シスコンな兄は過保護なのです。 (奈々歌)
しおりを挟む

Prologue Chapter.0
Chapter.0ー1


体験版からなので修正箇所が多くなるかもしれませんが、良ければ読んでやって下さると嬉しいです。需要はある……と思いたい。

タイトルは思いつきですので、後で変更すると思います。原作名の所って、RIDDLEJOKERの間空けた方が正しいのかな?

それではどうぞ!


 薄く、明確としない世界――ああ、これは夢だ。

 そう分かってしまうのだから不思議なものだ。何度も同じ経験をしているからか?

 

 過去の夢。思い出したくないこと。混ざり合い、混濁した取り留めのない記憶の欠片たちが俺を苦しめる。

 

 何故、助けられなかった?

 何故戸惑ってしまった?

 救えたはずなのに、力はあったはずなのに……。

 どれだけ後悔しても取り戻せるはずはないのに。

 

 何度も何度も振り払おうとしても頭に染みついてしまって離れてくれない。それらが時折こうして夢となり、姿を現わしてくる。

 

 “忘れるな”と言わんばかりに。

 

 今回はどの部分だ?

 何を見せたいんだ?

 

 もう俺は新しい道を進んでいるんだ、邪魔をしないでくれ。

 

 確かに「お前ら」から学んだことは多い。だけど必要無いんだ。俺は強くなったんだ。あの頃より、ずっと、ずっと――。

 

 

 

 †

 

 

 

「――大丈夫かい、少年」

 

 過去。名も知らぬ男がそう問い掛けて来る。

 少年は壁に背を預けて座り込んだまま。

 

 男の質問に対して、どう答えたかなんて覚えてはいない。ただ、笑ってはいなかっただろう。それは確かだ。

 

 周囲は硝煙の匂いと“鉄のような”匂いが漂う。

 鼻につく匂いのはずが、慣れてしまえば何も感じない。

 それ程までに「ここ」での生活が濃く残るから。

 

 一歩、また一歩。見知らぬ男は歩み寄って来る。構えてはいないが、その手には黒く光る金属質の物体。見たくもない物、拳銃。

 

 彼の他にも数人、黒い服を着た奴らがいるが、後方に待機しているだけだった。多分だが、この男が頭なのだろう。

 

「(なら、都合がいい)」

 

 少年の手が素早く動く。立ち上がると同時に何かがその手から放たれた。

 

 暗い場所で微かな光を反射し、飛来する“それ”は男の手に握られていた拳銃を勢いよく弾き飛ばす。

 

「おおっと!? ――それが君の“能力”か、びっくりしたぞ」

 

 弾かれた拳銃は石床の道を転がっていく。男は手を押さえながら数歩下がった。

 その反応に対して、後方の男たちは銃を構える。

 

「待て待てっ! 絶対に撃つなよ。威嚇だとしても、撃てば交渉は出来なくなってしまう」

 

 男は、痛まない方の手を後方に見えるよう翳し、臨戦体制に入った男たちに制止をかけた。

 今……交渉と言ったか?

 

 攻撃してくる気配がない。……だが、武装している者の前で、油断や隙は厳禁。

 

 ジリジリと後方に下がる。最悪の場合、逃走も視野に入れた行動。その意図を読んでか男が動く。両手を挙げながら。

 

「ああ悪いな、こんな物騒なもん持ってちゃ、警戒されても仕方がないよな。この辺りはあまり治安が良くないから護身用に持っていただけなんだ、信じてくれ」

 

 敵ではない。そう言いたい、示したい。あの行動はそれを意味するものだということは知っている。

 ―――それは罠でされなければ、の話だがな。

 

「君に話があってここまで探しに来たんだ。どうかな、僕の話を聞いて貰えないだろうか? もし信用出来ないなら“これ”を使うといい」

 

 そう言って男は腰から予備で携帯していたと思われる拳銃を少年に向かい投げる。カラカラと音を立てて、少年の足下まで届いた。

 

「……。俺は人を信じることができない。できなくなってしまった……」

 

 それを少年が手に取ることはなかった。

 

 少年は知っているからだ。この武器は軽いのにとても重いということを。

 

 簡単に命を奪えてしまう。容易に手にしてはいけない物だということを。

 

「大丈夫だ。だから俺たちが迎えに来たんだからな」

 

 その姿を見て、安堵の笑みを浮かべる男。荒み、傷ついた少年の心に優しく触れるように言葉を掛けていた。

 

 だが……少年は理解出来なかった。疑いの目で男を睨む。

 

「……お前の言っている意味が分からない……」

 

 虚無感が嫌というほど伝わってくる瞳が男へと向けられる。常人ならこの時点で彼から目を背けてしまうことだろう。

 関わりたくない、関わってはいけないと。

 

 一体何がこの子をここまで追い詰めてしまったのか?

 

 それはこの子にしかもう分からないこと。

 俺たち――男の連中が知っているのは彼が今に至った経緯だけだ。

 

 でも、助けなくては。

 この子はもう「ここ」にいてはならない。

 

「なら、単刀直入に言うよ。君に俺たちの仲間になって貰いたいんだ」

 

 手を差し伸べられた。

 ゆっくりと、静かに。

 

 ………。

 ……。

 …。

 

 男の手を見ながら、少年は逡巡する。

 

 結局その手を取ったのか? まぁ、結果は言わなくても分かるか。今、こうして夢を見ているんだからな。

 

 夢の世界はこの場面を最後にして次第に霞んでいく。

 伸ばした自分の腕を視界に捉えたのが最後だった。

 

 

 

 †

 

 

 

 蒸し暑い熱帯夜。ただ今、夏真っ盛り。

 宵の帳が下り、闇の色が深くなる。人々が眠りについた静かな刻。

 

 夢の途切れ。朧気な意識の中で目が覚めた。

 いや、こんな夜だ。寝苦しくて起きてしまったのかも知れないな。

 

「ああ……。まだこんな時間、か……」

 

 寝癖のついた髪をガシガシ掻きながら、枕元に投げていた携帯を手に取り、電源を付ける。

 ロック画面に映し出された時刻を眩しさで目を細めながらも確認。

 

 日付が変わってまだ少し。

 二度寝しても平気な時間だ。

 

 大きく欠伸をした後、枕に顔を埋めて、再び眠りの世界へ誘われようか――。

 

 携帯を再び枕元に置く。隣に並んでいた別の通信端末に当たり、カチャリと音がなった。

 

「(あんな夢を見た後は、暫く思い出さないから少しは安心かな……)」

 

 そんなことを思いながらに、意識が沈むあと少し。

 枕元に置いていた別の方が微震と着信を知らせる音を鳴らした。

 

 面倒くさそうに手探りで腕を伸ばし、顔をそのままに通信を開く。

 受話口を耳に当て、寝ぼけた調子の声で答える。

 

『……ふぁい。こちら……すぅすぅ……』

 

『あ、こんな時間にごめんね! ――って、ちゃんと起きてよレヴィ0!』

 

 寝起きで回らない頭に少女の声は良く響いた。ああ、この声は――。

 

『はいはい、起きました、はい。可愛い可愛いレヴィ9』

 

 凄く聞き覚えのある声。可愛い妹の声だ。暮らしは別々だけど。

 

 そして「レヴィ」とコードネームの方で俺を呼ぶということは……。

 

『そういう冗談今はいいから! 悪いけど、すぐ動ける!?』

 

 ……やはり“仕事”か。

 昨日出たから今日は無いと思っていたけど、緊急で舞い込んだのか? でも、そこまで大仕事でなければ、レヴィ9とレヴィ6で難なくこなせるはずだが――。

 

『……何があった?』

 

『今回の任務“外”からの情報だったから、少し錯誤があったみたいで……』

 

 焦りの色を見せる声にかなり不味い状況なのだろう。

 珍しいな、あの二人が。

 

 まぁ、管轄外からの情報なら不備も多々あることは仕方ない。不確定要素なんて当たり前。

 だから、本当はそういった任務を妹に渡したくない。

 “上”は何をやっている、それにレヴィ6は。

 

『分かった、状況は移動しながら確認する。俺の端末にアイツの現在地と任務情報を送ってくれ。手短でいいからな? 時間が惜しい』

 

『う、うん。すぐ送るね』

 

 レヴィ9に繋がる受話口から何かを操作しているような擦れる音が微かに聞こえる。

 そして数秒後、手に持つ端末が震えた。

 

 一度耳元から離し、画面を確認する。

 赤い点が示した場所、ここから数十キロの地点。

 

『確認した。三分で現場に“直接”乗り込む。レヴィ6に俺の到着と同時に退避を指示しておいてくれ。短時間で対処する』

 

『レヴィ9、了解。警察ももう動いてるから顔を見られないようにね?』

 

『分かってる。ああ、それとだな……特別報酬として“あれ”お願いな。あれが俺の原動力だからさ』

 

『それは……うん、分かった。ホント、特別だから、ね?』

 

 照れくさそうに返事をするレヴィ9につい笑みを零してしまった。携帯越しだから表情が向こうに見えることはないのだけれどね。

 

 笑ったら眠気も飛んだ。

「可愛いやつだな」と言い残して通話を切る。

 

 最後にレヴィ9から何か言われたような気もするが……まぁいいか。その辺は任務の救援を済ませてから。

 

 クローゼットを開き、隠し板を捲ると、黒い服が掛けられていた。

 寝間着からこの“仕事着”に着替え――いや、これ暑いからいいや。

 

「夜だし、こっちでいいか」

 

 隣にあった簡単な軽装を選択。

 レヴィ9に怒られそうだけど。

 

 顔を隠すのはサングラスでいいか。

 専用の武器を腰に装備し、端末を仕舞う。

 

 窓を開け、枠に足を掛けると、そのまま蹴り出し夜の世界へと飛び出して行った。

 




ドラクリとサノバで悩みましたが、新作が出ましたし、せっかくなので筆をとらせて頂きました。

評価、感想貰えると嬉しいです、はい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー2

文字数というより、場面切り替えの切りが良い部分で更新していきます。

それと体験版で思ったのですが、お風呂で七海が頑張ってシートを回収するシーンで、女子Dの声優さんが芦花姉に聞こえたんですが、自分だけでしょうかね?(笑

まぁ、似ているだけかも知れませんね。

それではどうぞ!



 場所は街外れの港。

 そこに建ち並ぶ倉庫の内の一つ。

 

 静かな夜には似合わない、金属同士が弾け合う特有の高音――“銃声”。

 途切れることなく、音は鳴り続けていた。

 

 そんな喧騒の中を黒い服装に身を包んだ少年が駆けていた。

 足下を数多の銃弾が擦れていく。

 

「(“あれ”をどうにかしないとな……)」

 

 だが、奥まで追い詰められてしまい、倉庫内に積まれた人一人が隠れることの出来るコンテナの裏に転がり込むことで一時的に逃れる。

 

 銃弾の光が横を数発通り過ぎていく。

 対面に着弾して激しく耳を劈く。

 

「おい、今の内に積み込めっ! 他の奴らが来る前に撤収するぞ!」

 

 少年が抵抗出来ないと判断したリーダー格と思われる男が声を上げる。

 

「不味い、このままだと逃げられてしまう」

 

 今回の“仕事”。

 任務で少年――レヴィ6はここに襲撃していた。

 

 内容は二つ。

 一つは違法物の裏取引現場を押さえること。

 もう一つは相手を無力化し、警察の到着まで時間を稼ぐこと。

 

 目的対象の物は確認した。

 二グループいる相手の数を合わせても二桁には達しない。

 

 普段通りに行動すれば、まず問題のない任務だったはず。

 だから“上”も俺たち二人で問題ないと向かわせたのだろう。

 まぁ、誤算があったとしたら情報の不備ってところか――。

 

 それは敵の中に“アストラル使い”がいたこと。

 それも視認系統の相性が悪い能力だ。

 

『レヴィ6、聞こえる!?』

 

 耳に付けている小型の通信機から声が流れてきた。

 同じく任務にあたる相棒、レヴィ9の声。

 

 通信機に手を当てて覆うと、周囲の雑音をなるべく取り除くようにする。

 

『こちらレヴィ6。どうした、あまり余裕はないんだが――』

 

『音を聞けばそんなこと分かってる! すぐにレヴィ0が応援に来てくれるから、到着と同時に避難して。巻き込むかも知れないからって』

 

 レヴィ6の言葉を遮り、レヴィ9が次行動の指示を出す。

 

『レヴィ0が? 了解した』

 

 通信を終了すると、丁度銃声が止んだ。

 

 僅かに顔を覗かせて様子を窺うと、警戒に二人だけを残して他の連中はそれぞれがトラックと船に荷物を運んでいた。

 

「(レヴィ0が到着するまで、時間を稼ぐか)」

 

 レヴィ0が来るということは、レヴィ9の連絡から時間差を考えて、後……一、二分ってところか。それなら容易い。

 

 レヴィ6はコンテナから飛び出す。

 警戒に当たっていた男の一人が反応し発砲する。

 

 隣の男は反応出来ていない。

 それもその筈、反応した方は“アストラル使い”。

 だから“俺の姿は見えている”のだ。

 

「(一人ならいける)」

 

 地を蹴り、銃撃を掻い潜って接近していく。

 拳銃を持つ腕を手で弾くと、胴体に体当たりを食らわせた。

 

「ぐっ……。くそ、が……」

 

 男は呻くと昏倒し倒れる。

 これで面倒な奴は対処した。

 これで俺の姿は再び相手に“見えなくなる”。

 

 少しは安心か、そう気を緩めたのがミスだった。

 

「こっちだ、全員で囲め! 姿が見えなくても囲んでしまえば関係ない」

 

 積み荷に割いていた連中が騒ぎを聞きつけ戻って来てしまった。

 全員武装している。

 

 やはりか……。この情報で一番重要な部分は当たりだったようだな。

 

 再度、追い詰められた状況に陥っているにも関わらず、頭にそんな思考が通れるのは、ほぼ確実にこの状況を打開できるという安心からか。

 

 相手はその間にもジリジリと隙間を埋めながら間合いを詰めて来ている。

 

「実体はあるんだ、何としても掴め」

 

 包囲された円が縮まる。

 後、数歩で退路は完全に断たれる。

 

 だが――。

 

『こちらレヴィ0。突っ込むぞー。タイミングで退避しろよ?』

 

 突然、通信が入った。

 

 次の瞬間、銅板製の屋根に穴が八つ一斉に開くと、大きな輪っか状に点々と月明かりが差し込む。

 一人を除き、この場の全員が視線を集める中。その部分を蹴破って、一人の男が乱入して来た。

 

「レヴィ0、現場に到着。これより無力化行動に移行する」

 

 立ち上がると、腰に提げた入れ物から鎮圧用ゴム球を取り出す。その数、八つ。

 大きさとしては指の間に限り限り挟まるほどの物。

 

『レヴィ6、退避完了』

 

『あいよー』

 

 先の除いた一名。

 レヴィ6はレヴィ0の派手な登場により、敵の注意が逸れたことで倉庫外に避難を済ませていた。

 

「さてさて、これで心置きなく暴れられますな」

 

 レヴィ0は通信に軽く返すと、周囲に対して神経を尖らせていた。

 既に全ての銃口はこちらに向いている。

 

 まぁ、流石に狙われるよな……それが狙いなんだけども。

 

「おいお前、あの“透明野郎”の仲間だろ? 大人しくそいつを引き渡せば、アンタは見逃してやってもいいぞ、少しの猶予をくれてやる。選びな」

 

 連中の一人がそんな提案してくるが、その台詞を吐く奴は大体嘘つきと相場が決まっている。

 

 銃を持ち、一人を相手に包囲している状況。

 自分たちが優勢だとでも思っているから、そんな悠長にできるんだろうな。

 

 例え、目の前の人物が“アストラル使い”だとしても。

 

 悪いが、元々取引する気なんてないし、そもそも時間も少ないので猶予もいらないです。

 

「さっさとこいよ、その手に持ってるのは脅し用の小道具なのかい?」

 

 人差し指を数度曲げ伸ばし挑発する。

 

 それが戦闘開始の合図となった。

 




感想、評価貰えると嬉しいです。
タイトルだけの状態でお気に入りして頂けたのはとても嬉しかったですね(^^)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー3

RIDDLEJOKERもですが、9nineの新作も予約開始されましたね。空がメインヒロインなら買うしかない。三司さんと声優同じですし(笑

それに伴って、最近更新してなかった9nineの方も頑張らねば……。

ではでは、それではどうぞ。


『こちらレヴィ9。任務完了しました』

 

 あれから一時間ほどが経っていた。

 ここは何処かの屋上。人気のない……というよりも、そもそも人が立ち入れる造りではない。普通は人がいるとは思えない場所。

 

 上から注ぐ月明かり。下から見上げる街の灯り。それぞれが二つの人影を照らし出す。黒い制服のような恰好をしたレヴィ6とレヴィ9だ。

 

「今回はレヴィ0に助けられたね、レヴィ6」

 

 本部への連絡を終え、隣に立つレヴィ6に声を掛ける。だけど、返答はなかった。小首を傾げてもう一度、次は問い掛けるように。

 

「ねぇ、聞いてるの? レヴィ6」

 

「……」

 

 変わらず答えはない。顔を覗き込むと、何かを考えているように目を閉じていた。

 

「おーい、レヴィ……。暁君?」

 

「……突然名前で呼ばないでくれよ。任務後だとはいえ、びっくりするだろ?」

 

「いや、それは暁君が呼んでも反応してくれないからでしょ? どうしたの、何か考え事?」

 

「考え事っていうか……」

 

 コードネームではなく、真名で呼ばれて瞼を開けたレヴィ6――暁は首元のシャツをパタパタと動かし、体に空気を送り、籠もった熱を逃がしていた。

 

 けど、この蒸し暑い夏の夜。生暖かい風が入ったところで涼しくはならない……まぁ、多少はましにはなるかもだけど。

 

「この制服、半袖のも作ってくれないかってさ。通気性すげぇ悪いし、今回はかなり動いたからくそ暑いんだよ。風呂に入ってないのに逆上せちまいそうだ」

 

「“予算がない”っていつも言ってるからねぇ……。はぁ、暁君がそんなこと言うから我慢してたのにこっちまで暑くなってきたよー……」

 

 もじもじと体を捩らせるレヴィ9。

 不快そうな表情を浮かべ、溜息をつく。

 

 二人が身に纏う制服。支給された長袖の黒い服に白い手袋。いかにも秘密組織って感じのこの服は、世間一般には出回ることのない特殊な布地で作られていると聞いた。

 

 詳しいことは知らないが、グラム単位で金の数倍の値段になるとのこと。“組織”の末端でしかない俺らにはそれくらいの情報しか伝わってこない。

 

「はふぁわぁ……。早く冷房の効いた部屋に帰りたいよ」

 

 そんなことを呟きながらも、任務情報の修正をタブレットで手際良く行うレヴィ9。報告書を作成する上で重要となる部分を主に。

 

「それにしても、相変わらずあの強さは異常だよなぁ……」

 

 思い出すようにレヴィ6が口を開くと、タブレットに視線を移していたレヴィ9の瞳が再びレヴィ6へ向く。

 そして一度開いていた詳細画面を閉じていた。

 

「まぁ、ワタシも近くの監視カメラを使って見てたけど――」

 

 タブレットを操作すると、侵入したカメラで録画した映像が表示される。

 縮小画面を指で広げ、拡大。

 見やすくなった映像に映るのは、素人から見ても明らかに一方的としか言えない戦闘の様子だ。

 

 囲まれるレヴィ0。不可思議な軌道で曲がる銃弾。次々と倒れていく敵。

 一分も必要としなかった争いは、レヴィ0の圧倒で終了。

 

「今回の任務は後処理が凄い楽だったって、さっき連絡した時に室長も言ってたよ」

 

 任務の後処理、それは情報操作のことだ。

 

 あの後、暁が退避した数分後には、赤色灯を鳴らしてパトカーが次々と現場に到着。

 慎重に包囲し、倉庫へ突入した警官たちが目にしたのは、既に無力化された犯人たちと取引されるはずだった違法物の山々。

 

 床に散乱する銃の数々は破壊され、犯人も足や腕を負傷。そのおかげか、特に抵抗もなく簡単に逮捕されたとのこと。

 

 “組織”から秘密裏に入手したと思われる情報によると、警察の出した結論は、現場の状況からして交渉の決裂が原因の撃ち合いによる共倒れとなっているそうだ。

 大きな裏工作をすることもなく、この依頼は完了となった。

 

「レヴィ0――兄さんの“アストラル能力”の使い方は普通できないと思うんだよなぁ」

 

 レヴィ9のタブレットを暁が覗き込んでくる。

 いきなり距離が近くなり、「暑いよ」とレヴィ9はタブレットを暁に手渡していた。

 

 自分一人で見れるようになると、暁は画面を更に拡大する。

 観察するように、見入るように。

 

「ねぇ、ところで……伊吹兄さんは?」

 

 録画映像があり、暁がこの場にいるということは、同じく任務に当たった人物。レヴィ0の姿があっても不思議ではない。

 

 そのはずなんだけど――。

 

 その頬は少しばかり赤い。

 でも、この深夜の時間。暗い中、暁は気が付いていなかった。

 

「ん? ああ、『七海に怒られるのが怖い』ってさ。もう帰ったよ」

 

「え、えぇ……」

 

 七海と呼ばれたレヴィ9。

 暁はその様子に疑問を持つ。何を期待していたのだろうか?

 

「報告書もあることだし、もう帰ろう。日が昇れば学校もある」

 

「……うん、分かったよ」

 

 明らかに落胆している七海。

 既に帰宅の為、背を向けていた暁には見えていない。

 

「はぁ、せっかく心の準備、してたんだけどなぁ……」

 

 兄の後ろを歩きながら、七海はそう小さく呟くのだった。

 

 

 

 †

 

 

 

 ―――リーン、リーン、リーン……。

 

 聞こえてくる電子音。

 最初は小さくぼやけてて。

 次第に意識がはっきりとしてくると、それが携帯から流れていることを思い出す。

 

 音と同時に起こる小刻みな振動は、寝そべり、頭を埋める枕まで伝わってくるものだ。

 

「うぅん……。はいはい、起きますよぃ……」

 

 電子音の元である携帯を手探りで見つけ出し、目覚ましのアラームを止めると、気怠げに起床する。

 昨晩の“仕事”の件もあり、あまり寝られなかったな。ついつい、大きな欠伸が出てしまう。

 体を伸ばすと、強張っていた肩や背中が解れていくのは程よく気持ちが良いものだ。

 

 夜中に起きた時よりもボサボサになった寝癖頭を掻きながら、部屋のカーテンを開けると、朝日の眩しさで目を細める。

 一つ、深呼吸をすると、洗面所に寝癖を直しに行くことに。

 

 適当に寝癖を直すと、部屋に戻り、壁に掛けていた“違う方”の制服を着る。朝食は稀にしかとらないので、後は登校するだけだ。

 

「さてと――。まだ時間はあるな」

 

 部屋に置く時計の確認すると、小一時間の余裕。

 机に向かい、キーボードに接続したタブレットを起動すると、最近のニュース等の情報を仕入れながら“報告書”に手を付ける。

 

 カタカタと部屋にほぼ一定の調子で音が響く。

 一人暮らしだと静かなものだ。

 

 半分は進められただろうか? 区切りのいい所で手を止めると、再び時計を見る。ああ、もうそんな時間か。そろそろバスが来るな。

 

 保存し、タブレットを閉じると、学校へ向かう為に部屋を後にした。

 

 ………。

 ……。

 …。

 

 バスに揺られて数十分。学校に一番近い停留所で降りると、ちらほらと見える生徒に混ざり、通学路を歩いて行く。

 

 途中コンビニに寄り、弁当代わりの昼食を買うことに。

 

 一人暮らしを始めて数年が経つと、自分でも直さなくてはと思う程にだらしなく生活してしまうもの。まぁ、俺基準での見解だがな。

 こんな姿を妹に見られたら怒られそうだ。

 

 最初の内は自炊をし、弁当だって自分で作っていたさ。料理は出来ない訳ではないからな。

 でも、妹が弁当を作ってくれた弁当に比べると……比べることが妹に申し訳ない。

 

 実家のような生活は出来ない。

 自炊も面倒になってしまった。

 

 だって、コンビニ便利なんだもん。楽を覚えると、そちらに頼ってしまうんだ。

 

 一人暮らしになった理由? 

 ……別に大したことではない。兄として心配した結果。あれは確か、妹の忘れ物を学校へ届けに行った時のことだったかな――。

 

「おはよーさん」

 

 学校に到着して教室に入ると、軽い挨拶をする。

 数人から返ってくる声に笑みを浮かべながら席につくと、時間通りにかったるい授業を受けていく。

 

 休み時間となれば、友人と駄弁って過ごす。

 昼はコンビニのパンやおにぎりを食べていると、妹の手作り弁当が恋しくなるな。

 

 こうして、基本的に日中は学校に通っているが、放課後となり、部活もない為、寄り道しながらの帰り道。

 ズボンに仕舞っていた携帯が振動すると、その日の夜は“仕事”に出る。

 

 一日、一週間、一ヶ月……そして一年と。

 

 二つの生活を繰り返しながら日々は過ぎていく。慣れてしまえば、それが普通になっていくもの。

 過去とは無縁の生活。俺にはそれだけで十二分に満足だった。

 

 ――さて、帰って報告書を完成させたら、昨日の依頼について文句を言いに行こうかな。

 





評価頂けて嬉しいです。これからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー4

9nineに茉子ちゃんとかレナの声優が出てることが嬉しいです。個人的には。
今回は今の所一番長くなりましたが、説明回とカタカタと勢いで書いたので、変な部分があるかも知れません。その場合は教えて貰えると嬉しいです。
評価も更に一つ増えて感謝です。

それではどうぞ。


「ああいった任務を妹には危険だから俺に渡せって何度も言ってるよな、親父」

 

 その日の夜。レヴィ0こと、伊吹は仕上げた報告書を数枚まとめて提出しに来ていた。一週間ぶりくらいになるのかな? “ここ”に顔を出すのは。

 

 “ここ”とは『情報局特別班』のこと。“組織”の一部、通称――特班。

 

 逮捕権もなければ、捜査権もない。だが、必要となれば超法規的な治安維持活動も執る。アストラル能力などを用いた警察の手には余る厄介な犯罪や事件を対処する為だけに、国によって設立された非公開の組織だ。

 

 潜入や尾行といった諜報活動を始め、先に現場で犯人を無力化したりと、表の手助けを主に行う裏の機関。活動内容が内容だけに、一部の国のお偉いさん方にしか、その存在は知られていない。

 

 そして『レヴィ』のコードネームを持つ俺や暁に七海は、現場で活動するエージェント。普段は学生として過ごし、任務となれば諜報員として裏で動いているという訳だ。

 

 伊吹が“親父”と呼んだ目の前のボサボサ頭はこの“組織”の責任者。室長と呼べば分かりやすいかな?俺たちの上司であり、“養父”でもある人物――在原隆之介。

 

 社会から弾かれる直前だった暁。

 救い出された七海。

 引き上げられた俺。

 三人を引き取ってくれた恩人だ。

 

 二人は諜報員として働いているが、別にその為に引き取られた訳ではない。

 暁と七海が特班で働いているのは、自分たちの意志で決めたこと。俺と違ってな。

 

 暁はともかく、七海が働きたいと言った時は先輩として、兄として止めたさ。あの子には危険の伴うこの世界に関わらず、平和な暮らしをして貰いたかったから。

 

 だが、七海の決めた意志は固く揺るがなかった。それに渋々俺の方が折れ、危険な任務では前に出ないことを条件に親父へ話を通したことで、三人共諜報員となった。

 

 そんな過去もあることで、今回の任務について報告書の提出ついでに、文句を言いに来ていたのだが……。

 

「ああー……悪い悪い、レヴィ0。今回は……いや、“今回も”なんだけどな――」

 

 バツの悪そうな顔をしている室長。

 妹のことになると、口が悪くなるのは伊吹の悪い癖。七海が妹として家族になってから、伊吹は過保護な兄と化したのだ。

 まぁ、可愛い子だからそうなってしまうのも仕方がないことなのかも知れないが。

 

 長いこと一緒に暮らしているからか、言葉に遠慮がないのは、円満な関係を築けているからだろう。うん、良いことだ。

 

「上司が言い訳かい、刻むよ?」

 

「いや違うんだ、話を聞いてくれ。そしてその物騒な物は仕舞ってくれ!」

 

 室長は椅子に座り、両手の平を見せながら、宥めるように苦笑い。

 

 いつの間にか伊吹の手に握られているのは専用武器の一つ。鋭利な刃が鈍い輝きを放つ。満面の笑みを浮かべてはいるが、目が笑っていない。

 それはもう氷のような冷たい視線で。

 

「元々、あの任務はお前に任せるはずだったんだ。だがな、レヴィ6とレヴィ9が代わりに引き受けるって聞かなくてなぁ……」

 

 困り顔を見せて頬を掻いた。レヴィ6とレヴィ9――暁と七海が?

