ダーリン・イン・ザ・アマゾン (イビルジョーカー)
しおりを挟む

〜アマゾン・ファイル〜
仮面ライダーアマゾンヴィルム





ヴィルムのスペックです。興味があればどうぞ。


 

 

 

 

 

 

〈仮面ライダーアマゾンヴィルム/フェイス1〉

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 身長/185cm

 

 体重/93.2kg

 

 パンチ力/48.0t

 

 キック力/42.5t

 

 

 キルサーチ/角部位。広範囲に渡りアマゾンのみならず、様々な生物の呼吸や体温、または"魂"が放つ特殊なエネルギー波を探知することが可能。また、サーチに掛かった対象限定だが、非常に強力な念動波で

脳や臓器に負荷を与え殺害することもできる。

 

 ただ、ある程度意思が強ければ容易に打ち消せるので、あまり攻撃の手段には使えない。

 

 

 

 アマゾン・アイ/青い複眼。イプシロンと大して差はないが、こちらは"魂"やそれが放つエネルギーの流れを可視化することができる。

 

 

 

 フレアリリースグローブ&ブーツ/灰色の外殻に覆われた両腕並び、漆黒の両脚。どちらも炎のようなエネルギーを放出でき、これを刃として利用することで対象を焼き切る。

 

 

 

 イータースキン/ヴィルムの全身を覆う黒と紫の強化皮膚組織。文字通り体表から有機物を喰らうことができ、エネルギーへと変換することが可能。又、衝撃を吸収する性質があり、これを利用してダメージを軽減することもできれば、逆に相手へと返すカウンター攻撃にも使える。

 

 

 

ヴィルム・プロテクター/十字状のファイアーパターンが刻まれた、胸部外殻。イータースキンと似た性質を持つが、違いとして有機物でらなく無機物を吸収し、そうすることで激しい損傷でも瞬時に復元できる。

 

 

 

 ヴィルム・マント/背中に展開される紫色の炎のような、赤と青の粒子に彩られたマント。ある程度のものは容易く蒸発させてしまい、打撃といった物理的な攻撃は高熱によって阻害されてしまい、ギガやマグマ燃料由来のエネルギーによる攻撃は遮断されてしまう。

 

 

 

 ヴィルム・ドライバー/腕輪がベルトに変化したもの。必殺技を繰り出す時は右グリップを握ることで電磁パルスが生じ、ギガを活性化させた上で放ち、左グリップは引き抜くことで赤の粒子がナイフ型の近距離型になり、抜く前に二回握り回すと青の粒子が銃といった遠距離型の武器を生成する。

 

 

 

〈概要〉

 第13都市セラスス所属のパラサイトだったピスティル、コード703

ことナオミが金色の腕輪『ヴィルム・インジェクター』によって、アマゾンライダーへと変身した姿。

 

 『メキシコヒフキトカゲ』と呼ばれる体表から発火性の粘液物質を分泌し、火を纏うことで身を守る蜥蜴の遺伝子を有しており、その能力を

使うことができる。

 

 

 

〈戦闘スタイル〉

 再生能力が胸部を除いて、他のアマゾンライダーと比べて劣るものの

、それを問題としない戦闘力で相手を蹂躙する。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮面ライダーアマゾンイプシロン




 イプシロンの設定資料です。後から追加していくこともありますからご注意を。挿絵もあります。

※挿絵をカラー版にしました。

※〜アマゾン・ファイル〜の章に移しました。




 

 

 

 

 

 

〈仮面ライダーアマゾンイプシロン〉

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 身長/187.0cm

 

 体重/93.5kg

 

 パンチ力/25.0t

 

 キック力/27.5t

 

 

 イプシロンサーチ/額部分から出る角状の物。イプシロンの触角であり、周囲に潜伏するアマゾンの存在を探知できる他、脳波を増幅させて遠くにいる相手との意思疎通を可能とするテレパス能力やジャングレイダーを呼び出すことができる。

 

 

 アマゾン・アイ/鳥の両翼を彷彿とさせる、吊り上がった赤い複眼。自在に視野やピントを調節できる機能があり、これによって遠く離れた位置凡そ1050m先の物体を捉えることができる。

 

 

 

 ウィングラング/胸部から腹部を覆うイエローカラーの硬質外殻。金属的に見えるが実際はアマゾン細胞の活性化により、金属に近い硬度を得たもの。戦闘機のミサイル程度なら容易く防いでしまう。

 

 また熱や風といった周囲の自然エネルギーや物質を取り込み、自身の活動エネルギーへと少量ながら変換することもできる。

 

 

 

 ビーストスキン/イプシロンの体表を覆う外皮。各部に赤いラインが奔る。敵からの攻撃を受けると痛みやダメージを軽減する特殊なフェロモンを放出し、和らげる能力がある。

 

 またギガを用いた武装でもミサイル相当の威力を持つものでないと傷をつけることはまず不可能。

 

 

 

 ウィンカットグローブ・ブーツ/肘、膝から先を覆う黒い外殻。羽毛のように見えるものは様々な物質に対して抜群の切れ味を誇る『ウィングカッター』と呼ばれる生体凶器。

 

 繰り出す打撃は最高でパンチであれば80m、キックで75mの厚さを持つ岩盤を二、三撃で割り砕いてしまう。

 

 

 

 触手(名称不明)/ゼロツーとの初めての搭乗時において、変身すると同時に身体中から伸ばした触手。明確な名はなく、どうやらパートナーであるピスティルとより深くコネクトし通常の何倍もの力を引き出すことができる様子。

 

 そうなった場合、フランクスは何らかの変化が起きる(ストレリチアの場合、アマゾンライダーの意匠を取り込んだかのような姿になる)

 

 

 

 

 

〈概要〉

 第13都市セラススを叫竜の魔の手から防衛する13部隊のコドモの一人、Code016ことヒロが変身する仮面ライダー。

 

 謎の少女「ブラッド・スターク」から強制的にアマゾンドライバーを譲り受け、ゼロツーとのストレリチア搭乗時において本能的に変身を果たした。

 

 

 

〈戦闘スタイル〉

 旧作アマゾンライダーや、原作アマゾンズにおけるオメガ(season1)に近い本能剥き出しのワイルドな戦い。

 

 理性を保った状態でも戦うことは可能だが、その場合スペックや戦闘時の出力が幾分か下がる傾向にあるのが難点。

 

 

 

 






 あくまで設定資料なので、章分けしてこちらに載せた方が良いかなと思い、移しました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〜独りとヒトリ、覚醒の獣〜
はじまり×ハジマリ



ダリフラにハマる。



ある時ふと、『これアマゾンズに合わね?』と思う。



ニコニコ動画でダリフラOP映像でアマゾンズOP曲の差し替え動画を発見。



『よし、ならやっちゃうか』と決断。



やっちゃったよオイ。


こんな感じで作っちゃいました(~_~;)




 

 

 

 

 

比翼の鳥。

 

片翼しか持たないその鳥はオスとメス、双方で番いとなって、互いに寄り添わなければ空を飛ぶことができない生き物。

 

 その生き方を美しいと言う少女がいた。

 

 その生き方を儚いと伏す少年がいた。

 

 これは片方の翼しか持たない少年少女の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球。青い星。太陽系の三番目の惑星。

 

 そこはまさに命の宝庫と言えた。様々な種が生まれ、満ち溢れ、時として繁栄の幕を閉ざしてしまう。生と死が織り成す命の物語が脈々と紡がれていく世界だった。

 

 そんな世界の中で、繁栄を極めた種である人類はその高度な知性と複雑な感情によって文明・文化を築き上げた。

 

 だが、世界で最も優れたエネルギー資源の発掘によって全ては大きく変わった。

 

 “マグマ燃料”。

 

 たった一滴でも大規模な機械装置を動かすに足るその燃料の発見はより技術を開花させ

、人類に多大な富と発展を与えた。

 

 だが、人はそれを求め過ぎた。

 

 結果として大地からは生命が減少。幾多の地が荒れ果て、まだ緑地が残る場所はごく僅かとなってしまった。

 

 そして、それが原因か否か二つの異形なる種が現れ始めた。

 

 一つは“叫竜”。青い血を持ち無機質な外見を有するマグマ燃料に反応を示す謎の生命体

 

 もう一つは“アマゾン”。アマゾン細胞と呼ばれる単細胞生物の特性を待つ極小の有機因子が一つの細胞から数十億と分裂することで、人と変わらないサイズの生命体へと進化した存在。

 

 その最大の特徴はタンパク質…それも人間のものを好んで喰らう性質を有する点。

 

 人間サイズになったアマゾンは外見的に様々な生物の特徴があり、自身に似た生物の持つ能力を行使することができる。そして細胞レベルの頃とは違い、明確な意思で善悪の倫理観を理解し、人並みかそれ以上の知性が備わっている。

 

 故にアマゾンは叫竜同様に人類の敵であり、駆逐すべき存在だが現状今の人類はその全てが“プランテーション”と呼ばれる地上移動要塞都市に移住し、尚且つ最高峰のセキュリティに守られている為、アマゾンによるプランテーション侵入は不可能。

 

 しかし叫竜の場合は人間サイズをゆうに越える巨体を有する為、セキュリティで守るだけでは到底足りない。

 

 その為に人類は一つの切り札を作り上げた。

 

 “FRANXX”

 

現人類を統括する機関の一つ、APEが研究を重ね開発した巨大ロボット兵器。

 

 これにより、人類は叫竜に対しただ逃げて後手に回る苦難の日々から脱却できたと言っていい。

 

「こいつはいい。何度見ても……いいな」

 

 第13プランテーション「セラスス」の上空をゆっくりと緩やかに飛ぶ一つの機体。

 

 プランテーションへの移動手段となっている輸送飛行機だ。その窓から眼下に広がる街並みを見ている男はどこか楽しげに、または美しいと真摯に感じているかのように笑みを浮かべ独り言を零していた。

 

「そう? 僕には窮屈で息苦しく感じるよ」

 

 男の後ろの座席から少女の声が聞こえる。

 

 ゼロツー。番号めいた、いや、番号通りの名で呼ばれる少女は袖を少しズラして自分の肌を晒す。

 

 僅かながら見える透き通るような肌。そこにペロリと舌を滑らした。

 

「……自分の味は……嫌いだな」

 

「味ねぇ……“俺ら”からすれば、お前は意外と上物だぞ?」

 

「食べことないのに?」

 

「それが美味いか不味いか、食わずとも匂いで分かる場合もある。俺は鼻がいいんだよ」

 

「ふ〜ん……」

 

 特に興味なさそうな淡々とした声でゼロツーは呟く。

 

 男とゼロツーの間の座席にいた半機械化された老人は溜息を一つ、深々と吐いて2人の会話に割って入ってきた。

 

「全く……そういう会話は程々にしておけ。ワシはともかく、他はそうもいかん」

 

「じーさんもな。小言は程々しておけよ」

 

 男はボサついた頭の後側へ両手を置き、老人にそう言い返す。

 

 “売り言葉に買い言葉”という状況だが、そこから喧嘩が起きることはなく、ただ機体から鳴り響くエンジンの駆動音が耳に入るばかりだった。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 パラサイト。

 

 対叫竜兵器であるFRANXXを操縦する子供達を指す言葉だ。

 

 雄式操縦者の場合はステイメン。

 

 雌式操縦者の場合はピスティル。

 

 男女でそれぞれ名称があり、基本的にステイメンとピスティルの二人一組でFRANXXを操縦するのだ。

 

 そのステイメンの一人であるヒロは、プランテーション上部に設けられたパラサイトの居住施設『ミストルティン』の一画にある湖畔へ足を運んでいた。

 

「……」

 

 ヒロは掌を見る。脳裏に過るのは、あの日。

 

 正式なフランクス操縦者を決める最終試験の日。ヒロはナオミという少女をパートナーに臨んだが結果は……落第の一言。

 

 どうしてそうなってしまったか。

 

 原因は何なのか。

 

 思考は巡るがその問いに明確な答えを見出せず、あるのはただただ自信の損失と存在意義の喪失。

 

 ヒロは落第こそしたものの、ナオミと違い、この第13プランテーションへの在留が認められている。

 

 だが敢えてヒロはここを去るつもりでいた。

 

 フランクスに乗れない自分に何の意味があり、どう役に立てると言うのか。

 

 お荷物になる位なら出て行く。

 

 それが彼の答えだったのだ。

 

「ん? これ……」

 

 ふと近くあった流木の枝に何かがくっ付いているのが見えた。よく見ればそれは制服らしきもので、自分達パラサイトが着ている指定制服とは明らかにデザインが異なるものだった。

 

「??……誰のだ?」

 

 見ただけでは分からず、ヒロは首を傾げる他なかった。すると水面が波立つ音が突然聞こえ、そちらへと視線を向ける。

 

 霧でよく見えないが誰かが泳いでいるのは一目で分かった。

 

 そして、その誰かは泳ぎながら向かって来たかと思えば一気に水の中へと沈み、次の瞬間。

 

 バチャアアッッッ!

 

 水が舞い上がった。しかし、それだけでなく、つい先程まで泳いでいた人物も浮上したのだ。

 

 しかも、少女で全裸だった。

 

 ドクンッッ!

 

 ただその姿を見ただけでヒロの心臓は自然と、いつもより力強く脈打った。

 

 ヒロは今までにおいて、それこそ幼少期でもこのような現象を経験したことはなかった。

 

 それが何かは分からない。だがとても情熱的なのは理解できた。

 

 少女…“ゼロツー”はじっとヒロを見ていた。

 

 逆にヒロもまた彼女を自然と見つめていた。

 

 ピンク色に染まった前髪の揃ったロングヘア。両眼にある隈のような赤いアイシャドウ

。そして凛々しく、しかし何処か野生さを秘める美しい顔に無意識に引き寄せられてしまう翡翠の瞳。

 

 だがそれらの特徴よりも一番に目を惹くものがあった。

 

 それは彼女の頭部に生えた赤く艶かしい角。

 

 大きさは短くも、美しい線としっかりとした太さを持つ左右二本の角。

 

 大抵の人間はゼロツーの角を見ると忌々しさや恐れと言った負の感情を向けるのに対し

、ヒロはむしろ真逆の性質の…言葉ではうまく言い表せない感情を向けていた。

 

「……なんだ。死んでるのかと思った」

 

 どのくらいの時間が経過したのだろうか。

 

 体感では何時間と経ったかもしれないが正しい時間では1分も経たない秒数程度。

 

 その短い静寂を予想だにしない言葉で打ち破って来た。

 

「き、君は一体……パラサイトのピスティルなのか?」

 

 外見の姿を見る限り同年代である『コドモ』であることと、少女であること。

 

 そしてデザイン自体違えどもパラサイトのそれらしき制服から彼女がパラサイトであり

、ピスティルであると仮定した故の問いかけだった。

 

「まぁ、そうなるね。ところで君はここで何してんの?」

 

「いや別に…特に用はないけど。それより君はなんでここで泳いでたんだ?」

 

「ん? そういう気分だからだよ……けど塩の味が全然しない」

 

 ヒロの問いに答えつつペロリと。自身の肌に付いた水滴を舐め取り、塩の味が全くしないと愚痴零すように呟く。

 

 当然だ。ここは小規模の人工湖。

 

 自然でも海と繋がっていない限りにおいては、塩分など含まれている筈がないのだ。

 

「塩って……ここ湖だぞ。海じゃない」

 

「知ってるよそんなこと。言ってみただけ」

 

 いまいちよく分からない。

 

 それがヒロのゼロツーに対する率直な感想だった。

 

「っていうか知ってるんだ、海」

 

「え、まぁ…本で読んだ程度には。本物の海は見たことないけど」

 

「ふむふむ、なるほど。分かった! 君は博識でエッチな人だね!!」

 

「はああッ?! なんでそうなる!!」

 

 いきなり変なことを言い出すゼロツーだが、エッチという部分に関してはそう言われても仕方ない理由がしっかりと彼の手に握られていた。

 

 正真正銘、乙女のパンツだ。

 

「あ、いや、違うんだ……これは!!」

 

 制服を調べていた際にパンツと気付かず掴んでしまっていたゼロツーのパンツ。

 

 それを制服の上に置きつつ、慌てて顔を赤面させて明後日の方角を向くヒロ。そんな彼にゼロツーは腹を抱えそうなほど笑いながら服を着ていく。

 

「アッハッハッハ!!! 君って面白いね!!」

 

 自分のパンツが故意ではなくとも触っていたという事実に対し、ゼロツーは怒る様子を全く見せず、むしろ気分は揚々と言いたげな雰囲気だ。

 

 そも、怒りを感じているのなら上機嫌に笑うことなどできない。

 

「ふんふん……良い匂いだね君」

 

「え、ちょ、何をッ!!」

 

「なにって……匂いを嗅いでるだけだよ?」

 

「匂いって……」

 

 突然匂いを嗅いで来るゼロツー。当然ながらヒロは驚きと困惑を抱くも、彼女は自分の行動が変だとは微塵も感じていないようで、ヒロの言葉に疑問符を浮かべていた。

 

「……君のパートナーは?」

 

「いるよ。けどぶっちゃけ、いないようなもんだよ」

 

 ゼロツーはつまらなそうに答える。

 

 ステイメンとピスティルは二人で一対。そうすることで初めてFRANXXの操縦者としての

真価が発揮される為、どちらか一方が欠けるわけにはいかない。

 

 にも関わらず、いないような物とはどういう事なのか?

 

「いないような? どいうことなんだ?」

 

 今度はヒロが疑問符を受け質問する。

 

「一応パートナーだけど、全っ然“ダーリン”じゃないんだよな〜」

 

「え、ダーリンって?」

 

「でも君は僕のダーリンになれるよ!! 間違いなく!」

 

 “ダーリン”という単語の意味が理解できないヒロ。

 

 しかしゼロツーはお構いなしとばかりに“ダーリンになれる”などと言つつ、一気に距離を詰めて彼に近づく。

 

 彼女が迫れば迫るほどヒロの鼓動はより大きく響き、甘くも何処か刺激味のある香りが鼻腔を擽ぐって来る。

 

 やはり、この感覚は彼が今までに感じたことのないものだった。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「お久しぶりです、フランクス博士」

 

「うむ。随分と久しいのう“ハチ”よ」

 

 ハチ。丸坊主とも呼ばれるスキンヘッドの髪型が特徴のAPE作戦本部、都市防衛作戦司令官の役職に就く男性は、自他共にそう呼ばれていた。

 

 彼は今、作戦司令部でフランクス博士ともう1人…ボサついた髪の毛の頭と何処か飄々とした雰囲気が特徴的な男、“鷹山刃圭介”の前へ立ち挨拶を交わしていた。

 

「鷹山博士もお変わりなく。お久しぶりです」

 

「そう固くなるなよハチ坊。気楽にな、気楽に」

 

 フランクス博士に対してもそうだな、固く生真面目な礼儀的挨拶は不要という鷹山は近くにあった無機質丸出しの作業デスクへと腰を下ろしていた。

 

「ここへ来た理由、そして報告は聞いています。第15、第16、第17プランテーション内に多数の“アマゾン”が発生。市民に多大な被害が出たと…」

 

「鷹山博士……アマゾンがプランテーションのセキュリティを破り、侵入するなど有り得

ることなのでしょうか?」

 

 ハチと博士2人の間の側に立っていた女性…APE作戦本部のパラサイト管理官の“ナナ”は

、冷静的且つ懐疑ながらも僅かに動揺を孕んだような声音で鷹山に問いを投げかけた。

 

「“絶対”とか“完全”なんてのは机上の空論だが……まぁ、計算的に見て叫竜…大体でモホ級の辺りか? そんぐらいデカくならない限り無理だろうな。あとは事故やトラブルかなんかでセキュリティが機能しなくなれば、余裕で侵入してきちまう」

 

 だが。

 

 ここで鷹山は区切りを打ち、その先を口にした。

 

「第15と第16。この二つは紛れもなく、“人為的な工作”と判断できる証拠がいくつも

見つかった…第17はそうと断定できる証拠は見つからなかったが、可能性は大だ」

 

「「!!ッッ」」

 

 それはハチとナナにとって衝撃的な言葉だった。ナナは思わず唾を飲み込んだ。

 

「一体誰がそんなことを…」

 

「“ヴィスト・ネクロ”。連中しかそれらしい候補が浮かばん」

 

 ヴィスト・ネクロ。

 

 鷹山から告げられたその名に、声を上げずとも反応を示したナナとハチは自然と表情が強張る。

 

 規模は不明。構成人員の詳細不明。その目的も同じく。

 

 ただ存在だけは仄かに匂わせ、その裏で数々の事件を起こしているとされる謎の集団。

 

 ただ、そのような得体の知れない集団に関して一つだけ分かっていることがあった。

 

 “構成員の一部がアマゾン”であること。

 

「厄介ですね。連中が関与しているとなると、そう簡単に早期解決は期待できない」

 

「当然。奴等は裏でコソコソしくさっとるからな。本能の赴くまま、堂々と仕掛けて来る叫竜どもとは違うからのう」

 

 事の状況と重要性に反し、他人事の如き呑気さで物言うフランクス博士。

 

「だから俺が来たんだよ。俺はアマゾン退治の専門家。人類の棲家にノコノコ入ってバカをやらかす獣どもは……“俺が1匹残らず狩り尽くす”」

 

 そんな老人とは対極的な姿勢で決意を表明する鷹山だが、そんな彼の目は何処までも獣らしく、狙った獲物は逃がさない妄執さを秘めていた。

 

 

 

 

 

 





 ちょっとした補足説明。



 鷹山刃圭介

 鷹山さんの下の名前が『刃圭介(じんけいすけ)』になっているのは仮面ライダーⅩ
こと神敬介が由来です。理由はアマゾンズ本編の方の仁さんとの差別化と先輩ライダー
のオマージュ的な意味でこうなってます。



 ヴィスト・ネクロについて

 “ビースト”を捩った造語でネクロはそのままの意味です。本作における悪の組織で
全貌は追々出していきたいと思います。


 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣の名、それはアマゾン



 ダリフラ10話ヤバい……なんかもう、闇の一部に触れた感じっす。

 今のところは誰一人死んでないけど……この先不安だな~。

 そんなこんなで、今回はアマゾン・アルファ登場回です! どうぞ!


 

 

「それって本当?」

 

「ああ。しかもここにも出るらしいぜ……“獣人”が!」

 

 基本パラサイトたちが暮らす館の居間で、一言で“悪ガキ”と称されかねない雰囲気を持つ少年がちょっとした噂話で場を盛り上げようとしていた。しかも話の最後に大袈裟に両腕を上げてグオーと襲い掛かって来そうなポーズまでする始末。

 

 彼の名は『ゾロメ』

 

 彼が話す噂の内容は“三つのプランテーションで獣人が侵入し壊滅的被害を与えた”というものだった。

 

 とは言え、これはあくまで噂の域を出ない話題に過ぎない。所詮は真実味に欠けた根も葉もない法螺話でしかないのだ。

 

 少なくとも“パラサイトや一般市民にとっては”……。

 

 故にそれを自慢話の如く楽し気に語る様に彼のパートナーであるツインテールの少女

『ミク』がゾロメを呆れたようなジト目で睨んだ。

 

「どうせただの噂話でしょ?」

 

「そうだよゾロメ。獣人って、叫竜と違って大きくないし、それに街を短時間で破壊できるような攻撃力もないからセキュリティだけでどうにかなるって話だよ?」

 

 阿保らしいとばかりに鼻を鳴らすミク。所詮噂話と断じた彼女に同調するように体格的にふくよか且つ食いしん坊の少年『フトシ』が説明する。

 

 彼等が言う“獣人”とは、アマゾンの俗称を差す言葉。

 

 形こそ人型なれど人にあらず、様々な獣……生物の特徴と能力を有した存在故に獣人という、正式名称とは異なる名で呼ばれているのだ。

 

「んだよつまんねーな。まっ、どっちにしろフランクスで潰しちまえば問題ねーけどな」

 

 少し不機嫌そうになったもののすぐに意地の悪い笑みを浮かべては、アマゾンなどフランクスで楽勝と宣う。

 

 もっとも、フランクスは“対叫竜兵器”。

 

 人間より遥かに高い耐久性と身体能力。そして特異な攻撃手段を用いるとは言え、物量では圧倒的に勝てるほど人間程度のサイズしか持たない存在を相手にわざわざ巨大ロボットを駆り出すなど、まず有り得ない話だが。

 

 それに都市の外…不毛な荒野の地で戦うとも限らない。

 

 状況的にアマゾンが都市内部へと侵入した場合、パラサイトが操るフランクスは都市の外側でなく、内側で戦わざる得なくなる。

 

 そうなれば被害甚大な上に前代未聞のトラブルも発生しかねない。これを考慮すればゾロメの言葉は机上の空論…現実味のない冗談話にしか聞こえないだろう。

 

「“獣人”はともかく、今後ヒロはどうするのでしょうかねぇ」

 

 何処か嫌味にも聞こえる言葉を平然と吐く整った髪型とそこから滲み出るシニカルな雰囲気が特徴的な少年『ミツル』は、やや強引に話題を変えてヒロの名を出した。

 

「やっぱり……ナオミちゃんと一緒にここを…」

 

「まっ、そうするしかないんじゃない? そうじゃないと巻き添え食ったナオミの立場がないし…」

 

 お淑やかさと母性的な雰囲気を醸し出す、金髪の少女『ココロ』の不安の入り混じった言葉とは反対にミクは当然のように言った。

 

 ヒロは皆の名前を考えた名付け親だった。他のみんなにはない一種のカリスマ性と呼ぶべきものを持っていた。

 

 だからこそ、ヒロをよく知る13都市のパラサイトの皆は自分達を導くのはヒロかもしれないと思っていた……結果は落第だが。

 

 フランクスに乗る能力と資格を失ってしまった。

 

「ヒロは残るよ。残留許可は出てるし、もしかしたらあの時は単に調子が出なかっただけかもしれないし」

 

 そう言ったのは、出入口近くの壁に寄り掛かり青みがかった短めの髪をアシンメトリーに整えた少女『イチゴ』だった。ヒロを庇おうとするが、眼鏡をかけた『イクノ』という少女がイチゴの言葉に反対的意見を投げて来た。

 

「でもヒロは説明会に参加してないし、事実上はパラサイトとしての責務を放棄したと見るしかないわ」

 

「それは…けど…」

 

 イクノの言葉にイチゴは反論できなかった。最終試験に落第して以降ヒロは自信を無くし、皆と距離を置くようになっていた。

 

 曰く『俺がここにいてもみんなの邪魔になるだけ』などと言う始末だ。

 

 それだけでもここに残るか否かは明白だろう。

 

 “行かせたくない”。“ずっと一緒にいたい”。

 

 そんな思いを密かに胸に抱くイチゴだがそれに反し、ヒロはここを去るつもりらしい。その証拠と言わんばかりに先程から電子端末で呼び出そうとしているがメールでもコールでも結果は無反応に尽きた。

 

 それを見ていく度に何故か、胸が痛かった。

 

 よく分からない気持ちがイチゴの心底を騒めかせた。

 

「イチゴ、ヒロと連絡は取れたか?」  

 

 丁度入って来た金髪に眼鏡をかけたイチゴのパートナーである『ゴロー』がそう訊ねる。当然だがイチゴは頭を横に振って答える。

 

「ダメ。全然出ない……あの馬鹿ッ!」

 

 少し苛立ち気味にイチゴはそう吐き捨てた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ 

 

 

 

 

 一方。ミストルティンの湖でヒロとゼロツーが運命的な出会いを果たす最中。

 

 男性特有の低い声が一つ、湖畔に響いた。

 

「おーおー、ここにいたのかゼロツー」

 

 振り返ったヒロの視線の先には屈強な体格の男とボサついた頭に白衣を纏う男…鷹山刃圭介がいた。

 

 その後ろには見慣れぬ黒服の男たちや、よく見る槍のような武器を手に携帯している警備員らもいた。

 

「あーあ、見つかっちゃった」

 

 彼らを見たゼロツーは残念そうに淡々と言う。その目は“せっかくイイ所だったのに”とでも言っているかのようだった。

 

「なんでいつもいなくなる! パートナーの俺が苦労するんだぞ!」

 

「まぁまぁ、そう怒んなよ」

 

 怒鳴るパートナーの男だがそれを鷹山が腕で押さえるように諫める。そしてヒロへと視線を移す。

 

「で…そっちはここのパラサイトのステイメン君か?」

 

「は、はい」

 

「うちのパートナーが迷惑をかけてしまったな。すまない」

 

 ゼロツーのパートナーらしき男は軽く頭を下げて謝罪を述べた。

 

「俺からも謝罪するよ。こいつは自由過ぎるところがあってな。勘弁してやってくれ」

 

 男に続いて鷹山も謝罪を述べて来た。

 

「い、いえ…迷惑なんてそんな……」

 

「それと……」

 

 一言置いていきなりヒロに近付いて来た鷹山はスンスンと。なんと、その匂いを嗅ぎ始めた。

 

「ッ!?」

 

 無言で軽く引いたように驚きを示すヒロに対し、鷹山はすぐさま謝罪の弁明を述べた。

 

「あー、悪い悪い。俺、“鼻”がイイんだよ。そうだなぁ……お前のは人としての情緒に溢れちゃいるが、その裏側に底知れぬ野生を秘めてる……そんな匂いだな。好みだぜ?」

 

 男に匂いを嗅がれて、そんなこと言われても嬉しくない。

 

 失礼とは思いつつもヒロは心内でそう吐露する。

 

 だが同時に鷹山刃圭介という男に対し、何処かゼロツーに似た雰囲気をなんとなくではあるが感じていた。

 

「悪いなゼロツー。せっかくのデートのとこで申し訳ないが時間だ」

 

「はいはい、分かってるよ刃兄。けどその前に……」

 

 そっとヒロに近付いたゼロツーは、ペロッと。

 

 彼の頬に自分の舌を生き物の如く這わせるように触れた。皮膚に唾液が付く感覚。湿り気を持った生暖かい感触。この二つの知覚情報が電光石火のように全身を駆け巡り、最終的に脳へと。

 

 まるで深く突き刺さるような衝撃を伴い到達した。

 

「な、舐めた……のか?」

 

「うん。舐めたよ。ダーリンの味はいいね……ドキドキする味だ。それに野生的な味もする」

 

 ドキドキしまくっているのは自分だ。本人はそれをわざわざ言ったりはしないが。

 

「じゃあね。バイバイ、ダーリン」

 

 ゼロツーがヒロに背を向け、その場から去ろうとする。その姿は何処が哀愁を誘うものだった。

 

 それを見た時ヒロはどういったわけか……自然と言葉が出ていた。

 

「あ、あの! 俺はヒロ! 君の名前、俺に教えてくれないか?!」

 

「僕は“ゼロツー”。0と2。ただそんなもんしかないよ」

 

 名を求める少年に返ってきた答えはあくまで番号。

 

 “違う。知りたいのは番号なんかじゃなくて、ちゃんとした名前だ。”

 

 淡々と答えたゼロツーを見てヒロはそう思った。

 

 本来パラサイトに名前など存在しない。

 

 あくまでも番号で個を識別するのだが、ここ13都市のパラサイトたちには全員名前がある。名前は幼少の頃にヒロがつけたものなのだが、それを正式呼称として使用されているのは“今の”13都市のパラサイトたちが所謂『テストチーム』という立場にあるからだ

 

 搭乗するフランクスも他の都市のものが同型機でデザインに差がないのに対し、ここにある四機のフランクスは皆それぞれデザインが異なり、装備している武器にも違いがある

 

 このテストチーム結成の発端はフランクス博士による考案なのだが、その真意を知るものは博士以外にいない。ようするに謎という訳だ。

 

「さっさと行くぞ」

 

 黒服の男の一人がそう言い、今度こそ去っていくゼロツー。

 

 パートナーの男もそれに続くが鷹山だけは少し残りヒロに向き合う。

 

「あいつは他人と馴れ合うことはないんだ。そんなアイツがお前にあそこまで心を許すなんてのは珍しいんだよ」

 

「え?」

 

 突然のカミングアウトにヒロは疑問を抱くがそんなこと毛頭知らぬとばかりに鷹山は話を進める。

 

「まぁ、俺が言いたいのは三つ。一つ、お前は結構アイツにとってお気に入りなのかもしれない。二つ、もしあいつのパートナーになるんだったら色々覚悟を決めろ。そして最後の三つは……」  

 

 三つ目。そこから鷹山の瞳が獣のように光った気がした。

 

「自分の中の自分をきちんと見据えろ。決して逃げるな。じゃなけりゃあ……呑まれて終わるだけだ」

 

 それだけ言い残すと鷹山は手を振り、ゼロツーとスタッフの下へ行っていった。

 

 立ち尽くすしかないヒロの頭につい今言っていた鷹山の言葉が反芻される。それがどういった意味なのか、何を伝えたかったのか。

 

 それを今ここで考える暇はなかった。警備員の手によって強制的にみんなの下へと連れ戻されるに至ったからだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ 

 

 

 

 

 パラサイトの住む洋館の中庭。いつもはパラサイトたちがボール遊びや読書に用いているこの場所に一人、ヒロのパートナーになる筈だった少女…ナオミはいた。

 

「……」

 

 無言で俯き、中庭を取り囲む二段しかない階段部分に腰を下ろして座り込み、悲壮感を漂わせる彼女がこのような状態に陥っているのはヒロ共々試験に落ちたからだ。自分に問題がなかったとしてもパートナーとは一心同体。ようは連帯責任なのだ。

 

 それにパートナーの組み分けは緻密な検査と複雑な方程式の計算によって成されたものなので、パートナーに問題があったなど有り得ない。

 

 ともかく原因はどうあれ、ナオミはここにいることはできない。ヒロは何故かは知らないが残留許可を貰っており、ここに残ることは可能なのだが本人はケジメとしてナオミと共にここを出るつもりらしい。

 

「……それは、ダメだよ。ヒロ」

 

 呟きは口から洩れて虚無に消える。

 

 どう思ってそのような言葉が出たのか。それは本人のみぞ知るところだろう。

 

「ナオミ……大丈夫?」

 

 ふと、背後から声が掛かる。ミツルのパートナーであるピスティルのイクノだった。

 

「イクノ……ううん。結構凹んでるよ」

 

 力なくナオミは笑った。一目見て分かるほどに無理をして、ぎこちない笑顔を作っている彼女の姿を見るというのは、親友と言うべきイクノにとって胸が締め付けられるように苦しいものだった。

 

「隣、いい?」

 

「うん」

 

 ナオミの許可を貰い、彼女と同様イクノは腰を下ろして座る。

 

「やっぱり、ここを出なきゃダメなの?」

 

「うん。落第しちゃった以上はね。ヒロは残留許可が出てるみたいだけど」

 

 陰鬱とした言葉で、ただそれが変えることのできない現実であることをナオミは誤魔化すことなく端的に答えた。

 

 それ故かイクノの表情に翳りが差した。

 

「でもヒロもここを出るみたいよ? 何だかんであの子が原因な訳だし、当然と言えば当然かもしれないけど」

 

「……」

 

 まるでヒロを悪く言うかのような言い回しだが、これに関して言えば正直な所、間違ってはいない。

 

 彼はある時期からコネクト値が徐々に低下する傾向が見られ、それが計測の間違いでないことは確認済み。疑いの余地もなくコネクト値の低下は紛れもない事実だった。

 

 何故そうなったのか。何が原因となっているのか。

 

 その答えは幾度の検査をもってしても判明には至らず、最悪“体質的な問題”と片付けられてしまった。

 

 ヒロ本人やナオミは自分達なりになんとかしようとはしたものの、努力虚しく落第の太鼓判を押され、今に至っているというわけだ。

 

 だからこそ、ナオミはイクノの言葉を否定できず沈黙してしまった。

 

「……ごめん。言い過ぎた」

 

「ううん。否定できなかった私も悪いよ」

 

 そう言って立ち上がり、その場を去ろうとするナオミは最後に首を少し後ろへ。イクノの方へ向けた。

 

「でもね、ヒロはここに残るべきなんだよ。私はもうパートナーじゃないけど……それでも彼を、ヒロを信じてる」

 

 それだけを言い残してナオミは足早に去って行ってしまった。

 

 何故かその顔は飄々としていて……先程の哀愁としたものは消え失せていた。

 

「そうじゃないと色々困るもの」

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

「ん? おいどうした」

 

 ゼロツーとそのパートナー。そして鷹山の護衛していた黒服の男たちの内、前を歩いていた男が突然足を止めた。目的地であるAPE第13都市支部の研究施設までは少し距離がある。APEとは、この移動要塞都市であるプランテーションを築き上げた天才的な科学者によって構築された組織的機関であり、プランテーションを管理する一種の上層部でもある。

 

 そして頂点には『七賢人』と呼ばれるトップたちが存在し、パラサイトからは“パパ”と呼ばれている。

 

 そのAPEの研究施設へと赴かなければならないというのに、黒服の男は何も言わずほぼ無言で急に立ち止まったのだ。

 

 おかしい。一体どうしたんだ?

 

 誰もがそう思う中で率先して黒服の男の一人が立ち止まっている男へと声を投げかける。 

 

「……」

 

 しかし返答はなく、ただ妙に身体を震わすだけだった。

 

「おい。聞いてるのか?」

 

 苛立ちを交えつつも怪訝に思い足を止めた男へ肩を伸ばした瞬間。

 

 ザシュッ!

 

 何かを裂くような音がコダマの如く反響した。そしてその後に何かが地面へと落ちてその音源を確かめる。

 

 男の体に付いていた筈の……首だった。

 

「うわあああああああああッッッ!!」

 

「貴様どういうつもりだ!」

 

 あまりに一瞬だった為に分からなかった。

 

 が、自身の片腕を水平に位置させ、その手に付いている生々しい大量の血から判断すれば……声をかけた黒服の男を殺したのは立ち止まっていた男で間違いない。それも信じられない事に……何の変哲もない手の一振りで首を切り離したらしい。

 

 そう判断するな否や一斉に拳銃を出し銃口を男へ向ける。

 

 同時にゆっくりと男も振り返る。

 

 本来なら白目の筈の部分は黒く染まり、瞳は緑となっていた。更に剥き出している歯は人間のそれではなく完全に獣の犬歯と化したいた。

 

「があぁぁぁ……ヴオォォォォォーーーーッッッッ!!!!」

 

 叫ぶ。まるで人のそれでない声に鷹山とゼロツーを除いて黒服の男たちは戦慄を覚えてしまう潜在的な恐怖があった。やがて蒸気のようなものが男の体を包み込み、晴れて現れたのは……一匹の人の形をした獣だった。

 

「こいつ…“アマゾン”だったのかッ!」

 

 誰かがそう言った。そしてその言葉は正しく的を得ていた。

 

 アマゾン。人のタンパク質を好む異形の獣。

 

 それが今、決して侵入できる筈ないと思われていたプランテーション内部にいて、しかも自分たちの目の前に現れている。

 

「喰イタイ……食ウゥノガ……俺ノ仕事」

 

 片言で何処か機械的な声で喰いたいと言う黒服の男のアマゾンの姿は蜘蛛に似ており、背中には左右二対の蜘蛛の足に似た部位が生え、その間の中央に左右二対と比較して大きい蜘蛛足の部位の先端が獰猛な輝きをこれ見よがしに見せつけていた。

 

「おーおー。まっさかここにも出てくるとはなぁ……まっ、見つけたからには狩らせてもらうがな」

 

 鷹山は黒服たちを軽く押し退けて前へ出る。そこに恐怖や動揺はなく、むしろ生きのいい獲物を見つけたことに対する生粋の狩人の喜びが目や顔に有りのままに滲み出ていた。

 

「危険です鷹山博士! ここは我々が…」

 

「いいや無理だ。こいつの相手は俺しかできねぇ」

 

 黒服の言葉を取り付く島もなく斬り捨てる鷹山。

 

 そんな鷹山の姿を見た蜘蛛のアマゾン…クモアマゾンはニタリと気味の悪い笑い声を上げた。

 

「ヒィッヒッヒッ……思イ出シタァァ……オマエ、鷹山刃圭介ダロォォ? 俺言ワレタ。オマエ、一番最初ニイィ喰エッテェェッ!」

 

 理性という名のタカが外れたように凶暴な唸り声を上げて切迫するクモアマゾン。丁度“人間の腕が届きそうなほどの範囲”にまで両者の距離が縮まった瞬間。

 

『ブヘェェェッッッ!!!!』

 

 クモアマゾンの視界が衝撃と共に反転した!

 

『ナニガ…ッッ?!』

 

 クモアマゾンは疑問と混乱で脳内がパニックになるが、しかしすぐに今の状況を理解した。

 

 自分は容易く殴られたのだ。殴られて軽く吹っ飛び地に背を向けて倒れ込んでいるんだ

 

 そう理解したクモアマゾンは起き上がり改めて鷹山を見る。確かに殴った後の様に拳を握り、相変わらず余裕綽々な顔で自分を見ている。

 

 ならば本当に殴られたのだ。

 

 この事実にクモアマゾンの心中は穏やかとは言い難く、むしろ怒りがマグマのように煮え滾ってきた位だ。

 

「貴様ァァ……ヨクモォォ」

 

「おいおい。まさか俺を喰えって言った奴は俺が一体何なのか……伝えなかったのか?」

 

 唸るように怨嗟を零すクモアマゾンに鷹山はそんなことを宣う。そして腰に何かを装着した。鳥類の顔を思わせるデザインのベルトのような代物で、嘴と思しき部位に二本のハグリップパーツが付属されている。

 

 一目見た程度では全貌を測ることは難しいだろう。

 

『アルファ…』

 

 鷹山がグリップパーツをバイクのハンドルのように回す。

 

 すると目に相当する部位が緑色に発光し起動の合図を告げる。

 

「アマゾン……」

 

 眼前の存在の名を呟き、それがキーとなり赤い蒸気が鷹山の体を包み込んでいく。クモアマゾンはこの蒸気を知っていた。

 

 人間の姿をになったアマゾンが“本来の姿に戻る際に出すものだ”。 

 

 だとすれば、この鷹山刃圭介という男はもしや……。

 

 クモアマゾンの中で一つの答えが導き出されようとしていた瞬間、熱を帯びた衝撃波と周囲に火の手が舞い上がる。

 

 鷹山が立っていた場所に鷹山の姿は何処にもなかった。だが、その代わり人型の存在がいた。

 

 全体的に赤を基調とした体色。胸部と腹部は銀色の生体装甲とも呼ぶべきプロテクターが備えられ、肘から先には黒の籠手に似た外骨格に包まれ、両足の膝から先も同じような感じになっている。

 

 顔はトカゲのようだが何処かピラニアも思わせる面持ちで、目はベルトの発光部位と同じく緑色。

 

『さ~て、狩りの始まりだ。お前の命……食わせろ!』

 

 それは人間ではない。名をアマゾン。

 

 “アマゾン・アルファ”。

 

 それが鷹山刃圭介の……もう一つの姿にして名である。

 

 

 

 

 

 






 アマゾン・アルファって、“ピラニア”モチーフなんですよね。知ってました?

 元の原作アマゾンライダーがトカゲモチーフだから正直なんか、後付け感がありますけど(そもそもピラニア要素が見当たらない)……そうらしいです。

 感想・批判、どんと来いでお願いします。



 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦うケモノ



 さーて、ダリフラ13話の感想は!

 ・ヒロとゼロツーの因果関係パネェッす!

 ・もうラストのエンディグやら諸々の演出とかヤベェぜ!

 ・今後のダリフラに期待・大! テンションはもう神レベルだぁぁぁぁ~~~~~ブワッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!









サザ〇さんとエグ〇イドの両ネタですみません(-_-;)

 







 

 

 

 

 

 獰猛なる赤が風の様に駆ける。

 その都度にクモアマゾンの身体は切り裂かれ、体毛による自慢の強固な防御力は無意味だとばかりに傷が容易く増えていき、黒い鮮血が舞い散った。

 

「どうした? こんなもんか?」

 

 赤は嗤う。クモアマゾンの脆弱さに。

 

『グゥゥッ! 調子ニ乗ルナァァッ!!』

 

 だが、いかに傷が出来ようとこの程度では大したダメージにはならない。

 何も問題なく立ち上がったクモアマゾンは悍ましい歯が覗かせる口から糸を吐いた。しかも只の糸ではない。エレベーターを支える専用のワイヤーの約3倍はある鋼の如き硬度の剛糸。故に相当な力で無ければ断ち切ることなどできない。

 

 それがクモアマゾンが相手取る赤…アマゾン・アルファへと巻き付き、身動きできなくしてしまった。

 

『ヒッヒッヒ、ヒィィヒヒヒヒッッッッ!!!! コレデ、終ワリダ…アマゾン・アルファァァァァッッッ!!!!!!」

 

「と思うじゃん?」

 

 既に勝利の余悦に浸るクモアマゾンとは対照的にアルファは至って冷静どころか余裕のあるそれだ。疑問を抱く暇もなく籠手のように形成された両腕の外骨格から鋭利な刃を出現させ、クモアマゾンの剛糸をアルファは容易く、それこそ紙のように切り裂いてしまった。

 

『バ、バカナッ!』

 

「可哀そうだが、これ、現実なんだよな~」

 

 アルファは呑気にそう言って両腕を上げて首を傾げる。まさしく困ったのポーズだ。

 

 そこには確かな余裕があり、糸如きがどうしたと言っているようにクモアマゾンは感じた。

 

「単に切れ味は俺の方が強かっただけさ。なんだ? もうお終いかよ」

 

『上等ダァァァァッッッ!!』

 

 故に一層憤怒し、アルファの挑発に乗ってしまったクモアマゾンは両手腕を広げ襲いかかるがアルファは自分の両手でクモアマゾンの手首を掴んで、一時的に身動きを封じた。

 

『バカガ! 手足ハ、マダアルゾ!!』

 

 だが忘れてはいけない。クモアマゾンが“蜘蛛”たる由縁を。

その背には蜘蛛の脚のような部位があり、無論ただの飾りのようにそこにあるだけではない。きちんと自らの意思で動かせるのだ。しかも先端は鋭く、貫通力はFRANXXの装甲に穴を開けられるレベルにまで及ぶ。

 そんなものを喰らっては一溜りもないのは明白だ。

 

『オラァァッ!』

 

「グッ、ガァァッ!!」

 

 左右二対、計4本の蜘蛛脚が両肩と両方の脇腹を抉り食い込む。生々しい音を掻き立てるように奏でることで鮮血がリズムを奏でるかのように噴き出ては、その都度アルファ自身の身体を濡らしていった。

 

「グッ…ちったァァ、やるみたいだなァァッ!!」

 

 アルファはクラッシャーの部位を大きく開き、そこから覗かせる無数の牙でクモアマゾンの顔面に喰らいつく!

 

『ナ、ヤ、ヤメ…ギャアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!』

 

「グルルルゥゥゥゥ……ッッ!!」

 

 人肌とは比べものにならない強固な外骨格を顎の力で砕き、その下の皮膚を牙で抉り、更に奥の筋肉繊維を容赦も慈悲もない獣の如き唸りを轟かせ喰らい引き千切る。

 クモアマゾンの顔面は既に元の形状が分からないほどに半壊し、夥しいほどの粘り気を帯びた黒い血が溢れ出る。

 やがてアルファのクラッシャーが『何か』を捕らえた。

 

「ガアァァッ!」

 

『ギィィッ!』

 

 それを抜き取られた瞬間、クモアマゾンの肉体が自身の血と同じ黒の粘着性の液体へと変換する形で崩壊。アマゾンにとって確実な死だった。

 

「ねぇ、それって何?」

 

 先程の凄惨な恐ろしい戦いなど知らぬとばかりの呑気な声でゼロツーが指を差しながら言う。その先には、アルファが咥え込んでいる謎の物体があった。

 

「こいつはアマゾンの生命維持を司る“中枢臓器”。叫竜で言うコアに似たもんだ。アマゾンには通常の生物で言う脳がなくてな。だが脳細胞の代わりを担う細胞組織があって、そこや身体全体の筋肉繊維に活動する為のエネルギーを送っているのがコレってわけだ」

 

 クラッシャーから片手に移した謎の物体…アマゾンのコアについて解説するアルファは戦闘を終え、その姿を元の鷹山へと戻していた。

 そして……。

 

「あん」

 

 今度は人間の口で、コアを丸齧りしてゆっくりと咀嚼を始めた。

 

「うぐっ……」

 

「……」

 

 異様過ぎるばかりか刺激まで強いその光景に対し、屈強な体格と気質を有するゼロツーのステイメンは思わず目を背ける。

 黒服の何名かもそうだがしかしゼロツーだけはじっと。ただ淡々と見ていた。

 

「んん~中々旨いが、物足りないな。やっぱ喰うならAランク以上のアマゾンだな」

 

 あっという間にコアを食べ終え、汚いゲップまで吹く鷹山の姿は先程の戦いで垣間見せた凶暴性がウソのように思えるほど呑気なもので、口調で物を言う。

 

「で、一人死んじまったが…他は大丈夫か?」

 

「は、はい。幸いケガ一つありません……」

 

 黒服の一人が恐る恐るといった引き気味に答え、それに鷹山は被害が大きくならなった事に安堵するのみで相手の態度など微塵も意に入れない

 

「そっか。んじゃ、早めに行って報告しないとな……“ここにもアマゾンが紛れ込んでる”ってな」

 

 いつもの飄々とした掴み所のない鷹山の態度。しかしそんな雰囲気とは裏腹に何故かその目は鋭く、得体のしれない何かを感じ取っているようにも思えた。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 アマゾンの出現という、突発的イレギュラーはあったものの目的地へ辿り着いた一行。

 ゼロツーとパートナーの男性は別件の用事で別れ、鷹山並びにフランクス博士は今回のアマゾン遭遇の一件をハチへ報告する為、彼のところへ赴くことにした。

 

「そ、それは本当ですかッ!!」

 

 APE作戦本部司令室に声が響き渡る。

 

 二人の報告を受けたハチは、驚愕と焦燥。この二つが伴なった声を司令室の空間内へ響かすばかりに叫び、信じられないと言った様子でモニターデスクへと両手を置いて顔を下に伏せてしまった。

 

「セキュリティは完璧で何の異常も検知されなかった筈! よりによって13部隊の入隊式当日にアマゾンなど…」

 

「まぁよ、気持ちは分かるが取り敢えず落ち着けハチ坊。どんな時でも冷静になって的確な指示を出すのが司令官じゃなかったか?」

 

 鷹山の言葉にハッと顔を上げるハチは深く息を吐いて落ち着きを取り戻した。

 

「すみません鷹山博士」

 

「気にすんな。ともかくアマゾンが現れた以上、警戒は一気に引き上げろ。それとできれば明日の入隊式は中止した方がいいんだが……」

 

「そいつは難しいぞ」

 

 鷹山の意見にフランクス博士が否定の声を挟んだ。

 

「あのジジイどもは逆に入隊式そのものを利用する気だ。アマゾンを誘き出す為にな」

 

 博士の言う“ジジイども”とは七賢人のことである。

 実質的トップである彼等にとってアマゾン及びヴィスト・ネクロは目の上の瘤以外の何物でもなく、まさしく早急に排除したい存在に違いはない。今回13都市であるセラススにもその存在が確認されたが、“内部での出現”は初めてだった。それまでは目的こそ不明だがプランテーション外部においてまるでこちらを追跡し、様子を伺っているかのような行動が何度か確認されていた。

 仮説では“人の匂いや気配に引き寄せられている”といったものが有力視されているが、野生個体ではなくヴィスト・ネクロ所属のアマゾンの可能性も捨て切れなかった為、七賢人たちは敢えてこちら側からは事を起こさず、監視目的で泳がすことにした。

 

 そして彼等は群がるアマゾンがヴィスト・ネクロだった場合。もしくは既に侵入している場合を想定して彼等が表への行動に出る可能性の高い催し…すなわち今日開かれる“第13部隊の入隊式”へと目を付けた。

 

「ヴィスト・ネクロが三つのプランテーションに多大な被害を齎した際はどれも、“特別な催しが開かれている最中”というタイミングじゃった。第15と第16はキッシング時の歓迎式典で、第17は17部隊の入隊式。ならば今回の入隊式に動かない道理はないと見ていいじゃろうな」

 

「なるほどねぇ……ようするにお偉いさん方は13部隊の入隊式そのものを囮に使う腹積りっつーことか」

 

「とは言え、それで出て来たアマゾンが全てとも限らんがな。全部、とはいかずとも一匹でも多く害虫を始末したいのだろーよ」

 

「………」

 

 囮。別にそれ自体は手段としては間違いではないが、それでも都市一つで挙げての大規模な催しそのものを囮にするというのは、時に非情な決断を下す立場のハチでも思いつかないものだった。

 

「まっ、やることは変らないな。出て来たアマゾンを狩って殺すだけさ」

 

 陽気にカラカラと笑う鷹山だが、その目は獲物を見定める狩人そのもので、言葉からは鋭利で獰猛な殺意が沸々と滲み出ていた。彼にアマゾン……すなわち同族を狩ってその命を奪う行為に対して躊躇や罪悪感はない。

 “人間を守る”。

 それが彼の掲げる絶対にして不変なる“正義”であるのだから……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 晴天の極み。そう表現するに足るほど青い空が広がり、日差し良く、雲も少ない天候は13部隊のパラサイトたちの初陣を飾る式典を

執り行うに相応しい日はないだろうか。

 13部隊はパラサイトとしての責務を未だ全うしてはいない“雛形”の部隊。

 適性試験では合格点を得たものの未だフランクスには一度も乗ってはいない為、今回が正式且つ初めてのフランクスの操縦という事になる。

 

 イチゴたちが特殊なパイロットスーツを身に纏い、定められた各機体に乗り起動準備を整えているその頃。ヒロとナオミ。落第の烙印を押されたコドモたちが停留所で各プランテーションへの移動手段である球体状の乗客機の到着を待っていた。

 

「……」

 

「……」

 

 華やかな式典当日の空気とはまったく真逆の陰鬱とした空気が二人の間に漂う。

 様々な努力も意味を成さず、無意味に終わった結末は暗い影を落とすには十分過ぎた。それに落第の原因の決定打はヒロ本人であるということが尚更悪かった。

 曖昧な原因不明ならまだ“運がなかった”“どうしようもなかった”で許せる。

しかし明確化した原因、しかも特定人物という条件ならばそこへ負の感情を向けてしまうのが人の性というもの。  

 

「なんで、ここを出るの?」

 

「……」

 

 沈黙を破り、ナオミがヒロに問い質して来た。

 

「贔屓だろうが何だろうが、いられるだけいいじゃない……私は……私は……」

 

 うまく言葉が出せない彼女が一体何を言いたのか。ヒロはよく分かっていた。

 

 今までパートナーだったからこそ全部が全部というわけではないが、それでも分かることはある。ナオミは13部隊の仲間を自分の家族として見ていた。彼女にとって自分が家族と認める人たちと一緒にいるというのは何を差し引いても得難い居場所そのものであり

、そこに存在意義を見出していた。

 それはコドモとしてはあまり例を見ない、悪く言えばコドモらしくない歪な在り方と言える。

 だがそれでも、そうだとしても。

 

「……みんなと一緒にいたかった。いたかったのに!……なんで貴方がパートナーだったのよ……ッッ」

 

 彼女には、それが当たり前ながらも大切なことだったのだ。

 嗚咽を漏らし溢れ出る涙を拭うナオミにヒロはただ一言…“ごめん”としか言えなかった。他に何が言える? 原因は自分だ。自分がちゃんとしたパラサイトならナオミはここにいられた。

 荒波のように押し寄せる自責の念が、ヒロの胸を茨の蔓のように喰い込むが如く締め付ける。

 しかしそれをどうにかする術を……残念ながらヒロは持ち合わせてなどいなかった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

「……マズいな。霧が出てきおったわい」

 

 式典の会場でフランクス博士はぽつりと。そう呟いた。

 確かに少しばかり霧は出てきたがそれの何が悪いのだろうか? 答えはすぐに判明した。

 

『■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!』

 

 不気味な鳴き声を上げて吼える“それ”は、全体的に角ばった無機質なデザインの形状を成し、例えるなら恐竜の代名詞である肉食恐竜のティラノサウルスに似てなくもない。顔は大きく目らしき部分は見当たらないが青いラインが奔り、顔以外でもラインは全体的に見れる。

 叫竜の“モホ級”。これこそ、マグマ燃料を求め人類へと牙を向ける天敵の姿だった

 

『キシャァァッ!』

 

「へ? あ、ああああッ!!」

 

 だが人類の天敵は叫竜だけではない。

 スタッフの一人が突然蒸気のような気体を吹き出したかと思えば、数分と時間を労さずアマゾンへ変貌。近くにいた者を襲い始めた。

 

「バカな、アマゾンだとッ?!」

 

「やはりここにも潜伏しておったわけか。忌々しい」

 

 ハチは驚愕に声を上げるがフランクス博士は冷静に言ってのける。

 鷹山からアマゾン出現の報告は受けてはいたが、それでも式典の場に現れるとは思ってもみなかった。しかも最悪なことに1体だけでなく複数の個体が出現。正確に数えれば計15体。その内3体は鷹山が狩ったクモアマゾン型の別個体、他は吸血鬼を彷彿とさせる蝙蝠型の“コウモリアマゾン”1体と蟻型の“アリアマゾン”が11体。

 

 彼等は容赦なく式典の警護に当たっていたスタッフや“オトナ”たちを容赦なく、無慈悲に喰らっていった。

 

「や、やめッ!」

 

『ギギィィィィィッ!』

 

「あ、あああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」

 

 人間は無力だ。オトナや武器を持ったスタッフでもアマゾンという獰猛性に特化した獣の前では歯が立たず、彼らの馳走に成り下がるのがオチだ。いっそ式典会場丸ごと一個ふっ飛ばさせる威力の爆弾でも使えれば楽に越したことはないと思ってしまうが、それを使えば被害はより大きくなり、フランクスやそれに乗るパラサイトも只では済まなくなる

 

「おいおい。こんないい天気に人食い祭りの開催って、よッ!」

 

 式典場の中央。丁度、七賢人の一人……いうより実質的リーダーとも言える男が立って演説をしていた場所では既に命を失い、事切れたオトナの首筋から肩にかけての部位を貪り喰っていたアリアマゾンの1体を後ろから奇襲し、見事首を刎頸せしめた赤いピラニアのアマゾン…鷹山が変身する『アマゾン・アルファ』はいつもの飄々とした雰囲気と口調を崩してそう吐き捨てた。

 そして敵のアマゾンに勝る獰猛な空気を纏い唸るように言葉を紡ぐ。

 

「具体的な目的が全然見えねぇ……喰いたいだけっつーのは絶対違う筈だが」

 

 アルファは、今まで多くのアマゾンをこの手で狩って来たアマゾン専門の狩人。中には人に限らずタンパク質を摂取することに執心し、言葉さえ介せないほど野生に特化した野良の個体もいたが、その多くはヴィスト・ネクロに属する獣人だった。

 ヴィスト・ネクロという組織の目的は一切不明。ただ叫竜がそうであるようにプランテーションへ侵攻し、人類に様々な被害を齎すが何故そうするのか。何故人間に対して牙を剥くのか。その行動原理や思惑が全く掴めないのだ。

 

 

 

 “単純に人肉を好むから”

 

 

 そう説明すればアマゾンという生物の特性を鑑みれば納得はいくが、プランテーションへのセキュリティを掻い潜り、リスクを冒してまでそうする意図が分からない。

 実のところ、このプランテーションだけが人類唯一の居住地というわけではない。

 規模は小さく数も少ないがそれでも知恵を振り絞って、叫竜やアマゾンが跋扈するこの世界を生き抜いている人々もいるのだ。

 しかし、それでも高度な科学技術の結晶であるプランテーションを保有するオトナたちと生存率を比較すれば、オトナの方に軍配が上がる。それはつまり、オトナよりも外の世界で生きる人間の方が遥かに喰い易いことを意味している。

 ならば合理的思考の結果として、そちらを襲えばいいだけだ。大してリクスも冒さず人肉にあり付ける。

 だがヴィスト・ネクロはそれを選択せず、プランテーションでの人間の殺害もそうだが内部施設の破壊に魔手を伸ばした。

 この事実が意味するのは一つ……ただ単に人肉を喰らうことが目的ではない、ということだ。

 

「まっ、どうせ考えても答えは出ないか。ならお前らを存分に、一匹も残さず、狩り尽くす!」

 

 そう言って駆け出すアルファはベルトの左側グリップ部分を握り、唸らせる。

 

『バイオレント……スラッシュ!』

 

 ベルトから発せられる音声と共にアルファの両腕に鋭利な刃状の“アームカッター”が生え、丁度良く自身に襲い掛かって来たクモアマゾン2体を擦れ違い様に斜め一閃。

 その身体を真っ二つにした。

 無論、弱点である中枢臓器も体と同じ末路を辿っている為、万が一再生して生き返るようなことはない。

 

『アルファ……お前を殺す』

 

 つい先ほど刃と化した翼でオトナ5人の首を落としたコウモリアマゾンがアルファの前へ降り立つ。  

 そして発せられたのは怒りと殺意が十分に籠った“眼前の敵の名”と“殺す”の二言。それを聞いたアルファは内心面白いと言いた気に笑みを零す。

 

「はは……いいね、やってみろよ。殺せるならな!」

 

 獰猛な赤き肉食魚と空を舞う獣。両者は互いの牙を剥き出しに衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 






~今回の補足説明~


 ・プランテーション外でも一部の人間は生きている

 ダリフラ世界って、荒廃している割に場所によっては環境良かったり、普通に生物が生息してたりとか。ここでは『プランテーション以外でも人間が住んでる場所は、かろうじてある』という独自設定があります。後々絡んで来る予定です。



 ・アルファの噛みつく技

 原作アマゾンでもよく見られた噛みつき攻撃。
 相手が低ランクの個体とは言え、これだけで倒しちゃう刃さんはパナいっすよ本当。  




 感想待ってます!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目覚めるケモノ×角ノ少女 前編





 今回はあるキャラが登場します。知ってる方なら知ってるヤツです。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い闇。そこから浮上するように意識が覚醒した少年…ヒロはいつもよりも重い瞼を開けて、周囲を確認する為に倒れた姿勢から

ゆっくりと起き上がる。最初に目に入ったのは無数の瓦礫で構築された山と何かによって破壊され荒れ果てた通路。

 

 思い出した。叫竜が襲撃して来て、停留所が破壊されて……それで俺は……ッ?!

