果ちゃんを見抜けるか。もしくは、穂乃果ちゃん自ら心の内を告白できるか。そこにかかってるよ。だってラブライブに出るのは僕じゃないんだし」

 

 

穂乃果ちゃんが何を思って「出なくてもいい」なんて言ったのか、それを考える機会を僕は与えたかった。

 

 

それは、μ'sの子らが自力で答えを出さなきゃいけない。僕はそう思うんだ。

 

 

「だから、穂乃果ちゃんを見てあげて。わからなければ本心をぶつけてあげて。本気を伝えてあげて」

 

 

にこちゃんの目を真っ直ぐに見て、そう伝えた。まあきっとにこちゃんのことだから力技に走るだろうけど、まあそれはそれでよし。今日一日の猶予を持って穂乃果ちゃんの真意にたどり着けるなら十分だ。

 

 

 

 

 

 

「おお、せっかくだからこのアザラシあげるぞ」

「え、ええ?あ、ありがとうございます…?」

「天童さん何してんの」

「いや取ったはいいけどいらなかったから…」

「だからって人に押し付けるなんてなんて酷い奴だ君は」

「それは感心しませんね」

「100%善意の行動にそんなに文句つけなくてもよくない?!」

 

 

あと天童さんが花陽ちゃんにアザラシのぬいぐるみをあげてた。餌付けかな?

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

察しが良くなった波浜君、代わりにサンドバッグ化。流石に可愛そうですね!誰のせいでしょうか!!私か!!
そして影薄い御影さんと松下さんのご登場。松下さんは特に影が薄い…ちゃんと登場させてあげないと。
ついでに天童さんはゲーム廃人でした。きっと格ゲーが強いと思います。きっと。それか音ゲー。


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雲を吹き飛ばせる人類がいてたまるか


ご覧いただきありがとうございます。

前回、またもやお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!そして遂に30人に届きました!!つまり私の寿命が300年に到達しました!!!ありがとうございます!!もっともっと面白いお話を書けるように頑張ります!!!ほんとに!!!
あとAqoursの4thライブも当たりました!!私そろそろ死ぬんじゃないでしょうかっ!!!嬉しい!!!だから何だって話ですけどね!!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

翌日の放課後は練習…のはずだったが、何故かみんなで神田明神の階段の上にいた。なんでさ。いや知ってるけどさ。

 

 

「いい?これから二人でこの石段をダッシュで競争よ!!」

「…何で競争?」

 

 

正確にはにこちゃんと穂乃果ちゃんだけ下にいる。理由は今にこちゃんが言った通りだ。

 

 

「穂乃果ちゃんをやる気にさせたいみたいだけど…」

「強引ですね…」

 

 

本当に強引だ。まあ話し合いでなんとかするとは思ってなかったけどさ。

 

 

一応僕も階段半ばあたりで様子見しよう。

 

 

「また今度にしようよ。今日からダンスレッスンだよ?」

「ラブライブよ!私は出たいの!!だからここで勝負よ!!私が勝ったらラブライブに出る!穂乃果が勝ったら出ない!」

 

 

そんな声が聞こえた。

 

 

やっぱりにこちゃんは是が非でもラブライブに出たいのだ。穂乃果ちゃんの心情がどうあれ、実力で押し切ってしまおうと思う程度には。

 

 

多分にこちゃんも、穂乃果ちゃんが何を恐れているかは気づいてる。

 

 

でも、残された時間を考えると…説得に悠長に時間をかけるわけにもいかないのだ。

 

 

「…わかった」

 

 

穂乃果ちゃんも同意してくれた。

 

 

あとは、最後の夢を賭けた競争を制するのみだ。

 

 

…まあにこちゃんが負けても僕がなんとかするけど。

 

 

「いい?行くわよ。よー」

 

 

 

 

それに。

 

 

 

 

「ーいどん!!」

「ええっ?!」

 

 

…やると思った。

 

 

自分が号令かけるのをいいことに、穂乃果ちゃんの準備ができる前にフライングダッシュをキメた。

 

 

やるとは思ったけどそこまでする?

 

 

「にこちゃんずるい!!」

「ふん!悔しかったら追い抜いてごらんなさい!!」

「何で勝者みたいな言い方してんの」

 

 

言い方の上から目線感がすごい。

 

 

それを聞いて穂乃果ちゃんも急いで走り出した。速さは互角くらいだし、階段でどれだけスタミナの差が出るかってところだ。

 

 

 

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ?!」

 

 

 

 

 

 

にこちゃんが、躓いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぇ」

「ああっ茜、大丈夫?!」

「に、にこちゃんが無事でなにより…」

 

 

咄嗟に受け止めようとしたけど、結構な勢いで転んだにこちゃんに押し潰された。痛い。おかしいな、肺が治る前には転びそうになった花陽ちゃんをキャッチしたはずなんだけど。勢いが違ったね。あと意外と胸の弾力があーやっぱ今の無し考えるのやめよう。

 

 

「にこちゃん、茜くん、大丈夫?!」

「わ、私は平気よ…」

「僕も大丈夫だよ」

「いや大丈夫には見えないわよ」

 

 

流石に心配になったのか、穂乃果ちゃんもこつちに寄ってきて足を止めた。大丈夫だよ、にこちゃんの盾になったんだもん。あーでも肋骨が痛いかも。今度まっきーに診てもらおう。

 

 

「もう、ズルなんてするから…」

「…うるさいわね!ズルでも何でもいいのよ、ラブライブに出られれば!!」

「にこちゃん…」

 

 

穂乃果ちゃんを睨みつけながら言うにこちゃん。いやそれはプライド無さすぎないかい。言わないけどさ。

 

 

「今なら、今度なら…μ'sの9人でいいとこまでいけると思ってたのよ。…優勝じゃなくてもいい。せめていい思い出になるようにしたかったの」

 

 

僕の上から退いて、今度は俯いて答えるにこちゃんの声は重々しかった。

 

 

そりゃそうだ。

 

 

…あれっ雨降ってきたな。

 

 

「勝負は一旦お預けにして上行こうか。雨降ってきた」

 

 

こんなところで風邪ひかれても困るしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石段の上まで登って雨宿りしている間に、三年生組で事実を伝えた。

 

 

「そうよ。三月になったら私たち四人は卒業。こうしてみんなと一緒にいられるのも…あと半年」

「それに、スクールアイドルでいられるのも在学中だけ」

「そんな…」

 

 

そう。

 

 

当たり前だけど、僕らはもう卒業するのだ。

 

 

留年したらわかんないけど、昨今の高校で留年はまあ無いんじゃなかろうか。少なくとも僕はしない。にこちゃんもまあ大丈夫だと思う。多分。

 

 

そして、スクールアイドルの名を冠することができるのは、高校生だけ。

 

 

「別にすぐ卒業しちゃうわけじゃないわ。でも、ラブライブに出られるのはこれがラストチャンス」

「これを逃したら、もう…」

「…本当はずっと続けたいと思う。実際、卒業してからもプロを目指し続けている人もいる。でも、この9人で出られるのは今回しかないの」

「僕だってそうだよ。すでにプロであり、その仕事でこれからもスクールアイドルのライブのお手伝いとかするとは思うけど…μ'sのマネージャーでいられるのは卒業するまでなんだよ」

 

 

9人と2人でできたアイドル研究部は、このメンバーでいられるのは、僕らが卒業するまで。

 

 

それを超えてしまえば、アイドル研究部はまた別の世代に変わってしまう。

 

 

僕らはいなくなり。

 

 

次の子たちが入ってくる。

 

 

「やっぱり、みんな…」

「私たちもそう。たとえ予選で落ちちゃっても、9人で頑張った足跡を残したい…」

「凛もそう思うにゃ!」

「ここまでやってきて、何の痕跡もなかったら…寂しいだろ」

「やってみてもいいんじゃない?」

 

 

一年生のみんなも同じ気持ちらしい。よかった。三年生組だけそう思ってたらなんか悲しいところだった。

 

 

「ことりちゃんは?」

「私は、穂乃果ちゃんが選んだ道ならどこへでも!」

 

 

まあことりちゃんはわざわざ留学をキャンセルしてここにいるくらいだしそうだよね。

 

 

「また自分のせいでみんなに迷惑をかけてしまうのでは、と心配しているのでしょう?ラブライブに夢中になって、周りが見えなくなって、生徒会長として学校のみんなに迷惑をかけるようなことがあってはいけない…と」

「…全部バレバレだね」

 

 

そりゃバレるよ。そこなお二人は君の幼馴染なんだし。まあ気付くように仕向けたのは僕なんだけどさ。わぁなんだか黒幕感。天童さんはいつもこんな気持ちなのかな。

 

 

「…始めたばかりの時は何も考えないでできたのに、今は何をやるべきかわからなくなる時がある」

 

 

ちゃんと周りが見えるようになったからね。

 

 

「でも、一度夢見た舞台だもん。やっぱり私だって出たい。生徒会長やりながらだから、また迷惑かけるときもあるかもだけど、本当はものすごく出たいよ!!」

 

 

うん、知ってる。

 

 

僕はちゃんと知っている。君が望んだ未来も、君が抱え込んだ苦悩も、知っている。

 

 

もう、無邪気に理想に手を伸ばすことはできなくなった。

 

 

無謀で無鉄砲な挑戦はできなくなった。

 

 

残念ではあるけど、それも一つの成長なんだ。

 

 

 

 

…まあ、だからと言って理想を諦める必要もないんだけどさ。

 

 

 

 

「…みんなどうしたの?」

 

 

特に合図もなく、10人が穂乃果ちゃんの前に整列した。

 

 

こういう時心が一つになれるのは…素晴らしいことだね。とても。

 

 

「穂乃果、忘れたのですか?」

「え?」

 

 

海未ちゃんから穂乃果ちゃんへの問い。その疑問符には答えず、10人で歌い始めた。もちろん、僕も、創一郎も。

 

 

 

 

 

 

曲は、「ススメ→トゥモロウ」。

 

 

 

 

 

 

どこかで披露した曲ではないんだけど、歌われたのはμ'sが発足した時だって聞いた。初ライブよりも前。敢えてかっこいい言い方をするなら、これが全ての原点ということだろう。

 

 

 

 

 

だって、可能性感じたんだ。

 

 

 

 

 

そうだ、進め。

 

 

 

 

 

後悔したくない、目の前に僕らの道がある。

 

 

 

 

 

…そうやって、歩いてきたんだろう?

 

 

 

 

 

ねえ、穂乃果ちゃん。

 

 

 

 

 

歌を聴いた穂乃果ちゃんは、いつのまにか笑顔になっていた。やる気になってくれたようだ。

 

 

ちゃんとみんなの本心が語れてよかった。

 

 

「よーっし、やろう!ラブライブに出よう!!」

「ほ、穂乃果?!」

「なんで雨降ってるところに出ていくの」

「知らないわよ!」

 

 

元気100%になった穂乃果ちゃんは、叫ぶや否や屋根の外へ飛び出した。何してんの。風邪ひくよ。

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

「雨!やめええええええええええ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

いや本当に何してんの。

 

 

「…嘘でしょ?」

「これは超常現象かな?」

「…」

「創一郎、まさか自分もやれるとか思ってないよね」

「…………まさか。そんなにバカじゃねえ」

「怪しい間があったけど」

 

 

…本当に晴れた。

 

 

何?天候操作系特殊能力持ちだったの穂乃果ちゃん。メガリザードンYなの。晴れパ作らなきゃ。

 

 

「本当に止んだ!人間その気になれば何だってできるよ!!」

「今のはその気になって出来ることではないよ」

「ラブライブに出るだけじゃもったいない!この11人で残せる最高の結果…優勝を目指そう!!」

「とても華麗なるスルーだね」

 

 

久しぶりに華麗にスルーされた。そういえばこの子たちスルースキル高かったね。うーん辛い。

 

 

「まあ、優勝を目指すってのは賛成だがな。むしろ中途半端に参加するよりは、そっちの方が燃えるだろ」

「別に君が出るわけじゃないんだけどね」

「馬鹿か。俺が出るわけじゃないから余計に燃えるんだろ」

「保護者かよ」

「創ちゃんは大体凛たちのお父さんだから保護者で合ってるよ!」

「合ってねぇよ」

「でも…優勝とは大きく出たわね?」

「面白そうやん!」

 

 

戸惑う人も、賛同する人もいるけど…まあ結果は変わらないだろう。

 

 

ラブライブに出場し、優勝する。

 

 

僕らの、最後の思い出を残す挑戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、またラブライブに出ることになったよ」

「またではねーだろ。前回は出てないんだから」

「確かに」

 

 

久しぶりに茜と天童さんと俺で打ち合わせした後、茜からそんな話を聞いた。まあ、穂乃果もやる気出したようでなによりだ。

 

 

「うーんめでたいな!!また彼女たちのライブが見られるとはな!生きがいが増えるってもんだ!!」

「何適当なこと言ってんですか」

「大丈夫、天童さんはいつも適当なことしか言ってないよ」

「なんで俺そんなに信用ないの??」

 

 

天童さんが胡散臭いことを言っていたからつっこんでおいた。この二人もいつも通り…いや。

 

 

「…そういえば茜、矢澤のことばかり話さなくなったな」

「うん。…にこちゃんに怒られたからね」

「何で怒られるんだ」

「言ってなかったっけ」

 

 

茜はいつも通りではなく、矢澤のことだけでなくμ's全般の出来事を話すようになっていた。事情をかいつまんで聞いたが、穂乃果が凹んでる裏でそんなことがあったのか。

 

 

「まあどうせ天童さんの導きなんだろうけどね」

「どうせって何だどうせって」

 

 

まあ実際そうなんだろうな。

 

 

「これからもちょっかいかけにくるんでしょう?」

「そりゃそうだ。たまに様子見ておかないとより良いハッピーエンドにできないからな」

「ストーカーかよ」

「こらそこ口を慎みなさい」

 

 

いつも通り変態的な考え方をする人だ。これだけの才能がなければ捕まってそうだなこの人。

 

 

「いいじゃねぇかよー。茜も自然体になったし、穂乃果ちゃんも元気になったし!これ以上何を望むんだよー」

「だから感謝してますよ」

「じゃあストーカーとか言うなよ」

「それは桜が言ったことですし」

「確かに?」

「…さーせん」

「目を見て言いなさい」

 

 

いやだって事実だし。

 

 

「…それより、μ'sのみんなをちゃんと優勝できるスクールアイドルにしなきゃ」

「んー、まあなあ。A-RISEとの対決もあるわけだし、しっかり強化しておかねぇとサクッと負けるもんな」

「やっぱりそうなんすか?」

「そりゃな、あの子たちは随分洗練されているからな。勝者とか覇者とか、そんな言葉に相応しい」

「歌ってのはそういうもんじゃねーと思うんですがね…」

 

 

確かにA-RISEは比較的歌も上手いと思うが、それが良いかどうかはわからない。個人的にはμ'sの方が好きだ。

 

 

 

 

「そう、そこなんだよ」

 

 

 

 

そして、天童さんは珍しく真面目な顔で返してきた。

 

 

「コンクールじゃないんだ。上手いから勝てるってわけじゃない。そもそも歌やダンスの上手さで判断するものじゃない。どれだけ聴衆を魅了したか、という点で争うんだ。極論、歌はド下手でもかまわん」

「ド下手は嫌ですよ」

「極論だっつってんじゃねえか」

 

 

真面目な声で真面目なことを言う天童さん。だが横槍を入れたらいつもの調子に戻った。なんなんだこの人は。

 

 

「まあ、あの子たちが勝てる未来は幾らでもあるさ。答えは…そうだな、何であの子たちはスクールアイドルをやってんのかって考えたら多分わかるだろ」

 

 

そう言って踏ん反り返る天童さんはやたら余裕そうだった。

 

 

…この人には、何が見えているんだ?

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

穂乃果ちゃんパワー恐るべし…きっと滞嶺君でもできない。できないと思いますよ?多分。
そして肝心なお話は知らなかった水橋君。いっつも巻き込まれるくせに肝心なところは聞かされないあたりに不憫さがにじみ出てますね…笑


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暖炉ってつけてないと煙突から冷気入ってきそうだよね



ご覧いただきありがとうございます。

最近4thライブに向けて缶バッヂ等を集め始めたのですけど、お正月編2018衣装のスクエア缶バッヂが地元のアニメイト全部回っても鞠莉だけ無いんです。何でですか!!おこ!!!笑

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「大変です!!」

 

 

心機一転、ラブライブ優勝に向けて練習を始めようとしたところで花陽ちゃんから集合がかかった。今度は何だい。

 

 

「ラブライブの予選で発表できる曲はいままでに未発表のものに限られるそうです!!」

「未発表?!」

「ってことは、つまり今までの曲は使えないってこと?」

「何でまた急に」

 

 

とりあえず予選は既存の曲で凌ごうと思ったんだけどね。だってもう予選まで一ヶ月も無いんだよ。今から曲作って練習して披露なんてできなくない?いやできるか。学園祭の時になんだかんだいってやったわ。

 

 

「参加希望チームが予想よりかなり多かったらしい。中にはプロのアイドルのコピーユニットもいるようでな、予選段階でそいつらを切っちまいたいようだ。あくまでスクールアイドルの大会だからな、コピーユニットは対象外ってことだろう」

「そんなあ…」

「とばっちりもいいところだね」

「何でこっち見るのよ!!」

「あぶふぇ」

 

 

なるほど、スクールアイドルによる独自のパフォーマンスが見たいということか。 なかなかハードル上げてくるね。こういうとばっちりはにこちゃんの不運のせいじゃなかろうかと思ったら殴られた。ひどい。いや不運をにこちゃんのせいにする方がひどいか。ごめんね。

 

 

「これから一ヶ月足らずでなんとかしないと、ラブライブに出られないってことよ」

「一体どうすれば…」

「まあ桜に頼めば数時間で完成品が帰ってくるとは思うけど、なんか反則くさいね」

「っていうか、人に作ってもらった曲を発表するのはセーフなの?」

「全てのスクールアイドルが自力で曲を作っているわけではないと思いますが…わからない以上、安全策を取りたいですね」

「だよねぇ」

 

 

流石にチートはよくないね。

 

 

「じゃあ、もう作るしかないね」

「ええ、作るしかないわね。…真姫」

 

 

なぜか絵里ちゃんが真姫ちゃんを呼んだ。気合いでも入れようというのか。

 

 

「…まさか」

「ええ」

 

 

二人で何かを頷きあう。そして絵里ちゃんは華麗なターンとともに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「合宿よぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

…なんか生徒会長終えてから元気になったね君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、しばらく電車に揺られてたどり着いたのは海…ではなく山。なんで山。前と違うとこなの。どんだけ別荘あんの。

 

 

あと、今回も桜を連行してきた。ぶつくさ文句を言いながらもなんだかんだいってついてきてくれるあたり桜もツンデレだ。

 

 

「わーっきれい!!」

「空気が澄んでるね」

「やっぱり真姫ちゃんすごいにゃ!こんなところにも別荘があるなんて!」

「歌も上手いし完璧だよね!」

「…当然でしょ?私を誰だと思ってるの?」

「ふん、何自慢してるのよ!」

「べ、別に自慢なんてしてないわよ!」

「まあそもそも真姫ちゃんの所有物じゃないから自慢も何もないよね」

 

 

感動する人々と小競り合うにこまきちゃん。やっぱりこの二人セットがいいよね、ツンデレセット。言ったら怒られるので言わないけど。

 

 

「まあまあ、早く別荘に移動しましょう?今回は本当に時間がないんだから」

「その通りです!」

 

 

直後、後ろからドスンという音が聞こえた。後ろを見ると、カバンを地面に置いた海未ちゃんがいた。おかしいよね。何が入ってんのそのカバン。でかいし。おやつでも入ってるの?

 

 

「…海未ちゃん、その荷物は?」

「なにか?」

「なにか?じゃねーよ。なんだその量」

「ちょっと多くない?」

「ちょっとどころじゃなく多いと思うけど」

「山ですから。むしろみんなこそ軽装過ぎませんか?」

「なんか会話に齟齬を感じるよ」

「さあ、行きましょう!山が呼んでいますよ!!」

「やっぱりそうだこの子絶対登山する気でしょ」

 

 

よくよく見たら登山フル装備だ。何しに来たか忘れてない?こういう時に何故かポンコツになるよね海未ちゃん。前の合宿のときも遠泳10kmとか言ってたし。

 

 

「何処から登るんだ?」

「なにワクワクしてんの創一郎」

「登らないよ?!」

「登ってたまるか」

 

 

創一郎も元気もりもりだった。何でそんなに山に登りたいの。あと創一郎に関しては普通に軽装じゃないか。それで山登る気なの。っていうかそんな君に丁度いいサイズのでかい服なんて売ってるんだね。よく見つけたね。

 

 

「ほら、もたもたしたるとバス来ちゃうわよ?」

「乗り遅れたら走ればいいだろ」

「いいわけないじゃない」

「脳筋かよ」

 

 

走ってバスに追いつけるのは創一郎しかいないよ。

 

 

というわけでさっさとバス停へ。

 

 

「…あ、やっべ」

「どうしたの桜」

 

 

バス停へ向かおうとしたら、桜が渋い顔で立ち止まった。珍しい顔だね。基本的には真顔か呆れ顔かビビり顔しかしてないのに。思い返すと結構な顔芸芸人だね。

 

 

「…穂乃果忘れてきた」

「なんだって?」

「穂乃果。…電車に置いてきた」

「………」

「待って創一郎、走って追いかけなくてよろしい」

 

 

言われてみれば居なかった。何故誰も気づかなかったし。何故僕も気づかなかったし。

 

 

「復路の電車を待つより早いだろ」

「行ってよし」

 

 

というわけで、創一郎を急行させた。相変わらずズバンッ!というすごい音を立てて走り去る創一郎。あれ電車にも追いつけるんじゃないの。

 

 

「あれは本当に俺たちと同じ人間か?」

「種族は同じだと思うんだけどね」

 

 

心の底から呆れたような声色の桜。僕だって呆れてるよ。

 

 

先行していた子らにも話は伝わったようで、海未ちゃんが頭を抱えて戻ってきた。大変だね。いや人ごとじゃないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

線路沿いをひた走り、たどり着いた次の駅で穂乃果は降りていた。スマホを持ってあわあわしているあたり、海未あたりが鬼電したんだろう。まあ、起きてくれてよかった。更に次の駅まで行くのは面倒だ。行けないことはないが。

 

 

「穂乃果ッ!とりあえず改札出ろ、連れて行く!!」

「わあっ創ちゃん?!う、うん!わかった!!」

 

 

駅舎の外から声をかけ、まずは外に出させる。こっちに向かってきた穂乃果を即刻抱き上げて、そのまま一気に走り出す。

 

 

「ぅわ?!」

「飛ばすぞ」

 

 

行きにかかったのは3分、帰りは穂乃果込みで5分程度だろう。思ったより時間はかからなくて済みそうだ。穂乃果の顔が風圧で凄いことになってるが、気にしている場合じゃない。あまり他のメンバーを待たせるわけにもいかないからな。

 

 

そうしてたどり着いた元の駅では案の定海未がキレていた。

 

 

「たるみすぎです!!」

「だってみんな起こしてくれなかったんだもん!!ひどいよ!!」

「ごめんね…忘れ物ないか確認するまで気付かなくて…」

「そりゃ人を忘れて行くなんて想像もつかないよ」

 

 

海未はキレていたが、他のメンバーは安堵の表情を浮かべていた。茜と桜さんは呆れているが。

 

 

「創一郎がいなければどれだけ時間がかかっていたことか…!!」

「落ち着け。無事戻ってこれたんだからいいじゃねぇか」

「そうだよ!」

「お前は反省してろ」

「あだっ」

 

 

海未も心配性すぎるが、穂乃果はたしかに反省しなければならないな。まあ寝てしまったものは仕方ないし、誰も起こさなかったのも問題だが。

 

 

「まあしかし、海未ちゃんが気付かなかったのは珍しいね」

「そうね、忘れ物には特に気が回るタイプなはずなんだけど」

「山に浮かれてたんだろ」

「そっそんなことはありません!!」

「わかりやすく動揺するね」

 

 

なるほど、海未が気付かなかったのは山のせいか。かく言う俺も山が楽しみではあった…注意散漫になってしまったのはこちらの非だな。

 

 

「すまなかった」

「いや創一郎が謝ることではないんだけどね」

「俺ら全体が弛緩していたのは間違いないんだが…滞嶺もなんかズレてんな」

「なんだと」

「そういうところがズレてるっつってんだよ…!!」

 

 

なんか桜さんにバカにされた気がしたから吊り上げたのだが、逆にさらに怒られてしまった。なぜだ。

 

 

「ほら、早く行くわよ。次のバスにも遅れたら流石に本当に時間なくなっちゃうわ」

 

 

真姫にも急かされてしまった。肩身が狭い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「おおー!!」」」」」」」」

「ここもまた立派だねえ」

「一軒ぐらい譲ってくれてもいいんじゃねぇか」

「嫌よ」

 

 

電車に忘れて来たバカ穂乃果を無事回収し、バスに乗って更に歩いてやっとたどり着いたのはまごうことなき豪邸だった。夏の時も思ったが、本当にふざけた財力だな西木野一家。

 

 

しかし洋風家屋とはいえ、煙突までついてる家は日本では初めて見たわ。必要あるか?煙突。

 

 

「さ、中に入りましょ」

 

 

こうなると落ち着きまくっている西木野が不自然に見えてくる。自分の家なんだからそりゃ当たり前だろうが…やっぱり感覚おかしいだろ。

 

 

西木野に続いて中に入ると、これまたそこらの家より遥かに豪華だった。前回ほど広くも大きくもないにしても、普通にシャンデリアやらデザインの凝った燭台やらあったらどうあっても豪華に見える。燭台とか使う機会あるか?

 

 

「やっぱりピアノあるんだ!」

「これは河合か…全世界のメーカー揃えてんじゃないだろうな?」

「暖炉もあるよ!」

「暖炉だと」

「凄いにゃ!初めて暖炉見たにゃー!!」

「登っていいやつか」

「ダメでしょ。っていうかどうやって登る気なの」

 

 

相変わらず当然の如く鎮座するグランドピアノには突っ込んではいけないのだろうか。あと煙突登るって発想はおかしいだろ。煙突は登るもんじゃねーよ。

 

 

「凄いよね!ここに火を

「つけないわよ」

「「「ええ?!」」」

「何で滞嶺まで悲鳴上げてんだ」

「だって暖炉だぞ?!」

「何がだってなんだよ」

「創一郎意外とお子様だよね」

「なんだと」

「ストップ死んじゃう」

 

 

山奥で涼しいとはいえ、まだ晩夏なのに暖炉に火をつけるやつがあるか。サウナでも作る気か。あと茜を吊るすのはやめてやれ。

 

 

「まだそんなに寒くないでしょ?」

「つーかまだ生地の薄い長袖で十分な気温だっつーの」

「それに、冬になる前に煙突を汚すとサンタさんが入りにくくなるってパパが言ってたの」

「そうそう……………ん?」

 

 

 

 

 

…何だって?

 

 

 

 

 

「パパ…?」

「サンタさん…?」

 

 

急にツッコミ所が湧いて来たぞ。

 

 

「素敵…!」

「優しいお父さんですね…!」

「優しい…優しい?」

「優しいというか…うん、いや、何でもないよ」

 

 

茜も言いかけてやめたが、あれだろう。優しいというか親バカに近い。そして気づかない西木野が天然なのか親の隠密スキルがカンストしてんのかどっちだ。どっちもな気がする。

 

 

「ここの煙突はいつも私が綺麗にしていたの。去年までサンタさんが来てくれなかった事はないんだから!」

「うーん、確かにこんな子がいたら来ないわけにはいかないよね」

「こんなうっきうきで待ってたら用意してなくても何かあげちゃうわね…」

 

 

めちゃくちゃキラキラしながらサンタを語る西木野。まあ…確かに去年までこの子中学生だったわけだがな?星空と小泉は微笑ましいモノを見るような目で西木野を見ているし、やっぱり異常か。純粋培養乙女セカンドシーズンかよ。

 

 

「ぷぷ…サンタ…」

 

 

ん?

 

 

「真姫が…サンタ…!」

「ストップにこちゃん」

「ぅわあ?!なっななな何すんのよ茜!!」

「それはだめ、絶対だめ」

 

 

矢澤が西木野のピュアさにウケていると、茜による口封じ(物理)が始まった。こいつたまに動きが超絶素早いよな。しかし急な顔面の接近に矢澤が狼狽えている。いっつもべったりくっついているくせになぜこういう時だけ純情なんだ。

 

 

「そうよ、ダメよにこ!」

「それを言うのは重罪だよ!」

「そうにゃ!真姫ちゃんの人生を左右する一言になるにゃ!!」

「そこまで言うかな」

「だって真姫よぉ?あの真姫が…むぐっ」

「だめだってば」

 

 

絢瀬に小泉、星空も加勢して矢澤を取り押さえる。いやそこまでしなくてもいいんじゃないか?

 

 

だがまあ、ちょっとくらい加勢してやるか。

 

 

「あいつらはほっといて、衣装とか作詞作曲を進めた方がいいんじゃねーのか。時間無いだろ」

「…それはそうね。海未、ことり、こっちよ」

 

 

実際時間も無いだろうし、西木野はここから退散させられるしで都合のいい指示だっただろう。とりあえず急場を凌いで茜たちの方を振り返ると、業を煮やした滞嶺が「練習してこい」と言って家の外に総員放り投げていた。…放り投げていた?また人知を超えたことしやがってあいつは。

 

 

「せめて着替えさせなさいよ!!」

「怪我したらどうするの!」

「怪我はしねえように投げた」

「どういう原理なのかわかんないけど実際怪我はしてないね」

 

 

そして総員戻ってきた。運動神経ボロボロの茜が怪我していないのを見ると、本当に怪我しないように投げたようだ。優しいのか優しくないのかどっちなんだこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員着替えたところで、桜は室内組のアドバイスをしに行き、僕と創一郎は外のメンバーの練習を見ていた。程よく伸びた草葉や柔らかい土のお陰で相当運動しやすい。足への負担が軽いから、というのは創一郎の言。そういうものなのかな。

 

 

「ところで何で穂乃果ちゃんは寝てるの」

「山の心地よさにやられちゃったんやね」

「電車でも爆睡してた気がするんだけどね」

 

 

そして眠り姫穂乃果ちゃん。ほんとによく寝るねこの子。まあ芝生が心地良いのはわかるんだけどね。

 

 

それよりにこちゃんは何してんだろうね。凛ちゃんと2人でなんかしてるけど、そこ急な坂になってるから危ないよ。さっき転げ落ちそうになったもん。何で知ってるかって?さっき探検してきた。やばいと思ったけど好奇心を抑えられなかった。

 

 

「まだ休憩中だけど起こした方がいいのかな」

「そうね…熟睡されちゃうと起こすの大変になるし」

「既に熟睡してそうだけどね」

 

 

幸せそうな寝顔しよって。そういえば前の合宿のときもベッドダイブの後数秒で寝てたね。のび太くんかよ。

 

 

 

 

 

 

と、その時。

 

 

 

 

 

 

 

「もうだめにゃああ!!」

「ええええ?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

叫び声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

あと、坂から姿を消すにこちゃんが一瞬だけ見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「創一郎!!!」

「応ッ!!」

 

 

咄嗟に創一郎を呼び、背中にしがみつく。創一郎はいつものズバンっという音とともに林へ突入し、坂を一気に下る。生い茂る木々を物ともせず突っ切る姿はもはや重戦車だ。迫力ありすぎだよ。何のアトラクションだよ。でもこれなら追いつけるね。

 

 

しばらく走ると、走って坂を下るにこちゃんと凛ちゃんが見えてきた。転んでは無いようだが、この坂とあの勢いでは止まろうとした瞬間に転んでしまうだろう。その前に捕らえなければ。

 

 

だが。

 

 

 

 

 

にこちゃんと凛ちゃんの姿が一瞬浮いた。

 

 

 

 

 

そこが崖だ、と悟るまでは一瞬だった。

 

 

 

 

 

「創一郎!崖だ!早く、落ちるぞ!!」

「任せろ!!」

 

 

一気に加速し、崖の端に着いた瞬間に崖の側面を蹴り飛ばして跳ぶ。更なる急加速を見せた創一郎は、空中に投げ出されて自由落下をしていたにこちゃんと凛ちゃんを見事にキャッチし、対岸の岸に着地してみせた。

 

 

ナイスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

…僕はしがみついてられなかったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

まじ?

 

 

 

 

 

 

 

「あれええ?」

「ちょっ茜?!?!」

「わああ!茜くん!!」

「マジかよ」

 

 

 

 

 

一応下は川だね。よかった。

 

 

 

 

よくないわ。

 

 

 

 

結構な衝撃と、ザバァーン!!というでかい音を伴って川に墜落した。背中打った。水面に背中打ち付けるとだいぶ痛いね。てか溺れる。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

合宿前のテンション高い絵里ちゃん好きです。吹っ切れてますね!
今回も連行されてる水橋君。相変わらず巻き込まれ大魔王です。遂に顔芸マンにもなってしまいました笑。
滞嶺君は体は兵器でも心は高校一年生なので山とか煙突とかでテンション上がりまくってます。何気に一番少年かもしれません。いや真姫ちゃんの方が少女かも…サンタさん信じてますし…笑。
そして波浜君は生きて帰って来れるのでしょうか!!笑


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スランプって言ったら「んちゃー」だよね



ご覧いただきありがとうございます。

今週は台風やら地震やらで大変ですが、皆様ご無事でしょうか。私の家では瓦が数枚吹っ飛びました。冗談じゃない威力でしたね…地震もやばいことになってますし…。皆様お気をつけて、私はここでこの小説を書き続けますので!!…ほかに出来ることありませんもん…。

とにかく、今回は合宿編の続きです。山がやばいことになってるのに山登ってる場合ですか!!←

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「へっくし」

「もうっ…無事だったからよかったけど」

「「「ごめんなさい…」」」

「いえ、創一郎は謝らなくてもいいのよ?」

「いや、茜落としちまったし…」

「流石にそれは君のせいじゃないよ。ふぇっくし」

「茜くんくしゃみかわええな」

「嬉しくない…」

 

 

川に見事にダイブした僕は、速攻で創一郎に拾われた。山の中なだけあって結構冷水だった。寒い。創一郎にダッシュしてもらって帰ったのもあって超冷えた。手術してなかったら文句なしで死んでた。創一郎?ピンピンしてるよ。彼も川に入ったはずなんだけどね。おかしいね。僕変なくしゃみ出るから冷えるの嫌なんだけど。

 

 

ちなみに、にこちゃんはリスに盗られたリストバンドを取り返そうとしていたらしい。25って書いてあるやつね。僕が買ってあげたやつだね。嬉しい。ふぇっくし。寒い。一応暖炉つけてもらったんだけどね。ごめんね。後でサンタさん来れるように掃除しとくね。

 

 

「茜、大丈夫?」

「大丈夫だよ。にこちゃん無事だったし。へっきし」

「めっちゃくしゃみしてるじゃないの」

「にこちゃんが可愛いせいだよ」

「ふん」

「ぐぇ」

 

 

にこちゃんが心配してくれたから褒めてあげたらタオルで首絞められた。何でさ。もうちょっと労ってよ。

 

 

「まったく、よくもあんな木々の生い茂る坂道を衝突も転倒もせずにいられたな」

「それは創ちゃんも一緒にゃ」

「俺がそんなヘマするわけねぇだろ」

「にゃにゃにゃ」

 

 

凛ちゃんと創一郎もじゃれていた。体格差のせいで親子に見える。でも実際よく衝突も転倒もせず走り抜けられたよね。

 

 

「静かにしないと。上で海未ちゃんたちが作業してるんやし」

「あ、そっか…」

「へっくしゅ」

「茜くん、本当に大丈夫?」

「肺が辛くなってきた」

「大丈夫じゃないじゃないの!」

「大丈夫だよ。帰ったらまっきーに診てもらおう。ふぇっくし」

 

 

くしゃみしてたら肺が痛くなってきた。くしゃみってこんなに疲れるんだね。

 

 

「お茶、用意しました!はいっ茜くん」

「ありがと。んむむ、あったまるわ」

「創ちゃんもどうぞ」

「ああ、ありがとう。俺はそこまで冷えていないが」

「何でさ」

「動けば勝手に乾いてくれるだろ」

「乾かないよ」

 

 

花陽ちゃんがお茶をくれた。温かい飲み物は冷えた体に嬉しい。創一郎は一体どういう体のつくりしてるんだろうね。未知だね。

 

 

「あ、じゃあ海未ちゃんたちには私が持ってくよ」

「うむむ、本来は僕のお仕事なんだけど」

「茜はじっとしてなさい。暖まるまではね」

「ふえーい」

 

 

お茶運びすらできないマネージャー。これは無能では?どうも無能です。しにたい。

 

 

「…つーか、真姫と桜さんはどこ行ったんだ?」

「そういえば見当たらないわね…」

「桜は海未ちゃんかことりちゃんのところかもしれないけど、真姫ちゃんがいないのはちょっと不思議だね」

「疲れて気晴らしでもしてるんじゃない?」

 

 

別荘に戻ってきてから結構経つけど、最初から今まで真姫ちゃんも桜も見かけなかった。流石におトイレだったらそろそろ戻って来ると思うのだけど…どうかしたのかな。

 

 

とか思っていたら。

 

 

「みんなー!大変!大変だよ!!」

 

 

穂乃果ちゃんがすごいスピードで戻ってきた。一体どうしたの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「スランプ?!」」」」」」」

「…まあ要するに、今までより強いプレッシャーがかかってるということらしい」

 

 

作業組の面倒を見ていたのだが、トイレ行った隙に全員いなくなってしまっていた。西木野はピアノの前からいなくなったし、園田は遺書みたいな書き置きを残して消えてやがったし、南に限っては額に布切れで「タスケテ」ってご丁寧に飾ってあった。助けてっていう割には平気そうじゃねーかオイ。

 

 

南の部屋から布生地を繋げて作ったロープらしきものが窓の外まで続いていたため、窓から覗き込んだら外で3人とも縮こまっていた。何してんだ。靴を履いて玄関から回り込んで、一体どうしたのか聞いてみたら…ご覧の有様。何をそんなにダメージ受けてんだ。

 

 

そして、どうやって連れ戻すか考えているところに穂乃果がやってきた、といったところだ。ナイスだ穂乃果。

 

 

「はい…気にしないようにはしているのですが…」

「上手くいかなくて予選敗退になっちゃったらって思うと…」

「わ、私はそんなの関係なく進んでたけどね!」

「嘘つけ」

「その割には譜面真っ白にゃ」

「勝手に見ないで!」

 

 

まあ、とにかく見事に衣装も作詞も作曲も進んでないわけだ。まあ俺じゃないんだし、そんな簡単に曲なんてできないか。

 

 

「つーか、衣装はよく知らんが、作詞作曲はかなり労力を食う作業だぞ。この3人に頼りすぎじゃねーか?そりゃスランプにもなるさ」

「確かに、3人に任せっきりっていうのもよくないかも…」

「普通に考えて僕とか衣装作れるんだから手伝えばよかったね」

「えっ」

「にこちゃんそんな悲しそうな顔しないの」

「してないわよ!」

「ふぐっ」

 

 

俺はかなり作業が早いが、何も楽な仕事ではない。結構疲れるのだ。拍子、調、テンポ、曲の長さ、使用する楽器、パート分け、和音構成などなど…考えなきゃいけないことは腐るほどある。キツいに決まっている。

 

 

「そうね…責任も大きくなるから負担もかかるだろうし」

「じゃあみんなで意見出し合って、話しながら曲を作っていけばいいんやない?」

「そうね、せっかく12人もいるわけだし」

「おい俺も手伝うのか」

「アドバイザーとして呼んだのに」

「この働き方は予想してなかったな」

 

 

がっつりお手伝いさんじゃねーかよ。ギャラ寄越せ。そういえば前回の合宿の手伝いの謝礼もらうの忘れてたな。どうせ穂乃果も覚えてねーだろうが。

 

 

「じゃあ私の作詞した『にこにーにこちゃん』に曲を

「あれはダメだと思うよ」

「ぬぁんでよ!!」

「…なーんて12人で話してたらいつまで経っても決まらないよ?」

「驚くほど纏まりがねーな」

「いつものことです」

「ダメだろ」

 

 

こりゃ確かに「みんな揃って」は悪手だな。

 

 

「それなら、ちょうど3の倍数人いるわけだし、衣装班、作詞班、作曲班で別れたらどうだ?各班4人なら意見もまとめやすいだろ」

「それが良さそうだね」

「でもどうやって分けましょう…?」

「公平にクジでいいんじゃないかしら。せっかくだから男性3人は各班に分かれてもらいましょう」

「つまり俺たちは別枠か。どうする?」

「くじでいいんじゃない。専門の分野にぶつけてもいいけど、専門でないところのことを考えるのも一手だと思うし」

 

 

結局全員くじ引きという流れになった。まあ、文句も出ないしそれが妥当か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってどーして別荘があるのに外でテントを張らなきゃならないのよ!!」

「ほんとだよ」

 

 

そんなわけで、こちら作曲班。見事にBiBiの3人で集まったわけだけど、何故かテント張ってる。みんなが。だって僕より絵里ちゃんとか真姫ちゃんの方が背高いしパワーあるから。僕は役に立たない。つらいね。これは無能では?どうも無能です。さっきもやったねこれ。

 

 

「少し距離取らないと、3班に分けた意味がないでしょ?」

「いいじゃない。ちょうど別荘にテントあったし」

「別荘大きいんだからこんなに距離取らなくてもよかろうに」

 

 

わざわざアウトドア生活しなくてもいいじゃない。死ぬよ僕。体力的に。

 

 

「こんなんで本当に作曲できるの?」

「…私はどうせ後でピアノのところに戻るから」

「ほら、やっぱり戻ろうよ。結局戻るならわざわざ別荘から離れるのは悪手だよ」

「でもそれじゃあ不公平でしょ?」

「そこの問題か」

 

 

不公平でいいじゃん。公平に命を取り扱ったら僕死ぬよ。僕の体力の無さをなめるな。うーん泣きたくなってきた。

 

 

「じゃあ食事でも作りましょうか。真姫が少しでも進めるように」

「…っ」

「照れてる?」

「照れてないわよ!」

「おっと危ないうごっ」

「ちょっと、茜大丈夫?」

「思ったより平気だけど痛い」

 

 

真姫ちゃんをいじったら正拳突きが飛んできた。飛んできたが、にこちゃんよりはるかに遅い。それなら避けれる。避けれるけど、避けたらテントの支柱に頭ぶつけた。言うほど硬くはなかったけど痛いものは痛い。

 

 

「まあ別荘に戻れるなら僕がやるよ。必殺料理人波浜茜にお任せあれ」

「何を殺すのよ」

「にこちゃんのハート」

「ふんっ」

「うばっ」

 

 

回し蹴りを食らってこけた。痛い。僕の本日の夕飯は土ですってか。訴訟案件ですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺が衣装班なのは完全に悪手だと思うんだがなぁ…」

「ま、まあ…くじでしたから…」

 

 

俺は今、川縁のでかい岩に座って呑気に釣竿を垂らしていた。餌はついていないが。ぼさっとしながら呟いたら、少し離れたところにいる南から返事が来た。南はスケッチブックを持って衣装案を考えているようだった。小泉は何か助けになるものを、散歩がてら探しに行った。穂乃果は寝ている。後で叩き起こす。

 

 

「衣装なんて一番わかんねえよ…年中ジーパンとコートでどうにかしているような男だぞ」

「そういえば…たしかに桜さん、いつもコート着ていますよね」

「ああ…まあ、気に入ってんだよ」

 

 

本当はもうちょい諸々の事情があるんだが、そんなことは言う必要もないだろう。

 

 

「お肌が弱かったりするんですか?」

「んー、まあ確かに強くはないな。日焼けすると痛くて仕方ねぇ」

「へぇー…私たちと同じですね」

「なんか嬉しくねーな」

 

 

女子と同じって言われてもな。

 

 

「あ、そういえば桜さんに聞きたいことがあるんですけど」

「あ?何だ?」

「桜さんって穂乃果ちゃんのこと好きなんですか?」

「…何言ってんだお前」

 

 

何わけわからんことを言ってんだこの子は、釣竿落としそうになっただろうが。

 

 

「いえ…桜さん、穂乃果ちゃんのためにいろんなことしてくださってるので、そうなのかなーって」

「そんなにいろんなことしてねーよ」

「え?でも合宿にも来てくださってますし、ソロも作ってくれましたし…」

「別に穂乃果のためではないんだがな…よっと」

 

 

そう、別に穂乃果のためにやっていることではない。断じて違う。

 

 

釣り針に引っかかった魚を水を張ったバケツに突っ込んで、再び川に投げ入れることで余計な考えは払拭する。

 

 

「…あれ?桜さん、餌つけてました?」

「つけてねーぞ」

「あれっでもお魚…」

「釣り針の近くに魚が来た音がした時に引っ掛ければ釣れる」

「ええ…」

 

 

何ドン引きしてんだ。

 

 

水の音聞いていればそのくらいできるわ。

 

 

「…とにかく、別に穂乃果のために協力してるんじゃねーよ。μ'sの音楽性に興味があっただけだ。別段上手いとも言えないのに、なんだか知らないが応援したくなるような…そんな歌にな」

「上手とは言えないんですね…」

「俺が上手いと思う歌なんて出会ったこともねーわ」

 

 

あまり耳が良すぎても困るんだ。

 

 

「それじゃあ、穂乃果ちゃんのことはどう思ってるんですか?」

「犬」

「犬?!」

 

 

犬だろ。遊んで遊んでってわんわん言いながら尻尾振ってる犬。ぴったりだ。

 

 

くだらないことを話していたら、小泉が帰ってきた。手には花を持っている。

 

 

「あ、花陽ちゃんおかえり〜」

「ただいま、ことりちゃん。調子はどう?」

「うん、一息ついたら少しイメージが湧いてきたよ!…あれ、それは?」

「花か。結構な種類咲いてるもんだな」

「綺麗だなって思って。同じ花なのに、ひとつひとつ色が違ったり…みんなそれぞれ個性があるの。今回の曲のヒントになるといいな」

「ありがとう、花陽ちゃん!」

 

 

まあ、個性という意味ではμ'sにはちょうどいいヒントだろうな。個性があるどころか有り余ってるようなやつの集団だしな。

 

 

「そこのサボリ魔にも見習ってほしい働きぶりだな」

「そういえば…穂乃果ちゃんは?」

「あ、あはは…」

「テントの中でぐっすり寝てるぞ。それはもうぐっすりな」

 

 

まったく起きてくる気配がないからな。

 

 

「まあ…この山の空気も美味しいし、運動したあとなら風だって心地良いから眠くなっちゃうのはわかるかな…」

「そうだね…なんだか私も眠く…」

「…いっそ寝てきたらどうだ。眠いのに作業は進まないだろうし、一度眠ってスッキリさせればアイデアも浮かんでくるかもしれん」

「い、いえ…もうちょっとだけ…」

 

 

実際、半袖でなければかなり過ごしやすい気候だ。夏みたいにクソ暑くないし、寄ってくる虫も少ない。昼寝するにはちょうどいい。

 

 

作業は進まないが、何も考えるだけが作業じゃない。意味もなく眠るのもアリだと思っている。

 

 

「ちなみに、桜さんはどんな衣装がいいと思いますか?」

「衣装に関しちゃ何もわかんねーよ…」

「うーん…じゃあ、好きなものとか、景色とか、何かありませんか?」

「それがなんか関係あるのか?」

「何でもヒントになるかもしれませんから!」

 

 

俺の好きなものを聞いたところでヒントにはならんと思うがな。

 

 

「好きなもの…ね…」

 

 

音楽は好きだが、流石にそれは彼女らもわかっているだろう。好きなもの…景色…。何があるだろうか。

 

 

…あ、ひとつだけ思いついた。

 

 

「…オーロラ」

「オーロラ?」

「ああ、一度北欧に行った時にたまたま見れた。なんつーか、レースのカーテンの海みたいだったな。あれは好きと言って差し支えないだろう」

「オーロラかぁ…いいなぁ…」

「北欧自体はクソ寒いから二度と行きたくないがな」

 

 

アザラシの生肉で暖をとるような世界に行きたいわけないだろ。現代では流石にやっていないだろうが。

 

 

「レースのカーテン…ありがとうございます!もっとイメージが湧いてきました!」

「そりゃよかったな。一回寝ていろ、目が閉じそうになってるぞ」

「ふぇっ」

 

 

本気で眠くなってきているらしく、うとうとし始めているのがよくわかる。そんな状態でいるよりは一回寝ろ。どうせほのかも寝てんだ。

 

 

「そ、それではお言葉に甘えて…」

「桜さんはどうするんですか?」

「どうもしねーよ。もうちょい釣りを続けて、飽きたら散歩するなり寝るなりするさ」

 

 

テントに戻る南と小泉を見送りながら答える。まあ正直釣りはもういいかと思うが。結構疲れるんだ、耳を澄ませるのも。

 

 

「よっと…6匹目か。真っ二つにすればちょうど人数分だな」

 

 

6匹目が釣れたところでやめておこう。食うならキリのいい数でやめておくのが吉だ。

 

 

この後どうしようかとも思ったが、先程散歩すると言っておいたし散歩でもするか。こんな大自然に来る機会はそうそう無いしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃああああああああああああ!!!」

「凛!絶対にこの手を離してはなりません!!死にますよ!!」

「いやあああ!!今日はこんなのばっかりにゃああああ!!!」

「ファイトが足りんよー!!」

 

 

こちら作詞班。

 

 

なぜか山を登っている。

 

 

…俺は構わないんだが、いや、海未も希もノリノリなんだが、作詞しに来たんじゃなかったか?

 

 

一応、俺は凛が落ちて来てもいいように崖下で待機している。

 

 

「もう無理いい!!」

「あっ凛!!」

「よっと」

「わっ?!そ、創ちゃんんんん!!!」

「絶対趣旨見誤ってるよな…。凛は何泣いてんだ」

「死ぬかと思ったにゃあ!!」

「俺がいなかったら死んでたな」

「にゃあああああ!!」

 

 

もう凛は山登りをできるような状態じゃないな。精神が。まあ、普通に考えて作詞をしに来て山登りするとは思わないな。薄着では寒いだろうし、過酷なことこの上ない。逆に何で海未と希は装備が万全なんだ。

 

 

「この先は背負って行ってやる。ほら」

「うう…ありがとう…」

 

 

半泣きで背中によじ登って来る凛を背負って山登りを再開する。何度か抱えたり掴んだりしたことはあるが、改めて背負うとかなり軽い。しかも後ろで鼻をすする音が聞こえるせいで、なんだか悪いことをしている気分になる。

 

 

腕で支えている太ももは柔らかいし。

 

 

首に回してくる腕は細いし。

 

 

おい、なんだこれは。

 

 

「あれ?創ちゃん顔赤いやん?」

「赤くねえ」

 

 

別に山登り自体は大した運動じゃねぇ。凛を背負った程度で息切れしたりもしねぇ。

 

 

だが、動悸はするのだ。

 

 

なんだこれは。

 

 

希はにやにやしてんじゃねえ。

 

 

「…雲がかかってきた。山頂まで行くのは無理やね」

「そんな…ここまで来たのに…!!」

「山頂まで行く気だったのかよ」

「うぅ、酷いにゃ!凛はこんなとこ全然来たくなかったのに!!」

 

 

来たくなかったわけではないが、他にやることがあるのにやることではないだろうな。

 

 

「…仕方ありません。今日は明け方まで天候を待って、翌日アタックをかけましょう!山頂アタックです!!」

「まだ行くのかよ」

「当然です!何しにここに来たと思ってるんですか!!」

「作詞に来たはずにゃあ〜!」

「…はっ!!」

「まさか忘れてたの?!」

「別荘まで放り投げていいか?」

「やっちゃえ創ちゃん」

「おうよ凛」

「えっえええ?!ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 

せめてインスピレーションがどうのとか言えよ。本当に登りたかっただけかよ。他のメンバーに申し訳ないわ馬鹿野郎。

 

 

「わ、忘れてなんかいませんよ?!山を制覇し、成し遂げたという充実感が創作の源になると私は思うのです!」

「あ゛あ゛?」

「ひいっ?!ごめんなさい嘘です山に登りたかったんですー!!」

 

 

睨んだらゲロった。あんまり女子を睨むとかしたくないんだから勘弁してくれ。

 

 

「まあまあ創ちゃん、そのくらいにしといてあげて。海未ちゃんも、気持ちはわかるけどここまでにしといた方がいいよ」

「ですが…」

「あ?」

「こーら創ちゃん、威嚇しないの。海未ちゃん、山で1番大切なのは何か知ってる?…チャレンジする勇気やない、諦める勇気。わかるやろ?」

「希…」

「つってもお前も全力で悪ノリしてたじゃねぇかよ」

「やっぱりバレてた?ごめんね、凛ちゃん」

「にゃああん」

「猫かよ」

「凛にゃ!!」

 

 

ここにきてやっと希が海未を諭してくれた。遅ぇよ。雲がなければ山頂見えるくらいまで来てんだぞ。

 

 

「凛ちゃん、創ちゃん、下山の準備。晩御飯はラーメンにしよ」

「ほんと?!」

「急に元気になったな」

「だってラーメンだよ?!」

「痛えよ首を絞めるな」

 

 

ラーメンという単語に過剰反応する凛。どんだけ好きなんだ。

 

 

「下に食べられる草がたくさんあったよ。みんなで取りに行こ」

「…草?」

「うん、草。さ、行くよー」

「…何でそんなこと知ってんだ?」

「さ、さぁ…?」

「謎にゃ」

 

 

おかしいだろ。何で食える雑草を知ってんだ。どこでそんな知識を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねぇ、このままだと…火を消したら真っ暗よね?」

「そりゃそうだね」

「何?まずいの?」

「もしかして苦手なの?」

「まさか…。あはは…待っててね、ちょっとだけ…」

 

 

夜になって暗くなったので焚き火をしていると、絵里ちゃんが怖がり始めてしまった。急に意外性出してきたね。でも確かに、夏の時も桜が電気消した瞬間悲鳴聞こえた気がする。あれもしかして絵里ちゃんのか。

 

 

「絵里にあんな弱点があったなんてね」

「この歳にもなって暗いのが怖いなんてね!」

「面白くなりそうだから今度肝試しやろ」

「え?!ちょっと待って、茜が肝試しやるのは絶対だめ!!死人が出るわ!!」

「出ないよ」

 

 

何で肝試しで死ぬのさ。

 

 

「出るわよ!絶対えげつない怖さにしてくるじゃない!!」

「怖くなかったら肝試しにならないじゃん」

「度がすぎるって言ってんの!!」

 

 

いや肝試しだよ?怖くしなきゃ。ブラックでダークでホラーなペインティングを施すよ。屋外より逃げ場のない屋内がいいんだよね。学校貸してもらおうかな。天童さんにシナリオ作ってもらって、ゆっきーにホラーな衣装作ってもらって。我ながら完璧だ。目指せ創一郎も裸足で逃げ出すホラー。

 

 

 

 

 

「…まったく、こんな3年生のために曲を考えないといけない身にもなってよ」

 

 

 

 

 

…ん?

 

 

今のは違うね。

 

 

「「今何て言った?」」

「え?」

 

 

にこちゃんとハモった。嬉しい。嬉しくて禿げるわ。つるぴかりーん。ごめん今のナシ。

 

 

「今、3年生のためにって言ったわよね!」

「だったら何よ?」

「まあそんな気はしていたよ。3年生のためにいい曲作って、3年生のために勝とうって思ってたんだね」

「そ、そんなこと…」

「いい?真姫。曲はいつも、どんな時も!みんなのためにあるのよ!」

「っ!!」

 

 

本当にそんな気はしていた。

 

 

僕らが卒業するって、これが最後のラブライブだって言ったから。穂乃果ちゃんも優勝しようって言ったから。

 

 

そのためにって思って、気負ってるんじゃないかなって。

 

 

「桜もよく言うんだ、『誰に依頼されようが、音楽は誰のものでもなく、悉く聴衆のためにある。歌う側のものではない、別の何かに捧げるために作られるものだ』って。君が作るべきは、僕らのための曲じゃなくて、みんなに聴いてほしい曲なんだ」

「…二人とも何偉そうに言ってるのよ」

「部長とマネージャーだもん、当たり前でしょ」

「マネージャーは当たり前でいいのかな」

「いいのよ!」

「ふぐっ」

 

 

桜は音楽に対して非常に真摯だ。必ず偽りなく、自分の作りたい曲ではなくて聴衆が求める曲を作る。音楽が何のためのものかという確たる答えを、彼なりに持っているからだろう。

 

 

にこちゃんも部長として、ちゃんとみんなのことを見ているし、先導もしてあげているようだ。こう見えてにこちゃん観察力あるんだよね。でも裏拳は痛いよ。

 

 

と、そんな話をしながらにこちゃんは焚き火に放り込んだ何かしらを木の枝でほじくりだして、軍手をして表面を剥がしはじめた。そして中から出てきたものを真姫ちゃんに差し出す。

 

 

「…これは?」

「焼き芋よ。焚き火といったら焼き芋でしょ」

「そうなの?」

「そうよ。ほら茜も」

「ありがとあっついっっ」

「何で素手で芋を掴むのよ」

「つい」

 

 

素手ではとても熱かった。当たり前だね。何してんだ僕。

 

 

「食べたわね!食べたからにはにこを1番目立つようにしてよ!3年生なんだし!!」

「何ソレ台無し!!」

「僕はそんな残念なにこちゃんも好きだんげっ」

「誰が残念よ!!」

 

 

にこちゃんが顔を真っ赤にして木の枝を投擲してきた。照れてるんだね。でも言わないよ。照れてる?って聞いたら追撃が来るのはわかってるもん。でも木の枝の時点で既に痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、翌朝。

 

 

起きたら真姫ちゃんはいなかった。

 

 

さては別荘に戻ったな?と思って僕も戻ってみると、真姫ちゃんだけでなくことりちゃんと海未ちゃんもピアノ周りで寝ていた。そっと近づいて譜面を覗くと、「ユメノトビラ」と書かれた楽譜がバッチリ完成していた。衣装と歌詞も書けている。

 

 

きっとみんな何かを掴んで、それを形にできたんだね。こんな短時間でよくやるよ。

 

 

「じゃあ、僕も頑張ってあげなきゃね」

 

 

そっと楽譜と歌詞と衣装案を取って並べ、スケッチブックを取り出して振付けを考える。大丈夫、どれを見ても3人の想いが伝わってくる。

 

 

僕もすぐに完成させられそうだ。

 

 

「誰かと思ったら茜か」

「ん、創一郎。君もいたのか」

「朝食を作りにきた」

 

 

まさかの創一郎もいた。ちょうど味噌の香りが漂ってきて、味噌汁を作ってくれているのがわかる。なかなかのママン属性だね。

 

 

 

 

 

 

 

その後、μ'sのみんなも別荘に戻ってきた。眠っている3人を起こさぬように近づき、みんな嬉しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

さあ、ラストステージに向けて。

 

 

 

 

聴いてくれるみんなのために、頑張ろうか。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ちょうど男性陣が3人いたので各ユニットに配置しました。これも予定通り…ではなくたまたまです。
濡れても勝手に乾く滞嶺君、音だけで釣りをする水橋君と謎の才能を発揮しております。相変わらず無駄にスペック高いですねぇ君たち!!笑


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南ことり誕生祭:Wonderful Rush



ご覧いただきありがとうございます。

ことりちゃん誕生日おめでとう!!今日も私はあなたに脳を溶かされます!!ちゅんちゅん!!!
そして!!前回なんと☆10評価をまたいただきました!!本当にありがとうございます!!もっともっと皆様に「良い!」って言っていたどけるよう頑張りますね!!

今回はお誕生日記念話ですが、本編の時期と(たぶん)ちょうど合う時期だと思ったので本編の時系列に合わせたお話を書きました。にこちゃんや穂乃果ちゃんのときのように一年後ではありません。
主役は雪村瑞貴君です。テンションが低い人なので盛り上がりに欠けるかもしれませんが、最後まで読んでくださると嬉しいです。

というわけで、どうぞご覧ください。

※10,000超えです。




 

 

 

 

「ねぇゆっきー、ちょっと衣装作ってほしいんだけど」

「…珍しいな、茜が依頼なんて。俺の衣装は金がかかるぞ、いいのか」

「いつも思うんだけど制作時間がバカみたいに早いのに何でそんなに高いの」

「物の価値の分だけ値段は必要だろ」

「自分の作品に対する自信がパない」

 

 

9月に入った頃、喫茶店で茜と二人で蓮慈を待っている時に茜が突然依頼を持ってきた。当然普段は服をわざわざ作る必要はまったく無いため、依頼されることなどほとんどない。

 

 

どういう風の吹き回しだろうか。

 

 

「今度、ことりちゃん復帰を祝って彼女をセンターにした曲のライブをするんだけどね。その衣装を君に頼みたいんだ」

「…お前たち、ラブライブ地区予選があるとか言ってなかったか」

「うん。日程的にはその2週間ほど前にライブってことになるんだけどね、やっぱ同時進行は辛かろうと思って。お金は払うからさ」

「ついでに俺のネームバリューも使わせてもらおうという魂胆だな」

「話が早くて助かるよ」

「人を利用することへの抵抗感は無いのかお前は」

 

 

俺も結構磨り減った神経しているが、茜も時々サイコパスなんじゃないかと疑いたくなる。

 

 

まあとにかく、事情はわかった。こいつらもなかなか忙しいな。

 

 

「で、いいかな?」

「…仕方ないな」

「おっほー、ありがとう。これでみんなの負担が減るね」

「…なんだおっほーって」

「おっほー」

「腹立つな」

 

 

多めに金取ってやろうか。

 

 

「ごめんて。はいこれ衣装デザイン案」

「何だ、作ってあるのか」

「そりゃ僕グラフィックデザイナーだし。当然実際に着ることを想定してないから勝手に変えちゃっていいからね」

「…わざわざ全員違うデザインにしているのか」

「大半の衣装はそうしてるよ。個性出さなきゃ」

「へぇ」

 

 

以前、南ことりからもそんな話を聞いた気がする。アイドルも大変だな。

 

 

まあ、頼まれたって同じ衣装を複数なんて作らないんだが。

 

 

「…というか、何故南ことりがセンターの曲の衣装を俺が作るんだ?それこそ本人が作りたがりそうなものだが」

「あー、ラブライブ予選の衣装を人に任せられないとかいろいろあるけど…ふふん、まあ事情があるんだよ」

「言えよ」

「やだよ」

 

 

何なんだよ。

 

 

「言ってもどうせ忘れるし。とにかく、それお願いね」

「…なんか気に入らないな」

「どうした瑞貴、相変わらず不機嫌そうだな」

「悪かったな」

「おー、お疲れまっきー。今日の診察はおしまい?」

「予定の上ではな」

 

 

知らぬ間に蓮慈が来て話が逸れてしまったため、これ以上追及できなかった。本来なら自身がセンターの曲の衣装なら自分自身で作りたいと思うのだが…わからんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数日後。

 

 

「どうですか?」

「…そうだな、色が少し単調すぎるだろう。青だけではなく赤系…紫がいいか。それくらいの色を4、5人分使ってやると動きが出るだろう」

「なるほど…」

「あとは…少し生地の面積が広いな。ユメノトビラというくらいだからネグリジェを元にした衣装だろう?ネグリジェはもっと露出が多く、ゆったりした衣服だ。ぱっと見でそれを連想できる見た目でなければ」

「や、やっぱりそうですよね…海未ちゃん着てくれるかなぁ…」

 

 

俺は南ことりの自室にて、ラブライブ予選で着るという衣装を見てやっている。電話口でのアドバイスは散々したのだが、やはり実際目にしないとわからないことも多い。だからこうして足を運んで現物を見ているのだ。

 

 

何故南ことりの自室なのかと言われれば、それは「他に適した場所がなかったから」としか言いようがない。正直彼女の部屋も二階にあるため、足のない俺に適しているわけではなかったが…まあ階段なら腕の力で登れる、問題ない。車椅子は玄関に放置するしかないが。

 

 

俺が「君の家まで見に行こう」と提案したからそうなったのだが、南ことりが焦っていたのはなぜだったのだろう。

 

 

「園田海未か?大丈夫だろう、いつも投げキッスしているじゃないか」

「そうなんですけど…恥ずかしがり屋なんですよ」

「恥ずかしがり屋は投げキッスしないと思うが」

「あれも最初は嫌がってるんですけど、本番は楽しそうにやっちゃうんですよ」

「じゃあ衣装も何とかなるさ」

「なるかなぁ…」

 

 

しかしアイドルをしているのに恥ずかしがり屋とは一体どういうことなんだ。自分を見せるための職だと思うのだが。

 

 

「…フリルの数はこんなもんだろう。バリエーションもあって個性が出ていると思う。…しかし上半身にもう少し変化をつけたいな」

「上半身…そうですよね、袖くらいしか変わらないですから…」

「…オフショルダーにするか」

「え、オフショルダーですか?動くと落ちちゃいませんか?」

 

 

人は他人を見るとき、まずは顔を見る。だから衣服に変化をつけたいなら、顔に近い上半身に違いがあった方が「あ、なんか違うな」という印象を与えやすい。スカート部分のフリルや半透明のレースの長さや色にバリエーションが多いのはいいことなんだが、それよりも上半身、特に肩周りに変化が欲しい。

 

 

今全員肩から衣装を提げる形であるため、一番変化がわかりやすいのは一部の人はオフショルにしてやることだろう。

 

 

「問題ない、ゴムである程度しっかり胸の上で締めてやれば、引っかかって落ちない」

「む、胸の上で…」

「…それなら人も分けやすいな。バストサイズが不安な矢澤にこ、星空凛、園田海未は今のままが望ましいが、他のメンバーなら激しく動いても落ちることはないだろう」

「…あ、あはは…って、なっなんでみんなのバストサイズを…?!」

「以前メイド服作っただろう」

「…あ、そうでした」

 

 

半分ほどのメンバーをオフショルダーにするのが望ましいだろう。今挙げた三人はバストが76以下だから若干だが危ういだろう。あとは絢瀬絵里のフリルが高い位置にあるからオフショルダーだと衣装上半身の面積が狭くなってあまり適さない、というくらいか。…やろうと思えば全員オフショルにもできるんだがな。

 

 

「…でも、メイド服作ってくださった時も採寸とかしませんでしたよね?どうして私たちにぴったりの服が作れたんですか?」

「採寸ならしたぞ」

「え?そうでしたっけ?」

「ああ、君たちを実際に見たからな、ちゃんと採寸は済んでいる」

「…あの、前ももしかしてって思ったんですけど…見ただけでスリーサイズわかるんですか…?」

「ああ」

「や、やっぱり…!」

 

 

南ことりは顔を赤くして俯いてしまった。一体どうしたのか。

 

 

よくわからないが、衣装の評価は続ける。そのために呼ばれたのなら、その役目は果たさなければ。

 

 

「…オフショルダー組は胸部分にフリルをつけるのもいいだろうな。君の衣装ならこの辺りで切って、フリルを2段ほど縫い付けてやると露出感を下げられるだろう」

「は、はい…」

「…ん?君の衣装少し手直しをした方がいいな。以前よりバストサイズが大き

「わわわあああああああ?!?!なっ何でわかるんですかああ?!」

「急にデカい声を出すんじゃない…見たらわかると言っているだろう」

「やあああああん!!えっち!!すけべ!!」

「ファッションデザイナーになんて事を痛っなぜぬいぐるみを投げる」

 

 

サイズ調整の必要性を提起したら大量のぬいぐるみが飛んできた。何をするんだ、こっちは足が無いから逃げる事すらままならないんだぞ。少し手間がかかるにしても、そこまで怒る事ではないだろう。

 

 

「落ち着け…足が不自由な相手にする所業じゃないだろう」

「うう…雪村さんがデリカシーなさすぎるんですぅ…」

「何を言っているんだ」

 

 

さんざんぬいぐるみを投げつけて落ち着いたらしい南ことりは、赤い顔で半泣きになりながらぬいぐるみを拾い集めている。デリカシーがなんだと言うんだ。今まで特に問題視されたことはないのだが…いや、文書でのやり取りはあるにしても、基本的に直接顔を合わせることはほとんどないな。当人を前にした発言としては不適切だったのかもしれない。

 

 

若干申し訳ない気持ちで南ことりの方を見ると、屈んで隙間ができた首元から、彼女の鎖骨あたりにある下着の紐と締め付け跡が見えた。

 

 

「…南ことり、下着のサイズが合ってないな?跡ができてうごっ」

「どこ!!見て!!るん!!です!!かっ!!!」

「まっ待て、いてっ足が無いからって馬乗りは卑怯痛っ君力強いな?!」

 

 

…しまった、先ほど反省したばかりなのについ指摘してしまった。おかげで南ことりは怒り心頭なのかなんなのか、顔を真っ赤にして突撃してきた上に馬乗りになってぬいぐるみでガンガン殴ってくる。なかなかシャレにならない威力だから俺にしては珍しく焦る。

 

 

 

 

 

 

ガチャっ

 

 

 

 

 

 

「ことり、おやつ持って来たから雪村さんと……食べ…………」

「……………………えっ」

「…あ、どうもありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

すごいタイミングで南ことりの母が入ってきた。片手にクッキーやジュースが乗った盆を持っているあたり、わざわざ俺に差し入れてくれたのだろう。

 

 

まあそれはいいとして、今、南ことりは俺に馬乗りになってぬいぐるみを振り下ろさんとしているポーズで固まっている。

 

 

色々誤解を招きそうだ。

 

 

「………えーっと、お邪魔だったかしら…」

「まっままま待ってお母さん!これはちょっと事情が…!!」

「い、いいのよ?ことりもいろんなことに興味が出てくる歳なんだから…」

「なんか壮大な方向に勘違いしてらっしゃいませんか」

 

 

すすすっ…と、苦笑いで後退する南ことりの母は明らかにちょっとだいぶまずい方向に誤解している。何がまずいかと言われれば、彼女は高校の理事長だ。不純異性交遊がどうのこうの言われたら困るどころの騒ぎじゃない。

 

 

「そう!勘違い!勘違いだよお母さん!!雪村さんが悪いの!!」

「…俺が悪いのか」

「悪いです!!」

「…おお」

 

 

気が弱いのか強いのかどっちなんだこの子。

 

 

「大丈夫、大丈夫よことり。私は何も言わないわ…無理やり襲っちゃうのはどうかとは思うけど…」

「違うのおおお!!」

「ある意味では間違ってない気もするうおっ」

「雪村さんは黙ってて!!」

「…おう」

 

 

襲われた(暴力的な意味で)というのは間違っていないため一応提言してみたら、南ことりからぬいぐるみ豪速球が飛んで来た。後ろに倒れることで辛うじて避けたが、彼女自身も顔が真っ赤であるため相当余裕がないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…と、まあ一部始終はこんなものですね」

「それは…申し訳ないけれど、雪村さんの擁護はできないわね…」

「そこまでですか」

「そこまでです」

 

 

結局、ブチ切れたのか何なのか錯乱状態だった南ことりを自室に待機させ、俺が彼女の母に一部始終を説明するに至った。やはり俺が悪いらしい。

 

 

「スリーサイズなんて女の子の最高機密みたいなものよ?いくらわかるからって言っちゃいけません」

「…今まで言及しても怒られたことは無かったんですが」

「相手がモデルさんだったからじゃないかしら。自信がある方たちだったのよ」

「…そういうもんですかね」

 

 

だからといって俺が軽い説教を受けているのは納得いかないが。大体南ことりもアイドルだろう。体型に自信はあるんじゃないのか

 

 

「今後女の子の体に関する話は控えてあげて下さいね?特に、下着を覗くなんて逮捕されてもおかしくないんだから」

「そこまでですか」

「そこまでです。あなたも下着を覗かれたくはないでしょ?」

「…まあ」

 

 

逮捕は困るな。

 

 

「そういうことです。…ところで、ことりとはどんな関係なのかしら?」

「…急に何の話です」

「ことりが家に男の子を呼ぶなんてはじめてなんだもの、気になるじゃない?」

「…指導者、ですかね。俺はファッションデザイナーですから」

「ええ、存じ上げております。女性ならその名を知らない人の方が少ないでしょうし」

「光栄です」

「で、どんな関係なのかしら」

「…話聞いてました?」

 

 

娘の人間関係を探るんじゃない。しかも俺は明確に「指導者」と答えたはずだ。

 

 

「うーん、じゃあ…ことりはあなたにとってどんな子なのかしら?」

「…何を知りたいんですか…。どんな子って、スクールアイドルの衣装担当ですが」

「そうじゃなくて、性格とかの話。あなたから見てどんな子かしら」

「…そんなに何度も会ったわけではないんですが」

「いいのよ、それでも。あの子って結構人見知りするの。特に男性にはね。そんなことりが自分の部屋に男の子を連れて来たんだもの、どんな関係で、どう思ってるのかって気になるじゃない?」

 

 

…茜や滞嶺創一郎と一緒に活動しているからそんな気配は感じなかったが。

 

 

まあ、いいか。

 

 

「…どう思ってるか…そうだな、少々内気で消極的、ところどころ抜けているところがあって見ていて危うい」

「…思ったより厳しいわね…」

 

 

正直な感想だ。俺は蓮慈ほど無感動ではないが、茜のように心優しくはない。

 

 

「…ですが」

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

「表現力があり、感情豊かで心優しい…何より好きなことを貫く奥底の強さは見えます」

 

 

 

 

 

 

短所だけではなく、長所も正しく伝えなければな。

 

 

 

 

 

 

「…そして、俺はそれが羨ましい」

「…羨ましい?」

「いえ、なんでもありません。彼女の印象はこんなもんですが」

「うふふ、結構ちゃんと見てくれているんですね」

「…」

 

 

ただ接触する機会が多かっただけだ。

 

 

「…雪村さん、9/12って、何の日か知っていますか?」

「…μ'sのライブだと聞いていますが」

 

 

9/12、それは茜に提示された納品期限であり、今日南ことり本人からも聞いた…彼女がセンターを務める新曲のライブの日だ。それ以外は何もない。

 

 

「そう、そして…ことりの誕生日でもあるの」

「…はあ」

「もし、あなたの気が向いたら…言葉だけでもいいわ、お祝いしてあげてほしい。きっとあの子、喜ぶから」

 

 

それは知らなかった。知らなかったが…わざわざ俺が祝うようなことだろうか。

 

 

「…善処します」

 

 

その程度しか言えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…9/11日。

 

 

例のライブの前日。衣装は既に茜に預けた。それ以外の予定は今日はない…いや、仕事はあるんだが、今急いでやることでもない。

 

 

「…」

 

 

だからって何故俺はアクセサリーショップに来てしまったんだ。

 

 

「…わざわざ大層なプレゼントを用意する必要はないよな…」

 

 

というかそもそも南ことりの誕生日を祝い義務もない。彼女の母も「気が向いたら」と言っていたのだし、気が向かなければ放っておけばいいのだ。

 

 

…帰るか。

 

 

 

 

 

 

「お、ゆっきーだ。暇そうだね」

「暇ではねぇだろ、明らかにそこの店に入るつもりだったぞ」

「あっはっはっまさか。ゆっきーが宝飾店なんて入るわけないじゃん」

「…」

「すげぇ睨んでるぞ」

「うそん」

 

 

 

 

 

 

…茜と、滞嶺創一郎。

 

 

μ'sのマネージャー二人が、何の用だか知らないが通りかかった。

 

 

…タイミングの悪い。

 

 

「…何をしているんだ」

「お買い物だよ。明日のライブに備えて買っておきたいものがいくらかあってね。ほら、アキバって元々電気街じゃん。結構色々売ってんの。照明機材に必要なものもね」

「古くなっていたもの、単純に損傷が激しいものなんかはまとめて交換するらしい。荷物持ちもいるわけだしな」

「怒ってる?」

「まさか。いい筋トレだ」

「プラス思考すぎない?」

 

 

そうか、ライブの準備か…盲点だった。前日まで念入りに準備をするのは当然か。

 

 

 

 

 

…ん?タイミングが悪いとか盲点とか…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「で、ゆっきーは何してんの」

「…何だっていいだろ」

「わあいつも通りテンション低い」

 

 

余計なお世話だ。

 

 

「アクセサリーとかなら、ことりの誕生日プレゼントじゃねぇのか?明日だろ」

「そりゃそうなんだけどね、ゆっきーが人の誕生日をわざわざ祝おうなんて思うとは考えにくいんだよ。自分の誕生日も忘れそうになるくらいだし」

「…余計な情報を言わなくていい」

「手厳しい」

 

 

図星を言い当てられるわ茜が煽ってくるわさりげなく南ことりを呼び捨てるわで微妙に腹立たしい。

 

 

「…誕生日は数日前に耳にした。気が向かない限りわざわざプレゼントなんて選ばん」

「…じゃあ、気が向いたんだね」

「そんなことはない」

「だったら何で宝飾店の前にいるのさ」

「…たまたま通りかかっただけだ」

「結構長いことそこにいるの見てたよ」

「通りかかっただけだ」

「わぉ頑固」

 

 

なんだかわからんが、こいつらにプレゼントを選んでいたなんて知られるのは気分が悪い。自分で認めることなどもってのほかだ。

 

 

「別に誕生日プレゼントなんて恥ずかしくねぇだろ。むしろ誇らしいことだ、人が産まれてきたことに感謝できるんだぞ」

「本当に創一郎は見た目で損してるよねぐえ」

「どういうことだ」

「そういうことだよ」

「…だから違うと」

 

 

この滞嶺創一郎という男、見た目がヤクザな割に中身が善良すぎる。真顔で綺麗事を言える人間がこの世にどれだけいるかって話だ。

 

 

…片手で人を吊り上げるのは善良とは言えないが。

 

 

「まあいいじゃねぇか、そのつもりがなかったとしても祝うくらいしてやれば。ことりもよく雪村さんのこと話しているしな、喜ぶだろ」

「…何で俺のことを話すんだ」

「知らないよ。でも確かによく話題に上るよ、特に衣装合わせとかしてると。『ここは雪村さんがー』ってね」

「あの子が謙虚なだけだろう。人に手伝ってもらったところを自分の手柄にしたくないだけだ」

「別に衣装以外でもゆっきーとこんなこと話したよーって言ってくるよ」

「…そんな大した話をした記憶はないんだが」

「ゆっきーにとってはそうかもしれないけど、ことりちゃんにとっては楽しいお話だったんだよきっと」

 

 

必要以上の会話をした記憶はない。向こうからメールが来て、返事をして、都合のいいタイミングで電話して、質問に答えて、それで終わりだ。特別な話も何もない。

 

 

何もないが、そんな記憶に無いような話も覚えていてくれているのは、なんとなく嬉しい。

 

 

「まあ何だっていいじゃん。せっかくお誕生日を覚えてるんだし、何かプレゼントしてあげなよ」

「…気が向いたらな」

「また頑固な」

「誕生日プレゼントを考えるのも大変だろ。思い付かなかったらやめておくってことじゃねぇのか」

「そうなの?」

「…どうだろうな」

「真偽不明案件だ」

 

 

しかし、嬉しいこととプレゼントを贈るかどうかは関係ない。今まで両親くらいにしか誕生日プレゼントなど贈らなかったのだし、今後もそれでいい。

 

 

それでいいはずだ。

 

 

 

 

 

「まあいいや。()()()()()()()()覚えておくといいんだけど、きっと君はそんなところで何か買うよりも自力で作った方が喜んでくれるよ。だってあの子、君のファンだしね」

 

 

 

 

 

それでいいはずなのに、茜の助言がやけに耳に残った。

 

 

「…そうかよ」

「そう。じゃあ僕らは帰るよ。明日の準備しなきゃ」

「結構時間食っちまったが間に合うか?」

「余裕だよ。設営自体は明日の朝一でやるしね」

「…俺も帰るか」

「何にも買わねぇのかよ」

「買わない」

 

 

もう日も随分と落ちてしまったため、このまま帰る。いいんだ、何も買わなくても。何も用意しなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は朝から大忙しです。

 

 

私の誕生日に合わせて、私がセンターの曲のライブを計画してくれたんです。しかも場所は空港。ステージもなんと滑走路です。茜くんが今は使われていない滑走路を頑張って借りてくれたんだそうで、見栄えを良くするための整備を創ちゃんが頑張ってくれたそうです。私のためにここまでしてくれたんだから頑張らなきゃ!

 

 

「うわー!滑走路ってこんなに広いんだね!!」

「ずーーーーーっと奥まで道路にゃ!」

「飛行機に乗ることはあっても、滑走路を歩くことなんてなかなか無いから新鮮ね」

「…飛行機も乗ったことないんだけど!」

「にこちゃん乗ったことないの?」

「無いわよ!乗ったことない人の方が多いわよ!!たぶん!!ねぇ茜?!」

「そりゃ絵里ちゃんは出身はロシアだし、真姫ちゃんはブルジョワだしね。僕もたまに海外行くけど」

「裏切り者!!」

「しょうがないじゃんギャラリーとか開いてって言われるんだから痛い痛い」

「創ちゃんはどこ行ったん?」

「あっ、あそこにいるよ。あそこで………飛行機を…引っ張って…」

「…………うそやん」

 

 

…みんなはいつも通りだけど。

 

 

なんだかみんなを見てたら私も緊張が解れちゃった。

 

 

「あ、そうそう。皆様ご注目、今回特別に作ってもらった衣装だよ」

「わあ…楽しみ!」

 

 

あっ、そうだった。今回の衣装は茜くんがプロの方に衣装を依頼してくれたんです。本当は私が作りたかったんだけど、茜くんが「僕からの誕生日プレゼントだと思って。大丈夫、世界一信頼できる人に頼むから」って言うから任せちゃった。どんな衣装だろう。

 

 

「…何で木箱に入ってるのよ」

「潰れないようにって言ってたよ。いつもこうやって渡すんだってさ」

 

 

…ちょっと不安。

 

 

「はい開けるよー。せーのっ…………ふんぬ…………」

「…開かないじゃないの」

「おかしいな…昨日確認した時は開いたのに」

「貸しな…よっ」

「開いた」

「普通に開くじゃないの!」

「筋力がなかっただけだろ」

「なるほど、昨日も桜に開けてもらったしね」

「なるほどじゃないわよ!!」

「ぐふ」

 

 

創ちゃんが開けてくれた木箱の中には、仕切りの間に一つずつ綺麗に畳まれた衣装が入っています。「南ことり」と札のついた衣装を手にとってみると、白を基調とした少しかっこよさがある衣装でした。とても上質な生地を使っていて、なんだか着るのがもったいなくなっちゃいます。

 

 

早速みんな着替えてみると、いつもはあまり使わない帽子や手袋があるってこともあって、みんなちょっとカッコよく見えます。白に青っていう配色も関係あるのかも。

 

 

でも…なんだか着心地が良すぎてびっくりです。前にもこんなことあったような…

 

 

 

 

 

あっ。

 

 

 

 

 

「あ、茜くん…この衣装、もしかして…」

「ご明察だよ。ゆっきーに頼んだの」

 

 

やっぱり…この着心地はアキバでみんなのメイド服を作ってもらったときと同じです。…とっても踊りやすくていいんだけど、やっぱりスリーサイズがバレちゃってると思うと恥ずかしい…!

 

 

「…どうかした?お気に召さなかったかな。ことりちゃんなら絶対喜んでくれると思ったんだけど」

「え?!う、ううん、すっごく嬉しいよ!!ただ…」

「ただ?」

「………ちょっと恥ずかしいなって…」

「…あー、まあ、うん。ことりちゃんは聞いてるのか。あのー…ごめんね?」

 

 

正直に言ってみたら、茜くんは承知の上だったみたい。うー、やっぱり恥ずかしい…。

 

 

「…もしかしてゆっきーが何かしたかな?あいつ無自覚に無神経だから気をつけてね」

 

 

暑くなった顔をぱたぱたと扇いでいる時に茜くんがそう言ってました。本当にその通り…もうちょっと早く教えて欲しかったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブは大成功でした。

 

 

ライブ会場には当然のように雪村さんもいて余計に緊張しちゃったけど、ミスもなくしっかり踊れたし、お客さんも歓声をくれて、茜くんと創ちゃんもよかったって言ってくれて、桜さんも「まあまあじゃねーか?」って言ってくれたのでとてもいい出来だったと思います。雪村さんはすぐに帰っちゃったみたいで感想は聞けなかったけど。

 

 

会場の片付けは茜くんと創ちゃんにお任せして、着替えが済んだところで穂乃果ちゃんが「パーティーしようよ!」って言ってくれたけど、今日はお母さんがチーズケーキを作ってくれているからパーティーは後日改めてってことになりました。楽しみ!

 

 

そして、穂乃果ちゃんと海未ちゃんとも別れて家の前に着く、その直前でした。

 

 

 

 

 

 

家の前に、大きな車椅子に座った人がいました。

 

 

夕日で逆光になってて顔は見えませんが、そのシルエットを間違えるはずがありません。

 

 

 

 

 

 

「…遅かったな」

「えっ…雪、村さん…?」

 

 

 

 

 

 

雪村瑞貴さん。

 

 

いつも不機嫌そうにしていて、デリカシーもないけど、ファッション界の神童でいつも素敵な衣装を作っている…

 

 

私の、憧れの人。

 

 

 

 

 

 

 

「な、何で…今日って家に来られるんでしたっけ…?」

「…いや、そんな約束はしていない。俺が勝手に来ただけだ」

 

 

何が起きてるのかわかりません。何でわざわざ、雪村さんが私の家の前まで来てくださっているんだろう。あっ、ライブの感想を言いに来てくれたのかな?

 

 

「…先に言っておくんだがな」

「は、はいっ?」

「俺は普段こんなことをする人間じゃないんだ。今回は極めて稀な例だと覚えておいてくれ。他の奴らに文句を言われると面倒だ」

「は、はぁ…」

 

 

何のことでしょう…いつもはわざわざ感想を言いに来ないってことでしょうか。

 

 

なんだかもやもやしたまま考えていると、雪村さんは車椅子のしたから肩幅くらいの大きさのプラスチック製の箱を取り出しました。

 

 

 

 

 

 

そして、それを私に差し出して。

 

 

 

 

 

 

「………………はっ、ハッピー、バースデー…?」

 

 

 

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 

 

 

 

予想外の言葉が聞こえました。

 

 

ちょっと目が点になっちゃいました。

 

 

「…早く受け取れ」

「へっ?!は、はいごめんなさい!ありがとうございます!!」

「なぜ若干にやけている」

「えっ、だ、だって…雪村さんがハッピーバースデーなんて言うと思わなくて…言うとしても『誕生日おめでとう』ってもっと落ち着いた感じかと思ってました」

「…そこか」

 

 

言葉そのものにもびっくりしたけど、恥ずかしそうに顔を背けて、とっても言いづらそうに疑問形で言う姿は…いつもと全然雰囲気が違って、少しだけかわいらしい感じがしました。なんだか打ち解けてくださった気がしてちょっとだけ嬉しいです。

 

 

「…プレゼントなんて用意したことはほとんどないからな、気に入らなくても文句を言うなよ」

「そんな、文句なんてあるわけないです!雪村さんがくださったものなんですから!…あの、開けてみても…」

「………………………………どうぞ」

「…えっと、嫌でしたら部屋で開けますよ?」

「どうぞ」

「は、はい」

 

 

すごく不機嫌で恥ずかしそうな顔をしながら返事してくれました。顔が赤い気がしますが、夕陽のせいかもしれません。

 

 

箱の横が開く形の箱だったので、箱をわざわざ地面に下ろさなくても開けられました。箱の中から出てきたのは、白色の下地に緑色で草原を描いた模様のある一着のワンピースでした。半袖で、袖口と首元に緩いフリルがついています。生地は薄いですが、数枚重ねてあるようで下着は透けず、その上で輪郭だけ少し透けるようになっているみたいです。

 

 

「こ、これって…!」

「………………俺が作った。…君のイメージで作ったら夏服になってしまった。悪いが来シーズンにでも着てくれ…ん?いや、違う。着てくれなくてもいいんだが、まあ、そうだな、せっかく作ったわけだし、着てくれたら嬉しい…いやさほど嬉しくはない?なくはない…」

「…ふふっ」

「……何を笑っている」

「うふふっ…だって、雪村さんがそんなに必死に言い訳しているの始めて見ましたから…ふふ」

「…………………」

 

 

やっぱり、この服は雪村さんが作ってくれたものです。よく見たら草原の中にところどころ灰色の小鳥がいて、模様ももしかしたら私のために用意してくれたのかも。

 

 

それにしても、服についてしどろもどろになりながら言い訳している姿はなんだか子供みたいで、服飾の才能とか、ちょっと冷めた雰囲気とか、ぶっきらぼうな物言いとか、いつもの冷たい大人の人みたいなイメージとちょっと離れていて新鮮です。

 

 

数年前からファッションの先輩として憧れて、雲の上のすごい人だと思ってたけど…どれだけ才能に溢れていても、やっぱり同じ人間なんだなって思います。なんだか親近感が湧いちゃいました。

 

 

「ありがとうございます!大切に、大切に着ますね…!」

「ああ…あー、まあ、そんなに大切にしなくても…」

「ううん、大切にします」

 

 

まだ恥ずかしがってる雪村さんをしっかり見つめて、ちゃんと感謝の言葉を言います。言わなきゃだめですよね。

 

 

 

 

 

 

「雪村さんが、私のために、『これが一番いい』って思ってくれたものなんですから。どんなものだって私は大切にします!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

雪村さんは、私の言葉を聞いて、目を見開いて驚いていました。そんなに変なこと言ったかなぁ…。

 

 

「心の…」

「あの…変なこと言っちゃいましたか?」

「…ふん、変だな」

「あう…」

「変だが…なんとなく納得のいく話だ。そういうことにしておこう、そいつは俺の…心の贈り物だ」

「…はい!」

 

 

一旦俯いてしまった雪村さんでしたが、声をかけると顔を上げて返事をしてくれました。

 

 

その表情は笑顔で…よく見る、困ったような笑顔とか皮肉っぽい笑顔じゃなくて、初めて見る晴れやかな笑顔でした。

 

 

 

 

とても…ステキな笑顔でした。

 

 

 

 

「…もう帰る」

「あ、はい!ありがとうございました!」

「…ああ、そういえば…今日のライブ、よかっ…あー、素晴らしかった?違うな、なんかこう…えーっと、そう、なかなか魅力的だったぞ」

「えっ、みっ魅力的?」

「…なんか間違えたか?いや、もういい、これ以上は無理だ、帰る」

「ええっ」

 

 

最後に不思議な感想を残して、雪村さんは車椅子の向きを変えて行ってしまいました。思ったより早いです。

 

 

…魅力的なんて言われるとなんだか恥ずかしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………言ってから気づいたが。

 

 

 

 

 

 

 

他に思いつかなかったからって、「魅力的」はちょっと恥ずかし過ぎないだろうか。

 

今更恥ずかしくなった。既に日は落ちていたため、赤面した顔を見られることはなかったが。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

デリカシー皆無マン・雪村瑞貴の爆誕です。元々はただテンション低いだけの予定だったのですが、それだとテンション低い時の水橋君と変わらないのでちょっと設定を追加しました。
服の設定やら何やら勝手なことを言っていますが全部私の妄想です。
あとは心の贈り物という言葉、穂乃果ちゃん誕生祭に雪村君が水橋君に言っていましたが、ことりちゃんの受け売りだったようです。なんてずるい子!!


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音響兵器ホノカチャン



ご覧いただきありがとうございます。

最近急に涼しくなってきたので風邪を…別にひいてはいないんですが、風邪ひかないように気をつけてくださいね(紛らわしい)。
さて、今回は合宿後、言うならば「ユメノトビラ編」でしょう。波浜君はどんな活躍をしてくれるんでしょうか!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

合宿を終えた僕ら、今は部室に集合している。ラブライブのルール確認のためだ。多分よくわかってない人いるからね。にこちゃんとかね。穂乃果ちゃんとかね。凛ちゃんとかね。

 

 

そういえば、僕と創一郎が決死の覚悟で奪還したにこちゃんのリストバンドは結局リスに奪われたようだった。リスとバンドってことかな。ごめん今の無し。にこちゃんは半泣きだったけど、また買ってあげるって言ったら若干機嫌治った。

 

 

「各グループ、持ち時間5分」

 

 

演出開始から終了まで5分が制限時間だ。超えたら失格。まあ、入退場の時間を食われない分有情かもしれない。

 

 

「それぞれの出演時間に合わせてライブを開始し披露する。ライブの様子はネットで全国配信され、視聴者が一番良かったと思ったグループに投票。オンラインを有効活用している上にシンプルな方式だね」

「そして、上位4組が最終予選に…ってわけね」

「その通り。投票者数が予測できないのが怖いとこだね」

 

 

システム自体はとてもシンプルだ。ライブをネット配信して、人気が取れれば勝ち。だが、グループ自体の母集団の多さと、投票者の規模が問題だ。グループが多ければ票が割れ、投票者が多ければ逆転が難しくなる。逆転されにくくもあるんだけど、まああんまり楽観視しない方がいいだろうね。

 

 

「4組…狭き門ね」

「特にこの東京地区は激戦区…」

「そりゃ『東京』だけで一つ地区ができるくらいだもんね」

 

 

東京はいまやスクールアイドルの巣窟になっている。九州地区とか北陸地区とか東海地区とかに混じって一つの県だけで枠が埋まるほどの数のスクールアイドルがいるわけだ。やばいね。

 

 

「それに何と言っても…」

 

 

そう言って花陽ちゃんが目を向けるのは、パソコンの画面。今はラブライブの宣伝動画が流れている。

 

 

『『『こんにちは!』』』

『私、優木あんじゅ!』

『統堂英玲奈!』

『そして!リーダーの綺羅ツバサ!!』

『『『ラブライブ予選東京大会!みんな見てね!!』』』

 

 

そこに映っているのは、A-RISEのみなさん。前回覇者である。画面越しに見ても自信に満ち溢れてるね。すごいね。

 

 

まあとにかく、彼女たちも東京地区で出場するのだ。

 

 

「そう、すでに彼女たちの人気は全国区。4組のうち一つは決まったようなものよ」

「えーっ?!じゃあ凛たち、あと三つの枠に入らないといけないの?!」

 

 

そうなると、まず間違いなく彼女たちは最終予選に駒を進めてくる。まあ落ちたら落ちたで他のグループが脅威だ。流石に苦しい戦いになるだろう。

 

 

「まあ、でも

「ポジティブに考えよう!あと三組進めるんだよ!!」

「それ僕が今言おうとしたんだけど」

 

 

いいこと言おうと思ったのに横取りは良くないよ。

 

 

「まあ、事実そういうことだ。まだ三枠ある…μ'sなら十分狙えるだろ」

「そうね、悲観的に見ても始まらないもの。むしろA-RISEを打倒するくらいの気概でいきましょう」

「将来的には打倒するんだけどね」

「何で茜はそんな決定事項みたいに言えるのよ」

「信じてるんだよ」

 

実際、前回ラブライブ前には一気にランキング20位以内まで駆け上ったほどの実力がある。もちろん同じように急激に人気を勝ち取っているグループもあるだろうけど、μ'sがそれだけの力を持っていることに変わりはない。

 

 

「今回の予選は会場以外の場所で歌うことも認められてるんだよね?」

「そうだね。まあ普通だったら設備の問題で会場を使った方がいいと思うけど、僕がいるんだからどこを使おうが問題ないよ」

「すごい自信ね…」

「プロだからね」

 

 

なんなら田舎の田んぼでライブしても構わないよ。

 

 

「だったらこの学校をステージにしない?ここなら緊張しなくて済むし、自分たちらしいライブができると思うんだ!」

「なるほど」

 

 

穂乃果ちゃんの提案はなかなかいいと思う。緊張しなくて自分たちらしさが出せる、というのもそうだけど、ほぼ確実に他のグループと干渉しないのも利点だろう。場所が被るとセッティングめんどくさいからね。僕の都合じゃん。

 

 

しかし。

 

 

「甘いわね…」

「にこちゃんの言う通り…」

「事はそう簡単じゃねぇぞ…!」

「詰めが甘いのはにこちゃんぐぇ」

「なんか言った?」

「なんでもないでふ」

 

 

口挟んだらにこちゃんに顔掴まれた。痛いよ。殴られるよりマシだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中継の配信は一回勝負…やり直しは効かないの!失敗すれば、それがそのまま全世界の目に晒されて…」

「それに、画面の中で目立たないといけないから目新しさも必要になるのよ!」

「目新しさ?」

「それはどのライブでも同じじゃないかな」

「いつも以上に、ということだ。いつでもどこでも見られるライブだ、身内でやるライブよりも初見の興味をひかなければならない」

「ふうむ」

 

 

ところ変わって中庭。なぜ中庭。まあどこだっていいんだけど。

 

 

しかし、興味をひかねばならないのは間違いない。一度の配信で何グループも同時にライブを行うのだし、埋もれないようにする策は必須だろう。

 

 

「しかし目新しさって具体的になんだろね」

「奇抜な歌とか?」

「衣装とか?」

「ふふっ、例えばセクシーな衣装とか?」

「無理です…」

「やめてあげなさい」

 

 

お色気関連は海未ちゃんが拒否反応起こすからダメよ。あと歌も衣装も既にできてるんだから今更そこをなんとかするわけにもいかないよ。

 

 

「だいたいセクシー系はにこちゃんが割を食うぶげっ」

「何ですって?」

「何でもございません痛い痛い痛い」

 

 

いらんこと言ったらまた顔掴まれた。しかも今度は握りつぶさんばかりのパワー。ごめんて。ちょっと調子乗りました。許して。

 

 

でも今回の衣装既に結構露出多い気がするよ。そこはいいの?

 

 

「真面目な話すると、お色気作戦で一部の人の気だけ引いても大した効果は出ないよ。やるならもっと一般に通用する手でいかないと」

「確かに…」

 

 

実際、あんまり変なことすると固定ファンが減りそうな気もする。お色気系は特に否定的な人も多いし、あんまりすべきじゃないだろう。夏色笑顔の衣装は水着風だったから仕方なかった。今回?今回はことりちゃんのセンス。僕わるくない。

 

 

「まあでも需要自体はありそうだから、ライブ以外の宣材とかでやるのはアリだけどね」

「無理です!!」

「アリと言っただけでこの反応」

「相変わらずやね」

「あ、やるとしたら言い出しっぺの希ちゃんが最初に着てね」

「えっ」

 

 

実際衣装テーマとしてはそういうのもアリなのでそのうちやる。海未ちゃんもやるんだよ。そして言い出しっぺの法則に則ってまずは希ちゃんで。人魚とかでいいかな。

 

 

「…っていうか、こんなところで話してるよりやる事があるんじゃない?」

「やる事?」

「着いてきてちょうだい」

「何だろね」

 

 

突然、真姫ちゃんがなんかの提案をしてきた。そしてすたすた歩いて行く。どこ行くのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は放送室に来た。

 

 

「ほんとに?!」

「はい、お昼の放送でよければ構わないですよ」

「彼女、放送部員なの。こうやって実際マイクに向かって校内のみんなにアピールすれば応援してもらえるし、中継される時の練習にもなるでしょ?」

「おお、いい手だね。校内のみんなからの応援があるのは心強い」

「学校なら失敗しても迷惑もかからないし、外に漏れる心配もないものね」

「いや…迷惑はわからないなぁ」

「何故だ」

「なんかやらかしそうじゃん」

「失礼ね!」

 

 

真姫ちゃんが既に放送部員の子に話を通してくれているらしい。ありがたいね。票集めとしても優秀、トークの練習としても優秀。トーク下手そうな子が何人かいるからね。

 

 

「真姫ちゃん…」

「真姫が同じクラスの女子と仲良くなっているとは…」

「びっくり…」

「うぇえ?!べ、別に!ただ日直が一緒になって少し話しただけよ!!」

「などと供述しており」

「何よ!!」

「安心しなお嬢さん、真姫ちゃんはツンデレなだけだから」

「やめて!!」

「おっと危ない」

 

 

一年生組は真姫ちゃんに友達がいることに感動していた。まあツンデレだしね。愛想悪いしね。確かに意外だ。反応もテンプレの如くツンデレ。このままだと放送部の子が可哀想なのでフォロー入れたら拳が飛んで来た。しかし躊躇いのある拳なら見てから余裕だ。にこちゃんに比べたらね。今度は合宿の時みたいに障害物トラップもないしね。

 

 

「とりあえず、ちょうど昼なんだから使わせてもらおうか。とりあえず先鋒は穂乃果ちゃん」

「任せて!」

「で、そのあとは海未ちゃんと花陽ちゃんね」

「「ええっ?!」」

「練習だよ練習」

「ちょっと、私は?」

「にこちゃんは完璧だから」

「そ、そう?そうよね!なんたって宇宙ナンバーワンアイドルにこにーだもの!!」

「っていうか家でいつも1人で練習してぶぎゅ」

「黙ってなさい」

「酷い」

 

 

最初の挨拶は当然穂乃果ちゃんで、あとはシャイガールズに練習させよう。にこちゃんは練習のおかげで完璧だよ。それ言ったら殴られた。

 

 

「あー、皆さんこんにちは!私、生徒会長の…じゃなかった!μ'sのリーダーをやってます!高坂穂乃果です!」

 

 

そんなことをしているうちに、校内放送が始まった。別に生徒会長でもいいじゃない。事実だし。

 

 

「ってそれはもうみんな知ってますよねー」

「実際そうだろうけどそれ自分で言うのね」

「なんか腹立つな」

「ひどい?!」

 

 

みんな知ってますよねー、とはまた自信満々なことを。多分知ってるだろうけど。知ってるだろうけどさ。てか今のマイクに入ったかな。恥ずかし。

 

 

「えーっと…実は私たち、またライブをやるんです。今度こそラブライブに出場して、優勝します」

「いや出場自体は既に決まってんぐ」

「茶々入れないの」

 

 

口を挟もうとしたらにこちゃんに口を塞がれた。手で。できれば唇で塞いでくれないかなあーいや嘘そんなことされたら恥ずか死ぬ。

 

 

「みんなの力が私たちには必要なんです。ライブ、皆さんぜひ見てください!一生懸命頑張りますので、応援よろしくお願いします!!高坂穂乃果でした!!」

 

 

言い終わると、部屋の外から拍手が聞こえて来た。結構な喝采だ。嬉しいね、たくさんの人が応援してくれてるんだ。でも僕は今はにこちゃんに密着してることで頭がいっぱいだ。やわらかにこちゃんである。控えめに言ってやばい。やばい。

 

 

「そして他のメンバーも紹介…あれ?」

 

 

にこちゃんにクラクラしていると、穂乃果ちゃんの声が急にこちらに向いた。にこちゃんも手を離してくれたので後ろを見てみると。

 

 

「…あ、ぁぅ………」

「誰か助けて誰かたすけてダレカタスケテぇ…」

「何してんだお前ら」

「これはひどい」

 

 

海未ちゃんも花陽ちゃんもメンタルブレイクしてた。何してんの。そんなに嫌なの。

 

 

「ビビってる場合か。ほら立て行け」

「ひぃ?!」

 

 

創一郎が二人の襟首を掴んで立たせ、マイクの前に突き出す。見事な力技だね。でもそれ襟首伸びちゃう。

 

 

「…え、えっと…園田海未役をやっています…園田海未と申します…」

「何の役だよ」

「本人役ってまた珍しいね」

「そういう問題?」

 

 

園田海未役って。君はいつから声優になったんだ。蒼井翔太役の蒼井翔太じゃないんだから。実写版本人役声優をやってる場合じゃないよ。

 

 

「あ、あの…μ'sのメンバーの小泉花陽です…。えっと…好きな食べ物はご飯です…」

「アピールポイントそこしかないのかな」

「つーか声が小せえぞ。マイクに入ってるか?」

「はぁ…ボリューム上げて」

 

 

花陽ちゃんは花陽ちゃんでご飯好きアピール。まあ園田海未役よりはマシかな?でも小声すぎるよ。一応マイクは音拾ってくれてるみたいだけどね。聞き取れないかもね。

 

 

「ら、ライブ…頑張ります…是非見てください…!」

「おーい、声もっと出して、声!」

 

 

凛ちゃんが後ろから小声で助言してるが、余計緊張してる気がする。大丈夫かな。

 

 

と思ったら、凛ちゃんの言葉に謎のサムズアップを見せた穂乃果ちゃんがマイクに駆け寄った。

 

 

 

 

 

あ、これはやばいやつ。

 

 

 

 

 

「待って穂乃

「イェーイ!!!そんなわけで皆さんμ'sをよろしくー!!!!」

 

 

 

 

 

すんごい爆音が響いた。

 

 

そりゃね。花陽ちゃんに合わせてボリューム上げた直後だもんね。穂乃果ちゃんがさらに声を張り上げたら音響兵器だよね。やばい。主に鼓膜が。

 

 

「…あれ?」

「おっお前なあ!!」

「もう!何やってんのよ!!」

「でもμ'sらしくてよかったんじゃない?」

「それって褒め言葉?」

「μ'sらしさの在り方を考え直さねば」

 

 

全校生徒の鼓膜を貫くのがμ'sらしさなの?これはクレーム殺到ですわ。今までで一番鼓膜がやられた。難聴にならないかなこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ耳がキンキンする…」

「にこちゃん、僕の耳ちゃんとついてる?」

「流石に爆音で耳は取れないわよ」

 

 

とりあえず屋上へ戻ってきた。未だに耳がやばい。当の穂乃果ちゃんは、「私はもうむやみに大声を出しません。」と書かれた段ボールを首からぶら下げて正座させられ、創一郎の説教をくらっていた。説教というか半分威圧。怖いよ。穂乃果ちゃんが小さく見える。

 

 

「さあ、あとは場所ね」

「そういえばまだ決まってなかったね」

 

 

小指で耳の穴をぐりぐりしながら絵里ちゃんに答える。元々は場所探しをするつもりだったね。忘れてた。だってほら僕トリ頭だし。トリ頭だよ?

 

 

「カメラ撮影できるところであれば場所は自由だから…」

「まあ空撮さえできるから実質自由だね」

「どうやってるのよ…」

「でも、屋上はもうライブで使っちゃったし…」

「そっか、もうネットで配信しちゃってるもんね。だとしたら…」

「いっそ見て回ろうか?場所のイメージがあった方が練習もしやすいだろうし」

「そうだね!見て回ろう!」

「穂乃果、てめぇはまだだ」

「いやもう許してあげなよ」

 

 

とりあえず、場所は実際見てから決める方がいいね。あと創一郎、穂乃果ちゃんはもう反省したと思うから解放してあげて。多分反省したから。多分。

 

 

 

 

 

というわけでまずは講堂。

 

 

「ライブするならここ、って場所ではあるけど」

「もう2回もライブやったし…」

「定番って感じかしら。目新しさはないわね」

 

 

まあ王道にして安牌でもあるけど、新しくはないね。むしろ最も新しくない。

 

 

 

 

 

次は校舎。

 

 

「ここは、これからのSomedayに使ったね」

「この時はまだ7人だったけど…」

「今思うと校舎全体を使うとかすげぇことやったなお前ら」

「提案は僕だよ」

「ライブしたのはμ'sだろ」

「ちゃんと裏方も褒めて」

 

 

一曲で校舎全体を使ってしまったから、校舎はどこもかしこも目新しさは望めない。仕方ないよ、あれは学校PR動画でもあったんだから。

 

 

教室という手もあったけど、流石に狭すぎだね。

 

 

 

 

 

あとはグラウンド。

 

 

「僕らのLIVE、みんなのLIFEで使ったね」

「9人揃ってから初めてのライブ…」

「そして創一郎が手伝ってくれた初めてのライブでもあるね」

「…やめろ、わざわざ言うな」

「でも、あれがこの11人が全員揃った初めてのライブだったんだね…」

 

 

芝生のせいで苦難してるところを創一郎が助けてくれたんだっけ。あんな強面がこんなに頼もしくなるとは。

 

 

何にしてもここもだめかぁ。

 

 

 

 

 

そして体育館。

 

 

「ここなら!」

「いや。ライブでは使ってないけど、「それは僕たちの奇跡」でPV配信してしまったからダメだね」

「あっ…そっかあ…」

 

 

唯一ライブをしていないのはこの体育館くらい…だけど、実はもうPVの配信をしてしまっている。ちゃんと色んな曲を配信してるんだよ。何もライブだけがスクールアイドルの活動じゃないんだよ。それでもう使っちゃった。やっちゃった。てへぺろ。

 

 

 

 

 

「…結局使えるとこ無かったね」

「うう…せっかく私たちらしさが出せると思ったのになぁ…」

「目新しさと両立となると、やはり厳しいでしょうか…」

 

 

意外とたくさん校内を使っていて、もう使い尽くした感がある。もう校内ではライブできる場所は望めないね。

 

 

「もう学外で探すしかねぇな。どこかしらあるだろ」

「あるかなぁ」

 

 

そんなわけで、外に出て探すことになった。どこでもいいって言われると逆に困るね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でアキバに来た?」

「さすがにここは…」

「何よりA-RISEのお膝元やん」

「下手に使うと喧嘩売ってるように思われるわよ」

「そっか…」

 

 

とりあえずまず向かったのは聖都アキバ。ゆーて1回使ってるんだけど、今回は勝負相手との戦いで使う舞台だ。ファンがどんな反応するかわかったもんじゃない。

 

 

戻るついでにUTX前に行くと、正面のディスプレイにA-RISEの皆様が映っていた。新曲発表らしい。まあ予選は未発表の曲で、って言われてるから新曲作るよね。

 

 

「やっぱりすごいね…」

「堂々としています…」

 

 

ことりちゃんと海未ちゃんのつぶやきが聞こえた。まあどこかで撮影した映像なら一番堂々としていたヤツを使えばいいんだからそんなに感心することではないと思うんだけど、自信満々であることは否定しない。

 

 

 

 

 

うん、自信満々なのはいいことだ。

 

 

 

 

 

「…負けないぞ…!」

 

 

 

 

 

でも、僕はそれに臆さない穂乃果ちゃんの方が頼もしいかな。

 

 

 

 

 

「うん、負けないで。僕らは君たちを信じてる」

「うん!」

 

 

隣で力強く頷く穂乃果ちゃんは、なかなか凛々しい顔つきだった。うん、こういう表情も悪くない。

 

 

にこちゃんは僕に、みんなのこんな表情を見て欲しかったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

「高坂さん、波浜さん!」

「…え?」

「うん?」

 

 

 

 

 

 

不意に名前を呼ばれて、声の方を向くと。

 

 

 

 

 

「ふふっ」

 

 

 

 

 

そこに居るのは。

 

 

綺羅ツバサさんだ。

 

 

 

 

 

 

「ああっ

「しっ!!…来て!」

「わあ?!ちょ、ちょちょちょちょっと待ってぇ!!」

「待って待ってほんとに待って走るのは待って」

 

 

声を上げそうになった穂乃果ちゃんを一発で制し、綺羅さんは僕らの手を引いて走り出した。周りの人たちは画面に集中しているせいかこっちに気付かない…いや、にこちゃんと花陽ちゃんが猛ダッシュしてきた。

 

 

でも走るのはほんとに待って。

 

 

…手術受けといてよかったな。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

相変わらず物理攻撃を受けまくる波浜君。何だかんだ言って頑丈です。
あとこの場面、真姫ちゃんもコミュ力を身につけているのがわかってなんだか嬉しかった記憶があります。しかし真姫ちゃんの拳は波浜君には届かない!!笑
そしてA-RISE登場です。さあここからどうなるんでしょうか!!


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同じ場所を集中攻撃するのは釘パンチみたいなアレでやばい



ご覧いただきありがとうございます。

梨子ちゃん&ルビィちゃん、誕生日おめでとう!!まだAqoursのみんなは取り扱っていないのでお誕生日記念話はありませんが…サンシャインの方も書いていきたいですね!みんな大好きなので!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

「はぁ、はぁ…」

「…げほっ」

「ご、ごめんなさい…ちょっと飛ばしすぎたかしら…」

「き、気にしないで…体質、というか、なんか、まあ、そんな感じのアレ、だから…」

「そ、そう…?」

 

 

ダッシュでUTX学院に突撃した僕と穂乃果ちゃん。もちろん僕は瀕死。何年運動してなかったと思ってんの。転ばなかっただけでも褒めて。

 

 

「…コホン。では、改めまして…初めまして」

「は、初めまして…!」

「初めましおふっ」

「…あの、本当に大丈夫?」

「お気になさらず」

 

 

挨拶でむせるとか泣ける。

 

 

「それじゃあ…ようこそ、UTX学院へ!」

「あ、A-RISE?!」

「うわにこちゃんいつの間に」

「あ、あの…よろしければサインください!」

「ちょっと!ずるいわよ!!」

「何してんの君たち」

「ふふっ、いいわよ」

「いいのかよ」

「い、いいんですか?!」

「ありがとうございます!!」

「とりあえず落ち着いて」

 

 

いつの間にか学院内まで来ていたにこちゃんと花陽ちゃんが綺羅さんにサインを頼んでいる。今そういう状況なんだろうか。っていうかどうやって入って来たの。ここなんか外国の改札みたいな電子ゲートだったじゃない。

 

 

他のメンバーがどうなったか後ろを振り返って確認してみると、どうやらUTXの生徒に頼んでいるようだ。続々と侵入してくる。創一郎だけ少し躊躇っているけど大丈夫かな。女子耐性ないからな。でもしばらくしたら入ってきた。何故か女子生徒を複数連れて。何でそうなったの?

 

 

「でも…どうして?」

「わざわざ僕らを招いた理由がわかんないね」

 

 

問題は何の用事なのかだ。僕に関係なかったら帰りたい。いやμ'sには関係あるはずだから無責任に帰れないか。

 

 

「それは前から知っているからよ、μ'sのみなさん」

「え?」

「もちろん、波浜さんや滞嶺さんもよ」

「僕らそんなに知名度あったっけ」

「茜はあるでしょ」

「そうだった」

 

 

僕は世界レベルだったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、カフェスペースまで連れてきてくれた。何で学校にカフェスペースがあるの。お洒落だね。必要なの?もはや大学じゃん。

 

 

ちなみに、創一郎が女子生徒に囲まれていた理由については凛ちゃんが証言してくれた。

 

 

「怖がられてなかなか人を捕まえられなかったのに、急に髪型崩してサングラス外して、女の子に視線を合わせて『すまない、UTX学院内に用事があるのだが、入り方がわからない。入れてもらえないか?』って言ったら女の子たちがメロメロになったにゃ」

「メロメロではなかっただろ」

「メロメロだったにゃ!創ちゃんはにやにやしてたし!!」

「してねーよ」

「してた!!」

 

 

どこでそんな台詞を覚えてきたんだろう。髪型とサングラスはゆっきーがやってくれたヤツを真似たんだろう、メイド喫茶のときみたいなイケメンモードになってる。今はあの時みたいな紳士服じゃなくて学ランだけど。

 

 

てか凛ちゃんがやたら不機嫌なのは何故だろう。

 

 

まあそんなのは置いといて、今は目の前のA-RISEさん達である。今は統堂英玲奈さんと優木あんじゅさんも同席している。

 

 

「はいよ、コーヒーだ。ご自由にどうぞー」

「あ、ありがとうございます…?」

「ありがとうございますだけど、どちら様?」

「マネージャーよ、私たちの」

「あなたたちμ'sにマネージャーがいるって知ったときに、ツバサが『私たちもマネージャー欲しい!!』って言い出して…」

「それで、ツバサが幼馴染を拉致してきたんだ」

「拉致はしてないわよ!」

「いや拉致だろ…」

「なんか言った?」

「なんも言っておりませぬお嬢様」

 

 

なんか知らない人もいた。A-RISEのマネージャーだって。淹れてくれたコーヒーはとても美味しいし、なんか桜的な可哀想な雰囲気を醸し出してる。

 

 

要するに被害担当な感じ。

 

 

白鳥(しらとり)(わたる)だ。高校3年生で、UTXの生徒ではないが…ツバサにこのカフェでバイトさせられてる」

「ちょっと!その言い方だと私がやらせてるみたいじゃない!」

「その通りだろ!『UTXに出入りする口実にちょうどいいじゃない!』とかいって勝手に申請しやがったのはどこのどいつだアァン?!」

「しっ知らないわねそんな話!」

 

 

漫画でよく見るラブコメの夫婦漫才みたいだ。

 

 

「誤魔化したって結果は変わらねーぞ。おかげさまで英玲奈やあんじゅだけに留まらず、他の生徒からも注目の的だよ!圧倒的に浮いてるんだよ!辛ぇよ!辛いに決まってんだろ女子校に男子一人とかさあ!!」

「いや、渡は注目されてるというか…」

「ねぇ?」

 

 

自らの境遇を嘆く白鳥君に対して、A-RISEのみなさんの反応は微妙だ。何故だろう。

 

 

と思ったら。

 

 

「あ、あの…」

「し、白鳥さん!」

「あーはいはいコーヒーね。的場さんは酸味が強いのが好きだったか?柊さんも飲んでく?今日は生憎ラテアートさせてもらう時間は取れないと思うけど」

「は、はい!私もお願いします!」

「わ、私もいいですか?」

「あー、古池さんか。苦いの好きだっけ?この前いい豆とってきたからそれ淹れようか。ただ若干渋みが強いからお口に合うかどうかはわかんないな」

「いえ…あ、ありがとうございます…」

 

 

 

 

…なんだろうあれは。

 

 

 

 

μ'sのみんなや創一郎も唖然としている。そりゃそうだよ。単純に引くほど人気があるだけじゃない、寄ってくる女子生徒の全員の顔と名前を一致させ、味の好みまで把握しているとは。

 

 

だいぶおかしいね。僕らが言うことじゃないけど。

 

 

「はぁ…またあいつは…」

 

 

そう呟いて不機嫌そうな顔をする綺羅さん。あーなるほどね。

 

 

「綺羅さん、白鳥君のこと好きなんだね」

「ええええええ?!いやいやいやいやそんな!そんなこと!」

「まあ、好きだったとしても私たちはスクールアイドルだ。恋愛はご法度だな」

「英玲奈!まず否定して?!」

 

 

やっぱりね。リア充さんだったか。

 

 

「ん〜…でも、波浜さんの予想は百点満点ではないの」

「えー」

 

 

優木さんが不思議なことを言った。僕みたいな盲信なのかな。

 

 

 

 

 

 

「彼、ツバサだけじゃなくて、私や英玲奈も含めてほぼ全校生徒に好かれてるのよ」

「…ついに僕も幻聴が」

「だっ、だから私は!!」

「さ、流石に嘘ですよね…?」

「あれを見ても嘘だと思えるか?」

 

 

わたわたしている綺羅さんはほっといて、統堂さんの視線の先を見る。すると、カフェの前にはいつのまにか長蛇の列が。続々と入ってくる生徒たちは、皆一様に顔を赤くしてコーヒーを持っていた。

 

 

「…天然タラシというやつだね」

「おーいなんか遠方から聞き捨てならん言葉が聞こえた気がすんぞおらー!」

「あんたは早く私たちのコーヒーを持ってきなさいよ!!」

「バーカ今そんなに暇じゃねーんだよ!!欲しかったら自力で取りに来いや!そして手伝え手が足らん!!」

「むきー!誰がバカよこのバカー!!」

「ツバサ、μ'sの方々が困ってるぞ」

「大丈夫、面白いから痛っ」

「いえいえお気になさらずっ!!」

「痛いよにこちゃん」

「うるさい」

 

 

あんなモテる人ほんとにいるんだね。面白かったからずっとやってても構わないんだけど、正直に言ったらにこちゃんに机の下で足を蹴られた。スネはあかんよ。

 

 

「んんっ、ごめんなさい。渡のことは置いておきましょう」

「そんな急に真面目な顔されてm痛い痛い痛いってばにこちゃん」

「茜は黙ってなさい」

 

 

痴話喧嘩を中断して真面目にこちらを向くA-RISEのみなさん。でもさっきの今で真面目な顔されてもね。って言ったらにこちゃんに蹴られた。だからスネはあかんって。とても痛いから。

 

 

「あなた達もスクールアイドルなんでしょう?しかも同じ地区」

「一度挨拶したいって思ってたのよ、高坂穂乃果さん。」

「え?」

 

 

話を切り出したのは優木さん、続いて綺羅さん。わざわざ前回王者がμ'sに挨拶したいとはね。変なこというね。まあこの子たちすごいけどね。どや。何で僕がどやってるんだ。

 

 

「下で見かけたとき、すぐあなただとわかったわ。映像で見るより本物の方が遥かに魅力的ね」

「は、はぁ…」

「そりゃうちのリーダーだからね」

「何で茜が自慢げなのよ」

「何でにこちゃんは拗ねてるの」

「拗ねてない」

「ぐぇ」

 

 

綺羅さんが穂乃果ちゃんを魅力的だって。そうでしょうそうでしょう、うちのリーダー魅力的でしょう。なんとなく鼻が高くなってたけどにこちゃんに鼻をつままれた。痛いよ痛いけど嫉妬ファイヤーなら僕は嬉しい。痛いけど。

 

 

「私たちね、あなたたちのことずっと注目してたの」

「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」

「実は前のラブライブでも一番のライバルになるんじゃないかって思ってたのよ」

 

 

なんと。そんなに注目されてたのμ's。知らなかったよ。

 

 

「そ、そんな…」

「あなたもよ」

 

 

絵里ちゃんが口を開くと、それを綺羅さんが遮った。あなたもってことは、しっかり全員見てるのか。それとも絵里ちゃんだけ特別見てたのか。にこちゃん見てあげてよ。

 

 

「絢瀬絵里…ロシアでは常にバレエコンクールの上位だったと聞いている」

「よく知ってるね」

「調べたんだ。彼女の驚くほどキレのいいダンスはちょっとやそっとで出来るものじゃないから」

「なるほど」

 

 

しっかり情報収集もしてるのね。優秀だね。才能だけでのし上がったわけではないということか。

 

 

「そして西木野真姫は作曲の才能が素晴らしく、園田海未の素直な詞ととてもマッチしている」

「星空凛のバネと運動神経はスクールアイドルとしても全国レベルだし、小泉花陽の歌声は個性が強いメンバーの歌に見事な調和を与えている」

「牽引する穂乃果の対になる存在として、9人を包み込む包容力を持った東條希」

「細部にまでこだわった衣装を作れる秋葉のカリスマメイドさんもいるしね。いや、元と言った方がいいのかしら」

「あぅう…」

「あれ、いつの間に辞めちゃったの」

「ラブライブに集中できるようにって、辞めさせてもらったの」

「もったいない…痛い痛い」

「何がもったいないのよっ」

「かなり仕事ぶりが様になってたからもったいないって言ったんだよ嫉妬ポイントじゃないよにこちゃん」

「嫉妬してない!」

「痛い痛い」

 

 

すごいべた褒めするじゃん。びっくりだよ。でもことりちゃんがメイドやめちゃった方がびっくりだよ。かなりプロだったのにね。珍しくゆっきーも褒めてたし。でもそれはにこちゃん関係ないじゃん。腕を抓るのはやめて痛い。割と痛い。

 

 

「そして、矢澤にこ」

「…」

「痛い痛いにこちゃん緊張する前に離して痛いちぎれる」

 

 

自分の名前が呼ばれた途端に真面目な顔になるにこちゃん。でも抓る指は離さない。なんでさ。

 

 

でもどんな評価なのか気になるね。

 

 

「いつもお花ありがとう!」

「「「「「「「「「え?!」」」」」」」」」

「昔から応援してくれてるよね。すごく嬉しいよ」

「いやぁ…μ's始める前からファンだったから…」

「2年前、A-RISEが発足した直後くらいから既に絶賛してたもんね痛いってほんとに」

「言わなくていい!!それよりも、私のいいところは?!」

「今この状況でいいところ言われても僕困っちゃう待ってにこちゃん僕本格的に肉がちぎれる」

 

 

お花へのお礼だった。まあいつも少ないお小遣いを叩いてお花送ってるもんね。よかったね、ちゃんと見てくれてて。でもそれより 自分の評価が気になるらしい。まずは手を離そうか。血出そう。

 

 

「ふふっ。矢澤にこ…グループになくてはならない小悪魔的存在。それに、アイドルへの意識の高さはμ'sの中でもトップクラス」

「にこが、小悪魔…!」

「ん、閃いた」

「何をよ!」

「衣装だよ痛いよねぇ本当に痛いってば」

「…ああっごめん!」

「無意識でありましたか」

 

 

小悪魔だって。いいね、にこちゃんらしい。そしていい感じの衣装案を同時に思いついた。小悪魔衣装、ゆっきーに作ってもらおう。にこちゃんメインで…もう1人はどうしよう。後で考えておこう。

 

 

でも抓ってたのは無意識っていうのは納得いかない。

 

 

「そして、滞嶺創一郎」

「はっはいっ!!!!」

「びっくりした」

「静かだと思ったらガチガチに緊張してたのね…」

「ほら創ちゃん、顔怖くなってるよ。笑顔笑顔」

「笑顔笑顔にゃ!」

「って頰の筋肉硬っ?!」

「やめろ」

「一年生ズ仲良いね」

 

 

なんかずっと黙ってた創一郎は、名前を呼ばれた途端飛び上がった。そういえば彼もドルオタだったね。緊張してたのか。それにしても男の子の顔をべたべた触る一年生ズは創一郎に慣れすぎだと思う。創一郎も慣れすぎだと思う。

 

 

「強靭な肉体と驚異的な身体能力でμ'sのメンバーを支え、また驚異から守る守護者のような存在」

「い、いや…俺はそんな…。だいたい、こいつらに驚異なんか訪れたことは…」

「そう、あなたたちはなんの驚異にも晒されていない。それが既にすごいことなのよ」

 

 

褒められたことに反論しようとする創一郎に、綺羅さんは真剣な声で被せてきた。

 

 

そして、綺羅さんの言い分は正しい。今まで気にしてなかったけど、あれだけ急に人気をかっさらっておいてなんの妨害もなかったのは不思議だ。

 

 

「私たちスクールアイドルに限らず、人は注目されるとそれだけ嫉妬なんかも集めるの。…私たちだって、憧れられるだけじゃないわ。前回のラブライブで沢山の人を倒してきたもの、お門違いではあっても恨まれることがあるわ」

「そう、こいつらを守るためにどれだけ俺が苦労したことか」

「あら、お店はいいの?」

「他のやつらに任せた。いつまでも俺が全部やるわけにはいかないからな。…ほれ、コーヒーだ」

「ありがと」

「で、話の続きだが…こいつらもこの手の嫌がらせは沢山あったんだぜ」

 

 

ふと横から現れた白鳥君が、カフェの制服のポケットから紙束を取り出した。無造作に僕らの前に放り出されたその紙には、「解散しろ」とかいったありがちな文言から明らかな脅迫文まで、様々な内容が書いてあった。

 

 

彼女たちの、栄光の裏側。

 

 

僕の元にもよく届くけど、これがただの女子高生に向けられるのだから心苦しい。

 

 

あ、僕もただの男子高校生だったわ。

 

 

え?「ただの」男子高校生ではない?気にしない気にしない。

 

 

「俺がマネージャーになったのは去年の夏ごろだったが、その時からこいつらは世間の悪意に悩まされていた。この数じゃあ、警察に届けても対応しきれない。封殺するしかなかった」

「それがあなたたちμ'sに無いのは、『μ'sの側には筋肉隆々のやばいやつがいる』って話が横行していたからよ。あなたたちが9人になったころから、ライブステージ設営や運営で滞嶺くんの姿がよく見られるようになったこともあって、μ'sに手を出そうという人はいなくなったんだと思うわ。…今はそうでもないけど、正直よく見るあなたは…ちょっと怖いもの」

「…そんなに怖いか」

「創ちゃんが露骨に落ち込んでるにゃ」

 

 

まあ、確かに創一郎に手を出したら生きて帰れない気はするね。まあ一歩で数メートル動けるしね。凛ちゃん投げるしね。でもメンタル豆腐なんだから手加減してあげて。

 

 

「でもそのおかげで、あなたはステージ設営みたいな目に見える活躍だけじゃなくて目に見えない抑止力になってるのよ」

「まあ多分顔怖くなくてもその筋肉見たら誰も喧嘩売ろうと思わないだろ」

「茜はバンバン売ってくるぞ」

「売ってないよ」

「茜は余計なこと言い過ぎなのよ」

 

 

余計なことじゃないよ、ツッコミだよ。

 

 

「だが…そうか。俺がいることで…」

「何感慨深くなってんのひぃっ」

「なんか言ったか」

「耳元を拳が掠める恐ろしさを始めて知ったよ」

「なるほど、確かに余計なこと言うな」

「失礼な」

 

 

創一郎がしんみりしてたから口を挟んだら、すごい速さの拳が顔の横を掠めていった。速すぎて硬直する暇も無かったし変な声も出た。勘弁してよ、口挟まないと愉悦部失格なんだよ。あっ愉悦部って言っちゃったテヘペロ。

 

 

「そして…波浜茜。別名Sound of Scarlet。その道の人なら知らない人はいない、グラフィック界の頂点。そして、μ'sの内部を支える大黒柱」

「照れるね」

「何照れてるのよ!」

「痛いよ」

 

 

褒められたんだから照れてもいいじゃん。蹴らないでよ。痛いよ。にこちゃん嫉妬ファイヤーなの?だったら嬉しいもっと蹴って嘘やっぱり蹴らないで。

 

 

「体力はないみたいだけど…絵の才能だけじゃなく、映像や演出においても最高峰のセンスを持つ波浜さんだからこそ、μ'sはあれだけ大掛かりなライブができるのね」

「あとは創一郎のパワーのおかげだね」

「そうね、2人いるからこそ、かしら」

 

 

大掛かりな装置はそう簡単には使えない。高いところに設置したりするならクレーンとかも必須だ。それを創一郎なら一人で全部やってくれる。何気にバランス感覚も神がかってるんだよね。絵里ちゃんも同意してくれたし、他のメンバーも頷いてくれている。

 

 

「しかし、なぜそこまで…?」

「これだけのメンバーが揃ってるチームはそうはいない。だから注目もしていたし、応援もしていた」

「そういえば、創一郎が以前そんなこと言ってたわね」

「よく覚えていたな」

 

 

まあ確かに、メンバーだけでも9人は破格だ。そう簡単に揃う人数ではない。

 

 

「そして、なにより…負けたくないと思っている」

「…!」

 

 

…おや、そう来たか。

 

 

上から目線の興味ではなく、対等なライバルとして僕らを見ていたか。

 

 

「ですが、あなたたちは全国1位で、私たちは…」

「それはもう過去の話」

「私たちはただ純粋に、今この時一番お客さんを喜ばせる存在でありたい。…ただそれだけ」

「…さすが、アイドルの鑑っすね」

「ふ、こいつらだって伊達に優勝を飾ってない。過去の栄光に浸る意味なんてない、過去でも未来でもなく、今この瞬間に最高であるべきだと知っている」

 

 

白鳥君の言葉を要約すると、A-RISEの皆さんは前回の順位に驕ることなく、あくまでその一瞬を飾るものであろうとしているようだ。要約したのに文字数あんまり変わんないね。

 

 

うん、スクールアイドルとはそうあるべきなんだろう。あくまで今のお客さんのために、歌い踊るのだ。

 

 

「μ'sの皆さん、お互い頑張りましょう。…そして、私たちも負けません」

 

 

それだけ言って立ち上がるA-RISEの皆さん。言いたいことは言ったからもうおしまいってことかな。

 

 

「あの!!」

 

 

まあ、穂乃果ちゃんはそれで黙ってるような子じゃないけどね。

 

 

 

 

 

「A-RISEのみなさん…私たちも負けません。今日はありがとうございました!!」

 

 

 

 

 

一瞬間が空いた。

 

 

ライバル宣言を真正面から受け止めたのが意外だったのかな。白鳥君だけ嬉しそうにちょっと笑ってるけど。何でさ。

 

 

「…ふふ。あなたって面白いわね」

「え?」

「ねえ。もし歌う場所が決まってないならうちの学校でライブやらない?」

「うちって、ここのことかい」

「そう。屋上にライブステージを作る予定なの」

「へえ」

 

 

急に綺羅さんがなんか言い出した。まさか自分たちと同じ舞台にライバルを呼ぶとはね。自信満々なのか舐めてるのかよくわかんない。意図がつかめない。天童さん呼んで来て。

 

 

「もし良かったら、ぜひ。1日考えてみて」

「1日しか猶予くれないのね」

「やります!!」

「「「「「「「「「「ええっ?!」」」」」」」」」」

 

 

穂乃果ちゃんが即答しちゃった。うそやん。1日考えるのすらちょっと足りないかと思ってたのに。綺羅さんも目が点じゃん。白鳥君爆笑してんじゃん。いや何でさ。

 

 

 

 

 

なんか波乱万丈がビッグウェーブに乗って来た感じだわ。よくわかんない?僕もよくわかってない。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

オリキャラは9人と言ったな?あれは嘘だ。
色んな人の作品読んでたらハーレム男子を導入したくなっちゃったんです…許してください何でもはしません()
まあさほど白鳥君の出番は多くない(予定)なので今回は顔見せ程度です。
A-RISEの方々に褒められるμ's、そして男たち。緊張でガッチガチの滞嶺君を想像して一人で笑ってました笑


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みんながいるからみんなのために頑張れる



ご覧いただきありがとうございます。

また台風来てますね…もうすぐ10月なんですけど…。今年は台風元気ですねえ!!また瓦飛んだら面倒だから勘弁してー!!単純に低気圧でも死にかけるからやめてー!!
って言っても止まってくれませんもんねぇ…皆さんもお気をつけて…。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

『さあ!!いよいよ本日、ラブライブ予選が行われます!!』

 

 

穂乃果ちゃんがA-RISEの方々と同じ舞台でやる!って言っちゃってからもう本番の日が来てしまった。

 

 

いやもうやるって言っちゃったからには余計手が抜けないじゃん。必死に練習してたら本番なんてすぐ来ちゃったよ。困るね。

 

 

というわけで僕は照明設備を設置してます。先に演奏するのはA-RISEなんだけどね。お金払われて雇われたら仕方ないね。設備も豪華だしね。お金の力すごい。知ってたけど。

 

 

しかもここはUTXの屋上、もうそこらへんのビルより高い。エレベーターからここまで運んでくるの結構しんどいよ。僕は運んでないけど。運んでるのは業者の皆様。創一郎は下で観客の誘導をしてる。

 

 

まあやるべきことはさっさとやっちゃって、すぐにμ'sの控え室に向かう。にこちゃん心配だしね。

 

 

控え室の扉をノックして、許可が下りてから部屋に入るとみんなもう着替えていた。みんなって言っても穂乃果ちゃんと希ちゃんがいないけど。全体的に透明感が強い衣装で、なんか幻想的だね。

 

 

「お、みんな可愛いね」

「当たり前でしょ!今日は勝負なんだから」

「にこちゃんはいつでも可愛いよ」

「そういうこと言うな!!」

「はふん」

 

 

ついにラブライブ予選本番なわけだし、みんな気合い入ってるね。にこちゃんも可愛いよ。でも殴られた。痛いよ。

 

 

「創一郎はまだかしら?」

「まだだと思うよ。上からチラ見しただけでも相当人いたしね」

「そんなにですか…?」

「そんなにだね。でもそれだけ沢山の人が見てくれるわけだしチャンスだね」

 

 

実際ジャ◯ーズのライブかよと思うくらいの人はいた。A-RISEのおかげかもしれないけど、その目は僕らにも向いてくれる。集客性能としてはとてもいい場所だったことになるね。結果論だけど。

 

 

「まあ、いないなら仕方ないわよ」

「よーし、やるにゃー!」

「既にたくさんの人が見てくれているみたいだよ!」

「さっきそう言ったじゃん」

「みんな、何も心配ないわ。集中していきましょう」

「無視かい」

 

 

相変わらずスルースキル高いね君たち。絵里ちゃんがまとめてくれるのはありがたいんだけどね。

 

 

「でも本当によかったのかな…A-RISEと一緒で…」

「一緒にライブをやるって決めてから集中して練習できた。私は正解だったと思う」

「練習の追い風になったって意味ではたしかに有効だったね。みんなの動きもどんどん良くなっていったし」

「そうだよ!あれだけ頑張ったんだもん、やれるよ!!」

「うわびっくりした」

 

 

バン!と扉を開いて急に戻ってきた穂乃果ちゃんが発言したからびっくりした。てか外から聞いてたのかい。よく聞こえたね。

 

 

「おい、客だぞ」

「創一郎も戻ってたんだね」

「さっきな。それよりほら」

 

 

やっと戻ってきた創一郎が横に避けると、その後ろからA-RISEの皆様と白鳥君が現れた。わざわざ来たのね。てか白鳥君もいるのね。

 

 

「ふふ、こんにちは」

「はーいこんにちは」

「なんであんたが返事すんのよ!」

「別に誰が返事してもいいじゃなぐぇ」

 

 

挨拶を返したらにこちゃんに首絞められた。苦しい。なんでさ。

 

 

「いよいよ予選当日ね。今日は同じ舞台でライブできて嬉しいわ。予選突破を目指して、お互い高めあえるライブにしましょう」

「はい!」

 

 

そんな挨拶とともに握手する綺羅さんと穂乃果ちゃん。お互い気合いマックスで何よりだね。

 

 

「俺からも、μ'sの皆様に差し入れだ。まあただのジュースなんだがよ」

「毒とか入ってねぇだろうな」

「そんな物騒なことしねえよ…」

 

 

白鳥君は白鳥君でいろんな色のジュースを持ってきてくれていた。ちゃんと11杯。僕らの分もあるのね。

 

 

「はいよ、高坂さんはこれ」

「ありがとうございます!」

「えーっと園田さんはこれで」

「あ、ありがとうございます…」

「で、南さんが…」

「待って待って、これ好きに取っていいよ系じゃなくてオーダーメイド系なの」

「え?ああ、そうだけど」

「これは何基準で味決めてるの」

「ああ、あんたらのプロフィールに書いてある好きな食べ物嫌いな食べ物と、この前来た時に飲ませたコーヒーのリアクションで決めた」

「わあ怖っ」

「失礼なやつだな?!」

 

 

これは盲点だった。

 

 

白鳥君も僕や桜たちと同じく天才型か。

 

 

「まあ味は保証するって。毒も入ってねーし。…そんなことしなくてもうちのA-RISEは負けないからな」

「へえ、言うねぇ。僕らのμ'sも負けないよ」

「何で茜が張り合ってんのよ」

「だってなんか悔しいじゃん」

「渡も勝手に喧嘩売らないの!」

「なんか悔しいじゃねえか」

 

 

なんか白鳥君と分かり合える気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本番は先にA-RISEの出番だ。というか今歌ってる。僕は創一郎ともどもμ'sのみんなと舞台の下からA-RISEの方々のライブを見ていた。

 

 

これがまた、本当にすごいんだ。

 

 

μ'sのみんなのライブも、にこちゃんに勧められたスクールアイドルのライブも、最近はもっと色んなスクールアイドルのライブも見てきたけど、やっぱり「格が違う」というやつだろう。圧倒されるほどの迫力ある。照明演出も素晴らしい…いやこれは僕の仕事のおかげか。そりゃお仕事で手は抜けないよね。

 

 

「直で見るライブ…」

「全然違う。やっぱりA-RISEのライブには私達…」

「敵わない…!」

「認めざるを得ません…」

 

 

μ'sのみんなもちょっと自信無くしてた。いやちょっとじゃないね。だいぶ自信無くしてるね。

 

 

そりゃ練習時間が僕らとは全然違う。だってスクールアイドルを始めた時期が随分違う。その分の経歴の差はどう頑張っても埋められないんだ。

 

 

 

 

 

でもね。

 

 

 

 

 

「そんなことない!!!」

「「「「「「「「え?」」」」」」」」

 

 

 

 

 

そう、君たちだって負けてない。

 

 

「A-RISEのライブがすごいのは当たり前だよ!!せっかくのチャンスを無駄にしないように、私たちも続こう!!」

「そうだよ。どう頑張ったって彼女たちとの経歴の差は歴然だもの。でもだからなんだというのさ。()()()()()()()()()()あの子たちとは根本的に作りが違う。比べて打倒しようなんて考えなくていいの。君たちらしく歌って踊れば、心は伝わるから」

「A-RISEの方々がどれだけ凄かろうと関係ねぇ。勝ち負けとかじゃねぇ、もっと尊い想いがある。…さあ行ってこい、お前たちから目を離せなくしてやれ」

「「「「「「「「うん!!」」」」」」」」

 

 

僕も創一郎も、君たちが負けるなんて思っちゃいない。というか勝ち負けの次元じゃない。君たちの方がきっと人の心に響くライブができると信じている。

 

 

「よーし、それじゃあいっくよー!!μ's、ミュージッ

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ー!」

 

 

 

 

 

 

いいところで割り込み発生。

 

 

UTXの屋上に、ヒフミのお嬢さんズを筆頭にしてたくさんの音ノ木坂の生徒が集まってきた。

 

 

「遅くなってごめんね!手伝いに来たよ、穂乃果!!」

「いーやナイスタイミングだよ。ただし休む暇もないけども。さあお手伝い頼むよ、みんな。創一郎頼んだ」

「おうよ」

「えっ、どうしてみんな…」

「ごめん僕が呼んだ。ライブの間隔が短いから照明の変更が創一郎だけじゃ間に合わなさそうでさ」

 

 

到着早々で申し訳ないけど、みんなには手早く働いてもらう。普通、連続ライブで照明の位置とかは変えないしあらかじめ全セットしておくものだけど、今回は全く関係ない二つのライブを急遽同じ舞台でやることになったからそうは言っていられない。だけど舞台転換の時間はあんまりなくて、創一郎だけでも厳しそうだったから…音ノ木坂のみんなを呼んだ。ギャラも用意したのに「そんなのいいですよ!!」って言われてしまった。後でちゃんと払います。払っても受け取ってくれなさそう。

 

 

 

 

 

まったく、にこちゃんに依存してたら思いつかなかった手だねこれ。

 

 

他の誰かに頼るなんて考えもしなかっただろうからね。

 

 

 

 

 

「みんなでやればさほど時間もかからないと思うよ。僕はプログラムの変更をしてくるからあとは創一郎頼んだ」

「任せろ。図面は前に渡したな!ヒデコ先輩、フミコ先輩、ミカ先輩、主導頼みます!俺はデカいやつの撤去に回るんで!!」

「オッケー!任せて!」

 

 

創一郎も、色んな仕事に連れ回したお陰で随分と頼りになるようになった。そこらへんの業者顔負けなんだよね。単純にパワーがあるだけじゃない、人に的確な指示を出せるあたりやっぱりリーダー適性が高い。

 

 

あと意外と大事な、「他の人に仕事を任せる」のにも躊躇がない。仲間がいることの大切さをちゃんと理解して活用してる。図体だけじゃなくて頭も規格外なのは反則だと思うんだ。チートだチート。

 

 

っていけないいけない、忘れるところだった。

 

 

「あ、そうそう。はい穂乃果ちゃん」

「えっ?これ茜くんのスマホ…」

 

 

急いでポケットから()()()()スマホを取り出して、穂乃果ちゃんに渡す。

 

 

 

 

 

 

『…あー、もしもし。穂乃果、聞こえるか』

「えっ!さ、桜さん?!」

『何でそんなに驚いてんだお前』

 

 

 

 

 

 

桜にも助っ人頼んだんだよね。

 

 

ここには関係者以外入れないから、電話での助言しかできないけど…まあ彼以上に音楽に関して的確な助言ができる人はいないでしょ。

 

 

「じゃあ後は頼んだよ。僕も急がなきゃ」

「うん…うん!ありがとう!!」

 

 

スマホは穂乃果ちゃんに託し、僕は照明装置の方へ向かう。まあそんなに時間もかからない仕事だけど、お手伝いの皆様の様子も確認しなきゃいけないしね。

 

 

 

 

 

 

 

さあ、君たちの。

 

 

 

 

 

 

夢の扉の先を見せてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、無事に終わったようで何よりだ」

「わっ桜さん!!」

「ほんとにお前オーバーリアクションだな」

「イェーイ天童さんもいるぜー!!」

「何で桜さんが…」

「何でってここまで見に来たんだろうが。流石に上には行かせてもらえなかったが、ここからでもモニターから見れるからな」

「ねぇ俺はガン無視ですかぁ?挨拶くらいないの??」

「天童さんお静かに」

「キレそう」

 

 

無事本番を終えて着替えも済まし、さて帰宅しようというところで下のモニターでライブを見ていたらしい桜と天童さんに会った。別に家でも見れるだろうに、ツンデレ桜め。天童さんは知らない。どうせ何か企んでる。

 

 

「まったく君らは俺を誰だと思ってんだー!天下一品天童さんだぜ?!」

「まあ脚本家に脚光が当たることは少ないっすよ」

「音楽家も画家もそんなに注目されるタイプじゃねーと思うんだがなー…」

 

 

そりゃそうだけど、脚本家は特にあまり注目されないかもしれない。だって実際に演じるのは脚本家本人じゃないもん。それこそ天童さんの作品によく出演する御影大地さんの方がはるかに知名度高い。それは仕方ない。

 

 

「でも、桜さんわざわざここまで聴きに来てくれたんだ!!」

「たまたま近くを通っただけだ。調子乗んな」

「あだっ」

「とかなんとか言っちゃってー。A-RISEのライブ30分前くらいからバッチリ待機しておわっふううううううう?!危ねえ!!急に殴るとは貴様!!」

「とりあえず喉を潰そうかなと」

「恐怖!!」

「そんなに前から居てくれてたの?!」

「あ?いや…まあ…」

 

 

ほんとにツンデレだな桜。

 

 

「しかし、何というか…()()()()()人が多かったな…」

「天童さんが予想以上に、なんて珍しいですね」

「…そうでもねえさ。どうせ確率の上で起きやすい未来に的を絞ってるだけだからな、全く予想してなかったわけじゃねえし。…だがなぁ…」

 

 

今はライブが終わってからだいぶ経つため周りに人はあまりいないが、ライブしている間はかなりの人だかりができていたらしい。それだけ人気出てるってことかな。凄いことだ。

 

 

でも天童さんの予想を上回るほどっていうのは相当珍しい気がするね。

 

 

 

 

「…()()()()()()()

 

 

 

 

「はい?」

「ん?いや、何でもねえわ。まあとりあえず送っていってやるよ!!もうすっかり夜だしな、最近ストーカーとかなんとか物騒なんだ、男の中の男である俺が皆様を無事お家に送り届けてやるぜ!!」

「男なら創ちゃんがいれば十分にゃ」

「悔しいことに俺自身も今そう思ってしまったぜ」

 

 

天童さんがなんか呟いたけど、よく聞こえなかった上に有耶無耶にされてしまった。まあ夜道が危ないのは賛成。でも創一郎がいればだいたい安全だと思う。というか僕らは役に立たないね。あれ、そういえば天童さんって力強いのかな。知らないや。

 

 

「まあいいじゃねーか!!我らA-phyのリーダーとして茜や桜の面白い話を大暴露してやるぜ!!」

「…A-phyって何でしたっけ?」

「俺と桜と茜でやってる演出請負会社だよ!!前言わなかったっけ穂乃果ちゃんよ!!」

「まあ聞いても穂乃果は覚えていられないと言いますか…」

「凛も忘れてました!」

「天童さん、μ'sはこんなんですよ」

「はーっ泣ける!!」

 

 

そりゃ穂乃果ちゃんや凛ちゃんは覚えてないよ。にこちゃんも僕が所属してなければ覚えてるかどうか怪しい。

 

 

「…聞き流しそうになったんすけど、あんた今何話すって言いました?」

「ほんとだ。穂乃果ちゃんと凛ちゃんが頭悪いって話に惑わされるとこだった」

「「ひどい?!」」

「ちっ誤魔化せなかったか…」

「創一郎、ちょっと捻ってあげて」

「おうよ」

「待った待った待った待ったあああああ!!!!それはリアルに命に響くやーつ!!!いのちだいじに!!!」

「ドラクエって戦闘不能状態を『しに』って表記したり、割といのちだいじにしてないですよ」

「確かに!!敵の命は大事にしないもんな!!ってそんなこと言ってる場合ちゃうねん!!!俺の命は大事にプリーズ!!」

 

 

天童さん、いつも思うけど狙って死にに行ってる気がするね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさかあんだけ人気出てるなんてな」

 

 

滞嶺による暴虐の嵐をなんとか切り抜けてμ'sのメンバーを帰宅させたあと、俺自身も家に帰ってまたシナリオの編纂にかかる。夜飯は今日は冷凍チャーハンでいいか、ということで電子レンジに突っ込んで解凍する。

 

 

 

 

 

 

料理を作ってくれる親なんていない。

 

 

 

 

 

 

まあ茜ほど凄惨な事情は無いが、俺も俺で事情があるのさ。まあ、さほど気にして無いがな!!

 

 

「人気を伸ばすための努力は彼女ら自身もしているだろうが、その大部分は茜の宣伝効果だと思っていた…いや実際そうだろうな。直接目に見える部分の影響はやっぱりでかい」

 

 

まあとりあえず、現在の状況を確認。μ'sのライブを直接見に来た人が予想よりも多かったのが一番の懸念点だ。茜の仕事ぶりは俺もよく知っているし、その影響力を間違えるとは思えないし…。見たこともない一般聴衆の行動を読み間違えたのか?知らない人の行動は流石に読めないから、「一般的にはこうするのが多数派だろう」という一般予測をしているんだが…大衆の思考が変わってきたのか?

 

 

「いや、違う…俺のリサーチ不足だ。茜の仕事なら調べなくても把握できると思っていたが、想定より奴の仕事がかなり良く進んでいる。よくよく考えたら発表した楽曲も想定より多いじゃねえか」

 

 

μ'sのことばかり気にかけているわけにもいかなかったから細かいところを見ていなかったが、意外とμ'sの活動の足が速いじゃないか。真姫ちゃんの作曲スピードも想定より速い。

 

 

これは…。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

μ's全体のイメージとして、比較的自由で奔放な印象があった。とにかく似てない9人が集まっているところが大きい。A-RISEのようにしっかり者3人が集まれば当然堅実な集団になるし、元気な子が集まればテンションの高い集団になる。しかしμ'sはそういった各メンバーの共通点というものがかなり少ない。だから、全員の折り合いを綺麗につけるには各々がフリーダムに動くくらいしかないだろうと思っていた。

 

 

しかし、違う。

 

 

こんな個性の塊みたいな集団を、裏から誘導しているヤツがいる。

 

 

「まさかそんな器用なことができる子がいるなんてな…考えもしなかったぜ」

 

 

目に見える牽引力として穂乃果ちゃんや絵里ちゃんがいるせいで目が向かなかったというのもあるが。

 

 

こういう役割を担える子がいるとすれば。

 

 

情報が少なく、俺が読みにくい子だろう。

 

 

 

 

 

元気いっぱいに無謀で勇敢な挑戦をする穂乃果ちゃんではなく。

 

 

可憐に静かに可愛らしく見た目を彩ることりちゃんではなく。

 

 

怜悧に冷静に時折熱く集団を引き締める海未ちゃんではなく。

 

 

元気に軽やかにハイテンションで盛り上がる凛ちゃんではなく。

 

 

静かに大人しく情熱を燃やす花陽ちゃんではなく。

 

 

無愛想ながら積極的に音で支える真姫ちゃんではなく。

 

 

勢いとこだわりと優しさで情熱を振りまくにこちゃんではなく。

 

 

冷静に聡明な采配でまとめる絵里ちゃんではなく。

 

 

 

 

 

 

それはつまり。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

…あの子のことをもっと調べなければならないか?

 

 

いや、今は必要ないだろう。また会う機会があればでいい。

 

 

考えることはいくらでもあるのだから。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

相変わらず男性陣が有能な件について。白鳥君も同類でした。ほんともう君達は!!
そして有能波浜君と有能滞嶺君。ヒデコちゃん達も相変わらず有能です。ただの女子高生ができるレベルのお手伝いじゃない…!笑
そして天童さんの伏線です。さあこれから天童さんはどうするのか!!
まあ次回はついに天童さんのオリジナル話を投下するんですけどね!!


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不自然で胡散臭いクリエイター



ご覧いただきありがとうございます。

先週も大変な台風でした…今回は瓦飛ばなくてよかったです。でも相変わらず被害が出ていますし、皆さまお気をつけて。なんかまた台風来てますしー!もう来るなー!!
そんなわけで、今回はオリジナル話です。出番の少ない男性陣を掘り下げておかねば…(使命感)

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「ん〜っ、2人でお買い物は久しぶりやね」

「そうね…μ'sに入ってからは大人数で遊ぶことが多かったものね」

「賑やかでいいことやけどね!」

 

 

ラブライブ予選の翌日は練習はお休みになって、日曜日だったから遊びに出かけることにしたんやけど…たまたま予定が空いてたのがえりちだけやったから、今日は久しぶりにえりちと2人でお買い物をしに来た。去年なんかはいつも2人で遊んでいたんやけどね。

 

 

「よーし、まずは神田明神でお参りしよ!」

「希、毎回最初はそれやるわね…」

「神様に、今日も一日無事に過ごせますようにーってお願いするんよ。せっかくの休日なんやし」

「確かに休日に嫌なことがあったらがっかりするわね。わかったわ、行きましょ」

 

 

休日じゃなくても毎日お参りしてるけどね。

 

 

何の記念日でもなくても、日曜の境内はそれなりに人がいる。お土産とかソフトクリームとか売ってるから、観光に来る人も結構いるんよね。

 

 

「いつ見ても思うけど…絵馬多いわよね」

「敷地の広さから考えると確かに多いかも」

「それだけ沢山の人がここにお願いしに来ているのよね」

「神様も大変やね」

 

 

神田明神は大きな神社じゃないけど、絵馬を飾るスペースは複数あって、その全てがいつも絵馬でいっぱいになっている。たくさんの人の願いが集まる場所やと思うとスピリチュアルパワーがぐんぐん集まってくるね。

 

 

「…あら?」

「どーしたん?」

「いえ…あの人、どこかで見たような」

 

 

えりちの視線の先には、絵馬を眺める男のひとがいた。麦わらぼうしを被って、黒いスラックスと黒い袖なしの黒いシャツを着て、さらに夏なのに長袖の白いシャツを羽織っている人。サングラスもしていてぱっと見誰かわからないけど…。

 

 

「…気のせいかしら」

「…せや、ね…いや…」

「希?」

 

 

ううん、やっぱり見たことある。気のせいやない。そう思って近づいてみて、真横に着いてからやっとわかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…もしかして、天童さんですか?」

 

 

 

 

 

 

「…………………何だと」

 

 

 

 

 

 

「えっ」

「何だー?せっかく天童さんらしからぬ格好してたのにバレてしまうとは情けない!!」

「あ、もしかして天童さん…?」

「おっと金髪碧眼乙女にもバレてしまったな…そう!!麦わら白シャツタンクトップのこの私、知らない人の方が少ない(と信じている)天童一位さんだぜ!!」

「「…」」

「黙るなし!!」

 

 

昨日会ったときみたいに変なことばっかり言ってる天童さん。いつも元気やね。

 

 

 

 

 

…でも、さっきの凄く驚いた顔と怖い声は何だったんだろ。

 

 

 

 

 

「何だ君たちデートかぁ?いいねえ百合は最高だ。いいぞもっとやれ」

「女の子同士でもデートって言っていいのかしら」

「ええんやない?」

「うーん純真無垢な返事をされるとお兄さん逆に困ってしまうわー」

 

 

気のせいだったのかな。

 

 

「天童さんはここで何をなさっていたんですか?」

「んー?そりゃ見ての通りだ。絵馬見てたんだよ絵馬。絵馬って色んな人の願い事が書かれてるだろ?こういうのも脚本の材料になるんだよ。世の中色んなことを考える人がいるんだなーってな」

「真面目な回答だったわ…」

「キミは何を期待してたんだ?」

 

 

うちも変なこと考えてるんじゃないかって思ってた。ごめんなさい。

 

 

「まあいっか。ここで会ったのもなんかの縁だぜ、何かしら奢ってやろう」

「えっ、そんな…いいですよ。申し訳ないですし」

「なあーに心配なさんな、大学行きつつ働いてる俺はなかなか金持ちだぜ?」

「「大学行ってたんですか?!」」

「そんなに驚きますー?!」

 

 

茜くんから天童さんが1歳年上なのは聞いてたけど、大学に通ってることは聞いてなかった。脚本家として働いてるって話だったし、大学にも行っているなんて全く思わなかった。

 

 

「あとそんなに頭良さそうには見えない…」

「おっと希ちゃん、それ以上は俺様の心がビッグクランチだからやめような」

「でも、どこの大学に通っていらっしゃるんですか?」

「どこって、この辺に住んでたらそこの国立大学くらいしかないだろ」

「えっ」

「国立大学って…」

「そうそう。俺だって馬鹿じゃないんだぜ?」

「馬鹿じゃないどころかものすごく頭いいじゃないですか!!」

「そういうことさ!見直したか?惚れたか?!イケメンか?!?!」

「そんなんやから疑われるんですよ?」

「安心しろ、自覚はある」

 

 

キリッとした顔でそんなことを言う天童さん。本当に頭いいのか疑わしいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にお金払わなくていいんですか?」

「とーぜんよ。君らのためなら1万や2万さっと出してやるわ」

「…そんなに食べてました?」

「おっとそこを心配されるとは予想外。安心せい、1人2千円弱だ」

「でも結構なお値段…」

「いーんだってば。俺の脚本、結構依頼料高いんだぜ?印税も入るしな!学費を払っても余裕綽々な収入やでぇ!!」

 

 

神田明神から離れて、少し歩いたところにあったお洒落なカフェで天童さんとお昼ご飯をご一緒した。どのお料理も値段が高くてえりちと顔を見合わせたけど、天童さん本人が遠慮なく高い料理を注文するのでうちもえりちも高めの料理を頼んじゃった。しかもデザートにパフェを…勝手に頼まれていた。えりちにはチョコの、うちには抹茶のパフェを。天童さん本人はコーヒーだけ追加で頼んでいた。

 

 

「天童さんはなんにも頼まなくてよかったんですか?」

「俺甘いものはあんまり好きじゃなくてねー。コーヒーが一番だ。コーヒー味のパフェとかあったら食うかもしれんけどな」

「抹茶はだめなんですか?」

「抹茶だと君と被るだろ?そりゃちょっと面白くないね」

 

 

面白いかどうか基準なのは茜くんに似てるね。

 

 

「希、一口もらっていいかしら?」

「ええよ。じゃあえりちのも一口ちょうだい」

「いいわよ。…ん、ちょっと苦いけど抹茶も美味しいわね」

「えりちのチョコパフェも美味しいやん!」

「…あれ、希ちゃん甘いもの嫌いじゃないのか」

「へ?あ、はい…」

「どうしてですか?」

「いや、君らのプロフィールは何度か見たんだけど、希ちゃんは嫌いな食べ物に『キャラメル』って書いてあったからてっきり甘いものダメなのかと思ってたぜ」

 

 

えりちとパフェ交換をしていたら、天童さんが驚いたような顔をしていた。っていうかうちらのプロフィールしっかり確認してるんやね。

 

 

「あー…。キャラメルはなんていうか、ねっとりしてるっていうか、あの飴なのかガムなのかよくわからない食感が苦手なんです。味もそんなに好きじゃないですけど」

「へえ、つまり甘さは関係ないのか。じゃあハイチュウは苦手か?」

「ハイチュウは噛めばええやないですか」

「やっぱり食感の問題なのか。たしかにキャラメルは舐めるべきか噛むべきか迷うもんな」

 

 

もしかして、えりちにチョコパフェを選んだのはえりちが好きな食べ物にチョコレートって書いてたからかな?意外と気配りが上手な人やね。

 

 

「まあ、何にしても情報が増えたからいいんだがな」

「情報?」

「何でもない、こっちの話だよ。そーだいいこと思いついた」

 

 

急に何か思いついたらしい天童さんはスマホを取り出して何かをした後、すぐにスマホを仕舞った。何したんやろ。

 

 

「そうそう、君らのところに滞嶺君っているだろ?彼がどんな人物なのか教えてくれないか。茜にも聞いてはいるが、サンプルは多いに越したことはないからな」

「いいですけど…創一郎がどうかしたんですか?」

「いや、今後の脚本に役に立つかもって思ってな。あんな筋肉の塊みたいなやつそうそういねーだろ?」

「まあ、確かに…」

 

 

そうそういないというか、創ちゃんくらいしかいないと思うけど。

 

 

「家族構成とかは既に聞いているからいいや。なんであんなに筋骨隆々なのか知ってるか?」

「そういえば…それは聞いたことないかも」

「弟のみんなを守るため、とかやない?創ちゃん優しいし弟想いだから」

「優しいって評価が即座に出てくるのはすげーな。俺はこの前吊り上げられたけど…」

「まあ…それは…」

「天童さんがびっくりさせるからやないかと…」

「うーんぐうの音も出ないとはこの事」

 

 

実際、創ちゃんは怖い顔してかなりのお人好しやと思う。荷物持ちは誰にもやらせないし、帰り道は必ず全員を家に送ってから自分が帰る。μ'sのみんなで集まってるときも街中ではめちゃくちゃ周囲を睨んでたり…過保護なくらい。確かにツバサさんの言う通り、創ちゃんがいたらμ'sにちょっかいはかけれんね。

 

 

「でも、今でも筋トレしてるわよね。たまにダンベルとか持ってたりするもの」

「創ちゃんのカバン、冗談抜きで持ち上げられないくらい重いもんね。この前も先に屋上で片手で倒立してたよ」

「あの巨体が倒立すんのかよ」

「そのまま一階まで飛び降りて片手で着地してました」

「何で腕が折れないんだ?あいつは本当に人間か?マッドサイエンティストが生み出した生体兵器とかそういうのではない??」

「うちも疑いたくなりますけど…」

 

 

流石にそんな変な存在じゃないと思う。

 

 

「うーむ聞けば聞くほど頭おかしい生物だな…そんなやつばっかりだ」

「創一郎みたいのがいっぱいいるんですか?」

「まさか。あんな筋肉ダルマはいねーよ。もっと別ベクトルで頭おかしいやつばっかだって話。茜もそうだろ?」

「そんなに茜がすごいと思ったことはないですけど…」

「えー君らあいつの絵見たことない?ないんだろうなぁ、まあちょっと見てみるがよいわ」

 

 

そう言ってまたスマホを取り出し、画面をうちとえりちの方へ向ける天童さん。画面には「Sound of Scarlet」の検索結果が出ていた。沢山の絵や写真がある。画風も美術の教科書に載ってそうな油絵からアニメ調のデジタル画像まで幅広く、どれを見ても素人目でもわかる完成度やった。

 

 

「色んな絵を描いてるんやね…あっこれ見たことある」

「私も。これも見たことあるわ…どの絵も上手なのね」

「あいつの特に恐ろしいところは、単純に絵が上手いだけじゃなくて()()()()()()()()()()()ってとこだな。現代受けするアニメ絵だって、モネから連なる印象派みたいな絵だって、ピカソみたいなキュビズムの絵だって、どれをとっても『これはこれで上手だな』って思えてしまうからわけがわかんねぇ」

「本当ですね…本当に1人の作品なのかって疑いそうになるくらいやん」

「実際何度も疑われたらしいけどな。その度に10種類くらい絵を描いて全部直筆サインを入れて送りつけたって言ってたな」

「思ったより攻撃的ね…」

 

 

天童さんの言う通り、どの絵も「とにかく上手」や。何が描いてあるかわからないような抽象画ですら惹かれるものがある。μ'sのチラシなんかはいつも同じような画風の絵しか描かないからあまりイメージできなかったけど、本当に天才なんやね。

 

 

「あと写真も上手なんですね」

「写真?どこに写真があるんだ?」

「え?この島の写真…」

「それ絵だぜ」

「「えっ」」

「精密模写とか言ってたな。一応元となる写真はあるんだがな、それを絵で再現したものだ。油絵でやってるから頭おかしいよなー」

 

 

…本当に天才なんやね。

 

 

「って茜の話してる場合じゃねーや、滞嶺君の話してたんだった。なんか他に無いか?好きな食べ物とかさ」

「好きな食べ物…なんでも食べるイメージしか無いですね」

「あ、うちはカレーをよく作るっていうのは聞いたことありますよ」

「ああ、兄弟が多いんだっけ。量を作るにはカレーか麺類は楽だからな」

「それにみんなたくさん食べますから…」

「まあ兄貴があんだけデカいと遺伝的にもデカいやつ多いだろうしな」

「練習が無い日は兄弟みんなでご飯の材料買いに来るって言ってましたよ」

「仲良しだな…本当に根っからのお人好しみたいだな」

「お人好し…なのかしら?」

「なんやないかなぁ?」

「そこ悩んじゃう?」

 

 

優しいけど、お人好しというか…みんな助けないと気が済まないみたいな感じ。正義感の塊みたいやね。それはお人好しって言うんかな?

 

 

「…ん、そろそろ出ようかねぇ。本来はお買い物でもしに来たんだろ?荷物持ちくらいしてやるよ」

「え、いいですよ。ご飯も奢ってもらったんですから…」

「はっはっはっそんなこと気にするんじゃない。それともアレか?こっそり後ろからストーカーしてた方が面白いか?」

「やめてください」

「こらそんな養豚場の豚を見る目をするんじゃないよ」

 

 

断ったらストーカーするってことやん。

 

 

「あ、俺が居たら買いにくいものを買うんだったら退散するぜ。そこはちゃんと自重する」

「いえ、アクセサリーとか小物とかを見るつもりだったので…」

「ああ、よかった。下着とか買う予定だったら困ってるところだぜ」

「配慮があるのか無いのかどっちなんですか」

「配慮したじゃん!!」

 

 

下着って明言しなければ配慮が完璧やったのになぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お店を出て、次の行き先を考える。そんなにはっきりと「どこへ行こうか」っ考えていたわけやないから、そこは今から考えるんや。

 

 

「決めてなかったんかい!!」

「ただ2人でお買い物しようってことしか考えてなかったので…」

「意外と行き当たりばったりだな元生徒会長さんよ…」

「普通そんなに細かく予定決めなくないですか?」

「えーそうかー?俺は結構予定かっちり決める派なんだよなぁ…まあ友達と買い物、みたいな漠然とした計画で遊んだりしねーしな」

 

 

天童さんにツッコまれちゃったけど、それは仕方ないやん?

 

 

えりちとうちは2人でスマホを覗き込んで、次の行き先を調べる。あまり行ったことのないお店にしよっか、って話をしていたので、少し歩くけど新しくできたアクセサリーショップに行くことにした。

 

 

「ここでいいかしら。ちょっと遠いけど」

「ん?決まったかー?」

「ええやん。決まりましたよ」

「どこさどこさ。…オッケー、そこな。よかった外さなくて…」

「外さなくて?」

「こっちの話だ。場所知ってるから案内すんぜー」

「本当ですか?何で天童さんがアクセサリーショップの場所を…」

「彼女やない?」

「彼女はおりませんー!!そういう抉り穿つ発言は慎みなさい!!天童さんのハートがメルトダウンしちゃう!!」

「溶けるんですか」

 

 

傷つくとか壊れるとかならわかるのになぁ。抉るとか穿つとか言ってるし。

 

 

「まったく、こんなイケメンなのに何で女の子が寄って来ねーのか…」

「「そういうとこだと思いますよ」」

「シンクロされると説得力増しますねぇ!!わかってるよちくしょー!!」

「わかってたんですね…」

 

 

ものすごい顔芸をしながら叫ぶ天童さん。そんな顔でそんなこと言ってたらそりゃ女の子は寄ってこない。

 

 

話しながら歩く先は、うちらもあまり行ったことないところ。たまにガラの悪そうな男の人がいるけど、アキバの中心よりは静かでいいところやね。

 

 

「そうそう、茜とかは俺のことなんて言ってんだ?俺のいないところで大絶賛してたりしない?」

「いえ…『あの人は頭おかしいから』としか…」

「にこっちも『よくわかんない人よ』って言ってたね」

「何でにこちゃんにまで蔑まれてんの俺」

 

 

蔑んでまではいないと思うけど…いつも茜くんもにこっちも天童さんの話をする時は微妙な顔するんよね。

 

 

「天下の脚本家になんたる無礼…っと、もうすぐ着くな」

「本当ですか?早かったですね」

「ふっ、俺とのお話が楽しかったせいかな!!」

「楽しかった…楽しかったですけど、天童さんがよくわからないこと言ってただけのような…」

「酷くね?」

 

 

お話していたら、目的地までもう少しのところまで来ていた。お話と言うべきか天童さんいじりというか…って感じやけど。

 

 

「よし、()()()()()()()()へーいおまたせー」

「「え??」」

 

 

突然天童さんが誰かを呼んだ。そんな誰かを呼ぶ予定は無かったはずなんやけど…

 

 

「…まったく、来いと言われて僕が毎回来ると思わないでくれよ?たまたまオフだったんだから」

「ばーかオフを狙ったに決まってんだろ。どうせお前オフの日も練習する気だろ?たまには外に出ろや」

「余計なお世話だよ…」

「え?ど、どちら様…」

「ああ、変装してちゃわからないかな。よっと」

 

 

天童さんが声をかけたのは、電柱に寄りかかっていた野球帽を被ってサングラスをした、ベージュの半ズボンに白のポロシャツを着た長身の男性やった。声をかけられた男性が帽子とサングラスを外すと…

 

 

 

 

 

 

「「ああっ!!」」

「どうも、お久しぶりです。絢瀬絵里さんと東條希さん、でしたね?舞台俳優の御影大地です」

 

 

 

 

 

 

そう、超有名人の御影大地さんやった。

 

 

…そんな人がここにいていいんかな?!

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

…関西弁が難しい!!希ちゃん視点は関西弁が最大の難関ですね…違和感ないでしょうか。違和感しかない気がします。しかしそこで「まあいっか」って投げちゃうのが私です!よくない!!
相変わらず掴み所のない天童さん。情報収集も怠らず、突然御影さんを呼び出すフリーダムさ。動かすのは楽しいんですが何してるのか皆さんに一番伝わらないキャラ!!
そんな天童さんがもう一話だけ活躍します。


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無意識下の条件反射



ご覧いただきありがとうございます。

最近いい加減寒くなってきて、遂に長袖装備です。寒いのは苦手です…暑いのも苦手ですけどね!!
とりあえずもう台風が来なければ文句は言いません。来ないよね?


というわけで、どうぞご覧ください。


 

 

 

 

「なっ、何でこんなところに…」

「何でも何も、そこの天童に呼ばれたんだよ。『写真の店に来てμ'sの子らの荷物持ち手伝ってくれ♡』ってメールでさ。まったく急なんてもんじゃないよ」

「す、すみません…」

「君たちは気にしないで。悪いのは100%天童だから」

「おいおい俺の何が悪いってんだ」

「は?」

「あっはいごめんなさい生きててごめんなさい」

 

 

…さっきお店でスマホいじってたのは御影さんを呼んでたんやね…。本当にごめんなさい、御影さん。

 

 

でも、こんな有名人を気軽に呼び出せる天童さんも…にこっちの言う通りよくわかんない人やね。

 

 

「いや…流石にそんな卑屈にならなくても…だいたい君は

「って話してる場合じゃねーわ。さっさとお買い物しないと日が暮れちゃうぜ」

「えっまだ流石にそんな時間じゃ

「やーかましいわ入った入った」

「わあっ」

 

 

天童さんは話を途中で遮って私たちの背中を押した。何か都合の悪い話があったんかな。

 

 

「あ、店の中では別行動すんぜ。あまり俺たちにジロジロ見られたら選びにくいだろ」

「あ、はい…」

「…こんなの絶対荷物持ちとか要らないじゃないか。何で僕を呼んだんだよ…」

「いいじゃねーかよーJKとお話できるんだぜ喜べやオラ」

「君はおっさんか?」

 

 

言われてみれば、天童さんには流れでついてきてもらっていたけど…確かに荷物持ちなんて要らないお買い物しかしない。天童さんもうちらが向かう先を読んでたみたいだし、わざわざ申し出ることでもないはずや。

 

 

 

 

…なんで、ついてきたんだろう。御影さんまで呼んで。

 

 

 

 

「あっ、見て希。このイヤリング可愛いわ」

「ほんとやね。ライブの衣装にも使えそう」

「そうね。…なんだか、いつのまにか何でもライブに繋げるようになっちゃったわね」

「ふふっええことやん?楽しいやろ?」

「ふふ。そうね…こうやって何気ないことも私たちみんなのライブに繋がっていくと思うと、いろんなことがいつもと違って見えるものね」

 

 

本当に…ここにあるものが全部、μ'sのために使えそうかどうかって考えちゃう。あれはちょっと大きいかな、派手すぎるかなって。

 

 

みんなのために考えるのって、やっぱり楽しいもんね。

 

 

いろんなアクセサリーを見てえりちとライブの想像をしていると、少し離れたところにいる天童さんと御影さんの会話が聞こえてきた。

 

 

「…なあ大地。呪いの宝石ってたしかイギリスにあったよな。あれ演目の題材にしたらなかなかエゲツないやつ作れると思わね?」

「あー、なんかあったねそんなの。でも天童ってバッドエンド嫌いじゃなかったっけ」

「そうなんだよなー…嫌いな作品は書けないのが難点だわ。いや書けなくもないんだけどさ…しかも売れるんだけどさ…あんまり嬉しくないんだよ…」

「普段飄々としてるくせにたまに面倒くさいよな天童って」

「やかましいわーい。おっこの指輪いいデザインじゃねえか…って高い!!ちくしょうあんまり高いやつ置いてない系の店だと思ったのに!!」

「ははは、流石の天童も見たことないものについては予測が不十分だな。そして女の子受けするデザインはこっちだよ」

「あーん?俺はそういう煌びやかなやつは嫌いなんだ」

「女の子受けするデザインって言ったじゃないか。天童受けするかどうかは関係ないよ」

「そんな御無体な」

 

 

最初はなんか怖い話してたけど、意外とちゃんとアクセサリーを見てるみたいやね。御影さんは舞台の役によっては女性として出演するくらいだし、そういうのに詳しいのかも。

 

 

ひとしきり品物を見て、うちらはお揃いのイヤリングを買い、天童さんと御影さんも何かを買っていた。「先に外で待っててくれい」と言われたのでえりちと2人で外に出た。

 

 

「…2人で買い物の予定だったのに、なんだか不思議なことになっちゃったわね」

「せやね…神様のご加護なのかな?」

「ふふっ、おかしなご加護もあるものね」

「そんなこと言ったら天童さんと御影さんに怒られちゃうよ?」

「言わないわよ!」

 

 

予定とは全然違う1日になっちゃったけど、楽しくなかったとは言わない。天童さんも御影さんもいい人やし。天童さんはちょっと裏が読めないところがあるけど。

 

 

 

 

 

 

 

そんな、いつもとちょっと違う普通の日に。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、君たち可愛いねー。何?2人でお買い物?」

「暇なら俺たちと遊ばねぇか?」

「ひゅーっ金髪美女に巨乳とかすげー組み合わせじゃん?」

「君たちみたいに可愛い子にぴったりな遊びがあるんだけどさー」

 

 

 

 

 

 

 

 

大きなイレギュラーが横入りしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…すみません、友人を待ってるので」

「まあまあ、友達とならいつでも遊べるじゃん?俺たちとはもう会えないかもしれないしさぁ」

「友人を待っているので」

「おいおいおい!お前全然相手にされてねーじゃん!ダセーな!!」

「うるせーぞ!!」

 

 

ガラの悪そうな男の人が、5人。品のない言葉をかけてきて、品のない目でこっちを見てくる。えりちは強気に返事しているけど、うちは怖くてえりちの袖を掴むだけ。えりちだって震えてるのに。

 

 

「ったくよぉ、そんなやり方じゃダメなんだっつーの!」

「あぁ?!じゃあお前がやってみろよ!」

 

 

品の無さを隠そうともしない男の人たちに鳥肌が立ち、身が竦んで動けない。

 

 

「ああ、やってやるよ。こういうのはな…こうすんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言った男の人の1人が。

 

 

 

 

 

 

 

突然私に向かって手を伸ばしてきた。

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

 

 

 

咄嗟に目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

名前も知らない人に触られる恐怖が一気に駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

えりちも反応できなくて、周りに他に人はいなくて。

 

 

 

 

 

 

 

誰か助けて………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅえッ?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉じた瞼の向こう側から、蛙が潰れたような声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいコラてめぇら…人の友人に気安く触れようとしてんじゃねぇぞゴミクズの分際で………!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐る恐る瞼を開いた先にいたのは、麦わらぼうしを被って、黒いスラックスと黒い袖なしの黒いシャツを着て、さらに夏なのに長袖の白いシャツを羽織っている人。

 

 

 

 

 

天童一位さん。

 

 

 

 

 

彼が、私の前でガラの悪い男の人のを背負い投げした姿が映っていた。

 

 

 

 

 

「…え」

「て、天童さん…?!」

「オーケーすまなかったな君ら。怖い思いをさせちまったな、ホラーだったな!お詫びと言っちゃあなんだが、このゴミクズどもをトイレのシミになるくらいすり潰してやる…!!!」

 

 

何だかよくわからないけど、助けてくれた。あと何故かもの凄くキレてる。

 

 

「絢瀬さん、東條さん、大丈夫かい?!怪我は?!」

「御影さん…!!」

「だ、大丈夫です!でも天童さんがっ!」

 

 

遅れてお店から出てきた御影さんも駆けつけてくれた。私たちを引き寄せてガラの悪い人たちから距離を取ろうとしているけど、今は天童さんが心配だ。だって5対1だもの、勝てる気がしない。

 

 

「わかってる!あいつだって弱くない、ああ見えて世界中の武道は一通り習得してる!でも、だからって5対1は流石に怪しいよ!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「御影さんは?!」

「っ…ごめんっ、僕は無理だ。台本があればなんだってできるけど、台本のない舞台じゃ僕は動けない…!!」

「そんなっ…!天童さん!やめて!!怪我しちゃうよ!!」

 

 

やっぱりそうだ。自分より大きな相手を軽々と背負い投げできるくらいには強いかもしれないけど、相手が多すぎる。

 

 

「離してっ…天童さんが!!」

「希っ落ち着きなさい!!あなたが出て行ってどうなるっていうの?!」

「でも!!」

「ぐぅっ!!」

「ああっ!!」

 

 

御影さんとえりちに腕を掴まれている間にも、天童さんは5人を相手に互角の喧嘩をしていた。しかも全員に挑発をかけて私たちの方に1人も抜けていかないようにしながら。

 

 

でもそれもすぐに限界が来て、お腹にガラの悪い人の拳が突き刺さった。続いて顔に、背中に、またお腹にと拳や蹴りが入っていく。

 

 

「やめて…やめて!!それ以上その人を傷つけないで!!何でも

「おいコラアアアア!!!人がせっかく君たちのために戦ってるっていうのに勝手に身を差し出すんじゃねぇえええええ!!!」

「ひっ?!」

「うるせーぞテメェ!!」

「やかましいのはそっちだボケ木偶が!!!」

「うげっ!!」

「うわっ?!?!」

 

 

何でもするから、と言いかけて、ボロボロの天童さんがものすごい大声で遮られた。放たれた蹴りを掴んで別の男の人に向かって放り投げる。

 

 

「ゲホッ、くっそ好き勝手しやがって…」

「て、天童さん…」

「狼狽えんな!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「でも!!」

「でもじゃねぇ!!店の人だって警察呼んでくれてるはずだし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ボロボロの体を引きずりながら拳や蹴りを避け続ける天童さんが、なぜか勝ち誇った顔でこちらに大声で語りかけてくる。

 

 

その、理由は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわあああああ?!?!」

「おい、どうし…ぎゃあああああ?!」

「何だ?!何で後ろにいるお前らが…あ、ああああ!!」

「ひっ…!!なんっ、何だお前!!」

「なっ何か用かよ?!」

 

 

 

 

 

 

「なんか用かだとテメェら。人の大事な仲間を泣かせておいて何の用だって聞くか普通?」

「兄さん、こういう奴らはダメだよ、性根が腐ってる。痛い目を見させてやらないと」

「ぼくもね、つよいよ」

「てめー!!えりちゃんとのぞみちゃんを泣かせやがって!!キ◯玉潰してやる!!」

「つぶしてやるー!!」

 

 

 

 

 

 

滞嶺、創一郎くん。

 

 

そして、その弟くんたち。

 

 

片手で大量の食材が入った大量のビニール袋を持ちながら、片手でガラの悪い人の頭を掴んで吊り上げるその姿は…何だか頼もしいとかそういうのやなくて、もうなんだか呆れる光景やね。

 

 

「ふへへ…来てくれると信じてたぜ、滞嶺君よ。何か…味方だと異様に頼もしいな」

「…すみませんでした。あなたのこと誤解していた。こんな場面だったらきっと真っ先に逃げるタイプだと思っていました。希を、絵里を、守ってくれてありがとうございます」

「げほっ、いやー、急に敬語使うんじゃねーよ。気持ち悪いな」

「やっぱ後で殺す」

「既に瀕死なんですがそれは」

「知るか」

「デスヨネー」

 

 

天童さんはふらつきつつも笑顔で創ちゃんと会話していた。いつもみたいにふざけた調子で…ちょっと安心した。

 

 

そしてそこから先は早かった。

 

 

創ちゃんが強いのはわかってたけど、弟の銀二郎くんと迅三郎くんも本当に喧嘩に強かった。銀二郎くんはものすごく鋭いパンチで一撃でガラの悪い男の人を悶絶させ、迅三郎くんは殴りかかってきた人を何だかよくわからない動きで真後ろに放り投げていた。後で聞いたら、銀二郎くんはボクシングを、迅三郎くんは太極拳をやっているんやって。すごいなぁ。

 

 

「よし、後は俺を置いてお前ら帰れ。警察が来る前に」

「え…何でですか?!」

「何でって君ら、こんな大仰な喧嘩した後だぜ?事情聴取とか非常に面倒くさいぞ。μ's関係者の君らはそれで練習に支障をきたしたら嫌だろ」

「まあ…それはそうだが」

「はいはい帰れ帰れ。何のために大地呼んだと思ってんだ。頼んだぞ、安全に帰してやってくれ」

「このためだったのか?!」

「いやまあこうなってほしくはなかったけどよ…保険としてな…」

 

 

大した事でもないかのように、自分が人柱になると言う天童さん。そんなの、守ってくれたのに後始末までやらせるなんて…。

 

 

「でも天童さん怪我してるじゃないですか!!」

「まあそうだけども。それ関係ないだろ」

「手当てしないと…!」

「いーよ別に。見た目はアレだけどさほどキツい怪我じゃないからな」

 

 

確かに、唇が切れて血が出てたり殴られた頬が腫れたりしてるけど…痣になってたり、折れてたりしている様子はない。

 

 

でも、確実に怪我はしてる。

 

 

「だから君らはさっさと

「やだ」

帰っ…はい?」

 

 

うちはポーチからガーゼと消毒液と絆創膏を取り出しながら天童さんに近寄る。

 

 

助けてくれたのに、何もできないなんて嫌だよ。

 

 

「じっとしててください」

「希さんや、俺の話聞いてました?見た目より大した

「じっとしててください」

あっはい」

 

 

 

 

 

未だに大したことないって言い張る天童さんに、ちょっと腹が立った。

 

 

 

 

 

程度の大小はあっても、怪我したことに変わりはない。

 

 

 

 

 

ましてや、私たちを守って怪我してくれていたのだ。

 

 

 

 

 

感謝しないわけにはいかないじゃない。

 

 

 

 

 

「…何でナチュラルに治療しようとしてらっしゃるのお嬢さん」

「静かにしててください」

「ねぇ金髪のおねいさん、君のご友人を止めてくださらない?」

「希の言う通りにしててください」

「うぃっす」

 

 

えりちもうちに賛成してくれて、天童さんはそれ以上口を開かなかった。御影さんが小声で「すげー…」とだけ言っているのが聞こえた。

 

 

「弟達は帰らせたぞ。5対1なら俺1人で勝てたとして問題ないしな」

「何でお前は帰らねーんだよばーかちくしょう!!」

「俺だってあんた1人に責任を背負わせるのは気分が悪い」

「聞いた以上にお人好しだなお前…!」

 

 

創ちゃんも残ってくれたみたい。弟くん達はしっかり守りながら、自分はちゃんと責任を全うする…やっぱり真面目で優しい人やね。

 

 

完全に脱力しきっている天童さんは消毒している間も顔色ひとつ変えなかったけど、消毒する瞬間だけ体が強張っているのはうちにはバレバレや。やっぱり痛いんやないか。

 

 

ちょっといたずらしたくなってきた。

 

 

「ったくお前ら、警察の事情聴取って結構キツいってえええええ!!!のっ希てめぇっ!!消毒液マシマシのガーゼで患部をぶっ叩くのは消毒とは言わねえよバカヤロウ!!」

「えー大したことない怪我って言ってたやーん」

「今のはかすり傷でも痛むわ!!」

「おい何気軽に希を呼び捨てにしてやがんだ」

「お前も呼び捨てじゃねーか何でキレるんだー?!」

 

 

意外なところに飛び火しちゃった。

 

 

でも…面白いし、ええやん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事情聴取は想定より遥かに早く終わった。バカなやつらが俺や滞嶺君が悪くないと一貫して主張してくれたおかげだろうが、また余計なことに労力を使ってくれたもんだ。

 

 

「…なあ天童」

「どうしたよ大地」

 

 

そんな事情聴取からの帰り道、大地と2人で歩いている時に大地が真剣な声で話しかけてきた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうせ読めてたんだろう、あんなことになるって」

「さあ?何のことかなー」

「誤魔化すな!!君ならあんな奴らの動き、読めて当然だっただろ!!絵里ちゃんと希ちゃんを怖い目に遭わせて、それが君のハッピーエンドに何の関係があるんだよ!!」

 

 

こいつもこいつで珍しく本気で怒っていた。

まあ、避けられるなら避けたかったんだろう。わかるわ。

 

 

 

 

 

 

「買いかぶるなよ」

 

 

 

 

 

 

だが、謂れのない糾弾はやめていただきたい。

 

 

「俺だって避けられるなら避けたかったさ。()()()()()()()()()()。そもそもあの2人と合流する予定なんて全くなかった」

「…なんだって?」

「初めてだぜ。ああ、初めてだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。2人に気づかれて、シナリオを頭ん中で修正した時にはもうあの遭遇は避けられなかった。どうやったってあの子達は今日あの店に行った。だからお前を呼んだ」

 

 

本当の本当に予想外だったのだ。

 

 

これでも俺は自分の才能を過不足なく発揮して、1の情報から100を理解し、10000の未来を予測するような膨大な予測をずっとやってきた。一番起こりうる未来は必ず起きたし、変えようと思えば未来を変えることもできた。

 

 

今日、俺の予測では神田明神に知り合いは来なかったはずなんだ。

 

 

東條希は絢瀬絵里と出かけて不在のはずだった、いや、実際不在だったんだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…チンピラを避けられなかったのはわかった。おそらく時間を調整して、滞嶺君が通りかかる時間に喧嘩してくれたんだろ。それなら天童はいつも通りだった。ごめん」

「そういうことよ。俺だっていつでもどこでも万能じゃないんだぜー?」

 

 

 

 

 

 

「…何で、助けが来るのがわかってたのに喧嘩したんだ?」

「…は?」

「天童、君は一通りの武道を習得しているけど、それを振るうのは嫌ってたじゃないか。わざわざ君が手を出さなくたって、口論で時間稼ぎだって君ならできただろ?…なんで手を出したんだ」

 

 

 

 

 

 

「本当は、その予定だったんだよ」

「…え?」

 

 

「口先で適当に誤魔化して、奴らがちょうど希ちゃんか絵里ちゃんの腕を掴んだタイミングで滞嶺君が通りかかる予定だった。そうするつもりだった。…だったのに、やつらが希ちゃんに手を伸ばしたのを見たら、なんか…シナリオなんか頭から抜けちまって、とにかく腹が立って、許せねえって思っちまって…気がついたらぶん投げてた」

 

 

 

 

 

 

余計面倒になるのは明白だったのに。

 

 

あんな奴らの汚い手があの子に触れると思ったら、我慢なんてできなかった。

 

 

 

 

 

 

「…やっぱ、台本通りに動くのって簡単じゃねーんだな…」

 

 

 

 

 

 

俺は何を思って、あんな行動に出たのか。

 

 

俺のことなのに、読めないなんて…ほんとにバカらしい。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

突然やってくるシリアスムーブ、そしてブチ切れ天童さん。若干影薄い御影さん。弟達まで強い滞嶺兄弟。ますます天童さんが何なのかわからなくなりますね!多分いい人ですよ!多分!!
しかしブチ切れると言動が汚くなります。めっちゃ罵倒してます。怖いよ天童さん!!


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メタルギアミューズ



ご覧いただきありがとうございます。

最近ついに忙しくなってきて…いや本文自体は書きだめがあるので余裕なんですが、本文以外にも書かなきゃいけないものがあるのでそっちがギリギリです。間に合う目処はついてますがね!
さて、久しぶりの本編は本作のメインパーソン回です。にこちゃん1期も2期もメイン回があるんですよ。さすが宇宙ナンバーワンアイドル!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

予選も終わって数日経ち、遂に結果発表当日。僕らはみんな揃って部室待機していた。花陽ちゃんと創一郎がパソコンの前に張り付いていて、後のみんなは椅子に座ってそわそわしてる。海未ちゃんだけ隅っこで耳を塞いでる。何でさ。

 

 

「っていうか今夢と同じ状況だしー!!」

「わかったから落ち着こう」

 

 

穂乃果ちゃんは今朝予選落ちした夢を見たらしく、その夢の状況と現実が被ってるから正夢じゃん!!って感じで大騒ぎである。大丈夫だよ。夢だし。多分。

 

 

「ど、どこが同じ状況だって言うのよ…!」

「終わりましたか…終わりましたか…?!」

「まだだよ」

「そうやねぇ…カードによると…」

「だめー!!このままじゃ正夢になっちゃうよー!!」

「大丈夫だよ」

「そうだ!にこちゃんそれ一気飲みして!!」

「何でよ!!」

「大丈夫だってば」

「茜くんももうちょっと余裕無くしてよ!!」

「無茶言わないでよ」

 

 

驚きのビビりっぷりである。桜も「あれなら問題ねぇだろ」って言ってたんだし大丈夫だよ。あーでもそれをみんなに伝えてないわ。まあいいや。

 

 

 

 

 

 

「来ました!!!」

 

 

 

 

 

 

時間もぴったり、予選結果開示のタイミングで花陽ちゃんが声をあげた。その声に耳を塞いでる海未ちゃんと余裕な真姫ちゃん以外は即刻反応した。にこちゃんは紙パックのいちごオレを握りつぶした。何でさ。制服にかかってない?大丈夫?いちごオレが制服にぶっかかるとか何となくいやらsごめん何でもない。

 

 

「最終予選進出、1チーム目は…A-RISE」

「だろうね」

「だろうな」

「あんたたち余裕ありすぎ!!」

 

 

いやA-RISEは確定でしょ。なんとなく白鳥君がドヤ顔してるのが目に浮かぶ。

 

 

「2チーム目はEAST HEART…!3チーム目は…Midnight cats…!」

「だめだよ…同じだよ…」

「逆にすごいね」

「まあ、どちらのグループも完成度が高かったしな」

「流石、全部把握してるんだね。…ところでこれ五十音順だよね?」

「ああ、公式から発表順は五十音順だとアナウンスされている。だからまだ望みはあるな」

「僕はさっぱり心配してないけどね」

「じゃあ何で確認した」

「ごめん一瞬心配した」

 

 

流石にラスト1チームとなると一瞬不安だった。信じきれてなかったな。いや流石に不安になるでしょ。僕は悪くない。

 

 

「最後、4チーム目は…」

 

 

大丈夫、うん。大丈夫だ。

 

 

「み…」

 

 

僕は、信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

「みゅー…………………ず」

「「「「「「「「…ず??」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

うん、信じてたよ。

 

 

君たちは、負けない。

 

 

「音ノ木坂学院スクールアイドル…μ'sです!!!」

「μ'sって…私たちだよね?」

「君たち以外に誰がいるのさ」

「石鹸…」

「人ですらない」

 

 

疑ってもいいけど現実的な疑い方しなさいよ。

 

 

「凛たち、合格したの…?」

「予選を突破した…?」

「「「「「「「「やったー!!」」」」」」」」

「まったく心配性め」

「逆に創一郎はメンタル強すぎだよ」

「創ちゃんはずっと手が震えてたにゃ」

「まじ?」

「おい凛いらんことを言うな」

「うにゃにゃにゃ」

 

 

これでまずは一歩進めたね。みんなも大喜びだね。何気に余裕かましてた真姫ちゃんも大喜び。ツンデレはプレッシャーにも対応してるのね。すごいね。

 

 

…なんか嬉しい悲鳴が少ないと思ったら海未ちゃんまだ縮こまってた。

 

 

「海未ちゃーん、うーみーちゃー。結果出たよー」

「っは!!ど、どうなりましたか?!」

「ご覧の通りだよ」

 

 

つんつんしたら飛び起きた海未ちゃんの視線を狂喜乱舞するみんなの方に誘導すると、海未ちゃんもようやく安堵したようだった。普通はみんなと同じタイミングで喜ぶと思うんだけどね。まあいいか。

 

 

喜びのエネルギーを残したまま部室の奥に突っ込んで着替えに行くμ'sのメンバーと、早速練習の準備をしに行く創一郎。みんなやる気満々だね。良いことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕とにこちゃんはそれを見送って、

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、帰るわよ」

「らじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

こっそり撤退した。

 

 

何を隠そう、今日から2週間ほど、にこちゃんのご両親は出張でお家にいらっしゃらないのだ。まあ基本的に日中はいないのがデフォなんだけど、夜もいないとなるとこころちゃん達のご飯はどーすんのって話になる。

 

 

にこちゃんも流石に練習してる場合じゃないのだ。

 

 

え?僕?僕はにこちゃんママに「茜くんも頼んだわよ!」って言われちゃったから。解せぬ。

 

 

当然みんなに理由を話せば創一郎のこともあるしわかってくれると思うけど…にこちゃんはそうしなかった。後ろめたいところもあるのかもしれないね。

 

 

「じゃあ僕は先に戻って虎太朗くんを迎えに行ってくるから、ご飯はお願いね」

「わかったわ。こころとここあが先に帰ってたらよろしくね」

「はーい」

 

 

というわけで、僕はにこちゃんを置いて先に離脱。僕がいない間の練習をどうしようかとか、にこちゃんの練習をどうするかとか、考えることはたくさんあるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最終予選は12月。そこでラブライブに出場できる1組が決定するわ」

 

 

早速全員着替えて屋上に集まり、今後の方針を決めるべく絵里が話しはじめる。

 

 

「次を勝てば念願のラブライブやね」

「でも…A-RISEに勝たなくちゃいけないなんて…」

「厳しいのは間違いないが、どこかで必ず打倒しなければならない相手だ。今更怖気付いている場合じゃねぇ」

「そうだよ!今は考えても仕方ないよ、とにかくがんばろう!」

 

 

最終予選の何が鬼門かと言われれば、間違いなくA-RISEだ。最終予選を抜けられるのは4組中1組…必ずA-RISEを倒さねばならない。

 

 

「当然、頑張るにしても無策でやるわけにはいかねぇがな」

「その通りです。そこで、来週からの朝練のスタートを1時間早くしたいと思います」

「い、1時間…」

「えぇ…起きられるかなぁ…」

「起きろ」

「身もふたもない!!」

「また、日曜には基礎のおさらいをします」

「量を増やすだけじゃなく、中身の調整もしていく。特に基礎は全てに繋がるからな、見直しや調整の時間をしっかり取れるようにする」

 

 

1日18時間練習したって、やり方によってはその効果は3時間の練習にも満たないことさえある。単純に物量を増やすだけではなく、質も充実させることが必要だ。

 

 

「よーし!みんな行くよー!!みゅー

「ちょっと待って!!」

「どうした」

 

 

やる気全開の穂乃果が掛け声をかけようとしたところで、ことりが待ったをかけた。どうした、まだ何か提案でもあるのか。

 

 

「誰か、一人足りないような…」

 

 

何か違和感を感じていることりに応じて、一応点呼を取ってみる。

 

 

「あー、穂乃果、ことり、海未、絵里、希、凛、花陽、真姫…」

「全員いるにゃー!」

「アホか」

「んにゃああ?!」

 

 

足りないメンバーを把握して、ついでに未だに気づいていない凛にチョップをかましておいた。

 

 

「…にこと茜がいねぇだろ」

「…え?」

「だからにこと茜」

「「「「「「「「「…にこちゃんと茜くん!!」」」」」」」」」

「何で気づかなかったんだろう…!!」

「創ちゃん!!」

「いやアイツら小さくて…」

「そんなこと言ったら凛とかよちんは茜くんより小さいにゃ!!」

「ごもっともだ」

 

 

身長を理由に誤魔化そうと思ったらド正論をぶちかまされた。しかしまあ、よくもこんなに違和感なく撤退できたなあいつら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞッにこ!!」

「大声で呼ばないで!!」

 

 

ある程度時間が経っているとはいえ、今ならまだ玄関にいると踏んでダッシュしたら案の定まだいた。しかしにこだけだ、茜はいない。

 

 

「…茜はどこ行った?」

「………知らないわよ」

「嘘くせえな」

「知らないわよっ!!」

 

 

口を割るつもりはないらしい。

 

 

問答で引き留めている間に他のメンバーも追いついた。

 

 

「にこちゃん、どうしたの?練習始まってるよ?」

「………きっ今日はちょっと、用があるのよ。それより!最終予選近いんだから気合い入れて練習しなさいよ!!」

「はいっ!!」

 

 

勢いで穂乃果を押し切ってにこは逃げた。何故逃げる。つーか今ので押し切られるなよ。

 

 

「…あれっ行っちゃった」

「あれっじゃねぇだろ」

「なんか怪しいにゃー」

 

 

まあ確かに怪しい。にこのスクールアイドルへの情熱はメンバー中最強かと思うほどだ、生半可な理由で練習を休むとは考えにくい。

 

 

「確かに!あのにこちゃんが練習を休むなんて考えられないもん!これはきっと何かあるに違いないよ!!」

「跡をつけてみるにゃー!」

「そうと決まれば早速着替え直そうぎゃっ!!」

「何で自ら練習時間を削ろうとしてんだお前らは」

 

 

走り出そうとした穂乃果の頭を掴んで引き止める。勝手にストーカーしようとするんじゃねぇよ。理由はどうあれ最終予選は近いんだ、あまり余計なことをしている場合じゃない。

 

 

「そんなこと言ったって!創ちゃん、にこちゃんがもし何かあって今後練習に出られないとかなってもいいの?!」

「あー、まあそうなったら困るが…」

「でしょ!だから早く行こう!!」

「いやそこは繋がらねーだろ」

「創一郎、諦めなさい。どうせあのまま練習しても身に入らないわ」

「はぁ…」

 

 

頭が痛い。

 

 

「だがな、俺はそんな尾行とか得意じゃねぇぞ。いいのか?」

「大丈夫!穂乃果は得意だよ!」

「凛も得意にゃ!!」

「そこ得意って言われてもリアクションに困るんだよな」

 

 

ストーカー適性があるって宣伝されてもな。

 

 

「うにゃにゃにゃ」

「わかったわかった行くから押すな」

「凛のパワーが遂に創ちゃんを動かしたにゃ…!!」

「いや腕力に対しては微動だにする気はないんだが」

「そんなぁ…」

 

 

凛が俺を押してきたので観念した。こいつが俺を押してくるときはもう抵抗しても無駄だからな、精神的に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局尾行することになった俺達は、案外すぐ追いついたにこの少し後ろに隠れている。正確には俺だけかなり離れている。俺が隠れられる遮蔽物が異様に少ない。

 

 

まあ、離れていてもサングラスさえ外せば視力は十分だ。目つきが悪いからあまり外したくないんだが仕方ない。だが道行く人たちに通報されないか心配だ。めちゃくちゃ心配だ。冷や汗が出る。

 

 

しばらく歩いたあと、どうやらスーパーに入ったようだ。即刻他のメンバーと合流する。

 

 

「にこちゃんここでバイトしてるのかな?」

「ハマりすぎだにゃー」

「そうか?」

 

 

 

 

「そりゃもーにこちゃんがにっこにっこにーなんてやりながら野菜売ってたらそれっぽいじゃん?やっべ超面白いじゃんデジカメ用意」

 

 

 

 

「「「「「「「「わぁ?!」」」」」」」」

「何であんたは毎度毎度迷惑な登場しかしないんだ」

「わーっ悪かったから胸ぐら掴んで吊り上げるな!!」

 

 

何故か天童さんまでいた。いつの間にいたんだこの人。何してんだこの人。この前絵里と希を助けてくれたとはいえ、あまり迷惑になるようなら許さんぞ。

 

 

「静かにっ。どうやらアルバイトでは無さそうよ」

「普通にお買い物しているみたいですね…」

「なんだ、ただの夕飯の買い物かぁ」

「でもそれだけで練習を休むでしょうか…?」

「まさか。あれだけ練習熱心なにこちゃんだぜ?他に何か重大な理由があるはずだ」

「…天童さんなら勘付いてんじゃないっすか」

「まっさかー。あっあれかもよ?茜に手料理食わせたいとかなんとか」

「いつも食べさせてそうですけど…」

「確かに?」

 

 

まあ天童さんの言う通り、買い物だけで休むようなやつじゃないだろう。しかし他に理由が思い浮かばない。茜も所在不明だしな。

 

 

「そんじゃあ駆け落ちでもする気かねぇ」

「そっそれはダメです!!アイドルとして一番ダメなパターンです!!」

「茜とにこが恋人なのはセーフなのかよ」

「アウトです!!!」

「アウトなのかよ」

 

 

まあアイドルに恋愛は良くないな。暗黙の了解というか御法度というか。世間からは何とか言われやすいが、それは一つの業界のルールだと思う。

 

 

「しかし花陽ちゃんよ。そんなでかい声出すもんだからにこちゃんこっちに気づいて逃げたぜ?」

「えっ?!」

「追いかけよう!!」

「くそっ店内は流石に走るわけには…!!」

「にこちゃん意外と策士だなー」

 

 

騒いでいたらにこに気づかれたらしく、こちらに背を向けて走っているのが見えた。このスーパーは両サイドに入口があるから逆から出て行くつもりだろう。先回りしてもいいんだが、向こうの方が早かった場合完全に見失う。今追いつけなくても、外で追いつければまったく問題ない。

 

 

「っ、抜けた!」

「あっちにゃ!!」

「待てー!!」

「いや君ら早っ足早っ!!」

「何で天童さんもついてきてるんですか?!」

「いや面白そうだなーってあばばばばっ?!」

「あんたは買い物してろ」

「ひでぇな!!」

 

 

面白半分でついてきやがった天童さん。頭を鷲掴みしてみたが、どうやら諦める気はないらしい。足はこっちの方が早いし、最悪追いつけなくなるだろう。

 

 

にこは路地裏に入ったらしく、μ'sのメンバーたちが追っている俺もすぐに追いかけ、にこを捕捉した。

 

 

「観念しろッ!!」

「ふんっ!」

 

 

一気に飛びかかると、にこは別の小道に飛び込むと同時に逆サイドに向かって何かを放り投げた。

 

 

何を投げたかと思えば。

 

 

今注目のスクールアイドルのアクリルキーホルダー…!!

 

 

「ってめえ卑怯なっ!!」

 

 

飛びかかった姿勢を無理やり起こして地面を蹴り、一気に方向転換する。若干勢いがつきすぎてキーホルダーをキャッチした後も少し止まるのに時間がかかり、その間に他のメンバーも追いついてきた。

 

 

「そっちだ!そこの小道!!」

「わかった!!」

「滞嶺君は何やってんだ??」

「あのヤロウ、スクールアイドルグッズを投げてきやがった!!キャッチし損ねて傷がついたらどうするつもりだ!!」

「お、おう?」

 

 

受け身中の俺はすぐには動けない…こともないが、先に他のメンバーを追撃に向かわせる。天童さんがなんか引いているのは気にしない。

 

 

小道を抜けて少し広めの道路に出たところで一瞬だけにこが見えた。即座に走って追いつくと、どうやらにこは車と車の間を抜けていったらしい。

 

 

「っくそ!ここは通れねぇ…っ!!」

「うちが!…んっ」

「ぬ゛っ」

「おっこれはシャッターチャンスってうおおおおおっ?!」

 

 

流石に狭すぎて通れず、すぐ後ろに来ていた希に先を譲ったが…む、胸が引っかかって通れないようだ。天童さんが迷いなくデジカメを取り出しやがったから回し蹴りを叩き込んだが、動揺したせいで避けられた。くそ。

 

 

「にこちゃんは?!」

「こ、この先のようだぜ…!死ぬかと思った…」

「?」

 

 

次に追いついた凛はにこの行方を見ていなかったらしく、立ち往生している俺たちに行方を聞いてきた。天童さんは頭を抱えてうずくまっているが。

 

 

「…」

「…にゃ?」

 

 

そして凛をじっと見つめる希。…正確には、凛の胸を。

 

 

数秒後、凛も察したらしい。

 

 

「…凛ちゃん、ゴー!!」

「なんか不本意だにゃー!!」

 

 

…あれは後でなんか慰めておいた方がいいのだろうか。

 

 

「いないにゃー!!」

 

 

しかも見失ったらしい。

 

 

踏んだり蹴ったりだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局逃げられちゃったかー…」

「しかしあそこまで必死なのは何故なのでしょう…」

「茜もいないのが気になるわね。関係あるのかしら」

「はっはっはっそりゃ関係あるだろうよ。茜とにこちゃんだぜ?幼馴染男女だぜ?二人同じ屋根の下にいたら何も起こらないはずもなく…ちょっとドルオタのお2人、目力弱めてくんない?お兄さんショック死しちゃう」

 

 

完全に目標をロストした俺たちは仕方なく帰路につき、しかしなんか釈然としないので橋の上で色々推測しているところだった。あと天童さんはドルオタの前で口を開かない方がいいと思う。

 

 

「にこちゃん、意地っ張りで相談とかほとんどしないから」

「真姫ちゃんに言われたくないけどねー」

「うるさい!」

 

 

まあ、確かににこはあまり人に相談したりしない。…意地っ張りなだけだろうか。茜にもあまり相談ごとを持ちかけないイメージだ。

 

 

「…ん?天童さん、なんでにこっちと茜くんが同じ屋根の下にいるってわかるんですか?あの二人、一緒に住んでるわけじゃないですよね?」

「…………………………なんのこっちゃ」

「天童さんもしかして何か知ってます?!」

「にこちゃんの家がどこかとか!!」

「知っているなら教えてください!!」

「まーて待て待てストオオォォップ!!そんなににじり寄って来られるとお兄さんちょっとにやけちゃうぜ?ふひひひひひ」

「誤魔化してないで教えてください!にこは一体どうしたんですか!!」

「にこっちに何かあったん?!」

「くっそ気持ち悪い発言で引き下がってもらおうとしたのに効果無しか!!つーか希ちゃん敬語抜けてまーす不敬罪でーす!!」

「やかましい」

「滞嶺君は常時不敬罪だな!!」

 

 

やっぱり天童さんは敵だ。この前見直したつもりだったが撤回だ、ダメだこの人は。信用できん。

 

 

と、そこへ。

 

 

「あああっ!!あ、あれ!!」

「どうした花陽」

 

 

花陽が珍しくでかい声で叫んで、橋の向こうを見ている。

 

 

視線の先には、何だか見覚えがあるような幼女が…。

 

 

「…にこちゃん?!」

「にしてはちょっと小さいような…」

「そんなことないよー。にこちゃんは3年生の割に小さ…小さいにゃーっ!!」

「…あの、何か?」

「え?いや、その…」

 

 

そう、なんだかミニチュアにこみたいな女の子がいるのだ。ランドセルを背負っているあたり小学生なのは間違いないのだが、かなりよく似ている。親族か?

 

 

「…うんうん、()()()()()()()()()()最近不調だったが、一時的なものだったかな!!」

「え…?」

 

 

天童さんは妙な反応をしていた。知り合いとかそういう反応じゃない。面識はないが。あらかじめここに来ることを知っていたみたいな反応だ。

 

 

…なんだこの人。

 

 

「安心しなせい、お嬢ちゃん。俺はにこちゃんや茜の友達だ。そして残りのメンツは知っているだろう?」

「え?…あ、もしかしてあなた方、μ'sの皆さんではありませんか?」

「え?知ってるの?」

 

 

 

 

 

 

「はい!お姉様がいつもお世話になっています、妹の矢澤こころです!!」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「えええ?!?!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

久しぶりに本気でびびった。

 

 

あいつ妹いたのかよ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

にこちゃん追走作戦、滞嶺君と天童さんを添えて。何故か最近水橋君を差し置いて出番の多い天童さん、余計なことしか言わない模様。この人何しに来たんだろう←


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絵里ちゃん誕生祭:必ず祝ってみせるから



ご覧いただきありがとうございます。

絵里ちゃん誕生日おめでとう!!かしこいかわいいエリーチカ!!かしこいかわいいエリーチカ!!!かしk
さて、絵里ちゃん誕生祭特別話なのですが、そもそもまだ絵里ちゃんが誰とくっつくかいまいち不明瞭だとは思います。ですがこのお話でフライング公開です!
時間軸は一年後となります。その間にこの2人に何があったのか…想像してみるのも面白いかもしれません。


というわけで、どうぞご覧ください。




絵里ちゃん誕生祭:必ず祝ってみせるから

 

 

 

 

今日から1週間後には、元μ'sの絢瀬絵里ちゃんの誕生日だ。

 

俳優という仕事で忙しい身ではあるところだけど、何とかしてプレゼントを渡したいね。それもできれば隠密に。

 

プライベートを目撃されて週刊誌にでも載せられたら絵里ちゃんに申し訳ないからね。

 

「というわけで、そんなシナリオお願いできないかな?」

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜?????」

「…な、何だよ」

 

そう思って、喫茶店で天童にお願いしにきたんだけど…なんだかものすごく不服そうな顔をされてしまった。

 

「お前…いやお前それはダメだろ…」

「い、いいじゃないか。僕だって女の子にプレゼントを渡したくなることだってある!天童だって希ちゃんにプレゼントするだろ?!」

「希を引き合いに出すな。あと論点はそこじゃねーわバカ」

 

不服そうなだけじゃなくてなんだか不機嫌だ。いや希ちゃんを話題にするといつも不機嫌になるんだけどさ。自分からは凄い勢いで喋るくせに。相変わらず独占欲が強いなぁ。

 

「じゃあ一体何なんだよ…」

「それがわからねーのにプレゼントとか1億年はえーわ。もしくは平均依頼料に2桁足して金出せ」

「法外な値段じゃないか!」

「そういうレベルの話をしてんだよ!」

 

猛烈に憤慨しながらコーヒーを一気飲みした天童は、そのまま伝票を持ってレジまで行ってしまう。

 

「え、ちょっと待って!もう帰るのか?!話はまだ始まったばかりじゃないか!」

「うっせバーカお前に話すことなんざ俺にはねーんだよ!!ダクソして寝ろ!!」

 

そう言ってすごい顔をしながらさっさとお金を払って出て行ってしまった。変装しているとはいえ、あんまり目立つわけにもいかないから僕もすぐに退散しなければ。

 

「えーっと、僕はいくらだっけ…」

「あ、お代はさっきの方が既に払っていますよ」

「えっ」

 

急いで扉の外を見たけど、天童の姿は既に無かった。勢いで奢られてしまって、なんだかこれ以上拘泥するのも申し訳なくなってしまった。

 

狙ってやってるんだろうけど。

 

「それにしても、天童が怒るなんて珍しいな…そんなに悪い提案だったかな?」

 

ああ見えて天童はかなり温厚な性格だ。希ちゃん絡みのときはともかく、僕個人の依頼にキレたことは今まで一度もない。逆に言えば、それだけ良くない話をしてしまったことになる。

 

…何がそんなに癇に障ったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えりち、どうかした?」

「…え?ううん、何でもないわ」

「何でもないときは『何でもないわ』なんて言わへんよ」

「希、最近怖いくらい心読んでくるわね…」

 

大学の講義が終わって希と帰る道すがら、希に心配された。大したことではないのだけど、顔に出てたのかしら。

 

「…大したことじゃないわ。大丈夫」

「そう?それならええんやけど…」

「ふはははは麗しき知人女性2人組と偶然遭遇してしまったな!!あーこれは帰り道『危ないから…送っていくぜ☆』フラグだな!!いやー参ったなー天童さんにピッタリのハーレムイベントじゃねーかヤッター!!」

「天童さんうるさい」

「容赦ねぇなオイ」

 

またいつの間にか天童さんが隣を歩いていた。この人、希と居るとすごい確率で会うわね…天童さんと希は付き合ってるから当然かもしれないけど。

 

そして希はすっかり慣れてるわね。

 

「あんまり希のお尻を追いかけてるとストーカーと思われますよ?」

「ちちちちちちちちゃうわい!!お尻なんて追いかけてないわい!!」

「比喩やで」

「知っとるわ」

 

一瞬うろたえたかと思ったら、すぐ真顔に戻った。多分演技でやってるのよね。いつまで経っても謎な人ね…。

 

「まあ絵里ちゃんは心配なことがあるみたいだが、さほど心配はいらんとだけ言っておこう」

「なになに、天童さん何か知ってるん?」

「そりゃ天童さんは全知全能の存在だからな!」

「へー」

「雑なリアクションやめようか」

「心配いらないって…どういうことですか?」

「そのまんまの意味だよ。()()()()()()()()()()()

「はあ…」

 

ここで「あいつ」って言うあたり、本当にお見通しらしいわね。本当に全知全能なんじゃないかしら。

 

「あっ、うちもわかったかも」

「流石にわかるわよね…」

「あいつって言っちゃったからな!」

「わざと言ったんでしょ?」

「さあ何のことかなー」

 

この時期、誰かが関わることとなると随分条件は限られるものね。

 

 

 

 

そう。

 

 

 

 

私は御影さんがプレゼントとかくれないかしら、なんて期待をしてしまっているの。

 

「しかし何でそんな期待を寄せるのかねー。そんなに深い接点あったか?俺が知らないだけか?」

「…どうせ知ってるんじゃないですか?」

「こらこら、俺が何でもかんでも知ってると思うなよ?天童さんにだって知らないことはあるのさ」

「全知全能なんやなかったん?」

「せやったわ、俺全知全能なんだったわ。知りたいことを何でも教えよう…」

「じゃあうちのことどれくらい好き?」

「………………………………………………………………………………………………………………ちょっとタンマ」

「…そこは言ってあげるんじゃないんですか?」

「色々無理があると思うんですけど?希はにやにやするんじゃねぇ」

「えー、タンマって言うから待ってるんよ?」

「律儀〜」

 

律儀っていうのかしら。

 

「まあ原因は知らねーけど、さほど心配はいらないさ。どうしても心配なら当日音ノ木坂の前で待ってるといい」

「音ノ木坂の前で…?」

「天童さーん?答えまだー?」

「何なんだよお前はさあ!!そういう子だったか?!」

 

…天童さんといる時の希はいたずらっ子みたいね。

 

「…えーっと、何で音ノ木坂の前なんですか?」

「ん?そりゃあ君らが会うとしたらそこしかないだろ。とりあえず希を何とかしてくれ親友さんよ」

「天童さん顔赤ーい」

「うるせえ」

「うふふ…」

「こらロシアンガール笑ってる場合とちゃうねん」

 

天童さんに甘える希を見ていたらなんだか微笑ましくなっちゃったわ。

 

希がこれだけ心を開く人の助言なのだし、信用していいのかもしれないわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来、彼は本業で忙しいはずだ。俳優という役柄上、撮影のために国内外問わず飛び回るのが常だろう。特に彼、御影大地は特番のMCやバラエティ番組のレギュラーなんかも務める極めて多忙な身であるはずだ。

 

「…………うーん、やっぱりこれがいいかなぁ…」

「…それ以前にあなたこんなところにいていいんですか」

「うん、次の収録にはここを15分後に出れば間に合うから」

「前回もそう言って数分で出て行きましたが?」

「正直時間がないからね…実際に実行するかどうかは置いといて、モノは選ばなきゃ。雪村くんはどれがいいと思う?」

「はぁ」

 

それがどうしてこんなところにいるのか。

 

どこって、ジュエリーショップだ。最近は俺も金属加工を始め、指輪なんかもオーダーに合わせて取り扱っている。その納品に来たのだが、帰ろうと思ったら見知った有名人がいるのを見かけてしまった。ちなみに昨日もいた。

 

というか、宝飾品を渡すのなら相当大切な人を想定しているだろうに、「どれがいいと思う?」なんて聞くんじゃない。自分で決めていただきたい。

 

「誰に何を渡すおつもりかわかりませんが、恋人でもない限り指輪は重いんじゃないですか」

「むう…君はことりちゃんに指輪あげたりしないの?」

「…俺とことりは恋人ですから」

「だよねぇ…」

 

贈り物を選ぶのに相当難儀しているらしく、見るからにがっくり肩を落とす御影大地。日付と物品からして、絢瀬絵里への誕生日プレゼントなのだろう…とは予想はできるが口には出さないでおく。茜や蓮慈や水橋のように関わりが深いわけではないため、リアクションが予想できない。

 

要するに下手なことは言えない。

 

「おっと、そろそろ行かなきゃ。じゃあね、雪村くん」

「…どうも」

 

本当に10分ほどで退散してしまった。寸暇を惜しんでまで探すことだろうか。やはり自分が「良い」と思ったものを渡すのが一番だと思うが。

 

まあ、御影大地のことはどうでもいいか。そう思って店を後にする。

 

 

 

「へいへーいそこのボーイちょっと止まりな!あっちょっと無視はやめようぜ天童さんの豆腐メンタルが崩れちゃうょ…」

「…どの口が言いますか」

 

 

 

…1番胡散臭い人に捕まった。

 

いや、この人のことだからわかってて待ち伏せしていたな。

 

「まあまあ、ちょっとした頼みごとだよ。我が友人が現状だと色々失敗しそうだからな、ちょっと手伝ってくれよ」

「お断りします」

「何でさあ?!真姫ちゃんみたいなこと言いやがって!!」

「…西木野真姫が何だと言うんです」

「ネタが通じない!」

 

相変わらず話の内容が掴めない。

 

「まあいいか。とにかく、大地が絵里ちゃんの誕プレを探してるのは知ってるだろ?あいつほっとくとプレゼントすら決められない、決められたとしても渡せないからな。ちょっとくらいお膳立てしてやろうかなって」

「またシナリオライターやるんですか…」

「違うわい。あれけっこう大変なんだぞ。それに、シナリオを立てたらあいつは確実に『役』に入る。それだとあいつ自身の行動はできないし、偽った自分でプレゼント渡すってのも失礼だろ?そういうのは自分の言葉で、だぜ」

「はぁ」

 

別に放っておけばいいだろうに、何故この人はお節介せずにはいられないのだろう。しかも去年より悪化している気がする。

 

「まあ大したことをやるわけじゃないさ。あくまで噂話をするだけだしな。プレゼントについては…誰に頼もうか…」

「あなたがやればいいじゃないですか」

「いや俺は色々勘ぐられるからダメなんだよな。君でもいいが、今後大地と会う機会はなさそうなんだよな…」

 

意外と自分が胡散臭いという自覚はあるんだな。

 

「…何でもいいですけど、俺には何をして欲しいんです」

「ああ、それは簡単だぜ」

 

そう言って俺の役割を伝える天童一位。何というか…そういう手を使うのか、って感じだ。

 

余計胡散臭くなる。

 

「毎度思うんですけど、それ本当にうまくいくんですか」

「うまく行かせるのさ。それが俺のお仕事」

「具体性のカケラもないですね」

「言わねーだけで策はありますぅー。舐めんなよこんにゃろー」

「何なんですあんた」

「心底鬱陶しそうな顔はやめなさい」

 

実際鬱陶しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日のお仕事終わりに、いつも通りプレゼントの物色…を、誕生日2日前までやってるのもなんだか先行き怪しいんだけど、まあそれをしている時だ。

 

「おー、御影さんだ。お久しぶりです、そしてお疲れ様です」

「…何してんすかこんなところで」

「うわぁ?!波浜くんと水橋くんか!びっくりした…」

「何にそんなにビビったんすか」

「これでも変装して隠密行動してるんだからね?急に名前呼ばれたらびっくりするよ…騒ぎになると嫌だからさ」

「大変ですねえ」

 

突然後ろから声をかけられた。誰かと思えば作曲家の水橋桜くんとグラフィックデザイナーの波浜茜くん。変装していたのにバレたのにはびっくりだけど、個人的な知り合いでよかった。

 

「ところで、君たちは一体どうしたんだい。お仕事?」

「そうですよ。僕と桜と天童さんで打ち合わせしてたところです」

「今度A-phyグループで舞台の監修をするんで、その打ち合わせっすね。天童さんはこの後フランス行くとか言って打ち合わせ終わり次第成田に直行しましたけど」

「あいつもスケジュールきっついなぁ…」

 

知ってはいるけど、天童も海外のあちこちからひっぱりだこだからかなり多忙だ。この前会ったのにもう海外に行くとはね。…っていうか、つまりしばらくはあいつに脚本頼めないってことか。困ったなあ。

 

「そんで、あなたは何してんですか。ここ陶芸品の店っすよ」

「絵里ちゃんの誕生日に伝統工芸品でもあげようとしてるんでしょ」

「うっ…さ、さぁね…?」

「誤魔化すにしてももうちょいありません?」

「アドリブ苦手って言ってたじゃん。つまり不意打ちに弱いんだよ御影さんは」

「か、勘弁してくれ…」

 

何故だか速攻で看破されてしまった。天童にされるならわかるけど、波浜くんに見破られるとは…そんなにわかりやすかったかな?

 

「何でわかったんだい…」

「そりゃ絵里ちゃんの誕生日近いですし」

「うん…それで?」

「え?」

「え?」

「そんだけ?」

「そんだけですよ?」

「…絵里ちゃんの誕生日と僕、関係なくない?」

「えっどう考えても絵里ちゃんにプレゼント渡すと思ってたんですけど」

「それは俺も同感っすね」

「な、何でそうなる…?」

 

脈絡がなさすぎる…まぐれあたりみたいなものじゃないか。

 

 

 

と、思ってたけど。

 

 

 

「だって絵里ちゃん自身が御影さんからの誕生日プレゼント楽しみにしてたしねぇ」

「もらえるかどうかわからないプレゼントに一喜一憂する心理がわからねーがな」

 

 

 

…何て言った?

 

「………え、な、何て?」

「だから絵里ちゃんが楽しみにしてたらしいって。僕はにこちゃんに聞きましたよ」

「俺は穂乃果から聞きました。あいつ何でもかんでも喋るんで」

「あー…君たち、そういえばμ'sの子たちの恋人だったね…」

「俺は穂乃果とは付き合ってません」

「え?」

「不思議でしょ?付き合ってないんですよ彼ら」

「何が不思議なんだ」

 

まさか…いや、そんなまさか。絵里ちゃんが僕からのプレゼントを期待してるなんて…まさかね。

 

あと穂乃果ちゃんと水橋くんが付き合ってないのもびっくりだ。

 

「っていうか前ゆっきーもそんなこと言ってたしね」

「雪村か?俺は松下さんから聞いたぞ。松下さんは藤牧から聞いたと」

「創一郎も当然知ってるだろうし、天童さんが知らないわけないね。照真君はどうなんだろう」

「藤牧とか滞嶺が知ってんだからあいつも知ってんだろ。いっそ何らかの手段で盗聴している可能性もある」

「流石にそれは無いんじゃない」

「け、結構みんな知ってるんだね…?」

「誰が言い出したのか知らねーっすけどね」

「どうせ天童さんじゃないの」

「最近あの人忙しいだろ。暇ないんじゃねーか?」

「天童さんのことだし分身してるかもしれないよ」

「忍者かよ」

 

僕の友人たちの間では有名な話だったらしい。そんなに言いふらしてるの彼女。いや、天童が流布したとか全然あり得る。

 

「まあ何にしても、絵里ちゃんが陶器貰って喜ぶと思います?」

「……えーっと、それがわからないから困ってて…」

「絢瀬絵里っていう『役』に入ればいいんじゃねーんですか?」

「それは…できるけど、なんか反則な気がして…」

「できるっちゃできるんですね」

「そこは真面目なんすね」

 

そう、僕は会ったことのある人になら演技することができる。台本が無い時は「見たことある仕草」しか真似できないけど、その間はその人が考えていることもトレースできる。俳優として、役者として申し分のない才能だと思う。

 

でも、今それを利用するのはダメな気がする。

 

「それもうやってるもんだと思いましたよ。天童さんも『大事なプレゼントを渡すシナリオなんか人に頼みやがって』ってキレてましたし」

「ゆっきーもそういうプレゼントは自分で選ぶべきだって呆れてましたねー」

「えっ?」

 

天童がキレてたのは知ってるけど、雪村くんも呆れてたの?そんな呆れられることをしたつもりはないんだけど…。

 

「えっ、てあんた…じゃあ何であんたは役に入ろうと思わないんです」

「え?それは…だから反則な気がするから…」

「じゃあプレゼントの渡し方を天童さんに決めてもらうのは反則じゃないんすか。絶対成功するってわかるじゃないっすか」

「………た、たしかに…」

「プレゼントも誰かに聞くものじゃないですよ。何なら喜んでくれるかわからないから、自分が想像できる1番を選ぶしかないんです。僕も…フフっ…桜も…そうしたんですし…」

「てめーまだそのことで笑いやがるのか」

「…何があったんだい」

「いや…こいつ、散々プレゼントなんて渡さないとか言ってたくせに…ふふっ…なかなかお洒落なネックレスあげてたんで…ブフッ」

「言うんじゃねー!!」

「あふん」

「大好きじゃん…」

「違いますって!!!」

 

水橋くんの面白エピソードはともかく。

 

確かに、彼らの言う通りだ。天童なら間違いなく失敗しないシナリオを作れる。ファッションの天才である雪村くんなら絶対に間違わないアクセサリーを選べる。

 

でも、そんな裏技を使うのも、反則なのかもしれない。

 

自分の本心は伝わらないのかもしれない。

 

ああ、だから天童は怒ってたのか。「そういうのは自力でやれ」って。

 

「…君たちの言う通りだ。僕は、僕自身で選ばなきゃいけない」

「そういうことっすよ。さあ、プレゼントは陶芸でいいんすか」

「よくない。僕の好みでよければ、もう決めてある」

「じゃあ早く行ってください。時間ないんすよね」

「うん、ありがとう」

「あぶふう」

「…波浜くんは大丈夫?」

「この程度なら大丈夫っすよ」

「あうあう」

 

実際、時間はない。今日も明日ももう買えないかもしれない。

 

でもやらなければ。どれだけ無茶をしてでも、必ず僕が渡したいものを渡さなきゃ。

 

「…そういえば、なんで君たちはここに?陶芸品欲しいの?」

「そうっすよ?それ以外になんでここに来るんです」

「僕らってジャンルは違えど芸術家ですから。こういった自分の専門外の芸術…伝統工芸とか、結構好きなんですよ」

「松下先生が割といい服着てるのもその一環でしょうし。…そんなこと気にしている場合じゃないでしょう?時間無いんじゃなかったんすか」

「…うん、そうだね。ありがとう」

 

2人は天童の差し金なんじゃないかって思ってたけど、どうやらそうではないらしい。事実、そろそろタクシーを捕まえて移動しなければならない。

 

陶芸品店を飛び出してタクシーを拾い、目的地を告げる。

 

明日なら、少し時間があるはずだ、その間にプレゼントを買おう。それなら明後日に間に合うはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、天童さんも妙なことに人を使いやがって…」

「まあいいじゃん、報酬にハーゲンダッツくれるらしいし。っていうか僕はほんとに陶芸品欲しいしね。あっこの皿いいね」

「俺も別に嫌いじゃねーから余計腹立つんだよな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、10月21日。

 

絵里ちゃんの誕生日。

 

 

 

午後10時。

 

 

 

「…っはあ、はあっ!くっそ、こんな、こんな時に…!!」

 

僕は秋葉原の街を走り回っていた。

 

本来ならもっと早く、6時くらいに撮影が終わる予定だった。ところが、機材の不足や演出の変更などによってかなり時間が食われてしまい、結局終わったのが1時間前。大丈夫、プレゼントは昨日買った。だけど変装する暇もない。色々な後始末をしてからタクシーを拾って急いで秋葉原まで来たのが15分前。

 

 

 

 

 

最大の難点は。

 

 

 

 

絵里ちゃんに会う手段がないこと。

 

 

 

 

(くっ…時間通りに終わっていれば、大学帰りを捕まえるって希望は見えたのに!っていうか何で僕は彼女の連絡先すら知らないんだ?!交換する暇はいくらでもあっただろ!!)

 

そもそも連絡先すら知らないで会おうとしていたことに不自然さを感じなかったのが不思議だ。何を考えてるんだ僕は。

 

どこに行けばいいかなんて検討もつかない。そもそもこんな時間に出歩いてるかどうかすらわからない。家がどこにあるかなんて知らない。

 

っていうかこんな時間に会えたとしても迷惑じゃないだろうか。

 

いや…まさかここまで来て諦めるなんて!!

 

「できるわけ…ないな!!」

 

もう一度走り出す。アテなんてないけど、行くしかない。止まっている場合じゃない。せめて、今日中に渡したい。今年の誕生日は今日しか無いんだ!

 

(でも、闇雲に走り回ったって…ただ疲れるだけだ。何か、何かないか?!)

 

走りながら考える。絵里ちゃんの家の手がかりは?まるで無いな。今居そうな場所は?神田明神なんかどうだろう。いや、流石に夜更けに行く用はないだろ。

 

全く思いつかない。

 

それでも何か、縁のある場所を巡るしかない。

 

 

 

 

 

だから、まずここに来たんだ。

 

 

 

 

 

「………はぁ、はぁっ…ま、まさか、本当に…」

「………み、御影、さん…」

 

 

 

 

 

音ノ木坂学院の、正門。

 

こんな時間に、絵里ちゃんはいた。

 

「…な、何で…いや、ここに探しに来た、僕が言うことじゃ、無いかもしれないけど…」

「天童さんがここにいなさいって、言ってたんです。…でも、言われなくてもここで待ってるつもりでした」

「な、何で…僕は、君に何も言っていない、はず…」

「うふふ…もちろんです。だって連絡先も知りませんから御影さんが来るかどうかなんてわかるわけないですよ?」

 

居てくれたのは嬉しい、会えて嬉しい、でも何で居るのかはさっぱりわからない。天童の策が絡んでるとしても、なんの根拠もなくこんな場所にいるような子じゃない。

 

 

 

 

「でも、ここにいたら御影さんが来てくれるような…そんな気がしたんです」

「…………ふっ…何それ」

「ふふっ何でしょう?」

 

 

 

 

 

…………まさか、根拠もなく待ってたのか。

 

この時期、もう夜は寒いんだぞ。

 

「…嬉しいなあ」

「え?」

「うん、嬉しいな。役者の僕じゃなくて、僕自身を待っててくれたんだ」

「…はい。あなたは、あなたですから」

 

本当に。

 

この子に会えてよかった。

 

この子を好きになれてよかった。

 

「えーっと…要件は多分わかってると思うけど」

「はい」

「うっ…把握されてると緊張するな…」

「もうっ本当に俳優なんですか?」

「い、いや…素の僕はこんなんなんだってば…!」

 

笑われてしまったけど、それも素の僕を知っているからできること。

 

だから僕も、偽らないで伝えなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絵里ちゃん」

「はい!」

「誕生日、おめでとう」

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

はい、書きかけではありません。これでおしまいです。途中経過もご想像にお任せするなら最後もお任せするスタイル。なんという外道!!実際何をプレゼントしたかは本編が一年進んだらきっと出てきます。忘れそう()


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バックダンサーって区分はアイドルと同じなんだろうか



ご覧いただきありがとうございます。

本編に戻りまして、にこちゃん話再開です。本作の(一応)メインヒロインが頑張るお話なので久しぶりに波浜君とにこちゃんがイチャイチャ!!するかどうかは読んでからのお楽しみになわけですが!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「にこっちに妹がいたなんて…」

「しかも礼儀正しい…」

「まるで正反対にゃー…銀二郎くんみたい」

「俺が失礼で粗暴みたいな言い方だな」

 

 

本当に意外だ。兄弟姉妹がいるなんて気配は微塵も見せなかったが…。

 

 

いや、そんなことよりだ。

 

 

「あの…こころちゃん?私たちなんでこんなところに隠れなきゃ

「静かに!…誰もいませんね?そっちはどうです?」

「人はいないようですけど…」

「よく見てください!相手はプロですよ、どこに隠れているかわかりませんから!」

「何のプロだよ」

「こちら天童、後方及び左方に敵影なし。移動するなら今が好機と見た!」

「天童さんめっちゃノリノリですね」

「希ちゃんそんな目で見ないでお兄さん辛くなる」

 

 

何から隠れているつもりなのだろうか。…まさか前にA-RISEの方々が言っていたような「悪意」がにこに迫っているのだろうか。だとしたら看過できないが…プロとかなんとか言ってるのは何なんだ。

 

 

「大丈夫そうですね…。合図したら皆さん一斉にダッシュです!」

「…何で?」

「決まっているじゃないですか。行きますよ!」

「ちょ、ちょっと?!」

「ラジャーボス!天童、目標地点まで移動する!距離およそ100m!敵影なし!迅速に行動を開始する!」

「本当に何であんたはそんなノリノリなんだ」

「こういうの楽しくね?」

「いや別に」

「少年のロマンを捨てるなよ!!」

 

 

何言ってんだこの人は。

 

 

ともかく、謎の隠密行動を強いられた俺たちがたどり着いたのはとあるマンションだった。ここがにこの家か?

 

 

「どうやら大丈夫だったみたいですね…」

「一体何なのですか?」

「もしかしてにこちゃん、殺し屋に狙われてるとか?」

「なんだと?」

「流石にそれはないでしょーよ滞嶺少年落ち着けください頼むマジで」

 

 

本当に殺し屋なんかに狙われているようなら本気で立ち向かわなければならない。こいつらの命を狙うなど言語道断だ、道路のアスファルトと一体化させてやる。

 

 

と思っていたが。

 

 

「何言ってるんですか。マスコミに決まってるじゃないですか」

「え?」

「パパラッチですよ!!特にバックダンサーの皆さんは顔がバレているので危険なんです、来られる時は先に連絡をください!」

「…マスコミ?」

「滞嶺君、もうちょい気にすべきワードがあったと思うんだぜ」

 

 

なんだ、殺し屋じゃないのか。それはそれでいいんだが、そんなマスコミに狙われたような経験は無いはずなんだがな。いくらバックダンサーとはいえ

 

 

…バックダンサー?

 

 

「バック…」

「ダンサー…?」

「誰がよ」

「スーパーアイドル矢澤にこのバックダンサー、μ's!いつも聞いています。今お姉様から指導を受けてアイドルを目指しておられるんですよね!」

「…何の話だ?」

「そして専属SPの滞嶺創一郎さん!もう一目でSPだってわかる格好に体格です!流石お姉様、一流のSPを雇っておられるのですね!!」

「何の話だ」

「ははあ、こりゃまた厄介な事態だな…。滞嶺君がSPっぽいのは執事服とサングラスのせいで全く否定できないが」

 

 

いつの間にμ'sはバックダンサーになったんだ。そして俺はいつの間にSPになったんだ。そんな風に見えるか。

 

 

「…なるほど」

「状況が読めてきました」

「忘れてたわ。相手はにこちゃんだものね」

「でも茜くんはどうなってるんだろ」

 

 

どうやらにこは俺たちの立場を妹には事実と異なる報告をしているようだ。しかし確かに茜がどうなってるのか気になるところでもあるな。

 

 

「頑張ってくださいね!ダメはダメなりに8人集まればなんとかデビューくらいはできるんじゃないかってお姉様も言っていましたから!!」

 

 

何故いらんことを言うのかこの少女は。礼儀正しいとは言ってもにこの妹か。

 

 

「何がダメはダメなりに、よ!!」

「そんな顔しないでください!スーパーアイドルのお姉様を見習って、いつもにっこにっこにー!ですよ!」

 

 

妹もにっこにっこにーやるのかよ。

 

 

「ねえ、こころちゃん」

「はい?」

「ちょっと電話させてくれる?」

「はい!」

 

 

笑顔(作り物)の絵里がこころちゃんに許可を取ると、スマホを取り出して電話を始めた。スピーカー機能なるものを使って聞こえてきた音声は、

 

 

『にっこにっこにー!あなたのハートにラブにこ!矢澤にこでーす!今、電話に出られませーん。ご用の方は発信音の後ににっこにっこにー!』

 

 

…留守電でもこれやってんのか。強メンタルというか徹底しているというか…褒めるべきか迷うな。

 

 

「…もしもし、わたくしあなたのバックダンサーを務めさせていただいている絢瀬絵里と申します。…もし聞いていたら今すぐ出なさい!!」

「バックダンサーってどういう事ですか!!」

「説明するにゃー!!」

 

 

他のメンバーは当然の如くキレていた。まあ、そりゃな。キレるよな。

 

 

「しかし、茜はどういう立場なんだ…?」

「にっこにっこにー!…ああ、そりゃ()()()()()()()()()()()

「…あんた何やってんです」

「こころちゃんからにっこにっこにーを教わってんのさ」

「何やってんです」

「あれーご理解いただけなかったご様子」

 

 

天童さんはにっこにっこにーをひたすらやっていた。何してんだこの人は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まあみんな来るような気はしてたんだけどね。いらっしゃい」

「茜くん…何をしているんですか?」

「ご飯作ってるんだよ」

「それは見ればわかります!!」

「ただいま、茜様!」

「はーいお帰りこころちゃん。ご飯まだだから虎太朗くんをお願いね」

 

 

やはりというか何というか、みんなどういうルートを通ってきたかはわからないけどにこちゃん宅にたどり着いたみたいだ。カレー作ってたらみんな来た。何故か天童さんも。何でさ。あなたが住所教えたんじゃないでしょうね。

 

 

「弟の虎太朗です」

「ばっくだんさー」

「こ、こんにちは…」

「お姉様のマネージャーである茜様は、実はすごいグラフィックデザイナーなんです!幼い頃からお姉様と二人三脚でアイドル活動を支えてくださってるんですよ!!」

「へ、へぇ…」

 

 

実はっていうかみんな知ってるけどね。流石にみんなもこころちゃん本人に遭遇したら何がどうなってるかなんとなく察するんじゃなかろうかな。弁明するの面倒だなあ。

 

 

「お姉様は普段は事務所が用意したウォーターフロントのマンションを使っているんですが、夜だけここに帰ってきます」

「ウォーターフロントってどこよ…」

「ウォーターのフロントなんだから水辺かなんかだと思うよ」

「何でマネージャーが知らないのよ」

「マネージャーだってプライベートには干渉しちゃだめなのだ」

「その割には自宅に入り込んでるにゃー」

「あーあー聞こえない聞こえない」

 

 

こころちゃんが喋るたびに墓穴掘ってる気がするね。にこちゃんの。それにしても普段別の場所に住んでるのに夜だけわざわざ帰ってくるなんて、普通に考えたら無駄もいいとこなんだけどね。矢澤家の皆様純粋だからね。にこちゃんが純粋かどうかはちょっと審議。にこちゃんママが純粋かどうかは審議拒否。

 

 

「しかし、流石におかしくないか?これほどまで本気で信じるには証拠が必要だと思うんだが」

「確かに…。いくら子供だからってそんな易々と信じるかは怪しいかも」

「あー、それなら多分こいつが原因だろ」

 

 

創一郎の疑問に答えたのは天童さん。彼は壁に貼ってあるポスターを見ていた。家に入った瞬間から室内を見回していたからまあ天童さんには気付かれると思った。でもそんな人の家をジロジロ見ないでよ。僕の家じゃないけど。

 

 

「…何か違和感…」

「あれ?このポスターのセンターってにこちゃんだっけ?」

「いえ、穂乃果だったはずでは…え?よく見たらどのポスターもセンターがにこになっています!!」

「合成?!」

「ぱっと見じゃあ、いや、知っていなければわからないほど精密な合成だな…」

「こんなことできるのって…」

「…カレー作りっぱなしだった」

「待ちなさい」

「ぐえ」

 

 

そう、そのポスターは、というかこの家にあるポスターその他諸々の物品は全てセンターをにこちゃんに変えてある。無論僕の仕業だ。

 

 

にこちゃんか最初のスクールアイドルで1人になっちゃった時に、にこちゃんの弟と妹をガッカリさせないために行った偽装工作の一つだ。その頃の僕はにこちゃんが一番喜ぶように考えてこうしたし、今までの僕だったら全く悪びれもしなかっただろうけど、今となってはなんかちょっと他のメンバーに申し訳ないね。

 

 

なのでぶっちゃけ冷や汗だらだらでございまする。

 

 

だから襟首掴むのはやめていただけますか絵里ちゃん。

 

 

「…やっぱりとは思ったけど、茜も一枚噛んでるのね?」

「一枚どころか半分くらい僕の仕業ですはい」

「私たちがバックダンサーとはどういうことなんです?!」

「それは僕の仕業じゃないかなんとも言えなぐえ」

 

 

絵里ちゃんと海未ちゃんに肩とか首とか掴まれて瀕死。やめようよ。君らも前科者になりたくないでしょ。ならないでよ。

 

 

 

 

と、その時。

 

 

 

 

ガチャっと。

 

 

 

 

玄関から物音がした。

 

 

 

 

「あ、あんたたち…?!」

 

 

流石にこちゃん。極めてバッドなタイミングで帰ってきた。

 

 

「お姉様!おかえりなさい!!バックダンサーの方々がお姉様にお話があると」

「そ、そう…」

 

 

流石こころちゃん、現場の地雷が見えていない。いやむしろ的確に踏み抜いている。怖いわーこの子。

 

 

「申し訳ありません。すぐに済みますので、少しよろしいでしょうか…?」

「え?えっと…こころ、悪いけど私今日は仕事で向こうのマンションに行かなきゃいけないから…じゃっ!!」

「逃げた!!」

「にこちゃん頑張れー」

「…止めないのね?」

「色々時すでに遅しなのだ」

 

 

にこちゃん登場で解放された僕は親指でいつのまにか解放された窓を指す。

 

 

言うまでも無いけど、創一郎がさっきあそこから飛んでった。

 

 

要するににこちゃんはどう考えても逃走不可能である。そこそこ良いマンションだから裏口とか無いんだよね、防犯の関係上。非常口はあるけど。裏口あったとして創一郎から逃げ切れる気がしないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変申し訳ございません。私矢澤にこ、嘘をついていました」

「ついでに僕も加担しておりましたとさ」

「ちゃんと頭を上げて説明しなさい」

 

 

結局にこちゃんは、ちょうど飛び出したタイミングでここあちゃんと鉢合わせして逃げられなくなったそうだ。つまり創一郎は関係なかった。むしろしばらく外で放置され、再び窓から帰還して「汚れた素足で入ってくんな!!」とにこちゃんにごもっともな説教を受けて今は凹んでる。ほんと地味にメンタル弱いな。

 

 

「やっやだなぁ〜みんな怖い顔して…。アイドルは笑顔が大切でしょ?さあみんなで一緒に!にっこにっこにー!」

「にっこにっこにー」

「にこっち」

「うっ」

「ふざけててええんかな?」

「…はい」

「僕は不問なわけ」

「μ'sお得意のスルーじゃね?」

「天童さんくらいしか拾ってくれない」

「何が不満なんだこんちくしょう」

 

 

普通にみんなお怒りだった。ごめんて。希ちゃんがお怒りなのは殊更珍しい。ことりちゃんもお怒りなのは以下略。僕はいないことにされてる。天童さんぐらいしか僕に気づいてくれない。しんどい。

 

 

仕方ないのでにこちゃんは事情をざっくり話した。もちろん事情と言っても練習を休む事情の方ね。矢澤家でのμ'sの扱いはとりあえず脇に置いといた。

 

 

「出張?」

「そう。それで2週間ほど妹たちの面倒を見なくちゃいけなくなったの」

「だから練習休んでたのね」

「ちゃんと言ってくれればいいのにー」

「俺という事例もあるわけだしな」

「いや君はむしろたまには弟達にご飯作ってあげてもいいんだよ?」

「休日はいつも作ってやっているし、銀二郎の料理の腕も鍛えられるからこれでいいんだ」

「さいですか」

 

 

創一郎は自分を引き合いに出したけど、君は弟達を理由に休んだことないじゃん。まあ兄弟がどうのって事情は使いやすくはなってただろうけどさ。

 

 

「それよりどうして私たちがバックダンサーということになっているんですか?!」

「そうね、むしろ問題はそっちよ」

「そっちなの?」

「そっちだろ」

 

 

せっかく脇に置いといたのに。それは練習自体には関係ないじゃん。っていうかこの場で一番ヒートアップしてるのが海未ちゃんなのは何でなの。恥ずかしがり屋なのにバックダンサーは嫌なの。まあこの子今まで取ったMVやらライブやら全部で投げキッスしてるしね。何だかんだ前線がいいのかね。

 

 

「そ、それは…」

「それは?」

「………に、にっこにっ

「それは禁止よ」

「御無体な」

「さ、ちゃんと話してください」

「有無を言わさぬこの威力」

「天童さんおしっこちびりそうでござる」

「どうぞ」

「無慈悲〜」

 

 

にこちゃんもすっかり追い詰められたようで。流石にフォローできないね。ごめんよ。

 

 

「…元からよ」

「元から?」

「そう。うちでは元からそういうことになってるのよ。別に私の家で私がどう言おうが勝ってでしょ」

「でも

「お願い。今日は帰って」

「ご飯用意しなきゃいけないし、申し訳ないけど君たちの分は用意できないんだ。…また明日学校で会おう」

 

 

実際そろそろカレーがやばいし、にこちゃんはそれ以上話す気は無いようだ。みんながいたところでこれ以上進展はないだろう。

 

 

…向こうには天童さんもついてるし、何とかなるよきっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…カレーやっぱり加熱しすぎたな。粘り気強めになっちゃった」

「いいわよ、そのくらい」

 

 

みんなが帰った後、しっかり夕飯を用意して5人で食卓を囲み、いただきます。ドロドロカレーになっちゃったけど、ルーの上にブロッコリーぶっ刺したらいい感じに山っぽくなったから結果オーライ。オーライかな?

 

 

「お姉様、今日はμ'sの方々とどんなお話をされたんですか?やっぱりアドバイスですか?」

「え?ま、まあ…そんなところね…」

「流石お姉様です!皆さんから信頼されているんですね!」

「あ、当たり前よ!スーパーアイドル矢澤にこなんだもの!!」

 

 

 

 

 

…やっぱりちょっと心苦しいね。

 

 

 

 

 

みんなの食事が終わり、お風呂も入り、こころちゃん達がみんな就寝した後に僕とにこちゃんは居間で2人で机を囲んでいた。にこちゃんは俯いてるけど。

 

 

「いいのよ」

 

 

別に何も言ってないのに、にこちゃんは話し出した。まあ言わんとしていることくらいわかってくれているんだろう。にこちゃんだし。

 

 

「私はスーパーアイドル矢澤にこ。誰が何と言おうと、私の家ではそうなのよ…」

「変なこと言うね。にこちゃんはいつだってスーパーアイドルだよ」

「…私だって現実は見えてるわよ。私はただのμ'sの中の1人でしかないわ」

「そんなことないよ」

 

 

腕の中に顔を埋めてぼそぼそ言ってるにこちゃんに、ちゃんと答えてあげる。

 

 

「だってにこちゃん、夏のことを思い出して。夏色えがおのパート分けで、にこちゃんがセンターだったのは投票で1位だったからだよ」

「…でも…」

「Wonderful Rushは1位ではなかったけどセンター横じゃないの。平均順位で言ったらにこちゃん1番だよ」

「…」

「桜が作ってくれたソロもたくさんの人が買ってくれてるよ」

 

 

頑張ったって、必ず報われるわけじゃない。

 

 

逆に、頑張らなくても結果が出せる人もいる。

 

 

それはやっぱり不平等な世界にどうしても存在して、当然にこちゃんは簡単に結果を出せる人じゃなかった。

 

 

 

 

「にこちゃんはずっと頑張ってきた。1人になっても諦めなかった。だから今こうしてスクールアイドルをやっていて、でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

一度は、頑張っても報われなかった。そこで諦めていたら、にこちゃんはただの嘘つきお姉ちゃんだった。

 

 

でも、にこちゃんはずっと諦めなくて、だからこそ今μ'sの一員なんだ。

 

 

自分の夢に、信じている妹達に、嘘をつきたくなかったから、1人でも頑張って、そして遂に報われた。

 

 

「にこちゃんは立派なアイドルだよ。こころちゃんにとって、ここあちゃんにとって、虎太朗君にとって…僕にとって」

 

 

そんな努力を、君自身が否定するのは良くないよ。

 

 

僕は席を立ってにこちゃんの背後に回り、後ろから抱きしめた。前も部室で同じことした気がする。今更ながら大いに恥ずかしいね。でもやっぱり落ち着く。ハグの素晴らしさを感じる。

 

 

「自信持って。にこちゃんはちゃんとアイドルだ」

「…」

 

 

顔を上げてこっちを向いたにこちゃんと目が合った。とても顔が近い。これはやばい。やばいけど目が離せないの。にこちゃんは半泣きで目がうるうるしてるし、ちょっと顔赤いし、やばい。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、やっぱり僕はにこちゃんが好きだよ。

 

 

 

 

 

 

 

こんな可愛い子、好きにならないはずがないじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

僕はほとんど無意識ににこちゃんの頬に左手を添えて、顔を近づけ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ」

「ぶぐふぇっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

裏拳を食らった。

 

 

鼻に。

 

 

何でさ。

 

 

「何すんのよ」

「僕のセリフだと思います」

 

 

何すんのよはおかしいよ。僕が何すんのさって言うべき場面だよ。鼻に裏拳はやばいよ。鼻血出る。

 

 

「アイドルはキスとかしないのよ!恋愛禁止なの!!」

「まだ未遂なのに」

「未遂の時点で防がなきゃダメに決まってるでしょ!!」

 

 

ごもっともだ。でも無意識だったんだよ。自力じゃ止まんなかったんだよ。許して。

 

 

「…ちゃんと、卒業したら受けてあげるから」

「なになになんて言ったの今。聞こえなかった」

「うるさいわね!」

「理不尽の極み」

 

 

小声でなんか言ってたから聞き返したら殴られた。ひどい。

 

 

「まったくもう!ストレッチしたら私たちも寝るわよ!!」

「はいはい」

 

 

にこちゃんがふてくされちゃったから今日はもう寝ることになった。本当はμ'sをバックダンサー扱いしてることについても話しておきたかったんだけど、まあそこは天童さんとか穂乃果ちゃんがなんとかしてくれるよきっと。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

波浜君がヘタレなくてもにこちゃんがヘタれる。式場が来い。
ポスターの雑コラは専門家に任せたらクオリティが爆上がりしました。まあ雑コラを信じ込んでしまうのも正直リアリティが微妙なので…。
そして地味に豆腐メンタルの滞嶺君と、扱いが雑極まる天童さん。最近水橋君よりはるかに出番多い天童さんは波浜君以下の扱いを受けております。ネタ勢だから仕方ないね!!


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凛誕生祭:ファーストデート・プロジェクト



ご覧いただきありがとうございます。

凛ちゃん誕生日おめでとう!!いつも元気な凛ちゃんのためのお話を用意しました。もちろん滞嶺君とのお話です。
時系列は本編の2年後となります。つまり凛ちゃん達が3年生の時のお話です!
10,000字超えの長いお話なので時間のある時にどうぞ。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

11月1日。

 

 

それは、凛の誕生日だ。

 

 

「だから満を持してデートに誘おうと思う」

「満を持してって君」

「まさかまだ一回もデートしてないの?!」

「…こいつ聖職者か何かか?」

「逆にすごいね…」

 

 

凛の誕生日を祝うべく、よくデートしてそうな茜&にこペアとことり&雪村さんペアにデートプランの相談をしに来たのだが…何か問題があっただろうか。

 

 

「そもそもまだ付き合ってないんだっけ」

「凛はスクールアイドルだろうが」

「アイドルに恋愛は御法度なのよ!!」

「にこちゃんが言うと説得力溢れるね」

「…茜も矢澤が卒業するまで意地でも手を出さなかったな」

「逆にゆっきーは迷いなくことりちゃんに手を出したね」

「アイドルのルールなんて知らないからな」

「ご、ごめんなさい…」

 

 

アイドルは恋愛NG、それはスクールアイドルでも同じだと考えている。ことりが雪村さんと交際し始めたと知った時はそれはもうにこと花陽が大暴走だったが、今はもう許容している…が、やはり個人的な主義の問題で卒業までは我慢したい。

 

 

「まあそれはいいとして、デートに誘うんだっけ」

「デートは心の赴くままに、というわけにもいかないしな」

「プレゼントとは違う配慮をしなきゃいけないもんね…」

「私と茜は以心伝心だからいいけど…」

「もうにこちゃん大好きんげっ」

「言うな!!」

「愛の囁きは一方通行なのですか」

 

 

相変わらずにこに蹴り飛ばされている茜は放っておいて、確かにデートとプレゼントは全くの別物だ。デートはデートの間全てが思い出として残るものだ。完璧なプランは無くとも最低限の計画が必要となる上に、デートに飽きさせない不断の努力が不可欠だ。

 

 

正直難易度が高い。

 

 

「まずは…不測の事態は起きるものとして考えるべきだな。何が起きても動じないことだ…うろたえていても事態は進まないからな」

「この前一緒にお買い物行ったときは財布を忘れてすごくうろたえてたけど…」

「…言うな」

「えっなになにその超面白そうな話」

「茜もカップルドリンクにうろたえてたじゃないの」

「あれに動じるなという方が無理だよ。にこちゃんもテンパってたじゃん」

 

 

…とりあえず何が起きても動じないようにしなければな。

 

 

「っていうか、そもそもどこに行くつもりなのよ。デートスポットにもいろいろあるでしょ?」

「遊園地とか動物園とかがメジャーだとは思うけど、場所は最初に決めておかないとね」

「…相手の興味にも配慮しておくべきだろう。行ったはいいがつまらない、というのは避けたいだろうしな」

「あんまり遠いところも、行くだけで疲れちゃうからオススメしにくいかも…」

「待て、情報が多すぎる」

「そうかなあ」

「誰もがお前と同じように覚えていられると思うなよ」

「そう言われましても」

 

 

色々意見をくれるのは本当にありがたいんだが、各々があれこれ言うと情報の整理が追いつかん。もう少し議論のスピードを落としてくれ。俺は茜や藤牧さんほど有能じゃねぇんだよ。

 

 

「じゃあまず場所を考えようか。定番は遊園地だけど」

「ハロウィンの翌日だから混んではいないと思うけど、逆に何のイベントもやってないわよね」

「そうなるとイベント重視だとちょっと寂しいね」

「アトラクション重視であればむしろスムーズなわけだ。待ち時間が短くなるからな」

「お買い物もゆっくりできるよねー」

「イベントグッズ系は全く無いだろうがな」

「そうか…ハロウィンの翌日か。そうなると大抵の場所は空いているのか?」

「どうだろうね。大半の施設はハロウィンイベントはハロウィン当日までの開催だと思うけど」

「七夕、ハロウィン、クリスマスは当日までの開催だろうな。終わった行事を祝うわけにもいかないんだろ」

「ふむ…」

 

 

となると、テーマパーク系は混雑は避けられることになるのだろう。だが、言ってしまえば閑散期だ。盛り上がりに欠ける可能性も大いにある。

 

 

「あとは動物園とか水族館かな?」

「それも定番よね」

「…俺は動物園は獣臭いし水族館は高低差が強いしであまり好きではないんだがな」

「ご、ごめん…」

「いや、ことりが行きたいなら気にしないが」

「…凛はどちらも気にしなさそうだな」

「だろうね」

 

 

凛が動物好きなのは間違いない。動物園にしても水族館にしても、楽しんでくれることだろう。

 

 

「…意外と気づかないんだが、動物園や水族館の飼育生物は夜行性のものもいる。まともに動いているのが見られないものも少なくないな」

「ああ、それあるよね。水族館はまだマシかなって思うけど」

「この季節だと寒くて出てこない子もいるよね…」

「…難しいな」

「難易度高いのは承知の上じゃなかったの」

 

 

承知はしていたが、思った以上に大変だ。俺にリードが務まるのだろうか。

 

 

「海は季節外れだね。山なんかどうかな」

「山は合宿で毎度行くだろ。あと凛が嫌がる」

「あー…海未ちゃんの…」

「そういえばそんなことあったね」

 

 

山は凛が合宿の時に謎の山登りをさせられたせいであまり気乗りしないらしい。トラウマにでもなったのか。

 

 

紅葉を見るにはそろそろいい季節だろうが…凛のテンション的に楽しんでくれるかわからんな。飽きないだろうか。

 

 

「街歩きとかショッピングという手もあるけどね」

「それこそ日常の外にあるものを探さねばならないから難しいだろう」

「そうかなあ。にこちゃんと一緒ならいつでもどこでも楽し痛い痛い痛い」

「ほんっとにそういうとこ…!」

 

 

せっかくの誕生日だ、日常生活に近いものは特別感が感じられないから避けたいところだ。痛めつけられている茜は無視する。

 

 

結局どこにするにしても一筋縄ではいかないということだろう。メリットの分だけデメリットがある…そう都合のいい話はないということだろう。

 

 

そして、さらに問題があるとすれば。

 

 

「…ただ、俺はそういった類の場所に一度も行ったことねぇんだよな…」

「よくそれでデート誘おうと思ったね」

「しょうがないんじゃないの?両親も遊んでくれるような人でもなかったんでしょ」

「理由が何であろうと、現状は変わらねぇ。エスコートできねぇのはデートに誘う側としてどうなんだ?」

「ほんとによくそれでデート誘おうと思ったね」

「茜は黙ってなさい」

「あぼん」

 

 

両親は俺たちの世話をする気なんて毛ほども見られなかったため、どこかへ連れて行っていってもらったこともない。あるわけない。

 

 

「…それでもデートに誘おうと言うなら、下調べは怠らないように。待ち時間やトラブルなんかは予測できないが、マップくらいなら覚えておいて損はないだろ」

「遊園地のショーだったり、水族館のイルカさんのショーだったり、時間が決まってるものも調べておくと予定が立てやすいんじゃないかな!」

「休憩できる場所もマークしておくと安心だろう。意外と見つからないからな」

「…詳しいな雪村さん」

「…そんなことは

「ゆっきーはお仕事を一瞬でやっちゃうから基本暇で、その分ことりちゃんと会いまくってるからぶぇあ」

「何を話している」

「だからって布投げなくてもいいじゃん。てか布投げていいの」

「使い古しだ」

「わざわざ使い古しを選んでたから投げるの遅かったのか…って汚いなこれ」

「そりゃ使い古しだからな」

「何の使い古しさ。あっこれもしかしなくてもお掃除に使ってるやつだな」

「何てモン投げてんだあんた」

「知らんな」

「ちょっと臭いんだけど」

「知らんな」

 

 

雪村さんの素行はともかく、情報はありがたい。おかげで押さえるべきポイントはおおよそ掴めた。

 

 

「あとはどこにするかだな…」

「まだ決まってなかったのかい」

 

 

そして最初の問題はまだ解決していない。

 

 

結局その後も、4人にはだいぶ長いこと相談に乗ってもらってしまった。今度お礼をしなければな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけでだ。

 

 

 

 

(…何で俺は待ち合わせの1時間も前に来てしまったんだ)

 

 

 

 

朝10時に待ち合わせたのに、9時に着いてしまった。我ながら何してんだ。暇か。時間の管理もできねぇのか。

 

 

朝6時に起きたのはまだいい。日常だ。飯を作って弟たちを叩き起こして飯を食って朝7時なのも日常だ。

 

 

その後たっぷり2時間もかけて準備したのが謎すぎる。準備は前日にしただろ。何に時間かけてんだ。何でわざわざ朝風呂なんか入ったんだ。水道代勿体ねぇだろ。何で服選びに40分もかけたんだ。髪型作るのに30分もかけるな。いつもは出発の準備とか15分で終えるだろ。

 

 

(挙句、準備が終わったら終わったで待っていられなくて出発、服とか髪が乱れないようにわざわざ歩いて、その上で1時間早いとはな…いや歩いて来るのは普通か、走る方がおかしい)

 

 

自分で自分にツッコミが追いつかない。これはもうダメかもしれん。

 

 

(服も問題ないよな…わざわざ雪村さんに相談したしな。髪型も含めて。いやしかし…って今さら考えても仕方ないだろ)

 

 

思考回路が無限ループしている気がする。早く来い凛。いやあと1時間来ないのか…何とかして精神統一をしなければ…

 

 

 

 

 

 

「あっ!創ちゃん!もう来てたんだ!」

「んっ、お、おう…さっき、な…」

 

 

 

 

 

 

もう来たのかよ。

 

 

いや確かに来いと願ったが。

 

 

「わあ…創ちゃんかっこいい…」

「あー…まあ、誘った手前な、緩い格好をするわけにもいかなくてな…」

 

 

褒められただけで妙に動揺してしまった。格好は黒いスラックスに白シャツ、黒のジャケットというスーツスタイル…まあだいたいカジュアルなスーツだ。ジャケットの裾が長めなのがいいらしい。髪型もいつものオールバックではなく、メイド喫茶の時のように崩した髪型にした。雪村さん曰く、「素材がいいならシンプルが一番だ。肉もそうだろう?」らしい。肉と一緒にすんな。

 

 

まあ結果として褒めてもらえたから何だっていい。

 

 

「あー、凛も、あれだ、その…似合ってるぞ」

「ほ、ほんと?!よかった…みんなに相談していっちばんかわいくしようって思ってたんだ!」

「そ、そうか」

 

 

一方の凛は、いつもとは全く違う服装だ。まずそもそもロングスカートだ。淡い水色を基調に、小さな花の模様が入ったロングスカート。上はこれまた淡い色合いの緑のシャツ…シャツ?なんか女性特有の肩が出るタイプのアレに、上から白い…なんかシャツみたいなやつを着ている。緑の方は裾のあたりと胸元にフリルがあしらってある。少し背が高く見えるのはおそらくブーツか何か履いているからだろう。短い髪も花柄の髪留めで前髪を留めてあり、若干ながら化粧もしているようだ。

 

 

いつもと違って少し大人な印象だ。

 

 

思わず天を仰ぐ。

 

 

いやいや。

 

 

これは反則だ。

 

 

凄まじいかわいさだ。

 

 

精神衛生上よろしくないレベルだ。

 

 

「…」

「…」

「…えーっと、ちょっと早いけど、行く?」

「………………そうだな」

「どうしたの創ちゃん」

「何でもねぇ」

 

 

デートなのはいいが、今日一日凛を直視できる自信がない。

 

 

「じゃあ…まずチケットか。俺遊園地なんて初めてなんだよな…」

「そうなの?凛は…あっ、でもここに来るのは凛も初めて!」

「…家族と来たんだろ。遠慮しなくていい。俺もいつか、弟達を連れて来たいもんだ」

「…うん!絶対楽しくなるにゃ!」

 

 

場所は、結局遊園地にした。なんてことはない、ただ一番予定が組みやすかっただけだ。イベント事が無いのは寂しいが、それはそれでいい。

 

 

「じゃあ、行くにゃ!」

「おう」

 

 

何にしても、来てしまったものはもうどうにもならん。

 

 

凛の誕生日を、全力で祝うのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「対象、入園したよ」

「気づかれてないわね?」

「…なあ、何で俺らはこんなことしてんだ?暇か?」

「そんなこと言って桜さんも来てるじゃん!」

「お前らが何かやらかさないか監視に来てんだよ」

「バッカお前、この天童さんが脚本した尾行計画だぜ?何事も起きるわけないだろ」

「むしろ不安しかないんですよね」

「…見失うぞ」

「何で雪村はノリノリなんだよ」

「面白いだろ。何のために普段使わない義足を持ってきたと思っている」

「絶対そんな用途じゃねーだろ。湯川がキレるぞ」

「………そんな用途じゃねーが、キレはしない。好きに使うといい」

「何で湯川もいるんだよ。てかどこだよ」

「どこだと言われてもな、ここだ。光学迷彩で隠れている。花陽もいっしょだ」

「ど、どうしても凛ちゃんが心配で…」

「お人好しかよ」

「僕は変装して紛れてこようかな。絵里ちゃんも来る?」

「はい。希はどうする?」

「うちと天童さんも行くで」

「俺もかよ!」

「…御影さん、お仕事無いんすか」

「わざわざ開けたんだよ。遂に彼らがデートするわけだしね!」

「ええ、こんな純愛、参考として見逃すわけにはいきません!」

「松下さんまで…あんたはまともだと思ってたのに…」

 

 

何だかんだ言って創一郎の知人がこぞって尾行してた。まあ行き先知ってたからね。天童さんもいるしね。行くしかないじゃん。ないじゃん?

 

 

そんなわけで16人体制の創凛コンビ尾行作戦開始である。

 

 

ちなみに翌日くらいには何してんだ僕らって思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはジェットコースター乗るにゃ」

「いきなりか。人気のやつは待ち時間長いがどうする?」

「一回見てみよ!朝だからそんなにかもしれないし!」

「確かにな。とりあえず向かうか」

 

 

初手は決まったため二人でジェットコースターへ向かう。るんるん気分で隣を歩く凛に時折目を奪われつつ、園内地図を思い起こしながら迷わず進む。道中凛が近日の出来事を話してくれたが、よくもまあそんなに話題が出てくるもんだ。

 

 

で、着いたのだが。

 

 

「80分か…多いと見るか少ないと見るか」

「まだ10時前だし、80分待っても平気にゃ」

「そうか?それなら乗るか」

「うん!」

 

 

というわけでさっそく列に並ぶ。周りの人にめっちゃビビられて悲しくなったが、凛はまったく気にしていないようだった。

 

 

「そういえば、この前絵里ちゃんがお誕生日に御影さんにシュシュもらったって言ってたにゃ」

「…シュシュって何だ」

「えっとね、髪を結ぶ時に使うかわいいやつ!!」

「…極めて雑だが何となく想像できた。つーかあの二人そんなに仲良かったのか」

「何かあったらしいけど凛も詳しくは知らないにゃ」

「まあ俺たち変な縁が多いからな…」

「そもそも茜くんが有名人だもんね…」

 

 

思えば大半の縁は茜が繋いできたんだが、音楽家だったりデザイナーだったり医者だったり、やたらと有能な知人が多すぎる。俺の立つ瀬がない。

 

 

「俺も負けてられないな。更に筋トレに気合いを入れなければ」

「えっまだ頑張るの」

「あ?」

 

 

何が不思議なんだ。

 

 

その後もジェットコースターの番が回ってくるまで、凛はずっと喋っていた。本来は俺が話題を振るべきなんだろうが…まあ、凛が楽しそうだしいいか。

 

 

ジェットコースター自体もなかなか楽しめた。この程度の速さは走れば出せるし、この程度の高さなら飛び降りても平気だが、この速さであっちこっち上下左右ぐるぐる回るのはなかなか爽快感があった。凛もわーきゃー言いながら楽しんでいたし、お気に召したのだろう。

 

 

「ふーっ、楽しかったにゃ!」

「それはよかった。…時間は少し早いが、昼飯にするか。混んでくるしな」

「なるほど!それじゃあご飯行こ!凛はラーメン食べたいにゃ」

「だろうな」

 

 

時間は12時前だが、混む前に昼飯を済ませることにした。少し遅めの昼食にしてもよかったんだが、腹が減ったのを我慢するのもあまりよくないだろう。あと、食後に駄弁るやつらが溜まってて席があまり空いていないというのもあり得る。やはり先に食っておくのが吉だ。

 

 

ラーメンの店も押さえてあるし、今のところ滞りなくデートできている。午後も気を抜かず…楽しんでいこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何で僕らもジェットコースター並んでんの』

『そ、そりゃ尾行のためでしょ。凛たちはもうさっき乗ったんだし、私たちまで乗る必要はないわよ!出るわよ茜!』

「はっはっはっそんなまさか。他のお客様のご迷惑となりますのでさっさとお乗りくださーい」

『…天童さん、図りましたね?』

『それより穂乃果がノリノリなのを何とかしてくれません?俺はさっさと逃げたいんですけど』

『桜さん!もうすぐだよ!!』

『わかったわかった離れろ』

『な、何で私まで…?!』

『当然、彼らの心境を察するには同じ境遇に身を置かねばなりません!さあ海未さん、乗りますよ!』

 

 

いえーい、こちら尾行部隊の天童さんだぜ。滞嶺君と凛ちゃんが超絶叫系ジェットコースターに突撃して行ったから、自ら飛び込んでいった明と海未ちゃんのお供に茜とにこちゃんと桜と穂乃果ちゃんを生贄に捧げておいたぜ!あ、俺たちは引き続き尾行しまーす。

 

 

『…おい、シャレにならない高さ何だが』

「おー、よーく見えるぜ。希ちゃん何が食いたい?」

「うちはステーキ食べたいなー」

「よっしゃ天童さんが奢ってやるぜ」

「ううん、自分の分くらい自分で出すよ。もう大学生やし」

「なんてしっかりした子なんや…」

『インカム越しにイチャイチャしないでいただけま…うあああああああ?!?!』

『いやあああああああ!!!』

 

 

地上にお留守番組は被害者の絶叫をおかずに昼ごはん食って来よう。

 

 

何でこんなことするかって?

 

 

「いやー楽しいな希ちゃん!次は誰を犠牲にしようか!!」

「お化け屋敷には絶対えりちを連れて行かなきゃ…」

「ふへへノリノリやんけお嬢さん」

「えー天童さんほどじゃないよー」

 

 

我ら悪童カップルだからな。

 

 

 

 

「でも雪村さんとことりちゃんどっか行っちゃったよ?」

「んなもん想定通りだ。後で捕まえる」

 

 

 

 

尾行も楽しくやらなきゃな!!逃すかよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラーメン美味しかったにゃ!」

「それはよかった」

 

 

昼飯は無事、混む前に食うことができた。食い終わって外に出たら結構な列になっていたから作戦成功といったところだろう。一食の量が少なかったせいで10品以上食う羽目になってしまったが、外食なんてそんなもんだろう。外食は金がかかる。

 

 

「次はどうしよっか?コーヒーカップ?メリーゴーランド?」

「何で食後に避けるべきやつを列挙すんだ」

 

 

回る系は酔うかもしれねぇだろ。吐くぞ。

 

 

「うにゃにゃ…あっ!そうだ、あれ行こうよ!」

「どれだよ」

「ほらあれ!」

 

 

凛が何かを見つけたらしく、指差す方向を見てみる。

 

 

そこには、いかにも古いボロいといった見た目の建物が建っていた。

 

 

…ああ、なるほど。

 

 

「…お化け屋敷というやつか」

「そう!あれ、創ちゃんお化け苦手?」

「苦手っつうか…拳が通じない相手はな…」

「倒す気でいるの…?」

 

 

デートとしては定番中の定番(らしい)、お化け屋敷。霊的な何者かに襲われる遊戯らしいが…つまり俺の身体能力が役に立たなくなる。俺の天敵だ。

 

 

怖いわけではない。

 

 

決して怖いわけではない。

 

 

「よーし、行っくにゃー!!」

「…………おう」

「…もしかして怖い?」

「まさか」

「…手繋ごっか!」

「は?」

「はい」

「は?」

 

 

何となく気乗りしないでいたら、無理やり手を繋がれた。どういうことだ。とりあえず誰か状況を説明しろ。おい。

 

 

「…今度こそ、行っくにゃー!!」

「お、おう?!」

 

 

元気に振る舞う凛だが、何だかんだ顔が赤いし手も汗ばんでいる。

 

 

気持ちはわかる。

 

 

非常に恥ずかしい。

 

 

しかし恥ずかしさを勢いで誤魔化すことにしたらしい凛はもう止まらない。俺も手を引かれるままお化け屋敷に突入するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………な、なあ、天童。よよよよりにもよって僕らをお化け屋敷に充てがうのは何で??一番ダメな人選じゃない??』

『…………………………ぅぅ、御影さん…』

「えー?一番内部の雰囲気をありのままに実況してくれるコンビじゃん?最適な人選だろ」

「えりち頑張れー」

『ううう希のバカあああああ!!』

「やっべ楽しい」

『…俺まで巻き込みやがって』

『あの、私と瑞貴さんは慣れてますよ?』

「まあ真のメイン実況は君らだし。逃げた罰でもある」

『あ、あの…一番怖がらなさそうな人も送り出されてるんですけど…』

『…一番怖がらなさそうな人も送り出されてるんだが、俺は何の表現もできないぞ』

「いや君らは単純に面白そうだから」

『鬼ですか?!』

『気にすることじゃない。私でさえこういった施設は興味深いと思っているんだ。恐怖の心理、自ら体験するのも悪くない。なあ真姫?』

『だ、だからって頼まれてもないのに飛び込まないで!!』

「…うん、藤牧君に関しては完全に事故」

「天童さんならお見通しなんやなかったん?」

「彼も湯川君みたいに人智超えてる組だよ…」

『お褒めに預かり光栄だ』

「褒めてねーよ」

 

 

今度はさっきジェットコースターに乗らなかった奴らをまとめてお化け屋敷に偵察に出した。

 

 

まあお気づきだろうが、単に俺と希が楽しんでるだけだぜ!!特に大地と絵里ちゃんコンビな!!二人とも暗いの苦手なんだぜ!!やっべ超楽しい!!

