【ラブライブ μ's物語 Vol.6】オレとつばさと、ときどきμ's × ドラクエXI (スターダイヤモンド)
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勇者か悪魔か

 

 

 

「えっ?えっ?」

 

 

 

…どういうことだ?…

 

…この格好…この景色…

 

 

 

「ドラクエの世界に飛び込んだぁ!?」

 

 

 

オレの名前は高野梨里。

サッカー選手だ。

 

息抜きでゲームをしていたら…うたた寝をしてしまい…目が覚めたら、この世界にいた。

 

 

 

 

 

「リサト…どうかした?ボーッして…」

 

「『エマ』…」

 

「エマって誰?私は『アヤノ』だけど」

 

「あぁ…だよな…」

 

なるほど、目の前にいるのは『チョモ』こと…『藤綾乃』…オレの幼馴染みだ。

 

 

 

…オレは…確か…

 

 

 

『イシの村』で育ったオレは16歳になり、同い年のアヤノと共に、村に伝わる成人の儀を終えた。

 

そして、その日に村長から聴かされた話。

 

それは…

 

オレは赤ん坊の時、バスケットに入れられたまま川に流されていたところを拾われ、ここで育てられた…ということだった。

 

さらに驚くべきことに…オレは『伝説の勇者の血を引く者』だというのだ。

 

その証拠が、左手の甲にあるアザ…。

 

確かに成人の儀を行っている最中、モンスターに襲われ絶体絶命だ!…と思った瞬間『コイツ』が輝くと、不思議な力が放たれ…オレたちは、それに救われた…ということがあった。

 

 

 

…そういうことか…

 

…言われてみれば、そうなのかも知れない…

 

 

 

オレは、バスケットの中に一緒に入っていたという『手紙の指示』に従い…『育ての母』やアヤノ、村の仲間に別れを告げて…『デルカダール王国』へと旅立った。

 

 

 

 

 

勇者の血を引く者というオレは…何らかの事情で生地を離れ、ここで16年間の時を過ごした…ということらしい。

 

そして今、その謎が解き明かされようとしている。

 

 

 

「待っておったぞ!」

 

国王はオレにそう声を掛けた。

 

 

 

だが、その刹那…

「この者は『悪魔の子』じゃ!ひっ捕らえよ!」

と叫んだのだ。

 

あっと言う間に、屈強な騎士たちに囲まれたオレ。

 

多勢に無勢…

 

抵抗するのは、限りなく無謀なことだと悟った。

 

 

 

…仕方ない…

 

…ここはおとなしくしておくか…

 

 

 

彼らに連行されたオレは、地下にある独房にぶちこまれた。

 

 

 

 

 

「あなたは何をしたのですか?」

 

声の主は、オレのいる鉄格子の向こう側…対面の独房からだった。

目深にフードを被っている為、顔は見えない。

 

「何をしたか…だって?強いて言うなら何もしていない…さ。『勇者の血を引く者』だから…って、ここに呼ばれて…着いたとたんに『悪魔の子』呼ばわりされて、ここにぶちこまれた。正直言って、何が何やら状況が理解できてない」

 

「勇者の血を引く者?」

 

「なんでも、この左手の甲にあるアザが、その証しらしい」

とオレはそいつにそれを見せた。

 

「まさか…あのお告げが本当になるとは思いませんでした」

 

「お告げ?」

 

「よいですか?よく聴いてください。今から、あなたは私の指示に従って頂きます。有無は言わせません!」

 

「あぁ?」

 

「決して楽な道ではありませんが…何もしなければ、あなたは、そこで座して死を待つだけです」

 

 

 

「…」

 

 

 

「おわかりですね?」

 

「…どうするつもりだ?…」

 

 

 

するとヤツはオレの質問には答えず、大声で看守を呼んだ。

 

「すみません!ちょっと、お願いがあります!誰かいませんか!?」

 

「どうした?何があっ…うっ!…」

 

鮮やかな一撃だった。

ヤツは近寄ってきた看守を、独房の中から手刀で仕留めた。

 

 

 

…何者だ?コイツ?…

 

 

 

なかなかの手練れのようだ。

 

 

 

ヤツは気絶した看守の身体を引っ張り込むと、腰に着けていたカギを奪い、難なく解錠した。

 

「さぁ、行きますよ!」

 

ヤツはオレの独房のカギを開けると、自らがさっきまでいた場所へと連れてきた。

床に敷いてあったゴザを捲ると、人がひとり通れるほどの穴が現れた。

 

「抜け穴?」

 

「あなたが来るのを待ってました!さぁ、急ぎますよ!」

 

 

 

すぐに追っ手がやって来た。

しかしヤツは、この階下からの脱出ルートが頭に入っているのか、迷うことなく、オレを誘導する。

 

その途中…ドラゴンと遭遇したのは想定外だったが…吹き掛けられる炎からはなんとか逃れ…オレたちは追っ手を振り切ることに成功した。

 

 

 

「逃げ切れたようですね…」

 

「あぁ…。取り敢えず、感謝するよ。ところで、あんたは何者だ?」

 

 

 

「すみません、申し遅れました。私の名前は『ウミュ』です」

 

「ウミュ?…『カミュ』じゃなくて、ウミュ?」

 

「はい」

 

ヤツは目深に被っていたフードを、パサッと後ろに払った。

 

 

 

「女?…って海未ちゃん!?」

 

 

 

「はい!…ですが、何故、私が盗賊役なのでしょうか?しかも、このキャラクターは本来、男性だったかと…」

 

「さ、さぁ…それはオレに訊かれても…。胸が無いからかな?」

 

「なんてことをいうのですか!私だって、胸はあります!触ってみますか?」

 

 

 

「ん?いいの?」

 

 

 

「あっ…いえ…その…破廉恥です!!」

とウミュは顔を紅くした。

 

 

 

「自分で言ったんじゃん…」

 

「それはそうなのですが…まぁ、リサトさんのパートナーは私しかおりませんので…」

と、彼女は無理矢理自分を納得させた。

 

「オレも海未ちゃんがそばにいてくれるなら、心強い!…って、早速だけど、オレはこれからどうすればいい?このままじゃ、お尋ね者として指名手配されて、捕まるのは時間の問題だぜ」

 

「そうですねぇ。まずはリサトさんの汚名を晴らしてくれる仲間を探しましょう」

 

「あっ!それそれ!そもそも、オレは何者なんだ?勇者だ、悪魔だ…ってなんのことだ?」

 

「私が見たお告げが正しければ、リサトさんは間違いなく勇者の血を引く者です。ですが、その存在を邪魔だと思っている人がいます…」

 

「それがデルカダールの国王?」

 

「勇者の血を引く者が誕生したということは…裏を返せば『悪しき世界が復活』した…ということ。彼の言い分は…リサトさんの存在を消せば、その闇も無くなる…どうやら、そういうことのようです」

 

「なるほど…一理ある。それでアイツはオレを悪魔の子と呼んだのか…」

 

「ですが、私はそう思っていません!」

 

「ん?」

 

「むしろ逆です。悪しき世界が復活するからこそ、リサトさんが生まれたのではないかと…」

 

「卵が先か、鶏が先か…だな」

 

「ただ、ひとつ言えることは…リサトさんは、今、ここで亡くなってはいけないということです!その為に私は全身全霊、あなたを守ることに命を捧げます!」

 

「ウミュ…なぜ、そうまでして…」

 

 

 

「それが私の使命ですから」

 

 

 

「使命?」

 

 

 

「事情はいずれ話します…。とにかく、今は先を急ぎましょう!」

 

「あぁ…わかった…。じゃあ、まずは村に戻るか」

 

「いえ、残念ながら…イシの村はあなたが戻ることを想定して、すでに包囲されているでしょう。ここは一旦、南東にある『ホムラの里』に向かいましょう」

 

「『穂むら』の里?…どこかで聴いたことがある名前だな」

 

「はい。火山が近くにある為、世界有数の温泉地ですよ」

 

「…ってことは?」

 

「名物は温泉『饅頭』です」

 

「あははは…そうなんだ…じゃあ、まずはそこへ急ぐとしよう」

 

「はい!」

 

 

 

こうしてオレとウミュは、ホムラの里を目指すことにした。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 

 







※アヤノ…ドラクエでの正式名称はエマです。
※ウミュ…ドラクエでの正式名称はカミュです。




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温泉地でファイトだよ!

 

 

オレたちは道中で遭遇するモンスターをなぎ倒しながら、世界有数の温泉地であるというホムラの里を目指した。

 

 

 

「ウミュの主力武器はブーメランなんだ?」

 

「はい。もっとも…私が得意なのは弓道…或いは剣道なのですが」

 

「この世界には弓も竹刀も無いからね…まぁ、矢もブーメランも、同じ飛び道具ということかな?」

 

「ふふふ、そうですね…」

 

ウミュは苦笑した。

 

 

 

 

 

「ここがホムラの里ですね…」

 

「なるほど。微かに硫黄の匂いが…」

 

 

 

「ようこそ、ホムラの里へ!!」

 

オレたちがそこに辿り着くと、入り口でひとりの少女が出迎えた。

 

「キミは?」

 

「ホムラの里の看板娘…『ホノカ』です!」

 

「…だとは思いましたが…」

 

「安易…っちゃあ、安易だな…」

 

「うぅ…私にそんなこと言われても…」

 

「あぁ…悪い、悪い…そんなつもりじゃ…」

 

「ふ~んだ!どうせ『ファイトだよ!」って言わせておけば、いいと思ってるんだよね…」

 

 

 

…否定はできませんね…

 

 

 

ウミュの目は、オレにそう言っていた。

 

 

 

「えっと…それはそれとして…。どうです、ここで旅の疲れを癒していきませんか?今はキャンペーン期間中だから、ホムラのお饅頭を買った人には、ホカホカストーンをオマケしちゃうよ!」

 

「それより、ここに温泉があると聴いたんだけど…。ひと風呂浴びたい」

 

「あ~…よくいるんだよね、そういう人」

 

「ん?」

 

「確かに温泉は至るところで沸いてるんだけど、いわゆるお風呂はないんだよねぇ。残念ながら」

 

「そうなのですか?」

 

「その代わり、蒸し風呂はあるよ。つまり…サウナだね。案内しようか?」

 

「はい、お願いします」

 

「ここのところ、物騒でさぁ。観光客が減っちゃって…ドタキャンも多いんだよねぇ」

 

「何かあったのですか」

 

「う~ん…デルカダール王国から『悪魔の子』と『大盗賊』が脱獄した!って噂が出回っててね…みんな、外出を控えてるみたい。2人がどんな人たちかは、よくは知らないけど…。なんだか急に、魔物の数も増えてきてるみたいだし…旅をする時はお兄さんたちも気を付けてね」

 

 

 

その言葉に、オレとウミュは顔を見合わせた。

 

「…ここまで情報は流れてきているのですね…」

 

「あぁ、だけど、まだ面は割れてないようだ」

 

彼女に聞こえないよう、小声でそんな会話をする。

 

 

 

 

すると突然、前方から

「だからガキは入れないって言ってるだろ!!」

という大きな声が聴こえた。

結構なオッサンの声だ。

 

「失礼ね!ガキじゃないって言ってるでしょ!」

 

負けじと女の子の声が響く。

 

「どう見たってガキだろ!」

 

「見た目で判断するんじゃないわよ!」

 

 

 

「なんだ?なんだ?どうした…」

 

見ると、酒場の前で2人がやりあっていた。

ひとりは用心棒風情(ふぜい)の男。

もうひとりは…小柄の少女…いや、少女というより幼女だ。

 

「とにかく、中に入れさせなさいよ。マスターに話を訊きたいだけなの!」

 

「ダメだ、ダメだ!どんな事情があろうとも、ガキは入れさせねぇ!それがオレの仕事なんだよ!」

 

「ふん!わからずや!!」

 

幼女は捨て台詞を放つと、その場を走り去ろうとした。

 

 

 

だが、オレたちの存在に気が付くと、一旦、立ち止り

「アンタは…」

と呟いた。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「名前は?」

 

 

 

「リサトだけど…」

 

 

 

「やっぱりね…そうだと思ったわ!」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ごめん、今は妹を探す方が先決なのよ!またあとで!」

 

 

 

「あ、待って!!」

 

彼女はオレたちの脇をすり抜け、どこかに走り去ってしまった。

 

 

 

…誰だ?…

 

…オレのことを知ってる?…

 

 

 

「お知り合いですか?」

 

「いや…おそらく初対面のハズなんだが…」

 

 

 

「何かあった?他のお客さんの迷惑になるから、大きな声を出さないでよ」

 

「おぉ、ホノカちゃん!いやぁ、まったく参ったよ。あのガキがさぁ、この中に入れろってうるさくて。何度ダメだ!って言っても、聴く耳を持ちやしねぇ」

 

「この中に?」

 

「なんでも一緒に旅してた妹がいなくなったとか、なんとかで…」

 

「えぇ!?妹さんが?それは大変ですね」

 

ウミュは大袈裟に驚いた。

少なくともオレにはそう見えた。

 

「それと、この酒場と…どう関係があるのかな?」

 

ホノカが用心棒に訊く。

 

「知らねぇけど…マスターに訊けば、何かわかるんじゃないか…みたいなことは言ってたな…」

 

「妹さんですか…心配ですね…私たちも探すのに協力してあげましょう」

 

「…って言っても、さっきの娘はどっか行っちゃったからなぁ…その妹の名前も特徴もわからなきゃ、雲を掴むような話だぜ。まぁ、気には留めておくけどさ」

 

「そうですね…」

 

 

 

「あっ、ごめん!ごめん!サウナに向かう途中だったんだよね?この先だよ」

 

彼女が案内してくれた場所は、階段を登った小高い丘に立っていた。

 

「じゃあ、私はここで」

 

「ありがとう」

 

 

 

「あぁ…私の出番はこれで終わりか…」

と看板娘が呟く。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「おっ!と…言い忘れた」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ファイトだよ!!」

 

 

 

「?」

 

 

 

「2人の旅が上手くいきますように…っていうおまじない。じゃあ…」

 

そう言って彼女は、村の入口へと戻っていった。

 

 

 

 

「いらっしゃい!2名様のご利用で?」

 

サウナの受付で、店主と思わしき男が声を掛けてきた。

 

「あぁ」

 

「かしこまりましたぁ!ここのサウナは、身も心も温かくなるのはもちろんのこと、美容効果も抜群で女性にも大人気なんだ。湯治効果も最高で、魔物との戦いで負った傷も、あっという間に治しちまう。そんでもって…」

 

「能書きはいいから、早く入れてくれ…」

 

「これはこれは、失礼しました。ささ、男性はこちらからどうぞ」

 

 

 

…混浴じゃないんだな…

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「あ、いや…」

 

「えっと…あとは中で『湯浴み』に着替えてください」

 

「湯浴み?」

 

「えぇ」

 

 

 

…裸にバスタオルじゃないのか…

 

 

 

現代から来たオレの頭の中には、サウナと言われれば、そのイメージしかなかった。

ちょっとしたカルチャーギャップだ。

 

すると

「女性はこちらですか?」

とウミュは店主に訊いた。

 

「はい、そうですが…」

 

「じゃあ、リサトさん…またあとで…」

 

「いやいや、お客さん!冗談を言ってもらっちゃ困る。いくらアナタが美形だからって、そっちに入れるわけにはいかないよ」

 

「何を言っているのですか!私は…ハッ!!…」

 

そうなんだ。

デルカダール王国を出てから、生死を分ける戦いを繰り返しながら旅をしてきたので、すっかりオレの頭の中からも抜け落ちていたが…彼は『男装の麗人』だった…のだ。

 

しかし一般人には、イケメンの旅人にしか見えない。

 

ウミュも今、それを自覚したらしい。

 

「そうそう!『今のウミュ』はこっちじゃなきゃ、マズイでしょ」

 

「…ですか…その…」

 

「大丈夫だって。幸い、スッポンポンになるわけじゃないみたいだし…」

 

 

 

…幸い…なのかな?…

 

 

 

オレは自問自答する。

 

 

 

「…えぇ…まぁ…それはそうですが…」

 

「オレとウミュの仲だろ?今更、恥ずかしがってる場合じゃないじゃん」

と言ってはみたものの、このセリフはさすがにマズイ。

 

 

 

…知らない人が見れば…BL…倒錯した世界だよな…

 

 

 

現に主人は不思議そうな顔をして、こっちを見ている。

 

「いいから、行くよ!」

 

オレは強引にウミュの手を引っ張って、更衣室の中に入った。

 

 

 

「凄い蒸気だなぁ。真っ白で前が見えない」

 

「はい」

 

 

 

「!?」

 

「!?」

 

その異変に気が付いたのは、2人同時だった。

 

 

 

「リサトさん!」

 

「ウミュ!」

 

 

 

シク…シク…シク…

 

 

 

聴こえてきたのは子供の泣き声…。

 

 

 

「!!」

 

「!!」

 

脱衣所にいたのは、さっきの幼女と同い歳くらいの子供だった。

 

 

 

「おねえちゃん、こんなところで、どうしたんだい?」

 

「うっぐ…うっぐ…」

 

「ひょっとして迷子になっちゃったのかな?」

 

オレはあんまり子供に話し掛けるのが得意じゃない。

怖がらせないように、必死に作り笑いをしながら訊いた。

すると彼女は二度、三度と泣きながら頷いた。

 

「この娘に間違いないな」

 

「はい」

 

「よし!じゃあ、さっそくあの娘を探しに行こう」

 

「はい」

 

オレたちは、結局、ここへきた目的を遂行することなく、彼女を抱き抱えて外に出た。

 

 

 

 

 

どれくらい経ったろうか…。

 

 

 

 

 

「あっ!いた、いた!」

 

「あら、アンタたち…」

 

「見つけたぜ!キミの妹を」

と言って、オレは彼女にサウナで見つけた幼女を差し出した。

 

だが、返ってきた答えは、実に意外なものだった。

 

 

 

「誰、この娘?…」

 

 

 

 

 

~ to be continued ~

 







※ホノカ…ドラクエには出てきません。




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姉と妹

 

 

「キミが探していた妹って、この娘じゃないの?」

とオレは、再度、生意気な口をきく幼女に問い質(ただ)す。

 

「違うわ」

 

彼女は首を横に振った。

 

「この人は、キミのおねえちゃんじゃないのかな?」

 

今度は、サウナで見つけた娘に訊いてみる。

 

「ううん…知らない人…」

 

「でも、迷子なんだよね?誰とはぐれちゃったのかな?」

 

「お…さん…」

 

「だから、おねえさんでしょ?」

 

「違う…おとうさん…」

 

「マジか!それなら、そうと最初から言ってくれ!」

 

「リサトさん、それは酷というものです。この娘もパニックになっていたのでしょうし…それに私たちも早とちりしてしまい、確認しなかったのが悪いので…」

 

「それはそうだけど…」

 

「ねぇ、それより、私をこの酒場の中に入れてくれない?」

と生意気な方の幼女。

 

「まだ、諦めてないのか?」

 

気が強いというか、なんというか…。

いささか、オレも呆れ気味に言った。

 

「詳しいことはまだ言えないけど…リサト…アンタにも関わることだから」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「それに、上手くすれば、この娘の父親の手掛かりも掴めるかもしれないしね」

 

オレはウミュの顔を見た。

ここはそうするしかないですね…そんな表情だ。

 

「わかった。乗りかかった船だ。協力してやる!…だけど…その前に言っておくことがある。年上には敬語を使わなきゃいけないよ」

 

「あら…それなら、その言葉、そっくり返してあげる」

 

「あぁ?」

 

「『とある事情』で、今はこんな姿だけど…こう見えて、アタシはアンタより年上なんだから」

 

「なんだって?」

 

「色々明かせないことがあるんだけど…名前くらいは教えておいてあげるわ。私は『ベロニコ』。よろしくね」

 

 

 

「ベロニカ?」

 

 

 

「ベロニコ!ニコよ、ニコ!『ラムダの大魔法使い、ベロニコ様』よ!」

 

 

 

「あぁ…」

 

不思議なことに…さっきまではただ単にちっちゃい女の子という印象しかなかった彼女が…名前を聴いたとたん…黒髪ツインテールの…よく知っている顔になった。

 

「そういうことですか…確かに背格好だけでなく、口調までも同じですね」

 

ウミュも納得という顔をしている。

 

 

 

「ふん!『背が低くて、生意気』って言えば『アタシ』だなんて…安直すぎるのよ…」

 

オレにはよく意味はわからないが、彼女はぶつぶつと独り言を呟いていた。

 

 

 

「リサトさん…『にこ』の妹なら、話は早いです。髪型さえ違え、同じ顔をしてますから」

 

ウミュはオレの耳元で、そう囁く。

 

「何か言った?」

 

「い、いえ…」

 

「急いでるから、さっさと行くわよ!」

 

オレたちは入口の用心棒に事情を話し、彼女を『引率』して酒場の中に入った。

 

カウンターの向こうにはマスターがいる。

 

「単刀直入に訊くわ。アタシの妹を知らない?同じ格好をした女の子なんだけど…」

 

「お嬢ちゃんと同じ格好?…さぁ…」

 

マスターは軽く首を傾げた。

 

「服は色違いで…アタシは赤だけど、彼女は緑で…ヘアバンドしてて…」

 

「緑で…ヘアバンド…」

 

「スタイルは…言いたくないけど…スラッとしてて…」

 

「ふむふむ…」

 

「性格は…ちょっとトロくさくて…」

 

「おぉ!思い出したよ!あの美人さんだな?」

 

「…認めたくないけど…たぶんそうね…」

 

「お嬢ちゃんが妹だなんていうから、混乱しちゃったよ。あれはお姉さんだろ?」

 

「妹なの!」

 

「はっはっはっ…大人をからかっちゃいけないよ。ありゃあ、どう見たってお姉さんだよ」

 

「…まぁ、いいわ…ここでやりあっててもラチが開かない…で…その娘がどこに行ったか知らない?この村には、いないみたいだけど…」

 

「確か…西に行くようなことを…。あぁ、そういえば、その娘さんもお姉さんを探してる…って言ってたな…。キミたちは3姉妹なのかい?」

 

「しまった!入れ違ったわ!」

 

「ここのところ、急激に魔物が増えているから、外に出るのは危険だと止めたのだが…」

 

「ああ見えて、このあたりのヤツらやられるような『タマ』じゃないと思うけど…わかったわ。ありがとう」

 

「居場所がわかったのですか?」

 

「まぁね…。リサト、悪いけど付き合ってもらうわよ」

 

「えっと…はい、承知しました…って返事でいいのかな?」

 

「上出来だわ。…と、そうそう…マスターにもうひとつお願いが…」

 

「なんだい?」

 

「この娘をしばらく預かってほしいの」

 

「この娘を?」

 

「父親とはぐれたんだって」

 

「おや、おや…」

 

「まぁ、心当たりはあるから、すぐに見つかると思うけど」

 

「うむ…こんなに小さい娘を外に放り出すわけにはいくまい。わかった、しばらく預かろう」

 

「ありがとう…。いい、お姉ちゃんが必ず、お父さんを連れてくるから、いい子にして待ってるんだよ」

 

「…うん…」

 

「なぁに、ここの連中はみんな温泉みたいに、温かいヤツらばかりだ。心配いらないよ」

 

「頼んだわ」

 

「詳しい事情はわからないが、本当に気を付けるんだぞ。今まで出会ったことのないモンスターが、うろついてるらしいからな」

 

 

 

マスターへの挨拶もそこそこに、オレたちは村を出た。

 

「どこへ行くんだ?…じゃなかった…どこへ行くんですか?」

 

「この先のヒノノギ火山の…さらにその西側に、地下迷宮があるの。今からそこに向かうわ」

 

「地下迷宮?」

 

「なぜ、そのようなところに?」

 

「理由はあとで。どうせ口で説明したって、わかんないんだろうから」

 

 

 

マスターの言う通り、以前に較べて、魔物が急速に増えている気がする。

なるべく遭遇しないように歩いているが、不意に襲い掛かってくるヤツは避けられない。

そこで新たに加わった彼女の出番だ…と思ったのだが…正直、戦闘能力はゼロに等しい。

杖でスライムを「ポコッ」っと叩くのが、やっと…という感じだ。

その分と言ってはなんだが、オレとウミュの戦い方は、どんどんこなれていく。

呼吸が合ってきた…と言えばいいのだろうか。

 

 

 

…というわけで…道中、何体かのモンスターを倒して、目的地まで着いた。

 

 

 

「ここが…地下迷宮の入り口なのですね。…邪悪な気配に満ち溢れています」

 

「あぁ…」

 

「ですが…このようなところに妹さんが本当にいるのですか?」

 

「ふん!じゃなきゃ、わざわざ好き好んで、こんなところには来ないわよ」

 

「確かに、そうですが…」

 

「地下迷宮って言っても、明かりは点いてるんですね」

 

「住人がいるからね」

 

「住人…ですか?」

 

「…とは言っても人ではないけど…」

 

「はぁ…」

 

「要心してよ!何も無いように見えて、トラップが仕掛けられて…きゃあ!…」

 

 

 

「…って言ってる側から、落とし穴に落ちないでくださいよ…」

 

「ふん!今のは、わざと落ちたのよ。アンタたちに教えてあげようと思ってね…」

 

「はぁ…」

 

 

 

 

 

「きゃあ!」

 

「うわっ!」

 

「うひゃあ!」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「ベロニコさん、何回落ちれば気が済むんですか?」

 

「ふん!今日はこれくらいにしておいてあげるわ」

 

「新喜劇ですか!!」

 

 

 

「あっ!ベロニコさん!あれは…」

 

ウミュが何かを見つけたようだ。

 

「あっ!」

 

オレもすぐにそれを認識した。

 

人が倒れている。

女性のようだ。

身に着けている服は…緑色…。

 

 

 

…この人が?…

 

 

 

オレはこの女性を知っている。

一歩間違えたら、この人と人生を歩んでいたかも知れないのだ。

もっとも…向こうにその気があったなら…という話だが…。

 

 

 

「ウソ!?一足遅かった?…」

 

ベロニコが猛ダッシュして、彼女に駆け寄り、抱き上げた。

小さな身体はよろけそうになり、慌ててウミュが支える。

倒れていた女性の身体は…力なくグッタリとしていた。

 

「起きなさい!お姉ちゃんより先に逝くなんて、許さないんだから!!」

 

しかし、反応はない。

 

「いつも『専用の枕がなきゃ眠れない』って言ってるくせに、なんでこんなところで寝てるのよ!早く起きなさいよ!!」

 

「ベロニコさん…」

 

ウミュの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

だが、その時だ。

 

 

 

 

 

「…あ…れ…私…」

 

 

 

「気付いたのね?」

 

 

 

「その声は…二…コ…ちゃん?」

 

 

 

「よかった…」

 

「私…体力が尽きて…眠っちゃったみたい…助けに来てくれたんだぁ…」

 

「当たりじゃない!」

 

「ニコちゃんには…いつも、迷惑かけちゃうね…」

 

「本当よ、デキの悪い妹を持つと大変なんだから」

 

「まぁ、とにかく無事でよかったわ」

 

「うん…って…ニコちゃん!?どうしたのその姿…」

 

「今、気付いたんか~い!!ふん、アイツらに魔力を封じ込められるのを抵抗してたら、こうなったのよ」

 

「かわいそうに…」

 

「…って言ってる場合じゃないわよ。今から、リベンジに行くわよ」

 

「リベンジ?…うん、わかった!」

 

 

 

「…えっと…事情を説明してもらえますか…」

 

この状況を理解していないのは、ウミュも同じらしい。

 

 

 

「こちらは?」

と倒れていた女性が、ベロニコに訊いた。

 

「剣を持っているのが、リサト。アタシたちが守るべき勇者の血を引く者」

 

「この方が…」

 

「ブーメランを持っているのが…そういえば、アンタ、まだ名前を訊いてなかったわね」

 

「私はウミュです。神のお告げにより、リサトさんと行動を共にしています」

 

「そうなんだぁ…。私は『セーニャ』です」

 

「セーニャ?『ことり』ではないのですか?」

 

「う~ん…そうなんだけど…役名はセーニャなんだぁ」

 

 

 

…『ウミュ』『ベロニコ』までは、なんとかなっても…さすがに『セーニャ』は厳しかったかぁ…

 

 

 

「それで、こと…いえ、セーニャさんとベロニコさんとは、どういうご関係なのですか」

 

「だから、さっきから言ってるでしょ!アタシが姉で、この娘が妹だって」

 

「ニコちゃん、それじゃあ、きっとわからないよ」

 

「じゃあ、アンタが説明しなさいよ」

 

 

 

「はい!実は、私たち双子なんです!」

 

 

 

「えぇ!?」

 

オレもウミュも揃って驚きの声を上げた。

そして、しばしのあいだフリーズしたのであった…。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 







※ベロニコ…ドラクエでの正式名称はベロニカです。




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進むべき道

 

 

「双子!?」

 

「はい。ニコちゃんは、私のお姉ちゃんなんです」

 

「似ていませんねぇ」

 

「二卵性?」

 

「アンタたち、話を聴いてなかったの?アタシの魔力を吸い取るヤツがいて…それを堪えているうちに、幼児体型になっちゃたのよ。理由はわからないけど」

 

「つまり…若返ったのですね?」

 

「ここまで若返る必要はないのに」

 

「…その、魔力を通り戻せば、元の姿に戻れる…ってこと?」

 

「その通り!」

 

ベロニコさんは、オレに向かって親指を立てた。

 

「よし!早くそいつを退治しましょう!」

 

 

 

「ちょっと待ってください!」

 

 

 

「ん?どうしたウミュ?」

 

 

 

「いえ、リサトさんのそのやる気に…なんとなく不純なものを感じたものですから…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「ことり…いえ…セーニャさんが2人いたら、どんなに嬉しいことだろう…まさにこれこそ両手に花!…などと思っていないでしょうね!?」

 

 

 

「…ん?…ん?…いやいや…そんなこと…」

 

 

 

「ん?…じゃありません!そもそも、最初に…こと…いえ…セーニャさんを見たときから、顔がニヤついていました」

 

「そんなことない!って」

 

「私という人がありながら、破廉恥です!」

 

「勘違いだって!オレは海未ちゃんだけを愛しているから」

 

「本当ですか?」

 

 

 

…あれ?オレにはイシの村に、アヤノという幼馴染みがいたような…

 

…アイツは恋人なんだっけ?…

 

…別れたんだよな…確か…

 

…ヤツは今頃、ドイツでサッカーしてるハズ…

 

 

 

オレは現実世界と、この世界の状況に混乱しながらも

「本当だって!」

と答えた。

そりゃあ「本当ですか?」と訊かれて「違う」とは言えない。

 

 

 

「梨里さん…」

 

「海未ちゃん…」

 

 

 

「悪いけど…イチャつくのは後回しにしてくれない?」

 

 

 

「あっ…」

 

ベロニコさんに思いっきり睨まれた。

 

 

 

 

 

「さぁ、着いたわよ。見て!あそこにある壷にアタシの魔力が封じ込められているの」

 

「魔封波みたいだな…」

 

「それで、アイツらがそのにっくき相手…『デンダとその手下』たち」

 

「おぉ!強そうだ」

 

オレたちの視線の先には、超巨大なガマガエルみたいなヤツがいた。

 

「不覚にもアタシひとりじゃ、太刀打ちできなかったわ。手下たちが意外に侮れない」

 

「油断対敵ということですね」

 

「私が回復呪文で後方支援します!だから、思い切り戦ってくださいね!」

 

「さすが、こと…じゃない…セーニャさん!この役どころは癒し系のあなたにピッタリです」

 

「むっ!リサトさん!!」

 

「冗談、冗談。ウミュ、いくぜ!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「必殺!『火炎斬り』!!」

 

オレとウミュの連携技が、敵に炸裂した。

 

 

 

 

 

「見事です!!」

 

「まぁ、ざっとこんなもんよ」

 

「『冷たい息』を吐かれたときはどうなるかと思いましたが、さすが、こと…いえ、セーニャさんです」

 

「確かにホイミで治してくれなかったら、やられてたかも」

 

「ちゅん、ちゅん!」

 

「それじゃあ、さっそく壷から魔力を開放しますか!」

 

「リサトさん、ウキウキしすぎです…」

 

 

 

「せーの!よっ!…と…」

 

 

 

壷を開けると、凄まじいパワーが渦を巻きながら放たれた。

 

「うぉ…」

 

その勢いに思わず仰(の)け反るオレたち。

 

「これがベロニコさんの魔力…」

 

ウミュも驚きを隠せないようだ。

 

目に見えるほどの巨大で禍々しい力が、彼女を包みこんでいく。

いや、体内に吸収されていく…が正しい表現か。

 

 

 

そして、立ち込める煙(?)の中から現れたのは…

 

 

 

「?」

 

「?」

 

「?」

 

 

 

「あれ?変わってないじゃない!…何よ、リサト…そのガッカリとした顔は…」

 

「あ、いえいえ…」

 

「まぁ、いっか!魔力は元にもどったみたいだし、今回はこれでよしとするしかないわね。アタシもこの姿の方が『馴染み』があるし」

 

「そ、そうですね…」

 

 

 

…意外にベロニコさんは気にしてないみたい…

 

…それに較べて…リサトさんの落ち込みようと言ったら…

 

 

 

「ゴ、ゴホン!…え~リサトさん…考えてもみてください。仮にベロニコさんの姿が元に戻ったとして…外見は『ことり』でも、中身は『にこ』なのですよ。それはそれで、どうかと思うのですが…」

 

ウミュはひとつ咳払いをしたあと、オレにそう言った。

 

「あぁ…それは確かに…」

 

 

 

「ウミュ?なんか言った?」

 

「いえ、別に…」

 

 

 

「そうそう…もうひとつ大事なことを忘れてたわ」

 

「あっ、もしかして…迷子の父親ですか?」

 

「そう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、子供を放っておいて宝探しなんて、ある意味、感心するわ」

 

ベロニコさんに説教を喰らっているのは、地下迷宮の中から助け出された、目つきの鋭いオッサンだった。

ここに潜入した挙句、さっきのヤツらに囚われたらしい。

 

「面目ない…」

 

「いい?今度そんなことをしたら、ただじゃおかないんだから」

 

「あぁ、わかったよ」

 

「なんで、そんな危険なことを…」

 

オレの単純な疑問だ。

 

 

 

「それはあなたが…情報屋のルパスさんだから…ですよね?」

 

 

 

「ウミュ?」

 

 

 

「へぇ、驚いた。オレの素性を知ってるヤツがいるとはねぇ」

 

「確証はありませでしたが…どこか『私と似た匂い』がしたもので…」

 

「そうすると…アンタも『裏』の人間かい?」

 

 

 

「…」

 

その問いにウミュは答えなかった。

 

 

 

「えっと…その情報屋がなんでこんなところに?そんなすごい宝物があるのか?」

 

「オレにとっての宝物ってのは、情報のことだ。ネタ元は明かせねぇが…ここのところ魔物が増えている原因は、この地下迷宮にあるんじゃねぇか…ってニラんでてな」

 

「子供は危険だから置いてきた?」

 

「いえ、リサトさん。あれは捨ててきた…です」

 

「どうとでも言ってくれ」

 

「それにしてもベロニコさん、よくわかりましたね」

 

「今、この辺りで怪しいところ…って言えば、ここしかないもの」

 

「取り敢えず、助けてもらったことには感謝するぜ。何はともあれ、命あっての情報屋だからな。何か困ったことがあったら、オレに訊きな。知りうる限りの情報は提供してやるよ」

 

 

 

「じゃあ、さっそくだけど『命の大樹』について、教えてくれない?」

 

 

 

「ほう…それを知ってるとは…アンタたち、只者じゃねぇなぁ…」

 

ルパスは、不思議そうに、オレたちの顔をまじまじと覗き込んだ。

 

 

 

その命の大樹がなんなのかは後回しにするとして…彼の話によれば、それに辿り着く為には、まず『6色のオーブ』と呼ばれる神具が必要だと教えてくれた。

そして、それを探すには『虹の枝』というものがいるらしい…ということも。

近くにオーブがあると、そいつが輝いて教えてくれる…一種のレーダーのようなものなんだそうな。

 

最後にルパスは

「因みに…虹の枝はサマディ王国にあるのを見たぜ。まぁ、オレには必要の無いものだからな。特に欲しいとも思わなかったが…」

と言って去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、次はおふたりのことを聴かせてもらえますか?」

 

ウミュは、彼女たちに問い掛けた。

 

 

 

ベロニコとセーニャの話によると、2人は『聖地ラムダで育った』双子らしい。

その使命は…端的に言えば、勇者の血を引く者を守ること。

すなわち、それがオレというわけだ。

だが、オレはこの世に生を受けてから数日後(自らの意思でないものの)いきなり消息を絶ってしまった。

そして行方不明のまま16年が過ぎたわけだが…彼女たちはその間ずっとオレを探し回っていたようだ。

 

各地を転々としているうちに辿り着いたのが、さっきいた地下迷宮。

ことさら邪悪な気配が高まっているのに気付き、2人で潜入したが…戦闘の最中に離ればなれになってしまい…。

 

「アタシがアイツと戦っている間、セーニャはホムラの里に戻ってきたのね」

 

「はい。でも、こっちに来た様子がなかったから、もしかしたらまだあっちに…って思って」

 

「そこで行き違っちゃった…ってワケ」

 

「そうだったのですね…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「リサトさん、なにか?」

 

「あ、いや…さっきのガマガエルさ…死ぬ前に変なこと言ってなかったか?ウルノーガがどうの…とかなんとか」

 

「ウルノーガは…この邪悪なる気配の権現…世界を支配しようと企む忌まわしき魔王よ」

 

「はい。遥か昔、リサトさんのご先祖にあたるロトの勇者たちが、その存在を消したはずなのですが…」

 

「復活したとでも言うのですか?」

 

「恐らくね…。そして、リサト…アンタがするべきことは、そいつを見つけ出し、退治すること」

 

「オレが?…」

 

「ウルノーガを倒す為に必要なのが…命の大樹の力。…と言っても…アタシたちも具体的に、何をどうする…ってことはわかってないのよねぇ…まぁ、きっと冒険を続けていくうちに、その手掛かりが掴めるとおもうんだけど…」

 

「それが…虹の枝であり、6色のオーブ?」

 

「そういうこと!」

 

 

 

 

なるほど。

これでオレの旅の目的はハッキリした。

要は悪の親玉を見付け出し、倒せばいいってことだ。

 

 

 

「それで…なんだけど…」

 

「はい」

 

「ここからの旅は、アタシたちも同行するから!」

 

 

 

「えっ!?」

 

オレだけでなく、ウミュも一緒に驚きの声を上げた。

 

 

 

「ベロニコさんと…」

 

「はい、私もです」

 

「おぉ!!」

 

「リサトさん!!」

とウミュがオレを睨む。

 

「ん?ん?い、いやぁ…ただ単純に心強いなぁ…って、それだけなんだけど…」

 

「リサト、先に行っておくわ。アタシたちは聖女なの。下手に手を出したら、どうなるか…わかるわよね」

 

「は…はい…もちろんです」

 

「まぁ、このベロニコ様の魅力に、メロメロになっちゃう気持ちはわからなくもないけどさぁ…我慢しなさいよ!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「なに?その冷めた目は…」

 

「大丈夫です…オレ、幼児趣味はないので」

 

「ぬわんですって!!これでもアタシはアンタより年上なのよ?」

 

「あぁ、そうでしたね…」

 

 

 

…ん?…

 

…そうか…

 

…身体はこんなだけど、年上なのか…

 

…そう考えたら…

 

…それもアリなのかな…

 

 

 

…いやいや…

 

 

 

…オレにはそもそも、村に残したアヤノという幼馴染がいるんじゃないか…

 

 

 

…だがしかし、だがしかし…

 

 

 

…これからの長い道のり…

 

…オレひとりに対し、女性が3人…

 

 

 

…何か間違いがあってもおかしくないよな…

 

 

 

…果たしてオレの理性は保てるんだろうか…

 

 

 

「リサトさん!顔がニヤついてますよ!」

 

ウミュはブーメランを構えて、オレの横に立っていた。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 

 



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王子と旅芸人

 

 

 

オレたちはルパスの情報を基に、ホムラの里から西の…サマディー王国へと向かった。

北側にある…『オムスビ』…いや『ホムスビ山地』…と呼ばれる山々の裾野に沿って歩く。

 

「ホムスビ山地ですか…どこかに花陽がいそうですね」

とウミュ。

 

「うん!花陽ちゃんがこの世界にいたら、きっと、ここの神様だね」

 

セーニャさんが同調する。

 

「残念ながら、ここには誰もいないけどね」

 

ベロニコさんは、ちょっとだけ寂しそうな顔をした。

 

 

 

山地を抜けると広大な砂漠に出た。

そのほぼ中央に目的地がある。

周囲は砂漠に囲まれているが、決して貧しい国ではない。

毎日、国営のウマレースが行われており、それが収入源らしい。

また、騎士の育成にも熱心で、そこかしこで甲冑を身に纏った兵士が訓練をしている。

『騎士道の心得』が書かれた掲示板も散見された。

 

 

 

虹の枝の存在は、この国の王子『ファーリス』が知っていた。

自分の頼みを聴いてくれれば、それの譲渡を国王に掛け合うという。

 

夜、サーカスのテント内に呼び出されたオレたち。

場内では、その世界では『超有名だ』という旅芸人のパフォーマンスが行われていた。

 

「わざわざ、こんなところに呼び出すなんて…何かあるわね」

 

ベロニカさんは、オレに向かってそう囁いた。

 

 

 

ファーリスの話というのは…明日行われる『ファーリス杯』というウマレースの『替え玉の依頼』だった。

「自分の替わりにレースに出て、優勝せよ」…という。

甲冑を身に付けて走るので、顔は隠せるらしい。

 

どうしてそんなことを?…というのは愚問だろう。

詮索しても仕方がない。

断ればアイテムが手に入らないことは明白だからだ。

 

 

まぁ、そこは元来運動神経のいいオレのこと。

翌日のレースはサラッと参戦し、サラッと優勝してやった。

 

ミッションクリア!

 

「さて、それじゃあ虹の枝を…」と思ったら、急に城内が騒がしくなった。

 

なんでも、この国の北に位置するバクラバ砂丘というところで、殺人サソリが現れたらしい。

 

国王が言うには、毎年この時期に現れるそうだ。

その国王が息子であるファーリスに討伐を命じる。

 

しかし…

 

ヤツは困った顔でオレたちを見た。

 

 

 

 

 

「それで?何をすればいい?」

 

場所を変えて、ヤツの話を訊く。

 

「聴いての通りです。例の殺人サソリを捕らえて欲しいのです」

 

「ん?だけど、あんたはこの国の王子…それも相当な凄腕らしいじゃないか。ファンも大勢いたぜ?」

 

ファーリスはただ単に王子というだけでなく、ルックスも悪くない。

文武両道、人徳もある…となれば、それはアイドル以上に人気があるのも頷ける。

 

「そうですね。私たちの手など借りなくても、あなたでしたら、そんなモンスターの1匹や2匹…」

 

ウミュがオレの言葉に続くと、ファーリスは泣きそうな顔をして、訴えた。

 

 

 

「実は…全部嘘なのです。この国に流れている私の噂は、捏造なのです。私は馬にも乗れなければ、剣術もできません。稽古も訓練も、全部やったこととして、部下に報告をさせていました」

 

 

 

「あぁ!?」

 

「えぇ!?」

 

昨日、レースの替え玉を依頼してきた時点で、なんとなく怪しい…胡散臭いヤツとは思っていたが…。

 

 

 

「国王はその事実を知っているのですか?」

 

「いえ…」

 

「ふん!とんだボンボンがいたものね!」

 

「なぜ、そのようなことを?」

 

「あなたたちには、わからないと思いますが…国を治める立場の人間がヘナチョコでは、国民は着いてきてはくれません!私たちは、常に強く、完璧でなければいけないのです!!」

 

 

 

「でも、嘘なんだろ?」

 

 

 

「…はい…」

 

 

 

「そんな鍍金(めっき)、すぐ剥げるに決まってるじゃない!」

とベロ二コさんは、明らかに嫌悪感を示した。

 

「まぁ、いいじゃないですか。王子には王子の考えがあるんだろし、そこはオレたちが口を出す話じゃ…。それより、とっとそのモンスターを片付けて、虹の枝とやらを貰いましょうよ」

 

オレもこんな軟弱者は好きじゃない。

できれば関わりたくない。

そんな気持ちだ。

 

「えぇ、そうですね」

とウミュ。

顔を見ればわかる。

きっとオレと同じ思いだろう。

 

「…もう、いい…わかったわ。案内してちょうだい」

 

メチャクチャ不機嫌そうなベロニコさん。

 

 

 

だが、その空気が読めないのか

「あの…」

と王子はまだ何かを言いたそうにしている。

 

 

 

「どうかしましたか?」

 

「…お願いついでにもうひとつ頼みごとが…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「モンスターを倒した暁には、私が退治したということにしてほしいのです。くれぐれも指を咥えて見ていたなどと言わないで頂きたいのです…」

 

 

 

「はい、はい…わかった、わかった…」

 

ベロニコさんは、呆れて果てたのか彼の顔も見ずに返答をした。

 

そうじゃない

 

「では…」

と王子は『先発隊』として、城を出て行った。

 

 

 

 

 

「一緒に行ってもいいかしら?」

 

 

 

「!!」

 

「あんたは…旅芸人の…」

 

 

 

「『シルビア』よ。よろしくね」

 

…昨日パフォーマンスをしている時は、喋らなかったからわからなかったが…

 

 

 

…ひょっとして…

 

…おネエ?…

 

 

 

「そんな珍しそうな目で見ないでよ。この世界にだって、そういう人種はいるのよ」

 

「はぁ…」

 

「私も同行させてもらうわ」

 

「遊びに行くわけじゃないんだけど…」

とベロニカさん。

 

「知ってるわよ。ただ、付いて行くだけ」

 

 

 

「?」

 

 

 

「王子の後見人とでも言えばいいのかしら…」

 

 

 

オレたちは、顔を見合わせる。

 

 

 

…まぁ、王子よりは力になりそうね…

 

 

 

『彼』の醸す雰囲気が、そう感じさせた。

 

 

 

「わかったわ。ただし、自分の身は自分で守ってね」

 

「うん、そうするわ」

 

シルビアはそう言って頷いた。

 

 

 

 

 

そんなこんなで、オレたちは現場に到着した。

先発隊はパルテノン神殿の跡地みたいな場所でウロウロしている。

 

「このあたりが出現ポイントなのですが…」

 

ファーリスがそう言ったか言わないかのうちに、ヤツが地中から現れた。

 

 

 

「うわぁ!出たぁ!コ、コイツが殺人サソリ『デスコピオン』です!」

 

先発隊のヤツらは蜘蛛の子を散らすように、そいつから遠ざかる。

 

 

 

「なるほど!コイツは凶暴そうだ!ウミュ、ベロニコさん、セーニャさん…準備はいいかい」

 

「はい!」

 

「任せなさい!」

 

「ちゅん、ちゅん!!」

 

 

 

 

 

「…ふう…倒したのか?」

 

「苦戦しましたね…」

 

「アタシのギラが炸裂しなかったら、アンタたちやられていたわよ」

 

 

 

…よく言うよ…

 

…その呪文がもう1ターン遅かったら、オレたちは全滅してたぜ…

 

…まぁ、確かにその威力は凄まじかったけど…

 

 

 

そう思っても口に出せないオレ。

 

「杖でポコポコ叩くだけじゃなくて…ちゃんと戦えるんですね?」

 

精一杯の皮肉を言ってみる。

 

「当たり前でしょ!アタシを誰だと思ってるのよ!ラムダの大魔法使い…」

 

「あら、リサトさん…腕から血が…」

 

「最後まで、聴かんか~い!!」

 

「セーニャさん、大丈夫ですよ、これくらい」

 

「ダメです!ケガはその時に治しておかないと。宿に着くまで…なんて、我慢してると、思わぬところでやられちゃうんですよ!…ちょっと待っててくださいね?…えい!」

 

 

 

「あぁ…超癒されるぅ…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「なんだよ、ウミュ!し、仕方ないだろ…これはこれで、そういうことなんだから…」

 

「そうですね!私は回復呪文を使えませんから!」

 

ウミュは物凄い剣幕で、オレに怒鳴った。

 

 セーニャさんに怪我を治してもらう度に、こんなことを繰り返している。

 

「ご苦労だった。トドメは城で刺すとしよう」

 

「ふん!偉そうに」

 

ベロニコさんは、相変わらず怖い顔をしてファーリスを睨んだ。

 

 

 

「王子!魔物を縛りつけました。これから、城に運びます」

 

「あ…あぁ、気を付けて帰還せよ!」

 

部下の呼びかけに、ファーリスが答えた。

 

 

 

「王子…あなたはこれでかったの?」

 

その様子を見ながら、ファーリスに問い掛けたのはシルビアだ。

 

 

 

「どういうことだ?」

 

「こんなやり方で名誉を手に入れても…虚しいだけじゃない?」

 

「どんな形であれ、国の安全が守られればいい」

 

「あんなに『かよわい女子』に戦わせておいて、あなたは高みの見物?…それで何も感じないのかしら?」

 

「彼女たちと僕とでは、ポテンシャルもスキルも違う。較べものにはならないさ」

 

「情けないわ」

 

「旅芸人風情に何がわかる?アンタも僕の立場になってみれば、理解できるはずだ」

 

 

 

「…」

 

シルビアは何か言いたそうにしていが、その言葉をグッと飲み込んだようだった。

 

 

 

 

城に戻った一行は、国民総出、万雷の拍手の中、出迎えらえた。

 

「おぉ!よくやった!さすが我が息子よ!」

 

国王も満面の笑みを称え、ファーリスを抱き寄せた。

 

 

 

だが、次の瞬間、予期せねことが起こる。

 

「うわぁ!!」

 

「た、大変だ!!」

 

悲鳴にも似た兵士たちの大きな叫び声。

どうやら魔物を縛っていた縄が解けてしまったようだ。

むっくりとデスコピオンが起き上がる。

弱っているので動きは決して早くないが、その魔物の巨体を見て、集まった人々はたちまちパニックに陥った。

 

 

 

「さぁ、ファーリス。トドメをさしてくるのじゃ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「どうした?何を躊躇っておる。わざわざここまで運ばせたのは、国民に魔物を退治したことを直接見せる為。トドメをさして、サマディーに平和がもたらされたことを、しらしめるのじゃ」

 

 

 

「父上…私には…私にはできません!」

 

 

 

「な、なんと!?」

 

 

 

「全て偽りなのです。乗馬も剣術も…私は何もできないのです。昨日のウマレースも、今日の魔物退治も…全部彼らにやって頂いたことなのです。ですから…私には…私には…」

 

 

 

「あぁ…なんということじゃ…」

 

 

 

「すみません」

 

 

 

「騎士たる者!」

 

親子がそんな会話をしている中、突然大きな声が聴こえてきた。

 

 

 

「し…信念を決して曲げず、国に忠節を尽くす」

 

その言葉に、ファーリスは思わず反応した。

パブロフの犬状態…とでも言おうか。

 

 

 

「騎士たる者!」

 

「どんな逆境にあっても、正々堂々立ち向かう!」

 

「あなたは騎士の国の王子!卑怯者で終わりたくなければ、戦いなさい!!」

 

ファーリスを煽っているのはシルビアだった。

 

 

 

「卑怯者…僕が…」

 

「そうじゃない?見ず知らずの少年少女に魔物退治をさせて、自分の手柄だと振舞おうとした、最低で最弱なダメ王子よ」

 

シルビアの暴露に、国中がざわめきだした。

 

 

 

「卑怯者…僕が…」

 

 

 

…卑怯者…ダメ王子…

 

…逃げちゃ…ダメだ…

 

…逃げちゃダメだ…逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃ…

 

 

 

「ウォー!!!!」

 

 

 

「危ない!!」

 

「あっ!!」

 

 

 

電工石化だった。

闇雲に突っ込んでいったファーリスに、デスコピオンの大きなハサミが振り下ろされる。

誰もが最悪の事態を想定したが。それを救ったのは…シルビアの剣技だった。

 

 

 

「ウミュ…見えたか、今の?」

 

「いえ、私でもその太刀先の軌道がわかりませんでした」

 

ベロニカさんも、セーニャさんもポカ~ンとしていた。

 

 

 

「やればできるじゃない…結果は伴わなかったけど…まずは一歩を踏み出す勇気が大事なのよ」

 

シルビアは、ファーリスの頭を撫でた。

 

「次、戦うときは、目を瞑ったらダメよ!」

 

 

 

「あっ…あっ…あの…ありがとうございます!!」

 

 

 

「あぁ…シルビアさん、なんとお礼を言ったらよいのやら…」

 

父親は、目に涙を浮かべながら、彼に感謝の意を伝えた。

 

「国を治めるのが大変なのはわかるけど、もう少し自分の息子のことも見てあげなきゃ…ね」

 

彼は国王に、そう言ってウインクした。

 

「おっしゃる通りです」

 

「じゃあ、私はこれで…」

 

「あ、いえ…何もお礼をせずにお帰しするわけには…」

 

「いいのよ、そんなこと…ちゃんと『ここに伝わる騎士道精神』さえ守り抜いてくれさえすれば…」

 

「騎士道精神を…ハッ!!…まさか、あなたは…」

 

「しーっ…!!」

 

シルビアは人指し指を立てると、自分の口元の前に当てた。

 

 

 

そして

「ただの、しがいない旅芸人よん…。じゃあ、私はこの辺で。…リサトちゃん、またね!」

と言うと、オレたちの前から煙のように姿を消した。

 

 

 

 

 

「息子から全てを聴きました。なんともはや、お恥ずかしい限りで…」

 

国王はオレたちに平身低頭だ。

 

「それで、父上。お詫びというか、お礼というか…リサトさんたちに虹の枝を差し上げたいのです。なんでもこの方々たちには、とても大切なものなんだそうで…」

 

 

 

「なんと!虹の枝がほしいと申すか!」

 

 

 

「家宝…いや、国宝級の宝だとはわかっているのですが…」

 

「う~む…それは困ったのぅ…」

 

「どうされたのですか」

 

「実は国が財政難に陥っておってな…」

 

「はぁ」

 

 

 

「先日、とある商人に売ってしまったわい」

 

 

 

 

 

「へぇ…そうなんだ…って…」

 

 

 

「えぇ!!虹の枝を売っちゃったのぉ!?」

 

 

 

 

 

~to be continued~

 



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絶体絶命

 

 

 

ウマレースによって潤っていると思われていた、この国の財政状況だが、実はかなり厳しかったようだ。

国王の話によると、オレたちが探し求めている『虹の枝』は、国の資金を得るため『とある商人』に売ってしまったとのこと。

 

 

 

「それで、その商人はどこへ?」

 

「確か…ダーハルーネへ行くと申しておったが…」

 

 

 

…とうことで、オレたちはここから更に西にある街を目指した。

 

 

 

「リサトちゃん!私もお供するわよん」

 

どういうわけか、さっき立ち去ったハズのおネエ…旅芸人のシルビア…がオレたちのパーティーに付いて来た。

 

「ふふふ、ダーハルーネには、私の船があるのよ。これからの旅において、船は必要不可欠じゃない?」

 

コイツにオレの寝込みを襲われないか…という不安はあるが、あの剣捌きを見れば断れない。

ましてや船を持っているなら、尚更だ。

 

「わかったよ。勝手にしてくれ」

 