 

 ナオミ。自分のパートナーだった少女の手を握り通路を走り抜ける最中だった際に天井が崩落したことを思い出したヒロは周囲を見渡す。

 ナオミの姿は、なかった。

 その代わり獅子に似た形状のロボットと叫竜が獣同士のそれに近い戦いを繰り広げていた。

 

「アレは……フランクスなのか?」

 

 疑問を孕んだ呟きだが、フランクスはその全てが人間の女性を模したもの…ようするに人型を成している。獰猛性をこれでもかと出す獅子型のフランクスなどヒロは聞いたことがなかった。

 

「そう。アレもれっきとしたフランクス。スタンピード・モードと呼ばれる形態だね」

 

 突然聞こえた聞き覚えのない少女の声に驚いたヒロは慌てて後ろを振り返る。そこには長い銀髪を腰までストレートに伸ばし、水道管らしきものが随所に見受けられるデザイン

。赤い血を感じさせるワインレッドカラーの特殊スーツを身に纏った一人の少女が口の端を吊り上げて不気味な笑みを浮かべて立っていた。

 

 顔は青みの多い緑色のバイザーで隠している為、口元が見えるだけでその全貌を確認することはできない。

 

「君は…誰なんだ?」

 

「誰だっていいだろ? まぁ…名前は『ブラッドスターク』。これ位は教えてあげるよ」

 

 少女は自身の名を『ブラッドスターク』と呼ぶ。

 女性にも関わらず男性ニュアンスの名というのは不思議だが、偽名の可能性もある。ともあれヒロは少女…ブラッドスタークへの警戒を上げて睨む。

 

「そんな怖い顔するなって。ボクはこいつを届けに来ただけさ」

 

 後ろへ隠していた片手をヒロの前へ差し出したスタークはその手に掴むものを見せる。 

 

「……なんだ、これ?」

 

 疑問符を含んだ声を出してまで見たものはベルトらしきものだった。バックル部位は機械で、全体的にコンドルなどの鳥類の顔を彷彿とさせる形状をしている。二つある赤色の菱形部位にはまるで生き物のような瞳があり、そのせいで本物の目であるかのような錯覚を引き起こされる。

 それが何かを把握できない様子のヒロを見て、スタークは自身が手に持つ物の名を口にする。

 

「『アマゾンズドライバー』って呼ばれるものさ。まぁ、今後必要になってくるから……ねっと!」

 

「へっ?!」

 

 素早くヒロの背後へと回ったスタークは何をするのかと思いきや、ベルトのようなもの

……アマゾンズドライバーをヒロの腰に装着させた。

 

「ちょっ、何すんだよ! しかもこれ…は、外れない!」

 

「まぁまぁ、いいからいいから♪ 持っておいて損はないし、むしろ絶っっ対必要になるんだから」

 

「いや、意味分からないし! 外せって!」

 

 ヒロはアマゾンズドライバーを両手で掴んで無理やり外そうとするが、相当頑丈なのか破損する気配が全く見られない。

 ドライバーを外すのに必死になっているヒロが面白おかしいのか。少し吹きながら軽く笑っているスタークは彼に背を向けながら去るように歩き始めた。

 

「では、これにてチャ~オッ♪ あっ、ついでにだけど……頭上注意ね」

 

 背を向けた状態で手を振って本当にその場を去る気でいる様子のスタークを呼び止めようとするヒロだが、斜め上に示されたスタークのジェスチャーを見て、彼女の指が向いている方向を見た。

 

 その先にはモホ級の叫竜にふっ飛ばされ、今まさにこちらへ向かって来てしまっている獅子型フランクスの姿があった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

「ハアァァッッ!」

 

『フンッ!』

 

 軽く唸り声を上げて、カッターアームを斜め一閃に振るうアルファ。しかし、それを喰らうべきコウモリアマゾンは漆黒の翼を硬質化させ、敢えて受ける形で防ぎ弾き返す。

 

「チィッ、無駄に硬いなァァオイッ!」

 

『無意味!』

 

 悪態を吐くアルファ。そんな彼にコウモリアマゾンは自身の翼の優位性を強調するような発言で挑発を誘う。

 しかしそれに応じることはなかった。的確且つ冷静に敵を観察し、そこから必勝の道筋を探ろうとする。

 

『ハァァッ!』

 

「オラァァッ!」

 

 アルファはアームカッターを使いつつ、拳を振るい、ボクシングのような型で打撃技を加えていく。対するコウモリアマゾンは漆黒の両翼を武器にして防具として使う戦法を駆使している。

 だが、コウモリアマゾンの本領は地ではなく空によって発揮されるもの。

 

『ギィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!』  

 

 突然翼を激しく羽ばたかせ、一気に飛び立ったコウモリアマゾンは喉の奥部にある発声器官から歪な超音波を発した。

 

「う、ぐゥゥッ……!!」

 

 耳の鼓膜が破れるかと思うほどの超音波は脳にさえ、頭痛というダメージを容赦なく与えて来る。怯んだアルファを視覚で捉えたコウモリアマゾンはこの機を逃がすような真似はせず、アルファの身体を両腕で拘束し、更には鋭利な爪を喰い込ませることで拘束をより盤石なものとした。

 無論だが、これで終わる筈もない。

 

『堕ちろ……フンッ!』

 

 アルファを抱えて地上から100mほどの位置にまで上昇したコウモリアマゾンは一切の躊躇いなく両腕を離し、アルファをそのまま地へと陥れる。

 更に口部から計3本。自らの血液を硬質化させた、太い杭のような漆黒の物体を吐き出し追撃を仕掛けて来た。放たれた杭はアルファの胸部…右肩に近い部分に一つ、腹部左右に二つと命中し彼の身体を容赦なしに穿つ。

 

「がァァッ!」

 

 赤い鮮血を舞い散らせ落下するアルファを待ち構えていたのは、クモアマゾンとアリアマゾンの群れ。このまま落ちて来るアルファを総勢で嬲り殺しにしてやろうという算段らしい。

 

「ははっ……好都合だァァッ!!」

 

『バイオレント…クラッシャー』

 

 ドライバーのグリップを握り回し、必殺の音声が響き渡る。そして瞬く間に赤い蒸気がアルファを包み込んだかと思えばそれだけに留まらず、下で待ち構えていたアマゾン達さえ巻き込むほど広範囲に渡って拡大した。

 

『ナンダァ…コレハッ!』

 

『気配ガ察知デキ…ッ!』

 

 アリアマゾン一匹の声が途中から切れて、代わりに肉を裂き抉るような生々しい音が奏でられる。

 アマゾンには生物の気配を察知する能力が共通に備わっているのだが、それが全く反応しなかった。その結果、蒸気の中に身を潜んでいたアルファの存在を探知できず、強靭な顎とすべての牙から放出される電流によってその命を奪われた。

 やがて蒸気が薄まり、次第に晴れて来た。

 

 完全に消え失せると黒い泥のような液体と化して死したクモアマゾンとアリアマゾンの残骸のみ。

 

「アリとクモは全滅。後はコウモリだけか」

 

『ギィィッ!』

 

 実質リーダー的存在だったコウモリアマゾンは自分の配下だったアマゾンが全滅した事実に驚愕を隠せなかった。

 必勝と確信していた作戦が失敗に終わった故の激昂か。それとも先程の杭のような遠距離型攻撃を撃てないせいか。そのどちらか、またはそれ以外に理由があるのかは分からないが、コウモリアマゾンは空中に留まることを辞め、猛スピードでアルファへと急降下する形で接近していく。 

 

『バイオレント……エナジースラッシュ』 

 

 それに対し、無言でグリップを握り通常の一回でなく連続で二回ほど。握り回した途端音声と共にアルファのアームカッターは炎とも蒸気ともとれるエネルギーを発し纏い込む

。静かに佇みながら赤いエネルギーを纏ったアームカッターの腕を横へ水平に広げるようにして構えをとるアルファ。

 

 そしてある程度にまで両者の距離が近づいた瞬間。

 

『ガァァッ……ァ…』

 

 アームカッターの刃が振り上げられ、コウモリアマゾンの身体はまるで紙でも裂くかのような容易さで呆気なく縦一線に一刀両断され、そのまま他のアマゾンと同様黒い液体と化して消え失せた。

 

「お前の命…もらったぞ」

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 一方、獅子型フランクスが吹き飛ばされ、その際の激突に巻き込まれたヒロは幸いにもケガはなく無事だった。するとコックピットの部位が開き、中から血塗れに染まる一人のステイメンが放り出された。ピクリと動かず、その顔は死人の如く蒼白だった。

 

「だ、大丈夫ですか!」

 

 ヒロは怯えながらも男の安否を確認する為に近寄るも、全く息をしておらず、脈もなかった。

 

「そいつはもうダメだ」

 

「!ッ 君は…」

 

 少女の声に反応し、視線を男から外して顔を見上げるとコックピットの入口で持たれかけている少女の姿があった。その顔にヒロは見覚えがあり、あの湖畔で出会ったゼロツーに間違いなかった。

 

「君は早くここから逃げた方がいいよ」

 

「逃げるって……なら君はどうする気なんだ?」

 

「叫竜を倒すのさ。それがボクの望みで、目的だ」

 

 ふらついた様子でコックピットへと戻ろうとするゼロツーだが、彼女の状態はお世辞にも良好とは言い難く、頭からは血が流れている。もしかしたら見えないだけで内臓やら骨にダメージがあるのかもしれない。

 

「ダメだッ! そんな身体で!」

 

 ヒロは彼女を止めようとその血に濡れた腕を掴んだ。

 

「……離してくれる? 僕は奴らを殺す」

 

 鋭い眼光で睨むゼロツー。だがヒロはそれに怖気づいて動じることなく、逆に強い眼差しを向ける。

 

「そんな状態の君を行かせない。いや、行かせたくない!」

 

「どうして? そんな必死になる事なんてないじゃん」

 

 不思議で仕方ないとばかりに言う彼女にヒロは言った。

 

「どうしてか、なんて、俺にも分からない。ただ君をこのまま行かせたら……俺はきっと後悔すると思う」

 

 ヒロ自身も不思議なのだ。何故自分はこうも彼女を引き留めようとするのか? 所詮、会ったばかりの仲だ。だがそんなことは結局のところ関係ない。自分がそうしたいからそうする。

 ただ…それだけのことなのだ。

 

「それに君一人じゃ無理だ! 一人じゃフランクスは動かせないはず!!」

 

「……ボクはいつも一人だよ」

 

 どこか寂し気にゼロツーは呟く。

 

「一人には慣れてる……いつもそうしてきたんだ」

 

「ダメだ! 死ぬかもしれないんだぞ!」

 

「死ぬのなんて怖くないよ。それにアイツももうすぐ動き出す。そうなったらどっちみち全滅さ……僕にはやらなきゃいけない事があるんだ。こんなところで立ち止まる訳にはいかないんだよ」

 

 揺るがぬ意志をもって言葉を紡ぐゼロツー。そんな彼女の姿にヒロは今更かもしれないが、途方もない無力感を覚えていた。今の自分にはどうあっても仲間を助けることはできないし、それどころか叫竜に立ち向かう術さえない。

 本当に何もできないコドモだ。

 それでも、どうしても頭の中で“諦めるな”と叫ぶ自分の声。でも気持ちだけじゃどうにもならないのは事実で、何かを成すには条件と策が必要だ。

 

 条件は……ある。

 

 彼女のフランクスだ。そしてもう一つ必要となる策は……      

 

「じゃ、僕は行くよ」

 

「待ってくれ! 俺が…俺がそのフランクスに乗る!」

 

 自分自身がステイメンとして彼女のフランクスへ搭乗する事。

 

「やっぱり君を放っておけない……一人で行かせられないッ!!」

 

「……!ッ へぇ。死ぬ覚悟はあるの?」

 

 彼の言葉に驚いた様子で目を見開くゼロツーだがすぐに目を細め、既に息絶えた元パートナーの男を見据えて問いを投げかける。

 

「わからない……でも、今のままだったら俺に居場所なんてないし、死んでるのと変わりないんだ………俺は、死んでるように生きたくない。だから! 俺を乗せてくれゼロツー!」

 

!!」

 

 それは決意だった。

何一つ成し得ることのできないコドモが己の無力さを感じつつも、尚も諦めず前へ進もうとする道標。その言葉を聞いたゼロツーは顔に笑みを浮かばせ、自然と流れていたヒロの涙に手をやり触れる。

 

「ふふっ……人間の涙、久しぶりに見たよ。やっぱりキミとボクは似ているね」

 

 ゼロツーは笑みを漏らす。まるで遠い記憶の中で失くしてしまったものを懐かしむように、とても愛おしいとでも言うような顔だった

 

「その目、気に入ったよ。さぁおいで…」

 

 涙を拭い触れた手を一杯に開いて、彼女は差し伸ばす。その手に引き寄せられるようにヒロもまた手を伸ばした。ヒロの手をしっかりと握るゼロツーは彼を思いっきり引っ張り、そのまま暗いコックピットの中……まるで闇夜へ誘うように重力に身を任せそして……。

 

「キミを味あわせて。今から君が、ボクのダーリンだ!」

 

 少女の唇が少年の唇と重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 








~今回の補足説明~


『ブラッドスターク』
現在放送中の仮面ライダービルドに登場する幹部クラスの怪人。今作では原作同様に様々なところで暗躍し、飄々とした性格で誰にも目的・思惑が読めない謎の人物。原作では紛れもなく男性だが、今作は少女でそれらしいデザインにリファインされている。
・結構気に入っているキャラですし、変身方法がアマゾンと同じで蒸気に包まれての変身なので登場させました。果てして、その正体は?




 感想待ってます!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目覚めるケモノ×角ノ少女 後編




 連続投稿です。



 

 

 

 

溢れる極光。それは神々しく、そして荒々しい脈動を感じさせるに足るほどの輝きだった

 

 その中にソレはあった。

 

 純白のカラーにボディの各随所に見られる鮮血の如き赤のライン。その手に握り締める槍【クイーンパイク】は敵を一度穿てば、敵が死すその時まで離さぬ鋭利さと攻撃性を秘め持つかのような威厳。

 

 戦神の乙女と称するに相応しい姿のソレの名は『ストレリチア』。極楽鳥花の名を冠する

 

「すごい……」

 

「ひ、人型になった!」

 

「あいつ、フランクスなのか?!」

 

 自身が搭乗していたフランクスから避難した13部隊のコドモたち…その中でイチゴがその威厳溢れる姿に魅入られ感嘆の声を漏らし、ミクは獅子型から人型になった変形機能に驚きを示し、ゾロメはアレがフランクスなのかとまるで問う様に叫んだ。

 

「いかにも!」

 

 すぐ隣にいたとは言え、独り言だったゾロメの言葉を自らの耳に律儀に聞き届けたフランクス博士は、当然とばかりに声を張り上げて答える。

 

「凹型因子《ネガティブ》と凸型因子《ポジティブ》、この二つの男女が組み合わさり心重ねた時、鋼鉄の乙女はその本当の姿を映し出す!」

 

「な~るほど。さてはあのステイメン君と一緒に乗ったな、あのジャジャ馬姫」

 

 テンション高めなフランクス博士の言葉とは相対的に平淡な声が聞こえる。フランクス博士以外のナナやハチ、そして13部隊の面々はその声のした方向へ視線を向けるがその姿を見た途端、コドモたちはその声の主に驚き他なかった。

 

「あ、アマゾン……!!」

 

 イチゴが叫ぶ。他でもない刃ことアマゾン・アルファ本人だった。

 

「そう怖がるなって。喰いやしねーよ。疑うのならそこのナナお姉さんに聞いてみな」

 

「彼の言う通りよ。敵ではないから安心して」

 

 そう説明するナナの言葉に未だ疑念は晴れないがとりあえずは納得する他ないだろう。

 

「か、カッケェェェェェェェッッ!!」

 

「ん?」

 

『え?』

 

 突然のゾロメの叫びにアルファとコドモたちが疑問符を含ませたように声を漏らした。

 

「なんか色々カッケー! 真っ赤な色に胸んところの傷跡とか、その刃みたいなもんが付いた両腕両脚とか!」

 

「……あんた、バカァ?」

 

「あ、あーうん。とりあえず誉め言葉として受け取っとくな」

 

 完全に緊迫した空気をぶち壊しているゾロメ。そんな彼にパートナーであるミクは呆れをこれでもかと入れ込んだイタイ視線を送り、そんなゾロメの少年心を無自覚とは言え、鷲掴みにしてしまったアルファは適当に相槌を打つ形で対応。

 

「ぬおっ! コレは!!」

 

「どうした爺さん」

 

 いきなり驚愕とばかりに叫ぶフランクス博士にアルファは問いを投げかけ、ストレリチアと叫竜に視線を変える。

 

「おいおい……こいつはどうなってやがる?」

 

 理解できないと言う風情のアルファの視線の先には、ストレリチアが人型へ変形すると同時に変形をし始めた叫竜の姿があった。叫竜の変形能力はさして珍しいものではなく、何度かそういった個体は確認されている。それについてアルファは愚かフランクス博士も十分承知している情報に過ぎない。では何を驚くことがあるのか?

 

「なんで叫竜から“アマゾンの気配が濃く感じられるんだ?”」

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

「の、乗れてるのか、俺?」

 

「うん! すごいねダーリン。普通なら最初でダウンしちゃんだけど……」

 

 ストレリチアのコックピット内。ヒロは席に腰を下ろし、操縦トリガーを握りしめて今、この瞬間に自分がフランクスを動かしているという事実が未だに信じられず、困惑をありありと顔や挙動に出している。

 

 そんなヒロにゼロツーは、彼の前にあるピスティル専用の座席から肯定の意と共に再度ヒロが自分にとって相性のいいダーリンであることを自覚し、満足気な笑みを浮かべていた。

 

 ピスティル専用の座席はステイメン専用のものとは違い、円形状に凹んだ窪みにあり、同じく複座式だがフランクスを操作する為の操縦トリガーはなく代わりに両手両足を入れる四角型の接続口がある。

 

「さぁ行くよダーリン! ボクとキミでアイツを倒すんだ!」

 

「ああ、ゼロツー。行こう!」

 

 意気投合した二人はストレリチアを動かし、主力武器である槍クイーンパイクの矛先を叫竜へと向け急速に突進を繰り出す。しかし、丁度変形を完了させた叫竜は一気に飛び上がり、ストレリチアの刺突による一撃を回避してしまった。

 

「なにッ?!」

 

「変形したのか?」

 

 コックピットに映し出された映像には、先程の叫竜がコウモリのような巨大な両翼と耳のような部位を生やし、ゆっくりとした羽ばたきで空に舞う姿が悠々と映し出されていた

 

「ぐっ!」

 

「ダーリンッ?!」

 

 急に胸を押さえ苦しむ様子を見せるヒロ。心臓が熱く疼いて体内を焼いていくかのような感覚に侵されていき、心臓の鼓動も早くなった。

 

 何故、自分はこんな状態になっているのか? 原因はあの叫竜だ。 

 

 涌き出る疑問はすぐに本能によって回答された。あの変形した叫竜を見た瞬間にヒロは、今までにない妙な感覚を感じた。それを分かり易く言い表すとすれば“存在感”とでも言うべきか。アレは同じ存在。自分と同じ存在。種において同一存在。

 そんな言葉が心臓の鼓動と共に伝わって来る度に苦痛が増す。

 

「グッ、ガァァッ!」

 

 熱を伴なう激痛の中で自然と操縦トリガーから手を離したヒロは、離した手……左手をアマゾンズドライバーの左側のグリップへ移動させ強く、力強く握り締めて回す。

 

『イプシロン……』

 

「アァァァァァァァァマァァァァァァァ……ゾォォォォォォォォォォォォンッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 電子音声と共にヒロは吼える。“アマゾン”と。

 

 緑色の蒸気がヒロの身体を包み込み、その肉体を大きく変質させていく。蒸気が消え失せるとヒロの姿は著しい変化を遂げていた。頭には閉じた翼のような意匠と、翼を思わせる鋭く赤い目のある顔。全身は明るいエメラルドグリーンだが随所に赤いラインが奔り、両腕両脚は刃の変身するアルファと同じ漆黒の外骨格が形成されている。

 

「ガルル……ガァァァッッ!!」

 

 この状態から更にグリップを回す。すると腰に装備されているアマゾンズドライバーの目の瞳が赤く荒々しく輝き、無数幾多と伸びる血管のようなラインが広がっていき、コックピット全体……果てはゼロツーへと伸びていく。やがて彼女の身体へとラインが這い上っては神経や感覚を侵食していく。

 

「なに……こ、れ……ああああッ!」

 

 突然の事態に驚愕と困惑に動揺を隠し切れないゼロツーだが、そんなことはどうでもいいと言わんばかりの途方もない快楽が身に染みて来る。下手をすれば溺れそうな程に。だがゼロツーはあくまでも意識をしっかりと保ち、むしろこの快楽がいつも以上の活力を彼女に与えてくれる。

 

「フ、フフ……ハッハッハッハッハッハ!! 最っっ高だよダーリン! やっぱり、キミはボクのダーリンだよォォォォ!!!!」

 

 狂喜を顔に張り付かせ、高らかに笑っては改めてヒロを自身のダーリンとして感じ入るゼロツー。異様な空気が包み込み支配するコックピット内部だが、その外ではもっと異様なことが起きていた。

 ストレリチアの身体が深緑色に染まっていき、ボディ全体に赤く血管のように波打った斑模様が浮かび上がる。ピスティルの顔が投影される顔の部位にはギザギザとした口が形成され、その目はより鋭さを増して悪鬼羅刹と呼ぶに相応しいのかもしれない。更に両腕両脚部位にはアルファのようなアームカッターのような刃状の突起物が形成され、瞬く間に変貌を遂げたストレリチアにフランクス博士は驚嘆の声を上げる。

 

「なんと、なんとォォォォォォォッッッ!!!!」

 

「……もしあのステイメン君だとすると……なるほど。やっぱそうだったのか」

 

 アルファはクラッシャーに手をやって何かを思案している様子だったが、誰もが大きく本来ならばありえない変貌を遂げたストレリチアに首付けで誰も指摘する者はいなかった

 

「アレはどういうことですか博士。ストレリチアにあんな機能はない筈」

 

「スタンピードモードとも異なる第三の形態……」

 

「ハチにナナよ。驚愕に絶えんかもしれんがワシもそうだ。そしてどのような過程で、どういう原理でああなったのかが分からん以上、何も説明できんが……これだけは言える。アレは、通常のストレリチア以上の強さを秘め持っていると!」

 

 興奮気味に語るフランクス博士。13部隊のコドモたちも食い入るように刮目している。

 

『ガルル……グギャァァッ!』

 

 まるで爬虫類に近い鳴き声を上げる、緑色のストレリチアは膝を折り曲げて屈んだかと思えば、空に舞う叫竜へめがけ一気に跳ね上がる! クイーンパイクは既に構えられ、いつでも叫竜へと突き刺させる状態にあった。

 それを視認した叫竜は、クイーンパイクが自身のコアへ届く前にそうはさせぬと言わんばかりに尾を円錐状に変形させ、青白いエネルギーを収束させる。そして、口と思わしきか。あるいは口部に相当する箇所が大きく裂けるように開闢し、凄まじい閃光の奔流がストレリチアを包み込む。

 

「やられた?!」

 

「いいや、大丈夫だ」

 

 ナナの悲痛さを帯びた言葉にアルファは問題ないとでも言いた気に断言。事実そうだった。

 

『ギィィィ、ギャァァァァァァッッッッ!!!!!』

 

 閃光が裂かれる。その現象の根源はクイーンパイクを向けて叫竜へ迫るストレリチアだった。クイーンパイクの先端の刃は通常よりも禍々しいエッジの多いデザインと化し、赤色のエネルギーを纏って閃光を難なく切り裂いていく。

 そして。閃光の一切を斬り捨てて屠ったストレリチアが叫竜との距離をもう間近、近接攻撃が届く範囲にまで近づいた瞬間!

 

 

 

 

 

 

 

 大・切・断!!

 

 

 

 

 

 

 

 クイーンパイクを振るい、叫竜の身体を生命維持の中核を成すコアごと真っ二つに切り裂いた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 黄昏の夕日が見え始める頃。元の姿へと戻り起動を停止したストレリチアのコックピットから二つの人影が出てくる。

 一つはゼロツーだ。もう一つは……。

 

「あれは……ヒロ?!」

 

「な、なんでアイツが?!」

 

 逸早く気付いたイチゴ。それに続くのは声に疑問を孕ませたゾロメだ。しかし誰もゾロメの疑問の言葉に答える者はおらず、もう危険は無いと判断した為元の姿に戻っていた刃はそっと。フランクス博士に耳打ちする。

 

「爺さん、ちと手伝ってくれ。色々調べたいことができた」

 

「うむ。ワシもだ。これは今までにない前代未聞と呼ぶに相応しき事と言えよう」

 

 驚愕と困惑。そして、両科学者の思惑。それらが複雑に絡む中でゼロツーはたった今、意識を失って倒れたヒロへ視線を向ける。彼を見るゼロツーの顔は、まるで今までにないものを見つけたかのような。そんな思いを感じさせる含みのある笑みを浮かべている。

 

「これからもよろしくね、ボクのダーリン♪」

 

 彼女は実に楽しそうにそう言った。 

 

 

 

 







~今回の補足説明~



『仮面ライダーアマゾン・イプシロン』

 本作オリジナルのアマゾンライダー。モチーフは始祖鳥で変身者はヒロ。
名前の由来は『ε』から。主な必殺技は跳躍から急降下して翼に似たアーム
カッターで切り裂く『バイオレント・エアパニッシュ』。




『ストレリチア・アマゾンモード』

 変身状態のヒロとゼロツーが搭乗しコネクトすることで成し得るストレリチアの
第三形態。全身が緑色になり原作アマゾンのような斑模様が浮かび上がる。また口
元が原作アマゾンやアルファのようなギザギザのクラッシャーへと変形。これで敵
や物に噛みつくことが可能。主な必殺技は刀身部位が禍々しく変化したクイーンパ
イクで敵を切り裂く『大切断』。
・正直やっちまった感はありましたが、個人的にはすごく気に入ってます。必殺技
は原作を意識してまんま大切断。制作会社がグレンラガンを手掛けたトリガーなの
で、ちょっとそれっぽさを意識してみました。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~生きて、戦うと言うこと~
アマゾン×コドモたち 前編



やっと、やっと結ばれたぜ! ヒロゼロ!!
14話から不穏ぶっちぎりだったけど、15話で結ばれるとは。
夢ににも思わなかったですよ、マジで。
ちょっと早過ぎる気もしますが、まぁ色々込み入った事情もある
だろうし、仕方なしです。
あと色々伏線が……叫竜の正体ってもしや……。


そんなこんなで新章&最新話です、どうぞ。





 

つ、疲れた……。

内心でヒロは、体力消費と疲労の蓄積を心の声のみで吐露する。

 

あの後、意識を取り戻したヒロは是非を問わず、色々と検査を受けさせられ、とりあえず結果は後々ということで帰された。今は館へと歩を進めている。

検査自体は苦痛的で辛いということはなかったのだが、いかんせん数が多かった。

それはもう50通りはあった程だ。それだけ今回の事は予想すらできないほどイレギュラーな事態だったらしい。ふと腰に装着されたアマゾンズドライバーに視線を向ける。

当初はこれも調べられる筈だったが、どうにもヒロ以外の者が触れようとしてもエネルギーバリアのようなもので阻まれてしまい、それでも無理にやろうとすれば電流のような物が接触者を襲う為、アマゾンズドライバーに関しては保留ということで現状は唯一所持できるヒロが管理することになった。

とは言え、かなり怪しい、その上素性の知れぬ人物から貰い受けたものなど持ちたくないのがヒロの心理だが、あの戦闘で助けられたのは事実だ。

ヒロはあの時、何があったのかをきちんと記憶に残している。自分が異形の姿と化した事やフランクスが変身したことなど。

その全てを余さず覚えている。

 

「……」

 

故にヒロは不安げに、アマゾンズドライバーへと視線を投げる。自分はあの時、あの異形の存在となった際、途方も無い何かに囚われかけた。

未だアレが何なのか、言葉で形容することはできない。

だがアレは……。

 

(いや、待て。そんな簡単に出していいものじゃない)

 

出かけた一つの答え。それを強引に時期尚早としまい込むヒロはあの湖畔近くへと立ち寄る。

ゼロツーとの邂逅前、ケガをした一羽の鳥の死骸を埋める為だ。そのままにしておくには忍びなかったし、何より最初ケガのせいで飛ぶ事ができず、もがき苦しんでいたその様を今の自分と重ねて見てしまった。

そうなると、嫌でも同情やら悲哀やら。それらしき類の情が出て来てしまうものだ。

 

「これでよし……ごめんね」

 

近くの木に埋めて一言の謝罪。助けられなかった自分の無力か、それとも一時の安い情のようなものでこんな偽善的行為をしてしまった事へのか。その解答は本人さえも分からないだろう。

ともかく、屈んでいた両脚を伸ばしミストルティンの館への帰路を歩み出した。

 

「にゃ? にゃ〜にゃっにゃぁ〜」

 

館の外装が見え、玄関前のすぐ近くまで来たヒロの目に一人のコドモが見えた。イチゴだ。しかも楽しげに猫のような鳴き声的擬音を口にするイチゴ。戯れで動かす白く華奢な指の先には一匹の猫がおり、愛くるしく腹を見せてる。

 

猫は黒猫で、特に抵抗することもなくされるがままに腹をイチゴに触らせているところを見ると、相当懐いている様子だった。

 

そんな姿を見ていたのは、ヒロだ。

 

ゴローもそうだが、昔から兄妹のように一緒にいた仲だからこそ、イチゴはこういった物が好きとか分かるものがある。

イチゴはとにかく可愛いものが大好きだ。

今も昔も変わらず、そんな彼女にとって猫は

まさに心中を射抜くには十分過ぎる存在だと言えた。

 

そんな光景を前にヒロは思わず口の端を緩めて綻んでしまう。

 

「なにやってんだよ、イチゴ」

 

そして。ちょっとからかいの気分を交えて、ヒロは声をかけてみた。

 

「ひ、ヒロォォッ?!」

 

案の定。まさか目の前にいたとは思ってもみなかったらしく、普通に驚きを顔に示した。

その声に驚いたのか、猫は足早に逃げていってしまった。

 

「あ、あの、み、見た?」

 

「うん。バッチリ」

 

頬を赤く染めていたイチゴは、更に顔全体に赤味が増した。こうなるとまさに名前通りの状態と言う他になく、両頬をぷっくりと膨らまして一気に詰め寄って来る。

 

「わ・す・れ・て!!」

 

「あ、うん、ごめんイチゴ」

 

迫力に負けて戸惑い気味にヒロは答えた。

 

どうにもやり過ぎてしまったようだと内心反省し、改めてイチゴに謝罪の意を言う。

 

「本当ごめん。可愛かったからさ」

 

「か、かわッ……もう! ほら! みんな待ってるから行くよ!!」

 

ヒロの真っ直ぐ過ぎる素直な感想に驚きと照れを混ぜ込み形作ったような顔をしたものの、すぐにそっぽを向いてしまったイチゴは顔を少しズラし、ヒロのいる後ろへと視線を投げかける。

 

「とりあえず、良かった。あの日からすごく元気なかったからさ」

 

あの日とはヒロが最終試験を受け、落ちた日のことだ。それについては本人もよく分かるのだが、すごく落ち込んでいたと言われるとヒロの頭に疑問符が浮かぶ。

 

「そうか?」

 

「うん。気づいてないの?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど……言うほどか?」

 

正直なところ、ヒロ自身はゾロメのように活発溢れる気質の持ち主かと言われればそうではない。

なら逆にミツルのようなクールな気質かと問われれば、これも違うと言っていい。

程よい位に明るく、誰かに対して思慮深く、しかし一度気が落ち込むとズルズル引きずってしまう…そんな性質の持ち主だ。

イチゴやゴローなどは幼馴染であるからこそ、そういったヒロの精神的状態が本人以上に分かってしまうものなのだろう。

そんなヒロの言葉を聞いたイチゴは思わず、呆れたような溜息を零す

 

「本っ当にヒロは自分のことに疎いんだから

 

「はは…そうかもな」

 

イチゴの言葉に対しそう苦笑して返す他ないヒロ。ふと彼女の視線がアマゾンズドライバーへと注がれた。

 

「そう言えば、それ何? ベルト?」

 

「あ、あーうん!! なんか付けてろってハチさんが言ってさ。本当、何なのかよく分からないんだけど……」

 

咄嗟に嘘をついた。簡単に喋っていいものではないし、何より怪しい人物から強制的に貰い受けた怪しい品だ。危険なことに大切な仲間を巻き込みたくない。

そして、自分のあの姿を知られてしまう事が恐ろしい。

この二つがヒロに嘘をつかせた理由だった。

 

「ふーん。まぁ、いいや。それとさ、ナオミのことなんだけど、無事に保護されたって」

 

「保護……そっか。良かったよ」

 

ナオミは昨日はぐれてしまった後から会っておらず、検査で忙しかった為に探せる余裕がなかった。無論、彼女のことを忘れたことは一度もない。かつてのパートナーで、自分と一緒に努力した間柄なのだ。

そんな彼女を容易く忘れられるほど、ヒロは感情なき人物ではない。

 

「ほら、そろそろ行くよ。みんな待ってるし」

 

「ああ、そうだな」

 

そう言って、ヒロの手を取りながらイチゴは、みんながいる洋館へとその扉を開いた。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「あー、もう会ってるが名前を言ってなかったよな。

俺は鷹山刃圭介。まぁ、そこのラブってるゼロツーの保護者のお兄さんだ」

 

鶏の骨付き肉に噛り付き、少々面倒臭さそうに。更に言えば困惑気味に自己紹介するボサボサ頭に白衣を着た青年こと鷹山は跳ねた髪の束が右往左往している髪をかいて自己紹介を述べた。

 

「はいダーリン、あーん❤️」

 

「え、えっと……あん」

 

鷹山に名指しされたゼロツーはヒロの膝の上へと腰を下ろし、蜂蜜たっぷりのトーストをヒロへと差し出す。しかもなんと肉や野菜にも蜂蜜がふんだんに盛られており、その異様な光景にミクが思わず口を手で押さえてしまうほどだった。

 

しかし、ゼロツーはそんなことなどお構いなしに“あーん”をせがんで来る。それにヒロは恥ずかしげに目を逸らすが、せっかく彼女の好意を無碍にするわけにもいかない為、口を開けてトーストに齧り付く。

 

何故かその様子を見ているイチゴはジト目で不愉快MAXとでも称するべきか、そんなようなジト目視線を二人に向けている。

 

他の面々も視線を向けてこそいるが、イチゴのような一種のマイナス感情に近いものではなく、単に好奇な目で見ているに過ぎない。

 

「“ダーリン”って何?」

 

「さぁ?」

 

「ヒロのこと言ってるみたいだけど……」

 

そして好奇の情はゼロツー本人のみでなく、彼女がヒロに対して言った“ダーリン”という単語にも向けられていた。ミクは一応ココロに聞いてみるも本人は知らず、イクノはその言葉がヒロに対して使われているのを察したが、それだけ。

結局、この13部隊の中でダーリンの意味を知る者は全くもって皆無だった。

 

「食いもんの名前か?」

 

「もし、そうならイイなぁ」

 

「アホ。ヒロが食べ物のわけないでしょ。ヒロに言ってんだから」

 

ゾロメの予想にミクは大きく溜息を吐く。逆にフトシは有りの様子だったが。

 

「でも本当に不思議な人ね」

 

「不思議というか、人間なのか怪しいけど。ほら、角が生えてるし」

 

ココロは変わった人程度の認識のようだが、ミクは彼女が人間じゃないという疑惑を抱いており、両手を頭にくっ付けて人差し指を角に見立てている。

 

「やめなよ。あのコのおかげで私達は助かったんだから」

 

そんなミクにイチゴが言葉を慎むよう注意を勧告する。

 

「でも叫竜の血を引いてるって本当なのかな?

それに0番代のナンバーなんて聞いたことないし」

 

イクノはナナの言っていた叫竜の血を引いているという点について懐疑的らしく、少し眉間に皺を寄せて言う。

 

「でも、助けてくれたのは間違いない。命の恩人って事実はきちんと受け入れないと」

 

「けどさ〜、あんなに蜂蜜をぶっかける女のコってどーよ」

 

人の悪口や嫌味などを好まないイチゴは、尚も注意する口調で窘めるものの、ミクは減らず口を止めなかった。

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

そんな会話をしている間にココロとフトシは何を思ったのか、二人がしていることと同じことをし始めた。

 

「ちょ、ココロにフトシ!」

 

「あ、ごめんなさい。二人を見てると何だかやりたくなっちゃって」

 

「でもこれ……なんかイイね!!」

 

驚くミクの声にココロはそう言い、彼女のパートナーのフトシは満更じゃないと嬉しさを言葉のみならず顔ですら語っている始末。

 

「よし、ミク! 俺たちもしよーぜ!!」

 

「はぁぁッ!? ありえないんだけど!!」

 

いきなり素っ頓狂な提案を出してきたゾロメにミクはツッコむ。

 

「いい〜じゃんかよ。ちったぁ〜そんくらい可愛げを見せてみろってーの」

 

「なっ、なによそれ!! 普段の私は可愛くないって言いたいわけ?!」

 

「もちろん」

 

デリカシーの欠片もないゾロメの言葉に無言でキレるミクは容赦も躊躇もなく、的確に彼の頭頂部めがけて脳天チョップを繰り出し、見事なまでにクリティカルヒットを収めた。

 

「ぐはァァッッ!!!!」

 

シュウウと煙を出してゾロメはテーブルに伏した。

まるで屍のようだ、と言っておこう。

 

「……なんつーか、随分と個性派揃いだな」

 

どこか意外にも感じた様子で言う鷹山。特に食事をやめることはなく、こんな言葉を吐く最中でもムシャムシャと骨付きの鳥肉を食べている。

というか、これで20個目なので、さすがに食べ過ぎだと感じざる得ないが。

 

「あ、あの! 鷹山刃圭介さんでいいんですよね?!」

 

ミクの凶悪的で痛烈なチョップによるダメージから早くも回復したゾロメは、まるで期待に満ち溢れるとでも言うべきか。

そんな風なキラキラと輝かしい瞳で鷹山に詰め寄って来た。

 

「名前の確認なら合ってるがよ、もうちっと略していいぞ。ゼロツーみたいに刃兄とか、親しみを込めて言うのも有りだ」

 

「じゃあ、その、“刃さん”でいいですか!」

 

「おう。どうぞどうぞ」

 

ゾロメの呼び名に文句なく、むしろ嬉しそうに鷹山は承諾した。

 

「刃さんって、オトナなんですよね?! あのアマゾンに変身した姿もめっちゃくちゃカッコイイし、もしかしてオトナって刃さんみたいに変身できる人達もいるんですか?!」

 

「いんや。俺はかなり特殊な方なんだよ」

 

一旦肉を置いて手を拭きながら、刃は淡々と説明しし始めた。

 

「俺はAPEが統制して管理するプランテーションとは違う人類が住む場所の出身で、そこは俗に“コロニー”って呼ばれてる」

 

「コロニー?」

 

「確か、プランテーション以外で、しかもマグマ燃料に頼らないで暮らしている人達が住んでる所だった筈だ」

 

分からないとばかりに首を傾げるゾロメとは違い、ゴローはコロニーについて簡単に説明して見せる。

 

「正解だ金髪くん」

 

「金髪くんって……ゴローでお願いします」

 

間違ってはいないが、特徴だけでそんな名を言われるのは不服なので、自分の名を教えて苦笑を浮かべるゴロー。

 

「そこで俺はこんなナリだが研究者をやってたんだよ。で、自分の身体にアマゾン細胞を投与してアマゾンになったわけだ」

 

「え? 刃さん元人間なんですか?! で、でもアマゾンになったら……」

 

ゾロメの言葉を刃は遮ると共に、彼が何を言いたかったのかを察して繋げる。

 

「“なんで襲わないのか”って言いたいんだろ? 確かに俺はアマゾン。ある程度お前らも知ってるとは思うが、アマゾンはタンパク質を好む

。特に人のものをな。タンパク質の摂取自体は人間や他の生き物もすることだがアマゾンの場合、最もエネルギーを多く得られるのが人間のタンパク質ってわけだ」

 

淡々と何気なく言う鷹山だが13部隊のパラサイトたちからすれば、恐怖を身に染み込ませるに十分過ぎるほど恐ろしい内容には違いない

実際ゾロメは鷹山から一歩引いて、身震いを起こしている。

 

「でも安心しろ。俺は人間以外のタンパク質でも得られるエネルギー率が高いんだ。よっぽどの飢餓状態か、何かしらの異常が起こらない限りは人間を襲わないし、もしそうなっちまった時は……自爆する」

 

鷹山は自身の腰に巻かれているベルト『アマゾンズドライバー』を肉持つ手とは逆の手の人差し指で示す。

 

「じ、自爆……」

 

「そんなに驚くことはないだろ? 確か、万が一の場合を想定してか、フランクスにも自爆システムがあるって話聞いたぞ? まっ、それと同じだな」

 

自爆システムに関してはここにいるパラサイト全員がフランクスに乗るパラサイトとして知るべき重要事項の為、知らない者は誰一人としていない。

しかし、いざこうしてはっきり言われてしまうと思わず驚いてしまうし、何より自爆前に緊急脱出できるフランクスとは違い、自爆するということは、実行した当人の死を意味する。

なればこそ、何かを思わずにはいられないのは当然の心理と言えるだろう。

 

「あ、言っとくがベルト自体は爆発しないぞ? このベルトが俺の体の中に入ってる自爆用の爆破装置に信号を送る。それでアマゾンにとって生命維持に必要な部位にボンっ……て寸法だ。

あ、威力に関しては体の一部が吹っ飛ぶ程度の小さいもんだから、離れときゃ安全だから心配しなくていいぞ?」

 

手で花開くような感じに爆発のジェスチャーを表す鷹山は補足も加えて、自身が配慮している安全性の周到さを語ってみせるが、それよりもコドモたちはそんなことを何の躊躇もなく言ってのける刃に対し、かなり引いているが。

 

「みんな、ちゃんと集まってるわね?」

 

「ナナ姉!」

 

そんな折、食堂の扉を開く者がいた。パラサイトの管理官にして作戦指揮の副官でもあるナナだった。

 

「食べているところ悪いけど、報告しておきことがあるの」

 

「報告? 何なのナナ姉」

 

「驚くことかもね。いいわ、入ってきて!」

 

イチゴの疑問にそんな曖昧な表現を用いて返事するナナは自分が入って来たドアへ声をかける。

すると、ドアはナナが入って来たと同じように開く。

しかしナナの時とは違い、ゆっくりとしたもので、恐る恐るといった感じを匂わせる。

そうして、食堂へ入って来たのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アマゾン×コドモたち 中編




ダリフラ16話……とにかくゼロツーがみんなの輪に入れてて良かった。
そして、あのゼロツーがめちゃくちゃ可愛くなってて中々のグッドでした!

でも色々と不穏なフラグが……できれば、“ただ楽しいだけの日常回” で具合に終わって
ほしかったって気持ちです。 





 

 

 

 

 

食堂は驚愕と疑問の感情が交錯し、混ざり、何とも言い表せない空気が漂っていた。

 

「ナ、ナオミ?」

 

「え? いや、お前出てったんじゃ……」

 

ヒロは入って来た人物の名を口にし、ゾロメはどうして彼女がここにいるのか?と不思議で仕方ないと言った表情で呟く。

 

この疑問に関しては他のコドモたちも同じだ。皆ゾロメと似たような疑問を含んだ顔でナオミへと視線を送っていた。

 

「改めて紹介するけど、“臨時人員”のナオミよ。本来ならここを出る筈だったんだけど、パパたちの意向でここに残ることになったわ」

 

ナナからの説明にイチゴが質問した。

 

「ナナ姉、臨時人員ってどういうこと?」

 

「もし万が一の場合に備えてってことよ。叫竜との戦いは常に命懸け。その中でパラサイトの誰かが重傷を負った際、人員が欠けてしまった場合を考えれば、その時の為の臨時がいれば何かと都合がいいでしょ?」

 

「それは……」

 

理には適っている。だがイチゴからすれば、あまりいい感情は浮かばなかった。

誰かが傷つき、誰かが死ぬかもしれないというのは、叫竜と戦う以上は当たり前のこと。楽に勝てる相手なら、自分達の先輩に当たるパラサイトたちが過去数々の戦いで命を落とすなど、有り得ないのだから。

分かってはいても、こうも直球的に言われると改めて実感してしまい、そうなってほしくないという感情がイチゴの中に渦巻き始めた。

 

“特にヒロは”……。

 

ふと出てきた心の声にハッとしたイチゴは、なんでそこでヒロが!と赤面して声を出しかけるもグッと堪えて、そのまま言葉を飲み込んで頭をフルフルと振るう。そうして消そうとしたのだ。

 

「ほらナオミ。挨拶して」

 

「う、うん。みんな、臨時人員って扱いだけど、改めてよろしくね」

 

ぎこちない笑みで挨拶するナオミ。まさか、もう一度ここへ戻って来るなど夢にも思わなかったのだろう。先日の叫竜の一件もあって、まだ困惑が拭い切れていないのかもしれないと思ったヒロは改めて言葉を送った。

 

「その、色々あったけど、よろしく。ここに残ってくれて嬉しいよ」

 

それに続いてイクノも。

 

「私も! お帰りナオミ」

 

「まぁ、いつも通りってこったな」

 

「けど嬉しい! 戻ってくれてありがとう!」

 

特に気にしていない風な物言いのゾロメだが、ミクはナオミを抱き締めて嬉しいそうに言う。

 

「わぷ! あ、ありがとうミク」

 

「よかったね、ナオミちゃん」

 

「やっぱり一人でも欠けると寂しいもんね」

 

ココロとフトシも嬉しそうに笑みを浮かばせるが、ただ一人ミツルだけは特に何も言わず、それどころか興味さえないような印象だ。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「んじゃ、これよりアマゾン講座を始めるぞ

〜」

 

間の抜けた声でそう言う鷹山は洋館の中庭に設置されたホワイトボードの隣に立ち、その前には食堂から持ってきた椅子に座るコドモたち。

ゼロツーやナオミもいる。

何故こんなことをしているのかと言うと、どうやら13部隊のパラサイト全員で叫竜のみならず、アマゾンの討伐も担うことになったらしい。

本来パラサイトたるコドモ達はフランクスに搭乗し、叫竜を倒すのが使命であり、果たすべき責務。

よって、普通なら武装したオトナに任せるべきところなのだが、幼いコドモたちの育成施設である通称“ガーデン”や重要プランテーションなどでアマゾンの出現が確認されるようになり、より警備強化の為にそちらの方に武装人員が回っている状態だった。

その為、未だアマゾンが存在している可能性の高い13都市の防衛に関してはパラサイトである13部隊のコドモたちに白羽の矢が立ったというわけなのだ。

とは言え、叫竜と同じく通常の武器や兵器では歯が立たないアマゾンをフランクスなしで倒すのは叫竜を倒す以上に多大なリスクを背負うことになる。

都市の外側ならば、フランクスで余裕に難なく倒せるが内部に侵入された場合は、都市の安全面からフランクスで戦闘を起こすわけにはいかない。

 

だからこそ、“切り札”がある。

 

過去数多くのアマゾンを狩って来た実力者であるアマゾン狩りの専門家にしてアマゾン・アルファこと鷹山刃圭介。

そしてあの日、アマゾンとして覚醒を果たしたコドモであるアマゾン・イプシロンであるヒロ。

この二人がそれだ。

ヒロの場合は戦闘経験こそ、あの叫竜戦一度のみで、しかもフランクス搭乗での実力な為、個体における戦闘能力は未だ分かってはいない。しかし実戦経験と訓練次第では、大いに化けるかもしれないと鷹山は踏んでいた。

いずれにしろ、そういった理由でまず始めにアマゾンに関する基礎知識を学んで貰おうということで、こういった講学的催しをしているわけである。

 

「まず、始めに聞いておこう。アマゾンとは何か? はい10秒以内に解答してね♪」

 

「はい! アマゾンとは、“アマゾン細胞”と呼ばれる単細胞生物に近い有機的因子が人型の大きさになるまで増殖・成長した生命体で、その特徴は様々な生物の身体的特徴や能力を持ち、タンパク質…特に人のものを好む性質がある……どうですか?」

 

さっそく手を挙げたイチゴがアマゾンに関しての知識を答弁する。正解か否かを少し不安げに問いかけるイチゴに鷹山は満足そうな笑みを浮かべ頷く。

 

「いいね、大っ正解。まぁ、初級知識としては、だけど」

 

鷹山はそう言ってホワイトボードに黒ペンで何かを書き記していく。終わるとペンを置き、片手をホワイトボードへ当てて自分で書いたものをコドモたちに見せる。

人型を簡単に記したものと不定形なアメーバのようなものが描かれていた。人型の下には下向きの矢印が三つあり、その先にはネコやイヌ、ネズミなどの動物のディフォルメされた絵があった。

出来に関しては…伏せておくのが吉としておこう。

 

よく見ると人型の絵のすぐ側に『アマゾン』という表記が書かれ、アメーバのようなものには『アマゾン細胞』とある。

 

「アマゾンは肉食寄りの雑食性。タンパク質なら何でも食らう。人型になる前の細胞段階で様々な生き物に寄生する形で喰らっていき、そうして摂取したタンパク質から寄生した生物の遺伝子情報をトレースすることで人型の肉体へ特徴・能力を複合させる。だから、いろんな生き物に似た姿をしてるわけだ」

 

「それって……ようするに摂取する生き物のタンパク質によって自在に姿や能力を変えられるってことですか?」

 

イクノからの質問に鷹山は首を少し横に振った。

 

「いや、できないな。トレースってのは遺伝子情報を有さない細胞段階だからこそできるもんで、既に得た状態で新しい遺伝子を得ることはできない。まぁ、容量の問題だ」

 

例えばの話だが、どれほど大きく広い面積で沢山の物を収納できる箱があろうとも、それには必ず限りがある。

それと同じように得られる生物の遺伝子情報は一つ。それが許容範囲だ。無理に入れようとすれば細胞という箱は壊れてしまい、その先にあるのは死だ。

 

「さて。ここで弱点についても教えておこうか。つーか、絶対に必須事項だな」

 

「アマゾンに弱点が?」

 

「そっ、弱点。例えば人間の場合は心臓や脳で、叫竜の場合はコアって感じにアマゾンにも致命的な弱点がある」

 

描いた図や字を消して、新しく書き記していく。刺々しい枠の中に嵌め込まれたその文字は、“中枢臓器”とあった。

 

「中枢臓器。ここに損傷を与えればアマゾンは確実に死ぬ。致命傷レベルのダメージだと仮死状態になって一時的に停止するだけだが、ここに損傷を与える事ができれば再生できずに死ぬ。まぁ〜でも、中枢臓器を破壊するまでは大変だぞ? 奴らは、そんじょそこら辺にある武器でダメージを負わせられるほど、ヤワじゃない」

 

再びペンを奔らせ、ホワイトボードに素早く書き込む。そこには【通常の武装や兵器は通用しない】と、堂々と書かれた一行があった。

 

「ならマグマ燃料由来の武器はどうなるんですか? 叫竜を倒す主力武器はマグマ燃料ですから、それを武装方面に応用すれば……」

 

「ふむふむ。イイ質問だ。確かにマグマ燃料の力ってのは凄まじいの一言に尽きる。なら、それを使うのは得策と普通なら判断するところだが、厄介なことに一部のアマゾンはマグマ燃料に対して耐性を持っちまったんだよ」

 

イチゴのマグマ燃料を由来とする武装の案に刃はやれやれと首を振り、心底厄介だと溜息を吐く。

 

「しかもな、耐性だけでなくパワーアップしちまうから下手に打つわけにはいかなくなった」

 

「もしかして、既に試したことがあるんですか?」

 

言い分から察すれば既に実用化されている可能性が高かったが、どうやらイクノの予想は半分当たりと言えた。

 

「試験段階だけで、実用化はされてないけどな。実用化を目的とした実験が計10回ほど行われ、その中の5回……もろ半分だな。何体かのアマゾンがマグマ燃料を吸収した事で全てにおいて能力スペックが向上し、散々暴れてな。そんなわけで、マグマ燃料はアマゾンの個体によっては個体能力を増幅させる危険性があるってことで、マグマ燃料由来の武器や兵器は一切使えない」

 

アマゾン又は獣人とも呼ばれるその存在が、いかに通常の生物の範囲を冗談のように逸脱しているのか。

改めて13部隊のコドモたちは戦慄を隠し切れず、その顔に滲み出ているのが見て取れた。

 

「だったら、どうするのか?って話になるんだが簡単さ」

 

また書いていく。今度は赤ペンで描いた楕円の枠の中に“対アマゾン用武装”と綴る。

 

「アマゾン細胞が発する特殊なエネルギー、“ギガ”と呼ばれる力を利用した専用の武装で戦ってもらう」

 

ギガ。

アマゾンが持つ特殊なエネルギーの呼称で、身体能力や固有能力の源。アマゾンが人間としての姿からアマゾンへと変異する際に発せられる蒸気も、このギガの活性化によるものだ。更に対アマゾンとしても効果を発揮し、通常の武器や装備ではノーダメージなアマゾンに確実的なダメージを与えることができる。

まさに、“毒を持って毒を制す”という言葉が相応しいだろう。

 

「そ、それを使えば獣人を倒せるんですか?」

 

イチゴから質問に鷹山は問題なしとばかりに

答えた。

 

「ああ。まぁ、中枢臓器をやらなきゃいけないってところは変わりないが、それでも通常の武器では傷一つ付けられない連中に致命傷レベルのもんを与えることができる……が、お前らはあくまでも叫竜専門のパラサイト。

だから、できるだけ安全を確保できる後方支援に回ってもらう。そして殿は……アマゾン・アルファこと俺と、ヒロ少年が務める。何か質問あるか?」

 

殿。一番槍とも言われるそれは我先にと進んで前へ出て戦うことを指す言葉。謂わば前線特化型とも言うべきか。当然、戦いの中で前へ出るということは後方よりも命の危険を背負うことになる。その事に非難の声を上げたのはイチゴだった。

 

「待ってください!! 何でヒロが?! 主戦力ってことは、前に出て戦うってことですよね? なんでそんな危険なことを!!」

 

「そうですよ! 泣き虫ヒロよりこの俺の方がぜってー向いてますよ」

 

「アンタは黙ってなさい」

 

唐突にヒロと張り合わんばかりに割って入るゾロメだが、ミクが軽く肘で腹へと打ち込む形で黙らせる。

 

「うぐっ……おおぉぉ……」

 

しかも、運悪く鳩尾の部位に近かったせいか結構痛そうだ。

 

「あー、そっか。そう言えばまだ聞かされてないんだったな」

 

イチゴの糾弾に物怖じける様子なく、そしてゾロメとミクのやり取りをスルーしつつポリポリと頭を掻きながら言う鷹山は、その視線をヒロへ向ける。

 

「論より証拠だ。ヒロ少年。見せてやれ」

 

「……はい」

 

「ヒロ?」

 

鷹山の言葉に従うかのようにイスから立ち上がるヒロはイチゴの疑問符を交えた呟きに何も答えず、みんなの前へ出ると無言で腰にあるアマゾンズドライバーのグリップに手を添える。

 

「え、何それ?」

 

「はぁ、はぁ、いっつつ……あん? ヒロの奴、あんなもん持ってたか?」

 

「はぁぁぁ。何言ってんの。食堂に来てからずっとヒロ付けてたじゃん」

 

「言わなくても気づくと思うけど……」

 

「あはは……」

 

どうやらヒロの腰にあったドライバーのことに気付かなかったらしいゾロメとフトシに、的確ながも呆れたとばかりの視線を送りながら指摘するミク。イクノも同じだ。ただココロは苦笑するのみで、特に何かを言うつもりは無いらしい。

 

「アマゾン……」

 

『イプシロン……』

 

そう呟き、グリップを回した瞬間電子音声が皆の耳に聞き届けられた。そして緑色の蒸気がヒロを包み込み、その姿を人間の姿から、まったく別の物へと変質させた。

 

アマゾン・イプシロン。

 

それが彼の持つ、もう一つの名前。

 

「ヒ、ヒロ?!」

 

「お前……その姿は!」

 

イチゴとゴローが驚愕を顔に張り付かせるが、彼等だけではない。

 

「え、ちょっ、ええ?!」

 

「ヒロって獣人だったの?!」

 

ゾロメは明確に言葉を出せず、フトシは率直に言ってのけた。

 

「うそ……ヒロが?」

 

「……」

 

「す、すごいね」

 

ミクはたった今見たものが信じられないと顔に出し、イクノは言葉を失い、ココロは何か凄いものを感じたようで一種の感動のようなものが垣間見える。

 

「……」

 

ミツルもまたイクノと同じく言葉が出ない……いや、“出さない”という方が的確か。アマゾンとしてのヒロの姿に何か思うところがあるようだが、その表情は色々と混ざり合っているかのようで心情を特定することはできない。

 

「………」

 

首を斜め下へと向け、皆の視線から逃げるようにイプシロンは顔を逸らした。

 

“やっぱりバレるのか。” 

 

“そして……拒絶されるのか”。

 

心底からそんな不安や恐怖が沸き起こって来る。そんな彼に思いも寄らない言葉が降りかかった。

 

「すごい。カッコいいねダーリン」

 

「え?」

 

いつの間にか、イプシロンの目の前に来ていたゼロツーが彼の胸に手を添えて、愛おしいと言わんばかりの優しい手つきで撫でている。

 

「え、その、怖なくないの?」

 

「怖い? 全っ然♪ どんな姿でもダーリンはダーリンで、“仮面ライダー”だよ」

 

「か、仮面ライダー?」

 

仮面ライダー。

 

聞き覚えのない単語の筈だが何故か懐かしいとイプシロンは感じた。どうしてそう感じたのかは分からないが、ともかく。仮面ライダーという言葉の意味を問おうとした瞬間、イチゴが急にイスから立ち上がってこちらへ来たかと思えば、急にイプシロンの手を自身の両手で包み込むように掴んだ。

 

「え、イチゴ?」

 

「大丈夫。ヒロはヒロでしょ?」

 

自身を見るその瞳に拒絶の色はなく、その唇から紡がれる言葉は安心を促すものだった。

 

「か、カッケぇぇぇぇじゃんかヒロ!!」

 

ゾロメが歓喜を交えた声を上げる。あの時、鷹山のアルファとしての姿を初めて見た時と同じ和かな表情、そしてキラキラとした眩しさを宿した瞳でイプシロンとなったヒロを見ていた。

そこに嫌悪や拒絶、恐怖などなかった。

他のみんなも表情こそ愕然とした様子だが、向けられる視線に悪感情の類は一切ない。

 

「ぺろ〜り!」

 

「ひぃッ?!」

 

漂い始めたシリアスながらも暖かい雰囲気。それをぶち壊すかのようにふざけたような声が上がり、同時にそれは突然だった。頬を湿った何かで撫でられたような感触がイチゴを襲い、普段では出ないような声を堪らず漏らしてしまったのだ。

当然ながら、イチゴはそれをしたであろう人物へありえないとばかりに引いた視線を送る。

 

「な、何するのよゼロツー!! い、今、私の頬を……」

 

「舐めたよ♪」

 

その人物はゼロツーだった。湿った何かとは…彼女の舌で、それでイチゴの頬を飴でも味わうかのようにペロリと舐めたのだ。

 

「ふふふ……キミの味は甘くて優しいね。実にボク好みだ」

 

「な、なんでこんなタイミングで舐めるの?!! いや、タイミング良ければいいってわけじゃないけど!!」

 

「ごめんごめん。キミたちはボクが見て来た他の部隊と比べると凄い変わってて、それがすっごい良くてさ」

 

「理由になってない!!」

 

悪気ないとばかりに言うゼロツー。それどころか、13部隊に対して何故か知らないが良い評価。脈絡がなく単なる話の摺り替えかと思ったイチゴはキッと威嚇するように睨みつける。まるで憤る猫のようだ。

 

「どーどー。落ち着いてって」

 

「ほらイチゴ。悪気はないみたいだし、許してやれよ。あとゼロツー。それ逆効果だからな?」

 

両手で待てとジェスチャーを送るゼロツーだが、それでは完全に獰猛な動物を宥めるソレだ。すかさずゴローが立ち上がり、側まで来てフォローする形でイチゴを説得。ついでにゼロツーの行為に釘を刺した。

そんなことをしていると鷹山が拍手する形で鳴らし、その音に全員が注目を示した。

 

「はいはーい。かーなーり、脱線してるから

そろそろ戻すぞ?」

 

鷹山の言葉にイチゴ。ゴロー。ゼロツー。以上の立っていたメンバーがイスへと戻り、イプシロンも変身を解除しようとするが……

 

「ちょっと待った。ヒロ少年はそのままな」

 

「え?」

 

「今からみんなに見せるのに必要なんだ……アマゾン」

 

閉じていた白衣のボタンを外し、既に腰につけていたアマゾンズドライバーへと手を添えてグリップを回した。

 

『アルファ……』

 

電子音声と共に赤い蒸気が鷹山を包み込み、そして一気に消え失せる。

そうして姿を現した赤いピラニアのアマゾン……“アマゾン・アルファ”は、手をパキポキと鳴らしたり、手を振ったりと。

まるで何かをする前の準備運動でもしているかのような行動を取った。

 

「さぁて。アマゾン同士の戦いってのを存分に見せてやるよ諸君」

 

そして。イプシロンが何かを物言いする前に赤の猛魚は、彼の顔面へと己の拳を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 







うちのゼロツーは保護者の刃お兄さんのおかげで本編と違って、ヒロ以外に対しても積極的に友好的です。

但し、気に入らない相手には本編と同じく冷淡で興味さえない態度ですが(-_-;)。

色々とアマゾンに関しての情報が明らかになった回ですが、同時に“第13都市駆除班の結成なるや?!”という回でもありました。

パラサイトとして叫竜と戦うだけでなく、駆除班としてアマゾンとも戦わなければならない……かなりのブラック労働ですね、これ。




ご感想や指摘、どうぞお願いします!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アマゾン×コドモたち 後編



ダリフラ17話……とうとうヤッちゃいましたね、はい。

ミツココの二人、頼むから幸せになって……そしてヒロゼロも!