 

 

 

 

 

「…桜、天童さんをちょっと何とかしよう」

「あの人絶対本旨忘れてるわよ」

「忘れていただいて一向に構わないんだが、確かにアレは看過できねーな」

「私いいこと思いついた」

「言ってみろ穂乃果。お前はこういう時は役に立つ」

 

 

 

 

 

 

後で知ったことだが、テンションあげてたら密談に気づかなかった。天童さん一生の不覚だぜ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー…楽しかったね!!」

「ああ、どれもこれも楽しかった」

 

 

お化け屋敷は突然現れる幽霊の作り物を反射的に破壊しそうになってしまい、あわや器物破損といったところだったが…それ以外はなかなか楽しかった。凛も悲鳴をあげてくっついてきたしな。手も繋げたしな。何を言ってんだ俺は。

 

 

その後はメリーゴーランドやらコーヒーカップやら、その他乗れるものはだいたい乗り回した。空中ブランコだけは自粛した。体重的に機械に負荷がかかりそうだからな。

 

 

途中でチュロスとかいうのとかクレープとかも食ったし、完璧だったかはわからないが悪くないデートだったと思う。

 

 

もう夕刻だし、後は帰るだけか。

 

 

「…創ちゃん、まだあれ乗ってないよ!乗ろうよ!」

「観覧車…ああ、夕日綺麗に見えるかもな。よし、乗るか」

「…………うん」

「…何で自分で提案しておいて萎縮してんだ」

「し、してないよ!ほら行こう!!」

「お、おい」

 

 

観覧車。そういえば茜が「デートといえば観覧車だよね」とか言ってたな。危うく最後の最後でしくじるところだった。

 

 

また強引に手を取って俺を引っ張る凛の表情は夕陽の逆光で見えないよく見えない。笑っているように見えるが、やけに動きがぎこちない気がする。

 

 

…観覧車なんて、展望台と大差ないと思うんだがな。なぜデートに必須だと言っていたのだろう。

 

 

観覧車は意外と乗客の回転率が良いらしく、それなりに人は並んでいたがすぐに乗れた。2人で向かい合う形で乗り込み、店員さんが扉を閉めると回転に合わせて少しずつ上昇し始めた。

 

 

「わあー!見て、創ちゃん!良い景色にゃ!」

「おお、夕陽も相まってなかなか絵になる景色だな」

 

 

もうすぐ日が沈むというタイミングは、秋空ゆえに夕陽の橙が良く映える。園内全体をオレンジ色に染め上げ、遠くに見える街並みも陽の橙と影の黒が絵画のようなコントラストを作っていた。

 

 

思っていた以上に美しい景色にしばらく見とれていたが、ふと対岸の凛を見てみると。

 

 

 

 

 

うっとりと外を眺める、夕陽に照らされた横顔が、恐ろしく綺麗で、可愛くて、魅力的で。

 

 

 

 

 

目が離せなくなってしまった。

 

 

 

 

 

どれだけそうして見つめていたかわからないが、凛も視線に気づいたのか、こちらに顔を向けた。

 

 

その動作すらも魅力的に見えてしまう。俺は相当末期らしい。

 

 

「…創ちゃん、そっち行っていい?」

「ん゛っ、お、おう。いいぞ」

「なんかすごい声出たにゃ」

「気のせいだろ」

 

 

急に話しかけられて喉に声が引っかかってしまった。

 

 

そのまま凛は俺に近付いてきて、俺の隣には腰掛ける。そして何故かこっちにもたれかかってくる。

 

 

おい。

 

 

どういう状況だ。

 

 

体温が史上最高に高いぞ。

 

 

心臓の音がやかましいぞ。

 

 

凛の方を向けないじゃねぇか。

 

 

「…創ちゃん」

「なんっ、何だ?」

「…ふふ、創ちゃん緊張してるにゃ」

「してねぇ」

「してないの?」

「してねぇ」

「じゃあこっち向いて」

「……………………おう」

 

 

向いてと言われて向かないわけにもいかない。妙に回りが悪い首を動かし、凛の方を見る。

 

 

 

 

 

 

「…今ね、凛たち、2人きりだよ」

 

 

 

 

 

 

「…あ、ああ」

 

 

夕陽に照らされ、煌めく瞳。明らかに赤く染まった頬。わざわざいつもよりお洒落をしてきた凛が、どこか扇情的な表情でこっちを見てくる。

 

 

「創ちゃん、アイドル好きだもんね。アイドルは恋愛禁止だって、ことりちゃんが雪村さんと付き合いだした時に創ちゃんも怖い顔してたにゃ」

「そ、そうだったか…?」

「うん。そうだった。…凛はね、自分の気持ちも…創ちゃんの気持ちも、わかってるつもりだよ。だから今日、誘ってくれて嬉しかった。デートのつもりで誘ってくれたんだよね」

「…バレていたか」

 

 

そう、実は今日の目的は伏せたまま凛を誘っていた。他の面子にも口止めはしてあったから、誰かから聞いたという線は無いだろう。思いっきりバレていたのか。

 

 

「ふふ、だって凛の誕生日に2人で遊園地行こうって、顔赤くしてそっぽ向いて緊張しながら言ったら誰だってわかるにゃ」

「くっ…返す言葉もねぇ」

 

 

隠してたつもりだったんだがな。

 

 

「だから凛もいっぱいお洒落してきたの。創ちゃんに似合ってるって言って欲しかったもん!」

「…ああ、とてもよく似合ってる。…い、今までで一番、かわ…可愛いんじゃ、ないか?」

「…そこはスラスラ言って欲しいにゃ」

「うるせぇ…」

 

 

人を褒めるとかほとんど経験がねぇんだよ。

 

 

「…えっとね、とにかく、創ちゃんのことわかってるつもりだったから、凛も何も言わなかったんだけど…」

 

 

一瞬下を向いた凛が意を決したように顔を上げると。

 

 

 

 

 

 

 

 

潤んだ目が。

 

 

 

 

 

 

 

煌めく瞳が。

 

 

 

 

 

 

俺を、見つめてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今なら、誰も見てないよ。何だって、していいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷に撃たれたよう、というのはこういうのを言うのだろう。何言ってんだと思いつつ、その真摯な瞳から目が離せない。

 

 

 

 

 

ああ、そうだ。俺は凛が好きだ。

 

 

 

 

 

しかし、凛がスクールアイドルであるうちは言うまいと思っていた。凛も恐らく俺に好意を寄せていることは流石に察せたし、卒業まで待っても問題ないと思っていた。

 

 

それでも、凛は、今、そう言うのなら。

 

 

凛は願っているんだろう。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

流石に馬鹿でもわかる。観覧車はもうすぐ頂点に達し、日もまさに沈まんとしているところだった。

 

 

ここまで世界にお膳立てされてしまったら、俺も覚悟を決めるべきだろう。

 

 

「…じゃあ、凛。聞いてくれ」

「…はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は…お前が、星空凛のことが、好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん。凛も、創ちゃんが、滞嶺創一郎のことが、好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言ってしまった。

 

 

 

 

 

そしてそこで終わらない。

 

 

 

 

 

そのまま凛に顔を寄せて。

 

 

 

 

 

 

 

そっと唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

丁度日が沈んで星々が輝きだし、観覧車が頂点に達した時だった。

 

 

ああ、「デートに観覧車は必須」って、こういうことなのか。

 

 

なんというか、今ならクソったれな両親にだって感謝できそうなくらい、澄み渡った気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、何で俺と希ちゃんだけで観覧車乗ってんの?」

「散々弄んだ仕返しやって」

「何でこれが仕返しになるんだよ。むしろご褒美なんですけど。だって密室で希ちゃんと2人きりだぜ?!ご自慢のバストをわしわしマックスする絶好のチャンスなわけさうわははははははは!!!」

「ええよ?」

「…………………………………………………………………………………………はい?」

「ええよ、天童さんなら」

「…ん?ちょっと待てよ?あれ?そんなシナリオ用意してないぞ?恥ずかしがる希をちょっとからかってるうちに一周するはずだったんだが?だったんだが?」

「…天童さん?」

「はい何でございましょうか」

「………わしわししないの?」

「えっ何でして欲しいみたいな雰囲気で言ってくるの?痴女か君は。痴女なのか?」

「私の全ては、いっちゃんのものだから…」

「やめっ、くそっ『いっちゃん』はズルい…ちょ、いやマジで勘弁してくれませんかねお嬢さん?君俺が一番怖がってるの何か知って…ってまさか!君も仕返しの仕掛け人側か!!くそっ!君も仕返し対象なんじゃなかったのか抜かった!!」

「いっちゃん?」

「あっはい当方十分に反省しておりますのでご勘弁願えませんかねダメですかダメですよねってか君もノリノリだったのになんで君は不問なのさ不公平だってばー!!おいコラお外の皆様インカム越しに聞こえてんだろ!!許さねーぞちくしょう少しくらいリアクションしてもいいだろーがよー!!!」

 

 

 

 

「で、希ちゃんに託してきちゃったわけだけど」

「『恥ずかしいからインカム切っといて』って言われたけど、何するつもりなのかしら?」

「まさか希ちゃんの色じかけ…?!」

「なんつーこと言ってんだほのバカ。こと天童さんに対して色じかけとか効くかよ、むしろ食われるわ」

「バカじゃないもん!!」

 

 

結局天童さんは希ちゃんが痛い目を見せてくれることになった。穂乃果ちゃんの提案で「天童さんに仕返ししたら君は不問にするね」って言ったらノリノリで引き受けてくれた。

 

 

さ、そろそろ創一郎たちが乗ってるところが天頂に着くし、バレる前に僕らは退散しようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと素敵な結末になってるだろうしね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

………甘あああああああああああい!!!
自分で書いておいて恥ずかしくなってしまいましたよこんなん…マジ純愛…
というわけで、本作品初キスは滞嶺君と凛ちゃんが掻っ攫っていきました。まあ時系列的にはかなり後なんですけどね!!
ちなみに滞嶺君は凛ちゃんのお相手をするにあたり、「ギャップ」と「純真」をテーマに考えたキャラクターです。見た目で誤解されるタイプを目指したらこうなりました。それと凛ちゃんの純粋さに見合うレベルの純情を備え付けたら正統派ラブコメ担当になりました。他の男性陣が異質すぎるのが悪いんです!笑

あと余計なことをする天童さんはちゃんと粛清されました。



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笑顔の魔法のリスタート


ご覧いただきありがとうございます。

前回、新たにお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!久しぶりにお気に入り増えました…寿命伸びました…これ言うの2ヶ月ぶりくらいな気がします…。これからも頑張って書いていきますね!!
今回はにこちゃん家族話の完結編です。 原作に色々首突っ込んでくる男性陣をお楽しみください。


と言うわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「まったく、困ったものね」

 

 

にこの家を後にして、夕焼けの中を歩く俺たち。未だに天童さんがついてくるが気にしないことにする。

 

 

「でも、()()()ってどういう意味なんだろう?」

「にこちゃんの家では、元から私たちはバックダンサーってこと?」

 

 

にこの言葉はかなり曖昧だった。何が元からなのかさっぱりわからん。

 

 

「いや、そうじゃねーな」

「多分、()()()()()()()()()()()()()()ってことやろな」

「…俺が言おうとしたのに」

 

 

希と天童さんは何か心当たりがあるようだ。

 

 

「どういう事です?」

「にこっちが1年のときスクールアイドルやってたって話、前にもしたやろ?…あ、創ちゃんはその時まだいなかったかも」

「いや、知っている。スクールアイドルの情報は可能な限り網羅していたからな」

「流石やね…それならええか。きっとその時、妹さんたちにも話したんやないかな。アイドルになったって」

 

 

確かに、にこなら言いかねない…というか間違いなく言うだろう。夢が叶ったのだ、それを応援してくれる身内になら俺だって言うだろう。

 

 

「でも、ダメになった時、ダメになったとは言い出せなかった。にこっちが1年の時から、あの家ではスーパーアイドルのままなんやと思うんよ」

「確かに間違っちゃいないのかもしれない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、スクールアイドルであることは正しいんだ。だが、μ'sに入った時は少し事情が違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。トップアイドルならば、誰よりも前線に立つ立場を自称するしかなかったんだろうさ」

「確かに…ありそうな話ですね」

「もう。にこちゃんどんだけプライド高いのよ…」

「真姫ちゃんと同じだね!」

「茶化さないの!!」

 

 

希と天童さんの推論は、かなり共感できる。

 

 

立場は全然違うが、にこの両親があまりいないとしたらあいつは兄妹の中でも一番の精神的支柱だ、俺と近い。一家の柱として、「やっぱりダメだった」なんて言葉ほど言いにくいことはない。

 

 

弟達をがっかりさせるわけにはいかない。

 

 

嘘をついてでも、希望を見せ続けるのが最年長の使命だと思うのだ。

 

 

それをプライドと言うのかどうかは、俺にはわからないが。

 

 

「でも…プライドが高いだけなのかな…?」

「え?」

「アイドルに凄く憧れてたんじゃないかな。本当にアイドルでいたかったんだよ…私もずっと憧れてたからわかるんだ」

「それもあるんだろうな。妹達のためにってのもあるだろうが、ダメだった、アイドルじゃ無くなったって自分から宣言するわけにはいかなかったのかもしれない。…結構あるもんだ、望まない現実は口に出すのもはばられるってな」

「自己暗示みたいな?」

「近いかもな。せっかく憧れのアイドルになれたのに、易々と手放すわけにはいかなかったんだろうな」

 

 

誰よりも叶えたかった夢があり、それが叶ったのに…もしそれが奪われるようなことがあったら。きっと自分を欺いてでも逃げようとするんだろう。俺もそうするかもしれない。

 

 

「1年のとき、私もにこがチラシを配っているのを見たことある。その頃は私もアイドルにも興味無かったから…あの時、声をかけていれば…」

「んーそれは違うぜ絵里ちゃん。何が違うって、過去の行いに『もしも』って考えること自体が間違いだ。その頃には思いつきもしなかった行動を悔いても何も進まない。大事なのはどうやってにこちゃんを引っ張り上げてやるか、だぜ」

「…引っ張り上げる?」

「そう。だって今のままじゃあ、にこちゃんはμ'sのライブを妹ちゃん達に見せられない。だって実際のμ'sはバックダンサーじゃねーからな。あの子達にナマでライブを観てもらうには、事実と空想にしっかり整合性を持たせてやらなきゃならねー」

 

 

そう、今考えるべきはどうやってにこを助けるか。あいつが嘘をつかなくてもいいようにしてやらなければ、今後にこの心が晴れることもないだろう。

 

 

「とは言いますが、にこはμ'sに入ってからも嘘をつき続ける程度には意地っ張りですよ?いまさら何か訴えたところで聞いてくれるでしょうか…」

「なーに言ってんの海未ちゃん。聞いてくれるわけないじゃん」

「ですよね…」

 

 

一番の問題はにこ自身だと言っていい。あの意地っ張りの権化をねじ伏せる方法が何かあるだろうか…

 

 

…ん?

 

 

 

 

 

 

「…待てよ。そういえば、茜からにこがμ'sに加入した経緯は聞いたぞ。その手は使えないか?」

 

 

 

 

 

 

よくよく考えてみれば、にこがμ'sに入ること自体が簡単なことではなかったはずだ。何せ二年間守ってきた根城を新しくできたスクールアイドルに明け渡すことになるんだから。

 

 

それを乗り越えてにこをμ'sに迎え入れたときの策は…。

 

 

「え?どういう手?」

()()()()()にこが何かと意地を張って逃げ回るなら、先に逃げ道を塞いでおくのが最善だ」

 

 

あまりピンときていない様子のμ'sの面々に、仕方がないから具体的に言ってやる。

 

 

「…ライブをしよう。にこの妹達のために。観客はあの3人だけでいい、μ'sはバックダンサーじゃなくて、にこを含めたお前ら全員のグループだって見せてやれば…!」

 

 

 

 

「…惜しいな」

「なんだと?」

 

 

天童さんが口を挟んだ。挟んだのはいいが、「惜しい」とはどういうことだ?「いい」や「悪い」ではなく?

 

 

「そこまで察して、計画できたのは想定の範囲内で優秀だよ。だが足りない。俺たちがやるべきことは()()()()()()()()()()()()

「何言ってんですか。あんたがそう言ったんじゃないですか」

「いや、残念ながら若干違うのさ。俺は、『()()()()()()()()()()()()()()』って言ったのさ」

 

 

何が違うんだ。

 

 

「何が違うんだって顔してんな。にこちゃんシスターズにとってにこちゃんはスーパーアイドルだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。にこちゃんが吐いた妄言はちゃんと現実に即してもらわなきゃならない。その上で、μ'sがバックダンサーなんかじゃなくてにこちゃんも含めた一つのグループだって伝えなければならない」

「…そんなの、どうしろって」

 

 

要するに、にこの妹達の夢を壊さないようにしつつバックダンサーというイメージを払拭しなければならない、と言いたいのだろう。だが、どうすればそんなことができる?現実とにこの嘘は全く違う。どちらも守るなんて…

 

 

 

 

 

 

「あっ!いいこと思いついた!!」

 

 

 

 

 

 

そう思っていたのだが、穂乃果が何か思いついたらしい。

 

 

一体どうする気だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし?茜くん?』

「はいはい波浜茜ですよー。どうしたの穂乃果ちゃん」

 

 

にこちゃん宅を後にして自宅で絵を描いてたら穂乃果ちゃんから電話がきた。

 

 

え?お風呂入ったのにわざわざ帰宅して絵を描いてるのかって?いや僕はお風呂入ってないもの。みんな入ったって矢澤一家のみなさまのことだからね。にこちゃんが「私たちも寝る」って言ってたって?言ってたね。でも僕は帰りました。にこちゃんの隣で寝れるわけないじゃん。心が保たない。

 

 

まあそんなことより、珍しくお電話がきたんだから答えてあげないと。

 

 

『あのね、ちょっとお願いがあるんだけど…近くににこちゃんいないよね?』

「大丈夫、僕はもう帰宅したからね」

『そっか!よかったー。えっとね…』

 

 

そのまま議題を話し出した穂乃果ちゃん。聞けば聞くほど穂乃果ちゃんらしい手段で、確かに有効な気がする。天童さんが何を言ったのかわかんないけど、やっぱり最善策を打ってくるね。

 

 

「…わかったよ。早速準備を進めておくよ」

『ありがとう!急な話でごめんね!』

「気にしないで。それよりも、君たちもちゃんとやってね」

『うん!じゃあ、また明日!』

「はーい」

 

 

電話を切ってしばらくスマホを見つめた後、僕は画材を片付けて準備を始める。

 

 

にこちゃんを嘘つきにするわけにはいかないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は朝からちょっとおかしいとは思ってた。

 

 

茜は先に学校行っちゃうし、創一郎も朝練にいないし、お昼ご飯の後に茜はどっか行っちゃうし。授業はどうしたのよ。どうせあいつ授業聞いてないけど。仕事の都合で学校を休むことも多いから、皆勤賞も惜しくはないってことかしら。

 

 

「…だからって何でこころ達を連れてきたのよ?」

「びっくりした?」

「びっくりしたとかの問題じゃないわよ」

 

 

放課後に玄関まで来た私を待っていたのは、茜、こころ、ここあ、虎太朗の4人だった。何で茜は授業サボってまで迎えに行ってんのよ。

 

 

「まあまあ。にこちゃんの出番なんだから早く屋上向かって」

「えっええ?!」

「はいUターンUターン」

 

 

そしてそのまま茜に強制的に屋上に連行されそうになった。何すんのよ。

 

 

「ちょっ、どういう…」

「創一郎あとは任せた」

「了解」

「ってぎゃあああああ?!」

 

 

抵抗しようとしたら、どこからかやってきた創一郎に一瞬で連れ去られた。一回玄関から飛び出して、そのまま跳び上がって屋上に着地。絶叫マシーンみたいな動きはやめなさいよ。

 

 

そして、創一郎に降ろされた屋上には、小型のステージが組み上がっていた。

 

 

「…どうなってんのよ」

「歌うんだよ、にこちゃん!」

「穂乃果…一体どういう…」

「さ、こっちこっち!!」

「えっちょっわあああ?!」

 

 

今度は穂乃果に腕を引っ張られて舞台裏へ。

舞台裏には、μ'sのメンバーが全員集まっていた。

 

 

「ほんとに一体なんなのよ…」

「にこちゃんのステージだよ!」

「だからそれが何なのって聞いてんのよ!!」

 

 

ハッキリと言わない穂乃果に、つい大きな声を出してしまう。歌う事自体はいい。いつでも歌えるようにしてるから。でも、状況が理解できるか、納得できるかは全く別の話よ。

 

 

 

 

 

 

「…にこちゃんの、こころちゃん達への最初で最後のライブだよ」

「…茜?」

 

 

 

 

 

 

いつの間にか後ろにいた茜が、私の疑問に答えた。客席の方からはこころ達と創一郎の声が聞こえてくる。どうやらライブが始まるまで創一郎が相手してくれるみたい。

 

 

「最初で、最後ってどういうことよ…」

「にこちゃん。最近僕は思ってたんだ。やっぱり嘘を貫くのはどうしても心が辛いよ」

「…それとこれと何の関係があるのよ」

「それを今から話すんだよ。にこちゃんは当然妹達を悲しませたくない。嘘だったなんて言いたくない。でも今まで言ってたことを否定しなきゃ、あの子達にはライブは見せられない」

 

 

わかってるわ。だって私はスーパーアイドルでもないし、μ'sはバックダンサーなんかじゃない。でも今更どうしろって言うのよ。

 

 

「だったらどうしようか?発想を変えようか。もう今まで言ってきた嘘は諦めよう。その代わり、今から現実に寄せていこう」

「何言ってるか全然わかんないわよ…!!」

 

 

茜の言ってることもよくわからない。はっきり言いなさいよ!!

 

 

「にこちゃん、君が直接、あの子達に伝えるんだ」

「嘘ついてたって?」

「違うよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()μ()s()()()()()()()()()()()()()()()。そう伝えるんだ」

「今日で…終わり?」

「そう。()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()μ()s()()()()()()()()()って伝えるんだよ。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

…そっか。

 

 

嘘をついていた、とは言わない。

 

 

嘘をつくのをやめるだけ。

 

 

ちゃんと嘘から現実に違和感なく移るために、アイドルとしての私の最後のライブをしようってことなのね。

 

 

…何よそれ。

 

 

みんなして気を使っちゃって。

 

 

練習もしなきゃいけないのに、わざわざこんなステージまで用意して。

 

 

 

 

 

…ほんと、みんなバカなんだから。

 

 

 

 

 

「でも、曲はどうするのよ。何を歌えばいいの?セトリとか無いじゃない」

「そりゃにこちゃんが歌いたい曲を歌えばいいよ。任せて、どんな曲でもすぐ流せる準備はしてあるから」

「何で準備万端なのよ…茜らしいわね」

 

 

舞台裏の機材をぽすぽす叩いてドヤ顔する茜はやっぱりちょっと腹立つわね。

 

 

「まあいいわ、あとは衣装よ。まさかスーパーアイドルに制服でライブしろなんて言わないでしょうね?」

「それなら!」

 

 

そう言ってことりが後ろ手から取り出したのは、ピンクを基調としたフリルいっぱいのすごく「アイドルらしさ」を詰め込んだ衣装だった。…これを昨日の夜から用意したって言うの?

 

 

「こんなのどうやって準備したのよ…」

「雪村さんにお願いしたら作ってくれたの!」

「…よく受けてくれたわね」

「ゆっきーは『こんな正統派なアイドル衣装、逆に清々しいな。サービスだ、俺なりに矢澤にこに合うようデザインを加えてやる』ってめっちゃノリノリだったよ」

「そ、そう…」

 

 

あの人も大概感覚がよくわかんないわね。

 

 

「ちなみにバッチリお金とられたよ」

「えっ」

「えっ、てことり…あの人一応プロなのよ?そりゃお金くらいとるわよ…」

「材料費だけで数万いってた」

「えっ」

「そりゃこれだけ凝ってたらそうなるわよねぇ…」

 

 

ことりは気軽に頼んだみたいだけど、そりゃプロだもの、仕事にはお金払わなきゃ。ことりもたまに抜けてるわね…。

 

 

「ご、ごめんなさい…」

「まあ今回はにこちゃんのことだったから僕が払ったけど、今度は気をつけてね」

「何であんたが払ったのよ」

「にこちゃんのことだから…身内のことは身内で済ませでっ」

「誰が身内よ!!」

「痛いよ」

 

 

まだ身内じゃないわよ。幼馴染よ。っていうか手術してから前より頑丈になっててちょっと悔しいわ。

 

 

「ほらほら早く準備しないと。お客さんが待ってるよ」

「あーもーわかったわよ!」

 

 

急かされたから仕方なく茜に見えないところに行って着替える。衣装は豪華な割には着やすく作られていて、メイド服とかWonderful Rushの衣装と同じようにサイズはピッタリだ。…なんか悔しい。

 

 

「どう?」

「可愛い」

「あんたはもうちょっと語彙力ないの?」

「可愛いに全てが詰まってるんだよ」

 

 

茜の感想は(嬉しいけど)あんまりあてにならないわね。

 

 

「わあ!かわいいね!」

「にこっちらしいやん!」

「あ、ちょっと後ろのリボンが崩れてるわ。ちょっと待ってて」

 

 

他のメンバーはちゃんと細かく見てくれるわね。茜ももっと細部まで見なさいよ(嬉しいけど)。

 

 

急いでメイクも済ませて、幕の裏側に立つ。後ろには他のメンバーも整列している。

 

 

何て言うかは決まった。

 

 

今から見せるのは、想像上の私じゃなくて、等身大の私よ。

 

 

「…いってらっしゃい、にこちゃん」

「うん」

 

 

茜はそれだけ言って、ステージの幕を開けた。

 

 

「…こころ、ここあ、虎太朗。歌う前に話があるの」

 

 

いざ言おうと思うとちょっと喉が詰まるけど、ここまで来て引き返せない。まったく、前も今も引き返せないような状況にしちゃって…力ずくなんだから。

 

 

「実はね…スーパーアイドルにこは、今日でおしまいなの!」

「「「ええっ?!」」」

「アイドル辞めちゃうの…?」

「ううん、辞めないよ。これからはここにいるμ'sのメンバーとアイドルをやっていくの!」

「でも、皆さんはアイドルを目指している…」

「ばっくだんさー」

「…そう思ってた」

 

 

本当に、最初は情熱が足りてないと思っていた。技術も足りないと思っていた。でもみんな本気で、みんな必死に練習してて、私も負けそうなくらいだった。穂乃果が一度抜けてからもっと本気になれて、この9人じゃなきゃダメなんだって思えたのよ。

 

 

「…けど、違ったの。これからはもっと新しい自分に変わっていきたい。この11人でいられる時がいちばん輝けるの!ずっと、ずっと!!」

 

 

もちろん、創一郎がいろんな些事を片付けてくれて、何より茜が側にいてくれることも大切なの。

 

 

みんなが私を変えてくれたのよ。

 

 

 

 

 

 

「私の夢は、宇宙No.1アイドルとして、宇宙No.1ユニットμ'sと一緒に、より輝いていくこと!それが一番大切な夢…私のやりたいことなの!!」

 

 

 

 

 

 

「お姉様…」

 

 

ちゃんと話を理解できてるのはこころくらいかもしれないけど、いつかここあにも虎太朗にもわかる日が来ると思う。…だから覚えていて、今日の私の姿を、今の私の言葉を。

 

 

「だから、これは私が一人で歌う最後の曲…」

 

 

そこまで言うと、後ろにいたみんなは舞台袖にはけていった。

 

 

後は歌うだけ。

 

 

スーパーアイドル矢澤にこの、最初で最後のライブを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

最高の笑顔で、届けるわよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、約2週間後。

 

 

僕もにこちゃんも無事練習に復帰した。いや僕は練習しないんだけどさ。

 

 

「これでこころちゃんたちもライブに呼べるね!!」

「やったにゃー!!」

「そうよ!!だから中途半端な出来じゃ許さないわ、もう一回やるわよ!!」

「えーっ!」

「にこっち気合い入ってるなぁ」

「今まで心に引っかかっていたのが取れたからかもしれないわね」

「僕もスッキリしたよ」

「茜はあんまり変化がわからないわね…」

「そんなぁ」

 

 

久しぶりの練習でにこちゃんは元気いっぱいだった。一応ストレッチと筋トレは自宅でやってたとはいえ、いきなりがっつり練習するのは怖いけどね。

 

 

「怪我さえしなければ問題ねぇだろ。とりあえず10分休憩しろ、水分補給だ」

「うー…」

「にこ…気持ちはわかりますよ…!!」

「海未のとは違うわよ!!」

 

 

うん、海未ちゃんは熱血スポーツ漫画だからね。色々違うね。

 

 

「ふぅー疲れた…」

「……これで、ライブに………」

「…花陽ちゃん、どうしたの?」

 

 

休憩を始めたμ'sのみんなの中で、花陽ちゃんだけぼーっとしていた。だいぶ涼しくはなってきたけど熱中症かな?それはよくない。

 

 

 

 

 

 

 

と思ったけど、そんなことじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…あっ、あの!!……みんなに、会って欲しい人がいるの…!!」

 

 

 

 

 

 

 

凛ちゃんですら心当たりがないって顔してた。

 

 

っていうかそんな、ご両親に婚約者を紹介したいみたいなノリで言われても困っちゃう。

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

なかなか文章の表現に困ったお話でした。にこちゃんソロライブに根拠ある理由を叩き込むために天童さんとか波浜君に頑張ってもらいましたが、逆に意味不明になってるかもしれません。その場合はごめんなさい。
天童さんは相変わらず先読みの達人、真面目なら頼りになる人です。胡散臭いですが。
にこちゃんを後押しする波浜君、ちゃっかりお金取る雪村君。雪村君のちょい役率が異様に高い気がします。メインのお話はまたいづれ。

次回は凛ちゃんウェディング…の前に、ちょっとオリジナルを挟みます。アニメ二期にやたらオリジナル話を突っ込んでしまってるせいで進みが遅いですが、ストーリーの関係上色々予定があるのです…。


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邂逅



ご覧いただきありがとうございます。

前回、またお一人お気に入りしてくださいました!!ありがとうございます!!先月1人も増えなかったのでもう限界かなって思ってました。まだまだ見てくださる方がいらっしゃるのですね!!これからも頑張ります!!
しかし書き置きがだんだん消費されつつあるので早くストックしておかなければ…笑。忙しいんですけどね!!
そんなことより、今回はオリジナル話、今まで影の薄かった誰かさんのお話です。実はサブタイトルは波浜君以外がメインの時は口調変えてあります。さて今回はどなたでしょうか?


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「湯川…照真くん?」

「うん。ずっと昔からの幼馴染なんだけど…」

「テルマ君って僕が手術したときの?」

 

 

突然、みんなに「会って欲しい人がいる」って言い出した花陽ちゃん。話を聞いてみると、湯川照真という人物らしい。らしいっていうか僕は知ってるじゃん。

 

 

「うん、そうだよ。まだ顔を見たことはないと思うけど…」

「そんな!凛も知らなかったよそんなの!!」

「え?!」

「凛にすら伝えていないとは…一体どういうことだ?」

 

 

まさかの凛ちゃんもご存知なかった。凛ちゃんと花陽ちゃんはめちゃくちゃ仲良いから、お互い知らないことなんてないって思ってたわ。

 

 

「それは…照真くん、サヴァン症候群っていう病気らしくて、人とコミュニケーションがうまく取れないの。凛ちゃんにも話したかったけど、凛ちゃんはすぐにお話しに行こうとしちゃうと思ったから…」

「まったく的確だな」

「そんなことないよー!!」

「そんなことあるわアホ」

 

 

まあ凛ちゃん頭ゆるいから細かいこと考えずに話しかけにいきそう。

 

 

「…でも、何で突然その人に会ってほしいなんて言い出したの?コミュニケーションが苦手なんでしょう?」

「…照真くんは、ご飯を買いに行くときくらいしか外に出ない、ううん、出られないの。にこちゃんの妹ちゃんたちとは違う理由で、私たちのライブを直接見ることはできないの」

「…なるほど。今回の事例を踏まえて、その照真ってやつを助けてやってほしいってことか」

「…うん」

 

 

あー、なるほど。

 

 

同じではないけど、「ライブに来れない」って点は確かに共通点だね。もしかしたらなんとかなるかもって思うのもわかる。

 

 

でも、サヴァンはしんどいなあ。先天性だしね。

 

 

「流石に厳しいんじゃねぇか?鯖がなんとかって病気はよくわかんねぇが、医者でも何でもない俺たちでなんとかできるもんかよ」

「サヴァン症候群ね。僕が会った時は顔は合わせてないけど、受け答えはしっかりしてたと思うんだよなあ」

 

 

サヴァン症候群は脳の作りが普通の人と違うとかなんとかそんな感じだった気がする。だから人智を超えるレベルの天才が生まれたりするんだけど、別の部分で不具合がでることが多い。そのよくある例が自閉症スペクトラムらしいんだけど、テルマ君はそんなにコミュニケーション苦手な感じしなかったなぁ。

 

 

「でも、人とコミュニケーションを取るのが苦手な人のところに急に押しかけるのは良くないんじゃないでしょうか」

「そうね…せめて了解を得ないと」

「それはもちろん、照真くんに聞いてみます。それでみんなが来てくれるなら嬉しいなって」

「行くにしても、まずは少人数で行くのがいいんじゃないかしら。いきなりみんなで行くのはプレッシャーかかりそうよ」

「つってもせめて医療に詳しいやつが…」

 

 

医療に詳しい人が欲しい。確かにそう。

 

 

…ん?それなら。

 

 

「…………え?わ、私?!」

「そっか!真姫ちゃんってお父さんがお医者さんだよね?!」

「お医者さん目指してるとも言ってたにゃー!!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!そんな急に…何で私が!!」

「…やっぱり嫌かな?」

「え?!えっと、い、嫌じゃないけど…」

「それなら!!」

「ちょ、えっと!!…わ、わかったわよもう!!行けばいいんでしょ!!」

 

 

そう、西木野総合病院院長の娘、西木野真姫ちゃんがいるじゃん。

 

 

こんなに適任がいるだろうか。いやない。反語ってたまに使いたくなるよね。ならない?

 

 

「ちなみにサヴァンについての知識は?」

「それなりになら…だって治療できるようなものじゃないし」

「まあそうだよね。花陽ちゃん、まっきー…えっと、藤牧君も連れてっていいかな」

「藤牧さん…?うーん、照真くんも一回会ったことある人が多いのは気が楽かもしれないし…多分大丈夫だと思う…」

「そんじゃあ、了解が得られたら僕と真姫ちゃんとまっきーが最初に向かうことにしよう。その後はまだ未定で」

「えっと…みんな、いいの?」

 

 

さくさく話を進めていると、むしろ花陽ちゃんが不安そうな顔をしだした。まあね、思いのほか反対意見少なかったしね。

 

 

「俺たちが行って効果があるとは思えねぇんだがな…」

「創ちゃん、それはやってみなきゃわかんないよ!私はもっといろんな人にライブを見てほしいもん。それに花陽ちゃんの頼みだもん、ほっとけないよ!」

「ま、まあ…そうなんだがよ…」

「そうだよ!かよちんが困ってるんだよ?!凛たちが力になってあげないと!!」

「あー…まあ、確かに…?」

「創ちゃん、心配いらんよ。こういう時は穂乃果ちゃんの勢いが大事っていうのはわかってるやん?もう前みたいに暴走したりはしないやろうし、穂乃果ちゃんの言う通りみんなで力になってあげよ」

「…あーくそ、わかったよ…」

「なんか真姫ちゃんと似たような返事だね」

「うるさいわね!」

「うるせえぞ」

 

 

創一郎もみんながなんとかしてくれた。君もツンデレなのかな?真姫ちゃんと流れが同じだよ。リアクションも同じだよ。面白いわー。

 

 

「それじゃあ次のお休みの日…日曜か。休み使っちゃうけど真姫ちゃんいいかい?」

「パパと相談するわ。病院のお手伝いのこともあるし」

「あ、そっか。じゃあ真姫ちゃんの予定に合わせようか」

「みんな…あの、ありがとう…!」

「いいよ!花陽ちゃんのためだもん!!」

 

 

今更だけど、ほんとにみんな仲良いよね。

 

 

とにかく、テルマ君にご訪問は花陽ちゃんの返事と真姫ちゃんの予定次第ということになった。うまくいくかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…この前の、波浜と藤牧と、あともう一人、うちに来る…?」

「う、うん…西木野真姫ちゃんっていうんだけど…ダメかな?」

「西木野真姫ちゃんっていうのか…ダメ…いや…何で…」

 

 

照真くんに話してみると、やっぱりすごく困っちゃいました。コンビニですらほとんど行けない照真くんには、やっぱり前みたいに大事な理由がないと知らない人に会うのは辛いのかも。

 

 

でも、やっぱり照真くんをそのままにはしておけないよ…!

 

 

「…私ね、照真くんにも、μ'sのライブを見てほしいの」

「μ'sのライブを見るなら、ここからでもネットで見ているぞ…」

「ううん、違うの。あのね、μ'sのライブを、直接、見てほしいの」

「直接…?」

 

 

混乱している照真くんは手に持つ小さな機械をかしゃかしゃ動かし、目線もあちこち動かしていました。照真くんは集中しているとき以外はとても落ち着かない癖があるんです。いつもはだいたい何かの作業をしているのでこうなることはあまり無いんですけど、焦ったり混乱したりするとどうしてもそわそわしてしまいます。

 

 

「うん。ライブってね、画面越しに見るよりも、自分の目で見た方が何倍も感動できるの。私、照真くんにもそれを感じてほしい」

「それを感じてほしいとしても、俺は…人が…」

「うん、わかるよ。人がどうしても苦手なのは。だから、少しずつ慣れていってほしいの」

「少しずつ慣れて…?いや、それでも…いや、いや…そんな…!」

「照真くん、落ち着いて…!!」

 

 

話を続けると、照真くんはついに手に持っていた機械を落として頭を掻き毟りはじめました。ひどく混乱して怖がってしまったみたいです。やっぱりこんなこと言うべきじゃなかったのかも、と後悔しながら照真くんをぎゅっと抱きしめました。しばらく抱きしめていると過呼吸気味だった呼吸も次第に落ち着いて、少しだけ落ち着きを取り戻したみたいです。

 

 

「ごめんね、急に変なこと言っちゃって。やっぱり嫌だよね、怖いよね。ごめんね、私のわがままで嫌なことしちゃって」

 

 

やっぱりダメです。こんなに照真くんが怖がってるのに、無理やり知らない人に会わせるなんて…

 

 

 

 

 

「…会う」

 

 

 

 

 

「え…」

「会う。その、波浜と、藤牧と、西木野に、会う」

「いいの…?怖くないの?」

「怖い…怖いけど、花陽が会ってくれって勇気を出して言ってくれた。俺も、勇気を出さなければ…」

「そんな…無理しなくても…」

「無理してない…。直接は会えない、前みたいにスピーカー越しだ。それなら、まだ怖くない」

 

 

落ち着いた照真くんは、なんとみんなに会ってくれるって。確かにスピーカー越しでなら前も茜くんたちと話せたから、大丈夫かも。

 

 

「それと…花陽、近くにいてほしい…」

「…うん、わかった。そばにいるよ」

 

 

私は初めから照真くんの側にいるつもりでした。だって私も心配だもの。

 

 

それでみんなに会ってくれるなら、十分です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わはー、やっぱここすごいね」

「玄関もすごかったけど…うちにもこんな地下室ないわよ」

「普通は地下なんて無いよ」

「機材が増えているな。私ですら用途がわからない機械…胸が熱くなるな」

「勝手に触っちゃだめだよ」

 

 

数日後、宣言通り僕は真姫ちゃんとまっきーを連れてテルマ君の家を訪れた。前に来たのは一ヶ月ちょっと前くらいだけど、地上部分は普通の民家なのに地下は相変わらず真っ白な謎空間だ。しかもこの短期間でいろんな機械が増えたり減ったり模様替えしたりしてる。なんなんだろうね。

 

 

ちなみに花陽ちゃんとテルマ君は別室にいる。やっぱり直接会うのは無理だってさ。

 

 

「とりあえず、花陽ちゃん達から僕たちはちゃんと見えてるの?」

「うん、モニターがあるから見えてるよ」

「どこにカメラあるのよ…」

「どこにもカメラはない…空気の振動や磁場の変化を床や壁のセンサーが読み取って、それを元に三次元空間を書き出している」

「えっこれ映像じゃないの?!」

「これは映像じゃないぞ」

「どうなってるのかすごく気になるんだけど」

「ほう、床…」

「何で剥がそうとしてるんですか!!」

「倫理観のかけらもないよなぁ」

 

 

なんだか人智を超えた説明をされてしまった。カメラですらないんだね。どんだけ膨大な計算してるのさ。あとまっきーは人の家の床板を剥がそうとしないで。

 

 

「…剥がす繋ぎ目すらないとは」

「そういう問題じゃないよ」

「もうっ本当にお医者さんなんですか?!」

「紛れもなく医者…お医者さん?また可愛らしい呼び方をするな、西木野嬢」

「うるさい!」

「何その西木野嬢って呼び方」

「西木野嬢は西木野嬢だ。何か問題でも?」

「ひくわー」

「何故だ」

 

 

まっきーは真姫ちゃんを西木野嬢って呼んでいるらしい。嬢って。まっきーが言うと無理やり距離を縮めようとしてる感がすごくて気持ち悪い。まっきーじゃなくても「嬢」は無いね。にこ嬢とか言えない。いやちょっと言えそうな気がしてきた。

 

 

「床は液体樹脂を流して後から固めたものだ。繋ぎ目はなく、剥がすことはできない」

「なるほど…しかしこれほどの面積、均一に塗り固められるとは恐れ入る」

「これほどの面積を均一に塗り固めるには粘性を下げれば難しくない。固めるのは重合反応を利用した」

「重合反応?酸化反応ではないのか」

「酸化反応ではない。面積が広すぎて固まり方にムラができてしまうからな。均一に広げたのち、ほんの少量だけ重合開始剤を加えれば一気に全体が硬化する」

「ほう…ラージスケールならではの問題点だな」

「流石に話が高度だね」

「わ、わたしには何がなんだか…」

 

 

頭いい人たちがなんかよくわからない話をしてて、僕らは置いてけぼりだ。粘性を下げるとかそんな簡単じゃなくない?よく知らないけど。とにかくすごい技術らしいことはわかる。ごめん嘘わからない。

 

 

話し込んでる天才は放っておいて、僕と真姫ちゃんは少し奥を除いてみることにした。奥にも沢山の機械が置いてあり、何かをかき混ぜてたり何かくるくる回ってたりロボットアームが何かしてたりしてた。何の機械なのかはさっぱりわからない。

 

 

「あ、あそこにあるのがミケランジェロだね。僕の手術で使ったやつ」

「え?どれ…気持ち悪いっ!」

「気持ちはわかるけど、開口一番に気持ち悪いは失礼じゃない?」

 

 

確かに黒くて細長いものがたくさん生えてて気持ち悪いのはわかるんだけどね。

 

 

「それよりも、花陽ちゃんたちがいる部屋はどこにあるんだろう。僕らが乗ってきたエレベーター以外に扉見当たらないんだけど」

「別のエレベーターがあるんじゃない?」

「そうなのかなぁ」

 

 

一通り地下室を見回ってみたけど、色んな機械が置いてあるだけで扉は一つもない。前来た時もテルマ君は別室にいたけど、結局どこにその部屋があるかはわからないままだ。前回は花陽ちゃんが手術前にテルマ君のところに逃げたはずなんだけどな。エレベーター使ってた記憶がないな。

 

 

とりあえずまっきーのいるところに戻ってくると、何故かまっきーに右腕が生えてた。なんでさ。事故でなくなったでしょ。

 

 

「…まさか再生医療ってそこまで進歩したの?」

「そんなわけ…ないと思うけど…」

「ん?ああ、茜と西木野嬢か。案ずるな、義手だ義手。まあ義腕と言うべきかもしれんが」

「そんな精巧な義手あんの」

「テルマが作ってくれた。恐ろしいぞ?私の左腕より器用に動く」

「そりゃ恐ろしい」

 

 

生えたんじゃなくて義手だった。すごいな、ほぼ違和感がない。触ってみたけど、感触まで自然だ。こんなんチートじゃん。

 

 

「テルマ、義足は作れないのか?」

「義足は作れなくもない。ただ腕より難しいな、重心がブレないような作りにしなければならない。膝下から失われている場合はさほど問題ないのだが、膝がないと切断面を関節と捉えて作るのが一番早い」

「それは困るな。瑞貴は残った足が非常に短い…不自然な足になってしまう」

「勝手に人の義足を注文するんじゃないよ」

「問題ないだろう。瑞貴とて足があった方が都合がいいことだってあるはずだ」

「そういう問題じゃないと思う」

 

 

まっきーは人のことを分かった気になって勝手に進めてしまうから良くないね。天才なのに。天才だからかな?

 

 

「ふむ、思ったより議論で時間を使ってしまったな…そろそろ戻らなければ」

「そもそもまっきーは来て大丈夫だったの。自分の病院ほっといて」

「当たり前だ。私がいなくても業務が回るようにしておかなければ、私が学会などで不在の時に困るだろう」

「流石だね」

 

 

意外と後進の育成をちゃんとしてた。ちゃんと育成出来てるかは別として意外だ。

 

 

「まっきーがそろそろ帰るみたいだから、僕も帰るよ。真姫ちゃんどうする?」

「それなら私も帰るわ」

「おっけー。そういうことだから今日は帰るね。だいたいまっきーと喋ってただけだった気がするけど」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 

君らの議論で数時間使ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って感じだったわけだけど、お話してたというよりは議論してただけだったね」

「私も別にいらなかったじゃない」

「そ、そうだね…」

「そういう知識があれば話はできるって感じなのかしら?」

「うーん難しいにゃー!」

 

 

次の日の練習後に、テルマ君訪問の全貌をみんなに伝えた。あんまり成果があったとは言えないね。雑談とか世間話みたいなことはできなかったし。僕と真姫ちゃんは地下を見学しただけだったし。

 

 

「外に出られるように…とはなかなかなりませんね…」

「どうしたらいいか全然わからないね…」

「テルマ君がどうしたいかとかも読めないからなあ」

「ご、ごめん…」

「いや花陽ちゃんが謝ることではないんだけど」

 

 

流石にサヴァン相手にこころちゃん達と同じ手は通じないだろうし、困ったね。これは本当に困った。マジマジ。

 

 

 

 

 

 

「へーいボーイズアンドガールズ、面白そうな話してんじゃーん?俺も混ぜて混ぜtうおおおおおっ?!だーから滞嶺!!急に暴力振るうんじゃありません!!お前のラリアットなんか食らったら首が飛ぶわッ!!」

「飛ばねぇよ…つーかよく避けたな」

「避けられないつもりで殺しにきてる!!」

 

 

 

 

 

 

…何で天童さんがいるのさ。

 

 

「何で天童さんが…」

「ふっふっふ…たまたま通りがかるとかそういうのは考えてくれないわけ?」

「天童さんに限ってそんなんあり得ないですしおすし」

「俺が一から十まで把握してると思うなよ?」

「してないんですか?」

「してねーよどこの超人だよ」

「既に超人の域だと思うんですけど」

「えっまじ?いいぜもっと褒めろ」

「帰ってください」

「辛辣ぅ〜」

 

 

褒めると調子に乗る人だったねそういえば。

 

 

「何にしても天童さんみたいに胡散臭い人は余計会わせられませんって」

「胡散臭いとは失礼な」

「そ、そうですね…ちょっと照真くん怖がっちゃうかもしれませんから…」

「あっ花陽ちゃんに言われると本気っぽいからヘコむ」

「僕も本気なんですけど」

「慈悲のカケラもねぇなお前」

 

 

天童さんが胡散臭いのは間違いない。胡散臭さの塊に近いし。まあそれ以外にも、天童さんみたいな人の心を自在に操る系の人がサヴァンに通用するか怪しいってのもある。むしろ変に怖がらせる方がマズい。

 

 

「だいたい天童さん、知らない人の行動は読めないでしょ」

「それは花陽ちゃんに話を聞くんだよ。聞いた話でもあるのと無いのは大違いだ」

「でもサヴァンですよ?」

「サヴァンだって同じ人間なんだ。何も困ることはねーよ」

「本当ですかー?」

「こらこらそんな疑わしそうな顔をするんじゃない。俺も不安になっちゃう」

 

 

実際不安しかないし。

 

 

いや、普通の人が相手だったら天童さんは信頼できるんだけどね。今回は特殊な例だから。

 

 

「まあ任せろって。誰よりもハッピーエンドを重んじる天童さんの本気を見せてやる」

「は、はあ…」

「あとたまにはかっこいいとこ見せないと威厳が失われちゃう」

「初めから無いと思います」

「お前は俺に恨みでもあんのかよ」

 

 

恨みはないけど、天童さんって何となくツッコまざるを得ない感じで喋るよね。

 

 

そんなわけで、仕方なくテルマ君の人となりを天童さんに伝える花陽ちゃん。何だかんだ言って僕らも知らない情報がちょこちょこあった。彼も両親いないんだね。お仲間だ。ちょっと悲しいお仲間だなあ。

 

 

「オーケーオーケー、大方の人となりはわかった。あとは、そうだな…食べ物の好き嫌いとか、ちょっとした癖とかあったら教えてほしいんだが」

「好き嫌いは…ごめんなさい、わからないです。照真くん何でも文句ひとつ言わずに食べてくれるので…」

「僕もにこちゃんの料理なら何だって食べるよ」

「張り合わなくていいわよ!!」

「うぶっ」

 

 

にこちゃんの料理は美味しいから何だって食べられるよ。しかしにこちゃん、回し蹴りとはまた新しい技を会得したね。用途が僕へのツッコミというのが悲しいけど。

 

 

「あとは、癖…そういえばいつもよくわからないおもちゃを持ってます」

「…よくわからないおもちゃって一体何なんだよ」

「ご、ごめんなさい…本当によくわからないんです。手元でかちゃかちゃしてるのはわかるんですけど…」

「ルービックキューブとかかしら?」

「そんなにカラフルじゃなかったと思うなぁ…」

「つーかルービックキューブだったら『よくわからない』とか言わねぇだろ」

「確かに…」

 

 

とは言っても手元でかちゃかちゃできるおもちゃなんて他に知らないけど。それか知恵の輪かな?でも彼なら一瞬で分解しそう。

 

 

「あとは全然寝なかったり、モニターの前からあんまり動かなかったりするくらいでしょうか…癖かどうかわからないですけど…」

「…なるほどな。オーケー、策は整った。んじゃあ作戦を発表するぜー」

「あれ、天童さん一人でやるんじゃないんですか」

「丸投げする気満々かよ!」

 

 

いや天童さんって大体勝手に一人で解決しちゃうから。

 

 

 

 

 

そんな天童さんの策は、なるほど確かに人手を借りざるを得ない。

 

 

でもそれ本当に大丈夫なのって感じだ。

 

 

うまくいかなかった時が怖いんだけど。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

もうちょっとだけ続くんじゃ。今回は湯川照真君のお話です。あまり出てきてませんが。サヴァン症候群についてはそんなに詳しくないので大半想像で埋めてます。
そして今回もやってきた天童さん。暇なんでしょうか。


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解放



ご覧いただきありがとうございます。

またお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!寿命増えます!!(まだ言ってる)
この調子で無限にお気に入り登録増えたりしないでしょうか。しませんね。知ってます。しょんぼり。

今回は湯川君ストーリー後編です。サブタイトルを湯川君に合わせて口数少なくしたら何が何だかわからなくなりました。何やってんだ私!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「そんなわけで、湯川照真宅に来たのだ」

「そういう導入いりませんから」

「相変わらずひどいわー」

「とりあえず状況を説明して欲しいんすけど」

「そうだよ、僕らは何のために呼ばれたのさ。僕明日から北海道でロケなんだけど」

「僕も大阪で学会があるので手短に…」

「私も本日17時にはフランスに向かわなければならない。この時期は学会シーズンだからな、今日来れただけでも奇跡的だ」

「皆さん忙しすぎない?」

「…俺はさほど忙しくもないが、わざわざ外出する予定は無かったんだがな」

「つーかよくこんなに人集まったな」

 

 

とりあえずだよ。

 

 

天童さんの策の一つは、「ある程度大人数でお邪魔すること」。何でそういう結論に至ったのかはまるでわからないけど、とりあえず人を集めたら何か知った顔が集まった。μ'sのみんなに加えて、天童さんや創一郎だけでなく、穂乃果ちゃんに連行されたであろう桜、ことりちゃんに呼ばれたらしいゆっきー、何故かついてきたまっきー、天童さんが呼んできた御影さんと松下さん。全部で17人とは恐れ入ったね。本当に大丈夫なの。

 

 

「こ、こんなにたくさん連れてきちゃって本当に大丈夫なんでしょうか…?」

「だーいじょーぶ大丈夫!俺に任せな!」

「そもそも何をするか聞いてねーぞ」

「…穂乃果ちゃん、何も説明せずに連れてきたの?」

「あ、あはは…忘れてた…」

「桜さん、よくそれで来てくれましたね…」

「そりゃあれだよ、愛という名の…待て待て何か嫌な予感がビンビンする俺が悪かった」

 

 

穂乃果ちゃんは桜に何も伝えず連れてきたらしい。ほんとによく来たね桜。後で説明してあげよう。

 

 

『は、花陽…17人もいるじゃないか…そんなに連れてきたのか?』

「う、うん…えっと、やっぱり…」

『…いや、いや…ああ、やる、やるさ…』

「…ほ、本当に大丈夫なの…?」

「すごく辛そうだよ?!」

「そこはまあ、我慢してもらうしか…」

「いきなり不安しかない」

「流石に完全に穏便に済ませるなんて無理だっつーの。ちょっとは諦めろ」

 

 

めちゃくちゃ警戒してるっぽいけど本当に大丈夫なのこれ。

 

 

てかまだ家に入ってないのにこっち見えてるんだね。どっかにカメラがあるのか、中みたいに何かよくわからない観測システムがあるのか…わかんないな。

 

 

玄関の鍵を開けてもらって、ぞろぞろ中に入って奥へ。奥へ来たはいいけどエレベーターに全員は入れないんだけど。

 

 

「俺は最後な。ちょっと観察したいし」

「人の家をジロジロ見るんじゃないよ」

「いーじゃねーかよー。ちょっと情報集めるだけなんだしよー」

「まっきーは先行きな、知ってる人が最初に来る方が安心しそうだし」

「…俺も先に行かせてもらおう。車椅子はスペースを取るからな」

 

 

そんなわけで先発隊はまっきー、ゆっきー、花陽ちゃん、真姫ちゃん、凛ちゃん、ことりちゃん。二番手は穂乃果ちゃん、絵里ちゃん、海未ちゃん、希ちゃん、松下さん、御影さん。最後は僕、にこちゃん、桜、創一郎、天童さん。桜は待ち時間の間に今日の作戦の説明をした。「何で俺が…」って顔してた。っていうか声に出てた。

 

 

下に降りると、花陽ちゃんは既に姿を消していた。テルマ君のところに行ったんだろう。他のみんなはわいわいしていた。いろんなところで色んなものを見学しながらそれぞれお話してる。

 

 

「まったく、博物館じゃないのよ?」

「ほんとだよ。見るならにこちゃんを見ればいいのに」

「そういうことを言うな!」

「あふん」

 

 

今日も華麗におでこにパンチが決まった。でこぱんちだね。なんか可愛い響き。痛いけど。痛い。

 

 

 

 

 

 

でも、これも天童さんの作戦通りだ。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうだ照真君。少しは気が紛れるかな?」

「…少しは気が紛れる。ああ、そうだな…少しだけ…」

「えっ本当?!こんなに人がいるのに?」

「ああ、こんなに人がいるのに…あまり怖くない」

「よしよし、ちゃんと予想通りだったみたいだな。こっちもお話といこうか、照真君。きっと君が幸せになるお話だ」

「うわー胡散臭い」

「はいそこ口挟まない」

 

 

何故だかわからないけど、あまり怖がってないらしい。何でだろう。天童さんはわかってるんだろうなあ。

 

 

「早速だが、その部屋からは出てこれないのか?」

「この部屋からは出てこれない。会うのは恐ろしい」

「オーケー。じゃあ共に考えようか、なぜ恐ろしい?何が恐ろしい?」

「なぜ恐ろしい…何が恐ろしい…?」

「いや天童さん、それがわかったらこんなに苦労してないじゃないですか」

「ああ、だから考えようって言ってんだよ。それがわかれば苦労しなくて済むだろ?」

「何言ってんですかほんとに」

 

 

なんか日本語通じてないみたいなんだけど。そもそも既に苦労してるだけど。

 

 

「まあ、俺には答えの用意はできてるんだけどな。それでも考えようぜ、照真君。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の…得意分野…」

「て、照真くん…大丈夫…?」

「…ああ、大丈夫。そう、考えよう、なぜ恐ろしいのか、何が恐ろしいのか…」

 

 

モニタールームで、照真くんはたくさんのモニターを見ながら天童さんと話しています。目線は常に動いていて、天童さんだけでなく他のみんなの様子も見ているみたいです。このモニタールームには、地下室全体の音声が届くので私には天童さんの言葉さえ聞き逃しそうになってしまいます。

 

 

「君の話は大方花陽ちゃんに聞いた。そして俺は本当に色んな人を見てきた。流石にサヴァンは初めてだが、自閉症患者も何十人と見てきたぜ?だからこそ言えるんだが、君はコミュニケーションを取れないという割には会話に不自由が無さすぎるな。もちろん会話が苦手な感じはするが、練習することもなく会話ができるなら十分なコミュニケーション能力だ」

「え?そんな…」

「そんなはずはない、そう思うかい花陽ちゃん?そりゃ君はきっと病的なコミュ障を見たことがないからだろうよ。練習を重ねないと『はい』と返事することすら難しい、そんな人に会ったことがあるか?」

「え、えっと…」

 

 

そんなこと、考えてもみませんでした。照真くんはサヴァン症候群だから、と言われて納得してしまっていたからかもしれません。

 

 

ただ照真くんが他の人よりコミュニケーションが苦手というだけで、そういう病気なんだと思い込んでいました。

 

 

「そう、彼はコミュニケーション自体には問題がない。今会話していてもそれは確実だな。…じゃあ、彼にはサヴァンとしての異常は見られないのか?いやそうじゃないね。ちゃんと毎日必死に異常と戦っているみたいじゃないか」

「ええ?!」

「でも会話がちゃんとできるならどこに異常があるって言うんです」

「そりゃもう発想が及ばないようなところで、だよ。俺でもちょっと疑わしかったくらいだぜ?ちゃんと合ってたみたいで安心したけどな」

「………行き当たりバッタリで来たんですか」

「へい茜そんな怖い顔しない」

 

 

コミュニケーション以外に、照真くんが困っていることなんてあったかな…?考えてみても思いつきません。一体何が問題なんでしょう?

 

 

 

 

 

 

「結論から言おうか。照真君は()()()()()()()()んじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 

 

 

 

 

「…え、えっと…どういうことでしょう…?」

「んー、そうだな…例えで言うとマグロが一番わかりやすいかな?別に死ぬわけではないだろうけど、同時に色んなことを考えずにはいられないらしい。そりゃ普通の人たちも何も考えずにぼーっとするのが苦手な人もいるだろうが…彼は同時に5つも6つも考えられるような人間だ。その全てが一瞬でも思考を止められないとすると…相当しんどいぜ?」

「あんまりイメージ湧かないんですが」

「ほんとですよ!何言ってるのかさっぱりよ!」

「俺だって言い方に困ってんだよ…」

 

 

まだ天童さんの言っていることがよくわかりません。それに考えずにはいられないことがそんなに大変なんでしょうか?頭のいい人はみんなそうだと思ってました。

 

 

「えーっとそうだな、彼がほとんど眠らないことを例に挙げようか。人間って眠ってる間に記憶を整理するとか言うじゃねーか。それでも眠っている間は相当脳にかかる負担が減ってる状態だ。五感の大半をシャットアウトしてるからな」

「まあそれは常識ですね」

「常識なの…?」

「にこちゃん知らなかったの」

「知ってるわよ!!」

「ふげっ」

 

 

それは私も聞いたことがあります。夢を見ている「レム睡眠」の時は脳の働きが活発で、夢を見ない「ノンレム睡眠」の時は落ち着いている…っていう話だったと思います。

 

 

「ところが湯川君はどうだ?そもそも記憶の整理をする必要がない。全部覚えているからな。仮に整理するにしても、日常の中で並列思考の『空き容量』でやってしまえるだろうさ。だとしたら脳は特に睡眠を欲しがらないわけだ。別に必要ないからな。それどころか活動を抑えることすら許されない。だったらむしろ眠れないさ、頭が止まってしまうのが怖くて」

「カーズにはなれないわけですね」

「考えるのをやめたってか?確かに無理だな!湯川君なら考えていれば帰ってこられそうだけどな!」

「何の話よ!」

 

 

そんな…そんなことがあり得るのでしょうか。考えを止めるのが怖くて眠れないなんて。

 

 

「…一種の強迫神経症に近いかもしれない。考えていなければならない、そんな強迫観念が染み込んでいるのかもな。先天的なのか後天的なのか知らねーけど。まあとにかく、人と話すのが苦手なのもそこにあるんだろ。会話が苦手なら、会話に頭のリソースを集中させなければならない。ところが苦手な会話に過剰な戦力を集めても手持ち無沙汰な部分が確実に出てくる。そうすると湯川君は恐怖を覚える。そういうことだろ」

「で、でも今は平気そうですよ?」

「そりゃあそれを狙ったからな。沢山人を連れてきて、気になることを多くしてそっちに意識を分散させれば、手の空いた頭はそっちに思考を割り当てられる。そのための人員だよ」

「手の空いた頭って難しい日本語ですね」

「他に言い方が思いつかねえんだよ…」

「それでも脚本家なんですか」

「脚本家ですら思いつかないって捉えてほしいなー! !」

 

 

そっか、それで「できるだけ人を集めたい」って言っていらっしゃったんですね…。実際に照真くんも、天童さんが映るモニター以外にも目を向けているみたいです。手にもっているおもちゃもあまり今日は動かしていないみたいです。

 

 

「だからほら、いつも持ってるらしいおもちゃも使っちゃいないだろ?あれ多分思考の空白を埋めるためのものだしな」

「あ、はい。いつもより動きが小さいです」

「………………あれ?まだ使ってんの?」

「えっ?は、はい…」

「こんだけ人を分散させてまだ頭に余裕があんの…??」

「天童さんが珍しくうろたえてる」

「ほんとね。写メろ」

「こーら」

 

 

天童さんはびっくりしていますが、照真くんはいつもよりは頻度は少ないもののいつものおもちゃをかしゃかしゃしています。いつもは凄い勢いで動かしているのでよく見えなかったんですが、今ならよく見えます。ルービックキューブみたいな形をしていますが、ピースの形が同じではなく、全てのピースに画面がついています。

 

 

「おもちゃ…メビウスキューブのことか?」

「メビウスキューブ…?それ、そういう名前なの?」

「えっめっちゃカッコいい名前じゃん超見たい」

「気になるね」

「気になるか?…いや、しかし見せるためには…」

 

 

なんだかカッコいい名前をつけていました。天童さんも茜くんも興味を持ってくれたみたいですけど、照真くんはこれを手放したがらないので見せるなら直接会いに行くことになります。

 

 

やっぱり怖いみたい。

 

 

「…安心しな」

「…え?」

「ここにいるやつらは大体頭おかしい。君の頭脳を会話に集中させても、空き容量が埋まる程度には情報量が多いだろうさ。しかもこんなに人数いるんだし」

「頭おかしいって自分を差し置いてなんてこと言うんですか!!」

「俺も含めてだよ!怒るなよにこちゃん!!」

 

 

…たしかに情報量は多いですけど。

 

 

「それにさ」

「…」

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「…………花陽…」

「えっ私?!」

「君以外に花陽は知らんぞ」

「天童さんなら知っててもおかしくない」

「そういうこと言わない」

 

 

わ、私が何か関係あるんでしょうか?!

 

 

「これは簡単だろ?花陽ちゃんがいれば飯も食うし眠りもするんだ。花陽ちゃんが近くにいるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったら花陽ちゃんの側にいれば大体解決だろ」

「そ、そういうことなんでしょうか…?」

「僕だってにこちゃんの隣は安心するよ」

「だから張り合うな!!」

「ふべっ」

「…君ら、別に無理やり情報量増やそうとしなくてもいいんだぜ?」

「「素です」」

「素かあ」

 

 

たしかに、照真くんは私がここに来るとモニターから目を離してご飯を食べたり、お茶を入れたりしてくれます。仮眠もしますし、作業の手を止めてくれます。

 

 

そんな大きな意味があるとは思いませんでした。

 

 

「…」

「照真くん…」

 

 

照真くんは今はモニターすら見ずに俯いて、手に持つナントカキューブも動かしていません。

 

 

私も初めて見る、照真くんが考え込む姿でした。

 

 

 

 

 

 

 

「来いよ、湯川照真。花陽ちゃんが見た景色を、君もその目で見たいだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

「…花陽」

「…うん」

「うん、行こう。…彼らの下へ」

 

 

照真くんは顔を上げて、モニターではなく私を真っ直ぐに見て、そう言いました。やっぱり無表情だけど、今までで一番勇気を出して覚悟を決めたということはよくわかります。私が手を差し出すと、照真くんは立ち上がって私の手を握りました。

 

 

「…こうしていれば、怖くない」

「うん」

「花陽がいれば、怖くない」

「うん」

「…行こうか」

「うん、行こう」

 

 

そして、2人で部屋の壁に歩み寄ります。

 

 

照真くんが手をかざすと、壁が淡く光って左右に開きました。

 

 

その先には、みんなのいる地下室。

 

 

そう、この部屋は地下室の一画に隠されていたんです。

 

 

「え゛っ壁が割れたぁ?!そんなファンタジーなシステム作れんの?!やっばカッコいい!!」

「天童さんすごい声出しましたね」

「すごいにゃー!!」

「…あんなところに切れ目なんてなかったはずだぞ?どうなってやがる」

「どうなってるかわかったらきっと僕らも超常の頭脳を持ってますよ。わからないのが普通です」

「でも、本当に現実なのか疑わしくなってしまいますね…」

「…スピリチュアルやね」

「あれスピリチュアルとは程遠い技術じゃない?」

「どっちかって言うとSFよね…」

「蓮慈、あれはどうなっているんだ」

「私にも見当がつかないな。本当に全く。手がかりのカケラも掴めない」

「…何で嬉しそうなんですか」

「でも、映画の中みたいでカッコいい!」

「私もあそこ入りたい!」

「穂乃果は入ったら出れなくなりそうだからやめとけ」

「一理あるわね…」

「一理あるんだ…」

 

 

みんな色んな反応をしていてちょっと困ってしまいますが、横目で照真くんを見てみると思ったより柔らかい表情をしていました。…無表情ですけど。

 

 

…私も、最初は自信なんてありませんでした。

 

 

スクールアイドルなんてなれないと思っていました。夢物語だと思っていました。でも、凛ちゃんが、真姫ちゃんが、背中を押してくれましたを穂乃果ちゃんが、μ'sのみんなが、私を支えてくれました。

 

 

 

 

 

 

だから、照真くんも。

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、照真くん!μ'sのリーダー、高坂穂乃果です!!」

 

 

「…………ああ、はじめまして、μ'sのリーダー、高坂穂乃果さん。……は、花陽の幼馴染の…湯川、照真です」

 

 

 

 

 

 

 

きっと、みんなが支えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sの作詞担当、園田海未と申します。花陽がお世話になっています」

「衣装担当の南ことりです。よろしくね!」

「かよちんの幼馴染の星空凛だよ!照真くんと一緒!」

「西木野真姫よ。作曲担当」

「音ノ木坂学園元生徒会長の絢瀬絵里よ。仲良くしましょうね」

「同じく元副会長、東條希や。スピリチュアルなパワーって照真くん的にはどうなんかな?」

「ふふふ…にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー、笑顔届ける矢澤にこにこ!にこにーって覚えて、ラブにこ!」

「満を持して持ちネタを披露したにこちゃんの幼馴染、波浜茜だよ。君のおかげで手術も成功したよ、本当にありがとう痛い痛いにこちゃん痛い」

「改めて、医者の藤牧蓮慈。ミケランジェロの製作と使用許可、私も感謝している。この義腕も非常に高性能だ…料金は後日振り込もう」

「お前いつの間に義手を…。ファッションデザイナーの雪村瑞貴だ。車椅子で押しかけてすまないな」

「作曲家の水橋桜だ。茜が世話になったな」

「僕は俳優の御影大地。ここでテレビを見れるのかはわからないけど…ドラマなんかを見ると出演してるかも」

「国立大学で文学部の准教授をしている松下明と申します。小説家でもありますから、この地下室はとても想像力が掻き立てられますね…」

「…滞嶺創一郎。μ'sのマネージャーだ」

「そしてこの俺!天才脚本家の天童一位さんだぜ!!…ようこそ、俺たちのコミュニティへ」

 

 

…みんな一気に自己紹介したけど、大丈夫かな?

 

 

「…ああ、大丈夫。()()()()()()()()()。映像で見た。名前を見た。大丈夫、一度見たら、二度と忘れない」

 

 

全然大丈夫でした。そういえば完全記憶能力っていうのがあるって言ってました。

 

 

 

 

 

 

「さあ、握手しようぜ。新たな一歩を祝して!!」

「…ああ、握手をしよう。新たな一歩を祝して」

 

 

 

 

 

 

照真くんが、差し伸べられた天童さんの手を。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()、掴みました。

 

 

 

 

 

 

きっと、このみんなとなら大丈夫。これからもっと慣れていけば、きっと外にも無理なく出られるようになって…ライブも、見られるようになります。

 

 

 

 

 

 

ありがとう、みんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ花陽、やっぱり手を…!!」

「えっあっはいっ?!」

「何だまだダメなんかい」

「そう簡単にはいかないですって」

 

 

やっぱりもうちょっとかかりそうです。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

本筋の中では初めての全員参加です。誰が喋ってるのかわからなくなりそうですね!口調などから推測していただくしかないわけですが、敬語挟むともうわけわからなくなりますね。誰がこんなことしたんだ!!(私だ)
湯川君は元々天才という設定しかなかったんですが、それだと藤牧君と被るじゃんってなったので天才のベクトルを変えました。そしたらこうなりました。マジのサヴァンにしてしまうと会話ができなくなりそうだったので、こういう「裏」を考えました。そしたらこうなりました。天童さんすら困惑するレベルです。
どうでもいいですが、個人的にはにこちゃんがここぞとばかりに「にっこにっこにー」するところが気に入ってます。


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リズム取るのってメトロノームで十分じゃん



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお一人、お気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!うぞ…今月お気に入り増えすぎ…?(4人)
本当に、皆様の応援のお陰でこんなにも続けていられます。ありがとうございます。だって初投稿3月ですもん…いつの間にこんなに…。

あとですね、Aqoursの4thライブ2日目に行ってきました!ええもう!!最高でした!!号泣でした!!5thも絶対行きますよ!!来年度は社会人ですし!!

さて、今回はお待ちかね(?)、凛ちゃん回です。さあ可愛くなる凛ちゃんをご覧あれ!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

現在、穂乃果ちゃん達2年生組が不在であーる。

 

 

何故かって修学旅行だよ。沖縄に。僕も去年行ったんだけどね。まあその時は青い海も白い砂浜もガン無視でにこちゃんしか見てなかったわけだけど。逆にすごいよね僕。当然僕は海なんか入らないしね。ひたすらパラソルの下からにこちゃんを眺めるだけのお仕事だったよ。なんか変態っぽい。変態じゃないよ?

 

 

まあ過去のことはどうでもいいや。とにかく穂乃果ちゃんたちがいなくても練習は続けなきゃいけないのだ。

 

 

「はぁ…止まないね」

「台風来てんだから雨くらい降るだろ」

 

 

でも土砂降りでした。現実は非情である。まあ部室が広くなった今、雨降っててもある程度のことはできるんだけどね。

 

 

「そろそろ練習時間よ」

「って言っても、今日もこの6人…もう飽きたにゃー」

「それはこっちの台詞よ!」

「何で11人だと飽きねぇのに6人だと飽きるんだよ」

「つまんないって言いたいんじゃないの」

「仕方ないよ凛ちゃん。穂乃果ちゃんたちは修学旅行だし、絵里ちゃんと希ちゃんはその間生徒会のフォローがあるから…」

 

 

そんなわけでここにいるのは僕とにこちゃんと1年生4人。計6人。全メンバーの半分くらいだね。寂しいね。

 

 

と、突然教室の扉がガラッと開いた。続いて教室に入ってきたのは件の絵里ちゃんと希ちゃんだ。お久しぶり。いや君らはクラス一緒だから毎日会ってたわ。

 

 

「そうよ。気合いが入らないのはわかるけど、やることはやっておかなきゃ」

「君らは今日も臨時生徒会なのね」

「ええ、まあね」

「3人が戻ってきたら運営しやすいように整理しておくって張り切ってるんや」

「まとめ癖でもついてるのかな」

「えーっ!また練習凛たちだけ?!」

「今週末は例のイベントでしょ?穂乃果たちが修学旅行から帰ってくる次の日よ。こっちでフォーメーションの確認をして、合流したらすぐできるようにしなきゃ」

 

 

何で生徒会長から降りても生徒会のお仕事をやる気満々でやってんの。

 

 

まあそれはともかく、実は今正真正銘の外部依頼イベントが僕らには舞い込んでいる。A-RISEであろうと、所詮僕らは学生なのでガチの一般イベントに呼ばれることってあんまりない。というかμ'sには今まで一度もない。A-RISEは何度か見たけど、芸能人みたいに頻繁にじゃない。

 

 

まあ外部イベントとは言っても、別に大手企業のお偉いさんから声がかかったわけじゃない。

 

 

他でもない、ゆっきーからの頼みだ。

 

 

ウェディングイベントのために新しくステージドレス型ウェディングドレスを作ったから、そのモデルをしてほしいって言ってた。ついでにライブをしてくれるとより良いとも言ってた。元アイドルの方とか、歌って踊れるタイプの声優さんとか、そういうのを夢見る一般の方とかを狙ったものらしい。

 

 

それなら、本当に歌って踊れる女の子を起用すればいいってことでゆっきーが僕に打診してきた。みんなに話したら即オッケー出た。日程確認したら修学旅行の翌日だった。スケジュールがやばい。そんな感じ。依頼受ける前に日程確認しなさいよ。僕もだわ。むしろ僕がだわ。マジごめん。

 

 

まあでもそういうことである。

 

 

「きっとモデルさんたちと一緒のステージってことだよね…なんだか気後れしちゃうね」

「そうね。絵里や希はともかく…」

「…何よ!」

「大丈夫、にこちゃんは宇宙一かわいいから」

「言わんでいい!!」

「あふん」

 

 

真姫ちゃんのにこちゃんディスりが酷い。だから僕がフォローしといた。そしたら殴られた。何でさ。

 

 

「穂乃果ちゃんたちは野生のちんすこう探しに夢中でライブのこと何てすっかり忘れてるやろうから、にこっち達がしっかりしとってね」

 

 

希ちゃんはそんなことを言って、絵里ちゃんと共に退散してしまった。

 

 

「…にこちゃん」

「何よ」

「野生のちんすこうって何」

「私が聞きたいわよ」

 

 

ちんすこうって焼き菓子じゃなかったけ。焼き菓子じゃないの?自生してるの?もしかして生き物なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、その日の夜。

 

 

『臨時のリーダー?』

「そう。リーダー不在のまま練習するよりは臨時でも誰か立てた方がいいかなって思って」

 

 

2、3年生+創一郎で通話中。僕の隣にはにこちゃん。いつも通りだね。

 

 

『私と希は生徒会の補助で忙しいし、そもそも私たち3年生は来年には卒業してしまうから…1年生に頼もうかと思ってるの』

『だから俺以外1年がいねぇのか』

「っていうか創一郎いつのまにスマホ買ったのよ」

「僕があげた」

「あげたの?!」

『相変わらずポンと高価なものを出しますね…』

 

 

とりあえず全体の趣旨は今言った通り。1年生に臨時のリーダーを頼もうということ。創一郎には連絡用も兼ねてスマホ買ってあげた。通信料は彼持ちだけどね。機種代だけね。

 

 

「まあそんなことより、誰に頼むかだけど」

『誰がいいのかなあ…?』

「ちなみに僕はもう決まってるけど」

『俺もだ』

『私もよ。みんな同じかしら』

「多分ね」

 

 

話し合う前に結論固めちゃう系僕ら。こういうことすると反対意見が強い時に泥沼化するから良い子のみんなはマネしないでね。

 

 

『うーん、私は凛ちゃんがいいと思うな!』

「やっぱりね」

『同意見だ』

『私もそれがいいと思うわ。やっぱりみんな同じだったわね』

「何で凛なのよ?花陽も真姫ちゃんもできると思うけど」

 

 

そう、僕らみんな凛ちゃん推しだ。凛ちゃんなう。ごめん今のなし。

 

 

『花陽は自信がないところがあるし、リーダーとしてはそれは「頼りない」って言われもするだろ。真姫は頭はいいが頭が硬いし融通が利かん。それはよくない』

『凛なら行動力があってみんなを引っ張れると思ったのよ』

「あと単純にスペック高めだしね」

「でも頭は悪いわよ?」

「それをにこちゃんが言うかい。だいたい頭だったら穂乃果ちゃんも悪いよ」

『ちょっと?!』

 

 

創一郎と絵里ちゃんが言う通り、消去法的にもポジティブな意見としても凛ちゃんが適任だろう。てか僕の中では次世代リーダー凛ちゃんはのぞえりが加入する前に行ったセンター決め戦争の時から決まってた。カラオケしてゲーセン行ってビラまきしたアレね。遊んでるだけだったね。

 

 

「先陣切る人はちょっと頭悪いくらいで丁度いいよ。考え込んで行動できなくなるよりはね」

『あまり考え無しすぎても困るがな。どこぞのリーダーみたいに』

『…あっ私?!』

 

 

基本的には、動かなきゃ状況は変わらない。考えるよりも行動した方が案外状況がよく見えるものだ。

 

 

以前の解散危機みたいなことになっても困るけどね。

 

 

もちろん君のことだよ穂乃果ちゃん。

 

 

「まあ、明日凛ちゃんに言ってみたらいいんじゃない」

『まあ、凛なら調子よく乗ってくれそうだけど』

「…案外そうでもないかもね」

『え?』

「何でもないよー。じゃあ明日、とりあえず提案はしてみようか」

『ええ。それじゃあおやすみなさい。穂乃果たちも夜更かししちゃだめよ?』

『えー!台風来てて外で遊べないのに夜更かしもダメなの?!』

『ダメに決まってんだろ。肌の健康を考えろ』

「女子かよ」

『殺す』

「ど真ん中ストレートとは恐れ入った」

 

 

凛ちゃんはリーダーの素質はあると思う。

 

 

…でも、本人にその志があるかどうかは別だ。自信がない、興味がない。そんな理由で拒否することもある。凛ちゃんの場合は前者だろうけどね。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

これは僕らの問題だから、僕らでなんとかしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ?!凛がリーダー?!」

「そう。暫定でもリーダーを決めておいた方がまとまるだろうし、練習にも力が入ると思って。もちろん穂乃果たちが戻ってくるまでよ」

 

 

翌日、練習前に実際に言ってみたら案の定非常にびっくりしていた。

 

 

「で、でも…」

「穂乃果ちゃんたちにも連絡して相談した結果なんよ。うちも、えりちも、創ちゃんも、みんな凛ちゃんがいいって。2人はどう?」

「いいんじゃない?」

「私も凛ちゃんがいいと思う!」

 

 

真姫ちゃんと花陽ちゃんも賛成らしい。ここで真姫ちゃんが素直に肯定できたことの方がびっくりだよ。素直になったもんだねツンデレちゃん。にこちゃんもツンデレだったわ。じゃあツンデレ2号ちゃん?変だね。やめよう。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!何で凛?絶対他の人の方がいいよ!…あっ、絵里ちゃんとか!!」

「絵里ちゃん希ちゃんは生徒会補佐のお仕事で忙しいじゃん。練習にいない人をリーダーにしてどうすんの」

「そうよ。それに、今後のμ'sのことを考えたら1年生の方がいいでしょ?」

「つまりにこちゃんリーダー説も潰えたのであった」

「言わんでいい!!」

「ぐえ」

 

 

思いのほか本気で嫌そうだね。天童さんなら予測してたかもしれないけど僕はそんなの無理。なのでびっくりしてる。ついでににこちゃんがリーダーになれない現実に涙してる。そして殴られる。痛いよ。

 

 

「そ、そっか…じゃあ創ちゃんは?!」

「マネージャーがリーダーできるわけねぇだろ」

「僕ら裏方だからね」

「こんなに目立つ裏方いるかしら…」

「「なんか言った」か?」

「何でもないわ…」

 

 

そこで創一郎は出てこないでしょ。選択肢に入らないでしょ。そして僕らは目立たないよ。いや創一郎は目立つね。僕もその筋の人には有名だね。目立つわ。反論不可能だったわ。

 

 

「だったら真姫ちゃんがいいにゃ!歌も上手いしリーダーっぽいし!!」

「うぇえ?!」

 

 

なんだか久しぶりの真姫ちゃんびっくりボイスだね。

 

 

「話聞いてなかったの?!みんな凛がいいって言ってるのよ!!」

「でも、凛は…」

 

 

ついに半ギレモードに突入した真姫ちゃんに対して、はっきりと返事できない凛ちゃん。どうしたんだろうね。言いにくい理由でもあるのかな。

 

 

「凛…嫌なのか?」

「嫌、っていうか…凛はそういうの向いてないよ」

「向いて、ない…?」

「意外ね。凛なら調子よく引き受けると思ったけど」

「凛ちゃん、引っ込み思案なところもあるから…」

「特に自分のことに関してはね」

「ふうむ」

 

 

自分に関しては引っ込み思案。

 

 

なるほど確かに、加入当時は花陽ちゃんの後押しをした流れで入った感じもあるし、自分自身をアピールしてるのはほとんどなかった気がするね。自己主張、という観点ではある意味海未ちゃんや花陽ちゃんより少ない。海未ちゃんは脳筋だし、花陽ちゃんはドルオタだからその方面での主張は激しいもんね。

 

 

これはちょっと考えものだ。

 

 

「凛、いきなり言われて戸惑うのもわかるけど…みんな凛が適任だと思ってるのよ。その言葉、ちょっとだけでも信じてみない?」

「あっ」

「…わかったよ。絵里ちゃんがそこまで言うなら…」

「どうしたのよ茜」

「…いや、何でもないよ」

 

 

考えものだと思ったからちょっと保留にしようと思ったのに、絵里ちゃんが後押ししてしまった。絵里ちゃんに影響力がありすぎるのも困りものだね。

 

 

本人が乗り気でないのに押し付けるのはあまり好きじゃないんだけどね。

 

 

…ちょっと根回ししとこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、臨時リーダー凛ちゃんによる練習のはじまりはじまり。

 

 

「え、えっと…では、練習を始めたいと思います…」

「わあー!」

「拍手するところじゃないでしょ」

「えへへ…」

「スタートから不安なんだけど」

「黙ってろ」

「はい」

 

 

開幕から緊張でちぎれそうな凛ちゃんに不安しかない。そこで拍手する花陽ちゃんは緊張を解そうとしてるのか、ただ感激してるだけなのか。後者な気がする。多分後者。

 

 

 

 

 

 

「えっと…では最初に、ストレッチから始めていきますわ。みなさんお広がりになって!」

 

 

 

 

 

 

「「「「「…」」」」」

「それが終わったら、次は発声ですわ…」

「はいストップ」

「…何それ」

「凛ちゃん!」

「な、なんですの?」

「なんですのじゃねぇよ。何だその喋り方」

 

 

開幕から総ツッコミだった。今のはいただけない。どっかのツインテ変態テレポーターさんみたいな喋り方になってた。ドロップキックされちゃう。

 

 

「…凛、何か変なこと言ってた?」

「変どころの騒ぎじゃないよ」

「別にリーダーだからってかしこまることないでしょ。普通にしてなさい!」

「そ、そっか…えっと、じゃあストレッチを…はっじめっるにゃー!!」

「急にテンション高くなったね」

「もう、ふざけてる場合じゃないでしょ!」

「まあ今のはまだいつもの凛ちゃんじゃないの」

「さっきよりマシだろ。元気あるのも悪いことじゃねぇ」

 

 

かしこまりテンションとの落差が激しいよ。

 

 

ストレッチ自体は個人でやることだから凛ちゃんは関係なし。ここはいつも通りでおっけー。

 

 

で、次のステップの練習はいつもは僕がリズムとってるんだけど、今後のことも考えてとりあえず凛ちゃんにやらせることに。ここは真姫ちゃんか創一郎がいいんじゃないの。まあいいけど。

 

 

「1.2.3..4.5...6..7.8...」

「凛ちゃんリズムがえらいこっちゃになってるよ」

「えっ、にゃ、にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ!!」

「おい落ち着け。一旦止まれ」

 

 

緊張のせいか、リズムがズレまくりである。指摘したら余計テンパってさらに悪化。見かねた創一郎がストップをかけた。緊張しすぎじゃないの。

 

 

「っていうかメトロノーム使えばよくない?」

「メトロノームなんてどこにあんだよ」

「部費で買えばいいじゃないの」

 

 

新しく買うっていう発想はないのかね。でもそもそも何故メトロノームすらないのこの部活。僕が買ってないからか。僕のせいじゃん。当方猛省。

 

 

そしてダンスの練習ではいつも通りにこまきコンビがなんかやり始めた。

 

 

「ねぇ、私はここから後ろに下がっていった方がいいと思うんだけど」

「何言ってんのよ、逆よ!ステージの広さを考えたら前に出て目立った方がいいわ!」

「だからこそ引いてステージを広く使った方がいいって言ってるんじゃない!」

「いーや!絶対前に出るべきよ!」

「むう!!」

「2人で言い合ってないで僕に言いなさい僕に」

 

 

相変わらず意見はぶつかるお二人だ。反抗しなきゃ気が済まないのか。お子様か。ツンデレチャイルドか。何かちょっとかわいい感じになったね。なってない?

 

 

ちなみにここは前にも後ろにも行かない方が全体の構成としてはいいのであった。真姫ちゃんが目立つ場面ではないし、ステージを広く使う必要もない。というかステージの奥行き的に下がったところでたかがしれている。

 

 

ちゃんと考えてありますぅー。

 

 

「…そうだ!凛はどう思う?!」

「え?」

「そうよ、リーダー!」

「凛ちゃん!」

「丸投げしないの」

「うっさい!」

「あぼん」

 

 

なんか都合よく丸投げを始めた。何でもかんでも押し付けるんじゃないよ。そして突き刺さるにこちゃんナックル。威力増してきた気がする。なんでさ。

 

 

「え、あ…穂乃果ちゃんに聞いたらいいんじゃないかにゃ?」

「それじゃ間に合わないでしょ!」

「な、なら、絵里ちゃんとか…」

「…凛、リーダーはあなたよ。あなたが決めなさい」

 

 

…ああ。

 

 

答えが出せない凛ちゃんへのにこちゃんの言葉でなんとなく察した。

 

 

丸投げしてるんじゃなくて、決定権を渡してるのか。

 

 

リーダーとして、「決断すること」の重要性は計り知れない。どれだけ議論したとして、トップが「ダメだ」と言ったら先には進めないからね。いいことか悪いことかわかんないけど。

 

 

だって集団におけるトップというのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、かつ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。多数派の勢いに待ったをかけるのも、消極的な集団でゴーサインを出すのも、リーダーだからこそ効力を発揮するもの。そこで明確な意思表示ができるかどうかは集団の能力に直結する。

 

 

穂乃果ちゃんなら後者を決断する能力が圧倒的に高い。不透明でも、やらなきゃ後悔すると思うなら「やろう」って言えるのが穂乃果ちゃんだ。

 

 

凛ちゃんにそういうことができるのか、にこちゃんは試してるんだろう。にこちゃんナックルの威力が高かったのも納得だ。嘘だわ納得はしてないわ。痛いものは痛い。僕Mじゃないし。Mじゃないよ?

 

 

そして、対する凛ちゃんは。

 

 

「そ、そっか…じゃあ………明日までに考えてくるよ…」

 

 

先送りにするしかなかったようだ。

 

 

いきなり決めろって言われても困るのはわかるけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…疲れるにゃ…」

「上に立つっつーのはそれだけ労力を使うってことだろ」

「そうかもしれないけど…」

 

 

結局練習はあまり捗らないまま終わり、今は1年生の4人で下校中だった。絵里と希は生徒会の仕事があり、にこと茜は妹たちの世話のためにさっさと帰ってしまったからな。

 

 

「やっぱり凛にはリーダーは無理だよ…」

「そんなことないよ。きっとだんだん慣れていくよ!」

「そうよ。まだ初日でしょ?」

「前に立つセンスはあると思うがな」

 

 

とにかく、凛は相当へこんでいるらしい。なかなか珍しい状態だ。

 

 

 

 

 

「…そんなこと言って、三人ともリーダーになりたくなかったから凛に押し付けたんでしょ?」

 

 

 

 

 

…普段なら、こんな恨み言なんて言わないしな。

 

 

「えぇ?!」

「何言ってるの?本当に向いてると思ったから凛を推薦したの」

「そうだよ!私、穂乃果ちゃんたちが他の人を推薦しても凛ちゃんがいいって言ったと思うよ!」

「えぇー、嘘だぁ。だって凛なんて全然リーダーに向いてないよ」

「何故そう思うんだ」

「だって、ほら…凛、中心にいるようなタイプじゃないし…」

 

 

何言ってんだこいつ。

 

 

そう思っていたら、真姫が凛にチョップを食らわせた。なぜチョップ。

 

 

「いてて…真姫ちゃん?」

「あなた、自分のことそんな風に思ってたの?」

「そうだよ!μ'sに脇役も中心もないんだよ!」

「『これからのSomeday』、そういうコンセプトでやったんだろ。今更言うことじゃねぇと思ってたんだがな」

「それは、そうだけど…」

 

 

チョップに加えて励ましの言葉もぶつけてみたが、あまり効果は無さそうだ。俺の言葉が励ましになっている自信はないがな。

 

 

「…でも、凛は別だよ。ほら、全然アイドルっぽくないし」

「それを言ったら私の方が全然アイドルっぽくないよ!」

「そんなことないよ!だってかよちんは可愛いし、()()()()()()()!」

「ええっ?!凛ちゃんの方が可愛いよ!!」

「そんなことなーいー!!」

「喧嘩してんのか褒めてんのかどっちなんだお前ら」

「はぁ…よほどのうぬぼれ屋でもない限り、自分より他人の方が可愛いって思ってるものでしょ?」

 

 

もはやムキになるレベルで否定を重ねる凛に真姫は呆れている。本当に、何をそんなに必死に否定しているんだ。

 

 

 

 

 

「違うよ!!()()()()()!!!」

 

 

 

 

 

何故そんなに。

 

 

吠えるような圧力で否定するんだ。

 

 

「…引き受けちゃったし、穂乃果ちゃんが帰ってくるまでだからリーダーはやるよ?…でも、向いてるなんてことは絶対にない!」

 

 

そう言って、そう叫んで。

 

 

凛は、一人で走っていってしまった。

 

 

「凛…」

 

 

無意識に右手が伸びたが、手は空を掴み、凛には届かなかった。

 

 

あいつは、一体何を抱えているんだ。

 

 

「…もしかしたら、まだ昔のこと…」

「…昔?」

 

 

花陽の呟きを、俺は聞き逃さなかった。何か知っているのか?

 

 

「…花陽、何か知っているなら話してくれ」

「…うん」

 

 

 

 

 

 

凛が何か悩んでいる。

 

 

 

 

 

 

凛が何かに苦しんでいる。

 

 

 

 

 

 

それなら、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんね。凛たちのために苦しませちゃったね。ありがとう、凛たちのために悩んでくれて。…いいんだよ。凛たちは友達でしょ?一人で悩まなくてもいいんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日の救いに報いるため。

 

 

 

 

 

 

 

自分から言っておいて一人で悩んでいる馬鹿野郎を、今度は俺が助けに行く。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

さあ頑張れ滞嶺君。今回は君がヒーローだ!多分!!
というわけで凛ちゃん回前半です。アニメ二期の中でもかなり人気のあるお話なのではないでしょうか。私も大好きです。お陰で筆がノリノリでした。
また、ちょこちょこ伏線をぶん投げる遊びも気合いが入ってます。毎度思いつきで伏線投げてるので後で回収できなかったらどうしようって思ってます。誰だこんなことしたのは!私か!!笑
ちなみに一番闇が深い誰かさんの伏線はいつも張っています。彼のお話になったら種明かしの予定ですが、いつになるやら!!笑


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愛の鐘、翼を広げ



ご覧いただきありがとうございます。

投稿遅れてしまって申し訳ありません。正直に言います。忘れてました()
文章自体は数話先まで書いてありますから余裕なんですけど、単純にリアルが忙しかったんです…すみません…。

まあそれはそうと、今回は凛ちゃん回後編です。頑張れ滞嶺君!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

凛は幼い頃から元気な子だったそうだ。

 

 

遊ぶ相手も男子が多く、それこそ男の子みたいだったらしい。そのせいだろうか、スカートなんか履いて可愛い格好をするとからかわれたそうだ。

 

 

幼いながら、いや、幼かったが故に、大きく傷ついたのだろう。

 

 

それ以来、凛が女の子らしい格好をすることは無くなったそうだ。

 

 

「もう気にしてないのかなって思ってたんだけど…」

「そういえば、私服でスカート履いてるところ見たことないわね」

「…確かにな」

 

 

そう何度も私服を目にしたわけじゃないが、たしかにスカートは履いてなかったと思う。

 

 

「制服は女子だろうが」

「当たり前でしょ」

「衣装も女の子らしいだろうが」

「凛ちゃんだけ男の子っぽくするわけにもいかないもんね…」

「…馬鹿が、凛、お前は紛れもなく女の子だろうが…!!」

 

 

何か腹が立ってきた。

 

 

事あるごとにくっついてきたり、水着のくせに飛びついてきたり、その度に心臓を跳ねさせていた俺が馬鹿みたいだろうが。

 

 

「あいつが無自覚なせいで俺がどれだけ心労を抱えてきたと思ってんだ…!」

「ほんとだよなー。自身が女の子だって自覚のない女の子が一番厄介だよ…っと。はっはっはっ動きが読めていれば蹴りなんてそうそう食らわんさ!」

「…もういい加減驚かなくなってきましたよ、天童さん」

「…」

「へいボーイ悪かったって。知ってる俺知ってる、読めていても躱せない攻撃もあるってさ。だから下ろして首絞まってんのよマジでギブギブ」

 

 

何かいると思ったら天童さんだった。相変わらず神出鬼没だ。しかも一発目は避けてくるようになったから余計腹が立つ。

 

 

「天童さん、お久しぶりです」

「げほっ、おうさ、お久しぶり花陽ちゃん。ちゃんと礼義正しい子がいてお兄さんは安心したぜ」

「ちゃんと下ろしたじゃねぇか」

「何でそれで礼義正しいと主張できると思ったんだお前さん」

 

 

礼義は弁えているぞ。弟達に教えるためにな。

 

 

「まったく、そんなんじゃ俺の命がいくつあっても足りないぜ。プリニーじゃねーんだぞ!残機数千とかそんなんじゃねーんだぞ!唯一無二の我がライフ!」

「要件は何すか」

「ガンスルーか貴様。まあいいか…。とにかく凛ちゃんについて補足だよ。正確には過去のトラウマの威力といったところだな」

「過去のトラウマ…」

「そ。精神が未熟な状態で受けた傷は結構深く残るもんだ。ナントカ恐怖症っつーのは幼児期に形成されるとか、幼児退行はトラウマを受けた時期に依存するとか、そういう報告もあるくらいだしな。それが正しいかどうかは別として、そういう事例はよく知ってる」

 

 

トラウマなんてものには縁がないが、大五郎が嫌なことがあるとすぐ拗ねるのを見ていると何となく察することはできる。子供にとっては些細なことも大きな問題なんだろう。

 

 

「まあ、繊細なんだろうな。元気ハツラツ無鉄砲に見えるが、根は臆病で傷つきやすいんだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そんなギャンブルは凛ちゃんにとっては専門外なわけだ」

「…臆病…」

「そうさ、臆病なんだ。わからないか?()()()()()()()()()。だって見た目からして一番怖がられるのは君のはずだ。臆病な子がそんなに気を許すはずがない。そう思うだろ?」

「…」

「た、確かに、凛ちゃんは男の人を避けることが多いのに創ちゃんは避けません…」

「そういえば天童さんとか桜さんともほとんど話さないわね」

 

 

言われてみれば、確かに凛は男性に話しかけることはほとんどなかった気がする。もちろんそれは凛に限った話ではないが、あれだけやたら人に絡んでいく凛の行動としては違和感があるかもしれない。

 

 

「まあ俺は基本一人で喋ってるだけだしな!くぅ〜自分で言ってて死にたくなるぜベイベー!!」

「そういうとこですよ」

「存じ上げております真姫ちゃんよ。しかし凛ちゃんはそういったレスポンスを返してくることもあまりないからな」

「じゃあ、何故俺と茜は平気なんだ…?」

「茜に関しちゃそう難しくねーだろ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今はそうでもないかもしれんが、以前の茜であれば凛ちゃんが何をしてどうなろうと大して興味も持たなかっただろうからな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()それを心の何処かで察したんだろ」

 

 

言われてみればそうかもしれない。以前の茜はにこしか見ていなかったし、凛がスカートを履いたからといってそもそも気づかなかったかもしれない。

 

 

「でも、それなら創ちゃんは…?」

「これもさほど難しくないんだが…あー、なんて言うべきかな。()()()()()()

「は?」

「待った待った拳を握りながら一歩踏み出すだけですっごい威圧感」

 

 

ふざけたことを言っていると歳上だろうが殴るぞ。

 

 

「ふざけて言ってるわけじゃーねーよ!!お前が優しい人間だと知った上で、見た目が怖いことも承知して!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから気を許してるんだよ!」

「…そんなこと…」

「そんなことなくないぜ。当ててやろうか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…」

「へーい図星だろへーい。理解したか?理解したろ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「た、確かに…」

「私はニックネームないものね」

「お?寂しいかお嬢さん?寂しいのかお嬢さnプエルトリコっ!!」

「何で殴られると国の名前が出てくるのよ…」

「まず殴っちゃダメだよ真姫ちゃん?!」

 

 

天童さんの言うことに間違いはない。

 

 

俺のことを「創ちゃん」と呼び始めたのは凛で、俺と花陽以外にあだ名はつけていないのだ。

 

 

最初は「創一郎って呼びにくいから」とか言っていたが。

 

 

本当にそれだけだと言い切れるか。

 

 

「一般的にはな、トラウマなんて他人の言葉で踏み倒せるものじゃねえんだ。どこの誰が何と言ったところで、自分の中では変わらない。自身の根底から克服するしかないんだ。…だが、もしかしたら、信頼する誰かの言葉で踏ん切りがつくこともあるかもしれない。なんの脈絡もなく言っても否定されるだけだろうがな」

「じゃあ、私たちが…」

「凛ちゃんは可愛いよって伝えればいいんですか?」

「君らさっきそれで真っ向から否定されてたのをお忘れかよ」

「じゃあどうしろってんです」

「滞嶺君は殺気をしまおうね」

 

 

本当に俺たちにできることがあるのか?

 

 

「何の脈絡もなく伝えても否定されるなら、脈絡をつくればいいんだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…あんた台風まで呼べるんですか」

「呼べるわけねーだろバーカあーストップストップ今の撤回するから待って待って超待って」

 

 

流石に台風は呼べないらしい。そこまでできたらもうこの人は人類じゃないな。ただし馬鹿にされるのは気に入らないから拳は振り上げておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ?!帰ってこれない?!」

「そうなの…飛行機が欠航になるみたいで」

「そりゃ台風来てるもんね」

「じゃあファッションショーのイベントは?!」

「残念だけど、6人で歌うしかないわね」

「急な話ね」

「自然災害に文句は言えないよ」

 

 

翌日。穂乃果ちゃんたちは台風の影響で帰って来れなくなってしまった、と連絡が来た。まあ仕方ないよね。京都とかだったらまだ若干危険ながら帰って来れたかもしれないけど、離島オブ離島の沖縄だからね。無理だね。

 

 

「でも、やるしかないでしょ!アイドルはどんな時も最高のパフォーマンスをするものよ!!」

「流石にこちゃん、心構えが違う」

「ふふん!」

「可愛い」

「ふんっ!!」

「ぐべぅ」

 

 

唯一にこちゃんだけは微塵もへこたれてない。まあ元オンリーワンだしね。3人減った程度で凹む子じゃない。でも肘はあかんて。肘は。

 

 

「それで、センターなんだけど…」

「…え?」

 

 

そう、センター。元々は穂乃果ちゃんだったけど、彼女が来れないんじゃあ変更せざるを得ない。

 

 

そして変わるとしたら、臨時リーダーの凛ちゃんということになる。いや別に他の子でもいいんだけどさ。

 

 

そんなことより。

 

 

センターには、この衣装を着てほしいってゆっきーからの依頼があるんだよね。

 

 

「う、うっそぉ…」

 

 

ウェディングドレス。

 

 

よく見る厳かで豪華なものというよりは可愛い系のものだけど、それでも紛れもなくウェディングドレスだ。値が張りそう。

 

 

「綺麗…すてき!!」

「女の子の憧れって感じやね」

 

 

女の子はこういう衣装好きだもんね。にこちゃんにも是非着ていただきたい。

 

 

「これを着て歌うの…?凛が?」

「穂乃果がいないとなると、今はあなたがリーダーでしょ」

「これを…凛が…」

 

 

…なんだか凛ちゃんがメンタルブレイクしそうになってる。あれかな、結婚前にウェディングドレス着ると婚期遅れるってやつかな。大丈夫だよ衣装だし。多分。

 

 

「にゃぁあああ!!!」

「あっ逃げた」

「待ちなさい!」

 

 

と思ってたら発狂して逃げてしまった。そんなに婚期遅れるの嫌なの。君まだ高校生なんだから大丈夫だよ。多分。

 

 

「てか創一郎捕まえてよ」

「…」

「おーい?創一郎ー?」

「…ん?」

「ん?じゃないよ。凛ちゃん追いかけるよ」

「お、おう」

 

 

創一郎は何をぼさっとしてるの。

 

 

すぐに逃げた凛ちゃんを追いかける。僕以外のみんなが。僕はのんびり歩いて屋上に向かった。どうせ行く先は屋上くらいしかないだろうしね。そう思って屋上行ったらもうみんなが凛ちゃん捕まえてた。早いよ。僕が遅いのか。

 

 

で、今どうなってんの。

 

 

「無理だよ!どう考えても似合わないもん!!」

「そんなことないわよ」

「そんなことある!!」

「一応聞くけど何してんの」

「一応答えるけど凛の説得よ」

 

 

なぜか頑なに拒否する凛ちゃん。どんだけ婚期遅れるの嫌なのさ。違う?

 

 

「だって凛、こんなに髪が短いんだよ?!」

「だから何さ」

「ショートカットの花嫁さんなんていくらでもいるよ?」

「そうじゃなくて!こんな女の子っぽい服凛には似合わないって話!」

「君はステージ衣装を何だと思ってんだい」

「それは、みんなと同じ服だし、端っこだから…」

 

 

どうやら可愛い服はお気に召さないらしい。そんな必死になるほど嫌なの。

 

 

「とにかく!μ'sのためにも凛じゃない方がいい!!」

「μ's関係なくない」

「…でも実際、衣装は穂乃果ちゃんに合わせて作ってあるから凛ちゃんやと手直しが必要なんよね」

「ゆっきーなら秒で直してくれるけど」

「お金取られそうやん?」

「まず間違いなく取られるね」

「でしょでしょ?!やっぱり凛じゃない方がいいよ!!」

「この中で穂乃果ちゃんに近いと言ったら…」

「んー…花陽ちゃんかな?身長は少し足りないけど」

「私?」

 

 

確かに、今回の衣装についてはオーダーメイドだ。穂乃果ちゃん以外が着るなら調整が必要になる。そしてゆっきーの場合遠慮なく追加料金を請求してくる。それはちょっと部の財政的に困る。

 

 

花陽ちゃんなら色々と調整しなくてもどうにかなる。そう、色々と。どことは言わない。にこちゃんに怒られる。

 

 

「ふん!」

「痛い」

 

 

何も言ってないのに殴られた。理不尽。

 

 

「そうにゃ!かよちんなら歌もうまいしぴったりにゃ!!」

「えっ?」

「歌はみんな上手いんだけど」

「確かに、急遽リーダーになった凛に全部押し付けるのもちょっと負担かけすぎな気もするわね…」

「僕前からそう言ってたつもりなんだけどね」

「花陽はどう?」

「お得意のスルーでございますか」

 

 

久しぶりにスルースキルを実感したね。実感したくなかった。

 

 

「…私は…」

「やった方がいいにゃ!かよちん可愛いし、センターにぴったりにゃ!!」

「でも…凛ちゃん、いいの?」

「……………いいに決まってるにゃ!」

「本当に?」

「もちろん!」

「決まりみたいね」

 

 

結局センターは花陽ちゃんになりそうだ。まあご本人もいいって言ってるしね。

 

 

 

 

 

 

 

…なんて、物分かりの良さそうなことは今の僕は言わないよ。

 

 

 

 

 

 

 

いいの?と聞かれた時の不自然な間に気付かないほど馬鹿じゃない。

 

 

「わぁー!かよちん綺麗!!」

「そ、そうかな?」

「うん!頑張ってね、凛応援してるから!」

「あなたも歌うのよ」

「そっか!あはは…」

「予想通りぴったりやね」

「いや、ちょっと脇が空きすぎかな。絵里ちゃん、直しておいてくれる?」

「わかったわ。さあ、あとはやっておくからみんなは練習に行って」

「わかったにゃ!さあ、いっくにゃー!!」

「何急に元気になってるのよ」

「凛はいつも元気にゃー!」

 

 

いつものように元気になった凛ちゃんはさっさと出て行ってしまう。いや、出て行く直前で一瞬振り返ったのは見逃さなかった。花陽ちゃんも微妙な表情で凛ちゃんを見ていたし、これは確実に何かある。

 

 

 

 

 

 

 

まあ、それは。

 

 

 

 

 

 

 

後でさっきから俯いている創一郎を問い詰めようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…つまり、そういうことだ」

「ふむ。過去にからかわれたせいで自信がないと」

「…天童さんには、信頼する人からの後押しがあれば乗り越えられる…こともあるかもしれない、と言われたが…」

「なんか最近やたら首突っ込んでくるね天童さん」

 

 

そんなわけで帰り道、創一郎からことの顛末を聞いた。ほんとに思った以上にぴゅあぴゅあ繊細ガールだね凛ちゃん。あと天童さんどうしたの。前そんなに関わらなくても大丈夫かなーとか言ってなかったっけ。

 

 

「…何か俺にできることはないのか…」

「一応策は無くはないんだけどさ、創一郎、そろそろメンタル鍛えなよ」

 

 

凛ちゃん1人のことでそんな意気消沈してどうすんのさ。我らマネージャーがテンション低いのは部としてはダメだと思うよ。僕はテンション低いけど。だめじゃん。あと君は見た目に反してメンタル豆腐すぎだよ。

 

 

「…策があるのか?」

「あるけどね、正直あんまりやりたくないよ」

「言ってみろ」

 

 

一応思いついた作戦を話してみると、案の定渋い顔をされた。そりゃね。

 

 

「…お前、穂乃果に毒されたか?」

「まあ穂乃果ちゃんを参考にしたのは否定しないね」

「それで本当にうまく行くのかよ…」

「にこちゃんがよくやられてる技だし、多分何とかなるよ。てか何とかしなきゃね」

 

 

ちなみに作戦はこうだ。

 

 

 

 

 

 

 

こっそり凛ちゃんの衣装をセンターのドレスにすり替える。

 

 

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

 

 

すごくあたまわるい。

 

 

「準備とかどうするんだよ」

「何言ってんの。会場準備は僕らの仕事だ。隙だらけだよ」

「しかし…それだと花陽が…」

「うん、それは本当に申し訳ないんだよね」

 

 

準備に関しては、舞台関係は僕の、楽屋関係は創一郎のお仕事と決まっている。いつもは創一郎も照明設営のお手伝いなんだけど、今回はモデルさんとかも結構いらっしゃる関係で創一郎も別働隊として駆り出されちゃった。でも今回は逆に細工しやすくなったから良し。

 

 

そして、花陽ちゃん。

 

 

花陽ちゃんだってきっとあのドレス着たいだろうし、それをこっちの都合で剥奪するのは流石によろしくない。

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

「というわけで、今から電話しようか」

「は?」

「あ、もしもし花陽ちゃん?」

「おい?!」

 

 

 

 

 

ご本人と相談しようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イベント当日の準備は思ったより忙しくなかった。いや、バカみたいな忙しさに慣れてしまったのか?茜は大半の力仕事を俺に押し付けてくるからな、今日のように裏方に徹するのは比較的軽い仕事だ。

 

 

「ふー、久しぶりに業者の方々に設営頼んだ気がするよ。まあそこの費用はゆっきー持ちだから存分に使ってやる」

「結構遠慮ないなお前」

「お互いそういう関係なんだよ」

 

 

人の金で存分に焼肉食うみたいなこと言いやがって。

 

 

「それで、舞台はどうなってんだ?」

「どうも何も、さっき始まったよ。僕らの出番は最後だからまだ余裕あるけど、ダンス合わせたりするならそろそろ着替えるといいんじゃない」

「そうだね!じゃあみんな、着替えて最後にもう一度踊りを合わせるにゃ!」

「「「「「はい!」」」」」

「随分リーダーに慣れてきたね」

「結構努力してたみたいだしな」

「凛ちゃんの衣装はそっちね!」

「わかったにゃ!」

「…個室があるから平気なのはわかるんだけど、僕らちょっと居づらいね」

「今更言うか」

 

 

最終調整の時間も考慮して、そろそろ着替えて準備するようだ。楽屋に個別の更衣室があるため、俺たちが楽屋から追い出されることはないんだが…なんか、すぐそこで女子が着替えてるとなると落ち着かないな。

 

 

だが、ここから出て行くわけにもいかない。

 

 

既に俺たちの隣には速攻で着替えた花陽たちが待機している。

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

「かよちん、間違って

「間違ってないよ」

 

 

 

 

 

困惑した凛が個室から飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

それは当然だ。だって、凛の個室に準備されていたのはウェディングドレスなのだから。

 

 

 

 

 

 

間髪入れずに答えた花陽は流石と言うべきか。

 

 

「あなたがそれを着るのよ、凛」

「な…何言ってるの?センターはかよちんで決まったでしょ?それで練習もしてきたし…」

「大丈夫よ。ちゃんと今朝、みんなで合わせてきたから。凛がセンターで歌うように」

「そ、そんな…冗談はやめてよ…」

「僕はともかく、この子達が冗談でこんなことすると思うかい?」

「で、でも…」

「お前はするのかよ」

「するよ?」

「するのかよ」

 

 

するなよ。

 

 

未だ困惑している凛の側に、花陽が駆け寄る。その表情はとても優しい笑顔だ。

 

 

「凛ちゃん、私ね?凛ちゃんの気持ちを考えて、困ってるだろうなと思って引き受けたの。でも、思い出したよ!私がμ'sに入った時のこと!」

 

 

彼女は誰よりも凛を知り、凛に助けられてきた。困った時は助けてくれる、μ'sに入る後押しもしてくれた親友。

 

 

だからこそ。

 

 

 

 

「今度は私の番」

 

 

 

 

一方通行ではいられない。

 

 

こっちが助けるターンがあったっていいはずだ。

 

 

「凛ちゃん…凛ちゃんは可愛いよ!!」

「えっ?」

「みんな言ってたわよ?μ'sで一番女の子っぽいのは凛かもしれないって」

「そ、そんなこと…」

「そんなことある!!だって私が可愛いって思ってるもん!!抱きしめちゃいたいって思うくらい!可愛いって思ってるもん!!」

「えっ…」

「…」

「まさかの百合展開」

「何言ってんだ?」

「何でもないよ」

 

 

色々言った花陽も、それを聞いた凛も、お互い恥ずかしくなったらしく赤面している。すごいこと言いやがって。

 

 

「まあ実際、女の子らしさをどこに見出すかって問題はあるんだけどね。だから僕は女の子っぽいかどうかは明言できないんだけど、可愛いかどうかで言ったら可愛いよ。元々にこちゃんと並べるために僕は頑張ってたんだ、中途半端な子を入れるわけないじゃん」

「説得力のあるような無いようなこと言うんじゃないわよ」

「純粋に僕自身も可愛いと思ってるよ?…でもほら、そう言うとにこちゃんそうやって睨むじゃん」

「睨んでないっ!!」

「あぶしっ」

 

 

茜も少しはフォローを入れてくれた。心境としては微妙だが、状況を考えれば納得せざるを得ない論旨だな。

 

 

「あ、あとそのドレス、ゆっきーに頼んで凛ちゃんサイズに手直ししてもらったんだけどね。彼も『高坂穂乃果でなければ星空凛が着るとは思っていたから直す準備はしてある』って言ってたし、ファッションマスターから見ても君にそのドレスが似合わないなんてことはないみたいだよ」

「いつの間に頼んでたの…?」

「さっき」

「仕事早すぎねぇか」

 

 

いくら一瞬だと言っても「さっき」頼んで「今」に間に合うのはおかしいだろ。

 

 

「そ、そんな…凛は…」

 

 

それでも、これだけ聞いてもまだ自信が持てないらしい凛を見て、茜がこっちに目配せしてきた。

 

 

 

 

 

ああ、そういう手筈なんだ。

 

 

昨日の電話の時点で、花陽と茜と俺で決めたこと。

 

 

『多分花陽ちゃん一人で説得しようとしても無理だから、間に僕が入るから最後の一押しは創一郎お願いね』

『…何で俺なんだ』

『仲のいい同性の証言と、仲のいい異性の証言って別の効力があると思うんだよね』

『別にそれ茜の役割でもいいだろ』

『君の方が仲良いだろ』

『私も創ちゃんがいいと思う…茜くんって今でもやっぱりにこちゃんが一番って感じだし』

『そゆことそゆこと』

『そゆことじゃねぇよ』

 

 

最後の一押しの役目は、俺が担う…

 

 

 

「…」

「…」

 

 

 

 

 

 

 

……………………………何言えばいいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ねえ、創ちゃん」

「…なんだ」

 

 

凛の方から切り出してきた。

 

 

「凛は…凛は可愛いって、創ちゃんも思う…?」

 

 

さっき花陽の言葉を聞いた時よりもはるかに顔を赤くしながら、しかしまっすぐこっちを見て聞いてきた。

 

 

…聞かれたからには答えるしかないな。

 

 

「…バカかお前は」

「へ?」

 

 

近寄って、しゃがんで凛と目線を合わせてまず叱る。いきなり脈絡もなく可愛いなんて言えないしな。言えるわけねぇだろ。

 

 

「過去に言われたことがどれだけ響いてくるかなんて俺は知らねぇんだがな。可愛い女性にくっつかれて恥ずかしくないわけねぇだろ。お前気づいてなかったのか?毎度毎度、お前がくっついてくるたびにどれだけ俺が緊張してたと思ってんだ。どれだけ恥ずかしい思いをしてたと思ってんだ」

「え、えっと?」

 

 

なんかだんだん腹立ってきた。

 

 

「挙句お前水着で密着してきやがって。まだお前がもっと女性らしくなければよかったんだ、正真正銘360°どこから見ても可愛い女の子のくせに抵抗感もなくひっついてきてしかも恥ずかしい思いをしているのは何故か俺だけとか何だてめぇふざけてんのか」

「あ、あの…ごめんなさい?」

 

 

自覚が足らねぇ奴には自覚させなければならない。

 

 

迷惑は迷惑だと、害は害だと、利益は利益だと、善は善だと。自覚するからこそ正しく扱えるのが武器で、無自覚に振り回しては被害を振りまくだけだ。

 

 

可愛さだって武器なんだ。

 

 

しっかり管理してもらわなければ困る。

 

 

 

 

 

具体的には、俺の心臓が保たない。

 

 

 

 

 

「昔の男子が何を言ったかなんて関係ねぇ」

 

 

 

 

 

しっかりと、至近距離で目を見つめて。

 

 

 

 

 

「それを未だに引きずっているっつーなら俺がまとめて塗り替えてやる」

 

 

 

 

 

花陽じゃないが、今度は俺がお前を救う側だ。

 

 

 

 

 

 

「お前は、可愛い。誰が何と言おうと保証してやる。スカートを履いたって、化粧をしたって、女の子らしく着飾ったっていいんだ。お前は可愛い女の子なんだから。それを否定する奴は片っ端からへし折ってやる。全部全部叩き折って、お前が世界一可愛いって証明してやる」

 

 

 

 

 

 

俺の心を救ってくれたお前に、俺は全身全霊で返礼しよう。

 

 

 

 

 

 

「…だから安心しろ。お前はあのドレスを着ていいんだ。女の子なんだから。胸張って女の子らしくしてこい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「すっ…………あっ、は…あ…………ぁぃ…」

「にこちゃん、あれは僕らがもう到達することのない青春の境地だよ。羨ましい」

「まあ私たちああいう感じのすっ飛ばしちゃ…って違う!!」

「はぶふっ」

 

 

何故か顔どころか耳やら首まで真っ赤にして、合わせていた目を伏せて両手で顔を隠してしまい、返事もやたらか細い声だった。茜は何故かにこに蹴り飛ばされているし、花陽も赤い顔で口元を押さえて驚いているし、真姫は若干赤い顔で髪の毛を指先で弄んでいるし、絵里は聖女みたいに微笑んでいるし、希は若干顔を赤くしながらにやにやしているし、一体なんだお前ら。

 

 

「…さあ、早く着替えてこい。踊り合わせる時間、なくなっちまうぞ」

「………うん」

「何でそんなしおらしくなってんだお前」

「……ううううう!!創ちゃんのバカ!!!」

「はあ?って危ねぇな殴るなよ」

「危ねぇなと言いつつ避ける素振りも見せないあたりが流石だよね」

 

 

何故か怒られた上に殴られたが、元気出たみたいだしまあいいだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウェディングドレス的な衣装を着て舞台上を歩く凛ちゃんを見て、微妙にほっこりした気分になってるなう。照明室からだとちょっと遠いけどね。

 

 

でも、マイクが拾ってくる「可愛い」やら「綺麗」という観客からの声援に目を輝かせている様はばっちり見えた。

 

 

「シャッターチャンスがいっぱいだ。ステージ脇のカメラで写真撮りまくっておこう」

「…結局、何やらゴタゴタがあったらしいが、問題なかったのか」

「うん。全部ばっちり解決したよ」

 

 

ちなみに隣にはゆっきーと桜がいる。ゆっきーは主催だから当然いるし、桜は楽曲提供で呼ばれているからここにいる。でも別に君らが照明室にいる必要はないじゃん。

 

 

「ったく、何が『女の子らしい服は似合わない』だよ。茜や滞嶺が着るんじゃあるまいし、そんなことあるわけねーだろ」

「僕はともかく創一郎はギャグですらないよ」

「…お前はいいのか」

「んなわけない」

 

 

桜も完全に呆れているご様子だ。呆れている上に、多分だけど、本来なら穂乃果ちゃんが今舞台上にいるはずなのが不在なせいでご機嫌ななめだ。こっちもこっちで青春だよね。次の人生は普通ににこちゃんに恋したいわ。

 

 

「おい曲」

「わかってるよ。機嫌悪すぎでしょ」

「悪くねーよ」

 

 

凛ちゃんの話が終わったタイミングで曲を流す。

 

 

Love wing bell。

 

 

元々凛ちゃんのために作った曲ではないはずなんだけど、なんだかとても凛ちゃんにぴったりな歌詞だ。

 

 

これから彼女も変身できるといいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうほんっとうに暇だったんだよ!!」

「わかったから。もう10回くらい聞いたから」

「海未ちゃんは寝落ちするまでババ抜きするし!!」

「待って何それ」

「一番夜更かししなさそうなやつが…」

「あっ…あれは、なぜか私が全く勝てなかったので…」

「負けず嫌い極まってるね」

「あと大体何でかは予想できるわよ」

 

 

数日後、台風は無事過ぎ去り、穂乃果たちも遅れて帰ってきた。今日は久しぶりに全員揃っての練習なのだが、穂乃果がもう喋る喋る。台風のせいで如何に暇だったか、と。

 

 

あと海未は多分顔に出てたんだろうな。

 

 

「あっそうだお土産」

「おや、ありがとう…ありがとう?」

「…何だこれは」

「シーサーだよ!」

「シーサー…これシーサー?」

「シーサーって言うならシーサーなんじゃねぇか…?」

「シーサーがゲシュタルト崩壊しそう」

 

 

急に思い出したように俺と茜に渡したお土産は、何か謎のポーズをとったシーサーらしき赤色のナニカだった。何だこれは。

 

 

謎の土産に俺たちが困惑していると。

 

 

 

 

 

がちゃっ、と。

 

 

 

 

 

屋上の扉が開き。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()凛が、姿を現した。

 

 

 

 

 

「お、スカートデビューだね」

「はっ。いいじゃねぇか、似合ってるぞ」

「えへへ」

 

 

遂にトラウマを乗り越えて、女の子らしい服を着られるようになったようだ。

 

 

 

 

 

「よーし!今日も練習、いっくにゃー!!」

 

 

 

 

 

そのまま元気よく練習に参加する凛。やっぱり、凛はこうでなくてはな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、その写真はなんだ」

「この前のイベントの写真だよ。雑誌とかに載せられそうな写真を厳選してんの」

「…使わないやつはもらっていいか」

「使うやつでも構わないよ。実際使うのはデータの方だしね」

 

 

何となく数枚もらってしまったが、本人に確認取るべきだっただろうか。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ハイパー純粋筋肉ダルマの滞嶺君が本気出しました。これこそラブコメ…!!波浜君より滞嶺君とか水橋君の方が主人公感出てますけど、一応主人公は波浜君です。ちなみにドレス調整費はばっちり取られました。
さて、次回はまたオリジナル話を挟みます。アニメ一話ごとにオリジナル挟んでるせいで話が進まない!!(自分のせい)


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真偽さえ、疑う間も無い「偽」の温床



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!!また寿命伸びます!!(まだ言ってる)
更に☆9評価もいただきました!ありがとうございます!
評価ももっと増えるように頑張りたいですね!自己満作品ですけどね!!

さて、今回はオリジナル話です。影の薄いあの人、もしかしたらサブタイトルでわかるかもしれません。文字の意味そのものではなく、語感です。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

もし、人の心が読めたなら。

 

 

 

 

そう思ったことはありませんか?

 

 

多くの人は一度くらいあるかと思います。

 

 

そして、それに対してよく言われるのは、「心が読めるのもいいことばかりではない」ということです。

 

 

僕…松下明は、そのことをよく知っています。生まれつきといいますか、物心ついたときから「見聞きした言葉の真意を汲み取る」能力に長けていたようです。他人の言葉はもちろんのこと、誰かの文字や印刷された言葉であってもその「本心」を見抜くことができました。

 

 

もちろんいいことだってあります。人の機嫌を損ねない立ち居振る舞いができますし、この能力を駆使して文学の世界において大いに貢献できています。

 

 

 

 

 

それでも、やはり。

 

 

 

 

 

人々の悪意、私を利用せんとする打算、妬み嫉みの数々を、意図せずして受信してしまうのは…とても心苦しいことです。

 

 

 

 

 

それは赤の他人に限らず、お父様やお母様でさえ、優しくはあっても私の能力に寄せる打算的な期待を感じ取ってしまうため…どうしても信用できなくなってしまいました。

 

 

どうせ他人は他人です。

 

 

私のような、俗に「天才」というレッテルを貼られてしまった人々は、一般の方々にとっては動物園の中の動物達のような別世界を生きる見世物にしか見えないのでしょう。

 

 

そんな人々なんて、信用できるわけがない。

 

 

 

 

 

…例外があるとすれば。

 

 

 

 

 

「お兄さまー!夕飯の準備ができましたよー!」

「はい、ありがとうございます。すぐに向かいます」

「今日はですね!私がシチューを作ったんですよ!」

「本当ですか?楽しみですね」

「はい!楽しみにしていてください!!」

 

 

 

 

 

いつも、微塵の裏もなく私を「すごいお兄さま」と思って尊敬してくれている私の妹…松下奏くらい、でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はわざわざ来ていただいてありがとうございます…!」

「いえいえ、僕も日曜日くらいは休憩したいですから。大学は秋学期の講義が始まったばかりで忙しくもないですしね」

「そうなんですか?」

「ええ。大抵の国立大学は10月1日から秋学期の講義が始まりますから」

 

 

今日はμ'sの園田海未さんが作詞の相談をしたいということで、喫茶店で二人で会う約束をしていました。よくメールでのやり取りは行いますが、直接会って話すのは少し珍しいことです。

 

 

「では早速…」

「まあまあ、せっかく喫茶店に来たんですから、まずは何か注文しましょう。お代は僕が持ちますから」

「ええっ?!そ、そういうわけには…」

「大丈夫ですよ。僕はお給料を貰っている身ですから、学生よりはお金に余裕があります」

「ですが…」

「こういう時は言葉に甘えるのも、ひとつの礼儀かと思いますよ」

「そ、そういうことなら…」

 

 

いきなり本題に入ろうとする園田さんにまずは釘を刺しておきます。喫茶店を指定したのはこういう目的もありました。園田さんは素直で誠実、かつ真面目な方ですが、少し熱意が過ぎるところがあるようなので、少しゆとりを持てる場での会食を選ばせていただきました。

 

 

「パフェなどは食べますか?」

「ええ?!そんな高いもの、払っていただくというのに頼めません!!」

「ふふ、冗談ですよ。そう言うと思っていました」

 

 

緊張を緩めるにも、あまり堅苦しい場所ではない方が良いでしょう。実際かなり緊張していらっしゃるようですし。

 

 

…園田海未さん。

 

 

非常に裏のない性格をしていますね。なかなかお目にかかれないほどの素直さです。悪いことは悪いと断言できる方なのでしょう。言葉の裏など見なくても顔に出てしまうほど、というのはあまりよくないかもしれませんが。ババ抜きやパーカーでは勝てないでしょう。

 

 

今までのやり取りの感じでは、私を利用して成上ろうなどという打算も見受けられません。純粋に私から技術を教わろうとしているようです。

 

 

まあ、今後どうなるかは期待しませんが。

 

 

「僕は…そうですね、フレンチトーストとコーヒーをいただきましょうか。園田さんはどうしますか?」

「えっと…では、私もフレンチトーストと…紅茶をいただきます」

「はい。では注文しますね」

 

 

ウェイターさんを呼んで、料理を注文します。ウェイターさんは私のことを知らないようですが、彼の言葉の様子からどうやら兄妹だと思われたようです。流石に似てないと思うのですが。

 

 

「さて、落ち着いたところで、本題に入りましょうか」

「は、はい!よろしくお願いします!」

「そんなにかしこまらなくてもいいですよ?」

 

 

本題に入ろうとするとすぐにまた緊張してしまったようです。実直でなによりなのですが、少しやりづらいですね。天童君のように他人もコントロールできればよかったのですが、そこまでの才能は僕にはありません。

 

 

「えっと、とりあえず今ある詩を見せていただけますか?」

「は、はい。えっと…これです」

「ありがとうございます。拝見させていただきますね」

「お、お願いします…」

 

 

差し出されたのは1冊のノート。恐らく様々な単語を連ねた草案用ではなく、一つの詩としてまとめた清書用でしょう。もちろん、これだけでもどんな言葉を並べたかを想像するのは難しくありません。特に手書きでは筆跡のおかげでより多くの情報を読めます。

 

 

「ふむ…たくさんありますね」

「は、はい…どれか一つでも歌に出来ればと思って…」

「ふふっ、いいじゃないですか。全部歌にしてしまいましょう」

「そ、そんな…真姫が大変になってしまいますから…」

「ああ、そうか…作曲の手間は考えなければいけないですね」

 

 

詩としての完成度はかなり高いので勿体ないですが…いや、作曲家の知り合いもいるじゃないですか。

 

 

「…一部、水橋君に依頼しておきましょうか?」

「へっ?」

「僕が水橋君に依頼して、出来た曲をμ'sに差し上げる…それなら問題ないでしょう」

「問題ありますよ!それだと費用は…」

「ええ、僕持ちですね」

「そんな簡単に…」

「いいんですよ。優れた詩を後世に残せない方が、文学者としては心苦しいですから。僕結構お金持ちですしね」

 

 

こういう事をするから打算的な付き合い方をされるのだとはわかっているのですが…実際、文学者としての本能を止めるのは簡単ではないんです。

 

 

人付き合いよりも、文学の保存の方が大切でしょう。

 

 

「そ、そうは言いますが…」

「ふむ…そうですね…まずは詩のアドバイスをしてから考えましょうか。まずはこの『Dancing stars on me』から見ていきましょうか」

「は、はい…」

 

 

園田さん、ちょっと押しが弱いのは心配ですね。

 

 

「詩の基本ができていますから、より意味のある言い回しであったり語感の調整なんかをしましょうか」

「はい、お願いします!」

「例えば、…」

 

 

実際、僕の目からしてもかなり出来のいい詩の数々です。もちろん、悩んだ末に良い言い回しが思いつかなかったところなどもあるようですが、全体として良くまとまっています。高校生でここまでとはなかなかいかないでしょう。

 

 

「…ふむ、この詩はとてもいいですね。これはこのままで十分かと」

「本当ですか?!」

「ええ。『嵐の中の恋だから』…なるほど、一つの詩の中で2人の人物が掛け合う手法、面白いですね。僕もちょっと浮かんできました」

 

 

良い作品を見るとこちらも創作意欲が湧いてきますね。「恋」に「嵐」とは、いい単語を繋げたと思います。荒れ狂う恋の様を連想しやすく、見た人が情景を思い浮かべやすいでしょう。

 

 

持参したルーズリーフに、頭の中で繋ぎ合わせた詩を一気に書き連ねていきます。「恋」に「嵐」。園田さんは悲愴を感じさせる詩でしたから、僕はもっと情熱的な詩にしましょうか。

 

 

「…と、こんなものでしょうか。ふむ、題名も少し拝借して…『Storm in lover』、というのはどうでしょうか」

「す、すごい…僅か数分で詩が…」

「あっ…すみません、今日は相談に来ていただいたのに、僕が好きなことをしてしまいました」

「い、いえ!大丈夫です!むしろ松下さんの作詩風景が見られてよかったといいますか…!」

 

 

つい平然と自分の作詩をしてしまいました。今日の本題から逸れてしまいましたね…。こういうところは天童君や御影君と変わらないですね。芸術家の性というものかもしれません。

 

 

「あ、せっかくなのでこの詩に曲をつけて今度お渡ししますね」

「ええええ?!そ、そんなっあのっ」

「テンパり過ぎじゃないでしょうか…?」

 

 

作った曲を眠らせておくのも忍びないので、曲にしてプレゼントさせていただくことにしました。園田さんは申し訳なさと嬉しさで言葉が出てこないご様子ですが、嫌がられていないのなら問題ないでしょう。

 

 

今日はその後も、緊張した園田さんと共に実に十作の詩についてアドバイスを差し上げました。今後もどんな詩を作ってくださるのか、楽しみですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

園田さんと別れたあと、少し大学に寄って解読中の古書を取りに戻ろうと思い、大学に向かっていると。

 

 

「おーやっ明じゃねーか!なんだなんだ休日出勤か?准教授はお忙しいなおいおいおい!!」

「こんにちは天童君。今日もいつも通りですね」

「おう、俺は今日も平常運転だぜ。つーか大学行くなら俺もだから一緒に行こうぜ一緒に」

「側から見ると学生が准教授にタメ口きいているように見えると思いますけど、いいんですか?」

「よくねーわ。それはよろしくない。俺の評判が落ちるのは全くよろしくないアイムアパーフェクトヒューマン」

 

 

後ろから駆け寄ってきて横に並んだのは天童君でした。彼も今年、僕が務める国立大学に入学していたようで、ごく稀に顔を合わせます。流石に学内で声をかけることもありませんね。

 

 

 

 

 

大体、天童君は特に信用できませんし。

 

 

 

 

 

僕と同じように人心に関する天才で、僕が対個人に特化しているとすれば彼は対団体に特化した天才です。

 

 

彼は多くの人の行動を予測できますが、各個人の心境までは予測できません。対して僕は個人の本音まで見抜くことができますが、団体の動きは見抜けません。同じような特性を持ちながらほとんど真逆の性質を持っているわけです。

 

 

その上で、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようなので、実際読んでいる側としては欺かれているような気がしてなりません。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そんな予感がしてなりません。

 

 

「ちなみに天童君は何をしに大学へ?」

「ふふーん、何だと思いますー?」

「提出し忘れた課題を提出しに行くんですよね」

「…たまには外してくれてもいいんだぜ?」

「外したところで特に見返りもないでしょう?」

「ないな」

 

 

どうせ課題を提出しにいくという口実で僕の行動を読みに来たのでしょうが、そこを言及してもまともに答えてはくれないでしょう。

 

 

「…ところで、最近μ'sの方々によく関わっておられるようですが。何かご心配ごとでも?」

「おっと、誰に聞いたんだ?いや、わかってることを聞くのは無駄だな。茜だろ?柳進一郎の新作の表紙を描いたっつってたからな」

「何を言いますか。あなたがそう仕向けたのでしょう?」

「ばーか仕向けなくても自然とそうなるのはわかりきってるわ。作風が『未来の花』に近かったしな」

 

 

彼との会話はこんな感じで、腹の探り合いみたいになるのであまり好きではありません。実際に彼の言う通り、彼に舞台化していただいた「未来の花」に近い雰囲気の作品を書いたので、表紙は同じ絵師の方に頼もうと思っていたのです。

 

 

お互いが真意を知った上での会話なんて、気持ちが悪いにも程があります。

 

 

「…天童君、僕との会話は気持ち悪くなりませんか?」

「えっなになに?急に思春期来ちゃったの先生よ」

「僕は正直気持ち悪いですよ」

「あっガチなやつね」

 

 

あまり表面的なやりとりばかりしていても気持ち悪いだけなので、思い切って正直に聞いてみました。

 

 

「気持ち悪い…うーむそうなのか…なんかショック…」

「どうせわかっていたことでしょう?」

「…明、ちょっと勘違いしてるみたいだがな。俺はお前さんみたいに人の心まで読めないだぞ」

「知っていますよ。ですが、どういうリアクションをされるかは予測できるでしょう?」

 

 

…これはどういうことでしょうか。

 

 

どうやら本気で悲しんでいるようです。予測できていたと思ったのですが…。

 

 

「あー予測できるぜ、リアクションはな。だがな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…っ」

「あんたみたいに対人特化じゃねぇからな。…正確には()()()()()()()()()()()()()()、ってことなんだが」

「…失礼しました。僕としたことが、読み切れず…」

「いーや構わねぇよ。俺も最近変なのを相手にするとシナリオ通り進まないことも出てきたからな…」

 

 

内心、「しまった」と思いました。

 

 

彼が僕とは違う種類の天才であることはわかっていたのに、「何でも読めている」という先入観で決めつけてしまっていたようです。迂闊でした。天童君も珍しく若干傷ついてしまったようですが、彼自身も最近は調子が悪いようで、「まあそういうこともあるだろ」と思っているようです。

 

 

「はーほんとに…読めない奴は読めないもんだな。茜や桜や大地は余裕なのに、湯川君とか明は完全には無理だ。天才でもない希ちゃんもよくわかんねーしなぁ…」

「…希ちゃん?」

「ああ、希ちゃん。知ってるだろ?μ'sの子なんだしさ」

 

 

憂鬱な表情で不満を連ねる天童君が、不意に意外な名前を出しました。東條希さん、もちろん知っています。知らなかったのではなく、意外だったのです。

 

 

何の脈絡もなく一個人に言及するようなタイプではありませんから。

 

 

これは、もしかすると…。

 

 

「…ははあ、そういうことでしたか」

「何の話やねん」

「いえ、何でもありませんよ。人生何があるかわからないな、と思ったまでです」

「なるほどわからん」

 

 

不機嫌そうな顔をする天童君は、どうも本当に僕の言葉の意味を掴めていないようです。

 

 

 

 

 

それでいいんです。

 

 

 

 

 

恋心には、自分で気づいた方がいいと思いますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学から資料を回収した後、特にすることも無かったためそのまま帰宅しました。まずは自室でパソコンに向かい、メールを送ります。

 

 

宛先は水橋君。

 

 

園田さんの相談に乗っていた時に作った詩から曲を作っていただくためです。自分で言った手前、後回しにはできませんからね。

 

 

返事はすぐに返ってきて、2日ほど時間が欲しいとの旨が書いてありましたので承諾しました。普通は2日で曲はできないと思います。

 

 

…実は、水橋君はかなり苦手です。

 

 

信用できないとかの問題ではありません。悪い人ではないのはわかるのですが、見抜ける本心の更に奥。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

例えるなら、曇りガラス越しに心の中を見ているような。

 

 

嘘をつくにしてもここまで完璧に嘘をつける人はそうはいないでしょう。二重人格とも違います。()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな違和感を感じるのです。

 

 

同じような現象は、以前の波浜君にも見られました。しかし彼の本心はちゃんと見抜けていたのです。水橋君はそれを更に徹底したような、自分自身すらも完全に欺かない限りはこうはならないでしょう。

 

 

そんな心理状態を目前にして、平然としていろという方が無理な話です。

 

 

しかし、まあ、彼とのやりとりは最低限で済みましたので助かりました。今日はもう予定はありませんし、張り切って古書の解読をしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

と、思っていた時でした。

 

 

 

 

 

 

 

「…おや?メールが届いていますね…」

 

 

先ほどの水橋君とのやり取りの間には無かったメールが届いていました。ちょうど今届いたのでしょう。

 

 

差出人は天童君でした。さっき会ったはずなんですが。

 

 

メールの本文には、

 

 

『明の小説を原作とした映画を思いついたから、ちょっと話を聞いてくれないか?』

 

 

とありました。読む予定だった古書を机に置いて、了承の旨を返事して再び出かける準備をします。

 

 

「あれっお兄さま、またお出かけですか?」

「はい。ちょっとお仕事のお話をしなければいけませんから」

「そうでしたかぁ。勉強教えてもらおうと思ったのになあ」

「それなら、夜に少しだけ見ましょうか。夕飯までには帰ってきますし」

「本当ですか?!ありがとうございます!」

「ちなみに理数系は教えられませんよ?」

「大丈夫です!英語なので!!いってらっしゃい、お兄さま!!」

「はい、行ってきます」

 

 

玄関で靴を履いている時に奏が居間から出てきました。妹の奏は私のような異常は持たない普通の女の子なので、時々文系教科については僕に聞きにきます。理数系はさっぱりですが。

 

 

玄関から出て少し歩くと、()()()裏路地には既に天童君がいました。

 

 

「お、早かったな。()()()()()()()

()()()()()()

「オッケー、じゃあ行こうか」

 

 

天童君を相手取るなら、必ず気にしなければならないことがあります。

 

 

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そして、僕は更にその先、彼が裏で考えていることまでバッチリ読み取れます。

 

 

真の要件は、なんて事はない、僕らの日課です。

 

 

行けばわかりますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お、いたいた。目標5番の路地、SJ-7-3通路の北側143m先)

(君の予想誤差3m、今日は調子良さそうですね)

(ああ、任せろ。じゃあ手筈通り)

(了解しました)

 

 

さて、僕と天童君は人通りのない路地裏に居ます。

 

 

こんなところに何をしに来たと思いますか?遠くから聞こえる声に耳を傾けてみましょう。

 

 

 

 

 

 

「だから足りねぇっつってんだよ!早く金出せよオラ!!」

「ひぃっ!!も、もう持ってないよ!!本当に無いんだ!!」

「はあ?何言ってんのお前。無いなら増やせばいいだろ」

「そ、そんな無茶な…」

「あァ?!」

「ひいい!!ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!す、すぐに増やしてくるから!!」

 

 

 

 

 

 

言うまでもないでしょうが。

 

 

カツアゲか何かですね。

 

 

天童君のことは信用できませんが、こういった正義については別です。そこについては僕らの利害は一致しました。

 

 

 

 

 

 

こういう人達がいるから、割りを食う人が出てくるんです。

 

 

 

 

 

 

だから悪い芽は摘んでおきましょう。

 

 

 

 

 

 

もちろん暴力的な手段は使いません。天童君は何故か非常に喧嘩に強いですが、僕は力ありませんから。

 

 

ならばどうするか。

 

 

僕はただ、声を聞きながら携帯電話の準備をするだけです。

 

 

「なぁおい、一番簡単に金を増やす方法教えてやろうか?」

「は、はい?」

「…盗むんだよ。ほら、表は大通りだろ?誰も気づきはしねぇよ」

「そ、そんな…」

「できねぇのか?なら

「ちょーっと待った!!話は聞かせてもらったぜ!!ついでに言うと君らがそこの少年に蹴りを入れてる現場もバッチリ撮影済みだからあんまりデカい態度とってるとうおおおおおお拳来たああああああ?!?!」

「…おい、何だお前」

「えーっとちょっと待って?お兄さん方ちょっと待って?いやこちら暴行事件の証拠押さえてるわけでして」

「ふざけんな消せ!!」

「いったあああああ!!マジパンチしやがったこいつ!!」

 

 

犯罪現場に完全に空気読めない感じで天童君が突っ込んでいきました。殴られたようですが、どうせ演技でしょう。ちょっとかすり傷を負う程度に抑えて大仰なリアクションをとれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

さて、それでは僕の出番です。すぐに110番に電話をします。

 

 

「あっあのっ、警察の方ですか?!えっと、新宿の路地裏で人が殴られていまして…ええ、新宿駅南口から…えっと近くにあるのは…」

 

 

そう、僕の役割は「目撃者」。

 

 

会話する相手の心境は読めますから、()()()()()()()()()()()()()()()のはそう難しくありません。

 

 

そうすれば、あとは天童君が時間稼ぎをしている間に警察が到着しますから、拘束していただければおしまいです。事情聴取も目撃証言が済めば帰れますし。

 

 

ぱっと思いつく程度の、しかし位置の特定には十分な情報を提供したらあとは警察の方が見つけやすい位置まで移動して待機し、誘導するだけです。夕飯までには問題なく帰れるでしょう。

 

 

…こんな「悪人狩り」を、天童君が察知する度に行っています。もちろん僕らがともに暇な時に限りますが…いや、天童君のことですから単独でもやっているかもしれません。

 

 

 

 

 

 

悪人は咎めましょう。悪者は裁きましょう。

 

 

 

 

 

 

どうせ信用に足る人間なんていないのですから。命を奪わないだけ有情だと思っていただきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは…松下さん?こんなところで何を…」

 

 

久しぶりに練習がお休みだったので、松下さんに詩のアドバイスをもらった後もしばらくお買い物をしていたのですが…何故か、今朝会った時とは違う服装の松下さんが、誰かに電話をしていらっしゃいました。何やら焦っているようでもあります。

 

 

声をかけようと、思ったのですが。

 

 

 

 

 

電話を切った直後に、路地裏に投げかけた視線が。

 

 

 

 

 

背筋が凍るほど冷たくて。

 

 

 

 

 

息が詰まって、足も止まって、声なんてとてもかけられませんでした。

 

 

 

 

 

どれくらい私が立ち止まっていたかわかりませんが、警察官の方々が複数人いらっしゃって、焦ったような表情の松下さんと共に路地裏に消えていきました。

 

 

…一体、何だったのでしょう。

 

 

松下さんがあんな眼をするなんて、何があったのでしょう…。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

おそらく一番謎だった松下先生です。文学者ということでサブタイトルを七五調にしました。お気づきでしたか?
作中で一番捻くれている人物登場です。9人も男性がいるんだからこういう人がいてもいいだろう、と思ってこんなに捻くれさせました。他人絶対信用しないマン誕生の瞬間です。あとシスコン。
悪人狩りについては、賛否両論ありそうですが…そこらへんは次回の後書きに回します。あとこんな時にもネタ化を忘れない天童さん。
そして忘れた頃に水橋君の不穏な伏線を垂れ流していくスタイル。何なのでしょうね!(すっとぼけ)



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正義のために人を殺すか?



ご覧いただきありがとうございます。

松下さんストーリー第2話です。サブタイトルがすでに不穏極まりないです。前回のサブタイトルの五七五に対して今回は七七ですので、二話合わせて短歌風です。サブタイトル考えるのに一番時間使った気がします。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「海未ちゃんどうかしたのかい」

「さあ?でも何か元気ないわね」

「朝からあんな調子なんだよ?一昨日は松下さんに相談しに行くって張り切ってたのになぁ」

「何かあったのかも…」

「松下さんに限ってそんな何かやらかすか?」

「わからないよ?人は見かけによらないし。創一郎がいい例じゃないか」

「どういうことだ」

「褒めてるんだよ」

 

 

今日の練習ではなぜか海未ちゃんが元気なかった。珍しいね。海未ちゃんってビビったり恥ずかしがることは多いけど落ち込むことは少ないのに。

 

 

ちょっと声かけてみようか。

 

 

「海未ちゃーん、何か今日元気ないね」

「えっ…そ、そうでしょうか?」

「そうだよ。ほれ御覧なさい、みんな心配しておられる」

「あっ…すみません、大したことではないのですが…」

「何かあったなら相談にのるよ!海未ちゃんが悩んでるんだもん!」

「そうだよ!私たち、幼馴染なんだもん!」

「穂乃果…ことり…」

「いい友情だねえ」

「感慨深くなってる場合か」

 

 

仲良きことは素晴らしきかな。こんなに熱心に心配してくれる人なんてそうそういないだろう。僕とにこちゃんには及ばないけどね。遠く及ばないけどね。及ばないよ?

 

 

「…いえ、こればかりは人に相談して何とかなることではありません。悩みというほどのことでもありませんし」

「悩みでもないのにそんなにテンション下がるかい」

「まあ自力で何とかするっつーなら何も言わねぇが」

「はい。それでも困ったらみんなを頼りますから」

「そういうことなら追及しないでおこうか。はい練習始めるよー」

「えー!海未ちゃんの悩み気になる!!」

「面白がってないか君」

「凛も気になるにゃ!!」

「訂正。面白がってないか君()()

 

 

悩んでる友達が心配なのはわかるけど、あんまり首突っ込みすぎるものでもないよ。

 

 

天童さんに聞いてみようかと思ったけど、流石に何でもかんでも聞くもんじゃないしやめとこう。だいたいあの人別に平和の使者ってわけでもないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

園田さんからメールが届いていました。

 

 

文面自体は前回とほぼ同じです。しかし、この短期間で新たな詩ができたとは考えにくいですし、できたとしてもわざわざもう一度会う必要は全くと言っていいほど無いでしょう。

 

 

察するに、昨日()()()()のでしょう。

 

 

「悪人狩り」をしている時はたまに素に戻ってしまいますからね。きっといつもの笑顔が剥がれた一瞬を運悪く見られたのでしょう。

 

 

…天童君、これも君の計算の内なのでしょうか。

 

 

珍しく()()()()()()信用できそうな人がいるというのに、彼女すらも僕から遠ざけようというのですか。

 

 

 

 

 

 

そうだと言うのなら、友人とて容赦しませんよ?

 

 

 

 

 

 

…まあ、今回は何とかして穏便にやり過ごしましょうか。可能な限り早くお会いしたい、とのことですが…彼女も学校やμ'sとしての活動があるでしょうから、次の日曜まで待っていただきましょう。

 

 

「お兄さまー!お夕飯できましたー!」

「ありがとうございます。今行きますよ」

 

 

ちょうど返信を終えたところで奏が僕を呼びに来ました。お父様もお母様もお忙しいため、夕飯はいつも僕ら2人です。先に帰宅した方が夕飯を作ることになっているのですが、僕は准教授としてそれなりに仕事があるので、だいたいは奏の帰宅の方が早いです。吹奏楽の練習で疲れているはずなので、たまには僕に任せてくれてもいいのですが。

 

 

今日の献立は白米、わかめの味噌汁、ほうれん草の胡麻和え、焼き鮭という和食です。もっと手抜き料理でもいいのですが…いつもありがとうございます。

 

 

「「いただきます」!」

 

 

2人でいただきますを言って、食事を始めます。一口食べてすぐに奏は今日の出来事を僕に話し始めました。毎日楽しそうでなによりです。

 

 

「あっそうだお兄さま、お兄さまってμ'sの方とお会いしたことありましたよね!」

「ええ、ありますよ。どうかしましたか?」

「はい!今日、学校のお友達にμ'sの曲を聴かせていただいたのですけど、私もμ'sが好きになってしまいまして!」

「そうでしたか。僕も好きですよ、彼女たちの曲。元気が出ます」

「ですよね!私すっかりファンになってしまいまして!私もいつかお会いしたいです!」

「そうですね…音ノ木坂学院に入学すれば会えるかもしれませんよ?」

「はっ!確かにそうですね!私の偏差値で行けましたっけ…」

「この前の模試ではC判定でしたね。努力を怠らなければ問題ないと思いますよ」

「さすがお兄さま、よく覚えていらっしゃいますね…!よーし、私もお兄さまみたいになれるように頑張ります!!」

「…僕みたいにはなれないと思いますよ?」

「なりますー!!」

 

 

現在中学3年生である奏の志望校は元々音ノ木坂学院でしたから、今のペースで勉強を続ければ問題なく合格できるでしょう。僕とは違って理数が得意な子ですし、文系科目は僕が教えていますから。

 

 

…それにしても、ここまで純粋に僕を慕ってくれていると、なんだか申し訳ない気持ちになってしまいます。

 

 

僕は全く万能でもなく、善人でもないのです。

 

 

悪人狩り自体は善行だと思っていますが、本当はこんなふうに視界に入った異物を片っ端から刑務所に叩き込むやり方は横暴が過ぎるのでしょう。

 

 

社会一般からして。

 

 

きっと「やりすぎだ」と糾弾されることは分かっています。

 

 

人は、どうしても「第一印象が被害者である方」に肩入れしてしまうものですし。

 

 

「でもやっぱり、一度くらいはμ'sのライブを見てみたいですよねー」

「ライブならテレビなんかで見たことあるじゃないですか」

「テレビではなく生で見たいんです!生ライブです生ライブ!!」

「な、生ライブですか…」

「生ライブです!!」

 

 

どうやら奏は相当μ'sが気に入ったようです。元々音楽が好きな子ではありましたが、ここまでハマることはなかなかありません。それほどまで、μ'sの曲は人を惹きつけるということなのでしょう。

 

 

才能とはまた違った、彼女たちの本質的な輝きによるものなのでしょう。僕たちのような尋常ではない能力は持たないながら、人を惹きつける能力は人一倍…ということでしょうか。それにしても驚くほどの人気ではあります。

 

 

「ラブライブ本選って自由に見に行っていいんでしょうか?屋外ステージに決まったって聞いたので、最悪遠目から眺めるくらいならできるかもしれませんし…!」

「そんなに見たかったのなら何故オープンキャンパスに行かなかったんです?」

「だってその頃は知らなかったんですもんー!!学校見に行くよりも勉強しなきゃって思ってたんですもんー!!」

 

 

自分で言うのもなんですが、奏は僕と比べて非常にテンションが高いです。元気でいいことなのですが、兄妹でこうも違うのは何故なのでしょう。僕が捻くれすぎただけでしょうか。何かが間違って奏のテンションが振り切ってしまったのでしょうか。

 

 

「それはまあ…仕方ないことですね。次の模試の結果にもよりますが、入場規制などが無いか僕が聞いてみますよ」

「本当ですか?!ありがとうございます!」

 

 

とはいえ、いくらテンションが高くても、僕に全幅の信頼を寄せる奏にはどうしても甘くしてしまいます。利用しようとなんてしていないのは、僕にはわかりますし。

 

 

「えっとですね!でしたらこの後また勉強を教えていただけるともっと頑張れます!」

「いいですよ。今日は何を勉強するんですか?」

「歴史です!」

「昨日も歴史でしたよ?」

「…れ、歴史無理なんです…」

「ふふ、知っていますよ。ちょっとからかっただけです」

「お兄さまー!!」

「ご馳走さまでした。洗い物は僕がやっておきますから、勉強の準備をしていてくださいね」

「もうっ!ご馳走さまでした!後はお願いします!!」

 

 

奏はご飯を食べ終えてすぐにスタスタと自室に戻ってしまいました。無論、怒っているわけではありません。行動がやけに素早いだけです。少しからかった程度で怒る子でもありませんし。

 

 

洗い物を終えて一旦自室に戻り、メールを確認してから奏の部屋へ向かおうと思っていたのですが、一件のメールが目に留まりました。

 

 

差出人は、園田さん。

 

 

『すみません、出来るだけ早くお会いしたいので、明日の夕方ではいけませんか?』

 

 

そんな文面でした。

 

 

ふむ…彼女はそれほど積極的にこちらの事情に首を突っ込まないタイプなはずですが。友人に背中を押されたのでしょうか。

 

 

…これでは穏便にやり過ごすのは厳しいですね。致し方ありません、事実を伝えるしかないですね。

 

 

それで納得してくださるかは、わかりませんが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、急に呼び出してしまって…」

「いえいえ、問題ありませんよ。今日はさほど忙しくもありませんでしたし」

 

 

翌日の夕方、また2人で喫茶店に集まりました。この時間帯はこのお店には人もほとんどいないので丁度良いですね。

 

 

「ありがとうございます…。どうしても気になることがあったので…」

「…お気に入りなさらず。全部わかっております。あの日、僕が何をしていたかを聞きたいのでしょう?」

「えっ…な、何で…」

 

 

本題を切り出される前に先手を打っておきました。こうしておけば、僕の読心も信じてもらいやすいですからね。

 

 

「ふふ…それについては後ほど。まずはあなたの疑問に答えましょうか」

「は、はい」

「正直に申し上げましょうか。あの日、僕は悪者退治に出かけていたんです」

「…はい?」

「まあ、そう言っても信憑性は薄いかもしれませんが…確かにそうだったんです。あの路地裏では恐喝が行われていました。なので、犯罪者を警察の方々に引き渡す作業をしていたまでです」

「そんな…恐喝が行われていることを知っていたみたいな言い方に聞こえますが…」

「ええ、知っていたんです。もちろん僕が察知したわけではありませんが。知っているでしょう?そういうことができる人を」

「…天童さん…!」

「そう、その通りです。僕はあの日、天童君から連絡をもらって、恐喝をしている人を捕まえてもらいに行ったんです」

 

 

天童君がμ'sの方々と面識があって助かりました。おかげでお話がスムーズに進みます。

 

 

「そうでしたか…悪い人を捕まえるために…」

「ええ。たまにあのように悪人を捕まえるべく出かけているのですよ」

 

 

ここまでの話なら特に何もおかしな点はありませんし、普通の人ならこれで安心してくれるところでしょう。「松下さんはやっぱりいい人だった」、そんな風に思ってくれます。

 

 

 

 

 

 

 

ですが、園田さんは聡い人です。

 

 

 

 

 

 

 

「あの…それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()天童さんならあらかじめ予測できていたと思うのですが…」

 

 

 

 

 

 

 

そうです。

 

 

最善を目指すなら、そもそも犯罪自体を防ぐ方がいいのです。事件は起きた時点で被害者に傷を遺すものですし。

 

 

なら、なぜ僕らは起きた犯罪を処理しに行っているのでしょうか。

 

 

それは、当然。

 

 

 

 

 

 

 

「…だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

現行犯で捕まえるため、です。

 

 

「悪いことをする前では法は裁いてくれません。きっちり現場で犯罪を起こしていただければ、確実に法が裁いてくれます」

「で、ですがそれだと…!」

「そうですね、犯罪に遭う人が出てきます」

「そんなっ、今回は恐喝だったからまだよかったものを、殺人事件だったら大変じゃないですか!!」

「ええ、そういった不幸は即死していらっしゃらないことを祈るのみです」

「なんですって…?!」

 

 

事件は起きなければ未遂として扱われ、罪の重さは段違いとなります。それでは悪人たちを正しく裁いたとは言えません。必ず最大限重い刑罰を与えるには、現行犯が一番なのです。言い逃れをする隙すらありませんから。

 

 

「それに、悪い人だって改心する可能性も…!」

 

 

被害者だけでなく、加害者側の心配もできるとは…思った以上に善良な人です。貴重な人材ですね。

 

 

 

 

 

 

ですが。

 

 

 

 

 

 

 

「改心なんてするわけないじゃないですか」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

今度は言葉も出てこないようでした。正に絶句、といったところでしょう。その眼は信じられないものを見るかのように見開かれていました。

 

 

「…園田さん、あなたは人の心を読もうと思ったことはありますか?」

「え?えっと…そうですね、たまには…」

「高坂さんの心を読んで先回りして愚行を止めたい…そんなところですか?」

「な、なんでわかったんですか?!」

「ふふっ、何故でしょう?そもそも何故、僕はこんなことを聞いたのだと思いますか?」

「…あっ?!い、いえ、まさかそんな…」

 

 

やはり、聡い人ですね。

 

 

「もちろん心が読めるとまでは言いませんよ。しかし、言葉の裏の真意を読むことはできます。…たとえそれが文字でも。読心とは少し趣が違いますが、会話をすれば心が読める…そんな認識でも間違いないかと」

「そんな…いえ、でも天童さんや茜や桜さんの例を考えると…」

「…そこと同列では無いと思うのですが」

 

 

確かに才能の問題ではあるのですが、波浜君や水橋君とはすこし違う種類のような気がしますね。人に対する才能か、モノに対する才能かの差です。

 

 

「まあいいでしょう。園田さん、あなたはそんな類稀なる才能を持つ人たちを前にしてどう思いますか?」

「そうですね…私も頑張らないと、と思います」

「ええ、そう思っていただくのがベストです。才能に恵まれた人にも負けないように努力する、それが正答だと僕も思います」

「はぁ…」

「ですが、どうでしょう。普通はそうは思ってくださらないのです。才能があって羨ましい、ずるいだなんて嫉妬する人、才能のある人を利用して成上ろうとする人、才能ある人を虐げて愉悦に浸ろうとする人。そんな人ばかりです」

「そ、そんなこと…」

「そんなこと、あるんです。僕が実際に見てきました。恐ろしいことに、お父様やお母様ですら例外ではありません。天才の息子に任せてしまえばいい、自分たちは楽ができる…そう思っているのが僕にはわかってしまいます。赤の他人なんてもっと酷い。あなたたちのような誠実な人でもなければ、天才をまともに見てくれないんですよ」

「…そ、そうだとしても、それと悪い人が改心するかどうかは関係ありません!」

「いえ、僕には関係あります。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()仮に改心したところで、相対的に改心したように見えるだけで一般平均から見たらやはり悪でしょう。行儀よく改心を待っているよりは、さっさと厳罰に処していただいた方が建設的です」

「そ、そんな…」

 

 

真に誠実な人なんてほとんどいません。

 

 

会った直後は誠実な人もいましたが、慣れてくるとやはり打算が顔を出してきます。

 

 

「そう簡単に人は変わりません。…()()()()()()()()()()()()()()()()。悪人に限らず、あなたでさえも。人の本心が見えてしまう以上、他人を信用することなんてできませんよ。…刑務所にも訪れたことがあるのです。言葉を交わした人達は、言葉の上では後悔しながらも、内心では憤り、逆恨みして過ごしていました。やっぱり改心なんてしませんよ。悪は悪に相応しい場所に閉じ込めておかなければならないんです」

 

 

人の心は変わりません。

 

 

変わるのであれば、僕はもっと気楽に生きられたでしょう。

 

 

僕はあなたたちの道具じゃない。ステータスじゃないって。

 

 

そう言って、聞き入れてくれたなら。

 

 

…どうせ聞いてはくれなかったでしょうが。

 

 

「さて…これでもう十分でしょう?なんてことはない、あなたが見たのは本来の僕、というだけの話ですよ。…それでは、僕はそろそろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違います!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がって、支払いを済ませて帰ろうかと思ったところでものすごい大声が飛んできました。一瞬窓ガラスが割れたかと思いました。

 

 

「…ど、どうしたんですか」

「違います!!人は変われないなんてことは、ありません!!!」

「あ、あの…園田さん、

「私は昔はもっと臆病で引っ込み思案だったんです!それを穂乃果が、ことりが、一緒にいてくれて変われたんです!!穂乃果も、以前よりみんなのことを考えられるようになったんです!ことりも自己主張できるようになったんです!凛だってついこの間、女の子らしい格好ができるようになったんです!!人は変われます!!()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「わ、わかった、わかりましたから落ち着きましょう?今は他にお客さんいませんけど、ここ喫茶店ですよ?」

「あっ…すみません…」

 

 

流石にここまで激昂するとは思いませんでした。このまま帰るつもりだったのですが、そうはいかないようです。

 

 

僕には天童君のようなシナリオはありませんから、心は読めても展開は読めませんし。

 

 

「それに園田さん、変われたと言いましても、あなたたちは善性の塊みたいなものじゃないですか。善に囲まれれば善にもなりますよ」

「それはつまり、正しい人が周りにいれば改心もできるということですよね?」

「え?うーん…そうなのでしょうか…?」

 

 

裏を返せばそうなんでしょうが…詭弁のような気もしますね…。

 

 

「しかし、今まで会った人の本心はいつまでも変わらなかったですし…」

「それは…あの、失礼を承知で申し上げるのですが…」

 

 

急に不穏なことを言い始めました。何を言うつもりなのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

「それは、松下さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「先ほどの話を聞いていて思ったんです。自分を悪く言う人がいて、自分を利用しようとする人がいて…それはとても悲しいことです。しかし、それをあなたが正そうとしなければ、当然彼らの認識は変わらないと思います」

「そんなことを言って素直に聞き入れてくれるとは思いませんが…」

「試しましたか?」

「え?」

「実際に試してみましたか?私はあなたの道具ではありませんとか、あなたに文句を言われる筋合いはありませんとか、そういったことを言ってみましたか?」

「いえ…いやそもそもそんな棘のある言い方をしたら余計敵対しそうな気が…」

「今のはちょっと極端でしたが…人の悪性を正そうと言うのなら、私たち自らそれを示していかなければならないはずです」

「は、はあ…」

 

 

僕自身が変えようとしなかったから、ですか…。それはまあ、確かに僕から働きかけたことなんてありませんが…それで何かが変わるかと言われればそんなことはなかったと思います。僕が何とか言った程度で人が動くのなら全く困りませんし。

 

 

「…松下さん、まだわかりませんか?言ってしまえば、あなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのではありませんか?」

「勝手に…園田さん、あなたは僕がどれほどの苦悩を抱えてきたかご存知ないからそんなことが言えるんです」

「当たり前です。そんなこと知るわけありません」

「…断言するんですね」

 

 

流石にすこし頭にきました。そう何度も会ったわけでもない人のことを、随分と好きに言うものですね。

 

 

やはり、他人なんて信用なりません。

 

 

「…知るわけありませんが、それでも人は変われないなんてことはありません。私がそうですし、周りにもたくさんいますから」

「そうだとしても、悪人が改心することなんてあり得ません」

「いいえ、あり得ます!…いいでしょう、それなら私たちが証明してみせます!!」

「…面白いことを言いますね。どうやって証明するのですか?」

 

 

悪人が改心した証明など、どうやっても立てることはできません。僕なら読めるかもしれませんが、園田さんがどうしようと言うのでしょう。

 

 

 

 

 

 

「簡単です。私はあなたを改心させます!!」

 

 

 

 

 

 

…………はい?

 

 

「…あの、今は悪人を改心させられるかという話だったはずですが」

「そうです。だからあなたを改心させるんです。だってあなたは、悪人を罰するためとはいえ自ら進んで犠牲者を出しているんです。いくら正義のためだと言っても、その方法は正義とは言えません!」

「たったそれだけで僕を悪人だと言うんですか?」

()()()()()()()だと認識している時点であなたは正しくありません!!」

 

 

また不思議なことを言いますね。僕が悪人ですって?僕がどれだけの犯罪者を断罪してきたと思っているのでしょうか。それで何人救われたと思っているのでしょうか。

 

 

「…そうですか。それなら、やってみて下さい。何か変わるとは思いませんが」

「いいえ、変えてみせます。必ず」

 

 

どこからそのような自信が出てくるのかはわかりませんが、負けないことがわかっている勝負を断ることもないでしょう。いつ僕の正しさに気づくのか、楽しみですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しみにしていますよ。…そろそろ日も暮れますし、帰りましょうか。送っていきますよ」

「あ、ありがとうございます。今日は突然すみませんでした」

「いえいえ、お気になさらず。あ、支払いは僕がしておきますので」

「いえ、そういうわけには…」

「ですから僕は社会人なわけで…」

 

 

…こういう頑固なところは、僕ら似ているかもしれませんが。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

健気系献身的妹の奏ちゃんにご飯を作ってもらえる松下さんはリア充です(断言)
松下さん絡みのお話はなかなか善悪の判定が難しい話だと思うので、判断基準は「海未ちゃんが怒るか怒らないか」で考えてます。犯罪者を捕らえるのは実にいいことだと思いますが、殺人事件だろうと強姦事件だろうと実際に犯罪が起きるまで放置しちゃうのは流石によろしくないかなと。少なくとも海未ちゃんは許さないだろうなーと思ってこんなお話になりました。そしたら後半イラついた松下さんが小者感出てきました。それはそれで面白そうなのでこのままいきます笑。

次回は本編に戻ります。ハロウィン編です!お楽しみに!


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サブリミナル効果って否定されてた気がする



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方々いらっしゃいました!!ありがとうございます!!今年ももうすぐ終わりますし、年末年始にいろんな方に読んでいただけるように頑張ります!宣伝の仕方とかわかりませんけど!!

さて、今回は本編のハロウィン編です。毎回間にオリジナル話を挟んでるので時の流れが遅い!!私のせいですね!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「ハロウィンイベント?」

「ええ。みんなハロウィンは知ってるでしょ?」

「ここに飾ってあるかぼちゃとかの?」

「そう。実は今年アキバをハロウィンストリートにするイベントがあるらしくてね」

「地元のスクールアイドルたる僕らμ'sにお声がかかったのだよ。あ、当然A-RISEもだけど」

「そりゃA-RISEを差し置いてイベント出るなんてそうそうねぇだろ」

「この前やったじゃん」

「身内の依頼みたいなもんだっただろうが」

「確かに?」

 

 

そう、10月といえばハロウィンだ。お菓子を用意すればにこちゃんが喜んでくれて、用意しなければにこちゃんがいたずらしてくれるワンダフルフェスティバルだ。今年はどっちにしよう。にこちゃんどうせ恥ずかしがっていたずらしてくれないからお菓子用意しとこう。

 

 

「ほぇー…予選を突破してからというもの、なんだかすごいねぇ」

「一応予選の時点で狭き門だったわけだしね」

「でも、それって歌うってこと?」

「そうみたいやね」

 

 

そりゃスクールアイドルなんだから歌うでしょ。

 

 

「ありがたい話だけど…この前のファッションショーといい、そんな事やってていいの? 最終予選も近いのに」

「そうよ! 私達の目標はラブライブ優勝でしょ!?」

「でもテレビ来るよテレビ」

「テレビ?!?!」

「耳が」

「態度変わりすぎ…」

 

 

ラブライブ優勝に向けて頑張りたいのはわかるけど、こういうところでの宣伝作業も大事だよ。営業みたいなもんだよ営業。それ僕の仕事じゃん。

 

 

あと耳元で叫ぶのやめてにこちゃん。鼓膜とさよならバイバイしちゃう。

 

 

「A-RISEと一緒ってことはみんな注目するよね。緊張しちゃうなー」

「でも、それだけ名前を覚えてもらうチャンスだよ!」

「そうだな、メディアに顔を出せるのはかなりデカい。逃す手はないな」

 

 

アキバでやるイベントだし、大きな放送局も来るらしい。そうなると本格的に顔を売るチャンスだね。

 

 

でも問題も当然あるわけで。

 

 

「でも、A-RISEと並ぶと考えるとメインはやっぱりA-RISEだからね。僕らも負けてられないよ」

「そうよ!!A-RISEよりもインパクトの強いパフォーマンスで、お客さんの脳裏に私達の存在を焼き付けるのよ!!」

「うわびっくりした」

 

 

ぶっちゃけ僕らは脇役みたいなものだ。メインのA-RISEに印象で負けないように頑張らないとね。インパクトが必要かどうかは置いといて。

 

 

あとにこちゃんテンション上がりすぎだよ。

 

 

まあそれはそれとして。

 

 

「真姫ちゃん、これからはインパクトだよ!!」

「とりあえず穂乃果ちゃんは生徒会の仕事しなくていいの」

「…あっ」

「…ごきげんよう」

「探したんだよー…?」

「おっと修羅の予感」

 

 

穂乃果ちゃんが自然とこの場にいたけど、海未ちゃんとことりちゃんは生徒会のお仕事で不在だ。というか不在だった。今来た。無論、穂乃果ちゃんを連れ戻しに。海未ちゃんの黒いオーラが恐ろしい。これはラスボスですわ。

 

 

「へえ…これからはインパクト、なんですね…?」

「なかなかのインパクト降臨だね」

「あ、あはは…こんなインパクトいらない…!!」

「贅沢言っちゃいけない」

 

 

ほら穂乃果ちゃん、お待ちかねのインパクトだよ。喜びなよ。まあ自業自得なので僕からのフォローは何もないし何もできない。むしろ積極的に煽っていくまである。やーいやーい。関係ないけど海未ちゃん元気になったね。この前の問題はちゃんと解決したってことでいいのかな。

 

 

そんな感じであえなく連行されていった穂乃果ちゃんを見送って、残ったメンバーは会議を再開する。

 

 

っていうか穂乃果ちゃん達帰ってきても結局この1・3年生メンバーで集まるんだね。生徒会忙しいみたいだもんね。予算申請とかしたしね。僕は最速で出したけど、他の部がそこまで早く予算決まるとは思えないし、折り合いつけるのも大変だろうし。穂乃果ちゃんにできる仕事な気がしないんだけど。

 

 

「あっそうだ、言うの忘れてたけど僕明日から1週間くらいいないからね」

「「「「「ええっ?!」」」」」

「急すぎるわ」

「私は知ってたけどね!!」

「じゃあ言えよ…」

「…わ、忘れてたのよ!!」

「何で自信満々なんだお前」

「でも何で急に…」

「まっきーに検査入院しろって言われて。だいぶ長いこと術後経過を見ないで放置してたからこの際一気に検査してしまえって言ってた」

「だからって1週間も?」

「まっきーのことだから湯川君と組んでなんかやらかす気満々なんだと思うよ」

「ご、ごめんなさい…」

「花陽ちゃんは悪くないから謝らなくても」

 

 

言うの忘れてたけど僕はしばらく検査入院だ。まっきーが謎のテンションで強引に決めてきたから絶対変なこと考えてる。すごく行きたくない。湯川君の良心に任せるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日のことだ。

 

 

「うーん、インパクトかぁ」

「でも今回は大会じゃないよね? 優劣つけるものじゃないし、そんなの気にしても…」

「そうだよねえ」

「何言ってるの!勝負はもう始まっているのよ!!」

「にこちゃんの言う通り…!確かに採点も順位もないけど、お客さんの印象に残った方が多く取り上げられるだろうし、みんなの記憶にも残る!」

「つまり、最終予選も有利に働くってことね!!」

「その通りよ!」

 

 

前日の会議の続きをしているのだが…いや、会話自体はまともだ。ああ、何も問題はない。

 

 

 

 

 

 

…ないんだが、なぜお前らは人形越しに会議してんだ。

 

 

 

 

 

 

「それに、A-RISEは前回の優勝者。印象度では向こうの方が圧倒的に上よ。…こんな大事な話をしなきゃいけない時に!一体何やってるのよ!!」

「…お前らの頭の中には綿菓子が詰まってんじゃないだろうな?」

「ちょっとハロウィン気分を…」

「トリックオアトリート!!」

「サルミアッキでいいか?」

「アルミホイル?」

「サルミアッキ。茜にもらったクソ不味い飴だ」

「クソ不味いの?!」

「えっ美味しいわよ?」

「正気か?」

 

 

頭の中綿菓子軍団に不味い飴を押し付けてやろうと思ったが、まさかの美味しい宣言が絵里から出た。…そういえば「北欧の人たちは引くほど好きなんだよね」って言ってたな。ロシア人も好きなのか?アレが?

 

 

「はあ…。たとえ同じことをしても向こうは前回の優勝者だから有利。取材する側だってまずはA-RISEの方に行くわ」

「道理だな。前回優勝したという実力の裏打ちがあれば、そこに注目するのは当然だ」

「じゃあ私たちの方が不利ってこと?」

「そうなるわね。だからこそ、印象的なパフォーマンスで最終予選の前にその差を縮めておきたい」

「つまり前哨戦ってことね」

「…つーかお前らいつまで人形劇やってんだ」

「………可愛い」

「おい」

 

 

スポーツ界やアイドル総選挙なんかではよくあることだが、基本的には前回優勝者は意気込みなんかをよく聞かれる。一度頂点に座した身だ、今度はその防衛戦と言っても過言じゃない。それだけのアピールポイントが既にある。

 

 

…それはいいとして、いい加減まじめに話しろお前ら。絵里が巻き込まれそうになってんだろ。

 

 

「でも、A-RISEより印象に残るってどうしたらいいんだろう?」

「だから何回も言ってるでしょ!とにかく大切なのはインパクトよ!!」

「どんだけインパクト好きなんだよ」

「インパクトなのよ!!!」

「うるせえ」

 

 

何回も言うんじゃねぇ。

 

 

「…そんなにインパクトインパクトっつーなら、そのインパクトを見せてもらおうじゃねぇか」

「臨むところよ!!」

「よし、じゃあ後は穂乃果と…凛でも突っ込んどくか。バカ3人で」

「「ちょっと?!」」

「っていうか何の話?」

「茜からの頼まれごとだ」

 

 

ちょうどいいタイミングだったから、ノリに任せて承諾するようにしてやった。

 

 

何をって?

 

 

 

 

 

「言ってただろ。テレビのインタビューだ」

 

 

 

 

 

本番でどれだけインパクトを残せるか見せてみろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ!というわけでぇー…イェイ!!今日から始まりました!アキバハロウィンフェスタ!!テレビの前のみんなー!はっちゃけてるかーーーい?!?!」

「何だあのテンション」

「さあ…?」

 

 

つーわけで件のインタビューに来たわけだが、テレビのレポーターの人が尋常じゃないテンションで困る。穂乃果よりテンション高いじゃねぇか。天童さんさえ超えるかもしれない。

 

 

「ご覧の通りイベントは大盛り上がり!仮装を楽しんでる人もたーっくさん!!みんなもまだ間に合うよ!!」

「一番盛り上がってんのはこの人だと思うんだがな」

「そしてなんとなんと!!イベントの最終日にはスクールアイドルがライブをしてくれるんだー!!やっほー!!はっちゃけてるー?!」

「あ、はあ…」

「ライブにかけての意気込みをどーぞ!!」

「せ、精一杯頑張ります…」

「めっちゃ気圧されてんじゃねぇか」

 

 

あまりのテンションに穂乃果も押されている。気持ちはわかるがそんなんで大丈夫かおい。インパクトはどうした。

 

 

いや…インパクト云々を言っていたのはにこも同じだ。凛はともかく、何かしらやるのだろう。むしろやれ。

 

 

「よーし!そこの君にも聞いちゃうぞー!」

「頑張るにゃん♡」

「わー!かーわーいーいー!!」

「ゔっ」

「ちょっと、創一郎がダメージ受けてどうするのよ!!」

「一介の男子学生には刺激が強すぎる…」

「凛が可愛いだけじゃないの」

「ピュアすぎやん」

 

 

まさかの凛の猫モーションを直視した俺は心臓が止まった。これはまずい。トラウマを振り切って真に可愛い女の子となった凛はもう怯むことはない、つまり無際限に可愛さを振りまいてくる。自覚を持って。恐ろしい妖刀を解き放ってしまった気がする。

 

 

あと希にピュア云々を言われたくねぇ。

 

 

(凛でいい印象は十分与えただろうが…にこはちゃんとインパクトのあることをやるんだろうな?)

 

 

ともかく、今回のインタビューはインパクトのある演出で目立つことが目標だ。にこがどれだけ強く印象を残せるか、その自信のほどを見せてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

「あっ私も!にっこにっ

「さあ!というわけで音ノ木坂学院スクールアイドルでしたー!!」

 

 

 

 

 

 

…ガン無視されてんじゃねぇか。

 

 

インパクトどころの話じゃねぇ。

 

 

映ってすらないんじゃねぇのかあいつ。

 

 

いや逆に音声だけ微妙に聞こえたらそれはそれで気になるか?サブリミナル効果とか言うだろ。あれみたいな。

 

 

 

 

 

しかし、ここから先が問題だった。

 

 

 

 

 

「そしてそしてー…なーんと!!A-RISEもライブに参戦だぁー!!!」

 

 

レポーターが画面を指したその時。画面に現れたのは、前回覇者…A-RISEの3人。3人ともハロウィンらしい衣装を着ている。会場も大盛り上がりだ。

 

 

ぼさっと突っ立ってる穂乃果たちには悪いが、まあそうなるだろうとは思っていた。やはりA-RISEは覇気が違う。

 

 

悔しいがな。

 

 

『私達は常日頃、新しいものを取り入れて進化していきたいと考えています。このハロウィンイベントでも、自分達のイメージを良い意味で壊したいですね』

 

 

画面の中でそういう綺羅ツバサさんには焦りの表情はない。進化することは当然のことであり、敢えてそれを口にすることで宣誓としているかのようだ。

 

 

これは流石に、彼女たちの方が志が上か。

 

 

『ハッピーハロウィーン!!』

 

 

A-RISEの方々の投げキッスと同時に、会場では大量の紙吹雪が吹き荒れた。レポーターそんもインパクトが云々叫んでいるし、なるほどこれがインパクトというやつか、と納得できる。勝負の相手でありながら、正しい方向性を見せられた気分だ。実際そうなんだが。

 

 

…みんな意気消沈してなければいいんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「インパクト…インパクト…」

「…いきなり路線変更を考えるのは無理がある気が…」

「今の私たちにはインパクトがないッ!!」

「お前インパクト大好きかよ」

「何よ!あんなの見せつけられてインパクトを気にするなっていう方が無理よ!!」

「まあ…」

 

 

結局、A-RISEのインパクトに一同やられたらしく、インパクトに苛まれていた。つってもインパクトなんてどうしたらいいんだ。ゲシュタルト崩壊しそうだ。

 

 

「でも、インパクトって今までに無いものというか…新しさってことだよね?」

「新しさかぁ…」

「創ちゃんも踊る?」

「馬鹿か」

 

 

新しいどころの話じゃねぇだろそれは。

 

 

「それなら…まずはこの空気を変えることから始めるべきなのかもしれません」

「空気?」

「最近思っていたのですが…結成して時間がたった事で安心感が芽生え、少しだらけた空気が生じている気がするのです」

「最終予選も近いしみんなピリっとしてると思うけど…」

「そこの誰かさんはこの前生徒会の仕事もせずにどこにいましたっけ?」

「はぅっ」

「…だいたい穂乃果じゃねぇか」

 

 

穂乃果がアホなのは前からだろうが。

 

 

まあそれはともかく、一度空気を引き締めるというのは一つの上策かもしれない。気合も入るしな。

 

 

だが、それはインパクトに関係あるか?

 

 

「つまりそういうことです!やるからには思い切って変える必要があります!」

「つっても何を変えるんだよ」

「そうですね…例えば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの想いをリターンエース!高坂穂乃果です!」

「誘惑リボンで狂わせるわ!西木野真姫!」

「剥かないで!まだまだ私は青い果実…!小泉花陽です!」

「スピリチュアル東洋の魔女!東條希!」

「恋愛未満の化学式!園田海未です!」

「私のシュートでハートのマークを付けちゃうぞっ!南ことり!」

「キューット、スプラーッシュ!星空凛!」

「必殺のピンクボンボン!絢瀬絵里よ!」

「そして不動のセンター!矢澤にこにこー!!」

「「「「「「「「「私たち部活系アイドル!μ'sです!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

…。

 

 

説明しよう。

 

 

まずここはグラウンドだ。

 

 

そしてμ'sのやつらの服装だが。

 

 

穂乃果がテニスウェアとラケット。真姫が新体操みたいなレオタードとリボン。花陽がなんかオレンジみたいな着ぐるみ。希がバレーボールのボールとユニフォーム。海未が白衣にフラスコ。ことりがラクロスのユニフォームとラケット。凛は競泳水着。絵里がチアガール。にこが剣道。

 

 

…前言撤回。

 

 

説明できん。

 

 

「…ツッコミが追いつかねぇよ」

「そうよ!私だけ顔見えないじゃない!!」

「そうじゃねぇ」

 

 

まあ確かに顔が見えないのも困りものだが、それ以前の問題だ。謎すぎる。

 

 

あえて全部ツッコむなら。

 

 

想いはリターンせずに受け止めろ穂乃果。誘惑リボンってなんだ真姫。花陽に至っては意味不明。スピリチュアル東洋の魔女も意味不明というかバレー関係ねぇ。恋愛未満の化学式も意味不明。シュートしてハートマークつけるのはドッヂボールでやれ。凛は言うこと思いつかなかっただろ。必殺って何を殺すつもりだ絵里。にこは全体的に論外。

 

 

茜早く帰ってこい。

 

 

俺には荷が重い。

 

 

「いつもと違って新鮮やね」

「スクールアイドルってことを考えると、色んな部活の服を着るというコンセプトは悪くないわね」

「だよねだよね!」

「マジで言ってんのかお前ら」

 

 

なんで絵里までマジな顔で言ってんだよ。本格的に迷走してんのか。

 

 

「これは流石にふざけてるみてぇだぞ」

「そんなことないよ!ほら、もう一度みんなで!」

「あの、その前にですが…私のこの格好は一体何の部活なのでしょうか?」

「自分で把握してねぇのかよ」

「化学部だよ!」

「では…花陽のこれは?」

「うーん…多分演劇部?」

「多分かよ」

 

 

何で自力で用意しておいて把握してねぇんだよ。つーかどこから調達してきたんだ。他にも部活色々あるだろ。花陽とにこは論外だし、凛と真姫は体のライン出まくりでヤバいし、希と絵里は単純に服装に対してスタイルが良すぎてヤバい。精神衛生上よろしくない。やめろ。

 

 

「っていうかそもそもこれでステージに上がるなんて有り得ないでしょ!」

「…確かに」

「おいテメェ何今まで気づかなかったみたいな顔してやがる」

 

 

これは本格的に絵里も役に立たなさそうだな。勘弁してくれ。

 

 

…仕方ねぇ、俺も何かしら考えるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、次の策だが。

 

 

「おはようございまーす!…はっ!ご機嫌よう」

 

 

屋上で待機していると、海未の服を来た穂乃果が入ってきた。言動も海未に似せている…つもりらしい。ややこしいなおい。

 

 

「海未、ハラショー」

「絵里、早いのですね」

 

 

で、俺の隣で絵里に扮しているのはことりだ。ご丁寧に絵里の象徴たるポニーテールにまでしている。そこまでするか。

 

 

「「そして凛も!!」」

 

 

何か気合の入った声で呼びかけた先にいるのは、凛…の服装の海未だ。何が問題って、凛はつい最近スカートを履き始めたことだ。結構短い。それが海未的に無理らしい。

 

 

できればその調子でこの謎企画を打ち切りにしてくれ。ややこしくて仕方ない。

 

 

「うう、無理です…!!」

「ダメですよ海未!ちゃんと凛になりきってください!あなたが言い出したのでしょう、空気を変えてみた方がいいと!さあ、凛!!」

 

 

海未(穂乃果)が海未(本人)を説得している姿を見ると、もう何がなんだかわからなくなる。おい、誰か説明してくれ。俺には無理だ。こんなに茜がいなくて困ったのは初めてだ。あいつなら全部ツッコんで終わらせてくれただろうに。マジで早く帰ってこい。今来い。

 

 

そして。

 

 

「…にゃーっ!!さあ今日も練習、いっくにゃー!!」

 

 

思わず額に手を当てて天を仰いだ。ちょっと俺の処理能力を超えている。空だけは透き通るほど快晴だ。もう青空に現実逃避するしかねぇ。

 

 

「ナニソレ、イミワカンナイ」

「真姫、そんな話し方はいけません!」

「面倒な人」

「ちょっと凛!それ私の真似でしょ!やめて!」

「オコトワリシマス」

 

 

凛は真姫の服を着ているんだが、もの凄い煽ってる感がある。まあ確かにそういうこと言うけどよ。何で喋り方が過剰に棒読みなんだよ。そこそこ似てるから困る。やめて差し上げろ。

 

 

ちなみに真姫は希の服を着ている。

 

 

こいつもバッチリやらされるんだろうな。

 

 

「おはようございます。希?」

「う…うぇえ…」

「あーっ喋らないのはズルいにゃー」

 

 

やっぱりな。

 

 

つーか混乱してきたな、海未っぽいのが穂乃果で、凛っぽいのが海未…ん?海未っぽいのが凛?んん??

 

 

「そうよ。みんなで決めたでしょ?」

「べ、別にっ!そんなこと…言った覚え…ない、やん…」

「おお!希すごいです!」

 

 

真姫、陥落。

 

 

真姫が希、と。えーっと絵里がことりで…あとは?

 

 

青空に視線を逃避させながら配役の割り当てを整理していると、また誰かが屋上にやってきた。

 

 

「にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー!笑顔届ける矢澤にこにこ!青空もー、にこっ!」

「ハラショー。にこは思ったよりにこっぽいわね」

 

 

あー、声があれだ。花陽だ。なんでそのセリフ完コピしてんだ。見たら混乱するから見ないが、恐らくモーションも完璧なんだろうな。で、ことりが絵里な。

 

 

「にこっ!」

「にこちゃーん、にこはそんな感じじゃないよー…」

 

 

謎のダメ出しを出したのは…ああ、本人か。にこがことりの真似をしているのか。声真似のクオリティが高いなお前。声優かよ。

 

 

しかし、にこの背丈だとことりの服はデカいんじゃねぇか?ちょっと気になるが見ると頭が破裂するから俺は青空を見る。快晴だ。

 

 

「やーっ今日もパンがうまい!」

「穂乃果、また遅刻よ」

「ごめーん!」

「…私って、こんな…?」

「ええ」

 

 

今度は希か。穂乃果の真似をして現れたのは希だな。ノリノリじゃねぇか。あと穂乃果、残念ながらお前はあんな感じだ。パンばっか食いやがって。太るぞ。

 

 

「大変です!!」

「どうしたのです、花陽」

 

 

最後に来たのは…絵里だな。絵里が花陽の真似をしてるのか。絵里が高い声で話すのはなかなか新鮮だ。ああ、ただ単に絵里が高い声で喋ってるだけだと思おう。

 

 

つーか「どうしたのです」じゃねーよ海未…っぽい穂乃果。

 

 

「み、みんなが…みんながぁ!!」

 

 

なんだよ。

 

 

「…変よ」

 

 

やっと言ってくれたか。

 

 

遅ぇよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっそのこと一度アイドルらしいってイメージから離れてみるのはどうかしら?」

「アイドルらしくなくってこと?」

「例えばカッコいいとか?」

「それいいにゃ!」

 

 

結局部室に戻って考え直しだ。やっとまともに頭が回るようになってきた。さっきのはダメだ、誰が誰なんだかわからなくなる。

 

 

「で、かっこいいって具体的にどうすんだ。ロックとかか?」

「もっと荒々しい感じとか?」

「何を目指してんだよ」

 

 

本当にアイドルらしさのカケラもねぇな。

 

 

「荒々しいといえば創ちゃんにゃ」

「確かに!」

「確かにじゃねぇよ。俺を参考にしてどうしようっつーんだ」

 

 

俺の真似しようっつっても、服装で言ったら執事服かタンクトップしかねぇぞ。タンクトップは絶対ダメだろ。

 

 

「創ちゃんはかっこいいってどんな感じだと思う?」

「あー?かっこいい…かっこいいか…」

 

 

俺に振ってくるのか。

 

 

しかしかっこいいっつってもあんまりイメージ湧かねぇな。桜さんに色々曲の知識は教えてもらってるから、それを思い出しながら考えるか。

 

 

かっこいい…戦隊モノ?いやあれは顔見えないからダメだな。アニソンも似たような意味でダメだろう。

 

 

となると…。

 

 

「そうだな…こういうのはどうだ?」

 

 

見た目のインパクト重視なら、かなりの適役を思いついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっほー、茜だよ。

 

 

やっとゆっきーと湯川君から解放されたよ。なんだかよくわからない磁気スキャンとかされるのはまあいいとして、あれやこれやと体力テストをさせられたから僕はもう瀕死だ。筋肉痛がやばい。

 

 

彼ら勘違いしてるかもしれないんだけどね、僕は元から運動神経ゼロなんだよ。肺が悪かったから体力落ちたとかじゃないんだよ。小学校一年生の時から50メートル走は14秒とかだったんだよ。

 

 

一番怖かったのは毎測定ごとに「ふむ…恐らくここの神経伝達が…」「ここの神経伝達を解消するなら…」みたいな会議が微妙に聞こえてきたことだね。何だい君たち、僕をサイボーグにでもする気なの。怖いよ。

 

 

まあ、久しぶりににこちゃんに会えるんだし文句は言わないでおこう。もう下校してる生徒もいるけど、この時間ならμ'sのみんなも練習を始める頃だろうし。サプライズゲスト到着って感じでびっくりさせよう。

 

 

でも僕疲れてるからみんながだらけてたら怒るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

とか思ってたけど。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「新たなμ'sを見ていくがいいー!!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

なんかデスメタル化したμ'sがいた。

 

 

あれだよね。

 

 

たまには僕キレてもいいよね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回、激おこ茜くん。デュエルスタンバイ!!
まあ疲れてる時に突然遭遇したら多分波浜君でもキレます笑。なぜデスメタにしたのか。今回は滞嶺君のせいにしました。みんなの入れ替わりで混乱した滞嶺君ならやりかねないんじゃないでしょうか。やりかねないと思います。
ちなみに、サルミアッキって日本語で「塩化アンモニウム」だそうです。塩化アンモニウム。明らかに食べ物の名前してない。一応甘草なんかに含まれますが、ええ、甘草って漢方ですから。不味いです。北欧の方々はお酒に入れて飲むのが好きすぎてアル中が大量に出たのでお酒にサルミアッキ入れるの禁止されたくらいらしいですが。塩化アンモニウムなのに。


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仮装とコスプレの差って何ですか



ご覧いただきありがとうございます。

今年ももうすぐ終わりですね。この作品も年を越せるほど続けられて良かったです…。読んでくださる皆様のおかげですね!ありがとうございます!そしてこれからもよろしくお願いします!!

今回はハロウィン回後編です。色々ネタに走ってますが、まあハロウィンですから!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

「…説明してもらえるかしら?」

「委細偽りなく、ね」

「え、えっと…」

 

 

僕らは揃って理事長室にいた。そりゃあんな格好してたらそうなる。当然のように呼び出し食らった。

 

 

食らったけど、今日の僕は理事長さん側にいる。

 

 

当たり前だよ。僕がいない間に何してんだ君ら。

 

 

「…なんだっけ?」

「覚えてないんですか?!」

 

 

キレそう。

 

 

「理事長、違うんです!ふざけていたわけじゃないんです!」

「嘘つけ」

「そうなの!ラブライブに出るためには、どうしたらいいかってことをみんなで話し合って…」

「今までの枠に囚われていては新しい何かは生み出せないと思ったんです!」

「そうなんです!私たち本気だったんです!怒られるなんて心外です!」

「そうですそうです!」

「うるさい」

「ひぃっ?!」

 

 

何をよくわかんない自己弁護してんだ君らは。自分の格好を鏡で見てみなさい。

 

 

「と、とにかく!怒られるのは納得できません!」

「へぇそうかい」

 

 

どうしても自分達に非はないと言いたいらしいので、理事長さんの方を見たら理事長さんもこっち見た。多分同じこと考えてるんだろう。

 

 

今の僕はマジギレモードなので手加減しないよ。

 

 

「じゃあその衣装で最終予選出るんだね」

「えっ」

「そこまで君らが正当性を主張するなら、その衣装が完成形というわけだね。オッケーそれなら僕から何も言うまい。それでどれだけ人気が出るかはちょっと保証しかねるけど君らがそこまで自信満々に正しいと言うならきっと問題ないんだね知らないけど」

「…え、えーっと…」

「そうね、それならば今後もその姿で活動することを許可するわ」

 

 

皆さま黙り込んでしまった。さあ喜びなさい。君らの望みは叶えてあげるので。結果は保証しないけど。

 

 

しばらくお互い顔を見合わせた結果。

 

 

「「「「「「「「「すみませんでしたあああ!!!」」」」」」」」」

 

 

目が覚めたらしかった。

 

 

遅いわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなるの?!」

「にこちゃんうるさい」

「は、はい…」

 

 

場所を移していつものファミレスである。早速にこちゃんが叫んだけどここファミレスだから静かにね。

 

 

ちなみに僕はネバーエンディング激おこモードである。何のために絵里ちゃんとか創一郎が居るのかわからなくなるじゃんね。引き締め役しっかりして。他のみんなもふざけすぎだけど。

 

 

「そうです!もっと真面目にインパクトを与えるためにはどうしたらいいか話していたはずです!」

「最初は海未ちゃんだよ!色んな部活の格好してみようって!」

「そっそれは…ですがそのあとは穂乃果達でしょう!?」

「うるさい」

「「ごめんなさい」」

 

 

人に責任をなすりつけるんじゃないよ。

 

 

「それより今は具体的に衣装をどうするか考えた方がいいんじゃない?」

「何まだ衣装作ってなかったの」

「う、うん…」

「…」

「ご、ごめんなさい…」

 

 

本番もう明日なんだけどね。僕がいない間何してたのいや本当に。さっきも色んな部活の格好してたとか言ってたしね。それ自体は発想として悪くないと思うんだけど、このクソ忙しいタイミングでやることじゃないでしょ。

 

 

イライラが溜まりに溜まるので目の前のお肉を細切れにして誤魔化そう。

 

 

「え、えっと…一応考えてはみたんだけど、やっぱりみんなが着て似合う衣装にしたいって思うんだ…。だから、あんまりインパクトは…」

「何さ、原案あるなら早く作ればよかったのに」

「でもそれじゃA-RISEには…!!」

 

 

ちゃんと衣装のネタ自体はあるようなので安心した。さっさと作れば明日には余裕で間に合うね。僕もいるしね。

 

 

でも、にこちゃん的には不服な模様。

 

 

「にこちゃん」

「…な、何?」

 

 

そんなに警戒しなくても怒らないよ。いや怒ってるけど叱らないよ。どっちだよって言われそう。

 

 

「いやにこちゃんに限らずだけどさ。インパクトの方向性が違うよ」

「え?」

「まあそりゃ奇想天外なインパクトも有効な時は有効なんだけどさ。僕らにとっては違うよ。その一瞬だけ目に留まってもあんまり意味はない。そんな一発芸じゃ一時的に目立っておしまいなんだよ」

「えーっと…どういうこと?」

「僕らに必要なのは()()()()()()()()()ってことだよ。僕の本業とか、桜とかゆっきーもそういうのが大事だけど。その作品を見て聴いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が大事なんだよ」

 

 

まだ先があるんだから、一発屋では終われない。

 

 

この次もちゃんと見て聴いてもらわなきゃならない。

 

 

「だから、変に奇をてらうよりも正統派に行く方がいいんだよ」

「で、でも…A-RISEは…」

「彼女らは既に十分な固定層を得てるもの。『いつも通り』で得られる限界が近づいたら、その時は新規層を狙いに行くものだよ」

 

 

彼女らは年期も僕らより上だしね。当然μ'sよりも元々のファンが多いし、故に伸び代も少ない。それでも更にファンを増やそうというならちょっと奇をてらうくらいの努力はするものだよ。まあ失敗すると固定層も一部離れていっちゃうんだけどね。諸刃の剣。痛そう。

 

 

「そういうのは天童さんも得意そうやけど」

「あー…あの人は人心掌握に関しては怪物だからね。地道に人気を上げていく策なんて使わなくても、一発芸のような奇想天外な手を無限に叩き込んでくるから僕らみたいな『地上げ』が必要ないんだよね」

「どういうこと?」

「毎回違う一発芸やって全部大当たりさせるってことだよ」

「うわぁ…」

 

 

天童さんはこういう時に引き合いに出しちゃダメな人だよ。僕を前にして絵を、桜を前にして音楽を引き合いに出すみたいなもんだから。

 

 

「まあとりあえず、本番まで時間もないし…ダンスは君らを信じるとして、衣装作ってしまおうか。ほら創一郎いつまで落ち込んでんの」

「…デスメタ、イケると思ったんだがな…」

「おっけーテメェが原因かおい」

「茜くんキャラ変わってる?!」

「とりあえず刃物持ってくるから待ってて」

「だ、ダメよ刃傷沙汰は!!」

「おう…」

「…………そんなに落ち込まれると怒りづらいんだけど」

「おう…」

「ちょっと凛ちゃんコイツ何とかして」

「えっ凛?!」

 

 

創一郎がずっと黙ってるから相当落ち込んでるなーって思ってたのに、思いっきり主犯だった。君の提案かよデスメタ。イケるわけないでしょ。君ドルオタでしょ。デスメタしてるアイドルとかいないでしょ。いるの?

 

 

しかもハイパー落ち込んでるのでなんかこっちが申し訳なくなる。仲良しな凛ちゃんに何とかしてもらおうと思ったら凛ちゃんちょっと赤くなってしまった。ちくしょう青春しおってリア充爆発しろ。ダメだわ僕とにこちゃんが真っ先に爆発しちゃうわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜疲れた…」

「さっさと寝ろ」

「まだお店閉まってもいないのに!!」

「関係ねーだろ。明日ライブなら疲れを溜めない方がいいだろ」

「………桜さん、心配してくれてる?」

「してねー」

「即答?!」

 

 

穂むらでほむまんを食いながら作曲してたら、穂乃果が帰宅早々正面に居座ってグダり始めた。せめて着替えろ。

 

 

「うう、直前なのにあんまり練習できなかったから明日のライブが不安だよぉ…」

「…何でそんなことになったんだよ」

「えっとね!!」

「聞かなきゃよかったな…」

 

 

何か不穏なことを口走りやがったから思わず聞いてしまった。こいつ話し始めたら止まらないんだった、迂闊だった。

 

 

で、穂乃果が言うには、何やらインパクトを求めていろんなことをしていたら練習時間無くなった上に理事長さんや茜に怒られたらしい。自業自得じゃねーか。

 

 

「ほんとバカだな」

「バカじゃないもん!!」

「絢瀬とか園田とか西木野とか…それなりにまともなやつらは何してんだ」

「穂乃果は?!」

「お前はバカだろ」

「バカじゃないもん!!」

「うるせえっつってんだろやめろパソコンには手を出すなバカ」

「ううううう!!」

 

 

唸りながらパソコンを奪おうとしてくる穂乃果。そういうとこがバカだっつってんだよ。

 

 

「…で、結局どうなったんだよインパクトとやらは」

「うん…ことりちゃんが考えてた衣装がみんなに似合うようにって考えてくれてたから、インパクトはあんまりないんだけど…」

「まあそれがいいだろ。無駄な小細工してないで正統派でいってこい」

「でも、A-RISEはもっとインパクトが…」

「テレビでやってたやつか?まああれで目を引いてくれたならありがたい話だろ。A-RISE目当てで来たやつらをかっさらってこい」

「えー、そんなことできるかな…」

「らしくもねー心配してんじゃねー。やれるかどうかじゃなくてやるかやらないかだろ。どーすんだ、やるか、やらないか」

「うぇぅ」

 

 

珍しく落ち込んでやがるから、ほっぺたをぐにぐにして叱ってやる。お前勢いしかねーんだから勢いでなんとかしろ。下手な策を練ってるより、体当たりする方がこいつらにとっては上策だろう。

 

 

「…うん、ありがとう、桜さん!私頑張る!!」

「その意気だ。とりあえず着替えてこい」

「えーっ!!」

「穂乃果、もう閉店時間よ?」

「えっもう?!」

「あ、すみません。すぐ出て行きますんで」

「急がなくていいわよ。それよりいつも穂乃果の相手をしてくれてありがとう」

「いえ、こいつが勝手に絡んでくるだけなんで」

「そんなことないよ!!」

「そんなことあるわ。じゃあ、今日は失礼します。また来ます」

「ええ、ありがとうございました」

「またね!!」

「はよ着替えてこいアホ」

「アホじゃないもん!!」

 

 

なんだかんだ閉店までいてしまったらしい。穂乃果の話がやたら長いせいだろう。閉店までいたからか、穂乃果のお父さんも見送りに来てくれた。あの人引くほど無口だから何も言われなかったが、サムズアップはしてくれたので「また来いよ」というサインだと受け取っておく。

 

 

…残りの仕事は家さっさとで片付けて、明日はアキバまで行ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、ライブ当日。

 

 

アキバの街はそれはもうハロウィン一色だった。そりゃハロウィンイベントなんだから当たり前なんだけどさ。仮装してる人もいっぱいだ。仮装というかもはやコスプレの人も多いけどね。さすがアキバ。たまにクオリティの高いアイアンマンとかいるけど何なんだろうね。

 

 

子供がシンデレラしてたり、おじいさんが百式観音しそうな格好してたり…カオスだね。老若男女問わず大仮装大会だね。何なのこれ。

 

 

「で、何で桜もいるの」

「暇だったからな。たまには雑踏の音を聴くのも悪くない」

「穂乃果ちゃんならあっちだよ」

「穂乃果関係ねーだろ」

 

 

なんか言ってるけど絶対穂乃果ちゃん目当てだよね。

 

 

「へーい少年たち!!天童さんプロデュースのハロウィンイベント、楽しんでるかい?!」

「天童さんプロデュースだったんですか」

「いや、嘘」

「よし殺そう」

「桜クン目がマジだぜ待った待った刃物はよろしくない捕まるぞ」

 

 

突然後ろから肩を組んできた天童さんに桜がハサミを突きつける。どこから出したのそれ。

 

 

「それはそうと、天童さんは何の仮装ですかそれ」

「見てわからんかね?キリト君だよキリト君。いやーキリトかなやっぱww」

「やっぱり殺そうぜこの人」

「何でそんな思考がバイオレンスなんだよ」

 

 

言われてみれば、天童さんの格好は黒コートに模造の剣が二本。確かにかの有名なキリト君だ。敢えて雑な作りなのは多分目立たないようにするためだろうね。ネタにするつもりなのかもしれないけど。

 

 

変なポーズとってる天童さんの後ろから更に二人、松下さんと…なんか縮尺がおかしい大男が来た。メンバー的には御影さんだと思うんだけど、そんなにデカくなかったよね?創一郎よりデカいんだけど。

 

 

「てっ天童君!御影君が役に入りすぎて帰ってこないんですけど?!」

「あー、こいつそういうやつだから。いいじゃねーか、楽しそうで」

「だいたいコレ何なんですか?!」

「イヴァン雷帝だよ。知らない?」

「いや知ってますけどそこじゃないです!どうやって動いてるんですか?!明らかに彼の元のサイズと違うでしょう?!」

「さっすが文学の天才、ゲームのこともご存知とはな!」

「話聞いてます?!」

「余の威光を示さねばならぬ…」

「ちょっどこへ行くのですか御影君!!」

「余は皇帝(ツァーリ)である」

「ああもうどうすればいいんですか?!」

 

 

やっぱり御影さんだった。でも、いくらどんな役もやれるって言っても限度があると思うんだよね。流石に皇帝(ツァーリ)は笑う。

 

 

ちなみに松下さんは新八のコスプレしてる。そんなんだからツッコミ役に回されるんですよ。そのうちどんだけーとか言いそう。

 

 

でも御影さんと天童さんに振り回されてかわいそう。

 

 

「それはそうと、うちのアイドル達はどうしたんだろう」

「あそこにいるぞ」

「わあ〜見て!おっきいかぼちゃ!」

「ほんとだ!」

「すごいおっきいー!!」

「この緊張感の無さよ」

 

 

この後ライブだというのに君たちは。まあある意味平常運転でもあるか。むしろ穂乃果ちゃんが騒いでないあたりびっくりだ。

 

 

「絵里ちゃん、私このままでもいいと思うんだ」

「え?」

「私達もなんとか新しくなろうと頑張ってきたけど…茜くんも言ってたけど、私達はきっと今のままでいいんだよ。だってみんな個性的なんだもん!」

「今更案件だね」

「今更だな」

 

 

今更の話であるけど、穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃんでしっかり見てたみたいだ。

 

 

なんか色々やらかしてたけど。

 

 

まあそれも、自分たちの魅力を再認識するのに役立ったなら無駄ではないかな。

 

 

デスメタは許さないけど。

 

 

「まあ君たちは各個人が個性の塊だしね。そもそもインパクトがどうとか必要なかったよ」

「だからこそここまで来れたとも言うんだろうな。茜も滞嶺も変な野郎だし…ん?そういえば滞嶺どこ行った?」

「彼なら罰ゲームさせてるよ。ほらあそこ」

 

 

インパクトが必要なのは個性が目立たなくなった時だしね。9人もいるスクールアイドルって時点で十分だし、それぞれの個性も抜きん出ているんだからわざわざ他に求めなくてもよかったのさ。

 

 

で、滞嶺は変なこと提案した罰をやらせてる。

 

 

ちょっと離れたところで、仮装をさせて立たせているんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

「………………………何だあれ」

「プリキュアだよ」

「……………………………………………………」

「具体的に言うとキュアホワイトだよ」

「お前の発想が恐ろしい」

 

 

 

 

 

 

 

滞嶺には女装してもらった。

 

 

女装ってかコスプレしてもらった。

 

 

プリキュアになってもらった。

 

 

プリティでキュアキュアになってもらった。

 

 

やばいすごく愉しい。

 

 

「…茜よ。貴様は鬼か?」

「どうしたんです天童さん。天童さんもああいうの好きでしょ」

「バカ言うな。大好きだ」

「クズしかいねーなおい」

「…僕はよく見えないんですが、大丈夫ですか彼。気絶してませんか?」

「多分気絶してますよ」

「ええ…」

 

 

松下さんにドン引きされちゃった。事実、天を仰いで仁王立ちする創一郎は多分意識をシャットアウトしてる。メンタル豆腐だからね。いや鋼メンタルでも辛いかもしれないあれは。自分で提案しておいてなんだけどね。

 

 

「目立つ目印があると思ったから来てみたが、やはり茜がいたか」

「…なんだあのおぞましいのは」

「お、ゆっきーとまっきーだ。病院はいいの?」

「会場内の診療所を、西木野先生のとこの方々と交代で持ち回っている。今は非番だ」

「だからって仮装しなくてもいいのに」

「…こいつ、自分の右腕が無いのを武器にしてるからな」

「私にしかできない仮装だと思うのだがな」

 

 

まっきーはシャンクスの仮装してた。まあ確かにね、隻腕を生かしまくってるね。でも君が失ってるのは右腕だよね。ファンに怒られないかな。ちなみにゆっきーも申し訳程度にグリフィンドールの制服着てた。まあ車椅子に座れる格好じゃなきゃいけないしね、仕方ないね。

 

 

「まあみんなハロウィン満喫してるみたいだし、僕もお仕事しなきゃね。ほら君たちそろそろライブ会場行くよ」

「はーい!」

「いっくにゃー!」

「あっ、天童さんイキリトですね」

「イキる前からイキリト呼ばわり…」

「希ちゃん天童さんにちょっかいかけてないで行くよ」

「はーい」

 

 

 

 

 

さあ、そろそろ始めようか。

 

 

 

 

 

余計な小細工は必要ない。君たちの魅力を振りまく時間だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sもなかなかやるもんだなぁ」

「まあ自慢のスクールアイドルだからね。このジュースすんごい美味しいんだけどなにこれ」

「そんなこと言ったらA-RISEだって俺の自慢だよ。ジュースの配合は企業秘密だ」

「そこはお互い譲れないよね、マネージャーだし。ラズベリーがベースだとみた」

「そりゃそうだ。マネージャーが自分の担当を信じられなくてどうすんだって話だな。残念、クランベリーだよ」

 

 

ステージ裏でくつろぎながら、白鳥君にもらったジュースを飲んでるなう。引くほど美味しい。なにこれ。

 

 

「俺たちはライブが終わったら仮装大戦争なんだが、μ'sは何かしないのか?」

「どうしよ。創一郎で遊んでたから何も考えてなかった」

「…滞嶺君は一体何をしたんだよ」

「色々あったんだよ。ってゆーか大戦争ってどういうこと」

「何故かUTXの生徒達が俺を押しつぶさんとしてくる」

「なるほど」

「何で納得してんだ」

 

 

つまりハーレム大戦争なわけだね。リア充爆発しろ。

 

 

まあでも、僕らもせっかくだから仮装くらいしてもいいかもね。コスプレじゃなくても、おばけとかならいけるでしょ。最悪ゆっきーが作ってくれるし。

 

 

創一郎にも今度はラオウの格好させてあげよう。我が生涯に一片の悔い無しみたいな気絶の仕方してたしね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

キュアマッスル爆誕。
激おこ波浜君は滞嶺君の豆腐メンタルをズタボロにしていきました。かわいそうな滞嶺君。
今回はハロウィンなのでいろんな人にいろんな仮装をさせてみました。多分天童さんが一番面白いです。御影さんが一番リアクションに困ります。結果的に出てきたキャラをご存知ない方には色々申し訳ない話になってしまいましたけどね!!


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予定外の一幕



ご覧いただきありがとうございます。

そしてあけましておめでとうございます。2019年も気合い入れてこの作品を書いていきます!頑張ります!!
そしてちょうど映画の初日舞台挨拶に行ってまいりました。友人が当ててくれたのに着いていきました…友人が神…ありがとう…。μ'sのキリがついたらAqoursの二次創作も書きたいですね!一緒にやるとおそらくどっちかが疎かになるのでダメです!笑

さて今回はちょっと一話分オリジナル話です。ささやかな男性陣紹介話です。短め(当社比)なので気楽に読んでいただきたいですね!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「よーっし、今日の練習はこれでおしまいだ!ダクソして寝ろ!!」

『ありがとうございました!』

 

 

都内某所、ちょうど舞台の練習が終わったところだ。脚本兼監督の天童は今日もいつも通りよくわからないことを言っている。まあ練習中は真面目だからいいんだけどね。

 

 

真面目だからって厳しいわけでもない。誰が出来て誰が出来ないとかは彼は全部把握しているから、出来が悪かろうが最終的に綺麗に舞台が進むのなら怒る必要もない。おかげで彼の舞台に乗る人は基本的に表情が明るい。そこまで想定してやってることなのかもしれないけどね。

 

 

「よし、まあ想定の範囲内の進捗ではあるな。これなら初日には余裕だろ。大地、飯行こうぜ飯」

「流れるように誘ってくるね」

「流れ大事だぜ?ハイパーイケメンヒーローの天童さんがご飯に誘うとか、世の女性たちが嫉妬に狂ってしまうからな」

「何食べる?」

「おっとスルースキル高いなお前」

 

 

天童が何か言ってるけど気にしないでおこう。

 

 

「予定通りだとラーメンだけど」

「俺が予定外のことするわけないだろ?さあ行くぜ!まだ明るいうちに!!」

「もう夜だけど?」

「存じ上げておりマース」

 

 

舞台の練習は朝から晩までみっちりやる。単純な練習時間の問題だけじゃなくて、多忙な人も隙を見て参加できるようにしてあるんだ。かく言う僕も午前中は番組の収録に行っていたし。

 

 

そして、その後にラーメン屋に行くのは既に決まっていた。わざわざ今思いついた、みたいな誘い方をしてくることも決まっていた。ぜんぶ天童の脚本通りのシナリオだ。

 

 

で、シナリオ通りならば。

 

 

「あっ、天童さん!」

「それに御影さんも!」

「いえーいハローまきりんぱなプラス滞嶺君よ!今日も可愛いな女の子たち!!」

「えへへ」

「今日は後ろから来ないんすね」

「俺がいつも背後に忍び寄ってるみたいな言い方やめんか」

「そうじゃないっすか」

「んー否定できない」

「何やってんの天童…」

 

 

μ'sの一年生たち…小泉さん、星空さん、西木野さん、滞嶺くんがいた。もちろん天童の読み通りだ。

 

 

でも毎回後ろから忍び寄るって、何でそんなことしてんの天童。不審者だよそれ。

 

 

「ふっふっふ…君たち、さては練習後だろう?腹も減っておろう!奢ってやるぜ!感謝するがいい!!」

「本当ですか?!」

「おう!大地がな!!」

「ちょっと待って」

 

 

僕に押し付けるなよ。

 

 

一緒にお店に入り、当然のように同じテーブルに座る。これが何の違和感もなく出来るから天童はおかしいと思う。

 

 

「ふむ…男性陣と女性陣で分かれてしまったからなんだか合コンみたいになってしまったな!!」

「「えっ」」

「黙ってください」

「辛辣の極み」

「私塩ラーメン」

「こっちはマイペースの極み」

 

 

天童が変なこと言うから小泉さんと星空さんは顔を赤くしてしまったし、滞嶺くんには怒られた。西木野さんは無視してメニュー決めてた。いきなり情報量が多いやり取りだ。

 

 

まあこれも天童のシナリオ通りではある。

 

 

天童が用意してくれた脚本通りにしていれば僕も困らないし、対応もしやすいね。

 

 

「僕は醤油ラーメンで。天童、余計なこと言うと滞嶺くんに殺されるよ」

「まっさかぁ。殺されはしないさ。俺は担々麺にするか」

「殺す気はありませんが、不可抗力で死んでも知りません。俺は豚骨」

「えっ怖」

「凛も豚骨ラーメンにするにゃ!」

「私は塩ラーメンにします」

「おいおい誰か味噌頼んでやれよ」

「言い出しっぺの法則って知ってるかい?」

「そういうこと言っちゃう〜?」

 

 

万に一つも天童が殺されることはないと思うけど、滞嶺くんだったらやれそうだから怖いな。

 

 

「ここって替え玉どんだけいけたっけ?」

「100円払えばいくらでもいけますよ」

「おっ良心的。男子学生の味方だな。…どうでもいいけど、滞嶺君敬語上手くなったな?」

「茜に教わってます」

「面倒見いいかよ」

「茜は面倒見いいですよ?練習で誰か倒れたり怪我したこと一度も無いですから」

「いつも気温と湿度と私たちの体力を考えて練習メニューを作ってくれているんです」

「はぁ…すごいんだね、波浜くん」

「あいつ異常なレベルで博愛主義だからな…にこちゃん以外」

 

 

天童の仕事仲間だという波浜くん、何度か会ったけどそんなにすごい人なんだな。

 

 

全員のラーメンが運ばれてきたので、まんなでいただきますをして食べ始める。滞嶺くんが「全員揃っていただきますが基本です」と言って聞かなかったから、最初に届けられた天童が「麺伸びるやんけ…」って言ってしょんぼりしていた。

 

 

「そうそう、君らのこの前のライブ聴きに行ったぜ。随分とレベルを上げたもんだな!」

「あ、ありがとうございます…」

「…」

「今メキッて音したけど何事」

「創ちゃんが割り箸握り潰しました」

「…創一郎、あの一件がトラウマになっちゃったみたいで」

「ああ…まあ、それはうちの大地も似たようなもんだ」

「いや全然違うよ?」

 

 

どうやら、滞嶺くんはハロウィンイベントでの女装コスプレが随分心に効いているらしい。僕はよく女装するから気持ちはわからないけど…まあ、筋肉隆々の彼がプリキュアは確かにかわいそうかもしれない。僕は雷帝だったけど、役に入っていたから恥ずかしくもなかった。

 

 

「まったく女装くらいで…。うちの大地を見てみなさい、何回女装してると思ってんだ」

「たまに女性役もやるからなぁ」

「あ、去年やっていた映画の『残響』にもお姫様役で出てましたよね!」

「ああ、見てくれたんだね。ありがとう、小泉さん」

「下手に女性使うより女らしいからなコイツ。…つーか、あの作品若干お色気シーン入れたはずなんだけど。花陽ちゃんそういうのお好きなん?」

「ええええっ?!ち、ちちち違います!!そんなことないです!あんなシーンがあるなんて知らなかったんですぅ!!」

「天童、そういうことは言わない方がいいよ」

「セクハラだにゃー」

「うそん」

 

 

シナリオ通りとはいえ、天童はなんで盛大に自爆しに行くんだろう。

 

 

「まあ滞嶺君には自力で立ち直ってもらうとしてだな。この前のライブ、結構反響あったみたいだぜ?最終予選に向けて順調に進んでるようじゃないか」

「そうだね。一緒に練習している役者さんたちも話してたし、いい調子なんじゃないかな」

「ほ、本当ですか?!」

「やったにゃ!」

「何言ってるの。これからでしょ」

「ふっふっふ、真姫ちゃんよ照れなくていいんだぜ?」

「ご馳走さまでした」

「ガン無視とは恐れ入った」

「替え玉ください」

「滞嶺君、君それ5玉目だよな?食うの早くない?」

「天童、ご飯は静かに食べなよ」

「踏んだり蹴ったりとはこのこと」

 

 

天童はほんとによく喋るけど、台本通りに演技してるのか素なのかどっちなんだろう。

 

 

滞嶺くんが食べ終わるのを待って(18玉食べてた)、みんなでご馳走さまをしてお店を出る。μ'sの一年生たちとはここでお別れだ。

 

 

「じゃあ、俺たちはこっちなんでな。応援してるぜ美少女たち!!」

「そ、そんな…美少女なんて…」

「早く帰ってください」

「何で滞嶺君がキレてんの…ふしぎ…謎が謎呼ぶミステリー…」

「変なこと言ってないで帰るよ天童。じゃあみんな、僕も応援してるよ。頑張ってね」

「ありがとうございます!」

 

 

天童は星空さんを照れさせて滞嶺くんに睨まれてた。そのまま一年生たちは仲良く逆方向に去っていった。滞嶺くんも一緒だし、暗い夜道でも安全だろう。

 

 

「さて、僕はこっちでいいんだっけ」

「ああ、そっちから神田明神方面に迂回すれば誰とも会わないはずだぜ。まあ万が一会っちゃったらカバーストーリーで何とかせい」

「一回も使ったことないよ?」

「最近調子悪いから油断すんな」

「はいはい。明日は夕方から参加するね」

「知ってるぜ。また明日な」

「うん、じゃあね」

 

 

途中で天童とも別れた。こういう時は、天童に誰ともすれ違わない道を教えてもらっている。人に会って騒がれても嫌だし、わざわざ変装するのも面倒だからね。

 

 

「えーっと、明日は朝から昼まではバラエティ番組の収録、昼から夕方まではドラマの撮影、夕方から夜は舞台の練習か。今日のうちにやっておくことは…えっと台本どこいったかな…」

 

 

明日の予定を確認しながら、鞄に入れてある台本を探す。

 

 

 

 

 

 

台本といっても、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

天童が用意してくれた、「僕」という役のための台本。これがあれば、僕は何も心配いらない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「今日は帰ってからお風呂に入って、歯を磨いて寝るだけか。これなら心配いらないね」

 

 

たまに「今日は風呂に入らずに寝る」とか、「腕立て伏せ20回の後に風呂に入る」とかいう謎の指示がある時があるから、こういう帰って寝るだけの日はありがたい。

 

 

「さて、明日も

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、御影さん?」

「あら、本当だわ。お久しぶりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

…μ'sの、絢瀬さんと東條さん。

 

 

そんなバカな。

 

 

誰にも会わないはずじゃなかったのか?!

 

 

 

 

 

()()調()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

天童が言っていたこと、あまり気にしていなかったけどこういうことか。

 

 

シナリオ通りに進まないことがあるなんて初めてだ…!!

 

 

…いや、こういうときの対処も用意してある。落ち着いて、落ち着いて…()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「おや、絢瀬さんに東條さんじゃないか。こんばんは。こんな夜遅くにどうしたの?」

「希のバイトが終わるのを待っていたんです。夜道に一人で、なんて危ないですから」

「もう、大丈夫やって言ってるのに」

「万が一ってこともあるでしょ?心配なのよ」

「ふふっ、仲が良いね」

 

 

どうやら東條さんのアルバイト帰りらしい。東條さんが神社でアルバイトしているっていうのは聞いていたけど、こんな時間までやっているとは思わなかったな。

 

 

「とはいっても、女の子2人っていうのも結局危ないし…僕としては見過ごせないからね。せっかくだから2人とも送っていくよ」

「え?!そ、そんな…大丈

「ありがとうございます!」

「ちょっと希?!」

「ええやん?えりち、この前御影さんが出てるドラマにハマってたやん。帰りながらお話できるよ?」

「そ、それは…」

「そうなの?嬉しいな、ありがとう。今やってるのは確か『真珠の塔』か『ネクロノミコン』だったかな。どっちだろう」

「あ、あの…『真珠の塔』です…」

 

 

μ'sの子らに会うときの僕は「紳士的なお兄さん」だ。天童から、不測の事態があったときのためにそういう役をもらっている。数時間程度ならこれで誤魔化せるはずだ。

 

 

台本はないけど、役になりきって、役だったらどうするかって考えてアドリブをするつもりでいればいい。何日も乗り切るのは無理だけど、アドリブだけで数時間なら何とかなる。

 

 

「えりちはおばけとか暗いのが苦手なので、ネクロノミコンは見れないんです」

「そっそそそそんなことないわよ?!」

「そう?僕もあれは怖いと思うよ」

「ですよねっ!!!」

「あれっさっき『そんなことない』って言ってたのに」

「ううう!!」

 

 

恥ずかしさのせいか、絢瀬さんは顔を赤くして走っていってしまった。追いかけようか迷ったけど、結構すぐに立ち止まったからその心配は必要なかったみたいだ。多分、街灯が少なくて暗いせいだろう。顔を赤くしたまま、涙目でぷるぷるしながらこっちを睨んでいる。ドラマで使えそうな表情だね。ちょっとかわいい。

 

 

「このまま引き返すって選択肢もあるんですけど…」

「あっはは…流石にそれは可哀想かなぁ…」

 

 

東條さんは面白がっているようだけど、流石に悪ノリはしないでおく。だって絢瀬さんすっごい睨んでるし。涙目で。結構可愛いところあるんだね彼女。

 

 

「何で追いかけて来ないのよー!」

「えりちが勝手に走ってったんやん?」

「そうだけど!」

「潔いね…」

 

 

結局絢瀬さんの方が引き返してきた。これは送ってあげて正解だったかな。

 

 

「そうそう、君たちのハロウィンのライブ、僕も見に行ったんだよ。凄く良かった」

「そうだったんですが?ありがとうございます!」

「でも、御影さんがいたら大騒ぎになりそうですけど…」

「まあ僕も仮装してたからね、僕だとは気づかなかったんじゃないかな」

 

 

流石に僕がイヴァン雷帝の仮装をしているとは思わないだろうし。

 

 

「あと、滞嶺くんのインパクトが強かったっていうのもあるかも」

「あ、ああ…なるほど…」

「あの後は流石に可哀想になったのか、茜がもっとカッコいい仮装に着替えさせてましたけど…」

「ああ、ラオウだね。ちゃんと見たよ」

 

 

そう、滞嶺くんはμ'sのライブが終わった後、波浜くんの手によって衆目の目を逃れ、再び現れた時には世紀末覇者になっていた。しかもその後、僕の巨大な姿を見て「俺よりデケェとはいい度胸だ」とかよくわからないことを言いながら相撲を仕掛けてきたからよく知ってる。ラオウってそんな野蛮じゃなかったと思うんだ。当然のように僕が負けたし。

 

 

「目立ってましたからね…」

「目立つ以前に相撲挑まれてるからね僕」

「…えっ」

「えっじゃあ…あの怪獣って…」

「そう、僕だよ。僕だけど怪獣…まあ怪獣だけどさ…」

 

 

間違ってないんだけどなんだかヘコむね。

 

 

「ご、こめんなさい…。でも、あんな着ぐるみを着てどうやって動いていたんですか?」

「あれね、天童が雪村くんと湯川くんに頼んで作ってもらったやつでね。なんだかよくわからないけど上手く動かせたよ」

「…なんだかよくわからないけど?」

「うん、なんだかよくわからないけど」

 

 

僕もあれがどうなってるのかよくわかんない。着て動いてみたら動いた、としか。体躯の大きさが全然違うはずなのになぁ。

 

 

「おっと、この辺りまで来れば夜でも人通りがあるから安心かな?」

「あ、はい。まだ開いているお店もありますし、大丈夫だと思います」

「ならよかった。僕はできるだけ人通りが少ないところを移動したいから、申し訳ないけどご案内はここまでだね」

「なぜわざわざ人通りが少ないところを…?」

「いやぁ、人に見つかると囲まれるんだよね…変装してないしさ…」

「なるほど…」

 

 

話しているうちに、アキバのなかでも大きい通りのあたりまで来たようだ。最後まで送っていくつもりだったけど、僕もあまり人に出くわすのは困るからここまでだ。あとできれば台本に無いことを長く続けたくない。

 

 

「御影さん、今日はありがとうございました」

「ありがとうございました」

「どういたしまして。気をつけて、早く帰るんだよ」

「「はい!」」

 

 

お辞儀だけして、そそくさと二人は離れていった。僕が見つからないようにできるだけ早く離れようとしてくれているんだろう。いい子たちだ。

 

 

さて。僕も帰ろう。今度こそ真っ直ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『天童、本当に調子悪いんだね…帰りに東條さんと絢瀬さんに会ったよ』

「…………まじ?」

『うん、まじ。カバーストーリーがなかったら逃げてたかもしれなかったよ、ありがとう』

「あーいや…そこは俺のせいだしな、お礼はいらねえよ。しかしそうか…希ちゃんと絵里ちゃん…」

『流石に天童も疲れてるんじゃないのか?休んだら?』

「これでもバッチリ8時間寝てんだがなあ…」

 

 

家帰ってから未来のシナリオを修正していたら、大地から電話がかかってきた。そんな予定は無かったから嫌な予感はしていたが、やっぱりそうだった。シナリオの読みが外れたらしい。

 

 

(また希ちゃんが絡んでくるか…一体何なんだあの子)

 

 

明みたいな同族や、湯川君みたいな人智を超えたレベルの天才の行動が読めないのはわかるんだが…希ちゃんにそんな大それた才能は無かったはずだ。

 

 

ずっと原因を考えているが、まるでさっぱりわからん。

 

 

(直接話してみるのが確実か…?いや、話したことはあるしなぁ、そういう問題じゃあねーよな。だとしたら何だ?何が原因で読めないんだ…)

『どうしたの天童』

「何でもねーよ。まあまたシナリオ修正するから待ってろ。すぐに渡す」

『ああ、ありがとう』

 

 

最低限の返事だけして電話を切る。予想外の動きのせいでまた修正し直しだ。

 

 

大地が希ちゃんと絵里ちゃんに出会ったことで何が変わるか…やはりいつもより読みにくい。読めるが、絶対こうなるという確証が得られない。不確定要素を含んだシナリオだ。

 

 

こんなに困ったのは初めてかもしれねーな。

 

 

だが…こういう窮地は乗り越えてこそだ。

 

 

絶対読み切ってやる。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

若干闇を感じる御影さんのお話でした。ついでにお互い意識し始めた凛ちゃんと滞嶺君。式場が来い。
御影さんの闇な部分は他の男性陣同様またいつかメインで取り上げます。男性陣闇深いな!!

新年一発目がオリジナルでしたが、今年もどうぞよろしくお願いします。


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脂肪を落とすには筋肉をつけるべし



ご覧にいただきありがとうございます。

最近インフルエンザが蔓延してきてて危ないですね。ただでさえ寒いのに…!皆さまも風邪やインフルエンザにはお気をつけて…。

さて、今回からダイエット編です。皆様は正月に体重増えてませんか?穂乃果ちゃん&花陽ちゃんと一緒にダイエットしましょう!!まずは階段ダッシュです!!さあ!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「というわけでまあ、悲しい数字が提示されたわけなんだよ」

「たるんでる証拠です!書類もこんなに溜め込んで、全てに対してだらしないからそんなことになるんです!」

「そこまで言っちゃう?」

 

 

とりあえず何が起きたのか説明しておこう。

 

 

穂乃果ちゃんの体重が増えた。

 

 

以上。

 

 

嘘だわ以上じゃないわ。実は体重が増えること自体は筋肉がついたってことで説明つくから問題ないの。絵里ちゃん海未ちゃん凛ちゃん以外はみんな増えてるもんね。ところで女性の体重を管理する役が僕でいいのか。ダメじゃない?いいのみんな?

 

 

まあとにかく、体重よりもさらにダイレクトな情報が入ってきたのだ。

 

 

それは、ゆっきーからの採寸報告。

 

 

月一くらいでゆっきーがμ'sのみんなのいろんなステータスを送ってくれるのだ。スリーサイズとかね。ゆっきーの目は誤魔化せない。なんか勝手にスリーサイズ測ってることになるから犯罪臭がしなくもないけど、っていうか単純に変態くさいけど、まあそれはそれ。正確な数値を出してくれるならそれが一番だ。

 

 

で、何が困ったかって、穂乃果ちゃんのウエストがだね。

 

 

アレなんだよ。

 

 

うん。

 

 

かわいそうだから言わないでおくね。

 

 

まあ幼馴染のお2人にはお伝えしたけど。その結果生徒会室で穂乃果ちゃんはランニングマシンの餌食になってるわけだけど。いつの間にランニングマシン設置したのさ。てか設置していいの。

 

 

「でもさ、あんなに体動かして汗もかいてるでしょ?まさかあそこまで体重増えてるとは…」

「そりゃ消費量より摂取量が多けりゃ太るよ。あと肝心なのは体重そのものじゃなくて脂肪の量だよ」

「筋肉つくと体重増えるって言うもんね…」

「創一郎がいい例じゃないか。100kg超えてるもんね彼」

 

 

穂乃果ちゃんはパン食べまくるから余計ね。炭水化物って太りやすいらしいからね。そうなると凛ちゃんが太らないのは謎だけど。花陽ちゃんは…まあ、うん。

 

 

「あっそれってオニオンコンソメ味?!」

「うん、新しく出たやつだよ!」

「食べたかったんだよねー!一口ちょうだ…………ってうわぁ?!」

「雪穂の言葉を忘れたのですか?!そんなアイドル見たことないと!!」

「そりゃそうだわね」

「大丈夫だよ!朝ごはん減らしてきたし、今もほら!走ってたし!!」

「走った上から食べたら意味なかろうに」

 

 

さっそくことりちゃんのお菓子に飛びつく穂乃果ちゃん。まるで反省してないねこの子。あと朝ごはん減らしてもあんまり意味ないよ。減らすなら夜ご飯だよ。ってまっきーが言ってた。

 

 

「どうやら現実を知った方がよさそうですね…」

「現実?」

「はいどーぞご所望の品です」

「ありがとうございます」

「それってファーストライブの衣装?なんで?」

「いいから黙って着てみてごらんなさい」

「えー…」

 

 

衣装を穂乃果ちゃんに渡して僕らは退室。まあ大体結末はわかるでしょ。

 

 

「私の目が間違っていなければ、これで明らかになるはずです。穂乃果の身に何が起きたのか…」

「穂乃果ちゃんの身に…!!」

「いや数字見せたじゃん」

 

 

わざわざ壮大にしなくても。スリーサイズは公開したじゃん。今更だけどこれ僕が確認してよかったのかな?怒られそう。にこちゃんに。

 

 

で、外で待ってると、部屋から穂乃果ちゃんの悲鳴が聞こえた。悲鳴上げるほどかな。まあ昔着れた服が着れなくなるとショックだとか、そういう話はにこちゃんママから聞いてるし、そういうもんなんだろう。

 

 

再びお部屋に入ると、穂乃果ちゃんは椅子に座って項垂れていた。あしたのジョー的な。流石にそこまででは無いか。

 

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫?」

「ごめん…今日は一人にさせて…」

「いや生徒会のお仕事あるでしょ」

「き、気にしないで?体重は増えたかもしれないけど、見た目はそんなに変わってな

「ほんと?!」

「えっ?!えっと…」

「穂乃果ちゃんはそういうこと言うと真に受けるからだめだよ」

「そうですよことり。気休めは本人のためになりませんよ!さっき鏡で見たでしょう?!見たんでしょう?!」

「うわああ!!やーめーてー!!」

「容赦無いね」

 

 

海未ちゃんって糾弾するときはやたら元気だね。正義パワー全開だね。ドSなの?ドSな気がする。

 

 

「ともかく!体重の増加は見た目はもちろん、動きのキレを無くしパフォーマンスに影響を及ぼします!!ましてや穂乃果はリーダー…ラブライブに向けて、ダイエットをしてもらいます!!」

「ええーっ!!」

「今更だけど実際どんだけウエスト増えたんだろ」

「見ないでええええ!!」

「もう見てるんですけど」

 

 

初期の頃と比べたら…うん、まあ、それなりに増えたね。明言しないけど。

 

 

「うーん、あんまり脂肪がついてると桜が嫌がりそうだよなぁ」

「ええっ何で?!」

「脂肪がついてるとその分音が吸収されるから嫌なんだってさ。だからほら、桜は痩せてるでしょ」

「確かに痩せてはいますが…そんな理由だったんですね…」

「や、痩せなきゃ…絶対痩せなきゃ!!」

「急にやる気出たね」

 

 

いつまでやる気が保つかわかんないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「収穫の秋!秋と言えば、なんといっても新米の季節です!!」

「君そればっかじゃん」

「つーかおにぎりがデカすぎるだろ」

「いつにも増して大きいにゃー!」

「…まさかそれ、一人で食べるつもり?」

「だって新米だよ?ほかほかでつやつやの、これくらい味わわないと!」

 

 

部室に行ったら行ったで花陽ちゃんが特大おにぎりをもりもり食べてた。顔くらいのサイズあるじゃんね。どうやって握ったんだろうね。もはや握るサイズじゃないんだよね。おにぎりとは一体…うごごごご。

 

 

「美味しそう…」

「食べる?」

「いいの?!」

「いけません!これだけの炭水化物を摂取したら燃焼にどれだけかかるかわかっていますか?!」

「それは是非花陽ちゃんにも言って欲しいけど」

 

 

穂乃果ちゃんも確かにそうだけど、現在進行形でその大量の炭水化物を摂取してる花陽ちゃんにはノータッチなの。

 

 

「どうしたの?」

「まさかダイエット?」

「ちょっとね…最終予選までに減らさなきゃって…」

「それは辛い!せっかく新米の季節なのにダイエットなんてかわいそう…あむっ」

「体重が増えること自体は問題じゃねぇだろ」

「ところがどっこい、これが現実。はいこれゆっきーデータ」

「…なるほどな」

「何が書いてあるのよそれ」

「スリーサイズ」

「ちょっと?!」

 

 

ゆっきーデータは真姫ちゃんに取り上げられてしまった。切ない。

 

 

「さあ、ダイエットに戻りますよ!」

「ひどいよ海未ちゃん!!」

「仕方ないでしょう?!かわいそうですが、リーダーたるもの自分の体調を管理する義務があります!それにメンバーの協力もあった方がダイエットの効果も上がるでしょうから」

「はむっ。確かにそうだけど、これから練習時間も増えるしいっぱい食べなきゃ元気出ないよー」

「それはご心配なく!食事に関しては私がメニューを作って管理します。無理なダイエットにはなりません!」

「でも食べたい時に食べられないのは…あむっ」

「………………」

「…おい茜、さっきのデータで花陽は…」

「あー、うん、お察しの通り」

「かよちん…」

「気のせいかと思ってたけど、あなた最近…」

「?」

 

 

ハイパークソデカおにぎりをむしゃむしゃしながら首をかしげる花陽ちゃんは残念ながら自覚が無いらしい。

 

 

「真姫ちゃんそれ返して」

「ええ」

「はいこれ、ここが花陽ちゃんのスリーサイズ変化」

「ええっ…なんだか恥ずかし………………」

 

 

間も無く花陽ちゃんのハイパークソデカ悲鳴が僕の鼓膜を粉砕した。

 

 

ちょくちょく僕の耳元で叫ぶのやめようよ君たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんなことになっていたなんて…」

「割と予想できた気がしないでもないよ」

「まあ2人とも育ち盛りやから、そのせいもあるんやろうけど…」

「そんなこと言ったら君ら全員育ち盛りデイズだよ」

「そんなに食い過ぎてるようには見えなかったがな…」

「君基準で考えちゃいけない」

 

 

三年生組も集まって、みんなで穂乃果ちゃんと花陽ちゃんに呆れてた。ちなみにお二人は地面に膝をついて大いに落ち込んでいる。ご愁傷様です。

 

 

「でも、ほっとけないレベルなんでしょ?」

「そりゃもうこの通り」

「ふーん…ってなんであんたが私たちのスリーサイズ把握してんのよ!」

「ゆっきーが送ってくれるんだよ。まあそんなことしなくてもにこちゃんのスリーサイズならバッチリ把握してあふん」

「何でよ!!」

「何に対してのツッコミだい」

 

 

何でよ、だけ言われても。にこちゃんのスリーサイズの話?嘘だから安心して。嘘だよ?

 

 

「これが今日からの2人だけの限定メニューです」

「わぉ分厚い」

「この短時間でよく作ったな…」

 

 

海未ちゃんが取り出したのは謎の紙束。何でそんなに分厚いのさ。作った努力は認めるけどもうちょいまとめようよ。

 

 

「うぇー…夕飯これだけ…?」

「お米が…」

「茜から聞いたのですが、夜の食事を多く摂ると体重増加につながるそうです。その分朝ごはんはしっかり食べられるのでご心配なく」

「ちなみに情報ソースはまっきーだよ」

「まあ、夜食べたものは燃焼する前に寝ちゃうものね…」

「さすが真姫ちゃん」

「私もわかってたわよ!」

「張りあわないのうぶふぇっ」

 

 

まっきー情報ならほぼ間違い無いしね。でも真姫ちゃん褒めただけで不機嫌になるのはやめましょう。痛いから。拳は痛いから。

 

 

「頑張るしかないよ、穂乃果ちゃん…」

「そうだね…」

「頑張らないっつー選択肢は用意してないんだがな」

「…でもよかったよ!私と同じ境遇の仲間が一人いてくれて!!」

「…………………………………仲間?」

「………目、逸らした?」

「そりゃ逸らすでしょ」

「そんな仲間嬉しくねぇわ」

 

 

謎の共感を求めた穂乃果ちゃんは花陽ちゃんに振られました。かわいそう。いやあんまりかわいそうじゃないわ。

 

 

そんな悲しいやり取りの最中である。

 

 

屋上の扉がちょっと遠慮がちな感じで開かれた。誰かと思ったら…誰だろ。知らない女の子三銃士だ。リボンの色的には一年生の子だね。凛ちゃんが日直忘れてたとかかな。

 

 

「あのー…今、休憩中ですよね?」

「休憩中…まあそうとも言うかな?」

「実際始まってすらいねぇんだがな」

 

 

始まる前を休憩と言うべきか否か。まあ練習中ではないから何でもいいや。

 

 

「どうなさったの?凛ちゃんが日直サボった?真姫ちゃんがツンデレしてる?」

「「ちょっと?!」」

「あの…良かったらサインいただきたいんですけど…」

「あらそういうやつか」

「凛を疑わないでよ!」

「私をツンデレとか言うのやめなさいよ!」

「ごめんて」

 

 

怒られちゃった。

 

 

まあそれはそれとして、サインねぇ。

 

 

「私達、ずっとμ'sが好きだったんですけど、この前のハロウィンライブを見て感動して!」

「一念発起してサイン貰いに来たと。同じ学校とはいえ頑張ったね君ら」

「ありがとう、嬉しいわ。どう、穂乃果?」

「もちろん!私たちでよければ!!」

 

 

身近な人とはいえ、サインを貰いに行こうとはなかなかならないもんね。むしろいつでも会えるが故に一歩踏み出し辛いかもしれない。

 

 

そこまでしてくれるほどのファンが校内にいるなんて、結構嬉しいもんだね。

 

 

「でも君らサインとかあるの?」

「うん!ちゃんとみんなで考えてあるよ!」

「いつの間に」

「だって茜がいると文句つけられそうじゃない」

「ごもっともだね」

 

 

そりゃサインも一種のデザインだからね。良くないのを見ると気になるよね。さすがにこちゃんよくわかってる。

 

 

今回はちゃんとにこちゃんもサイン求められてた。超ノリノリでサイン書いてる。かわいい。

 

 

「あ、あと滞嶺くんと波浜先輩も…」

「あら僕らもか」

「…サインなんて考えてねぇぞ」

「こんなのどうかな」

「何でお前が考えてんだよ。よこせ」

「使うんじゃん」

「…だが、なぜ俺たちまで…」

「それは…波浜先輩はSoSとしてすっごい有名人ですし、滞嶺くんも時々イケメン執事になるってことで人気が…」

「あーなるほど」

「なるほどじゃないが」

「なるほどだよ。なるほどだからちょっとにこちゃん凛ちゃん殺気マシマシの視線送ってくるのやめて」

「「送ってない」にゃ!!」

 

 

そういえば僕顔バレしてたんだったね。マジで忘れてた。創一郎も執事モードの時は女の子に人気だもんね。でもそういうの言及すると約2名から熱視線を受けるのでよくない。熱視線といつか殺視線というか。っていうか何でいつのまにか凛ちゃんも嫉妬ファイヤー組に入ってんの。組っていうかにこちゃんしかいなかったけど。

 

 

「ありがとうございます!実は私、園田先輩みたいなスタイルに憧れてたんです!」

「そ、そんな…スタイルだなんて…」

「海未ちゃんは弓道とか日本舞踊とかやってるから相当締まってるもんね」

「いい筋肉だ」

「…なんだか素直に褒められている気分にならないのですけど…」

 

 

全体的なプロポーションで言ったら絵里ちゃんの方が上かもしれないけど、スリムさって意味では海未ちゃんはかなりのものだからね。よく体を動かしているからバランスよく筋肉がついてるんだろう。創一郎の褒め方だと脳筋みたいだけど。実際脳筋かもしれない。

 

 

「私、ことり先輩のすらっとしたところが綺麗だなって!」

「全然すらっとしてないよ〜」

「初期と比べても相当引き締まってるみたいだけどね」

「…そのデータそんなことも載ってるの?」

「ゆっきーの変態アイを舐めちゃいけない」

「他に言い方なかったのあんた」

 

 

ゆっきーデータ的には、ことりちゃんの脚とかはかなりスリムになってる模様。流石に僕はそんなのわかんないけど、女の子的には注目ポイントなのかもね。さすがゆっきーの変態アイ。怒られそう。

 

 

「私は穂乃果先輩の…」

「の?!」

「…あー…元気なところが大好きです!」

「あ、ありがとう…」

「なんか気を遣われてるけど」

「女の子はそういう変化に敏感なのよ」

「僕はにこちゃんの変化には敏感ぐぇ」

「言わんでいい!!」

 

 

穂乃果ちゃんだけスタイルの話に及ばなかった。女の子的にはやっぱりサイズアップはよくわかるのかな。にこちゃんはサイズアップしないけど痛い痛いヘッドロックは痛いってまだ何も言ってないじゃんどことは言ってないじゃん。

 

 

僕らのサインを抱えた1年生ファンたちは、お礼を言ってそそくさと屋上から出ていった。練習の邪魔をしないためかな。いい子たちだ。

 

 

「まあ、とにかく気を遣われるレベルらしいので頑張るのでふよ」

「…何で茜くんはにこちゃんに締め上げられてるの?」

「神のみぞ知る」

「うっさい」

「あひん」

 

 

最近拳のキレが増してきてる。

 

 

「つーか生徒会も最近忙しいんじゃなかったのかよ。ダイエットなんてまともにできんのか?」

「大丈夫です!そこもちゃんと考慮してありますから!」

「何でこいつは鬼畜スケジュールを作るときだけ元気なんだ?」

「ドSなんじゃない?」

「違いますよ?!」

 

 

合宿の時も遠泳10kmとか言ってたもんね。自分でもできないんじゃないのってレベルだよね。

 

 

まあ、ダイエットするだけならそこまで鬼畜じゃないかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…事件の香りがする」

「どうしたの天童。またなんかミスった?」

「いや、ミスってはないが…ちょっとした騒乱を予見した」

「予言者みたいな言い方するのやめなよ」

「かっこいいじゃん!」

 

 

舞台の練習の休憩中に茜から「穂乃果ちゃんと花陽ちゃんがダイエットするらしいよ」というメールが届いた瞬間、一つの起こりうる未来が見えた。見えたというか思いついたんだが、なんか「見えた」って言うとカッコいいじゃん?カッコよくない?

 

 

「穂乃果ちゃんにしろ、海未ちゃんにしろ、ことりちゃんにしろ…何かに集中しているときはその他が疎かになる傾向があるからな」

「はあ」

「そうなるとどっかで見落としが起きるわな。ラブライブ最終予選までは日があるし、ダイエット自体はそう時間もかからんだろ。じゃあμ'sの活動は問題なし。だったら…生徒会。生徒会か。茜も言っていたな、予算申請の時期か。だったら…」

「天童、もうすぐ休憩終わりだけど」

「オッケー。大丈夫だ、メール一本で何とかなる」

 

 

大地に急かされたからさっとメールを送って済ませる。

 

 

大して言うこともないしな。

 

 

 

 

 

 

『何があっても見守っていてやれ』

 

 

 

 

 

 

それだけ書いて、送った。

 

 

茜的には何の話だって感じだろうが、これでいいだろう。

 

 

軽い事故くらいは起こしておかないと成長しないしな。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

久しぶりに波浜君がボコられてる気がします。本当はボコられない方がいいんでしょうけどね!波浜君だいたい余計なこと言っちゃうので!!
実際、ダイエットは筋肉つけた方がリバウンドしにくいとかなんとか言いますし、つまり筋肉は正義です。ちなみに夜ご飯減らして朝ごはん増やすといいのは理屈の上ではマジです。理屈の上では。実際朝からいっぱい食べられないのでそんなにうまくいかないと思います。
相変わらず天童さんが胡散臭いですが、そろそろ天童さんメインのお話が近づいております(盛大なネタバレ)。


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花陽誕生祭:祝詞



ご覧いただきありがとうございます。

花陽ちゃん誕生日おめでとう!!時間ジャストにはちょっと間に合わなかった…!!ごめんねええええええ!!
前回はまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!2019年初お気に入りです!!!嬉しい!!今年も頑張ります!!

さて、今回は花陽ちゃんの誕生日なので湯川君が頑張ります。時系列的には本編の2年後となります。頑張れ世紀の天才!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

もうすぐ花陽の誕生日だ。

 

 

今まではこの地下室で祝いの言葉を送るだけだったが、今は外に出て何か贈り物を買ってくることもできる…はずだ。贈り物について考えている間は思考停止の恐怖を感じることもない…と思う。

 

 

天童や松下の言う「人の心」というものは、流石に科学に推し量れないものらしい。

 

 

また、贈り物とは言っても、何を贈るかということも問題だ。相手が喜ぶと思うものを、とはインターネット上で見かけたが、花陽が喜ぶものなど検討もつかない。食事くらいだ。

 

 

 

 

 

「…じゃあお食事でいいじゃん」

「自分で料理、でもいいんじゃね?隠し味は愛情!なんてなぁ!!はっはっはっ!!」

「…愛情なんて食べ物は知らないが」

「…………Oh…なんか、すまん。心を込めて料理するって意味だぜ…」

「天童さん、湯川照真には冗談は通じないぞ。理解していないからな」

「うっす」

 

 

 

 

 

だから、暇だから遊びに来たという、波浜、天童、雪村にそういう話をした。

 

 

「まあでも手料理なんていいかもね。自力で正体不明の機械作っちゃうくらいだし、手先は器用でしょ」

「レシピ通りに作れるなら問題ねーわな。そこは結構才能によると思うが」

「…料理か。ことりを連れてこようか?」

「ゆっきーは事あるごとにことりちゃんを呼ばないの」

 

 

なるほど、実物を渡す以外にも、料理を作るというのも贈り物なのか。花陽の好物は白米だが、白米から作れる料理も数多くある。どれにするべきか。

 

 

「花陽ちゃんの好きなものって…」

「花陽ちゃんの好きなものは白米だ」

「でしょうね」

「…料理するのはいいが、そもそも湯川照真は料理ができるのか?」

「料理はしたことはない」

「でしょうね」

「まあ…料理に決めるなら、一回料理のセンス見てやった方がいいか?」

「その方が良さそうですねー。味音痴かもしれませんし」

 

 

一度試験するということか。構わない。

 

 

「とりあえずカレーにしとくか?ある程度失敗しても食えるからな」

「そうですねー。湯川君はそれでいい?」

「ああ、それでいい」

「…待って何かが動き出したんだけど何してんの」

「ん?何かが動き出したと言われても。カレーを作るマシンを

「「バカぁ!!!」」

「…それじゃ本末転倒だろ。天童さんも言っていただろ?心を込めて作るんだ。機械任せじゃなくて自分の手で作ることに意味がある」

「…ふむ、自分の手で作ることに意味があるのか。過程に重きを置いた実験か」

「おい、既に不安になってきたんだが」

「僕もだよ」

「なんか波乱万丈な予感がするぜ…」

 

 

カレーを作るというからカレーを作るためのマシンを作ろうと思ったのだが、どうやらマシンを使うのは禁止らしい。非効率極まりないが、いわゆる「人の心」に関係することなのだと思っておこう。

 

 

「ちなみに食材はもう買ってある」

「早いな」

「サラマンダーよりずっとはやい」

「誰がドラゴンじゃ」

「そこまで言ってません」

「サラマンダーよりずっとはやいとは何の話だ?」

「知るか」

「ゲームだよゲーム。前一緒にやった麻雀みたいなもんだ」

「何やってんですか天童さん」

「だから麻雀だって」

「そこじゃないです」

 

 

天童が持ってきた食材がカレーになるらしい。花陽もよくカレーを作ってくれるし、問題はないだろう。

 

 

ゲームは麻雀以外にも数多くをインターネットを経由して楽しんでいる。麻雀や将棋は簡単すぎるが、シューティングは自動でクリアできるAIを作るのが楽しい。RPGはよくわからないが、自動でクリアできるAIを作るのは楽しい。アクションは自力で勝利するのは難しいが、自動でクリアできるAIを作るのは楽しい。

 

 

さて、カレーはどのようにして作るのだろうか。

 

 

「よし、じゃあ台所に行くか。地上の部屋はちゃんと機能してんだよな?」

「地上の部屋はちゃんと機能している。花陽がよく使うから手入れはされているはずだ」

「…お前さんは使わないわけだな?」

「お前さんは使わないが?」

「さも当然のように」

「…大丈夫かこいつ」

 

 

俺の食生活は花陽が担っているから当然だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、天童さんの3分クッキング…じゃねえわ。そう言っちゃうと本気にしちゃうんだったな」

「そう言っちゃうと本気にしちゃうが、3分では作れないのか」

「料理舐めんな」

 

 

地上の台所に移動してカレー作りを始める。どうやら3分では足りないらしい。反応時間の問題だろうか。

 

 

「あと今から手使うんだからそのメビウスキューブどっかに置いてくんない?」

「…………それは、困る」

「出だしからコケたぞ」

「そういえばそういう子だったね彼。っていうか天童さんよくソレの名前覚えてましたね」

「名前かっこいいからな!!」

「中二だ」

 

 

メビウスキューブが無いと一部の思考が止まってしまう。それは怖い。何とかならないものか。

 

 

「ふふふ…こんなこともあろうかと!桜に頼んで作ってもらった、いわゆる『天才ノイズ』!!こいつを流せば解決だ!!」

「それってヤバい音するやつじゃないですか」

「そもそも名前がノイズだぞ」

「我慢しろ貴様ら。これが真の天才が生きる世界だ…」

「別に湯川君はノイズ聴いて生きてるわけじゃないと思うんです」

「まあいいじゃねーか。ほれポチッとな」

 

 

天童がスマートフォンの画面をタッチすると、不思議な音が流れ出した。音が発する情報量が非常に多い。ある程度集中しなければ全てを拾うことはできないだろう。

 

 

「………ほらな、手の動き止まっただろ?」

「それはよかったですね。僕らは気が狂いそうなんですが」

「…頭痛え」

「……………おう、やっぱやめとこ」

 

 

止めてしまった。程よく集中力を使えるいい音だったのだが。

 

 

「何故止める」

「悪いけど僕らはアレを聴きながら料理なんてとてもできないよ」

「まかり間違って異界の神々でも召喚しそうになるぜ」

「?」

 

 

何か問題があったのだろうか。

 

 

「まあこんなこともあろうかと、Bluetoothのイヤホン持ってきたから使うと良い」

「最初から使ってくださいよ」

「いや俺もこの音気になって…」

「あらかじめ聴いといてくださいよ」

「巻き添えが欲しかった」

「…クズじゃないですか」

「そこまで言います??」

 

 

無線式のイヤホンを受け取り、今度はそれで音を聴く。会話ができるように音量は控えめだ。

 

 

「さて気を取り直して…まずは野菜類を切るか。肉は後にしないとまな板に細菌がついて食中毒したりするからな」

「加熱するから大丈夫だと思うんですけどね」

「安全牌だよ。リスクは少ないにこしたことはないだろ?」

「安全牌とは麻雀用語だが」

「心配事は減らしたいってことさ。実験器具をドライアップしておくのと同じことだぜ」

「ドライアップってなんですか」

「実験用語だよ。ガラス器具を真空加熱してわずかな水分も取り除く、禁水実験の下準備。…ねえなんで俺さっきから日本語の説明ばっかしてんの?早く料理しようぜ??」

 

 

同時に料理もすればいいのではないだろうか。

 

 

いや、花陽も「普通はそんなに一気にたくさんのことできないよぉ!!」と言っていたしな。できないのだろう。

 

 

「ったく。じゃあまずは野菜を洗って…人参から行くか。硬いっちゃ硬いが、逆に安定するだろ」

「硬いっちゃ硬いが、逆に安定するのか。円錐型だが」

「球に近いジャガイモよりましだろ?」

「球に近いジャガイモよりましだが、玉ねぎもあるぞ」

「いきなり玉ねぎとか涙止まんなくなるぞ」

「涙止まんなくなるのは知っている」

「知ってんのかよ」

「知っている。ジアリルスルフィドの刺激性によるものだろう」

「天童さんジアリルスルフィドって何」

「硫化アリルだよ!あーもう勉強しにきたんじゃねえぞ俺!!」

「頼んだ先生」

「誰が先生だ!!あと逃げんな雪村君!!」

 

 

玉ねぎの成分は以前分離したことがあるから知っている。涙腺刺激性が強いことも実験事実として知っている。当然予防策も知っているのだが、まあいいだろう。

 

 

まずは人参を水道水で洗い、乾燥機に

 

 

「「だからバカぁ!!」」

「…何をするつもりだ」

「何をするつもりか?乾燥させるのだが」

「何でだよ!!濡れたままでいいんだよ!!つかそれは食器用の乾燥機なの!!食べ物入れる場所じゃないの!!ドゥーユーアンダスタン?!?!」

「流石にそこまで気にしてたら何時間かかるかわかったもんじゃないよ」

「何時間かかるかわかったもんじゃないのか。すまなかった」

「うーんどうしても湯川君との会話はテンポ悪くなるなぁ」

「…先天的疾患の影響だと蓮慈が言っていただろう。聞いた言葉を繰り返してしまうとかいう。我慢しろ」

「我慢していたのか。すまない」

「いや君は悪くないんだよ。人参を乾燥させようとしたのは悪いけど」

「人参を乾燥させようとしたのは悪いのか」

「悪いよ」

 

 

乾燥させる必要は無かったのか。料理とは思ったより雑なものだな。

 

 

「ほんとにこれ大丈夫か…?心配だけど次行くか。ほら、人参はこうやって切る。まず輪切りにして、円柱状になったこいつを面積が等しくなるように4等分する」

「面積が等しくなるように4等分。確実ではないようだが」

「確実になんて出来るかっ!!大体でいいんだよ大体で!!」

「大体でいいのか」

「大体でいいの!!!」

「こんだけ時間経ってるのにまだ人参切ってる」

「前途多難なんてレベルじゃなかったな」

 

 

なかなか難しいな。

 

 

今度は包丁を渡されたので、人参を掴んで輪切りに

 

 

「「「おいコラぁ!!!」」」

「…?」

「何キョトンとしてんだテメェ!!何で鷲掴みして空中で切ろうとしてんだ!!置けよ!まな板使えよ!!怖えよもはや俺が怖えよ!!」

「発想がバイオレンスなんだよね」

「…つい叫んでしまった」

 

 

今度は雪村にも怒られてしまった。そんなにまずかっただろうか。

 

 

結局、料理をするのは断念した。何がまずかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

 

「まさか湯川君とお買い物する日が来るなんてね…」

「私も同感だ、御影氏。そもそも私は他人と買い物などほとんどしないのだが」

「あんたこの前真姫と買い物してたじゃないですか」

「…よく見ているな滞嶺氏」

 

 

今度は御影、藤牧、滞嶺を連れて贈り物を探しに来た。人選に意味はない。今日暇だという人物だ。

 

 

「まあ、贈り物なら得意だよ。いろんなところに贈ってるからね。任せて」

「俺もアイドルによく贈りますよ」

「私はよく貰うな」

「藤牧さん…あんた、俺らの中でも特にこの役割向いてなくないですか」

「何を言うか。私に向いてないなどということはない」

「どこからその自信は湧いてくるんです」

 

 

藤牧と滞嶺は仲が悪いのだろうか。

 

 

4人でやってきたのは、アクセサリーショップ。なるほど、女性が宝飾品好きだということはインターネット上で見たことがある。御影の狙いはそこだろう。

 

 

「一応、花陽ちゃんインストールすれば彼女の好みはわかるんだけど」

「ほう、流石だな、役者の天才。やってみせろ」

「バカですか。そんな反則技使っていいわけないでしょう」

「そんな反則技使っていいわけないのか?」

「だめだ。自力で選べ」

「自力で選ぶのか。料理と同じだな」

「…料理?」

「なんかこの前、天童たちが料理させようとして諦めたって言ってたよ」

「…湯川、お前もできないことはあるんだな」

「できないことはある。全て機械に任せればできるのだが…料理も贈り物も、わざわざ非効率な手段を取る方が推奨されるらしい」

「お前何で花陽に怒られないんだ?」

「何で花陽に怒られるんだ?」

 

 

やはり人の心の問題なのだろうか。

 

 

「まあでも滞嶺君の言う通りだよ。こういうチートはあんまり使うべきじゃない…。湯川君、君があげたいと思うものを選ぶんだ」

「…………なるほど」

「どうした急に静かになりやがって」

「考えているんだろう。並列演算で一気に」

「だからって通路のど真ん中で止まんなよ。こっち来い」

「なるほど。マルチタスクができるのに、集中するときはリソースの全てを一点に集束させてしまうのか。なんと不器用な」

「不器用って意味では僕らみんな人のこと言えないけどね…」

「私は不器用ではないぞ?」

「手先の話じゃないよ?」

 

 

花陽が喜びそうなもの…ネックレス、指輪、ブレスレット、髪飾り、髪留め、リボン、イヤリング、……………どれを想定しても、喜びそうだし、喜ばなさそうだ。全ての商品を見て回ったが、どれも同じように喜びそうだし、喜ばなさそうだ。

 

 

どうしたものか。

 

 

「…こんなに微動だにしない湯川君始めて見たね」

「いつも変なルービックキューブ弄ってますからね」

「メビウスキューブだ。私にも理解が及ばない部分があるが、どうやら回転操作によって高次元空間を投影しているらしい。表も裏も混在したより高次元を投影するための回転演算機…なるほど、メビウスリングに由来した名前をつけるわけだ」

「何言ってんですかこの人」

「僕に聞かれても…」

 

 

花陽という名前から取って花のモチーフを選ぼうか?流石に安直すぎるだろうか。ネックレスはどうだろう。まだ高校生では身に付ける機会に恵まれないだろうか。指輪は…婚約の象徴であるはずだ。流石に気がひける。イヤリングはどうだろう。やはり機会が少ないのと、踊る時に失くしやすいと思われる。

 

 

何をとっても満足いかない。

 

 

「………………決まらない」

「うおっ急に喋るなよ」

「何だかんだ1時間くらい黙ってたもんね」

「見ろ。このイヤリング、真姫に似合うと思わないか」

「あんたフリーダムすぎません?」

 

気がついたら、時計の短針が進んでいた。いけないな、集中するとすぐこうなる。

 

 

「でも意外だね。お得意の並列思考で一気に答え出しちゃうかと思ってたのに」

「それだけ花陽が大切だってことなんじゃないですか?あんたも絵里へのプレゼント、随分と迷ってたそうじゃないですか」

「うぐっ…な、なぜそれを…」

「…大切」

「そう、大切。どれを選んだとしても、1ドット分の欠点が不安で仕方ない…。大切な人へのプレゼントなんてそんなもんだ」

「…」

 

 

そんなもんなのだろうか。よくわからない。大体、それで贈り物を選べないのは困る。

 

 

「…そうだな、じゃあ一回考えるのやめろ」

「………何?」

「ちょ、滞嶺君!それは彼にとっては…」

「わかってます。その上で言ってんです。…お前が何も考えなくて済む瞬間、それは花陽が側にいる時だけだ。だからその状況を作り出せ。その状況の中で、今見たアクセサリーたちの中から一番安心できるやつを選べ。…それがお前の中で一番花陽のイメージに近いアクセサリーだ」

「そ、そういうものかなぁ?」

「そうです」

 

 

考えるのをやめろと。そうしなくていいようにわざわざ3人も知り合いを連れてきているというのに。

 

 

…だが、ほかに策はないかもしれない。

 

 

考えることを止める行為自体が怖くて、思わず目の前のアクセサリーに目が移る。

 

 

 

 

 

………なぜ、これを見たのだろう。

 

 

 

 

 

「…見つけたか?」

「…見つけたかもしれない」

 

 

原理はわからないが、これが一番いいと思えた。1時間、思考を総動員しても答えは出なかったのだが…これも人の心、なのだろうか。

 

 

少しだけ、わかった気がする。

 

 

 

「これも真姫に似合うな…」

「あんた何しについてきたんですか」

 

藤牧はいつのまにか色々買っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす…あれっ照真君?」

「…よく来たな、花陽」

「う、うん…。照真君が上にいるなんて、珍しいね?」

「珍しいか?…そうだな、珍しい。ちょっとした作業をしていた」

「作業?」

 

 

1月17日。私は誕生日に、いつも照真君のお家に行きます。そして、おめでとうって言ってもらって、ありがとうって言う。毎年、それだけだけど、私にとっては大切なこと。

 

 

なんだけど…今日はいつもと違う感じです。

 

 

まず、照真君が地下室じゃなくて居間にいます。

 

 

しかもエプロンをしています。

 

 

何だかいい匂いもします。

 

 

…これは…。

 

 

「…カレーの匂いがする…?」

「…ああ、カレーの匂いがする。…練習して、作ってみたんだ」

「……………えっえええ?!?!照真君が?!」

「ああ、俺が」

「そんな…昔みそ汁を作ろうとしていかにも体に悪そうなスープを作っちゃった照真君が…」

「…よく覚えていたな」

 

 

そう、そうなんです。照真君はすごく頭がいいのに、料理はびっくりするくらい出来なかったんです。…だから私がたまにご飯を作りに来ていたんですけど。

 

 

「…色んな人に聞いてな。最初は諦めたんだが、諦めきれなくて…。天童に相談したら、水橋と松下が教えに来てくれた。37回作ってようやく慣れたが…花陽はいつもこんなに頑張ってくれていたんだな」

「う、ううん…でも何で…?」

「…誕生日だろ。周りのやつらを見ていたら、俺も何かあげたくなった。それで練習した。…誕生日おめでとう。俺から初めての贈り物だ」

 

 

びっくりして声が出ません。照真君が誕生日に何かくれるだなんて思ってもいませんでしたし、苦手な料理までしてくれるだなんて…嬉しくてどうにかなっちゃいそうです。

 

 

「…こんなに、こんなに手を怪我して…!」

「何で泣いている。刃物を使えば怪我くらいするだろう」

「しないよ!」

 

 

よく見たら指にはすごい量の絆創膏が貼ってありました。どれだけ頑張ってくれたんでしょう。私のために、ここまでしてくれるなんて。

 

 

「食べないのか?」

「食べる!!!」

「うおっびっくりした」

「いただきます!!!」

「いただ…違うな。召し上がれ?」

「ほら照真君も!!」

「俺もか」

 

 

当然照真君も食べるんです!一緒に食べるんです!!

 

 

「「いただきます」!!」

「…んん〜!おいひい!!」

「…そうか、よかった」

「今まで食べたカレーの中で一番美味しいよ!!」

「そこまではいかんだろう」

「いくの!!」

「そ、そうか…まあ、ありがとう。とりあえず涙拭け」

 

 

照真君のカレーは、ちょっと水気が多くて、人参もちょっと硬いけど、絶対今まで食べた中で一番美味しいです。

 

 

だって照真君が作ってくれたんです。

 

 

居てくれるだけで嬉しかったのに、私のために頑張ってくれたんです。

 

 

美味しくないわけがありません!!

 

 

「おかわり!」

「…早いな」

 

 

驚きながらもちゃんとおかわりをくれました。言っておいてなんですけど、思わずおかわりって言っちゃいましたけどおかわりあってよかったです。

 

 

「ふう…ご馳走さまでした!」

「ああ」

 

 

すぐに食べ切ってしまいました。まさか照真君から誕生日に料理のプレゼントをもらえるなんて思ってもいませんでした!

 

 

「…ありがとう、照真君。びっくりして泣いちゃったけど…嬉しかったよ!」

「…ああ」

 

 

ステキなプレゼントも貰えた(食べられた?)し、家にも帰らなきゃいけないのでそろそろ帰ろうかな。

 

 

「…じゃあ、

「は、花陽!」

「えっはっはい!」

 

 

帰ろと思ったら、照真君に急に呼ばれて思わず背筋を伸ばしてしまいました。照真君が大きい声を出すのは初めて聞きました。

 

 

本当に、初めてです。

 

 

「えっ、えっと、あの、こ、これを…」

「はっ、はい…えっと、これは…?」

 

 

照真君が渡してくれたのは、小さな箱でした。箱に書いてあるのはアクセサリーショップのロゴです。

 

 

「…は、花陽に似合うかと、思って…ちょっと、買ってきた」

「えっ…!!プレゼント、カレーだけじゃなかったの…?!」

「…開けてくれ」

「うん!」

 

 

箱を開けてみると、中には四つ葉のクローバーの髪飾りが入っていました。小さく花の模様も入っていて、かなり凝ったデザインです。

 

 

「…花陽、μ'sではイメージカラーが緑だっただろう。花の模様と、緑の意匠。…花陽にぴったりだと、思った…んだが」

「どうかな?!」

「…着けるの早いな」

 

 

嬉しくて、すぐつけちゃいました。だって照真君は、出かけることすらできなかったのに!今は私のためにプレゼントまで探してきてくれたんですよ!!嬉しいにきまってます!!

 

 

「…ああ、似合ってる。思った通りだ」

「…え、えへへ」

「…よかった」

 

 

なんだか2人で照れちゃいました。…照真君も照れるんですね。

 

 

 

 

 

 

翌日から、私は毎日この髪飾りを着けています。

 

 

だって、照真君が初めてくれたプレゼントなんですから!!

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

最後の方は急いでいたので展開飛ばしてますが、変じゃないでしょうか。
湯川君が今までしたことないくらい本気で努力するお話をイメージしました。好きな女の子のためなら天才だって努力するんです。かっこいいですね湯川君!!
あとは、花陽ちゃんといるときは言葉を繰り返す癖が抜けているのもポイントです。緊張してるんです。彼自身は多分わかってないですが。
しかし天才を描くのは難しいですね…(自分のせい)


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皮下脂肪を物理的に取り除くのは推奨しません



ご覧いただきありがとうございます。

さて今回はダイエット回の続きです。ダンサーが太るって相当食べすぎなのでは…と思うのですが、花陽ちゃんは確かに圧倒的に食べすぎな気がします。むしろ食の割に細すぎるような。まあ可愛いから何でもいいんですけどね!!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「「「「「すごーい!!」」」」」

「凄い再生数ね」

「A-RISEに強力なライバル出現…」

「最終予選は見逃せないって!」

「どうやら今までの自分たちのスタイルでやって正解だったみたいやね」

「だから散々そう言ってるのに」

「そうか…」

「だから落ち込まないの」

「よーし、最終予選も突破してやるにゃー!!」

「ほらあれくらいの気概でないと」

「無茶言うんじゃねぇ」

「無茶じゃないよ」

 

 

神田明神での練習をする前に、みんなでこの前のハロウィンイベントの成果を見ていた。僕の言った通りでしょ。変なことしなくていいんだよ。

 

 

あと創一郎はいちいち凹まないの。この豆腐メンタルめ。

 

 

ちなみに、今神田明神前にいるのは9人。2人足りない。

 

 

もちろん穂乃果ちゃんと花陽ちゃんだ。

 

 

「それまでに、2人にはしっかりしてもらわないとね」

「そろそろ来るかな」

 

 

お二人が何をしているかというと、伝統行事階段ダッシュをさせていた。やってる間僕らは高みの見物(物理)というわけである。ちょうど2人とも階段下から姿を現した。フラフラしつつゼーハー言いつつ。元気にダッシュしてた頃が懐かしい。お顔も絶望に染まってる。写真撮っておこう。

 

 

「はぁっ、はぁ…何、これ…」

「この階段…こんなキツかったっけ…?」

「あんたたちは今重りをつけて走ってるようなもんなのよ。当然でしょ」

「数キロ程度誤差じゃねぇか?」

「だから君を基準に言っちゃいけないよ」

「じゃあ何を基準にしろっつーんだよ」

「僕?」

「それも基準としてはアウトよ茜」

「そんなぁ」

 

 

2人とも体重が劇的に増えてるわけではないんだけど、それを支える筋肉の方が伴ってないからかかる負担はかなり増える。ましてこの階段3桁いきそうなレベルの段数だから1kgの誤差で相当変わってくる。創一郎でもない限りね。創一郎は僕を背負ってても多分平気だし。僕は歩いて上っても疲れるし。

 

 

「はい、じゃあこのままランニング5kmスタート」

「鬼がいる」

「何か言いましたか?」

「何でもございませぬ」

「ええー…」

「早く行く!」

 

 

海未ちゃんが容赦しない。5km走ったら僕だったら死ぬよ。100mでもしんどいよ。本当に大丈夫なの。

 

 

「…よくよく考えたら、穂乃果たちのダイエットのついでに茜の体力をつけるというのもいいかもしれませんね…」

「ぼくおうちかえる」

「逃すか」

「ぐえ」

 

 

海未ちゃんがなんか言い出したので逃走。しようと思ったら創一郎に捕まった。にこちゃんと違って創一郎は随分と力加減が上手くなってるのが逆に腹立つ。

 

 

「そんなに嫌ですか…」

「嫌だよ。僕は体力無い以前に運動神経皆無なんだよ」

「その割にはたまに素早く動くじゃねぇか。にこが転びそうになった時とか」

「そりゃにこちゃんだし」

「どういうことよ!!」

「ぶべらっ」

 

 

創一郎が言ってるのはにこちゃんと穂乃果ちゃんの階段ダッシュ対決(未遂)の時のやつだろう。そりゃにこちゃんが転びそうになったら全力で阻止するよ。

 

 

つまり悪い意味ではないから殴らないでにこちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある定食屋の前において。

 

 

2人の少女がランニング…のような足踏みをしながら、謎のジェスチャー合戦をしていた。

 

 

一方は定食屋の看板をやたらニヤけながら指差し、もう一方は明らかに目を輝かせながら、しかしやたら気合の入ったバツ印を両腕で作っていた。仮にもアイドルを名乗るヤツらがする挙動ではない。不審者すぎる。

 

 

最終的には誘惑に負けて店内に吸い込まれていったが。

 

 

とにかく、そんな意味不明な一部始終をこの俺、水橋桜は目撃してしまったのだ。

 

 

「…なんだあれ」

 

 

まあ、だから何だって話だがな。

 

 

だから何だって話なんだが、両方とも見覚えのある人物だからこそなんかツッコミを入れずにはいられない。

 

 

ランニングしていた様子を見るに、ダイエットでもしていたのだろう。穂乃果はよくケーキやら何やら食ってるし、小泉は白米が好きだと言うし。

 

 

まあ本当にダイエットをしているならランニング途中に定食屋なんて入らないだろうが。

 

 

穂乃果だしな、誘惑に負けるなんてことは容易に想像できる。

 

 

どうせ土壇場でなんとかするだろ。そういうやつだし。それより俺は俺の用事を済ませねーとな。

 

 

「ヘイよう桜よ!!こんな所で何してんだ?」

「…」

「あっガン無視は辛くなるからやめようぜ」

「そんな声のかけ方するからでしょう…」

「珍しいですね、松下さん。天童さんに絡まれたんですか?」

「ええ、まあそんなところです」

「まあそんなところじゃねぇんですけどぉ!!!つかなんで俺は無視されたのに明には反応すんの?!?!」

 

 

用事を済ませようとしてるのに邪魔してくる天童さんはなんなんだ。

 

 

しかし、松下さんと一緒にいるのを見るのは初めてのような気がするな。俺自身松下さんとはほとんど会ったことないんだが。

 

 

「どうせ行き先なんて知ってるでしょう…邪魔なんで帰ってください」

「おうふ辛辣…。まあいいわ、そりゃ当然知ってるぜ!だからついていこうと思ってな!」

「帰ってください」

「しんどい」

「いやそんなことしてる場合じゃないでしょう…。病院に行くなら僕らは本当にお邪魔なんですから、さっさと僕らの用事を果たしに行きますよ」

「そうじゃん俺らも用事あるんじゃん!じゃあな桜!次はついていくぞ!!」

「来ないでください」

「行かないであげてください」

「ちくしょう!!!!」

 

 

なんか嵐のように去っていった。さっきの穂乃果といい天童さんといい、情報量多いなおい。

 

 

一瞬にして無駄に疲れた。ため息をつきながら再び西木野総合病院に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「…ん?松下さんは何で俺が病院に行くってわかったんだ?」

 

 

 

 

 

 

一瞬不思議に思ったが、まあきっと天童さんが要らんことを言ったんだろう。特に気にすることでもないか。いや天童さんは後で殴るが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイエット開始から1週間。

 

 

「行ってきまーす!行くよ花陽ちゃん!!」

「はいっ!」

 

 

なんか思ったより気合入ってるお二人がいた。

 

 

「頑張ってるにゃー」

「順調そうね、ダイエットも」

「そうでしょうか…」

「え?」

 

 

海未ちゃん以外は感心して見てるようだけど、なんか変だよね。海未ちゃんの鬼トレであんなに笑顔になれるものかな。

 

 

「…なんか変だよね。だって、今行ったランニングだけやけに元気だ」

「私もそう思っていました。この1週間、このランニングだけは妙に積極的な気がするのですが」

「気のせいじゃないかなぁ」

「どうだろうな。さっきまでやっていたそこそこの筋トレでは悲鳴をあげていながら、ランニングだけは気合入れて出発する。何かありそうな気配はあるだろ」

「一応ツッコんでおくけどら、『そこそこの』筋トレってレベルじゃないよあれ」

「あ?」

 

 

創一郎も気づいてたみたいだ。やっぱり変だよね。でも腕立て腹筋100回やるのはそこそこって量じゃないと思うよ。だいぶ多いよ。

 

 

とにかくなんか怪しいのは明白。ちょっとお二人の走行ルートを調べてみたら…ああ、なんかいかにもそれらしいモノが見つかった。

 

 

「…ちょっと見てきます」

「創一郎、僕らも行こうか。多分これが原因」

「…なるほど」

 

 

スマホの画面を見せたら創一郎も理解してくれた。

 

 

「…あいつら、アイドルをナメてるな…?」

「あれっ激おこじゃん」

「だから行こうかって言ったじゃんぐぇ」

「ええっ?!私まで?!」

「一刻も早く追いついて犯行現場を押さえてやる…!!」

「待った待った落ち着いt

 

 

ズドンっ!!

