こころとカラダ (ヤムチャしやがって)
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こころとカラダ

 遠い遠い、昔の日。俺が小学生低学年だった頃の話。

 黄昏が空を覆うその下で、俺は泣いていた。胸を押さえ、苦しそうに。しかし同時に、嬉しそうに。

 

 夕風に靡く金色の髪。そして汚れを一切知らないと感じさせる、曇りのない金の瞳。

 泣きじゃくる俺とは対照的に、顔いっぱいに笑顔を浮かべたそいつは、とてもとても楽しそうに、嬉しそうに言ったんだ。

 

 ──あなた『空っぽ』なんかじゃないわ! だって心がなかったらそんなに涙なんて流れないもの。

 

 何もないと言うボクを、正面から否定して

 

 ──辛いなら代わりに私が持ってあげるわ! だから軽くなるまで荷物を下ろしちゃいなさい! 大丈夫、私こう見えて力持ちなんだから!

 

 冗談っぽく、しかし誰よりも真剣に

 

 ──あなたが笑顔じゃないと私も笑顔になれないじゃない! だって私とあなたは……

 

 彼女の言葉に俺は救われた。劣等感に押しつぶされ、壊れかけていた心が軽くなった。

 はっきりと覚えている。この時、この瞬間に、『ボク』は『俺』になったんだ。目標も何もなく、ただただ必死にレールの上を歩いているだけの自分から。心に譲れない大切なものを抱いた自分へ。

 あいつはこの時のことを覚えているだろうか……。いや、忘れてくれているならそれでいい。こんな恥ずかしい自分を知っているのは、世界で唯一、俺だけでいい。

 

 

 さて、ここらで自己紹介をしよう。俺の名前は弦巻カラダ。ちょっとした豪邸で執事をしているだけの、ごくごく普通の青年だ。

 これはなんてことない日常譚。自由奔放の姉に振り回される弟の、味気など一切ない平凡な話。それでも見るっていうなら、まぁ、好きにすればいい。でも、決して面白いもんじゃないぞ?

 

 それじゃあ始めよう。俺とあいつ、そしてその友人たちの物語を──。

 

 

 

 

 ⚫︎

 

 

 

 

 先も言ったが俺、弦巻カラダは執事をしている。修行期間も含めなければ3年、含めると7年もの歳月をこの仕事に捧げてきた。いや、あいつに捧げてきたといた方がいいか。

 俺の仕えるお嬢様は非常に自由奔放で好奇心旺盛、純真無垢と大変健やかなお方である。この間なんかはなんの前触れもなく『バンドをやりましょう!』なんて言って……。

 知識も経験もなく、完全な見切り発車だったのだが。あのお嬢様、人の縁には大変恵まれており、あれよあれよという間にメンバーが集まった。本当に、奥沢様にはなんと謝罪をしたらいいやら……。

 

 なんて直近のびっくりイベントを思い返しつつ、俺はある扉の前に立つ。ここは件のお嬢様が寝るお部屋だ。今頃は夢の中であれやこれやと楽しいことをしているのだろう。

 ノックをするが当然返事はない。ドアノブに手を伸ばし、ガチャリ、という音とともに扉を開く。

 

「お嬢様、朝です。そろそろ起きてください」

「むにゃ……くじら……ほわほわ……」

 

 キングサイズのベッドの中ですやすやと寝息を立てる金髪の少女。『くじら』が『ほわほわ』らしい夢を見る彼女は非常に幸せそうで、このまま起こしてしまうのが勿体ないくらいの笑顔を浮かべている。

 だが俺は心を鬼にし、彼女を包む高級羽毛布団へ手を伸ばし

 

「起きてください!」

 

 言葉とともに一気に引き剥がす。バサッ、と宙を舞う布団の下、可愛らしいピンクのパジャマが現れる。

 

「う〜ん……あ、カラダじゃない! おはよう!」

「おはようございます、お嬢様」

 

 カッと目が開き、寝起き一発目とは思えないほど元気な声で挨拶する少女。金色の瞳が覗く目元が嬉しそうに弧を描く。

 この少女の名前は弦巻こころ。苗字から察する通り、俺の姉である。

 

「朝食の用意は出来ております。学校の登校時間も迫ってますので、少しお急ぎを」

「それじゃあ朝食から食べましょう! カラダ、連れて行って♪」

 