つーか、物語的に色々盛り上がり過ぎてて、こっから突き落としかねない可能性が
あるのが本当怖い……。

そんなこんなで、どうぞ!





 

 

 

大抵の人間は、不意を突かれることに弱い。

予想すらできない突然過ぎる異常事態が発生した時、咄嗟に反応できる者は少ないだろう。

よく訓練された軍人でもそういうことは起こり得るものだ。

しかし大抵、と言ったように全ての人間がそうであるわけではない。難なく対応してしまう者はいる。

それが“人間でない存在”ならば、尚更だ。

 

「ほぉぉ。やるね」

 

アルファ。鷹山刃圭介は意外だとばかりに驚いたような声を上げた。表情はアマゾンの姿である為全く分からないが、それでも声だけで内心ほくそ笑んでいるのが見て取れた。

 

「いきなり……何するんですか!!」

 

イプシロンであるヒロは激昂の声を飛ばす。アルファの放たれた拳が自身の顔面へと到達する前に両腕をクロスし、なんとか防いだのだ。

 

「何って攻撃してんだよ。アマゾンの戦いってヤツは直接見てもらった方が早いし、丁度アマゾンが俺とお前で2人いる。見て知るには絶好の場だ。それに、俺はお前の実力を見てないし、お前も13部隊も俺の実力を知らないだろ?

ならこうした方がてっとり早いってもんだ。あと、これ殺し合いじゃなくてただの腕試しだからな? そこら辺は心配すんなよ」

 

「だ、だとしても! いきなりなんて酷いですよ!!」

 

アルファの拳を押し返し、一旦後ろへと飛び下がる形で間を作るイプシロンはそう言う。

しかし、それを聞いたアルファは心底面倒だとばかりに首をコキリと鳴らして答えた。

 

「自分らを殺し食らおうって腹積もりの連中がよ。ご丁寧に“これから襲いますよ”なんて、堂々と宣言するとでも本気で思ってんのか?」

 

「そ、それは……」

 

「いいか覚えとけ。命を懸けた戦いに綺麗や汚いなんてもんは捨てておけ。大事なのは、その命を懸けた戦いにどうやって勝ちを得て何を成すか。これが重要だ」

 

アルファにとって、生きるということは戦うのと同義であり、その手段方法を清濁で決めるなど論外。合理的か否か。

判断基準はこれにあり、それ以外などない。

 

「さて。続きと行こうか!!」

 

「くっ!」

 

説教話をやめて攻撃を再開するアルファ。彼の戦闘スタイルは様々な格闘技を基盤とし、そこから自分流にアレンジを加えたもの。

中でもボクシングと近接格闘術、この二つを源流とした戦闘スタイルをよく使っている。

 

「そらァァッッ!!」

 

「グゥゥッ!」

 

一方、イプシロンは原始的な殴る蹴ると言った一定した型がないもので、一つの格闘術として成ってなどいなかった。

しかも、殴る蹴るといった動作の一つ一つにおいて力が抑制されている節があり、本来の身体能力で可能な筈の威力を十分に引き出せられない状態に陥っていた。

そんなイプシロンにアルファは一つの答えを複雑に考えず、培って来た経験における勘から導き出した。

 

「お前……手ぇ抜いてるだろ」

 

「え?」

 

「んん? その反応からして無意識ってとこか? ウラァァッ!!」

 

「ヒロ!」

 

パンチのラッシュを何とか避け続けていたイプシロンだったが、このアルファからの予想外の一言が致命的な隙となってしまい、そこを腹に蹴りを叩きつけられる形で突かれてしまった。

その光景に堪らずイチゴが叫んだ。

 

「グッ、手加減なんて……してませんよ!!」

 

今度はこちらの番だとばかりに殴る、蹴るをひたすら必死に繰り返すイプシロン。攻撃一つ一つにある荒々しさ、という点ではイプシロンに分はあるが、それだけで勝敗を左右させるほどアルファは雑魚の類ではない。

 

「いいや、してるね」

 

アルファはイプシロンの言葉を否定しつつ、彼が繰り出した拳を腕で防ぐように流す。

そして、それだけでなくイプシロンの拳を己の手で掴んで見せた。

 

「なッ?!」

 

「いいことを教えてやる。お前は、自分の力を恐れてる。間違いなくな。そして、そのせいで自分の身近にいる大切な仲間や誰かが、傷付くことをもっと恐れてる!!」

 

ここで区切りを入れ、高く跳躍したアルファはイプシロンの首に蹴りを一発打ち込んだ。

 

「ガハッ!!」

 

一瞬ばかり意識が飛んだイプシロンは、そのまま地面へと倒れ込み、変身も強制解除された。それだけ相当のダメージを受けた証だ。

 

「恐れってのはよ、あっていいものだが……それだけじゃダメなんだよ」

 

アルファは倒れ込むイプシロンに気をかけることなく、話を続ける。

 

「しかも、お前の認識だと俺は人間とそう大差ないと思い込んじまってる。それがダメだ。そんなんじゃアマゾンを相手にした時……確実に負ける」

 

「ぐうぅ……負けるって……」

 

「正確には人間と同等の知性と人格、自分の能力の扱いが上手いAランク〜Sランクのアマゾンには勝てない。それ以下のランクだったら問題ないがな」

 

アルファは淡々と言ってのけてからアマゾンとしての姿から鷹山へと戻る。

 

「それって……俺が弱いってことですか?」

 

「俺が言ってるのは強い弱いの話じゃない。殺す覚悟だ」

 

鷹山は普段の飄々とした雰囲気を消して、何かを宿した瞳をヒロへと向ける。

 

「イチゴの嬢ちゃんが言った通り、アマゾンはアマゾン細胞の集合体。人間が細胞できてるのと同じだ。ただ、純粋なアマゾンばかりってわけじゃない。俺がそうであるように、人間ベースのアマゾンってのがいる」

 

「人間ベースの……アマゾン」

 

鷹山の言葉にオウム返しのように復唱する他ないヒロは、ゆっくりと立ち上がり、鷹山を見据える。

 

「まさか、俺たちが戦うことになるアマゾンは……」

 

「ほお、察しが良いな。ヒロ少年」

 

「それって、どういうことなんですか?」

 

ゴローが分からないと言いたげな困惑を隠し切れない表情で聞いてくる。それに鷹山は特に言い訳をするでもなく、ちゃんと答えた。

 

「“ヴィスト・ネクロ”」

 

まるで長年の怨敵、とでも言うべきか。そんな雰囲気で忌々しそうに鷹山は吐き捨てた。

 

「随分前から各プランテーション内で様々なテロ行為を実行してる謎の組織で、その目的は不明。規模も不明。だが、唯一分かっているのは構成員の大半がアマゾンってことだ。

更に調べた結果、AランクからSランク相当の強く知性の高い個体のアマゾンは皆…人間をベースにしたものだということが分かった」

 

鷹山の口から出る言葉が織り成す情報等は、そのどれもが13部隊のコドモたちにとって驚愕を禁じ得ないばかりのもので、あまり信じたくない内容でもあった。

しかし、この次に出た言葉はそれ以上に衝撃的なものだった。

 

「しかも、そのベースにされた人間ってのは……プランテーションのコドモたちやコロニーの人達だ」

 

明確な言葉として紡がれた新たな事実。

それを前に13部隊のコドモたちは戦慄し、鳥肌を立たせては血の気が失せていくような感覚に陥った。

 

“人をアマゾンにする”

 

しかも、それがかつてはガーデンで共に育ってきた仲間かもしれない

のだ。何も感じないほど13部隊のコドモたちは無感情ではない。

“葛藤” “不安” “恐怖”

そういった情念が既に彼等の顔から嫌と言うほど滲み出ていた。

 

 

「ま、マジなんですか……ソレ」

 

「コドモを……人を獣人になんて……」

 

ゾロメは再度確認を試すが鷹山の言葉に間違いなどなく、正しい現実でしかない。

一方でミクは、やはりそう簡単には受け入れられない様子なのだが、これに関しては13部隊の皆も同じだ。

全員、その心中に思い馳せるものは形や大きさ等はどうあれ、“未だ見ぬ敵への恐怖”そのものに他ならない。陰鬱とした空気が漂い始める中

、気を沈ませる彼等に遠慮などなく。刃は冷たく言い放った。

 

「酷なことを言うようで悪いが、そういった奴等と対峙しても絶対に情なんか向けるな。何がなんでも殺せ」

 

「そ、そんな! 助けることはできないんですか?!」

 

堪らず叫ぶヒロだが、鷹山は冷静に答えた。

 

「助ける? 無理だから言ってるんだよ。それができるならな、とっくにやってる」

 

「でも、だとしても、殺すなんて……」

 

顔を伏せて力なく呟くヒロに鷹山はゆっくりと近づき、ヘラヘラとしたニヤけ面を完膚なきまで消し去った顔で淡々と言った。

 

「誰も傷つけず、自分の手も汚さない。まさにそんな感じだなぁヒロ少年は。お優しくて結構。ただそういうの……なぁんの役にも立たないんだよ。何事においてもな」

 

向けられる瞳に冗談や戯れの嘘とは到底考えられない決意。激情。

そういったものが介在し、同時にそれが圧力と化していたせいか反論できず、ただ顔を地面へ向ける形で伏せるしかなかった。

そんなヒロの頭に何かが乗った。

気になって視線を上げて見れば、ついさっきまでの無感的な顔ではなく、まるで父性を感じさせるような、暖かい笑顔を浮かべる鷹山が自身の手を乗せてヒロの頭を撫でていた。

 

「じ、刃さん?」

 

「けどな。役に立たなかったとしても優しさってのは必要だ。時には重い枷になっちまうかもしれないが、それを持ち続けてこその強さってもんもある。非情に成り果てても……その優しさだけは絶対捨てるな。いいな?」

 

「は、はい……」

 

「よ〜し! それじゃ今回の講座はここまで! それじゃ、また次回

やるからな〜!!」

 

戸惑いながらも返事をするヒロ。

正直な所、ヒロは鷹山という男がよく分からなかった。

何も考えてなさそうな飄々とした雰囲気を持ちつつ、しかし法螺や戯言とは思えない真剣さを帯びた重い言葉で何かを語り、何事もなかったかのように普段通りに戻る。

一体何を考えているのか、それを察することが難しい人。それがヒロから見た鷹山の人物像だった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「鷹山博士。あの子達にはまだ早いんじゃないんですか?」

 

「んー? 何のことかな?」

 

「“ヴィスト・ネクロ”のことです。より正確に言えば……人間ベースのアマゾンに関して」

 

オレンジ色の光がネオンの如く輝きを灯すプランテーションの最下部

……そこはコドモ1人いないオトナの住む世界。

すなわち第13都市の街並みだ。

それを背景にエレベーターに乗る2人の男女、鷹山とナナはいた。

 

「はぁぁ。早いってことは、いずれ教えるんだろ?

なら早い方がいいんだよ、こういうのは。後々知って面倒臭い方に転んじまうのはオトナにとっても……ナナさん個人にとっても嫌だろ?

 

「それは……」

 

鷹山の言葉にいつもの冷静な雰囲気は崩れてしまい、何処か戸惑いを隠せない様子のナナ。

そんな彼女にゆっくりと近づいた鷹山は……。

 

 

もにゅ。

 

 

コドモの中ではトップに入るココロよりも、更に大きい双方の果実。その右の方を自身の右手で躊躇なく掴み揉んだ。

もう一度言おう。

しっかりと掴んで、揉んだ。

 

「ナナさんは堅いんだよ。このたわわに実る素晴らしい果実くらいにもっと柔らかく…」

 

「フンッッ!!」

 

「くぼぉわぁぁッッ!!!!」

 

言葉を続けるなど許さず、ナナの憤怒の篭る怒りの鉄拳が鳩尾をしかと捉え、確実に命中させた。

メキメキとめり込む拳に為す術なく鷹山は腹を押さえて膝を折り、苦悶の声を漏らす他なかった。

 

「じ・ん? いくら2人っきりだからって、やって良い事と悪い事位の区別…分かるわよね?」

 

「す、すんません」

 

「よろしい」

 

ふんす、と鼻を鳴らして仏頂面を作るナナだがそんな彼女に鷹山は、やや嬉しげに彼女を見据える。

 

「やっと柔らかくなったな。うん。ナナさんはそっちの方がいいよ」

 

「はぁぁ。本当はダメなんだけど。おかえり、じん」

 

「ただいま、ナナさん」

 

他人行儀だった口調と雰囲気を捨て、ナナは鷹山を親しげに“じん”と呼び、彼との再会を個人的に喜ぶ。

そんな2人の姿は、まるで、この閉鎖され何からも隔離されたオトナの世界では、決して見ることのない“夫婦”と呼ぶべきに相応しいのかもしれない。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コドモたちの日常 001



ダリフラ18話……もうアレです。分かってはいましたが、ちと落としすぎやしませんか?
しかも、ミツルとココロの記憶が幼少期のヒロみたいに消されちゃって……。
でも、ヒロがゼロツーと乗って記憶を取り戻したのなら、まだ可能性はある筈! 自分は二人の記憶が戻るって信じてます!!





 

 

 

 

晴天。

特に荒れた様子もない冴え渡る天候の下で、13部隊によるフランクスの機動訓練が幕を開けていた。

ゴローとイチゴのペアが搭乗する青のカラーリングを基調とした、頭部装甲の隙間から出ているピンク色の髪のような部位で、顔半分を隠しているのが特徴的な機体。

『デルフィニウム』。

ゾロメとミクのペアが搭乗するピンクのカラーリングを基調とした、ツインテールのような部位を特徴の機体。

『アルジェンティア』。

フトシとココロのペアが搭乗する黒のカラーリングを基調、ロングコートのような重装甲を有する機体。

『ジェニスタ』。

最後に、紫のカラーリングを基調とし、顔の部位にバイザー。両腕に扇形フィン〈ウィングスパン〉が特徴として映える機体。

『クロロフィッツ』。

計四機のフランクスが初めてプランテーションの外側に広がる世界の大地へと、足を踏みしめた。

 

「イチゴ、平気か?」

 

「うん。問題ないよ」

 

ゴローがイチゴに気遣いして、何らかの支障が無いかを確認するが、本人としてはこれと言って特に異常はないらしい。

 

「コ、ココロちゃん。俺、ちゃんと上手くできたかな?」

 

『ふふっ、大丈夫だよフトシ君』

 

不安げなフトシの問いかけにココロは、通信でジェニスタの顔を用いてほっこりと笑顔で問題ないと告げる。

基本的にフランクスはピスティスルと一体化に等しい状態にあり、顔に映し出される表情はピスティルのそれである。フランクスの機体がダメージを負えば、その全てがステイメンではなく、ピスティルへと負荷されてしまうのだ。

ジェニスタのココロが手を口に当てて微笑む中、ジェニスタの隣にいたアルジェンティアにパートナーのミクと乗るゾロメが挑発的に割って入って来た。

 

「へっ、この程度で浮かれてんじゃねーよ! あの泣き虫ヒロに一歩先越されたが、二番手は俺様だからな! 特にイチゴ、ゴロー!」

 

アルジェンティアが隣にいたデルフィニウムへ指差して負けん気を溌剌とさせながら宣言する。発せられた声はゾロメのものだった。

 

「二桁組のお前らにはぜってー負けないからな!」

 

「は、はは……元気だなゾロメは」

 

『味方同士で争ってどーすんの』

 

そんなゾロメに対し、ゴローは苦笑を零す他なかった。ゾロメが自分やイチゴといった、所謂『二桁の番号』のコドモに対抗意識を燃やしているのは前から知っていたのだが、やはりこう改めて言われると苦笑を浮かばざる得ないものだ。

そんな会話に入り込むようにイクノが通信を使い、クロロフィッツの顔でゾロメにツッコミを入れる。

 

「この中じゃ、誰が何と言おうと俺が一番! ほら見ろよ! こ〜んなことだってできるぜ」

 

『ちょっとぉぉ!』

 

まさに悪戯好きな猿と呼ぶべきか。

軽快で重量を感じさせないほどのバックステップ、その後すぐに逆立ちをしたり、ジャンプしたりと。

こういっては何だが、今のアルジェンティアはさながらピンクモンキーとでも言ってしまいそうな行為をしているも同然だった。

 

『ら、乱暴にしないでよ!!』

 

「うお、あッッ!!」

 

危うく転げ倒れそうになるが、そんなアルジェンティアの手を握ることで防いだのは、デルフィニウムだ。

 

『そこまでにして。操縦の主導権は基本男子なんだから、ゾロメはもう少しミクのペースを考えて』

 

「チッ、わーったよ!!」

 

ゾロメは納得し、何とかアルジェンティアの体制を元に戻す。

 

〈コネクト率はフランクスを操縦する上でなくてはならない要素。

故に低下すればそれは明確な形で現れる。たった今バランスを崩して倒れそうになったのがいい例だ。

こちらでアルジェンティアの数値が下がったのを確認した。Code666、もう少しパートナーに気を配るようにしろ〉

 

イチゴだけかと思いきや、ハチまで注意する形で勧告して来た以上、黙って容認する他になかった。

 

「は、はい!」

 

〈よろしい。ではこれより、第13部隊によるフランクス機動訓練を開始する! 焦らず、パートナーのペースを配慮し、ただ動かす事だけに専念しろ。いいな?〉

 

『了解!!』

 

通信で届いたハチからの言葉にコドモたちは否定せず承知し、フランクスによる訓練を開始した。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

フランクス四機を用いた13部隊の機動訓練が開始された頃。その一方でヒロは鷹山と共にもう一つの姿…アマゾンとなって対アマゾン戦における訓練をしていた。

 

「くっ、はぁぁッッ!!」

 

「ほう。少しはできるようになったか」

 

ヒロが変身するアマゾン・イプシロンは、刃であるアルファの連続で解き放たれる、拳の嵐に対し、ギガのコントロールで強化した動体視力を駆使してギリ紙一重で避けることには成功していた。

隙を見計らっては、イプシロンも精一杯ながら拳や蹴りを繰り出すが全く及ばず。

来ることが分かっているとばかりにアルファはイプシロンの攻撃を防御してしまうのだ。

しかし何故、他のみんなとは違い、ヒロだけがアマゾン戦の訓練をしているのか。

これには理由がある。

ヒロはまだ正式にパラサイトになった訳ではなく、その為ゼロツーとのストレリチア搭乗は許されていないのが現状だった。

ヒロがストレリチアに乗るか否か、その決定権はパパこと七賢人にある。よって現段階ではどーこー言えないのが現実なのだ。

 

 

「うらぁぁッッ!!」

 

一旦距離を取ったイプシロン。

今度は腕を振り上げて払い、そうすることで鳥の羽根を模ったアームカッターを飛ばし、投擲による戦法で攻め始める。

投げて無くなった部位は、黒い液体がアームカッターを形成するようにして再生する為、問題はない。

 

「投擲武器か」

 

鋭く光らせ飛来するアームカッター。

それを自身の両腕に備えられたアームカッターで容易く弾くアルファ

だが、これを待っていたとばかりに急速接近したイプシロンは、右腕の拳を腹部に深くめり込ませ、更にすぐ転じて左腕のアームカッターで斜めにアルファの胸部を切り裂いた。

 

「グゥゥッッ!!」

 

訓練を始めて10分。

初めて苦悶の声を漏らしたアルファだが、膝を地に付けることも、倒れることもなく。しかし受けたダメージは明確に感じていた。

同時にイプシロンの戦闘におけるスペックの向上にも、内心驚きだったと言う他なかった。

 

(あの時より、少しくらい上がってるな。だが……)

 

「まだ足りねーよ!!」

 

アルファは吼えるように言い、イプシロンの首根っこを掴みそのまま地面へと押し倒した。

 

「は〜い、ここまで」

 

先程とは打って変わって、呑気で飄々とした口調で訓練の終了を宣言したアルファは鷹山へと姿を戻し、それに答えるようにイプシロンも人間の姿であるヒロになる。

ゼーゼーとかなり息を切らし、顔には大量の汗が滝のように流れていた。

 

「惜しかったな“ヒロ”。

アマゾンとしてのスペック自体は前より少し程度だが上がってる。けど、やっぱアレだ、殺意が足りない。そのせいでもっと引き出せる筈だった力がセーブされちまってる」

 

語尾に少年とは付けず、鷹山は的確に訓練でのダメ出しを語り聞かせた。

 

「それと、ギガのコントロールが成ってない。そんな風にかなり消耗してるのが証拠だ。今後はギガのコントロール訓練も必要だな」

 

「ゼェー……ゼェー…………はい」

 

吸って吐く。ただそれだけの行為だが、今のヒロにはそれがとても辛く、どれだけ口から酸素を取り入れようと肺が正常に機能していないのではないか?と思うほど、息苦しさが収まらなかった。

しかし、それも一時的なもの。

ようやっと呼吸のリズムを正常に戻すことが出来たヒロは、まともな返事を一つ。鷹山に返した。

 

「ダーリン!」

 

「え、うわッ、ゼロツー!」

 

いきなり背後から抱き着かれたヒロは、それを実行した張本人である少女の名を叫んでは、酷く狼狽した様子を見せた。

 

「な、なんで裸なんだ!! 服は?!」

 

その原因はゼロツー本人にあった。

何故なら、今の彼女には衣服の類など一つも存在しない、まさに“生まれたままの姿”だったのだ。

 

「フフッ。水浴びして来たばかりでさ。疲れ切ったダーリンを癒してあげようかなって」

 

「だから、なんでそれが裸になるってことに繋がるの?!」

 

「刃兄が言ってたよ。“男を癒してくれるのは女の裸だ”って」

 

何言ってるのこの人?!

 

そんな内心の言葉を込めて視線を送るヒロ。それに鷹山は、やったぜ!!とでも言いた気な清々し過ぎる笑顔で親指を立てるのみ。

そうこうして、ようやく彼女に服を着せたのはそれから10分後の事だった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

ミストルティンの湖畔。

13部隊のコドモたちが住む施設内に設けられたそこは透き通るほど澄んだ水があり、更には貝や淡水魚。微生物などが存在し一個の生態系がほぼ自然界のそれと近い状態で確立されている。

そんな豊かな場所で昼寝や読書などをする際には効果的だろう。

また“誰にも聞かせたくない内緒話をする為”という点において最良の場所と言えるだろう

そんな湖畔にヒロとイチゴの2人が足を運んでいた。

 

「はぁぁ〜……」

 

「どうしたのヒロ? そんな溜息ついて」

 

唐突に溜息を吐いたヒロに対しイチゴは疑問を投げかけた。

“さっきのゼロツーの裸の件”を正直に言う訳にもいかないので、とりあえず誤魔化しておくことにした。

 

「な、なんでもないよ。それより話って?」

 

「その、私聞いたんだ。あのコ……ゼロツーのこと」

 

あまり誰かに聞かれたくないから、と。

イチゴの気持ちを汲み取って湖畔へとやって来たヒロにイチゴは冗談や嘘、それらを全く感じさせない真剣な声と瞳。

そして表情たる顔でしかと彼を見据えたかと思えば、その唇から紡がれた言葉は“ゼロツ

ー”というの名だった。この名をヒロが知らぬ筈がない。

入隊式のあの日、他でもないこの湖畔で初めて出会った赤い角の少女の名前なのだから。

 

「ゼロツーがどうかした?」

 

「その、あんまり、こういう事は言いたくないんだけど……“パートナー殺し”のこと知ってる?」

 

「パートナー殺し……」

 

一種の噂としてならヒロの耳にも入っている。

曰く〈赤い角を生やしたピスティルがいて、彼女と3回以上乗れたステイメンはいないらしく、その理由は3回目で命を落とすから〉と。

根も葉もない噂だと思っていた。

赤い角に関しては本当だったが、それでもヒロは3回目に命を落とすと言う部分に関してはデタラメに過ぎないと考えていた。

 

「あくまで噂だろ? ゼロツーと乗ったけど、何処にも異常なんてないし、それ普通に考えたら乗った位で死にやしないだろ?」

 

「それは……」

 

「ゼロツーは普通の女の子だよ。もし…仮にその噂が本当だとしても俺は、ストレリチアに乗るよ。13部隊のパラサイトとして」

 

自信満々。決意は確固たり得る、とばかりの物言いで宣言するヒロに対し、やはりイチゴは抱いた不安を拭うことはできなかった。

 

“ヒロが死んでしまうかもしれない”

 

そんな考えをするようになったのは、ゼロツーが現れてからだ。

これに関しては彼女の直感と言う曖昧な表現になってしまうのだが、少なくともイチゴはゼロツーのパートナー殺しは本当かもしれないと思っていた。

無論、あくまで直感に過ぎない為、断定することは不可能だ。

だが人間では有り得ない、作り物ではなく本物の赤い角を生やした少女。それに加えてパートナー殺しの噂と来れば、イチゴとしては不安を抱かずにはいられないだろう。

しかし、同時に彼女をこの部隊の仲間として信じてみたい、と言う気持ちもあった。

 

「そうだね……ごめん。嫌なこと聞かせちゃって……」

 

だからこそ、イチゴは反論せず素直に引いた。

所詮は根も葉もない自分の直感なのだ。そんなもので、ゼロツーという少女の人柄を決めつけて判断することは、悪しき感覚だ。

それを自覚していないほどイチゴは短絡的ではない。

 

「俺は大丈夫だけど、本人に言ったらダメだからな? そんなこと言われて、良い気持ちなんてしないだろ」

 

「うん……」

 

そこまで。と忠告するかのように携帯端末のコール音が鳴り響き、当然ながら2人の耳に届く。

発生源は2人同時だった。コール音は緊急メールの通達を知らせるもので、確認するとハチからのものだと分かった。

 

“ただちにブリーフィングルームに集合せよ”

 

それが、メールの内容だった。

 

 

 









今回は日常回的な感じな為、バトルはなしです。
感想や誤字や矛盾点、アドバイスなどあればお願いします!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アルジェンティアvsクロロフィッツ 前編



連続投稿です。
今回は本編でいうところの2話のフランクス同士の模擬戦に当たりますが、結構内容が変わってます。






 

 

 

 

 

ブリーフィングルーム。

作戦指示や報告会、それらを目的として設けられた場所だ。

そこに13部隊のパラサイトであるコドモ達が全員、余すことなく集合していた。

何故か鷹山もいるが、特に問題はないのハチは咎めなかった。

 

「お、俺が正式なパラサイトに?」

 

「そうだ。今日、この時をもってCode016。

君を13部隊のパラサイトとして承認する。これはパパたちの総意でもある」

 

厳格に余計な感情を挟まず、淡々と紡がれるハチの言葉。

その内容は、ヒロが正式にパラサイトとして認められたというものだった。

 

「やったなヒロ!」

 

「よかったじゃん! これで一緒に戦えるね」

 

嬉しそうにゴローとイチゴは言う。ヒロもこれには喜び以外に何もなく、歓喜の笑みを浮かべる。

 

「あ、ああ! ありがとう2人とも」

 

「正式なパラサイトになる以上、016にはゼロツーと共にストレリチアへ搭乗し、今日の午後7時に模擬戦を行ってもらう」

 

模擬戦。

文字通り、互いの実力を確かめる為の実戦になぞられた戦いのことだが、この場合フランクス同士での訓練という意味合いを孕んでいる。

それ自体はさして珍しいものではなく、どこのプランテーションでも一般的に行われてるパラサイトの訓練項目だ。

しかし、ヒロはみんなとは違い、一足遅れてパラサイトになったせいとストレリチアのステイメンとしての実力を測るという、この二つの理由で模擬戦を行う事になったのだ。

 

「そして相手となるフランクスだが……」

 

「はい! 俺たちがやります!!」

 

挙手して名乗り出たのはゾロメだった。これに対し、ミクは反対とばかりに声を上げた。

 

「ちょっ、ゾロメ! なに勝手に決めてんのよ!!」

 

「いいだろミク! 一番乗りだからって、実力までそうとは限らないからな。だからここで俺様がヒロの実力をテストしてやるってんだよ」

 

「別にそんなの、ミク達じゃなくていいーでしょーが!!」

 

「俺様だからこそ、やる意味があるんじゃねーか!!」

 

「意味わかんないわよ!!」

 

あー言えば、こー言う。

そんな夫婦漫才のような口喧嘩を繰り広げるミクとゾロメだが、ここでゼロツーが挑発的とも取れる言葉で一石を投じた。

 

「へぇ〜ミクって意外と逃げ腰なんだね?」

 

「な、なんですってぇ?」

 

思いもしなかったゼロツーの言葉にミクは顔を痙攣らせながら問いを投げる。しかし、とうのゼロツーはそんなこと歯牙にもかけない、とばかりに煽り立てる。

 

「残念だな〜。ボク、ミクの実力見たいって思ってたんだよね〜。

それなのに既に負けを認めるなんて、あ〜残念」

 

「ちょ、ゼロツー! ダメだよ!!」

 

舐め腐った態度全開にそんなことを宣うゼロツー。そんな彼女にヒロは諌める声を上げるも、時既に遅し。ミクは堪忍袋の緒が切れた音を自分の耳で確かに聞き取った。

 

「上等じゃない! そこまで言うなら見せてやるわよ!! ゾロメ!

本気で行くわよ!!」

 

「お、おう……こぇぇ〜……」

 

やる気になってくれたのはゾロメとしては嬉しいのだが、しかし相当な剣幕な為にビビるゾロメの姿は正直ダサいの一言に尽きる。

とりあえず、ピスティル・ステイメン共に気合い満々なアルジェンティア組だが、ここでまたしても声が上がる。

 

「僕もいいですか?」

 

挙手を上げたのは、つい先程まで何か考えるような仕草で沈黙を貫いていたミツルだった。

 

「ミツル?」

 

「模擬戦、僕も是非お願いします」

 

パートナーであるイクノは疑問しかない、とばかりにミツルの名を呟くがとうの本人は彼女に反応することなく模擬戦への参加を強く要望する。

 

「おいおい、横入りするなよミツル! ヒロの相手は俺様がするんだよ!」

 

「黙って下さいゾロメ。どうせ間抜けな醜態を晒すのがオチですよ」

 

「んだとぉぉッ!!」

 

互いに顔を近づけては、睨みを利かせて牽制し合うゾロメとミツルの姿は誰が見ても一瞬触発と断言できるもので、そんな2人の間に入るには相応の覚悟が必要だろう。

 

「そこまでだ、Code666、Code326」

 

だが、それを必要とせず割って入れる例外がここにいる。ハチだ。

 

「ならばこうしよう。クロロフィッツ組とアルジェンティア組で前哨試合を行い、勝ち残った1組にストレリチアとの模擬戦を実施する

。異論はあるか?」

 

「面白れぇ、やってやろうじゃん!」

 

「面倒な……」

 

ハチの提案にゾロメは意気揚々と肯定し、逆にミツルは不満げながらも合理的な処置な為、異論はなかった。

 

「では、予定時刻まで自由行動とする。以上だ。各自解散せよ」

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「ハチ。彼を…ヒロをストレリチアに乗せるのは、あまりに危険過ぎるわ」

 

作戦司令室。そこでナナはハチと向かい合う形で彼に意見を述べていた。

その内容は、ストレリチアへ搭乗させることで生じるヒロへの生命の危険性だった。

 

「だが、今のところ問題はない。ゼロツーは特別だ。一度でも乗ればすぐに異常は出る。しかしCode016の場合、それはなかった」

 

「偶々、ということもあり得るわ。とにかく今は時期尚早よ。もっとよく経過を見て考えても…」

 

「これはパパからの指示でもある。我々が何を言ったところで、無駄だ」

 

「だとしても! 何かあってからじゃ遅いわ」

 

ハチの淡々とした言葉と、幾許かの感情を匂わせるナナの言葉。この二つは明確な結論を出せず、話は不毛な平行線だった。

 

「おーおー、随分と険悪だな〜お二人さん」

 

緊迫した空気を当然の如く破る飄々とした男の声。その本人である鷹山が出入り口のドアで片腕をドア縁に当てながら怠気に立っていた。

 

「どーしたんだよ、ナナさん。声が廊下にまで響いてたぞ」

 

「じん……」

 

「失礼しました。Code016の件で話していただけです」

 

ハチは何でもないとばかりに答えるが、鷹山はヒロのCodeを聞いて、すぐに察した。

 

「なるほど。ヒロ絡みか。まぁ、ナナさんが懸念するのも無理ねーよな。なんせゼロツーと一緒に乗ったら命が縮むんだからよ…それに、下手したら死ぬ」

 

「だからこそ、私はヒロを乗せるのは得策ではないと思うの。確かに今の段階ではヒロに異常はないわ。でも、2回目でどうなるかは

分からない」

 

ナナは非情でも無情でもない。コドモたちに対し、情緒を介在させたコミニケーションで接しているのがその証拠だ。

しかし本来、それはコドモたちを管理・統制する上官職務に就いている立場の者として、あってはならない行為。

ハチが基本として、そうであるようにナナもコドモたちの上官としての立場である以上、それは当然の義務であり、そうしなければならない暗黙の鉄則なのだ。

だが彼女は違った。

 

「そんな危険性があって、ヒロをゼロツーと一緒に乗せるわけにはいかないわ!」

 

コドモを捨て駒として見ず、まるで“家族”のように接する。

オトナの感性で見ればとても歪に見えるが、ナナを敬愛する鷹山から見ればそれは尊いと言ってもいいものだった。

 

「ハハッ、いいね〜ナナさんは。そんな所が好きだよ俺」

 

「え、な、何言ってるのよ?! そ、そういうこと言ってるんじゃ……」

 

顔を真っ赤にさせて、ゴニョゴニョと口元を忙しなく動かすナナの姿に思わず笑みを零す鷹山。

 

「だがな、乗るか乗らないか。決めるのは…ヒロ本人だ」

 

「え?」

 

「アイツは自分でゼロツーと乗ることを選んだ。

自分で選択して決めた以上、外野の俺達がとやかく言える義理はないさ」

 

「そんな……」

 

確かにストレリチアに乗ることを選択したのは、他の誰でもないヒロ本人の意志に基づく選択。だからこそ、鷹山はそれを誰よりも汲んでいるのだ。

しかし。それでも納得できないナナ。

哀愁とした顔で伏せてしまった彼女の頭に鷹山の手が乗っかる。

 

「え、じん?」

 

「そんな暗い顔すんなよ。まだどうなるかなんて分かんないんだ。

とりあえずはヒロを信じてやれ。な?」

 

よしよし、と。

まるで子をあやす父親か兄のようにナナの頭を撫でる鷹山だが、さすがに恥ずかったらしく、ナナはパシッと手を振り払った。

とは言え内心嬉しそうで、その証拠にほんの少しだが顔に赤味が増して、口元が綻んで見えた。

 

「と、とにかく! 何か異常があったらすぐに知らせて!」

 

そう言い残し、ハチや鷹山の返答を待たず、足早にその場を後にしたナナ。残された男2人に妙な沈黙が流れるが、それを破ったのは鷹山が先だった。

 

「相変わらず過保護だな〜ナナさんは。けど、そこが良い!!」

 

「あまり感情が過ぎるのもどうかと思いますが」

 

「おいおい、堅ってーよハチ坊。いい加減頭を柔らかくするってことを覚えろよ」

 

「必要であれば」

 

あくまで淡々と言うハチ。そんな彼に鷹山は思わず溜息を吐く。

 

「はぁぁ。ハイハイ、そーですねー」

 

「………鷹山博士。Code016について、どう思われますか」

 

気の抜けた皮肉げな態度をスルーし、問いを投げかけるハチ。

彼の問いに対し、鷹山はいつもの飄々とした巫山戯た雰囲気を取っ払い、いつになく真剣な面持ちで答える。

 

「色々検査したのは覚えてるよな? で、これがその結果だ」

 

鷹山はそう言ってヒロの検査に関しての詳細なデータが記載されている、タブレット式の端末を差し出す。手に取ったハチはすぐさまその内容を閲覧していくが読めば読むほど、彼特有の感情を垣間見せない筈の仏頂面は驚愕に染まっていった。

 

「鷹山博士、これはッ!!」

 

「内容に誤りはねーよ。紛れもなく、事実だ」

 

「……本人に、Code016にこの事は?」

 

「言ってない。まだ色々覚悟が付いてないんだ。今の段階でコレを明かすのは…さすがに拙いし酷ってもんだろ」

 

鷹山の言葉に押し黙るハチは、再度その内容を確認してしまうが何度見ようと内容自体に変化などある筈なく、ただハチとしては現実的に容認できないものだった。

 

「その時が来たら言うさ。絶対にな」

 

「“その時"とは?」

 

「ヒロが“何もかも全部思い出した時”だ」

 

それだけを言い残し、じゃあなと一言置いてそそくさと出ていく鷹山の背を、何とも言えない心境で見据えながら、只一人。

ハチは沈黙の空気の中で立ち尽くす他になかった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

空中移動要塞コスモス。

雲の上よりも更に上……大気圏外において存在するAEPの総本山であり、事実上トップたる七賢人が在留する場所だ。

 

「全く博士の甘やかしには困ったものだ」

 

「よりによって、あの獣の血を持つ特殊検体がいる13都市に『ι』を置くなど……」

 

「ありえないぞ!特殊検体との交わりは血を穢しかねない。即刻移動させるべきだ!」

 

様々な猿の種類を象った仮面を被り、細いアームに固定された椅子に腰掛ける七賢人たち。色々と議論を交わしているが、その首席である法衣のような服装を纏った人物が宥めるように言う。

 

「まぁ待て。先の戦いで見せたストレリチアのあの輝きは興味深い。探ってみる価値は大いにあるだろう。それに特殊検体は『ι』と乗って今の所、異常は見受けられない。前例とは異なるケースだ」

 

「だから、このままにしておくと?」

 

賢人の一人からそう質問され、首席は肯定に頷く。

 

「既に特殊検体…Code016を正式なパラサイトとして認可した。

今後、様子見として観察するのも悪くなかろう」

 

「随分と悪趣味だね〜パパ様ァ?」

 

まるで意図して神聖なる空気を穢すかのような、そんな悪意を滲ませた少女の声が七賢人らが集う場に響き渡る。

その発生源は黒い蒸気のようなものと共に姿を現した。

 

「お前も言えた義理ではあるまいスターク。会議が始まる前からいたのだろ?」

 

「ハハッ、お見通しか」

 

黒い蒸気から現れたのはワインレッドの色に染まり、水道管のような管が全体的に見られるデザインの特殊スーツとバイザーを装着した少女…ブラッド・スタークだった。

そして、ヒロにアマゾンドライバーを与えた張本人でもある。

スタークは首席の指摘に対し、特に何を誤魔化す訳でもなく、笑いながら肯定の言葉で答える。

 

「スターク。報告を聞こう」

 

「はいはい。……チラチラとガーデンで動きを見せていたアマゾンのことだが、アンタらのお考え通り、ヴィスト・ネクロだったよ。

まぁ何匹かは釣られて来ただけの野生種個体だったけどね」

 

スタークの言葉に七賢人たちは顔は見えずとも、何処からか忌々しさが滲み出ていた。

 

「害獣め。相変わらずコソコソと……」

 

「連中のおかげで我々は甚大な損失を被った。早く対策を取らねば、今以上の損失となるぞ!」

 

口々に七賢人は言うが、スタークはバイザー越しでも分かるほど冷めた視線を送っていた。

それに気付かず、七賢人たちは互いの意見を述べるが首席が静粛の一言を上げた。

 

「静かに。対策の方は打ってある。明確な形となるまで今しばらく掛かるが、問題はあるまい」

 

「それに相手は所詮、知の足らぬ獣の衆だ。

我々が負けるなどありえんよ」

 

首席の次に権威を誇る副席の賢人が余裕に満ちた態度で、自分達の優位が不動のものだと断じた。

 

「あ〜ちと失礼。その知の足らぬ獣の衆ってのは、どーかと思うよ」

 

そんな副席に意見を申し立てたのはスタークだった。

礼儀など皆無とばかりに床に胡座をかいて座り、手首を少しダラりと。

まるでやる気などないとばかりの挙手をする姿は、見る者によっては不快の念を抱くだろう。現にそうなっている賢人が何人かいるが、それを気にせずスタークは弁を奔らせる。

 

「ヴィスト・ネクロは言うほど馬鹿じゃない。その計画性が優れていたからこそ、オタくらAEPは手痛い損失を被ったわけだ」

 

「ブラッド・スターク。何が言いたい?」

 

副席が僅かに苛立ちを言葉に滲ませつつ、問い質す。それを知っているのか、ニヤけた笑みを絶やさず、スタークは答える。

 

「油断するなってことさ。アマゾンそのものは人食いしか能がない烏合の衆でも、ヴィスト・ネクロは違う。せいぜい寝首を噛み付かれないよう気をつけてね? チャ・オ♪」

 

言うだけ言って満足したのか。スタークは自らの身体に黒い蒸気を纏い、その場から消えてしまう。

後に残った七賢人…首席はふと呟く。

 

「読めない所か、中々食えん奴だ……」

 

それは事実上“協力者”であるブラッド・スタークへの、不信と疑惑に満ちた言葉だった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アルジェンティアvsクロロフィッツ 後編


ダリフラ20話……すっごい宇宙戦争規模の超展開になりましたね(-_-;)

宇宙からやって来た真の敵、地球外生命体ヴィルム。

それとフランクスと叫竜、マグマ燃料の真実に加えてココロの妊娠フラグ。
情報量がヤバい20話でした(;''∀'')

というか、本当に残りの話数で上手く纏められるのかちょっと心配ですね。
まぁ、今までが最高だったんで、最終回で多少コケたとしても個人的には大丈夫です。

でも多分、あの展開を見た視聴者の人たちは大抵が

( ゚д゚)ポカーン

となった筈。もうアレです、『つまり、どういうことだってばよ』レベルですねww

そんなこんなで、最新話どうぞ。





 

 

 

午後7時丁度。

プランテーションの外側に設けられた訓練場で、アルジェンティアとクロロフィッツの両機体が相対の位置で向かい合っていた。

 

「さっさと終わらせますよイクノ」

 

「分かってる」

 

コックピットの中で淡々とした口調で告げるミツルに、イクノもまた平坦な声で答える。どうもこの二人は他のペアと違い、ドライな関係らしい。

 

「ふふん! あんまし余裕でいるとミクたちが

勝っちゃうかもね」

 

「かもじゃねぇ、勝つんだ!」

 

一方で喧嘩もするが、その分、なんやかんだでお互いを信頼しているゾロメとミクのペア。数値ではアルジェンティア組に分があるが、技術的な面ではクロロフィッツ組に分がある。

どちらが勝つか、現段階では分からない。

 

「ダーリンはさ、どっちが勝つと思う?」

 

腕に絡み付くように寄って来たゼロツーは、面白そうに笑みを浮かべ

てはそんな問いをヒロに投げかけて来た。

 

「え、うーん……クロロフィッツかな?」

 

「なんで?」

 

「技術的な面だとミツルたちの方が強いから、かな? 数値ではゾロメたちに分があって、しかもアルジェンティアは元々接近戦に特化した機体。だから勝率で言えばアルジェンティアだけど、最終的に戦いは技量や技術の差で決まると思うんだ。数値の低下で機体が動かなくなるなんて事にならない限りはクロロフィッツが勝つと思うんだけど……どうかな?」

 

「なるほど。一理あるけど勝負は何が起こるか分からないからね〜」

 

「同感だ。ありえないことが起こるのが戦いってもんだからな」

 

その背後で鷹山は、のんびりとした口調でそんなことを言いつつ、好物でもある骨付きの鶏肉に噛り付いていた。

 

「ちょっとゼロツー! ヒロにベタベタし過ぎ!!」

 

と、ここで少し苛立ち気味にイチゴがゼロツーへ言い寄る。

ヒロに対し羞恥なく接触するようなスキンシップ行為を諌めているようだ。

 

「えぇ〜いいじゃん別に。イチゴはダーリンの何なの?」

 

「私はこの隊のリーダーなんだ! だから、そういう風紀を乱す真似は見過ごせないの!」

 

「はぁぁ〜、偉そう」

 

心底面倒臭い。という気持ちを隠さず、表情に気怠さを滲ませることで平然と見せつけて来るゼロツー。そんな彼女に当然の如くイチゴは納得する筈もなく、睨みを利かせて語気を強める。

 

「貴方はこの13部隊のメンバーの一人になった……だから、あまり勝手なことはせず、ちゃんとルールを守って」

 

「善処はするよ、一応」

 

適当に相槌を打つという雰囲気の返答だが、もうすぐアルジェンティアとクロロフィッツの試合が始まる為、これ以上はと大人しく引き下がるイチゴ。

その様子を隣で…間近で見ていたヒロはハラハラしたものの、とりあえず事なきを得たとばかりに内心胸を撫で下ろす。鷹山はその様子を面白いとばかりにニタニタと笑いながら見ていたが。

 

「では、始め!!」

 

ハチの合図と共に開幕のコールが鳴り響く。

今回はあくまでフランクス同士での訓練なので、主力武装は使わず、警棒のような武器で戦うことになる。先手を打ったのはアルジェンティアだった。

 

「くらえぇぇぇぇーーーー!!!!」

 

活気盛んなゾロメが勢いよく雄叫びを上げ、アルジェンティアはそれに応えるように左手に持った警棒を振り上げ、左側から横薙ぎにクロロフィッツの首の部位めがけダメージを与えようと差し迫る。

 

「甘いですよ」

 

しかし割と無駄の多い大振りな為、容易く動きを捉えたミツルはあくまで余裕な態度を崩さず、クロロフィッツを操り、左腕のフィンで防いで見せた。

 

「なら、こいつでどうだ!」

 

だが、それで終わる訳はなかった。

アルジェンティアは、次の一手に右側から膝蹴りをクロロフィッツの腰部位に叩き込んだ。

 

「くッ!!」

 

衝撃で体制が崩れたクロロフィッツに生まれた隙を見逃さず、アルジェンティアは背中に回り込むとクロロフィッツの背に警棒を叩き込んだ。

 

「うッ、がはッ!!」

 

「ハッハッハッハッ!! なんだ大したことねーなぁ! このまま決めさせてもらうぜ!」

 

『もう。優位だからって油断しないでよ』

 

既に勝利の余韻に浸っているゾロメにミクが注意を促すも、当の本人は気にせずといった様子で軽く聞き流していた。

 

『まだ、終わってない!』

 

正直、あまり乗り気ではなかったイクノだが、こうも一方的にやられて、しかもバカにされた風な態度を取られては物静かな性分の彼女もさすがに頭に来る。

闘志を燃やし、立ち上がったクロロフィッツはアルジェンティアの頭と籠手部位を両手で掴むと背負い投げの形で、機体を地へと叩きつけた。

 

「ぬおわわッ!!」

 

『きゃああッ!』

 

そのまま押さえつけるクロロフィッツ。

このままの状態が続けば、ハチの審判によりクロロフィッツに勝利が告げられる。

 

無論、このまま終わればだが……。

 

『ッ!!』

 

形勢逆転かと思われたクロロフィッツの動きが鈍く、そして出力にいくらかの低下が出てしまった。

 

「チャンス!!」

 

この急な変化による隙をゾロメは見逃さず、蹴りを一発クロロフィッツの腹部へと打ち込み脱出。クロロフィッツの拘束から解放されたアルジェンティアは距離を取り、戦況は振り出しに戻ったと言っていいものとなった。

 

「ど、どうしたんだろ。いきなりパワーダウンしたみたいに見えたけど……」

 

「ありゃ実際そうなってんだよ。

どうにもイクノ嬢ちゃんとミツル坊ちゃんの相性はよくないみたいだな。数値は他と比べて低いし、出撃時も起動までに時間が掛かかっちまってる。パートナー替えた方がいいんじゃないか?」

 

ナオミの戸惑いが混じった疑問に鷹山はそう答え、そして近くにいたハチに提案を一つ振るが、それは一蹴されてしまった。

 

「最初の内はよくあることです。この程度でパートナーを替えることはありえません」

 

「そうかい」

 

鷹山は大して気にした様子はなく、そのまま視線をアルジェンティアとクロロフィッツの両機へと向けた。

 

「しっかりして下さい、イクノ」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…わ、分かってる!」

 

クロロフィッツのコックピット内では、体力の消耗に息を切らすイクノのにミツルが冷めた目で見下す光景が展開されていた。体力消耗はフランクスの操縦運動によるものではなく、単に数値の低下から来るものだ。

二人がパートナーになって以降、その数値は正直なところ芳しくなく、13部隊の中では一番低いと言ってもいい程。ミツルはそんな現状に嫌気が差しており、その矛先をイクノへと向けている。

 

「はぁ……全く。次で決めますよ」

 

「分かったわ……」

 

何とか数値を伸ばし、調子を取り戻した。

その間アルジェンティアは様子を伺う為か、今の所は静観を決め込んでいた。しかしゾロメの性格を鑑みればそれも続かない筈。現にそれを証明してみせた。

 

「様子見じゃ埒が明かねぇ! 一気に決めるぜェェェッ!!」

 

「予想通りですね。これだからゾロメは単細胞で読み安い」

 

ここで決着を付けると意気込むゾロメに対して、ミツルは嘲笑を隠すことなく冷やかしの言葉を吐き捨てる。両機は睨み合い、そして同時に一歩前へ踏み締めした瞬間。繰り出される右拳。

アルジェンティアのものだ。

落とした警棒を拾わず、パンチによる一撃で仕留めようと図ったゾロメは渾身を込めて拳を握り繰り出した訳だ。だが、クロロフィッツは自らに向けて放たれたアルジェンティアの拳に対し、すぐさま一手を進めた。

 

「なにぃぃ?!」

 

驚愕の声がゾロメの口から漏れる。

クロロフィッツは少し数値が戻ったとは言え、それでもまだ動きに鈍さが見てとれる状態だ。

にも関わらず、高速で繰り出されるパンチに対し受け止めるわけでも、かわすのでもなく、アルジェンティアの手首の部分に右手を当て、そのまま拳の軌道をズラしたのだ。

口にするのは楽なことだが、アルジェンティアは接近戦に重きを置いた機体。近接戦術において本領発揮するアルジェンティアに対し、クロロフィッツは遊撃・支援型で、それに適った戦闘で初めてその性能を全力に引き出せるのだ。

だが、今回の模擬戦は主要武器を一切使わない、形式としては白兵戦のそれと言っていい。

 

接近戦型と遊撃・支援型。

 

白兵戦でどちらが勝ちを得るかなど、分かり切ったも同然。

しかも、動作が緩慢になってしまったクロロフィッツではアルジェンティアの攻撃の対処は圧倒的な確率の差で難しい筈。しかしアルジェンティアの拳から繰り出されるパンチは威力こそ強いがその分

、あまりに単調過ぎた。

その為、技術面では上を行くクロロフィッツがそれを即座に見抜き対応して見せた訳だ。しかもこれで終わりではないらしい。

 

「これで……ッ!!」

 

「うぉぉッ?!」

 

クロロフィッツは軌道をズラした途端、アルジェンティアの手首を掴みぐいっとこちら側へ引き寄せる。

そして、アルジェンティアとクロロフィッツ……両機の顔と顔がぶつかり合いかねない程のゼロ距離にまで近づき、

 

「トドメですッ!!」

 

一気にアルジェンティアの腹部を膝部位を用いて蹴り上げた。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

そこを普通、あるいは通常という枠組みに置くにはあまりに異質と言える場所だった。相応しい言葉は“尋常ならざる場所”。

または“常軌を逸した異常過ぎる空間”と称しても間違いではない。

天井。床。左右の壁。建物ならコンクリートや石材、または木材などで形作られる筈だが到底そういった類のもので作られていないと。一目見れば分かるものがその役割を果たしていた。

 

肉だ。

 

辺り一面に蔓延る肉。肉。全てが有機的な肉塊で覆われ形作られ、時折、箇所ごとに生きていることを意思表示でもしているのか脈打ち、蠢いている。

空間内は暗闇に包まれ、中央には一筋のスポットライトのような光が照らし出し、その中に誰かがいた。

 

「第13プランテーションにおける作戦失敗……アマゾン・アルファの抹殺には至らんか」

 

それは老紳士と呼ぶに相応しい風貌と、その上にマントを羽織る格好で身を整えた一人の男性。年齢は60か80は年月を経ていると想像できる皺の堀が深い顔に更なる皺を作り、苦虫でも噛み潰したような嫌気の差す表情。

言葉を吐かずとも内心に込めた苛立ちを隠すことはなく、目には見えない圧として周囲に放っていた

 

「随分とご機嫌斜めだね、プロフェッサー」

 

老紳士をプロフェッサーと呼ぶ声。年若き質から鑑みれば少年のようだ。

そして、それは的を得ていたとばかりに老紳士の前に暗闇からスポットライトの領域へと姿を現わす。漆黒のローブに覆われ、フードを深く被っているせいでその全貌を把握することはできないが、背丈から子供のそれであることは声も相成ってよく分かる。

 

「アマゾン・アルファの抹殺が失敗に終わったのだ。色々と手間を掛けた割にこのザマとは情けない……やはり幹部直轄の者にやらせた方がよかったようだな」

 

「その意見には俺も賛成だッ!」

 

今度は別の声が聞こえる。聞くに青年と年月を重ねた男の声だった。

 

「つーかよ、そろそろ俺たち幹部が直々に出てもいいんじゃねーか? 勿論、その一番槍はこの俺がやらせてもらうがな」

 

やがて暗闇から現した声の主は、やはり青年で20代くらいに見える。光に照らし出された容姿は、ヒョウ柄のジャケットを上半身に素の状態で羽織ったもので、その中は裸しかない。

下半身には漆黒の革製の長ズボンを着用し、凶悪な人相の笑顔とライオンのように逆立った髪形から、第一印象が“危険人物”と認識されてもおかしくなかった。

 

「それが無理ってんなら俺の部下どもが適任だ。そこいらの下っ端とは訳が違う。あの赤いアマゾンの首を取ってこれるぜ」

 

「ははっ、吠えるね〜子猫ちゃん」

 

ローブの少年が若干小馬鹿にした風に笑いかけるが、ヒョウ柄男はさして気にした様子はなく少年を鼻で笑い返す。

 

「ハッ! 言ってろ“シャドウ”。必ず、任務は完遂する」

 

「だといいね」

 

ローブの少年……シャドウの大して興味ないとでも言わんばかりの態度にさすがのヒョウ柄男も癪に触ったのか、チッと舌打ちをわざとらしく漏らす。そんな彼に紳士服の老人は命令を下した。

 

「いいだろ。作戦実行の決定権は私の管轄。お前がそこまで言うのであれば第13プランテーションにおける作戦の実行指揮権を認め、お前自身の出撃も許可しよう」

 

「おお! 感謝するプロフェッサー!」

 

「幹部をわざわざ派遣するのだ。果たせ」

 

「任せろ! この“ザジス”に抜かりはねぇぇッ!!」

 

吼えるように堂々と。既に勝利は我が手にと言わんばかりの高揚した気風を纏い、ヒョウ柄男…ザジスは笑いながらその場を後にする。

残されたプロフェッサーと呼ばれる老紳士とシャドウという名の少年の両者。しばし無言だったが少年の方から声が紡がれた。

 

「アマゾン・アルファは一筋縄じゃいかない相手だよ? それに向こうにはもう1匹いるし、確か……イプシロンだっけ?」

 

「報告によるとそうらしいな。しかもコドモのパライサイトでもあり、フランクスの力を引き上げる何らかの要因があるらしい」

 

「ホントに? 本来アマゾン細胞にそんな力は無い筈だけど…どうやら相当特殊なアマゾンのようだね」

 

「ああ。さすがの私も……らしくはないが、科学者として高揚を御しきれん」

 

ニヤリと。老紳士は自身の言葉を体現するかの如く、さぞ面白いとばかりに口の端を吊り上げ、凄惨な笑みを顔に張り付かせた。

 

「アマゾンの方のイプシロンだけど、調査は僕に任せてよ。上手くすればこっちに連れて来れるかもしれない」

 

「ふむ。お前の向こうでの立場なら可能だな。任せるぞ」

 

「うん! プロフェッサーも無理しないで頑張ってね」

 

そう言い残して、今度はシャドウがその場を去る。最後に残されたプロフェッサーも物々と物思いに耽る独り言を零しつつ、そこから去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 






ついに登場しました。ヴィスト・ネクロの幹部の方々!

