黒兎の唄 (サハクィエル)
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The Bigining

 これはラビットタンクハザードの物語です。そういうSSがあまりにも少なすぎると思い、これを執筆しました。


「うう...ん...?」

 

 空気に臭いがある。最初に感じたのはそんな他愛のないことだった。

 

 これはーー硝煙の臭いだ。何かが燃えている臭い。

 

 俺はゆっくりと体を起こした。どうやら、自分はベットで寝ていたらしい。しかし、S県にある自分の自室では敷布団を使っていた筈だ。ーーでは何故、俺の体はシーツと布団の間にあるのか。

 

 そんな懐疑の念を振り払うように2、3度目をしばたたかせ、首を左右にぶんぶんと振ると、漸く意識が覚醒したらしい。ボヤけていた視界がクリアになる。

 

 俺はその目で辺りを見渡した。

 

 そこはどこからどう見ても日本家屋とは言えないような場所だった。尤も、現代に於いて、純然たる日本家屋は殆ど存在していないので、それは見方によっては当たり前と言えるのだが。しかし、今居る場所の壁はそれなりに値の張りそうな白樺製である。俺は否応なしに、西洋建築を連想した。

 

 加えて、辺りには物が散乱しており、それは俺の寝ていたベットの下も例外ではなかった。分厚い本から怪しげな小道具まで、様々な物が整頓もされずに散在している。

 

 ここを家と仮定すると、ここの家主はそうとうにずぼらな人柄の持ち主なのだろう。

 

 ーーと、ふと、俺はそこで、さっきから漂っている臭いの臭源を発見した。このフロアの向こうにあるリビングとおぼしき空間だ。そこからこの奇妙な臭いは漂ってきている。

 

 俺はゆっくりとベットから這い出た。数日寝ていたのか体は妙な倦怠感に苛まれていたが、それでもなんとか動くことはできるようだ。

 

 ーーとそこで、俺は今自分がしている格好に気付く。

 

 コートだ。俺は黄土色のコートを羽織っている。記憶では、確か今の季節は春。そろそろ衣替えの頃合いであり、その際にコートは不要となるーー筈だ。

 

 俺は数歩、足音を殺すようにおずおずと前進し、リビングに踏み行った。

 

「お。起きたのか、少年」

 

 ーーと、そこで、リビングに居た女性はこちらに気付いたらしい。体をこちらに向け、椅子から立ち上がると声をかけてきた。

 

「あ、はい」

 

 答えてしまってから、俺は僅かな警戒心を滲ませつつその金髪の女性を見据える。

 

 彼女はいかにも魔法使い、というように全身を固めていた。コスプレイヤーの類いだろうか。

 

「ええとーーそうだ、俺はどうしてここに」

 

 取り敢えず雑念を振り払い、俺はそう問いかけた。状況は確認しておかねばなるまい。

 

「それが私にもさっぱりで。魔法の森の奥で倒れてたから取り敢えず拾ってきたんだが...」

 

「あ、ああ、そうですか...」

 

 適当に受け答えしてから、必死に脳内の疑問解決に取りかかる。

 

 ーー魔法の森とは何だ、という疑問に。

 

 俺はそんなファンタジーめいた地名など知らない。近所にも、否、日本地図のどこにだって、そんな地名はないだろう。では、彼女は何を言っているのか。

 

 いくつもの可能性が頭をよぎる。

 

 ここが夢の世界である可能性、彼女が俺に嘘を吐き、何かを思索している可能性、全てが真実である可能性。しかしその全てが、どこか神憑りな物であるように思えてならなかった。

 

「ああ、そうだ、君の名前って何だ?」

 

 唐突に投げ掛けられた質問に、俺は答えられなかった。

 

 俺は名前を知らなかった。忘れている、と言った方が適切かもしれない。記憶は途切れ途切れに存在している。自分の自宅、家族構成、年齢、好きだったアニメーー

 

 しかし、肝心な所は何一つ思い出せない。

 

「ええと、名前ーー」

 

 何度考えようと、絶対に。

 

「もしかして、記憶喪失ってやつかい?」

 

 彼女は男口調でそう聞いてくる。

 

 そうだ。この状態は広義では、「記憶喪失」と言うのだ。

 

「ーーはい」

 

 それを認めたくない自尊心に憚られ数拍言いあぐねたが、やがてゆっくりと、余命宣告をする医者のように重く俺は宣言した。

 

「やれやれ、厄介なの拾っちまったな」

 

 そう言うと、彼女は卓上のスポルティングのバックを持ち上げ、それを俺に手渡した。さながら押し付けるように。

 

「ほれ。君と一緒に落ちてたやつだ」

 

「あ、はい」

 

 さっきから「あ、はい」ばかり言ってるな、と胸中で苦笑しつつ、俺はそのバックを受けとる。

 

「中身は見てないから安心していいぜ?」

 

 俺はそれに答えずーー「あ、はい」と言ってしまいそうだったからーーバックを開けた。

 

 そこには、バックの大きさに反して、小さいものが入っていた。

 

 それはベルトだった。しかし、ベルトと言っても衣服を固定するためのアレとはかけ離れている。腹に当たる部分の装飾が華美過ぎるのだ。乾電池が二個ほど入るくらいのスペースが空いている。更に、側面には真っ赤なハンドルが取り付けられており、その左斜め上には深紅のスイッチが存在していた。

 

 それを取り出すと、そのバックの底には2つ、乾電池のようなものが存在していることに気付いた。訝しみつつそれを取り出すと、それは液体の入った「ボトル」だった。

 

「何だこれ? 分かるか?」

 

「ええと、何かは分からないけどーーこれ、もしかして変身ベルトってやつなんじゃ...?」

 

 変身ベルト。16歳となった俺には縁のない一品である。

 

「その変身ベルト? っていうのは知らないけどさ、取り敢えずそれは君に預けとくよ。それでいいか?」

 

「ええ。分かりました。それにこいつーー俺のもののような気がするし」

 

 俺はそう言いつつ、ベルトを腰に巻いた。ベルトは驚くほどすんなりと腰に定着し、

HAZARD(ハザード)ON(オン)!』と雄々しく啼く。

 

災害(ハザード)...?」

 

 その音声を訝しむように首をかしげる俺。今のところ作用はその音声一つで全てのようだが、このベルトの真価はもっと別のところにあるような気がしてならなかった。

 

「ーーで、ええと、本題に入りたいわけだけど、いいかい?」

 

 そう言えば、彼女と話している途中だったか。俺が頷くと、眼前の、同い年ほどの女性は言葉を紡いだ。

 

「私は霧雨魔理沙。君の記憶探し、良けりゃ手伝ってやるよ」

 

 その言葉は、全く予想外のものだった。

 




 どうでもいいことですが、あらすじはブギーホップの影響をモロに受けて書いてます。


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Are You Ready

 主人公のベルトにはハザードトリガーが接合されています。取り外しは不可です。


「ええと、記憶を取り戻す手伝いをしてやるーーというのは?」

 

「そのままの意味だよ。私が、君の記憶復活の手伝いをしてやろうと言っているんだ。この場合、君は素直にその好意を受けるべきだと思うけどな」

 

 そう言うと、彼女はリビングへ行き、卓上に存在していたカードを手に取った。そのカードはブスブスと音をたてて煙を放出している。どうやら、あの臭いの臭源はこれだったようだ。しかし、彼女は素手でそれを掴んでいる。熱くないのだろうか、という疑問が頭をよぎる。

 

「ーー俺の為にそんなことを? ーーどうして?」

 

 唖然としていたため数拍間隔が空いてしまったが、それでも何とか受け答えをすることはできた。疑問を投げ掛けることはできた。

 

 彼女は「魔法の森」とやらで見ず知らずの俺を拾い、介抱をしてくれたのだろう。それを実行するのには多大な勇気が必要だろうし、その勇気の対価として何も求めないのは親切を通り越して善人という形容が適当である。

 

 しかし、彼女はそのうえに、記憶を失っている俺の協力をすると言ってきたのだ。これは何か裏があると考えるのが普通だろう。

 

 相変わらず俺の表情、声には一抹の警戒心が乗っている。しかし、彼女はそのことを気にかける様子もなく、あっけらかんと答えた。

 

「興味があるからな。面白そうなことには首を突っ込む主義だ」

 

 俺はその言葉に、しばし唖然としていた。

 

「あ、もしかして、記憶なんていらない、ってタチじゃないだろうな?」

 

「ま、まさか」

 

 そう言いつつ、俺は腰に着けたベルトを外し、丁寧にスポルティングのバックに入れてから彼女に向き直った。

 

「まあ、宜しくお願いします。記憶を取り戻すより先に、ここがどこなのか知っておきたいですけど」

 

「ああ、そうか。記憶喪失なんだったな。ーーここは幻想郷。全てを受け入れる非常識な世界だ」

 

 これが何か、タチの悪い悪戯だったら、わざわざこんな手の込んだ設定は作らない。真実だ。現実だ。夢なんかじゃないのだ、今見ているものは。

 

「で、ここは魔法の森。一般人にとっては何もないところだよ」

 

 一般人にとっては、という言葉に、僅かな寂寥が滲むのを俺は聞き逃さなかった。

 

 彼女は、恐らく、過去に何かがあったのだろう。気丈に振る舞っているが。

 

 しかし追及はしなかった。それを聞くのはデリカシーがないと思ったからだ。

 

「いや、何もないわけはないけどね。危険な妖怪だって出るし、長くここに居ると、霧に体をやられちまう」

 

「霧...?」

 

 霧とは、あの、地表辺りにできる雲のことだろうか。しかし、霧で体をやられる、というのは一体どういうことだろうか。

 

「そう。この森には、魔術的な霧が周期的に立ち込める厄介な性質があって、その時、この森は視界が利かなくなる上、妖怪や特殊な人間でなければ先ず脳をやられ、いずれは体も蝕まれてしまう」

 

 そう言うと、彼女はポケットから一本のボトルを取り出した。

 

「これがその霧だ。何日か解析にかけてるけど、全然捗捗しい結果が出なくてーー。そもそもこの霧は元素のどれにも当てはまらないうえに魔術的な観点から洞察しようとしてもどこかで問題に行き当たる代物で、流石に独自装置での解析は難しいかなと考えてたり...」

 

 妙に雄弁になって喋る彼女はそこで何かを悟ったらしい。ばつが悪そうに空咳をすると、「関和休題だ。本題に戻ろう」と落ち着き払ったような声色で言った。

 

「でも、実際、俺の記憶の手がかりって、このバックくらいーーですよね」

 

「別に丁寧語なんて使わなくていいよ。同い年くらいだろ?」

 

「そうで、ーーそうだね。それじゃ、そうさせてもらうとして...その、アテとかあるのかなー...って。いや、多分無いと思うんだけど」

 

 その言葉に彼女はさらりと「あるぜ」と答えた。

 

「知り合いに、そういうーー記憶喪失とかに詳しい奴が居るんだ。だから、アテが全くないってわけじゃない」

 

 魔理沙は口を動かしつつ、壁に立て掛けた箒を手に取った。魔法使い然とした格好の通りに、これで飛ぼうということか。

 

「さて、善は急げ、だ。そいつの所に行くぞ」

 

「あ、うん」

 

 

 外に出ると、そこには密度の低い霧が漂っていた。これが彼女の言っていた、「人体を蝕む霧」か。

 

「霧が出てきたな。急ぐか。じゃ、飛ぶぞ、さあ、乗れーー」

 

 彼女の言葉は最後まで続かなかった。徐に言葉を切り、俺を突き飛ばすようにしてその場から離脱する。

 

「ど、どうしたのさ!?」

 

 叫んだ直後、一拍とおかず、俺がさっきまで立っていた地点に黒い液体が叩き込まれた。彼女が庇ってくれなければ、今ごろあれを受けていただろう。そう思うとゾッとする。

 

 俺はバランスを失い、地面に倒れ込んだ。受け身を取ったのでダメージはないが。

 

「妖怪の敵襲だ。何もこんな時を狙わなくたって...っ!」

 

 言いつつ、彼女は帽子から高さのあまりない八角柱を取り出した。それを7メートルほど前方の梢と梢の間に向け、警戒心の介在する目でそこを見据える。

 

「そ、それは...?」

 

「八掛炉ってやつだ。マジックアイテムの。後で詳しく説明するーー」

 

 彼女はその体勢のまま、何やら唱え始めた。それは不明瞭だが、良く聞けば日本語であることが分かる。所々に「光」や「熱」など、聞き覚えのある単語が混じっていた。

 

(俺も何かしないとーー)

 

 そんな思考に苛まれ、俺は無意識の内に、バックからベルトを取り出していた。それを素早く腰に回す。

 

 と、刹那。ベルトが腰に定着するよりも早く、魔理沙が構えている八卦炉から閃光が迸った。閃光は一条のレーザーとなり、真っ直ぐに7メートル前方を狙う。

 

 そこで、俺は漸くその妖怪とやらの顔を拝むことができた。

 

 それは「妖怪」という呼称が似合う化け物だった。容貌、半裸体のその全てが、見るものを吸い込むような深淵に彩られており、唯一それをこの世の存在たらしめているのは、その体を覆う灰色のローブと人型の造形のみ。

 

 その「モノ」に、魔理沙の放ったレーザーは糸を引くように命中し、そして、そこで止まった。否、違う。吸収されているのだ。物を啜るような奇怪かつ不快感を煽動するような音とともに、レーザーは消滅していっているのだから。

 

「う、嘘だろッ!」

 

 叫び、彼女はどこからともなく取り出したカードを中段に構えた。あれで何かをするつもりなのだろう。しかし、魔理沙が何かを仕掛けるよりも早く「妖怪」は攻撃を仕掛けてきた。

 

 なんということか。皮肉なことに、さっき彼女が打ち込んだのと同じ造形、速度のレーザーがこちらへと打ち込まれたのだ。魔理沙はそれを回避しようとしたが、サイドステップの際、下半身の引き付けが甘かったようだ。左足を焦がれ、痛みに呻きつつ地面を這い回る。

 

「う...ぁぁぁ...」

 

 呻き声は弱まってきている。それは、暗に彼女の命が消滅へと近付いていることを指しているらしかった。

 

 俺がその光景を直視した瞬間、心の中に燃えるような感情が顕現された。これは怒りだ。或いは仁、或いは、義憤と呼ばれるような存在であるかもしれない。

 

 半ば無意識のうちに腕が動き、腰にベルトを定着させる。『HAZARD(ハザード) ON(オン)!』と機械音が猛るが、気にせずバックからボトルを取り出す。

 

 このボトルとベルト。揃って入っていたということは、無関係ではないだろう。

 

 恐らく、両方を同時利用することができる方法があるのだ。そしてそれは、きっとーー

 

「このソケットにあるーー」

 

 言いつつ、俺はそのボトルをソケットに挿入した。赤と青のボトルが挿入される度に、ベルトは『RABBIT(ラビット)』、『TANK(タンク)』と啼く。その機械的な声は、俺の感情を反響しているのか力強かった。

 

 彼女は、自分が危険に巻き込まれると知っていながら俺を助けた。そんなことをする義理はないというのに。見ず知らずの相手のために。

 

 『SUPER(スーパー)BEST(ベスト)MUCH(マッチ)!』

 

 ベルトが三度啼く。

 

「今度は俺の番だ。ーー借りを返す...!」

 

 俺は燃えるように赤いハンドルに手をかけ、それを回した。

 

RIMMED BREAK(ガタガタゴットン)DEAD IS NEED(ズッタンズタン)! ーーARE YOU READY(準備はいいか)?』

 