 言うや否や背後へと周り背に乗っかるこころ。ズンッ、と一人分の重さがのしかかるが、伊達に日頃から鍛えてはいない。女の子一人くらい楽に持ち上げるくらいの筋力はある。

 

「んふふ〜♪ やっぱりカラダの背中はおっきいわね!」

 

 表情はわからないが声色から上機嫌だとわかる。そして背中に感じる頬ずりの感覚。

 もはや慣れたことなので何も感じないが、どうかこういうことは家の中だけに止めて欲しい。まぁ言っても無駄なので心の内にしまっておくが。

 

「ねぇねぇカラダ!」

「はい、なんでしょう」

 

 呼ばれ、背中へと視線を向ける。

 

「今日も楽しい1日になりそうね!」

 

 ひまわりのような笑顔が咲く。そんなこころの笑顔につられてか、口元が緩む。

 

「はい、私もそう思います」

 

 今日も1日、元気な姉の笑顔を守るために頑張るとしましょうか。

 

 

 

 

 ⚫︎

 

 

 

 

 花咲川女子学園高等学校。ここが我が姉弦巻こころが通う学校だ。家が超お金持ちの彼女が通うにしては普通すぎる学校だが、まぁこっちの方がこころにとってはいいのかもしれない。

 そして俺、弦巻カラダはというと……

 

「ねぇねぇカラダ! あそこの木、とっても登りやすそうと思わない!」

「お嬢様、さすがに登るのは危険です。というか遅刻してしまいます」

 

 無論、こころの執事として側に仕えている。あーあー皆まで言うな。どうせ『男が女子校に入って大丈夫なのか』とか言いたいんだろ? そこらへんは弦巻家が裏から話をつけているからむ無問題。本当に、金持ちとは恐ろしいものだ。

 何がいいのか、木へと向かって走りだそうとするこころを抑え、やや乱暴だが教室へと引っ張る。執事にも多少の強引さは必要なんです、そうなんです。

 

「みんな、おっはよー!」

「おはようございます」

 

 こころは片手をピンと伸ばし元気に。対して俺は一礼し、静かに挨拶をして教室へ。こころの登場に一瞬クラスの時が止まるがもはや慣れたこと、各々返事を返すなり無視するなりして再開する。

 そのまま教室の一番後ろにある自分の席へと移動。椅子に腰をかけると隣の席へ視線を向ける。

 

「おはよう美咲! 調子はどうかしら? 私は絶好調よ!」

 

 話しかけるのは長髪の女生徒。名前は奥沢美咲といい、先に言ったこころのバンドのメンバーの一人である。

 まぁ本人は非常に不本意での加入らしいが。

 

「朝から元気すぎ……まぁ、おはよ」

「奥沢様、おはようございます」

「あ、ああ……おはようございます」

 

 非常に気まずそうに挨拶を返される。

 

「あの、やっぱりその様付けってやめてもらえませんか? 同い年だし、ちょっと……」

「申し訳ありません。しかし私は執事ですので」

 

 ああ、そうですか──乾いた笑みを浮かべる奥沢さん。

 いや本当に申し訳ない。でもさ、『執事たるもの常に一挙一動に気を配れ』っていうお師匠の言葉が体に叩きつけられてるんだよね。だからごめんなさい、無理です。

 

「ふぁああ〜」

 

 珍しく大きなあくびをする奥沢さん。やった後に自分のしたことに気がついたらしく、頬を朱に染めて視線をそらす。非常に可愛らしい。

 普段は人目を気にしているのにも関わらずのそれに、思わず言葉をかけてしまう。

 

「奥沢様、もしかして寝不足でしょうか?」

「あはは、妹への羊毛フェルトを作ってたら時間が過ぎてまして」

 

 その言葉で妹のことをたいへん愛しているということがわかる。そんな妹思いの奥沢さんに、不肖弦巻カラダが疲労回復の一品をお裾分けさせていただこう。

 

「奥沢様、お疲れでしたらこれをどうぞ」

「え、と……これは?」

 

 俺が取り出したのは、オレンジ色をした何かが入った小瓶。どこからともなく現れたそれへ、奥沢さんはいかにも警戒心を持った視線を向ける。

 だが安心を、これはゲテモノなんかじゃありません。

 

「オレンジを使ったスムージーです。疲労回復にはビタミンが良いと聞くので、よろしかったらどうですか?」

 