 

 

と。

 

 

僕と海未ちゃんを小脇に抱えた創一郎は、音すら置き去りにしたスピードで弾丸のように飛び出した。

 

 

いつものことだけど、人を抱えて出す速度じゃないよね。出していい速度じゃないよね。バイクより早いよ。サラマンダーよりずっと早い。

 

 

ぎゅぎっという不思議な音を出して創一郎が立ち止まったのは定食屋。時間的に考えて、既にお店の中には入っているだろう。

 

 

「じゃあ、出てくるまで、待ち伏せ、だね、うぇふ」

「どうした茜」

「どうしたじゃないよね。あんな風圧に僕を晒すんじゃない」

「合宿の時は平気だっただろうが」

「あれはにこちゃんが危なかったから」

 

 

早く追いついて助かった。創一郎のせいで僕の寿命がマッハだ。元々短命な気がするのに余計早く死にそう。

 

 

「やっぱり茜も体力をつけるべきでは…」

「いーやーだー」

「だが、お前がもっと体力に問題がなければハロウィンの時みたいなことにはならなかっただろ」

「それはまあその通りなんだけど、こっそり自分の罪を消そうとするのは良くないよ創一郎」

「…………………………だが、今後にこから目を離さないためには体力も必要だろ」

「それもその通りなんだけど、こっそり自分の罪を消そうとするのは良くないよ創一郎」

 

 

確かに不用意に目を離したのは良くなかったのかもしれないけどね。でも創一郎とか絵里ちゃんもいるからいいかなって思ったんだよ。ダメだったけどね。かなしい。

 

 

「でも、創一郎の言う通りですよ。今のままでは日常生活にも支障が出るでしょう?」

「今のところ平気だけどなぁ」

「それはお前が最低限の生活しかしねぇからだろ」

「一理ある」

 

 

むしろ百里あるね。基本的に動かないからね。お買い物も最小限だからご飯も最小限だし。基本的に家に引きこもって絵描いてるし。

 

 

将来にこちゃんと暮らすことを考えるとちょっとくらい力仕事ができないと申し訳が立たないね。

 

 

でも体力作りとか死ぬほど辛そう。

 

 

あーでもにこちゃん愛があればいけるかな?

 

 

って思ってる間に、お店からどこかの二人組が満足そうな顔をして出てきた。まったくこの子らは。

 

 

「いやー今日も美味しかったねえ!」

「見て見て!今日でサービススタンプ全部貯まったよ!」

「ほんと?!」

「これで次回はご飯大盛り無料!」

「大盛り無料?!それって天国?!」

「だよねだよね!!」

「あはははは!!」

 

 

…ほんとに満足そうな顔してるね。

 

 

すぐそこにいる魔王オーラ二人組に気づかないくらい。

 

 

もちろん海未ちゃんと創一郎だ。

 

 

え?僕?僕は後ろで高みの見物してるよ。背は低いけど。やかましいわ。

 

 

「あなたたち」

「あはははっ…………」

 

 

海未ちゃんが声をかけたらフリーズした。まあそうなるよね。バッキバキの動きでこちらを振り向くお二人の表情は、笑顔なのに恐怖に染まってた。ホラーゲームに使えそう。

 

 

「……………おい」

「ひっ?!」

「なっななななななん、何でしょう?!」

 

 

今度は創一郎だ。なんだろうね、あの目。養豚場の豚を見る目だよね。リサリサ先生になったのかな。波紋使っちゃうの?君は豆腐メンタルだから無理だと思うよ。

 

 

「………皮下脂肪ってのは、皮膚の下にあるから皮下脂肪なんだよな」

「えっ?えーっと、そう、なのかな?」

「つまり内臓には影響ないわけだな」

「ま、まあ、量によると思うけど…」

 

 

 

 

 

「つまり抉り出しても死にはしないわけだ」

 

 

 

 

 

「えっと…え???」

 

 

なんか怖いこと言い出したぞ。

 

 

手をゴキゴキ鳴らしてるし。

 

 

「なぁお前ら。そんなに不要な皮下脂肪を溜め込んでるのは、俺にくれるためだよな?助かるぜ、俺の体は燃費が悪いんだ。脂肪っつーのは良いエネルギー源なんだよな…」

「えっちょっ何だか怖い話してない?!」

 

 

なんか怖いどころの話じゃ無くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、そんなに自力で落とすのが嫌なら…俺が抉り出してやるからそこに直れ…ッ!!」

「「い、いやあああああああ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

一目散に逃げ出した。

 

 

そりゃそうなるわね。サイコパスかよ。怖すぎるでしょ。痛覚ショックと失血ショックで死ぬよ。あと絵面が怖すぎ。こわすぎ。

 

 

当然二人は一瞬で捕まった。創一郎から逃げるとか達人技だもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これまでのダイエットの状況を報告します」

「「はい…」」

「なんか痩せた?」

「やつれたんだろ」

「不健康な痩せ方だね」

 

 

穂乃果ちゃんと花陽ちゃんが怒られてから数日後、ダイエットの中間報告が行われた。そんな数日で結果出るかなぁ。やつれてはいるけど。げっそりしてる。なんでかって言われたら自業自得としか言いようがないけど。

 

 

「まずは花陽」

「…っ」

「そんな緊張しなくても」

「…運動の成果もあって、何とか元の体重まで戻りました。よく白米を我慢しましたね、偉いですよ」

「ほんと?!」

「意外と成果出るもんだね」

「運動量にもよるだろうが、脂肪の燃焼は意外と早い。一般的な『長続きするダイエット』が時間かかるのは運動せずとも食事だけで脂肪を減らしているからだしな、逆に言えばやろうと思えば運動しなくても痩せられる。運動すればより効率的になるだろ」

「詳しいね」

「この前図書室で調べてたにゃ」

「言うな」

「にゃにゃにゃ」

 

 

ツンデレ創一郎(需要不明)はともかく、花陽ちゃんのダイエットは成功したようだ。リバウンドしないように気をつけてね。主に白米。特に白米。

 

 

「次に穂乃果です」

「は、はいっ!」

「…あなたは変化なしです」

「ええっ!そんなぁ!!」

「それはこちらのセリフです!」

「個人差出るもんだね」

「そういう問題じゃねぇと思うぞ」

 

 

穂乃果ちゃんは体重減らなかった模様。ダイエット仲間が失われてしまったね。頑張れ。

 

 

「本当にメニュー通りにトレーニングしているんですか?」

「してるよ!ランニングだって腕立てだって!」

「昨日ことりからお菓子をもらっていたという目撃情報がありますが」

「あ、あれは…一口だけ…」

「雪穂の話によると昨日自宅でお団子も食べていたとか」

「あれはお父さんが新作を作ったから味見してって…」

「ではその後のケーキは?」

「あれはお母さんがもらってきて…ほら!食べないと腐っちゃうから!」

「めっちゃ食べるじゃん」

「そんなことだろうと思ったがな」

 

 

糖分取りまくりじゃん。

 

 

「何を考えてるんです!あなたはμ'sのリーダーなのですよ?!」

「それはそうだけど…」

「本当にラブライブに出たいと思っているのですか?!」

「当たり前だよ!」

「とてもそうには見えません!!」

「海未ちゃんがおこだ」

「そりゃ怒るだろ」

「激おこプンプン丸だ」

「激…なんだって?」

 

 

海未ちゃんは激おこ小言ママに進化した。海未ちゃんはバークアウトを覚えた。海未ちゃんはこわいかおを覚えた。元々覚えてそう。

 

 

「穂乃果ちゃんかわいそう…」

「ゆーて自業自得ではあるけどね」

「穂乃果ちゃんのこと嫌いなのかな…」

「ううん、大好きだよ」

「そうそう。怒られるからって嫌われてるわけじゃないでしょ。僕とにこちゃんのように」

「どういうことよ」

「よくにこちゃんから拳や蹴りが飛んで来ふぐっ」

「どういうことよっ!!」

「頭突き」

 

 

凛ちゃんが不安そうにお二人の仲を心配しているけど、そこは問題ない。あれこそ幼馴染だ。現に僕はにこちゃんから頭突きを食らっている。なんでさ。

 

 

「穂乃果!あなたという人はどうしていつもこうなのです!!私だってこんなにガミガミ言いたくないのですよ!!」

「…とてもそうは見えないけど」

「圧倒的なやかましいお母さん感」

「あ、あはは…」

 

 

まあ確かにこの光景は親子のやりとりだけどね。海未ちゃんがお母さんになったら厳しそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、実際。

 

 

そんなしょーもないことしてる場合じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー…」

「おっヒフミのお嬢さんズのヒデコちゃん」

「どうしたの?」

「それが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕らはスクールアイドルである以前に学生であり、うちのリーダーは生徒会長だ。

 

 

心配事はひとつじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

今日も元気にシナリオ改訂をしていると、嫌な予測に行き当たった。

 

 

…嫌?何が嫌なのかは知らん。とにかくなんか嫌だ。

 

 

相変わらず希ちゃんは読めないから、とりあえずその周りの予測を固めることで誤差を減らしているんだが…希ちゃん絡みで厄介な予測が出てきやがった。できるだけそうならないようにしてきたんだが…湯川君は出てこないからいいとして、同族の明や真性の天才である藤牧君の予想外の動きの影響が出てきたか。

 

 

「くそっ…面倒だな、天才どもめ。やっぱり統計論とか無視できる奴らは個別に予測しないといけないか…睡眠時間足りなくなるわバカヤロー」

 

 

ここ最近の交流でわかったのは、俺の予測は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。一般論に従わない天才たちは読みを外しやすいようだ。

 

 

茜や桜は得意分野以外は一般人だし、その得意分野の仕事ぶりを把握してしまえば読みやすい。

 

 

明は読心できるから、こっちの裏をかいてくることが稀にある。

 

 

藤牧君はできないはずのことをやってのけ、出てこないはずの発想をポンポン出してくる。

 

 

よくよく考えたら滞嶺君の身体能力も予想の範囲外だったな。

 

 

「一般」の範疇を超えた奴らの予測は安定しないらしい。今までここまで人間辞めたヤツはいなかったから自分でも知らなかった。

 

 

じゃあ希ちゃんはなんなんだって話だが、まあそれは置いといて。

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起きようと、不平等ではいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だと思っても、正義を語るなら特例を認めるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の未来を汚す奴らは、悉く潰してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が犠牲になろうが、誰が不幸になろうが、俺が幸せになるためのシナリオを邪魔させはしない。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ドルオタの滞嶺君(ツンデレ)が激おこプンプン丸です。そう、そういえば彼ドルオタだったんです。たまに忘れそうになります。
あとは最近影の薄い水橋君をちょろっと出演させました。あの白米の誘惑に負ける花陽ちゃんを描写する語彙力は私にはなかった…悔しい…!!なので代わりに男性陣の交流を深めていただきました。深まったかはわかりませんけど!!
そして不穏な天童さん。この人いっつも不穏ですね!!


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尾行する相手の行き先がわかってたら尾行する意味ないじゃんね



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!お気に入りが増えるたびにぐんぐん寿命伸ばしてます!これからも頑張ります!!

そういえば先週はセンター試験でしたね。受験生の皆様はどうだったでしょうか。やはり翼の生えた人参にやられたんでしょうか。あんなん私だったら笑っちゃいます。

さて今回はダイエット編…もとい予算誤算編(適当)の続きです。生徒会長穂乃果ちゃん頑張れー!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「ええっ?!承認された?!」

「うん…。美術部の人、喜んでたよ…」

「予算会議前なのに予算が通ったって」

「なになに何がどういうこと」

「知るか。…いや、予算関連ってのはわかるが」

 

 

ヒデコちゃんが伝えに来た要件はなんだかよくわからないけど、ちょっと事件なようだ。

 

 

「そんなことありえません!会議前なのに承認なんて…」

「…あぁ……っ!」

「ことりちゃん?」

 

 

なんだかよくわからないけど、ことりちゃんが何かの書類を持ってるみたいだ。

 

 

「こ、これは…!!どうして承認されているんです?!」

「多分…私あの時…!ごめんなさい…!」

「あっ結構重大案件な感じだこれ」

「予算ってあたりで気付けよ」

 

 

何となく察した感じだと、不手際で予算が承認されちゃったようだ。なかなかの重大案件。でもこれって謝ったら解決しないのかな。しないよなぁ。でも普通予算会議前に予算通ったら不審に思わないものかな。

 

 

とりあえず現生徒会メンバーが美術部に向かったけど、何となく無理くさい気がする。お金のことだもんね。ああ、アイドル研究部の予算はもう渡したよ。最速で渡したよ。僕お仕事早いから。えへん。

 

 

とりあえず穂乃果ちゃんたち以外のメンバーは部室待機。

 

 

「大丈夫かしら…」

「流石に大丈夫じゃないんじゃない?」

「おい。もうちょっと気を遣えねぇのか」

「気を遣ってどうすんのさ」

「やめなさいよ、あんたたちが喧嘩したってどうにもならないでしょ」

「にこちゃんの仰る通りだね」

 

 

不安そうな絵里ちゃんに返事したら創一郎にキレられた。ごめんて。ふざけてる場合じゃなかったね。空気読めない茜ちゃん爆誕。茜ちゃんかわいいって言って。嘘やっぱり言わないで。

 

 

「でも、予算の訂正ができなかったらアイドル研究部に回ってくる予算も減っちゃうわよね…」

「まあ減っても僕の自費があるから何とでもなるんだけど」

「そんなのダメに決まってんでしょ!!」

「あふん」

 

 

既に結構私財を投げ込んでるのは言わない方が良さそうだねこれ。だってにこちゃんに殴られてるもんね。痛いよにこちゃん。

 

 

「…何にせよ、解決するまでは生徒会メンバーは対応に追われるだろうな。ダイエットとか言ってる場合じゃなくなったな…」

「流石にね。μ'sだけの問題じゃないし、正直かなり大きな失態だし」

「…ん、穂乃果たちが私と希に来て欲しいって。ちょっと行ってくるわね」

「はーい、いってらっしゃーい」

 

 

絵里ちゃんと希ちゃんは呼ばれて行ってしまった。仕方ないね、生徒会関係は僕ら首突っ込めないしね。

 

 

「とはいっても心配だよなあ」

「顔ぐらい出してきたらいいだろ」

「いや、やめとくよ。今回は僕は首突っ込まないというか突っ込めない」

「何でだ」

「生徒会のお仕事は一般生徒が手を出す内容じゃないよ。僕なんかマネージャーなんだから、予算の話に手を出したら有らぬ疑いをかけられちゃう」

「そりゃそうよね。ミスしようものなら余計大変よ。…でも、茜はそれでいいの?助けなくても」

「そりゃ助けたいとは思うけどね」

 

 

学校によって方針は違うだろうけど、音ノ木坂は生徒会の権限が非常に大きくなっている。生徒の自主性を重んじるから云々って言ってた気がする。まあとにかく、結構機密情報拾ってたりするみたいだ。

 

 

 

 

 

 

まあ、だからって助けないって意味でもなく。

 

 

 

 

 

 

「たまには僕が手助けしなくても乗り越えてほしいからね」

 

 

 

 

 

 

いつまでも助けてあげられないんだし。

 

 

繋いだ手を離すことも覚えないとね。

 

 

 

 

 

 

(…そういえば天童さんも『何が起きても見守っていてやれ』って言ってたなぁ。これのことかな)

 

 

ふと前送ったメールの返事を思い出した。わかってたなら事前に知って止めてくれればいいのにね。天童そういうとこだけ厳しいもんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…遅いな…」

 

 

穂むらで作曲をしているんだが、もうすぐ閉店という時間なのに穂乃果が帰って来ない。いや居なくても構わないんだが、あまり帰りが遅いのは心配に…いや心配にならん。断じて心配ではない。

 

 

と、そこへ。

 

 

「おじゃましまーす。穂乃果ちゃんちょっとじゃなくてだいぶ遅くなりそうなのでご連絡に来ました」

「いらっしゃい、波浜くん。ほむまんいる?」

「あっじゃあ6個入りで。桜も安心して、学校には創一郎を配備しておいたから」

「何も言ってねーだろ」

「創一郎がいれば暴漢100人いても勝てないだろうし、安心しておうちに帰るといいよ」

「聞いてねーよ」

「気にはしてたでしょ」

「…………してねーよ」

「わあわかりやすんぎゃ」

 

 

茜が能天気に穂むらに入ってきた。どうやら穂乃果は何かしらで遅くなるようだ。いや別に気にしていない。茜が勝手に伝えに来ただけだ。だからいちいち俺に報告すんな殴るぞ。むしろ殴った。

 

 

「こんな時間まで練習してんのか?元気だなあいつ」

「いや、お仕事だよ」

「高校生が何の仕事だよ」

「生徒会だよ。あの子生徒会長だもん」

「…なんかそんなことも言ってたな」

「あれーなんで桜が知ってんのー僕教えてないはずなんだけどなーあれーなんでうぐぇ」

「やかましい」

「にこちゃんパンチより痛くない」

「矢澤容赦なさすぎじゃね?」

 

 

そういえば生徒会長になったとか30回くらい聞いたな。流石にあんなに元気に連呼されれば覚える。しかし結構強めに殴ったはずなのに矢澤の方がツッコミが厳しいのか。茜そのうち死ぬんじゃねーのか?

 

 

「まあいいじゃん、愛だよ。僕は穂乃果ちゃんのこと伝えに来ただけだからもう帰るね」

「はいほむまん。穂乃果のことよろしくね?」

「ありがとうございます。お任せください、桜共々頑張ります」

「なんで俺が

「おじゃましましたー」

「ありがとうございましたー」

「おい」

 

 

勝手に巻き込むな。遮るな。人の話を聞け。

 

 

「ほら桜も行くよ。穂乃果ちゃんの様子見に行くんでしょ」

「行かねーよ勝手に決めんな」

「穂乃果ちゃんの様子見に行くんでしょ」

「聞いてんのかお前。行かねーっつってんだろ」

「穂乃果ちゃんの様子見に行くんでしょ」

「ドラクエの村人かお前は」

 

 

勝手に決めんな。あと拒否権を用意しろ。「はい」と答えるまで同じ質問すんな。

 

 

穂むらを出て歩き出すと、茜も付いてきた。何でだよ。来んなよ。帰れよ。

 

 

「………何で付いてきてんだよ」

「えっ穂乃果ちゃんの様子見に行くんでしょ」

「お前それしか言えねーのかよ」

「だってそっち音ノ木坂だよ」

「こっちに用があるんだよ」

「何の用さ」

「………………何だっていいだろ」

「こっちに楽器屋さんは無いよ」

「知っとるわ」

「楽譜屋さんも無いよ」

「知っとるわ」

「スタジオも無いよ」

「知ってるっつってんだろいちいち聞くな!!」

「じゃあ何の用さ」

「う!る!せ!え!!!」

「ぶぎゃる」

 

 

過去類を見ないほど茜がしつこいから殴った。矢澤に殴られた時みたいな変な擬音を出していたから恐らくダメージは入っただろう。体力ねーくせにやたら頑丈だからなこいつ。

 

 

「痛いのですが」

「もう一発殴られたくなかったらUターンして帰れ付いて来んな」

「何さー。面白そ…おほん、心配してあげたのに」

「せめて隠そうとする努力をしろよ」

 

 

面白そうって言っただろ今。

 

 

「まあいいや。一応言っておくけど、勝手に学校入ると不法侵入で捕まるからね」

「何の話だよ」

「ばいばーい」

「ほんと好き勝手しやがるなお前」

 

 

言いたいことだけ言って帰っていきやがった。ほんと何なんだあいつは。

 

 

しばらく茜が尾行してこないか警戒していたが、そんな様子はないのでさっさと目的地まで歩を進める。

 

 

 

 

 

 

10分ほど歩いて、たどり着いたのは…。

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂学院。

 

 

 

 

 

 

確かに、職員室らしき部屋とは別にまだ電気のついている部屋がある。

 

 

「…………何しに来たんだって話だよな、俺」

 

 

本当に、茜がここまで付いてきていたら爆笑されていたところだ。別に心配だから見にきたんじゃねーぞ。茜の言っていることが本当かどうか確かめに来ただけだ。よくよく目を凝らすと、確かに屋上で何かしている筋肉ダルマも見える。何をしているかはさっぱりわからん。

 

 

まあ、とにかく。

 

 

「もう随分寒い季節になったっつーのに…また風邪引いたらどうすんだあのアホは」

 

 

呆れて笑えてくるな。本当に必死になると周りが見えなくなるやつだ。少しは自分の心配もしろ。

 

 

だが…まあ。

 

 

生徒会なんていう、人を纏める立場の仕事もしっかりやれるようになってたんだな。

 

 

やればできるやつだとは思っていたが。

 

 

ちゃんと成長はしているらしい。

 

 

…なんだか少し寂しい気もするがな。

 

 

俺も変わってないわけじゃないとは思うが、そんな人のためになるような成長はしていないしな。

 

 

やはりというかなんというか…眩しいな、あいつは。

 

 

「………フっ。頑張れよ、穂乃果」

 

 

不思議と出てきた笑顔とともに呟いて、そのまま音ノ木坂に背を向ける。

 

 

気温は低くて寒いのに、少しだけ心が温まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

「………………で、茜。何か弁明はあんのか」

「………………………………………ぶへっ」

「何か弁明はあんのか」

「何か言う前に殴るのは反則じゃないの」

「明らかに笑いを堪えてるからだろうが」

 

 

音ノ木坂正門前の階段を降りたら、茜が変顔で仁王立ちしていた。明らかに笑いを堪えてるやがる。尾行されていなかったはずだが…さてはこいつ別ルートで来やがったな?行き先がわかってたみたいな顔しやがって腹立つもう一回殴ろうかこの野郎。

 

 

「ふふっ…だってあんだけ否定しておいて…ぶふふ」

「殺す」

「待って待って前も思ったけど君はどこからハサミを出してくるの危ない危ないリアル危ない警察案件」

「チッ」

「舌打ちよくない」

「チッ」

「僕が悪うござんした」

 

 

ハサミを振りかざしたら土下座してきた。何でこいつはこんなに土下座が華麗なんだ。気持ち悪いな。

 

 

「さっさと帰るぞ」

「えー、待っててあげないの」

「こんなクソ寒いのに待ってられるか。滞嶺もいるなら問題ねーだろ」

「こんなクソ寒い中わざわざここまで来たくせによく言うよ」

「何か言ったか」

「何でもございませんぬ」

 

 

別に待っていてもいいんだが、不審者だと思われたら嫌だろ。

 

 

 

 

 

 

とか思っていたら。

 

 

 

 

 

 

「あれっ桜さんだ!!」

「ゔっ」

「え?あっ…本当ですね。お久しぶりです…どうしてここに?」

「んなもん穂乃果が心配だったから来たに決まってんだろ。それ以外でわざわざ桜さんがここに来る理由がない」

「わぁ…!」

「んなっ、ち、違うぞ!たまたま通りかかったんだ!わざわざ穂乃果の様子を見にくるわけねーだろ?!」

「ぶふふっ誤魔化すの下手すぎわろたぐふぇ」

「てめーは黙ってろ…!!」

「ふぎぎぎぎ首千切れる」

 

 

まさかのタイミングで穂乃果たちが正門から出てきた。しかも滞嶺は余計なことを言い、それに反応して南がホクホクな顔してやがるから若干うろたえてしまった。何だその顔は。

 

 

「せっかくだから一緒に帰ろう!」

「嫌に決まってんだろバカか」

「バカじゃないもん!」

「うるせえバカ」

「バカじゃないもんー!!」

「みんなよく見ておいて、あれが痴話喧嘩」

「ち、痴話喧嘩…」

「うふふ…!」

「…ことりお前楽しんでないか?」

「うふふそんなことないよー」

 

 

穂乃果もうるさいし外野もうるさい。こういうのは無視して帰るに限る。そう、ガン無視だ。ギャーギャー騒ぐ穂乃果を無視して早歩きで歩道を歩き出す。

 

 

「ねぇ聞いてよ桜さん!!」

「…」

「今日ね!美術部の人のね!」

「…」

「予算を間違えて承に

「だああああ!!うるっせーなお前!!さっきから無視してんのにひたすら一方的に話してんじゃねーよ!!知らねーよお前のお仕事の話とか!!わかるわけねーだろ部外者だぞ俺はッ!!!」

「…」

「…」

「予算を間違えて承認しちゃってね!!」

「お前の耳は飾りか?!?!」

 

 

必死に無視していたのに延々と話してきやがる。怒鳴っても何事も無かったかのように話し出す。誰かこいつなんとかしろ。

 

 

「実際桜が穂乃果ちゃんを無視できた時間は10秒にも満たないんだけど、指摘しない方がよい?」

「楽しそうだからほっとけ」

「た!の!し!く!ね!え!!」

「めっちゃ楽しそう」

「殺すッ!!!」

「刃物程度で殺せると思わないでください」

「んなっ俺のハサミが!!」

「何でハサミ持ってるんですか…」

 

 

茜が煽ってくるからハサミを振り上げたのに、滞嶺に奪われてしまった。ハサミの持ち手に指まで入れてしっかり掴んでいたのに、刃先の方を掴んだ滞嶺に力負けした。何だあの怪力。指千切れるかと思ったぞ。

 

 

「それでね桜さん!!」

「お前何でそんなに元気なんだよ…」

 

 

もはや抵抗する気も無くなった俺の横では穂乃果が延々と喋っている。ほっといたら無限に喋るんじゃねーのかこいつ。

 

 

無駄に賑やかになっちまったが…。

 

 

まあ、穂乃果も元気そうだし、いいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、予算会議当日。

 

 

「それで予算通ったの?!」

「ほんと、危なかった…」

「でも上手くいってよかったね!」

「ほんと上手く振り分けたもんだよこれ」

「どんな感じだ」

「はいこれ」

「…流石に全員満額とはいかないのか」

「いくわけないでしょ」

 

 

無事終わった。他の部活の人も、もちろん美術部の人も、概ね満足して帰っていったように見えた。「無い袖は振れません!!」って言い出した時は大丈夫かって思ったけどね。

 

 

ちなみに僕も当然参加してたよ。にこちゃんと一緒に。にこちゃんの隣で。だって予算管理は僕の仕事だもんね。

 

 

予算自体は創一郎の言う通り、申請した分の満額はもらえなかったけど、8割くらいはくれた。十分だ。だって満額貰えない前提で若干マシマシでいつも申告してるからね。8割あればほぼ希望額だ。僕天才。誰よ天災って言った人。正しい。

 

 

「私のおかげなんだからもっと感謝し

「ありがとにこちゃーーん!!」

「にこちゃんは渡さないよ」

「何対抗意識燃やしてんのよ!」

「はふん」

 

 

ビンタされた。むしろビンタで済んだ。やだいつもより優しい。惚れちゃう。もう惚れてたわ。

 

 

「そんなのいいからアイドル研究部の予算を

「それよりダイエットです!」

「それはそうなんだが最後まで言わせてやれよ」

「それがさ!さっき測ったら元に戻ってたの!」

「ほんと?!」

「うん!3人で頑張ってたら食べるの忘れちゃって…」

「んな極端な」

「俺ですら屋上で筋トレしながら干し肉食っていたというのにお前は…」

「干し肉」

 

 

急に情報量多い会話するのやめようね。穂乃果ちゃんの体重が戻ったのはいいことなんだけどね。創一郎何してんのかと思ったら筋トレしてたの。てか干し肉って。干し肉って。

 

 

まあ、とりあえず全部丸く収まったみたいで何よりだよ。ラブライブ最終予選も近づいてるし、気合い入れなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こんなもんか」

 

 

今日もシナリオ修正をバリバリやって、やっとひと段落。この先3ヶ月分の筋書きは書けたから、また毎日の動向から修正をかけていかなければ。

 

 

…いつもなら3ヶ月先までは流石に予測しない。1ヶ月先くらいが平均だ。

 

 

それをわざわざ3ヶ月先まで手を出したのは、もっと先まで予測できるように挑戦したかったから。

 

 

…というのもあるが。

 

 

落ち着かなかった、というのもある。

 

 

…明日。

 

 

明日起きることが、妙に引っかかって落ち着かない。

 

 

いつものことだ。そう、こんな事態はいつものこと。いつも通りの正義を為すだけでいい。

 

 

それなのに…。

 

 

なぜ、正義の道から外れたくてたまらない気持ちになるんだろう。

 

 

人の行動は読めるのに、人の心は読めない俺は…自分の心も読めない。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

久しぶりに水橋君降臨。μ's視点ではなく、生徒会に関わる人物の視点が無いとここのお話書きにくいんですよね。書きにくかったです。なので水橋君を召喚してラブコメにしました。水橋君マジツンデレ。
そして散々なんか不穏なことを言っていた天童さん。次回から天童さんのお話をしばらくさせていただきます。ハイパー胡散臭い星人の天童さんのお話を、このタイミングでしないといけないのです。私の都合で。オリジナル話が続きますが、どうぞお付き合いください。


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花が散る前に



ご覧いただきありがとうございます。

宣言通りの天童さん回開幕です。書けば書くほど好きになる天童さん…これはもしや天童さんの術中にハマってる?!?!
天童さんが何をやらかすかお楽しみください。
ちなみに天童さんのくせにシリアス回です。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

「はあ…随分寒くなってきたわね」

「そうやね。でもえりちは寒いのは平気なんやない?」

「そんなことないわよ。ロシアに住んでたからって寒いものは寒いのよ。むしろロシアより寒いわよ…!」

「うーん、東京の冬は乾燥するからかなぁ。乾燥してると体感温度が下がるって言うよ」

「なるほど…それはそうかも。ロシアは雪がたくさん降るものね…」

 

 

今日の練習は終わって、えりちと二人で帰ってるところ。もうすぐ12月やし、さすがに日が落ちるのも早くなって、冷え込みも強くなってきた。風邪ひかないように気をつけないと。

 

 

「あ、うちは今日アルバイトあるから神社行くね」

「ええ、わかったわ。巫女服って寒そうだけど大丈夫?」

「うん、大丈夫。カイロ持ってるから」

「そう?無理しちゃだめよ?ラブライブ最終予選も近いんだから」

「ふふっ、わかってるよ。じゃあまた明日ね」

「ええ、また明日」

 

 

スクールアイドルを始めてから神社のアルバイトも夜か早朝くらいにしかできなくなっちゃった。でも、アルバイトしないとちょっと生活が大変だし…お母さんとお父さんにも迷惑かけられないもんね。

 

 

もう17時だから暗くなってきたけど、神田明神は灯りもついてるし大丈夫。今日も張り切って神様にご奉仕しよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました!」

「いえいえこちらこそ、楽しかったっすよ!いやーでも雑誌のインタビュー受けちゃったからまた俺の人気上がっちゃうなー困っちゃうなー!!」

「え、えっと…」

「大丈夫、天童さんって素でこんな人だから」

「へいボーイちょっとバカにしてないかいへいへいへい」

「…こんな人だから…」

「そこはかとなくバカにしてないかいへいへいへい」

 

 

現在時刻、15時。

 

 

某所で雑誌のインタビューを小一時間ほど受けていた俺こと天童さんは、新人らしきインタビュアーにドン引きされておりましたとさ。なんでや。天童さん人気者やんけ。33-4とか言ったの誰や。なんでや阪神関係ないやろ。

 

 

「あっそうそう、せっかくなんで今のインタビューで言ってた舞台の観覧チケットいかがです?関係者席取ってあるんで」

「えっ?そ、そんな…いいんですか?」

「もちろーん。そもそも絶対来る人にしか俺関係者席のチケット渡さないからね、何人来るかはわかってて、その分ピッタリの席が用意してある。()()()()()()()()。だから渡す。観たいと思ってたんでしょ?」

「え、えっと…はい…」

「じゃあ遠慮なく受け取るといい。ささやかなプレゼントだ」

「天童さん、僕にはないんですか?」

「君は公演初日はお仕事入るから来れないよ」

「ええ…今のところ仕事入ってないのに…」

 

 

おっと人生のネタバレしてしまったぜ。いっけね☆

 

 

「まあ、また機会があれば渡しますよって。…だからまた依頼してくれよボーイ?」

「うわぁ脅迫だ」

「違いますぅー!正当な取引ですぅー!!」

 

 

慣れれば誰とでもこうやって冗談を言い合えるのも俺の才能だな。コミュ力って言うやつ?まあ俺天才だからな!!

 

 

そんなしょーもない話をしてインタビュアーの方々と別れ、次の目的地へ向かう。次はいつもの舞台稽古だ。俺が行く前から8人練習している予定だが、さあどうかな?

 

 

「おーっすみんな元気にしてたかーい?!みんな大好き天童さんのお出ましだぜー!!」

「あ、お疲れ様です」

「驚くほど薄いリアクション」

 

 

バーンと勢いよく稽古場の扉を開けると、予想通り8人の役者がすでに各々の練習を始めていた。関、八代、羽広、香焼、箕輪、柊、堀越、喜多川。予想通りのメンバーだな。今日も絶好調だ。

 

 

「だって天童さんいつも同じ入り方してくるじゃないですか。最初はびっくりしましたけど、いい加減慣れましたよ」

「おいおい羽広さんよ、慣れは良くないぜ。慣れは油断を生み、油断は停滞を招く。俺としてはいついかなる時も新鮮な気持ちで驚いていただきたいね!」

「それは稽古の話で、天童さんへのリアクションには関係なくないですか?」

「そうだぜ?」

「そんな『何言ってんの当たり前じゃん』みたいな顔しないでくださいよ」

「何言ってんの当たり前じゃん」

「言って欲しいってわけじゃないんですよ」

「関ちゃーん羽広のお嬢さんがいじめてくるー」

「そうですか」

「冷たっ!!!」

 

 

とりあえず女の子に絡んだら塩対応された。泣きそう。泣こう。

 

 

「舞い散れ私のtear drop…」

「何してんですか天童さん」

「おうおう聞いてくれよ箕輪」

「聞いてましたよ」

「して、感想は?」

「特にありません」

「ちょっと男子ー」

 

 

男性陣も冷たかった。どうしろと言うのだね。泣けるぅー。

 

 

「そんなことより、今日の稽古は何時からですか?」

「あーん?16時からやるぜ。あと春原と加藤がこの後来るから、中盤のカイトがマティウスにほだされる場面をやる。準備しとけよ」

「はーい。御影君は来ないんすか?」

「今日はあいつ年末特番の収録だよ。ほらあれあるじゃん。絶対に笑ってはいけないやつ」

「ぶふっ!彼あれに出るんですか?!」

「遂にオファーかかったって楽しそうに言ってたぞ。多分タイキック食らうのに」

「それ伝えました?」

「まさか。伝えたら面白くねえじゃん?」

「ですよねー」

 

 

本日は御影は欠席だ。あいつ忙しいからな。特にこれから来年中頃までは特番の収録や生放送に駆り出される。毎年のことだけどな。

 

 

俺としてもあいつがタイキック食らうところは見てみたいしな!!!!

 

 

…一応御影の人生シナリオには「蹴られる」とだけ書いておいた。あいつ自分が出てないテレビ見てる余裕ないからどういう蹴りが来るかは知らんだろう。後で鬼電が来るのが楽しみだ。ぐへへへへ。

 

 

まあほんとにほっとくとガチギレされるし後でフォロー入れとこ。天童さんはMじゃないのよ。ほんとだぜ??

 

 

「お疲れ様でーす」

「お疲れ様です!」

「お、来た来た。そろそろ16時だな、始めるか!」

 

 

今日のメンバーが揃ったところで、今日の稽古開始だ。予定では18時まで。予測では18時13分終了。

 

 

 

 

 

 

 

その後、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の境内はとても静か。

 

 

もっと気温が高い時期は夜にも参拝に来る人がいるけど、流石に冬が近づいてるこの時期はほとんど人はいない。寒いもんね。

 

 

だから、一人で境内のお掃除をしているとちょっぴり寂しい気分になっちゃう。でも嫌いじゃないんよ、こういう雰囲気。

 

 

こういう時は、いつもは考えないことも考えちゃう。

 

 

「…もうすぐ、最終予選…」

 

 

最終予選も近づいて、突破できたとしても、もうスクールアイドルでいられるのはあと数ヶ月しかない。

 

 

だから、一回くらい、μ'sのみんなで一つの曲を作ってみたいなぁ…なんて思っちゃう。

 

 

本当は、μ'sが結成されたときから思ってたことやけどね。今までずっとそんな機会なんてなくて、今、そんな機会に恵まれないまま終わりが近づいている。

 

 

 

 

 

少しくらい、わがまま言ってもいいのかな。

 

 

 

 

 

…ううん、やっぱりみんな急に言われたら困っちゃうと思うし、言わないでおこうかな。

 

 

うちの、うちだけの儚い夢だったってことでいいんや。

 

 

みんなに迷惑かけるわけにはいかないもんね。

 

 

だから、我慢。

 

 

それが一番いい。

 

 

…さて、ぼーっとしてないで境内のお掃除しちゃおうか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、ねーちゃん。何してんの?」

「イマドキ巫女さんなんてなかなか見ねえよなー。おっしかもかわいいじゃん」

「ねぇ、ちょっと俺らと遊ばない?こんだけ広いならちょっとくらい掃除しなくてもバレないって」

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾワッとした。

 

 

いつのまにか近づいていた、カラフルな髪色でピアスをたくさんつけた男の人たち。何人いるかわからないけど、みんな嫌な笑顔を浮かべてこっちに近づいてくる。

 

 

咄嗟に後ろに逃げようと思ったけど、そっちにも不良らしき男の人が何人かいた。

 

 

…囲まれてる!

 

 

「そんな怖がらなくてもいいじゃん。ちょっと遊ぶだけなんだし」

「ぁ………あ、あのっ、今、仕事中なので…っ」

「だーいじょーぶだって。本当にちょっとだからさ、暗いし人いないし、バレないよ」

「でっでもっ」

 

 

少しずつ迫ってくる男の人たち。怖くて上手く声が出せなくて、逃げ場もなくて…どうしても、震えちゃう。

 

 

この人たちが、どういうつもりで私に近づいてくるのかなんてわかってる…!!

 

 

「まあそう言わずにさぁ」

「っ、いやっ!!」

 

 

正面にいた男の人が急に手を伸ばして、私の腕を掴んできた。びっくりして、悪寒が走って、つい咄嗟に振り払ってしまった。

 

 

昔だったら振り払えなかったかもしれないけど、今は腕立て伏せなんかもやってるおかげか、振り払うことはできたけど…だからって何も変わらない。

 

 

「っ、てめぇ…!」

「バカやめとけ。どうせ逃げられねえんだ、焦らなくていいんだよ」

「…っ」

 

 

正面にいる男の人の、隣にいた人が声を荒げてこっちに向かってきたけど、正面にいる人本人がその人を止めた。…この人、勢いだけの不良じゃない。

 

 

「つーかおい、誰だよ。神田明神に弱そうな巨乳が一人でバイトしてるとか言ったやつ。全然弱くねえぞ」

「お、俺じゃねーぞ!」

「そ、そうだ!ヒラが言ってたんすよ!!」

「い、いや…だって見るからに弱そうだったし…」

「…おい、ヒラサワァ。人を見た目で判断するなっつったよなァ?お前もこの間、日本橋でヒョロい男にマキノ達がやられたって話聞いただろうがよ?」

「へ、へぇ…いやでも女の子だったし…」

「…へえ?お前俺に口答えすんの?」

「ひっ、いや、そんなつもりは…!」

「…お前この後の『晩餐』はお預けだ。隅っこで見てろ」

「ひいっ…す、すんません…」

 

 

この人、きっとちゃんと頭も切れる人なんだ。強さをちゃんと示した上で、失敗した人は力で抑え込むんじゃなくて精神的に弱らせる。そうやって人を支配するタイプの人。

 

 

「まぁいいや。なあねーちゃん、どうせ逃げられねえのはわかってんだろ?…大人しくついてこい。死にたくなかったらな」

「…っ!」

 

 

再びこっちに近づいてきたリーダーらしき人は、上着のポケットから取り出したものを私の首筋にあてがいながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

当てられていたのは。

 

 

 

 

 

 

カッターナイフ。

 

 

 

 

 

 

…ああ、こんなことになるなんて。

 

 

もっと、わがまま言っておけばよかったなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…思ったより抵抗するじゃん」

 

 

現在時刻、18時47分。

 

 

舞台稽古を終えて神田明神に向かったら…希ちゃんはまだ不良どもに絡まれている最中だった。

 

 

8分前にはすでに連れていかれている予測だったんだが…ほんとあの子シナリオに乗らないな。

 

 

本当は丁度連れていかれるところを目撃して、警察に連絡入れて、7分後に警察が到着、19分の捜索の後に()()()()()の予定だったんだがな。少し遅れたな。

 

 

(…今警察に連絡を入れると早すぎるな。捜索手順が予定と変わってくる。次に連絡できるタイミングは…7分後かな。捜索が追加で22分。それなら変わらず現行犯だろうし、それでいくか)

 

 

 

 

 

犯罪を裁くなら、現行犯が一番確実だ。

 

 

 

 

 

言い逃れはできないし、一網打尽にできる。

 

 

 

 

 

被害者が出るのは、目を瞑るしかないだろう。元々ずっとそうやってきたんだ、今更良心の呵責を感じるわけにもいかないしな。

 

 

 

 

 

目障りなクズは排除しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、待つ。…待たなきゃならない」

 

 

俺が飛び出したところで法的に裁くことはできないからな。俺の手は汚さずにきっちり社会に掃除していただかなければいけない。余計な恨みを買いたくないしな。

 

 

だから、待つ。

 

 

 

 

 

…いつもやっていることなのに。

 

 

 

 

 

 

何でこんなに落ち着かないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、見張りも立ててるし。こんな神社の奥にある倉庫には誰も来ねえだろ」

 

 

私が連れて来られたのは、神田明神にある古い倉庫。掃除道具なんかが置いてあるだけだけど、結構広い。

 

 

その中で、私は両手両足を縛られた状態で転がされていた。

 

 

男の人は11人、外に見張りが2人。運良く誰かが来てくれたとしても、これじゃあ返り討ちに遭うしかない。スマホもバイト中は鞄の中に入れっぱなしだし…。

 

 

「悪いけど、目隠しもしないし口も塞がないぜ?俺はか弱い女の子が無理矢理犯されて絶望の悲鳴をあげるのを聞くのが大好きなんだ」

「ヒーッ。リーダー相変わらず鬼畜だぁ」

「おいカワムラ、余計なこと言ってるとまた鼻の骨折るぞ。今度は顔面に減り込ませてやろうか?」

「ヒヒッもう減り込んでやすよ」

「あー、なんかお前の顔平べったいなーと思ったら俺のせいか」

『ギャハハハハハ!!!』

 

 

品の無い言葉に品の無いやりとり、品の無い笑い声。どれをとっても震えるし、悪寒が止まらない。

 

 

でも、私自身も縛られてる以上…逃げ場はない。

 

 

「…連れてくる間にちょっと巫女服がはだけたなぁ?へへっマジでいい体してやがる」

「あー?リーダー、和服ってブラつけないとか言ってませんでした?何か巻いてますぜこいつ」

「バカかお前。サラシだよ。っとにお前らバカしかいねーな…まあ剥いじまうから同じだけどよ」

 

 

ここに連れて来られる間に袖とか引っ張られたせいで、巫女服は着崩れてしまっていた。ところどころ肌が見えちゃっている。直したいけど直せないし…そもそも、きっとこれから脱がされるんだから同じかなぁ。

 

 

そして、ついに。

 

 

リーダーらしき人の手が伸びてきた。

 

 

 

 

 

 

ああ、もう。

 

 

こうなってしまったら、私はきっともう立ち直れない。

 

 

もっとみんなと遊びたかったなぁ。

 

 

穂乃果ちゃんと海未ちゃんの喧嘩を眺めたり。

 

 

ことりちゃんとお洋服買いに行ったり。

 

 

凛ちゃんとラーメン食べたり、花陽ちゃんとご飯食べたり。

 

 

真姫ちゃんのお話を聞いてあげたり。

 

 

えりちとにこっちと3人でショッピングしたり。

 

 

茜くんと創ちゃんをからかったり。

 

 

…みんなとやりたいこと、まだまだいっぱいあったのになぁ。

 

 

助けは来ないもんね。みんな家に帰っちゃったし、茜くんもにこっちの家に行くって行ってたし、創ちゃんも弟たちのご飯作るって言ってたし。

 

 

 

 

 

…そうだ、天童さん。

 

 

あの人なら、こうなるってわかってたのかなぁ。

 

 

あの日、アキバで不良に絡まれたときみたいに助けにきてくれたり…しない、よね。そんなに都合よく、こんなところに来ないよね。

 

 

 

 

 

でも、でも、

 

 

 

 

 

それでも、最後に祈っちゃうのは。

 

 

 

 

 

私が神様を信じてるからかなぁ。

 

 

 

 

 

だから、恐怖で締まった喉で、ほんとに小さな小さな声で。

 

 

 

 

 

最後の、祈りを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………たす、けて………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズガンッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って。

 

 

不良のリーダーの手が私に触れる寸前で。

 

 

爆発みたいな音が、扉の方から聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、なんだ?!おい見張り!何してたんだお前ら!!!」

「えっいやっ、は?な、何が…」

「さっきまで何事もなかったんすよ!!ほ、ほんとっす!急に扉が吹っ飛んで…!!」

「んなわけあるか!!誰だ、何者だテメェ!!急に神社の倉庫の扉をブチ破るとか正気じゃねェ!!」

 

 

 

 

 

 

 

土煙が晴れた、その先にいたのは。

 

 

…いた、のは……………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、ほんと正気じゃねぇよなぁ。絶対俺頭おかしくなったと思うんだよな。どうしてくれんだゴミカス野郎どもが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…天童さんが。

 

 

鬼のような形相で、不良の人たちのど真ん中に立っていた。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

激おこ天童さんの爆誕です。1対多でも勝てるのか天童さん!



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台本を投げ捨てた結末は



ご覧いただきありがとうございます。

前回に引き続き、天童さんのお話です。不良の群れに突撃した天童さんの運命や如何に?!やっちゃえ天童さん!!


というわけで、どうぞご覧ください。


今回は存在感のなかった「残酷な描写」が少し仕事してるのでご注意ください。




 

 

 

 

 

「なんっ…何だお前、何なんだ一体…!」

「おいおい、俺結構有名人なんだぜ?何なんだは酷いだろ。…いやそんなことより、何なんだはこっちのセリフだっつーの。女の子1人を連れ込むのに13人も用意しやがって、プライドとかねえの?つーか13人て。何お前らキリスト教徒なの?」

「関係ねえよキリスト教は!たまたまだ!…っと、ふぅ、いけねぇ、落ちつかねぇとな。…よう、天童一位さんよ。あんたこんな不良の溜まり場に来るような人じゃねえだろ?綺麗な顔に傷つけられたくなかったら大人しく帰りな」

 

 

不良のリーダーと天童さんが対峙して、睨み合いながら会話してる。顔はずっと恐ろしい表情のまま。

 

 

助けに来て、くれたのかな。

 

 

「はっはっはっバカかお前。目の前で女の子がレイプされそうになってんのにハイそうですかって帰るとでも?お前脳みその代わりに白子詰まってんだろ」

「しらっ…はっ、そんな安い挑発には乗らねえよ。こっちはバカだが力自慢の手下が12人もいるんだぜ?まあ、それでも抵抗するんなら、そこで羽交い締めにしてあんたの目の前でこの子を犯してやるよ。それがお望みなんだろ?」

「ほんとバカだなお前。13人相手にするのに無策なわけねーだろ」

「策があったとしてどうすんだ?トラップでも仕掛けてあんのか?」

「いーや、そんなものは必要ねーよ。こいつがあればそれで十二分だ」

 

 

そう言って天童さんが懐から取り出したのは…。

 

 

 

 

 

 

 

「…バカなのはあんただろ」

「何言ってんだ魔法少女なめんな」

 

 

オモチャの魔法のステッキ。

 

 

………………えぇ〜………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…呆れた。お前ら、やっちまえ」

「おっと、人は見かけで判断しちゃいけないぜ?もちろん道具もだ。よく見たらすごいんだぜこれ」

「はぁ?どこがだよ」

 

 

ステッキを高く掲げて堂々と威張る天童さん。見た目はシュールだけど…天童さんのことだし、本当に何かあるのかな。不良の人たちも警戒してステッキを見つめている。

 

 

「ほーれよく見てろ?このスイッチを入れるとだな…」

 

 

そう言って軽い調子でボタンをぽちっと押す天童さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッ!!!!!!って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音がしたかと思うくらい、物凄い閃光がステッキから放たれた。

 

 

め、目がっ!!!!

 

 

「ぐあああっ?!てめっ…やりやがったな!!ちくしょう見えねェ!!目が痛ええええ!!!」

「はーっはっはっ!!バカめ、敵がよく見ろって言ってんのに本当にじっくり眺めるやつがあるか!!」

「ぐえっ!!」

「うげぇ!!」

「あがぁっ!!」

 

 

天童さんの高笑いと一緒に、強烈な打撃音と悲鳴が聞こえてくる。もちろん、私も閃光を直視してしまったせいで全然見えない。天童さんが凄い勢いで不良の人たちを懲らしめてる、というのだけがわかる。

 

 

「粉末状のマグネシウムと酸素の瞬間燃焼を利用した手製のスタングレネードだよ。さすがに爆音は出せないがな、ほらこの通り目潰しには最適、だなっ!!」

「いっ、ひぎっ!!痛い痛い痛い痛いっ!!!」

「おうおうなんだ君たち、屈強な男たちが揃いも揃って喚きやがって!!いや、リーダーはそういうのお好きなんだっけなぁ?!」

「あぎゃあああああ!!!やっやめでぐれぇっ!!あっ足はそんな方向には曲がっ、ああああああああ!!!」

「てってめぇ!綺麗な顔して外道かよ!!ちくしょうまだ目が見えねぇ!!」

「ぎゃあっ!」

「おっと手当たり次第殴ると今みたいに手下を殴っちゃうぜリーダー君よ」

「構うものかよ!!つーかなんでてめぇ俺の趣味知ってんだよ!!最初から聞いてたのか?!」

「まさか。黒い服を着て死角から弾丸よろしく突っ込んで扉を蹴り破ったんだぞ、お前のしょーもない話なんか聞いてる余裕あるもんか。ただ多分そうだろうなって思っただけだぜ?」

「ちょ、今俺どうなってんだ?目が見えねぇから上も下も右も左もわかんねぇよぉ!!」

「おう、教えてやるぜー?今お前は逆さ吊りにされてて…鼻に蹴りを叩き込まれるところだよッ!!」

「ぐびゅう?!?!」

 

 

…こら、しめてる…?

 

 

なんだか、ホラー映画でしか聞かないような嫌な音が次々と聞こえてくる。悲鳴も今まで聞いたことない音量だし、明らかに喧嘩の音じゃない。何かが潰れる音。何かが砕ける音。何かが折れる音。…何の音かは、想像したくない。

 

 

明らかに、やりすぎなんじゃ…!!

 

 

「さーてあとは親玉だけかな?目は見えてる?見えてなさそうだな?そりゃ残念、予測通りだ。君の視力が戻るまであと48秒。そんだけあれば…何本骨折れるかねー?」

「ちっくしょう…クソ野郎が…おごっ?!」

「クソ野朗だと…?お前に言われたくねぇよクソ以下が。自分の都合で人の心も体も踏みにじりやがって」

「おぶっ、あがっ!うげぇ!!」

「おーおーもうちょい綺麗に鳴けよ。まだゾンビの方が綺麗な声してんぞ」

「うっ、ぐ…」

 

 

しばらく嫌な打撃音と水っぽい音が響いて、静かになったタイミングでやっと視力が戻ってきた。

 

 

何度も瞬きして、状況を確認する。

 

 

 

 

 

 

見たこともない、光景だった。

 

 

 

 

 

 

思ったよりも血まみれじゃない、いや、むしろ血は一滴も流れてない。逆にそれが恐ろしい。だってさっきまでニヤニヤしていた不良の人たちが、腫れて青黒くなった顔で横たわっていたり、壁にもたれかかったりしているんだから。痙攣している人もいれば白目を剥いて気絶している人もいる。しかも全員、手足の少なくとも1本は有り得ない方向に曲がっている。何でこれでまったく出血しないのだろう。

 

 

…天童さん、流石にこれは…やりすぎだよ…。

 

 

倉庫の中央、私の目の前では、不良のリーダーが天童さんに首を掴まれて吊り下げられていた。この人に関しては、両手両足がぷらぷらしていて…多分全部折れている。

 

 

「う、…」

「安心しな、殺しはしねぇよ」

「うっ!があああああああ!!」

「あーわりぃわりぃ。手足折ったのに投げ捨てちまったぜてへぺろ☆」

 

 

天童さんはゴミ袋でも捨てるかのように不良のリーダーを放り投げた。当然不良のリーダーは激痛で悲鳴をあげたけど、天童さんは全然気に病んでないみたい。

 

 

さっきまでとは違う意味で、声が出ない。

 

 

自分に降りかかる恐怖じゃないけど、目の前の光景が異次元すぎて声が固まってしまう。

 

 

「さて、じゃあどうするかって話なんだよな。もちろん()()()()で許すわけないしな。だからって殺すのはよくない。ああ、良くないな。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ひ、ひぃ…」

「あーオッケーオッケー、予測通りだ。恐怖で舌が固まっていれば舌噛んで自殺とかできねえからな。…さて、改めて、じゃあどうするかだが」

 

 

そのまま懐から何かを取り出す天童さん。改めて見てみると、今はもう鬼のような形相じゃなくて…怖いくらい無表情だった。

 

 

そして、天童さんがポケットから取り出したのは、プラスチックのケースに入った…。

 

 

「…ひっ!く、釘…?!」

「そう、釘。…やっぱ念のため布噛んでろ舌噛まないように」

「うぐっ」

「よしおっけー改めて。さっきから改めすぎだな俺。反省。…そう、釘だ。流石に見たらわかるか?こいつを使うぜ。どうやって使うかはいたって簡単だ。1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()現在時刻19時11分、神主さんが希ちゃんが戻って来ないのを不審に思ってここに探しに来るのが21時17分。釘の打ち込み始めが19時15分ジャストだから、122分、732本の釘をお前の体にひたすら叩き込む。…安心しな、死ぬようなところには打たねーし、気を失わないように話しかけてやるからさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そう、無表情で言って、天童さんは釘と魔法のステッキを構える。あれで打ち込むつもりなのかな。

 

 

天童さんには微塵の躊躇もない。

 

 

道端のアリでも潰すかのように。

 

 

なんてことはないかのように。

 

 

釘を二の腕にあてがって、容赦なくステッキを振り上げる…!!

 

 

「さて、そーれっ!いー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめてえええ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耐えきれずに、叫んでしまった。

 

 

だって、見たくなかった。

 

 

人に釘を打つ天童さんなんて見たくなかったもん…!!

 

 

私が怖い目に遭ってるときに、2回も助けにきてくれた人なのに!!

 

 

そんな残酷なことをするところなんて、見たくない!!

 

 

「…」

「や…やめて…やめてよ天童さん…。たしかにその人たちは悪い人かもしれないけど、そこまでする必要はないですよ…!誰一人まともに歩けないじゃないですか!」

「…そりゃそうだろ。再び地に足をつけて歩くだなんて俺が許さない。ねじ曲がった手足を労わりながら静かに死んでいけ」

「そんなっそんな酷いこと…!!」

「酷い?相応の罰だろ。犯罪の罪は等しく死よりも重い」

 

 

釘を打ち付ける直前で止まった天童さんは、全くの無表情だった。いつもの飄々とした明るい天童さんとは全然違う。

 

 

ただ、ちゃんと止まってくれた。

 

 

「ううん、酷いよ…!もう十分だよ、今のままでも後遺症が残ったっておかしくないくらいだよ?!悪いことをしたのは確かだけど、そこまでしなくたっていいじゃない!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「………………………………敬語が抜けてんぜ、希ちゃん」

 

 

思わず泣きながら叫んでしまった。天童さんは今度は無表情じゃなくて、悲しそうに目を伏せて釘をケースにしまっていた。

 

 

そして、今度はこっちに歩いてくる。釘をしまった後、別のポケットからカッターナイフを取り出していた。

 

 

「…縄を解こう。残りの時間分のアルバイトを片付けたら、階段下に来てほしい。話をしたい」

「えっ…あの、この人たちはどうするんですか?」

「安心しな。殺しもしないし、出来るだけ痛めつけないように処理しておく。警察の目につくところに放り込んでおくだけだけどな。…まあ痛みのショックで死んだって言われたらちょっとどうしようもないけど」

「そんなっ

「わかってる。大丈夫、誰も死なないようにする。俺にはそれができる。明日のニュースでわかるはずだ。まったく、君は被害者なのによもや加害者を労わるなんてな。だいぶ頭のネジ飛んでんなぁ…。よし、解けたぞ。さあ、服の乱れを直して。行ってきな」

「…あ、ありがとうございます。…信じていいんですか?」

「………ご自由に」

 

 

どうやら、不良の人たちにはこれ以上危害を加えないでくれるみたい。信じていいかはわからない。ただでさえ読めない天童さんのことだから、口先だけで誤魔化すのはきっと得意だ。

 

 

でも、さっきは、私の言葉を聞いてくれたから。

 

 

私は、私のヒーローを信じたい。

 

 

「じゃあ、信じます」

「ちょろい子だな…」

「そんなことありませんっ。…じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 

服の乱れをを手早く直して、急いで倉庫を後にする。一瞬だけ振り向くと、天童さんは辛そうな顔で瞑目していた。

 

 

結局、天童さんは何者なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルバイトを終えて倉庫に箒を戻しに行くと、まるで何事も無かったかのように復元されていた。天童さんが蹴り破ったって言ってた扉さえも。やっぱり不気味やね。

 

 

「…遅かったな」

「天童さんならわかってたんやないですか?」

「君のことはわからないことだらけだよ。…さて、とりあえず歩こうか」

 

 

本当に階段下で待っていた天童さんは、いつもの元気さは全然なくて、なんだか疲れているように見えた。流石に13人の不良さんを懲らしめるのは疲れたのかも。

 

 

「それで…話したいことって何ですか?」

「…ああ、そうだな…あまり他人に話を聞かれないところに行きたいんだが…」

「行き先決まってないんですか?」

「いや決まってんだが…なんか言いにくくてな」

「…………ラブホとかですか?」

「君は俺を何だと思ってんだ」

 

 

違ったみたい。

 

 

「…俺の家だよ」

「えっ」

「俺の家。一番他人の目が届かない場所だろ?」

「…………ラブホとあんまり変わらないような…」

「だから君は俺を何だと思ってんだ」

「いえ…男の人が女の子を自宅に連れ込むっていうのは…」

「だから言いにくかったんだよちくしょう!!」

 

 

天童さんをからかっていたら、ついにいつものように変顔で叫び出した。それがなんだか嬉しくて、おかしくて…つい笑っちゃった。

 

 

「ふふっ」

「何笑ってんだまったく。こっちとしては今世紀最大の問題だぞ」

「うふふ、ごめんなさい!でも天童さんがいつもみたいな調子に戻ってくれたのが嬉しくて」

「…いつもみたいな、ねぇ」

「あっ、またしんみりした顔になってますよ」

「いいじゃねーかよしんみりしたって…」

 

 

いつもと違う天童さんを見れるのもちょっとうれしくて、ついからかっちゃう。ふふ、天童さんが女の子だったらわしわししてるところやね。

 

 

少しアキバから離れたところにある、ちょっと高そうなマンションに入り、最上階までエレベーターで登る。…天童さんのご両親ってお金持ちなのかな?

 

 

 

 

 

 

って、そうやん!お家ってことはご両親が…!うちの家にはいつもお母さんもお父さんもいないからすっかり忘れてた!!

 

 

 

 

 

 

「…どうしたよ。急に静かになって」

「えっあのっいえっ、ご両親になんて挨拶しようかって…」

「………ああ、それについては気にすんな。両親いないから」

「え?」

「君とは違う理由だけどな。さあ着いた、ここだぜ」

 

 

焦っていたのが急に冷めた。天童さんも家にご両親がいないんやね…。でも、うちとは違う理由ってことは…まさか、茜くんのご両親みたいに…。

 

 

天童さんに続いて玄関の扉をくぐると、すごい部屋が視界に広がっていた。マンションにしては広いとかそういうのやなくて、いや広いんやけど。

 

 

 

 

 

 

そこら中に紙束が溢れている部屋は初めて見た。

 

 

 

 

 

 

「まあ遠慮なく…っつっても足の踏み場がねぇな。まあ基本的に人呼ばねーからなぁ…ちょっと待ってな」

 

 

そう言って適当に紙束を拾い集める天童さん。天童さんって脚本家だし、これ全部脚本なんかな?だとしたらすごい。

 

 

なんとなく近くにあった紙束に目を向けると、台本みたいに人物と台詞が書いてあった。

 

 

 

 

小泉花陽『凛ちゃん…凛ちゃんは可愛いよ!!』

星空凛『えっ?』

西木野真姫『みんな言ってたわよ?μ'sで一番女の子っぽいのは凛かもしれないって』

星空凛『そ、そんなこと…』

小泉花陽『そんなことある!!だって私が可愛いって思ってるもん!!抱きしめちゃいたいって思うくらい!可愛いって思ってるもん!!』

 

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

 

 

「こ、これって…?!」

 

 

思わず今見た紙束を掴んじゃった。続く会話も聞いたことがある、いや、()()()()()()()()()

 

 

何で天童さんが…?!

 

 

「それが俺の才能だよ」

「てっ…天童さん?」

「他人の行動を予測すること。そういう才能。それをまとめて脚本として形にして…現実に反映させられるのが俺が天才と言われる所以だよ。細かい言葉の差はあるだろうが、概ね俺の書いたシナリオ通りになってるはずだ」

 

 

いつのまにか後ろに立っていた天童さんが、そんなことを言った。そんな、未来予知みたいなこと。実は後から茜くんから話を聞いて脚本にしました、って言われたらまだわかるのに。

 

 

「まあ信じられないわな。先読みが得意くらいには思われてたかもしれないが、未来予測までできるとは思わないだろうし」

「そうですよ…流石に信じられません…」

「まあ信じられないならそれでいいけどさ。…そう、それより君に話したいことがあるんだった。まあそこに座りな」

 

 

そういえばそういうつもりでここに来たんやったね。お言葉に甘えて座布団に座らせていただいた。

 

 

「…話ってのはな、謝罪だよ。俺は君に謝らなきゃならない。本当にすまない」

「えっ?何で謝るんですか…?むしろうちがお礼しなきゃいけないくらいですよ?あの、助けてくれてありがとうございました」

「…違うよ。さっき言った通り、俺は人の行動を予測できている。だから、今日、君が襲われることは前から知っていた」

 

 

うちの正面に座って、項垂れてそう言う天童さんは…すごく弱々しくみえた。

 

 

「知っていて、止めなかった。そうしなければならなかった。シナリオ上では、君が襲われないとヤツらを捕まえることができなかったんだから」

「…」

「本当は…君を助ける予定も無かった。君が犯されている間に警察を呼んで、現行犯で逮捕させる予定だった。ヤツらは強姦容疑で一斉検挙される代わりに、君は家から出なくなり、2週間後に自殺する予定だった。…俺はそれを止めようとしなかった。君を犠牲にしてでも、ヤツらは悪として裁かれなければならなかった。だから、ごめん」

 

 

天童さんはまったく顔を上げずに、淡々とそう言った。何だか懺悔を聞く修道士さんになった気分。

 

 

だって、私は。

 

 

「…でも、助けてくれました」

「…いや、だけど…」

「助けてくれました。本当はそうする予定じゃなかったのに、私が犯される前に不良の人たちを倒してくれました。…やりすぎだとは思ってますけど、助けてくれたことは本当に感謝してるんです」

「…怖い思いをさせてしまったのに、それで許すっていうのか?」

「もちろん怖かったですし、なんなら天童さんも怖かったですけど…ほら、私はまだ貞操を守れていますから。天童さんがいなかったら失っていたんです。だから、ありがとうございます」

 

 

あの時呟いた「助けて」を。

 

 

天童さんは拾ってくれた。

 

 

どんな予定だったとしても、助けてくれたことに変わりはないもの。

 

 

感謝するに決まってる。

 

 

それを聞いた天童さんは、やっと顔を上げて驚いたように私を見た後…安心したように、フッと笑った。

 

 

「…本当にちょろいな君」

「ちょろくないです!」

「ちょろいよまったく。…まあ、でも、許してくれるのなら…ちょっと気が楽になる」

「はい。そもそも恨んでませんから。…でも、何でそんなに頑張って先読みするんですか?そんなことしてたらすごく大変そうですけど」

 

 

そう、さっきから不思議に思っていた。

 

 

仮に未来が予想できるとしても、こんな一言一句違わないほど正確に見通す必要なんてないと思う。ましてや、さっきの凛ちゃんたちのやり取りみたいに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そこまでして先読みしなきゃいけない理由がわからない。

 

 

「…それは…」

「それは?」

「………はぁ、人に話すつもりは無かったんだがな。まあいいや、せっかくここまで来たんだ。聞いていけ」

 

 

天童さんは一瞬誤魔化そうとしたのか目を泳がせたけど、諦めたようにため息をついて理由を話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「幸せになりたいからさ」

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 

すごく普通な答えに、思わず変な声が出ちゃった。

 

 

「死ぬほどシンプルだろ?でもちょっと違う。…さて問題だ希ちゃん。俺の両親は、何故いないと思う?」

「えっ?えっと…私と違うってことは…えーっと、あの…死んじゃった、とか?」

「あー、茜の話聞いてりゃそう思うわな。…残念、違うよ」

 

 

ちょっと答え難かったけど、違ったみたい。じゃあ、何でだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「初めからいないのさ」

 

 

「…え?」

 

 

「俺は、いわゆる捨て子。孤児なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

上を向いて、何かを思い出すように天童さんはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「これは…ここにある脚本は、当たり前の愛情さえ受けられなかった俺が、愛なんて無くても幸せになれるって証明するための人生のシナリオなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛とは何だ。

 

 

恋とは何だ。

 

 

当たり前のように言いふらすその言葉は、絶対必要なのか。

 

 

それをもらえなかった俺は、幸せになってはいけないのか。

 

 

…そんなの納得できるわけがない。

 

 

だから、俺は絶対に世界で一番幸せになってみせる。

 

 

何を犠牲にしてでも、愛など無くても幸せになれると証明してみせる…!!

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

天童さん大活躍…?です。何だかんだ強い天童さん。もうあいつ1人でいいんじゃないかな。
マグネシウム粉末は本当にめっちゃ光るのでお気をつけください。まあ金属マグネシウムは消防法で規制されてるはずなのでそうそう手に入らないんじゃないかと思いますけどね!
天童さんの行動やら何やらが忙しい今回のお話、次回は天童さんの過去編です。アニメ一期終盤に書いた波浜君の過去話みたいな位置付けです。天童さんも苦労してるんですよ!多分!!


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ぼくのかんがえたさいこうのじんせい



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!!毎回前書きで宣言してるのでそろそろ「うるせぇ!!」って言われそうですね!でも私嬉しいのでやめません!!!(鋼のメンタル)

さて、今回は天童さんの過去編です。こういう平仮名のタイトルってすごい切なさを感じませんか?私は感じます。切ない…タイトルだけで泣いちゃう…()


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

物心ついた時から一人だった。

 

 

孤児院なんつーところはそんなにいいところじゃなくて、親を知らない、もしくは親を失った子供がすし詰め状態の施設だ。まともなやつなんているわけない。塞ぎ込んだり、暴力的だったり、そんなのばかりだ。

 

 

そんな環境の隅っこで俺は暮らしていた。

 

 

わざわざ騒ぎの中心部に突っ込むなんてするわけがない。何故だか幼い頃から冴えていた頭で、騒乱に巻き込まれないように常に目立たないようにしていた。

 

 

 

 

そしてずっと見ていた。

 

 

 

 

何であいつはすぐに手が出るんだろう。

 

 

何であいつは突然泣き出すんだろう。

 

 

何であいつはすぐに黙ってしまうんだろう。

 

 

何で先生はここで怒るんだろう。

 

 

全部見ていた。

 

 

見て、考えていた。

 

 

見ていたから、そのうち次に何が起こるかわかるようになってきた。

 

 

誰が何をするかわかるようになった。誰のせいでそうなったかわかるようになった。どうしたら自分が巻き込まれないかわかるようになった。

 

 

だから俺はいつも、四六時中起こる騒ぎの外側で読書ばかりしていた。

 

 

どこの国の、どんな本を読んでも、最後に勝つのは愛された人で、そうでなければ罰されるような話ばかりだった。

 

 

シンデレラは王子の愛を受けて幸せになり、意地悪ゆえに王子の愛を受けなかった姉達は眼を抜かれた。

 

 

人魚姫は王子の愛を受けられなくて泡となって消えた。

 

 

そんな話ばかりだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そんな、常に被害者である者たちに自分の姿が重なった。

 

 

きっと、自分は生まれた時から幸せになる権利を剥奪されたのだろう。

 

 

だって、物心ついてから愛を学ぼうとしたって遅すぎる。

 

 

当たり前のものが、当たり前と思えない時点で、スタートラインには立てないのだ。

 

 

親を失った子なら、愛を知っているからまた取り返せるかもしれない。

 

 

だが、初めから親などいたことがない俺は…愛が何なのかすら知らないまま生きてきてしまった。

 

 

まだ幼いながら、そんな現実を知ってしまった。

 

 

 

 

 

 

……だが、知ってしまったからって諦められる性格でもなかった。

 

 

 

 

 

 

そう、あれはもうすぐ小学校に入るという時だった。

 

 

「天童君、ちょっといい?」

「何ですか、院長さん」

 

 

本を読んでいたら、孤児院の院長に呼ばれた。要件は当然わかっている。

 

 

「さすがにわかってるかもしれないんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()学校に行くには名前が必要なんだけど…」

 

 

そう、俺は、ずっと「天童」という苗字しか持っていなかった。捨てていった親がなぜか苗字だけ偉そうに残していったのか、どこかの誰かが勝手に決めたのかは知らないが、とにかく苗字だけ授かっていた。特に人と関わらなかった俺は別にそれでも困らなかったが、流石に学校に通うとなると住民票やら戸籍やらの関係でフルネームが必要になったんだろう。

 

 

「自分の名前は自分で決めたいかなって思ってね。自分の名前、何がいいかな?」

 

 

普通に考えて、勝手に名付けておけばいいだろと今は思うが、流石に当時そんなことは考えていない。

 

 

事前に読めていたイベントなのだから、当然前準備はしてあった。

 

 

 

 

 

 

「…一位がいいです」

「一位?ナンバーワンの、一位かい?」

「はい。ぼく、一番幸せになりたいです。だから、名前も一位にします」

 

 

 

 

 

 

願いは口に出してこそ。

 

 

俺の人生の目標は、名前に刻むことにした。

 

 

愛なんて知らない。

 

 

愛なんて無くていい。

 

 

それでも俺は幸せになってやる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうして、俺は天童一位になった。誰よりも幸せになるために、一位になるために」

「そう、だったんですね…。変わった名前やとは思ってましたけど、自分でつけた名前だったなんて」

「そりゃ普通は思わないさ。自力で自分の名前を付けるなんて機会ないからな。改名することはあるだろうが」

 

 

机の上の脚本をどかして、夕飯の支度をしながら俺の過去を希ちゃんに話した。…そんな予定は無かったというか、俺の昔話をする予定なんて一生ない予定だったんだがなぁ。希ちゃんが絡んでくるとあれもこれも狂う。

 

 

 

 

 

 

 

……………っていうか夕飯の支度をしているのが俺じゃなくて希ちゃんなのは何故だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………なあ、当然のように台所に立ってるのが逆に清々しいんだけどさ。俺料理できるからね?人にご飯を振る舞ったことは無いけど、結構長いこと一人暮らししてるから自信あんのよ?何で君料理してんの?」

「さっきも言ったやないですか。お礼ですよ」

「さっきも別にいいって言ったはずなんだがなぁ」

 

 

ほんとにペース乱してきやがるなこのボインボインお嬢さん。後ろからおっぱい揉んでやろうか。

 

 

「何か変なこと考えてません?」

「考えてません」

「えー、天童さんのことやからエッチなこと考えてるかと思ったのに」

「君は俺を野獣か何かだと思ってんの?」

 

 

一瞬ビビったが、冗談で言ってるだけだろう。もちろん俺も冗談で思ってたことだし。冗談だぜ?ほんとほんと。

 

 

「それで、小学校に入学した天童さんはいつからそんな変なテンションになったんですか?」

「変なテンションゆーな。…まあいいか。小学校に入学した俺はな…」

 

 

希ちゃんと会話していると、シナリオを考える暇がない。単純に暇がないというより、俺の頭が考えないようにしている感じがする。なんだこの子、脳波干渉デバイスか何か持ってんのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学校に入った俺は、3年生までは孤児院と同じように隅っこで目立たないように過ごしていた。

 

 

この頃には自分の才に気づいていたからだ。人の行動を先読みし、先の先を読み、さらにその先も見通す。その力を鍛えるために見抜いた未来をノートに綴り、毎日修正しながら過ごしていた。

 

 

今日は居眠りをした木村が怒られる。

 

 

明日は体育で貝塚が転んで膝を擦りむく。

 

 

明後日は森が車に轢かれそうになる。

 

 

今よりは大雑把で数日先を読むのが限度だったが、確かに()()()未来予知ができた。

 

 

 

 

 

 

変革を起こしたのは9歳の時だった。

 

 

 

 

 

 

「掃除、早く終わったから手伝うよ」

「えっ?あ、ありがとう」

 

 

「プリント運んでるの?手伝うよ」

「ほんと?!ありがとう!重かったんだよねー!」

 

 

「これ落としたよ」

「おっ、サンキュー!」

 

 

まずはちょっとした親切をするようにした。

 

 

本当に些細なことばかりだが、その些細な行動が俺の評価を上げると知っていた。

 

 

ちょっとずつ俺の評価を上げる、という作業を1年ひたすら行ってきた。

 

 

何故そんなことをしたか。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それほど大きな学校ではなかったから、委員長の存在感は大きかった。だからこそまずはその席を狙った。よく立候補する真面目君やら目立ちたがりを押しのけるために、地味なやつからいいやつへ、いいやつから頼れるやつへ。評価を上げて、その席に座れるように周りのやつらを操作した。

 

 

無駄に妬みを買わないために、投票では真面目君と僅差で勝てるように調整した。彼にも親切を提供することで、彼にも自分が人格者であることを印象付けた。

 

 

そして、5年生の頃には実際にそうなった。

 

 

委員長に就任し、なんだかんだで文句を言う者はいなかった。誰もが「天童一位は委員長に相応しい」と思っていた。

 

 

まずは一歩。

 

 

次の、中学時代への布石が出来上がった。

 

 

そのまま6年生でも委員長を務め、卒業時には先生方から「今までで最高の生徒だ」と賞賛された。もちろん、俺がそうさせた。ここでの評価が中学でも生きるから。

 

 

中学校に上がった俺は、小学校のころよりテンションを上げていった。この先、真面目で親切なだけでは上に立てないと読んだからだ。元気で、快活で、勉強ができて、強いやつが人気をとる。コミュ力があればなお良い。その全ては、小学校の頃から地道に鍛えて身につけていた。

 

 

「よう、おはよう!今日の数学の宿題ちゃんとやってきたか?」

「天童おはよう…あっ!忘れてた…!!て、天童!悪いけど…」

「オッケーオッケー、皆まで言うな。後で返せよ?」

「ありがとう…!」

「いいってことよ!おっと前田さん、ハンカチ落としたぜ!」

「わっほんとだ!ありがとう!」

「いえいえどういたしましてー!」

 

 

明るくする術は知っている。人の評価を得る術も知っている。勉強も高校レベルまではやっておいたし、運動も体力テストで最高点を取れるレベルまで上げておいた。

 

 

事前に小学校での評価を上げておいた成果も出ていた。

 

 

「ねえ、天童くんってどんな人なの?そっちの小学校の子からすごい人気だけど」

「そりゃそうだよ!天童くんってすごいんだよ!」

「おっ天童の話か?あいつを知らないなんて損だぜ損!」

「そ、そんなに…?」

 

 

新たに友達を増やした同級生が、主に女子が、口コミで俺の評価を伝えてくれる。それがまた、俺自身が地道に評価上げするよりも遥かに早く俺の評判を広めていく。評価を上げる手段としてはこの上なく効率的だ。

 

 

特に、中学以降は部活というデカいコミュニティがある。

 

 

それが何より大きい。何がって、部活では学年が入り乱れていることが、だ。入学してから最短で上まで評価を伝えるにはもってこいの場だ。そのために他人の評価を上げたと言っても過言じゃない。

 

 

俺自身もサッカー部に入って活躍した。先読み能力をちょっと試合に使うだけで勝率はかなり上がった。ゴールキーパーをしていれば全体を見渡せるやつだ()()()()()ことができるし、実際そう言われた。まあ観察眼の延長線みたいな能力だから間違っちゃいないんだが。

 

 

かくして、夏休み明けの生徒会選挙では、一年生でありながら先輩達を押し退けて生徒会長の座を掴み取った。

 

 

ここまで来たらあとは難しくない。俺の望むシナリオ通りに、人もシステムも動かせる。流石に大々的にシステムを変えるのは難しかったが、生徒の支持を集めてしまえば民主主義では大勝利だ。数の力で押し勝てる。

 

 

そうして、多くの人の支持を受けて中学を卒業した。もちろん進学先は名門進学校。そこへ行けるように努力はしたし、その結果が出ることも知っていた。

 

 

 

 

あと、中学時代にやっておいたことが他にもある。

 

 

 

 

それは、高校から一人暮らしをするための布石。

 

 

小学時代から構想しておいた脚本の数々を、手当たり次第披露していった。所詮中学生、という評価も速攻で拭い去る出来の脚本はすぐに界隈で有名になり、孤児だということを公表したら俺の脚本を高く買ってくれるところも出てきたくらいだ。当然そうなるように仕向けたんだが。

 

 

 

そして、仲間の調達だ。

 

 

 

 

 

「えーっと…『君の絵を見させてもらったよ。素晴らしいとしか言いようがない…言葉で表現できない、怖いくらいの感動を覚えた!こんな絵は見たことがない!…僕は今、最先端の芸術を創り出すグループを作ろうとしてる。僕の脚本は前送った通りで、こいつを完成させるには君の力が不可欠なんだ。お金は用意してある。僕と一緒に働かないか?』…んー、こんな感じか。5回くらいは断られるだろうが、俺の舞台を見せれば関心を持ってくれるだろう。…で、『君の曲聴かせてもらったよ。不思議だな、音楽を聴くだけでこれほど心が動いたことはない!これは君の確かな才能と不断の努力によるものに違いない。そんな君を僕が作るグループに招待したい。最高の芸術を創り出すために、君の手を借りたい!どうかな?』うん、まあ、こんなもんだろ。こっちは説得に随分かかりそうだが…1年あればいけるだろ」

 

 

 

 

 

そう、当時まだネットでちょっと話題になる程度でしかなかった波浜茜と水橋桜。この二人の引き抜きだ。

 

 

俺の最高の脚本を最大限に活用するには、そのバックアップが欠かせなかった。だったら俺と同等の才能を持つ天才を仲間に引き入れておく。幸い、情報収集してる時に尋常じゃない才能を秘めた、世代の近いやつらを見つけたから、積極的に勧誘した。

 

 

まあ、()()()()()()()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()逆に金で釣りやすかったから結果オーライだ。

 

 

中二くらいだっただろうか、その頃には二人とも引き抜けて、早速活動を始めていた。初めて直接会ったときはお二人の(精神的な)ヤバさにドン引きしそうになったが、なんとか真人間に近づけることができた。今でこそこいつらの予測もできるが、今思えばあれがシナリオ通りに事が進まなかった最初の例だな。

 

 

二人揃って精神やられてる人の顔してたらそりゃ引くだろ。

 

 

とにかくだ。茜、桜、一位の頭文字からAsai、「英才」とかけてA-sai、超常レベルの際と超常現象の「Phy」をかけてA-Phy(えいさい)。それが俺たちのグループの名前になった。

 

 

「うーん、なかなかカッコイイ名前じゃね?どうよほら」

「にこちゃんの名前が入ってない」

「だから一体誰なんだにこちゃんは」

「にこちゃんはにこちゃんです」

「なるほどわからん。桜君はどうよほら」

「…いいんじゃないですか」

「見てないだろ君」

 

 

まあ全部俺が考えたんだがな。

 

 

だって茜も桜も心ここに在らずなんだもん。

 

 

「まったく頼むぜ?俺君らより一足先に高校行っちゃうんだから、予定合わせるの大変になるんだ。君らもお金稼がないと大変だろ?」

「それはその通りです。にこちゃんのためにも頑張らなきゃ」

「だからほんとにこちゃんは何者なの?」

「何だっていいですよ、そんなに稼がなくても生きていけますし」

「そんな痩せ細った体で言うことじゃないわい。ほれハンバーガー食え」

 

 

当時一番疲れたのはこいつらの相手だったかもしれない。高校に入ったら本格的に脚本・舞台の仕事を始める予定だったから、それまでにこの二人をまともにしなきゃならなかったからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高校は中学とさほど変わらない。違ったのは入学した瞬間から名が通っていたことだな。脚本家としてすでに名声は得ていたから」

「なんだか普通のサクセスストーリーに聞こえますけど…」

「普通ではないだろ」

「ふふっ確かに」

 

 

中学時代の話を終えたあたりで、希ちゃんの料理が終わったようだ。机に運ばれてきたのは天ぷらうどん。そういえばこの子の得意料理「おうどんさん」って書いてあったな。おうどんさんて。うどんが急に格式高い食べ物っぽく聞こえる。

 

 

「はい、おうどんさんです」

「ああ、ありがとう。…なぁ、うどんって言えばよくないか?おうどんさんってなんかやたら高貴な響きなんだけど」

「えー、おうどんさんはおうどんさんですよ」

「何のこだわりだよ」

 

 

特に意味は無いんだろうか。

 

 

いただきますをして食べてみると、これはなんと随分美味い。やたら時間かけて作ってんなとは思ったが、出汁を取るところからやっているのか。汁まで美味い。味の素使えばよかろうに。天ぷらもサクサクだ、俺は揚げ物は面倒だから作らないのだが、もし作ったとしてもこうは作れないだろう。

 

 

「美味しいですか?」

「…ん、まぁ…それなりに」

「うふふ。天童さん、嘘つくとき目逸らしますよね」

「マジ?」

「はい。すぐわかります」

「…くそぅ、今まで嘘つく必要なんて無かったからな…」

 

 

素直に美味いというのが微妙に恥ずかしかったから誤魔化したんだが、即見破られた。この子も観察眼鋭いな。

 

 

「…それで、天童さんは幸せになれたんですか?」

「まだ道半ばだよ。今もこれまで通り外道の生き方をしながら、一番幸せになるためにシナリオを書いている。それがこの紙の山」

「外道の生き方なんてしてました?」

「外道だよ」

 

 

うどんを食いながら話の続きをする。うどんは美味いが、こんな話をするとなると箸が進まない。

 

 

 

 

 

「俺は俺が幸せになることしか考えてない。だから要所要所で他人を押しのけて高い地位に就いたりしている。その結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自分の幸せのためなら全ての他人は踏み台だと思ってきたからな」

 

 

 

 

 

俺の目の届かない位置で行われたイジメのことも知っていた。

 

 

知っていながら、止めなかった。

 

 

いじめられた子が不登校になってから、「知っていたら止められたのに!」って慟哭する方が、()()()()()()()()()()()()()。いじめた奴らから恨みを買うこともない。敵を増やさないために、敢えて見過ごした。

 

 

今でさえ、正義のために犯罪は「起こさせる」。正義といっても、やっぱり俺が後でクソ野郎どもに足を引っ張られないための間引き作業でしかない。正しい正義感なんかではない。結局自分のため。

 

 

「結局はただの自己中だ。止められたはずのいじめ。止められたはずの事故。止められたはずの殺人。どれもこれも止めなかった。それができるのに、全部俺の幸せのために見過ごしてきた。…そうしてでも、俺一人だけが幸せになりたいんだ。外道だろ?」

 

 

俺が止めなかったから死んだ人がいた。

 

 

俺が手を出さなかったから死んだ人がいた。

 

 

小学校時代に、見えないところで行われていたイジメを止めなかった時から。俺の外道の人生は始まっていた。

 

 

俺の手は誰かを助けることなんてない。

 

 

自分の幸せにしか使えない。

 

 

愛を知らぬまま幸せになるのに、他人のことを気にかけている余裕なんてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「普通やないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 

それを、否定するやつがいた。

 

 

「人を押しのけて自分が幸せになろうとするなんて、普通にあることやないですか?少なくともうちはそうだと思います」

「まさか。普通、他人の不幸を黙って眺めるか?」

「眺めると思いますよ?」

「はぁー??」

 

 

何言ってんだこの子。

 

 

「普通はイジメなんて止められないと思います。普通は事故なんて防げないと思います。普通は殺人なんて止められないと思います。人間ってそんなにすごい生き物じゃないんです。だからみんな、自分が幸せになるために必死に生きてるんです。そう簡単に人の幸せを優先できる人って、いないんです」

「…」

「多分、天童さんもわかっていましたよね?イジメを知ってる人がいるのを知っていて、その人がイジメを止めないことも知っていたなら。正義のヒーローなんてほとんどいないんです」

「だが、俺はそれを止められる立場にいた…!!」

「それでも、止められるかどうかは別ですよ。きっと天童さんが、知りうる限りのイジメや事故や犯罪を全部止めようと思ったら、それこそ天童さんは幸せになれないと思います」

 

 

うどんを食べ終わって器を片付けた希ちゃんが、腹立つくらい優しい目で俺を見てくる。俺にはわからない、()()()()()()()()()

 

 

「きっと、天童さんは優しい人なんです。自分で無意識に分かっていたんじゃないですか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、不公平にならないように誰も助けなかった」

「…結局誰も助からないなら優しくもなんともないだろ」

「そんなことない。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…」

 

 

それは。

 

 

きっとそうだ。

 

 

助けないのが当たり前だというのなら、わざわざそれを口にして自分を外道と罵ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、分かってたよ。

 

 

 

 

 

 

 

愛がなくたって幸せになるつもりだったけど。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

一度見捨ててしまってから、ずっと心に棘が刺さっていた。

 

 

それでも、やってしまったからにはもう引き返せなかった。

 

 

全部見捨てていかなければ、シナリオ通りの幸せは手に入らなかった。

 

 

だから、ずっと自分の心を見ないようにして、知らないふりをして、気づかないふりをして。これだけが唯一の道だと自分に言い聞かせていた。

 

 

「天童さんは悪くないんです。ただ幸せになろうとしただけなんですから」

「…はぁ、よく言うよ。君こそが、自分の幸せより他人の幸せを優先するタイプの人間じゃないか」

「そんなことないですよ?」

「そんなことあるわ。今までもそうやって、人の本音を見抜いてアドバイスしてきたんだろ?絶対自分を後回しにしなきゃそんな気は回らないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、希ちゃんのことが好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

好きな人の行動は読みたくないって、無意識に思っていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺ができなかった理想の生き方を体現していたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺にはそれが眩しくて、羨ましくて…知らぬ間に、恋をしていたんだな。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

天童さんがいい人に見えるようなそうでもないような。それよりも全部認めてあげる希ちゃんの包容力に女神感を覚えるような。そんなお話にしました。そう思ってください()
孤児院がどんなところなのかは私は知らないので想像で書いてます。気分を害された方がいらっしゃったらごめんなさい。
とにかく、遂に恋しちゃった天童さんがどうするのか…天童さん編は次回で完結です!


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あり得なかったはずの幸福を



ご覧いただきありがとうございます。

長らく続いた天童さん昔話の最終話です。天童さんの詳細は後書きに書くとして、全部わかっちゃった天童さんがどうするかをご堪能ください。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「まったくふざけてる。ああ、わかったからにはもう読み違えないぞ。自分の願望は全部押し込めて、友のために仲間のためにって生きててそれが幸せだと思ってるタイプだ…メサイアコンプレックスのいい例だよほんと。現実にいるとは思わなかったが」

「わかったって、天童さんがうちのこと好きってこと?」

「ぶっふぉあ?!?!」

「………………あの、本当にそうなんですか?」

「君は!!発言の重みを理解した上で!!冗談を言いたまえ!!!冗談のつもりがど真ん中ストライクをキメた時のことを想像しなさい!!!!」

 

 

冗談のつもりで言ってるのはわかっていたのに、ついむせてしまった。これが惚れた弱みというやつか。ちくしょう。

 

 

「あのぅ…」

「急に恥ずかしがるなバカタレ。…仕方ないだろ、俺は君みたいに生きたかったんだ。自分の幸せだけ追い求めるんじゃ、孤児院にいたバカと変わらない。本当は他人の幸せも拾いたかった。…自分しか優先できなかった。君の生き様が眩しすぎた」

「そ、そうなんですね…」

「…おい純情娘。自分から引っ掛けておいて恥ずかしがってんじゃねーぞこら」

「ううう、だってぇ!!」

「だってもヘチマもねぇ!!」

「…ヘチマ?」

「ヘチマ。」

 

 

茜が言ってた「実はピュア」ってこのことか。ふざけんな可愛いげふんげふん今のナシな。ナシだ。聞かなかったことにしろ。

 

 

だいたい、俺だって惚れたからってこの子を優遇するわけにはいかないんだ。

 

 

だって、いくら自分の望みを直視したからって今更引き返せないから。ここまで全部見捨ててきて、ここに来て「恋しちゃったから」なんて理由で一人だけ助けていたらシナリオはご破算だ。

 

 

どうにかして嫌われる必要がある。

 

 

ならば、手段は選ばない。

 

 

「俺は君が欲しかった」

「ええっ?!」

「だから…っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がり、希ちゃんの首を掴んで地面に押し倒し、その上に覆いかぶさる。

 

 

悲鳴をあげる暇すら与えない。

 

 

これが、女の子には一番()()はずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから…君を、奪わせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際、希ちゃんに関しては同じような理由で怖い目に遭っている。そういう記憶をぶり返せば、信用を崩すのは容易い。

 

 

だから、嫌ってくれ。

 

 

向き合いたくなかった自分と向き合って、本当の夢から目を逸らせなくなってしまったんだから、せめて以前のように不公平なく人を見殺しにしたい。

 

 

今さら路線変更なんてできないから。

 

 

許せない過去を振り切って何食わぬ顔顔で人助けなんてできそうにないから、許されないまま、いつも通り、シナリオ上の幸せを追わせてくれ…!!

 

 

 

 

 

 

 

それなのに。

 

 

そう思っていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いいですよ」

「な、ん、だと…………!!!!」

「いいですよ、天童さんなら。2回も助けてもらったんですもん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子は。

 

 

おかしいくらい慈愛を極めたこの女の子は。

 

 

そんなことを、言ってのけるんだ…!!

 

 

「…………そうかよ。そう、言うなら…!!」

「……っ」

 

 

押し倒しておいて引き下がるわけにもいかない。ここで実際に希ちゃんを犯してしまえば、流石に彼女は俺から離れていくだろう。

 

 

どうせもう沢山の人を見殺しにしてきたんだ。

 

 

今更、女の子一人汚すことくらい、どうってことはない。

 

 

大体、シナリオ上ではこの子はこの後自殺する算段だったんだ。その軌道上に乗せるなら丁度いい。

 

 

だから、右手で首を掴んだまま、左手を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そんなこと…!できるわけ、ねぇだろ…馬鹿野郎…!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしても、だめだった。

 

 

左手は動かなかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「くそっ…何で…!ここで、ここで途切れてしまったら!今まで全部見殺しにしてきたのに、ここで君を逃してしまったら…今までの犠牲者たちに顔向けできないだろ…!!」

「天童さん…」

「一人だけ優遇するなんて許されない!不公平は許されない!!俺が誰よりも幸せになるには、あらゆる点で公平でなければならない!!だって、だって!誰かを優遇したら、そのバランスを取るように妬む人間が必ず出てくる!…そうあってはならない、敵がいてはならない、絶対に、絶対に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

涙が出てきた。希ちゃんに覆い被さったまま、それでも迷いを振り切るために叫んでいた。いつのまにか首を抑える右手も離れて、彼女の顔の横で手をついていた。左手も同様。要するに、希ちゃんの顔の両サイドに手をついてるわけで、つまり2人の顔は至近距離なわけである。

 

 

 

 

 

 

…やばない?

 

 

 

 

 

 

希ちゃんは顔を赤くしてこっちを見てるし、恐怖は微塵も感じられない。戸惑ってはいるが、どう見ても受け入れ態勢だ。逃げるそぶりは全くない。何だこの子。

 

 

急に我に返って不覚にもちょっとドキドキしちゃってるところに、さらに不意打ちが来た。

 

 

希ちゃんが、目を閉じて顔を近づけてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に猛烈な悪寒が走った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

目前まで迫った希ちゃんの顔から逃げるように、自分でも引くくらいの勢いで後ろに飛び退いた。勢いで机に頭ぶつけたちくしょう痛え。

 

 

「なっ、何をしようとした君は!!」

「…そんな、逃げなくても…」

「逃げるでしょ!そりゃ逃げるでしょ!!まったく年上のおにーさんのファーストキスを奪おうとするんじゃないよまったく…おー怖い怖い」

「怖いって…怖い?」

「怖いでしょ急にキス迫られたらもー!」

 

 

悪寒は消えたが怖かったものは変わらない。頭も痛い。つーか俺が逃げなかったらキスしちゃってたじゃんよ君はそれでいいのかよ。いやいいからあんなことしたのか?なにこれつまり不束者ですが云々ってやつ?やべぇ想像したらまた怖くなってきた。何に怖がってんだ俺は。

 

 

もう頭の中が混乱の極み状態になって頭をもしゃもしゃして、頭ぶつけたところに指が当たって痛え!!ってなって、もう人生で初めてパニックモードになってる俺。これがパニックか。知りたくなかった。

 

 

そんな俺を見つめて何か真面目な顔で考え事をしていた希ちゃんが不意に笑顔になった。

 

 

「…ああ、うふふ。そういうことなんやね」

「何だ何がおかしいんだいや今現在の俺が相当おかしい状況なのは百も承知でございますけれどもー!!」

「ふふっ確かに今の天童さんも面白いですね」

「言外に今以外の俺も面白いと評してませんかお嬢さん」

 

 

面白くあろうとしてるからそれは別にいいけどさ。

 

 

「…天童さん。もしかして、()()()()()()()()()()()()

「なん…………いや、そんな…ことは…」

「ふふっ、そうなんですね?今逃げたのも、嫌われようとしたのも、愛されるのが、愛を受けるのが怖かったからですね?」

「ち、ちが…わ、ない、のか…?」

 

 

言われてもピンとこないが、想像してみればすぐに理解できた。

 

 

今までの人生、愛されたことなんてない。俺がそう仕向けたから。だから、愛されたって何を返せばいいかわからない。貰っておいて、返さないのはどうかと思う。だが、どうしたらいいかはわからない。その結果、返礼をしなかった報いがどう降りかかってくるかが全く想像できない。返礼を間違った罰がどう襲ってくるか予測できない。

 

 

いわゆる、未知への恐怖。

 

 

全てを予測して見通してきた俺にとって、多少のイレギュラーならまだしも、全く先が想像できないのは尋常じゃない恐ろしさを感じるらしい。

 

 

…なんかすげー情けないヤツみたいに聞こえるな?

 

 

「ぐぬぬ…反論が思いつかないあたり、事実そうなのかもしれん…なんか悔しい…」

「天童さんにも怖いものがあるんですねー?」

「うっせぇにやにやしながら寄ってくんな!怖いものの一つや二つ、真っ当な人間なら持ってるだろ!」

「えー天童さんって真っ当な人間ですかー?」

「なんてひどいことを言うのか君は!!いや自分でも違うとは思うけど!思うけどさぁ!!」

 

 

非常に楽しそうな顔をしてにじり寄ってくる希ちゃん。くっそこの子絶対楽しんでるだろ。やめろ。微妙に抵抗し辛いんだ。惚れた弱みとか言うやつかちくしょう恥ずかしいなオイ。これさっきも言った気がするな。

 

 

「…大丈夫ですよ」

「何が?!」

「さっき押し倒してきた時、右手に力を入れてなかったり、頭をぶつけないようにしてくれていたのはわかってます。私は天童さんの優しさを知ってます。…今はスクールアイドルなので、恋人にはなれませんけど…卒業したら、いっぱい愛を教えてあげますから」

「……………………君、それほぼ告白なのわかってる?」

「………………………ぁぅ」

「ほーらわかってない!!自覚症状ナシ!!だから茜にピュアとか言われんだよくっそ可愛いな待った今のなし」

「……………」

「照れるなもじもじするな俺も恥ずかしい!!恥ずか死ぬ!!」

 

 

希ちゃんの顔が真っ赤だが、きっと俺の顔も真っ赤であろう。なんせ体温がハイパー高いからな。顔あっついからな。ちくしょうなんでこんなラブコメみたいなことになってんだ。

 

 

「あ、あの…天童さん?」

「何だね純情乙女ちゃん」

「恋人って…手を繋いだり、えっと、ちゅ、ちゅーしたりするんですよね…?」

「…………まあ、一般的には、そうなんじゃないか?」

「〜〜〜〜!!」

「なっ!んっ!でっ!!自分で聞いといて!!余計恥ずかしがってんだよ君は!!さっき自らキスしようとしてたくせによお!!バカなのか?!Mなのか?!つーかまだ恋人になれるかどうかわからんでしょー?!?!」

「えっ…だめ何ですか…」

「君さっき自分で卒業するまで待ってって暗に言いましたよね?!?!そのタイムラグの間は俺は何も伝えないし聞かないし返事しませんからね?!しないよ?!そんな泣きそうな顔すんなよあーもー!!」

 

 

うわぁって叫びながら頭をかきむしる。さっきまで泣きそうだった希ちゃんは今度はくすくす笑ってやがる。ちくしょう百面相め。

 

 

「…まったく、人をからかって遊ぶんじゃねぇよ…。好きな子にはイタズラしたくなる的な小学生的発想してんじゃないだろうな?」

「…」

「図星かよ!照れんなよ!俺も恥ずかしくなるじゃん!!さっきから無限に恥ずかしいんだよ!!もう帰れよ時間も遅いし送ってくからさあ!!」

「…そうやって送り狼に…」

「な!ら!ね!え!よ!!!」

 

 

何か無限に希ちゃんに弄られるなおい何でだ。つーかそろそろ下階の住民に怒られそうな気がしてきた。

 

 

「ったくもう、こんな恥ずかしい思いするために呼んだんじゃ無かったのに…。さあさっさと帰る支度なさい」

「はーい」

 

 

いい加減日付も変わりそうな時間になってしまったし、これ以上恥ずかしい思いをする前に家に返すのが得策だろう。さっさと帰りなさい。護衛するから。

 

 

そう思っていたら、不意に俺のスマホに着信が来た。

 

 

画面を見ると、大地からだった。

 

 

 

 

 

 

あ、やっべ。

 

 

 

 

 

 

「……………やべぇすっかり忘れてた」

「どうしたんですか?浮気ですか?」

「恋人でもない人の浮気を疑うなよ怖えよ。いや今はこの電話の方が怖えな…」

「誰からなんです?」

「大地だよ。詳細は話せないが…」

 

 

大地に今日のバラエティ番組の収録の詳細を教えないでおいたのを忘れてた。具体的に言うとタイキック食らうことを伝えなかったのを忘れてた。元々の予定では予めフォローを入れておくことで冗談で済ませる予定だったのだが…希ちゃんと話していて完全に忘れていた。これは確実にご立腹だ。激おこプンプン丸だ。

 

 

恐る恐る通話ボタンを押す。今こそシナリオ力を発揮する場面だ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へいもしm

『天ッ!!!!!!!!童ッ!!!!!!!!!!!!!』

「ぎゃあああああ耳があああああああ?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無理だった。

 

 

今回もやっぱりダメだったよ。

 

 

『ほんっっっっとうに痛かったんだからな?!何でそういう肝心なところ教えておいてくれなかったんだよ!!!!』

「ま、まあまあ…バラエティ的には美味しかっただろ?他の皆様は予告なく蹴り入れられるんだし、それよりはマシさ!!」

『そういう問題じゃない!!天童もやられてみろ!!もうめちゃくちゃ痛いんだぞタイキック!!!』

「あっはっは…俺は遠慮しとく…」

『天童うううううう!!!』

「はいごめんなさいマジでごめんなさい私が全面的に悪かったファミチキあげるから許して」

『ああん?!?!』

「ファミチキはご所望ではありませんでしたかそうですかー!!」

 

 

割と本格的にキレてらっしゃった。これは土下座案件だ。わかる、わかるよ、タイキック痛いよな。でもそんなに怒ることないじゃんね。はいわかります俺のせいですねすみません。希ちゃん何必死に笑い堪えてんだ。いっそ笑え。

 

 

何とか謝り倒してハーゲンダッツで手を打ってもらった。ハーゲンダッツで済んでよかった。ナイス俺の才能。

 

 

「…さあ、行こうか」

「………ふふっ」

「まだ笑ってんのか君は!!俺の返事しか聞こえてないくせに!!」

「いえ、天童さんの返しと、あと、顔が…」

「顔ッ!!!!!!」

 

 

変顔してたのは認めるけどさぁ!!人から恨みを買わないキャラとしてネタキャラを演じ続けてきたのが、いつのまにか素になってたんだよしょうがないでしょもー!!

 

 

散々笑われながら家を出て、今度は希ちゃんの家に向かう。さっきまで爆笑してたくせに、途中からは黙ってしまった。俺も何も話せなかった。何を話せばいいかわからん。頑張れ俺の才能。こういう時に活用するもんだろ。話せないならせめて未来予測だ未来予測。俺の十八番だろ。ちくしょう頭回んねーな。

 

 

随分長く歩いた(気がする)後、もうすぐ希ちゃんの自宅というところでやっとわずかに未来が読めた。そのままでは気に入らない結末になるのもわかった。一回くらい、希ちゃんの願いも叶えてやりたいところだ。

 

 

その手段を探るのにまたしばらくかけ、ちょうど希ちゃんが住むマンションの一室にたどり着いた時にようやく思いついた。

 

 

「…あの、私の家、ここなので…」

「お、おう。…なあ、希ちゃん」

「はっ、はいっ」

「何でそんな緊張してんだよ。…あのさ、君がμ'sにいられるのもあと少しなんだ。一回くらい、みんなにわがまま言ってもいいと思うぜ?」

「…そんなの…」

「まあ遠慮するわな。じゃあ…そうだな、来月にはラブライブ最終予選あるんだし、()()()()()()()()()()()()()()既存の曲より初見の曲の方が印象に残るだろうしな」

「ええっ?!そんな、今更新曲を作るなんて…」

「君らなら1ヶ月あれば余裕もいいとこだろ。…まあ、どうするかは自由だけどさ。()()μ()&()#()3()9();()s()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ら、らぶそんぐ…」

「…君はいつもの余裕綽々の調子はどこ行ったんだ」

「ぅぅ、うううう!!」

「痛っなんだ?!何故殴る痛っ!!」

 

 

即興のシナリオに希ちゃんを乗せるための助言をしたら、なぜかぽかぽか殴られた。なんだ可愛い…いや何でもない。

 

 

「まったく…、とにかくっ。一回くらいわがまま言ってみろ。友達を信用してみなさい。…じゃあ、俺はもう帰るから」

「あ、あのっ」

「何だまだなんかあるのかー?!」

 

 

このままだと埒があかないので、名残惜しいがさっさと去ることにする。しようとしたのに呼び止められた。何だよもうこのままだと朝までここに居座っちゃうぞ。無くはない。いや無いわ。

 

 

当の希ちゃんはまた顔を赤くしてもじもじしていた。いいぞもっとやれ。あっちょっと待った今のナシ。変態みたいに聞こえる。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、その…」

「…」

「………………えっと、その、あの、か、鍵…うちの鍵、そこの植木鉢の下に、あるので…」

「……………………………はい?」

「なっなんでもないです!!!!さよなら!!!」

 

 

 

 

 

 

鼻先でバタンっと玄関のドアを閉められてしまった。

 

 

…今のは、今度はうちに来いということだろうか。

 

 

何をさせられるんだ。

 

 

軽く恐怖を覚えながら家に戻っている途中に、希ちゃんからメールが来た。

 

 

『さっきのは忘れてください。』

 

 

そう書いてあった。

 

 

「…」

『イヤです』

 

 

そう返事した。

 

 

そしたら怒涛の如き長文の文句が来た。めちゃくちゃ誤字が多いあたり、相当焦って恥ずかしがって送ってきたと見える。

 

 

うむ、もう誤魔化さないでおこう。

 

 

この子めちゃくちゃ可愛いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さっきのは忘れてください。』

「…」

『イヤです』

「〜〜〜〜っ!!もうっ!!!」

 

 

別れ際に、少し寂しくなっちゃって、つい変なこと言っちゃった。恥ずかしくなってメールしたらまたいじわるな返事が来た。余計恥ずかしくなっちゃってぽぽぽぽぽって思いつく限りの文句を打ち込んで送りつけた。よく見たらいっぱい誤字しててもっと恥ずかしくなった。

 

 

もう今日はダメな気がするから、お風呂でシャワーだけ浴びてすぐ寝ちゃおう。そう思ってお風呂に向かい、服を脱ごうとしたところで、まだ手首に縄の跡が残ってるのに気がついた。

 

 

…天童さんが来なかったら、この程度じゃ済まなかった。もっと色々失っていた。まだこの跡を見ると恐怖で震えるけど、多分この程度の跡なら明日には消えてる。それに、恐怖よりも愛しさが溢れてた。

 

 

天童さんなら13人が相手でも「絶対勝てる」っていう脚本をなぞれば喧嘩も勝てるんやろうけど、どんな脚本があったってそう簡単に喧嘩に勝てるわけない。

 

 

マグネシウムを燃やすと強い光を出すっていう知識。13人の目線を集める技。そして視界を失って暴れ回る人たちを速やかに無力化する力。色んな前準備が、どんな事態を強制されても乗り切れるような備えがないとできないことだった。

 

 

きっと幼い頃からたくさん勉強して、たくさんトレーニングして、今まで生きてきたんだと思う。不断の努力と強い意志、そういうものが天童さんを形作っている。

 

 

それなのに、あの人はきっと、自分ができることを誇るより先にできなかったことを見て悲しんでいる。

 

 

なんて、不器用なんだろう。

 

 

私も人のこと言えないけど。

 

 

そんな不器用さが愛しくてたまらない。

 

 

「はぁ〜…もしかしてうち、相当重症なんじゃ…」

 

 

シャワーを浴びている間もずっと天童さんのことを考えてる。ああん、もう、にこっちのこと笑えなくなるやん。恋するって、こんなに恥ずかしくて、会えないのがつらくて…でも、つい顔が緩んじゃうくらい、幸せなことなんやね。

 

 

「…それにしても、ラブソング、かぁ」

 

 

シャワーを止めて体を拭き、パジャマに着替えてドライヤーで髪を乾かしながら呟く。今ラブソングなんて考えたら天童さんいっぱいのラブソングになっちゃう。だめだめそんなの恥ずかしい。

 

 

髪を乾かし終わって、歯を磨いて、電気を消してお布団に飛び込む。もう時間も遅いからか、すぐ眠くなってきた。

 

 

「ラブソング…天童さんにラブソング…えへへ」

 

 

ラブソングって言葉だけでなんだかにやにやしちゃう自分に気がついて、一旦起き上がってほっぺたをぺしぺし叩いて表情筋を戻してもう一度お布団に潜る。

 

 

うん、言ってみるだけ。

 

 

みんなに言ってみるだけなら、やってみてもいいかも。

 

 

そう思いながら、結局にやにやしたまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ………て、天童さん………待って……」

「大丈夫、優しくするから…。さあ、いくよ…」

「あっ、あっ、ああっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っだああああああああああ!!!!」

 

 

 

「ひゃああああ!!!」

 

 

 

「はっ…夢か…。はぁ…危ねぇ、色々危ねぇ。………出てないよな?うん、出てない。ちょっと夢精はよろしくない。恥ずかしい。あーもー朝っぱらから変な気分だなあオイ!!!」

 

 

 

「ゆ、夢かぁ…。わ、私…なんて夢を…やぁん…私、そんなはしたない子じゃないもん…」

 

 

 

「ちくしょう予定より早く起きてしまったじゃねーか!!よしこういう時は筋トレだ!筋肉が全てを解決する!よーしスクワットしながらシナリオに修正をかけるぞ…。この筋トレぶんの影響を直さねば!!いや今の夢を記録しといて夜のお供に…いやダメだ!希ちゃんはそういう不浄な目で見てはいけない!いや見たいけどさあ!!誰に弁明してんだ俺はちくしょうバーカバーカ!!」

 

 

 

「はうぅ…。だ、だめだめ!顔洗って朝ごはん食べよ…!夢なんてすぐ忘れるから大丈夫…だと思う!うん、何もなかった、うちは何も見なかったよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知る由もないが。

 

 

俺と希ちゃん、その日の夜は同じような夢を見たらしかった。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

終盤で察しがついた方もいらっしゃるかもしれませんが、スノハレ編に入る前にこのお話を入れておきたかったんです。だからアニメ2期に入ってからやたら天童さん出番多かったんです。
というわけで天童さんと希ちゃんが(ほぼ)くっつきました。希ちゃん実はこのくらい照れ屋で純情なんじゃないかと勝手に思ってます。

天童さんのテーマは「愛情」です。希ちゃんのお相手を考えるにあたって、希ちゃんの掴み所のなさを上回り、かつ希ちゃんの助けを必要とするような男性を考えたらこうなりました。あと、ご都合主義的な「絡まれてるところに偶然通りかかる」っていうのはつまらなかったので、「全部知ってて止めに入る」形で助けるのを書きたかったので、掴み所のない天童さんにその役目が回ってきました。いい感じに胡散臭い人になってくれたと思います。
ちなみに設定を細かく考えた男性陣第3位です。第2位は波浜君で、第1位は…ナイショです。天童さんはだいたい何でもアリだと思ってるので設定盛るのが楽でした。ネタキャラですし。

とにかく、天童さんについてはまだちょっと謎もありますが(名字の由来とかご両親とか)、恋愛的には波浜君に続いてほぼ完了です。次は誰と誰がくっつくのか…楽しみですね!!

というわけで次回は本編に戻ります。アニメ2期も後半くらいでしょうか?残りも頑張ります。


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カメラは衝動買いするもの



ご覧いただきありがとうございます。

長い天童さん編を超えて、やっと本編に合流しました。正直アニメ二期中にオリジナル話で言いたいことはだいたいやりきったので、残りは本編まっしぐらだと思います。
多分。
おそらく。
きっと。
とにかく今回からスノハレ編なのです。


といつわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

僕らは今、大きなホールにいる。

 

 

何でかって?

 

 

「それでは!!最終予選に進む最後のグループを紹介しましょう!!!」

 

 

そう。ラブライブ最終予選前のインタビュー的なあれだ。当然A-RISEもいらっしゃる。僕と創一郎は舞台袖。そりゃね。僕らはマネージャーだからね。

 

 

っていうかわざわざこんな広いところ使わなくてもいいと思うんだけどね。テレビの中継もしてるみたいだし、注目度高いんだね。

 

 

あとレポーターさん相変わらずテンション振り切ってるね。天童さんよりやかましい。やかましいとか言っちゃいけないわ。

 

 

「音ノ木坂学院スクールアイドル!μ'sです!!」

 

 

紹介されるとともに歓声。そしてシャッター音。こういうの直に見ると相当人気出てるのがわかるね。にこちゃんすごい。いやみんながすごいのか。でもにこちゃんもすごい。

 

 

とはいえ、他のスクールアイドルの人気もすごい。残りのグループも紹介されるたびに大歓声かつシャッターの嵐。観客の皆様は全員どのグループでも歓声あげてんじゃないのこれ。

 

 

「この4組の中からラブライブに出場できる1組が決まります!!」

 

 

テンション高いレポーターさんが宣言すると、歓声も収まった。大歓声を封じ込めるテンションしゅごい。

 

 

「ではまず最初に、1組ずつ意気込みを言ってもらいましょう!まずはμ'sから!」

(何故最初なんだ)

(所属学校の五十音順じゃないの)

 

 

創一郎が小声で文句言ってるけど、最初だとなんかまずいのかな。

 

 

まあ正直穂乃果ちゃんが変なこと言わないか心配ではあるけど。でも多分あの子順番関係なく変なこと言うんだよね。

 

 

「はっ、はいっ!わ、私たちはラブライブで優勝することを目標にずっと頑張ってきました!」

 

 

ちょっと緊張してるけど、変なことは言ってないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですので!私たちは絶対優勝します!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…変なこと言ったね。

 

 

そんな気はしてた。

 

 

創一郎は隣で眉間抑えてた。

 

 

前回優勝者がお隣にいるのによく言うよ。

 

 

「あ、あれ?」

「す、すすすすす凄い!いきなり出ました優勝宣言です!!」

 

 

一瞬レポーターの人もびっくりしてたじゃんね。会場もなんかざわざわし始めたし。ギャンブルしなきゃ。ある意味穂乃果ちゃんに喋らせた時点でギャンブル感はある。耳は賭けないけど。

 

 

A-RISEの方々はにやにやしてるけど、他のグループの人も面食らってるし。勢いで言うもんじゃないよ穂乃果ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何堂々と優勝宣言してんのよ!!」

「い、いやぁ…勢いで…」

「勢いで言うもんじゃないよ」

 

 

翌日の放課後、部室でミーティングしようとしたらにこちゃんが穂乃果ちゃんにお怒りだった。まあそうなるよね。

 

 

「でも、実際目指してるんだし問題ないでしょ」

「さすが戦ったら負けない系お嬢様、勝利宣言に慣れてらっしゃる」

「なによ!」

「でも確かに、A-RISEも言っていましたね。『この最終予選は本大会に匹敵するレベルの高さだと思っています』と」

「そっか…認められてるんだ、私たち」

「実際そうだろうな。関西や東海も規模はデカいが、正直東京には及ばない。京都の和系スクールアイドル『鏡花水月』、愛知の強豪『ハイペリオン』あたりの一強感が否めないしな」

「引くほど詳しい」

「それ以外でも北海道のスクールアイドル『ユカラ』や宮崎の『ローゼンフリューゲ』も見逃せません!!」

「こっちも詳しい」

 

 

東京が激戦区だというのは間違いないんだろう。予備予選だけで何組落ちてるのか不明なレベルだもの。それよりドルオタたちが引くほど詳しい。どこから情報仕入れてんだろうね。

 

 

「それじゃ、これから最終予選で歌う曲を決めましょう」

 

 

そういえば今日の本題それだったね。忘れそうだったわ。

 

 

流石に最終予選は無難に終えるわけにもいかない。しっかり考えて、強い意志で勝ちに行く。そのための選曲ミーティングだ。

 

 

「歌える曲は一曲だから、慎重に決めたいところね」

「勝つために…!」

「今までで人気があった曲はどうだろうね」

「『Wonderful Rush』か『夏色えがお』か『僕らのLIVE』あたりか?まあ安牌だろうが、夏色えがおは季節感が違うだろ」

「何でよ!!」

「にこちゃん、これは流石に致し方ない」

 

 

既に人気が出ている曲ってのは強いと思うんだけどね。流石にクリスマスに夏の曲やる気にはならないね。衣装も水着だしね。風邪ひいちゃう。

 

 

「私は新曲がいいと思うわ」

「おお、新曲!」

「面白そうにゃ!」

「予選は新曲のみとされていましたから、その方が有利かもしれません」

「新しさっていうのも一つの印象だしね、事と次第によってはかなり有利になるかもしれないよ」

 

 

新曲というのも確かにアリだ。当然練習とか大変だけど、このタイミングで未発表作品を繰り出せるというのはそれだけで大きなアドバンテージに見える。実際どうかは置いといて、「そう見える」ってだけで人の票は動くものだ。

 

 

「でも、そんな理由で歌う曲を決めるのは…」

「新曲が有利っていうのも、本当かどうかわからないじゃない」

「それにこの前やったみたいに、無理に新しくしようとするのも…」

「…あんまり得策とは思えねぇな」

「創一郎じゃないんだからそんなに悲惨なことにはならないでしょ」

「………」

「ごめんて」

 

 

実際、新曲を披露するのはリスクもある。だからここで反対意見が出るのも仕方ない。創一郎をいじったら落ちこんじゃったけど。すっごい落ちこんじゃったけど。そんなに落ち込む?

 

 

「どっちにしても、何を選んでも確実に勝てるとはならないか」

「じゃあどうすんのよ?」

「どうしよう。未知の可能性に賭けるか、心の安心を取るか。僕としてはチャレンジ精神を大事にしてほしいけど、それで負けちゃったら申し訳ない」

「茜が選んだら絶対勝てるわよ!!」

「信頼が重い」

 

 

そんな僕を全面的に信用しないの。嬉しくなっちゃう。

 

 

「例えばやけど」

 

 

そうしてみんなが首を捻っている時だった。

 

 

 

 

 

「このメンバーでラブソングを歌ってみたらどうやろうか」

 

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「ラブソング?!」」」」」」」」」

「うわびっくりした」

 

 

 

 

 

超びっくりした。みんな無反応かと思ったら大声出すんだもん。創一郎まで叫んでるもん。鼓膜しんじゃう。

 

 

「なるほど!アイドルにおいて恋の歌すなわちラブソングは必要不可欠、定番曲には必ず入ってくる歌の一つ!なのにそれが今までμ'sには存在していなかった!!」

「なるほど?」

 

 

早口すぎて半分くらい聞けなかった。

 

 

「とりあえずにこちゃんラブなら僕に任せぶぎゃる」

「何言ってんのよ!」

「悪いことは言ってないはず」

 

 

にこちゃんラブならたくさん書けるよって教えてあげようとしたのににこちゃんに止められた。止められたというか殴られた。痛いよ。

 

 

「でもどうして今までラブソングって無かったんだろう?」

「それは…」

 

 

穂乃果ちゃんの疑問に答えるのはことりちゃんの視線。その先には海未ちゃん。僕らの作詞者。多分恋愛経験ゼロ。多分ね。あと恥ずかしがり屋。愛を囁くなんてとんでもない。

 

 

そりゃラブソングなんて書けないね。

 

 

「な、何ですかその目は!!」

「だって海未ちゃん、恋愛経験ないんやろ?」

「あったらびっくりだよね」

「何で決めつけるんですかっ!」

「じゃああるの?!」

「あるの?!」

「何でそんな食いついてくるんですか…?!」

「あるの?!」

「あるにゃ?!」

「あるの?!」

「あんのか?!」

「何であなたたちまで?!」

 

 

すごくリアクション激しい。そりゃね、気になるよね。でも創一郎まで過剰反応しなくてもいいんじゃないの。アイドルは恋愛禁止とかいうアレに則ってるのかな。

 

 

「どうなの?!」

「答えて海未ちゃん!」

「海未ちゃん、どっち?!」

「そ、それは…」

 

 

問い詰めすぎてむしろ答えにくい感じになっちゃってるよ。

 

 

「…ありません…」

「なんだぁ〜…」

「もう、変に溜めないでよ…ドキドキするよー」

「そりゃあんだけ詰め寄られたら答えにくいでしょ」

 

 

お可哀想に。

 

 

「にしても、今から新曲は無理ね」

「そうかな?君らなんだかんだいって1ヶ月あれば何とでもなるじゃん」

「そうよ。諦めるのはまだ早いんじゃない?」

「そうやね。曲作りで大切なんはイメージや想像力やろうし」

「桜も恋愛経験なくてもラブソング作るもんね」

「桜さん恋愛経験ないの?!」

「耳が」

 

 

新曲賛成派に絵里ちゃんと希ちゃんがいるのは心強い。影響力強いからね彼女ら。あと穂乃果ちゃんは音量下げようね。今日だけで耳にダメージくらい過ぎ問題。

 

 

「まあ、今までも経験してきたことだけを詩にしてきたわけではないですが…」

「でも、ラブソングって要するに恋愛でしょ?」

「どうやってイメージを膨らませればいいんだろう?」

「そりゃ僕とにこちゃんをふごっ」

「アイドルは恋愛禁止なのよ!!!」

「投擲も禁止にしてほしい」

 

 

まあ確かに身近に良いイメージが転がっていないジャンルでもあるね。僕とにこちゃんという見本があるとはいえ。でもそれを言おうとしたらにこちゃんにお菓子の箱投げつけられた。痛いよ。結構箱硬いやつじゃんねこれ。

 

 

「うーん、身近な経験があればいいんだけどね。創一郎なんか無いの?」

「無い」

「ノータイムで答えたね」

 

 

むしろ食い気味に答えたね。まあ無いよね。

 

 

「まあ仕方ないね。それなら自分たちで作ってみよう」

「作る?」

「うん。ちょうど一眼とビデオカメラを新調したとこだし、撮影会だ撮影会」

「お前カメラ持ってたのに何でまた買ってんだ」

「いや昨日のフラッシュの嵐見てたら買いたくなっちゃって」

「買いたくなっちゃってで買う代物じゃねぇだろ」

「お金持ちにゃ…」

「お金持ちだよ?」

 

 

自分で稼いでるからね。

 

 

それより、まずは場所を移動していい感じのシチュエーションを作ろう。台本を天童さんに作ってもらったら神作品ができそうではあるけど、そんなしょうもないこと頼めないからね。お金取られそうだしね。絶対取ってくるしね。

 

 

「でも、作るっていい考えやね。それじゃ移動や!」

「行動力の化身」

 

 

希ちゃんがノリノリで賛同してくれた。行動早いね。なんか今日ノリノリだね希ちゃん。わかる。みんなをいじれそうだからだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず廊下。

 

 

「あ、あの…受け取ってください!」

「…」

「…にこちゃんそんな睨まないで。僕カメラマンだから。花陽ちゃんがラブレター的なものを渡す相手の頭の中にいるホムンクルスだから」

「睨んでない!」

「あふん」

「カメラマン変わった方がいいんじゃないかしら…?」

「いやいやこんな面白げふんげふん大切な映像を他の人に任せられない」

「そうやでえりち。面白げふんげふん大切な映像を撮るんやから、プロに任せたいやん?」

「あなたたち…」

 

 

花陽ちゃんに告白シチュエーションをやらせている。カメラマンは僕。つまり花陽ちゃんは僕に向かってラブレター的な即興包装プレゼントを差し出しているわけだ。即興とはいえ僕が作った小道具だからガチだよ。デザインするだけなら誰にも負けないよ。

 

 

「…これでイメージが膨らむんですか?」

「そうや。こういう時咄嗟に出てくる言葉って結構重要よ」

「考えてひねり出した言葉よりも心情をストレートに表すからね」

「だからって告白紛いなことをさせるのは流石に気が引けねぇか…?」

「愉しいじゃん?」

「そのビデオカメラ握りつぶすぞ」

「ああん120万円がぁ」

「高っ!!!」

 

 

120万くらいで驚いちゃいけないよ。高いやつはそんくらいするよ。

 

 

「とりあえず次真姫ちゃんね」

「な、何で私が?!」

「いやツンデレ属性は欠かせないなって」

「誰がツンデレよ!!」

「真姫ちゃん」

 

 

茶番してても進まないので真姫ちゃんのターン。非常に需要の高いツンデレ属性は外せない。誰の需要かとかは気にしない。

 

 

「ツンデレなら私もできるわよ!!」

「自分で言っちゃうのにこちゃん。だいたいにこちゃんは最後だよ。僕はメインディッシュは最後までとっておく派なの」

「ふん!!」

「ふぐっ」

 

 

にこちゃんが激しい自己主張をしてきたけど、にこちゃんは最後までとっておくんだよ。だから殴らないで痛い。

 

 

一旦中庭に移動して告白シチュエーション撮影を続行。中庭っていいじゃんね、この自然がある感じ。風に揺れる草木と恥じらう乙女。いい絵が描けそう。

 

 

というわけで、よーいアクション。

 

 

「はいこれ。…いいから受け取りなさいよ!べ、別にあなただけにあげたんじゃないんだから、勘違いしないでよね!」

「…こりゃすごい。素でここまでど真ん中ストレートのツンデレが出るとは」

「パーフェクトです!完璧です!!」

「漫画で見たことあるにゃー!!」

「これがツンデレか…なるほど…」

「…創ちゃん今ちょっとにやけてたにゃ」

「にやけてねぇよ」

 

 

即興で台本も無いのに、360°どこから見てもテンプレなツンデレバレンタインが完成しちゃった。これ何かで使おう。

 

 

「ふん!何調子に乗ってるの?!」

「なっ、別に調子に乗ってなんか無いわよ!」

「にこちゃんジェラシーが噴出してる」

「してない!!」

「ぶへっ」

「じゃあ次にこっちやってみる?」

「ふふーん!まったくしょうがないわね!!」

「にこちゃんは最後にしたかったのに…」

「でもこのままだとにこっちのジェラシーが爆発しちゃうよ?」

「確かに」

 

 

既に爆発してるけどね。これを残りの6人分やってたら僕死んじゃうね。死んでしまうとはなさけない。

 

 

というわけで、今度はアルパカ小屋。アルパカさんは今お昼寝中だから大丈夫。にこちゃんの悪運パワーで起きるかもしれないけど。起きないよね?

 

 

そして、にこちゃんは後ろを向いて準備オッケー。うーん、演技とはいえ改めてにこちゃんに青春ガチ告白が来るとなるとドキドキしちゃう。いやそもそも演技じゃないかもしれない。少なくとも気持ち自体は演技じゃない。最高。僕ここで死んでもいい。やっぱやだ死にたくない。

 

 

ではよーいアクション。

 

 

「どうしたかって…分からないの?」

 

 

…わあ既に鼻血出そう。

 

 

外野からの視線は冷たいけど気にしません。そんな場合ではない。今ちょっと寿命を削るくらいの価値がある瞬間なの。

 

 

「ダメっ…恥ずかしいから見ないで…」

 

 

いえ見ます。超見ます。今この瞬間のにこちゃんを見ないでどうするの。録画するまである。いや今録画してるわ。ぐっじょぶ僕。

 

 

「もぅ…しょうがないわね、ちょっとだけよ…?」

 

 

髪を解いてこっちを向くにこちゃん。うーんこれはやばい。ツインテにこちゃんも可愛いけど、髪下ろしにこちゃんも可愛い。何気に髪長いしね。サラサラ黒ロング。カメラマンじゃなかったらノックアウトされてた。

 

 

「髪、結んでない方が好きだって言ってたでしょ?…だから、あげる。にこにーから、スペシャルハッピーなラブにこ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…きゅう」

「えっちょっと茜どうしたの?!」

「なんか鼻血出して倒れたぞあいつ。大丈夫か」

「メンタルが耐えきれなかったんやね…」

「どんだけ好きなんだ」

「ま、まあ…あれはあれで青春…かもしれない…わよ?」

「そうなんでしょうか…?」

 

 

カメラマンだけどノックアウトされた。

 

 

ちょっとにこちゃんの尊さに耐えきれなかった。無理だわ。そんなちょっとセクシーアダルトなにこちゃん出されたら僕死んじゃう。現に半分くらい死んでる。涅槃寂静。天上解脱。さらば穢土。僕にこちゃんの守護霊になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とか復活して残りのメンバーも撮ったけど、みんなのイメージは膨らまなかったらしい。僕の死に得じゃん。すごく得した。毎日あの映像見よう。映像なら鼻血出ないし。多分。

 

 

「何も決まらなかったねー…」

「難しいものですね…」

「僕ら参考にならなくてごめんね」

「茜とにこはちょっと特殊だから仕方ないわよ」

「ちょっと…?」

「ちょっとかなぁ…?」

「自分たちで疑問持たないで」

 

 

僕とにこちゃんはハイパー特殊ケースだよ。

 

 

「やっぱり無理しない方がいいんじゃない?次は最終予選よ」

「そうですね。最終予選は今までの集大成…今までのことを精一杯やりきる、それが一番大事な気がします」

「私もそれがいいと思う」

「うん…」

「今の段階で取っ掛かりもないのにチャレンジすることじゃねぇとは思う。俺も既存曲派だな」

 

 

真姫ちゃんの発言に海未ちゃん、ことりちゃん、花陽ちゃん、創一郎が賛同した。まあ実際、ここで無駄に時間使っちゃうのは得策じゃない気はするね。

 

 

 

 

 

だけど。

 

 

 

 

 

「でも、もう少し頑張ってみたい気もするわね」

「おや珍しい。安全策の既存曲は反対派?」

「反対ってわけじゃないけど…でもラブソングはやっぱり強いと思うし、それぐらいないと勝てないと思うの」

「そうかなぁ…」

「そりゃそういう面もあるだろうが…」

「難しいところですね」

 

 

珍しく絵里ちゃんが、どちらかというと不安定な方を推してきた。そう、珍しく。基本的にはいつも無茶な手は避けるように動く子なのに。μ'sが9人揃う前もそうだったし。いやハロウィンの時は知らないけど。

 

 

…なんか怪しいぞ。

 

 

「それに、希の言うことはよく当たるから」

「実際当たるからホラーだよね」

「ホラーではないでしょ」

 

 

スピリチュアルパワーに洗脳されてんのかな。

 

 

「じゃあ、もうちょっと考えてみようか」

「私は別に構いませんが…」

「それじゃあ今度の日曜、みんなで集まってアイデア出し合ってみない?資料になりそうなもの、私も探しておくから」

「じゃあ僕秘蔵の映像作品もっさり持ってくね」

「もっさり…?」

「それはいいけど、映像作品なんてどこで見るのよ?茜の家?」

「別にいいけど、油絵の匂いでいっぱいだよ」

「じゃあ私の家!」

「そんな軽々しく決めていいのかよ」

「聞いておく!」

「それでいいのかって聞いてんだよ」

「まあいいじゃない。暫定で穂乃果の家に集合ってことにして、ダメだったらまた考えましょう。希もそれでいいわよね?」

「…え?そ、そうやね」

 

 

資料持って行っていいらしいので、個人的に集めてた芸術点の高い作品をいくらか持ってこう。あと天童さんの作品。僕の家のテレビは大きいけど、家ごとアトリエになってるからすごく匂うよ。油絵がいちばんキツいけど、水彩絵の具もアクリル絵の具もクレヨンもあるし、墨もあるし銅版画用の銅版とか防腐剤とかその他もろもろあるから人によっては辛いよ。

 

 

まあそれはそれとして。

 

 

今の僕は、反応が遅れた希ちゃんを見逃さないよ。

 

 

絵里ちゃん自身も希ちゃんに言及してたしね、これは希ちゃん関係で何かあるな?

 

 

まあ、真姫ちゃんもなんか勘付いてたし、また今度意見聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おかしい」

「誰の頭の話だ?」

「頭の話じゃないわよ!っていうか何で誰かの頭がおかしい前提なの?!」

「絵里ちゃんのことじゃないかな?」

「絵里はまだ頭おかしくない方だろ」

「だから頭じゃない!態度の方よ!だって変じゃない?!絵里があそこまで率先してラブソングに拘るなんて!」

 

 

帰り道、同級生達を送っている時に真姫が口を開いた。急に「おかしい」とか言い出したから頭の話かと思った。

 

 

「それだけラブライブに出たいんじゃないかな?」

「だったら逆に止めるべきよ!どう考えたって今までの曲をやった方が完成度は高いんだし」

「それはお前らの頑張り次第だと思うが…まあ、一般的にはそうだろうな」

「じゃあ、希ちゃんの言葉を信じてるとか?」

「あんなに拘るところ、今まで見たことある?」

「…確かに無いかもな」

 

 

言われてみれば、今回の絵里はやたら希の発案に拘っているように思える。普段から希を信頼している様子ではあるが、ここまで希の意見を特別視したことはなかっただろう。

 

 

何か理由がありそうだな。

 

 

「じゃあ何で…」

「それはわからないけど…」

「はっ!!もしかして…『悪かったわねぇ、今まで騙して』とか!!」

「無ぇよ」

「あの3人に絵里ちゃんが加わったら絶対勝てないにゃー!!」

「無ぇよ」

「そうよ、何想像してるの。あるわけないでしょ」

 

 

絵里がA-RISEに入るわけないだろ。学校違うじゃねぇか。スクールアイドルのシステム上無理だ。「各高校のアイドルグールプ」だからな。

 

 

「しかし、だとしたら何だ?何の理由もなくペースを乱すタイプじゃねぇはずだが」

「そうね…わからないけど、理由がある気がする」

「そうそう何事にも理由があるのさ少年少女!!っと一撃、二撃、三連撃を華麗に避けていくぅう!!!」

「…また出てきたんですか天童さん」

「避けたはいいけど拳を掠めた髪がちょっと切れてません?何?髪の柔らかさを超えるスピードの拳なの?」

「何しに来たんすか」

「あっはいノーコメントなんですねわかります。わかルマン」

 

 

相変わらず突然後ろから声をかけてきた天童さんに、振り向きついでに裏拳、続いて左と右の蓮撃を見舞ったが全部避けられた。この人の身体能力どうなってんだ。

 

 

「別に大した用があるわけじゃねえよ。ちょっとした助言さ」

「怪しいです」

「何で俺こんなに信用低いの??」

「絵里ちゃんのこと、何か知ってるんですか?」

「ふふーん当然よ。この俺様を誰と心得る花陽ちゃんよ!天上天下唯我独尊大胆不敵な天童さんだぜ?」

「で、助言ってなんすか」

「伯方の塩もびっくりの塩対応…」

 

 

くだらないこと言ってないで早く要件を教えろ。

 

 

「何、大したことじゃない。()()()()()()()()()()()()()ってだけの話さ。…特に3年生はな。にこちゃんは茜がいるから放っておくにしても、絵里ちゃんと希ちゃんはそうもいかないかもしれないだろ?」

「「「「…」」」」

「あれっ思ったよりしんみりしちゃった」

 

 

そうか。

 

 

あまり意識していなかったが、よくよく考えてみればもう卒業まで半年も無いんだよな。

 

 

何か、それまでにやりたいことがあるのかもしれない。…何かはわからないが。ラブソングが歌いたかったのか?希と絵里で揃って?わからん。

 

 

「まあ、君らも心に留めておきな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…」

「そんなにしんみりしなくてもいいじゃんよー。あんまりボーッとしてるとお兄さんスカートめくっちゃぞ食らえ真姫ちゃああああだだだだだだ!!!」

「何してんだコラ」

「人の頭はボールみたいに掴むもんじゃありませんー!!!」

 

 

…調子に乗った天童さんが変なことしようとしやがったから粛清しておいた。

 

 

まあ、絵里のことは日曜に聞くか。…聞けるタイミングがあったら。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

お金持ちの波浜君。そしてにこちゃんの告白(もどき)にノックアウトされる波浜君。本気で告白されたらどうするんでしょうか。
のぞえりコンビの違和感には滞嶺君も波浜君もバッチリ気がついたようです。さあ、彼らはどうするのか!!


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幻想のハレーション



ご覧いただきありがとうございます。

今回は前回に引き続き本編希ちゃん話です。切りどころがわからなくて10,000字超えました。気合い入っちゃいましたね!!そういうことも稀によくあります。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「好きだ!愛してる!!」

「何でそんな勇ましいのさ」

「うあーん!こんなんじゃないよねー!!」

「ま、まあ…間違ってはないわね…」

「でも創一郎の告白みたいになってるよ」

「ああん?」

「痛い痛い」

 

 

というわけで穂乃果ちゃんの家に来たのだ。

 

 

まずは演技してみようということになったので穂乃果ちゃんにやらせてみた。そしたらこうなった。知ってた。とても男らしいド真ん中ストレートだ。益荒男みを感じる。創一郎みたいだ。そう言ったら頭掴まれた。痛いよ。僕の頭はボールじゃないよ。

 

 

「はぁ…ラブソングって難しいんだねぇ…」

「ラブソングは結局のところ、好きという気持ちをどう表現するかだから…ストレートな穂乃果には難しいかもね」

「まあ最終手段として僕がにこちゃんへ告白するんぎゃっ」

「ストレートというより単純なだけよ」

「人の顔に拳を叩き込んでおいてなんでそんな何事もなかったみたいな顔してるのにこちゃん」

「と言ってるにこっちもノートも真っ白やん」

「こ、これから書くのよ!!」

「無視かい」

「真っ白?なんか前のページはいっぱい書いてあるが」

「え?ほんとやね。何が書いてあるのー?」

「ばっ、やめなさい!何でもないわよ!」

「そうだよどうせ僕への愛が溢れてへぶっ」

「あ!ん!た!は!!!」

「痛い痛い死んじゃう」

 

 

図星だったらしいよ。嬉しい。こうなったら僕もにこちゃん観察日記を引っ張り出してくるしかない。黒歴史だけどさ。あれほんとにどうしよう。

 

 

とりあえず馬乗りになってボコボコ殴ってくるのはやめて。とてもいたい。あとなんか見た目が騎乗位げふんげふん今の無し。

 

 

「とりあえず、演技は役に立たなさそうだし、恋愛映画でも見るかい?色々持ってきたよ」

「何でそんなにあるのよ」

「僕自身が参考に集めたものと、天童さんの作品と、天童さんのお気に入り作品を押し付けられたのと、桜のおすすめ(音楽が)を押し付けられたもの」

「半分くらい押し付けられたものじゃないの」

「そんなことないよ。8割くらいだよ」

「もっと多いじゃないの」

 

 

仕方ないじゃん。天童さんがバンバン送ってくるんだもん。

 

 

「ローマの休日でも見るかい」

「なんでチョイスがそんな古いのよ」

「ローマの休日舐めちゃいけないよ。名作なのだよ」

「茜くんの意外な趣味が…」

「いや芸術家なんだからむしろ好きそうじゃねぇか」

 

 

ローマの休日すごいのだよ。オードリー・ヘップバーンだよ。いや女優さんそのものはどうでもよくてね。やっぱりイタリアの街は良いよ。その見せ方もね。魅せ方と言うべきかな。とにかくいいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、部屋を暗くしてシアターさながらの鑑賞会開始。テレビの画面大きいの羨ましい。今度買おう。デジ絵が描きやすそう。あれっそれテレビじゃなくてモニターでいいじゃん。

 

 

「うぅ…」

「ぐすっ…」

「かわいそう…」

(めっちゃハマってくれてる)

(約3名を除いてな)

(穂乃果ちゃんと凛ちゃんが寝るのはわかってたからいいとして、海未ちゃんは何してんの)

(知るか)

 

 

絵里ちゃんとことりちゃんと花陽ちゃんが超泣いてる。ほらね。白黒世代も舐めたもんじゃない。素敵な映画だよ。ほら創一郎も泣け。

 

 

「ううぅぅ…何よ、安っぽいストーリーねぇ!!」

「ほらにこちゃんハンカチ」

「泣いてなんかないわよぉ!!」

「ぐぇ」

「…お前ほんと不憫だな」

「遂に憐れみをいただいてしまった」

 

 

にこちゃんは文句言いながら号泣してた。ハンカチ差し出したら殴られた。ひどい。そんな光景をまともに見てるのは希ちゃん、真姫ちゃん、創一郎だけ。一応泣いてる子たちは映画見てるからいいか。寝てる子とか見てない子とかいるし。

 

 

いやなんで見てないの。

 

 

海未ちゃん。

 

 

「ところで海未ちゃんは何してんの」

「うううう…」

「何で隠れてるの?怖い映画じゃないのに」

「そうよぉ…こんな感動的なシーンなのにぃ…」

「泣きすぎでは?」

「結構人情に弱いよな絵里」

「分かってます!!けど、恥ずかしい…!!」

「恥ずかしいってお前…」

「はっ!」

 

 

どうやら海未ちゃんはラブシーンが恥ずかしい様子。耐性なさすぎでは?今度椅子に縛り付けて濡れ場でも見せてやろう。後で殺されそうだからやっぱやめとこ。

 

 

で、海未ちゃんが目を向けたテレビの画面では今まさにキスシーンであった。マジでキスする5秒前だ。MK5。なんか銃の名前みたい。

 

 

それを見た海未ちゃんは…。

 

 

 

 

 

「うわあああああああ!!」

 

 

 

 

 

なぜか叫んでテレビを消し、電気をつけた。叫ぶ必要あったの今。っていうか一番肝心なところを放棄しちゃってまったく君は。何のための映画鑑賞なのさ。にこちゃんの泣き顔見るためだよ。違うわ。

 

 

「恥ずかしすぎます!!ハレンチです!!」

「そうかなぁ」

「そうです!!そもそもこういうことは人前ですべきことではありません!!」

「映画だから人前というかカメラ前なんだけどね」

「つーかキスくらいで何うろたえてんだ」

「じゃあ創一郎誰かにキスしてきてぶぎゃっ」

「殺すぞ」

「死ぬかと思った」

 

 

海未ちゃん映画でも恥ずかしいのはダメなのね。PVでは漏れなく投げキッスしてんのにね。あれ別に僕が指示してるわけじゃないんだけどね。自主的にやってるのにね。あと創一郎が余裕そうな顔してたから煽ったら拳が飛んできた。穂乃果ちゃんの家だから加減されてるとはいえ軽く吹っ飛んだ。これほんとに死んじゃう。

 

 

「ほぇ?」

「終わったにゃ…?」

「穂乃果ちゃん、開始3分で寝てたよね…」

「ごめーん、のんびりしてる映画だなって思ったら眠くなっちゃって…」

「開始3分でそんなデッドヒートする映画なんてないよ」

「察してやれ。映画とか向いてねぇんだよこいつら」

「「ひどい?!」」

 

 

うん、映画向いてないってのはひどい。きっとアンパンマンとかだったら見るよ。僕の方が酷い?そんなことないよ。

 

 

「なかなか映画のようにはいかないわよね。じゃあ、もう一度みんなで言葉を出し合って

 

 

 

 

 

「待って」

 

 

 

 

 

結局振り出しに戻りそうになった話を、真姫ちゃんが止めた。この子今日初めっから目つき悪かったもんね。いつも悪いって?いつもより悪かったんだよ。

 

 

「もう諦めた方がいいんじゃない?今から曲を作って、振り付けも歌の練習もこれからなんて…完成度が低くなるだけよ!」

「でも…」

「実は私も思ってました。ラブソングに頼らなくても、私たちには私たちの歌がある」

「そうだよね…」

「相手はA-RISE。…下手な小細工は通用しないわよ」

「むしろ逆効果になりかねないぞ。無理はできるときにするもんだ、できないことは無理をしてもできん。…今の状況で、ラブソング作りが順調に進むとは思えないな」

 

 

結構新曲反対派が出てきた。なんだかんだ言ってみんな安牌を選びたかったらしい。珍しく絵里ちゃんが率先してチャレンジ精神出してきたからつきあってみた、くらいの気持ちだったのかもしれないね。

 

 

「でも

「確かにみんなの言う通りや。今までの曲で全力注いで頑張ろ?」

「………希?」

「今見たら、カードもそれがいいって」

「待って、希…あなた…」

「ええやん。一番大切なのは、μ'sやろ?」

 

 

絵里ちゃんの言葉を遮って、希ちゃんが反対派を支持した。言い出しっぺが寝返ったらもう新曲を無理に考える必要もない。

 

 

 

 

 

けど、残念ながら僕らをナメてはいけない。

 

 

ちゃんとわかってる。希ちゃんの急な方針転換、絵里ちゃんの動揺。そういうのが「何かある」ことをバッチリ教えてくれた。見た感じ真姫ちゃんと創一郎も気づいたみたいだ。

 

 

「何かあったの?」

「ううん、何でもない。じゃあ今日は解散して、明日からみんなで練習やね」

 

 

何でもないわけあるかい。

 

 

最近あんまり活躍してなかったし、そろそろマネージャーの本領を発揮しなきゃだよね。そう、僕マネージャーなんだよ。忘れ去られてそう。

 

 

っていうかまだ歌う曲決めてないから練習できないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーねー!!」

「ばいばーい!!」

 

 

というわけで解散。穂乃果ちゃんの家から出て、にこちゃんと一緒に他のみんなから離れる。

 

 

「というわけでにこちゃん、悪いけど先帰っててもらっていい?」

「なんでよ!!」

「ぶぎゃる」

 

 

ノータイムで拳繰り出すんじゃないよ。

 

 

「ふぐっ、にこちゃんも何となく気付いたでしょ。希ちゃんと絵里ちゃん、何かしら隠してるよ」

「…」

「…にこちゃん、前に僕から卒業するとか言ってなかったっけ」

「言ったけど!…言ったけど、やっぱりちょっと…」

「ジェラシー感じちゃう?」

「そうよ悪い?!?!」

「あふん」

 

 

珍しく素直な返事が返ってきた。相変わらずにこちゃんは僕が大好きらしい。嬉しい。嬉しいけど僕もやんなきゃいけないこともある。たまにはにこちゃんの手を離さなきゃ。

 

 

僕だってにこちゃん好きだけど。

 

 

だからって今の僕は悩んでる仲間をほっとけない。

 

 

「大丈夫。きっと後でにこちゃんも呼ぶから」

「私呼んでどーすんのよ」

「どうしようね」

「何も考えてないじゃないの!!」

「ぶぇ」

 

 

そりゃ何も考えてないよ。天童さんじゃないんだから。

 

 

でも、きっとにこちゃんは必要になるよ。

 

 

だって、みんなで新曲を作るのに何か理由があって、それが絵里ちゃんや希ちゃんのことに関係あるなら。

 

 

もう何が何でもみんなで新曲作らなきゃいけなくなるからね。

 

 

「何も考えてないけど、僕はみんなを助けるよ」

「…」

「だから、待ってて。全部助けたら、それか全部助けるために、必ず迎えにいくから」

 

 

まあ、最終的にはにこちゃんなんだけどね。

 

 

「………何よかっこつけちゃって」

「だってにこちゃんの前だしうぐぇ」

 

 

正直に答えたら首しめられた。死ぬ死ぬ。

 

 

「…早く行ってきなさいよ」

「行く前に逝きそうなんですが」

「なんでよ!」

「にこちゃんが首絞めてるからだよ」

 

 

苦しいよ。にこちゃんヤンデレモードなの?悪くない。良くもないけど。

 

 

やっと首から手を離してくれたにこちゃんは、呆れたような微妙な表情の笑顔を浮かべてた。ごめんね。

 

 

「…行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 

 

それだけ言って、来た道を引き返した。なんか家族みたいなやりとりだ。準家族みたいなもんだけど。

 

 

ごめんね、ちょっとだけ待ってて。天童さんじゃないけど、僕なりに全力でハッピーエンドを目指すから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで走って追いかけた。

 

 

そう、走った。

 

 

「…ゔぇほっ、げほっ…はぁ、ひぃ」

「あ、茜?」

「…何してんだお前は」

 

 

追いかけてたら、同じくのぞえりコンビを追っていたらしい真姫ちゃんと創一郎に遭遇した。これはラッキー。連れてって。僕死にそう。死ぬ。

 

 

やっぱり走るもんじゃないね。

 

 

「はぁ、はぁ…の、希ちゃんと、絵里、ちゃん、追ってん、でしょ。ほら、はよ、連れてって」

「ほんとに体力ねーなお前」

「仕方ないわね…創一郎、お願い」

「おう」

「あっ待ってちょっと休憩ぐぶぇ」

「休憩してる時間なんて無ぇ。自分の体力の無さを恨め」

「鬼め」

「言ってろ。真姫も行くぞ」

「えっ私も?!ひゃあっ!!」

 

 

創一郎は即座に僕と真姫ちゃんを小脇に抱えてダッシュした。風圧がやばい。でも今までの最高速よりかなり抑えめだ。彼なりに加減してくれてるらしい。早いけどね。さっき原付追い越したけどね。バケモノめ。

 

 

ものの1分弱で前方を歩くのぞえりコンビに追いついた。早い。いや早すぎない?

 

 

「ま、待って!」

「真姫ちゃん…?創ちゃんと茜くんも…」

「こ、この状況で、よく、マトモな、リアクションが、できるね…ぐぇ」

「…何で投げたの…」

「流石にもう運ばなくてもいいだろ」

「真姫ちゃんはそっと下ろすのに僕は丸投げ」

「真姫は女の子だろ」

「男の子だからぞんざいに扱っていいわけじゃないんだよ」

 

 

真姫ちゃんが2人を呼び止めると、2人ともこちらを振り向いて立ち止まった真姫ちゃんと僕が抱えられてる光景を見てなぜ平然としているの。もしかして見慣れたの。見慣れるような光景じゃないよね。

 

 

「前に私に言ったわよね。めんどくさい人間だって」

「そうやったっけ?」

「ああ、言ったな。俺でも覚えている」

「なになに僕それ知らないんだけど」

「自分の方がよっぽどめんどくさいじゃない」

「…気が合うわね。同意見よ」

「いつものスルーですねわかります」

 

 

僕の知らないところで話が進んでるんだけど。僕いらなかった?てか絵里ちゃんは希ちゃん側なんじゃなかったの。真姫ちゃんと同意見でよかったの。

 

 

「まあスルーはもう気にしないけどさ、隠しごとは気にするよ。僕らにサプライズしようって雰囲気でもないし、何を隠してるのさ。僕らは仲間なんだから何だって言えばいいのに」

「…ふふっ、本気の茜くんに隠し事はできんね」

「本気も何も元はこういう性格なの」

「そうやとは思ってたよ。…立ち話もなんやし、うちの家に行こっか」

「何でそうなるの」

「いいから。ついてこればわかるよ」

 

 

何故か希ちゃんのお家に行く運びとなった。

 

 

何でさ。ご両親の許可は取らなくていいの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠慮せんと入って」

「お邪魔します」

「ん?この生活感…一人暮らしなんだね」

「…うん」

 

 

案内されて入った、とあるマンションの一室。ご両親は不在で…食器の数、椅子の使用感、部屋内の雑貨の数から考えて3人以上が生活する部屋ではないのはすぐにわかった。だって僕が一人暮らしだからね。僕の家は父さんが残した一軒家だし部屋の大半はアトリエになってるから希ちゃんのお家とは全然違う様子だけど。

 

 

しかし何で一人暮らししてるんだろうね。僕と同じようにお亡くなりになったのかね。

 

 

「子供の頃から、両親の仕事の都合で転校が多くてね」

「だから音ノ木坂に来てやっと居場所ができたって」

「その話はやめてよ。こんなときに話すことじゃないよ」

「…じゃあいつ話すことなのさ」

「っ…それ、は」

「ちゃんと話してよ。もうここまで来たんだから」

 

 

希ちゃんは、僕らに何かを知られるのを嫌がってるようだ。何かはわからない。でも、ここでスルーしたらこの先もずっと隠そうとするんだろう。

 

 

それはよくない。

 

 

希ちゃんもちゃんと幸せになってほしいからね。

 

 

「そうよ。隠しておいてもしょうがないでしょ」

「別に隠してたわけやないんよ。えりちが大事にしてただけやん」

「μ'sを結成した時からずっと楽しみにしてたことでしょ?」

「結成した時から?」

「随分と長いこと黙ってたもんだね」

 

 

話が見えないけど、希ちゃんが頑固なのと、絵里ちゃんは話したがっていることはわかる。

 

 

「そんなことない」

「希!」

「うちが、ちょっとした希望を持っていただけなんよ」

「いい加減にして!!」

 

 

なかなか話が進まない状況に真姫ちゃんがキレた。

 

 

「いつまでたっても話が見えない!どういうことなの希!!」

「そうだそうだー話が進んでないぞー」

「…茜が言うと全く緊張感を感じないわね」

「そう?」

 

 

僕だって真面目だよ。真面目だよ?

 

 

「…簡単に言うとね。夢だったのよ、希の」

「えりち!」

「ここまできて何も教えないわけにはいかないわ」

 

 

今度も絵里ちゃんが話しだした。希ちゃんは話したくなさそうだけど、なんでだろうね。

 

 

「夢?ラブソングが?」

「ううん、大事なのはラブソングかどうかじゃない。11人みんなで、曲を作りたいって」

「…」

「1人1人の言葉を紡いで、思いを紡いで、本当に全員で作り上げた曲。そんな曲を作りたい、そんな曲でラブライブに出たい!…それが希の夢だったの。だからラブソングを提案したのよ。うまくいかなかったけどね」

「そこでラブソングを選んだ理由が不明なんだけどまあいいか。そんならもっと前から言えばよかったのに」

「言ったやろ。うちの言ってたのは夢なんて大それたものじゃないって」

「じゃあ何さ」

「…何やろね」

 

 

たしかに、夢って言うほどのものじゃないね。普通に、「言えば叶う」程度の願望だ。にこちゃんのアイドル願望みたいに必死になって縋り付いてやっと叶うような難しい話じゃない。

 

 

「ただ、曲じゃなくてもいい。11人が力を合わせて何かを生み出せれば、それでよかったんよ。…うちにとっても、この11人は奇跡だったから」

「奇跡?」

「そう…うちにとって、μ'sは『奇跡』」

 

 

そう言って、やっと希ちゃんは自分のことを語り出した。

 

 

希ちゃんが自分のこと話すの初めてな気がするね。

 

 

「…転校ばかりで友達はいなかった。当然分かり合える相手も。…そんな時、初めて出会った子がいたんよ。自分を大切にするあまり、周りと距離を置いてみんなとうまく溶け込めない。ズルができない、まるで自分と同じような人に」

「誰だろうね」

「絵里に決まってんだろ」

「決まってるのね…」

 

 

そりゃね。μ'sに入る前の絵里ちゃんを知ってるからね。

 

 

「思いは人一倍強く、不器用な分、人とぶつかって…」

「だから声をかけたと」

「うん。その時からかな、関西弁を使い始めたのは」

「なんでそこで関西弁を選んだのさ」

「親しみやすい気がするやん?」

「本物の関西弁は割り込む暇もないよ」

 

 

過去に関西にも住んでたからこそなせる技なのかもしれないけど、わざわざ関西弁を使う必要はあったのかな。

 

 

「そのあとも、同じ思いを持つ人がいるのにどうしても手を取り合えなくて。真姫ちゃんを見た時も、熱い思いはあるけどどうやって繋がっていいか分からない…そんな子が、たくさんいた」

「にこちゃんもそうだもんね。並び立って同じ道を歩いてくれる仲間をどうしても見つけられなかった」

「そうやね。にこっちのことは前から知ってたけど…うちにもえりちにも、仲良くはなれても、助けてあげられなかった」

 

 

僕がのぞえりコンビと話すようになったのは3年生になってからだけど、にこちゃんは2年生の時にもう2人と仲良くなっていた。それでもにこちゃんは元気にならなかったし、大きく何かが変わってわけではなかったんだろう。

 

 

「そんな時、それを大きな力で繋いでくれる存在が現れた。思いを同じくする人がいて、繋いでくれる存在がいる。…必ず形にしたかった。この11人で何かを残したかった」

「…」

「確かに、歌という形になれば良かったのかもしれない。けど、そうじゃなくてもμ'sはもうすでに何か大きなものをとっくに生み出してる。…ウチはそれで充分。夢はとっくに…」

 

 

言葉が途切れた。

 

 

手に持つお茶の水面を見つめる希ちゃんは何を考えてるんだろう。

 

 

…いや、わかるよ。

 

 

だって、僕と希ちゃんは似ているから。自分の幸せより、みんなの幸せを重視するタイプだ。決定的に違うのは、その「みんな」に自分が含まれてるかどうか。僕は自分も幸せになろうとしてるけど、希ちゃんはそうじゃない。その違いは大きくて、僕の方は博愛と呼ばれ、希ちゃんの方は自己犠牲と呼ばれる。

 

 

僕も最近知ったことだけど。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…一番の夢はとっくに…」

 

 

きっと。

 

 

彼女はなんとなくそれを察しているから、ここで言い淀んだ。

 

 

賢いもんね、希ちゃん。

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

「やかましい」

「……………えっ」

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「君がそれで満足しているなんて誰も思っちゃいない。自然な流れで出来上がった天然物の作品なんかじゃなくて、明確に僕ら自身の手で作り上げた人工の作品を望んでるんでしょ?何でそう言わないの。僕がそんなこともわからないと思った?バカ言うなよ。過去には自分の全部をにこちゃんに捧げた身だぞ。君とそう大して変わりはしない。対象がにこちゃんかμ'sかの違いだけだ」

「…え、え?」

「あ、茜…どうしたの?」

「こいつがキレてるの珍しいな」

「にこちゃん以外のことでキレてるの初めて見たわよ」

 

 

まあ僕あんまり怒らないからね。

 

 

「わかれよ。僕とにこちゃんを見ていたなら。わかれよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだろ?君もそうなんだよ。ましてや君はμ'sの一員なんだぞ」

 

 

そういえば、のぞえりコンビがμ'sに入る直前にも希ちゃんに説教した記憶がある。同族嫌悪だったのかな。

 

 

でも、そうでしょ。

 

 

人を幸せにするって、とても凄いことで、尊い所業だ。それが複数人に及ぶとなればなおさら。

 

 

ヒーローものでもよく言われるじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

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()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

きっとそれは。

 

 

現実だって同じこと。

 

 

「…そんなこと言われても…」

「うっさい。君の意見は聞いてない。忘れるなよ、僕は目の前でうずくまってる女の子には笑顔になってもらわないと気が済まないんだ」

「にこが聞いたら殴りそうな言葉ね」

「にこちゃんも『そうしなさい』って自分で言ったんだから早く慣れて欲しいなあ」

 

 

おろおろしてる希ちゃんを黙らせて、僕はスマホを取り出す。それを見た絵里ちゃん真姫ちゃん創一郎も、各自スマホを取り出した。なんか絵里ちゃん真姫ちゃん創一郎って語感いいね。墾田永年私財法みたいな。

 

 

「まさか…みんなをここに集めるの?!」

「何か問題でも?」

「いいでしょ、一度くらいみんなを招待しても。…友達、なんだから」

 

 

絵里ちゃんも後押ししてくれた。希ちゃんは理解が追いつかないといった感じでポカンと口を開けていた。無音カメラで写真撮っておいた。

 

 

「君がいなきゃきっとμ'sは始まらなかった」

 

 

にこちゃんにLINEしながら、希ちゃんに語りかける。

 

 

「君がいなきゃきっと11人集まらなかった」

 

 

自分の価値を正しく知らない子のために。

 

 

「君がいなきゃμ'sじゃなかった」

 

 

その功績を、僕らはちゃんと知っている。

 

 

 

 

 

 

 

「忘れるなよ、僕らは仲間で友達だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

だからちょっとくらいわがまま言ってもいいんだよ。

 

 

むしろ言いなさいよ。

 

 

もはや遠慮も謙虚も通り越して卑屈だよ。

 

 

だから、僕らが勝手に叶えてやろう。11人みんなで作る、一つの作品を…作っちゃおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええー!やっぱり作るの?!」

「そう、みんなで作るのよ!」

「それにしてもすごい掌返しだね真姫ちゃん」

「あんたは事情知ってるでしょ!」

「何よ私が知らないところで茜は何したのよ!!」

「痛い痛い」

 

 

みんなを呼んで曲を作ろうと話したらみんなびっくりしてた。主に真姫ちゃんの方針変更に。にこちゃんだけ僕の腕をつねってた。痛いよ。

 

 

「希ちゃんって一人暮らしなんだねー」

「初めて知りました…」

「何かあったの、真姫ちゃん」

「別に何にもないわよ」

「ちょっとしたクリスマスプレゼントよ。μ'sから、μ'sを作ってくれた女神さまに」

「そうそう。だからキビキビ働け平民」

「茜も平民じゃないの」

「その通りでございます痛い痛いほんと痛い」

 

 

あんまりご家庭の事情とかは安易に話さない方向でいこうということになったから、なんかことの経緯がよくわかんないことになっちゃった。何が困るってにこちゃんが不機嫌。とても困る。痛い。

 

 

「作るなら作るで早くしないとな。一言でいい、何か言葉を出してくれ。まとめるのは海未やら茜やらがなんとかするだろ」

「丸投げじゃないですか?!」

「僕文学の才能はそんなにないよ」

「使えねぇヤツだな」

「丸投げしといてこの仕打ち」

 

 

創一郎からの敬意がみるみる減ってる。

 

 

「うーん、みんなで言葉を出し合ってかぁ…ん?これって…」

「あ、ああっ!」

「うわっ希ちゃん?!」

「ふふん、見えたぞ見えたぞ。それ講堂でのライブの写真だよね。我ながらよく撮れてると思う」

「へえ、そういうの飾ってるなんて意外ね?」

「意外だねぇ」

「べ、べつにいいやろ?うちだってそのくらいするよ…友達、なんやから…」

「えーなになにもっと大きい声で」

「もう!!」

「ぐえ」

「希ちゃん!」

「かわいいにゃーへぶっ!!」

「もう!笑わないでよ!!」

「話し方変わってるにゃ!」

「まさか僕への物理攻撃第3号が希ちゃんとは…」

 

 

希ちゃんの部屋には、いつかの解散事件の直後に行った講堂ライブのときの写真が、よく見えるところに写真立てに入れて飾ってあった。何さ、ずっとあれ見てにやにやしてたのもしかして。やっぱりピュアじゃないか。面白かったからイジってたらぬいぐるみが飛んできた。飛びつこうとした凛ちゃんは枕でガードしてた。意外と運動神経良いな希ちゃん。

 

 

照れて顔真っ赤な希ちゃんを、絵里ちゃんが後ろから抱きしめる。おっとシャッターチャンス。無音カメラの出番。

 

 

「暴れないの。たまにはこういうのもないとね」

「もう…」

「いいよそのままそのポーズで」

「…茜は何してるの?」

「今いい写真撮れる角度」

「はあ…」

 

 

いい百合を見せてもらった。

 

 

と、そんなわちゃわちゃしてるところに。

 

 

「あっ!見て!」

「ん?ああ、雪降ってきたのか」

「見に行こ見に行こ!」

「今年初の雪だにゃー!!」

「は?おいお前ら作曲はどうした!」

「まあいいじゃん。どうせ止まんないしあの子たち。そしてみんなついていくだろうし、雪からインスピレーションもらえるかもよ」

「…ったく世話の焼ける…!」

「とかなんとか言って創一郎も雪見に行きたいんじゃないの」

「…………そんなことはない」

「君ももうちょい素直になりなよ」

 

 

雪が降ってきたらしい。早速気づいた穂乃果ちゃんや凛ちゃんが速攻で飛び出す。それに続いてみんな出て行く。創一郎もそわそわしてないで早く行くよ。

 

 

机の上から鍵を拝借してちゃんと施錠して、近くの公園に向かった9人を追いかける。もうすっかり夜だということもあって、ゆっくり降ってくる雪に街灯の光が反射してすごく綺麗だ。これは一眼の出番。

 

 

「…想い」

 

 

それぞれ、手のひらを空に向けて雪を受け止めている。

 

 

「メロディ」

 

 

手に触れたらすぐに消えてしまうけど。

 

 

「予感」

 

 

その結晶の姿を、きっと忘れはしない。

 

 

「不思議」

 

 

降ってくる雪とともに出てくる言葉。

 

 

「未来」

 

 

儚く美しい雪の結晶に、恋心が刺激されたのかもしれない。

 

 

「ときめき」

 

 

これが彼女たちの恋の言葉。

 

 

「空…!」

 

 

触れたら消える恋の詩。

 

 

「気持ち」

 

 

それでも確かに在った心の形。

 

 

「………好き」

 

 

この前の告白演技でも言ってた。

 

 

自然に出てきた言葉が大事だって。

 

 

だったら、今の言葉たちは僕らの歌にふさわしい言葉だろう。

 

 

 

 

 

 

 

「で、創一郎は何か言わないの?」

「何で俺まで」

「希ちゃんは『11人で形にしたい』って言ってたじゃん」

「…確かに」

 

 

ちょっと離れたところから一眼で写真を撮りまくりながら創一郎に振る。そう、僕らも例外じゃない。でもとりあえずまずは写真。ふーむ、もうちょっと露光時間増やしたらもっと幻想的になるかな。

 

 

「………………雪?」

「安直極まりない」

「…うるせぇ。それよりお前も何か出せ」

「すごい上から目線」

 

 

さすが創一郎、ど真ん中ストレート。嫌いじゃないよそういうの。

 

 

「僕は雪降ってるの見た時から決めてあってね」

「写真撮りながら答えるのかよ」

「今この瞬間は逃せない。…よし。ほら、綺麗でしょ」

「…なんか雪がめっちゃ光ってるな」

「写真って強く光る物体が写り込むとその物体周りも白くなるんだよね。街灯の位置と露光時間を調節して、一番雪が綺麗に光るように調節するとこんな幻想的な写真になるの」

「それで、それが何か関係あるのかよ」

「あるよ。僕はこの現象を曲名に使いたかったの」

 

 

若干ローアングルから雪とμ'sのみんなをいろんな角度から撮った写真群。写真展に出せそうな出来だ。肖像権の許可もらったらμ's写真展でも開こうかな。

 

 

とにかく、この「光源が写り込んだ際に白飛びする現象」が、幻想的な恋の歌にちょうどいいかなと思ったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、ハレーションっていうんだ。せっかくだから創一郎の言葉と合わせて曲名にしよう。…『Snow halation』。うん、パッと思いついた単語で作った言葉ながら、いい響きじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

μ'sから、μ'sを作ってくれた女神さまに。

 

 

輝く雪の贈り物だ。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとう。

無事希ちゃんの願いを叶えることができました。波浜君がキレるのは、のぞえりのお二人がμ'sに入る時と穂乃果ちゃんがスクールアイドルやめるって言ったときくらいです。希ちゃんには怒る波浜君。
あとはスノハレの題名です。せっかく写真が得意な波浜君がいるんですから、ちゃんとハレーションの意味を知っている前提で話を進めました。その結果、題名をつけるのはマネージャーの2人ということになりました。久しぶりに波浜君の才能を有効活用した気がします。


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海未さん誕生祭:世界でただ一つの



ご覧いただきありがとうございます。

海未ちゃん誕生日おめでとう!さあ皆さんご一緒に…ラブアローシュートォォォォォ!!!
今回は海未ちゃん誕生日記念話ということで松下さんが主役のお話です。アニメ終了時点から2年後くらいを想定しています。つまり海未ちゃん大学生!女子大生海未ちゃん!!

というわけで、どうぞご覧ください。


 

 

 

 

 

 

もうすぐ海未さんの誕生日です。

 

 

読心ができる僕にとっては、彼女が何を欲しがっているかを知るのは造作もないことなのですが…。

 

 

「それはなんだか反則な気がするんですよね…」

「そう言われましても」

 

 

そんなわけで、波浜君に話を聞いてもらっています。知り合いにあまり恋愛に関して強そうな方がいらっしゃらないので、彼が最も適任でしょう。天童君は信用できませんし。

 

 

「反則といっても、やめられないんですよね読心」

「はい。どうしても読んでしまうので」

「じゃあ無理じゃないですか」

「無理じゃないですよ。会わなければいいんです」

「あなた本当に海未ちゃんの彼氏なんですか」

 

 

波浜君は心底呆れてこちらを見ていました。まあ、彼の思う通り、海未さんは寂しくなったらLINEをぽんぽん送ってくるでしょう。そして僕はそれだけでも読心できてしまうので効果は薄いでしょう。

 

 

というか、彼女と会うのを避ける彼氏とは恋人の風上にもおけないとは…ええ、はい。波浜君の思う通りです。確かに。

 

 

「ええ、まあ…その通りですね…」

「…わかってはいましたけど、あなたとの会話はテンポ早すぎて調子狂いますね」

「あはは…心読めるものですから…」

「程度によらず嘘も誤魔化しも効かないのは精神的に辛いですよね」

「まあおっしゃる通りあなたは嘘ついたりしないのでこうやって相談してるんですよ」

「僕が嘘つかないってのはまだ言ってないです」

「うぐっ…す、すみません」

 

 

会話していると実際に聞こえた言葉と心の声がたまに混ざるのが困りものです。特に油断してると。波浜君相手は慣れ過ぎたようですね…。

 

 

「何にしても、海未ちゃんが欲しいものを知らないわけにはいかないんです。海未ちゃん自身もそれを承知で待ってると思いますし」

「そ、そうか…海未さんも読心のこと知ってますからね…」

「でしょ。だから多分、問題はそこじゃないと思いますよ」

「具体性…ですか?」

「だから僕まだそこ言ってない…」

「す、すみません…」

 

 

具体性。

 

 

海未さんの欲しいものがわかったとして、詳しいデザインやメーカーなどまで思い描いているとは限らないんです。

 

 

だから、僕が悩むポイントはちゃんとある。

 

 

…と、波浜君は言いたかったようです。

 

 

いう前に読んでしまいましたが。

 

 

「…とにかくですね。心が読めるからって全能なわけじゃないんです。ちょっと有利になる程度なんですから、チート使ってるみたいに思わなくていいですよ」

「読心を『ちょっと有利になる程度』と言う人は君くらいしかいませんね…」

「そうでしょうか?桜とか天童さんみたいな奇人変人はみんなそう言いそうですけど」

「皆さんが超常すぎるんですよ…」

 

 

類は友を呼ぶということなのか、僕の周りには超常の天才がたくさんいるので、読心程度では大したことないのかも…いややっぱりおかしいですね。

 

 

「まあ、とりあえず一回話をしたらいいんじゃないですか。きっと一筋縄ではいきませんし」

「うーん…そうですね、そうすることにします。ありがとうございます」

「いえいえ。頑張ってくださいな」

 

 

ともかく、まずは海未さんの意見を聞かなければならないでしょう。僕の場合のスタートはそこからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波浜君に相談をした数日後のことです。僕は海未さんと一緒にデパートに来ていました。デートでもありますが、どんなものに反応するかを見にきたというのもあります。会話しないと読心はできませんが、視線を見るだけでも興味を惹かれるものは絞れますから。

 

 

「こういう、色々なお店が連なるところに来るとやはり様々なものが売っていますね。この階はお洋服ですか」

「もっと奥に行けば洋服以外も売っていますよ。さあ、行きましょう!」

「は、はい…元気ですね…」

 

 

…そんな名目でデートに繰り出したわけですが、当の海未さんは非常にテンションが高いです。そういえば以前からショッピングデートをしてみたいとは思っていたようですし、軽い興奮状態のようです。特に最近は南さんと雪村君の話を聞いて羨ましくなっていたらしく、頭の中を色んな妄想が駆け巡っているようです。

 

 

心の声を聞いているこっちが恥ずかしくなります。

 

 

勝手に聞こえてくるんですが。

 

 

「あっ!あの服ちょっと着てみたいんですがいいですか!!」

「は、はい…あの、構いませんが、一旦落ち着きましょうか?嬉しいのはわかりましたけど、ちょっと僕のテンションが追いつかないので…」

「…あっ。は、はい…ごめんなさい…」

 

 

流石にちょっとついていけないので落ち着いてもらいました。ちょっとシュンとしてしまいましたが、まあそこも可愛いところなのでよいです。

 

 

いくつかの衣類を手にとって試着室にそそくさと向かう海未さんを見ていると、彼女もまだまだ子供な部分があるんだな、と改めて感じます。…もう大学生とはいえ、大学の准教授と大学の生徒が交際しているというのは字面だけ見ると事案ですね。年齢差は2歳しかないのですが。

 

 

しばらくして試着室から出てきた海未さんは、薄手の生地のロングスカート姿でした。春物というやつでしょう。

 

 

 

読心するまでもなく、照れているのと褒めてもらいたいことがよくわかります。顔をわずかに紅潮させてもじもじしながらこちらをチラチラ見ているのでわからない人は相当重症でしょう。

 

 

「あ、あの…どうでしょうか…?」

「ええ、とても…よくお似合いです」

「あ、ありがとうございます…」

「…」

「…」

 

 

しかし、本当によくお似合いなのが困りどころです。他に何を言うべきかわからないのです。言語の分野のスペシャリストである僕がこうなんですから、これ以上を望むのは無理があるでしょう。

 

 

なんだか僕まで恥ずかしくなってきました。

 

 

そんな感じで2人してもじもじしていたら、第三者から声がかかりました。

 

 

「おやおやー?こんなところで嬉し恥ずかし青春ラブコメしてるカップルがいるぞ?フォトスポットかここは。いいぜ俺様のフォトテクを見せてやるよ…」

「天童さん、邪魔しちゃ悪いやん?こういうのは声をかけないで遠くからこーっそり写真撮るのがいいんや」

「盗撮じゃねぇか」

「ねぇねぇ創ちゃん、凛も服見てきていい?」

「好きにしろ」

「おっとこっちにもラブコメの気配」

「天童さん、こっちの写真はうちに任せて」

「頼んだぜ相棒」

「究極にタチが悪いカップルだなこいつら」

 

 

…ひどくカオスな人たちがいました。海未さんも唖然としています。天童君、絶対にからかいに来ましたね?

 

 

「おうおう明、そんなにバイオレンスな顔するなよ。お前が思ってるほど俺はクズじゃないぜ?」

「じゃあ何しに来たんですか?」

「ちょっとネタを探しに」

「帰ってください」

「待て待てそんなに邪険にすることはないだろ!」

 

 

やっぱりロクなことを考えていませんでした。

 

 

「まったく、純粋に買い物に来たのは本当なんだぞ?たまたま滞嶺と明がいるってわかったから会いに来たのに、みんなデートしてるんだもんネタ集めせずにはいられない!」

「下世話ですね…」

「待て、俺たちはデートじゃなくて買い出しですよ」

「「え?」」

「あ?」

 

 

さっきの会話を聞く限り、星空さんは滞嶺君を買出しを口実にデートに誘ったようなのですが、等の滞嶺君は全くその気はないようです。無いというか、デートに誘われるわけがないと思っている様子。意外と自己評価低いですね。

 

 

「まあ俺たちも顔見せに来ただけだ、すぐに退散するさ。邪魔しちゃ悪いとは本気で思ってるしな」

「それはわかりますが…」

「わかっちゃうんだったなーそういえば」

「ほら天童さん、海未ちゃんも状況が飲み込めてないみたいやし、早く行こ」

「オッケーオッケー、俺もあまり些事に時間使いたくないしな。じゃ、うまくやれよ」

「当然です。それでは」

「俺も凛を探しに行きます。また会いましょう」

 

 

天童さんたちは言うだけ言ってさっさと帰ってしまいました。本当にデートの時間を減らしたくないようなので引き止めたりはしません。こちらも別に用はないですし。

 

 

「相変わらず嵐のような人ですね…。えーっと、海未さんおまたせしまし…た…」

「…………」

「…なんか怒ってます?」

「…………」

 

 

振り向いた先にいた海未さんは、頰を膨らませて何やら不機嫌な様子でした。何故です。しかも海未さんは読心に対抗するために無言を貫いているので心も読めません。僕の読心は会話しないといけませんから、黙られてしまうと読めないんです。

 

 

「えーっと、あれですか、ほったらかしにされたからご機嫌斜めなんですか?」

「…………」

「心は読めなくてもわかりますよ。当たりでしょう?お詫びにその服買ってあげますから。さあ、行きましょう?」

「………………………か」

「はい?」

「私の魅力は天童さんや創一郎以下なんですかーッ!!!」

「あっそこですか?!いや魅力云々の前に話しかけられたら返事をしないと失礼というかですね?!」

「それにしてももう少し私のことを気にかけてくれてもいいじゃないですか!ほったらかし以前に!せっかく頑張ってお洒落な服を着てみたのに!天童さんや創一郎との会話の方に意識を持っていかれて私は悔しいんですよ!!!」

「いや大体同じでは?!」

 

 

これは困りました。微妙に読み違えたようです。いや読心を持ってしても違いがわからないレベルの差でしたが。嫉妬心のような、ただの負けず嫌いのような…ややこしい感情ですね。

 

 

「とにかく!今日はデートなんですからちゃんとリードしてください!」

「僕がリードするまでもなく海未さんがどんどん先行しているような…」

「何か言いましたか」

「いえ、なんでも…」

 

 

そんなことを言いながら試着室のカーテンをシャッと閉める海未さん。再び出てきた時には元の服装に戻っており、試着していた服を僕に渡しました。ええ、まあ自分で言ったことなので買ってあげますけど。

 

 

海未さんはしばらくプンプン怒っていましたが、結構すぐに機嫌を直してくれました。そもそも怒っているといってもちょっと困らせてやろうとしていただけのようなので、深刻な話でもありませんでしたし。いつのまにかデートが楽しくて、怒っていたのも忘れてしまったようですからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、無事デートも終えたところで、何が困るかというと。

 

 

「…結局何が欲しいかわからなかったんですよね」

『ですから僕に言われましても』

 

 

そう、何だかんだ僕も楽しんでいたせいで、何を欲しがっているのか探るのを忘れていました。まあ探ったところで色々なものに興味を示していたのでわからなかったかもしれませんが。

 

 

なのでまた波浜君に相談です。

 

 

『あんだけ反則かもって言ってらしたのになんというザマでしょうか』

「いえ、まあ…ほんとにその通りです…」

『まあ、松下さんも湯川君とかまっきーと違って一応人間だということがわかったのでそれはそれでいいんじゃないですか』

「人間だと思われてなかったんですね…いや知っていましたけど」

『人智超えちゃってる系男子ですからね』

 

 

それは君も同じじゃないですか。

 

 

『まあわかんないなら考えるしかないですよ。他の人たちもそうしてきたんですし』

「そうですよねぇ…奏に聞いてみますか」

『妹さん?まあ参考にはなるかもしれませんね』

「あまりアテにはしない方がいいんでしょうか…」

『たぶん。そこは妹さんもわかってることだと思いますけど」

 

 

とにかく、僕には奏という身近な年頃の女の子がいるんです。何かの参考になるでしょう。

 

 

波浜君との通話を終えて、早速奏に聞きに行きます。今日はこの時間にも家にいますし。

 

 

「奏、入ってもいいですか?」

「あっお兄さま!いいですよ!どうぞ!」

 

 

奏の部屋の扉をノックして、返事を待ってから入ります。相変わらずぬいぐるみが散乱した部屋のままですね。自分で作ってるそうですが、よくこんなに余るほどの量を作れますね。

 

 

「少し相談したいことがあるのですが…」

「お兄さまが…わたしに相談ですか?!ええ、ええ!何でもお聞きします!」

「何でそんなに嬉しそうなんですか…」

 

 

確かに僕が奏に相談したことなんてほとんどないですが、そんな食らいつくほど喜ばなくても。「お兄さまがわたしに相談してくれるなんて!!」って思っているのが見ただけでわかります。読心できなくてもわかりそうですね。

 

 

「それで、どんな相談ですか!わたしに何でもお任せください!!」

「何でも…?」

「あっ歴史はダメです!!」

「ふふ、わかってますよ」

 

 

奏は嬉しいことがあるとすぐ調子に乗ってしまうのが難点ですね。まあそこも可愛いところですが。

 

 

「相談というのはですね…。海未さんの誕生日プレゼントを考えているのですが、思いつかなくて…」

「海未さんの、ですか?」

「はい。何かアドバイスをいただければと思いまして」

「ふむむ…海未さんにプレゼント…」

 

 

奏は考え事をしている時にぶつぶつ独り言を言うタイプなので、読心が非常にやりやすいです。当然独り言は断片でしかありませんが、読心と合わせれば奏が考えていることを完全につなげることができるのです。

 

 

(ふむむ…ぬいぐるみとかでしょうか?いやそれはわたしが欲しいものですし…じゃあアクセサリー?指輪!!あっ指輪は結婚するときにお渡しするはずなのでまだ早いですね。いや誕生日とプロポーズを両立させるとか…あっ何それかっこいいですね!夜に高級ディナーを美しい夜景を見ながら2人で食べて、その後に指輪を見せてプロポーズです!きゃーっスーツ姿のお兄さまに求婚されたらイチコロじゃないですかー!!」

「…途中から声に出てますし、脱線してますよ。あと僕はまだ結婚しません」

「はっ!!」

 

 

そんな両頬に手を当ててくねくねしているとちょっと心配になってきます。あと恥ずかしいです。

 

 

「うぇへへ…と、とにかく!女の子へのプレゼントといえば、テンプレはアクセサリー!これは絶対です!あとお洋服とか、化粧品とか、お菓子です!!」

「結構いっぱいありますね?」

「あとぬいぐるみ!」

「それは奏が欲しいものでしょう?」

「お菓子はケーキが一番です!」

「それは奏が食べたいものでしょう?」

「そうです!!」

 

 

胸を張って答える奏。清々しいですね。いえ、僕は奏の好みを聞いているわけではないのですが。知ってますし。

 

 

「…お兄さま。わたしに聞いても、今みたいにわたしに分かることしか答えられないんです」

「それはそうでしょうが…」

「うふふ、わかりませんか?わたしは海未さんのことはわからないんです。一般的にはこうじゃないかなって答えしかわたしには返せません。それよりも、お兄さまが『これにしよう』って素直に感じたものをプレゼントするのが一番なのだと思いますよ!」

「はあ…」

「もう、納得してませんね?!」

「い、いえ…まあ…」

 

 

急に真剣に語り始めた奏ですが、結局具体的にはどういうことなのでしょうか。

 

 

「お兄さま、此度のお話に正解なんてないんです!お兄さまは心が読めるのでほとんどの会話や対応で正解を見つけることができますけど、普通はそんなことはありえませんからね?!相手が望んでるものをいつでも用意できるとは限らないんですから、自分が考え得る中で最善のものを選ぶしかないんです!!わかりましたかお兄さま!!」

「は、はい」

「…これが天才であるお兄さまへ、凡人であるわたしができるアドバイスです!わたしご飯作ってきます!!」

 

 

結構な早口でまくし立てた後、すごいスピードで部屋を出ていきました。怒っているわけではないはずなのですが、びっくりはしてしまいますね。

 

 

読心しても本当に何も思いつかなかったようですし、本当に自力で考えるしかないようですね。

 

 

というわけで早速自室に戻ってきたわけですが。

 

 

「…結局何がいいのでしょう?」

 

 

それがわかったら苦労しないわけですが。

 

 

色々と相談したり画策した結果、振り出しに戻ったようです。なんだか無駄な回り道をした気分です。

 

 

「海未さんへのプレゼント…海?いや海はあげられませんよ…バカですか僕は…」

 

 

今のは流石に自分でも頭悪いと思いました。

 

 

「詩集でもあげましょうか?しかしモノが被ったら申し訳ありませんね。これも却下です。…ううう、人のプレゼントを考えるのがこんなにも難しいなんて…。朴念仁の極致みたいな水橋君でさえ高坂さんにプレゼントあげていたのに…」

 

 

どう見ても両想いなのになかなかくっつかない水橋君よりも手が遅いというのはなんだか悔しいですね。何か妙案はないでしょうか。

 

 

「海未さん確か自然が好きでしたね…山とか。冬の海も好きと言っていましたし、写真集なんか意外とウケがいいかもしれませんね。まあ既に持っているかもしれませんが…ん?」

 

 

独り言全開で考えていると、電源入れっぱなしだったパソコンの画面が目に留まりました。モニターに映っているのは、波浜君から送られてきた、小説の表紙の試作品群です。頼んだ翌日に新作を30作品くらい送ってくるので逆に困ります。

 

 

「…」

 

 

…これは、もしかしたら。

 

 

「…そうです!これですよ!!」

 

 

むしろ何で思いつかなかったんでしょうか。

 

 

満足するようなプレゼントが無いなら。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…というわけで、波浜君にも協力していただいて作った特注非売品の写真詩集がこの『海色少女に魅せられて』です」

「わざわざ作ってくださったんですかこの本?!」

「はい。僕も波浜君も、この手の創作はお手の物ですから。数日で印刷まで終えました。むしろ昨日は時間余ったのでひたすらラッピングを試行錯誤してたくらいです。あっ、題名はあなたの名前を元にして考えたんですよ」

「はわぁ…」

「…聞いてます?」

 

 

そして、誕生日当日。

 

 

海未さんを夕飯に誘って、その際にプレゼントもお渡ししました。写真詩集…写真と、それに連なる詩を載せた、僕が独自に考えたスタイルの本です。波浜君に海にまつわる写真を大量に送っていただき(パソコンがパンクしかけました)、その中から315枚を厳選して、そこに僕の詩を並べました。枚数は当然誕生日に合わせました。

 

 

題名が一番気に入っているのですが、海未さんは中を見て感動しているせいか聞いてないようです。なんだか波浜君の気持ちがわかった気がします。

 

 

「…あんなに悪い人だと思っていた人が、こんな素敵なプレゼントをくれるなんて…」

「まだその話するんですか…」

「ずっとしますよ。事あるごとに」

「勘弁してください…」

 

 

ちゃんと紆余曲折を経て和解したんですからいいじゃないですか。

 

 

「今でも自分の特殊さを鼻にかけて傲慢な態度をとりますけど…」

「あの、海未さん?僕そんなに言われるほどのことしましたっけ?」

「でも、何事にも手を抜かなくて、私へのプレゼントを考えるだけでもこんなに頑張ってくれるんですね」

「数日で作ったものなので頑張ったかどうかは怪しいですよ?」

「いえ、頑張ったはずです。慎重派のあなたが前日一日しか余裕がなかったんですから。いつもなら三日前にはラッピングも含めて全て終えてるはずですから」

「そ、そんなに僕余裕持って物事終わらせ…ますね…言われてみれば…」

 

 

たしかに大抵のことは三日以上前に準備完了してますね。よく見てますね…。

 

 

「私は嬉しいんです。このプレゼントも、あなたが自分以外の人のためにこんなに頑張ってくれたことも」

「喜ぶポイントが変な人ですね」

「そんなことありません」

 

 

わざわざ含みのある言い方をしてきていますが、ただの照れ隠しのようです。

 

 

思えば、僕と海未さんの関係も出会った頃と比べて随分変化したように思います。「人は変わらない」という自論は変わりませんが、表面的には少し変わったのかもしれません。以前の僕なら、他人に相談をしたりすることもなかったでしょうし。

 

 

もっと深く人と関わるようになってからは、今まで感じなかった喜びを知ることができましたし。

 

 

何より、今みたいに恋人が心から喜んでくれるのを見ることは、昔の僕では叶わなかったでしょう。

 

 

 

 

 

「本当に嬉しいです…素敵なプレゼントを、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

ああ。

 

 

 

 

 

僕はこの笑顔を見られるだけで、誰よりも幸せになれるような気がするんです。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

松下さんの出番少ないので人となりが掴めないかもしれませんが、礼儀正しそうでそうでもないのが松下さんです。ついでに言えば、結構他の男性陣と比べて読心という才能を特別視してるタイプです。いや逆に他の男性陣が自分の才能を軽く見過ぎなのかもしれませんが。
文学者でもあり小説家でもあり詩人でもある、ということで自前の詩集をプレゼントしていただきました。非公開の詩集って価値高そうですよね!
ちなみに、2年後の時点で交際していないのは滞嶺君&凛ちゃんコンビと水橋君&穂乃果ちゃんコンビだけの予定です。このヘタレ!!笑


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雪かきは無限に終わらないから勘弁してほしい



ご覧いただきありがとうございます。

気がついたら初投稿から1年経ってました。1年間も描き続けたんですね…よく飽きないな私…笑。まだまだ全然書いていくのでよろしくお願いします!
今回からラブライブ最終予選編です。私の住んでいる地域はあんまり雪降らなかったんですが、皆さまはどうでしょう。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「くそさむい」

「文句言ってないで早く行くわよ!最終予選なんだから!!」

「わかってるよ」

 

 

ラブソング作ってから高速で仕上げて、ついに最終予選の日がやってきた。でも雪降ってんの。なんでさ。寒いじゃん。スノハレ作った時だけで十分だよ。わざわざ本番当日にも雪降らせなくていいんだよ。

 

 

「まったく…わざわざ泊まりに来て遅れたらバカみたいじゃない」

「ゆうべはおたのしみでしたね的な誤解を受けそう」

「言うな!」

「はふん」

 

 

前日から万全の準備をするために、僕はにこちゃんの家に泊まっていた。まあよくあること。

 

 

でも好き合う男女が同じ屋根の下って、よくよく考えたらR18案件だよね。言ったら殴られたけど。

 

 

まあ当然そんなことは起きないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

っていうか、そんなことより面倒な事案があるわけで。

 

 

 

 

 

 

「私たちがしっかりしてないと、後から来る穂乃果たちに示しがつかないじゃない」

「最終予選が学校説明会と被るとはねぇ」

「ライブ本番には間に合う予定だけど…リハは全員揃ってはできないかも」

「べつに説明会に生徒会必要ない気がするんだけどね」

「仕方ないじゃない。音ノ木坂って何でも生徒に主導させる学校だし」

「そうだねぇ。まあ実際、廃校を防いだ立役者が登壇するのも自然な流れだしね」

 

 

そう、μ'sのみんなによって廃校を免れた音ノ木坂学院は、わざわざ学校説明会を行うことにしたのだ。

 

 

当然のように駆り出された生徒会メンバー。修学旅行の時とデジャヴを感じちゃう。いっけなーい、不吉不吉☆

 

 

「しかも雪降ってるしね」

「ライブ的には最高なんだけど、交通は麻痺するわよね…」

「あんまり積もらないといいけど」

 

 

雪はただ寒いだけじゃなくて、バスとか電車とかを遅らせる。わざわざ遠方から音ノ木坂まで来る方々もいらっしゃるかもしれないのに、交通が乱れるとかなり困る。

 

 

ただでさえリハの余裕もないのに、本番に間に合わないとか笑えない。

 

 

「そこはもう、穂乃果たちを信じるしかないわよ」

「そうだね、僕らにはどうしようもない。よし武装はバッチリだよ、行こう」

「何枚着てんのよあんた」

「えーっとね、ヒートテック着て、長袖着て、上着着て、ダウン着て、もう一枚ダウン」

「何でダウン2枚も着てんのよ。暑いでしょ」

「寒いよりマシだよ。って何で脱がそうとするの」

「着膨れしすぎて気になるのよ!!」

 

 

寒いから全力で防寒してたらにこちゃんに脱がされた。ひどい。ヒートテック2枚着てるのは秘密にしとこう。

 

 

「まったく、行くわよ!」

「はーい」

 

 

武装をちょっと剥がされた僕も、流石に時間が無くなるのでもう一度上に着たりしない。諦めが肝心。

 

 

というわけで扉を開けて外に出ると、当然のように絵里ちゃんと希ちゃんがいた。

 

 

なんでさ。

 

 

「…何であんたたちがいるのよ」

「息災でなにより」

「旧友との再会みたいに言わない!」

「ぐへっ」

「ごめんなさい、希がどうしても4人で行きたいって言うから」

「うちが言ったんやないよ。カードが言ったんや」

「全部カードのせいにしておけばいいと思ってないかい君」

「…そんなことないよ?」

「こっち見なさい」

 

 

どうやら希ちゃんの発案らしい。まあみんなで行くのも悪くない。だから照れ隠ししなくていいんだよ希ちゃん。バレてるから。

 

 

「もう、いいから早く行くわよ!!」

「おっとにこちゃんジェラシーが発動した」

「してない!」

「ぶぎゃっ」

「何だかにこの物理制裁の頻度が上がってるような…」

「茜くんが色んな女の子と仲良くするようになったからやない?」

「違うわよ!!」

「うぼっ」

 

 

にこちゃんは照れと嫉妬心が物理攻撃に変換されるからね。

 

 

「まあこれでにこちゃんの緊張がほぐれるならそれでよし」

「にこっちも緊張してるん?」

「してないわよ!!」

「えりちは緊張してるって」

「の、希!」

「おや珍しい。人前に出るのは慣れてると思うんだけど」

「うっ…な、慣れていても緊張はするわよ?しかも今回の相手はA-RISEだし、曲は希の

想いが詰まった曲だし」

「え、えりち!そういう言い方は…」

「照れてる照れてる」

「ううう!」

「希ちゃんパンチは威力が低くて助かる」

「私が遠慮ないみたいに聞こえるじゃない!!」

「実際そうでしょってか聞いてたんぼぇ」

 

 

絵里ちゃんは緊張してるらしくて、それを言った希ちゃんは絵里ちゃんにカウンター食らって、僕は希ちゃんとにこちゃんから拳をいただいた。希ちゃんはソフトタッチだった。これは人を殴るのに慣れてない拳だ。にこちゃんのは軽く吹き飛ぶレベル。痛いよ。

 

 

「そんなにジェラシーするなら手繋ごうよ」

「えっ…て、手を…?だ、ダメよ!どこかで写真撮られたらスキャンダルじゃない!!」

「そりゃ僕は写真撮るけど」

「あんたが撮るんかいっ!!」

「ナイスツッコミ」

 

 

この流れからならにこちゃんとラブラブできるかと思ったのに。残念。

 

 

「そういえば、茜は今日開会の挨拶するのよね?時間は大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。適当に喋るから」

「それは大丈夫と言うのかしら…」

「ふん、茜はプロなのよ!慣れてないことでも完璧にこなすわよ!」

「期待が重いのと何で不機嫌なのかわからない」

「ふんっ!」

「あふん」

 

 

実は、今回の最終予選の、舞台演出のトップは僕なのだ。顔出ししてからこういうの頼まれるようになった。お金もらえるから頑張るよ。まあただの全体指揮だから大したことない。

 

 

大したことないけどめんどくさい。

 

 

めんどくさい上に挨拶してる間はμ'sから離れざるを得ないのが心配。

 

 

「まあ雪かきとか必要になっても僕は役に立たないし」

「急に何の話よ」

「ひとりごと」

 

 

まあ、創一郎もいるし何とかなるか。

 

 

と思っていたら集合場所に着いた。すぐに一年生組も来た。うーん、こうして見ると創一郎が犯罪的にでかい。真姫ちゃんとか僕より背高いはずなんだけどね。小さく見える。

 

 

「あ、みんな来たわね」

「絵里ちゃん!希ちゃん!にこちゃん!茜くん!」

「真姫ちゃんたちも一緒に来たんやね」

「僕らは君に待ち伏せされたんだけどね」

「待ち伏せじゃないわよ。希が4人で行きたいって言うから…」

「家まで迎えに来られたのよ」

「うちが言ったんやない

「カードが言ったとか言うのはナシね」

「ええ…」

「何してんだお前ら」

「仲良しにゃ」

「えへへ…」

「希ちゃん照れないの」

 

 

仲良しって言われただけで照れるのはちょろすぎよ。

 

 

「…あら?穂乃果から電話…?」

「おっと嫌な予感」

「そういうのは言わないでよ!!」

「あぼん」

 

 

不意に、絵里ちゃんの携帯に着信が来た。ぶっちゃけ何かしらの不測の事態が起きない限り電話なんてしてこないと思うし、嫌な予感しかしない。穂乃果ちゃんだし。

 

 

しばらく通話していた絵里ちゃんも微妙な表情してる。問題なのは雪のせいなのか穂乃果ちゃんがやらかしたのかってところだけど。後者だったら後でおしおき。

 

 

「…わかったわ。私から事情を話して、とりあえず6人で進めておくわね」

「何かあったのか?」

「ええ、それが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要約すると。

 

 

雪がやばいから説明会を1時間遅らせます。

 

 

以上。

 

 

「ほら嫌な予感当たった」

「茜がそういうこと言うから!!」

「僕のせいじゃなあ゛っ」

「頬骨を的確に貫いていったな」

「大丈夫なの…?」

「骨だから大丈夫だろ。関節とかじゃねえし」

「いや、にこの手が…」

「…茜の心配もしてやれよ」

「創一郎が珍しく僕を擁護してる…怖い…」

「やっぱ心配しなくていい」

「熱い掌返し」

 

 

心配してよ。

 

 

まあそれはそれとして、とりあえずは7人で準備を進めなければ。僕は含まれないよ。僕舞台の設営その他で忙しい。

 

 

というわけで、控え室に向かっていた時だった。

 

 

「うわー!!」

「うわびっくりした」

「凄い…ここが最終予選のステージ…!!」

 

 

ちょうどステージ前を通りかかった時に、にこちゃんが歓声を上げた。他のみんなも圧倒されている。

 

 

まあ僕は昨日の夜にも見たんだけどね。一度確認してからにこちゃんの家行ったんだし。でも、圧倒されるのも無理ない。今までμ'sがライブしてきた中でも最大スケールの舞台だもの。おかげで準備が大変だ。特に後ろのアーチ。あそこにどんだけLED並べてるやら。なばなの里もびっくりだよ。知らない?なばなの里。

 

 

「大きいにゃ…」

「あ、当たり前でしょ…ラブライブの最終予選なんだから…。何ビビってんのよ」

「にこちゃん足震えてる」

「武者震いよ!!」

「勇ましい゛っ」

 

 

震える足で的確に腰を蹴られた。いい加減吹き飛ばなくなった自分が怖い。殴られ慣れすぎでは?DVだDV。前も似たようなこと言った気がする。

 

 

絵里ちゃんはまた電話してる。穂乃果に色々伝えてるんだろう。

 

 

「凄い人の数になりそうね」

「屋外特設ステージだからね。いっぱい入るよ。具体的な収容客数はわかんないけど」

「これは9人揃ってないと…」

「6人では、厳しいな…」

「何言ってんだ君たち。9人揃わないとμ'sじゃないでしょ」

 

 

いつまでも圧倒されてる場合じゃないよ。

 

 

「…11人や」

「ん?」

「9人やない、11人揃って初めてμ's。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それも含めて、全部揃ってμ'sや」

「さあね」

 

 

希ちゃんが訂正してくれた。そうだね、僕らも含めてμ'sだ。当然、照明演出ではみんなにも伝えてないダイナミックな演出を準備してあるからね。僕も役に立とう。

 

 

「とにかく控え室に行きましょう。この後のことも、ちゃんと話し合わないといけないしね」

「そだねぇ。まあ僕は舞台照明のチェックに行かなきゃいけないから抜けるけど」

「えー!!」

「仕方ないじゃん。本番はちゃんと見てるから安心して」

 

 

みんなは控え室に行くようなのでここで僕は離脱。しかもおそらくそのまま本番が終わるまで戻れない。うーむ歯がゆい。

 

 

「そうそう、創一郎これあげるからスマホ出して」

「何だ」

「僕忙しいからこれだけやっといて」

「仕事かよ」

「マネージャーの仕事なんだから頑張ってよ」

「全力を尽くす」

「やる気出すぎ」

 

 

別れる前に、創一郎に頼みごとをしておいた。これで不測の事態もなんとかなるんじゃないかな。なんとかして。

 

 

みんなの姿が見えなくなってから、ハイパー寒い雪降る屋外ステージに登る。

 

 

 

 

 

人はまだ全然いないけど、これがみんなが見る景色。

 

 

 

 

 

「…さて、本気出しちゃうかな」

 

 

 

 

 

波浜茜、Sound of Scarlet。音ノ木坂学院三年生、職業画家。そしてグラフィックデザイナー。ついでに照明演出家。

 

 

 

 

 

まあ本気出すと他のスクールアイドルの方々もパワーアップしちゃうわけだけど、大丈夫。負けないから。

 

 

μ'sは、負けない。

 

 

根拠はないけど信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより積もってきたなー。こりゃ俺たちだけじゃ手が足りないか?」

「雪かきするなら普通にすればいいじゃないですか…わざわざ連絡を待つ必要ありますか?」

「バカヤロウ疲れるだろ!天童さんは貧弱なの!!」

「この前重量挙げやってた人がそれ言いますか…?」

「あ、あれは…そう、紙製だから…」

「金属製でしたよどう見ても。なんで急に筋トレなんか…いや読心があるのでわかるんですけど…」

「…」

「手遅れなので今更恥ずかしがって黙らないでください」

 

 

喫茶店で明と2人で天候を観察していたら、結構降ってきやがった。後で大地も来る。おそらくそのタイミングで連絡が来る。

 

 

…しかし、希ちゃんに恋したことが筒抜けなのは死ぬほど恥ずかしいな。

 

 

「まあ僕も天童君がそそのかしたμ'sのラブソング気になりますし、聴きに行きますけどね…」

「そんな俺への愛が綴られた歌ではないと思うぜ?」

「期待してるじゃないですか」

「そりゃちょっとはな?!」

 

 

恥ずかしいな!!

 

 

…まあ恥ずかしいのは置いといて。

 

 

希ちゃんの願いは11人で作り上げたものを確かな何かとして残すこと。

 

 

これで負けちゃ世話ねぇ。

 

 

負けるとは思っていないが、穂乃果ちゃんたちが本番に間に合わないとなるとそれは困る。誰にとっても後悔しか残らない。

 

 

そんな結末にはさせるものか。

 

 

本気の茜の手際はキモいくらい完璧だ。俺がやることは、あいつの手が届かないところへ手を伸ばすことくらい。

 

 

だから、それをやる。

 

 

「そろそろ行ってくるぞ。あいつがいるのといないので全然違う」

「わかりました。道中お気をつけて」

 

 

明を喫茶店に残して外に出る。そこそこの雪と風で凍えそうな気温だ。

 

 

だがまあ、そんなことは言っていられない。

 

 

茜はあいつとの連絡手段はなかったはずで、そもそも有事の際の戦力に数えていない。

 

 

だから俺が呼んでくる。

 

 

希ちゃんのハッピーエンドを間違いなく完成させるために。

 

 

そのためなら、俺は不可能だって乗り越えてみせる。

 

 

 

 

 

…一回くらいなら乗り越えられる。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回はちょっと短めです。切りどころの問題ですね!たまに一万字とかいくので息抜きにちょうどいいんじゃないかなと思います。私の文書長すぎ…?
久しぶりに天童さんも出てきてしまったので、次回何かが起きるのは明白ですね!がんばれ天童さん!!


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僕らとみんなのラブライブ



ご覧いただきありがとうございます。

前回からお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!しかも2名!!本当にありがとうございます!!アニメ本編は結構終わり近づいてますけど!!頑張ります!!
今回は最終予選編の後半です。過去最長です。切りどころわかんなかったんです…。お時間のあるときにどうぞ。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「わぁー!」

「すごい…今からここで歌うなんて…」

「綺麗だにゃー!」

「本当にここがいっぱいになるの?」

「きっと大丈夫よ」

 

 

控え室から出て、どんどん準備が進んでいくステージの様子を眺めていた。ステージそのものの美しさ、大量の舞台照明と膨大な量のLED。そこら中を動き回っている業者の人数だけ見ても、いかに大掛かりな舞台かがうかがい知れる。俺も本来そっち側だしな。

 

 

…つーか、クレーンに乗って上から全貌を見渡して無線で指示を飛ばしている茜が規格外すぎる。一人で全部把握してんのか。こういう現場で本気出しているのを見ると改めて天才だと感じるな。

 

 

と、そこに。

 

 

 

 

 

「ビッシリ埋まるのは間違いないわ」

 

 

 

 

 

「…綺羅さん」

「完全にフルハウス。最終予選にふさわしいステージになりそうね」

「優木さん、統堂さんも」

 

 

A-RISE。

 

 

前回王者が、ここに来た。

 

 

「あ、A-RISE…」

「ダメよ。もう対等、ライバルなんだから」

「うん…」

「…どうやら全員揃っていないようだが?」

「え、ええ。穂乃果たちは学校の用事があって遅れています。本番までにはなんとか」

「そう。じゃあ穂乃果さん達にも伝えて。今日のライブでこの先の運命は決まる。互いにベストを尽くしましょ」

 

 

流石と言うべきか、余裕を感じる。前回王者の誇りと、これまでの努力に由来する自信。それが垣間見える。

 

 

「でも、私たちは負けない」

「っ…」

 

 

だが、そんな存在がわざわざ俺たちに宣戦布告してきた。

 

 

ならば。

 

 

「…それだけ言いに来たんですか?」

「…?」

 

 

そのまま背を向けて立ち去ろうとするA-RISEに、声をかける。

 

 

そう、真姫の言う通り。彼女たちは前回王者であり、愛すべきスクールアイドルであり、同時に乗り越えるべきライバルだ。

 

 

その全力を乗り越えなければならない。

 

 

「だったら、こっちからも言っておきましょう。こいつらは…いや、()()()()、負けません。誰にも」

 

 

 

 

 

「ほう、大きく出たな?」

「…白鳥さんですか」

 

 

 

 

 

俺たちの、さらに後ろ。A-RISEの方々とは逆サイドから、A-RISEのマネージャー…白鳥渡さんが不意に現れた。そういえばこの人もいたな。正直忘れてた。

 

 

「ちょっと渡、何してたのよ!」

「トイレじゃバーカ!何で男子トイレだけこっちにしかねーんだよ!控え室からそこそこ遠いわ!!」

「気楽なもんですね」

「当然だ。うちのA-RISEはこの俺が爪先から髪の毛の一本に至るまで、食による完全整備をしてんだ。少なくともコンディションでは無敵だぜ」

「言い方が気持ち悪いからやめて」

「えー…結構この言い方気に入ってるのに…」

「相変わらずデリカシーのかけらもないわねぇ…」

 

 

まあ、以前会ったときにも飲み物の味を個人に向けて最適化していたはずだし、そこらへんのスキルは天才のそれだろう。

 

 

「むしろ好都合です。後から言い訳される心配はないというわけですから」

「ほー、君体もでかいし態度もでかいんだな」

「顔色悪いっすよ」

「こっ怖くねえし!!」

 

 

むしろライブする本人達以外が煽りあっているが、それだけお互い負けたくないということ。俺だってμ'sの一員だ。勝ってほしい、勝ちたい。

 

 

「いいぜ、見せてみろ。君たちの実力」

(ちょっと渡、足震えてるから説得力ないわよ)

(怖がってなんかねえしー!)

(相変わらず肝心な時に頼り甲斐がないな)

(そういうところも魅力的だけどねー)

「うっせえ!早く戻るぞ!生姜湯飲んで温めておけ!!」

「生姜湯…」

「生姜湯?」

「名前のまんま、生姜が入ったお湯や。体が温まるんやって」

「ハラショー…」

 

 

久しぶりにハラショー聞いたな。

 

 

わちゃわちゃしながら去っていくA-RISEの方々を横目に、俺は窓の外を見た。雪は強くなる一方で止む気配がない。

 

 

こうなったら、茜がくれた連絡網を使うしかない。行動を起こすなら早めがいい。何もしないで遅れをとるよりは。

 

 

「さあ、お前らも部屋に戻ってろ」

「創ちゃんは?」

「仕事してくる」

「舞台設営なら業者の人がやってるよ?」

 

 

メンバーたちは戻らせて、自分は外に向かう。上着は控え室に置きっぱなしだが、動いていれば寒くもないだろう。

 

 

「照明の仕事じゃねぇよ」

「じゃあ…?」

「マネージャーの仕事だ。…ここでやれることも今はない。残りのメンバーのために、やれることをやってくる」

「そんな…私たちにできることなんて…」

「ああ、だからお前らはここで準備していろ。俺にはできることが…やらなきゃならないことがある」

 

 

外に出る前に、茜に渡された連絡先に片っ端からメールを送っていく。全員は集まらなくても、少しはマシになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

振り向いて、μ'sの女神たちにそう答えてから外に飛び出す。俺一人なら音ノ木坂までそう大してかからないが、()()()()()()()()()()()()()()いかに早いと言っても、あまり現場を離れるわけにはいかないからな。

 

 

あとは、呼びかけに応じてくれる人たちに託すしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天童君の言う通りでしたね。僕は今から出ますが、御影君は間に合いそうですか?」

『うん、天童にあらかじめ指示されてたからね。もう向かってる。…まあ、車使えなかったから歩きだけどさ。でももうすぐ着くよ』

「わかりました。僕もすぐに向かいます」

 

 

天童君が言っていた通り、不明な連絡先からメールが来ました。送り主は滞嶺君。当然準備万端でしたから、すぐに指定された地区に向かいます。

 

 

『…あのさ、松下君。僕は天童の指示を受けてるけど、君はそこまでμ'sに肩入れする必要はないんじゃないかな?肉体労働も苦手だろうし。それでも行く?』

「…ええ、行きますよ」

 

 

結構強く降る雪の中を急ぎ足で進む僕に、御影君がそう問いかけます。

 

 

確かに、天童君に比べたら相当繋がりが薄いかもしれませんね。

 

 

「…ちょっと行く先が気になる人がいるんです」

『ん?恋してる?』

「違いますよ。単純に、将来有望な子がいるんです。…正しいものを正しいと素直に言える子が。僕とは思想が違うようですが、それでも正義を成す子ですから。こんなところで潰れて欲しくないんですよ」

『…ふうん?』

「…よくわかっていませんね?」

『えっ?いやまあ…うん』

「まあいいです。あなたもμ'sの人とは関わりが深い方ではないですし、ピンと来ないでしょうから」

 

 

以前少しだけ口論をした園田さん。思想は違えど、彼女は正義の側の人間です。

 

 

人の心が変わるとは思いませんが。

 

 

その挑戦をすること自体は悪くない。

 

 

だから変なところで落ち込んでしまうのは勿体ないんですよね。

 

 

「僕は僕の目的があるのでいいんです。()()()()()()()()()()()()()()()

『…………………………わかってるよ』

()()()()()()()()()()()()やはり天童君は恐ろしい。まあ、僕は君には深入りしませんが」

 

 

僕は心を読み取る。

 

 

天童君のような「近い人」や湯川君のような常識の埒外の人間以外は、その本質を違わず見抜きます。

 

 

それがどれだけ精巧なシナリオであろうとも。

 

 

「彼女は『人は変われる』と言っていました。僕はそう思いませんが、彼女が正しいなら、あなたも救われるかもしれません」

『………』

「失礼、シナリオからはみ出てしまいましたか。無駄話はここまでにして、早く助力しに行きましょう」

 

 

通話を切って、変わらず雪の降る街を進んでいきます。目的地はすぐにたどり着ける場所で、おそらくほぼ同時に御影君も到着するでしょう。

 

 

 

 

 

僕は気づかなければいけなかった。

 

 

 

 

 

僕は心を読み取る。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

僕は天童君とは違いますから。自身の失態がどれだけ未来に影響を及ぼすかを知る由はないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ?珍しい人物からの連絡だ」

「…何で俺たちのアドレスを知っているんだ。茜か?」

「茜以外いないだろう?さて、私たちも準備するとしよう」

 

 

俺は蓮慈の病院で検査を受けていた。なんでも俺専用の義足が手に入ったというから、そのための事前検査だ。恐らく先日の湯川照真だろう。それより問題なのは俺に何の意見も仰がず義足を作ったことだろうが、そこに関してはいつものことだ。慣れた。

 

 

そうして足(と呼べるほど残っていないが)に電極を貼り付けて信号パターンとやらを解析している時に、二人の携帯にメールが来たのだ。

 

 

知らないアドレスだと思ったら、μ'sのマネージャーの滞嶺創一郎からだった。茜あたりがアドレスを教えたんだろう。

 

 

「…しかし、これは俺が手伝えることじゃないぞ?」

「何を言う。立派に両腕があるだろう」

「そういうお前は右腕しか…いや、いい。お前はどうせ何でもできる。しかし俺はそうはいかないぞ。車椅子で移動しながらなんてどう考えても無理がある」

 

 

どうせ蓮慈はほとんど不可能がない。しかし俺は違う、足が無い。肉体労働をするにはハンデが重すぎる。

 

 

しかし、蓮慈は涼しい顔で言うのだ。

 

 

「何を言っている瑞貴。その車椅子で働けばいいだけのこと」

「何を言って…おいっ何で持ち上げる。この車椅子を置いていけというのか」

「むしろ極寒の中でミシンを運搬する方が信じられん。金属も冷却によって体積変化を起こすんだぞ?しかもその比率は金属の種類によって異なる。急激な温度変化で最悪内部で破損が起きてもおかしくない」

「夏は大丈夫なんだから冬も大丈夫だろ…」

「馬鹿め。大抵の電子機器は高温には耐性があるんだぞ。モーター駆動のエネルギーロスによる加熱を想定してな。加えて、夏よりも冬の方が快適な室内温度と外気温の差が大きい。機器により負担がかかるのは冬の方だ」

 

 

言っていることの大半は理解不能だが、たしかに冬の方がよくミシンが壊れる。ちゃんと理由があったらしい。

 

 

というかその前に、俺をどこに連れて行くつもりだこいつ。

 

 

そして、連れていかれた先にある車椅子は…。

 

 

「…お前一人でやれよ」

「何を言う。瑞貴がその腕で動かすことを前提としているんだぞ。私は私で普通にやる」

「いちいち人を巻き込みやがって…」

 

 

…この天才な友人は、足が無い程度でサボらせてはくれないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はあ?何で俺が肉体労働なんかせにゃならんのだ」

 

 

雪が降る中、自宅で作曲していたら滞嶺からメールが来た。しかも肉体労働しろと。ふざけんな。せっかく雪が降ってんのに。

 

 

降雪は作曲には最高のコンディションなのだ。

 

 

雪が降ると、「雪の音がする」とかよく言われる。だがそれは正確じゃない。正しくは、「雪が無駄な雑音を吸収してくれている」のだ。普通に考えてあんなふわっふわなモノが落ちてきて音がするわけない。俺の耳がどうこうではなく、音が出たとしても物理的に人間に捉えられる音量ではない。

 

 

雪がもたらすのは「静寂」だ。それを人は「雪の音」と勘違いする。無を聴き取ることは、正確にはそれを感じ取ることは、普通は出来ないから。

 

 

まあとにかく、雑音が無い環境は特に作曲が捗る。肉体労働なんかに邪魔されてたまるか。

 

 

…といった内容を、がっつり連ねて滞嶺に送り返した。諦めろ。穂乃果のライブ本番だけ聴きに行ってやる。

 

 

「…あん?返信がやたら早えな」

 

 

と思ったら、かなりの速さで返信が来た。予測してたのか?天童さんじゃあるまいし。

 

 

まあいい、文書だけでも見てやる。

 

 

「ん?なんだ、肉体労働はしなくても…はぁ?!いや何でそうなる?!」

 

 

最初の方は「じゃあいいです」的な感じであっさり肉体労働を免除してくれていた。拍子抜けしていたら、その後に交換条件が書いてあった。

 

 

…肉体労働か、交換条件の方か。

 

 

「あーもーちくしょう!行けばいいんだろ行けば!!」

 

 

そんなもん、もはや俺に選べることじゃない。

 

 

こっちに決まっている。

 

 

…どっちも断る、という選択肢を思いついたのは、翌日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は花陽のライブ本番だ。

 

 

いつものように、地下室からライブ映像を見ていよう。

 

 

…いつかは生でライブを見てほしい、とは言われたものの、なかなか外に踏み出す気になれないな。

 

 

まあ、花陽は今高校一年生で、三年生までスクールアイドルは続けていくはずだし、そう急いで聴きにいくことも

 

 

 

 

 

 

 

「おい湯川ー!野球しようぜー!」

 

 

 

 

 

 

 

ぴんぽーん、という呼び鈴の音と共に声が聞こえた。この声は天童だ。何故か週に一回、月曜日の昼に必ず来る。しかし、今日は日曜日で昼はまだだ。

 

 

何の用だ。

 

 

「野球しようぜと言われても、俺は野球はできない。したくもない」

「いや今のは冗談だっつーの。用は別にあるわい」

「用は別にあるのか。何だ」

 

 

彼の言う「冗談」が俺にはまだよくわからない。

 

 

「今日はμ'sのライブだな!」

「今日はμ'sのライブだな」

「聴きに行こうぜ!」

「聴きに…聴きに行こうぜ?俺もか?」

「当たり前だバーカ。他に誰が居るんだよ。そこに君以外誰かいるんか?ん??」

「いないな」

「だろ?じゃあ君しかいないだろ。行こうぜほら」

 

 

映像を確認すると、天童は玄関の前で腰に手を当てて笑っていた。また冗談だろうか。

 

 

「行こうぜ?俺に花陽無しで外に出ろというのか。まだ人に慣れていないのに、人混みの中に入れって言うのか。冗談じゃない」

「おうよ、冗談じゃないぜ。だからさっさと出てこいや引きこもり」

「???」

「おうすまん日本語遊びは不得意だったか。要するに勇気出して出てこい」

「勇気出して出てこいだなんて、簡単に言ってくれる…」

 

 

気軽に外に出られるなら初めからそうしている。出られないからこうしてここにいるんだ。何故外に出られないかはわかったが、だからといってすぐに出ていけるわけじゃない。

 

 

慣れが必要だ。

 

 

「…くそっ、やっぱり人智超えちゃった組にはマトモなシナリオは通じないか。昔の茜や桜みたいに個別対応するしか…」

「帰ってくれ。俺は花陽の活躍をここから見ていなければならない」

「あ゛あ?」

 

 

不意に、天童の声の調子が変わった。

 

 

「…お前、花陽ちゃんに生でライブ見てほしいって言われたのにまだそこから出ないつもりか」

「今じゃなくてもいいだろう」

「じゃあいつ出てくるんだ」

「…花陽はまだ高校一年生だ。まだ焦ることもない」

「バカか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()μ()&()#()3()9();()s()()()()4()()()()()()()()()()()()。あの子は自分を見てくれって言ったんじゃねーぞ、μ'sのライブを見てくれっつってんだぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

花陽ちゃんが何を思ってお前が外に出れるようにいろんな人に協力を仰いだと思ってんだ。

 

 

その言葉を聞いただけで、何故かメビウスキューブを持つ手軽に震えた。脳に過剰に血液が流れるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

「うるさいな!!!」

 

 

 

 

 

 

今までのどの瞬間よりも思考が遮られているのを感じる。正確には、考えたことが纏まらない、繋がらない。メビウスキューブを床に落として、頭を両手で掻きむしっても治らない。

 

 

「花陽は、花陽のことを、知ったように言うんじゃない!花陽は、花陽は俺の、俺といつも一緒にいて、俺が側にいた!花陽のことは俺が一番知っている!!」

 

 

開いた口から出てくる言葉も繋がらない、要領を得ない。

 

 

言いたいことは一つなのに。

 

 

花陽のことは俺が一番よく知っていると。

 

 

 

 

 

 

だが。

 

 

 

 

 

 

「…残念ながらな、花陽ちゃんのことを一番よく知っているのはお前じゃないよ」

「…っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

いつのまにか笑っていない天童が、そう言った。

 

 

「当たり前だろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺や茜、滞嶺君、凛ちゃんとは違って『外にいる花陽ちゃん』を見たことがない。他の誰かに顔を向けるあの子を知らない」

「…そんな、いや、それでも!」

「幼馴染という点で言えば凛ちゃんも同じことだ。しかもあの子は学校という開いたコミュニティの中で花陽ちゃんとともに行動している。同率一位なんかじゃないぜ?凛ちゃんは、ここでダラダラ居座っているだけのお前よりはるかに花陽ちゃんのことを知っている」

 

 

体の奥から煮えたぎるような血管の収縮を感じる。しかし天童の言うことが正しいことも理解できた。

 

 

「日本語にはことわざってものがある。覚えておけよ科学界の化け物(サイエンスモンスター)。お前みたいなのを、『井の中の蛙大海を知らず』って言うんだよ。自分だけのコミュニティで頂点に立ったような顔をするなんて笑わせてくれる」

 

 

ああ、その通りだ。花陽の全てを見たわけでもないのに、思い上がっている場合じゃない。

 

 

膨れ上がる心を鎮めて、荒れる思考を整理しよう。押さえつけるのではなく、自然に発散するようち逃していけ。

 

 

今すべきことは、天童に論理も根拠もない反論をすることじゃない。

 

 

俺の知らない花陽を見に行くことだ。

 

 

「…そうだな、その通りだ」

「えっ立ち直り早っ」

「??」

「あーいや、何でもねーよ。とりあえず怒りが収まったところで一つ頼みたいことがあるんだが」

「一つ頼みたいことがあるのか?何だ」

 

 

そうか、さっきのは怒りか。

 

 

「いやなに、大したことじゃないさ。でもお前もあれだろ?花陽ちゃんに自分が役に立つところを見せたいだろ?」

「まあ、たしかに花陽ちゃんに自分が役に立つところを見せたい」

「だろ?だからさ、君の技術力で雪かきしようぜ。穂乃果ちゃんたちが遅れそうなんだ。学校から会場までの道を整備してやりたい」

 

 

天童の要望を聞いて、すぐに承諾。マシン自体は数分あれば組み上がる。

 

 

花陽に会いに行こう。怖い何て言っていられない。花陽に見せてやろう。俺が引きこもりじゃないって。

 

 

俺が花陽の一番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うーん、あんなに高速で怒りと嫉妬をコントロールするなんて…柔軟どころの話じゃねぇよ…一を知って十を知るとかのレベルでもねぇよ。一から万を網羅するような適応力だ。はぁーあれがマジもんの天才か…)

 

 

おそらく誰からも連絡がこないであろう湯川君を煽りに来たわけだが、なんというか、想像以上にバケモンだった。花陽ちゃんを引き合いに出せばすぐ出てくるもんだと思ってたんだが、そう簡単にもいかず。怒らせて引きずり出そうと思ったらそもそも怒りを知らなかった模様。しかも5分足らずで怒りをコントロールしてしまった。

 

 

(そもそも怒りをコントロールってどゆこと?人類にそんなことできるなら誰も苦労しないんですけど?何?ブチギレ寸前レベルの怒りを自分の中で霧散させられるとかヤバない?モンティティユピーもびっくりじゃん)

 

 

想定の千倍ヤバいやつと知り合ってしまったらしい。こういう「俺の想像が及ばないレベルでヤバいやつ」は、きっちりスペックを量らないとシナリオに乗せるのが難しい(というか湯川君ほどのレベルになると無理)。

 

 

引きこもって人と接しなかったせいか、彼の精神年齢は相当幼い。

 

 

しかし、今さっき初めて出会ったはずの感情を瞬時に理解して対応・制御ができるほどの応用力や適応力のおかげで、自身の精神すらもすぐに掌握しにかかるだろう。

 

 

未だに恋とか愛とかに振り回される俺とは大違いだ。ひたすら羨ましい。

 

 

こんなん見てしまったら強烈にスッパイ梅干食った時みたいな顔するしかないじゃん!

 

 

(まぁ…湯川君がいるかどうかで花陽ちゃんのモチベーションも変わってくる。もちろんいなくたって最終予選に負けるようなことはないだろうが、もっと先を見据えた場合は居てくれた方が有利だ)

 

 

実際、茜が滞嶺に頼んで連絡させたのは、俺、明、大地、桜、藤巻、雪村、そして音ノ木坂の生徒たちだろう。茜が「μ'sを助けてくれそう」と判断した人物たち。当然これが模範解答だ。そもそも湯川君の連絡先を茜は知らないはずだ。

 

 

だが、湯川君もμ'sの全員と面識がある。

 

 

そして花陽ちゃんの大事な幼馴染だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

最適解には欠かせないシークレットカードというわけだ。

 

 

「さあ、幸せになってくれよ?ノーマルエンドもグッドエンドも許さねぇ。トゥルーエンドを確実に掴んでもらうぞ役者たち!!」

「…トゥルーエンドを確実に掴んでもらうぞ、とはどういうことだ?」

「うわっどっから出てきた?!地下から直接出てこれるのかよ!!ってな準備早っ!!おっかしーなー雪かき用の機械なんて持ってないと思ったのに!!」

「ああ、雪かき用の機械なんて持ってないぞ。今作ってきた」

「今?!なう?!?!」

 

 

知らぬ間に謎の機械兵器を全身に装備した湯川君が後ろに立っていた。小型アーマードコアって感じがらしないでもないレベルだ。ほんとに規格外だなこいつ。

 

 

てかそんな大仰な兵器で雪かきすんのかよ。

 

 

「お前さん…雪かきって知ってる?」

「知ってるぞ。道の雪を取り除くんだろう?」

「知っててその兵器かよ…」

「兵器…?雪かきを行うにあたって筋力と作業範囲を可能な限り補助した装置だが」

「お前が悪人じゃなくてマジでよかった」

 

 

軍事利用したら地球滅ぶわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪が強くなってきた。

 

 

音ノ木坂へ向かう階段の途中で振り向くと、大量の女子高生が歩道の雪を頑張って除去していた。茜が滞嶺に頼んで、全校生徒に連絡したんだろう。途中にいたヒデコなる女子が「音ノ木坂の全生徒が集まったんです!!」って言っていたし、誰も拒否しなかったんだろう。暇人かこいつら。

 

 

俺はといえば、雪かきという肉体労働を免除された代わりの仕事をしに来ている。

 

 

もう説明会は終わっているはずだし、そろそろ出てくる頃合いだろう。そう思いながら階段を登りきる。

 

 

登りきった先で、降り積もる雪と時々吹く突風に必死に抗う3人組がいた。

 

 

園田、南…そして穂乃果。

 

 

傘でこっちには気づいていないらしいが、その必死さは十分伝わってくる。

 

 

諦めたくない。

 

 

このまま終わりたくない。

 

 

そんな祈りのような想いが伝わってくる。

 

 

ラブライブ最終予選まで、あと1時間。会場は遠いが、走れば間に合う距離。

 

 

(…間に合う。仲間たちの力もあって、道は整備されている。あいつらさえ挫けなければいける!)

 

 

わざわざμ'sに肩入れする意味もないはずだが、自然とそんなことを考えていた。

 

 

脳裏に浮かぶのは、夏のあの日。一度スクールアイドルを辞めたときのしょぼくれた穂乃果の表情。

 

 

あんなものはもう見たくない。

 

 

不意に強烈な突風が吹いた。穂乃果の傘は飛ばされてしまったが、同時に雪も一気に収まったようだ。

 

 

今なら、雪が声を遮ることもない。

 

 

 

 

 

 

 

「何ぼさっとしてやがる。早くしろ、仲間が待ってんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…えっええ?!さ、桜さん?!こんなところで何してるの?!」

「うるせえ走れ。道は用意してある」

「道って…」

「見ろ」

 

 

驚いて目を白黒させている3人組に階段下が見えるように、道を開けてやる。

 

 

眼下に広がる、ひたすら雪かきをしている生徒たちを見て穂乃果たちは驚きのあまり絶句しているようだった。

 

 

「茜と滞嶺の仕事の賜物だ。…音ノ木坂学院全生徒が、お前らのために道を作ってくれた」

「……………」

「信じられるか?全校生徒だぞ。誰一人欠けてねーと聞いた。このクソ寒い中、無限に雪が降ってんのにだ」

 

 

普通だったら呼びかけた中の半分も来てくれないだろう。だってそこまでする義理がない。寒いし、疲れるし、めんどくさい。

 

 

でも、そこまでする義理を作ったのがこいつらだ。

 

 

「これが廃校を救ったスクールアイドルの影響力か。これだけの人数がたった11人のためにひたすら雪かきしてんだぞ。揃いも揃ってバカばっかだ」

 

 

しかし、義理はあっても義務じゃない。

 

 

わざわざ一人残らず手伝いに来るのは流石にバカだろう。

 

 

義理堅いとかじゃない。大好きな学校を救ってくれた英雄たちを、今度は自分たちが支える番だと立ち上がった。

 

 

まぁ、でも。

 

 

「バカばっかだが…こんなに誇らしいバカ、世界中探したってこれほどの規模では居ないぜ?…お前達の功績だ。お前達が諦めずに這いつくばってでも廃校を阻止したから得られた結果だ。一度は挫けた心をまた奮い立たせたからたどり着けた奇跡だ。胸を張れ、前を見ろ。お前達を応援して、信じてくれるやつらがこんなにもいる」

「………………みんな変だよ……」

「あん?」

「こんな大変なこと…ほんとに、みんな変だよ…!」

 

 

やっと言葉を捻りだした穂乃果は、変とかいいつつも嬉しそうだ。感動しているらしい。たくさんの仲間達が、身を粉にして自分たちのために道を作ってくれたんだから、感動して然るべきかもしれないが。

 

 

だがまあ、ここで終わりじゃない。

 

 

ここからが本番だ。

 

 

「だからバカばっかだっつってんだろ。さあ、わかったら走れ。ここで終わりじゃねーぞ、始まりだ。さあ走れ。止まるな。駆け抜けろ。走れば十分間に合う時間だ、ここで終わるわけにはいかねーだろ」

「うん…うん!ありがとう桜さん!」

「わかったわかった、はよ行け」

「うん!!」

 

 

そう言って、3人は走り出す。階段を下る途中から歓声が聞こえてきた。階段の一番下ではさっきのヒデコとかいう子が雪用の靴に履き替えさせていた。流石にそんなものは用意していない。

 

 

走り去る後ろ姿を上から見送りながら、自分も歩いて会場に向かうとする。

 

 

…音ノ木坂は、廃校寸前だった高校だ。全校生徒は300人にも届かない。しかし最終予選の会場までは相当距離がある。

 

 

つまり本来なら全域をカバーすることは不可能だ。

 

 

…まあ、そこらへんは。

 

 

他の怪物達がなんとかするんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れー!!」

「こっちだよ!!」

「転ばないでね!!」

 

 

たくさんの声援が聞こえてくる。音ノ木坂のみんなが、私たちを応援してくれてる!!会場は遠いけど、全然疲れない、まだまだ走れる!!

 

 

「でも…会場までまだまだ距離はありますよ!音ノ木坂の生徒を全員集めても、会場までの道のり全てを雪かきできるとは思えません!!」

「や、やっぱり…?どうしよう…」

「それでも走るよ!!みんなが道を作ってくれたんだもん!ここまでしてくれたのに、諦めるわけにはいかないもん!!」

 

 

途中から雪かきされてなくたって構わない。ヒデコもスノーブーツをわざわざ用意してくれたんだから、雪道だって多少は無理できる。止まるわけにはいかない!!

 

 

遂に、最後の音ノ木坂の生徒を通り過ぎた。ここで曲がったら、後は雪道…

 

 

 

 

 

じゃない。

 

 

ちゃんと雪かきされている!!

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふ…ここら辺一帯は、僕らが整備しておきました…いや、ちょっと、雪かきってシャレにならないほど重労働ですね…」

「松下君がインドア派だからっていうのもあるかもしれないけど…ちょっと僕らの担当範囲広すぎないかなぁ?僕も流石に疲れた…」

「み、御影さんに松下さん?!どうして…お仕事は…?!」

「今日は僕はお仕事無くてね。ほら、クリスマス特番とか年末年始の特番は大体撮り終わってる時期だしね」

「ぼ、僕は大学教員なので…いわゆる裁量労働制なんですよ。決まった、勤務時間はないんです」

 

 

御影大地さんと、松下明さん。

 

 

意外な人がいて、思わず足を止めちゃった。海未ちゃんも驚いて声をかけている。

 

 

「い、いえそういうことを聞いているのではなくてですね…」

「ええ、滞嶺君から連絡をいただきまして…大元は波浜君でしょうけど。お手伝いに来たんです」

「僕らも君たちが天候のせいでリタイアなんて望んでないからね。μ'sのファンとして応援しに来たんだ」

 

 

そっか…茜くんと創ちゃんが。

 

 

本当に、この最終予選は11人で戦ってる…いや、みんなで戦ってるんだ!

 

 

「…ありがとうございます!行こう、海未ちゃん、ことりちゃん!」

「はい!」

「うん!」

 

 

だからこそ、ここでいつまでも立ち止まっていられない。すぐに海未ちゃんとことりちゃんといっしょに走り出す。

 

 

「そうだ、園田さん!今回のライブであなたの言っていることが正しいかどうか見せてもらいますよ!頑張ってください!!」

「もちろんです!見ていてください!!」

 

 

海未ちゃんが松下さんと何か言っていたけど、何のことかはよくわかんない。とにかく今は走らなきゃ!

 

 

結構な距離を走っているけど、まだまだ除雪されている。こんなに長い距離を御影さんと松下さんが除雪してくれたのかなって思っていたら、突然車椅子が並走してきた。

 

 

「遅かったな。せっかく私が手伝っているというのに」

「…まったくだ。腕が…」

「藤巻さんと雪村さん…!」

 

 

車椅子には雪村さんが座っていた。車椅子だけじゃなくて、その後ろには藤巻さんもいた。車椅子の前にはなんだかショベルカーの先みたいなものがついていて、ところどころ雪が着いてる。

 

 

「…本当に冗談じゃない。車椅子のまま除雪なんてするもんじゃないぞ…。ショベルカーじゃあるまいし。絶対明日は筋肉痛だ…」

「まったく、瑞貴がだらしないから私が範囲の2/3以上を除雪するハメになってしまった。まあ、私にかかればこの程度は余裕だが」

「もう本当に一人でやれ…」

「あ、あはは…」

「えっと、お二人も創ちゃんに呼ばれて…?」

「…その通りだ、南ことり。俺は見ての通り足が無いから対象外だと思ったんだがな、蓮慈がこんな変なもの用意しやがったから」

「嫌なら義足を使えばよかったではないか」

「余計辛いだろうが。重心制御をしながら重労働だなんておぞましいことできるものか」

 

 

この二人も、茜くんと創ちゃんが呼んでくれたんだ。茜くんの友達なだけのはずなのに。

 

 

「…南ことり。あの衣装は、俺が一切の手直しをしなかった最初の作品だ。それを披露することなく終えるのはあまりに惜しい。…君たちは最高の衣装を纏って踊ると知れ」

「…!はい!!」

「ありがとうございます!」

 

 

そっか、雪村さんはことりちゃんに衣装の相談をされてるんだっけ。その雪村さんが絶賛する衣装なんだもん、気合い入れなきゃ!

 

 

そのまま車椅子を置き去りにして更に走ると、ついに最後の大通りに出た。ここもバッチリ雪かきされている…っていうか雪が見当たらない??

 

 

「へいへいへーいお嬢さん方!!ラストスパートだぜ!気合い入れな!!」

「気合い入れな。俺たちが道を作った」

「まあ俺はほぼ何もしてないんだけどネ…」

「えっ?どこから…うわぁああ?!上?!天童さんと…湯川くん?!」

「湯川くんが外に…!」

「ああ、外に出てきた。花陽のライブを見るために」

「花陽ちゃんというかμ'sのなー」

「っていうか飛んで…」

「あー、うん。最初は地上でやってたんだけどな…」

「飛んで雪を押した方が早いと気づいたから、内蔵バーニアで飛んだ。バーニアの熱で地面も乾くしな」

「なんでバーニア内蔵なのかがまったく不明だがな!!あと怖えよこれ!生身で低空飛行はマジ怖い!!」

 

 

上から声がすると思ったら、なんと湯川くんが天童さんを抱えて空を飛んでいた。なんか…腕の生えた戦闘機みたいな見た目してる…。

 

 

「まぁ、俺たちが来た理由は言わなくてもわかるだろ。…こんだけ後押しされて負けんなよ?」

「もちろんです!」

「はっはっは!威勢が良くてよろしい!!さあ、俺たちは他の奴らを回収してくるから君らは先に行きな!」

「はい!!ありがとうございます!!」

 

 

それだけ言うと、上を飛んでた変なのは急旋回して後ろに飛んで行っちゃった。…天童さんが「ちょっ、そんな急旋回すると遠心力がヤバいってええええ!!!」って叫んでたけど大丈夫かなぁ。

 

 

そして、そのまま走り続けて…!

 

 

「穂乃果ちゃーん!」

「間に合った!!」

「みんなー!!」

 

 

みんなが、見えた!!

 

 

…その後ろで創ちゃんが上半身裸で特大雪だるま作ってるのは気にしない!!

 

 

「穂乃果!!」

「絵里ちゃーん!!」

「っておい傘投げんな」

「寒かったよ、怖かったよー!これでお終いだなんて絶対嫌だったんだよぉ!!みんなで結果を残せるのはこれで最後だし、こんなに頑張ってきたのに何にも残んないなんて悲しいよ!だからぁ…!」

「ありがとう、穂乃果…うええ?!」

「鼻水つけんなよ…」

「…そういえば、創ちゃんはなんで服着てないの…?」

「ああ?雪かきしてたら熱くなってな」

「湯気出てますね…」

 

 

やっと辿り着いて、絵里ちゃんの胸に飛び込んだ。つい泣いてたら鼻水つけちゃった。ごめんね、絵里ちゃん。

 

 

「そんなことより。ほら、追ってきた全校生徒と、湯川が回収してきたやつら。みんなにお礼言っとけ」

「うん!!」

 

 

いつの間にか、私の後ろには手伝ってくれたみんなが勢ぞろいしていた。桜さんもいる。他のみんなも。

 

 

みんなのおかげで、間に合った!!

 

 

「みんな、本当にありがとう!!私たち、一生懸命歌います!今のこの気持ちをありのままに!大好きを、大好きなまま、大好きって歌います!!…絶対、成功させるね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

管制室まで、μ'sのみんなの声が聞こえてくる。

 

 

「学校が大好きで」

 

 

最初はただの興味だったかもしれない。

 

 

「音楽が大好きで」

 

 

何かの縁でなんとなく始めただけかもしれない。

 

 

「アイドルが大好きで」

 

 

でも、それが一つの大きな成果をもたらした。

 

 

「踊るのが大好きで」

 

 

初めの一歩からは想像できないような快進撃があった。

 

 

「みんなが大好きで」

 

 

挫折もあったけど、それを乗り越えて。

 

 

「この毎日が大好きで」

 

 

みんなが、大好きなみんなのために、強くなった、成長した。

 

 

「頑張るのが大好きで」

 

 

その原動力は何だったんだろう?

 

 

「歌うことが大好きで」

 

 

それは、きっと。

 

 

 

 

 

「μ'sが、大好きだったから!!!」

 

 

 

 

 

「…さあ、行こうか。君たちの…いや、僕らのラブライブを見せてやる」

 

 

大好きだって。

 

 

心から言えるから。

 

 

その純粋な想いが、きっと奇跡を引き起こすんだろう。

 

 

さあ、僕も本気を出そうか!!

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

男性陣総出で雪かき回です。メインは湯川君の進化と雪かき男性陣です。珍しく波浜君が最後まで出てこないのと、穂乃果ちゃん視点が入ってきたのもポイント…のつもりです。
上裸で湯気を放つ滞嶺君もお気に入り。刃牙もびっくり。
本当はもっと色々書き込む予定だったんですが、ちょっと文字数が凄まじいことになってたのでやめました。まあ伏線張りすぎても回収大変ですからね!!

ところで「完全にフルハウス」って何なんでしょう。


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みこみこはつもうで



ご覧いただきありがとうございます。

そういえば知らぬ間に投稿し始めてから1年過ぎてました。いつの間にですね!そしてまだ終わらない本編!長い!!オリジナル話を入れすぎた感がなくもないですね!!後悔はしてませんけど!!
今回は本編の続き、最終予選後のお話です。切なさが深くなってくるところですね。私の語彙力でちゃんと切なさを表現できるんでしょうか!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

気付けばもう年末、大晦日。

 

 

弟たちの寝かしつけは銀二郎に任せて、俺は外出用の服を着て外に出た。今日は…いや、明日か?とにかく今からμ'sのメンバー全員で初詣に行く約束をしている。待ち合わせの時間まで少し余裕はあるが、暇だからさっさと行く。

 

 

待ち合わせ場所に着くと、既に凛、花陽、真姫がいた。こいつらも俺と同じだったか。…真姫が着物姿でもじもじしているが、どうかしたのか?

 

 

「あっ!創ちゃーん!!」

「おう、早いな3人とも」

「こんばんは創ちゃん。みんなちょっと早く来ちゃった」

「…」

「真姫は何してんだ」

「うぅ…何で創一郎も着物着てこないのよ!」

「は?」

「真姫ちゃんさっきからずっと照れてるにゃ」

「照れてない!」

「そもそも俺は着物とか持ってねぇぞ」

 

 

勝手に着物着ておいてこっちに文句つけんなよ。

 

 

「そういえば、凛は今日はスカートか」

「うん!クリスマスに買ってもらったんだー。…ど、どうかな…」

「あ?ん…おう、まあ、似合ってる…んじゃないか…?」

「そ、そう…?えへへ…」

「もうっ何二人して照れてるのよ!」

「お前が言うな」

 

 

真姫が着物であるのと同時に、凛は珍しくスカート姿だった。私服でも女の子らしい学校ができるようになったようでなによりだ、よく似合っている。

 

 

面と向かってそう言うのはかなり恥ずかしいが。

 

 

そして恥ずかしがってんのはお前だ真姫。

 

 

「つーか、穂乃果たちはまだか?もう年明けちまうぞ」

「遅いね…待ち合わせの時間は過ぎてるけど…」

「穂乃果ちゃんが寝坊したんじゃないかにゃー?」

「夜中に寝坊なんてするか…?いや、穂乃果ならあり得るな。紅白見てて寝落ちとか」

 

 

むしろ寝落ちしていない方が驚くかもしれん。

 

 

と、まあ疑惑とともにしばらく待っていたんだが。

 

 

「…おい、年明けt

「明けましておめでとうにゃー!!!」

「自由か」

 

 

穂乃果達が間に合わないまま年を越してしまった。そしてそれを憂うこともなく大声を出す凛。元気だなお前。

 

 

「明けましておめでとうございます!今年もよろしくね!」

「あ、明けましておめでとう…」

「ああ、明けましておめでとう」

 

 

テンプレみたいな言葉しか出てこないが、友人と年越しするのはこれが初めてだ。なんとなく特別な気分がする。

 

 

「湯川君は来ないの?」

「うん…あ、みんなと会うのが嫌ってわけじゃなくて、今何かを集中して作ってるみたいで…多分聞こえてないみたいだから、仕方なくて」

「ほう、それなら仕方がないな。もしかしたらそのうち来るかもしれないしな」

「うん!」

 

 

この前あった最終予選を、湯川は天童さんに連行されて見に来ていた。表情は全くの無だったが、涙だけボロボロ零していた。終わった後にあった花陽が大慌てしていたのを覚えている。

 

 

しかし集中すると並列思考を全部使い切るのかあいつ。極端だな。

 

 

「あ、みんな!」

「おおっ!花陽ちゃん凛ちゃん創ちゃん!!」

「やっと来たか寝坊魔」

「あけましておめでとう!」

「おめでとうにゃ!」

「今年もよろしくね!」

「凛ちゃんその服かわいい!」

「そう?えへへ…クリスマスに買ってもらったんだー!」

「無視か」

「もしかして創ちゃんに…?」

「え゛っ、ちっちちち違うよ?!お母さんにだよ!!」

「何かすごい声出たぞ凛」

「えっなになに創ちゃんのクリスマスプレゼント?!」

「違うってぇ〜!!」

「違うっつってんだろいい加減にしやがれ無視すんな」

「あわわわわわ?!?!」

 

 

散々スルーした上に変な疑惑まで吹っかけられた。上等だコラ寝坊魔。穂乃果の頭を引っ掴んで睨みつける。大いに怖がってくれた。

 

 

「あれ、そういえば真姫ちゃんは?」

「あ?真姫ならそこに…いねぇ…」

「さっきまでいたんだけど…」

「恥ずかしいからって向こういっちゃったにゃ」

 

 

いつのまにか真姫は姿を消していた。凛は見ていたらしく、物陰に身を隠す真姫の赤髪が確かに見えた。恥ずかしいなら着てくるなよ。

 

 

「真姫ちゃんビューチホー!!」

「可愛い!」

「わ、私は普通の格好でいいって言ったのにママが来て行きなさいって…。っていうか何で誰も着てこないのよ!!」

「何でと言われても…」

「そんな約束してたっけ?」

「べ、別にしてないけど!!」

「理不尽すぎねぇか」

「うるさいわね!!」

「何故殴る」

 

 

顔真っ赤の真姫が一人で自滅している。最後は俺に八つ当たりして自滅していた。殴った側が痛がってどうすんだ。もっと腰を入れろ。インパクトの瞬間は拳を引け。

 

 

そんな茶番をしている時だった。

 

 

 

 

 

 

「あら?」

「あなたたち…」

「え?…あっ!!」

「やっぱり」

「…A-RISEの皆さん」

 

 

 

 

 

 

そう、綺羅ツバサさん、優木あんじゅさん、統堂英玲奈さん、白鳥渡さん。

 

 

A-RISEの面々だ。

 

 

「あけましておめでとうございます!」

「おめでとう」

「みんなで初詣?」

「はい。A-RISEのみなさんも?」

「ええ、地元の神社だしね」

「ですよねー」

「…」

「…」

 

 

当たり障りのない会話を終えたら会話が途切れてしまった。何か言えよ。いや俺も何も言えないが。

 

 

「じゃあ、行くわね」

 

 

特に語ることもないのだろう。ツバサさんは会話を切り上げて階段を下っていく。

 

 

が。

 

 

「ねぇ」

 

 

途中で立ち止まり、振り向いて、俺たちにこう言うのだ。

 

 

 

 

 

 

「優勝しなさいよ、ラブライブ」

 

 

 

 

 

 

最終予選で勝ち残るのは、ただ1組。

 

 

その軍配は…μ'sに上がった。

 

 

つまり、A-RISEは負けた。前回王者は最終予選で敗退し、μ'sが決勝に駒を進めたのだ。

 

 

どんな思いでそんな言葉を投げかけたのだろう。それはわからない。

 

 

わからないが、

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「はい!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

そう答えるのが当然だ。彼女たちに恥じないような成果を残さなければ。

 

 

ただ、珍しく白鳥さんが無言だったことだけ少し気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも皆さん、天才画家であり天才グラフィックデザイナーであり天才写真家の波浜茜です。最近新しく「視覚の魔術師」って呼ばれだしたよ。かっこいい。

 

 

「だから写真撮るよ」

「誰に向かって言ってんのよ。っていうか撮るな!仕事中なのよ!!」

「巫女にこちゃんとは尊い」

「ちょっと聞いてんの?!」

 

 

今日はにこちゃんと絵里ちゃんが希ちゃんと一緒に神社でお手伝いしてる。可愛いよにこちゃん。超絶かわいい。まあお手伝い自体は、おみくじ係とかアルバイトの子ばっかりだし普通のことだ。とにかくにこちゃんがかわいい。それに尽きる。かわいい。

 

 

「あーもーあっち行きなさいよ!!」

「どっち?」

「死ね!!」

「破魔矢っ」

 

 

破魔矢が飛んできた。投げたのね。おでこに刺さったよ。破魔矢の先が本当に鏃だったら僕死んでる。

 

 

「昔から不思議だったけど、茜ってなんでこんなに丈夫なの…」

「愛パワーだよ」

「希ー!これこっちー?」

「にこちゃんは新技ガン無視を覚えた」

 

 

前からμ's全体にスルーされること多かったからあんまり効かないよ。いややっぱちょっと辛い。にこちゃんこっち見てー。

 

 

にこちゃんがそっぽ向いちゃったから微妙な顔になってるところに、穂乃果ちゃん達が現れた。初詣だろうね。

 

 

「にこちゃん!」

「うぅわっ!何よ来てたの?!」

「可愛いにゃ!」

「巫女姿、似合いますね」

「そ、そう?」

「そりゃもう可愛いの権化だよ。写真見る?ほらほら」

「わあっほんとだ!」

「わかったから押し付けんな逆に見辛い」

「っていうか何で創一郎は花陽ちゃんを担いでるの」

「さっきはぐれかけたからな」

「力技すぎる」

 

 

みんなもにこちゃんのかわいさに目覚めたみたいだからもっと布教していく。ほらほらまだいっぱい写真あるよ。

 

 

そして創一郎は花陽ちゃんを小脇に抱えていた。花陽ちゃんがすごく恥ずかしそうにしている。だって目立つからね。創一郎が大きいから余計に。下ろしてあげて。

 

 

「はぐれないようにするなら手でも繋げばいいじゃん」

「俺に死ねというのか?」

「なんで??」

「あっそれいいにゃ!凛がかよちんと手を繋ぐから、凛のもう片方と創ちゃんが手を繋ぐにゃ」

「は??」

「早く早く!」

「この展開も不思議だね」

「そういえば茜くんも実は鈍感さんやったねー」

「僕の感性は鋭いよ」

「そういうとこやで」

 

 

創一郎と手を繋げばほぼはぐれないもんね。そもそも遠目から目立つからはぐれても平気な気がする。

 

 

でも僕は感覚鋭いからこその美術センスだよ希ちゃん。この僕が鈍感だなんて。あと僕は人助けマンだからそういうの察知するの得意なんだけど。

 

 

「あら、みんな」

「絵里ちゃん!」

「かっこいい!」

「惚れ惚れしますね」

「絵里ちゃん一緒に写真を撮って!」

「ダメよ、今忙しいんだから」

「写真なら僕が四六時中撮ってるから気にしないで」

「何で私以外も撮ってんのよ!!」

「おっふ」

「にこも遊んでる場合じゃないわ。希も早く」

「はいはい。じゃあ、また」

 

 

絵里ちゃんも金髪碧眼巫女として人気みたいだ。カッコいい枠で。流石クォーター、イケメン。

 

 

って感心してる場合じゃないね。にこちゃんがどっか行っちゃう。写真撮らなきゃ。これは使命である。

 

 

「いつまで写真撮ってんのよ!!」

「破魔矢っ」

 

 

本日2本目の破魔矢がおでこに刺さった。痛いってば。破魔矢。矢だからね、破魔矢。矢澤にこだから矢を使ったの?矢澤だけに。うん、関係ないね。

 

 

「…それにしても」

「何よ、まだ何かする気なの?」

「違うよ。もう破魔矢食らいたくないし。天童さんがいないなぁって」

「天童さん?別にいなくていいじゃない」

「いやまあそうなんだけど、普段見れない巫女姿を見に来そうなものなんだけどなぁ」

「そう?天童さんだって忙しいと思うし、そこまでして見に来ないでしょ」

「そうかなあ」

 

 

うーん、天童さんなら今日にこちゃん達が巫女になるのを知ってるはずだし、予定を調整するのはなんとでもなるはずなんだけど。

 

 

まあ、いっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい。じゃあ、また」

 

 

希達を見送った俺たちは、そのまま帰路に着く。初詣の願掛けは、きっとみんな同じことを願ったんだろうって穂乃果が言っていた。俺もそうだと思う。叶えてみせるさ。

 

 

「仲良しだね」

「姉妹みたいだにゃー」

「茜はちょっと違うな」

「茜は茜ね。あの3人の兄妹とはちょっと言えないわ」

 

 

全員仲良しだが、同学年同士はやはり特質して仲がいい。まあ、茜はにこにご執心だから家族に換算できそうにないが。

 

 

 

 

 

 

 

「…でも、もう3ヶ月もないんだよね。3年生」

 

 

 

 

 

 

 

「花陽、その話はラブライブが終わるまでしないと約束したはずですよ」

「分かってる。でも…」

 

 

…そう。

 

 

当たり前のことだが。3年生の4人は、この春卒業する。

 

 

どれだけあがいても、それは変わらない。変えられない。必ずやってくる別れの日なのだ。だからこそ、後ろ髪を引かれないように、この話題はラブライブが終わるまで封印することにしたのだ。

 

 

だからといって、花陽の気持ちがわからないわけでもない。どうしても「終わり」だと意識してしまう。

 

 

「3年生のためにも、ラブライブで優勝しようって言ってここまで来たんだもん!頑張ろう、最後まで!」

「うん!」

 

 

穂乃果の言う通りだ。そもそもラブライブに出ようって言ったのも、3年生の意志によるところが大きい。それに報いるためにも、絶対に優勝してみせる。

 

 

 

 

 

…でも。

 

 

 

 

 

このまま別れに背を向け続けたとして。

 

 

 

 

 

本当に、笑って最後まで走り抜けられるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、にこちゃん」

「ありがと。…って言っても、大したことはしてないわよ」

「あら、そんなことないわよ。あっちこっち走り回って大変そうだったじゃない」

「僕が途中で力尽きたくらいだもんね」

「それは茜に体力がないからでしょ」

 

 

あれからしばらく働いて、初詣の方々も減ってきたからにこちゃん達のお仕事も無事終わった。相当あちこち動き回ってたから途中で僕は死んだ。あんなに忙しいなんて聞いてない。

 

 

「いい加減体力つけなさいよ」

「うぇー」

「なによその変な声」

「抗議の悲鳴だよ」

「相変わらずやねぇ」

「本当にね。高校生活ももう3ヶ月もないのに」

「おっと絵里ちゃん、その話はしない約束だよ」

「あっ…ご、ごめんなさい…」

 

 

体力つけるという選択肢は無いよ。だって創一郎が動いてくれるもん。いや今日は動いてくれなかったからこうなってるのか。ううむ困った。でも運動したくない。とてもしたくない。

 

 

で、卒業の話題はラブライブが終わるまでしない約束だよ絵里ちゃん。

 

 

「まあ避けられないことだから気になるのはわかるけどねぇ」

「だからって気にして練習が身に入らなくなったらどうすんのよ」

「どっちかっていうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こともありそうなんだよね」

「じゃあどうすんのよ!!」

「破魔矢っ」

「何その遺言」

「遺言じゃないよ」

 

 

本日3本目の破魔矢をいただいた。流石にこれ以上破るべき魔は無いと思うんだけど。あと死んでないよ。生きてるよ。

 

 

まあそれはそれとして。

 

 

「どっちにしろ、僕らにできることはないよ。だって残るのはあの子たちだもん。卒業を前にして、どう乗り切るかは僕らには関われないことだ」

「それは…」

「もちろん何かしら手助けしてもいいんだけどね。()()()()()()()。だってこの先、手は貸せなくなる。僕らの手を借りなきゃ乗り越えられないようでは困る」

「でも、予算でごちゃごちゃしたときはなんとかしてたじゃない」

「1年生は?」

「え?」

「あの時は生徒会のメンバーにしか解決できなかった。()()()()()()()()ウエディングイベントの時だって、僕らが何もしなかったら無事切り抜けられたと思う?」

 

 

そもそも、あの時臨時のリーダーを立てるという案を考えたのは修学旅行中だった2年生と僕ら3年生だった。1年生だけでそれができただろうか。僕らの後押し無しで、1年生だけでリーダーを臨時で立てようとしたとして、凛ちゃんを説得できただろうか。

 

 

おそらく、僕や絵里ちゃんみたいな発言力の強い人の後押しがあったからしぶしぶ引き受けたようなものだったと思う。まあ穂乃果ちゃんのゴリ押しがあればやったかもしれないけど。そこはわかんないね。

 

 

わかんないから、この先僕らがいなくても大丈夫だなんて断言できないよね。

 

 

「僕らもう関われなくなる。だから見守れるうちに後輩たちだけで解決できるって確認しなきゃ多分安心できないよ」

「そうは言っても…」

「具体的にどうすんのよ。私たちに何もできないんじゃ、任せるしかないじゃない」

「うん。だから任せるんだよ」

「さらっと言うわね」

「そりゃね。僕だって君らばかり見てるわけじゃないから、きっと何かしらアクションを起こすって信じてる」

「何言ってるかわかんないわよ!」

「はふん」

 

 

前振りなんだからもうちょっと待ってよにこちゃん。

 

 

「創一郎がね。最近たまに渋い顔してるの」

「いつも渋い顔してるじゃない」

「ダンディな顔やね」

「そっちの渋いじゃないよ」

 

 

っていうか渋いどころかマフィアみたいなんだよ彼。いっつも執事みたいな服着てるから。そんなに気に入ったのその格好。ゆっきーが嬉しそうに執事服作ってるから逆に怖いんだよ。

 

 

「不味そうな顔してるの。きっとあいつはわかってるよ、別れから逃げていていいのかって。そもそも『逃げる』ことが頭に無いやつだし」

「そうなの?」

「だってほとんど物理で解決できるような生体兵器だよ?」

「そこまで言う?」

 

 

彼のヤバさは一回小脇に抱えられないとわからないかもしれない。人間が車を追い抜く様を見よ。あれはもう人間じゃない。

 

 

「だから、辛いものから背を向けるような選択に疑問を持つのは当然だよ。何かしら提言してくれるかもしれない」

「たしかに、ことりが帰ってきた頃からよく自分の意見を言うようになったものね」

「あと創ちゃんって言っても怒らなくなったね」

「そういえばそうね…。私はそう呼ばないから全然気にしてなかったわ」

 

 

豆腐メンタルの割にはちょっと成長してるからね、創一郎。そもそも物覚えは早いからね。舞台に関する仕事も恐らく僕がいなくても出来るようにはなってる。

 

 

ぶっちゃけ脳筋だと思ってた。ごめんね。

 

 

「……………ところで、茜はいつまでそこにいるの?」

「何か問題あるかな」

「いや、うちら…ずっと巫女服でいるわけにもいかないんやけど…」

「そりゃ大変だ」

「着替えるっつってんのよ!!はよ出てけバカ!!!」

「ゔぇあ」

「顔蹴った?!」

「かかとがおでこにクリーンヒットやね…」

 

 

そういえば君らまだ着替えてなかったね。忘れてたわ。いや悪気はないんだよ、にこちゃんの巫女服眼福おいしいありがとうございますって思ってただけだもん。はい僕が悪いです。

 

 

でも顔蹴るとね。

 

 

袴の中身が丸見えだよにこちゃん。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

お別れが近づいてきたということは、今作の(一応)主人公である波浜君も卒業なわけです。なので3年生サイドの様子も書きました。ついでにこっそり滞嶺君と凛ちゃんをいちゃつかせる遊び。今後もたまにやります。早く結婚しろ!
あとは白鳥さんがA-RISEご本人たちより落ち込んでるのもポイントです。自信満々でしたからね!急に湧いてきたオリキャラなので頑張って活躍していただきましょう。


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誰のための歌だったの?



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!新年度も始まりましたし、もっと頑張ります!
今回は少し短めです。なぜなら私も今年度から社会人だからです!新生活なんです!忙しいんです!!そして書きだめも無くなったんです!!!
でもむしろ大学生活より時間あるので普通に毎週いけると思います。令和に変わってからも、よろしくお願いします。まだですけど。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

新年早々の練習だよ。

 

 

まあ三が日くらいは休んだけどね。僕は沢山寝ようとしてたよ。寝ようとしてたのにそういう時に限って筆が捗るんだよ。30枚くらい油画書いたよ。今日うちに迎えにきたにこちゃんがむせてた。油画の絵の具って独特の匂いするからね。ごめんね。

 

 

まあそんなわけでストレッチ中。

 

 

「自由?選曲も?」

「はい。歌だけじゃありません。衣装も曲も踊りの長さも基本的に自由です」

「流石にあんまり極端なのはダメだろうがな」

 

 

何の話かって、ラブライブ決勝のお話。最後は何でもアリらしい。まあ、変に制限つけちゃうと本気出せなくなるかもしれないもんね。

 

 

「とにかく全代表が歌いきって…」

「会場とネット投票で優勝を決める、実にシンプルな方法です」

「いいんじゃないの?わかりやすくて」

「それで、出場グループのあいだではいかに大会までに印象付けておけるかが重要だと言われてるらしくて」

「印象付ける?」

「全部で50近くのグループが一曲ずつ歌うのよ?当然見ている人が全ての曲を覚えているとは限らない」

「特に問題なのはネット投票の方だ。全部を見る必要がないから、お目当てのスクールアイドルのライブ以外は見ないという人も多いだろう。紅白みたいなもんだ」

「A-RISEに勝ったからって、ライブまで見てくれるとは限らないもんね。他のグループは何かしら行動してくるだろうし、僕らも無言でいる場合じゃないよ」

 

 

内容自体は至極シンプルだけど、その本質はそうでもない。会場投票はともかく、ネット投票では「ネットでライブを見たくなる」ように誘導しなきゃいけない。

 

 

見えない誰かを誘導するのは難しいんだよなぁ。天童さんなら余裕なんだろうけど、僕にはそんな超能力は無い。プロフィール画面を華やかにするくらいだ。

 

 

「でも、事前に印象付けておく方法なんてあるの?」

「はい、それで大切だと言われているのが…」

「…キャッチフレーズだ」

「キャッチフレーズ?」

 

 

ライブやるとかではないんだね。まあこのタイミングでライブとか正気ではないしね。本番の曲に全霊を傾ける場面だし。

 

 

しかし、キャッチフレーズかあ。

 

 

キャッチフレーズの文字をデザインするなら得意なんだけどね。

 

 

内容考えるのはぶっちゃけ苦手なんだよなぁ。絵描いてる時は思いつくのに。

 

 

というわけでレッツゴートゥー部室。正確には部室に置いてあるパソコンの前。

 

 

「出場チームはこのチーム紹介ページにキャッチフレーズをつけられるんです」

「恋の小悪魔、はんなりアイドル、With 優…。なるほど、色々あるもんだな」

「当然、うちらもつけといた方がええってことやね」

「はい。私たちμ'sを一言で表すような…」

「しかし文字がかっこよくないなあ」

「そこに文句言うの茜くらいよ」

 

 

名は体を表す的なフレーズもあれば、色々狙いすぎて何言ってんだかわかんなくなってるのもある。よく思いつくもんだね。でも字がダサい。全員固定フォントみたいだから仕方ないけど。

 

 

「μ'sを一言でかあ…」

「うーん…」

「9人組…」

「創一郎はちょっと黙ってて」

「違う、11人組か」

「ちょっと黙ってて」

 

 

まあ字体に文句言っても仕方ないので考えるけど、流石にそんなポンと出てくるもんじゃないね。あと創一郎はね、あれだよ、センスに期待できないから。

 

 

そして案の定期待できないキャッチフレーズを捻り出した創一郎。黙っててって言ったらしゅんとしちゃった。豆腐メンタルめ。

 

 

「ちょっとー!茜くん!創ちゃんが凹んじゃったにゃ!!」

「そう言われましても」

「…ハッ!ナインライブズはどうだ?!」

「まさかの射殺す百頭」

 

 

このリアルバーサーカーめ。

 

 

「文句言うならお前が案出せよ」

「そうにゃそうにゃ!」

「何で君ら結託してんの」

「やめときなさい。茜のネーミングセンスって、悪いとは言わないけどなんか大袈裟だから」

「ひどい言われよう」

「事実じゃないの。あんたの絵の題名カッコつけすぎなのよ」

「そうかなぁ」

 

 

そんなつもりは無いんだけど。ただの絵の印象だもの。

 

 

「じゃあ何かキャッチフレーズ考えてみなさいよ」

「うーん、そう言われても…ぬぬぬ、『イレブンナイン』とか…」

「何よそれ」

「半導体かよ」

「創ちゃんといい勝負にゃ」

「…………今のといい勝負なのか…」

「流石に今のは冗談だよ」

「冗談といい勝負なのか…」

「わぁめんどくさ」

 

 

凹みすぎでしょ。いい加減豆腐メンタル治しなさいよ。

 

 

「真面目に考えるとしたら『九重の神唱舞踏』とか」

「やっぱり大仰じゃないの」

「うそん」

「中二かよ」

「創一郎黙って」

 

 

創一郎よりはマシでしょ。ダサくはないでしょ。

 

 

結局、誰からもいい案は出なくてこのまま今日は解散になった。かっこいいと思ったのになあ、九重の神唱舞踏。「舞踏」より「舞踊」の方がよかったかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、今日は自宅に向かってる。毎日にこちゃんの家に行ってるわけじゃないからね。お仕事もしなきゃいけないし。

 

 

今度の個展にはどれを出すか考えておかなきゃなーって思ってるときだった。

 

 

 

 

 

 

「…お久しぶりかな?白鳥君」

「ああ。まあそこまで久しぶりでもないけどな」

 

 

 

 

 

 

僕の行く先に、白鳥渡君がいた。A-RISEのマネージャーさん。なんか用かな。浮かない顔してるけどどうしたのかな。

 

 

「…少しだけ話がしたい。いいか?」

「いいよー」

「即答かよ…むしろちょっとくらい悩もうぜ」

「どうせ暇だからね。うち来る?」

「数回しか会ってない人を自宅に上げるとか正気か…?ってかもう夜だぞ、ご家族に迷惑じゃないのかよ」

「僕にはご家族はいないから大丈夫だよ」

「素のテンションで言うことじゃ無かったぞ今の」

 

 

どうやらお話があるらしい。いいよ。気になるし。でも寒いし家の中でね。何なら一枚くらい絵持ってってもいいよ。いっぱいあるし。

 

 

少し歩いて自宅に案内する。あーしまった、そういえば調子に乗って油画描きまくった後だった。これは油画初心者にはよろしくない。

 

 

「お、お邪魔しまー…っ、うぇっ!な、何だこの…何だ?!」

「油画の匂いだよ」

「あ、油画?!なるほど揮発性の油の匂いか!いや臭いとは言わないがキツイな?!」

「おや、臭いって言わないの?珍しい」

「えっ臭いのが正解なのか?!」

「だってよく言われるから…」

「切ないな!それでいいのか君!!」

 

 

家に入った瞬間からしかめっ面をされた。まあそうなるよね。慣れないとね、この匂いはね。ごめんね。

 

 

「まあ匂い自体は我慢するにしても、この匂いの中で料理する気が全く起きないな…香りが移りそうだ」

「死にはしないから大丈夫だよ」

「大丈夫の判定が緩すぎねえか?」

 

 

僕は毎日ここでご飯食べてるんだから大丈夫だよ。いやたまににこちゃん家で食べるか。まあでもたまにだし。2日に1回くらいの頻度だし。

 

 

「まあいいじゃんそんなこと。それより何の用だっけ。要件の前にご飯食べる?」

「今俺料理する気にならないって言いませんでしたっけ?」

「僕が作るからいいじゃん」

「料理に臭いが移りそうって言ってんだからだれが作るとかの問題じゃないんだよ!」

「とりあえずカレーでいい?」

「話を聞けッ!!!」

 

 

やっばい白鳥君イジりとても楽しい。

 

 

まあそれだけじゃなくて、ちゃんと元気になったみたいだし結果オーライだ。そう、まさに予想通り、狙い通り。狙ってやったんだよ。面白いからイジってたんじゃないよ。ほんとだよ?ごめん嘘面白かっただけ。

 

 

「まあ冗談は置いといて」

「本当に冗談だったか??」

「何で僕こんなに信用無いのかな」

「君は自分の行動を省みるとかしないのか…?」

 

 

なんか前に絵里ちゃんにも似たようなリアクションされた気がする。

 

 

「で、要件はなんなのかな」

「散々好き勝手言っておいてすんなり本題に入るのかよ」

「いいじゃん。さあ本題プリーズ」

「はぁ…」

 

 

あれっまた元気無くなっちゃった。

 

 

「A-RISE…ツバサたちはさ。ラブライブっていう目標を失ってもまだスクールアイドルを続けている。やっぱり好きなんだろうな。あいつらも俺ももうすぐ卒業だけど、それまで精一杯やりきろうって決めたんだ」

「それはよかった。僕らは優勝するぞってのに、君らが意気消沈してたら創一郎あたりがキレそうだし」

「キレるの君じゃないんかい」

「僕は温厚だから」

「温厚っつーか…掴み所がないの間違いじゃ…」

 

 

失礼な。天童さんみたいに言わないでよ。

 

 

「…まあ、それはいいんだけどさ」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

「…俺たち、何で負けたんだろうってさ。どうしても、引っかかるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと沈黙した。

 

 

何を言おうか迷ったから、絵筆とパレットナイフを持って白紙のキャンバスの前に立った。

 

 

「…僕らはね。楽しかったんだ」

「…何の話だよ」

「スクールアイドル。ただ楽しかっただけなんだ。やりたかっただけなんだ」

 

 

床に置いてあったパレットを拾って、一気にキャンバスに色を重ねていく。僕と創一郎を含めたμ'sのみんなを中心に、たくさんの観客を描いていく。

 

 

「楽しかった。本当に。こんなに楽しいんだから、みんなに知って欲しかった。最初は廃校を防ぐために始めたくせに、自分たちが楽しくて仕方なかったから、みんなに楽しいって思ってほしくて仕方なかったから、こんな大舞台まで来ちゃった」

 

 

キャンバスを埋め尽くすほど観客を描いてから、絵筆は放り投げた。そして次はドライヤーで無理やり乾かして油絵の具を乾かしていく。

 

 

「そして思い出が欲しかった。勝っても負けてもいい、大事な人の心に残るライブがしたかった。楽しい思い出を残したかった。出来るだけみんなの記憶に焼き付けたかった」

 

 

油画特有のにおいが広がったけど、おかげで絵の具は乾いた。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

絵を描くと、僕は心が整理できる。

 

 

「自分だけじゃできないことも知っていた」

 

 

僕もみんなもキャッチフレーズに困ってたみたいだけど。

 

 

こうして絵を描くと、インスピレーションは無限に湧いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっとμ's(ぼくら)は、みんなで叶える物語だったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何だよそれ。結局なんで俺たちは負けたんだ」

「A-RISEって、すごく勝利にこだわってたよね」

「そりゃな。前回もそうだったし、むしろ前回王者ってことでさらに気合い入ってたな」

 

 

白鳥君は「何言ってんだこいつ」って顔してる。失礼な。芸術センスを鍛えなさい。

 

 

「勝つって大変だよ。他の全てを乗り越えなきゃいけない」

「ああ、大変だった。ダンスも歌も、どこよりも誰よりも必死に全力で練習した。…勝てなかったけどな」

「うん、経験や練習量で言ったら、きっと僕らは叶わない。だってそもそもA-RISEは歴史がμ'sより長いもんね」

 

 

そう。経年の功は馬鹿にできない。A-RISEはメンバーが一年生の時からやっていたはずだから、単純にμ'sより歴史が2年長い。2年の経歴を埋めるのは並大抵のことじゃなくて、どれだけ効率よく練習してもひっくり返せはしなかったと思う。

 

 

なら、何故勝てたのか。

 

 

「やっぱり、誰かのためにって、強いんだ」

「…」

「これがμ'sの絵」

「…この短時間で気持ち悪いクオリティの絵を描けることにはツッコまないでおく」

「そうして。まあ、正確にはμ'sが見えている世界の絵、かな」

「まあそんな感じかもな」

 

 

僕は右手に持ったパレットナイフを構えた。

 

 

油画に詳しくない人にはパレットナイフの用途ってわかんないよね。

 

 

 

 

 

 

これ、塗って乾いた絵の具を削ぎ落とす道具なんだ。

 

 

 

 

 

 

「そして、A-RISEは…こうだったんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

パレットナイフを振り抜く。

 

 

何度もキャンバスの表面を削り、観客を消していく。

 

 

「勝つっていうのは、きっとこういう景色を見ることなんだ」

「………………」

「これで、観客を魅了できたと本当に思う?」

 

 

ちょっと絵の具を足して、μ'sをA-RISEに変える。キャンバスに残ったのは、A-RISEの3人と、削られた跡が残る白いキャンバスだけだった。

 

 

「見えてた?」

「…何がだよ」

「共感する観客が。感動する聴衆が。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…ふん」

 

 

白鳥君は目を伏せて鼻で笑ってきた。鼻で笑うのはまっきーみたいで良くないよ。腹立ちぬ。

 

 

「見えるわけないだろ…。そんなこと、求めてなかったんだから」

「…」

「負けたくなかった。勝ちたかった。それしかなかった…。そう、そうだよな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

白鳥君の声はちょっと震えていたけど、なんだか納得したような言い方だった。よかった、反論されたら困るところだった。

 

 

「3年目にして忘れてしまったな…。聴いてくれる人がいたからここまで来れたのに」

「いいんじゃない、卒業する前に取り戻せたんだし」

「いいものかよ。もう終わっちまう」

「え、終わるの?」

「はあ?卒業するんだぞ俺たち」

 

 

なんかエンディングみたいな口ぶりしてる。

 

 

「え?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………………………………………………………………………………」

「どうしたの」

「そ、その手があった!!!!!」

「えっ思いつかなかった感じ?」

「やっぱり君に聞いて正解だった!!すまん、今すぐ考えをまとめたいから帰る!!聞いてくれてありがとう、じゃっ!!」

「えっちょ」

 

 

雷でも食らったみたいな顔して稲妻みたいなスピードで出てった。何なのさ。ご飯も作ってくれなかったし。しょぼんぬ。今度奢ってもらおう。

 

 

まあでも、いいキャッチフレーズも思いついたし、白鳥君も元気になったし、よかったよかった。

 

 

と思ってたらメールが来た。穂乃果ちゃんからだ。嫌な予感しかしない。

 

 

 

 

 

『明日、お昼に私の家に来て!お餅つきするから!!』

 

 

 

 

 

だからさ。

 

 

僕に肉体労働させるなってば。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

白鳥君が名案を閃いた模様です。頑張れ白鳥さん。松下さんとか藤牧君より出番多そうな白鳥さん。
何気に波浜君が「μ's」を「ぼくら」と呼ばせたのが気に入ってます。


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お餅つきは非力な人がやっていいもんじゃない



ご覧いただきありがとうございます。

前回またお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!
そして前回でついにUA10,000を突破しました!!まあ話数を重ねればいつかは到達するとはいえ、なんだか大台に乗った気分です!これからも頑張ります!!記念話とかも書ければいいんですけどね!あんまりなさそうですごめんなさい!!

今回はタイトル通りお餅つきです波浜君は餅つきして大丈夫なんでしょうか。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「お餅つきすると僕は死ぬんだよ」

「バカなこと言ってないで行くわよ」

「ひい」

 

 

というわけで、お餅つきするからって穂乃果ちゃんから呼び出された僕の逃走劇は失敗した。さすがにこちゃん。でもよくよく考えたらμ's全員集まるなら創一郎がなんとかしてくれるかもしれない。きっとそうだ。パワー担当は創一郎。僕は裏方担当。うん。

 

 

というわけでいっぱい厚着して外に出るさーむーいー。

 

 

「ほらそんなに厚着してないで」

「ああん」

「気持ち悪い声出さないで。昔着膨れしたまま転んで起き上がれなくなったの、忘れてないでしょうね」

「今は昔より筋力あるよ」

「無いわよ」

「断言されるとは」

 

 

あるよ。ちょっとは。握力13kgくらいにはなったよ。すごいでしょ。凄くないの?

 

 

上着の数枚はにこちゃんにあっさり脱がされたので、仕方なく震えながら穂乃果ちゃんのお家に向かう。さーむーいー。

 

 

寒いけど頑張って歩いて、穂乃果ちゃんのお家に着いた。穂乃果ちゃんは法被を着て色々用具を運んでいる。よく杵やら臼やらあったね。いや和菓子屋だから普通なのかも。普通かなあ?