 鋳型のフレームが前後にそれぞれ顕現される。このフレーム。ここまで来ればもう後戻りはできないーーそんな警告が込められている気がした。

 

 次の瞬間、フレームがこちらを圧殺するかのごとき速度で閉じ、俺を包み込んだ。

 

UN(アン)CONTROL(コントロール) SWITCH(スイッチ)! BRACK(ブラック)HAZARD(ハザード)! CANNOT BACK YOU(ヤベーイ)!』

 

 そんな音声を聞きつつ、俺は「変身」を経験した。

 

 自分の姿は見えない。どんな格好になっているのか俺には確認する方法はない。もしかしたら、今までの派手な演出は全部誇大が過ぎるもので、本当は貧相な肉体が欠片も変容していない惨めな姿が顕現されているのではないか。たった一瞬だけ、俺はそう思った。

 

 しかし、体に沸き上がる力は、そのふざけた妄想を否定し続ける。この力は凄まじい。一歩とて歩いていないが、それだけは分かる。

 

 とその刹那。俺は射出された奴の液体を、上体を捻ることで回避した。

 

 以前の俺ならば、こんなことは絶対にできなかった筈だ。戦闘のセンスを与える。それがこのベルトとボトルの力なのだろうか。

 

 そう言えば、さっきからやけに冷静だ。頭が覚めていくのが直に感じられる。

 

 俺は左足で地面を蹴り、7メートル近くあった奴との間合いを一気に詰めてから、右脇腹とおぼしき位置に右足を叩き込んだ。音は出なかったが、それでも、手応えは十分にあった。

 

 そこから、動きの止まった奴に向かい、左拳を叩き込む。

 

 ーーと、次の瞬間。

 

 一拍置いて、奴が30メートルは後方へと、森全体を揺るがすような衝撃とともに吹き飛ばされた。

 



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Riddle Wake

 この作品、仮面ライダー要素が薄いような気がします。ハザードが書きたいがために投稿した作品なのに。
 もっと頑張らなきゃいけないと思いました。


 俺は遥か彼方を見据え、ゆっくりと前進する。

 

 変身してから、既に10数秒は経過しているが、これが解除される気配は見えない。しかし、時間が経過するごとに、段々脳が冷めていく感覚は然として存在し続けている。

 

 それに、変身後、脳の奥の方、丁度この体の天辺辺りに、奇妙な疼痛が顕現されているのだ。それも脳の鋭敏化同様、時間経過で膨張を続けている。

 

 この膨張が続き、許容限界に達するようなことになれば、「俺」はどうなってしまうのだろう。そんな不安がちらりと脳裏をよぎるが、それを打ち消すように俺は頭を振ると、超人的な身体能力のお陰で既に数メートルほどまで間合いを詰めていた眼前の妖怪に視線を向ける。

 

 妖怪はまだピクピクと痙攣していたが、どうやら動くことはできないらしい。終わりだ。眼前の「生命」はものの数分で消失するのだと、客観的に見ても悟ることができる。

 

 俺はその胸に拳を据えると、有らん限りの力を込めて殴り抜いた。拳はそいつの胸を貫通し、背後へと抜ける。

 

 液体にーー否、スライムに手を突っ込んだ時のような感覚が腕に広がり、そして、数秒でその感覚が消えた。妖怪が霧散しているからだ。それは儚く、あっけない、「命の消失」だった。

 

 俺はそれを見届けてから、ベルトに刺さっているボトルを引き抜いた。光の粒が宙に舞い、変身が解除される。

 

 奴を殴ったとき、俺の腕は黒かった。もしかしたら、このベルトによって顕現された鎧は黒いのかもしれないーーなんて他愛のない思考を瞬かせつつ、再び来た道を引き返す。

 

 元の場所まで戻るのには数分を要した。

 

 元の場所には、不思議なことに足の傷が再生した魔理沙が立っており、こちらに好奇心を内包した視線を送ってきていた。

 

「お、オイ、あの力は何だーー?」

 

「このベルトの力だと思うけど、なぁ。そこの所は俺にもさっぱりで...」

 

 そう言いつつ、地面に放り投げていたバックを拾い上げると、先ずポケットに入れていたボトルをしまい、丁寧にベルトを外してそれもバックへ押し込む。

 

「とにかく、早くその人の所へ行こうよ。この霧、浴びてたら危険なんだろ?」

 

「ん...そうだな。じゃ、改めてーー後ろに乗ってくれ。この箒の」

 

 言いつつ、彼女は箒にまたがった。俺もそれに続いて箒に乗ろうとした瞬間、重要なことに気がついてしまう。

 

「あ、あのさ。そう言えば、空中だと何も支えがないけど、俺はどうすればいいんだ?」

 

 バイクとかだと、ライダーの腰に手を回したりするけどさーー。彼女はその言葉を受け、少し考え込んでいたようだが、やがて、何かを察したようで、ひどく赤面した。

 

「わ、私は魔法でバランス取れるけどーー君は取れないわけだよな...」

 

 腰に手を回させるしかないのか...と小声で言ったのを俺は耳ざとく聞き取ってしまった。

 

「俺、歩こうか? どれだけ距離があるか知らないけどさーー」

 

「いや、かなり遠いからーーええい、ここで迷ってたら時間の無駄だ。いいよ、わ、私の腰に手を回してーー」

 

 そう言われても心の準備とかいやそもそもそんな経験ないわけだしーーと高速で流れる逃避の思考を振り払い、俺はおずおずと魔理沙の腰へと手を回し、体勢を作った。

 

「さて、飛ばすぜっ!」

 

 そんな威勢のいいーーどこか吹っ切れたようなーー声とともに、箒は超高速で飛翔した。

 

 飛行すること数分。ふと、魔理沙が懐疑の内包された声を出した。

 

「どうしたんだ?」

 

「だ、ダメだ。森を抜けられないーー」

 

 森を抜けられない。俺はその言葉の意味を理解できなかった。

 

「どういうこと?」

 

「いや、ここから30センチ前に動けば、森から出られるーー筈なんだけどさ」

 

 彼女はそう言い、箒に僅かな推力を発生させ、森から抜けようと前進した。

 

 しかし、ある一定の距離進んだ瞬間、辺りの霧が刹那的に濃くなったかと思うと、さっきと同じ位置ーー森の中へと引き戻されてしまう。

 

「あ、あれ?」

 

 この声を出したのは俺だ。ほぼ無意識だった。

 

「なんだこれーー? 結界か何かか...?」

 

 そう言うと、彼女は箒を繰り、地面へと降り立った。俺もそれに続き、箒から降りる。

 

 彼女は箒から降りると、ゆっくりと歩き出した。さっきと同じ方向へ向かって。そうして30センチほど歩いたところで、彼女は動画の遡行スキップのように、森の出口から30センチ後方へと引き戻される。

 

 それに対し、魔理沙はうんざりしたように唸ると、今度は出口に向かって全力で駆け出した。

 

 しかし、結果は同じだ。また引き戻されてしまう。

 

 そこで俺は、地面に落ちていた小石を拾い上げ、それを出口に向かって投げつけた。

 

 その小石は糸を引くように真っ直ぐ出口へと向かいーーそして、ある一定の地点でかき消え、俺の頬の真横へと顕現された。現在の小石の位置と、出口の位置までの距離は、目測約30センチ。

 

 ーー間違いない。この森は「世界」から何らかの手段で分断されてしまっている。

 

 普段なら、そんなことあり得ない、と一蹴してしまうような事象だ。しかし、彼女は言っていたではないか。ここは非常識の世界なのだと。

 

 あり得ないなどということはあり得ないのだ。この世界に於いて。

 

 霧はますます深みを増して、俺たち二人を覆い隠す。まだ高い日は、未だ深い霧の中ーー。それはさながら、芒洋たる悪意に隠された、件の真実のようであった。

 



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Dont Action Store Master

 そう言えば、この日曜日にハザードトリガーの暴走を抑制する装置が本編に登場するようですね。
 ーー暴走が書きたいので、暴走するまでには多分出しませんけど。


「何? 森に閉じ込められたーー?」

 

 あの瞬間から30分ほど。俺と魔理沙は、「香霖堂」なる道具屋を訪れていた。

 

 尤も、そこは「道具屋」という呼称が似合わないような薄暗い店で、どうやら、売り子は一人として居ないようだった。カウンターには店長らしき白髪の男ーー魔理沙は香霖と呼んでいたーーが就いているが、商売をする気があるのか無いのか分からないような愛想の無さを露呈させている。

 

「そうなんだよ。変な結界みたいなものがあってさぁ...」

 

「ーー結界か。大変だな」

 

 ーーと。そこで会話は終わってしまった。朴念人という形容がぴったりな店主はそのまま手元の本に目を落とし、そこからは何も発展しない。

 

「終わるのかよっ!」

 

「その結界があって何か困ることがあるのかい? 魔理沙、君は森からあまり出ないじゃないか」

 

「いや、結構出てるけどーーっと、重要なのはそこじゃない! こいつを永琳のところに連れて行かなくちゃいけないんだ」

 

 魔理沙がそう言った所で、彼は漸くこちらに気付いたらしい。顔を上げ、こちらを見据える。

 

「君は?」

 

「ええと、名前は無いんですけど、その....」

 

 どこから何をどう説明していいか分からず、俺は言いあぐねる。

 

「記憶喪失らしい。永琳のトコ連れてけば何か分かるだろう?」

 

「ーー君も物好きだね。記憶喪失者を引き取るなんてーー。そういうところは昔から変わらない」

 

 どうやら、彼と魔理沙は昔からの知り合いらしい。道理で、どこか距離が近いわけだ。

 

「森から出られないとなると、ここで記憶喪失に関する本を探すしかないだろうがーーそうだな、幻想入りした脳科学の書物は少ないんだ。眉唾モノの医学書とか、解体新書(ターヘルアナトミア)ならあるが...」

 

「い、いやいや、ここは森から出る方法を探すのが道理でしょう、普通ーー」

 

 それに突っ込むと、魔理沙が「そう言えばそうだな」と反応した。

 

「で、何かないのかよ? 森から出る方法」

 

「情報が少なすぎるから何とも言えないな。まあ、別段困ることも無いだろうし、放置しておいていいんじゃないか?」

 

 彼はどこか、浮世離れした価値観を持っているのだと俺は感じた。

 

「そうだ。君の持っているバック、用途が少しおかしいけれど、何か特別なーー魔術的な物だったりするのか?」

 

 用途がおかしい。その言葉に、俺は少し戸惑う。何を言われているのか分からなかったからだ。

 

「ああ、そうそう、香霖には道具の使用用途を読む能力があるんだ」

 

 成る程、と俺は合点する。あの言葉はそういうことだったのか。

 

「魔術的なものではないと思います。まぁ、記憶がないのではっきりしたことは言えませんけど」

 

「うむ、そうか。じゃあ、僕が断言しよう。それは魔術的な存在、もしくは、能力で作られた存在だ」

 

 俺はその言葉に絶句した。記憶を取り戻す唯一とも言える物的な手がかりが、魔術的な、俗にいうアーティファクトだったとは。いよいよきな臭くなってきた。

 

「どういうことだ?」

 

「そのバックの用途は、「ビルドドライバー」なる物をしまうことだ。それだけのためにしか存在していない。他の物をしまうために存在していないんだよ、これは」

 

 そう言うと、彼は開けてもいいかい、と許可を求めてきた。それを承諾すると、彼はチャックを全開にして開け、その中に自分が持っていた小説を挿入しようとする。

 

 しかし、何か見えない壁に阻まれ、その小説はバックの中に入っていかない。

 

 俺は息を呑んだ。見た目はただのバック。しかし、性能はアーティファクトだ。

 

「ーーつまり、この中に入っているベルトが、「ビルドドライバー」か?」

 

「多分そうです。これを使うと鎧の戦士に変身できるんです」

 

 そう言い、俺がドライバーを取り出し、彼に突き出すと、彼はわずかに嘆息し、そして、しばし間を置いてから言葉を紡ぎだした。

 

「ダメだな。このベルト、「用途」が読めない」

 

「ん? その能力で読めないベルトーーってのはつまり、どういうことだ?」

 

 魔理沙が問いかける。

 

「つまり、道具じゃないということだよ、これは。何らかの能力で作り出されたものか、はたまた、ベルト型の生物かーー」

 

 俺は改めて、手元のビルドドライバーに目を落とす。

 

 これは、道具じゃない。そう思うと、何故だか親近感が湧いてくるような気がした。

 

「それにしても、この霧、一層深くなっている。何も見えないな。これじゃ飛行できないかもしれないぜ」

 

 ふと、窓の外を眺めて魔理沙が言った。俺も、それに続いて窓の外を見据える。

 

 そして、気付く。

 

 窓の外、この店から数十メートル前方に、「何かが居る」ことに。

 

 その「何か」は真っ直ぐこちらへと歩いてきており、その姿は、さっき倒した妖怪に酷似していた。唯一異なっている点があるとしたら、それは触腕の数であった。今、現実として現れている奴の触腕は6つもある。さっきの奴はもっと少なかった筈だ。

 

 二人もそれに気付いたようだ。店内の空気が張り詰める。魔理沙に至っては、「八掛炉」と呼称していたあの八角柱を構えていた。戦闘体勢だ。

 

 俺もベルトを装着し、『HAZARD ON(ハザード オン)!』という音声を合図に、臨戦態勢をとる。その両手には、しっかりとボトルが握られていた。

 

「そうだな、どうでもいいが、戦うなら外で、できるだけ静かにやって欲しい。この店が傷付くのは正直避けたい」

 

 しかし、ここの店主はどうやら戦わないようで、相変わらず、座したまま腰を上げようとしない。戦闘能力が無いのだろう。

 

 俺と魔理沙は素早く正面入り口から外へと出る。あの妖怪を迎え撃つために。

 

 霧は相変わらず深く、視界の自由は無いに等しかったが、それでも、なんとかそいつの姿は見えた。目測12メートル。それが奴と俺たちの距離だった。

 

「ーー「ベルト」ヲ...寄越セ」

 

 ふと。眼前の妖怪は「喋った」。奴には口らしき気管は見当たらないが、その無機質な、本能的な恐怖を誘発する声が、妖怪以外に出せるとも思えなかった。

 

 あいつだ。あいつがこの声をーー。

 

 しかし、ベルトを寄越せ、とは? この腰のビルドドライバーを求めているということか?

 

「渡すなよ。ーーそいつが妖怪の手に渡ったら、あの力を無遠慮に振るわれるぞ」

 

 魔理沙はこちらにそう言い放つと、八掛炉から左手を離し、カードを取り出した。それはさっき、戦闘中に使えなかったカードであるらしかった。

 

星屑の夢想(スターダスト・レヴァリエ)

 

 詠唱と同時に、カードが砕け散り、辺りに大量の星が顕現された。

 

 その星の郡は集束し、妖怪に襲いかかる。

 

 次の瞬間、轟音と衝撃が、辺りを貫くように抜けた。

 




 暴走が書きたいとか言っておきながら戦闘すら書けていないこの現状を何とかしたいっ。


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ENEMY!