口ではそう言ってみたものの、戦いにおいては心強い仲間が加わったと思った。

さすがに女子だけのパーティーでは…旅をするだけなら嬉しい限りだが…冒険となれば少し心許ない。

コイツがおネエで…彼女たちに手を出す心配をしなくていい…というのも、オレの中ではポイントが高かった。

 

 

 

砂漠地帯を抜けると、一転して湿地帯となった。

ダーハルーネはその中にある。

街の中に運河がある、いわゆる水の都だ。

まだ魔物の影響は及んでいないのか、人々の暮らしに活気があり、治安もいい。

観光旅行であれば、いつまでも滞在していたくなる…そんな街だ。

 

しかし、のんびりとしているわけにはいかない。

さっそく虹の枝を買った商人を探す為、聴き取り調査を行ったが…残念ながら、既に旅立ったあとだと言う。

 

「チッ!逃げ足の早いヤローだぜ」

 

「別に私たちから逃げてるわけではないと思いますが。むしろ逃げてるのは私たちですし」

 

オレの嘆きに、ウミュが冷静にツッコんだ。

 

 

 

そのあと『突然、声が出亡くなった』という『村長の息子』に出会ったオレたちは、一旦街を出て、この近くにある『霊水の洞窟』へと足を運んだ。

そこにある『さえずりの蜜』を採取してきて渡してあげると、彼の声は無事にもとに戻った。

 

いつかオレも誰かに助けられるかも知れない。

情けは人の為にならず…だ。

 

 

 

「よし、これでこの街には用はなくなった。シルビアさん、船を出してくれ!」

 

「わかったわ。準備してくる」

と彼は快諾した。

 

 

 

ところが…である。

 

 

 

オレたちの前に、デルカダールからの追っ手が現れたのだ。

『ホメロス』という…若くてなかなかのイケメン…と、その部下たちだ。

 

オレはコイツに会ったことがある。

デルカダール城へ初めて出向いたあの日…冷たい視線でオレを一瞥したあと、城を出て行った。

噂によればコイツはその足で…オレの育ったイシの村…を焼き払ったらしい。

 

 

 

…坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い…ってか?…

 

 

 

正直なことを言えば、逃げ回るのは好きじゃない。

いつか、ぶちのめしてやろうと思っていた。

 

 

 

「悪魔の子よ、ようやく見つけたぞ!逃げ回るのはこれまでだ」

 

「オレは悪魔の子じゃねぇ!…っつうの」

 

「いざ!」

 

「返り討ちにしてやるぜ!」

 

 

 

…と言ったものの、今ここにはオレとウミュしかいない。

シルビアは船の出港準備に、ベロニコ&セーニャ姉妹は買い物に出掛けている。

 

 

 

「ウミュ!」

 

「わかってますよ!」

 

 

 

こうしてオレたちは、ここでヤツらと一戦を交えた。

しかし、思ったより部下の数が多い。

 

 

 

「デルカダールの兵力を甘く見ないでほしいな」

 

ヤツは余裕綽々といった感じだ。

 

 

 

「リサトさん…キリがありません…」

 

「チッ!仕方ない…ここは…逃げるが勝ちか…」

 

 

 

「リサトちゃん!助けに来たわよ!」

 

「アンタ、なに遊んでるのよ!」

 

「リサトさんを苛める人は、セーニャのおやつにしちゃうぞ!」

 

 

 

「なに?仲間がいただと」

 

 

 

3人の登場に虚を突かれたホメロス一団。

どうしたものかと、右往左往している。

その間隙を縫ってオレたちはダッシュで逃げた。

 

 

 

「フン!みすみす逃すものか!」

 

ホメロスはオレたちに、エネルギー弾のようなものを放った。

 

 

 

「リサトさん!危ないです!!」

 

「ウミュ!?」

 

 

 

一番後ろを走っていたウミュが、その攻撃に気付くと、身を挺してオレたちを守ったのだった。

 

 

 

「ウミュ!」

 

 

 

「わ、私は大丈夫です!先を急いでください!」

 

 

 

「そうはいくかよ!」

 

 

 

「前回は、梨里さんが車の衝突から私を救ってくださいました。ですから、今回は…」

 

 

 

「そういう話じゃないだろ!」

 

オレは倒れているウミュに駆け寄ろうとした。

 

 

 

「ダメ!リサトちゃん!ここで捕まったら元も子もないわ!ここは一旦、引くわよ」

 

「チッ!」

 

オレはシルビアに引っ張られるようにして、この場から立ち去った。

 

 

 

「卑怯者め!おとなしく出て来い!」

 

本来それは、正義の味方が言うセリフだ。

ヤツに言われる筋合いはない。

しかし、そうかと言って正面切って向かっていくほど、バカじゃない。

オレたちは夜になるまで身を潜めた。

 

 

 

 

 

ウミュは街の端っこにある広場の柱に、ロープで括り付けたれていた。

 

彼女は男装をしているから…そう思って見れば、どうということはないが…女性が縛られている…と考えれば、このシチュエーションは、そこそこエロい。

 

「リサトちゃん、何、興奮してるのよ」

 

オレの頭の中を読んだのか、シルビアはニヤニヤしながらオレに言った。

セーニャさんは気に留めていないようだったが、ベロニコさんは思い切りオレを睨んでる。

 

「べ、別に興奮なんてしてねぇよ…」

 

「わからなくもないけどねぇ。私もリサトちゃんがそうされてたら、同じことを考えてると思うから」

 

「アンタと一緒にするな!」

 

照れ隠しでそう言ったが、この状況でそんなことを考えていた自分が恥ずかくなり、顔が真っ赤になるのがわかった。

 

 

 

「さて、冗談は置いておいて…街の中は、私たちを探すホメロスの部下がうろついてるわ。アイツら1人1人を倒すことは造作もないことだけど…できれば戦闘は避けたいわねぇ」

 

「あぁ…下手に気付かれて、また人海戦術を繰り出されたらラチがあかねぇ」

 

「幸い腕によっぽど自信があるのか…ウミュちゃんの周りには、あのイケメンくんしかいないし…ここは身を隠しながら近づいて、一気に彼を叩きましょ?」

 

「OK!」

 

ベロニコさんもセーニャさんも、その作戦に同意した。

 

 

 

そして、オレたちはルパン三世の如く…屋根から屋根へと飛び移り…あるいは水路の脇を音も立てずにひた走り…ヤツの前へと足を進めた。

 

 

 

「こんばんは。ホメロスちゃん!」

 

「むっ!?ここまで何事もなく辿りつくとは!」

 

「ふふふ…有能な部下を持って、アナタも幸せね!」

 

シルビアはヤツに、皮肉たっぷりの台詞を浴びせた。

 

「フン…あやつらにはハナから期待などしておらぬわ」

 

若い割には、かなり冷静な男だ。

シルビアの挑発には乗らない。

 

 

 

…精神的な揺さぶりは利かない…ってことか…

 

 

 

「それなら、実力で勝負するまでよ!ベロニカさん、セーニャさん、後方支援をお願いね」

 

「任せなさい!」

 

「ちゅん、ちゅん!」

 

 

 

シルビアはムチを手にしている。

 

「剣じゃないのか?」

 

「ふふふ…私はね、こっちの方が性に合ってるの!」

 

 

 

…なんとなくわかるような気がする…

 

…おネエでドSか…

 

 

 

プライベートでは絶対に付き合いたくない人だ。

 

 

 

ホメロスは両手に剣を構えた。

二刀流だ。

…とはいえ相手は同じ人間。

モンスターではない。

こっちは4人、相手は1人。

それを考えれば「楽勝でしょ」と思ったが…敵さんもなかなか強い強い。

剣術もさることながら、呪術もそこそこ使えるらしく、攻守のバランスがいい。

オレたち4人に、平均的にダメージを与えてくる。

 

 

 

「セーニャさんがやられたら、こっちは終わりだ。ベロニコさん、頼みます!」

 

「わかってるわよ!こっちはいいから、サッサとやっつけなさいよ!!」

 

「さすが、デルカダールの『二大将軍』だけあるわね…でも…なんだかんだ言って、すべてにおいて『グレイグちゃん』の方が上かしら」

 

 

「グレイグのことを知っているのか!貴様…何者だ!?」

 

「言わなかったかしら?ただのしがない旅芸人よん」

 

 

 

…いや、言ってない…

 

 

 

「そうであるなら、なぜ悪魔の子に与(くみ)する?」

 

「さぁ、どうしてかしら?少なくとも私には…イシの村を焼き払う…なんて所業に出るホメロスちゃんの方が悪人に見えるんだけど」

 

「ぬかせ!」

 

 

 

…そうだ…

 

…コイツがオレの故郷…イシの村…を焼き払ったんだったっけ…

 

 

 

そう思ったとたん、オレの集中力が上がった。

全ての感覚が研ぎ澄まされていく気がした。

 

そして、このタイミングを逃しちゃいけない。

そう思った。

 

 

 

「くらえぇ!!」

 

オレは勢いよく飛び込み、思い切り剣を振り降ろした。

 

 

 

ズバババッ!

 

 

 

文字にするとメチャクチャチープな擬音だが、手応えは完璧だった。

会心の一撃ってヤツだ。

 

 

 

「ぐっ…うぅ…」

 

ホメロスは片膝をついたあと、ゆっくりと倒れた。

 

 

 

「勝負あり!ってとこね…。リサトちゃん、凄いじゃな~い」

 

 

 

「…はぁ…はぁ…なんだ、今のは感覚は…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「サッカーをしている時、ごくごくたまにこういうことが起きるんだけど…すべてが止まって見えるというかなんていうか…」

 

「いわゆる『ゾーン』に入ったのね?」

 

「ゾーン?…あぁ、そうかも知れねぇ…」

 

「パーティーの中で、複数の人が同時にゾーンに入ると、連携技が出やすくなるのよ」

 

「へぇ…なるほど…」

 

 

 

「リサトさん、シルビアさん!ウミュさんの縄を解(ほど)きました」

とセーニャさん。

 

「大丈夫か?」

 

「ウミュさんにも、ベホイミを唱えておきましたよ」

 

「はい、お陰さまで、私は平気です」

 

「よし!じゃあ、とっととこの場から立ち去ろうぜ!」

 

 

 

「ハハハハ…そう簡単に逃がすものか…」

 

よろよろと起き上がったホメロス。

もう戦闘能力は残されていないようだが、この後に及んでまだ抵抗しようというのか…。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「リサト!マズイかも…」

 

ベロニコさんが叫ぶ。

 

 

 

「うおっ!…これは確かに…」

 

 

 

ホメロスと戦っている間、役立たずの部下たちがオレたちを包囲していたのだ。

 

「デルカダールの兵力を甘くみないでほしい…そう言ったであろう」

 

ホメロスが高笑いをする。

 

 

 

「枯れ木も山の賑わい…か…」

 

「リサトさん、いくら私たちでも…この人数は…」

 

 

 

四面楚歌。

絶体絶命。

 

 

 

さて、このピンチ…どうやって切り抜けようか…。

 

 

 

 

~to be continued~

 



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次なる目標

 

 

 

オレたちの前には、戦闘能力を失ったホメロスがいる。

だが、ヤツだけじゃない。

さらにデルカダールの雑魚兵士が、四方八方、オレたちを取り囲んでいる。

ひとりひとりを倒すなら大したことはないが、何せ数が多い。

そして、今いるところは街の端っこ。

三方を海で囲まれている。

 

 

 

「逃げるが勝ち…って訳にもいかなそうだな…」

 

「大丈夫!私に任せて!」

 

「シルビア!?」

 

「私がカウントダウンしたら、一気にあっちに走るわよ」

とホメロスに向かって左方向に視線を送る。

 

「敵がいるじやない」

 

「違うわベロニコちゃん。目標はその先よ!」

 

「海ですか?」

とウミュ。

 

「正解!」

 

「勝算は?」

 

「もちろん、アリよ!走りながら、アイツらに一斉攻撃を仕掛けるの。道が開けたところで海に向かってジャンプよ!」

 

「ちょっと待ってよ!アタシは泳げないわよ!」

 

「私もです…」

 

 

 

…ベロニコさんとセーニャさんはカナヅチなのか…

 

 

 

「大丈夫、私を信じて!」

 

「どのみち、このままじゃ捕まるだけだ。やるしかねぇ…」

 

「はい!今は信じましょう!」

 

「…仕方ないわね…」

 

「ちゅんちゅん!」

 

 

 

「じゃあ、行くわよ!3…2…1…0!」

 

 

 

うぉ~

 

 

 

ウミュがブーメランを投げる。

ベロニコさんも攻撃呪文を唱える。

シルビアが左右にムチを振る。

 

デルカダールの雑魚たちが『モーゼの十戒』の如く、左右に割れた。

 

 

 

…道が開けた!…

 

 

 

オレはセーニャさんの手を引き、その中を走り抜けた。

 

 

 

「翔ぶぞっ!!」

 

 

 

オレたちは海に向かってジャンプした。

 

 

 

そのあと聴いた音は「ドッボ~ン」ではなく「ドサッ!」だった。

 

 

 

「…?…」

 

「あいたたた…」

 

「ハッ!…これは?…」

 

「お船?」

 

 

 

「間一髪!ってとこかしら?」

 

 

 

飛び込んだ先は、船の甲板だった。

 

 

 

「どう?なかなかのものでしょ?」

 

シルビアは鼻高々に自慢する。

 

「あぁ…」

 

クルーザー…漁船…いやちょっとした客船くらいあるか。

想像以上にデカイ船だ。

 

 

 

「あ、そうそう、紹介するわ。こちらが、この船の航海士…アリスちゃん」

 

「よろしくお願いするでやんす」

 

シルビアが連れてきた航海士は…名前からはおよそ想像もつかない、筋骨隆々の大男だった。

顔にピンク色のマスクを被っている為、年齢は不詳だ。

だが雰囲気からして、オレたちより相当上であることはわかる。

決して若くはない。

唯一アリスという『名前らしさ』を表しているのが、ピンクのマスクだが…早い話、ヘビー級の覆面レスラーという表現がピッタリだ。

 

 

 

「あぁ、よろしく…」

 

オッサンか!…っとツッコミたいところであったが…こういうときは、どうリアクションしたらよいものか。

 

 

 

「それじゃあ~ホメロスちゃ~ん!ま~たねぇ~!」

 

シルビアは遠ざかるダーハルーネの街を見ながら、大きな声で叫んだ。

船のスピードはグングンあがり、ホメロスの表情はもうわからないが、さぞ悔しい顔をしていることだろう。

 

 

 

 

 

しかし、一難去ってまた一難。

 

 

 

 

 

沖に出る前に、巨大イカが襲ってきた。

今のオレたちで、どうこうできる大きさじゃない。

 

 

 

…ここまでか…

 

 

 

だが、捨てる神あれば拾う神あり。

その巨大イカを取り囲むように、何隻もの船が集まり、大砲を撃ち放ち、ヤツを水中へと沈めた。

 

 

 

「アンタは…」

 

その一団を率いていたのは、ダーハルーネの町長。

彼は当初「悪魔の子とは、関わるつもりはない」とオレたちとの接触を避け、虹の枝の情報入手に非協力的だったのだ。

 

「『私の息子』の声を治して頂いたお礼です。リサトさんが悪魔の子だと思っていたのですが、今回の騒動で、それが間違っていたことがわかりました」

 

「いいの?デルカダールを敵に回すことになるわよ?」

 

「シルビアさん、大丈夫です。私は私の信念に置いて自分の街を守りますよ。では、みなさん…」

 

彼はそう言って、街へと戻って行った。

まさに、情けは人の為にあらず…ってことだ。

 

 

 

「さて、アリスちゃん、私たちは…どこに向かうのかしら?」

 

「おいおい、ノープランかよ!」

 

「いえ、まずはバンデルフォン地方に向かうでやんす」

 

「バンデルフォン地方?」

 

「虹の枝を持った商人は、そちらに向かったと聴いているでやんす」

 

「それは確かなのか?」

 

「はい、アッシに任せるでやんす」

 

人は見た目じゃない…というが、このアリスという男もなかなか曲者(くせもの)らしい。

ただの大男、ただの航海士ではないようだ。

 

「あぁ、じゃあ…よろしく頼むぜ…」

 

 

 

「それにしても、アンタ、大きい船を持ってるのね…」

 

ベロニコさんは、あちらこちらと歩き回り、物珍しそうにあれこれと眺めている。

 

「ふふふ…」

 

シルビアはそれに答えずに、ただ笑っただけだった。

 

 

 

…普通の旅芸人でないことはわかっていたが…

 

…一体、何者なんだ…

 

 

コイツに対する謎が、更に深まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?ここは?」

 

「ソルティコの街でやんす」

 

「ここが目的地?」

 

「いえ…しかし長い航海になりますので、諸々補給が必要なんでやんす」

 

「あぁ、そう…」

 

「ここはカジノで有名な海辺のリゾート地なのよ。少しの間、街を堪能すればいいわ」

 

「シルビアさん、私たちは遊んでいるヒマはないのですが…」

 

「あら、ウミュちゃん…少しは骨休みも必要よ」

 

「ですが…」

 

「まぁまぁ、ウミュ…アンタは頭が堅すぎるのよ。リラックスする時はリラックスしないと」

 

「ウミュさん、ほらほら、この中でポーカーが出来るよ!」

 

「こと…いえ、セーニャさん!私はトランプは嫌いです!」

 

「あ、そうだったね…」

 

 

 

…ん?…

 

…ウミュはトランプが嫌いなんだ…

 

…知らなかった…

 

 

 

「じゃあ、スロットマシーンは?」

 

「はい!やりましょう!」

 

ウミュは即答した。

 

 

 

「ちょっと、こと…じゃなかった、セーニャ!…うみ…じゃなかった…ウミュって意外に熱くなるタイプだから、ギャンブルをやらせるのは危険じゃない?下手したらスッカラカンになるわよ」

 

「そ、そうかな…たぶん大丈夫だと思うけど…ね?」

 

 

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

 

「ん?」

 

セーニャさんは、何も言わずにニコニコ笑っていた。

 

 

 

「あ、オレはちょっと、散歩してくるわ」

 

「はい、では…またあとで…」

 

「おう…」

 

 

 

オレはグルッと街を廻ってみた。

そして幾つかの情報を得た。

 

虹の枝を持った商人は、実はこの地を訪れていた。

なんでも、近々大金が入る可能性があるとのことで、別荘を見に来たんだそうな。

しかし、既にバンデルフォン地方に向かってしまったらしい。

 

アリスの情報通りだった。

 

それを教えてくれたのは、この街の名士に仕える『執事』だ。

その名士…『ジエーゴ』…は騎士道精神を重んじる実力者らしく、住民の信頼も厚い。

残念ながら、オレがその家を訪ねたとき、その本人は出掛けていて不在で…代わりに対応してくれたのが執事だった…というわけだ。

 

 

 

…だけど、意外とそういうやつ程、裏で何をしてるかわからないもんだぜ…

 

 

 

それが関係しているかどうかは定かではないが、その息子…『ゴリアテ』…が行方不明であるという話も聴いた。。

なんとなく、この息子が、この旅の鍵を握ってるんじゃないか…そんな気がした。

あとでシルビアに訊いてみるとしよう。

 

浜辺にいた老人に話し掛けたら「バニーガールの衣装を着たピチピチの美女を連れてきたら、お礼あげる」と言われた。

そんな物、どこで手には入るんだ?

 

 

 

…ウミュは破廉恥だ!て言って着てくれなさそうだし…

 

…ベロニコさんは…可愛いけど、美女とは言いがたいし…

 

 

 

…セーニャさんにお願いするしか…

 

 

 

…セーニャさんのバニー姿か…

 

…これは是が非でも手に入れないと!…

 

 

 

オレの旅の、新な目標ができた。

 

 

 

そして、もうひとつ。

 

この街の遥か北に『メダ女』と呼ばれる学校があるとの情報も得た。

なんでも、旅の途中で見付けた『小さなメダル』を持っていくと、数に応じて色々な景品に交換してくれるらしい。

そういえば、オレも十数枚持っている。

武器や防具が強化されるなら、寄らない理由はないだろう。

 

 

 

そんなこんなで、取り合えず、オレは情報収集を終えたのだった。

 

 

 

 

 

~to be continued~



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英雄四天王

 

 

 

「…で、カジノはどうだった?」

 

「アタシは微増ってとこかしら」

とベロニコさん。

 

口調が粗っぽいから、一見大雑把そうな感じがするが、実際は凄く堅実な人だと、一緒に旅をしていてわかった。

だから、微増と聴いたときは、なるほどな…と思った。

大博打はしない…そんなタイプだ。

コツコツと勝ちを重ねた結果…というとこだろうか。

 

 

 

「私はちゅんちゅんかな?」

とセーニャさん。

 

「ちゅんちゅん?」

 

「トントン…ってこと」

 

ベロニコさんがフォローしてくれた。

 

「あ…トントンね…」

とオレは言ったが、その言葉を額面通りには受け取っていない。

結構勝ったな…そう思ってる。

何故かと言えば…セーニャさんは、決して『そう』であったとしても自慢するような人じゃないからだ。

ちょっと天然で、ときたまポゥッとしてて、このパーティーの中じゃ圧倒的に守ってあげたい人。

実際は彼女に助けてもらってるんだけど。

しかし…戦闘中でも感じるのだが…わりと「えい!いっちゃえ!」みたいなところがあって、ノリがいいと言うか…その場の勢いに任せるタイプだったりする。

それでも、あまり大ケガをせず…むしろ結果がいい方に出るというのは、この人の持ってる星…天性の運のようなものがあるのかも知れない。

 

 

 

「…でウミュは?」

 

 

 

「…」

 

 

 

顔を見れば、答えは聴かずもがな…。

つまり…そういうことらしい。

 

 

 

「だから、アンタは勝負事に熱くなり過ぎなのよ!勝つまで止めない…って悪い癖、治した方がいいわよ」

 

「…最後のゲームは、勝てると思ったのですが…」

 

「それで何回失敗してるのよ!」

 

ベロニコさんは、ウミュのことを昔から知ってるかのように、そう叱った。

ウミュは普段『石橋を叩いても渡らない』ほど慎重なくせに、一度、勝ち負けに拘りだすと、見境がなくなるらしい。

 

「新婚旅行…ラスベガスだけはやめといた方がいいわよ…」

 

ベロニコさんが、そっとオレに耳打をした。

 

 

そういえば…ウミュが『こっちの世界』で盗賊をやってるのか…なぜ、あそこで捕まっていたのか…まだオレは聴かされていない。

ベロニコさんの言う通り、ギャンブルに嵌まり『貧すれば鈍する』とでもなったのか?

確か「神の導き」というようなことを言っていたが…。

 

 

 

…まぁ、いずれわかるんだろうけど…

 

 

 

三者三様、悲喜交交(ひきこもごも)…。

それぞれ、思いおもいに休息を取り終え、オレたちは再び船に乗り込んだ。

目指すは虹の枝を持った商人が向かったという、バンデルフォン地方だ。

 

 

 

「さあ、じゃあ、旅の再開ね!」

 

「そういえば、シルビア…アンタ、船から降りてないんじゃないか?街の中では見かけなかったけど」

 

「私?私は…実はこの街には何度も来たことがあって…」

 

「へぇ…」

 

「だから、少し飽きちゃってて…船でゆっくりとさせてもらったわ」

 

「でも船にいるより、外の方が休めるだろ?メシもなかなかうまかったぜ」

 

「う、うん…まぁ、私のことはどうでもいいじゃない…。それより、これから先、少し長い航海になるから、気合い入れていくわよ!」

 

「お、おう…」

 

コイツがこの街と深い関わりがあったことを知るのは、随分あとになってからで…まだ、この時は今の言葉がどういう意味なのか、知る由(よし)もなかった。

 

 

 

 

船は何度か魔物に遭遇しながらも順調に進み、無事バンデルフォン地方へと辿り着いた。

 

「では、姉さん、アッシはここで…」

 

「うん、留守番を頼むわ」

 

シルビアはアリスから『姉さん』と呼ばれている。

マスクをしている為、年齢は定かじゃないが、それでも彼は、明らかにシルビアより上のハズだ。

だが、主従関係からすれば、アリスの方が下にいる。

 

 

 

…この2人に何があったのだろう…

 

 

 

ウミュ…シルビア…アリス…。

 

謎が謎を呼ぶ。

 

 

 

そのアリスは、オレたちとは同行せず、船に残るようだ。

外観だけなら、相当強そうだ。

肉弾戦なら無類のパワーを発揮するハズだ。

しかし、彼から闘気のようなものは感じられない。

海上で魔物に遭遇しても、戦闘には加わらず、冷静に戦況を見つめ、舵を切っている。

ある意味、プロフェッショナルだといえば、その通りなのだが。

 

 

…実は見かけ倒しなのだろうか…

 

 

そんな疑問すら湧く。

 

 

 

それはさておき…船から上陸したオレたちは、この地方で唯一、人が行き交う…『ネルセンの宿屋』…で一休みすることにした。

そこで得た情報によると『ネルセン』というのは、遥か昔『勇者のローシュ』『賢者のセニカ』『魔導師のウラノス』と共に『邪神』を討伐した戦士の名前なんだそうだ。

 

「ふ~ん、英雄四天王って感じかな?」

 

「そしてアタシたちが、そのセニカの生まれ変わり…ってワケ!」

 

「えっ?」

 

「あら、言わなかったっけ?アタシたちは双賢の姉妹って呼ばれてて、彼女の生まれ変わりだ…って言われてること…」

 

「いや、オレを守るのが使命とは聴いてましたが…そこまでは詳しくは…」

 

「なるほど、そういうことですか…。では、もしかしてセーニャとベロニコという名前は…」

 

「ウミュさん、正解!セニカさんから取った…って言われてるんだ」

 

「つまり、アンタを守る使命がある!ってことは、そういうことなの。わかった?」

 

「あ、はい…」

 

 

 

…この地で、そんな話を聴かされるとは思ってもみなかった…

 

…そんなんだ…

 

…そんな古(いにしえ)の時代から…

 

 

 

因みに…今は跡形もなくなってしまっているが…かつてここには『バンデルフォン』という花の都と呼ばれた美しい『王国』があったらしい。

それを建国したのが、ネルセンというわけだ。

かなり大きな王国だったようだが、十数年前に、魔物によって滅ぼされてしまったのだとか。

 

「何か、闇の力を封じるアイテムがあるかもしれない」と、跡地を訪れたが、まるで成果はなかった。

建物は朽ち果て、見る影もない。

足元はぬかるみ、所々異臭を放っている。

「触らない方がいいわ、それは猛毒よ」とシルビアが教えてくれた。

これでは『遺跡として観光地化する』のも難しい状況だ。

 

しかも最近は、夜な夜な『アンデッドマン』という魔物がうろついてるらしい。

ネルセンの宿屋にいた神父から「彼を安らかな眠りにつかせてほしい」を受けたオレたちは、夜になるのを待って、跡地へと出掛けた。

 

 

 

待つこと数分。

 

 

 

「リサトちゃん、現れたわよ!」

 

「アイツが…」

 

この世にどれだけの未練があるのか…死んでも死にきれない魂の成れの果て…。

そんなところか…。

 

「リサトちゃん、ただ倒すだけじゃダメだと神父さんが言ってたわ。確か…セーニャちゃんとの連携じゃないと」

 

「あぁ、わかってるって!…セーニャさん、準備は?」

 

「はい、できてますよ!」

 

「よし!行くぜ!」

 

 

 

「『聖なる祈り』」

 

 

 

…成仏しろよ…

 

 

 

オレたちは、ヤツが「…ありがとう…」と言って消えていったように見えた。

 

 

 

 

「私たちも、いずれ、ああなるのかしら」

 

「さぁ…今は死んだあとのことなんて、考えたくもないけどね」

 

「今をどう生きるか…が先決ですから」

 

ウミュは、オレの言葉に頷きながらそう言った。

 

「確かに、その通りね…」

 

シルビアも、首を縦に振った。

 

 

 

 

 

翌朝、オレたちはここから北にある『ユグノア地方』の『グロッタの街』へと向かうことにした。

その地方にも、かつて王国があったようだが…今はここと同様に滅びてしまっている。

従ってバンデルフォン、ユグノア地方の中で、唯一栄えているのが、この街だと言っていい。

 

そして今いるネルセンの宿屋は…そこへ向かう中継地点…そんなところ。

だがここには、虹の枝を持つ商人はいなかった。

ならば…ヤツが向かった先は、そこしかない!…そういうことだ。

 

 

 

こうしてオレたちは、遥か遠くの北の街を目指して、ここを出発した。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 



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アイテム発見!

 

 

 

「ここが『グロッタの街』?…まるで要塞だな…」

 

「バンデルフォンも、このユグノアも、魔物によって王国が滅ぼされたと聴きました。ですから…外敵から守るため、必然的にこのような強固で高い外壁を築いたのではないかと…」

 

「ウミュちゃんに全部言われちゃったわ」

 

「あ…すみません」

 

「ううん…。でも、もうひとつだけ付け加えると…ここはその意識が特化した街なのよ」

 

「その意識が特化した街…ですか?」

 

「世界中の腕自慢が集まる街なの」

 

「どういうことだ?」

 

「ふふふ…入ってみればわかるわ」

 

シルビアは不敵な笑いを浮かべながら、街の中に入っていった。

 

 

 

門をくぐると、まず目に付くのが、どデカイ銅像だ。

 

 

 

…ん?…

 

…コイツ…

 

…見たことがあるぞ…

 

 

 

「あれは?…」

 

「デルカダールの二大英雄…ホメロスちゃんと並び称される『グレイグ』ちゃんよ!」

 

 

 

…やっばり、あの城で見たヤツか…

 

 

 

シルビアは『ちゃん付け』で呼んだが、ホメロスとは違い、あごヒゲを蓄えた、そこそこのオッサンだ。

 

「なかなかシブいでしょ?」

 

 

 

…アリスといい、このグレイグといい…

 

…シルビアはこういうヤツらが趣味なのか?

 

 

 

「一本スジの通った、昔気質の騎士で、ユグノアを襲った魔物を蹴散らして王を救ったことから、この街では英雄って讃えられてるの」

 

「シルビアさん、随分、詳しいのですね」

 

「あら、やだ、ウミュちゃん…ネルセンの宿屋で聴いた話よ…」

 

「…そんな奴が、デルカダール王の手下?」

 

「リサトちゃんは勘違いしてるかもしれないけど…デルカダールの国王も、悪い人じゃないの。それは国の繁栄を見てもわかるでしょ?」

 

「では、何故リサトさんを悪魔の子などと…」

 

「そこが最大の謎なのよね…。何か心変わりがあったんじゃないかと思うんだけど…」

 

「その誤解を解くことが、この旅の目的のひとつ…」

 

「そういうこと!」

 

 

 

「ねぇねぇ、リサト!こんなの配ってたんだけど…」

とベロニコさんが、チラシを持ってきた。

 

 

 

「『仮面武闘会』?」

 

 

 

「そう、それがこの街の最大の『ウリ』なのよ!」

 

「すまん、シルビア…話が見えない…」

 

「つまり、街全体が魔物から逃れるため、強さを求めていくうちに…世界中から腕っぷしの強い者たちが集まってきた…ってワケ」

 

「へぇ…」

 

「そうこうしてるうちに、開催されるようになったのが…」

 

「この仮面武闘会?」

 

うん、うん…とシルビアは頷いた。

 

 

 

…なるほど…

 

…つまり、ドラゴンボールに出てきた『天下一武道会』みたいなものか?…

 

 

 

「『仮面』ってあるけど?」

 

「これは私の推測だけど…その昔は荒くれ者たちも多く参加してたみたいだし、素性を隠したい人も多かったんじゃないかと思うの。その名残じゃないかしら?今は逆に自分をアピールして、存在価値を高めよう!って人たちばかりだから、顔を隠す必要はないんだけどね…」

 

「ふ~ん…」

 

「まぁ、仮面を被ることによって、普段とは違う自分になれるって効果もあるんじゃない?」

 

「あぁ、それはあるかも…」

 

 

 

オレたちがそんな話をしていると

「リサトさん!あれぇ!」

とセーニャさんが叫んだ。

 

 

 

「どうしました?…あっ!…」

 

 

 

「虹の枝!?」

 

セーニャさんが指差したその先…とある建物のディスプレイ…に探し求めていたものが飾られていた。

『仮面武闘会 優勝賞品』と書いてある。

 

 

 

「優勝賞品が…」

 

「虹の枝…」

 

 

 

「こんな形で遭遇するとはね…」

 

ベロニコさんは驚いた…というよりは呆れた…といった表情をしている。

それはそうだ。

世界を救う重要なアイテムが、それとはまったく関係のない、不特定多数の誰かの手に渡る状況にあるのだ。

利用方法を知らない人間のコレクションとなれば、一生お蔵入りである。

二度と世に出てこないだろう。

 

 

「商人が売ったのでしょうか?」

 

「もしくは、この賞品にすることが元々の目的だったか…」

 

「どっちでもいいけど…ってことは、この流れからすると…オレがそれに出場して優勝しろ…ってことだな」

 

「そうなるわね」

 

「でも、リサトさん…1人じゃ出場できないみたい…」

とセーニャさんがチラシを見せる。

 

「『タッグマッチ』?…2人ってことか…」

 

 

 

…って、言ってもなぁ…

 

…ベロニコさんとセーニャさん…ってワケにもいかないし…

 

…ウミュも、接近戦はそれほど得意じゃないし…

 

 

 

…じゃあ、シルビアと…か…

 

…こんな時、アリスなんかは力になりそうなんだけどなぁ…

 

 

 

「リサトちゃん!『ペアはくじ引きによって決定』って書いてあるわよ」

 

「くじ引き?」

 

「エントリーした参加者を、ランダムに組み合わせる…ってことね」

 

「つまり、優勝できるかどうかは、相方次第…ってことか…」

 

「ふふふ…なかなか面白いじゃない!」

 

「ん?アンタも出るつもり?」

 

「当たり前じゃない!運が良ければ、リサトちゃんとペアになるかも知れないでしょ?」

 

「それはそうだけど…」

 

 

 

…そうじゃなければ、敵として闘うことになるかも…

 

 

 

「リサト、もうひとつ気が付いたことがあるんだけど…」

 

「なんですか?ベロニコさん」

 

「2位の賞品…」

 

「ニコちゃん、これって…オーブ?」

 

「間違いないわ。『イエローオーブ』よ!…まさか、こんなところにあるはねぇ…」

 

本日、2度目のセリフだ。

 

 

 

『6色のオーブ』という神器は、世界を救う『命の大樹』に辿り着く、重要なアイテムだ。

 

言い忘れていたが…そのうちのひとつ…『レッドオーブ』…をウミュが持っている。

当時はその利用方法まではわからなかったらしいが、ウミュが言う『神のお告げ』により、デルカダールに備えられていた『秘宝』を盗み出したんだとか。

それがバレて投獄されていたのだが「オーブをどこに隠したか」は吐かなかったらしい。

そのあとオレと出会い、脱獄して…『紆余曲折』はあったものの、今、それは手元にある。

 

もちろん、その紆余曲折にはオレも関わっていて…ウミュに頼まれてオーブの回収は手伝ったものの、それまでの経緯については詳しく知らされてなかった。

その真相…投獄されていた理由…は、ネルセンの宿屋からここに向かう途中で、初めて聴かされたのだ。

 

 

 

「2つ目がここに?…これで虹の枝と併せて…一挙両得ってヤツだ」

 

「…違うわ、リサト…問題発生よ…」

 

「ベロニコさん?」

 

「両方を手に入れる為には、2チームが決勝に残る必要があるってこと」

 

「そうですね…」

 

「あっ!なるほど…そういうことか…。こりゃあ、なかなか難儀な挑戦…ってことになりそうだぜ…」

 

ようやく見つけたアイテムを目の前にして、オレたちは高い壁にぶち当たった。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 



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モテ期到来?

 

 

オレはグロッタの街で『仮面武闘会』に参加することになった。

目指すは賞品の『虹の枝』もしくは『イエローオーブ』だ。

 

 

「じゃあ、少なくとも、この街にいる何人かは、この大会に出場するってことか…。どんなヤツがいるか、ちょっと散策してみようぜ」

 

すると早速、オレたちに声を掛けてくる者が現れた。

身なりからして街の住人らしい。

 

「やぁ、あなた方もこの大会に参加するのですか?」

 

「全員じゃないけどね…」

 

「初めてですか?」

 

「あ、あぁ…」

 

「なら『ハンフリー』さんと一緒になれたらいいですね!」

 

「ハンフリー?」

 

「おや、ご存知ありませんか?前回の優勝者ですよ。この街の孤児院に働く『気は優しくて力持ち』を絵に描いたような人物です。よっぽど弱いパートナーと組まない限り、連覇は間違いありませんね」

 

「そんなに強いんだ」

 

「一昨年までは、その優しさが災いして、いまひとつ力が発揮できなかったのですが、昨年は見違えるほど強くなりましてねぇ…」

 

「へぇ…」

 

「この街の誇りですよ」

 

彼は『さも自分のことのように』自慢気に語った。

 

 

 

…ハンフリーねぇ…

 

…覚えておくか…

 

 

 

「おや?あなた方も私にサインを求めに?」

 

次に話しかけてきたのは、モデルのようなルックスの若者。

オレほどじゃないが、なかなかのイケメンだ。

 

「サイン?」

 

「マスクをしてない時はプライベートな時間だから、困るんだよねぇ!まぁ、どうしても…っていうならしてあげてもいいけど」

 

「はぁ?アンタ、なに言ってるの?」

とベロニコさん。

 

「でも、ちょっとアイドルモードの時のニコちゃんっぽいかも…」

とセーニャさんは笑った。

 

「えっ?違うんですか?…もしかして大会の参加者?」

 

イケメンは気を取り直して…といった感じでオレたちに訊いた。

 

「全員じゃないけどね」

 

「これは失礼しました!」

 

「アンタも参加するのか?」

 

「はい!」

 

「ふ~ん…」

 

「あ、いえ…サイン云々は忘れてください!パートナーはくじ引きで決まるので、見ず知らずの人と組むこともあるわけじゃないですか。ですから、積極的に話し掛けて、情報収集してるんです。当日『初めまして!』よりは、ちょっとでも顔馴染みの方が、闘い易いですからね」

と、どう見ても取り繕ったように言った。

 

 

 

…でも、それは一理あるな…

 

 

 

「もし、一緒に組むことになったら、よろしくお願いしますよ」

 

「あぁ…こちらこそ、よろしく」

 

最初のナルシストぶりからは想像つかない、意外と礼儀正しい青年だった。

ただし、強そうかと言われれば疑問符が付く。

 

 

 

…コイツはハンフリーではないな…

 

 

 

直感的にそう思った。

 

 

 

ところが期せずして、その人物と出会うことになる。

「ハンフリー、今年はお前の好きにはさせねぇ!」と言う声が聴こえてきたからだ。

その声のする方へ歩いて行ってみると、大男が3人いた。

2人はヒール、1人はベビーフェイスという感じである。

これがWWEというアメリカのプロレスなら、こんな街中でも乱闘が始まるところだが…さすがにそうはならなった。

 

「まぁ、どっちが強いかは、明日になればわかることだがな」

とヒールのひとり。

大会前だと言うのに、すでにツノの付いたマスクを被っている。

 

「べろべろべろ~ん!!お前なんか、やっつけちゃうからねぇ!!」

ともうひとりは、舌を出しながら挑発をする。

アゴのあたりから、ヨダレが滴り落ちているのを見て、オレの背筋が一気に寒くなった

 

「残念ながら、優勝を譲る気はない。例え、お前たちが束で掛かってきてもな」

と言ったのはベビーフェイス。

つまり、コイツがハンフリーというわけだ。

 

「おっと、これ以上は旅人の邪魔になる。続きは明日…ということにしないか」

とハンフリーはオレたちに気付き、中断を提案した。

 

「あぁ、もちろんだ。言い争いをしても、どうにもなんねぇからな」

 

「べろべろ~ん」

 

そう言って3人は別れていった。

 

 

 

「どうやら、あの人がハンフリーさんのようですね」

 

「みたいだな」

 

「思った以上に紳士な感じですね?」

 

「気は優しくて力持ち…ってさっき街の住民が言ってたからな」

 

「ねぇ…でも不思議じゃない?残りの2人だって、くじの結果次第で、アイツと組むことだってあるんでしょ?それが必ず戦うみたいになってなかった?」

 

ベロニコさんの言う通りだ。

 

「ある程度、レベル分けみたいなのがされてて、強い人同士が組まないようになってるんじゃないかしら?」

 

「あぁ、それなら納得できる。サッカーのワールドカップでも、組分けする時はそうだもんな。FIFAランキングを元に強豪国が一緒にならないようにしたり…地域が被らないように…とかするしな」

 

「へぇ…」

 

「そういえば3人とも、結構強そうだったもんね」

 

「う~ん、でも、セーニャさん…ツノマスクはいいとしても、ベロ男とは一緒になりたくないなぁ…。敵としても当たりたくないけど」

 

「そういうことを言うと、一緒になったりするのよ」

 

「いやいや、ベロニコさん…それはいくらなんでも、いくらなんでも、勘弁してください…」

 

オレがそう言うと、ふふふ…とカミュたちが笑った。

 

 

 

「もしかして、お兄さんたちも大会に参加するのかしら?」

 

 

 

「えっ?」

 

その話しかけられた声が、あまりに思いがけないものだったので、オレは自分の耳を疑った。

それは少し気だるさの漂う、妖艶な女性の声だった。

 

そして、その声の主の姿を見て

「うぉっ!!」

と再びオレは驚く。

 

そこにいたのは…屋外にあるカウンターバーで酒を飲んでいた、2人の美女だった。

 

 

 

「なんて破廉恥な格好をしているのですか!」

 

オレの気持ちをウミュが代弁してくれた。

もっとも、オレは怒ってはいないのだが。

 

 

 

彼女たちは『異常なほど露出度の高い格好』をしていた。

しかし水商売の人たちでないことは、ひと目でわかる。

なぜなら身に纏っているのが『武具』だったからだ。

 

ひとりはショートボブの…いわゆる巨乳。

もうひとりはロングヘアの…スラッとスリムな美女だ。

後者はどことなくイシの村に残してきたアヤノに雰囲気が似てる。

それだけにこの格好は、相当オレを焦らせた。

 

 

 

ウミュやセーニャさんたちの目を気にしながら、なるべく平静を保っている風に

「あ、あぁ…参加するけど…」

と答えた。

 

 

 

「そちらのお兄さんは?」

 

 

 

「わ、私ですか?い、いえ…私は…」

 

忘れているかもしれないが、ウミュは男装している。

彼女たちからすれば、見た目は『彼』なのだ。

 

 

 

「あら、残念ねぇ」

とショートボブは甘ったるい声でそう言った。

 

 

 

「あ、あの…あなた方は?」

とオレ。

 

 

 

「私たちは、この街を拠点に活動してる武闘家よ」

 

「あぁ…日々、ここに集まる男どもと腕試しをして、自己研鑽に励んでいるだ」

 

ロングヘアの方は、すこし男っぽい喋り方をした。

シルビアとは(いい意味で)別の中性的な雰囲気を醸している。

 

 

 

「武闘家?」

 

 

 

「私の名前は『ビビアンジュ』…よろしくね、お兄さん!」

 

「私は『サイエレナ』だ」

 

 

 

…ん?…

 

…びび…あんじゅ?…

 

…さい…えりな?…

 

 

 

…おぉ!!どこかで見たことがあると思えば…

 

…A-RISEの『優木あんじゅ』と『統堂英玲奈』じゃないか!!…

 

 

 

「こんなところで登場するとはね…」

 

ベロニコさんは、本日何回目かの台詞を吐いた。

 

続けて

「ビビ…の方は、絵里か真姫が出てくるかと思ったけど…違ったのね」

とも言った。

 

「それは、にこちゃんも含めて3人いないと『BiBi』にならじゃないかな?」

とセーニャさん。

 

「それはそうね…」

 

 

 

「?」

 

なんのこと?とシルビアは首を傾げている。

 

 

 

「い、いや…内輪ネタだ…。それはさておき…えっと…ビビアンジュさんとサイエレナさんも、この大会に?」

 

「もちろんだ」

と、サイエレナは低音のイケメンボイスで答えた。

 

「…ということは…場合によっちゃあ、オレと組むことがあるかも知れないってことですね?」

 

「そうねぇ。私もできれば、お兄さんみたいな人と組みたいわぁ」

 

「私もだ。死んでもべロリンマンとは組みたくない」

 

 

 

…べロリンマン?…

 

…あのベロ男のことか?…

 

 

 

「ですよねぇ!オレもむさくるしい男と組むよりは…」

と言い掛けたところで、女性陣たちの鋭い視線が突き刺さる。

 

 

 

「あ…いや…もちろん、優勝して虹の枝をゲットすることが、第一目標です」

 

言い訳せざるを得なかった。

 

 

 

「どう、折角だから一緒に呑んでいかない?」

 

「えっ…あっ…どうしようかな?…そうしたいのはやまやまですが…」

 

「どうしようかな…ではありません!リサトさんは明日に備えて、コンディションを整えてください!飲酒などもってのほかです」

 

「…ということらしいので…。大会が終わったら、また誘ってください」

 

「うふっ!待ってるわよ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 

「いやいや、そりゃ、そうなるでしょ!?男だもん」

 

 

 

「…」

 

 

 

さっきからオレは針のムシロ状態だ。

誰も口をきいてくれない…。

 

 

 

「でも、あの2人、強いのかなぁ?」

 

救いの手を伸べてくれたのはセーニャさんだ。

こういう時、本当に助かる。

ちゃんとフォローをしてくれる。

 

「ふん、単なる露出狂じゃない!あんなのが強いわけないでしょ!」

 

 

 

…だけど、男としては、それだけで戦意が半分失われるんだけどね…

 

 

 

「あら、ベロニコちゃん…そうとも限らなくてよ。この世界においては『みりょく』っていうのも大事なステータスなんだから」

 

「そうそう!さすがシルビア、わかって…る…って…だから、いちいち、そんな顔で見るなよ…仕方ないだろ…」

 

 

 

 

 

そんなこんなで、宿へ向かおうとした…その時だった。

 

さっきの2人とは違う美女が、オレたちの前から現れた。

 

 

 

長く伸ばしたブロンドの髪はポニーテールを結っている。

サイエレナのようにスラッとしていて、ビビアンジュのように豊かな胸…完璧なボディだ。

 

オレは思わず見とれて立ち止まる。

 

 

 

…なんだ、なんだ…この街は?…

 

…美人の宝庫か?…

 

 

すると彼女はオレとすれ違いざまに、蒼い目を片方だけ『まばたき』させて通り過ぎて行った。

 

 

…ウインク?…

 

…オレに?…

 

…モテ期到来…ってヤツか?…

 

…なんか、もう、この冒険の終着点はここでいいんじゃないか…

 

 

 

ビビアンジュやサイエレナ、そして今の美女に囲まれて、人生を終えるなら、男冥利に尽きるっていうもだ。

 

しかし、すぐに別の感覚に襲われる。

 

 

 

…いや、待てよ…

 

…今の女の人…

 

 

 

…初対面ではない?…

 

…誰だ?…

 

…どことなく、懐かしい匂いを感じがした…

 

 

 

実際にいい香りがしたのは間違いないが、ここでいう匂いはそういうことじゃない。

もっと皮膚感覚的なもの…。

 

オレは必死の思い出そうと試みたが、

「姫、姫…お待ちください。もう少しゆっくり歩いてくだされ…」

と彼女の後ろを付いていく小柄なおじいさんの声で、現実に引き戻される。

 

そして彼もまた、オレにウインクをして通りすぎていった…。

 

 

 

…このじいさんも!?…

 

 

普通の感覚で言えば、じいさんにウインクされても気持ち悪いだけだが、不思議とそうは思わなかった。

 

 

 

…なんだ、この感じは…

 

 

 

オレは暫く2人の後ろ姿を見ていた。

 

 

 

 

 

気が付くと

「リサトさん!わかっていますね?くれぐれも変な気を起こさないでくださいね!」

とウミュが、オレの隣でブーメランを構えて睨んでいた…。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 




※ビビアンジュ…ドラクエでの正式名称はビビアンです。
※サイエレナ…ドラクエでの正式名称はサイデリアです。


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ペア発表

 

 

 

翌日。

 

オレたちは武闘会が行われる会場に出向き、受付で参加したい旨を伝えると、名前をどうするか訊かれた。

要はリングネームみたいなものだ。

本名でもいいらしいが『一応』は『お尋ね者の身』である。

ここは『ホーク=リッサーット』とでも名乗っておくとしよう。

因みにシルビアは『レディ=マッシブ』らしい。

 

 

 

…直訳すれば…

 

…厳(いか)つい女…

 

…なんじゃ、そりゃ?…

 

 

 

「自前のマスクがない方は、こちらからお選びください」

と係員が案内した。

 

オレはその中から、一番鷹っぽいのを選ぶ。

覆面タイプではなく、目元だけ隠れるタイプのものだ。

 

 

 

…シャア少佐だな…

 

 

 

鏡に映った自分の顔を見て、オレはそう呟いた。

 

 

 

控室に、続々と参加者が集まってくる。

もちろん、昨日見たレスラーコンビも、露出過多の美女コンビもちゃんといる。

 

そして…宿へ向かうときにすれ違った、あの謎の美女も。

初めからマスクをして現れた為、顔は見えないが…美女のそのスタイルの良さは、隠そうとしても隠し切れない。

頭隠して、胸隠さず…そんな感じだ。

 

 

 

参加者はざっと20名弱ってところか。

トーナメントなら3~4回勝てば優勝ということになる。

 

「では、みなさま。準備が整いましたら、抽選会場へお越し願います」

 

案内役に引き連れられて外に向かうと、既に幾重にも人だかりができていた。

誰が誰と組むのか、みんな興味津々だ。

この大会の熱気が伝わってくる。

 

 

 

「それでは、早速、一緒に闘うペアの抽選と参りましょう!」

 

うぉ~!と盛り上がる観客。

 

「参加者の皆様には、事前に整理券をお配りしているかと存じますので…1番の方から順番に…はい…箱の中に手を入れて…はい…そうです…」

 

最初の参加者がカプセルを取り出し、案内役に手渡した。

 

 

 

「出ました!グループA…チュニジア!」

 

 

 

集まった観客がドッと沸いた。

 

オレの本職はサッカー選手だ。

こういうネタは嫌いじゃない。

 

 

 

「失礼しました…最初の方は13番でした!14番を引いた方とペアになります」

と案内役は、改めてアナウンスした。

 

こうして、ひとり…またひとりと箱に手を突っ込みカプセルを引いていく。

そして、5番目…オレの番が回ってきた。

 

「ホーク=リッサートさんは…11番ですね。果たして誰とペアを組むのでしょうか?」

 

オレのするべきことは終わった。

あとは、結果を待つだけだ。

 

 

 

「レディ=マッシブさんは…6番です」

 

 

 

「あら、リサトちゃんと一緒にはなれなかったのね…」

 

「残念だったな!まぁ、1回戦負けしないように頑張ってくれや」

 

「何を言ってるの?やるからには優勝を狙うに決まってるじゃない!?」

 

シルビアはニヤリと笑った。

 

 

 

正直、今のオレの力量だと、1対1じゃ勝負にならないかも知れない。

『勇者に成り立てのオレ』とヤツでは、キャリアが違う。

それでも、この大会はそれが全てではない。

パートナー次第では、その差がひっくり返ることは充分にあるというワケだ。

 

「だけど…ある意味、理想の展開かも知れないな…」

 

オレたちは、優勝と準優勝の賞品の両方を必要としている。

シルビアと闘うのはあまり嬉しくないが、チームが別れることは仕方のないことだった。

 

「でも、決勝で当たるかどうかはわからないわ」

 

「ん?」

 

「1回戦で当たることだってあり得るもの…」

 

「あっ…」

 

それはそうだ。

それはある。

 

「まぁ…そうなったらそうなったで…その時考えましょう…」

 

シルビアの言葉に、珍しくオレが首を縦に振った。

 

 

 

この時点で、昨日会ったヤツらは、まだ全員残っている。

 

 

 

…さあ、12番は誰だ?…

 

 

 

「『べロリンマン』さん、10番!」

 

 

 

「『ガレムソン』さんは…9番です!」

 

 

 

ガレムソンとは、悪役レスラーの片割れ…ツノマスクの方だ。

 

「チッ!…またオメーとかよ…。今回こそは、そこのセクシーレディと組めると思ったのによぉ」

とボヤいている。

 

 

 

…まぁ、男なら誰でもそう考えるわな…

 

…って、コイツらコンビじゃなかったのか…

 

 

 

オレはてっきり、2人はいつも行動を共にしてる友達かと思っていた。

でも、どうやら、そうじゃないらしい。

 

 

 

…おっ?だけど…ということは?…

 

 

 

まだ、美女3人が残ってる。

 

 

 

…あると思います!!…

 

 

 

少し古いな…とは思いつつ、オレは心の中で呟く。

そして、少しワクワクしながら、抽選の様子を見守った。

 

 

 

「『ビビアンジュ』さん…1番です!」

 

 

 

「『サイエリナ』さん…おぉ!なんと2番です!」

 

 

 

「うわっ!マジか…」

 

これは『くじ運がいい』…と言うのだろうか?

キッチリ2人でペアになりやがった。

 

オレは激しく落ち込んだ。

逆に観客は喜んでいる。

まぁ、オレもそっちな立場なら、そうなんだが…。

闘いを通じて、彼女たちと懇親を深めることはできないらしい。

 

 

しかし、もうひとり!

まだ謎の美女が残っている。

彼女に期待を掛けよう!

 

 

 

「『ロウ』さん…8番です」

 

 

 

…あっ!…えっ?…

 

…謎コンビのじいさんか!?…

 

…美女にばかり気を取られていたから、ここにいたのを見過ごしてたぜ…

 

…まさかアンタも出るのかよ…

 

…組んだ相手が可愛そう過ぎないか?…

 

 

 

だが…そんな心配も杞憂に終わる。

 

 

 

「『エリティカ』さん…7番です!」

 

そうアナウンスされた瞬間、2人はハイタッチを交わした。

 

 

 

…おいおい、マジか…

 

 

 

オレがそう思ったのは、謎の美女とペアになれなかったからじゃない。

いや、それもないわけじゃないが…できあがった組がどれも『順当過ぎる』だろ…ってことだ。

悪役コンビ、セクシーコンビ、謎コンビ…これはどう見てもデキレースだ。

タネはわからないが、誰かがなんかしらの細工をしたとしか思えなかった。

 

 

 

…まぁ、クレーム付けても仕方がないが…

 

 

 

それより、謎の美女はエリティカさんと言うらしい。

その名前を聴いて、オレにウインクをした理由がわかった。

 

 

 

…μ'sの…

 

…絢瀬絵里さんだ…

 

 

 

そんなに会ったことはないが、まったく知らないというわけでもない。

それなのに…なんで気付かなかったのだろう。

彼女なら、このスタイルも納得だ。

 

 

 

…どことなく懐かしい匂いがしたのも、彼女がμ'sだから?…

 

…でも…

 

 

 

どういう関係があるのか…それはわからなかった。

 

 

 

「さあ、残すはいよいよ、2名です!では、どうぞ…はい、出ました!『マスク・ザ・ハンサム』さん…5番です」

 

その瞬間、集まった観客…特に女性客から黄色い声が飛んだ。

 

 

 

…ん?アイツは…

 

 

 

昨晩、オレたちに話し掛けてきたイケメンだった。

なるほど、サインが云々とか言っていたが…なかなか人気はあるらしい。

 

 

 

…それにしても、随分とナルシストな名前だこと…

 

 

 

そのイケメンマスクは、シルビア…いやレディ=マッシブと握手を交わしている。

すっかり忘れていたが、そういえばヤツのパートナーも決まってなかったのだ。

しかし、まぁ…これはこれで似合いのコンビと言っていいだろう。

 

 

 

…あれ?…

 

…ってことは?…

 

 

 

「そして、前回のチャピオン『ハンフリー』さんは、必然的に12番となります!!」

 

 

 

…おいおい!…

 

…12番って…

 

…なんだか知らないけど、ハンフリーと一緒になっちゃったよ…

 

 

 

これが勇者の血を引く者の…ヒキの強さ…ってヤツなんだろう。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 







※エリティカ…ドラクエでの正式名称はマルティナです。


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トーナメント開始!