 詳しいことはよく知らないが、オレンジとかみかんには疲労回復の効果があるだとかなんとか。まぁ嘘だったとしても気が楽になってくれさえすればいい。

 中身の正体を聞き、一応警戒心を解いてくれた奥沢さん。瓶を手に取り、渡したストローで中身を飲む。

 

「あ、美味しい……」

「お口にあってくれたようで何よりです。予備は幾つかありますので、全部飲んでいただいても構いませんよ?」

「あー……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 少し申し訳なさそうにしつつ、奥沢さんは瓶の中身を飲み干す。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様です」

 

 空になった瓶を預かりどこかへとしまう。でてきたときと同様、煙のように消えた瓶に表情を引きつらせる奥沢さん。これも執事のたしなみです。

 

「なんだか楽になった気がします」

「そう言っていただけて良かったです」

「ふふ〜ん、私のカラダは凄いでしょう!」

「なんであんたが得意気な顔してるの……。私はカラダさんに言ったんだから」

 

 なぜか胸を張るこころに疲れた表情を浮かべる奥沢さん。どうやらオレンジの効果は負けてしまったようだ。

 そんな奥沢さんに、こころは太陽にも負けない笑顔を浮かべ

 

「それはもちろん、カラダが私の弟だからよ! 弟が褒められて嬉しくない姉なんかいないわ!」

 

 とても自慢気に、嬉しそうに言う。

 そんなこころの発言に奥沢さんもお手上げ。妹がいる身としてどこか思うものがあったのだろう。小さくだが笑みを浮かべていた。

 

 そして俺はというと、

 

 ──だって私とあなたは(こころ)(カラダ)、二人で一人の姉弟(きょうだい)じゃない!

 

 あの日の言葉の続きを思い出していた。やはりどれだけ時が経ってもこころはこころのままだ。どこまでも真っ直ぐで、眩しくて、純粋で…………俺の自慢の姉だ。

 

 

 

 心と体は一心同体。心を護るのが体の役目で、そして心が笑顔でいる限り、体は決して地を見ない。

 これから先、俺はずっとこの姉に仕えるのだろう。それこそずっとずっと……(あね)を護ってくれる(だれか)が現れるその日まで。

 

 

 

 

 

 

 



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迷子少女の探検記?

どうもお久しぶりです。
とりあえず書き終えました、第2話をどうぞ。




 映画やドラマでしか見たことのない大きな大きな邸宅。というか宮殿?

 ここはあたし奥沢美咲が所属する『ハロー、ハッピーワールド!』の創設者にして、あたしから平穏という名の日常を奪ったクラスメート、弦巻こころの自宅である。

 相も変わらず苦笑しか起きないほど広い庭を抜け、これまた大きな大きな扉、その横にある何やら高価そうな装飾が施されたインタフォーンへと指を伸ばす。

 

 がちゃり。インターフォンの音が鳴り終えるとほぼ同時、扉がひとりでに動き邸宅の中への道が開く。

 

「お待ちしておりました。今日はわざわざお越しいただきありがとうございます」

 

 開いた扉の先。そこにはいつものスーツ姿に身を包んだ黒髪の青年、こころの執事兼弟のカラダさんがいた。執事らしい綺麗なお辞儀をした後、姿勢を元に戻すと扉の淵へと移動。どうやらお邪魔しても良いらしい。

 それにしてもカラダさんもよくやるなぁ。こっちは学校とバンドだけでもいっぱいいっぱいだっていうのに、毎日毎日、しかも朝から晩までこころのお世話なんて……あたしだったら給料よくても断るなぁ……。

 

 弦巻宅へと足を踏み入れたあたしたち。先行し案内をするカラダさんへ、メンバーの一人である薫さんが声を掛ける。

 

「やぁバトラー。今日の君は一段と凛々しいね」

「いえいえ、瀬田様こそ今日は特に美しく……ああ、髪をお切りになられたのですね」

「ふっ、子猫ちゃん直々のお誘いだからね。美しい姿で応じるのが礼儀というものだろう?」

 

 いつも通り、平常運転の薫さんを難なくいなし会話を進めるカラダさん。やはり日々こころの相手を務めているだけあり、無駄の一切ない省エネ対応だ。

 それにしてもよく髪を切ったなんてわかったなー。確かに言われてみればわかるけど、そんな些細な変化を一瞬で見抜くなんて。すごい観察眼。

 

「かっちゃんかっちゃん! 差し入れだよ! 出来立てのうちのコロッケ!」

 

『かっちゃん』。カラダさんをそう呼び、ハイテンションな声で袋を差し出すのはベース担当のはぐみ。差し出された袋は両手で抱えるほど大きく、中身がパンパンで膨れ上がっていた。

 ていうか、その中身全部コロッケ……だよね。好きなのはわかるけどさ、その……ちょっと多すぎない?