「やったかーー!?」

 

 期待の念を込めて叫んだのも虚しく、煙が晴れたとき、妖怪はまだ生きていた。俺が倒した奴は死を迎えた瞬間、存在そのものが霧散して消え去ったのだ。あれでは、死んでいるとは言えない。

 

 しかし、妖怪の体表には擦過傷のような割れ目ができている。さっきの奴のように、ダメージを完全に消すことはできないようだ。

 

「くそっ、魔導王の蹂躙(マスタースパーク)無しじゃ死なないかーー!」

 

 言いつつ、魔理沙はまたカードを取り出す。カードの材質やサイズはさっき使ったものと同じだろう。差異と言えば表面のデザインくらいだ。

 

 彼女はそれを宙に置くーー奇妙な表現だがそう言うしかあるまいーーと、八掛炉をそのカードの後方に添え、こちらに向かって口を開いた。

 

「悪い、こういうこと、普通なら頼むべきじゃないんだろうけどーー、あいつを止めてくれ。数十秒引き付けるだけでいいからっ」

 

 魔理沙の声は切迫していた。そして、痛いくらいの信頼が滲んでいた。

 

「勿論。やるよ」

 

 その期待は。全力を以て返さねば。そんな思いが去来するのと同時に、俺はボトルを取りだしていた。そのままそれをベルトのソケットに挿入する。

 

SUPER(スーパー) BEST(ベスト) MUCH(マッチ)! RIMMED(ガタガタ) BREAK(ゴットン) DEAD IS NEED(ズッタンズタン)! ARE YOU READY (準備はいいか)?』

 

 ベルトが猛り、鋳型フレームが顕現されると同時に、俺の体はそれにプレスされる。まだ二回目だが、早くも「変身」の感覚に慣れてしまっている自分には驚かされた。

 

UNCONTROL(アンコントロール) SWITCH(スイッチ)! BLACK(ブラック) HAZARD(ハザード)! CANNOT BACK YOU(ヤベーイ)!』

 

 次の瞬間、フレームが消失し、漆黒の戦士が顕現された。

 

 俺は変身を終えた瞬間には駆け出し、奴に向かって肉薄していた。間合いがゼロになったところで叩き込む、全力の右ストレートーー。

 

 だが、その右ストレートは惜しくも防がれてしまった。他の何でもない、奴の触腕によって。俺の腕の対応をしたのは6本のうちの一本。つまり、奴はこの体勢からでも問題なく反撃できるということだ。

 

 刹那、いくつかのことが立て続けに起きた。

 

 先ず俺が、捕まれた右腕を振り切って背後へと跳び、次いで、さっきまで俺が立っていた地点が触碗によって横薙ぎされる。それを俺が視界に納めた瞬間、周囲を眩いばかりの閃光が覆った。

 

「完成した! 退避しろ!」

 

 それを聞き取ると、1拍とおかず俺は真横に跳んだ。完成した。この言葉の意味が分からない俺じゃない。来るのだ。さっき撃った砲撃の何倍もの威力を内包した、魔導王の蹂躙(マスタースパーク)が。

 

「恋符ッ! マスターァァァァーーースパァァァァァァァァクッッ!」

 

 次の瞬間、叫ぶような魔理沙の詠唱によって、八掛炉から、戦艦の主砲を思わせる巨大なレーザーが発射された。そのレーザーの破壊半径には、なんと俺の退避地点も含まれている。5メートルは跳んだ筈なのに。

 

 俺はもう一度跳び、更に距離を開ける。

 

 ーーと、その瞬間。

 

 ジェット噴射のような轟音と戦車の全力砲撃のような威力のレーザーが、妖怪を包み込んだ。そいつは光の柱に呑み込まれるように体が順々と塵になり、最後には体の欠片すら残らないほど粉微塵になってしまった。

 

 否。粉微塵になったのは妖怪だけではない。森の木々もだ。木々の一つ一つが幹ごと消滅し、跡には何も残っていないのだ。

 

「全く、火力を極めすぎってのも困りもんだよなぁ」

 

 ーーと、ふと。俺はそんな声を「聞き取った」

 

 今のは俺の言葉ではない。では誰か、と、俺は声のした背後へ顔を向ける。

 

 そこには、全身を黒色の着物で包んだ細身な男が立っていた。その頭部はあらゆる色が消失した白の髪で彩られており、右側頭部にはこれまた漆黒の角が生えている。

 

 鬼。俺は最初にそれを連想させられた。

 

「だ、誰だ」

 

 あくまで変身は解除せず、俺はそう問いかける。そんなことをしている間にも頭が冷えていくのが分かってしまう。冷静さが高じて、人間性までもが消えてしまいそうだ。

 

「まぁ誰だっていいじゃねぇか。んなことよりよォ、お前、妖怪じゃあ、ねェよなぁ?」

 

 その馴れ馴れしい問いかけに、「違う」と冷ややかに答えると、奴はかかか、と笑って、そうムキにならなくともいいじゃないか。まぁ、何にムキになってるか知らねェが。と応えた。

 

「オレは伝えに来たんだ。我々、反逆者共(ビトレイヤーズ)が存在する限り、お前らはこの森から出られねェ、ってな」

 

 ーーと次の瞬間、奴が「動いた」

 

 しかし、その奴の姿が捉えられない。あいつはあろうことか、その移動の速さで、空間からかき消えてしまったのだ。

 

 刹那。1拍ともおかない直後に、それは起こった。

 

 俺の腰、ベルトに、手が伸ばされている。俺はそれを視界の端に収めた瞬間、肘打ちをその手に向かって叩き込む。鈍い音が響き、その手が軋んだ。

 

 しかし、折れてはいない。見た目の華奢さに反して頑丈なようである。取り敢えず肘を定位置まで引き戻し、左の拳で近付いていた奴の顔面に向かって攻撃を繰り出す。

 

 スナップの入った、最高速度の攻撃だ。

 

 奴はそれを食らうと、まるでジェット機のような速度で、5メートルほど向こうまで吹っ飛ばされた。軽い。俺の腕には手応えがあまりなかった。

 

 だが。俺は気付かない。

 

 今の感覚は、軽いもの相手に拳を叩き込んだ感覚ではない。

 

 衝撃を吸収する柔らかいものに向かって拳を叩き込んだ感覚なのだ、ということに。

 

 次の瞬間、五メートル先で、何ともなさそうな顔をしている奴が起き上がった。

 

「紙切れみたく吹っ飛ばしやがるなァ...重い、いい拳だと思うよ」

 

 しかし、と奴はやけに通る声で言う。

 

「だが、オレには届かねェなァ」

 

 そう奴が言い放つと同時に、彼方から槍が飛来した。あいつだ。あいつが投擲したのだ。

 

 その槍の横腹を弾き、俺は迎撃する。このベルトを使えば対応力がハネ上がる。あんな攻撃、なんということはないーー。

 

 しかし、俺は槍が砕けるまで気付けなかった。その槍が、攻撃のために放たれたものではないということに。

 

 刹那。猛烈な閃光を伴って、槍が爆発した。

 

「じゃな。今度会う時は、精々死なねェように気を付けな」

 

 そんな声が聞こえて来ると同時に、恐ろしいまでの衝撃が全身に突き刺さり、俺は吹っ飛ばされてしまう。木々をなぎ倒し、遥か遠く、彼方まで。

 

 鈴の音のような変身解除音が聞こえる。爆発の余波で空気が震える音がする。

 

 そしてーー、魔理沙が叫ぶ声がーーーー。

 

 そこで、俺の意識は途絶えた。

 



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Enemy Down

 遂にビルド本編に出てしまいました、暴走を無くしてしまうアイテムが。
 それを出そうかなーなんて当初は考えていました。それに、見た今でもラビットラビットのアイディアはけっこう好きです。
 ですが、この「黒兎の唄」にそれを出すつもりはありません。


「解放しろーー」

 

 俺は気付けば、暗闇の広野を闊歩していた。目的も信念も理念もなく、ただあてもない「闊歩」を。

 

 ふと。どこか懐かしく、親しみやすい声に俺は振り返った。

 

 そこには、黒色の鎧を、スーツを着込んだ戦士が立っていた。俺は直感する。その戦士こそ、俺が「変身」しているものなのだと。

 

「解放しろーー」

 

 その鎧は、マスクの下を見せることなく、感情を窺わせない声色でそう言う。叫ぶように、あるいは、ささやくように。

 

「何のことだ?」

 

 俺は思わずそう言い返す。普通、こんな状況で、眼前に鎧が立っていたら逃げ出すだろうに。

 

「我を解放しろーー。マックス・ハザードへと至るのだーー」

 

 マックス・ハザード。聞いたことのない言葉だったが、不思議と舌に馴染む感覚があった。

 

「さあ、解放せよーー」

 

 そう奴が言った瞬間、俺の腰にベルトが顕現される。そのベルトは何故か、紫色の「オーラ」を纏っており、何故かボトルが挿入されていた。

 

「さあーー」

 

 鎧の戦士は言葉を紡ぎつつ、俺の腰に出現したベルトの、深紅のスイッチを指差した。そのスイッチには呼称の通りボタンが付いている。

 

 もしかして、この鎧はこの「ボタン」を押せと言っているのか。

 

 俺は取り敢えず、興味本意でボタンへと指をかける。指がこんな状況だからか重く感じたが、それでも、ボタンにかかった指には頼もしく力がかかった。

 

 そして、スイッチが押されるーーーー。

 

 次の瞬間、ベルトが、否、スイッチが『MAX(マックス) HAZARD(ハザード) ON(オン)!』と猛った。その刹那、ベルトを使用した際に去来する、畏怖するほどの冷静さが脳に顕現し、勢いのままに指がベルトのレバーを回した。

 

OVERFLOW(オーヴァーフロー)!』

 

 そこで、俺の意識は途切れた。

 

 「ようこそ、暴走の世界へ」という、言葉を聞き取ってからーー。

 

 

「ーーうう、ん...?」

 

 空気に臭いがある、というのが、俺が最初に感じたことだった。

 

 カビくさい臭いが、鼻孔をくすぐって離さない。カビ臭さは気性によって敬遠するか好むか別れるそうだが、俺は断然後者で、古本屋やリサイクルショップの臭いは嫌いではない。むしろ好きだ。

 

 しかし、なんだって俺はそんな所で寝ているんだーー。そんな疑問を晴らしたのは、眼前に存在する「者」だった。

 

 その人物はどうやら、椅子に座っているようで、その手には何やら書物が握られている。眼鏡をかけた、細身で薄幸の男ーー

 

「あ、あなたは...」

 

森近 霖之助(もりちか りんのすけ)。しがない道具屋さ」

 

 そこに座っていたのは、さっきの道具屋店主だった。

 

 そうだ。ここは幻想郷と呼称される非常識の世界で、俺は妖怪の攻撃を受けて倒れたのだ。

 

 あの爆弾は痛かったーー。そう思いつつ、恐らく焼けただれているであろう体をまさぐるが、しかし、俺の体は存外、何ともない。

 

「治癒は施しておいた。幸い、意識を失っていたわりには軽傷だったから、完調してるだろう」

 

 俺はそれを聞き付け、立ち上がった。ベットから起き上がり、取り敢えず虚空に向かって拳を振るう。2発、3発と拳が空を切る度に体が揺れるが痛みはない。どうやら運動に差し支えはないようだ。

 

「あ、あの、魔理沙は」

 

「彼女なら出ている。なんでも、森の調査をするとか」

 

 それを聞き、俺は軽く驚愕する。さっきの2戦闘で、かなりの戦闘能力を有しているのは分かったが、それでも単独であの妖怪の対処ができるとは思えない。

 

 見ると、霖之助さんの足許には開け放たれた俺のバックが置かれている。ここからかいま見えるバックの中には、ベルトとドトルがちゃんと収納されていた。どうやら、あの男はベルトを奪っていかなかったようだ。そして、俺はまだ戦える。ベルトと拳さえあれば、俺は戦えるのだ。

 

「どっち行ったか、分かりますか」

 

「さあ、そこまでは知らないがーー森の中心は北だ。そして、この店の出入り口は北側にある。魔理沙を見付けたければ、その方向に行くのが適当なのではないのかな」

 

 それだけ聞くと、俺はバックを引っ付かんで駆け出していた。その部屋を飛び出し、薄暗い店内を突っ切り、出入り口のドアを勢い良く開け放つ。それを少々乱暴に閉めてから、俺はバックからベルトを取りだし、腰に巻きつつ

霧に覆われた森を一迅の風となって駆け抜ける。

 

 500メートルは走った頃だろうか。ふと、前方に人影を捕捉し、俺は足を止めた。肩で息を整えてから、ボトルを取り出して前方に向き直る。

 

 そこには、さっきまで戦っていた深淵に包まれた、「妖怪」が立っていた。そいつはどうやらさっき戦ったやつと造形が同じようだ。触碗が六本あり、深淵に彩られた体を灰色のローブで包んでいる。

 

 そいつもどうやらこちらを捕捉したようで、好戦的に唸ってから、こちらへと駆けてきた。

 

 奴はベルトを奪うために俺を襲う。ベルトを奪う理由はそいつが使いたいからであるが、このベルトがこんな破綻した妖怪に使われればこの世界は終わってしまう。

 

 だから、俺はこのベルトを守るために戦わなければいけない。

 

 次の瞬間、俺は無意識のうちにボトルを振り、それをベルトに挿入していた。焦燥をはらんだ俺の思考を読み取ったのか、いつもよりハイペースな鋳型のフレームが俺をプレスし、『UNCONTROL(アンコントロール) SWITCH(スイッチ)! BLACK(ブラック)HAZARD(ハザード)! CANNOT BACK YOU(ヤベーイ)!』とひとしきり唸った後で黒色の戦士を顕現する。

 

 見ると、その妖怪は俺の眼前3メートルまで間合いを詰めてきていた。後数秒もしないうちに、俺と奴は激突するーー。

 

 その事実を俯瞰したような思考で認識すると、俺は右手を前方に添え、左手を自分の正中線を基準として構える。

 

 2秒、3秒。刹那、妖怪が唸り、三本の手を大上段に構えてこちらへと振り下ろした。しかし、俺はそれに別段あわてふためくような反応を返さず、右手を振るった。腰の捻りと足の踏み込みを入れた、全力の右ストレート。

 

 それはさながら糸を引くように妖怪の鳩尾とおぼしき部分に命中し、そいつを遥か彼方まで撥ね飛ばした。

 

 木が二、三本薙ぎ倒され、破壊音が響き渡る。それを聞きつつ、俺は奴に向かって走り込む。今回、俺は何故か、変身が長引けばいけないようなーー何か、取り返しのつかないような事態になるのではないかという不安感に駆られていた。

 

 だから、短期決戦を仕掛けたのだ。確実かつ即実に妖怪を葬り去る為に。

 

 次の瞬間、俺に対して全ての触碗で攻撃を仕掛けてきた奴に俺は回し蹴りを見舞う。右足での回し蹴りは奴に当たりこそしなかったものの、向かってきていた触碗には綺麗に命中した。水面を打つような手応えなのない感触とともに、奴の触碗が砕けて散った。地面へとさっきまで触碗だった液体が散り、そして霧散する。

 

 妖怪は自分の腕が全て切り落とされた「現実」を認めたくないようで、怒り狂ったように奇怪な言語で喚き散らし、こちらへと向かおうと体をよじる。

 

 しかし、腕がない妖怪は、立つことさえ叶わない。

 

 俺は一瞬だけそれを哀れだと思ったが、直ぐにその思いは打ち消されてしまう。次の瞬間には左足が妖怪の胸に突き立てられ、ゆっくりと沈んでいきーー

 

 そして、貫通した。

 

 それだけで、妖怪の体は霧散し、現象の全てが終わったとき、そこには身に付けていたローブすら残っていなかった。

 

 俺は無感情にそれを一瞥しつつ、ベルトからボトルを抜いて変身を解除する。

 

 霧はまだ、晴れる気配がないーーーー。

 