 

 

グロッタの街で行われる仮面武闘会。

出場チームは16チーム。

一発勝負のトーナメント戦だ。

 

ペアを決めたあと、次は対戦相手を決めるくじ引きが行われた。

 

 

 

…ということで、1回戦。

 

くじの結果、オレたちは2試合目となった。

 

その前…オープニングを飾るのは…ビビアンジュ&サイエリナ組vsレッドイーグル&イエローライオン。

初っぱなからセクシーコンビの登場とあって、会場は超満員だ。

 

「完全にフルハウスね!」

とビビアンジュは呟く。

 

それを聴いたサイエリナは、ふふふ…と不敵に笑った。

 

 

 

相手チームは知らないヤツらだ。

 

 

 

…さて、どんな闘いをするのやら…

 

 

 

しかし、オレはその試合を観ることが出来なかった。

 

何故なら

「ホークとやら…行くぞ…」

と、この大会でペアを組むハンフリーに声を掛けられたからだ。

 

「えっ?どこへ?」

 

「控え室だ…」

 

「えっ…あぁ…観なくてもいいのか?」

 

「観なくてもわかる。この試合は彼女たちの勝ちだ」

 

「あっ…そう…」

 

この街を拠点に活動しているという、ビビアンジュとサイエリナ。

だからハンフリーは、その実力がどれほどのものか、良く知っているのだろう。

 

 

 

…まぁ、仕方ない…

 

…ここはヤツの指示に従おう…

 

 

 

「あぁ、わかった」

 

オレは後ろ髪を引かれる思いで、会場をあとにした。

 

 

 

 

 

「改めて…ハンフリーだ」

 

「ホークだ…よろしく」

 

控え室に戻ったオレたちは、先ずは握手をかわした。

 

「私が見たところ…ホーク…キミは線は細いが、なかなかの実力者だと思っている。…隠さなくてもわかる。身体から凄まじい闘気が滲み出ているよ。いいパートナーと組めたと思っている」

 

「そりゃ、どうも…」

 

「しかし、正直なことを言えば、私はには本来、パートナーなど必要ないのだ」

 

 

 

…おいおい、ひとりでも充分闘えるってか?…

 

…偉い自信だな…

 

 

 

「だが、私が前面に出て戦ってしまっては、キミの出る幕がない。それじゃあ、観客も盛り上がらないし、あんたもこの大会に出る意味がない。そこでどうだろう…まずはキミが先陣を切って、暴れるだけ暴れるというのは?」

 

「…つまり…アンタは体力温存して、相手が疲れところで…真打ち登場…ってことか?」

 

「どう捉えるかは、キミの勝手だ」

 

 

 

…ヤツの実行がどれほどかは知らないが…

 

…噂通りであるのなら、確かにオレの出番はないかもな…

 

 

 

ヤツにおいしいとこを持っていかれるのは癪だが、逆に言えばオレが1人で片付けてしまえばいいこと。

 

「わかった。それでいこう」

 

100%納得したワケではないが、今は妥協するしかなかった。

 

 

 

そんな打ち合わせをしていると、控え室の外から「どぉっ!」という歓声が響いてきた。

どうやら、試合が終わったようだ。

 

すると程なくして、レッドイーグル&イエローライオンが担架に乗せられ運ばれてきた。

 

ハンフリーは…「なっ!言った通りだろ?」…そんな顔をした。

 

 

 

最初の試合時間が短かった為、早々とオレたちの出番となった。

 

「さて、行くか!」

 

「あぁ…」

 

ハンフリーはゆっくりイスから立ち上がると、バッグから小瓶を取り出し…蓋を開け…中身の液体をゴクリと飲んだ。

 

 

 

「それは?」

 

オレはサッカーをやっている為、ドーピングの類いは過敏に反応してしまう。

 

 

 

「気にするな…気合いを入れる…お守りみたいなものだ」

ヤツはそう言うと、その小瓶をガシャリと片手で握り潰した。

 

 

 

…確かに、この世界にそんなものがあろうとなかろうと、どうでもいいことだがな…

 

 

 

オレたちの初戦。

相手は…ベロリンマン&ガレムソンペア。

 

「楽しみにしてだぜ。今日こそお前を倒してやる」

 

「べろべろ~ん!倒しちゃうべろ~ん!」

 

 

 

『事実上の決勝戦』だと、場内アナウンスが煽った。

 

 

 

…さて、お手並み拝見といきますか…

 

 

 

「さぁ!行くぜ!」

 

 

 

プロレスのタッグマッチとは違って…1対1で戦い、ピンチになったらタッチして交代…というシステムではない。

あくまで2対2の闘い。

1人を集中攻撃して潰してしまうか、両方同時に体力を奪っていくか…相手の特徴がわからないので、まずは軽く攻撃をして、様子を伺うことにした。

オレは大型の剣を、ハンフリーはツメを装備しているが、ヤツらは武器も防具も持っていない。

己の肉体が武器…そんな感じの完全なるパワーファイターだ。

176cm、63cmのオレに対して、推定200cm、100kgオーバーの2人。

接近戦で捕まるのは、危険だと感じた。

 

オレはスピードを活かし、ヒットアンドアウェーで、2人に攻撃を仕掛けていく。

基本、オレに「自由に戦わせてやる」と言って、高みの見物(?)を決め込んでいたハンフリーも、隙を見て後方から支援する。

口では「1人で充分だ」などと言っていたが、さすがにこのクラスのファイター2人を、いっぺんに相手にするのはどうか…というところなのだろう。

 

 

 

「おぉっ!?」

 

 

 

 

「べろべろ~ん!」

 

「べろべろ~ん!」

 

「べろべろ~ん!」

 

「べろべろ~ん!」

 

 

 

…おいおい、マジか!…

 

 

 

ベロリンマンが『影分身』で4体になっちまった。

ただの筋肉バカかと思ったが、意外に侮れないぜ。

 

 

 

「落ち着け!本体はひとりだ」

 

「わかってるって!」

 

 

 

…って言っても…見分けが付かねぇ…

 

 

 

「コイツか?」

 

「コイツか?」

 

「コイツか?」

 

 

 

手当たり次第、攻撃を仕掛けてみたが、すべて外れだった。

オレはあまりくじ運は良くないらしい。

だが、その度に分身は消えていき…結局本体が残った。

 

 

 

…なんだ、見掛け倒しか…

 

 

 

そう思った瞬間だった。

 

オレのホッとした気持ちを嘲笑うかのように、ヤツらがコンビ攻撃を仕掛けてきた。

2人は空高くジャンプすると、背中合わせになって、スピンしながら落ちてくる。

 

 

 

「ダブルヒップアタ~ック!!」

 

 

 

巨大な岩の様なケツが、オレたちを襲う。

 

 

 

「ぬおっ…」

 

 

 

…コイツは…ちょっと…効いたぜ…

 

 

 

プライベートでは行動を共にしているわけではなさそうだが、それでも連携が出せるっていうことは、長年の付き合いがなせる業なのだろう。

『阿吽の呼吸』ってやつだ。

今日、初めて組んだハンフリーとオレとではできない芸当である。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「あぁ…なんとかな…」

 

「よし、よく耐えた!ピンチのあとにはチャンスありだ。ベロリンマンは分身と今の攻撃で、相当体力を使っているハズ。狙うなら今だ!」

 

「OK!」

 

 

 

くらえぇ!!

 

 

 

「…」

 

ドサッ…

 

 

 

「よしっ!!ベロリンマン撃破!」

 

「もう1人だ!」

 

「任せてお…どぁっ!!…」

 

 

 

「ホーク!!」

 

 

 

「…」

 

 

 

…やべぇ…やべぇ…

 

…なんて拳をしてやがる…

 

…一瞬意識がぶっ飛んだぜ…

 

 

 

…だが、そのお陰でゾーンに入った…

 

 

 

キン肉マン的に言えば、火事場のクソ力ってヤツだ。

 

 

 

「とぉりゃ~!!」

 

ズババババッ!!

 

 

 

「…」

 

ドサッ…

 

 

 

「ガレムソン撃破!!」

 

「見事だ!」

 

ハンフリーが右手を差し出した。

 

「…どうも…」

 

オレはその手に軽くタッチした。

 

 

 

観客の声援に応えながら、会場を出て、控え室へと戻った。

 

「ここを乗り切れば、あとは楽勝だ。今日はもう試合はない。明日に向けて体力の回復に心掛けてくれ」

とヤツが言う。

 

「あぁ、わかった」

 

言われなくてもそのつもりだ。

想像以上にタフな試合だった。

今は少しも動きたくない。

 

これから先、相手ペアが何度も連携技を繰り出してきたら、オレは耐える自信がない。

その前になんとかしないと…。

 

 

初日の今日は1回戦の8試合が行われる。

ペアや対戦相手を決めるイベントがあった為、それで時間いっぱいいっぱいだ。

そして、明日は、準々決勝、準決勝、決勝の7試合が行われる。

3位決定戦はないらしい。

 

オレたちの次の相手は…セクシーコンビ!

パートナーのハンフリーは、あまりそういうことに興味がなさそうだが…否が応でも胸が高鳴る。

 

 

 

…できれば手合わせじゃなくて、肌を合わせたいところだが…

 

 

 

一緒に旅するパーティーの前じゃ、口にできないけど…。

 

 

 

レディ=マッシブことシルビアたちのペアとは、トーナメントの逆の山だ。

ヤツらが順当に勝ちあがれば、決勝で当たる。

そうなれば、どちらが勝っても負けても、虹の枝とイエローオーブは手に入る。

最高の組み合わせだったと言える。

 

気になるのは…例の謎コンビだ。

彼女たちも向こうの山だ。

エリティカさんはさておき、じいいさんの実力がいかほどのものか?

わざわざ大会に出るってことは、そんなに弱いとも思えない。

 

 

 

…イケメンくんの実力によっては、決勝の相手が変わるかも知れないな…

 

 

 

しかし、そんなオレの杞憂は無駄だったらしい。

 レディ=マッシブとマスク=ザ=ハンサム組も順当に勝ちを納めたようだ。

名前も顔を知らない2人組が、悔しそうに引き上げてきた。

 

「チッ!油断したわ…まさか、あそこまでやるとはな…」

 

「あぁ…見た目に騙されちまった…」

 

「特に、あのハンソクとかいうヤツ…」

 

「あぁ…しくじったぜ…」

 

 

 

…ハンソクじゃなくてハンサムだろ?…

 

…でも、まぁ、アイツの人気はルックスだけじゃない…ってことか…

 

 

 

そのあとから、勝者が戻ってきた。

 

レディは…まぁ、当然よ…という顔をしている。

マスク越しでも、それは良くわかった。

 

 

 

さらにそのあと…謎コンビも順当(?)に勝ち上がったようだ。

息も切らさず、控え室に戻ってきた。

 

 

 

「あ、あの…絵里さんですよね?μ'sの…」

 

「ふふふ…今はエリティカよ。リサトくん!」

 

「オレの名前を?」

 

「当然でしょ!初対面じゃないんだし…ただし、それは絢瀬絵里としてだけどね」

 

「あっ…こ、光栄です…」

 

μ'sには魅力的な人が沢山いる。

中でも絵里さんは、ポニーテール+巨乳という、オレの理想のど真ん中の女性だ。

そんな人と話が出来て、少し舞い上がりそうになり、慌ててウミュがいないか、確認してしまった。

慌ててウミュがいないか、確認してしまった。

 

 

 

だが彼女は急に真剣な顔をして

「あなたのパートナー…ハンフリーには気を付けなさい…」

とオレに小声で言った。

 

「えっ?どういう意味ですか?」

 

「実は…」

 

「姫!今はまだ、その時ではありませぬぞ…」

 

エリティカさんの話を、じいさんが遮った。

 

「あ…うん…ゴメンね!そういうワケだから…」

と言い残すと、2人は部屋を出ていった…。

 

 

 

…ハンフリーには気を付けなさい?…か…

 

 

 

…ひょっとして…

 

…ヤツもシルビアと同種なのか?…

 

 

 

オレは…部屋に誘われたらなんて断ろう…なんてことを考えた…。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 





このパートはサクサク終わらせたかったんだけどなぁ…。
長くなってしまいました…。


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ボロリはあるかな?

 

 

 

初日が終わり、オレは宿に戻った。

 

「お疲れさまです」

 

「お疲れ」

 

旅を同行する仲間たちから、労いの声が掛かる。

 

 

 

「あぁ…マジ疲れた…。想像以上に手強かったぜ…」

 

「リサトさん、お身体、マッサージしましょうか?」

 

「さすがセーニャさん、気が利くね!」

 

「いえ、それには及びません!マッサージなら私が致します!」

 

ウミュにそのチャンスを阻止された…。

 

 

 

…確かに『向こうの世界』では、いつも彼女にしてもらってるから、手慣れてるっちゃあ、手慣れてるんだが…こっちにいる時くらいは別にいいじゃないか…

 

 

 

「ダメです!どうせすぐに破廉恥なことを考えるのですから!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「…リサトさんの考えてることくらい、わかりますよ…」

 

「はぁ…失礼しました…」

 

彼女に見透かされて、オレは下を向いた。

 

 

 

 

「リサト…知ってる?」

 

「何がです?」

 

「この街の行方不明事件のこと」

 

オレがウミュにマッサージをしてもらっているのを見ながら、ベロニコさんがそう訊いてきた。

 

「行方不明事件?」

 

「ここは人の出入りが多いから、あんまり目立たないみたいだけど、1ヶ月に1人か2人、いなくなるらしいわ」

 

「一昨年くらいから…って言ってたよね?」

とセーニャさん。

 

「はい、それも屈強な武闘家ばかりだそうです…」

 

ウミュもそれに反応した。

 

「へぇ…それは穏やかじゃないねぇ…」

 

「アタシは何か、この武闘会と関係があるんじゃないかとニラんでるんだけど」

 

「それは勘繰り過ぎじゃないですか?」

と言ってみたものの…一瞬、オレの脳裏にエリティカさんの言葉が浮かんだ。

 

 

 

…ハンフリーには気を付けなさい…

 

 

 

…まさかとは思うが…

 

…何か関係があるのか?…

 

 

 

「リサト、どうかした?」

 

「あっ…いや…別に…」

 

「それより、明日はちゃんと闘いなさいよ!鼻の下を伸ばしてる場合じゃないんだからね!!」

 

「も、もちろん…」

 

 

 

…じ、自信がない…

 

 

 

「でも…リサトさんもお年頃だから…気持ちはわからなくはないけど…」

 

「その通り!さすが…」

と言い掛けたのを、ウミュに遮られた。

 

「こと…り…い、いえ…セーニャさん!!リサトさんは勇者の血を引く者なのです!くれぐれも節度をもって闘って頂けるよう、お願いします…よ!!」

 

「ぐおぉ!痛たたたた…」

 

彼女の最後のセリフ…「よ!」…で、オレの身体の筋肉をほぐしてくれていた手に、リンゴが握りつぶせるほどの力が加わった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウミュのマッサージのお陰で、オレはゆっくり休むことができた。

体調は万全だ。

 

「それじゃ、行って来る」

 

「はい、頑張ってください。会場で応援しています」

 

 

 

「まるで新婚の夫婦ね」

 

ベロニコさんにはそう見えたらしい。

 

 

 

「なるほど…なら、お出かけのチュー…」

 

「しません!!」

 

「じゃあ、セーニャさん!」

 

「どうしてそうなるのですか!昨晩言ったハズです。くれぐれも勇者の血を引く者としての節度を持って…」

 

「はい、はい…」

 

長くなりそうなので、オレは小さく手を上げて別れを告げると、急ぎ足でその場を去った。

 

 

 

 

 

会場の前には、既にハンフリーが立っていた。

 

「待たせたな。今日もよろしく頼むぜ」

 

「あぁ、こちらこそ」

 

 

 

「なぁ…ひとつ聴きたいことがあるんだけど…」

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

この街で起きている行方不明事件について、何か知らないか?…そう訊こうかと思ったが…思い留まった。

今は…目の前の闘いに集中した方がいい。

そう思ったからだ。

 

だが…それはわかっているのだが…対戦相手の姿を見てしまうと、そう簡単ではない。

別の意味で集中力が削がれる。

 

 

 

「この一戦は、精神力勝負だ。心に乱れが生じれば…負ける」

 

オレの気持ちを見透かしたかのように、ハンフリーが呟いた。

煩悩を全て廃したかのような、その表情に、なんとなくこの男の『芯』の強さを感じた。

 

 

 

「では、そろそろ、ご準備を…」

 

係員に促されると、ハンフリーはゆっくりと椅子から立ち上がり、バッグの中にあった小瓶の中身を飲み干した。

言うなれば、これがヤツのルーティーンらしい。

オレたちは控え室を出て、会場へと向かった。

 

客席は昨日同様、満杯だ。

これはオレの推測だが、その半数以上はセクシーコンビ目当ての客だろう。

 

 

 

その対戦相手が、反対側から現れた。

 

ビビアンジュは長い耳の付いたカチューシャと…豊かな胸元を強調するかのようなタイトな長袖のシャツ、ミニのプリーツスカート…そしてショートブーツ。

全身フェミニンな色でコーディネートされており、端的で言うなら『ピンクのウサギ』だ。

手には、先端に花の飾りが付いたスティックを持っている。

恐らく、彼女は攻撃魔術系なのだろう。

しかし、だとしても『防御力ゼロ』だと思われるこの格好は、さすがに敵ながら心配してしまう。

 

 一方、サイエリナはといえば…こちらはヘルメットに上下セパレートの防具、剣と盾…という、いわゆるベーシックな『女戦士』と言ったスタイル。

ビビアンジュ同様、ピンクを基調とした色使いに、女性らしさが感じられる。

また…それ自体は彼女ほどの大きさではないが…胸の谷間も拝むことができる。

さらにその胸当て部分には肩紐(ストラップ)がなく…従って肩口から胸元に掛けてが大きく露出している為、よりいやらしさがアップしている。

角度によっては胸カップの隙間から、その『先っちょ部分』が見えそうな感じがする。

そして長くスラリとした足は、オーバーニーのブーツを掃いているが、防具の『前垂れ』部分と相まって、それが『絶対領域』を作り出していた。

 

 

 

「この人たちとホントに戦うの?」

 

「当たり前だ」

 

改めてハンフリーが精神力勝負と言った意味を噛み締めた。

 

「アンタさ…ラリホーとか、そういう呪文は使えないの?彼女たちを眠らせて、その間にこっそりと…」

 

「使えない」

 

「…あっ…そう…」

 

「仮にあっても、その手の呪文は通じない。これまで何人もそれを試みて、返り討ちに遭っている」

 

見た目じゃわからないが、眠りの呪文耐性がある『何か』を身に付けているか…防具に練りこまれていんだろう。

 

「そんな姑息なことは考えず、堂々と戦え」

 

「わかってるよ。…あっ…念の為、もうひとつ訊いておくけど…」

 

「なんだ?」

 

「昨日のヤツらみたいに『ダブルヒップアタック!』みたいなのはしてこない?」

 

「ない」

 

 

 

…ないか…

 

…それは残念だ…

 

 

 

 

 

「さぁ、いよいよ試合開始です」

 

派手に銅鑼が鳴らされた。

 

 

 

まずは様子見だ。

昨日と同じ様にヒットアンドアウェーで…あるいわ『ぶんまわし』で同時攻撃をしながら、相手の出方を伺う。

 

 

 

…しかしまぁ…

 

…ビビアンジュのミニスカの破壊力たるや、凄まじいものがあるな…

 

 

 

『ソイツ』が『ひらり』とする度に、視線がそっちに行ってしまう。

オレはどちらかといえば『モロ』よりも『チラ』の方が好きなので、バサッと捲れるよりは…まぁ、それは、かなりどうでもいいことだが…。

 

そして彼女が動く度に、ポヨンと揺れる胸…。

目が釘付けになる。

 

必然的に、サイエリナへの攻撃はノールックになる。

期せずして、彼女へはフェイントを掛けている形だ。

しかし、それは逆を言えば、サイエリナの攻撃が見えていないということ。

直撃は避けているものの、少しずつダメージが溜まっていく。

 

 

 

なるほど。

相手がモンスターなら別だが、普通の男なら、彼女たちのルックスとコスチュームだけで、攻撃も防御も威力が半減されというものだ。

 

 

 

「集中だ!集中!」

 

ハンフリーから声が飛ぶ。

 

 

 

…チッ!言われなくてもわかってるって…

 

…じゃあ、こっちはどうだ?…

 

 

 

オレは闘う相手の比重を、半々からサイエリナへと移した。

 

 

 

…っと、こっちはこっちで…

 

…胸の先っちょが見えそうな…見えなさそうな…

 

 

 

「どこを見ている?」

 

オレの視線に気が付いたのか、戦闘中にも関わらずサイエリナが声を掛けてきた。

 

「どこって…」

 

「どうせなら、私の顔をよく見て欲しいのだが…」

 

「顔?」

 

 

 

その瞬間だった!

 

 

 

チュッ♡

 

 

 

…投げキッスだと!!…

 

…ノーモーションで繰り出してきやがった!…

 

 

 

寸でのところでギリギリ交わしたオレ。

 

 

 

だが…

 

 

 

「ハンフリー!!」

 

こともあろうか、パートナーが喰らっちまいやがった!

 

 

 

「…サイエリナ…キミはなんて美しいんだ…」

 

 

 

…女に免疫がないのか、はたまたムッツリだったのか…

 

…精神力勝負だとかい言っておきながら、自分が堕ちてるんじゃねぇよ…

 

 

 

しかし、騎士スタイルのサイエリナが放ってくるとは意外だったぜ。

 

 

 

「お兄さん、私からもプレゼントよ」

 

ハンフリーに気を取られたオレに、ビビアンジュが囁いた。

 

 

 

「ぐっ…ああぁ!!」

 

 

 

…ベギラマか…

 

 

 

これはマジでピンチだ。

ハンフリーはいまだ『うっとり』から覚めてない。

 

 

…ここは堪えどころだぞ…

 

 

オレは防御姿勢をとった。

 

 

 

ビビアンジュが『気』を溜めて、サイエリナにパスをする。

 

 

 

…来る!!連携技だ!…

 

 

 

剣に集められた気を、彼女はオレに向かって振り放った。

 

 

 

「『烈火斬り』!!」

 

 

 

「ぬぉおおおぉぉ!!…」

 

事前にガードを固めていたお陰で、最悪の事態は逃れた。

無策で突っ立っていたら、確実にやられていたところだ。

 

 

 

「ホーク…大丈夫か?」

 

 

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

 

 

今の一撃でようやくハンフリーは正気を取り戻らしい。

 

「すまなかった」

 

オレに向かって回復呪文を唱える。

 

 

 

「そうはいかない!」

 

 

 

サイエリナが再び投げキッスを放ったが

「同じ手には引っ掛らん!」

と今度は上手くかわしたようだ。

そしてカウンター気味にヤツのツメ攻撃…『ウイングブロー』が彼女を襲う。

 

 

 

「甘い!」

 

盾で凌いだサイエリナだったが、そこにオレが飛び込んだところまでは、読みきれていなかったようだ。

 

 

 

「あぁ…ん…」

 

彼女は普段の低音ボイスとは違う、女性らしい可愛い声を出して倒れこんだ。

 

 

 

「サイエリナ!!」

 

 

 

「もういっちょ!!」

 

オレが振るう剣を…しかし、彼女は手にしたスティックを使いながら、器用にかわしていく。

 

 

 

…呪文だけじゃない?…

 

 

 

「びっくりしたでしょ?実はこんなこともできたりして」

 

俺の攻撃を封じると、一転、反撃が始まった。

さすがに日々この街を拠点に闘っているだけのことはある。

確かに強い。

 

 

 

…だが…

 

…この間合いはオレの距離だ!…

 

 

 

「もう一発、いくよ!!ベギラマ!!」

 

接近戦を嫌って、彼女は大きく後ろに跳びながら叫ぶ。

同時に風にスカートが靡(なび)いた。

 

 

 

「見えた!!これで終わりだ!」

 

 

 

彼女の唱えた呪文と、オレが放った『渾身斬り』。

 

 

 

その勝負は、ほんの少しだけ俺に分があったようだ。

 

 

 

「勝負あり!」

 

 

 

「…ふう…危ないところだったぜ…」

 

辛くもオレたちは勝った。

 

 

 

因みに「見えた!」ってのは、スカートの中じゃなくて『彼女の隙』のことだ。

 

 

 

…いや、白い色がチラリと見えた気がしないでもないが…

 

 

 

「よくやった…」

 

「おいおい、頼むぜ…まぁ、アンタも男だってことがわかったのは良かったけどさ…」

 

 

 

これで寝込みを襲われる心配もなくなった。

 

 

 

 

 

そのあと、順々決勝の残り3試合が行われた。

 

トーナメントの向こうの山では、無事シルビア組と、エリティカさん組が勝ち残った。

 

 

 

…ということは…

 

…その2組が準決勝で激突する…ってことか…。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 



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決勝戦!

 

 

 

注目の対決は呆気なく終わった…。

 

 

 

「ごめん、リサトちゃん…ワン、ツーフィニッシュとはいかなかったみたい…」

 

レディ=マッシブことシルビアは、そう言って肩を落とした。

 

「…そんなことより、早くイケメン君に付き添ってやれよ。精神的ダメージが大きいんじゃないか?」

 

「うん…だけど…今は独りにして欲しい…って…」

 

「そっか…」

 

 

 

ナルシストコンビvs謎コンビの試合は、マスク=ザ=ハンサムが狙い撃ちにされ、早々にダウン。

彼も決して弱かったワケではない。

むしろ謎コンビが想像以上に強かった。

その後、レディが孤軍奮闘するも、最後は力尽き、決勝進出を逃したのだった。

 

 

 

「いくらリサトちゃんとハンフリーちゃんとはいえ、そう簡単には…」

 

「あぁ…わかってる…」

 

 

 

…これまでみたいに、ヤツが後方支援…サポートに徹するなんて言われたら…

 

…オレはイケメンと同じようにやられるだけ…

 

…今回は積極的に闘ってもらわないと…

 

 

 

「…ってことで、作戦の練り直しだ」

と声を掛けると、ヤツは黙って頷いた。

 

 

 

女の人をいたぶるのは、オレの趣味じゃない。

ましてや、相手はスタイル抜群の美女である。

だから正直な事を言えば、極力、エリティカさんとは闘いたくない。

そうすると…「ブスならいいのか」…って話になるが…それは口にするだけ野暮ってもんだ。

何でもかんでもセクハラって言われちゃあ、堪らない。

 

それはさておき…できれば…まずは、ロウっていうじいさんを潰したい。

だが、さっきの対戦を見ていると…前線で戦うのが、エリティカさん…後方支援がロウじいさん…って感じだ。

残念ながら、直接対決は不可避ってとこだ。

 

 

 

…エリティカさんの攻撃を耐えつつ、カウンターを狙う…か…

 

 

 

オレとハンフリーは暫くの間、作戦を練った。

 

 

 

 

 

約1時間の休憩が終わり、係の者がオレたちを呼びに来た。

 

ハンフリーはいつものようにルーティーンをこなす。

ただ、少しだけ違ったのは、小瓶を2本空けたことだった。

 

「決勝だからな…気合いを入れないと」

 

ヤツはオレにそう言った。

 

 

 

控え室を出て、闘技場へと向かう。

身震いするほどの歓声がオレたちを襲った。

ロッカールームからピッチに出る…あの時の感覚が甦る。

 

目の前には…ナイスバディ。

ビビアンジュやサイエリナほど露出は高くないが…ショーパンから伸びたスラリとした脚…タンクトップで強調された豊かな胸元…くびれたウエスト…縦長で形のいいヘソ…。

どこを見ても惚れ惚れする。

目が釘付けになる。

 

 

 

「エリティカさん、オレ、どうしても賞品のあの虹の枝が必要なんです。ここは優勝、譲ってくれないですかね?」

とダメ元で頼んでみた。

 

 

 

しかし、彼女はピシャリとオレに言い放った。

 

「認められないわ!」

 

 

 

「リサトよ…お主、そんな心構えでは、世界なぞ救えぬぞ」

 

横からじいさんが口を出した。

 

 

 

 

「なんで、アンタがそんなことを!?」

 

 

 

「それはな…おっと、そろそろ試合開始のようじゃ。続きはまたあとで…」

 

 

 

…チッ!…

 

…上手く逃げられたか…

 

 

 

「ホーク、私語はそれくらいにしておけ…」

 

「ん?あぁ…」

 

ハンフリーは臨戦態勢に入っているようだ。

オレも自分の頬を2、3度叩き、気合い入れ直す。

 

 

 

試合を取り仕切るアナウンサー兼レフリーに、所定の位置まで戻るよう指示された。

 

 

 

…やるしかない…か…

 

 

 

そして、戦闘開始の銅鑼が鳴った。

 

 

 

回復系の呪文を使うじいさんを先に潰しておきたいとこだが、エリティカさんが、なかなかそうさせてくれない。

 

長い脚を見せびらかすかのように、立て続けにキックを放つ。

 

さすが元バレリーナだけのことはある。

クルクルと回転しながら…ローキック、ミドルキック、ハイキック、回し蹴りに踵落とし…あらゆる角度から澱みなく足が飛んでくる。

それと同時に相当、股関節の柔らかいことがわかる。

 

あのイケメンくんは、初っ端からこの連続攻撃を喰らい、建て直す間もないままダウンした。

セクシーコンビが相手のときは、パンチラ、チクチラを期待しながら戦ったオレだが…そんな余裕はない。

避けるので必死だ。

もちろん、彼女のコスチュームは、それが見られるようなものではないのだが…。

 

 

 

オレがエリティカさんと対峙している間、ハンフリーがじいさんに攻撃を仕掛ける。

だが、カウンターで『ドルマ』を唱えられ、ヤツがダメージを喰らった。

 

「ぬぉ!!…」

 

「大丈夫か!?」

 

「よそ見をするな!」

 

「わかってるよ!」

 

オレはまずは防御に徹し…エリティカさんの攻め疲れ、スタミナ切れを待つが…攻撃は一向に止まない。

 

「神田明神の階段ダッシュは相当なもんですね!」

 

「ふふふ…」

 

エリティカさんは不敵に笑った。

 

 

 

 

「うっ…」

 

「ぐふっ…」

 

「うぉ…」

 

後方でハンフリーの呻く声が続く。

じいさんの呪文攻撃が結構効いてるようだ。

 

想定外。

ここまで苦しめられるとは。

 

「ハンフリー!」

 

「まだだ!まだ終わらんよ!」

 

 

 

…お前はクワトロ=バジーナか!…

 

 

 

聴き覚えのあるセリフに、オレは思わずツッコんだ。

 

 

 

気になって振り向くと、ハンフリーはどこからか例の小瓶を取り出し、中身を飲み干した。

すると…口では説明しづらいが、みるみるうちにヤツの身体にパワーが漲(みなぎ)っていくのがわかる。

 

「…すげぇ…」

 

その様子に、オレもエリティカさんも、じいさんも見入ってしまった。

 

 

 

「こらリサト!なにボケッとしてるのさ!今のうちにやっつけちゃいなさいよ」

 

 

 

「あっ!…」

 

観客席から叫ぶベロニコさんの声で、オレは我に返った。

 

 

 

「いくぜ、エリティカさん。ここからはオレの時間だ!」

 

「そうはいかぬぞ!」

 

「なに?」

 

 

 

…やべぇ!じいさんがゾーンに入った…

 

 

 

「姫!」

 

その溜めた気を、エリティカさんにパスした。

 

「まかせて!」

 

 

 

…来る!連携技だ!…

 

 

 

「『魔闘 旋風脚!』」

 

 

 

…耐えろ、オレ!…

 

 

 

「むおぉぉ!!」

 

 

 

「なんと盾になっただと?」

 

じいさんは驚きの表情を隠さない。

それもそのハズ。

ハンフリーがオレの前に仁王立ちし、無数に放たれたエリティカさんの蹴りを一身に受け止めたのだった。

 

 

 

「ハンフリー!!」

 

「わたしが全力を出せば、これくくらい…」

とヤツは言ったが、足元はふらついている。

 

 

 

連携技は諸刃の剣だ。

一撃必殺の為、決まれば威力は絶大だが、決め切れなければショックが残る。

そしてなにより、体力を使い果たしてしまうのだ。

攻撃を受けたハンフリーもヨロヨロとしているが、謎コンビにも余裕は無いように見えた。

 

それでも…

 

エリティカさんは最後の力を振り絞って、ヤツに向かってジャンプした。

途中で身体を捻り、背面からぶつかっていく。

 

「ヒップアタック!?」

 

エリティカさんのお尻が、ハンフリーの顔面にヒットした…。

 

「…お…おおぉ…」

 

ヤツの声は、心なしか嬉しそうに聴こえた。

しかし、そのまま…デ~ン…と後方に倒れやがった。

 

 

 

…テメェ!羨ましいじゃねぇか!

 

…っていうか、それだけでやられんな!っつうの…

 

 

 

きっと、オレが想像する以上に、女性に対して免疫がないのだろう。

ヤツはそのお尻にノックアウトされてしまった。

 

 

 

「エリティカさん、オレにもお願いします!」

 

「なにを言うか、このバカものが!」

 

「おっと、じいいさん!…まだ元気じゃねぇか」

 

「姫をいやらしい目で見るでない!我が孫ながら情けない!」

 

 

 

「我が孫!?」

 

 

 

「いやいや、言葉の綾じゃ。孫ほど年齢が離れているという意味じゃ。お主がエロに走るにはまだ早い」

 

「知るか!」

 

「受けてみよ」

 

 

 

…ドルマか!…

 

 

 

「見切ったぜ!」

 

 

 

「ふぐっ…」

 

 

 

「カウンターアタック、成功!」

 

 

 

「ひ、姫…」

 

「ロウ!」

 

 

 

「さて、残るはエリティカさんだ」

 

「ハラショー…」

 

「幸い、オレはまだ体力が有り余ってるんでね」

 

「待って!」

 

「ん!?」

 

 

 

「わかったわ!降参する」

 

 

 

「へっ?」

 

 

 

「残念ながら、もう、私には力が残ってないもの…。悔しいけど、負けを認めるわ」

 

「ナイスジャッジだ。オレもその綺麗な顔や身体に傷を付けるのは気が引ける」

 

「…生意気なことを言うようになったわね…」

 

そう言うとエリティカさんは、両手を上げて、降伏を宣言した。

 

 

 

「あ~っと、この瞬間、ハンフリー&ホーク=リッサート組みの優勝が決まったぁ!!」

 

レフリー兼アナウンサーの声が流れる。

 

 

 

地元の英雄を称える声と、善戦した謎コンビ…特にエリティカさんに対する声援が会場にこだました。

最後に勝ったのはオレなんだが…まぁ、この際、それはどうでもいいとしよう。

今、オレたちが必要としているのは、この歓声でも名声でもなく、賞品の虹の枝とイエローオーブなのだから。

 

 

 

正直オレはホッとした。

エリティカさんと戦わずに済んだからだ。

彼女のヒップアタックを受けられなかったのは、心残りだが…それはこの場じゃなくてもいい。

場所を変えてお願いすればいいことだ。

 

 

 

「ハンフリー…助かったぜ!あの時アンタが盾になってくれなければ…」

 

「いや、礼を言うのはこっちの方だ。大会前は私ひとりで充分だなどと言ってしまったが…キミと組んでいなければ、この優勝は無かった」

 

「そう言ってくれると、オレもこの戦いに挑んだ甲斐があるってものだ」

 

 

 

「それに…」

 

 

 

「それに?」

 

 

 

「いや、なんでもない…。悪いが少し休ませてくれないか。さすがに…疲れた…」

 

「あぁ…もちろん」

 

「表彰式は明日だ。その時にまた会おう」

 

「わかった」

 

オレとハンフリーは握手をして会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

~to be continued~

 



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その盗賊、凶暴につき…

 

 

 

「大会が終わったら、私たちの宿に遊びに来てね!」

 

オレは例のセクシーコンビ…ビビアンジュさんとサイエリナさん…に誘われていた。

 

パーティーのメンバーにバレぬよう、こっそりと「はい」と返事をしたオレ。

 

約束通り、時間を見計らって、自分の部屋を出た。

 

 

 

ウミュは一旦、寝てしまえば、まず起きない。

 

逆に眠りを阻害されれば、機嫌が悪くなり、手が付けられないほどの…『バーサーカーモード』…に入る。

 

モンスターとの戦闘時に、この特性を上手く使えば、最強になるんじゃないかと思ったりしている。

 

もっとも、敵味方関係なく、襲ってくるリスクはあるが…。

 

 

 

そして、今は…幸いなことに、ここから出掛ける上での『最難関』は熟睡中。

 

オレは浮かれ気分で宿を出た。

 

 

 

しかし、その目論見は、すぐに打ち砕かれる。

 

 

 

「リサトさん?どちらへ?」

 

「のわっ!…ことりさん!…じゃなかったセーニャさん!」

 

「どこに行くんですか?」

 

「えっ?いや…ちょっと…」

 

「夜遊びはしちゃいけませんよ!…とは言いませんけど…ほどほどにしてくださいね」

 

「あ、あぁ…」

 

「ウミュさんを悲しませるようなことは、しちゃいけませんよ!」

 

「は、はい…」

 

この人に諭されたら、反発する気などなくなってしまう。

素直に返事するしかなかった。

 

「えっと…セーニャさんは、ここで何を?」

 

「うん…なんだか胸騒ぎがして、寝付けないの…」

 

「胸騒ぎ?」

 

「邪悪な気配が漂ってるの…」

 

「邪悪な…気配…」

 

「だから、出掛けてもいいけど…気を付けてくださいね」

 

「そこは許してくれるんだ」

 

「リサトさんも、勇者さんとはいえ、お年頃ですから」

 

「ははは…」

 

 

 

「本当はセーニャが面倒見てあげれればいいんだけど…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「…ううん…あっ!あれ?あの人は!?」

 

 

 

「!?」

 

セーニャさんの視線の先へ、オレは振り向いた。

 

 

 

「じいさん!?」

 

 

 

「おぉ!リサトよ、起きておったか!それなら、話は早い」

 

 

 

「何事だ?」

 

 

 

「姫の姿が見えんのじゃ!」

 

 

 

「なに!?姫…って…エリティカさんのことか?」

 

 

 

「うむ!」

 

 

 

「リサトさん、それって、この街で起きてる…っていう…」

 

「例の行方不明事件と関係が?…」

 

「何か知っておるのかね?」

 

「いや、詳しくは…でも…セーニャさん、その邪悪な気配ってヤツの出所(でどころ)は?」

 

「孤児院の方から…」

 

「孤児院…って…確か…ハンフリーが働いてるんじゃなかったっけ?」

 

「うん…」

 

「ヤツなら何か知ってるかもしれない」

 

「付き合ってくれるかね?」

 

「あぁ、もちろん!アンタたちには色々、訊きたいこともあるしな」

 

「では、参ろう」

 

「私は、みんなを呼んできますね!」

 

「いや、ここはオレたち2人で…」

 

「そうはいきません。リサトさんに何かあったら困ります!」

 

「あぁ…じゃあ、先に行ってるよ」

 

「はい、わかりました!」

 

「じいさん、急ごう!」

 

「うむ」

 

 

 

オレたちが孤児院に着くと、見るからに怪しい、大きな横穴が空いていた。

 

「まるで『ここにいます!』と言わんばかりだな」

 

じいさんは、コクリと首を縦に振った。

 

 

 

その穴に入ると、それは地中へと続いていた。

あまりに粗っぽい手口。

 

 

 

…誘われてるな…

 

 

 

そう直感した。

 

 

 

思いの外(ほか)地下道は広いが、蜘蛛の巣だらけで、オレの脚を鈍らせる。

あまり好きな人はいないと思うが、例外なく、オレも嫌いだ。

顔に纏わりつく感じが、どうにも堪えられない。

不快な思いをしながら、しかし、それを掻き分けて前に進む。

 

 

 

どれだけ歩いたろうか…。

 

 

 

「リサト!」

 

「あぁ、嫌な感じが、ビシビシ伝わって来るぜ」

 

目の前に現れた大きな扉。

その中に何かいることは、間違いなかった。

 

オレたちは音を立てないよう、それをゆっくり開けた。

 

 

 

…!!…

 

…ハンフリー!?…

 

 

 

オレが目にしたのは、ヤツの後ろ姿だった。

 

そして、その奥には…地面に横たわるエリティカさん。

 

さらにその向こうに…蜘蛛の姿をした巨大モンスター…。

 

よく見れば、天井から『繭』のようなものが、複数ぶら下がっている。

 

 

 

…この中に、行方不明者が?…

 

 

 

「シュルルル…。そやつが今日の獲物か…。ほほう…これは極上の女戦士だな」

 

巨大蜘蛛が、ハンフリーに向かってそう言った。

 

それに対して、ヤツは黙ったまま頷いた。

 

「では、早速、『そやつのエキス』も絞り出してやろう。ハンフリー、こっちへよこすのじゃ」

 

 

 

…エリティカさんのエキスを吸う…って…

 

…なんか、エロいな…

 

 

 

…って、おいおい…

 

 

 

オレはじいさんの顔を見て、飛び出すタイミングを合わせた。

 

 

 

しかし、その時だった。

 

 

 

「それは、認められないわ!」

 

ハンフリーの前で倒れていたエリティカさんが、跳ね起きた。

 

「アンタが、黒幕?」

 

「むっ!捕まったフリか!?」

とハンフリー。

顔に動揺が見える。

 

 

 

「リサトさん!」

 

「おぉ、セーニャさん!」

 

「私たちもいるわよ!」

 

「シルビア!」

 

 

 

「なんだ、お前たちは!!」

 

その声に気付き、巨大蜘蛛が叫ぶ。

 

 

 

「エリティカさんと…その仲間たち!かな?」

 

「ハラショー!」

 

彼女は目を丸くした。

じいさんはさておき、オレたちが駆けつけたことは、意外だったようだ。

 

 

 

「ハンフリー、どういうことだ!?説明しろ!」

 

 

 

「孤児院を守る為だ…」

 

 

 

「あぁ?」

 

 

 

「ふっ…まぁ、この状況では何を言っても理解するまい」

 

「あぁ…」

 

「だが、この秘密を知ったからには…生かしては返せん」

 

「正気か?いくらお前でも、この人数が相手じゃ、勝ち目がないぜ」

 

「それはどうかな?」

 

ヤツはそう言うと、例の小瓶を取り出し、ゴクリと飲んだ。

 

「ハンフリー…」

 

見る見るうちに、パワーアップしていくのがわかる。

 

 

 

「リサト、倒すべき相手は…」

 

「じいさん、わかってるよ!」

 

 

 

…コイツと闘っても意味がない…

 

…先に殺(や)るのは、巨大蜘蛛だ…

 

 

 

だが

「いざ!」

とハンフリーはオレたちに対峙した途端、胸を押さえて倒れこんだ。

 

 

 

「ぬっ?…おぉ…ぉ…ぉあ…」

 

 

 

「ハンフリー!?」

 

 

 

「…飲み過ぎたか…」

 

そう言ってヤツは嘔吐すると、そのまま突っ伏した。

 

 

 

「セーニャさん!」

 

「はい、大丈夫です。まだ、息はあります!」

 

「頼む、死なせないでくれ!」

 

「はい!」

 

 

 

「役立たずめ。まぁ、所詮、この程度の男よ。さて…とんだ邪魔が入った…と言いたいところだが…まとめて始末してくれよう!」

 

巨大蜘蛛が吠える。

 

「けっ!やられるかよ!…いくぜ…って、なんだよこれは!動きが…」

 

「ネバネバの糸攻撃ね!」

 

「シルビア!」

 

「ベロニコちゃん、なんとかならない?」

 

「任せて!…ベギラマ!」

 

彼女の呪文が炸裂して、糸を焼き切った。

 

「ナイスです!」

 

「当たり前じゃない、アタシを誰だと思ってるの?宇宙№1魔術師…」

 

「…言ってる場合ですか!次の攻撃が!」

 

「きゃあ!」

 

糸の次は、トゲ攻撃だ。

 

「ほら、よそ見してるから!」

 

「うるさいわねぇ!」

 

「2人とも、言い争いは後にしなさい」

 

シルビアが怒鳴った。

 

「それはわかってるけど…この攻撃は、厄介だぜ!距離が詰められねぇ!」

 

「支援はワシに任せるのじゃ!」

 

「じいさん!」

 

「私も支援しますよ!」

 

「セーニャさん!」

 

 

 

「ふん!ザコの分際で!」

 

 

 

「どわっ!また糸か!」

 

「トゲも来たわよ!」

 

「回復が間に合わん!」

 

「じいさん、マジか!!」

 

 

 

「喰らえ!」

 

巨大蜘蛛が何かを呟いた。

 

 

 

…なんだ!?…

 

…何をした?…

 

 

 

「あれ?私は何をしようとしてたのかしら?…」

 

「シルビア!?」

 

 

 

「アタシも…」

 

「ベロニコさん!?」

 

 

 

「『メダパニーマ』にやられたか!」

 

「じいさん!」

 

「混乱状態に陥っておる!気を付けよ!こっちに向かって襲ってくるかも知れんぞ!」

 

「おい、おい…そりゃねぇぜ…」

 

「エリティカさんは無事か!?」

 

「えぇ!でも…」

 

「近づけなきゃ、攻撃は難しいか…」

 

 

 

「そういうことなのですね…私の眠りを邪魔したのは…あの蜘蛛が原因なのですね…」

 

オレの後方で、これまで存在感ゼロだった『ヤツ』が、ボソッと囁いた。

 

 

 

「ウミュ!?居たのか!」

 

 

 

「はい、こと…いえ、セーニャさんに『無理矢理』起こされましたので…」

 

 

 

「ごめんね…」

とセーニャさんはペロッと舌を出した。

 

 

 

「成敗致します!」

 

言うが早いか、ウミュはブーメランをブン投げた。

ブチブチと音を立てて、粘着質な蜘蛛の糸が切り取られていく。

 

 

 

「まだまだです!」

 

ウミュは短刀を抜くと、単身、巨大蜘蛛に突っ込んでいった!

 

「えぃっ!えぃっ!えぃっ!えぃっ!えぃっ!」

 

ウミュは鬼神のような表情で、連続攻撃を喰らわした。

 

 

 

「なにぃ!?」

 

これには、ヤツも虚を突かれたようだ。

 

 

 

 

「うぐっ…」

 

巨大蜘蛛の表情が歪んだ。

 

 

 

「リサトさん、今がチャンスです!」

 

「セーニャさん?」

 

「私と心をひとつにして、祈ってください!」

 

「身体を…じゃなくて?」

 

「心です!」

 

さすがにムッとしたような顔をした。

 

「りょ、了解!」

 

 

 

…なんだかわからないけど…

 

…あの巨大蜘蛛を倒せますように…

 

 

 

その瞬間だった!

 

 

 

「『聖なる祈り』」

 

 

 

…連携技!?…

 

 

 

「はい!これで、全員の守備力と回復力が上がりましたよ!」

 

「やるなら、今ってことか!」

 

「はい!」

 

 

 

「姫!」

 

「ロウ!」

 

「ウミュ!」

 

「リサトさん!」

 

 

 

一斉攻撃、炸裂!!