 

 

というか、臼を運んでるのは創一郎だね。

 

 

鉢巻して上半身裸だけど。

 

 

冬に。

 

 

なんで上裸なのさ。裸祭りじゃないんだから。

 

 

「うわっ何してんのよ創一郎」

「ん?にこと茜か。見てわかるだろ、臼運んでる」

「そこじゃないよ。何で上裸なのか聞いてるんだよ」

「暑かったら脱ぐだろ」

「脱がないわよ」

「そもそも暑くないよ」

 

 

裸族か君は。

 

 

呆れていたら、穂乃果ちゃんの家の中から見覚えのある年中コート野郎が出てきた。おひついっぱいのもち米を抱えて。

 

 

「おい穂乃果、もち米はここでいいのか」

「うん!ありがとう桜さん!」

「うわぁごく自然に桜が高坂家に馴染んでる」

「馴染んでねー。つーかなんで茜がいるんだ」

「呼ばれたんだよ」

「μ's全員呼ばれてるのよ」

 

 

桜がなぜか高坂家の方々と一緒に準備してる。仲良しじゃん。外堀埋められてるじゃん。もう結婚しなよ。

 

 

「…しかし、炊いた米を叩くだけで餅になるんだから不思議だな」

「アミロペクチン同士の絡まりが原因だろう。多数の枝分かれを持つ高分子の接触機会を増やせば、互いに絡まることは容易に想像できる。何度も潰し、混ぜ合わせる過程で複雑に絡まりあい、高分子素材特有の柔軟性を示すのだろう」

「あー、簡単に言うとわたがしみたいなもんだよ。わたがしの糸一本はただの甘い糸だが、沢山集まって絡まるとふわふわになるだろ。あれだ」

「さすが天童、例えがわかりやすい」

「わかりやすいんですが、それ以前に知識量がすごいですよね天童君」

「餅つき用の補助外骨格を作ってきた」

「わぁみんないる」

 

 

喋った順に、ゆっきー、まっきー、天童さん、御影さん、松下さん、湯川君もいた。ほんとにみんないるわ。他にも音ノ木坂の子たちもいる。多くない?

 

 

「てゆーか湯川君も来たんだね」

「ああ、花陽が呼んでくれた」

「ん?反復する癖無くなったね」

「ああ、無くなった。完全ではないが治した」

「治るのあれ」

「いや…自力で治したなんて事例は聞いたことないぞ…?」

「自身の状態にまで天才的適応力を発揮するか…興味深いな…」

「チートだチート」

 

 

湯川君もいるのはびっくりだ。あと話し方がかなり自然になってる。天童さんとまっきーがびっくりしてるから相当だと思う。さすがチート筆頭。

 

 

「しかし何で餅つき…。できるのかよ穂乃果」

「お父さんに教わったもん!」

「こねる側が俺ってのも不可解なんだよ」

「いっくよー!!」

「聞けよ」

 

 

そんなハイパー男子軍団を放っておいて、穂乃果ちゃんは餅つき開始5秒前だ。てゆーか穂乃果ちゃんが杵持つのね。桜じゃないんだね。

 

 

で、始まった餅つきは普通に上手だった。穂乃果ちゃんパワーあるね。桜もなぜかうまい。まあ一応音楽の天才だからテンポが一定なら無敵ではある。たまに忘れそうになるけど桜は音楽の天才なんだよね。

 

 

「凛ちゃんやってみる?」

「やるにゃー!」

「おいこっち変われよ」

「俺が変わります」

「だから何で男がこねる側なんだっつーの」

 

 

創一郎と凛ちゃんだと余計にアンバランスだね。

 

 

「真姫ちゃんはやんないの?」

「いいわよ。それより何で餅つきなの?」

「在庫処分?」

「違うよ。なんか、学校のみんなや助けてくれた人たちに何のお礼もしてないなって」

「お礼?」

「うん。最終予選突破できたのってみんなのおかげでしょ?でもあのまま冬休みに入っちゃって、お正月になっちゃって」

「まあそれはいいんだけどなんでお餅つきなの」

「そうよ。お餅にする必要ないじゃない」

「だって他に浮かばなかったんだもん!」

「ほむまんでも配ってろよ」

「面白くないじゃん!」

「お前は何を求めてんだよ」

 

 

まあ要するにパッと思いついたことをやったわけね。さすが穂乃果ちゃん。行き当たりばったり。

 

 

っていうか知らぬ間にどんどん桜への敬語が消えてってるね。いいのかな。

 

 

「それに、みんなと会えばキャッチフレーズが思いつきそうだなって」

「思いつく?」

「「お餅つきだけに」!」

「…にこちゃん、茜くん、寒いにゃー」

「にこも茜もそれは無いわ」

「センスゼロだなお前ら…」

「悪かったわよ!ついよ、つい!」

「僕はにこちゃんとシンクロできたから満足でぶふぇ」

 

 

いや今の流れは「お餅つきだけに」でしょ。にこちゃんも言ってたし。僕は悪くない。悪かったとしても僕は満足。でもにこちゃんには殴られた。ひどい。

 

 

そして今度はお餅をつく側が凛ちゃん、こねる側が創一郎でお餅つき二回戦。桜も言ってたけど役割逆じゃないかな。いやでも確かに創一郎が杵を振り下ろしたら地球も割れそう。アラレちゃんかな?

 

 

「創ちゃんいくよ!」

「おう、こい」

「危なーい!!」

「うおっどうした亜里沙。危ないのはそっちだ」

「創一郎さんが怪我したら大変!」

「叩こうとしたわけじゃないにゃ」

「叩かれたとしても怪我しねぇよ」

「つーか、何で俺は心配されなかったんだ?」

「μ'sじゃないからじゃないの」

 

 

お餅つきを始めようと凛ちゃんが杵を振り上げたその時、絵里ちゃんの妹の亜里沙ちゃんが創一郎に飛び込んでいった。創一郎は相変わらずの謎反射神経で亜里沙ちゃんをキャッチした。どうやらお餅つきが攻撃に見えた模様。お餅つき見たこと無いんだね。っていうかいつのまに来てたの。

 

 

「安心しな。これは餅つきだ」

「??」

「餅つきっつーのはな…」

「創一郎って子供の相手は上手だよね」

「弟がたくさんいるからかな?」

 

 

まあ面倒を請け負ってくれるならありがたいことだね。頑張れ創一郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お餅……………スライム?」

「すごく嫌な例え方」

「食べてみて。ほっぺたおちるから」

「落ちないよ」

「茜は黙ってなさい」

「ああん」

 

 

お餅は初見の人にはスライムに見えるらしい。いや見えないでしょ。さすがにスライムよりは硬いよ。いやもしかしたらロシアのスライムはこんなもんなのかもしれない。そうかなぁ。

 

 

「…おいしい!」

「言っただろ。餅は美味しい食べ物だ」

「はい!とっても美味しいです!」

「お父さんと娘さんみたいだねこれ」

「お、お父さん?!」

「なんで凛ちゃんがリアクションするのさ」

 

 

創一郎が超優しい人になってる。やばい面白い。完全にお父さんだこれ。でもそこで凛ちゃんがうろたえるのはよくわかんない。そんなに創一郎がお父さんには見えないかな。

 

 

「お、本格的だねー」

「へいらっしゃい!」

「ラーメン屋かよ」

「いらっしゃいヒフミのお嬢さんズ」

「波浜先輩は餅つきしないんですか?」

「するわけないじゃん。僕は裏方作業スタッフだもの」

「ふーん」

「あれっにこちゃん何で僕の袖を引っ張ってるの」

「はいこれ持って」

「これ杵」

「うん、杵」

「せめてこねる側がいいんだけど」

「さっきから間違った役割をやる流れじゃないの」

「そんな流れを踏襲しなくていいんだよ」

 

 

音ノ木坂の生徒たちも集まってきたところで、なぜか僕に杵が託された。そんなバカな。でもにこちゃんに任されたら頑張るしかない。

 

 

「おい、茜が餅つきするのか?やめておけ、腰を悪くするぞ」

「いや、これはいい余興ってやつさ。くぅー疲れましたwこれにて完結です!」

「それ終わっちゃうやつだよ天童」

「間違ってはいないさ。あの姿勢を見ればわかるだろう?間違いなく振りかぶった瞬間に腰が抜ける」

「見てわかるのは藤牧さんくらいだと思いますけど…」

「何でもいいから早くしろよ。こっちはついた餅を必死に千切って分けてんだから」

「…なんで水橋桜は当然のように手伝っているんだ?」

「外骨格を貸そうか、茜」

「くそうみんなしてバカにしよって」

 

 

なんだか男連中が煽ってきたのでムカついてきた。

 

 

やってやるわい。

 

 

「ほらやるよにこちゃん」

「はいはい」

「ふんぬっ」

 

 

というわけで、気合いを入れて杵を振り上げ…るのに既に苦戦してる。重いよこれ。

 

 

仕方ないので気合いを入れて。

 

 

ふんぬっ。

 

 

ってやったら。

 

 

 

 

 

腰がパキッていった。

 

 

 

 

 

「あ゛う」

「おい今パキッつったぞ」

「だろうと思った。ほら見せてみろ。湯川氏、マイクロミケランジェロを」

「わかった。マイクロミケランジェロを」

「やっぱだめかぁ…」

「にこちゃんよ、まあわかってた展開ではあるが、もうちょい慌ててあげようぜ」

「どうせ藤牧さんとか湯川くんが治してくれるので」

「だいぶ茜を痛めつけるのに慣れてらっしゃる」

「慣れてない!」

「ペレストロイカ!!」

「だから何なんですかその殴られた時のリアクション」

 

 

これにて僕はノックアウト。無理でした。無理だよ。言ったじゃん、餅つきすると死ぬって。いやこんな死に方は想定してなかったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな来てくれてよかったですね」

「冬休み中なのに随分集まったわね」

「みんなそんなにお餅好きだったのかなー」

「好きだよー、美味しいもん」

「万人が好きなわけではねーだろ」

「君たち何を何事も無かったかのように締めようとしてんの。僕は腰が崩壊したというのに」

「治してもらえたんだから文句言うんじゃねえよ」

「腰に直接ブスリと腕がぶっこまれて怖くないわけないじゃん何あれほんとにホラーなんだけど」

 

 

お餅つきも無事に…いや僕は無事じゃなかったんだけど、さも無事であったかのように締めるμ's+桜。他の人たちは帰った。 まったく、僕は腰ブレイクを引き起こしたというのに。ぷんぷん。

 

 

しかもまっきーは細い針みたいなのが生えた手袋を湯川君から受け取ると、それをグサッと僕の腰に刺してきたのだ。痛くないから余計怖かった。2分ぐらいで腰が治って余計に怖くなった。謎技術すぎるって。

 

 

「きっと、みんな一緒だからだよ」

「え?」

「みんながいて、私たちがいて…だからだと思う」

「何かわかるような…」

「わからないような…」

「いずれにしても僕はスルーされるわけね」

 

 

まあ穂乃果ちゃんが何かを掴めたならそれでいいよ。腰も治ったし。怖いけど。

 

 

「それがキャッチフレーズ?」

「うーん、ここまで出てる…」

「本当なのですか?」

「本当だよ!もうちょっとなの!もうちょっとでそうだってなる気がするんだけど…」

「みんながいて、俺たちがいて…?」

「何か僕この前そんなこと言った気がする」

 

 

何か白鳥君と話してる時に似たようなこと言った気がする。忘れたけど。

 

 

「まあ、突発イベントは終わったんだし、動いてたら何か思いつくかもしれないから練習しよう」

「まあ元々その予定だったしな。穂乃果、いいキャッチフレーズが出てきたら言ってくれ。じゃあ神田明神までいくぞ」

「うーん…」

「いつまで唸ってんだ。早く行ってこい」

「うん…って、桜さんは来ないの?」

「行くわけねーだろ。お前らの練習だろ?決勝見る時の楽しみが無くなるだろ」

「そっかあ…」

「早く行くわよ穂乃果!練習の時間も限られてるんだから!」

「わっにこちゃん待ってよー!」

 

 

とりあえず、今は練習だね。お餅つきが終わったからってそのまま帰るわけにはいかない。決勝のために頑張らなきゃね。

 

 

何だかんだ桜がμ'sのライブを楽しみにしてるって初めて明言してたけど、言わないでおいてあげよう。桜も穂乃果ちゃんも気にしてないだろうし。

 

 

「で、何でみんな走ってんのかな」

「餅食って元気出たんじゃねぇか?」

「お餅しゅごい」

 

 

いつの間にかみんな走って遠くに行ってしまっていた。早いよ。元気すぎだよ。仕方ないから僕も創一郎に乗って追いかけよう。追いかけるどころか余裕で追い抜くけど。

 

 

というわけで即刻追い抜いて、神田明神の階段の上で先に待ってることにした。この上からμ'sのみんなを待ってるのも、随分見慣れた光景だ。

 

 

創一郎の肩から降りて、みんなが来るまでうろついていると、あるものが目に留まった。

 

 

 

 

 

 

それは、びっくりするほど大量の、絵馬。

 

 

 

 

 

 

「凄い数ね…」

「お正月明けですからね」

「あれっみんな早かったね」

「ふふ、私たちも伊達に走り続けていませんよ?」

「頼もしい限りだよ。それよりこれ、みんな音ノ木坂の生徒のだよ」

「ほんとだ…」

「あっ、こっちも」

 

 

もう追いついてきたみんなにびっくりしつつ、絵馬を見せてあげる。「μ'sファイト!」とか、「μ'sがラブライブで優勝できますように」とか。沢山のμ'sを応援する絵馬がある。

 

 

「…ん?銀次郎の…」

「『μ'sと兄さんが最高のパフォーマンスを発揮できますように』だって!銀次郎くんいい子にゃー」

「いつの間にこんなの書いてやがった?」

「サプライズでいいじゃん。僕これ好きだよ、『μ'sの皆様がラブライブ!で最高の成績を残せますように!』って。内容はともかく字がすっごい綺麗だ。誰だろうこの「奏」って人」

「隣に雪穂と亜里沙のもあるじゃねぇか。こんなにも応援してくれている人がいるのか」

 

 

もちろん知っている人のものもあった。大量の絵馬のほとんどが僕らを応援する声だ。なんだか嬉しい。

 

 

そんな、みんなの応援を見ていた時だった。

 

 

「そっか…」

 

 

穂乃果ちゃんが、やっと何かを悟った。

 

 

「分かった!これだよ!!」

「何よいきなり」

「μ'sの原動力!何で私たちが頑張れるか、頑張ってこられたか!μ'sってこれなんだよ!!」

「これが?」

「うん!一生懸命頑張って、それをみんなが応援してくれて、一緒に成長していける。それが全てなんだよ!みんなが同じ気持ちで頑張って、前に進んで、少しずつ夢を叶えていく…!それがスクールアイドル、それがμ'sなんだよ!!」

 

 

例えば。

 

 

最初に、花陽ちゃんが応援してくれなかったら、初ライブは頓挫していただろうし。

 

 

沢山の人が応援してくれて、音ノ木坂の入学者数が増えなかったら、μ'sの存続自体も怪しかったかもしれないし。

 

 

そもそもラブライブ決勝とか夢の中の話だっただろう。

 

 

 

 

 

 

僕らの軌跡は。

 

 

 

 

 

 

この絵馬が証明してくれた。

 

 

 

 

 

 

「…それが答え?」

「うん!」

「わかった。練習終わったら、みんなでキャッチフレーズ入力しようか」

 

 

どれもこれも、いつだって。

 

 

誰かの応援があったから、ここまで来れたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラブライブ決勝、エントリーNo.11、μ's。

 

 

 

 

 

そのキャッチフレーズは。

 

 

 

 

「みんなで叶える物語」。

 

 

 

 

沢山の人の、夢と希望を乗せて。

 

 

 

 

僕らは、走り抜けよう。

 

 

 

 

最後まで!

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

男性陣をみんな連れてくると誰がしゃべってるのかわからなくなりますねこれ!大変です!なんとかしないと!
また、誰かさんの妹やら誰かさんの弟やらも名前は出てきました。今後も活躍するんでしょうか!!
あと水橋さんを出すとネタ感が増す気がします。


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真姫誕生祭:Love your life



ご覧いただきありがとうございます。

真姫ちゃん誕生日おめでとう!!滑り込みセーフ!!いやあ危ない…!!書いてる暇が意外となかったので!
間に合ってよかったですけど、代わりに本編が書けてないので今週はちょっとお休みします。土日のうちに書き溜めておかなきゃ…!!

今回は藤牧さんと真姫ちゃんの誕生日話。本編2年後くらい…真姫ちゃんが高校3年くらいの予定です。


というわけで、どうぞご覧ください。




真姫誕生祭:Love your life

 

 

 

 

「まっきー、もうすぐ真姫ちゃんの誕生日じゃんね」

「突然何だ?私が忘れるとでも?」

「いやあまりにも何も準備してないからもしかして忘れてるのかもって」

「何を言うか。私に限って忘れるなどあるわけがないだろう」

「じゃあ何で何の準備もしてないのさ」

「しているぞ。ケーキの材料は既に買ってある」

「ケーキ作んの」

「何か問題でも?」

「問題がないからびっくりしてんだよね」

 

 

真姫ちゃんの誕生日が来週に迫ってるというのに、まるでそんな気配を感じないまっきーに直接聞いてみたら、めっちゃまともな回答が返ってきた。やめてよ、逆に不安じゃん。

 

 

「ゲテモノケーキ作らないでよ?トマトケーキとか」

「何を言うか。トマトはケーキに合わないなどと決めつけるものではない。上質なトマトならば十分に甘みがあるのだから、そこには何も問題はない」

「まっきーが言うとほんとにできそうだから怖い」

「できそうなのではない。できるのだ」

 

 

あまり想像はつかないけど、まっきーができるって言うならできるんだろうなぁ。まっきーには。僕らにはきっとできないけど。

 

 

とか言ってるまっきーは、ちょうど診察を終えて自分の病院から出てきたばっかりなのに即出かける準備をしていた。どこいくのさ。

 

 

「もうすぐ夜なのにどこ行くの」

「瑞貴のところへ。頼んでおいた品がある」

「えっ、まっきーがゆっきーに直接お願いしたの」

「そうだ。ここぞとばかりに金を請求してきたがな」

 

 

まさかの個人依頼だ。まっきーは基本的に人に頼ることは無い(自力でなんとかなるから)ため、個人依頼なんて幻聴モノだ。いやマジで幻聴かもしれない。

 

 

「それは真姫ちゃんのために…?」

「当然だろう?誕生日なんだぞ」

「ごもっともで」

「…さっきから何を驚いている。俺がそんなに思慮が欠けているとでも?」

「欠けてるじゃん」

 

 

よくわかった。普段ぶっ飛んでるやつがまともなこと言うと、むしろ不安になる。

 

 

普段からまともな発言を心がけないといけないね。それを僕が言うかって?そこはね。敢えてね。

 

 

「ともあれ、私は準備万端だ。僅かな時間であっても完璧に仕上げるのが私だからな」

「いちいち腹立つよね」

「何度も言われたことだな」

「じゃあ直してよ」

「何故だ?」

「狂ってんなぁ」

 

 

何度も言ってるし色んな人から言われてるんだから直そうよ。

 

 

「とにかく、私の心配は要らない。じゃあな、約束の時間が迫っている」

「なんか釈然としない…まっきーはもっとクソ野郎だったはずなのに」

「お前は何を言っているんだ?」

 

 

いやまっきーはもっと空気読めない大魔王だったはずなんだけどなあ。まあ、いっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、ホームパーティー」

「そう。誕生日にパパがホームパーティーをするって言いだして…だから誕生日当日は二人で会う時間は少ないかも」

「ふむ、そうか…一応私も呼ばれたわけだし、会えないわけではないが」

「色々準備してくれてたみたいなのに、ごめんなさい」

「いや、いいさ。何処でも渡せるプレゼントも用意してある。予定通りとはいかないが、問題はない」

「うん…」

 

 

茜と話した2日後、真姫から誕生日にホームパーティーが開かれる旨を聞いた。

 

 

急な話だが、おそらく以前から準備はしていたのだろう。西木野先生は愛娘の誕生日パーティーを突発的に思いつくような人ではない。

 

 

私と真姫が交際していることは西木野先生もご存知だ。隠す意味もない。まあ交際相手が私であれば先生も反対しないであろうことは想像に難くないしな。そして知っているからこそ、真姫を経由して私に招待が来たのだろう。サプライズのつもりだろうか。

 

 

「どうした真姫、随分と浮かない表情だが」

「…そうね、蓮慈さんがしてくれた準備が無駄になっちゃったらって思ったら、ちょっと」

「そんなことを気にするんじゃない。私ならその程度何とでもなる」

「ほんとに何とでもなりそうだから嫌よね」

「何故嫌がる」

 

 

何故か真姫は不貞腐れてしまった。

 

 

「そうじゃないのよ」

「ん?」

「あなたが僅かな暇を費やしてしてくれた準備が無駄になるのが嫌なの」

「…相変わらず物分かりが悪い子だな」

「何よっ」

「茜や瑞貴…天童氏を見ていてもわかるだろう?恋人のために費やした時間はそれだけで尊い。無駄なんかではない、私は楽しかった」

「…………ふーん」

「照れるな照れるな」

「照れてない!」

 

 

真姫の機嫌はわかりやすい。何度も言われている通り、私は人の心情を読み取るのが苦手だが、真姫のことはよくわかる。

 

 

それはそれとしてだ。

 

 

こちらは無駄を作り出したつもりは毛頭ない。そもそもケーキなら材料さえ保存してあればいつでも作れるのだから気にすることではない。

 

 

その過程だけで充分愛を語れる。

 

 

結果にこだわらないのは学術的には不足だらけだが、心理的には問題ないようだしな。

 

 

 

 

 

 

そもそもだ。

 

 

 

 

 

 

「そんなに私の時間の無駄を気にするなら、今回のパーティー、私が取り仕切ってみせようか?」

「………………………へ?」

 

 

 

 

 

私は天才だ。

 

 

天童氏曰く、「人の至れる最大値」だ。パーティーの企画くらい造作もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで招かれたわけだけどさ」

「…あいつは相変わらず人を人と思ってないな」

「つってもまだまだ良心的だと思うぜ?ワタクシ天童さんは環境をいじってその人の限界を超えさせちゃうもん」

「自分で言うんすかそれ。…ま、無理な仕事を頼まれたわけじゃなかったし、それは正しいかもな」

「君たちは一体何を頼まれたのさ…」

「僕や御影君はただ招かれただけですからね」

「飯が少ねえな」

「花陽はどこだ?」

「ちょっと一部フリーダムすぎない?」

 

 

そうして迎えたパーティー当日。

 

 

集めたやつらの一部を見に来たが、ふむ、やはり常軌を逸したやつらしかいない。滞嶺氏、飯はまだ出てくるからそんなに焦って食うんじゃない。

 

 

「茜と桜は準備できているか?天童氏に頼んだ台本の通りに頼む」

「はーい」

「わかってる…ん?天童さんさっき限界を超えさせるとかなんとか言ってたが、まさかこの台本…」

「いやいやいやいや、天童さんそこまで鬼畜とちゃうよ?やるとしてもみんなが知らない気づかない時にしかやんないぜ?」

「天童氏、あなたもだぞ」

「わかっちょるわーい。自分を登場人物に突っ込むなんてなかなか無い経験だしな」

「天童さん何するんです?かませ役?」

「こら茜クン人を勝手にかませ扱いするんじゃありません」

「えっ天童かませじゃないの??」

「訴訟も辞さない!」

 

 

…頼んでおいてなんだが、本当に大丈夫かこの人。

 

 

まあ、人の行動予測に関しては人間の限界を超えたような人であるのは確かだ。信用するしかないだろう。

 

 

「それじゃあ、よろしく頼む」

「天童さんがいじられてるこの状況でそれだけ行って立ち去れるなんて」

「スピードワゴンはクールに去るぜ…」

「うるさいです」

「酷くない??」

 

 

とりあえずこいつらは放っておこう。

 

 

少し離れたところには別の役者もいる。

 

 

「ねえ見て見て海未ちゃん!見たことない料理がいっぱい!」

「穂乃果…ご飯を食べに来たんじゃないですよ?真姫の誕生日を祝いに来たんですから」

「でもご飯美味しそうだよね…!」

「ボルシチがある…!!」

「絵里ちゃんだけ感動のポイントが違うにゃー」

「えりちはロシア生まれやからねー」

「チーズケーキ美味しそう…」

「ことり、よだれ出てるわよ」

 

 

わざわざ説明する必要も無いだろう。

 

 

元μ'sの面々だ。

 

 

「真姫が到着するまでは自由に飲み食いしてくれて構わない。どうせ真姫が来たら料理も変わるからな」

「あっ藤牧さん!」

「お招きいただきありがとうございます」

「何を言う。君たちが招かれない方がおかしいだろう?真姫の誕生日だぞ」

「でも、ホームパーティーって言ってたので…もしかしたら誘われないんじゃないかなって」

 

 

少し答えに困った。

 

 

実際、西木野先生の招待リストに元μ'sは居なかったからだ。そりゃあ西木野先生の知人を呼ぶとなると病院の関係者ばかりだから仕方ないが、真姫の人生を変えた彼女らがいないのはさすがに良くない。

 

 

だから私が呼んだんだ。

 

 

「…君たちがいることは非常に重要だ。だからこそ呼んだ。…手筈の通りに頼む」

「てはず…」

「何きょとんとしてるんです。頼まれて練習したでしょう?」

「あ、あれか!」

「本当に大丈夫ですか穂乃果…」

「ボルシチ…」

「チーズケーキ…」

「ごはん…!」

「…食べたらええやん?」

 

 

何人か料理に夢中であったり忘れていたりするが、彼女たちは本番に強い。気にしなくてもいいだろう。

 

 

と、ここで携帯に着信があった。天童氏だ。

 

 

「藤牧です」

『こちら天童。定刻だ、シナリオ通りならあと1分23秒で会場に真姫ちゃん到着。茜と桜は準備万端』

「了解。手筈の通りに」

 

 

通話を切った直後。

 

 

一気に会場の照明が落ちた。

 

 

代わりに、スポットライトの光が一筋、会場の入り口に投げかけられた。まさにそのタイミングで、真姫が扉を開けて入ってきた。

 

 

真姫は燃えるような赤色の西洋風のドレスを纏っていた。私が瑞貴に依頼して作らせたものだ。中世のようにコルセットのついたドレスは比較的長身でスタイルのいい真姫によく似合う。

 

 

「えっ…ちょっ、何?どうなってるの??」

「さあ、真姫」

「えっ蓮慈さん?暗くて何も見えないんだけど…」

「安心しろ。ただの演出だ」

「だから何の?!」

「そりゃ誕生日パーティーのだろ」

「それはわかるけど!っていうかこのドレス初めて見たんだけど!」

「私からのプレゼントだ」

「えっちょ、は、早くいいなさいよ!何も考えずに着ちゃったじゃない!」

「服を着るだけに何を考えると言うんだ」

「色々あるのよ!」

 

 

戸惑っているのはわかるが、そんなにわちゃわちゃ言わなくてもいいんじゃないのか。

 

 

「とりあえず落ち着け。このパーティーの趣旨は思い出を思い出すだけなんだから」

「またわけわかんないこと言って…」

「さあ、目を閉じて。あの日のことを」

「いつよ」

「わかりきっているだろう?」

 

 

スポットライトの範囲外は何も見えない状態で、目を閉じさせる。

 

 

何を思い出させようとしているかといえば。

 

 

当然。

 

 

 

 

 

「高校一年生、入学当初のことを。君の人生を変えたμ'sの思い出を辿ろう」

 

 

 

 

 

そう言って、真姫のまぶたに触れる。真姫は一瞬びくっとして、おそるおそる目を開く。

 

 

その時には既に、スポットライトの周りにもある景色が投影されていた。

 

 

「…音楽室…?」

「そう。ここから始まったんだろう?」

「そう、だけど…どうやってここに来たのよ?さっきまで私の家にいたのに」

「何を言う。ただのプロジェクションマッピングだ」

「え?」

「プロジェクションマッピング。要するに映像だ」

「これ映像なの…?」

「茜が卒業してから随分経っているから忘れているかもしれないが、ヤツは天才だぞ」

「そうだったわね…」

 

 

リアルすぎて本物かと見間違うような、音ノ木坂学院の音楽室。茜のプロジェクションマッピングによって忠実に再現されているらしい。

 

 

そして、映像の中のピアノの前に、誰かが座っている。

 

 

「…私…」

「そう。ここで一人でピアノを弾いていたんだってな」

「うん。もう、まともに音楽することはないかもしれないと思ったから」

「ところが、そこに高坂が現れた」

 

 

映像の中の扉が突然開き、映像の中の高坂が真姫に話しかけている。

 

 

「懐かしいか?」

「そうね…腕立て伏せとかやらされたし」

 

 

茜や他のメンバーの意見も聞きながら作った映像。とてもリアルで、一瞬その場にいるかのような錯覚すら覚える。

 

 

その後も色んな場面へ(映像の中だが)移動する私たち。小泉の応援をして、そのまま自身も始めたスクールアイドル。先輩後輩を無くした日。合宿した日。解散しそうになった日。色んな思い出が詰まっている。

 

 

私が知らない真姫でもあり、私がよく知る真姫でもあった。

 

 

そして。

 

 

「ここは…」

「アキバドーム」

「…」

「μ's最後の日か」

「…」

 

 

最後に流れた映像は、アキバドームの裏口だった。

 

 

「真姫」

「何?」

「こうやって見返すと、君は茨の道を歩いてきたんだな」

「何よ急に」

「いや、何となくな」

 

 

真姫の手を引いて会場を歩くと、映像も流れていく。アキバドームの舞台には、実際のラストライブとは異なり、ピアノが置いてある。

 

 

「誕生日プレゼントなんだがな」

「うん」

「色々考えたが、やっぱり私は君が生まれてきてくれたことそのものを祝いたかった。生まれてきてくれたことそのものに感謝したかった」

「…」

「そのドレスも、本来用意するつもりだったケーキもその前座にすぎない。…私を救ったのは、μ'sの一人である西木野真姫だ。だからこんな映像を用意した」

 

 

私は真姫を愛すると同時に、その存在に感謝している。しかし、やはり彼女の人生を大きく左右したのはμ'sだろう。

 

 

「そのピアノは本物だ。さあ、弾いてみてくれ。好きなように、好きな歌を」

 

 

今日は彼女の誕生日だ。

 

 

私は大仰なプレゼントより、思い出を重視したのだ。

 

 

 

 

 

 

「…愛してる、ばんざーい」

「ここでよかった」

「私たちの今が、ここにある」

 

 

 

 

 

 

真姫の指が鍵盤に触れる。

 

 

ピアノの音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

「愛してる、ばんざーい」

「始まったばかり」

 

 

 

 

 

 

私は君を愛している。

 

 

その生誕に感謝している。

 

 

今日はそれが伝われば、それでいい。

 

 

 

 

 

 

「明日もよろしくね、まだ…」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「ゴールじゃなーい!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

「えっえ?!み、みんな?!」

「真姫ちゃん歌うよ!ほらセンター!」

「まっ、待って…!」

「演奏は桜さんがエレクトーンでしてくれるから!」

「ちょ、ちょっと!」

「もうなにしてんのよ!歌始まるわよ!」

「にこちゃんちょっと待ってってばぁ!何これ意味わかんない!!」

 

 

わちゃわちゃしているが、ちゃんと歌い始めたから問題ない。

 

 

さて、私も歌って伝えなければな。

 

 

 

 

 

 

そう、大好きだ、愛してると。

 

 

 

 

 

 

生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、歌い終わった後にはトマトを使った料理を用意したら凄くいい笑顔をしていた。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

かなりやっつけで書いてしまったので雑かもしれません…ごめんなさい。でも書きたかったんです!!
真姫ちゃん、物は何でも親に貰えそうなので物じゃないものをあげる感じにしました。物(ドレス)もあげてますけどね!!
藤牧さんのお話も早く書きたいですねー!


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アイドルグループって数年経つと初期メンバー全滅するよね


ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!!ちなみに前々回もいらっしゃいました!!真姫ちゃん誕で焦って見落としました!!はい極刑!!!私極刑!!!
さらに、前回からはなんと!☆10評価も新たにいただきました!!本当にありがとうございます!!ついに評価のあの…なんか…棒グラフ的なアレに赤色が見えるようになりました!!その瞬間閲覧数がモリッと上がって(当社比)ちょっと戦慄しております!!やだ私緊張しちゃう…。
これからも頑張って書いていきますので、応援していただけたら嬉しいです。

今回はアニメ二期終盤。どんなお話だったか、思い出せますか?μ'sの未来を考えるお話です。書いてる私が泣いてます。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

ちゃんとわかってた。

 

 

にこちゃんの笑顔は魔法のようで、それをみんなに届けなきゃって思って頑張ってた。

 

 

実際、すごくうまくいったと思ってる。だって、一番大きな舞台までたどり着けたんだから。

 

 

 

 

 

後悔はない。

 

 

 

 

 

でも、そんな魔法も終わりが近づいているのは…ちゃんとわかってる。

 

 

 

 

 

それをどうするかは、また別問題だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラブライブの本大会まであと1ヶ月。ここからは負荷の大きい練習を避け、体調の維持に努めます」

「練習、随分少ないんだね」

「うん、完全にお休みの日もある」

「白鳥くんとかに話を聞いて、本番に一番良いコンディションで臨めるように調整したんだよ。ほめて」

「筋肉への負荷を最低限にしてあるのか。これなら筋力が落ちる心配もない」

「ほめて」

「藤牧さんにも聞いたんでしょ?それなら安心よね」

「ほーめーてー」

 

 

本番まであと1ヶ月というところで、僕が各所から情報を集めて作ったスケジュールを公開した。白鳥くんとかまっきーとか天童さんとか、いろんな人に話を聞いて作ったんだよ。これ以上ないくらいパーフェクトなスケジュールだよ。ほめてよ。ほめろ。まっきーを安心の根拠にするんじゃない。悔しいじゃん。正しいけど。

 

 

「…穂乃果、聞いていましたか?」

「………う、うん。ごめん。あはは…」

「聞いてすらもらえないなんて」

 

 

ほめるどころの話じゃないじゃん。

 

 

「そういえば、亜里沙ちゃんと雪穂ちゃん合格したんでしょ?」

「うん。2人とも春から音の木坂の新入生!」

 

 

 

 

 

 

「亜里沙ちゃん、ずっと前からμ'sに入りたいって言ってたもんね」

 

 

 

 

 

 

…。

 

 

μ()s()()

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあもしかして新メンバー?!」

「ついに10人目誕生?!」

「お、おいお前ら…」

「ちょっと、そういう話は…!」

 

 

嬉しい報告にテンション上がっちゃって、ついそんなことを言ってしまったみたいだけど。

 

 

残念だけど。

 

 

亜里沙ちゃんは1()0()()()にはなれない。

 

 

もう僕を褒めるとかそんな場合じゃなくなっちゃったじゃん。

 

 

「…7人目、だよ。なれるとしたら」

「……あぁ」

「卒業、しちゃうんだよね…」

「どうやろ。にこっちは卒業できるかどうか」

「するわよ!」

「僕がついてるから大丈夫だよ」

「うっさい!!」

「へぶし」

 

 

ちょっとふざけてみたけど重い空気は変わらなかった。いやにこちゃんの一撃は痛いままだわ。そこは弱体化してよ。

 

 

「ラブライブが終わるまではその先の話はしない約束よ。さあ、練習しましょう」

「とりあえずストレッチして、そのあとランニングだね。各自のペースでやること。ほら創一郎、飲み物とタオルの準備するよ」

「…」

「創一郎」

「はっ。あ、ああ…」

 

 

みんな意気消沈してる場合じゃないよ。やることやらないと。ラブライブは、もう迫ってきてるんだから。

 

 

てか創一郎まで沈んでるんじゃないよ。僕らマネージャーがしっかりしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば穂乃果、何かあったんですか?」

「え?」

「顔見たらわかるよ」

 

 

ストレッチをしている二年生組が、そんな話を始めた。ちなみに三年生組はさっさとストレッチを終わらせてもう走りに行った。つまりにこちゃんに置いていかれた。かなしい。まあどうせ追いつけないんだけどね。走ったりしたらもちろん僕死ぬよ。

 

 

なお、穂乃果ちゃんに何かあったのは僕でもわかる。どう見てもテンション低いし。穂乃果ちゃんがテンション低いとか天変地異だもんね。嘘嘘ごめん言いすぎた。

 

 

「…雪穂にね、三年生が卒業したらどうするのって聞かれちゃって」

「そっか…」

「タイムリーかつダイレクトな話だね」

 

 

空気読むね雪穂ちゃん。

 

 

「穂乃果はどう思うんですか?」

「スクールアイドルは続けていくよ。歌は好きだし、ライブも続けたい」

「ふむ」

 

 

そこは悩まないんだね。

 

 

じゃあ、悩み事があるとしたら。

 

 

「でも…」

「…μ'sをどうするか。μ()s()()()()()()()()()()()。そういうことでしょ?」

「…………うん」

 

 

きっとみんな同じだろう。

 

 

スクールアイドルを続けるかどうかじゃない。そっちはみんなきっとやめる気はない。

 

 

 

 

 

 

じゃあ、μ'sはどうしよう?

 

 

 

 

 

 

僕らが抜けてもμ'sとして活動していくのか。

 

 

僕らが居なくなったらμ'sも終わらせるのか。

 

 

 

 

 

 

「とりあえずそろそろ走ってきなさいな。にこちゃんたち戻ってきちゃうし。軽くなら走りながらでも話せるでしょ」

「うん…じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。僕はお通夜ムードの一年生ズのお尻叩いてくる」

「えっ」

「…………比喩だよ?」

「あっ比喩かぁ」

「当たり前だよ」

 

 

マジでお尻叩いたらセクハラで逮捕されちゃう。逮捕しちゃうぞ☆ごめん今のなし。

 

 

というわけでテンションだだ下がりの一年生ズのもとへ。創一郎が一番テンション低いのはなんでさ。いや何でじゃないね。彼豆腐メンタルだもんね。

 

 

「ほらほら何してんの。他のみんなはもう行ったよ」

「「「「………」」」」

「返事がない」

 

 

ただのしかばねのようだ▼

 

 

いやいや生きてるけどさ。

 

 

いやテンションは死んでるか。

 

 

「…茜くんは、

「僕に何か言ってる前にいい加減ランニングしてきなさい。ノスタルジー感じてる間にライバルに差をつけられちゃうよ」

「でも…」

「勝ってよ」

「えっ」

「ラブライブ、勝ってよ。いやむしろ負けたら許さない。僕こう見えて負けず嫌いなんだから」

「負けず嫌い…だと…?」

「何で驚愕してんの創一郎」

「運動能力では負けることしか出来ないやつが…」

「そこに直れ筋肉お化け」

「誰がお化けだ」

「そこだけ抜き出してリアクションするのかぁ」

 

 

「筋肉お化け」でワンセットなんだよ。お化けだけ抜き出して返事しないでよ。この脳筋め。いやこいつ結構頭いいんだった。

 

 

「もう、何でもいいから早く行きなさいって。ほら創一郎も僕を肩車して」

「うん…」

 

 

無理やりにでも立ち上がらせて、ランニングに行かせる。僕も創一郎に肩車してもらってレッツゴー。せっかく天気はいいんだから外で走

 

 

 

 

 

 

ガンっ。

 

 

 

 

 

 

「あぐぇ」

「…っは?!し、しまった、茜をドア枠に…」

 

 

創一郎がボーッとしてたせいか、僕がぼさっとしてたからか、部屋の扉の枠に顔面クリーンヒットした。まあただでさえ創一郎背が高いもんね、ぶつかるよね。いつもなら創一郎も僕も避けるのだけど、今回は2人ともボーッとしてたから直撃した。

 

 

「す、すまん。大丈夫か」

「にこちゃんパンチに慣れてるから大丈夫」

「…にこは一体どんな力で殴ってんだ…?」

「それより君はシャキッとしなさい」

「あ?あ、おう…」

 

 

超痛いのは確かだけど、にこちゃんパンチみたいなもんだからね。愛のないにこちゃんパンチ。やだそれ辛いじゃん。

 

 

思いっきりぶつけた額やら鼻やらを気にしながらグラウンドに出る。みんなばっちりランニング中だ。2年生たちは何かしら話しながら走ってるけど。

 

 

何話してるか気になったから、創一郎に穂乃果ちゃんの近くに行くように頼んだ。そこそこ近づいたタイミングで穂乃果ちゃんが呟いた。

 

 

「…何で卒業なんてあるんだろう」

「なになに、穂乃果ちゃんは永遠の17歳をご所望なの」

「うわぁっ茜くん!」

「うわぁって酷いな」

 

 

創一郎の上にいるんだから気付きなよ。創一郎の存在感すごいじゃん。

 

 

穂乃果ちゃんがビビってる間に、にこちゃんが追いついてきた。

 

 

「続けなさいよ」

「にこ…」

「メンバーの卒業や脱退があっても名前は変えずにやっていく。それがアイドルよ」

「アイドル…」

「某48とか46みたいなね」

「某朝娘も忘れるな」

「そっ。そうやって名前を残していってもらう方が卒業していく私たちも嬉しいの。だから…うぐっ!いったぁ…!」

「その話はラブライブが終わるまでしない約束よ」

「弾力的には痛くなさそうに見えたけど大丈夫、にこちゃん」

「うっさい!」

「あふん」

 

 

にこちゃんが後輩に力説してたら、見てなかった前方にいた希ちゃんに体当たりしてた。見てるこっちとしては希ちゃんの胸部装甲に跳ね返されたように見えたけど痛かったのかな。でもまあ創一郎から降りて一応心配しにいったら拳が飛んできた。痛い。なんでさ。僕心配しに来たんだけど。

 

 

「わかってるわよ…」

「わかった上で、それでもにこちゃんは言いたかったんだよ」

「でも…!」

 

 

たしかに、センチメンタルにならないように卒業絡みの話はしない約束だった。

 

 

でもなぁ。

 

 

「ほんとに、それでいいのかな」

「花陽?」

 

 

言おうと思ったことを花陽ちゃんに言われた。しょっく。

 

 

「だって、亜里沙ちゃんも雪穂ちゃんもμ'sに入るつもりでいるんでしょ?ちゃんと答えてあげなくてもいいのかな。…もし私が同じ立場なら、辛いと思うから」

「俺も、理由は違うが思っていた。本当に…μ'sの行く先が不透明なままでいいのか」

「ふむ」

 

 

まあでも、一年生が未来のことを考えてくれるなら有難い話だけどね。

 

 

「かよちんはどう思ってるの?」

「え?」

「μ's、続けていきたいの?」

「…それは、」

「何遠慮してるのよ、続けなさいよ。メンバー全員入れ替わるのならともかく、あんたたち6人は残るんだから」

「遠慮してるわけじゃないよ?…ただ、私にとってのμ'sってこの11人で、1人欠けても違うんじゃないかって」

「私も花陽と同じ。…でもにこちゃんの言うことも分かる。μ'sという名前を消すのは辛い。だったら、続けていく方がいいんじゃないかって」

「でしょ?それでいいのよ」

「だが…にこ、絵里、希が抜けて、新しいメンバーが入ったこのグループを『μ's』と受け入れられるかと言えば…正直、自信がねぇんだよ」

「あーもーほんとに雑魚メンタルね創一郎!!」

「誰が雑魚メンタルだ」

 

 

一年生も悩んでるんだね。そりゃまあ悩むだろうけど。

 

 

μ'sという名を、残すか残さないか。

 

 

全員揃ってから一年も経っちゃいないけど、思い出の詰まったこの名前をどうするか。

 

 

てゆーか残して欲しいのはわかるけど、創一郎を雑魚メンタルとか言っちゃだめよにこちゃん。事実なんだから。

 

 

まあそれはそれとして。

 

 

「えりちは?」

「…私は決められない。それを決めるのは穂乃果たちなんじゃないかって」

「…え?」

「私達は必ず卒業するの。スクールアイドルを続けていくことはできない…。だから、その後の事は言ってはいけない。私はそう思ってる。決めるのは穂乃果たち。…それが私の考え」

「絵里……」

「そうやね」

「じゃあ茜は?」

「僕も同じだよ。僕らが卒業するのは変えられない。だとしたら、来年度の()()()()()()からしたら僕らは部外者なんだ。だったら僕らは口出しできない。するべきじゃない。…そう思うよ。わかったかい、にこちゃん」

「何で私に言うのよ!」

「さっき散々言ってたからだようぐっ」

 

 

やっぱり僕ら三年生が意見するべきじゃないと思うよ。

 

 

だって僕らは居なくなるんだから。

 

 

僕らナシで決めてもらわなきゃいけない。前も言ったけど、そうしてくれなきゃ安心して卒業もできない。

 

 

 

 

 

 

「だから、もういっそ決めて。話さないようにして後回しにするのももう限界だろうし、ラブライブ優勝の先、μ'sの着地点までちゃんと決めてしまおうよ」

 

 

 

 

 

前々から思ってはいたけどさ。

 

 

やっぱり、宙吊りのまま本番を迎えるわけにはいかない。

 

 

ちゃんと結論は出して、そこに向かって走って欲しいんだ。

 

 

にこちゃんの笑顔の魔法の、さらにその先を。

 

 

君達が、決めるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、結局話すことになっちゃったね」

「でも、仕方なかったと思います。曖昧な気持ちのまま大会に挑むのは良くなかったですから」

 

 

三年生以外の、俺たち7人で帰っている。…もちろん、俺たちだけでこの先のことを決めるために。

 

 

「どうするつもり?」

「私たちで決めなきゃいけないんだよね…」

「難しすぎるよ…」

「うん。…でも、絵里ちゃんや茜くんの言うことは正しいと思う。来年学校にいるのは私たちなんだもん、私たちが決めなきゃ」

 

 

こういう時、穂乃果は強い。どんなに困難でも、やらなければならないことからは逃げない。

 

 

…俺もそのくらいの気概があればいいんだがな。

 

 

「…」

「…?創ちゃんどうしたの?」

「………いや、」

 

 

…何となく警戒していたんだがな。

 

 

「今日は天童さんが不意打ち仕掛けて来ねえなと思って」

「おいおい俺が毎度毎度不意打ちしてるみたいに言うなよ…おっとアン、ドゥ、トロワっと」

「腹立つ避け方しますね」

「避けなきゃいけない状況がまずおかしいとお兄さん思うんですよ」

 

 

警戒していて正解だった。

 

 

「天童さん…」

「おうおうなんだ君達そんなネガティヴモードになりおって。いや何でかはわかってんだけどさ」

「…また何か助言をしに来たんですか」

「まあ、ほんの僅かの手がかりだけはな。そんな核心に触れるようなことを言うと君らの為にならんからな」

 

 

そう言って天童さんは俺たちの前に歩いていって、振り返る。

 

 

()()()()()()()()()()()()()。一番の問題は、それを受け入れられるかどうかだよ」

 

 

俺たちの前で堂々と立つ天童さんが言ったのは、それだけだった。

 

 

答えはきっともう出ている。

 

 

この中の、誰に言った言葉なんだ??

 

 

「あっそうそう、滞嶺君にはもう一つ言うことが」

「…何ですか」

「心の戦いも物理の戦いと同じだ。()()()()()()()()()()()()()。いつだって勝つのは迷わず信じて突き進むヤツだ」

「何の話ですか」

「さあな?」

 

 

何故だか、今までよりも直接的な表現が少ない気がした。天童さんなりに、何か思うところがあるのだろうか。

 

 

「何かあったんですか、天童さん」

「…さあな?」

 

 

いつもより切なそうな笑顔で天童さんは答えた。何かあったのは間違いないだろうが、その何かが全く読めない。いつものことではあるが。

 

 

「さ、どうせまた帰ったら考えることがあるんだろ。俺はさっさと退散するからみんなで考えな」

「いつもより帰るのが早いですね?」

「スピードワゴンはクールに去るぜ…」

「スピード…?」

「あーごめん何でもないでございます」

 

 

よくわからないことを言って、本当に帰ってしまった。どうしたんだあの人。

 

 

「…行っちゃった」

「何だったのかな…」

「答えは、もう出てる…?」

「はぁ、何が言いたいのか全然わからなかったじゃない」

「天童さんはいつもあんな感じだろ」

 

 

総員あっけにとられてしまったが、とにかくまずは全員家に帰るのが先決だ。天童さんの言葉はまた帰ったら考えることにしよう。

 

 

どうせまたみんなで相談するんだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「あ、穂乃果さん!」

「亜里沙ちゃん!来てたんだ」

「やっと帰ってきたのか。早くその子を連れてってくれ、作曲の邪魔でしかない」

「桜さんただいまー」

「おい俺がここに居るのが当然みたいにしてんじゃねーぞ」

「いつもいるじゃん!」

「いつもじゃねーよ!」

 

 

穂むらで作曲していたら、雪穂と亜里沙が来たのが1時間前くらい。それからひたすら作曲風景に興味津々なクォーターロリの相手をしていたから俺はもう疲れた。さっさと帰りたい。

 

 

「あの、穂乃果さん!ちょっといいですか!」

「ん?なになに?」

「えっと…」

 

 

いい感じに亜里沙の興味が穂乃果に移ったから、ノーパソを片付けてさっさと退散してやろう。

 

 

 

 

 

 

 

「みゅーず!ミュージック〜…スタート!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて事の無い、ただのμ'sの真似事だった。

 

 

だが、この瞬間、確実に時間が止まった。

 

 

俺も、茜からμ'sの状況は聞いていた。だからこそ、俺はこの純粋な憧れの刃の鋭さを察してしまった。

 

 

「どうですか!練習したんです!」

「………………………うん、バッチリだったよ!」

「本当ですか!嬉しいです!」

 

 

悪意なんて微塵もない。だからこそ、穂乃果は笑顔で答えるしかなかった。

 

 

だが。

 

 

 

 

 

 

 

「…私、μ'sに入っても問題ないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あはは…」

 

 

無知は罪であると。

 

 

この瞬間はきっと何より雄弁に語るだろう。

 

 

穂乃果が愛想笑いだけ残して去った後。帰るつもりだった俺は、亜里沙に声をかけた。

 

 

「…なあ、あー、亜里沙、ちゃん?」

「はい!」

 

 

呼びなれないせいで変な疑問形になってしまったが、当の亜里沙は元気に返事をしてきた。元気かよ。

 

 

「…君はさ。μ'sのどこが好きなんだ?」

「え?」

「さ、桜さん?」

「雪穂、すまん。静かに」

 

 

雪穂は俺が何を伝えようとしているか察したようだ。だが、邪魔はさせない。

 

 

これ以上、この子に罪を重ねさせないように。

 

 

知らせなければならない。

 

 

「えっと、μ'sのライブを見てると、胸が熱くなって…」

「ああ、すまん。そういうことを聞きたいんじゃないんだ」

「??」

「ライブのことはいい。()()()μ()s()()()()()()()

「どんな…μ's?」

「そう。誰がいる?」

「えっと、穂乃果さん、お姉ちゃん、海未さん、ことりさん、にこさん、希さん、花陽さん、凛さん、真姫さん!」

「ああ、そうだな」

 

 

ちゃんと9人全員言えるようだな。実際は茜と創一郎もいるんだが、あいつらは裏方だし別にいいだろう。

 

 

「なあ、亜里沙」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sに君が入っても、いや君じゃなくても雪穂でもいい。君たちが入ったら、それを君はμ'sと呼べるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………え?」

「そもそも、絢瀬…あー、君のお姉ちゃんたちはもう卒業するんだ。()()()()μ()s()()()()()μ()s()()()3()()()()()()()()。そこにとりあえず君と雪穂が入るとしよう。さあ、それはμ'sか?」

「…え、え?」

「桜さん…」

「雪穂、待て」

「…」

 

 

不安そうな雪穂を制して、少し屈んで亜里沙に目線を合わせる。混乱しているのが手に取るようにわかる。

 

 

「君は知らなければならない。μ()s()()9()()()()()()()()。卒業を迎えたら、二度と戻らない。今後何を埋め合わせても、君がどんな努力をしても。君が大好きなμ'sは戻らない」

「…!!」

「桜さん!なんでそんなこと…!」

「知らないわけにはいかない。彼女たちに憧れるのならば。あいつらが今、失われる今のμ'sと、その先についてめちゃくちゃ悩んでるって」

 

 

泣き出しそうな亜里沙にも容赦はしない。

 

 

むしろ容赦するわけにはいかない。

 

 

こうしなければ、亜里沙は自分が愛するμ'sを無意識のうちに傷つけ続けることになる!!

 

 

「さあ、答え合わせの時間だ」

 

 

最善のための選択肢は、きっと一つ。

 

 

酷な選択をさせることになるが。

 

 

 

 

 

 

「君は、μ'sに入るか?」

 

 

 

 

 

 

それでも。

 

 

彼女は、彼女たちは。

 

 

逃げてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………いいえ…、入り、ません。入れません…!!」

 

 

 

 

 

 

 

「亜里沙…」

 

 

亜里沙は、泣きながら俯いていた。

 

 

雪穂も、悲しそうな表情で亜里沙を見つめていた。

 

 

可哀想かもしれないが、こうしなければならなかったと思う。穂乃果たちが先に進むにしても、この子たちが先に進むにしても。

 

 

できないことは、できないと認めなくてはならない。

 

 

…そういう意味では、この瞬間、亜里沙は誰よりも大きな一歩を踏み出したのかもしれなかった。

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

さて、μ'sはどうなるんでしょうか。今回は波浜君は関与しないスタンスらしいので滞嶺君に頑張ってもらわなきゃいけないんですが…何せ彼は豆腐メンタルですから…。大丈夫かなぁ。
あとはいつも通りのチョイ役天童さん、短いながら久しぶりの活躍をする水橋君。年下の亜里沙ちゃんに懐かれてますが、彼がロリコンなわけではありません。ちゃんと理由があります。だから誤解しないであげてぇ!!笑


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その名の価値を教えて



ご覧いただきありがとうございます。

前回からもまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!!令和も頑張って参ります!!
今回は…まあ読んでくださればお話はわかるでしょう!!(丸投げ)
長めなので読むときはお気をつけください。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「よーし、遊ぶぞー!!」

「何事なの」

「いきなり日曜に呼び出してきたから何かと思えば…」

「休養するんじゃなかったん?」

「それはそうだけど、気分転換も必要でしょ?楽しいって気持ちをたくさん持ってステージに立った方がいいし!」

「そ、そうですよ!」

「今日暖かいし!」

「遊ぶのは精神的な休養だってテレビで言ってたし!」

「そうそう、家に籠ってても仕方ないでしょ!」

「休養にも色々種類があるってことだ。たまにはいいだろ」

「にゃー!」

「うわぁなんか怪しい」

 

 

日曜日。

 

 

練習予定では「休養」になってたこの日、何故か穂乃果ちゃんから呼び出されて11人集まっていた。どゆこと。僕ら三年生はびっくりしてるし、他の7人はなんか怪しいし。絶対何か企んでるじゃん。こわ。

 

 

てゆーか凛ちゃんなんて「にゃー」しか言ってないじゃん。

 

 

「何よ、今日はやけに強引ね…」

「ほら、それにμ's結成してからみんな揃って遊んだことないでしょ?一度くらいいいかなって」

「まぁいいんだけどさ」

「で、遊ぶって何するつもり?」

「うーん、バッティングセンターとか?」

「遊園地行くにゃー!」

「子供ね。私は美術館」

「えっと、私はアイドルショップに…」

「俺はジムに」

「バラバラじゃない!」

「統一性のカケラもない」

 

 

何でもいいんだけど予定決めてから誘いなさいよ。

 

 

「まったく、どうすんのこれ」

 

 

そんな色々挙げられても、全部行くわけにもいかないし。

 

 

 

 

 

 

 

「んー…じゃあ、全部!」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「はあ?!?!」」」」

 

 

全部行くわけにもいかないって今言ったじゃん。嘘言ってないわ。思っただけ。でも似たようなものじゃん。無理でしょ。

 

 

思わず一緒に叫んじゃったじゃん。

 

 

「行きたいとこ全部行こう!!」

「本気?!」

「うん!みんな行きたいところを一つずつあげて、全部行こう!いいでしょ?」

「何よそれ…」

「でもちょっと面白そうやね!」

「しょうがないわね…」

「えぇ…相当無理があると僕は思うんだけど」

「よーし、しゅっぱーつ!!」

「あーはい僕はスルーされる運命なのよねわかるわかるわかりすぎ」

 

 

僕がどうこう言ってもどうせ意向は変わらないもんね。もう着いて行くしかないじゃん。

 

 

体力保つかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずアイドルショップ。まあ近いからね。

 

 

「すごーい!これ全部μ'sだよ!!」

「ほんとにすごいことになってるね」

「あぁ…恥ずかしすぎます…」

「伝伝伝ブルーレイ完全版の予約特典は…?!」

「フリーダムか君ら」

 

 

知らぬ間にμ'sゾーンが出来上がってた。こうやって見ると僕もいっぱい商品出したなあ。印税とか見てなかったからどれだけ売れてるかは知らないんだけどさ。

 

 

あとちょくちょく大手も僕を経由しないで商品出してるんだね。知らなかった。

 

 

そりゃ知らなかったけどさ。

 

 

「…これは、俺か?」

「うわ僕じゃん」

 

 

なんで僕と創一郎もグッズ化してるのかな。割と数減ってるあたり需要あるのね。こわ。

 

 

「…」

「にこちゃんグッズも増えたね」

「うん」

 

 

にこちゃんは各メンバーエリアの、自分のエリアの前にいた。初めてここでμ'sのグッズを見た時のことを思い出す。

 

 

あの時みたいに泣かないけど。

 

 

頑張ってきた道のりがここに表れている気がする。

 

 

「…これ、だいたい茜がデザインしたんでしょ」

「よくわかったね」

「当然でしょ。幼馴染なんだから」

「さすがにこちゃん」

 

 

これは惚れる。ごめん既に惚れてた。

 

 

「もう少し…もう少しだけど、頼むわよ」

「もう少しとか言わないの。僕はいつだってにこちゃんの味方なんだから」

「…ふんっ」

 

 

たしかに、スクールアイドルとしてはもう残り少ない。でも僕はその後もにこちゃんの隣にいるつもりだからね。

 

 

だから、これからもよろしくね、にこちゃん。

 

 

「ぬぅっ?!これは最大人気を誇るにこまきバレンタインのブロマイド…!!」

「ぶぎゃる」

「ちょっ、茜ー?!」

 

 

しみじみしてたら何かレアものを見つけたらしい創一郎に吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わってゲーセン。

 

 

「うぅ…負けた…」

「ふふーん!これで宇宙ナンバーワンダンサーは私よ!!」

「前に負けたのが悔しかったんだね」

「だいぶ前のことなんだけどね」

「茜何か言った?」

「言ってましぇん」

 

 

にこちゃんが穂乃果ちゃんとダンスゲームをして見事に勝利していた。流石にこちゃん、随分前のことを根に持ってらっしゃる。言ったら顔掴まれたけど。痛い痛い。

 

 

「それよりも…」

「とりゃあ!!」

「でゃあ!!」

「あれはエアホッケーの動きじゃねぇだろ」

「エア(物理)ホッケーかな」

 

 

のぞえりコンビがエアホッケー…というか3Dホッケーしてた。何その挙動。卓球じゃないんだから。

 

 

「全くだ。それそういうゲームじゃねぇから!!」

「…天童さん暇なんです?」

「今日は珍しく暇だぜ☆」

「「うわぁ」」

「にこあかコンビからの冷たい視線!!」

 

 

いつのまにか隣にいた天童さんがペコちゃんみたいな顔でドヤ顔してきた。腹立つ。

 

 

「あっ、天童さんや。勝負します?」

「は?いや俺はやめとくぜ。そんな3次元ホッケーできねーし」

「はいどーぞ」

「あ、どーも…いやどーもじゃないんですけど絵里さんよ。何で俺に渡した?続きを俺にやれと??」

「行きますよー!」

「いや行きませんけどおっほぉおお?!?!」

「吹っ飛んだわね」

「吹っ飛んだね」

 

 

何故か巻き込まれた天童さんは、希ちゃんのスーパーショットを食らって見事に吹っ飛んだ。多分これもシナリオ通りなんだろうけど、何で天童さんは自らダメージを受けに行くんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お次は動物園。

 

 

「可愛いー!」

「何で穂乃果ちゃんとことりちゃんはペンギンの真似をしてんのかな」

「ことりはよくやってるからわからんでもない」

「別にペンギンをやってるわけじゃないと思うんだけどね」

 

 

すごくどうでもいいけど、ペンギンって動物園にも水族館にもいるよね。鳥なのに。

 

 

まあ、ペンギンモードの穂乃果ちゃんとことりちゃんはなかなか可愛いので写真撮っておこう。

 

 

「お、あっちはフラミンゴいるぜ」

「何で天童さんはついてきたんですか」

「暇なんだよ!!いいじゃん別に!!」

「そうやで。天童さんも色々助けてくれてるんやし」

「まあ希ちゃんが言うならいいけどさ」

「おっと逆説的には希ちゃんが言わなければ追い出されていたのかね俺は」

「もちろんです」

「辛辣ぅ!!」

 

 

ほんとに天童さんは何してんですか。

 

 

「フラミンゴ…侮れないわね!!」

「にこちゃん、相手は片足立ちのプロだよ。勝負を挑むのは流石に無謀では」

「雛鳥の時から親を見て片足立ちを真似しているらしいからな。そりゃプロさ」

「でも何で片足立ちしてるやろ?」

「そりゃ諸説あるが…住んでいる地域の水温が低いから、とか聞くよな。正しいかどうかは知らねーけど」

「それよりもフラミンゴの発色が綺麗だよね」

「あれは食べてる餌の影響らしいぜ?赤い色素を持つものを食ってるから赤くなるんだと。餌変えると白くなるそうだぞ」

「…天童さん、相変わらず雑学多いですね」

「まあ何食ってるか自体は忘れたけどな。そのくらい色々知ってないと脚本書けないさ」

 

 

なんだかただひたすらに天童さんに自慢された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度はボウリング。

 

 

「ほっ!」

「「「「「「「「「おおー!」」」」」」」」」

「やった!ボウリングって楽しいわね!」

「「「「「「「「ハラショー…」」」」」」」」

「ほんとに初心者なの彼女」

「ストライク取りまくってんな」

 

 

初めてボウリングやるらしい絵里ちゃんはストライクを乱発していた。これが運動神経かぁ。

 

 

「負けないわよ創一郎!」

「いやそれは無理だろ。全ストライクだぞ俺」

「バケモノめ」

 

 

まあ流石に創一郎には敵わないけど。こいつとスポーツで勝負しちゃいけない。

 

 

「ほら、次茜の番よ」

「もう投げれない…」

「5ポンドを2回投げただけじゃないの」

 

 

そして僕は無理。5ポンドとか超重いじゃん。しかも2回も投げたんだよ。褒めてよ。まだあと7回くらい投げなきゃいけないなんて。8回?ルールよくわかんない。

 

 

だってどうせガーターにしかならないし。

 

 

「てやっ」

「ついに両手でいった!」

「情けないにゃー!」

「しかもガーター…」

「いっそ殺して」

 

 

ほらもうこうなる。こんなん自害しちゃうじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お次は美術館。

 

 

「にゃはーん」

「ぷふっ」

「ゔっ」

「何で創一郎はメンタルダメージを負ってるのさ」

 

 

凛ちゃんが展示物の真似をしていた。何してんの。さっきのペンギンはまだわかるけど。しかも何故か創一郎が心臓を押さえてるし。ほんとに何してんの。

 

 

「お静かに!」

「「しーっ」」

「うぇえっ」

 

 

注意した真姫ちゃんも声が大きかったので逆に指摘されるこのカオス。まあでも静かにね。

 

 

「しかしまぁ、ここにあるもの全部が名作ってわけでもないんだよなぁ」

「そんなこと言うのはあんたくらいよ」

「そうかなあ」

 

 

美術館に飾ってあるから素晴らしいってわけでもないはずなんだけどね。

 

 

ちなみに天童さんはさっきのボウリングの前に急に電話が来てどっか行っちゃった。

 

 

「まあでも刺激は受けるよね。僕印象派の絵好きなんだ」

「ふーん」

「興味なさそう」

 

 

せっかく美術館にいるんだからもうちょい興味持ってよ。

 

 

「あ、ああああ茜!あっ、あっちに裸の男性の像が…!!」

「あーダビデ像?あれレプリカだよ」

「そうではなく!何であんなものが堂々と置いてあるんですか!!」

「芸術品だから…」

 

 

海未ちゃん、裸見たくらいでうろたえすぎだよ。あと静かにね。

 

 

「ミロのヴィーナスだって半裸じゃん。裸は純粋の象徴だから、芸術にはよく使われる題材だよ」

「だ、だからって…」

「あとあれ、レプリカだから小さいけど本物はもっと大きいよ」

「もっと大きい?!」

「縮尺の話だよ?」

 

 

今どこ見てリアクションした海未ちゃん。

 

 

「…おい、この絵の作者…」

「あー期間限定の現代画展だね。もちろん僕のもあるよ」

「当然みたいな顔してんじゃねぇよ」

「当然だもの」

 

 

お隣の区画には現代の絵や彫像が展示されていた。もちろん僕のも結構ある。一応言っておくと、僕は彫像は作れないよ。パワー的に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続きましてスワンボート。

 

 

「「やったー!」」

「見事だ、花陽、凛」

「穂乃果が右って言うから負けたんです!」

「海未ちゃんが左に行ったからだよ!」

「あはは…」

「なすりつけあわないの」

 

 

なぜかレースしてた。

 

 

僕と創一郎はお留守番。メンバー余るから加えてことりちゃんもお留守番。まあ創一郎が参加したら圧勝しちゃうもんね。

 

 

「でも創一郎はどこ行ってたの。さっきまでどっか行ってたみたいだけど」

「池の周りを走っていた」

「わおドン引き」

「何故だ」

 

 

無意味に走る気力体力が羨ましいよまったく。

 

 

「しかし、これがスワンボートか…」

「僕とりあえずにこちゃんと乗ってくるね」

「あ?」

「スワンボートといえばラブラブカップルの象徴だよ」

「………そうなのか?」

 

 

不思議そうな顔をしている創一郎はほっといて、さっきのレースで負けたから真姫ちゃんにぶつくさ行ってるにこちゃんのもとへゴー。にこちゃん、真姫ちゃんと仲良いよね。

 

 

「ふふ、創ちゃんも凛ちゃんと乗ってくる?」

「は、あ?いや、何で凛と…」

 

 

後ろで何か言ってたけどあんまり聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんでスポーツジム。

 

 

「やだ、もう、僕死ぬ…」

「死なねぇよ。まだ30秒しか走ってねぇぞ」

「ひぃい、創、一郎が、殺しにくるぅ…!!」

「人聞きの悪いことを言うな」

 

 

ジムなんて初めてきたけど、こりゃすごい。殺意が高い。的確に僕を殺しにきてる。どのマシンも殺人的だ。やだもう帰る。帰らせて。いやほんとにマジで。

 

 

「創ちゃんは何してるの?」

「ベンチプレス」

「あ、よく見る重いやつを持ち上げるやつだ!」

「雑な認識だがまあ合ってるな…。ふっ、次は何するか」

「ちなみにそれ何キロなん?」

「250」

「…??」

「理解が及ばねぇみたいな顔してんじゃねぇよ。精々お前ら5人分くらいだ」

「??」

 

 

いや理解及ばないでしょ。精々って言うレベルの重さじゃないよ。イメージ的には女の子5人を持ち上げてたわけだし。こわ。

 

 

あっ。

 

 

足がもつれた。

 

 

「あぶう」

「あ、茜が倒れた」

「何してんだ」

「ひぃ…」

 

 

そして僕は死んだ。

 

 

「…胸筋を鍛えたら、もしかしたら…」

「残念だけどそれはないんじゃないかしら…」

「ううう!余裕そうな顔してこのおっぱいお化け!!」

「ちょっ、そんな呼び方しないで!」

「まったくにゃ!凛にも分けて!!」

「えっ、ふ、2人とも目が怖いわよ…?」

「何してんだてめぇら」

 

 

にこちゃんはちょっと虚しい方向に努力を進めていた。あと嫉妬してた。ちょっとは僕を心配してよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらにバッティングセンター。

 

 

「僕はもうやんないよ」

「情けねぇ」

「創ちゃんすごいにゃー!よーし凛だって!!」

「やったー!ホームラン!」

「君らすごいな」

 

 

創一郎はわかるけど、凛ちゃんと穂乃果ちゃんも随分強い。運動神経いいよねこの子ら。創一郎は規格外だからほっとこう。だって片手で打ってるもん。

 

 

「こら茜!こっちも見なさいよ!!」

「にこちゃんが運動得意なのは十分知ってるよ」

「ほらホームラン打つわよ!」

「そんな言ってホームラン打てるもんじゃ………打ったね…」

「ふふーん!どうよ!宇宙ナンバーワンアイドルは野球もできるのよ!!」

 

 

もちろんにこちゃんも絶好調。なんか去年よりも打てるようになってる気がする。ダンスの練習が野球に効いてきたのかなぁ。

 

 

「茜くんもやればいいのに」

「それは希ちゃんもだよ。やんないの?」

「うちはやらないよ。得意じゃないし」

「そんなこと言ってると花陽ちゃんに怒られるよ。ほらみてあの見事な空振り…」

「うーん、そう言われると…」

 

 

花陽ちゃんは凛ちゃんの横で頑張ってるけど、まあ見事に空振りだ。腰引けてるしボール見てないからそりゃそうだって感じだけど。

 

 

「茜」

「どしたのにこちゃん」

「はい」

「うん、これバット」

「うん、バット」

「いややらないよ?」

「やりなさいよ」

「ふええ」

 

 

突然にこちゃんがバット渡してきた。これは有無を言わせないやーつ。本格的に死にそう。

 

 

一応やったけど、2回バット振るので精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして浅草。

 

 

急にまともな観光地に来た。

 

 

「ふふ、スピリチュアルやね」

「煙を頭に浴びると頭良くなるんだっけ」

「そこまでして頭良くなりたいか?」

「実はそこまでして頭良くなりたい人もいるんだよ」

「こんな感じでいいのかな?」

「もっといっぱい浴びるにゃ」

「ちょっと私にも浴びさせなさいよ!」

「ほらあんな感じで」

「なるほど」

 

 

3バカちゃん達が必死に煙を浴びてた。そこまでして頭良くなりたいの。勉強しなさいよ。ねえ、にこちゃん。

 

 

まあよく見る光景ではあるんだけどね。誰かさんのおかげで。にこちゃんじゃないよ?

 

 

「いやーしかし外国人の多いこと。さすが観光地」

「休日だから余計に多いな。でもやっぱりこの雷門は見たいとは思うな」

「4分の1外国人ならここにいるわよ?」

「ロシアの血を分割しないの」

 

 

絵里ちゃんがドヤ顔でそんなこと言ってる。今のドヤポイントじゃなかったことない?絵里ちゃんのポンコツ化が加速してる気がするよ。半年くらい前の氷の女王モードはどこ行ったのさ。

 

 

「あと浅草と言えば雷おこし!」

「それに人形焼とかな」

「君らは食欲すごいな」

 

 

花陽ちゃんと創一郎は食べ物を買い漁ってた。また太るよ花陽ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

満を持して遊園地。

 

 

「…創一郎どこ行ったのかな」

「大喜びで凛とどっか行っちゃったけど」

「まあそのうち見つかるかあ。でかいし」

「そうね、でかいし」

 

 

今まで遊園地に来たことなかったらしい創一郎が秒で行方不明になった。あまりにも早い。

 

 

「じゃあジェットコースター乗ろう!」

「一体何が『じゃあ』なのか」

「いいじゃないですか、せっかく遊園地に来たんですから」

「いいんだけどさ」

「でも茜くん、ジェットコースターはダメだったりしない?」

「運動できないからってジェットコースターも乗れないわけじゃないんだよ」

 

 

よく疑われるけどね。割と好きなんだよ絶叫系。

 

 

「あっ創ちゃんいた」

「あっはははは!!楽しいな凛!!!」

「そ、創ちゃんちょっと待って休憩…」

「超笑顔じゃないの」

「そして凛ちゃんが体力切れを起こしてる」

 

 

案の定すぐ見つかった創一郎は引くほど笑顔だった。遊園地初めて来たのかな。

 

 

あと結構体力ある凛ちゃんがバテるとか相当なんだけどね。爆走してたりしないだろうね。遊園地で全力疾走は迷惑にならないようにやってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で。

 

 

「あとは穂乃果ちゃんだけなんだけど」

 

 

散々遊んで夕方になって、残すところ穂乃果ちゃんの希望だけになった。むしろこれだけ遊んでまだ夕方とか信じられない。何事。お金もマッハで消えた。そりゃね。仕方ないね。

 

 

「私は…海に行きたい」

「海?」

「うん。誰もいない海に行って、11人しかいない場所で11人だけの景色が見たい。ダメかな?」

「自分から提案しておいて、今更ダメかどうかなんか聞くんじゃねぇよ。もちろんいいさ」

「凛も賛成にゃ!」

「冒険みたいでわくわくするね!」

「今から行くの?」

「行くだけ行ってみようよ!」

「…えっ走るの君たち」

「安心しろ」

「ぐぇ」

 

 

僕ら三年生組が口を挟む暇もなくみんな走り出した。待ってよ。創一郎は首を掴まない。僕は猫か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「わぁ〜!!」」」」」」」」」

「うーんいいタイミング」

「何枚写真撮ってんだ」

「絵のためにね。何枚でも撮るよ」

 

 

走った上に発車直前の電車に駆け込み乗車して、日が沈む前に海まで来た。とても良い夕陽だ。海が駅近でよかった。

 

 

電車の中で、少し離れたところで心の準備がどうのこうの言ってたし…きっと、ここに来る必要があったんだろうね。

 

 

「ちょうど沈むところにゃ!」

「スピリチュアルパワーのおかげやね」

「日頃の行いがものを言うのよね、こういうのは」

「つまり僕のおかげだね」

「そんなわけないじゃない」

「ひどい」

 

 

僕も日頃の行いいいじゃん。よくないの?

 

 

夕陽を拝みながら、僕らは自然と横一列に並んでいた。まるで夏の合宿の時みたいに。

 

 

懐かしいな。

 

 

「合宿の時もこうして朝日を見たわね」

「そうやね」

「なんだか随分前のことみたいだねぇ」

 

 

一年も経ってないのにね。

 

 

 

 

 

 

「………あのね」

 

 

 

 

 

 

穂乃果ちゃんが声を出した瞬間、雰囲気が変わった。

 

 

ああ、きっと。

 

 

答えを見つけたんだね。

 

 

「あのね。私たち話したの。あれから集まって、これからどうしていくか」

「…」

「希ちゃんと、にこちゃんと、絵里ちゃんと、茜くんが卒業したらμ'sをどうするか」

「穂乃果…」

「一人一人で答えを出した。そしたらね、全員一緒だった…みんな同じ答えだった。だから、だから決めたの。そうしようって」

 

 

大体想像はつく。

 

 

だって、みんな同じ答えだって言ったもんね。

 

 

きっと、僕らも同じ答えだ。

 

 

「言うよ。せーっ………」

 

 

言葉が詰まった。

 

 

 

 

 

大丈夫、言いなさい。

 

 

 

 

 

僕らも。

 

 

 

 

 

覚悟してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「大会が終わったら、μ'sは…おしまいにします!!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ。

 

 

きっと、そうすると思っていた。

 

 

「やっぱりこの9人なんだよ。この9人がμ'sなんだよ…」

「誰かが抜けて、誰かが入って…それが普通なのは分かっています」

「でも、私達はそうじゃない」

「μ'sはこの9人」

「それに俺と茜を合わせて総勢11人」

「誰かが欠けるなんて考えられない」

「1人でも欠けたら、μ'sじゃないの!」

 

 

μ'sはこの11人。

 

 

やっぱり、そう思ったんだね。

 

 

「…そう」

「絵里?!」

「うちも賛成だよ」

「希…!」

「当たり前やん、そんなの。うちがどんな思いで見つけたか、名前をつけたか…11人しかいないんよ。うちにとって…μ'sはこの11人だけ」

 

 

絵里ちゃんも希ちゃんも、やっぱり同じだったみたいだ。

 

 

さあ、にこちゃん。

 

 

「そんなの…そんなのわかってるわよ!私だってそう思ってるわよ!でも…でも、だって!!」

「にこちゃん…」

「私がどんな思いでスクールアイドルをやってきたかわかるでしょ?三年生になって諦めかけてた…それがこんな奇跡に巡り会えたのよ!!こんな素晴らしいアイドルに…仲間に巡り会えたのよ?!」

 

 

そう、にこちゃんだけはそう簡単に譲れない。

 

 

誰よりもμ'sに強い想いがあるんだから。僕もそうだけど、μ'sがなければ全然違う人生を歩んでいたはずなんだ。

 

 

それが無くなってしまえば、全部終わってしまうような。そんな気がするんだ。

 

 

「終わっちゃったら、もう二度と…」

 

 

 

 

 

「だからアイドルは続けるわよ!!」

 

 

 

 

 

そんな恐怖は。

 

 

成長した後輩が払拭してくれるらしい。

 

 

「絶対約束する!何があっても続けるわよ!」

「真姫…」

「でも、μ'sは私達だけのものにしたい!にこちゃんたちのいないμ'sなんて嫌なの!私が嫌なの!!」

 

 

アイドル活動そのものは、やっぱりみんな好きだから続けてくれる。

 

 

でも、μ'sの名前だけは。

 

 

他の誰かに渡したくなかったんだろう。

 

 

「かよちん、泣かない約束なのに…凛も頑張ってるんだよ?なのに、もう…」

 

 

君ら泣かないでいるつもりだったのかい。流石にそれは無理じゃない、花陽ちゃんとかことりちゃんあたり特に。

 

 

そもそも既に総員半泣きなんだよ。創一郎は知らないけど。

 

 

「あーーーーっ!!!」

「うわびっくりした」

「時間!早くしないと帰りの電車無くなっちゃう!!」

「え?!」

「穂乃果ちゃん?!」

「嘘でしょまた走るの」

「任せろ」

「うぐっ」

 

 

急に穂乃果ちゃんが大声を出して走り出した。超びっくりした。しかも走るのか。やめてよ、また創一郎に首掴まれるじゃん。

 

 

てかそんな終電の時間だったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…電車は?」

「まだまだあるわよ?」

「でしょうね」

「でしょうねってあんた…」

「にこちゃん僕が止める前に走り出しちゃったじゃんうぶっ」

 

 

やっぱり終電とか余裕だった。だからってにこちゃん僕を殴らないの。今日は物理攻撃の頻度低いと思ったのに。

 

 

「えへへ、ごめん…」

「穂乃果ちゃん?」

「だってみんな、泣いちゃいそうだったから。あのままあそこにいたら涙止まらなくなりそうだったから」

「こんにゃろう」

「穂乃果に一杯食わされましたね…」

「もー、本気で走っちゃったじゃない!」

「そうよ、体力温存って言ってたのに使っちゃったじゃないの」

「もっと海見てたかったなー」

 

 

まあみんな涙引っ込んだみたいだしいいか…いやよくない。結局創一郎に掴まれるわにこちゃんに殴られるわで踏んだり蹴ったりだ。

 

 

「でも良かったです。11人しかいない場所に来られました」

「そうね。今日あの場所で海と夕陽を見たのは、私たち11人だけ。この駅で、こうしているのも私たち11人だけ」

「何か素敵だったね…」

「まあ穂乃果ちゃんの目的も果たせたようでなによりだよ」

 

 

一応目的は11人だけの景色が見たいってことだったしね。

 

 

「…ねぇ、記念に写真撮らない?」

「お任せあれ」

「そうじゃなくて」

「えっ」

「ここでみんなで撮ろうよ。記念に!」

「……………穂乃果ちゃん、これ証明写真用の

「ほら早く早く!」

「ぶぎゃる」

「ちょっと押さないでよ!!」

「いたた、痛いにゃー!」

「お、おい、これは流石に無理があるだろ?!」

「創ちゃんもっと縮んでぇー!!」

「無茶言うな!!おいこの箱壊れないか?!大丈夫か?!」

「箱って創一郎…。ううう、何が悲しくてこんな量産型写真機を使わなきゃいけないのさぁ…」

「茜、邪魔!!」

「ぶべらっ」

 

 

ハイパー狭いんですが。

 

 

「ぐぬぬ…これ多分僕写らない…にこちゃんちょっと寄って…」

「寄れないわよ!!」

「じゃあ前行く」

「ひぁっ?!あんたどこに頭当ててんのよバカ死ね!!」

「いだだだだだ不可抗力不可抗力!!」

「ちょっと創ちゃん手がお尻に当たってる!!」

「無!茶!言!う!なッ!!!」

 

 

僕ら男子には苦行でしかないんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷぷっにこちゃん頭切れてる!」

「あはは!真姫ちゃん変な顔にゃー!」

「凛だってこっちの手しか写ってないでしょ!あと創一郎よりマシよ!!」

「うるせぇあの状況でまともな表情してられるか馬鹿野郎」

 

 

なんとか写真を撮って、出てきた写真を見てみんなで笑いあっている。そりゃそうなるよ。

 

 

「にこっちこれはないやん?」

「これはあえてよ、あえて!」

「何のあえてなのさ」

「これ私の髪?」

「ふふっ、何ですかこれ!」

「見てこの希、にこの髪が髭みたいになってる!」

「おおなんという奇跡的ショット」

「うっさい!!」

「えっ僕悪くなぶぎゃる」

 

 

別に僕が写真撮ったわけじゃないのに。言及しただけなのに。それがダメなんだねわかるわかる。わかっててもやっちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは…あぅ………ひぐっ…うぅ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん泣いてるにゃ…」

「だって………おかしすぎて涙が…」

「泣かないでよ…泣いちゃやだよ、せっかく笑ってたのに…」

「もう、やめてよ…やめてって、言ってるのに…」

 

 

…流石に涙が堪えられなかったかな。

 

 

「なんで泣いてるの…? もう、変だよ、そんなの…」

「穂乃果ちゃん…」

「うぅ……!」

「もう、メソメソしないでよ!何で泣いてるのよ!」

「にこっち…」

「泣かない……私は泣かないわよ!!」

「にこっち!」

「泣かないんだから!やめてよ……こういうの、やめてよ……うぅ、ううう!!」

 

 

仕方ないか。もう別れから目を反らせない。向き合わなきゃいけない。悲しいのは誰でもそうだよ。

 

 

「仕方ないねぇみんな」

「……っ……、あぁ、そうだな…」

「…ちょい待ち。創一郎、君

 

 

 

 

 

 

「…俺だって、俺だって泣きてぇよ…!!」

 

 

 

 

 

 

泣きたいって、君。

 

 

もう泣いてるじゃん。

 

 

「当たり前だろ…!μ'sがいたから今の俺がいて、μ'sのおかげでここにいるんだ。…もう、この11人が!同じグループにいることは無くなるんだぞ?!」

「…やめなよ創一郎」

「悲しくないわけねぇだろ。泣きたくもなるだろ!ずっと一緒にいたいに決まってる、別れなんか来て欲しくない!!俺にとって初めての仲間で!初めての友達で!!」

「やめてよ」

「ずっと一人だった俺をμ'sは救ってくれたんだ、一緒にいてくれたんだ!!もう一緒にいられないなんて冗談じゃねえ、俺だって出来るなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろよ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこと言われなくたってわかってるよ。

 

 

だって、僕も…泣きたいくらい悲しいんだ。

 

 

「わかってるよ!僕だって悲しいんだよ!!バカにすんなよ、僕だって救われたんだ!μ'sのみんなが!僕も、にこちゃんも!救ってくれた!!異常な共依存から抜け出せたのは君らのおかげなんだぞ!!」

 

 

そもそも、μ'sに入るまでは僕は友達を意図的に作らなかった。にこちゃんのために生きるだけだった。

 

 

そんな僕を変えてくれた。にこちゃんも変えてくれた。

 

 

みんな僕らを大切にしてくれた。

 

 

いつの日も楽しかった。

 

 

「……そんな、みんなとの大切な日々が終わるんだぞ」

 

 

そう、いつの日も。

 

 

どんな日も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そんなのっ、悲しくないわけ、ないじゃんかぁああああ!!!!ぅううう、うああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初はもちろん、にこちゃんのために始めたお手伝いで。

 

 

でも、そのひたむきさに惹かれて。

 

 

僕も変わった…うーん、戻った、と言った方がいいのかな。とにかく変化はあった。

 

 

にこちゃんも僕も、もっと幸せになれるように変わった。

 

 

おかげで楽しかったよ。

 

 

終わるなんて信じたくないよ。

 

 

卒業なんて、来なければいいのにさ。

 

 

泣くつもりなんてなかったのに、泣いちゃったじゃん。

 

 

僕、泣かないようにするのは得意なのにさ。

 

 

あと泣くのを止めるのは苦手なんだよ。

 

 

「あ、茜…!」

「うあああゔうぅ、にこちゃん…、にこちゃん…!!」

「茜、大丈夫よ…!」

「大丈夫なもんか!!にこちゃんだって、ふぐっ、泣いてるじゃん!!」

「うぅっ、言わないでよ!私だって、私だって…うう、ひっく…」

「ううう、うあああうぅぅう!、やだよ、離れたくないよぉ!!みんな一緒にいたいよ、ずっと側にいたいよ!!やだよ、やだよやだよお!!!」

「茜…ぅ…、茜…!!」

「ああぅ、にこちゃん……!!」

 

 

僕が泣き出したのを見て、希ちゃんに抱きしめられていたにこちゃんがすぐにこっちに来て僕を抱きしめてくれた。もう、好き。でも涙は止まらないんだ。どうしても止まらない。ごめんね、心配かけちゃって。

 

 

ごめんね、泣き虫で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら茜早く行くわよ!!」

「待ってにこちゃん、そんな急がないで」

 

 

翌日。

 

 

昨日何事も無かったかのように練習へレッツゴー。実際は電車一本スルーしちゃって随分帰りが遅れたので何事もあったんだけどね。

 

 

「うーむ涙の跡はついてないな」

「お風呂入ったら消えるでしょ普通」

「知らないもーん」

 

 

普段泣かないもん。

 

 

部室に着くと、穂乃果ちゃんがホワイトボードに何か書いてた。落書きではなさそう。いや落書きでもいいんだけどさ。

 

 

「これでよし!それじゃあ練習行こ!」

「「「「「「「「うん!」」」」」」」」

 

 

みんなさっさと行ってしまった。準備はそんなに急がなくてもいいので、創一郎と二人でホワイトボードを見る。

 

 

「…あと2週間か」

「長いような短いような」

「短いだろ。疲れすぎないように、効率よく詰めていかなければな」

「そうだね」

 

 

僕も創一郎も、表面的には変わってないかもしれないけど…少なくとも創一郎は迷いのない表情をしている。多分僕もそうだろう。

 

 

もう決めた。

 

 

だから迷わない。

 

 

「さて、準備しようか」

「スポドリはそこに用意してある」

「どうしよ。スポドリは糖分多めだからなぁ、残りの練習内容的にはクエン酸入り塩水とかの方がいいかも?」

「いや、大丈夫だ。比較的糖分が少ない種類を買ってきた」

「流石だね」

 

 

残りの日々を。

 

 

精一杯駆け抜けよう。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

後半は泣きながら書いてました。泣きますよもう。μ'sの子らだけでも泣きそうなのに波浜君も滞嶺君も泣いちゃうんですもん。号泣ですよもう。
滞嶺君がいたりする関係で遊びに行く場所が増えています。そして消える波浜君の体力。きっとお金も出してくれています。波浜君が不憫。天童さんはシナリオ関係なく顔出したら(希ちゃんに会いにきたら)とばっちり食らっただけの可哀想な役回りです。波浜君の予想は間違っています。念のためここで明言しておきます。
…もうすぐアニメ二期も終わりですねえ。


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学校ってそもそも宿泊施設じゃないはずなんだけどね



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!もう沢山の方々お気に入りしてくださって、そろそろ寿命がオーバーフローして逆に死ぬかもしれません…ええ、そうです!最近言ってませんでしたが!!毎回嬉しくて寿命が延びる想いです!!!(うるさい)

さて、アニメ二期も終盤です。色んな最後を噛み締めて行きましょう!!


というわけで、どうぞご覧ください。

また長いです。




 

 

 

 

 

ラブライブ本戦直前のこと。

 

 

にこちゃんは部室でご満悦だった。

 

 

「ふふーん!!」

「流石にこちゃん」

「にこちゃんすごいにゃー!」

「当たり前でしょ!私を誰だと思ってるの?大銀河宇宙ナンバーワンアイドル…にこにーにこちゃんよ!!」

「どんどんスケールが大きくなってるよにこちゃん」

「…はぁっ、緊張した…」

 

 

そもそも何の話かってね。

 

 

ラブライブ本戦のくじ引きがあったんだよ。そこでにこちゃんの出番。いつぞやの講堂使用権を外した腹いせとばかりににこちゃんはトリをひっつかんできたのだった。まさかにこちゃんに天運が巡ってくるなんて。

 

 

てかいつの間にか宇宙ナンバーワンアイドルから大銀河宇宙ナンバーワンアイドルまで格上げされてる。

 

 

「でも一番最後…それはそれでプレッシャーね」

「そこは開き直るしかないでしょ」

「でも私はこれでよかったと思う!念願のラブライブに出場できて、しかもその最後に歌えるんだよ!!」

「そうやね。そのパワーをμ'sが持ってたんやと思うよ」

「それにトリは一番映える場面で、何より最後まで楽しめる。俺たちにはぴったりだろ」

「豆腐メンタルが何言ってんだか。出番まで心臓保たなくて倒れましたとかやめてよ?」

「茜てめぇ最近俺をバカにしてないか」

「前からバカにしてるのに気付きなよ豆腐メンタル」

「豆腐メンタル…」

「そういうとこだよ」

 

 

この短時間で心折れないでよ。

 

 

「ちょっと!引いたのは私なんだけど!」

「はいはいそうね」

「偉いにゃ偉いにゃ」

「雑っ!」

「にこちゃん頑張ったね」

「…この流れで普通に褒められても…」

「照れちゃう?」

「照れない!!」

「はぶっ」

 

 

にこちゃんがふてくされてた(&流された)ので褒めてあげたら蹴りが飛んできた。何でさ。

 

 

「ほら茜、変なことしてないで。みんな練習行くわよ」

「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」

「えっ今の僕が悪いの」

「お前が余計なこと言うからだろ」

「n理ある」

「何だn理あるって」

「『一理ある』の進化系」

「意味がわからん」

 

 

言わない?n理あるって。言わないか。

 

 

「…でもやっぱ、にこちゃん頑張ってくれたよね」

「…ああ。あの会場であのプレッシャーの中くじを引くってだけで相当な重圧だしな」

「うんまあそれもあるけど」

「あ?」

 

 

まあ確かにくじ引きも頑張ってくれたよ?いつもの不運を跳ね返してくれたし。

 

 

でもそうじゃなくてね。

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで諦めずに頑張ってくれたなぁって」

 

 

 

 

 

 

 

 

一年生から始めて、ほとんど潰れかけた夢を諦めなかったからこそ今がある。

 

 

本当によく頑張ったよ、にこちゃん。

 

 

「後で本人に言ってやれ」

「本人に言うのは全部終わってからだよ」

 

 

まだ終わってない、むしろ本番はこれから。始まってすらいない。

 

 

だから僕らも、気を抜かないでサポートしなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1,2,3,4,1,2,3,4…じゃじゃーん!」

「おー、みんなのダンスも凛ちゃんの先導もほんとに良くなったね」

「えへへー」

 

 

というわけでいつもの屋上。実はこれが最後の練習なんだけど、後輩組は気づいてなさそうだから言わないでおこう。またセンチメンタルが止まらなくなるし。ロマンチックではなく。

 

 

「よし、一旦休憩だ。水分補給してろ。あと最近暖かいし、できるだけ日陰にいること」

「創一郎のスケジュール管理も上手くなったね」

「運動の一環と思えば容易いな」

「さすが筋肉お化け」

「せめて筋肉兵器と言え」

「むしろ君はそれでいいのか」

 

 

ついでに、僕がやっていたスケジュール管理や予算管理なんかも創一郎にやらせるようにしていた。僕が卒業した後のための準備としてね。振り付けを考えるのはやらせないけど。彼のセンスには任せられない。

 

 

まあとにかく休憩なのでにこちゃんのところに行こう。

 

 

「ほら角度が甘いわよ!にっこにっこにー!」

「「にっこにっこにー」」

「一応聞くけど何してんの」

「茜のくせに見てわかんないの?にっこにっこにーを伝授してんのよ」

「そこを聞きたいんじゃないんだよ」

 

 

なぜか三年生みんなでにっこにっこにーしてた。いやいいんだよそれは。可愛いから。そうじゃなくて何故今。

 

 

「もう教える機会も無くなるじゃない。今のうちにね」

「あー、やっぱり君らはわかってたか」

「もちろん。卒業する身だもの」

「だから最後ににっこにっこにーを覚えておきたいなーってにこっちに言ってたんよ」

「君らが言い出したんかい」

 

 

てっきりにこちゃんが押し付けたのかと。

 

 

「ま、私たちは随分吹っ切れたけど…あの子たちはそうでもなさそうだから、言わないけどね」

「うん、そうだね。それがいいと思う」

 

 

周りを見渡すと、ぎゅーぎゅーハグしてる後輩達がいた。楽しそうでなによりだ。一年生組は創一郎を巻き込んで(物理的に)振り回されてるけど。怪我させないでよ?

 

 

「まあ吹っ切れたといいつつみんながセンチメンタルしたらぶり返すんだろうけどね」

「そんなことないわよ!!」

「ぶぎゃ」

「いつも思ってたけど、茜それだけ殴られてよく無事よね…」

「何でだろうね」

「ピンピンしてるやん」

 

 

絶対ぶり返すでしょ。殴らないの。

 

 

あとにこちゃんパンチは10年くらい食らってるからそりゃ慣れるよ。

 

 

「オラァてめぇら練習始めんぞちくしょうがあああああ!!!」

「なんか創一郎が暴徒化してる」

「暴徒どころか怪物よあんなの」

「顔真っ赤やしね」

「ハラショー…」

 

 

そして創一郎の恥ずかしさが限界に達したらしい。随分女の子に慣れたと思ってたけど、ダメなものはダメか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、もう練習終わりかぁ」

「本番に疲れを残すわけにはいかないしね」

「そうだよね」

「じゃあ明日、みんな時間間違えないようにね。各自、朝連絡を取り合いましょう」

「はい。穂乃果のところには私が連絡しますね」

「遅刻なんてしないよ!」

「じゃあ僕はにこちゃん」

「私も遅刻しないわよ!」

「ふぐっ。じゃあ連絡しなくていいの」

「しなさいよ!!」

「理不尽っ」

 

 

練習も終わって帰り道、昇降口を出たところで念のための朝連絡をすることを決めた。それにしてもにこちゃん、僕はどうすりゃいいの。

 

 

「つーかグループラインでどうにかならねえのか?起床報告するみてぇにさ」

「バカね、穂乃果とか凛はそんなんじゃ起きないわよ」

「「起きるよ!!」」

「何故だか説得力が無いんだよね」

「なんでー?!」

「そんなに寝坊してないにゃ!」

「『そんなに』って時点で主張の強さが微妙なんだよ」

 

 

ラインの通知程度で起きないでしょ。絶対ぐっすり寝てて気づかない。

 

 

そんな話をしながら、信号を渡ろうとした時だった。

 

 

「あっ…」

「どうしたの?」

 

 

花陽ちゃんが、足を止めた。

 

 

「………もしかして、みんなで練習するのってこれが最後なんじゃ…」

 

 

ああ、気付いたか。

 

 

「…そうやね」

「って気付いてたのに言わなかったんでしょ、絵里は」

「っていうか僕ら三年生はみんな気付いてたけどね。でも言ったら寂しくなっちゃうし」

「そっか、ごめんなさい…」

「ううん、私もちょっとは考えちゃってたから」

「そもそも言っちゃったものは仕方ないね」

 

 

案の定ちょっと寂しい感じの空気になった。みんなで振り向いて、音ノ木坂の校舎を見る。

 

 

僕らがお世話になった校舎。夕陽に照らされると結構綺麗なんだなって、今初めて思った。

 

 

「ダメよ。ラブライブに集中」

「にこちゃん」

「…わかってるわ」

「じゃあ、行くわよ」

 

 

にこちゃんだけはちゃんと前を向いていた。やっぱりにこちゃん覚悟が違う。

 

 

にこちゃんと僕は歩き始めたけど、振り向いたら他のみんなはその場にストップしていた。

 

 

「…何いつまでも立ち止まってるのよ」

「………にこちゃん」

 

 

にこちゃんも呆れた顔で振り向いていた。まあ大体わかる。にこちゃんもみんなと別れたくないんだろう。そうでもなければ振り向かないタイプだし。

 

 

だから。

 

 

「そう簡単に『最後』を吹っ切れるもんじゃないよ。にこちゃんはずっとやってきたから我慢できるかもしれないけど、みんなはそうじゃない」

「…」

 

 

僕はにこちゃんの強がりを解いてみせよう。ずっとスクールアイドルになるって夢を押さえつけてきたにこちゃんは、後ろめたいことに背を向けて進むことには慣れているからね。大体の人はそこまでメンタル強くない。

 

 

「だからさ。ちょっと寄り道しようか、みんなで」

「…どこ行くのよ」

「みんな大好きなお世話になった場所だよ」

 

 

というわけで、もう少しみんなでいようか。

 

 

「神田明神にはご挨拶に行かなきゃね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでもうやり残したことはないわね」

「まあ本来はこれもやり残したわけじゃないんだけどね」

「余計なこと言うんじゃないわよ」

「……………あれっパンチが飛んでこない」

「何よ殴られたいの?」

「いや殴られなくてとても嬉しいけど」

 

 

11人並んで神田明神に参拝。流石に一気にやらなくてもよかったんじゃないの。

 

 

あと神様の前だからか、にこちゃんパンチが飛んでこなかった。なんというレアケース。

 

 

「こんないっぺんにお願いして大丈夫だったかな?」

「平気だよ!だってお願いしてることはひとつだけでしょ?」

「え?」

「言葉は違ったかもしれないけど、みんなのお願いって一つだった気がするよ!」

「なんだ穂乃果ちゃんエスパーだったの」

「そうだと思ったのー!」

「冗談だよ」

 

 

そんな他のメンバーの思考を読むなんてなんという達人技。

 

 

…いや、そういうわけじゃないか。

 

 

だってきっと。

 

 

「…うん。僕もそう思うよ」

「茜くん…」

「ふふ、茜くんも素直になったね」

「元々僕は素直だよ」

「えー…」

「何さ」

 

 

僕は素直でしょ。素直ににこちゃん大好きだよ。いつも言ってるじゃん。

 

 

…まあ、他のみんなのことは?あんまり言ってないかもしれないけど?μ'sのみんなも大好きだよ?

 

 

「じゃあ、もう一回」

「「「「「「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」」」」」」

 

 

希ちゃんの掛け声で、全員揃ってもう一度礼をした。これならきっと伝わると思う。神頼みなんて普段しないけど、神様もこういう時に心を合わせたときくらいはちょっとは協力してほしいね。

 

 

「さ、今度こそ帰りましょ」

「うん、明日!」

「そうね」

「じゃねー」

「…」

「…花陽」

「もう、キリがないでしょ?」

「そうよ、帰るわよ!」

 

 

そして今度こそ解散だ。学年ごとにバラバラに帰路につく。これたまたまなんだよね。家の方角が学年でそれぞれ固まってんの。

 

 

花陽ちゃんは相変わらず寂しそうな顔してたけど大丈夫かな。負の感情には正直だよなぁあの子。

 

 

そんなことを思ってやたら長い階段を降りたところで、希ちゃんが立ち止まった。

 

 

「何よ、希も?これじゃいつまで経っても帰れないじゃない」

「………うん、わかってる…わかってるけど…」

「希…」

 

 

二年生は先行っちゃって、一年生はまだ来ない。ここで立ち止まったところでただ切なくなるだけなんだけどな。

 

 

まあでも希ちゃんも寂しがりタイプだし、ちょっと足が止まるのは気持ちとしてはわからなくもないかな。

 

 

「わかってるけど…少しだけ、もう少しだけここに居させて」

「………はぁ、ちょっとだけよ?」

「甘いねえにこちゃん」

「嫌なら帰っていいのよ」

「やだよ」

 

 

そういうこと言わないのにこちゃん。凹んじゃうから。

 

 

だいたいにこちゃんも名残惜しいんじゃないの。そうじゃなかったら先帰っちゃうでしょにこちゃん。

 

 

「ちゃんと僕もここにいるよ」

「…ありがとう。えりち、にこっち、茜くん」

「どうでもいいけど、僕は茜っちには昇格しないのね」

「別にランク分けしてるわけじゃないんよ?」

「なんだそうなの」

「…」

「痛い痛いにこちゃん耳引っ張らないで」

「うーなんか腹立つわね」

「嫉妬してるわね」

「嫉妬やなぁ」

「嫉妬じゃない!」

「なになににこちゃんジェラシーが降り注いでるの」

「うるさい!」

「あぼん」

 

 

希ちゃんって仲良いひとに「〜ち」ってあだ名つけるのかと思ってたけど関係ないのね。そこ疑問に思っただけだから他意はないよにこちゃん。嫉妬してくれるのは嬉しいけど。蹴りは嬉しくないけど。

 

 

まあでも、こういうやりとり、好きだったよ。

 

 

「っていうか希ちゃんが残るって言うとみんな戻ってきそうだから怖いんだよね」

「茜、そういうこと言うと…」

「フラグ立っちゃう?」

 

 

はっはっは、まさかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ…」

「…何でまだいるのよ?」

「見事にフラグ回収しちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

はっはっは。

 

 

希ちゃんこわ。

 

 

いや希ちゃんのせいじゃないか。それに一年生はまだ帰ってなかったし、後から追いつくのは十分あり得る。うん。あり得る。つまりフラグなんて無かった。いいね?

 

 

「あれ?みんな?」

「穂乃果ちゃん、どうしたの?」

「おうふ」

「あはは…なんか、まだみんな残ってるかなって…」

「だよね!」

「だよねじゃないよ」

 

 

正当化してたら二年生も戻ってきた。やっぱり見事にフラグ回収してた。やっぱりフラグには勝てなかったよ。

 

 

「どうするの?このままだといつまで経っても帰れないわよ」

「誰のせいだと」

「私のせいじゃないわよ!」

「真姫ちゃんパンチはまだ甘いよ」

「腹立つ!!」

 

 

まあぬるい真姫ちゃんパンチは置いといて、実際こんなことやってたら永遠に帰れない。

 

 

「朝までここにいる?」

「バカか。せめて寝る努力をしろ。徹夜明けでライブ本番とか正気の沙汰じゃねぇ、そのつもりなら無理やり寝させる」

「枕投げを思い出す所業だね」

「枕投げ…?」

「そうだった創一郎覚えてないんだった」

 

 

あの時の創一郎は寝ぼけてたから枕で総員ノックアウトしたことを覚えてないんだったね。でもそういうことができるっていう実績はある。朝まで待機なんてしようものなら眠らされる。拳で。

 

 

「あ、じゃあさ!こうしない?」

「どうすんの。僕にはもうこれ以上みんなと一緒にいる時間を作れないよ。それこそ学校に泊まるくらいしないと」

「そう!それ!!」

「要するにほぼ不可能…ん?何だって?」

 

 

穂乃果ちゃんが何か言い出したぞ。

 

 

「…一応確認するけどね穂乃果ちゃん。まあ確かに学校に宿泊できる規則はあったと思うよ。でも絶対申請必要でしょ。直前に申告とか絶対間に合わないし。あと布団無いし。寝間着も無いし。ご飯も無いし。お風呂も無いし。色々無理だよ。無理だから僕言わなかったんだけど」

「申請については家に帰ったらお母さんに聞いてみるよ!」

「それで通っちゃったらそれはそれで困るんだけど」

「じゃあ一旦みんな帰って、お風呂入って、パジャマ持って学校に集合!」

「ちょい待ち」

「ご飯は私たちが買ってくるよ!」

「創ちゃん連れて行けば荷物も大丈夫にゃ!」

「は?おい、本気で泊まる気か?つーか俺も泊まるのか?」

「え?」

「え?じゃねーよ。何で当然みたいな顔してんだよ」

「調理は家庭科室の道具を使わせてもらいましょう。あまり大掛かりな料理は作れないけど」

「何で元生徒会長がノリノリなの」

「じゃあそういうことで!!」

「「待てや」」

 

 

おかしい。

 

 

散々学校お泊り会の不可能性を述べたのに全部ひっくり返そうとしてくる。っていうか申請通るの前提で動かないでよ。

 

 

「ちょっと絵里ちゃん。学校の設備使用の申請って原則いつまでに出すものなの」

「2週間前までに提出することになってるわ。でもまあ…ことりが頼んだら大目に見てくれるんじゃないかしら」

「だからそれはそれで困るってば」

 

 

通ったら通ったで理事長さんそれでいいのかってなっちゃうよ。

 

 

「だいたい俺たちまで泊まることになってんのはどういうことだ。身の危険を感じろ」

「創ちゃんなら大丈夫にゃ」

「何が大丈夫なんだ」

「凛ちゃんは創ちゃんになら襲われてもいいって言ってるんよ」

「「に゛ゃっ」」

「ちょっと今変な音したんだけど」

「ごめん、創ちゃんと凛ちゃんがフリーズした音や」

「希ちゃん何やらかしたの」

 

 

後ろの方で創一郎も別件で抗議してたのに、気づいたら顔真っ赤にしてフリーズしてた。凛ちゃんと。何があったの。もしかして君らそういう関係なの。何か思い当たる節が無くもない。でもまあ付き合ってはないなら僕とにこちゃんみたいなもんだからいいか。

 

 

見てて面白いし。

 

 

ってそうじゃないわ。

 

 

「創一郎も言ってたけど、僕ら男性陣と一緒に寝るのはいい加減やめようよ。合宿のこともあって今更感すごいけど、もう少し警戒心というものをだね」

「何、茜は私以外の子を襲う気なの」

「にこちゃんなら襲っていいみたいな゛ッ」

「茜くーん?!」

「今ゴキッて言いませんでしたか?!」

「だ、大丈夫?!」

 

 

仕方ないから僕が説得を試みたら、にこちゃんから今までで一番威力の高い拳が側頭部にヒットした。死んだと思った。

 

 

そして起きたらお泊り会が決定してた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でーきたー!」

「泊まれるのは知ってたけど、布団完備だったんだね」

「ちゃんと洗濯してあるわよ」

「割と使われるのかな」

 

 

なんだかんだ言及されてなかった布団は普通に学校にあった。まあ泊まれる以上それなりのものはあるんだろうなとは思ったけど。

 

 

「てゆーか創一郎は良かったの来ちゃって」

「来ないわけにもいかねえだろ。精神統一は済ませてきたし」

「精神統一」

 

 

多分創一郎のことだから賢者モード的な意味じゃなくて本当に瞑想してきたんだろうね。色々バカだよね。まあμ'sの子らに危害を加えないならそれでいいけど。

 

 

「みんなも学校でお泊り…テンション上がるにゃー!」

「君はいつもテンション高いじゃん」

「ドキドキするね」

「そうかなぁ」

「しなさいよ」

「パジャマにドキドキって意味ならにこちゃんは見慣れちゃってるしなあ。可愛いけど」

「じゃあうちらは?ほらこんな服やで今」

「僕芸術家だからおっぱい如きで欲情しな痛い痛い痛い皆様痛い」

「せめてもうちょっと」

「間接的な」

「言い方をしないと」

「セクハラで」

「訴えるわよ!!」

「あだだだだわかったわかった」

 

 

希ちゃんがセクシーポーズをとってきたから正直な感想を言ったら皆様にボコられた。痛いよ。しょうがないじゃん、裸婦像とか見慣れてるんだし。女性の裸体程度で今更興奮するもんか。にこちゃんは別。にこちゃんの裸は鼻血吹き出す。

 

 

創一郎は超スピードで退散してた。

 

 

「まったく、にこちゃんアタック並みに痛かったんだけど」

「………ちょっとにこ、あなた普段どれだけ力込めて殴ってるの」

「そりゃもう全力で」

「慈悲のカケラもないじゃない」

 

 

何故かみんなにこちゃんにドン引きしてた。まあわかるよ。全員でボコってやっとにこちゃんと同等だもんね。みんなの攻撃には優しさがあった。にこちゃんには優しさが無い代わりに愛が詰まってるから痛い。愛詰まってるって信じてる。

 

 

「でも、本当にいいんですか?」

「うん。お母さんには本当は2週間前までに提出しなきゃだめって言われたんだけど…」

「よくないじゃん」

「でも見落としてたことにしてくれたよ!」

「それはそれでよくないじゃん」

 

 

ちょっと理事長さん、娘さんに甘すぎやしませんか。

 

 

「まあいいじゃないの。それよりそろそろできるわよ茜」

「まあよくないけどね」

 

 

誰一人気にしてないみたいだし、もう僕も気にするのバカらしくなってきたからにこちゃんと一緒に家庭科室に戻る。料理しっぱなしだからね。危ないと言えば危ない。いや普通に危ないね。

 

 

「お皿持ってくよ」

「持てるの?」

「紙皿だから平気だよ」

「そ。私はこれ持ってくから扉閉めないでよ?」

「中華鍋ごと持ってくのね」

 

 

何を作っていたかと言われたら、麻婆豆腐だよ。僕とにこちゃんによる力作だ。力作っていうか普通に麻婆豆腐作っただけだけどさ。

 

 

「はいおまたせ!家庭科室のコンロ火力弱いんじゃないの?」

「本日は麻婆豆腐でーす」

「わあ!いい匂い!」

「花陽ー、ごはんはー?」

「炊けたよー!」

「別枠でご飯持ってきてたんだね」

「ええやん!」

「そして凛はラーメンも!」

「別枠でラーメン持ってきてたんだね」

「俺もプロテインの準備を…」

「別枠でプロテイン持ってきてたんだね」

 

 

食欲がすごいな君たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで完食。いつも通り美味しかった。いや、みんなといるぶん、いつもより美味しかったかも。

 

 

「なんか合宿の時みたいやね」

「合宿よりも楽しいよ!だって学校だよ学校!!」

「最高にゃー!!」

「君ら学校大好きかよ」

「非現実性を感じてるんだろ」

「わかった上で言ってるんだよ」

「性格悪いかよ」

 

 

失礼な。僕のどこが性格悪いと言うの。悪いね。うん。

 

 

「あ、ねえねえ、今って夜だよね?」

「そりゃそこの窓を見て今昼ですって言い出したらまっきーに突き出すくらい夜だけど」

「わー!!」

「びゃあ」

 

 

突然穂乃果ちゃんが窓を全開にし始めた。何してんの。まだお外寒いよ。ひぃ寒い。丸まるしかない。

 

 

「穂乃果ちゃん?!」

「何してんのよ!寒いじゃない!!ほら茜を見なさいよ、ダンゴムシみたいになってるじゃない!!」

「ダンゴムシ」

「もっとマシな表現はなかったのかよ」

 

 

ダンゴムシですかこの体勢。いや寒いから戻らないけど。

 

 

「夜の学校ってさ、何かわくわくしない?いつもと違う雰囲気で新鮮!」

「そ、そう…?」

「そりゃ夜の学校とかお化けとかの話よく出るしね」

「おばっ…?!」

「後で肝試しするにゃー!」

「えぇっ?!」

「何でもいいけど窓閉めて寒い」

 

 

丸まりながら穂乃果ちゃんをチラ見すると超笑顔だったけど、絵里ちゃんの声は非常にビビりモードだった。だから余計に不安を煽ってみた。絵里ちゃん暗いの苦手だもんね。怖いのも。うっふふふ愉しい。

 

 

でも寒い。

 

 

「いいねえ、特にえりちは大好きだもんね?」

「の、希!」

「絵里ちゃんそうなの?」

「い、いや、それは…」

「そういうことなら僕本気出そう」

「えぇっ?!いや、ちょっと…」

「とうっ」

 

 

バリバリにビビってる絵里ちゃんのために、寒い中起き上がって電気のスイッチをオフにしてあげた。

 

 

「ひぁあああああ?!?!」

「痛いっ!絵里ちゃん痛いよ…」

「なんかごめんことりちゃん」

 

 

そしたら絵里ちゃんは漫画の如き絶叫を上げてことりちゃんに飛びついた。飛びつくどころかタックル並みの勢いだったけどね。ごめんことりちゃん。え?絵里ちゃんにも謝るべき?聞こえなーい。

 

 

「離さないで離さないで!お願いぃ!!」

「離さないでっつーか絵里が一方的に抱きついてんじゃねぇか」

「もしかして絵里…」

「暗いのが怖いとか…?」

「ふふ、新たな発見やろ?」

「希!真姫、早く電気つけてぇ!!」

「はいはい」

 

 

というかみんな気づいてなかったんだね。

 

 

「待って!!」

「??」

「どしたの、穂乃果ちゃんも愉悦部に目覚めた?」

「違うよ?!そうじゃなくて、星が綺麗だよ!」

「そっか、学校の周りは灯りが少ないから」

「それより窓を閉めようよ」

 

 

星が綺麗なのはわかるけど寒いんだって。あと絵里ちゃんのために電気つけてあげようよ。まあ消したの僕だけどね。

 

 

「ねぇ、屋上行ってみない?」

「更に寒いとこ行くの」

「茜に拒否権はないでしょ」

「知ってた。しかし僕はここで丸くなるのだ」

「創一郎」

「おう」

「うわっ」

 

 

僅かな抵抗をしたら余裕で創一郎に持ち上げられた。むしろ持ちやすそう。知ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か、花陽」

「うぅっ…ありがとう、創ちゃん」

「ねぇ創一郎、そういう優しさがあるなら僕を放り投げるとかしなくて良かったんじゃないの」

「お前は色々反省しろ」

「くそう心当たりがありすぎて」

「あんのかよ」

 

 

屋上の中でも一番高い、階段の上のところにハシゴを使って登っていた。僕と創一郎以外。僕は創一郎に投げられた。創一郎はジャンプして飛び乗って僕をキャッチした。うーん色々おかしい。

 

 

「わぁ…!」

「凄いね…!」

「光の海みたい…」

「ふむ、流石東京だねぇ」

「自然な流れで一眼を出すな」

「だって撮らなきゃもったいないじゃん」

 

 

直上には星空が、眼下には夜景が広がっていた。東京みたいな都市ならではの光景だね。加えて比較的光量が少ない区域だからこそ星空もよく見える。いい立地だよね。いや立地がいいのは知ってたけど、夜に学校にいることって今まで一度もなかったからね。

 

 

月は見えてないけど、そのうち出てきそうだね。

 

 

「…この一つ一つが、みんな誰かの光なんですよね」

「その光の中でみんな生活してて、喜んだり、悲しんだり」

「この中にはきっと、私たちと話したことも会ったこともない…触れ合うきっかけもなかった人達がたくさんいるんだよね」

「でも繋がった。スクールアイドルを通じて」

「うん。偶然流れてきた私たちの歌を聴いて、何かを考えたり、ちょっぴり楽しくなったり、ちょっぴり元気になったり、ちょっぴり笑顔になってるかもしれない。素敵だね」

 

 

みんななかなか素敵な考え方するもんだね。

 

 

まあ、賛成だけど。

 

 

だってさ。

 

 

 

 

 

 

「…だから、アイドルは最高なのよ」

「うん。ぼくはそんなアイドルの、笑顔の魔法が大好きだ」

 

 

 

 

 

 

ずっと、にこちゃんはそんなアイドルを目指してきたんだもんね。僕が賛成しないわけがない。

 

 

空を見上げていたら、やっと月が顔を出してきた。綺麗な満月だ。月齢見てなかったから今日満月だって知らなかったわ。

 

 

「私!スクールアイドルやってよかったー!!」

「うわ耳が」

「どうしたの?!」

「だってそんな気分なんだもん!!」

「どんな気分だよ」

 

 

周りに人気は無いにしても、夜なんだから静かにね。

 

 

「みんなに伝えたい気分!今のこの気持ちを!!」

「一応言っておくけど、夜だから自重してね」

「うん!みんなー!!明日精一杯歌うから聞いてねー!!!」

「今『うん』って言ったよね」

「言ったわね」

「まあ穂乃果だからな」

 

 

絶対聞いてないもんね。反射で「うん」って言っただけだもんね。超困る。

 

 

で、なんでみんなちょっと大きく息を吸ってんのかな。にこちゃんまで。

 

 

「「「「「「「「みんなー!聞いてねー!!」」」」」」」」

「ちょっと君ら」

「やめとけ。野暮ってやつだ」

「物分かり良すぎない?」

 

 

近所迷惑が発生した場合に真っ先に怒られるの僕なんだよね。なぜか。そこは穂乃果ちゃんを怒ってよ。監督責任を全部僕に押し付けられてる気がする。ぶっちゃけ間違ってない気がしないでもない。困る。

 

 

まあ、こういう決意表明を聴いてくれる人がいたらそれはそれでいいんだけどさ。

 

 

 






ご覧いただきありがとうございます。

デレる波浜君の登場です。需要はあるんでしょうか!!
とにかくみんなちょっと成長したような雰囲気が出せたらいいなーと思っています。もうすぐ終幕ですからねぇ。まあ滞嶺君の豆腐メンタルは治ってないんですがね!!

絵里ちゃんを怖がらせるところで、絵里ちゃんのお相手を音ノ木坂の生徒にしなかったのをすんごい悔やみました。


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終演:笑顔の魔法を叶えたい



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!しかも!!2名!!ありがとうございます!!もっともっと頑張ります!!

さて、ついにアニメ二期も終わりがけになってしまいました。タイトルも終演に…。寂しい…。
まあまだ終わらないんですけどね!!!!!(うるさい)


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「いい天気ー!!」

「そうだねぇ」

「おっきろー!!」

「そうだねぇ」

「朝だよ!ラブライブだよ!!」

「わかったから落ち着きなさいや」

「落ち着いてさっさと飯を食え」

「わぁ!朝ごはん!!」

「朝ご飯だけにこんなに感動してくれるとはね」

「野郎二人で作った飯だがな」

 

 

翌朝。

 

 

穂乃果ちゃんはめちゃくちゃ元気だった。いや元気すぎるでしょ。他のみんなはまだ寝起きモードだよ。普通そうだよ。いやでもむしろ他のみんなはもうちょい元気出そうよ。

 

 

一応今日ラブライブ本番なんだからね。

 

 

大丈夫なの君ら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが会場…」

「おっきいねー!」

「さすが、本戦はスケールが違うわね」

「緊張してきたなちくしょう」

「なんで創一郎が緊張してんのよ」

 

 

全員揃って会場まで来ると、流石にドームのスケールのデカさに圧倒された。マネージャーの俺が緊張してきた。茜はさっさと中に入っていったから、また照明設備のテストとか依頼されているんだろう。

 

 

「こんなところで歌えるなんて…」

「トップアイドル並みの注目を浴びてるのよ、スクールアイドルは」

「そっか!」

「注目されてるんだ、私たち…」

 

 

まさににこの言う通りだ。そもそも注目されていなければこんな大舞台使えないだろうしな。

 

 

しかしここで俺がビビっていても仕方ない。というか俺はあんまり関係ない。一応マネージャーは運営スタッフの一員として数えられているが、基本的にはμ'sの行動の補佐をするくらいだからな。茜は知らん。どうせ正規に雇われている。

 

 

そんなことを考えていたら、不意に照明設備が一斉に点灯し始めた。照明のテストが始まったのだろう。

 

 

「すごい照明ですね…」

「眩しいくらいだね」

「たくさんのチームが出場するわけやから、設備も豪華やね」

「ここで歌うんだ…。ここで歌えるんだよ、私たち!!」

 

 

いやしかし本当に豪華だ。感動すら覚える。こんな舞台で歌えるほどのスクールアイドルになれたんだな…。

 

 

と、設備に感動しているときだった。

 

 

『あーあー、マイクお借りしまーす』

「茜…?」

「何してんだあいつ」

『はーいこちら照明室からのご連絡、照明設備長の波浜さんでーす。舞台周りになんかいろんなチームの人たちがいらっしゃるけど、たまにスポットライトとか外れて落ちたりするから死にたくなければ速やかに控え室にお帰りくださーい。それで死んで文句言われても僕は知りませーん』

「…らしいぞ」

「創ちゃんがいるから大丈夫にゃ」

「いや戻れよ」

 

 

茜から注意勧告の放送が入った。よく見ると確かに他のチームも舞台を見に来ている。これはおとなしく戻った方が良さそうだ。

 

 

「つーか最終調整とか確認とかした方がいいだろ。いつまでもここにいないで、さっさと戻るぞ」

「うん!みんな行こう!!」

 

 

珍しく穂乃果がまともで助かった。

 

 

…この隙に、茜から頼まれた仕事をやっておくか。メールするだけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…めちゃくちゃ人多いじゃねーか」

「はっはっはっそりゃそうだ。今や日本中が注目する一大イベントだからな!くぅーチケット取るのにこんなに苦労するとはなぁ!!」

「ほんと天童さん暇っすね」

「わざわざ空けたんだっつーの。ほれ、証拠に今回は大地とか明はいないだろ?今日もお仕事なんて大変だねぇ!!」

「それ暇じゃない証拠になります?」

「ならねーな。だいたい大地と明も後で来るしな」

「みんなして暇人すか」

「ちゃうわい!!俺が頑張って今日の本番は空けれるようにしたんじゃい!!」

 

 

今日はラブライブ本戦。穂乃果に身内用のチケットを押し付けられたから来たんだが、ものすごい人混みだ。普通に物販とかやってんだが、これ大会なんだよな?

 

 

「ん?あそこにいるのは…」

「おっあっちにガチャガチャあるじゃーん。これは行くしかねえ。金はいくらあったっけなー…狙うは希ちゃんただ一人」

「雪穂と亜里沙…?()()()()1()()()()()…見に来たのか。なぁ天童さん…ってあれ、どこ行った?」

 

 

少し離れた、ラブライブの看板の前に雪穂たちがいるのが見えた。そっちに行こうと天童さんに言おうとしたんだが、目を離したほんの一瞬でどっか行きやがった。

 

 

まあいいか。

 

 

「雪穂、こっちこっち!」

「すごい!こんな看板が出てる!」

「ほわーっ!!素晴らしいです!!わたしも早くスクールアイドルになりたいですー!!」

「…よう、雪穂、亜里沙」

「あ、桜さん!こんにちは!」

「お久しぶりです」

 

 

とりあえず声をかけておく。誰だか知らん子もいるが、知らぬふりをするのも何か嫌だしな。

 

 

「あっ、初めまして!水橋桜さんですよね!雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんからたまにお話を聞いております!」

「ん、お、おう…?」

「わたし、雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんの同級生の、松下奏と申します!よろしくお願いします!」

「あ、ああ…よろしく…」

 

 

誰だか知らんが、丁寧な言葉遣いの割にすげーぐいぐい来るなこの子。何か見覚えのあるような無いような顔してるのは気のせいか?

 

 

「桜さんもライブ見に来たんですか?」

「ああ、穂乃果にチケット押し付けられたからな。せっかくだしたまにはこういう音楽もいいだろ」

「私たちもμ'sの応援頑張りましょう!!」

「………ああ、そうだな」

「あっそうだ!桜さん、写真撮っていただいてもよろしいでしょうか!あの看板と一緒に写りたいんです!」

「ここを目指す写真!」

「まあ、別に良いが…ここを目指す…そうか、君らもスクールアイドルになりたいのか」

「「「はい!!」」」

 

 

穂乃果達の後輩になるわけか。結局俺がまた関わることになりそうだな…。

 

 

とりあえずスマホを構えて3人をカメラに収める。茜ほど芸術的な写真は撮れないが…まあ、そこは大目に見てもらおうか。

 

 

どうせスクールアイドルになれたら茜が撮ってくれるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…人混みの中で車椅子は流石に申し訳ないな」

「ならば義足で来ればよかっただろう?」

「余計に危険だろう。慣れてもいない義足で、他人の足を踏んだり躓いたらどうする」

「それは瑞貴がまったく練習しないからだろう」

「余計なお世話だ」

 

 

μ'sの応援…というよりは、南ことりの成長を見るためにわざわざラブライブの会場までやってきたのはいいんだが、非常に混んでいた。恐ろしいな、ラブライブ。

 

 

「むしろ、人混みは湯川氏の外出にも好都合だ。何ら問題無いだろう」

「問題無いが、狭いぞ」

「…随分外出に慣れてきたな」

「ああ、慣れてきた。みんなのおかげだ、これで花陽にもっと会える」

「…そうか」

 

 

また、今日は蓮慈が湯川照真も連れてきていた。彼もまた招待されていたというからそれは構わないのだが、そんなにホイホイ外出できないんじゃなかったのか。めちゃくちゃ平気そうじゃないか。

 

 

「彼に余裕があるのは天童氏も言っていた情報量の関係だろう。これだけ人が多ければ分析することも多いのだろう」

「………そうか?」

「流石にそれは私も知らんよ。彼の考えることはな」

「大気サンプルの構成分子が秋葉原の雑踏と異なる」

「ほらな?」

「ほらな、じゃないが」

 

 

何を調べているんだ彼は。

 

 

「ともあれ、私達の目的は一つだ。各チーム毎に応援席があるのだろう?最適な位置を探さなければな」

「…なんだ、既に決めてあるかと思ったが」

「そんなことはない。アキバドーム自体は初めて来る場所だからな。図面である程度絞ってあるが、もっとも舞台がよく見える場所は言ってみないとわからんさ」

「とか言いつつ、数席くらいまで絞っているんだろうな…」

 

 

この天才は、何事も一番いい状態であろうとする。わざわざ西木野真姫からの招待状を受け取らず、自由席を選んだのもそのせいだろう。

 

 

「…俺は南ことりから招待状を貰っているから指定席だぞ」

「もちろん知っている。湯川氏もだろう?私は単独で席を探すさ」

「ブレないな…」

 

 

というか、招待席よりも自由席の方が景色は良いのだろうか。蓮慈のことだから音響なんかも加味した位置を割り出しているんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いた…電車混みすぎじゃない?」

「それだけ注目されているということでしょう。しかし電車が30分も遅れるのは恐ろしいですね」

 

 

宣材写真の撮影が終わって、急いでアキバドームに向かったら電車がすっごい混んでいた。大半の人がラブライブを見に来ていたらしい。途中で松下君と合流できたのはいいとして、今のところ人波に流されるがまま移動している。これちゃんと会場に向かえてる?

 

 

「うう…しかしこれほど人が多いと人酔いが…」

「あれ、松下君は人混み苦手だった?」

「え、ええ…諸事情で…」

「そうなんだ。それだとこの人混みは辛いよね…」

 

 

松下君がだいぶ辛そうな様子だったから、どうにか人波を縫って進み、ドーム内に素早く向かう。こういうところも天童のシナリオは用意されているから安心だ。

 

 

「よし、抜けた!ここからは関係者席への道だからほとんど人はいないはずだよ」

「ありがとうございます…。うぅ、情けない…」

「いいのいいの、気にしないで」

 

 

ドームの入り口まですり抜け、招待状を警備員に見せると先に中に入れてもらえた。関係者専用の道に入ればもうほとんど人気はないから、松下君も安心だろう。

 

 

誰もいない道を通り関係者席へ向かうと、既に何人か先客がいた。

 

 

「…ん?ああ、松下さんと御影さん。お久しぶりです」

「水橋君、久しぶり。早いね?」

「まあ人混みがうっとうしかったんで。早めに来て作曲してました」

「おー、お仕事熱心だね」

「依頼は腐るほどあるんで」

 

 

高坂さんと仲のいい、作曲家の水橋桜君。

 

 

「あとは…えーっと、雪村君、湯川君か」

「…お久しぶりです。本当は蓮慈もいるんですが、あいつは別の席を確保したみたいでここには来ません」

「え?わざわざ招待席を蹴って?」

「ここ、音も景色もいいんですけど、出演者との距離が結構遠いんすよ。人を見るならもっと近く行った方がいいでしょうね」

「なるほど…」

「気圧が高い。ドーム天井を支えるためにドーム内の気圧を上げているのか」

「湯川君は相変わらずだね…」

「…むしろ新しい場所に来てテンション上がってるように見えますね」

 

 

ファッションデザイナーの雪村瑞貴君、小泉さんのお友達の湯川照真君。よく見る面々だね。

 

 

やっぱりいろんな人が注目してるんだ。俄然楽しみになってきたね!

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………おい?大親友天童さんはスルーか?ん?スルーなのか??」

「天童いたんだ?」

「無慈悲!!!」

「いつも通りじゃないですか」

「こんないつも通りやだー!」

 

 

一応言っておくと、天童もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー疲れた。

 

 

スクールアイドル、どのチームも慣れたもので照明依頼もソツなくこなしてくれるのはいいんだよ。楽だから。

 

 

でも大舞台だからって照明をそんなに凝らなくてもいいじゃんね。会場も大きいからすんごいしんどかった。まあ何だかんだ言って自分が一番凝ってるんだけどね。いいんだよ自分のは。

 

 

「おう、お疲れ」

「そっちもお疲れー。みんな準備できてる?」

「それを今から確認するところだ」

 

 

μ'sの控え室の前には創一郎がドーンと立っていた。完全にSPだよこれ。知らない人が見たら一瞬立ち止まって顔を背けて通り過ぎるやつ。

 

 

控え室の扉をノックして中に入ると、みんなもう着替えていた。まあ着替えてなかったら困るけどね。

 

 

「あっ!二人ともお疲れさまー!」

「おう。…いい衣装じゃねぇか」

「うんうん、みんな似合ってるね」

「えへへ、今までで一番可愛くしようって頑張ったんだ!」

 

 

それぞれのイメージカラーで彩られた衣装はみんなによく似合っている。同じように見えて結構デザイン違うんだね。テクニックにゆっきーらしさを感じる。当たり前か。ゆっきーに教えてもらってたんだし。

 

 

「お客さん、すごい数なんだろうなぁ」

「楽しみですよね」

「え?」

「もうすっかり癖になりました。たくさんの人の前で歌う楽しさが」

「初めっから投げキッスの嵐だった気がするけど」

「そっ、それはまた別の話です!」

 

 

まあ僕が入ってからは僕が投げキッスやらせてるんだけどね。

 

 

だってやってくれるもんね。

 

 

「大丈夫かな…ほんとに可愛いかな…?」

「大丈夫にゃ!すっごく可愛いよ!凛はどう?」

「凛ちゃんも可愛いよ!!ね、創ちゃん!」

「ぁあ?!あ、ま、まあ、そう…だな」

「もっとはっきり言って!」

「何なんだよ!わかったわかった可愛い!!」

「何してんのあれ」

 

 

創一郎は凛ちゃんと花陽ちゃんに弄ばれていた。何してんの。

 

 

「今日のうちは遠慮しないで前に出るから覚悟しといてね?」

「希ちゃんが?」

「なら私もセンターのつもりで目立ちまくるわよ。最後のステージなんだから!」

「面白いやん!」

「別にいいけど無茶苦茶はしないでね」

「おお、やる気にゃー!真姫ちゃん、負けないようにしないと!」

「わかってるわよ。三年生だからってぼやぼやしてると置いてくわよ、宇宙ナンバーワンアイドルさん?」

「ふふん、面白いこと言ってくれるじゃない。私を本気にさせたらどうなるか、覚悟しなさい!!」

「一応もう一回言っとくけど無茶苦茶しないでね」

 

 

みんな緊張せずにやる気出しててくれるのはいいけど、あんまり好き勝手しすぎないでね。結構振り付けはバランスとか考えてあるんだからね。

 

 

「…今、2つ前のグループのライブが始まった。あと10分程度だ」

「うん!」

 

 

もうすぐだね。結構すぐ出番が来るもんだ。

 

 

「みんな、全部ぶつけよう!今までの気持ちと、想いと、ありがとうを全部乗せて歌おう!!」

 

 

そんな穂乃果ちゃんの言葉とともに、みんなでピースを繋げて輪を作る。

 

 

そう、みんなで。

 

 

今度は僕と創一郎も一緒だ。

 

 

「…………」

「どうしたのですか?」

「なんて言ったらいいか、わからないんだ」

「えー」

 

 

今ちょっと感動シーンだったのに。

 

 

「だって、本当に無いんだもん。…もう全部伝わってる。もう気持ちは一つだよ。もうみんな、感じてることも考えてることも同じ!そうでしょ!」

「そういうことかよ」

「にこちゃんパターンかと思った」

「どういう意味よ!」

 

 

だってにこちゃん夏合宿の時の挨拶雑だったじゃん。

 

 

 

 

 

まあでも、穂乃果ちゃんの言ってることは正しいかな。

 

 

 

 

 

みんなきっと。

 

 

 

 

 

同じ気持ちだ。

 

 

 

 

 

「μ'sラストライブ!全力で飛ばしていこう!!」

 

 

そうだよね、みんな。

 

 

「1!」

 

 

にこちゃんがいて。

 

 

「2!」

 

 

みんながいて。

 

 

「3!」

 

 

創一郎がいて。

 

 

「4!」

 

 

僕がいて。

 

 

「5!」

 

 

みんなで頑張ってきて。

 

 

「6!」

 

 

辛いことも乗り越えて。

 

 

「7!」

 

 

色んな人に助けてもらって。

 

 

「8!」

 

 

もうきっと、僕らは一つだから。

 

 

「9!」

 

 

僕らの夢を。

 

 

「10…!」

 

 

みんなで叶えよう。

 

 

「…11。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「μ's!ミュージック、スタート!!」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブは無事終わった。

 

 

まあ、結果は言うまでも無いかな。

 

 

「おかえりー」

「お疲れさん」

「うん…!」

 

 

帰ってきたみんなは、抱き合って泣いていた。うんうん、感動的だ。今度は僕は泣かないよ。

 

 

まあでも。

 

 

泣いてる場合じゃないんだよなぁ。

 

 

「とりあえず泣いてる場合じゃないよ君ら」

「え?」

 

 

その理由は。

 

 

 

 

 

 

 

「アンコール!アンコール!」

「アンコール!アンコール!」

「アンコール!アンコール!」

 

 

 

 

 

 

 

たくさんのアンコールが、客席から飛んできているからだ。

 

 

「凄いよねぇ」

「…………」

「ねぇ。初ライブは観客1人だったのにね。今はこんなにたくさんの人が、君らのライブをもう一回見たいって言ってくれてるんだよ。凄いことだよね」

「…うん」

「ちゃんと大会規則覚えてるかい」

「うん」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さあ準備しようか、もう一度見てもらうために」

 

 

全チームのなかで、アンコールに応えられるのは優勝したチームだけ。

 

 

 

 

 

そう。

 

 

 

 

 

第2回ラブライブ、優勝チームは。

 

 

 

 

μ'sだ。

 

 

 

 

 

「…でも、アンコールの曲も衣装も用意してないよ?」

「それはご安心を。ちゃんと持ってきてもらったから」

 

 

ちょうどこのタイミングで、舞台裏にヒフミのお嬢さんズが現れた。ナイスタイミング。

 

 

「…第1回ラブライブで歌うつもりだったのに、お蔵入りしちゃった曲があるでしょ」

「あっ…」

「せっかく衣装もあるのに勿体ないじゃん。作った曲はちゃんと送り出してあげないとね」

 

 

そう。僕らは第1回ラブライブにも出るつもりだったから、そのための曲だってあったんだ。もちろん出なくなっちゃったからライブに使うこともなく、なんとなく公表もされていなかった曲が。

 

 

せっかく衣装もあるんだからね。

 

 

叶わなかった時の夢も一緒に持っていこう。

 

 

「忘れたわけじゃねぇよな?たまに気まぐれで練習してた曲だしな」

「うん、大丈夫!」

「じゃあ着替えてこい。早くしねぇと観客の喉が潰れるぞ」

「わかった!行こう!」

 

 

走って控え室に戻るμ'sのみんなを見送って、僕と創一郎は舞台裏で2人で立っていた。

 

 

「…こんなところまで来ちゃったね」

「そうだな」

「僕はね」

「ん?」

「ずっと思ってたんだ。にこちゃんの笑顔は、みんなも笑顔になれる魔法の笑顔だって」

 

 

にこちゃんのスクールアイドル活動を支えていた理由の最たるものがそれだ。にこちゃんの笑顔の魔法を、もっと多くの人に届けたいって思っていたんだ。

 

 

「そんな魔法が、μ'sのみんなと一緒だったから叶ったんだと思うよ」

「…………まあ、μ'sのやつら全員そういうモノを持ってたんだろうよ。みんながいたから叶った。相乗効果みたいな感じでな」

 

 

思えば。

 

 

にこちゃんがどうのって言いながら、ぼくは初めからみんなの笑顔のために頑張っていたんだな。

 

 

「つーかこの歳になって魔法がどうとか…恥ずかしくならねぇのかよ」

「ならないよ。にこちゃんなんだし」

「褒めてんのかそれは」

「半々だね」

「半々なのかよ」

 

 

まあにこちゃんだからね。多少おバカな感じがした方がにこちゃんらしいじゃん。

 

 

「お待たせ!!」

「「早っ」」

「ふふーん!早着替えだってお手の物よ!!」

 

 

もう戻ってきた。

 

 

「さあ、もう一回行くよ!!」

 

 

まったくもう。

 

 

頼もしくなったなぁ。

 

 

まあ、それでこそμ'sって感じかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「μ's!ミュージック、スタート!!!」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に、ありがとう。

 

 

 

 

 

みんなのおかげで。

 

 

 

 

 

今ここに。

 

 

 

 

 

笑顔の魔法が、叶えられた。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ついに感動の優勝です。ここまで長かった…まさか一年以上かかるなんて。最初の方を久しぶりに読み返したら今よりはるかに(私の)テンション低かったですし、なんだか時の流れを感じてしまいました。

そんなこと言いつつ、こっそり再登場する松下さんの妹ちゃん。当然ただの妹枠で済ましませんよ!!
個人的にはバッチリ希ちゃんを狙う天童さんが好きです。書いてませんが、多分各自ガチャガチャで推しを狙ってます笑。

では、残り少しお付き合いくださいませ。



…まあ全然終わりませんけどね!!!!



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部室って私物置いちゃって卒業の時に困る



ご覧いただきありがとうございます。

前回からもまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!もうすぐ寿命50年伸びます!!!(まだ言ってる)
最初は誰か1人でも見てくだされば嬉しいやって思って始めた投稿なので、こんなにも沢山の方が私の作品を見てくださっていると思うと泣けます。滝涙です。まだまだ頑張りますよ!!

今回は遂にアニメ二期最終話前編となります。アニメ本編は次回が最後となります…長かった…いや長かったのかな…?
まあ当然のように劇場版も書きますのでまだまだ終わりませんけどね!!

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「流石に今日はいらっしゃるんですね」

「もちろん。愛する娘の卒業式だもの」

「さすがですねぇ。ところでにこちゃんまだー?」

「もうちょっと待って!今日は一番ビシッと決めるんだから!!」

「まあお母さんいらっしゃるもんね」

 

 

日は流れて、卒業式当日。

 

 

にこちゃんを迎えに来たら、矢澤家一同がにこちゃんを待っていた。お忙しいにこちゃんママが来るとは珍しい。まあ卒業式だしね。

 

 

あとにこちゃんはにこちゃんママ大好きだから気合い入ってるね。

 

 

「さすがに卒業したら正式にお付き合いするのかしら?」

「そのつもりではいますけど、既にほとんど恋人レベルの生活してるんですよね」

「でも性活はしてないでしょ?」

「なんか悪意を感じる言い方だったんですが」

 

 

僕が思ってる言葉と漢字が違った気がしますけど。

 

 

「できた!お待たせ!」

「おお、今日は一段とかわいいね」

「さすがにこちゃんね!」

 

 

たっぷり30分くらいかけて出てきたにこちゃん。いつにも増して完璧なツインテだ。いやツインテだけじゃないけどさ。可愛いね。可愛いよにこちゃん。

 

 

「さ、ママ!早く行こ!見せたいものがあるの!!」

「あらあらそんなに慌てなくていいのよ?」

「あーこれ僕が置いていかれるパターン」

「大丈夫です!私たちと一緒に行きましょう!」

「行くー」

「君らも行くんだね」

 

 

母親の手を引いてさっさと走って行ってしまうにこちゃん。僕を前にして走るとは何ということだ。しかし僕にはこころちゃんとここあちゃんと虎太朗君がついている。もう何も怖くない。いやこれ何かあったら僕が真っ先に死ななきゃいけない組合わせじゃん。いやん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくるぞ」

「行ってらっしゃい、兄さん。夕飯は用意しておくから心配しないで」

「わかった、頼んだ。…が、お前も早く行けよ?中学の卒業式も次期生徒会長挨拶とかあるだろ」

「大丈夫。まだ時間あるし」

「ならいい。お前らは…もう卒業式終わったんだったな。昼飯は冷蔵庫に入れてある。腹が減ったら食え」

「「「はーい」!!」」

「迅三郎、留守番組の最年長はお前だ。頼んだぞ」

「はーい」

 

 

今日は音ノ木坂の卒業式だ。

 

 

なんだかここまであっという間だったような気がする。ラブライブが終わってから学年末テストなんかもあったはずなんだが、成績は茜のおかげでむしろ上がっていたからまったく気にならなかったしな。

 

 

弟達も随分しっかりしてきて、安心して留守を守ってもらえる。

 

 

「で、わざわざ俺の家の前まで来たのかお前ら」

「えへへー」

「えへへ…」

「わ、私は別に

「そうか、わかった」

「まだ何も言ってないじゃない!!」

 

 

家から出たら、玄関前で凛と花陽と真姫が待機していた。一緒に行こうということだろう。さすがにそれくらいわかる。真姫の照れ隠しを聞くまでもない。

 

 

「…じゃあ行くか」

「うん!」

 

 

のんびりしている場合でもないし、すぐに出発する。

 

 

凛が騒いで、花陽が笑って、真姫が呆れて、俺がツッコむ。そんないつも通りの通学路だった。

 

 

卒業式ではあるが、しんみりする必要もない。このくらい普段通りに過ごす方が、送り出される側も安心するんじゃねぇかな。

 

 

そんなことを思いつついつもの通学路を歩き、いつも通り学校までたどり着く。校門には穂乃果と、にことその兄妹達がそろっていた。なんだ、卒業式って家族同伴でよかったのかよ。

 

 

「あっ!おーい!」

「穂乃果ちゃんおはよう!」

「おはよう!みんなは?」

「私たちも今来たところよ」

「あっちににこもいるしな」

 

 

視線を向けると、兄妹達はこちらに気づいたようで挨拶してくれた。

 

 

「あ、穂乃果さん!」

「久しぶり!」

「みゅーずー」

「みんな久しぶり!」

「そういえば何ヶ月か会ってなかったな。おうチビ元気か」

「げんきー」

「何してんのよ創一郎は」

 

 

ぼけーっとしている虎太朗の頭をわしわし撫でてやったが、リアクションは薄い。迅三郎の緩さと同じものを感じる。

 

 

「にこちゃんおはよ!」

 

 

そして、穂乃果がにこに声をかけると。

 

 

「あら」

「…ん?」

「にこちゃん…じゃないにゃー!!」

 

 

振り返った人物は、にこではなかった。非常によく似ているがにこではない。確実にもう少し人生経験を積んだ誰かだ。

 

 

いや、「誰か」ではないな。これだけよく似た歳上の女性となれば、ほぼ間違いなく。

 

 

「はじめまして!」

「………まさか」

「私たちのこと知ってるんですか?」

「もちろん!にっこにっこにー!…の、母ですから」

「「「「ええぇぇええええっ?!?!」」」」

「やっぱそうでしたか…」

 

 

やはりにこの母親だった。

 

 

そもそも背が高いし制服じゃなくてスーツだし、茜が一緒にいないし。何故気付かなかった俺達。

 

 

しかし親もにっこにっこにーするんだな。あなたは名前「にこ」じゃないだろう。

 

 

「本当によく似てらっしゃいますね…」

「でしょー?茜くんにもよく言われるのよー」

「当然のように茜くんが出てきたにゃー」

「あら、当然よ?昔からずーっと仲良くしてるもの。結婚式が待ち遠しい…」

「付き合ってすらいねぇはずなんですが」

「いいのよいいのよ。どうせ付き合って結婚するのは目に見えてるんだから!」

「まあそう言われればそうなんですけど」

 

 

今更あいつらがそれぞれ恋人を作ったとか言われたら意味わかんねぇしな。

 

 

と、そんな話をしている時だ。

 

 

「ママー!」

「あら」

「何してるのよー、早く来てよー!見せたいものがあるんだからー!ねぇママ早くー!!」

「待ってにこちゃん色々待って。第一に僕を置いていかないで。第二にもうちょっと周り見てうぇぶ」

「に、にこちゃん…?」

「おぅ?!」

「茜は勝手に転けてんな」

「う、うぶぶ…だから周りを見てって…いや僕は足元見ろって話だけど」

「いやお前今何もないところで転んだぞ」

「しんどい」

 

 

今度こそ本物のにこが来た。来たはいいんだが、なんだ、その、悪いもんを見てしまったかもしれない。もう母親にべったべたに甘えていた。茜にさえ拳で語るにこが母親には甘々とは、なんか意外だ。

 

 

ちなみに茜はやはりにこについて行っていたらしく、にこの後ろから歩いて追いかけてきていた。走らないあたりが茜らしい。そして何もないところで転んだところも茜らしい。

 

 

「…こほん、おはよう」

「にこちゃん、今更取り繕ってもふぐっ」

「余計なこと言うな!!」

「痛い痛い腰が腰が」

「…母親的にはあれいいんですか」

「母親的にはOKよ!」

「いいんですね…」

 

 

茜は相変わらず踏みつけられていたが、茜がボコられるのは母親公認らしい。強く生きろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあいくわよ!」

「いくでござるよ」

「茜は一体何者の設定なのよ」

「従者?」

「疑問形なのかよ」

 

 

部室に着くと、真っ先ににこちゃんが部室に突入していった。僕も追いかけてお披露目の準備だ。

 

 

何のお披露目かって?

 

 

そんなん決まってるじゃん。

 

 

 

 

 

 

「じゃーん!!見て!!これが!!!」

「第2回ラブライブ優勝旗でございまーす」

「私たちの優勝の証よ!!」

「「「おおー!」」」

 

 

 

 

 

 

見ての通り。

 

 

みんなで掴んだ夢の証だ。

 

 

「すごいです!」

「綺麗!」

「うぃなー」

「おいこいつ今英語喋ったぞ」

「僕が教えたんだよ」

 

 

こころちゃんもここあちゃんも虎太朗君もいいリアクションをしてくれた。虎太朗君に限らずにこちゃん一家の教育は僕がしてるからね。大事なことから余計なことまで。すけべなことは教えてません。ほんとだよ?

 

 

「私たち…勝ったんだよね…!」

「優勝にゃー!」

「もう、まだ言ってるの?」

「いいじゃねぇか。それだけの偉業なんだ」

 

 

結果としては日本一。日本最強である。しばらく喜んでても文句は言えないね。しかし同じことでいつまでも喜べるのも羨ましい。嬉しいは嬉しいんだけどね。

 

 

「ね、本当だったでしょ!!」

「…おめでとう!」

「えへへ」

「あー心が浄化される」

「穢れてる自覚はあったのか」

「生きてると穢れるんだよ」

 

 

にこちゃんの全開の笑顔と、にこちゃんママの微笑みを見てとても幸せな気分になれた。今なら奇跡起こせる。

 

 

実際相当な偉業ではあるんだし、喜んで然るべきとは思うけどね。まあそれでもやっぱり愛する人の笑顔は最強だよね。いやん愛する人とか恥ずかしい。

 

 

「でも…」

「?」

「………これ、全部あなたの私物?」

「……………………え、いや、その………」

「立つ鳥跡を濁さず。皆さんのためにも、ちゃんと片付けていきなさい」

「はい…」

「皆さんのためにもっていうことなら十分役立つと思いますけどね」

「それでも部室は私物の倉庫じゃありません。それより茜くんも早く手伝ってあげなさい」

「何で僕まで」

「手伝いなさいよ!」

「おぐっ今投げたやつは投げていいやつだったの」

「いいのよお菓子の缶だから!」

「殺意感じちゃう」

 

 

にこちゃんママの指摘通り、部室にはにこちゃんのスクールアイドル関連の私物が満載だった。そりゃね、一年の時から入り浸ってたんだからね。そうなるよね。ならない?ならないかぁ。

 

 

あとお菓子の缶は普通に痛いやつだからね。硬いし。

 

 

っていうか、にこちゃんに気を取られてたけど大事なこと聞くの忘れてた。

 

 

「そうだ、穂乃果ちゃん」

「なに?」

「行かなくていいの」

「え?」

「生徒会室。生徒会役員は卒業式の2時間前に生徒会室に集合って海未ちゃん言ってたじゃん」

「……あああああ!!!忘れてた!!!」

 

 

そう。1週間前くらいからかなり念入りに言われてた。しかも当の穂乃果ちゃんは「大丈夫だよおー」とか言ってた。大丈夫じゃなかったね。知ってた。

 

 

穂乃果ちゃんは叫んだ勢いのまま全速力で部室を去っていった。廊下は走っちゃいけないんだってば。出会った頃からそこは成長しないな。

 

 

「こんな日まで相変わらずだな、穂乃果は」

「いつも通りでいいんじゃない?」

「そだねえ」

 

 

ま、見送られる側もしんみりしなくていいからその方がいいか。

 

 

「僕はにこちゃんのお手伝いしてるから、君らは色々しておいで。準備とかあるでしょ」

「まあな。お前らも式に遅刻すんなよ」

「善処するよ」

 

 

にこちゃんの私物多いからやばいかもしれないね。にこちゃんママの車に乗せて持って帰るとしても、これ全部乗るのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩方、照明の調整はどうですか」

「あ、創ちゃんも来た!」

「穂乃果か。何かあったのか?」

「照明がなんかどうもうまくいかないくてねー。だから生徒会室に去年の資料がないか探してもらおうって」

「そういうことか」

 

 

体育館での卒業式の準備。当然各自に仕事が割り振られているのだが、俺は少し特殊な役回りをさせてもらうことになった。

 

 

卒業式の照明操作だ。

 

 

茜に設備の使い方は叩き込まれたから、学校程度の照明なら難なく操作できる…と言ったら照明操作を押し付けられた。

 

 

そこは力仕事やらせろよ。

 

 

「それなら俺も同行しよう。前年度の照明担当は確実に茜だろうし、それなら俺が一番見慣れている」

「うん、お願い!」

 

 

まぁ、力仕事が回ってこないのはそもそも力仕事なんて無いからなんだろうが。そういうことなら俺にやれることをやるまでだ。

 

 

というわけで体育館を穂乃果と一緒に出ると、花壇の前に希がいた。希なんだが、髪型がいつもと違う。いつもの二つ結びじゃない。何か…確かおさげとかいう髪型。あれを前に垂らした感じだ。伝わるか?

 

 

「あ、希ちゃん!」

「穂乃果ちゃんに創ちゃん」

「よう。なんか珍しい髪型してんな」

「ふふ、どう?」

「すっごい似合う!」

「ああ、いいんじゃねぇのか」

「希ちゃん髪綺麗だよねぇー」

「そんなに言われたら照れるやん…」

「そんなんだからlily whiteのメンバーになったって自覚はあんのか?」

 

 

いつも黒幕みたいな顔してる癖に褒めると本気で照れやがってこいつ。

 

 

「でも本当にそう思うよ!」

「ふふ、ありがと」

「じゃ、また後でな。用があるんだ」

「あ、えりち知らない?」

「え?知らないよ?」

「てっきり穂乃果ちゃんたちと一緒だと思ってたんやけど…」

「悪い、俺たちは見ていないな。見つけたら希が探していたと伝えておこう」

「うん、お願いね」

 

 

会ってすぐではあるが、希とは絵里のことだけ請け負って別れた。卒業式の準備も進めなければならないからな、そこは仕方ない。話をするなら式の後でもいいわけだしな。

 

 

「…まあ、絵里は案外生徒会室にいたりしそうだがな」

「絵里ちゃんって今でも生徒会長ってイメージあるもんねー」

「穂乃果が生徒会長って感じがしねぇんだよ」

「そんなことないよ!」

 

 

絵里の雰囲気がどうしても生徒会長というか、まとめ役って感じがするからな。

 

 

そんなことを話しながら生徒会室に入ると。

 

 

「あ、絵里ちゃん」

「まさかマジでいるとはな…」

「穂乃果、創一郎…」

 

 

本当に絵里がいた。

 

 

地縛霊かお前は。

 

 

「どうしたの?希ちゃんが探してたよ」

「別に用があったわけじゃないんだけど…何となく足が向いて」

「相当思い入れがあるんだな」

「もちろん。私の学校生活の一部みたいなものだから」

 

 

まあ1年間の任期は高校生活の1/3でもあるわけだし、多少思い入れがあるのはわからんでもないか。

 

 

「式の準備は万全?」

「うーん…万全ってほどじゃないけど、大丈夫!素敵な式にするから!」

「念のために言っておくが、今は万全にするための詰めの段階だ。心配するな」

「…ありがとう」

 

 

式の様子を気にする絵里の表情は明るいとは言えなかった。この期に及んで寂しがってんのか?

 

 

「…心配事?」

「ううん、ただ、ちょっとだけ…昨日アルバムを整理してたら生徒会長だった頃を思い出してね。私、あの頃は何かに追われてるような感じで全然余裕がなくて、意地ばかりはって…振り返ってみると私、みんなに助けられてばっかりだったなって」

 

 

そうだっただろうか。

 

 

俺はμ'sが9人揃う前の絵里については詳しくないが、絵里は生徒会長もやりながらμ'sのまとめ役もしてくれていたと思う。

 

 

助けられたのはこっちも同じだったはずだ。

 

 

穂乃果も同じことを思ったのか、不意に絵里に抱きついた。

 

 

「ほ、穂乃果?」

「…絵里ちゃん、私達がラブライブに間に合わないかもしれない時、こうやって受け止めてくれたよね。私達も同じだよ。生徒会長になって、ここにいて、絵里ちゃんが残していったものをたくさん見た。絵里ちゃんがこの学校を愛しているということ、そしてみんなを大事に思っているということ。絵里ちゃんの思いはこの部屋にたくさん詰まっていたから、私は生徒会長を続けてこられたんだと思う」

 

 

絵里が生徒会長だった時は音ノ木坂は廃校の危機にあった。それを、μ'sの成果が出るまで抵抗し続けていたのは紛れもなく絵里達の功績だろう。

 

 

俺たちは決定打を掴んだだけ。

 

 

だから。

 

 

 

 

 

「本当に、ありがとう」

 

 

 

 

 

礼を告げるのは、こっちの方だろう。

 

 

「……もう、式の前に泣かさないでよ…」

「えへへ…じゃあ、行くね!」

「おい穂乃果、目的忘れんな。…あったあった、この資料だな」

「あら、資料を探しに来てたの?」

「あっそうだった」

「もう…」

 

 

感動的なシーンになるのはいいんだが、本来の目的をスルーして戻ったって二度手間になるだけだぞ。

 

 

資料を持って生徒会室を出ようとすると、不意に希が入ってきた。

 

 

「やっぱりここやったんやね」

「わかってたのかよ」

「ううん、何となく居そうだなって思っただけ」

「本当かよ?まあいいか、俺たちは準備があるからもう行くぞ」

「じゃあまた後でね!」

 

 

そう告げて、生徒会室を後にする。

 

 

「創ちゃん」

「ん?」

「絶対、最高の式にしようね」

「当たり前だろ」

 

 

せっかく絵里達が繋いでくれた歴史だ。

 

 

当然、最高の形で送り出すさ。

 

 

 

 

 

 

「………大きくなったわね」

「…そうやね」

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やっぱここにいた」

「あー疲れた…」

「あら、どうしたの?茜とにこが生徒会室に来るなんて」

「君らがいそうだと思ったからね」

「何か疲れてるみたいやけど、どうかしたん?」

「さっきまで部室片付けてたのよ。私物は持って帰らなきゃいけないから」

「おかげさまでほぼ空っぽになったよ」

 

 

部室の片付けが終わって卒業式までどうしようって思ってた時に、絵里ちゃんと希ちゃんは生徒会室あたりにいそうだなって思ったからにこちゃんと生徒会室に来たら案の定2人ともいた。2人ともこの部屋大好きだねぇ。

 

 

「…もうすぐね」

「そうだねぇ。お二人は国立大学行くんだっけ」

「うん。ちゃんと試験も受かってたから」

「ラブライブもあったのによく受かったね」

「学力トップ3は譲らなかったもの。当然勉強も頑張ってたわ」

「そんなにこちゃんは推薦で私大に行くんだけどね」

「悪かったわね勉強できなくて!!」

「おっふ」

 

 

僕らの進路は今言った通り。にこちゃんは音大とかでもスクールアイドルの功績を考えたら行けたと思うんだけど、そこまで本気で音楽する気は無いみたい。アイドルって歌って踊るイメージなんだけどな。

 

 

ちなみに私大の入学費とかは僕が出した。私大高いもんね。でもいいんだよ、にこちゃんはにこちゃんで勉強も頑張ってたんだから。悪いとは言ってないんだから拳はノーセンキュー。

 

 

「茜は独立するんですって?」

「うん。僕も桜もA-Phyを抜けて、それぞれ別で活動することにしたんだ」

「天童さんはどうするのかしら」

「A-Phyって名前だけ残して、一つの企業としてやっていくんだってさ。まあ僕も桜も似たようなものだけどさ」

 

 

そんで僕は身につけた技術や知識や人脈を使って独立することにした。

 

天童さんもそうするつもりで運営してたみたいだし、それなら独立する方がうまくいくんだろう。「まぁどうせこれからも色々依頼するんだけどなー!」とか言ってたから多分大してやることは変わらないんだろうな。

 

 

3人がそれぞれ人を集めてそれぞれの方針でやっていくだけだね。

 

 

「それって起業するってこと?」

「そうなるね。まあ僕ら名前が売れてるからお仕事が無いってことにはならないと思うけど、運営しなきゃいけないのは大変だねぇ」

「そこは大丈夫よ。だって、私たちが苦労しないように面倒な手続きはやってくれてたんでしょう?企業としてもやることは同じじゃないかしら」

「なんだ、知ってたんだね」

「えりちは自分がやる気満々だったもんね」

「そ、そんなことないわよ…?」

「そういう役回り大好きちゃんかよ」

 

 

絵里ちゃんは裏方作業が好きなのかな。

 

 

でも、僕の働きに気付いてる人がいたとは思わなかった。気づかれないように予算管理だったり諸々の申請だったりをしてきたつもりだったんだけどね。

 

 

「みんな気付いてたわよ」

「にこちゃん」

「気付いてたけど、わざわざこっそりやってることを労うのはやめておこうってことになってたのよ」

「要するに結構バレバレだったのか」

「そんなことないわよ?たまたま早起きしたから、ちょっと忘れ物したから、何となく部室に足が向いたから。そんな理由で誰もいないはずの部室に行ったら、茜が事務作業をしてた。みんな、そんな偶然がなければ気付かなかったわ」

「凛ちゃんに限ってはずっと気付かなかったみたいやしね」

 

 

マネージャーなんだから影の功労者みたいに人知れず頑張っていたかったんだけどなぁ。

 

 

まあ、みんな知っててくれたっていうのも、悪い気分はしないか。

 

 

「…不思議なもんだね」

「え?」

「僕、こんなことするために音ノ木坂に来たわけじゃなかったのにさ」

 

 

窓の外を見る。

 

 

よく晴れた日だ。多少雲はあるけど、むしろ雲一つない快晴よりもいいと思う。

 

 

「僕はにこちゃんを追いかけてきただけなのにね」

「…そうだったわね」

「にこちゃんがスクールアイドルやるって言うから手伝って、他の子たちが辞めちゃって、2人になっちゃって」

 

 

3年間も過ごした学校だから相当見慣れているのに、今はなんだかいつもと違う雰囲気な気がする。

 

 

「にこちゃんの夢が叶うようにってそれだけ考えてたのにね」

「随分変わっちゃったわね」

「最初の2年で全然変わらなかった私たちも、この1年だけで大きく変わったわ」

「全部μ'sのおかげやね」

 

 

音ノ木坂の生徒として過ごす最後の日になると思うと、懐かしさで景色も違って見えるんだね。覚えておこう。

 

 

「まぁ、μ'sという団体としてもそうなんだけどさ」

「?」

「君たち個人にも、感謝してるんだよ」

「え?」

「みんなの思いを感じた。みんなの心を聞いた。みんなの在り方が今の僕を作ってくれたんだ。以前の僕じゃ誰も幸せになれなかったけど、今の僕なら誰かを幸せにするくらいならできそうだ」

 

 

部屋の中に向き直る。

 

 

絵里ちゃん、希ちゃん、そしてにこちゃん。

 

 

みんな笑顔だった。

 

 

僕は、こんな笑顔をずっと見たかった。

 

 

 

 

 

 

 

「だから、ありがとう。みんなに会えてよかった」

 

 

 

 

 

 

 

僕も笑顔で答えた。

 

 

誰も泣かなかった。そりゃそうだ。だって悲しくないんだから。今生の別れってわけでもないし、住む場所も変わらない。

 

 

また会えるんだから、悲しくない。

 

 

「ええ、こちらこそ。ありがとう、茜」

「うちらを支えてくれてありがとう、茜くん」

「……ありがと、茜」

「どういたしまして」

 

 

にこちゃんだけ照れが入ってるのが可愛いね。さすがにこちゃん可愛い。

 

 

「さ、そろそろ教室に戻ろうか。さすがにもうすぐ始まるだろうし」

「そうね。行きましょうか」

 

 

いい感じに時間も過ぎたので、教室に戻ることにする。さすがにもう準備できてるだろうしね。

 

 

あとは後輩たちのセンスに期待しようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業式が、始まった。

 

 

クラス単位で体育館に入場する僕ら3年生。よくよく考えたらにこちゃんだけクラス違うから入場するグループが違う。後ろで若干不機嫌になってるにこちゃんがいそうだけど、さすがに振り向いて確認するわけにもいかないな。卒業式だし。

 

 

3クラスの全員が入場し、着席してからが本番。開会の挨拶やらなんやらを正しい姿勢で聞き流して、お次は理事長挨拶。

 

 

「音ノ木坂学院は、皆さんのおかげで来年度も新入生を迎えることができます。心よりお礼と感謝を述べると共に、卒業生の皆さんが輝かしい未来に向けて羽ばたくことを祝福し、挨拶とさせていただきます。おめでとう」

(短くてうれしい)

 

 

正直偉い人の長い話なんてほぼ聞く気が起きないから、理事長さんの簡潔な挨拶はとてもありがたい。日本中の偉い人は見習ってほしい。

 

 

まあそんなことは置いといて。

 

 

「続きまして、送辞。在校生代表、高坂穂乃果」

「はい!」

 

 

ここが一番の楽しみどころで心配どころだ。そもそも穂乃果ちゃんってシリアスな挨拶するのに向いてないと思うし。今の返事も超元気だったし。

 

 

まあでも今は生徒会長なんだし、さすがに大丈夫かな。

 

 

心配しないで落ち着いて聞いていようか。

 

 

「送辞。在校生代表、高坂穂乃果」

 

 

こうやって見ると生徒会長って感じがするね。

 

 

「先輩方、ご卒業おめでとうございます。…実は、つい一週間前までここで何を話そうかずっと悩んでいました。どうしても今思っている気持ちや、届けたい感謝の気持ちが言葉にならなくて、何度書き直してもうまく書けなくて…それで、気付きました!」

(流れ変わったね)

「私、そういうの苦手だったんだって!」

「ほ、穂乃果?」

「ちょっと?」

 

 

心配しとけばよかった。

 

 

100%完全な不意打ちだった。見事なバックスタブ。やっぱり穂乃果ちゃんにシリアスは向いてないらしい。そんな気はしてた。知ってた。知ってたけど油断した。

 

 

っていうかそういうの苦手なのは確定的に明らかじゃん。わかった上で海未ちゃんとかに頼んで考えてもらったものだと思ってたよ。

 

 

「子供の頃から言葉より先に行動しちゃう方で、時々周りに迷惑かけたりもして。自分を上手く表現することが本当に苦手で、不器用で…」

(これほんとに送辞なの)

 

 

何故か自己紹介まで始まる始末。これ海未ちゃんとかことりちゃんはちゃんと見たんだろうか。その上でOK出しちゃったんだろうか。

 

 

まあぶっちゃけ面白いからよし。

 

 

愉悦部万歳。

 

 

「でもそんなとき、私は歌と出会いました。歌は気持ちを素直に伝えられます。歌うことでみんなと同じ気持ちになれます。歌うことで心が通じ会えます。…私はそんな歌が好きです。歌うことが大好きです!先輩、皆様方への感謝とこれからのご活躍を心から御祈りし、これを送ります」

 

 

言い終わると同時に、ピアノにスポットライトが当たった。ピアノには真姫ちゃんがステンバーイ。なかなかいい照明の動きしてるね。創一郎かな?

 

 

そして、真姫ちゃんがピアノを弾き始める。

 

 

…ああ、この曲か。もちろん知ってる。知らないわけがない。

 

 

だってさ。

 

 

 

 

 

 

「愛してる、ばんざーい」

「ここでよかったー」

 

 

 

 

 

 

『愛してるばんざーい!』。

 

 

μ'sの曲だもんね。

 

 

なかなかセンスのいい選曲をしたもんだね。

 

 

気がついたら全校生徒が歌っていた。みんなで練習したのか、元々みんな歌えたのか。両方かもね。

 

 

しかし、まったく、愛してるばんざーいなんて言っちゃって。

 

 

言われなくてもそんなことわかってるよ。

 

 

僕だって愛してるんだから。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

主人公たる波浜君が3年生なので、卒業する三年生の心境を頑張って少し書いてみました。卒業する側の視点はそんなにがっつり描かれてなかったと思うので。
そして波浜君はちゃんとにこちゃんとお付き合いできるのか!!次回お楽しみに!!


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思い出は忘れずに持って帰ろう



ご覧いただきありがとうございます。

前回からもまた、お気に入りしてくださった方々がいらっしゃいました!!2名も!!ありがとうございます!!!
毎度毎度やかましいかもしれませんが、毎度毎度嬉しいんです。許してください!!(開き直り)

さて、ついにアニメ二期のラストとなります。皆さま忘れ物はございませんか?

それでは、最後のひと時を。

どうぞ、ご覧ください。




終わりませんけどね!!!




 

 

 

 

 

「すごいにゃー、ほとんど空っぽ!」

「じゃあここにあったのって、本当ににこちゃんの私物だったってこと?」

「違うわよ!私が特別に貸し出してたの!」

「貸し出し…」

「物は言い様にゃ…」

「おっかしーなー、2年生の時は貸し出す相手もいなかったはずぐえ」

「あんたがいたでしょ!!!」

「ぐるじぃ…」

 

 

式が終わって、部室に戻るとほぼ棚一つまるごと空になってた。まあ片付けたの僕らなんだけどね。少しずつ持ってきたのがこんな大量になるとは思わなかった。持って帰れてよかったねにこちゃん。とりあえず首から手離してしんじゃう。

 

 

「でも、ここに何もなくなるとちょっと寂しくなっちゃうね」

「何言ってんのよ。アイドル研究部なんだから次の部長が家にあるものを資料として持って来ればいいでしょ」

「別に持ってこなくてもいいんだけどね」

「…次の部長?」

「そういえばまだ決めてなかったな」

「決めてないんかーい」

 

 

僕ら3年生が知らないところで決めてるもんだと思ってたよ。

 

 

「花陽」

「えっ」

「頼んだわよ」

 

 

そう思ってたら、にこちゃんが突然花陽ちゃんを指名した。まぁ花陽ちゃんしかないとは思うけどね。

 

 

思うけどさ。

 

 

「ぇ…え、えええええええ?!?!」

 

 

花陽ちゃんに急に重役を押し付けたらこうなるじゃん。

 

 

 

 

 

だがしかし。

 

 

 

 

 

愉しいからノっておこう。

 

「さてじゃあ祝勝会だ」

「えっえっ、ええええ?!まっ、待って茜くん引っ張らないでぇ!」

「何の祝勝会だよ」

「気にしちゃダメよ。茜は楽しんでるだけだから」

「人がうろたえるのを見て?」

「人がうろたえるのを見て」

「外道かよ」

「聞こえてんぞー」

 

 

誰が外道だ。失礼な。純度100%の愉悦部だよ。

 

 

というわけでお隣の部屋で新部長誕生の瞬間を激写しよう。

 

 

「むりむりむりむりぃ!!誰か助けてぇ!!」

「ふふん助けなど来ないよ」

「めちゃくちゃ楽しそうだな」

「愉しいよ」

「でも実際、まさか生徒会長を兼任させるわけにはいかないでしょ」

「黒板に部長って書いとこう」

「追い討ちかけないの」

 

 

でっかく書いておけば目立つよね。周りにも色々書いておこう。うーん仰々しい。写真も撮っておこう。花陽ちゃんと一緒に。

 

 

「まぁ花陽が適任といえばそうなんだがな」

「そうね。あなた以外にアイドルに詳しい人、ほかにいないんだし」

「創一郎詳しいじゃん」

「やらんぞ」

「まだ途中までしか言ってないじゃん」

 

 

返事が早いよ。フライングダメ絶対。

 

 

「で、でも…部長なんて…」

「凛だってμ'sのリーダーやったんだよ!かよちんならできる!!」

「っていうか凛ちゃんはこれからもリーダーやるんでしょ」

「そうよ。一番適任でしょ」

「でもぉ」

「できるわよ、あなたなら。こんなにたくさん助けてくれる仲間がいるんだから!」

 

 

まぁ実際、誰も反論しないあたりにみんなの意思が現れてるだろう。結局、部長みたいな集団の長ってのは一番愛が深い人がやるもんだ。にこちゃん然り、元生徒会長の絵里ちゃん然り。現生徒会長の穂乃果ちゃんもそうだろうね。

 

 

集団を引っ張っていくリーダーに必要なのがやる気なら、集団をまとめる頭に必要なのは愛だと思うんだよ。

 

 

「もっともっと賑やかな部にしといてよね。また遊びに来るから!」

「えっわざわざ遊びに来るの」

「行くでしょ」

「まったく考えてなかった」

「ふんっ!」

「あふん」

 

 

わざわざ遊びに来る気は僕は無かったんだけど。だって邪魔じゃん。邪魔じゃない?僕はそう思ったんだからむやみに殴らないのにこちゃん。

 

 

「…うん!私やる!部長頑張るよ!!」

「やったにゃー!」

「じゃあ副部長は真姫ちゃんね!」

「ええっ?!何で私?!」

「そりゃそうだろ。花陽が部長、凛がリーダー、俺がマネージャー。2年生の3人は生徒会役員だし、真姫しかいない」

「そ、そうだけど…!」

「みんな、頼んだわよ」

「これで心置きなく世代交代できるねぇ」

「ま、待って!私はまだ…」

「まだ?」

「………………もう!別にいいけど!!」

 

 

部長のついでに副部長も決まった。よかったよかった。今まで副部長というポジションが無かったことにもつっこまれなくてよかった。今までは勝手に穂乃果ちゃんを副部長にしてたからね。いや決めるのめんどくさかったから。

 

 

あと真姫ちゃんがこんな時にもツンデレしてた。いいね。ツンデレクイーンの称号を与えよう。いらない?そんなこと言わないで。

 

 

「さあ、これで必要なことは全部終わったね。じゃあうちらはそろそろ行こっか」

「えっもう行っちゃうの?!」

「せっかくだし、校舎を見て回ろうと思って」

「じゃあ私たちも行くよ!だってほら…この11人でっていうのは、これで最後だし…」

 

 

 

 

…………おっと?

 

 

 

 

「…あれ?」

「あーっ!言ったにゃー!」

「え?あ、あああああ!!」

「はーい『最後』って言っちゃった穂乃果ちゃんは皆様にジュース一本おごりましょうねー」

「えー!!」

「茜楽しそうだな…」

 

 

そう。最後の最後で寂しくならないように、「最後」という言葉を使った人は全員にジュースを一本奢るという罰を与えることにしていたのだ。

 

 

 

 

 

そんなの誰が考えたのかって?

 

 

 

 

 

そんなの決まってんじゃん。

 

 

 

 

 

僕だよ。

 

 

 

 

 

絶対穂乃果ちゃんか凛ちゃんが言うと思った。あー愉し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果の奢りのジュースはおっいしっいなー」

「ふへへまさしく予定通り」

「どういたしまして…」

「絵里、あんまり茜と一緒にノリノリになってると愉悦部の一員になるわよ」

「ゆえつぶ…??」

「スローガンは『他人の不幸は蜜の味』だよ」

「クソ野郎じゃねぇか」

「失礼な」

 

 

というわけで、中庭でジュースをいただく僕ら。創一郎だけはすごく申し訳なさそうな顔してる。そんな顔しなくても。あと誰がクソ野郎だ。知ってる。

 

 

「そういえば最近パンあんまり食べてないわね」

「うん、ラブライブも終わったし我慢してたんだ」

「炭水化物は太りやすいからな、運動しなくなるタイミングで控えるのは正しい判断だろう」

「それでも結局ダイエットしましたがね」

「「したんかい」」

 

 

いくら食生活を変えても穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃんだったらしい。どうせケーキとか食べまくってたんだろう。穂乃果ちゃんだし。

 

 

「さて、ジュースも飲んだし…まずはどこに行こうね」

「…つっても、そんなに行くところないんじゃねぇのか?」

「じゃあとりあえずアルパカでも見に行こう」

「えっ」

「何でアルパカなんだよ」

「なんとなく?」

 

 

行き先なんてノリで決めるもんだよ。

 

 

というわけでなんとなくアルパカ小屋に到着。白いのと茶色いのが仲良く並んでた。これがいつも通りなのかは知らない。

 

 

「久しぶりー!」

「おお、ことりちゃんがアルパカをもふってる」

「茶色いのはなんか絵里を見てるが」

「てか睨んでる?何かしたの絵里ちゃん」

「い、いや…」

 

 

ことりちゃんにひたすらもふられてる白パカに対して、何故か茶色アルパカにやたら睨まれてる絵里ちゃん。なんかしたのかな。

 

 

「それにしても随分太ったにゃー」

「言われてみれば…」

「エサあげすぎたんじゃないの」

「いや…太った?脂肪のつき方がおかしくないか?」

「いやわかんないよそんなの」

 

 

脂肪のつき方がどうのこうのなんてわかるわけないじゃん。むしろ創一郎はわかるのかよ。怖いわ。

 

 

「待って!…これって、もしかして赤ちゃんじゃ…」

「「「「「「ええー?!」」」」」」

「ってこの茶色い方がメスだったのか…?!」

「知らぬ間に白昼堂々と交尾してたんだねぇ」

「やめろ言及すんな」

「これでまた賑やかになるね!」

「あんまり気にしてなさそうだからいいんじゃない?」

「よくねえよ」

 

 

太ったんじゃなくて、繁殖してた。っていうか茶色い人相悪い方がメスで、白い目がキラキラしてる方がオスだったのね。これは意外。逆だと思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルパカ小屋を後にして、今度は講堂に来た。

 

 

「わー!久しぶりにここに立つとやっぱ広…く、ない?」

「そう感じるのは私たちが少しだけ成長できたからなのかもしれません」

「まだ信じられないもんね…」

「うん…」

「ラブライブの舞台で歌ったなんて…」

「確かに夢のような一瞬ではあったけどね」

「お前は何でもかんでも受け入れるのが早すぎるだろ…」

「おかげさまでこんなんになっちゃったよ」

 

 

学校の講堂はそこそこ広いはずなんだけど、いろんなところでライブをしてきたからか広いと思わなくなってきたらしい。そりゃまあ学校の講堂でしかないからね。大きなホールやドームなんかと比べたら大したことない。

 

 

そうやってさらっと経験を受け入れてしまうのが僕の長所で欠点だよ。僕の心は躊躇するとか受け流すとか知らないの。

 

 

これから覚えていかなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一度外に出て、大きな桜の木の下。青空と桜の下で9人の歌姫たちが並んで寝転がっていた。写真撮っておこう。

 

 

「最初に9人で歌った時も、こんな青空だった。…そう思ってたんやろ?」

「…ええ」

「うちもや」

 

 

のぞえりコンビのそんな短い会話が聞こえた。9人揃って初めてのライブの日も確かに晴天だった。ついでに言うと準備が大変だった。正式にではないけど、11人揃ったのもそのライブだった。

 

 

「あの日、君が手伝ってくれてなかったらどうなってたのかな」

「さあな。手伝わないなんて選択肢は無かったからわかんねぇよ」

「言うねえ」

 

 

恥ずかしげもなく言うもんだね。

 

 

まぁ、それだけ誇りある行動だったってことだよね、きっと。

 

 

「ありがとね」

「どういたしまして」

 

 

何に対してのお礼か、とか。そんなことを聞かなくてもきっと伝わってるだろう。

 

 

きっとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後はやっぱりここね」

「うん!」

 

 

色々回って、最後に来たのはいつもの屋上だった。まぁ、僕らの思い出の大半はここにあるわけだしね。

 

 

「考えてみれば、練習場所がなくてここで始めたんですよね」

「毎日ここに集まって」

「毎日練習した」

「できないことをみんなで克服して」

「ふざけたり、笑ったり…」

「…全部、ここだった」

 

 

ただ練習しただけじゃない。色んなことがここであった。楽しいこともあったし、辛いこともあった。絵里ちゃんがスパルタしに来たのとか、穂乃果ちゃんが辞めるとか言い出したのとか、にこちゃんが兄妹の前でソロライブしたのとか。

 

 

本当に、色々あった。

 

 

ここで起きたこと全部が今の僕らに繋がってる。ラブライブ優勝者のμ'sへと。

 

 

 

 

 

「そうだ!」

「わぁびっくりした」

 

 

 

 

 

感傷に浸ってると、急に穂乃果ちゃんが大声を出した。すぐ人の鼓膜を破壊しようとするね君ら。

 

 

そのまま屋上から出て行ったと思ったら、バケツとモップを持って戻ってきた。何なの。

 

 

「見てて!」

「何をさ」

 

 

答えは返ってこなかった。代わりに、穂乃果ちゃんはモップを濡らして屋上の床に何事か書き始めた。

 

 

やがて現れたのは。

 

 

「できた!」

「…μ'sか」

「なるほどね」

 

 

水で書かれた、μ'sという文字。なかなかセンスのあることするねぇ。

 

 

写真撮っておこう。

 

 

「でも、この天気だからすぐ消えちゃうわよ?」

「…それでいいんだよ」

「え?」

「残らなくていいってことでしょ。僕らが見た。僕らだけが見た。他の誰にも見られることのない、僕らだけのμ'sだよ」

「うん、そういうこと」

 

 

すぐ消えるものでいい。

 

 

僕らだけに見える証であれば、それがいい。

 

 

「「「「「「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」」」」」」

 

 

最後に全員で、屋上に向かって頭を下げた。日差しは直撃するし、雨が降ったら使えないような場所だったけど、僕らにとって唯一の練習場所。

 

 

1年間、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…この部屋ともさよならだね」

「…そうね」

 

 

屋上から正門に戻る前に、僕とにこちゃんは部室に立ち寄った。にこちゃんの私物がほぼ撤去されて、かなり殺風景になった部屋。1年生の時に、初めて部室に入ったときの景色に似ていた。

 

 

「パソコンは置いていくの?」

「うん。データはHDDに移したし、ある程度資料も残してあるから。単純にパソコンあった方が便利だろうしね」

「太っ腹ねぇ」

「お金はあるからね」

 

 

元々は僕の私物であるデスクトップパソコンは部に残すことにした。誰かがいちいち持ってくるより楽でしょ。

 

 

「色々あったねぇ」

「ほんとにね。アイドル研究部を作って、みんな辞めちゃって、2人になって」

「ずっとここに居た気がするね」

「実際ずっとここにいたでしょ。お昼も放課後も」

「にこちゃんがダンスの練習したり勉強したりしたしね」

「茜はこっそり人を集めようとしたりしてたわね」

「そんなにこっそりやってなかったと思うけど」

 

 

懐かしい記憶だ。

 

 

僕ら2人は、僕ら2人だけが、この部室に3年間いた。みんなの三倍くらいここにいて、その分だけ思い出があった。

 

 

正直辛い思い出もたくさんある。

 

 

でも、それをひっくり返すレベルで楽しいことが降り注いできた三年目だった。

 

 

「ありがとね、茜。いつも側にいてくれて」

「こちらこそありがとうにこちゃん。いつも側にいてくれて」

「同じこと言うんじゃないわよ」

「いいじゃん。同じこと思ってるなら」

 

 

昔よく座ってたみたいに、にこちゃんが窓際の席に、僕がその隣に座る。今はみんなが好き勝手座るからこうして座ることもなくなったけど、やっぱりこの位置が一番しっくりくるね。

 

 

「楽しかった?」

「楽しかったよ。もちろんにこちゃんがいてくれたし」

「私のおかげってわけでもないでしょ」

「にこちゃんのおかげだよ。にこちゃんがいなかったら僕は今ここにはいないんだから」

「はぁ…茜は変わらないわね」

「結構変わったつもりなんだけどな」

「根っこの部分が変わってないのよ。恥ずかしいことも惜しげもなく言っちゃうところとか」

「恥ずかしくないもん」

「ふん」

「あぼん」

 

 

チョップが飛んできた。痛いよ。いやいつもに比べたら控えめだけどさ。でも痛いもんは痛いよ。

 

 

「…私は変わったかな」

「にこちゃんも変わらないよ。今日もいつも通りかわいい」

「そうじゃなくて!」

「かわいいこと自体は否定しないのね」

 

 

さすがにこちゃん。

 

 

「中身の話よ!」

「わかってるよ。ちゃんとにこちゃんも変わったよ」

「例えば?」

「人に頼れるようになった。人を信じられるようになった。一人で全部やろうとしてた昔より、ずっと魅力的になったよ」

「…魅力的とか言うんじゃないわよ」

「なになに何か言った?」

「うっさい!」

「へぶっ」

 

 

にこちゃんだって大人になった。もちろんまだ強情なとこもあるけど、随分ゆるくなったと思う。ばっちり魅力的になってるよ。

 

 

だから正拳突きはやめてください。

 

 

「みんな大きくなったよ」

「背は伸びなかったけど?」

「そうではなく」

 

 

背の話は禁止。僕もにこちゃんも不幸しかない。

 

 

「精神的に。みんなそれぞれ何かを乗り越えてここまで来た。だから優勝できたんだと思うし、こんなに晴れやかなんだと思う。μ'sのみんなは僕の誇りだよ。きっと、この先の人生でもずっと」

「…そうね。誇らしいわ」

「だから、胸を張って出ていこう。ここに何も残らなくても、いや残らないからこそ、僕らは忘れないから」

 

 

感傷に浸るのもここまで。

 

 

もう僕らはこの部屋の住人じゃなくなる。それでいい。ここで過ごした日々は、僕らの誇りだから。

 

 

「さあ、行こうか、にこちゃん」

「うん」

「「ありがとう、僕ら(私たち)の部室」」

 

 

2人で、手を繋いで、部屋から出る。

 

 

 

 

 

 

 

『見なさい茜!私たちの部室よ!!』

『僕が申請したんだけどね』

『ここから始まるのよ!私の宇宙ナンバーワンアイドル活動が!!』

『うん、頑張ろう』

『さあやるわよ!まずは日本一!!』

『スタートから目標がでかいよ』

 

 

 

 

 

 

 

走馬灯のような、懐かしい景色が見えた気がした。

 

 

「…叶ったよ、にこちゃん」

「…うん」

 

 

それだけ言って、部室の扉を閉める。

 

 

そのまま振り返らずに歩き出す。

 

 

もう、ここに思い残すものは無い。思い出も持って帰ろう。

 

 

先に進む覚悟はできているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、正門。

 

 

みんな思い残すことは無いみたいだ。そんな顔をしてる。

 

 

「じゃあ、行くわね」

 

 

絵里ちゃんの一言で、遂に正門から一歩踏み出

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴろん。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…花陽ちゃん、このタイミングでそれは」

「何よ、こんな時に」

「ご、ごめん…」

「まったく、いつまで経っても緊張感のねぇグループだ」

「うぅ…」

 

 

踏み出そうとしたら花陽ちゃんの携帯から緊張のカケラもない着信音が聞こえた。ほんとにもう。肝心なところで横槍が入る。

 

 

しかも内容を確認するらしい。後でやんなさいよ。

 

 

「え…ええええええええ?!?!」

「花陽?」

「どうしたのよ?」

「うーん嫌な予感しかしない」

 

 

さらに絶叫までし始める花陽ちゃん。これはなんかめんどくさいことに巻き込まれるパターンだ。早く出ようよ。僕個人としてはさっさと卒業してにこちゃんに告白したいんだけど。

 

 

しかし状況が許してくれない。

 

 

「大変です!!」

「どうしたの?」

「ここでは言えません!!部室に戻らなきゃ!!」

「えええ?!」

「いやそうはならんでしょ」

「実際にそうなってるが…」

 

 

何故かとんぼ返りする花陽ちゃん。しかも穂乃果ちゃんを引っ張っていってしまった。いやもうここで言いなさいよ。早く帰ろうよ。

 

 

「ちょ、何なのよいきなり!」

「んーなになにー教えてー!」

「の、希?!」

「おいこらー」

 

 

希ちゃんが追いかけていってしまった。この悪ノリ大魔女め。

 

 

「はぁ…追っかけるしかないかぁ。創一郎」

「おうよ」

 

 

観念して創一郎に乗せてもらう。こうなったら追いかけて何が何なのか突き止めなければ。

 

 

「今度は何ですか?!」

「にゃー!!」

「まだ終わってないってこと?」

「なにそれ意味わかんない!」

「行って確認するしかなさそうね!」

「みんな楽しそうだねぇ…」

「ちょっとぉ!今日卒業式なのよ?!」

「まったくだ…本当に、緊張感のカケラもねぇな」

「うわわわわ!…よーし、みんな続けー!」

「よーしじゃないんだよなぁ」

「良くはないが、これがμ'sだろ」

「間違いないね」

 

 

何が何だかわかんないけど花陽ちゃんを追いかける一同。本当に何なんだ。

 

 

でもまあ。

 

 

タダでは終わらないのがμ'sなのかもね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ついにアニメ二期完結です。長かったような、短かったような…いろんなオリジナル回を挟んだせいで異様に長くなってしまった気もしますが、無事ここまで来れてよかったです。穂乃果ちゃんの走馬灯シーンの代わりに本作の主人公&メインヒロインの走馬灯を少しだけ入れました。死ぬわけじゃないんですけどね!

そしてご想像の通り、劇場版もちゃんと書きます。グローバル人材の波浜君がいるからアメリカも安心!!(フラグ)



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劇場版:笑顔の魔法の終点
旅立つ前の自己紹介




ご覧いただきありがとうございます。

アニメ二期も終わったので、劇場版に入る前に登場人物の整理です。一年経った影響で年齢が進んでたり、情報が増えたりしていますので、ネタバレ回避したい方はここで回れ右です!!










よろしいです?

ではどうぞ。




・波浜 茜(なみはま あかね)

18歳、156cm、45kg。誕生日:2月2日

 

本作品の(一応)主人公。音ノ木坂の3年生。8歳の時に事故に遭い、父の波浜大河と母の波浜藍を亡くし、自身も瀕死の重傷を負った。失意の底にいる時にかけられたにこの言葉に縋って生きてきたが、今は依存から抜け出してみんなの幸せのために頑張っている。

本来は誰よりも人の幸せのために奮闘する博愛主義者。そもそもにこを応援していたのも「にこちゃんの笑顔がみんなを笑顔にするから」なので、ある意味ずっと他人のために頑張っていた。ただし、人が狼狽えるのを見るのが好きな愉悦部でもある。

事故によって肺に大きなダメージを負ったが、湯川と藤牧の神業により肺や損傷した皮膚、骨が復活。それでも体力が皆無なのは今まで運動しなさすぎたため。いい加減体力をつけなければならないが、本人はまったく乗り気じゃない。

卒業後は独立してグラフィックデザインや空間デザインを請け負う仕事を始める予定。

 

「波浜茜でーす。卒業したらにこちゃんに告白するつもりだったのに、なにこれ、まだ卒業できないの?困るー」

 

 

・滞嶺 創一郎(たいれい そういちろう)

16歳、208cm、145kg。誕生日:5月28日

 

音ノ木坂の1年生。両親は離婚・蒸発しており、次男:銀二郎、三男:迅三郎、四男:当四郎、五男:大五郎という4人いる弟を這いつくばってでも守ってきた優しい兄。顔は怖いが尋常じゃないほどの優しさと献身性を持ち、我慢に慣れて(慣れすぎて)いる。そして料理が上手。

身体能力も尋常ではなく、車と同速で走ったり、人を片手で投げ飛ばしたりとおよそ人間とは思えないことをする。しかも本人は普通だと言い張る。必要かどうかは置いといて、今でも筋トレは欠かさない。最近は茜の乗り物と化している。また、体躯に反比例してメンタルが弱い。すぐ凹む。

進級後もマネージャーを続け、今までしてきた力仕事の他の事務仕事を引き受けることに。家計簿とかつけているので意外とそういうのは得意だったりする。ただし、芸術的センスはよろしくないため、照明や振り付けなんかはやらせてもらえない。

重度のドルオタであり、レアもののグッズを見つけるとすっ飛んでいく。

凛と相思相愛なのが目に見えているが、お互い気づいていない&お互い超純粋なので関係がまったく進展しない。

 

「滞嶺創一郎だ。μ'sが終わっても、まだマネージャーとして役に立たないとな。ん?凛?………………凛がどうかしたのか」

 

 

・水橋 桜(みずはし さくら)

18歳、178cm、65kg。誕生日:8月13日

 

茜の友人で音楽の天才。基本的にクールだが、よく面倒に巻き込まれる。主に穂乃果のせいで。本人的には満更でもないあたり、ツンデレである。いつでもどこでも作曲する気満々なのだが、なぜかだいたい穂むらに入り浸っている。本人は「和菓子が好きだから」とか言っているが、穂乃果に対して甘いのは誰が見ても明らか。

運動神経悪いが、歌うのに必要な筋肉はかなり発達している。だから潜るのは得意。でもあんまり泳げない。

夏でも常にコートを着ている。暑そう。また、不意打ちされるとコートの中や脇腹あたりに手を持っていく癖がある。

時折病院に行く姿が目撃されている。

 

「水橋桜だ。穂乃果も生徒会長になったようだし、いい加減落ち着いてくれねえかな…」

 

 

・天童 一位(てんどう いちい)

19歳、178cm、75kg。誕生日:9月7日?

 

茜と桜と共に演出請負グループ「A-phy(えーさい)」を運営するリーダーで、脚本家。ふざけた調子だが、時折真剣になる。現実さえも脚本として捉え、次に何が起きるからどうすべきかなどをかなり正確に掴むことができる。ただし、他人の心理は読めないため、何を思ってそう動いたのかはわからない。

孤児であり、名前も親からもらったものではなく小学校に入る際に自分でつけたもの。親の愛情を全く知らずに育った自分でも幸せになれると証明するために、自身の才能をフル活用してサクセスストーリーを歩んできた。

根が善人ではあるのだが、他人の不幸をいちいち助けていては自分が幸せにはなれないと悟り他人を一切助けない人生を選んできた。そのため、自己犠牲を厭わない希の生き方に強く惹かれ、今ではぞっこんラブである。

愛されるのが苦手らしい。恐らく唯一の弱点。他に挙げるとすれば甘いものが苦手なくらいか。

 

「やっほー、世界的スーパースターの天童さんだぜ!ほら泣いて喜べ!!…はぁ、世界的スーパースターも惚れた女には弱いとはなあ…。天童さんは人類にて最強だと思ったのに」

 

 

・雪村 瑞貴(ゆきむら みずき)

18歳、168cm、52kg。誕生日:12月7日

 

天才ファッションデザイナーとして活躍する、両足を失った少年。事故で失った両足にさほど拘泥する様子もなく、服さえ作れれば気にしない。ヨーロッパ方面に特にパイプが強く、ことり奪還の際にはこっそり大活躍した。色々あったせいかことりに思い入れがあるらしく、事あるごとにことりの様子や成長を気にしてライブを観に来る。

実は頼み込まれると断れないタイプで、ことりと連絡先を交換したのも必死に頼まれたかららしい。しかし、頼みといっても衣服の依頼とあらば話は別で、ここぞとばかりにすごい値段をふっかけてくる。逆に善意で私服を作る場合はサービスで無料にしてくれる。

最近は湯川に義足を作ってもらったようだが、ロクに練習していないらしい。

 

「…雪村瑞貴だ。最近無駄なことをやらされることが多いような…蓮慈とか茜とかが余計なものを持ってくるから…」

 

 

・藤牧 蓮慈(ふじまき れんじ)

18歳、170cm、67kg。誕生日:6月26日

 

17歳にして大学の医学部医学科の博士号を取得した天才。事故で右腕と右眼を失っているが、それでも大半のことをこなすあたりやっぱり天才。しかし言動が腹立つ。

西木野家と関わりがあるらしく、真姫のことをよく覚えている。自身の診療所を持っており、本人曰く後進の育成もしているらしいが真偽は不明。

湯川の協力により精密手術装置「ミケランジェロ」、及び携帯型簡易手術装置「マイクロミケランジェロ」などを作成、運用している。見た目がキモいと話題。

 

「藤牧蓮慈だ。ミケランジェロを手に入れた私に死角はない…目的の達成も間近だな」

 

 

・湯川 照真(ゆかわ てるま)

16歳、162cm、47kg。誕生日:10月17日

 

サヴァン症候群の天才少年。花陽の隠れた幼馴染。藤牧とは違って科学・工学において非常に高い技術と知識を持つが、対人能力が低いためあまり知られていない。

並列思考が可能であり、並外れた集中力と記憶力も相まってコンピューター顔負けの演算能力を持つ。ただし、思考を止めることに強い恐怖を感じるため、慣れない作業を行うと頭が回らなくて一気に不安に襲われる。人混みの中のような大量の情報が溢れる状況ではあまり恐怖に襲われない。また、如何なる場面でも花陽がいれば安心する。

花陽らの健闘により、知人同士程度なら関わりを持つようになった。

 

「…湯川照真だ。……ああ、なんとか…話せる。頑張る、花陽のために」

 

 

・御影 大地(みかげ だいち)

19歳、186cm、72kg。誕生日:3月8日

 

舞台や映画で活躍する天才俳優。その天才ぶりは、役さえ与えられれば老若男女問わず何でも演じられるという点で誰もが知っているほど。当然女装する。女装どころか2mを超える怪人に扮しても違和感なく完璧に演じきれる。知名度が高く、礼儀も正しい。天童と仲が良く、彼の作品にはほぼ必ず出演している。

天童のシナリオを遵守することが多く、また、シナリオを外れることに忌避感を覚える節がある。そのせいか、「何でかわかんないけど天童に呼ばれた」ということが多発するらしい。

 

「御影大地です。最近たまに天童のシナリオ通りにいかないんだ…大丈夫かな…」

 

 

・松下 明(まつした あきら)

19歳、164cm、50kg。誕生日:1月20日

 

18歳で国立大学文学部の准教授の地位を獲得した文学の天才。あらゆる時代のあらゆる国の文書を片っ端から解読している。小説や詩も自身で執筆し、その際は柳 進一郎(やなぎ しんいちろう)と名乗っている。

言葉や文章から他人の心理を読み取ることができる、読心術のような能力を持つ。そのため、ほとんどの人と当たり障りなく接することが可能。ただし、相手の下心などを容赦なく見抜いてしまうため、基本的には他人を信用していない。他人の行動を読む天童とは微妙に相性が悪いらしい。

「悪人が改心することなどあり得ないから、如何なる犠牲を伴っても正しく裁かれなければならない」という思考の元、天童の協力の上で犯罪者を現行犯で捕まえる「悪人狩り」をしている。そのため、悪人も改心できると考える海未とは正義感が真っ向から対立している。

松下奏という名前の妹がいる。裏表のない元気な子で、明が唯一心を許す相手でもある。

 

「松下明と申します。園田さんと意見の対立はありますが、その意見を否定しているわけではないんです。どちらが正しくても、それが真実ならそれでいいんです。誤解なさらないように」

 

 

・白鳥 渡(しらとり わたる)

18歳、172cm、75kg。誕生日:9月10日

 

A-LISEのメンバーと同じUTXの生徒で、綺羅ツバサの幼馴染。UTXの全女子生徒をメロメロにするハーレム野郎でもある。

並外れた料理の才能があり、わずかな観察から対象好みの味を正確に作り分けられる。UTXのカフェスペースでも大活躍していた。それだけでなく、記憶力やコミュ力も高いのが女子に人気の理由。

割とお調子者だが、納得いかないことはきっちり追い求めるタイプ。頼れる人材である。そして落ち込むときは落ち込む。そういうとこだぞ。

 

「え?俺も自己紹介していいの?おっす、白鳥渡っす。コーヒーはお好きかな?紅茶でもいいけど、何でも君に一番の飲み物を用意するぜ!」






ご覧いただきありがとうございます。

白鳥さんもご登場です。目指せレギュラー!
天童さんや松下さん、湯川君あたりの情報が特に増えましたね。人が多くて申し訳ないですが、把握するのに役立てていただけたら幸いです。



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おばかさんと一緒に渡米、何も起こらないはずはなく…



ご覧いただきありがとうございます。

前回からも!また!!お2人!!お気に入りしていただきました!!ありがとうございます!!もう二期も終わったのに本当にありがとうございます!頑張ります!!!

というわけで劇場版です。そういえばドーム大会は劇場版の後の話だったなー、ラブライブ本戦がドームがどうのって言っちゃったなーと反省してます。

だから私は考えました。

気にしないことにしよっ☆

そう、これが自己満クオリティです。細かいことは気にしない!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

はい、どうも皆様。波浜茜です。

 

 

卒業するかと思ったらそんなことはなかったよ。

 

 

いや卒業自体はするんだけどね。一筋縄ではいかないってそういう話。

 

 

「ドーム大会です!!」

「「「「「「「「「ドーム大会?!」」」」」」」」」

「アキバドームかぁ。あそこ照明大変なんだよな」

「そこ心配するのは茜くらいよ」

「同業者の皆様も心配してるよ」

 

 

というわけで部室なう。

 

 

「そうです!第3回ラブライブが、アキバドームでの開催を検討してるんです!!」

「なんだまだ検討してるだけか」

「十分だろ」

 

 

決定ではないんだね。いや今の人気ぶりを見たら勢いで決定しそうなレベルだけど。

 

 

「アキバドームって、いつも野球やってる?」

「野球以外もやってるよ」

「あんな大きな会場で?!」

「まあ大きいのは間違いないね」

「私たち出場できるの?!」

「いやいや、うちらはもう卒業したやん」

「今月まではまだスクールアイドルでしょ!!」

「初めて聞いたけど」

 

 

月末までは高校生っていうやつはスクールアイドルにも適用されるの。

 

 

そんな感じでわちゃわちゃしてたら、部室に理事長さんが入ってきた。いらっしゃいませ。

 

 

「やっぱりここね」

「お母さん?」

「その顔は聞いたみたいね。次のラブライブのこと」

「聞いたっていうか見たんですけどね」

「はい!本当にやるんですか?!ドームで!!」

「聞いてる?」

「まだ確定ではないけどね。だからその実現に向けて、前回の大会優勝者のあなた達に協力してほしいって今知らせが来たわ」

「あっはい聞いてないですね」

 

 

いつも通りのスルーでむしろ安心したよ。泣いてなんかないよ。ぐすん。

 

 

まあぶっちゃけ僕の話なんて余計なことだから聞かなくてもいいんだけどさ。

 

 

「理事長さん、そのエアメールは何なんです。僕らに海外に行けとでも言うんですか」

「ふふ…察しがいいわね、波浜くん」

「それって…」

「まさか!!」

「不安しかない」

 

 

理事長さんが持っていたのはまさかのエアメール。

 

 

つまり海外から僕らにご連絡が来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

要するに。

 

 

 

 

 

 

 

外国まで来てくれってこと。

 

 

 

 

 

 

 

大丈夫かこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで空港きました」

「おい」

「以前メルボルンに連行されたときのパスポートがあってよかったぞ…」

「急な話だったもんねぇ。みんなパスポート持っててよかった」

「おい」

「ちょっと茜!あんた空港詳しいでしょ、早く案内しなさいよ!」

「まあ確かに何度も使ってるから詳しいけどさ」

「おいお前ら」

「海外行くのは初めてだけど、茜くんみたいに海外に慣れてる人が一緒なのは安心できるね!」

「そりゃねー」

 

 

空港に来たはいいけど、一部迷子になりそうで不安だ。真姫ちゃんはもちろん、絵里ちゃんや希ちゃんも飛行機乗ったことあるらしいけど、この空港に詳しくなるほど乗ってはいないだろうね。

 

 

僕は詳しくなるほど乗ってるよ。有名人だもん。海外でもね。よく個展とか開くからねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

「おいッ!!!」

「どうしたの桜。公共の場で叫ぶもんじゃないよ」

「そうだよ桜さん!あんまり大声出すと迷惑だよ!」

「やかましい!!何で当然のようにお前らが同行してんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、言い忘れてたけど。

 

 

桜もいるよ。

 

 

海外でライブイベントなんだってさ。桜は顔出ししないけどライブはやるからね。どうやってんのか知らないけど。

 

 

「いいじゃん、どうせ行き先同じなんだし。便も一緒なんだし。一緒に行こうよ」

「解せん…!そんな偶然あるか…!」

「はっはっはっ、そんなん言わなくてもわかるでしょ。絶対天童さんがなんかやらかしたんだよ」

「あの人帰国したら殺す」

「すぐ殺すとか言う」

 

 

まあ、同じタイミングで同じ場所に同じ便で行くなんてそうそう有り得ないよね。絶対天童さんが何かした。むしろこの場に天童さんが居ないのにびっくりだ。

 

 

「俺がいないのはおかしいと思ってるな…?」

「いるんですね」

「殺します」

「待ってー待ってー空港は警備厳しいのよー」

 

 

居たわ。

 

 

ふつーに居たわ。

 

 

いないわけなかった。

 

 

後ろにいつのまにかいるのやめてもらえませんかね。怖い。

 

 

「天童さんもアメリカに用事っすか」

「当然よ。流石にお見送りだけでこんなところまで来ないさ」

「来そうですけどね」

「来ないよ?」

「アメリカで何かするんですか?」

「そりゃ俺なんだから舞台さ。脚本家だぞ?」

「そういえばそうでしたね!」

「そういえば…だと…?」

「誰も覚えてないですよ」

「うちは覚えてるよ!」

「まあそれは希ちゃんだし」

「うちも特別枠なん…?」

「酷いよ茜くん!!」

「今のダメなの?」

 

 

希ちゃんも黒幕属性じゃん。

 

 

「あーもう…アメリカなら静かで居られると思ってたんだがなぁ…」

「はっはっはっそんなの俺が許すわけねえじゃん」

「アメリカのどこが一番治安悪いんすか?」

「えっなんでそんなこと聞くの…?目が覚めたらスラムにいたとかシャレにならないよ桜クン。肝臓取られちゃう」

「ひぃ…」

「天童さんそんなホラーなこと言わないでください。そういうのダメな子もいるんですから」

「事実を言ったまでさ!!」

「なんでそこでドヤ顔するんですか」

 

 

急に臓器売買の話とかされたら一部の子がビビっちゃうじゃん。ほら、見知らぬ土地に行くってだけで軽くブルってる海未ちゃんが青ざめてる。よくない。

 

 

「まあいいじゃねえか。俺がいるということは、明るい未来が保証されてるってことだぜ?」

「その間に波瀾万丈がありそうなのが怖いんですよね」

「………………ソンナコトナイヨ?」

「何ですか今の間」

 

 

絶対なんかやらかす気だこの人。

 

 

「さあさあこんなところで立ち止まってないで!出国審査に手荷物検査もしなきゃならんのだからのんびりしてる場合じゃないぜ、ターミナルまでは行っておかなきゃ後で焦るぞ!」

「急にまともなこと言い出した」

「いつもまともだるぉ?!」

「天童さん、毎回つっこんでたら話が進みませんよ」

「うぐっ、ごもっとも…」

「希ちゃんによる痛恨の一撃」

「…なあ、天童さんってあんなに物分かりよかったか?」

「どうだろう。天童さんのことだからわかんない」

「まぁ、そうか…」

「何納得してんだてめーら」

 

 

天童さんはいつも何考えてるかわかんないもん。

 

 

でも、あんまりのんびりしてるわけにもいかないっていうのは正しいね。早いとこ諸々の手続きは済ませておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで。

 

 

アメリカ到着。

 

 

その次はホテルに移動だね。へいタクシー、僕らをホテルまで。

 

 

「絵里!大丈夫なのですか?!」

「平気よ。そのメモ、運転手さんに渡して」

「しかし、穂乃果たちには桜さんが、絵里たちには茜がいて英語が通じるのにこちらには創一郎しかいないんですよ?!」

「そ、創一郎…()()…だと…」

「ちょっと海未ちゃん創一郎がガチ凹みしてる」

「海未ちゃん、次の人待ってるから!」

「乗るにゃー!」

「ああっちょっと!」

 

 

海未ちゃんがすこぶる不安そうだったけど、まあ大丈夫でしょ。行き先みんな同じだし。天童さんもいるし。ん?天童さんはどこ?

 

 

「ほら茜、助手席!」

「あー僕が助手席なのね」

「当たり前じゃない。私より英語得意でしょ?」

「真姫ちゃんより賢いとなると医者にならざるを得ない」

「賢いとは言ってない!」

「それはそれで酷くない?」

 

 

色々言われつつ僕らもタクシーに乗る。天童さんほんとどこ行ったんだろ。

 

 

「…まあいっか。それよりも海未ちゃんが心配だねぇ。変なとこ連れて行かれないかって騒いでそう」

「騒いでると思うわよ?天童さんも変なこと言ってたし」

「だよねぇ。正規のタクシーならちゃんと目的地に連れてってくれるんだけどねえ」

「それよりも桜さんが当たり前みたいに穂乃果ちゃんたちと同じタクシーに乗ってたことがびっくりなんやけど」

「まあ桜はツンデレだし」

「行き先も同じだし。都合よかったんでしょ」

 

 

このタクシーに乗ってるのは僕とにこちゃん、真姫ちゃん、希ちゃん。海未ちゃんチームは海未ちゃんとことりちゃん、凛ちゃん、創一郎。穂乃果ちゃんチームは穂乃果と桜、花陽ちゃん、絵里ちゃん。適当に分けたらこうなった。適当すぎない?

 

 

「しかしまあ、外国から呼ばれるなんて名誉なことだねぇ」

「そうよ!名誉なことなの!!」

「にこちゃんうるさい!」

「理事長さんはこっちのテレビ局がスクールアイドルを紹介したいから音ノ木坂にオファーがあったって言ってたんよね」

「海外まで名前が届くなんてさすがに思わなかったよ」

「アキバドームの収容人数は第2回決勝会場のおよそ10倍よ!」

「10倍…?!そんなに大きいの?!」

「日本最大級だもんねぇ。だからこそ、さすがに今の実績だけじゃ押さえにくい」

「それでこの中継でさらに火をつけて、ドーム大会への実績を作ろうってことやね」

「もし実現したら私たちも呼ばれるかも…!!」

「僕らは卒業してるよ」

「いいのよ!!」

「いいのかい」

 

 

とまあ、海外遠征の要項はこういうこと。ドーム大会実現に向けてのアピールなわけだね。次世代のためにも頑張ろう。

 

 

普通にみんなで渡米とか楽しいしね。

 

 

「でも旅費も宿泊費も出してくれるんだから快適極まりないよね」

「毎年こうやって呼んでくれないかしら」

「さすがに無理じゃないの。優勝したら来れるかもしれないけど」

「頼んだわよ真姫ちゃん!」

「うぇえ?!次に私たちが優勝してもにこちゃんには関係ないでしょ!」

「OB代表よ!!」

「横暴すぎない?」

 

 

引退する人はおとなしく出て行こうよ。

 

 

ふと外を見たら高層ビル群が見えてきていた。もうすぐ到着かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……………へ?」」」

「…おい」

「これがホテル…ですか…?」

「何か違うような…」

「お化け屋敷みたいだにゃー」

 

 

こちら滞嶺。

 

 

ホテルではなく廃墟に着いた。

 

 

…………は?

 

 

「あああ!!!」

「どうしたの?!」

「聞いてたのと名前が違う!!」

「「えええええ?!?!」」

「何もやらかさないわけはなかったか…」

 

 

額に手を当てて天を仰ぐ。まあ、穂乃果だもんな。やるよな。いややるとは思ったが自体が深刻すぎるだろ。

 

 

仕方ねぇな。

 

 

「ほんとはこんな名前だったはず…」

「凛、マップ出せるか」

「え?スマホでいいなら…」

「スマホでいい。出してくれ」

「うん」

 

 

スマホのマップで正しいホテルの位置を確かめる。だいぶ遠いじゃねぇかおい。

 

 

だがまぁ、日本と違ってここは土地が平らだ。おまけに道が広い。

 

 

 

 

 

 

ならば。

 

 

 

 

 

 

1,000kmくらいなら走れる。

 

 

 

 

 

 

「お前らこっちこい」

「創一郎、今それどころじゃ…わあああ?!」

「えええっ、創ちゃんまさか?!」

「にゃあああ!そ、それは流石に!」

「うるせえ黙ってろ、舌噛むぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

3人を抱えて、走り出す。

 

 

ゆっくり加速すれば首が折れたりはしないはずだ。風圧は我慢してもらうとして、スーツケースは風圧に持ち上げてもらうとして、3人の人間と4人分の荷物を持って俺は走り出した。

 

 

もちろん普通に走るんじゃない。歩道より、車道より、更に早く進む道がある。

 

 

「いやぁああああ!!そっ、創一郎!!飛ん、飛んでますよおおおお?!?!」

「飛んでねぇ。跳んでるんだ」

「いいいいくらビルが多いからってえ!」

「屋根の上を飛んでいくのは反則だし怖いにゃああああ!!!」

「飛んでねぇ」

 

 

それは、空路。

 

 

幸い丈夫そうなビルは腐るほどある。足場には困らない。最短最速でホテルに直行してやる。

 

 

その後穂乃果に説教だ。

 

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

相変わらず巻き込まれる水橋君。相変わらず巻き込んでくる天童さん。相変わらず破天荒な滞嶺君。相変わらず不憫な波浜君。いつも通りです。
ここからが本番ですからね!!


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希ちゃん誕生祭:相思相愛バースデー



ご覧いただきありがとうございます。

希ちゃん誕生日おめでとう!!間に合った!!よかったぁ!!
新社会人は忙しいのですって言い訳しておきます。ごめんね希ちゃん!!頑張って書いたから許して!ダメですかごめんなさい!!

そんなわけで希ちゃん特別話です。時系列は卒業直後です。もちろんお相手は天童さん!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「さて、覚悟はいいか希ちゃん…」

「はい…!」

 

 

今日は6/9、そう!希ちゃんの誕生日さ!!

 

 

だからこの俺天童一位は、希ちゃんを祝うべく彼女のご自宅まで迎えにきたのであった!!

 

 

そう、彼女!!希ちゃんは俺の彼女なの!!うっはぁ超嬉し恥ずかしいなオイ!!

 

 

おっとテンション上げてる場合じゃねえ。今日は大事な日だからな。

 

 

そう、今日の予定は…!!

 

 

 

 

 

 

 

「ババン!!『天童一位提供!希ちゃんがカッコいい天童さんに惚れちゃうか?!」

「それとも天童さんが可愛い希ちゃんに惚れちゃうか対決』ぅ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そういうことさ!!

 

 

おいそこ、お互いもう惚れてんじゃねーかっていうツッコミはナシな。

 

 

さらに深く惚れるかもしれないだろ。

 

 

「さてそれでは早速出発しようではないか。今日も今日とてあんまり愛されると怖くなっちゃうから勘弁な!」

「…せっかくうちに来たんやから上がっていってくれてもいいのに」

「ん?何か言ったか?」

「何でもなーい!」

「うわぁあ腕を組むな腕を!!怖くなるって言ったじゃん!!」

 

 

ただ、最大の問題はこの俺が被愛恐怖症ってことだな。え?そんな病気はない?俺が今作ったんだよ。仕方ないじゃん愛されたことなかったんだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけでまずは俺のターン、天童さん御用達のゲーセンだぜ」

「…デートに来る場所じゃないんやない?」

「バッカ希ちゃん、ゲーセンなめんなよ。あれもこれも奥が深いんだぞ」

 

 

というわけでまずゲーセン。俺のホームグラウンドだからな!そうそう負けん!!

 

 

「じゃあエアホッケーやろ?」

「俺に死ねというのかね」

「えー、ゲーム得意だからここに来たんじゃないのー?」

「エアホッケーに限っては君のホームグラウンドじゃん!!俺は3次元エアホッケーとかできないの!!」

 

 

はい、フラグでした。開幕から負けイベだった。希ちゃん(と絵里ちゃん)はエアホッケーで空中戦するような人種だ。まともにエアホッケーして勝てるわけない。そうそう負けんって言った直後にこれだよ!

 

 

「もっとこう、平和なやつやろうぜ?そうゾンビバスター系とかレーシングとかさ」

「じゃあダンスゲームで」

「おっとさてはキミ俺を勝たせる気ないな?」

「天童さんだって勝たせる気ないやん」

「そりゃカッコつけたいからな!」

「うちだってカッコつけたい!」

「ふざけんな!もっと惚れちゃうだろ!!」

「そういう日やん!!」

 

 

まあ本旨は希ちゃんに楽しんでいただくことなんだが、それはそれとして+αで俺の株を上げたいわけよ。わかる?わかれ。

 

 

だがお互い同じことを考えているんじゃあ先に進まんではないか!!

 

 

「あーバカップルがいるー」

「ほんとね、バカップルがいる」

「茜、お前に言われたくはない」

「ほんと、にこっちには言われたくない」

 

 

ゲーセンでわちゃわちゃしていたら茜とにこちゃんのカップルがいた。全く君らほどバカップルじゃねぇわい。こちとら健全なお付き合いをさせていただいておるのだぞ。

 

 

「そもそもお二人がいつの間にそんなに仲良くなったのか聞いてないんだよね」

「ある意味お似合いだとは思うけど」

「ある意味ってなんじゃい。堂々とお似合いじゃい」

「べったべたじゃないですか」

「ますます何があったか気になるわね」

「それは教えん」

「あーこの断言口調は本気のやつだ」

 

 

流石に恥ずかしいから馴れ初めは秘密だぞ。君たちも他言無用だぞ☆

 

 

「せっかくやし、エアホッケーで勝負しよ?」

「やだよ確殺されるじゃん」

「せめてもうちょっと対等なやつにしなさいよ」

「えー」

「大丈夫だ希ちゃん、俺が付いている!」

「そういうことなら…」

「天童さんがいたらどのジャンルでも勝てないんだよなぁ」

「チートよチート」

 

 

何を持ちかけても渋い顔をするにこあかコンビ。まあ仕方ねぇか、俺がいるもんなぁ!エアホッケーに限っては希ちゃんもいるしなぁ!!

 

 

「全く、天童さんに構ってたら永遠に帰れないからさっさと退散するよ」

「そうね。元々目的は茜の下見だし」

「何だ遊びに来たんじゃなかったのか」

「違いますよ。絵を描くための下見です。色んな景色見ないといけないので定期的ににこちゃんとお散歩してるんです」

「なるほど。つまりデートか」

「そうですよ」

「リアクションがつまらんから照れろよ」

「無茶言わないでください。それじゃまた」

「この塩対応よ」

 

 

言うだけ言って本当にさっさと退散してしまった。まったく薄情なやつだ。わかってたけど。

 

 

「…仕方ないから2人でエアホッケーしよっか」

「何でエアホッケーするのは確定みたいな流れになってんの??」

 

 

一息つこうと思ったら希ちゃんに誘導されそうになった。まったく油断も隙も無い。

 

 

でも仕方ないから相手してやった。俺ってば優しー☆

 

 

ボロ負けしたけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、どれにしよっかなぁ」

「ふーんこの俺を連れて服屋とはなかなか自信がおありのようで。俺の審美眼を舐めるなよ?茜の友人だぞ俺は」

「ふふーん、うちもスクールアイドルしてたんやから負けんよ?…ちなみに正直居心地はどう?」

「可及的速やかに帰りたい」

「ふふっ」

「笑ってんじゃねぇ!!君それが目的で俺を連れてきただろオラァん!!」

 

 

天童さんの希望でゲームセンターに行った後は、今度はうちの番。お洋服のショッピングに付き合ってもらうの。今までで一番かわいくなって、天童さんをドキドキさせるんよ!

 

 

あと男性が入りづらいところに連れて行けば天童さんもそわそわすると思ったし。

 

 

「っはー、女性用の洋服店なんてなかなか入る機会がねぇから困ってたんだが、そうかこうなってんのか」

「…ん?なんかお仕事モードになってる?」

「おっといけないいけない、今はデート中だぜ」

「…むーっ」

「はっはっはっそうむくれるな。もうやらん」

「絶対?」

「多分」

「むー!!」

「じょーーーーだんだって冗談!!ごめんてほんとすんませんしたぁ!!」

 

 

…そわそわすると思ったのに、それは最初だけで、すぐにお仕事モードになっちゃった。もう、うちの服よりお仕事が大事なの…っていけない、めんどくさい子になっちゃう。そんなことは言えない。

 

 

「ふーむ、この服なんてどうよ?」

「「服は私が選ぶのっ!!」」

「お、おう…すまん…。てか今なんか声が二重で聞こえたぞ??」

「え?」

「左から声が…あー、はい」

「どうしたん…」

 

 

天童さんが向いた方には…穂乃果ちゃんと桜さんがいた。あー、うちと声が被ったのは穂乃果ちゃんかあ。納得。

 

 

でもなんでお付き合いしてないのに一緒にお洋服屋さんにいるんだろう?

 

 

「ようようデートか桜、穂乃果ちゃん」

「うげっ」

「でっででででーと?!」

「リアクションに凄まじい差が生まれているぞ」

「んー?穂乃果ちゃんどうしたん?顔赤いよー?」

「赤くないよ!!うん!!」

「穂むらで作曲してたら連行されたんすよ。決してデートじゃありません」

「そ、そう!デートじゃない!!ありません!!」

「うーんこの」

「落ち着きの差が…」

 

 

穂乃果ちゃんは随分桜さんを意識するようになったみたいやけど、桜さんが頑なに認めない。しばらくこのままかもしれんね…。

 

 

「まあいいや、俺は希ちゃんのかわいい姿を拝む義務があるんだ。今日はこの辺で勘弁しといてやる」

「もう来なくていいです」

「酷くねぇ?!」

「まあまあ天童さん、桜さんも穂乃果ちゃんのかわいい姿を独り占めしたいんですよ」

「なるほど納得」

「違うわ」

「違うの?!」

「何なんだよお前は!!」

 

 

仲良しやなぁ。

 

 

ぎゃーぎゃー言い合っている仲良しな2人はおいといて、うちは自分の服を探しにいく。一番かわいい姿を、って思ってはいるんやけど…実は具体的にはまだ決まってない。

 

 

「うーん…やっぱり可愛らしいっていったらピンクかなぁ?でもこういう水色もいいし…」

「ん?こいつは…」

「天童さんどうかした?」

「あん?いや、何でもない。それより服は決まったのか?悩んでるみたいだが」

「悩んでないもーん」

「めちゃんこ怪しいなおい」

「怪しくないもん!」

 

 

ふいっと顔を背けて誤魔化す。天童さんは結構人の戸惑いとか不安を敏感に察する人だから誤魔化せてないかもしれないけど、誤魔化す努力くらいしないとね。

 

 

天童さんをずっと待たせるわけにもいかないから、直感で服を選んで試着室へ。そして早速着替えてカーテンを開ける。

 

 

「じゃーん!どう?」

「………………ほう」

「…………えっと」

 

 

真剣な目ですっごい見られてる。そんなにしっかり見られていると恥ずかしい…。

 

 

「…うん、やっぱりそうだな!」

「へ?」

「ああ、かわいいぞ希ちゃん。ピンクでフリフリな服もすごくよく似合う」

「う、うん…えへへ…」

「だがな」

「えへ…え?」

「やっぱり俺は…えーっとさっきの…お、あったあった。こっちの方がいいと思うぜ!」

「えっ、え??」

 

 

しばらくして、かわいいって褒めてもらえたから恥ずかしくてもじもじしていたら、不意に新しい服を渡されて試着室のカーテンも閉められた。もう、服はうちが選ぶのって言ったのに!

 

 

着るけど!

 

 

渡されたのは、紫色のシックなワンピース。紫…μ'sの頃のイメージカラーや。ちょっと感慨深くなりながら袖を通して、改めてカーテンを開けた。

 

 

「はい、天童さんチョイスはどう?」

「…うん、やっぱりそうだな。君には紫でシックな感じがよく似合う。かわいいし、神秘的な感じがして魅力的だ」

「…み、みりょ…」

「照れすぎでは??」

 

 

照れてるのは言葉にだけじゃない。天童さんはこんなことを言いながら、そっと私の頭を撫でて愛おしそうに私を見ていたから、余計に恥ずかしくなっちゃったの。

 

 

ああ、何気なくこんなことしてるけど。

 

 

天童さん、こういうのが愛情だって、きっとわかってないんだろうなぁ。

 

 

「…もう、好き…」

「ん?なんか言ったか?まあいいや、天童さんチョイスはお気に召したか?」

「う、うん」

「よーし、じゃあさっき希ちゃんが自分で選んだ服と今着てる服は俺が買ってやろう!誕プレじゃあ!!」

「わぁ、ほんと?!」

 

 

そこは、聞こえてよ。もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでゲーセンはアレだったけど成功でいいかねお嬢」

「うちはゲームセンターも楽しかったよ?」

「まあエアホッケーやったしな」

 

 

服屋の後はそのまま(希ちゃん宅に)帰宅した俺たち、まあ本旨が達成できたかは別として楽しかったならいいか?

 

 

「でも天童さんなら全部お見通しなんでしょ?」

「いや、そんなことはないぞ。君と向き合うときはな、未来予測なんていう反則技は使わないことにしたんだ」

「え、そうなん?」

「まあ使いたくても本能的に使えなくなってるみたいなんだがなー。まあ理由はともかく、君とは裏技無しで、対等に関わりたい。だからまぁ、逆に喧嘩したりしちゃうかもしれないが…精一杯幸せにする」

「……は、はい」

「…君今最後の一言だけ聞いてリアクションしただろ」

「そ、そんなことないもん!」

 

 

以前からわかっていたことだが、希ちゃんには未来予測が効きにくい。よっぽどのことが無い限り、無理に未来予測しようとしないつもりだ。

 

 

こんなチート技を使わずに、同じ普通の人間として関係を築いていきたいもんな。

 

 

…それにしてもこの子、昔より恥ずかしがり屋になってないだろうか。

 

 

「あっ、そうや。せっかくうちに来てくれたんやし、夕ご飯作るよ!」

「お、本当か?ありがとう、いただくよ」

「うふふ、それじゃあ待っててねー」

「ん?食材はどうすんだ?君一人暮らしだろ、俺の分はちゃんとあるのか?」

「大丈夫!ちゃんと昨日のうちに準備して…」

「準備?…今日は君の家でご飯食べる予定は無かったはずだぞ?」

「あっ…えっと

「ははーん君始めからそのつもりだったな?そんなに俺に手料理を食べて欲しかったか?んん??」

「ぅぅ…」

「あ゛あ゛も゛う゛か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛!!!」

「凄い声出てるよ」

 

 

一応大まかな予定は立ててあったが、今日の誕生日デートは割と自由だった。昼飯も適当に見つけた店で取ったし、夕飯も特にタイミングも場所も決めていなかった。

 

 

…思ったより早く切り上げたなとは思ったが、このためか。ちくしょう俺の彼女可愛すぎでは??

 

 

「…今日一日、お互いどっちが惚れさせるか対決だったわけだけどさ」

「うん」

 

 

台所で料理を始める希ちゃんに向かって話しかける。やっぱり手慣れているのか、料理に集中してて会話できないなんてことはないみたいだ。

 

 

「まぁ、なんというか…無限に惚れれるな」

「ぶっ?!」

「おーい包丁持ったままデカいリアクションすると怪我するぞー」

「天童さんのせいじゃん!!」

「あっはいすんません生きててすんません」

 

 

そんなに大げさなリアクションされると思わなかった。

 

 

「まあ、君がどう思ったかは知らないんだけどさ。洋服選んでる姿も、試着してちょっと照れながら俺に見せてくる姿も、今も。毎度毎度好きだなーって思わせられるな」

「そ、そうですか…」

「何で敬語に戻ったんだ。っておーいお湯沸騰してんぞ大丈夫かー」

 

 

今話すのはマズかったか?マズかったよな。だって料理中だもん。ごめん。でも俺ちゃん我慢できなーい。

 

 

「わ、私も…」

「ん?」

「私も、天童さんのこと…もっと好きになったから…。お洋服を選んでくれた時も、今も…」

「………………………ゲーセンは??」

「…………………………………………」

「おい??」

 

 

照れながら嬉しいことを言ってくれる希ちゃん。だが待つんだ。待ってほしい。俺が提案したゲーセンが無かったことになっている。なんでや!エアホッケーやったじゃん!にこあかコンビにも会ったじゃん!!いや俺がカッコいいポイントはまるで無かったけどさ!無かったけどさぁ!!

 

 

「ゲームセンターは…ま、また一緒に行きましょ…?」

「あっはい」

「そ、そんなことより!私はやっぱり天童さんに愛されてるなって思ったの!天童さんは愛が怖いって言うけど、きっと自分の中に人を愛する心はあるのよ」

「…どのポイントから愛を感じたんだ?」

「もうっそういうとこ!!」

「は??」

 

 

愛し方を知らないのに不用意に愛なんて渡せないんだが?

 

 

希ちゃんはその後は喋らず黙々とうどんを作り続け、テーブルに運んで来るまで無言を貫いた。うん、ごめん。なんかごめん。それはいいとしてやっぱりうどんなのかい。肉うどんかい。美味そう。

 

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう。…よくよく考えたら、誕生日なんだから焼肉食わせてあげればよかったな」

「ふふ、いいんよ。うちは自分が焼肉食べるよりも、天童さんにおうどんさんを作ってあげたかったの」

「は〜〜〜〜〜〜〜好き〜〜〜〜〜〜」

「えっ…」

「今のネタなんだから本気で照れないの」

 

 

尊みを感じていたら本気で照れられてしまった。なんだこの可愛い生物。

 

 

とりあえず向かい合っていただきます。

 

 

「…まあ、さっきの続きなんだがな」

「うん?」

「いや無限に好きになれるならもうちょっと楽しいことすればよかったなーと思ってな。すまなかったな」

「……………むーっ」

「えっそこでお怒り?なんで?待ったなんでこっち側に来た?向かい合って食べようぜうどん」

「天童さんの隣がいいもん」

「うわー嬉しいけど背筋にクるー」

 

 

好きな人と2人っきりで横に並んでるとかマジで愛される5秒前じゃん。MA5じゃん。恐怖ゥ〜。

 

 

「楽しかったよ」

「ん?」

「今日、楽しかった。天童さんが私のためにって考えてくれたって、その事実だけで楽しめたよ。だから謝らないで。ね?」

「お、おぅ…」

 

 

うーんこの優しさとしかめっ面の上目遣い。可愛さで心臓止まっちゃう。

 

 

(もしかして天童さん、「かわいい」と「愛しい」がごちゃまぜになってる…?)

「どうした希ちゃん、胡椒か?胡椒欲しいのか?」

「違うよ!何でもない」

「??」

 

 

機嫌いいのか悪いのかどっちなんだ。

 

 

その後は今日の話をそれとなくしてうどんを完食。片付けは俺も手伝って、いい感じに日も暮れてきた。

 

 

「さ、そろそろ帰るかね」

「うん…」

「超悲しそうな顔するじゃん」

 

 

そんな名残惜しそうにされると居座っちゃうよ。お兄さんちょっと女子大生のお部屋に居座るのは危ないと思うんだ。警察呼ばれちゃう。おまわりさん、俺です。

 

 

「また明日…は、しまった神奈川行かなきゃならんのだった。まあ暇ができたら直ぐに会いに来るからさ。安心しな」

「うん…約束よ?」

「いつも約束してんだろ。じゃあ、またな」

 

 

あまり長居すると変な気を起こしそうなので退散。誰だヘタレって言ったやつ。その通りだよちくしょうバーカバーカ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天童さん!」

「ん?どうかs

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に手を引かれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

頬に柔らかい感触があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………え、えっと!またね!」

 

 

顔真っ赤な希ちゃんが見たことないスピードで部屋に戻って行くのが見えた。

 

 

…………今絶対キスされたじゃん。

 

 

キスってかなり上位の愛情表現だよな。

 

 

あっ俺死んだかも。

 

 

そう思って、ゆうに10分以上その場で放心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああぁ……………やっちゃった…………」

 

 

天童さんのほっぺに、ちゅ…ちゅーしちゃった…。

 

 

恋人だからいいとはおもうけど、っていうか付き合って数ヶ月経ったんだしそろそろいいと思うんだけど。

 

 

恥ずかしい…!!

 

 

「う、ううん!大丈夫、うちは今日から19歳!大人みたいなものだもん、ちゅ…………ちゅーするくらい、へいき…」

 

 

平気じゃないよぅ!!!!!

 

 

で、でも頑張らなきゃ。せっかく天童さんが誕生日に向けて色々予定合わせたり計画したり頑張ってくれたんだから、私も頑張って天童さんを助けなきゃ!

 

 

 

 

 

 

…でもちゅーは恥ずかしいなぁ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

あ゛あ゛も゛う゛か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛!!!(気に入った)
このコンビ勝手にイチャイチャしてくれるので大好きです。いいぞもっとやれ。
本作だと希ちゃんが原作よりマシマシでピュアピュアになってる気がしますが、私は希ちゃんはこういう子だと信じています。
あと天童さんはヘタレです!!


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百合百合ハネムーン推奨仕様のアメリカンホテル


ご覧いただきありがとうございます。

前回からもまた!!お気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!
さらに☆9評価もいただきました!!こちらもありがとうございます!!
もっと前ですけど、☆1評価もいただいてました!!ありがとうございます!!
☆1でも、読んで評価してくださったならとても嬉しいのです。もっと面白く書けるようになろうってなりますからね!

今回は劇場版の続きです。ちゃんと桜さんとか天童さんは活躍してくれるんでしょうか。


といつわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「ううううう…」

 

 

というわけで、ホテルの一室。

 

 

どうやら穂乃果ちゃんがメモを写し間違えたようで、海未ちゃんたち御一行は変なところに連れていかれたらしい。

 

 

創一郎が全部抱えてすっ飛んできてくれた。ほんとにわけがわからないよ。でも創一郎がいてよかったね。

 

 

「ご、ごめん!絵里ちゃんにもらったメモ写し間違えちゃって…だって英語だったか

「今日という今日は許しません!!あなたのその雑で大雑把でお気楽な性格がどれだけの迷惑と混乱を招いていると思っているんですか!!」

「ひどい言われようだ」

「今回に限っては擁護しねぇ」

「お怒りだねぇ」

「まあ、ちゃんと着いたんだし…」

「それは凛がホテルの名前を覚えていて、創一郎がいてくれたからでしょう?!もし忘れられていて一緒にいたのが茜だったら今頃命は無かったのですよ!!」

「大袈裟だにゃ」

「何で僕ディスられたの?」

「茜は創一郎みたいなことはできないでしょ」

「僕なら僕で改めてタクシーを手配するくらいできるんだけど」

 

 

特に理由のないディスりが僕を襲う。理不尽では?っていうか出発前は創一郎をディスってたのにこの熱い掌返しよ。

 

 

「天童さんだって肝臓取られるって言っていましたし!!生きていても五体満足では済みません!!むしろ死ぬより悲惨ですよ!!」

「妄想に磨きがかかってる」

「天童さんも余計なこと言いやがって」

 

 

天童さんのせいでネガティヴが加速してる。そもそも天童さんはどこ行ったのさ。

 

 

「海未ちゃーん、みんなの部屋見に行かない?」

「…」

「ホテルのロビーもすごかったわよ?」

「…」

「じゃあ近くのカフェに…」

「…」

「この徹底抗戦態勢よ」

「むしろ清々しいな」

「創一郎なんとかしてよ」

「俺はもうここに連れてくるという大役を果たした」

「おっしゃる通りだよ」

 

 

意地でも動かないつもりらしい海未ちゃん。怖がりすぎでは?いや怖いか。

 

 

創一郎にぶん投げようと思ったら拒否られたし、仕方ないから僕の出番か。創一郎も割とお怒りらしいね。とりあえず出番だけどどうしよう。

 

 

「ねえ、気分転換におやつでもどう?カップケーキ買ってきたんだ!」

「おお、花陽ちゃんナイス!」

「ナイスなんだけどいつのまに買ってきたのさ」

「じゃあ、それ食べたら明日からの予定を決めちゃいましょうか」

「うん!海未ちゃんも食べるでしょ?」

「僕は返事待ちなんですけど」

 

 

どうしようか迷ってたら花陽ちゃんがファインプレーしてくれた。さすがご飯の精霊。でもほんとにいつの間に買ってたんだろう。12個も。桜の分も買ってきたんだね。ここに桜いないけど。桜もどこ行ったんだろ。まあここはμ's名義で取った部屋だからいないのは当然なんだけども。

 

 

そして天童さんの分は無いんだね。

 

 

で、海未ちゃんは。

 

 

「……………いただきます」

「ちょろい」

「ちょろいな」

 

 

ちょろかった。

 

 

女子高生はカップケーキで釣れるらしい。よくない知識を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけでとりあえず夜ご飯だ。ごっはーんー。ごっはーんー。

 

 

「何で俺もお前らの飯に同席させられてんだ。あとなんだこのカップケーキ」

「桜は名誉部員だから」

「何言ってんだお前」

「はっはっはっいいじゃねえか!みんなでお食事とか楽しいだろぉ?!…ところで俺にはカップケーキ無いの?何で?Why I can’t get a cap cake?」

「忘れられてたんじゃないですか」

「なんてこったちくしょう!単独で車でホテルに向かってる場合じゃなかった!!」

「一人で行ってたんですね」

 

 

桜と天童さんもいるけど。桜は呼んだ。穂乃果ちゃんが。天童さんは知らない間にいた。

 

 

「私、あの鉛筆みたいなビルに登りたい!」

「ここに何しにきたと思ってるんですか…」

「なんだっけ?」

「相変わらず自由すぎるだろ」

「わかってたことじゃん」

 

 

穂乃果ちゃんはいつも通り。桜もいつも通り呆れてた。アメリカでも平常運転だね。

 

 

「ライブです!」

「分かってるよー」

「大切なライブがあるのです。観光などしている暇はありません!」

「えーっ!」

「真面目な修学旅行かな?」

「無駄に規律が固まってる学校のな!頭固いやつの典型だな!」

「天童さん何か言いましたか?」

「いえなんでもございませんハイ」

 

 

海未ちゃんもある意味いつも通りだった。よっぽど迷子が怖かったと見える。あと天童さんもいつも通り不憫。まあ天童さんだからいっか。

 

 

結構みんな異国の地でも平常運転してるわ。

 

 

「幸い、ホテルのジムにはスタジオも併設されているようです。そこで練習しましょう!外には出ずに!!」

「ええー!!」

「そこまでして引きこもりたいか」

「アメリカまで来た意味ね」

 

 

せっかくアメリカ来たんだから少しくらい観光しようよ。

 

 

「わざわざ来たのに?」

「よっぽど怖かったのね…」

「大丈夫大丈夫、街の人みんな優しそうだったよ!」

「穂乃果の言うことは一切信じません!」

「うう…」

「まぁ実際、善人ばかりじゃないさ。スリとかには気をつけな、人と衝突しないように注意するといいぜ」

「ほら、天童さんもこう言っています!」

「うそ…俺の発言が重要視されてる…」

「そんな感動ポイントじゃなかったと思いますが」

「つーか都合のいいところだけ重要視してるしな」

 

 

天童さんは「私の年収低すぎ…?」みたいな顔しないで。先ほど冷たくあしらわれたのを忘れないで。

 

 

「確かに、ラブライブ優勝者としてもこのライブ中継はおろそかにできないわ」

「その通りです!!」

「でも、歌う場所と内容については私たちも希望を出してくれと言われてる」

「この街のどこで歌うのが一番μ'sらしく見えるか。それも探すべきだよねえ。まさかライブまでこのホテルでやらせてもらうわけにはいかないし」

「室内に引きこもるのは精神的にも良くないだろう。外に出るのも必要なことだ」

「そ、それは…」

「そうだよそうだよ!」

「穂乃果は黙ってろ」

「何で?!」

「お前は戦犯だろーが!お前のハイテンションは園田にとって煽りでしかねーわ!!」

「せんぱん??」

「桜、穂乃果ちゃんは日本語わかってない」

「雑魚じゃねーか」

「ひどい?!」

 

 

実際、ライブ会場はこの目で見て歩いて触って確かめなきゃならない。触る必要はないか。とにかく、このホテルから出ないという選択肢は取るわけにはいかない。ごめんね海未ちゃん。

 

 

「だから、朝は早起きしてちゃんと練習。その後は歌いたい場所を探しに出かけるというのはどう?」

「それいいと思う!」

「こ、ことり…!」

「はーいでは賛成の方々挙手をお願いします!!!」

「何で天童さんが仕切ってるんです」

「俺も混ぜてよ!さっきから俺様影が薄いんだよ!!」

「だってあなた部外者ですし」

「桜もじゃんっ!!!」

 

 

まあ賛成は賛成なんだけどさ。事実12対1で海未ちゃんの歴史的大敗だ。そりゃそうなるだろうけどさ。

 

 

「決まりやね」

「よーし、そうと決まればご飯にしよう!」

「俺は帰っていいか?」

「だめ!!」

「何でだよ…帰らせろよ…」

「バッカお前、ラブライブ優勝者たちと会食だぞ?今後二度とあるかわからんぜ!!」

「天童さんは帰ってくださいな」

「ねぇみんな俺のこと嫌いなん??」

 

 

心配事が消えたらまずはご飯だ。でもアメリカのご飯多いんだよなぁ、僕少食なんだけど。

 

 

「とりあえず何を頼もうね」

「あ、私はチーズケーキ!」

「「「チーズケーキ?!」」」

「…どうしたのよA-Phy組」

「いやぁ…チーズケーキなぁ…」

「アメリカンサイズだぞ?」

「単独で食べる量じゃないぜ?大丈夫か?」

 

 

アメリカンサイズのケーキはお腹ブレイカーだよ?みんなで食べる用だよね?信じるよ?

 

 

「ねぇ、どれが何の料理?」

「英語読めばわかるだろ」

「読めないもん!!」

「高校生なんだからちょっとくらい読めるだろ…」

「茜、私の分も選んで」

「はーい。ハンバーグでいいかな」

「…実際、料理の名前は英語で書かれちゃわからんな」

「創ちゃん読んで!」

「わからんっつってんだろ」

 

 

みなさん英語ちゃんと勉強しなきゃだめだよ。

 

 

お、ことりちゃんのケーキが来た。

 

 

「…なにこれ?!」

「でかっ!」

「チーズケーキだよ!」

「いやそれは見たらわかるけど」

「こっちに来たら食べるって楽しみにしてたんだー」

「これが夕食なのですか…?」

「さすが自由の国やね」

「それ関係ある?」

「これは…期待できる…!!」

「創一郎だけリアクションがおかしい」

 

 

期待できるじゃないんだよ。明らかに多いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでお部屋はハネムーン仕様なんだろうね」

「男2人でこんな部屋通すなよ」

「まぁアメリカってそういう国だし」

「どういう国だ」

 

 

まぁ今言った通りだよ。

 

 

何故かお部屋がハネムーン仕様だった。

 

 

こういう部屋しかなかったのかな。冗談じゃない。

 

 

「僕にこちゃん連れてくるから創一郎はどっか行ってて」

「アホか」

「大真面目だよ」

「大真面目なアホか」

「どゆこと」

 

 

こんな部屋ならにこちゃん連れてくるしかない。2人で蜜月パーリナイ。いやでも緊張して過呼吸になっちゃうかも。なるわ。絶対なるわ。

 

 

「バカ言ってないで早く寝るぞ」

「でもちょっとにこちゃんに会ってくるね」

「何でだよ」

「せっかくアメリカに来たからお話したいだけ」

「わざわざ外国に来てまで話すことがあるか?」

「僕にはあるの。僕はしばらく出てるから、部屋で待ってるか、外に出るなら連絡してね。カードキーは渡しておくから」

「…ああ」

 

 

2人でパーリナイは精神衛生上よろしくないけど、それでも話したいことはあるといえばある。

 

 

なのでにこちゃんルームへ突撃。鍵は創一郎に託した。

 

 

というわけで、ノックしてもしもーし。

 

 

「はーい、どなた?」

「波浜さんだよ」

「ああ、茜。にこに用?」

「もちろん。ああ、でもわざわざ席外したりしなくていいよ」

 

 

ノックしたら絵里ちゃんが出てきた。パジャマ絵里ちゃんって多分純情系男子が見たら鼻血出しそうだよね。そんなことない?

 

 

「そう?でも私と穂乃果は海未とことりに用があるから今から出て行くわよ」

「そうやって自然を装って気を遣わなくていいんだよ」

「ふふっそんなこと考えてないわよ?」

「そんなわけ

「いつまでドア前で話してんのよ早くこっち来なさいよ!!!」

「おぐぅえ」

 

 

白々しい絵里ちゃんを論破してたらにこちゃんがすっ飛んできた。物理的な意味で。具体的に言うとドロップキックされた。パジャマだからおぱんつは見えなかった。残念。残念じゃないわ。ドロップキックとはまた痛いことを。

 

 

「わああ!茜くん大丈夫?!」

「大丈夫だよ」

「むしろ何で大丈夫なのかしら…」

「こいついつもギリギリでちょっと避けてんのよ」

「そうだったの…どうりでいつも平気そうにしてたのね」

「僕も今初めて知った」

「えっ」

「えっ」

 

 

さすがにこちゃん、僕より僕のことわかってる。

 

 

「で、どうしたの?」

「ドロップキックかましておいて『で、』って酷くない?」

「酷くないわ。とりあえず入りなさい」

「わーい」

 

 

ドロップキックと引き換えに入れてもらった。やった。にこちゃんたちのお部屋もハネムーン仕様なんだけど、3人でゆりゆりイチャコラしなさいってことなのかな。アメリカ寛容すぎでは?

 

 

「これは薄い本が厚くなる」

「何言ってんのよ」

 

 

なんでもないよ。

 

 

「じゃあ、私たちは行ってくるわ。穂乃果、行くわよ」

「えっ?」

「行くわよ」

「だからそんな気を遣わなくても」

「遣わせておきなさい」

「にこちゃんがやけに積極的うぶっ」

「何か言った?」

「なんでもないれす」

 

 

本当に絵里ちゃんは穂乃果ちゃんを連れてどっか行ってしまった。だから気を遣わなくていいって言ってるのに。でもにこちゃんがいいって言うから許す。許しちゃう。だから腰蹴るのはやめて。腰痛になっちゃう。

 

 

「…で、どうしたのよ」

「ん?いや、ハネムーン仕様のお布tんぐぉ」

「どうしたのよ」

「前振りの冗談を言わせてもらえない」

 

 

まずはにこちゃんを恥ずかしがらせようと思ったら先に正拳突きがきた。痛い。

 

 

「…こんなとこまで来ちゃったね」

「そうね」

「見てほら、アメリカの夜景。100万ドルかどうか知らないけど」

「…綺麗よね」

「うん。にこちゃんが頑張ったから見れた景色だよ」

「…」

「にこちゃんが諦めなかったからこんなとこまで来れたんだよ」

 

 

普通に考えて。

 

 

一介の女子高生が、一分野の未来のために海外まで出向くなんて有り得ない。全ては不断の努力が、諦めない心が作り上げた結果だ。

 

 

なんだけど。

 

 

「違うわよ」

「ん?」

「…私だけじゃない。μ'sのみんなが頑張ったから、諦めなかったから来れたのよ」

「…………にこちゃん」

「何よ」

「丸くなったね」

「うるさいわね」

「へぶっ」

 

 

にこちゃんは明確に否定した。

 

 

自分だけの功績じゃないって。

 

 

みんなで叶えた成果だって。

 

 

昔みたいに、一人で何でもやろうとしてたのとは大違い。本当に、とてもいい子に育った。

 

 

攻撃も枕でぼふってされただけだし。痛くない。珍しい。

 

 

「今度は私たちが未来に託すのよ。手は抜けないわ」

「そうだね。残るみんなのために、これからやって来る子たちのために。絶対成功させなきゃね」

「どこでライブやるかわかんないけど、照明頼んだわよ?」

「どこでやっても僕は最強だよ」

「私たちだってどこでやっても最強よ!」

「…あは」

「ふふっ」

 

 

ああ、そうだね。

 

 

僕らは何があっても負けない。どんな状況でも、絶対成功させる。成功する。

 

 

日本一なんだもんね。

 

 

そんな意思表示を遠回しにしてみたら、張り合ってきたから可笑しくなってしまった。久しぶりに自然に笑ったかもしれない。

 

 

笑い合う僕らの距離はとても近くて、ちょっと動けばキスするくらい余裕なんだけど…そうきうのはまだやめておこうか。全部、僕らの役割が終わってからだね。

 

 

だから。

 

 

「うん、心配なさそうだね。それなら僕は明日に備えるよ」

「わかった。絵里と穂乃果にも連絡しておくわね」

「うん、お願いね。おやすみ」

 

 

要件が済んだ僕はここで退散することにした。だって他にすることもないもんね。

 

 

僕もただ伝えたかっただけだもん。

 

 

こんなところまで来れたよって。

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

少し短め(当社比)かつお話が進まなくてつまらない回だったかもしれません。そういう回もありますって!!(超ポジティブ)
お部屋に残された創一郎がどうしたかは、想像してみてください。案外一人で筋トレしてるかもしれない。してそう。


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現地民との英会話教室



ご覧いただきありがとうございます。

前回からも!!またお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!もっともっと頑張ります!!

さてタイトル通り、今回は英語が出てきます。合ってるかどうかは知りません。私は英語苦手ですもん!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

というわけでぐっもーにん、朝だよ。

 

 

ちゃんとみんな早起きして、朝ごはんも食べて外に集合してるよ。偉いね。

 

 

…でも何で絵里ちゃんは不機嫌そうな顔してんのかな。昨日の夜はいつも通りだったじゃん。

 

 

「朝は気持ちいいね!」

「テンション上がるにゃー!」

「気合い入ってきた」

「創一郎が気合い入れる必要は無いじゃん。それより絵里ちゃん何かあったの」

「…何もないわよ」

「ねぇにこちゃん、

「にこに聞くのは反則よ!!」

「ほら何かあったじゃん」

「うっ…」

「まあまあ茜、人には聞かれたくない話なんて一つや二つあるでしょ?」

「そうそう、そっとしておいてあげるのも大事だよ!!」

「怪しみしか無い」

 

 

フォローが入ると余計気になる。まあにこちゃんがいいって言うならいいけどさ。

 

 

「大都会の真ん中にこんな大きな公園があるなんて素敵!」

「もう、いつまで話してるの?」

「とりあえず海未ちゃんが出てくるまでかな」

「海未ちゃーん!大丈夫だよー!」

 

 

僕らも朝トレ前にだらだらしてるわけではなく。

 

 

昨日の一件から引きこもり体質になっちゃった海未ちゃんを待っているのだ。まあ既に外には出てきてるから怖がってんだから怖がってないんだかよくわからない。ぶっちゃけ最悪創一郎が引きずり出せば万事解決だし。

 

 

「……………本当に、信じてもいいのですね?」

「大丈夫だって。今は天童さんいないし」

「天童さん関係あるん?」

「だってあの人絶対余計なこと言うし」

 

 

ちなみに天童さんと桜はここにはいない。天童さんは早朝からどっか行っちゃったし、桜はまだ寝てる。夏合宿あたりにも言ったけど、桜は朝弱いから。

 

 

「それじゃ、出発にゃー!!」

「凛ちゃんはいつも元気やね」

「あれくらい元気で丁度いいだろ。テンションの低いリーダーよりはいいさ」

「なるほど、創ちゃんは元気な子が好きなんやね」

「何の話だ」

「何の話でもいいから創一郎は早く僕を乗せて」

 

 

元気よく出発する凛ちゃんと、それを追うみんな。当然僕は創一郎の肩車。レッツゴー創一郎。

 

 

「…都会のど真ん中だが、結構いい景色なもんだな」

「土地が広いからねぇ。意外と自然を作る余地もあるんだよ」

「作る?」

「まさか君この公園が自然のままの姿だと思ってないだろうね」

 

 

イエローストーンじゃあるまいし、だいたい人工物だよ。

 

 

大きい公園なのもあって、朝からランニングしてる人も結構いる。皆さま元気だね。僕は走ったら数分で死ぬよ。だから創一郎に乗ってるんだけどね。

 

 

アメリカでも珍しいほどの巨体と、それに肩車されている僕はめっちゃ目立つようで、すれ違う人たちに二度見されながらみんなについていく。そんなに見るんじゃないよ。

 

 

走っていたら小さめなドーム天井が見えたので、みんなで立ち止まる。どうやら公園の中に作られたステージらしい。

 

 

「うわー、見て!こんなところにステージがあるにゃー!」

「野外ステージだね。即席じゃないあたり、割と頻繁にライブとかやってるのかな」

「ちょっと登ってみる?」

「いいんじゃない?誰も使う気配無いし」

 

 

ライブ会場探しもしてるわけだし、それっぽい場所を見かけたら使用感を確かめるべきだよね。サイズ感とかね。

 

 

というわけで9人に登っていただいた。うむ、悪くない。でも9人踊るにはちょっと小さいかな?

 

 

「はぁ…気持ちいい…」

「ライブはここを舞台にするのも悪くないかもね。なんか落ち着くし」

「落ち着くのはみんなと一緒やからやない?」

「うふふ、そうかも」

「僕的にはちょっと狭いかなと思うけどね。まだ場所はいっぱいあるんだし、色々見てから決めようよ」

「もちろん。候補の一つってことよ」

 

 

まあ焦ることはないよね。時間も場所もいっぱいあるわけだし。

 

 

「ねぇ、ちょっとだけ踊ってみない?」

「アクティブだねぇ。さっきまで走ってたのに」

「凛ちゃん、いい?」

「リードは任せるにゃー!」

「元気すぎでは」

「いいじゃねぇか。実際に踊ってみないとわからないこともあるだろ」

「まあそうだけどさ」

 

 

良い悪いの問題じゃなくて、体力の問題なんだけどね。

 

 

とか言ってる最中だ。

 

 

「Hello.」

「んっ?」

 

 

英語が聞こえた。アメリカだから当たり前だったわ。

 

 

「Are you grows Japanese?」

「い、いえーす!うぃーあー、じゃぱにーず、すちゅーでんと!」

「おお、ちゃんと英語喋ってる」

 

 

穂乃果ちゃんが頑張って英語喋ってる。まあ質問してくれた女性もかなりゆっくり喋ってくれたし、聞き取りやすかったかな。優しいね。

 

 

「Are you here for some performance?」

「いやぁ…」

「な、何と言ってるんですか?」

「どうやら怒ってはないみたい…」

「それは私でもわかります…」

 

 

あっダメだ全然優しくなかった。ネイティブスピードだった。当然穂乃果ちゃんに聞き取れるわけはなく、海未ちゃんもわかってない。真姫ちゃんとか絵里ちゃんあたりなんとかしてあげなさいよ。

 

 

「Yes! We are school idles! We are called “μ's”!」

「School idles?」

 

 

とか思ってたら希ちゃんが返事した。そういえば君も頭よかったね。なかなかやりおる。

 

 

「Well, Japan seems cool.」

「We wanna go there, too!」

「Well, I hope have a fun around here. enjoy your stay!」

 

 

うーむ、「私たちはスクールアイドルです」って回答に対して「日本ってカッコいいわね!」って返事は正しいのかいアメリカ人お姉さん。

 

 

まあいいや、楽しんでねって言ってくれてるし。

 

 

あ、そうだ。せっかくだから地元民にいい場所無いか聞いてみよう。

 

 

「Hey ladies. Do you know where we can live around here?」

「Live? you sing with that girls?」

「No, I don’t sing. And so is this guy.」

「あん?」

「Girls are planning to live in this city. So we are located the place to live.」

 

 

僕がライブできる場所を聞いたからって僕が歌うとは限らないでしょ。歌わないよ。歌うのは女の子だけだよ。

 

 

関係ないけど、ライブってliveだから字面だけ見ると住むとこ探してるみたいになるね。

 

 

「Hmm...Did you have such places?」

「No, I can’t think. Performers are playing everywhere...」

「Everywhere...OK, thank you. It was helpful.」

 

 

どこでも演奏してるしって言われても困る。困るけど、逆に言えばどこでゲリラライブしても問題ないってことだね。それはそれでアリ。

 

 

とりあえず聞きたいことは聞けたのでお別れした。じゃーねー外人さん。にこちゃんは殺気しまおうね。怖いよ。女性と話してただけでこれはよろしくない。

 

 

「せっかく来たんだから、色んなこと見て…だって」

「だって」

「だってじゃないよ絵里ちゃん。英語喋れないの?」

「……………喋れるわよ?」

「うわ怪しい」

 

 

希ちゃんはちゃんとわかってたらしい。絵里ちゃんはわかってなかった説濃厚。ロシアはロシア語しか使わないの?あり得る。

 

 

「希ちゃんすごい!」

「さすが南極に行くだけのことはあるにゃ!」

「ちょっとまって南極?」

「茜くんは何聞いてたの?」

「待って南極インパクトが強すぎ」

「早く言いなさいよ!!」

「にこちゃんは機嫌直してぶぎゃる」

 

 

南極行ったってどゆこと。何者なの君は。

 

 

あとにこちゃんはそろそろ理不尽ナックルをやめようよ。

 

 

「僕はライブに良さそうな場所聞いてたんだよ。っていうか僕が英語話せることについてはノーコメントなの君たち」

「え、だって…」

「茜くんは普通に喋れそう」

「褒められてるはずなのに微妙に喜びづらい」

 

 

頭いい認定されてるのはいいんだけど、もうちょっと感動があってもいいと思う。

 

 

「ふふ、海外も悪くないでしょ?」

「もちろん、注意も必要だけど」

「怖いばっかりじゃないよね」

「…そうかもしれませんね」

「つーか、一回踊ってみるんだろ。見ててやるから早くしな」

「そうだったね。あんまりのんびりしてると時間勿体無いね」

「よーし!じゃあ練習しっかりやってから、この街を見に行こう!!」

「ほんとに元気だね」

 

 

まあ元気なのはいいことなんだけどさ。

 

 

体力保つの君たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー!おっきいにゃー!!」

「撮って撮ってー!」

「マジで底なし体力だね君ら」

「お前も珍しく動き回ってるじゃねぇか」

「そりゃ写真撮れと言われたらね」

 

 

というわけで観光ターン。まずは定番の自由の女神である。これ中入れるんだよ。知ってた?

 

 

まあそんなことより写真だ。レッツ一眼。

 

 

「なんか穂乃果ちゃん、ヒーローみたい」

「えっへん!」

「ヒーローかどうかはわかんないけどいい感じ」

「でしょでしょ!」

「おお、調子乗ってきたね」

 

 

ポーズとってる穂乃果ちゃんとか凛ちゃんとかを激写しまくりである。スカートの中身が見えない程度にローアングルで写せばこの通りダイナミック。この通りって言っても伝わんないね。ごめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばご飯がまだだったからお食事しに来た。

 

 

「またチーズケーキ頼んで君は」

「しあわせぇ…」

「そうはならんでしょ。…ん?なんかもっと来たんだけどなんでさ」

「俺が頼んだ」

「君だったのか」

「この圧倒的物量…幸せだ…!!」

「ぜひ一人で食べていただきたい」

「私たちは別に頼みましょうか…。茜、どれがオススメですか?」

「適当にポテト頼んでればいいと思うよ」

 

 

相変わらずホールでチーズケーキを頼むことりちゃんと、尋常じゃない量を頼む創一郎。どんだけ食べるんだ君たち。太るよ。

 

 

「でもどれも美味しそう!ことりちゃん一口ちょうだい!」

「いいよー!」

「創ちゃん、凛もこれ食べたい!」

「自分で頼め」

「どれー?!」

「これやで。創ちゃんもしかしてメニュー見ないで頼んだ?」

「ああ、適当に頼んだ」

「ゲテモノが出てきたらどうするつもりさ」

 

 

外国の料理を適当に頼むのは良くないよ。シュールストレミングとか出てきたらどうすんの。出てくるわけないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがメインストリートだよ」

「何だあの石」

「LOVEだよ」

「それを聞いたんじゃねぇよ」

 

 

ご飯食べ終わって、今度はメインストリート。LOVE石の由来とかは知らないけど、ラブライブ優勝者の僕らには何だか縁を感じるね。実際穂乃果ちゃんたちが自力で「LIVE」の文字を作ってる。写真とっとこ。

 

 

「ほぇー、てふぁにーとかいうお店で朝食とか食べちゃうんでしょ?」

「ティファニーね」

「どんなステキなレストランなんだろ!にこちゃん知ってる?」

「レストランですらないけどね」

「うぇ?!あ、当たり前でしょ!!」

「見栄張らないの」

「ほんと?!何食べさせてくれるの?」

「……………ステーキ?」

「凄いにゃー!」

「全部間違ってる!!」

「そして全部無視されたんだけど」

 

 

残念ながらティファニーは宝飾店です。どっかのティファニーでほんとに朝食食べれるようになったらしいけどね。でも宝飾店です。

 

 

「ティファニー自体はこの辺にあったっけな」

「この通りのどこかにはあると思うけど…」

「ちょっと探すには広すぎやね」

「そうか?ひとっ走りすれば探せるだろ」

「君はね」

 

 

アメリカの道を爆走して往復なんて君くらいしかしないしできないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は服屋さんだ。

 

 

「おおー!」

「2人とも可愛い!!」

「変わった服だねー」

「こ、こんな恥ずかしい服…」

「選んでもらっといて恥ずかしいとか言わないの」

 

 

ことりちゃん’sコーディネートが始まった。うーん輝いてる。でも見たことある服ばっかりだな。当たり前だよね、ほとんどがゆっきープロデュースのデザインだもん。

 

 

「さすがμ'sの衣装担当なだけはあるわね。2人とも似合ってるわよ」

「そう?えへへ、海未ちゃんも可愛い!」

「そ、そうですか…?」

「はい今の表情いただき」

「何で写真撮ってるんですか!!」

 

 

いやそういう役回りだもん。

 

 

「ちなみにこれほとんどゆっきーがデザインしたやつだよ」

「えっ、そうなの?」

「雪村さんの服ってすっごい高いと思ってた!」

「本人から買おうとさえしなければ適正価格だよ」

 

 

ちなみに本人から買おうとするとえげつない値段にされるよ。

 

 

で、にこちゃんはどこ行ったの。

 

 

にこちゃんを探して外に出ると、

 

 

「えいっ」

「ああーっ!ちょっと私の靴ー!!」

「何してんの」

「ハロウィンの文化らしいで」

「そこじゃなくてね」

「ほら茜くん、にこっちの靴の予備出して」

「まったくもう」

「何であるのよ!!」

「ふげっ」

 

 

何故かにこちゃんの靴が投擲されてた。いやその文化自体は知ってるよ。わざわざ実践する意味がないじゃん。だって今春だよ。

 

 

仕方ないからにこちゃんの靴の予備を一足カバンから出したらにこちゃんに蹴られた。何でさ。

 

 

ん?何でにこちゃんの靴を僕が持ってるかって?

 

 

昔はにこちゃんよく靴無くしたりしてたからね。その名残。

 

 

何にしても、お仕事度外視で観光できるのもなかなか楽しいもんだね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

英語は聞こえたように書き、ぐーぐる先生に手伝っていただいて書きました。合ってるんですかねこれ。
今回はあまり男性陣が活躍してない気がするので、次回頑張ります。頑張れ波浜君。負けるな滞嶺君。



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外国にある日本のお店って名前が安直なんだよね



ご覧いただきありがとうございます。

前回からは☆3評価をいただきました!!ありがとうございます!!もっと面白く書けるようにがんばります!!

なんだか台風ができたらしいですし、みなさまお気をつけください。私は去年家の屋根瓦が一枚飛びました笑

さて今回はアメリカ旅行二日目夜からです。相変わらずフリーダムなμ'sをお楽しみください。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

あちこち行ってたら夜になった。

 

 

アメリカで夜っていったらもちろんあれだよね。

 

 

「「「「「「「「「わぁー!!」」」」」」」」」

「さすが世界の中心…」

「綺麗やね。ライブのときもこんな景色が使えたら最高なんやけど」

「まあ世界の中心とまで言うかどうかはわかんないけどね」

 

 

そう、夜景だ。ホテルからも見えるわけだけど、せっかくだからもっと高いビルから見渡すことにした。こういう所もライブ会場としてはありかな?

 

 

「なんかどこもいい場所で迷っちゃうね」

「そうですね…最初は見知らぬ土地で自分たちらしいライブができるか心配でしたが」

「思ったよりいつもと変わんねぇな。心配することも無かったか」

「まあ国が変わっても街は街だからね」

 

 

郊外とか田舎ほどお国柄が出ないからね、都心部って。ビルみたいな高層建造物ばかりだからね、そりゃ見た目も似るよ。案外秋葉と大差なかったかもしれない。

 

 

「そっか」

「凛?」

「わかった!わかったよ、この街にすごくワクワクする理由が!」

「ワクワクする理由?」

「そもそもワクワクしてたんだね」

「この街って、少し秋葉に似てるんだよ!」

「この街が?」

「秋葉に?」

「言語違うじゃねぇか」

「今雰囲気の話してるんだよ」

 

 

そもそも創一郎もさっき「思ったよりいつもと変わんねぇな」って言ったじゃん。言語の話じゃないよ。

 

 

「楽しいことがいっぱいで、次々と新しく変化していく…街の雰囲気もそこにいる人たちの喧騒も似ているんだよ!」

「うん、実は私も少し感じてた!凛ちゃんもそうだったんだね!」

「うん!」

「言われてみればそうかもね。なんでも吸収してどんどん変わっていく」

「だからどの場所でもμ'sっぽいライブができそうって思ったんかな」

「街の規模は違う。言語も違うし文化も違う。でもどこか似てる…不思議だねぇ」

「不思議じゃないわよ。同じ人が住んでる街なんだから」

「にこちゃんたまにはいい事言うね」

「たまにはって何よ!」

「ふげっ」

 

 

大きな街が、目まぐるしく変化していく。常に新しく、輝かしく。そんな雰囲気が似てるのかもね。

 

 

にこちゃんの言う通り、同じ人間が住む街なんだから、方向性が似通っても不思議じゃないのかもね。

 

 

だからほっぺたぐにぐにしないで。あれっ痛くない。いつもより攻撃力が低い。どうしたのにこちゃん逆に心配。

 

 

「しかし、それじゃあ結局どこでライブするか決まらねぇじゃねぇか」

「大丈夫だよ。どこでやってもいいらしいし」

「だから逆に候補が多すぎるだろ」

「歩き回ってピンと来たところならどこでもいいってことだよ」

 

 

本当にどこでもいいなら、頼めば道のど真ん中だって行けるはずだ。秋葉らしいというなら、秋葉に近い環境を狙うのも悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅうう…」

「なにごと」

「花陽ちゃんが泣いてる…」

 

 

とりあえず夜ご飯食べに来たら、花陽ちゃんが泣き出した。何でさ。

 

 

「どうしたのよ?」

「にこちゃん、かよちんに何かした?!」

「してないわよ!」

「何でもにこちゃんのせいにしないの」

「具合でも悪い?」

「ホームシック?」

「足でも痛めたか?」

 

 

色々聞いてみるけど、お返事は無い。ただのしかばねのようだ。うそうそ生きてる。生きてるけどひたすらさめざめと泣いてる。ほんとにどうしたの。

 

 

「………くまいが…」

「くまい?」

「熊井…だれだろう」

「人の名前か?」

「白米が食べたいんです!!」

「あっはい」

 

 

心配して損した。

 

 

「こっちに来てからというもの、朝も昼も夜もパン、パン、パン、パン、パン!!白米が全然無いの!!」

「そりゃ小麦文化圏だし」

「……でも、昨日の付け合わせでライスが

「白米は付け合わせじゃなくて主食!!パサパササフランライスとは似て非なるもの!!『御』に『飯』と書いて『御飯』…白米があってご飯が始まるのです!!」

「すごいこだわりね…」

「ただひたすらにめんどくさいんだけど」

「言ってやるな」

 

 

というかさりげなくサフランライスをディスるんじゃないよ。美味しいじゃんサフランライス。っていうか花陽ちゃん自身もサフランライスもりもり食べてたじゃん。

 

 

ちなみに今しがた店員さんが持ってきたのもパンでした。南無。

 

 

「うぅ…あったかいお茶碗で真っ白な白米が食べたい…」

「残念だったね」

「あっこのパン美味しい」

「ブレブレじゃん」

 

 

一瞬でパンに浮気した。白米への愛はどうしたのさ。

 

 

「仕方ないね。白米食べれるとこに移動しようか」

「あるの?!」

「うわぁすごい食いつき」

「一応私も知ってるけど…」

「この辺で日本料理屋ってあそこしかなくない?」

「それはそうだけど…でもわざわざアメリカで日本料理屋に行く?」

「行きましょう!!」

「だそうです」

 

 

花陽ちゃんの一存で和食を食べることに。仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この街にもこんなお店あるんだねぇ」

「世界の中心だからね。大抵のものはそろってるわ」

「だからこそというべきか、名前がド直球だな」

「いいじゃんわかりやすくて」

 

 

そんなわけで、「GoHAN-YA」ってお店でお食事した。もう日本語で書けばいいじゃんってくらい見たまんま。笑うわ。

 

 

まあでも海外の日本料理店なんてだいたいこんな感じな気がする。きっとこの響きが好きなんだよ。

 

 

「美味しかったぁ…やっぱり白米は最高です!」

「良かったねかよちん!」

「ご満足いただけたようでなにより」

「なんだかこうしてると学校帰りと変わらないね」

「全くだ。本当に外国かここは」

「紛れもなく外国だよ」

 

 

みんなでご飯食べて帰り道ってあたりは確かに学校帰りだけどさ。

 

 

まあご飯も食べたし帰ろうか。

 

 

「とりあえず駅構内はカオスだから迷わないでね」

「流石にアメリカでは俺も埋もれるから当てにするなよ」

「いや創一郎は埋もれないよ」

 

 

2m越えの身長がそう簡単に埋もれてたまるかい。

 

 

と、そこで穂乃果ちゃんが何かを見つけた。

 

 

「あっ桜さん!!」

「げぇっ…なんだ、お前らも今帰りか」

「今『げぇっ』って言ったよね」

 

 

失礼なやつだ。

 

 

「桜さんひどい!」

「酷くねーよ。一人で帰って引きこもる予定だったのに」

「一緒に帰りましょうよ!」

「どうせ一緒の電車に乗るだろ…」

「ご愁傷様」

「拝むな」

 

 

今日も元気に桜は巻き込まれ大魔王だった。今日はライブの打ち合わせって言ってたけど、たまたまこの辺りだったみたいだね。

 

 

「いやぁちゃんと改札があっていいねぇ」

「普通あるでしょ」

「ドイツとかはないよ」

「そうなの?」

「ん、ああ。ドイツは電子改札は無いな。チケットを買ったら自力で印字する」

「そんなのチケット買わなくても入れちまうじゃないですか」

「だからたまに警備員さんが車内を巡視してるよ」

 

 

いろんな国に行ってると改札のありがたみを感じるね。まあ無い方が混まないといえばそうなんだけど、あるとなんだか安心。

 

 

「混むとは言っても東京も相当なものだから慣れたもんだね」

「そうだけど、やっぱり周りがみんな外国人だと少し不安になるわね…」

「創ちゃん手繋いでぇー…」

「既に勝手に掴んでるだろ」

「逸れないでよー?」

「っ、しまった!」

「ん?あれっ桜どこ行ったの」

「さあ?どさくさに紛れて逃げたんじゃない?」

「あり得る」

 

 

知らない間に桜がどっか行った。まあそもそも僕の身長では全員見えないんですがね。創一郎でもこの雑踏ではみんなが視認できてるか怪しい。大丈夫かな。

 

 

桜はどうせアメリカも慣れてるだろうからどうでもいいや。

 

 

「おっあの電車だね」

「乗れるか?」

「乗れなくてもすぐ次の電車来るから大丈夫だよ」

 

 

アメリカの地下鉄はバンバン来るからね。

 

 

ともかく、良いタイミングで来た電車にみんなで乗り込む。狭いでござる。まあそれは秋葉でも同じこと。

 

 

「創一郎、みんないる?」

「ああ、俺を除いて9人…

 

 

 

 

 

 

 

…………9人?!」

「えっ一人足らない」

 

 

 

 

 

 

 

マジかい。

 

 

「くそっ、穂乃果か!穂乃果がいねぇ!!」

「あっ、あそこに!!」

「逆方向の電車乗ってるじゃん」

「穂乃果ー!そっちじゃないわよ!!」

「だめ…聞こえてない!」

「そりゃそうだよ」

 

 

またトラブル呼び起こしおってあの子は。

 

 

しかしこれは割と大問題。こんな異国で迷子となっては流石に無事ホテルまでたどり着けるかわからない。次の駅で降りて逆方向に乗り直すのも手だけど、こんだけ混んでてカオスな路線で正しい電車に乗れるかどうかは相当怪しい。言語だって違うし。

 

 

内心めちゃんこ焦ってると、扉が閉まりかけた反対側の電車に桜が駆け込むのが見えた。穂乃果ちゃんの腕を引いて急いで電車を降りようとしたが…だめ、扉は閉まっちゃった。

 

 

電車が動き出す直前でこっちに気づいた桜はすんごいスピードでメールをよこしてきた。

 

 

『なんとかする』

 

 

らしい。

 

 

アバウトすぎて困る。とりあえず『具体的にどうすんのさ』って返事しとこう。

 

 

「クソっ!こっちももう動き出しちまったし…次で降りて引き返すか?!」

「やめときなよ。君も迷うよ」

「一度既に辺境からホテルまで戻っているんだ、いける…」

「バカ、そっちじゃないよ。穂乃果ちゃんの元にたどり着けるかって話をしてるんだ。ホテルの位置がわかっても、穂乃果ちゃんの位置はわからないでしょ」

「駅のホームに行けば…!」

「この混雑で見つけられると思うかい」

「見つけるッ!!」

「見つけられなかったからはぐれたんだろ」

「やめなさいよ茜、創一郎が悪いわけじゃないじゃない」

 

 

焦るのはわかるけど、今から引き返して穂乃果ちゃんと合流できるかは正直わからない、というか恐らく無理だ。現実的じゃない。

 

 

けど、だからって僕も焦っちゃいけないね。八つ当たりよくない。

 

 

「むう、桜に任せるしかないかなぁ。なんとかするって言ってるし」

「桜さんが?」

「桜さんならアメリカに慣れてそうだし、連れて帰ってくれそう!」

「さあどうだろう。東京もびっくりな迷宮だし、桜コミュ障だし」

 

 

見知らぬ人に道を聞くようなタイプじゃないんだよね。っていうか道行く人に声かけられるタイプじゃないんだよね。

 

 

でもなあ。

 

 

「それでも、僕らが無闇に探し回るよりいいよ。土地勘の無い夜の街を歩き回るのは流石に危険だし、行き違いになったら目も当てられない」

「ですが…!」

「大丈夫、穂乃果ちゃんも一人なわけじゃない。桜がいる。連絡だってできる。焦って飛び出して君まで迷子になる方がヤバいんだよ」

「そ、それはそうですが…!」

 

 

特に海未ちゃんは迷子の記憶が新しい。余計心配にもなるだろう。

 

 

「茜の言う通りよ。穂乃果を探しに行って共倒れの方が危ないわよ、心配になる気持ちもわかるし、私だって心配だけど…ホテルで待つしかないわ」

「にこ…」

「僕だって心配なんだよ。でも、君らより土地勘のある僕ですら探しに行くのは得策じゃないと思う。夜のアメリカを焦ってうろつくのはあんまり推奨しないよ」

「……………わかりました」

 

 

納得はしてないみたいだけど、理解はしてくれたみたいだ。

 

 

何もできなくてごめんね。

 

 

何もさせてあげられなくてごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、クソ!間に合わなかったか!」

「ど、どどどどどうしよう…?!」

「あーうるせー!そんな顔すんなバカ、なんとかする!!」

 

 

改札を抜けてホームに向かう途中、穂乃果が逸れたのに気がついて連れ戻しに行ったが遅かった。逆方向の電車に乗ったまま電車は出てしまった。仕方ないから次で降りて乗り直すなりするしかない。正しい電車に乗った茜と目が合ったから急いで「なんとかする」とだけメールをする。

 

 

というか、なぜ穂乃果が逸れたとわかったのかなんだが。

 

 

()()()

 

 

聴き慣れた足音ならどんな雑踏からも聴き分けられる。だから逸れたこともわかったし、どこにいるかもすぐにわかった。…雑踏が混みすぎていてすぐにはたどり着けなかったが。

 

 

「お前も早く連絡しとけ!」

「え、えっと…その、充電が…」

「ほんっっっっっっとにお前は………!!!」

 

 

青い顔で焦っていた割には、連絡させようとしたら顔を赤くしてバカなことを言いだした。ほんとにバカだなこいつは。

 

 

「もう次の駅に着く。急いで逆方向に乗り換えるぞ」

「う、うん」

「ほら、手」

「へ?」

「手を出せっつってんだ!また逸れるぞバカ!!」

 

 

車内アナウンスが聞こえたから、間違いなく降りられるように準備をしておく。今度逸れたら許さん。

 

 

「えっと…じゃあ…お言葉に甘えて…」

「何言ってんだお前は。ほら早く行くぞ!」

「わわわ?!」

 

 

穂乃果の手を引いてすぐに電車を降りる。急いだからってすぐに電車に乗れるかはわからないんだが…ん?なんだ、なんか混みすぎじゃねーか??