 

「わざわざありがとうございます北沢様。後ほどお部屋へと運ばせていただきますね」

 

 袋を受け取りつつお礼を述べるカラダさん。どうやら今日の会議のおやつは北沢家のコロッケになりそうだ。いや、美味しいからいいんだけど。

 それからはぐみのソフトボールの試合の話や、薫さんのいつもの儚い談義をしている間に目的の部屋へと到着。

 

「お嬢様、皆様をお連れしました」

 

 ノックをし、扉越しにそう伝えると、がちゃりという音ともに扉がひとりでに開く。いや、中にいた人物が開けたと言ったほうが正しいか。

 

「みんな来たわね! ほら、中に入って入って!」

「お邪魔します! こころん!」

「お邪魔しているよ、こころ」

「お邪魔してまーす」

 

 現れたのは我らがリーダー弦巻こころ。いつもと変わらぬ元気いっぱいな声で私たちを部屋の中へと招く。

 そして部屋に入るや否や、こころは首をかしげ不思議そうな視線を私たちへと向ける。

 

「あれ? 今日は花音は来ていないのかしら?」

 

 そして一言。予想外の言葉にあたしはそれを理解するまで数秒の時間を要した。花音さんがいないってそんな馬鹿な。今日はあたし達と一緒にここまで来たし、いないなんてこと……。

 

「あ、あれ⁉︎ かのちゃん先輩がいなよ! さっきまで一緒にいたのに!」

 

 ありましたよ……。というか花音さん、さすがに方向音痴と言っても限度が……。

 この場に花音さんの姿がないことに気づき慌てるはぐみ。そんな彼女を宥めたのは意外にもこころだった。こころはあたふたするはぐみの名を呼ぶと、なぜか瞳をキラキラと輝かせ

 

「大丈夫よはぐみ! きっと花音は家の中を探検しているんだわ!」

「そ、そうなの⁉︎ なんだよかったぁ!」

「こうしちゃいられないわ! 私達も花音に続いて探検しにいくわよ!」

「おー! かのちゃん先輩に続けー!」

 

 こちらが言葉をかける間も無く、こころとはぐみは部屋を飛び出してしまった。これで迷子が計3名。思わずため息がこぼれてしまう。

 

「ああもう! なんで集めた本人がどっかに行っちゃうかなぁ⁉︎」

「ふふっ、そんなところもまた、こころの魅力というものさ」

「いや笑えませんから。というか、この馬鹿でかい屋敷から花音さんを探すだけでも苦労するっていうのに、こころ達まで加わったら手に負えませんよ」

「かのシェイクスピアは言っていた。物事によいも悪いもない。考え方によって良くも悪くもなる、と……。つまり……そういうことさ」

 

 いやいや、どう考えたってこれは悪い事態ですって。このままじゃ会議どころの騒ぎじゃ無くなっちゃいますから。

 いつものように、わかって使っているのか怪しい名言を口にする薫さん。メンバーの過半数がいないという状況にも焦ること無く、優雅に佇む様に思わず口が動く。

 

「薫さんはなんというか、落ち着いていますね。てっきりこころ達と一緒に行くのかと思ってましたけど」

「ふふっ、それも面白そうだ。が、今回はここで迷子の子猫ちゃんが来るのを待つとしよう」

 

 意外や意外。3バカの一人である薫さんに、まさかおとなしく待つという選択肢があったなんて。

 予想外の言葉に戦慄を覚える私へ気づいていない薫さんは、開け放たれた扉を見つめながら言葉を続ける。

 

「慌てなくとも、すぐに花音は来るさ。今頃、ナイトが迎えに行っているだろうからね」

 

 そう囁くように呟かれた言葉で気づく。この部屋一緒に入ったはずの、あの人の姿がいつの間にか消えていることに。

 

 

 

 

 ⚫︎

 

 

 

 

「ふえぇ……ここどこぉ……」

 

 弦巻家の邸宅。その中のとある場所にて、少女、松原花音は一人涙を流していた。

 