死神のような不吉な印象を彷彿とさせる老紳士『プロフェッサー』。

ヒョウ柄のジャケットを身に纏った青年『ザジス』

そして、少年らしき雰囲気を醸し出す『シャドウ』。

他にも幹部はいますが、今回はこの三人だけです。

感想、ご指摘、遠慮なくもらえると幸いです。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣竜攻防戦 前編




ダリフラ21話を視聴しましたが、なんか色々ヤバいですね((((;゚Д゚))))

とりあえず、敢えて一言だけ。


『死ぬなーーーーーーーーーーーーーー!!!!!! ゼロツーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!!!!!』






 

 

 

 

 

アルジェンティアとクロロフィッツの両機による模擬戦の結果はクロロフィッツの勝利に終わり、これでストレリチアへの対戦権を獲得したミツルとイクノだが、突然の緊急事態が発生した為、急遽模擬戦は中止となった。

 

叫竜の発生。

 

人類の脅威と天敵が二つ揃って嵐の如く現れるとは、一体どういう事かと文句の一つでも

言いたくはなるが、それをウダウダと述べ垂らした所で事態は好転などしない。

叫竜はあの入隊式に出現したモホロビチッチと呼ばれる身長的に中級個体だが、その姿は前のものと違い長い四角の立方体に青い四角の穴のようなものが点々と空き、そこから動物の骨格を彷彿と感じさせる触手が奇妙なうねりを舞いつつ、這い出ている。

しかも、その先には禍々しさを強調させたかのようなエッジの多いフォルムの口部と思わしき嘴は正直、嘴と言うよりは太古の時代において人が狩猟に用いた罠の道具と称した方が相応しいだろう。

そんな叫竜から10km離れた地点にプランテーションはあり、その前にはプランテーションを守るべくして立つストレリチアを含めた5機のフランクスらがいた。

 

『この前のと同じ大きさだね』

 

『あ、あんなのと戦うの……』

 

『弱気にならないでミク。何の為に訓練して来たの!』

 

ジェニスタのココロが叫竜のサイズに圧倒されつつ、その大きさを以前入隊式を襲った時のモホ級と比べて同程度だと分析する傍らでアルジェンティアのミクは、これから戦う敵たる叫竜に尻ぼみしてしまう。

そんな彼女をデルフィニウムであるイチゴがやる気を何とか助長させようと檄を飛ばす。とは言え、イチゴも不安はあった。

初めての実戦がモホ級クラスの叫竜なのだ。フランクスより一回り小さいコンラッド級であれば初戦の相手としては相応しいが、生憎と運は甘くなかったらしい。

 

「モホ級って言っても前のとは違うな…」

 

『モホとかコンラッドって呼び方は叫竜の形より、大きさ基準だからね。モホ級でも色々いるけど…アレはボクも見たことないタイプだ』

 

淡々と、敵を見据えながら、そんな感想を宣うストレリチアことゼロツー。単なる物珍しさと何処か獲物を狩ろうとする、生粋の狩人の如き愉悦らを織り交ぜたような、そんな風に聞こえる声だった。

一方のパートナーであるヒロは、より警戒を強める。ハチの言葉によればあのような形状の叫竜はデータベースには一切存在しない、つまり新種の叫竜とのこと。情報がない以上迂闊な行動は死を招く。そこでヒロはイチゴに一つ提案を上げる。

 

「イチゴ、相手は情報が一切ない相手だ。ここは戦い慣れてるゼロツーと一緒に俺が先行した方がいいと思う。いいか?」

 

この中で数々の戦場を潜り抜けて来た実力者は他でもない、ゼロツーだけ。同時に経験を積み重ねている彼女だからこそ、一番槍としてストレリチアを先行させた方がいいとヒロは考えたのだ。

 

「………確かに。その方が良さそうだね」

 

ヒロの出した提案をイチゴは受け入れた。

臆したわけではないが……いや、臆してしまったとしても、ここは慎重に行くべきなのは

変わりない。

相手の叫竜の戦闘能力は過去のデータがない全くの未知数。いかなる攻撃が出て来るのか分からない状態では、今回が初戦となる13部隊には荷重に成り得る。

だからこそ、経験豊富なゼロツーことストレリチアから先手を打つのは理に適っている…のだが。

 

「ハッ! 一番槍はこの俺様がもらうぜ!!」

 

ここで、やってはいけない余計な単独行動を実行したのは、もう予想など容易にできそうなほど単純少年なゾロメだった。

当然ながらミクが抗議の声で諌めた。

 

『何やってんのよゾロメッ! ストレリチアが

先に行くってのに、なんでアンタが出てくんのよ?!』

 

「模擬戦での名誉挽回だよ! ミクもこのままでいいのかよ?! 汚名被ったままなんて、冗談じゃないっての!」

 

『だからって、こんな所でしなくていいでしょうが!! このバカッ!!』

 

ズシン。

 

まるで全身の力が抜けるかのようにアルジェンティアのボディが重く、鉛のように地面へと沈下するように倒れ込んでしまった。

どうやら、喧嘩のせいで数値が低下したらしい。

 

『何やってんの二人とも!』

 

『喧嘩は良くないよ!』

 

イチゴとココロが二人の様子を見るに耐えず、そう声を上げる。

なんとかデルフィニウムとジェニスタでアルジェンティアを起こそうとするのだが、その

最中ゼロツーが何かに気づいた。

 

「ッ! ……ダーリン。アイツ、何かする気みたいだよ」

 

「え? ッ!! この感じは!」

 

叫竜に動きが見られた。それを逸早く察知したゼロツーはそれをヒロに進言しヒロも何かを察知した。

 

「これって……あの時の叫竜と同じだ。あの叫竜からアマゾンの気配がする!」

 

アマゾンというのは種類を問わず、同族とのアマゾン細胞の共鳴により、位置を特定する能力が備わっている。

これがアマゾンの気配の正体だが、どういうわけか、あの叫竜……というよりはその内部から発せられる無数の蠢く気配をヒロは感じたのだ。

そうこうしている内に叫竜はゼロツーの言葉通り、アクションを起こした。

長方形の本体。その上部が三角の花弁の如く開闢して、耳の鼓膜を揺さぶる重厚な爆発音と共に何かが煙を上げ射出された。

ヒロが意識を集中させると、アマゾンの気配の発信源がその射ち出された物の中にある事が分かった。

 

「行くよ、ゼロツー!」

 

『OKダーリン!!』

 

吼えるように答えるゼロツーと共にヒロは空へと舞い上がる。ストレリチアに備えられたジェット推進機構のエンジンを荒ぶらせ、噴射口からは火を吹かし、何処までも広がる大空へと上昇していく。狙うのは一点。叫竜が射出した何からの物体だ。

肉眼でも見える範囲にまで近付くと、その全貌が明らかになる。黒一色の楕円形のボールのような塊。それ以外に表現しようのないシンプルな代物だった。

ともかく、それぎなんでアレ、破壊しておいた方が得策と直感で判断したストレリチアは

クイーンパイズの穂先をその物体へと向け、標準を定める。さすがに何があるのか分からない為、突貫ではなく投擲で仕留めようと主要武器たる槍を構える。

 

だが、それは突然起きた。

 

『ぐッ!?』

 

「ま、眩しい!」

 

突然物体が青い輝きを放ったのだ。それだけでなく、物体はポリゴンのような四角い無数の粒子へと変わっていき、最後には完全に消えてしまった。しかも、その寸前一筋の光が飛び出し、そのままプランテーションのドームへと青い放物線を描いて激突。

最悪なことにそのまま突き抜け、内部へと入ってしまった。

同時にそれは、獣たちの宴の始まりを告げる開幕ベルでもあった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

この作戦に関して言えば、其れ相応の自負が

彼にはあった。アマゾン。別称として獣人とも呼ばれる彼等は、アマゾン細胞と呼ばれる

単細胞生物としての側面を持つ有機因子から成り立つ生命体だ。

そのアマゾンによって構成された謎の組織、ヴィスト・ネクロの幹部たる彼は組織が標的と定める敵対アマゾン、アマゾン・アルファの抹殺の役目を担ったことに内心歓喜の嵐に吹き乱れ、下手をすれば汚らしい唾を飛ばしながら高笑いしていただろう。

高笑いこそしていないが、そうしてもおかしくない程の高揚とした気持ちに支配されているのは紛れも無い事実で、加えて自身が考えた策が見事成功を収めたのだ。

それで喜ばない方がおかしい。とは言え、まだ第一段階での成果に過ぎないが。

 

「ラッキ〜だなぁ、オイ! 作戦の第1ステージはクリアってか!!」

 

あの黒い物体の中身……それはなんと、衝撃吸収の性能を有する透明な結晶体。それに覆われた計100体の虎の姿を有したトラアマゾンの一個部隊だった。

組織が捕獲し、“改造”を施した個体を用いてその内部へと潜み、ある程度の距離までプランテーションへ近付いたら射出され、更にもう一度射出される二段構えによる侵入プラン

そういったものなのだが、事は何の弊害もなく、上手く行ってくれた。

この作戦を考案したのは、トラアマゾン部隊100体以外のもう一体……部隊を指揮するヴィスト・ネクロの幹部アマゾン、ザジス。

彼を覆っていた結晶体が砕き、解放された途端、その姿をこれでもかと晒すかのように両手を広げてザジスは歓喜高揚と吼える。

 

「ケッ、シケたとこだなぁプランテーションっては!!」

 

着地点はプランテーション内部のビルの一角。そこから一望できる景色に対しての感想は

散々なもので、心底毛嫌いしているのがよく分かるほど顔に出ていた。

そうしている間に次々と結晶体が砕かれていき、部下のトラアマゾンたちが獣性を孕んだ唸り声を上げ、解放されていく。

そして、100体全てが余すことなく揃い踏みを果たす。

 

「リーダー! 全員、起きました」

 

「ご指示を」

 

トラアマゾンたちの報告を聞き、ザジスは顔に刻み込んだ笑みをより深め、黄色の蒸気を放出させてその身を大きく変質させた。

蒸気が晴れるとそこに人間の青年姿のザジスはおらず、黄と黒のヒョウ柄模様のカラーに染まった毛並みとコートを羽織っなような姿が特徴的なアマゾン。

“ジャガーアマゾン”と呼ばれる本当の姿が顕現を果たす。

 

「今すぐ暴れたいと思うが、まぁ、待てよ。そろそろ来る筈だ……俺達がその喉元を喰い、

千切るべき獲物がな!!」

 

「そいつは、俺のことか?」

 

自分達の後方から聞こえてきた声にジャガーもトラ達も一斉に後ろを振り向く。そこには片手に卵を持って、手の平で転がしながらゆっくりと歩を進める鷹山の姿だった。

 

「来やがったなアルファ! テメーの首、喰い破りに来てやったよ!!」

 

トラ達を掻き分けて、その部隊の先頭に立ったジャガーは鷹山へと吼える。しかし、彼等がここへ来た理由を宣言されても正直興味はない。

自分が狙われていることなど知っているからだ。

 

「入隊式の時と言い、今回と言い、おタクらは叫竜を飼い慣らすことに成功でもしたのか

? もし良かったらその方法を冥土のみやげに一つ、いいか?」

 

「悪いがテメーに教えるもんは何一つねぇよ。土産なら俺のこいつを味わせてやる」

 

そう返してジャガーは、両手を大きく変質させて長く厚みのある金属のブレードへと変化させた。

 

「……うわ、なんかキモ」

 

「じゃかわしいッ!! 変身するまでは待っててやる。俺の実力を疑われるのも癪なんでな!」

 

「おーおー、お優しいね。ならお言葉に甘えるとしようか」

 

そう言って、鷹山は事前に巻いていたアマゾンズベルトに卵を当てて亀裂を作り、それを口元を通り過ぎて頭上へと持っていく。

そして、卵を二つに割った。

落とされる黄卵と白身の元となる液体は予めぱっくりと開いていた鷹山の口へと入り込み

、ゴクンと。聞くに良い音で喉を鳴らし、アマゾンズドライバーのグリップ部分へと手をかける。

 

『アルファ……』

 

「アマゾン!」

 

起動の音声が反響するように周囲へと水面の波紋のように広がり、赤い蒸気を纏う形で彼はその姿をアマゾン・アルファへと変身させた。

 

「野郎ども!! かかれぇぇぇぇーーーーーーーッッッッ!!!!」

 

ジャガーの号令にトラたちは猛獣の如き唸り声を漏らし、アルファへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








感想待ってます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣竜攻防戦 中編





連続投稿です、どうぞ。


 

 

 

 

向かって来る虎の特徴を有したトラアマゾンの群れ。

自らが従うべき幹部の号令に逆らおうとする者などおらず、100体の内、前にいた10体がアルファへと攻撃を開始。

基本的にこれがトラアマゾン部隊の戦法で、まずは様子見の為に10体ほどが先行として

突撃し、できる限り相手に手の内を見せさせる…というものだが、しかし相手が相手だ。

 

「まずは10匹か。フンッ!」

 

取り囲もうとする10のトラアマゾンの首を迅速に、その所作は何ら難しい動きをせず、ただ腕を振るう。

 

たったそれだけ。

 

しかしアームカッターにギガのエネルギーを集中させ、三日月状に飛ばした故にそれは死を与えるギロチンとなり、トラアマゾンたちの首を肉体から的確に切り離したのだ。

 

「フシャッ!!」

 

首を落とされ、地に伏した同胞に何ら感情を示さず、ただ目標であるアルファへ攻撃を仕掛ける個体が1体。その1体は他のトラアマゾンと比べて爪が長く、先端が釣り針の反しのように曲がっている『ネイルカーブ』と呼ばれる個体だ。

もし、これで切り裂かれでもしたら、確実に肉を抉り取られるのは必須だろう。

ネイルカーブがアルファの胸部へと爪を突き立て、腹部まで裂こうとした寸前、アルファは紙一重で身を捻らせるようにして横側へと移動。そうすることで爪による一撃を回避することに成功したのだ。

アルファは、すれ違い様にまるで意趣返しとばかりに自身の爪でネイルカーブの首元から肩を切り裂いた。

 

「ギャッッ?!」

 

まさか避けられ、しかも傷を負わせられるとは思ってなかったネイルカーブの顔は驚愕に

歪むも、すぐさま間を取る為に一旦退避しようとする。しかし、アルファはそれを許さず

、アームカッターで身体を斜め一線に上と下で真っ二つに泣き別れさせてしまう。

 

「ハハッ、いいねぇ……もっとかかってこいよ」

 

たった今、餌食となったネイルカーブを含めて11体。損失はまだ少ないがトラアマゾン部隊は隊長格であるジャガーを除けば、その全てがAランクのアマゾンだ。それを苦もなくノーダメージで11体。それが何の意味を成すのか、分からないほど低脳な彼等ではない。

アマゾン・アルファのランクが、ジャガーや他の幹部と同等の“Sランク”である可能性を

示唆しているのだ。

 

「おいおい、獲物を前にそんなビビって突っ立ってたらよ……逆にお前らが獲物になるぞ

 

静かに。冷たい殺意を込めた言葉。

 

それをアルファの口から聞いたトラアマゾン部隊の内、先頭に立っていた3体が一斉に血飛沫を撒き散らし、糸の切れた操りの人形の如く倒れ込む。

 

アルファの仕業だった。

 

瞬く間に近付き、中枢臓器に届くほどの斬撃を見舞ったのだ。

そこから更に10体。四肢を切断し、半ばバラバラにする勢いで物言わぬ肉塊へとトラアマゾンたちを加工していく。

これで100体から76体にまで数を減らせたが、まだまだ敵は多い。

故にアルファは一つ、賭けに出ることを選択した。

 

「これじゃあ、いつものスタイルでやってると不利だな。なら、多少エネルギー食うが…

…やるか」

 

アルファの基本的な戦闘スタイルは格闘術を自分流にアレンジしたものだが、そういった

戦法はこのような大群を相手にした場合ではあまり意味を成さない。

 

では、どうするのか?

 

そう問われれば、答えは一つ。大多数の相手に対し、有効的な戦法で臨めばいい。そして

その手段をアルファはいくつか持っている。

 

『バイオレント……ショック』

 

「オラァッッ!!」

 

手を地に付けて、灼熱の旋風を伴った衝撃波を発生させたアルファ。周囲が一瞬の内に超高温と化し、衝撃波をモロに食らった計15体のトラアマゾンたちが黒い液体へと変換されて命を落とす。

 

「シッ!」

 

と、ここで静観を決め込んでいたザジスが動いた。軽く息を吐き出すような声を漏らしし、両手が変化した2枚のブレードがまるでハサミのように一つに重なり、アルファの首へと狙いを定める。

このまま行けば2枚一つとなったブレードに首が挟まれ、そのまま千切られる結末が待っているがそれを容認するほど、アルファは廃人ではない。

 

「ぐっ!」

 

咄嗟に両腕のアームカッターで左右迫る刃を押し留め、自身の首が寸断されるのを防いだ

 

「チッ、防いだか。だが身動きできない状態でどーする気だ?」

 

シシシッと愉快げにアルファを嘲笑うが、その指摘は正しい。

敵はザジスだけではない。こうしている内に彼の手下であるトラアマゾンらが攻撃しない

道理はないし、考えられる方法としては一方的に打撃などの物理的な技で炙っていくか。もしくは火力を伴った強力な一撃で仕留めるか。

この場合、ザジスを除いて、トラアマゾンの部隊において強力な一撃を繰り出すことのできる者はいないし、いたとしても、それではザジス諸共に巻き込んでしまう。

ならば、時間は多少浪費するが打撃によってダメージを与えていき、力尽きるほど弱体化させた所でザジスのブレードで首を刈り取ればいい。

 

ただ、それだけのこと。

 

「……なるほど。確かにピンチって奴かもな、これは」

 

返って来る言葉はやけに穏やかで、先程のような殺意は見受けられない。

 

“諦めたか? ……いいや、違う! ”

 

ザジスは己の直感で把握した。

 

“こいつは、何かを仕掛けるつもりだ!”

 

その心中は的を得ていた。

アルファは自身のギザギザとエッジ要素の多いクラッシャーを開闢させ、その奥から何かを放った。何かはザジスの鳩尾へとめり込み、そのまま飛散。

思わず怯むほどの衝撃の後に続く鈍い痛みが襲うが、その刹那の間にザジスは見た。

透明な液体…“水”が弾き飛ぶのを。

 

「み、水鉄砲かよ……舐めやがって!」

 

悪態を吐くが、もう遅かった。

ブレードに込められていた力が、一時的に抜けてしまった。この隙をアルファは逃さず、ザジスのブレードを跳ね除け、更にはついでとばかりに腹部に蹴りを一発打ち込む。

 

ザジスは苦悶の声を漏らした。

 

「ぐぶぅッ!!」

 

蹴りのせいで、またしても鈍い痛みが襲う。今度は衝撃も強く間が取れるほど軽く吹っ飛ばされ、背から地面に叩きつけられる。

 

「くそ、たれっが!!」

 

然程ダメージにはなっていない。

すぐさま起きて態勢を立て直すが、その時には既にアルファがザジスの眼前に迫り、その固定された表情のない筈の仮面のような顔から、ザジスはもう一つの貌を見た。

 

獲物の命を刈り取る瞬間を楽しみ、喜ぶ。

 

1人の狩人としての狂気の貌。

 

それを嫌でも刮目してしまったザジスは恐怖に囚われかけるも、自分自身が何なのかを瞬時に思い出し、自身の首をかっ切ろうと斜め一線に振り下ろされたアルファのアームカッターをブレードで横にして防ぐ。

アームカッターが縦、ブレードが横に重なり合うことで十字形となり、両者は切迫する。

 

「死ねェェッ!!」

 

「テメーがくたばれ!!」

 

アルファの敵の死を願う声に対しザジスは、お前こそくたばれと言い返す。

 

「トラども!! さっさとコイツ殺せ!!」

 

ザジスからの怒号に近い指示にビクッと怖気付いたような反応を見せるトラ達だが、すぐ

さま与えられた命令を遂行する為、トラたちがアルファへと攻撃を仕掛ける。

が、トラアマゾンの爪や牙が自身の肉を抉り喰らう前に高く跳躍したザジスやトラアマゾンたちから一定の距離を作る為、彼等のいる建物からすぐ隣の別の建物へと移った。

 

「逃げる気かッッ!!」

 

「逃げねーよ」

 

激昂するザジスの言葉に、アルファは淡々とそう答える。

アルファが別の建物に移った理由はあくまで逃げる為ではない。

 

“自身に累が及ぶことを防ぐ為だ”。

 

「ッッ!!」

 

何かに気づいたザジス。しかし、その瞬間に霧状の物質が建物全体から放出され然程時間を労さず包まれていく。

異変はすぐに起きた。

トラアマゾンたちが苦の滲む声を漏らして次々と倒れ伏し、ある者は事切れて黒い液体へと変わり果てて。

そうならない者は、のたうち回る以外に成す術が見出せなかった。

唯一“少々息苦しい程度で済んでいた”ザジスは、そこから霧を払い退けて助走を付けず、一気に跳躍。アルファのいる建物へと移る。

 

「やってくれたなァァ……クソ魚野郎!!」

 

限りなくにジャガーに近い顔の眉間と鼻に皺が寄り、凄まじい怒気を放つザジス。

そんな彼を前にアルファは、フンと鼻を鳴らして物言う。

 

「予めいくつかの建物の中に仕込んでおいたんだよ。“トラロック・ミスト”をな」

 

トラロック・ミスト。

 

コロニーが開発したアマゾンにのみ効果を有する猛毒性物質を用いた、対アマゾン兵器の名称である。

形質としては、ガスを発生させる液体薬品の一種で人間には全く無害に作られている。

通常、無人機を用いて雨のように散布する方法が一般的だがこのトラロック・ミストは小型端末装置から霧状に散布する仕様になっている。

しかも。通常よりも5倍の威力を有しており、Eから数えて戦闘能力が高いAランク相当のアマゾンにまで効果を発揮することができるが、最高Sランクは殺し切ることはおろか

、ダメージすら与えることは不可能というデメリットがある。

しかし、アルファにしてみればどーでもいい話だ。

Sランクは、アルファやヴィスト・ネクロにおいて幹部の地位に就ける者だけが、持つ事を許される強さ。ある種の規格外と言ってもいい。

 

 

規格外には、同じく規格外を。

 

 

これでアルファは邪魔者なしに自分と同等の

獲物を狩れるというわけだ。

 

「その一つに偶然、お前らが着地したって訳だ。とんだ間抜けだな」

 

嘲笑気味な物言いで語るアルファだが、とうのザジスは気分良くなるわけがなく、むしろ

怒髪天とばかりに憤怒の情念が今にも爆発しそうな感覚に、身も心も支配されている。

だが、爆発の如く解き放つという真似はしない。

あくまで、アルファの首を取る為にその情念を刃として、向けるのみ。

 

「ハァァッ!!」

 

「シィッ!!」

 

両者は声と息を漏らし、同時に駆ける。狙うのは眼前の相手の命のみだ。それがこの2匹の獣達による戦いのルールなのである……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

一方、プランテーションの外側における戦場では第13部隊のフランクスと叫竜による、

攻防戦が展開されていた。

 

「おりゃああッ!!」

 

『てりゃああッ!!』

 

ゾロメとミクが叫び、アルジェンティアが両腕の籠手部位に装備された鉤爪型の主要武装

『ナイトクロウ』で、叫竜のいくつかある首らしき部位の一つをかっ切ろうとする。

しかし、アルジェンティアの攻撃を意に返すことなく、鋭くまるで禍々しさを表したかのような凶悪的な口部で、アルジェンティアのナイトクロウごと腕を捕まえ、そのまま遠くへと吹っ飛ばした。

直後。ジェニスタの主要武装である『ルークスパロウ』の砲撃に加え、クロロフィッツの主要武装『ウイングスパン』から放たれる遊撃の嵐が叫竜を襲うが、それがどうしたとばかりに口部を開いた状態で回転し、それによって生じたエネルギーのバリアで砲撃・遊撃を無効化してしまう。

 

「くっそ! 全然通用しねーぞ!!」

 

『一方的過ぎるわよコレ!!』

 

ゾロメとミクが苛立ちと危機感を孕んだ悲鳴を上げる。しかし彼等だけでなく、13部隊全員が同じ心中だった。

 

『どうにかして倒さないと!!』

 

『でも、どうやって?!』

 

イチゴ…デルフィニウムの使命感溢れた言葉に対し、イクノことクロロフィッツが問いを投げるように返答する。

実際、使命感だけでどうにかなる状況でないことは嫌でも分かるし、何かしらの策が無ければ話にならないだろう。

 

『クッ、ボクの槍でもダメなんてッ……』

 

「あのバリアを何とかしないと……けど、どうすればいいんだ」

 

ヒロは思考を巡らせて考える。しかし簡単に良策は浮かばない。だが、一つ策というわけではないが、もしかしたら……という手段はあった。

 

「ゼロツー。初めて乗った時のアレをやろう!!」

 

『アレを? ダーリンできるの?』

 

確証は無かった。何故ならあの時は本能の命じるままにやったと言うのが正しく、無意識の行動に近かった。今度は明確に意としてやらなければならないが、あの時と同じようにできるとは限らない。

 

「それでも、やってみないと何も変わらない!! アマゾン!」

 

事前に腰に付けておいたアマゾンズドライバー。そのグリップに手を添えて握り、叫びながら軽く回す。

 

『イプシロン…』

 

電子音声が起動の合図を知らせる。緑色の蒸気のようなオーラに包まれて、ヒロはアマゾン・イプシロンへと変身を遂げる。

そして意識を集中する。

もう一度、あの時の感覚を思い出すことで自らの肉体から出てきた触手を出す為に。

 

だが……。

 

「だ、ダメだ。あの時みたいにできない!」

 

結果は失敗。何も起きなかった。

 

『見て!!』

 

ココロ…ジェニスタが叫ぶ。叫竜が上部の平面部を開闢させ、そこから青白い光が輝きを漏らす。最初の時と同じだ。

 

“何かをするに違いない!”

 

全員が直感でそう悟った。

 

『各機、防御態勢!! 何か来るよ!!』

 

デルフィニウムの言葉に各機全てがこれから起こるであろう何かに対し、防御の構えを取る。

 

そして、それは“降り注いで来た”。

 

青白く発光しながら天高く昇る一つの光源。それは、ある程度の高さまで行くと数百か、

あるいは数千規模の雨となり、地上めがけて降り注いで来る。

そして着弾するな否や空高く、まるで天へと突き刺さんばかりの光柱が勢い良く上がり、そのまま大爆発。

爆風と高熱の嵐が13部隊を小粒の如く容易く、無慈悲に飲み込んだ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣竜攻防戦 後編




ダリフラ22話……結構良かったのに23話のアレは……いや、トリガーらしい
と言えばそうなんですけど、なんかコレじゃない感があるのが否定できない
……でもなんやかんでダリフラ最高です!











 

 

 

 

 

 

「13部隊、応答せよ!」

 

作戦司令部では、外の様子を中継している中央の巨大モニターに映し出されている光景を見て、ハチは13部隊の安否を確認する。

 

「みんな……ッ!」

 

ハチの傍にはナナもおり、その顔は焦燥に駆られたもので、不安も見受けられる。13部隊だけでなく、鷹山もまたアルファとなって戦っている。

アマゾンと叫竜の両方における襲撃という、この最悪な事態の中ではただ無事を祈る他なかった。

 

《こちら、デルフィニウム! 13部隊は全員

無事です!!》

 

イチゴからの通信音声。

そこから得られた13部隊の無事という情報にハチとナナは安堵した。

やがて、モニターに目立った損傷のない13部隊のフランクスらが薄れた土煙から姿を現すが、ある存在に2人は目を見張った。

 

「やれやれ。ホ〜ントに危ないとこだったね

13部隊の諸君?」

 

ブラッド・スターク。

青みがかった翡翠色のコブラの意匠が見受けられるバイザーを顔に装着し、胸にはコブラのエンブレム。所々に水道管のような意匠の装飾が施された、ワインレッドの特殊スーツを身に纏った少女。

その彼女があの途方もないエネルギーの暴雨の中、どうやってストレリチアの右肩部位に平然と腰を下ろして座っているのか。

疑問はあるが、それよりも聞くことがあった。

 

「君が、助けてくれたのか?」

 

「ちょ〜っと訳アリだね。別に善意ってわけじゃないよ」

 

相変わらず飄々とした掴み所のない態度。間違いなく、ヒロが出会ったスタークという少女のそれだ。外見が同じなだけの別人なんて事はないだろう。

 

「そ、そいつが助けたって、どうやって…」

 

疑念を孕んだ言葉がゾロメの口から漏れるが、ゾロメも含め皆が自分達を覆う“ソレ”に

気付いた。緑色に染まる半透明の膜のようなものがドーム状に形成されており、その中に13部隊はスッポリと収まっていのだ。

 

『これって……バリア?』

 

クロロフィッツがソレに対し、最も当て嵌まるであろうワードを口にすると、スタークはさぞ面白いとばかりに笑い声を上げて解答を教授する。

 

「大☆正解! まっ、一か八かではあったけどね。アレ位の火力だと持たないリスクが

高いから、下手すりゃ〜ボクもキミたちもお陀仏だったかも♪」

 

かなり危ない発言を、何故こうも軽いノリで言えるのか?

そんな言葉が13部隊全員の心中へと飛来するが、余計な事を言わないのが吉だろう。

 

『で、オマエは何? 敵なの? 味方なの?』

 

やけに棘のある言葉でそう問いを投げるゼロツーだが、それが一種の警戒心から由来しているのであれば、この態度は致し方なしだろう。

確かにブラッド・スタークは自分達を助けてくれた。それは事実だ。

しかし、それで安易に味方と断ずるのは間違っている。何からの悪意を裏側に隠している可能性があるからだ。

 

「そんなトゲトゲしい声で質問しないでよ。

ステイメン喰いの獣さん?」

 

ステイメン喰いの獣。

 

それを口にしたスタークめがけ、勢いをつけて掴み取ろうと迫るストレリチアの手。だが捕らえること叶わず、空振りに終わる。

 

「怒るなよ。事実でしょ?」

 

ニタニタと。さぞ面白おかしいとばかりに口端を釣り上げて嘲笑うスタークは、いつの間にか地面へと着地しており、その姿を見て舌打ちを漏らすゼロツーは警告を促した。

 

『そんな風にボクを呼ぶな。次は容赦しないよ?』

 

「おー怖い怖い、なら気をつけないとね」

 

そんな言葉とは裏腹に大して怖気付いてなどいない。それが分かるからこそ、ゼロツーの中で余計に彼女に対する忌々しさが増幅されたように感じた。

 

「さてと。このままじゃ、キミらは仲良よく揃ってゲームオーバーまっしぐら。だから、ここは一つ知恵を貸してあげよう」

 

そう言ってスタークは、腰に付けていた水道管のバルブのような部位が付属された銃らしき武器を手に取り、それを叫竜へと向け発砲。

銃口から吐き出されたソレは、赤色の光弾。

 

光弾は叫竜の本体である長方形の身体に命中し、赤い稲妻と化して駆け巡る。叫竜は稲妻状のエネルギーによって完全な活動停止とならずとも、その動きを停止させてしまった。

 

「あの叫竜は、数えて6個の四角い穴から首らしきものを出してる。しかも、その首らしき部位は常にバリアを張ってて耐久性や防御能力に秀でてるのお墨付き。だから、簡単には破壊できない。おまけに本体のあの広範囲に渡る火力を誇る攻撃手段も付け加えれば、

厄介なことこの上ない」

 

銃を肩にトンットン、とリズム良く当てながら目標が一時的に停止したのを確認しつつ、スタークは解説を続ける。

 

「今はボクのおかげでああやって活動停止になってるけど、一時的なものに過ぎない」

 

そして、腰を下ろして地面へと座り込んだ。

 

「だから、今の内に対抗策を教えといてあげるよ。首らしき部位は常に出ているわけじゃない。

時折、何個かがあの箱みたいな本体に引っ込むんだよ。たぶんバリアに使うエネルギーを補充する目的で戻ってるんだろうね。

ボクの見立てだとバリアは強力な分、攻撃を受ける度にエネルギーが消費されていく感じのタイプだ」

 

場所が場所であることを一切考慮せずに座り込んで、目の前の叫竜について呑気に解説を

述べていく彼女は豪胆なのか、あるいは狂人なだけなのか。その辺りの判断が難しいスタークに対し、13部隊はゼロツーを除き困惑やら戦慄などの感情を抱いていた。

ゼロツーの方はただ単に気に入らないという苛立ちを露わにするだけだったが。

 

「そして。首らしき部位が本体に戻ってからほんの数秒だけ……出入り口は開きっぱになる」

 

そこまで聞いて全員が気付いた。

つまるところ、スタークが言いたいのは開きっぱなしとなったその出入り口に攻撃を仕掛け、内部からダメージを与える。

いくつかある首らしき部位のいくつかが時折本体で戻っていくのを全員が確認済みな為、彼女が嘘を言っている可能性は完全に無くはないが、しかし低いと見て妥当と言える。

 

 

「私たちで、そこをやれって言うの?」

 

「いいんや? 決め手はボクがしてあげるよ。

君達はあくまで陽動……注意を向けてくれればいい。それと真ん中のワームのバリア消費もね。ボクの弾の速さなら数秒しか開かない穴にも確実に必中できる。

それにワームの数は9個でキミたちは5機。スピードで一気に決めるならストレリチアが適任だけど、ストレリチアを除いた4機で足止め+バリア消費なんてできる?」

 

「……」

 

「無理だよね〜? キミたちは今回が初戦。つまり実戦に基づく経験は皆無。と、なるとここはボクに頼らざる得なくなるよね〜?」

 

語尾を長くし、あからさまな挑発をして来るスタークにイチゴもそうだが、13部隊全員が苛立ちを覚え、ゼロツーに至っては舌打ちに加えて『蛇が…』と悪態まで吐いている。

 

スタークの真意は計りかねず、実行する場合のリスクもある。

が、やる他にない道はないと言うことだけは全員が自ずと理解していた。

 

「……ここはこの人の言う通りにしよう。他に打開策がない以上、

やるしかないよ」

 

リーダーであるイチゴが下した決断。

それは仲間を導き、指示する役目を担う者としてはあまり良い判断とは言えない。

しかし、これを否定できるだけの策も提案も無いのであれば、実行する他に道はなかった。

 

「へぇ〜、意外にすんなりボクの提案を受け入れてくれるんだ? イイ判断だよ。13部隊のリーダーさん♪」

 

持ち前のテンションを崩さず、茶化すように揚々と。

そんな言葉を紡ぐスタークに対し、イチゴは無視して部隊全員に指示を出し始めた。

 

「みんな、あの首っぽいワーム部分の一つ……真ん中のヤツに攻撃を集中しよう。

そうすればバリアのエネルギーが消費されて、本体の部分に戻る筈」

 

首らしき部位…仮称として“ワーム”としよう。

 

ワームが出てくる穴は位置的に長方形本体の上部にあり、一面につき1個ある。が、ある一面には穴が3個あり、イチゴたち13部隊が狙うのはその3個の内の2番目。

 

言葉通り“真ん中”の穴から出て来るワームだ。

 

ここを選んだのは単に分かり易いという理由もあるが、イチゴの見る限りだと他のワームと比べて本体へと戻って行く回数が多かった。

バリアの消耗が早いせいか、また他に原因があるのかは不明だが他と比べ頻繁に戻るのであれば、そちらに的を絞った方がやり易いだろう。

 

「でも残りが邪魔だから私達とストレチア。アルジェンティアで足止めする。ジェニスタとクロロフィッツは距離を測って、真ん中の穴の首を攻撃して。いいね!!」

 

イチゴの指示に全員が『了解!』と、力強く頷く。それを合図に行動が展開された。

自分達を守っていたバリアはどういう原理かは不明だが内側からは容易に通り抜けることが可能で、全機が外側へと出ていく。

 

『行くよ、ゴロー!!』

 

「ああ、行くぞイチゴ!!」

 

デルフィニウムが叫竜めがけ駆ける。

一時的な呪縛から解放された叫竜は鳴き声のような不気味な音を発し、向かって来るデルフィニウムへと二本のワームが口部を広げ、襲い掛かる。

しかし、それを見切って回避したデルフィニウムは自機に装備されている双剣型の武装『エンビショップ』でワームの一本に切り掛かるが、もう一本が凄まじい勢いで回転。バリアを発生させ、デルフィニウムに切られかけていたワームを庇う形で防いでしまった。

その為、エンビショップによる斬撃は無効化という形で終わる。

 

『やっぱり、バリアが邪魔だ!』

 

堪らず叫ぶが、あくまで標的は3個ある穴の真ん中。そこへは今まさにジェニスタ、クロロフィッツによる遊撃と砲撃の二重奏が展開されており、アルジェンティアとストレリチアは他のワームを相手に上手い具合に足止めの役目をこなしていた。

 

「うおおおおおりゃあああーーーーッッッ!

!!!!」

 

『ウリャァァァァッッッ!!!!』

 

ゾロメとミクが気合を込めて叫び、鉤爪型の武装『ナイトクロー』でワームを引き裂こうとする。

が、常にバリアを張っているワームの部位に意味を成す筈もなく、弾かれただけに終わってしまった。

 

「足止めなんて地味な役だがよ、やるっきゃねーよな!!」

 

『もっちろん!!』

 

それでも、注意を引かせる為に攻撃を止めることはない。正直なところ自己主張が強く、

目立ちたがり屋なゾロメの本心で言えば地味な足止めなぞもっての他だろう。が、それを言っても何も始まらないことはゾロメ自身がよく分かっている。

 

彼も決して馬鹿ではない。

 

ここで勝てなかったのなら、自分達に未来はない。パートナーであるミクもそれについてはよく分かっている。

 

だからこそ、2人は己が爪を振るうのだ。

 

「なんで、この時にッ!!」

 

一方、クロロフィッツに乗るミツルは真ん中のワームへと遊撃していく最中で、かなりと言っていいほどの憤怒を滾らせていた。

アルジェンティアとの模擬戦では自分が勝った。だから、ストレリチアへの挑戦権を獲得した筈なのに今回の叫竜の出現で水の泡。

 

完全に台無しにされたのだ。

 

ミツルは、ある一件からヒロを敵視していると言っても過言ではない怒りと憎しみを向けていた。

だからこそ、ヒロよりも自分が優れていると公の場で証明したかったのだ。ヒロの乗るストレリチアに打ち勝てば、それは証明され、ヒロの打ちひしがれる姿が見れる。

黒く湧き出る情念がミツルを支配していた。だが、今この時において怒りは叫竜に向けられている。

それを動力源にクロロフィッツはより集中力増し、的確に。迅速に。標的であるワームに攻撃を与えていく。

同時に砲撃を加えていくジェニスタもまた、的を外さず、的確に命中させていく。

 

「このまま行けば、バリアのエネルギーを減らせる筈! がんばろうココロちゃん!!」

 

『うん!』

 

もっとも、こちらは純粋な信頼関係の賜物と呼ぶべき実力のそれだが

 

「うおおおおッッッ!!!!」

 

ヒロことアマゾン・イプシロンとゼロツーが乗るストレリチアは腰部に備わったブースターをフル稼動させて火を噴き、それによって生じる推進力を利用する。

それによってスピードが通常よりも数段増し、ストレリチアは流星の如く駆け抜ける。

その去り際には、クイーンパイクにより攻撃をワームに加えていく。

通常で行けばバリアによって無効化されてしまうが、ブースターによって増加された機体スピードとクイーンパイクに送るマグマ燃料の量を幾分か増やした事。

この二つの要因によって向上した攻撃力が功を成し、バリアを突き抜けるようにワームにダメージを与えることに成功した。

 

「あ、当たった!」

 

『まぁ、あくまで足止めだから意味ないけど』

 

命中したことに喜びを見せるイプシロンだが、対照的にゼロツーは

淡白なものだった。

 

無理もない。

 

彼女としては誰の手も借りず、自分とヒロの2人だけで叫竜を討ち取りたいのが本音だ。

だが。一応ではあるがリーダーとしてイチゴのことは認めているからこそ、この場は従うことを選んだのだ。

 

『ダーリン、来るよ!』

 

「ああ!」

 

とにかく、向かって来るワームにただやられないよう対応すればいい

そう心中で呟いたイプシロンはゼロツーと共にストレリチアを操り、クイーンパイクを振るう。

そうすることで、迫り来るワームへと一撃を見舞った。

 

「ほーほー、やるねぇ。他の部隊じゃ絶対に見ないあの戦い方。

それぞれの機体に個性があって、加えて自由過ぎて規則性がない……けど、それが急な状況の転換でも対応できる…まぁ、まだ経験が無いからアレだけど」

 

自らが使ったバリアの中で、相変わらず吞気な様子で胡座をかいて腰を下ろしているスタークは誰に言う訳でもなく、そんな言葉を紡でいく。

 

「でも。確実に強くなる。あのコドモたちが“真に人間である

のなら”……」

 

紡がれたその言葉にどういった意味があるのか、側に誰もいない他者が分かる術はない。仮に誰かいたとしても、理解できるのは他でもないスターク本人だけだろう。

 

『アンタ、聞こえてる?!』

 

イチゴからの通信がスタークの耳に届く。

 

「はいはいリーダーさん。聞こえてるよ」

 

スタークは立ち上がり、銃を構える。言わずともイチゴの伝えたい意図を察したからだ。

 

『もうすぐ標的が本体に戻ると思う! 戻る前に首全体を震わせるような動作をしてるから多分、間違いない!』

 

スタークは内心驚いた。

イチゴの洞察力に、だ。

戦闘慣れしているゼロツーはともかく、あのタイプの叫竜を相手に経験もなく、対応するだけでも精一杯という戦況の中でリーダーの

イチゴはきちんと敵の動きを見ていた。

これはもう、ある種の才能と言っていいだろう。スタークはニヤニヤとした笑みを更に深めた。

 

「グッレイトォォッッ! イイ目の付け所だよリーダーさん! 面白いもの見せてくれた以上その報酬はきちんと払わないとね〜」

 

そう言ってスタークは引鉄を押し、銃口から最初の時と同じように光弾を発射する。

先程のそれと比べて丸に近い形状だったが、

途中からその姿をある生物のそれへと変化した。

蛇だ。もっと正確に言えば、胴部位にまるで横に広げるつもりで潰したような独特な特徴を持つ蛇の一種“コブラ”。

その大蛇版とも言うべきサイズに大きさも変化した光り輝くコブラは、その長い身体をくねらせつつ、ありえない速度で叫竜へと向かっていく。

そしてワームが出入りする三個ある内の中央の穴……そこへワームが入ると同時にスルりと入っていく。

 

「チェックメイト、だね」

 

かつて、旧時代の人類がよく行っていた遊戯の名にチェスという、テーブルゲームの一種がある。

スタークはこのチェスの用語で“詰み”を意味する言葉を口にした。

それすなわち、こちら側の勝利であると共に叫竜の確定的敗北を意味していた。

コブラの姿を成した弾丸が叫竜の長方形内部へと侵入を果たしてからほんの数秒。

凄まじい衝撃と爆発音。そして、それに伴う暴風と豪炎。それらは叫竜の心臓部に等しい器官たるコアを確実に砕き、その強固な肉体さえも内側から大破せしめてしまった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「シャァァッッッ!!」

 

「フンッ!」

 

場所を変えプランテーション内部の都市群。その一画であるビルの屋上でヴィスト・ネクロの幹部『ザジス』ことジャガーアマゾンは

ブレードを振るい的確な筋で無駄なく攻めていく。

 

「どうしたァァ?! 大見得切って、逃げる

しかねぇーのかッッッ!!」

 

ハイテンションなザジスの挑発。嘲笑に満ちたそれに対し、先程から攻撃を躱すのみで反撃を実行しないアルファは不敵に言い返す。

 

「能ある鷹は爪を隠す……ってのを知ってる

か?」

 

「わざと爪を隠してるって言いたいのか?」

 

諺をしかと理解した上でザジスは吐き捨てるように問いかける。

この場合、爪とは切り札あるいは本気その物を言う。

 

「最初から全力なんて、アホのする事なんだよ。つってもさっきはAランクで100体だったから、半分出しちまってたが」

 

言うアルファは、そんなことを宣いつつも、ザジスの攻撃を的確に読み巧く回避していた

いつまでやっても当たらない事実に怒りを募らせるザジスは、ここで3つある内の切り札を使うことにした。

 

「自分だけが爪を持ってると思うなよ!」

 

ザジスの主力武器は両手が変形した二本のブレード。

この二本を重ねることでハサミのようにして相手の首を切断することができる他、分離・

射出する形で投擲し獲物を仕留めることや、敵の隠蔽を暴く一種のレーダーのような働きも可能とすることができる。

ザジスは隙を見計らい、ブレードを射出する

機能を用いてアルファを討ち取る算段を立てた。

 

「シッ! シャッ!!」

 

しかし、今すぐではない。

 

今のアルファに隙はない。

 

隙無くして、不意打ちに近いこの戦法を成功に収めることができないことをザジスは重々承知していた。

 

ならば、どう隙を作るか?

 

そうなるのだが、それが無いというほど間抜けではない。

ザジスは、ブレードを振るい続けていたが、

ここでスタイルを変更し両手から片手へとブレードを二刀流から通常のそれに戻し、再度

ブレードを振るう。

二刀流から一刀にするのには理由がある。二刀流状態はギガのエネルギーを共鳴させより威力を引き出すことができるが、その代わりスピードは半減し、隙を作り易くなる。

今までその隙をアルファに突かれなかったのは、スピードの半減を実力的技量でカバーし

ていたからだ。

二刀流での戦闘スタイルは攻撃を主軸に起きつつ、防御も兼ね備えたもの。

“攻防一体の二刀”の戦闘スタイルだからこそ

、アルファは決め手を打つことができなかった。しかし一刀での戦闘スタイルは、二刀流時に有していた防御を捨て去り、より向上した速度を発揮する。

 

そして、この速度の向上がアルファの隙を生んでしまった。

 

「!!ッ」

 

いきなりザジスの剣筋の速度が上がり、数段速くなったブレードにアルファは、対応こそできているが一歩遅れていると言う状態だった。

 

それが、仇となってしまった。

 

ブレードがアルファの左腕を肘の先半分から

切り落とした!

 

「グゥゥ、ガァァァァッッッ!!!!」

 

焼け付くような熱い激痛。それが脳に届いた瞬間、アルファは苦悶に満ちた声を滲み出した。

 

「これで終わりだァァッッッ!!」

 

ついにアルファに隙を作らせた。

この機を逃すものかとザジスは、ブレードを構えてほぼゼロ距離での射出を狙った。

まず外れることはありないし、隙を垣間見せたアルファでは射出時のスピードに対応することは不可能。

ブレードが見事にアルファの中枢臓器を穿てば、この戦いはザジスの勝利に終わる。

 

「!!ッ」

 

果たして。ザジスのブレードはアルファの胸部中枢を穿つように貫通せしめ、赤黒い鮮血が宙を勢いよく飛沫し、そして地面を染める

 

“やった!!”

 

ザジスは完全に勝利を確信した。

自分達ヴィスト・ネクロの重要な作戦行動を悉く妨害して来た、忌まわしき男。

 

それが今、ここで命果てる。

 

ヴィスト・ネクロの幹部が1人、ザジスの手

によって!!

 

「よぉ、良い夢見れたか?」

 

ふと投げかけられた声。その声が形作る言葉を理解するより先にブレードから本来の手に戻していた片手が本人から離れ、黒い液体で円を描くように回りながら舞い上がる。

 

何故か? 簡単だ。

 

アルファが自身の胸へブレードが貫いた瞬間

、残された片腕のアームカッターでザジスの

片手を切り裂いたのだ。

 

「グッ、アアアアアアアアアアアアーーーー

ーーーッッッ!!!!!!」

 

激痛に耐えかね絶叫のように苦悶の声を解き放つザジスは、息を荒げつつ疑問を孕んだ目でアルファを見た。

 

「な、なんでだァァッッッ! なんで、死んでねぇーんだ!??」

 

「ハァ…ハァ…ハァ……俺の中枢臓器が1個しか無いなんて…ハァ…言っ…ゼェ…ゼェ…」

 

血が溢れ出て、戦いのエネルギーの消耗が激しいアルファは何かを言おうとするも、それより先に息遣いが荒くなってしまい上手舌が回らなかった。

だが、アルファが何を言いたいのか。

ザジスは確信めいて叫んだ。

 

「ま、まさか。 中枢臓器を二個もってやがる

のか!!」

 

中枢臓器はアマゾンにとって生命維持を司り

、ギガのエネルギーを生み出し身体中へと血と共に巡り回す働きを持つ重要器官。

更にこれは、純粋のアマゾンにとって脳としての役目も持っており、人間で言うところの

脳細胞に近い働きをする細胞が集中している

 

心臓であり、脳。

 

それがアマゾンにとっての中枢臓器。

 

基本的にそれは1個体につき一つなのだが、

中には二つ、又は四つも持つアマゾンもいるのだ。すなわち、アルファは“その例に当て嵌まるアマゾン”ということなのだ。

 

「ゼェ…ゼェ…ゼェ…まぁ、一歩ズレてたら

ヤバかったがな」

 

アルファの中枢臓器の一つ目には確実にブレードが突き刺さり、もう一つ目はすぐ側に寄り添う形であった為、もし位置がズレていれば二つ諸共刺さっていたかもしれない。

ともかく、一旦距離を取ったザジスは今この

状況を確認して見る。

 

自分を含め両者共に人体の一部が欠損する程のダメージを受けた。アルファは片腕のアームカッターを失い、ザジスは片手のブレードを失った。

ここまでは五分五分。しかしアルファはもう

一方のブレードによって中枢臓器に致命的なダメージを負ってしまった。

もう一つあるとは言え、安く軽いものではないのは明白。

 

ならば、今のこの現状は自身にとって有利。

 

そう判断した今度こそ決め手を打とうと片手のブレードを再び生成し、一気に駆け抜け迫る…

 

『待てザジス。任務は終了だ。直ちに帰還せよ』

 

ことはなかった。

 

壮年の男性の声がザジスの脳内に響いたからだ。その正体を察し声に出そうとするザジスだが、彼が声を出す前にその身に黒い煙のようなオーラが纏わり付き瞬く間も与えず、彼をこの場から消失させてしまった。

 

「ゼェ…ゼェ…ハァ…ハァ…どうやら、命拾いした…か…?」

 

そんな言葉を残しアルファは倒れ込む。ギガも血も大量に消費してしまった身体はその負荷に耐え切れず、アルファを元の鷹山の姿へと戻していく。

 

「ヤバかったな……まさかの幹部ご登場とか

……ハァ…ハァ……初めて、だからなぁ」

 

鷹山はこれまでヴィスト・ネクロのアマゾンを狩って来たが、幹部クラスのアマゾンは今回が初めてだった。初戦ながらも何とか生き残った自分にちょっとした優越感やら誇りを感じつつ、鷹山は次第に意識が薄まっていき

最終的に暗い暗い奈落の底のような、そんな

暗黒の中へと意識を沈ませていった……。

 

 

 

 










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦いの後で……。


ダリフラが終わった……1話から見続けて早六ヵ月……本当に面白かったと。自分としては今でもそう思います。
終盤の部分がちょっとアレかな?とか不満な部分があったのは否定できませんが、それでもそういった事を含めて見続けて良かったと思います

本編の物語は終わっても、この二次創作としてのダリフラ……いや“ダリアマ”は、まだまだ
続きます!







 

 

 

 

「第13都市セラススにおける戦いでは獣人共の襲撃もあったようだが、なんとか事無きを得たようだな」

 

「その件に関しては我々はお前に礼を言わねばなるまい。お前の助力のおかげで叫竜を倒せたからな」

 

空中要塞コスモスにて、七賢人達は自身らが腰を下ろす円卓の椅子に囲まれたような位置で対面する少女…ブラッド・スタークに労いの言葉を送る。

 

「よしてよ。ボクはボクの目的の為にやった。お互いギブ・アンド・テイク! だろ?」

 

しかし当のスタークはおチャラ気な雰囲気でもって、ピースサインを送りつつそんな事を

宣う。

 

「それで…フリングホルニの建造はどの程度かな?」

 

「お前のデータを基に作業は順調に進んでいる。しかし関心なのは……」

 

「“グランクレバス”。かの兵器が眠る場所。あそこは叫竜の数が尋常じゃないから、そう簡単には行かないわけか」

 

賢人の言葉を繋げるようにスタークは言う。

グランクレバスとは、様々な叫竜が右往左往と跋扈し無尽蔵に湧き出る魔の巣窟。

更に言えば、七賢人らが求める“ある兵器”が存在する場所でもある。

 

「あそこを押さえなければ、フリングホルニを建造しても意味がない」

 

「あの場所を手にすることは長きに渡る悲願そのもの。何としてもグランクレバスを制圧しなければならない」

 

首席と副首席の言葉に対し、スタークはふぁぁと欠伸を零しつつその真意を問うた。

 

「ボクに何かしてほしいの?」

 

「簡単なことだ。13都市の監視をしてもらいたい。13都市にいるあの娘……イオタは悲願の要だ。または“鍵”とも言っていい」

 

「その鍵をグランクレバスまで無事運搬したいから、監視を?」

 

「できれば13部隊の助力もしてもらいたい。やってくれるかね?」

 

首席からの直々の依頼に対し、スタークは特に嫌な顔一つせず、いつも通りのニヤニヤとした顔で言った。

 

「OK。13部隊にはボクも興味があるから、

やってもいいよ」

 

答えは、承諾だった。

 

「それじゃあ、こっちも用事があるからこれにて。チャオ〜!」

 

最後に定番と言える台詞と共に黒い蒸気に紛れ、スタークはその場なら消え去った。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

ゆっくりと瞼を開け、意識を明確化させていく1人の男…鷹山刃圭介は見慣れない天井に

疑問を抱いたものの、すぐにここが病室だと認識する。

 

「じん!」

 

声が聞こえた。誰のものかは明白だった。

 

「よぉナナさん。………なんて顔してんの。せっかくの美人が台無しになっちまう」

 

ナナ。鷹山が愛する女性であり、13部隊にとって保護者とも呼ぶべき立場と信頼を寄せられている人物。

そんな彼女は今、顔をくしゃりと歪ませて、少しばかり両の瞳に潤いを纏わせていた。

 

鷹山にはその理由が分かっていた。

 

他ならぬ自分なのだと。

 

「起きて早々何言ってんの!! 心配したのよ……バカぁ…」

 

「あ、いや、わ、悪かった! ごめんナナさん!! 泣き止んでぇぇ〜!!!」

 

なんと、涙を流し泣き出してしまったナナ。

当然と言えば当然の結果だが、困惑するしかない鷹山は何とか宥めようとするが、これが

また中々上手くいかない。

 

「ヒック……ウゥ……よかったぁ……」

 

「ナナさん……」

 

「このまま……死んじゃうんじゃないかって、思っちゃった……ダメね、私」

 

片腕を失くし、中枢臓器を一個損傷する程の重傷を受けた鷹山の容態は決して楽観できるものではなく、下手をすれば命を落としていたかもしれない。それほどだったのだ。

そんな危機的な状態に愛する人が陥っているのを平然と受け入れられるナナではない。

彼を思い慕っている。それは信頼からであると同時に恋慕の情から来るものでもある。

そんな彼女が鷹山の容態に不安と恐怖を抱かない筈がないのだ。

 

「刃さん!!」

 

「刃兄ぃ!!」

 

二つの声と共に病室のドアが開かれる。

入って来るのは13部隊のコドモたちだ。先程の声はヒロとゼロツーのもので、誰よりも早く鷹山の側へ寄った。

 

「大丈夫ですか?!」

 

「腕失くしたって聞いたけど、なんで?!」

 

「おーおー落ち着けって、お二人さん。この

通りのザマだが生きてるよ。あと、腕もな」

 

一度失ったものの、アマゾン細胞の再生力で元に戻った腕をヒラヒラとさせて“大袈裟だな〜”と苦笑を零す鷹山。

本人はこんな感じなのだが、断じて大袈裟と言って笑えるものではないのは事実だ。

ここへ運び込まれた時には既に死んだに等しい危篤状態だったのだから。

 

「で、叫竜の方はどうなった? まぁ、見舞いに来てんだから倒したよな」

 

「倒したには倒しました。でも……」

 

ヒロは叫竜との戦いの顛末を隠す事も誤魔化す事もせず、ありのままに伝えた。

全てを話し終えた頃には鷹山は顔の眉間に皺を寄せて、疑念を孕んだような表情を作っていた。

 

「ブラッド・スターク、ねぇ。お前にベルトをくれてやった奴が助けた……本人は善意とかじゃなくて、目的があってやった…って、言ったんだよな?」

 

「はい。その目的が何かは分かりませんけど……」

 

ブラッド・スタークに関してはヒロの検査をする上で既に本人からある程度は聞いていた為、一応知ってはいる。もっともスターク本人を直で見たことは一切ないが。

 

「まっ、色々思う所はあるかもしれねーけど、叫竜は倒せたんだろ? なら問題ない」

 

「それは…そうですけど……」

 

何処か煮え切らないと言った表情で言葉を濁すイチゴだが、これに関して言えば13部隊のメンバー全員が心中を一致させており、誰もがイチゴと同じ悔しさと屈辱を織り交ぜたような顔で雰囲気を沈殿させていた。

そして、それを代弁するようにゾロメが口を開いた。

 

「俺たち、今回が初めてなんですよ。叫竜と戦うの。なのに最後の決め手をあんな奴に取られて……そもそも、アイツの助けがなかったら俺たち……多分」

 

その先を言いたくなかったゾロメは、そこで言葉を絶った。

敗北の一択だったと。既に分かり切っていることを声に出して再確認などしたくないのだ

。記念すべき13部隊の対叫竜における初戦はスタークの手によって成し遂げられた。

何処の馬の骨とも分からない人物の手を借りなければ、どうにもできず壊滅は必須だった

その事実が何より情けなくて堪らない。

 

「だったら、強くなれ」

 

しかし鷹山はそんな事など、どーでもいいとばかりの口調で言葉を一つ紡ぎ出す。

 

「悔しいのはいい。情けないって、そう思えたらそいつは上出来だ。後はそれをどう活かすか。こいつが重要だ」

 

普段はアレなところもあるが、鷹山の語る物は決してどーでもいいと一蹴できる程度ではなく、その証拠に誰もが鷹山に注目の視線を投げていた。

 

「スタークって奴に手柄横取りされたみたいで癪に触るのなら、そんなことさせない位に強くなれ。まずはそっからだろ」

 

呑気に欠伸して気の抜けた空気と声を吐き出す鷹山。せっかくの雰囲気が台無しになった

感じも否めないが、しかし彼の言葉は理に適った合理的なもので、コドモらの心には十分響くものがあった。

 

「そうっすね!! 初めがダメでも次で決めりゃあOK!ってことですよね!?」

 

「まぁ、バカっぽく言えばな」

 

「確かにバカみたい」

 

「バカだね」

 

「バカですね」

 

連鎖反応でも起きたのか。そう言いたくなるような現象が鷹山のゾロメに対するバカ発言を筆頭にミク、フトシ、ミツルが同一の意見を連結させては口々に言う。

当然、そんなこと言われて黙っているゾロメではない。

 

「んだとゴラァッ! なんでお前らにまでバカ呼ばわりされなきゃいけないんだよ!? つーか、刃さんも酷いっすよ!!」

 

「いやぁ、現にそうじゃん?」

 

「落ち着きなって。あんたがバカなのは皆知ってるから」

 

「ひでーよミクゥゥッ!!」

 

先程の真面目だった空気は何処へやら。いつの間にか病室には笑いと活気が溢れ満ちていた。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

鷹山の見舞いを終え、ミストルティンへ戻ろうと通路を歩いていたヒロとゼロツー。

他のみんなは先に戻っており、みんなより遅れて戻ることになったのは鷹山に対する相談事があったからだ。

 

何故、あの叫竜戦でストレリチアのアマゾン化ができなかったのか。

 

そこがヒロとって気になる所だった。

初めてのストレリチアに乗ったあの時、叫竜から感じ取ったアマゾンの気配に呼応するかのように変身しアマゾンとして覚醒したヒロ。そして、同時に無意識に出てきたあの触手

はゼロツーに纏わりつくようにして、彼女に同調。

ストレリチアがアマゾン化のような現象を意図せずして成し遂げたのだ。

 

何故、あの時の触手が出せなかったのか。

 

あの時と今回とで何が違い、何が足りなかったのか。

 

次々と沸き起こる疑問に対し、鷹山は有無を言わせない真剣な瞳でヒロを見据え、そして

答えた。

 

「わりぃ、全然分からん」

 

「え」

 

「いやね、こーいうのってさ、マジで前例がないんだよ。一応調査とかそーいうのしてる

けどよ、中々上手く進展してねぇんだよ」

 

死にかけたにも関わらず上半身を起こし、何事なく普通に会話する鷹山。そんな彼にヒロは面と面で向かい合っているこの男の人外ぶりに戦慄すると同時に、その口から紡がれた言葉は望んだ答えのソレではなかった。

 

「爺さんに聞いても無駄だ。色々調べてくれてるみたいだが、俺と同じ。まぁもうちっと

時間が経てば何か分かるんじゃないか?」

 

「そう…ですか。すみません。時間を取らせてしまって」

 

「気にすんな。何かあったらいつでも言え。

子供なんだから、大人を頼れ」

 

オトナに頼る。

七賢人のパパや彼等の導きに従うオトナたちの為に叫竜と戦うコドモ、パラサイト。

その1人であるヒロにとってその言葉は異質で、考えた事もない発想だと言えるものだった。

幼少の頃からコドモたちはオトナの為に在れと様々な教育を施され、その存在意義を一個の命として生きることではなく、フランクスに乗るパラサイトとしての真価に見出す。

今のヒロもそうだ。

パラサイトになれない、フランクスに乗れないコドモに何の価値があるのか。

ゼロツーに出会ったからこそ、こうしてパラサイトとしてフランクスに乗ることができる

が、もし出会わなかったら……。

 

現在というこの時間にいるヒロは全く存在せず、違った未来があったのかもしれない。

 

「あ、ありがとうございます」

 

鷹山の言葉に戸惑いつつ、不思議と安心感も芽生えて来たヒロは感謝の意を込めた言葉で

返すヒロ。

それに対し鷹山はいつもの飄々とした雰囲気とニヤけ顔を作る。

 

「だから、いいんだよそーゆーの。力になれてねーし」

 

頭をボリボリ掻いて、若干照れ臭そうに言う鷹山にヒロは意外性を感じつつ、病室を出て

今に至る訳だ。

 

「ねぇ、ダーリン。ちょっと寄り道してこ♪」

 

「え、ちょっ、ちょっと!!」

 

突然何を思いついたのか。ゼロツーはヒロの手を取って引っ張り、急ぎ足でミストルティンとは別の道をどんどん進んでいく。

 

「待ってゼロツー! どうしたの?!」

 

「いいからいいから。絶対驚くと思うよ?」

 

問い質しても聞く耳持たず。普通に流すゼロツーにヒロは困惑しつつも、彼女のリードに逆らわず、されるがままに手を引っ張られていった。そうしている内に一つのゲートに行き当たった。

 

「ゼロツー、ここは無理だよ。コドモの認証IDじゃ通れない」

 

13都市の施設内には、ゲートと呼ばれる物が何百という単位で設けられており、これは謂わばセキュリティの一種だ。

一見すると緑色に文字表示が浮かぶホログラムの膜のように見えるが、認証コードが一致しない者が通ろうとしても通れず、その際はブザー音を鳴らして赤くなる仕様となっている。

 

「ふふ、大丈夫。見ててよ」

 

それを前にしてもゼロツーは動じることも、残念がることもなく。

ただ、通れる筈のなかったゲートを通り抜けてしまった。

 

「え、えぇ?!」

 

びっくり仰天とばかりに目を剥いて驚き面を晒すヒロ。そんな彼にゼロツーは不敵な笑みを浮かべながら、向こう側から手を開いて見せた。

手の平には、なんとAPE上層部にしか持つことを許されないS級認証IDがあったのだ。

コドモの持つ認証コードでは決して入ることのできないそれをゼロツーは難なく突破し、

しかも自分の掌を開いてS級認証コードの所持を明かして見せた。

これらの事実のおかげでヒロは思わず呆気に取られる他にない状況だが、そんな彼の心境なぞ露知らずとばかりにゲートから半身ほど乗り出し、またもやヒロの手を掴んで強引に引っ張る。

 

するとどうだろう。

 

ホログラムの壁は壁としての機能を果たす事なく、ヒロを通過させてしまった。

 

「知らなかった? こうやって行けばいいんだよ」

 

変わらず不敵な笑顔を崩さないゼロツー。

そんな彼女に内心ヒロは苦笑しつつ、されるがままに彼女と共に先を進んで行った。

2人はしばらく歩いていたが、やがて出口へと辿り着き、ヒロはその出口の先の光景に思わず息を飲む。

 

「ここって…オトナたちの街?」

 

煌めきを放つオレンジ色の建物が無機質に佇み、ただ静寂が支配するだけの閉ざされた世界。ゾロメが見たらきっと喜ぶに違いない。

だが少なくともヒロはそんな気にはなれなかった。

 

「なんだか……死んでるみたいだ」

 

「ボクもそう思うよ。こんな閉ざされた世界、棺桶も同然さ」

 

誰も生きてなどいない死の街。それがヒロがこの街を見て感じた素直な気持ちで、それにゼロツーも同意見だと言う。

 

永遠の命が約束されたオトナたちが住む都市。

 

しかし、ヒロはこことは違う街の景色を何処かで見たような気がしていた。曖昧過ぎて、明確には言えないが、それでも何故だかそう思うのだ。

 

「? どーしたの、ジロジロ見て」

 

ゼロツーはヒロの自分を見る視線に気づき、疑問符を浮かべ怪訝な表情で問い質す。

慌てつつもすぐに弁解を述べた。

 

「ご、ごめん。名前考えてたんだ」

 

「名前?」

 

「うん。得意なんだ。誰かに名前付けるのって。ほら、なんかゼロツーって番号みたいだし、味気ないっていうか……」

 

「ほっといて」

 

「え?」

 

「ボクにとって大切な人が付けてくれた名前なんだ。ダーリンからしたら味気ない番号に

聞こえても……ボクにとっては本当に大切なものなんだ」

 

心外だ。そう言わんばかりの非難するような声質でヒロを睨むゼロツーの瞳は、まるで冷え切った鉄のようで、暖か味など存在しなかった。

 

「ご、ごめん!! そんなに大切なものだったなんて……」

 

「別にいいよ。それよりさ、ダーリン。キミとボクでここから逃げちゃう?」

 

気分を悪くしかねない、そんなつまらない話など早く終わらせたいとばかりに話を摩り替えるゼロツー。

だが彼女の口から紡がれた言葉は、ヒロの脳では秒速と呼べる素早さで回答できるものではなかった。

 

「に、逃げるってどこに……そんなの無理だよ」

 

「そう? ボクならキミを連れ出してあげられる。こんな閉ざされた世界じゃなくて、海も空も、いろんなものがある外の世界へ」

 

ゼロ距離と呼ぶに相応しい位にまでヒロに近付くゼロツーは、妖艶な笑みを浮かべては人差し指と中指を艶めかしく動かし、パートナーの唇をなぞる。

それはまるで、蠱惑的と呼ぶに相応しい誘いの言葉。行動も伴ってか、一歩間違えばどんどん引き摺り込まれてしまう。そんな魅力をゼロツーは嫌と言うほど醸し出している。

それ故か。自身の胸がより高く鼓動する感覚を覚えたヒロだが、ゼロツーの言葉に視線を外すことなく、しかと見据えて言う。

 

「それはダメだ。ここにはみんながいる。俺の仲間たち……13部隊が戦うなら、俺も戦いたい」

 

その瞳に嘘偽り、揺らぎは一切なかった。

彼の言葉が真実と悟ったのか、しかしゼロツーは絶えず笑みを浮かび続けるばかりか、更に笑みを深める。

 

「冗談♪ そろそろ戻ろっか。ナナとかハチに見つかると面倒だし」

 

そう言ってゼロツーは先程と同じようにヒロの手をとって、その場を去ろうとする。

自信を引っ張っていくゼロツーの後ろ姿。

それを見て、ヒロはある事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで、君はそんなに悲しそうなんだ?