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Skill Talk

 言い忘れてましたが、今作のヒロインは魔理沙です。他の原作キャラクター(東方の方)も出す予定ではありますが、そこだけは揺るぎません。


「あ、居た居た」

 

 魔理沙と再開した時の第一声は、そんな、緊張感のないものだった。

 

「怪我は大丈夫だったか?」

 

「ええと、霖之助さんに治療してもらったからね。大丈夫だよ」

 

 そう言うものの、俺の頭は僅かな疼痛に苛まれている。大丈夫ではない。

 

 しかし、話しても意味がないと思い、そのことを魔理沙に告げることはしなかった。

 

「そうかーー。ああ、そうだ。さっきの重低音、君か?」

 

「ああ、多分そうだよ。ベルトの力だ」

 

 そう言うと、魔理沙は急に真剣な表情を作り、「気を付けろよ。ああいう力は何の代償もなしに使えないから...」と呟くようにこちらへ言った。

 

 その言葉にはどこか、郷愁としか形容のしようがない感情が内包されているように俺は感じた。

 

「さて、それじゃ、私はこの森を探索するけど、君はどうする? ついてくるかい?」

 

「うん、そうさせてもらうよ」

 

 そう返すと、俺は腰に巻かれたベルトを見やった。

 

 さっき魔理沙は、何の代償もなしにこんな力は使えない、と言った。実際、その通りだと俺も思う。いつか、その反応は体に現れるのだろう。否、既に現れているのかもしれない。

 

 この力は、使わない方がいいのかもしれないな。そう思考しつつ、俺は魔理沙に続くようにして歩き出した。進んでいる方向は北。森の最深部方向である。

 

「そうだな。君には話しておかなきゃいけないな」

 

「どうしたんだ、魔理沙?」

 

 ふと。魔理沙は言葉を紡ぎ出した。

 

「君や、私が戦っている深淵の魔物についてだ」

 

 深淵の、魔物。それはさっき、俺が消滅に追いやった存在のことだ。あの妙なほど手応えのない体と、魔理沙の光子レーザーを反射する力について、実のところ、俺は何一つ分かっていない。

 

「あれは普通の妖怪とは違う。そう、言わば『深淵に棲むもの』で、基本的に光を嫌う性質にある。それは何十体と遭遇してきていたから分かっていたし、だからこそ、私も苦にはしていなかったが....少し前に、君が倒してくれたような奴は、その光を反射する能力を持っていた」

 

 成る程。だから、魔理沙は反射された攻撃の回避が間に合わなかったのだ。あれは、彼女にとって、「見慣れた攻撃」ではなく、「完全な不意打ち」であったのだろう。

 

「だから少し調べてみたんだ。そしたら、とんでもないことに気付かされた」

 

「とんでもないこと?」

 

 俺は聞いた。何の警戒心も滲んでいない、純粋かつ無邪気な声色で。

 

「あの生物は、能力で造り出された存在であるらしい」

 

「能力ーー?」

 

 そう言えば、この世界に来てから、何度も「能力」という言葉を聞いてきたが、その意味を聞いたことは一度もなかった。だからこそ、彼女の言葉はいまいちピンとこなかった。

 

「おっと、能力の説明がまだだったか...? 能力っていうのは、心や、「自分」の反映だ。曖昧な心が現実として顕現されることで、能力は能力足り得る」

 

 ただ、と、魔理沙はそこで言葉を切る。

 

「その能力は応用が利かない。例えば、範囲内の時間を止める能力で、誰か個人の時間だけを止めて世界の時間を動かし続けることは不可能だし、道具の用途を見る能力は、たとえ道具としてしか見ていない人間を対象にしても、そいつは広義に於ける「道具」じゃないから発動しない」

 

「あれ? 能力ってのは心の反映だから、二つ目の例は発動して然るべきなんじゃ...?」

 

「いい質問だ。ええと、能力っていうのは、揺らぎ続ける心を形として押し止めたもので、変化することは基本あり得ない。尤も、大きな心境の変化があったり、外部からの干渉で大きなショックを受ければその限りではないがーー。それでも、持続的に変化する能力はないし、8割がた字面通りの働きしかしてくれない」

 

 魔理沙は雄弁に、しかし、あらゆる無駄を省いた落ち着きはらった声色で言葉を紡いでいく。

 

「だから、あの「生物」は異様なんだ。あれを生成できる能力なんて想像できない。深淵を形にする能力? 生物を造り出す能力? それに、あんな化け物を作り出してしまう心は廃人のそれと同列だろう」

 

 ごくり、と俺は唾を飲み込んだ。

 

 ここにきてやっと、俺は事の重大さを、スケールの大きさを理解したのだった。あの存在ははっきり言って、大したことのないものだ。しかし、あれを造り出すためにはそれなりの力が必要で、相手はその問題を解決してしまっている。それはとてつもないことだ。

 

「で、ここからは件についてなんだが、さっき、『深淵に棲むもの』の体を成分を摘めたボトルを解放してみたんだ。すると、その成分は森の中心に向かって飛び立っていった」

 

 能力は心から生まれでた。だから、その能力によって造り出された存在は心、つまり能力の所有者の元に帰結するのだろう。俺は刹那にそれを悟った。

 

「ああ、つまり、能力所有者は森の中心に居るってことか」

 

「そういうことだ。だから、森の中心を目指さなければいけない。この霧についても結界についても何も分からないからな。先ずは身近な問題を解決する必要がある」

 

 そう言うと、魔理沙は少し遅めになっていた歩調を元に戻した。

 

 そんな彼女の横顔には、どこか、「決意」めいたものが宿っているように感じたのだった。

 

 ーーと、ふと。顔を上げ、前方を見据える俺の視界に、一つの影が現れた。『深淵に棲むもの』だ。俺はそれを直感すると、ボトルを取り出し、「敵だ」と魔理沙に知らせる。

 

 戦闘が始まろうとしているのだ。奴との間合いは概算13メートル。十分に間合いはとっている。

 

 次の瞬間、魔理沙の手に握られた八掛炉が閃光を放つ。

 

 刹那、金色に煌めく一条の閃光は、暗殺者の弾丸のように正確に、向こうの『深淵に棲むもの』に突き刺さった。

 




 今回は説明回でした。説明パートは総じてつまらなくなるそうですが、どうでしたか?


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Infiltrate We

 結論から言おう。その一撃で、妖怪は砕け散った。一瞬だった。冷酷な「死」のイメージが奴に上書きされ、漆黒の霧となって宙に舞ったのは。

 

「ふぅ...あいつは光の耐性がないようだ」

 

 言いつつ、魔理沙は八卦炉を下に降ろした。そこから、ポケットに左手を突っ込み、何枚かカードを取り出すと、それを片手で弄び始める。

 

「今の音で、他の妖怪が集まってこないか?」

 

 ふと、俺は気になっていたその疑問を投げ掛けてみた。実際、ここで立ち止まるのは危ないのではないか。そう思ったのだ。

 

「そうだ。だから「これ」を使うんだよ」

 

 そう言うと、魔理沙は取り出していた二枚のカードのうち一枚を俺の胸に貼り付け、もう一枚を自分の右手の甲に張り付ける。

 

「ええと、これは?」

 

「探索用のとっておきだ。ああいう妖怪を一匹ずつ対処するのは想像以上に骨が折れそうだったからな」

 

 そう言いつつ、彼女は何やら呪文のようなものを唱え始める。俺と魔理沙が出会った直後の戦闘で使っていた、不明瞭な日本語による詠唱だった。

 

 この詠唱は恐らく、魔術現象を、「言霊」を用いることによって引き起こすためのものだろう。

 

 こういう思考は現実的ではないが、この世界に「現実」が介在するかどうかは怪しいところだ。だから神憑りな考察をまかり通すとして、とにかく、この詠唱は「言霊」だろうと俺は思う。

 

 「言霊」とは、言葉には霊が宿るという思想の一つである。難しいので砕いた言い方をすると、言ったことは回り回って本当になる、ということだ。

 

 それを魔理沙は魔術的な現象のための媒体としているのだろう。不明瞭な発音は、恐らく、相手に魔術の形式を悟らせないためだ。「言霊」は、魔術の知識に乏しい人間でも解読できてしまう。

 

 俺がそんなことを考えているうちに、どうやら術式は完成したようだ。ずっと感じていた生暖かい感覚が急に消滅し、体が半透明になる。

 

「これは一定時間、世界に影響できなくなる魔術だ。現実を体感することはできるが、干渉することはできないという隠匿用の魔術。今、何かを攻撃しても無駄だぜ。現実の「そいつ」は傷一つ負わない」

 

 俺はそれを聞き取ると、真横にあった樹を徐に蹴り付けた。しかし、樹はびくともしないどころか、音すら響かせない。

 

「成る程」

 

「じゃ、行こうぜ。森の奥」

 

 歩くこと1時間。香霖堂のあった地点と比較すれば大分霧が濃くなっていることが分かる地点まで差し掛かった所で、ふと、前方に何かを捕捉したらしい魔理沙が立ち止まった。何やら切迫した表情をしている。

 

 彼女は視界を確保するための魔法を使うことができるようだ。俺にはかけられないようだが。

 

「ど、どうしたんだ」

 

「前。集落がある...」

 

 軋るように発音された魔理沙の言葉に、俺は固まってしまう。

 

 こんな森の奥に、しかも、遅行性かつ毒性の霧が蔓延する土地に、集落がある、だと?

 

 普通じゃない。十中八九、妖怪の集落だ。人間の住む所じゃないのだから、ここは。

 

「どうする、潜入するか?」

 

「ここまで来て手ぶらで帰ることはしたくないーー。できる範囲で情報収集をしよう」

 

 そう言うと、魔理沙は小走りになってその「集落」とやらに向かっていく。俺もそれに続くが、彼女は見た目に反して身体能力があるのか、追随するのがやっとであった。並走することはできない。

 

「集落自体はあんま大したことない広さだな、ただーー奥に巨大な建物がある。どうやら邸らしいな、あれは」

 

「邸、か」

 

 邸は自身の権威を外に露呈させることで不安感を消滅、もしくは減殺するための施設だ。無駄に広い家は逆に実用性がなく、住み心地が良いとは言えない。そのことを誰しも本能的に理解しているために、邸を見た人間は、憧憬よりも畏怖が先立つという。

 

 あの館の主は恐らく、『深淵に棲むもの』を産み出している者なのだ。そいつは一体、どんな不安があるというのかーー?

 

 決まっている。『深淵に棲むもの』を使った自分の悪行を糾弾され、打ち止めにされることに対するものだ。

 

 

 俺たちは数秒で集落の入り口にたどり着くと、そこに居た、門番らしき『深淵に棲むもの』の真横をすり抜け、集落へと入る。

 

 この、「世界に影響しなくなる魔法」は、世界に影響できなくなる。そう。「姿」を誰かが視認することも影響という区切りに入るのだから、当然、俺たちは姿を見られることもない。

 

 そのまま閑散とした雰囲気の集落を抜け、邸へと急ぐ。

 

 

 邸にたどり着くのには数十秒を要した。思ったよりも集落の幅があったためだ。

 

「さて、入ろうかーー?」

 

「そうだな。まだこの魔法は続く。尤も、私の意識が続く限りこれが解けることはないんだけどな」

 

 俺たちはまた見張りらしき妖怪の横を通り抜け、邸へと足を踏み入れる。

 

 そして、そこで認識する。

 

 通路の向こうから、『深淵に棲むもの』が向かってくることを。そいつはさっきまで戦ってきた奴とは造形が違い、より人間らしいフォルムをしていた。足が二本あり、腕が二本あり、掌がある。しかし、全身を悉く覆う深淵だけは剥落しようとしない。

 

 やはり、どこまでいっても妖怪なのだ。

 

 本来なら俺たちは見つからない。出会って一日と経っていないのにこういうのは軽薄かもしれないが、俺は魔理沙の腕を信頼していた。

 

 だからこそだろうか。俺は、否、俺たちは見誤ってしまった。

 

 次の瞬間。その通路の向こうから向かってきていた妖怪二匹とすれ違う刹那の一瞬、片方の妖怪が動いた。轟速、という形容が似合う速度で拳を打ち込んできたのだ。俺はそれをまともに受け、要塞の壁に当たって痛みにあえぐ。

 

 攻撃が命中したのは右脇腹。別にそこが弱いわけではないが、全力の右ストレートは泣くかと思うくらいに痛かった。

 

 しかし、いつまでも痛みにうちひしがれている場合ではない、と己を叱咤し、俺は立ち上がりつつ、ポケットからボトルを二本取り出した。ベルトは既に装備済みだ。ボトルさえ挿入すれば、変身することができる。

 

 次の瞬間、俺は大きく飛び退きつつ、胸のカードを取り払った。今必要なのは逃げるための手段ではなく、戦うための力だ。これはたった今をもって必要のないものとなった。

 

 ボトルを握る手に力が篭る。無くなっていた体感が復活する。

 

 刹那。勢い良くボトルを挿入されたベルトは、『RABBIT(ラビット)!』『TANK(タンク)!』と唸った。



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The Calm Before The Storm

 すっかりこの話を投稿した気になってたかをくくっていた矢先、投稿されていないことに気がついて今焦りながらこの前書きを書いてます。
 最近夢と現実の区別がつかなくなってきているのです。更新がないときは、僕の心が夢の中にあるのだと思ってください。


UNCONTROL(アンコントロール) SWITCH(スイッチ)! BLACK(ブラック)HAZARD(ハザード)! CANNOT BACK YOU(ヤベーイ)!』

 

 次の瞬間、俺は地面を蹴り、俺を殴った奴の懐に飛び込むと、そのまま下段から上段へと殴り上げるような軌道で拳を振るう。妖怪はそれを食らうや否やさっきの俺と同じように遥か後方へと吹き飛び、壁を突き破って向こうへと抜けた。

 

 壁の向こうはどうやら書斎になっていたらしい。背表紙が崩れ落ちた、「さっきまで本だった」ものがクズのように舞い落ちる。

 

 その向こうから、誰かが歩いてきた。霧が存在しないため、視界の良好な廊下で俺はそれを認識する。

 

「おっとォ...? あん時の童じゃねぇの」

 

「お、お前は...!」

 

 確か、「反逆者共(ビトレイヤーズ)」と名乗っていた奴だった。

 

「知り合いか!?」

 

 魔理沙が叫ぶように言う。その手には八掛炉が握られており、煙を絶えることなく吐き出し続けている。さっき廊下に居た奴はそれで倒したのだろう。

 

「おっと。勘違いしないでもらいたいなァ。オレたちはそいつを利用するためにこんな大がかりな仕掛けを用意したんだぜ? そいつと知り合いたいと思う奴なんて居るかよ」

 

「利用、だと?」

 

 憤懣の響きを表面に出さないよう細心の注意をはらいつつ、俺は冷ややかな言葉を紡ぐ。

 

「そうだ。尤も、必要なのはビルドドライバーだがなァ」

 

 ーーとその刹那。奴の姿がかき消えた。最初に出会った時にも使った高速移動だ。

 

 この技を見切ることは容易ではない。しかし、それはできないということではない。俺は奴が消えてから1拍後、上体を反らせることで、胸を照準して打ち込まれた右ストレートを回避した。そのまま、奴の腕を左手で引き、奴が向かっていた方向に力を加えて推力を発生させてやると、その勢いを余すことなく利用した右足での膝打ちを鳩尾に打ち込んだ。

 

 この行動は合理性極まるもので、喧嘩という場に於いては最も正しい作法だろう。

 

 しかし、それは些か、人間性の欠如した戦法ではないか、とも思う。

 