 

 

…くそ、聞くしかないか。外国人に話しかけるとか苦行でしかねーな。

 

 

「Excuse me. What this crowded?」

「I do not know clearly, but apparently there was an accident.」

「あぁ?!このタイミングでか…!!thank you for your kindness!!」

 

 

詳しくは不明だが、どうやら事故ったらしい。タイミング悪いな!!

 

 

「な、何て言ってるの?」

「事故だとよ!仕方ないな、地上を行く!」

「ええ?!だ、大丈夫なの?!」

「他に手は無いだろ!道はわかるから安心しろ!!」

 

 

うろたえる穂乃果の手を引いて地上に向かう。幸い辺境にいるわけじゃない、ホテルもデカい。無駄にうろちょろしなければ真っ直ぐ帰れるはずだ。

 

 

絶対に無事に送り届ける…!!

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

というわけで穂乃果ちゃん迷子化です。珍しく焦って、打てる手がないことにしょげている波浜君をお楽しみください。創一郎に八つ当たりする時に言い方がキツくなってるあたりが好きです笑

そして水橋君の突然の出番。まあ穂乃果ちゃんって言えば水橋君ですからね!!ついでに帰りの電車も潰しておいたのでこれは歩いて帰るしかないですねぇ!!笑


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ひとつだけ学んだ。充電ちゃんとしよ。



ご覧いただきありがとうございます。

最近遅れぎみでごめんなさい…。なかなか執筆タイムが取れなくて。頑張って定時に上げられるように頑張ります…!

今回は穂乃果ちゃん迷子編です。水橋君も交えてどんな展開になるのか…面白くなるのかならないのか、いい雰囲気になるのかならないのか!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「事故起きたって」

「ええっ?!」

「そんな…それじゃあ穂乃果は?!」

「桜が地上経由で連れてきてくれるのを祈るしかないね」

 

 

ホテル前の駅で降りたら、後続の列車が来なかったのが気になってそこらへんの人に何かあったのか聞いてみた。そしたら事故って電車が止まったって。タイミング悪い。

 

 

「そんな他人事みたいに…!」

「やめなさいよ海未。茜はこういう時表情に出ないのよ、内心すごく心配してるんだからそんなこと言わないで」

「…はい、すみません」

「桜さんから連絡はないの?」

「今全力で連絡してるんだけどリアクションが無い」

 

 

大量にメール送ったし何度も電話したんだけど出てくれない。穂乃果ちゃんも。いや穂乃果ちゃんは電話すると電源切れてるって言われたから多分充電が切れてる。あのバカ子ちゃんめ。

 

 

「何かあったのかな…」

「電車止まったんだから何かはあっただろ。穂乃果たちに何か起きたわけじゃねぇと思うが…」

「もう、こういうときに天童さんの出番なんじゃないの?!」

「真姫ちゃん、天童さんならこれも必要経費とか言って見逃してるんやないかな」

「人情ってもんが無いのかあの人は…」

「無いかもしれないから困るよね」

 

 

たしかに天童さん、最終結果はハッピーエンドにしてくれるけど、途中どうなるかわからないからすっごい怖い。多分あの人シナリオの間当事者が何を思ってるかあんまり考えてないんだ。勘弁してほしい。

 

 

「結局桜頼みってことだね。困る」

「だからって私たちがうろちょろするわけにもいかないでしょ。信じて待つしかないわよ」

「うー」

 

 

心臓に悪いからほんとに勘弁してほしい。

 

 

とりあえず桜なんかリアクションして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん、大丈夫だ。ここなら何度も歩いた道だ、極力安全に、急いで帰るぞ」

「う、うん…」

「テンション下げてる場合か。さっさと戻って仲間たちを安心させろ」

 

 

地上に出て周りを見渡すと、割と良く見た光景だった。正直、駅自体を頻繁に使ったわけではないから駅名に聞き覚えはなかったが、この辺り一帯を歩いた記憶は割とある。具体的な道はわからずとも、少なくとも方角はわかるからホテルまで迷わないだろう。

 

 

「…ふふ」

「なんだ急に笑いやがって。さっきまで意気消沈してたくせに」

「ううん、何だかんだ言って桜さん優しいなーって」

「優しくねーよ」

「照れてる?」

「殴るぞ」

「ひどい!」

 

 

バカ言ってないで歩け。

 

 

「っていうか桜さん…あの、いつまで手をつないで…」

「はあ?ホテルに着くまでに決まってんだろ。また迷子になる気かお前は。何度もはぐれたお前を探すなんて御免被るわ」

「ふぇ…」

「なんなんだお前は気持ち悪い」

「気持ち悪くない!!」

 

 

さっきからこいつのテンションは高いのか低いのかどっちなんだ。

 

 

リアクションするのも面倒になったから、穂乃果の手を引いて人混みを縫っていく。夜だというのに、大都市というものは人が減らないらしい。東京もそうだったがこの国はさらにその上をいく人の多さだ。気が滅入る。

 

 

というわけで、少し大通りから離れることにした。単純に近道ということもあったし、人混みから逃れるためでもある。人気が無いほどの裏路地じゃないからそれなりに安全でもあるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして無言かつ早歩きでアメリカの街を横断している最中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何だ?」

「えっ、ど、どうしたの」

 

 

不意に、何かが聴こえた。喧騒の中から歌声を拾った。

 

 

何故だか足が自然とそちらを向いて、戸惑う穂乃果の手を引いて音源に向かっていく。

 

 

そして。

 

 

「わぁ…」

「………」

 

 

ひとりの女性が路傍で歌っていた。

 

 

もう少し人の多い大通りで歌えばいいだろうとか思うが、とりあえずそれは保留。

 

 

歌が俺を唸らせるほど上手いわけでもない。

 

 

それでも、何故か聴き入る魅力があった。

 

 

穂乃果の歌のような雰囲気だ。穂乃果より上手いが。

 

 

思わず立ち止まって聴いていると、ちょうど終わり際だったようですぐに歌い終わってしまった。多くない観客のまばらな拍手に合わせて俺も軽く手を叩く。穂乃果は隣で猛烈に拍手していた。うるせえ。

 

 

穂乃果がそんなやかましい拍手をしたからだろうか、歌っていた女性がこちらを向いた。

 

 

こちらを向くどころか、散りゆく人々の間を縫ってこっち来た。

 

 

「見てくれてありがとう。あなたたち、もしかして日本人?」

「そっ、そうです!…って日本語?!」

「日本人ですか。まあ珍しくもないか」

「珍しくないの?!」

「日本に来る留学生みたいなもんだろ。そんなにレアなもんじゃない」

「ふふっ。最近はそうかもね」

 

 

わざわざ話しかけてきた。同じ日本人だから親近感でも湧いたのだろうか。勘弁してくれ、初対面の人と話すのは苦手なんだ。

 

 

「君たち、高校生くらいかな?夜遅くにこんなところでどうしたの?夜遊び?」

「ちっ違いますよ?!」

「なんてこと言うんですあんた」

 

 

アメリカまで来て夜遊びなんかするか。いや日本でもやらねーよ。

 

 

「でもカップルで夜の街をうろついてたらそう思っちゃわない?」

「かっかかかかかカップル?!」

「ではないですからね」

「あらそうなの?それはごめんなさいね」

「でっ、でも桜さん、側から見たらカッ

「見えねーよ」

「まだ全部言ってないのに!!」

「言わんでもわかるわ」

「以心伝心ってやつかしら」

「違います」

 

 

煽りスキルの高いお姉さんだ。

 

 

「まあいっか。実際どうしたの?迷子?」

「このアホが迷子になったんで連れて帰ってるところです」

「アホじゃないもん!」

「うるせーアホ」

「なるほど。どこに行くの?」

「ホテルに。方角はわかってるので問題ないです。具体的な道までは流石にわかりませんが」

「ふうん、ちなみにどんなホテルなの?」

「えっと、大きな駅のある、大きなホテルです!」

「雑すぎだろ」

「あっ、大きなシャンデリアもありました!」

「情報量無さすぎるだろ」

「なるほど、じゃああそこね」

「わかるんすか」

 

 

今の情報量でよくわかったな。

 

 

というか、なんというかこの人、落ち着いている方ではあるんだが…ところどころ穂乃果と同類の雰囲気を感じるな。

 

 

「もちろん!結構この辺りのこと詳しくなったんだから!」

「そっすか」

「桜さんそんなそっけない返事しちゃダメだよ!」

「お母さんかお前は」

「おかっ」

「ふふふ、青春ね」

「なんか言いました?」

「いえなーんにもー?」

 

 

変…というか、不思議な人だ。

 

 

「じゃ、道案内してあげるから、一緒に行きましょうか!」

「いや別に

「ありがとうございます!!」

「…はぁ、すんません。お願いします」

 

 

正直他人と関わり合いになるのは御免被るんだが、穂乃果が勢いよく承諾しやがった手前「やっぱいいです」とは言いにくい。仕方ないから最短ルートで帰らせていただこう。

 

 

「ってそういえばマイク忘れてた!」

「しまっておきましたが」

「おお!ありがとう!…ちゃんと仕舞えてる?」

「俺の…あー、いや。見たことあるやつだったんで」

 

 

放ったらかしにしてあったマイクは話しながらケースにしまっておいた。たまたま俺もよく使うマイクと同じだったから片付けは慣れたものだ。

 

 

まあ、音楽家の水橋桜としては顔出ししていないから、俺がマイク持ってるとはバレないようにしたいというわけで誤魔化したが。

 

 

「あーそっか…そりゃそうだよねぇ」

「ん?何がっすか」

「あーいや何でもない!さあ行こうか!」

 

 

よくわからん返事をされたが、まあ長居している場合でもないからいいか。さっさと行こう。

 

 

「お姉さんはこっちでずっと歌ってるんですか?」

「まあね。これでも昔は仲間と一緒に歌ってたのよ?日本で。」

「そうなんですか?」

「うん。でも色々あってね、結局グループは終わりになって」

 

 

…昔は仲間とグループを組んでいた?

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

これでも音楽界に生きる身で、かなり広範囲にわたって情報を拾っている。だが、こんな人がどこかのグループに所属していたという記憶はない。

 

 

ただ見落としただけなのか?

 

 

「当時はどうしたらいいかわからなかったし、次のステップに進めるいい機会かなーとか思ったりもしたわね」

「…」

 

 

なんだろうな。

 

 

流れが、今のμ'sに似ている気がする。

 

 

μ'sの状況とか、これでもう終わらせることとかは穂乃果や茜から聞いている。その流れが、この女性が語る過去に似ている。

 

 

同じことを思ったのか、不意に穂乃果が足を止めた。

 

 

「ん、どうしたの?」

「それで…それで、どうなったんですか?」

 

 

辿った道が近いなら。

 

 

その結論も、参考になるかもしれない。

 

 

俺も足を止めて黙って聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「簡単だったよ」

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

「とっても簡単だった」

「…答えになってませんよ」

「そう?じゃあこう言おうかな。今まで自分たちが何故歌ってきたのか。どうありたくて、何が好きだったのか。それを考えたら、答えはとても簡単だったよ」

「そんな回答で理解できるやつじゃないんですよね」

「ふふっ。それでいいの」

「は?」

「わからなくていいの」

「はあ」

 

 

いいこと言うかと思ったらはぐらかされた。

 

 

「すぐにわかるから」

「…そうですか」

 

 

だが、適当なことを言っているわけじゃないことは、真面目な表情からすぐにわかった。なぜそんな、先が見えているかのような物言いをするのか疑問には思ったが、なんとなく聞かないでおいた。

 

 

というか、聞く暇は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くから、園田の声が聞こえたからだ。いつのまにか着いていたのか。

 

 

声を聞いて、穂乃果は不意に走り出してしまう。まあやっと帰ってこれて嬉しいのだろう、放っておこう。

 

 

「…お礼くらい言っていけよ」

「いいのよ。それよりも、ちゃんと見ててあげてね」

「何で俺が」

「じゃ、私はあっちで旦那が待ってるから」

「おいこら」

 

 

見知らぬ女性の方は言いたいことを言うだけ言って離れていく。マイクも預かりっぱなしだし、追いかけようかとも思ったが…

 

 

「何やっていたのですか!!!!」

 

 

園田の恐ろしい怒声が聞こえてそっちに気を取られているうちに、女性は居なくなってしまった。いくら人通りが多いとは言え、この一瞬で姿をくらますとかなんなんだあの人。

 

 

まあ居なくなったものは仕方ないからこっちの心配だ。

 

 

「海未ちゃん…」

「どれだけ心配したと思ってるんですか…!」

「ほんとだよ全く。あとモバイルバッテリー買っておきなさい明日中に」

「珍しく茜がキレてるからマジで反省しなさいよあんた」

「ご、ごめんなさい…。あ、そうだ!実はここまでね…あれ?途中で会った人とここまで…」

「どっか行っちまったぞあの人」

 

 

園田には抱きつかれ、茜には文句を言われる穂乃果が振り向いた先にはもうあの女性は居ない。俺も見失ったからどうしようもない。

 

 

だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………人?」

「誰も居なかったにゃ」

「居なかったよね。創一郎誰か見えた?」

「いや、この2人しか居なかったはずだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 

()()()()()()ならともかく、()()()()()とはどういうことだ?

 

 

創一郎ならどう考えても見えるはずだ。並んで歩いていたし、あの女性だけ人波に紛れたなんてことは…あり得るか?

 

 

「桜さん居たよね?!女の人!!」

「お、おう…女性のアーティストが…」

「創一郎に見えてないのに近くにいた君らだけが見えていたって、どんだけステルス性能高いのさ」

「ま、まぁ…そうだな…」

 

 

いやそんなまさか。創一郎が見落としただけだろ…そうだよな?

 

 

「まあいいわ。早く部屋に戻って明日に備えましょ」

「あ、穂乃果ちゃん帰ってきた!」

「よかったぁー」

「おっ無事帰ってきたなぁ!!俺ちゃんのシナリオはアメリカでも絶好ちょおおおお?!?!」

「俺たちにこれだけ心配させておいてなーにが絶好調なんですかァ??」

「そ、創一郎クン…なんかやべーやつのオーラ出てる…ベクトル変換とかしちゃいそうな雰囲気出てる…ごめんて…マジごめんて…さっきまで希ちゃんにも説教されたんやて…」

 

 

他のメンバー&天童さんも出てきた。いや天童さんは何してんだ。

 

 

「…ねえ、みんな!」

「どうしたの?」

「ごめんなさい…私リーダーなのに、みんなに心配かけちゃった」

「もういいわよ」

「その代わり、明日はあなたが引っ張って最高のパフォーマンスにしてね?」

「私たちの最後のステージなんだから」

「ちょっとでも手を抜いたら承知しないよ!」

「…うん!」

 

 

まあ、綺麗に纏まったようでなによりだ。俺もさっさと戻ってシャワー浴びて寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと桜」

「うっ…な、何だよ茜」

 

 

 

 

 

 

 

と思ったら、珍しくドスの効いた声で茜が話しかけてきた。何だおいこえーな。

 

 

「一回ぐらい電話出てくれても良かったんじゃない?」

「あ?…………あ、電話か…おう、そういえば、そうだな…」

 

 

焦っていて全く確認していなかった携帯には、凄まじい量のメールやら不在着信やらが届いていた。狂気すら感じる。

 

 

「めっっっっっちゃ心配したんだぞ」

「俺の心配なんかs

「穂乃果ちゃんの心配に決まってんだろ誰が君の心配なんかするか」

「ぉ、ぉぅ…すまん」

 

 

やべぇ、茜がマジでキレてるの初めて見た。結構怖いぞこいつ。

 

 

「結局1時間も待ってないとはいえ、10人みんな心配してたんだぞ。一回くらいリアクションくれても良かったじゃんね」

「ああ、そうだな…すまん」

「まあまあ茜クンよ、桜も穂乃果ちゃんも無事戻ってきt

「戦犯は黙っててください」

「ほんとっすよ、あんたのシナリオのせいで本気で怒られてんですから」

「いやマジすまんて」

「道端で土下座しようとしないでください」

 

 

天童さんはマジで反省しろ。

 

 

「見知らぬ女性シンガーのマイクも穂乃果が預かってるままだし…」

「…ん?見知らぬ女性シンガー??」

「そうっすよ。ちゃんとマイク返す算段も考えてあるんでしょうね??」

 

 

 

 

 

「なんのことだそれは?」

 

 

 

 

 

「はあ?」

 

 

素でリアクションしてしまった。

 

 

なんだ、あの人は天童さんのシナリオにも出てこない人だったのか?

 

 

「…あの道のりで人と会うなんてあり得るか?」

「不穏なこと言わないでくれます?」

「ま、なんとかなるさ!とりあえず戻ってポーカーやろうぜ」

「「嫌です」」

「わー辛辣ぅー」

 

 

…まあ、気にするほどのことでもない…のか?どうにかしてマイクを返さないといけないんだが。

 

 

とりあえず、それは明日以降考えよう。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

さあ出てきました女性シンガー。原作よりテンション高めです(多分)。波浜君や滞嶺君どころか天童さんのシナリオさえもすり抜けた女性シンガーさん…一体何者なんだ…笑
あとさりげなく女性シンガーさんを既婚者にしました。
久しぶりに出てきた天童さんは見えないところで希ちゃんに説教され、滞嶺君に脅され、波浜と水橋君に怒られるというかわいそうな役回りしてます。だいたいいつもかわいそうな天童さん…笑


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人気すぎてやばたにえんオブザイヤー



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!感想も同時に頂いたのでもーテンションもりもりです!!感想や評価もいつでもお待ちしてますよ!ええ!!!

しかし今回も日付変更のタイミングに投稿できなくてごめんなさい…。今度は三連休でがっつり書いておきますから…!!

今回は劇場版の中盤くらいでしょうか。そろそろ帰国しますよ!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「一体何をやらかしたらアメリカの公道を借りれるんだ?」

「使わせてって言ったら使わせてくれたよ」

「んなわけあるか」

 

 

というわけでライブ当日。公道の一部を使わせて頂くことに成功したから早速準備中。

 

 

もちろんすんごいがんばって駆けずり回った結果なんだけど、説明するのめんどくさいから説明しない。察して。

 

 

「さあ早くステージを組み上げるんだよ」

「無性に腹立つな。つーか色んな資材がことごとく使いづらいんだがどうなってんだ」

「どっちかって言うと日本のスタンダードが親切すぎるんだろうけどね」

 

 

日本ってサービス精神旺盛だからね。まあどちからというとサービスしてないと怒られるんだけどね。心が広いんだか狭いんだか。

 

 

「とりあえず針金で固定しておけばなんとかなるか」

「その太さだと針金って言わないんだよね」

「じゃあ何て言うんだ」

「鉄棒だね」

 

 

創一郎は本来は別のパーツで繋げる骨組みを、細めの鉄棒みたいなもので強引に縛り付けだした。うーん人外。鉄棒は紐じゃないんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあそんなわけで帰ってきたよ」

「何がそんなわけなのよ」

 

 

というわけで、無事ライブを終えて帰国。全カットしたけど大盛況だったよ。まあ道のど真ん中だったしね。浴衣風衣装だったしね。目立つわさ。

 

 

「ねえねえ、昨日の中継向こうでもすごい評判よかったみたい!」

「日付変更線越えてるから今日なんだか昨日なんだかわかんないけどね」

「よかったにゃー!」

「ドーム大会もこの調子で実現してくれればいいよね!」

「「うん!!」」

「聞いてる?」

 

 

ヨーロッパ行く時は9時間くらい減らしたり増やしたりすればいいんだけど、アメリカは日付が変わるからめんどくさい。って話をしたいのに相変わらずスルースキル高いね君ら。

 

 

「そろそろバスが来るみたいよ。行きましょう」

「僕の言葉には誰も反応しないのね」

「いつものことだろぉ茜君よぉ!!」

「寂しいなあ」

「今俺たち同じ悲劇を味わってることに気づいて?」

「置いていきますよ天童さん」

「桜も相変わらずドライだな!!」

 

 

天童さんうるさい。

 

 

μ'sのみんなのスルースキルには勝てそうにないからさっさと帰ろう、と思ったのに、創一郎が周りを見渡して立ち止まっている。

 

 

「…」

「創一郎何してんの」

「…視線だ」

「何の話さ」

 

 

ほんとに何なのさ。

 

 

「視線が多い。俺…いや、これは…」

「視線?」

 

 

結局何が何だかわかんないからとりあえず周りを見てみる。

 

 

「わぁ!」

「本物だ…」

「かわいいー!」

 

 

…何か芸能人でもいるのかな。沢山の人がこっちに視線を向けてわちゃわちゃしてる。

 

 

「穂乃果、知り合いですか?」

「ううん」

「どういうこと?」

「すごい見られてる…?」

「もしかしてスナイパー?!」

「何だと?!」

「違うからね」

 

 

創一郎は全身で盾にならなくても大丈夫だよ。流石にライフル弾は防げないでしょ。防げるの?防げそうな気がしてきた。

 

 

「何をしたのですか?!向こうから何か持ち込んだりしたのではないですか?!」

「知らないよ!!」

「…俺、何か悪いものを持ってきてねぇよな…?」

「ちゃんと僕が確認したじゃん。そこで不安になるんじゃないよ豆腐」

「誰が豆腐だ」

 

 

創一郎はやたらと持ち込み禁止品を気にしてたから僕がわざわざチェックしてあげた。だから大丈夫だってば豆腐メンタルめ。

 

 

と、そんな時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの!!」

「は、はい?」

「サインください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

…なるほど?

 

 

たしかに芸能人みたいなのがいるわ。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

「あの、μ'sの高坂穂乃果さんですよね?」

「は、はい…」

「そちらは南ことりさんですよね!」

「はい…」

「そちらは園田海未さんですね!!」

「違います」

「違わないよ」

「海未ちゃん!!」

「何で嘘つくにゃー!!」

 

 

漫才してる場合かい。

 

 

「だって怖いじゃないですか!空港でいきなりこんな…」

「私μ'sの大ファンなんです!!」

「私も!」

「私も大好きです!!」

「「「お願いします!!」」」

「増えた」

「凄えな!!」

「何で創一郎はテンション上がってんの」

 

 

1人じゃなくて3人に増えた。というか先頭の子を皮切りに、どんどん人が集まりだした。

 

 

え、どうすんのこれ。

 

 

「よし!!」

「よしじゃないけど」

「さあ君たち並べ!!通行の邪魔にならないように!!」

「ええええええ?!」

「サイン書かない人が一番ノリノリな件について」

 

 

何故か創一郎が仕切り始めた。ドルオタ的には素敵イベントなんだろうか。まあいいや僕がサイン書くわけじゃないし。

 

 

「あ、あの…Sound of Scarlet…波浜茜さん、ですよね?」

「あっはい」

 

 

僕もか。

 

 

「あの、μ'sの皆さんも大好きなんですけど、私、波浜さんの絵が大好きで…」

「あら、そう…ありがと」

 

 

よくよく考えたら、僕は絵師の中では有名人だったわ。

 

 

仕方ない、列の整理は創一郎に任せて僕もサイン業しよ。

 

 

「キャー!創一郎さーん!!」

「サインください!!」

「こっち向いてー!!」

「な、なんっ、何だこれは?!おいコラてめぇらしっかり並ばねぇと放り投げるぞ!!」

「「「はい!!!」」」

「物分かりいいな?!」

 

 

…創一郎も人気者だった。いやめっちゃ人気あるやん。なんでさ。凛ちゃんが殺気放ってるじゃん。なんでさ。

 

 

「これは一体…?」

「さぁ…?あ、もしかして夢?」

「それは考えられるにゃ!」

「考えられないよ」

「でも、だとしたらどこからが夢?」

「聞きなさいよ」

「うーん…旅行に行く前ぐらい?」

「えー!そんな前から?!」

「そんなわけないでしょ」

「それはいくらなんでも…」

「それとも、もしかして『学校が廃校に!』の辺りから??」

「長い夢だにゃー!」

「長すぎない?」

 

 

みんな現実が受け入れられない模様。まあそうだよね。僕もびっくり。こんなに人気が出てるなんてね。ていうか話聞いて。

 

 

「いくわよー!にっこにっこにー!!」

「にっこにっこにー!!」

「ありがとー!にこにーすっごい嬉しい!!」

「にこちゃんは絶好調だけどね」

「さすがアイドルだ」

「まあ姿勢自体は大正解なんだろうね」

 

 

にこちゃんは超笑顔で対応してた。つよい。

 

 

にこちゃんアイドル大好きだからそりゃファンサービスも盛り盛りだよね。楽しそう。

 

 

「あーーー!!!」

「だから鼓膜」

「何だ急にでかい声出しやがって」

「あれ!!」

 

 

不意に穂乃果ちゃんが大声を出したから無事僕の耳は死んだ。無事じゃないじゃん。

 

 

とにかく、穂乃果ちゃんが指す方向を見ると。

 

 

ビルのモニターに昨日?のμ'sのライブが映し出されていた。

 

 

わあ、マジか。よく撮れてる。いやよく撮れてるとか言ってる場合じゃないわ。

 

 

だって、こんだけ目立ってたら余計人集まるじゃん。

 

 

「これはやばたにえんだね」

「やば…ん?何だって?」

「このままだと帰れないね」

「ええ?!」

「困ったわね…でも、このまま逃げても追いかけられそうよ?」

「そうなんだよねー」

 

 

というか追いかけられたら僕は死ぬね。創一郎頼んだ。

 

 

こういう時になんとかする係の天童さんはどっか行っちゃったしね。困る。

 

 

そうやって割と真面目に困っている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああっ!!御影大地がいる!!」

「えっウソ?!どこどこ?!」

「ほんとだ!あそこ!!」

「ちょっとどいてよ、見えない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に、一瞬人々の注意が逸れた。

 

 

注意が向かった先には、本当に御影さんが居た。優雅に手を振っていらっしゃる。タイミングの良さ的に天童さんの差し金っぽい。というか御影さんの隣に天童さんいるからこれは確実に天童さんパワーだ。これは天童さんの株上がる。

 

 

「よし今だ。創一郎」

「おう」

「え?!」

「走れ!!」

 

 

というわけで今が好機。さっさと退散しよう。

 

 

「で、でも、この調子だとバスも待ち伏せされている可能性が…!!」

「一旦行方をくらますしかないかなあ」

「つってもどこに隠れる気だ?!」

「どうでもいいけどそこら中にポスター貼ってあるね」

「マジでどうでもいいな?!」

 

 

でも本当に行く先々でポスター貼ってあるんだもん。気になるじゃん。

 

 

「あっちでもこっちでも、人に見つかれば即人だかり…なかなかアイドルとしては嬉しい現象だが、流石に当事者はキツイな!!」

「君はアイドルじゃないんだけどね」

「こっちだ!人が少ない!!」

「次は右折ね」

 

 

何にしても、ファンたちを振り切らないと話にならないね。でもこれ振り切れるの。創一郎なんとかして。

 

 

そんなこんなでしばらく突っ走っている時だ。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、いました!皆様、こちらです!早く!」

「ま、松下さん?!」

「どうしてここに?!」

「後で説明しますからとにかくこっちへ!!」

 

 

 

 

 

 

 

突然、裏路地から松下さんがひょっこり顔を出した。なんだかわからないけど、多分状況は理解してくださってるだろうし言うこと聞いておこう。

 

 

裏路地に全員入ったタイミングで、松下さんは上を向く。

 

 

「今です、湯川君!!」

「今だ」

 

 

言った瞬間、みょんって音がして路地の入り口に薄い膜のようなものが張られた。上を見ると、ビルの壁によくわからない技術で張り付く湯川君がよくわからない機械を操作していた。今日はいろんな人に会うね。

 

 

「ふう…天童君の言う通りでしたね。これでしばらく安全なはずです」

「あ、ありがとうございます…。ですが、一体何を…?」

「詳しくは僕も分からないのですが、湯川君が何やら高性能なステルス技術で道自体を隠してくださったようです。しばらくは隠れていられるでしょう」

「ああ、しばらくは…ん、そうだな。触られても問題ないし、1時間なら問題なく隠れていられるだろう」

「またわけわかんない技術を持ってきたね」

「ええ、天童君に頼まれて、湯川君を連れて皆様を匿いに来ました。相変わらず的確な読みですね、彼」

「そ、そんなことより照真くん!出てきちゃって大丈夫なの?!」

「ああ、大丈夫だ。何度か連れ出されて慣れてきた」

「すごい適応力ね…」

 

 

湯川君が絡んでくると突然SF風味になるね。

 

 

まあとりあえず助かったのでそこはよし。

 

 

「…あの、園田さん?どうなさいました?」

「無理です!こんなの無理ですぅ!!」

「む、無理って…あなたいつも投げキッスとかしてるじゃないですか…」

「それとこれとは話が違いますっ!!!」

「ええ…」

「なんかごめんなさい松下さん」

「いえ…まさかここまで恥ずかしがり屋だったとは…」

 

 

問題はこの、隅っこで丸まった海未ちゃんだ。これは簡単には動きそうにない。動かざること山のごとし。海未だけど。ごめん今のなし。

 

 

「帰ってきてから、街を歩いていても気づかれる注目度。海外のライブが秋葉中で流れていて、挙げ句の果てにポスターやチラシまで街中で貼られたりしている…」

「肖像権で訴えたりできねぇのか?」

「少なくとも人様が撮った映像やポスターを勝手に使ってるあたりは起訴しておくけど」

「…茜くん結構怒ってる?」

「作品の価値をないがしろにするやつらは少なくとも道頓堀に沈めるよ」

「なんで道頓堀なのよ」

 

 

人の芸術作品を勝手に使うのは許されない。そこだけは天童さんとか桜とも協力して取り締まってるくらいだ。そういえばこの数日、3人ともアメリカ行ってたから日本の管理できてなかったね。まったくもう。あなたを肖像権違反と著作権違反で訴えます。理由はおわかりですね?

 

 

「やっぱり夢なんじゃない?」

「穂乃果ちゃん!」

「でもそう思うのもわかる!」

「すごい再生数になってる…!」

「じゃあ私たち、本当に有名人に?」

「そ、そんなぁ…!無理です!恥ずかしい…!!」

「ぶっちゃけそれは今更では?」

「ラブライブ優勝してるしな」

「それ以前から結構人気ありましたよ?ただ、急速にファンが増えた影響か、節度を守ったファン層が相対的に減ってしまったようですね」

「困る」

 

 

まあラブライブで優勝するくらいだからかなり知名度はあったはずなのは確かだね。

 

 

「でもさ」

「ん?」

「それって、海外ライブが大成功だったってことだよね!!」

「それはそうなんだけど、相変わらずハイパーポジティブだね」

「ドームも夢じゃないよね!これでドーム大会も実現したら、ラブライブはずっとずーっと続いてくんだね!!よかったー、嬉しい!!」

「…そういうことなら、確かによかったな」

「君はこの状況割と喜んでたじゃん」

「ファンに囲まれるアイドルとかもはや国民的アイドルの域だろ…そりゃ喜ぶだろ」

「君はアイドルじゃないんだよなぁ」

 

 

でもまあ、確かに結果自体は大いにプラスなんだ。副産物が大変なことになっちゃっただけで。

 

 

結果を喜ぶのは正しいんだろうな。

 

 

まあ、でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ早いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が…って、何だお前らそのグラサン」

「茜くんまで…」

 

 

まずはにこちゃん印のサングラスを装着。にこちゃんはもちろん、絵里ちゃんと希ちゃんも装着。

 

 

そう、とりあえず喜ぶ前にやることがある。

 

 

「それより、バレずにここを離脱するのが先よ」

「おい希、関西弁どこいった」

「ここにいつまでも留まっている場合じゃないからね」

 

 

安全圏まで行かなきゃ、この先の話もできやしないからね。

 

 

「そうよ。だって今の私たちは…」

 

 

サングラスかけてドヤるにこちゃん。まあ、こんな世界が夢だったもんね、にこちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スターなんですもの!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に世界規模のアイドルになっちゃったからね。

 

 

頑張ったね、にこちゃん。

 

 

「…でも、どうやって移動するの?」

「ここから出たら人がたくさんいるよ?」

「それは

「この天童さんにお任せあれ!!!」

「うわびっくりした」

「僕もいるよー」

「御影さん?!」

「よくここまで来れましたね…」

「天童のおかげだよ。誰にも会わずにここまで来れたからね」

「ふはははは!集団の流れの統計は余すことなく俺の頭の中にあるからな!!」

「やっぱりこの人腹立つ」

「ひどくね?」

 

 

案の定というかなんというか、天童さんが突然現れた。今回は御影さんもいらっしゃる。よく来れましたね。あんなにファンに囲まれてたのに。

 

 

「…って、茜…というか三年生たち、何してんだ?なんだそのサングラス」

「もちろん変装ですよ!」

「変、装…変装??」

「逆に目立つような?」

 

 

まあそのツッコミは妥当です。

 

 

「まあいいか。湯川君と大地の協力も借りれば、この人数を無事送り届けるのもそう難しくない!さあ、頼んだぜ!」

「ああ、頼まれた」

「僕はちょっと変装するから少し待ってて」

「いや、先に行くから伝えたルートで先回りしてくれ。ゴールはとりあえず穂乃果ちゃんのお家だ!行くぞ!」

「勝手に人の家をゴールにしていいんですか」

「大丈夫大丈夫!ほかに場所無いだろ?」

「まあそうなんですけど」

 

 

さっき一回株上がったのに、話してるとやっぱり胡散臭くなるなこの人。

 

 

まあでも、無事に送り届けてくれるならいいか。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

さあ男性陣がどんどん増えてまいりました。劇場版ですからね!総出演くらいの勢いでいきたいですね!!ややこしくなる!!笑
しかし、文章だと?←HEARTBEATできないので寂しいですね。寂しかったので天童さんにお越しいただきました笑


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未来を背負う選択



ご覧いただきありがとうございます。

今回は間に合いましたよ…!3連休パワーですね!!やった!!
そして前回いただいた感想で気づいたんですが、いつのまにか100話いってました。毎回変なタイトルつけてるので話数把握してませんでした!!

今回は劇場版の中間くらいです。多分。あの人が出たり出なかったりします。誰だろう。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

「よし、この辺り一帯は問題無し。予想通りだな!行くぞ!」

「はい!」

「うーんスムーズ」

「こういう時は天童さんが味方だとありがたいな…」

「おーい滞嶺君、『こういう時は』って何ぞ?いつでもありがたみを感じて欲しい所存なんですけど??」

 

 

穂乃果ちゃん宅である「穂むら」に向かう道は天童さんがバッチリ確保してくれていた。なんだろうねこのチート感。実際チートなんだけどさ。便利だよね。

 

 

「ですが、やはり…」

「うん、お店の前は人がたくさん…」

「閉店間際なんだけどね」

「まあまあ、慌てなさんな。こういう時こそ大地の出番よ。さあ行ってこい人間磁石」

「誰が磁石だよ…まあわかるけどさ…」

「わかっちゃうんですね」

 

 

御影さんの扱いそんなのでいいの?

 

 

当の御影さんが路地から人目につくところに出て行くと、早速ファンの方々が群がってきた。うーん改めてえげつない知名度。

 

 

「このようにして進むのだ」

「完全に御影さんの扱いが人柱なんですけど」

「ノーコメントで」

「やっぱりこの人ダメなんじゃねぇか?」

「ダメとはなんだダメとは」

「天童さんには人の心がわからぬ」

「そんなことないしー!!」

 

 

実際天童さんがダメなのかどうかは謎が多すぎて不明なんだけどね。いつまで経っても謎なんだよなこの人。

 

 

とにかくお陰様で穂むら前まで無事にステルスできた。この人数で全く気づかれないとかもはや怖い。

 

 

「じゃ、俺と明と湯川君は大地を回収したら撤退するから」

「あれ、一緒に来ないんですか?」

「バッカ、この先はμ'sの問題だろ?俺たち部外者はその先の話には関与しねーよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()…やっぱり天童さんは何でもお見通しなんですね」

「そんなことないぜ?いやそんなこともあるかな!!あるわ!!」

「早く帰ってください」

「茜は俺に恨みでもあんの?!」

 

 

天童さんたちはこのまま退散するらしい。まあそりゃそうだよね。そりゃそうだから天童さんは帰って、どうぞ。

 

 

「指定時刻まで32秒」

「らしいから、もう大地を回収しに行くぜ」

「はい。μ'sの皆様、頑張ってくださいね」

「はい!」

「じゃあ僕らも中に入ろうか」

 

 

天童さん達とお別れして穂むら店内へ。流石に閉店時間なので中にお客さんはいなかった。

 

 

「あっ、お姉ちゃん帰ってきた!」

「ただいまー!疲れたー!!」

「何で真っ先に俺の方に突っ込んでくるんだ」

「いや何で桜がいるのさ」

「ほむまん買いに来たに決まってんだろ」

「どんだけ穂乃果ちゃんが心配なのさ」

「聞いてんのかお前」

 

 

でも何故か桜がいた。

 

 

空港ではいつのまにか居なくなってたのに。なんでさ。いやどうせ穂乃果ちゃんが心配で来たんだ。絶対そう。

 

 

「まったく、普段の数倍混んでたから何度か帰ろうかと思ったくらいだぞこっちは」

「そうなの!あのライブ中継の評判がやっぱりすごかったらしくて、あちこちで取り上げられてるよ!ほら!」

「ほんとだ!!」

「わぉ、著作権料いっぱい取れそう」

「無断使用なのかよ」

「連絡あったところもあるけどね」

 

 

映像の無断使用ダメ絶対。著作権はちゃんと守ろうね。茜さんとの約束だよ。

 

 

まあそんなことより、μ'sの人気が爆上がりしてることの方が問題だ。

 

 

「大変だったんだよー、戻ってくるまでずっとお姉ちゃんを訪ねて店にやってくる人達いたんだから。…まあ、おかげでお店の売り上げ上がったってお父さんもお母さんも喜んでたけど」

「ほんと?!お小遣いの交渉してくる!!私のおかげで売り上げが上がったんでしょ?!もう少しアップしてもらわなきゃ!!」

「ねぇこれ止めるべき?」

「実際穂乃果のおかげって部分が無くはないから困るわね…」

「馬鹿か、先にしなきゃならねぇ話があるだろ。自分のことは後でやれ後で」

「えー!」

 

 

μ'sの発起人は穂乃果ちゃんなわけだし、功績としては大きいんだけどね。

 

 

「そうよ、人気アイドルなんだから行動に注意しなさい」

「そんなぁ…」

「A-RISEを見ればわかるでしょ?人気アイドルというのは常にプライドを持ち、優雅に慌てることなく……………ぬぃっこぬぃっこぬぃ〜………」

「…何してるん?」

「大丈夫、にこちゃんワールドが始まっただけだから」

「それ大丈夫なん?」

 

 

にこちゃんがステキな妄想に溺れてしまった。自分の発言で催眠されてどうすんの。かわいいじゃん。さすがにこちゃん。

 

 

「にこちゃん帰っておいでー」

「…っは?!と、とにかく!どこに目があるかも分からないんだから、外に出る時は格好も歩き方も注意すること!」

「えーっ!!」

「歩き方」

 

 

歩き方はいいじゃん。モンローウォークでもさせる気なの。

 

 

「そこまで気をつかうのは…」

「私もちょっと…」

「めんどくさいにゃー」

「意識ってのが足りてないわねあんたら!!」

「まあ確かに壁に耳あり障子にメアリーとも言うけど」

「そりゃ言うが…ん?メアリー?」

「メアリー in the 障子」

「適当に言ってんだろお前」

 

 

語感がよかったからつい。

 

 

でも実際、不用意に外に出られなくなったのは困りどころだね。

 

 

「…つーか、他にも考えるべきことがあんだろ。こんだけ人気出てるんだから」

「考えるべきこと…?」

「分からない?」

「こんなに人気が出て、ファンに期待されてるのよ?」

「そだねぇ」

 

 

そう、街中で人に追い回されるのもめんどくさいけど、もう一つ考えなきゃいけないことがある。

 

 

「これだけ多くの人にライブが注目されたんだ。そうなると間違いなく…」

「…なるほどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

次のライブ、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

そういうこと。

 

 

もうお終いにすると決めたμ'sに。

 

 

次のライブが期待されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで翌日。

 

 

「みんな次のライブがあるって思ってるんだなあ…」

「これだけ人気があれば当然ね」

「だからって捕縛してまで問い詰めるかなぁ」

「ほんとだよー!疲れたぁ…」

 

 

何やら穂乃果ちゃんが遅いなあと思ってたらヒフミのお嬢さんズに拉致されてライブを迫られていたらしい。もはややる事がテロだ。本気だ。マジだ。

 

 

「μ'sは大会を持って終わりにする…と、メンバー以外には言ってませんでしたね」

「でも、絵里ちゃんたちが3年生だっていうのはみんな知ってるんだよ?卒業したらスクールアイドルは無理だって、言わなくてもわかるでしょ?!」

「多分、見ている人にとっては私達がスクールアイドルかそうじゃないかって事はあまり関係ないのよ。」

「実際、スクールアイドルを卒業してもアイドル活動をしている人はたくさんいる。」

「『これだけ凄いんだから、これからも続けていくに決まってる』…そう考えるのも不思議じゃないんだよね」

「つーかそもそも卒業がどうとか考えてないやつらも多そうだな」

「わかる」

 

 

結局、第三者の期待っていうのは現実的じゃないんだ。当事者の事情なんて考えてないからね。

 

 

だから僕はいつも他人の「期待」は気にしないことにしてるんだけど。

 

 

今はμ'sの、「アイドル」の事情だ。僕の絵みたいにほぼ自己満で作る芸術じゃなくて、たくさんの人に喜んでもらうためのものだ。

 

 

簡単に無碍にはできないね。

 

 

「そっか…」

「では、どうすればいいんですか?」

 

 

まあ、どうするかって言われたら。

 

 

「ライブ、やるしかないんやない?」

 

 

そういうことになる。

 

 

でも今から急いで曲を作って、練習して、衣装も作って本番に間に合わせるとなると、だいぶ厳しい。

 

 

「そう。みんなの前でもう一度ライブをやって、ちゃんと終わることを伝える。ライブが成功して注目されている今、それが一番なんやないかな」

「どちらにせよ、ライブをするとしたらあと一回が時期的に限界だろ。公式のファイナルライブってところか」

「そういうこと」

「でも色々準備が間に合うか怪しいけど」

「大丈夫。()()()()()()()()()()()()()

「ちょっと!」

 

 

何の話。相応しい曲って。

 

 

「相応しい曲?」

「そんな曲が?」

「希!!」

「いいやろ?実は真姫ちゃんが作ってたんよ。μ'sの新曲を」

「ほんと?!」

「いつの間にそんなものを」

 

 

結構ハイスペックだね真姫ちゃん。でも何で今更新曲を作ってるんだろうね。

 

 

「でも、終わるのにどうして…?」

「…大会で歌った曲が最後かと思ってたけど、その後色々あったでしょ?だから、自分の区切りとして一応」

「まあ気持ちはわかるかな?」

「ただ、別にライブで歌うとかそんなつもりはなかったのよ」

「とか言いつつ音楽プレイヤーを取り出すツンデレ真姫ちゃん」

「何よ!」

「うわっティッシュ箱シュートは意外と危ない」

 

 

最後の最後がぐだぐだすると少し後味悪いもんね。それはわかる。そしてせっかく機会ができたんだから形にしたくなるのもわかる。そして真姫ちゃんらしくツンデレるのもわかる。だから物を投げるのはやめようね。にこちゃんじゃないんだから。にこちゃんでも物投げるのはよろしくない。

 

 

スーパー反射神経でティッシュ箱シュートを避けてる間に、穂乃果ちゃんとことりちゃんが片方ずつイヤホンを耳に付けていた。おっいい絵面。

 

 

「これ…」

「いい曲だね!」

「いいなー、凛も聴きたい!」

「私のソロはちゃんとある?!」

「まだ歌詞付いてないしぶぎゃる」

「…なるほど、こうして比べると真姫と比べてにこの方が数倍容赦ねぇな」

 

 

まだ曲しか無いから歌詞もパート分けも無いよ。だから殴るのよくない。創一郎も冷静に分析してる場合か。

 

 

「聴いて!すごくいい曲だから!」

「凛も凛も!」

「はい!」

「にゃあー!」

「私も早く聴きたい!」

「おっ、えりちもやる気やね?」

「そ、そういうわけじゃないわよ…」

「ほら創ちゃんも!!」

「ああ?おう…ああ、なるほど…良い曲だ…」

「ちょっと僕もー」

 

 

そんなに渋滞してると気になるじゃん。

 

 

創一郎からイヤホンを片方もらって耳につけ、曲を聴くと…へえ、なるほど。これは確かに良い曲だね。何というか、温かさを感じる。とても優しい曲だ。すてき。

 

 

「海未ちゃん、これで作曲できる?」

「はい。実は私も少し書き溜めていたので」

「私も海外でずっと衣装を見てたから、アイデアが湧いてきたかも!」

「やる気満々マンだ」

「女子はマンじゃねぇだろ」

「気にしない気にしない」

 

 

本当に終わりにする気あったのかってくらい準備いいね君ら。

 

 

「ふふ、みんな考えてることは同じってことやね。どう、やってみない?μ'sの最後を伝えるライブ」

「やってみない?っていうかもうやる気満々マンじゃん」

「さっきから何よ、そのやる気満々マン」

「語感良かった」

 

 

いいじゃんやる気満々マン。

 

 

だけど。

 

 

「………」

「ん、どうしたの穂乃果ちゃん」

「何のために歌うのか…」

「はい?」

 

 

急に考え込んだ穂乃果ちゃん。どうしたのさ。

 

 

「あ、ごめん…。こんな素敵な曲があるんだったらやらないともったいないよね!やろう、最後を伝える最後のライブ!」

「練習、キツくなるわよ?」

「なんだかんだ衣装作ったり振り付け考えたりしなきゃいけないしね」

「うちらが音ノ木坂にいられるのは今月の終わりまで…」

「それまでやることは山積みよ!」

「うん!」

 

 

一応乗り気みたいだけども。微妙に心配だねぇ。

 

 

とりあえず気合が入ったというタイミングで、部室にノックの音が響いた。

 

 

 

 

 

 

「みんな、ちょっといいかしら?」

「…理事長?」

「わお大ごとの予感」

 

 

 

 

 

 

いらっしゃったのはなんと理事長だった。いや別に「なんと」ってほどびっくりじゃないけどさ。なんたってことりちゃんのお母さんだしね。

 

 

「ことり、それと高坂さんと園田さん…来てもらってもいいかしら?」

「あ、はい」

「わかりました」

 

 

なんか2年生が呼び出し食らった。何だろね。

 

 

「またなんかやらかしたのかな」

「流石にそんな頻繁にやらかさないと思うけど…」

「いや、穂乃果ちゃんならあり得るにゃ!」

「やらかしたならわざわざ直々に呼びに来ないだろ。校内放送で呼び出すのは忍びないような内容じゃないか?」

「ま、まさかメジャーデビュー…?!」

「そんなにこちゃんじゃあるまいし」

「にこちゃんならメジャーデビューできるって少しも疑ってないんだね…」

「疑う余地もないぐえ」

「何で殴った?」

 

 

流石にそんなにやらかさないか。やらかさないよね?あと何でにこちゃん殴ったの。わかった照れ隠しだ。今の威力は照れ隠しパンチの威力だ。うーん威力で感情を測れるようになってしまった。恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「困ったことになっちゃったね…」

「ほんとだよ。最後のライブだーって話してたところにまったくまったく」

 

 

で、中庭で何の話だったか聞いたら。

 

 

μ'sを続けて欲しい、ってさ。

 

 

気持ちはわかるけどさ。

 

 

「私は反対よ。ラブライブのおかげでここまで来れたのは確かだけど、μ'sがそこまでする必要があるの?」

「そうだよね…」

「でも、大会を成功に導くことができればスクールアイドルはもっと羽ばたける」

「その通りだ。海外のライブもそのためのものだったんだ、ここで更に踏み込めば、今以上に素晴らしい

「ちょっと待ってよ!」

 

 

存続に傾いた話の流れを真姫ちゃんがぶった切る。

 

 

「ちゃんと終わりにしようって…μ'sは3年生の卒業と同時に終わりにしようって決めたんじゃないの?!」

「真姫の言う通りよ!ちゃんと終わらせるって決めたなら終わらせないと!違う?!」

「そうだよ。君らのあの決断がそんなさっくり翻る程度のものだったとは…あんまり思いたくないな」

 

 

みんなで泣いてまで決めたことなのに、いざ続けてって言われたら反故にしちゃうなんて、流石に笑えない。

 

 

だけど、この話はそんな笑えない展開も考えられるくらい、未来のある話なんだ。

 

 

「にこっち…いいの?続ければドームのステージに…」

「もちろん出たいわよ!!…けど、私たちは決めたんじゃない!!11人みんなで話し合って…あの時の決心を簡単には変えられない!!わかるでしょ?!」

「にこ…」

 

 

だって、ドームだ。

 

 

日本で一番大きいと言っても過言じゃないステージだ。

 

 

アイドルを目指したにこちゃんが、乗りたくないわけがない。

 

 

しかもだ。

 

 

「もしμ'sを終わりにしちゃったら、ドームはなくなっちゃうかもしれないんだよね…」

「凛たちが続けなかったせいで、そうなるのは…」

「それはそうだけど…」

 

 

影響するのは、僕らだけじゃない。

 

 

スクールアイドル全体の未来にも関わる話だ。この先のスクールアイドルの在り方にも影響を与えるとしたら。

 

 

だからといって、いつかした決断を翻してほしくはない。

 

 

でも、それで失われる未来があまりに大きい。

 

 

「穂乃果ちゃん…」

「穂乃果はどう思うの…?」

「…」

 

 

答えは出ない。

 

 

出るわけない。

 

 

だから、

 

 

「すぐに答えなきゃいけないことでもないでしょ。…時間が時間だし、もう帰ろう。考える時間も必要だよ」

「そうだな…。今この場で、場の空気で答えることじゃねぇ」

 

 

一回帰ろうか。

 

 

冷静になって考えてみなきゃいけない。僕らとスクールアイドルの未来がかかってるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう…」

「毎度思うんだがな、それを俺に聞いてどうすんだよ」

「だって桜さんはμ'sの特別顧問じゃん!!」

「いつなったんだよ。初めて聞いたわ」

 

 

こんな話を聞くのも3日目くらいな気がする。なんか理事長とかA-RISEに続けて欲しいとか言われたらしく、だからなんだって話なんだが、わざわざ毎日俺に聞きにくる。どちらかといえば毎日穂むらに来る俺が悪いのか?

 

 

「…だって、難しすぎるよ」

「何がだよ」

「続けるか、終わらせるか」

「だから好きにしろっつってんだろ」

「それがわからないから聞いてるの…」

 

 

流石に穂乃果の元気も枯れ気味だ。外も雨降ってるし、流石に心配になってきた。

 

 

いや心配じゃない。断じて心配などしない。

 

 

「はぁ…そんなところで意気消沈してる場合かよ。悩んでるくらいなら何かしろよいつも通り」

「そんなこと言われても…何したらいいの?」

「知るか。俺は雨音のサンプリングに行ってくる」

「じゃあついてく!」

「そうはならんだろ」

 

 

散歩に出かける犬かお前は。

 

 

しかし、どうせ拒否しても無限に着いてくるだろうから諦めてついて来させる。

 

 

傘を差して外に出ると、思ったより強めの雨が降っていた。これはズボン濡れるわ。ちくしょう。

 

 

「…」

「…雨降ってんのにそんな辛気臭い顔してたらカビるぞ」

「カビないよ!!」

 

 

元気あるのか無いのかどっちなんだお前は。

 

 

「みんなと決めたことは、やっぱり曲げたくない…でもそのせいでスクールアイドルの人気が止まっちゃったらって思うと…」

「影響力を持ちすぎたんだろ、お前らは。スクールアイドルっつー枠組みの中で飛び抜けて存在感を出しすぎた、だから失われるのがためらわれる」

「…何か、間違ったのかな」

「馬鹿か?いつぞやの解散騒動の時みたいなのとはわけが違うぞ。お前らが悪いんじゃねーよ。周りが追いつけないのが悪いんだ。日本の全スクールアイドルが束になれば太刀打ちできるかもしれんがな、それほどレベルが引き離される方がどうかしてる」

「…」

 

 

ちょっと言いすぎたか。他のスクールアイドル達をディスり過ぎたかもしれない。

 

 

だが、実際そうだとは思う。なんというか、目標の、目的の規模が違いすぎた。「勝ちたい」とか「目立ちたい」じゃない。自分のためだけじゃなかった。「見てくれる人のために」みたいな大仰で不明瞭な目標も立てなかった。

 

 

μ'sは、ただ、自分たちの「好き」と「楽しい」を伝えたかっただけだった。それだけであるがゆえに、明確で、強い目標だった。

 

 

みんなで叶える物語。

 

 

その言葉に込められた想いが、他のスクールアイドルとは比にならないくらい強かった。

 

 

「…まぁ、お前が周りのやつらを置いていくのはよくあることだし…

 

 

 

 

 

…あ?穂乃果、どこ行った??」

 

 

 

 

 

嘘だろ。

 

 

このタイミングで行方知れずとかあり得るかよ。

 

 

つーかなんで隣で歩いてたのに居なくなるんだあのバカは。

 

 

「はぁ…仕方ない、一旦戻って探しに

 

 

 

 

 

「心配するな。すぐ戻ってくる」

 

 

 

 

 

は?」

 

 

来た道を引き返して、穂乃果を探しに行こうと思って一歩踏み出した瞬間。背後から声をかけられた。

 

 

振り向くと、見知らぬ男性がいた。帽子を被った、パーカーを着た男性。当然知らん。誰だこいつ。

 

 

「…誰だ?」

「初対面で誰だって…まあ仕方ないか」

 

 

答えろよ。

 

 

「あー、諸事情で詳しくは答えられないんだが…そうだな、アメリカで嫁が世話になったって言えば伝わるか?」

「…あの人が言っていた旦那さんか」

「その通り」

「何で日本にいるんだ?」

「用事があってな」

「…信用ならないな」

「だろうな」

 

 

死ぬほど胡散臭いなこの人。

 

 

だが、俺と穂乃果が女性シンガーに会ったということはどうも当事者以外知らないようだし、少なくともあの人の関係者ではあるだろう。

 

 

「今、ほ…いや、うちの嫁が…あー、君の連れと話をしているところだろう。待っていれば勝手に来る」

「何か歯切れ悪いなあんた」

「…こうしてみると敬語って大事なんだな」

「何だって?」

「いや、何でも。とにかく待っていればいい」

「そう言われてハイそうですかっつって待ってると思うか?」

「まあそうだよな」

 

 

歯切れは悪いくせに物分かりは良いなこの人。

 

 

「穂乃果はどこにいる?」

「すぐに来るつってんのに…」

「だから信用できるかって言ってんだろ!」

「はぁ…まあわかりやすくていいけどさ」

「何なんだよあんたは一体!」

「俺が何者かはどうだっていいんだがな」

 

 

流石にいい加減穂乃果を探しに行かないと心配だ。いや心配じゃない。不安だ。違う、不安でもない。何だ。とりあえず早く探しに行かないと。

 

 

正体不明のおっさん…いやおっさんって歳ではなさそうだが、とりあえずこの人に構ってる暇はない。無視して来た道を引き返す。

 

 

 

 

 

 

「それだけ大切に想っているのに、いつまで誤魔化すつもりだ?」

 

 

 

 

 

 

足が止まった。

 

 

「心配だろう、不安だろう、焦るだろう、気になるだろう。彼女が不幸な目に遭ったら我慢できないだろう。いつまで誤魔化しているつもりなんだ」

「な、何を…」

「まあ言ったところで変わらないだろうが、一応言っておくぞ。()()()()()()()()()()()()()()()

「おっ…お前は何を知って…ぐっ!!」

 

 

振り向いて、反論しようとしたその時。急に突風が吹き、傘も吹き飛ばされてしまった。

 

 

「知っているさ、全部」

 

 

さっきまでいた街中とは別の場所にいるかのような、花畑にでもいるような雰囲気だ。この人の迫力がそうさせているのか。

 

 

「だから言わせてもらう。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

相手の声だけが響いてくる。俺は、声が出ない。

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果のことだけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

目を見開いた。

 

 

こいつは、この人は、()を知っている…?!

 

 

「…逃げなくてもよかったんだ。仲間がいるんだから。愛する人がいるんだから。一緒に背負ってくれる仲間がいるんだから…」

「まっ………待て、待ってくれ。なんっ、何であんたはそんなことを…!!」

 

 

やっと絞り出した声で、そう問いかけた瞬間。

 

 

「桜さーん!!」

「っ!穂乃果?!」

 

 

背後から穂乃果の声が聞こえた。咄嗟に一瞬だけ穂乃果の方に振り向き、またさっきの男性の方を見ると…もうあの人はいなかった。景色もいつもの街並み、ただし雨は止んでいる。

 

 

「…何だったんだ?」

「あれ、桜さんも傘飛ばされちゃった?」

「お前もかよ。つーか何で元気になってんだ」

「あ、そうそう!さっきそこでアメリカにいたシンガーさんが居てね、話を聞いてもらってたんだ!」

「『何で元気になってんのか』って問いの答えにはなってねーぞ」

「それで答えが出たの!」

「あーそーかい」

 

 

…あの女性シンガーは本当に穂乃果と話していたのか。

 

 

「明日の朝、音ノ木坂に行ってみる」

「まあ、好きにしろ」

「ありがと、桜さん!!」

「ん?何で俺が礼を言われてんだ」

「桜さんのおかげでやらなきゃいけないことがわかったよ!!」

「は?」

「よーし、そうと決まれば帰ろう!」

「何なんだ本当にお前」

 

 

まあ元気になったならいいんだが。μ'sの活動をどうするかとか、決断できたならそれでいいか。

 

 

 

 

『お前の人生からいつまでも目を背けるな』

 

 

 

 

「…」

「桜さん、どうしたの?」

「何でもねーよ。さっさと帰るぞ」

「えー、待ってよー!」

 

 

雨が止んだ今、サンプリングする音もない。帰るか。

 

 

人生から目を背けるな、だと?

 

 

…出来るわけねーだろ、そんなこと。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

困ったことになってしまいましたね…とかいうタイミングで、唐突に入ってくる水橋君の謎フラグ。桜さんに時々降ってくる伏線が大体不穏です。誰のせいだ!私か。
しかしここらへんからクライマックスに向けて走り出すはずなので、もう少しだけお付き合いください。
まあ本編完結してもこの作品は終わりませんが!笑


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にこちゃん誕生祭2:僕自身が決めること



ご覧いただきありがとうございます。

にこちゃん、誕生日おめでとう!!日付変更に間に合わなかったごめんなさい!!これは犯罪ですわ!!
私基準で日付変更に間に合わなかったら遅刻なのです。よりにもよってにこちゃん誕に遅刻するとは…極刑は免れません…

お話は前回の誕生祭の一年後、つまりアニメ本編終了後から二年後のお話です。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「うーむむむむ」

「いつまで悩んでいる。買うものは決まっているのだろう」

「決まってるけどさ。『モノ』が決まってるだけで具体的にどれを買うかは決まってないんだよ」

 

 

7月に入ったし、にこちゃんの誕生日の準備をしなきゃ。22日はすぐにやってくる。

 

 

というわけで、ゆっきーとまっきーを連れてお買い物だよ。ほぼ下見だけど。

 

 

「…去年と同じじゃダメなのか」

「毎年変えたいのー」

「今までずっとハンバーグだったではないか」

「やかましい」

 

 

今までとは事情が違うんだよ。

 

 

「それに、今年でにこちゃん20歳なんだよ。一生一度の成人する誕生日なんだから、特別な感じにしたいじゃん」

「…?」

「…??」

「そこ2人首ひねるんじゃない」

「いやな…そんなに特別なことか?私たちも今年で20歳だぞ?」

「…特別にしたいなら特別なハンバーグでいいんじゃないのか」

「もう帰れ君ら」

 

 

人心わかんないマンたちめ。来年だってことりちゃん成人だし、再来年は真姫ちゃん成人なんだぞ。怒られて後悔しろばーか。

 

 

誕生日は年に一回あっても、成人する誕生日は生涯一回しかないんだよ。

 

 

「で、そもそも何故ネックレスなのかだが」

「身につけ安くて目に入りやすい場所にあるアクセサリーだからだよ」

「…もう婚約指輪でいいんじゃないか」

「それは流石ににこちゃんが大学卒業するまで待って流石にそれは」

「悠長にしていたら他の男に取られるぞ?」

「12年くらい相思相愛してて突然振られたら僕は湯川君に核兵器作ってもらうよ」

「地球を巻き添えにするな」

 

 

それはマジで日本ごと沈めるよ。

 

 

「…決まらないなら、候補だけ絞っておけよ」

「にこちゃん全部似合いそうなんだよなぁ」

「面倒くさいなお前」

「じゃあゆっきー、この中でどれがことりちゃんに似合うと思うよ」

「全部」

「そういうことだよ」

 

 

にこちゃんには何でも似合うから困っちゃうね。逆ににこちゃんが好きそうなデザインって方向で絞ろうかな。

 

 

そんなこんなで悩んでいる時だった。

 

 

お店の入り口方面から声が聞こえてきた。

 

 

「イヤリング…ですか?」

「他に思いつかなかっただけだがな…」

「素敵です!穂乃果ちゃんきっと喜んでくれますよ!!」

「………………」

 

 

すっごい聞き覚えある。

 

 

これは愉悦部の出番だ。

 

 

「あっ桜がこんな所にいるなんて何でかなぁ穂乃果ちゃん関係かなふへへ」

「ゔっ、一番会いたくねーやつが…つーか動きも表情も気色悪いぞ茜、近寄んな」

「…会う気はしてたがな」

「ねー、今日瑞貴くんも茜くんのお買い物に付き合うって言ってたもんね」

「何でそれを言わないんだ南…!!」

 

 

お察しの通り、いたのは桜と海未ちゃんとことりちゃんだ。遭遇しそうなことを理解した上で黙っていた模様。ぐっじょぶことりちゃん。

 

 

「にこの誕生日も近いですからね」

「そうだよー。穂乃果ちゃんは来月なはずなんだけどね準備早いねー去年ネックレスあげたお兄さん」

「殺す」

「やめないか」

「お医者さんいる前で殺すとか言っちゃダメだよ」

「…いやいつでもダメだろ」

 

 

相変わらず煽り耐性のない桜。愉しい。

 

 

いや愉しんでる場合じゃないわ。にこちゃんへのプレゼント考えなきゃいけないんだし。いや今日確定するのは難しそうだけど。

 

 

「何にしてもお店で騒ぐのはよくないね」

「誰のせいだと

「というわけでとりあえず先帰るね。今日はまだ決めきれないし」

「人の話を

「またねー」

 

 

桜はほっといて帰ろう。怒りでぷるぷるしてる桜が背後で「次会ったら殺す」って言ってたのは聞かなかったことにしよう。来週会うしね。やばい死んじゃう。

 

 

「外あっつ」

「…夏だからな」

「気温よりも湿度が高い影響だろう。梅雨も明けて夏らしい気候になった」

「これから溶ける夏がやってくる…」

「毎年言ってるなそれ」

「毎年言ってるが溶けはしないぞ」

「毎年言ってるけどわかってるよ」

 

 

外出たらとても暑かった。僕は暑いの苦手なんだよ。いや寒いのも苦手だけどさ。暑いと体力使うからね。涼しい日よりさらに瀕死になるよ。

 

 

「とにかく、誕生日までに色々なんとかしないと。ネックレスだけじゃないんだし」

「絵は茜ならすぐに描けるだろう?」

「ちゃんと描こうと思ったらそれなりに時間かかるよ」

 

 

そう、ネックレスだけじゃなくて絵とかハンバーグとかケーキとかも用意する予定だからほんとに早めに準備しなきゃいけない。こらそこ「結局ハンバーグなのか」とか言わない。

 

 

「…パーティードレス作ろうか?」

「商機と見て目を輝かせるんじゃないよ。どうせ冗談じゃないお値段ふっかけてくるでしょうに」

「そんなことはない。こんなもんだ」

「その指一本は1万円ってことではないよね」

「1億」

「ふざけろ」

 

 

友人から取る金額じゃない。企業相手でも無理があるでしょ。

 

 

「私は今から西木野総合病院に行かなければならないから、ここで解散としよう」

「…そうか。それなら俺もやることがある」

「僕はこのまま帰るけど、来た道を引き返そうとするゆっきーにツッコみたくて仕方ない」

「1億の衣装押し付けるぞ」

「何その新手の脅迫」

 

 

2人とも恋人に会いに行く流れじゃん。いや100歩譲ってまっきーはお仕事だとしても、ゆっきーは確実にことりちゃんに会いたい一心だ。気持ちはとてもわかる。

 

 

まあこの流れで解散しないわけないのでお2人とはバイバイして僕は自宅へゴー。描きかけの絵も仕上げないといけないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とか言って準備してたら2日前」

「で、まだネックレスが買えてないと」

「そう」

「あーっはっはっは!!!なんか決めづらいから後回しーってやった結果最後まで追い込まれたやつだな!!ぷーくすくすなんてマヌケなやつだ!!」

「ていっ」

「オスプレい゛っ?!?!」

「天童さん、未だに殴られた時に奇声上げてんですか…つか最後ヤバい声っしたけど」

「み゛っみぞおち…」

「茜は茜でそれは何だ」

「マジックハンド(製造:湯川)だよ」

「そんな魔改造されたマジックハンドがあるか」

 

 

まあそういうことだよ。まだ買えてません。はい。

 

 

大いに困った。いや食材は当日買うし、絵は完成したし大丈夫なんだけど、一番大事なプレゼントが買えてない。これはよろしくない。

 

 

「うゔふう…と、とにかく、選ばないことには始まらないだろ?去年はにこちゃん本人に決めてもらうことで解決したが、今年は茜自身が決めなきゃならない。当日まで悩むわけにはいかないだろ?」

「そうなんですけどねー」

「ほんとにこういう時ばっかり頼りねーなお前。仕事の時はバンバン決めていくくせに」

「にこちゃんは特別だからね」

 

 

お仕事とにこちゃんを一緒にしちゃいけないよ。

 

 

なんにせよ、ほんとにいい加減決めないといけない。

 

 

「結構絞ったんですけどね」

「ほー。どれよ」

「50個まで絞ったんですけど」

「「多いな?」」

「絞ったんですけど」

「頑なに主張してくる」

「母数がいくつあったかによるんだがな…」

 

 

200個くらいあったやつから50個まで減らしたんだから許してよ。

 

 

「で、これが肝心の絞った内容か…これほんとに絞ったんか??」

「統一性がねーな…」

「失礼な。にこちゃんに似合いそうなものっていう法則があるよ」

「などと供述しており」

「要するに全部似合うんだろ」

「そゆこと」

 

 

なんでも似合っちゃうにこちゃんマジ罪な天使。堕天使かな?

 

 

「どれにしよっかな」

「もう全部買っちまったらどうよ。youやっちゃいなよ」

「できないことは無いんですけどね」

「まあ俺たち金はあるからな」

「あんまりそういうこと言うと色んな人に怒られるぜ?」

「でもここでお金使いすぎるとにこちゃんとの将来の蓄えに響くので」

「結婚する気満々かこいつ」

「桜だって穂乃果ちゃんと結婚するでしょ」

「何で穂乃果が出てくる」

「桜…お前まだそれ言ってんのか…」

 

 

そりゃにこちゃんが大学卒業したらね。もうずっとそのつもりだしね。桜は相変わらずだけどね。天童さんが呆れるレベル。

 

 

「もう酒でいいじゃんよ。アルコール解禁なんだからパーっと行こうぜパーっと!!」

「僕がまだ飲めないんで多分にこちゃん飲まないんですよね」

「あー、茜は早生まれだったなそういや」

「2月なので」

 

 

あとにこちゃん絶対お酒に弱いからやめとく。

 

 

「ま、何にしても茜が決めないことには先はないさ。さっさと決断しやがれというわけでさぁ仕事の話すんぞー」

「無慈悲…」

「お前今までどんだけ俺に無慈悲をふっかけてきたと思ってんだ報いを受けろバーカ」

「みみっちいこと言ってる場合っすか」

「みみっちいとは何だみみっちいとは」

 

 

せっかくご相談できるかと思ったのに。今日は天童さんが頼りにならない日だったかぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけでお家に帰ってきたわけだけど。

 

 

「結局僕が決めるしかないんだよな」

 

 

まあ当たり前なんだけどさ。

 

 

去年自信なくて出来なかった決断を、今度こそしなければ。

 

 

…えーめっちゃ自信無いんですけど。

 

 

正確には自信がないというより、がっかりされるのが怖いというか、そんな感じだよ。

 

 

しょーもないのはわかってるんだけどね、不安なものは仕方ないよね。

 

 

今度こそ言い訳できない。いや前回言い訳したわけじゃないんだけど。今度は本当に僕の意思で「にこちゃんにあげたいもの」をあげるのだ。

 

 

時間がないし覚悟決めるしかない。

 

 

ここ数年でちょっとくらい僕のメンタルも鍛えられたし、大丈夫なはずだ。

 

 

時間があるうちに、手に入れに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあみんなグラス持ったかな」

「「「「「「「「「はーい!!」」」」」」」」」

「何で誕生日祝うだけでこんな豪勢なパーティー開いてんだ…?」

「…ここまでの規模とは聞いていなかったな」

「18人で少し広い、って程度の広さだけどなぁ、十分でかいっつーの。どんだけにこちゃん大好きなんだあいつは」

「こらそこうるさい」

「アッハイ」

 

 

というわけで当日。広めの会場を借りてそこそこな規模のパーティーを開催だ。もちろんにこちゃんもいる。主役だもの。

 

 

「あっ、希ちゃんそれお酒だよ?」

「ふふ、うちはもう20歳だからいいんよ」

「そっかあ!なんだか大人な感じするね!」

「ちょっと茜、私の分もワインか何かちょうだい」

「いきなりワインなの。っていうか僕はまだ飲めないんだけどにこちゃん飲むの」

「やめとくわ」

「かわいいかよ」

「ふんっ」

「ぐぇ」

 

 

かわいくて禿げる。

 

 

「まあそれより、皆様今日は集まってくれてありがとう」

「まさか呼んだ人みんな集まるとは思わなかったわね」

「みんな暇なんだよ」

「そんなことねぇよ」

「練習してからきたにゃ」

「僕も撮影してから来たよ?」

「僕も大学で論文を書いてから来ましたよ」

「ごめんみんな忙しそうだった」

 

 

呼んだ人みんな集まったから暇なのかなって思ったけど、そんなことなさそうだ。天童さんが全身でアピールしてるからきっと天童さんのおかげだ。たまには天童さんも頑張ってくれる。

 

 

「まあとにかく、ついににこちゃんも成人ということでちょっと豪勢にしました」

「ちょっと…??」

「ちょっとじゃないな」

「美味い」

「こら湯川君ご飯はまだ食べない」

「ごっ、ごめん茜くん!照真くん、ご飯食べるのちょっと待って!」

「花陽の口周りが若干汚れているのはツッコむべきところか?」

「…黙っててあげましょう?」

 

 

フリーダムすぎるでしょ。

 

 

「もう、早く始めるわよ!グラス持ちなさい!」

「じゃあ、みんな。にこちゃんの誕生日を祝って…」

『かんぱーい!!』

 

 

みんなでグラスを高く掲げてお互い鳴らす。にこちゃんはみんなを回って挨拶してるらしい。湯川君は終始不思議そうにしてたから、乾杯について今度教えておこう。

 

 

「というわけで天童さんあたりが酔って死ぬ前にプレゼント渡そうね」

「まだ生しか飲んで無いんですがそれは」

「天童言うほど酒に強く無いじゃん」

「やかましいザル俳優」

「ほらこんなんになるから」

「酔う前からこんなんじゃないの」

「それはそう」

 

 

まあ天童さんは常に酔ってるみたいな人だもんね。っていうか御影さん酒強いんだね。ジョッキの生は一気飲みしてたし今持ってるのウォッカだし。いや強すぎない?

 

 

「はい、にこちゃん!誕生日おめでとう!」

「ありがと。これは…ミサンガ?意外ね、穂乃果がこんな変化球でくるなんて」

「えへへー、リボンしか思いつかなくて…」

「引き出し少なすぎでしょ」

「相変わらずだね」

 

 

男性陣はともかく、元μ'sのみんなはそれぞれプレゼントを持ってきていた。毎回湯川君が至近距離まで来てプレゼントを眺めてて若干怖い。

 

 

あと希ちゃんがにこちゃんに何かを渡してにこちゃんがキレてるのだけ気になったけど。何を渡したんだろ。

 

 

「で、僕の番なんだけど」

「またチケット?」

「流石に違うよ。今度はちゃんと考えてきた」

「ハンバーグ?」

「まあハンバーグも僕が作りましたけども」

 

 

ハンバーグしか作れないみたいに聞こえるじゃん。

 

 

「今度はちゃんと、僕が完成させたプレゼントだよ。僕なりににこちゃんが喜んでくれると思ったものを持ってきた」

「…」

「なんか言って」

「リアクションに困ってんのよ!」

「へぶし」

「久しぶりに見たなにこパンチ」

「猫パンチみたいな言葉にゃ」

 

 

どう見ても照れてるにこちゃんありがとうございます。パンチは猫パンチなんて威力じゃないけどね。

 

 

「まったくもう、決めるの大変だったんだからね」

「茜変なところで優柔不断だしそんなことだろうと思ったわよ」

「照れる」

「なんでよ」

 

 

にこちゃんに理解されてる。嬉しい。

 

 

「というわけで、はい」

「…ありがと。開けていいの?」

「どうぞどうぞ」

 

 

早速包みを開くにこちゃん。中身が気になって仕方がないオーラがすごい。

 

 

「これ…ネックレス?」

「わあ…!ハートのネックレスだ!」

「ピンク色でかわいい!!」

「ちょっとあんたたち何見てんのよ!」

「いいじゃん見せてあげなさいよ」

「独占欲やべー子じゃん?ヤバ子ちゃんじゃん?」

「今更じゃねーですかね」

 

 

買ってきたのは、全体ピンク色で、ハートを先端にあしらったネックレス。やっぱりにこちゃんにはピンクとハートがよく似合う。

 

 

しかも、このネックレスはそれだけじゃない。

 

 

「でも、なんかこのハート変な形してない?表面がでこぼこだし」

「ふふん、それはだね…」

 

 

まじまじとネックレスを見ていたにこちゃんが気づいたところで、僕も服の下に隠していた…もう一つのネックレスを取り出した。

 

 

「同じ…ネックレス?」

「色が青い以外は一緒やね」

「おそろいなのかしら?」

「ふふーん、ただのおそろいじゃないのだよ」

 

 

ネックレスを持ってにこちゃんに近寄り、ふたつのネックレスのハートを重ねる。

 

 

すると。

 

 

「くっついたにゃ!」

「その通り、くっつくようになってるの。2人で一つって感じがしていいでしょ」

「…そうね。すごくいい」

「照れにこちゃん超かわいいふぎゃっ」

「雉も鳴かずば撃たれまいに…」

「殴られるのをわかってて言ってますよね…」

 

 

声に出ちゃうんだから仕方ないよ。

 

 

「でも重なってもこのハートちょっと形変ね」

「えっごめん」

「何であんたが謝るのよ」

「なんか不良品つかませた気分」

「…そういうデザインなんでしょ。いいわよそのくらい」

「にこちゃん懐が深い。あ、あとこれ絵も描いたから」

「ありがと…って何のこの異常なクオリティ」

「本気出した」

「これ…水彩画だよな?マジ?水彩画ってこんな細かく絵描けんの??」

「小さいものを描こうとすると滲んじゃった記憶があるけど…」

「絵の具濃いめにしたらマシになるよ」

「マシになるってレベルの精度じゃないですよこれ」

「てか仕事で本気出しなさいよ」

「ひぃん」

「何だその声」

 

 

絵に関しては頑張った。水彩は修正が効かないから一発描きだしね。何故かみんなにドン引きされたけど。

 

 

「…ふふ、ありがとね。全部…嬉しい」

「喜んでいただけたようで何よりだよ」

 

 

まあ、にこちゃんがスーパー輝かしい笑顔だから万事オッケーだよ。

 

 

「よし!終わったか?!ならば酒盛りじゃあ!!」

「うわあ飲みサーの主みたいな天童さんがいる」

「天童、あんまり迷惑かけないようにね?ただでさえそんなに酒強くないんだし」

「くそっザルだからって大地てめぇ…!つか持ってるボトルが変わってんじゃねーか!!さっき持ってたウォッカはどこいった!!」

「え?飲んだよ?」

「そーゆーこと聞いてんじゃねーんだよ!!!!」

「天童さん、あんまり暴れると追い出すよ?」

「すんませんした」

「希ちゃん強し」

「貴重な天童さんコントロール要員」

 

 

いい感じでプレゼント渡せたのにネタ方向に空気を持っていく天童さんさすが。ゆるさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

「どうした瑞貴」

「…いや、あんなネックレス、どこに売っていたのかと思ってな」

「何だ、いつの間に記憶力に自信ができたんだ」

「バカにするな。ファッション分野のことなら覚えている。…だから気になっているんだ」

「そんなの明白だろう。()()()()()()()()()()()()

「は?」

「作ったんだよ、自力で。おそらく湯川氏の手を借りてな。湯川氏は新しいものを見つけると必ず見に行く習性がある。だが、茜がプレゼントを渡した時には全くリアクションをしなかった…つまり彼はあのプレゼントを知っていた。そういうことだろう」

「…なるほどな。結局あいつも芸術家なんだな」

 

 

なんだかんだ言って、やっぱり大切なものは一番満足できるものを自分で作るのがいいって思ったんだよ。

 

 

やっぱりさ、手づくりって、素敵じゃない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…色々貰えたのは嬉しいんだけど……」

 

 

パーティーが終わって家に帰ってきて、当然のように付いてきた茜が虎太朗とお風呂に入ってる間にプレゼントを整理してるんだけど。

 

 

「……………希、これはホントになんなのよ」

 

 

問題は希からのプレゼント。

 

 

赤いくてレースがたくさんついている…

 

 

 

 

 

下着。

 

 

 

 

 

いわゆる「勝負下着」。

 

 

あんた自分が贈られたら絶対恥ずかしがるくせに、人に渡すんじゃないわよ。

 

 

「…とりあえずどこか見つからないところに隠して

「にこちゃーんお風呂空いたんぎゃっ」

「ノックしなさい!!!!!!」

「いつもより3倍早い投擲」

 

 

急に茜が入ってきたから思わず近くにあった箱を投げつけた。とにかくこの下着は早急に封印する必要があるわね。

 

 

「ん?これ下着メーカーの箱ぐぇ」

「一旦出てけ!!!!」

「何故に」

 

 

…一番投げちゃいけないもの投げちゃった。

 

 

まったく、今年も誕生日はバタバタしちゃって…飽きないわね。

 

 

なんだかんだ言って、嬉しいし楽しい。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

男性陣、基本的にやべーやつらなのでこういうプレゼントの相談とかだいたいまともにできない気がします。天才の波動を感じる。
にこちゃんはやっぱりピンクのハートかな!って思ったので、ピンクのハートなプレゼントにしました。王道を行くアイドルなのです。多分。
あとにこちゃんはきっとお酒に弱い。希ちゃんは強い。そして何食わぬ顔で出てくる御影さん酒豪設定。他のみんなはアルコール耐性どんなもんなんでしょうか。


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本当に「みんなで叶える」物語



ご覧いただきありがとうございます。

前回から!!お気に入りしてくださった方が!!3名も!!!いらっしゃいました!!!ありがとうございます!!☆9評価もいただきました!!うっひゃあって感じです!!ありがとうございます!!
しかも木曜日くらいにぼーっとランキング見てたら90位くらいに入ってました。え゜って感じになりました。三度見くらいしました。本当に…皆様のおかげで…ありがとうございます…(昇天)

今回から劇場版のクライマックスに向かっていくあたりですね。さあ、μ'sはどうなるんでしょうか!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「とりあえず僕らだけで話そうって話なんだけども」

『やっぱり、私たちの意思が重要だと思うのよ』

 

 

μ'sを続けるかどうか。その回答はまだ決まってないんだけど、いつまでも決めないわけにはいかない。

 

 

きっと、出て行く僕らがどうしたいかって大事なとこなんだ。

 

 

ちなみに今日はにこちゃんと一緒じゃない。「電話する用があるたびにうちに来るのはどうなのよ」って言われた。しょんぼりーぬ。

 

 

「というわけで、多数決するから挙手してね」

『挙手したところで見えないやん』

「僕には見えるから」

『ハラショー…』

『いや嘘に決まってるじゃない。信じちゃダメよ絵里』

 

 

にこちゃんなら頑張れば見えるかもしれないじゃん。嘘だわ見えないわ。エスパーにはなれなかったよ。

 

 

「じゃあ1人づつ意見聞こうかな」

『私は続けないわよ』

「まだ指名してない」

 

 

フライングよくないよにこちゃん。フライングにこちゃん。なんか飛びそう。

 

 

『みんなで決めたことだから。私はその決意を曲げないわ』

「もうにこちゃんが続けないって言ったら続けないって結論でいいんじゃない」

『いいわけないでしょ』

 

 

やっぱりだめか。

 

 

「どちらにせよ、僕も存続反対派だから少なくとも引き分けには持ち込めるんだけどね」

『そこは心配いらないわ。私も希も、スクールアイドルを続けることはないから』

『そうやね。μ'sはスクールアイドルだからこそ輝ける…そう思う』

「さすがのぞえりコンビ以心伝心。百合の迷路をうろちょろしてるだけのことはある」

『?』

『茜は黙ってなさい』

「ひどい」

 

 

いいじゃんいい曲じゃん硝子の花園。いいと思う。問題はそこじゃない?いいじゃん絵里ちゃん意味わかってなさそうだし。え?希ちゃん?まあいいじゃん。

 

 

『…結局、みんな同じ答えなのね』

『そういうことね。きっと、他のみんなも同じじゃないかしら』

『うん、きっとそう。だってμ'sはスクールアイドルなんやから』

「謎の自信だね」

 

 

読心術かな。もしくはテレパシー。便利だね。

 

 

まあでも、みんな同じ結論だろうっていうのは僕も同じだ。読心術でもテレパシーでもないけど、なんとなく直感でそう思うだけ。

 

 

「でも、そうなんだろうね。みんなで決めた終わりなんだから、それを守りたい。μ'sは、僕らだけのものであってほしい」

『でも、そうすると…』

「それでも。何を背負わされても、僕らはきっと自分達を裏切れない。…っていうか、μ'sがいなければ潰える程度のものならそれはそれで仕方ないよ」

『…』

「にこちゃん、全国みんながにこちゃんみたいな情熱を持ってるわけじゃないんだ。僕らが引っ張らなきゃ走れない程度の集団は、きっとこの先生き残れない」

『…わかってるわよ。アイドルの道は甘くない』

「厳密には僕らもアイドルではないんだけどね」

『うっさいわね!』

「これにこちゃんの側にいたら殴られてたやつだな」

『殴らないわよ!蹴るだけよ!!』

『攻撃自体はするのね…』

『そろそろ茜くん死んじゃうよ?』

「死なないよ」

 

 

そう簡単に死なないよ。にこちゃん置いていけないし。

 

 

「まあ、とにかく僕らの答えは決まったね。みんなに伝えなきゃいけないわけだけど」

『学校に集まればいいかしら?』

「案外呼ばなくてもみんな来そうだね」

『来るんじゃない?いいかげんどうするか決めなきゃいけないんだから。みんなに答えを伝えるなら、やっぱりいつもの屋上でしょ』

『そうやね。うちもそれがいいと思う』

 

 

本当に呼ばなくても禅院集まったらそれはそれで怖いんだけどね。ホラーだね。ホラーではないか。

 

 

でも、きっと集まるよ。

 

 

なんとなくそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとにみんな来た」

「当たり前だろ」

「穂乃果ちゃんだけいないけどね」

「大丈夫。必ず来ます」

 

 

そんで翌朝、にこちゃんと2人で屋上に来たら先に一年生ズがいた。その後のぞえりコンビやことうみコンビが来て、今や穂乃果ちゃん以外全員いる。

 

 

「てか一応ちゃんとみんな呼んだんだね」

「呼んでないわよ?」

「ん?」

「え?」

「…」

「…?」

「創一郎は誰に呼ばれたのさ」

「一年生全員で来ようってなったんだよ」

「何でさ」

「何か問題でもあんのかよ」

「ありましぇん」

 

 

怖いよ。今の状況と創一郎に吊られてる状況の二重で怖いよ。創一郎に吊られるの久しぶりだね。二度と味わいたくないね。くるしい。

 

 

吊られた流れで肩車されたタイミングで、屋上の扉が開いて穂乃果ちゃんが現れた。ほんとに来た。おお怖い怖い。

 

 

「みんな…!」

「随分遅いですね?」

「いやそもそも呼ばれてないんじゃなかったの」

 

 

遅いとか無いじゃんね。

 

 

「…みんな、ちょっと久しぶりだね」

「スルーですかい」

「そろそろ練習したいなって」

「私たちもまだスクールアイドルだし」

「ま、私はどっちでもよかったんだけど?」

「嘘つき発見ぶぎゃる」

「何でわざわざ殴られに行ったお前」

「つい」

「ついじゃねえよ」

 

 

スルーされた後にはリアクションが欲しくなるでしょ。だからこそにこぱんち。嘘です煽りたかっただけです。てかにこちゃんわざわざ創一郎の上まで殴りに来るとは。成長したね。そんなとこ成長しないで。

 

 

「めんどくさいわよね。ずっと一緒にいると、何も言わなくても伝わるようになっちゃって」

「めんどくさいどころの話じゃないと思うんだけどね」

「みんなきっと、答えは同じだよね!」

「μ'sはスクールアイドルであればこそ!」

「安定のスルー」

「全員異議なしね」

「僕の声聞こえてないんじゃなかろうか」

「大丈夫よ、聞こえてるわ」

「聞こえてたら聞こえてたで悲しいね」

 

 

いい加減慣れてきた。泣ける。大丈夫、涙の数だけ強くなれる。そんなことないわ。泣ける。

 

 

「でも、ドーム大会は…」

「まあ今後の皆様に頑張ってもらうしかないよね」

「それも絶対実現させる!!」

「だから…え?なんだって?」

「ドーム大会も実現させようよ!!」

「「「「「「「「「「えぇっ?!」」」」」」」」」」

 

 

また突然何か言い出したぞこの子。

 

 

「どういうこと?」

「ライブをするんだよ!スクールアイドルがいかに素敵かみんなに伝えるライブ!!凄いのはA-RISEやμ'sだけじゃない…スクールアイドルみんななんだって!!それを知ってもらうライブをするんだよ!!」

「そうは言ってもだね」

「具体的にどうすんだよ。1ヶ月も残っちゃいねえのによ」

「実はねえ、すっごいいい案があるんだよ!」

「これ『私にいい考えがある』パターンじゃないよね」

「大丈夫!桜さんが教えてくれたことだから!!」

「そこ自信持って大丈夫って言っちゃう?」

 

 

ついにトラブルメーカーを自覚してしまったのかな。いや大いに自覚していただきたいところではあるけど。

 

 

「桜さんがね、日本中のスクールアイドルが束になればμ'sに太刀打ちできるって言ってたんだ」

「だからって日本中のスクールアイドルを集めようとか言わないよね」

「そう!全国のスクールアイドルを集めてライブしよう!!」

「うん、そう…え?」

「「「「「「「「えぇっ?!」」」」」」」」」

 

 

そう!じゃないよね。

 

 

「本気ですか?!」

「君そんな時間あると思うわけ」

「今から間に合うの?!」

「そうよ!どれだけ大変だと思ってるのよ!」

「大変とかいうレベルじゃないのでは」

「今から参加者を募り、曲を作り、衣装を作って練習して…おいおい、流石にそれは無理があるだろ」

 

 

もう3月も中旬に差し掛かろうという時期なんだけどね。2週間くらいしかないじゃんね。難易度エクストリームじゃん。

 

 

「時間はないけど、もし出来たら面白いと思わない?」

 

 

まあ実現可能性は置いといてだよ。

 

 

仮に、日本全国のスクールアイドルが集まってライブできたとすれば。

 

 

 

 

当然、面白いどころの話じゃない。

 

 

 

 

「…言いやがったな?日本全国のスクールアイドルが集まる究極のイベント…面白いなんて感想で終わらせてたまるか!それだけやる気ならやってやろうじゃねぇか、史上最高のスクールアイドルイベントを!!」

「いいやん、うちも賛成!」

「テンション上がるにゃー!」

「じ、実現したらこれは凄いイベントになりますよ!」

「…君らノリ良すぎない?」

「スクールアイドルにこにーにとって不足なし!!」

「うわぁにこちゃんまで」

「そうだね!世界で一番ステキなライブ!!」

「確かに、それは今までで一番楽しいライブかもしれませんね!」

「みんな…」

 

 

面白いどころじゃないのはわかってるんだけどね。いや実現可能性。2週間くらいしかないんだってば。

 

 

こらみんな無言でこっちを見ない。にこちゃんなんて目線で殺す気だよこれ。困っちゃう。死んじゃう。

 

 

わかった、わかったよ。

 

 

穂乃果ちゃんが言い出して、待ったをかけられた経験なんてないもんね。

 

 

「はぁ…。面白いのはわかってる。でもすんごい大変だよ?おっけー?」

「うん!」

「即答」

「わかってたことだろ?」

「まあそうなんだけどさ」

 

 

穂乃果ちゃんだしね。

 

 

「僕も出来る限りのサポートをねじ込もうかなぁ」

「会場の確保とか任せたわよ」

「そういうのは当然なんだけどさ」

 

 

スマホで色んな人にメールを飛ばしながら答える。

 

 

 

 

 

 

 

「スペシャリストに手伝ってもらった方が早く終わるでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

いつのまにか出来上がった人脈をフル活用する時が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な?言っただろ?」

「本当にスケジュールが正気じゃねーんですよね」

「はっはっはっそんなことに気を遣う子たちだと思ってるぅ?」

「思ってませんがね、茜が何か言ってくれなかったもんですかね」

「何言ってんだ、茜一人で押し切れるもんかよ。むしろ最大限の妥協案として俺たちに協力要請が来たんだろ」

「天童さんにもメール来てんですか」

「もちろーん。さあお仕事お仕事!」

「…なんか異様にテンション高い気がしますけど」

「そっ、そんなことないべ?」

「どこの方言っすか」

 

 

天童さんに呼ばれて何事かと思っていたら、いつものシナリオの話だった。ちょうど「μ'sに協力するぜ!」って話をされたところで茜からメールが来た。内容が「μ'sの作曲手伝って」だけなのが腹立つ。

 

 

「茜が思いつく限りのエキスパートが集まるはずだ。スクールアイドルのイベントでもあり、こっそり俺たちの合同作品企画でもあるわけだ」

「クソめんどくさいんですが」

「じゃあ断るか?」

「…………断りませんけど」

「ふふーんそうだろうそうだろう。なんたってμ'sだもんな!穂乃果ちゃんのためだもんなぁ!!」

「……………」

「あー無言で接近しつつハサミを取り出すのはとても恐怖だなーはいストップストップそれ以上近づくんじゃない命の危機を感じちゃう」

 

 

天童さんは死にたいのか。穂乃果は関係ない。仕事を頼まれたら引き受けるのが流儀なだけだ。穂乃果は関係ない。関係っつってんだろ。

 

 

「しかし…桜も結構大変だなぁ」

「何がです」

「いや、今回頼まれたのは『作曲』じゃなくて『作曲補佐』だろ?今までとは勝手が違うと思うぜ」

「まあ…それでもなんとかするのがプロっすよ」

(…それと穂乃果ちゃんとは別働隊になるだろうしなぁ)

「ん、何か言いました?」

「いや、何でも。さーて俺もやらなきゃいけないことあるし、帰って仕事すっかな」

「珍しいっすね。仕事残ってんですか」

 

 

天童さんが仕事を残しているのは珍しい。凄まじい先読み能力のおかげで、仕事に追われることはほとんどないからだ。

 

 

「あーまあ、今回の件でな。何しろ動く人の数が尋常じゃないからな」

「そんなに観客来ますかね」

「あー茜のメールには詳細書いてなかったな。全国のスクールアイドルを呼ぶ気らしい。流石に俺も大変だこりゃ」

「………………ん?」

「おっと桜くん、その顔は心当たりがある顔だな?ん?」

 

 

まさか穂乃果、あの時言ったことを真に受けて…いやマジで何する気だあいつは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…?なんだこれは」

「見ればわかるだろう。μ'sからの応援要請だ。何だ瑞貴、ついに文字すら読めなくなったか?」

「…そろそろ後ろから刺されるぞお前」

「人を救うことはあれど、恨まれるようなことをした記憶は無いのだがな」

「刺されろ」

「何故だ」

 

 

蓮慈の病院で定期検診を受けていると、茜から謎のメールが入った。いや謎ではないんだが…μ's関連の依頼であることはわかるんだが、謎だ。

 

 

「もう辞めるんじゃなかったのかアイドル」

「おおよそ誰かに頼まれたとか、撤回したとかそういった理由だろう。しかし、この私にも協力を要請するとはなかなか大規模な催しをする気のようだな」

「…あの子たちが撤回なんてするとは思えないが…。って、蓮慈まで呼ばれたのか」

「私にも連絡がなければ最初の問答は成り立たんだろう?」

「…それはそうか。だが蓮慈が何をするんだ?怪我人の世話でもしろと?」

「それもあるが、運営全般の補佐をな。何でもできる私ならではの全面サポートということか」

「わざわざ何でもできることを主張しなくていいんだよ」

 

 

茜や南ことりの話では、ラブライブ決勝を区切りにμ'sは終わりにするとか言っていたはずだ。どういった経緯でこうなった。しかも「衣装の数が未定だけど頑張って」とはどういうことだ。9人分ではないのか。意味がわからん。

 

 

「何にしろ、西木野嬢が関わる案件ならば協力しないわけにもいかないな。西木野先生の顔に免じて僭越ながら協力させていただくとしよう」

「偉そうなのか謙虚なのかどっちかにしろよ」

「最大限謙虚にしたつもりだったのだが」

「日本語不自由かお前」

「この私に不自由などあるはずがないだろう?」

「だめだこの天才、殺意しか湧かん」

「私が何をしたというのだ」

 

 

本当にそろそろ刺されるんじゃないのかこいつ。何しろ基本的に言うことが腹立つ。

 

 

「何にしても、私達ができることはまだないだろう。瑞貴に関しても、衣装がどれだけ必要か確定するまでは動けない。私もまあ、そもそも診察があるからな」

「…今は駄弁ってていいのか」

「ちゃんと筋電図を取っている。心配するな。まあ今終わったから一旦待合室で待っていろ」

「唐突に追い出すなよ」

「診察があると言っているだろう」

 

 

車椅子生活を送る俺には蓮慈に抵抗する手段はなく、待合室に強制送還された。この病院、小さめながらそこそこ患者が多い。蓮慈は腕はいいからな。

 

 

まあ、蓮慈の言葉も正しい。納品数がわからないものは作れない。そもそもデザインも聞いてない。

 

 

だがまあ、準備くらいはしておくか。

 

 

断る気にもならないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…作詞の補助、ですか?」

「あ、松下君にもメール届いた?僕も今波浜君からメールが来たよ。ライブするんだね」

「ライブをするんだな。俺にもメールが届いた」

「おや、湯川君にもですか。色んな人に送っているんですね」

 

 

今、僕は湯川君を連れて御影君の撮影スタジオに来ています。湯川君は基本的に自力で外には出てこないので、なにかと理由をつけて僕や天童君や波浜君が連れ出しているのです。小泉さんからも連れ出すように頼まれていますし。

 

 

おかげで随分人馴れしたようです。

 

 

「技術提供?俺の何が欲しいのだろう」

「舞台装置とかでしょうか?僕はわかりやすい内容なので困りませんが…御影君はどんな内容なんですか?」

「僕は広報担当だって。出来るだけたくさんの人たちに宣伝して欲しいって。わざわざ僕に頼むくらい人が欲しいのかな?」

「…いえ、そうではないようです」

 

 

文章は短いですが、僕ならそれだけで込められた意味を読み取れます。煩わしいこの能力も、詳細がわかりにくい時はとても便利ですね。

 

 

「おそらく全国のスクールアイドルに参加を募るつもりでしょう。一般への宣伝だけでなく、参加者希望者への宣伝も兼ねているのではないでしょうか」

「えぇっ、全国?!日本全国ってこと?!」

「日本全国ってことがそんなに大変なのか?」

「ま、まあ…湯川君にはピンと来ないかもしれませんが、とても大変なことですよ」

 

 

あまり外に出ない湯川君には伝わりにくいかもしれませんが、日本全国から呼ぼうだなんて尋常ではありません。意外と東京は気軽に来られる場所ではないんです。

 

 

「あ、もしかして湯川君ならワープとかできない?」

「まさか。そんなSFみたいなことできるわけありませんよ。ファンタジーの世界じゃないんですから」

「ファンタジーの世界じゃないが、流石に無差別座標の転移は難しい。指定した座標に送るだけでは既にその座標に存在する物体に弾かれる。同じ時間軸に送るならば保存則をわざわざ守らなくてもいいが、実際に起こる現象として保存則を成り立たせなければ不都合が生じる。理論上は11次元方向での位置情報を3次元に落とし込めば転移自体は可能だが、現実には区切られた小空間ないの物質交換を行うのが理想的だろう」

「「………?」」

「要するに…」

「できなくはない?」

「できなくはない」

「まじかぁ」

 

 

途中よくわかりませんでしたが、できなくはないようです。できるんですね、ワープ。

 

 

いやいやできてたまりますか。

 

 

「しかし、もう3月ですよ?μ'sの9人がスクールアイドルでいられるのはあと20日間くらいしかないのに…」

「勝算があるのか、無茶言ってるだけなのか…なんだか今までの感じだと後者な気がするね…」

「そうでしょうね…波浜君の心労が窺い知れます…」

 

 

今度胃薬でも差し入れた方がいいでしょうか。

 

 

「…でも、花陽が望んだことだ」

「え?」

「俺は、花陽の力になりたい。無理な計画なら、可能になるレベルの技術を提供してやるだけのこと。難しい話じゃない」

「えっ…ええ?」

「そ、そういう問題ですか?」

「そういう問題だ。…何が必要か考える必要がある。先に帰る」

「ちょ、ちょっと?!ああもう、やっぱり好き勝手に動くなぁ彼!」

「すみません、僕が追いかけますから…」

「うん、ごめんね。僕はまだ撮影あるから…」

 

 

急いでスタジオを出て行ってしまった湯川君を追いかけます。湯川君は思いついたら止まらない傾向があるようで、時々こういうことになります。まったくもう、どうして天才ってこんなのばっかりなんでしょうか…!

 

 

ですが、多くの人が集まるイベントは都合がいいですね。

 

 

いったいどれだけの人の心を一つにできるか…数十人いけばいい方だと思いますが、少し楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の僕らは1人じゃない。

 

 

9人でもない。

 

 

11人ですらない。

 

 

もっと多くの人の想いを乗せて動き出す。

 

 

時間は無いけど、それだけの価値のある最後で最高のライブを。

 

 

全力で作り上げてみせようか。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ついに天才どもフル活用の日が来ました!ノリノリの滞嶺君!いつも通りの波浜君!相変わらず全部わかってる天童さん!相変わらずツンデレな水橋君!気だるげな雪村君!上から目線な藤牧君!爽やかな御影さん!今日も心を読む松下さん!圧倒的チートの湯川君!この9人がいたら国も動きそう。
劇場版も終わりが近づいてきてちょっとさみしくなってきました。



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穂乃果誕生祭2:俺はその笑顔が見たいだけなんだ



ご覧いただきありがとうございます。

穂乃果ちゃん誕生日おめでとう!!ものすごい遅刻した気分だけど頑張って当日中に投稿したから許してええ!!
そしてそして、前回からなんと5人もお気に入りしてくださいました!!!ありがとうございます!!!なんかランキングも25位とかにいました!!!ちょっとそろそろ私死ぬんじゃ無いでしょうか!!本当に!!!
これからも皆様に楽しんでいただけるように頑張ってまいります。応援よろしくお願いします。

と言いつつ、今回は穂乃果ちゃん誕生祭特別話のみです。本編はまた来週…ごめんなさい…筆が追いつきませんぬ…(涙)

今回は前回の誕生祭から一年後のお話です。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「なるほど…去年は選ぶ時間がなかったので…」

「今年はちゃんと決めてプレゼントを買おうってことですね!」

「…それはそーなんだが、なんでお前ら妙に嬉しそうなんだ?」

 

 

時は7月頭、去年は穂乃果の誕生日プレゼントを買うと決めたのが前日夕方であり、ロクに選ぶ時間がなかったから今年は早めに行動することにした。

 

 

事情がわかってる園田と南に手伝いを頼んだはいいが、なんでこいつらニヤニヤしてんだ。腹立つな。

 

 

「そうですか…ついに桜さんも想いを伝えるんですね…」

「頑張ってくださいね!」

「何言ってんだお前ら」

「「え?」」

「俺が穂乃果に何を伝えるっつーんだ。文句しかねーわ」

「「………」」

「2人してやれやれみたいなポーズ取るのやめろ」

 

 

煽りに来たのかお前ら。

 

 

「…はぁ、そんなことだろうとは思いましたけど…」

「穂乃果ちゃんかわいそう…」

「…お前らの話に付き合ってると話進まねーから勝手に進めるぞ。去年は安物だがネックレスを買った。邪魔にならない程度のネックレス以外のアクセサリを考えているんだが」

「指輪!」

「却下」

 

 

バカかこいつは。

 

 

「えぇ…指輪いいじゃないですかぁ。ペアリングなんて素敵だと思いますよ?」

「なんでそんな恋人同士みたいなモノを用意しなきゃならねーんだよ」

「え?」

「あ?」

「…」

「…」

「え?」

「何なんだよほんとに」

 

 

そんなに俺と穂乃果をくっつけたいかお前ら。

 

 

今更ながらこの子たちに相談したのがそもそも間違いだったらしい。去年も半ば強引に連れていかれたし、このままでは指輪買わされるハメになりかねない。

 

 

お帰りいただこう。

 

 

「…オーケーわかった、だいたい理解した。君らに相談したのが間違いだった。もう適当に探してくるから君らは帰れ早急に」

「探しに行くんですね?」

「わかりました!早速行きましょう!」

「帰れっつってんだろ痛え痛え引っ張るなバカほんと力強いな君らは?!」

 

 

お帰りいただこう作戦失敗。

 

 

去年の二の舞な雰囲気を感じ取りながら、無駄に力のある女子2人に連れ去られた。

 

 

勘弁してくれマジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤリング…ですか?」

 

 

とりあえず連行される道すがら、思いついた候補を伝えてみた。

 

 

「他に思いつかなかっただけだがな…」

「素敵です!穂乃果ちゃんきっと喜んでくれますよ!!」

「………………」

 

 

ものすっごい笑顔で言われるとリアクションしづらい。つーか何を選んでも「素敵です!!」って言ってきそうなんだよな。

 

 

そんなことを思いながらジュエリーショップに入った瞬間。すこぶる会いたくない奴がいるのに気づいた。

 

 

「あっ桜がこんな所にいるなんて何でかなぁ穂乃果ちゃん関係かなふへへ」

「ゔっ、一番会いたくねーやつが…つーか動きが気色悪いぞ茜、近寄んな」

「…会う気はしてたがな」

「ねー、今日瑞貴くんも茜くんのお買い物に付き合うって言ってたもんね」

「何でそれを言わないんだ南…!!」

 

 

無論、茜だ。意外と捻くれている雪村もいる。若干腹立たしい藤牧もいる。あー、例のバス事故組か。

 

 

つーか南、知ってたなら避けられただろうが。いやこの子、雪村に会うためにわざと言わなかったかもしれん。あり得る。この子ならあり得る。

 

 

「にこの誕生日も近いですからね」

「そうだよー。穂乃果ちゃんは来月なはずなんだけどね準備早いねー去年ネックレスあげたお兄さん」

「殺す」

「やめないか」

「お医者さんいる前で殺すとか言っちゃダメだよ」

「…いやいつでもダメだろ」

 

 

やはり茜は早めに殺しておいた方がいいかもしれん。上着のポケットに入っているハサミを取り出そうとした瞬間に藤牧に腕を掴まれて止められた。動き早えーなオイ。つーかなんで片目隠れてるのに遠近感バッチリなんだよこいつは。

 

 

「何にしてもお店で騒ぐのはよくないね」

「誰のせいだと

「というわけでとりあえず先帰るね。今日はまだ決めきれないし」

「人の話を

「またねー」

 

 

何やら珍しく焦っている茜がふはふは言いながらさっさと店の出口に行ってしまった。煽るだけ煽って逃げやがってあンの野郎。

 

 

「…次会ったら殺す」

「駄目ですよ…?」

 

 

まあいい、とりあえずはこっちの用事だ。

 

 

「わぁー、どれも可愛いですね!」

「そうですね…素敵なものばかりです」

「素敵とか可愛いとかはわからんが、どれが穂乃果に似合うかが問題だ」

「どれも似合いそうですね〜」

 

 

店の一角には結構な数のイヤリングが並んでいた。ピアスもあるが、こっちは無視。穂乃果の耳に穴はない。

 

 

しかしまあ、こうして見ると、確かにどれも似合いそうで困る。仮にもアイドルを自称していたわけだし、そりゃそうか。

 

 

「んー…しかしどれもビビッとは来ねーな…」

「あっ私これ欲しい!」

「いいですね。似合いますよ」

「…君ら俺の手伝いに来たんだよな?」

 

 

着いて来ていた南と園田は自分たちだけで盛り上がっていた。 何しに来たんだ。

 

 

「まあいいか…今すぐ決めなくても問題はないし、一旦保留だ。他の店をあたるか」

「こっちも素敵〜…」

「これなんかどうでしょう?」

「わあ、それもいい!」

「おいこら女子」

 

 

もう帰るぞ。

 

 

店を出ると相変わらず暑い。さすが7月。まあ真夏日ではないんだが。

 

 

「くっそ…なんであいつの誕生日はこんなクソ暑い時期なんだ…」

「8月の頭ですから、特に暑い時期ですね。仕方ありません」

「まあそーなんだろうがよ。とりあえず俺は他の店を探しに行く」

「わかりました!」

「次はここに行きましょう」

「いや君らは帰れよ」

 

 

何のために着いて来てるんだ君らは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局プレゼントは決まらぬまま7月中旬になり。

 

 

俺は今日も穂むらで作曲していた。当然のように穂乃果が目の前で延々と喋っている。我ながら、頭を悩ませている張本人の目の前で仕事するとか結構なメンタルしていると思う。

 

 

「それでね!」

「まだあんのかよ」

「たくさんあるよ!桜さんに話したいこと!」

 

 

もう2時間くらい喋ってんだがなこいつ。俺は昼から居たんだが、穂乃果は大学の講義が午前中しかなかったらしく、昼過ぎには帰ってきていた。そして延々と喋って今に至る。尊敬しそうになるレベルの話題提供力だ。

 

 

「試験勉強とかしなくていいのかよ」

「ふふーん!大学の夏休みは8月からなんだよ!だから試験はまだ先!」

「つまり7月末には試験あるんだろ。今何日だよ」

「えーっと…………………」

「さあ、勉強しような」

「うわーん!!」

 

 

留年しても知らんぞ。

 

 

しかし、大学受験で頑張った経験が残っているのか、最近は勉強しろと言えば結構集中して勉強するようになっていた。当然のように俺の目の前でだが。

 

 

そして今日も、黙々と2時間ほど勉強したのち「疲れた!!」と叫んで店の奥に飛び込み、冷たいお茶を持って戻ってきた。

 

 

何故か2人分持って。

 

 

「はい、桜さん。お仕事お疲れさま!」

「…ああ、サンキュー。わざわざ俺の分まで持ってきたのか」

「うん!桜さんも疲れたかなって思って」

「まあ…そうだな。そこそこは疲れたか」

「えー、そこそこなの?ずっとお仕事してたのに」

「ものすごく集中してやってるわけでもないからな」

 

 

実際穂乃果と会話しながらでもできるわけだしな。

 

 

それはそうと、いつのまにか他人の気遣いもできるようになっていたか。数年前…μ'sを始める前とかだったら、俺の分までお茶を持ってくることは絶対になかっただろう。

 

 

まあ当の本人は「ふへぇ〜」とか言いながら緩みきっているが。

 

 

果てしなくだらしない表情の、少し下に目線を落とすと、そこには去年贈ったネックレスが揺れている。

 

 

未だに毎日欠かさず着けていて、極めて珍しくしっかり手入れもされているらしい。以前、汚れを落とそうとして有機溶剤に手を出しそうになって茜とか天童さんにめっちゃ止められたという話を聞いた。溶けるぞ。

 

 

しかしまあ、物を失くしたり壊したりしやすい穂乃果がそれほどまで大事にしてくれているのなら…少しだけ嬉しくなったりする、かもしれん。

 

 

「…」

「ん、どうかしたか」

「えっ」

 

 

いつの間にか穂乃果がこっちを見ていた。声をかけると、穂乃果はわずかにうろたえて、

 

 

「……………桜さんがさっきから私のおっぱい見てる」

「見てねーわバカ」

 

 

胸の前で腕を搔き抱いてジト目で睨んできた。果てしなく不本意な誤解しやがってこいつは。確かに視線は胸元だったかもしれんが。

 

 

「見てないなら見てないでちょっと悔しい…」

「お前は何を言っているんだ」

「私だってこう…もうちょっと寄せれば…」

「おいお前の方のお茶には酒でも入ってたのか?」

 

 

今度は赤い顔で微妙に不機嫌そうな顔をしながら、二の腕あたりで自分の胸をぎゅむぎゅむし始めた。やめろ。流石に直視できない。

 

 

「バカなことやってんじゃねーよ…もう帰るぞ俺は」

「えー、もう帰っちゃうの?」

「『もう』って言うがな、既に5時間近く俺はここにいるんだよ」

「そうだっけ?」

「そもそもお前にはあの傾いた陽が見えんのか」

「あっほんとだ!もうこんな時間!!」

「見えてなかったのかよ」

 

 

流石にいい加減帰るわ。

 

 

来た時に買ったほむまんを忘れないように持って、穂乃果の母親に挨拶をして店を出る…前に、一瞬振り向いて穂乃果を見ると、なんだか幸せそうな表情でネックレスを見ていた。

 

 

…なんだ、見てたのバレてたのかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふんふーん」

「たまたま穂乃果ちゃんに会ったと思ったらハイパー上機嫌なのは何でかな」

「なんかこの前桜さんが、穂乃果のネックレスを見ていい笑顔してたかららしいわよ」

「なにそれ相思相愛じゃん」

 

 

にこちゃんの誕生日の数日後、たまたま街中で穂乃果ちゃんに出会ったから声をかけたらめちゃくちゃ上機嫌だった。桜のこと大好きじゃん。笑う。

 

 

「…街中でこれだけはしゃげるのも才能か」

「穂乃果ちゃんは昔からこんな感じだよ!」

「つまり才能だね」

「能天気なだけじゃない?」

 

 

お隣にはゆっきーとことりちゃん。この2人はもともとイベントの打ち合わせで会う予定だったからよし。というか普通に今から打ち合わせする。

 

 

「ねえねえ、今年は桜さん何くれるかなあ?」

「知らないよそんなの」

「…楽しみなら聞かない方がいいんじゃないのか?」

「確かに!」

「ほんとにいつになくテンション高いわね」

「あはは…」

 

 

まあ知ってるんですけどね。

 

 

会ったからね。

 

 

イヤリングがどうのこうの言ってたの聞いてたからね。

 

 

もちろん教えないけどね。

 

 

「ところで穂乃果ちゃんは何してんの」

「なんとなーく外に出てきた!」

「わあ衝動的」

「勉強しなさいよアンタは」

「もう2個も試験終わったもーん!」

「まだ6個あるよ穂乃果ちゃん…」

「ダメじゃん」

 

 

ちゃんと試験勉強しようね。

 

 

「大丈夫!今日も桜さん来たら勉強するから!」

「来なくても勉強しなさいよ」

「何で桜必須なのさ」

「本当にこいつら付き合ってないのか…?」

「うん…本当に付き合ってないの…」

 

 

もはやμ's七不思議の一つだよね。7個も不思議あるかな。

 

 

まあ、穂乃果ちゃんって浮れるとやらかす気がするから気をつけてね。

 

 

「じゃあそろそろ桜さん来てると思うから帰るね!」

「桜の行動スケジュールを把握してる」

「もはや怖いわよ」

「ヤンデレか?」

「ヤンデレではないと思うけど…」

「ばいばーい!」

「雑踏の中を駆け抜けるあの軽やかさは何だよ」

「僕が聞きたい」

 

 

なんかもう風のような速さで行ってしまった。ほんとに風のように雑踏をすり抜けていってしまったから多分もう風。穂乃果ちゃんは風になったのだ。

 

 

「何もやらかさないといいけど」

「やらかすにしても試験終わったあとだよね」

「そういう問題じゃないでしょ」

 

 

いや留年かかってるからね。あの子絶対講義聞いてないしね。

 

 

まあ何かあったとしてもそこは桜にお任せだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基本的に。

 

 

穂乃果は何かしらトラブルを呼んでくるタイプではある。

 

 

それはわかっている。

 

 

「……なんつった?」

『ですから、穂乃果がネックレスを落として割ってしまい、すごく落ち込んでいると…』

 

 

急に園田から電話が来たと思ったら、また厄介なことを言い出した。

 

 

「しかも家から全然出てこないと」

『はい…夏休みに入ったら出かける約束もしていたのですが』

「またほんとに厄介なやつだな」

『すみません、私たちでは力が及ばず』

「いい、わかった。なんとかしてくる」

 

 

ちょうど穂むらにいるしな。

 

 

なんかμ'sが解散だかなんだか言ってたときも穂むらで園田と電話してから穂乃果の部屋に行ったな。

 

 

「すんませーん」

「いいわよ!」

「だからまだ何も言ってないんすけど」

「大丈夫よわかってるから!」

 

 

穂乃果の母親は何も言わずとも入室許可をくれた。いいのかそれで。

 

 

二階に上がり、穂乃果の部屋の前に来た。前回は着替え中に突入してしまったから、今度はノックしてから入る。

 

 

「穂乃果、俺だ。入るぞ」

 

 

返事がない。

 

 

まあダメって言われてないならいいんだろう。

 

 

扉を開けると布団の中で丸まっているらしい穂乃果がいた。いや見えないが。

 

 

じつは中身居ないとかじゃねーだろーな。

 

 

「いつまで布団にくるまってんだ出てこいバカ」

 

 

とりあえず中にいると信じて布団をひっぺがす。バサっと掛け布団を剥がすと…

 

 

 

 

 

 

穂乃果はちゃんといた。

 

 

 

 

 

 

なぜか下着姿で。

 

 

 

 

 

 

「なん…だと…」

「んん…あと5分…んん?」

 

 

しかも今の今まで寝てたらしいのに、引き剥がした勢いで起きやがった。

 

 

「え…えっ、えええ?!さっ、さささ桜さんが、えっちょっとえっ」

「やかましいこの痴女がさっさと服を着ろおおお!!!」

「はいっごめんなさいい!!」

 

 

暑いにしても冷房をつけろ服を着ろ。家の中だからってだらしない格好しやがってマジでこいつは…!

 

 

しかも掛け布団に再び潜り込んで出てこない。

 

 

「何してんだ」

「桜さんが出ていってくれないと服着れない…」

 

 

当たり前だな。

 

 

直ぐ部屋を出ていった。数分後に穂乃果からお許しが出たから再び入室。なんだ、この部屋にはハニートラップの呪いでもかかってんのか。

 

 

「まったく…落ち込んでるとか聞いたから来てやったのに」

「ご、ごめんなさい…」

 

 

赤い顔で俯く穂乃果。こいつよく見たら肌がすべすべ…いや考えないようにしよう。要件はそんなことではない。

 

 

「ネックレス壊したんだって?まあ安物だからいつか壊れるんだし、そんなにショック受けんなよ」

「…」

「穂乃果?」

 

 

返事がない。俯いたまま顔を上げないから、隣にいって両手であごの両サイドを包んで顔を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 

 

泣いていた。

 

 

 

 

 

 

「だって…ぐすっ、さ、桜さんが…桜さんが初めてくれたプレゼントだったの…うぅっ、すごく嬉しくて、ずっと大事にしようって思ってたのに…」

「お、おい…だからって泣くことはないだろう…」

「だって、だって!いつもすぐ物を失くしちゃうし、壊しちゃうから、これだけは、これだけは絶対に大切にしようって思ってたの!それなのに、なのに私…ごめんなさい、桜さん…ごめんなさい…!!」

 

 

ボロボロ涙を流す穂乃果にどう声をかければいいかわからない。

 

 

そもそもだ。こいつ、何故か俺に謝っている。もしかして自分が悲しいと思う以上に、もらったものを壊したことを申し訳なく思って泣いているのか。

 

 

変なやつだ。

 

 

「…俺は気にしてねーよ。むしろ一年もよく大切にしてくれた」

「一年もたなかった…」

「誤差だ誤差。大丈夫、怒らねーから。大丈夫、俺の方こそ感謝してる」

「あぅ」

 

 

去年の誕生日にリクエストされたことがある。

 

 

穂乃果が泣いてしまった時は、抱きしめてやること。

 

 

まあ、去年の誕生日以来一回もそんなことは起きなかったから今日はやってやる。特別だ。

 

 

俺の肩を涙で濡らす穂乃果は、なんかちょっといい匂いがする。しばらくこのままでもいいような気がしてしまう。

 

 

「…あの、桜さん」

「何だ?」

「もう大丈夫です…」

「ん?あ、ああ、そうか」

 

 

いかんいかん、ぼーっとしていたら思ったより時間が経ったらしい。女子の匂いでぼーっとするとか変態か俺は。

 

 

「…壊れたネックレスって回収してあるのか?」

「うん…ちょっと待っててね」

 

 

穂乃果は若干散らかった机の上から、砕けたネックレスが入った袋を持ってきた。散らかってるくせにその袋だけは丁寧に置かれていた。

 

 

どんだけ大事にしてんだ。

 

 

「これ…」

「なるほど、鎖が切れて落ちたのか。不可抗力じゃねーか」

「うん…」

「そりゃまあ安物を毎日つけてたらこうなるわな」

 

 

どうやら劣化した鎖が何かの拍子に切れたらしい。こりゃ事故だ事故。

 

 

「とりあえずちょっと預かるぞこれ」

「へ?」

「直ぐ返すから。預かるぞ」

「う、うん」

 

 

とりあえずこいつは持って帰る。

 

 

誕生日直前に変なアクシデント起こしやがって…とは思うが、まあ穂乃果だしな。

 

 

これぐらいがデフォルトだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つーわけで誕生日当日。

 

 

今回はみんなでパーティーしてきたらしい穂乃果の帰宅後、また穂乃果の自室に行くことにする。というか俺が穂むらに着いた時にはもう部屋に戻っていた。

 

 

面倒だから割愛するが、入室してらまた穂乃果は着替え中だった。ノックしただろうがよ。

 

 

「…で、まずはこれだな」

 

 

顔真っ赤な穂乃果は置いといて、鞄から小さな箱を取り出す。

 

 

「ほら、この前預かったネックレス」

「え?!直してくれたの?!」

「湯川とかじゃねーから完璧には直せなかったがな。まあ、インテリアとして置いておくにしては十分だろ」

 

 

預かったネックレスは接着剤を駆使してなんとか原型を取り戻した。まあ形は歪だし、鎖も切れっぱなしだが、ケースに入れて鑑賞する分には困らないだろう。

 

 

「ありがとう…すごく嬉しい!今年も桜さんに誕生日プレゼントをもらえた…」

「は?」

「え?」

「それは別に誕生日プレゼントじゃねーぞ」

「………え?」

「気まぐれで直してやっただけのもんだ」

 

 

つーか去年のプレゼントを直したものを今年のプレゼントにするとか手抜きすぎるだろ。ややこしいし。

 

 

「本命は…こっちだ」

 

 

鞄から取り出した、もう一つの細長い箱。箱を開けると、中には。

 

 

 

 

 

 

 

「…ネックレス」

「ああ。本当はイヤリングとかにするつもりだったんだが…ネックレスを壊して落ち込んでたからな、今度は安物じゃない、ちゃんと耐久力のあるやつを買ってきた」

 

 

 

 

 

 

 

急遽ネックレスを買ってきたんだ。

 

 

イヤリングはいいのが見つからなかったし、今はネックレスが無いなら代わりのものを用意してやろうかと思って。

 

 

「まあ、同じ意匠じゃつまらねーから今度は太陽だ。ひまわりでもよかったんだがな」

 

 

ひまわりも太陽も似たようなものだがな。

 

 

「わあ…!すごい、すごく素敵!!」

「語彙力ゼロか」

「でも何で太陽なの?」

「え?」

「え?」

「あー、えっとだな…」

 

 

それを直球で聞かれると恥ずかしいんだがな。

 

 

「まぁ…なんだ、明るいっつーか、眩しいっつーか…みんなを明るくするとか、そんな感じ…が、穂乃果にぴったりかと思ってだな…」

「へ、へぇ…」

「自分から聞いといて照れんな」

「て、照れてないよ!」

 

 

恥ずかしいのはこっちだ。

 

 

「えへへ…でも、ありがとう!すごく嬉しい…前のネックレスを直してくれただけでも嬉しいのに、もう一つ新しいの貰っちゃった」

「喜んでもらえたようで何より。壊さないように気をつけろよ?」

「うん!!」

 

 

元気よく返事した穂乃果は、いつもより数倍輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああ、本当に、こいつは眩しい)

 

 

わかっていた。ずっと前から。

 

 

(眩しくて、輝いていて…ずっと一緒に居たくなる)

 

 

自分が目をそらし続けてきただけなんだ。

 

 

(きっと、そう。きっとこれが…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うん、ずっと知ってた)

 

 

ずっとずっと前から知ってた。

 

 

(桜さんといると、幸せが溢れてきて、ぎゅんぎゅんパワーが湧いてきて…)

 

 

だって、マンガでも見てきたし、μ'sのみんなも見てたから。

 

 

(ずっと一緒にいたくて、ずっと触れていたくなる。きっと…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((きっとこれが、恋なんだ))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人が自分の気持ちに気づくのはこんなにも先のことで。

 

 

その先も全然楽な道のりでも無かったけど。

 

 

確かにこの時、幸せになるための一歩を踏み出した。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ついにこの2人が素直になりましたよ!!!!
アニメ本編から二年後ですけどね!!!遅い!!!遅いよ君たち!!!何回ハグしてるんだ君たち!!!今更すぎるでしょ!!!
恋の自覚がこんなに遅いので、このお二人の話はかなり後になります。でも恋の始まりはフライングしてお届けしました。早く結婚しろ。


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総力戦の面子が容赦なさすぎた。ごめん。



ご覧いただきありがとうございます。
前回からお気に入り2件!☆10評価1件をいただきました!!ありがとうございます!もっともっと頑張ります!!
またランキングにも入ってましたし、そろそろ私死ぬんじゃないでしょうか…たくさんのお気に入りや評価や感想で寿命は伸びてますけど…(まだ言ってる)

さて、前回は穂乃果ちゃん誕生祭で見送ってしまった本編です。さあ、スクールアイドルみんなのライブのために動き出そう!!

というわけで、どうぞご覧ください。


 

 

 

 

 

とりあえずだよ。

 

 

全国のスクールアイドルを集めるにあたって、特に強力なランドマークに協力してもらわなきゃいけない。強力だけに。ごめん今のなし。

 

 

それは、A-RISE。

 

 

第1回ラブライブの覇者。

 

 

「参加してくれるって!!」

「早くない?」

 

 

というわけで穂乃果ちゃんに突撃依頼をさせてきたら即OKを貰えた。今時の女子高生行動力ありすぎじゃない?

 

 

「何で誰もリスク計算とかしないんだろう…時間、準備云々…うむむむ」

「何うずくまってんのよ茜。らしくないわよ」

「元々できないことはしない主義なんだよ僕は」

 

 

だって体力無いからね。

 

 

「あとね、ツバサさんが、みんなで一つの曲を歌いたいって」

「へえ。いいんじゃないの」

「そこは否定しねぇんだな」

「むしろ各グループそれぞれが一曲歌ってたら1週間でも足りないよ」

 

 

みんなで力を合わせるって意味でもとてもいいご提案だけど、これまた実現可能性的な意味でありがたい話だね。

 

 

「それで、みんなの方は?」

「凄いです!メールを送ったら既に何件か返信が!!」

「ほんと?!」

「僕は考えるのをやめた」

「賢明な判断だ」

 

 

もう難しいとか大変だとか気にしない方向で行こう。

 

 

「けど、中には話を聞いてからにしたいってグループもいるみたいで…」

「確かに、いきなり出て欲しいって言われても戸惑うかもしれないわね」

「むしろそれが普通のリアクションだと思うけど」

「電話できちんと説明した方がいいかもしれませんね」

「のんびり構えてていいの?!時間はそんなに残されてないのよ?!」

「そんなにどころか全然ないんだけどね」

「それは…」

 

 

実際、時間がないなら参加希望者だけ集めるのが楽。でも今回の目標を考えるとできるだけたくさん集めたい。

 

 

11人いるんだし、みんなで電話すれば案外いけるかもしれない。いけるかな?

 

 

「じゃあどうするのよ?」

「そうねぇ、みんなで

 

 

 

 

 

 

 

「会いに行こうよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう会いに…ん?」

 

 

なんつったこの子。

 

 

「ええっ?!」

「会いに?!」

「本気なの?!」

「うん!行ける範囲は限られるだろうけど、直接の会って直接話した方が気持ちもきっと伝わるよ!!」

「いやそれはそうなんだろうけど」

 

 

また不思議なことを言いよってこの子は。

 

 

「でもどうやって?」

「簡単だよ!」

「おっと嫌な予感」

「真姫ちゃん、茜くん!電車賃貸して!!」

「「「「「「「「なるほど!」」」」」」」」

「なんでこっち見るのよー!!」

「ぜんぜんなるほどじゃない」

 

 

人のお金をあてにするんじゃないよ。なんか前もこんなことあった気がする。

 

 

「仮に僕らがお金を出すにしてもだね、それでも行ける範囲は限られるよ。どこに行くかは決めないと」

「それは…うーん」

「まあ決めてないだろうね」

 

 

ほら無計画。仕方ないから僕が道すがら行き先は考えようか。

 

 

とか思っていた時だ。

 

 

 

 

 

 

 

『話は聞かせてもらったぜ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

外からクソデカボイスが飛び込んできた。

 

 

久しぶりに鼓膜ブレイク案件。

 

 

何事。

 

 

「うるさっ!!」

「こ、この声は…!」

『そう!!みんな大好き天下一品天童一位さんだぜ!!!イェーイみんな元気ー?!』

 

 

声のする方…正門の方を見ると、天童さんがメガホンみたいなのを持ってこっちに叫んでいた。

 

 

いや、天童さんだけじゃない。桜もいるし、ゆっきーもいるし、湯川君や松下さんもいる。まっきーとか御影さんはお仕事かな。

 

 

「話聞こえてたんですかー?!」

『いや全く!!だがどんな話になったかは想像に難くない!!全国のスクールアイドルに会いに行くんだろう?!足は用意したぜ!!電車に頼るよりもこっちの方がスピーディー且つフレキシブルだぜ!!』

「なんだかよくわからないけどありがとうございます!!」

『あれ?わかんなかった?まあいいや!さあ行くぞ君たち!!』

「穂乃果ちゃんに英語使っちゃダメだよ」

「わかってないわねあの人」

 

 

とてもありがたいとは思うけどね。

 

 

急いでみんなで正門まで行くと、階段下に3台の車が用意されているのがみえた。ほんとに用意されてる。

 

 

「さ、乗りな!チーム分けは?」

「えっと…」

「考えてないなら適当に乗りな!そっちの明の車は近場組!桜の車は中距離組!俺の車は遠征組!!」

「じゃあうち遠征しよー」

「遠征…もしや山ですかッ?!」

「そんなわけないにゃー!心配だから凛もついてくにゃあ…」

「花陽、私たちは近場に行くわよ。アイドル研究部の部長として顔を売りに行くわよ!」

「え、ええ?!」

「私は桜さんの車!」

「私は穂乃果と一緒に行こうかしら」

「じゃあ私も…」

「待って、グループ毎に学年をバラけさせた方がいいと思うわ。私が穂乃果と絵里と一緒に行くから、ことりはにこちゃんと花陽をお願い」

「うん、わかった!」

「スムーズだねえ」

 

 

みんな決断が早くなったねえ。僕はにこちゃんと一緒に行こう。松下さんよろしくお願いします。

 

 

「波浜くん、申し訳ありませんが道案内をお願いできますか?実は方向音痴なもので…」

「松下さんの意外な弱点」

「俺は花陽と…」

「いや、湯川君は遠征組だ。君の目的も別にあるわけだし、たまには花陽ちゃんから離れて行動しな」

「……………………」

「無言でもすげー嫌がってる雰囲気感じる…」

「湯川くん!凛と一緒にかよちんの話しよ!」

「そういうことなら」

「心変わり早っ」

「…俺は何で呼ばれた?」

「中距離組に乗ってやってくれ。何度か出番があるはずだぜ」

「…そうですか」

「何で君微妙に残念そうなん??」

 

 

男性陣も無事分裂できたし、すぐに出発しよう。松下さんなら安全運転だろうし安心だ。

 

 

「まずは練習してる人が多そうな河川敷に行きましょうか」

「わかりました。えーっと河川敷…ああ、右ですか?」

「わかってるじゃないですか」

「いえ、まあ…たまたま…」

 

 

流石に行ったことあるところなら迷わないのかな。

 

 

とにかく、いろんなスクールアイドルに直接会いに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう…一生懸命練習してるよ…」

「そりゃそうでしょ」

「邪魔になっちゃうかな…」

 

 

というわけで1組目のスクールアイドル発見。でも練習中だったので物陰から様子見してる。いや急いで。他にも会いに行かなきゃいけないんだから。

 

 

「行って来なさいよ」

「私?!」

「部長でしょ?」

「うう…」

「誰でもいいから早よ」

「じゃあ茜行ってきなさいよ!」

「そうはならんでしょ」

 

 

僕が女の子集団に話しかけたら余計警戒されるでしょ。

 

 

そんなことをしていると、不意にことりちゃんが前に出た。おお、さすが元メイド。関係無いね。

 

 

「こんにちは!初めまして、μ'sの南ことりです。ちょっとお話、いいですか?」

「うわぁ…!μ'sのことりさんだ…!」

「かわいい…」

「な、何でしょうか?」

「あのですね…」

 

 

流れるように本題に突入。これは強い。

 

 

「次は花陽ちゃんがあれやる番だね」

「ええええ…」

「じゃあにこちゃんへぶしっ」

「なんでよ!」

「こっちのセリフだよ」

 

 

君らラブライブ優勝者なんだからコミュ障してる場合じゃないよ。頑張って。殴らないで。

 

 

「OKしてくれたよ!」

「お早い」

「流石ね!次行くわよ次!」

「よーし。松下さん、次は公園までお願いします」

「公園ですね。えーっとこの先を右折して…」

「…ほんとに方向音痴なんです?」

「ほ、本当なんです…あまり信じてもらえないんですが…」

 

 

松下さん、方向音痴って言ってたのに全然迷わない。僕が思い描いた通りの道を進んでくれる。

 

 

むしろ他の道を通らないのがびっくりだけどね。心でも読んでるのかな。まさかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いしまーす!」

「ライブやりまーす!」

「凛たちと同じだー!」

「頑張ってるんやねぇ」

「こんな山間部でもスクールアイドルが生まれているとは…大変だろうに…」

「創ちゃんお父さんみたいになってるにゃ」

 

 

遠征組は天童さんの(警察に捕まりそうなスピードの)運転によって内陸の山間部まで来ていた。人が少ない地域にもスクールアイドルが生まれ始めていることに俺は感動を隠せない。

 

 

「そんだけ君らの影響力が強かったのさ。君らのように、消えそうな学校も救えるかもしれないからな」

「…何で当然のように天童さんも付いてきてるんです」

「車の中で待っててもよかったんですよ?」

「そんな冷たいこと言わないで〜」

 

 

天童さんはおいといて、本当にそれだけの影響があったというなら本望だ。

 

 

「でも、どうします?突然話しかけるわけには…」

「こういうときは凛ちゃんやね」

「ええっ?!凛が?!」

「はいこれ」

「…何でソフトクリーム…つーかいつのまに買ってきた?」

「こいつぁ異次元アタックの予感がするぜ…!!」

 

 

希からソフトクリームを受け取った凛は、そのまま突如チラシ配りをしているスクールアイドルの前にたち、ソフトクリームを高く掲げ、もう片方の手に本を持って屹立した。

 

 

なるほど、自由の女神か。

 

 

いや微塵もなるほどじゃねえ。何してんだ。つーか本はどこから出した。

 

 

「あ、あの…」

「何でしょうか…」

(おっと出だしは芳しくなさそうですぜおやっさん)

(いやあれが正常なリアクションですって。あと誰がおやっさんですか誰が)

(ちゃんとツッコんでくれた…)

 

 

あんなものどう見ても不審者だ。凛だからいいものを、俺か天童さんがやっていたら即警察案件だ。

 

 

「ワタシはスクールアイドルの使者…そなたたちとライブがしたいのじゃあ…」

「え、えぇ…」

「な、何ですかあれ…」

「ドン引きされてるぞ」

「海外で会得した新技や」

「何やったらアレを会得するんだよ」

「ん?創ちゃんも会得したい?」

「誰がそんなこと言った」

 

 

何であれでいけると思ったんだよ。どう見てもヤバい人見てる目だぞあれ。実際ヤバい人だ。凛はやく帰ってこい。まだ傷は浅い。

 

 

「あんなバカバカしいことで

「参加してくれるにゃー!!」

「「ええっ?!?!」」

「うーん世界はスピリチュアル」

「さ、次行こっか。天童さんよろしくね」

「ねえ希ちゃんよ、君だんだん俺への敬意が無くなってきてない?気のせい?気のせいだよね?」

「おい海未、勧誘はあれで正解だったのか?」

「私に聞かれても困ります…!!」

 

 

あの不審者までバリバリの自由の女神で参加決めるのかよ。急にスクールアイドルの未来が不安になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちら中距離組。

 

 

メンバーは、穂乃果、絢瀬、西木野、雪村。

 

 

「ステージに立ってほしかったら勝負よ!!」

「何で?!」

「勝ったら出てあげるわ!!」

 

 

なんか戦闘イベントが始まった。

 

 

何でだよ。スクールアイドルはそんなに好戦的な種族なのかよ。

 

 

しかもこの子たち木っ端のスクールアイドルだろ。穂乃果たちはラブライブ優勝者だぞ。実力差わかってないのか。

 

 

いや逆に直接実力を見たいのか。

 

 

「ふふ、いいわ!面白そうじゃない」

「絵里ちゃん?!」

「μ'sの本気、見せてあげようじゃない」

「真姫ちゃんまで?!」

 

 

なんでノリノリなんだそこ。

 

 

多数決で決めるなら勝負するしかないじゃねーか。

 

 

「まあ、勝てばいいんだろ。行ってこい行ってこい、下手に説得するより楽かもしれん」

「桜さんまでー!」

「…ところで、そこの人は誰なの?マネージャーの滞嶺さんとか波浜さんじゃないわよね?」

「通りすがりの音楽家だ」

 

 

やべぇ、目をつけられた。

 

 

「丁度いいわ。あなた審判して!」

「何でそんな偉そうなんだ君」

「審判していただけませんでしょうか!!」

「よろしい」

 

 

指摘してなおふんぞりかえっていたらお断りするところだったが、偉そうにしないなら腹も立たないしいいだろう。

 

 

まあ俺の審判は辛口だがな。

 

 

「で、勝負の方法は?」

「各グループの持ち曲を一曲!一本勝負よ!!」

「ど、どうしよう…私たち3人の曲って無かったような…」

「9人で歌った曲をアレンジしましょう。いけるでしょ?」

「もちろん。見せつけてやるわ」

「うぅー…よーし、私も覚悟決めなきゃ!」

 

 

正直ダンスの良し悪しはそこまで詳しくないんだがな。まあいいか。

 

 

「よし、それじゃあ…」

「…待て。どうせならコンディションは整えていけ」

「ん?」

「ダンスに服装による優劣がつかないよう、統一した衣装を作った。着ておけ」

「わあ、ありがとうございます!」

「でもどこで着替えれば…」

「…?そこで着替えればいいだろう」

「「「「「「え゛っ」」」」」」

「車ン中で着替えてこい。雪村お前ちょっとこっち来い」

「どうした」

 

 

ああ、平等になるように配慮してくれるのはかなりありがたい。ありがたいが、そういう配慮をもうちょっと拡張しろ。道端で女の子を着替えさせるとかどういう了見だ。

 

 

とりあえず雪村に説教をして(伝わったかどうかは不明)、一曲勝負をさせた。

 

 

ふむ。

 

 

「どう?!私たちの実力は!!μ'sにも負けてないでしょ?!」

「いや?」

「即答?!」

「パフォーマンスの中身だけで言えば、まず音程のブレが激しい。アップテンポな曲に声がついていけてない。サビ前の盛り上がりが弱い」

「うっ」

「特に右の子は47小節目のCが低い。左の子はCメロ全般でハモリが合っていない、わずかに低い。真ん中の子は80小節目頭のブレが酷い、108小節目のhiAが喉にかかりすぎている」

「い、いやいや細かすぎない?!」

「いつもの桜さんだ…」

「いつもの桜さんね…」

 

 

これでもざっくり指摘してる方だぞ。

 

 

「曲そのものはメロディーラインが不明瞭なくせに和音の進行が単調。調もハ長調じゃつまらん、変ホ長調にでもしておけ」

「きょ、曲にも指摘を…っていうか変ホ長調だと高音がすごく辛く…」

「出せ」

「容赦ない!!」

 

 

これでも容赦してる方だぞ。

 

 

「まあ、μ'sも音程のブレとかリズムの遅れはあったわけだが…何より熱量が違う。君らの『相手に勝つ』という意思のこもった暴力的な音より、μ'sの『みんなを楽しませる』という心が生んだ暖かい音の方がはるかに聴きやすい」

「な、なんか桜さんに褒められると恥ずかしい…」

「普段全く褒めてくれないものね…」

「ギャップってやつかしら」

「別に褒めてねーぞ。君らの反省会はまた移動中にする」

 

 

まあ、あんまり理論的ではないんだが、やはり音楽の方向性というのは大切だろう。できるだけ多くの人の心に通ずる想いを込めた方が届きやすい。

 

 

…と思う。

 

 

「わかったわ…私たちの負けよ。参加してあげるわ!」

「本当になんでこいつらこんな偉そうなんだ?」

「にこちゃんみたいに意地っ張りなんじゃないですか?」

「意地っ張りなら君も大概だろ」

「うぇえ?!」

 

 

まあ、ひとまず無事1組確保、といったところか。

 

 

他の奴らも首尾よく行ってんのかね。天童さんの発案だから心配は要らないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メールが来ました!東京だけでなく、全国から何校も!!」

「すごいわね!」

「これでもう20組にゃ!」

「みんなアクティブだねぇ」

「達観すんな」

 

 

部室に戻ってパソコンを確認すると、参加表明メールがたくさん来てた。うーん行動的。

 

 

何でもいいけど凛ちゃん、数を数えるのにわざわざ猫を描く必要はあるの。意味あんの。

 

 

考えるのをやめてパソコンを眺めていると、部室にお客さんが来た。

 

 

「ハロー」

「あんじゅさん…!」

「と、その他お二人」

「その他でまとめないで欲しいわね…」

「あと俺もいるんだけど」

「なんだ白鳥君か」

「なんだとは失礼な」

 

 

A-RISEの皆様だ。

 

 

「曲作り、手伝いに来たわよ」

「これ、お土産だ」

「俺が作った差し入れだ。いくらでも作れるから遠慮なく食べてくれ」

「いただきます!!」

「こら穂乃果ちゃん」

「いたっ」

 

 

ノータイムで差し入れに手を出してる場合じゃないよ。やることたくさんあるんだから。

 

 

「そんじゃ早速、作詞作曲衣装作製に取り掛かっていきましょーかね!俺は家庭科室借りるぞ!」

「行動力の化身」

「まあ渡はおいといて、私は作曲、英玲奈は作詞、あんじゅが衣装を手伝うわ」

「A-RISEが味方とは頼もしい限りです。よろしくお願いします」

「あら、滞嶺くんって礼儀正しいのね」

「創ちゃんは見かけによらずいい人ですから!」

「…見かけによらず?」

「創一郎メンタル弱いんだから余計なこと言わない」

 

 

凹んじゃったじゃん。

 

 

「そうそう、僕らの知人からも助っ人呼んでるから、存分に使い潰してね」

「潰しはしないわよ…?」

「結構物騒なことを言うんだな…」

「ちょっと茜!引かれてるじゃないの!」

「ごめんごめん痛い痛い首折れる」

 

 

言い方が悪かったね。ごめんね。悪かったから首掴んでガクガクしないで首折れちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず衣装を様子見。現場監督はことりちゃんと優木さんだ。

 

 

「あら、可愛い衣装!」

「ありがとう!穂乃果ちゃんに言われて急いで作ったんだぁ」

「ほんとに急ぎでよく作ってくれたよ」

「ふふ、お互い強引な相棒を持つもの同士、大変ね」

「綺羅さんも強引タイプなんだねぇ」

「渡を見てたらわかるでしょう?」

「ごもっともで」

「さて、これからもっと衣装を用意しなきゃだし、忙しくなりそうね」

「助っ人さんがいるから少しは楽になると思うよ!」

「そういえば、その助っ人さんって一体どなたなの?」

「うふふ、それはね…」

 

 

ことりちゃんが答えようとした時、ちょうど某車椅子野郎が入室してきた。音ノ木坂がバリアフリーでよかったね。

 

 

「…やっとついた」

「あれ、一人で来たの?」

「…入り口までは水橋に連れてきてもらった。そこからは自力だ」

「いつのまにか桜と結構仲良くなってるね」

 

 

既に疲れてるけど大丈夫なのゆっきー。

 

 

「ちょうど来ました!こちらが衣装作製の助っ人の…」

「雪村瑞貴…ファッションデザイナーだ。君はA-RISEの優木あんじゅか、よろしく」

「ゆ…えっ、雪村瑞貴さん?!雪村瑞貴さんってあの、えっ??」

「そういえばゆっきー有名人だったね」

「…お前も有名人だろ」

「ごもっとも」

 

 

優木さんはゆっきーを見て若干頭がフリーズしてた。まあね、世界的に有名だしね。僕もですはい。

 

 

「茜くんが雪村さんの友達だったから…」

「そうなのね…私、衣装担当しててよかった…」

「大袈裟だな。デザインは決まってるんだろう?手早く始めよう」

「「はい!!」」

「元気だねえ」

 

 

優木さんもやる気満々になってくれたようでよかった。

 

 

とか思ってたら。

 

 

「じゃーん!衣装考えてみたよー!うっふーん、どう?」

「どうと言われましても」

 

 

穂乃果ちゃんが更衣室から飛び出してきた。なぜかハワイアンな感じで。衣装の雛形はできてるんだってば。何してんの。

 

 

「…本当に大変ね」

「あはは…」

「さあ、始めるか」

「流石雪村さん、不動…」

「いや多分興味ないだけ」

「ひどいよー!」

 

 

まあ、ゆっきーがいればなんとかなるでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽室を覗きに行こうとしたら、扉ににこちゃんが張り付いてた。

 

 

何を言ってるかわからないと思うけど、ぶっちゃけ僕もよくわかってない。何してんだろ。

 

 

仕方ないから中の様子は窓から見よう。

 

 

「いい曲ね」

「何かアイデアがあれば言って、取り入れてみるわ。桜さんも遠慮なく言ってくださいね」

「俺が遠慮しないと際限ないぞ」

 

 

なんだろうこの優雅な空間。真姫ちゃんと綺羅さんはともかく、窓際で腕組んで壁に寄りかかってる桜もなんだかんだ芸術的だし。あいつ意外と礼儀作法しっかりしてるしね。

 

 

若干口悪いけど。

 

 

若干じゃないか。

 

 

「そうね…じゃあ、こういうのはどう?」

「え?」

 

 

真姫ちゃんの至近距離でピアノを鳴らす綺羅さん。なんだか同人誌一本書けそうな感じだ。描いちゃう?誰か描いて。

 

 

「ここの和音、こっちの方が良いと思うの」

「確かに…。桜さんはどう思います?」

「悪くない。つーか基本的に君らの感性で決めれば良い、どーしても困った時だけ頼ってこい。そうでなければ俺の作品になっちまう」

「ふふ、まさか幻のアーティストさんに指導していただけるなんて…頑張ってきた甲斐があったわね」

「勝手に幻にするな」

「水橋先生は顔出ししてくれないじゃないですか」

「俺はメディアに出たくない…ん?先生?君先生っつったか?」

「ええ、今は先生ですよね?」

「…俺そんなこと言ったか?」

「いえ、高坂さんから聞きました」

 

 

心の底から呆れてる桜が見えた。どんまい桜。今日も元気に振り回されてるね。

 

 

「ところでにこちゃんは何してんの」

「ま、真姫ちゃんがツバサさんと仲良くしてる…!!」

「どっちに対してジェラシー感じてるのさ」

「ジェラシー感じてない!!」

「ふげっ」

 

 

真姫ちゃんが取られてジェラシーしてるのか、憧れの綺羅さんと仲良くしててジェラシーしてるのかどっちなんだろう。とりあえず照れ隠しキックが結構痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室では海未ちゃんと統堂さんがパソコン前で作詞作業をしていた。

 

 

「これが全国から集まった言葉だ」

「こんなにあるのですか…?」

「あはは、流石に全部拾って歌詞にするわけにはいきませんね」

「笑ってる場合ではありませんよ松下さん…!」

 

 

当然助っ人は松下さん。意外とノリノリで引き受けてくれた。文系大学教員てゼミとかやらなくていいのかな。

 

 

「みんなの想いがこもってる。やるぞ」

「はい…!」

「とはいえ、出来るだけ強い想いを込めた言葉を選びたいですね。いくらか抽出しましょう、実際の編纂はお任せします。困った時だけ意見させていただきましょうか」

「はい、お願いします!」

「有名な文学者に指導していただけるなんて、この先二度とない機会かもしれない…気合い入れていこう」

「も、もう少しリラックスしてくださって大丈夫ですよ…?」

 

 

よくよく考えたら呼んだ天才さんたちみんな有名人だったわ。流石天才。僕もです。ごめんなんでもない。

 

 

とにかく、流石にここでは僕はお手伝いできないし、邪魔になりそうだから退散しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、こんだけポスター用の絵があれば困らないかな」

「多すぎるだろ。同じものを大量に印刷すればいいものを…何種類作ったんだ」

「ゆーて2、300種類くらいだよ」

「十分狂ってる」

 

 

創一郎に、印刷所に頼んだポスターたちを運んでもらってたら文句言われた。いやぁみんなが凝ってたから僕も凝りたくなったの。半径1km以内に同じポスターが貼られないように頑張って貼りにいこう。

 

 

「よし、行こうか創一郎」

「本当に全部張り切れるかこれ…」

 

 

貼るんだよ。最悪日本全国回ってしまおう。流石にそんな時間はないか。

 

 

 

 

 

まあ、とにかく。

 

 

絶対成功させるために、僕だってベストを尽くさなきゃね。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

さて、男性陣もたくさん出てきた総力戦。相変わらず察しのいい天童さん、巻き込まれる水橋君、デリカシーゼロの雪村君、読心が捗る松下さん。水橋君は18歳になったので即車買った模様。
助っ人に男性陣を呼んだらなんだか過剰戦力になりました。A-RISEの皆さんが喜んでるので多分大丈夫。


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次の世代へのバトンタッチ



ご覧いただきありがとうございます。

いつもの時間に間に合った…!お盆は偉大。
今回はオリジナルな展開多めです。だって…サクッと書いたらもう(アニメ本編が)終わっちゃう…寂しい…。
まあまだまだこの作品自体は終わらないんですけど。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

スーパー掟破り助っ人の活躍と、A-RISE以外にも助太刀しに来てくれたスクールアイドルたちのおかげで準備は滞りなく進み。

 

 

「ふぃー、会場準備も楽じゃないねえ」

「お前は俺の上に乗ってるだけだろ」

「指示出し係も気を張ってるんですー。あーその飾りそこじゃないよ、逆サイド逆サイド」

 

 

ついにライブ前日となった。秋葉原の公道を丸借りしていられる期間は2日間だけだから、急いで準備しないとね。

 

 

ちなみにこんなデカい公道を2日間も借りれたのは、主に御影さんの宣伝効果とまっきーの融資のおかげだ。

 

 

御影さんが事あるごとにメディアで宣伝してくれたおかげで、このライブの注目度が爆上がりなのだ。テレビ中継までされることになった。誰がここまでやれと言った。すてき。さすが芸能界最強。

 

 

この知名度を盾に公道貸してって話をつけに行ったら、すんなり受け入れ…てくれたわけではなく、流石にすんごいお金が必要だった。

 

 

流石にこのお値段は出せないなあって思ってたら、まっきーが「その程度で苦心している場合ではないだろう?」とか言ってポンと出してくれた。腹立つ。腹立つけど助かった。おいしゃさんしゅごい。

 

 

というわけで掟破りの公道2日間貸切りライブが実現したのであった。いやぁ気が狂ってる。実現できちゃうところが特に狂ってる。

 

 

「まあみんなも頑張ってるし、僕らも手を抜けないね」

「そうだな、さっさと終わらせよう。俺たちが足引っ張るわけにはいかねぇからな。おいそこそのテントはそこじゃねぇぞ寄越せ」

「指摘するのはいいけど寄越せはおかしくない?あぁまた片手で運んで…」

 

 

創一郎も大概狂ってるね。どんな筋肉してたらテントを片手で運べるのさ。てゆーか筋力云々の前にバランスとかやばくない?持ち方次第ではテントの自重で足折れない?折れるよね普通。

 

 

そんな感じで謎のハイペース設営を進めていると、歩道橋の上から穂乃果ちゃんボイスが聞こえてきた。

 

 

「えー皆さんこんにちは!!」

「あの拡声器どこから持ってきたの」

「なんか天童さんが置いてった」

「この前使ってたやつか」

 

 

やたら声でかいと思ったら拡声器使ってた。また天童さんの仕業か。いいかげん怖くなってきた。

 

 

「今日は集まっていただき、本当にありがとうございます!このライブは、大会と違ってみんなで作っていく手作りのライブです。自分達の手でステージを作り、自分達の足でたくさんの人に呼びかけ、自分達の力でこのライブを成功に導いていきましょう!」

『はい!!』

「なんかえげつない人数集まってるけど、これ何人いるの」

「100人超えてからは数えるのやめたな」

「ちゃんと数えておきなさいよ」

「当日の参加者は584人、207グループだ」

「そっちはちゃんと数えてあるのね。なんかそこらへんのライブハウスだったら収まらない人数なんだけど」

「気にすんな」

「そうもいかんでしょ」

 

 

たしかに頑張って呼んだけどさ。そんなに来る?暇なの?今春休みだから暇か。

 

 

「お姉ちゃーん!」

「あ、手伝ってくれるのー?」

「うん!」

「もちろんです!」

「お任せください!」

「でも、私たちまだスクールアイドルじゃないのに参加しちゃっていいのー?」

『大丈夫!!』

「心広いねえ」

「未来のスクールアイドル、ここにいる全員の後輩なんだ。当然だろ」

「なるほどね。ところで雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんの隣にいる子は一体誰」

「知るか。友達じゃねぇのか」

「まあ知らないか」

 

 

雪穂ちゃんたちも合流してくれた。次世代のスクールアイドルだし、むしろ歓迎だよね。ぜひ参加しなさい。

 

 

見知らぬテンション高い子が気になるけど。

 

 

「何にしても早いこと進めないと終わらないからね。手を動かそう手を」

「お前は動かさねぇだろうが」

「だから君が動かすんだよ。ほら早よ早よ」

「投げるぞ」

「失礼いたしました」

 

 

アスファルトに投げつけられたら僕じゃなくても死んじゃう。

 

 

「それにしても、どこ見ても女の子しかいないねぇ」

「確かにな。俺らみたいにマネージャーとか、何なら男子のスクールアイドルがいてもいいだろうに」

「きっと女の子がやるものだって意識が強いんだろうね。創一郎スクールアイドルデビューする?」

「バカか。俺がやれるわけねぇだろ」

「ダンスは得意そうなのに」

 

 

実際、なんとかプロダクションでは男性アイドルをメインに排出してたりするのにね。ジャニーズとかもさ。スクールアイドルもそういう壁が無くなるといいね。

 

 

「いや、ダンスじゃなくてだな…」

「ん?」

「…俺、音痴なんだよ…」

「ああ、そっちの問題」

 

 

意外な弱点。そういえば創一郎が歌ってるの聞いたことなかったね。

 

 

「…あれ?卒業式の時はみんなで歌ってたじゃん」

「…………すげぇ小声で歌ってた」

「この不届き者」

 

 

桜がいるわけでもないんだから堂々と歌いなさいよ豆腐メンタルめ。

 

 

意気消沈してる創一郎が軽々と重量物を運んでいると、テレビ局の方々が来てるのが見えた。前日から来るなんてご苦労様です。御影さんもいるし。誰がそこまでやれと。最高です。

 

 

「やっほー!みんなはっちゃけてるかーい?!」

「いえー!」

「おーっ御影さんもテンション上がってるねぇ!明日はなんと!全国のスクールアイドルが集まってスペシャルライブを披露してくれるんだって!楽しみだねぇ!」

「はい!僕もこの話を聞いてからずーっと楽しみにしていましたから、今のこの準備段階で既にもうワクワクが止まりません!」

 

 

ほんとにそこまで盛りあげろとは言ってないんですが。

 

 

「おっ、あそこにいるのはμ'sのマネージャーさん達ですね!お話聞いちゃいましょー!」

 

 

あっ見つかった。こら創一郎逃げようとするんじゃない。印象悪くなる。

 

 

「こんにちわー!」

「あっはいこんにちわ」

「こ、こんにちわ」

「今回のイベントの注目ポイントは何でしょう?」

「とにかくたくさんのスクールアイドルが参加するところでしょうかねー。第一回ラブライブ優勝のA-RISEや第二回優勝のμ'sはもちろんですけど、全てのスクールアイドルの底力を見ていただきたいですね」

「…」

「こら創一郎何かいいなさい」

「あ、あぁ…えっと、スクールアイドルそのものの魅力や力を感じていただけると幸いです。この先も、スクールアイドルはもっと輝き続けることを知ってほしいですね」

「なるほど!ありがとうございましたー!」

「二人とも設営、頑張って!」

「はーいありがとうございまーす。創一郎、あっち向かって。看板描かなきゃいけないの忘れてた」

「いや、俺は南側の設営に行くぞ。降りて一人で行け」

「えー」

 

 

この僕に歩けというのかね。

 

 

歩くけど。

 

 

歩きますよ。

 

 

「ちょ、ちょっと、波浜さん…!」

「あ、松下さんお疲れ様です」

「お、お疲れ様です…いや、本当に疲れたんですが、そもそも何故僕も設営のお手伝いをさせられているのですか…?!」

「え、海未ちゃんが誘ったら引き受けてくれたって言ってましたけど」

「せ、設営までやるとは、言ってません…!」

「あれっそれはごめんなさい」

 

 

歩いてたらへとへとの松下さんがへろへろになりながらこっちに訴えかけてきた。なんかごめんなさい。全部手伝っていただけるものだと思ってた。

 

 

あと周りに体力有り余るやつらしかいないもんだから松下さんもパワーもりもり系だと勝手に思ってた。割と本気で申し訳ない。

 

 

「い、いえ…確かにパワー系の知り合い多いですけどね…」

「そうですねぇ、そこにいる片腕野郎とかもですし」

「か、片腕野郎…?ああ、藤牧さんですか…」

 

 

まっきーは何でもできるからね。もちろん力仕事もだよ。頭でっかちじゃないんだよ実は。

 

 

「ん、松下氏、汗をかき過ぎだ。これを飲むといい」

「あ、ありがとうございます…」

「変なもん飲ませないでよ?」

「何を言うか。市販のスポーツドリンクだぞ」

「あれ、自家製ゲロマズドリンクじゃないんだ珍しい」

「ゲロマズとは失礼な。しかし、水分・塩分・糖分の補給には案外市販品で事足りるものだ。発汗の程度によって適する種類は異なるが」

「へえ」

「さあ、松下氏。まだ屋台をいくらか立てなければならない、早く行こう」

「え゛っ、ま、まだあるんですか?!」

「まだ5張しか立ててないだろう?大型のテント類なんかは滞嶺がやってくれているが、まだまだ人手が足りない。大丈夫だ、まだ体温はさほど上がっていない。水分さえ気を付ければ熱中症にはならないだろう」

「い、いえ、そう言う問題では…!」

 

 

…まっきーに連れ去られちゃった。なんかごめんなさい。ほんとに。今度何か奢ります。

 

 

てゆーか松下さんがいるってことは作詞組はキリがついたのかな。

 

 

「っていうか桜もいるね」

「んぁ…?あー、おう…なぜか設営まで手伝わされたがな…」

「桜も疲れきってるね」

「桜『も』…?まぁ、俺はインドア派だからな…」

「インドアどころか引きこもりじゃん」

「うるせえ」

「おいこら桜サボんなー!」

「うっさいっすねぇ!!俺はあんたみたいに体力お化けじゃねーんすよ!!」

「あーっお前年上に向かってあんたとはなんだあんたとは!!敬意が足りんぞ敬意が!敬えオラぁん!!」

 

 

とてもさわがしい。

 

 

「つーかさっき松下さんもいたぞ…こういう力仕事は天童さんと滞嶺あたりにやらせておけよ…」

「あとまっきーとかね。でも男手足りてないから頑張って」

「自分がやらねーからって余裕ぶっこきやがって…」

 

 

そりゃ僕がやったら死んじゃうからね。

 

 

「おーい茜ー!そういえば計算外の大戦略が来てるからこっちは早めに終わりそうだぞー!」

「計算外の…?天童さんが計算を外すなんて、そろそろ寿命ですか」

「ねぇなんですぐ殺そうとするわけー?もっと長生きしたいですわよお兄さん」

 

 

どっちかって言うとほめてるんだけどね。天童さんの先読み能力はすごいもんね。むしろそれが本体だよね。つまりそれを失った天童さんはお陀仏。さらば天童さん。

 

 

とか言って合掌して拝んでいると。

 

 

物陰からなんかメタルな人型生命体が現れた。

 

 

なにあれ。

 

 

『天童、こっちは終わった』

「おーうご苦労さん。今度は地図上のD3地点頼むぜ」

『地図上のD3地点。了解』

「ちょっと待ってあれ何」

「俺が知るかよ」

「はっはっは!確かにパッと見じゃわからんな!あれ湯川君だ湯川君!」

「は?」

『湯川君だ』

「あーこの聞いたことを繰り返す感じ湯川君だ」

「アイアンマンかよ」

 

 

まさかあれの中に湯川君入ってんの。チートじゃん。前からチートだったけどさらにチートじゃん。

 

 

「というわけでこっちは安泰だ。桜も穂乃果ちゃんのとこ行ってていいぞ!」

「なんでわざわざ穂乃果のところに行くんです」

「え?」

「え?」

 

 

うーん噛み合ってない。

 

 

まあいいか、僕は僕の仕事しよ。

 

 

とか言って看板の周りに画材を並べたところで、白鳥君がクーラーボックスみたいなのを持ってこっち来た。

 

 

「おーっす波浜君、差し入れだ」

「ああ、白鳥君。わざわざありがとね」

「いやいや、むしろこっちが例を言いたいくらいだ。屋台係って名目で料理とかさせてもらってんだから」

「ただの適材適所なんだよなぁ」

 

 

白鳥君がゼリーみたいなのをくれた。ありがたい。料理スキルMAXの白鳥君は設営してる場合じゃない。みんなに美味しいご飯を提供する係だ。そして多分また彼のファンが増える。

 

 

「ま、理由はなんであれ得意分野を活かせるのはありがたい…って食いながら作業すんなよ器用だな」

「むぐむぐ」

「いや食べてから喋れ」

 

 

時間もったいないからね。

 

 

「んぐんぐ…まぁ、みんな頑張ってるからね。時間は有効活用しないとね」

「食事の時間はしっかり確保した上で、残りの時間をうまく使う方が効率いいだろうに」

「さすがお料理マン、料理を味わう時間をなんとしてでも確保させようとしてくる」

「いや普通にしっかり食事を摂ってほしいだけなんだが…」

 

 

まあご飯はしっかり食べてるから大丈夫だよ。少食だけど。っていうかお昼ご飯も白鳥君が作ってくれてるんだけどね。

 

 

白鳥君は全員分ちゃんと量まできっちり食べる人に合わせて作ってくれるからちゃんと全部食べられる。どう考えても白鳥君の負担が異次元なのは言わない約束。

 

 

「まぁ、正直な話この企画自体にも感謝してんだ」

「むぐ?」

「…そのゼリー熱中症対策品だから食い過ぎると糖尿病になるぞ。この企画でA-RISEも呼んでくれただろ。A-RISEはラブライブ最終予選以降はライブとか一切してなかったからさ、スクールアイドルとしての最後の舞台を披露する機会をくれたわけだし、本当に感謝してる」

「ふむ」

「ちょっと待てもう絵描けたのか?この看板縦5m横3mって聞いてたけど?」

「そうだよ?」

「さも当然みたいな顔して答えるな」

 

 

まあ一発書きならこんなもんだよ。

 

 

とにかく、A-RISEにとってもいい思い出になるというならそれは良いことだね。

 

 

「そういうことだからさ…俺も全力でサポートさせてもらうよ」

「今日明日は美味しいご飯が食べれるってわけだね」

「まあそういうこっちゃな」

 

 

うーん、こういう自分の領域分野では自信満々なところは僕らに似てる。さすが天才。僕もです。

 

 

「そういうわけだから、ちょっとリクエストされたもんを作ってみたぜ。ほれ」

「僕何もリクエストした記憶無いんだけど。ってか何この白濁液」

「その言い方やめろ」

 

 

白鳥君がおもむろにクーラーボックスから取り出したのは、いわゆるフラッペみたいな白い飲み物っぽいものだった。何これ。

 

 

「まあ飲んでみなって」

「えー」

 

 

まあ液体よりも固体を粉砕したっぽいものだからヤバいものじゃないだろうけど。しかし何だろうこれ。サイダーとか?

 

 

ちょっと飲んでみよう。ぢゅー。

 

 

「…」

「ん?不味かったか?」

「いや、美味しいんだけど、味で色々察した」

「怪しいもんは入れてないんだが…」

 

 

いや、そういう意味ではなく。

 

 

「これ白米だね」

「大正解。白鳥渡特製白米スムージー。小泉さんにすんごい勢いで頼まれたからな、頑張って作ってみたのさ。結構上手いことできてるだろ?」

「できてるけど…なんかごめん」

「なーに、むしろ新しい試みができたから感謝してるくらいだ。うんうん、炊いた白米を即刻凍結乾燥機に入れて、凍ったら粉砕…抹茶系のデザートに合うかな」

 

 

もうすっごいお米味だった。冷たいくせに、飲み物のくせに、白米。頭こんがらがる。でもこの味なら花陽ちゃんもご満悦だろう。

 

 

でもそんなことを必死に頼むもんじゃないよ。

 

 

「一応聞いておくけど、ラーメン味とか頼まれてないよね」

「あー…まあ、頼まれたんだが、さすがにあの味を飲み物にするのは地雷が過ぎるよなって…」

「賢明な判断ありがとう」

 

 

まさかとは思ったけど、凛ちゃんも頼んでたか。さすがに料理の天才でもダメなものはダメらしいけど。よかった。

 

 

「…味をうまいこと調整できればいけなくもないか?」

「やめて」

 

 

これ以上才能の不法投棄しないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと終わったねぇ」

「日が落ちる前に終わってよかったな」

「ひぃ、あ、あの、もう帰っていいですか…?」

「あっはいホントにすみません松下さん」

「なぁ、あの風船アーチどーなってんだ?風船の中に風船があるぞ」

「僕は知らないよ」

「ああ、湯川君がやってくれたのさ。原理はよくわからんが、膨らませたクソデカハート形風船の中にヘリウム入りノーマル風船を突っ込むマシンを作ってくれた」

「相変わらず意味がわからんな彼は」

 

 

色々あったけど、夕方にはすべての作業を終わらせることができた。早いね。主にチート戦力のおかげだね。

 

 

「自分たちで作ったステージにみんなで…」

「ワクワクするにゃー!」

「何か踊りたくなっちゃうね」

「何言ってんの、本番は明日よ?」

「ほんとだよ。怪我したらどうすんの」

「私がいるだろう?」

「まっきーうるさい」

 

 

早く帰って休みなさい。

 

 

というわけで速やかに帰ってほしいのだけど、スクールアイドルはみんな結構アグレッシブなのだ。知ってた。

 

 

「でも練習しちゃおっか!」

「今からですか?」

「もう夕方よ?A-RISEだって急に…」

「別に構わないが」

「うわぁ体力有り余ってる」

「いいねー!よーし、じゃあ最後にみんなで練習だ!!」

「まじかぁ」

 

 

本当に元気モリモリだ。

 

 

 

 

 

 

 

でも。

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、やるぞー!」

「A-RISE、μ'sに着いていくぞー!」

 

 

 

 

 

 

 

そんな声が聞こえて。

 

 

少し胸が痛んだ。

 

 

だって、この先の道にμ'sはいない。他のスクールアイドル達が進む道を、μ'sは共に歩まない。

 

 

「穂乃果」

「…うん」

 

 

僕らが決めたことだ。

 

 

無言で去るわけにはいかない。

 

 

しっかり伝えなければならない。

 

 

「ねぇ、みんな。私たち、みんなに伝えないといけないことがあるの」

 

 

穂乃果ちゃんが声を出すと、大きな声ではなかったのに、不思議とここにいるみんながこちらを向いた。

 

 

やっぱり、穂乃果ちゃんはこういう時に力を発揮する。何かを伝えたい時とか、宣言する時とか。みんなの視線を惹きつける何かがあるんだろう。

 

 

「あの…私たち、私たちμ'sは…」

 

 

たとえそれが、言いづらいことだとしても。

 

 

誰一人、聞き漏らすことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sは…このライブをもって、活動を終了することにしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

返事はない。

 

 

誰もが声を出せないでいた。

 

 

「私たちはスクールアイドルが好き。学校のために歌い、みんなのために歌い、お互いが競い合い、そして手を取り合っていく。…そんな、限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドルが大好き…!μ'sはその気持ちを大切にしたい。みんなと話してそう決めました」

 

 

きっとね。

 

 

スクールアイドルを始めた理由とか、続ける理由とか、それは人それぞれなんだと思う。

 

 

卒業する人を見送ったあと、新入生を加えて改めてスタートするのもよくあることだと思う。

 

 

でも、μ'sはそうしない。

 

 

この9人がμ'sだって決めたから。この9人で過ごした日々が、輝いた日々が。この9人がスクールアイドルであったから紡げた物語だったから。

 

 

3年生が去った後は、μ'sは残らない。

 

 

…だけど、μ's以外のものなら残せる。

 

 

例えばそう、僕らが作り上げたスクールアイドルそのものの存在の礎とかさ。

 

 

「でも、ラブライブは大きく広がっていきます。みんなの、スクールアイドルの素晴らしさを、これからも続いていく輝きを多くの人に届けたい!私たちの力を合わせれば、きっとこれからもラブライブは大きく広がっていくから!!」

 

 

そういうものを残すためのこのライブだ。

 

 

まあ、それでもその他のスクールアイドルの皆様からは嗚咽とか泣き声が聞こえるわけですけど。

 

 

(…茜)

(どしたのにこちゃん)

(あんたも何か言いなさい。あんただから言えることもあるはずよ)

(そうかなぁ)

(そうよ)

 

 

にこちゃんに背中を押されたので、口を出すことにしまーす。

 

 

「泣いてる場合じゃないよ、みなさん」

「…え?」

「μ'sが活動を終えるということは、君たちの前に僕らがいなくなるってこと。A-RISEだって本格的にアイドルを始めるなら、スクールアイドルではなくなる。…だったら、これからスクールアイドルの最前線に立つのは他でもない君たちなんだ」

 

 

僕らが消えて悲しんでる場合じゃない。

 

 

新しい世代を引っ張っていくのは、ここにいるような、来年度もスクールアイドルを続けていく子たちなんだから。

 

 

「このライブはスクールアイドルの輝きを広く知らしめる足がかりなんだ。僕らができる最後のサポートなんだ。その先は君たちの仕事だ。君たちの出番だ。君たちがやらなきゃならない。僕らの歩んできた道の、さらに向こうまで行かなきゃならない。わかるだろ?泣いてる場合か。しっかり前を向いて、やるべきことをやらなきゃ、僕らの影にも追いつけないぞ」

 

 

この先の未来を託すのが泣き虫では不安になっちゃうもんね。

 

 

「うん、茜くんの言う通り。私たちがいなくなった後も、もっとスクールアイドルの輝きは広がっていくから!…だから、明日は終わりの歌は歌いません。私たちと一緒に、スクールアイドルと、スクールアイドルを応援してくれるみんなのために歌いましょう!!想いを共にしたみんなと一緒に!!」

 

 

決して悲しい別れではないから。

 

 

元気に明日を迎えようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで帰り道だよ。

 

 

「遂に明日だねぇ」

「何言ってんの。まだファイナルライブもあるのよ」

「そうだったね」

 

 

アキバストリートライブはそれとして、僕らはμ's単独のファイナルライブもする予定なのである。忙しいにもほどがある。

 

 

「でも、要するにもう少しでにこちゃんのアイドル生活も終わっちゃうんだよね」

「…そうね。でもいいのよ。楽しかったし、やりたいことはやり切ったと思う」

「ほんとに?」

「ほんとよ。アメリカまで行ったんだから」

「たしかに」

 

 

よくよく考えたらスクールアイドルを始めた時の「日本一」って目標は叶ってるしね。有言実行、さすがにこちゃん。惚れる。もう惚れてた。

 

 

…もう4月も近づいてきた。

 

 

つまり本当ににこちゃんが卒業し、アイドルじゃなくなる日が来る。

 

 

その時には…。

 

 

「茜、私…ファイナルライブが終わったら、学校の前で待ってるから」

「うん」

「あんまり待たせるんじゃないわよ」

「うん。会場の片付けしたらちゃんと行くよ」

「それ結構時間かかるやつじゃないの!!」

「仕方ないじゃんぶぎゃる」

 

 

蹴りが鋭い。

 

 

それはそれとして、先手取られた。ちょっと悔しい。

 

 

「…ま、少しくらいなら待っててあげるわよ」

「頑張って早く行くよ」

「暗くなる前には来なさい」

「ふえーい」

 

 

最悪途中から創一郎に押し付けよう。

 

 

ある意味、僕はそっちの方が本番なわけだからね。

 

 

なんだか、やたらと星が輝いてる気がした。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

もうこれ次回かその次くらいで終わっちゃいますね…寂しい…。
男性陣もたくさん動員して準備させました。滞嶺君はともかく、天童さんや天才藤牧さん、チートな湯川君などが本気出してくれています。ほんとに湯川君チート。
あと、せっかく料理の達人がいるので白米スムージーを実現させてみました。スムージーというよりフラッペみたいですけど。美味しいんでしょうか。

というわけで、もう少しだけ、お付き合いください。


…まあアニメ本編後も続きますけど!


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終点:笑顔の魔法を叶えたい



ご覧いただきありがとうございます。

お盆明けたら即遅刻ですよ。土下座するしかないですねもうほんとに私はもう!!!
今回アニメ本編最終回になるので書きにくかったんです…本編終わっちゃう…
そんなわけで最終回です。どんな結末を迎えるか、見届けてあげてください。

というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「というわけで当日なんだけど」

「何が『というわけで』なのよ」

「気にしない気にしない」

 

 

というわけで当日だよ。

 

 

僕はにこちゃんと一緒に、歩道の真ん中で突っ立っている。

 

 

邪魔じゃない、これ。

 

 

「みんなを待つくらいなら普通に迎えに行けばいいのに」

「うっさいわね!急に気が変わったのよ!」

「寂しがりにこちゃんだね」

「ふん!」

「あふん」

 

 

朝、当然のようににこちゃんを迎えに行って、一緒に会場に向かっている最長に突然「みんなを待つわよ!」って言ってにこちゃんが立ち止まってしまったのだった。

 

 

もう30分くらい待ってるんだけどね。

 

 

「っていうか遅くない?!」

「遅くないよ、僕らが早いんだよ」

 

 

待ちきれなくて早めに出発しちゃったのは僕らの方である。小学生みたい。

 

 

とか言ってたら、μ'sの残りみんなが姿を現した。

 

 

「あ、にこちゃんいた!」

「…遅い!」

「にこちゃん、茜くんと2人でずっと…?」

「張り切りすぎにゃ」

「いいじゃないライブ当日なんだから!!」

「にこちゃんもちょっとセンチメンタルしちゃったんだよふぐっ」

「うっさい!」

「今日もキレが抜群だな」

「抜群れす」

 

 

今日も肘が鋭いよ。刺さる。ごめん嘘刺さらない。

 

 

「これでμ's全員揃ったわね」

「昨日、言えてよかったわね。私たちのこと」

「…うん」

「そうだね」

「私もそう思います」

「ワイトもそう思います」

「ワイト…?」

「ごめんなんでもない」

 

 

調子乗りました。

 

 

まあでも、沢山の人がいる場で宣言できてよかったよ。

 

 

「もう、穂乃果ちゃんが突然話すから…」

「えへへ…ごめんなさい」

「でも、これで何もためらうこともない。でしょ?私たちは最後までスクールアイドル。未来のラブライブのために、全力を尽くしましょ」

「絵里ちゃん…うん!」

 

 

もう憂うこともないし、最後の最後までやり切るだけだね。

 

 

「よーし、UTXまで競争!負けた人ジュース奢り!」

「ええ?!」

「ずるいにゃー!」

「負けへんよー!」

「おっとこれは遠回しに僕に奢れと言っている感じか」

「サンキュー」

「いや乗せてよ創一郎」

 

 

競争なんてしたら僕最下位確定だよ。いつものように肩車だよ創一郎。乗せて。乗せろ。

 

 

創一郎に乗せてもらって風を切る中、後ろを振り向くと穂乃果ちゃんが上機嫌でくるくる回ってた。さてはあの子競争する気ないな?

 

 

まあ、いいか。

 

 

罰ゲームがどうとか、気にすることじゃないのかもしれない。

 

 

一世一代のライブが待ってるわけだしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、みんなで走ってたどり着いた秋葉の大通りは。

 

 

 

 

 

 

 

 

洒落にならないくらいの量のスクールアイドルで埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと創一郎。昨日は当日参加500人くらいって言ってなかった?僕には2,000人くらいいるように見えるんだけど」

「そ、そんなバカな…こんな人数が…」

「穂乃果!」

 

 

創一郎の頭をぺしぺししながら聞いたけど、創一郎も予想外だったらしい。絵里ちゃんは少し遅れてた穂乃果ちゃんを呼んでくれた。

 

 

「見ての通りよ」

 

 

集団の先頭には、A-RISEの皆様がいた。

 

 

「あなたたちの言葉を聞いて」

「これだけの人数が集まった」

「こんなに…」

 

 

そんなバカなって話だよ。

 

 

いくらなんでも多すぎるでしょ。東京とか関東のスクールアイドルってレベルの人数じゃないのだ。秋葉のメインストリートが埋まるとか何事。

 

 

「ほんと…女子高生ってパワフルだ…」

「つーかおかしいぞ、こんなに大量に衣装は用意してなかったはずだ…」

「ふふ、それはね…」

「…俺が作ったに決まってるだろう」

「うわゆっきー」

 

 

まあそこはそうだよね。

 

 

みんなして唖然としていると、目の前のスクールアイドル集団が左右に分かれて道を作り出しはじめた。

 

 

モーゼの奇跡さながらの光景だ。

 

 

実際奇跡起こしてるんだから、このくらい起きても不思議じゃないのかもしれない。

 

 

いや不思議だわ。君ら今どうやって意思疎通したの。

 

 

「さあ、時は来たわ!」

「大会と違って、今はライバル同士でもない!」

「我々は一つ!!」

 

 

 

 

 

 

 

『私たちはスクールアイドル!!!』

 

 

 

 

 

 

 

こんなにも心が一つになるなんてね。

 

 

赤の他人がたくさん寄せ集まってるだけのはずなのに。

 

 

きっと今、僕らは「スクールアイドル」という一つの大きな生命だ。

 

 

そして、その心臓は…穂乃果ちゃんは、この奇跡に負けない。物怖じしない。

 

 

「みんな…今日は集まってくれてありがとう!いよいよ本番です。今の私達ならきっとどこまでだって行ける!どんな夢だって叶えられる!!」

 

 

手を空に伸ばす。

 

 

太陽を掴むかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「伝えよう!スクールアイドルの素晴らしさを!!」

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら。

 

 

本当に太陽まで捉えてしまったのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

「最高だ」

「だね」

 

 

時刻も夕方になって、大半の撤去作業も終わった。大量のスクールアイドルによるライブは当然大好評であり、テレビ中継に御影さんが出ていたこともあってお客さんも満載だった。

 

 

屋台も白鳥君が監修なだけあってどうあがいても美味しい。てか昼過ぎくらいにラーメンシャーベット出てたけど何なの。美味しかったんだけど。なんか悔しい。

 

 

軽い怪我は巡視していたまっきーが全部対応してくれたし、怪我人の場所は天童さんが予知してくれたらしい。

 

 

ライブ衣装も、「欲しい!」って人が続出したからゆっきーが結構なお値段で売ってた。いい仕事しよって。売り上げの一部はスクールアイドル全体に分けてくれたから許す。

 

 

撤去もご存知創一郎を筆頭に、特にメタル湯川君が気持ち悪い適応力で高速撤去してた。設営の時に配置とか構造とか全部覚えたんだね。怖っ。

 

 

「なんか…夢のような1日だったね」

「スクールアイドルの夢を叶えるための1日だったなら、夢のような1日で十分だ」

「何かっこつけてんの」

「つけてねぇよ。つかお前も似たようなこと言ってんだろ」

「悪かったから投げようとしないで」

 

 

頭掴まれて投げられるの怖いんだよ。君は知らないだろうけどさ。

 

 

「おーい茜ー、せっかくだし今いるメンツだけでも写真撮ってやりなよー」

「自分で撮らないってあたりがさすがでーす」

「うっせえ!お前の方が写真撮るのは上手いでしょぉ?!」

「ええやん、撮ってー」

「またすぐ悪ノリする」

「悪くないやん?」

「悪くないね」

 

 

悪くないけど、ノリは悪ノリだよね。よくない。

 

 

よくないけど、まだ帰ってなかったA-RISEや近隣のスクールアイドルのみんなはノリノリだから写真は撮ってあげよう。いつもの一眼である。こういう時はいいもの使わないとね。

 

 

「2人とも重いよー」

「ちょっとにこ、押さないでよー!」

「気にしない気にしなーい!」

「みんなふざけないのー!」

「もうすでにカメラ構えてんのにこの有様」

「撮っちまえ」

「もう10枚くらい撮ったよ」

 

 

オフショット歓迎だよ。でも延々とわちゃわちゃされると困る。

 

 

「じゃあみんな、練習したアレいくわよ!」

「待って待って僕何も聞いてない」

「せーのっ!」

「わぁ」

 

 

 

 

 

『ラブライブ!!』

 

 

 

 

 

また安直な。

 

 

そういうの嫌いじゃないよ。

 

 

「…うん、いい写真が撮れた」

「むしろここでいい写真を撮り逃したら死刑だろ」

「重罪すぎない?」

 

 

弘法も筆の誤りっていうじゃん。

 

 

「さ、明日はファイナルライブなんだからさっさと帰る」

「えー!」

「えーじゃないの」

 

 

何でまだ元気有り余ってんのさ。早く帰って寝なさい。明日に疲れを残されては困るし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、準備はいい?」

「うん!」

 

 

そして、翌日。

 

 

ついにファイナルライブの日が来た。

 

 

「ふぁ〜…あの花の中に入るの?」

「そだよー。床は圧力を感知して絵が動く特別仕様。そもそも会場全体が夜明けを演出する素敵仕様だよ」

「最後の大舞台…わざわざアキバドームを抑えたんだ。叶わないはずだった舞台だ、存分に暴れてこい」

「うん!楽しみ!!」

「テンション上がるにゃー!」

「今日こそ一番目立ってやるわよ!!」

「にこちゃんは何と戦ってるの」

 

 

みんなでやるんだからバランス大事にね。

 

 

まあ、何にせよ。

 

 

これが正真正銘の最後だ。

 

 

次は無い。

 

 

だからこそ、出し惜しみなしの、最高を見せに行こう。

 

 

「行くよ!!」

 

 

11人で円陣を組み、μ'sを示すピースサインを掲げる。

 

 

もうきっと、言葉は必要ないよね。

 

 

「1!」

 

 

「2!」

 

 

「3!」

 

 

「4!」

 

 

「5!」

 

 

「6!」

 

 

「7!」

 

 

「8!」

 

 

「9!」

 

 

「10!」

 

 

「11!」

 

 

 

 

 

 

本当に、幸せな1年間だった。

 

 

 

 

 

 

「μ's!!」

 

 

 

 

 

 

ありがとう、みんな。

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「ミュージック〜…スタート!!」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部しっかり終わらせてきた。

 

 

素敵な、最高のライブだった。

 

 

だったら、あとは僕の個人的なミッションだ。

 

 

 

 

 

 

 

「早かったわね」

「創一郎のおかげでね」

 

 

 

 

 

 

 

にこちゃんが音ノ木坂の前で待ってた。

 

 

まあ説明はいらないよね。

 

 

っていうかしないよ。

 

 

「まあ創一郎も何か察してたよ」

「何かムカつくわね…」

「何でさ」

 

 

時間くれたんだからいいじゃん。

 

 

学校前、沈みそうな夕陽を見ながら、色んなことを思い返す。

 

 

「色んなことがあったねえ」

「…そうね」

「にこちゃんがスクールアイドルを始めて」

「部員を集めて、アイドル研究部を作って」

「でもみんないなくなっちゃって」

「2人だけで部を続けて」

「穂乃果ちゃんたちに乗っ取られて」

「乗っ取られたわけじゃないわよ。私部長なんだし。…その後、絵里と希もμ'sに入って」

「みんなで合宿行って」

「海で遊んで」

「枕投げで粉砕されて」

「それそんなに強調する思い出?…それで、文化祭で穂乃果が倒れて」

「廃校を阻止して」

「穂乃果が辞めるって言い出して」

「僕が引きこもりになったこともあったね」

「それを私が助けに行って、あんたはことりを迎えに行った」

「そんでμ's復活、僕も復活だったね」

「留学する予定だったことりを連れ戻して」

「講堂で復活ライブしたね」

「その後は、またラブライブ参加を決めて」

「秋の合宿行って」

「真姫ちゃん達がスランプに陥って」

「僕が川にダイブして」

「ユニット別キャンプをして」

「A-RISEとライブをして」

「穂乃果達が修学旅行から帰って来れないから凛にウェディングドレスを着せて」

「ドレス風衣装ね。にこちゃんはこころちゃんたちの前で単独ライブをして」

「ハロウィンライブでちょっと迷走して」

「ちょっとどころじゃなかったよ。穂乃果ちゃんと花陽ちゃんをダイエットさせて」

「みんなで曲を作って」

「色んな人に最終予選会場まで雪かきしてもらって」

「最終予選を突破して」

「みんなで初詣行って」

「真姫ちゃんだけ着物着てたわね。そしてみんなで遊んで」

「μ'sは終わりにするって決めて」

「学校に泊まって」

「そして、ついに優勝した」

「その後、アメリカにまで行ってライブして」

「帰ってきたらすんごい量のファンに囲まれて」

「μ'sを続けてって頼まれて」

「でもやっぱ終わりにするって決めて」

「スクールアイドルみんなでライブするって決めて」

「ほんとにやっちゃって」

「そして…今、本当に最後のライブを終えた」

 

 

なんだかあっという間に過ぎてしまった気がする。前半は僕がにこちゃんのことしか考えてなかったからかもしれない。さすがにもったいなかったな。

 

 

「楽しかった?」

「当たり前でしょ。そうじゃなかったらここまでやってないわよ」

「それもそうか。僕も楽しかったよ、みんなのおかげで」

「…あんたがそう言えるようになったのも、みんなのおかげよ」

「うん、感謝してもしきれない」

 

 

ここにμ'sがいなかったら、きっと僕はずっと1人で立てなかった。お母さんもお父さんも、もういない。それでも沢山の人がいてくれるから、にこちゃんにすがりついていないで、理由がなくたって、みんなと一緒に歩くために立ち上がれる。

 

 

にこちゃんだってそうだろうし。

 

 

「来週にはにこちゃんも大学生だね」

「そうね」

「入学式もあるし」

「そうね」

「もう高校生ではいられ

「あーもうわかったから早く本題に入りなさいよヘタレ!!!」

「あふん」

 

 

鋭い右ストレートが刺さる。痛いよ。なんかこの一年でやたら強化されてない?気のせい??

 

 

まあ、あまり先延ばしにするわけにもいかないのも事実だ。

 

 

覚悟を決めよう。

 

 

「にこちゃん、僕はあの日から沢山の人と会ってきたよ」

「うん」

「学校内だけじゃなくて、お仕事でも。色んな人を見てきた」

「うん」

「だから、自信を持って断言できるよ」

 

 

 

 

 

沢山の出会いがあった。

 

 

 

 

 

沢山の思い出があった。

 

 

 

 

 

でもやっぱり、僕の中での一番は絶対変わらない。

 

 

 

 

 

今目の前にいる、超絶かわいい幼馴染がいるから、僕はここにいる。生きている。それだけは絶対に譲れないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は、波浜茜は、にこちゃんのことが大好きです。僕と付き合っていただけますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい。こちらこそ、よろしくおねがいします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふ、ふええええ、にこちゃん…!」

「うわっ何泣いてんのよ!」

「だっでぇ…成功率100%のはずなのにめちゃくちゃ不安だったもん…!!」

 

 

もう迷わずにこちゃんに抱きついた。

 

 

にこちゃんと結ばれるって信じて疑わなかった昔とは違って、こんな僕でもにこちゃんは受け入れてくれるのかって不安が少しだけあった。だからすぐに告白できなかった。

 

 

でも、答えが出ればもう不安になることもない。

 

 

伝わった。

 

 

応えてくれた。

 

 

死ぬほど嬉しい。

 

 

「ぶぇええええ、今日からにこちゃんが正真正銘の彼女…どうしよう嬉しくて死んじゃう」

「やっと恋人になったのに私を置いて死ぬんじゃないわよ」

「生きる」

 

 

どんだけ嬉しくても死んでる場合じゃないね。にこちゃんのために生きる。

 

 

「はあ、もう…茜ちょっとこっち見なさい」

「ふぇ?どうし

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に目を閉じたにこちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

と思ったら、2人の唇が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

なんだか一瞬のような永遠のような時間の後、にこちゃんの方から離れていった。

 

 

「…もう、こっちはずっと待ってたっていうのに1人で盛り上がっちゃって」

「…はぅあ」

「なに煙出してんのよ。乙女じゃないんだから」

「そうは言うけどねにこちゃん」

「何よ」

「にこちゃん耳真っ赤だよ」

「ふん!!」

「ぶぎゃる」

 

 

彼女になっても拳は容赦ない。

 

 

痛いけど、いつもと変わらないっていうのも、

 

 

 

 

 

 

なんだかんだ幸せだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、お疲れ様。…希ちゃん」

「…天童さん」

 

 

俺は、俺の物語を進めなければならない。

 

 

「君はあの日、『卒業したら』と言った。つまりここだ。このタイミングが最も卒業にふさわしい」

 

 

相変わらず希ちゃんのことは読めない。だが、怖れて避けていては俺の成長もあり得ない。

 

 

決めなくてはならない。

 

 

俺は、どうしたいのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、だから俺は君n

「好きです」

「ぶるふぎょぅえあ?!?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完敗だった。

 

 

一言で全部持っていかれた。

 

 

もうちょっと猶予くれよ頼むから。心臓に悪いじゃん。お兄さん心因性ショックで死んじゃうよ?

 

 

「き、君なあ…まだ俺喋ってたじゃん…」

「だって、ずっと喋って先延ばしにしそうだったもん…」

「うわーかわい…おほん、まあそれはそうだろ?俺は恋愛とかまだ心にダメージ受けちゃうからさ」

「お返事はまだですか」

「さては俺の話聞いてないな?」

 

 

返事はない。

 

 

なんとなく照れ臭くて顔を見るのを避けていたが、ちらっと見たその表情はかなり頼りない。

 

 

あれでも相当勇気を出して言ったんだろう。

 

 

不安と焦燥で余裕が無くなっているのかもしれない。

 

 

そんな表情を見ているのは正直つらい。

 

 

「はぁ…仕方ない。正面から伝えなければいけないか」

「…」

「念のため言っておくが。俺は別に人の心が読めるわけじゃない。行動を予測してるだけだ。良い人じゃない。善人じゃない。きっと俺は君に相応しくない」

「…」

 

 

泣きそうな目を伏せて、黙って聞いている希ちゃん。人間ってこんなにも儚くて脆そうなものだっただろうか、と思うほど弱々しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでも、俺は君を好きになってしまった。相応しく無くても、君の側にいたいと思ってしまった。君が望むなら…どうか、俺を側にいさせて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!は、はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな弱々しい姿は見たくなかったから。

 

 

今のように、輝く笑顔を見たいから。

 

 

そんな幸せな物語を作り出すために、俺はここで待っていた。

 

 

「はい…はい、よろこんで…!!」

「待って何で泣くの君。喜んでるんじゃないの」

「嬉し泣きって言うんです…!!」

「知ってるけどさあ!統計的に嬉し泣きすることって確率低いんだよ!!自分が出くわすとは思わないわけだよわかる?!」

「わかりません…!」

「うぎゃあ何で抱きついてきた?!ひぃっ、なんか背中の悪寒と前面の弾力に挟まれてどういうリアクションとったら正解かわかんねえ!!」

「…えっち」

「マッチポンプもいいとこじゃありませんかお嬢さん?!」

 

 

仕方ないじゃんおっぱいの弾力すごいんだからこの子!!弾力、感じるんでしたよね?あかんあかん、色々あかん。

 

 

「手を繋ぐくらいならいいですか?」

「うーーーー……………我慢してやる。あと恋人なんだから敬語使わなくていいぞ」

「それは少しずつ慣れていきます。だから天童さんも少しずつ慣れてください」

「等価交換に見えて俺のハードル高いのわかってる?」

「あと『いっくん』て呼んでもいいですか」

「やめんかい!!そんな愛情もりもりのあだ名をつけるな!!背筋が凍る!!」

「じゃあ天童さんをいじめる時だけいっくんって呼びますねー」

「何で敬語は抜けないのに愛称で呼ぶのはできるんだよ!!」

 

 

伸ばされた手を掴み、握る。不安は不安だが、これはこれで落ち着く。

 

 

少し照れるが、やはり恋人と手を繋ぐって大きな意味があるものなんだろう。

 

 

「天童さん」

「なんじゃい」

「…今、幸せですか?」

「…………………ん、多分な」

「ふふ、私もです」

 

 

いつもの関西弁じゃない希ちゃんが、本当に幸せそうな顔でそう言った。

 

 

まったく。

 

 

そんな顔されたら、守らないわけにはいかないだろ。

 

 

今度こそ、後悔のない、幸せなストーリーを作らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、僕らは卒業した。

 

 

μ'sは終わった。

 

 

次からは、新しい世代に託していかなきゃいけない。

 

 

でも大丈夫。

 

 

スクールアイドルは、僕らがいなくても大丈夫。

 

 

「帰ろうか、にこちゃん」

「うん」

 

 

新しい世界へ。

 

 

新しい人生へ。

 

 

また一歩、踏み出そう。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

長かった…やっと波浜君とにこちゃんがくっつきました…(あと天童さんと希ちゃんも)。苦節1年半くらい、最初は20話くらいストックしてから始めたのに後半はもう遅刻の嵐ですよ!!何やってんだよ団長!!
そんなわけで、幸せエンドでアニメ本編は終了となります。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。



まだカップリング未成立の皆様のためにアフターストーリーがたくさん残ってるので、よければ引き続きお付き合いください。



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After stories 1:望まない才能の懊悩
次の時代の自己紹介




ご覧いただきありがとうございます。

今回も自己紹介を用意しました。男性陣の成長をご覧ください。

あと、みんなの性能比べもやってみました。お暇でしたら得意分野以外の能力も見てあげてください。





というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

・波浜 茜(なみはま あかね)

18歳、156cm、45kg。誕生日:2月2日

 

本作品の(一応)主人公。音ノ木坂の3年生。8歳の時に事故に遭い、父の波浜大河と母の波浜藍を亡くし、自身も瀕死の重傷を負った。失意の底にいる時にかけられたにこの言葉に縋って生きてきたが、今は依存から抜け出してみんなの幸せのために頑張っている。高校卒業後、晴れてにこと恋人同士になった。

本来は誰よりも人の幸せのために奮闘する博愛主義者。そもそもにこを応援していたのも「にこちゃんの笑顔がみんなを笑顔にするから」なので、ある意味ずっと他人のために頑張っていた。ただし、人が狼狽えるのを見るのが好きな愉悦部でもある。

事故によって肺に大きなダメージを負ったが、湯川と藤牧の神業により肺や損傷した皮膚、骨が復活。それでも体力が皆無なのは今まで運動しなさすぎたため。いい加減体力をつけなければならないが、本人はまったく乗り気じゃない。

卒業後は独立してグラフィックデザインや空間デザインを請け負う仕事を始める準備中。天童にもノウハウを聞きながらなんだかんだ独力で進めているらしい。なんだかんだ言って有能。

 

「波浜茜です。やっと…やっとにこちゃんの彼氏になれたよ。嬉しい…」

 

 

・滞嶺 創一郎(たいれい そういちろう)

16歳、208cm、145kg。誕生日:5月28日

 

音ノ木坂の1年生。両親は離婚・蒸発しており、次男:銀二郎、三男:迅三郎、四男:当四郎、五男:大五郎という4人いる弟を這いつくばってでも守ってきた優しい兄。顔は怖いが尋常じゃないほどの優しさと献身性を持ち、我慢に慣れて(慣れすぎて)いる。そして料理が上手。

身体能力も尋常ではなく、車と同速で走ったり、人を片手で投げ飛ばしたりとおよそ人間とは思えないことをする。しかも本人は普通だと言い張る。必要かどうかは置いといて、今でも筋トレは欠かさない。最近は茜の乗り物と化している。また、体躯に反比例してメンタルが弱い。すぐ凹む。

進級後もマネージャーを続け、今までしてきた力仕事の他の事務仕事を引き受けることに。家計簿とかつけているので意外とそういうのは得意だったりする。ただし、芸術的センスはよろしくないため、照明や振り付けなんかはやらせてもらえない。

重度のドルオタであり、レアもののグッズを見つけるとすっ飛んでいく。歌も好きなのだが、重度の音痴らしい。

凛と相思相愛なのが目に見えているが、お互い気づいていない&お互い超純粋なので関係がまったく進展しない。

 

「滞嶺創一郎だ。また新しくスクールアイドル生活が始まるんだ、気合い入れていかねぇとな」

 

 

・水橋 桜(みずはし さくら)

18歳、178cm、65kg。誕生日:8月13日

 

茜の友人で音楽の天才。基本的にクールだが、よく面倒に巻き込まれる。主に穂乃果のせいで。本人的には満更でもないあたり、ツンデレである。いつでもどこでも作曲する気満々なのだが、なぜかだいたい穂むらに入り浸っている。本人は「和菓子が好きだから」とか言っているが、穂乃果に対して甘いのは誰が見ても明らか。ツバサには一時的とはいえ先生呼ばわりされていたが、多分満更でもない。

運動神経悪いが、歌うのに必要な筋肉はかなり発達している。だから潜るのは得意。でもあんまり泳げない。

夏でも常にコートを着ている。暑そう。また、不意打ちされるとコートの中や脇腹あたりに手を持っていく癖がある。

時折病院に行く姿が目撃されている。18歳になってすぐ免許は取っており、車も持っているが病院へは歩いて行くようだ。

 

「水橋桜だ。μ'sも終わったか…流石にこれだけ関わってると若干寂しいな」

 

 

・天童 一位(てんどう いちい)

19歳、178cm、75kg。誕生日:9月7日?

 

茜と桜と共に演出請負グループ「A-phy(えーさい)」を運営するリーダーで、脚本家。ふざけた調子だが、時折真剣になる。現実さえも脚本として捉え、次に何が起きるからどうすべきかなどをかなり正確に掴むことができる。ただし、他人の心理は読めないため、何を思ってそう動いたのかはわからない。

孤児であり、名前も親からもらったものではなく小学校に入る際に自分でつけたもの。親の愛情を全く知らずに育った自分でも幸せになれると証明するために、自身の才能をフル活用してサクセスストーリーを歩んできた。

根が善人ではあるのだが、他人の不幸をいちいち助けていては自分が幸せにはなれないと悟り他人を一切助けない人生を選んできた。そのため、自己犠牲を厭わない希の生き方に強く惹かれ、今ではぞっこんラブである。希の卒業後に恋人同士になった。

愛されるのが苦手らしい。恐らく唯一の弱点。手を繋ぐのも若干抵抗があるレベル。他に挙げるとすれば甘いものが苦手なくらいか。

 

「へーい皆様お待ちかね!!世界に誇る才能の塊、天童一位様のご登場だ!!俺が来たからにはもう悲劇は起こさせない…俺のために、何より希ちゃんのためにな!!」

 

 

・雪村 瑞貴(ゆきむら みずき)

18歳、168cm、52kg。誕生日:12月7日

 

天才ファッションデザイナーとして活躍する、両足を失った少年。事故で失った両足にさほど拘泥する様子もなく、服さえ作れれば気にしない。ヨーロッパ方面に特にパイプが強く、ことり奪還の際にはこっそり大活躍した。色々あったせいかことりに思い入れがあるらしく、事あるごとにことりの様子や成長を気にしてライブを観に来る。

実は頼み込まれると断れないタイプで、ことりと連絡先を交換したのも必死に頼まれたかららしい。しかし、頼みといっても衣服の依頼とあらば話は別で、ここぞとばかりにすごい値段をふっかけてくる。一般人相手でも結構容赦ないが、服の質そのものは良いし、なんだかんだ売れるので意外と商才もあるのかもしれない。逆に善意で私服を作る場合はサービスで無料にしてくれる。

最近は湯川に義足を作ってもらったようだが、ロクに練習していないらしい。

 

「…雪村瑞貴だ。そうか、μ'sが…案外悪くない日々だった。感謝しないとな」

 

 

・藤牧 蓮慈(ふじまき れんじ)

18歳、170cm、67kg。誕生日:6月26日

 

17歳にして大学の医学部医学科の博士号を取得した天才。事故で右腕と右眼を失っているが、それでも大半のことをこなすあたりやっぱり天才。肉体労働もお手の物で、テントの設営くらいなら片手でこなしてしまう。しかし言動が腹立つ。

西木野家と関わりがあるらしく、真姫のことをよく覚えている。自身の診療所を持っており、本人曰く後進の育成もしているらしいが真偽は不明。

湯川の協力により精密手術装置「ミケランジェロ」、及び携帯型簡易手術装置「マイクロミケランジェロ」などを作成、運用している。見た目がキモいと話題。本人は気にしていないのか、よく持ち出している。

 

「藤牧蓮慈だ。μ'sが活動終了か。でも西木野嬢はまだスクールアイドルを続けるのだろう?それなら何も問題ない」

 

 

・湯川 照真(ゆかわ てるま)

16歳、162cm、47kg。誕生日:10月17日

 

サヴァン症候群の天才少年。花陽の隠れた幼馴染。藤牧とは違って科学・工学において非常に高い技術と知識を持つが、対人能力が低いためあまり知られていない。

並列思考が可能であり、並外れた集中力と記憶力も相まってコンピューター顔負けの演算能力を持つ。ただし、思考を止めることに強い恐怖を感じるため、慣れない作業を行うと頭が回らなくて一気に不安に襲われる。人混みの中のような大量の情報が溢れる状況ではあまり恐怖に襲われない。また、如何なる場面でも花陽がいれば安心する。

花陽らの健闘により、知人同士程度なら関わりを持つようになった。天童がよく面倒を見てくれているらしく、天童に頼まれて謎兵器を引っ張り出してくることがよくある。

 

「…湯川照真だ。……μ's、終わり…?花陽は大丈夫だろうか…花陽…」

 

 

・御影 大地(みかげ だいち)

19歳、186cm、72kg。誕生日:3月8日

 

舞台や映画で活躍する天才俳優。その天才ぶりは、役さえ与えられれば老若男女問わず何でも演じられるという点で誰もが知っているほど。当然女装する。女装どころか2mを超える怪人に扮しても違和感なく完璧に演じきれる。知名度が高く、礼儀も正しい。天童と仲が良く、彼の作品にはほぼ必ず出演している。

天童のシナリオを遵守することが多く、また、シナリオを外れることに忌避感を覚える節がある。そのせいか、「何でかわかんないけど天童に呼ばれた」ということが多発するらしい。

テレビ出演の影響力は絶大で、年末特番なんかに出てくると視聴率40%とか叩き出すことも。宣伝効果抜群である。

 

「御影大地です。そっか、μ'sが…結構応援してたんだけどな、寂しいね」

 

 

・松下 明(まつした あきら)

19歳、164cm、50kg。誕生日:1月20日

 

18歳で国立大学文学部の准教授の地位を獲得した文学の天才。あらゆる時代のあらゆる国の文書を片っ端から解読している。小説や詩も自身で執筆し、その際は柳 進一郎(やなぎ しんいちろう)と名乗っている。

言葉や文章から他人の心理を読み取ることができる、読心術のような能力を持つ。そのため、ほとんどの人と当たり障りなく接することが可能。ただし、相手の下心などを容赦なく見抜いてしまうため、基本的には他人を信用していない。他人の行動を読む天童とは微妙に相性が悪いらしい。

「悪人が改心することなどあり得ないから、如何なる犠牲を伴っても正しく裁かれなければならない」という思考の元、天童の協力の上で犯罪者を現行犯で捕まえる「悪人狩り」をしている。そのため、悪人も改心できると考える海未とは正義感が真っ向から対立している。

松下奏という名前の妹がいる。裏表のない元気な子で、明が唯一心を許す相手でもある。

方向音痴で、一人で歩いているとほぼ必ず迷う。同行者が場所を知っていれば、会話の流れから思考を読み取って極めて正確に道筋をなぞれる。

 

「松下明と申します。そうですか、μ'sが…。彼女たちは一般の方々と比べてとても純粋な子たちでした。解散してしまうのは惜しいですね」

 

 

・白鳥 渡(しらとり わたる)

18歳、172cm、75kg。誕生日:9月10日

 

A-LISEのメンバーと同じUTXの生徒で、綺羅ツバサの幼馴染。UTXの全女子生徒をメロメロにするハーレム野郎でもある。

並外れた料理の才能があり、わずかな観察から対象好みの味を正確に作り分けられる。味の作り分けだけでなく、白米スムージーだろうがなんだろうが常軌を逸した料理でもなんとか形にしてしまうレベルには凶悪な才能。UTXのカフェスペースでも大活躍していた。それだけでなく、記憶力やコミュ力も高いのが女子に人気の理由。

割とお調子者だが、納得いかないことはきっちり追い求めるタイプ。頼れる人材である。そして落ち込むときは落ち込む。そういうとこだぞ。

 

「へへっ、2回目だな。白鳥渡だ。A-RISEもスクールアイドルの枠から外れるって意味ではμ'sと同じだ。これからも俺はあいつらを支えて行くよ」

 

 

 

・能力比較

 

多分今後増えます。

 

 

運動能力

 

1位:滞嶺創一郎

人類が勝てる相手じゃない。

2位:藤牧蓮慈

天才は運動能力も天才だった。なにそれチート。

3位:天童一位

割と何でも器用にできる。

4位:御影大地

俳優の名は伊達じゃない。

5位:水橋桜

運動は得意じゃない。御影と大いなる差がある。

6位:松下明

インドア派代表。

7位:雪村瑞貴

そもそも足がない。腕力は結構ある。

8位:湯川照真

全部機械任せ。ずるい。

9位:波浜茜

論外。

 

 

 

1位:水橋桜

世界中で支持を得るアーティスト。

2位:藤牧蓮慈

天才はこんなところでもパーフェクト。

3位:波浜茜

体力は保たない。

4位:天童一位

ほんとに大体何でもできる。

5位:御影大地

CDも出してる。しかしプロほどではない。

6位:松下明

よくも悪くもない。読心さえなければ普通の人。

7位:雪村瑞貴

そもそも歌える曲が少ない。

8位:湯川照真

歌…歌とは?

9位:滞嶺創一郎

リアルジャイアン。

 

 

料理

 

1位:天童一位

人々に評価されるには料理スキルも必要だった。

2位:滞嶺創一郎

主夫スキルが高すぎるコワモテマン。

3位:水橋桜

何故か料理上手い。

4位:波浜茜

油絵などのせいで鼻がやられていて、匂いがよくわからない。

5位:御影大地

いわゆる普通ライン。

6位:松下明

妹任せの弊害。頑張れお兄ちゃん。

7位:雪村瑞貴

料理とかしない。

8位:湯川照真

料理…原料(の化学物質)からそろえなければ…。

9位:藤牧蓮慈

唯一の弱点「味音痴」。

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

能力比較を見ていると天童さんが強いですね。逆に湯川君が不憫。
「あれ、この項目は比べないの?」って思われるものもあるかもしれませんが、一部は物語に関わるので意図的に隠しております。ご了承ください。

引き続き、本作をよろしくお願いします。



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新しい時代と一つの前兆



ご覧いただきありがとうございます。

アニメ本編も終わったので、遅刻気にしない精神が生まれてしまいました(ぐだぐだ)
週一では投稿しますから…!

さて、ここから完全オリジナル回です。つまりクオリティが落ちます()
そんな感じですが、この先も読んでいただけると嬉しいです。

今回は新学期の始まりということで短めダイジェスト。誰のお話かは…秘密にしておきます。卒業後、次にカップルが成立するのは一体誰でしょうか。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

今日は大学の入学式。

 

つまりにこちゃんが大学生になる日である。素敵。拍手。

 

「さすがにこちゃん、スーツもよく似合うよ」

「それは嬉しいけど何枚写真撮るのよ」

「無限に?」

「もう行くわよ」

「無慈悲」

 

大学の入学式といえばスーツだ。多分。そうでもないかもしれない。とりあえずにこちゃんが行く大学はスーツだ。

 

「っていうか何で茜もスーツなのよ」

「僕は昼からお仕事だもん」

「どうせ部屋に引きこもって絵描いてるだけじゃない」

「営業しに行くんだよ」

「茜が…営業…??」

「そんな失礼な顔しないの」

 

僕は僕でお仕事だ。そりゃ僕は大学生じゃないからね。ちゃんとお仕事始めたからね。まだ僕一人しかいないけど。こら誰がぼっちだ。にこちゃんがいるからぼっちじゃないやい。

 

ていうか僕そんな営業できなさそうに見えるの。失礼な。

 

「あ、希ちゃん&絵里ちゃんも来たよ」

「ハラショー、久しぶりね」

「ゆーて1週間ぶりくらいだけどね」

「今までほぼ毎日会ってたんやから、久しぶりやん?」

「まあよっぽどのことが無い限り学校か練習で顔合わせるからね」

 

のぞえりコンビもご登場。相変わらず仲良しだ。しかし特に絵里ちゃん、スーツが似合いすぎである。エリートOL感がすごい。18歳なのに。

 

「それにしても、にっこちも勉強頑張ったねー」

「そうね。正直、同じ大学に入れるとは思ってなかったわ」

「ふっふっふ…宇宙ナンバーワンアイドルなんだから勉強もできて当然よ!!」

「僕がひたすら教えてたんだけどね」

「ふん!」

「ぐえ」

 

まあ、勉強頑張ったのは間違いない。みんなが知らない間ににこちゃんはたくさん頑張ってたのだ。褒めてあげろ。勉強教えたのは紛れもなく僕さ。

 

「さあさあ写真撮るよ3人とも並んで」

「何で茜が一番テンション高いのよ」

「僕は入学式出ないし」

「当たり前でしょ」

 

緊張しなくていいからね。

 

「おやー!こんなところに麗しいお嬢様方が!!こんなところでどうしたのかなおやー!!」

「天童さんは呼んでないんで帰っていいですよ」

「もうちょっと優しくしていただけますー?」

 

なんか後ろからスーパーテンション高い天童さんが来た。そういえば天童さんこの大学通ってたね。お仕事しつつ大学通うとか強者すぎでは。僕は出来ない。

 

「あ、天童さんはうちが呼んだんよ」

「え?」

「いつの間に仲良くなってたの」

「一番コンビにしちゃいけない組み合わせじゃない」

「そんなことねぇよ!!」

「一番黒幕してそうですよ」

「それは正しい」

「正しいんですね…」

 

天童さんは裏から人を操りまくるからね。すごく悪い人みたいに聞こえる。

 

「つーか、仲良くなったというか…」

「ねえ?」

「俺ら付き合ってるからなぁ」

「「「え゛」」」

「何だそのリアクション」

 

えっ。

 

何かおかしな言葉が聞こえた。

 

「天童さん、そういうことは冗談でもいうもんじゃないですよ」

「冗談じゃねぇぞ?」

「冗談じゃ…ん」

「ちょっと希…どういうことよ」

「そうよ、いつの間に…」

「先週?」

「じゃあファイナルライブの後なのね?」

「そうや。ちゃんとスクールアイドルを終えてからお付き合いを始めたんよ」

「じゃあいいわ」

「いいのにこちゃん」

「アイドルが恋愛しなければ私は何も言わないわよ」

「にこちゃんはある意味ずっと恋愛して痛い痛い痛い」

「何か言った?」

「痛い」

 

僕の耳の故障じゃないらしい。余計困る。急にどうしたの希ちゃん。にこちゃんもなんか論点がおかしいし。まともなのは絵里ちゃんだけか。

 

僕?僕はまともじゃないよ。何言ってんの。

 

あとにこちゃんつま先踏むのやめて。

 

で、肝心の絵里ちゃんは黙ってるけどどうしたの。

 

「…」

「どうしたの絵里ちゃん。黙っちゃって」

「わ、私だけ…」

「ん?」

「彼氏いないの私だけ…??」

「あっ」

「確かに…」

 

なんか急に申し訳なくなった。

 

「まあ今日は入学式なんだから細かいことは気にしない」

「そうよ、彼氏なんていてもいなくても同じよ」

「じゃあ僕いなくていい?」

「だめ」

 

にこちゃんの熱い手のひら返しだ。うれしい。

 

「まあまあ、メンタルブレイクしてる場合じゃないぜ?うちの大学はサークルが多いからな、入学式が終わったらすっげー勢いで勧誘されるぞ。疲れるのはまだ早い」

「確かにビラ配りしてる人たちの巣窟みたいになってますね」

「巣窟とか言わないであげてくれ」

「天童さんは何のサークルに入ってるんですか?」

「俺は何もやってねーよ。いや正確には名ばかりサークルを立ち上げて放置してるな、勧誘されないように」

「そんなことできるんですね」

「おう、サークル作るのもメンバーがいれば自由だからな」

「ちなみにサークル名は?」

「ヨウシャヤマゴボウ研究会」

「よう…?」

「毒草じゃないですか」

 

天童さんが毒物作る人みたいになってる。

 

でもたしかに勧誘の勢いはすごい。講堂に続く道の両サイドにはずらりとビラ配りをするお兄様お姉様が並んでいる。こわい。しかもあれビラ配ってるというより押し付けてるね。

 

「じゃあうちはそのヨウシャヤマゴボウ研究会に入ろ」

「部室も何もねぇぞ?」

「いいの。天童さんと一緒なら」

「「ごふぁあ!!」」

「絵里、ダメージ受けすぎよ」

「てかなんで天童さんまでダメージ受けてんの」

 

突然の甘絡みに絵里ちゃんが耐えられなかった模様。なぜか天童さんも耐えられなかった模様。なんでさ。

 

「いつまでもここにいるわけにいかないでしょ。また後で写真撮ってあげるからとりあえず入学式行ってきな」

「はーい」

「な、何かしら、この敗北感…」

「にこちゃんは何してんの」

「サークル作るのは自由…」

「おっと3年前と似た波動を感じる」

 

だいたいわかる。

 

にこちゃん、アイドルサークル作る気だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茜たちが何をしているかわからんが、在校生組も当然新年度だ。

 

「今度はスピーチ忘れなかったよ!!」

「ほとんど原稿と違うこと言っていたでしょう?!」

「まあ穂乃果に覚えろという方が無理だろ」

「まあそうね」

「ひどいよ!!」

 

入学式での生徒会長スピーチは穂乃果が好き勝手喋っていた。ファイナルライブを終えてから急いで原稿を作った海未がかわいそうだ。何で海未が原稿作ってんのかは察しろ。

 

「とりあえず早よ準備しろ。この後は部活紹介兼ライブなんだから」

「そうだよ!早く準備しに行こう!!」

「6人での初めてのライブになりますね…」

「ちょっと不安かも…」

 

とりあえず、昼過ぎにはライブが待っている。去年穂乃果たちがやった講堂ライブだ。今年の新入生は3クラス分の人数らしいし、人も多く来るだろう。しかも今は旧3年生組はいない。今までとは勝手が違ってくる。

 

だが。

 

「…だ、大丈夫!」

「かよちん…」

「私たちもたくさん練習してきたし、ユニットでもライブしたりしたんだから…6人でも大丈夫!」

「…うん!」

「花陽…立派になったな…」

「うう〜…」

「いや無理して気合入れたのか」

 

新部長の花陽が発破をかけてくれた。拙い発破ではあったが、効果は十分だろう。

 

旧3年生組には頼れない。

 

だが、俺たちだって1年間何もしなかったわけじゃない。成長している。できることも増えている。

 

俺たちだけでも大丈夫だ。

 

「さあ、行くぞ。新しい俺たちを見せてやろう。ライブの後には体験練習もあるんだ、気合入れていくぞ」

「うん!」

「テンションあがるにゃー!」

 

新しい時代の幕開けだ。やってやろうじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、ライブは大成功だった。

 

曲だって過去の使い回しだったが、十分完成度の高いパフォーマンスをしてくれた。これで失敗と言われたらキレていい。

 

だが。だがしかしだ。

 

「体験練習に来てくれたのが3人だけなんて…」

「もっと来てくれるかと思いましたが…」

「お姉ちゃんそれ私たちに失礼じゃない?」

 

思ったより体験練習まで来てくれる子が少なかった。というか3人中2人が見知った顔だ。

 

ラブライブで優勝した学校なんだから、もっと人気が出てもいいと思ったんだが…。

 

「…」

「創ちゃんが落ち込んでるにゃ」

「だ、大丈夫…今日は3人ってだけで…」

「花陽もだいぶ元気なくなってるわよ」

 

そんなことはない。俺は元気だ。…元気だ。

 

「ハラショー…ここが部室なんですね!」

「ふあー!!なんだか感動です!!」

「…雪穂と亜里沙はわかるんだが、もう1人の子は一体どちら様だ?」

「あっ、申し訳ありません!申し遅れました、私は松下奏と申します!いつもお兄さまがお世話になっております!!」

「あ、どうも、滞嶺創一郎です…ん?お兄さま?誰のことだ?」

 

μ'sに松下性のやつはいないぞ。

 

いや…松下?松下といえば…

 

「うーん、松下さん…あっ!もしかして…」

「はい!文学者で小説家で詩人なお兄さま、松下明の妹です!!」

「「「「「「「ええっ?!」」」」」」」

「ま、松下さんに妹さんがいらっしゃったのですか?!」

「いらっしゃったのです!!ふふん!!」

 

想像もしなかった。あのいい人オーラが溢れ出る松下さんに妹がいたとは…。だがテンションが違いすぎないか?この子元気すぎるだろ。穂乃果や凛と同じものを感じる。

 

「奏は礼儀正しくていい子なんだけど、元気すぎて何かやらかすから気をつけてねお姉ちゃん」

「やらかしませんよぅ!!」

「昨日亜里沙に突撃してたじゃん」

「あっ…あれは、その、走ってたので!!」

 

穂乃果や凛と同じものを感じる。

 

「…まあ、元気っつーことは体力有り余ってるだろ。体験練習、楽しんでいってくれ」

「はい!」

「よーし、じゃあ屋上へ行こう!」

「うん!」

「練習はいつも音ノ木坂の屋上で行っているんです。案内しますね」

「「「はい!」」」

 

3人ともやる気は十分なようだ。あまり無理させないようにしなければな。

 

「しかし、なぜあまり人が集まらなかったんだろうな?」

「うーん…もしかして()()()()()()かな?」

「あ?優勝したなら注目されるだろ」

 

屋上に向かいながら、花陽がそんな答えを出した。何故そうなる。

 

「えっと、だって私たち、世間的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになってるから…練習がすごく大変かも、とか思われてるのかも」

「そんなことはねぇと思うんだが…確かに外から見たらそう見えるか」

 

確かに、古参でもなければ第一回ラブライブについては辞退した身だ。大半の人には第二回から急に出てきて優勝をかっさらったスーパーアイドルに見えるだろう。

 

初心者が入るには敷居が高く見えるかもしれない。

 

「そこらへんの意識も変えていかねぇと、スクールアイドル人口を増やすのは難しいのかもな…」

「うん、頑張らないとね」

 

スクールアイドルの未来を預かった身だ、この先のことも考えていかなければな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…順調そうだな」

「ああ、これも湯川氏のおかげだ。人間の頂点たる私でさえ手が届かない技術を彼が作ってくれたからこそ、成功する確率が格段に上がった」

 

足…正確には足の切断面だが、そこの定期検診の時に蓮慈はいつもより上機嫌でそんな話をしていた。

 

「ふむ、義足用に埋め込んだ電極も問題なし。しかし義足はほとんど使用されていないようだが」

「…必要ないからな」

「そうとは思えんが。日本中、世界中がバリアフリーなわけではないだろう?」

「…」

 

俺が義足の練習をしないのは、特別な理由ではない。面倒だからだ。今現在必要に駆られていないわけだし、別に構わんだろう。俺が頼んで作らせたわけでもないし。

 

「まあいい。とにかく、茜も精神の安定を取り戻し、私も目的の達成が近い。()()()()()()()…」

「…うるさい」

 

相変わらず蓮慈は知ったような口を利く蓮慈。

 

いつも思うんだ。

 

 

 

 

 

「お前らと一緒にするな」

 

 

 

 

 

俺は蓮慈や茜とは違う。

 

 

 

 

 

お前らみたいに、幸せに暮らしていないんだ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

絵里ちゃんがスーツ着たらエリート感すごいと思うんです。アニメでも凛ちゃんウエディングの時にスーツっぽいの着てましたけど。
新入部員は、μ'sは高嶺の花すぎるということであまり集まらない感じにしました。多分講堂は満員でしたけど!!きっとこれからスクールアイドルをもっとメジャーにしていくんです。

そして最後の雪村君。男性陣闇抱えまくってますね!誰のせいでしょうね!!私です!!!


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ことりの一番憂鬱な日



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!ありがとうございます!!アニメ本編終わってもお気に入りが増えるなんて思いませんでした…寿命のびる…。

ついに日曜に投稿になりました。土曜日に予定入ったらもう無理ですね!!もっと早く書けるようになりたい…。

After stories最初の出番はことりちゃんのようです。さて、何をやらかすんでしょうか…!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

今日は雪村さんと生地を見に来ています。

 

 

まだ新一年生は入部するって決まったわけじゃないけど、衣装作りは早めに進めておいた方がいいかなぁって思ったから、雪村さんに連絡してついてきていただきました。

 

 

「…前からよく言っていることだが」

「はいっ」

「踊るための衣装としては『軽さ』が非常に大切だ。特に顕著なのはフィギュアスケートだろう、彼らは衣装のスパンコールひとつの重さすら鋭敏に感じ取る。軽ければ軽いほど跳びやすいからな。ダンスにおいてもその点は同じだろう」

「はい!でも、薄い生地って言うと…」

「透ける。その通りだな。他にも耐久力が低いなど弊害は多い。自分の目的に合う素材を選ぶことが重要だ」

 

 

メールを送った時にはすごく渋々といった感じだったけど、今は真剣に教えてくれて、相談にも乗ってくれます。

 

 

「なるほど…」

「絹は見た目、軽さ、触感など極めて優秀だが、保管が難しい。ライブ衣装は長期間着ないことも多いだろう、ある程度保存性が高い素材を勧める」

「確かに…値段も高いですからね…」

「…値段?」

「え?はい、値段です。高いですよね?」

「ああ、まあ…高いかもしれんな?」

「えぇ…」

 

 

ただちょっと金銭感覚が遠いです。

 

 

有名な方だし、お金持ちなのかなぁ?

 

 

「…そうか、高いのか…だから最近…」

「あの〜…どうかしましたか?」

「…いや、なんでもない」

 

 

何だか真剣な顔をしてたけど、どうしたんだろう。いつも気だるげなので、真剣な表情は逆にわかりやすいです。

 

 

…そういえばいつも気だるげなのは何でだろう?やっぱり迷惑なのかなぁ。

 

 

「あの、雪村さん?」

「どうした」

「えっと…やっぱり、急にご連絡して迷惑でしたか?」

「…………急に連絡してくるのは今に始まったことじゃないだろ」

「うっ…ご、ごめんなさい…」

「まぁ…迷惑なら断っている。忙しかったわけでもないから気にするな」

「はい…」

 

 

迷惑ではないと言ってはくださるけど、相変わらずつまらなさそうな顔をしていらっしゃいます。

 

 

「…何だ。急に変なことを聞いて」

「え?えーっと、あの…雪村さん、いつもつまらなさそうなので、心配になって…」

 

 

ちょっと言いにくいことだけど、正直に聞いてみました。

 

 

そうしたら、雪村さんは。

 

 

明らかに不機嫌な顔をしました。

 

 

や、やっぱり失礼だったかな…?

 

 

「…………つまらなさそうで悪かったな」

「いっ、いえ!変なことを聞いてごめんなさい…!」

「いや…いい。別に君に関わるのがつまらないわけじゃない」

「は、はい…?」

 

 

何だかよくわからない返事をされてしまいました。答えにくいことを聞いちゃったのかな…。

 

 

「…俺の話はいいだろう。今日は君の用事で来ているんだ」

「あ、は、はい!すみません…」

「別にいい。ともかく、生地は生地として…糸も見繕うべきだろう。色も丈夫さも種類があるからな」

「はい、お願いします」

 

 

話を逸らされちゃいました。やっぱり聞かれたくなかったのかな…。

 

 

そういえば、色々お願いしてるのに雪村さんのお仕事の事情とか、私は全然知らない。聞かれたくないことも他にもあるかもしれないし、今度茜くんに聞いておこう。

 

 

「…ん?そういえば糸はどこに売っていたか」

「糸なら確か二階に…」

「……………そうか、二階か…」

「あっ…車椅子…」

 

 

たまたま、今日来たお店はエレベーターが無いみたいです。あまり大きくないお店だから仕方ないかもしれないけど…どうしよう。

 

 

「ここで糸を買うことはなかったからな…」

「え、えっと…別のお店に行きます?」

「…いや。ここで説明しておく。行くぞ」

「え?えっと、どうやって…」

「階段くらい腕だけで登れる。腕の筋力は車椅子生活で鍛えられているからな」

「そ、そうなんですね…」

 

 

そう言って車椅子から降りた雪村さんは、本当にするすると階段を上っていってしまいました。そういえば、私の家に来てくださった時も車椅子を置いて手で階段上ってた。ちょっと意外だけど、力強いんですね。

 

 

「…しまった、車椅子を持ってくる人材がいない」

「持ってこようと思ったんですけど…すごく重くて…」

「まあそうだろうな…。仕方ない、腕で動くか」

 

 

階段を上った先にいた雪村さんが困ったように言っていました。ミシンみたいなのが積んであるからか、車椅子がものすごく重くて流石に持てませんでした。

 

 

そのまま私も階段を上り切ろうとした、その時です。

 

 

そういえば私、スカート履いてるんでした。

 

 

ミニじゃないけど、そんなに長くないのを。

 

 

そして、雪村さんはほぼ這いつくばるような体勢なので…!!

 

 

「ひゃあぁ?!」

「どうした」

「だっ、ダメです!私そっちにいけません!!」

「何故だ。虫でもいるのか」

「いえっ、あのっ!す、すすすすスカートの中が…!!」

「スカート?ああ、スカートだな。下着が見えると?問題ないだろう」

「問題ありますよ?!」

 

 

相変わらず雪村さんはデリカシーだけはとんでもなく低いです。

 

 

「何が問題なんだ…。ん、まさか履いて

「履いてますッ!!!!」

 

 

思わず大きい声が出ちゃいました。とにかく早く雪村さんを一階まで連れていかないと…!!

 

 

「とっ、とにかく!!糸は別のお店で見ましょう?!ね!!」

「まあ…君が言うならわぷっ」

「早く行きましょう!!」

 

 

床を這っている雪村さんを急いで抱きかかえて、階段を駆け下ります。雪村さんは足がない分軽いですし、足腰は神田明神の階段ダッシュで十分鍛えられているので転んだりはしません。変なところで練習が役に立っちゃいました。

 

 

一階に置きっ放しだった車椅子の上に雪村さんを乗せて、やっと落ち着いてきました。転んだりはしなくてもすごく疲れました…。

 

 

「はぁ、はぁ…」

「……………なぁ、南ことり」

「な、何でしょう…あっいえ、無理やり連れ戻しちゃってごめんなさい…」

「いや、そんなことより」

「?」

 

 

雪村さんの顔を見ると、初めて見る表情をしていました。なんだか気まずそうな顔です。

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

「………下着を見られるのはダメで、人の顔に胸を押し付けるのはアリなのか…?」

「…………………………………………………………………………………………………ふみゅう」

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば。

 

 

雪村さんを抱きかかえたとき、「わぷっ」って言ってた気がしするし、そもそもどこをどう持って抱えたのか覚えてないです。

 

 

なんだかもう立ち直れません。

 

 

「…今日は帰るか」

「ごめんなさい…」

 

 

せっかく雪村さんに来ていただいたのに、今日はもうダメそうです。恥ずかしくて申し訳なくてまともにお話できそうにないです。

 

 

車椅子を押していたから雪村さんの表情はわからなかったけど、帰り道はずっと無言でした。

 

 

私も、謝りたかったけど、恥ずかしくて頭が回らなくて結局何も言えませんでした。

 

 

どうしよう、嫌われちゃったかなぁ。

 

 

そう思ったら、なぜかすごく不安になって、怖くなって、涙が出そうになりました。

 

 

何でだろう。こんなに「嫌われたくない」って思ったのは、穂乃果ちゃんと海未ちゃん以外無かった。

 

 

ううん、もしかしたら、それよりも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(う、海未ちゃんどうしよう!あんなことりちゃん始めて見た!)

(私もですよ!あんなに不安そうに空を見つめることりなんて始めて見ました…!)

(おいどうすんだ、話しかけても「うん…」しか返ってこねぇぞ)

「創ちゃん今の『うん…』が気持ち悪かったにゃ」

「うるせぇ」

「にゃにゃにゃ」

 

 

新一年生はまだ仮入部であり、練習の準備は俺たち新二、三年生だけでやっている。だから部室にいるのは元μ'sの7人だけだ。

 

 

そしてことりが異様にテンション低い。座って窓の外を眺めて、極めて憂いに満ちた表情で時々ため息をついている。あれが正常だとしたら人類は漏れなく躁病だ。

 

 

何かあったのは間違いないが、あれは一体何があったらああなるんだ。

 

 

(も、もしかして…好きな人ができたとか…?!)

「だっ、ダメです!!」

「うわっびっくりした!!」

「ダメです!アイドルに恋愛は御法度なんです!!」

「いいじゃない別に…私たちはスクールアイドルで、アイドルじゃないんだから」

「だめっ!スクールアイドルもアイドルなの!!」

「どうしよう海未ちゃん、ことりちゃんに彼氏ができちゃうよ!」

「悪いことみたいに言うんじゃありません!」

「そもそも好きな人が出来たことを前提に話すな」

 

 

まあ恋愛禁止令はアイドルの暗黙のルールみたいなもんだから気持ちはわかるんだが、そもそも話の前提が正しいかわからんだろ。

 

 

つかそんなでかい声出すとことりに聞こえるぞ。

 

 

「ふぅ…」

「すげぇ全く聞こえてない」

「本格的に心配ですね…」

 

 

聞こえてなかった。

 

 

「ことりちゃん、練習どころじゃなさそうだね…」

「でもことりにしては珍しいわね。留学の話があった時もほとんどいつも通りだったのに」

「心配だにゃー」

 

 

実際、ことりが本気で落ち込むのはなかなか珍しい。しゅんとすることくらいは割とある気がするが、声をかけても上の空なんてのは見たことがない。

 

 

そんなに辛いことがあったのだろうか。

 

 

「…とりあえず、大事な後輩を待たせるわけにもいかない。ひとまず練習だ。ことりは…まあ、何とかする」

「なんか頼りないにゃ」

「うるせぇ」

 

 

流石にこの時間には屋上に誰かしらいるだろう。松下さん(妹)あたりが待ちくたびれているかもしれん。

 

 

ことりをどうするかは本当に何も思いつかんが。

 

 

「創ちゃん、先行ってて!」

「あ?」

「ことりは私たちがなんとかしますから。練習は進めておいてください」

「いいの?」

「大丈夫!任せて!」

 

 

どうしようか考えていたら、幼馴染の2人が名乗り出た。情けないが非常に助かる。俺よりも確実にこの2人の方が話を聞きやすいだろう。

 

 

「…じゃあ、頼む。俺たちは先に行ってるからな」

「ことりに引きずられてみんな落ち込んだりしないでよ?」

「うん!」

「真姫ちゃんが心配してるにゃ」

「してない!」

「そこは心配しろよ」

 

 

まあ、今更この幼馴染3人組の結束を疑うこともない。ここは任せよう。

 

 

4人で屋上に行くと、案の定新一年生3人が既にいた。松下さん(妹)が「とぉう!」とか言いながら高くジャンプしている。何をしているんだ。

 

 

「お待たせー!」

「何してんだ君らは」

「はぅあ!!」

「あ、今日もよろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

「よよよよよよろしくお願いしまひゅ!!」

「マジでどうした松下さん」

「なんっ何でもございませんよ!!」

「奏ちゃんは今、『ジャンプしてる間は私、地球から離れてるんですよね!なんだか感動です!!』って言って必死にジャンプしてたところです」

「ハラショーです!」

「ゆゆゆゆ雪穂なんでそれ言っちゃうんですかぁ!!」

 

 

言ってることはいかにも文学者の松下さんの妹って感じの詩的な内容だが、さてはこの子バカだな?

 

 

「もしかして奏ちゃん頭悪い?」

「こら凛、どストレートに言うんじゃねぇ」

「ばっバカじゃないですよぅ!!理数は得意ですし!!文系はお兄さまが教えてくださいますし!!」

「でも国語の文章読むのに夢中になって解答するの忘れる子なので、勉強できるバカです」

「ゆーきーほー!!!」

 

 

バカらしい。

 

 

「うう…いいんです…私のことはお兄さまが慰めてくださいますから…天にも至るお兄さまの語彙力で心の隅から隅まで慰めていただきます…」

「この子中二病入ってねぇか?」

「あ、気づきました?」

「入ってません!!」

「ちゅーにびょー?」

「カッコいい人のことだ」

「ハラショー!じゃあ奏はちゅーにびょーですね!!」

「何だか訂正しづらい嘘つかないで欲しいのですけど!!」

 

 

ちょっと楽しくなってきた。いつもこんな気分だったのだろうか。…いや、ダメだ。なんかこう、人をバカにするようなことはしてはならない。

 

 

「そういえば、お姉ちゃんたちはどうしたんですか?」

「ん、ちょっと遅れる。すぐに来る」

「ふぅん…?」

「ところで今日は何の練習でしょうか!!まずは柔軟からですよね!!」

「う、うん…」

「落ち着いて奏。花陽先輩引いてる」

 

 

雪穂はこれまたしっかりしている。俺たちで例えるなら松下さん(妹)が凛で、亜里沙が花陽で、雪穂が真姫みたいな。三年生で例えるなら、松下さん(妹)が穂乃果で、亜里沙がことりで、雪穂が海未みたいな。

 

 

おお、ナイストリオじゃねぇか。

 

 

「おまたせー!」

「遅れてごめんなさーい!」

 

 

わちゃわちゃしていたら、三年生組も戻ってきた。ことりもとりあえず元気になったようだ。さすが幼馴染。

 

 

さて、今日も練習始めるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっけー要点をまとめよう」

 

 

ある日の日曜日。

 

 

何か僕とまっきーはことりちゃんに呼ばれて喫茶店に来ていた。

 

 

要約するとこうだ。

 

 

「何をやらかしたかは言えないけど、ゆっきーに嫌われたかもしれないから相談に乗って欲しい」

「………………………うん」

「流石に無理があるんじゃないの」

「なに、天才たる私に任

「まっきーが一番関わっちゃいけない案件」

「何故だ」

 

 

流石に情報量少なすぎますけどお嬢さん。

 

 

あとまっきーは人心については何もわかってない野郎だから黙ってて。

 

 

「でもゆっきーに嫌われるってまあまあ珍しいね」

「そ、そうなの…?」

「そもそも瑞貴は他人に興味を持たないからな」

「そうだねぇ。そもそも覚えてられないんだろうけど、好きにしても嫌いにしても明確に立ち位置を表明するのは珍しいね」

「はぁ…」

「つまり何やらかしたのかがとても大切なわけで」

「うぅぅぅぅ…………」

「ほんとに何したの君」

 

 

ゆっきーは基本的に他人に興味が無い。色々理由はあるだろうけど、ひたすら興味が無いらしい。だからストレートに嫌われる人さえ珍しい。

 

 

よっぽどやばいことやらかしたのかな。でもあいつは車椅子壊されても真顔だと思うんだけど。

 

 

「ほ、ほんとに言わなきゃだめ…?」

「流石にそれを聞かせていただけないと何も言えない」

「うう…あ、あのね…」

 

 

犯罪でもやらかしたのかってくらい言いづらそう。

 

 

「ゆ、雪村さんの顔に…む…む、胸を押し付けちゃって…」

「………………………………………なんて?」

「ううううううう!!」

「それが一体どうし

「まっきー黙って」

「私には話す権利も無いと言うのか茜」

 

 

ことりちゃんがビッチ化してしまった。どうしてこうなった。これはよろしくない。

 

 

「ことりちゃん、まだ遅くないから今まで通り清く清純に生きるんだよ」

「『清く』と『清純』は連続して使う言葉ではないだろう。せめて『清く純粋に』とするべきだ」

「今そういうこと気にしてる場合じゃない」

「ち、違うの!!わざとじゃなかったの!!事故!!事故なの!!」

「よかった事故か…いやよくないけど」

 

 

ビッチ化したわけじゃなかった。よかった。

 

 

よかったけど何でそうなったのか。いや原因はとりあえず置いておこう。

 

 

いや超気になるけど。何があったんだ。

 

 

「まあ、とにかくそんなんでゆっきーは人のこと嫌いにならないよ」

「ほ、本当…?でも帰りはずっと黙ってて…」

「恥ずかしかったんじゃ…えっあいつ恥ずかしがるの??」

「まさか。女性に触れた程度で照れる奴でもないだろう。散々女性の体躯を観察して服を着せている男だぞ?話すことが無かっただけだろう」

「だよねぇ」

 

 

ゆっきーが恥ずかしがる?いやまさかね。それはないね。だって日頃から女性の体をひたすら見つめて服とか下着作ってなんならべたべた触ってるヤツだもん。なんかド変態みたいに聞こえるけど、ゆっきーはそーゆーことしても眉一つ動かさないからこそゆっきー。

 

 

つまりゆっきーはぶっちゃけ裸の女性に抱きつかれても微動だにしない仏タイプなのだ。

 

 

ゆーて多分まっきーもそんな感じ。

 

 

「まあそんな感じのやつだから、きっと嫌いになったわけじゃないよ。安心しな」

「それはそれで安心できないような…」

「そもそも私たち3人は異性にいちいち欲情していたら立ち行かない仕事をしている。それが正常だ」

「欲情とか言わないの。まあ、確かにファッションデザイナーに医者に絵描きって女性の裸に詳しい人種だよねぇ。女性に限った話じゃないけど」

「私は裸に詳しいだけではなく、人体について詳しいのだ。天才だからな」

「あっはい」

 

 

美術は性のモチーフやらただの人物としても「女性」というものに詳しくならざるを得ない。服飾も「女性の着る服」に焦点を当てるなら体の構造を知らなきゃならない。医者は言うまでもないね。

 

 

なんだか僕ら揃って男としてダメな気がしてきた。

 

 

でも僕はにこちゃんの裸見たら多分鼻血噴いて出血多量で死にます。お疲れ様でした。

 

 

「じゃあ、嫌われてはいないのかな…」

「多分ね。そもそも基本的に興味もやる気もないやつだし、好きも嫌いもないよきっと」

「そっか…」

 

 

微妙に残念そうな顔をしてるのは何でだろう。

 

 

「…あ、そういえば」

「ん、どうかしたの」

「雪村さんっていつも退屈そうにしてるけど、いつもあんな感じなのかな?」

「あーそうだねぇ、大体何に対してもやる気ないからね彼」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそもやつはファッションが好きでやっているわけではないしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

おや、随分と意外そうな顔してらっしゃる。

 

 

「あれ、聞いてないの?結構頻繁に会ってたから知ってるものかと思ってた」

「え、え?そんな、だって、あんなに才能があって…」

「あー、ゆっきーの前で才能の話するとすんごい怒られるから気をつけてね」

 

 

どうやら本当に聞いてないらしい。ゆっきーがわざと言わなかったのかな?

 

 

まあでも、ことりちゃんには話しておかないとダメでしょ。知らぬ間に地雷を踏み抜く前に。

 

 

「瑞貴は望んでファッションデザイナーをやっているわけではない」

「まっきーの『無知な人に対してやたらドヤる癖』はいい加減直した方がいいよ」

「ドヤってなどいない。…彼はな、ファッションデザイナーを()()()()()()()()んだ」

「え、どういう…」

「そのまんまの意味だよ。それしか選択肢がなかったんだ」

 

 

僕ら3人、揃いも揃って、恵まれた才能を持ちながらも、その埋め合わせでもするかのように不幸に見舞われたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆっきーはね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。簡単な読み書きや計算に至るまで、よく出来て小学生レベルまでしか辿り着けないみたいなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれつきの不幸って意味なら。

 

 

僕ら3人の中で一番不幸だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

才能には感謝するべきなんだろう。

 

 

一般人なら誰もが欲しがるものなのだから。

 

 

だけど、俺は。

 

 

興味もないことを一生続けなければ生きていけないというのなら。

 

 

こんな才能は、欲しくなかった。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

おかしい…雪村君がラッキースケベを起こし、奏ちゃんがイジられているだけだったのに最後はちょっと重くなってる…。
ちなみに、After stories最初の自己紹介で学力の比較が無かったのはここのネタバレを防ぐためです。
今までのお話の中でも、時々雪村君の語彙力が無かったりしてるところがあります。私も細かく覚えてません()

After storiesはアニメ本編ほどボリュームは作れなさそうなので、幕間のお話を時々挟むと思います。何か見てみたい日常があれば、感想に書いていただければ何か書くかもしれません(露骨な宣伝)。


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ことり誕生祭2:この手の全力で



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!頑張ってアニメ本編に劣らないくらいの内容書きます…!!

今日はことりちゃんのお誕生日です!!ことりちゃんおめでとう!!
今回は前回の誕生祭から一年後、つまり本編の時系列と同じですね。雪村君と付き合い始めたばかりといったところでしょうか!

雪村君がなんやかんややってるのをニヤニヤしながら眺めるのが本作の正しい読み方です()


というわけで、どうぞご覧ください。




ことり誕生祭2:この手の全力で

 

 

 

 

ことりの誕生日が近い。

 

 

去年は気まぐれでプレゼントを渡したが、今年はしっかり考えなければならない。

 

 

「…ぬうう、違う、これじゃない」

 

 

…俺が必死に考えたところで大したものは思いつかない。それくらいはわかっているから、とりあえず服を作りまくってみた。

 

 

どれもしっくりこない。

 

 

何着作っても納得できない。

 

 

部屋に追加したクローゼットが埋まりそうな勢いだ。

 

 

「…やはり既製品のアクセサリーにした方がいいか?いや、慣れないものに手を出すとまた失敗しそうだしな…」

 

 

既製品に頼るのが悪いわけではないのだろうが、ファッション関係に関しては俺の作品よりいいものがそこら辺に売っているとは思えない。

 

 

結局俺にはこれしかないのだ。

 

 

「結局1時間も作り続けてしまった…。流石に片付けておくか」

 

 

俺にしては極めて珍しく、服を作るのに集中してしまったらしい。もともと商業目的ではない私服をつくるのはそこまで嫌いではないのだが、集中して作るのは珍しい。そもそも集中するのが珍しい。

 

 

そして片付けが面倒だ、と思っている時だ。

 

 

ぴんぽーん。

 

 

「瑞貴ー?ことりちゃんがいらっしゃったわよぉー?」

 

 

びくぅ!!と。

 

 

とてもびっくりした。

 

 

いや、忘れていた。今日はことりはうちに来ると言っていた。俺に勉強を教えると言っていた。昨日。

 

 

「まっ、えっと、少し待たせていて!部屋が散らかっている!!」

「そうー?じゃあ居間で待っててもらうわねぇー?」

 

 

何もこのタイミングで来なくてもいいだろう…と思ったが、時間的にはピッタリである。完全に俺の自爆だ。忘れていたのが悪い。

 

 

とりあえず完成品をクローゼットに突っ込み、端材は端材ボックスに叩き込む。床に落ちた分は車椅子から降りて拾わなければならない。あらかじめ端材は始末しておけばよかった。

 

 

車椅子生活をする俺の部屋は当然一階にあり、居間も一階だ。何かの拍子にことりがひょこっと顔を出さないとも限らないし、見つかる前になんとか片付けなければ。

 

 

「瑞貴ー?まだぁ?」

「ぅおあっ?!もう少しだから大人しく待っててくれよ母さん!!」

「もー、ことりちゃんそわそわしちゃってるわよぉ?」

「母さんが変なこと言ったからじゃないよな?!」

「んもう、そんなわけないじゃないのー」

 

 

突然ひょっこり顔を出したのは母さんだった。心臓に悪い。片付けはほぼ終わっていたからことりが来てもギリギリ問題ないんだが、ビビるものはビビる。

 

 

うん、ひとまずオッケーだ。

 

 

車椅子を動かしてことりの待つ居間に向かう。微妙に気恥ずかしい。

 

 

「…待たせたな、すまない」

「う、ううん、大丈夫」

「もう、瑞貴が遅いから未来のお嫁さんが待ちくたびれ

「やっぱり変なこと言ってるじゃないか!」

 

 

未来の嫁とか言うんじゃない。ことりが真っ赤になってるだろう。

 

 

「あらやだ2人とも真っ赤になっちゃって可愛い〜」

「写真を撮るな!ことり、早く部屋に行こう。構ってたら永遠にからかわれるぞ」

「あらあらもう愛の巣に行っちゃうの?」

「あ、愛の巣?!」

「ほんとに黙ってくれないか?!」

「大丈夫よぉ、私は何があっても、ナニが聞こえてもお部屋の扉は開けないから」

「母さんッ!!!」

「なっななななな何もしませんよ?!」

 

 

うちの母親が馬鹿ですまない。俺の馬鹿はきっと親譲りだ。そうに違いない。

 

 

自室に逃げて扉を閉め、やっと母さんを引き離したが、おかげさまで妙な雰囲気になってしまった。

 

 

「…あ、あの…」

「…なんだ」

「…お勉強、しに来たんですからね?」

「……………………………………………………」

「ああっそんな、えっと!顔を覆わないでぇ!そんなつもりは私もないけど!」

「……………それ以上墓穴を掘るな」

「はいぃ…」

 

 

顔が真っ赤なことりは俯いて黙ってしまった。だいたい母さんが悪い。本当にすまん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりちゃんの誕生日プレゼント何にしようね」

「チーズケーキでいいだろ」

「わかるー」

 

 

9月になったからことりちゃんの誕生日の準備しなきゃね。

 

 

まあ、一番無難なのがチーズケーキなのはわかる。アメリカでチーズケーキをホールで食べちゃう子だもんね。あとは服くらいか。

 

 

「服といえばゆっきーだよね」

「…まあ、そうだが」

「得意分野をプレゼントに選べるとか羨ましいですね」

「…なぁ、何で俺はお前らに連れられているんだ?」

「ことりちゃんの誕生日プレゼント探しするからだけど」

「当然のように言うな。あと滞嶺、車椅子ごと持ち上げるな、視線が痛い」

「この方が移動が楽ですが」

「当然のように言うな」

 

 

そうそう、ゆっきーも連行しに来た。ほっといたら永遠に服作ってそうだからたまにはね。

 

 

「はぁ…俺は服作るしかできることはないだろ…」

「わかんないよ?案外チーズケーキ作れるかもしれない」

「卵焼きも作れんぞ俺は」

「…まあ卵焼き難しいから」

「単純な料理ほど難しい。料理は奥が深い…」

「フォローかどうかわかりづらい返事はやめてくれ」

「多分創一郎は本気で言ってる」

「…お前は?」

「…いい天気だね」

「おい」

 

 

別に煽ってなんかないよ?うん、卵焼き難しい。流石にゆっきーみたいに炭にすることはそうそう無いと思うけど。焦げ臭くなったとか黒くなってきたってあたりで止めればいいのに延々と加熱しつづけるもんだから。

 

 

「とりあえず僕はバレッタでもあげようかな。あの髪型維持するの大変そうだし」

「なるほど。俺は…そうだな、チーズケーキは被りそうだし、ぬいぐるみでも作るか」

「また見た目とギャップの強い特技を」

「悪いか」

「おい俺を振り下ろそうとするな」

「マジで死んじゃうそれ」

 

 

創一郎ぬいぐるみとか作れるのかよ。あと肩に乗せた車椅子を振りかぶらないの。ゆっきーが落ちる。僕は死ぬ。その車椅子ミシンとかモーターとか搭載してるからめちゃくちゃ重いんだから。今更だけど何で持ち上げれるの創一郎。

 

 

「ぬいぐるみくらい作れる。弟が欲しいと言うからな」

「買えないからって作るものかな」

「端切れを集めれば作れる」

「可能かどうかを聞いてるんじゃないんだよ」

「端材で作った小児服みたいなものか」

「納得しないで」

 

 

わかりあうポイントじゃなかったと思うんだけど。

 

 

「もう早くプレゼント決めなよ」

「決めたぞ」

「俺は選択肢がない」

「面白くないなぁ」

「…何を求めてるんだお前は」

「愉悦」

 

 

もうちょっと愉快な感じの選択肢出しなさいよ。

 

 

「もういいだろ。俺は服を作る。だから帰る。降ろせ」

「だめ。このままだと破産するまで布買い続けるじゃん」

「そんなことはない」

「計算もできないのにそんなもりもり買い物するんじゃないよ」

「そんなに大量には買っていないぞ」

「今のところ服は何着作ったのさ」

「…50くらい?」

「ほらもー」

 

 

100円のシャツでも5000円になる数だよそれ。

 

 

「よし、今日は市中引き回しの刑だ。行こう創一郎」

「おう」

「おうではないが。どこに行く気なんだ」

「とりあえずチーズケーキ買おうか」

「それはそれで結局買うのか」

 

 

ゆっきーはこちらで身柄を確保。あとはこっちの買い物を済ませなきゃね。チーズケーキは当然必須だよ。

 

 

しかしまあ。

 

 

ゆっきーがこれだけ必死にことりちゃんへのプレゼントを作りたがるなんて、ちょっと意外だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局ことりの誕生日はやってきた。

 

 

服は何着も作ったが、どれもしっくりこない。

 

 

どうする俺。

 

 

今日もことりは家に来るというのに。

 

 

…今更だが何度も来すぎじゃないだろうか。

 

 

「くっ…結局クローゼットが満杯になるまで作ってしまった…。それでも完璧な作品ができない…」

 

 

ちなみにクローゼットはさらに2つ追加した。いつのまにか金が無くなってきていたから驚いた。誰か財布の管理をしてくれ。

 

 

しかし、金の心配よりことりの心配だ。まともなプレゼントが用意できていない。大問題だ。

 

 

しかし、他に何も用意できていないのも事実。仕方がないから、作ったものから選んでもらうしかないだろう。

 

 

もしかしたらひとつくらい気に入ってくれるかもしれないしな。

 

 

「おじゃましまーす」

「はぁーい、いらっしゃーい。誕生日おめでとうー。チーズケーキあるわよぉ、食べていってー」

「えっえええ?!そ、そんな…いいんですか?」

「もちろーん。だって瑞貴の未来のお嫁さ

「いつまでそのネタで攻めるんだ母さん!ケーキ食べてもらうなら早く持ってきて!」

「えぇ〜?お部屋で大人の運動した後の方が

「追い出すぞ?!?!」

 

 

うちの母さんは変態か?変態だな。

 

 

「おお、ことりちゃんいらっしゃい、そして誕生日おめでとう。ほら、これチーズケーキ。母さんが頑張って作ってくれたぞ」

「まぁ〜お父さんに褒められたらわたしドキドキしちゃう」

「はいはいわかったからお皿持ってきて」

「はぁーい」

「すまないねことりちゃん、うちの母さんはあれが平常運転なんだ」

「は、はぁ…」

「絶対俺のバカは母さんからの遺伝だと思う」

「そんなことはないぞ。母さんだってちゃんと4年制大学卒業してるんだから」

 

 

母さんを何とかしようと思っていたら、キッチンの方から父さんが来た。ありがたい、我が家きっての常識人だ。

 

 

「4等分は切りやすくていいな。よっと」

「お皿持ってきたわよぉー」

「ありがとう。何故フォークを2本しか持ってこなかったのかが気になるところだけど」

「いやん。『あーん』ってやるために決まってるでしょー?」

「はっはっはっお戯れをせめて瑞貴を巻き込まないでくれたまえ」

「ああん先に2本持ってきたのね」

「それくらいお見通しだよまったく…」

「じゃあわたしが持ってきた分はしまってくるねぇ」

「「待てい」」

 

 

普通に各自1本使わせろ。

 

 

その後、母さんの下ネタを受け流しつつチーズケーキを食べ、そのまま自室へ向かう。母さんの相手は父さんにまかせた。俺には荷が重い。

 

 

「はぁ、まったく…」

「いつもだけど、お母さん元気だね…」

「元気すぎる。もう少し落ち着いてほしいところだ」

 

 

ことりとしても、あの変態を相手するのは大変だろう。だからといって俺がことりの家に出向くと階段を上らなければならないため(ことりが)嫌がる。なかなか2人で過ごす空間を守るのは大変だ。

 

 

「…と、改めて。誕生日おめでとう」

「うん!ありがとう!」

「で、プレゼントなんだが…」

 

 

期待全開の瞳で見られると非常に恥ずかしい。そして言いにくい。

 

 

「…いくつも作ったんだが、納得できるものは作れなくてな。あまりいいものではないかもしれないが、作った服の中から好きなだけ持っていけ」

 

 

部屋に新設したクローゼット3つを順に開けていく。みっちり詰まった服が…何着だったかは忘れた。

 

 

それを見たことりは、

 

 

「わぁあああ…!!」

 

 

めちゃくちゃ喜んでいた。

 

 

そんなに喜ぶか?

 

 

「…さっきも言ったが、いい出来の服ではないぞ。言ってみれば失敗作だ」

「ううん!全然そんなことない!全部ステキな服だよ!!わぁ〜、これを好きなだけくれるの?!」

「あ、ああ…」

「ふあぁ、どれにしよっかなぁ!これとー、これとー」

 

 

嬉々として服を手にとっていくことり。まあ喜んでいただけるのは全然いいんだが。

 

 

「そんなに嬉しいか…?」

「うん!だって、瑞貴さんが私のためにって、こんなにも沢山の服を作ってくれたんだもん!」

「そ、そうか…」

 

 

喜んでもらえたなら俺も嬉しいんだが、予想外な反応と喜び方に戸惑うしかない。

 

 

「あーっこれも可愛い!こっちも素敵!こっちの…も…」

「…どうした」

 

 

猛烈にはしゃいでると思ったら突然フリーズした。忙しいやつだな。

 

 

「…あ、あの…このすごく生地の薄い…あの、透け透けの服は…?」

「透け透け…?ああ、ネグリジェか。寝間着だ」

「それはわかるよ!」

「じゃあどうした」

「えっ?えっと…その、瑞貴さんはこういうの着てほしいのかなって…」

「似合いそうなものを片っ端から作っただけだが」

「うううやっぱりあんまり深いことは考えてない…!!」

「何故顔を赤くしてるんだ」

「何でもないっ!」

 

 

ネグリジェは気に入らなかったのか。通気性の良い生地を使っているから夏の夜にはぴったりだと思うんだが。

 

 

「…?まあいいか。気に入った服があったら着てみてもいいぞ」

「え?いいの?…あ、でも着替える場所が…」

「?ここで着替えれば

「もう!!!!!!」

「うおっ?!」

 

 

試着を提案したら車椅子から叩き落とされた。そこそこ痛いぞ、何をする。

 

 

「だ!か!らぁ!!人前で!特に好きな人の目の前では着替えられないって何度も言ってるでしょ!!」

「別に着替え程度で欲情したりは

「ふん!!」

「人の話を

「やあ!!」

「ちょっ、待っ

「てい!!!」

 

 

こちらの言葉には聞く耳を持たず、というか反論する隙すらももらえず枕で殴られる。さほど痛くはないんだが、避けられない。というか人の枕を武器に使うな。

 

 

そして。

 

 

「あらやだことりちゃんってば大胆ねぇ!いいわよそのまま引っぺがし

「ひゃああ?!」

「はいはい息子の邪魔をするんじゃない」

「いやんお父さんってば大胆」

「ナチュラルに人の部屋覗いてるんじゃないぞ変態」

「いやん瑞貴ったら純情」

「そろそろ殴っても怒られないんじゃないか?」

 

 

突然バンッ!と扉を開けて母さんが飛び込んで、来ようとして父さんに連れていかれた。

 

 

なんだかしっちゃかめっちゃかな誕生日になってしまったが、ことりは顔を真っ赤にしながらも気分を悪くした様子はない。

 

 

これはこれで楽しいひと時だったんだろう。楽しんでくれたなら、それもそれでいい。

 

 

 

ちなみに結局服はほとんど全部持っていかれた。ネグリジェ含む。結局欲しいんじゃないか。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ことりちゃんや雪村君よりクセが強い雪村母がご登場。一応、波浜君の過去編にあたる「ひとりの盲信の真相」(何話か忘れちゃった)にてちょっとだけ登場しています。具体的にどんな人なのかは今後の本編で出てきますが、とりあえずスケベ系人妻のようです。需要高そう。
ことりちゃんは焦ったら自爆する子だと思ってるので、バンバン自爆していただきました。かわいい。


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あなたがいてくれたから



ご覧にいただきありがとうございます。

日曜日に投稿するほうが日程が楽ですね!!(間に合ってない)

今回はことりちゃんと雪村君のお話第2弾です。雪村君の秘密を知ったことりちゃんは一体どうするのか!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

ゆっきーの才能はファッション系に特化している。

 

 

とても簡単に言うなら、

 

 

「つまりすこぶるバカなんだよ」

「えぇ…」

「掛け算すら怪しいレベルだからな。メートル200円の布地を4m買ったら800円になることが理解できんらしい」

「…あっ、もしかして…」

「なんか心当たりがあったかな」

 

 

金額の計算が雑にしかできないから、高い買い物もバンバンしちゃう。あれだけ稼いでなかったら音速で破産してると思う。

 

 

ちなみに売値が高いのは経験則らしい。「これくらいの値段ならとりあえず売れる」ってことを大雑把にメモしてあるらしく、でも相手が企業だったり金持ちだったりするのを考えてないからすごい値段にしてくる。高くても納得なクオリティじゃなかったら即破産してると思う。

 

 

「とにかく、ゆっきーがファッションデザイナーをやってるのは、それをしなきゃ生きていけないからだよ。全然好きじゃない。好きじゃないからお仕事が溜まる溜まる」

「直前に数十分で片付けるんだがな。仕事は嫌いだが、仕事の範囲外で役に立つのは好きらしい。私用で私服の製作を頼む分には快く引き受けてくれる」

「私服なんてそんなに考えることないもんね」

「そうなんだ…」

 

 

ことりちゃんは話を聞きながらも困惑してるけど、まあ仕方ないか。

 

 

僕だって好きで絵を描いてるし、桜だって好きで音楽してる。天童さんは…まあよくわかんないけど、まっきーも天才とか自分で言ってるし、やりたい仕事を選んだんだろう。

 

 

そんな「好きで始めた」仕事とは真逆。

 

 

全然好きじゃないけど、それをやるしかないからやっている仕事。

 

 

そんな仕事をしてる人は意外と多そうだけど、ゆっきーほど選択権が無いのは珍しいかもしれない。

 

 

「あれ、でも言い回しとかは結構難しいときあるような…?」

「あー、あれはまっきーの真似してるだけだから」

「馬鹿ほど難しい言葉を使うという。幼子のように覚えたての言葉を披露したい心理が働いているのだろうな。私は自然と出てきてしまうのだが」

「最後の一言が無ければ普通だったのに」

 

 

余計なことをわざわざ言うんじゃない。

 

 

まあでも、ゆっきーが頑張って難しい言葉を使おうとしているのは事実。言葉だけでもバカにされないようにしたいらしい。

 

 

あとナチュラルに自己主張しないように。

 

 

「まあだから基本的に楽しそうな顔してることはないよ。僕も楽しそうなゆっきー見たことない」

「どういった表情なら楽しそうなのか、そこは問題ではあるのだがな」

「それはまっきー側の問題」

「何を言う。私がわからないことが一般人にわかるはずがないだろう」

「本当になんで今まで刺されないで生きてこれたんだ」

 

 

もうまっきーは放っておこう。

 

 

とにかく、ゆっきーが楽しそうに生活してる姿とか想像できないからそこらへんは諦めてことりちゃん。

 

 

「…」

「ん、もしかして無邪気に楽しんでたことに引け目を感じてる?」

「…えっ?」

「気にしないで。ゆっきーは自分が特殊だってわかってるから、楽しそうな人に嫉妬したりしない。まあそもそも完成度で見たら誰にも負けないし、嫉妬する意味もないんだけどさ」

「私が全く嫉妬しないのと同

「だからことりちゃんが気に病む必要はないよ」

「人が話している時に割り込むんじゃない。親に習わなかったのか」

「あー僕長らくご両親に会ってないからわすれちゃったなー」

 

 

そもそも天才を名乗る以上、得意分野でトップを張れないようじゃあ面汚しだもんね。

 

 

「というわけだから凹まなくていいよ。そんな大したことでもないし」

「うん…」

「まあそうはいってもすぐ割り切れるもんでもないか。知ってしまったものは仕方ないし、どうやって関わっていくかは君が決めることだよ」

 

 

なんとかフォローしたいところだけど、流石に難しいね。僕のことじゃないしね。

 

 

っていうか、どっちかっていうとことりちゃんというよりゆっきーの問題だしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もやる気が出ない。

 

 

納品依頼はたくさんあるし、明日納品のものもあった気がするが、まあ明日やればいい。面倒だ。

 

 

気分が乗らない時に南ことりから連絡が来ると、仕事から逃げられるから少しありがたい。

 

 

「しかし…場所が無いとはいえ、毎回階段を登らされると疲れるぞ…」

「ご、ごめんなさい…」

 

 

だが、作りかけの衣装を見るとなるとそこら辺の喫茶店なんかで作業するわけにはいかない。結果的に南ことりの自室を提供してもらうことになったが、彼女の部屋は二階だ。車椅子を置いて階段を登らなければならない。

 

 

そんなに大変なことでもないんだが、疲れるものは疲れる。

 

 

「わざわざ話し合うために金のかかるところに行くのも意味がわからないしな、仕方ないことではあるんだが…。さあ、今日の用事はなんだ。確か袖のフリルについてとか…」

 

 

さっさと本題に入ろうとしたところで気づいた。南ことりが深刻そうな表情をして黙っていることに。

 

 

「…どうした。何かあったか」

「えっ…いえ…」

 

 

聞いてみても、答えは返ってこない。気になる。気になるが、聞いても返ってこないものはどうしようもない。

 

 

「あっ、あの」

「ん」

 

 

返ってきた。

 

 

「…あの、茜くんと藤牧さんから…雪村さんは、好きでデザイナーをしてるわけじゃないって聞いた…んですけど…」

「…チッ」

「ひっ」

「ああ、すまない…君に苛立ったわけじゃない。黙っていたかったんだが」

 

 

茜と蓮慈が余計なことを喋ったらしい。勘弁してくれ、この子には知られたくなかったから黙っていたんだぞ。

 

 

「…じゃあ、俺がバカだって話も聞いたんだろ」

「え、えっと…」

「いい。実際その通りだ。計算もできないし、歴史も知らないし、理科もわからん。世界地図もわからん。よく行くアメリカやフランスもどこらへんにあるのかいまいちわかっていない」

 

 

この子だって、こんな情けないやつに教えて欲しくはないだろうに。

 

 

「幻滅しただろう?こんな程度の低い人間がファッションの最先端なんだ。努力しなくても頂点に立てる頭の悪い奴が先頭にいたらファッション界も先行き不安だろう」

 

 

しかし、知られてしまったならもう仕方がない。南ことりももっとかしこいやつに教えてほしいだろうし、俺の出番はここまでだ。

 

 

「騙したようで悪かったな」

 

 

いや、きっとそうじゃない。

 

 

俺が、この子の前では優秀なデザイナーでいたかっただけだ。

 

 

化けの皮が剥がされた以上、この子の指導役を名乗る資格はない。

 

 

だから、もう帰ろうかと思って身をひねった瞬間だった。

 

 

袖を引かれた。

 

 

机の向こうで俯いていた南ことりが、身を乗り出して俺の服の袖を掴んでいた。

 

 

「…………か」

「…え」

「なんで…なんで、そんなこと言うんですか…」

 

 

泣いている…?

 

 

何故だ。

 

 

「私が教えてほしいって言ったんです、雪村さんのことは茜くんから聞いて、それでも雪村さんに教えてほしいから今日もお願いしたんです!なのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なんで帰ろうとしちゃうんですか…!!」

 

 

ボロボロ涙を零しながら、お世辞にも女の子がしていい顔とは言えないレベルで顔をくしゃくしゃにしながら、彼女は叫ぶように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで自分が、デザイナー以外のことができない自分が悪いみたいな言い方をするんですかぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まともに返事ができなかった。

 

 

迫力に押されたからじゃない。

 

 

言われたことが理解できなかったからだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「雪村さん頑張ってるじゃないですか…好きなことじゃなくても、それしか出来なくても、自分ができる精一杯で頑張ってるじゃないですか!それじゃダメなんですか?!やりたくないことも頑張っているのはすごいことじゃないんですか?!」

「…頑張ってなんかいない、俺は自分の才能を…」

「才能があったって!それを上手に使えるとは限らないんです!雪村さんは自分の才能を一番役に立つ方法で使えるように頑張ってるじゃないですか!」

 

 

こんなに怒られたのは初めてかもしれない。

 

 

怒っている意味はわからないが。

 

 

そして、あまり好き勝手叫ばれるとこっちも苛立ってくる。

 

 

「…頑張っているかどうかは君にはわからないだろ。俺は仕事を貰ってもやる気が出るまで放っておく人間だ。そして大体ギリギリまでやる気が出ない。納期ギリギリになって嫌々作るのがほとんどだ。頑張ってなんかいない」

「でもっ!ちゃんとお仕事してるんですよね?!人の役に立てるように頑張ってんですよね?!」

「うるさいなッ!!!」

 

 

つい大声を出してしまった。

 

 

怖がらせてしまったのか、南ことりの表情が若干引き攣る。

 

 

だが、大声を出した勢いが止まらない。

 

 

止まれない。

 

 

「君に何がわかるんだ!!ただでさえバカで愚鈍で好きでもない裁縫の才能にしか恵まれなかったのに!事故で足まで失って!まともに一人で生きることすらできなくなって!!そんな人生が君にわかるか!!五体満足で!十分な素養もあって!才能にも溢れる君に!!俺が理解できるはずがあるか!!!」

 

 

本心だった。

 

 

ずっと思っていて、誰にも言わなかった本音。

 

 

俺はあまりにも人と違いすぎて、誰も俺を理解してくれない。わかってくれるはずもない。

 

 

『足を事故で失ったって。かわいそうに』

『でもデザイナーの才能があってよかったね』

『それだけ才能があったら楽して暮らせるでしょ?羨ましい』

『手があれば服は作れるでしょ。いいじゃん足くらい』

『好きなことだけやって稼げるなんて気楽でいいなぁ』

 

 

うるさい、黙れ、お前たちに何がわかる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…無難に生きたかった」

 

 

カーペットに雫が落ちた。

 

 

いつのまにか、俺も泣いていた。

 

 

「何の才能も無くてもいいから、そこら辺の一般人と同じように生きていたかった!!こんな才能に頼らずに、朝起きて、会社に行って、何かしらの業務をして、家に帰って寝るような、そんな生活の方がよかった!!こんな、こんな、ただ才能を披露するだけの生活なんて俺はしたくなかった!!!」

 

 

変わった人生じゃなくて。

 

 

多少辛いことがあったとしても。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

どれだけの時間かはわからないが、しばらく二人とも無言で泣いていた。時折嗚咽が聞こえるだけで、他の言葉は無かった。

 

 

両手で顔を覆っていたから気づかなかったが、いつのまにか南ことりが隣に来ていた。

 

 

そして、前触れもなく。

 

 

そっと俺を抱きしめた。

 

 

柔らかく、少し甘い匂いがした。

 

 

不思議と安心する。

 

 

「…ごめんなさい」

「…何故謝る」

「ごめんなさい、私、雪村さんのこと、何も知らないのに」

「…当たり前だ」

 

 

お互い、知り合って1年も経っていない。よく知らなくて当然だ。

 

 

「でも、でも、一つだけ絶対伝えなくちゃいけないことがあるんです」

「…?」

 

 

俺を抱きしめたまま、耳元で囁くように言った。

 

 

「私は、あなたがいたからこうしてファッションに興味を持っているんです」

「…俺が?いたから?」

「はい。今も忘れない、絶対忘れない。6年前に、雑誌であなたの作った服を見た時のこと」

 

 

6年前…?当然だが覚えていない。何千と服を作ったのに覚えているわけがない。

 

 

「すごく綺麗なパーティードレスでした」

「…どれのことかわからないが、パーティードレスは確かに何度も作ったな」

「本当に感動したんです。私もいつかこんなドレスが着てみたいって思って、お母さんに頼んでミシンの使い方を教えてもらって、お小遣いを貯めて生地を買って…」

「…俺の作品を見て、ファッションの勉強を始めたのか?」

「はい!あなたの作品のおかげで、こうしてファッションの勉強をして、穂乃果ちゃんたちとスクールアイドルをして、夢に向かって頑張れるんです」

 

 

 

 

 

 

 

…不思議だ。

 

 

 

 

 

 

 

「だから、自分に価値がないみたいに言わないで。少なくとも私はあなたのおかげで救われたの」

 

 

 

 

 

 

 

 

聞き慣れた賞賛でも嫉妬でもない、感謝の言葉。初めて聞いた、俺自身を肯定する言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを聞いただけで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅっ」

「…雪村さん?」

「待って…」

「えっ?」

「もう少しだけ…」

「…」

「もう少しだけ、このままでいさせて…離れないでくれ…」

「…はい」

 

 

涙が止まらない。

 

 

俺がたしかに誰かのためになれていると、初めて知ったからなのか。

 

 

ずっとこうして抱きしめられていたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…すまないな、わざわざ家までついて来させてしまって」

「いえ、大丈夫です。私が勝手についてきたんですから」

 

 

あの後、そのまま何事もなく衣装の話を…できるわけなかったから、そのまま帰らせてもらった。大声が聞こえたであろう南ことりの母親にはなんだか妙な笑顔を向けられたが、気にしないことにする。

 

 

時間もそこそこ遅くなっており、人通りは無かった。

 

 

「…俺は」

「?」

「君が羨ましかった」

「えっ?」

「才能があって、未来があって、自由に生きられる君が…ずっと羨ましかった」

 

 

何度思ったことだろう。

 

 

この子のように生きられたら、と。

 

 

十分な才能を持った上で、それに頼らない生き方だって選べるような人生だったら、と。

 

 

「だがな、基本的に俺は本来、他人に興味を持たないはずなんだ。覚えられないしな。でも君だけは違った、羨ましかった」

「…」

 

 

夕日が綺麗だ。いつか、南ことりの誕生日も、こんな夕焼けだった気がする。

 

 

そう。

 

 

記憶力も乏しい俺が、この子のことをこんなにも覚えているのは。

 

 

 

 

 

 

 

「きっと俺は…君が好きなんだ」

「…………………ふぇえ?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

そういうことだろう。

 

 

茜がうるさいほど言っていた、「好きな人のことだったら忘れないよう多分」って言葉を鵜呑みにするなら(流石にほぼ毎日言われたら嫌でも覚える)、間違いなくそうだ。

 

 

そもそも自分でもなんとなくではあるが恋心を感じている。

 

 

たまには自分を信じてもいいだろう。

 

 

「え、えっと…」

「…まあ、困るよな」

「いえ、嬉しいです!」

「ん?」

「ぴぃっいやっあのっ」

 

 

振り向くと、夕日に負けず真っ赤な南ことりがいた。

 

 

なるほど、これが恋か。

 

 

なんて…幸せな気分なんだろうか。

 

 

「あ、あの…もしかして、恋愛的な意味で…」

「…悪いが他の意味を知らない」

「ぴぃっ」

「何だその鳴き声」

 

 

ことりという名のごとく鳥のような声が出るな、この子。

 

 

「…それで、あー、えっと…付き合って、くれるか?」

「ふぇ、ふぁ、あ、あの…よろしくお願いしましゅ…」

「…ふはは。今噛んだか?」

「う、うううぅぅ…」

 

 

つい頰が緩んでしまった。ああ、嬉しい。こんなに嬉しかったことは今まで一度もない。

 

 

今日のこの日のことは、いくら俺でも絶対忘れない。

 

 

こんな俺を受け入れてくれたこの子のことを、俺は絶対忘れない。

 

 

「ありがとう、ここが俺の家だ」

「ここが…」

「ああ。せっかくだから上がっていくといい」

「ええ?!あ、あの、もしかしてご両親…あれ?茜くんみたいにいなかったり…」

「…いるに決まってるだろう。俺たち3人そろって家族全滅ってわけじゃない。聞いてないか?あのバスには俺の両親は乗っていなかった」

「あ、そうなんだ…よかっ…………よくない!!」

「何故だ。死んでいてほしかったのか」

「ち、違うよ?!でも今上がったらご両親が…!!」

「それがどうかしたのか」

「ううう、デリカシーの無さは変わらない…!!」

 

 

俺の両親に会うのが問題なのか。

 

 

いや、母さんに会うのはいろんな意味で問題かも知れん。

 

 

どうしようか悩んでいたら、家の玄関が突然開いた。

 

 

「瑞貴ー!今女の子の声が一緒に聞こえたけどぉ!」

「こら紗枝、仮に女の子の声が聞こえたとして邪魔するんじゃない」

「ああんお父さんったら大胆っ」

「…すまん」

「え、えっと…?」

 

 

母さん…雪村紗枝と、父さん…雪村心華。二人そろってご登場だった。

 

 

「…もしかして、お母さん?」

「…そうだ。何というか…すまない」

「ふぇえ…すっごく…お、大きい…」

「?背はそこまで高くないはずだが。160cmくらいが女性として大きいかどうかは知らないが」

「あ、えっと、そこじゃなくて」

「あら可愛い子…あっもしかしてμ'sの南ことりちゃんじゃないかしらぁ?瑞貴もいい子と仲良くなったのねー」

「わぷ」

 

 

人の彼女を窒息させる気か。胸に埋めるな。

 

 

あと小声で何か吹き込むんじゃない。何を言ってるかわからんが。

 

 

「こら紗枝、初対面の女の子を窒息させるんじゃない」

「いやんお父さん、そこ敏感なの」

「首の筋肉まで性感帯とは恐れ入った」

「父さん、その変態早くうちに入れてくれ。警察沙汰は勘弁だ」

「こら瑞貴、親を変態呼ばわりするんじゃない。変態だが」

「もっと言って♡」

「もうダメかもわからん」

 

 

親との初顔合わせがこんなんだと、今しがた彼女になった南ことり…いや、()()()に申し訳ないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪村さん…いえ、()()()()のお母さんは…

 

 

すっごく、大きい人でした。

 

 

あの、えっと、胸が。

 

 

Gくらいあるんじゃないでしょうか。

 

 

「あら可愛い子…あっもしかしてμ'sの南ことりちゃんじゃないかしらぁ?瑞貴もいい子と仲良くなったのねー」

「わぷ」

 

 

そしてスキンシップが激しいです。く、苦しい…。

 

 

「…ありがとう」

「へ?」

「瑞貴、すごく晴れやかな顔してる。あの子があんなに幸せそうな表情をしてるの、私も初めてみたわぁ」

「…そう、なんですか?」

「うん。ずっとお勉強も運動も苦手で、足も失って…楽しいことなんて何も無いって言ってたのに、今日はとても楽しそう。あなたのおかげよね、本当に、ありがとう」

「…はい」

 

 

髪もふわふわで、垂れ目で、話し方もゆるふわな方だけど…ちゃんと瑞貴さんのことを愛してる、立派なお母さんでした。

 

 

私が瑞貴さんに希望をもらったように、私も瑞貴さんに何かを与えられたみたいです。

 

 

「…ところで瑞貴とはどこまでヤったのかしらぁ?」

「ふぇえ?!や、ヤったって、え、えっと、なんっ、」

「うふふうろたえちゃって可愛いわねぇ」

「こら紗枝、初対面の女の子を窒息させるんじゃない」

「いやんお父さん、そこ敏感なの」

「首の筋肉まで性感帯とは恐れ入った」

 

 

なんかすごいこと聞かれた気がします。

 

 

ちょっと瑞貴さんのお母さんには敵わない気がしました。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

少し駆け足気味になってしまいましたがいかがだったでしょうか。私は雪村君が叫ぶあたりで泣きました。自分で。書きながら。
ことりちゃんは優しくてふわふわしてる感じなので、こうして包容力のある感じで雪村君を包んでいただきました。不安そうにしていたり恥ずかしがったりと感情の動きが多めなのもポイントのつもりです。
そして本編の時間軸では初登場の雪村母。同人誌御用達みたいな外観と中身なくせにちゃんとお母さんです。やだ素敵。お父さんの影が薄くなっちゃう。

今回で雪村君とことりちゃんのお話は完了となります。すぐ終わっちゃいました。でも時々その後のお話は書いていこうと思います。

それにこの章自体はまだ終わりませんし。才能に感謝していない人が他にもいますから。わかりやすい人とわかりにくい人がいると思いますが…どうでしょうか?