 

 

 

 

 









感想・批判・アドバイス、なんでもお願いします!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣の王たち/コドモたちの日常002

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プロフェッサーァァァァァッッッ!!」

 

ザジスは人間の姿で眼前に立つ黒マントの紳士服を身に纏う壮年の男性、プロフェッサーに対し、怒気を放ちながら捲し立てた。

 

「あと一歩でアマゾン・アルファの抹殺は確実だった!! なのにあの場面で俺を喚び戻すたぁどういう了見だぁッ?!」

 

猫科特有の唸り声を上げつつ、何故あの作戦時に自分を強制的に呼び戻したのか。

そのことを問い質しても、プロフェッサーの答えは一貫したものだった。

 

「事情が変わった。あの方から直々にお前を喚び戻せと命令を賜ったのだ」

 

「!!」

 

顔に驚愕という情を張り付けて、目を剥いてありえないとばかりに硬直するような動揺を見せるザジス。そんな彼のことなど歯牙にもかけず、ただ淡々と事実のみを言葉の羅列として紡ぎ出していく。

 

「あの方……“首領”の御言葉は我々ヴィスト・ネクロにとって絶対のもの。二度言うがこれは首領直々に下した事。そして、貴様を喚び戻す命令を請け負ったのはこの私だ。

これに異を唱えるのならば……私も黙ってはおれんぞ」

 

常人ならば失神してもおかしくない程の怒気をザジスは放っているが、それ以上の殺気を明確な圧力として出したプロフェッサーの姿を前にして、ザジスは身体の中の臓物全てを押さえ込まれるような…そんな圧迫感に苦悶の声を漏らした。

 

「グゥゥッッッ!!!」

 

これ以上はザジスの身が持たないと判断したのか、プロフェッサーは殺気を消し去り改めてザジスを見据える。

 

「がっ、はぁ、はぁ………ボスの命令なら仕方ない。それが分かんねーほど俺は間抜けじゃねーよ」

 

立つ足が震えを起こしてはいるが、それでも膝を折り地に付けるようなことはしなかったザジスに少しばかりだが感心の意をプロフェッサーは内心に示した。

 

「分かればいい。それにまだお前の作戦は終わっていないのだろう?」

 

「ああ。アンタにもらったアレをきちんと蒔いておいた。芽が出るまで少しばかり時間は掛かるがよ……その分、でっけー成果が期待できる」

 

そんな不敵な台詞を吐いては、ギラリとした鋭い歯が並ぶ口の端を、限界まで釣り上げて凶暴な笑みを作り上げるザジス。

そんな彼をまるで煽るかのような女性の声が2人の耳に届いた。

 

「随分と自信満々なことだけど、あまり過剰にならない方がいいわ。失敗した時の後悔や苦悩は自信が大きい分、同等に大きい」

 

暗闇から聞こえて来た声の主は、ザジスとプロフェッサーの2人を照らす円形の光へと入り、その姿を照らす形で晒し出す。金糸を織り交ぜたかの如きの長髪をポニーテールに纏めた一人の女性だった。

旗服に西洋の製法を取り入れた俗にチャイナドレスと呼ばれる中華イメージの服装を妖艶に着こなし、年格好で言えばナナと同じか。アメジストカラーの双眸が特徴的で、その肌は少しばかり褐色に焼けている。

 

「久しぶりねザジス。プロフェッサー。例の襲撃計画は失敗に終わったそうだけど、何か他に企んでるの?」

 

「ハッ、せいぜい余裕ぶってろ。次はうまく行く」

 

どこか挑発的な口調のチャイナドレスの女性だが、とうのザジスはそれを鼻で笑って軽く流した。

 

「“アレニス”。よく戻った」

 

プロフェッサーが口にしたアレニスとは、他ならぬチャイナドレスの彼女のことである。

彼女はプロフェッサーの言葉に笑みを浮かべて答える。

 

「首領の命令とあれば即参じるわ。幹部ですもの」

 

「俺、忘れるな」

 

また別の声が聞こえた。今度は男性の声で光にやって照らし出されたその姿は筋骨隆々とした大柄な体格とオールバックに逆立った黒の短髪。

格好は茶色のコートを着てはいるが、その中には何も着ておらず。中央の開けた部分からは逞しい胸筋と腹筋が見て取れる。

 

「“ファント”。遅いぞ」

 

「俺、遅い。今に始まったことじゃない」

 

言葉の頭に俺と付け、何処か端的とした口調の男はプロフェッサーの指摘に対し、反論を返した。

 

名をファントと言うらしい。

 

「やあ皆。久しぶりに会えて嬉しいよ」

 

相変わらず爽快さを感じさせる声にローブ姿。顔をフードで隠した少年“シャドウ”がその場に立った。

 

「久しぶりだ」

 

「シャドウは相変わらずね」

 

ファントは端的に挨拶を述べ、逆にアレニスは特に変わり様のない同僚に対し、そんな感想を述べる。

 

「それで、何故僕等を強制的に喚び戻したのか。その理由を是非お聞かせ願いたいなプロフェッサー?」

 

「それは我らが首領が直々にお答えする」

 

『よくぞ集った。我が子等よ』

 

揺るがぬ氷のような零度と硬質。この二つを兼ね備えたような厳格を声に込めながらも、慈悲深い聖母のような暖かみを覚える。

そんな不思議な声が幹部たちの鼓膜を揺らし、その存在への意識を絶対なものとした。

幹部等の視線は声の主へと集中される。

視線の先……幹部等の眼前に降ろされた薄い肉質の膜が開幕の如く左右に開かれ、その先にいる存在の全貌を明らかにした。

 

まず目に入るのは、その体長。

抱擁力豊かな胸部に美しく整ったプロポーションを併せ持ちながらも、その大きさは人間のそれでなく、フランクスと同等かそれ以上かもしれない。

肌は血を浴びたように真紅に染まり、前髪が正しく整った和風の姫のような髪型で、後ろは腰まで伸ばしている。髪を彩るその色は星のない夜を連想させるような漆黒。

額には中央に分かった髪の境から瞳が緑色のの黒い眼球が縦状に顔を覗かせており、瞬きをしない確固とした視線で幹部等を見据えていた。

ちなみに両眼も同じような色彩となっており、こちらは配置的には普通で特に変わりはない。

 

そして、これを忘れてはいけない。

 

この存在を前に最も驚愕し、あるいは身の毛もよだつ恐怖に身を震わせ、または心底から込み上げて来る形容しがたい感情に襲われるかもしれない下半身の部位。

そこに人間の足らしきものはなく、あるのは皮膚と同じく真紅に染まった体表。全体的に芋虫のような、あるいはシロアリの女王とも言えるブヨブヨとした肉塊。

 

そこには、“顔”があった。

 

男性に思えるもの。

 

女性に思えるもの。

 

性別は分からないが、幼い子供と思えるものや老人のそれなど。多種多様とも言えるべき顔が肉塊に計10個と張り付いていたのだ。

 

「お久しぶりです。我等がヴィスト・ネクロの首領“十面姫”」

 

十面姫。

それこそがヴィスト・ネクロの首領たる鬼女の名。

このアマゾンで構成された組織の頂点に君臨し、地球という世界を手中に収めるべく人類の殲滅を企てる異形の姫君。そんな彼女は悪鬼羅刹のような外見に似合わず慈悲深い微笑みを浮かべては、片手で頭を支え、寝そべるような涅槃姿で幹部たちを見据えた。

 

『お前も変わらずで嬉しいぞプロフェッサー。研究の進行具合はどうか?』

 

「目下順調。支障なく研究は進んでいます」

 

『よい。それでこそプロフェッサー。幹部に恥じぬ働きは見事だ』

 

「お褒めに預かり光栄の極み。ですが、幹部として当然のことをしたまで」

 

賛辞の言葉を受けつつも、自分は自分に課せられた事を成したに過ぎないと。

あくまでプロフェッサーは謙虚な姿勢で答えた。

 

『さて。では早急に、何故お前たちに召集をかけたのか。その理由を言葉として述べねばなるまい。七賢人という、あの老害共の指揮の下、APEによるグランクレバス制圧作戦の実行が近い』

 

グランクレバス制圧作戦。

その言葉に補足の声を上げたのはシャドウだ。

 

「君達はもう知ってると思うけど、グランクレバスと呼ばれる場所は大小形問わず、夥しい無数の叫竜がひしめき合っている。理由は彼等にとって重要な“ある兵器”が隠されているからなんだ」

 

「兵器だと? そいつは初耳だな」

 

ザジスは初めて聞く情報らしく、怪訝な表情を浮かべた。

 

「まぁ、僕もつい最近になって知ったからね。ともかくその兵器をAPE側の人類は求めてる。詳しい理由までは分からないけど」

 

「ふむ。さすがにそこまでの情報は得られないか」

 

プロフェッサーの言葉にシャドウはフードに覆われた中で苦笑を零す。

幹部には、それぞれ自身に適した役目と責務を与えられており、シャドウ自身はAPEへスパイとして潜入し情報を収集。又は計画の障害となる者の暗殺など諜報任務を役目としていた。

これまでに有益な情報を得てきたシャドウも、さすがに仔細且つ最重要情報は手に入れることはできなかったようだ。

 

「で、その兵器がなんだってんだ? 危険って

話ならさっさと破壊しちまった方がいいんじゃねーのか?」

 

ザジスは面倒臭そうに鼻を鳴らしては、正論とも言える意見を述べて来た。

 

「そうだね。確かに兵器というだけあって、アレは相当危険らしい。万が一僕等にそれが向けられでもしたら……ボン!だからね」

 

茶目っ気を含ませた声音でシャドウはそう言うが、実際の所あまり笑い話とするには物騒過ぎる話題だろう。

 

「ってことは、俺たち幹部様らが総力を上げてぶっ壊すんだな。面白れぇッ!」

 

ザジスの暴力的とも言える実力主義な発言に対し、アレニスが溜息を吐いた。

 

「あのねぇ、そんな簡単に行けば苦労ないわよ。うじゃうじゃと沸いて来る叫竜が相手じゃ私達が捕獲し、兵器運用に成功した叫竜の計500体をぶつけても数の差で負けるのは見えてる。どうやってグランクレバスを攻略する気なの?」

 

正論過ぎる言葉にザジスはぐぅの字も出ず、沈黙する他なかった。

 

『問題ない。あの地に犇めき蠢く叫竜の相手はAPEの連中のフランクスに任せればいい

。それに“例の件も済んでいるのだろう”?』

 

「はい。既に全てにおいて100%完了致しました。貴方様のお言葉があれば、いつ如何なる時でも可能でしょう」

 

プロフェッサーからの“ある計画”からの報告に満足そうに十面姫は笑みを浮かべた。

 

『そうか。そちらの計画も順調のようで安心したぞ。さて……そろそろ話を本筋に戻すが、お前達幹部にはある事を任せたい。それは……』

 

ほんの一間を置いて紡ぎ出された首領たる鬼女の言葉は、プロフェッサーを除いて騒然とさせるには十分過ぎるものだった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

ミストルティン。パラサイトであるコドモらが暮らしている居住区だが、その屋敷の居間では大人にして、“仮面ライダー”と呼ばれる者でもある男がソファーに腰を下ろし、ぐでっと寛いでいた。

しかも、片手にはアルコール度数の高い酒の瓶が握られている。

 

「いや〜一時は死ぬかと思ったが、まぁ、何とかなって良かった良かった。うん」

 

そんなことを呑気に宣っては酒瓶を口に付け、頭を上に向けた状態で豪快にゴクゴクと喉を鳴らしながら胃へと垂れ流していくその様に先の戦いでの鬼の如き殺気と暴れっぷりを伺い知ることは叶わない。

正直に言ってしまえば、ほぼ休日のおっさんその物だろう。

ほんの二日前に死にかけたとは思えないその不死身っぷりに対し、彼の側にいる13部隊のコドモたちは、呆れやら戦慄やら。

そんな感情を諸々と感じていた。

 

「刃さん何飲んでんの?」

 

頬を真っ赤にして完全に気分良く酔った様子の鷹山に対し、彼が手にして口にしている酒瓶の中身の正体についてが、ゾロメにとって十分興味を引くものだった。

 

「おー、これか? こいつはな、大人の疲れや日々の嫌なことを消して良い気分にしてくれる魔法の飲みもんだ。ビールってやつだ」

 

そんな彼に鷹山は魔法の飲み物と嘯く。

 

「飲んでみるか?」

 

「え、いいんですか!! そんじゃあ………う、う˝え˝ぇぇッ!!」

 

持ち主の許可を得て一口。

するとどうだろうか、ゾロメは気持ち悪そうに顔を歪め、しかも勢いよく口に含んでいたビールを吹き出した。

 

「きゃああッ?! もう何よ! 急に吐き出して汚いじゃん!!」

 

「ま、ま、まじぃぃ〜………」

 

「がっはっはっはっはっ!!!!!! こいつは人を選ぶからな! お前の口じゃ合わなかったってことだぁ。ぷぷッ!!」

 

ミクの非難など耳に入らないほど強烈に不味かったビールの味は、ゾロメの舌に今尚残留しており、口を濯がない限り、厄介な後味の悪さは取れないだろう。

一方で鷹山は“引っかかった!”と思ってそうなニヤリ顔で人の悪い事を笑いを交えて言ってのける。

 

「こんの〜、うりゃああッッ!!」

 

「ちょ、やめなって!」

 

思わず頭に来て飛びかかろうとしたゾロメを後ろから抑えたのは、フトシだった。

その大らかな体格に似合ってか、結構パワーがあるフトシの力ではどうにもできず、ジタバタともがくしかないゾロメの顔は真っ赤に染まり、怒り心頭なのが一目見ただけで嫌でも分かる。

 

「悪かったよ。まぁ、なんだ。前の件でアレかなと思ってちょ〜っと場を和ませたつもりなんだが……そんな必要なかった?」

 

「そんなズルズル引きずるようなものじゃないですよ。それより、何か用があるんですか

?」

 

聡いイチゴは鷹山がただの気まぐれや暇潰しで、ここへ来ることなどない事を知っている為、さっさと要件を問い質した。

 

「別に大層な事じゃない。こうして傷も完治したし、そろそろ届くから対アマゾン戦の訓練を始めたいと思ってな」

 

「届くって、何がですか?」

 

疑問符を浮かべる13部隊の代弁にイチゴが聞いて来る。鷹山は“んなもん、決まってるだろ?”と言いたげな顔でイチゴやみんなに向けるがそれでもきちんと口で答えを述べた。

 

「対アマゾン戦専用武装。お前ら13部隊が扱い易いよう調整、安全・強力に改良された特注品一式。俺が頼んでたんだが、ようやっと完成したみたいでな。明日にはこっちに届くそうだ」

 

簡単に言えば、通常の武器や兵器が意味を成さないアマゾンに対し、有効的効果を発揮できる武装のことだ。

これに関しては以前のアマゾン講座で聞いていたので、特に疑問に思うことはなかったが

いよいよ対アマゾンの訓練が始まると思うと不安の気持ちが強かった。

 

「その……刃さん。アマゾンって、その、人を食べるんですよね?」

 

「ああ。やっぱ怖いか?」

 

「そ、それは……」

 

アマゾンは人を食う。入隊式での惨劇を目にしてなかった為にイマイチ現実味が持てなかったナオミが鷹山にそんな質問を投げかけて来た。

それに答えつつ、逆にアマゾンと戦うことに関して聞いてみれば視線を横に泳がせ、言い澱んでしまうナオミの姿は口にせずとも明白なものと言って良かった。

 

「一つ言っとく。“怖がらない必要は何処にもない”。叫竜との戦いもそうだがよ、なにより自分が相対するモノに恐れを抱け。そして、それを前にしてどう立ち回るか。戦いの基本中の基本、ちゃんと覚えとけよ?」

 

いつになく真面目な口調と視線でそう語る鷹山は、しかしこんな場面でも酒を飲むことを止めず、くびっと飲んでは汚いゲップをもろに吐き出す。

色々台無しだが、しかしただの呑んだくれの戯言と一蹴するには強い説得力と心に突き刺さる何かがあった。

 

「んん? そー言えばヒロとゼロツーどした? あとココロの嬢ちゃんとミツル坊ちゃんの2人もいないな」

 

ここにいるコドモたちは、イチゴとゴローのデルフィニウム組。

ゾロメとミクのアルジェンティア組。

そしてクロロフィッツ組の1人であるイクノにジェニスタ組のフトシだけで、鷹山が指摘した4名はこの場にいなかった。

 

「ココロはこの時間になると花の水遣りしてるけど、あとの三人は知らない」

 

ミクはそう言い、視線をイクノへ向けた。ミツルのパートナーであるから何か知ってるかもという、アイコンタクトだ。

 

「悪いけど、私も分からないわ」

 

「ヒロとゼロツーってさ、なんだか仲良さそうだし、2人で楽しいことしてるじゃないかな? 俺もさ、ココロちゃんと一緒に何かしてると結構楽しいし」

 

「ノロケかよ」

 

フトシの話を聞いて出た感想がそれだったゾロメは、ケッと鼻を鳴らして皮肉的な発言を吐く。

 

「まっ、とにかく近々そーいうことがあるってこと把握しとけよ?俺が言いたいのはそれだけ」

 

そう言って鷹山はビールの入った酒瓶を片手にブラブラと振るようにして携えながら、そう言い残して居間を去っていく。

 

「刃さん、大丈夫……なのかな? アマゾンのおかげって所もあるだろうけど、風穴が開く位の大怪我だったし……」

 

ナオミが憂い気のある視線を鷹山が去っていった方へ向け、そんなことを呟いた。

彼女なりに心配しているのだ。

 

「んなもん見れば分かるだろナオミ。全っ然ピンピンしてんじゃんか」

 

しかし、ゾロメはその呟きに否定的なようだ。ビールで騙された事もそれに拍車をかけていた。

 

「こう言うのもアレだけど…人間離れしてるよね、刃さん」

 

「イクノ!」

 

イチゴが非難の声を上げる。イクノは自分の言葉が心許ないのを自覚していた為か、黙然とし顔を下へ伏せてしまった。

 

「まぁ、でも良い人なのは間違いと思うよ?」

 

「そうだな。あんな感じでも俺達の事、よく見てくれてるしな」

 

「本当か〜?それ」

 

フトシとゴローの鷹山に対する好評の言葉にゾロメはやはり否定的だが、何も本心という訳ではなかった。鷹山という男と出会い、共に過ごしてまだ短いながらもその人柄に関しては凡そ掴めてると言っていい。

 

飄々とし、呑気。

 

見るからにダメな空気を纏いつつ、有事の時には本領を発揮して鬼のような殺気迫る激戦を繰り広げる猛者。

 

そして、自分たちが知らないことを教えてくれるオトナ。

 

挙げればこのようなものだが、それでもまだ自分達は鷹山刃圭介という男のことを知らないのかもしれない。少なくとも、イチゴはそんな根拠のない勘に基づいた、そんな気持ちが僅かながらもあった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

ミストルティンの片隅に設けられた温室には、様々な種類の花たちが育てられており、人はコドモたちを除いて、それ以外では全くと言っていいほど来ない。

そも、このプランテーションにおけるオトナもまた厳正されたルールに従っており、このコドモたちの居住区であるミストルティンに独断で来るなど有り得ないことなのだ。

 

「うぐっ…!!」

 

その場所で一人、常に持参している精神安定も兼ねた体調管理の為の錠薬を五つほど飲み込んでいた。

 

「はぁ、はぁ、………クソッ! 僕とアイツで何が違うんだ?!」

 

苦悩と焦燥をこれでもかと捻じ込み、やっとの思いで吐き出されたようなその言葉の真意は、彼のみにしか知り得ないものだろう。

少なくとも、彼がこのようになっているのは幼少の頃からの虚弱体質にも寄るが、1番の原因はヒロ本人だ。

"あの日"を境にミツルは大きく変わった。

排他的な冷淡な性格へ変貌し、仄暗い感情の矛先は常にヒロを向けられていた。正直、あのままヒロが消えてくれさえすればミツルとしては満足だった。

憎かった奴を、かつて尊敬し憧憬の念さえ抱いていたヒロが落ちこぼれと化し消え去る。

これ以上の悦びがあるだろうか?

しかしヒロはナオミに代わる新しいパートナー、ゼロツーを連れて復帰。

しかも、適正値ではフランクスへの搭乗が不可能だったにも関わらずストレリチアを乗りこなして見せたのだ。

最初こそは偶然かと思った。

パートナー無しでもフランクスを動かせると言うゼロツーの特異体質についてはハチから

情報として聞かされていた為、所詮はゼロツー頼みに過ぎないと高を括っていたがそれは

間違いだった。

曰く、もし彼女だけの力で搭乗していた場合、ストレリチアは獅子の姿をしたスタンピート・モードとなってしまう。しかし最初にヒロと乗った際にはこのスタンピート・モードから通常の人型へと変形した為、彼女だけの力で乗っていたという説は否定となる。

しかも、悪いことにそれだけではなかった。

 

「なんで……貴方が獣人なんですか……」

 

獣人。正式な名をアマゾンと呼ばれるその存在については、幼少の頃から一般的知識の内として教わった。

曰く、人のタンパク質を好んで食らう人食いの生命体。

しかしプランテーションのセキュリティーを突破することは不可能な為、まず遭遇する事など一切無いと。そう教えられて来た。

だが違った。

アマゾンはヴィスト・ネクロと呼ばれる組織を作るほどに知性を高めて人類へと牙を剥いた。食糧を得る目的で襲うのではなく、明確な人類への悪意を向けて襲い掛かる人型の獣

それがアマゾン。

しかし実際のところ鷹山刃圭介がそうであるように人間に味方し、人と共にあるアマゾンも存在したのだ。そしてその中にヒロはいた。本人でさえ気付かない内にだ。

彼が人ならなざる者と知った時、自分の心は混乱と共に複雑な感情が脳内を埋め尽くすように交差し、ただ驚愕しかなかった。今、こうやって冷静に考えてみても、明確な回答が不思議と出なかった。

考えれば考えるほど、自分が不明瞭に曖昧になって分からなくなってしまう。

 

憎かった筈だ。

 

アイツのせいで自分は心に傷を刻まれた。

 

なら、化け物だと言って罵ればいい。

 

フランクスに乗れたからって、それはゼロツーのおかげだ。ゼロツーがあってこそのお前

なんだと見下して嘲笑えばいい。

 

言え。言え。言え。

 

言うんダァァァッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミツル君?」

 

まるで悪魔の囁きとも言える負の思考。

その深い泥沼からミツルの意識を現実へと引っ張り上げたのは水の入ったジョウロを手に持ったココロだった。

 

「ど、どうかしたの?」

 

「………別に。なんでもありませんよ」

 

素っ気なく淡々と冷静な態度で答えるミツルは、何でもないかのように立ち上がりココロに背を向けた。

 

「貴方こそ何でここに?」

 

「えっと……この時間はいつも花に水をあげてるから」

 

少し戸惑いに答えるココロ。どうやら彼女にとって自分以外の人間がここに来ることはなかったようだ。

ミツルもそうだったからこそ、ここに来たのだ。

 

「あ、あの! もしかして何か困ってたり、してるのかな? だったら私でもいいから相談…

 

「同情ですか? 貴方にしてほしいことなんて

一欠片ほどもありませんよ」

 

ココロへ顔を向けたミツルの視線は、暖かさというものを感じさせない冷淡な、ある意味

普段の彼以上にクールなものかもしれない。唇から紡ぎ出す言葉もそうだ。

冷たく排他的。他人を信じないと既に断言している姿勢が嫌と言うほど伝わって来る。

 

「ち、違うよ! 私はただ…」

 

「同情なんて目障りなだけです。貴方は他人を気にかける癖があるみたいですけど、そういうのは早く捨てた方がいい」

 

普段よりも排他的な言葉でココロを拒絶したミツルはそのまま何も言わず、温室を後にした。

ココロはその後ろ姿を見て何を思ったのか……心配か。悲哀か。もしくは後悔か。

そんな様々な感情を織り交ぜたような顔でミツルの後ろ姿を見つめていた……。

 

 

 











ちょっとした新キャラ解説



・アレニス

ヴィスト・ネクロの女性幹部。外見はチャイナドレスを身に纏った金髪に紫石の双眸
、褐色の肌が特徴。名前の由来はフランス語で蜘蛛を意味するアレニィを捩ったもの。



・ファント

筋骨隆々の巨漢の幹部。上半身コート一枚と黒の長ズボンと言うラフな格好と大柄な
体格が特徴。言葉の最初に『俺、』と付ける癖がある。名前の由来は英語で象を意味
する『エレファント』から。



・十面姫(じゅうめんき)

ヴィスト・ネクロの首領的存在。上半身は人間の女性のそれだが、肌が赤く額に縦状
の第三の目が覗かせている。下半身に人間の腰部・両足は全くなく、あるのは十個の
様々な顔が覗かせるブヨブヨとした赤い肉塊。
普段は仏像の涅槃のような寝そべった姿勢をしており、全長はフランクスより数段大
きく、その保有する力は未知数。
名前の由来と元ネタは原点であるアマゾンのゲドン首領『十面鬼ゴルゴス』から。
ちなみに涅槃姿は仮面ライダーXのラスボス『キングダーク』のオマージュ。









今回はヴィスト・ネクロの幹部全員集結&首領登場。そしてコドモたちの日常回に
スポットを置いた話です。

この時期のミツルって結構クールでキザでナルシスト感が出てましたよね。それが
物語中盤と終盤でああなるなんて………そんなミツル……いや『ミツココ』は本当に大
好きです。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~狩り、始動~
Den of Beasts《獣の巣窟⦆前編





更新遅くなってすみません。(-_-;)

今回はいよいよ13部隊の“駆除班”としての活躍を描いた新章です。

どうぞ。

※大幅に修正しました。






 

温室でのミツルとココロのやり取りがあった同時刻。ヒロとゼロツーは、湖畔へと足を運んでいた。

その理由はゼロツーが“ある事”を確認したいからだった。

 

「ダーリン。身体に異常はない?」

 

「う、うん。特に何ともないよ」

 

今現在のヒロの身体の状態。それがゼロツーは知りたかったのだ。何故そうしたいのか……その真意は薄々ながらも感付いていたヒロは、それについて後ろめたさを覚えつつも、敢えて追求しようとした。

 

「パートナー殺し。ダーリンも知ってるでしょ? 僕の噂をさ」

 

が、それよりも早く、本人がヒロの言いたかった事を口にした為に彼の決心は杞憂に終わったが。

 

「………君に三回以上乗れたステイメンはいない。何故なら、三回目で必ず命を落とすから……だったよね」

 

「うん。悲しく恐ろしいことに事実なんだよな〜それ。だから、ボクはいつも独り」

 

まるで何でもないかのように陽気めに言うが、それでも。

ゼロツーの表情に悲哀の翳りが見えたのはヒロの見間違いではない。あの男性ステイメンがそうであったように彼女にはパートナーが何人もいた。

“いた”、という過去形なのは彼等がもうこの世には存在しないからだ。命を吸う呪い。叫竜の血を引くが故の何かしらの能力なのか、あるいは本当に呪いという概念に位置する超常のモノなのか。

ゼロツー本人でさえ知り得ないが、確固たる現実の事象としてそれはあった。

ステイメンは肉体的負荷と共に急激な老化に見舞われ、最後には命を落としてしまう。

だが、例外はいたのだ。

今のパートナーであるヒロというアマゾンの少年が。

 

「ゼロツーは、どう思うの? 今まで君と乗ったパートナーたちの事。……それに、俺の前任だったあの人も」

 

あまり聞くべきでは無いと思うが、それでも知りたいと思い、ヒロは戸惑いを感じながらも質問を投げかけた。

そんな彼を一瞥したものの、すぐに後ろを向いて湖畔へと視線を逸らす。まるで、ヒロの真っ直ぐな双眸から逃るように。

 

「………どうなんだろうね」

 

ヒロの問いに対し、彼女の答えは曖昧としたものだった。

 

「少なくとも、どーでもイイなんて思えないのは……確かなんだけど」

 

自分でも分からない。彼女の答えはそういった類のものだが、それでもゼロツーの真意を聞けた気

がしてヒロは内心安堵した。彼女は普通の人間……特にパラサイトであるステイメンからすれば過剰な恐怖を抱かれてしまいかねないのは否定できない。

乗る度に命を吸われ、最後には死に至る。

そんな呪いを持つゼロツーに今まで、彼女と共に乗ってきたステイメンたちは純粋な信頼や友情をもって、頼れるパートナーとして戦って来たのだろうか?

否、恐らく違うだろう。

忌々しさ。憎しみ。嫌悪や恐怖。そのような目で見ていたのかもしれない。断定はできないが、それでも前のパートナーだったステイメンはあの棘のある言葉もそうだが、それ以上に忌々しさや憎悪と言った

、所謂“負の感情”という言葉が相応しい目でゼロツーを見ていた事にヒロは気付いていた。

彼とゼロツーの間に何があったのか。

それをヒロは知らないし、知ろうとして聞いたとしても彼女は答えようとしないだろう。なんとなくだが、ヒロはそう感じた。

 

「で、どうするダーリン? 今は大丈夫だったとしても、次は分からないよ? もしかしたら…死んじゃうかもしれない」

 

ヒロの顔に自身の顔を近付けて、ゼロツーは不敵、あるいは艶美とも取れる独特な笑みで問いを投げかけて来た。

 

「乗るよ。君のおかげで俺はパラサイトになれた。だから、これからも君と一緒に乗り続けて、戦いたいんだ!」

 

「!!……ふふ、あっはっはっはっ!!!」

 

力強く、大胆ともとれる宣言。

その言葉にゼロツーはまさに花のような笑みを浮かべては、狂喜とばかりに笑い上げ、踊り舞う。

そんな2人を何処までも広がる空だけが見つめていた……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「おお〜!! かっけ〜なコレェェ!!!」

 

ゾロメが目を輝かせて、その両手で持った物をマジマジと見つめる。

それは一般的に見て銃と呼ばれる武器で、型で言えばマシンガンのそれに近いデザインだ。

 

「おい。いくらセーフティーシステムが掛かってるからって、雑に扱うな。怪我するなんてもんじゃ済まなくなる」

 

そう言ってゾロメの両手にあった銃を没収した鷹山は、その銃を大きめのテーブルの上に置く。見ればそのテーブルの上には今さっき置いた銃だけでなく、形状や大小において色とりどりの武器の数々が陳列されていた。

これらは昨日の夜にコロニーから13部隊のいるセラススに届けられたもので、前に鷹山が言っていた通り、この武器全てがコドモ用に扱い易く安全性においても問題ない特注の逸品となっている。

そして今回はそのお披露目と言うことでミストルティンの館の居間で13部隊のコドモ達に見せているのだ。

 

「いっぱい、ありますね……」

 

「戦闘でメインになる武器が1種類に近接型の武器が6種類。戦闘及び緊急事態を想定しての補助・医療用器具10種類。全部合わせて17から成る個人武装一式だからな」

 

イチゴの言葉に鷹山が一つ筒型の物を取って手の平で弄るように確認しつつ、そう答えた。

 

「それ、なんですか?」

 

筒型が何なのか。それが気になった様子で人差し指をそれに向けて鷹山に質問するナオミへの返答は、こうだった。

 

「爆弾」

 

「うぇっ?!」

 

至極平坦。

何てこと無いかのように答える彼はそう答えるものの、それを聞いたナオミや他のコドモたちは冗談として処理できない、そう言わんばかりの引きっぷりリアクションを展開させた。

その際ナオミは咄嗟に変な声を漏らしてしまい、ゾロメに至ってはテーブルの下に潜り込んでしまう始末だ。

 

「んな驚くなって。頑丈なロックが掛かってるから、安心しろよ」

 

「そ、そうだとしても普通驚きますよ?!」

 

鷹山の呑気な言葉にヒロは反論の声を上げるものの、そのパートナーたるゼロツーは先程の発言に動じることは一切なく、普通に手に取って武器を観察しているが。

 

「刃兄。なんかこーさ、ドカンってぐらいに火力の強い武器ないの? バズーカみたいな」

 

「バズーカレベルの武器なんか使わせるわけねーだろ。言っておくけどな、あくまで俺とヒロの支援がお前らの役目だから。もし何かあって爺さんやあのクソジジイ共にドヤされるのはゴメン被るぞ」

 

彼の言う“クソジジイ共”とは七賢人の事だ。

正直な所、鷹山自身は七賢人のことを良く思ってはおらず、むしろ嫌悪感を剥き出す程に心底毛嫌いしている。

これに関してはフランクス博士も似たようなもので、度々意見の衝突が起きるのだが大抵はフランクス博士が押し通すのが常だ。今回のテストチームにおける13部隊結成も長年の実績をダシに無理矢理押し通した結果なのだ。

とにかく。そんな鷹山のボヤきを軽くスルーし、また別の武器や装備品を品定めしていくゼロツーの姿に堪らず溜息を吐いてしまう。ここで一応断っておくが爆弾…厳密には『設置型手榴弾』はあくまで閉鎖空間に閉じ込められた際の脱出手段であり、または行く手を遮る障害物の爆破を目的とした物である為、決して戦闘用ではない。

 

「はぁぁ……まぁ、今に始まったことじゃねーわな」

 

皮肉混じりにそんな事を宣う鷹山。そんな彼に今度はヒロが質問して来る。

 

「あの、刃さん。俺の武器って無いんですか?」

 

「ん、ねーよ」

 

一切間を空けずの即答だった。

 

「お前のベルト……多分、可能性の話だけどそれに武器を生成する機能があると思うぞ。俺の奴もそうだし。詳しく調べたくてもお前以外に触れさせてくんねーからなぁ〜アレ」

 

ヒロの持つアマゾンズベルトはまるで、磁石の同極の反発力に似た感覚の不可視のバリアで守られ、解析装置にかけてもその内部構造を知ることはできない。バリアはそれなりの力があれば突破できなくはないが、触れた瞬間に強烈な電流が発生してしまい、結局はほんの爪先程度の分解さえできない始末。

 

「つーか、俺と同じで変身できるから実質必要ねぇだろ。俺も使ってないし」

 

「そう言われるとそうなんですけど、ほら、何があった時の為に必要かなって」

 

本心的には自分もカッコイイ武器を使ってみたい、などと考えているのだが恥ずかしさが邪魔をしていた為、正直に言えなかったのは内緒だ。

 

「なるほど。一理あるな。けどまぁ、それは後で試してみるとして、今は試運転だ。13部隊パラサイト専用武装一式の性能をな」

 

そう言って、鷹山はニヤリと不敵に笑って見せた。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

訓練は問題なく実行された。

まず始めに行ったのは全員が持つ共通武器『リザスターガン』の射撃訓練からだ。

この銃はその外装を見るにライフル銃それだが実弾でなく、ギガのエネルギーを収束させて弾丸状に射出する機関が備わっている。その為、実弾を使うことはできないが状況に応じて四つのモードの切り替えが可能。

一つ目は、自動照準で敵を捉え、連続で弾丸を射出できる近距離戦闘型『オートマシンモード』。

二つ目は遠距離の敵を狙撃する『スナイパーモード』。

この2種類のモードを戦闘時においてどう使い分けるのか。それが、使いこなす上で重要点になるだろう。

この訓練の成績結果は全員ばらつきはあったものの、合格点だった。特にミツルとイクノのクロロフィッツ組は射撃型の武装を有したフランクスに乗っている為か、銃の腕前に関しては並以上の実力を持っていると言ってもいい。

この次に行われた訓練は近接型の武器を用いてのもので、近接型はリザスターガンと同様に各員共通で10種に分かれている。

まず1つ目に真鍮色の対アマゾン用有毒色素を有するコンバットナイフ『メナゾス』。

2つ目はガットフックと呼ばれる先端に返しがあるタイプのナイフにしか見えないが、一度振るえば刀身のパーツが分割され、刃渡り20cmから最大で1mほどに伸びる蛇腹剣のような仕組みを秘めた逸品。名を『ヨルムンガンド』。

3つ目は先の方の半身を幅広くしたような形状の『ブッシュナイフ』と呼ばれるタイプの刃物で、一見すると変わった形状以外は普通のナイフに見えるがこの武器の名は『ヒートブッシュ』。

熱を意味する英単語の“ヒート”の名が指す通り、刀身から150℃の高熱を発して対象を焼き切る武器だ。アマゾンには高熱を嫌う者もいる為、こうした高熱を利用する武器はある種の切り札にもなる。

4つ目は黒い長方形型の盾を備え、更には刃渡りが30cmに伸びる剣が仕込まれたガントレット『アームシールド』。強度は手榴弾レベルに近い威力の攻撃にも耐えることができ、射撃能力を持つアマゾンに対し有効な成果を誇る。

5つ目は戦闘用の斧である『アマゾン・トマホーク』。特徴としては投擲に特化しており、投擲武器としても利用可能。また刃の部位に軽度の衝撃波を発生させる装置が組み込まれており、これを用いて威力を倍増させるができ、場合によっては敵の意識を奪う事も可能。

6つ目は対象に蹴りを入れると同時に電撃を放つ、電磁発生端末を搭載したレガースブーツで、名は『ミョルニル』。アマゾンは共通として電気に対する性質的弱点があり、これはその弱点を突くと同時に防具としての面を兼ね備えた打撃武器だ。

以上で13部隊が扱う近接武器は終わるが、これらを用いての訓練はリザスターガンと比べると難航を示した。

と言うのも、フランクスでも接近戦に特化したアルジェンティアに乗るゾロメとミクは特に問題なかったのだが、イチゴは体術のセンスが悪く、ゴローはナイフを操る剣筋はいい方なのだが斬りつける際の踏み込みが甘く、付け入る隙が出来てしまうのが難点だった。

ココロはこれと言って問題はなく、射撃の腕は優良な部類に入るがそのパートナーであるフトシはと言うと、盾を持って防げるにも関わらず、つい怯んでしまう癖があった。更に戦闘の際の動きも緩慢な部分が随所に見られる。これでは付け入る隙がかなり多く、そこを突かれても文句は言えない。

イクノはイチゴと同様、体術方面に難があり、ついでに言ってしまえば近接武器全般の腕前は中々だが、まだ基本レベル。

これに関しては時間が必要な為に文句は言えないが、ミツルは伸びる剣という特異な武器であるヨルムンガンドの使用が難しいらしく、標的に向かって切るという初歩すらできていなかった。

ゼロツーはさして問題なかったが、敢えて言うのなら少し協調性に欠ける面があり、今後の戦闘における不安要素になりかねないのが悩みの種だろう。

最後にナオミ。彼女は近接武器全般の扱いが上手く、体術のセンスも文句無しで基本レベルを容易に出られる程こなす様はさすがの鷹山でさえ、驚愕する他になかったらしい。

こんな具合に13部隊パラサイトたちの近接武器による訓練結果を見て、鷹山はどこか顔に苦々しさを含ませているかのようだった……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「まだ始まって間もないってのもあるが……こいつは、拙いなぁ」

 

都市内部の廊下を歩きながら、パラサイト達の訓練の詳細データが記されたタブレットの画面を見つつ、歩を進めていた鷹山はそんな独り言を零した。

 

「仕方あるまい。彼奴らは今までフランクスに乗る為の訓練しかされてこなかったのだ。そう易々と望む成果など得られまいよ」

 

その前にはフランクス博士とハチがおり、彼の言を耳に入れたフランクス博士は返す必要がないにも関わらず、そう言った。

 

「とは言え、鷹山博士の言葉にも一理あります。現状パラサイトとしては着々と成果を上げてはいますが、アマゾンを狩る“駆除員”としての成長は芳しくありません」

 

今度はハチが鷹山に同調するように言う。

確かに13部隊のパラサイトとしての成長速度は早い。あの襲撃から3週間という短期間で叫竜を11体倒す戦績を収めており、他の隊では同期間で5体か7体といった10に達しない割合が殆どであるのに対して、だ。

これを鑑みれば13部隊がいかに異例な存在であるのか。それがよく窺い知れる。このテストチーム特有の産物とも言えるだろう。しかし

、その一方で鷹山指導の対アマゾン訓練では全くないと言うわけではないが……あまり良いとは言えなかった。

 

「筋は悪くない筈なんだが……こりゃあ、てっとり早く実戦させた方がいいかもな」

 

まだ実戦できるかどうかも怪しい段階だと言うのに実戦させる。楽観的且つ、いい加減な思考判断とも取れる鷹山の案にハチは無表情ながらも難色を示した。

 

「まだ実戦レベルに至ってない段階で彼等にそれを課すのは……」

 

「いいやハチ。ワシも其奴の意見に賛成だ。実践という一つの経験は、数百の訓練による経験よりも遥かに勝ると言える」

 

ハチはあまり薦められないと言ったものの、逆にフランクス博士はこの案を良策ととらえたようだ。

 

「真に命を賭けた戦いだからこそ、秘められた能力が開花する場合もある。訓練が上手くいかないのであれば、そういったアプローチで試してみるのも悪くなかろう……だが」

 

唐突に一区切り置き、フランクス博士はつい一瞬前とは違った空気を発した。

 

「刃よ。コドモ等を死なす様な真似だけは、するなよ?」

 

一旦立ち止まり、鷹山のいる後ろへと振り向いたフランクス博士の眼光には学者気質な年寄りとは思えない気迫が確かにあり、それは鷹山へと向けられていた。

 

「彼等は貴重なテストチーム。そしてゼロツーは“鍵”なのだ。よく肝に命じておけ」

 

「…………分かってるって爺さん。俺は、子供を守る大人だ。ここで惰眠を貪ってるだけのオトナじゃない」

 

“コドモに守れるオトナではなく、子供を守る大人”。

いつもの飄々とした雰囲気を一切感じさせない、確固たる信念できたような視線でフランクス博士を見据え、鷹山はそう言った。その言葉に対しフランクス博士は特に何かを付けることはなく、平坦に『それでいい』の一言で済ませたものの、その表情には気のせいか嬉々としたものがあった気がした。

少なくとも、ハチにはそう見えた。

 

「しかし実戦をするのであれば相応の獲物が必要だな。そんなに都合良く……ん?」

 

ふとフランクス博士が来ている白衣のポケットが震えていることに気付き、手を入れて弄り、震えの正体を手にする。

 

「む、いかん。マナーモードにしておったわい」

 

コドモたちやハチなどがよく使う通信端末だった。マナーモードにしていた為音が鳴らず、その代わりに微細に振動していたらしい。

 

「マナーモードとかあんのかよ、それ」

 

「どうした?」

 

鷹山のそんなどーでもいいツッコミをスルーし、フランクス博士は通信端末を開き連絡者を確認する。半透明の黄色に染まるホログラムのモニターには、無機質な仮面を付けたオペレーターの女性の顔が映し出されていた。

 

『博士。至急ハチ司令官及び鷹山博士と共にオペレーション・ルームへ来て下さい。微弱ながらアマゾンの生体反応がこの都市内部に観測されました』

 

「分かった。すぐに行く」

 

そう言って通信を切り、フランクス博士はやれやれと言わんばかりの溜息を吐いた。

 

「はぁぁ。どうやら、お目当の獲物が都合良く向こうから現れてくれたようだ……」

 

「そうかい。そいつはイイ」

 

うんざりしたようなフランクス博士とは違い、鷹山は至極当然とばかりに嬉しそうに小さく笑う。何処か、獲物を狩ることを楽しんでいる狩人のようだった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「ここか。確かに匂いがする……それに気配もな」

 

第13都市セラスス内部に存在するビル群の中で、一際大きい建物の前には13都市を守護するフランクスのパラサイトであるコドモたちが全員揃い、鷹山はその眼前に立っては

建物から漂う臭いと気配に当たりと目を光らせ、獰猛に口端を釣り上げる。

 

「刃さん。ここに、本当にアマゾンがいるんですか?」

 

イチゴがリザスターガンを両手に持って質問して来る。その質問に対し鷹山は隠す事なく普通に答えた。

 

「ああ。けど“間違いないか”って言われたら微妙なとこだな。観測機器の装置だと反応は出てるが

弱過ぎてイマイチだからな。俺の気配感知や嗅覚をフルに使っても結果は同じと来りゃあ……こいつはぁ、結構キナ臭い」

 

アマゾンの中には、同族同士の感知能力を掻い潜る能力を持つ者がおり、今回の狩りの獲物はそれに該当する可能性が非常に高かった。

 

「ヒロ。何か感じるか?」

 

ゴローの問いにヒロは首を横に動かす。どうやら、鷹山と大して結果は変わらないらしい。

 

「それが、刃さんの言った通り反応が弱過ぎて……建物の中にいるのは分かるんだけど、中のどこにいるのかが分からないんだ」

 

「まっ、とにかく入って確認しなけりゃ始まらないだろ」

 

そう言って今回の任務内容を鷹山は説明した。

 

「この建物から微弱過ぎるがアマゾン反応が観測された。ここは500人にいるオトナの居住施設のマンションで、観測後ここに住んでる連中に連絡したが音信不通。そこで俺達が調査に来たってわけだ」

 

「す、すげ……こ、ここがオトナの街!!」

 

「ちょっとゾロメ! ちゃんと聞きなさいよ!

!」

 

鷹山が説明中にも関わらずゾロメは目をこれでもかと煌びやかに輝かせ、憧憬のそれらしき感情で顔を彩る。その横ではミクが諌めるように言うものの、どこ行く風だ。前々からゾロメがオトナに対して煌びやかな憧れを持っていることに関しては、既に周知の事。当然それは鷹山も分かってはいるが

、だからと言ってこのまま為すがままにさせておく訳にはいかなかった。

 

「…………まぁ、なんだ。うん。俺達に課せられた遂行事項は三つゥゥッッ!!!!」

 

ここでわざと大きく声を張り上げ、鼓膜へと声を叩きつけんばかりの勢いで吼える男の声にさすがのゾロメもハッと我に返り、堪らず背筋を伸ばし、聞く体制を整える。

 

「一つ、もし生き残っているオトナがいたら救助を優先し、怪我をしていた場合は迅速な応急手当てを。二つ、決して独断専行や勝手な行動を取らず、アマゾンを発見したら即退避して俺に知らせろ。そして三つ……なにがあったとしても、死に物狂いで生きろ。絶対だからな? そこんところ頭に入れておけよ……特に!!」

 

語尾をやたら強調し、無骨な手で鷹山はゾロメの頭をむんずと掴み、変身した時の複眼と同じ色に瞳を光らせながら彼のアメジスト色に染まる瞳へと覗き込む様に、視線を合わせた。

そして、鬼すらも裸足で逃げ出しかねない程の猟奇的スマイルを浮かべる。

 

「俺の話を聞いてなさそうな……ゾロメ君はなァ」

 

「は、はひ…」

 

わざわざ言わずとも分かる。怒ってる。

それをよく理解したからこそゾロメは何も言わず、いや、言えなかった。醸し出す怒気と凄惨な笑顔の二重奏という迫力が反抗心を根こそぎ奪い、完全に黙らせたからだ。

 

「分かればよし。んじゃ、鬼が出るか蛇が出るか……狩りの開始だ」

 

この言葉を合図に第13部隊のパラサイトによる“アマゾン狩り”が、幕を開けた……。

 

 

 

 

 






この話の元ネタ、実は原作アマゾンズのシーズン1の3・4話のトラウマ回です。
あの絶望感は個人的に“駆除班何人か死ぬんじゃないのか?”と思ってしまいましたし、
実際そう思った方も少ないかなと思います。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Den of Beasts《獣の巣窟⦆中編


ビルドが終わり、次はジオウ……最初、デザインいいなと気を緩めたらバイザーが……まぁ、それ以外は面白そうだなと思いますが。
でもなんかなぁ……って思っちゃう自分がいます、はい。


※一部、文章を編集しました。


 

 

 

 

 

建物の正面入り口から歩を進め、中のフロントに入って行くとまず感じたのは異様な湿気だった。

じめじめとしたもので、何処か生臭さも感じるせいか少し気分が悪くなるのは否めない。

 

「くっさ、何これぇぇ……」

 

「それにこの湿気……おかしすぎるぞ」

 

ミクは鼻をつまんで嫌悪感と不快感を声に滲ませながらそう言い、ゴローは背筋に悪寒を奔らせながら異様な空気に対してそんな感想を零した。

 

「ねぇ、これってなんだと思う?」

 

「………多分、粘液だと思う」

 

ココロが何かを見つけた様子で隣にいたイクノに問うと彼女は、自分の予想として可能性に基づく答えを言う。

それは、まさしく粘液と呼ぶに相応しかった。

透明で粘りを有した液体……それが床に、よく見れば天井や壁、至る所に粘液らしき物がぶちまけられていた。

 

「おいおい何だよコレ……なんか、ヤバくねぇか?!」

 

異様な光景にゾロメはいよいよもって恐怖を感じた。

 

「これ、何か分かりますか?」

 

そんなゾロメとは対照的にヒロは冷静だった。

その粘液らしきものを手に絡ませて、鷹山に意見を求めるほどだ。

そんな彼が見せて来たものに鷹山は何処か不快な汚物を見る様な雰囲気を隠そうともせず、これでもかと露骨に曝け出して言う。

 

「臭いがプンプンしまくってるから余裕で分かる……アマゾン由来の分泌物だ。こういう気色悪いタイプと戦り合ったことがあるからな」

 

イクノの予想は正解だった。鷹山がこの粘液から感じ取った臭いは紛れもなく、アマゾン細胞によるもの。

過去に同じものを見たことがあるし、臭いも覚えていた為、簡単にその正体を看破する事ができたのだ。

 

「俺が戦ったのは粘液を分泌して相手の攻撃からダメージを軽減したり、その粘液の猛毒性を利用して攻撃するカタツムリのアマゾンだった。この粘液には、そいつみたいな毒は無いようだがな」

 

とりあえず、そう危険なものではないらしい。しかしアマゾン由来のものが人体にどの様な悪影響を及ぼすかは分からない為、とりあえず“無闇に触らないようにしろ”とコドモ達に伝え、鷹山自身が先頭に立って調査を続行。

一本道の通路を奥へと進んで行くと、大きな広場に出た。そこにも粘液が散乱としているが正面入り口のフロントよりは少ない。

 

「随分広いね……」

 

「憩いの場ってヤツさ。つっても利用してるオトナはそういないけどな」

 

フトシの呟きに鷹山はあまり面白くなさそうに答えては、周囲へと目を配る。

見た限りでは床に粘液があると言う点以外の異変はなく、空間を支える四角形を描く四方の柱と無機質な円卓状に並んだ丸椅子があるだけだった。

 

「この建物の中で広いとこはここだけだが……特に何もねぇな」

 

目当てのアマゾンがいなかった事に残念そうに溜息を零すが、イチゴが何かを見つけたように声をあげた。

 

「あ、あれ!」

 

四本ある柱の左側。その一つの裏側から何か白いものが顔を覗かせているかと思いきや、よく目を凝らして見れば……それは足首から下の人間の足そのものだった。靴を履いていた為、白かったようだ。

 

「大丈夫ですか!!」

 

イチゴが先頭に立って駆け寄り、皆もそれに続く。倒れていると思われるオトナの安否を確認しようとした。

駆け寄って見れば案の定オトナが1人倒れていた。その服装は実に妙なもので、目元まで被った長い帽子は身体全体を覆う白いスーツと繋がっており、靴も同じように繋がっている。

宇宙人。

そんな言葉が初めて見た者の脳裏に浮かぶかもしれない。あるいは、全く違う別の見方もあるだろう。

まるで人間に本来あるべき感情という『色』を取り払い、そうする事で個性や主張性。それら人があるべくして人と成り立つモノを無にしたような…そんな意匠を彷彿とさせる『無色無機質』の様なデザインの服を身に纏っている姿はコドモらにとってはオトナとして普通でも

、鷹山には異様過ぎる感慨があった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

ともかく、個人の些事にもならない思考など早々に切り捨てて、鷹山は意識を失って倒れているオトナの安否を確認する為に抱き起こす。

どうやら、身体つきからして女性のようだ。

 

「う……あぁ……ぁ」

 

意味を持たない譫言としての声が女性の唇から漏れて来る。どうやら失った意識が呼びかけに応じ、浮上しようとしている様だった。

 

「自分が誰だか分かるか? 何があった。答えろ」

 

意識が覚醒したばかりとは言え、鷹山としては一刻も早く情報を得たかった。数多く経験したアマゾンとの戦いにおいて、今回の件と類似する要素はいくつか見られる。

とは言え、だからと言って今回の件に絡んでいるアマゾンがそれと同一という証拠はなく、安易な決め付けは並ならぬミスを引き起こしかねない。

少々強引かもしれないが何かしら情報が欲しい鷹山は、口調に強味を乗せて威圧的な声で語りかけるが返答はなかった。

 

「ゔぉぇぁッ!!」

 

言葉として、は。

その代わり上擦った様な声と共に青みがかった白く、粘液に塗れた触手のような何かが吐き出される。吐き出されたソレは瞬く間に鷹山の首、胴体や片腕を捕らえ拘束してしまった。

 

「刃さん!!」

 

「ア、アマゾンだったのか?!」

 

イチゴは悲鳴に近い声を上げ、ゾロメは混乱した様子だがそれでも手に持ったリザスターガンを構える。

しかし、それよりも早く反応し既に射撃態勢を整えていたゼロツーは誰よりも先に発砲。

一切外すことなく全弾をオトナだったモノの頭部へと命中させた。

 

「ギィ…ガッ……」

 

人間とは思えない不気味な声を上げ、オトナの女性は糸の切れた操り人形の様に倒れ臥し、二度と起き上がることなく、その身体から黙々と蒸気を放ち融解させていった。

 

「油断しすぎだよ。刃兄」

 

「……悪りぃ。しくじった」

 

身体中粘液まみれになるが特にこれと言う状態異常はなく、謝罪を述べてから鷹山は立ち上がる。

 

「お、オトナに化けてたのかな?」

 

「そ、そそうに決まってんだろ!! あんなのがオトナな訳ねーだろ!

!」

 

怯える様に言うフトシの疑問にゾロメは同様に怯え動揺しつつ、彼の意見に肯定するがそれに否定を入れたのは鷹山だった。

 

「違う。こいつは“元々オトナだったアマゾン”だ」

 

その口調は冷静としたもので、しかし言い知れぬ激情を秘めているかの様なだった。

それに気付く者はこの中にいたのだろうか?