 このベルト、もしかして、変身者を次第に獣へと変容させるのか。

 

 そんな思考が瞬いた次の瞬間、ふと、鳩尾辺りに激甚な痛みがはしった。それにより俺は腕の力を緩めてしまい、奴が拘束から脱するのを許してしまう。

 

 何だ、これは。

 

 俺は奴を見ていたが、奴は微動だにしていなかった。つまり、俺に攻撃することは物理的に不可能なのだ。

 

「おっと、言い忘れてたな。オレは霊鬼さ。死んだ今も尚、乾きを癒すために魂を食らう」

 

 霊鬼。それは死んだ人間が鬼と化した存在。

 

「命を吸い続けるオレを殺すことはできない、ってな」

 

 次の瞬間、お返しだ、と言わんばかりに俺の全身へ攻撃が叩き込まれた。それは腕と言わず胸と言わず、腹と言わず頭と言わず目と言わず鼻と言わず耳と言わず、あらゆる部位への攻撃だった。幸いだったのは鎧を着用していたため、目潰しや急所への攻撃が全て通らなかったことだろう。

 

 しかし、その50発にも及ぶ物理法則の限界速度かと思うほどの神速の攻撃は俺を吹き飛ばすには充分過ぎた。最後の一発となる攻撃を鳩尾に食らった俺は遥か後方へと吹き飛び、木の壁に激突してその運動量の全てを相殺した。

 

「さて、次はあんただ」

 

 そんな声が遠くから聞こえてくる。その言葉は、魔理沙に向けられたものでなければあり得ない。

 

 ーー魔理沙が、攻撃されようとしている。

 

 彼女と少しの間行動を共にして分かったが、彼女は近接戦闘に向いていないし、やろうともしていない。

 

 そう。あんな速さの拳捌きができる妖怪と、ほぼゼロ距離に等しいあんな間合いでぶつかれば十中八九殺される。

 

 ダメだ。ダメだダメだダメだ。そんな現実を、未来予測を許してはいけない。ここで立ち上がり、奴との間合いを一秒でも早く詰め、必殺の一撃を叩き込まなければならない。

 

 だが、体が動かない。ダメージは鎧を貫き、本体である頼りなさげな少年の体にも通っている。肉は大丈夫かもしれないが、心は大丈夫ではなかった。今までに受けたことのない激甚な痛みは、俺の足を止めるには充分過ぎる。

 

「く、くそっ!」

 

 声が聞こえる。不明瞭な詠唱と、それをかき消す打撃の音が聞こえる。痛みにあえぐ魔理沙の声も、八掛炉が地面に落ちる音も、奴の発する暴力的な息づかいも、全部、全部。

 

 理屈では立ち上がるべきだ。恩義を返したいのならこの拳を握るべきだ。後悔したくないのならその拳を振りかざすべきだ。

 

 でも。もう動けない。

 

 俺はこんな状況になっても、自分の頭が覚めていくのをはっきりと感じ取っていた。冷静さの増幅は捗捗しく進んでおり、留まるところを知らない。畏れている、「冷静さの増幅による精神の淘汰」が現実になろうとしている。

 

 本来なら、別段問題なく体が動くなら、変身を解除して冷静さの増幅を止めるべきだ。しかし、この刹那に於いて、それをすることはできなかった。体が動かなかった。

 

 次の瞬間、漸くのろのろと右手が動き出す。それは緩慢に、しかし着実にベルトに挿入されているボトルへと迫っていく。

 

 だが。次の瞬間。平衡感覚が消失し、頭に存在していた妙な疼痛が唐突に強化された瞬間。俺の手は半ば自動的に動き、ベルトのボタンを押していた。ベルトの右部に接合されている、深紅のスイッチに存在するボタンを。

 

MAX HAZARD ON(マックスハザードオン)OVER FLOW(オーバーフロー)

 

 かき鳴らされた声のイントネーションや調子はいつもと変わりがない。しかし、その声はどこか、暗く冷ややかな響きを帯びていた。それはさながら、今まで人だったものが急に機械になってしまったようなーーー。

 

 次の瞬間、黒い着物の妖怪は見た。紫色の瘴気を全身に纏った、鎧の姿を。自分に向かって拳を振り上げる、獰猛なその横顔を。

 

 ただで殴られてやるものか。そう思考しつつ、彼はその拳を掴もうとした。

 

 しかし。その掴もうとした拳をすり抜けるほどの速度で伸ばされた手は、彼の着物の胸ぐらを掴み、ガッチリとホールドしてしまう。

 

 そこから、一対一だというのに、鏖殺という形容の似合うような戦闘は始まったのだった。

 



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Disaster Vision

 お久しぶりです。投稿が遅れてしまい申し訳ないです。盛り上がらせといて更新を放棄するなんて最低だと自分でも思います。
 なので、先に告知しときます。次の更新は5月辺りになりそうです。すいません。


 その妖怪、「喰らうもの」と名付けられた、霊鬼という種類の妖怪にはある特殊能力があった。

 

 その能力は、彼自信の妖力タイプーー「爆破」とはかけ離れたもの、言うならば、「吸収」属性のものだった。

 

 受けるダメージとは欠落だ。魂の欠落。魂が欠落したものはちょっとやそっとじゃ回復しない。しかし、霊鬼は違う。死した人間の魂が妖怪化したそいつは、高尚な生命エネルギーを持つ魂を求める。だから、他から欠落を埋めるためのエネルギーを吸収できる。

 

「魂の欠落を、対象の生命エネルギーを吸収することで埋めることができる程度の能力」ーー。それが、彼に備わっている異能力であった。

 

 その能力は、「魂を形あるものとして視認できる」霊鬼の能力と噛み合っており、その能力があったが故に彼は数々の戦場を潜り抜けることに成功し、魔理沙と少年を認識することが可能だったのだ。

 

 彼はそれを、「最高の能力」であると自負していた。他の誰も、神でも持ち出さない限り、自分が追い詰められるようなことはない、と。

 

 しかしーー。その認識は歪められようとしていた。ある一人の、ちっぽけな少年によって。

 

 漆黒の、ディープパープルの波動を纏ったそいつは、「喰らうもの」をホールドすると、2、3度往復するように裏拳での殴打を頬に叩き込んだ上で、そいつを地面に投げ捨て、そこに右足で追撃を繰り出す。1度と言わず、何度でも足の裏で霊鬼を執拗に踏みつける少年の心かっらは道徳心が消えていた。

 

 3度目の踏みつけで、霊鬼はバウンドして宙に浮いた。やっとコンボから脱することができたーー。一瞬喰らうものは安堵したが、彼自身、刹那的にその認識が間違っていたことに気付く。

 

 鎧の戦士は、バウンドも計算して踏みつけているーー。

 

 次の瞬間、既に構えられていた右の拳がバウンドしてきた霊鬼の鳩尾に突き刺さった。霊鬼は妖怪。硬度は人間を遥かに越えるため、拳が彼を貫通するなどということはないーー。この殴打は、表皮で静止する筈だ。

 

 しかし、拳は彼の鳩尾に風穴を開けた。

 

 これは両者とも気付かないことだが、このオーバーフロー状態時に発生するオーラは、触れたものを崩壊させる作用があるのだ。だから、彼の装甲は貫通された。

 

 20トン近くの衝撃が、霊鬼を襲う。

 

 喰らうもの、霊鬼は信じられなかった。自分が追い詰められているということ、少年の覚醒、そして、狙っていたベルトの思いもよらない出力。

 

 しかし、彼は直ぐに冷静になることができた。ある「事実」が存在したからだ。

 

 「霊鬼の能力を使えば、この状況を逆転できる。鳩尾の穴という「欠落」を少年の生命エネルギーで埋め、同じように鎧の戦士を「欠落」させれば、一転攻勢、逆転が可能だ」 という勝利へ続くルートの存在を認識できたのだ。彼は。

 

 やるしかない。今、ここで。霊鬼は有らん限りの意思力で能力発動を念じた。

 

 しかし。彼の能力は発動しなかった。どうしたことか。喰らうものの能力は、生命エネルギーが存在する相手には必ず通用する。では、生命エネルギーが存在しないかーー? 否、そんな筈はない。生命エネルギーは魂から発生されるエネルギーなのだ。魂が活動しているうちは途切れない。

 

 と次の瞬間、能力が通じないということを知覚した次の瞬間、霊鬼は余力を尽くし、掌から爆破を起こした。その衝撃で、無理矢理に拳を彼自身の体から引き抜く。それで、喰らうものは一層強く出血し、平衡感覚が不明瞭になってきているのか、覚束無い足取りで1歩後退し、ポケットから白いアネモネの花を取り出した。それから1拍と置かず、アネモネは急に色褪せ、霧散していった。生命力を吸われたのだ。

 

 しかし、一輪の花の生命力を吸ったところで焼け石に水。精々繊維が一層繋がったくらいだろう。

 

 ーーと次の瞬間、ふと、嵐のような暴風が吹き抜けるような音が響き、それから1拍置いて、建物が崩れた。

 

 これはこの場の誰も気付かないことだが、この崩壊は、邸を構成するあらゆる木が劣化して引き起こされたものだ。衝撃による破壊ではなく、純然たる、「倒壊」が、この邸宅の末路であった。

 

 その倒壊の中、巻き込まれた少女、霧雨魔理沙は不馴れな衝撃魔法で自身に覆い被さる木片を弾き飛ばし、ポーションで自己回復をしてから、遠方に佇む、「何者か」を見据える。

 

 そこに立っていたのは黒い鎧だった。ディープ・パープルの波動を纏った戦士ーー。それはどうやら、そいつ自身に襲い掛かってきた「邸だったもの」に対し肉体技で対応し、難を逃れたらしかった。

 

 彼女は、その鎧があの少年であると分かっていた。しかし、同時に、彼が人の心を失ってしまっていることも分かってしまった。

 

 さっき、彼女は彼の戦いを見ていたのだ。あらゆる無駄の省かれた動きと、戦いに情は必要ない、と言わんばかりの無言。出会って一日でこんな感想を抱くのは軽薄かもしれなかったが、彼はやさしい人物だ。だから、これまでの戦闘では、無駄が介在するものの、相手の妖怪を生物と断じたうえで敬意を払って戦うようにしていた。尤も、彼と会敵した妖怪は殆どが霧散したのだが。それはさして重要ではない。あれはただの妖怪ではないのだから。これは彼女自身の推測だが、「深淵に棲むもの」は、人間でも、まして妖怪でもない、生物の模倣存在である。少々辛辣な言い回しになるかもしれないが、死んでもいい存在だ。

 

 しかし、今の彼にはそれが欠如してしまっている。

 

 ふと。鎧の戦士は歩き始めた。その無機質な瞳が照準するのはーー魔理沙だった。

 

 両者は気付かない。このベルトによるオーバーフロー状態は、目に映るものすべてを破壊し尽くすということに。一度発動すれば、本人の意思では変身状態を解除できないということに。

 

 魔理沙は向かってくる鎧を鋭い視線で見据えた。あの少年に対しての敵意などは持ち合わせていないが、彼女はその少年の魂が欠落したその鎧に対しては敵意を抱いていた。

 

 だから、彼女は撃った。研鑽によって数秒で組み上げられるようになった言霊術式バージョンのマスタースパークを。手加減し、少年が死なない程度の出力の砲撃を。

 

 マスタースパークは少年に肉薄していきーー後5メートルまで迫ったところで、鎧の戦士が動いた。

 

 左腕を振りかぶり、マスタースパークへと衝突させたのだ。腰の入った激烈な一撃ではあったが、そんなものではこの砲撃を止めることはできない。魔理沙はそう思っていた。

 

 だが。現実、そうはならなかった。そもそも彼は、この一撃で砲撃を止めようなどと思っていなかったのだ。

 

 触れたものを崩壊させる能力で、砲撃を弱らせることーー。それが鎧の目的であった。

 

 刹那、濃い紫のオーラが混合した砲撃に、容赦のない右ストレートが叩き込まれる。そこから1拍置いて、砲撃が巨大な風圧と暴力的なまでの爆音を伴って消滅した。

 

「う、うそ、だ.....」

 

 マスタースパークは魔理沙の用いる魔術の中で最大の火力を持つ。スペルカードを用いた砲撃ならばもっと火力が出せるだろうが、この間合いではスペルカードは使えない。詠唱中にやられる。

 

 しかし、スペルカード抜きでは鎧の戦士を倒せない。そのことはたった今証明されてしまった。

 

 向かってくる。彼女の方向に。鎧の戦士は一歩一歩を確かめるように緩慢な歩行をしているが、少しでも足に力を込めれば全力で走り出せるだろう。

 

 魔理沙が恐怖で転倒する。走って逃げようとしたのが災いした。起き上がろうとするが、体に力が入らない。

 

 間合いは、既に3メートルほどまでに詰まっていた。殺される。彼女は刹那にそれを悟った。

 

 ーーと、ふと。鎧の戦士が転倒した。それも、ただの転倒ではない。足が異常な速度で背後へと引かれ、それの反動で転倒したのだ。これは何者かが仕組んだ、言わば「工作」だ。

 

「大丈夫? 魔理沙?」

 

 その声に、彼女は振り返りーーそして、驚愕したという。

 



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Mist Klawn

 更新が遅れてしまい、申し訳ないです。
 何作品も兼任すると、こんなに更新が滞るとは想定外でした(最低クラスの言い訳)
 これからはもうちょっと早く更新した所存です。


 その光景を見て、私、霧雨 魔理沙は絶句していた。

 

 さっきまで、私の中では、あの黒い鎧は強力無比な存在であり、どんな手段を用いようと倒せない存在であったのだ。それが、たった一人に呆気なくーー。

 

 眼前では、糸を握った人形ーー名は確か上海人形だったーーが2体、主の命を受けて佇んでいる。その糸を辿っていくと、糸の終点は黒い鎧だと分かる。

 

 そう。要約すると、あの少年は糸で縛り上げられているのだ。「そいつ」は絶え間なく身じろぎしているが、それもどこか弱々しい。

 

 このまま変身解除されてくれ、と切実に願ってから、目の焦点を合わせる。

 

 私を助けた張本人、人形遣い、アリス・マーガトロイドーー。

 

「こいつ、何なの?」

 

 彼女は鎧の間合いの外から、人形を使って何やら調べているようだ。しかし、芳しい成果は上がっていない。

 

「ううむ。知り合いが変身した姿、としか言いようがないけどーー」

 

 今のそいつはその知り合いじゃなく、別の存在となってしまったのではないか、という個人的見解は口に出さなかった。

 

「まあ、こいつはマスタースパークを弾き飛ばしたんだ。相当な力を秘めてる」

 

 代わりに、どこか悔しさの滲むコメントを寄越してから、私は鎧を見据えた。

 

 そいつはまるで物言わぬ人形のように何も語ろうとしない。確かに、中にはあの少年が入っている筈なのに。

 

「ダメね。全く、何も読み取れない」

 

 そう言ってから、彼女は少し顔をしかめて、「これじゃまるで、魂が無いみたいだわ」と言った。

 

 魂がない、か。

 

 本当にそうなのかもしれない。あの少年の「魂」とやらは、紫色のオーラが出現すると同時に消えてしまい、もう二度と戻ってこないのではないか。

 

 そんなことを考えると、途方もない喪失感に襲われる。私は頭を振ってその考えを無理矢理に払拭しようとした。

 

「全然成果上がらない。ねぇ魔理沙、これ消す方法、分からない?」

 