 

 

 

 

 

「ぐおっ…バカな…この私が敗れるとは…」

 

 

 

 

 

「やったか!?」

 

「うむ…」

 

 

 

「はっ!私はいったい何を…」

 

「アタシも…」

 

 

 

「どうやら混乱は治まったようじゃな」

 

「あぁ…でも、今の巨大蜘蛛は相当ヤバかったぜ!ウミュが突っ込んでいかなければ…」

 

「えぇ、やられてたかも知れないわね…」

 

エリティカさんが、オレに同意した。

 

「サンキューな、ウミュ!」

 

 

 

「寝てますよ…」

と笑いながらセーニャさん。

 

 

 

…眠り狂四郎か!…

 

 

 

オレは釣られて笑った。

 

 

 

「うぅ…」

と呻きながら身体を起こしたのは、ハンフリーだ。

 

「悪の元締めは倒したぜ!だから、何がどうなってるのか、洗いざらい話してもらおうか…」

 

ヤツは観念した…という感じで、ポツリポツリと、これまでの経緯を説明し始めた。

 

 

曰く…

 

16年前…さっきの巨大蜘蛛『アラクラトロ』…はユグノア王国を襲った際、討伐にやってきたグレイグ将軍に返り討ちに遭い、手痛いキズを負わされたらしい。

しかし、何かの拍子に、自身のキズを癒やすには『強い人間から抽出したエキスを吸収すること』だと気付く。

そして、そのエキスは人間が飲むとパワーアップする…という効果もあったようだ。

 

そして、ここグロッタの街は…幸か不幸か…その襲撃がキッカケで武闘会が開かれるようになり…力自慢、腕自慢の強者どもが集まるようになった。

 

孤児院を維持する為、大会に出て優勝し、その賞金が欲しかったハンフリーは…自身のキズを癒やす為、強い人間を集めたかったアラクラトロの甘言に乗せられ、不本意ながらも『悪魔の契約』を結んでしまった。

 

つまり…それが、あの謎の小瓶の中身であり、武闘家たちが次々と行方不明になるという事件の真相…なのだと言う。

 

 

 

「さぁ、オレを焼くなり煮るなりしてくれ。こうなった以上…どんな裁きも受けよう」

 

ヤツはオレたちの前で正座をした。

 

 

 

「それなら改心して、イチから出直しなさいよ」

 

「ベロニコちゃん…」

 

「方法は間違ってたけど…孤児院を守らなきゃ…っていう志に嘘はないんだから」

 

「ニコちゃん…」

 

「ウソで偽りのヒーローを演じても…虚しいだけじゃない…。アタシも向こうの世界で、それを体験してるからさ…」

 

 

オレは彼女の言ったことの意味は、あまりよくわからない。

 

だが、ウミュ、セーニャさん…そしてエリティカさんが大きく頷いているところを見ると、それぞれ思い当たる節があるのだろう…。

 

 

 

「ハンフリーとやら…今回の件は、ワシらで上手く誤魔化そう。じゃから、あとはお主が…」

 

ロウにそう諭されると、彼は正座したまま、静かに頭を下げた。

 

 

 

 

~to be continued~

 



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どんでん返し…からの…

 

 

 

…結局、セクシーコンビのところに行きそびれてしまった…

 

 

 

勇者として一仕事したオレだが、男としてのそれは出来ずに夜を明かした。

結局、悶々として寝付けないまま、集合時間となった。

 

 

 

「おはよう、リサトちゃん!…どうしたの?機嫌悪そうね」

 

「ん?シルビアか…アンタにゃ関係ないよ」

 

「これから表彰式なのよ、もっと晴れやかな顔で行きましょう!」

 

「まぁ…それはそうだけど…」

 

「…おはようございます…」

 

「おぉ、ウミュ!昨晩はお疲れ様!」

 

「…不覚にも、ほとんど覚えておりません…」

 

「マジか!?」

 

「無理矢理、起こされたことは記憶しておりますが…」

 

「あぁ…そう…」

 

 

 

…あんだけ暴れておいて…

 

…ある意味、恐いな…

 

 

 

「どうかしましたか?」

 

オレが不思議そうな顔をして見ているのに、ウミュは気が付いたようだ。

 

「いや、なんでもない」

 

ヤツが眠っているときは、おとなしくしていようと心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

会場に着くと、スタッフが忙しそうに、右往左往していた。

表彰式…ただそれだけのはずなのに、かなり慌しい。

 

 

 

…何かあったか!?…

 

 

 

それはオレ以外のメンバーも感じているようだ。

全員が警戒モードに入った。

 

 

 

「ホークさんは、こちらへ」

と係員に促され、オレは控室へ…ウミュたちは観客席へと向かった。

 

「そっか…ホーク=リッサートって名前で出てたんだっけ…」

 

この大会は仮面武闘会だった。

故に表彰式だけ「素顔」というわけにはいかないらしい。

 

「リサトちゃん、用心してね」

 

シルビアは別れ際に、そう囁いた。

 

 

 

控室にはすでに、ハンフリーがマスクを付けて待っていた。

昨日の今日のことだ。

こういう時はなんて言っていいものやら…バツが悪い。

それはヤツもきっと同じだろう。

 

ただ一言

「昨晩のことは…」

とだけ、呟いた。

 

「あぁ…」

 

 

 

…みなまで言うな…

 

 

 

そんな感じだ。

 

 

 

お互い無言のまま、時間だけが過ぎる。

そうしているうちに、オレは大事なことを思い出した。

 

「なぁ…ハンフリー…ひとつ相談があるんだが…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「優勝賞金は全てお前にやる。その代わり…賞品の方は、オレにくれないか」

 

 

 

「賞品?」

 

 

 

「虹の枝ってヤツだ」

 

 

 

「あぁ…あれか…」

 

 

 

「確かにキラキラ光っていて綺麗だし、飾り物としての価値がないわけじゃないが…アレの本来の使い道は別にある。大袈裟に聴こえるかも知れないが、世界を救うための重要なアイテムなんだ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「実は…オレがこの大会に出場した理由も、アレが目的だった。一応、優勝したわけだし、その権利があると思ってるんだが…悪いけど、譲ってくれないか」

 

「…今の私に断る権限はない…」

 

「まぁ…弱みに付け込んだみたいで、オレもいい気はしないだけどさ…」

 

「あぁ…」

 

 

 

「では、そろそろ時間です」

 

係員の呼び掛けに、オレたちは腰を上げた。

 

 

 

…ようやくこの重苦しい空気から開放されるぜ…

 

 

 

「皆様、大変長らくお待たせ致しました。これより表彰式を行います!まずは準優勝チームから!!…えっ?来てないの?…辞退?それもわからない…あ、そう…困ったな…仕方ないから、先に優勝チームに行けって?…わかりました…ごほん!すみません、手違いがございまして…準優勝チームは会場に来ていないようです」

 

 

 

…これか?スタッフがバタバタしてた原因は…

 

…ってか、どこ行ったんだ?あの2人…

 

 

 

…あっ!まさか、オレたちに賞品を譲るために…

 

 

 

…姿を消した?…

 

 

 

なるほど。

それはありえる。

詳しくはわからないが、どっちもオレの素性を知ってるようだった。

ならば、オレたちがそれを必要としていることも、わかってるハズだ。

 

 

 

…エリティカさんは、ああ見えて意外と恥ずかしがりやなのかな?…

 

 

 

オレはじいさんの存在を無視して、勝手にそんなことを考えていた。

 

 

 

「では、改めまして…優勝チームの発表です!!」

 

結果はわかっていても、場内は一瞬静かになった。

 

 

 

「並みいる強豪を退け、見事連破を果たしたのは、わが街グロッタの英雄…ハンフリー!!」

 

どぅ!!と湧き上がる歓声。

 

ヤツは『外連味(けれんみ)』たっぷりにクルクルとターンをかましながら、両腕を上げた。

 

 

 

…なかなか、役者じゃねぇか…

 

 

 

これまでのクールなイメージとは違った派手なアクションに、オレは少し驚いた。

 

 

だが、直後、もっとびっくりすることが起きる。

 

 

ヤツは進行役の手からマイクを奪うと、オレに対してこう言い放ったのだ。

 

「ホークよ!この街でチャンピオンを名乗るのは1人でいい。この賞金と賞品が欲しくば…オレを倒してみろ!!」

 

 

 

「…」

 

 

 

開いた口が塞がらない…とはまさにこのことだ。

まったく予想もしていなかった展開。

WWEも真っ青だぜ。

シルビアたちを見てみると…ヤツらも一様に目が点になっていた。

 

 

 

「てめぇ、どういうつもりだ!!」

 

 

 

「どうもこうもない。どこの馬の骨ともわからない者に、チャンピオンの座を譲るつもりはない。それだけのことさ」

 

 

 

「けっ!!昨日のことを、悔い改めたのかと思いきや…」

 

だが、事情を知らない観客たちは、このヤツの言動に盛り上がっている。

 

 

 

「その通りだ!!ハンフリー!この街を守るのはお前だぁ!」

 

「お前が最強だってことを、知らしめてやれぇ!!」

 

 

 

…おいおい、一転してオレがヒールかよ…

 

 

 

「まだ、呪縛が解けてないのか?」

 

 

 

「なんのことかな?」

 

ヤツはニヤっと笑うと、いきなり拳を振り回してきた。

 

 

 

「おわっ!!」

 

 

 

オレと組んでの戦いは、どちらかというと後方支援を主としてきたハンフリー。

『受けが強い』というのは、これ以上ないほど知っている。

 

だが…

「ふんっ!はっ!とあっ!!」

カンフー映画ばりの速さで、突きや蹴りを繰り出してくる。

ベロリンマンのパワーと、エリティカさんのスピードを足したような攻撃だ。

 

 

 

表彰式ということで、油断した。

主力武器である大剣は、今、手元にない。

オレは丸腰である。

かわすのに精一杯だ。

 

 

 

…バカヤロー、強ぇじゃねえか!…

 

 

 

大会前に「オレひとりでも充分だ」と言っっていたのも理解できる。

 

 

 

…だったらなんで、あんなことに手を染めた!?…

 

 

 

フツフツと怒りが沸き上がってきた。

 

 

 

オレは勇者になってから日が浅い。

…というか、今、この場においてもその自覚はない。

だが、日々の闘い…その1戦1戦において、着実にレベルアップしていることは感じている。

それは、この大会の1回戦より、2回戦…2回戦より3回戦…ということもそうだし、昨日の巨大蜘蛛での闘いでもそうだ。

 

だから…

 

「一昨日までのオレだと思ったら、大間違いだぜ!!」

 

ヤツの攻撃を見切ったオレは、ゆらりと上体を揺らして…カウンターで蹴りをブチかました。

 

 

 

「なんだ!今のは…」

 

 

 

「元カノの得意技…『エラシコ』の応用編!ってとこかな?まぁ、元々はオレが教えたんだけどね」

 

 

 

「何をわけのわからぬことを」

 

 

 

「おっと…お次は…『マルセイユルーレット』からの…ジャンピングボレー!!」

 

 

 

「ぬおっ!!」

 

 

 

「もうひとつ!左のローキック!!と見せかけての…『ラボーナ』!」

 

 

 

オレが繰り出す『足技』に、ハンフリーは完全に翻弄されている。

そりゃ、そうだ。

この世界には、そんなもの存在しないのだから。

 

 

 

「すまん!『トリッピング』の反則だ!」

 

足首の辺りを蹴って、ヤツをよろめかせた。

 

オレは素早く離れて距離を取る。

そして一気にダッシュして…ロンダート!…からのバック転!からの…バック宙!からの…

 

「オーバーヘッドキック!!」

 

キャプテン翼でアルゼンチン代表『ファン=ディアス』が決めた大技だ。

もちろん、オレは試合で披露したことなど一度もないが…ここでは完璧にヤツの脳天にヒットした。

 

 

 

「ぐぁ!!」

 

 

 

…手応え…いや『足応え』はあった…

 

 

 

「倒れろ!!」

 

オレは心の中で念じる。

 

 

 

すると…

 

 

 

ドスン…と音を立てて、ヤツは前のめりに倒れた。

しかし、よろよろとしながらも起き上がる。

 

「ちっ!そう簡単にはいかないか」

 

やはりディフェンス力は並じゃない。

 

 

 

「さて、ここからどうやって仕留めるか…」

 

 

 

ところが、そう思った矢先のことだ。

ヤツはポケットから例の小瓶を取り出したのだ。

 

 

 

「わっ!バカ!まだそんなものを!!」

 

 

 

「ふふふふ…」

 

そう笑って高々と、それを観客に見せた。

 

 

 

…何をする気だ…

 

 

 

そこからの行動が、予想外だった。

 

 

 

「私は…私は今まで、この小瓶の力を借りて闘ってきた。この中身は…悪魔に魂を売って手に入れた『禁断の液体』…」

 

突然始まった『演説』にざわめく観客たち…。

 

「この小瓶の力がなければ…私の優勝などありえなかった…私の強さは…魔物の力を借りた、嘘、偽りのもの」

 

みんな事態が飲み込めないでいる。

 

「私はこの街の英雄でもなんでもない。こんなことをしなければ何もできないインチキ野郎なのだ」

 

ここまで喋って、ようやくヤツが何を言っているか理解したようだ。

 

 

 

すぐさま

 

「裏切り者!」

 

「卑怯者!」

 

「金返せ!!」

 

などの罵声が飛ぶ。

 

 

 

「だが!!」

 

それはその野次を黙らせるには充分なほど、威圧感のある声だった。

 

 

 

「それも今日でサヨナラだ」

 

ヤツは持っていた小瓶を、そのまま握り潰した。

 

 

 

「おっ?」

 

オレはまさかの展開に、呆然としてしまった。

 

 

 

「ホーク…お前が一昨日までのお前でないように、私も一昨日までの私でない。あんなものに頼らなければ勝てないような私は、今、この瞬間に捨て去った…」

 

 

 

「あ、あぁ…」

 

 

 

「だが…同時に…これ以上闘う力も…失った…」

 

 

 

「あぁ?」

 

 

 

「私の…負け…だ…」

 

そこまで言うと、ヤツは再び身体を地面に沈めた。

 

 

 

「ハンフリー!!」

 

 

 

「格好付けんじゃねーぞ!!」

 

「そうだ!そうだ!」

 

一度は静まった観客だったが、すぐさま怒声に変わる。

場内はハンフリーに対する『帰れコール』で埋め尽くされた。

 

 

 

「うるさいわよ!!」

 

そこに立ちはだかったのは…ベロニコさんだった。

 

「自分たちは闘うこともしないで…やれ裏切り者だ!やれ卑怯者だ!…なんて、そんなこと言える立場なの!」

 

 

 

「なんだ、このチビ」

 

「おぅ、よそ者の癖に、知ったかぶりしてるんじゃねぇよ!」

 

そんな声が聴こえた。

 

 

 

「人を見た目で判断するんじゃないわよ!!」

 

怒鳴ったのはシルビアだ。

 

砂漠の国の…ファーリス王子…彼を蔑んだ時と同じ、悲しい目をしている。

 

 

 

「…」

 

その一喝で、場内は水を打ったような静けさとなった。

 

 

 

「悪いのは…オレだ…何を言われても…仕方ない…」

 

ハンフリーは倒れたまま、呟いた。

 

 

 

「ハンフリーはねぇ…孤児院を守る為…この街を守る為…強くなろうと決めたのよ!魔物に魂を売ってまでしてね!今、この会場に、それだけの覚悟を持って、誰かを守ろうっていう人がいる?いないでしょ…」

 

シルビアの言葉に観客は聴き入った。

 

 

 

「いや…そんな慰めはいらない…」

 

 

 

そんなハンフリーにベロニコさんは

「いい?アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃないの!みんなを笑顔にさせる仕事なの!」

と告げた。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「英雄だって同じでしょ!強さを見せるのが仕事じゃないんじゃない?みんなを強くさせるのが仕事…そうでしょ?それをよ~く自覚しなさい!」

 

 

 

…さすがベロニコさん…

 

…身体は小さくても、言うことは大人だ…

 

 

 

「…そうだな…」

 

ハンフリーは彼女の言葉に、大きく頷いた。

 

 

 

「改めてみんなに謝罪する。オレは…一度は魔物に魂を売った男だ。だが…今、それとは決別した。許して欲しい…とは言わないが…イチから身体も精神も鍛え直し…これからも孤児院とこの街を守っていきたい…だから…」

 

そして、ヤツは言葉を失った。

 

 

 

観客席からは歓声と、ブーイングが入り雑じっている。

それはそうだろう。

全ての人が許すとは思えない。

逆に全てが拒否するとも思えない。

割れて当然だ。

 

 

 

ヤツのこれからは茨の道だ。

重い十字架を背負って生きていくことになる。

だが、真に悔い改めたのなら…いずれ…自ずと彼らに受け入れるだろう。

 

 

 

「じゃあな、ハンフリー。さっき控え室で話した通りだ。賞金はくれてやる。だから…」

 

 

 

「いや、その約束は受け入れられない」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「賞金も持っていけ…オレにはその資格はない」

 

 

 

「ハンフリー…」

 

 

 

「裸一貫やり直すさ。無駄な賞金など無い方がいい」

 

 

 

「そうか…わかった…。それじゃあ、その言葉、ありがたく頂くぜ」

 

 

 

「それが…その…」

 

オレとヤツの会話に割り込んできたのは、進行役の男だ。

 

 

 

「ん?どうした?」

 

 

 

「実は…」

 

 

 

 

 

「なにぃ!?賞品が盗まれただぁ!?」

 

 

 

 

 

~to be continued~

 

 



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じいさんがじいさん?

 

 

 

「優勝賞品が盗まれたぁ!?」

 

 

 

まったく、色々と想定外のことが起きる。

ハンフリーとの一件も終わり、あとはそれを受取ったら、このミッションは終わり…そう思った瞬間、これだ。

 

 

 

「ちょっと、盗まれたってどういうことなのよ!」

 

事態を聴いて、客席からベロニコさんたちがやってきた。

 

 

 

「それが…朝までは確かにあったのですが、表彰式が始まる前に見たら、無くなっていて…」

 

彼らがバタバタと、忙しく慌てふためいていた原因は、これだったのか。

 

 

 

「その代わり、現場にはこれが…」

 

スタッフがオレたちに見せた物。

 

 

 

「これは!?…」

 

 

 

「ロウちゃんとエリティカちゃんが付けてたマスクじゃない」

 

「あぁ」

 

 

 

「それともうひとつ、こんなものが残されていました」

 

「手紙?」

 

 

 

〉リサトよ、ユグノア城跡で待っている

 

 

 

差出人は不明…。

だが、この状況からしてロウが書いたものだということは明らかだ。

 

 

 

「どういうことでしょうか?」

 

「まぁ、理由はよくわからないが、あの2人が賞品を持ち去った。そして、それが欲しかったら、ここまで取りに来い!ってことじゃないか?」

 

「なぜ、そのようなことを?こういうことをする人たちには思えないのですが…」

 

「オレに訊くなよ」

 

「何か心当たりはないのですか?」

 

「無いよ、無い」

 

「とにかく行ってみるしかないわね」

 

シルビアがオレに決断を促した。

 

「あぁ…そうするしかないみたいだな」

 

 

 

 

 

このグロッタの街から南西に進んだところに、ユグノア城跡はあった。

しっかりと手入れがされていれば観光名所にでもなり得るのだろうが…雑草が伸び放題で、とてもそんな感じではない。

当時は…それはさぞ、立派な城だったであろうことは想像できなくないが、今はほとんどの壁が崩れ落ち、まさに城跡である。

廃墟という言葉がふさわしいかもしれない。

 

あちらこちらにドラゴンの姿も見える。

しかし、オレたちを物珍しそうに見てはいるものの、こっちがちょっかいを出さない限り、襲ってくることはなさそうだ。

とはいえ、決して居心地のいい場所ではない。

 

 

 

「なぜ、このような場所に?」

 

さっきからウミュは、誰もが思っている疑問を何度も口にしている。

そう言わずにはいられないのだろう。

もちろん誰もその答えを知らない。

さぁ…と返す以外なかった。

 

「ですが、リサトさん。もしかしら、何かのワナかもしれません。充分、用心したほうが…」

 

「エリティカさんに限ってそんなことはないと思うけど…」

 

「ふん!甘いわよ!ちょっとくらいスタイルがいいからって鼻の下を伸ばしてると、痛い目に遭うんだから」

 

「はい、ベロニコさんの言う通りです!」

 

2人とも、恐い顔をしてオレを見ている。

 

 

 

…ウミュ、さっきはお前が「こういうことをするような人たちじゃない」って言ったんだけどなぁ…

 

 

 

「そ、そうですね…」

 

しかし、逆らうと怖いので、オレは彼女たちの視線から逃れるように、明後日の方向を向いた。

 

 

 

 

 

敷地内を彷徨うこと数分。

オレたちの眼前にヤツの姿が現れた。

謎コンビのじいさん…ロウだ。

 

 

 

「待っておったぞ」

 

「随分と偉そうだな…」

 

「まぁ、その理由を今から教えてやるわい。ところで、これがなんだかわかるかね?」

 

じいさんは、自分の後ろに建っている…人間の背丈ほどもある石碑を指差した。

 

「…墓石?…」

 

「その通りじゃ」

 

「どなたのでしょうか?」

 

「この国の…ユグノアの国王夫妻のじゃ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「何を隠そう…2人は…リサトの…両親じゃ…」

 

かなり勿体ぶって、オレたちにそう告げた。

 

 

 

「オ、オレの…両親!?」

 

 

 

「そして、お主はワシの孫なんじゃ」

 

 

 

「なにぃ!?じいさんが…オレの…じいさん?」

 

 

 

「リサトちゃん、その言い方はややこしいわよ」

 

 

 

「ワシの娘が…お主の母親じゃ…」

 

 

 

「マジか!!」

 

まったく、色々想定外なことが起こる。

ついにこのタイミングで肉親が現れやがった!

しかし、そうであれば、じいさんの偉そうな口調も納得できる。

 

 

 

「16年前、魔物にこの国が襲われたときに…2人は亡くなり、孫は行方不明になった。絶望の中…それでもワシが生き残ったことに意味があるのだと、これまでやってきたのじゃ。」

 

「それは、さぞお辛かったことでしょう…」

 

ウミュは今にも泣きそうな顔をして言った。

 

「良かったね!リサトちゃん!」

 

見れば、シルビアもベロニコさんも…そしてセーニャさんもしんみりとしている。

 

 

 

感動の対面!!

 

 

 

みんな勝手にそんな雰囲気になっている。

 

だが

「ちょっと待ってくれ!感極まっているところ申し訳ないが…当の本人は、まったくそんなこと思ってないから」

とオレは少し冷静だ。

 

 

 

「?」

 

みんなが不思議そうな顔をして、オレを見る。

 

 

 

「そりゃそうさ!オレはこの間まで『イシの村で生まれ育ったもの』…と思っていたんだぜ。それがいきなり、否定されたのみならず…『勇者の生まれ代わり』だと言われ…挙句の果てには、突然『両親はユグノアの国王夫妻』でした…でも『死んでます』とか…わけのわからない、じいさんに『お前は孫じゃ』とか言われて…『おぉ!!』ってなるか!ならないだろ?」

 

 

 

「なによ!ムードのかけらもない男ね!」

 

「リサトちゃん。それは口にしちゃだめよ」

 

「はい、確かにリサトさんはそういうところがあります。デリカシーがないというか。特に女性に対して…」

 

「ウミュ、それは今、関係ないだろ」

 

「いえ、毎回毎回『あの人、きれいだね』とか『あの人、胸が大きいね』とか、報告しないでください。私だって、見ればそれくらいのことはわかりますから」

 

「情報は共有しておいたほうがいいだろ?」

 

「そういうことを言ってるのではありません」

 

「まぁまぁ、リサトちゃん、ウミュちゃん」

 

「うふふ…」

 

「セーニャさん、笑ってる場合ではありません!」

 

「やれやれ…」

 

じいさんは頭をポリポリと掻いた。

 

 

 

 

 

「ユグノア王国は確か、バンデルフォン王国と共に魔物に滅ぼされたのでしたよね?」

 

ひと段落してから、ウミュがじいさんに訊いた。

 

「いかにも。その魔物を退治したのが、デルカダール王国のグレイグ将軍じゃ。見たと思うが、グロッタでは街を救った英雄として、巨大な像が建てられておる」

 

 

 

「あぁ、見たよ。でも、そのデルカダールの国王から『悪魔の子』呼ばわりされて、オレは今『お尋ね者の身』なんだぜ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「あれ、それは知らなかった?」

 

「悪魔の子の噂は聴いておったが…お主のことだとは!?いったい、あやつは何を考えておる…」

 

「こっちが訊きたいよ」

 

「うむ…」

 

「…で、本当なのか?オレがユグノアの国王の息子だってことは?」

 

「間違いない。その左手の甲のアザが何よりの証拠じゃ」

 

「これか…。いつ気付いた?」

 

「グロッタの街で見かけたときじゃ。ワシらは行方不明事件を追って、あそこに入ったのだが」

 

「あぁ、昨日の?」

 

「魔物が放つ、邪悪な気配が漂っておった」

 

「じいさんたちは、魔物ハンターなのか?」

 

「まぁ、似たようなもんじゃ」

 

「ふ~ん…」

 

「そしてその時に…一般人にはない…敢えて言うなら『勇者のオーラ』…みたいなものを感じたのじゃよ…。その気配の出所を探っていったらリサト…お主がいたわけじゃ」

 

「へぇ…オレからそんなものが出てるんだぁ」

 

「すれ違った時に、そのアザを見て、確信した…ってことかしら」

 

シルビアが訊くと、じいさんは頷きながら

「さすがに、生きてはいまい…そう思っておったのじゃが…」

と答えた。

 

「それは驚かれたでしょうね?」

 

「うむ…こんなに美人さんを引き連れて旅しているとは…」

 

「はい?今、なんと?」

 

ウミュはじいさんの言葉に耳を疑い、訊き直した。

 

「い、いや…何も言っておらんよ。はっはっはっはっ…気にするでない」

 

「は、はぁ…」

 

 

 

…なぜでしょう…

 

…一瞬、リサトさんが喋っているのかと思ってしまいました…

 

 

 

「ゴホン!!そういうわけでリサトよ…記憶も実感もないかも知れないが…無事にこれまで生きてきたことを、お主の両親に報告して欲しいのじゃ」

 

「あぁ…そういうことなら…まぁ…」

 

「エレノアよ…アーウィンよ…喜ぶがいい。息子はご覧の通り、逞しく成長しておったぞ…」

 

じいさんは墓石に向かって、そう呟き、手を合わせる。

 

 

 

…エレノアが母親の名か…

 

…エレノア?…

 

 

 

…エリティカ…

 

 

 

…まさか…オレと彼女は血縁関係にある?…

 

 

 

…いや、いや、そんなバカな…

 

 

 

オレの中に、一気に吹き出してきた疑念。

だが、今、それを口にするのは躊躇われた。

ここはじいさんに倣って、オレも手を合わせる。

 

 

 

…そう言えば、イシの村に残してきたアヤノは…

 

…父親を事故で亡くしたんだったな…

 

…突然のことだからな…

 

…そりゃあ、やりきれないよなぁ…

 

 

 

身近な人が亡くなるというシチュエーション…オレはまだそういったものに直面したことがない。

 

だから、オレは本当の意味での悲しさや寂しさを、まだ知らない。

 

 

 

それでも…

 

 

 

オレも…『向こうの世界では健在なハズの両親』が、亡くなったことを想像してしまい…ちょっぴりセンチな気分になった。

役者は、そんなことを考えながら、涙を流す演技をするのだろう…。

 

 

 

「もうひとつ、付き合ってほしいことがある…」

 

「あぁ」

 

「この奥の、丘を登ったところに祭壇がある。そこで『鎮魂の儀式』を行いたいのじゃ」

 

「鎮魂の儀式?」

 

「非業の死を遂げた者を弔う…ユグノアの王家に代々伝わる儀式じゃ」

 

「断る理由はない」

 

「うむ…では、行こう」

 

 

 

 

 

じいさんに先導されて、オレたちは祭壇に向かうと、そこにはエリティカさんが立っていた。

 

 

 

「姫…仕度は?」

 

「えぇ。準備は済んだわ」

 

「ご苦労じゃった」

 

 

 

この状況では、さすがのオレもふざけたことはできない。

黙ってその様子を見守ることとした。

 

 

 

「魔物によって非業の死を遂げた者は…未練を残し、この世を迷うという…。そんな魂を救う儀式じゃよ」

 

じいさんが手にしたステッキの先に明かりが灯ると、どこからともなく淡い光を放つ蝶の大群が現れた。

 

「この蝶を人の魂に見立て…命の大樹へと送るのじゃ」

 

 

 

この場で使うのには不謹慎な言葉かも知れが、それはあまりにも『幻想的』だった。

何千、何万という蝶の群れが、柔らかで優しい光となって空に飛び立っていく光景は、オレたちの心も穏やかにさせていく。

それは、それは見事なものだった。

 

 

 

「これで娘も、ムコ殿も安らかに眠れるじゃろうて…」

 

「よかったですね」

 

「うむ、ありがとう」

 

「…ところで、じいさん…」

 

「ん?」

 

「オレもいろいろ訊きたいことがあるんだが…」

 

「だろうな」

 

「オレがユグノアの国王の息子だとすると…オレは王子ということになる」

 

「いかにも」

 

「一方、じいさんはエリティカさんのことを、ずっと『姫』って呼んでいる」

 

「確かに…」

 

「…ってことはさぁ…オレたちは…」

 

 

 

「その先は、本人から聴くがよい」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「ワシはここにもうしばらくおるから…」

 

「わかったわ。リサト…ちょっと散歩、付き合ってくれない?」

 

 

 

「えっと…」

 

オレは一応、ウミュの顔を見た。

 

 

 

「なぜ、私を見るのですか?そこまで私も無粋ではありません!」

 

 

 

…じゃあ、お言葉に甘えて…

 

 

 

「その代わり…わかっていますね?」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「何かありましたら、ただじゃおきませんから」

 

ウミュはニヤリと笑い、ブーメランを構えた…。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 



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森の中で

 

 

 

オレはエリティカさんに誘われ『散歩』へ出掛けた。

だが、どういう『立ち位置』で歩いたらよいものか…彼女との距離感がわからず、少し後ろを付いていく。

 

およそ『散歩道』と呼ぶにはふさわしくない…鬱蒼とした木々に囲まれた中を、ゆっくり進んだ。

月明かりがところどころ漏れているものの、お世辞にもデートコースとは言い難い。

どちらかと言えば、お化け屋敷レベルの暗さだ。

 

 

 

…まぁ、敢えてそういう所に連れていくのもアリだけど…

 

 

 

相手がエリティカさんじゃ「怖いわ」などと言って、寄り添ってくるハズもない。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「ねぇ…腕…組んでいいかしら」

と彼女は言った。

 

 

 

「えっ!?あ、あぁ…はい…」

 

よろこんで!!…と言いそうになったが、そこはグッと堪える。

まだ、そういうタイミングじゃない。

 

 

 

「私ね、こう見えて暗いの…苦手なの」

 

 

 

「へぇ…」

 

 

 

「意外…って顔しないで。人間誰しも得手不得手ってあるでしょう?」

とエリティカさんは苦笑いした。

 

 

 

…ほう…

 

…いわゆるギャップ萌えってヤツですな…

 

 

 

「なら、なんでこんなところを?」

 

素朴な疑問。

 

 

 

「それは…どうしても二人きりで話がしたかったから…」

 

 

 

「わお!」

 

 

 

…そんなことを言われたら、変に期待しちゃうんですけど…

 

 

 

「じゃあ、どうぞ…」

 

オレは、自分の左手を腰に当てる。

そうしてできた三角のゾーンに、エリティカさんが腕を絡めてきた。

 

 

 

…肘の辺りに…豊かな胸が当たるんですが…

 

 

 

否が応にも、意識がそこに集中してしまう。

向こうの世界…『チョモ』こと『藤綾乃(夢野つばさ)』と『海未ちゃん』…では味わえなかった感覚だ。

 

 

 

「それで、話って?」

 

極力冷静な態度を装い、カッコつけて訊いてみる。

 

 

 

「…私の母は病弱で…私を生んですぐに亡くなったの…」

 

彼女はオレの問い掛けに…かなり間を空けてから語り始めた。

 

 

 

いきなりヘビーな話だ…。

 

打ち明けるのには、それなりに決意が必要だったのかも知れない。

こういう時はなんて言えばいいのだろうか。

オレは適当な言葉を持ち合わせていない。

 

「…そうなんですか…」

 

そう答えるのが、精一杯だ。

 

 

 

「そんな私を、いろいろ気に掛けてくれたのが…あなたのお母様…エレノア女王なの」

 

 

 

「オレの母親!?」

 

 

 

「本当に親身になって面倒をみてくれて…私を自分の娘のように可愛がってくれたわ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「どうかした?」

 

 

 

「いや、オレはてっきり、これまでの流れからして、エリティカさんは自分の『お姉さん』なんじゃないか?って思ってたから…」

 

「それは、ある意味、間違いじゃないけど」

 

 

 

「?」

 

 

 

「私が5歳になる少し前に、あなたが生まれたの…。ユグアノの国王夫妻にとって…初めての子供があなた…リサトよ」

 

 

 

「長男…ひとりっこ…」

 

 

 

「だから、その時、私は『弟ができた!』って思ったわ。赤ちゃんってこんなに可愛いんだ!って。何度も何度も『抱っこさせて』って、エレノア女王にせがんだの…。いまでもハッキリ覚えてる…。まさか、こんなに成長した姿で再会するとは思わなかったけど」

 

「なるほど、そういうことか…ってことは…オレとエリティカさんは『従姉弟(いとこ)』か何かで?」

 

「ううん…私の母と王女は、古くからの親友だったみたいで…」

 

「ほう…じゃあ、血は繋がってない?」

 

「そうね」

 

 

 

「良かったぁ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「血縁関係にあったら、結婚できないじゃん。エリティカさんと」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「オレ、年上でも5歳くらいまでならOKですから」

 

 

 

「…呆れたわ…この状況でナンパ?」

 

オレの顔を見て、目を白黒させた。

 

 

 

「逆にみんなの前じゃ、こんなこと言えないでしょ?」

 

 

 

「そういうことじゃなくて…」

 

彼女はそう言って笑った。

 

 

 

しかし、すぐに

「実は…もうひとつ…伝えなきゃいけないことがあるの…」

と真顔になる。

口調から、それがかなり重大なことだとわかった。

 

オレは彼女の胸と、自分の肘との関係を一時忘れ、その告白を待った。

 

 

 

ところが…

 

 

 

この緊張の瞬間は、無粋なヤツらにぶち壊された。

 

オレたちの視界に、ポッっと灯る明かりが飛び込んできたからだ。

それも、ひとつやふたつではない。

恐らく両手ほどはある。

 

 

 

「間違いなく悪魔の子は、このあたりにいるはずだ!」

 

「くまなく探せ!!」

 

 

 

「なっ!?デルカダールの騎士団?」

 

どうやら追っ手が現れたようだ。

 

 

 

「グロッタの街で、派手に暴れすぎたかな?有名人は辛いねぇ」

とオレは小さく呟いた。

 

 

 

「悪魔の子…って…あなたが?」

 

彼女は驚いた顔で…だが、声は圧し殺してオレに訊く。

 

 

 

「あれ?知らなかったっけ?あぁ、そうか。話したのはじいさんに…だったな。オレはデルカダールの王から、そう認定された…お尋ね者の身なのさ」

 

 

 

「…まさか…お父様が…」

 

 

 

「えっ?今、なんて!?」

 

 

 

「ううん…なんでもない…それより、ここから逃げなきゃ…」

 

「あぁ、一旦さっきの場所へ戻って、みんなと合流しよう!…アイツら、やられてなきゃいいけど…」

 

 

 

ヤツらは松明(たいまつ)を焚いているから、それが目印になる。

つまり、そいつを避けて行けば見つからない。

その灯火と灯火の間を縫うように、来た方向へと引き返した。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…取り敢えず、ここまでくれば…」

 

 

 

「そこまでだ!!悪魔の子よ」

 

 

 

…そうはいかないらしい…

 

 

 

馬に乗ってオレの前に現れたのは、グロッタの街で像になってるアイツだった。

 

 

 

「グレイグ将軍か!」

 

「いかにも!」

 

「…城で会った時以来だな…」

 

「すぐにその城に戻ってもらおう!」

 

「二度と行くか!」

 

「いや…そういう訳にはいかない」

 

ヤツは馬から降りて、オレと対峙した。

 

 

 

「エリティカさんは先に戻ってて…」

 

 

 

「リサト…」

 

 

 

「あなたがこの件に巻き込まれることはない」

 

 

 

「…」

 

返事はなかったが、彼女の気配はオレの後からスーッと消えた。

 

 

 

「仲間がいたか…」

 

「彼女は関係ない。欲しいのはオレの首だろ?」

 

「その通りだ!覚悟はいいな?」

 

「望むところだ!」

 

「いくぞ!」

 

グレイグは大剣を構えた。

オレの武器も同じだが、ヤツのモノは一回りデカイ。

 

 

 

…こいつをぶん回すのか…

 

 

 

歳の割には、相当の筋力と体力が備わっているということだ。

 

 

 

ヤツは英雄と呼ばれてるらしいが…オレもこれまでの戦いで、そこそこ力を付けているハズ。

 

 

 

…そう簡単にはやられない!…

 

 

 

だが…

 

 

 

「おっさん、強ぇじゃねぇか!」

 

「ぬかせ!私はまだ40歳だ!」

 

 

 

…その風貌で?60歳前後かと思ってたぜ…

 

…貫禄ありすぎだろ…

 

 

 

そのせいなのか、同じデルカダールの将軍…ホメロス…に較べれば『小ざかしい』感じはしない。

むしろ『威風堂々』昔堅気の騎士…そんな雰囲気だ。

威厳に充ちている。

 

 

 

「どうした、貴様の実力はそんなものか!?」

 

 

 

…いや、マジで強い…

 

…師範と弟子…

 

…稽古をつけてもらってるみたいだぜ…

 

 

 

徐々にオレは受身一方になり、後退させられていく。

反撃の糸口を見出せない。

 

 

 

…剣の達人か…

 

…さすが英雄と言われれだけのことはある…

 

 

 

「チッ!」

 

気付けばオレは崖の上に追い込まれていた。

 

 

 

「…貴様もここまでだ…観念しろ…」

 

 

 

「…」

 

 

 

その時だった!!

 

 

 

「グレイグ!待ちなさい!!」

 

 

 

「エリティカさん!?」

 

 

 

だが、驚いたのはオレだけじゃないようだ。

 

「なに!?エリティカだと?」

 

グレイグはオレの叫んだ名前に反応した。

 

 

 

…えっ?…

 

…ヤツはエリティカさんを知ってるのか?…

 

 

 

グレイグは、背後に現れた彼女の方を向き直る。

 

そして

「ま、まさか…」

と呟いた。

 

表情はわからないが、かなり動揺しているようだ。

 

 

 

「グレイグ…久しぶりね…」

 

彼女はヤツの隣を『そこには誰もいないかのよう』にすり抜けると、ゆっくりオレの元へと近づいてきた。

 

 

 

「姫…エリティカ姫…なのですか!?」

 

 

 

「16年ぶりかしら」

 

 

 

「ご無事でいらっしゃったとは!」

 

 

 

…16年ぶり?…

 

…無事?…

 

 

 

グレイグとの関係も気になるが、その言葉も気になる。

 

 

 

「あなたも…元気そうね…」

 

「はい…姫はお美しくなられて…」

 

「お世辞なんていらいないわ」

 

「今までどこで、何をなさっていたのですか?」

 

 

 

「…」

 

それに対して、彼女は返事をしなかった。

 

 

 

「エリティカさん、みんなのところに戻らなかったんですか?」

 

間が空いたので、そこにオレの質問を挟ませてもらった。

 

「残念ながら、誰もいなかったの…」

 

「フン!貴様の仲間なら、私たちの姿を見て逃げ出していったよ」

 

「なるほど…懸命な判断だ」

 

 

 

…捕まらなきゃいい…

 

…生きていれば、また逢える…

 

 

 

「まぁ、ヤツらのことは、あとでどうにでもなる」

 

オッサンは余裕たっぷりに、そう嘯(うそぶ)いた。

 

 

 

「グレイグ…リサトが悪魔の子って、どういうこと?」

 

 

 

「そ、それは…」

 

何故か、口ごもるグレイグ。

これまでの会話からするに、エリティカさんは相当立場が上なのだろう。

『姫』はアダ名じゃなく、本当に『姫』なんだと、肌で感じた。

 

 

 

「とにかく、これ以上の手出しは、私が許しません!」

 

 

 

「ですが…しかし、それはいくらエリティカ姫と言えども…」

 

グレイグは逡巡している。

 

 

 

「さぁ、リサト。行くわよ」

 

その間隙を縫って、彼女がオレの手を引っ張った。

 

 

 

その途端…

 

 

 

ぐらり…

 

 

 

足元が揺れた。

 

 

 

…地震?…

 

…いや、違う!…

 

 

…落ちる!?

 

 

 

崖が…崩れた…。

 

 

 

「うわぁ!」

 

「きゃあ!!」

 

 

 

「姫ぇ!」

 

 

 

グレイグが慌てて手を伸ばすが、間に合わない。

オレたちは真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

「離れないで!」

 

 

 

「エリティカさん!?」

 

 

 

「今度は…絶対に離さないから!!」

 

 

 

…今度…は?…

 

 

 

オレはエリティカさんと抱き合う形で落下した。

 

 

 

彼女の柔らかな胸が、押し潰されるようにオレの身体に密着した…そんな微かな感触だけを残して…記憶はそこで途絶えた…。

 

 

 

 

 

 ~to be continued~

 



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彼女の告白

 

 

 

「…」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

「…助かった…のか?…」

 

 

 

オレはしばらく気を失っていたらしい。

崖が崩れ、エリティカさんと抱き合ったまま落下した…というところまでは覚えている。

 

 

 

しかし、そのあとは…。

 

 

 

どうやら川に落っこちたようで、着衣はビッショリと濡れている。

それほど、深さがあるわけじゃないが、こうして無事だということは運がよかったのだろう。

 

 

 

…それとも、これが勇者の血を引く者の力なのか…

 

 

 

少し流されて、川原に辿りついたらしかった。

 

 

 

…エリティカさんは!?…

 

 

 

オレは全身に痛みを感じながらも、上体を起こし、周りを見渡す。

 

 

 

「エリティカさん!!」

 

すぐ隣に、仰向けになって横たわる彼女の姿があった。

 

「エリティカさん!!エリティカさん!!」

 

慌てて名前を呼ぶ。

今から思えば『彼女のそれ』はとても色っぽいもので、アレコレしようと思えばできなくもなかったわけだが…このときはそんなことをする余裕などまったくなかった。

生きているのかどうか、まずはその確認が最優先だ。

まぁ、このシチュエーションでそれをしちゃったら、人間として終わりなんだろうけど

かろうじて保たれた理性の中、彼女の口元に耳を寄せた。

 

 

 

…息はある…

 

 

 

『標高差のある胸元』も、微かではあるが上下しているのがわかる。

オレはそのことを確認すると、少し彼女の身体をゆすりながら、名前を連呼した。

 

すると何十回目かの呼びかけで、彼女は「…ん…んん…」と子猫が喉を鳴らすような小さな声を出しながら、ゆっくり目を開いた。

 

「…よかった…無事だったのね…」

 

エリティカさんは開口一番、そう言った。

 

 

 

 

 

偶然なのか…オレたちは近くにあった小屋…に身を寄せた。

住民はいないようだが、少しの間過ごすだけのアイテムは揃っていた。

この世界では、他人の家に勝手に入っても、あまり怒られることはない。

心の中では「勝手にごめんよ!」と思いつつ、しかし、そのルールに乗っかることにした。

 

オレは1月生まれだが、かなりの寒がりだ。

冷え性だと言ってもいい。

早くこの状況から脱却したかった。

 

そして思わず

「エリティカさん…こういう時は、お互い抱き合って身体を温める…ってのがセオリーなんじゃないですかね」

なんて言葉を口走ってしまう。

 

「バカねぇ…こんなびしょ濡れのまま抱き合っても、冷たいだけじゃない。余計、風邪をひくわ」

 

「だから、これを脱いで、裸になっちゃえばいいんじゃないですか?」

 

「ふふふ…そういうところは、ロウにそっくりなのね」

 

「じいさんに?」

 

オレの頭に『?』が浮かぶ。

 

だが彼女は、それには答えず

「ここに薪があるわ。火を起こして、急いで濡れた衣服を乾かしましょう」

と微笑んだ。

 

 

 

 

 

『炎』をジッと見ていると、不思議なもので心が穏やかになっていく。

しばらくの間、オレたちは無言のまま暖炉の中を見つめていた。

 

 

 

どれくらい経っただろう…服もだいぶ乾いてきたところで、彼女が口を開いた。

 

「あなたを助かって…本当に良かったわ…」

 

「そういえばあの時…『今度は離さない』って聴いたような…」

 

「そうね…」

 

そう言ったまま、また、しばらく彼女は黙りこんだ。

色々と想うことがあるようだ。

 

 

 

「私が、あなたのお母様に面倒をみてもらってた…ってことは話したんだっけ?」

 

エリティカさんは、オレの顔は見ず、正面の暖炉の炎に目をやりながら、話を再開させた。

 

 

 

「えぇ…そこまでは。その先を訊こうとしたら、ヤツらが現れたんですけど」

 

「そうだったわね…。じゃあ、その続きを話すわ」

 

「はい」

 

「16年前…デルカダールでは、ある会議が行われてたの。主要な王国が集まって、これからの世界をどう動かしていくか…っていうとっても重要な会議」

 

「はぁ…」

 

「その会議には、ユグノアの国王夫妻も参加していたの。あなたを連れてね」

 

「オレを連れて?」

 

「まだ、あなたは…生まれて1ヶ月も経っていなかったわ」

 

「へぇ…」

 

「でも、その日に…本当にその日を狙ったかのように、魔物が現れたの」

 

「魔物が…」

 

「デルカダールの騎士たちが必死に抵抗して…なんとか城は守られたけど」

 

「…けど?…」

 

「あなたのお父様…アーウィン様…は私たちを城から避難させる際に…」

 

「亡くなった?」

 

「それは、あとから聴いた話なんだけど…」

 

「そうですか…」

 

エリティカさんはコクリと頷いた。

 

 

 

「あれ、ちょっと待って?今『私たち』って言いました?」

 

「そう…私たち…。奥様のエレノア様…あなた…そして私…」

 

「エリティカさんもそこにいた…ってことですか?」

 

「いたわ…」

 

そう言ったあと、彼女は少し間を空けた。

 

 

 

そして

「なぜなら…私はデルカダール国王の娘だから」

とオレを凍りつかせるような言葉を吐いた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

「安心して。私はあなたの敵ではないから…」

 

 

 

「あっ…は、はい…」

 

その話を聴いて、これまでのことが少し理解できた。

ロウやグレイグが、彼女に使っていた『姫』という呼称。

つまり、それは『デルカダール王国の姫』だったということだ。

 

 

 

…なるほど、それで…

 

 

 

グレイグのあの態度の理由はこれだったのか。

そりゃあ、国王の娘じゃ、そうそう逆らうことはできない。

 

 

 

「でも、それじゃ、なんで、オレのじいさんなんかと…」

 

「エレノア様は私とあなたを連れて、城の外に脱出したの。恐らく向かう先は…ここ、ユグノア城だったと思うわ」

 

「その時、こっちは襲われていなかった?」

 

「それはわからない。もしかしたら手遅れだったかもしれない。でも、その時の選択肢はきっとそれしかなかった」

 

「…なるほど…」

 

「でも…魔物から逃げ切ることはできず…」

 

「…」

 

「その時、エレノア様が囮(おとり)になって、私たちを…」

 

「犠牲になった?…」

 

彼女は黙って頷いた。

 

 

 

もちろん、オレの中にそんな記憶はない。

だが、彼女の話を聴いているうちに、脳裏にその時の様子が投影されてきた。

 

酷く暗い空。

強い風。

冷たい雨。

光る稲妻。

轟く雷鳴。

そして追っ手が駆る馬の足音…。

 

まるで、今、起こったことかのような感覚に襲われる。

 

 

「…じゃあ、エリティカさんはオレを連れて…」

 

「だけど…私はあなた守れなかった…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「途中で転んで川に流されちゃって…その拍子にあなたが入ったバスケットを手放してしまったの」

 

 

 

…そういうことか!!…

 

 

 

「オレは『イシの村』の村長に拾われて育ったということを、ついこの間知ったんです。その時、初めて聞きました。『お前は川から流れてきたのだ』と。まさか、桃太郎じゃあるまいし!なんて思ってましたけど…」

 

「だから、今回は…絶対、あなたを放しちゃいけないって…」

 

「それがあの時の言葉の意味ですか…」

 

「…うん…」

 

 

 

「できれば、あの時だけでなく、一生オレのことを放してほしくはないですけどね」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「…な~んてね。あっ、今の言葉はウミュたちには内緒ですよ!アイツら冗談だって言っても、すぐ目くじら立てて怒るんで」

 

 

 

「あら、今のは、冗談なの?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「…な~んてね…」

 

彼女はオレのマネをして、ウインクをした。

 

 

 

「さて、服も乾いたみたいだし、みんなを探しに行きましょう」

 

「えっ?あ、あぁ…あ、いや、まだわからないことが」

 

「何かしら?」

 

「エリティカさんはそのあと、どうしてたんですか?」

 

「私は…あなたのおじいさん…ロウ…に偶然拾われて」

 

「マジっすか!?そんなことって…」

 

「あるみたい…」

 

「事実は小説より奇なり…ですね」

 

「そうね…」

 

「それで?城には戻らなかったんですか?」

 

「魔物が巣食う場所になんかに、戻れるわけないでしょ?」

 

「そりゃあ、そうですが…」

 

「それ以降は、ロウと共に、邪悪な世界を作り出す元凶…その正体を探るべく、これまで旅を続けてきたの」

 

「オレがじいさんに訊いた『魔物ハンターか?』っていう質問も当たらずとも遠からず…ってことか。…それにしても、また、随分と長い間…」

 

「もちろん、あなたを見つけることが最大の目的だったわ。何しろ、この世界を救うのは『勇者の血を引く』あなたしかいないんだから」

 

「それはそれは、お疲れさまでした…って、こんな労いの言葉は変ですね…」

 

「うふふふ…」

 

「とりあえず、今の話を聴いて、これまでの謎が解けました…」

 

 

 

…!?…

 

 

 

「…って、エリティカさん!誰か来る!?」

 

オレはこの小屋の外に、数人の足音を聴いた。

 

彼女もそれは感じたようだ。

 

 

 

二人の間に一気に緊張感が走った。

 

 

 

 

 

~ to be continued~

 



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似た者同士

 

 

「ぐっ!…」

 

「リサト!?」

 

 

 

一時避難した小屋の外から複数の足音が聴こえ、その見えない何者かに対応しよう…と身構えた瞬間のことだった。

 

雷に打たれたような激しい痛みが、オレの首筋から四肢の末端へと走った。

呼吸が止まるかというほどの衝撃に、肩膝を付いて蹲(うずくま)ってしまう。

 

 

 

「はぁ…はぁ…川に落ちたときの…後遺症かな…」

 

オレは向こうの世界で、頚椎損傷という大怪我をしている。

手術のあと、懸命なリハビリとトレーニングで、サッカー選手として復帰するまでに回復したが…時折、小さな痛みが走ることがある。

それは「ピリッ」と電気マッサージで刺激される程度のもの。

一瞬「うぉっ!」…とは思うが、そこまで酷いものでない。

担当医からは「これは一生付いて回るものです」と言われている。

故にオレもそれなりに覚悟してるし、このサプライズプレゼントにも、だいぶ馴れてはきた。

 

 

 

しかし、今のこれは…。

 

 

 

「大丈夫!?」

 

「…って言いたいですけどね…ちょっと…ヤバいかも…」

 

「ごめんなさい!私…呪文は覚えてなくて…『やくそう』でなんとかなるかしら」

 

「気休めにはなるかも…です。それより…とりあえず…オレを立たせてくれないですかね?」

 

 

 

「えっ!たたせる?…こんな状況で何を考えてるのよ!」

 

 

 

「ん?…えっと…そっちの『勃たせる』じゃないですよ!」

 

ウミュなら真っ先に「破廉恥です!!」と張り手のひとつやふたつ飛ばしていたところだろう。

 

 

 

「オレの身体を起こしてください…っていう意味なんですけど…痛みが治まるまで『戦うポーズ』を見せておきたい。威嚇ってヤツです」

 

 

 

「ハラショー…」

 

彼女は真っ赤になった顔を手で覆った。

 

 

 

「そっちの方は、あとでお願いします!でも、まずこのピンチを脱出するのが先です」

 

「わ、わかったわ!」

 

きっと恥ずかしさのあまり冷静さを失っているに違いない。

オレの『依頼』をふたつ返事でOKしてくれた。

もっとも、この状況をなんとかしなきゃ、まったく意味のない約束なのだが。

 

 

 

「来ますよ!」

 

「うん!」

 

 

 

小屋のドアがバタン!と激しく音を立て、勢いよく開いた。

 

 

 

「姫!」

 

「リサトさん!」

 

 

 

足音の主は、グレイグの出現によって離れ離れになったウミュたちだった。

 

 

 

「なんだ…アンタらか…」

 

オレとエリティカさんは、安堵の表情で顔を見合わせた。

 

 

 

「どうしてここがわかった?」

 

「愚問じゃな。ユグノアはワシの庭じゃ。ここに小屋があることくらい知っておる。まず、身を隠す場所…と思えば、真っ先にここを探すわい」

 

「なるほど…」

 

 

 

「無事で何よりです」

とウミュ。

 

 

 

「とりあえず…は…ね…」

 

だが、オレは緊張感から解き放たれたこともあってか、前のめりに突っ伏してしまった。

やせ我慢の…限界…だった。

 

 

 

「リサトさん!」

 

「リサト!」

 

「ロウ!…リサトはおそらく川に落ちたときの衝撃で、首を…」

 

「!!…リサトさんは頚椎に爆弾を抱えております!!」

 

「ふむ、では早速回復呪文を…」

 

 

 

「…できれば…じいさんじゃなくて…セーニャさんにお願いしたいんだけど…」

 

 

 

「は、はい!?も、もちろんですよ!」

 

「この状況で、そんなことが言えるとは…アンタもたいしたものね」

とベロニコさんがオレを皮肉った。

 

「ワシがやっても、効果は同じなんじゃがな…」

 

「…いや…絶対、セーニャさんにしてもらった方が…早く治るから…」

 

「バカじゃない…」

 

今度はベロニコさんに、バッサリ切られた。

 

 

「ふん…ガキが色気付きおって」

 

 

 

「隔世遺伝ね」

 

 

 

「姫、今なんと?」

 

 

 

「ちゃんとアナタの血を引いてる…ってこと」

 

 

 

「ゴホッ、ゴホッ…」

 

エリティカさんの言葉を聴いて、じいさんは咽(むせ)込んだ。

 

 

 

…思い当たる節があるってことか…

 

 

 

…ん?…

 

…ってことは…

 

 

 

「じいさん、ひょっとして…色ボケ老人か?」

 

外見は似ても似つかないが、オレにはじいさんが急に『ドラゴンボールの亀仙人』に見えてきた。

 

 

 

「な、なにを言う!」

 

慌てたように、持っていたスティックを左右に振って否定した。

 

 

 

だが…

 

 

 

ぽとり。

 

 

 

「…『ビビアンジュ写真集~ショッキング パンティー~』…」

 

 

 

床に落ちた本の題名だ。

服の中に隠しておいたらしい。

 

 

 

「…」

 

 

 

「は、破廉恥です!!」

 

「サイテーだわ」

 

ウミュとベロニコさんが、じいさんから二歩三歩と後ずさりをする。

 

 

 

「あら、ロウちゃん!まだまだお盛んなのね」

 

逆にシルビアはニヤニヤと笑っている。

 

 

 

「おいおい、じいさん…」

 

 

 

…なんだ、その本…

 

…あとで見せろ!…

 

 

 

「ふっふっふっ…英雄、色を好む…じゃよ…」

 

開き直ったようなその言葉に、さすがのオレも引いた…。

 

 

 

…いや、オレも普段、似たようなことをしてるのか…

 

 

 

『少しだけ』自戒の念が走る。

 

 

 

「…ってことは、このオレの性格は…じいさん譲りってことか…」

 

「ほう…ということは…リサトもそうなんじゃな。それこそがワシの孫だという証。これで変な疑いも晴れたじゃろうて」

 

「喜ぶな!ありがた迷惑だ」

 

「そう言うな。男として生まれた以上、それを求めるのは当然のことじゃ」

 

「…だとさ…」

とオレはウミュの顔を見た。

 

「し、知りません!好きにしてください!」

と彼女はプイッとそっぽを向いた。

 

 

 

 

 

「あの日依頼…ワシはこの世に何が起こったのかを追及し続けた。姫にはこの16年、ツライ思いをさせたが…その甲斐あって、ようやくその真相に辿りついたわい」

 

ひとしきり場が落ち着いてから、じいさんは『本題』を話し始めた。

 

「真相?」

 

「その元凶は…はるか昔より暗躍し続ける邪悪の化身じゃ…。おそらくは今のデルカダールも、その魔物が牛耳っておるのじゃろう」

 

「デルカダールを牛耳っている?」

 

「それはつまり…エリティカさんのお父様も、その者に支配されているということなのでしょうか?」

 

「恐らくは…。少なくとも正常な判断はできていまい…」

 

「それなら、リサトちゃんを『悪魔の子』だと呼んで、追い掛け回すのも納得できるわね」

 

「うむ…」

 

 

 

「父親が魔物の手先…って…キツイわね…」

 

ベロニカさんはボソリと呟いた。

たぶん、その言葉はエリティカさんにも聴こえたハズだが、しかし、彼女の表情は変わらなかった。

 

 

 

「その邪悪の化身って?」

 

オレは変な間ができるのを嫌い、じいさんに訊く。

 

 

 

「ウルノーガじゃよ」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「そいつは確か…前に退治したガマガエルの化け物が、口にしてた名前だよな?」

 

「うん。もしかしたら復活したのかも…って思ってたけど…」

 

「まさか、本当にその通りだったとはね!」

 

セーニャさんもベロニコさんも予想はしていたのだろうが、それが的中して驚いている様子だ。

 

 

 

「リサトさんが倒すべき相手…ですか…」

 

 

 

「はぁ…今更ながらだけど…荷が重い…」

 

オレはウミュの言葉に、思わず首を振った。

 

 

 

「ふふふ…その為にアタシたちがいるんじゃない?」

 

「シルビア…」

 

 

 

「そう、そう!何の為にアタシがいると思ってるのよ!」

 

「ちゅん、ちゅん!」

 

「ベロニコさん、セーニャさん…」

 

 

 

「私を忘れないでください」

 

「ウミュ…」

 

 

 

「ワシもじゃ」

 

「じいさん?…」

 

 

 

「もちろん、私もよ」

 

「エリティカさん!」

 

彼女が差し出した右手を、オレは強く握り返した。

 

 

 

「…ということで、このあとはワシらも同行させてもらうので…ウミュ殿、ベロニコ殿、セーニャ殿…そしてシルビア殿…よろしく頼むわい」

 

 

 

「じいさん、スケベ心を起こすんじゃねぇぞ!オレだって『まだ』何にもできてないんだからな」

 

ヤツの耳元でそっと囁く。

 

「まぁ、そう言うな。これでも結構、役に立つと思うぞ…特にそっちの方はな」

 

ヤツもオレの耳元で囁いた。

 

 

 

…あほか!…

 

…でも…

 

…期待してるぜ…

 

 

 

ウミュはオレたちを不思議そうな顔をして見ていた…。

 

 

 

 

 

「そうじゃ、そうじゃ…そういえば、これを渡すのを忘れていたわい」

 

「あっ!」

 

「虹の枝…とイエローオーブですね!?」

 

「何で持ち去ったりしたんだよ」

 

「それは、お主らをあそこへ呼び寄せる為じゃ」

 

「わざわざ、こんなことをしなくても」

 

「いや、言葉で説明したところで、ワシらの話をすぐには信じんじゃろう…と思ってな。百聞は一見にしかず…じゃ」

 

「まぁ、確かに…いきなり『孫だ』と言われてもな…今でも半信半疑だし」

 

「それより、どうも、これは、かなり大事な物のようじゃのう」

 

「そりゃあ、まぁ…それが欲しくてあの大会に出たんだからな…ん?…『大事な物のようじゃのう』…って、なんだよ、じいさん!これがなんだかわかってないのかよ」

 

「はて…売れば相当な額になると踏んでるんじゃが…」

 

「あぶねぇ!あぶねぇ!世界を救うアイテムを、身内に売り捌かれるところだったぜ!」

 

「なんと!世界を救うアイテム?」

 

「そうなのよ!詳しくはまだよくわかってないんだけど、このオーブを6つ集めることが、世界を救う道へと繋がるらしいのよねぇ。そしてその虹の枝が、オーブを探すレーダーの役目をするんだって」

 

ベロニコさんが説明した。

 

「ドラゴンボールみたいなもんじゃな」

 

 

 

…あぁ、それを言っちゃうか…

 

 

 

「では、ロウさん、それをくださいな」

 

「うむ…」

 

セーニャさんの手に、じいさんからそれが渡された。

 

 

 

「よし!虹の枝とイエローオーブ、ゲットだぜぇ!!」

 

「ふふふ、リサトちゃん、それは違うゲームじゃない?」

 

「あっ、そうか!」

 

 

 

「これでウミュがデルカダールから盗み出してきたレッドオーブと合わせて…ようやく2個ね…」

 

 

 

「ニコちゃんだけに?」

 

セーニャさんの一言に、冷たい視線がベロニコさんに注がれた。

 

 

 

「ぬわんでよ!!…なに、そのアタシが滑ったみたいな顔は!そんなつもりで言ったんじゃないんだから!完全にもらい事故よ、もらい事故!」

 

ベロニコさんが、妹を睨んだ。

 

 

 

セーニャさんはムフッって顔で微笑んでる。

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

ウミュがついた、ため息に

「…って、だ~か~ら~!!アタシが悪いみたいになってるの、おかしくない?」

とベロニコさんが噛み付く。

 

その様子がおかしくて、オレたちは爆笑した。

 

 

 

 

 

「はい、リサトさん」

 

「あぁ…」

 

なんの気なしに、セーニャさんから虹の枝を受け取った…その時だ。

 

オレの左手のアザが光を放った。

 

…と同時に、目の前に映像が現れた。

 

 

 

神殿…

祭壇…

赤、黄、青、緑、紫、銀…6色のオーブ…

そして台座…

 

 

 

オーブが台座に置かれると、そこから虹のような橋が生まれた。

 

 

 

その行き着く先は…

 

天空の城…

 

 

 

いや、天空の『島』と呼べばいいのだろうか…。

 

 

 

そこには巨大な樹が生えている。

 

神々しくて、禍々しくて…優雅でもあり、威圧するようでもある…。

 

 

 

ここまでが写し出されると、その光景はフッと消えた。

 

 

 

「なに?今の…」

 

「ニコちゃんにも見えた?」

 

「当たり前じゃない!」

 

「プロジェクションマッピング?」

 

「リサトさん、この世界にそのようなものは…」

 

「それなら、なおのことスゲェな…」

 

 

 

…まぁ、剣だ!魔法だ!って世界にいるんだから、これくらいで驚いてちゃ始まらないんだが…

 

 

 

「今のが、生命の樹への行き方なのでしょうか?」

 

「じゃあ、あの最後に観たのが?」

 

「たぶん、そうよ!」

 

「これで謎だったオーブの使い方がわかったねぇ。あの台座に置けばいいんだぁ」

 

「でも、セーニャさん…オーブを全部集めても、あの台座がどこにあるのか…」

 

 

 

「始祖の森じゃな…」

 

 

 

「じいさん?」

 

 

 

「古い言い伝えじゃが…天空への架け橋は始祖の森から…そんな話を聴いたことがある」

 

「なるほど…。何はともあれ、まずは残り4つを探せ!って話だな」

 

「そうね!」

 

「うむ…」

 

「…って言っても、ノーヒントで探し歩くのも、酷じゃね?」

 

 

 

「ニコちゃん…ひょっとして…『海に沈む青い玉』のことじゃないかなぁ?」

 

「アタシも今、それを思ったところよ」

 

 

 

さすが『双子』。

以心伝心ってヤツか。

 

 

 

…で、それは何?…

 

 

 

「…『海底王国にある秘宝』だったかな?…セーニャもうろ覚えなんだけど…」

 

「確か、そんなんだったわ」

 

 

 

 

「海底王国にある秘宝ねぇ…次に目指すは海の中か…」

 

 

 

「はい!?呼びましたか?」

とウミュ。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「海未は私ですが…」

 

 

 

「…」

 

 

 

はいはい。

お約束のボケ…。

 

 

 

 

~to be continued~

 



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ほら人生ちょっとの勇気と情熱でしょう?