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在校生と卒業生のとある日々



ご覧いただきありがとうございます。

前回からお気に入り2件!評価も2件いただきました!!本当にありがとうございます!!いつまでも読んでいただける作品を頑張って作っていきます…!!
まあ投稿は遅れるんですがね!土曜日に書き上げてしまうつもりが、スクフェス感謝祭行ってたら書けませんでした。なんて愚かな!!ごめんなさい。

今回は幕間のようなお話、本編に関係あるような無いようなお話となります。ただの日常回みたいなものですね!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「ふんふーん」

「今日はことりちゃん、元気みたいだね」

「むしろいつもより元気にゃ」

「元気なくなったり元気になったり忙しいやつだな」

「まあ、元気になったならいいんじゃない?」

 

 

ある日の練習。以前見たことないほど落ち込んでいたことりは今日はルンルンだった。情緒不安定かよ。大丈夫か?

 

 

「きっと悩みが解決したんだよ!」

「結局なんだったんだよあれは」

「ふふー、ひみつー」

「何か腹立つな」

「わーっ!頭掴んで持ち上げられるのは凛ちゃんと茜くんの特権じゃないの?!」

「そんな特権いらないにゃ」

 

 

まあ元気なのはいいことだが。

 

 

そして、屋上の扉を勢いよく開けてもう一人元気なのが来た。扉壊れるぞ。

 

 

「おはようございます!!」

「おはよう、奏ちゃん。今日も元気だね」

「はい!今日も一日元気です!!」

「げ、元気すぎるよ…何で走ったの…速いし…」

「は、はらしょぉ…です…」

「おう、練習前から体力作りとは殊勝だな」

「いえ、奏を追いかけてただけです…」

 

 

松下さん(妹)だ。どうやら雪穂と亜里沙を置いて走ってきたらしい。穂乃果かよ。

 

 

「ふふん!私は待ちきれなかったのです!」

「練習が?」

「そうです!そしてこれを提出することもです!!」

 

 

そう言ってドヤ顔で掲げるのは。

 

 

入部届けだ。

 

 

「私たちも持ってきましたよ」

「おおー!本物?!」

「そこを疑うのかよ」

「本物に決まってるじゃん…お姉ちゃんがくれたやつだよこれ」

「ってことは!」

「新入部員にゃー!」

 

 

忘れそうになっていたが、そういえばこの子たちはまだ仮入部だった。これでやっと正式にアイドル研究部に所属となる。

 

 

「これからよろしくね!」

「はい!頑張ります!!」

「わぁ…部員が増えると嬉しいね!」

「嬉しいにゃ!!」

「私は別に…なっ、何よ!」

「素直に言わねぇと、亜里沙はまともに受け取って凹んじまうから誤魔化すな」

「わ、わかったわよ!もうっ私も嬉しいわよ!!」

「ハラショー…!ありがとうございます!」

「なんて美しいツンデレなんでしょう…!」

「ちょっと?!」

 

 

ちゃんと次の世代が入ってくれたのは嬉しいことだ。これからもスクールアイドルが続いていく証になる。

 

 

「じゃあ、これからは3人とも先輩禁止だよ!!」

「え?」

「私たちはお互い遠慮したりしないように、先輩後輩っていうのは禁止にしてるの」

「だから凛のことは凛って呼んで!」

「うえええ?!そ、そんなっ先輩方にっえっ」

「あー奏そういうところはお堅いからねー」

「どういうこと?」

「お兄さんが礼儀正しい人だから、目上の人に敬語を使わないのは苦手らしいよ」

「お兄さん関係あるか?」

「あります!!!」

「うおっ」

「お兄さまは私が一番尊敬する人なんですっ!そのお兄さまに落胆されたくないですー!!」

 

 

頭をブンブン振って本気で嫌がる松下さん…いや、奏。これ奏って呼んでたら俺も松下さん(兄)に怒られるんじゃないだろうか。

 

 

「それなら大丈夫だよ!」

「大丈夫じゃないですよ?!」

「大丈夫だよ!だって私たち目上の人じゃないもん」

「………ふぇ?」

「そうですよ。同じスクールアイドルとして、対等な立場です。決して目上の人ではありません」

「えっえぇ…そういうものですか?」

「そうだよ!今日から同じスクールアイドル!」

 

 

正しいっちゃ正しいんだが、ゴリ押しすぎないか。

 

 

「そっ…そういう、ことなら…

「そう!だから呼んでみて!」

「うえ?!でっでもいきなり呼び捨てはちょっと…!」

「呼び捨てじゃなくて『ちゃん』付けならいいんじゃねぇのか」

「な、なるほど!それでは…えーっと!」

「わくわく」

「ううううううわくわくされると緊張しますぅぅうう!!」

「プレッシャーかけんな」

「いたっ」

 

 

気持ちはわからんでもないがそんな爛々とした目で見つめてやるな。

 

 

「ほ、ほほ…穂乃果、ちゃん!」

「うん!」

「ふええ…これ毎日毎回やらなきゃいけないんですかぁ…?」

「まあ、慣れだよ」

「雪穂は皆様とお知り合いだし!お姉さまいらっしゃいますし!!ずるいですー!!」

「ずるい

のか?」

「ずるいんです!!」

「お、おう」

 

 

ほんとにグイグイくるなこの子。

 

 

「雪穂も亜里沙も元μ'sの皆様と面識があるんですもの!!私は面識ほぼ無しですよ!!うわーん!!」

「な、泣くなよ…」

「泣いてません!!」

「ほんとに泣いてねぇ」

「嘘泣きの達人にゃ」

「嘘泣きじゃなくて心の叫びですぅ!!」

「泣いたり怒ったり忙しいわね」

 

 

感情の上下だけ見たら穂乃果や凛よりも激しいかもしれん。大丈夫かこの子。

 

 

「まあ、真姫も最初は嫌がってたんだしそのうち慣れるだろ」

「ちょっと!私の話はいいでしょ!」

「懐かしいにゃー!」

「そんなこと言ったら茜の方が大変だったじゃない!」

「あいつは頭おかしかったからな」

「今でもおかしいと思うにゃ」

「言ってやるな」

 

 

まあ、いきなりやれというのも酷だしな。時間をかけて慣れてくれればいいか。

 

 

で。

 

 

「んふふ」

「ことりはあれは何をしてんだ」

「スマホ見てニヤニヤしてる…」

「本当に何があったんだあいつは」

 

 

ことりが話に入ってこないと思ったら、スマホの画面を見つめて蕩けた顔をしていた。軽く心配になるぞ。

 

 

「まあ楽しそうだからいいんじゃない?」

「そりゃ前みたいに落ち込んでるよりはマシだろうが…」

 

 

悪いことがあったわけじゃないだろうが、なんかこう、怖いだろ、あれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ天童」

「どうした大地。新たな力にでも目覚めたか」

「んなわけない」

 

 

今日は仕事がないから同じく暇してた大地を連れてきたぜ!!

 

 

「なんで遊園地来たの」

「そりゃおめー、遊園地で遊ぶために決まってんだろ」

「いやそうなんだけどそうじゃなくてね」

 

 

特に理由もなく呼んだ大地は困惑している!当たり前だな。すまん。俺が悪い。反省はしない。

 

 

「何で僕が連れてこられたのか…」

「いいじゃねーか。何だお前遊園地嫌いか?」

「そういうわけじゃないけどさ」

「安心せい。今日のシナリオはちゃんと作ってある…他の面子が来るまでに覚えておくといい」

 

 

そう、今日は俺たちだけで遊園地に行くわけでではない。バカめ誰が野郎2人で遊園地なんか行くか。行ったことあったわ。結構楽しかったわ。

 

 

大地がシナリオに目を通している間に、見慣れた奴らが近づいてきた。

 

 

人影は4人。

 

 

「あ、天童さんいた」

「おおおおおおお待ってたぜ愛しの希ちゃぶげふぉ?!?!」

「茜、今何が起きたか説明して」

「希ちゃんが天童さんにタックルを食らわせて不意打ちにより天童さんのみぞおちにクリーンヒット」

「ハラショー…」

「えっと、天童さんの隣にいるのは御影さんでいいんですよね」

「うん、合ってるよ。今日はよろしくね」

「いつ見ても誰かわかんない変装ですね」

「ありがとう。今日は大学1年生をイメージした変装をしてみたよ」

「本当にそこら辺にいる大学1年生にしか見えないのが不思議ね…」

「魔法か何か使ってるんだよきっと」

「使ってないよ…?」

 

 

そう。茜、にこちゃん、絵里ちゃん、そして愛しの希ちゃんだ。あかん愛しいとか言うとやっぱり寒気がする。そして何故かタックルされる俺氏。なんで?

 

 

「のっ…希ちゃん…なかなかの破壊力で…」

「愛しいって言われたからつい…」

「そんなに嫌でございましたか」

「嬉しくなって」

「あ〜〜〜〜好き〜〜〜〜」

「ねえ茜あの2人は置いてっていい?」

「むしろ僕は置いて行く気満々だよ」

「君ら容赦ないね…」

 

 

とても幸せな理由だった。これは惚れる。当方n度目の一目惚れだ。そして残る4名は置いていくんじゃない。大地までそっちに着いていくんじゃない。

 

 

すきすきぱわー(物理)で痛む胸(肺)を労わりつつ4人に追いつき、チケット売り場へ。

 

 

「さて希ちゃんの分は俺が払うとして」

「えっいいん?」

「にこちゃんの分は僕が払うとして」

「え、まぁ…うん、お願い」

「…………え?これ僕が絢瀬さんの分払う流れ?」

「ええ?!い、いいですよ!私の分は

「おいおいおいおい大地くんよぉ、この流れで女性に金を払わせる気かねおいおいおいおい???」

「え、ちょっ

「やーいやーいかいしょーなしー」

「あ、茜!!何で御影さんまで煽ってんのよ!!」

「ごめんつい癖で痛い痛い痛い」

 

 

彼女の分はもちろん払う…というかまあ、俺らは稼ぎがあるからな。バイトをしているとはいえ、希ちゃんは裕福なわけではない。俺は圧倒的に裕福。というわけで金を払うのは俺というのが妥当だ。茜も同じ。そしてそれは彼女いない系芸能人の大地にも当てはまる!当てはまれ!!

 

 

まあそこは大丈夫だ。シナリオに織り込み済みである。

 

 

「え、えっと…まあ、たしかに女の子に出させるわけにも…」

「だ、大丈夫ですから!それくらい出せます!!」

「でも…」

「まあこうなったら天童さんが全部出しちゃえば全部解決ですね」

「何を言い出すのかな茜クン」

「天童さんお金持ちだもんねー?」

「希ちゃんその悪ノリは私の経済に打撃を与えかねんぞ」

「じゃ、天童さんお願いします」

「あっにこちゃん今そういう流れじゃないのよそういう流れじゃないよね断ち切ろうよこの流れ」

「そういうことなら天童、頼んだよ」

「ありがとうございます」

「拒否権プリーズ!!!」

 

 

…うん、ここもシナリオ通りだ。

 

 

自分でやってて自分の扱いに泣けてくる。涙の数だけ強くなれるよ!なれるかバカヤロウ。涙の数だけ惨めになるわ。

 

 

金があるからいいという問題ではないのだ。流石に6人分の出費はデカい。金は有限なんだぞ。知らなかったのか?

 

 

「でも遊園地なんて久しぶりだねぇ」

「私はこんな絶叫マシンだらけの遊園地よりも、雰囲気のいいところに行きたいけどね」

「そういうところはまた今度2人で行こう」

「こら惚気んなー。絶叫マシンに乗せるぞこんにゃろう」

「わー天童さんこわーい」

「鬼ー悪魔ー」

「なんだお前ら天童さんのこと嫌いなのか?そういうのは正直に言えよ泣いてやるから」

「泣くんですか」

「泣くだろ」

 

 

号泣するわ。

 

 

「絵里ちゃんは遊園地とかよく来るの?」

「日本に来てからはあまり…。なので今日は楽しみにしてたんです」

「そうなんだ。じゃあ今日はいろんなものに乗ってみよう」

「はい!…お化け屋敷以外なら…」

「ん?」

「いっ、いえ…なんでもないです…」

 

 

ふむ、俺が号泣している間に恋人いない組が仲良くなっている。遠目から見る分には素敵ビジュアルだ。

 

 

ふふふ、この2人こそ今回の遊園地の最大の目的…!!

 

 

 

 

 

 

 

怖がり2人組をお化け屋敷に放り込んでリアクションを愉しむのが目的さ!!

 

 

 

 

 

 

 

そう、何を隠そう大地はスーパー怖がりなのだ。絵里ちゃんもお化けとか苦手な模様。この2人をセットにするための残りのメンバーなのさ!!(あと希ちゃんとデートできる)

 

 

この2人組を作り出すには、絵里ちゃんのμ's同級生と茜が必須なわけだ。絵里ちゃんを呼び出す口実と、絵里ちゃんを大地と組ませる口実が両方達成できるからな。(あと希ちゃんとデートできる)

 

 

さて、財布は軽くなったが、ここからが本番だ!ちくしょう金が!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやあああああああ!!!!!』

『うわあああああああ?!?!?!』

「なんか凄まじい悲鳴が後ろから聞こえる」

「絵里が怖がりだからそりゃあそうなるわよ」

「御影さんの悲鳴も聞こえるんだよね」

「意外と怖がりなのかしら」

『やあああ!!もうやだおうちかえるうううう!!』

『ひいいっわかったわかったわかったから腕掴まないでってばあああっなんかっなんか来るっちょっと待って離して逃げれない!!』

『やだやだやだ置いていかないでぇ!!』

『いやでもぎゃああああ?!たっ、たすっひいいいいい!!!』

「…怖がりらしいね」

「このお化け屋敷長いけど大丈夫かしら」

「まあ脱出口あるし大丈夫だよ」

 

 

天童さんに誘われて来た遊園地はかの有名なお化け屋敷がヤバいところだった。言わなくてもわかるよね。富士山近いあそこ。

 

 

だからこれ完全踏破しようとしたら1時間くらいかかるんだけどね。怖がりが入っていい場所じゃない。

 

 

「きゃああああ!!あっ茜っなんか今声がっ」

「声くらいするよ」

「そうじゃなくてなんか…ぎゃあああ!茜後ろー!!」

「後ろ…うわ」

「うわじゃないわよ逃げるわよぉ!!!」

「待ってにこちゃん走るのはひいっ」

 

 

こっちはこっちで幽霊っぽい人が追ってきた。何でダッシュで追いかけてくるのさ。走るのはやめようね。にこちゃんが僕を引っ張って走っちゃうからね。是即ち僕の体力が尽きる。よくない。

 

 

「はぁ、はぁ…も、もう追ってこないわね…」

「しょうでひゅね」

「あ、ごめん」

「死ぬる」

 

 

というわけで僕死亡。幽霊の一員になっちゃう。

 

 

『やああああんもうやだあああ!!』

『ちょっ座り込まないでいやほんとにマジでシャレにならないから追ってくるから!!』

『いやあああ!!!』

『ぎゃああああ!!もうこうなったら…絢瀬さん失礼っ!』

『ひいいい!!』

『動けないなら抱えて行くまで!!そこの途中退出口まで…ってぎゃあああああ横からあああああああ?!?!?!』

「…なんか楽しそうだね」

「楽しくはないと思うわよアレ」

「まあ、絵里ちゃんも芸能人に抱かれたなら本望じゃないの」

「言い方」

「ふげっ」

 

 

後ろでは相変わらず大乱闘してた。楽しそうでなにより。途中退出する気満々みたいだけど。まあ無理するのはよくないからね。仕方ないね。

 

 

そしてにこちゃんはこんな時にも拳は欠かさない。強い意志を感じる。

 

 

本当に絵里ちゃんと御影さんのコンビは途中で出て行っちゃったみたいなので、その後僕らは難なく進んでゴールした。

 

 

嘘です途中でにこちゃんがギブアップしました。なんだかんだ怖かったみたい。

 

 

で、外には天童さんと希ちゃんが悠々と待っていた。なんか腹立つ。

 

 

「ふふふ…諸君、楽しかったかな?!」

「もうやだぁ…」

「こんなんになっちゃったけどどうすんの天童」

「あれっお怒りなのかい大地。はっはっはっお化け屋敷なんだから怖いのは当たり前じゃんよ!!」

「…」

「待った待った拳握るのやめようね。俺が悪かった。うん悪かったよ暴力反対」

「まあ全面的に天童さんが悪いわね」

「わかっててやっただろうしね」

「ソンナコトナイヨー」

「嘘くさい」

 

 

天童さんは御影さんにガチギレされてた。まあ怒るよね。苦手みたいだったしね。

 

 

「まったく絵里ちゃんがこんなに怖がってたっていうのに!」

「あー自分は度外視するやつ?モテる男の技じゃーんやだイッケメーン」

「天童いい加減にしないと…」

「わかったわかった落ち着け」

 

 

違う絵里ちゃんの心配してた。これはイケメンだ。

 

 

「本当にもう、大変だったんだぞ…」

「まあ怖がり2人でお化け屋敷入ったらそうならぁな」

「わかってて入らせたのか?!」

「なーに当たり前のことを聞いてんだ…ってうおお?!あぶねえ!!急に殴ろうとするんじゃねー!!」

「いや殴るわ馬鹿!!」

 

 

御影さんも我慢の限界らしい。しばらくキレたお顔で天童さんを追い回していた。

 

 

天童さんもいい加減変なことするのやめればいいのに。

 

 

「まあ、次は元μ'sのみんなで来たいところだね。お化け屋敷はともかく乗り物は面白いし」

「そーねぇ、ジェットコースターとかは穂乃果とか凛は好きそうだし」

「まあでももっとゆるい遊園地の方が無難かなあ。絶叫させるための遊園地だしねここ」

「物騒な遊園地ね」

「あのえげつないジェットコースターの数々をみたらそう言わざるを得ないでしょ」

 

 

あれらはほとんど凶器だしね。

 

 

まあ、僕はそこそこ楽しかったからよしとしよう。絵里ちゃんはトラウマ背負ったかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、上手くいったかな」

 

 

帰宅してからまたシナリオ整理。いつもの日課だが、希ちゃんと付き合いだしてから未来予測の方向性が若干変わり、複雑になった。だから今までよりやることは多い。

 

 

今日の遊園地突撃もその一環。

 

 

「うまいこといってくれよ…?こんなところでミスリードなんてしたくないからな」

 

 

せめて手の届く範囲の人くらいは幸せになれるように。

 

 

慎重に、丁寧に、未来を読み抜け。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

前半、ついに入部届けを出した新一年生。これからきっとこの子達が波乱を巻き起こすのでしょう!!(主に奏ちゃんが)
ことりちゃんが前回の喜びでふにゃふにゃになってるのもポイント。ことりちゃんはそういう子ってイメージなんです!

後半は卒業生組の遊園地です。また天童さんがなんか企んでるだけのお話です。でも絵里ちゃんと御影さんに絶叫させたかったというのもあります。大絶叫にきっと天童さんもご満悦。

ただ、天童さんが裏で何を考えてるかはいつものことながら不明です。今度は何をやらかすのか!


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才は諸刃、逆巻く牙



ご覧いただきありがとうございます。

ついに土日に投稿できなくなりましたね!!申し訳ありません!!資格試験とかあったんですあーはいわかってます言い訳してないで筆を動かせって話ですねわかります!!(自己解決)

あと延々とスクスタしてました。いやん皆様かわいい。しかも動く!!ぬるぬる動く!!うひゃあ!!あーいえわかってますわかってますとも筆動かしますともー!!

さて、今回は才悩人編第二弾です。アニメ本編よりはるかにサクサクフラグが立ちますねえ!!アニメ中では本来男性が出てこないので当然といえば当然ですが。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「というわけでですね!困ったことに私は先輩に敬語を使ってはならないことになってしまったんです!!」

「いいではないですか」

「いいんですか?!」

 

 

ある日の夜のこと。無事に音ノ木坂学院に入学し、アイドル研究部に入部した奏が興奮しながらそんなことを言っていました。

 

 

その集団の中でルールを決めて、それに遵守するというなら、よほど極端なもので無い限りは敬語程度は構いません。

 

 

そもそも奏は誰に対しても敬語ですし。呼び方くらい自由にしても構わないと思います。

 

 

というかいくら僕を尊敬してくれているといってもそこまで徹底しなくてもいいのではないでしょうか。「嫌われたくないんです!!」という心の声は読心するまでもなく聞こえてきますが。

 

 

「同じものを目指す者同士、忌憚無く意見できるように配慮されているということですよ。そういった理に適った善意はちゃんと受け取っておきましょう」

「すみませんキタンナクってどういう意味ですかお兄さま!!」

「正直でよろしい」

 

 

わからないことをわからないと正直に言うのはいいことです。自信満々に言うのがいいことかは不明ですが。

 

 

「簡単に言うと「遠慮なく」とほとんど同じ意味ですよ」

「なるほど!また一つ賢くなりました!」

 

 

あと我が妹ながらポジティブすぎて怖いです。

 

 

「あと、今日はことりさん…えっと、ことりちゃんがなんだか嬉しそうでした!」

「…確かに奏がμ'sの方々を敬称抜きで呼ぶと違和感ありますね…。まぁ、嬉しそうならよかったじゃないですか。悲しそうだと言うなら心配ですが」

「『元』μ'sですよ!」

「あっはい」

 

 

そういえばもうμ'sではないんでしたね。

 

 

「嬉しそうなのはいいんですけど、なんだか上の空ぁ〜って感じだったので、それはそれで心配です」

「ふむ、上の空ですか」

「上の空ぁ〜、です!」

 

 

流石に僕にはそんな表現はできませんよ。文字なら別ですが、口頭ではできません。奏ほど感情豊かではありません。

 

 

「とりあえず、南さんの心配はいらないでしょう。おそらく少ししたら戻りますから」

「お兄さまがそう言うなら大丈夫ですね!」

 

 

そして相変わらずの信用度です。僕でも間違う時は間違うんですが。

 

 

「そういえば、元μ'sの卒業なさった方々はお兄さまのいる大学に入学されたんですよね」

「はい。流石にまだ会っていませんが、皆様文系のようですし、僕の講義を受けることもあるでしょう。来年にはもしかしたら僕のいるゼミに来るかもしれませんし」

「お兄さまも元μ'sの皆様と何かとご縁がありますね!」

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

 

確かに、園田さんをはじめとして、天童君や波浜君経由で頻繁に関わっている気がします。悪い気はしませんが、天童君が関わっていると彼の思惑が絡んでいそうで複雑な気分です。

 

 

「さあ、今日も疲れたでしょう?早めに寝て、明日に備えましょう」

「はい!おやすみなさい!!」

 

 

寝る前だというのに元気ですね。きっとベッドに入った瞬間に眠るんですが。

 

 

ああ、でも。本当に、口から出る言葉に一切の偽りのない奏は。

 

 

こんな偽りだらけの世界で唯一の光です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

 

 

今日は休日なのですが、珍しく外出しています。

 

 

いつもはひたすら本を読んでいるので正直引きこもりなのですが、こうして外に出なければならないこともあります。

 

 

特に。

 

 

最近は天童君が「悪人狩り」に消極的なので、僕一人で何とか悪人を減らせるようにしなければなりません。

 

 

しかし、残念ながら僕は力や体力があるタイプではありません。天童君のような先読み能力もありませんし、力技も抜け道も使えません。

 

 

何とかしようとして思いついたのは、僕自身の力を使うこと。読心がもっと使いこなせるようになれば、道行く人々の思考まで読み取れるかもしれません。

 

 

こういった才能も、天童君のように鍛えることができるはず。そう思って街に出て、沢山の人の心を読めるように努力をしているのです。

 

 

…しかし、思った以上に大変です。沢山の人の心の声を聞くこと自体は容易いのですが、それを大量に聞くとなると、正直処理が追いつかなくて頭痛がします。天童君を甘く見ていました。そういえば彼は基本スペックが非常に高いんでした。

 

 

「…うっ、しかし、本当に想像以上の負担です…」

「本当に大丈夫なのですか?」

「え、ええ…大丈夫…ってうわぁ?!そっ、園田さん、いつのまに?!」

「あの…さっきからずっと声をかけているのですが…。どうしたのですか?」

「い、いえ…なんでもありません…」

 

 

頭痛にやられて壁に寄りかかっていたところに、いつのまにか園田さんが隣に来ていました。ここまで注意散漫になっているとは…気をつけなければなりませんね。

 

 

「…園田さんこそ、どうしたのですか?お買い物ですか」

「はい、今日は練習が休みなので。…しかし、本当に大丈夫ですか?顔色も良くないですし…」

「大丈夫ですから…。僕のことはお気になさらず、お買い物を続けてください。それでは」

「あ、ちょっと…!」

 

 

頭痛も治まってきましたし、早めに退散しましょう。園田さんにも迷惑かけられませんし、何より僕の読心が原因なのではないかと勘繰っているようです。実際正しいですし、何をしているかを正直に答えれば、また怒ってしまうでしょう。余計なことはするべきではありません。

 

 

追っても答えてくれなさそうだ、ということは伝わったようで、園田さんが追いかけてくることはありませんでした。今のように知人と遭遇しても面倒ですし、少し遠出するとしましょうか。

 

 

車で移動すると頭痛が怖いので電車を使いましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、明の様子がおかしいと?」

「はい…。先日見かけた時も顔色が悪かったですし、何か無理をしているようで…」

「風邪引いてるだけじゃないの」

「症状だけ聞くとそんな感じだよなぁ」

 

 

海未ちゃんに相談があるって言われてきてみたら、珍しい人の話だった。松下さんが話題に上るの珍しいよね。松下さんの妹の話は最近聞くけど。あれ、つまりあんまり珍しくない?

 

 

ちなみに天童さんはいつのまにかいた。何でいるんだろう。海未ちゃんが呼んだわけでもないらしいし。

 

 

「う…そう言われてみれば…」

「まあ、出不精筆頭の明が外に出るのは確かに珍しいけどな」

「てゆーか天童さんならなんでもお見通しなんじゃないんですか」

「お見通しにも限度があるっつーことだよ。才能があるだけで天才ではないんだよ天童さんは」

「天童さんいつも自分は天才みたいに言ってるのに」

「まあ…出来ないこともあるって知ったんだよ俺も」

「天童さんが素直だ…まさか偽物…」

「おいこらー?」

 

 

天童さんが緩くなってる。希ちゃんパワーかな?希ちゃん強すぎでは。

 

 

「まあ天童さんはおいといて、そんなに気にすることじゃないんじゃない」

「いや病気だったら心配すべきだろ」

「天童さんに正論言われた」

「風邪…うーん…」

「なんか気になることでも?」

「あ、えっと…お話ししていいものか…」

「なになに黒歴史的な話?」

「目を輝かせんな愉悦部」

 

 

黒歴史ならいくらでも聞くよ。黒歴史おいしいです。

 

 

「いえ、そうではなくて…あの、お二人は…松下さんが、人の心を読めるって、聞いたことはありますか…?」

「なにそれ」

「…明が自分で言ったのか?」

「は、はい…」

「えっ何で天童さんは知ってました感出してるの」

「知ってたからに決まってんだろ?」

「うそんそんなファンタジー」

 

 

天童さんがそんなファンタジー発言を信じてるなんて意外。意外なんじゃなくて本当なのかな?マジ?あり得るそんなこと。

 

 

「ファンタジーじゃないんだなこれが。正確には読心というより、『限りなく正確に行間を読む』才能なんだろうけどな。言葉や文字からその真意から裏側までまるっきりお見通しだそうだ」

「へえ…ただ文系の才能があるだけだと思ってました」

「それだったら小説家として台頭してるだろうよ。文学者として成功しているのは、読んだ本の真の意図が完璧にわかるからだぞ」

「なるほど。なんか天童さんと似てますね」

「似てるようで全然違うわい。俺は心は読めんぞ」

「えっ読めなかったんですか」

「読めねえよ?俺の行動予測はただの予測だから統計でしかねぇよ」

「でも天童さんってハッピーエンドメイカーじゃないですか」

「それはただの俺の趣味じゃい」

「超いい人じゃないですか」

「今更なの?」

 

 

天童さん心読んでるわけじゃなかったの。どうりでたまに「嫌でもシナリオ通りの動きをするしかない」状況とかできるわけだ。ただのドSだと思ってた。

 

 

「天童さんはご存知だったんですね」

「ああ、お互いこういう才能持ちだからな。向こうは初めて会った時から、俺は何度か会ってから、お互い自分の才能と相容れないやつだってのは理解したさ」

「そうですか?お二人の力を合わせれば何でも出来そうですが」

「そうそう、光と闇が合わさり最強に見える感じになりそうじゃないですか」

「ならねーよ。俺は明を利用する気満々で、それがバレバレなんだぜ?絶対仲良くなれないだろ」

「そうですかねー」

「そーなの。俺としても、明は何が何でも自分がやりたくない行動は取らないようにしてくるし、そうでなくても想定外の動きをすることが多い。会うだけでシナリオが狂うんだよあいつは」

「なるほど」

「わかってないだろ」

 

 

なるほどわからん。あんまり仲良くないことだけはわかった。

 

 

「で、その読心がどうかしたのか、海未ちゃん」

「あ、はい…松下さん、以前人の心は裏ばかりだと言って嘆いていらしたので、街中で気分を悪くなされたのかと…」

「はっはっは、そりゃないさ。あいつの読心は沢山の人とコンタクトするのに向いてない。頭が処理しきれないからな。だからあいつ、外出するときは常にイヤホンしてるのさ。してただろ?イヤホン」

「え?いえ…」

「え?」

「え?」

「…イヤホンしてなかったの?」

「はい…」

「ちょっと天童さーん?」

「いや待て、えっマジか」

 

 

天童さんがフリーズした。どうしたのかな。

 

 

「…何のためにイヤホン無しで出歩いてたんだあいつは?」

「あの、やっぱり…」

「ああ、海未ちゃんの言う通りかもしれん。読心で負荷がかかってたんじゃねえかな」

「そんな顔色悪くなるほど負担かかるんですかね」

「知らんわい。だがその可能性も十分あるな…俺は予測する出来事を段階を踏んで時間をかけて組み上げるが、明はもしかしたら得られる情報を分割できないのかもしれん」

「まあ原因はわかんないけど、どうしてイヤホンしてなかったんだろね」

「…確かにそこは謎だな。いや、心当たりがなくもないんだが」

「あるんですか?!」

「うおお?!食いつきいいな?!」

 

 

作詞の指導してもらってるからか、やたら心配してるね。それともそんなにやばそうな感じだったのだろうか。

 

 

「悪いがそこらへんの事情は企業秘密

「…悪人狩りですか?」

「ん゛な゛っ」

「ちょっとまって何今の極めて不穏な単語」

 

 

初めて見る天童さんの本気びっくり顔と初めて聞く恐ろしい単語のせいでツッコミが追いつかないんだけど。

 

 

マジで何が起きてんの。

 

 

「あ、明…一体何考えてんだ…」

「そうなんですね?」

「うぐ…そこまで知られているとは計算外だな…。ああ、そうだ。そのことだ」

「ねぇ待って僕を置いてけぼりに

「静かに」

「ひん」

 

 

さすが海未ちゃん慈悲がない。仕方ないから頑張って話の流れから概要をつかもう。無理がある。

 

 

「どこまで詳細を聞いているか知らないが…俺と明は協力して犯罪者撲滅運動をしていた」

「はい」

「はいじゃないけど」

「まあ、最近は自粛してんだがな。ほら、希ちゃんが嫌がるから」

「何で嫌がるんです」

()()()()()()()()()()()()。止めないんだよ、犯罪自体は。例え殺人でも」

「なるほど外道だ」

「言うな。それがわからないほどバカじゃない」

 

 

わかっててやるあたりさすが天童さん。

 

 

「まあとにかく。もともと俺と明でやっていたその悪人狩りだが、俺はあんまりやらなくなった」

「やめてはないんですね」

「うっせーやらねばならんこともあるんじゃい。俺はほとんど動かなくなったけど、明は自力で何かしようとしているのかもしれんな」

「何か…?」

「具体的に何をしようとしているかはわからない。そもそも何であんなに悪人狩りに積極的なのかもイマイチ知らんのだよ」

 

 

要するに、犯罪者もしくは予備軍みたいなのを無理やり捕まえることをしていたんだけど、天童さんが働かなくなったから松下さんが自力でなんとかしようとしてるってことか。

 

 

ふーん。わけわからぬ。

 

 

「わけわからぬ」

「声に出てんぞ茜。しかし、明の目的もイマイチ不明なのは確かだ。俺もちょっと気にしておく」

「ありがとうございます。…本当に、いったいどうしたというのでしょう…」

「そんなに心配なの」

「心配ですよ」

 

 

なんかやたら心配してるなぁって思って聞いてみたら真剣に心配らしい。そんなにめちゃくちゃ心配しなくてもよかろうに。

 

 

「…だって」

「ん?」

「だって、松下さん…なんだか、知らないうちに崩れていってしまいそうで…」

「何いってんの君」

「知らないうちに崩れてた側の人間にはわからんだろ」

「天童さんは崩れてないみたいな言い方」

「崩れてないでしょお?!?!」

 

 

ふうむ、なんだか知らないけど不安らしい。それだけはわかった。

 

 

まあでも不安ならなんとかしたくなるよね。なるんだよ。具体的にどうしようっていうのはないんだけどね。

 

 

ちなみに僕は知らない間に崩れてたサイドの人です。わかってまーす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ。

 

 

あたまが。

 

 

われそうです。

 

 

遠くの喧騒からさえも、言葉の真意が頭に雪崩れ込んでくる。

 

 

これでは、誰が何を考えているかなんてわかるわけがありません。誰が悪人かなんてわかるわけがありません。布団に潜って、耳を塞いで目を閉じなければ頭痛は治りません。

 

 

これが試練だと言うのでしょうか。

 

 

僕はただ、奏の笑顔を、曇りなき心を、守りたいだけなのに。

 

 

何故僕はこんなに苦しまなければならないんですか。

 

 

もう十分苦しんできたのに、まだ終わらないのですか。

 

 

どうすればいいんですか。

 

 

 

 

 

誰か。

 

 

 

 

 

 

 

だれか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知るわけがない。僕は松下さんとはそんなに深い関わりはなかったんだから。

 

 

こんな深刻な事態になってるなんて。

 

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

おかしい…また最初と最後のテンションが噛み合っていない…。誰のせいですか!!私ですね。その通りです。
というわけで今回は松下さん回です。あまりスポットのあたっていなかった男性陣の一人なのでぶっちゃけ難産でした。見た目は穏やか、中身はバイオレンスな松下さんダウン寸前。このままではシスコンが死んでしまう!!


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悪意が心を蝕むから



ご覧いただきありがとうございます。

前回から3人もの方がお気に入りしてくださいました!!ありがとうございます!!もう寿命が人類の限界超えそうな気がしますね!!頑張ります!!
そして先週投稿できなくて申し訳ありません。忙しいのもありましたが、内容を大幅修正してたら無理でした。何したんだよ団長!

今回は前回に引き続き松下さんのお話です。ちょっと長めですよ!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「どうじまじょお〜!!!!」

「なんだなんだ詳細不明のまま泣き叫ばれても俺には何もできんぞ。あとくっつくな…意外と力強えなこいつ」

「創ちゃんから離れてー!!!」

「ぶえええええん!!!!」

 

 

ある日のことだ。

 

 

部室に入ってきた奏が号泣しながらタックルをキメてきた。泣いてるくせにテンションが暑苦しい。そして結構な力でしがみつかれている。凛が思いっきり引っ張って引き剥がそうとしているがなかなか離れない。

 

 

「とりあえず離れろ」

「いやでずぅうううぎゃあああああ!!」

「力ずくだ…」

「力ずくだね…」

「ハラショー…」

 

 

とりあえず首根っこを引っ掴んでひっぺがした。絶叫するんじゃない。

 

 

「で、何がどうしたんだ」

「うぶうううううう」

「…マジでなんなんだ」

「なんだかお兄さんが部屋から出てこなくなっちゃったんだって」

「お兄さんじゃなくてお兄さま!!!!」

「そこはツッコむのかよ」

 

 

忙しいやつだな。

 

 

「…松下さんが?」

「お兄さま!!!」

「うん…部屋も鍵がかかっちゃってて、ノックしても返事がないって」

「なんでまたそんな引きこもりみたいなことになってんだ?メンタル病んだのか」

「いやあああああお兄ざまぁああああ!!!」

「…」

「創ちゃん今イラっとした?」

「…………してねえぞ」

 

 

奏が喚いてると話が進まないな。

 

 

「よし、ちょっと黙らせる」

「黙らせるって…どうするにゃ?」

「こうだ」

「うわぁ?!」

「肩に担いで…?」

「そしてこうだ」

「窓を開けて…?」

「えっえっまさか私投げられたりしませんよね?!」

「そしてこうだ!」

「窓からジャンプ…ってどこ行くにゃー?!」

「いやぁぁぁぁぁあああ?!?!」

 

 

窓から飛び出し、秋葉の街を疾走する。奏を肩に担いだまま。とりあえずサクッと神田明神まで行ってUターンして戻ってきた。

 

 

「ただいま」

「お、おかえり…」

「こうすると人は黙る。茜が身をもって教えてくれた」

「きゅう」

「か、奏大丈夫…?」

 

 

肩に担いだままそれなりの速さで走ると、風圧と恐怖で黙るらしい。茜を担いで走った時にそう言っていた。瀕死の茜が。

 

 

つーか

あとで松下さん(兄)に怒られそうだ。

 

 

「で、結局何なんだ」

「奏のお兄さんが部屋から出てこないからどうしようって話です」

「どうしようって言われてもな」

「創ちゃんが引っ張り出せばいいんじゃない?」

「いいわけあるか。穂乃果じゃねぇんだぞ」

「どういうこと?!」

 

 

力ずくで引っ張り出しても、穂乃果のようにノリと勢いで生きているやつ以外には効果が薄いどころか逆効果だろう。脳筋はダメだ。

 

 

「そもそも原因がわからねぇのに下手なこと出来ねぇだろ」

「それはそうね」

「でも心配だね…」

「心配だけど、よく考えたら私たちあんまり松下さんと接点ないよね…」

「…そういえばそうだな」

 

 

言われてみれば、時々何かしら手伝ってくださってはいたが…ロクに会話したことがない。俺だけじゃなく、だいたいのメンバーがそうだろう。

 

 

奏以外でまともな接点があるのは、

 

 

「作詞を見てもらっている海未ちゃんくらいかなあ?」

「だな。というか、ほぼ唯一の接点だろう」

 

 

そもそも海未がいなければμ'sと関わることすらなかったかもしれないくらいだ。松下さんと最も関わりの深いメンバーは海未で間違いない。

 

 

「海未、何か松下さんから聞いて…海未?どうした?」

「…」

「おい?」

「海未ちゃーん?」

 

 

だから海未に聞いてみようと思ったんだが、当の海未はなにやら考え込んでいた。心当たりがあるのか?

 

 

「…いえ、何でもありません」

「いや今の

「何でもありません」

「お、おう」

 

 

ドスが効いている。怖えよ。

 

 

「確かに松下さんは心配ですが、私たちも練習をしないわけにはいきません。さあ行きますよ!」

「ふぇえん」

 

 

若干無慈悲だが、事実は事実。練習をサボるわけにもいかない。…去年はにこを尾行したりして練習が消滅していたこともあった気がするが、まあ、気にしないことにする。

 

 

しかし心配なものは心配だな。部屋から出てこないってのがどれだけ深刻な事態かいまいちピンと来ないが、精神が病んでる可能性だってあるわけだ。

 

 

あまり深刻じゃないといいんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心配でないはずがありません。

 

 

だって、先日体調が悪そうな松下さんを見たばかりなのです。何かあったのは確実でしょう。

 

 

ですから、練習が終わった後。

 

 

「奏」

「ふぇっはい、何でしょう海未さ…えーっと、海未…ちゃ…ちゃん!!」

「松下さん…お兄さんに会わせていただけませんか?」

「えっ?あのあの、お兄さまは今…」

「はい。だから会いたいのです。何かあったのなら、いつもお世話になっている身として、力になりたいと思うんです」

「…ふええええ、海未ざんありがどうございまずぅぅううう!!!」

「ちょ、ちょっと抱きつかないでください!鼻水!鼻水が!!」

 

 

尊敬する兄を心配して貰えたのがよほど嬉しかったのか、奏は号泣しながら抱きついてきました。穂乃果みたいですねこの子…。

 

 

「お願いします…」

「え?」

「お願いします、お兄さまを助けてください…!お兄さまは()()()()()()()()()何かに悩んでいらっしゃるんです。私の前ではいつも笑顔でいらっしゃるのに、私以外の方の前ではいつも作り物の笑顔で、一人でいる時は眉間に皺をよせて何か考え事をしていらっしゃるんです!私、私は、私のせいかもしれないと思うと、怖くて何も聞けないんです!お兄さまはいつも私に不自由がないようにって何でもしてくださるのに、私はお兄さまを助けて差し上げられないんです…!だからお願いします、こんな不甲斐ない妹の代わりに、お兄さまを助けてあげてください…お兄さまの笑顔を取り戻してください!!」

 

 

まくしたてるように一気に吐き出した奏。…何といいますか、やはり松下さんの妹です。とてもよく人を見ています。兄妹だからといって、心を読める松下さんの心中を見抜けるというのは相当な観察力でしょう。

 

 

中身は穂乃果より大人かもしれません。

 

 

「ええ、わかりました。任せてください」

「うううう、何もできなくてごめんなさい…頼ることしかできなくて…」

「そんなこと…奏がいなかったら、松下さんに何かあったって気づくことすらできなかったんですから」

「海未さんお優しい…ふええん」

「わかったから鼻水をなすりつけるのをやめなさい」

 

 

さすがに鼻水をつけるのはやめてほしいです。

 

 

「さあ、行きましょう」

「はい!よろしくお願いします!!」

「よーし張り切って行こうぜ諸君!!」

「…」

「う、海未さん、変質者が」

「待って待って初対面で変質者って言われるのマジで納得いかないよお兄さん」

 

 

いつのまにか隣に天童さんがいました。

 

 

この人は本当に何者なんでしょう。というか何しに来たのでしょう。

 

 

「大丈夫ですよ奏。すごく胡散臭い人ですが悪い人ではありません」

「はい…」

「ねえ今のはフォローのつもりだったの?もうちょっと褒めてくれたってバチは当たらんと思うんだが??」

「最大限褒めたつもりだったのですが…」

「うっそ今のが最大値?そんなに俺に泣いて欲しいの君」

 

 

茜と違って私は天童さんとそれほど関わりが深いわけではないので、正直褒めにくいです。

 

 

「ま、まあいい…俺の評価はどうだっていいんだ。明の話だし」

「お兄さまのですか?!」

「おうぐいぐいくるな君」

「お兄さまは大丈夫なんですか?!」

「オーケーとりあえず落ち着こうか」

 

 

よっぽど松下さんが心配なのか、奏はお兄さんの名前が出てきただけで今にも掴みかかりそうな勢いで天童さんに詰め寄ります。ほとんど動じない天童さんはおそらくこうなるとわかっていたのでしょう。

 

 

「はっきり言っておこう。()()()()()()()()()

「そ、そんなぁ!どう、どうしたら…!」

「だからこそ俺はここにきた。海未ちゃん、君に頼みごとをするために」

「え?わ、私に…?」

 

 

不意に話の矛先がこちらを向いてびっくりしました。なぜそこで私なのでしょう…?

 

 

「なぜ天童さんや奏でではなく私に?」

「明は俺には警戒心から本心を話さない。奏ちゃんには信条から本心を話せない。でも君は違う。奴のことを知っていて、警戒されていない唯一の人物なんだ。君しかいない。君にしか頼めない」

 

 

天童さんの目は今まで見たことがないほど真剣でした。いつものふざけている天童さんではない…。なら、真面目に聞かなければならないでしょう。

 

 

「あいつの不調の原因は、恐らく先日君が予想した通りだ。あいつは何かのために、何かをするために、自分の限界以上のことをしようとしている」

「…はい」

「救おうと考えなくていい。助けようとも思わなくていい。あいつの話を聞いて、君の言葉をぶつけてやってくれ。きっとそれが一番だ。そもそもあいつに小細工は通用しないし」

「はい、大丈夫です。もとからそのつもりですから」

「うんうん、頼もしい限りだ。では最後に一つだけ」

「?」

 

 

いつものように軽いアドバイスをされるだけかと思ったら、まだ続きがありました。

 

 

「…頼んだよ。どうしても仲良しにはなれなくても、明は俺の大事な友達だから」

「…はい」

 

 

茜は以前、「天童さんって人を操れるから基本的には頼みごととかしてこないからね」と言っていました。

 

 

だから、今のは。心から願っているからこそ、普段は言わないようなことを言ったのでしょう。

 

 

「お任せください」

 

 

ならば、応えないわけにはいきません。必ず松下さんの不調を治します。

 

 

「…天童さんって…」

「ん?どうしたよ奏ちゃん」

「本当に胡散臭いですね」

「せっかくシリアスに締めれそうだったのにこれだよ!!!」

 

 

しかしまあ、胡散臭いのは事実です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが…」

「私の家です!」

 

 

秋葉から電車に乗って着いたのは、閑静な住宅街の中の一軒家でした。電車通学だったのですね。

 

 

「そういえばご両親は…?」

「お父さまとお母さまは2人ともお忙しいのでほとんどいらっしゃらないのです」

「そうでしたか…」

「私はお兄さまがいるので寂しくないですけどね!!」

 

 

深く考えていませんでしたが、ご両親がいらっしゃった場合は色々と断りを入れなければならないところでした。あとは松下さんとお話している最中にご両親が帰ってこないことを祈るだけですね。

 

 

「ただいまー!!」

「お、お邪魔します…」

 

 

玄関の扉を開けて挨拶しても、返事もなく出迎えてくださる人もいらっしゃいません。

 

 

「…本当に松下さんはいらっしゃるんですか?」

「います!靴はありますので!」

 

 

たまたま外出していた、というわけでもないようです。松下さんの礼儀正しい性格からして、来客時に顔を出さないことはないでしょうし、妹が帰宅して「お帰り」の一言もないのはさすがに違和感があります。

 

 

「…今日もお兄さまは出てきてくれません…」

「奏…」

 

 

しゅんとして目を伏せる奏。よほど心配なのでしょう。

 

 

「大丈夫。私に任せてください」

「海未さん…あの、」

「どうかしましたか?」

「お兄さまを助けてくださるのはいいんですが、いかがわしいことはしちゃダメですよ?」

「いかっ…し、しませんよ?!」

 

 

突然何を言い出すのですかこの子は。そんな、あの、い、いかがわしいことなど…!

 

 

雑念を振り払ってから、奏の案内で松下さんのお部屋の前に来ました。特に変わったところもない木の扉なのですが、不思議と強いプレッシャーを感じます。

 

 

「ここです」

「ありがとうございます。…奏はどうしますか?」

「わ、私は…ここで待っています」

「わかりました。…いってきます」

「はい…お願いします」

 

 

意を決して、重い扉を開けて室内に入りました。

 

 

「お、お邪魔します…」

 

 

冷静に考えてみると男性の私室に入るのは初めてで、なんだかドキドキしてしまいますが今はそれどころではありません。気合い入れていきましょう。

 

 

お部屋の中は、壁を埋め尽くすほどの本で埋まっていました。これほど大量の本があるのに、部屋全体は綺麗に整理整頓されていて、松下さんの几帳面さが表れているようです。

 

 

そんな書斎のような部屋の一画にあるベッドの上には、震える丸まった毛布がありました。

 

 

いえ、おそらく。

 

 

あそこに松下さんがいらっしゃるのでしょう。

 

 

あんなにも凛々しく指導してくださった方が、こんな風になってしまうなんて…一体何があったのでしょうか。

 

 

「あの、松下さん…?」

 

 

勇気を出して声をかけてみましたが、返事はありません。

 

 

もうここまで来たら思い切って毛布を端っこだけでも剥がしてしまいましょうか。毛布の端を掴んで持ち上げ、声をかけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「松下さ

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に絶叫が響き渡りました。

 

 

「あ゛あ゛っ…こ、声がっ…うぐぅ、はぁ、は、そ、園田さん、の、声、がぁっ?!」

「…あ、えっと、ま、松下さん?」

「ぐぁ、ああ、あ゛あ゛あ゛!!やめ、やめてくっ、やめてくれ!!僕に声を、あっ、頭が、あああああっ!!!」

 

 

絶叫しながら毛布から飛び出してきた松下さんは、耳を塞いで、目には包帯のようなものを巻いて、髪もボサボサで服も汚れた、みるに耐えない姿をしていました。

 

 

どうしたのかと聞こうと思いましたが、私が聞くより先に、発狂したような様相の松下さんが必死に言葉を紡いでくださいました。

 

 

「こ、声がっ、頭の中に、響き渡ってっ、あたまが、頭が痛い、狂う、ああっ僕の言葉が!!頭に、うあああああ!!!」

 

 

どれほどの痛みかは私にはわかりませんが、頭を壁にぶつけても、床にぶつけても、本棚にぶつけて沢山の本が降り注いできても、一向に耳を塞いで暴れまわる松下さんの勢いは収まりません。よほどの痛みなのでしょう。

 

 

私が黙っていると、まだ息は荒いですが少し落ち着いてきたようです。

 

 

「はぁっ、はぁ、ほんの、わずかな声からも、心の声が、雪崩れ込んで、きてしまうんです、何十人もの声が、頭の、中で、うう、ううううう…!自分の、声まで…!!」

 

 

…詳しいことはわかりませんが、やはり松下さんの読心能力が関係しているようです。

 

 

そう、たしかに天童さんも言っていました。「自分の限界以上のことをしようとしている」と。おとぎ話のようですが、もしや読心能力を限界以上に使っているということなのでしょうか。

 

 

こんな理解の及ばない状態の松下さんに、私ができることなど本当にあるのでしょうか。

 

 

そう、思った時でした。

 

 

「かっ…奏は…?」

「………え?」

「奏は、奏はどこにいるんです…?ああ、私に会うのが、怖いから…違う、違う、違う違う違う僕は僕はそんなつもりでは…!!!」

「ま、松下さん、落ち着いて…」

「違う違う違う違う違う!!!僕は、奏を守りたいだけなんだ!!!あの裏のない清らかな心を守りたいだけなのに!!!何故、何故こんな、なんで!!!うううああああ声が声が声が声が!!!聞きたくない、聞きたくない聞きたくないそんな欲望も悪意も打算も僕は聞きたくないいいいあああああ!!!!」

 

 

再び半狂乱に陥る松下さん。しかし、私は心配するより前に、今まで不思議だったことが腑に落ちて冷静になっていました。

 

 

なぜ、松下さんがこれほどまで悪人を厳罰に処そうとするのか。

 

 

すべて、奏のためにしていたことだったんですね。妹を守るために、ただそれだけのために。

 

 

そうとわかれば、私がすることは明確でした。先程までとは違い、自分のすべきことをしっかり認識した上で松下さんに近づき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシィッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

ビンタをお見舞いしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………????」

 

 

包帯で目を隠した松下さんは何が起きたか全くわかっていないようで、完全に動きを止めてしまいました。

 

 

「…あなたは何をしているんです」

 

 

私は怒っています。

 

 

だって。

 

 

「奏を守りたいと言っておきながら!あなたはこんなところで何をしているのです!!奏は今、あなたを想って悲しんでいるのですよ!!それなのにあなたは!!ここで引きこもって何をしているんですか!!」

 

 

どれだけ辛い症状なのかは私にはわかりませんし、それを想像できないのに偉そうなことを言うのは失礼かもしれません。

 

 

ですが、それでも。

 

 

あんなに悲しそうな顔をしていた奏を見た後で、こんな状態で「奏を守る」だなんて言われても。

 

 

全く信じられません!

 

 

「…何ですか、僕がどれだけ辛いか、苦しんでいるかも知らないで!!よくもそんな、そんなことができますね!!この割れるような頭の痛みが!気が狂いそうな声の氾濫があなたにわかりますか?!理解できるのですか?!」

「わかるわけないでしょう!!いつもいつも全部一人でやってしまうあなたのことなんて、誰のことも信頼していないあなたのことなんて!!わかるはずがありますか!!!」

「だったら…!」

 

 

何故なのでしょうか。

 

 

何故、この人は。

 

 

「なんで…なんで全部一人で抱え込んでしまうんですか…」

「…え」

「私が一度でもあなたを利用しようと思いましたか?穂乃果は、ことりは、μ'sのみんなは、あなたの才能をアテにしてなり上ろうなんて考えていましたか?わかるんでしょう、人の心が。だったら、なぜ悪意のない人を味方につけようと思わなかったのですか…私を頼ってくださらなかったんですか…」

 

 

人の心が読めるなら。自分を悪用しようとする人とそうでない人の見分けがついたはずです。

 

 

私たちは絶対に松下さんを利用しようだなんて思いませんでした。私たち以外にも、そう思っていた人はいたはずです。

 

 

その人たちを拒絶してしまったのは。

 

 

松下さん自身が、他人を信じることを諦めてしまったからなのでしょう。

 

 

きっと、打算を持たない人たちのことも、「将来的にはどうなるかわからない」と言って信じられなかったのでしょう。

 

 

「私だって、奏はいい子なのはわかります。大切な後輩で、守っていかなければならないんです。心からそう思っているんです。わかるのでしょう?なぜ、信じてくださらないんですか…?」

「そんな、そんなことは…僕を利用しようとしなかった人なんていないんです。父さんも、母さんも。だから君達だっていつか…」

「いつか心変わりが起きたとしても、今はあなたの味方であるはずです。味方である間だけでも、信じてはくれないのですか?」

 

 

そっと松下さんに手を伸ばし、包帯を解いていきます。松下さんも特に抵抗はしませんでした。

 

 

包帯の下には、涙で腫れ上がった松下さんの目がありました。いつも泰然としていて大人な印象の松下さんが、今だけはひどく幼く見えました。

 

 

いえ、もしかしたら。

 

 

ずっと痛みから逃げていた心は、幼いままだったのかも、しれません。

 

 

「………ああ、それでも、僕は、裏切られるのは、怖いんです…」

「大丈夫…私は裏切りません。絶対に」

「そんなの、そんなのわからない…」

「いいえ。私は誓ってもいいです。絶対に私は裏切らない。私は心のすれ違いの痛みを知っていますから」

 

 

裏切りとは違うかもしれませんが、私はことりが留学しそうになっていた時のことを思い出していました。少なくとも、穂乃果は裏切られたと思っていたでしょうし、その時の傷つき方も見ています。

 

 

あんな思いはもうしたくないですから。

 

 

私が誰かを裏切ることはないでしょう。

 

 

「…僕は、奏を守りたかっただけなんです」

「はい」

「あんなに裏のない心は見たことがなかったから」

「はい」

「でも…ああ、僕は、自分の目を曇らせていた。あなたも、あなた達も、みんな素晴らしい心を持っていた…」

 

 

涙をぼろぼろこぼしながら松下さんは呟きました。ついに、松下さんが心を開いてくれたように感じました。

 

 

まっすぐに、こちらを見て、ゆっくりと私に手を伸ばしてきました。

 

 

「ああ…なぜ、心を一番よく知るはずの僕が気づかなかったのでしょう。あなた達の輝きを、奏だけでなく、皆様も素晴らしい心をお持ちだったことを」

 

 

そのまま、本当にゆっくりと近づいて。

 

 

「僕が、あなたのことを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょぉぉおおおっとおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッ!!!!!!と。

 

 

松下さんの手が私の頬に触れるまさにその瞬間、奏が扉を蹴破るほどの勢いで開け放って、部屋に飛び込んできました。

 

 

松下さんも一瞬で手を引っ込めました。

 

 

「ちょっとちょっとちょっと海未さん!!!いかがわしいことは禁止って私言いましたけど!!!」

「ええ?!い、いかがわしいことなんて私は何も…!」

「そ、そうですよ、奏、なにもやましいことは…」

「うわーん!!お兄さまがたぶらかされてる!!!」

「たぶらかされてませんよ?!」

「たぶらかしてもいませんからね?!」

 

 

何故か謂れのない罪を押し付けられました。いえ、もしかしたらあのまま誰も止めなければ…やっぱり考えるのはやめましょう。恥ずかしいので…。

 

 

「もう!お兄さまが元気になったなら十分ですから!!お兄さまは渡しませーん!!」

「ちょ、ちょっと押さないでください…本当に力強いですね?!」

「ふふーん!体力テストAの実力をお見せしますよふんぬー!!」

「スポーツエリートですかあなたは?!」

 

 

不思議なくらい力の強い奏に追い出されてしまいました。

 

 

ちょっと消化不良ですが、松下さんも元気になったようですし…お暇させていただきましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかビンタされるとは思いませんでした。

 

 

しかし、園田さんの言う通り、奏を守ろうとするあまり盲目になっていたようです。世界は悪い人だけではない…当たり前のことのはずだったのに。

 

 

「全くもう!お付き合いはちゃんと告白してからしてください!」

「あの、奏、何の話をしているのですか…?」

 

 

で、僕は今奏に怒られています。

 

 

いや理由は読めるんですが。

 

 

「だってお兄さま、海未さんのこと好きでしょう?」

「……………あのですね、今しがた自覚したばかりのことを何故奏が知っているのです?」

 

 

奏に邪魔されて言えなかったことを、奏は読心もなく見抜いていたようなのです。

 

 

「え?見ていたらわかりますよ?」

「えぇ…」

「だって海未さんと会う約束をしている時のお兄さま楽しそうですし!海未さんのお話が多いですし!」

「そ、そうでしたか…」

 

 

もしかして、僕は自分が自覚していないことは読めないのでしょうか。

 

 

ああ、そういえば。海未さんにビンタされてから過剰な読心は起きなくなりました。痛みで気が逸れたのか、とにかく先ほどの一件から読心に指向性を持たせられるようになったようです。話し相手限定で心を読めるとか、今はそんな感じですね。

 

 

こういった恐ろしい適応力も天才ゆえなのでしょうか。広範囲の読心もやろうと思ったらすぐできましたし。

 

 

とにかく。

 

 

守りたい人が増えてしまいましたし、気持ちの整理をしなければいけませんね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

正直めちゃくちゃ難しかったです松下さん。そもそもどういう経緯で海未ちゃんとくっつけるか、ずっと迷っていたんです。一応一つ案はあったのですが、いざ書こうとして全然しっくりこなかったので1週間見送るハメに。先に考えときなさいよまったく!!

奏ちゃんを守りたいがために、無理をしてぶっ壊れた松下さんに対して海未ちゃんはお得意のビンタです。海未ちゃんといえばビンタ。異論は認めます。とにかく、ことりちゃんや希ちゃんみたいなふんわりした子ではないので、多少パワフルになっていただきました。年下にビンタされる松下さんを想像して是非ニヤニヤしてください。

個人的にはただのいい人になった天童さんが推しポイントです。



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演者の憂鬱



ご覧いただきありがとうございます。

前回からさらにお2人!お気に入りをしていただきました!!ありがとうございます!!ほんとにもう…こんなに色んな人に見ていただけるとは思っていませんでした…!これからも頑張ります!超頑張ります!!

さて、前回松下さんのお話が一旦終わって、今度は…タイトルでわかるでしょうか?誰かさんメインのお話でございます!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「そうしてひとまず明はなんとかなった。あとは恋愛クソ雑魚准教授と恋愛クソ雑魚スクールアイドルがどう動くかだな」

「恋愛クソ雑魚て…天童さんも恋愛弱者やん」

「希ちゃんのおっしゃる通りでございますマジすんません調子乗りました」

 

 

自宅にて、希ちゃんを呼んで事の顛末を話した。おいおい別に自宅に連れ込む口実とちゃうぞ?ちゃんと理由があって呼んだんだぞ?まあ本題以外のことをするかどうかは希ちゃん次第だがな?希ちゃん次第だがなぁ?!

 

 

すんません心の中でも調子乗りました。

 

 

「まあ、とにかく明が人を信じられるまでいってくれたら万々歳ってところだ。流石にそこまで面倒は見ないけど」

「そうやね、そっとしといてあげよっか」

「ほっとくと最悪くっつかない可能性も無くはないんだがな…」

「大丈夫やない?海未ちゃん男性との交友はすごく狭いから」

「そういう問題か?」

「そういう問題なの」

 

 

本当は周りの人間各々の未来まで見れないこともないんだが、俺にも限界というものがある。明と違って長らく鍛えてきた俺はちゃんと限界を知っているのさ。まあまだ限界値は上げられるんだがな。俺は未来ある男なのさ。そう信じてる。

 

 

まあとにかく、なんとかシナリオ通りの結末を迎えてくれたらしい明と海未ちゃんの今後はあんまり関わらないことにする。よほど深刻な事態じゃない限りな。

 

 

「…で、うちを呼んだ理由って?」

「ああ…どうしても君に協力してもらわなければならなくてな」

「嫌なことじゃなければ頑張るよ」

「ヤバい超いい子鼻血出る」

「なんで鼻血…?」

 

 

だから、今回希ちゃんを呼んだのは明や海未ちゃんは関係ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大地のことさ」

「とりあえず鼻血拭いてください」

 

 

 

 

 

 

 

もう一人、救わなきゃならない友人がいる。

 

 

鼻血はね、ほんとに出てるとは思わなかった。冗談のつもりだったんだがな。希ちゃんが可愛いすぎるのが悪いんや。俺は悪くねぇ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむむむむむむむむ」

「何で奏は海未を睨んでるんだ」

「松下さんの家で何かあったのかな?」

「そもそも松下さんはどうなったのよ」

「何も聞いてないにゃー」

 

 

ある日の練習のこと。

 

 

何故か奏の機嫌がよろしくない。

 

 

先日海未が松下さんの様子を見に行ったことは知っているんだが、何がどうなったのかさっぱりわからん。結局松下さんは無事なのか無事じゃないのか。

 

 

ちなみに海未は穂乃果とことりの陰に隠れている。

 

 

「う、海未ちゃん…何したの…?」

「海未さん!!」

「誤解ですッ!!!」

「いやマジで何が起きたんだ」

 

 

何もわからん。

 

 

「海未さんがお兄さまをたぶらかし

「てません!!!」

「ええ?!」

「う、海未ちゃんが?!」

「だから誤解だと言っているでしょう?!」

「…??」

「創ちゃんがフリーズしてるにゃ」

「本当にどういうことなのよ」

「わからないね…」

 

 

なんかもう理解が追いつかん。茜なんとかしろ。いや茜居ねぇんだったな…。

 

 

「私はただ松下さんを励ましただけです!」

「励まされただけでお兄さまはあんなえっちな顔しません!!」

「んなっなんですかえ、ええええぇっ…そんな顔はしてませんでしたよ!!」

「どんな顔だよ」

 

 

よし。

 

 

理解するのをやめよう。

 

 

「オーケー、よくわかったから練習始めるぞ」

「わかってませんよね!わかってませうあああああああ?!?!」

「投げたわね」

「投げたにゃ」

「投げたね…って奏ちゃん大丈夫ー?!」

 

 

というわけでとりあえず奏を投げた。うーん清々しい。さっさと練習を始めよう。

 

 

「しかし、この9人での練習も慣れてきたな」

「ひ、人を投げておいて全くの平常運転ですって…?!」

「創ちゃんはそういう人にゃ」

「よく凛も投げられてますから」

「凛さんよく無事ですね…」

「慣れたにゃ」

「慣れるようなことですか…?」

「早よ準備しろ」

「にゃあああああああ!!」

「ほら」

「猫のような身のこなし…!!」

 

 

まあ投げても平気そうなやつしか投げないからな。

 

 

「とりあえず、練習に私情で海未に噛みつくようならまた投げるぞ」

「ひえっ」

「脅さないの」

「脅し方が普通じゃない…」

「私投げられてみたい!」

「やめておきなさい亜里沙」

 

 

亜里沙はせめてマットか何かあるところで投げてやろう。いや好き好んで投げてるわけじゃねぇんだがな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーっしオッケー!バッチリだ!!おしまい!!帰れ!!」

「せめて次の練習の連絡くらいしなよ」

 

 

舞台の稽古はいつも突然終わる。天童がみんなの予定や体調を加味して一番良いタイミングで勝手に終わらせるせいだ。先に終わる時間決めてくれてもいいのに。

 

 

あと「終わり!!」だけでおしまいじゃみんな困るよ。

 

 

「仕方ねーな、一回しか言わねーぞ!次の練習は来週水曜の15時から!!いいか?来週水曜の15時からだぞ!!」

「天童さん2回言ってまーす」

「うるせえ!男に二言はねーんだよ!!」

「二言だらけじゃないか」

 

 

正しいことを一つも言ってない。

 

 

「次回の練習場所は台本87ページ目冒頭から。覚えてこいよー台本見せねーぞー見んなよー」

「はーい」

「はい!」

「ほらー穂積さんぐらい元気だしてみんな。みんな大好き天童さんは元気な子が好きなのだよ」

「余計元気無くします」

「おっと遠回しに俺が嫌いということかね小島さん」

 

 

天童、人の行動が読めるはずなのに毎回自分をネタにするのは何でだろう。

 

 

「わかったよもう!俺はトイレで泣いてくるからみんな早よ帰れー!!」

「はーい」

「もうちょっと罪悪感生まれてくれませんかね」

「もうみんな帰り始めてるよ」

 

 

あと延々と喋っていられるのは一種の才能だと思う。いや普通に彼は色々優秀なんだったなぁ…。

 

 

「そろそろみんな俺の偉大さに気づかないかなぁ…」

「そうなるように操作すればいいのに」

「それは反則くさいじゃーん?」

「それを言ったら天童は存在が反則だけど…」

「おっ何だ急に褒めて照れるじゃん」

「いや褒めてない」

「そっかぁ」

 

 

そうやって自分の評価が異常に上がるようにはしないあたりは良識ある方なのかな。

 

 

「まあいいか、帰ろ。大地は…あーそうか、ついてくるんだったな」

「うん。だから早く帰ろう」

「急かすな急かすな。我は忙しいのじゃ」

「何者さ」

 

 

とにかく、今日は天童の家に用があるから早めに帰りたい。シナリオ通りの動きではあっても、不安なものは不安なんだ。早く行こう。

 

 

「そういえば、最近悪人狩りしてないらしいけどどうしたの?」

「ん?ああ、希ちゃんが嫌がるからな。そもそも犯罪が起きないように、どうにかやってるところさ」

「ふうん?松下君は何も言わないの?」

「まあ、不満はあったようだからなんとかした」

「あれ、松下君は行動読めないって言ってなかった?」

「ちょっと状況が特殊だったからたまたまな。あれは運がよかったんだよ」

 

 

帰り道、天童にはシナリオ通りの質問をしてみた。全部シナリオ通りの会話で逆にすごい。天童よく覚えてるな、僕はそういうの得意な才能だから全部覚えてるけど。

 

 

「さて着いた。それじゃあさっそく新しいシナリオを…あったあった。はいよ、とりあえず1週間分」

「ん、ありがとう。えーっと」

「まあだいたいいつも通りだ。週末に出かける予定があるくらいだな」

「出かける予定?最近多いね」

「たまにはいいだろ?」

「東條さんとお出かけする口実に使ってない?」

「ちゃっ…ちゃうわい!!ほ、ほら、だって週末の予定は希ちゃんはいない…いやいるわ…いるなぁ…」

「……………………」

「はいそんな顔しないー。お兄さん傷ついちゃうよ」

 

 

何か最近いいように使われてないかな僕。

 

 

「…まあ、悪いようにはしないさ」

「そう?」

「そう。さ、また明日も稽古あるんだからさっさと帰ってシナリオを覚えるがいい!!はい解散」

「ちょっ

 

 

追い出された。

 

 

何か怪しいな…。怪しいけどシナリオを無視するわけにはいかないし、新しいシナリオはもうこのまま帰ることになっている。帰らないわけにはいかないか。

 

 

うん、大丈夫だ。

 

 

天童のシナリオを信じれば、ちゃんと上手くいく。

 

 

そのまままっすぐ家に帰ると、リビングの明かりはまだついていた。

 

 

「ただいま」

 

 

明かりはついているけど、返事は返ってこなかった。

 

 

いつものことだ。

 

 

おそらく一般家庭よりは遥かに広いリビングには、テレビでドラマを険しい表情で見る父さん…御影辰馬がいた。

 

 

きっと母さん、御影沙苗はもう寝ている。

 

 

「…今日はどうだった」

 

 

父さんはいつも通り、挨拶もなく聞いてきた。

 

 

「…今日も、いつも通り」

「そうか、ならいい」

 

 

顔も向けずにそれだけ言って、その後何も言わなかった。時折ノートに何か書いているが、おそらくいつものようにいろんな俳優のダメ出しを書き連ねているんだろう。

 

 

「…何をしている。早く寝ろ、時間を無駄にするな」

「…はい」

 

 

少し立ち止まっただけで叱責が飛んできた。何を言っても反撃されるのはわかっているから、大人しく部屋に戻る。

 

 

いつものことだ。昔から父さんはこんな感じだから。

 

 

何も感じることはない。

 

 

…父さんも、昔は俳優だったそうだ。何か理由があって辞めてしまったけど。

 

 

昔からとても演技に厳しい人だったらしく、演技自体は非常にレベルが高かったけど、結構人間関係の軋轢も多かったそうだ。

 

 

俳優を辞めて、母さんと結婚して、僕が生まれて。

 

 

生まれてきた僕は、誰よりも俳優に向いた…「演じる才能」を持っていた。だから当然のように幼い頃から演者の道を歩まされてきた。世間から「天才少年だ」って注目されるのに時間はかからなかった。

 

 

父さんはいつも「完璧に演じることができて当然だ」と言っていた。だからどれだけ僕が完璧に演じてみせても褒められることはなかったし、逆に少しでもアレンジを入れると拳が飛んできた。

 

 

幼くても、悟るのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

父さんにも、世間にも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。

 

 

 

 

 

 

 

だから僕は、もう何も考えなくなった。僕の意見なんて許されなかったから。必要なかったから。父さんが望んだ道を、天童が用意した道筋を、歩むだけでいい。

 

 

僕の人生に僕の意見はいらない。

 

 

いつからか、僕は「僕以外の誰にでもなれる何者か」でしかなくなった。

 

 

もう自分で考える方法も忘れてしまった。

 

 

だから、今日も父さんが望むように、すぐに風呂に入って寝てしまおう。

 

 

着替えを用意しようと思ってタンスに近づいた時、机の上でつきっぱなしになっていたPCの画面が目に入った。

 

 

バレエの動画だった。

 

 

今度の舞台のためにバレエの動画を探していたら、天童に「せっかくμ'sと仲良くなったんだから絵里ちゃんの動画でも見てろ!ほらURL送ってやるから!!」と半ば強制的に見せられた動画だ。

 

 

まだ10歳前後らしい絢瀬さんのバレエは、全然完璧じゃなくて、緊張していて、何か強い自分の決意があって…どこか、自由だった。

 

 

天童は自由じゃない。自分で未来を見続けなきゃいけなくなってしまっているから。松下君も自由じゃない。彼もきっと才能に未来を決められてしまったから。波浜君も自由じゃない。才能や過去の出来事に、これからの道筋を決められてしまったから。

 

 

でも、絢瀬さんやμ'sのみんなは、自由だった。

 

 

天才と呼べるような才能があるわけでもなく、しかしこんなに自由で、たくさんの未来がある。

 

 

彼女たちに会った時からずっと思っていた。

 

 

羨ましいって。

 

 

僕も、いっそ、こんな才能が無ければ。

 

 

彼女たちのように生きられたのかなって。

 

 

…でも、もう戻れない。

 

 

僕はもう、他人が決めたレールの上しか歩けない。

 

 

自分で考えられなくなってしまったから。

 

 

諦めてしまったから。

 

 

だから、今日も、明日も、その先も。

 

 

僕は誰かが望む何者かとして生きていこう。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回からは今まで出番少なめだった御影さんです。松下さんとは若干近い感じの流れですが、さて、どうなるのでしょうか。どうなるんですか天童さん!!


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絵里ちゃん誕生祭2:プライベートデート(仮)



ご覧いただきありがとうございます。

ま、間に合った!!絵里ちゃん誕生日おめでとう!!KKE!!KKE!!!

というわけで今お話進行中の御影さんがお送りいたします。さあどうなるかな!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

今日は絵里ちゃんの誕生日だ。

 

 

僕と絵里ちゃんがお付き合いを始めてから初の誕生日…今回は天童にも、他の誰かにも、誰にも頼らず、自分の力でデートプランを考えた。うん、大丈夫、大丈夫なはずだ。絵里ちゃんの好きなものはだいたいわかってるし、うん。いやでも不安だな。いや。

 

 

「おはよう。待ったかしら…ってどうしたの?ものすごく顔色悪いけど…体調悪いの?」

「い、いや…大丈夫…」

「全然大丈夫に見えないわよ。誕生日だからって無理しないで?辛いなら休んだ方がいいわ」

「いや本当に…猛烈に不安なだけで…」

 

 

開幕から心配されてしまった。何してるんだ僕。

 

 

「あ…そうよね、頑張って自分で考えてくれたのよね」

「そう…だから大丈夫、割といつものことだよ…。いやいつになったら慣れるんだって話なんだけど」

「仕方ないわよ、染み付いてしまった生き方なんだから。どうしても辛かったら帰りましょ」

 

 

絵里ちゃんはいつものように優しくしてくれる。優しいし、しっかりしてるし、本当になんだか申し訳なくなる。

 

 

だからこそ、今日くらい僕がしっかりきなきゃいけない。

 

 

「…いや、今日は絶対途中で帰らない」

「え?」

「今日だけは投げ出したくない。何がなんでも最後までデートを遂行させる」

「そんな…無理しなくていいのよ?」

「無理なんかじゃない。君のためなら頑張れる」

 

 

こういう時こそ、根性を見せるべきなんだろう。

 

 

去年もなんだかひたすら焦っただけだったような気がするし、今日こそ頼れる男アピールをしよう。

 

 

「…よし!じゃあ行こうか!」

「ええ。まずは映画を見るんだったかしら」

「そうだよ。さ、ついてきて!」

「…映画館はそっちじゃないわよ?」

「…………………」

「ふふふっ」

 

 

やっぱりだめな気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううっ…よかったわ…」

「ぐすっ、満足してもらえてよかったよ…」

 

 

映画は以前絵里ちゃんが見たいと言っていたタイトルを選んだから外れは引かない自信があった。あったけど、こんなに感動すると思わなかった。僕が。

 

 

「…なんで大地さんが泣いてるのよ…。あなた主演だったんでしょ?」

「いや…改めて見るとやっぱり感動するなぁって…。あと、役を演じてる間はCGとか音響は入ってないからね…こうして形になったものはまた別だよ…」

 

 

だって僕主演だったからね。

 

 

でも感動するものは感動するよ。原作は柳進一郎(松下君)、脚本は天童、音響は水橋君、アートディレクターは波浜君だし。なんかすごくズルいことしてる気がする。

 

 

「本当…恋愛映画じゃなくてよかったわ…」

「ん?なんで?」

「絶対相手役の女優さんに嫉妬しちゃうじゃない」

「あ…うん…なるほど?」

「ふふ、照れてる?」

「そりゃ照れるよ!」

 

 

急に嬉しいこと言ってくれる。どうしよう、うちの彼女すごくイケメン。

 

 

いや彼女の方がイケメンってどうなんだ僕。

 

 

「そ、そういうことなら…僕だって絵里ちゃんが恋愛映画に出てたら嫉妬するよ!」

「ふふ、ありがとう」

「照れてよッ!!」

 

 

反撃も空振った。だめだ強すぎる。

 

 

「さて、次はお昼ご飯かしら?」

「くっ、全く動じないな…。ま、まあいいか。お昼ご飯はデザートのチョコレートパフェが美味しいところを選ん

「チョコレートパフェ?!」

「うわぁっ」

「あ…えっと、こほん。お腹も空いてきたし、早くいきましょ」

「…お気に召したようで何よりだよ」

「なっ、何のとこかしら??」

 

 

意外なところでカウンターを取れた。どうやら絵里ちゃんは僕の前で子供っぽいところを見せたくないらしい…そうか、なら彼女が喜ぶところを見られれば主導権を握れる!

 

 

…。

 

 

いや今回の目的はそんなことじゃない。普通に喜ばせよう、普通に。絵里ちゃんの誕生日なんだし。

 

 

「ほらはやく!」

「わあ?!ちょっと待った走らなくてもよくない?!」

 

 

…でもやっぱり、子供っぽさが隠しきれない絵里ちゃん可愛いなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、こういう時にこっそり尾行してるのがそう、この俺天童さんさ!!

 

 

「何やってんだよ団長…!」

「団長?」

「なんでもないでございます。そして念のため今一度聞いておくが、なんで希ちゃんついてきたの」

「えりちが心配で…」

「まあそうなるよな」

 

 

俺も俺で大地が何かやらかさないか心配で見にきたわけだが。あと見てて面白いげふんげふん。

 

 

「しかし本当に何してんだ大地は。褒められて絵里ちゃんの耳が真っ赤になってるのに気付け」

「でも天童さんもうちが耳赤くしてても気付かないでしょ?」

「…希ちゃんよ、もしかして君、絵里ちゃんを口実に俺を煽りに来たのかね?」

「さー?どうやろねー?」

「くっ!背後が恐ろしすぎる…!!」

 

 

ま、まさか面白がられているのは俺の方だった…?

 

 

いやいやそんなまさか。希ちゃんはそんな子じゃない…いや割とそんな子だな…。

 

 

果たして俺は大地のヘマをこっそりリカバーすることができるのか?!もはやそこまで面倒見てやる必要も無い気がするが、自分から言い出した手前逃げ出せぬ。なんてことだ…この俺が追い詰められるとは!!

 

 

自業自得ですね。はい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て!イルカよ!イルカ!!」

「おおー、結構大きいね…」

 

 

お昼ご飯の後は、デートの定番である水族館に来た。

 

 

うん、まあ、お察しの通り午前でネタ切れを起こしたんだ。

 

 

僕なりに色々考えたんだけど、結局無難に行くのが一番だという結論になった。うん、ごめん、自信なかっただけ。

 

 

まあ結果的に喜んでいてくれてるからいいか。

 

 

「いいわねイルカ…一緒に泳ぎたいわね…」

「ん、確かどこかでイルカと泳げるアクティビティがあったような。前ロケで行ったんだよな…」

「ほんと?!」

「う、うん」

 

 

すっごい目を輝かせている絵里ちゃんは、もう子供っぽい感じ全開だ。うん、可愛い。

 

 

「調べておくから、また今度行ってみようか」

「ええ!行きましょう!!」

「それは後で調べるとして、イルカは…う、ショーはさっき終わったところか…」

「そう…。仕方ないわね、次のショーまで他のところを見て周りましょう?ほら、早くいきましょ!」

「わわわ、そんなに焦らなくても大丈夫だって!!ちょっと落ち着いてー!」

 

 

大はしゃぎしてるから少し嗜めたところ、そこで一気に冷静になったらしく、今度は顔が真っ赤になっていた。可愛い。

 

 

「んんっ、そ、そうね。そんなに焦らなくても大丈夫よね…」

「ははっ、絵里ちゃんも結構子供っぽいところあるんだね?」

「うう…かっこ悪いからそういうの出さないようにしてたのにい…!!」

「いいじゃないか。そういうところも共有してこその恋人じゃないかな?」

「…だったら大地さんもかっこ悪いところ隠さないでね?」

「ぼ、僕はもう十分無様晒してるじゃん…」

 

 

基本的に僕より絵里ちゃんの方がかっこいいんだよ。

 

 

「でも大地さんは何もしてなくてもかっこいいじゃない!」

「そ、そんなことはないよ?!」

「あるの!何やってもかっこいいのはズルいわ!!」

「すごい言いがかりだね?!」

 

 

謎理論な上にはずかしいからやめようね。

 

 

「というか、何をやってもかっこいいのはどちらかと言うと絵里ちゃんじゃ…」

「そ、そうかしら?」

「何でそこで照れるかな…」

「も、もうっいいじゃない!ほら、ショーまでまだ時間あるんだから他のお魚見に行くわよ!」

「誤魔化した」

「誤魔化してない!」

 

 

照れるポイントが掴めないなぁ。まあ、照れてあたふたしてるのは見てて可愛いからいいんだけど。

 

 

かっこ可愛い彼女って、なんだか贅沢だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょい」

「どしたん?」

「絵里ちゃん達に動きありました?」

「茜!マナティがすっごい見てくるんだけど!!」

「お魚可愛いねー!水族館はバリアフリーだから瑞貴さんも来やすいし、いいところだね」

「…まあ、ことりが楽しいならいいんだが」

「何でこんなに同行者増えてんの?俺はきびだんご配った記憶はないぞ?」

「何ですか、天童さんって桃から産まれたんですか」

「ちゃうわい」

「…人って桃から産まれるのか…?」

「おバカ!!!産まれません!!!」

 

 

水族館に来たら大地と絵里ちゃんを追ってきたら、何か2組ほどデート隊を拾ってしまった。なんじゃい貴様ら仲良しか。

 

 

「瑞貴さんをおバカなんて言わないでください!!」

「あっはい申し訳ございませんでした」

 

 

ガチ叱責が飛んできてしもうた。

 

 

「まあちゃんとシナリオ立てなかった俺が悪いんだけどよぉ…」

「大丈夫、天童さんは悪くないよ。運が悪かったんよ」

「なんだろう、微妙にフォローされてる気分にならない」

「せっかく希が慰めてくれてるのに…」

「にこちゃんそんな露骨に『こいつクソだな…』って顔しないで頂戴。天童さんは豆腐メンタルなんですわよ」

「どの口が言いますか」

「ひどくね?」

 

 

そして相変わらず俺の評価が低い件について。泣いていい?

 

 

「あ、えりち動いたよ」

「おっと、見失わないようにさっさといかねぇとな。じゃあな諸君ら、ここでお別れだ!」

「あ、もう行くんですか?ゆっきー、ことりちゃん、出発するってー」

「はーい!」

「…ことり、すまないが頼む」

「ちょっと待った何で付いてくる気満々なわけ君達」

 

 

今俺たちは尾行してんだよ着いてくんなよ。バレるじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水族館を後にして、夕食も終えて、最後に来たのは…とあるビルの屋上だった。

 

 

東京でビルの屋上と言えば、見えるのは。

 

 

「わぁ…綺麗な夜景…!!」

「穴場…というか、関係者しか入れないんだけど、この場所から見える夜景は好きなんだ」

「そんなところに入っちゃっていいの?」

「大丈夫、僕の権限でね。まあ天童あたりは顔パスで誰でも入れるようにできそうだけど」

「ってことは、舞台とか…そういう関係のビルなの?」

「うん。舞台装置とか使って練習できる専用の施設なんだ。舞台の広さや形状と、奈落みたいな舞台装置を可能な限り詰め込んだら大きくなっちゃった…って感じだね」

「へえ…」

 

 

僕らがいつも稽古で使っている施設は周りと比べて若干背が高い。若干でも、頭ひとつ抜けているのはかなり効果が大きいみたいだ。

 

 

「…なんか、結局そんなに上手にエスコートできなくてごめんね」

「そんなことないわ。とても楽しかった」

「でも…なんというか、今日も無様だったし」

「ふふ、大地さんって無様って言葉好きよね」

「うっ、好きなわけでは…」

「わかってるわ。でもよく使うわよね」

「うん、まあ…事実だしさ…」

 

 

自分の中の想定ではもっと上手くあれこれできたはずなんだけど、やっぱり思い通りにはいかなかった。楽しんでくれていたとは思うけど、期待を超えるほどじゃなかったと思う。

 

 

「そんなに自分を卑下しないで?私はすごく楽しかった。だって、あなたが自分で一生懸命、私のために頑張ってくれたんだもの」

「絵里ちゃん…」

「だから、ごめんねなんて言わないで。私はお礼を言いたいくらいなんだから。…今日はありがとう。今までで最高の誕生日よ」

「うん…どういたしまして」

 

 

本当に、絵里ちゃんは優しいな。相変わらずかっこ可愛い。

 

 

ん?

 

 

急に絵里ちゃんがこっちに近づいて…

 

 

えっ、抱きついて、え??

 

 

「どっ、どどどどうしたの絵里ちゃん?!」

「いいじゃない、恋人同士なんだからハグくらい」

「い、いいけどさ…」

「…誕生日だから、一つだけわがまま言っていい?」

「う、うん。いや一つじゃなくてもいいんだよ?」

「ううん、一つだけでいい」

 

 

もちろん恋人同士だしハグしたことも無くはないんだけど、急に来るとびっくりするよ。

 

 

それに、わがままってなんだろう?

 

 

「私の気が済むまで、このままでいさせて」

「…うん」

「私、長女だし、μ'sの時も最年長だったし、甘えられなかったから。今日くらい、甘えさせて欲しいの」

「絵里ちゃん…」

 

 

そう言って僕の胸に顔を埋める絵里ちゃんはすごく愛らしく見えた。そっと頭を撫でると、頭をぐりぐり押し付けてきた。可愛い。

 

 

しばらくそうしていた後、絵里ちゃんが顔を上げた。やっぱり少しはずかしいのか、顔がちょっと赤い。

 

 

そして近い。

 

 

ん?

 

 

これは…このままキスする流れかな?

 

 

きっとそうだ、いや、ここまできたらやるしかない。

 

 

少し顔を寄せると、絵里ちゃんも目を閉じた。

 

 

そう、そろそろキスしたっていいはずだ。もう付き合ってから結構経つし。

 

 

そう思って、意を決して顔を近づけて。

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬおおおおお?!?!」

「おわあ」

「むぎゅ!!」

「ひゃあ?!」

「だあああ?!」

「うわああ!!」

「にゃあああ!!」

「ひゃああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

…どさどさどさ!!という音と共に、入り口の方から沢山の悲鳴が聞こえた。

 

 

とっさに絵里ちゃんから離れて見てみると、何か見覚えのある人たちの山が出来ていた。

 

 

「…いっっってぇ…おいコラ誰だ今押したやつは!天童さん死んじゃうぞコラァ!!」

「わ、私じゃないですよ?!」

「凛でもないです!!」

「僕でもないですよ。っていうか僕そんなパワーないですし」

「今押したのは俺だが…」

「湯川君かよ!!一番怒りにくい!!」

「ご、ごめんなさい…湯川君が…」

「あーもう花陽ちゃん謝らないで!余計怒りにくいじゃん!!」

 

 

…。

 

 

さすがに怒っていいかな?

 

 

「…天童、何してんの」

「うぉおおお?!い、いやなぁ大地、邪魔しようとしたわけじゃねぇんだ!ちょっと見守ろうかなってさ!!」

「御託はいいんだよ」

「ひいいっ悪かったって!いや道中で拾ったこいつらの方が悪そうだけど!!何で元μ's全員揃ってんだよ暇かよぉ!!」

「暇だが…」

「湯川君は黙って頼むから!!」

「ごめんなさい…」

「あーもうなんか俺こそごめんね花陽ちゃん!!でも着いてきたことに関しては自己責任で頼むよ!!」

「ほらやっぱり面白いことになった」

「茜そのうち後ろから刺されるわよ」

 

 

わーわー言い合ってるけど、僕は今一番ロマンチックな場面を邪魔された側なんだ。

 

 

パワー系の役に入ってみんなまとめてぶっ飛ばしても許されるんじゃないかな!!

 

 

「あっこれヤバいやつだ!!大地がマジギレモードだ!!こういうときは滞嶺君!!あれっ滞嶺君どこ行った?!」

「創ちゃんなら凛ちゃんを持ってさっき飛び降りましたよ」

「死ぬだろそれ?!いや今から俺も死にそうなんだった!!ちくしょー!!絵里ちゃんハピバああああああ!!!」

『ハッピーバースデー!!!』

「待て逃げるな天童ッ!!!その他諸々も!!」

「僕らはその他諸々なんだね」

 

 

最後の最後で邪魔されて、ちょっと腹は立ったけど。

 

 

後で聞いたら、絵里ちゃんは面白かったからいいって言ってくれた。

 

 

…来年はもっとちゃんとしよう。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

まさかの初キスお預けです。御影さんかわいそう。天童さんがいらんこもするから!!…と思ったけど、みんな勢揃いで後をつけてたのでみんな共犯かもしれません。まあ気になるよね!!仕方ないね!!!


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僕に勇気を



ご覧いただきありがとうございます。

前回からもまた1人お気に入りしていただきました!ありがとうございます!!励みになります!!寿命も伸びます!!!(まだ言ってる)

今回は次回に引き続き、御影さんのお話です。ちょっと長めになりましたが、頑張る御影さんを見てあげてください。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「…また希ちゃんと絵里ちゃんを連れてお出かけって、本当に僕を利用してるわけじゃないんだよね?」

「本当だっつーの!!ほら今回は茜とにこちゃんもいらっしゃるだるるぉ?!」

「謎の巻き舌だ」

「いつものことじゃない」

「いつものことやね」

「いつものことなのね…」

 

 

とある週末に、なんか天童さんに呼ばれた。にこちゃん連れてきていいって言うから迷わず連れてきたら、なんか希ちゃんも絵里ちゃんもいるしなんか御影さんもいる。これ何の集まりなんだろうね。女の子達はわかる。同級生だ。僕ら男性陣はわからない。

 

 

まあでも天童さんがよくわかんないことするのはいつものことだね。

 

 

いやいつものことでは困る。治して。

 

 

「いいじゃねーかよー、ただでさえお前らは用が無ければ引きこもってんだから。ただのショッピングくらいついてこいこんにゃろう」

「ただのお買い物にみんなで行く必要はあるんですかね」

「女の子はよくみんなで行くじゃん?」

「僕らは女の子じゃないんですよね」

「れっきとした男性だね」

「うるせえなあ!女の子が着飾った姿とか見たいだろぉ?!俺は見たい!!主に希ちゃんの姿をッ!!!」

「帰りましょう」

「うん、帰ろう」

「ちょっとぉおおおお?!」

 

 

欲望だだ漏れだ。やっぱり天童さんだった。彼女ができてもブレない天童さんさすが。僕も全然ブレてなかったわ。さすが。

 

 

「おいコラ茜!!にこちゃんのいつもより可愛い姿を見たくはないのか?!」

「にこちゃんは毎秒可愛いの最大値を更新してますし」

「ふんっ!!」

「あふん」

 

 

にこちゃんは常に今が最高だからね。

 

 

「うーんどうしよう、毎秒可愛いの最大値を更新してるというのは一理ある…」

「一理あるのか…」

「ふっ…大地にはわからんだろうがな…彼女というのは、常に毎秒毎瞬最高に可愛いのだよ…」

「やだもー天童さんったら」

「あ痛ぁっ?!希ちゃんそこはツボっ!!」

「賑やかだね…」

「ご、ごめんなさい」

「ああいや、悪いとは言ってないんだ。…ただ、羨ましいなって」

「?」

 

 

天童さんはなんでいつも自爆してるんだろう。もしやドMなのでは?なんかやだ。

 

 

「もう、早く行くわよ。今日は色んなところいかなきゃいけなくて時間ないんだから」

「絵里ちゃんの言う通り。ゆっきーのお店混んでるしね」

「雪村さんってお店出してたん?」

「正確にはゆっきーの服を置いた僕のお店。建物のデザインとか内装とか経営とかは僕の管轄で、商品だけゆっきーに依頼してるの」

「あ、茜…いつの間にか凄いことしてない…?」

「何よ今更。μ'sにいた頃から裏方の仕事全部1人で回してたじゃないの。力仕事以外」

「そうだぜ絵里ちゃん。茜だって腐っても超常の天才野郎なんだ、運動能力以外のスペックは全体的に高いんだぜ?小規模の経営くらいできるさ」

「全国展開してる人に言われても嬉しくないですけど」

 

 

そう、言ってなかったけど、今日行くお店は僕が色々取りまとめているお店だ。まあ店長とかそういうのじゃないし、僕が行っても問題ない。たぶん。

 

 

こういうことしないとゆっきーの服一般に売れないしね。

 

 

あと天童さんは世界的に色々やってるんだから黙っててください。

 

 

「んじゃ、そういうわけだからさっさと行くか!!」

「はーい」

「うぉわあああっ!!軽々しい返事をしながら腕を組むんじゃありません希ちゃん!!天童さんびっくりしちゃうぞっ!!」

「えー?」

「何してんのあれ」

「知らないわよ」

「これは珍しい光景だなぁ…」

 

 

天童さんは何を狼狽えてんの。希ちゃん彼女なんでしょ。

 

 

「じゃあ僕らも腕組んでぐふぇ」

「組まないわよ」

「今のは波浜くん死ぬんじゃない」

「茜なら大丈夫ですよ」

「えぇ…」

 

 

僕も便乗してにこちゃんと腕組もうとしたら肋骨と骨盤の間に鋭い拳がめり込んだ。とても痛い。なんか攻撃力上がってない?気のせいかな。気のせいか。

 

 

でも御影さんにドン引きされてるからやめてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何しに来たんだ」

「そんな露骨に嫌そうな顔するんじゃないよ」

「そりゃ服買いに来たに決まってんだろ?わざわざ君に会いに来たわけじゃないさ。いやいるのは知ってたけど」

「……………」

「そんな露骨に嫌そうな顔をするんじゃねーやい」

「あっはは…まあ、いいじゃないか。君が作った服を見に来たんだし、デザイナーとしては嬉しいことじゃないかな」

「…………………………」

「そんな露骨に嫌そうな顔しないでほしいなぁ…」

 

 

雪村くんの服が買えるというお店に来たら、雪村くん本人がいた。僕らを見るなりものすごく嫌そうな顔をされたけど、そんな嫌な顔されるようなことしたっけな。

 

 

「ゆっきーは何してんの」

「…特注品の納品だ。お前が余計なプロデュースをするから仕事が多くて大変だ」

「ゆっきーがお金欲しいって言うからじゃん」

「……………」

「めちゃくちゃ不機嫌じゃん」

「ゆっきーはいつもこんな感じです」

「悪かったな」

 

 

不機嫌なのが平常運転なのはあんまり良くないんじゃないかなぁ。

 

 

「すごい…服ってこんなに素敵なものがあるのね…!」

「ちょっと茜!どれがいいか決めなさい!!」

「無茶振りの極地」

「ねぇ天童さん、これどう?」

「それ下着ッ!!!!!!!!」

「…元気だなぁ」

「やかましいの間違いでしょう」

 

 

女の子は一瞬でテンションを上げ、その恋人たちは彼女達に振り回されていた。やっぱり女の子は服が好きなんだな。

 

 

「いや、間違いじゃないよ」

「?」

 

 

それに。

 

 

「ああやって、自分の意思で楽しめるのは元気な証拠だよ」

「…?そうですか」

 

 

お買い物はであれがいい、これがいいって楽しめるのは、自分の理想があって、希望があるからだ。

 

 

僕にはできない。僕自身では考えられないから。

 

 

「…いやよく考えたら元気とは関係ないな…」

「どっちなんですか」

 

 

天童のシナリオ通りのことを言ったはいいけど、自分でちょっと怪しくなった。楽しめること自体はいいことなんだけど、元気かどうかは関係ないような?

 

 

…まあいいか。

 

 

考えてもわかんないし。

 

 

「さて、僕も服選びを手伝ってくるかな。雪村くんも来る?」

「…いえ、用があるので帰ります」

「そうか、残念」

「天童さーんこれどおー?」

「だーからそれは下着…じゃない!スケスケエロティックなネグリジェか!!っていうかむしろそれは君が着る勇気ある?!」

「…………えっと、」

「ほらなぁ!!自分で着れる範囲の服持ってきて?!」

「き、着ます!!」

「嘘つけ!!そんな寝間着を使うような状況を考えろ!!」

「にこちゃんあれ着てみる?」

「着ないわよ!!」

「ぶぎゃる」

「…とりあえずあれ止めてくるね」

「…頼みます」

 

 

流石にお店の中で騒がしいのは迷惑千万。止めよう。シナリオ上も止めることになってるし。

 

 

(…って、あれ?止めるはいいんだけど、どうやって止めるかは聞いてないぞ?)

 

 

やばい。

 

 

何も気にしてなかったけど、まさかこんなところで急にアドリブをしろっていうのか天童。僕は自分で考えられないからそういうの苦手だって言ってるのに。

 

 

とりあえず応急で何かの「役」に入るしかない…けど、他人を注意するための役なんて流石にないぞ?いや、無くはないけど、だから僕に判断させないでくれって。

 

 

どうしたものか悩んでいると、僕より先に別の声が飛んだ。

 

 

「こーら、お店の中で騒がない!」

「ふぁい」

「むぅ、絵里だって真っ先にテンション上げてたじゃないの」

「私は騒いでないもの。希も天童さんを煽らないの」

「はーい」

「ほらやっぱり返すんじゃんその服。買う気ないんじゃん。ダメよそうやって人をからかうのは」

「天童さんも!最年長なんですからしっかりしてください」

「いや大地も同い年

「返事は?」

「あっはいすんません生きててすんません」

 

 

絵里ちゃんだ。

 

 

さすが、生徒会長をやっていただけのことはある。しっかりしている。

 

 

「ごめんなさい御影さん、騒がしくて…」

「えっ、あ、ああ…気にしないで。元気なのはいいことだし」

「元気すぎて困ります…」

「あはは…」

 

 

わざわざ僕に謝りに来てくれた。いや僕の方こそ不甲斐なくてごめんって感じだけど、うん、アドリブでそんな気の利いた言葉は出てこない。

 

 

後で天童に文句言ってやる。

 

 

「なんだか、私たちの買い物に付き合っていただいたみたいになっちゃってごめんなさい」

「へっ?ああ、うん、いや、気にしなくていいよ。うん。楽しいし」

「…?」

 

 

気を遣って話しかけてくれているんだと思うけど、しどろもどろになってしまってロクな返事ができない。本当に申し訳ない。今この瞬間はシナリオに無いんだ。

 

 

「…あの、

「よう大地、あっちに男性用の服もあるぞ。変装に使えるかもしれん、見に行こうぜ」

「えっ?わ、わかった。絵里ちゃん、また後でね」

「あっ…」

 

 

突然横からぬっと天童が現れて、割と強引に連れていかれた。まあ状況的には助かった。

 

 

(すまん、なんか予定外の会話が生まれちまったな)

(どういうことだよもう、君たちを止める方法も台本に無かったし!)

(え、書いてなかったっけ。しまったな、本日は反省デーかな?)

(バカなこと言ってないで、この先をなんとかしてくれよ。またアドリブやらされたら今度こそ何も答えられないぞ?)

(もうちょい頑張れって言いたいところなんだがな…。まあ、なんとか元の軌道に乗せるさ!天童さんに不可能はないのさ!!」

「天童さんうるさいですよ」

「大変失礼いたしました」

 

 

本当に反省してるのかなこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、僕とにこちゃんはスクールアイドルショップに行ってきます」

「何が『というわけで』なのかしら」

「にこっちのわがままってことやん?」

「違うわよ!!」

「違ったか?」

「違うんです!!!」

 

 

服を買った後は、昼食、アクセサリーなどを買って、これからどうしようかなって話をしていたら、矢澤さんが断固としてスクールアイドショップに行くと言うのでなぜか別行動になった。

 

 

シナリオ通りだけど、何でだろう。今日のシナリオはよくわかんないところが多いような?まあ、よくわかんなくてもシナリオに従うしかないんだけどさ。

 

 

僕はシナリオを知っているからよくわかんないけど、他の人は何の疑問もなく誘導されてるからやっぱり天童はすごいな。

 

 

「じゃあいってきまーす」

「いってらー。俺たちは喫茶店でも行って待ってるかね」

「あ、うちちょっと…」

「オーケーおトイレだなうぼぇえっ?!」

「何かえぐい右フックが決まったけど…」

「今のは天童さんが悪いですね」

「れ、レバーが…」

「…天童、大丈夫?東條さん行っちゃったけど」

「だ、大丈夫じゃない…くそ、希ちゃん意外と身体能力高いな…。ちょっと、俺も一旦トイレ…」

「き、気をつけてね」

 

 

天童のデリカシーゼロの発言で怒った東條さんはさっさと行ってしまった。天童自身も大ダメージを負って退散。シナリオ通りではあるけど、天童が本気で大ダメージ受けてそうで心配だ。

 

 

とりあえず僕と絢瀬さんで待機だね。大丈夫、シナリオ通りだし。

 

 

「仕方ないな…。ちょっと待っていようか」

「はい」

 

 

あとはしばらく黙っていれば次のシーンだね。

 

 

「あの…御影さん」

「んえ?な、何?」

 

 

ちょっと天童。

 

 

今日のシナリオガバガバなんだけど。一体どうしたのさ。

 

 

「あの…もしかして、私たち、御影さんに失礼なことをしていたりしませんか?」

「へっ?な、何で?」

「いえ…なんだか受け答えに困ってるようですし、返答に困るような不快な思いをさせてしまったかと…」

「あ、ああ、そういう…いや、うん、そういうわけじゃなくてね」

 

 

なんだか余計な心配をさせてしまったようで申し訳ない。

 

 

「じゃあ、もしかしてお仕事で何か辛いことがあったとか」

「え、いや、そんなことはないよ、うん」

 

 

心配そうな表情でこちらを見てくる絢瀬さん。真正面から見ると本当に綺麗な子だ。いやそんなこと思ってる場合じゃないな。

 

 

勘違いさせたままじゃ申し訳ないし、いっそ話してしまおうか。

 

 

「…僕はさ、考えるのが苦手なんだ」

「…?」

「あー、あの、えーっと。僕は役者だからさ、役になりきるのは得意だけど、その役にはその役自身の考えが必要で、僕の考えは邪魔になるから、僕自身は考えなくなったっていうか。だからいつも天童が用意したシナリオに沿って暮らしていて」

 

 

話そうと思ったはいいけど、よくよく考えたら話す内容は自分で考えなきゃいけないんだった。結局なんだか脈絡のない感じになってしまった。なんかダサい。

 

 

「だからえっと…僕は自分の意思がないっていうか。僕は常に『僕じゃない誰か』だから、僕個人としての意思はないというか、無駄というか。だから台本に無い会話ってほとんどできないんだ。ごめんね」

 

 

よし、いつもよりはしっかり話せた気がする。伝わったかどうかはわからないけど。

 

 

「…えっと、ごめんなさい、よくわからなかったんですけど」

「…だ、だよねぇ」

 

 

ダメだった。

 

 

「御影さんは確かに役者さんですけど、御影さんは御影さんですよね?」

「…ん?」

「だから御影さんの意思が無いだとか無駄だとかそんなことは無いと思います」

「あー、いや…あれだよ、僕に求められているのは『与えられた役を完璧にこなす』ことだけだから。僕の考えとかいらないんだ」

「そうでしょうか。それでも演じるのは御影さんなんですから、御影の意思も必要なんじゃないですか?」

 

 

ちゃんと僕の話が伝わったかも疑問だけど、フォローのような何かをされたんだけどどうしたらいいんだろう。

 

 

「私は、何でもできる御影さんってすごいと思いますよ」

「何でもできるってわけじゃないんだけどなぁ…」

「でも、どんな役でもできるじゃないですか。そんなことができるのは御影さんだけですし」

「うん、まあ…そうなんだろうけど」

 

 

どうしてだろう。

 

 

この子、「才能がすごい」とは言わないで「僕がすごい」と言っているように聞こえる。気のせいかな。

 

 

気のせいだと思うけど…おっと、そろそろシナリオ通りに動かなきゃ。

 

 

「あ、ご、ごめんなさい…事情も知らないのに知ったようなことを言って」

「ううん、大丈夫。…ごめん、ちょっと僕もお手洗いに」

「あ、はい…」

 

 

流石に無理やり席を外しすぎたかな。でもシナリオ上ではここで移動しなきゃならない。

 

 

ついでに一旦お手洗いにひきこもったはずの天童に文句を言おうかと思ったけど、天童の姿は見かけなかった。おそらく個室に引きこもっているんだろう。人もそれなりにいるし、ここで天童に文句を言うのは流石にダメだな。

 

 

しかし…。

 

 

絵里ちゃんの言葉、僕自身を褒めてくれた言葉は、もしかしたら初めてもらったかもしれない。気のせいだったとしても、そうだと信じるくらい許してほしい。

 

 

『御影さんは御影さんですよね』

『何でもできる御影さんってすごいと思いますよ』

『そんなことができるのは御影さんだけですし』

 

 

すごい才能だとか、誰が演じているかわからないくらいだとか、どれだけ頑張っても僕じゃなくて才能を褒められて、自分の努力は父さんに否定されて、僕自身の価値なんて無いのかと思っていたけど。

 

 

絢瀬さんの言葉のおかげで、少し自信が持てたかもしれない。

 

 

少しくらい、また自分で判断できるように練習してもいいかもしれない。そりゃ急には無理だけど。

 

 

そんな、ちょっとだけ温かい気持ちをもって絢瀬さんがいた場所に戻ると。

 

 

「…あれ?」

 

 

絢瀬さんが、いない。

 

 

お手洗いかな?

 

 

そう思った時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやっ離して!!」

 

 

 

 

 

 

 

…今のは、

 

 

「絢瀬さんの声…?!」

 

 

近くの路地からだ。今周りに他の人はおらず、声を聞いたのは僕だけ。こんなのシナリオに無い、無いけど、路地をちょっとだけ覗いてみる。

 

 

ガタイのいい男性が、3人。

 

 

よく映える金髪の女の子を囲んでいる。

 

 

咄嗟に首を引っ込めて隠れる。ヤバい、3対1は勝てない。そもそもこんな状況はシナリオになくて、どうしたらいいかわからない。

 

 

天童を待つしか無い…!

 

 

「デカい声出してもこの時間じゃ誰にも聞こえねーよ。黙ってついてこればちょっとは優しくしてやるよ」

「嫌よ。それに今日は私の友達と一緒なの。ここで大声出せば誰かは聞いてくれるわ!」

「おいおい、俺らより強いやつがいるのか?奥にはさらに5人控えてんだぞ、むしろ大声を出さないでお友達を巻き込まないようにした方が賢明じゃねーかなぁ?」

「それとも女の子のお友達でも連れてきてくれるのか?ひっひ!!」

「くっ…!」

 

 

ま、まださらに5人もいるのか?!まずいって、天童は、天童はまだ来ないのか?!

 

 

僕だって助けに行きたいけど、どうしたらいいかわからないし、

 

 

 

 

『何でもできる御影さんってすごいと思いますよ』

 

 

 

 

違う、やっぱり僕には何もできなくて、他の誰かにならないと、誰かの役にならないと、

 

 

 

 

『御影さんは御影さんですよね』

 

 

 

 

だめだ、僕はこんな状況で咄嗟に動けるような人間じゃなくて、

 

 

 

 

『でも、どんな役でもできるじゃないですか。そんなことができるのは御影さんだけですし』

 

 

 

 

今誰になったって、シナリオがなければ僕は動けない…!

 

 

 

「いいから大人しく着いてこい!」

「嫌って言ってるのよ!!」

「ってぇ!何しやがる!」

「痛い目にあいたいらしいな?!」

 

 

ダメだ、助けたいのに、足が震えて動けない。屈強な男たちじゃなくて、自分で判断すること自体が怖すぎる。

 

 

いつのまにか荒くなった呼吸のまま、座り込んでしまいそうになった、その時。

 

 

脳裏に浮かんだのは、優雅に踊る絢瀬さんの姿。必死にライブをするμ'sの姿。

 

 

彼女たちも怖かったはずだ。初めてのライブだったり、コンクールの決勝だったり、ラブライブ本戦だったり、足が震える場面はあったはずだ。

 

 

『御影さんは御影さんですよね』

 

 

さっき聞いたばかりのはずの、頭の中から消えない言葉。

 

 

「…僕は、御影大地だ」

 

 

僕は御影大地だ。

 

 

僕は誰にでもなれる、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

名前の無い誰かなんかじゃない。

 

 

無意識に作ったのはピースサイン。

 

 

映像でも、ライブでも、何度も見たμ'sのサイン。

 

 

前に掲げたそのサインを、勢いよく振り上げる。

 

 

かつて、女神たちが困難を打ち破るためにそうしたように。

 

 

「…よし」

 

 

もう足は震えない。息も荒くない。僕を無我の呪いから少しでも遠ざけてくれた恩人を。

 

 

「助けよう」

 

 

見殺しにするわけにはいかない。

 

 

たとえシナリオにはない横道であっても。

 

 

僕は、御影大地という、意志のある人間なんだから。

 

 

だから。

 

 

だから!!!

 

 

「ぶぐぇえっ?!」

「っ、どうした?!」

 

 

姿勢を低くして一気に駆け出して、一番後ろにいた男の懐に飛び込んでタックルをかまし、壁に叩きつけた。なかなか珍しいくらいのヤバそうな叫びをあげる。

 

 

「なんっ…なんだテメェ!こいつの友達か?!」

「おい出てこい!邪魔が入ったぞ!!」

 

 

まずは1人。後ろから5人出てきたから、あと7人。

 

 

さっきは3対1じゃ勝てないと思ったけど、今、不思議とちゃんと働く頭が勝算を弾き出している。

 

 

「僕は、御影大地」

「ああ?!俳優がこんなところにいるわけねぇだろ!!舐めてんのか!!」

「やっちまえ!!」

 

 

僕は御影大地。

 

 

だけど、僕は誰にでもなれる。

 

 

今までは役に入りきると完全に自分の意識を手放していたけど、今なら自分のままでいられる。今なら()()()()()()()()()()()()()

 

 

それはつまり、自分の役に操られるんじゃなくて、自分の役を制御しているということだ。

 

 

「僕は御影大地…だけど、」

 

 

それならば。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「今の僕は僕だけじゃない。少しの間でいい、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

考える時は天童で、行動する時は滞嶺くん。

 

 

こと喧嘩において、こんなに強い組み合わせはないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は圧倒的だった。

 

 

ヤンキーAとCが殴りかかってくる。Aの拳をいなしてEに当て、Cの拳を避けて腹に膝をたたき込む。そんな曲芸みたいなことをして、1分すらかからず全員を撃退した。

 

 

ただまあ。

 

 

「…っは、はぁ、はぁ…うぐ、痛っ…か、身体中痛い…あと頭も痛い…」

「だ、大丈夫ですか?!」

 

 

あんなことやったら体ぶっ壊れるよね。

 

 

滞嶺くんと同じ動きをしたらそりゃあ筋肉の限界超えるし、天童の真似したら頭パンクする。1分もやってないのにこの重症度はやばいな、彼らの化け物具合がよくわかる。

 

 

「ちょ、ちょっと無理したかな…あはは…ったぁ…頭が…」

「そんな、私なんかのために…」

「私なんか、なんて言わないでよ。さっきの会話だけで、僕がどれだけ勇気を貰ったと思ってるのかな…いてて…。君の姿に、どれだけ後押しされたと思ってるのかな」

 

 

あ、やば。なんか朦朧としてきた。

 

 

「そんな、そんな…私は全然…」

「ふふふ、謙遜しないでよ。君は強くて、冷静で、思慮深くて、さらに優しい。少なくとも僕はそう…いったた、骨が軋んでる気がする…」

「だ、大丈夫ですか?!誰か、誰か呼ばないと…!」

 

 

なんか自分で何言ってるかわからなくなってきた。

 

 

「ああ、泣かないで、絢瀬さん、うぐっ、泣いてる顔も素敵だけど…」

「ええっ、ちょっあの、急にそんな」

「やっぱり僕は、笑顔の君が好きだなあ…」

「ふぇえ?!あ、あの、いえ!今はそんなことを言っている場合じゃないですから!!」

 

 

なんだか絢瀬さんの顔が赤い気がするけど大丈夫かな。

 

 

「おーい、いねぇと思ったら何でそんな路地に…って、え?何で大地倒れてんの?ついに自らが母なる大地と一体化する決意で満たされたの?」

「て、天童さん、なんだかそんなこと言ってる場合じゃなさそう!えりち泣いてるし!」

「なになに今これどういう状況なの。今戻ってきたらなんか深刻な雰囲気」

「ちょっと絵里どうしたのよ!それに御影さんどうなってんの?!救急車、茜はやく!!」

 

 

ん、天童やっと帰ってきたのか。

 

 

「て、天童…」

「おいおい大丈夫か?!どうしたんだ一体!!」

「後でぶっとばす…」

「なぜに?!」

 

 

とりあえずこいつは殴っておこう。

 

 

それだけ決意して、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか、あんなことになっちまうなんて」

「天童さん…」

 

 

完全に誤算だった。

 

 

本当は大地の「無我」を克服する前準備としてシナリオの詳細を一部省いただけだったのに、こんなイレギュラーが起きるとは思わなかった。

 

 

「すまない、希ちゃん、君の親友を危険な目に合わせちまった」

「ううん、うちの方こそごめんなさい。あんまり未来予知なんてしないでってわがまま言ったせいでこんなことに…」

 

 

未来はわからないから楽しいんよって、希ちゃんが言っていたから、最近はろくにシナリオを考えていなかったし、危険分子の動向を見ていなかった。

 

 

「いや、君のせいじゃない。俺が急に全部スパッと切ってしまったから悪かった」

「天童さん…」

「だから、やばいやつらの動向くらいはしばらく見ていよう。また悲劇が生まれないように」

 

 

やっぱり、自分の周りの人くらいは何事もなく過ごしてほしいからな。

 

 

その手伝いくらいしてもいいだろ、希ちゃん。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

短時間でものすごい魂の成長を見せるじゃん御影さん…。主人公かな?
御影さんは松下さんと似たようなベクトルの悩みを持ってもらいました。才能に振り回されるタイプの悩みですね。海未ちゃんや絵里ちゃんはかなりしっかりしてる子なので、逆に男性陣は根がしっかりしてない人をぶつけました。

というわけでAfter stories 1のメインはここでおしまいです。気が済むまでおまけストーリーを書いたら次のカップリングに参ります!!


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凛誕生祭2:夕に染まる永遠の恋



ご覧いただきありがとうございます。

前回からもまたお二人!!お気に入りしていただきました!!ありがとうございます!!この先ももっと面白いお話書けるように頑張ります!!
そして凛ちゃん誕生日おめでとう!!というわけで今日は凛ちゃん誕生祭です。前回の誕生祭から一年後のお話となります。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

念のためアピールしておくが、大学生となった今、凛は紛れもなく俺の彼女だ。

 

 

うむ、言葉にするのは大切だな。彼女。いい響きだ。

 

 

それに俺たちの付き合い始めは11/1、凛の誕生日でもある。今日はまさに11/1、凛の19歳の誕生日でもあり、1周年記念日でもあるわけだ。

 

 

当然今日はデートだ。

 

 

まあこれが付き合いはじめてから初デートなんだが。

 

 

うるせぇ。彼女だってデートに誘うのは緊張するだろ。

 

 

「おはよー!創ちゃん今日はいつもよりもっとかっこいいにゃー!」

「お、おう…凛もあれだ、あの、すごく、か、かわいいな…」

「もー、こっち見て言って!」

「ぬう…」

 

 

待ち合わせ場所である駅前に来た凛は、それはもう弾けんばかりの笑顔だし小野小町も二度見するほどかわいいし、既に俺のメンタルは限界近い。

 

 

しかし見ろと言われたら仕方ない。観念して凛の方を見ると、いつもより他所行きの服を着て、いつもより気合の入った化粧をしたそれはそれは美しい女神がいた。

 

 

「か゛わ゛い゛っ゛っ゛っ゛」

「にゃー?!創ちゃん鼻血!!鼻血出てる!!」

 

 

あまりの可愛さに血管がはじけ飛んだ。俺の血管を破るとは恐るべし。人類最強は凛の手に渡った。

 

 

「だ、大丈夫だ…血は服にはついていない」

「いや気にするとこそこじゃないにゃ」

「血なんて気合いで止まるから気にするな」

「止まってないにゃ」

「なに、問題ない。傷なんて力を込めれば筋肉の膨張で塞がる。ふんっ」

「止まってないにゃ」

「なんだと。そういえば鼻の中には筋肉が無い…」

「もう!大人しくティッシュ詰めて!」

「んがっ」

 

 

驚異のジャンプ力で俺の鼻にティッシュが詰め込まれた。情けない、浮かれすぎた。

 

 

「…すまん」

「謝らないの!創ちゃんが浮かれるくらい楽しみにしてくれてたってことだし、可愛いって思ってくれたってことだし。凛も嬉しいにゃ」

「…凛」

「なに?」

「お前…本当に天使じゃないんだな?」

「人間にゃっ!!」

 

 

いい子すぎて俺には過ぎた彼女だ。俺もしっかりしなければ釣り合わん、気合を入れなければな。

 

 

「…よし、もう大丈夫だ。気を取り直して行こう」

「気を取り直すのは創ちゃんだけにゃ」

「行こう」

 

 

喜びのあまり調子に乗って失敗など、後世に伝わるレベルのトラウマになる。しっかりしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のデートは去年のような遊園地ではなく、もっと落ち着いたデートスポット…水族館が舞台だ。せっかくお洒落をしてきてくれているし、はしゃいで服やメイクが乱れるような場所を選ばなくてよかった。いや凛の方が場所に合わせてきてくれたのかもしれない。どっちだ。

 

 

「わぁ〜、見て見て!お魚いっぱい!」

「ああ、本当だな。うまそ

「……………」

「…………んんっ。ああ、綺麗だな」

「ね!」

 

 

巨大な水槽には、魚屋でも見るような魚や、逆に見たこともない魚も多数泳いでいた。とりあえず美味そうだなと思ったが、よくよく考えたら凛は魚嫌いだ。そもそもデートで水族館に来て「魚美味そう」は風情の欠片もない。反省しなければ。

 

 

「泳ぐの凛とお魚とどっちが早いかな?」

「種類にもよるだろうが…凛は運動神経が良いからな、結構勝てるんじゃないか」

「じゃあ創ちゃんは?」

「俺はカジキより早い」

「さすがにゃ」

 

 

やろうと思えば水の上も走れるしな。

 

 

「あっちは熱帯魚だって!」

「ほう、行ってみるか」

「熱帯魚なら創ちゃんも美味しそうなんて言わないし」

「……………………そうだな」

「…創ちゃん?」

「思ってないぞ」

 

 

昔、どっかの池で繁殖していた熱帯魚を食ってたなんて言えない。金がなかった頃の苦肉の策だ。あまり美味くなかったのは覚えている。

 

 

だから鯛みたいな形の熱帯魚だって美味そうだなんて思ってねぇぞ。

 

 

思ってねぇって。

 

 

「綺麗にゃー…」

「ああ、綺麗だな」

 

 

ここは「凛の方が綺麗だ」とか言う場面なのかもしれないが、さすがにそれは心臓がもたない。ここで爆発四散する危険性がある。

 

 

「しかし、こんなに目立つ色をしていていいのかこいつら。自然界では目立つ気がするが」

「そうだよねー。綺麗なのはいいけど、創ちゃんに食べられちゃったらかわいそうにゃ」

「そうだな、食べられたら…ん?俺に?」

「創ちゃんは食物連鎖の頂点にゃ」

「んなわけあるか」

 

 

だから食わねぇって。

 

 

「熱帯魚がカラフルなのは、()()()()()()()()()()()()()()()()。熱帯魚の主たる生息域であるサンゴ礁は砂利や粘土の海底に比べて遥かに色鮮やかであり、黒や銀ではむしろ目立ってしまう」

「縞模様の魚が多いのも、サンゴの間に隠れると紛れやすいからって言われてるわね。保護色なのよ」

「…誰かと思ったら」

「真姫ちゃん!あと藤牧さん!」

「きっとここに来るだろう、と真姫が言うからな。君達の邪魔をしない程度に、星空嬢の誕生日を祝いたかったらしい」

「言わなくていいの!…凛、誕生日おめでとう。楽しそうね」

「うん!」

 

 

不意に後ろから解説が飛んできたから振り向いてみると、藤牧さんと真姫のカップルがいた。わざわざ祝いに来てくれたらしい。

 

 

とりあえず「楽しそうね」と言われて間髪入れず肯定してくれただけでもう死ねる。

 

 

「…滞嶺、鼻血が出ているぞ。動くな、治す」

「えっ大丈夫?!さっきも鼻血出してたし…」

「どうせ凛が可愛いからでしょ」

「えっ」

「ノーコメントだ」

「動くな手元が狂う」

 

 

藤牧さんの右腕から伸びる木の枝みたいなキモいので鼻を弄られて数十秒で鼻血は止まった。水族館の中は暗いからいいものの、そんなキモいのをさらっと出して平気なのかこの人。

 

 

鼻血が止まったので凛の方を見ると、顔を真っ赤にしてこっちを見ていた。真姫が余計なことを言うからだな。くそっ恥ずかしい。

 

 

「可愛いと鼻血が出ると言うのは、緊張状態で血管が縮み、頭部に血液が集中することによるものだろう」

「冷静に分析しないでもらえますかね」

「安心しろ。俺も経験がある」

「「えっ」」

「ちょっと!!」

「血流の変化が起きやすくなったのだろう。恋は病というのもあながち間違いではないのかも

「もう!わかったから!もう行くわよ、邪魔しちゃ悪いし!じゃあね!!」

 

 

真姫が恥ずかしがってさっさと退散してしまった。

 

 

「…藤牧さんも鼻血出すんだな」

「なんか意外…」

 

 

藤牧さんも意外と真っ当な人間だったんだな。

 

 

「…ま、いっか!気を取り直して次行こう!」

「ああ、そうだな」

 

 

まあ、今日の主役は凛だし、まきまきカップル(命名:茜)のことを気にしても仕方ない。

 

 

次に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃーーーーーーーーっ!!!!」

「こら叫ぶな、ほら」

「嫌にゃあああ!!!なんか意外とゴツゴツしてるううう」

 

 

何をしているかと言うと。

 

 

海の生物に触れるとか言うあれだ。

 

 

ちなみに今凛に握らせているのはナマコだ。

 

 

「にゃああああ…無駄に硬いのが余計気持ち悪いにゃあ…」

「そう言うな。ほらこっちはヒトデ」

「それもさっき触ったら妙にゴワゴワしてたー!!」

 

 

どうやら触感がお気に召さないらしい。しかしそんな騒ぐ凛も可愛い。困った。

 

 

「じゃあ素直に柔らかいウミウシなんかどうだ」

「ナメクジじゃんそれー!」

「違ぇよ、こいつは貝類…いやナメクジも貝類だったな…」

 

 

何を渡してもイヤイヤモードだ。触っても気持ち悪くなさそうなやつはいないのか。

 

 

おっ、こいつは。

 

 

「こいつならキモくないぞ」

「…ほんとにゃ。でも何この貝みたいなの」

 

 

隅っこに転がっていたひらべったい円盤みたいなのを渡してやる。割と硬いし気持ち悪くないだろう。

 

 

「バフンウニだな」

「ウニなの?」

「そう、ウニだ。刺のない、馬糞みたいなウニ」

「…急に触りたくなくなったにゃ」

「別に汚くはないぞ」

 

 

名前で判断するもんじゃねぇぞ。

 

 

「もうここはいいにゃあ…」

「ナマコ美味いんだがな」

「また食べるつもりでいるー!」

 

 

ナマコは本当に美味いんだからいいだろ。熱帯魚じゃねぇんだから。

 

 

いや熱帯魚も食わねぇよ。

 

 

「ほら、もうすぐイルカショーにゃ!」

「イルカは食わんぞ」

「まだ何も言ってないにゃ」

 

 

イルカも食わんぞ。

 

 

イルカショーのステージは当たり前だが屋外にあり、11月では流石に少し寒い。

 

 

「…手、繋ぐか?寒いだろ」

「…うん」

 

 

差し出した手は、若干ぎこちなく握られた。付き合って1年経つのにこんなんで大丈夫か俺ら。手を繋ぐのにも抵抗するって。いやさっきのまきまきカップルも手は繋いでなかったし普通なのかもしれん。

 

 

ちょっと心臓がうるさい。落ち着け俺。寒くは無くなったが。

 

 

イルカショーが始まると、凛は子供みたいに目を輝かせて楽しんでいた。いや、今日で19ならまだ子供か?まあいいか、こういうところも可愛いところだ。

 

 

それに、どれだけテンション上がっても手は離さなかった。

 

 

イルカに勝った気分だな。

 

 

「凄かったねー!」

「あんなにちゃんと言うこと聞いてくれるもんなんだな」

「ねー!ジャンプも凄かった!」

「尾びれの力だけであれだけ飛べるんだからな…海洋生物すげえな」

「なんか感動してるポイントがガチにゃ」

 

 

俺も同じことはできるだろうが、やはり手があるのは大きい。イルカもすごいな。

 

 

「ん、もういい時間だな。どうするか」

「ここって海が見える展望台あるよね!夕日が出てる間に行くにゃー!」

「走んな走んな、転ぶぞ」

 

 

もう夕刻に差し掛かってきたから、そろそろ撤退しようかと思ったら凛が展望台に向かって走り出した。まったく、元気だな。

 

 

それに、夕方に高いところといえば去年のことを思い出す。凛もきっと思い出したのだろう。

 

 

展望台にたどり着き、待っていた凛を抱えて階段を一気に駆け上る。最上階には俺たち意外誰もいなかった。寒くなってくるこの時期、イベントもないのに水族館に来る人自体が少ないのだろう。

 

 

「ありがと。やっぱり早いね」

「当然だ」

「ふふっ…今日はありがとね」

「どういたしまして。楽しんでいただけたようで何よりだ」

 

 

抱えていた凛を下ろして、2人で海を眺める。丁度日が沈むところだった。

 

 

「夕日、懐かしいね」

「ああ。なんというか、俺たちの象徴みたいな」

「えへへ。なんか綺麗な象徴だね」

「光栄なことだ」

 

 

夕焼けの遊園地も良かったが、夕に染まる海もまた綺麗だ。隣にいる凛の横顔もまた綺麗だ。

 

 

「凛」

「ん?」

「改めて、誕生日おめでとう。今日もお前は可愛かったし、綺麗だったし、やっぱり好きだと実感した」

「…えへへ、ありがと」

 

 

凛の方を向き、膝をついて目線を合わせる。正面から見ても、夕陽に照らされた凛はやはり綺麗だ。

 

 

「…こういうのは、恥ずかしくてあまり言わないんだが」

「うん」

「凛、何度でも言おう。好きだ。そして愛してる。今日も、明日も、これから先ずっと」

「うん、凛も、ずっと、ずっと大好きだよ」

 

 

お互い、どちらからということもなく顔を寄せて唇を重ねた。気恥ずかしくてキスなんてそう何度もしたことはないんだが、こういう日は特別だ。

 

 

だって、凛が産まれた日なんだから。

 

 

 

誕生日おめでとう、凛。

 

 

 

産まれてきてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが。

 

 

後日だ。

 

 

「あー?熱帯魚が食えるかって?まあ食えないことはねえな、毒があるやつ以外なら。ほれ、この間試作したグッピーのフリッター。それなりに美味いぞ」

「…ね、熱帯魚を揚げるだと…」

「発想がクレイジーなんだよね」

「…うまい」

「雪村くん、そういうの割と平気で食べよね…」

 

 

男連中と白鳥さんに会いに行った時に聞いてみたら、普通に熱帯魚を料理していた。なんか悔しいが美味かった。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

最後には甘々になるこのコンビ大好きです。甘々に書けば書くほど2人のラブラブ度とピュアさが際立つ…気がする!!やっぱりラブコメはこうでなくては。いつのまにラブコメになったのか。
滞嶺君が徹頭徹尾ゾッコンLOVEなのもポイントです。見た目はヤクザなのに超純情いい子。


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ハーレム系主人公は自分からダメージ受けにいく説



ご覧いただきありがとうございます。

前回からもまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!本編終わったら増えなくなると思ってたのに…ほんと頑張ります…(号泣)

After stories 1は前回の御影さん話で一旦おしまいなので、このお話はおまけ回です。感想で白鳥さん出演のご要望があったので、せっかくなのでこの機会にぶっ込んでみました。
「マジで?!俺何の準備もしてないんだけど!!」
After stories 2までにもう一話くらいお話を挟む予定です。ただ私が書きたい話を書くだけです。いや今まで全部そうでしたけど。
そんなお話も楽しんでいただけたら幸いですね。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

秋葉の喫茶店なう。メンバーは僕、にこちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん。

 

 

高校を卒業した後も、僕ら元μ's三年生の4人は定期的に会っている。っていうかにこちゃん達は同じ大学にいるしね。頻繁に会えないのは僕くらいだ。

 

 

「しかもレポートは手書きじゃないとダメってどーゆーことよ!!」

「あー、うちもそういう講義ある。せっかくパソコンあるのにね」

「どの講義も結局大変ね…」

 

 

しかも大体話の内容は講義の文句とか大学生活関連だ。僕居る意味なくない?

 

 

「僕帰っていい?」

「ダメよ。そこに居なさい」

「つまりにこっちが寂しいって言ってるんよ」

「言ってないわよ!」

「あふん」

 

 

今のは流石にとばっちりじゃないかな。

 

 

「いいじゃない。茜も話したいことを話していいのよ?」

「僕は女の子みたいに無限に話題が湧いてくるタイプじゃないんだよ」

「それはにこっちに全部話しちゃってるからやない?」

「一理ある」

「ないわよ!!」

「あぼん」

 

 

確かににこちゃんにはほぼ毎日会ってるし、色んな話をする。そこで話題が尽きてるんだね。さすがにこちゃん。でも殴らないでにこちゃん。

 

 

「じゃあ何か話そうかな」

「何かあるの?」

「んー、天童さんの話とか」

「…」

「天童さんの名前が出ただけで照れるんじゃないわよ」

「何となく話の内容が想像できる…」

「じゃあ問題ないね。天童さんが希ちゃんのお誕じょ

「やーめーてーーーー!!」

「ぐぇ」

 

 

それじゃあというわけで天童さんの話を出したら、希ちゃんにコップを投げられた。意外なほど高速モーション高速スロー。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。当たったけど。痛い。

 

 

「ちょっと何すんのよ!茜じゃなかったら怪我してるわよ!!」

「僕でも怪我はするけど」

「だって!その話は秘密だもん!!」

「ちょっと二人とも落ち着きなさい。他のお客さんに迷惑よ」

「ほんとだよ」

「被害者は落ち着きすぎよ」

 

 

まあ慣れてるからね。

 

 

っていうか秘密の話を嬉々として話す天童さんはダメな人じゃなかろうか。

 

 

「お、そろそろ時間だ。僕先行くね」

「どこ行くのよ」

「仕事だよ。僕は休日とか無いの」

「それは大丈夫なのかしら」

「しょうがないよ。画家だし、今日みたいな照明仕事は土日ばっかりだし。ライブを土日にやるもんだから」

「まあそれはそうやね」

 

 

そんなわけで僕は暇な大学生ではないのでお仕事行ってきます。

 

 

「何のライブなの?」

「ん?」

 

 

一番リアクションが面白そうな質問が来た。

 

 

それはね。

 

 

 

 

 

 

「A-RISEだよ」

 

 

 

 

 

 

君らもよく知る人たちだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで君らもついてきたのかな」

「だって会いたいし」

「秋葉でやったライブ以来やもんねー」

「現役のアイドルの活躍も気になるじゃない?」

「そうかな」

 

 

なんかついてきた。

 

 

君らバイトとかしてないの。にこちゃんはしてないね。僕のお金があるからね。

 

 

裏口で待ってたら白鳥君が出てきた。相変わらずマネージャーしてるらしい。レストランでも開けばいいのに。

 

 

「よーっす、今日はよろしく…って、何でその子らが居るんだ?」

「さっきまで会ってたから」

「それは理由になってないぞ?」

「久しぶりね、白鳥くん」

「元気ー?」

「何でこの子達は微塵も動じないんだ」

 

 

そりゃまあ元μ'sのみんなはスルースキルがマックスだからね。強いよ。

 

 

「せっかく会いにきたんだから楽屋に通しなさいよ」

「アポなしで突撃しに来たのに、もの凄い高圧的でびっくりしてるんだが?」

「なんかごめんね」

「そうよにこ、急に来たのにいきなり会おうなんて無理があるわ」

「そうそう。絢瀬さんは理解が早くて助かる」

「お手伝いする代わりに会わせていただきましょ」

「おっとそんなに理解早くなかったぞぅ?」

「この子たち穂乃果ちゃんの突進力を少なからず取り入れちゃってるから諦めて」

「くっそ他人事みたいに言いやがって」

 

 

あと割とみんなゴリ押しに慣れてるからね、気を付けてね。気を付けてどうにかなることでもないけどね。

 

 

「はぁ…仕方ねぇな。とりあえず波浜君は照明設備の設営頼んだぞ。残り三人はちょっと雑用手伝ってくれ、片がついたらツバサ達に会わせてやるから」

「「「はーい」」」

「なんかごめんね」

「まあいいさ。手が増えるし、ツバサ達もリラックスできるだろ」

 

 

前向きだね。

 

 

とりあえず照明設備をさくっと片付けて、演出をプログラムして、準備おっけー。え?早すぎるって?面白くない作業はカットだよカット。

 

 

白鳥君に大方片付いた旨を伝えに来たら、丁度にこちゃんたちも戻ってきた。

 

 

「意外と机移動させたり大変じゃない!」

「別に俺は楽な仕事だなんて言ってないんだがな…」

「いいじゃない。裏方の仕事を経験できるなんてそうそう無いことよ?」

「そうだけど!」

「念のため言っておくけど、今まで君らのライブの雑用は全部創一郎が一人でやってたことは忘れないであげてね」

「そう思うと創ちゃんも頑張ってたんやね」

「今も頑張ってるよ」

 

 

今まで僕らが頑張ってたことも忘れないでね。

 

 

「はいはい時間がめちゃくちゃ余ってるわけじゃないんだからさっさと行くぞ」

「へーい」

 

 

白鳥君についていき、楽屋の前に来た。扉の横に「A-RISE様」って張り紙がしてある。当たり前だけどね。

 

 

「おーいお前ら、お客さんだぞー」

「あっ」

「ちょっ、ノックもしないで開けたら

「きゃああああああ?!?!?!」

「うごぶぇあ!!!!」

「…言わんこっちゃない」

「椅子と一緒に吹っ飛ばされてきたわね…」

「生きてるん?」

「い、いくらなんでも椅子を投げんな…」

 

 

白鳥君が微塵の遠慮もなく扉を開けて部屋に入ると、部屋の奥から椅子が飛んできて白鳥君のお腹に直撃した。なんて的確な投擲。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。まあでも自業自得だね。

 

 

「せめてノックしなさいよノック!!ばーかばーか!!」

「ツバサ、語彙力が無くなってるぞ」

「あら、お客さんってあなた達だったのね。ごめんなさいね、波浜くんはちょっと待ってて?ツバサがまだ着替え終わってないから。にこちゃんと絵里ちゃんと希ちゃんはどうぞー」

 

 

床に倒れ伏している白鳥君を置いて先に部屋に入っていく女の子たち。僕は待機。椅子投げられたくないしね。

 

 

「ちくしょう…頭に当たってたら死んでたんじゃねえかこれ」

「死なない死なない。あと自業自得だよ」

「今更ツバサの裸見たところで何も

「バーーーーカ!!!」

「痛っっってえ!!!」

 

 

着替え終わったらしい綺羅さんが扉を開けるなり空のマニキュア容器をぶん投げてきた。そして白鳥君の額にクリーンヒット。痛そう。

 

 

「マニキュアの容器ってやたら丈夫だよね」

「だからこそめちゃくちゃ痛えよ?!」

「っていうかそんな裸を見慣れた仲なの君達」

「まあ幼馴染だしな」

「僕もにこちゃんの幼馴染だけど、にこちゃんの裸見たら大興奮だよ」

「マジ?」

「まじまじ」

「何話してんのよ!!」

「おぶっ」

 

 

僕も僕で殴られた。痛い。

 

 

「っていうか渡、ツバサはってことは、私の裸だったら興奮する?」

「突然何言ってんだお前」

「私はどうだ?」

「突然何言ってんだお前ら」

「私にも興奮しなさいよ!」

「頭大丈夫かツバサ」

「何で私だけ当たり強いわけ?!」

「ひいいっ暴力反対っ!!ちょっとμ'sの皆様見てないで助けてっ!!」

「私たちもうμ'sじゃないしー」

「痛ってえ!!!屁理屈言ってないでこいつら止めて!!何であんじゅと英玲奈も殴りかかって来るんだよ!!」

「いやまあ…」

「どうしようもないなコイツと思ってな」

「酷くありませんかねお嬢さん方?!」

 

 

モテ男ってこうやって地雷踏み抜きにいくものなのかな。周りにあんまりモテ男いないからわかんないけど。

 

 

数分白鳥君を殴り倒して、やっとA-RISEの皆さんが落ち着いた。白鳥君は楽屋の外に放り捨てられた。南無。

 

 

「さて、久しぶりね。元気かしら」

「ええ、みんな元気に大学生してるわ。茜は知っての通りよ」

「君らはすこぶる元気みたいだね」

「ええ。外で伸びてるヤツのおかげでね」

「その割にはひどい扱いだ」

 

 

彼のおかげでって言われるような扱いには見えない。かわいそうに。

 

 

「今日は聴きに来てくれたのかしら?」

「いえ…茜がお仕事で会うっていうから、せっかくだからって会いに来たのよ」

「聴きたかったけどチケット取れなかったのよ」

「にこっちCDいっぱい買ってたもんね」

 

 

そういえば結構前にCD大量に買ってたね。

 

 

「あら、そんなに頑張ってもチケット取れないくらいの人気になってたのね私たち」

「そりゃそうでしょ」

「スクールアイドルでの実績から期待されているのかもしれないな。気を引き締めていこう」

「何言ってるの。いつでも気は引き締めるのよ」

「変わらないねぇ君達」

「これが私たちだからね」

 

 

もとからプロ志向な感じだったから、そう心構えを変える必要もないのかもね。

 

 

そんなことを話していたら白鳥君が戻ってきた。

 

 

「いてて…加減というものを知らんのかお前ら」

「渡が悪いのよ」

「何でこの時間まで着替え済ませて無かったんだよ…」

「リボン解けたりしてたのを直してたのよ!」

「つまりタイミングが悪かったのよ。そういうこともあるんだからノックしなきゃだめよ?」

「へいへい」

 

 

割と元気そうだ。彼も丈夫だね。

 

 

「つーか裸見て興奮しろとか言ってくるのはどうなんだよ…変態かお前ら」

「そこは女性としてのプライドがあんのよバカ!!」

「拳を握るな拳を!!大体俺に女性のプライドを見せてどうすんだ!!」

「ほんとあんたはそういうとこ!!!」

「まだ殴り足らんのかよ痛え!!」

 

 

衣装乱れるよ綺羅さん。あと白鳥君は喋ると喋った分だけ怒られるんじゃなかろうか。

 

 

「プロのアイドルになってからは初めてのライブなはずだけど、全然平気そうだね」

「いや、平気じゃないぞ。こいつら緊張すると暴力が増える」

「ストレス発散だね」

「渡が余計なこと言うからでしょ!」

 

 

ギャグ寄りのラブコメの主人公みたいになってるよ白鳥君。

 

 

「ていうか時間的にそろそろ袖に行ってないとヤバいんじゃないの君ら」

「ん、もうそんな時間か。なんかひたすら暴力振るってるだけですまんな」

「ごめんなさいね、渡がこんなんで」

「俺のせいなん?」

「いいわよ、みんな元気なのがわかったし。ライブ見れないのは残念だけど」

「関係者席で良ければやるぞ?」

「「えっ」」

「いいの?!?!?!?!」

「近い近い矢澤さん近い」

 

 

さすがマネージャー、チケットの予備を確保してたのか。

 

 

「はい3枚。もう開演30分前だから席に向いな」

「「「ありがとう!!」」」

「じゃあ僕も準備してくるね」

「ああ、頼んだ。後で差し入れ持っていく」

「ありがとー」

 

 

僕も本命のお仕事があるんだから行かなきゃ。白鳥君の差し入れ(というか料理全般)は異様に美味しいから楽しみだ。頑張ろ。にこちゃんもいるしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…全く、もうちょい落ち着かんかいお前ら」

 

 

波浜君たちが出て行った後、舞台袖に向かう途中で文句を言った。結構殴られたぞ俺。あれ見た目以上に手心加えてくれてるから思ったより痛くないんだがな。

 

 

「渡が覗いたのが発端じゃない」

「悪かったってば。それよりその後の方がアイドル的にヤバいぞ。裸見て興奮しろとか言うんじゃねえよ」

「だ、だって…女の子として見てほしいじゃない…」

「はー?お前は女の子だろ」

「そうじゃなくて!」

 

 

ツバサは相変わらず理不尽に怒ってるし、今日は結構緊張してるみたいだな。仕方ない、アイドルとしての初ライブだ。元μ'sの4人が来てくれて多少リラックスしたみたいだが、まだ硬いか。

 

 

「はぁ…あのな、俺だって18歳男性だぜ?本気で何も思わなかったらちょっとまずいだろ」

「…へ?」

「だけど今更幼馴染になんとか思ったとか言いにくいだろ…」

「…」

「あら、ツバサだけずるいわ。私たちも上脱いでおけばよかったかしら」

「そうだな、渡が急に入ってくることを考えていなかった」

「だから何でお前らは裸を見られたがるんだよ」

 

 

本格的に変態かよ。それとも緊張で混乱してんのかどっちだ。

 

 

舞台袖に無事着いたので、携帯している保温水筒を取り出して、中身を紙コップに注いで3人に渡す。

 

 

「はいよ」

「あ、ありがと」

「これ…ジャスミンティー?」

「ご明察。匂いに慣れてきたか?今までより緊張してそうだったから、リラックスできるようにな。もちろん俺のオリジナルブレンドだ、効果はバッチリだ」

 

 

まあ緊張の度合いに関わらず飲ませるけどな。ハーブティーはカフェインが入ってない分、利尿作用もない。こういうライブの前とかにぴったりだ。

 

 

「お見通しだったか」

「当たり前だ。どんだけお前らを見てきたと思ってんだ」

「…ほんと、そういうとこよ」

「なんか言ったか?」

「バカって言ったのよ」

「何で俺罵倒されたん??」

 

 

こちとら善意のご提供だぞ。

 

 

「…ふう。ありがと、落ち着いたわ」

「どーいたしまして。さあ、行ってこい」

「……………えっと」

「何だ、まだなんかあるのか?…ああ、いつものヤツか」

 

 

空の紙コップを俺に渡したツバサがもじもじしているから何事かと思ったが、そういえばいつもやってる本番前の恒例をやってなかったな。

 

 

というわけで、俺はツバサに近づいて、右手をツバサの頭の後ろに持っていき。

 

 

 

 

 

 

顔を近づけて。

 

 

 

 

 

 

額と額をくっつけた。

 

 

 

 

 

 

幼い頃から、ツバサが不安になってる時とか緊張している時はこうして落ち着けてきた。

 

「頑張れ、ツバサ」

「うん」

「やっぱり側から見るとキスしそうな絵面よねぇ」

「渡、私たちも」

「はいはい順番順番」

 

 

続いてあんじゅと英玲奈にも同じことをする。

 

 

「行ってこい、あんじゅ」

「はい」

「魅せてこい、英玲奈」

「ああ」

 

 

やり終えると、3人とも満足そうな顔をしていた。あれで元気が出るのは相変わらず謎だが、まあいいか。

 

 

「じゃ、今度こそ行ってこい」

「うん」

「行ってきます」

「見ててくれ」

 

 

そう言って舞台に向かう3人は、その瞬間から凛々しいアイドルだった。

 

 

ああ、今回も大丈夫そうだな。

 

 

始まる前から俺は確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ほんと、鈍いんだから」

「でも悪くないでしょ?」

「渡はああいうやつだからな」

「そうね。…アイドルでいる間は、恋愛なんてできないけど」

「終わったときに、彼の心が誰に向いているか」

「誰が渡を振り向かせるか、だな」

「負けないわよ?」

「こちらこそ」

「臨むところだ」

 

 

第1回ラブライブの覇者も。

 

 

中身は普通の女の子なのだ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

最後キスすると思った人!正直に手を挙げなさい!私は思いました!!(おい)
白鳥さんはキャラのネタ度が天童さんに似ているので書き分けが難しいです。一緒に出さないのが一番楽ですね!!
ツバサちゃんとかが照れて顔真っ赤にして白鳥君にうがーってしてるのを想像するとほっこりするので、たまに出演していただくことにしましょう。今決めました。


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ささやかな大事件



ご覧いただきありがとうございます。

ラブライブフェスが当たりません!!まあ当たらないのが普通なんでしょうけど!!HP先行よお願いします何でもしますからー!!

今回は前々からやると決めていたお話です。ここまでのお話で、知らぬ間に禁忌に手を出しちゃった人がいるはずです。さて、誰でしょうか?


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「今日は豊作だったね、創ちゃん!」

「ああ。最近新曲が出ていなかった『ハイペリオン』の新曲シングルに、神奈川の強豪『横浜Night Drive』のアルバム。長野の新スクールアイドル『AnBirth』の初シングルも買えたし、岡山の『ピーチボーイガールズ』も新メンバーを加えてから初のシングルが残っていた。運がいい」

「ピーチボーイガールズって男の子なのか女の子なのかどっちなのよ」

「桃太郎伝説にあやかってるんだろ」

「センス無いにゃ」

「ストレートすぎるだろ」

 

 

今日は二年生の4人でスクールアイドルショップに来ている。今回の目当ては先程言ったハイペリオンのシングルだったのだが、それ以外にもいいものが多く手に入った。今日は良き日だろう。

 

 

「茜が起業してからバイト代も上がったし、色々買えるようになったのもありがたいところだな」

「まだ茜くんのお手伝いしてるの?」

「ああ。全部じゃないが、ライブハウスとかでやってる小規模のライブはよく手伝わされるな」

「創ちゃんも大変にゃ」

「そう、大変なんだよ。労れ」

「んにゃにゃ」

 

 

そう、金が増えたのも大人買いできた理由の一つだ。茜が今まで個人の気分でやっていた仕事を、真面目なビジネスとして展開した影響で金が増えたらしい。おかげで俺のバイト代も増えた。

 

 

3人くらい事務も雇ったらしい。そもそも起業して即人を雇えるほど金があるほうが意味不明だが。

 

 

まあ、俺も俺で仕事自体も増えたから大変は大変なんだがな。

 

 

「しかし、色々物色していたらいい時間になったな。昼飯食うか」

「創ちゃんの奢り?!」

「何でそうなった」

 

 

奢らねえよ。

 

 

「けちー」

「俺だって家族の世話分の貯金で結構削られてんだぞ。ほいほい奢るほど余裕は無え」

「ふしゃー!!」

「威嚇しても無理なものは無理だ。つーか猫かお前は」

 

 

今日も凛は絶好調だな。

 

 

「あれ?」

「どうした花陽」

「あれって…ことりちゃん?」

「ん?」

 

 

両手を振り上げて威嚇する凛の頭をぐりぐりしていると、花陽が遠くにいることりを見つけた。

 

 

まあことりがいること自体は全く問題ないんだが、何だか、何というか、えらく洒落た格好をしている…気がする。具体的にどうと言われても困るが。

 

 

そしてことりは車椅子を押していた。ああ、あのゴツい車椅子は間違いなく雪村さんだ。

 

 

「確かにことりだな。雪村さんに衣装の相談でもしてんのか」

「衣装の相談するためにあんなにお洒落するかなぁ…?」

「知らねぇよ。いつもあんな感じの服装で会ってるかもしれねぇだろ?相手はファッション界の天才なんだから」

「そうよ。いちいち気にしてたらキリがないわよ」

 

 

花陽は何が気になるのか、珍しく眉間にシワを寄せてことりの方を見ている。

 

 

ことりはご機嫌な笑顔で雪村さんと共に喫茶店に入っていった。喫茶店で衣装の相談をするのもよくあることだろう。気になることは無いはずだが…。

 

 

「…事件の予感…!!」

「かよちんがやる気だにゃ」

「もう、一体何なのよ?」

「ことりちゃんが!お洒落をして!とても楽しそうに!男性と!喫茶店に行ってるんだよ!!」

「だからなんだよ。見知らぬ誰かだったら困っているところだが、相手は雪村さんだろ?衣装の話するんだろ」

「ことりちゃんの荷物見た?!」

「荷物??」

 

 

えらい剣幕の花陽に押されてちょっと考えてみる。ことりが持ってたのは、確かやたら小さい鞄みたいなのだ。

 

 

「ちっこい鞄…?」

「ポシェットよ」

「そう!ポシェット!!」

「だから何だよ」

「あのポシェットにいつも衣装案を描いてるスケッチブックが入ると思う?!」

「確かにちょっと小さいにゃ」

「まあ当然衣装も入らないわね」

 

 

ああ、まあ確かにそうかもしれん。

 

 

「ということは衣装の話をするために会っているわけじゃない!」

「急に探偵っぽくなるなよ。スマホとかに画像入ってるかもしれねぇだろ」

「もしかしたらアイドル的大事件かも…!!」

「聞いてんのか」

 

 

無視すんな。

 

 

しかしまあ、確かに衣装の話が目的でないならば…アイドル的には由々しき事態だ。

 

 

 

 

 

アイドルの最も有名な不文律。

 

 

 

 

恋愛禁止。

 

 

 

 

それに抵触するかもしれないとなると…俺も不安になってきた。

 

 

「尾行です!!」

「ええっ?!」

「なんか楽しそうにゃー!」

「こっそり行くか…」

「何でそうなるのよー!」

 

 

そういうわけで、不満たらたらな真姫を引きずって、ことりと雪村さんが入った喫茶店に俺たちも入るのだった。

 

 

…これは尾行というのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここのチーズケーキ、食べてみたかったんだぁ」

「…そうか」

 

 

ことりと付き合い始めて…まあまだそんなに経っていないが、今までより会う頻度が確実に増えた。ことりのスクールアイドルの練習がなければほぼ会う。それに加えて今まで通りの衣装の相談を受けることもあり、顔を見る機会が増えている。

 

 

それに、何故か今までより服装に気を遣い、若干ながら化粧までしてくるようになった。出かけるだけなのにそこまでするか。

 

 

もちろん嫌ではないが。

 

 

「ふふっ」

「…どうかしたか」

「ううん、今日も瑞貴さんとお出かけできて嬉しいなーって」

「…そうか。まあ、その、俺も…まあ、嬉しいな」

「うふふふふ」

「なんだよ…にやにやするな」

「瑞貴さんも顔緩んでますよー」

「なんだって」

 

 

ものすごくふやけた笑顔のことりを見ているとこっちまでふやけそうになる。既にふやけているかもしれないが。

 

 

人に会うだけでこんなに笑顔になれたのは初めてだな。

 

 

「瑞貴さん、いっぱい笑うようになったね」

「…そうか?」

「うん!前よりむ〜って顔してることが少なくなったよ」

「…む〜?」

「うん、そういう顔」

「わからん」

 

 

まあ不機嫌そうじゃ無くなったなら悪いことではない。

 

 

「あっ!チーズケーキ来たよ!」

「…うまそうだな」

「ね!美味しそう!」

 

 

話しているところにことりが注文したチーズケーキが来た。有名なものらしく、見た目も結構うまそうな感じは出ている。俺はコーヒーだけ頼んだ。

 

 

「いただきます!」

「どーぞ」

「…んー!おいひぃ!!」

「…ふっ。よかったな」

 

 

これ以上ないくらい幸せそうな表情のことりを見て、思わず笑ってしまった。こんなに幸せそうに食ってもらえるならケーキも本望だろう。

 

 

「すっっっごく美味しいよ!!」

「よかったな」

「はい、あーん!」

「は?」

「一口あげる!あーん」

「あ、いや俺は…」

「あーん!!」

 

 

目を輝かせたことりが、フォークにぶっ刺したチーズケーキの一切れを、身を乗り出してこっちに差し出してきた。あーんじゃない。俺はコーヒーだけで十分だ。しかしまあ、すごい勢いで差し出してくるから勢いに押されてしまう。

 

 

「あ、あーん」

「はいどーぞ」

「むぐっ。…ああ、美味いな」

「でしょ!」

 

 

まあ、うまい。うまいがそれ以上に気恥ずかしさとことりの笑顔でいまいち味を感じられない。見つめると恥ずかしくなるのに目が離せないという謎現象が発生している。

 

 

困る。

 

 

「えへへ…なんだか幸せな気分!」

「幸せ…そ、そうか…」

「あー照れてるー?」

「照れてない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうだねことりちゃん…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぴぃいっ!!!!!!!」

「…お前は」

 

 

…誰だったか。

 

 

「ちょっと花陽、落ち着きなさい!」

「創ちゃんも!ここ喫茶店の中にゃ!」

 

 

いや、後ろの大男はわかる。滞嶺創一郎だ。たまに服を依頼されるから知っている。そう、残りの面子はμ'sのメンバーか。小泉花陽、西木野真姫、星空凛。そう、思い出した。おお、思い出せた。すごくないか俺。

 

 

「ことり…非常に申し訳ないんだが、今のこの状況を説明してもらえるか?」

「はわっはわわわわ、ええええっと、その…」

「…おい滞嶺創一郎。何故ことりを脅すようなことをする」

「あんたは黙っててください」

「黙るわけにはいかないな」

 

 

何故か滞嶺創一郎と小泉花陽の表情がかなり険しい。ことりが何をしたというんだ。お前たちに危害は加えていないはずだぞ。

 

 

「ことりちゃん…まさか、まさかとは思うけど…雪村さんとお付き合いしてたりしないよね…???」

「はうぅっいやっ、そっ、その、これは…えっと…」

「ことりが俺と付き合うことの何が悪い」

「ぴぇっ」

 

 

鎮まり返った。

 

 

何か俺がまずいことを言ったような雰囲気だ。なんだ。そんなに俺と付き合うことが悪いのか。足が無いからか。バカだからか。

 

 

「…ことりちゃん?」

「ことり?」

「……………ふええん、ごめんなさぁい…」

 

 

しかし何故そこで責められるのがことりなんだ。

 

 

納得がいかん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裁判を始めるわ」

「ふえぇん…」

「とりあえず緊縛はまずいんじゃないの」

「うっさい!」

「あふん」

 

 

久しぶりににこちゃんと訪れた音ノ木坂学院のアイドル研究部部室。

 

 

ど真ん中で椅子に縛りつけられていることりちゃんの尋問会だ。何この出来の悪いAVみたいな状況。

 

 

「いやね、あそこにいる車椅子バーサーカーのお怒りがバンバン上がっていくんだよ。創一郎が抑えてなかったら僕ら八つ裂きにされてる勢いだよ」

「つまり創一郎がいるから平気よ」

「ゆっきーが不憫でならない」

 

 

ちなみに本日は特別にゆっきーの入場を許可している。まあ怒り心頭みたいな状態で創一郎に腕を押さえられてるけど。かわいそう。

 

 

「……………………………………」

「見てよあの射殺さんばかりの眼光。ことりちゃんが泣きながら縛られてるのを見てあれだよ。僕は怖くてゆっきーの顔見れない」

「つまり顔を見なければ怖くないわ」

「つまり顔を見たら怖いんじゃないか」

 

 

胃によろしくないから解放してあげてよ。

 

 

「さてことり」

「はい…」

「あんた、スクールアイドルでありながら恋愛してたという証言に間違いはないわね?」

「は、はい…」

「茜も10年近く待っててくれたのにあんたは会ってから1年も経ってない男とゴールインしたわけね?!」

「ゴールインはしてないよ」

 

 

段階が一足飛んでるよにこちゃん。

 

 

「もう、いいじゃないそのくらい。アイドルとスクールアイドルは違うでしょ?」

「よくない!アイドルの恋愛禁止は鉄の掟なのよ!!それとも真姫ちゃん!あんたも彼氏がいるっていうの?!」

「い、いないわよ!!」

「はいはい落ち着いて」

「「うるさい!!」」

「あぶぎゃぷ」

「綺麗な2連撃にゃ」

「茜くん大丈夫ー?」

 

 

にこちゃんアタックに加えて真姫ちゃんアタックまで食らった。流石に痛い。

 

 

床に倒れ伏していると、部室のドアが開いてさらに人が増えた。

 

 

「遅くなりましたーってわああああ?!ことりちゃんが縛られてる?!」

「ハラショー…!これも日本の文化?」

「違う。違うから亜里沙は見ちゃだめ」

「やあ一年生諸君」

「ひいいいっ変質者が床に!!」

「失礼極まる」

 

 

誰が変質者だ。

 

 

「とりあえず混乱極まるから一旦解いてあげて」

「仕方ないわね…」

 

 

とりあえずまずはこの通報されそうな事態をやめよう。

 

 

縄解いてあげると、創一郎から解放されたゆっきーがすごいスピードでことりちゃんに這い寄って労っていた。這い寄る混沌もびっくりな速さ。僕でなきゃ見逃しちゃうね。

 

 

「つまりどういうことですか!!」

「アイドルは恋人作っちゃいけませんって話だよ」

「そうなんですか?!」

「知らなかったの」

 

 

松下さんの妹である奏ちゃんは穂乃果ちゃんの純粋さと勢いを倍増しにした感じの子なので、常識的なくせに穂乃果ちゃん並みのイノシシ具合だ。勢いで喋るタイプ。本当に松下さんの妹なの君。

 

 

「申し開きはあるかしらことり」

「ありませんん…」

「………まだことりをいじめるつもりか」

「いじめてないわよ。っていうかあんたから告白したそうじゃないの!相手はアイドルよアイドル!!」

「アイドルだから何なんだ」

「話通じないわね?!」

「にこちゃん、ゆっきーに常識は通用しないよ」

 

 

ゆっきーはそんな、アイドルの常識とか覚えてられるほど頭良くないしね。

 

 

「でも、何でアイドルって恋愛禁止なんだろう?」

「ハレンチだからです!!」

「違うよ海未ちゃん」

 

 

そんな理由なわけあるかいな。

 

 

「アイドルはみんなのものだからだよ!!」

「そうよ!!アイドルはみんなのもの!!誰か一人に身を捧げちゃダメなのよ!!」

「み、身を捧げるなんて…やっぱりハレンチじゃないですか!!」

「海未ちゃんってもしかしてむっつ

「はぁッ!!!」

「ぎゃふん」

 

 

見事な掌底です。

 

 

「でも、仮に彼氏がいたとしても今まで通り活動すれば問題ないじゃない」

「だよねー。活動に影響が無かったら別にいいと思うのに」

「あんたたち…1年間スクールアイドルをやってきてまだアイドルがなんたるかをわかってないみたいね!!」

「アイドルがなんたるか…勉強になります!」

「そうだね!せっかく卒業生のにこさんが来てくださってますし、色々学んでいきましょう!!」

「ツッコミが追いつかなくなってきたよ」

 

 

新一年生のせいで収拾つかなくなってきたよ。

 

 

「ええ…じゃあ凛も恋愛しちゃだめなの…?」

「当たり前でしょ」

「そんなぁ…」

「凛ちゃん好きな人でもいるの」

「!!!!!」

「何してんの創一郎」

 

 

とても残念そうな顔をする凛ちゃん。そして厳つい顔していたのに突然顔をひきつらせる創一郎。何してんの。

 

 

 

 

 

 

 

「でもにこちゃんだってずっと茜くんに恋してたのに…」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………ぅえ?」

「確かに!」

「えっ、いやちょっと」

「正式に付き合ってはいなかったとはいえ、好きだったのは間違いないわよね」

「ま、まぁ…そうだけど!付き合ってはいなかったじゃない!」

「あれで付き合っていなかったと主張しても誰も信じないと思いますが…」

「だね」

「何で茜まで肯定してんのよ!!」

「ぶぎゃる」

 

 

まあ確かにそれはそう。僕らずっと両想いだったのに付き合ってはいなかった…と言うけど、もうほぼ付き合ってたからね。正式に付き合ったのは卒業してからだけどさ。

 

 

今も昔も関係性はほぼ変わってないからね。

 

 

キスしたくらいだね。

 

 

照れる。

 

 

「…茜も矢澤にこの話しかしなかったしな」

「ゆっきーまで言うか」

「俺はことりを守るだけだ」

「嫌いじゃないよそういうの」

「だーかーらー!!私と茜は付き合ってなかったでしょ!!たまたまずっと両想いだったのよ!!」

「つまりにこちゃんはずっと前から僕のことが大好きだったのか」

「ふん!!」

「はぶっ」

 

 

だから肘はあかんて肘は。でも嬉しいから許しちゃう。

 

 

「なんだかよくわかりませんけど、ことりちゃんがダメなら海未ちゃんもダメだと思います!!最近お兄さまとやたら仲が良いです!!」

「ぅうえあえ?!なっ何を言っているのですか奏!!」

「だって海未ちゃんよくお兄さまとお出かけしてるじゃないですかぁ!!」

「…海未ちゃん…?」

「海未…お前…」

「作詞の相談をしているんですっ!!」

「そういうことならお姉ちゃんも桜さんと怪しいよね」

「え?何が?」

「これは桜がかわいそう」

 

 

海未ちゃんにも嫌疑がかけられ、穂乃果ちゃんは天然をかます。カオスだ。いよいよ収拾がつかない。

 

 

「幼馴染と仲良いのは花陽も同じじゃない!私だけ茜との関係に文句言われるのは不当よ!」

「ええっ?!照真くんとはそういうのじゃないよ?!」

「あーもうやめろ、話がややこしくなってきた」

 

 

ドルオタ筆頭の一人である創一郎も流石に辟易してきたらしい。頭を抱えて椅子に座り込んだ。僕もう帰っていい?

 

 

「いいじゃんもう。恋する乙女は強いって言うし」

「そういう問題じゃないでしょ?!」

「にこちゃんが強いって話だよ」

「…………そういう問題じゃないのよ!」

「ちょっと迷ったでしょ今」

 

 

流石はチョロイン筆頭にこちゃん。いや今ので流されてないからチョロくはないのか。

 

 

「だいたい恋したら強いとかわかんないじゃないの!」

「一番可愛い自分を見てほしいっていうときに、明確な目標がいた方が頑張れそうじゃない?」

「そうかなぁ?」

「それに関しては僕らも強さを知ってるはずだし」

「え?」

 

 

そうそう。恋する乙女の強さは僕らもよく知ってるはずだ。

 

 

「A-RISE」

「………」

「そっか!白鳥さん!」

「そ。恋する女の子3人組は超強かったでしょ」

 

 

そう、A-RISEの3人も白鳥君大好きだったはずだ。流石に僕でもわかる。つまりスクールアイドルとしての実力にとって、恋はマイナスではないはずだ。

 

 

とまあ色々言ってるけどぶっちゃけ話がよくわかんなくなったからさっさと纏めたいだけなのであった。早く帰ろうよにこちゃん。

 

 

「うーーーーーん、でも…」

「まあ気持ちはわからないでもないけどね、でも今更ことりちゃん除名ってわけにもいかないし」

「そ、それはそうなんだけど…」

 

 

渋るにこちゃん。っていうか多分この子具体的な処断とか考えてないんだよね。ルール的にアウトだって伝えにきただけで。

 

 

「それに、僕らもう卒業した身だしね。僕らが口を出すのもどうかと思うよ」

「……むぅ」

「まあ誰がにこちゃんを呼んだか知らないけどさ」

「…………………………」

「ねぇ花陽ちゃん?」

「は、はい…」

「わかってんじゃねぇか」

 

 

そりゃわかるよ。

 

 

「はぁ…恋愛反対派が俺も花陽しかいない以上、多数派に合わせるしかねぇか」

「どういうことだ」

「不問ってことですよ。ですが、いいですか?ことりは今や有名人なんです。せめて目立たないように努力はしてください」

「何故だ」

「有名人だからっつってんでしょう。人目に触れて、ことりがあんたと交際してるって話が触れ回ったら被害を受けるのはことりなんですから」

「…ぬう」

「ことりちゃんも、せめて変装くらいしてね?週刊誌に載りたくないでしょ?」

「うん…気をつけます…」

 

 

ふう、これで一件落着。無理矢理終わらせた。

 

 

「でも!なんかあんた達のパフォーマンスが落ちてたりしたらすぐ文句言いに来るわよ!いいわね!!」

「うう…わかった…」

「…いい加減ことりをいじめるのをやめてくれないか」

「あ、ゆっきーは僕から個人的に色々お話あるから」

「……………何故だ」

 

 

まあでもゆっきー個人には色々言うことあるからね。女子高生に手を出しおって君は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ってことになってるはずだ」

「ええの?天童さんは手を出さなくて」

「いいんだよ。パパラッチが寄り付かないようにするくらいで十分だ」

 

 

大学内の喫茶店で俺は希ちゃんに現在の予測事象を伝えた。まあ、あの二人が付き合うことを読めていたわけじゃないんだが、たまたまこの間仲良くお出かけしているところに遭遇しちゃったからな。見せつけやがってこんにゃろう。俺たちだって負けてねーぞ!!

 

 

「…何でもかんでも首突っ込むだけが手助けじゃない。当事者だけで解決すべきこともあるさ」

「…うん、そうやね。天童さんに頼ってばかりじゃいけないもん」

「そゆこと。俺がいない場でもちゃんと幸せになれるようになってもらわなきゃならないからな」

 

 

俺が実際に手を出せる場面ってのは限られている。だって俺は一人しかいないもーん。まあだから個々人の成長もちゃんと促しておかないとな。

 

 

「ことりちゃんのことはもう大丈夫なん?」

「んー、そうだな。絶対は保証しないが、概ね大丈夫だろ。とりあえず文句言うやつはいなくなったはずだし」

 

 

別に恋することがイコール幸せ、ってわけじゃないだろうが、愛し合う二人がいるならくっつけておくのがいいはずだ。統計的には。相性とか色々あるにしてもな。

 

 

「どうも雪村君は勉強は得意じゃないみたいだからわかりやすかったよ」

「そうなん?」

「程度はわかんねえけどな。まあ行動予測しやすいからよかったけどさ。…それよりも」

「?」

 

 

もう解決したことはそれでいい。

 

 

この先が問題なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の理解を遥かに超える頭脳を持ったやつ…藤牧君とか、湯川君が一番の鬼門なんだよな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らに関しては、本当に読めない。

 

 

そもそも、彼らにとって何が幸せなのか…まったく予想できない。

 

 

…それでも、見逃すわけにはいかない。

 

 

手の届く範囲くらいは幸せにしてやるって、希ちゃんのために誓ったんだから。

 

 

お、今のちょっとかっこ良くない?どうよ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

というわけで、ドルオタの皆様が怒りそうなことをことりちゃんがやっちゃったのでこの話を入れておきました。誰かの誕生日特別話で「にこちゃんと花陽ちゃんがキレた」みたいなことを言わせた記憶があったので、ちゃんと現実にしておきました。にやけてる雪村君を見てみたい。

このお話でAfter stories 1はおしまいと致します。まあただの限りなのでお気になさらず。作品は終わりません。
天童さんが言ってたように、次は並外れた天才の二人が主軸となります。なんだかんだ言って主軸と関係ない話もそこそこ出ますが、のんびり楽しんでいただけたらと思います。これからもよろしくお願いします。


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After stories 2 : 超常だって恋がしたい
情報整理用の自己紹介




ご覧いただきありがとうございます。

お話の節目なのでまた自己紹介を挟みます。主に雪村君、御影さん、松下さんの更新ですね。他の人たちや能力比較もちょっと変わってるので気になったら見てみてください。


 

 

 

 

 

・波浜 茜(なみはま あかね)

18歳、156cm、45kg。誕生日:2月2日

 

本作品の(一応)主人公。音ノ木坂の3年生。8歳の時に事故に遭い、父の波浜大河と母の波浜藍を亡くし、自身も瀕死の重傷を負った。失意の底にいる時にかけられたにこの言葉に縋って生きてきたが、今は依存から抜け出してみんなの幸せのために頑張っている。高校卒業後、晴れてにこと恋人同士になった。

本来は誰よりも人の幸せのために奮闘する博愛主義者。そもそもにこを応援していたのも「にこちゃんの笑顔がみんなを笑顔にするから」なので、ある意味ずっと他人のために頑張っていた。ただし、人が狼狽えるのを見るのが好きな愉悦部でもある。

事故によって肺に大きなダメージを負ったが、湯川と藤牧の神業により肺や損傷した皮膚、骨が復活。それでも体力が皆無なのは今まで運動しなさすぎたため。いい加減体力をつけなければならないが、本人はまったく乗り気じゃない。

卒業後は独立してグラフィックデザインや空間デザインを請け負う仕事を始めた。営業も自力で行うが、流石に手が回らなくなったのか事務作業要員を雇った模様。相変わらず滞嶺をバイトとして使っている。

 

「波浜茜です。最近仕事が本格的に始まって、にこちゃんと会う頻度が減っちゃった。死んじゃう」

 

 

・滞嶺 創一郎(たいれい そういちろう)

16歳、208cm、145kg。誕生日:5月28日

 

音ノ木坂の1年生。両親は離婚・蒸発しており、次男:銀二郎、三男:迅三郎、四男:当四郎、五男:大五郎という4人いる弟を這いつくばってでも守ってきた優しい兄。顔は怖いが尋常じゃないほどの優しさと献身性を持ち、我慢に慣れて(慣れすぎて)いる。そして料理が上手。

身体能力も尋常ではなく、車と同速で走ったり、人を片手で投げ飛ばしたりとおよそ人間とは思えないことをする。しかも本人は普通だと言い張る。必要かどうかは置いといて、今でも筋トレは欠かさない。最近は茜の乗り物と化している。また、体躯に反比例してメンタルが弱い。すぐ凹む。

進級後もマネージャーを続け、今までしてきた力仕事の他の事務仕事を引き受けることに。家計簿とかつけているので意外とそういうのは得意だったりする。ただし、芸術的センスはよろしくないため、照明や振り付けなんかはやらせてもらえない。

重度のドルオタであり、レアもののグッズを見つけるとすっ飛んでいく。歌も好きなのだが、重度の音痴らしい。

凛と相思相愛なのが目に見えているが、お互い気づいていない&お互い超純粋なので関係がまったく進展しない。

 

「滞嶺創一郎だ。1年生も入ってきて、スクールアイドル活動も本格化してきたな。忙しくなりそうだ」

 

 

・水橋 桜(みずはし さくら)

18歳、178cm、65kg。誕生日:8月13日

 

茜の友人で音楽の天才。基本的にクールだが、よく面倒に巻き込まれる。主に穂乃果のせいで。本人的には満更でもないあたり、ツンデレである。いつでもどこでも作曲する気満々なのだが、なぜかだいたい穂むらに入り浸っている。本人は「和菓子が好きだから」とか言っているが、穂乃果に対して甘いのは誰が見ても明らか。ツバサには一時的とはいえ先生呼ばわりされていたが、多分満更でもない。

運動神経悪いが、歌うのに必要な筋肉はかなり発達している。だから潜るのは得意。でもあんまり泳げない。

夏でも常にコートを着ている。暑そう。また、不意打ちされるとコートの中や脇腹あたりに手を持っていく癖がある。

時折病院に行く姿が目撃されている。18歳になってすぐ免許は取っており、車も持っているが病院へは歩いて行くようだ。

 

「水橋桜だ。穂乃果も3年生になって流石に大人しく…なってねーな…。いい加減大人しくしてくれよ」

 

 

・天童 一位(てんどう いちい)

19歳、178cm、75kg。誕生日:9月7日?

 

茜と桜と共に演出請負グループ「A-phy(えーさい)」を運営するリーダーで、脚本家。ふざけた調子だが、時折真剣になる。現実さえも脚本として捉え、次に何が起きるからどうすべきかなどをかなり正確に掴むことができる。ただし、他人の心理は読めないため、何を思ってそう動いたのかはわからない。

孤児であり、名前も親からもらったものではなく小学校に入る際に自分でつけたもの。親の愛情を全く知らずに育った自分でも幸せになれると証明するために、自身の才能をフル活用してサクセスストーリーを歩んできた。

根が善人ではあるのだが、他人の不幸をいちいち助けていては自分が幸せにはなれないと悟り他人を一切助けない人生を選んできた。そのため、自己犠牲を厭わない希の生き方に強く惹かれ、今ではぞっこんラブである。希の卒業後に恋人同士になった。

希の生き方に感化されたため、可能な範囲で他人の幸せを手伝い、罪なき人に危害を加えず、勝手に未来をいじらないように心がけている。でも癖で結構未来予測しちゃう。

愛されるのが苦手らしい。恐らく唯一の弱点。手を繋ぐのも若干抵抗があるレベル。他に挙げるとすれば甘いものが苦手なくらいか。

 

「俺を呼んだか少年少女!天童一位様のご登場だ!!…最近俺出番少なくない?そんなことない?気のせい?気のせいか!」

 

 

・雪村 瑞貴(ゆきむら みずき)

18歳、168cm(足込みの推定値。実身長74cm)、52kg。誕生日:12月7日

 

天才ファッションデザイナーとして活躍する、両足を失った少年。事故で失った両足にさほど拘泥する様子もなく、服さえ作れれば気にしない。ヨーロッパ方面に特にパイプが強く、ことり奪還の際にはこっそり大活躍した。

被服の才能は随一だが、反面勉強は非常に苦手。3桁+3桁の計算はできない。裁縫自体が好きなわけではないが、それ以外に出来ることはないので仕方なくデザイナー関連の仕事をしている。

頼み込まれると断れないタイプで、ことりと連絡先を交換したのも必死に頼まれたから。しかし、頼みといっても衣服の依頼とあらば話は別で、出来るだけ仕事をしたくはないがお金は欲しいためここぞとばかりにすごい値段をふっかけてくる。お金がないのは生地の値段を計算出来ないため。一般人相手でも結構容赦ないが、服の質そのものは良いし、なんだかんだ売れるので意外と商才もあるのかもしれない。逆に(滅多にないが)善意で私服を作る場合はサービスで無料にしてくれる。

ファッションの才能以外何もない自分を嫌っていたが、ことりに認められてから少し元気になり、同時にことりへの恋心を自覚して晴れて恋人同士となった。ことりの前では笑顔を見せたり、ことりを傷つける者には敵愾心剥き出しだったり相当好きらしい。

両親は健在であり、父・雪村心華(ゆきむらしんか)は爽やかでさっぱりした性格の男性で、出版社で働いている。国立大学卒で趣味はテニス。母・雪村紗枝(ゆきむらさえ)は専業主婦のやらしいロリ巨乳お姉さん。国立大学卒で好きなものは心華さん。ちなみに空手黒帯。

 

「…雪村瑞貴だ。ことりは絶対に幸せにする。せめて救ってくれた礼をしたいから」

 

 

・藤牧 蓮慈(ふじまき れんじ)

18歳、170cm、67kg。誕生日:6月26日

 

17歳にして大学の医学部医学科の博士号を取得した天才。事故で右腕と右眼を失っているが、それでも大半のことをこなすあたりやっぱり天才。肉体労働もお手の物で、テントの設営くらいなら片手でこなしてしまう。しかし言動が腹立つ。

西木野家と関わりがあるらしく、真姫のことをよく覚えている。自身の診療所を持っており、本人曰く後進の育成もしているらしいが真偽は不明。

湯川の協力により精密手術装置「ミケランジェロ」、及び携帯型簡易手術装置「マイクロミケランジェロ」などを作成、運用している。見た目がキモいと話題。本人は気にしていないのか、よく持ち出している。

 

「藤牧蓮慈だ。出番が少ない?私は医者だからな、患者が待っている。流石の私も分身はできないさ」

 

 

・湯川 照真(ゆかわ てるま)

16歳、162cm、47kg。誕生日:10月17日

 

サヴァン症候群の天才少年。花陽の隠れた幼馴染。藤牧とは違って科学・工学において非常に高い技術と知識を持つが、対人能力が低いためあまり知られていない。

並列思考が可能であり、並外れた集中力と記憶力も相まってコンピューター顔負けの演算能力を持つ。ただし、思考を止めることに強い恐怖を感じるため、慣れない作業を行うと頭が回らなくて一気に不安に襲われる。人混みの中のような大量の情報が溢れる状況ではあまり恐怖に襲われない。また、如何なる場面でも花陽がいれば安心する。

花陽らの健闘により、知人同士程度なら関わりを持つようになった。天童がよく面倒を見てくれているらしく、天童に頼まれて謎兵器を引っ張り出してくることがよくある。

 

「…湯川照真だ。…花陽は元気そうだ。それならいい」

 

 

・御影 大地(みかげ だいち)

19歳、186cm、72kg。誕生日:3月8日

 

舞台や映画で活躍する天才俳優。その天才ぶりは、役さえ与えられれば老若男女問わず何でも演じられるという点で誰もが知っているほど。当然女装する。女装どころか2mを超える怪人に扮しても違和感なく完璧に演じきれる。知名度が高く、礼儀も正しい。天童と仲が良く、彼の作品にはほぼ必ず出演している。

幼少期、演じる才能が並外れていたからか、逆に御影自身の性質を求められることがほとんどなかった。そのため自分の意思を持つことをやめてしまい、求められるまま求められた役を演じるだけの人間となっていた。天童と出会い、天童のシナリオに従うようになってからはまともな人間らしく過ごせていたが、シナリオ外の事態には全く対処できない。

絵里の言葉によって若干自信を取り戻し、その後の事件で吹っ切れた模様。若干ながら自分の意思で動けるようになった。また、自我が明確になったからか、複数人の役を「重ねる」ことが可能になった。ちなみに天才軍団の役を演じようとすると負荷が非常に大きく、長くは保たない。

おそらく先の一件で絵里ちゃんに惚れた。

テレビ出演の影響力は絶大で、年末特番なんかに出てくると視聴率40%とか叩き出すことも。宣伝効果抜群である。

 

「御影大地です。絵里ちゃんのおかげで救われた…感謝してもしきれないな」

 

 

・松下 明(まつした あきら)

19歳、164cm、50kg。誕生日:1月20日

 

18歳で国立大学文学部の准教授の地位を獲得した文学の天才。あらゆる時代のあらゆる国の文書を片っ端から解読している。小説や詩も自身で執筆し、その際は柳 進一郎(やなぎ しんいちろう)と名乗っている。

言葉や文章から他人の心理を読み取ることができる、読心術のような能力を持つ。そのため、ほとんどの人と当たり障りなく接することが可能。ただし、相手の下心などを容赦なく見抜いてしまうため、基本的には他人を信用していない。他人の行動を読む天童とは微妙に相性が悪いらしい。

「悪人が改心することなどあり得ないから、如何なる犠牲を伴っても正しく裁かれなければならない」という思考の元、天童の協力の上で犯罪者を現行犯で捕まえる「悪人狩り」をしている。そのため、悪人も改心できると考える海未とは正義感が真っ向から対立している。

天童が悪人狩りの頻度を減らしたため、自力で悪人狩りを進めるために読心の強化を図るも、逆に強くなりすぎて処理限界を超えてしまっていた。海未のおかげで今は落ち着いている模様。ついでに恋心に目覚めてしまった。

基本的に行動原理は妹である松下奏の平和のため。しかし、海未との対話を経て奏以外の人物にも多少興味を持つようになった模様。

重度の方向音痴でもある。

 

「松下明と申します。先日は多大なご迷惑をおかけしました…。いろんな意味で園田さんに合わせる顔が無いですね…」

 

 

・白鳥 渡(しらとり わたる)

18歳、172cm、75kg。誕生日:9月10日

 

A-LISEのメンバーと同じUTXの生徒で、綺羅ツバサの幼馴染。UTXの全女子生徒をメロメロにするハーレム野郎でもある。

並外れた料理の才能があり、わずかな観察から対象好みの味を正確に作り分けられる。味の作り分けだけでなく、白米スムージーだろうがなんだろうが常軌を逸した料理でもなんとか形にしてしまうレベルには凶悪な才能。UTXのカフェスペースでも大活躍していた。それだけでなく、記憶力やコミュ力も高いのが女子に人気の理由。

割とお調子者だが、納得いかないことはきっちり追い求めるタイプ。頼れる人材である。そして落ち込むときは落ち込む。そういうとこだぞ。

卒業後も引き続きA-RISE専属のマネージャーとして働いている模様。女の子達にボコられながら今日も元気にお仕事している。

 

「白鳥渡だ。A-RISEはこれからも活躍していくからな、しっかり見ててくれよ!」

 

 

 

 

・能力比較

 

ちょっと増えました。前からあった項目もちょっと変更あり。

 

 

・運動能力

 

 

1位:滞嶺創一郎

人類が勝てる相手じゃない。

 

(特定環境下1位:御影大地)

一瞬だけなら、天童+滞嶺で化け物になれる。

 

2位:藤牧蓮慈

天才は運動能力も天才だった。なにそれチート。

 

3位:天童一位

割と何でも器用にできる。

 

(特定環境下3位:雪村瑞貴)

匍匐前進競争とかだったら超速い。

 

4位:御影大地

平常時はこのあたり。

 

5位:水橋桜

運動は得意じゃない。御影と大いなる差がある。

 

6位:松下明

インドア派代表。

 

7位:雪村瑞貴

そもそも足がない。先述の通り腕力は結構ある。

 

8位:湯川照真

全部機械任せ。ずるい。

 

9位:波浜茜

論外。

 

 

 

1位:水橋桜

世界中で支持を得るアーティスト。

 

(特定環境下同率1位:御影大地)

声帯を破壊する覚悟があるならトレース可能。

 

2位:藤牧蓮慈

天才はこんなところでもパーフェクト。

 

3位:波浜茜

体力は保たない。

 

4位:天童一位

ほんとに大体何でもできる。

 

5位:御影大地

CDも出してる。しかしプロほどではない。

 

6位:松下明

よくも悪くもない。読心さえなければ普通の人。

 

7位:雪村瑞貴

そもそも歌える曲が少ない。

 

8位:湯川照真

歌…歌とは?

 

9位:滞嶺創一郎

リアルジャイアン。

 

 

料理

 

(欄外1位:白鳥渡)

何故店を開かないのか。

 

1位:天童一位

人々に評価されるには料理スキルも必要だった。

 

(特定環境下1位:御影大地)

一品くらいなら白鳥をトレースできる。

 

2位:滞嶺創一郎

主夫スキルが高すぎるコワモテマン。

 

3位:水橋桜

何故か料理上手い。

 

4位:波浜茜

油絵などのせいで鼻がやられていて、匂いがよくわからない。

 

5位:御影大地

いわゆる普通ライン。

 

6位:松下明

妹任せの弊害。頑張れお兄ちゃん。

 

7位:雪村瑞貴

料理とかしない。

 

8位:湯川照真

料理…原料(の化学物質)からそろえなければ…。

 

9位:藤牧蓮慈

唯一の弱点「味音痴」。

 

 

頭脳(一般教養)

 

1位:藤牧蓮慈

頭脳において右に出る者なし。

 

2位:天童一位

国立大学に入学できる程度には普通に頭いい。

 

(特定環境下2位:御影大地)

天童まではトレース可能。藤牧をトレースしようとすると強烈な頭痛に襲われる。

 

3位:松下明

文系に偏りすぎ(だが言語系は無敵)。

 

4位:波浜茜

旧学年一位。

 

5位:滞嶺創一郎

弟達に教えているため、結構頭がいい。

 

6位:水橋桜

普通に勉強はできる。6位だからって悪くない。

 

7位:御影大地

俳優業ばかりしていたのでそこまでしっかり勉強していない。

 

8位:湯川照真

「まともな教養」という意味では全然知識が無い。

 

9位:雪村瑞貴

「…聞くな」

 

 

頭脳(理工学分野)

 

1位:湯川照真

この世の物とは思えない技術を生み出し使いこなす。

 

2位:藤牧蓮慈

この世の常識の範囲内ならほぼなんでも知っているしなんでもできる。

 

3位:天童一位

「上位2名がクレイジーなだけで!一般的には俺だって相当頭いい部類だっつーの!!」

 

(特定環境下3位:御影大地)

先ほどと同じ。湯川をトレースしようとすると頭が爆ぜる(情報過多で意識を失う)。

 

4位:波浜茜

学年一位は伊達じゃない。

 

5位:滞嶺創一郎

理系もどんとこい。

 

6位:水橋桜

むしろ理系の方が得意なのに周りがえげつないせいで目立たない。

 

7位:御影大地

一般平均ラインがこんな順位。

 

8位:松下明

理系は苦手。頑張れお兄ちゃん。

 

9位:雪村瑞貴

「…だから聞くな」

 

 






ご覧いただきありがとうございます。

メインだった3人の情報量が急に増えました…。書く方が大変なんですけど!!どうしてくれるんですか3人!!(じぶんのせい)

今後もまた、節目で更新していきます。


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急な激しい運動は危ないからやめとこうね



ご覧いただきありがとうございます。

さて、今回からAfter stories 2の開幕です。ですがまずは関係ない話から。時間が飛んでることだけ伝えたいのです。
時は流れて夏の出来事でございます。夏と言ったらもちろんアレですよ!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

はろー皆さん。時は流れて太陽さんさんサマーライフ満喫中だよ。嘘だよ。暑さで死にそうだよ。

 

 

だからね。

 

 

「海だー!!」

「1年ぶりにゃー!!」

「真姫ちゃん、今年もありがと!」

「別にいいわよ、別荘くらい」

 

 

海に来てるよ。

 

 

ちなみに一応スクールアイドル達の合宿という名義ではある。だから場所は去年と同じく真姫ちゃんの家の別荘。僕ら旧三年生組はおまけ。まあ後輩たちの成長やらなんやらを見たいってのは確かにあるけど、僕らはほぼ夏休みにかこつけて遊びに来てるだけ。

 

 

彼女の付き添いで天童さんとゆっきーも来てる。天童さんはノリノリで海パン履いてるけど、ゆっきーは着替えもしない。というか車椅子だから砂浜にすら入らない。

 

 

ちなみに桜も連行されている。いつもの巻き込まれ大魔王だ。バッチリ水着も持ってきている。割とノリノリじゃん。

 

 

今年は僕も水着だよ。胸と背中の傷も塞がったし。泳がないけどね。僕は泳いだら死ぬよ。

 

 

「しかし…プライベートビーチまで保有とはなかなかの富豪だよなぁ。俺もこれくらいできる金が欲しい」

「天童さんならなんだかんだいって持ってそう」

「流石にそこまで稼いでないわい」

 

 

初参加の天童さんは別荘の規模にびっくりしてらっしゃる。本当にびっくりしてるかは知らない。実はわかってましたとか言いそう。

 

 

「てーんどーうさんっ」

「ひぃっ!!その声は希ちゃんだな?!待て、待つんだ。そこから動くんじゃあない。そんな、急に俺の視界に入るor俺の体に触れるなんてことをされた日には心臓が破裂してしまう。いいか、心の準備をさせてくれ。まあ確かに水着姿の君は見てみたいがそんなスッと見てサッとリアクションを取れるほど

「えいっ」

「なぁああああ!!正面に回り込むだけに留まらず抱きつくだと!!やめなさい!!ほぼお肌とお肌が密着状態なんだから色んな柔らかさで天童さんの天童さん(意味深)が天高くそびえちゃう!!」

「えー天童さんいやらしー」

「こんのっ…君も顔真っ赤なくせに偉そうに!!かくなる上は!!」

「えっ、ひゃあ?!こ、これって、お、お姫様抱っ

「おらっしゃあああああ青く輝く海へダーーーイブッ!!!!!」

「きゃあああああ?!」

「…元気だね」

「いろいろ元気ね」

 

 

天童さんは何で希ちゃんを若干怖がってんだろう。彼女なんじゃなかったの。まあ仲良さそうではあるけど。諸共海にダイブする程度には仲良いみたいだ。

 

 

「よーし!私たちも飛び込もう!」

「飛び込まねーよ…っておい、引っ張るな!おいコラ待てってうぉあっ?!」

「あははっ!桜さーん!こっちだよー!!」

「げほっ…こっちだよーじゃねーよバカやろう!顔からダイブしそうになっただろ!!」

「えい!」

「ぶはっ!水かけなんてしょーもないことしやgうぶっ…てっめぇ!!人が喋ってるところに水かけてんじゃねーぞゴルァ!!!」

「あはは!桜さんが怒ったー!」

「逃げんな馬鹿穂乃果!!アホ!!犬!!」

「犬じゃないもん!!」

「あっちも楽しそうだね」

「あれで付き合ってないんだから不思議よね」

 

 

桜と穂乃果ちゃんもこの上なく仲良しだ。うん。早く神父さん呼んできて。

 

 

「私たちも海入りましょう!!雪穂ー!亜里沙ー!行きますよー!!」

「ハラショー!」

「奏も亜里沙も元気だなぁ…」

「っていうか雪穂は何で上着着てるんです!!脱ぐんです!!さあ!!」

「えっ、ま、待って!ちょっとまだ私お腹のお肉があああああ!!」

「もう…遊びに来たのではなく、合宿に来ていると言っているのですが…」

「ふふ、いいのよあれで。あれだけ元気に遊んでいれば身体も鍛えられそうじゃない?」

「そういうものでしょうか…」

 

 

1年生たちも楽しそうで何より。海未ちゃんは相変わらず真面目だけど、まあ力ずくで止められるようなものでもないし、諦めて。

 

 

「まあ楽しそうなのは良いことだし、気合入れて写真撮ろう」

「あんたいっつも写真撮ってるわね」

「そりゃね、資料用にね。はいチーズ」

「にこっ♡」

「ゔっ可愛いい」

 

 

カメラを向けると即ポーズ取ってくれるにこちゃんマジ天使。結婚しよ。

 

 

そのままにこちゃんの写真を永遠に撮ってやろうと思ったけど、肝心のにこちゃんはビーチボールをぶつけられて仕返ししに行ってしまった。残念。なんか去年も見た気がする。

 

 

「で、ゆっきーはずっとそこにいていいの」

「…」

「ことりちゃんも海でわちゃわちゃしてるけど」

「…いい」

「そう。じゃあ僕はにこちゃんとわちゃわちゃしてこよう」

 

 

ゆっきーは炎天下の中ぼーっとしてるだけで楽しいのか不明だけど、まあ本人がいいって言ってるんだからいいか。

 

 

で、砂浜では既にビーチバレー大会が開催されてた。にこちゃんは真姫ちゃんとコンビだ。僕はいいのかって?僕がビーチバレーなんてやったら即死するよ。

 

 

そして今まさににこちゃんの出番…ではなく、ちょっと人類には早すぎる戦争が起きようとしてるところだった。

 

 

「へっへっへっ…来いよ筋肉兵器、未来予知打法を見せてやらぁ」

「天童さんなら直撃しても死なないですよね」

「あっ待って君本気出すつもりなん??やめーや死人出てまうで」

「天童さん関西弁になっとるよ」

「希ちゃんのが移ったんや」

「やっちゃえ創ちゃん!」

「応、まかせろ」

「「リア充爆発しろッ!!」

「おぶふぇおあっ?!?!?!」

「わああっ天童さぁん?!」

「ぐふっ、ま、待て希ちゃん!()()()()()()()()()トス上げてくれ!」

「う、うん!はいっ!!」

「おっしゃこのくらいのダメージは想定内よぉ!行くぜ未来予知打法、『レシーバーが凛ちゃんなら滞嶺はアタックできない戦法』食らえ!!」

「ふっ」

「はッ!!」

「何で凛ちゃんが飛び退いて滞嶺が拾うんだよぉ?!?!」

「狙いがわかっていれば…」

「対策するに決まってるにゃ!えいっ!」

「さぁ食らえ。凛を狙った分の恨みも込めて、今度は手加減しない」

「今度はってことはさっきは手加減しtふんぐるいっ?!?!?!?!?!」

「わあああっ天童さん!!」

 

 

結末だけ言うと、天童さんがボールと共に数十メートル吹っ飛んだ。これはKOだね。テニヌかな?

 

 

勝者である創凛コンビは、凛ちゃんが創一郎の膝を足場に大ジャンプしてハイタッチするというアクロバットを決めていた。身体能力高すぎない?

 

 

「て、天童さん大丈夫?」

「うぶふぅ…しっかりレシーブしたのに諸共吹っ飛ばされるとかどうすりゃええんじゃ…勝てるかバカ…もうマジ無理マリカしよ…」

「よかった、大丈夫そうやね」

「本当に大丈夫に見えたかね希ちゃんよ」

 

 

天童さんは全然平気そうだった。まあ天童さんだからね。冗談言ってる間は大丈夫。

 

 

というわけで次の試合はにこまきコンビ対桜穂乃果コンビ。桜があたふたするだけの未来しか見えない。

 

 

「ふっふっふ…見てなさい、進化したラブにこアタックを見せてやるわ!!」

「とか言って、どうせ普通のアタックでしょ?」

「普通じゃないわよ!!ちょっと真姫ちゃんあんた敵か味方かどっちなのよ?!」

「味方よ!」

「大丈夫なのかよあの子達」

「にこちゃーん早くサーブ打ってよー!」

 

 

こっちも仲良しだね。にこまきはいつもこんな感じだからね。どうでもいいけどにこまきって語感いいよね。肉巻きみたいで。嘘何でもない。

 

 

「今打つわよ!…はっ!」

「桜さん!」

「ふっ!」

「ていっ!」

「…っせい!!」

「うわっ!…ちょっと!桜あんたバレー上手くない?!」

「誰も下手だなんて言った記憶はないんだがな」

 

 

あれ、あんまり桜があたふたしない。そんなに運動神経よかったっけあいつ。

 

 

「やった!練習した甲斐があったね桜さん!」

「バッカお前それを言うな!」

「ふーん…わざわざ練習してきたのね…」

「へー…穂乃果のためにね…」

「おいコラ赤髪ブルジョワ女。穂乃果のためではねーぞ」

「違うの?!」

「違うわ!!」

 

 

なんだ練習してきたのか。わざわざ。穂乃果ちゃんのために。絶対穂乃果ちゃんのためでしょ。多分天童さんが何か言ったんだろうな。

 

 

その後1セットくらいはいい勝負してたけど、そこから桜は筋力の限界が来たのかへろへろだった。まああいつ、体力はあるけど運動神経自体はそんなによくないしね。むしろ1セットよく頑張ったよ。

 

 

「こ、これ、いつまで、やるんだ…」

「もう終わったわよ」

「そ、そうか…もう無理だ…」

「わーっ桜さん!大丈夫?!」

「水飲ませてあげな」

「う、うん…」

「口移しで」

「わかっ…えっえぇっ?!くっ、くちっ

「じっ、自分で飲めるわ…!!」

「冗談だよ」

 

 

桜が瀕死だから穂乃果ちゃんに口移しさせようとしたのに失敗した。残念。いや冗談だよ?うん、冗談。冗談だけどあわよくば上手くいけとは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ茜、行きますよ!」

「待って。状況確認させて」

 

 

ビーチバレーが創一郎無双で幕を閉じた後のこと。

 

 

お昼ご飯を食べようとしたら、海未ちゃんに目隠しをされて何処かへ連れて行かれ、目隠しを外されたらいつの間にかアスレチックコースみたいなのが出来上がっていた。創一郎が爽快そうな顔をしているからあいつの仕業だ。何してんだ。

 

 

「この先にお昼ご飯があります」

「うん」

「穂乃果たちは既に出発しました」

「うん、見てた」

「だから私たちも行きましょう」

「僕も?」

「もちろんです。ご飯要らないんですか?」

「そうじゃなくてね」

 

 

前方にはノリノリでアスレチックを乗り越える穂乃果ちゃんやぴょんぴょん跳んで軽々超えていく凛ちゃんが見える。高い所は上級者用らしい。天童さんもアクロバットしながら高い所を跳び回ってる。何してんの天童さん。

 

 

「僕こんなアスレチックしたら死ぬよ」

「だからやらせるのよ」

「にこちゃん」

「あんたせっかく肺が治ったってのに、全然体力つけようとしないじゃない。いい機会だから鍛えるわよ」

「体力つける方法にしては一段飛ばしが過ぎないかな」

「ちなみに昼ご飯は私が作ったわ」

「なん…だと…」

 

 

アスレチックを乗り越えたらにこちゃんの料理が食べれるってことか。神じゃん。いやいつも食べてるけどそういう問題じゃない。食べれるか食べれないか、それが問題。

 

 

「…い、1番楽なルートをゆっくりいけば…」

「カレー冷めるわよ」

「冷めても美味しいと信じてる」

 

 

にこちゃん製なら冷めても美味しいはずだ。なんなら腐っても美味しい。流石にそれは無いか。

 

 

とにかく、にこちゃんごはんを食べれるなら命をかける価値がある。あるの。

 

 

「それと、急がないと創一郎が食べ尽くす可能性がありますので」

「そんな鬼畜な」

「安心しろ。俺はまだ出発していないし、上級者コースを行く。跳び越えたりもしない」

「跳び越えるって何」

「このコースをだが…」

「なに当然みたいな顔してんの」

 

 

このコース結構な全長があるんだけど。っていうかほんとにこのコースどうやって作ったの。

 

 

「コースの骨組みは湯川が作ったよくわからん素材でできている。形状記憶ができて、超圧縮が可能だ。このコースほどの大きさとなると流石に重量が嵩むが、スーツケースに収まるサイズまで圧縮できたんだから恐ろしいな」

「もはやドン引きするレベルだよ。それに再圧縮はどうすんの」

「どうせ二度と使わないだろうから適当に破砕して捨ててこいっつってたぞ。生分解性の素材らしい」

「雑極まりない」

 

 

このサイズを捨てろと。あと砕けと。創一郎ならできるか。捨てる場所があるかどうかが問題。

 

 

「さあ、早く行きなさい。結構長いわよ」

「スパルタすぎない?」

「私も一緒に行くから」

「がんばる」

「即答しやがった」

「まあ茜ですから。私たちもそろそろ行きましょうか」

「おう。上級者コース来るか?」

「そもそも辿り着けないので大人しく中級者コースにします…」

 

 

海未ちゃんと創一郎は元気よく行ってしまった。海未ちゃんは中段に、創一郎は壁をよじ登って上段に行った。何、上級者コースって壁登らないと行けないの?凹凸があるとはいえほぼ絶壁なんだけど。

 

 

ちなみに穂乃果ちゃんと凛ちゃんと天童さんは上級者コース行った。1年生3人と花陽ちゃんと桜は初級者コース。残りは中級者コースだ。僕の雑魚さが知れ渡る。

 

 

「行くかぁ…」

「初めっからげんなりしてんじゃないわよ」

「だってぇ」

「先行くわよー」

「ひい」

 

 

初級者コースがゆるゆるであることを切に願うよ僕は。

 

 

見える限りでは割と平坦だし、ちょくちょくジャンプしなきゃいけないところがあるくらいだ。あと坂道。うん、ゆるそうだ。

 

 

「少し先を行ってるから、追いかけてきなさい」

「スパルタだ」

「全然スパルタじゃないわよ!」

「あふん」

 

 

そこは手を繋いで一緒に行くとかしようよ。泣くよ。

 

 

しかしこれもにこちゃんカレーにありつくためだ。気合入れて飛び石ぴょんぴょんしよう。

 

 

「とう」

「意外と軽くいくわね」

「ふふん」

「さ、先行くわよ」

「にこちゃん」

「何よ?」

「疲れた…」

「嘘でしょあんた」

 

 

飛び石ぴょんぴょんしてたら疲れた。その数5つ。5回もジャンプしたんだからもう許してくれない?一生分跳んだよきっと。

 

 

「まだ全然進んでないわよ?」

「もう無理…にこちゃんおんぶして」

「あんたそれ情けなくないの?」

「情けないよ」

 

 

情けないとか言ってる場合ではないのだ。体力には限界というものがある。プライドでは解決できません。

 

 

「私のカレー食べたくないの?」

「食べたい…」

「じゃあほら立ちなさい」

「スパルタだぁ」

「だからスパルタじゃないっての」

 

 

にこちゃんが手を差し出してくれたので、手を掴んで立ち上がる。やばーにこちゃんと手繋いじゃった。いや付き合いはじめてからよく手は繋いでるけどさ。何度でもときめくんだよ。素敵だね。

 

 

「よし、立ち上がった勢いで乗り越えちゃおう」

「そうそう、その意気よ」

 

 

このときめきがパワーになると信じてる。というわけでダッシュを坂を駆け上って、

 

 

「ぶへっ」

「うわっ顔からいったわね?!」

「ひぃ…も、もう無理…」

「まだ坂を一つ登っただけよ」

「むーりぃー」

 

 

体力が尽きた。

 

 

今回もやっぱりダメだったよ。

 

 

1番いい装備ちょうだい。

 

 

「はあ…やっぱりいきなりこれは無理があったわね」

「無理」

「まったく。ほら、乗りなさい」

「ふぁい」

 

 

結局にこちゃんにおんぶされた。情けない極まる。

 

 

「なんだか昔よくこうしてもらった気がするね」

「あー、そうね…運動会の後とかね」

「中学校からは絶賛サボリ魔だったから小学生以来だね」

「そうね。ちなみにあんた遠足の時もおんぶしたからね私」

「そうだったね」

 

 

そう思うと懐かしい。そしていつもにこちゃんは僕を助けてくれた。

 

 

「…そろそろ僕もにこちゃんを助けられるようになりたいな」

「だったら体力つけなさい。私も…」

「ん?」

「…私も、おんぶとか…お、お姫様抱っことか、して欲しいし…」

「にこちゃんの可愛さが天元突破してるふぐっ」

「うっさい!」

「落とさないでよ」

 

 

何それ。そんなん体力つけるしかないじゃん。にこちゃんの望みを叶えるためにムキムキになるよ。いやムキムキにはなれないわ。

 

 

「…頑張ってよ」

「頑張るよ」

 

 

立ち上がって、ちょっとだけキスしてから今度は並んで歩き出す。もういい加減わがまま言ってられないね。

 

 

とりあえずまっきーに相談してから頑張ろう。

 

 

「ちょっと先輩方ー!!見えてますからねー!!イチャイチャしてないで早く来てくださーい!!!」

「ちょぉっとぉ!!何見てんのよ!!さっさと先行きなさい!!!」

「奏ちゃん目いいね」

 

 

随分先で、急な坂に苦戦している亜里沙ちゃんを引っ張り上げてる奏ちゃんが爆音で文句言ってきた。こっち見てないでお友達を助けてあげなさいよ。あっ亜里沙ちゃん落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー!にこちゃんのカレー美味しい!」

「当たり前でしょ?ラブにこカレーは宇宙一美味しいんだから!」

「何言ってんだって言おうとしたけどマジで美味いなこれ。希ちゃんにもレシピ教えてあげてくれよ」

「ふーん、つまりうちのカレーが不味いって言うことやな??」

「痛い痛い痛い!違うって!!不味いとは言ってないでしょお?!」

「もうみんな食べてるもんだと思ってたけど」

「どうせめちゃくちゃ遅れるから待っててやったんだよ」

「スルーしてないで助けて男共!!」

「「自業自得ですから」」

「ド正論!!」

 

 

即席アスレチックから抜け出すと、まだみんな食事前だった。だから一緒にいただきますして今食べてるとこ。うん、やっぱりにこちゃんカレーは美味しい。しあわせ。

 

 

「ところでゆっきーはどこ行ったの」

「今着替えてるよ!」

「着替え…?水着に?」

「そもそも水着持ってきてたのあいつ」

「うん!それだけじゃなくてね…ふふ」

「…?」

 

 

そしてゆっきーが見当たらない。着替えてるって、足ないのに水着に着替える意味あるかな。波打ち際はおろか砂浜にすら入れないけど。

 

 

「去年みたいに、今日は遊んで明日朝から練習する感じか…。俺今日いなくてもよかったんじゃねーか?」

「えー!今年も一緒に寝ようよー!」

「穂乃果お前言い方」

「お、お姉ちゃん…ついに桜さんとそんな関係に…?!」

「ちっ、違うよ?!っていうかついにって何?!」

「雪穂、そうじゃない。穂乃果の頭が悪いだけだ」

「桜さん言い方!!」

「ハラショー!一緒のお布団で寝るんですか?仲良しですね!」

「「寝ない!!」」

「そんなのダメですよ!!健全なお付き合いをしてください!!」

「「付き合ってない!!」」

「息ぴったりだね」

「前からじゃない」

 

 

1年生からもネタにされる桜。きっとそういう運命なんだね。かわいそう。

 

 

カレーを食べ終わった後はスイカ割り大会だ。割れなかったら創一郎に割らせる。

 

 

「誰からやる?」

「はーい!私やります!!」

「元気だね奏ちゃん」

 

 

最初のチャレンジャーは奏ちゃんだ。相変わらず元気だね。

 

 

「さあ!始めましょう!!」

「せめてスイカの方を向いてから始めようよ」

 

 

なんでスイカに背を向けて目隠ししてんの君は。

 

 

「後ろだよー!後ろ!」

「こっちですね!てい!!」

「いきなり振りおったよこの子」

「穂乃果並みに馬鹿かあの子」

「私あんなことしないもん!」

「私あんなことって言うほど酷いことしました?!」

「まあそこそこ酷いよ」

 

 

指示一回しか聞いてないのに割りにいくやつがあるか。

 

 

と、呆れているところに。

 

 

「みんなー!」

「ん?ことりか。どうかしたか」

「見て見て!」

 

 

ことりちゃんが砂浜の外からこっちを呼んでいる。別にそう注目するようなものもないんだけど。隣にゆっきーがいるくらいで。

 

 

 

 

 

あれ。

 

 

 

 

 

ゆっきーってことりちゃんより背高かったっけ。

 

 

 

 

 

「っていうか身長を比較するとか無理な気が…」

「っていうかなんでことりに寄りかかってんのよ」

「いや、そうか!はっはっは、やっぱり天才ばっかりだな!!」

「どうしたん天童さん」

 

 

 

 

 

「良く見な!義足だ!()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

おお、言われてみれば。

 

 

海パンから伸びているのは、黒くて細い鉄骨でできた足だ。ふらついてはいるけど、ちゃんと立って歩いている。

 

 

太腿あたりから切断されてるから膝すらなかったはずなのにね。湯川君の仕業か。

 

 

「わぁ!雪村さんが歩いてる!」

「…ちょ、ちょっと待ってくれ。めちゃくちゃ動きにくいんだ…」

「大丈夫。ゆっくりでいいよ」

「ほえー。こんなものまで作れるの」

「別に頼んでないんだがな…」

「そういえばまっきーが勝手に頼んでたね」

 

 

いつぞやにまっきーが勝手に湯川君にお願いしてたのを思い出した。相変わらず人のことを考えずに勝手にやらかすやつだ。

 

 

まあ今回は役に立ったからいいか。

 

 

砂浜に足を踏み入れると余計バランスを取りにくそうだけど、倒れはしない。義足の隙間に砂が噛んだりしないのかなって思ったけど、どうも透明な膜みたいなので覆ってあるらしい。なぜ透明にしたし。肌色にすれば本物の足っぽいのに。

 

 

「てか何で今更義足なんて」

「…それは」

 

 

スイカ割りをしている僕らの近くで立ち止まったゆっきーに聞いてみた。ほんとに今更だ。10年くらい車椅子生活だったのに。

 

 

「…それは、まあ、ことりと一緒に…歩きたいじゃないか」

「「甘っ」」

「むーっにこちゃんと茜くんに言われたくないよ!」

「私たちは甘くないわよ!!」

「ぶぎゅっ。どちらかといえばスパイシーだね」

「誰が暴力ですって?!」

「言ってないぶぎゃる」

 

 

すっごい甘甘な理由だった。ブラックコーヒーが欲しくなる。そして僕はにこちゃんに殴られる。2回も。こちらはとってもスパイシー。

 

 

まあでも、これで隣を歩けるようになったのなら…ゆっきーもことりちゃんといろんなところに行けるようになるんだろう。とてもいいことだね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

主に波浜君と雪村君の機動力アップフラグでした。滞嶺君に吹っ飛ばされる天童さんや今日も振り回される水橋君など、ネタ勢は相変わらずかわいそう。水橋君までネタ勢になってしまった…!笑
波浜君も体力をつけ始め、雪村君も義足の練習を始めたので出来ることが増える…かもしれません。彼らのこともたまには思い出してあげてくださいね!!


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天才は斯くあるべしと知る



ご覧いただきありがとうございます。

前回から2名!さらにお気に入りに登録してくださいました!!ありがとうございます!!もっともっと頑張ります!!

今回からAfter stories 2の本編です。そんなに長くないと思います。多分。関係ないお話をぶっ込みすぎなければ。笑

今回は天才の権化たる彼のご登場。でも前半は全く関係ない日常です。いや全く関係ないわけじゃないですが。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

夏休み。

 

 

学生だけが持つ、夏の長期休暇。

 

 

…まあ、当然学生以外には無縁なんだが、俺は服を作るだけだから常に休暇みたいなものだ。学生が休みならば、つまりことりと会う機会も増える。いいことだ。

 

 

だが。

 

 

「瑞貴さーん!頑張ってー!」

「瑞貴くん!ことりが待ってるわよ!」

「瑞貴ー!ああん生まれたての子鹿みたいにぷるぷるしちゃってお母さん濡

「おーい瑞貴ー、早くこっち来ないと母さんが大変なことになるぞ変態的な意味で」

「す、好き勝手言いやがってあんたらぁ…!!」

 

 

何故俺は大勢の前で、自宅の廊下で歩行訓練をしているのか。

 

 

っていうか何故ことりの母親もいるんだ。ここ俺の家だぞ。確か理事長なんだろ。夏休みといえどもやることあるんじゃないのか。あるだろ。

 

 

うちの両親はまあ、母さんは専業主婦だし、父さんも休みの日は休みだからな。

 

 

だがいくら暇でもこんな情けない場面を見にくるな。

 

 

「こ、これで重心制御システム?がついてるとかいうから不思議だな…!まっすぐ立つだけでもキツいぞ…」

「あらやだ瑞貴ったら足腰立たなくなっちゃった?」

「紗枝ちょっと黙ってなさい。ことりちゃんのお母さんがいらっしゃるんだから」

「いやん人に見られたら余計感じちゃう」

「やっぱもうダメだわこの子」

「漫才してるくらいなら手を貸してくれ…!」

「それはお前のためにならないだろ。ほらファイトだ瑞貴、愛しのことりちゃんが待ってるぞ」

「い、愛しの…?」

「何疑問系になってんだことり…、愛しいに決まってるだろ」

「ふぇっ」

 

 

愛しの彼女のためじゃなければこんな努力はしない。

 

 

「まぁ。そんなにはっきり好きって言ってくれるなんて羨ましいわ」

「うふふ、お父さん譲りですのよー」

「素敵な旦那さんですねー」

「あげませんよ!!」

「こら抱きつくな」

「マジで親御さん達は何しに来たんだ…!邪魔だ邪魔!」

「ま、まあまあ…」

 

 

親睦を深めるなら別室でやれ。見るな。

 

 

「さて冗談はここまでにして。紗枝ちゃん、この状況どう見るかね」

「まず間違いなく体幹不足よねぇ。あとは股関節が固まっちゃったかしら。座りっぱなしだったから」

「前傾姿勢なのはそのせいだろうな」

「急に頭良くなるのやめてくれ。惨めになる」

「いいじゃないか。ことりちゃんはそんなお前も愛してくれる」

「ふぇっ?!」

「そんなことはわかっている」

「ふぇえ?!」

 

 

ちなみに真面目な時のうちの両親は普通に頭がいい。何故俺がこんなに頭悪いのか不思議なくらいだ。マジで凹むからやめてくれ。

 

 

つーかマジで見るな。本当に。頼むから。

 

 

「おお、もう少しだぞ!」

「瑞貴さん!」

「がんばれ♡がんばれ♡」

「母さんもうちょっと別の掛け声にしようか」

「なんでぇー?なにもやましいことは言ってないわよぉ?いやんお父さんのすけべー」

「ほんっとに黙っててくれ…おわっ」

 

 

気が散る。

 

 

そのせいかどうかはわからないが、ことりのもとにたどり着く直前で躓いた。

 

 

そして。

 

 

「ぴゃあっ?!」

「おふっ」

「あらっ」

「まぁー!」

「おおラッキースケベ」

 

 

ことりの胸に顔から突っ込んだ。

 

 

弾力のおかげで痛くはなかったが、バランスがうまく取れないせいでそのまま押し倒す形になってしまった。顔が胸に埋まったまま。若干息苦しい。

 

 

「はぅう、み、瑞貴さん、あの、」

「あらぁ、ことりちゃんすけべな才能ありそうね」

「変な才能を見出さなくてよろしい。起き上がれるか瑞貴」

「足が邪魔で起き上がれん」

「ほとんど人生で聞くことのない理由だな」

「本当なんだ。こうして手で起き上がっても…」

「ひゃうう!!」

「ここまでしか起き上がれん」

「あらおっぱい鷲掴み」

「やめんか。俺の家族が変態だらけになっちゃうだろ。よっと」

 

 

最終的に父さんが両脇を持って起き上がらせてくれた。ことりが倒れたまま悶絶しているがどうかしたのか。まさか頭打ったか?

 

 

「今よことりちゃん、お腹の下の方を意識して

「こら何を教え込もうとしてるんだ。ほら南さんも何か言わないと娘さんが変態にされますよ」

「学校の外でならそういうお勉強も必要かなって…」

「残念ながら何をどう考えても不要だよ。あなたは娘さんを変態にしたいのか」

「よくわからんがとりあえずどっか行ってくれ。ことりが苦しんでいる」

「一応言っておくが原因はお前だぞ?」

「わかってる」

「ちなみに頭打ったわけじゃないぞ?」

「…………なんだと」

「ほらわかってない」

 

 

じゃあなんでことりは悶えているんだ。

 

 

しばらくわちゃわちゃした後、ことりは真っ赤な顔で起き上がった。どうしたんだ。

 

 

「あ、あの、瑞貴さん」

「…なんだ」

「次は…あの、もうちょっと優しく…」

「…何の話をしてるんだ」

「あぅ…なんでもない!!」

 

 

首まで真っ赤になったことりは俺の部屋に駆け込んでいってしまった。何がしたいんだ。というか勝手に俺の部屋に入るな。

 

 

「あらあら」

「うふふ、お孫さんの顔が見られるのもそう遠くないかもしれませんねぇ」

「あらまあおばあちゃんになっちゃいますね」

「何を言っているんだ」

「とりあえず全面的に瑞貴が悪いぞ?」

「何故だ」

 

 

母親二人がわけのわからないことを言っているが放っておこう。父さんの言い分もよく分からないし。俺が何をした。したかもしれん。わからん。

 

 

それに身体のあちこちが痛いから、あとで蓮慈になんとかしてもらわなければ。

 

 

と思って早速電話をかけたのだが。

 

 

「…?出ないな」

 

 

診察中でも手術中でも構わず電話に出るくせに(多分よくないことだろうが)、今日は全然出ない。

 

 

珍しいな。

 

 

「こら瑞貴、電話なんてかけてないで追いかけなさい」

「そうよぉ。大丈夫、私たち耳塞いでおくからナニしてもいいわよ!!」

「はいはいお母様2名は別室にご案内」

 

 

言われなくても追いかけるからさっさとどこかへ行ってくれ。とりあえず天童一位にメールだけしておこう。変なことがあったらとりあえずあの人にぶん投げておけ。

 

 

その後はことりと二人でまっすぐ立つ練習をしていた。終始顔が赤かったが、具合が悪いのかと聞いたら違うと怒られた。何なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み。

 

 

学生だけが持つ、夏の長期休暇。

 

 

そして、外出や外遊びにより外傷を負う者や熱中症により倒れる人の増加により、病院が忙しくなる時期でもある。

 

 

それ故に、私も西木野総合病院に出向く機会が多くなり、西木野嬢も手伝いをしに来る頻度が多いようだ。

 

 

「西木野先生、急患です。7歳男児、および5歳女児。前者3箇所、後者1箇所のオオスズメバチによる刺傷。両者ともに解毒処置は完了。女児は回復傾向にありますが男児はアナフィラキシーショックの前兆を観測したためアドレナリン注射を済ませてあります。効果が見られなければ後ほど再投与を行います」

「ああ、ありがとう。その子は任せた」

 

 

私は主に急患への対応を任されている。私は何を任されても十全に対応できるが、外部の者に重大な手術を任せるわけにもいかないため、速やかな処置が必要な現場を任されたというわけだ。

 

 

西木野嬢は今日は西木野先生の側で手伝いをしているようだ。話す機会もあまり取れないだろう。

 

 

外の現場ではマイクロミケランジェロを大っぴらに使えない。超常の技術が使われているこの装置は、一般の目に晒せるものではない。私なら認識できない速さで使うことも可能だし、それなりの頻度で持ち出してはいるものの、こういった人がひしめく現場で使うべきではないだろう。

 

 

よって、私の左腕だけが頼りとなる。

 

 

「藤牧先生、自動車追突事故の患者が到着しました!」

「脳挫傷の患者も今到着しましたが…!」

「構わない。()()()()()()。ああ、ここから見ただけでわかる、手術室へ。()()()()()()()。手術室に向かいながら親族に説明をする」

「「えっ、ど、同時に?!」」

「もたもたするな。命は待ってくれない」

 

 

医療は最善最短最速で行わなければならない。一瞬の遅れが命取りになる世界だ、5人同時に施術くらいできなければ人の命は救えない。

 

 

「そ、そうは言いましても…準備が…」

「準備も含めて私一人で十分だ。手術室に運び入れたら皆様は他の業務にあたってくれていい」

「ひ、一人で?!助手は?!」

「必要ない」

 

 

私のような天才に追いつける助手などそうそういない。強いて言うなら天童氏くらいか。

 

 

手術室に向かう間に患者の親族が近寄ってきた。

 

 

「せ、先生!いきなり手術だなんて…そんなに危険な状態なんですか?!」

「右脇腹損傷。計7本の肋骨を損壊、うち2本が肺に刺さっている。肺機能に甚大な被害が及ぶ可能性があるため早急に摘出を行う」

「先生、うちの子は…」

「左側頭部の脳挫傷、マンション5階相当から落ちたか。患者が幼いため脳に損傷はないだろうが、出血による圧迫で後遺症が残る可能性が高い。早急に止血し、血液を取り除き、患部を保護する必要がある」

「そんな…先生、助かるんですよね?!」

「手術すれば治るんですよね?!」

「安心するといい」

 

 

気が気でない様子の親族にも、私は揺さぶられない。

 

 

なぜなら。

 

 

「私は天才だ」

 

 

そう、紛れもなく天才であり。

 

 

「故に、失敗などない」

 

 

そうあるべくして産まれた者であり。

 

 

「1週間で完治させてみせよう。だからそこで静かに待っているといい」

 

 

命を救うために生きる者だ。

 

 

術衣に着替え、手術室に入る。道具さえ揃っていれば問題ない。患者2名への麻酔の導入も済ませた。

 

 

あとは完遂するのみだ。

 

 

天才の天才たる所以をお見せしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は一日パパとママのお手伝いをしたけど、夏休みだからなのかすごく忙しかった。藤牧さんも手伝いに来ていたけどほとんど姿を見ていない。

 

 

別に見なくてもいいんだけど。看護師さんたちの話だと、今日だけで17人の手術をしたって言ってたけど…そんなわけないわよね。

 

 

お手伝いを終えて先に帰ろうとしていたら、パパに「帰る前に藤牧さんのお手伝いもしてあげてほしい」って言われた。だから今、仕方なく藤牧さんの隣を歩いている。

 

 

「私は手伝いなど不要と進言したのだが」

「…」

「先生は君に私の仕事ぶりも見てほしいそうだ。天才たる私の動きを真似できるとは思わないが、何かの参考くらいにはなるだろう」

「…」

「特殊な容態の患者でもあるし、経験としては上等という意図もあるかもしれないな」

 

 

…藤牧さん、普段は目が死んでるというか、活力が全然感じられないのに意外と口が回る。そんなに自慢したいのかしら。

 

 

去年とか、以前は私も適当に返事をしていたけど、言い回しがいちいちムカつくのと敬語がどうのっていちいちつっこんでくるのが面倒だから最近はほとんど返事もしない。それでも延々と喋ってるからほんとにメンタル強いわねこの人。

 

 

「まあ…そろそろ知っていてもいいかもしれないしな」

「…え?何を?」

「私がここに来る理由」

 

 

急にちょっと気になる話をしてきた。ちゃんと理由あったのね。

 

 

「当然、西木野先生への恩義もある。事故で負った怪我の治療をしてくださったのは西木野先生だからな」

「なんか茜もそんなこと言ってたわね…」

「そうだ。私も、茜も、瑞貴も。みんなここで治療していただいた」

 

 

そういえばパパにも聞いたわね。うちはヘリポートもあるから、山中で起きた事故の患者を受け入れやすかったって話だったはず。

 

 

「だがそれだけではない」

「じゃあ何ですか。お金稼ぎに来てるとかですか?」

「医者をしていれば金は貯まるさ。そんな話ではない…そもそも報酬金はいただいていない」

「えっ」

 

 

じゃあボランティアでこの人ここに来てるの?

 

 

藤牧さんはカードキーで扉の鍵を開け、集中治療室に入っていく…って、集中治療室?!

 

 

「むしろ手を貸しに来るのが謝礼だからな。私のためにここの施設を使わせていただいているのだから」

「…どういうことですか?それに集中治療室って…」

「それを今から君は見るんだ」

「言葉で言ってください」

「見た方が早い」

 

 

何なのよほんとに。

 

 

そう思うのとほぼ同時に、藤牧さんは一つの扉の前で立ち止まった。見上げた藤牧さんの表情は、いつもの死んだ目じゃなくて、少しだけ寂しそうに見えた。

 

 

「…ここだ」

「こんなところに…って置いてかないで!」

「病院では静かにするべきだぞ、西木野嬢」

 

 

藤牧さんは私の言葉なんか聞かずにさっさと病室に入っていってしまった。ほんとに何なのよこの人。

 

 

部屋の中には沢山の機械が並んでいて、その中心にあるベッドには1人の女性が横たわっている。すごく綺麗な人だけど、私と同い年って言われても違和感はないし、50代だって言われても納得しそうな、不思議な雰囲気の人だ。

 

 

呼吸器をつけられているし、脳波やバイタルサインを見る限り眠っている…いや、意識不明みたいね。

 

 

でも、この人は一体誰なのよ。

 

 

藤牧さんは全くためらわずに周りの機械を操作して、時々何かしらぶつぶつ言っている。

 

 

そして、突然話しかけてきた。

 

 

「茜から話は聞いただろう」

「…へっ?な、何の話を?」

「事故の話を。私と茜と瑞貴はとある重大なバス事故の生き残りだ」

 

 

確かにそんな話はしていたわね。

 

 

「その時に言ってはいなかっただろうか。()()()()()()()()()4()()()()

「…言ってた、ような気もするわね…。じゃあ、その人が?」

「ああ、その通りだ。未だ意識は戻らないが」

 

 

わざわざ同じ事故の被害者の治療をしようとするなんて意外ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の言葉を聞くまではそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…この人の名は、藤牧楓。()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えっ」

 

 

言葉が詰まった。

 

 

「天才たる私が、他の何物よりも、医学に全てを捧げたのは…そう、母様を治療するため。そして父様との約束を守るため。私がこの病院を使わせて頂いているのは、母様の命を繋ぐためだ」

 

 

モニターの光に照らされた藤牧さんの瞳には、確かな慈愛の色が見えた。

 

 

いつも何考えてるかわからなくて、ムカつく言い回しばかりして、人のことなんて考えてないのかと思っていたけど。

 

 

この人も、誰かを助けようとする心を持った人間なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日。

 

 

私が右腕と右目を失い、瑞貴が足を失い、茜が肺を損傷したあの日の、私しか知らない真相を。

 

 

今、話そう。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

ラッキースケベ担当の雪村君。しかし動じない。ことりちゃんは動じる。鈍感なラブコメの主人公でもこうはいきませんねぇ!!笑
そして今回の主役である藤牧さん。だいたい一言多い人ですが、出番がそんなに多くなかったので不明なポイントが多いですね。
次回はいわゆる過去編が入ります。波浜君の過去…「ひとりの盲信の真相」の話にリンクする話となります。藤牧さん視点のバス事故、何があったのでしょうか!!多分大したことはありません!!笑


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あの惨劇の記録



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!もっともっと頑張ります!!

今回は藤牧さんの過去編です。波浜君とは別視点の、バス事故の記録となります。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

あの日。

 

 

私は両親…藤牧雄二と藤牧楓と共に、とあるプログラムに参加していた。才能ある子供たちを集め、交流を促そうというプログラム。

 

 

「私にそれが必要ですか、父様」

「勿論だ。自分が如何に優秀だからといっても、他者を蔑ろにしてはいけない。人との関わりが何かを救う時も、時にはあるのだから」

「父様がそういうのなら参加しましょう」

 

 

私は本当に何でもできた。小学生の時分から大学で習うようなことを完全に把握し、あらゆるスポーツ選手にも負けないほどの身体能力を有していた。父様のように医師になることもできたし、研究者になることもできたし、建設業なんかでも全く問題は無かったはずだ。

 

 

そんな私のために、何か指標になるものを与えようとしてくださっていたのだろう。

 

 

「ああ、それと数学者の波浜先生の息子さんもいらっしゃるそうだ。きっと仲良くなれる」

「波浜先生…波浜大河先生ですか。変数格納型プログラム言語の」

「そう。先月の論文の話もしたいからな、今日会えるのが楽しみだ」

「もう、蓮慈よりあなたが浮かれてどうするんですか。プログラムの主役は蓮慈たちなんですから、自重なさってくださいね」

「ははは、手厳しいな。大丈夫、わかっているさ」

 

 

父様は医者でありながら非常に勉強熱心な方だった。父が数多くの分野の知識を得ていたからこそ、私の才能も開花したと言える。対して母様は勉強熱心ではなかったが、柔らかい物腰と強い芯を持った精神的に成熟した方だ。夢中になって文献を読み漁る私たちを諫めるのに最適な人物だ。

 

 

ほどなくして集合場所に到着すると、既に多くの人がいた。少し遠くに波浜大河先生がいるのが見える。その近くにいる小さいヤツが息子さんだろう。彼の近くにはおそらく同年代であろう、気の抜けた顔をしたヤツがいる。同年代の参加者はそれくらいしかいなさそうだ。

 

 

早速近づいて話しかけてみた。

 

 

「というわけで僕が波浜茜です」

「へぇ、君が波浜少年か。私は藤牧蓮慈だ。よろしく」

「…俺は雪村瑞貴。同年代は俺たちだけなのか?」

「っていうか大半中学生以上だし」

「1桁の年齢は私たちだけだな。まあ当然か、この私に匹敵する頭脳などいないだろうしな」

「何この人」

「俺に聞くなよ」

 

 

事実を言っただけなのだが、何か気に入らなかったようだ。

 

 

「こら、蓮慈。あまり自分の才能を過信するんじゃない。驕りは成長を止めるぞ」

「む、父様。失礼しました」

「大丈夫よ。お父さんも怒ってるわけじゃないわ」

「うん、わかってるよ母様。少し驕りが過ぎてしまった」

 

 

そうだった、事実だからといって過信してはならない。私の天才性は紛れもない事実だが、わざわざ吹聴することもないのだ。

 

 

父様や母様は同じ親同士で会話を始めてしまった。

 

 

「これはこれは…藤牧先生、お会いできて光栄です」

「こちらこそ、波浜先生。先月の論文、拝見させていただきましたよ。非常に画期的な式でした…プログラムにも組み込みやすい。ただ数学として進歩するのみならず、ITにも衝撃を与えるでしょう」

「それほどのことではありませんよ。2つの変数の比例関係を見出し、1つの変数として再定義しただけですから」

「それだけでどれだけ計算が簡単になるか計り知れませんよ。それに…」

「ははぁ…やっぱり天才の親も天才ってことなのか?」

「そんなことはないよぅ。私たちはただの一般人だけど、瑞貴はこんなに立派だもの」

「その通りですよ、雪村さん。私も夫はあんなのですが、私は一介の医師にすぎませんし」

「私もただの専業主婦ですもの!!」

「波浜さんはともかく、藤牧さんは十分優秀じゃありませんかね?」

 

 

私の両親は2人ともコミュニケーション能力が高い。初対面の方々ともすぐに打ち解けたようだった。

 

 

「僕らはもうバス乗っちゃっていいのかな」

「扉は開いてるが、入っていいのかはわからんな」

「開いてるのだから入っていいに決まっている。さあ行くぞ」

「うわ力強い」

 

 

ここから先の移動はバスの予定だった。目の前に扉の開いたバスがあるが、波浜と雪村は何をためらっているのか動き出さない。用が無ければさっさと入ってしまうがいいだろう。

 

 

2人の手を引っ張って車内に入り、最後列に座る。波浜と雪村も私に倣った。

 

 

「あれ、雪村君のご両親は?」

「うちの親は今日も仕事だ。夏休みとはいえ、平日だから普通そうだと思うんだがな」

「私の両親は医師でありながら参加しているぞ?」

「絶対おかしいと思うんだよな」

「うちは父さんはともかく母さんは暇だから」

「茜ー聞こえてるわよー!」

「やばい」

 

 

私たちが乗ってから、すぐに両親たちやその他参加者も乗り込んできた。私たちとは少し離れた、車内中央付近にいる。他の参加者達とも交流しろ、ということだろう。

 

 

出発したバスは都市部を抜けて山間部に入る。本プログラムは山中の屋敷で行われる予定だった。

 

 

「とりあえず仲良し計画として、雪村君はゆっきー、藤牧君はまっきーって呼ぶね」

「なんだそのダサいあだ名」

「いいじゃないか、私は構わないぞ。私だと判別できればなんだっていい」

 

 

波浜も私たちと交流を深めようとしているらしかった。呼ばれ方は何でも構わないが、何か工夫した方が心理的に近くなるという意図だろう。

 

 

「ところで、2人はどんなすごい人なの」

「私は見ての通りの天才だ。すでにストークスの定理程度ならマスターしている…他の大方のことはできないことの方が少ないな」

「なんでこんなに自信満々なんだろうな」

「ねー。僕より上手く絵を描けるのかな」

「非常に残念だが、そういった芸術方面は探究分野ほど明るくない。出来なくはないが、天才には至らないな」

「何故こんなに鼻につく言い方なんだこいつ」

「にやけてるからじゃない?」

「…素直に賞賛されなかったのは初めてだ」

 

 

私の才能を聞く人は皆賞賛したものだが、彼らは違った。その普通でないリアクションも悪くない。彼らも天才と呼ばれる才能の持ち主であり、一般とは異なる感性を持っているのだろう。

 

 

「俺は立体把握とデザインだな。小物とか服とかを、完成品から展開図をすぐに連想でき、展開図から完成品を想像できる。立体的なデザインのセンスも買われたな」

「服作れるの?」

「ああ。…あんまり気にしたことないが、難しいらしいな」

「むう…私も服は作ったことはないな。できなくはないだろうが」

「最後の一言いるか?」

 

 

気を悪くしてしまったのか、雪村が不服そうな顔をしていた。

 

 

「僕はお絵かきだよ。鉛筆でデッサンしてることが多いけど、水彩画とかもやるしデジタルで描いたりもするよ」

「また芸術分野…まあ私がいたら探究分野の天才は呼べないか」

「猛烈に腹立つな」

「落ち着いて」

 

 

2人とも芸術に関わる才能を持っているようだった。私が学問全般の天才である以上、少なくとも同世代では学問に関する天才は呼べなかったのだろう。

 

 

 

 

 

そんな話をしながら、バスは山の中を走っていた。

 

 

 

 

 

平和なはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズゴッ!!!!!!っと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい音を立てて大岩が降ってくるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…ッ?!」

「え」

「ぐっ?!」

 

 

咄嗟にシートの背を掴む。雪村もしがみついていたが、波浜は間に合わなかった。

 

 

「波浜っ、掴まれ!!」

 

 

咄嗟に右手を伸ばし、波浜の手を掴む。向こうも掴んできたが、波浜の筋力が足りずにすり抜けていってしまう。

 

 

「波浜ぁあああああ!!!!」

 

 

叫んで、更に右手を伸ばしたが、もう届かない。

 

 

伸ばした右手は、大岩によって破断されたバスの天井によって肩から先を抉り取られていった。前の状況はもう岩に隠れて見えない。隣の雪村の足が潰れていくことだけが見えた。

 

 

そのままガソリンの爆発によって車外に放り出された私は、咄嗟に右肩を庇いつつ受け身を取った。その後凄まじい出血を少しでも抑えるために上着を脱ぎ捨て包帯代わりとし、左脇の下を通してキツく縛った。これを左腕だけでできるほど器用であって本当に助かった。

 

 

「ぐぅう…あとどれだけ保つか、多くみて2時間が限度か、出血が多すぎる…!」

 

 

咄嗟の判断としては悪くなかったが、何より出血が多い。爆発の残り火で焼くことも考えたが、アドレナリンの鎮痛作用を考慮しても流石に意識を保てる自信がない。

 

 

「くっ、携帯電話は無事か。とにかくどこかに連絡をしなければ…。消防隊、そして病院。ここに来られそうな総合病院は…少し遠いが西木野総合病院か…!」

 

 

左手を駆使して即座に電話をかけ、火災の延焼と怪我人の搬送を依頼する。もっとも、ほとんど生存者はいないだろうが。

 

 

「それでも…」

 

 

ああ、それでも。

 

 

 

 

 

 

 

「助かる命は、助けられる命だけは救わなければ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

父様が言っていた。

 

 

天才であるならば、より多くの人を救える人になりなさいと。

 

 

天才とはそうあるべきなのだと。

 

 

私もそう思うのだ。

 

 

だから、動ける限りでいいから、一人でも多く救わなければならない!!

 

 

「くっ…れ、蓮慈…」

「と、父様!!大丈夫ですかっ、今助けます!!」

「いや、やめておけ…下半身が完全に潰されてしまった、もう長くは保たない…」

「そんなっ、父様…!」

 

 

降ってきた大岩の下から、父様の上半身が飛び出ていた。もう腰から下が完全に持っていかれている、私にもわかる。これはもう、助からない。意識を保っていられるだけ奇跡だろう。

 

 

「ど、道具と、母さんの命は死守した。…肩を見せろ。応急だが止血してやる…」

「父様…」

 

 

父様は鞄に入っていた様々な医療道具取り出そうとするが、もう手が震えてまともに掴めない。

 

 

ならば。

 

 

「…父様、大丈夫です。私は自分でやれる」

「…ああ、そうだったな…お前は、私の自慢の息子だからな…」

 

 

自力でやる。

 

 

麻酔が無いためものすごく痛むが、今はアドレナリンが過剰分泌されているため耐えられないことはない。焼くよりマシだ。

 

 

速やかに大動脈の結束や患部の封鎖を行なっていると、父様が声をかけてきた。

 

 

「…蓮慈」

「うぐっ…な、なんでしょう」

「…返事はしなくていい。これは私の一方的なお願いだ」

「…」

「今まで…お前の将来を、狭めないようにと…何でも好きなことをしなさいと言ってきたが…やはり、その才能は、医学に使うべきだと思うのだ…」

「…父様…」

 

 

今にも息絶えてしまいそうな父様は、最後の力を振り絞るようにこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮慈、医者になってくれ。医者になって、母さんを、見知らぬ人の命を、その手が届く限り救ってあげてくれ。天才とは、そうあるべきだ。希望の無い誰かのために、希望を差し伸べるために生きるんだ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

私は天才だ。

 

 

その才能は独りよがりにつかうものではないのだ。

 

 

ああ、父様、わかっています。それができるのが真の天才であると。

 

 

それでこそ私なのだと。

 

 

自身の右肩の施術を終えた私は、父様を正面から見つめた。目は逸らさない。

 

 

「…はい。私は医者になります。いえ、言われなくてもそうするつもりでしたとも。私の才能は人を救うためにあるもの…そうでしょう?」

「ふふふ…何度も…教えたからな…」

 

 

父様は笑っていた。もう消えそうな命の中で充足していた。

 

 

「いいか、蓮慈…慢心してはならない…。どうしようもなくなったときは、友を頼るんだ…」

「…父様」

「仲間は…もしかしたら、お前でさえできないことを、やってのけるかもしれない。…他人を疎かにしてはならないぞ…」

「父様、それ以上は…」

「…母さんを、頼むぞ…………そして……私の、分まで………多くの……人を…………救っ………」

「…」

 

 

続きはなかった。

 

 

頸動脈に触れても、脈は感じなかった。

 

 

…父様、ご冥福をお祈りいたします。

 

 

涙は流さない。泣いている場合ではない。落ち込んでいる場合ではない。今ここにいる人の中で、助けられる人は助けなければならない。

 

 

このままでは私以外全滅してしまう。

 

 

父様の鞄を掴み、周りを見渡すと、そう遠くないところに母様が倒れていた。

 

 

「っ、母様!!ご無事ですか、母様ッ!!」

 

 

声をかけても反応はない。しかし脈はある。頭部から出血しているが、目立った外傷は見受けられない。脳震盪だろう。ただ、おそらく重度だ。当分目覚めることは叶わないだろう。

 

 

大きな施術は必要ないが、ガーゼと包帯で頭部の損傷は手当てしておく。あとは安全な場所に運び、楽な姿勢にしておくべきだろう。

 

 

幸い、吹き飛ばされた座席が近くに転がっていた。再度爆発が起きても被害を受けないようにバスの残骸を盾にしつつ、長座席にそっと寝かせる。

 

 

「…母様はこれでいい。あとは…」

 

 

周りを見渡しても、ロクな生存者は見当たらない。近くにある大岩のしたからは止めどなく血が流れてくる。一体何人がこの岩の下敷きになったのか。

 

 

爆発に巻き込まれて焼死した人や身体の一部が吹き飛ばされた人も珍しくない。足元にも誰かの頭や足が転がっている。

 

 

誰か息のある人は…、いや、見つけた。私が投げ出された場所の近くに、両脚の失われた雪村が倒れていた。座席がクッションになってくれたようだ。

 

 

「雪村っ!無事か!!」

「……ぅ…」

「…くっ、意識は無いか。しかし生きている!」

 

 

流石に痛みのショックで意識を失ってはいるが、まだ息はある。しかしこの出血を何とかしなければすぐにでも死んでしまう。

 

 

「…後で綺麗にしてやる。頼む、覚醒しないでいてくれよ…!!」

 

 

意識が無いならば。

 

 

私と違って焼いてしまうのが一番早い。

 

 

近くに落ちていた引火した枝を掴み、切断面に押し付ける。人肉の焼ける異臭が立ち込めるが、そんなものを気にしている場合ではない。焼いて止血したあとは感染症予防のためにガーゼと包帯で患部を保護する。

 

 

「あとは…この出血では輸血がいる。彼の血液型は不明だから…いや、父様のことだからそもそもO型しか持ち歩いていないか」

 

 

父様の鞄には輸血パックも入っていた。いつでもどこでも人を治療できるように、持ち歩き可能な範囲で限界まで医療道具を格納してあるのだ。

 

 

「アレルギーなんか起こしてくれるなよ…頼むから…」

 

 

いくら天才でも、患者の情報がまるで無い中で輸血を行うのは恐怖でしかない。彼がRH-だったりしたらもうどうしようもないのだ。祈るしか無い。

 

 

即席の輸血キットを繋いでシートに寝かせ、すぐに次の生存者を探す。延焼も進んでおり、いくら野外でも酸素濃度が心許ない。あまり悠長にはしていられない。

 

 

自身の傷や酸欠にも気を配りながら死屍累々の惨状を歩き回っていると。

 

 

恐ろしい光景を目の当たりにした。

 

 

「…な、波浜…!」

 

 

恐らくは落石によって引きちぎられたバスの支柱。

 

 

鋭利な槍となったそれに、背中側から胸を貫かれ、串刺しとなったまま支柱の半ばでぶら下がっている波浜がいた。

 

 

「そんな…そんな、いくらなんでもそんな惨い死に方があるか…っ!!くそっ!!」

 

 

思わず駆け出した。あの場所は爆発地点にも近く、再度爆発が起きれば串焼きになってしまう。せめて地面に下ろしてやりたかった。

 

 

近くまで駆け寄った時に気づいた。胸を貫かれている割には出血量が少ない。

 

 

「…まさか。いや、そうだ!途中で枝分かれしているのか!両肺を損傷することにはなったが、()()()()()()()()()()!!」

 

 

支柱は波浜が突き刺さった衝撃か、とにか何らかの物理的衝撃によって半ばで枝分かれを起こしているようだった。二股の槍は波浜の左右の肺を貫いたものの、心臓は恐らく無傷。

 

 

肺が無残な状態にはなっただろうが、酸欠にさえ気をつければ助かる見込みがある。

 

 

「その体勢は辛いだろう、今下ろしてやるからな…」

 

 

ひとまず下ろして楽な姿勢にしてやらなければならない。そして、()()()()()()()()()()()()。抜けばすぐにでも失血死してしまう。刺さったままであるが故に傷を塞いでいるのだ。

 

 

だったら支柱を根本から叩き折るしかない。幸い支柱は斜めになっているし、父様の鞄の中には電動カッターも入っている。丈夫な支柱ではあるが、私の計算では十分切断できるはずだ。

 

 

回転する刃を支柱に押し付けると、火花を散らせて食い込み始めた。時間がかかるだろうが、波浜が息絶えるまでに十分間に合うはず…

 

 

だが。

 

 

「うぐぁっ!!!」

 

 

ズガンっ!!!!!と、突如爆発が起きた。支柱を半分ほど切ったタイミングであり、衝撃に煽られて電動カッターを手放してしまい、遠くへ吹っ飛んでしまった。

 

 

おまけに爆発の衝撃で飛んできた金属片が右目に刺さった。すぐに引き抜いて止血するが、確実に網膜までやられた。もう二度とこの目は見えないだろうが、左目が残っているなら問題ない。

 

 

それよりも波浜だ。

 

 

「くそっ…いや!やってやろうではないか…!!」

 

 

まだ半ばまでしか切れていない支柱だが、逆に言えば半分ほど切れているのだ。

 

 

私ならば力尽くで叩き折れるはずだ。

 

 

…万全の状態なら。

 

 

今は右腕が無く、かなり失血しており、先程右目まで怪我をした状態だ。万全とは程遠い。

 

 

「先端を持てば作用点にかかる力は強くなる…そこに賭けるしかないな」

 

 

いわゆるテコの原理だが、力のかけ方を間違えると変なところが曲がってしまうだけだろう。何しろ明確な作用点が存在しないのだから。そこは私の天才的頭脳でカバーするしかない。

 

 

槍の先端をつかむための足場を探していると、足元に手が2つ転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指輪に見覚えがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

この手は波浜夫妻のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

最期の最期まで、息子に手を伸ばし続けたのだろう。

 

 

「…ああ、お任せください」

 

 

足場は無さそうだ。

 

 

それなら跳ぶしかない。

 

 

「せめて貴方達の息子だけでも、命を救って見せますから…!!」

 

 

私なら届く。

 

 

届かないとしてもやらねばならない。

 

 

私は天才であるが故に、不可能はなく。

 

 

救われないはずの命も救わねばならないのだ…!!

 

 

方向を調節し、軽く助走をつけて踏み切る。左腕を伸ばし、鋭利な先端の少し下を掴む。そのまま腕を引いて()()()()()()、支柱の真上に移動し、

 

 

その先端を全体重を乗せて踏み付けた。

 

 

バキンッ!!という甲高い音と共に支柱が折れた。すぐさま支柱の下に移動し、そのまま倒れてしまわないように支える。

 

 

これで随分楽になったはずだ。流石に支柱が刺さったままではシートに寝かせられないので、地面に横たえるしかないが。

 

 

後は酸欠をどうにかしなければならない。

 

 

「酸欠は…肺が損傷している以上、無闇に呼吸させるわけにもいかない。ならば()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

父様の鞄から取り出したのはもう一つの輸血パック。ただし、中に入った血液は鮮やかな赤色だ。

 

 

肺から取り込まれた酸素は赤血球と結合し、身体中に酸素を運んでいる。そして酸素と結合したり赤血球は真っ赤に色づく性質がある。この輸血パックの血液は酸素と結合した血液が入っているのだ。

 

 

元々輸血が必要な出血をしているのだ、これが最善となる。

 

 

「よし…よし、これで暫くは保つはずだ」

 

 

ひとまず3人。あと他には…。

 

 

時折起きるガソリンの爆発や広がり続ける山火事に気をつけながら生存者を探したが、残った全ての人々は手遅れだった。

 

 

そもそも大半は最初の落石で潰されただろう。そしてその後の爆発だ、4人生きていただけでも奇跡的だ。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、奇跡なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

それでも。

 

 

 

 

 

 

 

「…たったの4人しか救えないのか…」

 

 

 

 

 

 

 

プログラムの参加者は、親御さんを含めて38名。

 

 

その中で救えたのは、自分を含めて4名。

 

 

あまりにも少ないではないか。

 

 

「物理的な限界ではあるはずだ…。だが、それでも…」

 

 

実現可能な最大人数に応急処置を施したはずだ。きっと私でなければ不可能で、天才たる私であるからこそ救えた命だ。

 

 

そうであってもだ。

 

 

「目の前で、人が死んでしまうのは…こんなにも苦しいことなのか…」

 

 

救えなかった命が目の前に転がっている。

 

 

その事実だけで私の心を折りかねないほどの悲壮だった。

 

 

失血で足がふらつき、遂に膝をついた。遠くからヘリの音が聞こえてくる。助けが近づいているようだ。

 

 

助けられた人たちは、まだ生きている。ドクターヘリが来れば、波浜はともかく他二人は安全に搬送できるだろう。

 

 

逆に言えば、波浜はまだ安心できない。

 

 

その命を救うためには膝をついている場合じゃない。

 

 

「ふふふはは…。天才は辛いな…休む暇も悲しむ暇もないとはな」

 

 

まだまだ。失血程度で倒れていられるか。酸素が行き届いていなくても問題ない、未だ8歳のこの身で高山トレーニングも難なくこなせるのだ。血が巡らない程度でへこたれるな。

 

 

事故現場から少し離れた、比較的開けた地を探す。邪魔な倒木は蹴り飛ばし、広い土地を確保してから火のついた枝を集めて円を描く。

 

 

即席ヘリポートだ。まずはここにヘリを誘導する。雪村や母様は滞空したヘリに吊るのも可能だろうが、波浜はそうもいかないからな。

 

 

さあ、あとは全員が無事搬送されるまで耐えるだけだ。

 

 

私だけは気を失うわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、無事全て見届けた後はすぐに気を失った。次に目を覚ました時には茜の手術も終わっていたし、私の右肩は縫合され、右眼球は摘出された後だったな」

「…信じられないようなことしか言わないわね…」

「真実しか伝えていないのだがな。あといつも通り敬語がなっていないぞ」

「敬語はもういいじゃない!!」

「良くないが」

 

 

母様の容態を確認しつつ昔話をしたら、西木野嬢は随分と複雑な表情を浮かべていた。天才たる私の所業が理解できないのは仕方がないかもしれない。

 

 

「とにかくだ。意識不明の母様に延命処置を施すためにはそれなりの施設が必要だった。だからここを使わせていただいているのさ」

「そうだったの…」

「西木野先生の温情で安く使わせていただいてはいるが…甘えてばかりはいられないからな。私も医師免許を取得してからは手伝いをさせていただいている、というわけだ」

 

 

西木野先生は別にいいと言ってくださっているが、そういうわけにもいかない。

 

 

それに、母様を治す手立てを探すいい機会でもあるのだ。方法はわかっていても、確実に遂行する「手段」がない。母様の状態を分析したところ、私の腕を持ってしても100%治療することが難しかったのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

確実な施術ができたのだ。

 

 

「…まあ、この部屋を使わせていただくのもあと少しだがな」

「え?」

「最も必要だったのは、私の右腕だった。そして、図らずもそれは手に入ったのだ。湯川氏の手によって」

「右腕って…たまに使ってる、気持ち悪いやつのこと?」

「マイクロミケランジェロ…いや、オリジナルのミケランジェロでも良いか。あの義腕のおかげで私の限界以上の手術が可能だ」

 

 

そう。

 

 

今なら、私の右腕の代わりがある。湯川氏の技術力には脱帽する他ない。

 

 

なるほど、父様の言う通り、友は大切だな。

 

 

「来週にも施術を開始する予定だ。気になるなら君も見に来るといいだろう」

「いや気にならないけど…っていうか見ていいの?」

「見られてどうなるものでもないのでな」

 

 

見られた程度で失敗するほど天才は甘くない。

 

 

とても、とても長い時間待たせてしまったが。

 

 

今こそ救ってみせましょう、母様。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

藤牧さん(8歳)(プログラム言語習得済み)(片手だけで自分に包帯を巻く)(片手かつ麻酔なしで自分の肩を応急処置)(片手で雪村さんを持ち上げてシートに寝かせる)(片手でバスの支柱を叩き折る)(失血状態で倒木を蹴り飛ばす)
なんやこの化け物。
しかもすごくいい人。よくよく考えたら作中でも大抵医療行為しかしてませんね。出番が少なかったのと言い回しが腹立つせいでいいところが霞んでしまっている…笑
藤牧さん話はもう少し続きます。


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NEVER



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまた一人お気に入りしてくださった人がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!
そして先週投稿できなくてごめんなさい。いえもう大変だったんですよ…虹ちゃん1stライブDay1に行きまして、終わってからご飯食べて帰ろうと思ったら人身事故で電車止まって帰れなくなったんですよぉ!!カラオケに駆け込んで夜を超えたんですよ!!家帰ってから彼方ちゃん生誕祭の絵を描いてたんですよ!!翌日もう月曜日なんですよ!!
はい。ごめんなさい。

今回は藤牧さんのお話の続きです。さて、天才無双をどうぞお楽しみください。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「それで週末、まっきーがお母さんの手術をするってわけだね」

「そうみたい。…茜は知ってたの?藤牧さんのお母さんのこと」

「もちろん。…どうでもいいけど、真姫ちゃん他人のお母さんは「ママ」じゃなくて「お母さん」って呼ぶのね」

「べ、別にいいでしょ!」

 

 

たまたま病院行った時に真姫ちゃんに会って、まっきーのことを聞いた。真姫ちゃんとまっきーってまきまきコンビだね。ごめん何でもない。

 

 

ちなみに僕は定期検診だよ。肺の。治してもらったとはいえ検診はするよ。ぼくえらい。

 

 

「まあ僕からしたらやっとやる気になったかって感じだけどね」

「10年前のことよね。あの自信過剰な藤牧さんがそんなに長く躊躇するなんて…」

「腹立つことに過剰ではないんだよねあれ。でもそれだけ念入りに準備したんだよ、あいつの使命みたいなものだし」

 

 

お父さんとの約束を果たすために、それに何より自分のためにお母さんの命を救う。まっきーが自分の診察でも忙しい中、わざわざ西木野総合病院に足を運ぶ理由だ。生きる原動力でもある。

 

 

「使命…」

「そうそうを僕がにこちゃん大好きなのと似たようなもんだよ」

「私がいない間に何言ってんのよ」

「ぐぇ」

「おかえり。遅かったじゃない」

「ここ広すぎて自販機が遠いのよ!」

 

 

あ、もちろんにこちゃんもいるよ。ジュース買いに行ってた。

 

 

「心配いらないでしょ。あの人なんでもできそうじゃない」

「そうそう。というか実際なんでもできるからね」

「うーん…」

「何か心配?」

 

 

真姫ちゃんはずっと微妙な顔をしている。まっきーに限っては何かやらかすことはないと思うけどね。

 

 

「心配っていうか…なんだか不安になるのよ」

「そう?完全無敵人類だし不安になる要素がないよ」

「それは…そうかもしれないけど」

 

 

そんなに不安になる要素あったかな。

 

 

「気にしすぎよ。それより茜は検査どうだったのよ」

「健康そのものだよ」

「それはわかってるわよ。肺活量の話よ肺活量」

「あんまり変わってないよ」

「何でよ!」

「痛い痛い運動し始めたの最近なんだからそんなすぐ変わんないってば」

「病院の中で騒がないで!」

 

 

肺移植をしてから今のところアレルギーが起きたりはしてない。とっても元気だ。でも体力が壊滅してるのは変わんないし、肺活量がナメクジ以下なのも変わりない。やっと運動し始めたとはいっても、始めたのはこの間の夏合宿の時だからそんな急に改善したりはしない。しないよ。しないから頭ぐりぐりするのやめてにこちゃん。

 

 

「とにかく。茜の肺まで治した人なのよ?死んだ人を生き返らせたっておかしくないわよ」

「それは流石にないけど、まっきーができるって言って出来なかったことは無いから安心してよ」

「…ええ」

 

 

納得はしてないみたいだけど、真姫ちゃんがそれ以上まっきーのことに言及することはなかった。

 

 

まあ大丈夫だよ、まっきーなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、オペを始める」

 

 

手術室。

 

 

流石に実際に立ち入るのは初めてで、手術衣を着るのもこれが初めて。沢山の道具や機材が置いてあり、中央には患者…藤牧さんのお母さんが寝かされている。

 

 

そして、その傍らに立つのが藤牧さん。

 

 

今は、右肩から例のうねうねした何かが飛び出ている。

 

 

「本来なら助手を何人かつけるところだが」

「…」

「今の私はマイクロミケランジェロを装備中だ。助手が10人いるよりも効率的に施術できる」

「いいから早く始めてください」

「そう焦らなくても良いのだが…ん?」

 

 

いつも通り余計なことを喋り出した藤牧さんを急かしていると、藤牧さんのどこかから着信音が聞こえた。って、手術室に携帯持ってこないでよ。

 

 

「何で手術するっていうのに携帯持ってきてるのよっ」

「いつもは手術しながら通話するからな」

「信じられない…」

「…が、今日に限っては施術に集中しよう。母様が待っているのだから」

 

 

この人全体的にモラルが足りてないんじゃないかしら。失敗しないから大丈夫、とかそういう問題じゃないと思う。

 

 

「さあ始めようか。起きないはずではあるが、念のため麻酔の導入を行う」

 

 

遂に始まった。

 

 

もちろん、見ていてわかるわけがない。というか見たくない。右腕のナニカから分かれた数十本もの黒くて細い針金のようなものが一斉に患者の頭に群がり、一瞬で頭皮と頭蓋骨を切除し、その中に入っていく。

 

 

下手なホラー映画より怖いわよこれ。

 

 

「回路237番再接続。血管48番血栓除去。同145番血栓除去。区画σ壊死細胞除去。新規培養細胞導入、ニューロン再接続」

 

 

あと何言ってるかもよくわからない。何となくわかるのは、脳の血管とか神経回路を番号付けて呼んでるってことくらい。人によって違うでしょそんなの。

 

 

っていうかこの人ニューロン再接続とか言ってなかった?できるのそんなこと。

 

 

そんな感じで見たくないけど微妙に気になる高速手術をする藤牧さんは、汗ひとつかかずに手術を進めている。いつもと違うのは、その目が真剣そのものだってことくらい。

 

 

何がどうなっているのか全くわからないまま、黒くて細い何かはすごい速さで頭蓋骨に空けた穴を塞ぎ、頭皮を縫合してしまった。

 

 

「施術時間、1時間12分。バイタルサイン正常…終了だ。非の打ち所のない完璧な施術だ」

「そ、そう…お疲れ様…」

「麻酔が切れれば母様も目覚めるだろう。元の病室に移動させる」

 

 

そう言うだけ言って、ベッドを押してさっさと出て行ってしまった。自由すぎるでしょこの人。

 

 

右腕の気持ち悪いのはいつのまにか取り外してしまったらしい。左腕だけで今日にベッドを操縦し、集中治療室に戻る。

 

 

「何だかあっさり終わったわね…」

「当然だ。私は天才だからな」

「…はぁ」

「何のため息だ」

 

 

本当にいちいち勘に障るわね。

 

 

「まったく、君は昔はそんな失礼な子ではなかっただろう」

「…何で昔の私を知ってるんですか」

「会ったからに決まっているだろう?私は西木野総合病院に入院していたんだぞ。幼い君に出会うことも当然あるだろう」

「全然覚えてない…」

「当時君は5歳だったからな。私のような天才でなければそうそう覚えていられないだろう」

「…天才って言葉使わないようにできません?」

「何故だ?」

「ちょっとイラッとする」

「それが何故かはわからないが…私に不可能はない。その程度のことはすぐにやってみせよう」

 

 

全然覚えてないけど、藤牧さんと会ったことあったのね。たしかに病院には小さい頃からパパやママについて行っていたけど。

 

 

あと、我慢できなかったから「天才」って言葉は禁止した。それでも結局ムカつくけど。

 

 

「私は茜や瑞貴に比べれば軽傷だったからな、君と会って話す機会も比較的多かった。引っ込み思案で人見知りする子ではあったが、優しく笑顔の明るい子だった」

「そう。今は優しくなくて笑顔も明るくなくて悪かったわね」

「いや、今でも優しく笑顔の明るい子ではあるが」

「うぇえっ?」

「何だその声は。昔の性格に照れ屋と無愛想を加えたら今の君になるな」

「…褒めてるのそれ」

「褒めても貶してもいないが」

 

 

褒めてないの今の。

 

 

「これでも結構感謝はしているんだ」

「え?何に?」

「君に。正確には昔の君に、か。あの事故当時は私も弱っていたからな、単純な話し相手としても随分と助かったものだ。数少ない友人は二人とも集中治療室行きだったしな」

「そんなにたくさん話したかしら…」

「したとも。西木野先生に頼まれて勉強を教えたりもしていたからな」

「…そんなこともあったような」

「あったのさ」

 

 

確かに誰かの病室で勉強を教えてもらった記憶はあるけど、こんなに尊大で上から目線な人じゃなかった気がするわ。

 

 

「それにあの頃、私は母様の容態の詳細を聞いて、完治させる自信がなかった」

「自信がなかった?あなたが?」

「そう、私が。いくら天才であっても、これは治せないのではないか…そう思った。右腕も失っていたしな」

「意外…昔からずっと自信満々なのかと思ってた」

「自信を無くすことだってあるさ。失敗したことはないが、どうしても救えない命だってあることを知った直後だったからな」

 

 

なんだか自信無くしてる藤牧さんって想像できないわね。

 

 

「もちろん今の私に不可能は無いのだが」

「そういうとこよ」

「君、敬語使う努力すらしなくなったな。…まあいい。とにかく、君には一度だけ弱音を吐いたことがあってな。本当に私は母様を救えるのかと」

「覚えてないけどなんとなく何て言ったかは想像できるわ」

「ふっ、君であることに変わりはないからな。『天才なのに?』と言われたよ」

 

 

藤牧さんは眠り続けるお母さんの隣で、珍しく普通に笑っていた。いつもは自信満々のムカつく笑顔なんだけど、普通に笑うとすごく綺麗な人だというのがよくわかる。

 

 

態度と表情のせいでわからなかったけど、この人顔立ちも物凄くいいのね。

 

 

「確かにその通りだと思った。私は天才なのだから何も迷うことはないと」

「ほんとそういうとこよ、あなた」

「いや、その言葉で私は随分と自信を取り戻したものだよ。突拍子もない机上の空論ではなく、可能性が僅かでもあるならば、天才たる私に失敗はない。それまでの人生で十分わかっていたことだ」

「…なんかすごく余計なこと言っちゃった気分ね…」

 

 

幼い頃のこととはいえ、無駄に自信つけさせちゃったみたい。この人にムカついたことある人全員に申し訳ないわ。

 

 

「何も余計なことではないさ。おかげで私はただ一度の失敗もなく、救える命の全てを救ってきたのだ。むしろ多くの患者に讃えられるべきだろう」

「どんだけ自信満々なのよ」

 

 

実際にそうだとはいっても、自分が賞賛されることに全く疑いもないってのはほんとに人としてどうなのよ。

 

 

「さらに、今やこの新たな右腕によって物理限界さえも超えられるようになったのだ。成長する天才ほど恐ろしいものはないな」

「自分で言ってる…」

 

 

さっきの笑顔が嘘みたいな腹立つ笑顔ね、この人。

 

 

「…さて。もうすぐ母様が目覚めるだろう。母様は君のことも知っているはずだし、挨拶していくといい」

「えぇ…」

 

 

絶対この人私が拒否する可能性を考えてないでしょ。

 

 

でもこのタイミングで出て行くのも逃げたみたいだし…って、どうしようか考えていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なぜだ?」

「…え?」

「何故だ、何故目覚めない…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何か様子が変だった。

 

 

「もう目覚めてもいいはずだ…いや、目覚めるはずなんだ。バイタルサインも正常だ。自発的な呼吸だってしている。何故、何が、どうして母様は目覚めないんだ…?!」

「ちょ、ちょっとどうしたのよ?」

「計算を間違ったか…?いや、いや、そんなはずはない。私が麻酔の量や効く時間を間違えるはずはないんだ…」

 

 

明らかに藤牧さんの顔色が悪い。そして焦ってる。震える手で機械を操作してるけど、表情は一向に明るくならない。

 

 

「正常、正常、正常…どれも正常だ。おかしいところはないのだ…」

「お、落ち着いて…一体どうしたっていうのよ?」

「な、何が…」

 

 

機械だけじゃなくて自ら母親に触れて容態を確認しているけど、やっぱり様子は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

「………まさか。し、失敗、した、のか…?」

 

 

 

 

 

 

 

消えそうな声。

 

 

震えてまともに聞こえないほどの小声で藤牧さんはそう呟いた。そして、そこから堰を切ったように言葉が出てくる。

 

 

「しっ、ぱい?この、私が?このタイミングで?今まで一度の失敗も無かった、天才たるこの私が?私が失敗したのか?」

「落ち着いてってば…」

「ふふふ、ふふははははっ!まだ、まだ母様は目覚めない!失敗したのか私は…!よりにもよって、このタイミングで、私が、失敗だと!!」

「だから落ち着いて

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛ッ゛!!!」

 

 

突然笑い出したと思ったら、頭を抱えて叫び出してしまった。半狂乱状態だ。

 

 

「そんな、そんなバカな?!私だぞ、私が執刀したんだぞ!!マイクロミケランジェロまで使ったんだ!!ただ一つのミスもなく!!完璧にこなしたんだ!!目覚めるはずだ、目覚めるはずなんだ!!母様、母様!!目を覚ましてくれ、母様ぁ!!!」

「やめて!!」

 

 

ついに力ずくでお母さんを揺り起こそうとし始めた。呼吸用のチューブや点滴だってついているのに、急に乱暴に扱ったら危険だわ。

 

 

だから、私も必死で藤牧さんにしがみついて抑えていた。荒い息で震える藤牧さんはいつもみたいな尊大な様子は全く無くて、余裕なんてどこにも無くて、とても小さく見える。

 

 

「そんな…そんなはずはない…私は天才なんだ…失敗など、するはすがないんだ…」

「ねぇ、落ち着いて…お願いだから…」

「ぁあ、ああぁ…私は、私は天才なんだ…」

「藤牧さん…」

 

 

膝から崩れ落ちて、地面に左手をついて項垂れる藤牧さん。

 

 

どこか、昔の茜に似ているような気がした。

 

 

μ'sが解散しそうになった時の茜に似ている。心の支えを失った状態。

 

 

もしかしたら。

 

 

藤牧さんも、何か辛い出来事を、「絶対失敗しないこと」だけを支えに耐えてきたのかもしれない。

 

 

そうよ、昔の話をしている時も言っていたじゃない。4()()()()()()()()()()()()()()。絶望的な状況から自分を含めて4人も助けたのに、助けられなかった誰かを思って膝をついたのよ。

 

 

きっと、誰も気付かなかっただけで。

 

 

自分の手が届かない誰かや、どうやっても救えない誰かに、胸を痛めていたんじゃないかしら。

 

 

今まで、少なくとも自分の手が及ぶ範囲の人は必ず救えるという実績が藤牧さんを支えていたんだとしたら。

 

 

その支えを、自分の母親を救えなかったという最悪のシチュエーションで失ってしまったとしたら。

 

 

「私は…天才であるはずなのに…」

 

 

私は、何て言って励ませばいいの?

 

 

「天才に不可能はないはずなんだ…。ああ、それなのに、私は…私は、一体何なのだ…」

「藤牧さん、やめて…自分を責めないで」

「ならば誰を責めればいいと言うのだ…。私が失敗したのだ、私のせいだ…私が傲慢だったんだ…」

「大丈夫、大丈夫よ…まだお母さんは生きてらっしゃるじゃない…」

「無理だ…私には無理だ。私にできる最大限だったんだ…。これ以上は、ない…」

「大丈夫、大丈夫だから…」

 

 

顔を上げてこっちを見た藤牧さんは、子供みたいにボロボロ涙を流していた。

 

 

見ていられなくて、ほとんど無意識に手を伸ばして抱き寄せていた。藤牧さんも抵抗しなかった。

 

 

「ああ…私は…母様に何と詫びれば良いのだ…父様に何と報告すればいいのだ…」

「藤牧さん…」

「あぁ、ああ…父様の言う通りだった…驕ってはならなかった…知っていたはずなのに…この世界に100%なんて存在しないことは、知っていたのに…」

「お願い、落ち着いて…あなたのせいじゃないわ…」

「私のせいなんだ…私のせいでなければ誰のせいだというのだ…」

 

 

顔は見えない。嗚咽も聞こえない。鼻をすする音も聞こえない。でも、確かに藤牧さんは泣いている。とめどなく溢れる涙が床に落ちる音だけは聞こえるから。

 

 

私はこれ以上何も言えずに黙って、藤牧さんの頭を撫でていた。だって、励ます根拠が見つからない。手術自体がうまくいったかどうかは私にはわからないし、大丈夫だっていう根拠もない。

 

 

こんなに震えている藤牧さんに、その場凌ぎの励ましはしたくなかった。

 

 

いつの間にか私も泣いていて、頬を伝った涙が藤牧さんの頭に落ちた。それに気づいた藤牧さんは顔を上げて、私の顔をじっと見つめていた。

 

 

藤牧さんが何か言いかけた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心しろ!!君は何も失敗していない!!強いて言えば()()()()()()()()()()()()()!!」

「きゃあああ?!?!」

「びっくりするかなーとは思ったけどそんなに驚きますかねお嬢さん?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

急に病室の扉が開いて、誰かが入ってきた。

 

 

誰かっていうか、こんなテンションの人は一人しか知らない。

 

 

天童さんだ。

 

 

「なっ、て、天童さん?!ちょっ何で、ここ集中治療室…」

「はっはっはっこの俺に不可能なんてないのさ!!雪村君が『なぜか蓮慈が電話に出ない』とか言うから未来予測してすっ飛んできたんだよ。…いやまあ正直説得には時間かかったけどさ…って何で君ら泣いてんの」

「な、何だっていいでしょ!」

「タメ語っ!!」

 

 

急にコミカルな雰囲気になったわね。

 

 

でも、藤牧さんは不安定なまま。天童さんの元にすごいスピードで接近して問い詰め始めた。

 

 

「どういうことだ、天童氏!あなたには何が見えている!!」

「うぉわぁっ?!早っ!!動き早っ!!」

「教えてくれ、お願いだ!!私にはもう何もわからない、わからないんだ…!あなたなら何かわかるのか?!私と違って正しく超常の天才であるあなたなら!!」

「待って待ってお前さんそんなやかましいキャラだっけ痛い痛い肩掴むな揺さぶるなぐぇええ」

「藤牧さん落ち着いて!!」

 

 

天童さんの肩を掴んでガックンガックン揺さぶりだしたから、急いで引き離す。藤牧さん腕力も強いみたいだから最悪あれで死ぬわよ、天童さん。

 

 

「ぐっふ、登場から数十秒で退場する羽目になるところだったぞおい。まあいいや、気を取り直して…藤牧君、君のお母さんは随分長く眠っていらっしゃったようだな?」

「…はい。10年もの間」

「おう、とっても長い時間だ。その間脳は機能せず、体も動かず…そんな状態だったわけだ」

「そんなことは

「オーケーオーケー、わかってるさ。君ならそれくらい承知してるだろうな。…だがな、藤牧君。君にはわからないだろう、真に命を失いかけた人々ばかり見てきた君には。人間ってのはな、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…プラシーボ効果のことを言っているのですか」

「そうそう。頭良い人は話が早くて助かるわー。あと君意外とちゃんと敬語使うんだな…。とにかく、自分は風邪を引いているという思い込み、逆に病気になどかかっていないという思い込み。そういったものだけで病気になったり病気を治したりできるのが人間だぜ。偽薬の話は知ってるだろ?」

 

 

プラシーボ効果…簡単に言ったら思い込み。偽薬っていうのは、薬に見せかけたブドウ糖なんかの塊を使って思い込みの影響を調べるためのもの。逆に言えば、()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…まさか」

「そう、そのまさかだ」

 

 

今、その話が関係あるとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十年も意識不明であれば、脳が『死んだ』と勘違いしてもおかしくない。身体がどれだけ健康であろうとも、思い込みを正さないと生き返ることはできないのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じゃあ、」

「そうだな。君は手術を失敗したわけじゃない。むしろ大成功さ。…いやさ、雪村君とか茜から話を聞いたから余計不思議なんだけどさ、君のお母さんの容態って一般的には脳死って呼ばれる状態だからな?ほぼ死んでるからな?もはや死者蘇生じゃん」

 

 

藤牧さんは呆けたように動かなかったけど、涙はもう流していなかった。

 

 

失敗したわけじゃなかったんだ。

 

 

「ただ、心理の影響を軽く見過ぎたのがある意味失敗か。まあいいさ、あとは気付けなりなんなりで起こしてやればいいだけのこと」

「気付け…それなら

「まあ待て、素敵な道具を見せてやる。てれれれってれー!ねりわさびー!!」

「………………おい待て、あなたまさか」

「そう!そのまさかさ!!ねりわさびをこう、鼻の下にうにゅ〜っとやればツーンとくるアレで飛び起きること間違いなし!!」

「馬鹿かッ!!おまっ、母様にそんな宴会芸のようなことをさせられるか!!」

「はっはっはっ敬語抜けてんぜ藤牧kうぉおおおお?!何だこいつ超早いし動きが最適化されすぎちゃん!!」

 

 

…全部解決しそうでいい話だったのに、何でこんなコメディな空気になってるのよ。

 

 

「はぁ、はぁ…そんなことをしなくても、自前のアンモニア水があるからそれでいいんですよ…」

「何で君アンモニア水持ち歩いてんの」

「道端で誰かが失神するかもしれないでしょう?」

「普通の気付け薬を持ち歩いてた方がいいと思うんだよなぁ…なあ真姫ちゃん」

「いや知りませんけど…」

 

 

私に話振らないでよ。

 

 

藤牧さんはポケットの中から小さなガラス瓶を取り出して、蓋を外して、藤牧さんのお母さんの顔に近づけた。

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、けほっ」

「!!!!か、母様!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に目が覚めた…!

 

 

「ああ、ああ…母様、わかりますか、蓮慈です、あなたの息子の蓮慈です…!あなたが眠ってから随分時が経ってしまって、私の声も姿も変わってしまいましたが、わかりますか、母様…!!」

「…………れん、じ?」

「はい、蓮慈です!私はここにいます!!」

「ああ…蓮慈……お父さんそっくりになって…なんだかタイムスリップした気分だわ…」

「ああ…母様…よかった…!本当に…!!」

 

 

藤牧さんは左腕でお母さんを抱きしめて泣いていた。なんだか私まで泣けてきちゃうわ。

 

 

「母様はもう10年も眠っていらっしゃいました…私はもう18歳、今年で19歳になります…。ですがもう医師免許を取得し、小さいながらも自身の診療所を持っています。西木野先生の元でお手伝いもさせていただいています。父様と母様の名に恥じぬよう、必死に頑張ってまいりました…!」

「…そう…。じゃあ、お父さんはやっぱり助からなかったのね」

「……………それは」

「いいの。わかっていたわ。私を庇って岩の下敷きになったのは私も見ていたから。…ごめんね蓮慈、辛い時に、そばにいてあげられなくて…」

「…いいえ、いいえ…そんな…私は母様が生きていてくれただけで…!!」

「…あら、そこのお嬢さんは、もしかして西木野先生の娘さん?」

「うぇっ?は、はい、あの、西木野真姫です…」

「ああ、やっぱり…大きくなったわね、真姫ちゃん…」

「は、はい」

 

 

こうして目を覚まして、話していると思い出す。ママと仲のよかった女性のお医者さんの、その一人。

 

 

…本当に、助かってよかった。

 

 

「そのお隣の方は…?」

「あっ、えーっと…はい、天童一位と申します。脚本家で…()()()()()()()()

「まぁ…お友達…!」

「ええ、ええ…()()()()()()()()()()()!!」

 

 

少し照れ臭そうに答えた天童さんに対して、藤牧さんは友達だと言い切った。

 

 

きっと、才能や性格のせいもあって、藤牧さんにまともな友達がいなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「父様の言うことは本当だった…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って、その後はずっと泣いていた。

 

 

日が暮れるまで、ずっと。

 

 

 






最後で読んでいただきありがとうございます。

天才無双と言ったな?あれは嘘だ。
藤牧さんの弱点と言えば、その態度です。藤牧さんメインの話を作るとしたらそこを中心にするべきかなーと最初から思っていました。慰める真姫ちゃんが天使すぎてハゲます。

人心の理解に一番長けているのは松下さんですが、やっぱりこういう時は天童さんに出勤いただきました。天童さん便利…笑

ちなみに二話前の雪村君の電話はここに繋がっています。時系列が連続じゃなかったんですよ!やってみたかったんです時系列トリック!!わかりにくい!!笑


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男女ペアチケットみたいなのって今時存在するのかな



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!今年も頑張ります!!
そしてあけましておめでとうございます。年末は年賀状書くのでスーパー忙しかったので投稿できませんでした…4枚しか書いてませんけどね!!
ただ、1枚ずつ送る人に合わせて絵を描いていたので疲れました。ひぃん。

今回は、フラグだけ立ててほったらかしの方々のラブコメになります。シリアスなお話が続いたのでバランス取らないと!!(何のバランス)


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

しばらくの間、藤牧君はお母さんと二人きりにしてやることにした。肉親だけで話したいこともあるだろうし、そこそこ時間も遅くなってきたしな。

 

 

「…そういえば、天童さんってどうやって集中治療室に入ってきたんですか?」

「ん?そりゃ当然西木野先生…君のお父さんに頼んだんだよ。藤牧君のためにやらなきゃいけないことがあるからって」

「よくそれで通してもらえたわね…」

「まあ顔見知りだしな。俺様顔広いしー?」

 

 

各界に顔を広げておくのが未来を自由に動かすためには欠かせない。医療業界のパイプも当然持っておくものだぜ。医療費は安くしてくれないけどな!世の中甘くないのよ!!