 不意に声をかけられ、私はどきりとしたが、直ぐに調子を取り戻し、「ああ、多分、ベルトの入れ物を二本とも抜けばいいと思うけどーー」と返した。

 

 それを聞き取ると、アリスはベルトからボトルを引き抜こうとした。しかし、抜けないようだ。ボトルはびくともしない。

 

「抜けばいいんじゃなかったの?」

 

「え、ええと.....」

 

 どうして抜けないのか? それは私にも分からなかった。

 

 もしかして、あの状態ーー緋色のスイッチを押した、言わば「オーバーフロー状態」の時は、自発的な変身解除ができなくなるのか。

 

「どうしよう?」

 

「いや、私に聞かれても」

 

 アリスもいい案はないようだ。

 

 実際、私には、どうすればいいのか検討もつかなかった。全くの専門外だからだ。

 

「ダメージを与えてやれ。そうすれば解けるだろう」

 

 ふと。唐突に聴覚へと入力された音に、私は振り返った。音源は背後だ。

 

 そこにはーー霧で良く見えないがーーコートを着込んだ、20代前半とおぼしき癖毛の男が立っていた。

 

「あなたは.....?」

 

 アリスは問いかけつつ、相手から死角になる位置に存在する糸を繰っている。その指使いに呼応して、上海人形は緩慢に、しかし確実に動いてゆく。

 

 完全な警戒態勢だ。態度にこそ表さないものの、彼女は警戒心に突き動かされて行動している。

 

「ふむ。今は私のことは気にしなくてもいい。重要なのはそこの少年だ。彼を助けることこそが、この場に於ける最優先事項だと思うのだがね」

 

 それは事実であった。

 

「ダメージを与えるのだ。なに、心配することはない。君たちの力では、その鎧を破って少年を殺すのは不可能だ。安心して攻撃を撃つといい」

 

「ーーそれを手放しで信用できるほど、私はお人好しじゃあない。それを証明する方法はあるか」

 

 そう言うと、僅かな逡巡の後、答えが返ってきた。

 

「ふむ、そう言えば、裏付けを用意していなかったな。ーーさて、どうしたものか........そうだ、実演すればいいか?」

 

 言いつつ、男は、拳銃のような「何か」を片手で構えた。

 

 ーーと次の瞬間、そこから光の弾が射出され、異常な速度を伴って黒の鎧に命中する。

 

 その攻撃は、どうやら有効打となったようで、鎧の表面から火花が迸る。しかし、その攻撃だけでは変身解除されない。

 

 そこで、男はポケットからボトルを取り出すと、それを構えている何かの下部に突き刺した。

 

 高らかに起動音がかき鳴らされ、銃口から蒼の龍が射出される。

 

 訳がわからなかった。これは何かの能力なのか? はたまた、あの変なアイテム自体の性能なのか? それすらも分からなかった。

 

 刹那。うねり、全身を続ける龍が、鎧の胸部にその頭部を打ち付け、衝撃を背後まで貫通させて胎動した。

 

 衝撃はそれで十分だったようだ。鎧は半ば無理矢理に戒めから解放され、2、3メートル背後へと吹っ飛ばされてから、樹木に衝突してその運動を停止させた。

 

 そして、そこで変身が解除される。

 

「う.....」

 

 彼は緩慢な動作で体を起こすと、右手を頭部へとあてがった。頭痛だろうか。そう言えば、あの鎧はどこか苦しがっていた。もしかしたら、あのベルトは、使用者に絶大な負荷をかけるのかもしれない。暴走していたことからもそれは邪推できる。

 

「まだ使いこなせていないのか」

 

 ふと、そんな言葉に、私はあの少年に向けていた視線を男へと引き戻した。

 

「ーー使い、こなす.....?」

 

「そうだ。そのベルトーーそいつだけが鍵なのだ。性能を活かしきらなければ死ぬぞ」

 

 男は淡々と語った。まるで、全ての事情を熟知しているかのようだった。否、本当にそうなのかもしれない。

 

 ーーと、ふと。私は、そんな男に腹を立てている自分に気が付いた。ああいう、どこか俯瞰したような態度が、私は嫌いだったのだ。

 

「待てよ、さっきから聞いてりゃ偉そうにーー。あんた何者なんだ?」

 

「何者ーーか。そいつは名前を聞いているのか、それとも、」

 

「先ずは名前を教えろ。金輪際吐く必要はないから」

 

 いやに高圧的な自分の口調に、私は嫌気がさしてきた。どこか空回りしている。いや、それどころか、この男に遊ばれているような気さえする。

 

「名前はナイトローグだ。種族は化け物だ」

 

 ここにきても尚、男は淡々と語った。

 

「その、名前ーー。偽名じゃないんですか.....?」

 

 それを言ったのはあの少年だった。

 

「いや、偽名ではない。ーー本名でもないが」

 

「はっきりしないな。本名を名乗ってくれ」

 

 その言葉に答えるでもなく、男は、手に持ったアイテムを天にかざした。妙に様になっている動きだった。

 

「さて。私はそろそろ立ち去らせてもらうよ」

 

「あ、おい、待てよ!」

 

 私の叫びを尻目に、そいつは拳銃状の何かから迸った煙ーー霧で良く見えないーーとともに、この場所から忽然と消えてしまった。

 




 今回登場した、癖毛の男が持っていたのは変身煙銃、つまりトランススチームガンです。
 そこまでは原作、仮面ライダービルドのままですが、途中に登場した、蒼色の龍はオリジナルです。あれは、ドラゴンフルボトルを煙銃に差したらああなるだろうな、という出来心で書きました。


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Heavy Reproch

 お久しぶりです。更新が遅れてしまい申し訳ございません。
 ごめんなさい.....ごめんなさい.....なんてことを.....


「まあ、良かったじゃないか? 私も助かったし、君もーーその、ええと」

 

 今、俺を含めた三人が居るのは、あの瓦礫の山ではなく、魔理沙の家だった。

 

 そこで、何やら剣呑な雰囲気を中和すべく、彼女は話を切り出したが、途中で言葉を切ってしまう。

 

 何と言おうとしたのかは分からない。帰ってきてくれて良かった、かもしれないし、あの鎧から解放されて良かった、かもしれない。

 

 しかし。俺は本当に、戻ってきて良かったのだろうか?

 

 俺の持っていたベルト、ビルドドライバーには暴走の可能性が内包されている。あれを使えば暴走することは確実だし、これはあくまで仮説だが、もしかしたら、生身の、今の自分にも何らかの影響が出るかもしれない。

 

 そんな自分が。果たして、ここに居ていいのだろうか。

 

「で、説明してくれてないけど。あれは何だったの? あの、木片の山は」

 

 ふと、アリスさんがそう切り出した。

 

 そう言えば、説明する暇はなかった。ずっと、空気が緊張していたからだ。

 

「それについては俺から話します」

 

 どうにか弛緩し始めた空気に取り入るべく、俺はそう言うと、言葉を紡ぎ始めた。

 

「先ず、あれは、元々妖怪の邸だったものです。それが、何らかの理由によって解体されたーー」

 

「何らかの理由?」

 

 実のところ、そこについてはまだ何も分かっていない。何よりも、俺は解体の瞬間を見ていないのだ。それで分かろう筈もない。

 

「そこんとこはまだなんとも言えないぜ。情報が少なすぎる」

 

「ーーそれで、俺と、魔理沙さ.....魔理沙は、その邸に居た妖怪が、この妙な結界を作り出し、濃度の高い霧を作り出したのではないかと見ているのです」

 

 言い切ったところで、そう言えばさっき取り逃がした妖怪については触れていないな、とふと思った。

 

 あいつはどうしたのだろうか。助け出されたか。それとも、自力で脱出したか。どうにせよ、まさかまだ埋まっているということはないだろう。

 

「で、その問題が、どうやったら貴方が魔理沙を襲う構図に変貌するのかしら? そこんところをお聞かせ願いたいわね」

 

 その言葉はどこか高圧的だった。やはり、友人が襲われたことに腹を立てているのだろう。記憶はないが、その気持ちは分かる。

 

「ええと、それは.....ベルトの能力で.....」

 

「ベルト? そう言えば着けてたわね、そんなもの。ーーで、そんなリスクの高いものをどうして、」

 

 その言葉を遮ったのは魔理沙だった。

 

「待て、待て。落ち着け。あの時、誰も暴走するなんて分かっちゃなかった。まだ、「便利なスーツが出るアイテム」ということしか分からなかったんだ」

 

 それは半分間違いであった。

 

 俺は変身中、ずっと頭が冷めていく感覚にとらわれていた。そして、ぼんやりと考えたものだ。このまま頭が冷めきってしまったら、自分は果たしてどうなるのか、と。ーーそこで、自我がなくなるのではないか、と、少しでも思わなかったかと言うと、そうではない。

 

「ーーーーー」

 

 言う言葉がなくなったようで、彼女は黙りこくってしまった。

 

「ま、まあ、取り敢えず。暴走対策が立てられるまで、変身しなければいいってことだろ。な?」

 

 変身しなければ。つまり、俺に、遠回しに退陣を要求しているわけだ。

 

 しかし、それに別段不満はない。それどころか安堵してさえいる。これ以上、暴走のリスクを背負って戦うのは耐えられない。

 

「ーーああ、分かった。変身しない」

 

「でも、これから、俺はどうすれば?」

 

 立て続けに言うと、魔理沙はまいった、というように頭を掻いてから、「せめて、この結界の破壊に成功するまではこの家で隠れてればいい」ーーと言った。

 

「で、アリス。聞いてなかったけど、結局手伝ってくれるのか?」

 

「断る理由ないし、いいけど.....」

 

 二人は戦う気だ。それのサポートができないのは歯がゆかったが、仕方あるまい、と割りきった。

 

「じゃあ、私たちは出るよ。ーーあ、言っとくけど変なことはするなよな!」

 

 それに分かってる、と苦笑して答えたところで、二人はこの家を後にした。

 

 ーーそこで、俺は気付く。真横、つまり、リビングのテーブルの横に、何やら秀麗な人形が鎮座している。それに、俺は見覚えがあった。そうだ、これはアリスさんの人形だ。

 

 しかし、それがどうしてここに?

 

「監視のためよ」

 

 ふと。その人形が喋った。

 

「え、えっと.....録音?」

 

「私の意識の半分を乗せてる。だから録音じゃない」

 

 彼女はそう、淡々と答えた。

 

「で、さっきは言えなかったことを言うけど.....貴方、本当に暴走のリスクを分かってなかったの?」

 

 どきりとした。

 

「ーーそ、れは.....」

 

「言いあぐねるってのは、負けを認めることと同義よ」

 

 事実だ。

 

 確かに俺の中には、漠漠とした予感があった。このまま戦い続ければどうなるのだろう、という予感が。

 

「その様子からして、完全には分かっていなかったようね。けど、予感はあった」

 

 高圧的に、摘発でもするかのような声色で彼女は言い放つ。

 

「貴方、その余波で魔理沙を殺してたらどうするつもりだったのよ?」

 

 それは痛いくらいの正論だった。ただの予感だろうと、この場合、議題が議題だ。あの力が、「自我」という制御を失えばどうなるか、容易に想像がついた筈である。

 

 しかし、同時に俺は思っていた。制御を失うことはないだろう、と。全ての戦いを短期決戦で終わらせれば暴走などしない、と思っていた。

 

「何も、対策を講じてなかった、です」

 

 叱られて、ばつが悪そうに物事を言う子どものように俺はそう言った。

 

「ーーふざけてるの?」

 

「暴走はしないだろう、と思って.....」

 

「冗談じゃあないわよ!」

 

 その言葉はあの妖怪の拳よりも重く、それでいて辛く俺に突きつけられた。

 

 糾弾するかのようなその言葉。無責任な俺へ向けられた呵責。

 

「あんたはここに居るべきじゃない」

 

 二人称が「あなた」から「あんた」に格下げされた。当然か。

 

「その通りです。ーーごめんなさい」

 

 俺はそう言い残すと、未練がましくあのスポルティングのバックを手に取り、ちらりと家を一瞥してから、ドアを開けて魔理沙の家を去った。

 

 行くあてもないのに。




 久しぶりの投稿なのに、こんな剣呑な雰囲気の展開でいいのかと我ながら反省しております。


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Alice Side

 お久しぶりです。更新が遅れてしまい申し訳ないです。
 さて、そろそろ完結に向かっていっているこの小説。自分でも分からないうちに、どんどん初期プロットが崩壊していってます。
 収拾つくかなぁ.....?


 ちょっと言い過ぎたか。魔法の森に住む人形遣い、アリス・マーガトロイドはそんな思考をしていた。

 

 彼ーーあの少年のいい加減な態度には正直腹が立つ。しかし、人間というのは皆そういうものではないのか。誰しもどこかいい加減で、そのことを取り繕ったり、割りきったりして生きているのではないか。

 

 第一、彼や魔理沙は、「暴走するなんて知らなかった」と言っていた。あの少年は予感こそあった、と言っていたが、しかし、そんな漠然としたもののために動ける人間など居ないのではないか?

 

 人形とのリンクを一時的に切って、彼女は真横を向いた。アリスは魔理沙と並走ーー飛行しているのでその形容は正しくないかもしれないーーしていたので、そこには魔理沙が居る筈である。

 

 しかし。そこに魔理沙の姿はなかった。

 

「ーーーえ」

 

 声が漏れたのは一瞬だった。魔法使いとしての勘が、彼女に「危機」の来訪を告げていたからである。直ぐ様、待機を命じていた周囲の人形を展開させ、辺りを見渡す。完全な臨戦態勢だ。

 

 魔理沙は如何なる理由によってか消えた。それは間違いなく、「攻撃」だ。こんな局面でふざけるような性格ではない、彼女は。

 

 周囲に敵の姿は見えない。霧が濃い所為で見えないだけかもしれないが、とにかく周囲に生物の存在はない。

 

 ーー厄介なことになった。彼女は歯噛みしつつ、防衛隊の人形のうち、2機を探索に向かわせてゆっくりと降下していく。

 

 まだ敵の姿は見えない。しかし、何も見えない暗闇に、相手は確実に潜んでいる。

 

 次の瞬間。探索に向かわせていた人形の糸が切れた。糸が切れる理由は、この局面に於いては1つ。捜索を恐れた敵が人形を殺した場合だけだ。

 

 人形が殺されたということは、近くに敵が居る可能性が高い。アリスは直ぐ様、遠距離攻撃の出来る人形を横並びにさせ、手頃な草むらに向けて光弾を一斉掃射した。いっそ場違いな発射音がかき鳴らされ、狙った草むらが焼き消える。

 

 しかし、そこに敵はいなかったようで、後には沈黙だけが残った。

 

 アリスは今一度辺りを見渡す。だが、やはり敵は捕捉できない。

 

 魔理沙が拐われたこともあり、彼女は焦燥にかられていた。

 

 それから5分が経過しても尚、彼女は気を張り続けていた。どこから敵が襲ってきてもいいように、だ。これは魔法使いとしての異常な精神力が成せる技だった。

 

 ーーしかし、突如響き渡った轟音によって、その集中は一瞬途切れてしまう。

 

 それにより出来た一瞬の隙を突き、「攻撃」が飛んできた。

 

 それは矢だった。攻撃方法は弓か。刹那に、彼女はそんなことを思った。

 

 次の瞬間、ぐさり、という、やけに重々しい音が辺りに響いた。そこに、肉の弾ける音や、流血の音は混ざっていない。

 

 矢はアリスを護る人形に刺さっていた。そう。彼女は無傷ということである。

 