少なくともヒロは本能的な勘で、ゼロツーは長年一緒にいた経験から薄っすらとだが察知していた。

 

「もっと正確に言えば……こいつは、死んだ人間を利用した即席の操り人形。操ってる奴がいる筈だ」

 

「し、死んだ人間…」

 

「だから、見つけた時点で生きてなかったんだよ。本当こういう手のヤツはムカつき過ぎて…」

 

鷹山はそっと静かにアマゾンズドライバーのグリップを握り、

 

「ヘドが出やがる」

 

力強く回した。

 

『アルファ……』

 

「アマゾン」

 

瞬間。13部隊が入って来たこの広間のもう一つの出入り口から、何かがのっそりと姿を現す。

それはオトナだった。普通のオトナと違う所を述べるなら、それは腕や背中。そして口等の身体中から触手を生やし、その顔は死人の如く生気を感じさせぬ程に青褪めていた。

しかも、1人ではなく2人、3、4人と続々と際限なく出て来る。

そんな光景を見ていた鷹山は赤い蒸気と共にアルファへと姿を変え、その緑色の複眼を殺意に光らせた。

 

「こ、この人たちも……」

 

「まさか、全員がアマゾンに?!」

 

「これ…マズいかも……」

 

オトナだった筈の人間達が自分たちへと襲い来る。しかも、吐き気を催す様な異形の姿でだ。その恐怖たるや13部隊全員に伝播していき

、心の芯を嫌というほど悪寒で冷やしてしまう。

だが、それでも恐怖に屈さぬ者がいた。

 

「みんな、落ち着いて! 足手纏いにならない様ヒロと刃さんを援護するよ!!」

 

「頼む! アマゾン!」

 

「行くぞ!!」

 

イチゴ。ゴロー。ヒロ。

この3人は声を張り上げ我先にと襲い掛かるオトナ達に発砲する。

ギガで構成された弾丸は容易くオトナの体内に寄生するアマゾン細胞を破壊し、無力化していく。

自動照準機能を有するオートマシンモードを使用している為か、外すことなく命中させていき、元の死体へと返還させていく。

ヒロはアマゾンズベルトのグリップを握り回し、緑の蒸気を発生させながらアマゾンの姿であるアマゾン・イプシロンへと変身を遂げ、羽根を模したアームカッターで次々と切り裂いていく。

 

「だぁぁッ、分かってるっつーの!!」

 

「こうなりゃヤケよ!」

 

「ココロちゃんは僕が守る!!」

 

「ふ、フトシ君気をつけてね」

 

「チッ、行きますよ!」

 

「うん……」

 

3人のおかげか、発破をかけられた様に残りのメンバーに士気が戻り、リザスターガンを構えて次々と射撃していく。

弾丸の雨がオトナたちの屍肉を貫き、同時に発生した僅かな熱が焦がしては小さな煙を登らせる。

その光景を前に何も感じないほど、13部隊のコドモたちは感情を氷のように凍結させてはいない。

気持ち悪い。恐い。怖い。罪悪感。

負の感情が巻き起こっては思考に乱れを生じさせていた。

 

「ミク!」

 

だからこそ、それが命を賭けた戦場では命取りになる。

死んだと思っていたオトナが倒れた身体を起こし、その触手でミクを捕らえようと背後から襲い掛かる。

だがザシュッという何かを裂く様な音と生々しい何かが地べたに落ちる音が同時にミクの鼓膜に届く。

咄嗟に閉じていた目を開けば、イプシロンが触手を肉片へと分断。そしてミクに襲い掛かったオトナの身体を斜め一線に真っ二つ。

上と下に泣き別れさせている光景がミクの視界を支配した。

 

「大丈夫かミク!!」

 

「え、あ、うん。ありがとう……」

 

呆気に取られながらもミクは礼を述べ、それを見て外見に深刻な傷などが見受けられない

事を確認したイプシロンは引き続きアマゾンの下僕と化した、屍肉人形のオトナの殲滅を続ける。

とは言え、オトナたちはこれまで現れたアマゾンに比べれば明確な差があり、人並み程度が少し上った位に過ぎない為、殲滅には時間を多く消費すると言うことなく、極めて迅速にカタはついた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……終わった?」

 

息を乱し、肩を上下させながらイチゴはふと浮かんだ疑問を無意識に口にする。それに答えたのは、アルファとなった鷹山だ。

 

「今の所は、な。ここにいたらまた出て来るぞ」

 

あんなのがまた出てくると言われれば、ホッとした気持ちは瞬く間に消し飛び、また不安が強まる。

当然それはコドモたちも同じで、しかもアレが元々オトナだという事実はオトナという存在に憧れるゾロメにとって心に突き刺さる程に精神的苦痛を伴う筈。

が、それでも。

この人食いの獣が闇に潜む巣の中に足を踏み入れた以上、今更引き返すことは叶わない。

 

「いいか、絶対に離れるな。ここで俺たちが始末したのは35体。500人いた事を考えると半数か…最悪500人全員がこうなってる可能性は充分有り得る。常に周りを意識して警戒してろ」

 

普段の飄々とした雰囲気を取り払い、狩る者としての風格を纏うアルファは感覚を研ぎ澄まし、瞬時に対応できるよう意識を切り替えている。

 

「もういない筈だ。先を急ぐぞ」

 

「分かりました。皆、刃さんとヒロに続いて」

 

13部隊のリーダーであるイチゴの指示の下、コドモたちはリザスターガンを構えて体勢を整え先頭を行くアルファとイプシロンに続く。進路は決まっている。

オトナ達が大勢で押し寄せて来たもう一つの出入り口の通路だ。

そこは13部隊が入って来た出入り口と同じで、真っ直ぐ一本に続いている。その道にもあの粘液が巣食っていた。足を踏み付ける度に嫌な感触が背筋に奔ってしまう。

それに対し好感など良く思う筈もなく、あるのは早くこの建物から脱出したいと言う逃走欲求に"おぞましい"と心底思う不快感。

これを除いては他になかった。

しばし歩いて行くと通路はU字状に二つに分かれていて、中央部に次の階へ繋がっているエレベーターが設けられ、二つに分かれた通路の先は行き止まりだが上へ繋がる階段口があった。

 

「どっちに行きます?」

 

「二手に分かれた方が効率はいいが……この場合は危険だ。特に理由は無いが右から調べて

、その次に左を調べる。終わったらエレベーターで次の階に行くぞ」

 

とりあえず、合理的な理由は無いが右側の通路の階段口へと進み、そこからゆっくり登って行く。その先は、いくつものドアが設けられたオトナの居住区階だった。自動ドアを一つ一つ開けて中を確認していくが、肝心のオトナは誰1人も見つけられず、ただ時間だけが過ぎて行く。

 

「ここにもいない……はぁぁぁ。いったい何が起きてんのよ〜…」

 

最後の部屋を隈なく調べたが結局今回の件に関わるようなものはなに一つなく、そこに住んでいた筈のオトナもいない。

故にミクは重い溜息を零し、自身の疲労具合を示す。

部屋の数は全部で20あり、この階は特に特別な形状ではない一直線の長方形状の構造と

なっていて左右に余さず、オトナが暮らす為の部屋が設けられていた。

とは言え、オトナは影も形もなく、人の気配が全く感じられなかったが。

 

「二階の第1居住区階……誰もなし、か」

 

「戻って左側を調べますか?」

 

アルファは悪い予想が当たったとばかりに呟く。そんな彼にミツルは一階の別れ道に戻るか否か問いを投げかけた。

 

「…………そうだな。予定通り今度は左側の上階を調べてみるか」

 

なにか考え事に浸るように間を空けたものの、最終的に下の階へ戻る方針を固めた。そうしてこの階から移動しようとしたその直後、

 

「……」

 

何かをアルファが感じ取った。それは、心臓に響くような重低音で、もっと正確に言うのなら…“何処かへ向かって掘りまくり、突き進んでいかのような音”とも取れた。

 

「何かが来るぞッ! 走れ!!」

 

その正体を察知したアルファは、ここへ向かって来るであろう何かに対しての警戒を最大限に高め声を張り上げて全員に早急な脱出をを呼びかける。

が、早かったのは“ソレ”だった。

ピシッと。そんな小さく硬いものが砕けるような音と共に床に放射線状の亀裂が入り、通路を分断するような穴が床が崩れ落ちると共に口を開き、やがてそこから穴を生み出した

原因が姿を現した。

全体的にあの粘液に覆われていて、先端は青が濃く、その代わり全体の体色は薄い青が白に掛かった様な色彩。

長く蠢く様は女性から特に嫌われそうな印象を受ける“ソレ”は、あの触手だった。

それも、数倍はデカくした様なビッグサイズだ。

 

「え? キャッ?!」

 

「ッッ!!」

 

目がないにも関わらず触手は無駄のない俊敏な動きでココロとミツルを捕らえ、そのまま穴の中へと

 

「ココロちゃん?! 大変だよココロちゃんがぁぁッッッ!!!!」

 

ココロが攫われた。

常に大切にパートナーを大切に思っているフトシにとって、あってはならぬ最悪の事態。

それが冷静な思考を消失させてしまい、すぐさま自らも後を追おうとするが穴は先が見えない程に闇に支配されて底が見えない。

もし、普通の人間の身体という事を考慮せず、穴の中へとダイビングに近い真似をすれば着地と同時にその命を手放してしまうだろう。

深さを考えれば当然の理ではある。故にそんな無謀な行為を止める者がいた。

アルファだ。

 

「落ち着け。俺が行く」

 

大柄でそれに見合うだけの力もあるフトシの肩を片手ながらも掴む事で止めて、至極冷静な言葉で諭すと同時に自分が2人の救出に買って出る。

 

「でも、僕がいかないと……ココロちゃんは大切なパートナーなんです!!」

 

しかし。だからと言って“ハイ、そうですか”と納得できる彼ではない。

フトシは優しい。その優しさ故にパートナーであるココロの事を好感に思うし、彼女の為に何かしたいとも思っている。そんな彼の誠意に応えてくれるかの様にいつも笑顔を向けてくれる彼女は、フトシにとって太陽と言ってもいい。

だからこそ、自分の手で助けたい。

どうしようもない個人的なエゴであることは百も承知だが、フトシにとって大事な気持ちであることに変わりはない。

 

「お願いです! 行くなら僕も一緒にぃ!!」

 

そんな彼が涙を流し、必死に訴える姿を見てもアルファは己の出した指示を覆すことはしなかった。

 

「ダメだ。指示に従え」

 

やけに淡々とした物言いだが、その言葉に秘められた真意は今、この状況を理解しているからこそのもの。

つまり、アルファにとって今回の件は冗談を抜きにして、あまり余裕綽々とは言えない事態であることを示していた。

 

「いいかお前等。万が一の可能性として俺が1時間以内に戻らなかったら、急いでここを脱出しろ。まぁ、天文学的数字で有り得ないが念の為だ。それまでは一階ロビーで待機。以上だ」

 

言いたい事は言った、とばかりに指示を伝えると怖気づく様子など一切なく、僅かな躊躇も見せずにただ暗黒が延々と続くかのような穴の中へと飛び降り、瞬く間に闇に飲み込まれ消え失せてしまった。

 

「だ、大丈夫だってフトシ。刃さんがやってくれるんだし、なぁ?」

 

「ひぐっ……うぐっ……でも、もし戻らなかったら……」

 

確定はしていないが最悪な未来予想に一層涙を流し、鼻汁まで流す程にぐしゃぐしゃとなった顔は絶望という言葉が合うほど悲壮感のそれだった。

そんな彼を意外にもゾロメが優し気に慰めるが一旦考え出してしまったマイナス思考は、ちょっと慰める程度で収まりはしない。

それが状況も加われば尚更だ。

 

「今は刃さんを信じるしかない。言われた以上、ここで待機…」

 

ウィン……。

 

ふと自動ドアが開く音をイチゴの耳の鼓膜が捉え、しかもそれは彼女だけでなく全員聞こえていた。

聞いた途端、嫌な悪寒が背筋を舐めるように奔った。

 

「……な、なぁ。この階の部屋には誰もいなかったよな?」

 

自然と声を震わせてゾロメはそんな問いを投げかける。

 

「う、うん」

 

「みんなで確かめたんだから、当たり前でしょ!!」

 

それにナオミとミクが答える。他は何も言わずだが、それでも2人の意見に同意だ。

この階の部屋は確かに調べた。入念にだ。

なら、何故自動ドアが開く音など聞こえるのか?

誰かがこの階に来て、部屋に入ろうとした?

有り得ない。

この階の出入り口には一つだけ。

今自分達がいるのはその出入り口のすぐ近くで、自動ドアの音は、自分達のいる位置から

穴によって分断された先の向こう側……その1番目の部屋から数えて2番目になる。

当然、誰かが入る直前だと言うのなら目視は可能で、むしろそうならなければならいのは必定だ。飛び越えるのもギリギリという程にポッカリと口を開いた穴を何とかして、無事部屋の前に立てたとして。

それで彼等が何も一切気付かないなど、まず有り得ない。

だとすれば……答えは一つしかない。

何かが最初からあの部屋にいて、今、部屋を出る為に開けた。

これ以外に考えられるものなど無い。

そして、それは嫌というはがりに事実として認識さられてしまう。

突然開いた自動ドアから一歩、一歩と。人型の輪郭を形取った空間の歪み。比喩でも何でもなく、空間の歪みが人型を取って歩いているのだ。やがて、手と足らしき部位が明確な実体を成して行く。そして、歪みの全身がまるで何もない虚空にカラースプレーでも施しているのかと思うほど早い速度で、色を成し形を顕現していく。

やがて、完全な姿をその目で捉えた時。まず始めにイチゴがふとこんな言葉を漏らす。

 

「……小さい頃本で見たことあるんだけど……『蛸』ってヤツかな?」

 

「正確に言えばタコ型のアマゾンだよ」

 

蛸。かつて、自然界に多くの生物が繁栄していた時代。マグマ燃料が発見される前の頃。

人類にとってポピュラーな海水域の水棲生物の一種が蛸だった。

蛸の特徴は体色を変えることができ、模様も変えられるばかりか身体から突起を生やして岩らしさを強調することができる擬態のスペシャリスト。

その生物を模したアマゾンが今、自分達の眼前に姿を晒しているのだ。

 

「ハァァァッ!!」

 

アマゾン相手ではコドモたちにとっては分が悪い。それをよく理解しているイプシロンは自慢の脚力で容易く向こう側へと飛び越え、蛸似の姿を持つアマゾン。

言うなれば『タコアマゾン』へと跳躍からのパンチをその顔面へと叩き込んだ。

 

 

 

 

 







感想、批判、アドバイス、待ってます!!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Den of Beasts《獣の巣窟⦆後編




仮面ライダージオウ…ついに始まりましたがナレーションと未来のジオウの声がまさかの小山力さんとは……。まぁ、御本人は役者時代に仮面ライダーBLACKで霞のジョーの役をやられてましたし、鎧武でも武神鎧武の声やってましたからね。
そして早くもビルドの戦兎とクローズの龍我の出演。
更に次回は“ビルドアーマー”が初披露……。
個人的には少しテンポが早過ぎる気もしますが、まぁ、子供向けですしね(⌒-⌒; )






 

 

 

 

 

「ねぇ、どうしたの?」

 

それは、まだ箱庭(ガーデン)にいた頃のお話。

些細な事で友達と喧嘩してしまった私は、1人で泣いていた。

そんな時、貴方は言った。

 

「大丈夫?」

 

泣いてる私に貴方は心配げな様子で、戸惑っていた。

 

「………友達と……喧嘩しちゃったの……ひぐっ、うぅ、どうしよう……嫌われちゃったよぉ……」

 

「ああ、な、泣かないで!! あ、え〜っと……そうだ! 僕も一緒に謝るから、とりあえず謝ろうよ!」

 

「でも、謝っても許してもらえなかったら……」

 

「その時はその時! もしそうなったら僕が仲直りする方法を考える! 約束するよ!」

 

そう言ってくれた貴方は小さな手を私に差し伸べる。嬉しかった。

そんなことを言ってくれたのは貴方だけ。

その時から私は、◾︎◾︎◾︎君のことが……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「んん……ここは?」

 

何処か懐かしい夢でも見てた様な気がする。

そんな風に思い意識を覚醒していく少女……ココロは周囲の把握しようとするが、場所を特定することはできなかった。

 

「大丈夫ですか」

 

淡々とした少年の声が耳に入り、視線を向ければミツルがいた。

ココロに背を向けて立っており、リザスターガンをいつでも使えるように構えた状態で周囲への警戒に気を配っていた様子だ。

 

「ミツル君……ここって……」

 

「どうやら地下みたいですね。マグマ燃料を

送るパイプもありますし」

 

周囲には人が3人分で丁度という位の太さのパイプが左右の壁に配置されており、ガラスのような透明な素材を用いてる為か、その中を流れるマグマ燃料がオレンジ色に薄く輝きを放っていた。

 

「あ、そう言えば私達……あの触手みたいなのに……」

 

「引き摺り込まれたんです。とにかく探索してみましょう。何処かに出口があ……ぐっ!」

 

『ある筈』と最後まで言おうとしたが突然の激痛が電気のように神経を駆け抜ける。その正体をミツル本人はとうに知っている。

 

「ミツル君! それ…ッ!!」

 

ミツルの右腕…位置的には肘より上の部位になるが、その箇所の黒い防護スーツが破れ、赤い何かが滴り落ちている。

『血』だ。

 

「……平気ですよ。こんな傷…ッ?!」

 

痩せ我慢でこの場を乗り切ろうとするが、それを嘲笑うかのように更に痛みが増して来た。

 

「ダメじゃない! 見せて…」

 

「触らないで下さいッ!」

 

立ち上がり自身へと伸ばすココロの手を怒声で阻止するミツルの顔には、明確な拒絶の意思が嫌でも見て取れた。

咄嗟に出た行動なのか、ハッとした表情になるミツルだが次第に何処かバツが悪そうに顔を少し歪める。

 

「あ、ごめんなさい……」

 

それに対してココロも何処か同じ様な顔で、謝罪の意を述べる。

 

「でも、お願い。手当てさせて? 少しでも楽になれるなら越したことないから」

 

真っ直ぐで優しい瞳から放たれる視線。

それに我慢ならなかったのか、他に何か理由があったのかは分からない。が、とりあえずココロから簡易ながらも手当てを施してもらう事にしたミツルは一旦壁際に腰を下ろし、その身をココロに預けることにした。

 

「ちょっと痛むかもしれないけど、我慢してね」

 

予めそう言ってココロは手当てに取り掛かる。あくまで応急手当てなので、完全な治療ではないがそれでも傷はすぐに手術する必要があるレベルではないので、今はこれで正解と言えるだろう。

応急キットのポーチから殺菌と止血効果のある薬品パウダーのスプレーを取ってガーゼへと散布し、散布したガーゼの面に傷口を当てた。

なるべく強めに押し、少しでも止血を早める。そのおかげか大体5分位が経過した時にはパウダーの効果もあって止血が上手くいった

ようで、その事を確認したココロはガーゼを被せたまま、そこから包帯を巻いていく。

手慣れた様子で黙々と作業しているココロを見ながら、ふとミツルは湧き上がった疑問を口にした。

 

「どうして、そんな事をしてくれるんですか?」

 

「え?」

 

「僕は、貴方にこんな事をされるだけの借りなんて作っていませんし、そもそもする必要は全く無いんですよ? それなのに、どうして

貴方は……」

 

他人と距離を取り、壁を作ることで無干渉を決め込むミツルにしてみればココロはある種の異常と言えた。ココロという少女は、他人の為に何かをしようとする。

だからと言って決して見返りを求めたりせず、悪意を秘めた裏があるという事はなかった。誰にだって持ち前の優しさを向ける。

それは彼女にとって当たり前の事に過ぎない素直な気持ち故の結果なのだ。

しかし、ミツルにはそれが理解できなかった。

他人に排他的で全く信じず、他人との関係に必要性を感じ得ない思想を持っているからこそ、このココロへの問いかけは彼女の真意を探り図る為のもの。

そんな意味が隠されているなど、知る由もないココロは、ただ有りの侭に。

自分にとっての答えをミツルに聞かせる。

 

「誰かの為に何かしたいなって思ったとして。実際にそうするのに特別な理由って、私はいらないと思うな」

 

「……逆に言いますけど、理由が必要ないなんてことあるんですか?

 

「他のみんなはどうかは分からないよ。けど、少なくとも私はそう思う」

 

屈託のない笑顔で真っ直ぐに答えるココロを何故かこれ以上直視することはできず、そっぽを向いてしまう。

 

「あ、あの……」

 

「今貴方にした質問は忘れて下さい。血も止まりましたし、さっさと出口を探しましょう」

 

そう言いい、まるで重い荷物でも背負っているかのようにゆっくりとミツルは立ち上がり、改めてリザスターガンを構える。

 

「うん…」

 

頷いて答えるココロが同じ様に立ち上がったのを確認したミツルは周囲を警戒しながら歩を進め始め、彼女はその後を追う形で付いていく

二人は、その場を後に地下の出口を探す為に足を進めた。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

一方、アマゾン・イプシロンと第13部隊のコドモたちは突如出現したタコアマゾンに対し、相手取っていた。

とは言え、実質戦闘はイプシロンに任せっぱなしでイチゴたちはただ見守る以外にないのだが。

 

「お、おい、やっぱ援護した方がいいんじゃねーのか?!ヒロだけにやらせっぱしなんて……」

 

「分かってる! けどあんなに動いてたら当たらないし、下手したらヒロに当たるのよ! 分かる?!」

 

「落ち着けイチゴ!」

 

リーダーであるイチゴにイプシロンの援護をすべきだと。

ゾロメがそう進言するも、とうのイチゴはやや冷静さを失った様子で怒鳴り返し、それをゴローが諌める。

何故、彼女がこうなっているのかと言えば原因はイプシロンにある。

 

「ハァ……ハァ……ハハッ、ヒヒッ、ハァァ」

 

荒い息遣いの中に尋常ならざる悦楽に浸るかのような嘲笑。

タコアマゾンとの戦闘が始まって早々、まるで戦いが楽しくて嬉しいと。そう言わんばかりの苛烈な獣の如き攻撃で敵を攻め立て、アームカッターや両手の鋭利な爪で抉るように切り裂いていく。

何度呼び掛けても答えることはなく、その様はさながらゲームに夢中になり過ぎて親の声が届かない無邪気な幼子のそれだ。

 

「ハハッ……ァァ……愉シイィ……」

 

イプシロンから言葉が漏れる。

通常の生物よりも強靭な力を生む筋肉を切り裂く。強固ながら弾力性をも誇る皮膚を拳や足で叩き、臓器にダメージを与えていく。

その全てがイプシロンにとって何故だか面白おかしく、楽しかった。

アマゾン特有の粘り気を帯びた黒い血を目で見て、空気に溶け込む匂いを嗅ぐ。それだけでも心の奥底が熱り立ち、ますます闘争本能が刺激される。

 

「ヒロ! 正気に戻れ!!」

 

ゴローが叫ぶ。しかしイプシロンはゴローの声など気にする必要はないとばかりに戦闘をやめることはなく、ただ戦いという行為に心地良さと快楽が心を支配していた。

しかし、イプシロンを相手取っている獲物のタコアマゾンもやられるばかりではない。

背中から四本のタコ足の触腕を生やしてイプシロンの両手両足を縛り上げ、壁や天井に叩きつけた。

 

「グッ! ガァァッッ!!」

 

「ダーリン!」

 

優勢だったことを考慮して手を出していなかったパートナーのゼロツーだが、その逆となれば話は別だ。

人間のそれとは思えない身体能力を駆使して容易く、イプシロンがいる向こう側へと来たゼロツーは素早くタコアマゾンの後ろへと回り込み、身体の胴と腹の境目部位の側面に蹴りを一発。

力一杯叩きつけた。

 

「ギィィッ!!!」

 

甲高い鳴き声を上げて苦痛を表すと共にイプシロンを拘束していた触腕を解き、壁に激突。タコアマゾンはダメージのせいか、のたうち回る以外に何もできなかった。

 

「ほら、しっかりして」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……大丈夫。ごめん。気がおかしくなってた」

 

どうやら正気を取り戻した様だ。タコアマゾンがダメージから回復する前にイプシロンは身体を起こし、そのまま足の裏でタコアマゾンの背中を押さえ付け、アームカッターで首を切断した。

血が周囲に飛び散り、すぐ側にいたイプシロンは顔や身体を漆黒へ染め上げた。

 

「わぁ〜お。やるねダーリン」

 

首に手を当てて、横にシュッとスライドさせることで首の切断を表現するジェスチャーを送るゼロツーだが、イプシロンはそれどころではなかった。

 

“何を、自分は思ってた?”

 

“楽しい? 戦いが?”

 

“アマゾンの肉を切り裂いて、血を見ることが

? 破壊することが?”

 

あまりの精神的なショックに思考が停止しそうだった。様々な疑問が沸き起こり、それらを先ほどの行動全てが明確な答えとなる。

 

“楽しいと思った。思ってしまった。”

 

“血を見て、その香りを嗅いで、胸の奥が騒めくような感覚に興奮した

 

“この感じ、あの時と同じだ。”

 

“初めてゼロツーとストレリチアに乗って、アマゾンに変身して…触手を出して、ゼロツーと深く繋がった様な気がしたあの時……”

 

今まで何となく…いや、自覚こそしていたものの、奥底に封印していた“ソレ”を彼は理解してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“命ヲ、食イタイ……命ヲ、殺シタイ”

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「あ〜クソが。匂いが分かりゃしねぇ……」

 

鷹山刃圭介ことアマゾン・アルファは落ちてから数秒で地下へと到達し、見事に怪我を負うことなく着地を果たす。

両足とか片手を使ったスタイルの着地だ。

地下へと降りて早々文句を言うが、自慢の嗅覚が地下に蔓延る臭いのせいで使い物にならなくなってしまっているのだから無理もない。

まるで腐った海水にゲロでもぶち込んだ様な塩っ気と酸味の二つの香りがおぞましい具合にハーモニィーを奏でている。そんな臭いだった

この匂いは、ミクが言っていた様に建物内に入った時から漂っているのだが、地下は特に臭いがキツかった。

とは言え、だからと言って二人の捜索を辞める程、アルファは無責任ではない。

故に早速ミツルとココロの二人を探そうと足を一歩前へ踏み出す…

 

「!! 銃声か」

 

前に音を察知したアルファは、それが銃声でしかもリザスターガンの物であると即座に判別してしまう。

 

「思ったより早く見つけられそうだな!」

 

ならば、音源へと向かい駆け抜けるのみ。

アルファは身体を巡るギガを両足に収束させ一気に走り出す。

そこいらのバイクの最高速度よりも、その上を行く走りで角をいくつか曲がり、確実に二人のいる場所へと向かう。

やがて辿り着いたそこは送られたマグマ燃料を一時的に貯蔵する所で空間は高さ20m、横幅35mの広大さを持っている。

その中心には太い円柱状の貯蔵カプセルがあり、建物全体に送る為のパイプが四方八方に伸びてカプセルと繋がっている。

通路のものと同じ特殊ガラス製のものだが今は貯蔵しているマグマ燃料を送る必要がない為、何もない透明となっている。

そこでアルファは二人の姿を視認することができたが、問題が起きていた。

あのオトナの群れがミツルとココロを囲い込み、二人はリザスターガンで応戦しているものの、壁際に追い込まれている状態だった。

その状況を見たアルファの行動は早かった。

背後から数体のオトナへとアームカッターの刃を首筋に当てつけていき、スピードを利用して容易く切断してしまう。仲間がやられたことに気付く他のオトナたちだが、何かをする前にアルファの拳が身体に

貫通レベルの損傷を与え、沈黙していく。

ザコを相手に手間取るほど未熟とは程遠い彼の実力は通常のアマゾンよりも劣る死体人形でしかない存在らを、1分と関わらず沈黙せしめた。

 

「よぉ、お二人さん。デート中お邪魔するぞ」

 

「でーと?」

 

「……なんですか、それ?」

 

デートの意味が分からないらしく、ミツルは怪訝な表情を顔に出し、ココロは頭を可愛らしく傾ける。

 

「ああ、知らないか。とにかくみんなの所に…」

 

戻るぞ。そう最後まで言おうとしたアルファだが次の瞬間。何の予備動作もなく彼の身体が突如として激しい打撃音を伴って宙を舞ったかと思えば、かなりの速度を伴って壁にめり込む形で激突。

その後十数秒と無駄な時間を取らず、アルファを紙屑の如く吹っ飛ばした犯人がタコアマゾンと同じ隠遁方法で消していた姿を、自らの意思によって浮き彫りにする。

それは、知る者がいれば“イソギンチャク”と呼ぶかもしれない。コアや消化器官などの臓物を収めた本体部位は赤黒い土台状の肉塊を成し

、その上部からはココロとミツルを連れ去ったあの触手が幾本と伸び縮みしながら不気味に蠢いている。

どうやら二人を攫った犯人は、“コレ”だったらしい。更に触手の中心を見れば何か穴の様なものがある。

“口”だ。

無数の牙らしき象牙色の硬質な小物体が綺麗に並び、三重に連なる光景は異界への入り口にも思えるほど生理的嫌悪を呼び覚ますものだった。

海に生息する通常のイソギンチャクとは随分異なるが、それでも似ていることを考慮すればそれらしさは一応あり、人によってはイソギンチャクと表現してもおかしくはなかっただろう。

しかしミツルとココロにとってイソギンチャクに似てるか、似てないかなど、眼中に及ばない些細な事でしかない。

問題なのはイソギンチャク型のアマゾンの体の大きさが触手も含めて10mもあり、横幅は成人男性の8人分は相当する巨体と二人を攫った際の敏腕性。そしてアマゾン・アルファを不意打ちとは言え、軽々と吹っ飛ばしてしまう単純な力だ。

これらを鑑みればランクの特定は不明ながらも二人の実力と比較して手強い相手であろう事は嫌でも分かる。

 

そのせいか。自然と二人の脳内に最悪な未来が嫌でも想像された……

 

 

 

 

 







感想待ってます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Viper laugh《笑う毒蛇》 前編



ここで“アレ”の単語が出てきます。

ヒント・“千翼” “水分”


 

 

 

 

「でさ、ザジス。君のもう一つのプランって結局何なんだい?」

 

白亜の空間。そこではローブで自らを覆い隠すシャドウと人間姿のザジスが互いに向かい合い、その間には白い円形の台のようなものがある。

よく見れば円形の台の上にはチェス盤があり、二人は人類がプランテーションやコロニーに移り住む前の時代において最もポピュラーなテーブルゲームの一つ、チェスに興じているのが分かる。

そんな代物をヴィスト・ネクロの幹部が行なっていると言うのは何とも言い難いものを感じるが、別段娯楽に関しては禁止されている訳ではない為問題はない。

 

「ああ、アレか。前にプロフェッサーの実験で人間のガキを何十人か使ったヤツあっただろ?」

 

「そう言えば、そんなことやってたね。確か人間に感染能力を持ったアマゾン細胞を移植して新しいタイプのアマゾンを造るとか……結局失敗したみたいだけど」

 

「その失敗作を使うのが保険にしてたプランなんだよ」

 

フードで見えないがその顔には怪訝なる情念が湧いており、何も言わないが視線で続きを催促するシャドウにニヤリと。ザジスはほくそ笑んで答えた。

 

「感染能力を持ったアマゾン細胞…プロフェッサーはそれを『溶原性アマゾン細胞』って呼んでたが、開発当初の試作品は空気感染や接触感染が不可能。水がなきゃすぐ死滅するもんだから媒介として水分が必要不可欠でよ、しかも発症してアマゾン化する確率が圧倒的に低い

。欠点だらけだったんだよコレが」

 

「……それ、もはや粗悪品だね……」

 

「まぁな。つってもコレは開発当初の話だ。勿論改善はしてる」

 

ザジスはボーンの駒を動かす。

 

「だがな、空気感染と接触感染。この二つがどーにもできなかった。その反面、死体への感染を可能にさせた」

 

「死体に?」

 

シャドウは疑問符を浮かべつつ、ナイトの駒を動かす。

 

「溶原性アマゾンが死体に溶原性細胞を注入することで溶原性アマゾンへと変異するんだが、これが面倒でな。死後2時間以内のヤツじゃないと無理とか、血液型や体質にも寄るから100%できるってわけじゃない」

 

「よくそんなまどろっこしいヤツ作るね」

 

「俺じゃなくてプロフェッサーに言えよ」

 

自身へ皮肉を言うのはお門違いだと文句を垂れるザジスにシャドウは軽く謝罪しつつ、駒を動かす。今度はビショップだ。

 

「で、だ。死体をアマゾンモドキの人形に変異させるタイプのアマゾンはそう珍しくないから、お前的にはピンと来ねぇかもしれねぇがよ

。ただのモドキの死体人形にするのと溶原性のアマゾンにするとじゃ訳が違う。感染の初期段階だと確かに性能的には死体人形と大差ないが、初期段階を過ぎて次に移れば…」

 

「話は別ってこと事かい? チェックメイト」

 

「なぁぁ?!……………あ、ンンッ! まぁ、概ねそんなとこだ」

 

王手を打たれ、トドメを刺されたことに驚きと悔しさを感じつつも咳払いを一つ。話を進めた。

 

「芋虫が蝶になるのと同じだな。ある程度の数の人間を食えば、死体人形に過ぎない段階の溶原性アマゾンは完全なアマゾンへと進化するって寸法だ」

 

「へぇ〜。中々興味深いけど、結局は失敗作なんでしょ?」

 

「そりゃそうだろ。生きた人間に感染できねーし、いちいち細胞注入しなきゃ増やせない。どう考えても失敗作だ」

 

「そんな失敗作を使って大丈夫かい?」

 

気遣いの中に皮肉を交えた言葉でシャドウは言うが、ザジスは得意気だった。

 

「アルファの野郎やイプシロンってガキを始末できなくても、あっちの痛手は大きい筈だ。その程度の保険だから問題ねぇよ……それに、このプランはプロフェッサーからの指示だ。なんでも今後の為にデータが欲しいって事らしい」

 

そう言ってザジスは席を立つ。もう一試合をやるつもりは無い為、他愛ない用が済んだ以上ここにいる道理はなかった。

 

「どの道アルファの野郎を俺の手でやれなかった時点で負け、俺の計画は失敗だ。だったら悪足掻き位はしとかねーと気が済まねぇんだよ

……まぁ、単純にプライドの問題だ」

 

「ふ〜ん。そっか」

 

「じゃあな。また暇があったらやろうぜ」

 

「うん。またねザジス」

 

簡単な別れの挨拶を互いに交わし、ザジスは白亜の空間に四角の線を描くように出現した出入り口から退室していった。

残されたシャドウはチェスの駒を一つ、盤上から持ち上げた。

 

「さてさて。どうなるかね……君に会える日が楽しみだよ。アマゾン・イプシロンの名を持つコドモ……コード016♪」

 

それは見間違いなのか。フードで隠れた闇の奥から淡い金色の光が漏れ出ていた……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「クソッ! とにかく撃ちますよ!!」

 

「う、うん!」

 

攻撃。二人が選択したのはリザスターガンを構えギガで形成された弾丸を放つこと。ギガの弾は余さずイソギンチャク…“イソギンチャクアマゾン”の土台状の本体に命中していくが、弾力性に加えて分厚い筋肉では弾は皮膚の表層を傷付けることすら叶わない。

 

「なら!」

 

ミツルが左側の腰につけてあるナイフのカバーケースから取り出したのは、赤熱した刀身が特徴の接近戦武器『ヒートブッシュ』。

自分達を捕らえようとする触手が勢いをつけて伸びるがそれをミツルはヒートブッシュで何とか振り払う。

幸いなことに振り払った際、ヒートブッシュの刀身に触手が触れてしまい、神経が触手にもあるイソギンチャクアマゾンは高熱の苦痛を隠さず、動きを一時的に停滞させてしまった。

 

「はぁぁッ!!」

 

これをチャンスとばかりにミツルは一気に斬りかかり、灼熱と切れ味を誇る鋭利な赤熱の刀身が弾丸をものともしなかった表層皮膚は愚か

、筋肉繊維までも焼き切った。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーーーーーッッッ!!!!」

 

甲高く不気味な金切り声のような断末魔の悲鳴が周囲に響き渡る。ミツルは再度斬りつけようとするが、それよりも早く触手の一本が鞭のようにしなり、ヒートブッシュを手に持っていたミツルの手首へと巻きつき、更にはもう二本の触手が胴体、両脚に絡み付く。

 

「ぐあぁッッ!! は、なせ…ぐぅぅッ!」

 

「ミツル君! キャッ!!」

 

助けようとするココロにも触手が容赦を与えず、その身を縛り上げて身動きを封じてしまう。

やがてイソギンチャクアマゾンの身体が伸縮を繰り返し、本体がうねる様な動きを見せ始める。その行動を数秒した後、ふと声が二人の耳に届く。

 

『ァァ……ギィィィ……マ、マ? パ、パ?』

 

幼い女の子とも男の子ともつかない声音だった。最初こそ疑問に思ったがすぐにこの声主が誰のものか、そして何処から聞こえて来るのか

二人は理解してしまった。

 

「う、そ」

 

「喋った…ッ?!」

 

アマゾンが言葉を介すことは知っていたが、まさかその人型からは程遠い姿と巨体、更には本能のみに沿った様な行動から言葉が出て来るとは思ってもみなかったのだ。

 

『ギ……ァァ……パ、パ。ママァ……』

 

また触手が伸びて来る。しかし不思議とそれは二人を傷付ける意思は無いようで、何処となく優しげに触れて来た。

 

“どうなってるの……ッ?!”

 

身動きが取れず、策もない。

ただ困惑しかできずにいたココロは心の中でそう呟くことしかできず

、ミツルも同じような状態だ。

 

「おい」

 

淡々とした男の声。

それがココロの耳に届いた瞬間、身体を拘束していた触手が鋭利に分断され二人は解放された。

 

「俺を無視してマニアックプレイのつもりか? ふざけてんなぁ……

おい」

 

肝が冷えかねない程のドスを利かせた低い声。

大抵の者ならば人間・アマゾンを問わず、恐怖に押されてしまうものだがイソギンチャクアマゾンは、“ただ邪魔をされた”という怒りの感情が滾っていた事と知性が退化している事が重なり、然程すら意味を成さなかった。

 

『◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーーーーーーーーー!!!!』

 

怒り絶頂。と言わんばかりにイソギンチャクアマゾンは吠え、その敏腕性に優れた触手でアルファを捕らえようとするがアルファは両腕で上手く払い除け、更には無数に襲いかかる触手のラッシュを軽くいなしていた。

 

「どうした? そんなもんかよ」

 

繰り出される鞭のような触手のラッシュだがアルファに焦りはなく、アームカッターが備えられた肘から手首の前腕部位の黒い外骨格が籠手代わりとなっており、防具として充分機能していた。

それを用いて防ぎ、それだけでなくパンチで流してはそのすれ違い様にアームカッターで触手を切り裂く。

このままでは不利になることを本能的に悟ったのか。

イソギンチャクアマゾンは自らの体色を変えてまるで透明になったかのように姿を暗ませた。

 

「チッ、厄介だな」

 

思わず舌打ちが出た。

あの時、イソギンチャクアマゾンの不意打ちが成功した最大の要因は“気配が感じられなかった事”ともう一つ、“自慢の嗅覚が酷い悪臭で麻痺している”からだ。

アマゾンの気配を察知する感覚自体は正常に機能している。だが、何故だが気配を感じ取れなかった。

考えられる可能性としてはアマゾンの共鳴感知を掻い潜る隠匿能力を有している、と言う可能性だが、ここまで至近距離でありながら感じ取れない例は今までなかった。

“通常以上に優れた隠匿能力”。

もし、この仮説が真実であれば、言葉通り厄介なことこの上ない。

 

「でもな…動きが単調なんだよッ!!」

 

何をどうしようと見えない。

これに間違いはないが、だからと言って見えないからどうにも出来ない訳ではない。その証拠にアルファは自身に向けて迫っていた触手を鷲掴みに捕らえ、一気に引っ張ると釣られて巨体も倒れてしまいその衝撃が原因で、

体内の色素細胞が狂いが生じた。

こうなると一時的だが正しく色素細胞をコントロールできず、その姿を晒してしまった。

 

「見つけたぞ」

 

ギラリと。緑色の複眼が獰猛に光り、イソギンチャクアマゾンの身体の上へ立ち、アームカッターを振り上げたアルファは慈悲も容赦もなく、振り下ろした。

何度も。何度も。

イソギンチャクアマゾンの中枢臓器が見えるまで……何度も。

 

『ギィッ! ア゛ア゛ア゛ッッッ!!! イィ…ィ…痛イッ!!』

 

生々しく柔らかい物質を切り裂く音と共にアームカッターの刃が深く抉り込み、イソギンチャクアマゾンにとてつもない苦痛を味あわせる

だから、堪らず叫んだ。

れっきとした言語の声で。自分は苦痛を感じていると。

逃れたいとばかりに叫ぶ歪んだ命の声にアルファはただ無言だった。

 

「………」

 

『パ、パ……タスケテ……イタイ……マ、マ…クルシイィィ……』

 

声こそ人のそれとは思えない不気味な機械的な声質だが、それでも何かを求める様は幼子と変わらなかった。

そして、アルファはまるで何かを察しイソギンチャクアマゾンから降りると徐にベルトのグリップに手をかけた。

 

『バイオレント……スラッシュ』

 

アマゾンズベルトの信号が音声に伴い強まり、ギガが活性化すると同時にアームカッターへと集まっていく。その影響でアームカッターが肥大化。

 

「悪かったな。これで終わりにしてやる」

 

明確な謝罪の意を込めた言葉が自然とアルファの口から漏れる。

何故、アマゾンに対し、そんな言葉をかけるのか。

何故、どこか悲しそうなのか。ミツルとココロは何も言わず……と言うよりは何も言えず、ただ事の成り行きを見守る他なかった。

そして。肥大化させたアームカッターで切り裂く技『バイオレント・スラッシュ』が無慈悲に繰り出された。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「ガァァッ!!」

 

まるで獣のように叫ぶイプシロンは、自らが振るうアームカッターがオトナだった死肉人形の首筋に深くめり込み、そのまま刎頚してしまう。

今現在13部隊がいるのは建物の屋上。何故ここにいるのかと言うと時間は少しばかり遡る。アルファの指示に従い13部隊は一階ロビーへ向かおうとしたのだが、行く手を阻むものがあった。

アマゾンモドキの死肉人形の群れだ。可能性として他にも多くいる、もしくは500人と言うオトナの総数がそうなってしまった懸念は元よりあったものの、その数は一階の倍。

100近くはいたのだ。

しかも運が悪いことに群れが押し寄せて来た

場所が一階ロビーへ続く通路。出口を塞がれたも同然で仕方なくエレベーターでこの建物で一番広い場所……屋上へと逃げ込んだのだ

。広い場所なら、狭い通路で戦うよりは自由性が増し、戦法や戦略の幅も広がるから戦いを幾分か有利にできる。

そういった判断で来たはいいものの、道中にどう言う訳かいつの間にナオミが消えてしまった。

 

「ナオミがいない?! きっと逸れたんだ……戻ろう!!」

 

屋上へと繋がる最上階区画。その通路で隊のリーダーであるイチゴがエレベーターから降りてすぐナオミがいないことに気付き、戻る事を提案した。

が、それに待ったをかけたのはゴローだ。

 

「待つんだイチゴ。今戻るのは危険過ぎる。あの数を見ただろう」

 

「でも、それじゃあ!!」

 

“見捨てるのか”。そう言おうとしたイチゴの肩を後ろから掴んだのは

、イクノだった。

 

「気持ちは分かる。けど、もうここまで来た以上立ち止まったり、後戻りしちゃいけないって思う。下手に動けば……私達は間違いなく全滅するわ」

 

イチゴの肩を掴む右手とは裏腹に空いた左手の方は自然と力が込められ、それが握り拳の形を成した。それが何を意味するのかを理解できないほどイチゴは能天気のつもりはなかった。

イクノは、イチゴやこの13部隊のメンバーで誰よりも真っ先にナオミを助けに行きたい

のだ。ナオミとイクノの二人は姉妹と言えるほどに親友の間柄で、ガーデンにいた頃から勉強熱心且つ本の虫だったイクノがナオミに色々と勉強を教え、代わりにナオミはよく虐められていたイクノを励まし守って来た。

幼少の頃からそうやって互いに支え合った仲なのだ。

それ程に大切な彼女が行方知れず、しかも人食いの獣が跋扈するこの建物にいるとなれば気が気では入られない筈。

だが、それでも。

溢れる感情を押し殺してイクノは後戻りではなく、先へ進むという選択を取った。

 

「……ごめん」

 

「ううん。気にしないで」

 

不甲斐ないとばかりに沈痛な面持ちのイチゴにイクノは気にする必要はどこにもないと言う。

そんな事があって何とか目的地に到着するも、既に55体ほどが待ち伏せでもしていたかのように屋上を陣取っていた。

しかも、その内の何体かがタコアマゾンへと変貌。13部隊に驚愕が奔ると同時にこれでこの屋上を制圧する上での難易度がより上がってしまった事を痛感せざる得なかった。

 

「くっそ! オトナの形したヤツはともかく、獣人になってるヤツが

面倒臭せぇぞ!!」

 

ゾロメはこちらに牙を向けて襲い掛かるタコアマゾンの別個体に対し

、蹴りを一発。無論ただの蹴りでは然程…いやそれどころかダメージは皆無だろう。

しかし彼の両足には高電圧の電撃を発生させるレガースブーツ、名を

北欧神話の戦神に肖り『ミョルニル』と呼ぶそれの迸る紫電によって外ならず、体の内側にもダメージが侵攻する。

ゾロメの蹴りにより、さすがに死には至らないものの、プスプスと焼け弾けるような軽音を奏でながら煙を上げて気を失ってしまった。

やはり、まだコドモ達ではアマゾンを狩る事は至難の業だったかもしれない。最もだからどうなると言う訳でもない為、結局はやるしかないのだ。

 

「獣人になったヤツはイプシロンに任せて、私達はそれ以外をやるよ

!! いい?!」

 

ゾロメの言葉を受けてか、あるいは。元より言うつもりだったのかは分からないが指示を飛ばすイチゴ。

すかさず了解と応答があり、コドモたちは各々自分がやり易い戦い方で敵を相手取る。

ゾロメはミョルニルを用いた蹴りで攻めていき、トドメをリザスターガンで刺す戦法を。

ミクもミョルニルでの蹴りを使ってはいるがそれだけでなくメナゾスも使用し、猫を思わせる軽快なステップと素早さで攻撃を仕掛けていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、たあぁぁッッッ!!」

 

が、それでも動作に無駄が多く、すぐに息切れを起こす程に体力の消耗が激しいのが否めない。そして、それは明確な隙になる。

 

「ギィッッッ!!」

 

「ギャッ!」

 

消耗による息切れで少しの間に動きを止めたミクに狙いを定め、襲い掛かろうとした死肉人形2体。しかし紫電色に迸るギガの弾丸が2発

、その頭部を撃ち抜き永遠の沈黙を与えた。

 

「私がいる以上、仲間に手出しはさせない」

 

屋上に設けられた一つの出入り口は8mほどの高さを持つ高台でもあり、その頂でリザスターガンをスナイパーモードにし構えているのはイクノだった。

彼女の射撃率はミツルと同じくこのチーム内で最も優れたもの。そして、遠距離の狙撃に関してはそれ以上を誇り、クロロフィッツに乗る際にも遊撃と援護を担当するように今回の対アマゾン戦でもその手腕が活かされた。

 

「いいよイクノ! その調子で援護よろしく!!」

 

「……うん!」

 

イチゴからの賞賛を受け、自然と胸の奥に熱が灯される。より気力が上がった彼女は的確に死肉人形を狙撃していく。

 

「こ、のおぉぉぉッッッ!!!」

 

そんな彼女を敵から守る為、下で防衛戦を展開しているのがフトシだ。彼は腕に装備された盾のガントレット、アームシールドで迫る敵を押し返し、ビビりつつも盾の裏側に仕込まれた剣を出して仕留める。

肉体的なダメージは今の所ないがフトシの性格が災いし、精神の方のダメージが大きいだろう。

それでも彼は狙撃による援護射撃を担うイクノを狙い襲おうと登って来る敵に対し、容赦なく倒す形で守る。それがフトシの役目なのだ。

 

「ゴロー! 援護しづらいし、危険だからあんまり接近し過ぎないで!!」

 

「そう、は、言っても! 難しいって?!」

 

ゴローとイチゴのデルフィニウム組はゴローが白兵戦で攻撃を仕掛け、リザスターガンでの援護をイチゴが行なう戦術をとっているのだが、ゴローが敵との距離を詰め過ぎて援護射撃ができず、と言うよりは敵の方から距離を詰めて行くせいと言った方が正しい。

その敵はまた新たに死肉人形がアマゾンへと変質した存在で、他のタコアマゾンがそうであるようにズタボロ状態だが衣服を纏っている。

ただこのアマゾン…タコではなく巻貝の様であり、名付けるなら“カイアマゾン”と呼ぶべきか。

このカイアマゾンは貝という、のっそりしたイメージのある生き物の意匠を有する姿をしているにも関わらず俊敏性に特化しているようで動きが素早く、更には貝本来の特性である防御力も発揮している為かメナゾスの刃を通さず、ヒートブッシュやヨルムンガンド、アマゾン

・トマホークさえ通用しなかった。

唯一ミョルニルは通じるようだが、それでも接触しなければ効果はない。その事を一度身に受けた事で学習したカイアマゾンはミョルニルによる蹴り技をその優れた俊敏性を生かし、回避するようになってしまった。

こうなるとゴローは不利に陥る。

さすがにイクノほどの射撃性能を持たないイチゴではゴローに当たってしまう危険性があり、イクノは増加していく死肉人形の殲滅に手こずっている状態。

当然、援護は望めない。

 

「拙い……このままじゃ……」

 

不安げな声を漏らすイチゴ。しかしこの状況では仕方がない。何体か倒しても増加していく死肉人形の群れ。そして、その中から変異を遂げたアマゾン。リザスターガンのギガ消費による弾切れは時間の問題であり、13部隊全員の体力もそう続かない。

ふと、最悪な結末がイチゴの頭を過る。

必死に振り払おうとするがこの置かれた状況が根を張り、中々消し去れない。

その瞬間。

 

『バイオレント…ブレイク・スピア』

 

無機質な電子音声と共に何かがカイアマゾンへ向けて飛来し、そのまま頭部を貫通さしめてしまう。

 

『ギィッッッ!! ギギギィィィ!!!!』

 

断末魔の悲痛な叫びを上げてカイアマゾンは自慢の防御力を容易く砕かれて死滅。黒い液体の中には棒のようなものがあり、先端に菱形状の刃の部位とその両サイドから翼に似た装飾が施された代物。

どうやらコレがカイアマゾンを死に追いやった物らしい。

 

「無事かゴロー?!」

 

イプシロンが駆けつけ、ゴローの安否を確認する。

対するゴローは困惑を隠せないものの特に怪我や異常はなく、何もなかった。

 

「あ、ああ。大丈夫だ。それよりこれ……」

 

「“ブレイク・スピア”…って言うらしい。頭にイメージが流れて……と、とにかく! 気をつけて戦うんだ」

 

悠長に説明している暇はないとばかりにそれだけを言い残し、イプシロンは再びブレイク・スピアを手に取り死肉人形やタコアマゾンの頭部や各箇所を抉るように切ったり、突き刺したりと。更にはアームカッターで何体かの死肉人形の首を飛ばし、または強靭な握力で腕や足などを容易く引き千切るなどの芸当もやって見せる。

そして、そんな彼を援護するように戦っているのはゼロツーだ。

彼女は人間離れと呼ぶに足る身体能力を発揮し、向かって来る死肉人形の首に回し蹴りを打ち込み怯んだ所をアマゾン・トマホークで切り裂いていくが、他にも投擲武器と言う特性を利用して投げつけ、数体同時に狩る腕前も見せつけた。

イプシロンもゼロツーも凄まじい血みどろの残虐戦を展開しながらも確実に殲滅させていく光景を見て、やはり味方である事が頼もしく、

逆に敵だったらと思うと笑えない心境になるゴローは何とも言えない

苦笑混じりな表情を顔に張り付かせた。

 

「ゴロー、大丈夫?」

 

「は、はは……なんかもう、すごいな」

 

手の平で制止させるような感じで“大丈夫”だと。ゴローはジェスチャーを送り謝罪の言葉を紡いだ。

 

「悪いイチゴ。しくじった」

 

「うんうん。私の方こそ助けられなくてゴメン。状況は最悪だけど、がんばろう」

 

「ああ」

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

13部隊とアマゾンの血みどろの激戦が繰り広げられている中、それを監視する者が一人いた。

 

「いや〜中々がんばるじゃないの。スタークさん的には嬉しいな〜うんうん!」

 

ブラッド・スターク。

近くの建物から見ていた彼女は愉快そうに、笑みを零していた。

 

「あ、でもやっぱアレ拙いな〜。戦いっぷりはいいんだけど、数的に不利だし………」

 

顎に手を当てて何かを思案するような仕草でしばしそうしていたが、すぐに答えを見出した。

 

「老人方のご依頼もあることだし、助太刀してあげますか!!」

 

軽快溌剌。そんな言葉がよく似合うほどブラッド・スタークは意気揚々と宣言する。

 

それはまるで、新しい波乱の幕開けを告げるかのようだった。

 

 

 

 

 

 








感想待ってます!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Viper laugh《笑う毒蛇》 後編




すみません……この回をヘマやらかして消してしまいました。

再投稿します。どうぞ。


 

 

 

 

 

どれほど時間が経っただろうか。

それを確認するだけの余裕は13部隊には存在しない。そんな事していれば、隙を突かれてお終いだ。

 

「チィッ! 叫竜みたいにウジャウジャ湧くなよ!!」

 

ミョルニルを用いた電撃付属の蹴りで怯ませてから、メゾナスでタコアマゾンの首筋を斬り裂くゼロツーは溜まっていく不満を言葉としてブチまける。無論、それで敵がどうにかなる訳でもないが。

 

(拙い! このままじゃ……)

 

全滅。この二文字が嫌でもイチゴの思い浮かんだ。普通に考えれば倒しても倒しても湧き出て来るアマゾンモドキの死肉人形に、その中から変異した完全なアマゾン。今は何とかなっても銃の弾になるギガの容量には限りがあり、体力もまた同じ。

体力が空になればイプシロンの場合は元の姿に戻り、コドモらはまともに立てない状態になるだろう。そうなれば仲良くアマゾン共の腹の中へ収まる未来は確定となる。

 

“そうならない為には、どうすればいい?”

 

“何をすればいいの?”