「み、美咲ちゃーん。はぐみちゃーん……薫さーん……」

 

 返事はない、どうやらはぐれてしまったようだ。助けを呼ぶために名を呼んだはずが、迷子を再確認させる結果となってしまう。そして図らずも再確認した事実に、花音の体が小刻みに震える。

 

「なんではぐれちゃったんだろう……。こころちゃんの家に入るまで一緒だったのに……」

 

 確かに美咲の後ろをついて歩いていたはず。だというのに、気がつけば美咲はおろか共に来ていたはぐみや薫、そして出迎えてくれたカラダの姿すらも見失ってしまった。

 今までも方向音痴──はぐれたり迷ったりすることは多々あったが、なぜかここ最近その能力にさらに磨きがかかっているように思えてならない。仮にステータスがあるとすれば、きっと己の画面には『迷子(EX)』と記されているに違いないだろう。

 そんな迷子の申し子と化しつつある花音。これ以上遅れて会議の時間を遅らせるわけにはいかない、となけなしの気合を入れ、とりあえず屋敷の入り口へ戻ることを目標に歩き出す。

 

 しかし方向音痴とは恐ろしいもので、歩けば歩くほどなぜか目的地から遠ざかるという、一種の呪いを受けているのだ。

 それは花音も例外ではなく

 

「あ、あれ? こっちじゃない……?」

 

 入り口を目指して歩いていたはずが、なぜかたどり着いたのは博物館のような場所。骨董品や美術品、果ては絵画など、古今東西のさまざまな作品が収められた部屋。

 一般人が住む家にはまずないであろう、そんな異質な空間に今、花音は迷い込んでいた。しかもこの場所自体がそれなりの広さを持っており、現在花音は出口へたどり着くことすら困難な状況へ陥っていた。

 

「ふえぇ……高そうなのがいっぱい……」

 

 さすがは弦巻家。飾られた美術品などの一つ一つが、素人目でも高価なものだとわかる。いったいいくらするのだろう、そこまで考えたところで花音はそれ以上の追究をやめる。

 きっと自分では想像もできないほど高価なものなのだろう。そう考えたほうが精神的にもいいと、彼女の本能が告げたのだ。

 

「そ、それよりも、早く出口を見つけないと」

 

 そうは言うが松原花音よ。いったいどうやって正しい道を行くというのか。はっきり言おう、彼女では自力で元の場所に戻ることは不可能!

 

「そ、そうだ、電話で場所を知らせれば……」

 

 ようやく、まともなアイディアを出す花音。カバンからスマホを出し、国内でもお馴染み某通話・メールアプリを起動する。そして羅列した登録者の中、最も頼りになるであろう人物へ電話をかける。

 

「あ、あれ? つながら、ない……?」

 

 しかし一向にコール音がなる気配がしない。何度かけても繋がらない電話に不信感を抱いた花音はスマホの画面を確認。そして繋がらなかった理由を知る。

 

「電波圏外……」

 

 画面左上に表示された『圏外』の文字。その二文字を目にした花音は絶望でうなだれる。美術品を納めている部屋だけあり、騒がしいのはNGということだろうか。

 とにかく、これで最後の手段すらも失ってしまった花音。もはや打つ手なし、このまま誰かが訪れるまでこの広い部屋に一人、じっと待たなければならなくなった。

 

 しかし都合よく人が訪れるだろうか。いや来るには来るだろうが、それが今すぐかとなると話は違ってくる。

 電波は圏外、しかも自分の力で出口までたどり着く確率はかなり低い。極限の状況下にさらされた花音は、この状況を打破すべく思考をフル回転させる。

 

 ──あなた達も、困った時は呼ぶといいわ! どこへだって駆けつけてくれるんだから!