 理由が分からなかった。どうしてあんな不明瞭な点の多い任務を受けたのか? 危険なのに――。

 

「……なんで?」

 

「なんでってそりゃ、お前……」

 

 室長は机の上に積み上げられた二つの書類の束に視線を移す。

 山のように積まれた束だが、それには差が見受けられた。実に倍ほどの。

 

 この人は全然整理しないから、こんなに溜まっているんだろう。

 実家での暮らしでも、七海が掃除しないと散らかしたままだったからなぁ……。などと思いつつも、意味が分からないといった様子で首を傾げる伊吹。

 

 それを見た室長は大きく息をついていた。

 

「あのなぁ……見て分からないのか? しょうがないなぁ、多い方がお前の。で、もう一つが暁と七海の報告書だ。内容を確認すれば見分けはつくよな?」

 

「ああ、それは分かるが――。……それがどうかしたのか?」

 

 皆まで言わなければならないのかと、ビシッと音でも出そうな勢いで伊吹を指差し、呆れた様子で室長は答える。

 

「どう見たってこなしてる量が可笑しいだろ? だから、なるべくお前の負担を減らしたいって二人は出来そうな任務を率先して、代わりに引き受けてるんだよ」

 

「あ、ああ、そういうことね……。通りでここ暫くは携帯が鳴る回数減ったなって感じた訳か。これで謎は解けたぜ、やったね!」

 

「なーにが『やったね!』だ。それでも二、三人分は働いてるんだからな、お前は」

 

「お給料がいい値になっとりますよ、おかげさまでね。一人暮らしは何かと出費が多いからさ。楽を覚えるとお金が掛かるもんなんですわ、これが」

 

 自炊しないと、出費が嵩むんだよね。コンビニで昼食買ったりとかさ。

 光熱費もこの仕事で稼いだお金で払っているし、装備の整備代金だって……。

 学生のお財布事情には厳しいものなんだよ。

 

「まぁ、それも明日までなんだがなぁ……」

 

「どうしてだ?」

 

「あの二人には別の任務を伝えたんだ。ああっと、危険はものではないぞ? 物騒なものは出すなよ? これは内部の人間でも限られた奴にしか知らされていないものだ」

 

 口に人差し指を当てながら話をする室長。

 

 物騒なものと言われて、無意識に腰のケースに手を添えていたことに伊吹は気が付く。

「ああ」と咄嗟に手を離していた。

 

「これは癖なんだ、悪い。――それで限られた者しか話せないって……俺はいいのか?」

 

「癖ってなんだよ、癖って。まぁいいが……。いいんだよ、お前には話しておかなければならないんだからな。任務の内容は“潜入”だ」

 

 潜入……。場所に寄ってその難度は変わるが、基本的に高い任務となることは必至。

 それにこの任務って――。

 

「それだと長期間になるだろ? いいのか? 俺や二人は学生だから、その類いの案件は他の諜報員に渡されていたはずだけど?」

 

 学生である以上、休日でもないと日中は任務を行えない。その為、学生ではない大人の諜報員が代わりにこなすのが、特班の流れだ。

 

「ああ。確かにお前たちにはこの間までの夏休みのような長期休みでもない限り、無理な仕事だ。だがな、今回は潜入する場所が場所なんだ。その問題は解決済み。既に二人には月曜日から取り掛かってもらうことになっている」

 

 話が見えない。場所が場所? 一体どういう意味なのか。それに月曜日から潜入させるって言うが、学校はどうするんだよ。

 

 七海は勉学も生活態度も優秀だけど、暁は……あれなんだからさ。その辺りの説明が不十分だぞ、親父。

 

「そこで、だ。今、お前に任せてる短期間の任務あるだろ? あれは後どれくらい掛かりそうだ?」

 

「多分……休み中には終わるかな? もう少しすれば尻尾を出すと思うから」

 

 簡単な張り込みの任務を現在実行している。相手の動向さえ掴めれば、後は乗り込んで制圧して、警察に現場を引き渡す。

 それでお終い。余裕の仕事。

 

「なら、その任務終了後に新たな任務に就いてもらう」

 

「それって、もしかして……」

 

「ああ。この任務には伊吹、お前にも参加してもらう。二人をサポートしてやってくれ。先輩として、兄として、な?」

 

 

 

 †

 

 

 

「在原伊吹君が転校することになりました」

 

 土日が明けた日の朝。

 いつも通りに登校した教室のホームルーム時間。

 担任の先生から最初に告げられたのはそんな連絡。

 時期が時期なだけに珍しかったのか、クラスの皆は驚きを隠せない者が多かった。

 

 その後、何故か前に立ち、挨拶をすることに――。

 

「ああ、まぁ、その……あれだ。突然のことなんだが、今日まではここの生徒で、皆とはクラスメイト。今までと変わらない生活を送りたい。変に気を遣わなくて大丈夫だから、な?」

 

 あまりこういうことには慣れていない。

 

 何かしらの言葉を掛けたり、残したり。別れの時にそんな経験をしたことが無かったから。

 初めてで、新鮮な気持ちだが、悲しいものなんだな。

 

 高校に上がってから知り合った顔ぶれ。一、二年と、そんなに長い付き合いでもなかったのに。そのはずなのに……。

 

 ………。

 ……。

 …。

 

 俺の言葉通りか、その日は何も変わらない普通の学園生活だった。

 ただ、良く接していた男子グループの皆からは寂しそうな視線を特に感じたな。

 

 今日は時間の流れが早かった気がする。

 この学校で過ごす最後の時間だったからか?

 まぁ、そんなことは今更。授業の終わりを知らせる鐘が聞こえてきた。

 

「じゃあな、皆。こんな俺とも良くしてくれてあんがとよ」

 

 放課後。仲の良かった生徒たち、男女問わず見送ってくれた。

「連絡くれよ」。「近くまで来たら顔見せろ」。様々な声を掛けて貰えた。とても嬉しかったよ。

 

 校門を潜り、学校を後にする。

 何処か寄りながら途中まで帰ろうと誘いもされたのだが、親が車で迎えに来て、そのまま新しい街に行くのだと仕方なく断りを入れた。

 

 本当に優しい連中だった。

 惜しい繋がりだった。

 懐かしいものだった。

 

 まぁ、失われる訳ではないが、いつかまた会えることがあるのだろうか?

 自分の“仕事”上、そんな心配をしてしまうのは悪い癖なのかな。

 

「悪いな、せっかく馴染めた学校だったのに。友達と別れるのは辛かっただろ?」

 

 車に背を預け待つ男――室長の隆之介が、名残惜しむよう学校を見つめている伊吹に声を掛けていた。

 伊吹はそのままに答える。

 

「別に仕事なら仕方ないことさ、それに――」

 

「それに?」

 

 目線を学校から離し、瞳を閉じる。

 少しの間を空けて、その目が開かれたと思えば、その先の向かう場所には夏の空。

 

「――こういう“別れ”なら嫌いじゃないかな……」

 

「……そうかい。――よし、車に乗れ。まずはお前の家に寄って、荷物を載せるぞ」

 

 二人の乗った車は走り出す。

 

 この日の空は今の心と同じ色をしているような気がしていた。

 




評価感想、貰えると嬉しいです。

発売までは更新速度早めで、体験版で分かっている部分は進めておきたいと思っておりますので、読んで頂けると幸いです。

暁と違い、補習を受けることがないので、夏休みではなく、明けた後の土日という設定に変えて進みます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー5

区切りのいい所、今回は短いですね、すみません。
その代わり、次回更新は早めに頑張ります。
章が変わるタイミングにまとめて加筆修正を加える予定なので、細かい所は気にせず、カタカタと速度重視ですね、予定では。

ホント久しぶりにBlueDragon見ながら書いていました(笑
知ってる人いるんかな?


 親父の車に乗り、自分の家――そこそこ高いマンションにある一室に帰って来ると、まとめていた荷物を自室からリビングに移して置く。

 ……とは言っても、さほど多い訳ではない。大きめのスポーツバックが一つだけ、ホントにこれだけ。

 

 殆どの生活用品はこれから潜入することになる場所へ既に送ってある。段ボールに詰めてな。本の山が重かったよ、まぁ、資料が主なんだけど。

 任務の間は暮らす所も変わることになった。その為の一時的な引っ越し。新たな生活拠点ってやつを作るからだな。面倒くさいものだ。

 

 今回の任務は暁と七海、二人と協力した長期的なものになる予定。暫くはこの部屋ともお別れか……。

 留守にする間、この部屋は親父が管理してくれる。まぁ、そもそも俺は未成年だから、父親が保証人となって契約してあった部屋だから必然的にそうなるのは当たり前。

 でも、家賃は自分で払っていたんだぞ? “組織”って、ちゃんと給料出るからな。割と高めで。

 

「なぁ、親父。なんでこんなにバタバタしなきゃいけないんだ? 別に俺の合流予定は明日からなんだし、移動も明日の電車でいいじゃん」

 

 忘れ物に電源電気の消し忘れ。

 自分の暮らした部屋を後にする前の確認。伊吹はそれをしながら、勝手に人の買い置きである即席珈琲を淹れて飲んでいる親父に問い掛けていた。

 先の理由で、都合により今の学校を去ること――それはまだ分かる。だが、今日の内に移動までする訳を知りたかった。

 

 伝えられていた潜入実行日は明日。事を急いでも、良い結果が得られるとも思えない。それに、今回の任務は電車での移動になる、それも特急の。

 予定もあちら側に合わせないで向かったとして、何をしていろと? 潜入場所に入れないし、暁や七海とも打ち合わせ出来ないし……。

 

「ん? ああ、それは……俺が切符を間違えて買ったから、だな。……まぁ、あれだ、悪かった。暁に渡す物の手配をしながら合間にやってたらミスったんだ」

 

「おいこら、上司」

 

 聞けば、本来なら明日の八時近くに発車する始発を予約しておくはずだったらしいのだが、本日の最終を買ってしまったとのこと。なんて初歩的なミスなのか。

 

「丁度な、決定ボタンをクリックしようとしたら“例の物”が出来たって報告が上がってきたんだ。そしたらな、ついついそっちに意識が向いて、いつの間にかカチッって押したみたいなんだ。時すでに遅しってな」

 

 笑いながら残りの珈琲を飲み干す親父。無言のジト目で見る伊吹。

 確かに親父の言う通り、時遅し。今から新しい切符を買っても間に合わない。こちらに届かないからな。

 

「……はぁ。いいよ、慣れてるから。任務に大きな支障はないし、予定時間に遅れるよりはいい。適当にあっちで時間を潰すさ」

 

 伊吹は大きく息を吐くと、諦めた様子で「先に行ってるからな」と荷物を持ち上げ、玄関に向かう。親父もカップを濯ぎ、部屋を出た。

 

 ドアを施錠し、鍵は親父へ。一人暮らしも中々に良かったと思う。まぁ、家族との生活の方が長かったからか、物足りなく、寂しく感じはしたけど。

 

 それからエレベーターに乗り、一階まで降りると、マンションの管理人さんに会釈。事情は既に説明している。笑顔で見送ってくれた。「大変だね、元気でやれよ」と。

 気の良いおじさん。また戻って来れたらお世話になります、そう言い残して自動ドアを開いていた。

 

 マンションを後にすると、敷地内の駐車場にとめていた車に手荷物を積み込む。そして、駅のある方へ走り出した。

 

 

 

 †

 

 

 

 ………。

 ……。

 …。

 

 道路を進む。

 駅に向かう車の中、赤信号で一旦止まる。

 

「向かう時、電車で中身を見ておけ。今回の任務に必要な情報が入っている」

 

 親父から小型のメモリーカードを渡される。暗号式で秘密組織っぽいやつ。

 なんでも、俺や七海が使用している特班特製のタブレットでしか読み取れない仕様になっているんだとか。流石、開発部は凄いな。いかにも七海が好きそうな代物だ。

 

「それと――これがお前の乗る電車の切符、間違って買ったやつな。それに“これ”も持って行ってくれ、暁宛ての大事な荷物だ。今回の任務の要にもなる大切な物だからなくすなよ? 作るのに予算けっこう掛かったんだからな?」

 

 続いて小さな茶封筒を取り出し、手渡してくる。中身を確認すると確かに切符だった。

 けど、二枚も入っている。買う枚数も間違えたのか? それに、やたらとペラペラした極薄の透明シールみたいな物体。

 

 多分“これ”が大事な荷物なんだろうけど。任務の要と言われても使い道の想像さえ出来ないんだが……。こんな物に大金が掛かっているなんてな。貼れば透明人間にでもなれるのかってな、はは。

 

「この薄っぺらな物体が“例の物”ってやつ?」

 

「そうだ。お前もよく知る“あれ”だ」

 

「いや、分からんって」

 

「なんだよ、察しが悪いなぁ。じゃあヒントだ、制服の素材」

 

「ああ……って、それもう答えだよな?」

 

 支給されている制服。念のため、段ボールでは送らず、後ろに置いたバックに入れているあれのこと。あの制服に使用されている素材はただの布地ではない。

 

 黒い長袖に白い手袋。見た目だけでもそれっぽい色合いなのだが、秘密組織に相応しい特殊な能力を秘めている特殊な物なのだ。

 

 ――メモリー繊維。そう呼ばれる特殊な素材。

 

「“これ”の使い道は暁に聞けばいいのか?」

 

「そうだ。使用用途は聞いているが、作戦の詳細はあの二人に任せてある。あっちで合流したら、打ち合わせをしてくれ」

 

「あいよ。後の大まかな内容はタブレットで確認しておくよ」

 

 話が一段落した頃。信号の色が青に変わり、止まっていた様々な車が動き出していく。その中に混じって暫く。目的の駅へと到着していたのだった。

 

 




評価、感想貰えるとモチベ上がります。

最初は基本的に七海√で進めますが、完結した後にもう一人くらい√を書きたい(願望)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー6

朝までにもう一話更新したいなぁ、月曜日からの現実逃避ってな(笑

感想の返信で皆さんから伝統挨拶をして頂き、返していた為、サブタイトルを打つ時、ちゃろーが一番最初に出てくるようになりました(^^;)

これからも感想を貰えると嬉しいです(・∀・)
それでは、どうぞ!


「もう一人ここに来るから待っていてくれ、お前の知っている人だから、見れば分かると思う。じゃあ、暁と七海によろしくな。頑張れよ」

 

 駅に着き、車から降りると、荷物を下ろす。

 助手席の窓が開けられ、親父はメモリーカードに入った任務の詳細確認をしっかりするように。と、そう言い残して車を走らせていった。

 

「せめて、誰が合流するかくらい言ってけよ……」

 

 その後ろを見送りながら伊吹は一人呟く。

 親父の車が交差点を曲がり、姿が見えなくなると、体を反転させて駅の方へと歩き出していた。

 

 近くの自販機で買った缶を開け、駅前に備え付けられていたベンチに腰を下ろす。

 他に人が来るというのなら、改札を通って駅中に入っている訳にはいかない。まぁ、乗る電車がこの駅に到着するまで時間はまだある……とは言っても三十分程だけど。

 

 時間が時間なだけにこちらに歩いてくる人は疎らだ。学生による最初の下校時間は過ぎているし、社会人の帰宅時間にはまだ早い中間の時間。

 待ち人を探すには丁度いいかな。

 

 何気なく駅前の景色を眺めながら、時折飲み進めること数十分。

 空になりかけた頃、中央に建っている時計台に目を向けた。

 

「(そろそろ時間だよなぁ……)」

 

 時間を確認しながら残りを一気に飲み干すと、隣に置く。

 時間になっても来ないのであれば仕方がないこと。こちらも都合というのもあるしな。これが本日最後の電車、逃す訳にはいかない。それに、任務が関係しているとなると尚更だ。

 

 伊吹は切符を取り出しながら、もう一度だけ時間を確認する。

 

「限り限りまでは改札口で待ってみるか……」

 

 もしかしたら、何かしらの理由で遅れているのかも知れない。俺の姿を見つけられず、改札口で待っているかも知れない。

 後は……あれだ、道に迷っている人を助けているとかね。

 

 先を決めた伊吹がベンチから立ち上がろうとした丁度その時。

 背後から伸びてきた手に切符を一枚持っていかれた。振り返ると、そこには久しくも見知った人が。

 

「……大江さん、驚かせないで下さいよ」

 

「そんなつもりはなかったんだけどね、あはは」

 

 手に取った切符をヒラヒラさせながら、笑みを見せる背の高い女性。

 この人は大江さんだ。

 俺や暁たちと同じく特班に所属するメンバー。多分……一年ぶりくらい? に会った気がするな。

 

「大江さんもこの任務に参加するんですか?」

 

「いや、しないよ。君たち三兄妹があたるって室長からは聞いているけどね」

 

「じゃあ、どうしてここへ?」

 

「伊吹君の乗る電車、あたしと向かう方向が一緒だったってだけだよ」

 

 ああ、それで二枚もあった訳か。納得、納得。――っと、それよりも時間だ。「話の続きは電車の中で」と大江さんと共に改札口に向かことに。

 

 駅のホームでは既にアナウンスが流れ始めていた、危ない危ない。

 線路と車輪が擦れ合い、少し耳に刺さる高い音が鳴り響く。

 ホームに敷かれた白線に揃うよう乗降口が綺麗に停止し、この駅を目的とした人々が降りてくる。その後、大江さんと乗り込んだ。

 

 

 

 †

 

 

 

「えーっと、席はどこだろうか……」

 

 手に持つ半分の切符を頼りに指定された席を探す。大江さんの席は座席番号的に俺の隣、探さなくてもいずれ見つかるので後ろを付いてくる。

 

 一列目、二列目、三列目と進み……。

 

「……。ああ、この席か」

 

 乗った車両の一番後ろの席。

 前から乗ったものだから探すのに苦労したぞ、おい。

 

 俺が窓側で、大江さんが通路側か。上にある荷物置きにバックを置いて、席に座る。

 そして目の前の座席に取り付けられた小さいテーブルを下ろすと、特別製タブレットを立て置いていた。

 

 親父から渡された例のメモリーカードを差し込み、暗号化されているデータをタブレットが自動的に解析し、読み込みを開始する。

 完了するまでほんの数秒程度、流石の性能だな。画面に表示されたのは、動画が一本といくつかの資料が入ったフォルダ。

 

 親父が自由席ではなく、指定席で切符を購入した理由。それは背後を気にしないで閲覧可能にする為なのだろうな。

 まぁ、この国でそこまで心配する必要な無いと思うけどね。

 

 動画データの再生を先に見ろとメッセージが出たので、イヤホンの準備をする。

 ちなみにだが、これも特班特製。音漏れを完全に防ぐ、超高音質という性能。

 市販でもすれば、予算確保も出来るだろうに……めっちゃ売れそうだけどな、これ。

 

 予算が出来ればあの制服の半袖タイプの制作も夢ではないはず、そうすれば、暁も七海も喜ぶんだけどなぁ。

 まぁ、世間には流せない技術が使われているから無理なんだろうけどさ。

 

 準備を済ませ、これからという時。

 

「ねぇ、伊吹君。何か買う?」

 

 不意に大江さんに声を掛けられる。反応して通路に目を向けると、車内販売が来ていた。

 ああ、と選ぶが結局は大江さんと同じ物を、お茶を買うことに。勿論、大江さんの分は奢ったよ、別に高い買い物という訳ではないしな。

 

 折角なので、お茶を一口。それからイヤホンを耳に付けると、動画ファイルを再生する。画面には街の景色を背景にした美少女が映し出されていた。

 




評価、感想頂けるとモチベ上がります。

9nineの発売まで後少し(^^)/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー7

寝ましたよ、はい(笑
説明回って難しい。語彙力のなさに持ち前の説明下手が相まって、時間が思ったより掛かってしまいました_(._.)_

書いていて、台詞の割合が少なすぎると思うこの頃、読みづらくないでしょうか? 私、気になります。

評価バーに色がつきました、ありがとうございます(・∀・)
これからも更新頑張ります!

それでは、どうぞ!


『皆さんは鷲逗研究都市をご存じでしょうか? 鷲逗市の東に位置する若い街。アストラルについての最先端研究を行う為に造られた新しい都市です』

 

 中身はどうやら街の紹介映像のようだ。

 でも、映し出されるこの街についての説明は動画を見なくてもある程度は親父から事前に聞かされている。そう、文句を言いに顔を出したあの日に。

 

 なのにもう一度見とけってことは、再確認ってとこか。まぁ、分からなくもない、説明が必要な人もいるかもだし、序盤だから必須の展開だろうしな。

 

 二十世紀末期に発見されたアストラル粒子。

 

 その粒子を研究していくことにより、超常的な力とされていたものが、科学的に解明されていった。

 そして解明された力、技術を様々な分野で普及させる為、日々研究している施設が存在するということは耳にしている。以前に特班のメンバーがそんな話をしていたことがあったから。

 だが、研究所がある――というよりも街として大規模に存在しているとは予想外だった。

 

 少女の説明は進んでいく。

 

『そして、そんな都市の中にあるのがこの建物、橘花学院。この学院では一般課程だけではなく、アストラルについての教育も可能となっています』

 

『その為、アストラル能力を持つ生徒だけが通う学院と思われてしまうかも知れませんが、勿論、能力を持たない生徒も一緒に学ぶことが可能です』

 

 この学院で基礎学力を身に着けながら、身近でアストラルに触れることで理解を深めることが出来る。

 

 これからの時代、アストラル技術が発展し、生活の支えになっていくかも知れない。そして必要となってくる人々、次世代を担う人を育てるという方針を取っているのが、この橘花学院となっている。

 

『それでは早速、学園内を歩いて見ましょう』

 

 少女の背景が次々に変わっていく。並び建つ大きな寮。その寮に備え付けられた大浴場に学生が利用する食堂。豪華だ、その一言に尽きる。ここまで立派な学生寮はまずないと思う。

 

 学園の中には授業の為、そして研究データを取る役割も兼ねた大型の屋内プール。一体、予算はどこから回ってくるのだろうか。

 少しでいいから是非特班へ下さい、何でもしますから。あ、やっぱり嘘です。

 

 そんな冗談の最中、画面に映る場所は敷地内から隣接している施設に移動していた。

 

『この建物が橘花学園に併設されたアストラルの研究施設となります』

 

 外張りが全面ガラス張り。何処かの中学校を彷彿とさせるが……関係はないはずだ、うん。俺の思い過ごしだな、きっとね。

 というか、最新技術の研究施設なのにあんな透け透けでいいのだろうか? デザインの都合上とかなのか? 気にしたらいけない気がする。

 

 その後は生徒たちの生活風景の紹介がされていった。

 寮生活ともなると、門限や外出をする際には手続きなど、細かい決まりが多々あるそう。面倒かも知れないが、必要なこと。

 

 画面は最初に映った背景に戻る。

 

『まだ歴史の浅い鷲逗研究都市、それに橘花学院。その未来を共に築いていくのは皆さんです。協力して頂けると私も嬉しいです。ここまでのご視聴ありがとうございました。では、最後にこの歌でお別れとしましょう』

 

 締めの台詞の後、曲が流れ始めた。すると、画面に映る少女が歌い始める。この子はアイドルか何かなのだろうか?

 

 あれ、でもこの歌……どっかで聞いたことがある気が――。

 

「この子の歌、あたしも知っているよ」

 

 大江さんが隣から画面を覗いてくる。不意の出来事に少し驚いてしまった。

 伊吹はイヤホンを外し、視線を画面から大江さんに移す。可笑しいな、音、漏れて無かったよな?