 刹那。矢の出現方向から、完全に相手の位地を把握したアリスは、攻撃用の人形2体を専攻させつつ、自身もその方向へ突撃した。

 

 彼女は人形と視界を共有することによって、相手の正体を掴んでいた。

 

 相手は人間だった。魔法使いですらないただの人間。

 

 しかし、その「人間」はーー。

 

 アリスの人形を、防御用、斥候用問わず全て打ち落としてみせた。

 

 最初は何が起こったのか分からなかった。敵は何の予備動作も取っていないし、矢だって放っていなかった。おおよそ「攻撃」と呼べるものの気配はなかった筈なのだ。

 

 しかし。彼女は、繊維がボロボロになって地面に落ちていく全ての人形を見て悟った。これは「能力」なのだと。人間が持つ特殊能力なのだった。この一連の現象は。

 

 劣化能力ーー。周囲に霧状の波動を散布し、それに触れた物質を劣化させる能力。それを使い、「繊維」を「劣化」させることによって、この敵は彼女を無力化したのだった。

 

 ーー彼女は知るよしもないことだったが、この森の「霧」は、彼の能力だった。尤も、森の霧は「劣化」の作用を持ち合わせていないのだが。

 

 そんな男は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて隠蔽態勢を崩し、弓を繰ってアリスの方向に矢を射出した。この距離での攻撃。全く回避できない攻撃ではないが、しかし、回避は難解極まる。

 

 ーーと。アリスの腕に突き刺さったその矢は、肉を貫いたことで運動の全てを肉の中で消費して静止した。

 

「.....妖怪をーーなめんじゃないわよ.....!」

 

 だが。アリスは痛がる素振りこそ見せたものの、肉体的ダメージは少ない、と、矢を体から抜き放ってしまうと、深紅の弾丸をそいつに向けて射出させた。

 

 銃弾よりも速い弾丸は、男の足を貫き、地面に衝突したところで無数の粒子となって消滅した。

 

 何の細工もしていない、通常の弾。美しさを競うスペルカードルール上で放てば、白けることこのうえない単純過ぎる弾。

 

 それでも、今回の敵を倒すのには、それで十分だった。

 

 そいつはその弾を食らい、無様にも転倒した。その足からは血が流れ出ている。一方、さっき貫かれた筈のアリスの傷は、既に完全に再生していた。

 

「さっきも言ったけど、敢えてもう一度言うわね。貴方、妖怪をなめてるの? こんな何の細工もしてない矢で妖怪が倒せるとでも? たかだか手を1つ潰したくらいで、戦意喪失するとでも? 通常の弾1つ避けられないで、敵うと思ったのかしら?」

 

 それは、元々人間だった者のみが理解し得る、失望にも近い情けない感情であったかもしれなかった。人間はここまで浅はかな種族だったのか、という落胆の意。

 

「まさか、だろう」

 

 ーーと。ふと、男が喋った。

 

「それよりも、あんた気付いてなかったのかい?」

 

「ーー何ですって?」

 

 気付いていなかったのか。ーー何に? とアリスは思った。

 

「自分の力が、ちょっとずつ、ちょっとずつ弱まっていくのをさ。存在力、といってもいいか。そんなものが、体から抜け出ていくのを感じなかったかい?」

 

「なめてるのか、と訊いたな」

 

「それは逆だ。全くの逆ーー。あんたの力を警戒して、尊敬してるからこそだ.....!」

 

 次の瞬間。素早く天に向かって掲げられた手から、ドス黒い力の奔流が迸った。

 

「もう、止められない。たった今、ずっとかき集めてた、この森の「力」を、本部に送った」

 

「何、言ってーー?」

 

 アリスは目の前で起こっていることが理解できなかった。しかし、1つだけ分かったことがあったのだった。

 

 今戦っていた相手は、用は、時間・力稼ぎの為の捨てゴマだったのだ。この状況は仕組まれていて、謀った本人は「力」とやらを受け取ってほくそ笑んでいるということなのだ。

 

 魔理沙。彼女は焦燥や不安などからそう叫ぼうとした。

 

 しかし、その叫びは、次いでかき鳴らされた音に打ち消される。

 

Bad Engine(バット・エンジン)ーー!」

 

 バットエンジン。蝙蝠、もしくは悪のーー機関という意味だ。

 

 何かただならぬことが起こっている。アリスはそれを理解して空を仰いだ。

 

 さっきの音で、森の霧は大方晴れていた。元々存在していた茸の胞子などは相変わらず残っているが、霧は完全に残っていた。

 

「何が起こったの.....?」

 

 呟きつつ、彼女は、その問いの答えを知っていそうな人物の方向を向いた。

 

 そして絶句する。ーーそいつは、足元から霧となって空間に溶けていた。否、消滅していると言った方が正しい。

 

「ああ、やっぱりだ。あの人は狂ってる(マッド)ーー」

 

 霧となった彼の体は、渦を巻いてどこか一方向へと向かっている。それは、さっきドス黒い力の奔流が送られたのと、同じ方向だった。

 

 やがて。眼前の「人間」は完全に消滅した。

 

 アリスは、それを見届けもせず駆け出していた。

 



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Mad World

「お、お前は.....!」

 

 霧雨魔法店から12分ほど歩いて着いた、開けた土地で、俺はそいつと出会った。

 

 黒い着物に、特徴的な角。それに、白髪。間違いない。あの、以上に強い鬼の妖怪だーー。

 

「ああ、名乗ったかな、オレ。ーー魂を喰らうもの.....霊鬼」

 

「お前を探していたんだが.....手間が省けたなァ。ベルト、戴くぜ」

 

 その言葉で、俺は意識も体も、臨戦態勢へと移行させた。既にベルトは巻いている。後は、ボトルをソケットに挿入して変身するだけだ。

 

 もう俺は、あの二人と関わりがない。ーー暴走したって、誰にも迷惑をかけることはない。

 

 躊躇なく、一抹の寂しさから震える手でボトルをベルトに挿入すると、ベルトはいつもの通り、『RABBIT(ラビット)』『TANK(タンク)』と鳴いた。

 

 そこから赤いレバーを回し、変身シークエンスを完了させたうえで、ロクにポーズも取らずに駆け出した。

 

 変身音が高らかに響く。しかし、それに構っている暇はない。奴は強いのだ。一瞬で戦闘を終わらせなければいけない。

 

 一瞬、黒い鋳型のフレームによるプレスで動きが止まるが、1拍後には既に駆け出せている。刹那、右手を後方へ引ききった俺は、その拳を容赦なく振り抜いた。

 

 だが。そこまで予備動作の大きい攻撃が読まれていない筈もなく、簡単に受け止められてしまう。

 

「効くかよ、こんな攻撃がよッ!」

 

 俺の腕を受け止めたそいつは、叫びつつ、フリーになっている右手でこちらに殴りかかってきた。

 

 その殴打は俺の何倍も速く、一瞬にして俺の体に到達した。鳩尾を衝撃が抜ける。脳を介して全身に痛みが伝わり、低く喘ぐ。

 

「これが、攻撃、か」

 

 ふと。俺は呟いた。

 

 どこか自嘲するような。あるいは、全てを諦めてしまったような声色だった。

 

「あン?」

 

「こんなものは、攻撃じゃ、ない」

 

 俺は手を伸ばす。

 

 ベルトに装着された深紅のスイッチへと。

 

 全てを終わらせる、禁断のアイテムへと。

 

 ーーこれを押せば、もう戻れない。

 

「こっからだよ、霊鬼」

 

 『MAX HAZARD ON(マックスハザードオン)』ーーと! 次の瞬間、上ずった合成音声がかき鳴らされた。

 

 それにより、ベルトの出力が限界まで上昇する。体から紫色の波動が迸り、そして、残った自我が掠め取られてゆく。

 

 ーー暴走状態。彼は、能動的にそれを作り出したのだ。

 

 刹那。足を前方へと突き出し、鎧は霊鬼を蹴り飛ばした。

 

「がハッ.....」

 

 暴走状態のラビットタンクハザードには、敵の装甲を貫通する能力がある。彼はそれを行使し、妖怪の分厚い装甲を突き抜け、霊鬼そのものへと攻撃を食らわせたのだ。

 

 その威力は、尋常ではない。

 

「こ、この.....」

 

 言いつつ、霊鬼は走り寄ってくる。その手には、いつの間にか金棒が握られていた。

 

 奴はそれを大上段に構え、彼へと肉薄した。

 

 しかし、間合いが完全に詰まる前に、彼は既に手を打っていた。ベルトのレバーを回し、ボルテック・フィニッシューー必殺の一撃を叩き込む準備を整えていたのだ。

 

 刹那。彼の間合いに入った霊鬼は、漆黒の強化剤、プログレスウェイパーを纏った彼の回し蹴りを頭部に食らい、そのまま、森じゅうに響くか、というくらいの轟音を伴って吹っ飛ばされた。

 

 それを見据えつつ、悠々と歩く影が1つ。黒い鎧だ。彼は蹴り終えてから、息つく暇なく、追撃態勢の態勢を取ったのだった。

 

 彼は地面に落ちている霊鬼の金棒を手に取ると、それを体の横で構えてーーだらんと垂れているので、構えているかは怪しいところだーー「喰らうもの」へと肉薄する。

 

 気付けば、間合いはもう3メートルほどしかない。十分、必殺の一撃が叩き込める距離だ。

 

 次の瞬間。歩き続けていた彼は歩みを止めた。間合い、30センチ。金棒で十分敵を葬り去れる位置。

 

 彼は金棒を振り上げると、それを大上段から下段へと振り下ろしたーー。

 

 その金棒が、霊鬼に命中する直前。

 

 彼は、体に大きな衝撃を受けて背後へと吹っ飛ばされた。見ると、羽の生えた人型の「何か」が、黒い鎧の、その胸部に追突したらしかった。あまりにも過剰な速度の突進で、踏ん張ることすらできなかったのだ。

 

 そして。その突進で、霊鬼は死んだ。上体を衝撃で消滅させられ、残った下半身が、再生もせずに消えて行く。

 

「くそッ! そんな隠し玉持ってやがったのか!」

 

 それを叫んだのは魔理沙だった。彼女は飛行中、変身煙銃で変身したナイトローグーーさっき現れた癖毛の男ーーに連れ去られたものの、機敏に反応して迎撃し、それを成功。死を免れたどころか、今の今まで、ナイトローグと互角の戦いを繰り広げていたのである。

 

 しかし。羽に身を包み、そのまま体を回転させて突進してきたそいつを、魔理沙は回避しきれなかった。サイドステップの時に左手を上手く引き付けられず、彼女の左腕は現在、大きく歪んでいた。骨折しているのだ。

 

 そんな魔理沙は、まるで「終わった獲物」かのようにーー。ナイトローグは、その手に持ったトランスチームガンにドラゴンボトルを挿入すると、そこから蒼いドラゴンを射出。正確に黒い鎧を射抜き、変身解除まで追い込んだ。

 

「どうやら、役者は揃ったようだな」

 

 ナイトローグは言い、そして、変身を解除した。ーーと次の瞬間、空からドス黒い竜巻が降りてくる。そいつは真っ直ぐに降下し、癖毛の男を包むと、やがて、激しさを増すことなく消えた。

 

「フム.....どうやら霧凪もやってくれたようだ。私の元に、こうして力を送ってきてくれるとはーー」

 

 ブツブツと呟きつつ、その男は懐からベルトを取り出す。ーー深紅のベルトだった。心なしか、その造形はビルドドライバーに似ているように見えた。

 

 男がそいつを巻くと、ベルトは、「Evol Driver(エボルドライバー)!」と哭く。

 

「エボル.....ドライバー.....?」

 

 言ったのはたった今変身解除された少年であった。頭を押さえている。どこか苦しそうだ。

 

「そうだ。これを使えばーー私は神になれる」

 

 1拍と置かず、男は手に握っていたボトルをベルトに突き刺した。ボトルはそれぞれ、「コウモリ!」「発動機!」と音響をかき鳴らす。

 

 『Evol Much(エボルマッチ)! ーーAre You Ready(準備はいいか)?』ベルトが宣言すると同時、彼は側面部のレバーを一心不乱に回し、天狗巣状に赤と紫のパイプを展開させた。それを満面の笑みで見据えつつ、彼は声高らかに「変身ッ!」と叫ぶ。

 

 次の瞬間、パイプが一点に集束し、その中心に一人の戦士を作り出した。

 

 『Bad Engine(マッドローグ)!』ーー。そんな宣言と前後するようにして、ベルトから哄笑が響く。

 

「さて、ベルトをいただこうかな」

 



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Reasonts

 ある所に、一人の妖怪が居た。

 

 彼は生まれた時から、周囲では争いが耐えなかった。それは運命の悪戯か、はたまた彼の素質か、今となっては分からないがーーそんな環境で力を付けた彼にはいつしか、「土地に染み着いた負のエネルギーを人の形へ押し留め、それを使役する程度の能力」が宿っていた。

 

 その妖怪は、妖怪人間問わず、数多もの恨みが詰まった土地、魔法の森に住み着き、その奥地に能力で創造した生物の帝国を作った。

 

 暫く、その帝国の安寧たる日々は続いた。だが、この世に永遠は存在しない。その日々は、ある出来事によって崩れ去った。

 

 それが、「紅霧異変」ーー。こことは違う、別の世界から来た吸血鬼が引き起こした異変である。

 

 幻想郷規格で起こったその異変は、数々の妖怪や人間に恐怖を植え付けたというが。しかして、彼もその一人であったのだ。

 

 その妖怪は、極端に恐怖心や猜疑心などといった、負の感情が強かった。

 

 だからだろうか。異変を極端に恐れた彼は、必死で自身を高める情報をかき集め、そして、発見した。

 

 『Evol Driver(エボルドライバー)』という、使い方次第では星1つ滅ぼすことのできる兵器を。その設計図は幻想入りしており、「深淵に棲むもの」を使役させれば、設計図自体は簡単に手に入った。

 

 それで、彼はその設計図に同封されていた、「トランスチームガン」なるものを完成させ、技術力を確かめたうえで、そのエボルドライバーを苦心して作り上げた。

 

 しかし、そこからが問題だった。

 

 その兵器を使うための条件があったのだ。

 

 先ず、「ハザードレベル」なる肉体の順応数値が5.0であること。そして、世界のエレメントをボトルの形に押し留めることで完成するものとは違う、ドライバー用のボトルーー。ドラゴンコブラボトルとエボルライダーボトルを用意すること。

 

 ハザードレベルの確保もそうだが、何よりも、ボトルの確保が大変だった。彼は竜の妖怪だったので、自分のDNAを抽出すればなんとかなったが、エボルライダーボトルの入手法など皆目見当もつかなかったのだ。

 

 そこで。彼は考えた。「ライダーシステム」という概念を創造してやろう、と。

 

 エボルドライバーを模倣した存在、ビルドドライバーを作り出し、それに順応できる「深淵に棲むもの」を創造。ついでに、自分の記憶からラビットボトルとタンクボトルを作り、それで、その「深淵に棲むもの」が完全にドライバーに順応したところで回収する手はずを立てた。そいつがビルドドライバー、エボルドライバーの模倣存在に適応すれば、「ビルドドライバーによるライダーシステム」という概念が出来上がり、そこで、そいつの中には「ライダーシステム」のDNAが出来る。

 

 計画は完璧。しかし、それを実行した場所が良くなかった。

 

 彼は、その「深淵に棲むもの」の帝国の中で作ってしまった。

 

 その妖怪の能力は、「土地に染み着いた負の感情を利用する」もの。その能力は、帝国に染み着いた、「能力を操り損ねたくない」というそいつ自身の感情を読み取り、具現化してしまった。