 

 とある日、金髪の少女が自分たちへ言った言葉を思い出す。

 名前を呼べば駆けつけてくれる。もはや御伽噺の中での出来事だが、残された手段はこれしかない。

 そして花音は藁にもすがる思いでその名を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 ⚫︎

 

 

 

 

 

「花音さん! よかった、無事だったんですね」

 

 無事部屋にたどり着くことができた花音。そんな花音を安堵の表情で迎え入れる美咲。

 

「ごめんね、迷惑かけちゃって」

「いえいえ、無事に来てくれただけで十分ですよ」

 

 しょんぼりと、申し訳なさそうな顔をする花音。そんな彼女を美咲が宥めていると、バンッ、と入り口の扉が勢いよく開き

 

「あ! 見て見てこころん! かのちゃん先輩戻ってきてるよ!」

「本当だわ! ねぇねぇ花音、探検は楽しかったかしら! どんなところに行ったの? 教えてちょうだい!」

 

 現れたには花音に続き探検に出かけたこころとはぐみ。二人は花音の姿を見つけるや否や、すぐにそばへと駆け寄り質問を始める。

 探検していたと認識している二人の言葉に、迷子という認識の花音は何が何やらと困惑の表情を浮かべる。

 

 時間はかかったがメンバーが全員揃い、騒がしく、もとい賑やかになる室内。

 しかしこれ以上会議の開始時間を長引かせるわけにはいかないと、美咲がこころに呼びかける。こころは思い出したかのように顔をはっとさせ、そして右手をこれでもかと突き上げると叫ぶ。

 

「それじゃあ、ハロー、ハッピーワールドの活動会議を始めるわよ!」

 

 

 

 

 

 

 




かのちゃん先輩の迷子スキルは魔改造されています。
だって執事+迷子の女の子って、あれでしょ?
某コンバットバトルストーリーじゃないですかー。

今後何かと某作品に寄る場合がありますので、温かい目で見守ってくださればと思います。


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迷子少女の探検記? (裏)


今回は前話の裏側。
かのちゃん先輩が無事に部屋にたどり着くまでを、主人公の視点でお送りします。

それでは第3話どうぞ!



 どうも、弦巻カラダです。

 今日はこころが所属するバンド『ハロー、ハッピーワールド!』の活動会議が弦巻家で行われる日である。先ほどメンバーの皆さんを部屋へと案内したのだが、ここでひとつ事件が起こってしまった。

 それはハロハピのドラムを担当している松原さんが迷子になってしまったということ。敷地の広い弦巻家だ、慣れていない人が迷子になってしまうと言うのはわかる。

 しかし松原さん……あんた俺たちと一緒にいたじゃん! ついさっきまで後ろついてきていたじゃん⁉︎ どうやったら迷えるわけよ?

 

 ……いや、松原さんには非はない。彼女が着いてきていると思い過ごしていた俺の責任だ。とりあえず探しに行くとしようか。

 なんてことを考えている間に、今度はこころそして北沢さんまでもが部屋を出て行ってしまった。なんでも探検をしにいくだとかなんとか。あーあ、奥沢さんが頭抑えてるよ。溜息ついちゃってるよ。

 我がこころお嬢様と北沢さんの天真爛漫コンビに頭を痛める奥沢さん。そして不意に、彼女の隣に立つイケメン女子の瀬田さんと視線が重なる。

 

「……ふっ」

 

 小さく笑みを向ける瀬田さん。そして俺へ向けて『あっちへ行け』のジェスチャーを送ってくる。どうやら奥沢さんと二人、この場に残ってくれるらしい。小さく頭を下げ、俺は音もなく部屋を後にする。

 廊下にでた俺はスマホを取り出す。探すの自体はそこまで難しくはない。電話をかけて場所を聞けばすぐに見つけ出せる。

 

「いやー、松原さんに連絡先教えてもらっててよかった」

 

 スマホを操作し、松原さんへ電話をかける。しかし電話に応答はなく『電波の届かない場所にいます』という機械的な対応だけが鼓膜を揺らした。

 ……電波が届かない、か。この敷地の中で電波が届かない場所は幾つかあるが……一般の人が行ける場所となると自然と限られる。

 

「さて、行くか」

 

 俺は松原さんがいるであろう場所へと向けて全速力で駆け出す。

 それにしても松原さん、どうやったら美術館(そんなとこ)に迷い込めるんですか……。

 

 

 

 

 

 移動すること5分程度。俺は弦巻家の美術品が収められた部屋の前へと辿り着く。しかしこの部屋、広さだけで言うのならばかなりのもので、方向音痴と言われる松原さんならば問題なく迷子になれる。

 とまぁ、そんなことを考えている間にも時間は流れてしまうので、扉を開けて部屋の中へと入る。

 

「さて、ここにいてくださいよっと」

 

 ここにいることを信じ、俺は美術館の中へと足を踏み入れる。中にはたくさん美術品──俺にはそうは見えないが、どうやらたいそう高価らしい品々──がこれでもかと並べられている。