 

「この子って、有名なんですか?」

 

「いや、別に有名という程ではないと思うよ? でもねぇ、この女の子っていつだったか……うーん、忘れちゃったけど、一度ニュースで取り上げられたことがあるんだよ。多分、調べてみれば動画くらいネットに上がっていると思うよ?」

 

「そうなんですか……知らなかったです。これからのこと、参考までに後で調べて見ますね。今は先にこれの確認をしておきたいので――」

 

 紹介動画が終了し、再生画面が自動で閉じる。続いて伊吹は資料データの閲覧を開始。

 内容としては今回の任務に関してのもの。こちらも事前に聞いていた情報の再確認が主だった。

 

 長期に渡る潜入任務となったこの案件。暁に七海、そして俺の三人が潜入する先は動画でも紹介された場所、橘花学園。あの動画を見せられたのはその関係だ。

 

 資料に目を通していると、再び大江さんの顔が近づく。子供相手だからか、大人の余裕なのか、遠慮のない。この人は自分が美人だって自覚しているのだろうか……。

 

「この任務の内容、鷲逗市内に犯人がいるんだっけ?」

 

「ええ、まぁ。事件が起きたのがこの都市ですからね。しかも情報によると、学生ときたものですから、この街に暮らす子でほぼ決まりだと思いますよ」

 

 観光目的でこの街を訪れる人は少ない方。それは世の中の偏見もあると考えられる。

 アストラル技術は便利、有名な物を挙げると車や電車か。粒子をエネルギーとして動くことから従来の燃料などが不要となる、十分な成果だ。

 

 だが、その力を人が扱える、アストラル使いは普通の人間とは違う、不気味な存在だと好まない人がいるのが現実。

 けれど、皆が全員そういう訳ではない。アストラル使いは徐々に社会に受け入れられつつある。

 

 後どれくらい時間が掛かるかは分からない。でも、いつかきっと受け入れて貰えるはずだ。その未来を守る為に活動するのが特班の仕事の一つでもある。

 だから、この案件などは見過ごせないと上は判断したのだろう。

 

「それにしても“偽札”とはねぇ、相手の能力はもう判明しているの?」

 

「それがまだなんですよね、判明したら暁たちに連絡がいくはずですし……」

 

 大江さんがこの件にアストラル使いが関わっていると簡単に判断できたのは、俺の見ている資料に書いているからだけではない。

 この事件が発覚した原因となる“偽札”。写真も当然これに載っている。これを見れば誰だってそうだと判断出来てしまうさ。

 

 だって――。

 

「このただの“紙切れ”、伊吹君はどう見る?」

 

「普通に考えれば認識系統とか催眠系統じゃないですかね、でも、アストラル能力には種類が多いですから、断定は不可能ですけど」

 

 偽札とされた物は、白い紙に走り書きで雑に一万円と書かれただけの物。

 だが、これを持っていた男は「本物だ」と主張しているらしい。他の人には紙にしか見えない――現に俺や大江さんには落書きされた紙にしか見えていない。

 となると、直接犯人と接触した男に限定で能力が使用された可能性が大きい。

 

 そして、伊吹が断定が出来ないと言ったのには理由があった。

 人にはそれぞれ個性があるように、アストラル能力にも似て違いが存在することが分かっている。全く同じという能力を見つけることは不可能に近いとされているのだ。

 

 例えば、空を飛ぶという能力があったとしよう。だがそれは重力を操り浮遊するのと、念動力で体を浮かすのでは、“結果”は同じでも“過程”が全く違うことになる。

 だから、使われた能力を断定することは難しいのだ。

 

「偽札を入手した経緯が持っていた男のカツアゲですし……相手が学生なのも男の証言から確定してます。顔は同じように能力を掛けられていて朧気にしか思い出せないらしいですが、制服まで気が回らなかったのでしょうね」

 

 犯人と思われる人物は一人、それも証言から。

 制服を着用していたとなれば相手は学生。更に、学生がいる場所は街の一カ所に絞られる――そう、橘花学院だ。

 

 だからこその潜入任務。

 生徒として編入し、犯人を捜し出す。それが俺ら兄妹に任された仕事。特班のメンバーであり、学生でもある三人には適任なのだ。

 

 最後の資料まで一通り確認し終えた頃。

 一時間ほど経ったか、車内にアナウンスが流れた。鷲逗研究都市に間もなく到着するとのこと。

 タブレットの電源を消し、降車の準備を始める。

 数分もすれば、電車は減速していき、やがて停車した。

 

「じゃあね、あたしはこっちだから。頑張るんだよ」

 

 大江さんと降りた駅で別れる。大江さんの用事は俺とは反対方向だそうだ。特に大きな荷物もない所を見るに、俺たちのような長期的な任務ではないのかな。

 

 改札口に歩いていく大江さんを見送りながら、伊吹は新たな切符を買いに向かうことに。

 この駅から橘花学園に行くには乗り換えをしなければならない。

 

 ここからライトレールに乗り移動する。路面電車と言えば分かりやすいかな?

 目的となる駅は既に確認済み。なんと学園の真ん前に駅があるんだと、驚きだった。

 

 だが、俺の編入予定は明日からになっている。何をする為に向かうのか? 理由は単純、潜入済みの弟へ素敵なお届け物をする為さ。

 

 さて、また電車に揺られますかな。

 




評価、感想貰えるとモチベ上がります。

一瞬ですが、日間にも載れました。
これからもよろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー8

体調が安定しない。
その割には世の中連休前の為、忙しい。

そして二次元に毎日元気を貰う生活、完璧だ(・∀・)

お気に入りが増えてきて嬉しいです。今週も先週のように何話か更新したかったのですが、次はちょっと千恋の方を先に更新しますね(笑

それでは、どうぞ!


『橘花学園前、橘花学園前。お忘れ物のありませんようお気を付けて下さい――』

 

 揺られる電車内に流れるアナウンス。

 車窓から街の景色を眺めていたらいつの間にか到着していたらしい。

 空いていた車内では、ゆったりと座って過ごすことが出来た。

 

 席を立ち、足元に置いていた鞄を持ち直す。

 徐々に速度が落ちていき、停まった反動で体が少し流れる。空気の抜ける音、開かれた扉から駅へと降りた。

 

 …。

 ……。

 ………。

 

 学園前と言っても歩くには歩く、ほんの数分だがな。

 次第に見えてくる綺麗な建物――あれが橘花学園か……。うーん、校門らしき所にそう書いてあるのだから合っているのだろう。

 

 きっと疑ってしまったのは“あれ”のせいだ、門の前に立つ数人の守衛と思われる大人たち。

 紹介映像でも映されていた研究施設がこの学院に併設されている為か、警備が敷かれているらしいな、それもかなり厳重に。

 敷地内を囲いの外から覗いただけでも、数台の監視カメラや感知センサー発生装置の類いが隠されるように設置されている。

 

 普通ならここまで厳重に守られていることはまずないと思う。それほどまでに、アストラルに関しての研究は特別だということだ。

 

「アストラル技術は便利、か……差違を認めずにな」

 

 伊吹は門の前を通る。

 その時、守衛さん方が無言でこちらを監視するように見てくるが、平然と受け流して歩いていく。

 親父の話だと昨日の内に、この素敵な“プレゼント”を渡す相手は既に潜入済み。

 先ほど密かに連絡も取った、特班で使用される特殊な通信を使用して。

 

 俺はまだここの生徒ではないから、これより先に入ることは出来ない。渡すとなるなら学外で接触するしか方法がない。それも怪しまれずにな……そこで、だ。

 

 この学院の近くにはコンビニが一軒ある――そう情報を貰った。俺は今そこに向かっているのだ。コンビニが渡す為の待ち合わせ場所。

 道を渡って反対側から回るように通れば、別に学院の前、守衛の前を通る必要はない。だが、態々こうして学院の前を通ったのには、理由が……というほど大層なものではないか。単に潜入場所を一目見ておきたかったからっていうだけのこと。

 

「(この程度の警備なら、七海の技術で無力化は余裕そうだな。暁も問題ないだろう)」

 

 校門を過ぎた後も、流し目で学院の敷地内を見ていながらそんなことを思う。

 暁は俺と同じだが、七海は違う。現場で仕事をする実働班ではない。基本的には後方で手助けを行うサポート要員。

 そして、七海が得意としているものの一つがああいった警備システムの無力化に制御の奪取。潜入時に偽の映像を流して道を確保したり、逆に映像を見ることも出来る。

 

 これは決して本人が望んで身に付けた能力ではない。それだけに、家族、そして兄としては使う必要のない平穏な生活をさせて上げたかったんだけど……。

 

 学院の側から離れてすぐのこと、コンビニが見えてきた。ちらほらと学生の姿がある。

 俺もそうだったが、生徒は下校していても可笑しくない時間帯だ、当たり前と言えばそうなのかも知れない。

 

 おそらくは寮に持ち込み可能な飲食物、お菓子や飲み物を買い込みに来ているのだろう。暁もその体で外出届けを出すって言ってたからな。

 

 まだ暁の姿は見えないが、先に店の中に入っていく。買う物は今晩の夕飯。

 学院にまだ入れない以上、寮にも入れないということ。つまりはその辺のホテルか何処かで一晩過ごせっていうことが必然となる。

 親父、覚えていろよ……。

 

 コンビニ弁当とお茶にアイス、雑誌も一つ購入。ビニール袋を持って店から出る。

 袋からアイスだけを取り出し、人を待ちながら黙々と食べていた。

 

「…………。ん? お、来た来た」

 

 通って来た道、学院からの道を歩いてくる人物が一人。

 目つきが悪くて、前髪も長い。いかにも無愛想な雰囲気の男の子。あれが我が弟、在原暁。ちゃんと学院に馴染めているのか不安になってくるんだが――まず置いておこう。

 

 一瞥すると、あちらもこちらに気が付いたらしい。

 人気がなければ、声を掛けて直接渡したいところなのだが、お生憎に時間帯が時間帯だ。他生徒の目や帰宅途中の大人の目もある。

 目の前を通る際、軽く目配せをすると、暁はコンビニへ入り適当に何か買い始めていた。

 

 その様子を確認しながら伊吹は今の内に準備する。暁はパンやスナック菓子と数本の飲料水を買うと数分で出てきた。

 お互いに他人の振り、顔を合わせる素振りさえ見せない。傍からみても違和感はないだろう。

 

 暁は寮に戻る為、来た道を帰る。

 伊吹は街中に向かう為、反対の道に歩く。

 

 再びすれ違う時、伊吹の手が暁の手に下がるビニール袋へ動いた。

 それはもう文字通り、目にも止まらぬ速度で。手の内に隠すように準備していた“例の物”、それに追加で雑誌を一冊を丸めてな。

 

 その後、暁の姿は見えなくなり、俺も街の中に。

 その頃、腰の辺りで端末が震え出した。携帯の方ではない、秘匿回線。

 適当な路地に姿を隠すと通話を開く。

 

『――問題はないか、暁』

 

『……大丈夫だ、あれなら怪しまれることはないと思う。寧ろ、あそこまで気をつけなくても普通に渡してくれて良かったのに』

 

『念のためだ、念のため』

 

 微笑を漏らす伊吹。笑った声が暁にも聞こえたのか向こうからも聞こえてくる。

 

『それで、これが例の物?』

 

『そうだな、使い方は……ちょっと待ってろ……』

 

 通信をそのままに違う画面に切り替える。

 親父から送られてきた資料を開く。確かこの辺に説明が書いてあったはず、ああ、あったあった。

 

『えーっと、対象者に直接貼り付けて……数時間後に回収すること、だって。ああ、直接ってあれだぞ? 衣服の上じゃなくて素肌に貼らないと意味ないって』

 

『難易度高くないか、それ……』

 

『俺は知らん。その辺はお前に任せるつもりだからな』

 

『えぇ……』

 

 もし言われたとしたら俺も同じ反応をすると思う。が、しかし、渡した時点で暁の役目なのだ。言葉通り俺は任せるだけ。

 

『七海に押しつけたりするなよ?』

 

『いや、それは流石にしないけど……』

 

『そんじゃ、任せたぞー』

 

 語尾を伸ばしつつ通話を切ろうとする伊吹。

 耳から受話口を離そうとしていたが、暁の声がまだ雑音のように小さく漏れていたので、切らずに耳元に戻してみる。

 

『――のそういう所にはもう慣れたけどさ……。後、聞いておきたいんだけど、一緒に入れた雑誌って何?』

 

『ああ、寮生活では必需品なんだろ? 親父が言ってた物だ。優しい兄の奢りだぞ、素直に受け取っておけ、な?』

 

『必需品って……月刊バタ足ミル――って! これエ〇本じゃ――』

 

 暁の声が途中で途切れる。

 伊吹が通信を一方的に切ったせい。

 

 さて、当初の目的はこれで果たした。後はいつ作戦が開始されるか待つだけ。

 今日の内に俺が出来ることはまずないと思う……まぁ、リスクを気にしなければあるにはあるのだが、やめておこう、無理はよくない。

 特に今回の潜入任務には妹も参加していることだしな。

 

 端末を仕舞い、路地を後にする。

 伊吹は今晩の宿を探しに向かうことにしていた。

 




評価、感想貰えるとモチベ上がります。

暁の話方ってこんな感じだったっけ?
違和感がありましたら教えて貰えると幸いです(^^;)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー9

遅くなりましたね、はい。
千恋*万花もコミカライズしましたし、RIDDLEJOKERもして欲しいところ。漫画版の茉子ちゃんは動き絵が多いから可愛さアップですよね(・∀・)

ああ、長期休みが欲しい……(._.)

それでは、どうぞ!


 今晩の宿はビジネスホテルで安く済ませることに決めた。ただの素泊まり。エレベーターで階を上がっていき、受付で渡された鍵を使って部屋の中に入る。

 

 ベッドにデスク、浴槽とトイレが同じ場所。任務で利用することが多いからか、もう見慣れた内装。デスクの横に手荷物をドサッと置き、ベッドに腰を下ろすと一息ついた。

 

 携帯と仕事用の携帯をポッケから出し、脇のサイドテーブルに。

 窓から見える景色は夕焼けの空。ライトレールから眺めていた時にも思ったのだが、この鷲逗研究都市は意外にも開発が進んでいる。街並みはビルなどの近代的な造りの建物が多い。それ以外にも綺麗な建物ばかり、例えを上げれば橘花学院とかか。

 

 建ち並ぶガラス張りのビルの外観に日が反射して、光が部屋まで差し込んでくる。今日という一日の終わりが近づいているような感覚。

 今日はバタバタとして疲れたな。通っていた学校を辞めて、電車で移動の連続。仕事以外でここまで詰めた予定を組み、動いたのは久しぶりだった。

 

 ふと、備え付けの電子時計に目をやると、そこそこの時間。ベッドから立ち、デスクに向かう。買ってきたコンビニ弁当を広げ、箸を手に取っていた。

 

 何から食べようかと思った矢先、小刻みに音が鳴る。置いていた端末が会いたくて震えていた。椅子から立ち上がり、それを手に取る。また秘匿回線。まぁ一般回線、普通の携帯が鳴る方が珍しいんだけどな……。

 

「えっーと、このコードは暁からか」

 

 画面を操作し、回線を開く。

 

『ほいほい、どうかした?』

 

 相変わらずの受け方。暁や七海、親父は慣れたと言っている。

 暁には例の物をしっかり渡したし、生命の魔道書も渡した。今日の必要な連絡はもう無いと思っていたんだが……。

 

『例の物の準備が出来た。まぁ、色々と問題はあったんだけどな……』

 

『おお、仕事が早いな。難度が高いとか言ってた割によ』

 

 例の物、親父から頼まれた特注品。

 特班の制服にも採用されている素材、メモリー繊維を加工した小さく薄くシール状の物。

 

 ――メモリー繊維。

 その名の通り“記憶”するという特性を持った特殊繊維だ。アストラル技術の発展で生まれた代物の一つ。

 特殊な加工を施すことにより、アストラル能力を吸収。更に加工を加えることで、その能力を定着させておくことが可能。

 吸収させ、記憶した能力は本人でなくとも使用可能となり、特班の制服に使われている理由もそこが大きい。

 

 性能の高さから、当然のように値も張る。グラム単位で金より高いとかなんとか。

 そんな高級品が惜しげもなくふんだんに使用されているのだ、特班の制服はおいそれと量産することの出来ない物となった。その為、半袖が欲しいという暁の提案は未だに通っていない。

 

 今回、特別に開発されたシート版は、元々開発部の方で案が出ていた物なのだとか。

 試作品と現場での運用試験も兼ねて、この任務での投入が決まったのだろう。

 

 相手の素肌に数時間も直接貼り付けなければ効果を発揮しないなどと、問題点は多々あるが、性能は十分に高い。ただ、リスクの高さとすれば、潜入には向かないけどな。

 

 吸収した能力を保持していられる時間、効力はもって一日か二日とのこと。実際の所は正確には分からない。

 なら、確実に効果が残っている状態である今夜か明晩か。

 

『任務開始予定はいつにしたんだ?』

 

『今夜にした。本当は伊吹兄さんが編入してから行動する予定だったんだけど、ちょっと問題が発生していてな……』

 

『……問題?』

 

『親父からこの街の紹介映像みたいなやつ見せられただろ? あれに映っていた女の子、覚えているか?』

 

 電車で見た映像を思い出す。映っていた女の子は一人だけだった。

 

『確か、何かのテレビに取り上げられたことがあるっていう子のこと?』

 

 暁が見た映像と同じものという確証はないが、親父からとなれば多分同一のはず。なら、大江さんが言っていたあの子のことだろう。

 

『ああ、その子で合ってる、胸の大きい子な。テレビに出ていたってのは、俺も七海に教えて貰うまで知らなかったけど』

 

『それで、あの子がどう関係しているんだ?』

 

『俺と七海が編入する前日にあの子のファンだって名乗る男が夜の学院に侵入してな、警備の強化が掛かるらしいんだ。今夜にも人手の方は増えていると思う』

 

 それは可笑しい。ホテルに来る前、暁と接触する前にこの目で確認したんだ。そこいらの施設より何倍も厳重な警備だったはず。

 当然、浮かぶ疑問となると――。

『あの中を一般人が? どっかの組織の工作員とかじゃなくてか?』

 

『まぁ、俺もその線を疑ってこっそり調べてみたんだが、本当に一般人だった』

 

 機器関係が苦手な暁のことだ、自身の能力で盗聴まがいの方法を取ったのだろう。そういった情報収集に関しては上手くなったものだなと感心する。

 実動班からすれば、現場での生きた情報集めが出来るメンバーがいるのはとても有り難いもの。

 

『そいつが言うには、全く面識もない、知らない人物から情報が送られてきたんだと。情報通りに指定された時間で指定されたルートを使って学院に侵入。すると、何故か学院の警報装置は機能しないし、その付近には警備員の姿もなかったと言っているらしいんだ』

 

『だが、偶然にも通りかかった学院の先生に見つかり、事態が発覚して確保された。その夜は他に怪しい人物は目撃されていないし、監視カメラにも問題はなし。研究施設や校舎にも侵入された形跡はないらしく、謎だけが残った状態。依然、装置が機能しなくなった原因は分かってないんだとさ』

 

『……うーん。なら、早めにやらないといけないな、色々と。そっちの方は俺の方でもう少し調べてみる。兎に角、今夜は自分の役割に専念してくれ』

 

 暁から「ああ」と返ってくる。

 一度侵入された、しかも原因が分からないともなれば、警備の目は無意識にも“外”に向く。悪いが、俺たちには好都合だった。

 

 それに、その男の話が事実なのだとしたら、編入する前の方が都合がいい。生徒ではない内の方が動きやすい場合もある。

 

『もう敷地内と校舎内の監視は把握済みだよな?』

 

『ああ、それは大丈夫。七海も既に“仕込み”を終わらせたって言ってたし』

 

 暁は置いておいて、流石は我が妹、七海ちゃん。あの台数に対しての“仕込み”をたった一日で済ませるとはな。複雑な心境にはなるけどね。

 

『じゃあ、この端末に敷地の見取り図と警報装置の設置箇所、作戦開始時刻に侵入経路も送っといてくれ』

 

『分かった、七海に伝えとく。ああ、それと――いや、やっぱりいいか……』

 

『なんだよ、勿体振るなよ。気になるだろ?』

 

 伊吹がそう返すと、少し間を空けて暁が答える。

 

『潜入前、七海が伊吹兄さんに応援要請した任務があっただろ? その後、七海に会いに行くからな的なこと言ったんだって? なのに怒られるのが怖いからって帰った』

 

『ああ、そうだったな……っ!? ま、まさか――』

 

『次の日、食卓には餃子が並んだ、それだけは伝えておく』

 

『おう……マジですかい……』

 

 そこまで聞いて、通信を切っていた。

 この件は編入してからが怖いが、今は任務に頭を切り替えよう。こればかりは失敗は許されない。

 一度でもミスをし、発見でもされてしまえば、潜入は露見し、事件調査の機会は失われる。再度の潜入も厳しくなることだろう。

 それに、七海にも危険が及んでしまう可能性がとても高い。兄としてそれは避けたい。

 

 端末がまた小刻みに数度震える。データが送信されてきたらしい。頼んでいた項目を一つ一つ分けて丁寧に。まずは見取り図を開いて、目を通す。

 

 お預けとなった夕飯は一旦蓋をする。携帯食料で我慢しよう。最悪、今夜に食べられなかったら朝食にしてもいいだろうしな。

 

 デスクの横、床に置いていた荷物を開け、詰めていた荷物を全部取り出す。中身のなくなった鞄の底板に伊吹は手を伸ばしていた。

 

 四隅を最極小の金具で固定した二重底。金具を特殊工具を使用して外す。そこには、しっかりと折畳まれた特班の制服と道具の一式が入っていた。その下に本当の底板が存在する。こうして隠し持っておくのは念の為。秘密組織ですからね。

 

 着ていた服をベッドに放り、制服を身に着ける。耳には小型通信機を引っ掛ける。最近は単独任務が多くなっていたせいか、機会があまりなかったな。

 

 部屋の窓を開ける。

 通話をしている間に日は落ちて、月明かりと蛍光色が街を彩っていた。ああ、今夜は夜風が涼しいな、この間の熱帯夜とは格別だ。

 

 制服に備え付けられている機能、メモリー繊維に記憶されている迷彩能力を起動する。窓の縁を蹴り、そのまま夜の街、夜の橘花学園へと向かっていった。

 




評価、感想貰えるとモチベ上がります。

妹キャラって、安定した人気がありますよね(^^)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー10

遅くなりました(^^;)
六月の半ばまでは本当に忙しくて、更新が遅くなってしまいそうです……。最近は少し前の〇ロゲーソングに元気を貰っております(笑

今回は次話で暁君視点に移るので、区切りよく短めになってしまいました。後、二話くらいでこの章は終われるかな?

それでは、どうぞ!


 場所は移り、橘花学園が遠目で視認可能な近場のビル、そこの屋上。空調設備や他の設備が大半の幅を占める場所。よくドラマやアニメで見る屋上とは訳が違う。人の出入りなどまずない。

 

 そこそこに気持ちがいい夜風へ当たりながら、伊吹は適当に数本持ってきた非常食を囓って、暗視双眼鏡で偵察中。耳につけた通信機に、潜入している暁たちから開始の合図があるまでここで待機しているところ。

 

 ホテルを出てから数時間が経過していた、夜の暗さも深みを増す。時間も時間、学園の敷地内には、警備員の懐中電灯が散見しているのが遠くからでも確認できた。

 

『こちらレヴィ6、今レヴィ9と寮を出た。迷彩効果で付近に潜伏中。こちらの準備は完了、レヴィ0の到着次第、作戦を開始する』

 

『ほい、レヴィ0了解。……なぁ、レヴィ9の……その、機嫌は?』

 

『……』

 

 無言。それだけで大方は把握。

 

『……うん、分かった。今から移動する。後でまた連絡するよ』

 

『……ああ』

 

 通信を切る。迷彩効果を再起動。

 任務に集中、集中、集中、うん……。表には出さず、胸中で呟き自分に言い聞かせて。

 

 屋上から下りる。体が浮き上がる。まるで風に乗るかのように、夜空へ向かって行った。

 

 

 

 †

 

 

 

 人は見慣れてしまった景色を注意深く見入ることはなくなっていくもの。こんなにも綺麗な夜空を見上げている者は、はたしてどれ程いるのだろうか。

 

 街の上に広がる暗闇の世界を歪めながら一つの点が移動していく。微かな変化だ、よくよくと見ないと分からないほどの些細なもの。

 

 特班の制服、メモリー繊維が機能させる迷彩能力。自身に当たる周囲の光を屈折させ、背後へと流すことにより、まるで体が透過しているような状態にすることが、記憶させているアストラル能力の効果。

 

 迷彩能力とはいうものの、流石に完全とまではいかないのだが、殆ど肉眼での判別は不可能な領域。夜の中、暗闇となると尚更に。

 背景と調和した姿は視覚系統のアストラル使いや特殊な器械を使用しない限り視認することは困難。

 

 一方、移動方法である飛行を可能にしているのは伊吹自身のアストラル能力、その応用。学園の囲い塀を難なくと越えていく、警報機は反応しない。鳴ることはなかった。

 遙か上空から降り立つ人影は、橘花学園の敷地が一望出来る高所へと。警報装置が機能しない高度、範囲外からの飛来。迷彩効果も相まってか容易に侵入が出来た。

 

 本当に大丈夫なのかな、ここの警備……だから巨乳ファンの男にも簡単に入られてしまうのでは? ……なんてな。アストラル使いが特殊なだけか。

 事前に予定し、二人に伝えていた地点。周囲を一度見回し、辺りに人の気配がないことを確認すると、耳に手を当てて通信を繋ぐ。

 

『こちらレヴィ0。予定ポイントに到着、行動を開始するよ』

 

『レヴィ6、了解。作戦を開始する。現在地をレヴィ9がそっちに送るから確認してくれ』

 

 通信端末、タブレットの画面を開く。送られてきたデータを読み込むと、敷地内の見取り図にレヴィ6とレヴィ9の現在地が赤い点で表示される。

 

「確認した」と答えると、二つの点は徐々に動き出す。少し動いては止まり、また少し動いては止まるを数度繰り返していく。

 敷地内に隠すように設置された警報装置を避けていく動作だ。場所によってはレヴィ9の手助けを借り、レヴィ6の能力で通過したりと。

 

 やがて二つの点は一つの建物の前で止まる。そこは橘花学園の校舎入り口。

 二人がすぐに中へと入らず待機しているのは、レヴィ9が内部の警備装置を一時的に無効化しているからだろう。“仕込み”は済ませているとは言っていたから、時間は掛からないはず。

 

 今回の作戦での役割。レヴィ6とレヴィ9は校舎内に忍び込み、目的の部屋に例のシートを使用して入る。そこで、特班が求めている情報を入手すること。

 

 レヴィ0はそのサポート。周囲の警戒、もしもの場合、二人への脅威を退ける役目。

 それぞれが持つ能力を生かした配置、適材適所っていうやつだな。

 

 レヴィ9が“仕込み”を起こしている間、レヴィ0も動く。

 小型カメラを数台取り出すと、その全てを宙に放る。意識を集中させると、球体型をしたカメラは落下することなく、ゆらゆらとその場で漂う。

 

 タブレットで設定画面を開くと、反応したカメラが起動していく。それぞれのカメラが捉えている映像が画面に次々と表示された。

 まぁ、レンズが全部こっち向いているから俺の姿ばっかり映っているんだけど。赤外線モード、暗視モードの切り替えも良好、問題なし。――ではでは、いきますか。

 

 動作確認を終えた伊吹はカメラに向けていた意識を強める。すると、静かに動き出し、高速で散り散りに飛んでいく。

 この場所から死角となっている場所、二人の撤収ルート。校舎の周り、奔放なのが一台。所定の位置に着き、映像が送られてくる。人影は見えない。今の所は大丈夫かな。

 こちらの準備は完了した。さて、二人はどうだろうか? 