 

思考をフルに使いイチゴは考える。

この戦況から脱出するには一体どういった方法が正しいのか。リーダーとしての葛藤し始めた直後、それは唐突に起きた。

頭上から幾千と錯覚しかねない程の数の赤い光弾がまるで生きているかのように、蛇行の動きでコドモらを避けて死肉人形やアマゾンへと着弾。死肉人形は当たった瞬間に黒い液体と化し、アマゾンらは結構なダメージを食らったらしく倒れてそのまま黒い液体になって死ぬ者もいれば、何とか生きているものの、いずれ絶える虫の息が殆どだ。

 

「な、何が起こってるの……?」

 

「いや〜どうもどうも。第13部隊の諸君」

 

いつからそこに居たのか。

胡散臭さを醸し出したかの様な雰囲気で揚々と。あるいは飄々とも取れる態度で軽く声を掛けた怪人物……ブラッド・スタークは屋上の中央に位置する辺りの縁に腰を下ろし、手を振っていた。

 

「ブラッド…スターク!!」

 

「おんやぁ? 随分と警戒心剥き出しだね〜イチゴちゃんは」

 

イチゴが名前を呼ぶと同時に睨みを利かせるがそんな事など何ともないと。堂々と宣言でもしているかのように意に介していなかった。

 

「何しに来た、スターク!!」

 

イプシロンがアームカッターを構えて問い掛ける。下手に動けば、いつでも狩ると言う意思表示だ。

だが、スタークは怯えるどころか気に止める様子さえなく、調子を崩さず話を続ける。

 

「何しに来たって、キミたちを助ける為だよ。キミたちを守り生かす事をキミらのパパに頼まれたんだ。何故だと思う? それはボクがキミらのパパの協力者だからさ」

 

なんの配慮もなく投下された発言は爆発的とも言える衝撃でコドモたちに驚愕を与えた。

 

「お、お前がパパの協力者ぁ?」

 

「嘘おっしゃい! なんでアンタみたいな胡散臭い奴がパパの協力者なのよ!!」

 

ゾロメが懐疑的な視線を向け、ミクがありえないとばかりに反論するがとうの本人は溜息を吐くばかりだ。

 

「悲しいね〜、信用されないのって。まぁさ分かるよ? 信じられないのは。でも本当の事だし、どうあっても覆らない事実だからさ、そこん所ヨロピク♪」

 

憎たらしい笑顔でVサインを送るスタークのその舐め腐った態度に業を煮やしたのか。あっという間に距離を詰めて来たゼロツーは彼女が衝撃で落ちようとも鑑みず、問答無用で蹴りを見舞った。

しかし。

 

「!!ッ」

 

「甘いよ。バケモノちゃん♪」

 

その蹴りを、スタークは何と人差し指一本で止めてしまった。

 

「反射速度は中々。身体能力もいい。で・も・さ、足りないよ全然」

 

くいっと。ほんの少し押すだけでゼロツーの身体はグラつき、倒れかけるが両手で身を持ち上げてそのまま反転。体制を何とか立て直すがいつの間にか背後にいたスタークが左腕で彼女の腹部から腰を、右腕で首を絞め付ける形で捕らえてしまった。

 

「ハッハッハッ!! こうして見ると凄い可愛いいね、愛玩動物っぽくて!」

 

「クッ、はな、せ!!」

 

力を振り絞り拘束から逃れようと足掻くが、どうにもできなかった。むしろ無駄に暴れれば暴れるほど締め付ける感覚が強まり、宛ら蛇のようだった。

 

「あと……発育も良いぃ」

 

ねっとりと湿り気を帯びた様な言葉にゼロツーは背筋に悪寒が奔り、しかも腹部から腰を押さえていた腕がゆっくりと這う様に胸へと移動。そうして、その手でゼロツーの美しく整った豊満な乳房を掴んだ。

 

「さ、触るな……ウゥッ!!」

 

「フフフ……悪い子だ。お仕置きしちゃおっかなぁ?」

 

決して強くなく、しかし加減していながらも抜け目のない程にしっかりとした掴み方で乳房を揉む。その背徳感の湧く菅能的な光景に13部隊のコドモらは思わず、頬を赤く染めてしまうが彼は違った。

 

「ゼロツーを離せ!!」

 

後ろからアームカッターで斬りかかろうとするが、充分加減はしている為、まず死ぬことはない。

 

「キミも基本的な性能はいいけど、まだ足りないよ。これじゃ雑魚感まる出しだ」

 

ゼロツーを離し、後ろを振り返ったスタークはメタリックのシルバーカラーに染まる30cmの筒状の物体を何処からか取り出したかと思えば、その筒状の口に当たる部分から硬質な赤い物質が瞬時に生成されれ、アームカッターを防いだ。

 

「何ッ?!」

 

「驚いた? これはギガとマグマ燃料を加工して生産した特殊な物質を使ったものでね。名前は特に無いんだけど……さしずめ、“トランスソード”とでも呼ぼうかな?」

 

どんなに力を込めても切断できない赤い物質の刀身を前にこれ以上は無駄だと判断したのか、イプシロンは一旦飛び退いて距離を取りつつ、戦闘態勢は解かず様子を伺う。

 

「仕組みは簡単だよ。この特殊な加工物質は温度次第で鋼鉄みたいに硬くなったり、鞭のの様にしなやかに柔らかくもなる」

 

軽く筒状の物体…スターク・セイバーを人差し指で器用に持ち上げながら、頼まれてないにも関わらず説明を続ける。その様子からは緊張感に欠けるが決して容易に笑うことのできない不気味な何かがあった。

 

「硬度を高めるには50度以上必要で、柔軟にするのなら28度以下。更にその下まで行くと赤い粒子状に分解できるから消したい時にそうするって感じね。で温度設定の仕方はすっご〜く簡単♪ このコントロールバーって部分を指で軽くなぞるだけ。あ、もっちろん火傷しないよう高温対策もしてあるからキミ達でも十分扱えるけど……あげよっか?」

 

「んなのどーでもいいんだよッ!! つーか、助けるつもりなら何で

早く来なかったんだよ!!」

 

リザスターガンの銃口を突きつけながらゾロメは吼える。

イクノもいつでも狙撃できる様に既に照準をスタークに定めており、他の皆も警戒心を上げていつでも戦える態勢を整えていた。

 

「あ〜れまっ随分と嫌われてるな〜……あっ、質問の答えだけど簡単だよ。ボクはね、どうしても確認したい事があったんだ」

 

「確認したいこと?」

 

疑問を孕ませてイチゴが復唱する。

 

「キミ達13部隊だよ。キミ達はパラサイトとして育成され、その為だけに生きてきたと言ってもいい。そんなキミ達が突然アマゾン狩りを始めてさ、一体何処まで出来るのか……知りたいじゃん?」

 

「そ、それだけの理由で?」

 

「え? なになに怒ってんの? ちゃんと助けてあげんたんだからさ〜、細かい事は言いっこなしでしょ?」

 

さも当然と言って憚らないスタークの言動は、無性に胸の奥底から怒りを焚き付けるには十分過ぎた。

 

「お前……いい加減に黙らないと噛み殺すぞ」

 

「ハッハッハッ!! さっきまでいい様にされてた癖になに? その強気発言」

 

高々とスタークは笑う。が、その視線は何処でも冷え切っていて情の暖かさなど皆無に等しいと言えた。

 

「安さが良い味出してるよ、本当」

 

どういうわけか、唐突に先程までの高々としたテンションがまるで嘘の様に消え去る。

それに伴って声のトーンが低くなったかと思えば、獲物を狙う蛇のような視線がコドモらを縛り付ける。

 

「まっ、いいさ」

 

興味が失せたかのように視線を平常に戻し、トランスチームガンを肩でトントンと軽く叩く。

 

「ともかくボク情報だとさ、まだいるみたいよ? ほら」

 

そう言って人差し指を向ける先には出入り口から新たに出てくるアマゾン……タコアマゾンが8体とカイアマゾン2体が出現。

ゆっくりとした足取りながらも獰猛な唸り声を上げて、獲物として13部隊を捉えていた

 

「それじゃあ、ここはイプシロン君に任せようじゃないか。あっ、それ以外は手出し無用ね♪」

 

スタークはそう言い、前の叫竜戦で使用していた水道管のバルブが付属された銃型アームデバイス『トランスチームガン』を天へ向け発砲。

放たれた赤色の光弾が蛇のような不規則にくねり曲がった動きを見せつつ、イプシロンを除くコドモら全員を拘束した。

 

「ちょっ、何コレ?!」

 

「ほ、解けない…グゥッ!」

 

「ちょ、これ痛いって!!」

 

「ぐっ!」

 

「こ、このぉぉ……ッ!!」

「おい! 何の真似だよ!!」

 

「そうよ! なんでヒロだけにッ?!」

 

拘束されつつも問い詰めるイチゴとゾロメを一瞥するも視線をイプシロンへ向けながら答えた。

 

「まぁ、簡単に言えば性能検証ってとこかな?」

 

「性能検証?」

 

「そそっ。どの程度やれるのか、それが知りたくてね」

 

ただ簡単な事で、なんでもないのだと言っているに等しい様子の言動だが、それで納得できる訳がなかった。

 

「お前ッ…ガァッ?!」

 

捕まった仲間達を助けようとスタークに詰め寄るイプシロン。

だが、そうはさせまいとばかりに1体のタコアマゾンの触手が首へと巻きつき、イプシロンの進行を阻止した。

 

「グゥゥ……ク、ソ……ッッッ!!!」

 

踏ん張りを利かせて抵抗を試みるが、結果はその努力を無駄と嘲笑う。あっという間に引き摺り込まれてしまい、残りのタコアマゾンやカイアマゾンから鋭利な爪や重量感を伴う蹴り、果ては強靭な顎力と牙で噛み付かれると言った理性も技術性もない原初の暴力の嵐がイプシロンを襲う。

 

「おんや? なんか弱くなった?………あー、ただ単にエネルギー切れなわけね」

 

スタークが言いたいのは、アマゾンとしての体質に基づく特性の事を指している。

動物が他の種、あるいは同種の個体を殺害・食べることでその生存を繋げるようにアマゾンもタンパク質……特に人間の物を食らう必要がある。そしてアマゾンとしての力を行使する場合は消耗が激しく、使えば使うほど空腹感は強まり、ある一定のラインまで行くと身体機能が脆弱状態に陥ってしまう事がある。今まさにイプシロンがその状態なのだ。

 

「ぐっ、ガァッ!! ぐ、ヴオオオオオオオオオオオオオォォォーーーーーーー!!!!」

 

一か八か。ギガの力を身体の胸と腹部の境目当たりの中央一点に集中させ、一気に放つ事で衝撃波を発生させる手に出たイプシロンは結果を成功に収めたものの、消耗がより一層としたものになってしまい、現状不利な状況は覆らない。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、……クソ」

 

「へぇ〜やるねぇ〜。普通なら人間の姿に戻ってる筈なんだけど、

以外にタフなのかね?」

 

面白い。内心そう呟いてスタークは、場所を弁えず手に頭を乗せた状態で寝そべる。緊張感などそこら辺にでも捨てたのかと言いたい太々しさだ。

 

「ヴヴ…グルァァッ!!」

 

獣のように吼えるイプシロンはベルトの右グリップを握ると、そのまま一切の躊躇なく引き抜く。同時にアマゾンの血液らしき黒い粘り気を帯びた液体が流れ、足元に生々しい音を奏でた。

そして引き抜かれたグリップ部分はその先に短剣の刀身が形成された武器のそれと化していた。

 

『バイオレント……ブレイク・ナイフ』

 

遅れて電子音声がそう発した。

どうやらこれは、“ブレイク・ナイフ”と言うものらしい。

 

「ギィ、ギィィ!!」

 

タコアマゾンの一体が腕に絡みついた触腕を投げ縄のように振るい飛ばし、イプシロンを捕らえようとしたが自身の身に触腕が接触する前にブレイク・ナイフが無慈悲にぶつ切りにせしめる。

 

「ギィィーーーーーーーッッッ!!!!」

 

「ハァァァァァ…………」

 

痛みに悲鳴を上げるタコアマゾンだが、その姿を見てイプシロンは深く、恍惚とした吐息を零す。

すると今度はカイアマゾンの二体がイプシロンを仕留めようと突撃を仕掛けて来た。その姿は先程まで戦っていたカイアマゾンとは形態が異なり、例えるなら前のカイアマゾンが足軽兵にサザエの意匠を組み込んだ様なら、新たに出てきたカイアマゾンは西洋の騎士にアンボイナと呼ばれる猛毒針を発射する海水性の貝の意匠を有した形態となっている。

 

「ギュルルッッッ!!」

 

独特な鳴き声で威嚇するように吼えるカイアマゾンの内、赤い体色の1体が接近格闘戦を仕掛け、もう1体の青い体色のカイアマゾンは手首から鋭い針を伸び出し、刺しに掛かるという戦法を取った。

アンボイナの意匠を有するだけに針には猛毒の成分が分泌されており

、もしほんの僅かな少量でも体内に入れば数分と掛からず死に至るだろう。

 

「ハァァァァァッッッ!!!!」

 

だが、その事を知らないながらも本能で危険だと感じたイプシロンはブレイク・ナイフで棘を防ぎ、もう一方の手でパンチを繰り出して来たカイアマゾンの拳を鷲掴みにする形で捕らえた。

そして、一方的に棘を押し返すとナイフを袈裟斬りに振るい、カイアマゾンの棘がある二の腕から先を切り落とした。

 

「!!ッッッ」

 

声が出ないほどの激痛が青のカイアマゾンを襲う。だが、その痛みに浸る余韻はなかった

。すぐさまイプシロンが次の手に出たからだ。

イプシロンは赤のカイアマゾンの拳を掴んでいた自身の手に更なる力を込め、一気に自分へと引き寄せる。

そして、そのまま力の流れに任せてある方向へと投げ飛ばす算段で目的の方角へと重量級の部類に入る赤のカイアマゾンを容易く……それこそ、ボールでもポイと手から放す様な感覚で吹っ飛ばした。

目当ての方角の先にいたのは切られた手首を抑えて痛みに耐えている青のカイアマゾン。

そこ目掛けて吹っ飛ばされたという事はどういうことになるのか…問うまでもなく、赤のカイアマゾンとの衝突以外にありえない。

 

「ギィッ!」

 

「ギャッ!!」

 

 

赤と青のカイアマゾンの両者がぶつかり合った際、なんとも間抜けな声が彼等の口から漏れ出た。赤のカイアマゾンを青のカイアマゾンへとぶつける事が目的だったイプシロンは

、成功を少しばかり喜びつつ、グリップを握り回らした。

 

『バイオレント……エア・スラッシュ』

 

ベルトから発生される特殊な電磁パルスが身体中に水面の波紋の如く広がる感覚と、その後で全身のアマゾン細胞が暴れるかのようにザワつき、活性化する様を感じ取っていくイプシロンは膝を屈ませ、強靭な筋力をバネに高く跳躍。

更に両腕に備えられたアームカッターも細胞の活性化によってギガが増幅し、肥大化したのだ。

 

「ハァァァァァーーーーーッッッ!!!」

 

覇気の篭った声をいっぱいに腹の底から吐き出して、イプシロンは降下と同時に肥大化したアームカッターを振り下ろす!

 

「「ギュルルゥゥゥッッッ!!!!」」

 

振り下ろされた両腕のアームカッターが赤と青のカイアマゾンを捉え、頭から下腹部へと綺麗な一線を描いた。

そして。

その身体は慈悲の一欠片もなく左右に分断され、その命を断たれた。

 

「ガルルゥゥゥ……ガァァッ!!」

 

カイアマゾン2体を倒す事に成功したものの、まだタコアマゾンが8体もいる。

枯れ切った力を無理にでも絞り出すような声で叫んだ後、イプシロンは両足にギガのエネルギーを送り、強制的に再度活性化させる事で爆発的な速度を可能にするだけの力を生み出した。

そして、一気に8体のタコアマゾンの間を駆け抜ける。

 

「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!」

 

荒い息がイプシロンの口腔から吐き出される。身体に掛かった負担は既に限界値を超えており、バイオレントを放った時点で変身が解除されてもおかしくはなかったが単に気力か

。あるいは何か特異な体質的理由があったのか。真相は定かではない。

 

「グゥゥッッ!……ガッ、ハァッ!!」

 

さすがに負荷の許容範囲を超えたのか、イプシロンはとうとう膝を曲げ、地に付いてしまった。

それと同時にイプシロンがタコアマゾンらの間を駆け抜けた直後から何故か動きを停止させていたタコアマゾンたちが次々と黒色の液状化へと消滅していく。

どうやら駆け抜けるあの刹那の一瞬にアームカッターの刃が致命傷を与えていたらしい。

 

「ブラボー!アメイジング、ブラボー!」

 

そんなイプシロンにパチパチと。両の手の平で拍手喝采を送るのは、

ただ一人……ブラッド・スタークだ。

 

「火事場の馬鹿力は何とやら……かな? ボクの予想を良い意味で裏切ってくれて嬉しいなぁ」

 

「ハァ、ハァ、ハァ……さっさと、拘束を……みんなの拘束を解けッッ!!」

 

「はいはい、そ〜れッ!」

 

パチンと。弾けるような音を指と指で打ち鳴らし、それに呼応するように13部隊を拘束していた赤いエネルギーのようなものは消失。

自由の身になった。それを確認したイプシロンは気が抜けたのか、人間の姿であるヒロへと戻りながらその身を地面に預けるように倒れた

 

「ダーリン!」

 

「ヒロ!」

 

それを見たイチゴとゼロツーが真っ先に駆け寄る。少し遅れるように13部隊も彼の下へその安否を確かめようと駆けつけた。

 

「おい、大丈夫かよヒロ!!」

 

「ヒロ! しっかりしろ!」

 

「し、しし死んじゃってないよね?!」

 

意識のないヒロをイチゴが仰向けに寝かし、状態を見る限りでは意識を失っている以外に何ら傷や異常の類は見受けられず、正常な呼吸を表すように胸部が上下に動いている。

 

「さって、と。中々いいもの見れたし、ここでお開き…ッ!!」

 

ここに留まる理由がなくなったスタークは軽く身を伸ばし、そのまま去ろうとするが直後に自身に向けられた殺気を感じ取り、トランスチームガンをある方向へと定めトリガーを押した。

 

バァンッ!!

 

赤色のエネルギーで形成された光弾とは違う、れっきとした金属製の実弾が銃口から吐き出され一直線に殺気の下へと突き進む。

 

「フンッ!」

 

しかし実弾は容易く弾かれた。

 

「よぉ、初めまして。ブラッド・スターク…で、当たってるか?」

 

実弾が放たれた方角はこの屋上の出入り口だった。

スタークの名を呟きながらそこにいたのは……。

 

「刃さん!!」

 

アマゾン・アルファだ。その後ろにはミツルとココロもいた。

 

「コ、ココロちゃあぁぁんッッッ!!」

 

嬉しさに満ちた涙を流して3人の下へと向かうフトシ。ココロの両肩を掴んで良かったと何度も言う光景からはどれ程心配したのかが窺い知れる。ミツルはどーでも良さそうだったが、二人の様子を見て心なしか安心した様に溜息を零す。

チラッとそれらを一瞥したアルファも、そんな感じを匂わせるが眼前にいるスタークへの警戒は一切解かず、緑色の複眼を光らせて問いを投げる。

 

「ノーコメントってのは無しだ。答えろ……お前は何もんだ?」

 

「そうだねぇ……七賢人の老人方の協力者って言えばいいかな?」

 

「ああ……ジジイ共の。で、そんな奴が何の用なんだ?」

 

「いやね、頼まれたんだよ。13部隊を守って欲しいって。まぁ、正直面倒臭いとは思ったけどさ、これでも仕事はきちんと受けてする方だから」

 

胡散臭い。スタークの言葉から滲み出るものは、まさにこの一言に尽きた。

 

「騙されないで下さい! こいつは私達の身動きを封じて、ヒロだけにアマゾンと戦わせたんです!!」

 

イチゴが非難するように叫びながら言う。

それを聞いてスタークは悪びれる事なく話を続けた。

 

「確かにそうしたけど、ボクはただ単に彼の力量や能力がさ、どの程度なのか知りたかっただけだよ。実際、ヤバそうだったら助ける気でいたし」

 

「……そうかよ。フンッ!」

 

真に受ける気はない。

わざわざ言葉にしなくとも短い返答と同時に、右腕にギガのエネルギーが集中されていく時点で明確に知れるだろう。

そこから発生した赤熱のエネルギーが湾曲した層の刃と化してスタークに迫る。

鷹山刃圭介という男の性格を鑑みて、自分の態度で何かしら攻撃手段に出て来るものだと事前に予想はしていた為、突発的な彼の行動に対応することはスタークにとって造作もなく、トランスチームガンの光弾で相殺する算段を即座に組み立てて銃撃を放つ。

が、ここでスタークは目測を誤った。

層は二重になっていたのだ。1発の光弾は確かに相殺を可能にしたがその中に隠れていた二層目はそうはならず、目前までスタークに切迫した。

 

「チィィッッ!!」

 

本来ならこの時点で餌食になっていただろう。しかしスタークは迫り来る赤熱のエネルギー層をギリギリの紙一重、僅か数cm差で横に身を反らすことで回避する事に成功したのだ。

 

「グゥゥッッ!!………ハ、ハハ……やってくれるね!」

 

とは言え、完全には回避できなかった。

その代償として層に近かった左腕の二の腕には火傷のそれと似た切創の傷跡が形成されていた。

 

「ほぉぉ。当てる気満々だったんだが、意外と反射神経イイんだな」

 

「あ〜痛ったいな〜! 乙女の肌を傷物にするとか、えげつないね!」

 

皮肉たっぷりのアルファの言葉だが、それに応える事はなく、自身の二の腕に刻み付けられた傷を見てスタークは嫌味混じりに罵る。

 

「それで、どうする? 大人しくお縄につくか。それとも、俺に情報を色々吐いて殺されるか……さぁ、選ばせてやる」

 

「それじゃっ、第三の選択肢『逃げる』で!!」

 

2つに1つという選択肢の提示に対し、彼女は存在しない3つ目を選ぶとその身体に黒の蒸気を纏わせる。すぐにアルファが阻止しようと走り出すしたものの、あまりに遅過ぎた

。蒸気の消滅と共にスタークの姿は消え失せてしまったのだ。

 

《あーそうそう。キミ達の大事なお仲間の女の子……確か、ナオミだっけ? その子はボクがきちんと助けてあげたからさ。今頃は1階のロビーの所でスヤスヤ夢見状態♪

ちゃんと保護してあげるんだよ? あと、ここのアマゾンたちはイプシロン君が始末した奴等で全部だから。チャオッ!!》

 

13部隊にとっては良い情報と付属してどうでもいい台詞を吐き捨てて、紛れもなく本当にこの場から姿を消したようだ。

 

「ジジイ共の協力者がブラッド・スターク……こいつは、キナ臭くてイケ好かねぇな」

 

小さくだが、それでもはっきりとした声音で様々な感情を交錯させた様に呟くアルファの言葉は、ただ静かに虚空へと溶けていく他になく、本人以外の誰の耳にも届く事はなかった……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~キッシング×キミの棘、ボクのしるし~
フラップ×アップダウン 前編





早く出来上がったので連続投稿です。どうぞっ。


 

 

 

 

パラサイト第13部隊によるアマゾン狩りの結果は余す事なく全員が生還を果たし、尚且つ多くのアマゾンの駆除に成功した為、結果としては申し分ない成果を築き上げたと言ってよかった。

だが、やはりまだ未熟な部分が多くあり今後の課題となる事だろう。

アマゾン殲滅の任務最中に行方不明となったCode703はスタークの発言通り、1階ロビー

で意識を失い倒れていた。

腹部に一箇所、打撲痕があり、左の二の腕には長めに直線状に描かれたような火傷も確認されているが、本人によると高温の蒸気を発していたタコアマゾンの触腕に襲われた際に出来たものらしく、打撲痕もその際殴られたことでできたものだと彼女は言う。

それ以外ではこれと言うほど重傷は見受けられなかったので、その点に関して言えば僥倖と言えただろう。

 

「さて。以上が結果としての報告だが、ここからは別件だ。何故、スタークにあんな真似を?」

 

地球の軌道上に浮かぶ要塞コスモス。

その内部では鷹山を連れたフランクス博士が“ラマルククラブ”と呼ばれる七賢人らの中央本部会議の場で、スタークの行動の是非を問い質していた。

 

「ウェルナー。誤解しているかもしれないが、スタークの行動の意は我々とは無関係なのだよ。アレの独断行為に関しては我々も目に余ると考えている」

 

「とは言え、奴は我々に最も貢献してくれた人物の一人。君達と同じようにな」

 

「だから、今回の件は不問にすると?」

 

淡々と話す主席と副主席。それに対してウェルナー……フランクス博士は、睨みを利かせて返答を投げた。

 

「確かにスタークの行動は我々の意に反したと言ってもいいかもしれんが、それを言うのならお前も同じだぞウェルナー」

 

ゴリラに似た仮面と大柄な体格をした七賢人の一人が、フランクス博士に言の葉の一石を投じた。

 

「お前の数々の無茶……あるいは無意味とも言える要望を今まで叶えてやった来たことを忘れたのか? それを鑑みれば、とやかく言うなどできない筈だが?」

 

ゴリラマスクの七賢人の言葉は正論だった。

現13部隊のテストチームとしての結成しかり、ゼロツーの13都市への滞在しかり、他にも諸々あるがこれらに共通しているのは賢人らの反対意見を押し退け、無理矢理に案を押し通したと言う点だ。

だとすれば、確かにスタークの事をとやかく言う権利などないのかもしれない。

 

「なら、俺に言わせてくれよ」

 

だが、鷹山というコロニーからの派遣協力者ならば話は違う。

 

「無茶な方針にしちまった俺にも責任は当然あるが、スタークの行動のせいでヒロは死に掛けたんだぞ」

 

「……Code016の事か?」

 

「ああ。スタークの奴がした事はアマゾンの活動エネルギーとも言えるギガの大量消費を無意味に起こし、ヒロを殺しかけたのと同じだ。血液の大量出血みたいに規定値をオーバーする位に失くなると下手すりゃ命に関わる。

アイツはどういう訳か俺と同じアマゾンで、“ライダー”になれる。それをよく考えたら、ヒロの損失はそっちにとって痛い筈だ」

 

鷹山の言葉に主席はふぅむと息を吐き出し、何か思案しているようだ。

実際、鷹山の言い分には一理ある。

ヴィスト・ネクロのプランテーション襲撃や他諸々の暗躍。それらは、APE側の人類にとって最悪以上と見て取れる程の被害を齎したのは明白な事実。なんとか警備を厳重にし

、それなりに対策はしているもののアマゾンの脅威を前にしては最新鋭の科学の結晶であるAPEもさすがに手に負えない状況に陥ったのは否定できず、加えて、追い打ちをかけるように叫竜の存在の脅威もあった。

これを上手く打開するには、やはりアマゾンに対しての正しい知識とそれに適した戦い方を熟知する存在が必要、という判断が下され、2つの条件を豊富に有しているコロニーと何度か接触を図り、交渉を繰り返して同盟を締結させるに至った。

鷹山刃圭介という男がコロニー出身であるにも関わらず、協力者としてAPEにいるのはそういった経緯があっての事だ。

とは言え、それでもより活発化していくヴィスト・ネクロの魔の手を防いでいくには鷹山でも限界がある。

そんな中、ヒロことアマゾン・イプシロンの存在は吉報と言えた。今後増加及び悪化していくかもしれないアマゾン関連の危機的事態を想定すれば、切り札は多いに越したことはない。

近々“戦力として実装されるもう1つの切り札”のことも鑑みれば、アマゾン・イプシロンの必要性は一層増すだろう。であればスタークの独断行為がいかに咎められるべきかが分かる。

 

「確かに鷹山博士の言い分にも一理ある。認めよう。スタークには厳重に注意を勧告し、監視も付けさせる。二度とこのような事が起こらぬようにな」

 

主席は、やはり決して変えることのない淡々とした口調を崩さず、あくまで事務的な対応で今後のスタークの処断を二人に言い渡した。

 

「そうならないよう……願いたいな」

 

鷹山は依然として納得いかないと険しい表情を浮かべるが、これ以上何か言っても無意味である事を理解していた為、早急にフランクス博士と共に去っていく。

その去り際の後ろ姿を見ていた主席はふと、呟く。

 

「我等の大望は完遂される。何者であれど、輝ける未来への妨害はさせぬ……」

 

その発言に一体どのような真意が隠されているのか。それを理解する術は、少なくとも七賢人たち以外に有り得ない。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

もはや周知の事実だが、プランテーションはその全てにおける原動力をマグマ燃料を使用する事で維持されている。

しかし稼働する為の燃料である以上は当然、減る訳だ。決して一個のプランテーションで無尽蔵に生み出す等出来ないし、地中深くからの発掘によってマグマ燃料を手にする事ができる。

従って、使用し続ければやがては底を尽きてしまう。近くに補給施設があればいいがその数はたかが知れる程に少なく、そこに留まって定住しようとしても大量のマグマ燃料を嗅ぎ付けて大勢の叫竜が押し寄せて来る危険性があり、結局移動し続けるに越した事はない

のだ。

よって計画的に安全な順路で移動していくに限るが叫竜の襲撃はこちらの事情などお構いなしに起きるもの。フランクスがあるとは言え、パラサイト部隊の壊滅・全滅は珍しい話ではない。

命懸けの戦いである以上、100%の勝利が保障できないからこそ対叫竜兵器に頼り切る訳にはいかず、そういった事態への緊急対処として逃避の為に移動速度を上げたり、砲撃などのセキュリティーにもマグマ燃料は消費してしまう。

人間が文明を築き、そこで生活を営む以上はエネルギーの消費は必須であり、前時代から

続く性と言っていい。しかし、そうなるとすれば、辿り着く間もなく保有するマグマ燃料の枯渇してしまう危険性もある。

そのような事態にならないしない為にプランテーション間においての“キッシング”と呼ばれる、燃料の受け渡しがある。

今回、そのキッシングが第13都市セラススのプランテーションからの申請で、順路の関係上合流することになる第26都市クリサンセマムのプランテーション間で行われることになったのだ。

 

「ほぇ〜すっげぇなアレ」

 

ガラス張りの籠の中にあるパラサイトの居住区ミストルティン。その外と中の境界線である特殊防護ガラスの前で、13部隊のパラサイトであるコドモ達は、マグマ燃料の受け渡しに必要となる巨大なパイプラインが上手く接続する様子を眺めていた。

 

「でもなんか意味あんのか、アレ?」

 

「アンタ知らないの? キッシングよ、キッシング」

 

どうやら知らないで見ていたらしいゾロメにミクが説明を買って出る。

 

「他の都市とああやって繋げてマグマ燃料を受け渡すのよ。ったく、そんなことも知らなかったの?」

 

「う、うるせぇな。言ってみただけで知ってたよ! んなこたぁ」

 

「絶対知らなかったでしょ」

 

売り言葉に買い言葉、まさにゾロメとミクの為にあるようなものだと思いかねない恒例の

他愛ない痴話喧嘩を繰り広げる二人。

そんな彼等を余所に他のコドモたちは各々に感想を口にした。

 

「すごい……私、初めて見たかも」

 

「僕もそうだけど、結構すごい大掛かりなんだね」

 

初めて見る壮観な光景に感激した様子のココロ。フトシの方も似たような感じではあるがココロほどという訳ではなさそうで、キッシングの大掛かりな作業工程に対し、自分の予想とは大きく違っていた事を実感したかのようだった。

 

「まぁ、マグマ燃料の受け渡しですからね。それにプランテーション2つで大量のマグマ燃料がある訳ですから、それに引かれて尋常じゃない数の叫竜が攻めて来る危険性もある

みたいですし」

 

ミツルがご丁寧に解説を付け加える。

 

「だとしたら、守らないとね」

 

「そうだな。その為の俺らだ」

 

ゴローはやる気に力むパートナーの頭を撫でつつ、そんな言葉を返すが頬を少し赤らめたイチゴに手を払われてしまい、苦笑を零した。

 

「繋がる…か」

 

ヒロはと言うと、他のみんなとは大分違う事に思考を巡らせていた。

ゼロツーと交わした“キス”という行為。

繋がるという点に関してはキッシングと同様であるせいか、ふとそんな事を思い出してしまっていた。

 

「キス…オトナたちは、するのかな?」

 

キスは大切な人同士がやる事だと。前にゼロツーからそう聞いたことがあった。

なら、オトナは?

コドモはキスを知らない。自分も彼女から教えられる前はそうだった。知り得ない筈だった1つの知識が疑問を呼ぶ。それはヒロの頭の中でいくつも増えていき、やがては答えを求めようと探求心と言えるものに変化していく。

何故だが、それが懐かしく思えた。

どうしてかは分からない。あくまで心の隅に置く程度なのだが、それでも懐かしさが無性に湧いてきたのだ。

 

「!!ッ」

 

「? どうかしたヒロ?」

 

一瞬、ヒロがほんの少しよろめいたのを見たイチゴが気にかけるが、当の本人は何でもないと答える。

 

「だ、大丈夫だよイチゴ。ちょっと頭がクラッとしただけだから」

 

「昨日はあんな事があったんだし、体調には気をつけてよ」

 

イチゴの言う“あんな事”とは、昨日に行われたアマゾンの駆除作戦のことだ。

確かにあの時は大変だった。アマゾンにとって自身の力を引き出す活動エネルギーであると同時に生命線にも等しいギガの大幅な消耗は、多大なる負荷をヒロに与えた。

もし、二日間で意識が戻らなければ、確実に命を落としていただろう。それ程に危篤状態だったのは否めない。

そんな状態に陥ったのは自称“七賢人の協力者”と宣うブラッドスタークの仕業なのだが、ヒロに全く非がないとは言い切れない。あの時、ヒロはギガの消耗を考えずリミッターを振り払って全力でアマゾンとの闘争に興じてしまったのだから。

“何故、そんな事をしたのか。”

それを問えば、返答は単純なものでアマゾンとしての自分……途方もない闘争本能に飲まれたからだ。

アマゾンが“獣人”と称される所以はソコだ。

人の倫理や価値観、人としての基準では決して計れない、“獣たらしめる本能”。

アマゾンという種の個がこの世界に生まれ落ちた瞬間から持つ、掟にして枷とも言うべきソレがヒロにもある。

今はただ、人たらしめる理性の仮面の裏側に潜んでいるだけで……。

 

「そうだな。おまけに、よく一人で無茶するしな」

 

自らの奥底で息衝いているアマゾンとしての本能について、しばし陰鬱とした気分で思考に意識を浸らせていたが、そんな彼の話題をゴローが苦笑混じりに振ってきた。

 

「えっ?! そ、そうかな……?」

 

「ホントッそれ! 最近になってヒドくなってるんだから、ちゃんと私達を頼れよ!」

 

時折、垣間見せるイチゴの男勝りな雰囲気に押され気味になり、思わずヒロは苦笑を漏らす。そんな光景を見ていたのは、棒つきの飴玉を口腔の中で舌で器用に舐め転がしていた

ゼロツーだった。

いや、正確に言うとヒロのみに視線を注いでいた。

まるで“ボクの目は誤魔化されない”とでも言っているかのうような、妖艶な笑みを浮かべて……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「イッタァァッッ?! も、もう少し優しくしてよイクノ〜!」

 

「我慢してよ。これでも加減してやってるんだから」

 

パラサイトたちの生活の拠点である館の女子棟の一室。そこには本来なら他のコドモたちと同じくキッシングの様子を見に来ていたであろう二人の少女がいた。一人はベッドに横たわり、一糸纏わぬ姿の上半身を起こしているナオミと彼女の二の腕に出来てしまった酷い熱傷に薬品クリームを塗るイクノ。

この二人が何故キッシングを見学せずにいるのかと言うと、ナオミはあの駆除作戦以降、高熱を伴った体調不良を起こしてしまい、その看病を率先して引き受けたのがイクノだった。

あの時、彼女と逸れてしまったあの状況では助けられなかったとしても致し方ない事だし

、何よりナオミ本人が気にするなと言っているのだ。ならあまり責任に苦しむ必要はない

のだが、それでも親友を助けられなかった事への贖罪……と言うほど大層なものではないのかもしれないが、どのような形であれナオミの役に立ちたいという強い思いがあった。

その表れが看病と言う行為であり、それをナオミがどうと言った所でイクノの決心は揺るがない。

献身的な看病とはナオミも満更ではなかったのだが物静かで丁寧で、そして本の虫な彼女のイメージとは裏腹に薬品クリームの塗り方が少し荒っぽいのは否めないし、熱のせいで浴槽には入れない彼女の為に暖かい濡れタオルで身を拭いた時も、柔らかい生地で出来ているにも関わらず地味に痛かったのはほんの数分前の出来事。

 

「うう……痛いものは痛いし、も〜少しくらい優しくしてよイクノ〜」

 

「そんなこと言われても……」

 

泣き顔で懇願するナオミだが、イクノが困り気味に溜息を吐く。

さほど難しくないと思っていたものでも、実際にやってみると違うこともあると常識として知ってはいるが、彼女本人にはその自覚がないと言うのが致命的だった。

 

“自分のやっていることは普通にできている”。これがイクノ本人の認識だ。

 

手順や方法自体は間違ってはいない。あくまで力加減の一点だけなのだが、どうにも力の

加減がイクノにとっては不得手らしい。

 

「まだ熱ある?」

 

「……うん。まだ少し」

 

イクノの質問にナオミはそう答えた。まだ身体を

 

とは言え、随分快調へと回復した方だ。

体調を崩し始めたばかりの時は高熱で息を荒くし、まともな返事が出来ないほどだった。

 

「そう。………ねぇ、ナオミ。その……」

 

「ストップ。どうせ昨日のアレでしょ?」

 

「……」

 

沈黙は肯定だった。またかと今度はナオミが溜息を吐いた。

 

「気にしなくていいって言ってるでしょ?

アレは仕方なかったの」

 

仕方がなかった。ナオミの言葉は正論としか言いようがない。いったい、どれだけいるのか確定されていない無数のアマゾンが息を潜めている建物の中で、仲間と逸れてしまった

場合、さがすのは相応のリスクが伴われる物だ。

しかも、今回が初めてでアマゾンの駆除経験が全く培われていないコドモ達からすれば、来た道を戻ってナオミの捜索という選択肢を実行に移すのは自殺にも等しい。

 

「イクノの判断は正しかった。気持ちでは否定したとしても、それは事実なの」

 

勇気と無謀は違う。

後先考えず、ただイタズラに感情のままに行動することは大抵の場合、自滅しか齎さない無謀のそれだ。正しい知識とそこから導き出される最良たる結果を現実に活用できる必要な要素。

そして、真っ直ぐ躊躇わずに進む精神力を備えて初めて勇気と呼ばれる。

イクノはその場に置かれた状況を冷静に分析し、最良たる結果として、引き返すことを選択したのだ。決して臆病風に吹かれて見捨てたのではない。

 

「そう、だけど……もっと他に良い方法があったかもしれない。そうしてたら……」

 

“ナオミが襲われて、傷ついて苦しむこともなかったかもしれない”。

 

「ていッ!」

 

「ほにゃァッ?!」

 

突然、脳天から何かがぶつかるような衝撃がイクノを襲った。素っ頓狂な声を上げつつ、ジワリと来る鈍痛に頭を押さえる。

 

「ナ、ナオミ?」

 

視線を下へ伏せていた事とネガティヴな思考に意識を持っていかれていた為に気付かなか

ったが、片手をチョップの形にしているナオミの姿を見れば、衝撃と痛みの原因は彼女に

あると嫌でも分かるだろう。

そんなナオミへ疑問形ながらに名を呼ぶが、返答はある言葉だった。

 

「“誰も、同じ川には二度入れない”」

 

「!! それって……」

 

「うん。昔ヒロが言ってた言葉。確か…元は大昔の哲学者の言葉だったっけ?物事を川に見立て、川は流れ続ける。時間が止まることなく進み続けるようにね。一度入った川は、

二度目に入る川とは別物になってしまってるから、常に一秒一秒と変えている川に同じ状態で二度入ることなんてできない……まぁ、なにが言いたいのかって言うと……」

 

頭を手でポリポリと掻きながら、ナオミは堂々と言った。

 

「“細かいことは気にするな”ってこと」

 

「え、えぇ……」

 

哲学的な用語を使い、意味深な言葉を口にしてもおかしくなかったこのタイミングで出た言葉は単純に『細かいことは気にするな』の一言。

なんとも言えない表情をしているイクノだが、そんな彼女を置き去りにナオミは続ける。

 

「過ぎた事をウジウジ考えて、ズルズル引きずるなんてナンセンスよ。大体、怪我だって

私がヘマして出来たものなんだから、イクノが気にすることなんてないの!」

 

口調を強めにそう言うナオミに対し、イクノは呆然と見ていたものの、やがて自然と笑みを浮かべて“うん”と。頭を縦に振って頷く。

小さい頃にも似たような事があった。

悩みがあって元気のないイクノにナオミは、今みたいに強気なゴリ押しとも言える説法で

励ました事が度々あったのだ。側から見れば無茶苦茶かもしれない。

が、それでも彼女の言葉はイクノにとってはいつも救いになり、助けられたのも事実だ。

 

「ごめんねナオミ。ちょっと気にし過ぎたみたい」

 

「ちょっとじゃなくて、“かな〜りスゴく”でしょ?」

 

「言えてるかも」

 

そんな話をしながらプッと吹き出して二人は笑い合う。

最近、こんな風に楽しく笑うことなんてなかった。イクノ自身、パートナーであるミツルとの溝や叫竜に加えアマゾンとの戦いのせいか昔以上に笑うのが少なくなった。

だが、久々にこんな心の底から楽しく笑う事ができるのはナオミのおかげだ。

 

“本当に残ってくれてよかった”

 

ナオミがこの13都市を去らず、残してくれたことを七賢人たるパパたちに感謝しつつ、イクノは久しぶりの嬉々とした感情でナオミと会話を弾ませていった。

 

 

 

 

 











目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フラップ×アップダウン 中編




投稿する前に色々と目を凝らして編集しますから目が死にそう……。




 

 

 

「で、あんまし勝手な行動は慎めと?」

 

嫌気が差す。

ブラッドスタークはそんな思いをバイザーで隠された顔に浮かべては、気怠げにそんな言葉を口にする。尤も、口だけは見えている為、どんな表情をしているかなどモロ分かりだが。

 

「問われるまでもない。あの局面でのお前の行動は至極、非合理的で計画性を感じ得ないことであるのは明白だ。スターク、我等に齎してくれた数々の功績には感謝している」

 

事実ではあるが、ここで主席は“だが”と一言置いて言葉を続ける。

 

「それとこれとは話が別だ。此度の一件、そう易々と水に流すわけにもいかないのだよ」

 

七賢人を束ねる主席の言葉を聞いてスタークは反省の色もなく、ただ退屈そうな欠伸を零すだけ。そんな態度が気に障ったのか、ゴリラの仮面の賢人が異議を申し立ててきた。

 

「貴様、その態度は何だ。これは貴様自身に対する疑義を正か否かとする場でもあるのだぞ」

 

「へぇ〜、そう」

 

飄々とした口調を崩さないがしかし何か…言葉として便宜上表現するのであれば、“悪意”とも言える底知れぬ情念が篭った賢人を貫く。

 

「それってさ。現在進行形でボクが疑われてるって、言いたいのかな?」

 

「そ、それは……」

 

スタークの異様な視線に臆したのか、言い淀むの賢人だが、ここで助け舟が出された。

 

「そうは言っていません。しかし、あのような局面でCode016の能力の検証などする必要はないのでは? もし、何か意図がお有りであるのなら、包み隠さず聞かせて貰いたい」

 

女性らしき体つきと声の賢人だ。彼女の質問はスタークの行動の是非を、本質を追求する為のもの。ここで妙なシラを切れば賢人達が抱く不信は確信へと変わり、スターク自身の立場を危うくするだろう。

 

果たして、どう答えるのか……。

 

緊迫した空気の中で、スタークはアホくさいとばかりに鼻を鳴らし嘲笑う。

 

「ああ、教えてあげるさ。今後の為にデータが必要だったんだよ」

 

「今後の?」

 

「そう。ヴィスト・ネクロは確実に力を付け始めてる。いずれその毒牙が突き立てられるのは目に見えてる。そうならない為にも……アマゾン・イプシロンの戦闘データが必要なんだ。あの子にはそれだけの価値がある」

 

イプシロンの戦闘データ収集の為。そう聞けば納得はいくかもしれない。

 

だが、あくまで賢人達は追求に徹した。

 

「では、その為にあのような事を? それこそ我々に言って貰えれば、戦闘の機会など何処でも好きな時に用意できたのだが?」

 

「加えて、そのせいでアマゾンを取り逃がし、更なる被害や損失を生んでいた可能性も否定できない。今回は大事なかったが所詮結果論だ」

 

主席と副主席の言葉にスタークは笑みを消す。

 

「グランクレバス攻略の日は近い。この大規模な計画を前に混沌を齎しかねない異分子も

要素など、存在してはならない」

 

「今回の一件に基づき、ブラッドスターク。貴方を重要監視対象として認定させて頂きます。ある程度の行動の自由は認めますが、度を越す行動・行為が見られた場合は即拘束させてもらう」

 

「異論はあるまいな?」

 

別の賢人達も続くように尊大な態度を崩さず、スタークへ物申して来る。

 

彼等の言葉の羅列の数々にスタークは深く、ただ深く溜息を吐く。

 

「…………はいはい、了解しました。こっちも疑われるのは心外だし色々面倒だ。

だから、アンタらの意向に従うさ」

 

妙に長い沈黙の後に発した言葉は、賢人達にとって納得のいくものだった。

 

「おや? また何かやったのかいスターク」

 

背後から声をかけられた。スタークが後ろを振り返えれば、一般のコドモたちが着ている制服とは異なった服装に身を纏った一人の少年だった。

純白の色彩に所々派手な装飾が見受けられるその服装はまるで王族、王子と称するに相応しいだろう。金髪を癖毛に仕上げ、淡くも煌びやかな翡翠色の瞳が特徴的だった。

 

「まっ、そんなとこ。キミがボクのお目付け役かな? “ナイン・アルファ”」

 

少年の名をスタークはそう呼ぶ。図らずも鷹山が変身するライダーと同じ名を持つ少年はその顔に浮かべた微笑を絶やさない。

 

「そうだ。そしてスターク、君には彼と共にイオタの迎えを頼みたい」

 

「ふ~ん……あの子を帰還させるの?」

 

「状況が変わったのだ。

世界各地でこれまでにないほど叫竜が活発化を始め、目撃例が少なかった大型個体が多く出現するようになり、その勢力を強めている。現状ナインズが対処に当たっているが彼等には他にやるべき事が色々ある。それ故にストレチリアの力がいるのだ」

 

「なるほど。でもあの子のステイメンは正式に決まってるけど、アマゾン・イプシロンの子も?」

 

「いいえ、彼女だけです。穢れた獣の血の特殊検体とのこれ以上の交わりは悪影響を及ぼしかねない」

 

女性の賢人が答える。

 

「あの娘と組みたがるステイメンは大勢いる。特殊検体と一緒でなくとも、問題はない」

 

淡々と。今度は副主席が答えた。

 

「これ以上、博士の気まぐれやあの娘の我儘に付き合う訳にはいかないのだよ。そして、これは君の名誉挽回としての責務だ。良い結果を期待する」

 

期待の二文字とは裏腹に主席の言葉には僅かな嫌味と、猜疑心が介在していた。

言いたい事はあるものの、今は大人しく言う事を聞く方がいいと考えたスタークは右手をプラプラと振り、やる気が見られない返答を送った。

 

「了〜解ッ! んじゃ、これにて失礼するよ」

 

踵を返しそのままスタークは去ろうとし、監視役であるナイン・アルファもそれに続く。

 

「待て、聞きたい事が一つだけある」

 

主席が制止の声をかけた。

 

「なに? まだあるの?」

 

「Code016が持つあのベルト……アレの詳細については、今も話す気はないかね?」

 

主席の鋭い視線が仮面越しにスタークの姿を捉えるが、それに負けない殺気の視線が主席を射抜くように捉えた。

 

「確か、前に約束しなかったっけ? お互いの機密情報はよっぽどの事がない限り、譲渡しないってさ。覚えてないのは……ちょっとね〜」

 

空気が張り詰めて行くのを感じた他の賢人達は思わず息を呑み込んだ。それ程までに殺伐としたもので、ついさっきまで平然と微笑を浮かべていたナイン・アルファもこれには笑顔を崩し、険しい表情を形成してしまう。

 

「どうやら失言だったようだな。すまない。私の言葉は取り消してほしい」

 

謝罪を口にはするものの、悪びれることなく主席はそう言う。そんな態度だがスタークはそれに対して何も言わず、静かにナイン・アルファと共に黒の蒸気に包まれ、その場から消え去った。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

苦しい。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……」

 

熱い。

 

「はぁッ、はぁッ、はぁッ、…!!」

 

痛い。

 

「ぐぅッ、ヴゥゥ……ッッ!!」

 

深夜の闇の中。部屋に設けられた寝具であるベッドに身を寝かせたヒロはいつもより早い

鼓動と痛み、そして駆け抜ける熱さを感じて目を覚ました。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、………なんなんだ」

 

上半身を起こし、激痛と熱さに胸を押さえるヒロは原因不明の痛みに困惑しかなかった。

 

「この痛みは……一体……」

 

ともかく、寝よう。

 

今は消灯時間。勝手に部屋を出ることを許されていない為、再びベッドへと身を沈める。

態勢を少しはがり横向きにすると痛みは若干薄れたが、それだけだ。苦痛が無くなる事はなく気休め程度にしかならない。

 

(もしかして……ゼロツーに乗ったせい、なのか?)

 

ステイメンの命を喰らう呪い。それは以前から聞かされ、ゼロツー本人も認めている。

 

それが、原因なのか?

 

思い当たる節と言えば、それしかない。

 

もしそうだったとしたら、あのステイメンの人も自分と同じ苦痛を感じていたのだろうか

? そんな考えが頭を過るが次第に微睡みの誘いに意識が徐々に持っていかれ、最終的には眠りの闇へと落ちていった。

 

「?? ……ここ、は?」

 

気が付けば、雪が降り積もる森の中にヒロは立っていた。木々には僅かながらに葉が生き

、ネズミなどの小動物が忙しなく動いている。何故自分がこのような場所にいるのかなど

皆目見当も付かない。

 

「なんだろう……どこかで……」

 

しばらく歩いていると、どういう訳か。ここを懐かしいと感じる自分に気付き、ゆっくりとした足取りで前へ前へ、進んでいく度にそれは強まった。

 

やがて、目の前に大きな木が現れた。

 

「これは……ヤドリ木?」

 

一目見ただけで、ヒロはその木の名前が頭に浮かんだ。子供の頃、植物図鑑の本を読んで知った神話にも登場する神聖な木。この下で行う誓いは、神の祝福を貰うことができるとされている。

 

朧げながらもそんな知識を得た記憶が蘇って来た。

 

「懐かしいな。そう言えばあの時、この木の下で◾︎◾︎◾︎に……」

 

自然と出て来た言葉は、

 

え?

 

あの時?

 

◾︎◾︎◾︎?

 

◾︎◾︎◾︎って?

 

誰かの名前? 何かの番号? どこかの場所?

 

視界を覆い隠すかのようにノイズが奔る。

 

「う、なんだ、これ……」

 

気持ち悪い。頭が痛い。

 

二重苦がヒロを襲い、その場に蹲って頭を片手で押える。ふと、目を凝らして見ると誰かがいた。ノイズに邪魔されているがそれでも、その姿を見ることができた。

 

頭に生えた二本の角。

 

血のように赤い肌。

 

長い白髪。

 

僅かに開いた口から覗かせる尖った歯。

 

それは、普通とは大分異なるが一人の女の子だった。

少女は怯えたようにヒロを一瞥すると踵を返し、背を向けて逃げるように去ろうとした。

 

「ま、待ってくれ!」

 

知りたい。もっと見て確認したい。

 

そういった強い思いがヒロを支配し、必死に手を伸ばす。だが無常にも少女は足を止めることはなく、やがて木々の中へと消えてしまった。それと同時にヒロの意識が途絶えた。後悔と哀愁の思いを感じながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ムニュッ

 

「んん…………………………え?」

 

ふと、目が覚める。

懐かしい夢を見ていたような気がするのだが生憎、ヒロ本人にその記憶は『見た』という情報だけで、肝心の『内容』は皆無だった。

 

そして、疑問が生じた。

 

何故、自分のパートナーの笑顔が目の前にあるのか。何故、右手に妙に柔らかい違和感が存在するのか。嫌な予感がする。すぐさま視線を自身の右手へと向ければその手は、ある物を掴んでいた。

女なら誰でも持ち、男が時として至宝と呼ぶこともある胸部に実ったもの……それは。

 

「ふふっ、ダーリンってエッチだね♪」

 

“乳房”だ。

 

「うわあああああッッッ??! ごめんゼロツー!! わ、わざとじゃなくて、その……」

 

すぐさま鷲掴んだ手を離し、飛び起きて早々目を泳がしながら必死に弁明をするヒロだが

、そんな必死さなど無意味だとばかりに非難の言葉を投げかける事もなく、ただ笑みを向けるだけだ。

 

「ははッ、いい反応するねダーリン。そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

 

ベッドから上半身を起こし、座った姿勢でじっとヒロを見据える。やはり羞恥心の感じられない余裕に満ちた笑顔だ。

 

「パラサイトはエッチな方が向いてるって、前に博士が言ってたし、刃兄も仮面ライダーはエロい方がイイって言ってたよ?」

 

「え、エロい……?」

 

何ソレ?と知識にない単語にツッコミを入れかけるヒロだが、それよりも早く隣のベッドに寝ていたゴローが騒がしさから目を覚ましたようだ。

 

「ふあぁ〜……なんだ朝っぱらから……って、ゼロツー?! なんでここにいるんだよ?!」

 

驚くのも無理はない。ここは男子寮だ。本来なら入ってはいけないにも関わらずゼロツーは、ただヒロに会いたいが為に来たのだ。

 

「やっほーゴロー! おはようさん」

 

自身の行動がいかに軽率で違反したものなのか、絶対に理解してないであろう。そう思える屈託のない笑顔でゴローに挨拶するゼロツー。

 

「お、おいヒロ。ここ男子寮だぞ」

 

「いや、そう言われても……俺もゼロツーがなんでここにいるのか……」

 

「こぉぉるぁぁッッッ!! ゼロツー!!」

 

バダンッッ!

 

聞き慣れた声が大きく張り上げられ、閉ざされていた筈のドアが勢いよく開かれる。原因はイチゴだった。しかし今のイチゴは普段のそれとは異なり、怒り心頭と言わんばかりに眉間にシワを寄せている。

 

「勝手に抜け出して何やってんのよ!!」

 

「ボクはダーリンに会いたかっただけだよ? ん? 何か悪い?」

 

疑問符を頭に多く浮かべてはそんな事を宣うゼロツー。ただでさえ相当な怒りを鬱憤させているイチゴにしてみれば、もはや業火の中に燃料を投入するも同然だ。

 

「女子は女子寮! 男子は男子寮って決まってるの! だから勝手な事はしないで!!」

 

「えー、面倒くさい〜」

 

「面倒臭くない!!」

 

ゼロツーの手首を掴んで無理矢理に引っ張っていく幼馴染の姿を見て、部屋に残された男二人はただただ呆然とする他になかった。

さて。朝の一騒動があったものの、食卓にはいつも通り13部隊のコドモたちが揃って席につき食事をしていた。

 

「ダーリン! あーん!!」

 

「あ、あのゼロツー? みんな見てるし…」

 

ゼロツーは相変わらず、蜂蜜漬けの食べ物を口元まで近付けてはヒロに食べてもらおうとするがとうの本人は周りの視線を気にしてか遠慮している。そんな光景をイチゴはよく思わず、険悪とした視線で睨みつけている。

 

「いや〜熱々だね〜。見せつけくれるよ」

 

鷹山はピンク色の雰囲気を醸し出す二人にそんな言葉を投げかけては、手に持った骨付きの焼き鶏肉をガブリと頬張る。

 

「仲良いね、ヒロ君とゼロツーちゃんは」

 

「人前であんな事するのもどうかと思うけど……」

 

微笑ましいとばかりに言うココロとは対照的に、ミクは呆れた様な苦笑で言う。

 

「怪我の方は本当に大丈夫なの?」

 

「うん! 大分よくなったし、問題ないよ」

 

まだ火傷の痕が残るが熱も痛みも完全に引いて、快調となったナオミはベッドの上での療養生活から解放されたのが嬉しいらしく、いつもよりか上機嫌でイクノに答える。

 

「食欲も戻ったし、今日はセレモニーがあるから早く食べなきゃ」

 

キッシングの際は両都市で盛大なパレードや式典が開催されるのが通例となっている。

オトナたちは両都市間における交流に華を咲かせ、コドモたちはキッシング時に大量に来るであろう叫竜から都市とオトナを守る為、課せられた使命に燃える。

これに関してはオトナに憧憬を抱くゾロメにとって闘志を燃やし気合いを鼓舞させるには

十分だった。

 

「おっしゃあああああ!! どんな叫竜が出て来ても、俺とミクのアルジェンティアで余裕に完璧にぶっ飛ばしてやるぜ!!」

 

そんなことを言っては、大食いであるフトシに負けない食いっぷりで食物を胃へと流し込んでいく。

 

「はあぁぁ。ホントっ調子良いんだから」

 

呆れつつもミクはいつも以上に元気なゾロメに安堵の表情を浮かべた。

 

和気藹々としたコドモたちの食事風景。

 

それを目にしつつ、鷹山はある人物へ視線を移した。その先にいたのはナオミで、彼女に

対して向ける視線は疑惑の二文字が滲み出るほど険しいものだった。実際、鷹山はナオミに対しある疑いを待っていた。

 

“ナオミが、ブラッドスタークの正体”だと。

 

これを聞けば大抵の者は、鷹山の言葉を戯言の類として切って捨てるだろう。彼女をよく慕っているイクノに至っては嫌悪感をこれでもかと抱くかもしれない。だが冗談でも何でもなく、ナオミに疑いをかけているのは事実だ。勿論、疑いをかける以上はれっきとした理由がある。

 

“ブラッドスタークの現れる際にはナオミの姿がなかった事。”

 

そして、“左腕の二の腕にできた直線状の火傷。”

 

まず前者について述べよう。

最初にスタークがその姿を現したのは、13部隊の入隊式にて叫竜及びアマゾンの襲撃に遭った時だ。ヒロの状況説明によればあの時ナオミとはぐれてしまい、その後でスタークと邂逅し例のベルトを強制的に譲渡して来たと言った。

次に現れたのは、ヴィスト・ネクロの幹部の一人による叫竜を用いての奇襲作戦を開始されたあの日。ナオミはミストルティンの館の部屋で指示通り待機していたらしい。

その際コドモの監視目的で密かに設置されていたその部屋の隠しカメラが異常を起こし、約10分ほど映像が断絶。その後カメラの機能は回復し、ナオミは特に何もせずベッドに腰を下ろし座っていたことから単なる一時的なカメラの不調と結論付けされた。

 

だが、鷹山はこの時点で怪しさを覚えた。

 

断絶されていた空白の10分間の中というのは、ナオミという存在を観測することができず、何らかの行動を起こすのに最適だと言えるからだ。

だとしても直接行って確認すれば良かったのでは?と思うかもしれないが、あの時の状況は叫竜に加えてヴィスト・ネクロの奇襲という混乱の渦中。数少ないオトナの職員は市民を安全な場所へ避難させたりと様々な方面で駆り出されていた為、わざわざコドモ一人に時間を割く道理はない。

 

鷹山本人としてはやりたくない強引な手段ではあるが、本人を捕らえて直接問い質す形で尋問する手もあった。だが、あくまで仮に彼女が“黒”だった場合。何かしらの策を講じて来る危険性が生じるのとナオミが潔白だった場合、コドモ達からの不信を買い、関係に亀裂が綻びが生まれ後々面倒且つ厄介な問題になりかねない可能性。

 

この二点から迂闊にそういった手に出れないのは理解できるだろう。

 

それにもし彼女がスタークならば、いずれ何かしらのアクションを起こすだろう。その時に出た尻尾を掴み、喉元へ喰らいつけばいい。鷹山はそんな腹積もりを内心に抱えていた

 

そして、後者……つまり二の腕にできた火傷なのだが、これに関しては謎が多かった。

 

自分がスタークへ向けて放ったギガの波長は鋭い刃物が一直線に切るかのように彼女の二の腕を深く切り裂き、同時に保有していた高熱が炙るように重度の火傷を与えた筈だが、ナオミの場合、火傷の程度は赤く腫れ上がり水膨れができる比較的軽度のもの。

 

これでは説明にならない。

 

スタークがアマゾンであると仮定すれば完全にとは行かずとも、驚異的な治癒能力で回復したとすれば筋は通るがスタークからアマゾンの気配はなく、それはナオミも同じだ。

ナオミに至ってはパラサイトの体調検査も定期的に行なっており、結果は異常が一つたりとも見受けられない“白”。

 

ならば、所詮杞憂に過ぎないなのでは?と誰もが言うかもしないが、それでも鷹山は用心を怠る気は毛頭なかった。

 

(俺の野生の勘ってヤツ、できればハズレてほしいんだがよ……)

 

あってほしくはない。そう思うも鷹山の決心に揺らぎはなかった……。

 

(もし、お前が本当にそうだったなら……その時は殺す)

 

それは仄暗く、感情が介在しない無機質な使命感と言えるものだった

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フラップ×アップダウン 後編





最近、漫画版ダリフラが色々と面白い!って思い始めてます。

そりゃ『To LOVEる』の矢吹先生が描いてるんですし、面白くない筈はないんですけどね。結構アニメにはない描写があって、アニメよりキャラの掘り下げが多い感じがして、自分的にはめちゃくちゃ面白くてイイですね。








 

 

 

 

両都市間のセレモニーは入隊式のそれとは違い、華やかさがあった。

 

「すっげーなぁ!」

 

ゾロメは興奮を隠し切れず、この盛大なセレモニーに対し素直な感想を述べる。

他の皆も同じように辺りを見渡したりと興奮の程が伺えた。

逆に26部隊のコドモたちは13部隊とは逆に落ち着きを見せていて、年季に基づく冷静さと言うものを感じる。

 

「パラサイト諸君! この両都市のキッシングは素晴らしい交流を齎すと同時に多く叫竜を呼び寄せてしまうだろう。だが! 君たちは、フランクスに乗ることのできる戦士! 君達は強い! 必ずや勝利してくれると信じ、我々と両都市の運命を預けよう!!」

 

両都市を代表してオトナの一人が演説を行う。その言葉からは叫竜の脅威から自分達と街を守るパラサイト達への期待と信頼があり、それを実感しているパラサイト達は部隊を問わず心に大きな高揚を齎すには十分だった。それだけオトナからの期待されるというのは、やはりオトナの為に心血を注ぎ命懸けで叫竜と戦うコドモにしてみれば、気分が良いものなのだ。

コドモたちは歓喜なる喝采の中で長く赤い絨毯の道を往く。その両サイドでは13都市と26都市の紋章が刺繍された旗を掲げるオトナたちが厳粛に立っており、いろいろな色の紙吹雪が舞い降り楽器による行進曲が響き渡る。華やかで盛大な式典の中でヒロはふと天を仰ぎ見る。

 

“きっと、今まで経験したことのない大きな戦いが始まる”

 

ヒロはそんな予感めいたものを感じつつ、同時に自分の中に潜む、“本能”が疼くのを感じた。

 

「すごかったね〜セレモニー」

 

「本当! 26部隊の人たちカッコ良かったし! イクノはどう思う?」

 

「別に。興味ないわ」

 

「はぁ〜お堅いこと……」

 

ゼロツーを除く13部隊のコドモたちが全員揃う館内のラウンジでは、ココロとミクが今朝に開催されたセレモニーを話題に嬉々とした会話を弾ませていた。

それをミクはイクノへ振ったものの、本人的に興味は皆無らしく、そんな素っ気なくつまらない態度の答えに愚痴のような言葉を投げかけるミクの表情はジト目のそれだった。

 

「でもよ、オトナに期待されるのってすごくイイ気分だよな!!『君達は強い』って言われちまったしよ~!!」

 

「そうそう。俺たち、必要とされてるんだって感じがしてさ!!」

 

ゾロメとフトシも話題に乗っかり、揚々とした気分で語っている姿は彼等のパラサイトとしての在り方がよく分かる。ゾロメに至ってはセレモニーでのオトナの演説時のポーズを真似してお道化るほどだ。

 

彼等パラサイトはオトナの為にフランクスに乗り、叫竜と戦う。それが生まれて生きる理由なのだと教えられ、誰も、そこに疑問を抱いたりはしないのだ。

 

「でも大丈夫かな? 私達より経験を積んでる26部隊のパラサイトの人達がいてくれるのは、心強いと思うけど……」

 

「まぁ、推定でも百単位ぐらいの数で攻めて来るらしいからね……今まで経験したことない初めての戦いになるのは確実よ」

 

ココロとイクノの言葉は、この場にいる全員の不安を体現したものと言ってもいい。いつもは調子付くゾロメもこの場においてはそれを隠せず、口籠る様子で何とも言えない表情を形作っていた。

 

「大丈夫だよ」

 

沈黙していた重い空気をイチゴの一言が切り裂いた。

 

「私達はこれまで色んなピンチを切り開いて来た。まだ結成したてだから先輩になる26部隊の人達からしたら、まだまだかもしれない。でも叫竜だけでじゃなくて、アマゾンだって倒せた。

こんなこと他の部隊じゃ経験した事ない筈だよ。そんな私達が勝てないわけないじゃん。もっと自信を持とう! 絶対に勝つんだってさ!!」

 

不思議と不安を取り払ってくれる力強いイチゴの声。リーダーという立場が心理的な作用でそうさせるのか、あるいは生まれ持っての才能なのか。

 

いや、どれも違うだろう。

 

他ならぬ数々の戦いによって築いた“実績”。人は結果の数だけで自信を得ることができる。

それが自分の手で一つ一つを積み重ねたと実感すれば、尚の事それは強まる。イチゴの言葉がそれを気付かせる鍵となり、完全にとはいかないが、それでも不安の翳りを自信という光で少しばかり晴らす事はできたのは間違いなかった。

 

「…………はは。今の言葉、リーダーらしくて様になってるよイチゴ」

 

ゴローはそんなパートナーの姿を見て、自分の事のように嬉しそうに答える。

 

「ん、んなことたぁ分かってるっての!」

 

「まさか、イチゴにそんなこと言われるなんてね……」

 

ゾロメは誤魔化すようにそう言い、ミクは少しばかりライバル視しているイチゴに言われてかやや不満気なものの、満更でもなさそうだ。

 

「私はピスティルとしては役に立てないかもしれないけど、皆ならできるって思うよ。ね

っ、イクノ!」

 

「え、あ、うん……」

 

隣にいたナオミの手が自身の肩へ置いたことに驚きつつも、若干頬を赤らめて答える。

 

「そんなこと、イチゴに言われるまでもありませんがね」

 

ミツルは素っ気なく、相変わらずだったが。

 

各々が自信に目覚めたおかげで空気は軽く、明るいものになっていったのだがヒロだけは違った。

 

「……」

 

床に視線を落とし、何か思い詰めた様な表情からは心中に何を思い考えているのか。それを的確に推測することは困難だろう。

それに気付いたイチゴは、この時点で“ヒロの身に起きていた異変”を機敏に感じ取っていたのかもしれない。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

洗面台。朝起きて必ず顔を洗い、歯を磨く場所であるここでヒロは一人、鏡越しに映る己の顔を睨む様に見つめては荒く息をしていた。また、あの胸の痛みが再発したのだ。

しかもそれだけでなく、あってはならぬ一つの欲求が強烈に身体を掻き毟るように沸いて来る。

 

“人の血肉を食べたい”

 

それが今、ヒロの身を蝕む病のような欲望であり、認め難い事実だった。蛇口のノズルを捻って水を勢いよく大量に出す。その水を手で掬い取り、顔に思いっきり浴びるヒロは息を深く吐き出してもう一度自分の顔を凝視する。

 

よく見た自分の顔。特に変化はない。

 

顔色と言う意味では最悪だが。

 

アマゾン・イプシロンとして覚醒してからと言うもの、ヒロは毎朝や時折垣間見る自らの顔に疑問を抱くようになっていき、前のアマゾンとの戦いではそれがより強くなった気がする。

 

「ひどい顔だな、ヒロ」

 

「!! 刃さん……」

 

聞き慣れた男の声が鼓膜に届いた瞬間、後ろを振り向けばニカッと笑みを浮かべ、パーにした手を上げながら壁に寄りかかる鷹山の姿があった。

 

「どうして、ここに?」

 

「あー、なんつーかねぇ〜。様子見たくて来たんだよ。ほら、キッシングってヤツで叫竜が大量に来るんだろ? それで……ちょっとな」

 

どうやら、大規模な作戦を前に13部隊の皆が不安や恐慌など精神的に異常はないのか。

 

それが心配で来たらしい。

 

「そうですか……フフッ」

 

素直にそう言えばいいにも関わらず、敢えて語ることをしない天邪鬼のような子供っぽい性分という

意外な一面と普段の雰囲気とのギャップにヒロは思わず、笑いを零した。

 

「ちょ、笑うなって」

 

「あっ、すみません! そんなつもりは……」

 

「はぁ〜。そー何でもかんでもヘコヘコ謝るなよ」

 

大して気にしてないらしく、その様子を見てホッとするヒロだがその後に続いて出た言葉に背筋に氷を擦り付けられた様な錯覚を感じた。

 

「で、いつからだ? “人を喰いたい”って思い始めたのは」

 

「?!!ッ」

 

驚愕の二文字しか感じ取れない程にそれらしい表情のヒロ。鷹山は笑顔を消し去り、至極真面目な顔になる。

 

「その顔を見るに図星だな」

 

「…………どうして、分かったんですか?」

 

「アマゾンは人食い細胞の集合体。これはな、絶対に覆しようのない事実なんだよ。勿論これは俺にも言えることだ。アマゾン細胞を移植するってことは、自分がアマゾンになるのと同じ事だからな」

 

壁に寄りかかったまま腕を組み、気怠そうに見えつつも無機質に淡々としているような印象を感じさせながら、鷹山は話を途切らせる事なく続ける。

 

「俺が人食欲求を覚えたのは、移植と同時に覚醒してから2カ月後だった。最初の頃はそりゃヤバくてな、常に頭ん中に声みたいな音が耳鳴りにみたいにガンガン響くような感じで食え食えって喚くんだよ」

 

「……それは、今もですか?」

 

「ああ。まぁ、ベルトのおかげで抑制はされてるがな」

 

アマゾンズベルトは“仮面ライダー”にカテゴライズされるタイプのアマゾンへと変身させるだけでなく、アマゾンの本能である人食欲求を抑える機能が備わっている。

 

が、これはあくまで鷹山の持つベルトの話。

 

ヒロの持つアマゾンズベルトがそうであるとは限らない。

 

「俺のにはその機能はないのかな?」

 

「さぁな。スタークのクソに聞いても素直に答えてくれるとは思えねぇけど」

 

思い返すのはスタークの今までの行動だ。謎が多く、決して本心では何も語っていない風に感じられる底知れない雰囲気。何を思い考えているのか不明瞭、行動原理も予測不能の存在とも言えるスタークが何故自分にアマゾンズベルトを与えたのか。

 

それが今となってもヒロには分からなかった。

 

「そう言えば、刃さんのベルトってどういう経緯で手に入れたものなんですか?」

 

「ん? 俺のは知り合いが設計したもんを自分で改良を加えて作ったもんだ」

 

「えっ、自分で作ったんですか?!」

 

思わず驚いたのは、彼がこういった機器の類を作れるような技士としての風格とかそういったものが微塵も感じられないのが理由なのだが、本人の前で言うのは地味に酷な話なので敢えて伏せておくが。

 

(………なんか、失礼なこと思ってね?)