 例えばどこかの名匠が打った名刀だったり、あるいはかのドイツの政治家が求めた槍だったり。まさに古今東西、ありとあらゆるモノが収められている。

 まぁそれが本物かどうか、それを俺に確認する手立てはない。とりあえずわかるのは、これらがかなりの価値を持っているモノだということだけだ。

 

 そんな見る人が見れば宝の山であろう美術品の中を、一人の迷子の少女を探すためにひた走る。

 しかし広い、とにかく広い。なんでこんな広さにしたのかと、この家を設計した人物が恨めしい。探し人が普通の人ならばいいのだが、なにせ松原さんだ。誰一人に気付かれることなく姿を消した彼女は、おそらくスキル『気配遮断(C)』を取得しているのだろう。

 

 見つける人が変わるだけで難易度がグンと増加する。松原さん、末恐ろしい子だ……。

 なんてことを考えながら美術館を走り回っていると、かすかにだが人の話す声が聞こえる。

 

「は、恥ずかしいけど……でも、ここなら誰も聞いてないから大丈夫だよね?」

 

 間違いない、松原さんの声だ。すぐさま聞こえてきた方へと向きを変える。

 しかし誰も聞いてないとは、いったいどういうことなのだろうか。そんな俺の疑問は、次の瞬間に解決することとなる。

 

「カ、カラダくーん!」

 

 いつものおどおどとした声からは想像できない、珍しい松原さんの大声が鼓膜を盛大に揺らす。

 いや、松原さんの大声にも驚いたけど、何故に俺の名前を? いや、ちょっと待て……確かいつかの日にこころが……。

 

 ──あなた達も、困った時は呼ぶといいわ! どこへだって駆けつけてくれるんだから!

 

 って、ハロハピの皆さんに言ったけか……。まさか、本当にあの言葉を真に受けるって……いや、信頼してくれるのは嬉しいんだけど、その、荷が重いよ。

 俺、綾崎くんのようなパーフェクト執事じゃないんすよ。呼べばくるなんて、そんなくしゃみで出てくる大魔王みたいにお手軽に呼び出せないんすよ。

 

「……やっぱり、来ないよね」

 

 ……まぁ、こころの数少ない友達だ。できるだけ、期待には答えてあげないとな。

 最後の角を曲がった先、そこには水色の髪をサイドテールにした少女が項垂れながら佇んでいた。そんな今にも消えてしまいそうな空気を漂わせる彼女──松原さんへそっと歩み寄り

 

「お呼びでしょうか、松原様」

「ふぇ⁉︎ え、え……ええ? カラダ、くん……?」

「はい。お呼びになられたのでお迎えにあがりました」

 

 大きく目を開き、何が何だかわからないといった表情を浮かべる松原さん。本当に呼んだらやって来たことに驚いたのだろう。

 そんな彼女の様子がおかしくつい、クスリ、と笑みをこぼしてしまう。

 

「ほ、ほんとに呼んだら来てくれた……」

「はい、執事ですから」

 

 なんて格好つけてはみるが、今回はたまたまタイミングが良かっただけである。もしも次やってみろと言われたら確実に失敗するだろう。

 松原さんには淡い期待を抱かせてしまう結果になってしまったなぁ。

 

「さて参りましょう、皆様がお待ちしております」

「は、はい!」

「それでは、お手を失礼します」

 

 そっと、松原さんの小さな右手を包み込むように握る。突然のことに松原さんは再びその前を大きく見開かせ、そして頬を赤く染める。

 

「あ、あの、カラダくん……?」

「申し訳ありません。部屋へ到着するまでですので、少しの間我慢してください」

「いえ、そんなっ、我慢なんて……」

 

 尻窄みになる声。人見知りな彼女にこの仕打ちは心痛むが、もしも一度手を離してしまえば彼女のスキルが火を吹いてしまう。それだけは何が何でも阻止しなければならない。

 美術館から部屋まで走れば5分程度だったが、歩くとなると大体10分ほどかかってしまう。その間何か暇つぶしに会話でもしようかと思ったら、意外にも松原さんが先に口を開いた。

 

「その……ごめんね。私を探すの、大変だったでしょ?」

 

 謝罪の言葉を述べる松原さん。良識で心優しい彼女だ、きっと今回の一件に罪悪感を抱いているのだろう。

 