 

 画面を戻す、レヴィ6とレヴィ9に動きがあったよう。建物内に移動していた。

 

『レヴィ6、レヴィ9、共に侵入成功。校舎内に人の気配はなし。これより目標へ向かう』

 

『了解。こっちも特に異常はないよ、接近する人影も今の所はない。とはいえ、あまり時間は掛けられないからな、レヴィ6の迅速な任務遂行を推奨しまーす』

 

『……レヴィ9は?』

 

『レヴィ9は心配ないし、優秀だし、可愛いし、可愛いし、可愛いし?』

 

『……。通信終了』

 

 通信が切れる最後、小さく溜息が聞こえたような気もしたが、そのまま受け流す。

 それに、時間が少ないのも事実。警報装置を無力化しておけるのも有限だ。特にここの施設のような厳重なものとなると尚更。

 

 二人の位置を見ながら、カメラの映像にも目を配らせる。順調にレヴィ6たちは建物内を移動している。昼間の内に最短経路は調べていたのだろう。

 警報装置、内部の監視カメラ等は無効化されている、足止めをくらうこともないしな。

 

「(この調子なら一分も掛からないか――うん?)」

 

 こちらのカメラに人影が映り込んだ。二つの影。

 

「(警備員の服装じゃない……学園の関係者がこんな時間に?)」

 

 私服を着た大人の女性に、アイドルが着ていそうな衣装を身に纏う少女。

 女性の方は知らないが、少女の方はどこかで見たことがある顔だった。

 

「(うーん……。ああ、確か――)」

 

 電車の中で見た映像。あの時と服装も同じ。映像に映っていた子でまず間違いないだろう。そうなるとだ、この子が話に出ていた狙われた子なのか。

 

 レヴィ6、暁が任務開始前に言っていたことを思い出す。暁と七海が編入して間もない頃、ファンを名乗る男が学園の敷地内に侵入した事件。

 

 念のため、カメラの一台をこの少女が映るように意識する。残りの台数でも自身の役割に支障は出ない。今はこの少女が妙に気に掛かった、ただの勘なんだけども。

 

 だが、特にこれといった事もなく、静かに時間は過ぎていく。少女もあのまま寮に帰るところみたいだった。

 先生は付き添いってところかな。あんな出来事があった後だ、一人で帰すことに不安があるのは当たり前。時間も時間だしな。

 

 念のためにと注意はしていたが、杞憂だったか。他にも特に変化はない。この二人以降は、相変わらず人影もないし、校舎に近づく気配もない。

 

 やはり、無意識に外へ警戒が向いているのかな?

 まぁ、このまま何事も事が運べば、こちらとしては有り難い。

 

『目的の部屋に侵入成功、これから情報の入手に移る』

 

 レヴィ6から通信が入る。あちらも問題はなかったようだった。

 




評価、感想貰えると嬉しいです。

お気に入り100人突破ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します(・∀・)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー11

徹夜でお仕事(・∀・)
現実逃避で七海ちゃん。

バンドリでロゼリアの曲が連続追加は嬉しかった。
MVを解放し、視聴し、かっこよすぎて、びっくりするほどユートピアしてたね、はい。どこかの幼刀ちゃんが成仏しない程度で。

修正する場所があるかも知れませんが、この章を終わらせたらまとめて行います(笑 
それでは、どうぞ!



 橘花学院に通じる中庭の道を進む。

 隠れ、立ち止まり、隠れて、止まり。様子を見つつ、突破していく。

 

 監視カメラや赤外線センサー類いの回避は苦ではない、慣れたもの。だが、レヴィ9はあまり慣れていない。姿勢を低く屈んだり、その体勢のまま小走りしたりと、カメラの可動範囲に入らないよう移動する為、腰が痛いと呟いてはいたが。

 

 中庭に校舎の周辺。巡回する警備員の姿が見えたが、特班の制服による迷彩効果により、これは大した問題とはならない。ここまでは俺の領分だ。けど――。

 

「……」

 

 最初の目的の建物である学院の校舎へと無事に到着した。

 巡回の警備員は他の場所へ。暫くは戻ってはこないだろう。それに、この周辺はレヴィ0が見張っている。何か予定外のことが起きたとしても、レヴィ9が一緒にいるのだ、本気で何とか対処してくれるに違いない。

 

「……あと少し……」

 

 レヴィ6の前でレヴィ9は、手に持つタブレットの青白い光に顔を照らされながら、慣れた手つきで手早く操作していく。接続されている先は内部の警報装置に繋がる操作盤。

 正直、レヴィ6にはレヴィ9が何をしているのかは分かっていない。電子機器関係はさっぱりだ。パソコンも報告書を書くことと、たまに動画を見ることしかしないし、ゲームもあまりしないからな……。

 

「――うん、これで大丈夫だよ。そんなに厳重なセキュリティじゃないけど、念のため。三分間だけ誤魔化してる。もう少し必要だったかな?」

 

 作業を開始して一分にも満たない。操作を止めたレヴィ9が振り向き、声を掛けてきた。

 

「いや、それだけあれば十分だ。よし、中に入るぞ」

 

 周囲を警戒しつつ、ドアを開けて二人は侵入する。通ったことのある道のはずなのに、登校する時とは違う感覚。

 ドアを閉め、怪しまれないようにレヴィ9がロックを掛ける。レヴィ6はその間に自身の能力を発動。感覚を研ぎ澄ましていく。

 自分たちが出す音以外がしないか、建物内部の様子を把握。……問題は無さそうだった。

 

『レヴィ6、レヴィ9、共に侵入成功。校舎内に人の気配はなし。これより目標へ向かう』

 

 レヴィ0へ通信を送るレヴィ6。手短に二言三言と言葉を交わすと、何を言われたのか、苦笑いを浮かべ、次には無言で通信を切っていた。

 

「……どうかしたの? レヴィ0が何か言ってた?」

 

「ああ、あんまり時間を掛けるなよってさ。それとレヴィ9は優秀、可愛いって連呼してた」

 

「ふ、ふぇっ!? ななな、なんで!?」

 

「いや、俺は知らないけど……。それよりもほら、時間が惜しい。さっさと行くぞ」

 

「う、うん」

 

 何故か頬を赤らめているレヴィ9を抱えると、レヴィ6は走り出した。

 レヴィ6は自身の能力の効力を変更。次は感覚ではなく身体能力、筋力を上昇させる。

 階段を飛ばして登り、廊下を音を立てずに素早く駆けていく。

 昼間に経路は記憶済み、迷うことはない。最短経路で向かい、一分程で目的の部屋に到着していた。

 

「さてと、ここからが重要だな」

 

 レヴィ6はシートを取り出した。それを目の前の部屋の開閉装置となっているセンサーにかざす。特殊な鍵を開ける為に作られた特殊なシート。

 

 今回の目的となっているこの部屋は、アストラルに関する研究室。その為か、使用されている鍵はアストラル技術を組み込んだ最新技術を採用している。

 

 初めてこの部屋に訪れたのは編入した日だった。その際に部屋を使用している人から聞いた話。この鍵は登録した本人のアストラル能力に反応し、開く仕様になっているとのこと。それを知らなかったら、この作戦を思いつくことはなかっただろう。

 

「……反応しないな、失敗したのか?」

 

 待っても解錠されない。記憶させる条件は満たしていたはずだが……。

 

「ちゃんと記憶出来なかったのかな? もし、そうだとしたらわたしの苦労が……思い出しただけでも、ううっ……」

 

 諦めにも似た声が出てしまう。まぁ、レヴィ9の苦労を考えると仕方がないのかも知れないが。何があったかは、後々に。レヴィ0に怒られなきゃいいけどな。

 

 鍵が開かないのあれば、これ以上作戦を継続することは不可能。校舎内の警報装置を誤魔化せていられる時間も数分しか残されていない。

 

「一旦、出直すか」

 

 レヴィ6の提案にレヴィ9も頷く。そして、二人が踵を返そうとした時。

 

 ――カチャリ

 ドアが解錠された音が聞こえてきた。

 一度二人は顔を見合わせる。その後、レヴィ6がドアにゆっくりと触れてみると、すんなりと開いた。

 

「しっかりと機能していたみたいだな、よかった」

 

「うん、そうみたいだね。よかったー、わたしの苦労が無駄にならなくて」

 

 部屋に入ると、当たり前に人の気配はなかった。閉めたドアにも鍵を掛ける。一応部屋の窓から外を確認するが、周囲にも人の姿は見えない。

 

「問題はないな、データを回収してさっさと撤収しよう」

 

「もうやってる。ツールを走らせてるから焦ったって早くなる訳じゃないよ。……よし、入れた。えーっと……これはどこから検索すればいいのかな……」

 

 レヴィ9は既に部屋に備え付けられたパソコンの前にいた。

 手元にはいつものタブレット。そこからパソコンに掛けられたロックを外すツールというものを使っているらしい。

 

 問題なくロックを外したレヴィ9は、パソコンを操作していく。そして、目的のサーバーへの道を見つけるとアクセスする。そこが“AIMS”だ。

 

 AIMS――Ability・Information・Management・System。

 その名の通り、アストラル使いの情報を管理している場所。

 

 この鷲逗研究都市に暮らす者はこのAIMSに登録することになっている。勿論、編入してきた俺や七海も登録の手続きをした。この部屋に入ったもの、その手続きがあったからだ。

 

 鷲逗研究都市のアストラル使いが全員登録されている。つまりは、追っている事件の犯人も登録されているということ。

 

 アストラル技術の研究に必要な能力を持つ人物を探しやすくする為、能力別に検索をかけると、カテゴリが分かれ、知りたい情報を絞ることが可能だった。本来の使い方でも、便利なもの。今回はこちらの用で有り難く利用させて貰うとしよう。

 

「調べる能力は認識阻害でいいんだよね?」

 

 レヴィ9の問い掛けに頷くレヴィ6。

 これは事前に室長から連絡を受けていた。偽札の事件、最初は催眠能力か認識系の能力なのか判断を決めかねていた。

 だが、所持していた人物のみが本物と認識し、相手の特徴も一部だが記憶していたことから、犯人の能力は認識阻害でほぼ確定となった。

 

「どうだ、いたか?」

 

「うん、二人いたよ。これからデータのコピーを始めるからもう少し待ってて」

 

 事件に関係のありそうな二人の人物のデータをコピーしていく。レヴィ9の話では、数分も掛からないらしい。

 完了するまでは特にやることもないので、警戒も兼ねて窓から外を眺めることにした。

 

「……ねぇ、暁君」

 

「作戦中はダメだぞ。……どうかしたか?」

 

 タブレットに視線を落としたまま、レヴィ9が少し躊躇うように尋ねてくる。

 

「さ……レヴィ6はレヴィ0に会ってるよね? 編入する前の任務の時も、あのシートを受け取りに行った時にも」

 

「まぁ、そうだな」

 

「その……何か変わってたりってしてたかな? べ、別に気になるとかじゃなくて、い、妹として兄の一人暮らしが心配なだけであって、痩せていたとかそういうことが……ね?」

 

「別に何も変わってなかったと思うけどな。ああ、そっか。最後に直接会ったのって正月に帰ってきた時が最後だったっけ? なら、半年も会ってないことになるのか」

 

 この間もそうだったが、レヴィ9とレヴィ0は、最近では通信で何回か声を交わした程度。姿はお互いに見ていなかった。

 でも、別にレヴィ0は遠くに住んでいる訳ではない。徒歩でも会いに行こうとすれば、行ける距離の範囲。

 

「会いたかったら、家に遊びに行けばよかっただろ?」

 

「だって、忙しそうだったし……。あの時期、レヴィ0は大きな事件を追っていたからね、連絡もなかなか出来なかったよ……」

 

 寂しそうにレヴィ9は答える。レヴィ0は俺らが所属するかなり前から特班で活動していた。現場での経験や実力はトップクラス。任される任務の難度的にも同じ作戦にあたることは少なかった。

 現場で活動する俺よりも後方でサポートをするレヴィ9なら尚更、その機会は減ってしまう。

 

「だから、同じ学校に通えるのが嬉しいんだよね。朝になれば兄さんも編入してくるし、遅くなってもお昼には会えるんだもん。えへへ、楽しみだなぁ」

 

 レヴィ9は気づいているのか分からないが、自然と表情は緩んでいた。

 

「……もう怒ってないのか?」

 

「えっ、どうして? わたし怒ってた?」

 

「いや、だってこの前餃子を――」

 

 そこまでで、レヴィ6の言葉は遮られた。緊張感が薄れてかけていた二人には、気を引き締め直すことに。

 遮った音、それは学院の敷地内で鳴る大きな警報だった。

 




評価、感想貰えると励みになります。

※ドラクリ、余裕が出来たら投稿始めます。

100年経った。家族を失った。
200年経った。友を失った。
300年経った。恋人を失った。
400年経った。国を追われた。
500年経った。世界を旅した。

噂で聞いた話。数百年程前に知り合った同族が、小さな都市を築いたらしい。色褪せたこの世界で俺は”何か”を見つけたかった。
それは何でもいいんだ。仲間でも、友人でも、自分に向かってくる敵だとしても。特に行く当てもない俺は、その都市に向かうことにする。その”何か”を求めて――。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0ー12

すみません、もう一話この章を続けます。センターヒロインとの初対面はそこそこに文字数を多くしたいので……(._.)

それでは、どうぞ!


「け、警報!? ななななんで!? わたし何かミスしちゃった!? どどどどうしよう暁君! どうしよう! 助けて伊吹お兄ちゃーん!」

 

「まず落ち着け、この警報は俺らじゃない。……外からだ」

 

「そ、そうなの? よ、よかった。……でも、どうして警報が鳴ったんだろ?」

 

 突然のことで慌てふためくレヴィ9と冷静なレヴィ6。個人差はあるのだろうが、これは経験の違いだと思う。現場でのイレギュラーは別にそんな珍しくはないからな。

 校舎内、建物からでは状況が把握できない為、レヴィ6は通信を送る。

 

『こちらレヴィ6。この警報は?』

 

 この事態を把握していると思われる人物。周囲の様子に敷地内の警戒を行っているレヴィ0なら、警報に対して既に何らかの行動を起こしているはず。

 

『ああ、どうやら“お客さん”が来店したみたいだね、俺たち以外のがな。今、カメラで追ってるところだ。もう巡回の警備員たちも集まって来てるよ』

 

『どこかの組織か?』

 

『うーん、まだ分からん。見た感じ、動きは素人っぽいし……。またどっかの誰かに唆された金目的の輩かも知れないな』

 

 この間のファン侵入の件もある。今回も何者かによる仕業の可能性も捨てきれない。捨て駒として利用し、何かを探っているのか?

 

『とにかく俺は現場に向かってみる。校舎周辺と撤収ルートに問題はないから、お前はレヴィ9を連れて一先ず寮に戻れ。レヴィ9の安全が最優先、いいな? 送り届けた後、可能ならお前はこっちに来い』

 

『ああ、分かった。気をつけろよ』

 

 どちらからともなく通信を切ると、レヴィ9がデータのコピーを終えていた。慌てながらでもしっかりと仕事はする。レヴィ0が言う通り優秀なのは間違いない。

 

「兄さん――レヴィ0はどうするって?」

 

「現場に向かうって。俺たちはその間に撤収するぞ、目的も達成したしな」

 

「うん、分かった。あ、でも、もうちょっとだけ待って。痕跡が残ってないか確認するから。ちゃんと消えてると思うけど、念のためにね」

 

 操作し、パソコンの画面が数度切り替わる。正直、何を確認しているのかさっぱりだったが、何も問題はなかったのだろう、殆ど時間を掛けずに電源を切っていた。

 

 部屋を後にする前に、レヴィ9が再び警報装置を誤魔化す。その隙に校舎内から出ると、寮への撤収ルートを急いだ。

 

 

 

 †

 

 

 

 警戒に最適だった所定の位置を離れ、カメラを操り、目標の姿を捉えながら、敷地内の建物の上を次々に移動していくレヴィ0。

 数分もかからずに現場付近の建物に到着すると、気付かれないようにカメラを近づけていき、状況を窺うことに。

 

「(えーっと……どうなってんのかな?)」

 

 映像を確認。二人組の男が昼間に見た守衛たちと対峙していた。どうやら“お客さん”は二人。顔を隠すように深々と被った帽子に、上下を黒い服装で身を包む連中。

 

 目的は分からない。だけど、ここに侵入して来たということを考えると、アストラル関連のことだろうと予想は出来た。だが、奴らはその“何か”をする前に守衛に取り囲まれた。その時点で手練れではないことは確かだ。動きが雑過ぎる。

 

 その程度の相手のはず。なのに守衛は構えているわりには確保へ動かない。互いに一定の距離を維持したまま。渋っているのは何故だろうか? 

 そんな疑問を映像越しに抱くが、カメラをもう少し潜り込ませ、映像を拡大させると、その答えに気が付いた。それはとても簡単なこと。

 

「(この感じ……アイツら、アストラル使いか)」

 

 それは特有の匂い。経験から感じ取れるもの。それに対し、ここの守衛たちはアストラル使いではない。下手に対処すれば、逃走されてしまう恐れもある。それに負傷者も。

 

 確認を終えたカメラを手元に戻す。そして、レヴィ0は迷彩機能を起動させると、屋上から現場に降り立った。

 次はカメラではなく、自分自身が守衛たちの間を縫いながら相手に近づいていく。認識系統のアストラル使いでもない限り、この暗がりでは視認は容易ではない。

 

 アストラル使いの対処はアストラル使いが。手元に戻していたカメラを近くの茂みに放ると、能力で操作。ガザガザと草を掻き分ける音を立て始める。

 その場の全員の注意が一瞬そちらに逸れた。一瞬、それで十分。

 

 レヴィ0は、簡単に相手の懐へと潜り込むと、強めに掌底を鳩尾に一線。一人目が苦痛の声を漏らし、その場に崩れ落ちた。

 

 何が起きたのか理解できていないもう一人と取り囲む警備員たち。その硬直した隙に間合いを一気に詰めると、鋭い蹴りを上部へと食らわせる。不意打ちの一撃、残った方も昏倒し、地面に倒れた。

 

 一瞬の間に制圧された侵入者を前に、守衛たちは動けないでいたが、その中の一人が「確保っ!」と声を上げる。それを皮切りに全員が動き出し、二人は取り押さえられたのだった。

 

 守衛が動き出した頃にはレヴィ0は退避済み。戻ってきた屋上で通信を開く。

 

『レヴィ6、聞こえるか?』

 

『ああ、無事に寮にレヴィ9は帰したよ。問題ないと思うが、一応そっちに向かってる所だ』

 

『もうこっちは片付いたよ。まぁ、念のため周囲を俺たちで調べておこうか』

 

『分かった』

 

 レヴィ6の現在地を確認しようと、端末の画面をつける。他のカメラも回収しないといけないからな。一方的な戦闘があったとはいえ、カメラは警戒に当たらせたまま。それぞれが捉えている映像を最後に確認しておく。

 

『……ッ!? 不味い。レヴィ6、緊急だ、その道を急げ!』

 

 突然声を荒げたレヴィ0。珍しいことに驚き、レヴィ6は息を呑む。

 

 画面に映る中の一つ。あの子に固定していたカメラが“異常”を捉えていた。杞憂ではすまなかった。犯人はアストラル関連の何かを狙っていた。それは研究資料や技術ではなく――。

 

『お前の言ってたあの女の子に危険が迫っている』

 




評価、感想頂けると励みになります。

戦闘シーンは長く書くのが難しい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.0-13

お久しぶりです。

バンドリに追加された現時点最高難度の楽曲のフルコンを諦めた奈々歌です。今回は一番長くなりましたね。今までの文字数でいくと約二話分となっております。

これでこの章は終了です。全体的に修正を行いながら、次の章を書き進めたいと思います。でも来週まで忙しい……。

それでは、どうぞ!


 目的のデータは無事に入手。その後、レヴィ9を寮へと送り届けた。本来ならこの任務はそれで完了だったはず。そのはずだった――。

 

『お前が言っていたあの女の子に危険が迫っている』

 

 レヴィ0からの通信。猶予がないということは声色から伝わった。送られて来た場所は寮からさほど遠くはない。レヴィ6は目的地点へと急いでいた。

 茂みの中を駆け、赤外線センサーを回避。監視カメラは姿勢を低くしながら走り抜ける。

 

「い、一体なんなのっ!? ちょっ、いたっ、は、離しなさいよ!」

 

 指定された場所に近づくにつれ、少女の声が聞こえてくる。夜中、他の雑音が殆ど無い静かな時間帯。その為か、まだ距離があるはずなのに鮮明と耳へ声が届く。

 

「(不味いっ!)」

 

 レヴィ6は能力で脚力を強化。地面を蹴り出して速度を上げる。目的地までの最後の監視カメラを通過した。もう映像に姿が映り込む心配はない。能力の出力を上げ、更に加速していく。

 

 レヴィ0の通信を受けてから時間にしてほんの数分後。左右の茂みと木々が他より少し開けた場所、学院の校舎へと続く道の途中。現場へと到着していた。

 

 レヴィ6は、視界に少女と二人組を男を捉える。事前に記憶していた監視カメラの設置箇所からして、配置的にこの場所は丁度死角となっているはず。

 それを計算した上で、あの男たちは侵入し、少女を襲った。計画的な動きからして手練れの連中という可能性はある。苦戦するかも知れない。

 

 レヴィ0が対処に向かった方は単なる陽動だろう。警報が鳴るようにわざと行動させ、守衛たちを一カ所に集める。しかもこの場所からかなり距離のある所にだ。お蔭でレヴィ0の到着が遅れている。二人で対処できるのが理想的だったが、待っている余裕はない。

 

 男の一人はナイフを持ち、もう一人の男は少女の腕を掴んでいる。少女は抵抗しているが男との力の差は大きい。その腕が離れる気配は全くといって見られなかった。

 男たちの行動からして、あの少女を連れ去るのが目的のよう。このまま、見す見す逃す訳にはいかない。

 

 レヴィ6は接近していく勢いをそのまま利用して、少女の腕を掴んでいる男に体当たりを食らわせる。腹部に強烈な衝撃が走った男は吹っ飛ばされ、地面に転がる。同時に少女の腕から手が離れると、抵抗していた弾みで少女は尻餅をついていた。

 

「だ、誰だっ!?」

 

 見えない相手からの強襲。残された男は周囲を警戒する。だが、迷彩機能で景色にとけ込み、況してやこの暗闇の中だ。いくら辺りを見回してもレヴィ6の姿を肉眼で捉えることは出来ない。

 守衛が向こうで気を取られていることを知っているせいか、この場に駆けつけて来ないのを良いことで余裕を持っていた分、突然のことで焦りが表情に滲んでいる。

 

 隙だらけの相手。完全な死角から再び接近していくレヴィ6。能力により、強化された脚力で繰り出した蹴りを直撃させる。男は防御も受け身も取れずに倒れると、そのまま気絶した。握られていたナイフは音を立てて落ちた後、地面を流れるように滑っていく。

 

「……ちっ、油断してたぜ……。姿を消す能力、アストラル使いか。そんな奴まで警備にいるとはなぁ。まぁ、ここの施設らしいといえば、らしいのか」

 

 体当たりを食らわせた男が起き上がっていた。入りが甘かったのか、気を失わせるまでは持っていけなかったようだ。

 しかも運の悪いことに、男の足元には先に気絶させた男のナイフが転がっている。それを拾った男は口元に不敵な笑みを浮かべると目を閉じていた。

 

「姿が俺に見えていないからって、反撃はそうそうされない。お前ほどの実力となれば、そんなことを考えている訳ないよな?」

 

 男は怪しげな笑みを浮かべる。すると、男の周りに妙な風が吹き始めた。それは集まるように、男を中心として旋風のように。

 

「こんな場所に侵入する連中が普通な訳ないだろ? そんな奴らは、ただの捨て駒にされた馬鹿な奴らか、報酬の大金に目が眩んだ奴らくらいだぜ?」

 

 男が目を開く。その瞬間、風の強さが一段と増した。地面を軽く抉り、巻き上げた葉や枝を切り裂きだす。超常の力、まるで操られているような不可思議な風。

 

「(こいつ、アストラル使いか!?)」

 

 気が付いた時にはもう遅かった。急いで回避行動に移るが、それよりも男の動作が速い。男が手をかざすと、渦巻いていた風が周囲へ一斉に散り散りと吹き荒れた。

 男の能力で発生した風の一つがレヴィ6の足に直撃する。密度が上がっているのか、刃のような切れ味を持った風は特班の制服を裂き、皮膚から血が流れる。

 

「ぐっ、ぁぁ……」

 

 痛みにレヴィ6は膝をつく。幸いなことに特班の制服は機能を維持していた。迷彩は解けていない。だが、血が地面に滴り落ちている。位置が知られてしまった。

 迂闊だった。軽率だった。自分のミスを悔やむところだが、それは許されなかった。それはミスにより危険に晒されるのが、自分一人の場合だけだからだ。

 

「きゃぁぁっ!?」

 

 少女の悲鳴。レヴィ6が切られたのと同じタイミング。あの風の一つが少女にも当たってしまっていた。

 悲鳴を聞いたレヴィ6は、痛みを堪えながら目を向ける。風の刃は胸元のシャツをざっくりと裂いていた。破けたシャツの間から、豊かな膨らみの富が露わになっている。肌が見えるということは、深く切られているのか。

 

 少女の怪我の具合を確認しなくてはならない。だが、傷を負った片足に上手く力が入らない。立ち上がろうにも力が抜けて片膝をついてしまう。

 ぽたりぽたりと地面を点々と小さく染める赤色。それを見た男は反撃が返ってこないことで、相手の状態を把握したのか、少女の方へと近づいて行く。

 

 このままだと少女が連れ去られてしまう。男たちを制圧することに気を取られていた所為で、いつの間にか少女との距離が離れてしまっていた。

 全開で能力を引き出せば間に合うか……分からない。でもやるしかない。今この場であの子を助けられるのは自分だけなのだから。

 

「(動け、動け、動け、動けよ! 俺の足っ!)」

 

 能力の用途を変更し、足の痛覚を一時的に遮断する。無理矢理に力を入れて動かす。立ち上がり、少女の方へと跳躍。でも、この距離は届きそうにない。次は体を起こせるかなんて分からない。伸ばした手だけが、届かない手だけが、視界に沈んでいく。

 

 救いの手ではなく、魔の手が少女に伸びる。怯える少女の姿が目に映った。間に合わない。諦めたくない。力はあるはずなのに、この手が届かない。

 

「――ッ……」

 

 能力を使い過ぎてしまった、頭痛が襲う。遮断していた痛覚が戻り、痛みが襲う。どうすればいい? 打つ手がない。少女を助けなければ――。

 

『そこ、射線の邪魔だから屈め。レヴィ6』

 

 痛みでまた膝をついた時、通信が入った。反射でレヴィ6は体勢を低くすると、体の上を一筋の影が微風を起こしながら通過していく。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 次の瞬間。男の声と共に、その手から刃物が落ちる。それはとても見覚えのある攻撃だった。レヴィ0が自身の能力を応用し、特注のゴム弾を飛ばす攻撃。