 

 

 

「そうでやんすなぁ…『ナギムナー村』の人々なら、詳しいじゃないんすかねぇ」

 

船に戻ったオレたちに、その主(あるじ)…アリス…がアドバイスをくれた。

 

 

 

「ナギナター村ですか?」

 

「ナギムナー村でやんす」

 

ウミュのマジボケに表情ひとつ変えずにツッコむ船長。

もっとも、マスクをしているので、その中の顔は窺い知れないのだが…。

 

 

 

「どうして、その人たちが?」

 

「彼らは漁師なんでやんす。世界中の海を知り尽くしているんで、その海底王国についても、きっと情報を持ってるでやんす」

 

「へぇ…」

 

「確かに…これまでのことを考えれば『故事』とか『伝承』も侮れないですから…。何か手掛かりが掴めるかも知れないですね」

 

 

 

「だとすると、一旦、ソルティコの街に寄る…ってことになるのね…」

とシルビア。

 

 

 

「そうなるでやんす」

 

 

 

「…」

 

ヤツの表情が曇った。

 

 

 

「ソルティコの街?…えっと…前に行った、カジノのあるリゾート地だよな?」

 

「そうね…」

 

「なんだよ、あんまり嬉しく無さそうじゃん…オレはわりと好きだぜ。メシも上手かったし」

 

「あら、そう…」

 

「?」

 

いつも気持ちが悪いくらい陽気なシルビアだが、何か様子がおかしい。

 

 

 

…そう言えば、この間も船から降りなかったんだっけ…

 

 

 

明らかに行くことを嫌っている…そんな雰囲気を醸していた。

 

 

 

「どうしても、そこに行かなきゃいけないのでしょうか…」

 

ソルティコの街に拒否反応を示す者が、もうひとり。

この間、カジノで大負けしたウミュだ。

 

 

 

…あぁ、そうか…

 

 

 

ひょっとしたら、シルビアも博打で、何かトラウマになるようなことをやらかしたのかも知れない。

それなら、あの表情も納得できる。

 

 

 

「ウミュ殿、ナギムナー村に行くには、そこを通らざるをえんのじゃよ」

とじいさん。

 

「どういうことですか?」

 

「我々が今いる大陸からは『外海(そとうみ)』には出られないんでやんす」

 

「空を飛ぶなら、話は別じゃがの」

 

「そとうみ?」

 

 

 

…そのだうみ…なら知ってるが…

 

…って、これじゃあ、海未ちゃんのネタと変わらないレベルだな…

 

 

 

「分かりやすく説明してくれないか?」

 

つまらないことを口に出さなくてよかった…と思いつつ、周りに悟られないようじいさんに尋ねた。

 

「うむ…まぁ、よかろう…。え~…ワシらが今いるところを、ここだとしよう」

とじいさんは、地面大きな円を描き、その中心に×を印した。

 

「あぁ…」

 

「簡単に言うと、この丸の外側が外海じゃ」

 

「はぁ…」

 

「そして…向かう先は…ここじゃ」

 

今度は×印からほぼ真下…円から少し外れたところ…に小さく丸を書いた。

 

「そのまま南下すりゃあ、いいんじゃね?」

 

「ところがじゃ…この円の縁(ふち)の部分は…高い山、あるいはごつごつとした岩に囲まれており、内海(うちうみ)から出れんようになっておるのじゃ」

 

「えっ?」

 

「当然、外から中へも入れんし…この岩が邪魔して、船を接岸させることすらできん」

 

「そうでやんす」

 

「じゃあ、どうやって外に出るんだよ?」

 

「運河じゃ」

 

「運河?」

 

「船で外海に出る唯一の方法は…ここから西にある…ソルティコの街…から始まる運河…を抜けなくてはならない…」

 

じいさんは地面に線を引きながら、オレたちに説明した。

 

「そのソルティコに…運河の水門があるでやんす」

 

「水門を通るには、街に『通行料』の支払いが必要でな…」

 

 

 

…そういうことか…

 

 

 

「なるほど。あれだけ街が潤ってるのは、単にカジノの収入だけじゃないってことか」

 

 

 

オレたちが進むルート。

それを『向こうので世界』で例えて言うなら…日本から真っ直ぐ西に向かって移動して…アフリカ大陸の最西端に辿り着いたら、今度は南下し喜望峰を周り…大西洋を抜けてオーストラリア大陸でゴール…みたいなコースだ。

 

 

 

「結構な移動距離だな…誰かルーラとか使えないんですか?」

 

 

 

「…」

 

オレはみんなの顔を見たが、こぞって首を横に振った。

 

 

 

「使えたとしても、行ったことがないところには飛べないわよ。アンタ、それくらいは知ってるでしょ?」

 

 

 

…はい…

 

…ベロニコさんの仰る通りです…

 

 

 

「それに、海底王国を探すんだから、船で移動した方が、なにかと都合がいいんじゃないなぁ…途中で見つけることだってあるかもしれないよね?」

 

 

 

…はい…

 

…セーニャさんの仰る通りです…

 

 

 

「…ですね…。まぁ、じゃあ、のんびりと船旅を楽しみますか…」

 

「では、アリス殿…長い航海になるが、宜しく頼むぞよ」

 

「ガッテンでやんす!」

 

船長はどん!と胸を叩いた。

 

 

 

「あぁ!ちょっと待った!」

 

素っ頓狂な声を出したのは…何を隠そう、このオレだ。

 

「まだ、出発は待ってくれないか?」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ちょっと、やり忘れてきたことがあるんだ…。悪いが、1日待っててくれないか…」

 

「やり忘れてきたこと…ですか?」

 

「どこに行くのじゃ?」

 

 

 

「へへへ…ス・カ・ウ・ト・だ!」

 

 

 

「スカウト?…」

 

「私たちも行きますよ」

 

「あ、いいから、いいから…大勢で行っても仕方ないし…」

 

「?」

 

「じゃあ、またあとで!」

 

「お、おい!」

 

「リサトさん!?」

 

 

 

オレは船を降りると、急ぎ足で『あるところ』へと向かった。

 

 

 

 

 

やって来たのはグロッタの街だ。

 

「おや、チャンピオンじゃないですか!何かお召し上がりになりますか?お安く致しますよ」

 

武闘会ではマスクを着けていたが、その正体はバレバレだ。

会う人、会う人、オレを見つけては声を掛けてくる。

一応チャンピオンになったことを認めてくれてるようだ。

 

「あぁ、今日はちょっと…また今度寄らしてもらうよ」

とオレは軽く手を挙げ、酒場へと急いだ。

 

 

 

「あら、チャンピオンじゃない!」

 

「どうも!」

 

またも向こうから声を掛けられた。

もっとも、今回は、オレがその人たちに会いに来たのだが…。

 

その相手とは…例のセクシーコンビ。

予想通り、彼女たちはここにいた。

平日にも関わらず、昼からワインのようなものを飲んでいる。

 

 

 

…いや、こっちの世界に土日とかは関係ないか…

 

 

 

「どうか…した?」

とビビアンジュさん。

 

相変わらず、アンニュイな雰囲気。

対戦した時とは別の武闘着だが、巨乳をアピールするかのようなシャツと、短いスカートがエロい。

 

 

 

「この間の夜は、せっかくのお誘い頂いたのにすっぽかしちゃって…で…そのお詫びに…」

 

 

 

「…いつまで経っても来ないから…結局、朝まで呑んでしまった」

とサイエリナさん。

 

ビビアンジュさんと比べれば、スラッと背が高く、モデル体型である為『セクシーさ』という面では少し劣るが…単体で見るなら、充分綺麗だ。

何より、そのスタイルと長い髪が、イシの村に残してきた元カノ…アヤノ…になんとなく似ている。

時折、脳裏で彼女の姿がダブって映る。

 

 

 

「本当、すみません」

とオレは2人に謝罪した。

 

「気にしてないわ。それに…」

 

「あぁ…ハンフリーから『蜘蛛の化け物と闘ってくれた』と聴いたぞ」

 

「この街を救う為、戦ってくれてたんでしょ?もしかしたら、私たちが餌食になってたかも知れないと思うと…」

 

「ゾッとするな」

 

「まぁ…そういうことです…」

 

「なら、文句を言える立場にない」

 

「あなたは武闘会のチャンピオン…っていうだけじゃなくて…街を救った英雄として、近いうちに銅像でも建てられるんじゃないかしら」

 

ビビアンジュさんが、脚を組み直す。

短いスカートの裾の…その奥…に、つい視線が移ってしまう。

 

「そんなになったら、こそばゆいですね…」

 

オレは頭を掻いた。

照れ隠しの意味もあるが、そうすることで、視線を外すきっかけにした。

 

 

 

「呑むか?」

 

「いえ…遠慮してきます。すぐにここを発たなきゃならないんで…」

 

「そうか…」

 

サイエリナさんは、少し残念そうな顔をした。

 

「しかし…昼間っから、いい身分ですねぇ」

 

嫌味…というよりは、羨ましい…という気持ち。

 

「まぁな…」

 

「…そう毎日毎日、腕試しをする相手がいるわけじゃないし…」

 

「退屈…じゃないですか?」

 

「えっ!?」

 

「もうちょっと、刺激が欲しくないですか?」

 

「刺激?」

 

 

 

「単刀直入に言います。一緒に旅をしてくれませんか?」

 

 

 

「旅?」

 

 

 

「はい。世界を救う旅です!」

 

 

 

「私たちが?」

 

2人はお互いの顔を見合わせた。

 

 

 

「今、この世は、強大な力を持つ魔物の復活によって、邪悪な力に支配されようとしています。それを阻止する為…いや、その闇を討ち払う為、オレたちは旅をしています。さっき話のあった蜘蛛の化け物も、その流れで起こった事件なんです」

 

「確かに…街の外はかなり物騒になっているとは聴いているけど…」

 

「はい、その通りです」

 

「私たちの手を借りなければならないほど、状況は厳しいのか?」

 

「わかりません。まだ、オレたちは、その親玉まで辿り着いていないんで…。でも、楽観視できるような戦力ではないと思います」

 

「…」

 

「なので、オレ的には2人が仲間に加わってくれれば、すごく有り難いなぁ…と思って、お願いに上がった次第です」

 

「突然そう言われてもなぁ…」

 

「そうねぇ…」

 

「少なくとも、ここに現れる『腕自慢の猛者』よりは、強いモンスターたちと対峙できると思いますよ」

 

「なるほど…口説き文句としてはいいところを突いてくる」

 

サイエリナさんはそう言って笑った。

 

「でも…私…観客がいないと興奮しないのよねぇ」

 

「えっ!?」

 

「誰かが見ててくれないと、燃えないの…超満員のあの視線が、私をエクスタシーへと導くの…」

 

 

 

…ビビアンジュさん…

 

…そのセリフ、かなりエロイんですけど…

 

 

 

でも、言っていることに対しては激しく同意だ。

そりゃあ、そうだ。

サッカーだって『無観客試合』ほど、つまらないことはない。

 

「その気持ちはわかります。ガラガラのスタンドよりは、超満員の中でプレーしたいですから」

 

「そう、完全にフルハウスね!」

 

 

 

「?」

 

 

 

「気にするな。ビビアンジュの口癖だ」

 

「はぁ…」

 

 

 

…満席っていう意味か?…

 

 

 

「あっ!そういえば、ビビアンジュさん、写真集、出してるんですね?」

 

「あぁ、あれ?…そんな大袈裟なものじゃないけど…」

 

「サイエリナさんは?」

 

「私は、そういうの、あまり好きではない」

 

「へぇ…そうなんですか…。でも戦闘中『投げキッス』とかするじゃないですか」

 

「それとこれとは、話が別だ。そこは四六時中、淫靡でふしだらなビビアンジュと、私との大きな違いだ」

 

「淫靡でふしだらって…」

 

ビビアンジュさんはクスッと笑ったが否定はしない。

 

「純粋に上を目指したいという気持ちは、お互い同じだがな」

 

 

 

…サイエリナさんって、なんとなく、性格は海未ちゃん似だな…

 

…意外と真面目というか…

 

 

 

ふと、そんなことを思った。

 

 

 

「なるほど…。でも、この世の中が邪悪な力に支配されちまったら、腕試しがどうの、観客がどうのなんて言ってられなくなるんです。だから…」

 

「理屈はわかった…だが…逆に、私たちで力になれるのか?」

 

「も、もちろんです!仲間はひとりでも多いほうがいいですから。だから『Private Wars(個人的な戦争)』だなんて言ってる場合じゃないですよ」

 

「うふっ…上手いこと言うわね…」

 

『Private Wars』は彼女たちの代表曲だ。

 

 

 

「オレにとっては、ふたりが傍にいてくれるだけで、充分なモチベーションになりますし…」

 

「モチベーション?」

 

「やっぱ、どうせ戦うなら、いいところを見せて、モテたいじゃないですか」

 

 

 

…っていうか、そっちの方が大事だったりする…

 

 

 

「正直な人ね」

 

ビビアンジュさんは、優しく微笑んでくれた。

 

 

 

「どうする?」

 

「どうしようかしら…」

 

「ハンフリーには声を掛けたのか?」

 

「いえ…まだ…いや、そのつもりはありません。誘いたいのはやまやまですけどね」

 

「?」

 

「彼には孤児院を守る!っていう使命がありますから。それに…今、この街を出て行ったら、住民から非難轟々でしょ?逃げたみたいに思われちゃうだろうし」

 

「それはそうだな…」

 

「どうですかね?」

 

「その答えを出すの…半日、待ってくれないかしら」

 

「半日ですか?」

 

「キープしてあるボトルを開けちゃいたいから…」

 

「あははは…いつまで呑むつもりなんですか…」

 

「ごめんねぇ…」

 

「わかりました。あんまり無理強いもできないんので…ここは一旦、帰ります。夜まで『ネルセンの宿』にいますから、その気になったら来てください」

 

「わかったわ」

 

「待ってます!」

 

オレは一礼をすると、その酒場を去った。

 

 

 

手応えはなかったが「きっと来てくれる!」という変な自信だけはあった。

 

 

 

 

 

~to be continued~



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ご注文は…うさぎです!

 

 

 

「…と言うことで…ビビアンジュさんとサイエリナさんが、仲間に加わってくれました」

 

オレが改めて2人をみんなに紹介すると

「でかしたぞ!さすがワシの孫じゃ」

とじいさんが、ハイタッチを求めてきた。

 

 

 

「私たちも、あのようなところで燻っているのは本意ではない」

 

「うふふ…『ツバサ』には悪いけど…私たちだけで『ワールドツアー』っていうのも、いいかな…って」

 

「どうしても私たちは『その他2名』扱いされてしまうからな…」

と自嘲気味にサイエリナさんは言った。

 

 

 

彼女たちは、日が落ちる前に『ネルセンの宿』に来てくれた。

必死にナンパした…いや、スカウトした甲斐があっったというもんだ。

 

 

 

「ちょっと、人数多くなり過ぎじゃない?」

 

セクシーコンビを連れて船に戻ったオレに、ベロニコさんは冷めた視線を投げ掛ける。

まぁ、想定内の事だ。

 

「この際、仲間はひとりでも多い方がいいですから」

と、もっともらしい反論を一応してみる。

 

「でもニコちゃん、アリスさんを除けば、これで9人でしょ?セーニャはこの人数、なんとなく落ち着くけどなぁ」

 

「そうでしょうか。無理にその数に合わせる必要も無いと思うのですが…」

 

ウミュのこんなセリフも、なんとなく想像できた。

 

「まぁまぁ、ウミュ殿…ワシには、なんのことかわからんのじゃが…こうして仲間となったんじゃ、みんなで力を合わせようぞ」

 

今まで、こういうことに関しては『アウェイ感満載』だったんだが、幸か不幸か理解者が増えた。

正直、それがこの先、吉と出るか凶と出るか…は読めないとこではあるが…今はじいさんの力を借りるとしよう。

 

「受け入れるか、受け入れないかは…リサトさんの態度次第です!!」

 

「なんでだよ!?」

 

「2人の見る目が破廉恥です」

 

「そ、そんなことないって…。純粋に戦力としてだな…っていうか、それを言うならオレよりもそこのじいさんの方が、よっぽど怪しいだろ」

 

「な、なにを言う!姫の見てる前で、そのようなことはできんじゃろが」

 

「見てなければするのですか?」

 

ウミュの鋭いツッコミ。

 

「うっ…い、いやぁ…その…言葉の綾じゃ…」

 

「とにかく、破廉恥なマネはしないでくださいね」

 

「も、もちろんじゃ…」

 

「あ、あぁ…」

 

ウミュは…心配事が2倍になりました…と呟き、大きなため息をついた…。

 

 

 

 

 

数日後、外海(そとうみ)に出る為の重要ポイント『ソルティコの街』に到着した。

 

オレたちは2度目だが、あとから仲間に加わったメンバーは、初訪問みたいだ。

カジノがあるリゾート地と聴いて、彼女たちは少し嬉しそうにしている。

 

それとは別に…ウミュは

「わ、私はおとなしくしています」

と言って、遠くを見た。

 

「それね、アンタは確かにおとなしくしてた方がいい」

 

「う、うん…そうだね」

 

ベロニコさんとセーニャさんは、苦笑しながら頷いた。

 

やはり前回の滞在で、散財してしまったことを、相当悔いているようだ。

 

 

 

すると今度は、街に着くなりシルビアが

「別件で用があるから…またあとで」

とオレたちに告げきた。

 

やはり、ヤツとこの街の間には、何かしらの謎があるらしい。

 

「前回もそんなことを言って、船を降りなかったじゃん」

 

「放っておいて!アタシにはこの街の空気が合わないのよ…」

 

「空気が合わない…ねぇ…」

 

 

 

「シルビア殿…」

 

それを聴いていたじいさんが話し掛ける。

 

 

 

「は、はい!?」

 

 

 

「ひょっとして…お主…『ジエ…』」

 

 

 

「待って!それ以上言わないで!!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「ロウちゃん…まさか…アタシのことを…」

 

「いや…直感じゃよ。伊達に長生きはしておらん…」

 

「そう…」

 

「噂は聴いておったが…ふむ…そうじゃったか…」

 

「お願い、黙ってて!」

 

「…」

 

「時期が来たら、自分の口からちゃんと話すわ」

 

「…ふむ…仕方あるまい…承知した…」

 

「ありがとう、恩に着るわ!」

 

「その代わり…」

 

「『ムフフ本』をくれっ…て言うんでしょ?」

 

「なぜ、わかった!」

 

「『オンナ』の直感よ!」

 

「ほほう…これは一本取られたわい」

 

「いいわ、わかった。そのくらいお安い御用よ」

 

「うむ…宜しく頼む」

 

「じゃあ…またあとで!」

 

言うが早いか、ヤツは船を降りると、あっという間に街の中に姿を消してしまった。

 

 

 

「じいさん…シルビアと知り合いだったのか?」

 

「その前に、なんの約束してるのよ!」

 

「ベロニコ殿、そこは流してくだされ…」

 

彼女は両手を広げて、呆れたという顔をした。

 

 

 

「で、シルビアは何者なんだい?」

 

「さぁ…正直、ワシも…今の今まで、何者なのかは知らんかったのじゃ」

 

「はぁ?」

 

「だが、この街の噂で思い当たることがあってな…もしやと思い訊いてみたら…図星だったということじゃ」

 

「この街の噂?…」

 

 

 

…何かあったっけ?…

 

 

 

「なぁに、彼にも色々、あるのだろう。そのうちわかるじゃろうて…それまでは、ソッとしておいてあげるがよい」

 

「なんだよ、もったいつけて…」

 

「安心せぇ…決して悪いヤツじゃない」

 

「それはわかるけど…」

 

「それより、しばし、このひと時を満喫しようではないか。ワシは腹が減ったわい。ちょっと食事に行ってくる」

 

「私も一緒に行こう。せっかくだから『地』の物を食してみたい」

とサイエリナさん。

 

「うむ、ここのワインは美味いと評判じゃからな」

 

「ふ~ん、それは楽しみね」

 

ビビアンジュさんは、妖しく微笑んだ。

この人は…アル中…では無いと思うのだが…相当、飲むのが好きらしい。

 

「…他の者は?」

 

「では、私もご一緒いたします」

 

ウミュも手を上げた。

 

 

 

…そりゃ無難だ…。

 

 

 

カジノに興じるわけにはいくまい。

 

 

 

「では、行ってくる」

 

「おかしなマネするんじゃねぇぞ」

 

「ウミュ殿が一緒じゃ」

 

「あぁ、そりゃそうだ」

 

「私は監視人ですか!!」

 

彼女はそう言いながら、じいさんたちと食事に出掛けた。

 

 

 

「セーニャさんたちは?」

 

「アタシたちはショッピングに行ってくるわ」

 

「ショッピング?」

 

「この間来た時、すごくお洒落なお洋服があったんだけど、買いそびれちゃって!」

とセーニャさん。

 

「お洋服?…そっか、この世界でもセーニャさんは、そういうのに興味があるんだ」

 

「ふん!本来μ'sのファッションリーダーと言えはアタシのなんだけどね」

 

「そうだよね。ニコちゃんのファッションは独創的だもんね!」

 

「…バカにしてるでしょ?」

 

「…ん?う、売り切れちゃうといけないから、早く行こう!」

 

そう言うとセーニャさんは、ダッシュでここから立ち去った。

 

「逃げたわね!」

 

そのあとをベロニコさんが追いかけていく。

 

 

 

「うふふ…」

 

「エリティカさん?」

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと新鮮だったから」

 

「新鮮?」

 

「『向こうの世界』だと、衣装を作ってるとき以外、あんまり2人でいるのを見たことがなくて」

 

「そうなんですか?」

 

「…とか言って、私もことりと2人きり…とか、にこと2人きり…なんてことは、ほとんどなかったけど…」

 

「はぁ…」

 

「もっと上手にコミュニケーション取れてれば…って今さらながら、思うことがあるわ」

 

「へぇ…そんなもんですかねぇ…」

 

「それより、私、カジノに行ってみたいんだけど…」

 

「えっ?」

 

「生まれてから1回も行ったことないの…付き合ってくれる?」

 

 

 

…そういえば…前に海未ちゃんから聴いたことがある…

 

…確か、帰国子女だったから、昔は日本の文化に馴染んでなくで、意外に浮世離れしてたって…

 

…ハンバーガーすら、高校の時分に初めて食べたとかなんとか…

 

 

 

…まぁ、帰国子女であろうがなかろうが、カジノはあんまり関係ないけど…

 

 

 

「えぇ…いいですけど…」

 

 

 

 

 

「…って、メッチャ強いじゃないですか!」

 

彼女がカジノで遊んだ結果は…爆勝だった。

 

 

 

最初こそ『目の保養』と称し、店内で働くバニーガールのおねえちゃんを眺めていたオレだったが、彼女のその派手な勝ち方に周りの客がざわつき始め…次第に騒然としてきたのを受け、マネージャーの如く、勝負を見守った。

オレも落ち着いてはいられない。

 

ルーレット、ポーカー、スロット、バカラ、ジャックポッド…何をやっても『エスパーじゃないか?』っていうほど、引きが強い。

 

ディーラーが

「エリティカ、半端ないって!もう…」

というレベルである。

 

その勝ちっぷりを聴きつけて集まってきた店員たちは「イカサマでもしているんじゃないか」…と怪しんでいるようだった。

いや、事実、このオレもそう思ったくらいだ。

 

あまり『事が過ぎる』と、トラブル…面倒なこと…になりそうなので、適当なところで、彼女を諭し切り上げることにした。

それでも充分過ぎるコインを手に入れたのだが…。

 

 

 

「ビギナーズラックだわ。初めてボウリングをやったときも、パーフェクトが出ちゃったし…そういう運はあるみたい」

 

「うひゃ!ボウリングでパーフェクト!?…いやいや、それはもう、実力か才能か…ですよ…」

 

「そうなのかしら…」

 

「マグレで、それはできません…」

 

 

 

…ちなみにオレはAve. 180くらい…

 

…過去最高が263…

 

…結構、上手い方だと思っていたんだけど…今後、このスコアじゃ自慢はできないな…

 

 

 

…少なくとも、絵里さんとのデートする時は、ボウリングに誘うのはやめておこう…

 

 

 

「…それで、集めたコインはそうすればいいのかしら」

 

「えっ?…あ、あぁ、これは…そこの景品交換所で…。これだけあれば、色々なものに換えられますねぇ」

 

「何がいい?」

 

「やっぱ、武器か防具がいいと思いますけど…。でも案外、こういうとこに置いてある『アイテム』もバカにできないんですよ…」

 

「じゃあ『新しいクロー』はあるかしら」

 

「クローは…なさそうですね…って…ちょっと待ってください…」

 

「どうかした?」

 

「オレに目に間違いがなければ…あそこに『バニーガールセット』って書いてないですか?」

 

「あるわね…」

 

「バニーガールセット…バニーガールセット…」

 

 

 

…なんだっけ?…

 

…このキーワード…なにかあったような…

 

 

 

「?」

 

 

 

…思い出した!!…

 

 

 

「あぁ!!」

 

 

 

「ちょっと!急に大きな声を出さないでよ!!」

 

 

 

「これにしましょう!バニーガールセット!っていうか、これにしてください!!」

とオレは半ば強引に、コインをそれに引き換えた。

 

 

 

「な、なに?」

 

「それで、急ぎ、これに着替えてください!」

 

「えぇ!?どうして、私が?」

 

「エリティカさんじゃなきゃ、ダメなんです」

 

「私じゃなきゃ?」

 

「訳はあとで話します!でも決してエロいことが目的じゃないですから!」

 

「本当に?」

 

「いや、したいのはしたいですけど…それはそれとして…人助けだと思ってお願いします!!」

 

「…はぁ…そこまで言うのなら仕方ないわ……」

 

「サンキューです!」

 

さすがエリティカさん!

ウミュと違って、理解力がある。

彼女であれば、どんなにお願いしても、決して承諾してくれないであろう。

 

 

 

 

 

「…着替えたわ…でも…いくらここがリゾート地だからって、いきなりこんな格好をさせて…」

 

 

 

「わお!!」

 

 

 

…これじゃエリティカさんじゃなくて…エロティカさんだよ…

 

 

 

その衣装の…想像以上の破壊力…に、理性が抑え切れなくなる。

 

 

 

「ちょっと、大丈夫?フラフラしてるみたいだけど」

 

「大丈夫じゃないかもしれません。今、自分自身と必死に戦ってます」

 

「?」

 

「い、いえ…確か…『これからのSomeday』の海未ちゃんも、白ウサギの衣装だったと思うんですけど…色っぽさが…その…全然違います」

 

「いいの?そんなこと言っちゃって?」

 

「もちろん、内緒でお願いします」

と言うと、彼女はクスッと笑った。

 

「『これからのSomeday』は私と希が入る前の曲ね。あれは『不思議の国のアリス』がモチーフだったんじゃない?」

 

「残念です。絵里さんがその格好で歌ってる姿を見たかったです」

 

「ありがとう…」

 

彼女は顔を赤くした。

 

 

 

「それで、どうすればいいのかしら?」

 

 

 

「すみません。会わせたい人がいるんです」

 

 

 

「会わせたい人?」

 

 

 

「はい。ちょっと浜辺までお願いします」

 

 

 

「えぇ!?」

 

 

 

 

オレは少し強引に彼女の手を引っ張って、海岸まで歩いて来た…。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 



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束の間の休息

 

 

 

カジノの景品で引き換えた『バニースーツ』…。

 

エリティカさんにそれを着てもらい、オレたちはソルティコの街の海岸へと向かった。

白い砂がメチャクチャ綺麗な浜辺だ。

 

エリティカさんを木陰に待たせ、オレは前に会った老人を探した。

 

そう都合よく、同じ場所にいるとは思わなかったが…意外にもアッサリ見付けることができた。

 

「あぁ、ここにいたか…」

 

「ん?お主は…いつかの旅人」

 

「覚えていてくれてたんだ?」

 

「もちろんじゃ!…ということは…」

 

「連れてきたぜ。アンタが言うピチピチのバニーガールを!」

 

「なんと!!」

 

「エリティカさ~ん!カモン!」

 

彼女がこちらへと歩を進めると、その瞬間老人は鼻血を垂らして、しゃがみこんだ。

 

「お、おい!大丈夫か?」

 

 

 

「いやいや…これは…た、たまらん!!なんと素晴らしい!!なんと美しい!!わが青春のメモリアルそのままじゃ!!」

 

 

 

なに、この人?…とエリティカさんが目でオレに訴えかける。

 

ごめん、オレも実はよくわからないけど…もうちょっと待って…と無言で返答した。

 

 

 

「量感のある胸!くびれた腰!張りのあるお尻!網タイツ!!そしてそして、その網タイツに負けないスラリと伸びた長い脚!!すべてがバニースーツと調和し、まるで見るものをひれ伏せさせるような…圧倒的な高貴さと美を体現しておる!!まさにバニー中のバニーじゃ!!」

 

老人は賛美の言葉を立て続けに放った。

 

 

 

「は、はぁ…」

 

エリティカさんは多少引き気味だったが、しかし、老人の言葉に偽りは無い。

オレも激しく同意だ。

 

だが、

「だから…なんなの?」

と怪訝な顔をして、彼女は老人に問う。

 

 

 

「いやはや失礼、失礼…。あまりの素晴らしさに、つい興奮してしまったわ…オホン!…実はワシが若かりし頃…恋焦がれたバニーガールがおってな…。それはついぞ叶わぬことはなかったのじゃが…死ぬ前にもう一度、彼女に逢いたい、そう思っての…ふぉふぉふぉ…いい冥土の土産ができたわい。これでワシはいつ死んでも悔いがない」

 

 

 

…いや、その様子じゃ、当分死にそうにないけど…

 

…しかし、まぁ、ロウのじいさんといい、こんなキャラばっかりだな…

 

 

 

「バニースーツは『みりょく』を上げる効果がある。お主がこれからも旅を続けるなら、いつか役に立つ時がくるじゃろうて」

 

「…だって…」

とオレはエリティカさんの顔を見た。

 

「私はイヤよ。こんな格好で旅を続けるなんて」

 

「そうかな?これまでの服と、そんなに変わらないと思うけど」

 

「変わるわよ!!」

 

 

 

…ムキになって怒るエリティカさん…

 

…可愛い…

 

 

 

「…うん、変わるよね…」

 

仕方ない。

ここは一旦、妥協しよう。

 

 

 

「さてと…よろしいかな?これは願いを叶えてくれたお礼じゃ」

 

老人は手にしていた紙袋をガサゴソと漁ると、中から何かを取りだし、オレに手渡した。

 

「ん?これは…ガーターベルト?」

 

 

 

…なんでこんなものを…

 

…普通に持ち歩いてたら、職質されるぜ…

 

 

 

「ん?なぜワシが持ってるかだって?細かいことは気にせんことじゃ。うむ…露出は少ないが、こっちも『みりょく』が大幅にアップするアイテムじゃ!必要に応じて使うが良い」

 

「あ、あぁ…まぁ、一応もらっておくよ」

 

 

 

…あれ?たったこれだけの為に?…

 

…まぁ、目の保養にはなったけど…

 

 

 

そんな気持ちを察したのか

「それと…お主、ちょっとこっちに来たまえ」

と老人はオレに声を掛けた。

 

「?」

 

老人はエリティカさんから離れるように歩き出すと、手招きをしてオレを呼んだ。

 

「本当にいいもの見させてもらったのぅ」

 

「あぁ、まあ…それについてはオレも同じだけど…」

 

「そこで、じゃ…もうひとつ、いいことを教えてやろう」

 

「ん?」

 

「ワシの友人が、ナギムナー村におってな…」

 

「ナギムナー村?…それって、これから行くところだ…」

 

「なるほど、それなら丁度いい。そこにワシの友人…『カメーン』がおってな…ヤツに会ったら、話しかけてみるがいい。『ソルティコのツールン』の紹介だと言えば、きっと『究極の奥義』を教えてくれるぞい…おっと!その為には、あのバニーちゃんと一緒にいくことが、絶対条件だがのう」

 

 

 

…究極の奥義…

 

…エリティカさんと一緒にいることが絶対条件?…

 

…それって、つまり…連携技か?…

 

 

 

「では、健闘を祈る!」

 

「サンキュー」

 

礼を言うと、老人…ツールン…は親指を上げ

「縁があったらまた会おう。カメーンによろしく伝えとくれ」

と言って、オレたちを見送った。

 

 

 

「なんの話?」

 

「えっ…あ、いや、たいしたことじゃないです」

 

「ふ~ん…」

 

「男同士の…たわいない話ってヤツかな…」

 

「まぁ、なんとなく想像は付くけど…」

 

誰かみたいに、すぐ「破廉恥です!」と言わないところは、流石、大人の女性だ。

 

 

 

「それより、もう元の格好に戻っていいかしら?」

 

「う~ん…もう少し、その姿を堪能していたいけど…」

 

 

 

…ウミュやベロニコさんがうるさいだろうな…

 

 

 

「そうですね。エリティカさんのそんな姿を、一般人にタダで見せる訳にはいきませんからね」

 

半分本音。

半分嘘。

 

「本当は一緒に歩いて、見せびらかしたい気持ちもあるんですけど」

 

「ば、ばか…」

 

彼女は顔を赤らめると、走って着替えに戻っていった…。

 

 

 

…照れるエリティカさんも、可愛い!!…

 

 

 

 

 

船に着くと、買い物を終えたベロニコさんとセーニャさんが帰ってきた。

 

 

 

「見て、見て?」

 

 

 

「か、かわいい!!」

と思わず言ってしまったのはオレ。

幸い、ウミュたちはまだ食事から帰ってきてないようだ。

 

 

ベロニコさんは緑の、セーニャさんは赤の…それぞれ新たなコスチュームを身に着けていた。

 

 

 

「ニコちゃんのが、プリティキャップとプリティーエプロンで…」

 

「セーニャのが、ラブリーバンドとラブリーエプロン」

 

「売り切れてなくてよかったね!」

 

「そうね。これもアタシの日頃の行いが…」

 

「セーニャさん、スカートも短くなってないですか?」

 

「うん。ワンピースタイプのエプロンなんだ。ちょっと短かすぎたかな?」

 

「いえいえ、全然!…っていうか似合い過ぎです!!なんて言えばいいんだろ?新妻?幼妻?…」

 

 

 

…キッチンにいたら後ろから襲いたくなるような…

 

 

 

「ちょっとぉ、人の話を聴きなさいよ!!」

 

「あ、ベロニコさんも、似合ってますよ…」

 

「『ついで感』が、ハンパないんだけど」

 

「いや、そんなことないですよ!例えて言うなら…お手伝いする幼稚園児?」

 

 

 

ぼこっ!

 

 

 

「ふん!誰が幼稚園児よ!」

 

「じょ、冗談です…」

 

「でもね、リサトさん…これ見た目だけじゃないんだよ。このアイテムふたつで『しゅび』も『まりょく』も『みりょく』も、かなり上がるんだよ!」

 

「機能性も高いんですね!」

 

「へぇ…さすが、μ'sが誇るオシャレコンビ!」

 

オレと一緒に船に戻ってきたエリティカさんも、2人の姿を見て感嘆の声を上げた。

 

「えへへ…エリティカさんに褒められちゃった!」

 

「私にはそういう格好、似合わないもの」

 

「そうかな?そんなことないと思うけど…」

 

「無理よ!」

 

「確かにエリティカさんはスタイルが良すぎるから、フェミニンな格好はどうかな…って思うけど…」

 

「でしょ?…」

 

「でも、着てみないとわからないんじゃないかな?ね、ニコちゃん」

 

「まぁ、モノは試しって言うし、案外、違う魅力が生まれるかもね…」

 

「そうかしら…」

 

「じゃあ、今度、アタシたちが選んであげるわ」

 

「えっ!」

 

「アンタのコスチューム!」

 

「は、ハラショー!!」

 

「なによ?」

 

「い、いえ…2人に私の服を選んでもらうなんて考えたことがなかったから…ちょっと嬉しいっていうか…」

 

「まぁ、アンタはいつでも『希』とベッタリからね」

 

「そ、そういうわけじゃないけど…たまたま、あなたたちと出掛ける機会がなかっただけで…その…」

 

「そういえば、希ちゃんは、まだこのお話で出てこないね」

 

「アイツの行動は結構、予測不能だからね。そのうちヒョッコリ出てくるわよ」

 

「やっぱり…占い師の役なのかな?」

 

「街のパフパフ娘じゃない?」

 

「そうだねぇ、それ、あるかも!」

 

 

 

…あるんかい!!…

 

 

 

…って…の、希さんのパフパフ…

 

…やっぱ、オレ、この世界にずっといたいかも…

 

 

 

「なにがパフパフ娘ですか!!破廉恥です!!」

 

「あぁ、ウミュ、みんな…お帰り…」

 

 

 

…おっと…一気に現実世界へと引き戻された…

 

 

 

「なに、なに、どこにパフパフ娘がおるんじゃ?」

 

「出たな!エロじじい!」

 

「誰が、エロじじいじゃ」

 

 

 

「私と…パフパフ…してみる?…」

 

 

 

「ビビアンジュどの!ぜ、是非!…い、いや、何を言わすのじゃ」

 

 

 

…危ねぇ、危ねぇ…

 

…オレも思わず反応するところだったよ…

 

 

 

「…永い付き合いだが、私もビビアンジュの言葉が、どこまで本気なのか、いまだに判断つかない…」

 

サイエリナさんが、ボソリと呟いた。

 

 

 

「うふっ…ロウさんは、まだまだお盛んなんですね!」

 

「いや、セーニャどの…」

 

「なるほど。これからアンタのことは『ロウ』じゃなくて『エロウ』って呼ぶことにするわ」

 

「ベロニコどの、それは…」

 

「ふふふ…」

 

「姫!笑うとこではありませんぞ」

 

「ごめんなさい。なんとなくこんな賑やかで騒がしい感じが『懐かしく』思えて…不思議ね…」

 

その言葉に、ウミュもベロニコさんもセーニャさんも頷いた。

 

 

 

 

「これでみんな揃ったのかな?」

 

「いえ、まだシルビアさんが見当たりませんが…」

 

「あぁ、そうか」

 

「『姉さん』なら、食糧を調達に行ってるでやんす。長い航海になりますんで…」

 

「あ、それは悪いことをしてしまいました。言って頂ければ手伝いましたのに」

 

「そうだね」

 

「それでゴリ…いやシルビアどのは水門の許可を取りに、ジエーゴのところには行ったのかね」

 

「いえ、それは…恐らく…」

とアリスは口ごもった。

マスクで中の表情はわからないが、その口調からして困った顔をしているの容易にわかった。

 

「仕方ないのう…では、ワシが掛け合ってくるか。リサト、一緒に付いてくるのじゃ!」

 

「どこに?」

 

「聴いておらんかったか?ジエーゴの家じゃ」

 

「あ、あぁ…わかった。じゃあ、みんな、ちょっと行ってくる」

 

「はい、お気をつけて」

 

オレはじいさんのあとを追い、大きな邸宅の前まで来た。

 

 

 

街の名士っていうだけあって、たいそうな家構えだ。

しかし、向こうの世界で園田家を知っているオレにとって、そこまでビビることじゃない。

初めて『あの家の門』をくぐった時の緊張感に較べれば、どうってことはない。

 

 

 

「久しぶりじゃの」

 

「これはこれはロウ様じゃありませんか。お久しゅうございます」

 

訪れたオレたちに対応したのは、この家の執事だった。

 

「じいさん、知り合いなのか」

 

「ふむ…まあな…」

 

「おや、そちらは…」

 

「あぁ、前に一回、訪ねたことがある。その時は、そのジエーゴさんとやらは不在だっけど…」

 

「はい、残念ながら本日も…」

 

どうやらお目当ての人物は外出中らしい。

 

「そうか。まぁ、それは仕方ない。ワシもアポを取ってきたわけじゃないからのう…」

 

「…では、どのようなご用で…」

 

「うむ…実はかくかくしかじかで…」

 

「左様でございますか…。それでは、私が水門を開けておきますので、皆様は船に乗ってお待ちくださいまし」

 

「すまんのう」

 

「いえいえ…」

 

「ところで『ゴリアテ』のことじゃが…」

 

「はっ!!ロウ様、なにかご存知で!?」

 

「ん?いい、いやぁ…たいしたことではないが…ジエーゴには『気長に待っておれ』と伝えておいてほしのじゃ」

 

「は、はい…」

 

「安心せい。ヤツはきっと元気な姿で戻ってくる」

 

「か、かしこまりました。そのようにお伝え致します」

 

「宜しく頼んだぞ」

 

「はい。いってらっしゃいませ。どうかお気を付けて…ご武運をお祈り致しております」

 

オレたちが見えなくなるまで、執事は頭を下げていた。

 

 

 

 

 

「なぁ、さっきのゴリアテって…」

とオレはじいさんに訊いた。

 

「ジエーゴの息子じゃよ」

 

「息子?…息子…そういえば前にこの街に来た時、そんなを聴いたっけか…息子が行方不明だとかなんだとか…」

 

「うむ…」

 

「じゃあ、じいさんはそいつが今、何をしてるか知ってる…ってことか」

 

「まぁ…」

 

「だったら、なんでそう言ってやらなかったんだよ?」

 

「それは…本人が自分の口で言うから待ってくれ…と頼まれたからのう…」

 

「自分の口で?…」

 

 

 

…あっ!…

 

 

 

オレはこの街に到着した時のことを思い出した。

そういえば、パーティーの中にひとり、そんなことを言ってたヤツがいたっけ…。

 

 

 

…まさかアイツが…

 

 

 

「リサト…今の話は聴かなかったことにしてもらえんか…。人生、色々あろう…我々が口を出すことじゃない」

 

「あぁ…まぁ…」

 

 

 

「あら?リサトちゃん、ロウちゃん!お帰りなさい!」

 

 

 

「シルビア!戻ってたのか!」

 

「どうしたの、そんなビックリした顔をして…」

 

「あ、いや…なんでもない…それより、食料品の買出しは?」

 

「任せて!詰め込めるだけ詰めこんだわ。これで2~3ヶ月は大丈夫よ」

 

ヤツは明るい声でそう答えた。

 

「いやいや、そんなに長旅をする気はないけどさ」

 

「うふふ…そうね!」

 

どうにもオレには、ヤツが努めて、そう振る舞っているように見えた。

 

 

 

するとシルビアは、静かにじいさんに近づき

「ロウちゃん、水門の件はごめんなさい。本当はアタシが行ってこなきゃいけなかったんだけど」

と小声で囁いた。

周りのメンバーには聴こえていないようだが、ヤツを気にしていた分、オレの耳にはその声が届いた。

 

「ふむ、構わん。どのみちジエーゴは家を空けておらんかったわい」

 

「そう…いなかったの…」

 

「しかし…ヤツも元気じゃのぅ。きっとどこかの街で、騎士の特訓でもしておるのじゃろうて」

 

「…そうね…」

 

「まぁ、お主も今日がここに寄るのが最後ではあるまいに…チャンスはいくらでもある」

 

 

 

「ふふふ…ありがとう。さすがロウちゃん!単なるスケベじゃないわね」

 

 

 

「こ、こら!!」

 

 

 

「!?」

 

大きな声を出したので、みんなの視線が一斉にじいさんに集まった。

 

 

 

それを誤魔化すかのように

「アリスちゃん、準備はいいかしらぁ?」

とシルビアが船長に声を掛ける。

 

「はい、姉さん!バッチリでやんす」

 

 

 

「みんなは?」

 

 

 

「OKよ!」

 

「はい、大丈夫です!」

 

「ああ、問題ない」

 

「ニコちゃん、ワクワクするね!」

 

「しないわよ、別に…任務だから仕方ないけど…」

 

 

 

「取り敢えず、いいみたいだぜ」

 

 

 

「じゃあ、みんな!行くわよ!!しゅっぱーつ!!」

 

 

 

「しんこう!!」

 

 

 

こうしてオレたちは、執事が開けてくれた水門をくぐり抜け…園田海未…もとい…外海…へつながる運河へと旅立っただった…。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 



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Marmeid Festa vol.1

 

 

 

結構な日数を要して、ようやくオレたちは運河を抜けた。

時間は掛かったが、ここまで特に危険な目に遭うこともなく来れたのは、オレの日頃の行いがいいからだろう。

しかし…『この先、外海。凶悪モンスターに注意!』…岸辺にそんな看板が見える。

 

「さぁ、ここからは安穏としてはいられないわよ!いつ、ヤツらが船に飛び込んできても構わないように、心の準備を怠らないでね!」

 

ソルティコの街を出たときは、不自然なほど明るく振舞っていたように見えたシルビアだが、みんなに声を変えたその言葉は、いつもの感じに戻っていた。

 

するとヤツがそんなことを言った途端、船を取り巻く環境が一変する。

 

「急に靄(もや)ってきたな…」

 

「えぇ…視界が相当悪くなってきたわ」

 

シルビアが眉を顰めた。

 

 

 

「アリスちゃん、大丈夫?」

 

「それが…姉さん…」

 

「どうしたの?」

 

「計器類が狂い始めているでやんす」

 

「えっ?」

 

 

 

「まさかと思うが…この辺りが『神隠しの海域』かのう…」

 

成り行きを見守っていたじいさんが、ポツリと言う。

 

 

 

「『神隠しの海域』?」

 

オレは思わず鸚鵡返しで訊いた。

 

 

 

「うむ…あくまでも噂じゃがな…『船はそのままに、乗り海員だけいなくなっている』…なんてことが、よくあるらしい」

 

「ちょ、ちょっと!ロウ…本当なの、それ?」

 

「あら、アンタ恐いの?」

 

「…暗闇とお化けは昔から苦手なのよ…」

 

ベロニコさんの…少し意地悪な問い掛け…にエリティカさんは素直に答えた。

 

「へぇ、意外だな…」

とサイエリナさん。

 

まぁ、普段、魔物やモンスターと対峙していれば、お化けのひとつやふたつは、どうとでもなそうなもんだが。

 

「誰でも、苦手なものくらい、ひとつやふたつあるでしょ?」

 

彼女は軽く拗ねるようにして、顔を赤らめた。

 

 

 

そんなエリティカさんの『ギャップ萌え』を堪能している間に、靄はどんどん濃くなっていき、ついには目の前は真っ白がなってしまった。

 

「何も見えない…」

 

「うむ…」

 

その瞬間だ。

 

 

 

ゴゴゴゴゴ…ゴゴ…

 

 

 

大きな振動。

そして船底を擦ったであろうという音。

 

 

 

「…座礁したでやんす…」

 

「マジか!…」

 

「この視界じゃ、無理もないわね…」

 

シルビアは船長アリスの肩をポンと叩いた。

 

 

 

「さて、どうしたもんか…」

 

「結構、ガッツリ乗り上げてる感じ?」

 

「はぁ…ウンともスンとも言わないでやんす」

 

アリスが下船して、状況を確認しているが、あまり嬉しくない報告をしてきた。

 

みんなが途方に暮れ始めた…そんな時…急に目の前がクリアになってきた。

靄が晴れてきたのだ。

 

 

 

「ここは…?」

 

「入り江…でしょうか?」

 

「うむ…」

 

「とっても綺麗なお砂だね」

 

セーニャさんは無邪気に笑う。

 

「えぇ、水も澄んでいて…絵本で見た楽園みたいだわ」

 

エリティカさんも、表情を崩した。

 

「うん、気温も暑過ぎなくて丁度いい感じだし。こういうとこにいたら、すぐに眠くなっちゃうねぇ」

 

「でもセーニャ、あんまり呑気なことは言ってられないかも」

 

「ニコちゃん?」

 

「周りをよく見てみなさい。ここだけ時間が止まってるようだわ」

 

「えっ?」

 

確かに、ベロニコさんの言う通りだ。

 

入り江の雰囲気の素晴らしさとは別に…何十年…いや、何百年と放置されているであろう船が散見される。

 

「なんだ…これ…」

 

朽ち果てた船が、この白い砂浜に違和感を醸している。

 

「神隠しの海域か…まんざら噂でもなさそうだぜ」

 

「とりあえず、周囲を探索してみましょう」

 

「あぁ…って言っても、全員で行くのは危険だ。みんなは船で待機しててくれ」

 

「わかったわ」

 

「じゃあ、ウミュ!一緒に来てくれ」

 

「はい!」

 

「気を付けてくださいね」

 

「ワシは…船内で休んどる…」

 

じいさんも一般人に比べれば、肉体年齢は若いが、やっぱりそれなりの歳だ。

休むべきところは、休んでもらった方がいい。

 

「あぁ、任せておけ!」

と、オレは返事をした。

 

 

 

そうしてウミュと2人で船から降りた…その途端のことだった…。

 

 

 

ザバァ!!

 

 

 

海から何かが顔を出した。

 

 

 

「!?」

 

 

 

「なんや…『キナイ』やないやん…」

 

突然現れた『その人』は、オレたちを見るなり、そう言った。

 

 

 

「あ、あなたは…」

 

 

 

「希!」

 

「希ちゃん!」

 

船上に残ったメンバーが、次々に彼女を見て声をあげた。

 

 

 

「ん?ウチのこと知ってるん?」

 

 

 

「知ってるも何も…希さんでしょ?」

 

 

 

「おや!誰かと思えば、リサトさんやない…それに、えりちに海未ちゃん、ことりちゃん…」

 

「ひとり忘れてるわよ!」

 

「…にこっち…」

 

「…ってオマケみたいに…まぁ、いいわ。それより、今はそれぞれ事情があって、エリティカとウミュ、それとセーニャと…ベロニコってことになってるんだけどね」

 

「なるほど…」

 

 

 

「は~い!」

 

「久しぶりだな」

 

「わぁ、A-RISEの…」

 

「ビビアンジュと…」

 

「サイエリナだ」

 

「ほんま、ご無沙汰やね」

 

彼女たちを見てニッコリと微笑む、その女性は…μ'sの東條希さん…だった。

オレと海未ちゃんが交際を始める…その切っ掛けを作った人。

キューピッドと言ってもいい。

 

そういえば、出発前にセーニャさんが「希ちゃん、まだ出てきてないね…」なんて言ってたが…噂をすればなんとやら…ってヤツだ。

 

 

 

「…ほんなら、ウチも自己紹介せんといかんね」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ウチの名は『ノゾミア』や」

 

 

 

「ノゾミア?」

 

 

 

「そうなんよ!…そして何を隠そう…よいしょ!」

 

そう言うと彼女は、バシャッと音を立てて海面からに跳ね上がり、陸上に現れた。

同時に、面積の少ないビキニで隠された彼女の豊か過ぎる胸が、ブルンと揺れた。

 

その姿に一同がどよめく。

 

息を飲むようなグラマラスボディ!!

そのボリュームは、エリティカさんも、ビビアンジュさんもさすがに叶わない。

 

当然のことながら、オレの視線は、その胸元に釘付けになった。

しかし、すぐに…エロい!…というより…神々しいという感覚に襲われる。

 

 

 

その理由は彼女の下半身にあった。

 

 

 

「ニヒッ…驚いたやろ?ウチ、人魚なんよ!!」

 

そう、彼女の腰から下は…大きな尾びれのついた、ピンク色の魚だったのだ。

 

 

 

「そうきたか!」

と呟いたのはベロニコさん。

 

事前に予想した、占い師でもパフパフ娘でもなかった…ということに対するセリフか。

 

 

 

…パフパフ娘じゃなかったのは、ちょっと残念だったかも…

 

 

 

オレの期待も、虚しく散った。

いや、これはこれで、凄く嬉んだが…。

 

 

 

「人魚姫かぁ…すごく似合ってるよ!」

 

「ことりちゃん、ありがとさん」

 

「うふっ、今はセーニャって呼んでほしいな。ちゅんちゅん!」

 

「そやね」

 

「ですが…なんて格好をしてるんですか!は、破廉恥過ぎます」

 

ウミュはいつものように言葉を発したが

「人魚はこれが『正装』やから、仕方ないやん。この格好で『スノハレ』の衣装着てたらおかしいやろ」

と希さん…いや、ノゾミアさんは、ちょっと訳のわからない説明で、彼女の口癖を一蹴した。

 

 

 

「リサト…ワシはお主と旅ができて本当によかったぞい」

 

センサーでも付いているのか?