 

 

「あれ?でも説得が大変だったって言ってませんでした?」

「あー…そりゃ西木野先生のことじゃねーのよ」

「?」

 

 

そう、確かにそう言った。でも西木野先生に関してはいい人だから俺を信じて通してくれた。

 

 

だがまあ、今日の病院訪問は元から予定してあったものじゃない。突発的なものだった。

 

 

お忙しい天童さんには先約があったのさ。

 

 

「…………………………」

「へい希ちゃん待たせたな☆」

「…もしかして、説得が大変だったのって」

「へいその通り。希ちゃんのことさ」

 

 

病院から出ると、激おこぷんぷん丸の希ちゃんが仁王立ちしていた。通行人が横目で見ながら避けていくほどの殺気…俺じゃなきゃ倒れちゃうね。恐ろし☆

 

 

「……うちをこーーーーんなに長く待たせておいて、天童さんは真姫ちゃんと仲良くゆっくり歩いてくるんやね?」

「あー、うん、すまん。悪かった。思った以上に時間かかったのは間違いない」

「むーっ!!もうすっかり夜だよ?!真っ暗!!」

「はい仰る通りでございます姫君!!!」

「せっかくのデートだったのにぃ…!!」

「わーっ!わかったわかったわかってる!!俺が全面的に悪いから!!だから泣かない!!大丈夫俺の天才的先見の明でディナーの予約は取ってあるから!!」

「…ディナーって?」

「お高い焼肉」

「………天童さんの奢りね」

「当然でっせマイハニー」

「そこはフランス料理とかじゃないのね…」

 

 

そう。希ちゃんとのデート中に雪村君からメールが来て、つい未来予測しちゃったもんだからこんなことになってしまった。できるだけ多くの人の幸せを勝ち取るためなんだって必死に説得しましたわよ、ええ。お財布の厚さが犠牲になった。致し方なし。

 

 

「あと腕組んで」

「う、腕組む…だと…?世界に誇るバカップルの象徴をこの俺にやれと?な、何を言うんだ希ちゃん。それじゃあ罰ではなくご褒美になるだろうぇっへへへへ…」

「………………………………………」

「…………………………………マジで言ってやがります?」

「マジで言ってやがります」

「何がそんなに嫌なのよ…」

 

 

しかし!希ちゃんは俺様の財布のみならず心までも責めてくるのだ!!愛されるの怖いっつってんじゃん。そんなラブラブムーブしたら吐血しちゃうって。

 

 

そんな俺と希ちゃんのラブコメ風マインドクラッシュ大戦を見ている真姫ちゃんは、呆れながらもどこか羨ましそうな顔をしていた。

 

 

ほう。

 

 

(希ちゃんよ)

(うん、あれは…)

「「恋する乙女の顔っ!!!」」

「うぇえっ?!い、一体どうしたのよ急に!」

「大丈夫だぜ真姫ちゃん…人間とは恋をする生き物なのさ…」

「こっ、ここ、恋?!なんっ何を、何の話よ?!」

「安心して真姫ちゃん。恋の力は無限大、何も怖くないよ」

「だから何の話?!」

 

 

真姫ちゃん、顔真っ赤だぜ。照れてあたふたする姿はとても初々しい。恋愛初心者って感じだ。なかなか萌える。希ちゃんには敵わんがな。希ちゃんには敵わんがなぁ!!

 

 

「べっ、別に私は恋なんて…」

「この天童さんに見抜けぬことがあると思うかい?」

「思います」

「まさかの即答」

 

 

せめてもうちょっと躊躇して欲しかったなー。ほらいつも先読みしてるじゃん俺。すごいと思わない?思ってなさそうだなー。へこむ。

 

 

「まあいい、そこは気にしないでおこう。とにかく、今後きっとあいつは良い奴になる。早めに素直にならないとすぐに女が寄ってくるぜ」

「私は別に藤牧さんが誰と付き合ったって…」

「俺一言も藤牧君だなんて言ってないが」

「………………………………………!!!」

「よし希ちゃん逃げるぜ」

「抱っこ」

「うんヒールだもんな君」

 

 

湯気が出るほど真っ赤な真姫ちゃんが憤慨して突撃してきた。というわけで三十六計逃げるに如かず。ヒール履いてて走れない希ちゃんをお姫様抱っこして全力ダッシュ。俺と真姫ちゃんの身体能力の差を鑑みると割とギリギリの勝負な気がするんだけど。勘弁してけろ。

 

 

夜の秋葉を全速力で逃げてる最中、希ちゃんは俺の首に手を回してとても幸せそうだった。よくよく考えたらなかなかのラブラブムーブじゃんこれ。吐血しちゃう。

 

 

早いとこ真姫ちゃんを振り切らないと俺が死ぬ恐れが出てきたぜ。人生って辛いな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はぁあ………」」

 

 

大学内の喫茶店。

 

 

僕と、一般の大学生に擬態した御影君は2人して深刻に悩んでいました。

 

 

「どうしようね松下君…」

「僕が聞きたいくらいですよ…」

「えぇ〜…君は文学者なんでしょ…?そういうの得意なんじゃないの…?」

「自分が当事者なのはまた別ですって…」

 

 

周りからしたら辛気臭いことこの上ないでしょうが、そんなことも気にしていられない状況です。

 

 

「ねぇほんと僕はどうしたらいいの…。俳優が女子大生好きになっちゃうとかダメじゃない?スキャンダルの塊なんだけど」

「いいじゃないですか女子大生なら…。僕なんて現役女子高生ですよ。わかりますか?准教授が女子高生に恋してるんですよ。字面の強烈さが伝わります?」

「どっちもどっちじゃないかなぁ…」

 

 

まあつまりそういうことです。

 

 

僕はいつぞやの件で園田さんに。御影君は知らぬ間に絢瀬さんに。思いっきり恋してしまったようなのです。

 

 

ようなのです、じゃなくて、しちゃったんです。困ったことに僕に対して感情を誤魔化すことは無理です。自分自身さえも。

 

 

ちなみに恋したのは数ヶ月前なのですが、未だに僕ら2人はこうして延々とため息をついているわけです。解決策らしきものは何一つ思い浮かびません。天童君ならなんとかしてくれそうですが、生涯永遠にネタにされるのが目に見えているので絶対頼みません。

 

 

「いい加減なんとかしないと…精神衛生上よくない…」

「それ先月から言ってますけど」

「つまり先月からずっとしんどいんだよ…」

「重症じゃないですか」

「君もそうだろう?」

「まあ…でも御影君ほどじゃないです」

 

 

御影君は今はこんな感じですが、普段は持ち前の演技力で自然に暮らしているようです。羨ましい限りです。僕はゼミ生に「松下先生最近元気ない」って心配されていますから。

 

 

「ああ〜誰かなんとかしてくれ〜」

「情けない声を出さないでくださいよ。それに自分の事情まで他力に頼るんじゃありません」

「そうは言われてもなぁ…」

 

 

ちなみに、御影君の特殊性のことは僕もちゃんと知っています。心読めますから。

 

 

ただ、綾瀬さんとの一件があってから何やら心境の変化があったようで。自我が強くなって良いことだとは思うのですが、逆に今はそれが災いして思い悩んでしまっているようです。

 

 

僕が言うのもなんですが、心って難しいですね。

 

 

「天童君にでも頼んでみたらどうですか?」

「天童かぁ…天童なぁ…余計な回り道をさせて後ろから笑ってくる気がするんだよなぁ」

「まぁ一理ありますね…」

「おいおいそんなにネタシナリオを御所望なら言ってくれていいんだぜお二方」

「「うわぁ?!?!」」

「へい素敵なリアクションをどうもありがとう。しかし俺はこっそりディスられていたことにちょっと悲しみを覚えているんだゾ」

「な、何でここに…」

「何でって俺この大学の生徒だし。講義受けてきたんだよ真面目にな!」

「とかいいながらうちに会いにきただけですよ。お久しぶりです」

「あ、ああ、お久しぶり東條さん…って、あ、あああああ絢瀬さん?!」

「み、御影さん…お久しぶりです…。あの、その節はありがとうございました」

「ふぉっあのっ、いえっこちらこそありがとうというかなんというか」

 

 

いつの間にかテーブルの横には天童がいました。本当に音もなく現れるんですよね彼。

 

 

また、東條さんと絢瀬さんも同行しているようです。読心する限りでは波浜君と矢澤さんもいるようですが、お二人は別の席に座ったようです。

 

 

というか御影君うろたえすぎです。バレますよ色々。っていうか天童君と東條さんにはバレてますよ。今まさに何かこそこそ話してますよ。

 

 

当の絢瀬さんは御影君の様子に気が回っていない様子です。声を出してくださったので読心したところ、絢瀬さん側も少なからず意識していらっしゃる模様。天童君と東條や、僕も同じようなものですが、「窮地から救う」というのは精神的な影響力が大きいようですね。吊り橋効果のようなものです。

 

 

以前なら吊り橋効果なんて信用に値しないと思ってましたが、誰かに恋する当事者となった今は吊り橋効果だろうが何だろうが両想いであるというのは至極羨ましいです。

 

 

すっっっっっごく羨ましいです。

 

 

(希ちゃん、目の前で顔赤くしてわたわたしてる男女の奥にいるメガネ野郎が見えるかね)

(メガネ野郎っていうのは失礼だから『うん』とは言わないけど見えるよ)

(見るからに両想いな男女を見てあの不機嫌顔…これは間違いなく)

(うん、恋する人の顔やね)

(おっしゃ恋愛マスター天童さんの出番キター!)

「聞こえてますからね。君の出番はありません」

「辛辣極まりねぇ!!」

 

 

勝手に人の顔見て判断しないでくれませんかね。

 

 

天童君に関しては手解きするように見せかけて傍観して笑いのネタにする気満々なのわかってますからね。

 

 

「ほれ詰めろ詰めろ満席なんじゃい」

「うわぁちょっと押すなよ!」

「ごめんなさい、私たちが来た時には2人席しか空いてなくて…」

「にこっちと茜くんに譲ってあげて、残り3人は相席ってなったんです」

「理屈はわかってますよ。天童君が押すのが悪いんです」

「うっす」

 

 

当然のように相席しないでください。

 

 

「まあまあ気にすんな。お詫びにこれやるから」

「なんですかこれ」

「茜の画展と桜のコンサートのチケットだ。そうそう取れないやつだから感謝せいや」

「…なんでこれペアチケットなんですか」

「はっはっはっ聞かなくてもわかるくせに聞くなよ」

「僕ってそうそう暴力に訴えないんですけど、今回に限っては殴っていいですか」

「ヤメテー」

 

 

相席を見越していたとばかりに僕らに封筒を渡す天童君。中には2種類のチケットが2枚ずつ、計4枚入っていました。なんでペア何ですか。園田さんと行けってことらしいですね。余計なお世話です。心底余計なお世話です。

 

 

でもそれを言うと「えー俺海未ちゃんと行けなんて言ってないぜー妹ちゃんと行けばいいじゃーんやだ煩悩の塊魂ぃー」とか言ってくるのがわかっているのでこれ以上何も言いません。

 

 

「あれ?僕の方には2枚しかないけど」

「そりゃお前のは違うヤツだし」

「何これ。世界のチョコレート展?」

「あ、それえりちが行きたいって言ってたやつや」

「の、希!」

「そ、そうなんだ…何でこれを僕に?しかも2枚」

「チョコレート好きな人と一緒に行けばいいだろ?」

「誰さチョコレート好きな人って」

「え?そこにいるじゃん」

「え?」

「え?」

 

 

天童さんが手のひらを向けた先にいるのは絢瀬さん。

 

 

…ほんとに余計なお世話しますね彼。

 

 

「「…………えぇ゛っ?!?!」」

「やばい声出てるぜ君達」

「いやっえっちょっ、あ、あああや、あああああ絢瀬さんと?!」

「そそそっ、そうですよ!な、なんで私と?!」

「え、嫌なんか?」

「嫌じゃないけど、えっ、あの、い、いいんですか絢瀬さん…」

「あっ、あのっ、はい、だ、大丈夫です…」

「おうこら明、白けた目で俺を見るな」

「僕は何も言ってませんよ」

「目が物語ってんだよ目が」

 

 

絶対親切心でやってるわけじゃないんですよねこれ。天童君本人もチケット持っていて、こっそり様子を観察する気のようです。東條さんとともに。

 

 

とりあえず僕の方を尾行する気は無さそうなのでそこは安心です。どう頑張ってもチケットが取れなかったようです。

 

 

…まあ、相変わらず根っからの愉悦部ですが、以前よりも他人の幸せにも目を向けるようになったのは良い変化なんでしょうかね。

 

 

「あ、この展示の近くに休憩をやたら推してくるタイプのホテルあるんだけ

「死ね!!!」

「どいひー!!!」

 

 

…やっぱりただのバカかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずチケットは貰いましたが、本当にどうしましょうか。

 

 

両親を誘う気には全くなれないですし、奏を呼びましょうか…でも奏、基本的に見境なく予定を入れるのでコンサートの日付どころか画展を開いている期間中も出かけている気がしますね。

 

 

一応聞いてみましょう。

 

 

「というわけなのですが、どちらか片方だけでも行きませんか?」

「ふええええぇぇぇ、お兄さまがお出かけに誘って下さるなんて…!!待っててくださいね、キャンセルできる予定を探しますので!!」

「いえ、先約があるならいいんです…って、画展はまだ2ヶ月くらい期間あるんですが。いつまで予定埋まってるんですか」

「…3ヶ月先くらいですかね??」

「ほぼ今年中埋まってるじゃないですか」

「遊びたいんですっ!!!」

「素直でいいと思いますよ…限度はあるかもしれませんが」

 

 

やっぱりそうですよね。いや規模は予想外でしたが。管理できてるんですか予定。できてなさそうですね。

 

 

「仕方ないですね…誰か知人を呼びますか…」

「どうなさるんですか?」

「うーん…一番妥当そうな御影君は忙しいでしょうし…」

「へ?」

「え?」

「…………それ男女ペアチケットですよ?」

「………………………えっ??」

 

 

咄嗟に確認してみると、ええ、確かに男女ペアチケットと書いてあります。なんですか男女ペアチケットって。今時そんなものあるんですか。需要どこなんですか。ちょっと安くしてるとかでしょうか。

 

 

「じゃあ…」

「あっ!海未さんはダメですよ!!最近お兄さまと海未さんちょっと怪しい雰囲気なので!!」

「あやっ…怪しくないですよ?!いやそもそも怪しいってなんです?!」

「なんだか雰囲気が怪しいんです!!一緒にお出かけしてそのノリで夜の街にお出かけしかねない雰囲気してます!!」

「待ってくださいそんな言葉そんな知識をどこで学んで来たんですか」

 

 

誰ですか奏に変なことを教えたのは。いや、こんな時こそ読心です。むしろこのための読心です。ええ、なるほど。情報化社会の悪しき側面を垣間見てしまいました。

 

 

「うわーんだめですー!お兄さまはまだ結婚なさるには早すぎますー!!」

「段階をすっ飛ばしすぎではありませんか?!」

 

 

流石にお付き合い程度で止めていただけませんか。

 

 

僕と疎遠になりそうで不安なようですが、仮に僕が結婚したとしても奏は大切な妹ですよ。

 

 

というか奏も奏で独り立ちしましょうよ。僕が言えたことではないのですが。

 

 

自室に戻ってから、とりあえず園田さんにメールしてみます。いえ、正直な話、仲のいい女性なんて園田さんくらいしか思いつかないんです。

 

 

文面を作るのはお手の物なのでさくっと送信。恋心を悟られることはないでしょう。数分で返ってきた文面は、『はい、是非ご一緒させてください。』とだけ書いてありました。やけに素っ気ない気がしますが、とりあえず予定をとりつけることには成功です。

 

 

ちなみに、先日の騒動のおかげで読心のコントロールができるようになったため、園田さんとのやり取りでは読心しないようにしています。

 

 

怖いですから。

 

 

こっちは恋してしまったのに、向こうは実は避けていますなんてことがあったら割と病む気がします。無理です。リスクが高すぎて心を覗けません。

 

 

しかし、とりあえずは僕の誘いを受けてくださっているので、少なくとも嫌われてはいないかと。それだけで十分です。

 

 

「さて…波浜君の画展はいつ行ってもいいんですが、水橋君のコンサートはこの日しか行けませんからね。予定を空けておかなければ」

 

 

天童君が用意したものなので、当然のように僕の予定は空いています。僕がイレギュラーなことをしなければ、当然のように予定は入らないのでしょうが…念のため気にしておきましょう。

 

 

「あとは…服なども用意しておきましょうか。あまり無様な服装で行くわけにもいきませんし」

 

 

あと気にするべきは見た目でしょう。御影君のように見た目が麗しいタイプではないので、ちゃんと身に付けるものにも気を遣わねばなりません。

 

 

…正直な話、天童君と東條さんの仲の良い様子や、御影君と絢瀬さんのおどおどした様子が羨ましいと思うのです。だって彼らは両想いなのですから。

 

 

彼らと違い、はっきりと恋を自覚する僕だからこその羨望でしょう。

 

 

ええ、やってやりましょう。准教授であるとはいえ僕はまだ19歳なのです。誕生日が来たらやっと20歳なのです。恋に邁進するのも若者の特権ではないでしょうか。

 

 

そういうことにしておいてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、松下さんから…お出かけのお誘いが…」

 

 

練習が終わって帰宅し、自室に戻った直後のことでした。

 

 

珍しく松下さんからメールが届いたと思ったら、茜の画展や桜さんのコンサートのチケットを頂いたのでご一緒しませんか、とのことでした。

 

 

デートじゃないですか。

 

 

もう完全にデートじゃないですかそれ。

 

 

「いえ、松下さんに限ってそんな…ええ、デートのお誘いではないはず…少なくともそのつもりで誘ってくださったわけではないはずです!」

 

 

どういうわけか、あの日…松下さんのお部屋を訪問したあの日以来、松下さんのことが気になって仕方ないのです。

 

 

松下さんはこころが読めるので、直接お会いする時もメールのやり取りをする時にも全力で心を塞いでみてはいますが、気が緩むとどうしても気にしてしまいます。

 

 

これってまさか…恋なのではないでしょうか。

 

 

ことりが雪村さんとお付き合いしていると知ったとき、正直少し羨ましいとも思いましたし。私は本音を話してくれた松下さんに対して心理的距離が近づいてしまったのかもしれません。

 

 

そしてそれは確実に松下さんにバレています。

 

 

読心できるあの人にバレないわけがありません。

 

 

その上でこのようなお誘いをしていただけるとは…一体どういった意図があって…ううう、私も読心能力が欲しいです!!

 

 

とりあえず、心の内がバレないように『はい、是非ご一緒させてください。』とだけ返事をしました。無駄な抵抗かもしれませんけど。

 

 

「はわわわ…どうしましょう、服とか、失礼のないものを着ていかないと…!」

 

 

期待と不安と焦燥で軽くパニックになりながら、私はクローゼットやタンスの中身を引っ張り出すのでした。

 

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

いつ見ても面白い天童さんと希ちゃんのカップルを今回も配置いたしました。これからももっとイチャイチャしていただきたいところです。天童さんのメンタルを犠牲に。
そしてAfter stories 1でフラグだけ立てておいた御影さんと松下さんのお話も何か始まりそうです。どちらも割と硬派かつ初心そうな組み合わせなので、「はよ結婚しろ」との声が飛ぶこと間違いなしです。たぶん。
そもそもフラグ自体が不十分な組が2組くらいいますけど、それはもうちょっとお待ちください。


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リア充オールスターズと追加メンバー



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお二人!!お気に入りしていただけました!!ありがとうございます!!もっともっと頑張ります!!

しかし、先週投稿できなかった上に花陽ちゃんの誕生日話も書けなかったこの犯罪者をお許しください…いえもういっそ鞭で打ってください!!

今回はフラグ立てっぱなしの方々を成就させようプロジェクト第一弾です。さて誰の出番でしょうか!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

 

「ま、松下さん…お待たせしました」

「いえ、僕も今来たところですよ」

 

 

なんということでしょう。

 

 

この僕がこんな、初デートのテンプレートみたいなことを言ってしまうなんて。いえ確かに人生初デートではありますけど。

 

 

ですが、待ち合わせ30分前に来たら直後に園田さんが来るだなんて思いませんでした。「今来たところ」というのは真実なのです。決して気を遣って言ったわけではないんです。

 

 

こんなベタベタな王道展開を天童君に見られたら悲劇では済みません。幸い彼は今日は仕事で仙台に行っているはずなのであり得ませんが。

 

 

そして園田さんはなんだかいつもよりお洒落な気がします。心なしかお化粧もしているように見えます。なんでしょう、迷った挙句無難な服装で来てしまった自分を呪いたい気分です。そしてすごく読心したい。でも怖いのでやめときます。これだけ期待しておいて「いつも通りです」などと言われてしまった日には凹みます。

 

 

でもお綺麗なのは間違いないので言っておきましょうか。

 

 

「おや、今日はいつもお会いする時よりお洒落なさっていますか?普段以上にお綺麗ですね」

「はぅっ!き、綺麗…あの、はい…ちょ、ちょっとだけ…」

「大きな画展だそうですし、絵画の前でみっともない格好をするのは正しいことでしょう。僕ももう少しまともな服装ができればよかったのですが」

「いえ、そういう理由では…んんっ、なんでもありません。それに松下さんも普段よりお洒落していらっしゃるじゃないですか」

「それはまあ…多少は。遠出しますからね」

 

 

我ながらよく照れないで言えたものだと思います。他意はないアピールも万全です。顔を赤くして目を伏せるという園田さんのリアクションの意図が猛烈に気になるところではありますが。

 

 

今更すぎますけど、読心無しで会話するのって難易度高すぎませんか。いや読心するのも恐ろしい状況ではありますけど。逃げ場無いですね。

 

 

「さて、早速行きましょうか」

「はい、今日はよろしくお願いします」

 

 

とにかく、不安なのがバレる前に移動しましょう。あまり無様を晒したくないですし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なっ………なん、ななな何ですか!開口一番に「綺麗ですよ」だなんて!そんな歯の浮くようなことを言うタイプじゃないでしょう?!)

 

 

私は動揺していました。

 

 

普段の松下さんなら絶対言わなさそうなことをいきなり言われたせいです。

 

 

(確かに自分なりに頑張ってお洒落をしてきましたけど!…まさか褒められたいという思いがバレて…いえ、でも松下さんと会うからお洒落してきたということはバレていなさそうでしたし…)

 

 

駅の改札を潜りながら悶々と考えてしまいます。松下さんは一体どこまでわかっているのでしょうか。

 

 

(でも、心が読める松下さんには全部ダダ漏れな気が…はっ!まさか全部お見通しな上で私をからかって遊んでいるのでは…?!)

 

 

そう、松下さんには全部バレているに違いありません。だって心が読めるのですから。でも心を読んだ上であの対応というのは一体どういうつもりなのでしょう。私を手玉にとって楽しんでいるのでしょうか。

 

 

(そういうことなら私だって…ええ!やり返して差し上げます!ちょ、ちょっと手を握るくらいなら…そう、黙っていれば心を読まれないんですから、ちょっとくらいびっくりしてくれる…はずです!!)

 

 

そう思ったら悔しくなってきました。私だって負けていません。そう、あまりはしたないことさえしなければ…驚かせるくらいはできます!

 

 

…たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ着きましたよ」

「ここが…」

 

 

それなりの時間電車で揺られて辿り着いたのは、大きな展示会などでよく使われる有名な場所。

 

 

「ここが虹ヶ咲学園…」

「いつ見ても学校には見えない造形していますね…。部活動に力を入れている学校だそうで、生徒の作品を展示できるように大きな展示室を用意しているそうです。学会などで利用させていただくことも多いようですね」

 

 

そう、虹ヶ咲学園。波浜君と天童君は「どう見ても学校じゃない」と言って、勝手に「ビッグサイト」と名前をつけていました。確かに大きな区画ですが。

 

 

「こんな大きな場所で展示会を開くなんて…」

「波浜君も世界的に有名な画家ですからね。それに作品自体も多いそうですから、やはりそれなりの広さが必要なのでしょう」

「それにしても大きすぎませんか?」

「まあ、全区画を使っているわけではないそうですから。使っていない部分は他の展示会や学会で使われているそうですよ」

「そういう問題でもないような…」

「それにおそらく、彼の個人的な趣味でもありますよ。ほら、特徴的な形してますし。彼が好きそうな構造じゃありませんか?」

「確かにそうですね…。茜ならそちらを理由に会場を選びそうですね」

 

 

何度かお会いした限りでも、波浜君は見た目の美しさや鮮烈さを重視するようです。平凡な見た目の建物よりも、多少奇抜な構造物の方が彼の気を引くのでしょう。

 

 

展示会場は絵画の種類ごとに区分けされており、現代的なアニメーショングラフィックから印象派やシュルレアリスムのような美術的な絵画まで様々なジャンルが展示されているようです。しかも油絵や水彩画だけでなく、デジタルの絵やCGグラフィック、木版画やフレスコ画まであるそうで。何でもできますね彼。

 

 

「おまけに会場の隅で即売会も行っているようですね。毎日開催しているわけではないようですが、今日は…やってますね…」

「ということは、今日は茜がここに?」

「ええ、いますね」

 

 

お昼時以外は一日中やっているようですし、確実に波浜君は既にここにいるのでしょう。

 

 

こんなデートみたいな(僕はデートのつもりですが)状態を見られたくないので、即売会場には近づかないようにしましょう。

 

 

(茜のいる所には近づかないようにしなければ…)

「園田さん、どうかしましたか?」

「はっ!い、いえっなんでもありません!!」

「…?」

 

 

何やら深刻な表情ですが大丈夫でしょうか。気になります。気になりますがちょっと読心する勇気は出ません。ええ、やめておきましょう。

 

 

会場は既に多くの人がいましたが、絵画の展示であるから非常に静かです。読心をコントロールできるようになった今でも雑踏は苦手なので、静かというだけで美術を好きになれそうです。

 

 

「なんだか見たことがあるような、無いような…そんな作品ですね」

「未公開作品展、という名目ですから見たことはないはずですが…画風というのでしょうか。このあたりの絵は印象派らしいので、モネ等の有名な画家の作風と似ているのでしょう」

「なるほど。…というか、この区画分の絵を描き分けられるってことですよねこれ…」

「あはは、そういうことになりますね。まあそこはほら、天才ですから。僕だってラテン語とフィンランド語とロシア語で論文書いたりしてますから、それと同じことですよ」

「考えてはいけないことだけはわかりました」

 

 

天才の所業は理解されるものではありませんからね。僕でさえ理解できませんし。

 

 

他の作品も見事なものです。流石は天才。精密模写なんかは意味がわかりませんが。

 

 

「はあ…どれも素晴らしい作品ですね…」

「なんだか僕も考えないで見るのが正解な気がしてきました」

 

 

芸術は考えるものではないってことでしょうか。

 

 

と、目の前の水彩画に見惚れている時でした。

 

 

「あ、海未ちゃん!」

「ひぃっ?!こ、ことり…?!」

「海未までいるなんて…そんなこともあるのね」

「真姫まで…どうしてここに?」

「私たちが誘ったからだよ、園田嬢。私や瑞貴は必ず茜から招待券を貰うからな」

「…タイミングが被ったのはたまたまだがな」

 

 

振り向くと、そこには車椅子に乗った雪村君、それを押す南さん、そして二人並んで歩く西木野さんと藤牧君がいました。雪村君と南さんがお付き合いしているのは聞いていましたが、藤牧君と西木野さんがこんなに親密になっていたとは知りませんでした。ええ、読心しました。藤牧君はデートのつもり満々ですし、西木野さんはデートであることを期待しているようですし。

 

 

なんで最近僕の周りでは恋心が蔓延してるんですか。

 

 

「しかし松下氏がここに来るとはな。文学専門だと思っていた」

「いえ、間違いないですよ。ほとんど文学専門なのですが、たまたまチケットをいただけたので来させていただきました」

「…いただけた?ここのチケットを?」

「そう簡単に手に入る代物ではないはずなのだがな。それでも手放しそうなのは…天童氏あたりか」

「ご明察です」

 

 

藤牧君は頭の回転が速いので、読心をした上でちょうどまともな会話ができます。一般の方々からすると話についていけないかもしれませんね。

 

 

「何で今の流れで天童さんが出てきたのよ…」

「一般的に手に入りにくい貴重品を手に入れた上で、躊躇いなく他人に引き渡せる人間は限られている。さらにこのチケットは転売防止策が施されているため、私たちのチケットのような一部の『他人に引き渡す前提で作られたチケット』以外は入場時点で引っかかる。そんなものを持っていて、それをさらに他人に渡すために入手するような人は天童氏くらいしかいないだろう」

「その説明が抜けてるから伝わらないんじゃないの!」

「ふむ、他人を理解するというのは難しいな」

 

 

やっぱりついていけてなかったようです。雪村君に関しては説明を聞いた上でよくわかっていない様子。

 

 

「…まあ、理由なんて何でもいいだろ。たまたまここに6人集まった、それだけだ」

「さあ、どうだろう。天童氏が関わってると確定した今、あの人が仕組んだ可能性が高い」

「何でわざわざそんなことするのよ?」

「………トリプルデート?」

「何言ってんのよことり。そもそも私たちはデートじゃないのよ?藤牧さんに誘われ

「ん?デートだぞ?」

「……………………………うぇえっ?!」

「静かに。大声を出す場所ではない」

「あぅ」

 

 

藤牧さんは人差し指を立てて、西木野さんの唇を押さえて黙らせました。読心するまでもなく無自覚なのですが、これでは西木野さんの心臓が保つか不安ですね。

 

 

「…どっちにしろ、そこの二人がデートかどうかがわからないだろ。それにダブルだろうがトリプルだろうが、デートの邪魔をされるわけにはいかない」

「えへへ…」

「僕らは今何を見せられているのでしょうか」

「よくわかりませんが恥ずかしいものを見ていることだけはわかります…」

 

 

南さんと雪村君のカップルはやたらラブラブでした。砂糖を吐けそうです。

 

 

「で、海未ちゃんはデートなの?」

「「違いますよ?!?!」」

「お静かに」

「「は、はい」」

 

 

何を言い出すんですか突然。楽しんでますねあなた。園田さんに好きな人ができたのが嬉しいんですかそうですか。いえ僕自身は好かれてるかどうかわからないですけど。

 

 

「んん、とにかく。あまり立ち止まってもご迷惑でしょうし、歩きながらお話しましょうか」

「…嫌味か?」

「車椅子だからって卑屈すぎませんか?!」

「その通りだ瑞貴。それにお前は義足だってあるだろう」

「まだロクに歩けない」

「でもすっごく上手になったよ!」

「…まあ、前よりは」

「ははっ。随分と素直だな」

「…うるさいな」

「君達そんなに感情豊かでしたっけ」

 

 

褒められて照れる雪村君やそれを笑う藤牧君。以前は、雪村君は世の人々を丸ごと恨むような、藤牧君は世の人々を丸ごと見下すような…そんな心模様だったのですが。今は随分とさっぱりしたというか、ポジティブな心模様ですね。

 

 

これが恋の力なんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な、なぜ出口に茜が…」

「だって今休憩中だし」

 

 

全ての展示を見終えて会場から出ると、当然のように波浜君が立っていました。即売会の休憩時間だったようです。まあ、デートだとは思われていないようで安心しました。

 

 

「…休憩とか言っても、どうせほぼ売り切っただろ」

「もちろん。今日もお金がもりもり貯まったよ」

「どんだけ売ったのよ…」

「あれ、真姫ちゃんもいるの。にこちゃん呼んでこようか」

「何でにこちゃんもいるのよ?」

「お手伝いさんだよ。もしもーしにこちゃん?今真姫ちゃんとことりちゃんと海未ちゃん来てるよ。愛しの真姫ちゃんだよ。みんな大好きにこまきコンビぐふぇ」

「どーゆー呼び方してんのよ!!」

「速いな」

「感心してないでたちけて死ぬ死ぬ首が」

 

 

矢澤さんもすっ飛んできました。リア充オールスターですかこれ?

 

 

「ん、雪村はいると思ってたけど…藤牧と松下さんもいるのね」

「…にこちゃん、苗字とはいえいつの間に瑞貴さんを呼び捨てに…」

「同い年なんだからいいじゃないの!ことりあんた目が怖いわよ目が!!」

「…別にいいだろ。『瑞貴さん』と呼ぶのはことりしかいないんだから」

「ぅえへへ」

「変な声出てるわよ」

「そういえば藤牧さんってにこちゃんと同い年だったわね…」

「どうした真姫。そんなに老けて見えたか」

「いやお医者様なんだからそんなに若いと思わないじゃない」

「それを言ったら僕も准教授ですよ?」

「松下さんは見た目が子供っぽいじゃないですか」

「それ言っちゃいます?」

 

 

まあ年齢不詳な男性が多いのは確かですけど。

 

 

「むっ。松下さんはしっかりした方ですよ。見た目は小さいですけど」

「海未、それフォローしたついでに追い討ちかけてるわよ」

「小さい方ではありますが貴女達よりは大きいですからね?!」

「おや僕に喧嘩売っておいでですか」

「飛び火が面倒ですねもう!!」

 

 

あっちもこっちも気にしなければならない人間関係なんて築いたことないですからね?

 

 

「茜、そろそろ戻るわよ。結構人待ってるし」

「えー、売れる絵はもうそんなに残ってないのに」

「残ってないからいっぱい居るじゃない。ここからが大変よ、オークションみたいになるから」

「ひいん」

「なんだか矢澤さんの方がしっかりしてますね」

「まあ、にこはお姉さんですから」

「ほら、早く行くわよ」

「にこちゃんおんぶ」

「ふんっ」

「ぐえっ」

「…そういう問題でしょうか?」

「そういう問題じゃないかもしれません…」

 

 

波浜君は矢澤さんに引きずられて戻っていきました。僕以外の人は動じていないあたり、平常運転のようです。大丈夫なんでしょうか。

 

 

「さて…僕らもそろそろ移動しましょうか。水橋君のコンサートもありますし」

「そうですね。それではお先に失礼します」

「海未ちゃん楽しんできてね!」

「またね」

 

 

まあ、展示自体は見終わったので次にいきましょう。コンサート自体は16:00からですが、早めに行った方が良いでしょう。

 

 

…なのですが。

 

 

「すみません、園田さん」

「はい?」

「あの…、コンサート会場ってどうやって行くんでしょう…?」

「…はい??」

「あ、あの…調べてはきたのですが、僕、重度の方向音痴でして…ここはほら、何度か来たことあるので迷わなかったんですけど、今から行くホールには行ったことなくてですね」

 

 

困ったことに、僕には道がわかりません。

 

 

地図を見たらわかる、なんて生温いレベルの方向音痴ではないのです。

 

 

恥ずかしながら隠すわけにもいかないので正直に申し出ると、園田さんは一瞬ぽかんとした後に笑い出しました。

 

 

「…ふふっ」

「ううっ…お恥ずかしい限りです」

「いえ、意外な弱点を聞けて得した気分ですよ。それに、会場の場所なら私も確認してありますから問題ありません」

「ありがとうございます…」

 

 

顔から火が出そうです。

 

 

恥ずかしくて俯いていると、不意に手を握られました。

 

 

「…ほぁっ?!」

「さあ、行きますよ!」

「えっはいわかりました?!」

 

 

突然のことで理解が追いつきません。

 

 

僕は今園田さんと手を繋いでいます??

 

 

どうしましょう。今心臓発作で死んだら死因はトキメキになるんでしょうか。

 

 

僕の手を取り、笑顔でずんずん進む園田さんがやけに煌めいて見えるのはだいぶ重症なのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超満員のコンサートは素晴らしいものでした。流石は世界一の音楽家です。

 

 

2時間のコンサートはたった一曲で、水橋さんただ一人による演奏でした。自身の演奏を多重録音し、それを再生した上でご自身はヴァイオリンによる生演奏を披露していました。顔出しNGなのか、仮面をしていらっしゃいましたが。

 

 

「いやぁ…音楽ってすごいですね…」

「はい…夢のようなコンサートでした」

「本当に夢のようでしたね…」

 

 

嘆息しか出ませんね。

 

 

「まあそういうテーマで作ったからな。『ヴァイオリン協奏幻創「ドア・トゥ・ドリーム」』…μ'sのユメノトビラから着想を得て作った曲だ」

「わぁっ?!み、水橋君…いいんですか、素顔で出てきて」

「どーせ顔出ししてねーからバレねーっすよ。それより、来てくれてありがとうございます。よくチケット取れたっすね」

「いえ…天童君からいただいたものですから。何故か二枚」

「ああ、それで園田がいるんすね」

「お疲れ様です、桜さん」

「はいはいどーも」

 

 

余韻に浸っていると、まさかの本人がやってきました。2時間ノンストップだったはずなのに疲れているようには見えません。すごいですね…。

 

 

「あー!桜さん!!」

「うるせー!!」

「むぐっ」

 

 

突然近くから大声が聞こえたと思ったら、高坂さんでした。すぐに水橋君に取り押さえられていましたが。

 

 

「俺は有名人なの。しかもこの場には俺のファンがたくさんだ。だが誰も俺の顔を知らない、だからこうして出てこれるんだ。わかるな?」

「むぐむぐー」

「わかったならよろし「がぶっ」いってえええええ?!?!何しやがる!!」

「苦しいよ!!」

「わかっとるわ!!」

「ひどい!!」

「仲良いですね…」

 

 

この二人はいつも通りでなによりです。

 

 

「ったく、せっかく呼んでやったのに。俺のコンサートがどんだけ人気だと思ってんだ」

「知らないもん」

「知ろうとしてないんだろうがこのバカ」

「バカじゃないよ!!」

「まあまあ、落ち着いて。注目集めてますよ」

 

 

仲が良いのは大変よろしいのですが、あまり騒がしくすると目立ちますよ。

 

 

…それにしても、このお二人はこんなに仲が良いのにお互い恋愛感情を持っていないんですね。いえ、正確には持っているけど気づいていないのでしょう。

 

 

水橋君に関しては何故か読心が難しいというか、何か違和感があるので正しいかどうかわかりませんが。

 

 

「穂乃果をわざわざ呼んだのですか?」

「ん?ああ。いつも穂むらを使わせてもらってる礼みたいなもんだ」

「それだけなの?!」

「何が不満なんだよ」

「もっと何かないの?穂乃果頑張ってるから、とか!穂乃果ちゃん可愛いから!とか!!」

「無いわバカ」

「…………穂乃果ちゃん可愛いからとか!!!」

「ゴリ押すな」

 

 

高坂さん、これで自分の恋愛感情に気づかないって相当ですね。

 

 

この二人を見ていると自分が恋愛で悩んでいるのが馬鹿らしくなって来ます。この二人は自覚すらないんですから。

 

 

いえ、この二人だけでなく、今まで会った人達の誰と比べても、僕の恋は些細なのかもしれません。

 

 

依存し続けた波浜君、愛を知らない天童君、自分を嫌悪する雪村君は壮絶な経験や有名な立場を乗り越えて恋を成就し、天才医師の藤牧君も立場などお構いなしにアプローチしているようです。水橋君はなんとも言えませんし、御影君は同類ですが、自分の立場を理由に躊躇している知人は誰一人居ないようです。湯川君はちょっとわかりませんが、彼は立場も何もないですし。

 

 

そもそも年齢差はそんなに無いですし、警戒することもなかったかもしれません。

 

 

愛する人と共に歩むためなら、躊躇いも恐れも乗り越えなければならないのでしょう。

 

 

「…天童さんがチケットくれたって言いましたっけ」

「はい、そうです」

「今日の曲は夢がテーマで、苦悩と努力の末に夢を叶える話を想定してます」

「ええ、聞いているだけで伝わってきました。素晴らしい演奏でしたよ」

「どーも。いえ感想を求めてるわけじゃなくてですね。天童さんがそれを見越してあんたを寄越したんなら、何か意味があるんでしょう。()()()()()()()()()()()っていう意思表示だと思いますよ」

「…ええ、そうかもしれませんね」

「何の話?」

「知らねーよ。お前にもわからない話だろ多分」

「すぐバカにする!」

「今のはバカにしたんじゃねーよ」

 

 

まあ、天童君ならこういうお節介を焼くというのはなんとなく想定できていました。

 

 

たまには乗ってあげてもいいかもしれませんね。

 

 

「さて、僕らもそろそろお暇しましょうか」

「そうですね。暗くなってきましたし、お先に失礼させていただきます」

「あっ、じゃあ私も帰る!」

「お前はちょっとこっち来い」

「え!お菓子くれるの?!」

「お前そのノリで変質者について行くなよ?」

「桜さんにしかついていかないよ!!」

 

 

高坂さんは水橋君が引き受けてくれました。ありがたい話です。まあつまりは色々バレたのでしょうけど、気にしないことにします。

 

 

夕日も落ちてきて暗くなってきた道を歩き、秋葉に帰る…前に、少し寄り道しました。人が少なくて、景色の良い場所はたくさん知っていますから、そのうちの一つへ。読心のこともあって、人が少ないところを探すのは日課だったんです。

 

 

「もう日も沈んで暗くなってきましたね」

「はい。ですが、夜になる直前の空も綺麗ですね」

「そうでしょう?僕のお気に入りの場所の一つなんです」

 

 

ひとつだけ置かれたベンチに腰を下ろすと、隣に園田さんも座ってくれました。なんだか距離が近いような気がします。

 

 

「…今日は楽しかったですか?」

「はい!誘ってくださってありがとうございます」

「どういたしまして。せっかく誘ったのに楽しくなかった、と言われたらどうしようかと思いましたよ」

「ふふ、何を言っているんですか。あなたは心が読めるのですから、言わなくてもわかるはずでしょう?」

 

 

柔らかく笑う園田さんに見惚れつつ、当然の問いかけに一瞬返事を躊躇いました。

 

 

「…いえ、それがですね」

「…?」

「実は、あなたが僕の部屋に来てくれた時から…あなたの心は読んでいないんです」

「…えっ」

「あなたの心を読むのが怖くなってしまって。その理由を言うべきかずっと迷っていたのですが、今日一日一緒に過ごして決心しました」

 

 

園田さんが不思議な表情を浮かべていましたが、僕はもう言うと決めました。だから遠慮なく言わせていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

「僕は…あなたを好きになってしまいました。もし良ければ…僕と付き合っていただけませんか」

 

 

 

 

 

 

 

この言葉を絞り出すだけで恐怖で頭が麻痺しそうになります。

 

 

それでも言わないわけにはいかないんです。迷ってばかりはいられない。

 

 

どんな返事が来ようとも覚悟しなければ…と今更警戒していたのですが。

 

 

そのお返事は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………心、読んで無かったのですか…?」

「へ?は、はい」

「わ、私が…どれだけ…」

「あ、あの?」

「私が!あなたに心を読まれていると思って!!私の恋心がバレてると思って今日一日過ごしたというのに全部私の思い過ごしだったというのですか?!?!」

「えええええ?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

予想外も予想外な流れになってきました。

 

 

「今朝!あなたが綺麗だって言ってくださったのもそれがバレてるからだと思ったのに!!手を握ったのも仕返ししようと思って勇気を振り絞ったからなのに!!というかあの日から毎回毎回どうしたらあなたに恋心がバレないか考えながらメールや電話をしていたのは全部私の一人相撲だったということですね?!?!」

「えっちょっ落ち着いてください、なんでそんなにお怒りに

「怒ってません!!」

「怒ってないんですかそれ?!」

 

 

結論だけ纏めれば告白成功なのですが、なんだか妙な展開になりました。言葉遣いやμ'sでの立ち位置や、弓道や日本舞踊をしているというからお淑やかなのかと思ったら随分と感情ぶちまけますねこの子。

 

 

「ああ恥ずかしい…自分で勝手にアピールしてしまっただけではありませんか…」

「いえ…結果的に両想いだったのですから問題ないのでは…」

「それは結果論です!!」

「いえ仰る通りですけど!!」

 

 

あ、なんだか勝ち目無さそうな気がします。

 

 

「もう責任取ってください!」

「いえ元々そのつもりだったん

 

 

 

 

 

園田さんが突然接近してきて。

 

 

唇が重なりました。

 

 

 

 

 

「…幸せにしてくれないと怒りますよ」

「勿論です」

 

 

急にしおらしくなってしまった園田さんが堪らなく可愛らしくて、そのまま抱きしめてしまいました。お互いの心音が聞こえそうなくらい…

 

 

…って、お互い心臓バクバクじゃないですか。

 

 

わかります、ものすごく恥ずかしいのは僕もわかりますよ。

 

 

「…園田さん、

「海未です」

「はい?」

「海未って呼んでください」

「…あの、海未さん」

「はい」

「心臓バックバクですが大丈bうぐっ」

「…それ以上言うと締め落としますよ」

「ばっバイオレンスですね…?!」

 

 

これは「海未」って呼んだ瞬間心音が跳ね上がったのは言ったら死にますね。

 

 

「…まあ、そういうところも好きですよ」

「明さん…Mなんですか?」

「違いますよ?!?!」

 

 

なんだか有らぬ疑いをかけられてしまいました。

 

 

でも、まあ。

 

 

物理的に苦しいのを除けば、幸せではありますね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

というわけで松下さん&海未ちゃんでした。いやあ尊い!尊いですなぁ!!(自画自賛)
今回はノリでビッグサイトをラブライブ時空効果で虹ヶ咲に変えました。スクスタ時空ではないので虹の皆さんは出てきませんが、こういうネタも面白いと思いませんか?思いませんか??(同調圧力)

忙しくなってきて執筆時間も限られてきたので、横道に逸れるお話は控えめにして全員ハッピーエンドまで駆け抜けようかと思います。どうせ最後の1人が長いんですけどね!!

そんなわけで私はラブライブ!フェスDay2現地勢なので今日は早めに寝ますね!!現地にいらっしゃる方はどこかでお会いするかもしれませんね!!


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エリーチカポンコツ化の瞬間を捉えることに成功



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまた1人お気に入りしてくださいました!!ありがとうございます!!皆様のためにも私がんばります!!

しかし隔週投稿がデフォになってきました。よろしくない!頑張って書きます!!

今回はタイトル通りエリーチカの出番です。つまり彼の出番でもあります!さてどうなるのでしょうか!!


というわけで、どうぞお楽しみください。


また1万字いきました。




 

 

 

 

 

長い長い夏休みも終わり、今日から2学期が始まる。

 

 

現時点で既に来年度の入学希望者は去年よりも多く、廃校とはなんだったのかと言わんばかりだ。スクールアイドル活動も相当な影響力があったと見える。

 

 

まあ、海外ライブとかファイナルライブをしたのは去年度の末だったし、μ'sが最も人気が出たタイミングを考えると来年度の入学希望者の方が多くなるか。

 

 

「理事長、ありがとうございました。続きまして、生徒会長挨拶。生徒会長、よろしくお願いします」

 

 

そして、2学期頭は生徒会の代替わりの時期だ。穂乃果の危なげないようでちゃんとした会長業務も遂に終わるのだ。

 

 

その穂乃果は、去年絵里がやったように、立ち上がって拍手をする。他の生徒も続いて拍手で新しい生徒会長を迎える。

 

 

そして、その新生徒会長とは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。ご紹介いただきました新生徒会長、西木野真姫です」

 

 

 

 

 

 

 

…まあコイツしかいないだろ。

 

 

穂乃果が生徒会長してたことを考えると凛がやってもいい気もしたが…まあ、真姫の方が適任だろ。

 

 

まあアイドル研究部2年生はまるごと生徒会にぶち込まれたがな。

 

 

そう。

 

 

俺もだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、これからよろしくね」

「一緒に頑張ろうね!」

「頑張るにゃー!」

「ま、よろしくな」

 

 

つーわけで、新生徒会始動だ。見慣れた面子だらけで目新しさがほぼないけどな。

 

 

「真姫が生徒会長なら安心ですね」

「これからがんばってね!」

「わからないことがあったら何でも聞いて!」

「穂乃果に聞いても何もわかんねぇ気がするんだがな」

「そんなことないよー!」

「去年の予算会議の資料はどこにあるんだ」

「えっと…」

「それでしたらそちらの棚に」

「ほらな?」

「いじわるー!!」

 

 

旧生徒会メンバーもサポートしてくれるらしいが、穂乃果は実務的にはあまり役に立たないだろう。いや、生徒会長としてしっかり仕事はしていたんだが、やり方が我流だったせいで参考にならないのだ。

 

 

心構えとかなら聞いてもいいかもしれんが、実務に関しては海未とかことりに聞く方が遥かに建設的だ。

 

 

「まあ、がっつり働くのは明日からになるだろ。軽く仕事の確認したら練習行くか」

「そうね。勝手がわからないまま頑張っても上手くいきそうにないし」

「ふふ…()()()()は頼もしいですね。マネージャー業務のおかげでしょうか」

「さあな。弟達のおかげかもしれん」

 

 

そう。

 

 

新生徒会の中での俺の役職は副会長だ。

 

 

会長のサポート役である副会長にはマネージャーたる俺が最適だという結論になった。花陽でも良いと思ったんだがな。ちなみに花陽は書記で凛は庶務。まあ妥当か。

 

 

「じゃあ、生徒会の仕事を軽くおさらいしてから練習行きましょ」

「えー、すぐ練習したいにゃー」

「我慢しろ。何もわからないままだと足手まといになるぞ」

「にゃー…」

 

 

まあすぐにでも練習したい気持ちはわかるが、学院内でも結構重要な立場になるんだ。疎かにはできないな。

 

 

考えるのが苦手な凛には悪いが、頑張ってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、って感じだけど。

 

 

僕は今、絵里ちゃんと待ち合わせしている。

 

 

国立大学って夏休みが長いんだ。だいたい9月末まではお休みらしい。だから高校生が2学期始まっても大学生はお休みだったりする。

 

 

だから学生が減る9月頭にチョコレート展に行くことになったんだけど…。

 

 

 

 

「…どっ、どうしよう…天童に連絡がつかないし、僕は今日一体どうしたらいいんだ…??」

 

 

 

 

僕は絶賛ヘタレていた。

 

 

だって仕方ないじゃん。少しマシになったとはいえ、僕はシナリオがないと何もできないことに変わりはないんだから。

 

 

「誘ったのはいいし、予定もバッチリ決めてあるけど具体的に僕は何したらいいんだ…?まずお昼ご飯食べて、そのあとチョコレート展に行って、終わったら解散。漠然としすぎだよ!!もっとこう、具体的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()くらい決めないと…」

 

 

不安しかない。

 

 

シナリオなしで生きていくのは僕にはちょっと難易度高すぎる。

 

 

変装しているから、道ゆく人には僕が誰だかわからないはずだ。でも露骨に不安がっていたら変質者かと思われちゃうから、平常心を装わなきゃいけない。

 

 

冷や汗出そうだ。

 

 

「お待たせしました!」

「ふぉっ」

「ど、どうかしましたか…?」

「なん、何でもないよ…」

 

 

目の前に突然天使…げふん、絢瀬さんが現れたから変な声が出ちゃった。うわぁめっちゃ綺麗だ…いつもよりお洒落してきてくれてる気がする。かわいい。美しい。綺麗。三倍役満だ。

 

 

「あの…今日、ちょっとお洒落してきたんですけど…どうですか?」

「ほあっ?!え、えーっと、か、かわいいというか、素敵というか、なんというか…」

 

 

こ、これはまずい。照れてる絢瀬さんの破壊力に僕の語彙力が追いつかない。助けて天童。助けて松下君。

 

 

焦って色々もごもごと言っていると、不意に絢瀬さんが笑い出した。

 

 

「…うふふっ!」

「な、何で笑うのさ?!」

「ごめんなさい、焦ってあわあわしてるのがおかしくて…!」

「ううううう…だからシナリオに無いことをするのは苦手なんだって…。今日は何のシナリオもないからきっと終始こんな感じだよ…」

 

 

恥ずかしくて思わず顔を隠してしまう。情けない。頼りない。みっともない。三倍役満だ。穴があったら入りたい。

 

 

「ふふ、大丈夫ですよ。今日は私がしっかりエスコートしますから。無理せず、のんびり行きましょう?」

「は、はい…」

 

 

しかも絢瀬さんはものすごいしっかり者だ。とても申し訳ない。

 

 

僕らはそのまま、絢瀬さんに手を引かれるまま移動を始めた。もうちょっと、男らしいところというか、頼りがいのあるところを見せないと失望されちゃう…なんとかしなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(きゃーーーーーーーっ?!今私御影さんの手握っちゃったわ!!緊張して手汗とかかいてないわよね?あーだめだめ落ち着くのよエリーチカ、御影さんは自分で考えるのが苦手って言ってたし、私がしっかりしなきゃ!平常心、平常心よ。クールでスマートにかっこよく!いくわよ!!)

 

 

つい手を握っちゃったけど大丈夫かしら。御影さんは申し訳なさそうに俯いているから表情が見えない。けれど、今私の顔を見られたら多分真っ赤だしにやけてるしで酷い表情だから見られなくて正解かも。

 

 

それに今日のチョコレート展はたまたま一緒に誘っていただいただけなのだし、あまり浮かれちゃいけないわ。

 

 

御影さんに良いところも見せたいし、私がしっかりしなきゃいけないのよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わああああ!!見て見てこれすっっっごく美味しそう!!ああっこっちも綺麗でお洒落だわ!!」

「そっ、そうだね…!待って待って先行くとはぐれるよ!!」

 

 

大誤算だ。

 

 

あんなにしっかり美人で凛々しい絢瀬さんが今や小学生並みのハイテンションかわいいガールになってる。

 

 

ギャップ萌えで鼻血出そう。

 

 

でもすごい勢いであっちこっち行くもんだから僕も見失わないように必死だ。君がエスコートするんじゃなかったのかい。むしろ君が迷子になる勢いだよ?

 

 

「あら!これ試食していいんですか?」

「はぁ、はぁ…やっと立ち止まったと思ったら試食か…」

「んーっ!美味しい!!」

「幸せそうで何よりだよ…」

 

 

至福と言った表情でチョコレートを頬張りながら頭を揺らす絢瀬さん。同時に自慢のポニーテールもブンブン揺れるもんだから犬みたいだ。うわーかわいい。

 

 

「どうぞ!」

「え?」

「はい、あーん!」

「うぅおうおぅええぇ??」

「あーん!!」

「あ、あーん?」

 

 

すっごい笑顔でチョコを一欠片差し出された。しかもあーんされた。何、僕今日が命日だったりする?

 

 

口の中に優しく放り込まれたのは甘いミルクチョコレートだった。美味しいし甘い。そしてやってることもとても甘い。

 

 

「ね!美味しいですよね!!」

「う、うん…美味しいね」

 

 

味わうどころじゃない。でもこんなすっごい笑顔で言われたら頷くしかないじゃん。

 

 

「はぁ…天国みたいだわ…!」

「うん…多分ニュアンスは違うけど僕もそう思うよ…」

 

 

絢瀬さん的にはチョコ天国なんだろうけど、僕からしたらギャップ萌え天国だ。

 

 

と、そこへ。

 

 

「あら?絵里さんじゃない」

「はっ!つ、ツバサさん…こ、こんにちは。こんなところで会うなんて奇遇ね」

「ええ。まさかあなたがいるなんてね。あんじゅも英玲奈もいるんだけど…()()()()1()()()()()

()()

 

 

まさかの知り合いとの遭遇だ。

 

 

絢瀬さんとは事前に、「知人にあったら僕は居ないものとして振る舞う」ように頼んでいる。いつもの完璧な変装じゃなくて自我が残った上での変装だから、それなりに話したことがある人には見抜かれるかもしれない。

 

 

僕が絢瀬さんと2人で出かけていることが知られたらスキャンダルとかですごく困る。僕自身が、というより絢瀬さんに迷惑がかかる。だから絢瀬さんには1人のフリをしてもらって、僕は目立たない人に()()。離れすぎない程度に距離をとっておいて、後で合流するんだ。

 

 

「そういえばチョコが好きって話だったわね」

「ええ、前から来てみたかったのよ。逆にあなたがいるのが意外ね」

「そうかしら?私たちのマネージャーが誰か、考えてみたらすぐわかると思うわよ」

「あっ」

 

 

僕も察した。よく見れば少し離れたところにすごい人だかりが出来てるし、きっとあそこに彼が…白鳥くんがいるんだろう。

 

 

「あなたも大変ね」

「ほんとよ。また渡は女の子に囲まれて…そんなにお仕置きして欲しいのかしら…ぐぬぬ」

「す、すごい人気ね…」

「当然よ。世界中で絶賛された最高級のチョコレート、しかも渡が全力で原価を抑えてるからそこら辺の高級チョコより全然安いのよ?誰だって欲しくなる…のはわかるんだけどなんであんなに女の子ばっかり集まるのかしらね!!」

「ツバサさん、すごい顔になってるわよ…?」

 

 

綺羅さんがものすごく憤慨して目を向ける白鳥くんはちょうど裏方に引っ込んだようで、人だかりは少しずつ解消され始めた。

 

 

「私たちのマネージャーなのに!」

「有名人だから…ってわけでもなさそうね」

「そうよ。あいつ天然タラシだから!ほんとに!!」

「あ、あはは…。でもそんなに嫉妬するなんて、相当好きなのね」

「ええ」

「…」

「ええ、好きよ。当たり前じゃない。あんなにいつも側にいてくれて、私たちのために頑張ってくれて、辛い時に励ましてくれて、大丈夫、俺が全部なんとかしてやるって言ってくれて。好きにならない方が無理なのよ」

 

 

綺羅さんは何のためらいもなく言い切った。アイドルだっていうのに、全く恐れず。

 

 

「あなたはそういう人、いないの?」

「…えっ私?!」

「ええ。にこさんや希さんの話は聞いてるけど、あなただけ何の音沙汰もないもの」

「………………わ、私は

「ツバサ!ここにいたのか!」

「何よ英玲奈そんなに急いで」

「急げ!渡が疲れて無防備になっているのは今しかない!あんじゅはもう先に行ってるぞ!!」

「…ちょっと何でもっと早くそれを言わないの!!絵里さんごめんなさい、もう行くわね!!」

「えっ、ええ?」

 

 

綺羅さんは何やら大急ぎですっ飛んで行ってしまった。会話の続きが気になるところだけど…まあ、仕方ないか。

 

 

「…もう大丈夫かな?」

「わあっ?!み…もう、びっくりさせないでください」

「あはは…存在感消してたからね。ごめんね」

「いえ…私も派手に驚いてしまってごめんなさい。それにしても、白鳥くんの人気はすごいですね。こんなにも人が集まるなんて」

「そうだね…。料理の才能もすごいけど、人としての魅力も高いんだろうな」

「チョコも美味しそうですし…」

「…買ってあげようか?」

「え?」

 

 

展示してある、白鳥くんが作ったであろうシンプルなミルクチョコ。絢瀬さんがずっと凝視してるものだから、流石に欲しがっているのがわかる。

 

 

こういう時は買ってあげるもんだ。…って天童が言ってた。こういう気遣いが自分でサッと出てくるようになりたいなぁ。

 

 

「えっ…いえっ、あの、そんな…」

「申し訳ない、とかは思わなくていいよ。一緒に来てくれたお礼もしたいし」

「えっと…じゃあ、お言葉に甘えて…」

 

 

ただ、チョコを食べたくて仕方ないって顔してる絢瀬さんに我慢させたくなかった、っていうのは…僕の考えってことでいいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーむ、なかなかやるな…」

「すごいよね。うちは御影さん、しばらくどこにいるかわからなかった」

「あーまあ、大地がすごいやつなのはわかってんだがな」

「?」

 

 

こちら天童。そう、みんな大好き天童さんだ。今は友人である大地を尾行して楽しnゲフンゲフン。大地を見守ってやっているところだ。

 

 

しかし、ぶっちゃけ大地より気になることが出てきたのだ!

 

 

「俺が言ってるのは絵里ちゃんのことだよ。あの子、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。テンション上がってウキウキな状態でもボロを出さないのはなかなかの意志力だなって」

「ふふ、えりちは意志の強い子やからね」

「流石は君の友人だな」

 

 

絵里ちゃんは大地と会ってから一度も「御影」も「大地」も言っていない。意外と難しいことだ。友人ならお前とかあんたとか、二人称で通せるだろうが絵里ちゃんにとって大地は年上の有名人だ。名前を呼ばないで問いかけるのは気を付けていてもうっかり出そうなもんだ。

 

 

「でもうちが隣にいるのに天童さんはえりちばっかり見てたってことやね?」

「おっと希ちゃん距離が縮まってないかね?何とは言わないが柔らかいものがわたくしの腕に当たってるんですよいいんですかねお嬢さん」

「当ててるんです」

「やだこの子とってもやらしい。やらしくて嫉妬深いなんて近い近い近い顔が近い」

「天童さんのためならちょっとやらしいことくらい…」

「何だって?雑踏のせいでよく聞こえん」

「ばかっ」

「こら腕にまとわりつくんじゃありません。天童さん寒気がすごいよ今。背筋に大寒波来てる」

「凍えちゃえ」

「彼女からの当たりが強い件について」

 

 

まあ結果としては希ちゃんの機嫌を悪くしてしまったがな。しかしそんなところも可愛い。みなさーん!うちの彼女可愛いですよー!!

 

 

「ほらチョコ買ってあげるから機嫌直して」

「天童さんも一緒に食べよ」

「えー俺甘いのあんまり好きじゃない」

「知ってる」

「知ってて言ったのかね君は」

 

 

しかし俺の財布からはお金が消えていくのであった。可愛い彼女のためだからね。仕方ないね。

 

 

いや仕方なくないな。破産しちゃう。経済のハサンだ。アサシンになってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は誘っていただいてありがとうございました」

「どういたしまして。楽しんでくれたようで何よりだよ」

 

 

自分がエスコートするとか言っておきながら、うっきうきで先行しちゃった絢瀬さんも会場を出ると元の美人に戻った。ギャップで燃えそう。灰になる。

 

 

さっきまで小学生ばりのうきうきテンションだったのに今は背筋を伸ばしてクールに歩いてるんだから、これはもうギャップで何人か萌え殺していてもおかしくない。

 

 

ああ、やっぱり好きだな。

 

 

凛々しくて、しっかりしてるけど時々危なっかしくて可愛い、そんな絢瀬さんが好きだ。

 

 

まあ綺羅さんのように堂々と宣言はできないけど。

 

 

いつか言えたらいいな。

 

 

「さ、早く帰ろうか。チョコ溶けちゃうし」

「ええ。…なんだか、今日1日ですごく変わりましたね」

「へ?何が?」

「あなたが。朝会ったときにはうまく言葉も出なかったのに、今はあなたから『帰ろう』って言ってくださっている…。考えるのが苦手だって仰ってましたけど、随分慣れたんですね」

「…そうかもね」

 

 

言われてみればそうかもしれない。今、帰ろうかって促したのは無意識だ。何かの役に入っていたわけでもなく、自然と、僕の意思で。

 

 

絢瀬さんに振り回されたからかな、僕がしっかりしなければって思ったから。

 

 

なんだか絢瀬さんには色々貰ってばっかりだ。

 

 

この先もこんな風に成長していけたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大地、何をしている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喉が干上がった。

 

 

絢瀬さんと並んで歩く、人通りのない住宅街の道の先。

 

 

よく知る人がいた。

 

 

「と………………父、さん」

 

 

御影辰馬。

 

 

僕の、父親。

 

 

「こんなところで何をしている」

「…」

「時間は有限だと何度も言ったはずだ。遊び惚けている暇があったら演技を磨け。台本を頭に叩き込め。身体を鍛え、体の質を上げろ。ボーッとしている暇など全くない」

 

 

父さんは、役者としての僕にしか興味がない。僕の才能にしか興味がない。僕という人間には、興味がない。

 

 

そして、僕は父さんに逆らえない。そうして生きてきたから。

 

 

突然生き方を変えるなんて、できはしない。

 

 

「………ぁ、」

「ぼさっとするな。早く家に帰れ。帰って役を叩き込め。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「お言葉ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

掠れた声で、はい、と答えそうになった時だった。

 

 

絢瀬さんが。

 

 

真剣な表情で、凛々しく、力強く、僕を守るように一歩前に出た。

 

 

「御影さん…御影大地さんは、()()()()()()()()()()()()()()。大地さんの人格を否定するような物言いは相応しくないかと思います」

「…なんだ君は」

「申し遅れました。絢瀬絵里と申します」

「絢瀬絵里…ふん、スクールアイドルとかいう()()()()()()()()()()。悪いが君に用はない」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

絢瀬さんは父さんの嫌味にも一切臆さない。むしろカウンターで倍返ししそうな勢いだ。

 

 

「近頃の学生は不躾だな。これは私と大地の、親子の問題だ。部外者が口を挟むな」

「お断りします」

「何?」

「お断りします。友人が困っているのですから、それを助けるのが友人の役目。ましてや家族間の問題で悩んでいるのなら、家族に頼れないというなら、友人以外の誰が助けるというのですか?」

「…口だけは達者だな」

 

 

言い負かした。父さんに、反論のネタを尽きさせた。なんて子だ…。

 

 

「だが、私は息子の教育をしているところなのだ。邪魔をするな」

「あなたのそれは教育とは言いません」

「…なんだと?」

()()()()()()()()()()()。大地さんは自分で考えるのが苦手だと言っていましたが、今わかりました。原因はあなたですね?あなたが彼から自立を奪ったのですね?」

「ふん、()()()()()。大地は天才だ、天才的な役者の才能を持っている。何の役にでもなれる。性別すら問わず、な。だが、役者が本当に「役に成る」ためには、自我は必要ない。役として考え、役として動き、役として尽きるのが最高の役者だ。役者とは無我なのだよ」

「そうかもしれません。私は役者になったことが無いのでそれはわかりません」

 

 

絢瀬さんが父さんの言葉を認めた時、父さんは目を細めて口角を吊り上げた。そして、そのまま言葉を叩きつける。

 

 

「だったら

「ですが」

 

 

いや、叩きつけようとした。その前に絢瀬さんの言葉が差し込まれた。父さんはそのまま言い淀んでしまう。

 

 

「大地さんは、大地さんです」

「…」

「何の役になろうとも、大地さんは大地さんなんです。()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()。他の何者でもありません」

 

 

一瞬、静かになった。

 

 

そして、いつか絢瀬さんと2人で話した時のように、絢瀬さんの言葉が僕の中にスッと入ってきた。

 

 

「…他の、何者でも、ない」

 

 

声に出してみると、心が軽くなった。ずっと思っていた、「僕自身なんて無い」という思いが崩れて「僕は僕だ」と思う心が芽を出した。あの日、絢瀬さんがくれたきっかけが、今確実に僕の心に根付いた。

 

 

「…それがどうしたのだ」

 

 

父さんは止まらない。引かない。むしろ、こちらに向かって近づいて来ながら威圧してくる。

 

 

「天賦の才を無駄にするわけにはいかない。そいつは最高傑作だ、役者の中の役者だ!私が、全ての役者が夢見た最高の役者だ、その才能を無駄に消費するわけにはいかない!!」

 

 

ずんずん近づいてきて、父さんが右腕を振りかぶる。絢瀬さんを払い除ける気だ。

 

 

いや、そんなことはさせない。

 

 

絢瀬さんには指一本触れさせるものか。

 

 

()()()()。だから、今は、僕が思うまま動ける。

 

 

例え父さんが相手だとしても!!

 

 

「そこをどけ小娘…!!」

「っ!」

「父さんッ!!」

 

 

バシっ!!と、父さんの腕を僕の腕で受け止める。一瞬だけ滞嶺くんの役に力を借りた。突然前に出てきた僕に、父さんは驚いていた。

 

 

「…もうやめよう、父さん」

「…何を言っている」

「ごめん、父さん。僕はもう従順な奴隷じゃいられない。僕自身の足で立って、僕自身の腕で守らなきゃいけない大切な人がたくさんできたから」

「ふざけるな。それでは数多の役者の夢が…」

「父さん」

 

 

父さんが言って欲しく無いことは、わかっている。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そして、僕はそれを敢えて言わなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

無言だった。

 

 

父さんは驚いた表情で動きを止め、絢瀬さんは心配そうに僕を見ている。

 

 

やがて、父さんが腕を下ろし、一歩下がった。

 

 

「…」

「父さん、

「やめろ」

 

 

声をかけたら、遮られた。きっとこれ以上声をかけても答えてくれないだろう。

 

 

「…気づいていたのか」

「最近ね」

「…そうか」

 

 

父さんはそれだけ言って後ろを向き、ふらふらと歩いて行ってしまった。どうしよう。

 

 

「あ、あの…ごめんなさい、口出しちゃって。でも私、我慢できなくて、あの、」

「…ううん、ありがとう。むしろ感謝してるよ。君のおかげでやっと父さんに向き合えた気がする」

 

 

後ろにいる絢瀬さんはあたふたしていたけど、僕はむしろ感謝しかなかった。本当に、彼女のおかげで動けたんだ。

 

 

だから僕は、絢瀬さんの頭にそっと手を置いて、

 

 

 

 

「君がいてくれて、本当によかった」

 

 

 

 

そう言った。

 

 

なんだかとっても晴れやかな気持ち…ん?今すごく恥ずかしいことしてない?

 

 

「はぅ、はわわわわわ…」

「…………………あっごめん!!急に頭撫でたりしちゃって!あの、えっと、これはね!あれだよあのー、えーっと

「お、おおおおお先に失礼しますぅっ!!」

「えっ?!ちょ、ちょっと?!」

 

 

気がついた時には絢瀬さんの顔は、いや顔からどころじゃなくて耳も首も真っ赤で、裏返った声で叫んで走っていってしまった。

 

 

え、これはどうなったの?

 

 

今のリアクションは恥ずかしがってたのか嫌がってたのかどっち??

 

 

教えて天童。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでしたか?」

 

 

俺は大地の後は追わず、希ちゃんも家に返した上で、住宅街の一角で待ち伏せしていた。

 

 

待っていた相手は。

 

 

「…()()()()()()()

「ええその通りですよ。お久しぶりですね、辰馬さん?」

 

 

大地の父親、御影辰馬さんだ。

 

 

「数年前も君に唆されたな」

「唆されたなんて言わないでくださいよ。いい話だったでしょう?大地を俺に預けてくれれば世界最高峰まで連れて行きますよって言っただけですし、実際その通りになったんですから」

 

 

この人とは面識がある。というか、半分監禁されていた大地を引っ張り出すために色々交渉したんだけどな。いやーあの時の俺頑張ったなー!

 

 

「…大地は最高の逸材だったんだぞ」

「ああ、()()()()()()()()()()()()最高の役者という夢を叶える人材としてはね」

「…」

「そう睨みなさんな。事実なんですから」

 

 

恨み込められても困っちゃうぜ俺。

 

 

それにさ。

 

 

「大体、あなたの息子なんだから同じこと考えますって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…っ?!な、なぜそれを…」

「調べたんですよ、昔のニュース。新聞漁るしかなくて大変だったんですよー?俺らが生まれる前の話ですし。妻の竜胆沙苗さん…あー、竜胆は旧姓か。まあいいや、とにかく奥さんとロケ先で出会って、親密になって…。奥さんをマスコミから守るために俳優を辞め、息を潜めてほとぼり冷めてから結婚した。そうでしょう?」

「…」

 

 

割と気にはなっていた。

 

 

何でわざわざ大地を洗脳してまで俳優業をやらせたのか。

 

 

答えは単純、自分が叶えられなかった夢を叶えて欲しかったから。もしかしたらそんなつもりはなかったのかもしれないが、たまたま、才能の塊ともいうような息子に恵まれてしまったから、そんな考えが浮かんでしまったんだろう。

 

 

きっと大地が凡人だったら、そこそこいいお父さんになっていただろうに。

 

 

大地が天才だったばかりに、夢を思い出してしまった。またかつての夢を見てしまった

 

 

天才って罪だな!

 

 

「…私のようにならないために、関係を遮断したのに」

「バカですねぇ。あなたの選択が悪かったわけじゃないし、そこに劣等感を抱く必要はまったくなかったのに。それに」

「…?」

「大地はあなたとは違う人間なんですから。あなたの望むような人生を送るわけがないでしょう」

 

 

たまに、子供に自分がしたかったことをやらせようもする親がいる。

 

 

まあ好きにしたらいいんだが、子供は自分とは違う人間だということは理解しておかなければならない。

 

 

多様性をしっかり理解して初めて、まともに他人を思いやれるようになるし、親切になれるのだ。

 

 

周りの天才どもが基本良いやつなのも、他人と自分の違いが分かり易いからだろうしな。

 

 

「まあ、大地なら大丈夫です。たまたま巡り合った絵里ちゃんのおかげで、あいつは俳優としてのプライドも手に入れ、愛する心も見つけた。きっと来年には堂々と交際し始めるでしょうよ」

「来年か…」

「そ、来年」

「…ふ、遠いな」

「何開き直って楽しみにしてんですか」

 

 

辰馬さんもそういうのを理解してくれるといいなぁ…とか思ってたのに急に下世話なお父さんになりやがった。切り替えはえーなオイ。

 

 

ま、これで親子仲良くなるならいいんだけどさ。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

絵里ちゃんと絡むたびにどんどん強くなる御影さん。そしてポンコツ化したりイケメン化したりする絵里ちゃん。濃いなこのコンビ!笑
御影さんのお父さん話は結構前からしようと思っていました。親子って難しい。そして絵里ちゃんのおかげで関係が改善していく御影家が楽しみ!笑


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恋心



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまた1人、お気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!皆様のおかげで失踪しないで頑張れてます、これからもよろしくお願いします!!

そして久しぶりに隔週じゃないですよ!頑張りましたよ!!
というかそろそろ締めにかからないと永遠に終わらなさそうなので話進めないといけないんですよ。だって3月でこの作品連載開始から3年目に突入しますからね。よくもそんなに書けたな私。

今回は少し時間をすっ飛ばして10月です。そして主役は…サブタイトルで察せますか?漢字2文字は彼のモノ!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

時は過ぎて秋だよ。

 

 

毎年恒例のハロウィンイベント真っ最中だよ。今年も僕が協賛…というかむしろメインのアートディレクターだよ。湯川君が作った貼って剥がせる謎フィルムをメインストリート全体に貼りつけて、あれもこれもハロウィンペイントでいっぱいにしてやった。流石に5時間くらいかかったよ。

 

 

まあ十分早いけどね。

 

 

「そして疲れたからおんぶしてにこちゃん」

「嫌よ」

「厳しい」

 

 

あわよくばにこちゃんとくっつける作戦は失敗した。悲しい。疲れたのは本当だけどね。

 

 

「ところで創一郎は一体何してるの」

「去年のせいでハロウィンがトラウマになったらしいわよ」

「何でだろうね」

「あんたのせいでしょ」

「ふげっ」

 

 

で、今年もライブに招かれたらしい音ノ木坂のスクールアイドル達のために舞台設営をしていた創一郎は、死角になるところで縮こまっていた。縮こまっててもでかいけど。

 

 

僕がプリキュアやらせたせいだね。ごめんて。

 

 

「元気出して創一郎」

「一体誰のせいだと思ってんだ」

「痛いよ。顔掴んで持ち上げるなんて世紀末男じゃん」

「世紀末で結構だから俺は今日は静かに生きるぞ」

「わかったよ。そんなにキュアブラックの方が良かったんなら言ってくれr痛い痛い嘘嘘冗談痛い痛い潰れるひしゃげる崩れ落ちる」

 

 

去年キュアホワイトやらせたから今度はキュアブラックやってもらおうと思ったらものすごいパワーで顔を握られた。頭蓋骨曲がりそう。

 

 

「あっ創ちゃん見つけた!」

「もう、どこ行ってたのよ?会場の整理してくれないとお客さん入れないわよ?」

「うっ…すまん…」

「落ち込み方が半端じゃない」

「いい加減メンタル鍛えなさいよ」

「それと少しでいいから僕の心配して」

「自業自得じゃない」

「仰る通りです」

 

 

そして相変わらずメンタルが豆腐だ。生徒会やってるんじゃなかったっけ。大丈夫なのそのメンタルで。

 

 

創一郎はそのまま真姫ちゃんと凛ちゃんに連れ去られた。ちなみに花陽ちゃんはファンに囲まれて「誰か助けてぇー」って喚いてる。ちょっと待っててー。

 

 

そして離れたところでは穂乃果ちゃん達が着替えるために仮設の更衣室に向かっているのが見える。

 

 

「…そういえば最近気になってたんだけど、ちょっと前から穂乃果ちゃんひまわりのネックレスつけてるよね。あれどうしたのかな」

「え、聞いてないの?誕生日に桜にもらったらしいわよ」

「何それ詳しく」

「穂乃果に聞きなさいよ」

「ごもっともだね」

 

 

なんとなく聞いてみたらすごいネタが降ってきた。桜いじりが愉しくなる。

 

 

後で穂乃果ちゃんに聞いておこう。

 

 

「ライブ見ていきたいとこだけど、僕は僕でお仕事あるから見れないな」

「後で録画見せてもらいなさい。希が撮るって言ってたし」

「にこちゃんは撮らないの?」

「私はあんたについていくに決まってんでしょ」

「好き」

「ふんっ」

「あふん」

 

 

つい好きが溢れちゃった。

 

 

そんなわけで一旦ライブ会場周辺を離れ、大通りの一角へ移動。にこちゃんと2人で。デートじゃんこれ。ハロウィンデートだ。仮装してこればよかった。

 

 

「と思ってたところに丁度よく仮装製造機が」

「…誰が仮装製造機だ」

「この前やばい数の服作ってたじゃん」

「あれはことり用だ。売らん」

「別に欲しいって言ったわけじゃないんだよ」

 

 

移動中に偶然ゆっきーがいた。それと車椅子を押すまっきーと、フルメタル湯川君(多分)。何でフルメタルなの。

 

 

「そこのSFに出てきそうなのは誰なのよ」

「何を言っている矢澤嬢。こんなものを作れるのは湯川氏しかいないだろう」

「そうだとは思ったけど顔も見えないから不安じゃないの」

『顔も見えないから不安なのか?』

「実際中身空っぽな可能性あるからね」

「しかもめちゃくちゃサイバーな声になってるし。わかんないわよ」

『今日はどんな格好をしてもいい日だと聞いた』

「まあ全裸とかじゃなければだいたい許されるのは間違い無いね」

「直接目を合わせることを避けられると同時に、多数のカメラと環境測定機器からの情報氾濫による精神安定化も兼ねている。更には外骨格による運動能力向上も担い、腰部バーニアと背部格納ウィングの展開により飛行形態への迅速な変形も可能だ」

「ガンダムじゃん」

『ガンダムではない』

 

 

相変わらずのてんこもりマシンだ。とりあえず飛べることだけわかった。まっきーが当たり前みたいに解説してくるのはよくわからない。

 

 

「でもその格好だと花陽ちゃんが認識してくれないんじゃない」

『花陽が認識してくれないことはない。花陽はこの外骨格を見慣れている』

「何でさ」

「室内で何度も試着しているそうだ。小泉嬢も同席することがあるらしい」

「花陽も大変ね」

 

 

もう何もツッコむまい。

 

 

「とりあえずゆっきーなんか仮装作って」

「30万な」

「ぼったくり極まる」

「とか言いながら素直に財布出すんじゃないわよ!そんな大金払ってまで仮装欲しいのあんた?!」

「だってにこちゃんに露出過多なドスケベコスプレしてほしいんぎゃっ」

「こんな人が多いところでそんな格好するわけないでしょ!!」

「つまり2人きりならやぶさかではな痛い痛い痛い折れる腕折れる」

 

 

にこちゃんから言外のお許しが出たから意地でも作ってもらおう。30万なら安い。50万でも安い。にこちゃんがコスプレしてくれるなら。でも腕一本はちょっと高いから腕もってくのはやめてにこちゃん。

 

 

ただし鼻血出して僕が即死する可能性は大いにあるので数十万かけてもにこちゃんを見れるのはきっと一瞬。儚いね。

 

 

「ふむ…仮装か。なるほど、こういった行事も共に参加すれば仲も深まるか。よし瑞貴、猫の仮装を作れ」

「…何で命令形なんだよ」

「しかも猫て。まっきー猫好きなの」

「いや、真姫に着せる。気まぐれ、ツンデレ、人見知り。まさに猫だろう?」

「ちょっと待って突っ込みどころが満載なんだけど」

「いつのまに真姫ちゃんを名前で呼ぶようになったのよ」

「まっきーからツンデレなんて言葉が出てくるとは思わなかったんだけど」

「…しかも猫の格好させる気か」

 

 

今の一瞬で急に情報過多になったんだけど。僕湯川君とは違うからそんなの処理できない。いつの間にそんな面白い話が始まってたのさ。もしかしてまっきーがお母さんの手術終えてからやたら上機嫌だったのはお母さんのせいじゃなくて真姫ちゃんのせいか。

 

 

「…付き合ってるわけじゃないわよね?」

「勿論だ。物事には段階というものがある。しっかり順を追って落としていくさ」

「全部の段階をすっ飛ばす奴が何を今更」

「っていうかあんた人を好きになったりするのね。女の子に興味なさそうなのに」

「当然だ。私も人間である以上恋もするし、人間の雄である以上人並みの性欲はある」

「オブラートのカケラもない言い方」

「私とて生命体の一員だ」

「それは婉曲が遠すぎて伝わらない」

 

 

相変わらず加減が分かってないし、性欲とかストレートに言うのやめようね。

 

 

「…こいつが上機嫌なせいで以前よりやかましくなった。何とかしてくれ」

「なんとかって言われてもね」

「恋の力さ」

「どうしようもの凄く腹立つ」

 

 

こいつが恋の力とか言ってるとなんか腹立つね。人間離れしてるくせに人間らしさ醸し出してるからかな。

 

 

まっきーに向かってわちゃわちゃしてると、黙っていた湯川君が口を開いた。

 

 

『…恋の力?』

「ん、力という単語に反応してしまったか。力学的な力のことではない。精神的支柱という意味だ」

『精神的支柱…』

「そう。真っ当な人たる我々にとって、精神は重要な役割を果たす。医学においても心療内科や精神科が存在するくらいだからな。それを強く保つための一柱が愛だ」

「メンタルおばけがなんか言ってる」

「私の精神が疲弊しないわけではないんだぞ?」

「なんか説得力無いなぁ」

「コイツ落ち込まないからな」

 

 

まっきーが落ち込むとか想像もつかないしね。僕らが死んでも平気な顔してそう。

 

 

あと僕らは真っ当な人ではないよ。残念だけど。

 

 

「茜、もうすぐ時間よ」

「そうだ僕お仕事あるんだった」

「…俺たちに話しかけている場合か」

「まあ大丈夫だよ多分」

「不安しかないな」

 

 

忘れるところだった。ていうかにこちゃんがいなかったら忘れてた。にこちゃん大好き。え?知ってた?照れる。

 

 

ライブが見れないのは残念だけど、まあまだ機会はあるからね。次を楽しみにしていよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブは大盛況だった。

 

 

いやーこれだけ人がいると希ちゃんとはぐれそうになるから手を繋がなきゃいけないな!!いい加減慣れたぞ!!どんとこい!!

 

 

「いやでも腕を組むのは距離が近すぎるとお兄さん思うんだよなー」

「嫌なん…?」

「そういう不安そうな表情はずるいよマイハニー」

 

 

でも腕組むのはまだ早いって。天童さんの背筋が微妙にコールドなの。おわかり?

 

 

まあ何言っても離してくれないのは明白なんだけどさ。そのおかげで色々慣れてきたのは間違いないけど。

 

 

「はーまったく、この後音ノ木坂の子たちと合流して仮装大会するんだから。あんまりくっついてると白い目で見られちゃうぞ」

「今更やない?」

「そんな今更って言うほど人前でくっついてないだろ」

「いや天童さんが白い目で見られるのが」

「そっちかぁー」

 

 

否定できないわー。泣ける。泣いていい?

 

 

目から汗をかきながら音ノ木坂の子たちと合流。既に着替え終わっているようだ。仮装に。吸血鬼かねこれは。露出少なめで残念だ。

 

 

「希ちゃん!」

「久しぶりー!」

「ふふ、みんな元気にしてた?」

「元気すぎて困るくらいだ」

「よう君達俺には挨拶は無いのかね俺には」

「あ、お久しぶりっす」

「雑ぅ〜!!」

 

 

相変わらず俺の扱いが底辺だ。泣いていい?もう泣いてたわ。

 

 

「絵里ちゃんは一緒じゃないんだ?」

「うん。ライブは一緒に見てたんやけど、ちょっと用事があるから先行っててって」

「ふーん?」

 

 

まあ大地のところ行ったんだろうな。あいつの収録現場はなかなかレアだし。ついこの間誕生日祝ってもらったはずだし、絵里ちゃんの大地への好感度も爆上がりしてるだろうし。はよくっつけ。

 

 

「あっ、そうだ!希ちゃんの分も仮装用意してあるよ!」

「ありがと!うちも着替えてくるね!」

「いってらっしゃー」

「天童さん、覗いちゃやーよ?」

「人聞きの悪い。覗くなんてせせこましいことはしないぞ俺は。堂々と正面から侵入する」

「それやったらあなたの頭蓋が潰れると思ってください」

「じょーーーだんだって冗談っ!!でもそこまでされる謂れはなくない?!俺ら恋人同士なんだから!!もしかしたら裸を見慣れた関係かもしれn痛っ!!何か飛んできた!!」

「天童さんが変なこと言うから希がヘアゴムで狙撃したのよ」

「器用だなあの子。好き」

「それはそれとして頭蓋は潰れますので」

「歪みねぇなお前!」

 

 

そんな覗きなんてしねえよ。いや覗いてみたい気もしなくもないけど。しなくもなくなくなくなくないけど。どっちだ。

 

 

と、希ちゃんの着替えを待っている時だ。

 

 

「ほう、既に仮装済みだったか。残念だ」

「…よく似合ってるぞ、ことり」

「えへっ」

「おおーっと糖度最大値を誇るカップルのご登場だなぁ?!」

「凍土…?」

「君なんか違う言葉想像してない?」

『糖度?雪村は甘いのか?」

「そこの見た目ファンタジーは誰かと思ったら湯川君かよ。待ってこのメンツ一番俺の負担が多いやーつ」

 

 

追加の人員到着だ。でも湯川君がいるのは予定外。てかその装甲はなんなの。仮装?アイアンマンか何かの仮装?いやもっとスリムだしFFの竜騎士みたいかな?顔見えないけど。

 

 

いやもしかしたら中身は空で、本体はいつもの地下に引きこもってるのかもしれない。

 

 

まあどっちにしろ日本語の説明が追いつかない未来しか見えないぞ!

 

 

「あっお兄さま!」

「お疲れ様です、奏。いいライブでしたよ」

「えへへっありがとうございます!」

「皆様もお疲れ様でした。こちら差し入れです」

「わぁっ!ありがとうございます、松下さん!」

「よかった…ツッコミ要員が増えた…しかも語学のスペシャリストだ…神じゃん…」

「勝手にツッコミ要員にしないでくれますか」

「辛辣ぅ〜」

 

 

ツッコミ要員が増えたと思ったのに拒否られた。これはショックで東尋坊に身投げしちゃうわ。身投げしちゃうぞ松下クン??いいのかい??

 

 

「ご勝手にどうぞ」

「何も言ってないのに」

 

 

心読まれた。いやん。

 

 

「お待たせー。どう?」

「好きっっっっ!!!!」

「希ちゃん似合ってる!」

「かわいいー!」

「うふっありがとう」

「…そこで倒れている天童さんはほっといていいのか」

「ええよ」

「そんなひどい」

 

 

着替え終わって出てきた希ちゃんはみんなと同じく吸血鬼だったが、他の子たちより露出多めだ。なんてことだ。可愛いが極まって死んでしまうぜ。俺が。短い人生だったナー。

 

 

『なあ松下、天童』

「ん、どうかしましたか湯川君」

「珍しいな。君が話しかけてくるのは」

『恋の力とはなんだ』

「こっ?!」

「恋の力…?藤牧が何か言ったのか?つか明は何をうろたえてんだ」

「いえうろたえてなどいませんよ」

 

 

走馬灯見てたら湯川君に変なことを聞かれた。ついでに明と海未ちゃんのリアクションで色々察した。キューピッドたる俺ちゃんに感謝しろお前ら。

 

 

『藤牧が精神的支柱だと言っていた。俺にはわからない』

「わからなくはないだろうよ」

『わからなくはないのか?』

「どうでしょう。僕は言明を避けましょうか、僕が教えることではありません」

『僕が教えることではないのか』

「自分で考えろってことさ。得意だろ?」

 

 

まあ、湯川君なら考えればわかるだろう。たぶん。ちょっと思考が高度すぎて俺には理解できないことも多いけど。

 

 

それに、どっちかというと見て覚えるというのも大切だと思うしな。

 

 

心は科学でなんとかなるものでもないんだから。

 

 

「真姫、この仮装着てみないか」

「嫌よ、もう仮装してるんだし。だいたいなんで猫なのよ?」

「猫っぽいだろう?」

「誰がよ?」

「君が」

 

 

あっちで拒否られている天才は参考にならんかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋心というものがある。

 

 

らしい。

 

 

最近そんな話をよく聞く。

 

 

俺にはわからない。

 

 

現象として捉えられるものではない。

 

 

観測できるものではない。

 

 

ならば、それの存在はどうやって確かめればいいのだろう。

 

 

「照真くん?大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫だ」

 

 

ハロウィンイベントが終わって数日経った。聞いた話だけでは恋心が何者なのかはわからないままだ。情報が足りない。推論もままならない。観測不可能な現象は厄介だ。

 

 

だから、ラボに来ている花陽に聞いてみることにした。

 

 

「花陽」

「なぁに?」

「恋とはなんだ?」

「ほえっ?!こ、恋?!」

 

 

花陽に聞いたら変な声を出された。

 

 

「こ、恋なんて、私は…ちょっとまだよくわからないというか…なんというか…」

「?」

「な、何で急にそんなことを?」

「恋をする人が多くなった」

「そ、そうかなぁ…うーん、でも茜くんとにこちちゃん、天童さんと希ちゃん、雪村さんとことりちゃん…確かに多くなったかも…」

 

 

花陽の顔が赤い。興奮の影響だろうか。

 

 

「花陽は恋していないのか?」

「うぅぇええ?!わ、私?!」

「私」

「だ、だからよくわからないってば!」

「わからない?」

「うん!」

「わからないか…」

 

 

花陽からは情報を得られなかった。どこからでも情報を得られるわけではないのか。

 

 

マイクロサイズのドローン「蝿の王(ベルゼブブ)」で周囲一帯からサンプルを取ってみようか。

 

 

「あ、あの…」

「ん?」

「聞いた話なんだけどね?」

「聞いた話なんだけど、どうした」

「恋って…好きな人とずっと一緒にいたいって、いつも隣で笑顔を見たいって、楽しいことがあったらすぐに伝えたいって、そう思える人がいることって言ってたよ」

「ふむ…」

 

 

ずっと一緒にいたいって、いつも隣で笑顔を見たいって、楽しいことがあったらすぐに伝えたいって思うこと、か。

 

 

そう思える人がいるか。

 

 

もちろんいる。

 

 

花陽だ。

 

 

しかし、花陽への想いは恋なのか。

 

 

わからない。

 

 

「…照真くん。多分ね?恋って、考えてわかることじゃないと思うの」

「考えてわかることじゃない…?」

 

 

花陽は何を言っているのか。考えてわからないことはどうやっても理解できないはずだ。

 

 

「みんなはきっと、照真くんなら何でもわかると思ってるけど…きっとそうじゃないの。照真くんでもわからないことがある。すごい機械が作れても、わからないことはわからない。だって照真くんも人間だもん」

「…わからないことはわからない」

「うん。だから、感じるしかないと思うの。今恋してる人たちも、きっと恋についてずっと考えてたわけじゃない」

「…」

「でも、考えないでいるのって難しいよね。だから、これって恋かなって思ったことを覚えておいて、たくさん集まったら整理してみようよ。その時は私も一緒に考えるから」

 

 

花陽は俺の手を握って、目を真っ直ぐに見つめてそう言った。

 

 

理論で考えてもわからない。だから状況証拠を集めようということか。

 

 

それなら既に沢山あるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11年前、小学校に入る前のあの日。

 

 

「こんにちは。近所に引っ越してきた湯川光助と言うものです、これからよろしくお願いします」

「よろしくお願いします。ほら、花陽も挨拶して?」

「………ぁう」

「ごめんなさい…うちの子、人見知りで」

「いえいえ構いませんよ。人見知りならうちの子の方が千倍強いので」

「………」

 

 

父親が東京の大学教授になる都合で、東京に引っ越した時。父親である湯川光助は俺と母親である湯川麗華を連れて挨拶して回っていた。

 

 

俺はもちろん他人と会うことなどロクにできず、父親の後ろで終始黙っていた。

 

 

そんな俺を見て何かを思ったのだろうか。

 

 

「………ぁ、あのっ」

「……………?」

「こっ、こいずみはなよです!よ、よろしくおねがいします…」

「…………」

 

 

互いの両親が話し込んでいる間に、棒立ちしている俺に花陽が話しかけてきた。言葉に詰まりながら、一生懸命に声を出して。

 

 

「……………こいずみはなよ」

「えっ」

「こいずみはなよ、よろしくおねがいします」

「……う、うん!よろしくおねがいします!」

 

 

すごい笑顔で返事をくれた。

 

 

初めてだった。

 

 

家族以外の人間がまともに話してくれるのは。

 

 

少しだけ嬉しかった。

 

 

小学校に行くまでは外に出なかったが、学区が同じだったため花陽と同じ小学校に通うことになった。小学校でも俺に話しかけてくる人はいなかったし、花陽も友人と話していることが多かった。それでもたまに俺のことを気にかけてくれていた。

 

 

サヴァンの影響で、俺はまともな意思疎通が難しい。先生にも匙を投げられた。授業にまともに参加することすら難しかったが、テストの成績は良かったから何も言われなかった。

 

 

花陽以外に友人なんていなかった。

 

 

それでも、両親が笑顔で送り出すから学校に行っていたのだ。

 

 

両親はともに学者であり、父親は東京の新居に地下室を作って実験するくらいの科学者で。母親はいつでもどこでも論文を読み漁る科学者だった。ちゃんとサヴァン症候群の知識を持っていて、俺が不自由しないように世話してくれていた。学校行かせたのも、俺の社交能力を確かめて将来設計の糧にするためだと言っていた。

 

 

人に馴染めるならそれでよく。

 

 

馴染めないなら別の手で誰かのためになれるように。

 

 

そう考えて俺を育ててくれた良識ある人たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

「臨時ニュースです。先程、成田発アムステルダム行きの旅客機が墜落したとの情報が入りました。機体はアルプス山脈中腹で大破し…」

 

 

 

 

 

 

 

8年前。

 

 

両親は学会に行ったまま帰ってこなかった。

 

 

死んだということだけ後で聞いた。

 

 

そのまま俺は外に出なくなった。父親が遺した地下室を改造して、そこにずっといた。

 

 

もう外に出る意味もないのだ。

 

 

ここにいれば俺の興味は全部達成できるのだから。

 

 

「照真くん!!」

「…………花陽か」

「花陽か、じゃないよ!大丈夫?!もう1週間も学校来てないよ?!」

「もう1週間も学校来てないのか」

「そうだよ!ちゃんとご飯食べてる?ちゃんと寝てる?!」

「ちゃんとご飯食べてる。ちゃんと寝てる」

「うそ!前見た時より痩せてるし、目のクマもすごいもん!待ってて!!」

 

 

それでも花陽は会いに来た。時には友人と遊ぶ約束も断って会いに来た。俺のことなど気にしなくていいのに。

 

 

「お待たせ!白いお米だよ!」

「白いお米」

「そう!美味しいし元気になるから食べて!」

「美味しいし元気になるから食べる」

 

 

やたら白米を推してくるのはよくわからなかったが。

 

 

それからずっと、数日毎に花陽は会いに来てくれた。ご飯を食べろと迫ってきた。ちゃんと寝ろといって寝かしつけられた。研究成果を見てすごいと言ってくれた。自力で飯を食って風呂に入ったと伝えたら褒めてくれた。

 

 

いつも側にいてくれた。

 

 

俺が独りにならないように。

 

 

俺が孤独のまま死んでしまわないように。

 

 

俺が寂しくないように。

 

 

いつも笑顔で。

 

 

たまに泣いて。

 

 

最近は外に出られるようにしてくれた。他人との会話もうまくできるようになった。

 

 

花陽がいなければ、きっとこんなに長く生きていられなかったし。ずっと1人のまま死んでいた。

 

 

だから。俺は花陽を支えたい。ずっと支えてくれた花陽を、支える側になりたい。

 

 

ずっと笑顔でいてほしい。

 

 

ずっと幸せでいてほしい。

 

 

ずっと側にいてほしい。

 

 

ああ、状況証拠から仮説を導くとしたら。

 

 

俺は間違いなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花陽」

「うん?」

 

 

俺の手を握ったままの花陽に声をかける。

 

 

「状況証拠ならたくさんあった」

「へ?」

「今までのことは全部覚えている。花陽が初めて話しかけてくれたあの日から、今までの全てを覚えている。忘れはしない。例え俺がサヴァンでなくなったもしても。花陽にずっと側にいてほしい。ずっと笑顔でいてほしい。俺と一緒に生きてほしい」

「えっえっ」

「これがきっと、俺の恋の証明だ」

「ぅええええっちょっちょっとまって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花陽。俺は、君が好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっ、ほぅぁああ…あの、えっと…」

 

 

花陽は真っ赤になってもそもそ言っている。どうしたのだろう。

 

 

しかし恋心を学んだ後にも問題はあった。

 

 

「花陽」

「はっはいぃ!」

「…どうしたらいい?」

「………………へ?」

「恋を知った。それはいい。知ったあとはどうするんだ?俺は何をしたらいい?」

「…………………………ふふっ」

「どうした」

 

 

何故か笑われてしまった。不本意だ。

 

 

「ううん、照真くんはやっぱり照真くんだなって」

「…?」

「でも、少しだけ待ってて欲しいの。私も考えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことがあるから」

「わかった、待つ」

 

 

花陽が待てと言うなら待とう。その間に俺も情報収集をしなければならない。

 

 

恋した人々がどう行動するのか。幸い周りに恋する人はたくさんいるし、不自由はしないだろう。

 

 

マイクロドローン「蝿の王(ベルゼブブ)」を飛ばすか、それとも空間観測ナノマシン「視線(アイサイト)」をバラまくか。どうしたものかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

びっくりしました。

 

 

まさか照真くんに告白されるなんて思ってなかったから。

 

 

でも、どうしよう。

 

 

私は照真くんのことをどう思ってるんだろう。

 

 

初めて会った時、私以上に人見知りで、だから私がしっかりしなきゃって思って勇気を出して挨拶した時から。あの日からずっと、当たり前のように照真くんは一緒にいてくれた。

 

 

ご両親が亡くなって学校に来なくなった時は、不安でしかたなくて、つい照真くんのお家に飛び込んじゃって。

 

 

いつも睡眠不足で、ご飯も食べなくて、ずっと地下室に引きこもってる照真くんをほっとけなくて。

 

 

照真くんは人に会うのが苦手だから、凛ちゃんにも内緒にして。

 

 

そうしてまでずっと見守ってきた照真のことを…私は好き、なのかな。

 

 

さっきも言った通り、まだ私にはわからない。茜くんとにこちゃんの関係はちょっと難しいし、希ちゃんと天童さんのことはよくわからない。ことりちゃんと雪村さんほど照真くんとはべったりじゃないと思う。

 

 

あと、誰も言わないけど凛ちゃんと創ちゃんもたぶん両想いだよね。でも2人みたいにそわそわした気持ちにはならない。

 

 

照真くんにはずっと元気でいてほしいし、ずっと側にいてほしい。でもこれは恋なのかな…。

 

 

それに、私は今はスクールアイドルだから。

 

 

ことりちゃんのことがあってから、恋愛禁止ってわけじゃなくなったけど…私はやっぱり、大好きなアイドルのルールを破りたくない。

 

 

…照真くんは、待っててって言ったら、きっとずっと待ってくれる。本当にずっと。

 

 

だからって、答えを先延ばしにしていていいのかな。

 

 

ううん、だめだよね。ちゃんと答えなきゃいけない。照真くんの告白に。

 

 

…でも、本当にわからないの。誰に相談したらいいんだろう。

 

 

小さい頃からずっと一緒だった人への想いを相談できる人は…。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は湯川君回でした。他の皆様がだいたい重苦しい経歴を持ってるのでライトなお話にしようと思いました。思っただけでした。またご両親死んでるー!!
それに、この2人は全カップルの中で最も関係性にドキドキニヤニヤ感が無いんです。とても落ち着いてしまっています。
なので劇的な展開は無理だと思って、結果出来上がったお話は「後半に続く」。前書きで「締めにかからないと」とか言ってたくせに私はー!!!笑
そんな感じなので次のお話にご期待ください。


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恐れないで、背筋を伸ばして、前を向いて


ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお2人!!お気に入り登録してくださいました!!ありがとうございます!!!ほんとにもう…がんばります…最後まで!!

2週に一回くらいは投稿しないと…と思ってこの時間。前回に収まらなかった花陽ちゃん&湯川君ストーリーがなかなか進まず!綺麗にまとめるのに時間かかりました!!
先に考えておけよって話なんですよね。おっしゃる通りでございます(スライディング土下座)

そんなわけで花陽ちゃん&湯川君ストーリー後半です。湯川君の告白を受けて花陽ちゃんはどうするのか…?!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「だから僕らに相談したのね」

「うん…」

 

 

11月の中頃。ラブライブ最終予選もそこそこ近づいてきた時に花陽ちゃんに呼ばれて喫茶店に来た。何かと思ったら、湯川君に告白されたって。でも自分の気持ちがわからないんだって。

 

 

そもそも湯川君に恋愛感情とかあったんだね。

 

 

「まったく、ことりのことがあってからみんな恋に振り回されてるわね?真姫ちゃんも藤牧に振り回されてるし、凛と創一郎もそわそわしてるし」

「えっ凛ちゃんと創一郎ってそういう感じなの」

「………………あんた気付いてなかったの?」

「まったく」

 

 

急に新しい情報が入ってびっくりしてるんだけど。まじ?いつからそんな感じだったの?

 

 

「まあそれは置いといて」

「置いとくのね」

「まずは目の前の花陽ちゃんだよ。どうしようね、気持ちがわからないって言われても困る」

「そうよねぇ、そもそも花陽と湯川くんの関係性をよく知らないし」

「そ、そうだよね…」

「そんなしゅんとしないの」

 

 

前からだけど、花陽ちゃんは落ち込むとき際限なく落ち込むタイプだから気をつけないとね。

 

 

「幼馴染って意味では僕とにこちゃんは同じだけど、僕と湯川君じゃ人間性が違いすぎてね」

「状況は似たようなものじゃない。ご両親が事故で亡くなったんだし」

「僕は心も体も死にかけたけど湯川君は多分どっちも無傷なんだよね」

 

 

まあつまり僕には湯川君のことはわからないよ。

 

 

「だからにこちゃんの出番だよ」

「また花陽の気持ちの話だからそうよね。だから茜追い出していい?」

「えっ何で」

「本人の目の前でどう思ってるか言いたくないでしょ」

「そんなぁ。どうせラブが溢れてるのは明白なのに」

「ふんっ」

「ぶぎゃる」

 

 

肘が入った。ありがとう、いい肘です。全然ありがたくない。痛い。

 

 

「わかったらさっさと出なさい」

「わかってないんだけど。えっ本当に僕追い出されるの?まじ?今日まだ全然喋ってないのに」

「別に喋んなくていいのよ」

「そんなひどい」

 

 

そのままにこちゃんにぐいぐい押されてほんとに追い出された。そんなひどい。花陽ちゃんもどうしていいかわからないのかオロオロしてるのに。

 

 

仕方ないから外で待ってよう。帰ったらにこちゃんに怒られそうだし。いや逆に帰って怒らせるというのもありでは?今僕無慈悲にも追い出されたし。やられたらやり返す、倍返しだ。

 

 

いやでもやっぱりにこちゃんに嫌な思いをさせたくないし待ってよ。ちょっと寒いけど。もうちょっと厚着してこればよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茜を追い出したからやっと話が進むわね。茜には後で謝らないと。帰ってなかったら。帰ってたら怒るわ。

 

 

「え、えっと…」

「さて、邪魔者もいなくなったし続けましょ」

「えぇ〜…あ、茜くんはいいの?」

「いいの。恥ずかしいじゃない」

 

 

不安そうな花陽には悪いけど、茜の目の前で茜をどう思ってるかなんて言ったら恥ずかしさでどうにかなりそうよ。

 

 

「で、最初に言っておくけど」

「うん」

「多分参考にならないわよ」

「え?」

「茜って意地悪だし、すぐ煽るし、小さいし、体力無いしヘタレだし足遅いし…別にそんなに好かれる要素があるやつじゃないのよ。小さいし」

「今小さいって2回言ったよ…?」

「だって真姫ちゃんより背低いのよあいつ」

「真姫ちゃんは背が高い方だし…」

 

 

いいのよ男性の中では背が低い方なんだから。

 

 

「でもね。凄くお人好しなのよ、あいつ。人を見捨てるって発想がない。自分じゃ体力的に何もできないくせに全然諦めないのよね。…まあ、あいつのご両親が亡くなってからはそんな姿見なくなったけど」

「…」

「そんな姿が好きだったのよ。ずっと。献身的なクセに強気で諦めが悪くて、ボロボロになっても最後はなんとかしちゃう。かっこよかったのよ、そういう姿」

「にこちゃん…」

「それに、あいつ必ず笑顔だから。本気で辛そうな顔とほとんどしないから、優しくて、強くて、明るくて。そんなの好きになっちゃうわよ」

 

 

実際、あいつ昔は女の子に囲まれてたし。モテたから。だから事故の時にあんなこと言っちゃったんだけど。

 

 

「でもね」

「?」

「今言ったのは全部後でわかったこと。好きになった瞬間なんてわかんなくて、気がついた時にはもう好きになってたのよ」

「後で、わかったこと?」

「そ。後で冷静になって、今までのことを振り返って、その時にやっとわかったこと。だから今誰かを好きになったとして、その理由を考えても意味ないのよ。わかんないから」

「そうなんだ…」

 

 

そう。少なくとも私は、いつから好きだったとかはわかってない。だいたい茜が事故した時でさえ恋してた自覚があったわけじゃない。高校入った時くらいにやっと気付いたくらいよ。

 

 

意外と恋に落ちる音なんてしないものよ。

 

 

「だから、幼馴染を好きだと思うかどうかは今までを振り返って考えるのがいいと思うけど…」

「それは…もう考えてみたし…」

「でしょ。だから多分参考にならないって言ったのよ」

 

 

立場は同じでも、環境も状況も全然違うもの。流石にあんまり当てにならないわよね。私と茜が特殊だっていうのもわかってるつもりだし。

 

 

だけど。

 

 

「でもそれは恋の話」

「…え?」

「いい?ここから先の話は、多分元μ'sの誰に聞いてもされない話で、もしかしたら花陽の役に立つかもしれない話よ」

 

 

私だけができる助言だってある。

 

 

 

 

 

 

 

「私は今は茜に恋してないわ」

 

 

 

 

 

 

 

「えぇっ…?!で、でも付き合ってるんだよね?」

「そうよ。落ち着きなさい、別に好きじゃないって言ってるわけじゃないわよ」

「?????」

 

 

ちゃんと最後まで話を聞きなさいよ。…って私もよく茜に言われるけど。

 

 

()()()()()()()()()()()()。顔見るだけでドキドキして、隣にいるだけでソワソワするようなそんな関係じゃない。側にいると安心するけど、側にいなくたって不安じゃない」

 

 

それはきっと、μ'sが解散しそうになって茜が引きこもった時から。

 

 

他の人に茜を取られたくなくて必死だった前の私が、茜を自由にしてあげようって決心したあの日から。

 

 

茜がどれだけ遠く離れても心は繋がってるって感じるようになった。

 

 

「ことりと雪村とか、希と天童さんみたいにべったりくっついて過ごすようなことはしないし。そんなことしなくてもお互い想いあってるのはわかってるから不安もないのよ」

「十分べったりくっついてるような…」

「そんなことないわよ!」

 

 

そこらへんのカップルよりはマイルドよ。多分。茜がうちに来ても妹たちがいるから変なことはできないし。茜は茜でご飯作って食べたら帰っちゃうし。

 

 

…別に変なことしたいって言ってるわけじゃないわよ。

 

 

「とにかく。私はそんなトキメキを追い求めるような感情じゃないの。花陽もそんな感じなんじゃない?」

「うーん…確かに照真くんといてもドキドキしたりはしないけど…じゃあ恋じゃないならなんなのかな?」

「知らないわよそんなの」

「えぇ…」

 

 

私だって答えを知ってて言ってるわけじゃないのよ。

 

 

ただ、人を好きになるっていうのは恋だけじゃないってことを伝えたかっただけ。

 

 

「そういう感情もあるって話よ。恋か恋じゃないかの二択じゃ意外と辛いでしょ」

「にこちゃん…何だか去年より頼もしいね」

「去年が頼もしくなかったみたいじゃない!」

「そんなに頼もしくなかったじゃん」

「ぬぅわっ!茜何で戻ってきてんのよ!!」

「寒かった」

「まだそんな凍える寒さじゃないでしょ。11月なんだし」

「肌寒い中じっとしてるのもなかなか辛いことを学んだよ」

「よかったじゃない」

「よくない」

 

 

いつの間にか茜が外から戻ってきてた。帰ってはいなかったけど、話の途中で戻ってこられても困るのよ。恥ずかしいから。

 

 

「ふふっ」

「何よっ」

「2人とも、本当に仲が良いね」

「そりゃまあ僕はにこちゃんの王子様だし」

「ふんっ」

「ぐぇ」

 

 

ほんとそういういとこで損してるわよあんた。

 

 

まあ、とりあえず花陽の表情が多少晴れたしいいかしら。

 

 

「にこちゃん寒いからあっためて」

「はいカイロ」

「違うそうじゃない」

「何よ、コーヒーでも頼んでおきなさいよ」

「そーうーじゃーなーいー。はぐはぐフリーハグ」

「ふん」

「ぶぎゃる」

「あはは…仲いいね…」

「無理に言わなくていいわよ」

 

 

茜はちょっと黙ってなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にこちゃんと茜くんに相談して、その帰り道。

 

 

本当にたまたまなんです。

 

 

遠くで手を繋いで歩く海未ちゃんと松下さんが見えたのは。

 

 

あっ、と声を出した瞬間に松下さんがこっちに気がついて手を離し、海未ちゃんもものすごくうろたえて松下さんの後ろに隠れてました。

 

 

「え…っと、お、お久しぶりですね小泉さん…」

「いえっあのっ私何も見てませんから!続けてください!!」

「いえ…何だかすみません…。南さんのことがあってからそんな立て続けにカップルができるとは思いませんよね…」

「なっななななななな何で花陽がここここここここにいるんですかっ?!」

「動揺しすぎです海未さん…そんなに怖がることですか」

「いえっいえ!私は無実です!!松下さんが悪いんですー!!」

「それはちょっと聞き捨てなりませんが」

「だ、大丈夫だよ海未ちゃん…ことりちゃんの時みたいに怒らないから…」

 

 

松下さんは全部見抜いているかのような返事をしてくださいましたが、海未ちゃんはもう完全にパニックです。

 

 

ことりちゃんの時は私もつい怒っちゃったけど、今はもう恋愛禁止じゃないから私も怒りません。自分がどうするかは別ですが、他のみんなの恋愛を止めたりはしません。

 

 

「というか…見つかりたくなかったのなら、やはりもっと人通りの少ないところを歩くべきだったのではありませんか?」

「そ、そんな…人通りの少ないところだなんて…」

「あなたの考えてるような意味ではありませんよ」

 

 

海未ちゃんが顔を赤くしてくねくねしてるけどどうしたんでしょう。

 

 

あ、そういえば。

 

 

松下さんは文学者だったはずです。人の心のことも詳しいかも…。

 

 

「あっ、あのっ」

「違いますっ!!」

「何が?!」

「すみません…海未さんは動揺してしまっているようで」

「そんなっ私はそんな破廉恥なことは考えていませんから!!」

「そ、そっか…」

 

 

一体何を考えてるんだろう?

 

 

「まあ海未さんはおいといて…お困りのようですね」

「は、はい…そうなんです」

「なるほど…」

「え?」

「あーいえ、なんでもありません。よければお話しませんか?何か助けになれるかもしれません」

「いいんですか?」

「もちろんです。困っている人を放ってはおけませんし」

「あ、ありがとうございます!」

「どういたしまして。…海未さん、黙っていても嫉妬のオーラは何となく察せますからね?」

「し、嫉妬なんてしてません!」

「答えた時点であなたの負けですよ」

 

 

とにかく、松下さんが相談に乗ってくれるそうです。海未ちゃんも作詞してるし、何かいい話が聞けるかも。

 

 

「恋の先…なるほど、しかし流石にそこに達するのはまだ早いですね…。恐らくこの情熱が冷めた後のことですし…」

「…あの?」

「ああ、すみません。落ち着いて話せる場所があればいいのですが…そうだ。大学行きましょう」

「はい?」

「大学です。幸いすぐそこですし、僕は准教授なので何とでもなります」

「そ、そうですか…いいんですか?私、大学生じゃないですけど…」

「それは大丈夫ですよ。構内立ち入り禁止というわけではありませんし、そもそも食堂や図書館は一般開放していたりしますからね」

 

 

また喫茶店でお話するのかなぁと思ったら、まさかの大学内でした。確かに国立大学はここから近いですけど…なんだか緊張します。だって国立大学ですから。絵里ちゃんたちが通ってるとはいえ、そうそう入る機会がない場所です。

 

 

「うーん、休日ですから大抵の部屋は空いてると思いますが…いえ、広めのセミナールームは理系学生が使ってそうですね。図書館の個室…は、入館手続きが面倒なので…狭いセミナールームにしておきますか」

「明さん。色々考えるのはいいのですが、道に迷わないでくださいね?」

「流石に自分の職場で迷いませんよ…多分」

「…多分?」

「たぶん…」

 

 

なんだか不穏な言葉が聞こえたけど大丈夫でしょうか。

 

 

少し歩いたら、すぐに大学の正門が見えました。何度か前を通ったことはあるけど、中に入るのは初めてです。

 

 

「さて、行きましょうか。とりあえず僕のラボがある文学部棟に向かいましょう」

「明さん」

「大丈夫です、流石に迷いませんってば。こっちですよ」

「明さん」

「何ですか海未さん、自分の職場で迷ってたら色々と問題が

「明さん、そっちは工学部棟です」

「…………………………………………さて、行きましょうか」

「何事もなかったかのようにしないで下さい」

「い、いえ…今のはたまたまですから…次は間違えませんから…」

「そっちは理学部棟です」

「……………………………………………………」

「あ、あの…大丈夫です、急いでないので…」

 

 

松下さんは道の隅でうずくまってしまいました。なんだか意外な弱点です。

 

 

しばらく松下さんは落ち込んでいましたが、最終的には無事小部屋にたどり着きました。案内してくれたのは海未ちゃんだったけど。何で海未ちゃんが大学の道に詳しいんだろう?

 

 

それに、隣同士で椅子に座った2人の距離がやたらと近いです。恋人ってそういうものでしょうか。

 

 

「さて、気を取り直して…いや気を取り直すのは僕だけですけど」

「あはは…よろしくお願いします」

 

 

この数分でずいぶんやつれたように見えますけど大丈夫でしょうか。

 

 

ひとまず私の状況を説明することにしました。難しかったけど、松下さんはちゃんとわかってくださったようです。

 

 

「湯川君の告白にどう答えたらいいのか、自分の気持ちがわからない、ということですが」

「は、はい」

「あまり深く考えることもないと思いますよ。きっと既に答えは出ていますから」

「え?」

「答えは出ていますが、別の理由で結論を出せない…いえ、出したくないのでしょう」

 

 

やつれてはいますが、その目と口調は真剣でした。

 

 

「結論を、出したくない…」

「はい。…ですが、核心に迫る前に小泉さんの想いを整理しましょうか」

 

 

そう言って松下さんが隣にいる海未ちゃんを見ると、丁度2人の目が合いました。その瞬間に海未ちゃんは顔を赤くして俯いてしまいました。

 

 

…私は何を見せられているんでしょう。

 

 

「ええ、この通り、僕たちは目が合うだけで恥ずかしがってしまうようなお年頃です」

「は、恥ずかしがってません!」

「どの口が言うのですか。とにかく、手を繋ぐのも緊張するような、でももっと触れていたいような、近くにいたいような。そんな気持ちを恋と呼ぶことが多いですね」

「なるほど…」

「波浜君と矢澤さんのケースはどうでしょうか。手を繋ぐのを躊躇うというか、そもそもそんな頻繁に手を繋いだりしませんね。時々お会いしても、隣同士で座っていてもこんなに近くないです」

「私…そんなに近いでしょうか…」

「目と鼻の先と言っても過言ではないですね」

 

 

確かに、さっき会った茜くんとにこちゃんはこんなに近くなかった気がします。自然な距離というか。

 

 

にこちゃんは茜くん追い出してたし。

 

 

茜くんはにこちゃんに抱きつこうとして殴られてたし。

 

 

「おそらく僕らと波浜君たちは別の感情で動いているのでしょう」

「はい…にこちゃんも言っていました。恋とは別の感情なんじゃないかって」

「ええ。僕は波浜君のような感情を、「愛」と呼んでいます」

「…愛」

「恋は求めるものです。近づきたい、触れたい、側にいたい…主に自分のために相手を求める心だと考えています」

「そっ、それだと私が自己中心的みたいじゃないですか!」

「恋心一般の話をしているんですからね?あと一応僕も同罪になります」

 

 

愛…。恋と愛って違うのかな。

 

 

「…とまぁ、小泉さんが抱く感情に対して仮の定義をしたところでもう一つの議題に入りましょうか。湯川君に対してどう答えたらいいのか」

「は、はい」

「…しかし、先ほども言いましたが、その答えは既に出ているはずです」

「…」

「海未さんからμ'sの方々…いえ、元μ'sの方々ですか。皆様の話は聞いています。話を聞く限りでは、あなたは慎重で思いやりのある方なのでしょう。自分よりも他人を優先する傾向のある優しい方であるはずです」

「そ、そうでしょうか…」

 

 

海未ちゃんは松下さんに私のことを何て言ったんでしょうか。

 

 

「しかし、長所というものは 短所と一体であるものです。慎重は時に臆病となり、思いやりはお節介となる」

「明さん、そんなことは…」

「いえ、いいえ。誤魔化してはなりません。何事も過ぎれば毒となる…例え正しきことでも、善意であっても。それは僕が一番よく知っています。だから言わなければなりません」

 

 

松下さんは真剣な目で、海未ちゃんの制止も振り切って私に言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは不安なんじゃない。変化を恐れているんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真剣な瞳です。それが絶対に正しいんだって言いそうなほど。

 

 

「湯川君との関係を大切にするが故でしょう。告白に応じてしまえば、2人の関係性は間違いなく変化する。それによって湯川君が今まで通りの生活を送れるかわからない。それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…そう思っていますね?」

「…それは」

「ええ、きっとそうなのだと思います。何も変わらなければ、ずっと今のままでいられる。…ですが、あなたは知っているはずです。変わることの大切さを。動くことの重要さを。あなたがμ'sに入った時のこと、星空さんが自信を持った時のこと、湯川君が僕たちと話せるようになった時のこと」

 

 

私は返事ができませんでした。

 

 

松下さんが言っていることはわかります。その通りなんです。

 

 

だけど、今まで私が大きな何かをするときは、いつも誰かが背中を押してくれていたから。μ'sに入るときは凛ちゃんと真姫ちゃんに。凛ちゃんの時にはμ'sのみんなに。湯川君の時にはもっと沢山の人に。

 

 

今度は、私一人で変わらなきゃいけない。行動しなきゃいけない。誰も後ろにいてくれない。

 

 

もし、もし何か間違えちゃったらって思うと、怖くて動けない。

 

 

だから、不安なフリをして向き合うのを避けていたの。

 

 

「花陽」

「海未ちゃん…」

「大丈夫です。恐れないで…とは流石に言えませんが、どんな決断をしたとしてもきっと上手くいきます。だって花陽は沢山決断してきたんですから。自信を持ってください」

「うん…」

「それに、どんな時も私たちは花陽の味方ですから。必ず、いつまでも」

 

 

俯いていたら、海未ちゃんが隣に来て手を握ってくれました。それだけで少しだけ気が楽になれます。

 

 

私には、みんながいる。

 

 

この決断も、私だけでするんじゃない。みんなが助けてくれたし、応援してくれてる。

 

 

それなら、もう怖くない。

 

 

「松下さん…あの、」

「ええ、行ってください」

「えっ」

「あっ、ええっと…まあ、今びっくりなさったことについては後日説明しますので」

「あ、明さん…いいのですか?」

「いいんですよ。さあ、行ってあげてください。彼もきっと待っていますから」

「は、はい…あのっ、今日はありがとうございました!」

「どういたしまして」

 

 

今すぐ照真くんのところに行こうと思ったら、何か言う前に松下さんが返事してくださいました。心を読まれたみたいでびっくりしたけど、とにかく早く行かなきゃ。

 

 

急ぐ必要は全然ないんですけど、どうしても早く行きたかったので走って部屋を出ました。

 

 

照真くんを、1秒でも長く待たせないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いいのですか?読心のことを話すということですよね?」

「ええ、いいんです。僕も友人達に信頼してもらおうとするなら、隠し事はしない方がいい。…そもそも天童君や御影君は知ってますしね」

「でも…」

「ええ、信じてもらえるかはわかりません。でも他人に恐れるなと言った手前、僕が恐れていては説得力が無いですからね」

「…わかりました。明さんがそう言うなら」

「はい。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花陽が来た。

 

 

「はぁっ、はぁ…て、照真くん!」

「…?どうした」

 

 

来たはいいが、何故かものすごく疲れているようだ。どうしたのだろう。

 

 

「こ、この前の、返事をしに…!」

「この前の返事をしに…返事、返事が必要なのか」

「あぅ…そっか、照真くん自身には告白したって意識がないんだ…!ないよね…知らないもんね…」

 

 

そのままへなへなと座り込んでしまった。大丈夫だろうか。

 

 

「どうした、大丈夫か、花陽」

「うん、大丈夫…。それより、聞いて」

 

 

顔を上げた花陽の表情は真剣だった。何を言うつもりだろうか。

 

 

「わ、私…」

「うん」

「私も、照真くんが好き。すっごく、心から()()()()

「…愛してる?恋ではなく」

「うん。色んな人に話を聞いてわかったの。私たちの感情は、恋じゃなくて愛なんだって」

「恋じゃなくて愛なのか。どう違うんだ?」

「えっと…私も詳しくはわからないけど…。愛の方が、ちょっと穏やかかな?」

「ちょっと穏やか」

「うう…わかんないよね…」

「いや、わかる」

「わかるのぉ?!」

 

 

わかる。花陽がいない間に恋する人々の周りでデータを取っていたからな。

 

 

恋する人たちの行動は衝動的だ。俺とは違う。俺はそんな激情に駆られて動いたりしない。

 

 

だから、そんな激情がない「好き」というのが愛ならば、それは理論としては正しい。

 

 

「わかるならいいかな…。うん、私は、照真くんを愛してます」

「ああ」

「それで…えっと、本当なら、私たちは恋人同士になって…うーん、お互い好きだよっていう宣言?みたいなことをするんだけど…」

「…本当なら、ということは何か違うのか」

「…うん。あのね、すごく勝手なお願いなんだけど、恋人になるのは私が卒業するまで待ってて欲しいの」

「いいぞ」

「そんな勝手なお願いは失礼だとは思っ…いいのぉ?!」

「いいぞ」

 

 

そんなに驚くことだろうか。

 

 

「宣言するかしないか程度の違いでしかない。愛しあっていることに変わりはない」

「ま、まぁ…確かにそうだね…」

「だが何故だ?何故待たなければならない?」

 

 

花陽は一瞬躊躇ったが、すぐに俺の目を見て答えてくれた。

 

 

「…あのね、アイドルって、本当は恋愛しちゃいけないの」

「恋愛しちゃいけないのか」

「うん。だから、私がスクールアイドルでいる間は恋人になれない…ダメじゃないんだけど、私が個人的になりたくない。私は私が大好きなアイドルの姿を貫きたいの。にこちゃんもそうしてたんだから」

 

 

アイドルは恋愛禁止だとは聞いた波浜も言っていたし、天童も言っていた。だから知っている。

 

 

知っているし、問題はない。

 

 

「いいぞ」

「さっきから即答だけどほんとにいいの?!」

「いい。花陽は俺を愛していると言ってくれた。それだけでいい」

 

 

そう。

 

 

それだけあればいい。

 

 

花陽の心が側にあると信じられるだけで、俺は何も怖くない。

 

 

「………うぅっ」

「どうした、何故泣いている」

「ご、ごめんね…嬉しくて…」

「嬉しくて?」

 

 

何故嬉しくて泣いているのか。花陽はよく嬉しい時も泣くが、今でも理由がよくわからない。嬉しいときは笑うはずだが。

 

 

考えていると、不意に花陽が抱きついてきた。どうしたのだろう。

 

 

「花陽?」

「…ぐすっ、ごめんね。ちょっとだけ、このままでいさせて…」

「…わかった」

 

 

花陽はそのまま、腕の中で泣いていた。花陽はよく泣くが、今はいつもと雰囲気が違う気がした。何かはわからないが。

 

 

これから学んでいけるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば。

 

 

俺の体に花陽の胸が当たった時、一瞬心拍が上がったが、何だったのだろうか。

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

前回の時点で、告白にすぐに答えないパターンを作らなきゃ…と思ってこんな話が始まりました。毎回告白してすぐOKでは芸が無いですからね!!(いらない)
ついでに珍しく深めに恋愛論を描かせていただきました。だいたい筆者の偏見です。異論は認めます。カモン異論。
湯川君視点の地の文があっさりしてるのは仕様です。湯川君は感情があんまり動かないし、語彙力があるわけでもないので詳細な描写とかできません。こんな感じでキャラ毎の違いも楽しんでいただけたらなぁと思います。約130話まできて今更感のある発言。


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クリスマス騒乱



ご覧いただきありがとうございます。

前回からまた2人!!お気に入りしてくださいました!!ありがとうございます!!これからもよろしくお願いします!!

今回はタイトル通りのクリスマス回です。そりゃもうラブといったらクリスマスです!
長くなりそうな予感がしたので2分割しました。つまり前編です!短めです!!(当社比)


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

やあみんな。波浜茜さんだよ。

 

 

12月に入って日本中がクリスマスモードだよ。もちろん僕もにこちゃんへのプレゼント考え中だよ。まだ決まってないよ。焦るね。

 

 

「だから君らの相手してる場合じゃないんだよね」

「…そこで頼みたいことがある」

「聞いてないね」

「それだけ深刻なのだろう?瑞貴が私と茜にわざわざ頼み事をするなど初めてのことだからな」

「深刻だから仕方ないとはならないからね」

 

 

いつものようにまっきーの診療所で話してたらクリスマスプレゼントの話になったよ。

 

 

僕も深刻だからね。にこちゃんへのプレゼントが思いつかなくてにこちゃんに愛想尽かされたら僕は死ぬ。つまり命に関わるのだ。

 

 

「茜の生死よりもことりへのプレゼントの方が大事だ」

「そういう話なら僕はゆっきーのプレゼント探しよりもにこちゃんへのプレゼントの方が大事だよ」

「俺が死んでもいいのか」

「数秒前の自分のセリフ覚えてるかい」

 

 

僕の生死の優先度下げてるのに自分の生死を引き合いに出してくるとは恐れ入った。

 

 

「そういうことならば私も真姫へのプレゼントを考えなければならない。ここは公平に、互いに協力体制を敷こうじゃないか」

「君らがまともなプレゼントを思いつくとは思えないんだけど」

「失礼な。私が考えて間違うことがあるだろうか?」

「いつものことだけどなんでそんなに自信満々なの」

 

 

さらにまっきーまで参戦してきて混迷極まる。助けてにこちゃん。

 

 

「とにかく俺の話を聞け。聞いてくれ」

「ゆっきーに余裕がない」

「良くないな。ホットミルクでも用意するか?」

「僕コーヒーで」

「それは自分で淹れろ」

「…いや悠長なことしてないで聞いてくれ頼むから」

 

 

珍しくゆっきーが焦ってる。そんなに切羽詰ってるのかな。

 

 

「そんなに焦って決めなきゃいけないものなの」

「いや、モノは決まっている」

「じゃあ何なのさ」

「…それは————」

 

 

ゆっきーの説明を聞いて、何がそんなに不安なのかわかった。

 

 

粋なこと考えるなーとは思うけど、自分にできる範囲のことでやろうよ。

 

 

「そういうことなら、私たちに加えて天童氏も呼ぶといい」

「何でさ」

「未来視ができるなら、過去視などお手の物だろう?」

「それは流石に知らないよ」

「すぐ来てくださるそうだ」

「連絡早くない?」

 

 

連絡するのも返ってくるのも早いじゃん。以心伝心してるの?めっちゃ仲良いじゃん。何かあったの君ら。

 

 

っていうか僕が手伝うのは確定なのね。

 

 

「まっきーと天童さんがいるなら僕いらなくない」

「そうとも限らない。私と天童氏による考察の穴を埋めるためにも、人員は多い方がいい」

「その2人で考察に穴ができる気がしないんだけど」

「そんなことはない。私とて全能ではないのだからな」

「いつの間にそんな謙虚になったの」

「私はいつでも謙虚だろう?」

「どの口が言うのか」

 

 

前は傲慢の権化みたいだったじゃん。いや今でも相当傲慢だけど。

 

 

最近は天才だ天才だって言わなくなったし。何なんだろうね。これも真姫ちゃんパワーなの?すごくない?

 

 

「うあー僕はにこちゃんへのプレゼントを考えたいのにー」

「安心しな!!この天使天才天童さんの手にかかれば何事も一瞬よォ!!」

「うわっもう来た」

「今うわって言った?お兄さん傷ついちゃう。つかここ診療所だよな?五体満足気炎万丈質実剛健な天童さんがぶらりと立ち寄っていいところなん??」

「へいSiri、天童さんの質実剛健ポイントを教えて」

「ツッコむのそこかよ!天童さんは質実剛健でしょお?!」

 

 

早速天童さんも来ちゃったし、これはわちゃわちゃしそうだ。プレゼント考えたいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん自分で決める自分で決める自分で決める自分で決める自分で決める自分で決める自分で決める自分で決める自分で決める…」

「もはや呪詛みたいになってるのでやめてください」

「そうは言われてもなぁ…絢瀬さんにプレゼントあげるのはお誕生日に引き続き2回目だよ?何回僕は本気出さなきゃいけないんだ…」

「好きな人のためならいつでも本気で頑張りましょうよ」

「そんな簡単じゃないんだよー…」

 

 

クリスマスも近づく12月のある日。久しぶりのオフだったから松下君と喫茶店に来ている。いいなぁ、松下君は無事園田さんとくっついたみたいだしなぁ。余裕があるなぁ。

 

 

「もちろん余裕ですよ。プレゼントも既に用意してありますし」

「当然のように心を読まないでよ。しかもプレゼント選ぶの早いし…」

「そりゃあ僕は心読めますから」

「園田さんの心は怖くて読めないんじゃなかったの?」

「いや…まぁ、相思相愛だとわかったら逆に我慢できなくなってしまいまして…」

「あーもう爆発しろー!!」

「キャラブレてますよ御影さん」

 

 

これがリア充爆発しろってやつか。わかるよ、そういう役もやったことあるし。こんな心から実感する日が来るとは思ってなかったけどさ。

 

 

「うう…今度こそ告白するつもりなのに全然頭働かない…助けて…」

「自分で考えるんじゃなかったんですか…」

「参考に…参考にするだけだから…」

「それは丸ごとコピーする人のセリフですよ」

 

 

もうなんでもいいから僕を助けて。

 

 

そんな感じで机にへばりついていた時だった。

 

 

「ん、こんなところで会うなんて珍しいっすね」

「おや、水橋君ですか。今日は穂むらには行かないんですか?」

「何か俺が常に穂むらにいるみたいに聞こえますけど」

「違うんですか?」

「ちげーますって。…ところで()()()()()()()()()()()

「はーい…御影です…」

「あぁ、御影さんっすか。本気出すと本当に誰かわかんなくなりますね」

「お褒めに預かり光栄だよ…」

「…何でこの人こんなに元気ないんすか?」

「それは

「そうだ!!水橋君って高坂さんにクリスマスプレゼントあげたりする?!」

「うわっ急に元気にならないでくださいよ。ってか何で俺が穂乃果にプレゼントなんかやらなきゃならないんです」

「いいじゃないですか。お誕生日にもネックレス贈ったのでしょう?」

「…何で知ってんですか」

「あっ…あーっと、な、波浜君から…」

「あいつは明日からこの世にいないな」

 

 

松下君、今さらっと心読んだね。あの目の反らし方は嘘ついてる時のそれだ。やっぱりチートだ!

 

 

そして罪をなすりつけられた波浜君には同情しかない。彼やたら丈夫だから大丈夫かもしれないけど。

 

 

「はぁ、まったくどいつもこいつもプレゼントがなんとかいいやがって…」

「なるほど、高坂さんにプレゼントをせがまれて、返事に困ったからここへ逃げてきたんですね」

「ちげーます!!!」

「確かにバッチリ準備してあったら返事困りますよね…わかります」

「なんっ…何でそれを…って違う!!そんなわけねーでしょう?!何で俺が穂乃果に…!!」

「水橋君落ち着いて、お店の中だよ?」

「ぐぅぅ…!!」

 

 

読心術特有の煽りがハイレベルすぎる。

 

 

とりあえず立ちっぱなしにさせておくのも申し訳ないから、隣に座ってもらった。

 

 

「っていうか、水橋君もプレゼント用意してるなら僕の相談に乗ってくれぇ」

「用意してませんってば。つーかどうしたんすかそんな情けない感じになっちまって」

「絢瀬さんに渡すプレゼントが思いつかない…」

「先月も似たようなことしてませんでしたかあんた」

「わぁあっ言わないで!!情けないのは重々承知してるんだよ!!」

「情緒不安定っすかあんた」

 

 

絶賛情緒不安定だよ!そんな呆れた顔しないでよショックで立ち直れなくなる。

 

 

「何か一つくらい案無いんすか」

「えっ…は、花束…とか…?」

「「重っ」」

「ほらそういうこと言う!!僕もう帰る!!」

「いや花束は重いですって。もっとライトなもの思いつかなかったんすか?」

「いや、重いとは言ったものの、意外と悪くないかもしれません。絢瀬さんって結構ロマンスを求めるタイプに見えますし」

「だからって初手で花束は危ないんじゃねーですか?この人絶対薔薇の花束とか選びますって」

「えっ…薔薇だめなの?」

「ほら」

「……………」

「何で額に手を当てて天を仰ぐのかな松下君!!」

 

 

ついに松下君まで「こいつヤバいぞ」的な雰囲気を出し始めた。やめてよ、僕が惨めみたいじゃないか。惨めだけど。

 

 

「誕生日に贈ったシュシュみたいなのじゃダメなんすか」

「なっ何でそれ知ってるの?!」

「穂乃果が言ってたからに決まってんでしょう」

「もちろん僕も知っていますよ。μ'sの中では情報はダダ漏れですから」

「ううう…僕は誰にも言ってないのに…」

「まぁ、絢瀬がルンルンで教えてくれたっつってましたし、喜んではいたはずですけど。つまりそのくらいで十分喜んでくれるんすよ」

「その通りですよ。高価でも豪華でもなくていいんです」

「そ、そうかぁ。じゃあ…イヤリングとか…」

「ん、いいんじゃないっすか」

「……………10万くらいのやつなら

「おいコラ」

「水橋君。気持ちはわかりますが言葉遣いが荒いです」

「すんませ」

 

 

値段でごまかしちゃだめらしい。誕生日プレゼントはピンときた水色のシュシュがたまたまあったからよかったけど、今度もそういうのがあるとは限らないし…。

 

 

ああもうどうしよう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ってわけだ。これが日本におけるクリスマス。わかったか?」

「これが日本におけるクリスマスか」

「そう。だから何かプレゼントを用意しねぇとな」

 

 

今日は珍しく湯川の家に来ている。

 

 

…まぁ、実は珍しくないんだがな。俺は同年代の男友達が少ねぇからよく話をしに来る。仕方ねぇだろ9割女子の学校行ってんだから。9割どころか今は俺しか男いねぇわ。

 

 

クリスマスも近づいてきたし、何も知らなさそうな湯川にクリスマスという行事の説明をしてやったところだ。案の定、「花陽がケーキを作りに来る日」としか思っていなかった。

 

 

おそらく花陽は敢えて言わなかったんだろうな。自分のために何かさせないように。

 

 

だが、花陽から事の顛末は軽く聞いているし、今年は何事もなく過ごさせるわけにはいかない。ちゃんと想いが通じた証明をした方がいい。

 

 

「滞嶺は何も用意しないのか」

「まさか。ちゃんと用意するさ、家族の分もスクールアイドルの分も。大切な人全てに渡すつもりだ」

「大切な人全てに渡すつもりなのか。波浜もか?」

「茜は…あー、一応何か渡しておくか…せわになってるしな…」

 

 

何故か地下研究室に置いてあるコーヒーサーバー(魔改造済み)からコーヒーを注ぎながら考える。…何かどす黒いなこのコーヒー。

 

 

茜に何を贈ったらいいかなんてまるで思いつかないし、筋トレ用品でも渡してやろう。半分嫌がらせみたいなものだが、夏合宿のあたりから少しは鍛えたはずだしちょっとは使えるだろ…って苦っ!!なんだこれっ苦!!カフェインオンリーって感じの味がする!!くそっ料理センスが無いやつがコーヒーサーバーを謎の魔改造なんてするから…!!

 

 

棄てるのも勿体無いし、一気飲みするか…。俺は内臓もまるごと丈夫だしな。

 

 

「星空へのプレゼントはどうするんだ」

「ぶっふぉっっっっ?!?!?!」

「どうした」

「げっほ、どうしたじゃねぇ!!なんっ何で急に凛の名前が出てきた?!」

「花陽が『凛ちゃんと創ちゃんすっごく仲いいから!』と笑顔で言っていた」

「だ、だからと言ってわざわざ凛に特別に何か用意する必要はないというか何というかそうだろう?!」

「すまない、よくわからない」

「くっっっ!!!」

 

 

よくわからないって言われたら何も言い返せねぇだろ。

 

 

「…ま、まぁ、あれだ、凛だけ特別扱いするのも不公平だしな、そういうのはよくない」

「そういうのはよくないのか。そうか」

「そうだ。わかったか」

「いやわからないが」

「わかんねぇのかよっ!!」

 

 

ほんとによくわからんやつだな。

 

 

「全員に違うものを渡せばいいんじゃないか」

「手間がかかるだろ手間が」

「しかしそれなら多少特異なものを贈っても違和感が無い」

「…まぁ、そうかもしれんが」

「花陽には炊飯器を贈ろう」

「人に話振っといて勝手に終わらすな。つか炊飯器くらい家にあるだろ」

「作る」

「やめとけ絶対やめとけマジでやめとけ」

「何故だ?」

「さっきコーヒー飲んだらクソ苦かったんだよ。お前絶対味気にしてないだろ。成分だけ見てるだろ」

「成分だけ見てるが…?」

「『それが何か?』みたいな顔してんじゃねぇ!!」

 

 

こいつと時々ポンコツというか、得意分野以外の能力を全部捨ててきてる感じするな。

 

 

湯川のプレゼント探しも手伝ってやるか。ついでに俺自身のプレゼント探しにもなるしな。凛に何を渡すか考えねぇといけねぇし。

 

 

…ん?なんか凛に特別なモノ渡す流れになってないか??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなわけでクリスマス当日なわけだけど。

 

 

みんな色んな想いでプレゼントを用意したみたいで。

 

 

それがどんな想いなのか、何を用意したのか…そしてどんな結果になるのか。

 

 

わかんないけど、とりあえず祈っておこう。

 

 

みんな幸せになれますよーに。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

プレゼント選びに四苦八苦するみんなに尊みを感じましょう…感じますか…
ツンデレる水橋君とヘタレる御影さんは本作の癒しポイントです(当社基準)。


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クリスマス対戦(前半戦)



ご覧いただきありがとうございます。

前回に引き続きクリスマス回!!全員分のシーンをそれぞれやろうと思ったら大変な長さになりそうだったので2分割しました!!お話が進まない!!
後半戦も可及的速やかに投稿します…。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「ふーむ。クリスマスパーティーしたかったけど…」

「真姫ちゃんがいないんじゃ仕方ないわねー」

「確かに山合宿行った時に煙突からサンタさんが云々って言ってたもんね。毎年あそこでホームパーティー的なことしてるんだねきっと」

「いいわねーホームパーティー」

「今僕らもやってるじゃん」

「規模が違うじゃないの規模が」

 

 

クリスマス当日、僕はいたって自然に矢澤家にお邪魔していた。毎年お邪魔してるよ。半分家族みたいなものだし。

 

 

本当は穂乃果ちゃんの家でクリスマスパーティーやろうって話をしてたんだけど、真姫ちゃんが家族で別荘に行くから行けないってなってそのまま無くなってしまった。仕方ないね。

 

 

仕方ないけど、個人的にはまっきーがどうするつもりなのか疑問だよ。ご丁寧にプレゼント用意してたのに相手がお出かけしてたんじゃ渡せないし。

 

 

まあまっきーならなんとかするか。

 

 

「フライドチキンできたよー」

「ありがと。毎年ありがとね」

「どういたしまして。にこちゃんも毎年ケーキありがとね」

「どういたしまして」

 

 

とりあえず料理も一通り出来たし運ぼうかな。

 

 

「あら、もう夫婦の共同作業は終わっちゃった?」

「まだ夫婦じゃないですよ」

「まだとか言うな!!」

「痛い痛いチキン落とすよ」

 

 

食卓の方で子供たちの相手をしていたにこちゃんママがこっち来た。変なこと言うと僕がにこちゃんに攻撃されるからやめてください。今のは僕の自業自得だって?そんなぁ。

 

 

「わぁっ今年も美味しそうな料理ですね!!」

「ありがとね、こころちゃん。さあ手を洗って来たら食べようか」

「はい!」

「いただきまーす!!」

「ここあちゃんも手を洗って来なさい」

「えーっ」

「えーじゃないの。サンタさん来なくなるよ」

「洗ってくる!!」

「お元気だ」

「けーきー」

「虎太郎君、ケーキはデザートだから後でね。はい手を洗ってきて」

「うふふ、まるでお父さんみたいね」

「まだお父さんじゃないですよ」

「だからまだとか言うな!!!」

「ふぎゃ」

 

 

今日も拳のキレがいいね。

 

 

まあそれはおいといて、毎年恒例の矢澤家クリスマスパーティーはいつもどおり進んでいつも通り終了。お子様たちにプレゼント渡そう大作戦までお邪魔させてもらう予定だったけど、

 

 

「ここは私に任せて、2人で性夜を楽しんで来なさい!」

 

 

とか言ってにこちゃんママが僕とにこちゃんを追い出してしまった。ラジャーって答えたらまたにこちゃんに殴られた。元気だねにこちゃん。

 

 

そんなわけでにこちゃんと2人で僕の家に来たよ。とはいえ、この家は絵具の匂いがハンパないからムードとかそういったものを演出できる場所じゃないよ。

 

 

「ただいまー」

「お邪魔しまーす。いつものことだけどほんっとにすごい匂いよねこの家」

「油絵描いたりアクリル絵の具使ったりしてるからね」

「消臭剤とか置いときなさいよ」

「それでどうにかなるレベルじゃないよ」

 

 

完全に消臭剤の想定したレベルを超えてるよ。

 

 

「この匂い嫌い?」

「そんなことないわよ。…茜の匂いなんだし」

「僕そんなに臭いかな」

「そうじゃない!!」

「ぶきゃる」

 

 

服の匂いを確認してたらパンチが飛んできた。痛い。

 

 

「…茜の人生が詰まってるってことよ」

「僕の人生はにこちゃ

「もう一発殴るわよ」

「理不尽」

「でも、このたくさんの絵ってあんたの人生の一部でしょ」

「まあ人生の大半がにこちゃんを愛でるか絵描くかだからね」

 

 

それくらいしかできることないしね。

 

 

だから僕の家に来てもやることないよ。ご飯も食べちゃったし。

 

 

あ、やることあった。プレゼント渡さなきゃ。

 

 

「そういえばにこちゃん」

「どうしたのよ」

「はいこれ、クリスマスプレゼント」

「えっ」

「何でそんなびっくりしてるの」

「いや…本当にもらえると思ってなくて」

「本当にってことは期待してたんだね」

「んん…まぁ…そうよ悪かったわね!!」

「おぶぅ」

 

 

ツンデレパンチありがとうございます。いや痛いけど。痛いけどにこちゃんが照れたことに価値がある。照れ顔にこちゃん可愛い。でもあんまり見てるとまた殴られそう。

 

 

「だって付き合いだしてから初めてのクリスマスなんだから期待だってするわよ!!」

「ふへっ」

「にやけるな!!」

「ぐぇっ」

「ふん…で、中身は何なのよ」

「開けてみて」

 

 

にこちゃんが目の前で包みを開ける。中からピンク色のリボンが出てきた。

 

 

「リボン…」

「すっごい迷ったんだけどね。アクセサリーとかも考えたんだけど、やっぱりにこちゃんにはリボンかなって。いつもツインテールだし」

「…ふふっ」

「お気に召さなかった?」

「まさか。私がいつでも身につけてるものを選んでくれたってことでしょ?…ありがと」

「どういたしまして」

 

 

喜んでくれたようで何よりだ。選ぶのに本当に迷ったし、ゆっきーの手伝いしたり創一郎と一緒にμ'sのみんなへのプレゼント探しに行ったり色々してて時間もなかったから大変だったからとりあえず失敗しなくてよかった。でもお手伝いに関わった各位は恨む。

 

 

「じゃあ私からも」

「マジで」

「当たり前でしょ。私だけ貰うなんてできないわよ」

「にこちゃんいい子すぎて死んじゃう」

「生きなさいよ」

 

 

まさかのにこちゃんからのプレゼントもあった。これはキュン死する。

 

 

「じゃあ目閉じて」

「えっ」

「えっじゃないわよ」

「怖いんだけど」

「うっさいわね目潰しするわよ」

「理不尽の極地」

 

 

こんな場面で攻撃されるとは思ってないけど、怖いものは怖いんだけど。

 

 

目潰しれたくないから目は瞑るけどさ。がさごそしてる音だけ聞こえるんだけど。何してるの。何を取り出したの。

 

 

しばらくして首元にふわっとした何かが巻きつけられた。おっとこれは…絞殺フラグかな?

 

 

そんなわけない。このふわふわ触感はアレしかない。

 

 

「にこちゃん」

「何よ。もうちょっと待ちなさいよ」

「これ目瞑る意味あるの」

「あるの。出来があんまり良くないからあんまり見えないようにしてんのよ」

「その場しのぎじゃない?」

「黙んなさい」

「んむっ」

 

 

キスされた。これは黙るしかない。しかし不意打ちキスとはにこちゃんやりおる。これはトキメキ溢れちゃう。もう溢れてるけど。

 

 

「もう目開けていいわよ」

「…おお」

「…どうかしら」

「にこちゃんの手編みマフラー」

「そうよ」

「にこちゃんの…手編み…くんかくんか」

「においを嗅ぐな!!!」

「ぐぇ」

 

 

嬉しくてつい変態化してしまった。仕方ないよね。仕方ないんだよ。

 

 

「ふへっ」

「人に見せられない顔になってるわよ」

「にこちゃんしかいないんだからいいの。…ありがとう、にこちゃん」

「どういたしまして」

 

 

幸せいっぱいでにやけちゃうね。まあにこちゃんもにやけてるからお互い様だ。

 

 

だけどこのままだと永遠ににやけちゃうから早く寝よう。そうしよう。

 

 

「よし、じゃあお風呂入って寝よう…あっ」

「何よ。着替えは持ってきたわよ」

「いや着替えじゃなくて。…お布団が一個しかない」

「えっ」

「…僕どこで寝よう」

「……………一緒でいいでしょ」

「……………………ふぇ?」

「一緒の布団で寝ればいいって言ってんのよさっさと風呂入ってきなさい!!!」

「ぐふぇ」

 

 

勢いで押し切られたけどほんとにいいのかなそれ。

 

 

お風呂入って寝る準備をしてにこちゃんを待ってたら、風呂上りにこちゃんが本当に僕の布団に潜り込んできた。なにこれ。

 

 

当然そのまま…何事もなく2人とも寝ちゃった。

 

 

ここで何事も起こらないあたり熟年夫婦。でも翌朝早起きして朝ごはん作ってたらにこちゃんに飛び蹴りされた。

 

 

なんでさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

へい諸君、天使天才天童さんだぜ。前から使ってるけどこの前口上の語呂めっちゃよくない?コーレスで使ってくれていいんだぜ?俺はアイドルじゃないけどな!

 

 

まあそれは置いといて、今日は聖なるクリスマスだ。こんなにクリスマスにテンション上がったことあったか?!いやない!!

 

 

つーわけで本日は希ちゃんの家にお邪魔している。こんな日も希ちゃんのご両親は帰って来れないらしかったが、代わりにお高いディナーの出前を頼んでくれたそうだ。バッチリ2人前らしく、知らぬ間に恋人ができたことがバレてて希ちゃんは恥ずかしがっていた。可愛すぎて鼻血出るわー。

 

 

「ふう、ご馳走さま。いやーお高い出前なんて初めて食ったな!」

「ごちそうさま。美味しかったね!」

「ばっちり神戸牛のステーキとか入ってるあたり君の好き嫌いを理解してらっしゃるな…いやー美味かった」

 

 

しかしいいもん食べると元気出るな。食は大事。日頃から美味いもんを食べるんだ諸君!!

 

 

まあそれはそれとして、運命のプレゼント交換だ。

 

 

2人で向かい合って後ろ手にプレゼントを隠しているわけだが、実はお互い中身を知っていたりする。理由は簡単、一緒に買いに行ったらからだ。

 

 

「フフフ…準備はいいかね希ちゃん」

「もちろん!」

「よし、じゃあ…せーのっ」

「「メリークリスマス!!」」

 

 

掛け声と共に、2人同時にプレゼントが入った小箱を差し出す。連携バッチリな姿がなんか可笑しくて、2人して笑い出してしまった。うーん、こそばゆい。甘酸っぱい恋の波動を感じる。ついでに愛の気配を感じ取って若干冷や汗が出る。いい加減なんとかならんかねこの現象。

 

 

「さて、中身はわかってるが改めて確認させてもらおうかな」

「わぁー!」

「我慢出来なくて即開けてるしぃー」

 

 

まあ今日一日中そわそわしてたし、そうなることは容易に想像できたけどな。なんだかんだ言って子供っぽいんだよなこの子。

 

 

そんな子供みたいな希ちゃんの姿を微笑ましく見つつ、自分の小箱も開ける。

 

 

中に入っているのは、指輪だ。

 

 

…婚約指輪じゃねーかんな。

 

 

ペアリングだからな。

 

 

希ちゃんの方は柔らかくてしなやかな植物の蔓と花のようなデザインの薄紫色の外殻と、濃い紫色の鉄線のような中心部を持つ二層構造。

 

 

俺の方は鋼鉄の金網のような濃い緑色の外殻と、薄い緑色の若葉のような中心部の二層構造。

 

 

…言うまでもないが、これは雪村君にスライディング土下座して作ってもらったものだ。2人でペアリング探していたんだが、なかなかピンとくるものが無くてな…。最後の手段で雪村君に泣きついたわけだ。彼のプレゼント探しも手伝ってやったことだしな。

 

 

最初はドン引きする値段をふっかけられたんだが、希ちゃんが「うちも半分払う!!」って言って聞かなくてわちゃわちゃしてるのを見て数万円まで下げてくれた。逆に申し訳ねぇ。つか値段の落差激しすぎて不安になる。

 

 

ちなみに「渡す時まで中身は見るな」と言われたからデザイン自体を見るのはこれが初めてだ。そしてやっぱすげーわと感心。茜も似たようなものは作れるんだろうが、実際に身につける物を作る場合は雪村君の方が上手だな。

 

 

「すごい…」

「ほんとにすげーなこれ。二層なのにちゃんと指輪の形してて、違和感も無い。達人技だな…」

「…ねぇ、天童さん」

「なんだ?」

「指輪…はめて?」

 

 

そう言って右手と指輪を差し出し、若干顔を赤くして目を逸らす希ちゃん。見よこの表情、どことなく煽!情!的!!先生っ!うちの彼女がえっちです!!!

 

 

しかし状況が状況なだけに天童さんの息子(意味深)も元気が出ないのだ。なんたって頼まれてる行為は指輪交換そのもの、つまり愛の誓いに他ならない!天童さんが一番恐れてるやーつ!!

 

 

つまり下半身が燃え滾る前に血の気が引くわけだ。ヘタレかな?うるせぇ誰がヘタレだこんにゃろう。嘘ですヘタレです。

 

 

「…………………………………そっ、そういうのは結婚する時までとっておきなさい!!おっ俺はっもう帰るからなぁあああああ!!!」

「ええっ天童さん!待って!」

 

 

というわけだから俺は勇気ある撤退を選んだ。そして童貞卒業の機会を逃したことに軽く凹む。うるせぇ誰が童貞だこんにゃろう。嘘です童貞です。

 

 

「うおっ?!す、すんません!」

 

 

マンションの階段を駆け下りている途中で見知らぬ夫婦にぶつかりそうになってしまった。くそっ未来予測の達人たる天童さんが情けねぇ!!

 

 

…マジで情けないのでそろそろ何とかしなければならん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…け、結婚する時までってことは…結婚まで考えてくれてるのかな…?」

 

 

天童さんが逃げちゃった後、私は一人で枕を抱いてぼーっとしていた。

 

 

天童さんをいじって遊んでたらやりすぎちゃったみたいやけど、代わりに嬉しいことを聞けちゃった。

 

 

それに、右手の薬指に着けた指輪。

 

 

ちょうど天童さんと対になっているデザインのペアリング。

 

 

いつか…こんな指輪を、左手の薬指に

 

 

 

 

 

ぴんぽーん

 

 

 

 

 

「うひゃあっ?!はっはいっ今出ます!!」

 

 

ぼーっと指輪を眺めてにやにやしていたら急にインターホンが鳴ってびっくりした。天童さんが戻ってきたのかな?

 

 

そう思って内線カメラの映像を見て。

 

 

「あっ…!」

 

 

走り出す。

 

 

まさか、まさか、

 

 

来てくれるなんて、思ってなくて、

 

 

急いで鍵を開けて、扉を開いて。

 

 

ちょっと震える声で、

 

 

「おかえり…お父さん、お母さん…!!」

 

 

そう、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリークリスマース!」

「メリークリスマス!今日は呼んでくださってありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「いいのよぉ!今日はじゃんじゃん飲みましょおねぇ!!」

「じゃんじゃん飲んだ後のグロッキーな紗枝を介抱するのは俺の役なんだからほどほどにな」

「酔った勢いで抱いてくれていいのよ!!」

「俺はアルコールに弱いので飲みませーん」

「じゃあわたしが押し倒すわねぇ!!」

「ほんとに色んな意味で元気だな君は」

「…騒がしい」

 

 

何故か。

 

 

何故か、我が家にことりとことりの母親を呼んでクリスマスパーティーをする運びとなった。

 

 

で、まさにその真っ最中だ。

 

 

「今日はことりちゃんが来てくれるっていうからチーズケーキ焼いたのよぉ」

「ええっ?!あ、ありがとうございます!」

「すみません、わざわざ…」

「いいんですよぉ、せっかくのパーティーなんですもの!みんなで楽しく!」

「おっ珍しくいいこと言うじゃないか。紗枝の料理は美味しいからぜひ食べていってくださいな」

「いやん心華さんったら。はいあーん」

「今そのフォークに謎の液体を塗ったのを見逃すと思ったかな?」

「じゃあわたしが食べちゃう」

「なん…だと…?」

「…ことり、一旦部屋に引っ込むぞ。この後母さんはやばいことになる」

「えっ」

 

 

ああやって母さんが変なモノを摂取する時はだいたい媚薬だから、ロクなことにならない。本当に勘弁してほしい。

 

 

…って父さんが言っていた。媚薬って何だ?

 

 

とりあえず一旦自室に避難する。

 

 

「…瑞貴さん、お部屋の真ん中になんだかすごく大きな箱が…」

「………………くそっコイツがあるのを忘れていた」

 

 

避難先には背丈ほどもある木箱が鎮座していた。無論クリスマスプレゼントだ。食事して落ち着いたら渡そうと思っていたんだが、予定が狂った。

 

 

まあいいか。

 

 

「…………………あー、その…クリスマスプレゼント、だ」

「えっこんな大きな?!」

「…諸事情でな。前が開くようになっているから、開けてみな」

「う、うん」

 

 

ことりが恐る恐る手を伸ばして木箱の側面にある扉を開くと、中にある純白のドレスが姿を現した。

 

 

しかし、これはただのドレスではない。

 

 

その証拠に、ことりは目を見開いて両手を口元に当てて驚いている。

 

 

「み、瑞貴さん…!これ…このドレスは…っ!」

「…ああ。前に君が言っていた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そう。

 

 

俺たちが付き合い始めたあの日、ことりが言っていた、俺の作品の一つ。

 

 

何年前のことだったとかそういう情報は何も覚えていなかったが、不本意ながら蓮慈や天童さんの手を借りて「ことりが作った衣装の着想や傾向、推定経験年数などからその作品を推測する」ことに成功した。

 

 

人の手を借りてまで服を作ろうとしたのは初めてかもしれない。

 

 

「何で…だって、私教えてないのに…それにこのドレスはもう…」

「…色んな人に手伝ってもらった。頑張って、君が一番影響を受けたであろう作品を探したんだ。探して、当時の雑誌を見て再現した」

「すごい…そんな、そんなこと…嬉しい、すっごく嬉しい!!」

「あー、どういたしまして。…だが、完全に同じものじゃない。昔の作品だからどうしても改良したい部分があった、というのもそうだし…」

 

 

半泣きで喜ぶことりを見られるのは嬉しいが、この作品の説明をするのは色々と恥ずかしい。

 

 

「…オリジナルのようなパーティードレスではないんだ」

「え?」

「あー………………えっ、と…………ウェディングドレスなんだ」

 

 

木箱の隅に隠れていた、もう一つの小さめな木箱を取り出して開く。中にはウェディングドレス用のベールが入っていた。

 

 

「あ、あの…あれだ、いつか、その…着てくれたら、いいな…とか、思ったり、つまりまぁ、そういう…」

「えっ…そ、それって…」

 

 

ダメだ、これ以上は恥ずかしすぎて喋れないしことりを直視することもできない。どうしていいかわからなくて2人して動けない。

 

 

「…………あの

「もーーーーー!そこは押し倒しなさいよもーーーー瑞貴くんのいくじなしーーー!!!」

「だーから人の会話を盗み聞きしてしかも突入するんじゃないって」

「あぁんっ」

「こら寄っかかるな。軽く首引っ張っただけなんだから」

「……………あなたぁ……」

「なんだなんだ」

「…………今のでちょっとイっちゃった」

「もはや俺ですら怖いと思う領域まで行ってしまったのか君は」

「いやぁ〜もっと言ってぇ」

「…もう君は寝てきなさい。瑞貴はともかくことりさんは高校生なんだから、R18モードの君は教育上よろしくない」

 

 

ことりが何か言おうとした瞬間に母さんがまた突撃してきた。…もうことりを我が家に呼ぶのはやめた方がいいかもしれない。

 

 

父さんが母さんを寝室に放り投げ、ちゃんと食事をしてから解散する運びとなった。が、さっきことりが何を言おうとしていたのか気になりすぎて食事どころではなかった。いや、チーズケーキを美味そうに食べることりは可愛かった。

 

 

結局そのままことりは帰ってしまったが、少し後にメールが届いていた。

 

 

『私が大人になったら、よろしくお願いします』

 

 

何がよろしくなのだろうか。

 

 

ウェディングドレスのことか。

 

 

つまり…何がよろしくなんだ。

 

 

そう返事したら、『知りません!!』と返ってきた。何だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリークリスマス!」

「待て」

「さあ、今日はいっぱい食べなさい!」

「待ってください」

「わぁー!ケーキだ!!」

「待てやコラ」

「何か私にだけ当たり強くない?!」

 

 

本日はご存知クリスマス。

 

 

何故か俺は高坂家に呼ばれていた。

 

 

なんなんだ。一旦状況を整理しよう。今日も今日とて穂むらで作曲をしていた。そうしたら穂乃果が今日は家でクリスマスパーティーだよ!とか言ってきた。そうか、俺は帰って寝ると答えた。そしたらなぜか俺も参加することになった。

 

 

本当に何故だ。

 

 

家族で団欒してろよ。

 

 

何故俺を巻き込む。

 

 

「ほらほら、桜くんも遠慮しなくていいから!」

「いやいやあなたも何でノリノリなんです。俺の分の飯なんて用意してないでしょう?」

「もちろん!用意してあるわよ!」

「クレイジーかよ」

「桜さん、あーん!」

「あーんじゃねーよ。お前の脳みそは豆腐で出来てんのか?」

「さっきから酷くない?!」

「酷くない」

 

 

家族丸ごとバカだった。まあ穂乃果のお母さんだから当然と言えば当然か。いや当然じゃねーよ。

 

 

「くっそ…なんでこんなことに…」

「…」

「お父さんが『だったらケーキなんて持って来なければよかっただろう』って言ってるわよ」

「………くそっ」

 

 

そう、そうなのだ。

 

 

予約してあったケーキをここに持ってきてしまったのが運の尽き。そもそも何で俺はケーキなんか頼んでしまったんだ。しかもわざわざ穂乃果が好きそうな苺のやつを。

 

 

いや理由はあるんだが、何でそんな気が起きてしまったのかが自分でもわからん。

 

 

どういう理由かって?言うかバカ。

 

 

「んー美味しい!」

「あーっ!お姉ちゃんそれ私の!!」

「みんなで分けるタイプのやつだから誰のとか無いよ!」

「オードブルな」

「私が食べようと思ってたのー!」

「もう食べちゃったよ!」

「静かに飯を食え静かに」

「じゃあ私これ食べる!」

「あーっそれ食べたかったのに!」

 

 

…合宿の時とか、この姉妹こんなに騒がしくなかったと思うんだが(多少は騒がしかったが)、これがクリスマスの力か。

 

 

「早く食べないと2人に全部取られるわよ?」

「………太るぞ」

「「!!」」

 

 

一言呟いたら姉妹の動きが一瞬止まった。

 

 

が。

 

 

「「練習増やせば大丈夫!!」」

「あんたの娘さんたちバカですよ」

「育ち盛りだから仕方ないわ」

「いいんすかそれで」

 

 

アホな理論で突き抜けた。ダメだこいつら。

 

 

ここで食い尽くされても困るし、ちょっと摘んで食ってみる。…まぁ、なるほど、美味いな。飲食を仕事にしているだけのことはある。

 

 

「つーかお前ら野菜食え野菜。栄養バランス崩すとそれこそ太るし、体力にも影響出るだろ」

「いつもは食べてるから大丈夫!」

「うるせー食え」

「ぎゃー!!そんな顔掴んで無理矢理?!」

「口を開けろこんにゃろうキャベツ突っ込んでやる…」

「あだだだだ!ゆっ雪穂助けてぇ!」

「お姉ちゃん、このハムカツもらうね」

「あーハムkむぐぐぐ!」

 

 

それと姉妹はやかましいから野菜食って黙れ。

 

 

「ほら雪穂も口開けろ」

「えっ私も?!」

「当然だ馬鹿野郎。姉妹そろって肉類ばっかり食いやがって」

「い、いやそういうことするのはお姉ちゃんにだけでいいんじゃ痛ああああっ!!結構容赦nむぐぅっ!」

 

 

雪穂の口にもレタスをぶち込んで制圧完了。これで平和が(一時的に)訪れた。

 

 

「はぁ、全く…」

「ふふふ」

「何すか」

「何だかんだ言って桜くんも楽しそうじゃない」

「どこがです」

「さっきからずっと笑顔よ?」

「笑顔じゃないっす」

「ケーキも穂乃果が好きそうな苺のケーキ買ってきちゃって」

「穂乃果のために買ってきたわけじゃないっすよ」

「結婚するって決めたら早めに教えてね!!」

「会話が成り立ってないんすけど??」

 

 

ここの家族まるごとバカなのか?

 

 

そもそも結婚がどうとか、付き合ってすらいないのにそんなこと考えねーよ。付き合いたいわけでもねーし。そう、別に付き合いたいわけじゃねーぞ。違うからな。

 

 

「ごくんっ、ケーキ食べる!!」

「食うのはえーよ」

「んぐっ、私も!」

「雪穂もかよ」

 

 

そして平和タイム終了。速すぎる。噛んだのかちゃんと。

 

 

また騒がしくなったが、幸せそうにケーキを食っている穂乃果を見るとまぁ、買ってきてよかったな、とは思う。

 

 

別に好きなわけじゃねーぞ。

 

 

だが、あんな幸せそうな表情を時々でいいから見れたらいいなと思う。

 

 

 

 

 

 

…俺にそんな資格は無いけど。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

まずは幸せ絶頂期の4人をお送りしました。え?水橋君と穂乃果ちゃんはまだ付き合ってない??知らんな!!←
何気に希ちゃんの両親が帰ってくるところが一番好きだったりします。ご両親への挨拶を逃す天童さん痛恨のミス!!笑
あと、水橋君が不穏なことを言うのはよくあることなのであんまり気にしないでください!!
ちなみに当作品は全年齢対象なのでR18イベントは起こりません。全員全力で回避します。


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クリスマス対戦後半戦



ご覧いただきありがとうございます。

前回から1名の方から☆10評価をいただきました!!ありがとうございます!!最高評価をいただけるなんて…幸せ…!!これからも頑張ります!!

そして投稿遅くなってごめんなさい…引越しとかしていて大変だったのです…。まあ何もなくても遅れるんですけど…()

今回は前回の続き、クリスマス回です!残り5組がどんなクリスマスを送るのか、しっかり見てあげてくださいね!!


というわけで、どうぞご覧ください。


※過去最長です。




 

 

 

 

 

 

卒業生も含む、アイドル研究部全体でのクリスマスパーティーをする予定だったんだが…真姫が山の別荘でホームパーティーをするそうで来れなくなった。

 

 

だからクリスマスパーティー自体は中止になってしまった。まあ各位へのプレゼントは先に配っておいたから問題ないだろう。

 

 

代わりにクリスマス当日は家族で軽くパーティーすることにした。

 

 

「できたぞ、運べお前ら」

「はーい。いやぁ、こんなパーティーができる日が来るなんてね」

「銀、ついでに箸も出しておけ」

「りょーかい。ほら迅、料理運んで」

「は〜い」

「おーっ!!鶏肉がいっぱいだ!すげー!!」

「すげー!!」

「まだ食うなよ」

 

 

こんなに山盛りの飯を作ったのは初めてかもしれん。高校に入るまでは限界スレスレの生活だったし当たり前ではあるんだが。

 

 

今はまだ余っている富豪のおっさんの遺産もあるし、単純に茜が結構な額のバイト代もくれる。来年銀二郎が高校に進学しても余裕で学費が払えるくらいだ。

 

 

おまけに、最近は桜さんや天童さん、さらに時々雪村さんや藤牧さんまでが俺に手伝いを頼んでくるようになった。桜さんのライブの設営・撤去、天童さんの何かよくわからない手伝い、雪村さんの衣装の搬送、藤牧さんの医療機器搬入。だいたい雑用だが金はくれる。

 

 

いや、というか、むしろ貰いすぎている気がする。この人たち金銭感覚がおかしい。桜さんはまだ常識的だ。常識的な金額に「手間賃だ」っつってちょっと上乗せしてくれる。天童さんは多めの額に「みんなには内緒だぜ☆」っつって万札を数枚渡してくる。藤牧さんは「この程度あれば足りるだろう」と大金を押しつけてくる。雪村さんは無言で財布の中から適当に万札を掴み取って渡してくる。雪村さんが一番心配だ。

 

 

まあ、そうして稼がせてもらったからこそ今日はパーティーできるわけだが。

 

 

で。

 

 

「にゃー!すっごい多いにゃー!!」

「ご飯炊けたよー!!」

「ご飯炊けたよー。俺はどうしたらいい?」

「ゆかわー!ロボットに変身してー!!」

「変身してー!!」

「ロボットに変身したわけじゃないぞ。外骨格を纏っているだけだ。『このように』」

「うぉー!かっけー!!」

「かっけー!!」

「コラさっさと手ぇ洗ってこいチビども。あと湯川「さん」だ。「さん」をつけろ」

「凛が連れてくよ!」

「私も!さ、2人とも手を洗おうね」

「「はーい!!」」

「感動するほど聞き分けがいい」

 

 

今日は凛と花陽と湯川も来ている。クリスマスパーティーが無くなってしょんぼりしていたから俺が呼んだ。湯川は花陽が連れて来たいと言ったから来たんだが。

 

 

…まあ、凛に渡すものもあるしな。

 

 

「手洗ってきた!」

「きた!」

「おし、じゃあ座れ。迅、まだ食うな」

「う〜」

「それでは。手と手を合わせていただきますッ!!!」

「「「「「「いただきます!!」」」」」」

「手と手を合わせていただきます」

 

 

珍しくフライング無しで食事が始まる。さすが一家まるごとスクールアイドルファン、目の前に推しがいると背筋が伸びる。

 

 

「んめー!!大兄貴、今日の飯ちょーうまい!!」

「んめー!!」

「当四郎も大五郎も立つな。座って食え。投げるぞ」

「投げるの?!」

「創ちゃん投げすぎにゃー…」

「投げても平気なヤツしか投げねぇんだならいいだろ」

「凛は投げても平気なの?!」

「お前はちゃんと着地するだろ」

 

 

食事もいつもより気合入れて作ったし、いつもより賑やかだし花もある。素晴らしいな、パーティー。

 

 

食事はいつもの倍くらい用意したんだが、我が家の大食い5人(+白米大好き娘)の前ではものすごい速さでなくなった。凛は美味そうに食ってくれたが、湯川は相変わらずリアクションが薄くてわからん。別に構わないが。

 

 

飯を食い終わった後は弟達を風呂に押し込み、その間に片付けをする。客人三人も手伝ってくれた。正確には湯川は花陽の後ろをうろうろしてるだけだったが。

 

 

「よし、これで終わりだな」

「お疲れ様にゃ!みんな沢山食べたね…」

「俺の弟達だからな」

「創ちゃんもすごい量食べてたね」

「いつもよりはすこし多かったかもしれんな」

「すこしってレベルじゃなかったにゃ」

 

 

自分の金で作った飯なんだからどんだけ食ってもいいだろ。

 

 

さて…ここからが本番だ。

 

 

そう、凛にプレゼントを渡さなければならない。ずっとタイミングを伺っていたが、もうすぐ解散してしまうし今しかないだろう。いや今でいいのか?何なら解散してから追いかけた方がいいんじゃないか?いやしかし今を逃したら渡す勇気は出ないだろうしいや今も勇気は出ないんだがしかし

 

 

「花陽、プレゼントだ」

「ええっ?!」

 

 

踏ん切りがつかずに悩んでいたら、何の脈絡もなく湯川がプレゼントを取り出した。どこから出したんだ。

 

 

「クリスマスは大切な人に贈り物をする日だと聞いた」

「て、照真君が…私に?」

「そうだ。創一郎と一緒に選んできた」

「創ちゃんと?」

「ああ。俺は花陽に、創一郎は星空にプレゼントを

「ぶっふぉ?!?!」

 

 

自然な流れで暴露すんな馬鹿野郎。

 

 

「なっなんっおまっ、おい!おまっほんとにおまっ」

「どうした」

「そ、創ちゃん落ち着いてぇ!照真君は身体弱いから!」

「あかっ、茜だって弱いだろ!」

「茜くんは身体は丈夫だよ!!」

 

 

慌てて詰め寄って文句言おうと思ったが焦って言葉が出てこない。顔が熱い。

 

 

「…花陽にはこれを」

「これは…イヤリング?」

「これはイヤリングだ。炊飯器を作ろうと思ったのだが」

「えっ」

「創一郎に止められた」

「よ、よかった…」

「よかったの?」

「うん…照真君、料理だけは苦手で…機械作るのも、料理関係はダメなの…」

 

 

止めておいてよかったな。無難にアクセサリーを選ばせておいてよかった。クローバーというのもなかなかセンスがある。

 

 

いやそんなことはどうでもいい。問題はさっきから凛がチラチラこっちを見ていることだ。見るな。恥ずかしい。

 

 

「…えっと、創ちゃん?」

「なんっ何でございますかっ!!」

「言葉遣いが変にゃ」

「へ、変じゃないぞ。うん。何だ、どうしたんだ。プレゼントならまぁ用意したがあれだ、そう、湯川の世話をするついでに、あー、いやついでというかついでじゃないがえーっと」

「創ちゃん」

「はい」

 

 

凛はその先は答えず、ひたすらもじもじしていた。なんだ。どうしたらいいんだ。花陽は「早く!」って感じで視線を送ってくるし。なんだよ。

 

 

「…くっ!こ、これが…プレゼント…だ…」

「あ、あああああありがとうございます…」

 

 

仕方ないから上着のポケットからプレゼントを取り出して差し出した。緊張とか恥ずかしさとかその他諸々で爆散しそうだ。誰か殺してくれ。

 

 

凛は凛でカッチコチの動きでプレゼントを受け取った。落とすなよ?

 

 

恐る恐るといった様子で紙袋を開ける凛。早く開けろ。俺の心が保たない。

 

 

「髪留め…?」

「あ、ああ…髪留めだ…猫の…。その、そういう、か、かか、可愛いやつ、似合うかと…」

「か、可愛い…?!」

「ああ…っ、か、髪留めのことだぞ?!」

「えっうっうんそうだよね?!」

「凛ちゃん…創ちゃん…まだまだ先は長そうだね…」

 

 

花陽が変な嘆息をしていた。なんなんだよ。

 

 

「…あ、あのっ」

「なんっ…何だ?」

「あの、凛も…ぷ、ぷれぜんと…あるの…」

「ぬ゛っ」

「今の声何」

 

 

突然凛が予想外なことを言い出して死ぬかと思った。凛が?俺に?クリスマスプレゼント??今日は俺の命日か??

 

 

…ってなんでそんなに舞い上がってんだ俺。よく考えろ、クリスマスプレゼント自体はアイドル研究部の全員に配った。そのお返しだ。うん、きっとそうだ。

 

 

いやそのお返しは貰ったような??

 

 

「は、はい、これ…」

「お、おう…」

 

 

俺が渡した時と逆みたいな動きでプレゼントを受け取る。身体中に力が入ってしまってロクに動かん。

 

 

恐る恐る紙袋を開けてみると、中にはブレスレットが入っていた。素材はわからんが、銀色と金色で細かい幾何学模様が描かれている。

 

 

「ブレスレット…?」

「う、うん…その、創ちゃんってあんまりお洒落しないけど…そういうの、か、かっこいい、かなって…思って…」

「か、かっこいい…?」

「うん…あっ、ぶ、ブレスレットのことね!!」

「あっおう、ブレスレットのことか!!」

「も、もどかしいなぁ…」

 

 

まあかっこいいのは俺じゃないよな。うん。わかる。実際このブレスレットはかっこいい。

 

 

…毎日つけていくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

「いいえ、僕も今来たところです」

「…本当ですか?」

「本当ですって。あなたの読んでいる少女漫画じゃないんですから、そこで嘘はつきませんよ」

「なっ何で私が少女漫画を読んでいるのを知っているんですか?!」

「まあ僕は読心ができますから…」

「嫌いですっ!!」

「ふふふ、そんなことを言っても真意はバレバレですからね」

「ず、ズルイです…!!」

 

 

今日はクリスマスです。

 

 

いつもなら両親との不毛な接触を避けるために大学に行っていたのですが、今日は海未さんもフリーだと言うのでデートに誘わせていただきました。

 

 

「しかし大変ですね。西木野さんがホームパーティーをする影響でμ'sや後輩とのクリスマスパーティーが流れてしまい、幼馴染みである高坂さんは家族と水橋さんを呼んでパーティー、南さんは雪村君のお宅でパーティーと」

「そうなんです!私も明さんから声がかからなかったらどうしようかと…」

「あなたから誘ってくれてもよかったんですよ?」

「そっそんな恥ずかしいことできません!!」

「痛あっ?!なぜビンタ?!」

 

 

海未さんをからかっていたらビンタが飛んできました。結構痛いんですよね…というかそこそこの頻度で物理に訴えてきますね、海未さん。

 

 

「ま、まあご安心ください。せっかくのクリスマス、海未さんと過ごさないなんてことはありませんから」

「も、もう…なんで最近そんな聞こえのいいことばかり言うんですか…」

「海未さんが言ってほしいって思ってるからですが…」

「もうっ!!」

「痛ぁ!!」

 

 

このままビンタされ続けると波浜君第二号になってしまうので自重しましょう。

 

 

「もう、先に行きますからね!!」

「ま、待ってください…映画館のチケットは僕が持ってるんですから…先に行っても何もできませんよ…!」

 

 

微妙にふらつきながら先に行ってしまった海未さんを追いかけます。前言撤回、波浜君のようにはなれません。二発もらってもうフラフラですから。

 

 

今日は昼から待ち合わせをして、映画を見たあとショッピングをし、夕食を食べて帰るという予定です。ちなみに午前中は僕は仕事していました。年末は講義の試験を作ったりしなければならないので忙しいのです。別に嘘ではなく本当に仕事があったんです。

 

 

今から見る映画は恋愛モノ…ではなく普通の邦画。理由は当然、海未さんが発狂するからです。現在進行形で異性と付き合っているというのに難儀な人です。

 

 

まあそういうところも好きなんですが。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…ぐすっ」

「大丈夫ですか…?ほら、ハンカチ」

「ありがとうございます…」

 

 

で、肝心の映画は海未さん号泣でした。まあ感動しましたけど、泣きすぎじゃないでしょうか。

 

 

海未さんって整然としているイメージがありますけど、意外と感情の振れ幅が大きいというか、顔に出ますね。ババ抜きとか弱いタイプです。

 

 

「ほらほら、泣き顔で出歩くわけにはいかないでしょう?涙拭いて…」

「ま、待ってください!自分で拭きますから!!」

「そ、そうですか…?あぁ、お化粧ですか…」

「あぁって何ですか!頑張って、か、可愛いっていって欲しくてお化粧してきたのですよ…!」

「ふふふ、わかってますよ。僕なんですから。今日の海未さんはいつも以上に綺麗で可愛いです」

「〜〜〜!!」

 

 

顔を真っ赤にしてハンカチを握りしめる海未さん。ああ、何て可愛いんでしょう。沼にハマりそうな予感がします。いえ、もうハマってるのでしょう。

 

 

涙を拭き終わった海未さんの手を取って、次はショッピングです。…何でもないことのように言いましたが、手を繋いで歩くのはなんだか気恥ずかしくて心臓バクバクです。顔真っ赤な海未さんは黙ってしまったので読心できませんし、初心なカップル丸出しです。いや初心なカップルなんですけど。

 

 

ショッピングの目的はお互いのプレゼント探しです。事前に買ってもよかったのですが、やはり相手の反応を確認してから買いたい…とお互い思っていたので、こうして当日二人で買いに行くことにしたのです。

 

 

「しかし、僕は衣類なんかには詳しくないですよ?」

「いいんです。私も詳しくないですし、服でもアクセサリーでも、私に似合うと思ったものを選んでくださればそれが一番嬉しいです」

「そ、そうですか」

「ふふっ今度は明さんが照れる番ですね」

「うっ…本当に負けず嫌いですね…」

 

 

面と向かって、心の底からそう言われると恥ずかしくなってしまいます。

 

 

「あまり目立たないものの方がいいですよね…」

「そうですね…派手なものは僕らには似合わなさそうですし、何より」

「恥ずかしい…ですか?」

「その通りです…」

「それは私もです…」

「やっぱりそうですよね…」

「…明さんって、准教授なんですからスーツを着ることが多いですよね?」

「ええ、そうですが…あの、海未さん。僕にそういう遠回しな確認は無意味ですよ?」

「べっ、べべべ別にいいじゃないですか!たまには読心も自重してください!」

「そう言われましても…」

 

 

つい読んでしまうんですよ、つい。

 

 

「いいじゃないですか、ネクタイピン。さりげなく着けていられますし」

「もう…ドキドキ感というか、そういうものを感じてください…」

「心を読めないというのは不安なんですよ。みなさん心を読めなくても立派に生きていて尊敬します」

「真面目な顔で言うことではないです」

 

 

仰る通りだとは思いますが、真面目にそう思っているんです。

 

 

そのまま海未さんはネクタイピンを買ってきてくれました。弓のような造形のものです。さりげなく自分アピールしてきましたね。

 

 

「…」

「ありがとうございます。…で、何故無言なんですか」

「…」

「…もしかして読心対策ですか?」

「…」

「あっちょっと待ってください!次は僕がプレゼントを買う番なんですから先に行かないでください!っていうか何か返事してくれませんか?!」

 

 

海未さんは顔を背けて無言でそれを僕に渡し、そのままスタスタ歩いていっていまいました。読心対策だからってそんな邪険にしなくても。

 

 

追いかけて、はぐれないように手を取ると海未さんの顔が一気に赤く染まりました。いえ、きっと僕も赤いですが。まあ恥ずかしいというか、照れますから。

 

 

僕が渡すものは決まっているので、まっすぐ洋服売り場に向かいます。

 

 

「あったあった。んー…どの色にするか悩みますが…」

「…」

「やっぱり、海未さんといえば青でしょうか」

 

 

手に取ったものを、海未さんの首にかけてあげます。

 

 

マフラーではないですよ。

 

 

「ストール、っていうんでしたっけ。よくお似合いですよ、海未さん。やはりあなたは青がよく似合う」

「…」

「そろそろ無言やめていただけませんか…?」

 

 

首に巻かれたストールを見つめ、握り、その後僕の方を見つめる海未さん。か、可愛い…でも何を思っているのか、言葉を聞かないとわからない…。

 

 

どうしようかと思っていると。

 

 

不意に海未さんが近づいてきて…一瞬だけ唇を重ねて、すぐ離れていきました。

 

 

「………………?!?!」

「…ふふっ、不意打ち成功です」

「んなっまっ、う、海未さん…?!」

 

 

うろたえる僕にストールを渡し、少し離れた海未さんは。

 

 

「…ありがとうございます、気に入りました。…大好きですよ、明さん!」

 

 

そう言って店の外に出て行ってしまいました。僕はもう呆然と立っているしかありません。だって、本心だってわかってしまいましたから。

 

 

会計している時も上の空でした。いやぁ、なんという衝撃。恋ってすごいですね。

 

 

「さて、海未さんを迎えに

 

 

 

 

 

「…………お、に、い、さ、ま………??」

 

 

 

 

 

「ひいっ?!か、奏、なぜここに?!」

「なぜってこちらのセリフですからね!!見てしまいましたよ私!海未さんとお兄様がちゅーしてる瞬間を!!」

「な、なんですって…?!」

 

 

まさかの事態が起きてしまいました。一番恋人らしくしている場面を奏に見られてしまうとは…。

 

 

前から奏が僕と海未さんの仲を気にしていたのは知っています。もちろん、奏は僕らが付き合うのが嫌とかいうわけではなくて、僕が離れていってしまうのを恐れているだけなのですが…説明する時間を設けるならまだしも、こうして不意打ちで遭遇するのは困ります。

 

 

「明さん、どうかしま…って、か、奏?!どっどうしてここに…?!」

「どうしてもこうしてもないです!クリスマスなので雪穂と亜里沙とお買い物に来まして!さっき解散しまして!!帰ろうと思ったらお二人がいたのです!!ちゅーしてるお二人が!!」

「ちゅっ…ま、まさかそこをピンポイントで見ていたんですか?!」

「そうですよ!!もー海未さん顔真っ赤!!」

「当たり前ですっ!!!!」

 

 

なんだかわちゃわちゃしてきました。

 

 

「ま、まぁまぁ。往来で言い合うのもどうかと思いますし、とりあえず移動しましょう?」

「一理ありますッ!!」

「すごい勢いで肯定しましたね」

「お兄さまの提案ならだいたい受け入れるのが私なんです!あっちに公園があるのでそこ行きましょう!!」

「相変わらず猪突猛進ですね…むしろ昔より勢いが強くなった気もしますが」

「スクールアイドルを始めたからでしょうか…?」

 

 

ものすごい勢いで話を進めていく奏。これはしばらく振り回されそうな予感です。

 

 

どうやら奏も、一緒に来ていた友達がご家庭の用事で帰ってしまって暇なようですし。せっかくですからこの機会に色々説明しておきましょうか。

 

 

奏も大事な家族ですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス当日って意外と仕事がなかったりする。

 

 

だいたい年末年始の特番の収録とかは終えてしまうからだ。当日の生放送を除いたら年内の仕事はかなり少ない。

 

 

だから今日は、昼過ぎから絢瀬さんを誘って出かけることにしたんだ。そう、僕から誘ったんだよ!すごくない?!快挙だよ快挙!!

 

 

だから急いでお昼ごはんを食べて出かけよう。

 

 

「…大地」

「…?どうしたの、父さん」

 

 

珍しく父さんが話しかけてきた。いつも家族3人が揃っている時は今みたいにみんなでご飯を食べるけど、会話はほとんどない。特に父さんとは、先日の件があって以来ほとんど話をしていなかった。変に難癖つけられることもなくなったってことだけど。

 

 

「彼女はいつ連れてくるんだ」

「ごぶっふぉあ?!?!?!」

「…えっ大地彼女できたの?」

「でっできてないよ!」

「この前一緒にいた絢瀬絵里さんは彼女ではないのか?」

「あらっ絢瀬絵里ちゃんってμ'sの子でしょ?あらーあらあら大地も可愛い子選んだのね」

「だーかーらー!まだ彼女じゃないの!」

 

 

突然父さんが爆弾を投げ込んできた。何言ってるんだこの人は。

 

 

うちの母さん、御影沙苗はゆるふわおっとり系の女性だ。何で父さんと結婚したのか本気でわからない。そして恋愛系の話が大好きだったりする。

 

 

「まだ?まだって言ったかしら」

「あっ…も、もう出かけるね!ごちそうさま!!」

「あっまだデザートあるのに!」

「二人で食べて!行ってきます!!」

 

 

こういう時は逃げるに限る。

 

 

って、勢いで飛び出してきちゃったけど待ち合わせまでまだだいぶ時間がある。どこかで暇つぶしするかなぁ…。

 

 

「あっ…」

「…………えっ?あっ、絢瀬さん?!ま、まだ待ち合わせには時間が…」

「えっ、あっ、その、そうですよね!じ、時間、間違えて出てきてしまったかしら…あはは…」

 

 

とか思っていたら、もう絢瀬さんがいた。嬉しいけど、そんな不意に現れたら僕も頭が回らない。いやいつも回らないけど。

 

 

「…えっと、あの、ごめんなさい、間違えたんじゃないんです…」

「えっ」

「あの、その、ま、待ちきれなくて…早く来ちゃい…ました…」

「ゔっ」

「えっ、どうしました?!」

「な、なんでもない…」

 

 

絢瀬さんの可愛さで目が潰れそうになった。赤くなった顔、目を逸らしてもじもじする仕草、精一杯おしゃれしてきたであろう姿。これはゼウスも求婚する可愛さだ。

 

 

しかも待ちきれなくてって言った?僕に会うのが?待ちきれなくて?ほんと?これもう勝ち確ってやつじゃない?

 

 

…いや、焦っちゃいけない。僕は恋愛映画とかに出てくるテンプレ恋愛しか知らないんだ。現実はもっと厳しい…って天童も言ってた。油断せず行こう。うん。

 

 

「ま、まあ、早く集まれたってことは時間があるってことだし!行こうか!」

「は、はい!…あの、どこに行くんですか?」

「…決めてないわけじゃないからね!」

「もう、大丈夫ですよ誤魔化さなくて。一緒に考えましょう?」

「はい…」

 

 

油断せず行こうと言った瞬間大誤算。誘うだけ誘っておいて、当日の予定を決めるのを完全に忘れてた。プレゼントは鞄の中に入っているからいいとして(ちゃんと持ってきたし中身も確認したよ!!)、それ以外何も考えてなかったのはダメダメだ。

 

 

穴があったら入りたい。

 

 

通行の邪魔にならないところに移動して、二人で行先を探す。絢瀬さんが僕のスマホを覗くもんだから近い近い。いい匂いもするし禿げそう。

 

 

「うーん、どこがいいかしら…」

「そっ、そうだなぁ、横浜まで行ってみるとか…あっ交通費は僕が出すから!」

「むっ」

「…あれ、どうしたの?」

「私も今は大学生で、アルバイトだってしてるんです。お金に気を遣わなくていいんですよ?」

「そ、そう…?まあ、そういうことなら…」

 

 

むっとした絢瀬さんも可愛い…ってそんなこと言ってる場合じゃない。お金は全部僕が出すつもりだったけど、それはお望みじゃないらしい。

 

 

「じゃ、じゃあ…とりあえず横浜行ってから考えよう!」

「ふふっ行き当たりばったりですね」

「うっ…ご、ごめん…」

「いいんですよ。そういうとこ、御影さんらしくて好きですよ」

「すっ…?!?!」

「…あっいえっそのっ…い、行きましょう!」

「えっちょ、ちょっと待って!」

 

 

何かさらっと好きって言葉が出てきて僕はもうダメだ。きっとそういう意味じゃないんだろうけど、顔が赤くなるのを止められない。はぁー情けない。

 

 

 

 

 

そのまま二人で横浜市まで移動して、お買い物をしたり観光したり。特に目的があるわけでもなくうろうろした。

 

 

時々手が触れてお互い赤面したり、笑いあったり、思ったよりちゃんとデートみたいな過ごし方ができた。絢瀬さんが気を遣ってくれたのかもしれないけど、僕自身もかなり自然体でいられたと思う。相変わらず考えるのは苦手だけど、少しは僕らしく、御影大地らしくいられた。

 

 

だから、僕の才能じゃなくて僕自身を見てくれる絢瀬さんを、ずっと大切にしていきたいって、改めて思えた。

 

 

「今日はありがとうございました。楽しかったです」

「ううん、こちらこそありがとう。行き当たりばったりでごめんね」

「いいんですよ、楽しかったですから!」

 

 

夜の秋葉に戻ってきた。もうすぐデートは終わってしまうから、プレゼントを渡さなければならない。想いを伝えなければならない。

 

 

そうは思ってもなかなか踏ん切りがつかずに世間話を続けてしまう。ただ時間だけが過ぎていく。

 

 

告白するだけなら、役はいくらでもある。でもそれじゃいけない、僕自身の声を伝えなければならない。

 

 

他の誰かには頼れない。

 

 

「…じゃあ、そろそろ…」

「っ、ま、待って!」

「えっ…?」

 

 

絢瀬さんが帰ろうとした瞬間、僕はその手を引いて引き留めた。ここでこのまま帰らせてはいけない。覚悟なんて決まってない、言葉なんてまとまってない。それでも言わなきゃならない。このタイミングを逃しちゃいけない。

 

 

「こ、これ…」

「えっ、これって…」

「あの、く、クリスマス…プレゼント…」

「ええっ?!私に?!」

「う、うん…君に…」

「あ、ありがとうございます…!あの、今開けてもいいですか?」

「も、もちろん」

「…わぁ、綺麗なネックレス…!」

「君に似合うと思って…。そ、それだけじゃなくて」

「?」

 

 

ひとまずプレゼントは喜んでくれた。ここから、ここからが勝負だ。

 

 

「…絢瀬さん、僕は君にたくさん助けてもらった」

「え?そんなこと…」

「そうなんだ。ずっと自分は必要ない、役を演じ切ることだけが僕の役割だって思っていたのを、君が救ってくれた。父さんとの確執も君が終わらせてくれた。すごく、すごく感謝してるんだ」

「…」

「だから、今度は僕が君を助けたい。一回や二回じゃない、この先ずっと、君の助けになりたいと思うようになったんだ」

 

 

驚いたように見開いた目。何かを予感して赤くなる顔。少しだけ不安そうに胸の前で握る両手。強くて美しくて少しだけ脆い、そんな絢瀬さんを。

 

 

僕は、護りたい。

 

 

 

 

 

 

 

「絢瀬さん、僕は君が好きだ。好きになってしまった。こんな僕でよければ…付き合ってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

絢瀬さんは両手をより強く握って、一瞬俯いて…僕に向かって突進してきた。

 

 

「うわっ…?!」

 

 

そしてそのまま抱きついてきた。えっ、これは一体どういう状況なの?

 

 

「あ、絢瀬さん…?!」

「嬉しい…」

「えっ」

「嬉しい、すごく嬉しい!私も、私もあなたが好きだったんです…!」

「えっ…じゃ、じゃあ…」

「ええ、ええ!これからよろしくね!大地さん!!」

「んむっ?!」

 

 

少し涙目になった絢瀬さんが、勢いのままキスしてきた。一瞬だったけど、その一瞬は永遠かと思うほどだった。

 

 

「んな、あ、絢瀬さ

「絵里ですっ」

「…はは、そっか、そうだね。絵里ちゃん」

「あああっ…なんて幸せなのかしら!大地さんに、名前で呼んでもらえるなんて…!」

「そ、そんなにかい?」

「そんなになの!…ごめんなさい、クリスマスプレゼントを貰えるなんて思ってなくて、私も迷惑かなって思って用意してなくて。だから…これで、今年は許してね」

 

 

そう言って、もう一度キスをしてくれた。今度は一瞬じゃなかった…多分。

 

 

だって時間感覚分からなくなるんだよ!仕方なくない?!

 

 

「…もっと一緒にいたいけれど、そろそろ帰らないといけないわ」

「うん、大丈夫。また会おうよ」

「うん…うん、約束よ」

 

 

名残惜しいけど、絢瀬さん…いや、絵里ちゃんと離れる。家系的にはロシアの血筋だし、クリスマスは家族で過ごすのが通例なんだと思う。

 

 

でも大丈夫だ。

 

 

僕らはもう、恋人同士なんだから。

 

 

「家まで送っていくよ」

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて!」

 

 

そう言って手を繋いで歩き出す。少しだけ恥ずかしいけど心地よい、そんな感覚があった。

 

 

隣を見ると、見たことないくらい嬉しそうな絵里ちゃんの横顔があった。

 

 

ああ、色んな人に伝えたくなってきた。

 

 

僕にはこんなに素敵な恋人がいるんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

今日はパパが主催のホームパーティー。

 

 

たくさんのお医者さんや偉い人が別荘に招かれて、毎年のことだけどとても豪華なパーティーをする。

 

 

いつもは楽しくご飯を食べて、プレゼントを貰って、そのまま眠って、翌朝にはサンタさんがプレゼントを置いていってくれる…そんな日だった。

 

 

でも今日はちょっと憂鬱。

 

 

本当はμ'sやアイドル研究部のみんなとパーティーする予定だったんだから。

 

 

だから少しだけパーティーを抜けて、外に出てきちゃった。

 

 

それに、

 

 

「…藤牧さん、落ち込んでないといいけど」

 

 

藤牧さんは随分前から、「君に最大級のプレゼントを用意してみせよう」だなんて言っていたのに、今日も明日も会えない。べ、別に私は寂しくなんて…!

 

 

…嘘よ。ちょっとだけ、寂しいかも。昔より随分優しくなって、自慢も少なくなって、私を見かけるとすぐ寄ってくるようになった藤牧さん。お母さんも退院して、随分笑顔が増えた藤牧さん。なんだか、こうして会えなくなると無性に寂しくなっちゃうわ。

 

 

「…なんて、本人の前じゃ言えないけど」

「何を言えないというのだ?」

「……………………うぇえっ?!?!」

 

 

びっくりして大声を出しちゃった。なんでいるのよ。

 

 

「なっ、なんっ…」

「何でここにいるのか、なんて言うんじゃないぞ。そもそも私が招かれていないはずがないだろう?」

「い、言われてみれば…」

 

 

確かに、藤牧さんは時々うちの病院に顔を出していてしかもものすごく優秀な人。パパが呼ばないわけないわ。

 

 

「…でも、いなかったわよね?」

「ああ。診察があったからな、遅れて参上した」

「ちゃんと来るところがすごいわね…」

「当然だろう?今日君に会わないわけにはいかないんだ」

「…あっそ」

 

 

そういうことを自然と言うから困るのよ。…き、嫌いなわけじゃないけど…。

 

 

「ふむ、山から星を見上げるとなかなか美しいな」

「そうね…綺麗」

「まあマウナケア山頂には劣るが」

「…ほんっとそういうとこ…!」

 

 

なんでいちいち余計なこと言うのよこの人は。

 

 

「いいではないか。美しいことに変わりはない。冬で大気が乾燥しているのも利点だ、いい景色だよ」

「普通にそれだけ言えないのかしら…」

「普通がお望みかな?」

「まあ今更あなたが普通になったって気持ち悪いわね」

「なかなか辛辣だな」

「妥当よ」

 

 

…?何かおかしいわ。

 

 

そう、おかしいのよ。この人の私に会いにきた目的はちゃんと他にあるのに、本題に全然入ろうとしない。いつもなら全部過程をすっ飛ばして本題に入ってくるのに。

 

 

「…藤牧さん、どうしたのよ?」

「何がだ?」

「私と世間話しにきたわけじゃないでしょ?何で本題に入らないのよ。もしかしてプレゼント忘れてきたとか言うんじゃないでしょうね?」

 

 

問い詰めると、藤牧さんは黙ってしまった。え、まさか本当に忘れたの?

 

 

「…すまない、不安になっていた」

「…え?不安?」

「ああ。もう天才でもなんでもない、ただの人たる私は…君に拒まれるのを恐れてしまった」

「何よ、いつもは自信満々のくせに」

「まったくだ。失敗を恐れることなどなかったのに、今は行動を先延ばしにしてしまうほど恐れている…だが、やらねば始まらないな」

 

 

何かを決心した藤牧さんが、ポケットから小さな箱を取り出して私に差し出した。

 

 

「贈り物だ」

「あ、ありがと…。開けていいの?」

「もちろんだとも」

 

 

貰った箱を開けてみると、綺麗な赤い宝石がはめ込まれたペンダントが入っていた。

 

 

「人工ではあるが、紛れもなくルビーだ」

「ルビーって…いくらしたのよこれ」

「製造は湯川に任せたからさほど値はかかっていないさ。だが世界に二つとない品だぞ」

「そ、そう…」

「…それよりも」

「?」

 

 

藤牧さんは右目で真っ直ぐ私を見ている。手術前のような真剣な目をしている。

 

 

「…なぁ、真姫。私は君に助けてもらった。母様の手術をしたあの日、君がいなければ私は気が狂ってしまっていたかもしれない」

「まぁ…そうならなかったからいいじゃない」

「そうだ。君のおかげだ。君が助けてくれた。今度は私が君を救う番だが…私の心はそれどころではなくなってしまった」

「どういうことよ?」

「私は君に恋してしまった」

「……………うぇえっ?!ちょっ、サラッとすごいこと言わないで!!」

 

 

そんな不意打ちで告白する人いないわよ。

 

 

「私は君がいい。隣に誰かいるとしたら、隣で笑ってくれるのは、間際に顔を見るのは君がいい。そんな想いを、天才ではなくただの人間として君に伝えたいんだ」

「そ、そんな…ちょっと、ま、待っ

 

 

 

 

 

 

 

「改めて言おう。君が好きだ。ずっと側に…いてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜っ、そんなのズルいわよ!」

「ズルいか?」

「ズルい!だってそんな急に言われたら頭の整理が追いつかないわよ!!」

「そんなことはないと思うが…」

「そうなの!」

 

 

そのまま畳み掛けられてしまった。もちろん嫌じゃないわ、むしろ…私だって、藤牧さんのこと好きだし。でもちょっと頭の整理が追いつかないわ。

 

 

「あ、あの…私も、その…藤牧さんのことは、好き…だけど…」

「だけど?」

「ううううっ…もう!いいわよ!付き合ってあげる!!感謝しなさい!!」

「何をそんなに怒っているんだ?」

「怒ってないわよ!」

「…ふっ、照れているのか」

「やっ、照れてなんか…」

 

 

バカにされた気がしたから藤牧さんの方を見て反論しようと思った…んだけど。

 

 

私を見て、月を背に微笑む姿は。

 

 

もうどうしようもないくらい綺麗で。

 

 

見惚れるしかなかった。

 

 

「…どうした?」

「…っ、何でもないわよ!そ、それよりなんかすごいプレゼントくれるって言ってたじゃない!これで終わり?!」

「…?私以上のプレゼントがほしいのか?」

「私以上ってことはあなたがプレゼントなの?!」

「その通りだが。要らないかな?」

「や、その…い、要る…」

「ははは、照れてしまって。可愛い子だ」

「か、可愛くな

 

 

 

 

 

藤牧さんの方を向いた瞬間にキスされた。

 

 

…えっ、えええええええ?!?!?!

 

 

 

 

 

 

「っぷは、ちょ、ふ、ふじまきさん…?」

「嫌だったかな?」

「い、いやじゃない…けど、そうじゃなくて…」

「君も私が好きなら何も問題ないと思うが」

「うううううう…」

 

 

さっきから不意打ちの連続で心が保たないわよ…。

 

 

いや、この人のことだからそうやって心まで操ってるのかもしれない。ありうる。心理学とか得意そう。っていうか苦手なこととかなさそう。

 

 

もう、負けよ、私の負け。っていうか私が藤牧さんに惚れちゃったときか勝負はついてたのよ。

 

 

勝てないわよ、こんな人に。

 

 

天才で尊大で傲慢で、だけど世界中の誰よりも優しいこの人には。

 

 

「さぁ、そろそろ戻ろうか。流石にこの気温で外に出ているのはよくない」

「…そうね」

「どうした真姫、具合でも悪いのか?早く戻るぞ」

 

 

不思議そうに振り返る藤牧さんの、腕のない右側をすり抜けてキスし返してやった。一瞬だけど。

 

 

「っ」

「ふん、バーカ!先に戻ってるわよ!」

 

 

仕返しできてちょっと気分が良くなったから先を走っていく。少し先で振り向くと、唇を押さえて若干赤面している藤牧さんがいた。

 

 

なによ、自分が不意打ちされたら照れるなんて。

 

 

ちょっと可愛いじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに。

 

 

「お、おいお嬢さん方…なんで俺は縛られているんだ…?」

「あんたが延々と私たちの好意に気付かないからよ」

「そろそろ無理矢理にでもわからせてあげないとって思って…」

「他の女が寄ってこないように、私たちの手中に収めてしまおうというわけだ」

「ばっ、何変なこと考えてんだお前らは!ま、待て、お前らアイドルなんだから!こらっ服を脱ぐな服を!くそっ麻縄なんて用意しやがって…!」

「いくわよあんじゅ、英玲奈。既成事実を作っちゃえばこっちのもんよ!!」

「ええ!」

「ああ!」

「バカ言ってじゃあねーぞお前らああああ!ふんっ!!」

「えっ?!あんだけキツく縛ったのに抜けた?!」

「違う!果物ナイフだ!なんでやつだ、袖に仕込んであったのか!!」

「バーカバーカ!俺の服を脱がせなかったのが命取りだな!!とりあえずお前らの気持ちはわかったから今日のところは退散させてごめんマジで!!」

「あっちょっ逃げんなぁ!!」

「待ってツバサ、その格好で外に出たら捕まるわ!!」

 

 

約一名、波乱を極めたクリスマスを送っている模様。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

書いている時に思いました。
終 わ ん な い (
結果約14,000文字となりました。わぁい(白目)
あまりにも長くなりそうだったので肝心の告白シーンがあっさりしてしまったかもしれません。まあ今まで重々しく告白してたんでいいんじゃないですかね!!(開き直り)
ちなみに、白鳥君はただの被害者です。

滞嶺君が凛ちゃん誕生祭1で告白することを踏まえると、晴れて穂乃果ちゃん以外のカップルが成立したことになります!!ついにここまできましたね!!3年かかってますよ!!笑
そんなところでAfter stories 2はおしまいになります。最後の最後、The Last After Stories にご期待ください!!


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真実に至る物語
最終章への自己紹介




ご覧いただきありがとうございます。

前回からまた1人お気に入りしてくださいました!!ありがとうございます!!最後までがんばりますので!!

毎度おなじみの章毎の自己紹介です。
全話から実に2年も時が過ぎます。もう一度言います。2年です。みんな音ノ木坂を卒業した後まで話が飛びます!!水橋君何してんだ!!笑

なのでみんなの近況も確認していってくださるといいかなーと思います。まあ本編に影響はないと思いますけど!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

・波浜 茜(なみはま あかね)

20歳、156cm、45kg。誕生日:2月2日

 

 

本作品の(一応)主人公。8歳の時に事故に遭い、父の波浜大河と母の波浜藍を亡くし、自身も瀕死の重傷を負った。失意の底にいる時にかけられたにこの言葉に縋って生きてきたが、今は依存から抜け出してみんなの幸せのために頑張っている。高校卒業後、晴れてにこと恋人同士になった。

本来は誰よりも人の幸せのために奮闘する博愛主義者。そもそもにこを応援していたのも「にこちゃんの笑顔がみんなを笑顔にするから」なので、ある意味ずっと他人のために頑張っていた。ただし、人が狼狽えるのを見るのが好きな愉悦部でもある。

事故によって肺に大きなダメージを負ったが、湯川と藤牧の神業により肺や損傷した皮膚、骨が復活。それでも体力が皆無なのは今まで運動しなさすぎたため。にこのために体力つけようとしはじめたが、まだまだ貧弱の極み。先は長い。

高校卒業後は独立してグラフィックデザインや空間デザインを請け負う仕事を始めた。営業も自力で行うが、他のアーティストを傘下に招いたりしてどんどん規模がデカくなっている。でも相変わらず滞嶺をバイトとして使っている。

 

 

「波浜茜だよ。なんだかみんな幸せになってきた予感がして僕は嬉しい。にこちゃんも幸せそうでとても嬉しい」

 

 

 

・滞嶺 創一郎(たいれい そういちろう)

18歳、208cm、153kg。誕生日:5月28日

 

 

元μ's一年生組の同級生。両親は離婚・蒸発しており、次男:銀二郎、三男:迅三郎、四男:当四郎、五男:大五郎という4人いる弟を這いつくばってでも守ってきた優しい兄。顔は怖いが尋常じゃないほどの優しさと献身性を持ち、我慢に慣れて(慣れすぎて)いる。そして料理が上手。

身体能力も尋常ではなく、車と同速で走ったり、人を片手で投げ飛ばしたりとおよそ人間とは思えないことをする。しかも本人は普通だと言い張る。必要かどうかは置いといて、今でも筋トレは欠かさない。最近は茜の乗り物と化している。また、体躯に反比例してメンタルが弱い。すぐ凹む。

進級後もマネージャーを続け、卒業するまでやり遂げた。生徒会副会長としても補佐の手腕を存分に発揮して真姫をはじめとする生徒会メンバーを支えた。

重度のドルオタであり、レアもののグッズを見つけるとすっ飛んでいく。歌も好きなのだが、重度の音痴らしい。

卒業前の凛の誕生日に晴れて恋人同士となった。なったが、お互い照れてばかりで見ているこっちが恥ずかしくなる。早く結婚しろ。

 

 

「滞嶺創一郎だ。ついに凛と付き合い始めてしまった…嬉しすぎて突然死しないか心配だ…」

 

 

 

・水橋 桜(みずはし さくら)

20歳、178cm、65kg。誕生日:8月13日

 

 

茜の友人で音楽の天才。基本的にクールだが、よく面倒に巻き込まれる。主に穂乃果のせいで。本人的には満更でもないあたり、ツンデレである。いつでもどこでも作曲する気満々なのだが、なぜかだいたい穂むらに入り浸っている。本人は「和菓子が好きだから」とか言っているが、穂乃果に対して甘いのは誰が見ても明らか。ツバサには一時的とはいえ先生呼ばわりされていたが、多分満更でもない。

運動神経悪いが、歌うのに必要な筋肉はかなり発達している。だから潜るのは得意。でもあんまり泳げない。

夏でも常にコートを着ている。暑そう。また、不意打ちされるとコートの中や脇腹あたりに手を持っていく癖がある。

時折病院に行く姿が目撃されている。18歳になってすぐ免許は取っており、車も持っているが病院へは歩いて行くようだ。

音楽に関わる仕事を今でもしている。茜や天童と違って全ての仕事を一人で行なっているため、どんどん忙しくなってきているようだ。

穂乃果の誕生日の時についに穂乃果への恋心を自覚した模様。しかし何のアクションも起こせないまま過ぎていく日々。ヘタレている場合じゃないぞ。

 

 

「水橋桜だ。まったくどいつもこいつも色恋沙汰に振り回されて…俺?俺は…まあ、何事も…ないさ…」

 

 

 

・天童 一位(てんどう いちい)

21歳、178cm、75kg。誕生日:9月7日?

 

 

茜と桜と共に演出請負グループ「A-phy(えーさい)」を運営していた元リーダー。脚本家。ふざけた調子だが、時折真剣になる。現実さえも脚本として捉え、次に何が起きるからどうすべきかなどをかなり正確に掴むことができる。ただし、他人の心理は読めないため、何を思ってそう動いたのかはわからない。

孤児であり、名前も親からもらったものではなく小学校に入る際に自分でつけたもの。親の愛情を全く知らずに育った自分でも幸せになれると証明するために、自身の才能をフル活用してサクセスストーリーを歩んできた。

根が善人ではあるのだが、他人の不幸をいちいち助けていては自分が幸せにはなれないと悟り他人を一切助けない人生を選んできた。そのため、自己犠牲を厭わない希の生き方に強く惹かれ、今ではぞっこんラブである。希の卒業後に恋人同士になった。付き合いだしてから随分経つが、今でもラブラブである。

希の生き方に感化されたため、可能な範囲で他人の幸せを手伝い、罪なき人に危害を加えず、勝手に未来をいじらないように心がけている。でも癖で結構未来予測しちゃう。

愛されるのが苦手らしい。恐らく唯一の弱点。腕を組むくらいまでなら慣れたが、やはりまだ苦手な模様。

現在は独立して起業。本業の脚本家として働く傍らで、あれやこれやと世界中の事業に手を出しているらしい。

 

 

「やあみんな!みんなの心の拠り所たる天童さんだぞ!!いつまでこんなノリでいるのかって?いつまででもいるさ!!」

 

 

 

・雪村 瑞貴(ゆきむら みずき)

20歳、168cm(足込みの推定値。実身長74cm)、52kg。誕生日:12月7日

 

 

天才ファッションデザイナーとして活躍する、両足を失った少年。事故で失った両足にさほど拘泥する様子もなく、服さえ作れれば気にしない。ヨーロッパ方面に特にパイプが強く、ことり奪還の際にはこっそり大活躍した。

被服の才能は随一だが、反面勉強は非常に苦手。3桁+3桁の計算はできない。裁縫自体が好きなわけではないが、それ以外に出来ることはないので仕方なくデザイナー関連の仕事をしている。

頼み込まれると断れないタイプで、ことりと連絡先を交換したのも必死に頼まれたから。しかし、頼みといっても衣服の依頼とあらば話は別で、出来るだけ仕事をしたくはないがお金は欲しいためここぞとばかりにすごい値段をふっかけてくる。お金がないのは生地の値段を計算出来ないため。一般人相手でも結構容赦ないが、服の質そのものは良いし、なんだかんだ売れるので意外と商才もあるのかもしれない。逆に(滅多にないが)善意で私服を作る場合はサービスで無料にしてくれる。

ファッションの才能以外何もない自分を嫌っていたが、ことりに認められてから少し元気になり、同時にことりへの恋心を自覚して晴れて恋人同士となった。ことりの前では笑顔を見せたり、ことりを傷つける者には敵愾心剥き出しだったり相当好きらしい。付き合い始めてしばらく経った今でも独占欲丸出しだったりする。

両親は健在であり、父・雪村心華(ゆきむらしんか)は爽やかでさっぱりした性格の男性で、出版社で働いている。国立大学卒で趣味はテニス。母・雪村紗枝(ゆきむらさえ)は専業主婦のやらしいロリ巨乳お姉さん。国立大学卒で好きなものは心華さん。ちなみに空手黒帯。ことりの母親と仲良くなった模様。

 

 

「…雪村瑞貴だ。ことりのためなら何だってしてみせよう。誰にも俺たちの邪魔はさせない」

 

 

 

・藤牧 蓮慈(ふじまき れんじ)

20歳、170cm、67kg。誕生日:6月26日

 

 

17歳にして大学の医学部医学科の博士号を取得した天才。事故で右腕と右眼を失っているが、それでも大半のことをこなすあたりやっぱり天才。肉体労働もお手の物で、テントの設営くらいなら片手でこなしてしまう。腹が立つ言動が多いが、失敗を経験してから随分マシになった。

尊大な態度のせいでわかりにくいが、その心根は人助けのために生きていると言っても過言ではないほど献身的である。バス事故の際には右腕を失いつつも母親、雪村、波浜の3人を救命した。救命活動の最中に右目も損傷したが、特に気にしていない模様。それよりも助けられなかった命に悔いていた。事故後の入院中に真姫と出会い、その時に元気付けられたことから真姫のことを重要視していた。母親の手術が万全にいかなかった時に慰めてくれた真姫に心を持っていかれたらしく、珍しく遠回りのアプローチを仕掛けてクリスマスに告白。晴れて恋人同士となった。真姫の前でも自信満々で尊大だが、恋愛にはまだ不慣れなところがあり、時々照れる。

湯川の協力により精密手術装置「ミケランジェロ」、及び携帯型簡易手術装置「マイクロミケランジェロ」などを作成、運用している。見た目がキモいと話題。本人は気にしていないわけではないが、隠し通せる自信があるためよく持ち出している。

 

 

「藤牧蓮慈だ。母様も助けられた、真姫も側に居てくれる。これほど恵まれた人生はそうそうないだろう、だからこそより多くの命を救わなければな」

 

 

 

・湯川 照真(ゆかわ てるま)

18歳、162cm、47kg。誕生日:10月17日

 

 

サヴァン症候群の天才少年。花陽の隠れた幼馴染。藤牧とは違って科学・工学においてのみ非常に高い技術と知識を持つが、対人能力が低いためあまり知られていない。

並列思考が可能であり、並外れた集中力と記憶力も相まってコンピューター顔負けの演算能力を持つ。ただし、思考を止めることに強い恐怖を感じるため、慣れない作業を行うと頭が回らなくて一気に不安に襲われる。人混みの中のような大量の情報が溢れる状況ではあまり恐怖に襲われない。また、如何なる場面でも花陽がいれば安心する。

周りの人々の恋愛感情に興味を持った結果、花陽のことが好きだと自覚する。結論を出すのに困ったのはむしろ花陽側であり、彼は全く迷わない。ただ、恋愛については知らないことが多いため(花陽が)苦労している。花陽が高校を卒業した後、ごく自然な流れで付き合いだしたようだが目に見えて関係性が変わったわけではない。彼が花陽を大切に想うこと自体は変わらない。

花陽らの健闘により、知人同士程度なら関わりを持つようになった。同年代の滞嶺や暇を持て余した天童などがよく遊びに来るようになり、外も出歩けるようになった。適応力の塊である。

 

 

「…湯川照真だ。…花陽が、俺の彼女だそうだ。よくわからないが、嬉しい気がする」

 

 

 

・御影 大地(みかげ だいち)

21歳、186cm、72kg。誕生日:3月8日

 

 

舞台や映画で活躍する天才俳優。その天才ぶりは、役さえ与えられれば老若男女問わず何でも演じられるという点で誰もが知っているほど。当然女装する。女装どころか2mを超える怪人に扮しても違和感なく完璧に演じきれる。知名度が高く、礼儀も正しい。天童と仲が良く、彼の作品にはほぼ必ず出演している。

幼少期、演じる才能が並外れていたからか、逆に御影自身の性質を求められることがほとんどなかった。そのため自分の意思を持つことをやめてしまい、求められるまま求められた役を演じるだけの人間となっていた。天童と出会い、天童のシナリオに従うようになってからはまともな人間らしく過ごせていたが、シナリオ外の事態には全く対処できない。

絵里の言葉によって若干自信を取り戻し、その後の事件で吹っ切れた模様。若干ながら自分の意思で動けるようになった。また、自我が明確になったからか、複数人の役を「重ねる」ことが可能になった。ちなみに天才軍団の役を演じようとすると負荷が非常に大きく、長くは保たない。

絵里にいろいろお世話になってから大好きになってしまった。しかし根がヘタレなのであっちでもこっちでもヘタれにヘタれ、最後の最後で本気を出して無事付き合うこととなった。お互いしっかりしているように見えて意外とヘタれるため、周りの想像以上に関係が進まない。もどかしい。

以前は父親の御影辰馬と仲が良くなかったが、絵里が間に入ってくれた件のおかげで随分と改善されたようだ。母親である御影沙苗の笑顔も増えたという。

テレビ出演の影響力は絶大で、年末特番なんかに出てくると視聴率40%とか叩き出すことも。宣伝効果抜群である。

 

 

「御影大地です。絵里ちゃんと付き合うことになりました…なっちゃった…嬉しいんだけど僕はどうしたらいいんだろう??」

 

 

 

・松下 明(まつした あきら)

21歳、164cm、50kg。誕生日:1月20日

 

 

18歳で国立大学文学部の准教授の地位を獲得した文学の天才。あらゆる時代のあらゆる国の文書を片っ端から解読している。小説や詩も自身で執筆し、その際は柳 進一郎(やなぎ しんいちろう)と名乗っている。

言葉や文章から他人の心理を読み取ることができる、読心術のような能力を持つ。そのため、ほとんどの人と当たり障りなく接することが可能。ただし、相手の下心などを容赦なく見抜いてしまうため、基本的には他人を信用していない。他人の行動を読む天童とは微妙に相性が悪いらしい。

「悪人が改心することなどあり得ないから、如何なる犠牲を伴っても正しく裁かれなければならない」という思考の元、天童の協力の上で犯罪者を現行犯で捕まえる「悪人狩り」をしている。そのため、悪人も改心できると考える海未とは正義感が真っ向から対立している。

天童が悪人狩りの頻度を減らしたため、自力で悪人狩りを進めるために読心の強化を図るも、逆に強くなりすぎて処理限界を超えてしまっていた。海未のおかげで今は落ち着いている模様。ついでに恋心に目覚めてしまった。自分のことであっても感情については詳しいため、好きになったら一直線。御影のようにうだうだせずすぐに行動して海未と恋人同士になった。地味に負けず嫌いな二人はいつも照れたら照れさせる倍返し合戦が始まるため、見ている方が恥ずかしくなる。

基本的に行動原理は妹である松下奏の平和のため。しかし、海未との対話を経て奏以外の人物にも多少興味を持つようになった模様。奏にはどうにか海未と付き合っていることを受け入れてもらえたようだ。

重度の方向音痴でもある。しかし話し相手がいれば相手の思考から道を割り出すことは可能。一人でいると大変なことになる。

 

 

「松下明と申します。海未さんとお付き合いさせていただいています。…わざわざ言うのもなんだか恥ずかしいですね…」

 

 

 

・白鳥 渡(しらとり わたる)

20歳、172cm、75kg。誕生日:9月10日

 

 

A-LISEのメンバーと同じUTXの生徒で、綺羅ツバサの幼馴染。UTXの全女子生徒をメロメロにするハーレム野郎でもある。

並外れた料理の才能があり、わずかな観察から対象好みの味を正確に作り分けられる。味の作り分けだけでなく、白米スムージーだろうがなんだろうが常軌を逸した料理でもなんとか形にしてしまうレベルには凶悪な才能。UTXのカフェスペースでも大活躍していた。それだけでなく、記憶力やコミュ力も高いのが女子に人気の理由。

割とお調子者だが、納得いかないことはきっちり追い求めるタイプ。頼れる人材である。そして落ち込むときは落ち込む。そういうとこだぞ。

相変わらずA-RISE専属のマネージャーとして働いているが、ツバサ達の好意に延々と気づかなかった結果3人に強引に言い寄られ、どういった経緯からか3人全員と付き合うことになったらしい。ちなみに本人は喜ぶどころか困り果てている。ちゃんと責任を取るんだ。

 

 

「白鳥渡だ。ツバサ達が揃いも揃って俺のことを好きだと言うんだ…俺にどうしろと?!」

 

 

 

 

 

おまけ……みんなの能力比較

 

 

 

 

・運動能力

 

 

1位:滞嶺創一郎

人類が勝てる相手じゃない。

 

(特定環境下1位:御影大地)

一瞬だけなら、天童+滞嶺で化け物になれる。

 

2位:藤牧蓮慈

天才は運動能力も天才だった。なにそれチート。

 

3位:天童一位

割と何でも器用にできる。

 

(特定環境下3位:雪村瑞貴)

匍匐前進競争とかだったら超速い。

 

4位:御影大地

平常時はこのあたり。

 

5位:水橋桜

運動は得意じゃない。御影と大いなる差がある。

 

6位:松下明

インドア派代表。

 

7位:雪村瑞貴

そもそも足がない。先述の通り腕力は結構ある。

 

8位:湯川照真

全部機械任せ。ずるい。

 

9位:波浜茜

ちょっとマシになったけどやっぱり論外。

 

 

・歌

 

1位:水橋桜

世界中で支持を得るアーティスト。

 

(特定環境下同率1位:御影大地)

声帯を破壊する覚悟があるならトレース可能。

 

2位:藤牧蓮慈

天才はこんなところでもパーフェクト。

 

3位:波浜茜

体力は保たない。

 

4位:天童一位

ほんとに大体何でもできる。

 

5位:御影大地

CDも出してる。しかしプロほどではない。

 

6位:松下明

よくも悪くもない。読心さえなければ普通の人。

 

7位:雪村瑞貴

そもそも歌える曲が少ない。

 

8位:湯川照真

歌…歌とは?

 

9位:滞嶺創一郎

リアルジャイアン。

 

 

料理

 

(欄外1位:白鳥渡)

何故店を開かないのか。

 

1位:天童一位

人々に評価されるには料理スキルも必要だった。

 

(特定環境下1位:御影大地)

一品くらいなら白鳥をトレースできる。

 

2位:滞嶺創一郎

主夫スキルが高すぎるコワモテマン。

 

3位:水橋桜

何故か料理上手い。

 

4位:波浜茜

油絵などのせいで鼻がやられていて、匂いがよくわからない。でもそこそこ上手い。

 

5位:御影大地

いわゆる普通ライン。

 

6位:松下明

妹任せの弊害。頑張れお兄ちゃん。

 

7位:雪村瑞貴

料理とかしない。

 

8位:湯川照真

料理…原料(の化学物質)からそろえなければ…。

 

9位:藤牧蓮慈

唯一の弱点「味音痴」。

 

 

・頭脳(一般教養)

 

1位:藤牧蓮慈

頭脳において右に出る者なし。

 

2位:天童一位

国立大学に入学できる程度には普通に頭いい。

 

(特定環境下2位:御影大地)

天童まではトレース可能。藤牧をトレースしようとすると強烈な頭痛に襲われる。

 

3位:松下明

文系に偏りすぎ(だが言語系は無敵)。

 

4位:波浜茜

旧学年一位。

 

5位:滞嶺創一郎

弟達に教えているため、結構頭がいい。

 

6位:水橋桜

普通に勉強はできる。6位だからって悪くない。

 

7位:御影大地

俳優業ばかりしていたのでそこまでしっかり勉強していない。

 

8位:湯川照真

「まともな教養」という意味では全然知識が無い。

 

9位:雪村瑞貴

「…聞くな」

 

 

・頭脳(理工学分野)

 

1位:湯川照真

この世の物とは思えない技術を生み出し使いこなす。

 

2位:藤牧蓮慈

この世の常識の範囲内ならほぼなんでも知っているしなんでもできる。

 

3位:天童一位

「上位2名がクレイジーなだけで!一般的には俺だって相当頭いい部類だっつーの!!」

 

(特定環境下3位:御影大地)

先ほどと同じ。湯川をトレースしようとすると頭が爆ぜる(情報過多で意識を失う)。

 

4位:波浜茜

元学年一位は伊達じゃない。

 

5位:滞嶺創一郎

理系もどんとこい。

 

6位:水橋桜

むしろ理系の方が得意なのに周りがえげつないせいで目立たない。

 

7位:御影大地

一般平均ラインがこんな順位。

 

8位:松下明

理系は苦手。頑張れお兄ちゃん。

 

9位:雪村瑞貴

「…だから聞くな」

 

 

・年収

 

 

1位:天童一位

色んなことをやっているからあらゆる方面からお金が入ってくる。

 

2位:藤牧蓮慈

お医者様はやはりお金持ち。

 

3位:雪村瑞貴

お金自体は値段設定のせいでたくさん入る。そのぶんたくさん出て行く。

 

4位:御影大地

人気舞台俳優は伊達じゃない。番組出演やCMのギャラとかもたくさん。

 

5位:松下明

大学教員ですから。しかも准教授なのでそこそこ多い。

 

6位:波浜茜

絵は売れる数が限られるためそこまで収入は伸びない。とはいえ本人が散財しないため財産はかなり多い。

 

7位:水橋桜

基本的には自身の曲の印税くらいしか入らない。それでも十分多いが。

 

8位:滞嶺創一郎

そもそもまだ社会人ではない…が、他の天才達からの謝礼で全然生きていける額を稼いでいる。

 

9位:湯川照真

一応、インターネットの裏の裏で超常の機械を売ったりしている。ネットの奥深くすぎるせいでほぼ売れないが。

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

まあ大した変化は無いのですが、状況の確認程度にご利用ください。おまけも少し増量しました。

さて、最終章は大きく二つの物語を予定しています。何話分になるか不明ですが多分そんなに長くかかりません。一つはもちろん最後のカップルのお話。もう一つは…なんでしょうね!!(焦らし)

エピローグなんかもあるのでまだまだ終わらないんですけどね笑


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誰も知らない真実へ


ご覧いただきありがとうございます。

真姫ちゃん誕生日おめでとう!!今回も特別話書けなくてごめんね!!ほんとに申し訳ないから死にそう!!

今回は最終章、いきなり本題から入っていきます。前章から実に2年もたった後のお話になります。水橋君と穂乃果ちゃん、ちゃんと幸せになれるのでしょうか!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

「それでね桜さん!!」

「お前はほんとに永遠に話題が尽きないな…」

「えへへ」

「褒めてねーからな?」

 

 

とある秋の日。

 

 

今日も俺は穂むらで作曲作業をしていた。2年前…そう、もう2年も前の話になるんだが、穂乃果を好きだと自覚したあの日から、それはもう何も変わらず今日まで過ごしてきた。

 

 

μ'sのメンバーだったやつらは今や全員大学生。しかも穂乃果以外のやつらはみんな揃って彼氏持ちになっていた。穂乃果は何も言わないが、何かしら思うところもあるだろう。

 

 

穂乃果は大学でも人気者らしいし(南と園田からの情報)、色々不安なものは不安だ。

 

 

穂乃果は幸せになってほしいし、してやりたい。

 

 

だが、同時に俺も幸せになるのは、許されないと思う。

 

 

「ねぇ、桜さん聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。2%くらい」

「少ない!!」

「おお、少ないとわかったのか。偉いぞ」

「もうっ馬鹿にして!!穂乃果だって今は大学生なんだよ?!」

「音大の推薦枠でな。勉強頑張ったわけじゃないだろ?」

「…………………はい」

「なら胸を張るな」

 

 

絢瀬、東條、矢澤の3人は仲良く同じ大学に行っているが、穂乃果達はそうではない。皆目指す場所が違えば行き先も変わってくるものだ。園田は矢澤達と同じ大学の文学部へ。南はファッション系の学部を持つ芸術大学へ。そして穂乃果は、スクールアイドルを卒業した後もまだ歌いたいと言って音大への進学を決めた。

 

 

ちなみに、西木野は当然のように国立大学の医学部に。小泉は管理栄養士になるべく私立大学に。星空と滞嶺は一緒にスポーツ系の大学へ行ったそうだ。こうなると国立大に行った矢澤がやたら異端な感じがするな…あいつ頭悪かったはずなんだが。茜のおかげなんだろうか。すげーな茜。

 

 

「つーか喋ってばっかいないで勉強しろ勉強。もしくは練習」

「うぅ…勉強はしたくない…」

「学生の風上にもおけねーこと言いやがって。それならピアノの練習でもするか?」

「もう十分したじゃん!!去年も評価は「優」だったんだよ?!桜さんのスパルタのせいで!!」

「悪いことみたいに言うな」

 

 

音大生はだいたい何かしらの楽器演奏の授業を取らされることが多い。穂乃果も同じだったんだが、当然こいつに楽器演奏経験があるわけなく。入学早々に俺に泣きついてきたからとりあえずピアノを教えてやった。一通り弾き方を叩き込んであとは感性でなんとかしろ、と言っておいたら最高評価を取ってきた。まあこいつ音楽センスは良いからな。

 

 

「俺は基礎を教えただけだろ」

「基礎…あれが基礎…!!」

「震えんな」

「あんなのピアノ初心者がやることじゃないよ!!ショパンのエチュード全部弾けるようになっちゃったよ!!」

「なんだお前、エチュードって練習曲のことだぞ。弾けなくてどうする」

「あれは練習するのに使う曲じゃなかったよ絶対!!」

「どんな曲でも練習に使おうと思えば使えるさ」

「それは桜さんだからだよ!」

 

 

そんなわけない。気の持ちようだそんなもん。

 

 

「バカなことを言ってないで勉強はしておけよ。前期も試験前にひぃひぃ言ってたじゃねーか」

「まだ後期はじまったばかりだもーん」

「あっそ。後期の声楽はミサやってんだっけ?」

「うん!聖歌隊みたいでかっこいいよね!!」

「ヴィクトリアのGloria歌ってみろ。ソプラノでいいから」

「えっまだ覚えてないんだけど?!」

「この前聴かせただろ。覚えろよ」

「一回で覚えられないよ!!」

 

 

文句ばっかり言いやがってこいつ。

 

 

「…っと、そろそろ天童さんと打ち合わせだ。行かねーと」

「えーっ」

「えーっじゃねーよ。ギリギリまで居てやったんだから感謝しろ」

「えっ…ギリギリまで…私の側に…」

「………………何わけわかんねーこと言ってんだバーカ。じゃーな」

 

 

昼過ぎからライブの打ち合わせに行かなければならないから、いい加減出発するとしよう。なんか穂乃果が顔を赤くして勘のいいことを言いやがったがはぐらかしておく。そろそろ気付かれてもおかしくない。

 

 

…本当は気づいてんじゃねーだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?また何の進展もないままなわけだ?」

「マジで腹立つんでその顔ひっぺがしていいっすか」

「待ってー待ってー今顔の皮を剥がれたら希ちゃんがショックで立ち直れなくなる」

「今じゃなくてもそうなるでしょう」

「わかっててやると言うのかね君は!!アーッやめなさい顔を掴むなぁ!!」

「元気だねぇ」

「茜は見てないで助けてぇ?!」

「やですよ。巻き込み事故なんて笑えないじゃないですか」

「くっそー!俺のために命捧げるヤツとかおらんのか!!」

「東條がいるじゃないっすか」

「馬鹿野郎!!希ちゃんの命は俺が守る!!」

 

 

で、打ち合わせを終えたらすぐこれだ。

 

 

俺が穂乃果を気にし始めたことは天童さんには即バレた。あと松下さん。あの人心読めるとか言ってたからまぁそこは不思議じゃないが。

 

 

でも知り合いの天才達は誰も驚かなかった。むしろ「あぁ、やっとか」って感じのリアクションしやがった。湯川以外。なんなんだお前ら。

 

 

「でも本当に何も進まないよね君ら」

「やかましい10年くらい何も進まなかった奴が」

「ぐうの音も出ない」

「じゃあ半年くらいで一気に距離を詰めた俺様には発言権あるよな!!」

「ないです」

「何でぇ?!」

 

 

天童さんはただただうざい。相変わらず四六時中変なテンションだ。酒でも飲んでんのかこの人。

 

 

「でも、よくもまぁお互い何も動かないでいられるね」

「お前が言うか」

「僕とにこちゃんは好き好きオーラ全開だったし」

「今でもだろ」

「照れる」

「腹立つな…」

「そう腹を立てるもんじゃないぜ?ほらカルシウムとりなカルシウム」

「間に合ってますんで牛乳押し付けんのやめてくれます?つか何で紙パックの牛乳なんか持ってんですか」

「こうなるのが予測できてたから…」

「予測できてたんなら避けてくださいよ」

「バッカお前、こんな面白い話避けて通るなんて愉悦部の名が廃るわ」

「廃れ」

「バッサリ!!」

 

 

ほんと人をネタにするの好きだなこいつら。天童さんに関しては自らネタに走ってる感じはあるが。

 

 

「ともかく。俺と穂乃果のことはいちいち気にしないでください。勝手になんとかするんで」

「なんとかなってないじゃん」

「やかましい」

「痛い痛い痛いでもにこちゃんのより痛くない」

「矢澤…容赦無さすぎじゃないか…?」

 

 

茜が何か言ってたから顔を掴んでやった。結構な力で掴んでるんだが矢澤より優しいだと。矢澤の握力どうなってんだ。

 

 

「ま、桜がそう言うなら手を出さないでおいてやるさ。影から見守っていてやるよ」

「見んな」

「ひぃいっ!!今お前本気で目潰ししようとしたでしょお?!危ないよ!!俺ちゃん自慢の反射神経がなかったら目がお陀仏だったよ!!」

「ちっ」

「舌打ちすな!」

「あっにこちゃんからメール来た」

「茜も茜でフリーダムだなおい!」

 

 

相変わらず天童さんはテンション高いな。

 

 

まあいい。相手していると永遠に時間が足りないし、用も済んだんだから帰るか。

 

 

そう思って席を立った時だ。

 

 

「…………あ」

「どうしたよ桜クン」

「ヘッドホン、穂むらに忘れた」

「なんだなんだ桜クン、打ち合わせ直前まで穂乃果ちゃんの顔を見に行ってたのかね?おいおい見せつけてくれるじゃねーかおいおいおいおい」

「それじゃあ俺は帰る」

「無視…だと…?」

 

 

さっきも言ったが。

 

 

相手していると永遠に時間が足りない。

 

 

日も沈んでいるし、さっさと行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、尾行すんぞ茜」

「どうしたんです」

「バカヤロウ桜を尾行するんだよ!!面白いだろ?!」

「なるほど。じゃあ僕も行きます」

「ん?にこちゃんはいいのか?」

「さっき、今日は絵里ちゃんと希ちゃんと一緒にご飯食べてくるってメール来たので」

「なるほど…ってそれ俺も今日は孤独飯ってことじゃん。へこむわ」

 

 

そしてこちら愉悦部。

 

 

なんだか面白そうだから桜を尾行することに決定。仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 

結果論だけど、

 

 

 

 

 

 

 

尾行しておいて本当によかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店じまいのお手伝い中。

 

 

「あれっ、これ桜さんの…」

「どうしたの、穂乃果?」

「桜さん、ヘッドホン置いてっちゃった」

「あら。取りに戻ってくるかしら?入り口の鍵、開けておいた方がいいかも」

「わかった。閉めないでおくね」

 

 

桜さんのヘッドホンが椅子の上に置きっぱなしだった。私が変なこと言ったから気が逸れちゃったのかな?

 

 

まぁ、桜さんにもう一回会えると思うといいことかも。

 

 

「今日はお父さんもいないし、雪穂も遅くなるって言うし…片付けが大変ね」

「お父さんがいないと重いものが…よいしょっ」

 

 

今日はお父さんが珍しくいない。和菓子グランプリ?みたいなのに呼ばれて大阪に行ってるんだ。なんかすごいよね!

 

 

雪穂はライブの練習。アイドル研究部、すっごく部員が増えたから大変なんだって!なんだか嬉しくなっちゃう。

 

 

そんなことを思いながら、厨房の掃除をしている時だった。

 

 

「あっ、すみません、今日はもう閉店で…」

 

 

お店の方からお母さんの声がした。鍵閉めてなかったからお客さんが来ちゃったみたい。

 

 

お母さんが対応してるからいいやーって思ってたけど…なんだかささやき声みたいな、小さな声しか聞こえてこない。電気も消えてる。どうしたんだろう?

 

 

「お母さーん、どうし

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果っ!来ないで!!」

 

 

 

 

 

 

 

厨房から顔を出した時に、見えた。

 

 

フードとマスクで顔を隠した、2人の人。

 

 

その片方が、お母さんの首にナイフを当てている…!!

 

 

「…っ」

「おっと待ちな!警察なんか呼ぶんじゃねぇぞ?」

「痛っ」

 

 

すぐに引き返そうとしたけど、相手の方が早かった。手を掴まれて強引に引き倒されて、私の首にもナイフが当てられる。

 

 

「ん?おい、こいつあれだぞ、μ'sのリーダーだ!」

「まじ?へへっいい店を襲っちまったな。()()()()()()()()()()()()()()

「いいねぇ、そっちのおばさんもまだまだイケそうだしなぁ!」

 

 

フードの人はナイフを持つ手とは逆の手でもう一本ナイフを取り出して、私の服を一気に引き裂いた。下着が露わになったけど、首元のナイフのせいで下手に動けない。

 

 

「へへへ、久しぶりだからよお…楽しませてくれよなぁ!!」

 

 

やだ、やだ、来ないで、触らないで。

 

 

恐怖で声も出なくて、震えることしかできない。

 

 

誰か、誰か、桜さん、お願い、助けて…

 

 

 

 

 

 

 

がしゃっという音がした。

 

 

空きっぱなしの入り口、その外に…桜さんが、いた。

 

 

パソコンが入った鞄を落とした音みたい。

 

 

 

 

 

 

 

「っ、桜さ

「てめ、そこを動くなよ!!動いたらこいつらがどうなるか、わかってるよなぁ?!」

 

 

フードの人が、桜さんに首元に当てたナイフを見せつける。

 

 

…けど、今は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

桜さんの様子が、おかしい。

 

 

暗くて見えづらいけど、フードの人の言葉にまるで反応していない。そもそも、鞄を落とした時から全く動いていないような。

 

 

何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に、桜さんの目が険しくなった。

 

 

桜さんは突然右手をコートの中に突っ込んで、一気に振り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぎゃあああああああああああ?!?!?!」

「な、なにぃ?!」

 

 

私にナイフを当てている方のフードの人が、不意にナイフから手を離してのけぞった。落としたナイフが脇腹をかすって血が出たけど、今はそれどころじゃない。

 

 

フードの人の…目に、()()()()()()()()()…?!

 

 

「ぐぎゃあっ?!」

 

 

もう1人の方からも声がして、はっとしてそちらを見てみると、いつのまにか近づいていた桜さんがもう1人のフードの人の目にハサミを突き刺しているところだった。

 

 

「ひぃ…っ、さ、桜さん?!」

「あがっ、ひぃ!や、やめっ

 

 

それだけじゃない。2人の目にメスやハサミを突き刺した後は、コートの中からナイフやカッターを取り出して腕や足を切り裂いていく。

 

 

「さ、桜さん!何してるの?!」

 

 

桜さんに声をかけても、桜さんは答えない。やっぱりどこか虚ろで、私の声が聞こえてないみたい。

 

 

「あ、ああ、やめ、やめてくれぇ…し、死ぬ、殺される…」

「……………………………死……………殺し…………っ」

 

 

桜さんは恐ろしい言葉にだけ反応して動きを止めた。その目は、視力を失って這いずるフードの人たちじゃなくて、私たちには見えない何かを見ている。

 

 

「…………殺、殺し…………そう、そうだ、殺さなければ。殺さなければ、殺さなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!!」

 

 

桜さんが、次にコートの内側から取り出したのは、鈍く光る…鉈と、小さいノコギリ。

 

 

何でそんなもの持って…って思ったけど、両手に持ったそれを容赦なく振りかぶる桜さんを見て、咄嗟に体が動いた。

 

 

「だめぇっ!!」

 

 

桜さんに正面から突進して止める。桜さんの手から離れた鉈が腕に当たって激痛が走ったけど、そんなことは気にしてられない。

 

 

「やめてっ、もう大丈夫だから!それ以上はだめ、やめて、桜さん!!」

「………さ、くら………………?」

 

 

自分の名前に反応したのか、桜さんがついに私を見た。

 

 

そして………涙を流して、

 

 

「あ、あああ…そんな、違う、俺は…そんな、そんなつもりじゃ…………」

「え、桜さん…?桜さん、どうしたの?!しっかりして!!」

 

 

突然、桜さんは膝から崩れ落ちた。何とか受け止めたけど、気を失ってるみたい。

 

 

「お、おいおい何だこれは?!一体今の一瞬で何がどうなって…!茜、とりあえず電気つけろ!!」

「了解です」

「あ、茜くん、天童さん!桜さんが、桜さんが…!!」

「わかったわかった落ち着け!いやまったくわからんが!!つか君怪我してるじゃねぇか、手当て手当て!すんませんそこにいるのお母さんですよね?!穂乃果ちゃん頼みます!」

「天童さん、この不審者なんです?」

「知るかほっとけ!!怖いくらい的確に腱をぶった斬られてるからロクに動けねーよどうせ…ってうわっなんじゃこの顔!!ホラー映画か?!目から血ッ!!」

「桜さんは、桜さんは大丈夫なんですか?!」

「穂乃果ちょっと大人しくしなさい…!」

「とりあえず救急車呼びました。桜は外傷は無さそうですけど」

「多分大丈夫だ!病院には連れてくけどな!!」

「そんなっ、桜さん、桜さん!!」

「わーかったわかったってば!!藤牧君呼ぶから!!彼がいればだいたいなんとかなるから!!」

 

 

何故か天童さんと茜くんが来て、色々手配とかしてくれた。すぐに救急車が来て、桜さんも連れていかれた。私も怪我していたから桜さんが乗った救急車に同乗して、一緒に病院に向かった。

 

 

ずっと桜さんの手を握りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…桜、精神的なショックで」

「そんなに精神不安定だったなんてな…病院に通ってるのは知ってたが、まさか精神科に定期的にお世話になってるとは」

 

 

翌朝、僕と天童さんも西木野総合病院に行ってして桜の容態を聞いた。穂乃果ちゃんも一緒に。今真姫ちゃんのお父さんが説明してくれてるけど、精神的なショックで意識を失ってるらしい。

 

 

そもそも桜はずっとここの精神科に通ってたんだって。知らなかった。

 

 

「…私も、知らなかった…」

「まあ穂乃果ちゃんが桜と会う場所って限られてるしね」

「こら茜、追い討ちかけんな。今穂乃果ちゃんは知らなかったことに対して傷ついておられる」

「そう言われましても」

 

 

知らないものは仕方ないよねって話なんだけど。

 

 

「身体機能には問題はない。本日中には目を覚ますだろう」

「…何でまっきーは説明する側に立ってんの」

「私は医者だぞ?本来はこちら側だ」

 

 

ちなみにまっきーもいるよ。そういえば天童さんが呼ぶって言ってたね。診察する側で呼んだんだね。

 

 

「同時に運び込まれた強盗未遂犯の処置も完了した。視力だけはどうしようもなかったな、完全に網膜まで貫かれていた」

「まあいいんじゃない。犯罪者だし」

「そういうわけにもいかないな。患者は患者だ、救える限りを尽くす。まぁ、本気を出せば視力も戻せるんだが…そこは贖罪も兼ねて背負っていただこう」

「足動かないとか手が動かないとかに比べてキツくない?」

「罪に相当する罰が必要だろう?」

 

 

相変わらず治療に命かけてるけど、意外とまっきーも怒ってるのかなこれ。

 

 

「私、桜さんのこと何も知らなかった…」

「そう落ち込むなよ。意外と他人のことなんて、意外と知らないものさ」

「でもっ」

「そう興奮しないの。傷に響くよ」

 

 

穂乃果ちゃんも色々あって不安定になってるのかな。なってそう。

 

 

「しかし…俺でもわからなかったことだぞ?どんな細工をして隠してたんだか」

「そこは不思議なところだな。天童氏ですら見抜けたかった事情だったわけだろう?」

「まああんまり未来予測しなくなったとはいえ、こんなことになるとは全く思わなかったな…」

「思ってなかったんですか」

「思ってなかったわ!!」

「知ってて尾行したのかと」

「こらこら茜くんよ、尾行してたことを言うんじゃない」

 

 

確かに天童さんの目をかい潜るってなかなかのことだよね。まっきーとか湯川君のことは読めないって言ってたけど、桜とは付き合いも長いしそんなことないはずだ。

 

 

一体何なんだろうね。

 

 

「そもそも何が原因の精神疾患なのだろうな。先生、ちょっとカルテを失礼」

「人のカルテを勝手にみるんじゃないよ」

「何度も言っているだろう。私は本来こちら側の人間だ」

 

 

真姫ちゃんのお父さんからカルテを受け取るまっきー。君担当医とかじゃないでしょうに。個人情報だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………っ?!これは?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

まっきーがものすごく珍しく驚いた顔をしてカルテを見ている。っていうかまっきーが驚いた顔初めてみたんだけど。

 

 

どうしたの。

 

 

「ま、まさか…?!先生、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「おいおい、一体どうしたんだ。何が書いてるんだ?」

 

 

手も声も震わせたまっきーが、天童さんを無視して真姫ちゃんのお父さんにこう尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、彼は…()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「は?」」」

 

 

僕も、天童さんも、穂乃果ちゃんさえも。

 

 

何言ってるのか理解できなかった。

 

 

何それ。

 

 

一体どういうこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃーん!見て見て、四葉のクローバー見つけたよ!」

「おっ、すごいな。今日はいいことあるかもな」

「えへへ」

 

 

遠い、昔の夢を見た。

 

 

妹と一緒に、河川敷の草むらで遊んでいる時の夢。

 

 

懐かしい、しかしずっと見続けていた夢のひとつ。

 

 

「たくさん見つけたから、お兄ちゃんにも分けてあげるね!」

「いいのか?」

「うん!お兄ちゃん大好きだから」

「ははっ、ありがとう。俺も今日はいいことあるかも」

 

 

もう二度と来ない、暖かい日々の記憶だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も知らない、過去の記憶だ。

 

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

さて、色んな伏線をばらまいた水橋君、その真実がついに明らかになります。次回は水橋君の過去話となります。
実は今まで後書きで「桜くん」とはほとんど書かなかったのはこのためです。本名が桜じゃないので、名字で呼んでいました。
水橋君の過去、何があったのでしょう?


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そんなつもりじゃ



ご覧いただきありがとうございます。

今回は早いじゃないかって?もちろんですとも。連載当初から書くつもりだったお話ですから。筆も早いってもんです。

前回とびきりの真実を暴露してくれた水橋君、一体過去に何があったのでしょうか。

ちなみに、タグの「残酷な描写」はこの日のために付けたものです。苦手な方はご注意を。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

まだ小学生の頃のことだ。

 

 

「お兄ちゃーん!」

「おっ、桜か。どうした?」

「鉛筆貸して!」

「…また筆箱忘れたな?」

「えっへへー」

「まったく…仕方ねーな。ちょっと待ってろよ?」

「うん!」

 

 

俺には…()()()()()()()()()()()()()()()()。バカで忘れっぽくて猪突猛進だが、いつも明るくやたら元気な子だ。

 

 

「暦って妹と仲良いよなぁ。羨ましい」

「なー。桜ちゃんいい子だし、俺の妹と交換して欲しいぜ」

「バーカ。桜は絶対渡さん」

「ちぇっシスコンめ」

「シスコン上等だ」

 

 

俺と桜は仲がよかったし、それは誰が見ても明らかだった。別に隠したりする必要もない。大切な家族だ。

 

 

友人達にも知れ渡るほど仲が良く、校内でも評判だったくらいだ。たまたま廊下ですれ違ったときとかも凄い笑顔で全力で俺を呼んで手を振ってくれる。そして俺はそのあと友人に絡まれる。割と平和な日常だった。

 

 

小学校の授業が終わった後は、いつも桜が正門で待っていた。帰る時はいつも一緒、ブンブン手を振って俺を呼ぶ桜と一緒に、その手を握って少し寄り道したりしながら帰っていた。

 

 

「お兄ちゃーん!見て見て、四葉のクローバー見つけたよ!」

「おっ、すごいな。今日はいいことあるかもな」

「えへへ。たくさん見つけたから、お兄ちゃんにも分けてあげるね!」

「いいのか?」

「うん!お兄ちゃん大好きだから」

「ははっ、ありがとう。俺も今日はいいことあるかも」

 

 

夕方の河川敷で四葉のクローバーを探したり。空き地で虫を捕まえたり。橋の上で一緒に歌ったり…色んなことをしていた。

 

 

「そういえばね!今日は音楽の先生に褒められたの!」

「よかったじゃないか。いっぱい練習したもんな」

「うん!あとね、さすが暦くんの妹だねって言われた!」

「それは褒め言葉なのか…?」

「桜は嬉しかった!」

「そっか、ならいいか」

 

 

俺の音楽の才能はこの頃からあった。別に有名人になる気はなかったが、学校内の合唱祭なんかでは重宝されていたし、鼻歌で作曲してノートに楽譜を書き込んだりもしていた。

 

 

音感も良かったし、漠然と「俺は他の人たちとはちがうんだな」とは思っていた。

 

 

桜も音楽の才能はそれなりにあったが、俺ほどではないようだった。それでも音楽の成績は良く、「暦の妹だから」と言われていつも喜んでいた。

 

 

兄と比べられて嫌だ、なんて微塵も思わなかったらしい。それだけ誇りに思ってくれていると思うと、俺も嬉しかった。

 

 

「さ、そろそろ帰るか」

「うん」

 

 

手を繋いで夕暮れの堤防を2人で歩く。この時間が一番好きだった。大切な人と2人で歩く時間が。

 

 

家に帰るとだいたい父がいた。母はいない。離婚したのか、俺が小学校に入る頃にはもういなかった記憶がある。

 

 

父は優秀な会社員で、立場も高く、部下からの信頼も厚く、仕事ができて、人当たりのいい社交的な人だった。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おせぇぞ。早く飯作れ」

「…」

「返事は」

「はい」

 

 

家の中ではとても評判通りとは思えなかった。傲岸不遜で短気で、自分では家事を全くしないくせに気に入らないことがあるとすぐ手が出る。DVの擬人化みたいな野郎だった。

 

 

酒癖が悪いくせに家ではいつも酒を飲んでいたし、手当たり次第物を投げる。投げた皿の破片が桜の目に入ったことがあって、そのせいで桜の右目の白目部分には今も傷が残っている。そのときも桜を病院に連れていったのは俺だった。

 

 

そのくせ、会社の飲み会では悪い酒癖が出ないように酒は飲まないし、その代わり帰宅してから酒を飲ん暴れるのだ。

 

 

こんなのが親だなんて思いたくないし、思っていない。

 

 

「飯はまだかよ」

「もうちょっと待って…」

「クソっノロマめ。こっちは腹減ってんだよ早くしろ!!」

「痛っ」

 

 

また何か投げられた。ビールの空き缶か。それほど危ない物じゃなくてよかった。

 

 

こっちは包丁を握っているというのに。こんなヤツを尊敬している人がいると思うと笑えてくる。

 

 

隣で一緒に食事を準備している桜は、こんな環境でも俺と目が合うとにへっと笑ってくる。

 

 

これだけは守らなければならないと思った。

 

 

この笑顔だけは、クソみたいな父から守ってみせると。その意志を支えに、一人立ちできるようになるまで耐えて生きるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

耐えて生きていくつもりだったんだ、あの日までは。

 

 

 

 

 

 

 

俺が小学校5年生の時だった。

 

 

たまたま夜中に目が覚めて、喉が渇いたからこっそり水でも飲みに行こうかと思っていたんだ。

 

 

微かに、誰もいないはずのリビングから物音がした。

 

 

一瞬気のせいかと思ったが、物音は一回じゃなくて何度か聞こえてきている。

 

 

…泥棒か何か、いるかもしれない。

 

 

そう思って、いったん部屋に戻って引き出しから包丁を持ってきた。…なんで引き出しに包丁が入ってんだって話だが、護身用に一本隠しておいたんだ。父は俺の机の引き出しなんか開けないし、キッチンの物も全く把握してないからな。絶対にバレることはない。

 

 

正直()()()()()()()()()()くすねた代物だったんだが、まあ護身に使えれば、桜を危険な目から助けるためなら何だって構わない。

 

 

忍び足でリビングに近づき、こっそりのぞいてみた。

 

 

やはり誰かいる。床に這いつくばっているようだが…?

 

 

よく見ようと思ったタイミングで、たまたま月光が窓から入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見えたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

床に押し倒された桜と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺だって小学5年生なんだ、何が起きているかはちゃんと理解できたさ。

 

 

ああ、

 

 

そんな、

 

 

なあ、神様、俺たちが一体何をしたっていうんだよ。

 

 

そんな仕打ちは、前世が大罪人だったとしても容赦なさすぎないか。

 

 

…ああ、許すものか。

 

 

汚れた生ゴミの分際で、桜に手を出すなんて、世界の誰に咎められても俺が許すものかッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

躊躇いなんてなかった。

 

 

無音で一気に距離をつめ…手に持った包丁を。

 

 

思いっきりクソ野郎の背中にぶっ刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぁっっっ?!?!」

 

 

続いて痛みでのけぞった野郎の首を一閃。喉を潰してやる。叫び声なんて上げさせるものか。

 

 

躊躇わない。

 

 

こんな野郎は死んで当然だ。

 

 

許すものか。

 

 

怒りと恨みを込めて、そのまま背中に何度も包丁を叩き込んだ。野郎の反応が鈍くなるまで、何十回と。

 

 

「はぁ、はぁっ…はぁ、さ、桜…」

 

 

動かなくなった野郎の下敷きになっている桜に声をかける。返事が返ってこなくて、心配になって、とりあえずこの邪魔な生ゴミをどけようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その手を、不意に掴まれた。

 

 

野郎の手が、俺の腕を掴んだのだ。

 

 

まだ、生きていた。

 

 

しかも、背筋が凍るほど怨念に満ちた目で俺を睨みながら。

 

 

殺してやる、と、声の出ない唇で呟きながら。

 

 

この瞬間、初めて恐怖した。殺したはずの男が、俺の腕を、掴んで、

 

 

ああ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺、殺さなければっ。

 

 

 

 

殺さなければ。殺さなければ、殺さなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、無我夢中で包丁を振り回した。

 

 

まずは腕。俺の腕を掴む腕を切り裂き、削ぎ落とし、指の一本まで丁寧に丁寧に分解するかのように切り落とす。足も切り落として、背中も切り裂いて、背骨も分解して、内蔵も細切れにして、首も切り落として、目も抉りとって、舌も引き抜いて、頭蓋骨も切り開いて、脳さえも叩き潰して、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁっ」

 

 

我に返った時には、もうそこに人間がいた痕跡なんてなかった。おびただしい量の赤黒い液体と、元が何かすらわからない肉片と、最小サイズに分解された骨が残っていた。

 

 

罪悪感は無い。

 

 

達成感だけあった。これで、もうこの生ゴミが動き出すことはない。ああ、二度と。

 

 

この世界から1人のゴミを消し去った。

 

 

桜が汚される心配もない…。

 

 

「はぁ、桜、さく…ら………?」

 

 

落ち着いてきたところで桜の容態を確認しようと思ったんだが、桜が見当たらない。俺がゴミを解体している間に逃げたのだろうか。

 

 

怖がらせてしまったかもしれないな。

 

 

そう思って、桜を探しに行こうと思った、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足元に、白い玉が落ちていた。

 

 

目玉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ああっ、まっ、まさか、まさかそんな…!!!」

 

 

嫌な予感がした。

 

 

散らばった肉片を漁る。まさか、まさか俺は。

 

 

…多かった。

 

 

もう判別のつかない肉片ではわからなかったが。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

まさか、俺は。

 

 

「あああ」

 

 

俺は気づかないうちに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぁ、神様。

 

 

俺はそんなに悪い子だっただろうか。

 

 

才能の代償とでもいうのかよ。

 

 

ただ、ただ、俺は。

 

 

「さ、くら…………ああ、桜、桜………お、俺は…………俺は、そんな、そんなつもりじゃ…………………!!!」

 

 

泣いてうずくまるしかなかった。

 

 

そんなつもりじゃなかった。

 

 

桜まで殺すつもりなんてなかった。

 

 

桜を、助けたかった、だけなのに。

 

 

俺が…この手で、桜を、殺してしまった…。

 

 

こんな絶望の中にいるのに、いつのまにか上っていた朝日は、赤黒く染まったリビングを美しく照らしだしていた。

 

 

…こんな景色を美しくと思ってしまった。

 

 

もう、俺はまともな人間には戻れない気がした。

 

 

あらゆる絶望に耐えられなくて…俺は、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺の叫び声を聞いた近所の人が警察を呼んだらしく、俺は病院に運ばれた。

 

 

年齢とか精神状態から見て、しばらくはノータッチでいてくれた。身体に出来た傷も見つけてくれて、虐待が原因であることもおよそ察してくれた。過剰防衛であることは否定できなかったが。

 

 

だから少年院送りにもされなかったが。

 

 

退院してから、俺の居場所は無くなった。

 

 

当然だ。側から見れば、優秀な父と無邪気な妹を殺した奴なんだから。

 

 

事実が何であれ、表面上だけは無慈悲な殺人鬼だった。

 

 

当然、親類の誰も俺を引き取ろうとしなかった。そりゃ親を殺した子供なんて引き取りたくないだろう。

 

 

当然学校にも行かなくなった。当然誰も呼びに来なかった。それを知った精神科の先生が、俺みたいな境遇の人を支援してくれる東京の病院まで連れていってくれた。

 

 

それが、西木野総合病院。

 

 

齢10歳にして、東京に引っ越して一人暮らしすることになったのだ。

 

 

ここなら誰も俺を知らない。

 

 

だから、地元に残っているよりはマシに生きていけると。

 

 

…だが、俺の精神が不安定であることには変わりなかった。第一に、人体を解体したトラウマのせいで、他人と関われなくなったし、常に刃物を携帯していないと外出もままならなくなっていた。それどこらか定期的に何かを切り刻みたくなる衝動に駆られるようになっていた。西木野総合病院の院長先生がマネキンを用意してくれて、だいたいはそれを滅多斬りにして気を紛らわせていた。それか料理のついでに肉を細切れにするかのどちらかだ。

 

 

しかしそれはまだ軽いトラウマだ。いや軽くはないが。

 

 

俺にとっては、それよりも桜を殺してしまったことの方が遥かに大きかった。

 

 

あんなに明るくて、無邪気で、罪のカケラもない桜を失ったなんて、信じられなかった。

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へーっ、君がこの曲を作ったのか!先日メールさせていただいた天童一位だ、よろしく!」

「…ええ、()()()()()。よろしくお願いします」

「…なんかテンション低いな君。どうした?もしかしてコミュ障か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のことを誰も知らないなら。

 

 

俺なんていなくていいから。

 

 

せめて名前だけは、桜がいた証拠を残すことにしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、水橋桜として生き始めて数年。

 

 

音楽の才能をフルに使って、自力で生活できるまでになったある夏の日。

 

 

いつものように頑丈なコートの内側に大量の刃物を忍ばせて秋葉を彷徨いていた時のことだ。

 

 

「…こんなところに茶屋があったのか」

 

 

作曲できそうなところを探していたら、穂むらという店を見つけた。まあ、和菓子とか嫌いじゃないし、そこら辺の喫茶店より静かかもしれない。

 

 

そう思って入ってみた。

 

 

「いらっしゃいませー!お母さーん!お客さん来たよー!」

 

 

店番をしていた女の子。

 

 

その元気な挨拶に、一瞬だけ桜の面影を見た。

 

 

桜と同じ、太陽のような笑顔だった。

 

 

「……………」

「どうかしましたか?」

「………あっ、いや…そ、そこで…ちょっと、作業させてもらっても…いいかな」

「いいですよ!何か食べますか?あっお茶持ってきますね!」

「えっあの」

 

 

すごい勢いで話してくるのも、ちょっと桜っぽかった。あとで女の子の母親がお詫びにと言ってまんじゅうを一つサービスしてくれた。

 

 

「ごめんなさいね、うちの子がうるさくて…。お客さん、中学生かしら?」

「あっ、えっと、まあ、そうです」

 

 

中学校なんて行ってなかったが、年齢的には中学3年くらいだったはずだ。

 

 

「えーっじゃあ穂乃果と同じくらいだ!」

「こら穂乃果、お客さんにご挨拶くらいしなさい」

「あっはい!高坂穂乃果です!」

「ん、ああ、どうも」

「あなたは?」

「は?」

「あなたの名前!」

「もう穂乃果!あんまり強引にするとご迷惑よ?ごめんなさいね、うるさい子で」

「うるさくないよ!」

「……水橋、桜」

「え?」

「水橋桜、です。俺の名前」

「桜さん…なんだか女の子みたい?」

「こら穂乃果!」

「いたっ!」

 

 

なんというか、賑やかな親子だった。

 

 

不思議と元気が出る光景だ。

 

 

この子が、桜に似ているからかもしれないな。

 

 

 

 

 

この日から、俺の行動はかなり変わった。

 

 

まずほぼ毎日穂むらに行くようになった。平日も平気で来る俺のことを、穂乃果の母親は何も詮索して来なかった。色々察してくれたのかもしれない。

 

 

あと、明るい曲も作れるようになって、また人気に拍車をかけた。1年前から本格的に一緒に活動するようになった天童さんも鬱陶しいテンションで喜んでいたな。ちなみに茜はその頃は矢澤しか見ていなかったから俺のことなんか気にしていない。

 

 

もう一つ変化があったとすれば、切り裂き癖をコントロールしようとし始めたことか。

 

 

自分の部屋で、ザグッ、ドスッ、と、布を裂く音と樹脂を貫く音が鈍く響く。足を動かすとギャリギャリと金属が擦れる音がした。

 

 

足元に散らばるのは、集めてきたハサミ、カッターナイフ、剪定鋏、サバイバルナイフ、包丁、メスなど。今までと同じように興奮して息切れしつつも、いつもとは違う動きをしようとしていた。

 

 

目の前のマネキンはズタボロになっていて、どう見ても無事ではない。

 

 

しかし、上達している。

 

 

狙ったところを切り裂けるようにはなってきている。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

狙う場所は、関節、腱など。狙ってはいけない場所は、首、大動脈、臓器など。

 

 

もし発作が抑えられなくなって、誰かに切りかかることがあったとしても。

 

 

今度は誰も殺さないように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そのために、発作が起きるたびに必死に制御し続けた。

 

 

ああ、そうだ。初めて会った時から、穂乃果は俺を救ってくれていたんだ。

 

 

穂乃果は、毎日店に来る俺にやたら懐いた。高校に入学した時には俺と一緒に写真を撮りたがった。μ'sを作った時にはすぐ俺に知らせてきた。何故か夏合宿にも連れていかれた。他にも色々連行された。

 

 

強引だったが、たしかに俺の心を救ってくれた。刃物はずっと持ち歩いていたが、切り刻みたくなる衝動も随分収まってきていた。穂乃果に振り回されることで、昔と同じくらいテンション高くいられるようになった。

 

 

このままなら、昔のように戻れるかもしれないと、少しだけ思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

襲われそうになっていた穂乃果を見た瞬間、あの日の桜の光景が蘇った。

 

 

その後はもう、恐怖に襲われて無意識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、やっぱり。

 

 

 

 

 

 

 

 

トラウマなんて克服できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

こんな殺人鬼は…やっぱり、幸せにはなれそうにない。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

なんでこんな残酷な運命にしてしまったんでしょうか私。水橋君が不憫すぎます。

たくさん転がしておいた伏線もだいたい理解していただけたでしょうか。時々謎の憂いに襲われることとか、常にコートを着ている理由とか、驚いた時に咄嗟にコートの中に手を突っ込んだりハサミを取り出したりするのとか。もっと分かりにくい描写では、初対面の人に対してコミュ障だったり、穂乃果の前でだけやたらテンション高かったり。実はかなり序盤に誰かが刃物でマネキンを滅多斬りにしている描写とか、「桜は朝が苦手」って明言されているところとかあります。GWに暇を持て余すようでしたら探してみてもいいかもしれません…笑

しかしこんな状態の水橋君だってきっと穂乃果ちゃんが救ってくれます!穂乃果ちゃん以外にも仲間はたくさんいますから!!


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桜は太陽の下で咲く



ご覧いただきありがとうございます。

前回から3人もの方にお気に入りしていただきました!!ありがとうございます!!まだ終わるなと…そういう訴えなのでしょうか!頑張ります!!笑

さて今回は…もちろん前回の続きです。バッキバキに折れた水橋君と皆様(と私)の心を取り戻すお話です!!


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

 

桜…いや暦?めんどくさいから桜でいいや。とにかく桜の過去の事件のことは真姫ちゃんのお父さんが話してくれた。結構詳しく話を聞いてたらしい。

 

 

ちゃんとその話を覚えてるあたり賢いね。さすがお医者さん。

 

 

「そんな…そんなことが…」

「流石に酷じゃねぇか?!なんつー毒親だっつーの!虐待の挙句近親相姦とはな!!くそっ俺がその場にいたらあらゆる手段で抹殺してやったのに…!」

「天童さん落ち着いて」

「その通りだ天童氏。過去を嘆いても何も変わらない。私たちが今できることを考えるべきだ」

「あーちくしょうわかってらぁ!!くっそ…俺の生い立ちなんて生温い話だったな!!」

「それはベクトルが全然違うんでなんとも言えないですけど」

 

 

穂乃果ちゃんは見るからに絶望って感じの顔だし、天童さんはブチ切れてた。珍しいね天童さんがキレるの。希ちゃんがナンパされるときくらいしかキレないからね天童さん。

 

 

「…私、会いに行ってくる」

「やめときな」

「っ、なんで?!」

「今の不安定な状態を、多分桜は見られたくないと思うよ。だから今君が会いに行っても逆効果だよ。しかも今の君は桜が全力で隠してた過去を聞いちゃってるんだし。やめといた方がいいよ」

 

 

穂乃果ちゃんが決心したような顔で立ち上がったけど、腕を引いて引き留めた。心が壊れてる時はそっとしておかなきゃいけない。僕がメンタルブレイクした時はにこちゃんが来てくれたけど、それはメンタルブレイクしてからだいぶ時間が経った後だったし。

 

 

自分に折り合いをつける時間が必要だよ。

 

 

「…………うん、そうだよね」

「わかってくれたなら

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、ごめん!私やっぱり桜さんを一人にしておけない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ」

 

 

わかってくれたかと思ったらわかってくれてなかった。なんでやねん。いや穂乃果ちゃんってそういう子だったわ。ちなみに引き留めてた手は力づくで振り解かれた。悲しみ。

 

 

「えええ…もう、そんなん追いかけるしかないじゃん…」

「………いや、茜。俺たちはちょっとやることがある」

「何ですか」

「とりあえず至急、湯川君と明を呼ぶ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「違和感なんてありました?」

「…藤牧君、君も手伝ってくれ。時間が無い。桜が穂乃果ちゃんと会って、話をして、少し心が安定するタイミングができるはずだ。それまでに間に合わせたい」

「聞いてます?」

「もちろん協力するとも。他でも無い、貴方の頼みなら」

「聞いてなくない?」

 

 

追いかけようと思ったら今度は僕が天童さんには掴まれた。僕は力づくじゃ振り解けません。ぴえん。

 

 

あと僕をスルーするのやめて。μ'sにいた頃以来だよ。嘘だわ今でも元μ'sメンバーにはスルーされがちだったわ。泣ける。

 

 

っていうか、桜の不幸なお話しかなかったと思うけど、なんか変なところあったかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓の外を見ていた。

 

 

今日も変わらず随分と日が昇ってからの起床だった。朝日は見たくないから全然いいんだが。

 

 

目が覚めたら病室にいたから、気を失っている間に運ばれたんだろう。…あまりよく覚えていないけど。

 

 

こんなことがあったからか、久しぶりに鮮明にあの日の夢を見た。夢なら記憶に残らないでほしいものだけどな、バッチリ見た夢を覚えている。

 

 

俺は穂乃果を守れたのか、守れなかったのか…あの日のように手にかけてしまったのか。どうなったのかは全くわからない。知る勇気もない。

 

 

結局人殺しは人殺しなんだと再認識するだけだ。

 

 

そんなつもりはなかったのに、なんて言い訳は失われた命の前では意味がないんだから。

 

 

ほとんど虚無みたいな心持ちで窓の外を見ていたら、突然結構な勢いで扉が開く音が聞こえた。チラッと見てみると、息を切らした穂乃果がそこにいた。

 

 

…右腕に包帯を巻いている。

 

 

まあ、きっと俺がやったのだろう。

 

 

本当に、嫌になる。

 

 

「…はぁ、はぁ…」

「…病院で走んなよ」

「桜さん…桜さん、で、いいよね…?」

 

 

一瞬答えに困った。

 

 

そういう聞き方をするということは、ああ、つまり、そうか。

 

 

()()()()()()

 

 

「…違う」

「…………」

「聞いたんだろ、西木野先生から。俺は水橋暦だ、桜じゃない」

 

 

変な諦めがあった。わざわざ取り繕うこともなく、事実だけを伝える。

 

 

まあ、そうだよな。どれだけ必死に隠しても、秘密なんて隠し通せるものじゃない。今まで天才野郎たちの例を散々見てきただろ、そんなの。

 

 

わかってたけど、隠したかったよ。

 

 

穂乃果には、知らないままでいて欲しかった。

 

 

「俺の容態を聞いた時か何かに聞いたんだろ。何があったか、とかも聞いたのか?」

「…………っ」

「聞いたんだな。いいさ、別に。聞こうが聞かまいが、俺が人殺しなのは変わらない」

「そんなっ」

「そうなんだよ。…もう帰りな、穂乃果。俺みたいなのにこれ以上関わるもんじゃない」

 

 

穂乃果のためというより、俺のための提案だ。これ以上は、俺が辛い。穂乃果がそばにいると、幸せになれそうな気がしてしまう。

 

 

希望なんて捨てさせてくれ。

 

 

もういいんだ。桜を殺してしまったあの日から、もう俺の人生はダメなんだ。

 

 

「さあ、早く帰りな。やること沢山あるだろ。大学の講義の勉強とかさ」

「…やだ」

「………」

「今は、桜さんの側にいたい」

「だから俺は桜じゃ

「私にとっては桜さんだから。…だから、桜さんって呼ばせて」

 

 

穂乃果は病室にある面会用の椅子に腰掛けて、俺の袖をぎゅっと握った。

 

 

…そうまでされると帰らせにくいだろ、バカ。

 

 

キレたり怒鳴ったりする元気もないんだよ。

 

 

俺が辛くなるだけだというのに。

 

 

「…はぁ。別にそこに居るのは止めねーけど、何のつもりなんだ。何かここにいる理由でもあるのかよ」

「わかんない」

「はぁ?」

「今は…桜さんの側にいなきゃいけないと思ったの。桜さんが、どこか遠くに行っちゃう気がして」

「………」

「わかんかいよ、どうしたらいいかなんて。でも、桜さんの側にいなきゃって、一人にしちゃいけないって、それだけ思ったの」

 

 

まあ、正直な話、図星だった。

 

 

退院したらすぐにでも遠く離れたどこかに引っ越そうかと思っていた。ここ東京でもなく、生まれ育った名古屋でもなく…和歌山とかなら静かに暮らせるだろうか。そんなことを考えていた。

 

 

まったく穂乃果の第六感は洒落にならない。

 

 

「…俺に刺されても文句言うなよ」

「桜さんは私を刺したりしないもん」

「わかんねーだろ。その右腕はなんなんだよ。俺がやったんじゃないのか」

「違うよ。私が桜さんを止めようとしたときに私が怪我したの」

「じゃあ俺のせいだろ」

「違うよ」

「違わねーだろ」

「違うもん!」

 

 

急に穂乃果の声がでかくなった。俯いた穂乃果の顔から、ベッドのシーツに雫が落ちた。

 

 

「違うもん、桜さんは私を、私とお母さんを助けてくれたんだもん!!私は右腕と、あとお腹をちょっと怪我したけど、お母さんは無傷だった。悪い人たちも怪我させただけで殺したりはしてなかったもん!!桜さんは、桜さんは命の恩人なんだよ。昔に何があったって、それは変わらないの!!」

「バカ落ち着け、ここ病院だぞ」

 

 

泣いて声を震わせながら、でも詰まったりせず全部言い切った。

 

 

…今回は誰も殺さなかったのか。

 

 

一応、練習した甲斐があったのかもしれないな。

 

 

「…でもな、次はどうかわからねーぞ。気が付いたら微塵切りかもしれない。お前じゃなくて、園田とか南とかが俺にバラバラにされるかもしれない。それでも俺の側にいるってか?」

「ならないよ」

「あ?」

「そんなことには、ならない。私がずっと桜さんを見守るから」

「……………ずっと?」

「ずっと」

 

 

泣き顔で真っ直ぐ俺を見つめる穂乃果は大真面目にそう言っていた。いや、ずっとってお前。どういうつもりで言ってんだ。

 

 

いやそんなことより。

 

 

「…それはやめておけよ。俺は、愛する…妹まで、殺したんだぞ」

「それは

「事故だったって?そうかもな、あれは事故だったのかもしれない。でも、あの時、確かに俺は、この手で…っ!!」

「桜さんっ!!」

 

 

あの日の光景が頭に浮かびそうになった瞬間、穂乃果が抱きついてきた。

 

 

何故だか不思議と落ち着く…いや、不思議ではないのか。悲しいことがあったとき、辛いことがあったとき、よく穂乃果には今と同じようにハグしていたわけだしな。

 

 

逆にハグされれば落ち着くものなのかもしれない。まあ、ちょっとパワーが強すぎる気がするが。

 

 

…だが、甘えてハグしっぱなしというわけにもいかない。一旦穂乃果の肩を掴んで引き離す。

 

 

「すまん、ありがとう。だが、現実は変わらない…俺の罪は、消えないよ」

「桜、さん…」

 

 

そう、どれだけ慰められても、過去は変わらない。やってしまったことは取り返しがつかない。

 

 

桜を殺してしまったことだけは、変わらないんだ。

 

 

「だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そうとも限らない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急に開きっぱなしの扉の外から声が聞こえた。外にいるのは天童さん、茜、藤牧、湯川、松下さん。…今話しかけてきたのは藤牧だろうが、何でこいつめちゃくちゃヘロヘロになってんだ?