「私、方向音痴なのに、みんなからちょっと目を離して……結果迷子になって」

 

 少しだけ、右手に掴む手に力が込められる。

 

「ハロハピのみんなにも、カラダくんにも……迷惑かけちゃった」

 

 確かに、今回松原さんは少なからず迷惑をかけただろう。心配もさせただろう。それは紛れも無い事実だ。

 だけど……

 

「別に、そんなに気にすることじゃないと思いますけどね」

「ふぇ……?」

「松原さん、いっつもこころ達に振り回されてるじゃないですか? だから、逆に迷惑かける時があってもいいと思うんですよ」

 

 たかだか迷惑の一つ。日頃こころやその他の人たちに振り回される俺からしてみれば、松原さんの言う迷惑など可愛らしいものだ。

 

「それに迷惑かけ無いように遠慮ばっかして、自分を殺して生きてたら、人生つまんないですよ?」

 

 他人の目ばかり気にして、いい子を演じて生きる。そんなものは偽物なのだ。何も感じない、無味無臭の、空っぽな人生。

 いや、あれを人の生と呼んでもいいのかすら疑ってしまう。

 

「もうちょっと自由に生きたほうがいいですよ。肩の力抜いて、息抜きして」

 

 さすがにこころの様になれとまでは言わないが、もう少しはっちゃけてもいいと思う。

 

「松原さんにだったら迷惑かけられてもいいかなーって。むしろどんどん頼って欲しいっていうか」

 

 松原さんみたいな(たお)やかな子だったらばっちこいなんだよな。いや、べつにこころが嫌だっていうわけじゃないけど、たまには松原さんみたいな可愛らしい迷惑もかけられたいっていうか。

 というか、さっきから松原さんからの反応がないんだが。まさかはぐれた⁉︎ いや、ちゃんと手は握ってるからそれはない。

 驚くほど無反応な松原さんに足を止め振り返る。するとなぜだろう、松原さんは仰天の顔で俺のことを見ていた。

 

「……どうかしましたか?」

「カラダくん……喋り方、いつもと違う」

「…………あ」

 

 しまったぁあああ! 本心を伝えるのに口調まで同じ様にしちまった! いや、何もヤバイことはないんだけど、こう、キャラを作ってたって知られたら……恥ずかしいじゃん?

 

「いつもはそんな喋り方なの?」

「あー……まぁ、執事じゃない時間だったら、だいたいこんな口調ですね。あの……おかしいですか?」

「ううん! 全然変じゃないよ! むしろ距離が近づいたみたいで、いいと思うな」

 

 俺としても喋り方はこっちのほうがいいとは思っているんだけど、なにぶん師匠の教育の賜物で早々矯正できそうにないんだよなぁ。

 

「まぁ今回は本心を語ってたらついって感じだったんで。部屋に戻ったらまた口調も戻りますよ?」

「そうなんだ。でも、今のほうが話しやすくていいと思うけど……」

「まあそこは諦めてください。俺もほとんど癖の様なものなんで」

 

 そう言うと、松原さんはそれ以上は何も言わずおとなしく引き下がってくれた。

 

「じゃあ、今度からはもっと迷惑、かけてもいいの?」

 

 すると意外や意外。まさか松原さんの口からそんな言葉がでるとは。とは言っても俺がさっき言ったことだし。

 

「いいですよ。こころに比べれば、人類皆可愛いものなんで」

「ふふっ、じゃあ本気にしちゃうからね? もうダメって言っても遅いよ?」

「男と執事に二言はありませんよ」

 

 と、話している間に目的の部屋が見えてきた。扉の前、部屋に入る直前、俺は松原さんの手を離す。

 

「それでは、私はお茶の用意をしてきますので。松原様は中でお待ちください」

「うん。ありがとう、カラダくん」

「いえ、執事ですから」

 

 そして松原さんは室内へ。それを見届けた俺は踵を返し、お茶を用意するため厨房へと向かう。

 

 

「それじゃあ、ハロー、ハッピーワールドの活動会議を始めるわよ!」

 

 廊下の曲がり角、遠くなった部屋から聞こえてきたのは、いつもの聞き慣れた少女の、元気いっぱいな声だった。

 

 

 

 

 

 





本気にしちゃうからね。
いや、一度でいいから言われてみたい(切実

かのちゃん先輩がヒロインしてるなぁ。
まぁヒロインは未定なんですけど笑

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