彼女見たさに、じいさんが甲板へとやって来た。

 

「出たなじじい!船内で休んでるんじゃなかったのかよ!」

 

「まぁ、よいではないか…」

 

「リサトさん、この方は誰?」

 

「オレの…じいさんです」

 

「おじいさん?」

 

「不本意ながら…」

 

「そうなんや…。そやかて、おじいさん、そんなジロジロ見んといてな。ウチもさすがに恥ずかしいやん」

 

「い、いや…このような芸術的なボディを、見るなって言うほうが無理じゃわい。いや、むしろ、そのバストから目を離した方が失礼に当たるというものじゃ」

 

「なるほど…やね…リサトさんのおじいさんやわ」

 

「納得しないでください!」

 

「ウチ、リサトさんと初めて中華街で会った時も、同じようなこと言われたんやけど…」

 

「良く覚えてますね…」

 

「言ったのかい!」

 

「そうなんですよ、ベロニコさん。あの時、私はリサトさんに殺意を覚えました」

 

「ウミュ…お前も良く覚えてるな…」

 

「えぇ、まぁ…」

 

ヤツの冷たい視線…それだけでオレは殺されそうなんだけど…。

 

 

 

「ところで…その船には『キナイ』は乗ってへんの?」

 

「『キナイ』?キナイなんて『いない』わよ」

 

「にこっち…こっちの世界でも相変わらずやね…」

 

「ち、違うわよ、別にそんなつもりで言ったんじゃないから!」

 

「ふ~ん…」

 

「ちっ!」

 

ベロニコさんは軽く舌打ちしたのを見て、ノゾミアさんはにんまりと微笑んだ。

 

 

 

「ウチ…キナイって人をずっと待ってるんやけど、みんな知らへん?」

 

「誰ですか?それは」

 

「ナギムナー村の漁師なんよ…」

 

「あぁ、そこ、これから行こうと思ってるところだ」

 

「そうなん?それなら、彼の様子を見てきてほしんやけど…」

 

「それで何者なんです?そのキナイって人は」

 

 

 

「ウチのフィアンセや」

 

 

 

「フィアンセぇ!?」

 

 

 

「そんなに驚かんでも…」

 

 

 

「驚くわよ、急にそんなこと言い出せば…」

 

 

 

…急に…か…

 

 

 

エリティカさんがそう言うのも無理はない。

向こうの世界じゃμ'sで結婚してるのは、オレのヨメ…つまり海未ちゃんと…ことりちゃん、それに凛ちゃんの3人だけなんだからな。

 

 

 

「…で、そのフィアンセがどうかしたの?」

 

「そうなんよ、エリティ。ウチ、こんな身体やから、陸上での生活ができひんやん」

 

「えぇ、まぁ」

 

「そうしたら彼が『それやったら、オレが結婚して、こっちで暮らしてやるさかい』って言ってくれたんよ」

 

「ハラショー!」

 

「何故、関西弁なのですか」

とウミュ。

 

しかし、それを無視してノゾミアさんは

「そやけど…待てど暮らせど、全然来てくれへんの…。もう何年も待ってるんやけど…ウチ、嫌われたんかな…って」

と言葉を続けた。

 

「なるほどね。それでアタシたちに、その男の様子を見てこい…ってことなのね」

 

「さすがベロニコッチ!話が早い」

 

 

 

…ベロニコッチ…

 

…希さん、こっちの世界でも、キャラがブレぶれてない…

 

 

 

「ふん!褒めたって何にも出ないわよ」

 

「素直やないんやから…」

 

「いいわよ。どうせ、そこに行こうと思ってたところだし」

 

「おぉ、エリティ!持つべきものは友…やね!」

 

「な、なに言ってるの…大袈裟よ」

 

「仕方ないわねぇ…アンタの願い、叶えてあげるわ。だけど、アタシたちの希望も聴きなさいよ」

とベロニコさんが、2人の会話にカットインした。

 

「なんやろ?」

 

「『海底王国』に行けるようにしてほしいんだけど!」

 

「海底王国?」

 

「アンタならできるでしょ?」

 

「そうやね…ウチのスピリチュアルパワーを使えば…」

 

「はいはい」

 

「あ~ん、そんな言い方…つれへんやん!」

 

「アンタの戯言に付き合ってるヒマはないのよ!元々ナギムナー村に行くのだって、海底王国の情報を訊く為だったんだから」

 

「せっかちやなぁ…」

 

「いいから。アンタの『不思議なパワー』で『お手伝い』しなさいよ」

 

「…まぁ、それなら…『諸君にはこれを差し上げてしんぜよう』」

 

向こうの世界でも何回か会ったことがあるんだが…時たま彼女は変な『小芝居』を始めることがある。

その度にオレはキョトンとなってしまうのだが、さすがにμ'sのメンバーは慣れたもんだ。

 

「なに、これ?」

 

ベロニコさんは何もなかったかのように、彼女に手渡された物を確認した。

 

「秘宝やね。これを持っていれば、その船は水中もスイスイ進めるんよ」

 

「本当でしょうね?」

 

「本当やって。あっ!ただ、このままではあかんよ。まだ、魂が入ってないんや」

 

「魂?」

 

「ちょっと待ってな…」

と言うと、彼女はゴニョゴニョと呪文のようなものを念じ始めた。

 

 

 

そして…

 

 

 

「『希パワー、た~っぷり注入!プシュ』」

 

「頂きました~!!」

 

彼女の謎の掛け声に、セーニャさんが間髪入れずに反応した。

 

 

 

「ふん、茶番だわ」

 

それを見てベロニコさんは呟いた。

 

 

 

「だけどね、ノゾミアちゃん…ひとつ問題があるんだけど」

 

「この人は?」

 

甲板からオレたちの様子を窺っていた船の主が、声を掛けた。

 

「あぁ、オレたちと一緒に旅してるシルビアだ。この船のオーナーでもある」

 

「そういうこと。よろしくね」

 

「よろしく」

 

「それで、早速だけど…見ての通り、船が座礁しちゃって動かないの。これじゃあ、ナギムナー村に行けないわ」

 

「そりゃ、そうやね…」

 

「なんとかならないかしら」

 

「大丈夫!もう普通に動けると思うんやけど」

 

「えっ?」

 

「元々、ウチがその船をここに引き寄せたんよ。だから、その『念』を解けばいいだけやから」

 

「どうして、そんなことを?」

 

「もしかしたらキナイが来たんやないかな…って。近くを通る船はみんな、ウチが呼び寄せて確かめてるんや…」

 

「あっ…ひょっとしてこの海域が『神隠し』って言われてる理由は…」

 

「ウチのせいかもしれへんね」

 

「…」

 

「でも…な~にもせぇへんかったら、普通に帰しとるんよ」

 

「?」

 

「みんな…ウチのこと…襲うんやもん…。そやから、そういう人だけ、ウチのパワーで『消してる』んよ…」

 

「それが…船員だけが消える理由…」

 

「サラッと言ってるけど、そこそこホラーな話じゃない」

 

シルビアの…いや、他のメンバーの顔も少し強ばった。

 

「ですけど…そんな姿を見せられたら、男として襲いたくなる気持ちはわからなくないかな…。しかも、自分から呼び寄せてるんでしょ。それはちょっと、ひどくないですか?」

 

「リサトさん、その発言は『痴漢される方にも原因がある』みたいに聴こえて、とても不愉快です!」

 

「あ、いや…ウミュ…そういうつもりで言ったんじゃないけどさ」

 

 

 

「そやけど、ウチ、下半身、こんなんやん…『お○こ』付いてへんから、エッチはできへんのやけどなぁ」

 

 

 

「なっ…」

 

彼女のあまりにストレートな表現に、ウミュは卒倒してしまった…。

 

 

 

「ありゃりゃ…ウミュちゃんは、相変わらずやね」

 

そう言って、ノゾミアさんはムフフと笑った。

 

 

 

「最後にひとつ、質問があるんだけど」

 

「ベロニコッチ…なんやろ?」

 

 

 

「そんなに会いたければ、自分から行けばいいじゃない」

 

至極、全うな質問だ。

 

 

 

だが彼女は悲しい目をしてこう答えた。

 

「それが…できひんのよ…」

 

 

 

「どうしてよ!?」

 

 

 

「ウチ…こう見えて、人間からすれば半人半魚の『魔物』なんよ…」

 

 

 

「あっ…」

 

こう見えて…もなにも、半身半魚は見たまんまだ。

だが…あまりに魅惑的な上半身…に、そのことを忘れてしまうのは事実だ。

ましてや、彼女が…魔物とジャンル分けされている…ということも。

 

 

 

「こんな姿をして『ノコノコと』人間界に姿を見せれば…」

 

 

 

…そうか!…

 

…オレは勘違いしていた…

 

…彼女が言っていた『襲われる』の意味は…

 

 

 

…『性的な対象』としではなくて『狩猟の対象』…

 

 

 

…そういうことか…

 

 

 

「確かに…人魚って見た目の美しさとは裏腹に、いいイメージで語られることは少ないですもんね」

 

「悲劇も多いわね…」

とエリティカさんが相槌を打った。

 

 

 

「…ぐすっ…」

 

女性陣+シルビアが鼻を啜っている。

この展開で、こんなしんみりする話になるとは思わなかった。

 

 

 

「わかりました。そのキナイという方…必ず探してきてみせます」

 

「ウミュちゃん…」

 

倒れていたウミュが、その話を聴いて、ゆっくり立ち上がった。

 

「私も頑張るわ」

 

「シルビアさん…」

 

 

 

「そうとわかれば、善は急げよ!アリスちゃん、船は?」

 

「はい、OKでやんす」

 

「それじゃあ、行くわよ、ナギムナー村へ」

 

「オー!!」

 

 

 

「ほな、よろしく~」

 

彼女はオレたちを見送ると…水中へと姿を消したのだった…。

 

 

 

 

 

「…って絶対、希のことだから、何か企んでるわ」

 

「そうよ。凛と組んでドッキリだった!とか言うに違いないわ」

 

「あら、珍しく意見が合うわね」

 

「アイツには散々、イタズラされてきたからね」

 

エリティカさんとベロニコさんは、そう言って顔を見合わせると、何かを思い出したらしく、声をあげて笑ったいた…。

 

 

 

 

 

~to be continued~

 







※ノゾミア…ドラクエでの正式な名称はロミアです。


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Marmeid Festa vol.2

 

 

 

「ここが…ナギムナー村?」

 

「そうでやんす」

 

船長のアリスは間違いないと、右拳でドン!と鍛え上げられた部厚い胸を叩いた。

 

どうやら目的地に着いたようだ。

 

 

 

「村…っていうわりには、思ってたより大きいな」

 

「果たして…そのキナイという人はすぐ見つかるのでしょうか…」

 

「まったくアンタは心配症ねぇ…」

 

「まぁ、大きいと言っても、こういう漁村じゃから、誰も知らんということはなかろうて」

 

「そうですね…」

 

「それより、リサト。なんか、やたら『大砲』が島中にゴロゴロしてるんだけど」

とベロニコさんが、小さい身体を精一杯伸ばしながら、村中を見渡して言う。

 

「ねぇねぇ、あの大砲、お花が生けてあるよ!」

 

セーニャさんの指差した島の外れの方を確認すると

「本当ですね。なかなか…斬新な手法です」

と海未は苦笑した。

 

 

 

…そういやぁ、海未ちゃんは、茶華道にも精通してたんだっけ…

 

 

 

「漁村に大砲…変な組み合わせね…」

 

「確かに。でも、ベロニコさん、何もなきゃ、ただ、そんなのモノ置いておくこともないだろうし、きっと理由があると思いますよ…。取り敢えず、いつものように手分けして、情報収集してみますか?…そうすれば、何かわかるかも」

 

「そうね。じゃあ、アタシとセーニャは向こうに行くわ。アンタとウミュはあっちをお願い。エリティカとロウはそっちで…残りの3人は海辺をお願い」

 

「ハラショー!さすがニコね!こういう時は『部長』っぽいわ」

 

「ふん、誉めたって何も出ないんだから」

 

「まったく、素直じゃありませんね…」

 

ウミュとセーニャさんは、お互いの顔を見ると、肩をすぼめて、ふふふ…と笑った。

 

 

 

 

 

…ということで、早速、聴き込み調査や民家に侵入し『書物を漁る』と、次の事がわかった。

 

 

 

ひとつ目。

近海で『クラーゴン』が暴れている為、魚が獲れない。

 

ふたつ目。

男衆は、そのクラーゴン退治に出払っている。

 

みっつ目。

『キナイ』の母親は、島の奥に住んでいる。

 

よっつ目。

この島では…人魚は『怪物』として伝承されている…。

 

 

 

「ノゾミアさんが言った通りだな…。彼女はやはり、歓迎されるような存在じゃないらしい…」

 

「…はい…残念ながらそのようですね…」

 

「それで、リサトちゃん、どうするの?」

 

「クラーゴンがどうたらこうたら…も気になるっちゃあ、気になるけど…」

 

「そうですね。男性が出払ってるなら、その中にいる可能性が高いものですからね」

 

「じゃが、ウミュ殿…キナイの母親がこの島にいるなら、まずはその者に会いに行くのが先じゃろ」

 

「はぁ」

 

「だよな。じゃあ、そこに行ってみるか」

と、オレたちは、住民に教えられた場所へと向かった。

 

 

 

その道中の事だ。

 

 

 

「おや、なんでしょうか?あの人だかりは…」

 

ウミュが前方に何かを発見した。

 

「行列の出来る店か?」

 

「いや、それは違うんじゃない?子供しかいないみたいだし」

 

サイエリナさんとビビアンジュさんが、その人だかりの奥を覗きこむ。

 

「紙芝居に集まってるみたい」

とセーニャさん。

 

 

 

「紙芝居?…」

 

「このご時世に?」

 

 

 

…いや、この世界だし、それはあるでしょ…

 

 

 

セクシーコンビに、心の中でツッこむオレ。

 

 

 

「紙芝居とはまた、随分懐かしいのぅ…ちょっと覗いて行こうかねぇ」

 

「いや、じいさん!そんなヒマは…」

 

 

 

だが、オレのその意見は…紙芝居を読み聴かせる語り手…ばあさんの

「さぁ、みんな…静かにして、よ~く聴いておくれ。今日は、この島に伝わる『忌まわしき呪い』のお話じゃ」

と言う声に掻き消されてしまう。

 

それは…海千山千…いくつも修羅場を切り抜けてきたであろう感じで…通りすぎようとしたオレたちの脚を止めさせるには充分すぎる…なんとも言えぬ説得力のある声と口調だった。

 

否応なく、集まっていた多数の子供の後ろで、オレたちもその話を聴くこととした。

 

 

 

 

“「昔、昔のことじゃった。この村には、誰もが認める腕利きの漁師がおってのう…。技術もさることながら、それはそれは、たいそう男前で…彼は村長の娘とも結婚し、順風満帆な人生を送っておったのじゃ」

 

「じゃが…幸せは長くは続かなかった…。あれは…ある大嵐の夜…彼は漁へと出たところ、海に投げ出されてしまったのじゃ。誰もが『この波風じゃ助からん』…そう思って諦めておった。彼の妻は必死に夫の無事を祈ったのじゃが…」

 

「状況は絶望的じゃった…」

 

「…数日後…なんと彼は島へと戻ってきたのじゃ!!どこをどう彷徨ったかは定かじゃないが…なんとか急死に一生を取り止めたらしかった。妻と村長はもちろん、村中も大喜び、お祭り騒ぎ!!」

 

「ところが!…じゃ…彼の様子は一変しておった」

 

「以前のように漁に出ることもなく、毎日、海を眺めては、なにもせずにボーッ過ごし…挙げ句の果てには『オレは人魚と結婚するんだ』などと言い出し、嫁を捨て、海へ出て行こうとする始末。完全に腑抜けになってしまっておった」

 

「これに怒ったのが村長じゃ。なんと船を燃やしてしまうと、彼を『しじまヶ浜』に閉じ込めて、二度と出られないようにしてしまったのじゃ」

 

 

 

「あとから聴いた話によれば…遭難し死を覚悟した漁師の前に現れたのは…美しい人魚…。そして彼女は…彼の耳元でこう囁いたそうな…」

 

 

 

「『生きたいならば…魂をおくれ…』とな…」

 

 

 

「めでたし、めでたし…」”

 

 

 

「…いや、めでたくはねぇだろ…」

 

「完全にバッドエンドじゃない」

と先に集まっていた子供と区別が付かない大きさのベロニコさんが、オレの意見に同調した。

 

「そうね…」

 

エリティカさんも頷く。

 

 

 

…そういえば、この人たち…

 

…『♪ハッピーエンドね!』って歌詞の曲があったっけ…

 

 

 

オレの脳裏に、ふとそんなバカな事が浮かぶ。

 

 

 

「ねぇ…リサトちゃん、この話ってもしかして…」

 

 

「…ん?…あぁ…まさかと思うがノゾミアさんと…キナイ…か?」

 

シルビアに話し掛けられ、我に返った。

 

 

 

「!!…そこの者たち!…今、キナイと申したか?」

 

そう言ったのは、紙芝居の語り手だ。

オレたちの会話が聴こえたらしい。

 

 

 

「はい。私たちは訳あって、キナイさんを探しているのです」

 

 

 

ウミュがそう返答すると、ばあさんは

「キナイは私の息子じゃが…」

と言ったのだった。

 

 

 

「へぇ…なら、話は早い。息子さんは今、どちらに?」

 

「村の男衆と共にクラーゴン退治に出掛けておるよ」

 

「あぁ、そうなんですか…」

 

「じゃが、生きて戻ってこれるかどうか…相手はなんせ、バケモノ中のバケモノじゃ。長い歴史の中で、ヤツと戦って、どれだけの者が命を落としたものか…」

 

 

 

「なるほど…。これはやっぱり、オレたちにバケモノ退治を手伝ってこい…って流れですね」

とベロニコさんに訊いてみる。

 

「それが勇者の宿命ってヤツなんじゃない?」

 

言わずもがな。

想定通りの答えが返ってきた。

 

 

 

「仕方ないわねぇ…アタシたちがそのクラーゴン退治、協力してあげるわよ!」

 

「…」

 

「あ、オレたちで全員で!ってことです」

 

「それは助かる!」

 

「ぬゎんでよ!今、アタシの言葉をスルーしたでしょ」

 

「ベロニコ、それは仕方ないわ。ただでさえ…なのに、今はそんな格好なんですもの」

 

「エリティカ!…まぁ、いいわ。ただでさえ…ってのは、気に入らないけど、確かにこの姿じゃ説得力がないのは認めるわ」

 

「そうだよね。ニコちゃん、集まった子供たちに溶け込んでて、どこにいたかわからなかったもんね」

 

「セーニャ、アンタねぇ!」

 

「ちゅんちゅん!」

と彼女は悪戯っぽく笑った。

 

「はぁ…怒る気が失せるわ…」

 

オレだって…何されても、彼女のこのセリフと笑顔で、すべてを許しちゃうだろうな…。

 

 

 

「それじゃあ、クラーゴン退治に行きますか!」

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Marmeid Festa vol.3

 

 

村の住人にアドバイスをもらい、オレたちは島の東端に住む『大砲ばあさん』なる人物を訪ねた。

 

随分と物騒なあだ名だが、別にヤバイ人というワケではないようだ。

この『島の大砲を管理しているおばあさん』…そんな意味らしい。

 

「ほほう…クラーゴン退治に行くとな…。ならば、これを持って行くがよい」

と、余っている大砲を1門譲り受けた。

 

実弾は入っておらず、威嚇用だという。

 

「昔はそれで、なんとかなったんだけどねぇ…この頃の暴れかたは異常なのさ…ちょっとやそっとの嚇(おど)しじゃ効きやしない」

 

 

 

…なるほど…

 

…この島にこんなものがゴロゴロしてるのは、それが理由か…

 

 

 

きっとヤツは遥か昔から、この近海で暴れていたのだろう。

 

だから『討伐』まではできないにしても、これで嚇して、海中深くへと帰ってもらっていた…というわけだ。

 

 

 

 

 

「バケモノは、ナギムナー村から見て西の沖合いにいる…って言ってたよな?」

 

船を走らせるアリスに、ポイントを確認する。

 

「位置的には、この辺りのハズなんでやんす…」

 

「ですが…周りに漁船は見当たりませんね…もしかすると、既に…」

 

「ウミュ!滅多のことを言うんじゃないわよ!アンタはすぐにネガティブな事を考えるんだから」

とベロニコさんが一喝した。

 

「すみません…」

 

オレには終始強気なウミュだが、こうして意外と素直なとこもある。

 

 

 

「しかし…静かだな…」

 

「嵐の前のなんとか…ってヤツじゃろうて」

 

「『嵐の中の恋だから』?」

 

「いや、違うでしょ!!」

 

エリティカさんのネタか、天然なのかわからないボケに、ベロニコさんが速攻でツッコんだ。

 

 

 

その時だ…

 

 

 

ざっぱ~ん!!という音と共に、盛り上がる海面。

波は大きくうねり、船がひっくり返りそうになる。

 

 

 

「きゃあぁぁぁ!!」

 

ほぼ女子しかいないオレたちのパーティーに、かよわい声の悲鳴が響く。

 

 

 

「出たな!!」

 

「やっぱり、アンタは『魔』を引き寄せる力があるのね」

 

「どうせなら、可愛い子を引き寄せる力が欲しいですけどね」

とベロニコさんの言葉に、軽口で答えるオレ。

 

 

 

「…」

 

ウミュに引かれた…。

 

 

 

「リサトちゃん、この子、もしかして…」

 

「…おぉ、この間、遭遇したヤツか!?」

 

シルビアは『この子』なんて呼んだが、もちろん、そんなに可愛いワケがない。

 

 

 

巨大なイカのバケモノだ。

 

 

 

前に遭った時は、かなりピンチな状況に追い込まれたが、なんとか『ダーハルーネの町長率いる援軍』に助けられ、オレたちは難を逃れた。

 

 

 

「さしずめ、リベンジマッチ…っていうところだな…」

 

「ふん!待ってなさい。今、アタシが『イカそうめん』にしてあげるわ」

 

「何人分できるかしら?でも、そうめんだけじゃ飽きるわ」

 

シルビアの言葉に

「なら…イカリング、イカ飯、ゲソ揚げ…何だって作るわよ」

とベロニコさんは不敵に笑った。

 

 

 

「みんな、準備はいいか!!」

 

 

 

「はい!」

 

「とーぜんよ!」

 

「ちゅん!」

 

「OKよ!」

 

「うむ!」

 

「まかせて!」

 

「かかってくるがよい!」

 

「カモ~ン!!」

 

 

 

オレたちが戦闘体勢に入ったのを見計らったかのように、ヤツが攻撃を仕掛けてきた。

 

「避(よ)けろ!!」

 

長い触手をムチのように撓(しな)らせ、ぶん!と甲板を叩きつけた。

直撃すれば、一溜まりもない。

 

それを避けつつ、反撃を試みる。

 

 

 

「えいっ!」

 

「やぁ!」

 

「とぉ!」

 

襲い来る触手に集中攻撃。

 

 

 

「どうだ!?」

 

 

 

「手応えあったわ!!」

 

 

 

だが…

 

 

 

「あぁ!?」

 

 

 

…さ、再生しただとぉ!?…

 

 

 

「確かに今、腕を一本『殺した』ハズなのですが…」

 

ウミュの顔に焦りが浮かぶ。

 

 

 

「ぶった斬っても、また生えてくるっ…てか?」

 

「だとすると、相当厄介ね…ロウちゃんどうする?」

 

「…うむ…シルビア殿…この触手を掻い潜(くぐ)って、本体をやっつけるしかないんじゃないかのぅ」

 

「面倒ねぇ…」

 

「しかし、やるしかあるまい!」

 

 

 

そうこう思案している間にも、ヤツは攻撃の手を弛めない。

 

 

 

「うぉっ!と…危ねぇ…危ねぇ…」

 

「リサトちゃん、このままじゃ…」

 

「あぁ、わかってる…よし!オレとエリティカさん、サイエリナさんで本体を直接攻撃する。ウミュとベロニコさんは右腕を、シルビアとビビアンジュさんは左腕を頼む」

 

「わかったわ」

 

「じいさんと、セーニャさんは後方支援してくれ」

 

「承知した」

 

 

 

しかし、苦戦する。

大苦戦。

 

 

 

「のわっ!!船を揺らしやがった!」

 

「『こおりつく息』!?」

 

「『ばくれつけん』だと?生意気な!!」

 

 

 

あと一歩まで追い詰めるも、ここぞという時に全体攻撃を喰らい、フィニッシュまで持ち込めない。

 

 

 

「私…タフね人は好きだけど、こういう、しつこい人は嫌いなのよね…」

 

ビビアンジュさんが呟いた。

 

 

 

まったくだ。

持久戦なら勝ち目がない

 

もっとも相手は人じゃなくて、モンスターなんだが。

 

 

 

「エリティカさん、サイエリナさん!『ウインク』で『みりょう』できない?」

 

「アンタ、バカじゃない?あんなヤツ相手にセクシー攻撃なんて通用するわけないでしょ!」

と、ベロニコさんが叫ぶ。

 

 

 

「一応、やってみるわ…」

 

 

 

…通じる相手じゃなかった…

 

 

 

「当たり前でしょ!」

 

 

 

そんなベロニコさんのキツイ言葉からオレを救ったのは、セーニャさんだった。

 

不意に

「そういう時こそ、これの出番じゃないのかな?」

と大砲を指し示す。

 

「…でも、それは威嚇用で…」

 

「いや、折角持って来たんじゃ…使わない手はないじゃろ」

 

「じいさん…わかった、任せる!!」

 

「うむ!アリス殿、手伝ってくれんかのぅ」

 

「ようがす!」

 

 

 

「では行くぞ!…撃ち方…構え!!」

 

その声に、オレたちの動きが止まった。

視線の先には、アリスと大砲。

 

 

「撃てぇ!!」

 

 

 

どぉ~~ん!!

 

 

 

轟音と共に、船が大きく揺れた。

空砲とはいえ、すごい反動だ!

 

 

 

…どうして弾を込めないのか?…って思ってたけど…

 

…これじゃあ、この勢いで船が転覆しちまうってことか…

 

 

 

「見て見て、リサトちゃん!クラーゴンが今の衝撃波で『混乱状態』に陥ったわよ!」

 

「ハラショー!!」

 

「空気砲、恐るべし…です!」

 

「感心しとる場合じゃないぞ!今がチャンスじゃ」

 

「あぁ、そうだな!よし、行くぜぇ」

 

 

 

本体に向かって全員攻撃だ!!

 

 

 

「やったか!?」

 

「…みたいですね…」

 

 

 

ヤツの巨大な身体は、生気を失い、ゆっくりと海中へ消えていった。

 

 

 

「そう思わせておいて、また『バシャーン』って出てこないわよね?」

 

「エリティカ…あんたって意外とビビリなのね」

 

「言ったでしょ!暗闇とかお化けとか…『驚かす系』は苦手なのよ…」

 

 

 

しかし、そんなエリティカさんの心配をよそに、クラーゴンはどれだけ待っても浮かび上がってくることはなかった。

 

 

 

「もう、さすがに大丈夫じゃろうて」

 

「みんな、お疲れさま!」

 

「ニコちゃん、残念だったね…イカ料理ができなくて」

 

「そうね。みんなにアタシの手料理を味わってもらおう…って思ったのにねぇ」

 

「またの機会を楽しみしていますよ」

 

ウミュがそう言うと

「だけどアイツとは、もう二度と会いたくないけどね」

とベロニコさんは笑った。

 

 

 

 

 

オレたちより先んじて『クラーゴン討伐に出掛けた漁民たち』は、運悪く…いや…運良くヤツと出くわさなかったようだ。

それ故、彼らは、このポイントよりも、遥か西へと船を進めていた。

 

しかし、あの空砲の音を聴いて異変に気付き、慌てて応援へと駆けつけたと言うのだが…すでにヤツの身体は海に沈んだあとだった…と島を取り仕切る村長は語った。

 

 

 

村へと戻るとすぐに祝賀会が催され、オレたちは盛大に饗(もてな)された。

 

会う人、会う人に賛辞と謝礼の言葉を投げ掛けられる。

そして、上手い魚料理と酒に舌鼓を打つ。

 

至福の時間だ。

 

ロウのじいさんは、いい感じに酔っ払ってるみたいだし、サイエリナさんとビビアンジュさんも、なぜかダンスを披露して、住民たちと一緒に盛り上がっている。

 

 

 

…まぁ、たまにはこういうことがあってもいいんじゃないかな…

 

 

 

「いえ、リサトさん…目的を忘れたワケではないですよね?」

とオレの横にやってきたのはウミュ。

 

 

 

オーマイガッ!

 

 

 

…キミはリラックスするっていう言葉を知らないのかね…

 

 

 

「もちろん、そんなことはありません!」

 

オレは何も喋っていないが、表情で悟ったらしく、ヤツはそう答えた。

 

 

 

「キナイのことだろ?忘れてるワケないじゃん」

 

「なら、よいのですが…」

 

 

 

「この周辺には、どうやらいないみたいよ」

 

 

 

「ベロニコさん!?」

 

 

 

「アタシはお酒を飲ませてもらえないからね!食べるだけ食べたら、あとはヒマだもの」

 

「なるほど…確かに…」

 

 

 

…そう言えば、初めて会った時も、バーに『入る』『入れない』で押し問答してたんだっけ…

 

 

 

「楽しくやってる連中は放って置いて、さっさとキナイを探すわよ!」

 

「そういうところは、わりとしっかりしてるんですよね…」

 

「わりと…ってなによ、わりと…って」

 

思いきりベロニコさんに睨まれる。

 

 

 

その横で、クスクスとセーニャさんが笑っていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Marmeid Festa vol.4

 

 

 

「アンタがキナイか?」

 

酒宴に興じているロウ&セクシーコンビを『放置』してオレたちは、ヤツの家を訪ねた。

 

 

 

「あぁ…」

 

中には、麦わら帽子を目深に被った若い男がいた。

パッと見、某海賊漫画の主人公っぽい。

 

ただ、その声はとても小さく、元気さの微塵も感じられないところが、まったく違う。

部屋に明かりを灯していないせいもあり、どことなく陰々滅々とした雰囲気が漂う。

 

 

 

「なにか用か?」

 

 

 

…九日、十日(ここのか、とおか)…

 

 

 

シャレがわかりそうなヤツでは無さそうなので、オレはそう言うのをグッと堪えた。

 

 

 

「単刀直入に聴くわ。アンタ『ノゾミア』って人魚、知らない?」

 

 

 

「!!」

 

ベロニコさんの問い掛けに、ヤツの表情が一瞬変わった。

 

 

 

だが

「それがどうした…」

と慌てることもなく、静かに呟いた。

 

 

 

「彼女が…アンタを探している。いや、正確に言えば、アンタが来るのを待っている」

 

 

 

「…そうか…」

 

「迷惑でなければ、私たちと一緒に来て頂きたいのですが…」

 

「…いや…悪いがそれはできない」

 

「どうしてよ。ノゾミアはずっとアンタの事を待ってる!って」

 

 

 

「あぁ…だが、彼女の言う『キナイ』は『オレ』じゃない」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「そのノゾミアが待ってるのは、オレの『祖父』だ…」

 

 

 

「祖…父…?…」

 

「つまり、アンタのおじいさんってワケ?」

 

 

 

「あぁ…キナイってのは苗字で…祖父はキナイ=ユキっていう」

 

 

 

「ちゅん?」

 

「ハラショー!…前々から怪しいって思ってたけど、希、やっぱり歳を誤魔化してたのね」

 

「ぬゎんでよ!」

 

「ここは希としてではなく、人魚ノゾミアとして考えるべきでは…」

 

「わ、わかってるわ!ロシアンジョークよ…」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

海未ちゃんが、時々「絵里はああ見えて、結構抜けてるところがあるんですよ」とオレに言うんだが、その一端を、一瞬垣間見た気がした。

 

 

 

「詳しく聴かせてもらっていいか?」

 

オレが話を本筋に戻す。

 

 

 

「…いいだろう…」

 

キナイは小さく頷きながら、そう呟き

「…少し長くなるが…」

と語り始めた。

 

 

 

その内容は、昼間見た『紙芝居』のお復習(さらい)だった…。

 

 

 

「そこまでは、あなたのお母様から聞きましたわ」

 

 

 

「でも、これは言ってなかったろう…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「その『腕利きの漁師』っていうのが…『オレの祖父』なのさ…」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「では、あの紙芝居は実話なのですか?」

 

 

 

ヤツは無言で首を縦に振った。

 

 

 

なるほど。

 

まぁ、もしかしたら…とは思っていたが、やっぱりそうだったか…。

 

 

 

「…その紙芝居には…続きがある…」

 

そう言ってヤツが話したことは、もっと不気味なものだった。

 

 

 

 

「祖父はこの家の裏側にある、しじまヶ浜に幽閉され…その間に村長の娘は…別の男と結婚し、子供を宿したんだ」

 

 

 

「…」

 

いきなりの展開に、オレたちは言葉を無くす。

 

 

 

「だが…そんなふたりの幸せは、そう永くは続かなかった…。今度は、その再婚した旦那と…父親である村長が出漁中に、大嵐が襲い…帰らぬ人となっちまったのさ…」

 

 

 

「…やだ…」

 

エリティカさんが、オレの腕にしがみついてきた。

 

肘に当たる胸の感触。

突き刺さるウミュの視線。

 

どちらも気付かないフリをして、ヤツの話を聴いた。

 

 

「これはきっと『人魚の呪い』だと大騒ぎになり…村人たちは、祖父の元へと向かった…」

 

 

 

ごくっ…

 

 

 

「すると…幽閉され独り身だったはずの祖父の腕の中には…まだ産まれて間もない…ずぶ濡れになった赤子が抱かれていた…」

 

 

 

「きゃっ!」

 

 

 

…おいおい…

 

…なんだ、その怪談は…

 

 

 

「その子は…ノゾミアの?」

 

「いや、ベロニコさん。彼女はエッチ出来ないって言ってたけど…」

 

「リサトさん!こんな時に、破廉恥です!」

 

「いや、真面目な話、そうでしょ!」

 

 

 

…ちょっと、空気を変えてみたかった…ってのも、あるんだけどさ…

 

 

 

「それで…村長の娘さんはどうなったのかなぁ?」

 

 

 

…えっ!セーニャさん、それ訊いちゃう?…

 

 

 

「さぁ…どうなったのやら…」

 

 

 

その口調があまりに冷ややかで、オレの背筋にゾクッと悪寒のようなものが走った。

 

 

 

…あぁ、ほら…これは深追いしちゃいけないパターンだよ…

 

 

 

女性陣もそれは悟ったらしい。

 

 

 

「それじゃ、質問を変えるね。そのキナイさんが抱いていた赤ちゃんは、誰の子なんだろう?」

 

 

 

…セーニャさん、攻めるねぇ…

 

…あ、そういえば…『ことりはああ見えてSなんです。…本人は自覚ゼロですが…」って海未ちゃんが言ってるっけ…

 

…「あっ、でも、彼女にだったら、攻められたいかも…」って言ったら、すっげぇ怒られたけど…

 

 

 

「その子が誰と誰の子かは…よくわからない…。ただ、それがオレの母親である…ってことだけは間違いない…」

 

彼女の質問に、ヤツは静かに答えた。

 

 

 

…ふ~ん…

 

 

その赤子が、村長の娘と再婚した旦那の子供なら…今、ここにいるキナイは『祖父』との間に、血縁的な繋がりはない。

 

 

 

一方、キナイとノゾミアの子供であれば…いや、それはないか…。

 

それであれば…彼女がエッチできるかどうかは別として…キナイとはどこかで再会していることになる。

まさか、産んだ子供を彼の元へと流したわけでもあるまい…。

 

 

 

…まぁ、それはどうでもいいことか…

 

…詮索しても仕方ない…

 

 

 

「丁度いい…お前たちがその人魚と面識があるのなら…届けて欲しいものがある」

 

コイツには感情がないのか?

表情を変えずに、オレたちに言った。

 

 

 

「届けて欲しいもの?」

 

 

 

「着いて来い」

 

 

 

オレたちはヤツに言われるまま、あとを着いて行った。

 

 

 

港は島の南に面しているが、その真反対…北側の小高い丘を超えると、その眼下には入り江が広がっていた。

 

薄汚れた看板には『しじまヶ浜』の文字。

キナイが幽閉されていたという場所だ。

暗がりで、よくは見えないが、波打ち際に墓石のようなものが見える。

 

薄気味悪くて、エリティカさんでなくても、ガンガン前に進む…というのは躊躇われるというロケーション。

 

その一角に…これまた『何が出てもおかしくなさそうな小屋』が建っていた。

 

連れて行かれたのは、その建屋だ。

 

 

 

ヤツは中に入ると、なにやら手にして戻ってきた。

 

「これを…その人魚に渡してくれ…」

 

 

 

「これは?」

 

 

 

オレはピンとこなかったが、女性陣はすぐにわかったようだ。

 

「ヴェール…ですね?…」

 

 

 

「ヴェール?」

 

 

 

「うん、ウェディングヴェール…花嫁さんが頭に付ける薄い布だよ…」

 

「おぉ!アレか!誓いのキスの時に、捲くるやつ」

 

「正解!」

 

「母の話によると…祖父が死の間際まで、大事に握りしめてたらしい」

 

「つまり…」

 

「おじいさまは、これを持って行ってノゾミアと結婚をするつもりだった…ってことよね…」

 

エリティカさんの呟きに、澱んだ空気が一段とその濃度を増したように感じられた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「重い、重いわ!」

 

ベロニコさんが頭を抱えている。

 

「このピラピラの一反木綿みたいなレースがですか?」

 

「質量のことではありません!気持ちの問題です!」

 

ウミュがオレを睨んだ。

 

「わかってるよ、そんなこと…」

 

「どんな顔してノゾミアに伝えたらいいのかしら」

 

「ちゅ~ん…」

 

エリティカさんも、セーニャさんも悩んでいる。

 

キナイ(孫)にヴェールを手渡されたオレたち。

 

取り敢えず全員合流して、船に乗り、彼女の待つ入り江へ向かった。

 

 

 

「それで、リサトちゃん、どう伝えるの?」

 

「どう…って…」

 

「真実を伝えるか…それとも…」

 

「待って、待って!この選択次第でオーブが入手できる、できない…ってなることはないよね?」

 

「それはどうかしら?」

 

「ここで一旦、セーブしておきたいんだけど」

 

「ゲームじゃないんだから、そんなことできるわけないじゃない」

 

「まぁ、そうなんだけど…」

 

 

 

…って、これゲームの中の世界じゃなかったっけ?…

 

 

 

「じいさんはどうするべきだと思う」

 

「どうもこうも…ここにいる連中はお主と一蓮托生じゃて…。どっちに転んでも、恨みっこなしじゃろ」

 

 

 

「いいのか?オレに任せて…」

 

ぐるりと顔を見回す。

 

 

 

反対はいない…と…。

 

 

 

「わかった!出たとこ勝負だ…」

 

 

 

みんなが、うんと頷いた。

 

 

 

「リサトちゃん、着いたわよ」

 

シルビアが「頑張れ!」と意味だろう。

ガッツポーズでオレを鼓舞した。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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Marmeid Festa vol.5

 

 

アリスの操縦する船が、ノゾミアさんの『棲む』島へと近づくと、彼女は「待ってました!」とばかりに水面から顔を出した。

 

期待に胸を膨らませている…いや、元々、胸は大きいのだが…その笑顔が切ない…。

 

 

 

「どうやった?キナイに逢えた?」

 

 

 

その瞬間、みんなが一斉にオレの顔を見た。

 

イエスと言うべきか、ノーと言うべきか…。

事前に決心して、ここへと来たのに、彼女の顔を見たら心が揺らぐ。

 

 

 

『チョモ』と別れた時の事を想い出した。

直接、顔を見て話すことができず、結局、電話という手段を選んだオレは『小心者』で『卑怯者』だと思っている。

 

結果論として、ヤツはサッカー選手と大成功を収めたし、オレも海未ちゃんと…。

だから、それはそれで後悔していないが…果たして、オレは彼女の目を見て伝えることができるのか…。

 

 

 

オレが言葉を発するのを躊躇っていると

「ノゾミア殿、隠しておったが…」

とじいさんが、切り出した。

 

 

 

…何を言い出す!?…

 

 

 

「ワシがキナイじゃ!」

 

 

 

「…」

 

全員の目が点になった。

 

あのアリスでさえ、口を開けて呆気に取られているだろう事は、ヤツがマスクをしていてもわかる。

 

 

 

「なんやぁ…そうやったん?…そんなら、はよ、言ってくれたら良かった…って…なるかぁ!」

 

彼女は『その事実』を悟っているのか、いないのか…明るい声でノリツッコミをした。

 

 

 

「ん?みんな、どうしたん?顔が暗いんやけど…」

 

 

 

「ノゾミアさん…。キナイはいたよ」

 

オレは、やっとの思いでそう告げた。

 

 

 

…嘘じゃない…

 

…嘘じゃない…が…

 

 

 

「なんや、ドッキリやったん?みんな深刻な顔をしてるから、すっかり騙されてしまったわ」

 

彼女はニヒッと笑った。

 

 

 

「だけど…それはアナタの探しているキナイではなかった」

 

みんなは…「リサト、あなたは『そっちの選択』をしたのね」…そんな風にオレを見た。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「キナイはいた。だけど、オレたちが会ったのは、ノゾミアさんが探しているキナイの…孫だった」

 

 

 

「孫?…」

 

 

 

 

「…」

 

ノゾミアさんの問い掛けに、全員が無言で頷いた。

 

 

 

 

「いや~…リサトさんも冗談キツいわ。そんなわけないやん!」

 

「ノゾミア…アンタが探してるキナイはもういないの…」

 

「キナイがいない…むふっ!…ってベロニコッチ…寒いで…」

 

「こんなときに、そんな冗談なんか言うかぁ!」

 

「な、なに…なんで泣いてるん?」

 

「ノゾミア、アナタの願いは叶わなかったの…残念ながら…キナイさんは…この世に…」

 

「な、なんやて…エリティまで…ウソやろ…」

 

「いえ、ウソではございません」

 

「ウミュちゃん…」

 

「これが…お孫さんから預かった『形見』です。あなたに渡して欲しい…と…」

 

 

 

「形見?」

 

オレからヴェールを受けた彼女は、しげしげとそれを眺め、その言葉の意味を考えた。

 

 

 

「それじゃあ…キナイは…」

 

 

 

「私たちと…あなたの世界と…流れる時間が違うのです。キナイさんは50年ほど前に亡くなられておりました…」

 

ウミュが、自らの気を落ち着かせるように説明した。

 

 

 

「50年前?…そんなん言ったら…ウチ、何歳なん?」

 

 

 

「知らないわよ!」

 

ベロニコさんが、怒鳴る。

 

 

 

どうも、ノゾミアさんは掴み所がない。

いや、現実が受け止められなくて、混乱しているのか…。

 

 

 

「信じてもらえないですか?」

 

「当たり前やん。あの人は、必ず来るって言ってくれたんよ。そんな、いきなり、亡くなりました…なんて…にわかに信じられへんやん!」

 

 

 

「ノゾミア…気持ちはわかるけど…これは事実なの…」

 

 

 

「エリティ…」

 

 

 

「いくらアタシだって、こんな悪趣味な冗談は言わないわよ」

 

 

 

「ベロニコッチ…」

 

 

 

「本当に残念ですけど…」

 

 

 

「リサトさん…ウソや!ウソや!そんなんウソに決まってるやん!」

 

 

 

「ノゾミア!いい加減にして!…私だって、こんなこと伝えるのは辛いのよ!…『元気にしてたわ』『もうすぐ来るわ』って言ってあげたいわよ!…でも…でも…」

 

「だいたい、普段、スピリチュアルがどうこう言ってるのに、なんで自分のことに対しては、そんなに無頓着なのよ!人のお節介ばっかり焼くクセに!!…」

 

 

 

「エリティ…ベロニコッチ…それじゃあ…ホンマにあの人は…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「そっか…そうなんや…。ウチ…バカみたいやね…。50年も…来るハズのない人を、今日か今日かと待ち続けて…」

 

 

 

「いえ…とても素敵なことだと思います。好きな人を一途に愛す…それも、何年も…何十年も…。なかなかできることではありません。あなたのその気持ちは、きっとキナイさんに伝わっていたハズです!」

 

「ウミュちゃん…」

 

「うん…ノゾミアちゃんの『純愛レンズ』は、正しかったと思うよ。なにより、そのウェディングヴェールが、ふたりの愛の証しなんだから」

 

「ことりちゃ…セーニャちゃん…」

 

「この事実を…受け入れてもらえますか?…」

 

「…そうやね…これだけ、みんなが言うんやから…」

 

「はい…」

 

 

 

「そやけど…この目で確かめさせてくれへん?」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ウチを…あの人の孫に会わせて欲しいんや…」

 

 

 

「…」

 

どうする?…とみんなで顔を見合わせる。

 

 

 

誰もノーとは言わなかった。

当然だ。

言う権利も資格もない。

 

 

 

「アリスちゃん、船を出す準備をしてちょうだい!」

 

「がってんでやんす!」

 

『部外者』であるシルビアは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、船長に指示を出す。

 

 

 

「ノゾミアちゃん、着いてこれる?」

 

「もちろんやん!」

 

「全速力で行くわよ!」

 

「そこは『全力で行っくにゃ~!』とか言ってくれるとありがたいんやけど…」

 

「はぁ?アンタ、こんな時に…」

 

ベロニコさんが、ため息をついて呆れる。

 

エリティカさん、セーニャさん…そしてウミュも同じようなリアクションをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレたちがナギムナー村に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。

 

 

 

「じゃあ、ちょっと時間をください…」

 

「ほ~い!」

 

緊張感のない返事をしたノゾミアさんを待たせて、船を降りた。

 

 

 

「突然悪いが…キナイ…アンタに会わせたい『人』がいる」

 

「オレに?」

 

事情がわからず戸惑っているキナイを、無理やり引っ張って、船を停めたしじまヶ浜へと連れてきた。

 

 

 

「どういうことだ?」

 

 

 

「ノゾミアさん…彼がキナイの孫だ」

 

「ノゾミア?ノゾミアだって…」

 

「そうや…ウチが…ノゾミア…」

 

 

 

「本物の…人魚…」

 

 

 

「あなたがキナイのお孫さん?」

 

「あ…あぁ…アンタがノゾミア…じゃあ、あの話は…本当だったのか?」

 

「あなたのおじいさまからのプレゼント…ちゃんと受け取ったで。ありがとな…ずっと大事にしててくれて…」

 

「あ、いや…あっ!そうだ、ちょっと待っててくれ。まだ渡さなきゃいけないものがある」

 

「ん?」

 

キナイはそう言うと、走って戻っていく。

 

 

 

ほどなくして、彼は布に包まれた荷物を抱えて帰ってきた。

 

「キナイ…それは?」

 

「アンタたちが人魚に会いに行くって話を聴いて…改めて祖父の遺品を確認していたんだ。そうしたら…これを見つけた」

 

彼がその布を捲る…。

 

 

 

「これは!?…」

 

 

 

現れたのは油絵。

そして描かれていたのは…

 

 

 

「ノゾミアね…」

 

「ヴェールを着けてるわ…」

 

「きっと、あなたのこんな姿を夢見ながら、想い描いたのでしょう」

 

 

 

「…こんなサプライズ…卑怯やって…ずっと我慢してたのに…ウチ泣いてしまうやん…」

 

 

 

「実は…この油絵の裏には…こんな手紙もありました…」

 

「手紙?」

 

 

 

『愛するノゾミアへ』から始まるその内容は…

 

 

 

 

まず、自分がここに幽閉されるまでのことが綴られていた。

 

「だが、私はいつかきっと君に会いに行く。その気持ちは忘れていなかった。いや、それを生き甲斐にしていたと言っていい」

 

そこにはノゾミアへの熱い想いが認(したた)められとていた。

 

 

 

そして次に書かれていたのは…悲しきあの出来事…村長とその娘婿の海難事故の件。

 

「そのショックで村長の娘は…赤子を抱いたまま…崖から飛び降りてしまった…」

 

「私はそれに気付き、慌てて海に飛び込んだが…残念ながら…子供を助けることしかできなかったのだ…」

 

「そして決心した。私はこの子を育てていこう…と」

 

「これは自分に課せられた人生の十字架。出会ってはいけないハズのふたりに与えられた運命」

 

「私だけが君のもとへと行き、幸せになってはいけない…そう思ったのだ…」

 

 

 

 

「そうだったんや…」

 

「この村では…人魚という存在は…怖いもの、恐ろしいもの…として伝えられているのだが…もしかすると、それを流布したのは祖父自身でないかと、この手紙を見て思いました」

 

「なんの為に?」

 

「それはリサトちゃん…村人が自分のように悲しい想いをしないように…よ…」

 

「うむ…自戒の念も込めて…警告したわけじゃな…」

 

「ただ…今、あなたを目の前にしても…このことが現実だなんて、信じられません」

 

「事実は小説より奇なり…って言うやん」

 

そう言うと彼女は、得意気に悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

 

「エリティ…このヴェール、着けるの手伝ってくれへん?」

 

「えっ?えぇ…いいけど…」

 

エリティカさんが、海面をバシャバシャと歩き、彼女のもとへと向かった。

 

 

 

「こんな感じかな?」

 

 

 

「うわぁ~すごく綺麗!」

 

「はい!とても似合ってますよ!」

 

「ま、まぁ…そうね…」

 

「ふふふ…ベロニコったら素直に誉めてあげればいいのに…」

 

月明かりに照らされたその姿は、神々しく…魂を吸い取られそうなくらいの美しさだ。

 

 

 

「キナイ『くん』…」

 

「は、はい!」

 

「ひょっとして…あれがおじいさまのお墓なん?」

 

ノゾミアさんが、波打ち際にポツンと建つ、墓石を指差した。

 

「は、はい…祖父はそういう環境下に置かれてましたので…墓もあんなところにしか許されず…」

 

オレも気にはなっていたのだが…やはりあれはそうだったのか。

 

 

「堪忍してな…ウチがそんなに苦しめてたとは、知らんかったんよ…」

 

「いえ…あの…その…」

 

「ホンマに『キナイが亡くなった』って言われても、信じられなくてな…そやけど、人間と人魚では、寿命が5倍くらい違うんよ。そんなん考えなくてもわかることやけど…現実を受け入れられへん自分がいて…気が付かないフリをしてたんやろね…」

 

「…」

 

「みんなもありがとさん。こうして色んな物を見たり聴いたりして…キナイには会えへんかったけど…ウチ、ちゃんと愛されてたんや…って実感できたで!」

 

「…そうね…アナタはとても愛されていたわ…」

 

「そやから…ウチ、ケジメをつけてくる…」

 

「ケジメ?」

 

 

 

ノゾミアさんが浜辺へと、スーっ泳いでくる。

ウェディングヴェールが、波に揺らめいた。

なんとも幻想的だ。

 

 

 

だが不意にベロニコさんが

「ば、バカ!やめなさいよ!」

と叫ぶ。

 

 

 

「!!」

 

 

 

その声にみんな、彼女が何をしようとしているか気付いたようだ。

 

 

 

「ノゾミア!」

 

「ノゾミアちゃん!」

 

「ダメです!!」

 

「アンタ、そんなことしたら…」

 

 

 

「もう充分やから…」

 

 

 

浜辺にたどり着いたノゾミアさんは、水面から身を起こすとスクッと『立ち上がった』。

 

その下半身には…2本の脚…。

 

彼女はその瞬間『人間』となったのだ。

 

 

 

辿々(たどたど)しい足取りで砂浜を歩く。

そしてキナイの墓前に立ち止まると…腕をまわし…優しくキスをした…。

 

 

 

誰も…彼女の行為を止めることができなかった。

ただ、時間だけが止まった。

彼女が唇を離すまで…オレには打ち寄せる波さえも、止まっていたように思えた。

 

 

「あ、そうそう…約束を忘れるところやった。ウチのいた島に、マーメイドハープってのが置いてあるんよ。それを使えば海底王国にいけるハズやから…面倒かもやけど、またあとで取りに行ってな…」

 

 

 

「いやだよ、ノゾミア…」

 

「ノゾミア、行かないで…」

 

 

 

「リサトさん、ベロニコッチ、エリティ…みんな…ウチのわがままに付き合ってくれて…ありがとう!」

 

 

 

「ノゾミアさん?」

 

 

 

「ほな、…元気でな!さよならさん…」

 

 

 

「ノゾミア!」

 

「ノゾミアちゃん!」

 

 

 

「あ…あぁ!…うわぁ…」

 

 

 

…ウソだろ…

 

 

 

海へと『還っていった』彼女の身体は…瞬く間に泡となり…溶けて…オレの目の前からいなくなった…。

 

本当に一瞬の出来事…。

 

キナイもなにが起きたのか…と呆然としていた。

 

 

 

「ノゾミア~!!…」

 

「うぅ…ノゾミア…」

 

 

 

ベロニコさんやエリティカさんたちの泣き叫ぶ声だけが、虚しく海岸に響き渡く。

 

 

 

彼女が消えたその場所を見ると…あのヴェールだけが、海面を漂っていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 






♪No,とめないで あなたから熱くなれ

「まだ夢を見てるの?あどけない夢…」
耳に囁いたら
目を閉じて溜息…
あなたのせいよ
海に溶ける
ムーンライト浴びて

飛びこむ前の愛しさは伝えたりしない…ひ・み・つ
話せば泡となるような
わたしは人魚なの

波が連れてきた
夏の恋は二度とこない切ないフェスタ
波と踊るから激しく鳴らしてよ、音の魔法
今年のフェスタ

動揺してるの?
緊張してるの?
なんだかわかる
振りむいたらわかる
あなたから
熱くなれ



「なぜこっちに来ないの?意識してるの?」
少しいじめてみる
苦しげな言い訳があなたらしくて
さらに心
テンションあがる

裸足で書いた砂の記号
さかさまにすれば I love you
気付いた時はどうするの?
わたしを見ているの?