 

 

いや、そんなことよりだ。

 

 

「…どういうことだよ。つかお前らも話聞いたのか」

「ああ、すまないな。…私は、医者側なのでね、カルテを見たときに、君の本名が、桜ではないことに、気がついてしまったのさ」

「…何でお前そんなに消耗してんだ」

「それを今から説明しよう」

 

 

何なんだよ。穂乃果も何が何だかわからないみてーな顔しやがって。

 

 

「さあ、説明を…天童氏、頼んだ」

「俺が説明すんのかーい。まあいいか…桜、端的に言うと過去の事件の記録を丸ごと見せてもらった」

「…どうやったんすか」

「はっはっはっそのための湯川君よ。警視庁のデータを丸ごと拝借してもらったのさ」

「警視庁のデータを丸ごと拝借してもらった。データの抜き取りならさほど難しくもない」

「…………いや、それハッキングじゃねーんですか」

「バッカお前、俺が今更犯罪に躊躇するとでも?」

「躊躇して欲しいんですけど」

 

 

何でこの人は堂々と犯罪を犯せるんだ。

 

 

「で、抜き取ったデータを明に読んでもらって、検死の内容を藤牧君に確認してもらったのさ」

「ええ、文章を読むことなら随一ですから。…そうしたら、天童君の言う通り、不自然な部分があったんです」

「…不自然な部分?」

 

 

松下さんは文章や言葉からその真意を抜き取れる、心理と語学の天才だ。あと嘘をつく人じゃない。

 

 

天童さんの言葉なら怪しいが、松下さんが言うことは割と信じていいはずだ。

 

 

「ええ、すべての報告書に目を通しましたし、隠し事がないかも確認したうえでお伝えします。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…どういうことっすか」

「妹殺しの部分には全く触れられていないということですよ」

「こら明、どストレートに妹殺しとか言うんじゃない」

「言うべきだと思ったので言っているのですよ」

 

 

別に起訴内容なんてどうだっていいんだが。事実は変わらないわけだしな。

 

 

「で、検死の内容についてもあまり妹さんの内容には触れられていなかったそうです」

「…判別がつかなかったんだろ。俺自身も、頭と目くらいしかわからなかったんだから」

「ええ、そうかもしれません。ですが実際どんな状況だったのかわからないのも事実です」

 

 

まあ、検死の内容に状況証拠の記載とか無いだろうしな。

 

 

「で?それが何なんです。まさか過去に行って見てきたとか言いませんよね?」

「ふふっ」

「?」

()()()()()()()()()

「…は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………な、何??」

「今疲れているのはその弊害だ、身体への負荷が非常に高い。茜は行って帰ってこれないレベルだ」

「その情報いらなくない?」

 

 

何言ってんだこいつ?

 

 

「な、は?いや、何を言って…」

「事実だから仕方がないだろう?」

「なんっ…いや、それが事実なら、過去に行って桜を救えたんじゃないのかよ…」

「それはできない。人の命に関わることは変えられない。一部例外を除き、一度決まった運命は変えられない」

 

 

全然まったく信じられないことを言い始めた。過去に遡って?そんなことができるのか?

 

 

いや湯川ならやりかねないが…。

 

 

「…まあいい。仮にそれが本当だったとして、何のためにわざわざ過去まで行ったんだ」

「色々理由はあるが、主に確実な確認のためだな」

「何の確認だよ」

「死体のだよ。当然だろう?」

「…バラバラにしたって話を聞いた上で、わざわざあの死体を見に行ったのかよ。狂ってんのか?」

「もちろんだとも。私は自身が異端であることを重々承知している」

「…………」

 

 

認めんなよ。つっこみにくいだろ。

 

 

「で?何か収穫はあったのかよ」

「あったさ。天童氏の予測が当たっていたな」

「具体的に何なんだよ」

「死体を確認したところ、確かに二人分の死体があった。私でなければ見分けられないほどだったがな。骨格の違いなんかもヒントにはなったが、もっと決定的な違いがあった」

「だから何なんだよ」

 

 

勿体つけるなよ。

 

 

「一番決定的だったのは肉の切断面と目だ。僅かながら切断面の出血量が少ない肉片が約半数見られ、4つのうち2つの目に鬱血の痕跡が見られた」

「…つまり何だよ」

「わからないか?ならば結論を言おうか」

 

 

わからないから聞いてるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………なっ、」

 

 

何を言ってるんだ?

 

 

「まあつまり、妹ちゃんを殺したのはお前じゃなかったってことさ」

「…だから何なんだ。桜を助けられなかったことに変わりはないだろ。むしろ間に合ってなかったわけだろ」

「自ら手をかけるより遥かにいいと思うのだがな。それにもう一つ偶然発見したのだが、()()()()()()()()()()()()()

「………はっ、し、死体…?うちに?な、何で…」

「自宅の庭に埋められていたよ。首の骨の損傷具合からしておそらく絞殺。まあ…父親がやったのだろうな」

 

 

待ってくれ。理解が追いつかない。

 

 

つまり、母さんも桜も、あのクソ野郎に殺されたってことか…?

 

 

「そうなると、水橋氏。君の行動のストーリーが変わってくる」

 

 

頭が追いつかないまま、藤牧はどんどん次の言葉を放ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は母と妹を殺した父に見事復讐を果たした。そう考えると、多少は気が楽になるんじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言っていることを理解するのに随分と時間がかかった。

 

 

俺は、桜を殺してない。

 

 

俺が殺したんじゃなかった…?

 

 

「まあ父親を殺したことに変わりないんだが…ま、いいだろ。クソを殺すのはノーカンで」

「天童さん時々サイコパスですよね」

「バカヤロウ常にサイコパスだわ。…あれ?それでいいのか?」

「いや知りませんけど」

 

 

クソ親父は母さんまで殺していた。桜も殺していた。

 

 

…仇討ちできたってことで、いいのだろうか。

 

 

「まあとりあえず、過去の精算はもう十分だろ。あとは自分に折り合いをつけれるかどうか…ってわけで俺らは退散すんぞー。あとは穂乃果ちゃんにお任せだ」

「僕ついてきた意味ありました?」

「マスコットって必要だろ?」

「後ろから刺されても文句言わないでくださいね」

「怖えよ!!」

 

 

天才たちは俺と穂乃果を残してぞろぞろ帰っていってしまった。

 

 

病室には茫然としている俺と穂乃果だけが残された。

 

 

「…えっと、どういうこと?」

「…………どうもしない。ただ俺が殺した人数が減っただけだ、人を殺したことは変わらない」

 

 

そうだ、誤魔化されてはいけない。

 

 

確かに桜は殺していなかったかもしれない。母さんの仇を討ったかもしれない。それでも、いかにクソ野郎だったとしても、あいつは人だった。人を殺したことに変わりはない。

 

 

犯罪者なんだ。

 

 

人並みの幸せを願っちゃいけない。

 

 

「桜さん」

「なんだよ」

「今、桜さん幸せになっちゃいけないって考えてるでしょ」

「………何でわかるんだよ」

「そういう顔してた」

 

 

エスパーかお前は。

 

 

「桜さん、幸せになっちゃダメなんてことは、ないんだよ。間違えたって、失敗したって、やり直していいんだから。私もたくさん失敗して、また立ち上がってきたから今の私がいるんだよ」

「…お前と俺は間違いの規模が違うだろ」

「でも間違えたことだけは変わらない。そうだよね?だったら、それを直すためのパワーが違うだけ」

 

 

それがどれだけ大きな差なのかわかっているのか。

 

 

手を握って訴えてくる穂乃果からは、絶対大丈夫だという自信しか感じられない。

 

 

「それに…」

「なんだ」

「…わ、私は、桜さんがいてくれないと、幸せになんてなれないよ」

 

 

穂乃果は顔を赤くして、目を逸らしながらそんなことを言った。

 

 

…………それ今言うことか?

 

 

「…おい穂乃

「だから!」

 

 

今度は赤い顔のまま真っ直ぐこっちを見てきた。

 

 

「だから…桜さん、また立ち上がって」

「無理だよ」

「無理じゃないよ。私と桜さんが一緒なら、何度だって立ち上がれる。私が辛い時は桜さんが抱きしめてくれた。それだけで私はまた頑張ろって思えた。だから、今度は私の番」

 

 

そう言って、穂乃果は俺に抱きついた。さっきみたいに力強い感じではなくて、もっと優しい抱きしめ方だ。

 

 

俺が穂乃果にやっていたのと同じ感じ。

 

 

今度はさっきよりも遥かに安らげる、不思議な力があった。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

耳元で囁き声が聞こえた。

 

 

「桜さんは沢山私を助けてくれた。すごく優しい良い人だから。私は知ってるから」

 

 

優しい声が、塞ぎ込んでいた心の奥底まで届いた気がした。

 

 

少し迷ったが、俺も穂乃果の背に手を回すことにした。お互い抱き合う形になる。穂乃果が今そばにいる、側にいてくれる。それだけで満ち足りるような気がした。

 

 

「ゆっくりでいいよ。焦らなくていいよ。だけどまた一緒に歩きたいから、もう一回立ち上がろうよ」

 

 

ああ、桜。

 

 

不甲斐ない兄ちゃんでごめんな。

 

 

助けられなくてごめんな。

 

 

勝手に名前を使った上に、こんなに情けない姿を見せてごめんな。

 

 

だけど、もう心配しないでくれ。

 

 

「桜さん…ファイトだよ」

 

 

俺も、あの日の呪いから、やっと解放されそうだよ。

 

 

きっともう、顔を上げて前を向いて歩けるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ…ああ、穂乃果が居てくれるなら…俺も、頑張るよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、安心して眠ってくれ、桜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うん、おやすみ、お兄ちゃん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、桜。兄ちゃん、好きな人ができたんだ。

 

 

きっと桜も仲良くなれると思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

 

「よし。これで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…改名って意外とあっさりできるものなんすね」

「そんなことないぜ?本当は一年分くらいの『こっちが本名だと証明する資料』をコツコツ集めなきゃならないんだ。郵便の宛名とかな。お前はそれが10年分くらいあったから楽だっただけだ」

 

 

本名の水橋暦って名前を改めて使い始めようかと思ったら、天童さんが「もう面倒だから本名を桜にしちまえ!!」っつって諸々届出をして本当に改名してしまった。まあ…今更暦って呼ばれても返事できそうにないし、いいか。

 

 

「これで桜さんって呼び続けられるね!」

「別に暦さんでも桜さんでも構わねーんだがな」

「私にとっては桜さんは桜さんだもん!」

「あぁ〜目の前の痴話喧嘩のせいで砂糖になるぅ〜」

「どうぞ」

「もうちょい温情をくれてもいいのではないかね」

 

 

穂乃果も事あるごとについてきた。大学の講義がなければ毎回ついてくる。犬かよ。昔っから犬っぽいなこいつ。

 

 

天童さんは東條に会いに行くっつってさっさと退散してしまった。まったく自分のことを棚に上げて人を砂糖呼ばわりしやがって。

 

 

「ねぇ、桜さん。ちょっと音ノ木坂に寄って行こうよ」

「別にいいが、なんでだ?」

「なんとなく!」

「あっ、おい」

 

 

返事しながら走って先に行ってしまう穂乃果。本当に元気だな。

 

 

仕方ないから俺も走って追いかけ、追いついたのは音ノ木坂の前に着いた時だった。要するに追いつけなかった。本当に足速いなこいつ。

 

 

平日の夕方だからか、あちこちに部活動をしている生徒たちが見える。屋上にも沢山の生徒がいるのが見えた。

 

 

「わぁっ頑張ってるね!」

「ああ。人数も随分増えたもんだな」

「雪穂が大半だーって言ってたよ」

「そりゃあんだけ人数がいれば大変だろうよ。しかも3年生は雪穂と亜里沙と奏の3人しかいないわけだろ?」

「そうだよねぇ。私たちの時より大変そう」

「スクールアイドルのレベルも人数も上がってきているしな。今年のラブライブ参加グループ数は5,000組くらいらしいし」

 

 

無論、屋上で練習しているのはスクールアイドルの面々だ。アイドル研究部だっけな。部員に囲まれる雪穂が辛うじて見える。

 

 

「…いろんなことがあったね」

「そうだな」

「初めて桜さんに会った時には、こんな風になるなんて全然思ってなかった」

「そりゃそうだろう」

「スクールアイドルをやろうって思わなかったら、多分こうして桜さんの隣にいなかったし、桜さんと今ほど仲良くなれなかったかもしれないし」

「…そうかもな。何をするにしても行き当たりばったりだが、不思議とそれがうまくいく。それが穂乃果だ」

「それ褒めてる?」

「褒めてるさ」

 

 

もう穂乃果が卒業して随分経った校舎を見る。今の穂乃果を育てた場所だ。

 

 

「穂乃果」

「ん?」

「待たせて悪かったな」

「え?何が?」

 

 

だから、この校舎の前で約束しよう。穂乃果を幸せにすると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果。俺はお前が好きだ。一緒に幸せになろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!!うん、私も好き!!桜さんが大好き!!!」

「うおっ?!」

 

 

一瞬呆けた穂乃果が、すぐにとびきりの笑顔になって飛びついてきて、その勢いのままキスしてきた。本当に勢いでなんでもしてくるなこいつ。

 

 

顔を離した穂乃果は満面の笑みを俺に向けたあと、また抱きついてきた。

 

 

ほんとに可愛くて…太陽みたいなやつだな。

 

 

だから好きなんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜、見ててくれ。

 

 

兄ちゃん、お前の分まで幸せになるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが。

 

 

「ただいまー」

「あっ、雪穂おかえり!」

「ん、お疲れさん」

「…うわぁ」

「…なんだよ人の顔を見るなりげんなりしやがって。失礼なやつだな」

「いや…学校の前で堂々とキスしてた二人が何事もなかったかのように一緒にいるから…」

「んなっ」

「えっ、ゆ、雪穂見てたの?!」

「私だけじゃなくてみんな見てましたー」

「ええええっ?!ちょっちょっとやだっ!何で見てるの!!」

「おまっ、お前ら練習してたんじゃ…?!」

「丁度休憩に入ったところだったの。あーまったくわざわざ学校前でイチャイチャするなんて。桜さんが入院してからすぐこんなだもんなー」

「そ、それは…まあ…」

「いいよいいよーやっとくっついたかーって感じだし」

「やっとって何?!」

 

 

バッチリ見られていたらしい。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

やっと正式に桜君と呼べます…。いやぁよかったです!!桜君もなんだかちょっと穏やかになった(気がする)し!!
そして相変わらずクレイジーテクノロジーを操る湯川君…。もう彼一人でいいんじゃないかな(白目)
とにかくこれで全カップルが成立しました!!長かった…3年以上かかった…笑
まだまだ最終章もちょっとだけ続きますので、少しだけお付き合いください。

全然関係ないですが、桜ちゃんのセリフは予定に無かったのに降ってきました。


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生まれた理由を探す旅



ご覧いただきありがとうございます。

全カップル成立したので、後はちょっとやり残した話をしておきます。今のままでは幸せに一歩届かなさそうな「彼」がいるので!
タイトルでなんとなく誰の話かわかるかもしれませんけど。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

桜さんの一件があった数週間後のこと。

 

 

今日は、天童さんと一緒にお出かけ。

 

 

でも、デートに行くわけじゃない。

 

 

「三重県って遠いね」

「まあ新幹線通ってないからな。東京から行こうと思ったら新幹線で名古屋まで行って近鉄かJRに乗り換えるのが一番早い…が、それでも結構な時間がかかるんだよな」

「もうそろそろ出発してから3時間経つよ?」

「まあもうすぐだから待ちなされ」

「ひーまー」

「だああっ!くっつくんじゃない!」

 

 

両親の転勤でも色んなところ行ったし、天童さんにもデートでなら色んなところに連れて行ってくれた。沖縄にも北海道にも。でも三重県に来るのは初めてなんよ。

 

 

「よし、着いた。さあ見よ、三重県の県庁所在地である津市を!!」

「わあ…なんていうか…あんまり街じゃないんやね?」

「まあ県民が認めるレベルで四日市の方が栄えてるからな」

 

 

東京駅とか新大阪駅とかみたいな感じかと思ったら、そうやないんやね。

 

 

「さて目的地はまだまだ先だぜ!レッツゴーだ!!」

「でも天童さん、なんで急に…」

「…桜の一件があってからさ。俺もいい加減逃げてばかりいられないと思ったんだよ」

「?」

 

 

珍しく深妙な顔をする天童さん。きっと色々思い悩んだ末の行動なんやね。

 

 

「何故俺は捨てられたのか、何故愛されなかったのか…そのルーツを知らなきゃいけない。そうしないと、俺もずっと過去の…見たこともない両親の幻影に取り憑かれたままなんだ」

「天童さん…」

「ちゃんと過去に向き合って、そうして初めて人を愛せると思う。だから、今まで真実を知るのが怖くて見ないようにしていたけど、改めて捨てられた理由を探しに来たんだよ」

「…つまりうちのために?」

「…………………はいそうですよッ!!今のろける空気じゃなかったのにっ!!」

 

 

深刻そうな表情の天童さんが心配だったから、ちょっとからかってみた。そしたらいつも通り変顔をしてくれて、二人で笑いあう。

 

 

…確かに、付き合ってる期間はμ'sのみんなの中でもにこっちと並んで一番長いくらいなのに、まだ腕を組むくらいまでしかしたことがない。あの海未ちゃんでさえキスしたって言ってたのに…。

 

 

でも天童さんが怖がって逃げちゃうから、いつも我慢してた。

 

 

それを天童さんが克服しようとしてるなら、うちも嬉しい。

 

 

…そ、そんなすごくキスしたいわけじゃないけど。

 

 

したいわけじゃないもん!!

 

 

「希ちゃん顔赤いけどどうしたよ」

「何でもないっ」

「えっ何で今ご機嫌損ねたの?俺なんかミスった??」

 

 

そういう些細な変化は機敏に察してくる天童さん。ちょっと悔しいから困らせちゃおう。

 

 

でも、そうやっていつもうちのことを気にかけてくれてるのは嬉しいな。

 

 

しばらく天童さんをおろおろさせながら歩いていると、天童さんが急に立ち止まった。目的地に着いたみたい。

 

 

「さ、着いたぜ」

「ここが…」

「そ。俺が育った孤児院」

 

 

着いたのは、学校みたいな施設だった。幼稚園みたいな感じかと思ったけど、想像より子供向けな感じじゃないんやね。

 

 

「もちろん孤児っつーのは幼児が多いんだが、大半の子たちが自立できるようになるまでここで過ごすのさ。全員里親が見つかるなんてことはあるわけないからな」

「そっか…」

「だから、ここには高校生とかもいる。大学生は流石に見たことなかったなー。この辺大学無いしな」

 

 

天童さんはなんの躊躇いもなく門を開けて中に入った。天童さんのことだし、話は通してあるのかな?

 

 

奥へ進むと、遠くに一人のおじさんがいるのが見えた。天童さんが手を振ってるから、知ってる人かな。

 

 

「お久しぶりっすー、古川さん!老けましたねぇ!!」

「やあ、久しぶりだね天童君。まあ、僕ももう50だからね」

「年齢もさることながら、俺が出て行ってから10年近く経ってますからね。でもお元気そうで何よりです」

「おかげさまでね。この歳でも働かせてもらってるよ」

「素晴らしいじゃないですかーこのご時世でまだまだ働けるなんて。おっといかんいかん、希ちゃん、この人は古川さん。ここにいた頃に俺の世話をしてくれてた人だ」

「どうも、古川です。天童君がお世話になっています」

「あ、ど、どうも…東條希です」

 

 

初対面だとちょっと緊張しちゃうけど、いい人そう。孤児院で働いてるんやから当たり前かもしれないけど。

 

 

「で、この前お伝えした通りなんすけど」

「ああ、君のご両親の手がかり…だよね」

「あるんですか?」

「はっはっはっ希ちゃんよ、あると信じて俺はここに来たのさ。例えば書き置きみたいなものとかな。いくら孤児院の前に捨てられたとして、ただ赤子だけぽいと放置されていればまずは警察にお届けさ。引き取ってもらえるように何かしら用意するはずだ」

 

 

なるほど…あまり馴染みがなくて想像しにくいけど、言われてみればそうかも。まずは警察に届けてご両親を探すよね。

 

 

「つーわけで、何か手紙的なものないです?」

「ふふ、手紙的なもの、か。まるで手紙のような何かがあるのを知っているみたいだな」

「ははは、そりゃもちろんあると思って来てますとも。俺を誰だと思ってんです」

「部屋の隅で他の子たちをじっと見つめていた子がこんな風になるとはねぇ…」

「わざわざ目立たないようにしてたんですぅー」

「そうかいそうかい。さて、これがお望みの手紙だ。君の両親が、君のために残した手紙だよ」

 

 

そう言って古川さんは、肩にかけたショルダーバッグから古い封筒を取り出した。封は既に開いている。

 

 

「何で開いてんです」

「僕宛ての手紙も入っていたからだよ。開けないと読めないだろう?」

「まぁ確かに?」

 

 

天童さんは封筒の表裏を見ながら不満そうな顔ををしてた。自分で最初に開けたかったんかもしれんね。

 

 

結構「特別なもの」を大事にする人やし。

 

 

封筒の中には一枚の紙が入っていた。天童さんが紙を開くと、中には文字だけ書いてあった。手書きじゃなくて、パソコンで書いて印刷したものみたい。

 

 

「手書きやないんやね…」

「痕跡を残さないためだろうな。今時筆跡さえあれば個人を特定できちまうし」

 

 

まあ、誰に捨てられたかわかっちゃったらお互い気まずいしね。

 

 

…今まさにそれを解き明かそうとしてるわけやけど。

 

 

で、肝心の手紙の内容をうちも見せてもらった。

 

 

 

 

 

『やあ、我が息子よ。君の父親である私だ。超スーパー世間が二度見する系二枚目たる私だ。え?見えない?やだなあ遺伝してるんだからわかるだろ?それか隠れて見えないんだよたぶん。おそらく。きっとそうだぜ☆』

 

 

 

 

 

…うわぁ、冒頭が既にめちゃくちゃ天童さんのお父さんって感じだ。

 

 

天童さんも頭抱えてる。

 

 

気を取り直して続き読もう。

 

 

『さて、まずは謝らなければならないな。謝って済むことではないが、産まれたばかりの君を放り出してしまってすまなかった。

 父さんと母さんはちょっとまあ、色々あって、訳ありの方々に追われていてな。アッ別に悪いことしたわけじゃないぜ?!むしろ悪いヤツらの悪いところの証拠を掴んじゃったからヤバいというか。そうなのよ。そういうことなの。

 だからそんな逃避行に君を連れていけなかった。危ないからな。…もちろん、君にも遺伝しているように、父さんにも高精度の先読み能力がある。だから君を絶対に安全な場所に託したというわけさ。』

 

 

「…結局何してた人だったんやろ?」

「さあな。情報量が少なくてなんとも言えないな…。あーちくしょう明連れてこればよかったぜ」

「こういう時松下さん便利やね」

「まったくだ。俺も文章から心理が読み取れるような才能欲しかったわ!」

 

 

なんだかはっきりしない文章が多いけど、とにかく「何か理由があって置いて行かざるを得なかった」って感じの内容。邪魔になったからとか、そういうネガティヴな理由で捨てていったわけじゃなさそう。

 

 

もしかしたら、天童さんもちゃんと愛されて産まれてきたのかも!

 

 

『この手紙を君が読んでいる時点で、私がまだ無事かどうかはわからない。むしろ命を落としている可能性の方が高いと思う。しかし、どちらにせよ私を探すのはやめておけ。きっと君も不幸な人生を辿ることになるはずだ。

 おそらく隣にいるであろう恋人のためにも、自分の身は大切にしなさい。顔も見たことのない父親との約束だぞ!』

 

 

「なんでもお見通しみたい…」

「まじー?これ俺の上位互換だったりすんの?いや遺伝で劣化する方が自然な気もするけどよー」

 

 

天童さんのお父さんは天童さんと同じように先のことを見抜いてるみたいだった。こういう才能も遺伝するものなのかな?

 

 

続きを読もうと…思ったところで、もう続きが無いことに気がついた。あまり重要なことは書いてなかったけど…お手紙があっただけでも収穫かな?

 

 

「どうやった?」

「んー、まあ俺の親ならこんな文面になりそうだなって感じだな。想像してた通りでよかったよ」

「そっか。じゃあちょっとは前進できたね」

「そうだな。さて…」

 

 

天童さんは封筒を鞄にしまって古川さんのほうを向く。

 

 

「古川さん。2()()()()()()()()()()()()()()

「えっ?」

「…何を言ってるんだい?」

「あなたが2枚目の手紙を隠したことはわかってます。何が書いてあるのかまでは知らないっすけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや、僕は手紙を読んでいない…」

「そんなわけないでしょうよ。封筒を開けたのは中に古川さん宛ての手紙が入っていたから?まさか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()嘘をつくならもっと精密なヤツをお願いします」

 

 

そういえば天童さん、封筒を受け取った時に封筒の表裏を確認してた。その時に気付いてたんやね。

 

 

でも…何で2枚目の手紙だけ隠したの?

 

 

「しかし、2枚目があるなんて、しかもそれを僕が隠してるなんて何でわかるんだい?」

「手紙にそう書いてあるからですよ。わざわざ口語で自分がイケメン宣言をする時に『二枚目』なんて表現は使わないし、その後の文章に『隠れて見えない』なんて比喩にしてもおかしい。この手紙に2枚目があって、それが隠されてるってメッセージなんすよ」

「ははは、そんなデタラメで

「デタラメでないことはうろたえるあなたの態度でわかりますよ。さあ、隠した手紙を、見せてください」

 

 

古川さんが若干冷や汗をかいているのを天童さんは見逃さない。うちは話の展開についていけなくておろおろするしかない。

 

 

反論出来なくなった古川さんが、少し笑いながら観念したかのようにショルダーバッグの中に手を入れた。

 

 

「…こういう手は使いたくなかったんだけどな」

 

 

そう言って素早く取り出したのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳銃…?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残ねn

「遅いな」

「うぐぁっ!!」

 

 

ズガッ!!と。

 

 

古川さんが拳銃を()()向ける寸前に、天童さんの高速の蹴りが拳銃を吹き飛ばした。

 

 

「わかってるって言ってるだろ?あんたのそのショルダーバッグに、昔からずっと拳銃が入っていることも知ってんだよ」

「くっ…不意打ちでも発砲すらさせてくれないとはね…」

「不意打ちでも何でもないんですよ。全部わかってるんですって」

「はは…本当に、彼の言う通り、僕には逃げ場は無いんだな…」

「…さあ、2枚目はどこです」

「ふ、ふふふ。探してみるといいよ。ここの敷地内のどこかに埋めた。燃やしたりすることもできなかったからそうするしかなかったからね」

「ありがとうございます」

 

 

何がなんだかわかってないうちの前で、天童さんが古川さんに背を向ける。この結構広い孤児院のどこかに埋められたっていう2枚目の手紙を探しにいくのかな。

 

 

「…本当に探すつもりかい?この広さで。穴を掘れるところだって一つや二つじゃないんだよ?」

「何を言ってんです。埋まっているとさえわかれば、あなたが埋めそうなところを予測するだけで一発でわかります。俺相手に情報を渡しすぎですよ、古川さん」

 

 

そのまま歩き出した天童さんを追いかける。天童さんにはどこにあるかわかってるんかな。

 

 

「て、天童さん…何がなんだか…」

「…ここの孤児院な。当然公にはなってないが、暴力団組織の傘下なんだよ」

「ええっ?!」

「暴力団が慈善事業するのって結構あるものなのさ。社会から排斥されないようにな。もちろん悪いことだって沢山するんだが、こういう一面で誰かの助けになってたりするんだよ。…で、もちろん古川さんもその構成員なんだよ」

「そ、そう…なの?」

 

 

そんな、あんな優しそうな人が…でも拳銃持ってたし、嘘じゃ無さそうやね…。

 

 

「そう。俺がここにいた頃から拳銃は持っていたし、時々ヤバそうなおっさんと話してるのも見かけたしな」

「…何で拳銃持ってるの知ってたん?」

「はっはっはっ勝手に鞄漁ったからに決まってんだろ」

「すぐそういうことする!」

「なんだかんだ言ったって俺の本質は昔から変わってないってことさ!」

 

 

天童さん、必要とあらば悪いことも平気でやるもんね…付き合い始めてからは悪いことしないようにしてくれてるみたいやけど。

 

 

天童さんは奥の方に向かってどんどん歩いていって、裏庭みたいなところについたところで立ち止まった。

 

 

「孤児院の子たちって結局こどもだからさ。広場なんかでは泥団子とか作るためにすぐ掘り返される。そんなところには埋めないはずだ」

「なるほど…でも芝生があるところとかは子どもたちも掘らないんやない?」

「そこは不自然に掘ったら埋めた時点で目立つだろう?一回掘り返して、下に何か埋めて、また芝生を元のように戻すのは至難の技だ。子どもが走り回った時に剥がれることもあるだろうしな」

「そっか…じゃあ、どこに?」

 

 

天童さんは無言で近くの建物の窓…というより、その中の部屋をみた。事務所かな?

 

 

「監視できる場所にするはずだ」

「監視できる場所…?」

「事務所にいても見える場所…じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「??」

 

 

どこやろう…と思ったその時、見えた。

 

 

裏庭にある、「立ち入り禁止」の札と柵が。

 

 

そこにあるのは、

 

 

「ビオトープ…」

「子供たちが勝手に入れず、そして入る場合は自分が常に一緒にいられる場所。立ち入り禁止が故に他の職員も自然と子供たちを追い出せる場所。ここだな」

「でも結構広いよ?」

「だな。これだけ広いと埋めた本人がどこに埋めたか忘れるかもしれない。だから何かしら目印を用意しておかなきゃならない」

「目印…?小川と岩しかないよ?」

「植物もあるやろがい」

 

 

柵の内側にあるビオトープには小川のような細い水の流れと沢山の植物、あとは岩がある。何か目印になるようなものあるかな?

 

 

「目印ってのは、何かあった時でも動かないものを選ばなきゃならない。デカい木とかがない以上、選択肢は限られるな」

「岩とか?」

「そんなに大きな岩じゃないから、こどもでも数人で押せばちょっとはズレるさ。あと地震とかな」

「じゃあ、草?」

「季節で様子が変わるような目印は避けたいだろうな」

「うーん?どこやろう…」

 

 

他に目印になりそうなものあるかな?

 

 

「このビオトープは人工だ。じゃあこの小川はどこから流れてきている?」

「え、近くの川…とか?」

「農業用水さ。水道水は塩素消毒のせいで生き物が住みにくいからな。…農業用水を引っ張ってきてるってことは、その出口がある」

 

 

そう言って天童さんが向かったのは、

 

 

「水源…」

「そう。こいつは絶対に動かせない。配管の問題でな。だからこれが目印だ。この周りの左右どっちか…右側だろうな。よいしょ」

 

 

小川の上流、水が出てくるところ。そこには金網が張られていて、その奥から水が流れてきているみたいだった。確かにこれは動かせない。

 

 

天童さんは素手で地面を掘り起こす。涼しくなってきたとはいえ、まだたくさん虫さんがいた。いろんな虫さんが出てきても天童さんはまるで気にせずに掘り進めていく。

 

 

そして。

 

 

「お、あったあった。ご丁寧に缶に詰めてあるのか」

 

 

一つの平たい缶を取り出した。随分錆びてるけど、割れたりはしていないみたい。

 

 

天童さんはそれを持ってビオトープを出て、手と缶を水道水で洗ってから缶の蓋を開けた。

 

 

缶の中には、なんだか丈夫そうな紙が入っていた。

 

 

「…紙っつーか、樹脂シートみたいだなこれ。難燃性、耐水性、耐薬品性の印字可能なシートか…20年以上前によくこんなもの持ち出してこれたな」

「そんなすごい紙なん?」

「そうだぜ。まぁ、古川さんが即刻焼却処分とかしてなかったあたりこういうものが埋まってる気はしてたがな」

 

 

天童さんは手に持つ紙を広げた。またパソコンで打った文字だけど、ちゃんと文章が書いてある。

 

 

『さて、こちらは2枚目なわけだが、きっと古川君がこれを読んでいることだろう。まあ組員である以上、読まないわけにはいかないよな。しかし先に言っておこう、この封筒を開けたが故に君の逃げ場は既に無くなった。この紙には私が掴んだ組の悪事の証拠をたくさん書いてあるし、末端の君が知ってはいけないことも書いてある。この紙は特殊な紙だから焼却処分もできないし、そこらへんに捨てても分解や風化しない。情報が書いてある時点で、この手紙を読んでいるかいないかに関わらず、手紙の存在を隠さなければならなくなったわけだ。君はこの紙を私の息子に渡すまで、誰にもバレないように大切に管理するほかなくなってしまった』

 

 

その後には、暴力団が起こした事件の証拠や麻薬取引の現場写真なんかが書いてあった。確かにこんな情報は外に漏れたら大変。

 

 

「これ、うちらも知っちゃって大丈夫なんやろか」

「まあダメだろうな」

「ええっ」

「心配すんな。ここにこんな情報があったなんて誰も把握してない。俺らが口を滑らせない限りはバレやしないさ」

 

 

なんか大変なことを知っちゃったなぁ。

 

 

とりあえず続きを読もう。

 

 

『情報のばら撒きはこのあたりにしておこう。本当はもっと色々つかんでるけどな。

 まずは古川君。この手紙はきっと君も読んでいるだろうから君への依頼も書いておく。まずは息子を、中学卒業までは面倒を見てやってくれ。きっと高校からは自力で生活し始めるからそれまででいい。

 また、名前は私はつけないでおくから、息子本人につけさせてくれ。生まれてすぐ放り出す、親失格の両親からは名を授ける権利なんてない。彼の好きな名前をつけてあげてくれ。ただまあ、苗字はちょっと面倒だから「天から舞い降りた童」って感じで「天童」って苗字にしてあげてくれ。いいよな天童って。天才っぽい響きがする。しない?』

 

 

「て、天童さん、これ…」

「…そうか」

「天童さん…?」

「そうか、名前はくれなかったけど…苗字はくれたんだな…」

 

 

そう呟いた天童さんは、大喜びしたりはしないけど…すごく、すごく嬉しそうだった。

 

 

「ははっ。頭悪いのかよ…そんなん名付けたのと同じだろ。天から舞い降りた童、ねぇ…中二かよ」

「ふふ、そうやね。でも天童さん、嬉しそう」

「嬉しいさ。両親が俺に名前をくれていた。それだけで十分さ…何も残さずに置いていかれたと思っていたんだから」

 

 

天童さんは元々、ご両親から愛されないで生まれてきたと思ってた。

 

 

だから、何か残してくれていたっていう事実だけでもすごく嬉しいんだと思う。

 

 

よかったね、天童さん。

 

 

「…ってまだ手紙の内容全部読んでねぇのに感傷に浸ってる場合じゃねえわ」

「あっそうやったね」

 

 

そういえばまだ続きあったね。

 

 

『そして、まだ名もなき我が子。改めて、すまなかったな。生まれてすぐに、物心つく前から放り出してしまって。親と名乗る資格もないと我ながら思う。予測できていなかったわけじゃない。それでも私は妻と一緒にいたかったし、君と暮らしたかった。…どんなに足掻いても敵わなかったけどな。私の勝手が招いた結果だ、許してくれとは口が裂けても言えない。

 それでも、君の幸せは願わせてくれ。せめて、私のいないどこかであっても幸せになってくれていますように、と。愛すべき我が子が、誰よりも幸福な人生を歩めますようにと。

 この手紙には君の母さんの言葉はないけれど、母さんの分まで愛を込めて。君に私たちの愛情が届くよう、祈りを込めて。

 

 

 生まれてきてくれて、ありがとう。』

 

 

「…ほんとに、馬鹿じゃねえの」

 

 

天童さんは、泣いていた。

 

 

私もなんだか泣けてきちゃった。天童さんはちゃんと愛されて生まれてきて、きっと今もどこか遠くで愛してくれてる。そう思ったら、天童さんが報われる気がして。

 

 

本当に、よかった。

 

 

天童さんはすぐに涙を拭いて、ついでにうちの涙もハンカチで拭って、そのあと古川さんのところに戻った。古川さんは拳銃を弄りながら孤児院にあるベンチに座っていた。…ってまだ拳銃持ってるやん。

 

 

「まったく、蹴り飛ばしたあと無用心に置いていったと思ったら丁寧に弾を詰まらせておくとはね。器用な子だ」

「多分分解しないと取れないっすよ。組の人たちに見つからないようにこっそり直すしかないでしょう」

「そうするしかないか。…その缶を持ってるってことは、本当に見つけたんだね」

「もちろんです。おかげで良い情報が得られましたよ」

「君もご両親と同じように追われるぞ?」

「そんなことはありませんよ。俺ら以外にこのことを知ってる人はいないんですから」

「僕が言うかもしれないじゃないか」

「自分の命を賭けてまで告発しますか?それはないな。あなたはここの子たちを置いて死ぬわけにはいかない。そうでしょう?暴力団の組員ではあるけど、あなたはここにいる子たちを大切にしている。子供たちに危険が及ぶようなことはできないはずだ」

「…君の言う通りだ。はあ、完敗だね」

 

 

さっき撃たれそうになったのに普通に会話してる。天童さんのメンタルすごい。

 

 

それにしても、古川さん自身は優しい人ではあったみたいやね。子供を守ろうとする、いい人や。撃たれそうにはなったけど。

 

 

「もう、帰るのかい?」

「ええ、目的は達成したので。…これは貰っておきます。もうこいつのために神経尖らせることもないでしょう」

「ああ、そうしてくれ。元々君のものだ」

 

 

天童さんは手に持ってる紙をかざしてそう言った。そして今度は錆びた缶を古川さんに差し出す。

 

 

「こいつはお返しします」

「…それはもはやゴミなんだけど?」

「はっはっはっ」

「…」

「…」

「何か言ったらどうなんだい?!」

「いやまあ返す言葉もなく」

「ないんだ?!」

「まあ冗談はおいといて。…思い出か何かと思って取っといてください。また遊びに来ますから」

「…でもゴミだよ?」

「はっはっはっ」

「…」

「…」

 

 

…これはただゴミを持って帰りたくないだけやね。

 

 

「…まあいいか、それ持って東京まで帰れっていうのも申し訳ないし。わかった、預かっておくよ」

 

 

結局古川さんが折れてくれた。ありがとうございます。

 

 

「じゃあ、気をつけて帰るんだよ」

「ういっす。…古川さん」

「なんだい?」

「…また、今度は遊びにきます」

「わかった、待ってるよ」

「はい。ありがとうございました」

 

 

それだけ言って、背を向ける天童さん。短いやりとりだったけど、天童さんも古川さんもなんだか晴れやかな表情をしていた。

 

 

帰り道、気になったことがあったから天童さんに聞いてみた。

 

 

「ねぇ、天童さん」

「ん?」

「手紙、ご両親の名前書いてなかったけど…古川さんに聞かなくてよかったの?」

「ああ、多分古川さんも知らないよ。俺と同じような才能持ってる親が足取りを追えるような痕跡を残すはずないからな」

「そっか…残念やね」

 

 

そう、名前。本当はどんな苗字になるはずだったのか、天童さんも気になってるかと思ってた。わからないものは仕方ない。

 

 

「生きてるかどうかもわかんないもんね…」

「いや、多分生きてるさ」

「え?でも手紙には…」

「まあ生きてる保証はないって書いてあったけど、生きてるだろ。だいたいどこに隠れてるかも検討がつくし」

「検討ついてるん?」

「もちろんだ。同じ才能を持ってるなら想像しやすいんだよ」

 

 

ドヤ顔で語る天童さんの目は探しに行く気満々やった。天童さんだもんね、そうなるよね。

 

 

「…よかったね」

「ああ」

「ちゃんと愛してるって書いてあったね」

「ああ。知らなかったけど、ちゃんと愛されていたんだな」

「ふふっ、今までも彼女に愛されてきたやん?」

「あー…まあ、確かに?」

「怖がって受け取ってくれなかったけど」

「悪かったな!」

「これからはちゃんと受け取ってくれる?」

「…そうだな。これからは、逃げないで受け取ろう」

 

 

そう言って、天童さんは一瞬難しい顔をした後、不意に顔を近づけて…キスしてくれた。

 

 

びっくりして一瞬強張っちゃったけど、天童さんの手も少し震えていて、頑張って勇気だしてくれたんだなって思った。愛され、愛し返すことへの恐怖は残ってるみたいだけど、それを乗り越えて一歩進んでくれた。

 

 

「…とりあえず今までのお返しな」

「むー、今までのお返しはキス一回だけなん?」

「アッご不満でございますかすみません生きててすみません」

 

 

3年分をキス一回で生産できると思ったら大間違いよ。

 

 

「ふふっ、じゃあこれからたくさんお返ししてね!いっちゃん!!」

「まーたその呼び方…あれ、あんまり怖くないな」

「ええやん?そのうち天童さんって呼べなくなっちゃうんやし」

「え?何でだ?」

「え?苗字変わったら天童さんが天童さんじゃなくなるか、うちも天童になるかどっちかやん?」

「…………………ああそういう!!」

「…もう!恥ずかしいから気づいてよ!!」

 

 

なんか流れで結婚前提みたいな言い方しちゃった。も、もちろん結婚できたらいいなぁとは思うけど!

 

 

「それは君が大学卒業したらな」

「えっじゃあ大学卒業したら結婚してくれるん?」

「おおう、そんな嬉しそうに言われると恥ずかしくなるな」

「ねえそうなの?いっちゃんも結婚するつもりでいてくれてるの?」

「おーい関西弁がどっか行ったぞー」

 

 

そんな会話をしながら、自然と手を繋いで駅まで歩いた。

 

 

私、ちゃんと待ってるからね。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

天童さんの苗字の由来があやふやなままだったこと、あと愛され恐怖症を治さないと結婚できないのでは?と思ったこと。以上2点の理由から補足的な意味を込めてこんなお話を書かせていただきました。真面目に推理する天童さんが珍しくイケメン。

そんなわけで、次回は一旦エピローグを書かせていただきます。まだおまけのお話も用意してあるので終わりはしませんが、お話全体にいい加減フィナーレを用意させていただきます。一旦ケリをつけたい理由があるのです!
どうぞ、最後までお付き合いください。

何か書いて欲しいエピソードがあれば、言ってくだされば頑張って書きますよ!!たぶん!!


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Epilogue : 笑顔の魔法は終わらない



ご覧いただきありがとうございます。

前回から1名、新たにお気に入りしてくださいました!ありがとうございます!!終わるなという大いなる意志なのでしょうか!!

しかし今回はエピローグなのです。一旦シメなのです!!どうせまだ続きますけど、一旦区切りにさせていただきます。(そして不定期投稿にしたい)

最後にも色々書いてるので、よければ後書きも見ていってください。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

やあ、皆さんこんにちは。そしてはじめまして。矢澤紫苑だよ。

 

 

お察しの通り矢澤にこと()()茜の息子だよ。

 

 

今僕は入学した高校のアイドル研究部の見学に来たところだよ。

 

 

「でも見知った顔ばっかりいるね」

「見知ったどころじゃないわよ!てかあんたしかいないの?!他に誰か連れてこいっつったでしょ!!」

「痛い痛い姉ちゃん痛い」

 

 

見学に来たら姉ちゃんである矢澤えみに関節決められた。もうちょっと弟に優しくして。

 

 

今部室にいるのは僕と姉ちゃんと、あと2人。

 

 

「まぁまだ2年生たちも来てないんだし、むしろ真っ直ぐここに来てくれたことを評価しようぜ?」

「仲良しだねぇ〜」

「…ひばりちゃん、いつものことながら君はなんか会話がワンテンポ遅れてるぞ」

「光さんたすけて」

「うーん、えみちゃんに逆らうと恐ろしいからなぁ」

「ぬぁんですって?!」

 

 

1人は僕と違って背の高い男子生徒、東條(ひかる)。もう1人はわたがしの擬人化みたいなふわふわ女子、南ひばり。2人とも僕が幼い頃から仲良くしてくれてる、姉ちゃんの同級生だ。

 

 

「逆にあんたは何で生徒会室に行かないのよ!!」

「まるで俺に来て欲しくなかったみたいな言い方をするじゃないか」

「そこまで言ってない!」

「じゃあ来て欲しかったのか。そういえばいいのに」

「死ね!!」

「おっと危ない」

 

 

光さんは穏やかな人で、性格は母親に似ているみたいだけど、父親の先読み能力を受け継いでいるらしくてよく姉ちゃんをからかって遊んでる。仲良しだ。

 

 

と、わちゃわちゃしていると部室の扉が開いて4人の生徒が入ってきた。リボンの色からして2年生…というかみんな知ってる人だわ。

 

 

「みんな!!今日から体験入部だよ!!新入生来てる?!」

「ぶぎゃっ」

「玲、今まさに紫苑くんを蹴り飛ばしましたよ」

「うっそ?!あーっごめん紫苑!!小さくて見えなかった!!」

「屈辱の極みだよ」

 

 

入ってきたのは元気はつらつパワー全開で身長が180cmを超えるスーパー女子高生、星空(れい)。その隣に大和撫子たる園田美空。後ろには特に理由もなくドヤ顔を晒す西木野姫華(ひめか)と、処理しきれない現状に苦笑いする小泉春陽(はるひ)。ちなみに春陽さんだけ男子生徒だ。

 

 

「ちょっとあんたたち遅いわよ!」

「ごめーん!HR長くて!」

「何言ってるの、練習開始時刻には間に合ってるわよ?私たちが遅いんじゃなくて貴方達が早いのよ」

「ど正論だ」

「そ、それより…他に新入生が来るかどうかの心配をしようよ…」

 

 

みんなご両親の諸々を受け継いでてキャラが濃すぎる。僕ももれなく受け継いでるけどね。背の低さとかね。姉ちゃんもちっさいしね。背だけじゃないけどね。

 

 

春陽さんは気弱だし、姫華ちゃんは頭いいし。あ、でも玲ちゃんは何故かめっちゃスタイルいいわ。何でだろう。

 

 

「一年生ならそろそろ来るよ」

「ほんとぉ?!」

「ぐぇえっ」

「やめなさい玲、紫苑が死ぬわよ」

「あっごめんごめん!」

 

 

でも力加減がなってない。めちゃくちゃパワー強いんだから抱きつかれたら死ぬ。ちなみにパワー抑えたところで胸に埋まって死ぬ。本望だね。ごめん今の忘れて。

 

 

そんなわけで瀕死になっているところで、やっと新入生組が到着した。

 

 

「たのもー!!」

「たーのーもー!!!」

「…こんにちは」

「わあー!いらっしゃいみんな!!」

「見知った顔ばっかじゃないの!」

「それ僕最初に言ったよ姉ちゃん」

「うっさいわね!」

 

 

入ってきたのは元気ガール二号の高坂詩穂、元気ガール三号かつナイスバディ二号の東條(かなえ)、ナイスバディ三号かつ根暗女子筆頭の南すずめ。お察しの通り叶ちゃんは光さんの妹で、すずめちゃんはひばりさんの妹だよ。

 

 

ん?ひばりさんはナイスバディじゃないのかって?察してあげて。口にすると殺される。

 

 

「わぁ〜みんな可愛いねぇ!」

「ひばり、あんたが喋ると話が止まるから黙んなさい」

「すずめちゃ〜んこっちおいで〜」

「…ん」

「よしよし〜」

「なんで急にハグし始めるのよあんたらは!!」

「いつ見ても仲良し姉妹だ」

「叶もハグするか?」

「するかバーカ!バカ兄貴!!」

「はっはっはっ」

「息をするように蹴りが空振る」

 

 

南姉妹はとても仲がいい。東條兄妹もこう見えて仲がいい。僕と姉ちゃんも仲良しだよ。仲良しだってば。

 

 

「うううう!ついに私もスクールアイドルになれるんだね!!」

「よかったね。ずっとなりたいって言ってたもんね」

「うん!よーっし、お母さんみたいな…ううん、お母さん以上のスクールアイドルになるぞー!!」

「当然でしょ!!次期大銀河ナンバーワンアイドルの座は私のものよ!!」

「姉ちゃん大銀河ってどこさ」

「黙んなさい」

「痛い」

 

 

足踏まないでよ姉ちゃん。

 

 

「そ、そういえば…文菜(ふみな)ちゃんは来ないのかな」

「安心しな春陽。どうせまたそこらへんで捕まってるだけだ」

「まあ色んなところから勧誘されそうだよね」

 

 

文菜ちゃんというのは、僕ら幼馴染集団の最後の一人である絢瀬文菜ちゃんのこと。ご両親の相乗効果で金髪ダイナマイト美少女が爆誕してしまい、中学生の頃から両親と一緒にドラマに出演してるのだ。

 

 

だから知名度がものすごくて、入学式の時からざわざわしてた。

 

 

彼女の話をしていたら、丁度部室の扉が開いて文菜ちゃんが入ってきた。後ろには他の学院生達がわらわら集っていて、自分の部に勧誘できなかったことを残念そうにしていた。当の文菜ちゃんは涼しい笑顔で後ろに手を振っている。

 

 

で、扉が閉まった瞬間。

 

 

「…うあああああんもうやだぁあああああ!!!」

「うわぁ?!」

「あたしあんなに沢山の人に囲まれたら死んじゃうわよぉ!春陽さん助けてぇ!!」

「えっえっ、あの、よ、よしよし…?」

 

 

よわよわおひめさま爆誕である。

 

 

ご両親に大事に大事に育てられた結果、めちゃくちゃ人見知りする子になってしまったらしい。しかもこの子猫被りがめちゃくちゃ上手いため僕ら以外彼女の本性に気付かないのだ。

 

 

同じ気弱仲間の春陽さんに毎回すがりつくめんどくさい子である。

 

 

「あっはっはっ。もうここに入部してしまえば追いかけられなくなるんじゃないか?」

「するする入部するぅ!!体験入部とかいいからすぐにでも入部させてよぉ!!」

「い、いや…仮入部期間が終わらないと正式には入部できない決まりだから…」

「いやぁああ何とかして春陽さぁああん!!」

「えぇ…だ、誰か助けて…」

「もうアイドル研究部に入るって決めた!って宣言しちゃえばいいんじゃないかな?」

「それじゃダメだよ玲ちゃん。どうせ体験だけなら期間内ならやっていいんだから」

「そっかー」

「…文菜、諦めなさい」

「うわああああああん!!」

「大丈夫〜?どこか痛いの〜?」

「すずめちゃん、ちょっとひばりちゃんをどこか連れて行ってもらっていいかな?」

「…お姉ちゃん、衣装見たい」

「いいよ〜。こっちだよ〜」

 

 

マジでキャラが濃い。カオスだ。

 

 

まぁ、でもこのくらいじゃないと僕らの親世代には勝てないかな。

 

 

僕もお父さんほど規格外な才能を持ってるわけじゃないから、そんな完璧なサポートができるわけじゃない。あくまで正攻法で戦わなきゃいけない。

 

 

でもまあ、この面子なら…なんだか勝てそうな気がするね。

 

 

「…とりあえず玲ちゃん、頭に胸乗せないで」

「ん?あーっごめん!紫苑どこにいったのかなって思ったら!!」

「…………」

「ふふん、そんな背まででっかくなるのがいけないのよ!見なさいこのトランジスタグラマーを!!うっふん!!」

「叶、残念だが俺はえみちゃんくらいのが好みだ」

「兄貴には聞いてない!!このロリコン!!」

「誰がロリコンだ」

「誰がロリですってぇ?!」

 

 

…やっぱりダメかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色んなことがあった。

 

 

僕とにこちゃんはにこちゃんが大学卒業してすぐ結婚して、その次に天童さんと希ちゃんが6月に結婚した。絶対ジューンブライドを狙ったよね。

 

 

次に結婚したのがことりちゃんとゆっきー。こちらも大学卒業後すぐだった。その後に海未ちゃんと松下さん。そしてその次は意外にも真姫ちゃんとまっきーだった。

 

 

真姫ちゃんは医学部に行ったから6年間在学するはずだし、もしかして学生結婚…かと思ったらそうじゃなかった。なんとまっきーが真姫ちゃんにつきっきりで知識をたたき込んで、飛び級させてさっさと学位を取らせてしまったんだ。そこまでして結婚したかったのかってみんな揃ってドン引きしてた。

 

 

他のみんなは順当に大学卒業してから結婚していって、凛ちゃんと創一郎、花陽ちゃんと湯川君の順で結婚していった。その後にやっと絵里ちゃんと御影さん、最後に穂乃果ちゃんと桜だった。後ろ2人はプロポーズするのにヘタれまくった結果らしい。

 

 

にこちゃんは今、僕の会社の事務をやってくれてる。ドジっ子だけどちゃんと仕事してくれてるよ。ああ、僕は当然お絵かきしてるよ。未だに人気が衰えなくて嬉しい限りだね。

 

 

子供は2人生まれた。1人目が長女・えみちゃん。にこちゃんの名前にちなんで、「笑み」をひらがなにした名前をつけた。にこちゃんに似てツンデレで見栄っ張りだ。にこちゃん以上のアイドルを目指して、アイドル事務所に突撃を繰り返してる。流石になかなか拾ってもらえてないけど、日に日に成長してる姿はにこちゃんに似てる。今度765プロダクションってとこに行くんだってさ。

 

 

2人目は長男・紫苑。こっちは僕の名前にちなんで色の名前をつけたよ。また女の子っぽい響きになっちゃった。紫苑は僕に似てフリーダムに育ったよ。絵は僕のような才能はないけど、運動能力はちゃんと人並みにある。羨ましいね。漫画家目指すんだって。頑張れ。

 

 

 

 

希ちゃんは天童さんと一緒に働いてる。今や大企業となったA-Phyプロダクションの社長と秘書だ。お偉いさんだ。秘書が偉いかどうかはよくわかんなかったわ。

 

 

希ちゃんのところは子供が3人。長男の光くん、長女の叶ちゃん、次女の(みちる)ちゃん。全員希ちゃんの名前を由来にしたみたいだ。天童さんは戸籍上は東條姓になったけど、世間的には天童一位を名乗り続けてる。

 

 

「俺にとっては天童って苗字は名前と同じくらい大事なんだよ」

 

 

って言ってた。よくわかんないけどわかったフリしといた。

 

 

光くんは天童さんの才能を希ちゃんの性格に乗せたみたいな感じで、圧倒的に黒幕化してしまった。みんなを見守る傍観者的な立ち位置なのに完全に周りの動きを掌握してる。敵に回したら命が危ないタイプだ。逆に味方ならとても心強い。

 

 

叶ちゃんは希ちゃんのプロポーションと天童さんのテンションを受け継いだ元気な子だ。スタイルの良さと前向きさを生かして既にモデルとして活動し始めてるんだって。すごいね。

 

 

満ちゃんは今年やっと中学生になるけど、天童さんと希ちゃんの愉悦部成分だけ抽出したような子だ。簡単に言うと悪戯の達人。ひっそり後ろに忍び寄ってわしわしするとか日常茶飯事。光くんに捕まって怒られるまでがセット。多分寂しがりなんだね。構ってちゃんなんだよ。

 

 

 

 

絵里ちゃんは御影さんと一緒に女優やってる。芸能界は大変そうだけど、なんだかんだ楽しそうだよ。美人だしね、絵里ちゃん。

 

 

子供は文菜ちゃんの1人だけ。絵里ちゃんも御影さんもすごく大事に育てて、演技の才能もあったから一緒に芸能界入りしてる…んだけど、大事に育てられすぎて人見知りが半端ない。しかもそれを隠すのがめちゃくちゃ上手い。一般的には礼儀正しい清楚な金髪美少女なんだけど、中身は豆腐メンタルのヘタれっ子だ。大丈夫かな。

 

 

 

 

穂乃果ちゃんは音大を出た後、桜と一緒に「サクラホノカ」として歌手活動を始めた。桜が誰かと一緒に歌うなんて意外だったけど、結構うまくやってるみたいだ。それに音楽活動してない時は穂むらで仕事してる。桜も和菓子作るの上手になってたよ。笑う。

 

 

子供は2人いて、上の子が詩穂ちゃん、下の子が椿くん。三歳差だから高校に同時に入ることはないね。詩穂ちゃんはほぼ穂乃果ちゃんだし、椿くんはほぼ桜だからあんまり言うことはない。あーでも詩穂ちゃんは絶対音感持ちだし椿くんは桜よりテンション高いな。

 

 

 

 

海未ちゃんは松下さんの秘書やってる。知らなかったけど大学の研究室って秘書さんいるところもあるんだね。あっ松下さんは順当に教授になりました。順当に。希ちゃんといい、みんな秘書好きだね。全然関係ない仕事してる夫婦が全然いない。全然。

 

 

子供は美空ちゃんという娘さんが一人。海未ちゃんと松下さんの子供だからそれはもう礼儀正しい。姿勢も作法も言葉遣いも完璧の極み。だけど時々腹黒い。どっちに似たんだろう。どっちもか。あと顔芸がすごいってえみちゃんが言ってた。そして方向音痴。余計なところもばっちり引き継いだ模様。

 

 

 

 

ことりちゃんはちゃんとファッションデザイナーになれたそうだ。ゆっきーと二人三脚で頑張ってる。ゆっきーが基本何もできないから家事は全部ことりちゃんがやってるらしいんだけど、ことりちゃん自身は文句言うどころかご満悦だ。お役に立てるのが嬉しいらしい。

 

 

ことりちゃんとゆっきーには娘さんが2人。長女のひばりちゃんと次女のすずめちゃんだ。

 

 

ひばりちゃんはことりちゃんを10倍くらい天然ゆるふわにしたみたいな子で、基本的に会話の軸がズレる。ふわっふわすぎて捉えどころがないくらいだ。髪の毛もふわっふわ。でも胸だけはにこちゃんみたいぺたんこになってる。何で。それ言うとブチ切れられるけどね。去年紫苑がそれ言って半殺しになってた。

 

 

対するすずめちゃんは非常に物静か。ゆっきーっぽい。あまり外に出て遊んでいるところを見ないくらいにはインドア派みたいだ。お姉ちゃんより遥かにしっかりしてるけど、お姉ちゃんであるひばりちゃんにはよく甘えている。でも胸はことりちゃん並み。ちなみに姉妹そろって服飾好きらしいよ。

 

 

 

 

凛ちゃんと創一郎は2人でジムのインストラクターをしてる。これがまた人気で、ライトな女性層から超ヘビー級の屈強な男達まで毎日色んな人が来てるみたいだ。凛ちゃんも創一郎も自分自身はスポーツ選手になったりはしないんだってさ。

 

 

こちらも2人姉妹のお子さんがいる。長女の玲ちゃんは創一郎の体格と凛ちゃんのテンションを引き継いだみたいな子で、いやマジでデカい。女の子なのに190cm近くあるもん。しかも何故かばいんばいんなの。まっきーが「創一郎の遺伝子だろう」とか言ってた。スキンシップが激しいくせにスタイル抜群だから紫苑がいつもげんなりしてる。がんばれ紫苑。

 

 

そして問題は次女の(みお)ちゃんだ。こっちは玲ちゃんと逆で、体格は凛ちゃん並みなのにテンションは創一郎みたいに凪いでいる。あとオタク。でもそんなことより創一郎のパワーを引き継いでしまったのが一番ヤバい。この前創一郎と澪ちゃんが2人で壊れたエアコンをぺしゃんこにしてるの見た。僕はドン引きした。

 

 

 

 

花陽ちゃんは保育士をしている。大学で管理栄養士の資格も取って、その上で保育士の資格も取ったんだから結構な頑張り屋だ。ちなみに湯川君は今まで通り謎技術を秘密裏に提供してる他、時々天童さん経由で深層ウェブのサイバー犯罪者を粉砕してるそうだ。頑張って仕事してる。

 

 

花陽ちゃんの一人息子である春陽君はかなり花陽ちゃんに近い。まあ湯川君から引き継げる才能なんてなかったのかもしれない。でもこの前パソコン操作してる時の動きが達人だったから多分機械には強い。気弱だけど思いやりがあって超優しい子だ。そのせいで文菜ちゃんにまとわりつかれてるけど。あとやっぱりドルオタ。

 

 

 

 

真姫ちゃんは…まあ言わなくてもわかるよね。お医者さんになったよ。まっきー共々西木野総合病院で働いてる。お二人ともとても優秀で信頼も厚いみたいだ。ちなみにまっきーが院長を引き継いだそうだ。無敵だ。

 

 

こちらも子供は1人だけ。娘さんの姫華ちゃんは真姫ちゃんのツンデレ成分を半分自尊心に変えたみたいな子だ。要するにすっごい自信満々。実際まっきー並みに何でもできる子だ。あらゆる困難を前に自信満々で現れて、尽くをなぎ倒していく姿はもはや勇者だ。真姫ちゃんも誇らしいのか超自慢してくる。にこちゃんも自慢返ししてるけど。今でも仲良しにこまき。

 

 

 

 

…あ、そうそう。せっかくだから伝えておくと、白鳥君はA-RISEの三人全員となんとかしたらしいよ。重婚すると違法になっちゃうからって、天童さんが無理やりなんとかしたらしい。無理やりだから正式には誰とも結婚してないんだけど、みんなそれで満足らしい。それでいいのかな。

 

 

それぞれ一人ずつ娘さんいるんだって。名前は忘れちゃったけど、みんなUTXに通ってるそうだよ。白鳥君自身は定食屋開いたよ。引くほど人気だよ。特に女性に。

 

 

 

 

みんなそれぞれの道を歩んでる。幸福から程遠いところにいた人たちも、大体μ'sのみんなのおかげで今は幸せそうに暮らしてる。

 

 

もちろん僕もね。

 

 

にこちゃんの魔法のような笑顔をみんなに届けたくて、そのために頑張ってただけなんだけど。それがこんなにも波及して、きっとこれからも続いていく。

 

 

魔法はかけたらおしまいじゃなくて、その後もずっと続いていくんだね。

 

 

「ただいまー!」

「ただいまー」

「おかえり。どうだった、体験入部」

「普通だったよ」

「普通って何よ!」

 

 

そして、きっと新しい世代が新しい笑顔の魔法を繋いでいく。うちの子たちもスクールアイドル(とそのマネージャー)を志してるわけだし。

 

 

「おかえりー!ご飯もうすぐできるから手洗ってきなさーい!」

「「はーい」」

「ご飯だご飯だ」

「茜は手伝いなさい」

「ういっす」

 

 

おっと、愛しのにこちゃんに呼ばれたから行かなければ。

 

 

つながっていく笑顔の魔法が、この先どんな未来を描いていくのか。

 

 

きっともっと幸せな未来が来るって信じてるよ。

 

 

楽しみだね。

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございました。

最後の最後で新キャラの嵐をお見舞いしました。なんだこれは()
これでみんな幸せになれて、晴れてハッピーエンドとなりました!!最後までお付き合いいただき、本当にありがとうごさいました。
…まあまだおまけありますけど。
とりあえず本編は完結したので、次回以降は不定期に投稿していきます。書けたら投げます笑

そして…!

Aqours編も新たに書き始めております。こちらも一人ひとりにお相手を用意した本作と同じ構成の予定です!20話分くらい書いてみて、続きそうだったら新作として投稿します。

いつになったら投稿できるかわかりませんが、よければそちらも読んでいただけたらなーと思います。

やたらと長い作品になってしまいましたが、最後まで付き合ってくださった皆様。本当にありがとうごさいました。


くぅ〜疲れましたwこれにて完結です!



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おまけ話集
(延長戦):過去の自分たちへ




お久しぶりです。ご覧いただきありがとうございます。

前回から2人の方がお気に入りしてくださりました!!ありがとうございます!!のんびりおまけ書いていきます!!

本当にのんびり書いてます。まあ本編終わってますし、多少はね?

今回は本編終了後のお話です。わざわざ過去に行く装置を作ったのもちゃんと意味があるんです!わかってる人もいそうですけど!!


というわけで、どうぞご覧ください。




121:

 

 

 

 

 

「過去に行ってこいだって?」

 

 

ある日、俺と穂乃果は極めて珍しく湯川に呼び出されていた。正確には呼び出してきたのは天童さんだが。

 

 

そして湯川の家に行ったら開口一番に過去に行ってこいとか言うわけだ。

 

 

なんなんだ。

 

 

「何で私たちが…?」

「痕跡があったからな」

「は?」

「オーケーオーケー、俺が翻訳するからなー待ってろよー。なあほんと俺の立ち位置不憫だと思わんかね??俺を挟まないと会話もままならないって通訳か俺は??」

「何でもいいんで早く詳細教えてください」

「無慈悲〜」

 

 

湯川は話の過程を全部すっ飛ばすから何もわからない。必然的に天童さんのお世話になる。

 

 

「まず前提の話なんだけどな。この『過去へ飛ぶ装置』はただワープさせるだけの代物じゃないのさ。次元ってあるだろ?縦・横・高さの三つで三次元。一般的にはここに時間軸を加えて四次元だ。まあ並べる軸は何だって構わないんだが今回は関係ないので割愛」

 

 

天童さんはホワイトボードに「縦」「横」「高さ」「時間」と下から順に縦に並べて書いていく。さらに下から1、2…と番号を振っていく。

 

 

「俺らが住んでいる世界は三次元だ。時間の流れもあるから四次元空間だって理論もあるが、まあ今は『自由に行き来できる軸』のみ数えるものとしよう」

「えっと…?」

「上下左右前後には好きに動けるけど、時間は先にしか進めないし進み方を変えれないってことさ」

「なるほど。それで?」

「だからまずは時間も行き来できる次元に行かなきゃならない。それを可能にするのがこの装置の一つ目の仕事だ」

「一つ目?」

 

 

細かいことはわからんが、イメージだけはなんとなくわかった。

 

 

「そ。四次元空間に行ったって簡単に過去に行けるわけじゃないからな。時間軸をマイナス方向に進もうとすると壁みたいなものに阻まれるそうだ。だからそいつをなんとかしないと過去にはいけない」

「具体的にどうするんすか」

「ぶっ壊すのさ」

「は?」

「いやいや嘘じゃない。時間軸上の壁を無理矢理突破して過去に向かう、それがこの装置なんだよ」

 

 

思ったより力技じゃねーか。

 

 

「そして、当然だが壊したものは戻らない。俺らには認識できないが、壊れた跡が残るのさ。それがさっきの湯川君の言葉。痕跡があった、ってこと」

「ほえ〜」

「…穂乃果、わかったのか?」

「わかんない!」

「だろうな」

「こんなに必死に説明したのによぉ!!」

 

 

この手の難しい話は穂乃果にはわからねーよ。

 

 

「…まあとにかくだ。今は随分改良されてるが、時間平面を突破する時に体に負荷がかかるらしい。前に藤牧君がへろへろだったのはそのせいだな」

「…そういやそんなことありましたね」

 

 

確かに、いつぞやの藤牧は過去に行った後に疲れ果てていた。十数年分の壁をぶち抜いてきたと言われれば納得できなくもない。

 

 

いや納得できるわけない。わからん。

 

 

「俺はこいつを時間平面破壊装置(Time Plane Destroyed device)と名付けた」

「物騒すぎるだろ」

 

 

なんでそんな仰々しい名前つけてんだよ。どうせ天童さんが変な知識をぶっ込んだせいだろうな。

 

 

「とにかく、何かの理由で君らが過去に飛んだことは明白なわけだ。だから行ってくれないと困る。過去の歴史が変わっちゃうからな」

「まあとりあえず納得したことにしときます」

「凄まじい妥協オーラだぜ」

「で、何で俺はスタンドマイクまで持って来させられたんすか」

「必要らしいぞ」

「何でですか」

「知らねーよ!!俺が何でも知ってると思うなバーカバーカ!!」

「…………(イラッ)」

「おっと桜君、短気は損気だぜ。ほらキュケオーンをお食べ」

「なんすかそのおかゆ」

「キュケオーンっつってんだろ」

 

 

どっからおかゆなんか出してきたんだよ。

 

 

「あとは本人とわからない格好しなきゃな。とりあえず穂乃果ちゃんはサイドテール解いてもらって…んー、ニット帽でも被っていただくか」

「おーっ、なんだか新鮮!ねぇねぇ桜くんどう?似合う?」

「似合う似合う」

「むー、真面目に答えてよー!」

「真面目に言ってんだよ。お前は何着たって可愛いわ」

「えっ………そ、そう?えへへ」

「おいコラいちゃいちゃするんじゃねぇ。俺は希ちゃんといちゃいちゃするの我慢してここに来てんだぞ」

「知らねーっすよそんなん」

「桜は上着脱げこんにゃろう。代わりに…パーカーでも着ておけ。あとキャップ被れ」

「何でわざわざパーカーなんか…」

「うわっお前未だにコートの内側に刃物常備してんのかよ」

「護身用っす」

「物騒すぎるだろ」

 

 

いいじゃねーか刃物持ってたって。いやダメなのか?

 

 

「よしよし。あとは自分たちに気づかれないように頑張るだけだな」

「自分たちにってどういうことっすか」

「なーに、簡単な話だ。君達は今から過去の自分に会ってくるんだよ」

「「え??」」

「今から君達には過去に飛んでもらう。そんで過去の自分に会って…」

「ま、まってください。そんな簡単に過去の自分に会っちまっていいんすか?」

 

 

簡単に言ってくれるが、軽率に過去の自分に会うのはまずいんじゃないだろうか。なんか、よく知らないがタイムパラドックスとかあるんだろ。過去に起きなかったはずのことを起こしてしまったらどうなるかわかったもんじゃない。

 

 

だって、未来の自分に会った記憶なんてないんだ。

 

 

「安心せい。()()()()()()()()()()()()()()()()

「は??」

 

 

会ってないっつってんだろ。

 

 

「正確には『会ったけど、会ったことに気づいてない』って感じか?まさか未来の自分が今の自分と同じ姿形をしているとでも思ってんのか」

「い、いや…まあ…そうか…」

「そうなの。だからオッケー、オールオッケーさ。気付かれなければ問題ナシ!既に起きたことなんだから、何がどうなっても過去をなぞるように出来てんのさ!!」

「…そういうもんなのか?」

「らしいぞ?」

 

 

まあ、確かに変装していたらわからないかもしれない。実際、刃物を隠したコートを着ていなかったら自分だとは思わない気がする。根の深いトラウマだしな。

 

 

「さあさあわかったら準備する!そこのマシンに入れば後は湯川君が何とかしてくれる!帰りも一定時間で自動帰還するらしいから!さあ行ってこい!!」

「わわわっ?!」

 

 

めんどくさくなったらしい天童さんが俺と穂乃果をよくわからない装置に押し込む。湯川はヤバい速さで機械を操作していた。

 

 

「量子変換・逆変換システム正常。転移システム正常。タイムリーププログラム起動。リターンシステム正常。次元破壊機構起動。エネルギー損失補正」

「あ、そうそう。過去には2回行ってもらうからな」

「「今それ言う?!」」

「じゃ、いってらー。頼んだぜ湯川君」

「頼んだぜ湯川君。時間平面破壊装置オールグリーン。システム起動」

「いやちょっ

 

 

急に2回も行ってこいと言われ、その瞬間に過去に送られた。視界が歪み、一瞬の浮遊感の後に墜落する感覚、しかもゴムを無理矢理打ち抜いていくような妙な圧迫感がある。

 

視界がぐるぐる回って何がどうなっているのかさっぱりわからないが、穂乃果の手を離していないことだけはわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ」

「あう」

 

 

突然足が地面についた。軽い立ちくらみのような目眩を感じ、しかしふらついた穂乃果を確実に抱きとめる。結構しんどいな。

 

 

で、ここはどこだ。湯川の家ではないな。

 

 

「あっ、ここ…」

「…ああ、この街並み…ニューヨークか」

 

 

見覚えはあった。割とアメリカにはよく来るしな。間違いなく、ニューヨークの夜だ。数年前の、って言われてもピンとこないが。

 

 

つか場所までワープしてんじゃねーかチート野郎め。

 

 

「なんだか見慣れちゃったな…」

「まあ俺のライブに何度もついてきてるからな」

「もう迷子にならないよ!」

 

穂乃果も来たことがある。μ'sが海外ライブをやった時な最初だろうが、その後も俺が海外に行く時にわざわざついてきたりしているから穂乃果も海外に慣れたようだ。

 

 

…過去の自分に会ってこい、ってことはまず間違いなくμ'sのライブの時だろうな。

 

 

「さて、俺たちを探さねーとな。…自分を探すってわけわかんねーけど」

「ねえねえ桜くん」

「なんだよ」

「…ちょっと歌ってみていい?」

「……………何言ってんだお前」

 

 

探せよ。

 

 

「一曲だけだから!」

「いや過去の俺たち探さなきゃならねーだろ」

「ううん、大丈夫」

「は?」

「私、覚えてるから。歌ってたら、きっと会える」

 

 

まあ、覚えてるなら文句言わないが。いや穂乃果の記憶とかそんなにあてにならない気もするが。

 

 

「一曲だけだぞ」

「ありがとう!」

 

 

そう伝えて、持っていたスタンドマイクを渡す。早速使うことになるとはな。

 

 

せっかくだから聴衆に紛れて聴いておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかくアメリカに来たんだから、英語で歌ってみたかったんだ!

 

 

それに、着いた場所も私は覚えてる。間違った電車に乗っちゃって迷子になった時に、女性シンガーさんが歌っていた場所。今その場所には女性シンガーさんはいなくて、私の姿はあの時の女性シンガーさんによく似ている…気がする。

 

 

だから、きっと。

 

 

あの日会った女性シンガーさんは、未来の私だったんだ。

 

 

あの時、どんな歌を歌っていたかは忘れちゃったけど…きっと大丈夫。過去の私が聴いてくれれば。

 

 

歌ってるうちに気持ちよくなってきて、気ままに歌っていたら人がそれなりに集まってきちゃった。チラッと桜くんを見てみたら、少し離れたところで聴衆みたいな顔して聴いていた。

 

 

そして歌い終わった時。まばらな拍手の中で、1人だけすごく手を叩いている人がいた。

 

 

間違いない、私だ。

 

 

隣に桜くんもいる。うわーっ若い!!そりゃ高校生の頃だもんね!!

 

 

とりあえず話しかけなきゃ。何を話したかは忘れちゃったけど…大人っぽい人だった記憶があるから、大人っぽい話し方しなきゃ。

 

 

「見てくれてありがとう。あなたたち、もしかして日本人?」

「そっ、そうです!…って日本語?!」

「日本人ですか。まあ珍しくもないか」

「珍しくないの?!」

「日本に来る留学生みたいなもんだろ。そんなにレアなもんじゃない」

「ふふっ。最近はそうかもね」

 

 

うんうん、バレてないみたい。よかった。

 

 

…それにしても。こんなに仲が良さそうなのに、この頃は付き合ってなかったんだもんね。桜くんのトラウマとかのせいもあるだろうけど。

 

 

ちょっとからかってみたくなっちゃう。自分なのに。

 

 

「君たち、高校生くらいかな?夜遅くにこんなところでどうしたの?夜遊び?」

「ちっ違いますよ?!」

「なんてこと言うんですあんた」

「でもカップルで夜の街をうろついてたらそう思っちゃわない?」

「かっかかかかかカップル?!」

「ではないですからね」

「あらそうなの?それはごめんなさいね」

「でっ、でも桜さん、側から見たらカッ

「見えねーよ」

「まだ全部言ってないのに!!」

「言わんでもわかるわ」

「以心伝心ってやつかしら」

「違います」

 

 

うわぁ。

 

 

絶対これ、私、この頃から桜くんのこと好きだったなぁ。桜くんと付き合い始めた時にみんなが「やっとか」みたいな顔してた理由がわかっちゃった。

 

 

横目に桜くんを見てみると、離れたところでちょっと顔を赤くしていた。

 

 

「まあいっか。実際どうしたの?迷子?」

「このアホが迷子になったんで連れて帰ってるところです」

「アホじゃないもん!」

「うるせーアホ」

「なるほど。どこに行くの?」

「ホテルに。方角はわかってるので問題ないです。具体的な道までは流石にわかりませんが」

「ふうん、ちなみにどんなホテルなの?」

「えっと、大きな駅のある、大きなホテルです!」

「雑すぎだろ」

「あっ、大きなシャンデリアもありました!」

「情報量無さすぎるだろ」

 

 

目的地は知ってるけど、知らない体で聞いておく。私も桜くんとアメリカに何度も来たから、この辺りで迷うこともなくなっちゃった。

 

 

「なるほど、じゃああそこね」

「わかるんすか」

「もちろん!結構この辺りのこと詳しくなったんだから!」

「そっすか」

「桜さんそんなそっけない返事しちゃダメだよ!」

「お母さんかお前は」

「おかっ」

「ふふふ、青春ね」

「なんか言いました?」

「いえなーんにもー?」

 

 

照れて顔を赤くしてる昔の私。あーもう、高校生の恋愛って感じ!でもずっと気付いてなかったんだよね…私。なんだか勿体ないなぁ。

 

 

「じゃ、道案内してあげるから、一緒に行きましょうか!」

「いや別に

「ありがとうございます!!」

「…はぁ、すんません。お願いします」

 

 

まあ、何はともあれ帰らないと海未ちゃんに怒られちゃうから帰ろう。帰っても怒られるんだけどね…あはは…。

 

 

「ってそういえばマイク忘れてた!」

「しまっておきましたが」

「おお!ありがとう!…ちゃんと仕舞えてる?」

「俺の…あー、いや。見たことあるやつだったんで」

 

 

桜くんに借りたマイクを片付け忘れてたら、昔の桜くんが片付けてくれてた。そりゃ自分のマイクだから片付け方も知ってるよね。

 

 

「あーそっか…そりゃそうだよねぇ」

「ん?何がっすか」

「あーいや何でもない!さあ行こうか!」

 

 

危ない危ない、ボロが出ちゃうところだった。うー、私こういう隠し事するの苦手なのに!

 

 

「お姉さんはこっちでずっと歌ってるんですか?」

 

 

昔の私が質問してきた。えー、どうしよう。何て答えよう?普段は日本にいるって言ったら、じゃあ何で今アメリカにいるのーって話になっちゃいそうだし…昔は日本にいたよ!ってことにしちゃおう!

 

 

「まあね。これでも昔は仲間と一緒に歌ってたのよ?日本で。」

「そうなんですか?」

「うん。でも色々あってね、結局グループは終わりになって」

 

 

あ、このあたりの話は少し覚えてる。

 

 

μ'sをどうするか、それを決めるきっかけの一つでもあるお話だったから。

 

 

「当時はどうしたらいいかわからなかったし、次のステップに進めるいい機会かなーとか思ったりもしたわね」

「…」

「ん、どうしたの?」

「それで…それで、どうなったんですか?」

 

だから、私も同じように伝えよう。

 

 

 

 

 

 

 

「簡単だったよ」

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

「とっても簡単だった」

「…答えになってませんよ」

「そう?じゃあこう言おうかな。今まで自分たちが何故歌ってきたのか。どうありたくて、何が好きだったのか。それを考えたら、答えはとても簡単だったよ」

「そんな回答で理解できるやつじゃないんですよね」

「ふふっ。それでいいの」

「は?」

「わからなくていいの」

「はあ」

「すぐにわかるから」

「…そうですか」

 

 

直接は言わないけど、遠回しに、ちゃんと伝わるように。

 

 

頑張って、昔の私。

 

 

そう思って歩いていたら、前から「穂乃果ッ!!!!」っていう海未ちゃんの声が聞こえた。びっくりした!やっぱり海未ちゃんの怒った声は怖いね…。

 

 

その声を聞いて、昔の私は走っていっちゃった。不安だったもんね。覚えてるよ、私も。

 

 

「…お礼くらい言っていけよ」

「いいのよ。それよりも、ちゃんと見ててあげてね」

「何で俺が」

「じゃ、私はあっちで彼が待ってるから」

「おいこら」

 

 

桜くんにも、ちゃんと私を見ていてって伝えておいた。桜くんも早く恋心に気づいてくれるといいな。

 

 

「迷わず送り届けられたみたいだな」

「うん!…はぁ、疲れたぁ!別人の演技した気分!」

「わざわざ声も変えてよく頑張ったなお前」

「えへへ、褒めて褒めて!」

 

 

少し離れたところにいた桜くんに近づいて、抱き着こうと思った瞬間。一瞬体が浮いて、下に落ちていくような感じがした。

 

 

さっきと同じ、時間を移動する時のやつだ。

 

 

もうっ、もう少し待ってくれてもよかったのに!抱きつけなかった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここは?」

「わっ、雨降ってる!!」

「穂むらの近くの道か」

 

 

前触れもなく、突然また時間跳躍させられた先は見慣れた光景だった。しかし微妙に違う。まだ現代に戻ったわけじゃないんだろうな。

 

 

とりあえず雨を避けるために近くの屋根の下に入る。

 

 

「…つーか、前触れ無しで飛ばすのはやめてくれねーかな」

「ほんとだよ!!せっかく抱き着こうと思ってたのに!!」

「やめんか」

 

 

わざわざ抱き着こうとするなよ。

 

 

穂乃果のことはおいといて…穂むらから離れていく方向に、誰かが歩いているのが見える。

 

 

それは、

 

 

(あっ…桜くん、あれ)

(わかってる。俺たちだ)

 

 

紛れもなく俺と穂乃果だ。

 

 

ああ、なんかそんな記憶がある。

 

 

μ'sをどうするか悩んでいる穂乃果と一緒に外を歩いていたら、穂乃果と逸れて、見知らぬ男性に声をかけられた、そんな記憶が。

 

 

「穂乃果、覚えてるか?」

「うん。私、桜くんと一緒に歩いてたら突然出てきた女性シンガーさんに手を引かれて…」

「よし。じゃあその通りに。俺も俺でやらなきゃいけないことがあるからな」

「わかった!行ってくる!」

 

 

珍しく物分かりのいい穂乃果が、こっそり過去の俺たちに忍び寄って、横から不意に過去の穂乃果の腕を掴んで引っ張って連れ去った。側から見るとやべー瞬間みたいだな。

 

 

ま、それはそれとして。俺は俺で過去の自分に話をつけなきゃな。

 

 

「…まぁ、お前が周りのやつらを置いていくのはよくあることだし………あ?穂乃果、どこ行った??」

 

 

我ながら何で気付かないんだって感じだな。

 

 

「はぁ…仕方ない、探しに

「心配するな。すぐ戻ってくる」

「は?」

 

 

後ろから声をかけると、警戒心丸出しの返事が来た。まあ…気持ちはわかるんだが、愛想のカケラもねーな、昔の俺。

 

 

「…誰だ?」

「初対面で誰だって…まあ仕方ないか。あー、諸事情で詳しくは答えられないんだが…そうだな、アメリカで嫁が世話になったって言えば伝わるか?」

「…あの人が言っていた旦那さんか」

「その通り」

「何で日本にいるんだ?」

「用事があってな」

「…信用ならないな」

「だろうな」

 

 

自分にこんなに警戒されるとは思わなかった。いや、警戒するか。穂乃果が居なくなったわけだしな。何でこの頃は穂乃果が好きだと気づかなかったのか。

 

 

「今、ほ…

 

 

穂乃果が、って言おうとして思いとどまった。やべ、過去の穂乃果のことも今の穂乃果のことも「穂乃果」と呼ぶわけには行かないんだった。というかどっちも穂乃果だ。

 

 

「いや、うちの嫁が…あー、君の連れと話をしているところだろう。待っていれば勝手に来る」

「何か歯切れ悪いなあんた」

「…こうしてみると敬語って大事なんだな」

「何だって?」

「いや、何でも。とにかく待っていればいい」

「そう言われてハイそうですかっつって待ってると思うか?」

「まあそうだよな」

 

 

こうして対峙すると口悪いな俺。…戻ったら敬語勉強しておこう。

 

 

「穂乃果はどこにいる?」

「すぐに来るつってんのに…」

「だから信用できるかって言ってんだろ!」

「はぁ…まあわかりやすくていいけどさ」

「何なんだよあんたは一体!」

「俺が何者かはどうだっていいんだがな」

 

 

過去の俺は、俺に背を向けて歩き出した。どう見ても穂乃果が心配で探しにいくつもりだ。

 

 

「それだけ大切に思っているのに、いつまで誤魔化すつもりだ?」

 

 

過去の俺が足を止めた。本当に、いつまで気付かないつもりなんだか。

 

 

早く気づけば、受け入れれば。それだけ過去の苦しみから解放されるのが早いのにな。

 

 

「心配だろう、不安だろう、焦るだろう、気になるだろう。彼女が不幸な目に遭ったら我慢できないだろう。いつまで誤魔化しているつもりなんだ」

「な、何を…」

「まあ言ったところで変わらないだろうが、一応言っておくぞ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

自分だからこそ言っておいてやる。ずっと逃げたって行き着く先は袋小路なんだ。立ち向かう勇気がなければ、先にも後にも進めない。

 

 

「おっ…お前は何を知って…ぐっ!!」

 

 

不意に強風が吹いた。過去の俺が持っていた傘が吹っ飛ぶが、それよりも早く色々伝えなければいけない。

 

 

何故って、もう体が引っ張られている感覚があるからだ。このタイミングでまた無理やり時間旅行をさせようとしてきている。

 

 

「知っているさ、全部。だから言わせてもらう。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

冗談じゃない。この辺りはちゃんと何を言われたか覚えてるんだから、伝えないまま帰るわけにはいかない。頼むからもうちょい待て。

 

 

 

「穂乃果のことだけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

自分がしたことから目を逸らさずに、穂乃果と、仲間と向き合えば、長く永く苦しむこともなかったんだと。

 

 

「…逃げなくてもよかったんだ。仲間がいるんだから。愛する人がいるんだから。一緒に背負ってくれる仲間がいるんだから…」

 

 

過去の俺が、少しでも早く気付いてくれるように。

 

 

いや、今俺が言ったからあの日気づけたのかもしれないな。

 

 

「まっ………待て、待ってくれ。なんっ、何であんたはそんなことを…!!」

 

 

そこまでが限界だった。

 

 

過去の俺が、過去の穂乃果に呼ばれて振り返った瞬間。思いっきり後ろから引っ張られる感覚がして、そのまま俺は過去の時間から去った。

 

 

まったく。自分を諭した見知らぬ誰かが、まさか自分自身だったなんてな。

 

 

通りで俺のことを知ったような言い方だったわけだ。

 

 

世の中何があるかわからねーもんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!」

「おっと」

「おぅっもう帰ってきたのか?早いな」

「もう帰ってきた。帰還時刻を出発時刻の10秒後に設定してあるからな」

「インターバルやたら短いなおい」

「長い時間存在しない時間軸を作ってしまうと存在証明が出来なくなる」

「存在証明って何だよ」

「その結果存在をロストすることになる。帰って来れなくなる」

「俺の言ってること反復しねぇなーって思ったが、さては俺の話聞いてないな?」

 

 

変な圧迫感と目眩を乗り越えると、湯川の研究室に戻っていた。隣には穂乃果もいる。

 

 

「あれ?戻ってきたの?」

「みたいだな。おい湯川、もう少し時間移動する時に前兆みたいなの出せないのかよ。急にワープさせられてビビったぞ」

「急にワープさせられてビビったのか?現状では過去の人々に認識されていない瞬間にしか転移ができないんだ。時間遡行を行う人物が存在する時間軸をこちらで設定しなければ、存在証明が失われてしまう」

「全然わからん」

「なんかどこぞのレイシフトみたいなシステムだなオイ。まるでカルデアに来たみたいだぜ、テンション上がるな〜」

 

 

だめだ、やっぱり湯川の話は全く理解できない。

 

 

「しかしわざわざ監視しなくても時間遡行ができるようにすれば危険も減るな。存在証明を自動演算するプログラム…いや、存在の楔を時間軸上に固定化するのが早いか」

「よし、俺たちには理解できん話だな!それよりどうだったよ、過去の自分たちは」

「まあ昔の自分でしたよ」

「姿形を聞いてるんじゃなくてだな」

「…ちゃんと届いたと思います。だって、届いたから今の私たちがいるんですから」

「そうそう、そういう返事が聞きたかったわけよ。よかったじゃないか、わざわざ常識の埒外にある技術を使って過去に行った甲斐があってさ」

 

 

まあ、無駄ではなかった…どころか、とても重要な出来事だっただろう。

 

 

俺も、穂乃果も、あの日会った未来の自分が今を示してくれたのだから。

 

 

「まあ…そういう意味なら、意味はありましたよ」

「おっ桜が珍しく素直」

「死にます?」

「ちょっと沸点低すぎんよ〜。待て待て剪定バサミは人に向ける得物にしては歪すぎやしないかね」

 

 

想像したこともなかった、過去の幻影を振り切った人生。誰かを愛し、愛される人生。そんな人生への布石の一つだった。

 

 

その意味を考えれば、意味のないことだったとは死んでも言えないだろう。

 

 

「まあとにかく、今日の用事は終わりだぜ。過去に行った際に身体に負担もかかってるだろうしな、さっさと帰って休むといい」

「はい!」

「ありがとうございます」

 

 

未だにブツブツ言っている湯川は天童さんに任せて、湯川の家を後にする。

 

 

「穂乃果」

「なあに?」

「…ちょっと喫茶店でも寄っていくか」

「うん!でも、桜くんが誘ってくれるなんて珍しいね」

「まぁ…なんつーか、わざわざ過去にまで行って繋いだ今なわけだし、穂乃果といる時間をもう少し大切にしておきたいなと思って」

「…そ、そうなんだ。私も同じこと思ってた」

「真似すんなよ」

「真似じゃないもん!」

 

 

冗談を言って笑い合う、こんな日々も大切にしていかないとな。

 

 

散々苦しんだんだし、そのくらいの権利はあってもいいだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そういえばお前マイクどこやったんだ」

「…………あっ!!昔の私に渡したままだった!!」

「お前…まあいい。それなら後で取りに行く」

「え?また過去に行くの?」

「過去のお前が持ってったんなら、今もお前が持ってるはずだろ」

「あっそっか!そういえばマイク部屋に置いてある!!」

「まあ、過去に置き忘れたとかじゃなくてよかったよ…」

 

 

何かしらトラブルが起こるのはご愛嬌、と言ったところか。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

このお話を書きたくて過去に飛べる装置を作っていただいたのです。だってせっかく未来の自分っぽいのが出てきたのに、過去に行く方法が無かったらおかしいじゃないですかー!!

という感じでいつも通り欲望マシマシでおまけ話は書いていきます。こんなお話が読んでみたい!というリクエストがあればいつでも受け付けていますからねー!!



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(自己紹介+α) 僕らの到達点



ご覧いただきありがとうございます。

そういえば最後の自己紹介をしていなかったのでささっと書き上げました。時系列的にはエピローグ1話前の、桜君と穂乃果ちゃんが過去に行った直後くらいです。新世代が生まれてからの話はエピローグに書いちゃったので。

あとせっかくなので裏設定なんかも載せておきました。なぜそんな性格になったのか、とか、お蔵入りになった設定なんかも書いてみましたのでよければご覧ください。ただしすごく長くなりました。長すぎて能力ランキングは今回は控えさせていただきました。ごめんなさい。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

・波浜 茜(なみはま あかね)

22歳、156cm、45kg。誕生日:2月2日

 

本作品の(一応)主人公。8歳の時に事故に遭い、父の波浜大河と母の波浜藍を亡くし、自身も瀕死の重傷を負った。失意の底にいる時にかけられたにこの言葉に縋って生きてきたが、今は依存から抜け出してみんなの幸せのために頑張っている。高校卒業後、晴れてにこと恋人同士になり、にこが大学を卒業するタイミングで結婚予定。

他人の幸せのために奮闘する博愛主義者。そもそもにこを応援していたのも「にこちゃんの笑顔がみんなを笑顔にするから」なので、ある意味ずっと他人のために頑張っていた。ただし、人が狼狽えるのを見るのが好きな愉悦部でもある。

事故によって肺に大きなダメージを負ったが、湯川と藤牧の神業により肺や損傷した皮膚、骨が復活。それでも体力が皆無なのは今まで運動しなさすぎたため。にこのために運動を頑張った結果、30mくらい走れるようになった。

現在はグラフィックデザインや空間デザインを請け負う仕事を立ち上げ、数年で結構な規模まで成長させた。意外と有能な茜くん。でも相変わらず滞嶺をバイトとして使っている。

 

「波浜茜だよ。ちゃんとみんな幸せになれたみたいだね。本当によかったよ」

 

 

☆裏設定☆

 

一応主人公です。この作品を書き始めるにあたって、アニメではにこちゃん個人に焦点を当てた話が多かった(体感)ため自然と彼が主人公となりました。また、男らしい勇敢なタイプが主人公なのはありふれているので、低体温でやる気低めな主人公にしたかったというのもあります。

元々は暗殺者の予定でした。でも流石にその後の人生が過酷すぎるだろうということで却下。代わりに何故か画家が爆誕しました。彼が天才になったせいで他の男性陣も天才になってしまいました。

強いショタを活躍させたかったのでちっさい系男子として誕生しました。何も欠点がないと万能マンになってしまうので、他のキャラと欠点が被らないように体力が犠牲になりました。かわいそうに。

執筆を始めた段階で、アニメ1期ラストのにこちゃんに救われる話は確定していました。多くのラブコメ系作品はだんだんヒロインと仲良くなっていくか、両想いだけどお互い気づかないみたいなのが多い印象でしたので、初めから好感度全開なパターンを作ってみたかったのでこんな感じになりました。独特な感じが出せたんじゃないかなぁと思っています。

アニメ2期に入るとちょっと影が薄くなってしまったのは反省どころ。にこちゃんに定期的にボコられるのは奇声を出させたかっただけです。ごめんね茜君。最初の方は「あふん」とかだったのに、だんだん「ぶぎゃる」みたいな痛そうな感じになってしまいました。言葉の響きが気に入ったせいです。ぶぎゃる。

 

 

 

 

 

 

 

・滞嶺 創一郎(たいれい そういちろう)

20歳、208cm、145kg。誕生日:5月28日

 

元μ's一年生組の同級生。両親は離婚・蒸発しており、次男:銀二郎、三男:迅三郎、四男:当四郎、五男:大五郎という4人いる弟を這いつくばってでも守ってきた優しい兄。顔は怖いが尋常じゃないほどの優しさと献身性を持ち、我慢に慣れて(慣れすぎて)いる。そして料理が上手。

身体能力も尋常ではなく、車と同速で走ったり、人を片手で投げ飛ばしたりとおよそ人間とは思えないことをする。しかも本人は普通だと言い張る。必要かどうかは置いといて、今でも筋トレは欠かさない。結局メンタルは貧弱なままらしい。

高校卒業後は凛と一緒に大学に進学し、共に真面目に勉強している。凛がナンパされたりするとものすごい形相ですっ飛んでくることで有名。授業の合間には茜の手伝いをして金稼ぎをしている。時々天童や藤牧にも駆り出されるらしい。

相変わらず重度のドルオタであり、レアもののグッズを見つけるとすっ飛んでいく。歌も好きなのだが、重度の音痴らしい。

卒業前の凛の誕生日に晴れて恋人同士となった。なったが、やっぱりお互い照れてばかりで見ているこっちが恥ずかしくなる。早く結婚しろ。

 

「滞嶺創一郎だ。凛とも付き合い続けているし、金回りも良くなった。こんな暮らしができるようになるなんてな…」

 

 

☆裏設定☆

 

当然茜君もそうですが、元々出演が決まっていたキャラの1人です(逆に言うと構想段階で決まっていなかったキャラもいる)。物理的に強いキャラは色々便利でした。ありがとう滞嶺君。

初期構想段階から1番キャラ変更が少なかったキャラです。心もまっすぐなら設定もまっすぐ。兄弟が多いのも初期設定通りでした。あまり兄弟たちの出番が多くなかったのはちょっと残念。なかなかお話に絡ませる機会に恵まれませんでした。

強いて変更点を言うなら雑魚メンタルを追加したくらいです。凛ちゃんと同じようにギャップを感じる性格にしました。その結果ピュアカップルが爆誕して尊死しました。可愛い凛ちゃんを見るたびに心臓を押さえる滞嶺君を想像して悶えましょう。

ちなみに彼も結構頭いい設定なのですが、初期の頃と比べて中盤以降は敬語が上達しているのにお気づきでしょうか。キャラ設定忘れたとかではなくわざとやっていました。そこそこ(?)長い作品になりましたし、覚えていない方の方が多そうですけど。

執事服着たり、プリキュアさせられたり、尾行されたりと案外ネタ枠としても有用でした。怒るととりあえず顔を掴むというワイルドさも結構派手でよかったんじゃないでしょうか。よかったと思います(自画自賛)。

 

 

 

 

 

 

 

・水橋 桜(みずはし さくら)

 (旧名:水橋 暦(みずはし こよみ))

22歳、178cm、65kg。誕生日:8月13日

 

茜の友人で音楽の天才。基本的にクールだが、よく面倒に巻き込まれる。主に穂乃果のせいで。本人的には満更でもないあたり、ツンデレである。いつでもどこでも作曲する気満々なのだが、なぜかだいたい穂むらに入り浸っている。本人は「和菓子が好きだから」とか言っているが、穂乃果に対して甘いのは誰が見ても明らか。ツバサには一時的とはいえ先生呼ばわりされていたが、多分満更でもない。

「桜」は元々彼の妹の名前。過去に父親から虐待を受けており、妹は父親から性暴力を受けた挙句絞殺により死亡した。その現場を目撃した桜が逆上して父親を殺害・解体、その際に妹ごと解体してしまったため、「自分が妹を殺してしまった」と勘違いを起こして病んでしまい、罪の意識から逃れるために名前を桜と偽って「名前だけでも生かしつづける」ことでギリギリ平静を保ってきた。穂乃果や他の天才たちの助力でようやくトラウマを振り切った。

運動神経悪いが、歌うのに必要な筋肉はかなり発達している。だから潜るのは得意。でもあんまり泳げない。

刃物を持っていないと不安になるため、夏でも常にコートを着ている。不意打ちされるとコートの中や脇腹あたりに手を持っていく癖があるが、これはコート内の刃物に無意識に手を伸ばした結果であり、過去のトラウマ由来。

時折病院に精神分析に行く姿が目撃されていたが、今はもう通院していない。

音楽に関わる仕事を今でもしているが、今までと違って顔出しもするようになった。穂乃果の音楽センスを見込んで同業に誘おうとしているらしい。

ようやく穂乃果と付き合い始め、ちょっとデレが多くなった。しかしまだ2人とも初心で仲が進展しない。まったく君達は。

 

「水橋桜だ。ああ、正真正銘、水橋桜になった。ありがとな、穂乃果」

 

 

☆裏設定☆

 

初期設定ではこんなに不憫になる予定じゃありませんでした←

穂乃果ちゃんとのカップリングは絶対最後にしようと決めていたので、先に他のカップリングを進めていたのですが…他のみんなの不遇な境遇を書いてるうちにこんなことになりました。

そもそも「桜」という名前にそんな深い意味はありませんでした。茜とか桜とか、ぱっと見女の子っぽい名前を使いたかっただけなのですが、なぜかこんな重い結末に。なんででしょう。重すぎて書きたいのに書きたくない現象が発生した結果、オリジナル話を盛りに盛って延命していました。自分で考えた話のくせに。また、書いてるうちに設定が膨らんでいったせいでいろんなところに伏線がバラまかれてしまって回収が大変でした。自分でやったくせに。

全キャラで唯一、殺人を行った人物でもあります。親と仲が悪かったりする知人が結構いたので、家族関係の確執も盛り込んでみたかったんです。虐待された桜君以外にも、両親を亡くした茜君や湯川君、母親が昏睡していた藤牧君、両親が蒸発した滞嶺君、孤児の天童さん、親と仲が悪かった御影さんや松下さんなど、家庭円満なキャラの方が少ないくらいになりましたが。雪村君くらいですね。

ちなみに彼も元々出演が決まっていたキャラです。性格自体は全く変更してないのに、暗い部分がガンガン盛られていく桜君に戦々恐々としていました。私が。

実は本当は彼が主人公の、μ'sが全員大学に進学した後のお話が前身としてあったのですが、15話くらいで先が見えなくなったので原作沿いに路線変更しました。その結果の作品が本作です。「元々出演が決まっていた」とはそういう意味です。

念のため明言しておくと、ちゃんと和菓子好きの設定です。和菓子好きだから穂むらに寄ったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・天童 一位(てんどう いちい)

23歳、178cm、75kg。誕生日:9月7日(正確には8月19日)

 

茜と桜と共に演出請負グループ「A-phy(えーさい)」を運営していた元リーダー。脚本家。ふざけた調子だが、時折真剣になる。現実さえも脚本として捉え、次に何が起きるからどうすべきかなどをかなり正確に掴むことができる。ただし、他人の心理は読めないため、何を思ってそう動いたのかはわからない。

孤児であり、名前も親からもらったものではなく小学校に入る際に自分でつけたもの。親の愛情を全く知らずに育った自分でも幸せになれると証明するために、自身の才能をフル活用してサクセスストーリーを歩んできた。

根が善人ではあるのだが、他人の不幸をいちいち助けていては自分が幸せにはなれないと悟り他人を一切助けない人生を選んできた。そのため、自己犠牲を厭わない希の生き方に強く惹かれ、今ではぞっこんラブである。希の卒業後に恋人同士になった。早めに結婚する気だとか。

希の生き方に感化されたため、可能な範囲で他人の幸せを手伝い、罪なき人に危害を加えず、勝手に未来をいじらないように心がけている。でも癖で結構未来予測しちゃう。

愛されるのが苦手だったが、実親からの手紙を読んだことで克服した。ほぼ完全無欠お兄さんになったが、希ちゃんには弱い。また、「天童」という苗字は親に授かったものであることがわかったため、大切に使っていくつもりらしい。

現在は独立して起業。本業の脚本家として働く傍らで、あれやこれやと世界中の事業に手を出した結果なんかデカい企業になった。

 

「さあみんなお待ちかね、神業を魅せる天童さんだぞ!!俺も含めて無事みんな幸せになれたようだが、まだまだ油断できないな。最後の最後まで、誰も不幸にならないように生きていくさ」

 

 

☆裏設定☆

 

別に主要キャラに置くつもりはなかったのに、書いてるうちに気に入ってしまったキャラです。ネタ勢って…いいよね!!

男性陣の大半がテンション低めだったので、1人くらいはテンションあげあげな人がいてもいいよねって気持ちを存分につぎ込んだ結果生まれたのが天童さんでした。他のみんなが冷めてるせいで不遇な感じになって若干申し訳なくなりました。

希ちゃんと合わせるにあたって、凛ちゃんと滞嶺君のように似た性質を一つ与えようと考えた結果こんな才能になりました。ふざけているようで真剣、でもやっぱり割とふざけてる人を目指しました。そうしたら男性陣の中でもかなり優秀な方になってしまいました。根は純情な感じのカップルになったので書いててニヤニヤが止まらなくなりました。

希ちゃんを助ける話は個人的にもお気に入りです。好きになった人のために信条を曲げる天童さん大好きです。

あと、全キャラ中でも珍しく冷酷な面を持つ人でもありました。他のキャラが持たない性質を一身に受けてくれた人でした。いろんな場面で役に立つ黒幕係、とても助かりました。

両親の真実に迫るお話は初期段階から決まっていましたが、いつその話を入れようかと迷っていたら最後の最後になりました。平然とラストをかっさらっていくあたり流石天童さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・雪村 瑞貴(ゆきむら みずき)

22歳、168cm(足込みの推定値。実身長74cm)、52kg。誕生日:12月7日

 

天才ファッションデザイナーとして活躍する、両足を失った少年。事故で失った両足にさほど拘泥する様子もなく、服さえ作れれば気にしない。ヨーロッパ方面に特にパイプが強く、ことり奪還の際にはこっそり大活躍した。

被服の才能は随一だが、反面勉強は非常に苦手。3桁+3桁の計算はできない。裁縫自体が好きなわけではないが、それ以外に出来ることはないので仕方なくデザイナー関連の仕事をしていた。今はことりが褒めてくれるので結構やる気出している。

頼み込まれると断れないタイプで、ことりと連絡先を交換したのも必死に頼まれたから。しかし、頼みといっても衣服の依頼とあらば話は別で、出来るだけ仕事をしたくはないがお金は欲しいためここぞとばかりにすごい値段をふっかけてくる。お金がないのは生地の値段を計算出来ないため。一般人相手でも結構容赦ないが、服の質そのものは良いし、なんだかんだ売れるので意外と商才もあるのかもしれない。逆に(滅多にないが)善意で私服を作る場合はサービスで無料にしてくれる。

ファッションの才能以外何もない自分を嫌っていたが、ことりに認められてから少し元気になり、同時にことりへの恋心を自覚して晴れて恋人同士となった。ことりの前では笑顔を見せたり、ことりを傷つける者には敵愾心剥き出しだったり相当好きらしい。相変わらず独占欲丸出しで怖い。

両親は健在であり、父・雪村心華(ゆきむらしんか)は爽やかでさっぱりした性格の男性で、出版社で働いている。国立大学卒で趣味はテニス。母・雪村紗枝(ゆきむらさえ)は専業主婦のやらしいロリ巨乳お姉さん。国立大学卒で好きなものは心華さん。ちなみに空手黒帯。ことりのことも大好き。

 

「…雪村瑞貴だ。大学生は空き時間が多くていいな、ことりに会える時間が増える」

 

 

☆裏設定☆

 

名前は前身の作品の時から変わっていませんが、元々は性格がほぼ御影君でした。爽やかな好青年にするつもりだったのですが、ことりちゃんが救う人はもうちょっと癒しが必要なタイプじゃないとなぁ…と思ってこうなりました。

足も元々はちゃんとついていたのですが、色んな境遇の人を採用しようと思った結果足を失った設定になりました。今更ですが人によっては気分を害されたかもしれません。その場合は申し訳ありませんでした。

勉強ができない設定は実は後付けだったりします。ことりちゃんと付き合うきっかけをどうするか、というのを作品を書き始めてから考えたせいです。先に決めておきなさいよ私。だから前半の出番が少なかったのです。

珍しく両親が生存しつつ話に絡んできた人なのですが、初期設定段階では彼の両親がバス事故の主犯になる予定でした。流石に色々重すぎるし幸せになれそうになかったのでやめました。その結果生まれたのがお色気おかあさん。どうしてこうなった。

普段冷めてる雪村君がことりちゃんにデレてるのが若干ヤンデレ感出てて好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

・藤牧 蓮慈(ふじまき れんじ)

22歳、170cm、67kg。誕生日:6月26日

 

17歳にして大学の医学部医学科の博士号を取得した天才。事故で右腕と右眼を失っているが、それでも大半のことをこなすあたりやっぱり天才。肉体労働もお手の物で、テントの設営くらいなら片手でこなしてしまう。腹が立つ言動が多いが、失敗を経験してから随分マシになった。

尊大な態度のせいでわかりにくいが、その心根は人助けのために生きていると言っても過言ではないほど献身的である。バス事故の際には右腕を失いつつも母親、雪村、波浜の3人を救命した。救命活動の最中に右目も損傷したが、特に気にしていない模様。それよりも助けられなかった命に悔いていた。事故後の入院中に真姫と出会い、その時に元気付けられたことから真姫のことを重要視していた。母親の手術が万全にいかなかった時に慰めてくれた真姫に心を持っていかれたらしく、珍しく遠回りのアプローチを仕掛けてクリスマスに告白。晴れて恋人同士となった。真姫の前でも自信満々で尊大だが、真姫の前では割と真人間なリアクションをする。

湯川の協力により精密手術装置「ミケランジェロ」、及び携帯型簡易手術装置「マイクロミケランジェロ」などを作成、運用している。見た目がキモいと話題。西木野総合病院に本格的に導入したそうだが、当然彼以外には使えない。

 

「藤牧蓮慈だ。これからも真姫とともに、多くの人を救っていこう。天才と呼ばれた私の、最大の社会貢献だ」

 

 

☆裏設定☆

 

真姫ちゃんの相手といえば医者しかいないでしょ!!という短絡的な発想から生まれた人です。

一芸に秀でているタイプの男性が多かったので、万能マンをぶっ込んでみました。代わりに性格に残念成分を盛り込んだ結果こうなりました。右腕右眼が無いのは初期設定を反映しました。いい感じにハンデに…なってないじゃん…。

初期設定では超謙虚だったのですが、謙虚すぎて動かしづらかったので逆に尊大になってもらいました。色んな人から恨み買いそうな感じになりました。ただ、あまり腹立たしい物言いをさせ続けると真姫ちゃんがイライラしそうなので直してもらいました。真の万能人爆誕。

とても善性の高い人物にするつもりだったので、無意識に見下す以外は他人を害する行動をさせないようにしていました。ちゃんとできていたでしょうか。

お母さんと真姫ちゃんの前では感情豊かになるあたり、ちょっと雪村君に近いものを感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

・湯川 照真(ゆかわ てるま)

20歳、162cm、47kg。誕生日:10月17日

 

サヴァン症候群の天才少年。花陽の隠れた幼馴染。藤牧とは違って科学・工学においてのみ非常に高い技術と知識を持つが、対人能力が低いためあまり知られていない。

並列思考が可能であり、並外れた集中力と記憶力も相まってコンピューター顔負けの演算能力を持つ。ただし、思考を止めることに強い恐怖を感じるため、慣れない作業を行うと頭が回らなくて一気に不安に襲われる。人混みの中のような大量の情報が溢れる状況ではあまり恐怖に襲われない。また、如何なる場面でも花陽がいれば安心する。

周りの人々の恋愛感情に興味を持った結果、花陽のことが好きだと自覚する。結論を出すのに困ったのはむしろ花陽側であり、彼は全く迷わない。ただ、恋愛については知らないことが多いため(花陽が)苦労している。花陽が高校を卒業した後、ごく自然な流れで付き合いだしたようだが目に見えて関係性が変わったわけではない。彼が花陽を大切に想うこと自体は変わらない。結婚という概念をまだよくわかっていない模様。

花陽らの健闘により、知人同士程度なら関わりを持つようになった。同年代の滞嶺や暇を持て余した天童などがよく遊びに来るようになり、外も出歩けるようになった。適応力の塊である。

 

「…湯川照真だ。…花陽がいつも楽しそうだ。それはきっといいことだな」

 

 

☆裏設定☆

 

1番極端な性質を持った人物です。

サヴァン症候群というものを知っていたので、必ずその性質を持った人を採用しようとは思っていました。サヴァン症候群の例として一番有名なのは映画「レインマン」でしょうか(私は見たことないですが)。しかし一般的には自閉症スペクトラム障害を持つという話だったので、そこをどうにかケアしないといけないのが1番困りどころでした。困った結果、花陽ちゃんの負担が増えました。あと天童さんがなんとかしてくれました。そもそも自閉症を取り扱う作品というのも賛否両論極まれるかと思ったので、作中で言明しないようにしました。今言っちゃいましたけど。

付き合い始める時の話もなかなか難しく、話を書きながら考えていました。結局、茜君とは別ベクトルの「最初から好感度MAX」タイプの恋愛となりました。かなり特殊な恋愛になったと思いますが、個人的にはこんなのもアリかなって。

雪村君や藤牧君のような物理的ハンデを持つ人や、湯川君のように内面的なハンデを持つ人、そのどちらもμ'sのみんなと一緒に幸せになれる作品が書けて本当によかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・御影 大地(みかげ だいち)

23歳、186cm、72kg。誕生日:3月8日

 

舞台や映画で活躍する天才俳優。その天才ぶりは、役さえ与えられれば老若男女問わず何でも演じられるという点で誰もが知っているほど。当然女装する。女装どころか2mを超える怪人に扮しても違和感なく完璧に演じきれる。知名度が高く、礼儀も正しい。天童と仲が良く、彼の作品にはほぼ必ず出演している。

幼少期、演じる才能が並外れていたからか、逆に御影自身の性質を求められることがほとんどなかった。そのため自分の意思を持つことをやめてしまい、求められるまま求められた役を演じるだけの人間となっていた。天童と出会い、天童のシナリオに従うようになってからはまともな人間らしく過ごせていたが、シナリオ外の事態には全く対処できなかった。今はだいぶマシになったが、やはりアドリブは苦手。

絵里の言葉によって若干自信を取り戻し、その後の事件で吹っ切れた模様。若干ながら自分の意思で動けるようになった。また、自我が明確になったからか、複数人の役を「重ねる」ことが可能になった。ちなみに天才軍団の役を演じようとすると負荷が非常に大きく、長くは保たない。

絵里にいろいろお世話になってから大好きになってしまった。しかし根がヘタレなのであっちでもこっちでもヘタれにヘタれ、最後の最後で本気を出して無事付き合うこととなった。お互いしっかりしているように見えて意外とヘタれるため、周りの想像以上に関係が進まない。もどかしい。

テレビ出演の影響力は絶大で、年末特番なんかに出てくると視聴率40%とか叩き出すことも。宣伝効果抜群である。

 

「御影大地です。も、もちろん僕だっていつかは絵里ちゃんと結婚したいなぁって思うけど…プロポーズなんてできる気がしないんだよっ!助けて!!」

 

 

☆裏設定☆

 

序盤の出番がかなり少なかった人その1。理由は「ギリギリまで人物像が練りきれなかったから」です。

初期設定では二重人格で、朗らかな人格と冷酷な人格を持つ人にするつもりだったのですが、ちょっとどうやって救済するか思いつかず、結局今の隠れヘタレに落ち着きました。おかげさまで中々動かし方が定まりませんでした。

絵里ちゃんの恋人の性格としては、頼れる部分と頼りない部分を両方持つ場合が1番絵里ちゃんの魅力を感じられるんじゃないかと思った結果の初期設定および実際の裏設定でした。男性陣側からの視点が多い作品でしたが、ちゃんとμ'sのみんなの魅力を引き出すべく頑張ったつもりです。

怖がり設定は後付けでした。その方が面白いと思ったからです(愉悦部並みの感想)。でもヘタレまくってる御影さんの方が結果的に面白かったかもしれません。さすが俳優(?)。

 

 

 

 

 

 

 

 

・松下 明(まつした あきら)

23歳、164cm、50kg。誕生日:1月20日

 

18歳で国立大学文学部の准教授の地位を獲得した文学の天才。あらゆる時代のあらゆる国の文書を片っ端から解読している。小説や詩も自身で執筆し、その際は柳 進一郎(やなぎ しんいちろう)と名乗っている。

言葉や文章から他人の心理を読み取ることができる、読心術のような能力を持つ。そのため、ほとんどの人と当たり障りなく接することが可能。ただし、相手の下心などを容赦なく見抜いてしまうため、基本的には他人を信用していない。他人の行動を読む天童とは微妙に相性が悪いらしい。

「悪人が改心することなどあり得ないから、如何なる犠牲を伴っても正しく裁かれなければならない」という思考の元、天童の協力の上で犯罪者を現行犯で捕まえる「悪人狩り」をしている。そのため、悪人も改心できると考える海未とは正義感が真っ向から対立している。

天童が悪人狩りの頻度を減らしたため、自力で悪人狩りを進めるために読心の強化を図るも、逆に強くなりすぎて処理限界を超えてしまっていた。海未のおかげで今は落ち着いている模様。ついでに恋心に目覚めてしまった。自分のことであっても感情については詳しいため、好きになったら一直線。御影のようにうだうだせずすぐに行動して海未と恋人同士になった。地味に負けず嫌いな二人はいつも照れたら照れさせる倍返し合戦が始まるため、見ている方が恥ずかしくなる。付き合い始めて数年経っても変わらないようだ。

基本的に行動原理は妹である松下奏の平和のためだったが、今は多くの人の善性を信じて行動している。ただしやはり悪人は許さない。

奏にはどうにか海未と付き合っていることを受け入れてもらえたようだ。

重度の方向音痴でもある。大抵どこかに出かける時は海未を連れて行くらしい。

 

「松下明と申します。沢山の善性を見ることができるようになって、毎日が新鮮です。これも海未さんのおかげですね」

 

 

☆裏設定☆

 

序盤の出番がかなり少なかった人その1。理由も御影さんと同じです。

そもそも「海未ちゃんに恋人」というもの自体がかなり難しかったです。だってキスシーンを見れなくてテレビの電源切っちゃう子ですもの。私の想像力ではちょっと足りませんでした。

初期設定すら危うい勢いで、唯一決まっていたのは文学関係の人物、というくらいでした。とりあえず出番を少なくして、後で盛ろうと思った結果活躍が遅くなりました。本当に申し訳ありません。

海未ちゃんが真面目な子なので、真面目な人か、逆に不真面目な人が、どちらを当てるか迷いました。不真面目な人は海未ちゃんの心労がヤバそうだったので、真面目路線の人に。でも真面目なだけで好きになるほど海未ちゃんチョロいかなぁ?と思った結果、捻くれた人が出来あがりました。

彼の構想が出来た時点では、男性陣の性格を三陣営に分けるつもりでした。善、悪、中立。善は茜君、滞嶺君、桜君。悪は雪村君、御影さん、松下さん。中立は天童さん、藤牧君、湯川君。先述した雪村君の両親が主犯設定や、御影さんの二重人格設定も彼らの悪性を示すのにちょうどよかったんです。でもやっぱり人の悪性なんて書けそうになかったのでやめました。

奏ちゃんは途中で生まれた子です。μ's解散後の話も書かなきゃと思った時に、雪穂と亜里沙の他にもう1人欲しかったんです。2人に足りない天真爛漫成分を盛りに盛ったら奏ちゃんが出来あがりました。

そして彼の両親は設定を考えてないので出てきません。なってこった。

 

 

 

 

 

 

 

・白鳥 渡(しらとり わたる)

22歳、172cm、75kg。誕生日:9月10日

 

A-LISEのメンバーと同じUTXの生徒で、綺羅ツバサの幼馴染。UTXの全女子生徒をメロメロにするハーレム野郎でもある。

並外れた料理の才能があり、わずかな観察から対象好みの味を正確に作り分けられる。味の作り分けだけでなく、白米スムージーだろうがなんだろうが常軌を逸した料理でもなんとか形にしてしまうレベルには凶悪な才能。UTXのカフェスペースでも大活躍していた。それだけでなく、記憶力やコミュ力も高いのが女子に人気の理由。

割とお調子者だが、納得いかないことはきっちり追い求めるタイプ。頼れる人材である。そして落ち込むときは落ち込む。そういうとこだぞ。

相変わらずA-RISE専属のマネージャーとして働いているが、ツバサ達の好意に延々と気づかなかった結果3人に強引に言い寄られ、どういった経緯からか3人全員と付き合うことになったらしい。今は結婚をどうするか迫られ、天童に絶賛相談中。末長く爆発しろ。

 

「白鳥渡だ。ほんとに!もう少しでいいから!平和に暮らさせて!!聞いてるかツバサ!英玲奈!あんじゅ!!」

 

 

☆裏設定☆

 

A-RISE登場の際に、「μ'sにお相手がいるのにA-RISEにいないのは不公平では??」と思い立って突然召喚された人です。本当にアニメ2期に入って唐突に舞い降りてきました。突貫で作ったキャラなのに結構いいキャラしてました。

μ's側では用意できなかったハーレム属性持ちを搭載してみました。A-RISEの3人分お相手を用意するのが面倒だったとかでは無いんです。信じて。

せっかくなので既にいる男性陣には無い天才性を持たせようと思った結果、料理の天才となりました。おかげで白米スムージーもちゃんと作れました。彼ならきっと闇鍋にチーズケーキを投入しても美味しく仕上げてくれます。

あと、最終的に誰か1人を選ぶのは彼には無理では?と思ったので、無理やり全員選んでハッピーエンドの形を取らせました。私たちにできないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れるゥ!!

 

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

本当に、こんなところまで読んでくださったあなたに心から感謝いたします。皆様のおかげで完結まで書ききることができました。まだ書きますけど。
3年間書き続けた作品なんてそう多くないんじゃないかと思いますし、そこは自慢させてください。自慢します。みなさーん!!私すごいでしょー!!!!

何はともあれ、これからも私の作品を読んでいただけたらと思います。読んでくださる皆様がいる限り、きっと書き続けます。



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(新世代)偉大なる過去との邂逅



ご覧いただきありがとうございます。

前回からお気に入り登録お一人!☆10評価もお一人いただきました!!ありがとうございます!!未だに読んでくださる方が増えて感激です…寿命伸びます…!!

今回はジョリポンさんからリクエスト頂いたお話をご用意しました。タイトルの通り、新世代たるμ'sの子供たちのお話です。子供たちがよくわからないって方はエピローグを参照いただけたらと思います。くーっリクエストいただけるって嬉しい!!


というわけで、どうぞご覧ください。


今回も1万字超えましたのでお時間のある時に…。




 

 

 

 

 

 

 

 

やあみなさん。矢澤紫苑だよ。

 

 

今日は夏休みだし、練習もないし、春陽さんの家に遊びにきたよ。

 

 

というか玲ちゃんに連行されたよ。僕漫画のネーム描くって言わなかったっけ。

 

 

「お邪魔しまーす!!」

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい!はるちゃんは()で待ってるよ!」

「ありがとうございます花陽さん!行くよ紫苑!!」

「痛い痛い引っ張らないで」

「後でおやつ持っていくねー!」

 

 

お出迎えは春陽さんのお母さんである花陽さんがしてくれた。春陽さんは地下室にいるらしい。春陽さんは彼のお父さんである照真さんが作った機械をいじるのが好きだから、会いに行くと大体地下室にいる。

 

 

民家に相応しくないエレベーターで地下まで降りると、どこもかしこも白色に染まったクリーンすぎて怖い地下室に到着した。

 

 

「春陽くーん!着いたよー!」

「は、早くない…?遊ぶ約束は10時からだったよね…?まだ9時だよ?」

「そうだっけ?」

「そうだって僕何十回か言ったんだけど」

「何で言ってくれなかったの紫苑ー!!」

「僕何十回か言ったんだけど」

 

 

玲ちゃんが早とちりするのは今に始まったことじゃないし、話聞かないのも今に始まったことじゃないからもう気にしないけどね。

 

 

「ちょ、ちょっと待っててね…機械の調整してるところだから…あんまり置いてあるものに触らないようにして待っててね」

「はーい」

「了解!」

 

 

春陽さんは奥に引っ込んでしまった。まあ予定より早く来たのはこっちだからね。

 

 

「これ何だろ?」

「今さっき置いてあるものに触らないようにって言われたよね」

「いいじゃん腕時計くらいー」

 

 

うにゃーっとか言いながら文句を言う玲ちゃん。猫かな?

 

 

「あれ?でもこの腕時計文字盤ついてないじゃん」

「デジタルなんじゃないの」

「このボタン押したらいいのかな?」

「やめなさいやめなさい。照真さんの発明品を下手にいじるとロクなことにならない」

 

 

腕時計のような何かを装着していじり倒す玲ちゃん。実際玲ちゃんは一回炊飯器みたいなのを爆発させたことがある。姫華ちゃんがいなければ即死だった。いや死にはしなかったと思うけど。

 

 

とりあえず危ないから没収しよう。

 

 

「ほら下手に触ると危ないから」

「やーだー!玲がまだ調べてるでしょ!」

「君のは調べてるんじゃなくて適当にいじってるんだよ」

「同じでしょ!!」

「微塵も合ってないよ」

 

 

離しなさいよ。

 

 

千切れないように気をつけつつぐいぐい引っ張ってた、その時だ。

 

 

 

 

 

 

 

カチッ

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

「え?」

 

 

玲ちゃん今何か押した?

 

 

『時間遡行システム起動。制限時間6時間。時間平面非破壊性次元跳躍機構「ネガシフト」を開始します』

「えっえっ何っ??何がどうしたの??」

「玲ちゃん今何か押したでしょ」

「れ、玲じゃないよ!紫苑じゃないの?!」

「僕の持ってたところにボタンは無いんだよね」

 

 

とりあえず爆発したら危ないからそれ外しなさい。

 

 

「…あ、あれ?」

「どうしたの」

「……………は、外れない…」

「嘘でしょ」

 

 

洒落にならない。

 

 

『遡行対象:2名。次元跳躍シーケンス開始。アンカー固定』

「どっ、どどどどどどどうしよう?!」

「どうもこうもないよっ!!」

 

 

僕も必死に玲ちゃんが装備した腕時計(のような何か)を引っ張るけど、なるほど、マジで外れない。

 

 

やばない?

 

 

そう思った瞬間。

 

 

床が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おまたせ…って、あれ?」

 

 

お父さんが作った光粒子固定式可変壁の調整を終わらせて、玲ちゃんと紫苑君の所に戻ってきたけど、2人はいなかった。

 

 

また勝手にどこかに入ってるのかな…って思ったけど、周囲を見渡している時にもっとマズいことになってると気付いた。

 

 

「なっ…無い、試作の携帯型ネガシフト装置が無い!!まさか勝手に使っちゃったのぉ?!」

 

 

これは本当にマズい。何がマズいって、この装置は調整が済んでなくて、自動存在証明が甘いのだ。

 

 

要するに、元の時間軸に帰って来れなくなるかもしれない。

 

 

「な、なんとかしなきゃ…!パソコンとリンクはしてるはず、こっちから手動でなんとか存在証明を続けるしかない…!」

 

 

ちゃんと機械が動作していれば数分で帰って来るだろうけど、そこがしっかり動作しているかは確認できない。とりあえず6時間にセットしてあったはずだから、最悪6時間丸ごと帰って来ないかもしれない。

 

 

「ひいぃっやっぱり起動してる…!手を止めたら二人が帰って来れなくなる、責任重大すぎだよ!誰か助けてぇ!!」

 

 

この状態じゃあお父さんも呼びに行けないし、もう自分がなんとかするしかない。

 

 

ううう、こんなことになるなんて!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ!」

「むぎゅ」

 

 

一瞬の浮遊感の後、どこかにたどり着いた。ついでに上から降ってきた玲ちゃんに潰された。死ぬ。

 

 

「いったぁ…。あれ、紫苑?どこ?!」

「下」

「あっごめん!よかった無事で…」

「今まさに無事じゃないよ」

 

 

結構痛かったよ。女の子に言うのもなんだけど、君身長高いから体重もそこそこ重いんだからね。

 

 

「とりあえずここは…」

「春陽くんの家の前かな?」

「なんだ、ワープしただけか」

「よかったぁ、変なこと起きなくて…」

「自分で言っておいてなんだけど、ワープは変なことだからね」

 

 

僕らがいるのは春陽さんの家の目の前だった。どうやら短距離ワープしただけらしい。びっくりした。まあワープした「だけ」って言うのも変だけどね。ワープするくらいなら普通みたいな言い方だし。感覚麻痺してる。

 

 

「はぁ、よかった…へくしっ」

「…よかったけど、なんか寒くない?」

「…紫苑もそう思った?今日こんな寒かったっけ…」

 

 

おかしいことといえば、なんか不自然に寒いことだ。冬ってほどじゃないけど、春先くらいの気温だから半袖だとちょっと寒い。真夏にこんな気温になることあるかな?

 

 

「曇ってるわけじゃないし…」

「むしろめっちゃ晴れてるけど」

「だよねぇ…」

 

 

具体的に何がどうなってるんだろう。

 

 

二人で首を捻ってる時だった。

 

 

「行ってきます!」

 

 

お隣の家から一人の少女が出てきた。僕らのいる方とは反対方向に歩いていく。

 

 

いや行く方向はどうでもいい。問題なのは、お隣さんは花陽さんのご実家のはずで、少女が住んでるわけないということ。

 

 

あと、

 

 

「…………ねえ、紫苑。あれって…花陽さん、だよね?」

「…うん、僕もそう思った」

「…音ノ木坂の制服着てたよね?」

「うん」

「………花陽さんそういう趣味が

「違う、そうじゃない」

 

 

そこは花陽さんの名誉にかけて否定しておこう。食い気味に。

 

 

「もしかしたら…ここ、過去なんじゃ…」

「過去?」

「うん、花陽さんが高校生時代ってくらい昔の…」

「……………え?え?そ、そんなまさか…いくら照真さんがすごいからって、過去に行くなんて…しかも腕時計で」

「腕時計かどうかすらよくわかんないけどねそれ。それに、ほら」

 

 

過去にきたかもしれない。その言葉の根拠は、僕が指差す先にある。

 

 

それは、

 

 

「さ、桜が…咲いてる…」

「ね。少なくとも、今僕らがいるここは夏じゃないんだよ」

「にゃああ…」

 

 

そう、見事に桜が咲いているんだ。

 

 

夏に桜が咲いてたら困る。初音島になっちゃう。ご存知ない?初音島。

 

 

「うぅ、ごめんね…」

「ん?」

「また私のせいで紫苑が大変な目に…」

 

 

玲ちゃんが半泣きでしょぼんとしてる。玲ちゃんはテンション高い割に繊細だから結構自分の過失を気に病んだりするのだ。

 

 

「…まあ、よくあることだし気にしてないよ」

「でも、今度はもう帰れないかもしれないし…」

「それこそ今更だよ。君のせいで何度迷子になって何度帰れないと覚悟したものか」

「ゔっ」

 

 

元々玲ちゃんは後先考えないタイプだ。頭が悪いわけではないけど、彼女のお母さんに似たのか、思いついたら即行動しちゃうのだ。よくわかってる。何年一緒にいると思ってるんだ。

 

 

だいたいそういう時の尻拭いは僕の役目だし、僕がそういう役回りを演じているのは僕がいつも玲ちゃんの側にいるからだ。

 

 

「いいんだよ、別に。絶対僕が君を守るから」

「………うん」

 

 

他に人がいる時には絶対こんなこと言わないんだけどね。

 

 

玲ちゃんがしょんぼりしてる時だけ特別だ。

 

 

「で、具体的にどうするかなんだけど」

「照真さん、いるかなぁ?」

「いたとして、僕らを入れてくれると思う?」

「わかんない…」

 

 

とりあえず開発者本人に帰る方法を教えてもらう、というのは多分無理だ。元々僕らも数えるほどしか会ったことない人だし、僕らが生まれてないかもしれない時代では初対面のはずだ。警戒されて当然と言える。

 

 

「仕方ない。元の時間にいる春陽さんが頑張ってくれると信じよう」

「だ、大丈夫かなぁ…」

「大丈夫だよ。行って帰って来れないようなものをそこらへんに置いとくタイプじゃないだろうし」

「そう…かな?」

「多分」

 

 

まあわかんないけど信じるしかない。

 

 

「とりあえず僕らが自発的に帰ろうと思ったら、絶対照真さんに会わなきゃいけない。そして照真さんに会う方法があるとしたら…」

「あるとしたら?」

「花陽さんしかないよね」

「じゃあ…」

「うん、花陽さんを追いかけよう。追いかけるというか、たぶん音ノ木坂に行けば会えるよね。制服着てたし」

 

 

そして人任せではいられないから、僕らも動こう。照真さんに会うには現状花陽さんの力を借りるしかない。

 

 

それに、運が良ければ現役時代のμ'sの練習も見れるかもしれないしね。

 

 

というか見たいしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで音ノ木坂に到着。若干今より校舎が綺麗だね。20年近く前なんだから当たり前か。

 

 

春休みなんだろうか、部活してる生徒しか見当たらない。まあ桜咲いてる時期なんて基本春休みだよね。そんなことない?

 

 

「さてμ'sはいるのかな」

「あっお父さんだ」

「よく見えたね」

「あれは見えるよ。目立つもん」

「確かに」

 

 

正門の外から見つけられるかなって思ってたけど、玲ちゃんのお父さん…創一郎さんがめちゃくちゃ目印になった。うーん、やっぱりでかいな。制服が微塵も似合わない。

 

 

てか創一郎さんに肩車されてるのうちのお父さんじゃんね。何してんのお父さん。

 

 

「…入っていいのかな?」

「いいんじゃない?僕らここの生徒だし」

「未来の、だけどね…」

 

 

まあ正門開いてるんだから入っていいんだよきっと。

 

 

というわけで堂々と入門。たのもー。

 

 

って気楽な感じ出してたら空から何か降ってきた。

 

 

ズドンッ!!って音と地響きを連れて創一郎さんが飛び降りてきた。こわ。失禁しそう。しないけど。しないよ?

 

 

「…今日来客があるとは聞いていない。何の用だ」

「えっ怖っ」

「警備員が不在の間は俺が目を光らせている。不法な侵入は見逃さないぞ」

「ひええ…やっぱり怒られたじゃん!」

「こんなに怒られると思ってなかった」

 

 

割とガチめなやつだ。すみませんでした創一郎さん。でもちょっと事情が事情なのでとりあえず花陽さんにだけは会わせて。

 

 

…とは言えないから言いくるめよう。

 

 

「いえ、僕の幼馴染がスクールアイドル始めたいから、μ'sの練習をどうにかして見させてもらえないかなと思って」

「見学か?そうか…なるほど、そういうこともあり得るか」

「突然で申し訳ないですけど、いけます?」

「聞いてこよう」

「やった!ありがとうお父…お兄さん!」

「…今お父さんって言いかけなかったかあんた」

 

 

玲ちゃんがノリで喋った結果口を滑らせそうになった。まずいまずい、流石に未来から来ましたって言うのは良くない気がする。なんとかごまかして玲ちゃん。

 

 

「えっ、や、やだなあそんなわけあはは」

「そうか…そんなに老けて見えるのか…」

「あっ気にするのそこなの?!」

「メンタルがお豆腐だ」

 

 

ごまかせたけどなんかダメージを負わせてしまった。何故か勝った。やったね。やったくない。

 

 

落ち込んでる創一郎さんをどうしようか考えてたら、昇降口から誰か出てきた。誰かじゃないわお父さんだわ。若い頃のお父さんだ。あんまり今と変わってないな。

 

 

「何してんの創一郎」

「俺はおじさんだ…」

「は?」

「この子の何気ない一言が創一郎さんの心を傷つけた」

「えっ玲のせい??」

「当たり前だよ?」

「何、創一郎の知り合いなの君達」

「いいえ」

「じゃあ何で名前知ってんの」

「今あなたが名前呼んだので」

「確かに」

 

 

危ない。つい創一郎さんの名前を呼んでしまった。お父さんが直前に名前呼んでくれなかったら即死だった。

 

 

「それで君達は何しに来たの。デートかな」

「違います」

「えっ」

「即答するのはどうかと思うよ」

 

 

デートではないよ。緊急事態だからね。別に玲ちゃんが好きじゃないってわけではないんだけどさ。

 

 

好きかって言われるとあれだけどさ。

 

 

好きだけどさ。

 

 

それをまっすぐ伝えられる人種って限られてるじゃん。

 

 

「μ'sの練習、見せていただけたらなって思いまして。4月からスクールアイドル始めようかと思ってるので」

「えっ君がやるの」

「僕がやるわけないでしょ。隣の玲ちゃんがやるんです」

「はっ、はい!」

「えっ君高校生なの。デカくない?」

「そ、そんなに老けて見えますかぁ…?」

「そうじゃないよ物理的にデカいって話してるんだよ。創一郎みたいなリアクションしないで」

 

 

話が無限に進まない。

 

 

「まあ、練習見るのは構わないよ。とは言っても今日は最終調整しかしないけど」

「最終調整?」

「何君ら、μ'sの練習見に来てμ'sのライブスケジュールは知らないの」

「お恥ずかしながら」

「正直だ」

 

 

何かのライブ前なのかな。

 

 

「明日やるファイナルライブの調整。まあ、残念ながら最後の新曲の合わせは終わっちゃったけど」

 

 

あ、そうか。

 

 

卒業前ということは、ライブがあり得るのはアメリカライブかストリートライブかファイナルライブしかない。他校の生徒がいないということはファイナルライブに決まってる。

 

 

「…ファイナル、ライブ…」

「そだよ。ちょい創一郎、ちゃんと告知したの?この子達知らないみたいなんだけど」

「確実に全員に情報が行き渡るとは限らねぇだろ。だいたいメインで広報したのは茜だ」

「そうだっけ」

「てめぇコラ」

「痛い痛い」

 

 

お父さんが創一郎さんに顔掴まれて吊り上げられてる。まあ時々見る光景だ。時々見るとはいえ、痛い痛いといいつつ無抵抗なのはいいのかお父さん。

 

 

「…ま、練習くらい見てもいいだろ。本番とは衣装も舞台も違うわけだしな」

「まあそうだね」

「ありがとうございます」

「ありがとうございますっ!!」

「で、君達名前は?」

「紫苑です」

「玲です!」

「まさか下の名前が来るとは思わなかった」

「普通苗字から名乗らねぇか?」

「ついノリで」

「何のノリ」

 

 

これは玲ちゃんと事前に決めたこと。ここでは絶対苗字を名乗らない。僕はともかく、玲ちゃんの「星空」という苗字は極めてレアだ。怪しみの塊になる。

 

 

玲ちゃんがノリと勢いでフルネーム言っちゃうかもしれないと思ってヒヤヒヤしたけど、ちゃんと対応してくれてよかった。

 

 

「まあいっか。紫苑くんと玲ちゃん、ついてきて」

「「はーい」」

 

 

あとお父さんが細かいこと気にしないタイプでよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで見学だって」

「わー!わざわざ来てくれたの?!」

「あっはい」

「私、高坂穂乃果!よろしくね!!」

「存じ上げております」

「なんかそっちの男子、茜に似てるわね」

「そうかな」

「玲ちゃんっていうの?おっきいにゃー!」

「あ、あはは…」

「すごい、絵里よりもはるかに背が高いですね…」

「むむむ…もしかしてうちより大きい…?」

「希、その手はやめなさい。初対面の子にわしわしは禁止よ」

 

 

というわけでお父さんに屋上まで連れてきてもらった。扉を開けるなり現役版μ'sの方々が寄ってたかってきた。子供時代の親世代に物珍しい顔で集られるこの状況。カオスだね。

 

 

「ほらほら練習始めるよ。練習を見に来てくれてるんだから」

「そっか!」

「いっくにゃー!」

「元気だなぁ」

「凛は元気だけが取り柄だからな」

「だけじゃないよ?!」

 

 

なんだか今も昔も似たような感じだなみなさん。

 

 

なんかわちゃわちゃしつつも、練習が始まればみんな真剣だ。

 

 

「1,2,3,4,5,6,7,8…」

(創一郎さんが拍とるんだね)

(お父さん、歌は下手だけどリズム感悪いわけじゃないから)

(なるほど)

「ストップ。にこ、前に出過ぎだ」

「そんなことないわよ!」

「出すぎだよにこちゃん」

「…あ、あれよ。創一郎を試したのよ!」

「また適当なこと言ってる…」

「何よ!」

「仲良いね」

「「うっさい!!」」

「あぶふぇ」

 

 

言うほど真剣じゃないかもしれない。っていうかお父さんがよくお母さんに殴られるの昔からなんだね。今より容赦ない気がする。

 

 

まあでも、わちゃわちゃしてて楽しそうだよね。僕らも楽しくやってるけど、ここまでではないと思う。

 

 

楽しいって気持ちをみんなが全身で表してる感じがする。みんなに届けたいって気持ちが伝わってくる。

 

 

これがμ'sの強さだったんだろうな。

 

 

「実際にこちゃんはセンター横だしもうちょっと前に出てもいい気もする」

「だからってことりより前に出たらダメだろ」

「それはそうだね」

 

 

あとマネージャー2人が強い。

 

 

「…」

「どうかしたの玲ちゃん」

 

 

隣にいる玲ちゃんはずっと黙ってる。どうしたのかと思ったら、目をキラキラさせて練習を見ていた。

 

 

「すごいなぁ…って」

「ん?」

「すごいなって、思ってたの。歌で、ダンスで、こんなに気持ちが伝わってくるんだなって」

「そうね。僕もそう思ってたところ」

 

 

同じこと思ってたんだね。

 

 

「それがこいつらの強さだからな」

「創一郎さん」

「みんな楽しいから、好きだからこうしてやっていられる。使命感とか義務感がないから、全身で好きを表現できる」

「そうだよ!!」

「うわびっくりした」

「私たちはスクールアイドルが大好きで、それをみんなに伝えたい!だからどんなに大変でも頑張れるんだ!!」

 

 

好きだから、楽しいから。結構そういうのって難しいんだ。

 

 

玲ちゃん達だって、みんな「お母さん達に負けないくらいすごいスクールアイドルになる!」って頑張ってる。目標を超えるために努力してる。何かに打ち込む人たちってだいたいそんな感じだ。

 

 

でも、μ'sはそうじゃなかった。

 

 

好きだって気持ちをみんなと分け合いたいから頑張る。誰かに、何かに勝つためじゃない。頂点を目指して敵を倒していったんじゃない、楽しく歩いてたら勝手に頂点に着いてしまったんだ。

 

 

誰にも負けないとかそんな話じゃない。そもそも戦ってすらいなかったんだ。むしろ挑んできた相手も巻き込んで楽しもうとするくらいの勢いだ。

 

 

だから、優勝した時のキャッチコピーが「みんなで叶える物語」だったのか。

 

 

「よーし、この調子で

「もう5時だから帰るよ」

「ええっ?!明日本番だよ?!」

「明日本番だから帰るんだよ」

「ゆっくり休みなさいよ。明日寝坊したら許さないわよ?」

「にこちゃんもちゃんと起きてね」

「起きるわよ!!」

「ぐぇ」

 

 

もうこんな時間だったのか。時間経つの早いな。

 

 

とりあえず、何とか照真さんに会って帰る方法を考えなきゃいけない。そう、忘れそうだったけど目的は照真さんだ。

 

 

そう思って花陽さんに話しかけようと思った時だった。

 

 

『リブート開始』

「うわびっくりした」

「えっ、ななな何?!」

「玲ちゃん落ち着いて」

『再構成。帰還プログラム再定義…完了。開始します』

「何か腕時計から変な音声流れてるけど」

「あーっ、あれです。そろそろ門限だから早く帰ってこいってやつです」

「なにそれ」

「すみません、急いで帰らなきゃいけなくなったので」

「えっ?!紫苑、結局これ何が

「ありがとうございました。ほら行くよ玲ちゃん」

「わわわ?!」

 

 

玲ちゃんの腕時計(仮)から謎の音声が聞こえてきた。帰還がどうのこうの言ってるから、きっとこれは元の時間に帰る合図だ。たぶん。

 

 

ワープみたいなことする瞬間をお父さんたちに見られるわけにはいかない。

 

 

玲ちゃんの手を掴んでダッシュで校舎を出て、人目につかないところへ。お父さん達は今頃何が何だかわからないみたいな感じになってるだろうけど、まあ致し方なし。

 

 

「はぁ、はぁ…まだ猶予はあるみたいだね」

「も、もう…急に手を握らないでよ…」

「何だって?」

「何でもないっ!」

 

 

玲ちゃんはそっぽを向いてしまった。どうしたのさ。

 

 

『強制帰還システム「カウンターサモン」を開始します』

「何かやたら強そうな響きしてる」

「帰れるってこと?」

「たぶん」

「たぶん…?」

 

 

名前の響き的に帰れそうじゃない?詳しくないから多分だけど。

 

 

「まあダメだったらまた花陽さんに会いに行けばいいし。お父さん達に見られなければ

「やあ」

「うわ」

「きゃあああ?!」

 

 

いつのまにか後ろに創一郎さんとお父さんがいた。びびった。お父さんは相変わらず創一郎さんに肩車されてる。

 

 

いや何で追ってきたの。

 

 

「なんか怪しみ深いと思って追ってみたらこんな人気のないところに来るなんて」

「不純異性交遊は許さんぞ」

「ふっふじゅっいやそんなっ不純じゃないもん!!」

「否定するとこそこじゃなくない?」

「ラブラブじゃん」

「ラブラブじゃないです」

 

 

玲ちゃんがパニクってる。それより今出会うのはまずいと思うんだよ。でも創一郎さんから逃げられるわけないじゃんね。

 

 

「まあ大丈夫だよ。君達が何者かって何となく想像ついてるから」

「ほんとに?」

「だって君僕に似すぎだし」

「わかる」

「そっちの女の子はわかんないけど」

「えっ」

「えっ」

 

 

バレてた。僕だけ。何で玲ちゃんのことはわからないの?顔がすごい似てるじゃん。

 

 

「君が僕とにこちゃんの子供だってのは確定的に明らかなんだけどね」

「にこと結婚する気満々かよ」

「ほかの女の子と結婚するとかあり得なくない?」

「まあ…有り得ねぇな」

「でもそっちの凛ちゃん似の子がそこまで大きくなる理由がわからない」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

 

 

マジで言ってんのお父さん。

 

 

「…まさか、君が初見で俺をお父さんって呼びかけたのは…」

「あー、えっと…ご想像にお任せします…」

「そ、そうか…」

「なんか照れ度の高い空気になるのやめて」

 

 

こっちもバレたね。大丈夫なの、これ。

 

 

「こんな人生のネタバレしちゃって大丈夫かなぁ」

「いいんじゃない。僕なんて別にネタバレでも何でもないし」

 

 

自信ありすぎじゃない?

 

 

「それより、そこの玲ちゃんもスクールアイドルやるんでしょ。μ'sは…お母さん達の昔の姿はどうだった?」

「はい、あの…凄かったです」

「語彙力」

「あうう、なんていうか…見てただけの玲も楽しくなっちゃうような、そんな感じがしたんです」

「ふふん、そうでしょ」

「何でお前が得意気なんだ」

「僕らマネージャーだし」

 

 

お母さん達って案外μ'sの話しないんだけど、実際に見てみたら確かにすごかった。

 

 

「僕ね、ちょっと心配だったんだ」

「え?」

「僕らがいなくなったあとのスクールアイドルがどうなるのかなって。大会とかあるからさ、()()()()()()()とかが広まったら嫌だなって思ってた」

「…」

「まあいつかはそういう流れになるとは思ってるけどさ。勝ちたいっていう向上心自体は否定しないけど、勝つのが目的になっちゃいけないと思うんだよ」

「トップを目指すのは構わねぇ。むしろガンガン目指せばいい。だが、それが何のためのトップなのかは考えなければな。勝ちたいから勝つってのより、もっと心を打つ理由があった方が人を感動させられる。それを俺たちはよく知っている」

 

 

仰る通りだ。

 

 

今も昔も、勝つことに執着する人はたくさんいる。スクールアイドルに限らず、部活動に留まらず、強豪ですらヒエラルキーの下層を虐げる文化はどうしても消えない。去年くらいにどっかの強豪スクールアイドル部でもイジメが発覚して廃部になったとか聞いたし、人の汚い部分っていうのは簡単には無くならない。

 

 

でも、そういう時代だからこそ、人々に希望を見せるのがアイドルなんだろう。

 

 

μ'sは好きなことを全力でやり遂げた、その素直さが人々に届いた。他のスクールアイドルだったら、例えばAqoursは母校の名前を残したいっていう真摯な想いがみんなに伝わった、

 

 

そういう人間の善性が一番人の心を打つんだろう。

 

 

「まあ多分うちの子たち誰もそんなこと考えてやってないけどね」

「好きでやってるからな。だがそれでこそμ'sだろ」

「わかる」

 

 

それを無意識でやるのが一番すごいのかもしれないけどね。

 

 

『「カウンターサモン」の外部入力が完了しました。起動まであと1分』

「あっ帰らされるの忘れてた」

「ええっ、せっかくお父さんからいいお話聞けたのに!」

「お父さん…」

「創一郎、自覚は無いけどリアルお父さんなんだから落ち込まない」

 

 

突然腕時計(仮)から声が聞こえてきた。そうじゃん謎システムが起動しそうなんじゃん。多分これ強制送還されるやつだよね。

 

 

「もうちょっとお話聞きたかったのに…」

「ねー」

「安心しなよ」

「ああ、安心しな」

 

 

腕時計(仮)のカウントダウンが終わりそうという時に、僕らのお父さんは今と変わらない笑顔を向けてくれた。

 

 

 

 

 

「「未来で待ってるから」」

 

 

 

 

 

『カウンターサモン起動』

 

 

その音声と共に、再び地面が消えた。

 

 

最後の最後でカッコいいことしないでほしいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ僕らも戻ろうか」

「…そうだな」

「未来ではタイムマシンも作れるようになってるんだね。楽しそうだ」

「どうせ湯川だろうな。まったく、ネタバレはあんまり歓迎しないんだがな…」

「僕はともかく、創一郎は大したネタバレなかったじゃん」

「…お前本気で言ってるのか?」

「なんで?」

「そうか…お前の恋愛経験ってめちゃくちゃ特殊だもんな…」

「照れる」

「褒めてねぇ」

「痛い痛いちぎれる首ちぎれる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ!」

「むぎゅ」

 

 

なんかデジャブを感じる着地の仕方をした。何故玲ちゃんは毎度僕の上に落下するのか。

 

 

「よ、よかった…帰ってきてくれた…」

「あ、春陽さんお疲れ様です」

「お疲れ様ですじゃないよ!」

 

 

周りの景色はいつもの地下研究室。ちゃんと戻ってこれたみたいだ。何やら頑張ってくださったらしい春陽さんは椅子にもたれかかってぐったりしてるけど。

 

 

「お父さんが来てくれなかったらどうしようかと…」

「あ、照真さん」

「全システム正常。シャットダウン」

「照真さんがなんとかしてくれたんだ!」

「お母さんがおやつ持ってきてくれた時に、お父さんを呼んできてもらったんだよ…」

「なるほど。で、花陽さんは?」

「君たちのご両親に電話してる」

「「えっ」」

「だって帰ってこれなかったら一大事だったんだよ?!連絡しておかないわけにはいかないよ!!ただですら1時間もこの時間軸にいなかったんだからね!!」

 

 

おっとこれは怒られるフラグだ。主にお母さんに。困る。

 

 

「にゃあん…ごめんなさい…」

「はあ…いいよ、無事に帰ってきてくれたんだから」

「お詫びにいっぱい遊ぼう!」

「ほんとに反省してるの?!」

 

 

うん、玲ちゃんはいつも通りだな。まあスクールアイドルへの考え方は少し変わったかもしれないけど、そのくらいか。

 

 

とりあえず僕らは一旦帰って無事を知らせることにした。また遊びに行くけどね。だって玲ちゃんが何かやらかさないか心配じゃん。

 

 

というか、過去では日が沈みかけてたのにこっちではまだお昼前だから時差ボケしそう。

 

 

「一時的ただいまー」

「ちょおっと紫苑!!あんたもう心配したじゃないの!!」

「ぐぇえ」

「にこちゃん、そんながくんがくん揺らしたら紫苑死ぬよ」

「死なないわよ茜じゃあるまいし」

「僕には今紫苑にやってるのよりパワフルにやってない?」

 

 

やっぱり怒られた。僕はむしろ被害者だと思うんだけどね。玲ちゃんの巻き添え食らったわけだし。

 

 

ちなみに姉ちゃんは東條家にお邪魔して光さんと受験勉強しに行ってるからいないよ。

 

 

「おかえり紫苑」

「ただいま、お父さん」

()()()()()()()()()

「よくわかったね」

「にこちゃんに電話が来た時にピンときたよ」

「何よ、何の話?」

「未来人紫苑誕生秘話だよ」

「はぁ?」

 

 

お父さんは昔起きたことをちゃんと覚えてたみたいだ。お父さん頭いいからね。僕にも分けて欲しかった。勉強は姉ちゃんの方ができるからね。僕もバカではないんだけど。

 

 

「あれは何かの役に立ちそう?」

「うん、玲ちゃんも何か掴んだみたいだし」

「ならよかった」

「だから何の話よ!」

「ぐぇえ」

「やっぱりお父さんに向けての方が容赦なくない?お父さん死ぬよ」

「これくらいで死んでたら茜は1,000回くらい死んでるわよ」

「慈悲が欲しい」

 

 

きっと玲ちゃんは大切なことを学んできた。大変な目にあったけど、それに見合うくらいの収穫はあったかもしれない。

 

 

「じゃあまた行ってくるよ」

「忙しいね」

「玲ちゃん放っておくと危ないし」

「大好きじゃん」

「違う」

 

 

保護者みたいなものだから。好きだからとかそういう理由じゃないから。

 

 

とにかく、これからもっと僕らは成長できそうだ。やっぱりμ'sは偉大だった。

 

 

お母さん達が起こした奇跡のような一瞬を、今度は僕たちが起こそうか。

 

 

諦めない限り、奇跡は何度でも起こるはずだからね。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

過去には仲良さそうな紫苑君と玲ちゃんに行っていただきました。2人の両親に似ている部分が上手いこと表現できていたらなーと思います。紫苑君にはツンデレ成分を、玲ちゃんには豆腐メンタル成分を混ぜてみました。

歴史を重ねるほど遠くなる原点の想いを伝えるようなお話にできていたらいいなーと思います。どうだったでしょうか。μ'sの出番が少なかった気がしますが満足頂けたでしょうか。

今後もリクエストお待ちしておりますので、何かありましたらどうぞ遠慮なく!!(ただしAqours編が遅れる)



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(新世代)文菜の憂鬱な日々



ご覧いただきありがとうございます。

お ま た せ

皆様お久しぶりです。お久しぶりにも関わらずお気に入り登録してくださっていた方が2名も!ありがとうございます!!

色々やってたらおまけの投稿が遅くなってしまいました。Aqours編書いたり。ゲームしたり。ふと思いついた作品を勢いで書き始めたり。そんなことしてる場合かァーー!!!!

今回は前回同様、ジョリポンさんに「文菜ちゃんのお話が見てみたい」とおっしゃっていたので文菜ちゃんに頑張っていただきました。

新世代の子たちを覚えてない方はエピローグをチェックだ!!(長いけど)


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「はうぅぅぅぅ…」

「今日はいつにも増して死にそうな顔をしてるね」

「やだぁ!そんなこと言わないでっ!ほんとに死にたくなっちゃうわ!!」

「どんだけよ」

 

 

ある日の練習前、絢瀬文菜ちゃんが死んだ魚みたいな目で部室に引きこもっていた。

 

 

だいたい理由は想像できる。次のドラマの収録が嫌すぎるんだろう。嫌とは言いつつちゃんと行くのが文菜ちゃん。

 

 

だけど憂鬱なのは変わりないようで、よくこうしてダウナーモードになってる。今はそれを僕と姉ちゃんが眺めてる状況だ。

 

 

「は、春陽さんが足りないわ…春陽さんはどこ…」

「重度の依存症じゃないのこれ」

「今更じゃない」

 

 

今更だね。

 

 

当の春陽さんは日直か何かでまだ来てないよ。仕方ないね。

 

 

そんな瀕死の文菜ちゃんをどうしようか考えてると、速攻で練習着に着替えた叶ちゃんがズバァン!と扉を開けて飛び込んできた。扉壊れるよ。

 

 

「ったくもー!そんなうだうだしてないで練習するわよ練習!ほら立つ!!」

「いやああん、もう少しだけ憂鬱に浸らせてぇ」

「憂鬱に浸りたいとかドMなのあんたは!」

「い゛い゛い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「なんて声出してんのよっ!」

「女優が出していい声ではないね」

 

 

ぐいぐい引っ張って立たせようとする叶ちゃんと意地でも机にへばりつく文菜ちゃん。なんて不毛な争いだ。ちなみにこの2人、母親同士が仲良いので2人も仲良しだ。というか文菜ちゃんは叶ちゃん以外に抵抗しない。逆に仲良しな証拠だ。僕?まあ僕男だし。男だよ?

 

 

不毛なやりとりを僕ら姉弟がスルーしていると、今度は光さんとひばりさんが入ってきた。

 

 

「おっはー…って何してるん?」

「もう放課後なんですけど」

「おお、いいところにツッコんでくれたね紫苑君。で、それは何やってるんだ?」

「わかってるんでしょ?」

「わかってるぞ?」

「へぇ…光あんた、私には先に行けと言っておきながらひばりと一緒に来るわけね…!」

「うーん、こうなることも予想できていたわけだけど、ひばりちゃんはひばりちゃんで今日放っておいたら教室に乱入してきた蜂に怯えて練習に来れなかったわけだし、なんというか俺の優しさに免じて許してほしいところだ」

「黙れ女たらし!!」

「語弊と誤解が凄まじいぞえみちゃん。そして許せ」

 

 

光さんは相変わらず全部先読みして全部楽しんでる。姉ちゃんの蹴りを避けるのも手慣れてる。

 

 

「あ、ん、た、はっ!いつまで机にへばりついてんのよー!!」

「みんなそろうまで…もしくは春陽さんが来るまで…」

「練習の準備手伝ってよ?!」

「わぁ〜わたしもまぜてくださ〜い」

「げぇっひばりさん?!」

「げぇって酷いな叶」

「ダメよっ、ひばりさんが関わるとメルヘンワールドになっちゃう…!」

「わたしもお昼寝するです〜。ふあ〜」

「あーもーほら私もなんだか眠く…」

「催眠術かな」

「似たようなものかもなぁ」

 

 

そしてひばりさんは相変わらず無敵。マイペースを極めるとああなる。メルヘンワールド展開。これが現代版固有結界。違う?

 

 

でもみんな寝ちゃったら困るから起きてね。

 

 

「どーん!!」

「ぐへぁ」

「紫苑、毎回扉の前に陣取るのやめときなさい。玲に殺されるわよ」

「あれ?みんなお昼寝してるの?」

「まったくもう、練習始めますよ?光さんがいながらどうしてこんなことになっているのですか」

「いやー面目ない」

「ふふふ、いいじゃない。天才には多少のハンデがつきものよ」

「天才は姫華ちゃんだけだからな?」

「ところで紫苑はどこ?」

「さっきあんたが轢いたわよ」

「えー!!」

 

 

起こそうかなって思ってたら勢いよく玲ちゃんが参上した。玲ちゃんというか2年生組。春陽さんだけいないけど。そして僕は轢かれた。人間に轢かれるなんて貴重な体験した。そんなに貴重でもなかったわ。

 

 

「ほらほら、寝たふりしてると美空ちゃんが怒るぞ」

「むぅ。何故寝たふりだとわかったお兄ちゃん」

「妹のことならわからないことなんてないぞ」

「ほら、文菜もひばりも起きなさい」

「うえええん」

「ぐぅ」

「…ひばりは…ガチ寝してる…?!」

「…まあひばりちゃんだからな」

「誰か僕の心配して?」

「紫苑がぺしゃんこにー!!」

「さすがにぺしゃんこにはなってないよ」

 

 

今日もみんな平常運転だ。玲ちゃんが心配して僕をゆさぶってるけど逆効果だからねそれ。死ぬって。首もげるって。

 

 

そんなことしてたら春陽さんが詩穂ちゃんとすずめちゃんを連れて部室に入ってきた。

 

 

「お、遅れてごめん!」

「あああああん春陽さあああああ

「ブロック!」

「…ブロック」

「なんで邪魔するのよぉ!!」

「そんな勢いで飛び込んだら春陽さん怪我しちゃうよ!」

「…あぶない」

「うっ…そ、それは…そう、かも」

「あっ、えーっと、まあ僕も慣れてるから…」

「ほんと?!?!」

「うわぁっ?!」

「春陽、そうやって甘やかすからそうなるんだぞ」

「ぼ、僕のせいなの…?」

「半々じゃないですかね」

「半々ね」

 

 

うーん、文菜ちゃんの春陽さん大好き病もなかなか末期だ。なんとかした方がいいのかもしれない。

 

 

あと玲ちゃん、また胸が僕の頭に乗ってるからどいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もお疲れ様でした!」

「はい、お疲れ様でした」

 

 

今日はドラマの収録に来ています。

 

 

お母様やお父様も一緒です。家族みんなで出演することも多いので、それほど珍しいことじゃないわ。

 

 

でも今は、両親は他の出演者の方々と話していてここにいません。

 

 

なので、

 

 

(ふ、ふええええん。お母様かお父様か、どちらでもいいから早く帰ってきてぇええ!)

 

 

私の心の中はこんな感じ。だって私は胸を張っていいくらいの人見知り(と光さんにいわれました)。何度かあったことのある監督さんとも出来れば話したくないの。嫌よ怖いじゃない!

 

 

「いやぁやはり絢瀬家のみなさんは素晴らしい!全員リテイク無しだなんて普通じゃ考えられないですよ」

「いえ、皆様の指導がよかったんですよ。皆様のおかげです」

「うーんなんて謙虚なんだ!ご両親も誇らしいだろうなぁ」

 

 

だって謙虚にしてないと優しくしてくれないじゃない!

 

 

お父様と一緒にお仕事していたら嫌でも世渡り上手にはなっちゃうわ。

 

 

まあ…こんなに完璧に猫を被れるとは私も思ってなかったけれど…。誰も私が演技で謙虚にしてるなんて思ってないもの。

 

 

「文菜、そろそろ帰るわよ」

「はい、わかりました。すみません、お先に失礼いたします」

「お疲れ様!次も期待してるよ」

 

 

思ったより早くお母様が呼びにきてくれた。もう心の中では喜びで泣きそうになってるけど、もちろん表では礼儀正しく。

 

 

お母様と一緒にスタジオを出ると、お父様が既に車を駐車場から持ってきてくれていた。すぐに後部座席に乗り込んで、

 

 

「うぁあああ、疲れた…」

「お疲れ様。今日も大活躍だったみたいだね?」

「ええ。横から見てたけど、大地さんに負けないくらいの演技だったわ」

「嫌ぁ、そんなに期待しないで…!」

「相変わらずだなぁ」

 

 

ああもう、お父様もお母様も期待してる…。そんなに私にプレッシャーかけないでぇ!

 

 

私は叶じゃないんだから、他人と仲良くするのは苦手なのよ…。叶は自信家でお調子者だけれど、ちゃんと努力して成績を残した上での自信だし、ああ見えて周りをよく見てるすごい子なの。それに引きかえ、私はコミュ障だし猫被り…はぁ。

 

 

今日も明日も憂鬱だわ。

 

 

「そういえば、監督さんから差し入れにってチョコレート貰っ

「「チョコレート?!」」

「チョコに関しては食いつきがすごいね君達?!」

 

 

訂正します。今日はちょっといい日だわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?良い子にしてたら主演の枠を貰っちゃったわけだ」

「そうなのよ!」

「僕に言われてもね」

「そんなことより早く練習行こうよ!」

「そうよ。そんなことより練習したいわ」

「そんなことってなによ!私困ってるのに!!」

「………」

「早く練習行きたいなら宿題教えて」

 

 

今日は土曜日。練習行く前に宿題を終わらせるべく、一年生みんなで叶ちゃんの家に集まった。そしたら文菜ちゃんの愚痴が始まった。まぁいつものことだし、文菜ちゃんは既に宿題は終わらせてるからいいんだけどね。詩穂ちゃん案外頭いいしね。

 

 

じゃあ何で集まってるのかって?僕がわかんないからだよ。頭の良さは姉ちゃんに持ってかれた。ぴえん。

 

 

僕には漫画描く才能しかありません。はい。

 

 

「しゅ、主演なんて…胃が痛いわ…」

「でも引き受けちゃったんでしょ?」

「だって断れないじゃない!」

「まあね、そりゃ僕だってジャンプに載せるよって言われたら断れないね。それより宿題教えて」

「………」

「引き受けちゃったならやるしかないじゃない。頑張りなさい」

「そうそう!ファイトだよ!」

「うううっ私目立ちたくないのに!」

「宿題教えて」

「………」

「そもそも宿題やってるのすずめちゃんだけなんだよ」

「紫苑もやんなさいよ」

「ファイトだよ」

「わかんないんだってば」

 

 

どの話題も解決に向かわない不毛さよ。すずめちゃんだけ極めてマイペースで羨ましい。南家の方々はみんなマイペースだね。うちも大概か。

 

 

わちゃわちゃしていると部屋の扉が急に開いた。扉の向こうには光さん…と、何故か姉ちゃんがいる。

 

 

「おーい、そろそろお昼だけど、みんなお昼ご飯食べていくかい?まあ答えはわかってるから全員分用意されてるんだけど」

「ちょっとバカ兄貴、ノックしなさいよ」

「俺が入室タイミングを間違えるわけないからいいだろ。今ここで5Pが繰り広げられていたなら入っちゃうかもしれないが」

「有り得ないわよ5Pとか。紫苑が過労死するわ。てか妹の5Pに混ざる気なの兄貴は」

「まさか。君らをオカズにえみちゃんとロデオするんだよ」

「死ね光」

「当たらんよ」

 

 

どうやら僕らの分もご飯を作って下さったらしい。東條家のご両親は来客大歓迎で、お邪魔すると大体ご飯出してくれる。

 

 

全然関係ないけど東條兄妹は下ネタ耐性が高いよ。二人のお父さんのせいだと思う。

 

 

「で、姉ちゃんは何でいるの」

「受験勉強しに来たに決まってるでしょ」

「二人とも頭いいんだから余裕だろうに」

「備あれば憂いなし。逆に慢心して落ちるようなことがあったらたまったもんじゃないからな、ちゃんと勉強しておくのが最善策さ」

「本音は?」

「えみちゃんとイチャイチャさせていただいております」

「捏造すんな!!」

「はっはっはっ情熱的だな」

 

 

姉ちゃんはよく光さんと勉強してる。なんの勉強してるかは知らないけど。そりゃ男女二人で同じ部屋にいたら何も起きないはずがなく。いやこの二人揃ってヘタレだから何も起きなさそう。

 

 

すずめさん?すずめさんは色々諦めてるから一緒に勉強はしないみたいだよ。ご両親と一緒に仕事したらいいんじゃないかって光さんが言ってた。大丈夫かな。

 

 

「で、文菜ちゃんはほっといていいのか?」

「いいんじゃないですかね。もしくは春陽さん呼ぶか」

「春陽さん?!?!」

「反応がすごい」

「春陽を呼ぶと春陽の胃がメルトダウンしてしまうからやめておこうか」

「そ、そんなぁ」

「どうせ後で練習で会えるよ」

 

 

文菜ちゃんは春陽さん好きすぎてヤバいね。どうヤバいかって言われると困るけどヤバいよ。

 

 

「さ、飯食って練習行く…前に」

「?」

 

 

パンっと手を叩いて光さんがみんなを誘導するかと思ったら、光さんはおもむろに文菜ちゃんに近づいた。

 

 

「ど、どうしました…?こんな情けない私にお説教とかそういう

「隙ありー!!!」

「隙無し」

「ぐえっ!」

 

 

文菜ちゃんが怯えてぷるぷるしているところに背後から何かが襲いかかり、それを光さんが見事にキャッチ&トラップ。

 

 

光さんに捕らえられたのは、東條家の末妹である満ちゃんだった。いつのまにいたのだろう。

 

 

「何するのバカ兄貴!!」

「毎度毎度懲りないなお前は。後ろから文菜ちゃんに襲いかかるんじゃない」

「だって安心してわしわしできる人文菜さんしかいないもん」

「叶で我慢しな」

「姉貴は反撃されるし」

「さりげなく私を売るなバカ兄貴」

「1番賢いはずなのに何故こうもバカバカ言われるんだろうな…」

 

 

東條家の誇るいたずらっ子も光さんの前では無力。お兄ちゃんは強し。

 

 

「も、もう!やめなさい満!あなたのせいで下着のサイズが合わなくなるのよ!!」

「それ迷信って聞いたけどー」

「どうかな。現に文菜ちゃんはバカにできないプロポーションだし、叶もこんなんだ」

「こんなんって何よ」

「それに、わしわしされても無抵抗なひばりちゃんやむしろ楽しそうな玲ちゃんも見ての通り。文菜ちゃん同様いいリアクションをする詩穂ちゃんもなかなかのものだ。そして満が怖がってわしわししない美空ちゃんやえみちゃんは…えーっと、綺麗な流線形だ」

「あんたそれフォローになると思ってんの?」

「大丈夫だえみちゃん、俺は流線形の方が好きだ」

「あんた本当にそれフォローになると思ってんの?」

「ならないのか?」

「聞くな!!」

「満ガード」

「ぎゃあああ妹を盾にするド鬼畜兄貴いい!!!」

 

 

楽しそうで何より。姉ちゃんはちゃんと満ちゃんに当たる前に拳を止めた。すごい。

 

 

「おうこら子供達よ、早く来ないと天童さん謹製超ベリーデリシャスオムライスが冷めてしまうぞ?」

「ごめん、満がいたずらするもんだから」

「未遂だもーん」

「そうかそうか。さあ満、お母さんのところへ行こうか。きっと満の胸も立派に育つことだろう…」

「やーだー!!バカ!変態!!スケベ親父!!」

「はっはっはっお父さんのことをちゃんと理解してくれていて嬉しいぞ」

「すごい、罵倒が全く効いてない」

「うちの家族はメンタルが丈夫だからな」

「文菜ちゃん、しばらく東條家に泊めてもらったら?」

「心労で死んじゃうわ…」

「そこまではいかないんじゃない」

 

 

天童さん…叶ちゃん達のおとうさんは、割と忙しい人だからあまり会わないけど、大体いつも無敵でびっくりする。

 

 

台所の方から希さんも出てきた。

 

 

「みんなー、早くご飯食べんと練習遅れるよー」

「はーい。さぁ、いい加減ご飯食べようか」

「ご馳走になります」

「いっぱい食べてねー」

 

 

希さんは天童さんとは別の方向性で強い人だ。いつも落ち着いている。

 

 

「希さんに聞くのもなんですけど、文菜ちゃん大丈夫だと思います?」

 

 

希さんとうちの母さんと文菜ちゃんのお母さんは仲良しで、週一くらいで3人で会っている。たまに父親たちも混じる。

 

 

だから文菜ちゃんがマジで精神面がヤバいようなら察してくれてると思うんだ。

 

 

実際僕は結構心配なんだ。授業中や教室にいる時はともかく、僕ら幼馴染たちしかいない時はだいたい胃が痛そうな顔をしているから。

 

 

だけど、希さんは、

 

 

「大丈夫や」

 

 

全然気にしてなさそうにそう言った。

 

 

「根拠は?」

「文菜ちゃんはえりちより大地さんに似てるから」

「…そうですか?」

「うん。金髪だし、見た目はえりちに似てるけど、中身は大地さんによく似てる。…えりちと大地さんって真逆なんよ。えりちは普段は冷静で頭も回るけど、焦った時とか追い詰められた時とか、余裕が無い時に弱いの。でも大地さんは、普段はおろおろしてるけど、余裕が無い時ほどすごい力が出せるタイプ。文菜ちゃんは、ドラマや舞台の本番では絶対に失敗しない子だってえりちが言ってたから、きっと大地さんに似てるんよ」

「はぁ」

 

 

それはそれで大丈夫なのかな。文菜ちゃんのお父さん、人気俳優だからあまり会ったことないけど、テレビで見るよりはるかに頼りない感じだったけど。

 

 

「絶対失敗しない、いつも通りにやれば必ずうまくいく。だから文菜ちゃんは頼まれたお仕事を絶対に断らない。経験上うまくいくって知ってるから」

「なんか危なっかしいですけど」

「大丈夫。うちの光と同じように、親の才能をまるっきり引き継いで生まれた子だから」

 

 

才能を引き継いだ子。

 

 

僕のようにダウンサイジングされて受け継いだわけでも、玲ちゃんのように一部だけ受け継いだわけでも、美空さんのように一片も受け継がなかったわけでもない。光さん、ひばりさん、姫華さん、文菜ちゃんの4人だけは、親が持っていた才能を完全に、もしくはより強く引き継いだ。

 

 

そんな文菜ちゃんを見る希さんは、友人の娘というよりは昔の姿の友人を見ているかのように見えた。

 

 

「だから、大丈夫。やるしかないって思ったら失敗しないって本人もわかってるから、文菜ちゃんは潰れんよ」

 

 

親の昔の話なんて知らないけど。

 

 

一度も失敗することがなかったIFの世界の友人を見ているような眼差しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛…………ついに収録の日が来ちゃったわ…」

 

 

我ながらすごい声が出たわ。

 

 

しかもこのドラマ、いつもと違ってお母様もお父様もいらっしゃらない。当然春陽さんもいない。完全に私一人だけ。

 

 

いえ、もちろん他の演者の方々もいらっしゃるけど、知人がいないってこと。

 

 

さすがにこれは初めてだわ。

 

 

そろそろ緊張で死んじゃうんじゃないかしら。

 

 

「文菜さん、そろそろ時間ですよ」

「はい。準備はできています」

 

 

心の準備はできてないけど!!

 

 

でも時間が来たなら行くしかないのよ…。逃げたところでどうにもならないし。他の方々にご迷惑がかかるし。

 

 

あーでも出る前に春陽さんに電話くらいしたかったわ…。

 

 

…。

 

 

春陽さんは今日はいない。お母様もお父様もいない。誰かがいることを心の糧にはできない。

 

 

私一人で頑張らなきゃいけない。

 

 

…そもそも何で、私はこんなに弱虫になってしまったのだろう。叶のように活発ではなかったけれど、それほど人見知りではなかったと思う。

 

 

いや、小学校に入るまでほとんど幼馴染以外の人と合わなかったからわからないわね。元々人見知りではあったのかも。

 

 

小学校に入った時も、子役として初めて出演した時も、怖がってると思われないように演技してた気がするし。

 

 

じゃあ、なんでそれでも女優業なんてしているのだろう。

 

 

それは簡単なことよ。

 

 

『文菜ちゃんやっぱり演技上手だね。この前のドラマ見て姉ちゃん泣いてたよ』

『泣いてないわよ!!』

『ぶげっ』

『ま、まあ感動したのは本当だけど!』

『僕も感動したよ』

『あんたこそ泣いてたでしょ』

『泣いてないよ』

 

 

えみさんと紫苑が感動したって言ってくれたから。

 

 

『はーっ、あんた本当にすごいわね。あんな舞台初めて見たわよ』

『うんうん、才能の塊って感じだ。いや、努力の賜物って言った方がいいのかな?」

『ふーんだ。私は別に…

『満なんて最後立ち上がって拍手してたじゃない』

『しーてーなーいー!!』

 

 

光さんと叶と満がすごいって言ってくれたから。

 

 

『玲は文菜ちゃんの演技好きだよ!いつもドラマ見てる!』

『うん、澪も好き。家族みんなで見てるよ』

『見て見て、これ文菜ちゃんが写ってるポスター!』

『それ本人に見せちゃうの…?』

 

 

玲さんと澪が好きだって言ってくれたから。

 

 

『文菜ちゃんが頑張ってるのを見てるとねぇ〜、私も頑張ろ〜って思うの〜』

『…元気もらえる。文菜が頑張ってるんだから、私も頑張ろうって思える』

『一緒に頑張ろうねぇ』

『…うん』

 

 

すずめさんとひばりが元気をもらえるって言ってくれたから。

 

 

『もちろん、私も文菜が出演しているドラマを見ていますよ。日本舞踊を学ぶ者としても、スクールアイドルとしても学ぶべき点が多いですから。私、こう見えてあなたを尊敬しているのですよ?劇中であればほとんどなんでもできるのですから。まあ普段はアレですが』

 

 

美空さんが尊敬してるって言ってくれたから。

 

 

『私がドラマを見てるのが意外?私はいつでも座学ばかりしているわけじゃないのよ。そもそも天才なんだからそんなに必死にお勉強する必要もないし。むしろ、それよりも同じ天才の所業を観察していた方が遥かに有意義だわ』

 

 

姫華さんが私を天才だって言ってくれたから。

 

 

『文菜ちゃんのドラマとか舞台とか見てるとね、なんだか胸の奥がぎゅんぎゅんして、頭がくらくらして、なんだか別の世界にいるみたいになるんだ!』

『字面だけ見るとドラッグキメてそうな言い方だな…。でも言いたいことはわからなくもない。本当に別の存在がそこにいると錯覚しそうな、そんな演技だと思う。ただうまいだけじゃなくて、人を惹きつける魅力がある』

『もう、文菜ちゃんは年上なんだから敬語使わなきゃだめだよ椿!』

『今更そんなことを言うような間柄じゃないだろ?!』

 

 

詩穂と椿が惹きつける魅力があるって言ってくれた。

 

 

そして。

 

 

『…僕はね、前はもっと人見知りが酷かったんだよ。でも、同じ人見知りの文菜ちゃんが沢山の人と一緒にお仕事してるのを見てると、僕も人見知りだからって情けないところ見せられないなって思えるんだ。それに、文菜ちゃんが頑張った後に僕に色々話してくれる時の文菜ちゃんはとっても目をキラキラさせてるから、ああ、文菜ちゃんはこのお仕事が本当に好きなんだなってわかるんだ』

 

 

春陽さんが褒めてくれたから。

 

 

『きっと辛いこともたくさんあると思うけど、一緒に頑張ろう?僕は絶対、文菜ちゃんの頑張りを見届ける。側にいられない時も、心は一緒にいるよ。たとえ周りに知ってる人がいなくても、心の奥で僕が一緒にいてあげる。だから君は一人じゃないよ』

 

 

携帯を胸の前で握りしめる。携帯に付けてある、春陽さんからもらった歯車のストラップが揺れる。

 

 

そう、私が女優を続けるのは、この仕事が好きだし、何よりみんなが私を見てくれるから。この一点だけは誰にも負けないってみんなが信じてくれているから。

 

 

紫苑も「ネームが思いつかない…」ってへこんでることがある。叶もお兄さんに追いつけないことに悩んでいる時がある。ひばりも指に針を刺してしまって、生地を汚してしゅんとしていることがある。詩穂も彼女のお父さんのボイストレーニングが大変で疲れ果てている時がある。

 

 

私一人だけ、逃げているわけにはいかないの。

 

 

「台本は…」

「大丈夫、全部覚えてきました」

 

 

さっきメールを確認したら、春陽さんから「頑張ってね」ってメールが来ていた。

 

 

そう、私は一人じゃないわ。沢山の幼馴染が応援してくれている。

 

 

ええ、そうよ。天才女優なんだもの。自分自身すらも騙し通しましょう。

 

 

顔を上げる。しっかり前を向く。携帯をマネージャーに預けて、私は歩を進める。

 

 

「皆様、おはようございます。今日も一日よろしくお願いします」

 

 

今日の私は、私の役は「高級旅館の女将の娘で殺人犯」よ。

 

 

役らしく、後ろ暗い気持ちは怨念に変えて、執念深く演じきりましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはドラマの放映が終わった後、つまり結構先の未来の会話。

 

 

「いやあ、まさか主演で真犯人とは思わなかった」

「ほんとよ。しかも最後のシーンめちゃくちゃ怖かったじゃない」

「やめてぇ…私の目の前で評価しないで…」

「ものすごい気迫だったなぁ。鳥肌立ったよ」

「アレはたしかに怖いもの苦手な絵里さんとか大地さんには任せられないかもしれないわね。姫華さん、セリフ覚えてる?」

「もちろんよ。『うふ、うふふふふ。アハハハハハハ!!これでみんなずっと一緒なの…ずっとずっと永遠に、未来永劫一緒にいられるのよ!!さあ、さあ、刑事さん、私気に入ったわ、あなたもぜひ、一緒に、私たちと一緒に暮らしましょう、永遠に!!』だったわ」

「やーめーてー!!恥ずかしくて死んじゃうわ!!」

「文菜ちゃん軽々しく死にすぎじゃない?」

「その後、最初の被害者のはずの恋人に射殺されたところも凄かったです…思わず悲鳴を上げてしまいました」

「…文菜、あの時顔から倒れてたように見えたけど。大丈夫だった?」

「大丈夫じゃなかったわよ…鼻血出たわ…」

「クッションとかあったわけじゃないんだね」

 

 

ドラマが放映されるたびに毎週部室でドラマの評論会が行われてた。その度に文菜ちゃんの精神が削れる。

 

 

「で、でも、やっぱり文菜ちゃんはすごいね。一人でもあれだけの演技ができるなんて…」

「春陽が応援に行ってたらもっと本気出してたかもな?」

「流石に行けないよ…部外者だし…」

 

 

まあ春陽さんがいるだけで文菜ちゃんはちょっと元気になるんだけどね。

 

 

「…みんなのおかげよ」

「ん?」

「みんなが、私を褒めてくれるから。みんなの期待に応えなきゃって思えたから頑張れたの」

「文菜ちゃん…」

「だから…みんな、ありがとう」

 

 

机に突っ伏しながらも、少し照れてそんなことを言う文菜ちゃんはもう紛れもなく物語のヒロインだった。

 

 

素でもこれってずるいね。

 

 

「……………よっしゃ練習するかー!!」

「えぇっ?!そこは何か、どういたしましてとかそういう返事が来るところじゃあ…?!」

「さー行くわよー!ドリンクお願いね兄貴!」

「お、遅れるんじゃないわよー!」

「い…行っくにゃー!!」

「ちょっと?!みんなどうしたのよ!」

「ふふふ…みんなちょっと照れちゃったみたいよ?私も不覚にもときめいちゃったから、先行くわね」

「ええ?!」

「もう姫華!明言すると余計恥ずかしいじゃないですか!!」

「…………行くよお姉ちゃん」

「はぁ〜い」

「僕も行こ」

 

 

みんなそろってキュンとしてしまったからみんなで逃げた。流石は女優、男女問わず全員を一瞬で落としてしまった。恐ろしいわぁ。

 

 

 

 

 

 

「文菜ちゃん」

「何かしら、春陽さん?」

「…頑張ったね」

「…うん!!」

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

文菜ちゃん回なのに文菜ちゃん視点が少ない件。仕方ないですよ!!新世代はそんなに深掘りしてないですもん!!!
でも新世代の子たちの雰囲気もだいたい伝わったらいいなと思います。みんな両親に似ているところを持ってるので、そこらへんで誰の子供かってわかりやすく…なってるといいなぁ。


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(延長戦)ユニットデート:printemps


ご覧いただきありがとうございます。

お久しぶりです。少なくとも月1くらいで投稿していきたい所存です。そして1ヶ月経つと前回から何人お気に入り者数が増減したのか記憶の彼方に…!新たにお気に入りしてくださった方々がいるのは間違いないのですけど、具体的に何人かはもはやわからないのです…減ったりもしますからね!でも新たに登録してくださった方々ありがとうございます!!

今回は未来の子供達ではなく、本編直後のおまけ話を書いてみました。そういえばユニットで何かする場面少なかったなーと思いまして。男性陣も珍しい組み合わせになるのでそれもまた面白そうだなって!

つまり思いつきです。(この作品全体的に思いつきの塊だけど)


といつわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

「それでね!桜くんと一緒にフランス行ってきたの!!」

「私もこの前行ってきたよ!」

「いいなぁ〜フランス…照真くん一緒に行ってくれるかなぁ…」

 

 

どこぞの喫茶店で談笑する女子3人組。言うまでもなく、元μ'sの高坂穂乃果、南ことり、小泉花陽の3人。相変わらず仲良しで何よりだ。

 

 

まあそれはいいんだよそれは。

 

 

「俺はわざわざついて来なきゃならなかったか…?」

「…俺に聞くなよ」

「お前以外誰に聞くんだ。湯川は話聞いてねーし」

「湯川は話聞いてねーわけじゃない」

「聞いてんのかよ」

 

 

なんで全員彼氏同伴なのかが問題なんだよ。

 

 

俺と雪村と湯川って全員隠キャじゃねーかよ。せめて天童さんか茜あたり呼ぼうぜ。この面子は本当に会話のネタがないしあったとしても続かない。

 

 

「喫茶店で仕事できないわけじゃねーけど、俺一人だけ仕事するのもな…」

「…俺も出来なくはない」

「そりゃ車椅子にミシンが載ってるんだからできなくはないだろうが、喫茶店で服作ってるやつがいたら流石に驚くぞ」

「驚かれるだけだろう?」

「何で驚かれるだけならセーフみたいなノリなんだよ」

 

 

変な目で見られるからやめろ。

 

 

「驚かれるだけなら既に湯川照真が通過しただろ」

「何だよ何やらかしたんだ。面倒ごとはごめんだぞ俺は」

「…さっきコーヒーに変な錠剤入れていたぞ」

「おい待て、俺が見てないうちに何してんだ。お前が食い物に何かするとロクなことにならねーのは知ってんだぞ」

「カフェイン分解錠」

「何でお前コーヒー頼んだんだ?!」

 

 

本当に理解が追いつかないことをするのはやめてくれ。そんなに丈夫な心臓はしてねーんだよ。

 

 

「そりゃコーヒーに謎の錠剤入れてたら驚くわ。いやコーヒーじゃなくても驚く。せめて粉にして砂糖か何かに偽装してくれ」

「せめて粉にして砂糖か何かに偽装すれば大丈夫なのか?」

「まあ…自分で飲む分にはいいんじゃねーか。他人の飲み物に入れてたら警察に連れていかれるだろーが」

「…未遂でよかったな」

「ああ、未遂でよかった」

「まさかやろうとしてたのか?」

「…お前のコーヒーに入れようとしていたぞ」

「お前のコーヒーに入れようとしていた。カフェインは良くない」

「だからカフェインを避ける奴はコーヒーなんか頼まねーんだって!!」

 

 

冗談抜きで手に負えない。羞恥心を放り出した雪村、常識を投げ捨てた湯川。その対処をするのはこの俺人殺し。こんな地獄絵図は地球上どこを探してもここしかない。他にあったら始末に困る。

 

 

「ふふふっ、桜くんも楽しそうでよかった!」

「おい節穴。どこをどう見たら楽しそうに見える」

「でも桜さん、いつもよりテンション高いですよね」

「うんうん、楽しそう!」

「やめろ。俺がツッコミ役みたいだろーが」

「…男なんだからツッコ

「黙れ」

 

 

不意打ちで下ネタを差し込むな。

 

 

「次はどこ行こうかなー」

「私、服買いに行きたいなぁ…」

「あっ!じゃあ瑞貴さんのお店行かない?」

「いいね!行こう行こう!」

「…………ついていかないとダメか?」

「ついて来てくれないの?!」

「俺いらねーだろ…」

 

 

喫茶店を出るとなると仕事も出来ない。帰らせてくれ。

 

 

「そんな…桜さん、彼女を置いて帰るなんて」

「ひどい…穂乃果ちゃんかわいそう…」

「ぐっ…いや、俺には仕事があってだな…」

「桜くんならお仕事すぐ終わるよ!」

「ま、まぁ確かに作曲依頼なんかすぐ終わるんだが」

「じゃあ行こうよ!」

「ぬぅ…」

 

 

ダメだ、あらゆる反論が効く気配がない。無理ゲーだ。そもそも穂乃果は人の話を聞かないし、どうあっても連行される気がする。

 

 

だが、穂乃果以上に男連中の相手が面倒なんだよな…。

 

 

「…それとも、私と一緒は嫌?」

「うっ、いや、そういうわけじゃねーが…」

「じゃあ行こうよ!」

「くっそ…!どうあっても離さない気か!!」

「もちろん!」

「堂々と言うな!!」

「ふふふっ仲良しだね」

「ねーっ」

「やかましい!」

 

 

だが穂乃果の押しが強い。それはもう圧倒的に強い。いや前からゴリ押ししてくるヤツではあったが、なんかこう、ちょっと弱気な雰囲気を出されると強く言えなくなってしまう。

 

 

あれか。惚れた弱みとか言うやつか。

 

 

うるせーバカ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪村の店というのは、別に雪村が経営しているわけではない。こいつにそんな能力はない。

 

 

経営自体は茜が主導していて、雪村は品を卸す係だ。値は張るが、その品質は世界に誇るレベルの代物だ。いや本当に値は張るが。

 

 

そしてありがたいのが、特に性別を指定したタイプの店ではないということだ。婦人服専門店とかだと死ぬほど入りづらいから助かる。

 

 

「まあ俺は買わないけどな」

「私が選んであげる!」

「今俺買わないって言ったよな?」

「…買わんのか」

「プレッシャーかけんな」

 

 

だが俺は服は買わない。ジーパンといつものコートとTシャツがあれば十分だ。冬はもう一枚くらい着るが。

 

 

「だいたい今回は小泉が服買いに来たんだろ。紳士服に用はないはずだ」

「あ…えっと」

「何だよ」

「あの…私が欲しかったのは、照真くんの服で…」

「……………ん?」

「照真くん、自分で服を買ったりしないから…たまに私が買いに来るんです」

「…介護されてるおじいさんかお前は」

「介護されてるおじいさんなのか?」

「疑問形で返されても困るわ」

 

 

まさかの目的は紳士服だった。湯川こいつ全部を小泉に任せてるのかよ。大丈夫なのか男として。

 

 

「よーし、じゃあ私も桜くんの服を選んであげるね!!」

「いらん」

「即答?!」

 

 

穂乃果はいらんことを考えるな。

 

 

「私結構服のセンス自信あるのにー」

「ほんとにお前の自信はどこから湧いてくるんだよ」

「これとか似合いそう!」

「お前定期的に人の話を聞かなくなるな?」

「桜くんこれ着てみて!」

「マジで話聞いてないなお前」

 

 

そして話を聞け。

 

 

「…俺の服が気に入らないのか」

「勘弁してくれ、これ以上相手するのがめんどくさいのを増やされると手に負えない」

「…なんだと」

「あぁ〜っダメですよ桜さん!瑞貴さんは意外と短気なんですから!」

「ホントにめんどくせーな?!」

 

 

あっちもこっちも面倒くさいのが湧いている。せめて湯川は俺の管轄外であってほしい…とか願うと悪い方向に行きそうで怖いな?

 

 

「はぁ〜っ!照真くんやっぱりなんでも似合うね!次これ着てみて!」

「次これ着るのか」

「うん!」

「悪い予感は当たらなくて良かったが…もはや着せ替え人形みたいになってるんだが?」

「桜くーんこれ着てみてよー」

「やかましい俺はこの服が一番気に入ってんだ」

「いつまでも刃物持ち歩いてちゃだめだよ!!」

「うるせーわかってるわ!!あーっバカ今ここで脱がせようとするな!!」

「脱がせないと脱がないじゃん!!」

「時間と場所を弁えろ!!」

 

 

湯川は俺に突っかかってこなさそうだからよかったが、それより穂乃果が問題だ。雪村もアレだがとにかく穂乃果。強引の化身みたいなやつだ。

 

 

このままだと公衆の面前で脱がされる羽目になりそうだったから、観念して試着室に入る。渡された服は…いや服だけじゃなくて帽子とかもあるんだが。

 

 

俺も着せ替え人形の運命か…。仕方ない、上は上着だけだからTシャツはそのまま着てろってことか?上着は黒い薄手の長袖。いつものコートほど分厚くないし刃物も隠せない…不安だ。下は黒い…なんだ、細いやつだ。具体的な名前は知らん。細いやつの長ズボン。

 

 

まあいつもより涼しいっちゃ涼しい格好だな。あと帽子か。あの野球帽みたいなアレ。

 

 

「…ほら、これで満足か」

「ふわぁああ…ダメだよ桜くん、そんなに似合うと思わなかったからにやけちゃう…」

「何言ってんだお前」

 

 

何なんだよ。

 

 

穂乃果の顔はふやけていたが、何故か関係ない奴が割り込んできた。

 

 

「…ふん、普通だな。あれだ、オー…えっと、オーノードッグ?」

「オーソドックスだよ」

「そう、オーソドックス。つまり捻りがなくてつまらない。俺に任せろ」

「何で雪村が出てくるんだよ」

「バカにされたままでいられるか」

「短気な上に根に持つタイプかよ怖えな」

 

 

さっきめんどくさいと言ったのの仕返しのつもりなのか、何故か雪村が難癖つけてきた。穂乃果ならまだしも何でお前の着せ替え人形やらなきゃならねーんだよ。

 

 

反抗したらめんどくさそうだから言うこと聞くけどさ。

 

 

で、野球帽の代わりにニット帽を被らされ、サングラスをかけさせられ、上着はサイズのでかいパーカー、Tシャツはギザギザした縞模様、ごついネックレスと指輪、腕時計。ズボンはそのままらしい。

 

 

「…なんかガラ悪そうなファッションだな?」

「…刃物を持ち歩いているくせにガラが悪いも何もない」

「関係ねーだろそれ」

「お前は目つきが悪いからガラが悪く見える」

「ただの悪口じゃねーか」

「ピアス穴はないようだからノンホールピアスだな」

「さらにガラ悪くすんのかよ」

「…文句ばかり言うな」

「望んで頼んでねーんだよ俺は」

 

 

なんか成金とヤンキーの中間みたいな格好になってきた。

 

 

「これ似合ってんのか?」

「左手をポケットに突っ込んで」

「おいコラ何しやがる」

「ポーズをとれ。高坂穂乃果に見せるためだぞ」

「それで納得すると思うのかよ」

「壁に寄りかかって足をクロス」

「なんだ俺の周りには話聞かないやつしかいねーのか??」

「ちょっと上を向け」

「あーはいはい抵抗は無駄ってか」

 

 

こっちの都合など知ったこっちゃねーやくらいの勢いでポーズにまで手を出す雪村。そういえばファッションショーなんかも開くやつだったなこいつ。

 

 

それよりも話聞かないやつが多すぎる。前々から「μ'sのみんなが話聞いてくれない」と嘆いていた茜の気持ちがわかりそうだ。

 

 

「…マジで不良っぽくなったが大丈夫なのか本当に」

「目つきが悪く、癖毛で、線は細いが背が高い。中身だけではなく外見まで現代のアーティストといった感じだ、今時これくらいが流行る」

「流行りの問題かよ」

「…流行を作り出すのもアーティストの嗜みだろう?」

「あー…まあ、気持ちはわかる」

 

 

…確かに、やってることがまるで違うから気にしていなかったが、芸術家という意味では同じ職種の仲間だ。茜にしても同じことだが、案外作品に対するスタンスってのは似たようなものだったりする。

 

 

話を聞かないのも、そういう人種だからかもしれない。俺も音楽の話だったら一方的に話しそうだしな。

 

 

「…お披露目だ」

「なんか微妙に緊張するな…」

「…サングラスの下から見下す感じで」

「俺はモデルか何かかよ」

「今は俺のモデル役だ。開けるぞ」

「へいへい」

 

 

俺もこんなにゴリ押ししてるんだろうか。

 

 

雪村が先に試着室を出て、外からカーテンを開けた。目の前には穂乃果たちがいるわけだが…。

 

 

「ゔっ」

「ほ、穂乃果ちゃあん!」

「どうしたの?!」

「む、むり…ちょい悪桜くんがイケメン過ぎて死んじゃう…」

「…何言ってんだお前」

 

 

穂乃果は俺を見た瞬間に胸を押さえてうずくまってしまった。失礼な。いや褒めてんのか?

 

 

「どうだ」

「雪村…お前、案外子供っぽいな」

「…なんだと」

 

 

あんまり雪村と深く関わることは少なかったんだが、こうして接してみると雰囲気に似合わず結構中身が幼い。無口かつ出不精だから余計わかりにくいが、嫌なことは露骨に嫌がるし、短気だし、得意なことを自慢したがったり、褒められてドヤ顔したりする。見た目が子供なのに中身が達観してる茜とは正反対だな。

 

 

まあ雪村の方が幾分愛嬌があるか。

 

 

「照真くんもこんな服着たら…かっこいいかな…」

「湯川照真は背が高くないから上着を工夫するのはいいだろう。ただ、無表情が加速するからサングラスや帽子はやめておけ」

「なるほど…」

 

 

心なしかいつもより上機嫌で指南する雪村。まあ実際ファッションエリートではあるから別に構わないっちゃ構わないんだが。

 

 

「さ、桜くん…これ買わない?」

「値札見ろ値札」

「値札?…………高っ!!」

「普段着どころかフォーマルウェアでもないのに数十万も金は出せねーよ」

「何故だ。売り物だぞ」

「非売品かどうかを気にしてるんじゃねーんだよ」

 

 

構わないんだが、こいつの金銭感覚はバグってるから言うこと聞いてると破産する。

 

 

「うわぁ〜!ほんとにカッコいい!カッコいいよ照真くん!!」

「カッコいいのか」

「とりあえずアレはいつまでやってんだ」

「そろそろ止めよっか…」

 

 

ちなみに小泉と湯川は最後まで延々と着せ替え人形していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で?なんでわざわざタワレコに来たんだよ」

「桜くんの新曲出たじゃん」

「買わなくても聴けるだろーよお前は…」

「ことりちゃんと花陽ちゃんにあげるんだもーん」

「それぞれに買わせろよ」

 

 

服屋を出た後はなぜかタワレコに来ていた。俺の新曲がデカデカと掲げられていて誠に心臓に悪い。

 

 

「私が買っても一緒じゃん!」

「一緒じゃねーよ浪費家め。俺が財布管理してやってるからお前の金が消えないんだぞわかれ」

「そんなことないもん!」

「あるわバカ」

 

 

穂乃果は気に入ったものをすぐ買ってしまうから自重して欲しい。

 

 

「桜さんの曲、たくさんありますね…」

「そりゃたくさん作ったからな。演奏もその分だけしたしな」

「オーケストラとかもあるんですね!桜さんと一緒に演奏するの大変そう…」

「誰とも一緒に演奏してないぞ」

「えっ」

「全部多重録音だ」

「えぇ…」

「桜くん引きこもりだから」

「誰が引きこもりだバカ穂乃果」

「バカじゃないもん!!」

 

 

オーケストラに限らず、吹奏楽やバンドなんかも全て俺一人でやっている。そりゃ俺より上手い人はいないからな。俺の知る限り。

 

 

自分で曲作って自分で演奏するのが一番出来がいい。

 

 

「…水橋桜の曲は聴いた事がないな」

「ほんとかよ。そこらへんで流れてることもあるんだから知らない間に聴いてたってのもあると思うんだがな」

「俺がそんなものを覚えてられるとでも?」

「自慢げに言うな」

 

 

開き直るなよ。バカと言われたら怒るくせにこいつ。

 

 

「照真くんはここ来るのはじめてだね」

「ここ来るのははじめてだな。花陽が持っているCDと同じものがたくさんある」

「うん、お金を払うと買えるんだよ」

「お金を払うと買えるのか」

「いや知識そのレベルなのかよ」

「…想像以上に常識が欠けてるな」

 

 

そもそも金銭取引の感覚があるのかこいつ。いくら万年引きこもりだからってそれじゃ生きていけないだろ…いや湯川に限っては生きていけそうだから困る。

 

 

そんな湯川に呆れていると、雪村が周りを見渡しているのに気がついた。見ているのはCDたちではなく、他の買い物客らしい。

 

 

「…視線を感じる」

「俺がいるからだろ。最近顔出しするようになったし、有名人がいたら誰だってそっち見るさ」

「…」

「お前だってさっきの服屋でめっちゃ見られてたじゃねーか…嫉妬心全開にすんな。そんな睨むなよ」

「睨んでいない」

「目が怖いんだよ目が」

 

 

湯川にしろ雪村にしろお子様ばっかりかよ。

 

 

「花陽の歌とは違うな」

「いろんな曲があるんだよ」

「歌じゃないものもある」

「音楽って種類も多いから」

「民族楽器…そういうのもあるのか」

「そういうのも素敵だよねー」

「…なあ穂乃果、あれはちゃんと会話できてるのか?俺には湯川が話を聞いているようには見えんのだが」

「ど、どうかな…?」

 

 

流石にもうわかっていると思うが、湯川は聞いた言葉を繰り返す癖がある。しかしそれは会話をしている時に限り、独り言を話している時は起きない。というのを天童さんが発見した。

 

 

つまり今、湯川は小泉の相槌をまったく聞いていないことになる。

 

 

それでも話しかけ続けるのは小泉がすごいのかなんなのか。

 

 

「ここまで特殊な恋人たちは珍しいな…」

「桜くん他にカップル見たことあるの?」

「あるわ。周りにいっぱいいるだろーが。…でも確かにまともなカップルいない気がするな」

「…そうか?」

「いや…案外お前らは普通枠かもしれないな…」

 

 

雪村と南はそりゃもうベッタベタのベッタベタにくっついているが、案外カップルとしてはノーマルなのかもしれない。

 

 

天童さんとか松下さんみたいなやることなすこと全部筒抜けなのは普通じゃないだろうし、藤牧みたいなのがまともな恋愛ができる気はしない。常識人筆頭の御影さんがデートしている姿は見たことがないからわからんし、滞嶺は何でもパワーで解決しそうな気がする。

 

 

自分は…まともだと思いたい。

 

 

…しかし、こうして考えてみるとほんとに変な縁が結ばれてるもんだな。およそ一般的とは言えないような天才奇才が集まって出かけているなんて、なかなか無い状況だろう。

 

 

この状況の発端はμ's、ひいてはそのリーダーで創設者の穂乃果だ。

 

 

こいつはこいつで、一種の天才なのかもしれないな。

 

 

「ねーねー桜くん!!あっちに桜くんの等身大パネルがある!!」

「そんなことわざわざ伝えに来なくていーんだよ。つーか知りたくなかった」

「見に行こうよ!!」

「嫌に決まってんだろ何が悲しくて自分の等身大パネルなんか見なきゃならねーんだ」

「嫌なの?」

「何で嬉しいのがデフォみたいな雰囲気なんだよ」

 

 

いややっぱこいつは馬鹿だ。

 

 





最後までご覧いただきありがとうございました。

久しぶりの巻き込まれ大魔王桜さん。元気にツッコミ役してくれています。
あまり関わる機会が多くなかった3人だったのですが、よく喋るタイプがいないので基本会話は弾みません。湯川くんは特に。でも3人ともちょっと子供っぽい部分があるので案外相性は良さそうですね。

残りのユニットも書いていくつもりなのでお待ち下さい。

…え?Aqours編?書いてますよ!書いてます!!ストックしてるんです、詰まった時に投稿が遅れないように!!



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(延長戦)ユニットデート:lily white


ご覧いただきありがとうございます。

皆様LOST WORLDは楽しんでいらっしゃるでしょうか!!虹ヶ咲のアニメも楽しんでいらっしゃるでしょうか!!ラブライブシリーズの展開が増えていくのは嬉しいですね…!これは虹ヶ咲編も作らねばならない流れ…?!(Aqours編をはよ作れ)

今回はprintempsに続いてリリホワのお話です。


というわけで、どうぞご覧下さい。




 

 

 

 

 

「山登りなんて久しぶりだから楽しみだな!!」

「せやね、怪我せんように気をつけてね?」

「はっはっはっこの天童さんがそんなヘマをするわけない…なくない?」

 

 

まだ日が上ったばかりの早朝なのに、ちょっと前でテンション高めなのは天童さんと希のカップル。俺はげんなりしている凛を背負って歩いているところだ。

 

 

凛がげんなりしている理由は当然、山だ。高校一年の時に海未に山登りさせられたのが余程効いたらしい。

 

 

で、当の海未は。

 

 

「んふーっ楽しみですね明さん!!」

「え、ええ…そうですね…」

「………松下さん、やばくなったら最悪俺が運びますから」

「はい…ぜひお願いします…」

 

 

彼氏を置いてけぼりにしている。テンション的な意味で。

 

 

そりゃそうだ。松下さんは根っからのインドア派なんだから。山登りなんて苦行でしかない。

 

 

それでも引き受けたのは、読心を使うまでもなく海未がウキウキノリノリだったからだろう。俺だって凛がノリノリだったら何でも引き受けてしまう自信がある。

 

 

「ぷークスクス。明クンよ、そんなテンションで大丈夫か?明日筋肉痛になっちゃっても知らないぜ?」

「…ちょっと黙ってくれませんか?」

「あらやだこわーい。安心しな、何があっても俺と滞嶺君で最後まで連れて行ってやるよ。如何に無様を晒そうとなぁ!!ふはははは!!」

「明日以降、社会的に抹殺されても文句言わないでくださいね?」

「そういう方向の攻撃は卑怯だぞ」

 

 

で、もう一つ懸念を挙げるとすればこの二人だ。行動を読む天童さんと心を読む松下さんは微妙に相性がよくないらしく、若干気が重い。

 

 

そういう仲裁をするのは得意じゃないんだよな。ぶん投げて解決するのは得意なんだが。

 

 

「う〜…凛も頑張って歩く…」

「無理しなくていいんだぞ。軽いし」

「ううん、大丈夫にゃ。創ちゃんの隣で歩きたいし」

「…そ、そうか」

 

 

背中でもぞもぞしていた凛も自力で山を登る覚悟を決めたようだ。まあ、前みたいな結構なヤバさの山ではないし、凛の身体能力なら問題ないだろう。

 

 

嬉しいことも言ってくれているしな。

 

 

「見て見て奥さん。あんなところで青春してますわよ」

「ほんとやねぇ、微笑ましいね」

「…わ、私も明さんの隣を歩きますね」

「ええ、それはとても嬉しいのですが、ゆっくりお願いしますね?ゆっくり進んでくださいね??」

「はい!もちろんです!!」

「あっちょっと待って基準を僕にっ、貴女の基準でゆっくりでは意味が…!!」

「海未ちゃんテンション上がりまくってんなぁ」

「うちらも手繋いで並んで歩こっか」

「任せんさい。パワーアップした天童さんは手を繋ぐくらいなんてことないぜ!!」

「冷や汗かいてる」

「…………なんてことないぜ!!!」

 

 

俺と凛を見て、残り2組が騒ぎ出した。4人とも歳上なんだが、全く歳上には見えない。

 

 

隣にいる凛を見下ろすと、凛も苦笑いして俺を見上げてきた。凛はそのまま俺の手を握って歩き出した。

 

 

まあ、細かいことは後々考えるか。

 

 

山登りは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案外山は険しくなく、ところどころ大きめの段差はあるが比較的平坦だ。少し標高も高くなって景色も良くなってきたし、このまま

 

 

「ってコラァ!!」

「どうしたんですか天童さん」

 

 

急にデカい声出されると驚くぞ。

 

 

「全っ然平坦じゃないわ!!そりゃ崖とまでは言わねぇ、重装備じゃなくても登れるレベルだけどお前ほどスイスイ登っていけるものでもないわ!!見ろ君の愛しの凛ちゃんを!!疲れ果ててるだろ!!」

「天童さんどうかしましたかにゃ?」

「ごめん全然疲れてないな!!じゃあ代わりに明を見ろ!今にも死にそうだぞ!!」

「……………………いちいち、引き合いに、出さなくて、いいんですよ…」

「すまんブチブチにキレちゃうくらいお疲れなわけね。悪かった。とまあこういうことだよ!ペース落としてペース!!」

 

 

4人を途中で追い抜きはしたが、いつのまにか結構な距離が空いていた。そんなに大変だったとは思えないが、まあ松下さんは特に日頃運動していない方だろうし、配慮は必要かもしれない。

 

 

「仕方ないっすね…。ちょっと先のベンチで凛と待ってますよ」

「バーカお前ほんとバーカ!!ちょっと先ってどこだよ!!見えねぇよ!!まさか随分先にあるアレじゃなかろうな?!」

「アレしかなくないですか?」

「ほんとバーカお前!!」

 

 

そこまで罵倒されることだろうか。

 

 

「そんなにバカだろうか…」

「もーっ!天童さんっ創ちゃんがしょんぼりしちゃったじゃないですかー!」

「この豆腐メンタルめー!!」

 

 

豆腐で悪かったな。

 

 

ちょっとへこんでしまったから、近くの岩に腰掛けて後続を待つことにした。後ろは崖だが問題ない。凛は俺の膝の上に座って頭を撫でている。これが天使か。

 

 

しばらく頭を撫でられた後、凛は俺の胸に頭をぐりぐりして甘えてきた。天使か。まごうことなき天使だな。

 

 

「…どうしたんだ凛」

「んにゃーん」

「ゔっ」

 

 

破壊力抜群の甘え顔を向けられて一瞬心臓が止まった。

 

 

ついでにのけぞったらバランス崩した。

 

 

「おっと」

「わわわっ創ちゃん?!」

 

 

バランス崩した勢いで後ろに落下。膝に乗った凛も諸共だ。

 

 

まあ崖から落ちるくらいならなんてことはない。凛を抱きかかえて、崖を何度か軽く蹴り飛ばして勢いを殺し、十分減速したタイミングで斜面に着地した。崖とは言っても切り立った岩肌ではないからな。そんな危ないところに凛を連れてはいけない。

 

 

「悪い、バランス崩した」

「大丈夫!創ちゃんと一緒なら安心にゃ」

 

 

なんていい子なんだ。一生守る。

 

 

さっさと戻るために、凛をお姫様抱っこして崖を駆け上る。駆け上るというか跳んで登ってるんだが。垂直な壁でも駆け上れるしな、跳べば。

 

 

華麗に元の場所に着地すると、ちょうど天童さんと希が到着したところだったらしく、着地の衝撃に天童さんがビビっていた。

 

 

「うおっ?!何で今下から飛んできた?!」

「ちょっと落ちた」

「ちょっと落ちたでそんな平然としていられる高さじゃないんですけど?!」

「そうですか?崖っぽいですけど斜面だから死にはしませんよ」

「俺からしたらこれは斜面じゃなくて壁なんだよなぁ!」

 

 

天童さんがビビり散らしているがなぜだろう。希も遠い目をしている。変なことをしただろうか。

 

 

「…はぁ、はぁっ、むっ無駄ですよ天童君。どうやら、っ、彼の中では、大したことではない、ようなので」

「マジかよ那珂ちゃんのファン辞めます。これだから天才は…!」

「あなたも天才じゃねぇですか」

「もちろん俺も含めてだぜ。てか滞嶺君敬語崩れてきてないかね?」

「まあ慣れた仲だからいいかと思って」

「なんだよ天童さんはちょっと嬉しいぞこのやろう」

「いっくん友達少ないもんねー」

「うるせぇ!知人は並の人間の数百倍はおるわ!!」

 

 

後ろから松下さんも海未に支えられて追いついてきた。海未は若干しょげている。山登りにテンションを上げすぎて松下さんの体力を根こそぎ奪ったことに罪悪感でも感じているのだろう。

 

 

「…急で悪いんだが、希は何で天童さんをいっくんと呼んでんだ?」

「名前が一位だからいっくん」

「やたら可愛らしいな」

「やめんか。せっかく慣れてきたというのにちょっと恥ずかしくなるだろ」

「いっく〜ん」

「くぉーら背中に頭をぐりぐりするんじゃない。ラブラブカップルを見せつけるのは今じゃないぜ」

 

 

今更だが本当に仲良いなこの二人。天童さんはだいたいいつも胡散臭いのに、希といる時だけはただのいい人に見える。見えるだけかもしれないが。

 

 

「うーっ凛も負けないにゃ」

「ん゛っ、どうっどうしたんだ凛」

「凛も頭ぐりぐりして対抗するにゃ」

「おっおう」

「おい滞嶺鼻血出てんぞ」

 

 

仲のいい二人を見て凛が対抗心を燃やしたようで、俺の胸に頭をぐりぐりしだした。やめろ、可愛さが限界突破して俺が死ぬ。

 

 

そしてよく見ると海未も松下さんに頭をぐりぐりしていた。負けず嫌いかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっほー!!ついに山頂に到着だな!!いやーいい景色だ、雲が近い!!」

「んーっ、スピリチュアルやね!」

「や、やっと着きましたか…はぁ、つ、疲れた…」

 

 

全部で1時間以上歩いただろうか、ついに山頂にたどり着いた。なるほど、この程度の傾斜でも長く登ればこんなに高くまでこれるのか。山はすごいな。

 

 

「わぁ…すっごく高いにゃー」

「そうだな。足場は悪いが、もう少し登れるところがあるぞ」

「行ってみよ!」

「山登りを嫌がっていた割にはアクティブだな…」

「前みたいに危なくないもん」

「確かにな」

 

 

凛も元気が出たようで何よりだ。険しすぎない道のりだったのがよかったのだろう。

 

 

「………あの、滞嶺君、申し訳、ありませんが、僕からしたら、ものすごく、険しい道のり、でしたよ」

「いやものすごくってほどじゃなかったが、実際楽な道のりではなかったぞ。君と凛ちゃんの身体能力の高さを思い知れちくしょう」

「…そうですか」

「そこ落ち込むところじゃないでしょお?!」

 

 

案外厳しい道のりだったようだ。

 

 

なんとなくそんな気はしていたが、俺の思う「普通」は割と普通じゃないらしい。

 

 

高校入るまではちょっと力が強い普通の男子だと思ってたんだがな。

 

 

「創ちゃんっ」

「…どうした?」

「普通でも普通じゃなくても、創ちゃんは創ちゃんだよ。凛は創ちゃんがだーい好きにゃ」

「ゔっ」

「おっと心臓発作で倒れても誰も病院まで連れて行けねーぞ?」

「罵倒にも弱いのに褒められるのにも弱いって生きづらそうですね…」

 

 

うるせぇな。

 

 

「はっはっはっ他人の心の声が聞こえちゃう誰かさんの方が生きづらいだろ絶対」

「他人の行動全部把握しないと気が済まない誰かさんには言われたくないですね?」

「ほーう言ったな貴様」

「満身創痍の僕に何をするつもりですか」

「自分の貧弱さを盾にする…だと…」

「さりげなくディスるのやめてほしいのですが」

「バレたか」

 

 

歳上2人が急に煽り合いを始めた。胃が痛くなるからやめろ。

 

 

「やめてくださいよ。何であんた達微妙に仲悪いんですか」

「んー?そりゃ才能の相性が悪いからな」

「僕は彼の心を読む。天童君はそれを念頭に入れてシナリオを組む。僕はそれを読んで、気に入らなければ裏をかく。天童君はそれを見越してシナリオを修正する…と、心理戦のイタチごっこが始まるんですよ。お互い徹底的に思い通りに動かないわけですから、気に入らないことばかりですよ」

 

 

これ以上ないくらい面倒な組み合わせだな。よく喧嘩しないでいられるもんだ。

 

 

そう思っていたが。

 

 

「まあ、だからといって嫌いなわけじゃないのさ」

「え、そうなんすか」

「そうですよ。気に入らないのは否定しませんが、人としては悪くない方ですから。他人の人生まで手の届く限り救おうとする姿勢自体は好ましいんです」

「相手を思いやり、最も傷つかせず、最も穏便に事が進むようにコントロールできる。読心とかいうレア能力の使い道としては相当倫理的に優秀だろ?流石は准教授ってところだ、割と尊敬してんだぜ」

「…なんか、意外ですね。2人ともよく険悪な雰囲気になってたと思うんですが」

「まぁ気に入らないしな」

「気に入らないですからね。今みたい僕が言おうとしたことをわざと先に言ってきたり」

「おっそ〜い♡雑ぁ〜魚♡」

「突き落としますよ?」

「こっから落ちたら死ぬなぁ」

 

 

ややこしい2人だな。

 

 

「それに共通点もあるからな」

「?」

「「愛する人を幸せにしようと思う強い意志」」

「…それは俺にもありますけど」

「もちろんそうだろうが、少し意味合いが違うんだよ。君や藤牧君、茜あたりは根っからのお人好しだから、人を大切にするのは当然ってタイプだろ?」

「あー…まぁ…」

 

 

それはまぁ、大切にするべき人はたくさんいるからな。

 

 

「俺や明はな、自己中なんだよ」

「はあ」

「普段は自分が最優先です。天童君は自分が一番優秀だという自負があるから、僕は他人に邪魔されたくないから…と理由は違いますが、まずはこの才能を自分のために使うということに関しては同じです」

「俺は他人を蔑ろにしてきたし、明は他人に無関心を貫いた。それが最も幸せになれる方法だと思ったからな」

「でも、僕の前には海未さんが…」

「俺には希ちゃんが来てくれた。そのせいで世界変わっちまったんだよ」

「自分より大事な人ができてしまいましたから。こんな僕らを愛してくれる人を、幸せにしないわけにはいかないんですよ」

 

 

驚くほど早く流れていく雲をバックに、清々しそうな表情で2人はそう言った。

 

 

なるほど、わからなくもない。俺は元々自分よりも弟達を優先してきたし、雪村さんや桜さん、御影さんは自分が幸せになるのを諦めた人だった。湯川は元々花陽のためにしか生きていないし、藤牧さんなんかは他人を救うことに人生捧げている。…茜はよくわからん。

 

 

パートナーと出会うまで、自分を最優先に生きてきたのはこの2人だけだったんだな。

 

 

俺たちの認識では、恋人とは幸せにすべき人の一人だ。勿論一番幸せにしたい人ではあるが。

 

 

でも、天童さんと松下さんは、恋人とは幸せにすべき()()()人と思っているのか。

 

 

重さが違うな。

 

 

「重すぎませんか」

「そんなことないよ。うちは幸せやん」

「はい。それにそういうところも含めて好きになったんですよ」

「あらま聞いてたのか?恥ずかしいぜちくしょう」

「どうせわかっていたのでしょう…えっ本当に恥ずかしがってるのですか?」

「俺だって常に未来予測してるわけじゃねーのー。つか心読むな変態」

「あなたに変態呼ばわりされる筋合いは無いんですけど」

 

 

今までどこにいたのか、希と海未がひょっこり顔を出した。こいつらは多少愛が重いくらい平気なのか。

 

 

と、不意に背中に何かが飛びついてきた。何かというか、間違いなく凛だが。

 

 

「ん、どうした」

「…凛も」

「ん?」

「凛も、創ちゃんの一番がいい…」

 

 

背中に顔を押し付けながらそんなことを言う凛。会話のどこを聞いてどう解釈したのかわからないが、若干しょんぼりしている。

 

 

「安心しろ」

「にゃあん」

 

 

背中から引き剥がして正面に持ってくると、ちょっと涙目で顔を赤くして目を逸らす凛がいた。ちょっとご機嫌ナナメな天使がここにいた。本格的に心臓が止まりかねないかわいさだ。

 

 

「凛は紛れもなく俺の中で一番大切な人だ。今も、これからも、ずっと」

「あぅ…」

「誰かぁー!!誰かブラックコーヒーをくれぇー!!このままでは砂糖になってしまうー!!」

「僕たちも人のことは言えないと思いますよ」

「抱けえっ!抱けっ!!抱けー!!」

「それ言いたいだけじゃないですか」

「声に出して言いたい日本語TOP10,000くらいには入るんじゃないかね」

「範囲広すぎません?」

 

 

外野が何か言ってるがほっとこう。

 

 

だいたい、愛の重みがなんだろうが関係ない。凛は誰よりも幸せにしてみせる。一つの誓いだ。

 

 

「さ、そろそろ降りてお昼ご飯食べに行こ?お腹空いて動けなくなっちゃう」

「ん?ああ、もう10時回ってんのか。案外時間かかってたんだな」

「……………あっ、そうか、降りなきゃいけないんですよね…」

「あ、明さん、帰りはロープウェイを使いましょうか…」

「ロープウェイあったんですか…」

「えっ何でロープウェイなんか使うんですか?」

「滞嶺君…明を殺す気か…?行きに様体を心配してたのは幻聴だったのか??」

「俺が担いでいきますよ」

「遠慮しておきます…」

「茜は嬉々として乗ってくるのに…」

「創ちゃん、男性がみんな茜くんみたいな感じじゃないんよ?」

 

 

いつの間にかいい時間になっていたようだ。しかしわざわざロープウェイを使うのは…お、そうだ。

 

 

「じゃあ俺は凛を担いで先に降ります」

「いやそうはならんだろ」

「しかも何で貴方達が先に到着する前提なんですか…」

「でも創ちゃんだったら先着きそうやね」

「着くでしょうね…」

 

 

何故か変な目で見られた。

 

 

 

 

 

この後、宣言通り俺は凛を背負って先に一直線に麓まで降りた。当然ロープウェイより先に着いたわけだが、ロープウェイに乗っていた4人は全員遠い目をしていた。何故だ。

 

 

ちなみに凛は俺と二人きりになれたことにご満悦のようだった。いい笑顔だったから俺の心臓は弾け飛んだ。

 

 





最後まで読んでいただきありがとうございます。

天童さんと松下さんの関係を中途半端に描写したままだったような気がしたので、せっかくなのでここで深掘りしました。あとはひたすらイチャイチャさせただけです。滞嶺君の鼻血が止まらない!笑



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(延長戦)ユニットデート:BiBi



ご覧いただきありがとうございます。

前回☆10評価をいただきまして、さらに日刊ランキングにまで名前を載せていただけました!!皆様ありがとうございます!!お気に入りしてくださった方も5人くらいいらっしゃいますし、これはまだまだ頑張れってことですよね!!頑張ります!!

今回は前々回から続くユニットデート編の3話目です。ついに主人公の波浜君の出番!!…忘れそうになりますけど波浜君が主人公なんですよね。


というわけで、どうぞご覧ください。




 

 

 

 

 

 

 

やあ皆様久しぶり。波浜茜だよ。

 

 

今日は朝からお出かけだよ。メンバーはにこちゃん、真姫ちゃん、絵里ちゃん、まっきー、御影さん、そして僕。つまり元BiBiのメンバーとその彼氏達だね。

 

 

なんか他のユニットのみんながお出かけしてたって話をにこちゃんが聞いて、たぶん羨ましくなって今回のお出かけが決まった。女の子達はともかく、僕らは珍しい組み合わせになったね。

 

 

「でも何で遊園地なの」

「デートって言ったら遊園地に決まってるじゃない」

「これデートだったんだ」

「何よ嫌なの?!」

「嬉しい嬉しい痛い痛い」

 

 

そんなわけで今は遊園地の入園チケットを買ってるところ。デートって話は今初めて聞いたんだけどね。まあにこちゃんとお出かけできるならなんだってウェルカムだよ。だから首絞めないでにこちゃん。

 

 

あっやっぱ山登りは勘弁。死ぬ。冗談抜きで死ぬ。

 

 

「遊園地とは一般的にスリルを感じるアトラクションが多い。それはつまりパートナーと共に困難に立ち向かうことに似た環境であり、信頼関係を築くには適した状況ということになる。単純に遊園地を嫌う人が少数派だと言う理由もあるだろうが」

「冷静に分析しなくていいんだよ」

「はは…そうだね、心理学的には正しそうだよね。ただまぁ、僕はお化け屋敷だけはごめんだけどね…」

「御影さん怖がりですもんね」

「お恥ずかしい…」

 

 

御影さんはこう見えて絵里ちゃんと並ぶくらい怖がりなのだ。映画では幽霊役もするし呪い殺される役もするのにね。なんかかわいそう。

 

 

「こうやって手の甲にリアルな目描いたらびっくりするかな」

「ぎゃあああああっ?!?!」

「きゃあああああっ!!!!」

「予想以上のリアクション」

「何してんのよ茜!!」

「誠にずびばぜんでじだ」

 

 

出来心でホラーな絵を描いたらすんごいびっくりされてしまった。ごめんなさい。反省はしてるから許してにこちゃん。首絞めは死ぬって。後悔はしてないけど反省はしてるから。ほんとに。

 

 

「何をしている。入園チケットは買ってきたぞ」

「みんなで買うのも時間かかるから先に6人分買っておいたわよ。お金は後でいいわ」

「今回収しとかないとみんな忘れるよ」

「最悪忘れられたとしても私達に経済的な問題は全く無いんだがな」

「じゃあ奢ってよ」

「それは不公平だと真姫が言うからな」

「ちくしょう」

 

 

知らない間にまっきーと真姫ちゃんがチケット買っててくれてた。さすがエリート仕事が早い。でもそんなにお金に余裕があるならお金出してくれてもいいのに。僕らの財布に余裕が無いわけじゃないけどね。

 

 

「もう、いつまでそこにいるつもりなの?早く行くわよ」

「真姫ちゃんがうきうきを抑え切れてない」

「うきうきなんてしてないわよ!!」

「すまなかった、真姫。さぁ行こうか」

「あっえっと、うん…」

「真姫ちゃんを一瞬で籠絡するとはさすがまっきー」

「藤牧のことまっきーって呼ぶとややこしいからやめたら?」

「今更変える気にはなれないよ。石倉と宍倉よりは間違えないよきっと」

「誰よ石倉と宍倉って」

 

 

まあまっきーと真姫ちゃんっていう呼び方が微妙にややこしいっていうのは僕もわかってたよ。でも今更だね。仕方ないね。

 

 

「真姫ちゃんとまっきー、二人合わせてまっきまき」

「何言ってんのあんた」

「面白くなかったかぁ」

 

 

語呂はいいと思ったんだけどな。こういうのは松下さんに任せた方がよさそうだね。

 

 

ま、とりあえず入園しようか。まっきーと真姫ちゃんは先入っちゃったしね。

 

 

「で、なんで御影さんと絵里ちゃんはそんな遠くにいるの」

「えっいやっべっ別に何か理由があるわけじゃないよ!!」

「そっそうよ!決して茜の手を見るのが怖いわけじゃないわ!!」

「つまり僕が怖がられてるわけか」

「自業自得でしょ」

「厳しい」

 

 

ちなみに御影さんと絵里ちゃんはかなり離れたところでそっぽ向いていた。そんなに怖かったのね。ごめんね。確かにホラー風味で描いたけどここまで効果抜群だと思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それでは行こうか」

「にこちゃん何乗りたい?」

「あんまり怖くなさそうなやつ」

「ジェットコースターとか?」

「怖い系の筆頭じゃないの!!」

「ぶぎゃる」

 

 

というわけで早速乗り物探しだよ。僕としてはジェットコースターよりフリーフォールとかの方が怖いと思うんだけどね。自由落下って怖い…怖くない?まあ怖いから苦手ってわけでもないんだけど。

 

 

「私達はどこでも構わないわよ」

「うん、ジェットコースターが苦手なわけでもないし…むしろちょっと乗ってみたいかな」

「じゃあお化け屋敷行こうか」

「…かっ構わないわよ?」

「声震えてるよ」

「だっだだだ大丈夫だよ」

「呂律回ってませんよ」

「事あるごとに煽るんじゃないわよ」

「てへぺろ」

「ふんっ」

「ぐぅえっ」

 

 

どこでもいいなんて言われたらお化け屋敷勧めちゃうよね。だって愉悦部だもん。つまり自然な流れ。だから殴らないでにこちゃん。反省したから。後悔はしてないけど。

 

 

「開園直後の時間帯は最も待ち時間が短い。最初に人気のアトラクションを選ぶのが最大効率だろう」

「出た効率厨」

「後悔しないためには効率よく動くのも大切だ。後で乗っておけばよかった、などと言われても私は取り合わない」

「強いなあ」

「いいじゃない。今でさえ1時間待ちみたいだし、これからどんどん伸びるわよ?蓮慈の言う通り、先に乗っておかないと時間がもったいないわ」

「真姫と藤牧さんの言う通りね。人気のアトラクションに先に乗ってしまいましょう」

 

 

特に予定を決めずに来ちゃったけど、こういう時はまっきーがお便利だ。さすが何でもできるマン。さすまき。さすまきって真姫ちゃんとまっきーの区別がつかないから良くないね。

 

 

まあとりあえず並ぼう。

 

 

「全然関係ないけど、真姫ちゃんってまっきーのこと名前で呼ぶんだね」

「なっ、何よ悪い?!」

「あんまり藤牧を名前で呼ぶ人見かけないわよね。雪村くらい?」

「そうだね。ゆっきー以外に名前で呼ぶ人はいないと思う…いや、今はまっきーのお母さんも呼んでるかも」

「ほぼ親族しかいないじゃない」

「実際ほぼ親族だからいいんじゃない」

「ま、まだ親族じゃないわよ!!」

「『まだ』ねえ」

「あっ、いやっ、そうじゃなくて!!」

「間違っていないだろう?真姫が大学を卒業するまで待っているだけだ」

「うぇえ?!」

「不意打ちプロポーズだ」

「茜もそれくらいしなさいよ」

「照れちゃう」

「ヘタレめ」

「あふん」

 

 

そりゃ照れちゃうよ。告白だって結構一大決心だったのに。そりゃ僕もにこちゃんが卒業したらプロポーズする予定ではあるけどさ。意外と猶予無くない?光陰矢の如し。さすがにこちゃん。さすにこ。にこちゃん関係ないわ。

 

 

「でも真姫ちゃんが卒業するまでってだいぶ後になっちゃうねえ。お医者さんになろうと思ったら最低でも医学部出なきゃでしょ。博士号も取ろうと思ったら30歳前後だよ」

「それに医学部って6年制だよね?加えて修士2年と博士で数年…一度も躓かなくても11年かな?長いね…」

「なに、心配ない。飛び級すればいいことだ」

「発想が常人のそれじゃないんだよね」

「飛び級はしようと思って出来ることじゃないでしょ」

「私が協力しているのだから問題ないだろう?」

「問題無くないと思うんだけど。えっその言い方だともう飛び級目指してるみたいに聞こえるけど」

「再来年度には博士課程に編入できる見込みだ」

「発想が常人のそれじゃないんだよね」

「何回言うのよ」

「何回でも言いたくなっちゃうヤバさ」

「私たちが卒業する前に博士課程までいっちゃうのね…」

 

 

飛び級させようとしてること自体もびっくりだけど、マジでそれを既にやってるのももっとびっくりだ。まともな人間が思いつく手段じゃない。

 

 

「おかげで毎日大変なのよ…。こんなに勉強頑張ってるのは初めて」

「だろうね」

「忙しくはあるが、充実した日々だろう?それに西木野先生の跡継ぎとしては、飛び級したという事実だけで信頼度も高くなるだろう」

「そういうとこも考えてんの怖いわね」

「そもそもまっきーの仕事量でどうして家庭教師する暇があるのか」

「今までしていたことを3倍の速さでこなせば時間が空くだろう?」

「まっきー実は馬鹿なんじゃないかと思えてきた」

 

 

理論上はそうだけどそうはならんでしょ。世の中のお医者さんがどんだけ命削ってると思ってんの。ごめん僕も知らない。

 

 

ところで、なんかすっごい見られてる気がするんだけど何でだろう。いや何でだろうじゃないね。有名人だらけだったわ。さすがにまっきーは一般的に名が知れてるわけじゃないけど、まっきー以外は普通に有名人だ。御影さんは今日は変装してないし。注目を浴びないわけない。

 

 

「…なんか視線すごいわね」

「にこちゃんかわいいから仕方ないね」

「ふんっ」

「痛い痛い」

「大地さんがいるだけで十分目立っちゃうわよね…」

「うーん、やっぱり変装した方がよかったかなぁ」

「ダメよ。私は大地さんとデートしに来たんだもの」

「う、うん」

「おっ砂糖生産工場かな」

「余計なこと言うんじゃないわよ」

「あぼん」

「もう、余計目立つようなことしないでよ…」

「手遅れだと思うがな」

 

 

まあ確かに手遅れだね。既に周りはざわざわしててスマホ構える手が多数。今Twitterでエゴサしたら楽しそう。やらないけど。

 

 

今更目線集めるのを気にしてもしょうがないから平常心でいこう。にこちゃんが面倒に巻き込まれなければ何でもいいです。

 

 

「ところで遊園地デートって賛否両論あるらしいね」

「急に何の話よ」

「会話盛り上げてるんだよ」

「それ盛り上がる話?」

「遊園地でのデートは、多くのアトラクションに乗るために必然的に『待ち時間』が長くなる。何かを待つための空白の時間を如何に繋ぐかが試されることになるため、場合によっては気持ちが冷めてしまうケースもある」

「めちゃくちゃ食いつきいいわね」

「こんな余計な知識まで持ってるとは僕も思わなかった」

「この世に余計な知識などない。私が知りうる限りのことくらいは覚えておくのさ」

「向上心がエグい」

 

 

まっきーに勝てる未来が見えない。

 

 

「確かに…話をするのが苦手だと、こういう待ち時間は困っちゃうかもしれないね」

「一緒にいるだけで楽しいってこともあると思うけれど…」

「そう感じられるならそれはそれでベストマッチなんじゃないの」

「その通りだな。空白を繋ぐ手段は会話に限らない。仮に全くの無言であっても、互いに不満や不快感を感じないのであればそれでいいのだろう」

「さすがにベストマッチにはツッコんでくれないんだね」

「仮面ライダービルドだろう?」

「知識量の暴力」

 

 

仮面ライダーまで網羅してるとは思わなかった。まっきーが知らないことってもはや無いんじゃないのかな。

 

 

基本的に今日の面子は頭がいいから、まっきーのスーパー知識量無双にも感心しながら聞いてた。にこちゃん?にこちゃんはまあ、うん。時々僕にツッコミを入れる仕事があるから。

 

 

「しかし、特にスリル系アトラクションがある遊園地であればデートに優位だと考える。同じスリルを体験することは吊橋効果と同等の効果を持つため、互いの絆を向上させることが期待できる」

「吊橋効果って錯覚じゃあ…?」

「錯覚でも何でも、仲を深めることに有用なら利用すべきでしょう。自己暗示やプラシーボ効果も有用な錯覚の一つですから」

「病は気からとか言うしね」

「病は気から、の『気』は精神のことではなく、オーラやエネルギーとしての『気』を指すから厳密には少し違うのだが…大まかには同義と見ていいだろう」

「えっそうなの」

「黄帝内経素問という古代中国の医書の一文に由来する。そもそもの『病気』という言葉の語源でもあるな」

「知らなかったわ…」

「いやいや知ってる人の方が少ないよ今の話!」

 

 

感心しながら聞いてた(理解できてるとは言ってない)。どこからそんな知識を拾ってくるんだこいつ。頭の中にパソコン入ってんじゃないの?インテル入ってる?入ってない?

 

 

「思いの外盛り上がっちゃった」

「盛り上げようとしてたんなら成功でしょ」

「確かに。もっと褒めていいんだよ」

「調子乗んな!」

「ぐぇ」

 

 

今日も握力絶好調だねにこちゃん。

 

 

そんなことしてたらもう順番来ちゃった。案外早いね。

 

 

カップル同士で三列使ってジェットコースターに乗り込む。絵里ちゃん達が先頭で、真姫ちゃん達が二列目で、僕らが三列目。ジェットコースター自体は苦手でも何でもないけど、ちょっと緊張するね。いやメンタル的な苦手とは別ベクトルで苦手ではあるんだけど。

 

 

「というかいつぞや創一郎と凛ちゃんのデートを尾行した時にジェットコースター乗せられたのを思い出すね」

「嫌なこと思い出させるんじゃないわよ」

「やめて…あの日はお化け屋敷の記憶しか残ってないのよ…」

「天童は処す…」

「びっくりするほどトラウマになってる」

「私は蓮慈が全然怖がらなかったことしか覚えてないわね」

「おおよそ何が来るかわかっていれば驚くこともないだろう?」

「そんなことないわよ」

 

 

ジェットコースターと関係ないところに意識が持ってかれてる。

 

 

「ジェットコースターって何でスリル感じるんだろうね」

「急に根本的なところに疑問持ったわねあんた」

「いやこういう話の解説をしてもらったら怖くないかなって」

「そんなわけないじゃない…」

「単純に速度、落下、拘束、場合によっては不安定さも含めた総合的な『生命の危機』に通ずるからだろう。精神的恐怖がお化け屋敷ならば物理的恐怖がジェットコースター類というわけだ」

 

 

自分から聞いといてなんだけど、途中からまっきーの話は聞いてなかった。

 

 

だってあいつが話してる間に落ち始めたもん。

 

 

むしろ周りが絶叫してるのに平然と喋ってるまっきーには狂気を感じる。

 

 

「ああああああああああああああ」

「ぎゃああああああああああ!!」

「きゃあああああああおああ!!」

「わぁああああああああああ!!」

「何で蓮慈はそんな平気そうなのよぉお!!!」

「叫んだ方がよかったか?」

「遅いわよおおおお!!」

 

 

目の前で真姫ちゃんがまっきーにしがみつきながら罵倒していた。いいなぁにこちゃんも僕にしがみついてくれないかな。くれなさそうだね。完全に下向いちゃってるわ。

 

 

ちなみに絵里ちゃんと御影さんは叫んでる割には楽しそう。多分慣れてらっしゃる。

 

 

え?僕?

 

 

僕は風圧で死にかけてるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゅう」

「何の抵抗もなくジェットコースターに乗り込んでたから平気になったのかと思ったじゃない」

「なわけ」

「まったく。私が考案したトレーニングをやっていれば、この程度の風圧でやられることもなかっただろうに」

「やだよあのトレーニングキツいもん。縄跳び10回とか腹筋5回とか」

「貧弱すぎるでしょ」

 

 

言ってなかったけど、僕はジェットコースター乗ると死にます。風圧で息が苦しくなっちゃうから。じゃあ何で乗ったんだって話だよね。

 

 

もちろん、前に創一郎の尾行してた時も死んでたよ。

 

 

ワンチャンあるかと思ったけど無かったね。無念。

 

 

「仕方ないな。肺への負担も考慮してアトラクションを選ばなければ」

「置いてっちゃえばいいわよ」

「無慈悲なり真姫ちゃん」

 

 

もっと優しくしてくれていいんだよ。

 

 

「何、案ずることはない。遊園地に絶叫系のアトラクションしかないわけではないのだからな」

「富士急以外はね」

「富士急ハイランドも全てが絶叫系ではないだろう?」

「8割がた絶叫な気がするけど」

「8割は全てではないだろう?」

 

 

8割はほぼ全部でいいんじゃないの。

 

 

「どっちにしろまっきーが絶叫することなんてないじゃん」

「そんなことはないぞ」

「僕まっきーが絶叫してるとこなんて見たことないけど」

「それは茜が知らないだけだ。真姫なら知っている」

「そりゃ親族と友達じゃ関わってる密度が違うじゃん」

「だからまだ親族じゃないってば!!」

 

 

相変わらず「まだ」親族じゃないった主張してくる真姫ちゃん。超両想いじゃん。本当に何がこの二人の距離をここまで縮めたの。まっきーが心理学的な何かを使ったのかな。ずるくない?ずるくないのか。

 

 

僕らがわきゃわきゃしてる間に、いつのまにか絵里ちゃんと御影さんが若干距離を離していた。あれだな、お化け屋敷に行きそうな気配を感じ取ってるんだな。だってジェットコースター的なスリルアトラクション以外の絶叫系ってお化け屋敷が筆頭だもんね。

 

 

逃げ切られる前に提案しよう。怖がりのお二人のリアクションみたいもんね。そう、愉悦部ならね。

 

 

「スリルを求めるならお化け屋敷がいいんじゃないの」

「「え゛っ」」

「ん?お化け屋敷は御影氏と絢瀬嬢が苦手だろう。呼吸を阻害しないアトラクションならフリーフォールが最適だと思うが?」

「…まさか一瞬で論破されるとは思わなかったんだけど」

 

 

仰る通りだよ。フリーフォールなら正面から風圧が来ないから平気です。でも今僕が求めてるのはそーゆーのじゃないんだよ。もうちょっとこう、人の不幸は蜜の味みたいなアレが欲しいの。クズじゃん。どうもクズです。

 

 

「…………いや、お化け屋敷、行こう」

「だっだだだ大地さん?!」

「怖いのは苦手だけど…ずっと苦手なままってわけにもいかない。絵里ちゃんに相応しい男になるためにもね」

「大地さん…」

「にこちゃん、僕ブラックコーヒー買ってくる」

「私の分も買ってきて」

 

 

御影さんの決意のおかげで狙い通りにはなったけど、代わりに砂糖爆撃を食らった。ケツイと共に砂糖でも満たされた。

 

 

「わざわざ全ての苦手を克服する必要は無いと思うが…本人が望むならいいだろう」

「なんだ、まっきーって苦手なことは全部克服しちゃえタイプじゃないんだ」

「私にも苦手なことはあるからな。人に強くは言えないさ」

「えっ何それまっきーの苦手なこととかなんて魅力的な脅迫材料」

「教えないぞ」

「真姫ちゃんに聞こう」

「真姫も知らない」

「えー」

 

 

ついでに素敵な情報のタネが降ってきた。完璧超人まっきーの苦手分野とかとても興味ある。今度天童さんと相談して解明してやろう。うへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけでお化け屋敷…を抜けてきたところだよ。僕らは。最後に入った御影さんと絵里ちゃんがやたら遅いから待ってるとこ。

 

 

中の様子の実況とかはないよ。だってにこちゃんがビビり散らしてるのなんて他の人に見せたく無いもんね。僕だけの秘密。あとまっきーは面白くない。

 

 

そんでにこちゃんと真姫ちゃんは暇だからクレープ買いに行った。

 

 

「今更なんだけどさ」

「なんだ?」

 

 

だからずっと気になってたことを本人に聞いておこう。

 

 

「いつから真姫ちゃんと仲よかったの」

「いつから、か…。真姫がどう思っているかはわからないが、私は彼女が幼い頃から仲が良かったと思っている」

「あー、僕らが意識不明の間にまっきーは真姫ちゃんと会ったことあるんだったっけ」

「その通りだ。西木野先生に頼まれて家庭教師をしていてな」

「片腕片目を失った重症患者に労働を頼むとは」

「その程度で遠慮することもないだろう」

「その程度ってレベルの怪我ではないんだよね」

 

 

ほんとに基準がバグってるなこいつ。

 

 

「…まぁ、あの当時は少し私もショックを受けていたんだよ。だから真姫が私を天才だと信じてくれたのが心の支えになったのさ」

「まっきーってショック受けるんだね」

「私とて人間だぞ?」

「人間にしてはできることが多すぎるんだよね」

 

 

意外だ。まっきーもメンタルダメージ受けてたんだね。そう考えるとあの事故で一番平気だったのはゆっきーなのかもしれない。てゆーか家族が巻き込まれてないんだから精神的には一番マシだったかも。

 

 

「母様の手術の時にも…成り行きではあるが、側にいてくれてな。あの時は真姫がいなければ…どうなっていたか」

「何、なんかあったの。いや何かあったらしいことは聞いてるんだけど誰も詳細教えてくれないんだけど」

「ふふっ秘密だ」

「うわあ知識披露したいマンのまっきーから秘密なんて言葉が出るとは」

「何だ知識披露したいマンとは」

 

 

まっきーのお母さんが回復したって話は聞いてるし、手術の際に何かしらあったのも聞いてるけど、具体的に何があったのかは未だに聞いてない。天童さんも教えてくれないし。気になる。私気になります。

 

 

「とにかく、真姫のおかげで今の私がいるのは事実。彼女に救われたこともまた事実だ」

「僕とにこちゃんみたいな感じかな」

「近いかもしれん。一番辛い瞬間に側にいてくれることが、これほど大きな意味を持つとは思っていなかったな」

「まっきーにも想定外のことあるんだね」

「私も天才では無いからな」

「昔は天才だ天才だって言ってたくせに」

「傲慢だっただけさ」

 

 

僕とまっきー、性格も生き様もまるで違うけど、愛情を感じたポイントは似たようなものだったみたいだ。

 

 

人間って不思議だねぇ。

 

 

「真姫は素直じゃないし照れ屋だが、心の中では優しさが満ち溢れている。私がずっと共に歩んでいきたいと思うほどにな」

「そういうことならにこちゃんも負けてないんだけど」

「やめておけ。お互いの彼女自慢など平行線にしかならないだろう?お互いの中で一番であれば、それでいい」

「なんか大人な考え方で若干ムカつく」

 

 

そういえば真姫ちゃんとにこちゃんって割と似たもの同士だ。二人ともツンデレだし負けず嫌いだし、その割に困ってる人をほっとけないタイプだし。なんだかんだいって助けてくれる。

 

 

そんな二人を好きになった僕ら、案外似てる部分があるのかもしれない。

 

 

「でもやっぱにこちゃんの方がかわいいよ」

「まだ言うか。私の中では真姫が一番なのだよ」

「にこちゃんのかわいさに気づけないなんて可哀想に」

「ふ。真姫の可愛らしさの方が上だと思うがね」

「ほー。彼女のかわいさ自慢合戦でもしてみるかい」

「そのような語彙力の勝負で私に勝つ気か?」

「語彙力は愛でカバー」

「それならば私が勝つな。それこそ愛情で負けることはない」

「ほーう、じゃあ

「「恥ずかしいことすんな!!!」」

「ぶぎゃる」

「おっと」

 

 

負けられない戦いをしようかと思ってたら二人とも帰ってきちゃった。無念。そしてにこちゃんいつもより強めに殴ったね。照れてるんだね。やっぱり可愛い。にこちゃんかわいいヤッター。

 

 

対するまっきーは真姫ちゃんの拳をしっかり受け止めていた。ぐぬぬ。

 

 

「何だ、わざわざ後ろから回り込まなくてもよかっただろう?」

「何か二人で話してるみたいだったから驚かせようと思ったのよ。そしたらあんたたちが恥ずかしいことしようとしてたからつい殴っちゃった」

「『つい』で殴られるとは恐ろしいな」

「それに恥ずかしくなんかないよ」

「私が恥ずかしいっつってんのよ殴るわよ」

「ぐへあ」

 

 

殴るって言う前に殴るのはズルくない?

 

 

まっきーも真姫ちゃんに何かわーわー言われてるけど、物理攻撃は全く効いてなそう。ていうか当たってないし。

 

 

でもまっきーの顔が微妙に赤くなってるから、聞かれて恥ずかしいという気持ちはあったみたい。意外だね。

 

 

まっきーもちゃんと人の子なんだね。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…た、助かった…」

「ふええ…」

「…そういえばあんたたち、やっと出てきたのね」

「忘れてたわ」

 

 

ちなみにお化け屋敷苦手カップルはたっぷり1時間くらいらかけてやっと出てきた。そんなに何度も足を止めてる方が怖いと思うんだけど。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

BiBiだけ長くなっちゃった。主人公だもんね!仕方ないね!!(仕方なくない)
あんまり藤牧君の心中に焦点を当ててこなかった気がしたので藤牧君のお話になりました。御影さんは既に何回かカッコいいとこ見せてるのでいいかなって。

いい加減Aqours編書けって怒られそう。


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(延長戦):痴話喧嘩ってバカにするけど当の本人にとっては死活問題なんだからね



ご覧いただきありがとうございます。

そしてあけましておめでとうございます(激遅)
のんびり書いていたらすごく時間かかってしまいました…。
前回からお気に入りしてくださった方も2人(たぶん)いるんですから早く書きなさいよ私!!

今回は、多音さんに「夫婦喧嘩してから仲が深まるところを見てみたい!」との感想をいただいたので喧嘩させました(外道)。そういえば本作で喧嘩してるところあんまりなかったなぁ…と思ったので書いてみました。


というわけで、どうぞご覧ください。


※安定の1万字です。




 

 

 

 

 

 

人には得手不得手がある。

 

 

だから他人のできないことを指差してバカにしてはいけない。当然のことだ。

 

 

 

 

 

 

「ぶぁーっははははははは!!!縄跳び10回で!!ヘロヘロに!!なってる!!!プギャー!!!」

「天童さん…死んで」

「これ以上ないってくらいドストレートな罵倒!!」

 

 

 

 

 

 

でもそんなの関係ねぇ!!

 

 

生粋の愉悦部にして煽り勢のこの俺!天童サマが!!他人の不出来を馬鹿にしないわけがない!!

 

 

俺ってばできないことの方が少ないタイプの人間だしな。うーんクズだな!!

 

 

ちなみに今は見ての通り、茜の体力作りを見学してるところだ。そう、見てるだけ。実働部隊は藤牧君の仕事だ。俺は働かねえ。そして滞嶺君は「殺されそう」という茜の意見によりリストラされた。今頃死ぬほど落ち込んでいることだろう。

 

 

「10回跳べるようになっただけでも快挙なのですよ、天童氏。始めた頃は5回で瀕死でしたから」

「もう立てない」

「世界にはこんなに貧弱な生き物がいるんだなぁ」

「しみじみ言わないでください」

 

 

それにしても幼児もびっくりな体力だ。いや幼児の方が体力ありそうなレベル。幼児の体力なめんな。

 

 

藤牧君の自宅にある(なぜか無駄に広い)トレーニングルームを使っているのだが、開始早々茜は床のシミになりかけている。貧弱も極まりない。

 

 

「やっと体力作りをする気になったのは喜ばしいことではあるのだがな、今までよく生きて来れたな」

「うっさい」

「しかしまた何で急にやる気出してんだ?いや知ってるけど」

「知ってるなら聞かないでくれませんか」

「不機嫌すぎるぅ〜」

 

 

茜はマジで運動嫌いである。心の底から嫌っている。だからにこちゃんにブツクサ言われても頑として運動しなかったんだが、最近ついに重い腰を上げたのだ。

 

 

それは何故か。

 

 

「体力不足で彼女と喧嘩するやつなんて見たことねえよ俺ちゃん」

「言わないでください」

「なんだ、そんな理由だったのか?」

「そんな理由とはなんだ。にこちゃんとガチ喧嘩したの初めてだから凹みまくって穴あくくらいだぞ」

「ナマコかよ」

「ナマコは穴空かないでしょ」

「いや?ナマコの体細胞はキャッチ結合組織で出来ているから穴を開けることは難しくない。具体的には、長時間圧力を加えることで『溶ける』性質を持つため、胴体の一部を指で押さえ続ければ穴が開く」

「マジレスやめて」

 

 

はーいナマコの豆知識知らなかったヤツ挙手ー。ナマコは内臓全部無くなっても再生する超生物だから舐めちゃいけないぜ!!ほんとに生物なのかねアレは。何で俺はナマコの解説してんだ??

 

 

ともかく。初のガチ喧嘩を解決できなくて、悩んだ挙句頑張って喧嘩の原因そのものを克服するという結論に至ったらしい。まあ確かに根本の原因を解決するのは大事だと思うけどな、先に仲直りするって考えはなかったんかい。

 

 

「つーか体力つけても仲直りは出来んだろ」

「他に何も思いつきません」

「何で仲直りする唯一の手段が体力作りなんだよ。どーゆー思考回路してんだ」

「何話したらいいかわかんない…」

「うーん、話し合いで仲直りするのが難しいのはわからんでもないんだが」

「天童さんは喧嘩した時どうしてるんです」

「俺が話術で負けるわけないだろ?」

「クズだ」

「お前ェ!!!」

 

 

希ちゃん一筋なのに変わりはないからいいんだよ!!

 

 

え?さっき自分でクズって言ったじゃん、だと?それはまああれだ、他人に言われるのはなんか違うだろ。違うんだよ。

 

 

「しかし天童氏のいう通りだろう。順序が違う。体力をつけるのは急務ではあるが、矢澤嬢と話をつけて解決した後にすべきだ。先回りして後の問題を潰しておくのも悪いことではないのだが、先延ばしにしてはいけない事象もあるのだ」

「うー」

「ほら唸ってないで立って歩いて帰るんだよお前の愛しのにこちゃんの元へ」

「ううう」

「いや立てコラ引っ張ってんだから」

「疲れて立てない」

「今縄跳び10回跳んだだけじゃんよ!!」

 

 

無理矢理立たせようにも既に足腰が限界のようだ。マジでどういう身体の構造してんだこいつは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

「ため息ついてもレポートは進まないわよ」

「わかってるわよ」

 

 

今日は絵里と一緒に希の家に来て課題のレポートを書いてるんだけど…憂鬱で全然進まないわ。

 

 

絵里も希も頭良いからガンガン進めてるけど、私は全然進まない。別に私の頭が悪いってわけじゃないのよ。違うったら。

 

 

頭が回らない理由があるだけ。

 

 

「茜くんと喧嘩したの、まだ気にしてるん?」

「悪かったわね」

「心配してるのよ。にこと茜が喧嘩するなんて珍しいから」

「…いつも殴ってるのは喧嘩に数えないの?」

「それはにこが一方的に殴ってるだけじゃない」

「いつも殴ってる自覚はあったんやね」

 

 

そう、茜と喧嘩した。

 

 

何かされたわけじゃないし、いつもしているやりとりだったはずなのに、何故か凄くムカついて、私が一方的にキレて家から追い出しちゃった。

 

 

そんな、追い出すほどのことじゃなかったのに。

 

 

「一体何があったの?」

「…大したことじゃないのよ。茜が…最近一緒に出かけてくれないってだけ」

「喧嘩の原因っぽくないね」

「だから大したことじゃないって言ったでしょ。でも最近って言っても半年近くずっとだし。理由はいつも『疲れちゃうから』だし。体力つけなさいよって言ってもめんどくさがるし。なんかムカついちゃって」

「うーん…確かに同じリアクションされたらイラッとくるわね」

 

 

昔はもっと、私のためならって無理にでも動いてくれたのに。…そういう茜に私も甘えてたんだろうし、そのままじゃダメだったと思うけど、でもやっぱり、なんか嫌だったのよ。

 

 

「絵里は御影さんと喧嘩したりしないの?」

「しないこともないけど…大地さん、私が怒るとものすごく落ち込むから…」

「なんか想像できるわね…」

「素の大地さんは結構子供っぽいから、拗ねちゃう時もあったりして、そういう時はちょっと言い合いになったりするわね」

「それで…どうやって仲直りしてんのよ?」

「…大地さんが涙声になっちゃうから…」

「まったく参考にならないっ!!」

「茜くんは全然泣かへんもんね」

「人生で3回しか見たことないわよ」

「思ったより多いわね」

 

 

当たり前だけど、御影さんと茜は人種が違いすぎるわ。参考になるはずない。多分天童さんも似たような感じ…いや案外茜と似てるかも?

 

 

「希はどうなのよ」

「うちと天童さんはよく喧嘩するよ」

()()喧嘩するの?!」

「意外ね…」

「だって天童さん、すぐ女の人とお食事行ったりしちゃうもん」

「クズじゃないの」

 

 

ある意味予想通りだけど、天童さんやっぱり悪い人なんじゃない?

 

 

「…ほんとはね、出来る限り避けようとしてくれてるのは知ってるんよ。どうしても必要な会食だけ選んで、出来るだけ2人きりにならないように頑張ってくれてる。でも、やっぱり…やだって思っちゃうことは沢山あるし、そういうときは喧嘩しちゃうな」

「…ふーん」

「希って独占欲強いものね」

「そ、そんなことない!」

 

 

希って結構寂しがりだし、余裕ありそうに見えて心配性だから不安になるのもわかる。

 

 

「で、どうやって仲直りするのよ?」

「それは…仲直りっていうか、うちが落ち着いたらおしまいっていうか…」

「どういうこと?」

「…天童さん、絶対にうちを責めないから。いつも、うちが我慢できなくて、わーって言っちゃって、それを絶対反論せずに聞いてくれて、謝ってくれて、うちも落ち着いたら謝って、いつもそれでおしまい」

「…それ喧嘩じゃなくて希が勝手に爆発してるだけじゃない」

「う、うん…」

 

 

それはそれで参考にならないけど、これはどっちかって言うと希に遠慮なくわがままを言わせる天童さんがすごい。

 

 

よくある痴話喧嘩みたいな言い方してるけど、そもそも希は自分の本音を他人に話すのがめちゃくちゃ苦手なタイプだし。多分そういう性格もカバーするように動いてるのね、天童さん。悪そうな雰囲気出しといて茜より遥かに気が利くのがちょっとムカつく。

 

 

「わかってたけどやっぱりあんまり参考にならないわね」

「当たり前よ。普通じゃない人たちばかりだもの」

「…そういえばそうね」

 

 

よくよく考えると、いや考えなくても元μ'sメンバーの彼氏たちは変な才能を持った変な男ばっかよね。今更だけど。頭の中が一番マトモなのは創一郎か御影さんかしら。松下さんは常識人だけど心読めちゃうし。

 

 

「はぁ…じゃあ誰に聞いても参考にならないわね」

「聞くこと自体は悪くはないと思うわよ?情報は多いに越したことはないわ」

「そうやね。経験値にはなるかも」

「うーん…」

 

 

まあ、変なら変で逆に似通ったところがあるのかもしれないわね。今度会った時に聞いてみようかしら。

 

 

「さ、まずは目の前のレポートを片付けてからね」

「うっ」

「にこっち全然進んでへんよ?」

「覗くんじゃないわよ!!」

 

 

喧嘩とは全く関係ない障害もあるけど。っていうか何で絵里と希は話しながら終わらせてんのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喧嘩…か」

「…俺たちが喧嘩するタイプに見えるか?」

「創一郎は見た目だけならそう見えるよ」

「そ、そうか…」

「凹まないの」

 

 

翌日、バッキバキに筋肉痛な体を労りながら創一郎と一緒にジムに来た。結局体力作りは続けます。はい。というかお察しの通りまだにこちゃんとは話せてません。はーいどうせ僕はヘタレでーすイェーイ。

 

 

創一郎はヤバい大きさのベンチプレスを軽々こなしながら僕の話を聞いていた。ちなみにゆっきーも義足のリハビリでウォーキングマシンをゆっくり歩いてる。僕もゆっくり歩いてる。走ろうとしたら創一郎に止められた。

 

 

そして実はもう1人ジムに来てる。

 

 

「……………………???」

「寝転がってるだけじゃ腹筋は鍛えられねぇぞ湯川」

「…………りっ理論上は………上体が……上がる……………???」

「理論に体が追いついてない模様」

 

 

湯川君だ。

 

 

創一郎が連れてきたらしいんだけど、腹筋するやつの上で微動だにしない。

 

 

お仲間がいて僕はとても嬉しい。

 

 

とっても嬉しい。

 

 

「ほら腹筋に力入れて、こう…」

「いっいたたたたたっ痛いっ」

「無表情で痛がられても痛みのレベルがわかんねぇよ…。いや、これ腹筋云々よりも整体した方がよさそうだな。そりゃそうか、生活の大半は座ってモニター見てるとか花陽が言ってたしな。腰悪くなるに決まってる」

「腹筋…」

「つか何でまた急に腹筋鍛えるとか言い出したんだお前」

「腹筋鍛えるとか言い出したのは…腹筋鍛えると花陽が喜ぶと天童が言っていたから」

「天童さん…また余計なことを…」

「僕も腹筋したい」

「まずは脚の筋肉痛を労われ。それからだ」

「ひぃん」

 

 

腹筋バキバキになったらにこちゃんを悩殺できそうな気がする。無理かな。無理か。仮に悩殺できるとしても僕は腹筋バキバキにはなれません。

 

 

「湯川君も喧嘩とかしなさそうだよねぇ」

「喧嘩?」

「そう喧嘩。しないでしょ」

「喧嘩?」

「もしかして喧嘩の概念自体をご存知でないのか」

「ふっ。俺は知っているぞ」

「普通は知ってるんだよなぁ」

 

 

湯川君、まさかの喧嘩というものを知らなかった模様。本当に知識の偏りがパない。あとドヤ顔するタイミングじゃないよゆっきー。今日の面子は頭脳の偏りもパない。

 

 

「雪村さんは…少なくともことりが怒ることはなさそうですが」

「…全く無いわけではない。…いや、怒ったふりはよくするんだが、どうも怒っているようには見えないからな」

「まあ怒るの得意なタイプじゃないよね。どっちかっていうとゆっきーが短気なのが心配」

「…そんなことはない」

「どの口が言うか」

 

 

ことりちゃんとゆっきーだったら圧倒的にゆっきーの方が短気だ。バカにされると秒でキレるし。ことりちゃんに手を出すやつがいたら呪い殺すと言わんばかりの視線を投げつけてくるし。今も睨んできたし。怖いね。

 

 

「…むしろ俺が怒ることなんてない。俺がことりに文句を言えるものなんてないからな」

「ゆっきー案外ネガティヴなんだよね」

「そうなのか?」

「…そんなことはない」

「ネガティヴじゃない人はゆっきーみたいに煽られてすぐキレたりしないんだよ」

「なんだと」

「そういうとこだぞ」

 

 

ほらまたすぐ睨む。

 

 

創一郎はベンチプレスから離れて、床に転がってるダンベルを持ち上げた。…多分ダンベル。両端のおもりがすごい大きさしてるけど。

 

 

「ふっ…俺も凛と喧嘩することはほとんどないな。だから仲直りの手段を聞かれても答えられん」

「役に立たないなぁ」

「ダンベルぶん投げるぞ」

「殺す気じゃん」

「80kgのダンベルで死ぬかよ」

「極めて高確率で死ぬよ」

 

 

まあ創一郎はそうだと思ったよ。見た目に似合わず喧嘩しない…いや悪いやつは容赦なく叩きのめしてるけど。時々ご迷惑なヤンキーをアスファルトに叩きつけてるのを見かけます。怖すぎ。

 

 

でもメンタルは豆腐だから多分愛する凛ちゃんに怒る勇気などないのである。筋肉が解決できる問題に限り無敵、それが創一郎。脳筋め。いや脳筋の割には勉強できるしなんて言えばいいのか。

 

 

てゆーかそのダンベル80kgもあるの?人間より重いじゃん。

 

 

「湯川君はさっき聞いた通りだし。花陽ちゃんが湯川君に怒るのも想像できないし」

「まあ…そうだな。花陽の性格的にもそう簡単に怒らないだろう」

「…喧嘩なんてしないに越したことはないだろ」

「……………………そうだね」

「今まさに喧嘩してるヤツにそういうこと言わないでください」

「理論上は……………持ち上がる………………」

「あーやめろやめろ湯川、280kgのベンチプレスなんかお前ができるわけないだろ。持ち方だけ妙に綺麗だが無理は無理だ、持ち上げることも出来ない。好奇心だけでチャレンジすんな潰されて最悪死ぬぞ」

「………駆動式外骨格

「反則すんな」

 

 

湯川君が何かやってるけど今の僕はゆっきーの一言で致命傷を負ったのでそっちでなんとかしといて。

 

 

「ほんとにどうしよう」

「…謝るしかないだろ」

「ああ、俺もそう思う。結局許してもらうには謝って、反省して改善するしかない。まぁ謝るだけじゃなく、何が悪かったのかを明確にして同じことをしないように努力しねぇとダメだろうが」

「うぇえ」

「真姫みたいな声出てんぞ」

「それは真姫ちゃんに失礼じゃないかな」

 

 

謝るって言ったってね。そもそも話聞いてくれるかどうかってところから始まるんだよ。謝るところまでたどり着けるかの問題。だってにこちゃん頑固だし。

 

 

「何にしても、最終的には謝らなきゃならねぇだろ。謝らずに済むわけねぇんだし。どうやって謝るかは…自分で考えなきゃダメだろ」

「考えてわかるんだったらもうやってるよ」

「不貞腐れるなよ」

「不貞腐れてませんー」

 

 

どうすべきかはわかってるけど具体的にどうしようかってのが思いつかないんだってば。

 

 

「…先回りなり待ち伏せなりしておけばいいんじゃないのか」

「発想がストーカーのそれじゃねぇですか」

「それだ」

「嘘だろ」

 

 

ぎこちなくてくてく歩いてるゆっきーがぼそっと言った言葉で閃いた。なるほどその手があった。

 

 

だって僕はにこちゃんの家の合鍵持ってんだもん。

 

 

「ゆっきーが服作る以外で初めて役に立った」

「…なんだと」

「睨まない睨まない。ところで創一郎、僕もう歩き疲れたんだけどどうやって止めればいいのこれ」

「歩くだけしかしてねぇのに疲れるの早すぎだろ…にこがキレるのもわかるな」

「やめて」

「………………………痛い」

「あーバカ湯川っ何で中途半端に重いバーベル持ち上げてようとしてんだ。今腰やっただろお前、いかに持ち方が上手くて腰に負担がかかりにくいとは言っても限度があるんだぞ」

 

 

そうと決まれば即実行、したいんだけどこれどうやって止まればいいの。創一郎止めて。湯川君が大変なことになってるのも承知してるけどまずこれ止めてへぶっ。

 

 

「…おい滞嶺創一郎、茜がコケたぞ」

「あーもうっお前らは幼児か?!」

 

 

失礼なこといいよる。

 

 

幼児の方が体力あるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせー!はいっ!ほむまん!!」

「ありがと」

「それにしてもにこちゃんから相談だなんて珍しいね?」

「大学の課題のことは流石にわかりませんよ?」

「ちょっと。にこをなんだと思ってるのよ」

「にこちゃん頭悪いじゃない」

「真姫ちゃんが良すぎるだけよ!!」

「いえ…客観的に見ても悪い方かと…」

「うっさいわね!!」

 

 

何とかして大学の課題を終わらせた次の日。穂むらに穂乃果と海未と真姫ちゃんに集まってもらった。

 

 

そうよまだ茜と話せてないのよ。悪かったわねヘタレで。

 

 

「茜と喧嘩をしたから仲直りしたい…とのことですが…」

「何で私たちなの?」

「あんたたちが一番喧嘩してそうだからよ」

「「「そんなことない」よ!」ですよ?!」わよ!!」

 

 

ちなみに。このメンバーは私が独断と偏見で選んだわ。絵里と希は昨日聞いたからいいとして、凛とかことりは喧嘩しなさそうだし、花陽は彼氏の性質も考えて論外。穂乃果はいっつも桜を振り回してるし、海未は元々頑固だし、真姫ちゃんはどっちかっていうと藤牧がアレだから。

 

 

「私なんて喧嘩にすらならないわよ」

「えー嘘でしょ?」

「嘘じゃないわよ!蓮慈は私が文句言うと全部受け入れて直してくるから喧嘩にならないのよ。直してくれてるのにそれ以上文句言えないし」

「さすが万能の天才ね…」

「初めて会った時はもっと偉そうだったのにねー」

「穂乃果っそんな言い方してはいけませんよ」

「いいわよ別に、事実だし。昔は天才だ天才だってうるさかったし、多分何言われても直さなかったと思うわ」

「真姫の方がはるかに辛辣ですね…」

 

 

だいたい藤牧のお母さんの手術が成功したときくらいから天才って言わなくなったらしい。茜が言ってた。自分にも不可能なことがあるって気づいたとかなんとか言ってたらしいけど、正直嫌味にしか聞こえないわ。あいつに出来ないことって何よ。片腕片目で脳外科手術する奴なのに。

 

 

「過剰なことされても怒るの通り越して呆れちゃうし」

「過剰なこと?」

「…去年だったかしら、美味しいからって言って渡してきたみかんがすごく酸っぱかったことがあって」

「はあ。別の酸っぱくないみかんをわざわざ選んで買ってきたのですか?」

「そんなレベルじゃないわよ。新しく品種改良したみかんを育て始めたわ」

「一周回ってバカじゃない?」

 

 

加減ってものを知らないのかしら。

 

 

「そんな感じだから怒るに怒れないわよ」

「なるほどね…。海未はどうなのよ?」

「えっと…まぁ、確かに時々喧嘩はしますが…」

「やっぱりしてるんじゃない」

「うっ」

「でも松下さんって心読めるんだよね?喧嘩しないように頑張ったりしそうじゃない?」

「明さんは私といる時はあまり心を読まないようにしているんです。だから都合よく争いを避けたりはしなくて…」

「天童さんみたいな感じね」

「そうかもしれませんね。それで、明さんは…ちょっと頑固なところがあるので、時々喧嘩にはなります。最後にはお互い謝っておしまいではあるんですが」

「2人とも頑固なら喧嘩にもなるわよ」

「私は頑固じゃありません!」

「「「………??」」」

「なんですかその顔は!!」

 

 

ちょっと何言ってるかわかんないわね。

 

 

「穂乃果はどうなのよ」

「私の弁明は?!」

「えー!喧嘩なんてしないよ!!桜くんが怒ってるだけで!!」

「それは喧嘩じゃない?」

「喧嘩じゃないよ!」

「そんなことだろうと思ったわよ。痴話喧嘩に慣れすぎてるだけじゃないの」

「そんなことないよ!!桜くん文句言った後はすぐお仕事に戻っちゃうもん」

「相手するの諦めてるだけじゃない?」

 

 

穂乃果のズボラさに腹を立てて叱ったはいいけど全く手応えなくて諦める桜が容易に想像できるわ。

 

 

まあでも、それはそれで円満なのかも…?桜もああ見えて穂乃果に甘いし、案外喧嘩だと思ってなさそうだし。

 

 

「まあ要するに、まともに仲直りしたことはないわけね」

「謝りはするよ!」

「当たり前です。自信満々に言わないでください」

「海未ちゃんが厳しい…」

「いつもじゃない」

 

 

…。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

悪いことをしたなら謝る。もちろんそれが当たり前。

 

 

でも、私、まだ茜に謝れてない。

 

 

それに…今までも。茜に本気で謝ったことってほとんどないかもしれない。だって茜は私が謝るまでもなく許してくれる。「にこちゃんが好きだから」って言って。それに甘えて殴るわ蹴るわ、挙句勝手にキレて追い出すわ…。

 

 

それでも茜は私を怒らない。ヘタレなのもあるとは思うけど、何より優しいから。どれだけ私に傷つけられても、きっと「そんなんで嫌いになんかならないよ」とか言うのよ、あいつは。

 

 

このままでいいの?

 

 

いいわけないわよ。

 

 

茜から卒業するって約束したじゃないの。茜はもう一人で歩いてるじゃないの。私だけ甘えて今まで通りってわけにはいかないわ。

 

 

「いいよ、にこちゃん」

「…えっ」

「茜くんに会いに行くんでしょ?そんな顔してた」

「………穂乃果、あんた時々怖いわ」

「なんで?!」

「まあでも、ありがと。行ってくるわ」

 

 

穂乃果が察し良すぎて怖いわ。

 

 

昔から変な時だけ役に立つんだから。ま、μ'sのリーダーやってたんだから当然のスキルかもしれないけど。

 

 

私も負けてられないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえりにこちゃん」

「………………何で自分の家にいないのよ」

「息切らしてるあたり一回うちに寄ったのかな」

「あんたは…あんたはこういう時に限ってタイミング悪いわね!!」

「ぶぎゃる」

 

 

にこちゃんの家でカレー作りながら待ち伏せしてたら、にこちゃんがぜーぜー言いながら帰ってきた。ダッシュしたのかな。

 

 

「…あんた鼻どうしたのよ」

「鼻?今しがた殴られたよ」

「殴ったのはデコよ!!怪我してる鼻に追い打ちかけるほど性格悪くないわよ!!」

「デコならいいってわけでもないんだけどなぁ」

 

 

脳震盪とか起こしそうじゃない?刃牙だったら起こせると思う。多分創一郎もできる。

 

 

「体力作りしてたら顔から転んだ」

「っ」

「大丈夫だよ、創一郎がなんとかしてくれたし。まっきーがいれば即完治ではあったけど、まあ高望みはしないよ」

 

 

にこちゃんが辛そうな顔してたからフォローいれといた。どうよこの見事なフォロー。褒めていいんだよ。

 

 

「要するに大したことないから

「ごめん…っ!!」

「わあ」

 

 

突然抱きつかれてしまった。全然見事なフォローでは無かった模様。っていうかなになに一体どうしたの。嬉しいけどハグは喧嘩してた2人がすることではないよ。いや仲直りするつもりだったけど。

 

 

「私が…っ、私がつまんないことで怒ったから無理したんでしょ。私がわがまま言ったから…」

「…なんだ、にこちゃんも気にしてたの」

「なんだって何よ」

「むしろ僕の方が謝ろうとしてたのに。ごめんね、いつも言い訳ばっかりしてお出かけ断っちゃって」

 

 

謝りながら、僕もにこちゃんの背に手を回す。ちょっとだけ震えていた。

 

 

「…私が悪いのよ。今までずっと、なんでも言うこと聞いてくれる茜に甘えてきたのが悪かったの」

「だからってデートお断りし続けて許されるわけじゃないんだよ」

「そうかもしれないけど!…私だけ独り立ちできてないみたいで、それはダメってわかったのよ。だから、ごめん」

「僕もなんだかんだ言ってにこちゃんに甘えてきてたんだからお互い様だよ。ごめんね」

 

 

ちょっと強めに抱きしめてあげたら、にこちゃんの力も少しだけ強まった。ハグが共鳴してる感じがする。まあ実はちょっとと言いながら結構強めに抱きしめてるんだけどね。筋力の敗北。敗北を知りたいどころか敗北しか知らない。どうも茜です。

 

 

「まあ結局お互い悪かったってことだよ」

「…そういうことにしといてあげるわ」

「何で譲歩してあげたみたいになってるんだろう」

「うっさいわね」

「うぐぇ」

 

 

ハグからの鯖折りが極まった。僕は死んだ。嘘嘘死なないよ。

 

 

「でも、出かけたら茜が疲れるのくらい知ってていつも誘ってるから気にして断らなくてもよかったのに」

「そう思ってるのは知ってたけど、それだとにこちゃんが不自由しちゃうでしょ」

「気にしないわよそんなの。茜と出かけるっていうのが大事なのよ」

「嬉しくてキュン死しちゃう」

「ふん」

「ぶぎゃる」

 

 

今度は頭突きが飛んできた。にこちゃんの技は多彩。

 

 

「僕が気にするんだよ。にこちゃんに気を遣わせちゃうくらいなら家にいた方がいいと思っちゃったの」

「なによそれ。言わなきゃわかんないわよ」

「だよね」

 

 

にこちゃんから離れて作りかけのカレーの様子を見る。丁度良い感じに煮込まれてるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

「これだけ長く一緒にいても、()()()()()()()()()()。滅多にしない喧嘩でも収穫はあったかな」

 

 

 

 

 

 

 

今日のカレーもいつものように美味しくできそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、数日後。

 

 

「ふぎぃ…」

「ふむ、腹筋5回に到達するとはなかなか気合が入っているな」

「ま、今まで2回もいかなかったことを考えると急速な進歩っすかね。昨日腕立て伏せやらせて、一昨日は休みで…明日は縄跳びでしたっけ」

「その通りだ。筋肉に負荷がかかる運動は、筋繊維の回復を待ってから行うのが最も効率が良い。故に日によって行うトレーニングを変えるのがベストだな。…やはり君は私の知り合いの中でも特に優秀だな、滞嶺君。運動の事に関しては尚更」

「ま、ある意味専門っすからね。茜、聞こえたか?明日は縄跳びやるからな」

「ぶぁい」

「なんだ今の声」

「緊張状態で喉が閉まったか」

 

 

どうせ体力づくりするなら全力でやんなさいよ、というにこちゃんの計らいにより、超エキスパート部隊(2名)が結成されて僕の面倒を見にきた。なんてこった。まあ、創一郎がヤバい運動させてくるかと思ったけど、まっきーのおかげである程度抑えられてる。ある程度ね。キツいものはキツい。

 

 

「……………っていうかさぁ、これ、体力づくりって、いうか、筋トレ、では」

「兼ねてんだよ。体力だけつけても意味ねぇだろ」

「歩き続ける体力があるだけでは歩き続けることはできない。そのための筋力が伴って初めて運動は可能となる。ウェイトリフティングのような瞬間的な筋力を競う競技は別だがな」

「つっても持ち上げた姿勢を指定時間続けなきゃならねぇわけですし、完全に体力が不要なわけじゃないっすよ」

「支えるだけなら体力はいらないさ。必要なのは姿勢を保つ筋持久力だな」

「それはまた別なんすね…」

「僕を置いて、専門的な、話、進めないで」

 

 

死なないように考えてくれてるとは思うけど、どっかで死なないか心配だ。

 

 

頑張るけどさ。にこちゃんと心置きなくお出かけするために。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

…これ喧嘩なの??(自問自答)
ちゃんと喧嘩してるのか怪しい…これが今まで書いてこなかった弊害ですか…。
にこちゃんと茜くん意外の皆様はダイジェストでお送りしました。多分ガチ喧嘩が一番多いのは海未ちゃんと松下さんです。

これからものんびり更新していきますので、よろしくお願いします。



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