 戦っている間にレヴィ0が、自身の能力範囲まで来たのだろう。同じく迷彩機能を使用しているからか、その姿は見えないのだけれど。

 

 武器を失い、更には痛みで腕を押さえる男。そこに軌道を変え、戻ってきたゴム弾が直撃した。男は昏倒し、その場へ力無く倒れたのだった。

 

 

 

 †

 

 

 

「――大丈夫か、レヴィ6」

 

 後ろから声を掛けられた。迷彩を解除していないはずなのに、ほぼ正確で。ということは、現在地を知っている人物、レヴィ0。

 

「悪いミスった。俺はもう大丈夫。それよりも――」

 

 少しふらつきを見せながらも立ち上がるレヴィ6。その足が向かう先には、狙われたあの少女がいた。少女は腰が抜けているのか、地面にへたり込んでいるまま。

 

「三司さんっ!」

 

 あの少女の名前は『三司さん』と言うらしい。変に焦るレヴィ6を不思議に思ったが、少女をよく見ると、胸元のシャツがざっくりと裂けていた。

 三司さんの傍まで駆け寄っていったレヴィ6を追い、隣に腰を下ろすレヴィ0。

 

「何があったんだ?」

 

「さっきレヴィ0が倒した男がアストラル使いだったんだ。俺の対応が遅れて、三司さんが巻き込まれた。傷が深いはずなんだ、急いで止血しないと」

 

「……ああ、分かった。簡易的とはいえ大体の道具一式は持っている、使え」

 

 腰にある小型の医療パックから何点か用具を取り出す。包帯や薬やら止血剤まで色々と。簡易とはいえ、用意周到なのはいつもの癖の念のためだった。

 ただ、疑問が一つ。些細なことかも知れないが、レヴィ6の言葉に違和感があった。それはこの子、三司さんのことなのだが――。

 

「そ、その声……もしかして、あ、在原……君?」

 

 浮かんだ疑問を尋ねる前に、三司さんがゆっくりと口を開く。名前を呼ばれて少し驚いたが、レヴィ6も同じ名字だ。彼女が呼んだのは俺ではない。

 この二人は面識があってもおかしくはないはず。既に編入しているからな。だが、これでは迷彩機能を使ってまで正体を隠している意味がなくなった。

 

 これから手当てをする。余分なやり取りは時間の無駄だ。守衛がいつ駆けつけるか分からないし、俺たちに時間は余り残されてはいない。

 

「……いいか? レヴィ0」

 

「はぁ、室長には一緒に説明してやるよ」

 

「助かる」

 

 もう隠してはおけないと判断したレヴィ6は迷彩機能を解除した。完全に正体を知られてしまうことになるが、緊急事態だ、仕方無い。親父には怒られそうだけど。

 目の前に姿を現したレヴィ6、在原暁。その突然の光景に目を丸くする三司さん。まぁ、無理もないか。正体を明かした暁と直接声を交わしていたレヴィ0、在原伊吹も迷彩機能を解く。いずれ知られてしまうことだし、と。

 

「ほ、本当に在原君だったんだ……どうして在原君がここに……。それに、その人は誰なの? 何がどうなっているの? さっきの人たちは一体何なの? ねぇ在原く――」

 

「その話は後だ、今は胸の傷の手当てを、早く止血しないと!」

 

 そう言うと、暁は破れたシャツに手を伸ばす。三司さんは自分に近づく手の先、胸元へと徐々に視線を下げていく。そして。

 

「えっ、胸? ……っ!? ちょ、ちょっと待って、在原君っ! だ、大丈夫だからっ! 怪我なんてしてないから! ホントに大丈夫だから、触らないで、ね? お願いだからぁ!」

 

  暁の手を避けるように自分の手で破れたシャツを握り、裂けた部分を隠す三司さん。見られたくないものでもあるのか、暁から距離を取ろうと後ろに下がろうとしていた。だが、その手を暁は掴み、それを止める。

 

「大丈夫なわけないだろ、傷口を早く見せるんだ!」

 

「あっ! ちょっ――」

 

 手当ての為に仕方なく。暁はシャツを押さえている手を無理矢理に退けた。三司さんの手からシャツが離れると、簡単に捲れ、素肌と下着が露わになる。下着にも届いていたらしく、それは傷の深さを現していた。そのはずなのに――。

 

「血が、出ていない? それに傷口も……ない」

 

「ああ、やっぱりか」

 

 それが伊吹の抱いた些細な疑問の答えだった。暁が焦っている割には三司さんからは出血している匂いがしなかった。この場で血を流したのは暁だけ。

 

 ――ポロッ、ポロッ……。

 

 捲れたシャツの中から血の代わりに、そんな音で表現できるような感じで“何か”が地面に落ちてきた。傷口の再確認で暁は気が付くのに遅れる。

 

「ん? なんだ?」

 

 伊吹が前に落ちてきた“それ”を拾い上げていた。“それ”は何やら柔らかい物だ。感触を確かめること数秒間。“それ”がなんなのか理解したようだった。布製で作られている角の丸い三角形の物。

 

「……うん。あのさ、俺は初めて見たんだけど、これって――」

 

 伊吹は暁にも“それ”を手渡した。同じく感触を確かめ始める。そして、二人はそれぞれ頷くと、結論へ至った。

 

「……ああ。俺も存在自体は知っていたけど、初めて見たな」

 

 実物は見たことがなかった。だが、知ってはいた。でもまさか、こんな状況でお目に掛かることになるとは思いもしなかった。そう、これは――。

 

「パッドだ/だな」

 

「あ、あ、あ、ぁぁぁぁぁ……」

 

 嗚咽を漏らすように、声にならない声が三司さんの口から溢れる。だが、そんな状態の三司さんに追い打ちをかけるかのように、暁があることに気が付いていた。

 

「パッドだけじゃ……ない?」

 

 裂けてしまった下着の更に下。今度は布製ではなく、シリコン製の下着が存在していた。それも胸の大きさを盛る為のものだということは見た目ですぐに理解できた。下着にしては形が変だったから。

 

「……つまりあれか。この子は“巨乳”じゃなくて“虚乳”だったってことか?」

 

 伊吹が顎に手を添え、そんなことを呟く。

 

「お、上手いな」

 

「全然上手くなんかねぇよ! 大丈夫だって言ったのに、触らないでって言ったのに、怪我なんてしてないって言ったのに……。それを、それを無理矢理ひん剥いて!」

 

 目元を潤ませながら怒る三司さん。乙女の秘密、同性であったとしても知ってはいけない秘密。それをよりにもよって男である二人が知ってしまった。泣き怒るのも無理はない。

 

「余計なこと言うから三司さん怒ってしまったぞ」

 

「すまん、つい言いたくなってしまってな……」

 

 と、やり取りをしている場合ではない。顔を赤くし、今にも泣きそうな三司さんをどうにかして落ち着かせないといけない。騒がれたら面倒なことになってしまう。

 

「わ、悪かった、三司さん。三司さんが俺のミスで怪我をしてしまったと思って、焦っていたんだ、本当に悪かった!」

 

 宥めるように謝罪の言葉を並べる暁。でも、まだ三司さんは落ち着かない。

 

「だってほら、パッドがあるなんて知らなかったし、それで怪我をしなかったなんて、普通は考えられなかったから……」

 

「――ビキッ……」

 

「……隙を与えぬ二段構え、くくっ……」

 

「――ブチンッ……」

 

 伊吹の思いつきで呟いた言葉が決定打となった。

 

「パッドのおかげで無事だった? 偽乳だから助かった? 何が二段構えだ?」

 

 あ、これは終わりましたね、お疲れ様でした。

 

「辱めて、馬鹿にして、さらに馬鹿にして……ぐぬぅぅぅぅぅ……。誰が乳部・タイラーだっ! お前らまとめてぶっ殺してやるぅぅぅぅぅ!」

 

「そんなことは言ってねぇよ!」

 

 伊吹と暁の声が綺麗に重なった。そして、この大声は非常に不味い。

 

「おい、こっちから声が聞こえたぞ!」

 

「侵入者か!?」

 

 たくさんの足音が聞こえてくる。守衛たちにさっきの大声を聞かれたか。もう時間切れだ、撤収しないと不味い状況になってしまう。

 

「そもそも、なんでこんな時間に、こんな所で、一体何をしているの? さっきの連中も訳が分からないし……大体在原君、あなたは何者なのよ! 謎だらけなんだけどっ!」

 

「それは――」

 

「お、俺は……」

 

 伊吹が誤魔化しに入ろうとしたが、先に暁が何かを言い掛ける。彼女と面識のある暁に言わせた方が良いだろうと、この時に任せたのが不味かった。が、後悔は遅い。

 

「俺は……君を守る為に来たんだ!」

 

 隣の暁君は、それはそれはとんでもないことを口にしてくれましたとさ。

 




感想、評価、頂けると励みになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

潜入、編入、橘花学院。Chapter.1
Chapter.1-1


新章突入(・∀・)
大変、遅くなりました。最近は忙しくて……。
それに夏は体力の消費がえげつないですね。帰宅してからパソコンに向かう体力があまり残っていなくて(^^;)もう歳なのかな(笑

今回は台詞進行の場面が多くなってしまいました。間にいれる文が上手く思いつかなかい自分の国語力の問題ですね、はい。

それでは、どうぞ!


 

『全く……。とんでもないことを言ってくれたな、暁』

 

 室長、隆之介の溜息混じりの声。仕方がないと言えばそうなのだけど……。

 

 橘花学院から撤収した後、伊吹は人気のない路地に入るとタブレットの電源を入れていた。そして、自分の寮部屋に戻った暁と通信回線を繋ぐと、今回の任務報告をする為、親父にも通信を繋ぐ。複数通話というやつだ。

 

『本当に自分でも何であんなことを言ってしまったのかと……』

 

「ホントっすよね、暁っち、マジやばくないっすか?」

 

『まずお前は落ち着け伊吹、キャラが崩壊してるぞ。……にしても伊吹、お前がついていながらこんな予想外過ぎる事態になるなんてな』

 

「判断ミスっすね。マジ、てへぺろですな」

 

『ツッコミはしないからな? それにもう古いぞ、その台詞。はぁ……まぁ、過ぎたことを言っていても先に進まない。任務の報告をお前たちから頼む。こちらでも大まかには把握しているが、詳細を知りたい』

 

 伊吹と暁は画面越しに顔を見合わせると、伊吹の方は目を閉じる。無言の圧力。お前がしなさいと言わんばかりの。その反応を見た暁は「まぁ、そうなるよな」と小さく一息ついた後、報告を始めた。

 

『……任務の目的だった偽札の容疑者についての情報入手は成功。データは既に特班にも送信済みです。ですが、入手後、撤収直前に敷地内で警報が作動しました』

 

『レヴィ0が侵入者をカメラで捕捉、対処へ行動を変更し、その間にデータを入手した俺とレヴィ9は寮まで確保していた退路を移動。その後、レヴィ0から緊急の通信を受け、俺が別の侵入者と交戦することになりました』

 

『――そしてその時にお前は彼女に顔を見られただけじゃなく、迷彩機能まで見られた。で、援護に入ることとなった伊吹の存在も感づかれて、二人とも仲良く正体を見られたと……』

 

『……はい……』

 

『……はぁ』

 

 室長は長い溜息をつくと、呆れたような目で二人の顔を交互に眺める。暫くして、大きく息を吸い、もう一度溜息を吐いた。

 

『まぁ、暁の部屋に守衛や先生が来ていない所を見ると、あの子は一応秘密として守ってくれているということなんだろうな。もし、駆けつけた人たちに本当のことを話していたとしたら、今頃、暁は拘束されていてもおかしくはない』

 

「あの侵入者と交戦した地点は監視カメラの死角だったし、俺たちの姿も映ってはいないはずだ。念のため、七海に頼んで付近の監視カメラの映像は確認しておくつもりだけど」

 

 とは言うものの、暁の話だと……七海に会う時にどんな反応されるかが怖いんだよな。

 

『偽札の件もまだ片付いていない。その前に学院側へ正体が露見しまっては全てが無駄になる。今回は彼女に感謝しておくんだな。とりあえず現状では二人共、減給は確定だから覚悟しておけよ?』

 

「ただでさえ……ただでさえ、最近は経費で落ちない出費が多いってのに……」

 

『ミスはミスだ。お前が任務のミスを嫌うのはよく知っているが、減給で済んだだけでも良い方だったと思え。取りあえず、現状での処分はそれだけだ』

 

『分かりました』

 

「……分かったよ」

 

『となれば、だ。あの女の子、えっーと、三司あやせさんだったか。彼女の信用さえ得ることが出来れば、暁、お前のミスによる問題は最小限に留められる』

 

『その上で、暁、いやレヴィ6。お前に任務の追加だ。彼女、三司あやせを護れ。そしてレヴィ0はそのサポート任務を追加する』

 

『それは潜入任務の件も継続しながら……ですか?』

 

『当たり前だ。学院に潜入させる前にも言っただろ? 潜入するには学生の身分であるお前たちが適任だって。そもそも今更すぐに他の人員を手配している余裕もないしな』

 

「では、彼女に姿を見られたが、学院から撤収することはないと?」

 

『ああ、現状での判断だがな』

 

『それにもし、今回の侵入者のような連中によって、彼女に何かあったとする。するとだ、社会的には三司あやせは“アストラル使い”だから狙われたんだと人々は考えてしまう。そうなると、アストラル使いへの隔たりが更に深刻化してしまう可能性がある……かも知れない』

 

「かも知れないんだって、暁ちゃんや」

 

『そして、それがアストラル技術の発展に後れを生じさせ、その結果として、諸外国と差を大きくつけられることとなり、国益を大きく損なうことになる……かも知れない』

 

「かも知れないんだよ、暁君や」

 

『いや、流石にそれは無理があるんじゃ……。それに伊吹兄さんもどうしたの』

 

『無理があるないの話じゃない。建前を作らないといけないんだよ、立場上な』

 

『兎に角だ。彼女の信用を勝ち取ることが出来れば、問題はまずなくなる。自分の台詞で巻いた種なんだから、自分でしっかりと刈り取れ、いいな?』

 

『……はい……了解しました』

 

『宜しい。では、これで通信終了だ。二人共、しくじるなよ?』

 

 

 

 †

 

 

 

 暁の問題発言から夜が明けて。折角、自分のお金を使って取ったホテルの部屋では一睡もせず、ホテルを後にすることに。

 ああこれも経費じゃ落ちないんだよな……暁に請求するか。うん、そうしよう。倍くらいにして。

 

 昨晩の任務で使用した特班の制服を脱ぎ、昨日この街まで着て来た私服ではなく、現在着ているのは橘花学院の制服。クリーム色をメインとしたブレザー仕様だ。

 今日は編入初日ということもあり、あまり着崩したりはしないでいる。まぁ、最初の数日くらいだけど。

 

 制服は橘花学院へ編入の申請をした時、暁たちと一緒に注文していた物。サイズは適当に特班の制服を作り直した時の値を伝えた。多分、あまり変わりはないだろう。

 たった数年前のことだし、仕事柄、体型の変化には一応気を付けているつもりだ。鍛錬も怠ったりはしていないし。暁も同じようにしていたが、七海は自分で測り直していたっけか。まぁ、女の子だからな。

 

 バックを肩に掛けて街を歩いていく。暁へシートを渡したコンビニを過ぎて、数十分もした頃には、昨日降りた駅、橘花学院前。そして校門へと到着。

 

 全寮制な学校の為、前に通っていた学校とは違って、登校して来る生徒の姿は見えない。多分、それも理由の一つなのだと思うが――。

 見ない顔で学院の制服を着ているからか、校門に立っている男の守衛二人の目が自然と伊吹に向けられていた。

 

「……まぁ、仕方ないのかな」

 

 昨日の今日だ。懐疑的な視線を感じる。昨晩、敷地内への侵入を再度許し、しかも今回はただのファンでは済まなかった。

 

 アストラル使いによる複数犯の犯行。

 

 未遂で終わりはしたが、この学院の生徒が危険に遭ったということに変わりは無い。普段より一層と見知らぬ人物へ警戒心を向けてしまうのは仕方がないこと。仕事としても“上”から圧が掛かっているかも知れないし。

 分かりますよ、似たような上下関係がある点としてはね。

 

「あの、すみません――」

 

 元々、守衛には声を掛けるつもりだったから別に問題はない。夜中と違って、もう俺はここの生徒。堂々と、正面から。遠慮なく。

 

「本日から編入することになりました在原です。これが手続きの書類と学生証なんですが、中に入れますでしょうか? そこまで詳しく連絡は受けて来なかったので……」

 

 学院から届いた大きめの茶封筒をバックから取り出し、その二つを中から抜き出した。書類は守衛に手渡し、学生証は貼られている写真と伊吹の顔を見比べて。

 

「ちょっと待っていて下さい。確認して来ますので」

 

 男は守衛所に入っていき、備え付けられた電話の受話器を手に取ると、何処かに内線を掛けた。時間にして一分未満。短めな問答をした後、こちらへ戻って来る。

 

「お待たせしました。確認が取れましたので、問題ありません。迎えの先生がここまで来るそうなので、もう少しお待ち下さい」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 守衛は書類を伊吹に戻すと、仕事へ戻っていった。伊吹は門に背を預けて待つことに。

 

 …。

 ……。

 ………。

 

 数分後。コツコツと足音が聞こえてくる。呆けるように雲を眺めていた目線を音がする方向、校舎のある方へ向ける。すると、一人の女性が歩いて来たのが見えた。

 

「……んん?」

 

 あの人……どこかで見たことがあるな。ああ、任務の時カメラに映った人だ。三司さんと歩いていた人。学院の関係者とは思っていたが、ここの先生だったのか。

 

 伊吹は預けていた背を壁から離し、女性の方に体を向ける。お互いの距離が近くなると、先生から声を掛けてきた。

 

「あなたが在原伊吹君ですね。初めまして、あなたの担任となります柿本です」

 

「よろしくお願いします、柿本先生」

 

 落ち着いた声の女性。見た感じ、第一印象をしては若い先生という感じだった。伊吹は返事をしながら軽く会釈をすると、柿本先生は一度瞼を閉じて返す。

 

「まずは理事長室に向かうことになっていますので、私に付いて来て下さい」

 

 柿本先生は体を反転させ、来た道を戻っていく。言われた通りに伊吹はその後ろを付いて歩いて行った。

 

 広い中庭に各施設。七海から貰っていた見取り図のデータや、任務で見た夜の景色しか知らない伊吹にとって、明るい時間帯での景色は新鮮だった。

 暫くして。昇降口に着くと、靴を履き替える。校舎内を進んで行き、階段を上がり、廊下を歩いていくと、柿本先生は一つの部屋の前で足を止めた。

 

 廊下に並ぶ他の部屋とは違う雰囲気を漂わせる扉の前。ここが理事長室らしい。校舎の内部配置までは把握していなかった分、注意深く見てしまうのは職業病なのか。

 そんな周囲を見回している伊吹とは別に、柿本先生は扉を数回軽く叩く。

 

「柿本です。本日から編入する学生を連れて来ました」

 

「ああ、入ってくれ」

 

 中にいる人物から返事があると、柿本先生は扉を開ける。高級な革製のソファが対に置かれ、背もたれが高い椅子に艶のあるデスク。先生に続いて扉を潜ると、いかにも偉い人が仕事をしていそうな内装をした部屋が広がっていた。

 そんな部屋の中、入って来た二人の姿を見た一人の男が椅子から立ち上がると、こちらへ近づいて来る。厳格そうな目つきの鋭い男、この人が学院の理事長か。

 

「初めまして、在原伊吹君。私が理事長を務めている伊勢篤紀だ。君の事情については弟さんと妹さん同様に聞いている。色々と大変だったな」

 

「いえ、そんなに大変だった訳では……。俺はあんまり気にしなかったですし。ですけど、妹のことを大切に考える兄としては、ここの学院に編入した方が安全なのかな、と」

 

 理事長の言う事情――。俺たち兄妹が学院に編入することになった理由は、暮らしていた所でアストラル使いだということが露見してしまった、ということになっている。まぁ、嘘なのだけれど。提出した経歴なども所々偽っている。

 

 最先端の研究施設も併設されているだけあって、身元の調査はかなり厳重な所なのだが、すんなりと編入することが出来た。特班の力は凄いものだ。俺の場合は、特班での経歴も偽りだらけなのだが……それは今は関係ないか。

 

「君は兄妹思いなんだな。この学院は君たちのような若者を受け入れ、自分の力を理解し、有益に生かしていくこと。前向きに生きる方法を見つけてもらう為に設立したのだからな」

 

 確かにアストラル使いにとってここの環境はとても有難いものだ。前向きにという点では少々疑問もあるが、既にアストラル能力を有益にといえば生かせていると思う。

 

「さて、君には早速で悪いが、編入の際に必要となる手続きがもう一つある」

 

「それはAEMSへの登録……ですよね? 封筒に入っていた資料にそう書いてありましたし。そればかりはこっちに来てからでないと出来ないことですから」

 

「ああ、そうだ。この鷲逗研究都市で暮らすアストラル使いは全員登録してもらうことになっている。本来ならこの後にでもAEMSへ登録をしてもらいたい所だが――」

 

 そこまで言い掛けると、理事長は腕時計で時間を確認していた。その様子から伊吹も壁に掛けられていた時計に目を向ける。

 

「もうすぐ始業時間だな。それは昼にしよう。担当の者が君の教室まで迎えに行くようにしておく。登録についてはその者の指示に従ってくれ」

 

「分かりました」

 

「では、在原君。よい学院生活を送ってくれ」

 

「はい、これからよろしくお願いします」

 

 最後には僅かながらに口元を緩めていたのが見えた。外見では怖そうな人だが、内面はそこまでではないのだろう。

 あれだな、こういう人ほど綺麗な奥さんとかいるタイプの人だな。

 

「柿本先生、彼を教室まで頼みましたよ」

 

「はい。では理事長、失礼します」

 

「失礼しました」

 




感想、評価、頂けると励みになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.1-2

お盆休み? そんなものはなかったんだ……。

最近、ガラス製の色紙を飾れるのを購入出来たので、可愛い七海ちゃんの色紙を飾りました。ああ、可愛いよ、可愛いよ(・∀・)
最近なかなか書けなくて、更新がかなり遅くなっていますね、すみません。早めにこの状態を脱出したいと思っております(_ _)
次回には七海ちゃんの出番がある所まで書けると思いますので頑張ります。

それでは、どうぞ!


「在原伊吹です。これから宜しくお願いします」

 

 教卓の横に立って自己紹介。見知らぬ人ばかりの新しい教室。友人作りも最初から……か。上手く馴染めるか、受け入れてもらえるか心配になってくる。そう思っていたんだ、教室に入るまで、俺はそう思っていたんだ。

 

「――ッ!?」

 

 教室のほぼ真ん中の席でただ一人。驚愕といった表情を見せている女生徒が。まさか同じクラスになるとは、偽……いや、パッ……三司あやせさんよ。

 

「在原君の席は……二条院さんの隣になりますね」

 

「……分かりました」

 

 三司さんの反応に苦笑いを浮かべていた伊吹に、柿本先生がそう言ってきた。先生から指示された机。窓側、教室の後ろ側の席。一つだけ空席になっている場所があった。そして、その席の隣に座っている女の子。あの子が二条院さんか。

 

 並ぶ机の列の間を進み、自分の席に到着。バックを机の脇に掛け、椅子に腰を下ろすと、隣の二条院さんに声を掛けてみた。編入してからの第一歩だ。

 

「えーっと、在原伊吹です。これから宜しくお願いします、二条院さん」

 

「ああ、こちらこそ宜しく頼む。それにそんな畏まらないでくれ。私たちは学年も同じだし、同級生なんだ、遠慮はいらないんだぞ?」

 

 二条院さんは腰までかかる綺麗な髪が印象的だった。しっかり者の女の子という雰囲気、それでいて気遣いも。クラスの中心的、委員長とかしていそうなタイプ。そして美少女。

 

「分かった。えっと……」

 

「羽月だ、二条院羽月」

 

「じゃあ改めて。宜しく、羽月さん」

 

「こちらこそよろしく頼む」

 

 クスッと微笑を浮かべる二条院さん。にしても、なんだか喋り方が渋いように感じるな。女子高生としては珍しいと思う。家柄的なものなのだろうか?