 

 結果。そのベルトには、「暴走」のための深紅のスイッチが取り付けられ、外すことができなくなってしまう。

 

 彼は激烈に、その存在を恐れた。衝動的に、その「深淵に棲むもの」を魔法の森に放り出すほどには。その妖怪は帝国の奥地で、計画を練り直した。

 

 彼は、一先ずその「深淵に棲むもの」を放置して、ハザードレベルを高めよう、と試みたのだ。

 

 手に入れた資料には、ハザードレベルはライダーシステムでのみ上昇させることができる、と記されていた。それが本当なら、ビルドドライバーを放置した状態ではハザードレベルを上昇させられない筈だが、彼は、他人から「生命エネルギー」やら、「存在力」やらといった「力」を奪うことで、それを可能にした。

 

 その力を奪うために召致されたのが、能力者の人間、霧凪だった。彼は劣化と略奪の霧を操作できる能力者で、恋人をダシに脅されていたのだ。だから、半ば強制的に、その妖怪へと忠誠を誓わせれていた。

 

 その後。彼は、部族から追放された鬼、霊鬼族の「喰らうもの」を仲間にし、ビルドドライバー回収用の遊撃部隊の隊長へと就任させて、準備を完全にした。その時、彼は「喰らうもの」の能力で、森に結界を張っていた。少々無理矢理ではあるが、これで計画の核は逃げられなくなったのだ。

 

 その妖怪は、自らを「ナイトローグ」と名付け、帝国、「ビトレイヤーズ」の総力を以てビルドドライバーを回収することを宣言した。

 

 ーーあの少年に記憶がないのは当然である。彼には記憶の元となる経験が欠如しているのだから。唯一残った記憶の断片のようなものは、負の感情の元となった人間のものであり、本当の彼の記憶ではない。

 

 計画は進み。その妖怪は、は成果が芳しくないことを聞き付けると、危険と知りながらその少年の出来具合を確認しに行った。

 

 そして。そこで、後一回でも「暴走」すれば「ライダースシテム」という概念が出来上がることを確認すると、彼は計画を大詰めまで進めるために、「深淵に棲むもの」の部隊を編成すると、それを集め、「征伐」という名目でドライバーの回収に向かった。それが、確認から数時間後のことだった。

 

 その最中、彼は暴走の引き金とするため、あの少年と親しい存在、魔理沙を拐い、その記憶からバットフルボトルとエンジンフルボトルを作り出してから、適度に痛め付けようとした。

 

 しかし、そこで手痛い反撃に遭う。彼女はそれなりに「できる」人間であった。

 

 戦闘が始まり、少しした頃、ふと、彼女のポケットから一本のボトルが落ちた。それは、森に散布されていた霧の成分が詰まったボトルだった。

 

 彼はそれを拾い、そして、自分に突き刺した。少しでもハザードレベルを上げようという腹積もりだったのだろう。

 

 そこで異変が起きた。なんということか。手に握っていたバットフルボトルの形が変容したのだ。ーートランスチームガンに順応する形へと。

 

 彼はそれを上手く使い、戦闘を有利に進めた。

 

 しかし、そのシステムには1つ問題があった。装甲があまり強くないそのスーツ、「ナイトローグ」のスーツは、魔理沙の使う「光」の魔法によって浄化されてしまうのだ。

 

 これにより、次第に、ボトルは元の形を取り戻していく。それに伴って、スーツの存在も稀薄になっていった。

 

 そんな中で彼は、決死の思いで翼を広げ、タックルをかました。状況を打開するために。

 

 そして、それが項をそうした。それにより、彼女の腕を潰し、飄々として、いつ裏切ってもおかしくないと思っていた霊鬼を消し飛ばし、あの少年の元へと辿り着いたのだ。そのうえ、霧凪によるハザードレベル上昇が入り、資料にあった「エボルマッチ」が使える状況が整った。

 

 これこそ運命。彼は笑い出しそうだった。

 

 その妖怪は迷うことなくボトルをベルトに挿入し、変身した。

 

 そこで、彼は「マッドローグ」となった。

 

 狂気の悪は、黒兎を駆るーー。

 



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Finish Because Disaster

 こんな話を聞いたことがあります。
 物語を書くときには「引力」というものが非常に強くはたらいていて、時に、作家はキャラクターの行動や心理をコンントロールできなくなってしまうのだとか。
 物語というものは、作家の自由によって構成されているものではなく。我々が眠れる奴隷であるうちは、そこに真の自由は介在しないーーと。
 そういう意味で。僕はまだ、「眠れる奴隷」なのかもしれないです。


「こ、この野郎!」

 

 叫び、魔理沙は手に持った八掛炉を構え、そこに力を集中させた。

 

 しかし。痛みからか、はたまた肉体が限界を迎えたか、彼女は唯一の武器である八卦炉を取り落としてしまう。

 

 ーー魔理沙の支援には期待できない。

 

 そう思考した瞬間、今まで悠然と佇んでいたマッドローグが動き出した。どこからともなく出現させた紫色の銃を胸の前で構え、それをこちらへ向けつつ、真っ直ぐ走り寄って来る。

 

「う、うわあああああああッ!」

 

 叫び。俺は、手に握っていたボトル二本をベルトに挿入し、変身した。もうすっかり馴染んでしまったプレス機に圧縮される直前、身体中を青い稲妻のようなものが突き抜け、悶えるほどの痛撃が精神を焦がしたが、それを乗り越えて、俺はいつもの、漆黒の鎧へと身を墜とした。

 

 この鎧も、すっかり慣れてしまった。

 

 不遜なくらいの力を秘めた、「災害」という形容の相応しい禍々しい鎧。どこまでも孤独な自分と、皮肉なほど適合(ベストマッチ)している鎧。

 

 今、変身者としての直感が俺に告げた。

 

 ーーこれが、最後の変身なのだ、と。

 

 どうやら、変身解除からの再変身は体に負荷をかけるらしい。今までとは比べ物にならないほど強い疼痛が頭部のみならず、全身に侵食しているのが、それを証明している。

 

 だが、そんなこと知ったことか。

 

 孤独な自分は、こんな消え方が相応しい。

 

 次の瞬間。俺は、地面を蹴って奴の方向に駆け出した。もう彼我の距離は1メートルとない。間合いは充分に詰められている。

 

 刹那。俺の拳よりも速く、奴の手に握られていたブレード、スチームブレードがこちらの胸部に突き刺さり、その衝撃で、俺は火花を散らして背後へと吹っ飛んだ。

 

 今ので分かった。あの「マッドローグ」の性能は、こちらより高い。まともにやりあえば、勝ち目はないのだ。

 

 では、どうするか? こちらには徒手空拳しか使える手がない。銃だって剣だって、この手にはないのだ。

 

 暴走するかーーー? 魔理沙に危害が及ぶかもしれないのに?

 

 じゃあどうする。普通に戦っては勝てない、この状況でーー。

 

 1拍と置かず。マッドローグは手に握った銃で弾幕を張りながらこちらへと突撃。そのまま、手に握られたスチームブレードで刺突攻撃を放ち、着実にダメージを与えていく。

 

「う、おおおおっ!」

 

 俺はそれを6発ほど耐え抜きーー7発目が体に届いた瞬間に、剣を受け止めることで連撃を止めた。

 

「な.....ッ!?」

 

 そして、奴の手に手刀を食らわせ、力を抜かせたうえでスチームブレードを引き抜く。

 

 その剣は素直に俺の手に収まり、仕様で、ガチャリ、と金属音を立てた。

 

 ーーこれを使えば、勝機を見いだせる。一般的に、長物を持った相手に徒手空拳で勝利を納めるには、長物を持っている側に対して三倍の力を有していなければいけない。

 

 性能差はこれで無いに等しいだろう。ここからは、実力が戦局を分ける。

 

 俺はその剣を中段に構え、水平に振り抜いた。銃を撃つべく突き出されたマッドローグの掌へと、その剣は吸い込まれるように向かっていく。

 

 次の瞬間、奴はすんでのところで拳を振り上げ、攻撃を回避すると、後退しつつ、腰から青いボトルを引き抜き、それを銃へ挿入した。どこか嘲笑うようなシステム音声がかき鳴らされ、引き金が引かれたのを合図として、重厚から竜が射出される。

 

 そいつを剣を持っていない方の左手で受け止めてから、そのあぎとをかき切り、俺はマッドローグへと肉薄した。その右手は大上段に構えられている。袈裟斬りの構えだ。

 

 次の瞬間、スチームブレードが紫色の軌跡を引きながら振り下ろされた。

 

 これが到達すれば、こちらの勝利だーー。

 

 しかし次の瞬間。剣が奴に到達するよりも速く、マッドローグの姿が一瞬視界からかき消えた。そして、それから1拍と置かず、俺は遥か後方へ吹っ飛ばされていた。

 

 攻撃の瞬間は見えた。まるでコマ送りのように不自然な動きで、奴の脚はこちらの腹を射抜いたのだった。

 

 だが、攻撃までの動作が見えなかった。奴はいかなる原理によってかーー高速化したのだ。

 

 俺は魔法の森の大木に衝突し、その運動力を全て消滅させた。

 

 ーーそこで俺は、視界が霞んでいることに気付く。否、霞んでいるというより、目障りなノイズが視界に介入して、何もかもが見えにくくなっているのだった。

 

 神経毒。刹那に、そんな言葉が頭に浮かんできた。

 

「さァ.....終わりだ、仮面ライダーァァァ.....」

 

 ーーと、ふと、俺は聴覚に、翼の展開される音を聞いた。

 

 俺はさっき、翼によるタックルでやられている。うっすらとだが、それは覚えているのだった。

 

 あれが、来る。本能が、経験が、自分にそう告げている。

 

 『Evoltec Finish(エボルテック・フィニッシュ)!』ーー。哀れな黒兎を誘うべくかき鳴らされた、地獄のラッパ。悪魔の哄笑。

 

Chao(チャオ)!』

 

 さようなら。さらりと放たれた、純然たる死亡宣告。

 

 全てがコマ送りのようだった。今から自分が死ぬというのに、不思議と、恐怖はなかった。

 

 そんな時だった。本能からか、それとも、残存していた意地がそうさせたのかーー俺は、無意識のうちに、ベルトに装着された深紅のスイッチの、その上部のボタンを押し込んでいた。

 

 刹那。脳が「何か」に侵される感覚とともに、「俺」は意識を失った。

 

 黒い鎧は、ほぼ無くなりかけている視界に、敵をしっかりと映した。

 

 その「獣」かのような魂は、どこまでも孤独な少年には導き出せなかった、勝利の法則を算出できていたのだ。その法則はーー残念ながら、自分の命を繋げることは考慮されていないがーー元々、彼は死んだ身なのだ。どうせ、変身解除すれば終わる命。

 

 「そんな命に、価値はない」とでも言うかのようにーー。

 

 次の瞬間、彼は左腕に崩壊作用をはらんだ瘴気、プログレスウェイパーを集中させーー脚を揃えて、真っ直ぐ飛び込んでくるマッドローグのキックを、その左腕で受け止めた。

 

 そして。そこから。黒い鎧は躊躇なく、右手に握ったスチームブレードで左腕を切り落とし、大きく横っ飛びして衝撃に備えた。

 

 集中させたプログレスウェイパーは、自身の装甲さえも破壊する。

 

 刹那。マッドローグに蹴り抜かれた左腕の内圧が上昇し、爆発四散して辺りの空気やら梢やらを震わせた。その衝撃は黒い鎧にも抜けているが、幸いにも、致命傷には至っていない。

 

 一方、大技を繰り出した直後のマッドローグには大きな隙ができていた。加えて、脚は、崩壊作用を秘めた大量のプログレスウェイパーに汚染されているのだ。

 

 脚からプラズマが迸り、一瞬体勢が崩れたところで、マッドローグは漸く異変に気がついた。

 

 だが、その時にはもう遅かった。

 

 次の瞬間。

 

 まるで逃げ惑う兎かのようなスピードで、黒い鎧の右手に握られた、紫色の波動を纏う剣が振るわれた。一撃で脚を切り裂き、二撃目で銃を持っている手を薙ぎ、三撃目で、正確にマッドローグの頭部を貫いた。

 

 それで、勝負は決したようなものだった。頭部の剣が引き抜かれた瞬間、マッドローグは禍々しい色のエフェクトを散らしながら変身解除され、後には、妖怪の死体が転がるのみであったーー。

 

 と、その妖怪も、黒い鎧から銃を奪われたと同時に、大気に溶けて消えていく。後には、最早誰にも使われることのないドラゴンボトルだけが残された。

 

 そんな彼は。ふと、振り返って、背後に佇む少女を見やった。

 

 彼を拾い、記憶を戻すのを手伝ってやる、と言い、短い間だったが、行動を共にした少女。

 

 その少女に、今。

 

 無情にも、銃の引き金が向けられた。

 

「ーーーーっぁ」

 

 魔理沙は声にならない声を挙げ、しかし逃げることもせずに、その場に留まっていた。

 

 武器はない。言霊詠唱やらスペルカードやらは撃てるだろうが、それを使うより速く、鎧は魔理沙を葬ることのできる間合いだった。

 

 鎧はトリガーガードに指をかけたまま、微動だにしない。その時間は、さながら永遠のようでーー。

 

 ふと。その黒い鎧が銃を放り投げるまで、膠着は解けなかった。

 

「ーーーな、なんだよ?」

 

 魔理沙は自分の方向に投げられたその銃をまじまじと見つめていた。

 

「はや.....ク。そイつでーー俺ヲ.....撃っテ、クれ」

 

 どきり。と。魔理沙は自分の心臓がハネ上がるのを自覚できた。

 

 撃ってくれ。彼はそう言った。眼前にある銃で、自分自身に決着を付けてくれ、と。

 

「俺、ガ。おれ、で、あるウちに」

 

 どこかイントネーションがおかしい、その声は。

 

 彼がもう助からないということを示していた。

 

 あの少年は必死に抗っているのだろう。あの暴走の作用に対して。あの未知のベルトの力に対して。

 

「うう.....」

 

 弱々しく呻きながら、彼女は銃を拾って構えた。

 

 その手に握られた銃は、今まで持った何よりも重く。

 

「ううう.....」

 

 その手で下す審判の重さを、暗示しているようにも感じられて。

 

「うううううーーーッ!」

 

 彼女は目を瞑った。

 

「撃て、ないよ」

 

「ーー君は、それでいいいのか」

 

「ーー自分がないままで、いいのかよ」

 

 その声は、どこか弱々しく。

 

 孤独な黒兎の審判など、できようもなく。

 

「そ.....う.......よな」

 

 ふと。そんな彼女を包み込むように、その少年は言った。

 

「ーーま、りーーさに、」

 

「お.....を、ーーころ.....させよーーな.....ん....て」

 

「ダーーめだ.....よ.....な」

 

 もう、動ける状態ではなかったのに。

 

「おれの、しまつはーーおれで、つけなくちゃあ、なッ!」

 

 それは、最後の叫びだった。

 

 次の瞬間、彼は彼女に背を向けて歩き出した。そこにもう、「あの少年」は居なかった。

 

 どこへ向かうのか。あてなどないのに。

 

 いつまで続くのか。自我すらないのに。

 

 ーーそれはやはり、黒兎の身勝手な唄で。

 

 黒兎の唄は、誰にも聞こえることなく響いてーー消えた。

 




 ーーどこまでも寛容な世界は、災害すらも受け入れる。
 ーーしかし、それは調和とは違う。


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