次は抱きしめて、軽く逃げて
今が恋の始まりだから
次に抱きしめて欲しいの
優しいのね
知りたいのは強引なしぐさ

動揺してるよ?
緊張してるよ?
なんどもすねる
寄りそってもすねる
わたしには甘えてよ…



「ごきげんよう」
「楽しかったよ!」
「ありがとう!」
「また、会えるよね?」
「寂しいよ…」
「これっきり、かもね」
「До свидания(ダ スヴィダーニァ)
「もう会えないの?」
「じゃあね…」



波が連れてきた
夏の恋は二度とこない切ないフェスタ
波と踊るから
激しく鳴らしてよ、音の魔法 今年のフェスタ

動揺してるの?
緊張してるの?
なんだかわかる
振りむいたらわかる
鳴らしてよ
夏の恋鳴らしてよ

No,とめないで あなたから熱くなれ



さよなら…



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冒険と現実の間(はざま)で…

 

 

 

 

 

『ノゾミアの遺言』をもとに、俺たちは三度(みたび)彼女が棲んでいた島へと船を進めることとした。

海底王国へのヒントを与えてくれる『マーメードハープ』とやらを取りに行くためだ。

 

その前に、一旦、このあとの航海に向け、体勢を建て直す。

 

村はクラーゴンを討伐したことにより、漁が再開され、新鮮な魚が入荷するようになった。

そこでシルビアの指示のもと、メンバーはそれらを買い込むなどして、食料を補給…出航の準備を整えている。

 

 

 

ところで…

 

 

 

活気を取り戻した漁村だが…男どもは、別の意味で元気になっていた。

 

それを名付けるなら『セーニャフィーバー』とでも言おうか…。

 

キッカケは彼女が『クラーゴンにやられて負傷した、あるひとりの漁師』を治療してあげたことだった。

それがいつの間にか「オレも、オレも」となり…気が付けばセーニャさんの前には長蛇の列…。

中には治療が終わったにも関わらず、再びその列に並び直す者さえいた。

 

 

 

気持ちはわかる。

 

 

 

パーティーでは、回復呪文を駆使して、基本、後方支援に徹してもらっているが…戦闘中だけでなく、オレに癒しを与えてくれるセーニャさん。

見た目はもちろん、その穏やかな性格と優しい笑顔…そして『脳トロボイス』と呼ばれる甘い口調に、オレも『やられそう』になったからだ。

 

下手すれば、どこかで『間違いを犯していた』かも知れない。

サッカーでイングランドに留学中、彼女が訪ねてきた時は、本当にヤバかった。

「あれ?この人、オレに気があるのかな?」って真剣に悩んだもんだ。

 

 

 

…少なからず『あった』らしいけど…

 

 

 

寸でのところで思い留まったのは『この人と一緒にいたら、きっとオレはダメになる』という自覚があったから。

いや『ダメになってもいい!』って何度も思ったけど…最終的には海未ちゃんを裏切ることはできなかった。

 

あ、いや…オレのことはともかく…ここの連中もすっかり彼女の魅力に心を溶かされ、恋に堕ちたようだった。

 

エリティカさん、ビビアンジュさん、サイエレナさんのセクシートリオも充分魅力的ではあるが、ちょっと『一見(いちげん)さん』には、近寄りづらい。

高嶺の花と言っていい。

 

その点、セーニャさんは違う。

自ら近寄っていってしまうのだ。

それで相手を勘違いさせてしまう。

 

かつて『伝説のメイド』と呼ばれていたらしいが、クラブなんかで働いていたら、間違いなくNo.1ホステスに登り詰めていただろうと思う。

 

 

 

反して…

 

 

 

そんな状況に腹を立ているのが、彼らの女房衆…。

元来、漁師の嫁だ。

ちょっとやそっとのことじゃビクともしない、気丈夫な人が多い。

 

しかし、この状況は看過できないらしい。

デレデレしている男衆を見て、あちらこちらで顰(しか)めっ面をしている。

 

その反動からか…そんな彼女たちの心を捉えたのは『勇者であるオレ』…ではなく…『クールな美男子ウミュ』である。

 

そう、みんな忘れていると思うが、ウミュは『男装の麗人』なのだ。

もちろん、オレたち以外はそのことを知らない。

 

『あの事故』の『ケジメ』として、自慢のロングヘアをバッサリと切って以来、今日に至るまで、ずっとショートのままだが…蒼い髪の毛を無理やり逆立てていて…その姿は『スーパーサイヤ人ブルー』みたいで…男のオレから見てもカッコいい。

 

そんな『彼』は…ガタイが大きく、荒くれ者も多い海の男の中にあって、群を抜いて『シュッ』とおり、どう見てもこの村にはいないタイプ。

その容姿は中性的な魅力…例えて言うなら『タカラヅカの男役』の様な雰囲気…を醸しており、それが奥様方の心を鷲掴みにしてしまったようだ。

 

どうやら『追っかけ部隊』みたいなのが発足されたらしく、それを知ったウミュは…「破廉恥です!」…とは言わないが…「こういうことは、未だ慣れません!」…と島内を逃げ回っていた。

 

 

 

男衆にセーニャさん、女衆にウミュが大人気なら、子供たちに引っ張りだこなのがベロニコさんだ。

 

もっとも彼女は『仲間だと思われるのがイヤ』で、気配を消しているのだが、子供たちはそれを『かくれんぼ』と勘違いしてる様で、あちこち探し回っている。

 

オレは疲れきってゲンナリとしているベロニコさんの姿を、船の上から見て苦笑した。

 

 

 

 

 

「悪いが…少しの間、独りにさせてくれないか…」

 

オレはみんなにそう断りを入れ、時間をもらった…。

 

まだ、出航はしていないが、甲板に立ち、思いきり潮風を受けている。

ここにいれば…泣いているところを人に見られることもないし…仮に見られたとしても『波しぶきを浴びたんだ』と誤魔化せる。

誰であれ、涙を流しているところなんて見られたくない。

感情の整理が付くまで、そうしてようと思った。

 

 

 

だが、どこの世界にもお節介な人はいるものだ。

 

 

 

「どうかした?…」

 

 

 

「…!?…あっ…ベロニコさん…『かくれんぼ』だか『鬼ごっこ』だかは終わったんですか」

 

 

 

「勝手に鬼にしないでほしいわ」

 

「船の上…ってのは、反則じゃないですかね?さすがに子供たちは見付けられないでしょ」

 

「少しは休ませなさいよ…っていうか、そういうイジリはいいから」

 

「…へい…」

 

「…で…アンタは仕事もしないで、何、ひとりで黄昏てるのよ」

 

「見ての通り…落ち込んでるんですよ…」

 

「ノゾミアのこと?…」

 

「はい…」

 

「…ふん…勇者のクセに女々しいわね…」

 

「その自覚はまったくないんですけどね」

 

「そっちはなくても、こっちはアンタを護るのが役割だってことは、忘れないでよね!」

 

「まぁ、そうなんですけど…ということなので、もう少し放って置いてくれないですか?」

 

 

 

「それで気持ちは落ち着くの?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「仕方ないわねぇ!このベロニコさまが、話を聴いてあげるわ。ひとりで抱え込んだって解決なんかしないでしょ?だったらアタシに話しなさいよ」

 

「ベロニコさん…」

 

「ふん!別にアンタの為とかじゃなくて、それがアタシの役割だから、しょーがなくよ!しょーがなく!」

 

 

 

「さすがベロニコね!」

 

 

 

「あっ…エリティカさん…」

 

 

 

「ぶっ!な、何しにきたのよ」

 

「あら、釣れない返事ね。あなたと同じことをしにきたのよ」

 

「ずいぶんと世話焼きじゃない」

 

「それはお互い様…でしょ?」

 

ふたりはそんなことを言ったあと、お互いの顔を見て…バツが悪そうに目を逸らした。

 

「っていうか、この仕事は本来『海未』の役割でしょ?」

 

「そうね…それは確かに…」

 

「それがどうも…彼女のラブアローシュートが、奥様方のハートを撃ち抜いちゃったみたいで…なんか大変な状況になってるらしく…」

 

「そうだったわね」

 

「助けてあげなくていいの?」

 

「放置プレイ中です」

 

「あとで怒られても知らないわよ」

 

「…そうかも知れませんね…」

 

 

 

「それで何を落ち込んでるわけ?」

と『絵里』さんが、改めてオレに問うた。

 

「えっ?それはやっぱり…ああいうものを目の前で見ちゃって…ショックが大きいというかなんというか…」

 

「それはみんな一緒よ。『梨里』さんだけじゃないわ」

 

「そう。だからアンタがひとり悲しんでたって、どうしようもないでしょ」

 

『にこ』さんが下からオレを見上げる。

 

「そんな言い方します?」

 

「するわよ。そんなことをしたからって、彼女が帰ってくるわけじゃないでしょ」

 

「にこの言う通りね」

 

「それはそうですけど…でも、もしあの時『キナイは居ない』じゃなくて『居た』って答えてたら…この結果にはならなかったんじゃないかって」

 

「そうね。いつまでも彼を待ち続けていたかも知れないわね」

 

「…その結論出したのはオレですから…」

 

「悔やんでも悔やみきれない…とでも言うつもり?」

 

「じゃあ、にこさんなら…どう回答してましたか?」

 

「さぁ…」

 

「ノーコメントは禁止です」

 

「まぁ…アンタと一緒のことを言ってたと思うわ。アタシは『嘘』と『辛いもの』が嫌いなのよ」

 

「初耳です」

 

「ふん!『小庭沙耶』こと元μ'sの小悪魔担当…宇宙一のスーパーアイドル、矢澤にこさまの好き嫌いを知らないとは、ファンの風上にも置けないわね」

 

「すみません」

 

「絵里さんの好きな食べ物はチョコレート、嫌いな食べ物は梅干と海苔…ってことは知ってるんですけどね」

 

 

 

「ぬゎんでよ!!」

 

 

 

「絵里さんだったら…どっちで答えてましたか?」

 

 

 

「お約束のスルーね」

 

 

 

「私?…私もきっと梨里さんと同じように話してた思うわ」

 

「絵里さんもですか?…だけど、それって正解だったんですかね?」

 

「正解かどうかは私たちにはわからない…でも…そうね…私は…キッカケ待ちだったんじゃないか…って思うの」

 

「キッカケ待ち…ですか」

 

「そう。…理由までは知らなかったかもだけど…もうキナイが来ないことはわかってた…。だけど、それを認めるには…誰かの後押しが必要だった」

 

「それが…オレたち?…」

 

絵里さんは黙って頷いた。

 

「それで…彼女の人生を終わらせちまった…」

 

「…梨里さんだったら…まぁ、海未と『いつか会いましょう』って約束して…『今日来るかな?』『今日は来なかった。でも明日ならきっと…』なんて想いながら、あと400年も待てる?」

 

「400年?あぁ…人魚の寿命が尽きるまでってことですか…」

 

「人の寿命に直せば…ノゾミアは20歳前後ってとこかしら?だとすれば…あと80年…」

 

「アンタは無理ね…すぐ他の女に乗り換えるタイプでしょ?」

とにこさん。

 

「いや、オレ、こう見えて結構一途なんです…」

 

「どうだか」

 

「意外と信用ないんですね」

 

「海未がいつも言ってるわ。アンタと希、絵里、ことり、あんじゅ…あと水野めぐみとは二人きりにさせられないって」

 

「あ、惜しいです!そのセリフ…花陽ちゃんが抜けてますね」

 

「はぁ?そういうこと自分で言う?」

 

「ふふふ、いいじゃない正直で。…とはいえ、海未だって言ってるだけで、本気じゃないないんでしょ」

 

「いや、結構マジですよ…。まぁ、それについてはオレが悪いんですけど…つい、言っちゃうんですよね…海未ちゃんの前でも『あの人、きれいだよね』とか『あの娘、可愛いね』とか」

 

「焼き餅を焼かせたい?」

 

「いや、絵里さん…オレもにこさんと一緒で、ウソが嫌いなんですよ」

 

「ふ~ん…」

とにこさんは腕組みして唸った。

 

「納得してないですか?」

 

「別にアンタの性格について、どうこういうつもりはないんだけど…」

 

「…はぁ…」

 

「ただ、アイツのそのあとの行動までは、読めなかったわ…」

 

「…ですよねぇ…なにも自ら命を絶たなくても…」

 

「悟ったんじゃない?…絵里の言う通り…人と人魚が結ばれることなど…ない…ってことを」

 

「そうね…」

 

 

 

「それでも…あの時の選択肢が逆だったら…って思わずにいられないんですよ」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

ふたりはしばらく黙りこんだ。

 

 

 

「それは…私だって辛いわよ…」

 

「あ、当たり前じゃない。目の前であんなもの見せられて…人が死んで悲しくないわけがないじゃない」

 

「でも、私たちにどうにもならないことだってある…」

 

「そうよ…あれがノゾミアの…運命だったのよ…」

 

 

 

「運命…ですか…。二人は…オレと海未ちゃんが出会ったキッカケが、あの交通事故だってことは知ってますよね?」

 

「えぇ…まさかそれが結婚に至るとは思ってもみなかったけど…。詳しく知りたい人は『オレとつばさと、ときどきμ's』を読んでみてね」

 

「さらっと宣伝をぶっ込んだわね…」

 

 

 

「それでね…いまだに思うんです。オレがスポーツクラブを出るのが、あと1分でも30秒でも遅かったら、オレたちは事故に巻き込まれることはなかったんじゃないか…って」

 

 

 

「…」

 

 

 

「少なくとも…前を歩いていた海未ちゃんは別だとしても…オレは事故に遭ってなかった」

 

「でも、そうしたら、海未がひとり被害に遭ってたかもしれないわ」

 

「かもしれないです。だから…結果として、海未ちゃんを助けられて良かったとは思ってるんでけど…その一方で…もしかしたら、事故自体、起こらなかったんじゃないかと思ったりもするんですよ」

 

「いや、アンタの歩くスピードとは関係なく事故は起こったでしょ」

 

「…どうなんですかね…」

 

「意外とアンタ、ネガティブなのね」

 

「そうでもないですよ…『反省はしても後悔はしない』が信条なので」

 

「…のわりには、うじうじしてない?」

 

「海未ちゃんにはよく話すんですけどね…オレ、サッカー始めた頃から『あの時ああしてれば、どうだったのかな』『この時こうしてたら、どうだったのかな』って考えるのが凄く好きで」

 

「はぁ?」

 

「わかるわ。私も『もし、穂乃果たちに誘われなかったら…』っていつも思うもの」

 

「はい。…最初は自分のプレーについてだったんですよ。上手くいった時はそんなことも思わないですけど…失敗したときとかは『パスを選択すべきだったのかな』とか『シュートを打つべきだったのかな』とか…そんな感じで。突き詰めていけば、その積み重ねが『勝敗』につながるわけじゃないですか」

 

「スポーツの世界…特にサッカーみたいな競技は、一瞬の判断が求められるものね」

 

「はい。だから、そのプレーが上手くいかなくても、選択したのは自分だから、誰にも文句の付けようがないワケで…自分が選択した以上、そのプレーに責任を持つことが大事なんです。『ドリブルの選択肢は間違ってなかった。ただ、オレに抜き切る技術が足りなかった。でも、次は必ず抜いてやる!』って」

 

「それが『反省しても後悔しない』ってこと?」

 

「まぁ、簡単に言えば、そんなとこです」

 

 

 

「それで?」

 

にこさんは、少しつまらなそうに呟いた。

 

 

 

「それからですかね…オレが『IF』の世界に興味を持つようになっていったのは」

 

「『IF』の世界?あぁ…なんか、海未がそんなこと言ってたわね」

 

「例えばですけど、オレがサッカーの試合を観に、スタジアムに行ったか行かないかで、結果は変わっていたのだろうか…とか」

 

「変わらないんじゃないの?」

 

「じゃあ、観客が1万人と3千人の場合ならどうですか?」

 

「それは…まぁ、少ないよりは多い方が選手のモチベーションが違うだろうから…」

 

「つまり、そういうことなんですよ。オレが…あなたが…誰かが、試合を観に行く、行かない…ひとりひとりのそういった…ちょっとしたことの積み重ねが、結果に何かしら影響を及ぼすわけです」

 

「はぁ?…」

 

「ふふふ…面白いわね」

 

「わかりますかね?例えば絵里さんが欲しいと思ってるチョコを、にこさんが買っちゃったとします」

 

「なんでアタシなのよ」

 

「そのせいで売り切れてしまい、絵里さんは買うことができなかった」

 

「にこ、ひどいわ」

 

「関係ないから」

 

「絵里さんは1日ブルーになり、ミスを連発…大事な商談をしくじってしまう」

 

「ひどいわ、にこ」

 

「だから、関係ないから」

 

「…ってことを考えると、自分ではまったく意識してなくても、その行動ひとつが、誰かしらの人生に影響を与えているんじゃないか…って」

 

「ふ~ん…」

 

「にこ、チョコ返して」

 

「返すか!ってかアタシが買ったんだから、返せはおかしいでしょ!…違う、そもそも買ってないから!!」

 

「人世の岐路…ターニングポイント…みたいなことってあると思うんですけど、それはきっと、目に見える大袈裟なことじゃなくて、1分、1秒、常にそうなんじゃないか…って」

 

「わかったような、わからないような…アンタ、いつもそんなこと考えてるの?面倒くさっ!」

 

「だから…あの時、ノゾミアさんに、本当のことを伝えてよかったのかどうか…ってなるわけですよ」

 

「誰もそれはわからないわ。でも、それを受けてどうするかも、また、自分の判断…」

 

「はい」

 

「今回の判断については、みんな、リサトに一任したワケだし…誰も文句は言わないわ。それが運命だった…そう割り切るしかないと思うの」

 

「…そうですね…」

 

 

 

「…まぁ、そういうこと。ほら、みんなも、戻ってきたみたいだし、船を出すわよ!」

 

ベロニコさんがオレに発破をかける。

 

 

 

「そうそう。まだまだ、オーブも2個しか手に入れてないんでしょ?ドンドン進むわよ!」

とエリティカさんも、手をパンパン!と二度ほど叩く。

 

 

 

「了解です!」

 

気持ちの整理が付いた訳ではないが、今は前を向くしかない。

 

 

 

オレは急いで出港の準備を始めた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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勇者の自覚

 

 

 

 

オレにとって…故郷であるイシの村が、デルカダール軍に焼き払われたことの次に…人魚のノゾミアさんが目の前で命を絶ったのは、ショッキングな出来事だった。

 

だが、いつまでも下を向いている場合じゃない。

『マーメイドハープ』なるアイテムを求めて、彼女が棲んでいた場所へと、船を進める。

 

 

 

…そういえば…

 

…ソルティコの浜辺で『エリティカさんのバニーガール姿を見せたじいさん』に、ナギムナー村に行ったら、鶴だか誰だかに会え…って言われたっけ…

 

…すっかり、忘れてた…

 

 

 

…まぁ、いっか…

 

…そのうち、また行くだろう…

 

 

 

 

 

「着いたでやんす」

 

 

 

主(あるじ)を失った白い砂浜は、静寂を保っている。

果たして、ここはそのことに気が付いてるんだろうか…。

何年経っても、この美しい景色のまま、彼女の帰りを待っているんだろうか…。

 

 

 

みんなの表情も、心無しか暗い。

そりゃ、そうだ。

そう簡単に気持ちを切り替える…なんて普通の人間じゃできやしない。

 

 

 

 

「リサトちゃん?」

 

 

 

「!!」

 

シルビアがオレの顔を覗きこんだ。

 

 

 

「あぁ…大丈夫だ…なんでもない…。じゃあ、早速探すとするか…」

 

「リサトさん、あれではないでしょうか?」

 

ウミュが目敏く、お目当てのものを見付ける。

それは島の中央…平な石が積み重ねられた場所に立て掛けてあった。

 

「随分、これ見よがしに置いてあるのね」

 

「当然でしょ!ここまで来て今から『宝探し』なんてさせられても、時間のムダだから」

 

エリティカさんの呟きを、ベロニコさんが拾って毒づいた。

 

 

 

「さて…こいつを手に入れたはいいけど…どう使えば海底王国とやらに行けるんだい?」

 

「私は知りませんが…」

 

「アタシも知らないわよ」

 

「えっ!?ベロニコさんも知らないんですか?」

 

「知るわけないじゃない!」

 

「じゃあ…セーニャさんは?」

 

「…ちゅん…」

 

「マジか!エリティカさんは?」

 

「ごめんなさい…」

 

「悪いな、私も知らない」

 

「右に同じ」

 

セクシーコンビも首を横に振った。

 

「こんな時こそ、じいさんの出番だろ?」

 

「その通りじゃ!…と…言いたいところじゃが…」

 

「なんだよ、使えねぇなぁ…」

 

 

 

「ひょっとしたら『光の柱』が関係してるかも…でやんす」

 

 

 

「あら、さすがアリスちゃん!海のことなら任せておけって感じね」

 

シルビアに誉められて、船長は「えへへ」と頭を掻いた。

 

 

 

「光の柱?」

 

「へぇ…船乗りの間ではわりと有名な不思議スポットで…海面から空に向かって、文字通り、光の柱が立ち上ってるでやんすよ」

 

「へぇ…不思議スポットねぇ…」

 

「ただ、それが何なのか、誰も知らないんでやんす」

 

「スピリチュアルねぇ」

 

「いや、それ希のセリフ!」

 

ベロニコさんがエリティカさんにツッコんだ。

 

「つまり、もしかしたら、そこが海底王国への通り道かも知れない…と言うわけですね?」

 

「その『鍵』がこのハープじゃと」

 

「なるほど。アリス、場所はわかるか?」

 

「もちろんでやんす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが…光の柱?」

 

「綺麗ですね」

 

「あぁ…」

 

オレたちが目にしたのは、海面から空へと延びている『光の幕』。

なるほど…その幕が円筒状になっているから、確かにそれは柱の様に見えた。

 

 

 

「ですが…この中へはバリアみたいになっていて、入ることができないんでやんす」

 

「そこでこのハープが出番なわけですね」

 

「ウミュ殿、試しに鳴らしてみるのじゃ」

 

「はい、わかりました…」

 

「鳴らせるの?」

 

「リサトさん、それは愚問です。私、こう見えても特技の欄には『箏(そう)』と書いておりますので」

 

「そうだった…」

 

「それは『そう』だけに…と言うシャレでしょうか?」

 

 

 

「…」

 

 

 

…オレが寒いこと言ったみたいになっちゃったよ…

 

 

 

「ほら、いいから、早く弾いてよ!」

 

「えっ?あ…はい…」

 

 

 

♪ぽろぽろぽろり~ん…

 

 

 

オレはまったく演奏などできないが、経験者なら、ある程度どんな楽器でも弾けるのであろう。

ウミュはいとも簡単に、優雅な音色を奏でた。

 

ハープという楽器の特性上、誰が弾いても、そんな変な音は出ないと思うが、ちゃんとメロディになってるところが、さすがと言うべきか。

 

 

 

そう思った次の瞬間…

 

 

 

オレたちの船は眩い光に包まれ、そのまま海中に引き込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが…海底王国…」

 

「はい…恐らく…」

 

 

 

船ごと『ここ』に引っ張りこまれたオレたちがたどり着いた所は、どうやら『桟橋』らしかった。

 

恐々(こわごわ)とみんなで下船する。

 

 

 

「なんか水族館の海底トンネルに来たみたいだな…」

 

「はい、リサトさんとデートで行った、八景島シーパ○ダイスのドルフィンファンタジーを思い出しますね」

 

「別に具体的に名前を出さなくても…」

 

「ただ、そこと違うのは…」

 

「周りが何も囲われてない…ってことかしら」

 

「うむ…サイエリナ殿とビビアンジュ殿の言う通りじゃ。不思議なことに…水の中にいるはずなのに、普通に呼吸ができておる」

 

「まさに…スピリチュアルね」

 

「アンタ、そこは『ハラショー』でしょ!」

 

「ちゅんちゅん!」

 

 

 

「お待ちしておりました。リサト様ですね?」

 

 

 

「!?」

 

オレたちが、この慣れない状況に戸惑っていると、どこからともなく現れた人魚に声を掛けられた。

 

 

 

…しかし、人魚という生き物は、こぞってみんな美人だな…

 

 

 

「そういうイメージで見ているからです。本当は実体のないものを、脳に映し出しているだけなのかも知れません」

 

「ウミュ?」

 

「リサトさんの考えてることなど、だいたいわかります」

 

 

 

…スピリチュアルやね…

 

 

 

「女王様がお待ちです。ご案内致しますわ」

 

 

 

色々『彼女』に訊きたいことはあるのだが、取り敢えずあとに続くことにした。

 

海底と言うからには、太陽光は届かないと思うのだが、周囲は青白い灯りが点(とも)されていて、視界は悪くない。

故に、目の前に魚の大群が泳いでいくのが、よく見える。

 

 

 

…鯛やヒラメが舞い踊り…

 

…浦島太郎の歌だったけか?…

 

 

 

桟橋を抜けると…王国…と言うわりはこじんまりとした…野外音楽堂みたいな場所に出た。

いや、ショッピングセンターのイベントスペースか。

ボキャブラリーな貧困なオレには、そこをなんて称したらいいかわからない。

 

 

 

「きっと、王国自体はもっと広いのでしょう。ここはその中のほんの一部…そう考えるのが妥当だと思います」

 

 

 

…ハラショー!…

 

 

 

ウミュは、またしてもオレの思ってることを読み取った。

もはや、エスパーだと言っていい。

 

 

 

「どうぞ。この上に女王がおられます」

 

言われるままエレベータに乗る。

 

 

 

扉が開くと

「あなたが勇者リサトですね。海底王国ムウレアへようこそ。私は女王のセレンです」

と空間の奥にいる…美しい人魚…が名乗った。

 

 

 

ノゾミアさんよりは年齢が上だということはわかる。

人間で言えば40代前後というところだろうか…。

ただし、見た目が老けているとかそういんじゃなくて…得も言われぬ『漂う威厳』…が重ねてきた月日を感じさせるのだ。

 

だからなのだろうか…とても綺麗だが…いやらしい目では見られなかった。

 

 

 

それに…

 

何となく目付きが怖い。

オレたちに威圧感を与えるには充分すぎる雰囲気を持っていた。

 

 

 

「どうして、オレの名を知ってるんです?」

 

オレは疑問のひとつをぶつけてみた。

 

 

 

「カードが教えてくれたのです」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「…冗談です…」

 

 

 

「冗談か~い!」

 

ベロニコさんは相手が女王だろうと臆せずツッコむと、張り詰めていた空気が、一瞬にして和んだ。

 

 

 

ふふふ…と微笑む女王。

だが、目は笑っていない。

 

「私はちょっとした魔法が使え…地上の様子が全てわかるのです」

 

 

 

「ハラショー…」

 

エリティカさんはついに、自らそのセリフを口にした。

 

 

 

「それでオレの名前も?」

 

 

 

「はい、ここに来ることはわかってました。…そして…ノゾミアのことも、当然知っております」

という女王セレンの言葉に、和らいだ空気が、再び重くなった。

 

 

 

「…」

 

 

 

「…ですが、この件に関しては、あなた方が責任を感じることはありません。…廻(めぐ)り巡(めぐ)って、世界樹の葉の意思のもと、ふたりが再び出会うことを祈りましょう」

 

 

 

「…はい…」

 

オレたちは言葉少なに頷くのがやっとだった。

 

 

 

「そんな顔をしないで下さい。…リサト…あなたにはもっと大きな使命があるハズです」

 

「えっ?あぁ…まぁ…」

 

「私は魔力によって『結界』を張り、邪悪な力から、この王国を守っております。しかし、それも…そろそろ限界が訪れようとしております…」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「邪の力が日に日に強大になっており…私の力だけでは守りきれないのです」

 

「こんな海底にまで、そんな影響が?」

 

「行きなさい…リサト。世界はあなたの力を必要としています。悲しみを力に変えて…世界を滅ぼす悪と戦うのです!」

 

「悲しみを力に変えて…か…」

 

「あなたは悪魔の子ではありません。魔王を倒す為に生まれた勇者なのです!!」

 

 

 

…なるほど…

 

…この人の目付きの鋭さは、きっと、そう言ったことが積み重なった結果なんだろう…

 

 

 

オレは本来、平和主義だ。

争い事は嫌いだ。

 

 

 

だが…女王の目を見た瞬間、オレの心の中で何が弾けた。

 

 

 

「オレが勇者か…ふっ…女王様にそう言われて、ようやくそんな気になったよ」

 

「リサトさん、今頃ですか…」

 

「正直、みんなには悪いけど…やっぱりオレが勇者だなんて、どこか半信半疑で…いや、悪魔の子だとは思っちゃいないけどさ、でも…だからって勇者だとは…」

 

「うむ…16年間、何も知らずに育ってきたんじゃ…無理もない」

 

 

 

…♪眩しい空を…

 

…輝く海を…

 

…渡せるもんか…

 

…悪魔の手には…

 

…みんなの願い身体に受けて…

 

…さぁ立ち上がれ…

 

 

 

「だけど…今、オレの中でスイッチが入った。頭の中で『子門真人』が熱唱してるぜ」

 

 

 

「リサト…誰じゃ、それは?…」

 

じいさんだけじゃなくて、みんなが『?』を浮かべてるらしかった。

 

 

 

「♪行け、行け、勇者…リサト~、リサト~!!」

 

だが、オレはそれに構わず、口ずさむ。

 

 

 

…あれ、これドラクエだっけ?…

 

…スーパーロボット大戦じゃなかったな…

 

 

 

「なんだか知らないけど、リサトちゃんがやる気になったみたい!」

 

「何よりじゃ」

 

みんなが「ふふふ…」と笑った。

 

 

 

「そこでリサト…あなたに渡ししたいものがあります」

 

 

 

「これは!?」

 

 

 

「グリーンオーブ!!」

 

 

 

「邪悪な力を封じ込めるには、これが必要なのでしょう。長い間私が預かっていましたが…リサト、あなたに譲ります…」

 

「おっしゃあ!グリーンオーブ、ゲットだぜぇ!」

 

「リサト、それは違うゲームだから」

 

「前もそんなこと言われてましたね!」

 

「まぁ、お約束ってことで…」

 

オレは照れ笑いを浮かべた。

 

 

 

 

するとベロニコさんが、オレを一瞥したあと、女王に

「ところで…これでオーブは3つになったわけだけど…残りの3つはどこにあるか知らない?」

と訊いた。

 

「残念ながら…そこまでは…」

 

「ふ~ん…」

 

「でも、どうして、そんなにあっちこっちに、隠してあるのかな?」

 

セーニャさんのもっともな質問。

 

「それは、ひと揃い纏めて置いてあれば、なんの苦労も要りませんが…裏を返せば、やはりあの場所へは、それだけ苦労しないと行けない…ということなのでしょう」

 

「ウミュ殿の言う通りじゃ。それこそが…神に選ばれし者…ということじゃ」

 

「なるほど…。でも、あと半分…宛てもで探すのは半端なく大変なんだけど…女王様、何かヒントとか無いですかね…」

 

「わかりました…それでは、あなた方がこれから進むべき場所を占ってみましょう…」

 

「あぁ…お願いします…」

 

 

 

女王はジッと水晶玉を見つめた。

 

 

 

「…これは…」

 

 

 

「何かわかりましたか?」

 

 

 

「ここより、遥か西…少女たちが集う…華やかな場所が見えます…そこにオーブがあるかどうかは定かではありませんが…次の目的地はそちらに向かうのが良いでしょう」

 

 

 

「少女たちが集う、華やか場所?」

 

「今、リサトさん、破廉恥なことを考えましたね?」

 

「いや、そんなことは…って言っても、やっぱりパッと思い付くのは、女子校とか女子寮くらいしかないんだけど…」

 

「発想が貧困です」

 

「ごめん、ウミュちゃん…私も音ノ木坂を思い出したゃった」

 

「アタシも」

 

「さすが双子…というところでしょうか…」

 

「私たちはUT-Xだな」

 

「そうね…」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

「私は…『硝子の花園』かしら…」

 

「ど、どうしてそうなるのですか!?」

 

「な~に、それ?」

とシルビアが首を傾げた。

 

「『のぞえりのデュエットソング』よ!…いきなり『ユメの迷宮、ユリの迷宮…』で始まる『ゆりかもめに乗ってゴーゴー』な感じの曲」

 

「やんやん♡…♪大興奮のココロ、ちゅんちゅん!」

 

「やだ…楽しそうじゃない!」

 

「は、破廉恥です…」

 

 

 

「あ…思い出した!前にソルティコの町で情報収集した時にさ、そこから北の方に女子校があるって聴いたなぁ。確か…『メダ女』って言ってたような…」

 

「メダ女?…メダカの学校ですか?」

 

「ウミュ、さすがにそれは違うんじゃない?」

 

「うん、ウミュちゃん、セーニャもそれは違うと思う…」

 

「し、失礼しました…」

 

 

 

「メダ女ね…聴いたことあるわ。うん、方角的にも合ってると思うし…リサトちゃん、次はそこに向かうわよ!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

「リサトさん、妙に張り切ってませんか?」

 

 

 

「へっ?」

 

 

 

「言っておきますが、おかしな真似は…」

 

 

 

「しない!しないって!ほら、勇者としての自覚が芽生えたばっかりだから…」

 

 

 

…まぁ、ウミュにはすべて見透かされてるのはわかってるけどさ…

 

 

 

 

 

~つづく~



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いざ、秘密の花園へ

 

 

 

 

人魚の女王セレンの助言に従って、オレたちは『メダ女』を目指す。

 

彼女の案内に従い…海底王国に来たときとは『別の光の柱』…の前でハープを奏でると、船は再びワープして浜辺に着岸した。

そこは、これまで踏み入れたことのない内陸地だった。

 

 

 

時折、設置されている看板を目印に、山を越え、谷を抜け、ひたすら歩く。

 

「こんな奥地に本当にあるの?」

 

ベロニコさんは終始愚痴をこぼしている。

 

「だから、秘密の花園っていうんじゃないんですかね?」

 

「関係ないでしょ!」

 

彼女は身体が小さい分、歩幅が狭い為、オレたちの2倍歩かなければならない。

オレたちでさえ、結構きつい道。

そうなるのもよくわかる。

 

 

 

「ワシも、疲れたわい。少し休まんか」

 

もうひとり。

じいさんも辛そうだ。

 

 

 

だが…

 

 

 

「見えた!あれじゃない?」

 

シルビアが前方を指差した。

 

 

 

「本当に学校なんだな」

 

「結構立派な建物ね」

 

セクシーコンビの言う通り、随分と本格的な校舎が眼前に迫る。

 

 

 

「はぁ…やっと着いたのね。長い道のりだったわ」

 

「まったくじゃ…」

 

 

 

校門の前まで来ると、丁度、庭で集会をしている最中だった。

恰幅のいい初老の校長らしき人が、訓示を述べている。

小・中・高一貫教育なのだろうか…幼い子から、オレたちと同じ位の女子が20名ほどが並んで話を聴いていた。

 

しばらくすると、軽快なメロディーに乗って歌らしきものが耳に入ってきた。

ここからは距離が遠くてよくわからないが、どうやら校歌のようだ。

 

オレたちは校門の外でそれが終わるのを待つことにする。

 

 

 

「終わったみたいね」

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

 

「ちょっと、ちょっと勝手に入らないでほしいわ!」

 

校内から誰かが走ってきて、オレたちはすぐに止められた。

 

人ではない。

『ブチュチュンパ』というモンスターだ。

 

 

 

「どういうこと?」…とオレたちは顔を見合わせる。

 

 

 

「あなたは?」

 

 

 

「私は『マリンヌ』。こう見えてもメダル女学園の教師なのよ」

 

 

 

ふむ、確かにモンスターだからといって、全て悪者ではない。

特にこの世界においては、たびたびこうして『改心』したヤツらがいる。

 

 

 

「人を見た目で判断するのは、人間の悪いクセよ」

 

彼女は少し怒った口調で、オレたちにそう言った。

 

 

 

「大変失礼致しました」

 

「それでなんの用?ここは神聖なる女子の学び舎(まなびや)。何人たりとも男性が立ち入ることはできないのよ」

 

「校長は?男の人じゃないの?」

 

「指導者は別」

 

「…ですよね…実はオレたち…」

と一旦頷いたあと『彼女』に事情を話す。

 

自分で「勇者だ」と名乗るのは恥ずかしいので、そのへんはベロニコさんに説明してもらった。

 

マリンヌは怪訝な顔をしているが

「わかったわ。ちょっと待ってって」

と言い残すと、校舎の中へと入っていった。

 

 

 

程なくして…

 

 

 

校長が小走りでこっちへとやってきた。

 

そしてオレを見るなり

「ん~素晴らしい!!あなたは、とんでもない才能を秘めておりますなぁ。さすが勇者だけのことはある」

とのたまわった。

 

 

 

「はい?」

 

 

 

…なんの才能だ?…

 

 

 

「あ、私が当学園の校長です。こんなところで立ち話はなんです。さぁさ、どうぞ中へいらしてください」

 

「ちょっと、校長!この人は男性ですよ!」

 

「まぁまぁ…そう目くじらたてなくても…この人たちは特別ですよ」

 

「まったく、信じられませんわ!!」

 

同行するマリンヌの小言を無視して、校長はオレたちを誘導する。

心なしか彼の足取りが軽そうに見えた。

 

 

 

校舎に向かって左に、大きな像がある。

制服姿の少女が、肩膝をついて何かを拾っていた。

 

歩きながらそれを見ていると

「それは『メダルを拾う乙女』という名の銅像です。どうです?気品溢れる素敵でしょ」

と、それに気付いた校長が説明する。

 

「はい。とても優雅で上品な姿勢ですね」

 

ウミュが同意する。

 

「ここは『立派なレディ』を育てることを目的とした学校なんですよ」

と校長は笑顔を振りまいた。

 

 

 

 

 

「改めまして、よくぞ参られました。旅の方。いえ、勇者さま。私は校長のメダルです」

 

「あぁ、リサトです。…で、こっちがその他大勢です」

 

「こら、ちゃんと紹介しなさいよ!!」

 

ベロニコさんが怒鳴ったが、面倒なので省略した。

 

 

 

「これこれ…」

 

 

 

「リサトさんをお招きしたのは、ほかでもない。私はあなたの澄んだ瞳に見たのです!」

 

「瞳に見た?何を?」

 

「青空のように広がる『メダル集めの才能』を!!」

 

 

 

「続けるのね?アタシの扱いなんてそんなもんよ…」

 

「穂乃果よりはマシだと思いますが…」

 

「まぁ…ね…」

 

 

 

「メダル集め?あぁ、これのことか?」

 

旅を続ける中で、ツボや樽を壊し…あるいは人の家のタンスや棚の引き出しを開け見付けた…『小さなメダル』…オレはそれを校長に前に出した。

 

 

 

「そうです!まさにそれです!!」

 

「これが何だって言うんだ?」

 

「その集めた小さなメダルの数によって、プレゼントを差し上げているのですよ!」

 

「確かに、そんな話をソルティコの街で聴いて…コツコツと集めてはきたけど…」

 

「本来ならば、その才能を見込んで、当校の生徒として入学して欲しいところですが…残念ながらリサトさんは男性です」

 

「はぁ…」

 

「そこで、今こそメダ女の校長の特権を行使して…メダル集めの類稀(たぐいまれ)なる才能を持つあなたを、我が校の客員生徒として迎えましょう!」

 

「客員生徒!?」

 

 

 

…えっ?…

 

…っていうことは…

 

…紅一点ならぬ『黒一点』ってヤツか?…

 

 

 

…いわゆる…

 

 

 

…ハーレム!!…

 

 

 

「リサトさん、顔が…」

 

「ん?」

 

「破廉恥です!」

 

「ウミュ、そのセリフは聴き飽きたよ」

 

 

 

…まぁ、一瞬、鼻の下が延びたのは、否定しないが…

 

 

 

「じゃが…メダル集めと立派なレディと…どういう関係があるのかのう?」

 

「はい、初代の校長が…立派なレディになる条件のひとつ…として『視野を広く持つこと』を掲げおり…世界中にそのメダルをばら撒いたのです。つまり、それを数多く集めたものは、それだけ色々なところに行き、試練を潜り抜け、精神的に大きく成長する…ということでしょうね…。ちなみに私は11代目です」

 

「何が?」

 

「校長ですけど」

 

「あぁ…そういうこと?急にぶっ混んできたんで…」

 

 

 

「視野を広く持て…で、メダル探し?なんか、結構、発想が飛躍しているな」

 

「先人の考えることなんて、そんなものなんじゃない?」

 

「…ですね…」

 

セクシーコンビの言葉に、オレは妙に納得した。

 

 

 

「長い年月を経て、メダル集めに関しては、多少イベント化しているところがありまして、あなたのように生徒以外の方が手にすることもあるようですが…しかし、その初代校長が想い描いた精神は脈々と受け継がれております」

 

「それが、あの校庭の銅像ってことか」

 

「メダルを見つけるということはもちろんですが…だからと言って一喜一憂してはいけません。決して慌てず、騒がず、優雅に…」

 

「なるほど…」

 

 

 

「さてリサトさんは…ここに来られたということは、きっと数多くのメダルを集められたということでなのしょう」

 

「えっと…」

とオレは道具袋の中から、メダルを取り出し、1枚1枚数えた。

 

31枚あった。

 

 

 

「ワシも2枚持っておる…そんな使い道があるとは知らなかったがのう」

 

「それなら、私も1枚持っている。グロッタの街で見つけたんだが…どうせ、1枚だけあっても役に立たないなら、これはリサトにやる」

 

「すみません、ありがたく頂きます。これで…じいさんとサイエリナさんのとを合わせて、34枚か…」

 

 

 

「ううん。35枚よ!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「私の1枚を合わせて」

とシルビアがもう1枚、オレに手渡した。

 

 

 

「ねぇ、なんか、前にこんなシーンをみたことない?」

 

「はい」

 

「あの時は『9人や』だった気がするけど」

 

「ちゅんちゅん!」

 

 

 

「エリティカさん、何の話ですか?」

 

「うん…ちょっとした思い出話よ」

 

「はぁ…」

 

 

 

「素晴らしい!!さすが私が見込んだだけのことはあります!いきなり35枚とは…ところで、スタンプカードはお持ちですか?」

 

「それなら…これのことかな?」

 

「おぉ、セーニャさん!」

 

「前にニコちゃんと一緒にソルティコの町で買い物した時に、ホテルの前でもらったんだよ」

 

「そういえば、そうだったわね」

 

「さすがです!では、そちらをお預かりして…」

と言うと校長は、ポンポンポン…とカードにスタンプを押していった。

 

 

 

 「1、2、3、4、5…まずは『守りのカード』をプレゼントです」

 

「あっ…どうも…」

 

 

 

「6、7、8、9、10…で『風の帽子』ですね…」

 

「サンキュー」

 

 

 

「次が…20で『ルーンスタッフ』」

 

「おぉ、これはワシの物じゃな」

 

「あら、それはアタシも使えるわ」

 

 

 

「25で…メダ女の制服です!」

 

 

 

…制服?…

 

 

 

「これ、オレの?」

 

「リサトさんはそういう趣味があったんですか!?」

 

「ないよ!あるわけないじゃん…けど…何かオレが使うアイテムかと思っただけで…」

 

「制服で…何をするつもりですか?」

 

「おいおい…」

 

「破廉恥です!破廉恥すぎます!」

 

「しないっていうの」

 

「本当ですね?」

 

「着てる人には興味はあるけど、服だけってのは、どうでもいい」

 

「そうですか…ん?…」

 

「いや、聴き流してくれ…」

 

 

 

 

「えっと…こちらは…お見受けしたところ…そちらのお嬢さんと、あなたと、あなた…が着用できるかと…」

 

ベロニコさんとセーニャさんと…エリティカさん。

妥当っちゃあ、妥当だな。

 

「制服だって。ずいぶん着てなからドキドキしちゃうね」

 

「ワシもドキドキするわい」

 

「これこれ!」

 

 

 

「…続きまして30枚…『先代王の衣装のレシピ』…そして35枚…と…『はやぶさの剣』ですね」

 

 

 

…おぉ、結構、もらったなぁ…

 

 

 

「ねぇ、ところでこのスタンプを溜めていくと『オーブ』って手に入るのかしら」

 

 

 

「オーブ…ですか?…すいません、私にはなんのことだかわかりませんが…」

 

ベロニコさんの質問に、校長は首を傾げた。

 

 

 

「え~っ、そうなの!海底王国の女王はここに来ればあるって言ったのに」

 

「ある…とは言ってません。ヒントがあるのでは…と申しておりましたが…」

 

「だとすると、我が校の教師…もしくは生徒が何か知ってるかもしれませんね」

 

「また聴き込みかぁ」

 

「そう簡単には手に入らないのね」

 

「あとは…この部屋の裏にある図書室の本も、お調べになったらよいでしょう」

 

「ありがとう、そうするわ」

 

 

 

「では、今日はもう夜も遅いですし、こちらにお泊りになっていってください」

 

「校長!男性を校内に入れるだけではなく、宿泊させるなどと…いくら勇者だとはいえ、あんまりです!」

 

「大丈夫!勇者さまが、おかしなことなどすまい」

 

「どうでしょう…よいですか?ちゃんと監視をさせて頂きますからね!!」

 

マリンヌがオレを睨みつける。

 

 

 

「ははは…了解です…」

 

 

 

「リサトよ…世の中そう甘くのう」

 

じいさんがオレの耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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むふふ♡…な夜

 

 

 

 

オレは自分で言うのもなんだが…そこそこモテた。

いや、過去形にするのはどうだろう。

今も現役のJリーガーとして、女性ファンは大勢いる。

その気になれば、あちらこちらと手を出すことも、難しくはない。

 

…とは言え『スケベ』だという自覚はあるが、法を犯すようなことも、道徳に反するようなこともしたことはない。

そこに関しては、マスコミに追求されるようなことは一切ない。

こう見えて、意外と真面目。

元カノからは『口だけ番長』なんて言われたりもした。

 

 

 

小学校時代は別として、中学の時には何人かの女の子と付き合った。

いずれも性の不一致…いや、性格の不一致で別れてしまったが。

 

その後…高校生になって付き合い出した元カノが…カリスマモデルからアーティストになり、今は女子サッカーの日本代表という…いわばスーパースターだった。

 

そして…現在の嫁さんは…こちらも伝説のスクールアイドルμ'sの元メンバー。

 

 

 

う~ん、華麗なる女性遍歴!!

 

これ以上、何を望む?って話だ。

 

 

 

ところで…今いるところは『メダル女学苑』という。

 

オレが通っていた学校は、共学だったし、先述の通り、そこまで異性に飢えていたわけではないのだが…それでも『女子校』…という響きは、男心を擽(くすぐ)るには充分すぎるものだと言えた。

 

得も言われぬ淡い期待を抱きながら、廊下を歩く。

 

校内はアロマでも焚かれているのだろうか?

うっすらといい匂いが漂っている。

それだけで、なんとなく気分が良くなった。

 

 

 

オレとロウ…それとシルビアを除けば、全員女子校出身だ。

彼女たちは「この感じ、懐かしいわ…」と言いながら、4つ目のオーブの情報を入手する為、生徒たちや教師たちに聴き込みを開始した。

 

 

 

「そう言えば…まだこの物語に1年生組が出てきてないわね」

 

「そうだね、ニコちゃん。真姫ちゃんと凛ちゃんと…花陽ちゃんがまだだね…」

 

「あら、穂乃果もまだじゃないかしら…」

 

「いえ、穂乃果はあなたがパーティーに合流する前に、すでに出演しております」

 

「そうなの?」

 

「ホムラの里の看板娘という役で…」

 

「ハラショー!そんな適役があったのね…」

 

「本人は『出番が少い』と怒っていましたが…」

 

「アイツのことだから、この中の生徒役で出てきたりするんじゃない?…」

 

 

 

μ's組はそんなことを言いながら、校内を巡回していた。

 

 

 

 

 

周り始めて気が付いたが、女生徒たちの…オレを見る目が違う。

どうやら『勇者』だという情報が伝わっているらしい。

それが『憧れの眼差し』だとわかる。

 

 

 

…ひょっとして、ひょっとしたら…

 

…この後『むふふ』なことが待ち受けているか?…

 

 

 

自分の顔が、少しだけ緩んでいるがわかった。

 

 

 

もちろん、なにかあってはいけないし、なにかをするつもりもない。

 

ないけど…あんなことやこんなこと…を想像してしまう。

それは男にとって仕方のないことなのだ。

 

 

 

「リサトさん、わかっていますね?」

 

生徒は30人ほどだが、そのうちの2/3はオレより年下…おそらく小中学生。

そして数人は…人間界に改心したモンスター。

『ロリコン』でもないし『特殊な趣味』があるわけでもないので『間違い』を起こしようがない。

 

 

 

…待てよ…

 

…逆に言えば…残りの1/3とは間違いが起こる可能性がある?…

 

 

 

「…わかってるって…」

と睨むウミュの問い掛けに答えてみたけど…でも…『この世界』なら、多少のことは許されるんじゃないか…とか思ったりもする。

 

 

 

…なんと言ってもオレは『勇者』なんだから…。

 

 

 

 

 

結局、聴き込みでは直接オーブの手掛かりになるようなことは、判明しなかった。

 

 

 

「だとすると…校長が言っていた図書室か」

 

「そうね…。でも今日はもう遅いし、それをするのは明日にしない?寝不足はお肌に大敵よ」

 

「そうね!そうしましょう!」

とベロニコさんの提案に、シルビアが同意して、みんなも大きく頷いた。

 

 

 

オレたちは、校長の特別な計らいで宿泊を許可された。

 

教師のマリンヌは

「学校の立ち入りだけでなく、一晩を共に過ごすなんてありえませんわ!」

と物凄い剣幕でまくし立てていたが『勇者様ご一行』という免罪符の前では、彼女も『なすすべ』がない。

渋々、その決断に従ったのだった。

 

 

 

オレたちは1階にある学食で、学校自慢の『伝説のソーセージ』なるものを食し、腹が膨れたところで就寝となった。

 

 

 

 

 

学校は全寮制で、建物の2階部分に生徒の寄宿部屋がある。

その空き室を3部屋借りた。

オレと同室になったのは、ロウとシルビア。

 

 

 

…まぁ、仕方ない…

 

 

 

ここまでの道中が長かったこともあり、2人はベッドに就くとすぐに眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

どれくらい経ったろうか…。

 

 

 

こんこん…というドアをノックする音で目が覚めた。

 

オレは元々1時間毎ごとに目を覚ましてしまうような『ショートスリーパー』である上に、寝ていても物音や気配に敏感で、割とすぐに気が付くタイプだ。

 

 

 

…これはもしや…

 

…逆夜這いってやつか?…

 

 

 

ロウとシルビアを起こさないよう、ベッドから抜け出し、静かにドアを開けると…そこに立っていたのは…リップスというモンスターだった。

 

 

 

「勇者さま!お願いがあります!」

 

「えっ!?…えっと…」

 

「私は『ブリジット』と言います」

 

「はぁ…」

 

どうやらここの生徒らしい。

 

「実は…校内の壁新聞に恋の悩みを投稿したのですが…その回答を見て来て欲しいんです!」

 

「壁新聞?恋の悩み?」

 

「自分で見に行くのは怖くて…」

 

「はぁ…」

 

「ここはひとつ勇者さまにお願いできないかと…」

 

 

 

…勇者ってそういうことをするのが仕事だっけか?…

 

 

 

「…どこに貼ってあるの?…それ…」

 

「丁度、ここから反対側の廊下です。グルッと周った向こう側です」

 

「あ…そう…」

 

 

 

…別にオレじゃなくてもいいと思うけど…

 

…それほど難しいことじゃないし…

 

…まぁ、いいか…

 

 

 

「明日でいい?」

 

「は、はい!も、もちろんです!」

 

「わかった…じゃあ、そういうことで」

 

「ありがとうございます!助かります!さすが勇者さまです!」

 

そう言うと彼女は「むふ!楽しみだなぁ…なんて書いてあるのかしら…」とスキップしながら帰っていった。

 

 

 

「…」

 

 

 

今の出来事は夢かな…とも思ったが…そうではないみたいだ。

 

気を取り直してベッドに戻る。

何か楽しいことでも考えながら、眠ることにした。

 

 

 

 

 

しかし…

 

どれくらい経ったろうか…

 

 

 

こんこん…

 

再びドアがノックされた。

 

 

 

…今度こそ…

 

…逆夜這いってやつか?…

 

 

 

ロウとシルビアを起こさないよう、ベッドから抜け出し、静かにドアを開けると…そこに立っていたのは…初老の女性だった。

 

 

 

…モンスターではなかった…

 

…人間だった…

 

…でも期待している人でもなかった…

 

 

 

残念ながら、両者ともオレのストライクゾーンではない。

 

 

 

「夜分遅くに申し訳ございません。私、この学校で教師をしております『グレース』と申します」

 

「はぁ…こんばんわ…」

 

「あなたが勇者さまと聴いて、お願いにあがりました」

 

「なんでしょう…」

 

「実は…友人との想い出の品を探して欲しいのです」

 

「想い出の品…ですか…」

 

「古いアルバムをめくり…ありがとうって呟いた…」

 

「ん?」

 

「いえ、すみません。間違えました。古いアルバムを見ておりましたら、中から旧友からの手紙が出てきたのです」

 

「手紙?」

 

「…そこには想い出の木の周辺に『友情の証を埋めた』という趣旨の内容が記されておりまして…」

 

「それをオレに見つけろ…と」

 

「さすが勇者さま、話が早いですこと…」

 

「いやいや…」

 

「このようなことは勇者さましか、お願いできないものですから…」

 

「あぁ…そうですか…まぁ、いいですよ」

 

 

 

…それこそがオーブかもしれないし…

 

 

 

「ありがとうございます!!」

 

「でも…明日でいいですか?」

 

「は、はい!もちろんです!」

 

「じゃあ、確かに承りました…おやすみなさい」

 

「はい、失礼致します…」

 

 

 

今のも夢かな…と思ったが…やはり、そうではないみたいだ。

 

再度、気を取り直してベッドに戻る。

何か楽しいことでも考えながら、眠ることにした。

 

 

 

 

 

そして…

 

どれくらい経ったろうか…

 

 

 

こんこん…

 

三度(みたび)ドアがノックされた。

 

 

 

…二度あることは三度あるか…

 

…三度目の正直か…

 

 

 

ロウとシルビアを起こさないようベッドから抜け出し、静かにドアを開けると…そこに立っていたのは…

 

 

 

…おぉ!ストライク!…

 

 

 

打つか、打たないか?と問われれば、カウントによっては見送る『アウトローいっぱい』のところ。

 

でも、追い込まれていたら、手を出してしまうだろう。

 

打ちにいった瞬間、スーッと逃げていくスライダーのような…そんな危険性を孕んでいるけど…

 

 

 

…ってサッカー選手が例える表現ではないな…

 

 

 

美少女であることは間違いないのだが…ひと昔前のヤンキーって感じで…この学校には似つかわしくない生徒だった。

 

オレがアウトローって言った意味は…つまりそういうことでもある。

 

 

 

「アンタ…勇者なんだって?」

と彼女は不躾にそう言った。

 

「まぁ、一応、そう呼ばれてるけど…」

 

「そう…」

 

「なにか?…」

 

「そんなアンタを見込んで、ひとつ頼みがあるんだけど…」

 

 

 

…私をオンナにしてくれ…なんて言われたりして…

 

…こういう娘ほど、意外と純だったりするからな…

 

 

 

「『女王のムチ』が欲しいんだ」

 

 

 

…違った…

 

 

 

…って、おいおい…

 

…女王のムチってか?…

 

…この歳でいきなり『それ』はハードすぎるだろう…

 

 

 

「か、勘違いするんじゃねーぞ。これはケジメなんだ」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「アタイ…世話になったセンセーのムチを無くしちまってさぁ…。普通のムチなら別にどーでもいいんだけど…あれ、特殊なヤツで…簡単には手に入らないんだよねぇ…」

 

「あぁ…そういうこと…」

 

「アタイにとって一番大切なことは、義理ある人に決して迷惑を掛けないことなんだ…ホントは他人に頼るつもりなんて毛頭もないんだけどさぁ…」

 

 

 

…なるほど…

 

 

 

「すぐに…ってワケにはいかないと思うけど…それでもいいなら探してみるけど…」

 

「あぁ、アタイの名は『ハンナ』って言うんだ」

 

 

 

…オンナじゃなくてハンナね…

 

 

 

「オレはリサトだ」

 

「勇者リサトか…ヨロシクな!恩に着るぜ。それとさぁ…できれば、ムチはワンランク上のヤツを頼むよ」

 

「ワンランク上?」

 

「折角ならいいモノをプレゼントしてやりたいからな」

 

「約束はできないけど…努力はする」

 

「OK!じゃあ、待ってるぜ!」

 

「お、おう…」

 

 

 

…まぁ、なんだ…

 

…いい娘じゃねぇか…

 

…μ'sで言えば真姫ちゃんタイプ?…

 

 

 

 

 

「それにしても…」

 

ベッドに戻ったオレは思わず呟いた。

 

「勇者って職業は…イコール『何でも屋』なのか?…」

 

 

 

むふふ♡…な夜はどこへやら…。

 

オレはこのあとドッと疲れを感じて、朝まで泥のように眠ったのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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謎の暗号『S5 E20』

 

 

 

 

朝になった。

オレはみんなに、昨晩頼まれた3つの『依頼ごと』について話す。

 

 

 

「壁新聞なんて簡単じゃない。見て、その娘に報告してあげればいいんでしょ?」

 

ベロニコさんは、くだらないわねぇ…と小さな声で付け加えた。

 

「それで、どこに貼ってあるんだって?」

 

校舎は回廊のような造りになっている。

 

「ここから…グルッと廻った向こうの廊下らしいです」

 

「では、早速行きましょう!」

 

ウミュの掛け声と共に、反対側へと歩き出した。

 

 

 

角を直角に2回曲がると、廊下の中程に掲示板が見えた。

 

「アレだな…」

とオレは呟く。

 

 

だが…

 

 

 

「…?…」

 

目当ての物は貼り出されてなかった。

 

 

 

「ここなのですか?」

 

「たぶん…」

 

「寝惚けていて聞き間違えたとか…」

 

「いや、それはない」

 

 

 

そんな時に

「あら、勇者さまじゃない」

と不意に聞き慣れない声がした。

 