 

「在原君と呼ぶと弟君と被ってしまうからな、君のことは下の名前で呼ばせて貰うぞ?」

 

「そうしてもらえると助かるよ。妹も同じだからさ」

 

「ワタシは男の人をあまり名前で呼んだ経験がなくて、少し気恥ずかしいものだな、これは。伊吹、伊吹君か……。うん、これも良い機会だ、早く慣れるよう努力してみよう」

 

 照れた様子で一度瞳を閉じ、一人頷いていた二条院さん。再び目を開くと、何やら伊吹の方から変わった視線を感じていた。

 

「……、――うーん……」

 

 二条院さんの顔をジーッと見つめている伊吹。それに気が付いた時、二条院さんは僅かながらにも頬を染める。

 

「ど、どうかしたか? ……その、だな……あまり見つめ続けられると流石に照れてしまうぞ。ワタシの顔に何かついているか?」

 

「うーん……。いや、何故かは分からないんだけどさ、巫女装束とか、風紀委員長とか、オタサーの姫だったりしたりしないのかなぁーって思って……」

 

「へっ!? い、いきなり、な、何を言っているんだ?」

 

「ほら、舞を踊ったり、カニコロ作ったり、ちゃ〇ーとか言ってみたり――」

 

「そ、そういう危ない発言はダメだぞっ!?」

 

「できれば、忍者の子も登場して欲しかっ――」

 

「だから、それ以上は、それ以上の前にダメだー!」

 

 これ以上の問題発言を止めるべくして、二条院さんは伊吹の口を急いで両手で塞ぐ。そう、見えない不思議な力が働いてしまう前に……。

 だが、二条院さんの声は思ったよりも大きかった。それは黒板に向かっていた先生にも勿論聞こえてしまっていたらしく――。

 

「そこの二人、静かにお願いしますね。授業を始めますので」

 

 柿本先生の声で我に返った二条院さんは、慌てて伊吹から手を離し、自分の席に座り直す。顔は火照ったように赤くしたまま。きっと、羞恥からだろうな。真面目な彼女の性格からして、普段から注意を受けたりすることがなさそうだし。

 

 えー父上へ。早速、仲の良いクラスメイトが出来そうですよ、と。以上、伊吹より。

 

 

 

 †

 

 

 

「伊吹兄さん、ちょっといいか?」

 

 授業は何事もなく淡々と進み、お昼休み。教科書を机に仕舞っていると、暁が席まで近づいて来た。声を掛けられて見上げた先には勿論のこと声の主である暁。そして暁の横に立っていたのは見知った子、三司さんだ。

 

「どうした暁。もうお兄ちゃんに将来のお嫁さんでも紹介してくれるのか?」

 

「いや違うって……あれだ、仕事の件だよ」

 

「ああ……いや、分かってはいたけどさ、現実逃避したい案件じゃん? というか、元はと言えばお前のミスから始まったことだし――」

 

 暁の一言で事の察しは容易につく。その証拠に三司さんが暁の隣で笑顔を浮かべていた。でも、完全に貼り付けたような作りものの笑顔。だって、目が笑っていないもの……。

 

 きっと三司さんは偽乳だけじゃ飽き足らず、性格も盛っているに違いない。

 思えば任務の時、猫の皮が脱げた彼女の発言は酷かったな。面倒だろうに、何が彼女にそこまでさせているのか。気にはなるが、理由を聞くのも怖い。

 

「伊吹君も一緒に学生会長室へ来て頂けますか? お互いにお話したいことがあるでしょうし。あ、昼食をとってからでも大丈夫ですよ」

 

「あ、ああ。確かに話したいことはあるんだが……悪い、昼は用事があるんだ。AEMSの登録がまだでさ、理事長の話だと担当の人がこの教室に来るらしいんだ。だから待っていないといけない」

 

 言葉こそ優しい声色なのだが……言い表せないこの見えない圧力はなんだろうか。思わず声が詰まってしまった。

 

「まだ登録してなかったのか?」

 

「お前と違って平日の朝からの編入だからな。時間がなかったんだよ」

 

「分かりました。なら仕方ありませんね。では、伊吹君とは後日、お話しましょう」

 

 終始作り笑みを崩さずにいた三司さんの背中に暁はついて行った。そんな二人の教室を後にする姿を眺めながら、伊吹はこっそりと手を合わせる。

 

「骨は拾ってやるからな、暁。それがお前の兄としての役目だと俺は思っている」

 

 ……。

 ………。

 ……………。

 

 暁が連行されていった後、ほんの数分が経った頃のこと。

 

「大事なお昼休み時間にごめんねー。在原伊吹君って子、この教室にいるかな?」

 

 廊下から女の人の声がした。呼ばれたのは自分の名前だ。教室に残っていた数人の視線が声の方に向かい、伊吹もその中に混じる。

 

「(ああ、あの人が担当の人かな)」

 

 教室のドアの辺りに、白衣を着た女性が立っていた。一見、服装からして併設されている研究施設の関係者かなと思ったが、白衣の下には橘花学院の制服が見える。ここの生徒、上級生か? 下級生とは思えないし。

 

「はい。俺です」

 

 顔までは知らないらしく、きょろきょろとしている女性に声を掛け、椅子から立ち上がると、女性の方へ早足で寄って行く。

 その姿に気が付き、伊吹の顔を見た女性は口元を緩めていた。

 




評価、感想、頂けると励みになります。

何だよ……夏場の乳製品ってけっこう当たるじゃねぇか……。
皆さんは気をつけましょうね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.1ー3

こにゃにゃちわ~(千咲ちゃん風)
ちゃろーよりこっちを流行らせたくなってきた奈々歌です。

え? 誰だって?
更新が大変遅れて申し訳ありませんでした_(._.)_

夏はホントに辛かった、冬眠ならぬ夏眠してましたね。
そんなことをしていたら三ヶ月もの時間が流れてしまい、もうすぐ今年も終わりにさしかかっていてびっくりです(笑

こっちでは既に雪が踝ほどまで積もりました。皆さんの地域はどうでしょうか? 運転が大変になりそうです。

さて、今回は二話分ほどの長さがありますが、久しぶりの更新の為、変な文章(元からそうですが)があるかも知れません。

それでは、どうぞ。



「最上階の研究棟まで行くから、アタシについてきてね」

 

 教室まで呼びにきた白衣の女性に案内されながら廊下を進み、階段を上っていく。

 

「(個人の研究室を持っているのか……)」

 

 やっぱりこの人は上級生という以前にそもそも学生ではないのか? でも見た目は若そうだし……最近の女性は見た目で年齢を判断するのが難しい場合が多いからなぁ。うーん、あまり気にしなくてもいいか。

 

「AEMSへの登録はアタシの研究室からでもできるから、わざわざ遠くにある併設の研究施設まで行く必要はないんだよ。便利でいいでしょ?」

 

 前を歩きながら顔を少しだけこちらに見せると、女性は微笑む。

 

 確かに校舎内で済ませられるのならそれはそれで有難い。休み時間も長くないし、そもそも併設されているとはいえ、研究所までは距離があるから正直行くのは面倒だった。

 

 女性について歩いていくこと数分後。一つの部屋の前に到着する。

 

「ここがアタシの研究室だよ」

 

 研究室の扉に鍵穴といったものは見当たらなかった。扉の横に備え付けられた手の平ほどの大きさの装置が開閉する為のものだろうか?

 

 だが、カードキーを通す場所はついていない。小型カメラもない。顔認証や網膜スキャンの類いでもなさそうだ。なら何を使って開けるのだろうか?

 

「(ああそうか、アストラル認証……)」

 

 昨夜の作戦で暁が使用した例のシート。メモリー繊維を組み込んだシートを使い、侵入した部屋がこの先輩の研究室だったのか。

 

 侵入経路、方法、場所などは聞いていたが、誰の部屋なのかという情報までは知らなかった。あまり重要なことではなかったから。

 

 よくよくと周囲の確認をしてみると、見たことのある部屋の配置。実際に見るのは初めてだが、七海が送ってくれた見取り図を記憶していた為、階の間取りに覚えがある。

 

 そんな伊吹を余所に女性は装置に手をかざすと、小さく機械音が鳴り、研究室の扉が開いた。その音で伊吹は視線を元に戻す。

 

 流石、最先端技術の研究をしている都市といったところ。これほどのセキュリティシステムが実用段階にまで進んでいるとはな。詳しく調べておく必要がありそうだ。

 

「さぁ入って入って。あまり時間もかからないから、ちゃちゃっと済ませよう」

 

 そう促され、先に入っていく女性の後に伊吹も研究室の中に入って行った。

 

 

 

 †

 

 

 

「何か飲む? まぁ、そうはいっても珈琲かお茶くらいしかないんだけどね」

 

「あ、珈琲でお願いします」

 

 パソコンが置かれている机の近くに並んでいる椅子に座るよう促され、伊吹は腰を下ろす。女性は珈琲を淹れに。待っている間は特にすることもなく、お湯を沸かして珈琲を淹れてくれている女性の後ろ姿を眺めていた。

 

 小さめの鼻歌が聞こえ、珈琲の独特な良い香りが鼻に届き始めた頃、二つのコップを持って女性がこちらに戻って来る。

 

「はーい、お待ちどうさま。伊吹君は珈琲飲めるんだね、良かったよ」

 

 コップの一つを手渡される。女性はもう一つを持ったままパソコンがある机、自分の席へ座ると、椅子を回転させてこちらを向く。

 

「昨日は暁君と七海ちゃんが来たんだけど、七海ちゃんが珈琲飲めなくてね。これからは他に甘い飲み物も用意しておこうかなって思っていたところだったんだよ」

 

「あー、七海は苦いものが苦手ですから。大よそ変に意地張って珈琲を頼んだはいいけど、結局は飲めなかったって感じですよね?」

 

「あはは、アタリ。まさにその通りだったよ、流石は七海ちゃんのお兄ちゃんだね」

 

「いやぁ、それほどでも……ありますかね?」

 

 数度息を吹きかけ、一口飲む。うん、美味しい。これってインスタントじゃない、ちゃんとドリップしている本格的な珈琲だ、凄いな。

 

「それじゃあ時間も限られているし、登録始めちゃおうか」

 

 女性も一口飲むと、パソコンの電源を入れて起動させる。

 カタカタとキーボードを叩き、画面上で色々と操作を行っているようだが、ここからでは角度的に開かれている画面は見えなかった。まぁ、おそらくAEMSのシステムに繋いでいることは確かだろう。

 

「えーっと……まずは名前に生年月日。それから身長と体重に、体力や視聴力。健康状態なんかも項目にあるんだけど、殆どは学院で行われる体力測定や健康診断のデータを追加で入れれば大丈夫だから、登録したいのはアストラル能力についてかな」

 

 一通り操作を終えたのか、女性は手を止めてこちらに体を戻す。画面を覗こうとして身を少し乗り出していた伊吹だが、何事もなかったように座り直していた。

 

「さてさて、伊吹君のアストラル能力は……『念動力』か」

 

 編入する前に提出していた書類の数枚が机の上に置かれていた。アストラル能力を知っているのはそこに記載されているからか。

 

「あー、でも力は弱いんですよ。小さい物、しかもあまり重い物は動かせませんし……」

 

 女性はアストラル能力に興味津々なのか、自分の能力を簡単に説明する伊吹の言葉に頷きながら、書類の詳細に目を通している。

 

「ほうほう、うんうん……。――じゃあまずこれを持ってみてくれるかな?」

 

 手渡されたのは細長い付箋のような色付きの紙。大きさとしては手の平から少しはみ出る程度の物。それにどこか変な感じがする、なんだろう?

 

「えっと、この紙は……?」

 

「アストラル能力の“性質”を調べるためのものだよ。まぁ、説明するとついつい癖で話が長くなっちゃうから省略するけど、簡単に言えばリトマス試験紙のようなものなんだ」

 

 暁と七海もこの検査を受けているとのこと。その時にさっき話していた癖が出たらしく、長々と説明してしまって二人とも呆気に取られていたらしい。

 

「とりあえず、その紙を持ったまま能力を発動させてみてくれるかな?」

 

「分かりました……」

 

 女性に言われた通り、伊吹は紙へ意識を集中する。いつも能力を対象へ使う時の感覚で。すると、紙につけられていた元々の色が徐々に変化していった。一定量変化したところで女性に声を掛けられ集中を解く。

 

「えっーと……」

 

「これはね、アストラル能力を特定する為の検査の一つなんだ。こんな感じの検査を複数重ねて受けてもらうことで君の能力を特定していくからね」

 

「AEMSへの正式登録前に、登録者自身の能力が本当に申告通りなのかを調べるということ……ですか?」

 

「疑っているとかではないから安心して。確かに伊吹君の言う通り、能力が本当にそうなのか検査するのも含まれるけど、この検査の意味としては自分の能力を勘違いしていないかを調べる為のものなんだよ」

 

「それなら聞いたことがあります、飛行能力でもどうやって浮いているのかで、能力はまた変わってくる……とかですよね?」

 

 重力を変化させて浮くのなら、それは俺と同じ『念動力』。風を利用して浮くのなら、それは『風の操作』といった感じになる。

 

「よく知っているね、なら話は早いよ。じゃあ早速検査していこうか」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 …。

 ……。

 ………。

 

「――うん、これで最後の検査は終了だよ。結果として伊吹君は“周囲に影響を与えることで力を発現するタイプ”だね。書類に記載されている通り、能力は『念動力』でまず間違いはないと思う。これで今のところ必要なことはおしまい、お疲れ様」

 

「ありがとうございました」

 

 全ての検査が終了するまで三十分ほどかかっただろうか。登録するだけだし、簡単な応答と手続きのような書類の記入がある程度だと思っていた。

 

「あとは珈琲でも飲んでゆっくりして頂戴。お昼休みの時間はまだあるからね」

 

 そこまで言うと女性はパソコンで登録作業を再開する。

 

 残った珈琲を口に運びながら伊吹は思う。そういえば女性の名前を聞いていなかったことに……。

 

「(うーん……白衣も着てるし、年上みたいだし、研究室も持っているからなぁ)」

 

「あの、せんせ――」

 

「ぐぁっ!?」

 

 伊吹が“それ”を途中まで言い掛けた瞬間。女性は変な声を上げて、手に持っていたコップを落としかける。その反応を変に思った伊吹は少し考えると「ああ……」と察した。

 

「……えーっと、先……輩?」

 

「な、なにかな? い、伊吹君?」

 

 ギギギッッと壊れかけのロボットみたいな挙動でゆっくりと女性はこちらに振り返る。そんな気にしていることなのか、と気が付いた自分を密かに褒める。

 

「そういえば先輩の名前を聞いていなかったなぁって思いまして」

 

「あ、ああー……名前ね。あはは、そういえばそうだったね。自己紹介が遅れてごめんよ、アタシは式部茉優。学年としては伊吹君の一つ上だよ」

 

「式部先輩ですね、分かりました」

 

「伊吹君は先輩って気付いてくれたんだね。暁君には先生なんて言われちゃったんだよ……あはは……。まぁ、こんな恰好もしているし、そう思われても仕方がないんだけどね……ぐすんっ」

 

「……すいません、あとで俺の方から暁にはしっかりと言い聞かせておきます」

 

 自分が暁と同じことをしかけたことは秘密とするのを自身に誓い、式部先輩にはそう約束していた。暁よ、先輩になんてことを言っているんだ、全くもう。

 

「確かにアタシは生徒の皆より年上だし、七海ちゃんみたいにお肌もツヤツヤって訳でもないから暁君が間違うのも無理はないよ」

 

「皆より……年上?」

 

「ああ、伊吹君には言ってなかったね。留年してるんだよね、アタシ。しかも二回……。だから学園に在籍している生徒の皆よりだいぶ年上なんだぁ」

 

「……留年、ですか」

 

「なんで留年してるのかなって顔だね。別に成績が悪いわけではないんだよ、でも少し特別な理由があってね……って、この話はここまででやめておこうかな……」

 

 式部先輩の表情が寂しそうに暗くなる。詮索はしない、誰しも話したくないことや聞かれたくないことの一つや二つあるものだから。事の軽重に関係なくな。

 

「ごめんね、なんか変な空気にしちゃって」

 

 式部先輩は申し訳なさそうに苦笑する。

 

「大丈夫ですよ。でも式部先輩、一人で悩まないで下さいね、俺でも力になれることがあるなら何でも相談のりますから」

 

「ありがと、その気持ちだけでも嬉しいよ」

 

 式部先輩は小さく笑みを浮かべると、雰囲気もさっきまでの調子に戻る。言葉こそ優しかったが、関わらないでほしいといった拒絶の感情が混じっているように思えた。

 

 ――それから暫くして。

 残った珈琲も飲み終え、特にこれ以上居座ることもないので教室に戻ることを伝える。

 

「暇な時にでも遊びに来てくれると嬉しいかな。普段は授業に出ないでこの部屋にいるから暇なんだよね、別に研究が忙しいって訳でもないし」

 

「なら式部先輩が寂しくないように、ちょくちょく来ますね。先輩の淹れてくれる珈琲とても美味しいんで、また飲みたいですし」

 

「嬉しいこと言ってくれるね、伊吹君は。なら次はもっと美味しく淹れてみせるよ」

 

「それは期待しますね、では失礼します」

 

 席から立ち、部屋のドアに向かう。

 

「午後の授業で居眠りしちゃダメだからね、アタシみたいに留年しちゃうから」

 

 笑顔で手を振る式部先輩に笑みで返すと、研究室を後にした。

 

 

 

 †

 

 

 

「うわっ、もうこんな時間か……」

 

 一通りAEMSの登録を済まさせた後、廊下を歩きながら携帯を取り出して電源をいれる。画面には待ち受けにしている写真と現在の時間が表示されていた。

 

 もうあまり昼休みは残っていない。随分と式部先輩の研究室に長居していたらしいな。休み時間に寄っておきたい場所があったが、真っ直ぐ教室に戻ることにしよう。

 

 お昼も食べてないし、食べ終えた頃には丁度よく午後の授業が始まるかな。

 

「(さてさて、暁君は生きて無事に戻っているといいんだけど)」

 

 頭の片隅でそんなことを考えながら階段を下っていく。自分の教室がある階に到着し、廊下へ出ると、教室の前にお客さんが来ていることに気が付いた。

 

「ん? あれは――……」

 

 小動物のような小柄の女生徒が二人。一人がドアに身を隠しながら教室の中をコソコソと覗き、もう一人はその後ろ姿を楽しげに見守っている様子。

 

 教室を覗いている子はもの凄く見知った女の子、見間違えるはずがない。我が最愛の妹、在原七海だ。もう一人の女の子は……知らない子だが、学院の制服を着ているし、七海の友達かな? もう友達ができたのか、お兄ちゃんは嬉しいぞ。

 

 もう少し近くであの可愛い行動を見てみたくなり、コソコソと気付かれないように足音を消しながら二人へ近づいて行くと、七海を見守っている女生徒に小声で話かける。

 

「いきなりでごめんね、七海の兄なんだけど……」

 

「わぁ!? ――っと、び、びっくりしました……」

 

 驚き、大きく声を出しそうになっていたが、瞬時に自分の口に手をあてて声を抑えていた。すみません、驚きましたよね。七海には気が付かれないようにしたかったんです。

 

 この子の反応の早さに思わず拍手したくなったが我慢。目の前の女生徒は七海と同じくらいの背丈に控えめの体つき。ブレザーの代わりに淡い水色のパーカーを着ていた。

 

「えっと、七海ちゃんのもう一人のお兄さんですね。初めまして、ワタシは壬生千咲っていいます。七海ちゃんとはクラスが一緒なんです」

 

「壬生さんね、よろしく。俺は在原伊吹、三兄妹の一番上だよ」

 

「じゃあもう一人のお兄さんのことはお兄さんって呼んじゃってますので、伊吹お兄さんって呼ばせて貰いますね♪」

 

 ニコッと笑みを浮かべる壬生さん。フレンドリーといえばいいのか、話した印象としてはそんな感じだ。こういう人を光属性というらしい、七海にそう教わった。

 

 多分、編入したてで人見知りを発動し、無口状態だったと思われる七海に最初に話かけたのはこの子だな。同じクラスに壬生さんがいてよかった、安心できそうだ。

 

「さっそくなんだけどさ、七海は何してるの?」

 

「七海ちゃん、兄の顔を見に行きたいって言っていたので一緒に来たんですよ。一人で上級生のクラスに行くのは怖いらしくて。暫く会ってないからとも言ってましたね」

 

「それって暁の方――じゃないか。暫く会ってないのは俺の方だし……」

 

 どれくらい会っていないのか、一年くらいかな……多分。

 

「愛されてますねぇ。七海ちゃんみたいな可愛い女の子に好かれるなんて羨ましいですよ」

 

「だろ? ホントに可愛い妹なんだよ。だからこれからも仲良くしてやってね、人見知りだけど、寂しがりやでもあるからさ」

 

「勿論ですよ、寧ろこちらこそお願いしますって感じです」

 

「よろしくね。じゃあ俺は七海のところに行ってくるよ」

 

 壬生さんに静かにしておいてもらうようにお願いした後、ゆっくりと背後へ近づいていき、七海の真後ろから声を掛けてみる。

 

「おーい、七海さーん」

 

「じー……」

 

「(返事がない。ただの天使のようだ)」

 

 真後ろに立っているのに全く気が付く様子のない七海。

 

「……うーん、お兄ちゃんの教室ってここで合ってるよね。暁君から聞いたんだし、何回も教室の場所は確認したから間違ってないはず……でも、いないなぁ……」

 

 ブツブツと何やら小声で呟きながら、教室を覗き続けている七海。あの人見知りの妹が、上級生の教室まで来て自分を探している。あ、やばい泣きそう……。

 

「少し見ない間に成長したんだな、七海。お兄ちゃんは嬉しいぞ、うんうん」

 

「なんか保護者みたいですね、伊吹お兄さんって」

 

 壬生さんも近くまで来ると、伊吹の隣に寄り、目頭を押さえている顔を覗いてくる。

 

「ん、そうか? 保護者かぁ、そう見えているのも嬉しいんだが……。いや、兄の方がいいな、七海には『お兄ちゃん♪』って呼ばれたいしさ」

 

「あ、はは……。そうですよねー、可愛い妹ですもんね」

 

 壬生さんに引かれているように感じたが、まぁいい。ホントのことだし。

 

 うーん。このまま可愛い妹の姿を眺めていてもいいのだが、こんな近くにいるのに気が付いてもらえないのは寂しくなってくる。どうしたものか……。

 

 予鈴が鳴れば流石に気付くと思うけど、折角だし話もしたい。気付かせる方法は色々とあるが、普通ではつまらない。折角だし。

 

 数秒、目の前で未だきょろきょろとしている七海の背中を見ながら思考すると、一つ思いついたことが。伊吹はニヤリと口元を曲げ、再び七海の真後ろに立つ。

 

 今度は声をかけず、七海の頭の上へ顎をそっとのせると、ガクガクと連打するように動かした。それはもう高速で。

 

「ひ、ひゃぁっ!? ななな、なになにっ!?」

 

 驚きながら跳び退くように伊吹から距離を取ると、その勢いで尻餅をつく。自分の頭を両手で押さえつつ、若干涙目になりながらもこちらへと振り返っていた。

 

「お、おおおお兄ちゃん!?」

 

「やっほー、久しぶり。元気にしちょったか?」

 

「も、もう……後ろにいたならもっと普通に教えてよ! ずっと教室の中を探していたワタシが馬鹿みたいじゃん……。上級生の教室だし、知らない人ばっかりだから凄く緊張してたんだから」

 

「ごめんごめん。それよりも何か用事があったから俺を探しに来たんだろ?」

 

「べ、別に用事というほどのことでもないんだけど……。うぅ、なんていうかな……」

 

 七海はもじもじとして頬を赤らめる。そんなに恥ずかしい用件で会いに来たのか? 兄の顔が見たいっていうのは壬生さんから聞いたが、それだけな訳はないだろうし……。

 

「もー、七海ちゃんってば素直に言っちゃえば良いじゃん。お兄さんに会いたかったって」

 

 七海に抱きつきながら壬生さんが勝手に代答する。

 

「な、ななな、違うからねっ!? そ、そんな理由で会いに来た訳じゃないからっ! 絶対に違うんだから……勘違いしないでよね、もう」

 

「慌てる七海も凄く可愛いだろ? 壬生さん」

 

「そうですねぇ。えへへ、七海ちゃんってホント可愛いっ!」

 

 ギュッと壬生さんが密着度を上げると、七海の赤面度も上がる。本当の用件については疑問が残ったままだが、七海が教室まで来てくれたのは助かった。

 

 時間もなく諦めていたこと。昼休みに寄っておきたかった場所は七海の教室だった。せっかくいちゃついているところ悪いが話掛ける。

 

「あーっと、壬生さん。ちょっと七海に話があるから解放してやってくれないかな?」

 

「分かりました♪」

 

 パッと壬生さんが離れると、七海は光属性にやられたせいか息を少し荒げていた。

 

「な、なに? 変なことだったら“変態”って呼ぶけど?」

 

「まぁ、それはそれである意味ご褒美なんだけど、そうじゃなくてさ――」

 

 ………。

 ……。

 …。

 

「うん、いいよ。じゃあ放課後に連絡するね」

 

「ああ、分かった」

 

 兄の頼みに「しょうがないなぁ」と言いたげの微笑を見せる七海。ついついその可愛らしい頭を撫でたくなり手を伸ばしたが、これまた可愛らしい手に弾かれる。不満そうな視線を向けるとジト目で返された。

 

「えへへ、本当に兄妹仲がいいんですね♪」

 

「べっ、別にそんなことないよ。ただ伊吹兄さんは昔からことあるごとに頭撫でてくるから恥ずかしいだけだもん。しかも今は他の人の目だってあるし……」

 

 二人のやり取りを傍から眺めていた壬生さんがニヤニヤしながら声を掛けてくると、七海はまた頬を染める。表情がころころと変わるものだ。

 

「な? 可愛いだろ?」

 

「はい、とっても可愛いです!」

 

「もう、二人とも流石に怒るよ?」

 

「えへへ、ごめんごめん」

 

 七海を二人で愛でていると、教室に戻ってくる生徒が増え、廊下が少し騒がしくなってくる。壬生さんが腕時計で時間を確認すると、予鈴の時間が近づいていた。

 

「あ、七海ちゃん七海ちゃん。そろそろ時間みたいだから戻ろう? 午後の授業に遅れちゃうよ。次の授業、移動教室もあるし」

 

「うん、それもそうだね。じゃあ伊吹兄さん、また放課後にね」

 

「また今度お話しましょう、お兄さん♪」

 

「あいよ、二人とも授業に遅れないようにな」

 

 七海と壬生さんが教室に戻っていく姿に手を振りながら見送った後、教室の中に入った。何故か髪がボサボサになっている暁がいたが、無事に……うん、生還できたらしい。後で話を聞いておくか、何か面白そうだし。

 

 自分の席に座ると、丁度よく午後の授業が始まることを知らせるチャイムが鳴る。結局、お昼を食べ損ねてしまったが、まぁいいか。七海も上手く馴染めているみたいだったし、久しぶりに顔も見れたからな。

 




評価、感想、頂けると励みになります。
誤字脱字、変なところがありましたら報告お願いします。

後ほど活動報告の方も更新したいと思っておりますので、読んで貰えると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.1-4


こにゃにゃちわ~(千咲ちゃん風)

初めまして、奈々歌です!
初投稿なので、とても緊張しております!(白目)

なんか、某神狩りゲーとか、不死断ちとか、火継ぎとかしていたら時がとても過ぎていました_(._.)_

それでは、どうぞ。


 午後の授業も淡々と進んでいく。

 合間の小休憩では編入生ということもあり、机の周りにクラスメイトが男女問わず集まると、質問攻めにあった。定番と言えば定番なのかな?

 

 そんなこんなありつつも時間は過ぎていき、本日最後のチャイムが鳴り、授業が終わる。そして迎えた放課後。一際、生徒たちの声が賑やかになっていた。

 

「さてさてっと……」

 

 部活のある生徒や、寮に帰る生徒が一人、また一人と教室を後にしていく。今日話しかけてくれたクラスメイトも「また明日」と声を掛けてくれる。

 

 そんな最中、帰り支度を一通り済ませた伊吹は、携帯の電源を入れていた。ポチポチと画面を操作すると、受信履歴を起こす。まだ七海からの連絡はない。

 あっちも帰り支度をしている頃かな? もう少し待ってみようか。

 

「(なら、今のうちに話しておくかぁ……)」

 

 休憩時間にできなかったこと。思い立ったらまず行動。携帯を仕舞い、暁の席に向かうことに。本人に目をやると、どうやら暁も帰り支度をしている様子。

 

「おーい、暁。ちょっといいか」

 

「ん? ああ、伊吹兄さん。どうかしたか?」

 

 伊吹の声に反応して、暁は一旦手を止めた。声を掛けた後だったが、伊吹は教室を一度見渡し“ある確認”をしてから話し始める。

 

「いやー、お昼のデートで何があったのかってさ。随分とイッケメーンになって帰って来てたみたいだったからよ。また怒られるようなことでもしてきたのかい?」

 

「ああ……伊吹兄さんも知ってるだろ? 三司さんの本性……」

 

 昼間のことを思い出しているのか、暁の口元が引き攣っていた。よほど酷い目にあってきた模様。まぁ暁のことだし、変なこと言ったんだろなぁ。

 

 暁の言う、三司さんの本性―――あの晩、あの場所でのこと。彼女の“秘密”が俺たちの眼前に露呈してしまった時、現れた素のことを言っているのだろう。

 

 彼女に関しては、この学院に来るまでに見ていた資料、都市や学院を紹介している映像でしか知らなかった。

 そのせいか、あの変貌ぶりはとても衝撃的だったけれど……。

 

「ああ、あれだろ? いきなり『ぶっ殺してやるー』とか叫んでたやつ。お前のミスで三司さんの服が破けて、その隙間から布生地のパッ―――」

 

 そこまで、そこまでだった。伊吹は不意に言葉を切っていた。背後に、とても、とっても、危険な気配を感じ取っていたから。

 

 培ってきた危機察知能力が、ビンビンに反応している。危険が危ないと。背筋に滲み出た汗が一滴、雫となってゆっくりと伝う感覚が鮮明になる。

 俺の後ろに広がる光景が既に見えている暁なんて、露骨に目線逸らしているし……。

 

 凄く、もの凄く気が進まないけれども、このままでいることも出来ないので、恐る恐るゆっくりと振り返ってみることに。大体の予想は出来てるけどね。

 

「や、やぁ……三司……さん?」

 

 案の定か、予想通り。

 ニコッと優等生キャラを演じる為、笑顔を貼り付けた三司さんが立っていた。あはは、その笑顔がとっても怖いですよ?

 

「……お二人は一体、何のお話をしていたんですか? ふふふ」

 

「い、いや、別に変な話はしてないよ? 昼休みにうちの弟と三司さんがいちゃついていたみたいだから、その時の話を聞いてた……だけだよ?」

 

「いちゃついてなんていませんよ/いないから」

 

 とか言いつつも息の合うお二人。お似合いだね。うん、お似合いだよ。若者なんだから青春しなさいね。親父もそう言ってたからね、潜入前にね。

 まぁ、七海に彼氏できたら泣くけどね? 二重の意味で。

 

「んで、本当は何があったんよ?」

 

「特別何かあった訳ではないですよ。“あの件”のことで、今後のことを少しお話したくらいですね。いきなり『君を護る』とか言われても疑問しかありませんから」

 

 暁がついた咄嗟の嘘。あの場をやり過ごす為に零した嘘とはいえ、結局は流れで本当の指令に変わってしまうことになるとはね。

 

「暁はどこまで話したんだ?」

 

「何も教えて貰っていませんよ。何を質問しても、権限がないから教えられないの一点張りでしたから。随分と秘匿事項が多いみたいですね?」

 

「まぁ、暁には権限が殆どないからなぁ……。次は俺も参加するよ。それなりに権限は持ってるから、ある程度は教えるさ。……個人的に三司さんから聞きたいこともあるし」

 

「それは……“変なこと”では、ないですよね?」

 

「それは、ないです」

 

 微笑んでいた表情が一瞬だけ素に戻っていた。周囲から見えない絶妙な角度で。

 

 変なことって、一体何のことを聞くと思われたのだろうかな? まぁ、胸だろうなぁ。とりあえず、その能面みたいな顔やめてくれませんかね? それはそれで、めちゃ怖いんです。

 

「でもさ、話をしただけという割には、ボロボロの弟が帰って来たんだが……」

 

「ああ、そのことですか。護衛をするにあたって、私のアストラル能力を把握しておきたいと提案されたので、数秒間だけ地上の人ではなくなってもらったからですね」

 

 何をされたのだろう……。気にはなるが、俺も彼女の能力を把握している訳ではない。入江さんに教えてもらったニュースを確認しておけば違ったか。

 この都市に到着した夜には、既に任務で暇なんてなかったしなぁ。

 

「都合のいい仕返しだろ? あの時、俺らに見られたさ」

 

「やだー、そんなことする訳ないじゃないですかー。うふふ」

 

 完全な棒読み台詞。もうそれ、隠す気ないだろと言わんばかりの。

 

 にしても、油断していたとはいえ、暁が簡単に倒されるとは……。後で鍛え直してあげないといけないな。潜入前の任務でも苦戦してたみたいだし、いい機会だね、うん。

 

「あー、それで思い出したわ。あのさ、三司さんが前に言ってた、なんだっけ……乳房・タイラー? あれって何のことだったんだ? 少し調べてはみたんだけど、検索に引っかからなかったんだよね」

 

「えー、ワタシ、そんなこと言ったことないですよー、あはは。伊吹君の聞き間違いだったのでは、ありませんか?」

 

 またもや棒読み……。だが、今度は声に怒気を滲ませて。

 

 気のせいだろうか? 彼女の後ろにもう一人の三司さんが見えるような……。そしてもの凄い剣幕で睨まれているような……。

 気のせいだ、気のせいだな。気のせいですよね?

 

「(おい。こんな所で“それ”を口にすんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞっ!)」

 

「(こ、こいつ、脳内に直接っ……!?)」

 

 傍からすれば、笑顔の三司さんが編入生に話しかけている絵でしかないだろう。それに対して、伊吹も普通に返している。まぁ、知らない方が幸せという言葉もあるし……。

 

「話の途中ですまないが、少し時間を頂けないだろうか?」

 

 その二人の空気を破るように、一人の少女が声を掛けてきた。恐ろしいやり取りが密かに行われているとはつゆ知らず。

 

 さらりと流れる黒髪、凜とした声。このクラスで最初に話した女生徒、二条院さん。全然大丈夫ですよ。寧ろ助かりました。

 

「どうかしましたか、二条院さん?」

 

 二条院さんの声に応え、振り返った三司さん。その顔には既に笑顔が貼り付けてあった。彼女の切り替えの速さは最早熟練の技。目を見張るものがある。

 

「ああ。用事があるのは三司さんではなくて、伊吹君の方なんだ」

 

「俺に?」

 

 二条院さんの視線が、三司さんから伊吹の方に移る。

 コツコツと足音を鳴らしながら、伊吹の前まで近づくと、折畳まれた小さなメモ紙に電子カードのような物を挟んだ状態で手渡してきた。

 

 伊吹はそれを受け取って、カードを抜き取り、メモ紙の方を開いて見る。そこには数字が丁寧な字で書き並べられていた。

 

「これって……」

 

「ああ。先生から頼まれていたのだが、渡すのが遅れてしまってすまない。そこには、君がこれから生活する寮の場所と、部屋の番号が書いてある。大きな荷物も含めて部屋の中へ既に入れてあるそうだ」

 

「へぇ、てっきり寮の入り口にでも置いてあるもんだと思ってたよ」

 

「流石にそれはないさ。それと、そのカードキーは部屋の鍵となっている。オートロックだから部屋の中に置き忘れると、閉め出されてしまうから気をつけてくれ」

 

「あいよ、分かった。あんがとね、二条院さん」

 

 一通り説明を受けた後、ブレザーに仕舞う。用事を済ませた二条院さんは、手をこちらに振りながら教室を出て行った。

 

 さてと、二条院さんが間に入ってくれたことで、さらりと話題を変える。自分で振っておいてなんだが、他のクラスメイトの前なら三司さんが素を出せないことを利用して。

 

「なぁ暁、これから時間空いてるか?」

 

「いや、悪い。柿本先生に呼ばれてるんだ」

 

「そっか、じゃあまた後で連絡するわ。お前にも聞きたいことあるし」

 

「わかった」

 

 そこまで話すと、暁の席から離れて自席に戻ることに。グサグサと突き刺さる三司さんの鋭い視線を背中に感じながら。後は任せたぞ、暁。

 

 距離を取って、張り詰めた空気が途切れた瞬間、一度大きめな息を吐く。机の上に置いていた鞄を掴むと、丁度良く携帯が数度震えた。

 

 タイミング的に七海からだろうと確認すると、新着メッセージが一件。昇降口の前で待っていてくれるとのこと。「分かった」と短文で返信し、教室を後にしていた。

 

 

 

 †

 

 

 

 廊下は走らない―――というのは、学校として当たり前のこと。怒られない程度の急ぎ足で昇降口へと向かって行き、到着するや否や靴を履き替えて外に出る。

 

 学年問わず、生徒たちで賑わう昇降口前の広場。七海がその喧騒を避けるかのように、きょろきょろと視線を動かしながら、端の方で、ベンチに座っている姿が目に入った。

 

 愛しの妹を先に見つけた伊吹が駆け寄って行く。その途中、七海も兄に気が付いたようで、立ち上がりトコトコと小走りで近寄って来た。

 相変わらずの小動物感。とても愛らしい。

 

「悪い悪い、待たせたか?」

 

「ううん、大丈夫。ワタシもさっき来たところだったから。えへへ」

 

「そうかい。んじゃ、行くか、時間もあんまりないしな」

 

 七海と並んで学生寮へ歩く。敷地の見取り図は記憶しているので、寮までの案内は特に必要ない。……数年ぶりかな、こうして七海と一緒に下校するのは。

 

「久しぶりだよなー、こうして一緒に帰るのも」

 

「うん、そうだね。中学校以来……じゃないかな? 伊吹兄さん、別の高校に行っちゃったし、一人暮らしも始めたから会う時間、大分減っちゃったし……」

 

「そうだったなぁ……久しぶりに手でも繋ぐか?」

 

「久しぶりにって、そんなこと小さい頃しかしてないでしょ?」

 

「ちぇー、バレたかー」

 

 隣から、ジト目で見上げてくる七海。それにクスッと笑い返すと、七海は表情を緩めていた。こうした二人の時間が懐かしくて、心地よくて。少し、切なく感じて―――。

 

 任務とはいえ、編入して良かったなと思える瞬間なのは確かだ。まぁ、そもそもの話、同じ家で今までと変わらずに暮らしていればよかったんだがな。

 

 …。

 ……。

 ………。

 

 暫くして、学生寮が見えてきた。

 

 4つの建物が等間隔で並び建ち、それぞれの間に広がる中庭には、芽の整えられた芝生が敷かれている。流石、この学院の生徒が全員生活している寮なだけはあり、建物としては、かなりの大きさがあった。

 

「夜中しか見てなかったけど、立派なところだな」

 

「新しい建物だからね。それで? お兄ちゃんの部屋はどこなの?」

 

 七海に聞かれ、ブレザーのポケットから折畳んだ紙を取り出す。挟まれたカードキーを避けると、数字を改めて確認する。

 

「えーっと、第三寮だってさ」

 

「ホントに!? じゃあ、ワタシや暁君と同じだよ」

 

「お、マジか。それは助かるな、色々と」

 

 生徒としても、特班としても。最悪、通信が使えない状況になったとしても、同じ寮という距離であれば、直接会うことができる。それに、妹と一緒……うへへ。

 

「それなら寮の中の案内とか寮生活のルールとか、後で教えてあげるね」

 

「ああ、あんがと。やっぱ七海がいてくれるのは心強いなー」

 

「ふぇぁ!? な、何言ってるの!」

 

「別にホントのこと言ってるだけさ。ほら、行こうぜ」

 

 早速と第三寮の中へ入り、階段を上がっていく。メモとドアに書かれた数字を見比べながら部屋を探す。215……、216……、217……。そして218号室、ここだ。

 

「……この部屋か」

 

「えっ、ここなの? 伊吹兄さんの部屋……」

 

「ん? ああ、そうだけど、どうかしたか?」

 

「う、ううん。な、なんでもないよ! 気にしないで、えへへ」

 

 焦りと、何かを誤魔化すように、両手を振って見せる。でも、心なしか、どこか嬉しそうにしているのが不思議なところだったけど。

 

「まぁいいや。じゃあ先にある程度は進めておくから、七海も準備しておいで」

 

「うん。じゃあ着替えてくるからね」

 

 そう言うと、鼻歌交じりの上機嫌で階段を上がって行く七海。聞いた話では、4階からが女子のフロアになっているとのことだ。

 

 結局、理由は分からずじまいだったが、その背中を見届けた後、渡されていたカードキーで部屋の鍵を開け、中に入った。

 

 

 

 †

 

 

 

「お、お兄ちゃん……ワタシ、もう我慢できないよぉ……」

 

 七海の頬を汗がゆったりと流れていく。吐息も段々と荒くなっている。自分の名前を呼ぶ妹の甘い声に少しドキッとしてしまうが、ここで腕の力を抜く訳にはいかない。

 

「あと少しだ、我慢してくれ……ほら、俺も一緒にいくから」

 

「も、もう……限界っ、だよっ……うぅ……」

 

 七海の足が小刻みに震え始めていた。上手く力が入らなくなってきた証拠だ。それに気が付いた伊吹は自分の足を近くに寄せて、七海の体勢を支えるようにして形を保つ。

 

「もう少しだ、もう少し……頑張れ、七海」

 

「うぅぅ……」

 

 ギシッっと小さく床が軋む音を鳴らし、二人だけの空間、俺の部屋に声が広がる。あと少し、あと少しと声を掛けながら、ゆっくりと体を動かしていく二人。そして―――。

 

「よし、いくぞっ! せーの、よいしょー!」

 

 七海と息を合わせ、ドンッと胸ほどの高さがある棚を床に下ろした。

 

「大丈夫か、七海」

 

「ホントに疲れたよぉ……」

 

 これで大きな荷物の移動は完了。ベッド等の重い家具の類いは引っ越し屋が入れてくれていたが、自分の好んだ位置に移動させるという作業は必要だった。

 

 昼休みに七海へ頼んでいたことは、編入に伴った引っ越しの荷物整理のこと。この分なら残りは段ボールを開封して、中身を整理すれば、引っ越しの大部分は終わりかな。

 

 本来なら棚みたいな重たい家具は、暁に手伝ってもらいたかったんだが……。こういう時にもあいつの能力はとても役に立つし。

 先生に呼ばれているなら仕方ないけどさ。

 

 七海には小さい荷物。それこそ段ボールとかの荷物整理をと思っていたのだが、これくらいの重さなら私でも運べると言い出したので、一緒に運んでみることに。

 

 まぁ、案の定目の前でへたり込んでいる訳なんだけれども……。

 

「お疲れさま、ホント助かったよ」

 

 薄手のTシャツにショートパンツ。軽装に着替えて来た七海は、太ももがえちえち……暑そうに胸元をパタパタさせている。

 

 まだ夏も半ば、この程度の作業でもそれなりに汗はかくもの。微かに湿ったシャツのせいで、七海の下着の色が微かに透けてしまっている気もするが、兄といえども直視はいけない。勿体ないけど。非常に。とても。黒か……。

 

「さて、休憩するか。飲み物なら学院の自販機で買ってあるから」

 

 邪魔にならないように隅へ置いておいたペットボトルを手に取り、七海に手渡す。喉が渇いていたのか、一度に半分まで飲み込んでいた。

 

「ぷはぁ~、生き返ったよ~」

 

「無理しなくてもよかったんだぞ? 暁だって先生に呼ばれただけみたいだし、そんなに帰りが遅くなる訳でもないんだから……」

 

「別に無理はしてないよ。これくらいならワタシでも大丈夫なんだから」

 

「そっか、少し見ない間に立派になって……お兄ちゃんは嬉しいぞ」

 

 全然大丈夫には見えないけど、可愛らしく口元を緩める妹の笑顔が愛らしく、自然と頭に手を伸ばしていた自分がいる。

 

 またお昼みたいに拒まれると思ったが、意外にも今回はすんなりと受け入れられていた。

 

「嫌がらないんだな? 学院じゃ拒否られたのに」

 

「べっ、別に嫌じゃないからいいのっ! ……今は二人だけだから……」

 

「そんなもんなのか」

 

「そんなもんなの、いいでしょ。全く、ワタシが普段どれだけ我慢しているかなんてお兄ちゃんには分からないんだから……」

 

「ん? なんか言った?」

 

「……なんでもないもん」

 

 七海のそういった基準がよく分からんなと思いつつ苦笑を見せ、その間も撫で続けること数分。汗も程々に引いたので、作業を再会することに。

 

「さてっと、そろそろ続きを始めるか」

 

「う、うん、そうだね」

 

 …。

 ……。

 ………。

 

「よし。これで最後っと……。あんまり遅くならなくて良かったな」

 

「まぁ、お兄ちゃん一人だと今日中に終わりそうにないもんね、こういうのって」

 

「そう言われると痛いな、あはは……。後でお礼するから、何が良いか考えておいて」

 

「お礼……お兄ちゃんからのお礼かぁ……」

 

 何を思いついたのかは知らないが、僅かに頬を染めたかと思いきや、顔を隠すように俯ける七海。何か言い出しずらいことでもあるのだろうか?

 

「ね、ねぇ、お、お兄ちゃん。そのお礼ってさ、今でもいいかな?」

 

「ああ、いいけど?」

 

 七海はもじもじと、胸元で両手の指を合わせていた。この仕草には覚えがある。七海が見せる珍しい仕草。兄に甘えたい時に見せるものだ。

 

「ぎゅーって、してほしいって言ったらダメ……かな?」

 

「いや、全然いいけど……その程度でいいのか?」

 

「う、うん……」

 

 恥ずかしそうに、耳まで赤くした七海。可愛いなぁ、可愛いなぁ、もう可愛いなぁー。というかそれって俺へのご褒美じゃないですかね、我が妹よ。

 

「それこそ小さい頃以来じゃないか? 『雷が怖いー』って泣いてた時とか―――」

 

「そういうことは思い出さなくていいからっ!」

 

「俺はてっきりご飯奢ったり、買い物の荷物持ちとかかなって思っていたんだけど……まぁいいや。ほら、おいで。七海?」

 

 両腕を広げ、妹の名前を呼ぶ。

 

「……う、うん、お兄ちゃん……」

 

 躊躇するように、戸惑うように。だが、確実にゆっくりと手を伸ばして、足を進めて。距離が近づくにつれ、七海の鼓動が聞こえてくるような気がした。

 

 七海の体があと数センチで、数歩で、伊吹の胸板に届く。広げている両腕の中に妹の体が収まるまであと少し。こっちも何だか緊張してきた。

 

 七海の伸ばした手が、指が先に伊吹の体に触れた。伊吹がそれに応じるように、自分の腕で華奢な体を包もうとした瞬間―――ドアがノックされた。

 

「おーい、伊吹兄さん。先生の用足し終わったから来たぞ」

 

 ドアの鍵は掛けておらず、暁は普通に入って来た。他人の部屋ならば、そんなことはしない。家族、兄弟だからこそか。

 

「……ッ!? じゃ、じゃあワタシは自分の部屋に戻るからッ!」

 

 顔から湯気でも出そうな程赤くしたまま、逃げるように七海は自分の部屋に走って帰って行った。帰っていっちゃった……。惜しかった、惜しかった。

 

「七海のやつ、どうしたんだ? あんなに慌てて……」

 

「暁。本気のグーで殴っていいか?」

 

「何で!?」

 





評価、感想、頂けると励みになります。
誤字脱字、変なところがありましたら報告お願いします。

次のゆずソフトの新作はなんだろなぁ~。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.1-5

こにゃにゃちわ~(千咲ちゃん風)

いやぁ~前回の更新日は暑かったのに、もうめちゃくちゃ寒いですね~_(._.)_

吸血鬼になったり、涙ゲーしてたら、こんな時期に……。

あと、地の文を考えるのが最初から酷いけれど、さらに悪化してる(._.)
それに更新する時にしか、ログインしないもんだからパスワード忘れるという……。


それでは、どうぞ。



 

「あぁ、もう。暁君のせいで飛び出して来ちゃったよ……」

 

 階段を駆け上がり、女子のフロアまで全力で逃げてきた七海。壁に手をつきながら息を整えると、長く大きな溜め息をついていた。

 

「(もう少しだったのに……。タイミング悪すぎだよ、暁君。ホントっ、昔からそういう所あるんだから……まったく、もう……)」

 

 あと数秒……いや、一分だけでも待てなかったのかなぁ。

 

 そんなことを考えて、落ち込んだまま廊下を歩いていると、いつの間にか自分の部屋に着いていた。もう一度息をついた後、鍵を開けて中に入っていく。

 

 壁にあるスイッチを押し、部屋の明かりをつける。まずはタンスに向かい、着替えを取り出すと、伊吹兄さんの手伝いで汗をかいた服を脱いだ。

 

 これはお風呂に行く時に洗濯してこようと、洗濯物カゴに入れていく。そして、部屋着に着替えてベッドに腰をおろした。

 

「……でも、伊吹兄さんの部屋が丁度この下になるなんて……」

 

 窓の方に視線を向けて、そんなことを呟く。

 

 部屋の隅にはこっそりとロープが隠してある。これを使って、窓から一つ下の階にある暁君の部屋に行ったことがあった。大変な目にあったりもしたけど……。

 

 この寮ではルールとして、男子は女子フロアに入れる時間が制限されている。女子には時間の制限はないけど、あまり遅い時間に男子フロアへ出入りしているのは、良く思われないらしい。

 

 それならばと、廊下を通らず、誰にも見られず、向かえれば大丈夫だろうと準備した物がこのロープ。部屋割りが決まってから、使えそうだったので、こっそり購入しておいた。

 

 特班としての打ち合わせもあるし、新規任務や経過報告で、夜中にしか集まれないこともある。編入する前は家で簡単に行えていたけど、ここでは気を使わなければならない。

 

 ホントは同時通話でもいいんだけど、折角同じ寮で生活してるんだもん、直接会って、打ち合わせしたいよね。

 

 暁君の部屋の高さに合わせていたロープの結び目を少しだけ変えて、長さを調節すれば、伊吹兄さんの部屋まで届くはず。これで、打ち合わせの時じゃなくても―――。

 

「また後で行こっかな。今度は邪魔されない時間に……えへへっ」

 

 自覚できるくらい、顔のにやけが隠せていないのが分かる。今日はもう伊吹兄さんの顔を見れないかも知れない……そう思えてしまった。

 

 そんな時、コンコンッと部屋のドアが叩かれる。誰だろう……。ベッドから立ち上がり、ドアを開けてみると、廊下に立っていたのは千咲ちゃんだった。

 

「……あ、部屋に戻ってたんだね、七海ちゃん」

 

「ど、どうかしたの? 千咲ちゃん?」

 

「うん。暇ができたから、ワタシも引っ越しの手伝いしようかなって。でも、この時間に部屋にいるってことはもう終わっちゃった?」

 

「うん、ついさっき終わったから……」

 

「そっか。だから七海ちゃんにやにやしてるんだね~」

 

「ふぇっ!? そ、そんなことないよ?」

 

 指摘され、否定しながらも、口元を手で覆い隠す七海。そんな姿を見て、指摘した本人は違う意味でにやにやしていた。

 

「伊吹お兄さんのことになると、七海ちゃんすぐ顔に出るから分かりやすいんだよね。これは何があったか、後でじっくりと聞かせてもらおうかな?」

 

「ホントに何もないからっ! ただ一緒に荷物の整理してきただけだから!」

 

 ぱたぱたと手を振り、精一杯に誤魔化そうとするが、かえって逆効果。何かがあったと確信したようで、千咲ちゃんの笑みが一段と増したような気がした。

 

「ふ~ん。じゃあ、この話は一旦置いといて……汗もかいたと思うし、夕飯の時間までまだ余裕あるから、先にお風呂行っちゃおうか? まだ七海ちゃんと入ったことなかったし。それに……へ、変な噂もあるから……」

 

「違うからっ! あ、あれは勘違いだから!」

 

「なら、尚更一緒に入ろうね。それじゃ、洗面道具と着替え持って来るから待っててね?」

 

 断る間も無く、そう言い残して、千咲ちゃんは自室に戻っていった。何か凄く疲れた気がする。それに、お風呂に行く前ににやけ顔をどうにかしないと……。部屋の鏡でチェックしてこよう……。

 

 

 

 †

 

 

 

 七海が帰ってしまった後の伊吹の部屋。その中では、未だに状況が理解できないまま“若干”不機嫌になっている伊吹と、それを見て小首を傾げる暁が残されていた。

 

「……い、伊吹兄さん?」

 

「はぁ、惜しかったなぁ……。暁がせめてあと数分来るのが遅ければなぁ……。ほんと暁って昔っからこういうとこあるんだよなぁ、まったく」

 

「なんか、悪かったな?」

 

「……いや、いいさ。鍵を掛けてなかった俺が甘かっただけだから。……うん」

 

「そ、そうか……」

 

 半ば、放心している様子だったが、解体した段ボールを集め始めた伊吹。暁もつられるように、近くにある段ボールを手に取っていく。

 

「結局のところ、放課後に時間あるかって何のことだったんだ? それを聞きたくて二条院さんに部屋の番号聞いて来たんだけど……」

 

「ああ、お前に頼みかったことは七海と終わらせたから大丈夫だ。意外と力が必要なことだったんだが、七海が頑張ってくれたからな」

 

 集め終わった段ボールを重ね、紙紐で縛りながら伊吹が言う。頑張ってる七海の姿、可愛かったなぁ。七海の顔を見たら、思い出してにやけそうだ……。

 

「暁の方こそ先生からの呼び出しなんて、編入早々もう問題起こしたのか?」

 

「違う。柿本先生に体育の授業で水着が必要になるから、用意しておいてくれって話をされただけだ。特に指定はないから私物でもいいらしいぞ」

 

「水着かぁ……。暫く海とか行ってないから、昔のしかないなぁ」

 

 最後に海へ遊びに行ったのはいつのことだったか。仕事の休みが続いた時に、家族で行ったのが最後か……それでさえ、中学の頃か。

 

「学院に頼めば用意してくれるって話だけど、伊吹兄さんは頼むか?」

 

「指定がないってことは、周りは殆ど自前の水着を着てるってことだろ? 俺らだけピチピチモッコリのスク水なのは勘弁だな~。女子にしか需要はないだろ、ああいうってさ」

 

 そもそも昔の水着は持って来ていない。必要ないだと思って置いてきた。

 

 学院にプールがあることを知ったのは、移動の最中だったし。プールがあっても水泳の授業がない学校だってあるからな。

 

「暁はこっちの水着売ってる店とか知らないのか?」

 

「分からないな、俺もこっちの街についてはまだ詳しくないから……」

 

 この場にいる俺たちでは、お手上げ状態だった。学院の見取り図は覚えているが、街の方はまだ知らない。後々必要になることだ、良い機会だし調べておこう。

 

「明日、誰かに聞いてみるか。二条院さんとか詳しそうだし」

 

「そうだな、少なくとも俺らよりは知ってるだろ」

 

「七海には俺から言っておくよ。あいつも持ってきてないだろうからな」

 

「ああ、分かった」

 

 暁の話もまとまり、廃棄する物も片付いた。残りは特段に手伝ってもらうこともない。暁は自室に戻る為、伊吹の部屋を後にしようと部屋のドアに手をかけた。

 

「……。」

 

「ん? どうかしたか?」

 

 そのまま出て行くものだと思っていた暁がその足を止め、携帯に目を向けていた。視線を外していた伊吹も気になり、声を掛ける。

 

「……。なぁ、伊吹兄さん」

 

「何かあったのか?」

 

「親父から連絡が来た。この前送ったAEMSの情報も含め、大体の犯人が割り出せたらしい。今夜にもこちらと連絡が取りたいってさ」

 

「お、仕事が早いな。まぁ、でも能力も珍しい類いだったし、事件が起きた箇所もほぼ絞れてたし、そんなもんか」

 

 この都市で起きた事件。この都市に暮らしているアストラル使いが全て登録されているAEMSの情報。そこに事前調査の報告も合わされば、ほぼ条件は揃う。特班にかかれば、後は時間の問題。その時間も大して掛からないだろう。

 

「というか、伊吹兄さんじゃないんだな。連絡いくのって」

 

「そりゃあそうだろ。この任務のメインはお前と七海で、俺はあくまでサポートだし」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうもんなの」

 

 伊吹の返答に微妙に納得していないような顔をしながらも、今夜の集合時刻を決めた後、暁は今度こそ自分の部屋に帰って行った。

 

 

 

 †

 

 

 

 日も傾き、夕日が窓から差し込む。十九時から寮の決まりとして、夕食の時間となっていたな。七海からそう教わっていた。その時点で、点呼も行われるらしい。

 

 寮生活、生徒同士の集団生活なのだ。規則がいくつか存在しているもの。外出する際に届け出を出さなければならないし、門限だって存在する。

 

 点呼に遅れれば、反省文とかの罰則があることだろう。朝食の時間も決まっているから、家でのように自由な時間で食べるなどは出来ない。

 

 まぁ、数日もあれば慣れるものだ。一人暮らしですっかり身についてしまった不規則な生活習慣を見直すいい機会でもあると思えばいいか。

 

「(食堂にはまだ行ったことないし、早めに行こうかな……)」

 

 そう思い、部屋を出ようとした時、タイミングよくドアがノックされた。こんな時間に誰だろう。返事をすると、暁の声がする。まだ何か話でもあったのだろうか?