その主は…小さなモンスターだった。

 

 

 

「えっと…あなたは?」

 

 

 

「おおきづちの『メープル』。この学校の新聞部の部長よ」

 

名前の通り、手には『大きな木槌』を持っている。

外で会ったなら、間違いなく攻撃対象だ。

でも、ここにいるなら生徒なのだろう。

 

 

 

「新聞部?…なら、ちょうどいい。ここに貼ってあったと思われる壁新聞…どこに行ったか知らないかな?」

と『彼女』の容姿に戸惑いながら、でも平静を装いつつ訊いてみる。

 

 

 

「あぁ、それね…。飛んでいっちゃったのよ」

 

 

 

「飛んでいった?」

 

 

 

「窓を開けておいたら、突風が吹いて…多分『怪鳥の幽谷』に飛んでいったんじゃないかしら?」

 

 

 

「会長の優子くん?」

 

「どなたですか?」

 

 

 

「違うわよ。『ごくらくちょう』という怪鳥…モンスターが棲む渓谷のことよ。ここから北東の方向にあるわ」

 

「へぇ…」

 

「随分、ピンポイントにわかるものなのですね」

 

「風向きから考えると、多分そこなのよ」

 

「ほぅ…」

 

 

 

「それと…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「『おおきづちの勘』ってヤツ?」

 

 

 

…なんだそりゃ?…

 

 

 

「そこまでわかってるなら、拾いに行けばいいのに」

とベロニコさん。

 

「そう簡単に行けるようでしたら、とっくに行ってます」

 

メープルは悪びれることなく、そう反論した。

 

 

 

…まぁ、そりゃあそうだ…

 

 

 

「モンスターがいるんだもんな…とりあえず、わかった。うん、ありがとう」

 

今すぐ…というワケにはかないが、あとで向かうことになるのだろう。

 

 

 

 

 

メープルに礼を言い、続いて向かったのは…教師のグレースのとこだ。

彼女はラウンジでお茶を飲んでいた。

 

「あら、おはようございます」

 

「おはようございます。早速ですが、昨日お願いされた『想い出の品』の件で…」

 

「ごめんなさいねぇ…お忙しいところ…。見て欲しいのはこれなのよ」

と彼女は、テーブルの片隅に置いてあったアルバムを開いた。

 

その中からは現れたのは…一通の手紙。

 

「そこの図書室を整理していたら、このアルバムを見つけてね…懐かしさのあまり手に取ってみたら、これが入っていたのよ…」

 

「はぁ…」

 

「その親友は…卒業後、とある王家に嫁ぐことになって…私は猛反対したのだけど…彼女の意思は固くって…」

 

この短い時間に、すごい情報量が詰め込まれていた。

 

 

 

「王家に嫁ぐ?」

 

「お姫様になられたのですか?」

 

「なぜ、反対されたのです?」

 

女性陣が矢継ぎ早に問い掛ける。

 

 

 

「ある日、偶然出会った王さまと恋に落ちたみたいで…彼女はルックスもも良くて、性格も社交的だったけど、少し病弱で…ですが、わりとお転婆で悪戯好きだったものですから『貴女にお姫さまなんて、務まるハズがない』なんて言ってしまって…」

 

 

 

「穂乃果がいきなり王女になるようなものでしょうか…」

 

「穂乃果ちゃんは病弱じゃないよ」

 

「それはそうですね」

 

「海未…いちいち、穂乃果を引き合いに出すのはやめなさいよ」

 

「すみません、つい…」

 

ウミュはエリティカさんに、窘(たしな)められた。

 

 

 

「今、思えば…彼女の将来を心配するのと同時に…私のやっかみが入っていたのかも知れませんね。そこからは段々と気持ちが離れていって…お互い疎遠になってしまったのです」

 

「そうですか…」

 

「その方は…今…」

 

「風の噂では…病死されたと…」

 

 

 

「なんと!?」

 

「えっ!?」

 

じいさんとエリティカさんが、同時に声を上げた。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「い、いや…気にせんでよい…。ちょっと似たような話を知っているだけじゃ」

 

「そ、そうね…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「…で…その友人の手紙がこの中にあったと…」

 

「はい、こういうのを虫の知らせというのでしょうか…。勇者さまがいらっしゃるのに合わせて、見つけたのは、何かのお導きかと…」

 

 

 

…その『想い出の品』とやらがオーブであれば、確かにその通りだろう…

 

 

 

「…かも知れないですね…。失礼ですけど、その手紙を読ませてもらっていいですか?」

 

「はい、どうぞ…」

 

オレは彼女から、それを受け取り、ウミュに手渡した。

 

 

 

≪私の青春を、想い出の場所からS5のE20に埋めるわ≫

 

≪どうか受け取ってね…私の親友≫

 

 

 

「なるほど…悪戯好きとは、そういうことですか」

 

手紙を読み終わったウミュは苦笑した。

 

「ふふふ…つまり、この暗号を解き明かして、お宝を探し出せ!…ってことね。面白いじゃない」

とシルビアは笑う。

 

 

 

…まぁ、面白いという気持ちは、わからなくもない…

 

 

「先生、この想い出の場所って何か心当りがありますか?」

 

「そうねぇ…もしかすると、そこの木…大樹のことかしら。昔、彼女とよくここでお話をしたり、お昼を食べたりしてましたので」

 

「あぁ、その木ですか。わかりました」

 

オレはスコップを借りて校庭に出ると、その木の根元へと足を進めた。

 

 

 

…シルビアは暗号だと言ったが、これに関しては、そんなに難しいものじゃない…

 

 

 

…S5ってことは…南に5歩ってことか…

 

…そしてE20は…東に20歩…

 

 

 

…ここか!…

 

 

 

オレは自信を持って、地面を掘り進めた。

すぐさま『カツン』と何か手応えを感じて…自信が確信に変わる。

 

「これだ!」

 

オレは地中にあった箱を取り出し、フタを開けた。

 

 

 

≪ふふふ…相変わらず貴女はおっちょこちょいね。想い出の品はここじゃないわ≫

 

 

 

中に入っていたメッセージを見て、呆然とする。

 

 

 

「ハラショー…この文章からして…どうやら先生は、かなり『あわてんぼう』だったようね」

 

 

 

「そして、その友人はかなり意地が悪かったみたいね」

 

ベロニコさんが呟く。

 

 

 

「…というより、悪戯好きなのでしょう」

 

ウミュがその発言を正した。

 

 

 

「そして、オレがまんまと引っ掛かったというわけか…」

 

「どうやら、そのようじゃのう…」

 

 

 

「はぁ…壁新聞も想い出の品も、速攻で解決すると思ったのに…」

 

「うん、ニコちゃん…そんな簡単にはいかないね…」

 

 

 

「ではリサト、想い出の品の発掘をする組と…昨日持ち越したオーブの在りか…についての図書室で本を調べる組と…二手に分けたらどうじゃ?」

 

「あぁ、そうしよう」

 

オレはじいさんの提案に賛成した。

 

 

 

オレ、ウミュ、エリティカさん、ロウ、シルビアが発掘組。

 

残りのメンバーが図書室組となった。

 

 

 

「S5が南に5歩、E20が東に20歩…という読みは間違ってないハズなんだけどなぁ」

 

「はい。現にこうして『現物』が出てきたわけですから…」

 

「フェイクだったけどな…」

 

「ねぇ、リサトちゃん…グレース先生が『おっちょこちょい』ってことは…彼女、なにか重要な情報を忘れてるんじゃないかしら?」

 

「おう、シルビア。その可能性はあるな」

 

「そういえば、穂乃果も相当『粗忽者』でしたからね。私も色々苦労させられました」

 

「例えば?」

 

「集合時間や場所を間違えるなんてことはザラで、酷いときには『そのこと』すら忘れてしまうのです」

 

「確かに、あの娘には苦労させられたわね」

 

さっきは「いちいち引き合いに出すな」と言ったエリティカさんも、笑いながらウミュの話に同意した。

 

 

 

「あはは…そういう話を聴くと、ホント『海未ちゃん』をヨメさんにして良かったと思うよ。穂乃果ちゃんみたいな性格だと…付き合い始めの頃ならいざ知らず、結婚してもそんな感じのままだったら、オレにはとても耐えられないから」

 

「…『梨里さん』…そんなことを人前で言われるのは、とても恥ずかしいのですが…」

 

「いやいや、真面目な話。まぁ、オレの目に狂いはなかったと…」

 

「梨里さん…」

 

「海未ちゃん…」

 

 

 

「…ゴホン…」

 

 

 

「あっ!?」

 

「はっ!?」

 

オレたちは、エリティカさんの咳払いで我に返った。

 

 

 

「えっと…S5E20の謎を解かないとな…」

 

「は、はい…そうでした…」

 

 

 

「ふむ…」

 

 

 

「えっと…どうする?手当たり次第、掘り返してみる?」

 

「それは、あまりにも非効率的です」

 

「だよなぁ」

 

「…S…S…リサトちゃん…Sがショートとかスモール…だったりしないわよね?…」

 

「あぁ、そういう見方もあるか。サイドのSとか…」

 

「…だとすると…Eはなんでしょう?」

 

「エンドのE」

 

「それらしくは聴こえますね」

 

「テニスとかバレーのコートだとさ、それぞれ長い方を『サイドライン』短い方を『エンドライン』とか言うし…。ちなみにサッカーだと『タッチライン』と『ゴールライン』って言うけどね」

 

「ほう、リサト…お主、なかなか詳しいのう」

 

 

 

「いや、オレ、向こうの世界じゃ一応Jリーガーだから」

 

 

 

さっきもそうだが、ときおり、向こうとこっちの世界が混濁してしまうオレだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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友情ノーチェンジ

 

 

 

 

 

「…リサトちゃん、ここは一旦スタートに戻って、考えない?」

 

 

 

『S5 E20』の謎に行き詰まったオレたち。

仕切り直し…とばかりに、シルビアが想い出の大樹へと引き返した。

 

 

 

「む?…スタートへ戻って…じゃと?…ほうほう…」

 

「どうした、じいさん?」

 

「例えばじゃが…SはスタートのSとかだったりせんかね?」

 

「なるほど。でもそうすると…Eの意味がわからない」

 

「それこそ、エンドじゃろ」

 

「いや、それなら普通、ゴールでGじゃないか?」

 

「どちらにせよ、それでは5と20の意味がわかりません」

 

「日数だったりして」

 

「邪馬台国でも探すつもりですか!」

 

「邪馬台国?」

 

「はい…未だにどこにあったのかはっきりしてません…」

 

「それは知ってるけど…」

 

「文献通りに進んで行くと海にあったことになってしまうとも言われており…そもそも出発地点が違うのではと言われて…あっ!…もしかして…」

 

 

 

「ん?ウミュ…」

 

 

 

「スタートの位置が違うのかもしれません!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「発想の転換です」

 

 

 

「?」

 

 

 

「つまり、スタート地点の大樹が移動していたとしたら、どうでしょう?」

 

 

 

「移動しただと?こいつは足でも生えてるのか?」

 

「いえ、そういうことではありませんが…」

 

「何らかの理由で埋め替えられた…とか?」

 

「はい、シルビアさん」

 

「ありえるわね」

 

「そういうことなら、もう一度、先生に訊いてみる必要があるな」

 

「はい」

 

 

 

「先生!」

 

「もう見つかったのですか?」

 

「いえ…まだです。…これは発見しましたけどね…」

とオレは彼女からのメッセージを渡した。

 

それを見て

「まぁ…お恥ずかしい…」

とグレースは顔を赤らめた。

 

 

 

「そこで、もう一度お尋ねしますが…この大樹ですけど」

 

「はい」

 

「昔、別の場所にありませんでした?」

 

 

 

「別の場所?」

 

 

 

「埋め替えられて、移動したとかありませんかね?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「あぁ…」

 

 

 

「そう言えば…」

 

 

 

「私たちが卒業するときに、動かしたかもしれません」

 

彼女の記憶が、自然解凍された冷凍食品のように氷解していく。

 

 

 

「ええ、昔は別の場所にありました。卒業する直前に植え替えましたね」

 

「どこからどこに…って覚えてますか?」

 

「校舎の入口に向かって、右から左に…だったかしら…」

 

「…ということは、今の位置よりもっと東側にあったのですね?」

 

「う~ん…そういうことになるのかしら」

 

「だいたいどの辺りですか?」

 

「そうね…」

 

 

 

オレたちは先生を引き連れて、再び外に出た。

 

 

 

「この辺りだったような気がしますね…」

 

 

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

その場所は校舎に向かって、水平に移動したとこだった。

 

 

 

「つまり…S5…南へ5歩という見立ては間違っていないということだ」

 

「はい」

 

「ここから東に20歩のとこを探していけば、目的の品があるハズ」

 

「…ということじゃな…」

 

「改めて、ここから南へ5歩、東へ20歩移動してみると…」

 

「この位置です」

 

「ここ掘れ、ワンワン…ってか?」

 

オレはそう言いながらスコップを突き刺した。

 

 

 

がきっ!

 

 

 

「!?」

 

 

 

何度か掘り進めているうちに、鈍い衝突音と振動が、スコップを通して伝わってきた。

 

 

 

「ビンゴ!!」

 

 

 

…今度こそ…

 

 

 

地中から現れた箱を、壊さないように丁寧に掘り起こす。

 

 

 

「先生、開けていいですか?」

 

「はい、お願いします…」

 

「これが目当てのものじゃといいのだがのぅ」

 

ゆっくり箱を開けると中からは…真っ赤なリボン…が現れた。

 

 

 

「!!」

 

グレースはそれを見るなり、息を呑んだ。

 

 

 

「先生!?」

 

 

 

「不思議なものですね…一瞬にして当時のことを思い出しましたよ」

 

 

 

「あっ…もうひとつ手紙が…」

 

 

 

エリティカさんがそれを見せると

「代読してくださる?」

とグレースは言った。

 

 

 

「私が?…」

 

 

 

「読んでるうちに、泣いちゃいそうだから」

 

そう言って彼女は下を向いた。

 

 

 

「わかりました。じゃあ、失礼します…」

 

 

 

 

≪親愛なるグレースへ≫

 

≪私はこの学園を卒業したら、遠い国に行きます≫

≪妃として生きることを決めたのです≫

 

≪正直なことを言えば…貴女が言う通り、私にその大役が務まるのかしら…という不安はあります≫

≪自分が自分でなくなるようで、怖いのです≫

 

≪でも…私はこの王と一生添い遂げたいと思いました≫

 

≪この学園で貴女と過ごした日々は、絶対に忘れません≫

≪だからお願い…貴女も私が普通の少女だったことを忘れないでくださいね≫

≪いつまでも私の親友でいてください≫

 

≪友情の証しとして、私のリボンを差し上げます≫

 

 

 

≪追伸≫

 

≪デルカダールの王は、見た目は少し怖そうだけど。本当に素敵な人なのですよ≫

≪いつか貴女にも、わかってもらえる日がくると思います≫

 

 

 

 

「!?」

 

手紙を読み終わったあと、今度はエリティカさんが息を呑んだ。

 

いや、オレたちも一瞬言葉を失った。

 

 

 

「これってもしかして…」

 

 

 

…エリティカさんの…

 

 

 

「ハラショー…まさか、こんなところでお母様の形見が?…」

 

彼女の目から涙が零れる。

 

 

 

「どうされました?」

 

 

 

「い、いえ…」

 

 

 

「あなたは涙もろいのかしら…私のこんな話で泣いてしまうなんて…」

 

「は、はい…どうしてでしょうね…他人事とは思えなくて…」

 

 

 

「そうだわ。よかったら…このリボンをもらってくださらない?」

 

 

 

「私に…ですか?」

 

 

 

「ふふふ…こんな老いぼれが持っていても、使いようがないし…」

 

「でも…お友達との大事な品じゃないのですか」

 

「私には…この手紙があれば充分だわ。それにこれは…あなたみたいなロングヘアの人なら、とてもお似合いだと思うの…」

 

そう言って彼女はエリティカさんの頭に、それを巻きつけた。

 

 

 

「思った通りね…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「まるでタイムスリップしたみたいだわ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「貴女は…私の親友にそっくりなの…」

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

「昨日、お見掛けした時から、ずっとそう思ってたわ。世の中には似てる人っているものなね…」

 

 

 

「…はい…」

 

 

 

「勇者さま、大切な品物を見つけてくださり、ありがとうございます」

 

「えっ?あっ…いえ…お役に立ててなによりです」

 

「聴けば、悪の魔王を倒す為、冒険をされていらっしゃるとかいないとか…。私などは何の力にもなれませんが…陰ながら応援させていただきます」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

「では、私はこの辺で…ご武運をお祈りいたします…」

 

 

 

「あぁ…はい…でも、まだ出発できないんですよ。オレたちは図書室に行こうかと」

 

「はい、そうですね。向こうに合流して、オーブに繋がる手掛かりを探さないといけませんから」

 

 

 

「そうですか…では…ごきげんよう…」

 

何度も何度も頭を下げる先生に手を振って、オレたちは図書室に向かった。

 

 

 

 

 

「この想い出の品がオーブだと思ってたんだけど…まさかのこんな物が出てくるとはな」

 

「はい」

 

「『事実は小説より奇なり』って言うけど、本当なのね…」

 

「本来の帰るべきところに戻った…ということじゃな」

 

 

 

「あら、あなたたち。お宝発掘は終わったの?」

 

ベロニコさんはオレたちの姿を見つけると、ニヤリと笑いながら声を掛けてきた。

 

「はい…残念ながらオーブは入ってませんでしたけど」

 

「でしょうね。それがどこにあるかは、こっちでわかったから」

 

「なるほど…それで、その意地の悪い笑顔ですか…」

 

「失礼ね」

 

「その替わり、こちらも大変の物が見つかりましたよ」

 

「大変な物?」

 

「えぇ…まぁ、その話はまたあとで」

 

 

 

「?」

 

 

 

「…で…わかったんですか?オーブの在処」

 

「たった今、わかったところよ。このあたりの歴史を記した文献に載ってたわ」

 

「へぇ…」

 

 

 

「どうやら、目的のオーブは…例の渓谷にあるらしい」

 

 

 

「例の渓谷?」

 

オレはサイエリナさんの言葉を訊き返した。

 

 

 

「あぁ、朝方、おおきづちの『』が言っていた『壁新聞の飛来先』だ」

 

「お~」

 

「その『ごくらくちょう』が、シルバーオーブを奪って行った…と書いてあった」

 

「なるほど。早い話がモンスター退治をしなけりゃ、オーブは手に入らない…と」

 

「そういうことね」

 

ビビアンジュさんがニッコリと笑って頷いた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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乙女心

 

 

 

 

昨晩、学園の生徒と先生からお願いされた『依頼』は、みっつ。

 

ひとつは片付いた。

残りはふたつ。

 

そのうち『女王のムチ』の件については、ロウとエリティカさん、ビビアンジュさん、サイエリナさんの4人に任せることになった。

 

一方、ウミュとベロニコさん、セーニャさん、シルビア…そしてオレを含めた5人は、身支度を整え『会長の優子君』ならぬ『怪鳥の幽谷』へと向かう。

もちろん怪鳥が持つと言われてる『シルバーオーブ』の奪還が目的である。

 

その道中に『壁新聞』が発見できれば儲けもの…ってとこだ。

 

 

 

うねうねとした、細く長い崖沿いの道を歩いた後、谷底を流れる川を上る。

しばらく進むと、洞窟にぶち当たった。

恐らくこの先に源流があるのだろう。

 

中に入ると、ひんやとした冷気が身体に身体にまとわり付いてきた。

 

虹の枝が光り出す。

オーブが近くにある証拠だ。

 

薄暗がりの中、物陰に潜むモンスターたちを警戒しながら、前へと進む。

ある時は滝の中に入り、ある時は蔦を伝って絶壁をよじ登り…右に左に…途中行き止まりに引き返したりして迷いながら、ようやく目的地に辿り着いたた。

 

 

 

そこにいたのが『ごくらくちょう』だ。

 

「その両隣にいるのは、ヘルコンドルね」

 

シルビアが解説してくれた。

 

 

 

ヤツの足元には、まるで卵を温めているかのように『銀色に輝く球』が鎮座ましましている。

 

 

 

「砂漠で会った巨大サソリや、孤児院の地下で会った巨大クモに較べれば、随分と弱そうじゃない」

 

確かにベロニコさんの言う通りだ。

身体は大きいが、化け物染みてない。

怖さという意味では、ヤツらの方が数倍上だ。

 

「もっと言うと、あの巨大イカに較べれば、恐くもなんともないわ」

 

「いえ、油断は大敵ですよ」

 

ウミュは警戒心を解かず、オレたちの気を引き締めた。

 

 

 

「一応、ものは相談なんだが…お前さんが持ってるその『玉』をさ、こっちに譲ってくれないか?替わりに…そうだな…『つけもの石』をあげるから」

 

ヤツは言葉がわからなそうなので、ジェスチャーで尋ねてみたが…答えはNOだった。

 

 

 

…やっぱり、つけもの石じゃ不服か…

 

 

 

「リサトちゃん!!」

 

シルビアな叫び声に

「おう!」

と呼応したオレ。

 

交換条件に怒ったわけじゃないだろうが、ヤツはいきなり襲い掛かってきた。

それを剣で防ぎ、ステップバックする。

 

 

 

「できれば、争いごとは避けたいんだけどねぇ…」

 

 

 

「話がわかる相手じゃなさそうね」

 

シルビアはムチを構えた。

 

 

 

「こうなったら止むを得ません」

 

ウミュもブーメランを手にする。

 

 

 

「まぁ、目当てのオーブは、元々は『こっちサイド』のモノだからな…じゃあ、遠慮はいらねぇな?」

 

 

 

「先手必勝です!」

 

「そういうこと!」

 

 

 

言うが早いか、ウミュのブーメラン攻撃『デュアルカッター』が、ヤツらを2度切り裂いた。

 

 

 

続いてシルビアのムチが唸り『縛り打ち』が炸裂。

これで両端にいるヘルコンドルは眠りに就いた。

 

 

 

「次はアタシね!」

 

少し遅れてベロニコさんが『イオ』の呪文を唱える。

 

 

 

おっ!

会心の一撃!

 

 

 

あっという間にヘルコンドルを消し去った。

 

 

 

そうとなれば最後はオレの『渾身斬り』で…トドメを…させなかった…。

 

 

 

それでも、その後2、3回の攻撃で圧勝!

 

 

 

ほぼ被害もなく、シルバーオーブを手に入れることに成功した。

 

 

 

「やっぱり、クラーゴンの足元にも及ばなかったわね」

 

どうだ!と言わんばかりのシルビア。

 

 

 

「やっぱり実力はクラーゴン以下ね…イカだけに…」

 

 

 

「う~ん、ニコちゃ~ん…ごくらくちょうさんは鳥だから、それはちょっと違うかも…」

 

 

 

「はい?一体なんの話でしょう?」

 

 

 

…ギャグや駄洒落を説明することほど不毛なものはない…

 

 

 

ウミュの疑問を無視して、来た道を戻ることにする。

 

 

 

「だけど、あまりにアッサリしすぎて…逆に何かのワナじゃないかと疑いたくなるなぁ」

 

「はい…手に入れたのが、偽物とかでなければよいのですが…」

 

「充分ありえるわね」

 

「まぁ、その時はその時でしょ?」

 

「そりゃそうだけど…」

 

 

 

「あっ!リサトさん!あれってもしかして…」

とセーニャさんが何かを見つけて、斜め上を指差した。

 

その先には木の枝に引っ掛った、大きめの紙がプラプラと風にたなびいていた。

 

 

 

「おっと…これは?」

 

「例の壁新聞ではないでしょうか?」

 

「なるほど…コイツか…」

 

オレは腕を伸ばすと剣の切っ先で紙を突き刺し、手元に引き寄せた。

 

「ズバリだ」

 

「本当にここに飛んできてたのですね」

 

「あぁ、そうらしい」

 

「じゃあ、回収したなら、さっさとここから引き上げるわよ!」

 

 

 

「あ、だっだら…ベロニコさん、オレ、この呪文を使ってみたいんだけど」

 

 

 

「呪文?」

 

 

 

「リサトさん、呪文が使えるのですか?」

 

「リサトちゃん、いつの間に覚えたのよ」

 

 

「少し前に。不思議とは、知らない間に呪文が頭の中にインプットされてるんだよねぇ…とはいえ…今まで使うチャンスがなくて、成功するかどうかはわからないけど…」

 

 

 

ひゅ~ん…

 

 

 

オレは『ルーラ』を唱えて、メダ女へと、ひとっ飛びした。

 

 

 

… 

 

 

 

「そっちはどうだったかのぅ」

 

学校に戻ると、既にじいさんたちの姿があった。

 

 

 

「おう、手に入れたぜ。シルバーオーブ」

と、オレはポイッとそれをトスする。

 

「ほほう…それはご苦労じゃった」

 

「そっちは?」

 

「ほら、この通り」

 

サイエリナさんがオレに『小さなメダル』を3枚見せつける。

 

 

 

「それが…女王のムチ?」

 

 

 

「…のワケがないでしょ」

 

ビビアンジュさんが笑う。

 

 

 

「いや、知ってますけど」

 

 

 

「ムチはもう彼女に手渡した。そのお礼に…って言ってもらったのが、これだ」

 

「なるほど…」

 

「また、貯まったら、ここに来てアイテムと交換しましょ」

 

「はい、エリティカさん。じゃあ、ありがたく頂いておきますか」

 

 

 

そんなやりとりをしてる時だった。

 

「勇者さま~!!」

 

オレたちの姿を見かけて、校舎から1匹の…いや1人のリップスが叫びながら走ってきた。

 

 

 

「確か…ブリジット…って言ったっけ?」

 

 

 

「あら、名前を覚えていてくれてるなんて、うれしいわ」

 

そう言って、彼女はオレの腰元に身体を摺り寄せた。

 

 

 

「新聞委員のメープルから聴いたわ。風で飛ばされちゃった壁新聞を、わざわざ探しに行ってくれたんですってね」

 

「あぁ…まぁ…」

 

「ここに戻ってきた…っていうことは…見つけてくれたのかしら?」

 

「これだろ?」

と彼女にそれを差し出した。

 

「そう!これ!」

 

「怪鳥の幽谷の…木の枝に引っ掛ってたよ」

 

「ありがとう」

 

「礼には及ばないよ。別件で出掛けて、たまたま見つけただけだし」

 

 

 

「それで…」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「読んでくださいました?」

 

 

 

「なにが?」

 

 

 

「私の恋愛相談への…回答…」

 

 

 

「いや…読んでない…。そういうのは興味ないし…」

 

 

 

「あぁ!?興味ないだと!?」

 

彼女の口調が厳しくなった。

 

 

 

その勢いに押され

「へっ?いや…ほら…そもそも人の秘密を覗き見るみたいで、悪いかな…って」

と慌てて言い訳をした。

 

いや嘘ではない。

 

 

 

「…!!…あぁ!そういうことですか!さすが勇者さまです」

 

何がどうしたものか…さっきのドスの利いた低い声から一転して、ブリジットは猫撫で声を出した。

 

 

 

「では、私が許可しますので…これ…読んでもらえます?」

とオレに壁新聞を突き返してきた。

 

「はい?」

 

「恥ずかしくて…読めないから…」

 

 

 

…乙女か!!…

 

…いやいや、見た目はこうでも…乙女なんだろうなぁ…

 

 

 

「わかるわぁ、その気持ち!」

と同意したのはシルビアだ。

 

 

 

…乙女か!…

 

…いやいや、コイツも見た目はこうだけど…

 

 

 

「じゃあ、私が読んであげるわ」

とヤツは、オレの手から壁新聞を手に取った。

 

 

 

》悩み相談

 

》勇者さま♡

》あぁ、勇者さま♡

》勇者さま♡

 

》…と言うわけで、以前、外出先で勇者さまを見掛けてから、私の胸の奥に、その姿が消えることはありません。

 

》寝ても覚めても、想うのは、凛々しくも、優しげなあの人のことばかり、

 

》一体、私はどうすればよいのでしょうか?

 

 

 

》お答え

 

》果報は寝て待て。

》やがてあなたの願いが叶う時が訪れます。

》彼はきっと、優しく抱き締めてくれるでしょう…。

 

 

 

「…だって…」

 

読み終えたシルビアがオレを見た。

 

 

 

「ハラショー…」

 

「…これはどっかの誰かのことを言っているようじゃのぅ…」

 

「はい、なぜか私のすぐ傍にいるような気がします」

 

「あぁ、私もなぜかそんな気がする」

 

「完っ全にフルハウスね」

 

「♪ちゅんちゅん」

 

替わるがわるにみんながオレの顔を見る。

誰もが、すこし口元が緩んでいた。

 

 

 

「…」

 

 

 

…待て待て…

 

…こんな時、オレはなんて言えばいいんだい?…

 

…きっとオレ以外にも勇者はいるに違いない…

 

 

 

「えっと…その…」

 

 

 

「ブリジット…って言ったっけ?」

 

オレも心の声を聴き取ったのか…助け舟を出してくれたのでは、ベロニコさんだった。

 

 

「はい♡」

 

目も声も♡マークが付いている。

 

 

 

「あなたが想っている人は…今、とても大きな仕事をしようとしている…それはわかるよね?」

 

 

 

「…はい…」

 

 

 

「だから…待てる?世界に平和が訪れるまで」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「今、その勇者さまは…恋だ、愛だ…なんて浮かれてる状況にないの。…だから…アンタの想いが届くのは…まだ先のことよ」

 

 

 

「…わかって…ます…」

 

彼女の♡マークは急転直下、涙マークへと変わった。

 

 

 

「そう…」

 

ベロニコさんは、小さく頷いた。

 

 

 

「そうね…何か希望を持って生きることは悪いことじゃないわ。それが、いつかわからなくても…どうしても果たせぬ夢だとしても…」

 

不意にシルビアが放った言葉に…オレは…ある人魚の姿を思い浮かべた。

 

 

 

…それは本当に幸せなことなのか?…

 

 

 

「え…えっと…その…ブリジット…その『想い人』に会ったらさ、オレから伝えておいてやるよ。『アンタを好いてる人がいる』ってね。それが誰であれ、そう言われて悪い気はしないだろ…」

 

 

 

「…勇者さま…はい!よろしく頼みますわ」

 

 

 

「お…おう…きっと喜ぶと思うぜ…。じゃあ、オレたちはそろそろ…ブリジットの為にも、一刻も早く、世界平和を取り戻さなきゃいけないからな」

 

「そうじゃのぅ」

 

 

 

「あの…これ…」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「渡してもらえますか?その人に…私の気持ちです!」

 

 

 

「えっ?…あぁ…」

 

 

 

…メダ女の制服…

 

 

 

「私の替わりだと想って、大事にしてください…と伝えてください」

 

「りょ…了解!預かっておくよ…」

 

「勇者さま…ご無事で…」

 

「ありがとう…」

 

「最後に…握手をしてもらっていいですか?」

 

「握手?…いいけど…ちょっと待って…今、グローブ脱ぐから…」

 

「えっ!あっ…」

 

「また、来るよ」

 

「はい、楽しみに待ってますわ…」

 

 

 

オレは生まれて初めて人間ではない生き物と握手を交わした…。

 

 

 

「では、さようなら…」

 

 

美的感覚なんてものは、地域によっても違うし、時代によってもどんどん変わっていくものだ。

お世辞にも、彼女の外見が『美しい』とは思わないし、子孫を残したいという気持ちにもならないが…涙を流して校舎へ走っていく彼女の姿を見て…オレはとても切ない気持ちになっていた。

 

人は見た目じゃないってことか…。

いや、彼女は人間じゃないが。

 

何百年、何千年したら、オレたちの、その美的感覚なんてものは変わってるかもしれない。

 

でも正義とピャアな心は変わっちゃいけないんだ。

 

 

 

「…モテる男はつらいのぅ…」

 

「ぬかせ!…っていうか、こんなことは日常茶飯事だから」

 

「ほう…」

 

「こう見えて、サッカーの日本代表だよ?ちょっと街を歩けば、勝手に向こうから寄ってくるわけで…」

 

 

 

「なるほど。それで…ニヤけて鼻の下を伸ばすのですね?」

 

「えっ?ウミュ…」

 

「リサトさんの、そういう破廉恥なところだけは、いつまで経っても許せません!!」

 

「いや、あくまでも真実を述べただけで…だからと言って浮気してるわけじゃないし…」

 

 

 

ドスッ、ドスッ、ドスッ…と大股で学校を出て行くウミュを、オレは弁解しながら後を追うのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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勇者のつるぎ

 

 

 

 

次に向かったプチャラオ村にて『壁画の中の魔物』を倒し、5つ目のオーブを手に入れた。

そして…『ユグノア城跡』の地下から6つ目を発見する。

 

この辺りのいきさつは…長くなるから、省略させてもらう。

 

まぁ、なんだかんだとあって、ようやく全てのアイテムを手に入れた…ってことだ。

 

 

「これで『神龍(シェンロン)』を呼び出して、願い事を唱えればいいんだな?」

 

「それは別の作品です!」

 

ウミュが冷静にツッコミを入れる。

 

 

オレたちは意気揚々と『始祖の森』へ向かった。

その先にある『祭壇』にコイツを供えると、まばゆい光があたりを包み込んだ。

 

 

 

『極楽浄土』

 

一瞬、そんな言葉を思い浮かべる。

 

 

 

気付けば目に前には、青々とした草木と妖しい光を放つ花々が咲く、長く細い道。

それが『天空の島』と延びている。

 

 

 

「さぁ、もう一息だ!」

 

 

 

頭に『君をのせて』が鳴り響く。

 

「それも、違う作品です!」

 

 

 

…ウミュ、あんたはエスパーか!…

 

 

 

驚いたオレに

「梨里さんの考えていることくらい、わかりますよ」

と彼女はのたまわる。

 

すると、なぜだがわからないが、セーニャさんがオレを見て、くすりと笑った。

 

 

眼前に大きな木が迫ってきた。

そこまで行けばゴールだ。

具体的に何をすればいいかわからないが、これでようやく旅が終わる。

 

 

どれほど登ったか…。

 

 

「これが…」

 

 

一同、目的の地に辿り着いた刹那、ハッと息を飲んだ。

しばらく言葉が出てこない。

圧倒されたというか、魅了されたというか…世界を平和に導くはずの、その存在は、しかし何か得体の知れない恐さみたいなものも感じた。

 

樹齢は何千年だか、何万年かわからないが、とにかくデカイ。

しかし、だからといって、決して老木というわけでもない。

むしろ、その木は生命力で満ち溢れていた。

神々しくも…禍々しい…。

 

 

「さすがね…『命の大樹』って言うだけのことはあるわ…」

 

エリティカさんは上空を仰ぎ見ながら、そう呟いた。

 

「うむ…なんというパワーじゃ…なにもせんでも、ここにいるだけで若返るようじゃ」

 

「ホントね!」

 

「えっ?ニコちゃんはこれ以上若返ったら、赤ちゃんになっちゃうよ」

 

「あら、そうね!…そうしたら、アンタが面倒見てちょうだい」

 

「あっ…うん!そうだね!そうしたら私がニコちゃんのお姉ちゃんになるんだね」

 

「まぁ、アンタみたいに『とろい娘』に世話してもらうつもりなんて、毛頭もないけどね」

 

「ちゅん…」

 

ベロニコさんの軽口に、セーニャさんはちょっと拗ねたフリをした。

 

 

そんな微笑ましい2人のやり取りをよそに

「この葉っぱ1枚1枚が、私たちの命と直結しているのですね」

とウミュは独り言を述べた。

 

「私の命は…どの葉っぱなのかしら…」

 

それを聴いていたのか、ビビアンジュさんが言葉を繋いだ。

 

「どの葉っぱ?…」

 

「…せっかくここまで来たんだもん。印くらいは付けておきたいと思わない?」

 

「ふふふ…面白いことを言う。なるほど、それはそうだな。だが、私は自分の葉がいつ落ちるのかなんて、毎日気にしながら暮らすのは性に合わない。」

 

「うふっ…それもそうね!」

 

ビビアンジュさんとサイエリナさんは『オレたち』と違って、特別『悪と闘う使命』があったわけでもなく、暇つぶしがてら、ここまで付き合ってもらっていた。

 

 

 

「すみません、こんなことに巻き込んでしまって…」

 

「気にするな。最終的には自分たちで決めたことだ」

 

「そうそう!」

 

「もうすぐ、この刺激がなくなるのかと思うと、少し残念な気もしてるんだ」

 

「なんだかんだ言って、私たち、人に注目されるのは嫌いじゃないから」

 

「そう言って頂けると、助かります。ここまで同行してくれたこと、本当に感謝します」

 

 

 

「では、リサト…仕上げと参るかのう…」

 

オレが礼を言うのを見計らって、じいさんが声を掛けてきた。

 

「あぁ!…って言いたいとこだけど…ここから先、何をしたらいいかがわからない」

 

「う~む…」

 

「とりあえず、その左手の紋章を命の大樹に掲げてみれば?また、なんか光ってヒントがでてくるんじゃないの?」

 

「はい、ベロニコさん…そうしてみます」

 

 

 

「あら、リサトちゃん!ちょっと待って!アレを見て!!」

 

「ん?…あっ…」

 

シルビアが指差したその先…大樹の根本には…大きな剣が突き刺さっていた。

 

 

 

「これは?」

 

「伝説の…『勇者のつるぎ』…じゃな…」

 

「じいさん?」

 

「恐らくご先祖様はこの剣を手にして、悪に立ち向かったのじゃろう…」

 

「伝説の…勇者のつるぎ?…なんで、こんなところにわざわざ?」

 

 

 

「なるほど、わかったわよ…つまり、リサトの先祖は、何者かにこの剣が悪用されないよう、この地に隠していた…ってことよ。何重にもロックを掛けて…ね」

 

「さすがニコ!そのカギが6つのオーブってこと?」

 

「まぁね…」

 

 

 

「はぁ…やれやれ…」

 

2人のやりとりを聴いて、オレは大きなため息をついてしまった。

 

 

 

「どうした?」

 

「いや、じいさん…ここがゴールだと思ってたからさ…ってことは、あれだろ?コイツを持って、ラスボスと対決しろ?ってことだろ…」

 

「その通りじゃ」

 

「まいったなぁ…サッカーで言うなら『これでタイプアップか』と思ってたけど『まだアディッショナルタイムが10分近く残ってる』感じだぜ…」

 

「あら、リサトちゃん。やっぱり最後は敵を倒して終わらないと、面白くないじゃない?ここまで来たけど、知らないうちに世の中、平和になってました…なんて拍子抜けだもん」

 

「まぁ、それもそうか…」

 

まぁ、それはシルビアの言う通りだ。

 

「うふっ!でもこの剣があれば…魔王なんてヘッチャラってことで…しょ…って…これ、全然抜けないわ…」

 

「どれどれ…うむ…確かに…ビクともせんのう…」

 

「でも、じいさん…見たところ、この剣、単なるブロンズ像にしか見えないんだけど…これ本物か?」

 

「確かにそうね…『精気』が足りない気がするわ。物に向かって精気っていうのも変だけど」

 

「そうね…オーラって言うの?…長い間、放置されてたからかしら」

 

「いや、エリティカさん…だとしたら…こんな物、使えませんよ…」

 

「案外、レプリカかも知れないな」

 

「マジっすか!!…サイエリナさん、それだと『アディショナルタイム』どころじゃなくて…『延長戦突入』になっちゃうんですけど…」

 

 

 

「いえ、みなさんは先ほど言ったことを忘れています」

 

 

 

「ん?ウミュ」

 

 

 

「最後のセキュリティロックをハズすカギを、忘れております」

 

 

 

「?」

 

 

 

「あぁ…そうね…そのアンタの左手の紋章…勇者の証が残っていたわね」

 

「あっ、これか…なるほど!」

 

「うむ、そうじゃった!さぁ、リサトよ!その左手を剣の前に、かざすのじゃ」

 

「わかった!やってみるぜ!」

 

 

オレは左手で握り拳を作り、剣へと差し出した。

 

すると、どうだろう…想像通り、甲に刻まれた痣が、金色に光り始める。

そして、それに共鳴するが如く、鉛色にくすんでいた剣が、鮮やかに輝き出した。

大きく幅の広い刃は、ギラリと…鍔口に埋め込まれた宝石はピカピカと…シルビアの言葉を借りるなら「精気を無くした人間が生き返るが如く」本来の姿に戻っていく。

そして、完璧にその色が再現された瞬間、まったくビクともしなかった、剣がすっぽりと抜け、オレの手元に収まった。

 

 

「おぉ!!」

 

「これが…勇者のつるぎ…」

 

「どうじゃ…感触は…」

 

 

軽く、振ってみる。

 

 

「思った以上に軽くて…握った感じも悪くない」

 

「やったね!リサトちゃん!これで、鬼に金棒、恐いものなしね」

 

「いや、これだけなら、ほかの剣と変わらない。でも…実践で試してみなきゃわからないけど…きっとコイツには『負の魔力』を打ち破る効果が宿されてるんだろう」

 

「そうよね、なんて言っても、伝説の勇者のつるぎなんだ…」

 

 

 

 

ドゴ~ン!!!!

 

 

 

 

「うおぉっ!?…」

 

「きゃあ!!…」

 

 

シルビアの言葉が言い終わるのを待たずに、オレたちの身体は『激しい衝撃』と『ドス黒い闇のパワー』と共に吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

…チッ…不意打ちとは卑怯な…

 

…完全にノーガードで背後からやられた分、想像以上にダメージがひどい…

 

 

…みんなは?…

 

 

 

オレは古傷である頚椎の痛みに堪えながら、必死に顔を上げた。

 

 

…どうやら…

 

…無事…

 

…じゃないみたいだな…

 

 

…オレと同様に、地面に倒れている…

 

 

 

再び、顔を上げて、サプライズプレゼントをぶちかましてくれた『犯人』を確認する。

 

 

「やっぱり…な…こんな汚いマネをするのは…テメェだと思ったぜ…」

 

 

向こうでオレたちを見下してしたのは…

 

デルカタールの二大将軍の1人…

 

ホメロスだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 






色々あって、4ヶ月間ほど放置してました…。
ご愛読頂いていた方、申し訳ございません。
もうしばらく、お付き合い願います。


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海から海未へ

 

 

 

 

オレたちを襲ったのは…デルカダール王国からの刺客…二大巨頭のひとり『ホメロス』だった。

ヤツは少し離れたところから、こちらを眺めている。

 

血の気のない肌。

人を蔑むような視線。

辺りにに漂うひんやりとした…しかしドス黒く重たい空気。

 

悪魔の姿がそこにあった。

 

不意打ちを喰らった影響は少なくない。

上体を起こそうと試みるも、まったく身体が動かない。

 

「ホメロス…てめぇ…汚いマネしやがって…」

 

やっとの思いで、声を振り絞った。

 

 

 

「ホメロスちゃん…あなたには…騎士道精神ってものがないの?」

と毒付いたのはシルビアだが、見ればヤツも地面に横たわっている。

 

無事なメンバーを探すのは難しいようだ。

 

 

 

「なんとでも言うがいい。あとを付けられていたことに、気付かぬ貴様らが悪い」

 

ホメロスは意に介さぬ…と表情を崩すことなく冷淡に答える。

 

 

 

「うむ…まさかここに現れようとはのう…油断したわい…」

 

じいさんが悔しそうに呻いた。

 

 

 

「しかし…悪魔の子と呼ばれたお前の最後が、このようなものだとはな…呆気ないものだ。もう少し楽しませてくれると思ったが…」

 

 

 

「勝手に殺すなよ。『正義は必ず勝つ!』って言葉を、お前、知らないだろ?」

 

ヤツの言葉に反発しながら、オレは痛みを堪えて必死に立ち上がろうとした。

だが、思うように身体が動かない。

 

 

「ふははは…戯れ言はそれまでだ!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

「死ね!!」

 

悪魔と化したホメロスがその一言を発した瞬間、オレの前から全てが消え去った。

 

 

 

無。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海未似のウミュ。

ことりちゃん似のセーニャさん。

にこさん似のベロニコさん。

絵里さん似のエリティカさん。

あんじゅんさん似のビビアンジュさん。

英玲奈さん似のサイエレナさん。

 

そして、オレの祖父だと言うロウ。

結局、正体がわからずじまいのシルビア。

 

 

 

誰の姿も見えない。

 

 

 

波間に泡となって消えた希さん似のノゾミアさんも、ホムラの里の元気な看板娘も…村に残してきた彼女も…もちろん、いない。

 

 

 

漆黒の闇の中。

気付けば、オレは暗い海の中を漂っていた…。

 

 

 

よくわからないが、どうやら『魚』になったらしい。

 

 

 

「これが輪廻転生ってヤツなのか?」

 

オレは昔読んだ「火の鳥 鳳凰編」の『我王と良弁僧正』の話を思い出した。

 

「…なら、前世はなんだったんだろう?」

 

 

 

オレは占いの類は一切信じていない。

幽霊なんてのも信じていない。

だから、自分の前世がどうだったかなんて、考えたこともない。

 

まぁ、常に「あの時ああしていたら、どうなっていたのか」…ってことは考えているが…。

 

 

 

残念ながら、今のオレは『鉄板の上から逃げてきた鯛焼き』ではない。

故に、お腹にあんこが詰まっているわけでもなく、海が広くても心は弾まない。

桃色珊瑚など、その存在すら確認できない。

 

ただ、どうしようもなく途方に暮れているだけである。

行く当てもなく、潮の流れに身を委ねているだけである。

 

南洋の…陽射したっぷりの海なら、それでも少しは気分も軽くなろうが、それとは真逆の、真っ暗な海の中。

 

 

 

ホメロスに破れたこと。

仲間を失ったこと。

これから先のこと…。

 

そんなこともまったく考えられず、ただ、この状況を受け入れることができず、茫然としていた。

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「…ん…」

 

 

 

「…さん?…」

 

 

 

「…とさん!!」

 

 

 

「…さとさん!?…」

 

 

 

「…りさと…さん…」

 

 

 

どれくらい経っただろうか…かすかにオレを呼ぶ声が聴こえてきた。

 

 

 

「…梨里さん?…」

 

それは聴き慣れた女性の声だった。

 

………

 

……

 

 

 

 

 

「梨里さん?」

 

 

 

「…!?…」

 

 

 

「梨里さん、ソファで寝ると首に負担が掛かりますよ」

 

 

 

「ウ…ウミュ、無事だったのか!?」

 

 

 

「ウミュ?…私は海未ですが…」

 

 

 

「!?…えっ…あっ…」

 

 

 

目の前にいたのは…オレの奥さん。

キョトンとした顔でオレを眺めている。

 

 

 

さっきまで逆立てていたハズの青い髪は、美しく艶やかなセミロングに…レベルアップさせて手に入れた『大海賊のコート』は、シンプルなブラウスと丈の長いスカートに変わっていた。

手にはブーメランではなく、スマホが見える。

 

 

 

「『無事だったのか』…とは、私が言いたいセリフです。買い物から帰ってきたところですが、梨里さん、呼んでも全然起きないので、どこか悪いのかと…もう少しで救急車を呼ぶところでした」

 

 

 

…なるほど…そういうことか…

 

 

 

その様子に、少しずつ状況を理解し始めてきた。

 

 

 

「安心してください、私は無事ですよ」

 

彼女はニコリと微笑んだ。

 

 

 

「あっ…あぁ…よかったよ…」

 

 

 

「!!…また『あの時のこと』を思い出してしまったのですか…」

 

 

 

「あの時のこと?…あぁ、それは違う。大丈夫だ、そういうことじゃない」

 

 

 

「…そうですか…なら、よいのですが…」

 

 

 

 

確かにあの時のことは今でも鮮明に覚えている。

 

歩行者信号の赤。

車同士がぶつかったときの衝撃音。

スローモーション…いやコマ送りのようにこっちに向かってくる黒のレグサス。

ヘッドライトの眩しさ。

硬直して動けない、華奢な美人の…蒼白い顔。

 

5年近く経った今でも、恐ろしいほど鮮明に覚えている。

 

 

 

夢に出てくることもある。

その度に寝言で「ふざけるなぁ!」と『アイツ』に怒鳴っている。

自分のその声で、目を覚ますことも多々ある。

結婚して、彼女と寝室を共にするようになってから、それで何度起こしてしまったことか…。

 

 

 

あの事故については彼女にだってトラウマだ。

夢に出てくることもあるだろう。

その後のことを考えれば、オレ以上に精神的に辛い時間を過ごしてきたハズだ。

ないワケがない。

しかし、オレみたいに寝言で叫ぶようなことはない。

 

寝てる最中にムリヤリ起こして、ブチギレされたことはあるけど…彼女は一旦寝たら、泥のように眠ってくれるので、ちょっとの音でも目を覚ましてしまうオレにとっては、とてもありがたい奥さんだといえる。

 

 

 

そんな彼女でも、さすがにオレが寝言で怒鳴っているのを聴くと「何事か」と起きてしまうらしい。

 

「…また『その時のこと』が甦ってきてしまったのですね…本当に申し訳ございません…」

 

どれだけ忘れろと言っても、これだけはどうにもならない話だ。

 

 

 

だから、いつしか『その時の夢』を見て魘(うな)されたとしても、

「いや…チームメイトがどフリーだったのに、シュートを外しやがったんだ…」

などと、オレはその内容を否定するようになった。

 

嘘つきは朝○人の始まりというが、世の中には『嘘も方便』という言葉もある。

もっとも、それが彼女にバレていることは百も承知なのだが。

 

 

 

「…まぁ、世の中上手くいかないことの方が多いから、夢の中で不満をぶちまけてたんだろうね。きっとこれが、オレのストレス解消ってヤツなのかも」

 

 

 

極力、彼女に心配掛けないようにと振舞ってるいるつもりだが、それでも彼女は

「すみません。私が至らないばっかりに…」

と項垂れてしまう。

 

「そんなことないよ。海未ちゃんは、よくやってくれてるって!本当、頼むから、そんなことは言わないで…」

 

「すみません…つい…」

 

「うん、じゃあ…罰として…お互いに、そういうことも考えられなくなるらいグッスリ眠れるよう、いっぱい『しよう』?何もかも忘れてバカになるくらい」

 

「…と言いつつ…昨晩もとても激しく『された』のですが…あっ♡…待って…あっ…ください…心の…準備がぁあん♡…」

 

「身体の準備は出来てるみたいだけど…」

 

「…は、破廉恥で…す……」

 

 

 

 

…という与太話はさておき…

 

 

 

「いつもはどんなに熟睡してても、何かあったらすぐ飛び起きる梨里さんが、さっきは呼んでも呼んでも全然起きなかったので、凄く心配したのですよ」

 

「それは悪かった…ゲームをしてたら、そのまま寝落ちしちゃったみたいで…」

 

「ひょっとして…そのゲームの夢を見ていたのでしょうか?」

 

「多分ね…あはは…25歳にもなってガキだねぇ…オレも…」

 

「はて…では、先ほど私を『ウミュ』と呼んだのは…」

 

「呼んだっけ?」

 

「はい…私の顔を見て『ウミュ、無事か!?』…と…夢の中で私に何かあったのですね」

 

「…だったかな?」

 

「覚えてないのですか?」

 

「詳しくは…多分、オレが主人公で…みんなと冒険に出る…って話…」

 

「…だとすると私に何かしらのピンチが訪れて梨里さんが助けてくれたのでしょうか」

 

「ってことかな?」

 

「ふふふ…真っ先に私の心配をしてくださるなんて…とても嬉しいです」

 

 

 

…ふぅ…

 

…エリティカさん!と叫ばなくてよかったぜ…

 

 

 

「夢というのは不思議ですね…」

 

「不思議だね…」

 

 

 

…そうか…

 

…そうだな…

 

…あれは夢だったんだ…

 

…しくじった…

 

 

 

…どうせ夢なら、ことりちゃんや、絵里さんたちに『あんなことやこんなこと』をしておけばよかったぜ…

 

 

 

…あぁ!もったいないことをした!!…

 

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

 

「ん?…いや、別に…あっ、ほら、これってセーニャってキャラなんだけど、ことりちゃんっぽくない?」

と、オレがゲームの箱を指差すと、彼女は視線をそちらに移した。

 

「はい確かに…雰囲気は似てますね」

 

「…で…こっちは…にこさん」

 

「ふふ…さすがのにこでも…ここまで小さくはありませんが…」

 

「名前はね、ベロニカって言うんだよ。ベロニカ…ベロ…ニコ…」

 

「なるほど…いささか強引でが、そう言われるとそんな気もしてきました」

 

「でしょ?この絵と名前を見たときからずっと思ってたんだよ。あと、これが絵里さん」

 

「そうでしょうか?似てるのは髪形だけじゃないかと」

 

「胸の大きさも…」

 

「すぐ、そういう話になるのですね」

 

「このキャラの名前はマルティナ…絵里さんは?」

 

「エリーチカ…ですか?」

 

「マルティナ…エリティカ…」

 

「かなり無理があります」

 

「…かな?…」

 

「はい」

 

「あとは…ここには載ってないけど、希さんと、あんじゅさんと英玲奈さんも出てきたかな…あ、穂乃果さんもいたかな?ゲームの中で『ホムラの里』ってとこがあって」

 

「『穂むら』ですか。ふふ…それは穂乃果が出てこないわけにはいきませんねぇ。やはり和菓子を売っていたのでしょうか」

と彼女は笑みを見せた。

 

 

 

「…ところで…ウミュというのは、この中のどれでしょうか?」

 

 

 

さっき見せた彼女の穏やかな表情に、オレの警戒心が緩んだのか

「正確にはウミュ…じゃなくて、カミュ…なんだけどね…これがそう」

とつい『本当のこと』を教えてしまった。

 

 

 

「はい?この男性が…私…ですか?」

 

 

 

「えっ…あっ…」

 

 

 

「ことりと…にこと絵里は女性ですよね?」

 

 

 

「…だよね…」

 

 

 

「…であるのに、なぜ私は男性なのでしょうか…」

 

 

 

「…なんでだろう?…」

 

 

 

「私が訊いているのですが…」

 

 

 

「う~ん…う~ん…」

 

 

 

「り~さ~と~さ~ん!!」

 

 

…どうか、これも夢でありますように…

 

 

 

だが、その願いも虚しく、これは現実であるらしい…。

オレは決して大きくない新居のリビングを、右へ左と逃げ回ることになったのだった…。

 

 

 

 

オレとつばさと、ときどきμ’s×ドラクエXI

 

~完~

 






何年ぶりかにドラクエを手にして、セーニャとベロニカを見た時、「あっ、ことりとにこじゃん」と思った。
プレイをしているうちに、ますますその印象は強くなっていく。
そしていつしか、彼女たちのセリフは『ウッチーとそらまる』の声と口調に脳内変換、再生されていた。

ホムラの里、ホムスビ山、人魚姫(マーメイド)…ゲームを進めていくうちに、μ'sっぽいワードがどんどん出てくる。

これは!?

オレは作品を書こうと決めた。



誤算は…想像以上に話が長くなってしまったこと。
オレの悪い癖だ。
結局、ラストまでいけずに、何ヵ月も放置してしまった。


登場するハズだったキャラとしては
 ニマ大師 → 真姫(キマ大師)
 マヤ   → 凛(ニャ)
などがいたのだが、残念だ。
そこまで引っ張ることが出来なかった。
また機会があったら、出演してもらうこととしよう。


最後に「なんだ…夢オチか」という批判もあろうかと思うが、最初からそう書いていたつもりだ。
第1話を見直してみてくれ。

では、また会おう。



追伸
暇があったら、他の作品も読んでくれ。


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