 

 ドアを開けると部屋の前には勿論のこと暁の姿が。それと、暁の隣にもう一人。中性的な顔立ちをした子が立っていた。

 

「どうした暁……と、確か、同じクラスの……」

 

 童顔というか、女顔寄りというか……着ている男子生徒の制服からしても、男だってことは分かるけども。いや、俺が見破れないだけで、実は……ということもあるのか?

 

「やぁ、初めまして。同じクラスだけど、まだ話したことはなかったよね。僕は周防恭平。暁のお兄さん……なんだよね? これから宜しく」

 

「ああ、こっちこそ宜しく頼むよ。まだまだ分からないことだらけだからな」

 

「暁のことも名前で呼んでるし、伊吹って呼んでもいいよね? 僕のことも恭平でいいからさ。伊吹だけ在原で呼ぶのもなんか変な感じだし」

 

「わかった、じゃあ恭平って呼ばせてもらうな」

 

 伊吹は手を伸ばして握手を求めると、恭平もそれに合わせて握手を交わしていた。握ったその手に伊吹が少しの違和感を覚えながらも。

 

「……。」

 

「ん? どうかしたの、伊吹?」

 

「……いや、別に何でもない。んで、何の用事だ? ただ挨拶に来たって訳じゃないだろ?」

 

「ああ、夕飯に行くから伊吹兄さんを誘いに来たんだ」

 

「そっか、なら俺も丁度行こうとしていた所だったし、一緒に行くか」

 

 部屋に鍵を掛けて二人と食堂に向かうことに。食堂の位置は一階となっている。階段を下りて廊下を進んで行くと、一際と広い場所に出た。

 

「ここが食堂か。随分と広いんだな」

 

 長机に椅子が多く設置され、外側の一面だけ中庭が見えるガラス張りになっている。かなりの人数で利用することが出来そうだった。

 

 全寮制で暮らしている生徒も多いから、これくらいは必要なんだろうな。

 

「前の学校には食堂なかったの?」

 

「ないな。購買はあったから、行列によく並んでた」

 

 まだ時間があるからか、生徒の姿は少なく席は選び放題だった。窓側に席を取り、夕食の時刻まで待つことに。恭平から学院のことや街のことを色々聞いておいた。

 

「そういえば、今度水着を買うことにしたんだけど、どこで買えるか知ってるか?」

 

「ああ、その話は暁からも聞かれたよ。特にこだわりとかがないなら、スポーツ用品店にいけばあると思うけど……」

 

「なら、手軽に買えそうだな」

 

 スポーツ用品店か……まぁ、妥当なところか。別にこだわりもないし、シンプルに黒いやつで問題ないからな。店の場所は後で調べておくか。

 

 ……。

 ………。

 …………。

 

 夕食の時間が近づくにつれ、段々と生徒たちの姿が食堂に増えてきた。その人の流れの中に七海の姿を見つける。どうやら壬生さんと来ているみたいだ。

 

 だが、きょろきょろとして誰かを探している模様。すぐに席には座らない。俺たちを探しているのかと思い、声を掛けようとした時、視線が重なった。

 

 手を挙げてこちらに呼ぼうとするが、こちらに気が付いた七海は、そそくさと離れた席に壬生さんを連れて座ってしまう。

 

「ありゃ、嫌われたか……」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、七海がいたから誘おうとしたんだが、他の席に座っちまっただけだ」

 

 少し残念だったが、あの人見知り達人の七海にできた学院での友達だし、ここは女の子同士にしておこうと諦める。久々に一緒に食べたかったけどね……。

 

 その数分後、時間となった。点呼が行われて夕食。食堂の料理はとても美味しかった。まぁ、七海の手料理ほどではないけどね。

 

 恭平の話だと、それぞれの寮で昼食が食べられるとのこと。そして、それぞれの寮の出しているメニューには特色があるそうだ。明日から利用してみよう。

 

 今日の分は、来る途中にコンビニに寄って済ませたからな……。道理で昼休みに教室があんなにも静かだったのか。

 

 食べ終えた食器を回収棚に返して、周りの生徒たちが自室に戻っていく。それと同じく暁たちと食器を返した後、食堂を出た。

 

「僕はお風呂に行くけど、二人はどうするの?」

 

 食堂を出てすぐの場所。階段に差し掛かる前、恭平がこちらに振り返る。暁は一度部屋に戻ったら、入りに行くと答えていた。

 

 うーんと、悩んだが、七海がまだ食堂から出てきていないことを思い出す。なら、少し待ってあの話を今のうちにしておこうかな……。

 

「悪い、俺は七海に話があるからここでもう少し待ってるわ」

 

「そう? じゃあ、僕たちは先に行ってるからね」

 

 二人とは別れ、暁たちは階段を上って行く。食堂から七海たちが出てくるまで、暫くの間ロビーの長椅子に座って待つことにした。

 

 

 

 †

 

 

 

「七海、ちょっといいか?」

 

「い、伊吹兄さんっ!? ど、どうしたの?」

 

 壬生さんと部屋に戻る途中だった可愛い妹を呼び止めた。何故か焦った様子を見せる七海を不思議に思いながらも、用件を手短に話すことに。

 

「暁から聞いたんだけど、ここの体育の授業は水着が必要になるんだってさ。七海は持って来てるか? 確か、持ってはいたよな? 黒いやつ」

 

「持ってきてないよ、水着なんて……。そもそも、わたしが持ってる水着はだいぶ前のだからもうサイズが合わないと思うし……。色々と……ね」

 

 七海が言いずらそうに呟くと、“何か”を察した壬生さんが悪戯っぽい笑みを浮かべて、コソコソと傍に寄って来た。そして耳元に顔を近づけてくる。

 

「お兄さんお兄さん。知ってます?」

 

「ん? 何を?」

 

「ご飯の前にワタシと七海ちゃん、先にお風呂入ってきたんですよ。そしたらなんとっ、七海ちゃんの胸が……湯船に浮いていたんですよっ!」

 

「ふぇぁ!? ちょっ、な、ななな、なに言っちゃってるの千咲ちゃんっ!?」

 

 慌てて壬生さんの口を押さえて、伊吹から引き離す七海。沸騰したかのように耳まで真っ赤に染めた七海を見て、壬生さんは楽しそうにもごもごしながら笑っていた。

 

「い、伊吹兄さん? 千咲ちゃんの冗談だからね? へ、変な想像なんてしないでよね?」

 

「いや、想像も何も……浮くのは元々知ってるけど?」

 

「……へっ!?」

 

「……え。ほ、ほんと……ですか?」

 

「嘘じゃないけど? 中学の頃から浮いてたし……」

 

 沈黙が訪れていた。壬生さんの顔が驚愕したまま硬直している。そんなにも変なこと言ったのかな? いやだって家族だもん。知ってても可笑しくないよね。ね?

 

「ね、ねぇ七海ちゃん……。七海ちゃんのお兄さんって、もしかして……危ない人?」

 

「そんなことない……と、思うけど……」

 

 七海の手をそっと口元から外し、心配そうな様子で問い掛けている壬生さん。それに対して、はっきりと否定ができていない七海。

 

 何の話かまでは聞き取れていない伊吹は、首を傾げて七海に視線を送るが、目を逸らされ、壬生さんと共に少し距離をとられた。

 

「……?」

 

 二人で何やら相談した後、こちらに可愛らしく一礼して、壬生さんは階段を上っていった。そして、七海だけが頬を染めたまま戻ってくる。

 

「何の話してたんだ?」

 

「伊吹兄さんには関係のない話。それで? 水着がどうかしたの? まさか千咲ちゃんの前で、妹をからかいに来た訳じゃないでしょ?」

 

「ああ、そうそう。話を戻すんだけど、体育の授業で水着が必要になるって言っただろ? それで、暁と今度買いに行くってことになったんだけど、七海もどうかなって話」

 

「それなら、私も一緒に行こうかな。家に取りに戻っても意味ないし、ネットで注文してもいいけど、折角だから自分で見て新調したいからね」

 

「じゃあ決まりだな。今週末になると思うから、予定空けといてね。それと―――」

 

 そこまで言うと、伊吹は辺りを見渡す。もう残っている生徒も疎ら。それを確認すると、七海に顔を近づけ、小声で話す。

 

「今晩に親父と同時通話で連絡をとるから。遅い時間になると思うけど、待機しておいてな」

 

「う、うん、わかった」

 

「それじゃ、また後で」

 




評価、感想、頂けると励みになります。
誤字脱字、変な箇所がありましたら、ご報告お願いします。

そろそろ、ゆずの新作の発表時期だなぁ~。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter.1-6

こにゃにゃちわ~(千咲ちゃん風)

今回は短めになってしまいました……。
本来書いていた文を二話に分けてしまったせいですね、はい。その代わり次回の更新は早めに出来ると思いますので……。

まぁ届いたフ。〇神をプレイしたいからなんですけどね^^;

ちゃんとナツメちゃんと、希ちゃんのイラスト色紙届きました。飾りました。最高でした。
アクリルスタンド? 高かった。

それでは、どうぞ!


 消灯時間もとうに過ぎた夜中。七海と話した後、入浴を済ませて現在。照明を消した部屋の中には、窓から月明かりが僅かに入り込んでくるだけ。

 青白い光はベッドに座る伊吹の体を仄かに照らす。ただ静かに伊吹は、特班製の特注タブレットに連絡が来るのを待っていた。

 

「(こんな夜には色々なことを思い出すなぁ……)」

 

 ふと。窓越しに夜空を見上げながらそんなことを想う。過去、俺がまだ特班に所属する前の思い出。楽しかったこと。辛かったこと。今の親父に出会ったあの日までのことを。

 

「……“あの日”もこんな風に綺麗な夜だったよな、兄さん……」

 

 一人、静かにそう呟く。他に誰もいないはずの部屋で、まるで誰かがいるように。問い掛けるように。語りかけるように。

 

「あれから俺も少しくらいは、兄さんみたいに強くなれたのかなぁ……。自分じゃよく分からないんだよ。アイツらのことも結局最後は守れなくてさ……」

 

 こうして一人だけ新しい家族と暮らしている。自分だけが、幸せに暮らしている。きっと兄さんはそれでいいんだと笑ってくれるだろうけど、俺は―――。

 視線を落とした顔に影が差す。タブレットの黒い画面に自分が映った。凄く情けない顔。こんなのを見られたら、怒られそうだな。そう苦笑する。

 

 そんな時、画面がついた。着信を知らせるよう画面にコードが表示される。一瞬、目を細めたが、それで我に返っていた。

 編入してからの初連絡。全然なかったせいか、妙な懐かしさを感じていた。表示されているコードは親父……室長のものだ。

 

 画面の通話ボタンに触れると、ほぼ同時に暁と七海にも回線が繋がれていた。今回はビデオ通話。それぞれの顔が小さく画面端に映っている。

 

「……こちらレヴィ0」

 

『こちらレヴィ6/レヴィ9』

 

『よし、全員揃ったな。』

 

 室長が確認すると、画面中心に前回の任務で入手したAEMSの情報が現れた。二人の男の顔写真。それと、保有しているアストラル能力についてだ。

 

『入手してもらったデータと、現段階までの調査によって、偽札事件の犯人を二人まで絞ることが出来た。認識阻害、もしくは近しい能力を持った人物。それがこの二人だ』

 

「一人は学生……橘花学院の生徒。もう一人は社会人……か」

 

 俺はあの時、外で待機していたから直接データを見ていない。実際に行動していた七海と暁は見覚えがあるみたいだった。

 管英人。小野清国。この二人。管英人は、橘花学院の一年C組。小野清国はこの都市で働いている。

 

『小野清国を調査した所、彼にはアリバイがあった。事件当日は職場で働いていたと確認が取れている。今回の件に関与している可能性はほぼ無いだろう』

 

『となると、残るもう1人が……』

 

『ああ。偽札を持っていた連中にこの顔写真を見せたところ反応があった。それに管英人の姿が現場付近の防犯カメラ数台に映っているのも確認できている』

 

 反応があった……と言っても、どこで見たのかまでは覚えておらず、どこかで見たことはあるといった曖昧なものだったらしい。

 これもアストラル能力の力、認識阻害によるものと判断された。万が一にも偽札がバレた場合、自分と偽札のことが繋がらないようにしたのだろう。

 

「学院の生徒なら明日にでも直接確認してみるさ、どんなやつか見れば大体分かるし」

 

『同じ一学年だし、わたしが見てこようか?』

 

「いや、これは俺が行く。念の為、本当にアストラル使いか確認したいし。それにレヴィ9だと、もし変に思われた時に誤魔化すの下手だろ?」

 

『うぅ、そ、それを言われると……』

 

『……なら、レヴィ0で決まりだな』

 

 現場の三人で話がまとまると、室長が口を開く。

 

『では、明日のこの時間。その情報を踏まえた上で、もう一度連絡をとることとする。以上、通信は終了だ。何か問題が発生したらすぐに連絡するように』

 

「りょー」

 

『了解/了解』

 

 

 

 †

 

 

 

 早朝。日の昇り始め。程よい暑さの時間帯。

 朝食前に伊吹はジャージに身を包んで、学院の敷地内の整備された道を走っていた。これは日課の体づくり。体が資本の仕事だから欠かせない大事なこと。

 

 家の周辺で走っていた頃とは違い、学院の敷地内では、同じ道を往復して距離を稼ぐ方法をするしかない。けれど、これはこれで好都合だったりもする。

 編入する前、事前に七海から送られてきた情報で、ある程度の警備システム配置は把握していた。だが、実際に全てを見て確認した訳ではない。

 

 今後の為にも、詳細に調べておきたいところ。でも、歩きながらきょろきょろとしていれば、変に怪しまれる可能性も考えられる……。

 そこでだ。ジャージ姿でランニングしながらとなれば、カメラに映ろうが怪しまれることはない。まさに一石二鳥というべきか……。

 

 ということを踏まえて、一定のテンポで走りながら記憶しているカメラの位置やセンサーの配置を順々に確認していく。

 あからさまに設置された監視カメラもあれば、巧妙に隠された暗視カメラや赤外線センサーもあった。改めて見ると中々に考えられた警備システムだなと感心する。

 

 途中、茂みの向こうに広がる芝生のスペースから、聞き覚えのある少女の声が聞こえた気がしたが、今はこちらに集中したいので聞き流しておいた。

 

 ………。

 ……。

 …。

 

 そんなこんなで、敷地内をほぼ一周した後、寮の前まで戻って来る。

 重点的に調べたかった部分の確認は出来たし、残りは建物内か。その辺りは休み時間にでも調査をしようかな……。

 

 携帯で時間をチェックすると、朝の点呼まで一時間を切っていた。汗を流して、学院に行く支度もしなければ。入念に調べすぎたか……意外と時間が掛かってしまったな。

 タオルで汗を拭きながら、玄関からロビーへと向かう。自室に戻る為、階段に差し掛かった曲がり角で、見知った少女とばったり出会った。

 

「あ、ごめんなさ……って、なんだ、伊吹君か」

 

「おおっと、三司さんじゃん。こんな時間にどうかしたんか?」

 

 人の顔を見て、即効でキャラを切り替える三司さん。まさに早業。けれど、伊吹も負けてはいない。目の前に現れた固い偽乳に衝突するという定番の展開を回避していた。

 

「少し用事があってね、もう学院に行かなきゃいけないの。朝は弱いんだからほんと勘弁してほしいんだけど……。ああ、マジで最悪……」

 

「まぁ、なんというか……お疲れ様です?」

 

「チッ、他人事だと思って……」

 

 機嫌が悪いのか、単に素なのか。軽い舌打ちに加えて睨まれる。本当に学院や他の皆の前でキャラ作ってる時とは正反対だよなぁ……。

 伊吹がそんなことを密かに考えていると、よほど時間がないのか三司さんは腕時計に視線を移した後、少し焦った様子で横を通って行く。

 

 人気者になると大変だな、とすれ違うときに声を掛けた時、そのまま学院に向かうと思われた足を止めていた。そして思い出したかのように三司さんがこちらへ振り返る。

 

「……ああ、そうだ。教室で言おうと思ってたんだけど、丁度良かった。今日の放課後に学生会室に来てくれる? この前の件で話があるから」

 

「放課後か……分かった」

 

「伊吹君の方も私に聞きたいことがあるんでしょ? ちゃんと来るようにね」

 

「そん時はお土産でも持って行くよ。ほら、時間やばいんだろ? 行ってらっしゃい」

 

 言われなくても、と嫌でも伝わってくるような顔を見せながら、玄関のドアを開けて三司さんは皆よりも先に学院へと登校して行った。

 

「さてさて、俺も支度しないとな……」

 

 

 

 †

 

 

 

 午前の授業が終わった昼休み。昨夜の報告通り、例の生徒を探りに行くか。休み時間の内にやっておきたいこともあるし。放課後に備えてね。

 

「ねぇ伊吹、暁と食堂に行くけど一緒にどうかな?」

 

 授業で使用した教科書を仕舞っていると、恭平がやってきた。隣には暁の姿が。俺のこれからの行動を知っている暁には、こっそりとアイコンタクトする。

 

「わりぃな、今日は用事があるから購買で済ませるよ。本当は食堂に行ってみたかったんだが……ついでになんか買ってこようか? もちろん代金は貰うけどな」

 

「そっか、なら仕方ないか。じゃあさ、夜食用のパン買うの頼んでもいいかな?」

 

 そう言うと、恭平は財布から五千円札を一枚取り出して渡してくる。てっきり小銭だと思っていたが、一体何個買うつもりなのか……。

 

「それで買えるだけ宜しくね。種類は伊吹のチョイスに任せるよ」

 

「……マジで言ってる?」

 

「恭平はめちゃくちゃ食べるんだよ、伊吹兄さん。食堂でも特盛りでとんかつ定食とカツ丼食べてるし……俺の何倍食べてるんだか」

 

「あれか、大食い選手権みたいな?」

 

「別に成長期の男ならあれくらい食べれて普通でしょ? 暁が小食なだけだよ」

 

 いや、暁とは家族だし、数え切れないほど一緒にご飯食べてるが、一般的な量だったと思うぞ? というか、それだと俺も七海も小食ってことになるんですが……。

 

「女の子みたいな華奢な体型しといて……恐るべし」

 

「伊吹、いま何か言った?」

 

「おおっと、もう俺行かないと。誘ってくれてありがとなっ!」

 

 問い詰められる前に、そそくさと退散する伊吹。恭平と暁に軽く手を振りながら、教室を後にしていた。後ろから恭平の声が聞こえた気がしたが、気にしない。気にしてはいけない。

 

 

 

 †

 

 

 

 一年生の教室が並ぶ廊下。件の人物がいるクラスはC組だったはず……。表札を確認しながら歩いていくと、目的の教室に難なく辿り着いた。

 早速と、廊下からなるべく怪しまれないように教室内を覗き込む伊吹。すると、教室の端の方にAEMSで確認した顔写真と一致する生徒が見えた。

 

「(アイツか……)」

 

 大人しいというか……物静かという印象を受ける男子生徒だった。昼休みに盛り上がっている他の生徒とは違い、窓際の席で本を静かに読んでいる。

 似たような顔の生徒もいないし、アストラル能力特有の“匂い”も見えていた。あの生徒で間違いないだろう。それにしても……。

 

 見る限りでは、自身の能力を悪用するタイプには見えない。言っちゃ悪いが、気弱そうだしな。自分から進んで能力を使おうとするタイプでもない。

 寧ろ問題を起こしてしまえば、暫く一人で後悔していそうな感じだ。

 

 そうなると、偽札を持っていたあいつらに絡まれて、その場しのぎだけで能力を使用しただけだろうな。そうすれば、何もされることもなく解放されるから。

 だけど、今回はそれがいけなかった。別に能力を使って、自分の身を守ることを悪いとは言わない。俺だって昔から散々してきたことだから。

 

 でも、使い方が悪かった。ただそれだけのこと。相応の対処はさせてもらう。

 

「……さてと、あとは報告して判断を待つか」

 

 ここに来た目的も終わったし、上級生が一人で長居していても不自然に思われるだろうから帰るか。そう思って踵を返したところ、見慣れた少女が目の前にいた。

 

「こんにちは、お兄さんっ。こんな所で何してるんですか?」

 

 一学年の知り合いは限られている。これほど気さくな調子に声を掛けてくるのは壬生さんしかいない。背丈の関係上、下から覗かれる形になってはいるけれど。

 

「こんにちは、壬生さん。いやぁ、ちょっと七海の様子をね。人見知りの七海が上手く馴染めているかなってさ。兄としては心配なんだよ」

 

「相変わらずの過保護っぷりですねぇ。でもでも、七海ちゃんに会いに来たなら教室が違いますよ? 七海ちゃんの教室はここの隣です。私も同じクラスですから」

 

「ああ、そうだったのか。七海から教室どこか教えてもらってなくてさ……」

 

「私も教室に戻るところでしたし、折角なので一緒に様子を見に行きましょうか!」

 

「ありがと、助かるよ」

 

 笑顔で前を歩き出す壬生さんの後ろをついていく。隣の教室は廊下からでも声が聞こえるくらいで、賑やかそうだった。

 まぁ、壬生さんのような子がいるクラスだしな、と思いつつ、教室のドアまで来ると、壬生さんと教室を覗き込む。そしてこっそりと七海の様子を見てみることに。

 

「壬生さんから見て、七海はクラスに馴染めてると思う?」

 

「そうですねぇ……。大丈夫だと思いますよ。七海ちゃん、まだ皆と話す時は緊張しているみたいですけど、クラスの皆には人気者ですからね」

 

「まぁ、可愛いしな」

 

「そうですねぇ~、特に男子からは人気ですよ? 皆はっきりと口にはしませんけど、行動見てれば分かっちゃいますし……あ、あれとかですね」

 

 見てて下さいと促され、向けた視線の先。授業で先生が使用したホワイトボードの字を消そうとして、手を伸ばしている七海の姿が見えた。

 日直が何かだろうか?だが、身長が低くて上の部分に届かない様子。

 

 そんな時、1人の男子生徒が近づいてくる。その男子は七海に声を掛けると、七海から白板消しを受け取っていた。申し訳なさそうにしている七海がとても可愛い。

 その後、自分の席に戻った七海を今度は女子の集団が囲む。何の話題で盛り上がってるのかは分からないが、楽しそうだ。

 

 七海はあたふたしてるけども、嫌がってはいないみたい。壬生さんの言う通り、大丈夫そう。そういえば、七海の学校生活を見るのも久しぶりだなぁ。

 

「あれは?」

 

「昨日、お兄さんの教室まで行ったじゃないですか。あの後、調理実習の授業だったんですよ。それで七海ちゃんが手慣れた感じでめちゃくちゃ美味しいご飯作るから女子からの人気もでまして……」

 

「ほうほう。なんやかんや、七海も上手くやってるんだな~」

 

 うんうん、と納得していると、壬生さんが不思議そうな顔をしていた。また何か変なこと言っていたか? 結局、前の時も何が不味かったのか分かってないし……。

 

「ど、どうかした?」

 

「いや、お兄さんのことですから、俺の可愛い妹がぁ~とか嫉妬するものかと……」

 

「妹の成長を邪魔することはしないさ。いずれ七海だって彼氏とかできて、結婚して、別々に暮らすように……なるんだろうし、いつまでも過保護ではいられないよ」

 

「ほぇ~、ちょっと意外でした」

 

「な、七海に彼氏、彼氏かぁ……。そして結婚……うぅ……泣きそう……」

 

「あはは、やっぱりお兄さんはお兄さんですね……」

 

 口元を押さえ、目を俯ける伊吹。感心していたのもあるのか、結局は分かりきっていた反応が返ってきたせいで、苦笑いを浮かべる壬生さん。

 その後、もう少しだけクラスメイトと雑談している七海を見届けていたが、特に問題はないみたい。あんまり長く壬生さんを付き合わせるのも悪いし、頃合いかな。

 

「……よし、じゃあそろそろ戻ろうかな」

 

「えっ、七海ちゃんに会っていかないんですか?」

 

「様子をこっそり見に来ただけだからな。上手く馴染めているならそれでいいさ。色々と教えてくれてありがとね、壬生さん」

 

「どういたしましてです。また遊びに来て下さいね」

 

 笑顔を向けてくれる壬生さんに微笑み返すと、今度こそ戻ることに。帰り際、携帯で時間を確認すると、昼休みの時間は半分を切っていた。

 

 まだ購買にも寄ってないし、そもそも昼飯を食べてない。恭平に頼まれてたけど、そんなにパン余ってるかなぁ。俺の分までなくなりそう。

 放課後用のものも残ってると助かるけど、人気高そうだからなぁ。そんときはその時で考えるか。とにかく寄ってみよう……。

 




評価、感想、頂けると励みになります。
誤字・脱字、変な箇所がありましたら、ご報告お願いします。

多機能フォームを上手く扱えない自分が悲しくなってくる……。

フ。〇神の短編、coming soon……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。