 

中々鋭い勘らしい。

 

「旧知の知り合いがいてな。

俺の恩師でもあるその人の考案した“アマゾンライダーシステム”、その産物がアマゾンズベルトだった。アレのおかげで、俺は人を喰わずにいられる」

 

「その人は、今は……」

 

「ある日忽然と姿を消しちまった。10年前の話だ。消息不明で生きてるのか死んでるのか……なんでいなくなったのかも分からない」

 

「そんな……」

 

ヒロは何処か哀愁を漂わせる鷹山に対し何と言えばいいのか分からなかった。

少なくとも、その知り合いの人が大切な人だと言うことは分かる。わざわざ恩師と呼ぶ人が鷹山にとってどーでもいい、いなくて清々するような人格者ではないことは明らかだ。

 

「ところでよ、ヒロ。“仮面ライダー”って、言葉を聞いたことないか?」

 

ここで話を変え、空気の入れ替えを図る鷹山はヒロにそんな質問を振ってきた。

 

「ん〜……ない、ですね。そう言えばゼロツーも言ってたんですけど、一体何なんですか?」

 

「“仮面ライダー”……人類がプランテーションやコロニーに移住する前の時代にいた伝説の英雄の名だ。遠い昔から人類史の陰で暗躍を続けて来た凡ゆる組織を悉く壊滅させ、人類を救って来た」

 

そう語る鷹山は、何処となく懐かしそうに思えた。

 

「アマゾンライダーシステムは仮面ライダーのテクノロジーをアマゾン細胞で応用する事で再構築した代物なんだ」

 

「仮面ライダーのテクノロジーって……」

 

「“改造人間”なんだよライダーは。ある組織によって男は望んでいなかったにも関わらず、身体を緻密で驚異的な力を誇る鋼の肉体へと変えられた」

 

「……」

 

正直な所、あまり現実味は感じられなかった。人間としての身体を機械のそれへと変え、凄まじい力を得た存在などヒロは見たことがなかったし、APEの技術力でも現実に造れるかどうかは分からない

。あまりに現実味のない話だと断言できるだろう。博士は似たようなものだが、身体機能はあくまで人間のレベルでそれより外へ逸脱している訳じゃない。

 

「本当に、そんなヒーローみたいな人がいるんですか?」

 

「そいつは俺の口からベラベラ説明するより、自分の目で見た方が早いな。今は何とも言えないってことで頼むわ」

 

明らかに話すのをはぐらかした様子だが、追求した所でどうせ無駄だと言うことを鷹山の性格を知った上で、ヒロは敢えて追求するのを辞めた。

 

「で、話を戻すがこのままその状態が続けば………命を落とすか、その前に暴走して誰かに牙を剥いて喰うかのいずれかになるぞ」

 

それは事実であって、鷹山は虚言を吐いたつもりなど一切ない。アマゾン細胞が秘め持つ人食欲求は世界の理と言えるほどに覆し得ないもの。

だがそれが強まって引き起こされるアマゾン細胞の暴走で、本人が命を失うということはない。

 

むしろ、その逆だ。

 

暴走によって完全に人としての理性を消失させ、人間のタンパク質というアマゾン細胞の性質的に最適且つ効率の良い燃料でエネルギーを得られるのだ。命が脅かされる理由も原理もない。

鷹山が言った命を落とす、というのは全く別の要因に帰結している。

 

「アイツと乗った影響出てるんだろ?」

 

「……」

 

沈黙を肯定という答えとして受け取った鷹山は、視線に鋭さを増した。

 

「胸、見せてみろ」

 

「はい……」

 

突然の要求だがヒロは否定することなく制服のファスナーを開け、胸まで下ろす。服の裏側の先から顔を覗かせる青い物体……いや、より正確には肥大化し、激しい鼓動が脈打つ青色に変色したヒロの……“心臓”だった。

 

「………いつからだ?」

 

「2日前から……です。その時は大したことなかったんですけど、昨日みんなでキッシングを見に行った時を境に急に……」

 

「そうか」

 

「…………俺、時々自分が分からなくなる時があるんです」

 

ポツリと。ヒロは内心誰にも話したことのない独白を零す。

 

「小さい頃から、自分自身に対して違和感があったんです。それは……漠然としていて、なんて言えばいいのか分からなかった。けどアマゾン・イプシロンになって、前の戦いで自分の中にあった戦うことへの喜び、命をこの手で殺すことの快感。それを自覚してしまった時、気付いたんです。漠然としていたものの正体を……」

 

 

“人としての姿は、本当の自分なのか?”

 

 

己が存在が人か否か、そこから生じる疑問。

 

それが違和感の正体だった。

 

「俺は……人間なんですか? それとも……」

 

“アマゾンなのか”。

 

この言葉が喉から出かかっているにも関わらず、声にして出すことができない。哀愁と沈痛、怒り、などの感情が介在し形成しているようなヒロの顔を見かねたのか。鷹山は叱咤を投げかける。

 

「人間かアマゾンか。そんな考えを持ってる時点でくだらねぇよ」

 

「!ッ」

 

「んなこと一々考えるな。お前はお前で、俺は俺。ただそれだけでいいだろ」

 

あくまで、自分は自分に過ぎない。そう語る鷹山は酷く面倒臭そうな態度だが、わざわざ指摘するのは彼なりの誠意があってのこと。でなければそもそも関わりすら持とうとはしなかっただろう。

 

「お前はどっちがいいんだ? 大切な仲間を、人を襲って喰らうアマゾンか? それとも大切なもんを必死で守ろうとする人間か? どっちを選ぼうがお前の自由だがな…お前が人食いの本能を受け入れたのなら、俺はお前を狩るぞ」

 

そこに冗談という他愛ない感情は存在しない。あるのは今、ここでやろうと思えば即座に実行できる殺意だけだ。

 

「俺は人間を守る。つまり、人間を食う腹積もりのアマゾンは生かしてはおけねぇって話なんだよ」

 

「……」

 

「だから、お前が人間を喰うのなら……責任もって俺がこの手で殺す」

 

残酷だが鷹山の言葉が正しいのだと、ヒロは素直に思った。人を喰うなんて間違ってる。自身に人を喰いたいと思う意思があったとして、それを容易に認めるわけにはいかない。

認めてしまえばこれまでの自分は嘘になる。オトナや仲間たち、みんなの為に戦いたいと言うの気持ちを嘘にしたくはない。ヒロがフランクスに乗り戦ってきた理由がそれなのだ

 

だから、ヒロは言った。

 

「お願いします。もし俺が俺でなくなったのなら、貴方の手で俺を殺して下さい。みんなに俺を殺すなんてこと……させないで下さい……!!」

 

深く、頭を下げる。

 

他ならぬ自分を殺すと堂々と宣言した鷹山にだ。

 

「……ああ、そん時はな。今はこいつで何とかしろ」

 

そう言って鷹山はある物を差し出した。

透明なプラスチック製の幅の広い長方形状をしたケースで、大きさは手の平に丁度収まる程度で中に50錠のタブレット薬が内包されていた。

 

「人食欲求を軽減できる薬品だ。と言っても完全じゃない。数字で言えば89%の確率だが効果は抜群だ。使っとけ」

 

“ちなみに鎮痛作用もある。収まるかどうかは分からないけどな”と付け足した鷹山に苦笑を浮かべつつ、ヒロはそれを受け取った。

 

「ありがとうございます。刃さん」

 

「礼はいらねーよ。お前を殺すかもしれない男には、な」

 

いつものような飄々でお気楽と称されかねない程に緩い雰囲気はなく、淡々とした事実のみを語る姿は自身に課したストイックな使命感に基づく、己がルールを厳守する姿勢を感じさせた。

そしてこの時、鷹山は既に気づいていたのだがヒロは気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達の会話を盗み聞きしているゴローに………。

 

 

 

 









ご感想、お待ちしてます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不穏な影 前編





最近、仕事がキツくて鬱気味っぽい感じですけど、こうして小説を書ける
ことが救いの一つですね。今回は少しシナリオにオリジナル路線入れてます。


 

 

 

 

 

 

 

温室の花に与える為の水をたっぷりと溜め込んだジョウロの取っ手を右手で持ち、左手で水が溢れないよう長い注ぎ口を支えるように持ったココロは一人、温室の方へと向かっているのだがその思考には前回のアマゾン戦でのある事が引っ掛かっていた。

 

並みのアマゾンではありえない巨体と人型を逸脱した姿を有したイソギンチャクアマゾン

の、“ママ”という言葉。

 

ママとは何なのか?

 

ニュアンス的にパパという言葉に似ている気もしなくはないが、やはり単に聞いただけでは理解することはできない。

 

だが、あのアマゾンがママと呼ばれる誰かに助けを求めていた事だけは分かる。おまけにパパにまで助けを求めたのだ。

ココロが知る限りパパとはプランテーションに住まう人類を統括する7人の偉い方々、という印象だ。

 

何故、アマゾンがパパに助けを求めるのか?

 

ママとは一体何なのか?

 

あれやこれやと悩んで考えては見たものの、明確な判断材料がない現状では、どうやっても真実には辿り着けない。鷹山に聞いてみるというのも一つの手かもしれないが、あの時の他者に対する何者も言わせまいとする恐ろしいまでの威圧感を思い出すと、やはりどうにも聞く気にはなれなかった。

そうしている内に温室に辿り着いたココロはドアの取っ手に注ぎ口に当てていた左手を置き、ガラス張りの扉を開いた。ジョウロ自体はそれなりに重いとは言え、ほんの数秒程度片手でジョウロを持てなくはない程に力のあるココロは中身の水を零さず、すんなりと入ることができた。

 

「え」

 

するとココロは意外な人物を見つけた。

 

イクノのパートナーであるミツルだ。

 

よく見れば綺麗な黄色の花弁を鮮やかに咲かしている花を見つめていた。奇しくもそれはココロが乗るジェニスタの名前の由来である『金雀枝』である。ココロの気配、あるいは声で気付いたのかハッとした様子を顔に出したものの、すぐにいつものポーカーフェイスへと変えて金雀枝から視線を外すとココロに背を向ける態勢をとった。

 

「……もしかして、花、気になる?」

 

重い空気に耐えかねたココロがそんな質問をしてみた。

 

「………別に。ただ何となくですよ」

 

綺麗だったから見惚れていたのではなく、何とかなくという曖昧な感覚で見ていたに過ぎないと語るミツルは足早やにもう一つの出入り口へと行こうとする。

 

「ま、待って!」

 

そんな彼にココロは声で静止を促した。

改めてココロの顔へと向き合うミツルは怪訝な表情を浮かべており、なんのつもりだと無言ながらでも察することができた。

 

「その……ミツル君はさ、“ママ”って、何か分かる……かな?」

 

拙いながらも絞り出した言葉に対し、ミツルの反応はさして変わることはなかった。

 

「分かりませんよ。そんなこと。あの時の事を気にしているのなら、忘れた方が賢明です

。あなたの為になりませんよ?」

 

「そ、そうかな……」

 

「……もう行きますよ」

 

「あ、最後に一つ聞かせて!」

 

最後に。と呼び止めたココロの視線はあの時の戦いで負傷したミツルの肘から上、二の腕へと落としていた。

 

「腕の傷は、もう平気?」

 

イソギンチャクアマゾンによって付けられたと思われる、二の腕にできた切傷だ。

制服で見えないがそこを手で押さえたミツルは、絞り出すように呟いた。

 

「平気ですよ……こんなの」

 

ただそれだけを言い残して、ミツルは温室を後に去って行く。その後ろ姿をココロは寂しいような、辛いような。少なくともプラスの感情とは呼べないものが胸中に騒めていた。

ココロは、どういう訳なのかミツルのことを気に掛けていた。

 

13部隊の一員としてここに来る前からだ。

 

最近になって……より正確にはあの戦いから彼を意識する気持ちが強くなっていく傾向をココロはきちんと自覚している。

 

ただ、その理由までは分からないのだ。

 

こうなったのには何か理由がある筈、と考えてはいるが記憶の中をどう探ってもキッカケとなるものが見つからなかった。

 

「なんなんだろ……この気持ち」

 

初めて感じる名前のつけられない未知の感情。

これに自分はどうすればいいのかと戸惑いを覚えるがとりあえず、花の世話という本来の目的を思い出し、さっそく水を与えていく。

特に意識はしていなかったが……最初に水を与えてたのは、金雀枝の花達だった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

13部隊のフランクス四機が格納されている格納庫施設。

 

ゴローは自身とイチゴの愛機であるデルフィニウムのドックに立っては神妙な面持ちで、無機質で顔のないデルフィニウムを眺めていた。脳裏に思い出すのはヒロと鷹山の会話だけでなく、ほんの数分前、ここに来る前に交わしたイチゴの会話だった。

 

『え? ヒロのこと?』

 

『ああ。何か変って感じないか?』

 

ナナから呼び出され、リーダーとして部隊に関わる近況報告の聴取目的でブリーフィング

ルームへとやって来たイチゴは、何も隠すことなく些細なものから大事に至るかもしれない情報をナナへ開示。

自分の思い過ごしかもしれないが念の為ヒロの様子がおかしかった事も報告した。

ナナはこれからもよろしくと礼を言い、自由奔放でルールを守らない勝手なゼロツーの事

も含めてリーダーとして今後を頼まれたイチゴは、廊下で待っていたゴローと共にミストルティンへ続くエレベーターへと乗り込んだ。

そこでゴローがヒロについてどうかと問われたのだが、それに対しどう答えればいいか分からないと少し怪訝な表情を浮かべた。

 

『顔色が優れなくて元気がなかった……ってことだけは感じてるんだけど………他は特に問題なさそうだったよ?』

 

『そっか……』

 

『もしかして、無理してたの?』

 

目つきが鋭くなり、頬が少し膨らむイチゴは威圧のつもりかもしれないが正直なところ怖いというより、むしろ可愛いだけだった。

とは言え、そんなこと本人に言えばどうなるか堪ったものではないゴローは敢えて言わず

、イチゴの問いに答えた。

 

『あ、ああ……めまいとか、ちょっと身体が怠いって言ってたな』

 

無論、嘘だったがこうでもしないとヒロの事ばかりに気が向いて、近い内に実行される防衛戦に集中できないかもしれないという可能性や彼女の自身の精神的負担を考慮してものだった。

 

『はぁぁ……。無理をするかもって思ってたけど、本当に……』

 

イチゴの表情が曇る。パラサイトとして責務を果てせず、絶望しかけた状況から一変して

ゼロツーのパートナーに……ストレリチアのステイメンになれたのだ。

陰鬱としていた空気から明るく変わるのに時間は要さなかった。それはいいのだが、その

せいで無理をするんじゃないかと思っていたイチゴにしてみれば、予想が現実となった事に何も思わない道理などなかった。

 

『俺からきちんと言ってやったから、あんま気にすんなよ』

 

『そ、そうかもしれないけど……』

 

ゴローの言葉を信じない訳ではないが、それでも心配が消え去ることはなかった。

 

どうしてかは分からない。

 

だが、同時に“あの噂”がふと浮かび上がる。

 

“ゼロツーと乗ったステイメンは、三回乗ると死に至る”

 

都市での居住施設におけるアマゾンとの戦い。

その前に叫竜を11体倒しているが回数としては2回。1回目で5体の小型個体に当たるコンラッド級が出現し、2回目でモホ級が1体とコンラッド級が5体。

苦戦を強いられたものの、半ばストレリチアのおかげで窮地を脱することができた。

 

これで、ゼロツーと乗った回数は4回。

 

とっくに3度目を通り越しているがヒロの身に異変はなかった。その事実があってか完全にゼロツーに関する噂は虚偽なのだと思っていたが、ヒロの体調に異変が起きたことで思い過ごしだと考えつつも、そうとは言い切れないと感じる自分がいた。

 

『………うん。あんましヒロのことばっかり心配し過ぎるのもよくないね。リーダーなんだし、ちゃんとしないと』

 

イチゴは自身がリーダーとしての責務を果たしているか。そこに不安を感じていた。

居住施設でのアマゾンとの戦いではナオミの身を案じるあまり、他の仲間への危険性を顧みず引き返すという選択肢を取りかけた。

あの場で、イクノの指摘が無ければどうなっていたのか。結局は結果論に過ぎないのだが

最悪の結末を迎えていとしても何らおかしくはない。

 

だからこそ、もう間違えない。

 

リーダーとして正しい選択を。

 

『張り切るのはいいけど、あまり根を詰め過ぎるなよ』

 

少々責務感に囚われていた思考がパートナーのその一言によって瓦解していく。我に返ってゴローの方を見れば、爽やかな笑みを浮かべていた。

 

『頼っていいんだ。仲間である以上、俺たちは互いに支え合うべきだ………なんて。ヒロの

受け売りだけどな』

 

“それに”、と一言間を置きゴローは言う。

 

『大体無理するってとこはイチゴもだぞ。リーダーだからって、あんまし偉そうに気負いしない方がいい』

 

少し悪戯心を乗せた言葉がイチゴの図星を突いてしまった。

 

『わ、分かってるって!!』

 

羞恥に堪らず頬を赤く染めてしまったイチゴは火照った顔を見られまい、とゴローの視線から逃げるように逸らした。

そんな姿に思わず笑いを吹き出してしまったのは他でもないゴローだ。

 

『ブフッ……なに照れてんだよ』

 

『笑うなよ……バカ』

 

エレベーターの中でそんな会話を交えた二人はその後別れ、ゴローはここに来ていた。

特別と言うほどの理由はない。ただ、自身とパートナーの愛機であるデルフィニウムが今回の両都市の防衛戦でどれ程うまく立ち回れるのか。

それを考えていたら、自然とここへ足が運んだのだ。

 

「お〜い! ゴロー!!」

 

物思いに耽っていたゴローの意識が下から響くゾロメの声に引っ張り出される。

下の方を見てみれば、26都市のパラサイト部隊と声の主であるゾロメ以外にパートナーのミクとフトシ、イクノの4人がいた。

ドックから降りて彼等の所に行ってみれば、どうやら共同戦線するに当たり交流を深めておけと26部隊に命令が下されたらしい。

26部隊のリーダーが13部隊のフランクス機体を見てみたいとのことで見学しに来たという訳だ。

 

「噂に聞いてはいたが、君達のフランクスはどれも武器や機体の形状がバラバラなんだね

 

「? どういう事でしょうか」

 

「基本的に機体も武器も一緒なんだ。これを見てほしい」

 

そう言って26部隊のリーダーは携帯端末を取り出し、ある画像を見せる。

それは一目見てフランクスと分かるのだが、13部隊のものと大きく異なっていた。

まず一つ目に挙げられるのが機体のカラーとデザイン。13部隊のフランクス4機は青、

ピンク、緑、赤、と様々だが26部隊のフランクスは基調とするカラーを黒一色に統一しており、デザインも明確な差がなく全く同じだ。

武装も形状は違えどもストレリチアと同じく『槍』に一貫しており、例えばデルフィニウムなら双剣、アルジェンティアならば鉤爪と武装に差がある13部隊とは真逆のスタンスと言っていいだろう。

 

「全部、同じですね」

 

「普通はそういうものだよ。武装もそうした方が連携が取れやすいしね」

 

ゴローの感想に対し、26部隊のリーダー……正式番号はCode090は先輩らしい解説を述べてみせた。

すると、このタイミングでゾロメがいきなりの挙手に出た。

 

「はい! 質問なんですけど、そっちの部隊でオトナになれたコドモっているんすか?!」

 

何の意図かと思いきやオトナに関してのもので、かなりボリューム高く聞いてくるゾロメに彼の隣と後ろにいたミク、イクノの二人は迷惑そうなジト目を送っていた。

 

「?? 君は何を……」

 

ダァァンッ!!

 

突然、何かを叩きつける音が格納庫内に響き渡る。一体なんだとばかりに26部隊とゾロメたちが音のした方向に視線を集中させて見れば、フランクスの修復や整備を行う整備士のオトナがどういったことか呻きながら二人ほど倒れていて、そこに小汚いボロの布切れで全身を覆い隠すように纏った謎の人物が立っていた。

頭部もフードを目元深くまで被っているせいで全貌が見えず、一目見た程度ではこの人物の性別。年齢。身体上に目立つ特徴など。

それらを把握するには至らない。

 

だが、一つだけ分かることがあった。

 

その人物の身体から発せられる、下手すれば火傷しかねない高温の蒸気。それをよく知るゾロメたちはこの人物がどういった存在なのかという情報だけは得ることができた。

やがて、発する蒸気に埋もれた人物はその手で蒸気を払い、纏っていた布切れを捨て去る

ことで“本当の姿”を晒け出した。

 

「こいつ、アマゾンかッ!!」

 

ゴローが怪人物の正体を叫ぶ。

 

一言で言い表すならば、“カマキリ”。そう断言できる逆三角形状の頭部と左右に備わった大き目の複眼。

緑の体色に背中から突き出した一対の節足は先端が鎌を彷彿とさせる形状をとっており、

鎌の部位には細かな針がびっしりと生えていた。

通常のカマキリがそうであるのと同じように単純な腕力で押さえるだけでなく、針を食い込ませる事で獲物を逃さないようにする為の役割を持っているのかもしれない。この個体を名称を“カマキリアマゾン”としよう。

 

「食ウゥ……ハァァァァァッッッ!!!!」

 

カマキリアマゾンは開口一番にそう吐き捨て、気を失っているだけの整備士たちを放置しコドモたちへと一直線に向かって来た。

 

“速い!”。

 

ついさっきまで10mは距離があったにも関わらず、カマキリアマゾンはその脚力をもって一気に詰め寄ったのだ。

背中の鎌がこちらに向かって引き伸ばされて来る光景を前にゴローはそんな感想を心の内側で叫ぶことしかできなかった。

アマゾン戦のおかげかゾロメたち13部隊は急なアマゾンの出現に驚きこそしたものの、パニックにはならず冷静に対処しようとするが、それを実行するよりも早かったカマキリアマゾンの足が圧倒的に速かった。

 

標的に定められたのはゴローだった。

 

ゴローに向かって引き伸ばされた鎌の節足は容易く彼を拘束し、獰猛で凶悪性秘めた口部でその血肉を貪ることだろう。

 

誰が見ても“間に合わない”と即決する状況の中で、“彼は間に合った”。

 

ガギィィンッッッ!!!!

 

金属がぶつかり合うような甲高い音が響き、予想していた苦痛が一向に訪れないゴローは

不思議に思い反射的に閉ざしてしまった両の目を開けた。

 

「やれやれ。叫竜との大きな戦いが迫ってるってのによぉ、節操もなしに出てくんなよ」

 

聞き慣れた気怠げな男の低い声。鷹山が変身するアマゾン・アルファが前腕に備わった鰭状の刃、アームカッターで二本の鎌を防いでいた。

 

「離れてろ。こいつは、俺が狩る」

 

そう指示を出すとカマキリアマゾンの鎌を力ずくで押し返し、その分厚い黄緑の外骨格に

覆われた腹部へと拳を食らわせた。

 

「ギィッガァァッッッ!!!!」

 

苦悶の声を漏らすカマキリアマゾン。

やられてばかりではないと言わんばかりに背の節足二本を引き伸ばし、両鎌を利用する事でアルファを捕らえようとする。

 

「ハッ!」

 

それをアルファは、鼻を鳴らして嘲笑う。

 

小賢しいとでも言いた気だ。

 

「甘いんだよ!」

 

アームカッターが横薙ぎに振るわれ、両鎌が節足と分離。勢いをつけて、黒の鮮血を踊らせながら噴射し吹っ飛んでいく様はまるで、その手の玩具のようだ。

 

「あ?」

 

これで終わらず、続いて繰り出さそうとした追撃をもってトドメにしようとしたアルファだが、それを実行に移す前にカマキリアマゾンはなんと体組織が崩れ、そのまま液状化して死んでしまったのだ。

 

「どーなってんだ?」

 

アマゾンは中枢臓器へ損傷、あるいは破壊することで初めて死が明確なものとなる。いかに首を切られようと、身体を半分に切り裂かれようとあくまで“仮死状態”になるだけ。

回復に要する時間さえあれば何度でも蘇るというわけだ。

しかしこのカマキリアマゾンは、アルファが中枢臓器に損傷を与える前に、両鎌を切断した程度でその命失ってしまった。

これは、極めて異常な事だと言える。

 

「……はぁぁ。また面倒な事が起こりそうだな、こいつは」

 

異常な事に未曾有の事態は付き物。

決して良くはない事が起こることを予感しつつ、元の姿に戻った鷹山はその手に付着した

黒い血を嫌々と払った。

 

『緊急警報!

アマゾンの出現を観測!数3体! 繰り返えします! 13部隊ミストルティンにアマゾンの出現を観測!』

 

「言ったそばからコレかよ!クソが!」

 

忌々しさを隠さず吐き出すアルファはこちらゾロメたちの元へと急ぎ足で歩み寄った。

 

「お前らはさっさと避難しろ。26部隊の先輩方連れてな」

 

「お、俺たちも戦うぜ!!」

 

「必要ない。3体だけなら俺だけで十分だ」

 

ゾロメの戦意奮起ばりな進言に対し、取り付く島もないとばかりの淡々とした口調で無用と答える。

 

「で、でもよ……」

 

それでもゾロメは渋るようだった。あの駆除作戦での戦いのせいかアマゾン相手でも負けない自信が付いたのだろう。

その為の武装もある事も助長させているのかもしれないが、それでも彼等の本当の役目は

叫竜を殲滅し都市を守る事。

今回のキッシングは13部隊が経験したことのない大規模な叫竜との戦闘になるのであれば、体力を温存するに越したことはない。

 

それを考えてアルファは一人でアマゾンを狩る腹積もりでいるのだ。

 

ゾロメの頭に異形と化したその手を乗せて、くしゃりと。軽く髪を掴むようにして優しく撫でるアルファは口調とは裏腹に、そこから穏やかな言葉を紡ぐ。

 

「心配すんな。別にお前らが力不足ってわけじゃない。叫竜を相手に大きな防衛戦っつー本番があるんだ。無駄な前哨戦はするな」

 

そう言い残し、手を離したアルファは人間では有り得ない速度でその場を走り去っていく

その姿を呆然と見るしかない26部隊の面々は、何とか気を取り戻し090がゴローに質問した。

 

「アレも、獣人、なのか?」

 

「………いいえ。俺たちにとって頼れるオトナです」

 

少し間を置き、出てきた解答は090にとって

疑問符しか浮かばないものだった。

 

“頼れるオトナ”。

 

オトナを守るのはコドモの使命。

ならば、自分達がオトナ達に頼られるというのは彼でも理解できる。

だが、ゴローの言葉からではあの獣人にしか見えない存在が頼れるオトナとしか聞き取れない。

 

「早く避難しましょう。俺たちがここの避難区画まで先導しますから、付いて来て下さい

 

「あ、ああ……了解、した」

 

あれだけの事があったせいで、不安や恐怖等マイナスな感情が26部隊の全員の心に鉛の如く重荷としてのしかかっており、顔を見れば、それが容易く伺い知れるほど彼等の精神状態は決して良好的なそれとは言い難い。

だが、それでも取り乱すようなパニックにはならず、素直にゴローからの指示に従う26部隊はゾロメたちと共に13都市に設けられた専用の避難区画へ駆け出す形で向かい始める。

 

(他のみんなは、大丈夫なのか?)

 

ここにいないイチゴ、ヒロ、ミツル、ココロ。そしてナオミとゼロツーの6人の安否が気になる所だが、ゴローが個人的な私情で最も気にしているのはヒロとイチゴだ。

2人はゴローにとって、小さい頃ならいつも一緒にいた幼馴染と呼ぶに相応しい間柄だ。

それにヒロは……ゼロツーの呪いとアマゾン化の影響にその身を蝕まれている。何かあってからでは既に手遅れだ。

 

(落ち着け! 焦ったって何も解決しない!)

 

おそらく、6人はミストルティンにある宿舎の館にいるだろう。

当然、そこにアマゾンが出現したとなれば命の危機以外の何物でもない。それが分かれば今すぐにでもそちらへ駆け付けたいというのが正直な感情だが、代わりに向かっているのはアマゾン・アルファとなった鷹山だ。

自分達より速く、そして対アマゾン用武装を一個も装備していない自分達とは違い、辿り着き次第アマゾンとの戦闘が可能だ。

対アマゾン武装は厳重に特定の場所に保管しているらしく、使用にはハチの許可が必要となる。仮に許可が下りたとしても、今更取りに行っては大幅に時間を食ってしまう。

ならば、アルファに任せた方が無難で最良と言える選択肢なのだ。

 

“今は自分達だ”。

 

“連絡は安全を確保してからだ”。

 

焦燥に囚われそうになる自らに心内で強く喝を入れて、ゴローはただ走ることに専念した

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不穏な影 後編




連続投稿です。

アマゾンズのシーズン3やらないかな~とか思ってる自分がいますが、一応は劇場版でもう
完結しちゃってますからね……。

そんなこんなで、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

時間を遡り、アマゾンの出現を報せるアラートが発令される数分前。ミストルティンに設けられた宿舎の館のラウンジにはヒロが読書に時間を潰し、丁度そこにイチゴが訪れる。

 

「何読んでるの?」

 

「うわッ!……イチゴ」

 

ソファーに腰を下ろし、本を読んでいたヒロにイチゴは後ろから軽く声を掛けたものの、

当のヒロはビクリと身体を震わせて振り向いてしまった。冗談抜きでびっくりした様だ。

戦いとなれば鬼の如くと言ってもいい程に凶暴的な獰猛さを発揮するにも関わらず、少し声を掛けた程度で驚くというギャップがツボに嵌まったのか、思わず吹く様に笑いを零してしまうイチゴ。

そんな少女にヒロは不満げな視線をジト目で送る。

 

「な、なに?」

 

基本的に一つの事に集中し過ぎるきらいが昔からある為、つい今までイチゴの分かり易い足音と気配に気付かなかった要因はそこに帰結しているかもしれない。

 

「ごめん。ちょっと今の面白かった」

 

謝りつつも面白おかしく笑うイチゴに、やはりヒロは不機嫌そうなジト目のままだ。

 

「まぁ、いいや。イチゴは26部隊の人達に会いにいかないのか?」

 

溜息を吐いて、普通に目を戻したヒロは26部隊との交流に行かないのかと問いを投げる

が、それを聞くとイチゴはどうも歯切れ悪そうな感じに答える。

 

「う、うん。絶対しなきゃいけないって訳でもないし……気になることがあったから…」

 

ヒロはこのイチゴに対して怪訝な思考を浮かべる。

イチゴは昔から誰これ構わず、言い切って立ち向かう気丈な性格の少女であることを“キョウダイ”とも言える間柄のヒロはよく知っている。

それはゴローも同じだ。

3人は幼い頃よく一緒に行動していた程に仲が良く、今でもそれは変わってはいない。

 

性格に関してはゴローとヒロとで過程は違っても今と比べ大分変わった。

 

ゴローは今こそ理知的で穏やかなオトナびた背丈と性格だが、幼少の頃は自身の力が及ばずとも気に食わない相手には問答無用で突っかかるコドモだった。

ヒロは、かつては神童と称されるほどの成績だったがある時期を境に落伍を辿り、知識欲旺盛で行動派な一面もなくなり、かつてヒロが始めた“名前決め”というコドモたちの間で流行った遊びをしなくなった。

そんな2人とは対照的に彼女は、良い意味も悪い意味もなく幼少の頃の性格のままだ。

負けず嫌いで、真っ直ぐ自分の気持ちを貫き通し、間違った事や敵意を持つ相手を前にして尚、勇猛果敢に立ち向かう。

そんな彼女が言い澱むというのはヒロにとって意外な一面を垣間見た気がした。

 

「それよりゼロツーは? 一緒じゃなかったの?」

 

「ゼロツーなら大事な用があるってフランクス博士の所に行ったよ」

 

「フランクス博士って、あのロボットみたいなお爺さん?」

 

パラサイトたちが搭乗する女性的フォルムを意識した人型ロボットの兵器。それを開発した老君の男性科学者。半身を金属のそれへと改造しており、ゼロツーにとっては保護者的立場でもある人物だ。

フランクス博士の存在は一般のパラサイトやコドモたちには知られておらず、当然ながら13部隊も同様で入隊式の日に会った際も、最初は一体何者なのか全く分からなかった程だ。

コドモたちにフランクス博士の存在を教えなかったオトナ側の理屈は単純に叫竜と戦えればそれでいいだけのこと。

 

合理的に考えて、わざわざ教授する必要性はどこにもない。

 

そうオトナたちが判断したからだ。

 

「それで合ってる、と思う………」

 

率直なフランクス博士の外見的特徴から妙な呼称で表現するイチゴに対し、ヒロは苦笑を

浮かべつつ答えた。

 

「そっか……何読んでたの?」

 

ヒロが読んでいた本に興味を持ったようで、それについて聞くと彼は本の概要を説明し始めた。

 

「刃さんから前に借りたアマゾンに関する図鑑に近い本だよ」

 

それを聞いて、本の中を見てみるとそこにはイチゴが遠目ながら見たことのある蜘蛛の姿を有したクモアマゾンの写真や、おそらくコウモリアマゾンと思われる写真が掲載されている。

その下には長い文章で写真に収められたアマゾンに関する情報が綴られて記録されており

、身体的特徴や能力。有効的な戦術・戦法。基本的行動など様々に記されていた。

 

「もしかして、今後の為に?」

 

「……うん。刃さんだけに任せっぱなしも嫌だからさ。俺も……アマゾンなんだし」

 

そう答えるヒロはどこか気持ちを沈下させ、まるで自分は人間ではないとでも言っているかのように聞こえた。

その姿にイチゴは胸の奥に抑えのようのない気持ちが沸き起こるのを感じた。

 

「ヒロは人間だよ!」

 

気が付けば自然と声が出ていた。

 

「これまでだって何度も助けてくれた! 私やみんなを! だから…」

 

激情を乗せた勢いに任せて出た言葉は他でもないイチゴの気持ちであり、本心だ。しかし

すぐにハッとしてその勢いを縮小させてしまう。

 

「ご、ごめん。いきなり……」

 

「……ううん。ありがとうイチゴ」

 

ヒロの表情に怒りや苛立ちなどなく、あるのは感謝だった。彼自身、自分が人間だと信じられず、このままアマゾン化の影響が強まれば近いしい者達……13部隊のみんなに牙を剥くかもしれない恐怖が拭えず心底で根を張っていた。

 

簡単には消せない。

 

もしそうだったなら、ヒロはこんなに悩んでなどいないのだから。理性の崩壊は人を人で失くす。人を獣に変異させ、倫理さえも歯止めにはならぬ存在へと成り果ててしまう。

だからこそ、アマゾンの本能に負ける訳には行かない。理性という砦が崩れれば後に残るのは人食いの獣と化した己と……。

 

かつて仲間だったモノらが辺り一面に転がる地獄絵図のみ。

 

「……ねぇ、もしかしてさ。何か隠してる」

 

「えッ!?」

 

心臓の鼓動がより一層跳ね上がった気がした。

 

そんな錯覚を感じる程にイチゴの言葉は、ヒロに大きな動揺を齎した。

 

「最初は、ただ単に調子が悪いんだと思ってた。顔色悪いし……ちょっと元気ない感じが

してたし」

 

「俺は別に……」

 

「お願い。はぐらかさないで」

 

イチゴの両手がヒロの肩に乗ったかと思えば、押さえるように掴む。

ヒロの困惑と動揺が交差する顔が映る彼女の瞳には、溢れ出る強い情念を隠そうとはせず

、むしろそれを曝け出すことで一種の威圧感として言い訳も何も言わせないつもりでいた

 

どう答えればいいのか、とヒロは迷う。

 

普通に言えればそれに越したことはないのだが、言ったら言ったらで相応のリスクが降りかかる。

 

パラサイトとしての資格の剥奪。

 

隔離・処分。

 

考えられる結末はヒロの中ではこの二択で、どれもが最悪のシナリオと言っていい。

パラサイトとしての在り方は今のヒロにとって生き甲斐そのものであり、みんなを守れるという誇りは彼にとって大きなものだろう。

 

それを剥奪されるのは、容認できない。

 

隔離や処分に関しては仕方がないとして諦めている。何故なら自分はアマゾンで、人間ではないと認識し始めているヒロにとって自らは仲間をその牙にかけかねない危険な存在。

 

なら、殺されても何も言えない。

 

仲間が死ぬ位なら、自分は死んだ方がいい。

 

それが人間と言ってくれたイチゴの気持ちを無為に捨て去るも同然とヒロはきちんと理解していた。人間だと言ってくれた事が嬉しかったのは、間違いない。

だからこそ彼女を自らの手で殺すようなことはしたくないのだ。

ともかくイチゴに一旦落ち着くよう言おうと口を開きそうになる前にヒロは、ある感覚に襲われた。それを明確な言葉で表現するのは難しいが、強いて言うのなら……。

 

“ゾワりとする”だろうか。

 

ヒロにはこの感覚を知っている。アマゾンと相対する時、あるいは近くにいる時に感じたもの。

 

即ち“アマゾンの気配”だ。

 

「ッッ!! ごめん!!」

 

半ばイチゴの手を強引に払い除けて、すぐ側に置いていたアマゾンズベルトを手に、その

まま出入り口の玄関へと駆け出す。

 

「ヒロ!」

 

悲痛な叫びが後ろ髪を引かれるが、今はそれどころじゃない。アマゾンが出た以上、戦わなければならない。

 

『緊急警報! 第13部隊のミストルティンにアマゾンの出現を観測!数3体!

繰り返えします! 13部隊ミストルティンにアマゾンの出現を観測!』

 

警報を告げる声とアラート。

それによって、ヒロの中でアマゾンの出現が正しいものだと確証を帯び、駆ける足取りを早めた。

 

“方向は真っ直ぐ”。

 

“そこに奴等はいる!”

 

より感覚を研ぎ澄まし、ひたすら走る。

 

やがて雑木林の茂みに計三つの影を見た。

アマゾンの気配は、その影から発せられると言う事を瞬時に理解したヒロはベルトを腰に巻きつけ、グリップを握り吼える。

 

「アマゾン!」

 

緑色の蒸気が沸き起こり、ヒロの姿がアマゾン・イプシロンへと変異を遂げる。

そしてアームカッターを構え飛び上がった視線の先には案の定アマゾンはいた。その姿はアルファが対峙し始末したカマキリアマゾンの別個体だった。

その証拠に3体全てが『カマキリアマゾン』としてカテゴライズできる形態を持ち、緑色の体色だった個体とは違い、こちらは褐色、赤、黒と3体それぞれで体色が異なっている

また、カマキリのような前足は背中にはないが代わりに腰の左右側面にそれが付属されており、そうなっているのは褐色のカマキリアマゾンのみで他の赤、黒のカマキリアマゾンにはなかった。

 

『キシャアアッッッ!!!』

 

赤のカマキリアマゾンが右腕を大振りに繰り出し、その拳でイプシロンの顔面を狙う。

それを横へ仰け反ることで回避したイプシロンは、繰り出された拳の手首部位を左手で掴んだ。

そして、素早く首筋に右腕のアームカッターを切り付けるとそこから噴水の如く黒い鮮血を噴き流し、しばらくしてカマキリアマゾンは液状化することでその生命活動を停止させた。

 

「え?」

 

イプシロンは違和感を覚える。

首筋を切り付けた程度では、アマゾンにとって明確な致命傷にはならず、回復が早い個体なら容易く自己治癒してしまう。

中枢臓器へ損傷を与える事で始めてアマゾンに有効的な死を齎すことができる。

 

だが、そうはならず、カマキリアマゾンの赤色個体は中枢臓器には何もしていないにも関わらず、死んだ。

 

(考えるのは後だ!)

 

疑問は湧くが一々考えてる暇はない。

今度は黒色個体のカマキリアマゾンが両手首から緑色の液体を分泌し、それが瞬時に鋭いギザギザとした刃部を有した鎌の形状へ硬化。

それを武器に切り掛かるが、どうにも筋は雑のそれとしか言いようがなく、基礎からなっていない滅茶苦茶な動作である。

 

よって、避けるのは非常に簡単だ。

 

だが、敢えて防ぐと言う手段を取った。相手の力を測る為だがアームカッターと鎌が折り重なるようにして衝突した時、こちらへ押し掛かる圧力からこの個体のランクを推定ながらも割り出した。

 

(Eランク、位かな。なら大した敵じゃない!!)

 

力を押し出して鎌を払い除け、その隙に上半身の右肩から下半身の左側腰部まで袈裟斬りにアームカッターを振るい、カマキリアマゾンの血肉を引き裂く。

身体は分断されてはいないものの、中枢臓器は確実に真っ二つだろう。

 

だが……。

 

『◾︎◾︎◾︎ーーーーーーッッッ!!!!』

 

身体が液状化したものの、半端の状態で終わり、あろうことかイプシロンに組みかかって来たのだ!

 

「なっ?!」

 

驚きの声がイプシロンから漏れ出す。

確かに中枢臓器を機能停止に追いやるほど破壊した筈が、何故か生命活動を止めず、イプシロンの身体を覆うようにして纏わり付いて来る。

まるで……

 

“身動きを封じる事が目的であるかのように”

 

「クッ!」

 

気づいた時にはもう遅い。

褐色個体がイプシロンの後ろへと回り込み、腰部の両鎌をハサミのように交差させている

。鎌の凶刃にやられては軽いダメージで済む保証は何処にもない。やられるとイプシロンは思い、相応の覚悟をしたものの、それは杞憂に終わる。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎ッッッ!!!!」

 

苦痛を込めた人のそれとは思えない声がイプシロンの聴覚器官に届く。

振り返れば、今まさに自身を凶刃にかけようとしたカマキリアマゾンは、横からの力の介入に押されて吹っ飛び、のたうち回っていた。

 

「よぉ、ヒロ」

 

呑気に声をかけるのは、赤くピラニアを彷彿とさせるライダー、アマゾン・アルファ。

どうやら、力の介入の正体はアルファだったようだ。

 

「じ、刃さん……」

 

「まっ、言いたい事は多々あるが……こっちが優先だ」

 

鋭い野獣の如き視線で褐色個体のカマキリアマゾンを睨む。気付けば、黒色個体は糸の切れた人形のように崩れる様に倒れ込み、その身から動きの一切が途絶える。

 

即ち、ようやっと死したのだ。

 

「痛イナァ……邪魔スルナヨ」

 

男とも女ともつかない、濁った感じの機械的な声が褐色個体から発せられた。

イプシロンは驚くが、アルファは大して驚愕の様子は見えず、それどころか逆に軽い口調に挑発的な言葉を乗せ、カマキリアマゾンに向けて吐き出した。

 

「なんだ喋れるのか? てっきり頭が皆無だと思ってたが」

 

「死ネェェッッッ!!」

 

あっさり挑発に乗った褐色個体は、禍々しい牙が配列する口部を花弁のように開き、そこから赤色の液体を弾丸のように射出する。

アルファとイプシロンは咄嗟に左右別方向に横へと跳んで躱すが、赤色の液体は地面に着弾すると同時にかなりの高熱を放出し爆発。

それを見た2人は、液体が起爆性の高い物質だと判断し警戒を強める。

 

「ハァァァァァ………」

 

プシュゥゥ。

そんな排気音を奏でながらカマキリアマゾンは、2人の出方を伺う。どうやら、起爆性の

物質の射出による攻撃手段は連発は無理らしく、相応の時間が必要らしい。

その隙を見逃さず、鷹の目で捉え把握したアルファはグリップを握る。

 

『バイオレント……スラッシュ』

 

ギガを足首に集中させ、一気に解放することで爆発的な推進力を生み出す芸当がアルファには可能だ。

 

その速さは、まさに風そのもの。

 

跳躍すると同時にそれを利用することで瞬く間に相手へ急接近を成功させ、とは言えカマキリアマゾンはそれに対応できず、肥大化したアームカッターが問答無用でカマキリアマゾンの首を地へと落とした。

そして、中枢臓器は無事なものの赤色個体と同じ様に液状に融解。死に絶えた。

 

「……やっぱ妙だな」

 

前に倒した緑色の個体と同じく、中枢臓器をやられていないにも関わらず死んだ。

これが全く関係ないなどと断言できる筈はない。

何か…見えない存在が暗躍している気がしてアルファは不安を安易に拭えなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、グゥゥッ!!」

 

元の姿へ戻ったヒロは胸を強く押さえ、そのまま倒れ込んでしまう。

それに気付いたアルファはすぐさま鷹山の姿へ戻り、急いで容態の確認を行う。

制服のファスナーを下ろし開いて青く肥大化した心臓を見てみる。数時間前に見た時と比べ特に変わってはいない。

だが彼の息は荒く、顔色も青白としていて、良好的な血色とは言い難い状態だ。

更には高熱を患っているらしく、推定ながら50℃はあろうという高まり過ぎた体温故に大量の汗を流し、素人目でも見ても危篤状態に近い域に達しているのは分かる。

 

“思ってたよりヤバいじゃねーかよ!”

 

内心そう吐き捨て、すぐさまヒロを両腕で抱えた鷹山は医療施設へと急いで向かった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

防衛決戦・前日



11月に入って寒くなりましたが……寒さに負けず、バリバリ頑張って執筆する所存です。

では、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

『さて。報告を聞こうかの』

 

フランクス博士はそう言って、ハチとナナ。

そして鷹山の3人を画面の向こう側から一瞥し、定例の報告事項を聞こうとする。

 

ミーティング・ルーム。

 

鷹山、ハチ、ナナ、博士等のそれなりの地位を持つ者でなければ入る事は許されず、当然プランテーションの一般市民やコドモは許可なく入ることなどできない。

その一室にて恒例の報告会が設けられていた。

 

『まず聞きたいのは先のアマゾン駆除作戦において現れたアマゾンについて、鷹山よ』

 

「んじゃ、言わせてもらう。あの駆除作戦で現れたアマゾンはカテゴリーで考えると不明としか言えん」

 

『前例がないということか?』

 

怪訝な感情を乗せて問いを投げるフランクス博士に鷹山は頷き、話を続ける。

 

「まず、人型じゃないことだな。アマゾンは異形なんて言葉がピッタリの姿だが、共通としてどれも人型のそれだ。あのアマゾンはイソギンチャクをまんまデカくしたような感じだ。到底人型とは言えない」

 

アマゾンが動物の意匠を有するのは獣人体となる前……細胞レベルのサイズの段階に生物に寄生する形で遺伝子情報を手に入れる為だ。だが、そうであるならば可能性の一つとして別に人型でなくても、獣のそれに近しい形態のものがいても可笑しくないのだが、人型なのには理由がある。

アマゾン細胞の核にはアマゾンとしての遺伝情報物質が内包されており、これに関しては人間や他の生物も一緒だ。

しかしアマゾン細胞の核内部にはそれだけでなく、人型の設計図を司る『HA核酸』があり、共通してる人型を取っているのはこれに由来している。

 

「そんで、どういう理屈か身体が融解しなかったおかげで色々調べることができたよ」

 

「何か分かったのですか?」

 

ハチがそう聞くと鷹山は敢えて感情を押し殺すように淡々と答えた。

 

「アレは、元は人間の子供だった。それも間違いなくコロニー出身だろうな」

 

「「ッ!!」」

 

『……………ふむ』

 

それぞれが反応を示す中で鷹山は更に言葉を紡いだ。

 

「“ママ”って言ってたのが証拠だ。プランテーションの子供がこの言葉を知ってる訳ないし、アレは完全に助けを求めてた……それを俺は……」

 

鷹山の声が若干震える。それに自ら気付いたのか口を一旦噤み、すぐ元に戻した。

 

「それだけじゃねぇ。DNAもアマゾンのものと形態の元になったイソギンチャクだけじゃなく、人間の子供も混じってた」

 

『ふむ。人間をアマゾンに変え、その性能をテストする為にこのセラススを実験場にしたと見るのが妥当か?』

 

淡々と。あくまで合理的に述べるフランクス博士だが、ハチやナナ、鷹山はそれについて指摘するような真似はしない。

確かに人として感情的に憤怒しかねない事柄なのだが、ここでそれを発露した所で一切何も得ない。今、この場において必要なのは、感情に縛られ振り回されることのない合理的思考と冷静な判断力だ

しかし鷹山とて胸糞悪さを嫌と言うほど感じていない訳ではない。自分の故郷たるコロニーの子供が実験材料にされているのだ。

 

いや、今回に限った話ではない。

 

影に紛れ、コロニー内へいつの間にか潜伏し、秘密裏に暗躍するヴィスト・ネクロ。連中が今までにどの様な事をして来たのか、鷹山はよく知っている。

ある時は、特定の建物・施設を狙った破壊によるテロを。またある時は、孤児院を偽り、子供を実験材料として組織へ密送。

他数々の悪しき所業を連中は意に介さず行って来た。

巧妙に幾重にも隠蔽することでコロニー内の治安を維持する警備組織の目を欺き、彼等が勘付いた時には既に事を終えている。迅速な対応と優れた諜報活動は並ならぬものだと言う事実が悔しい所だが、そこは認めざる得ない。

警備がより一層厳重に強化され、セキュリティも強固なものになったおかげか一年前から工作・破壊活動は鳴りを潜め、今となってはその足音を消し去っている。

 

だが、居なくなった訳ではない。

 

水面下では少なからず暗躍している筈なのだ。

 

「かもな。多分だが……あのザジスって幹部が襲撃して来た時に仕込んだんだろ。混乱に乗じて何かをするには、あの時の状況が最適だしな」

 

『まぁ、この件に関しては後々調査すればいい。さて問題なのは……』

 

「ヒロのことだろ?」

 

次の課題へ移ろうとしたフランクス博士の言を遮る形で先手を打った。

 

『状態は……聞くまでもないか』

 

「血中の黄血球が異常な数値にまで上昇していました。あくまで可能性の話なのですが、おそらくあと一回で命を落とすでしょう」

 

ハチは、残酷な言葉ながら相変わらず顔色一つ変えず、ただ事実のみを報告した。それを

聞いたフランクス博士は、むぅぅと唸るように一息つく。

 

『code016ならばと思ったが……彼もダメだったか』

 

「パパからゼロツーの帰還命令が届いています。これを機にヒロとパートナーを解消すべきでは?」

 

ナナからそんな意見が上がる。

 

だが当然だ。あと一回で命を失う危険性があり、尚且つ、ゼロツーは七賢人から直々に帰還命令が下されてしまっている。

 

それも1人で、だ。

 

老人らはヒロにゼロツーのステイメンとして絶対性があるなどとは微塵も思ってはいない。

あくまで価値を見出しているのは彼の第二の姿であるアマゾンとしてに過ぎず、むしろ“穢れた獣の血”を持つヒロとゼロツーがパートナー同士として交わるのに関して嫌悪感を抱いており、今回の帰還命令にはそういった思惑もあるのだ。

 

「どういうことだよナナさん。あいつのパートナーは、ヒロで決まったんじゃないのか?」

 

「状況が変わったらしいの。今まで出現率が稀な大型叫竜が頻繁に見られるようになったの。それも小型や中型を引き連れた群集状態よ。通常のパラサイト部隊じゃ無理だわ」

 

「よって一般パラサイトを上回るナインズの力が必要になります。そこにゼロツーも加われば、優位性をより盤石なものにできます。恐らくそれがパパたちの考えでしょう」

 

怪訝な表情を浮かべた鷹山の疑問に答えたのは、ハチとナナだった。

叫竜の全長・体長は極端な大小やその中間に位置するものまで様々とあり、大きさで名称が付けられている。

例えば、ヒロとゼロツーが2人で初めて討伐した叫竜は中型のモホロビッチ級。通称モホ級とも呼ばれ、フランクスより数段小さければコンラッド級となる。そして、フランクスより遥かに大きく馬力や頑丈さでも上を行く個体はグーデンベルク級。

それよりも更に大きい個体はレーマン級になる。山そのものと錯覚してしまうほどの超が付く大型でで、このレベルになるともはやフランクスでも殲滅は不可能。

都市一個を犠牲にするか、フランクスを犠牲に最大速度で逃げ切るかの二つに一つしか選択肢がない。

ナナの言っていた最近になってよく見られる個体はグーデンベルク級のことを指していて、最悪だがその周りを手下のようにモホやコンラッドが取り巻きとして追従していた。このように群れを成して来るのはプランテーション同士のキッシング時のみだったが、どういう訳かキッシングではないにも関わらず、徒党を組み襲撃するようになった。

今までにない物量戦に対し、1部隊に男女で5組10人で計5機のフランクスで戦うパラサイトたちでは歯が立たない。

 

そこで切り札となるのが“ナインズ”だ。

 

仔細な経歴は隠蔽され、単純な身体能力の面でも通常のパラサイトたちとは比較にならない力を有した七賢人直轄の親衛部隊。

ゼロツーもかつてはこの部隊に所属していた身なのだが、本人はそれを忌々しく思っている為、その話題に触れると徹底して無視を決め込むと言う困った癖がある。

 

無論ながらメンバーに対しても、だ。

 

とにかくナインズは頻繁に出現するようになった大型叫竜やそれが率いる中型小型の群の討伐の為、世界各地を巡りその任を遂行している。

ただ現状ではいかに上手くこなしているとは言え、いくらナインズでも相応の負担があるのは間違いなく、それが原因で万が一という可能性も否定できない。

 

ならば、負担軽減と同時に戦力強化を図る目的でゼロツーを帰還させるのが妥当な手段だ。

 

「とは言っても、今回のキッシングでこっちに向かって来ている叫竜の中に大型個体の存在を確認されてるから、ゼロツーの帰還は作戦終了後になるそうよ」

 

叫竜の大型個体となるとグーデンベルク級だろう。未だ大型個体討伐の経験がない13部隊には荷が重過ぎるばかりか、最悪、全滅も考えられる。ベテランの先輩たる26部隊がいるとは言え、今回は大勢の叫竜が押し寄せているのだ。

圧倒的戦力と成り得るストレリチアの存在は、この作戦で優位に進める為には、捨てられない。

それ故に作戦にだけは参加させるようだ。

 

『…………ゼロツーは、まだここにいるべきだ。ワシの方からジジイ共へ説得してみよう。どうなるかは結果次第だがな』

 

「爺さんの意見に一票」

 

フランクス博士は、帰還などさせんと言っているに等しい言葉を述べて、鷹山はそれに同意する姿勢を見せた。

 

「………はぁぁ。貴方は相変わらずなのね」

 

ナナは、まるで鷹山がこういった態度に出る事を既に予測していたかのような諦観的とも取れるような口ぶりで溜息を吐く。そんな彼女の顔は、呆れた、と言うワードを表情として無意識の内に出していた。

補足すると、ここで敢えて非難めいた言葉を口にしなったのは、鷹山という男がどの様な性格の持ち主なのかを長年の付き合いと言う、培って来た経験則から知り得ていた。ナナ本人が聞けば、あーだこーだと誤魔化して否定してしまうのだろうが。

 

「でもヒロを見殺しにする気? このままじゃヒロの命はないのよ?」

 

切り替えるように視線を鋭くし、ナナは問い質す。彼女とて人としての倫理はある。

故にヒロとゼロツーがパートナーの関係にある現状を良しとはせず、両者の解消が望ましいと自己ながらに判断している。

 

命を優先する、という意味ではナナが正しい。

 

ゼロツーの性質は呪いと蔑称されるほどに本人にとっても忌々しく、消し去りたい業。

ステイメンの命を喰らい、相応の反映として戦闘能力が急激に向上するがその分、デメリットとして一回の戦闘につき1度限りという法則的制約がある。

よって、何度もステイメンと搭乗することは叶わず、それを強いると言うことは、ステイメンに私の為に死ね、と残酷な宣告を下しているも同じなのだ。

 

「アイツはきちんと自分が死ぬことを理解してる。それでも、あのじゃじゃ馬と乗ることを選んだ。ならそいつはアイツが選んだ道。俺やナナさん…爺さんやハチがウダウダ言うことじゃない」

 

ぬらりくらりとした、普段の雰囲気を微塵も残さず、消し去る。その上で鷹山は自らの視線をナナの視線へと衝突する形で講釈を垂らさず

、自身の思惑を言葉介さずに伝える。

より分かり易く言えば、アイコンタクト、と呼べばいいだろうか。

 

「………あ〜もう! 分かったわよ! 私の負けよ!!」

 

癇癪を起こしつつ、ナナは鷹山とフランクス博士らの意見に賛同する事となった。

 

「但し、あくまで帰還命令が却下された場合のみです。もし却下されないのなら……ゼロツーはヒロとのパートナーを解消し、本部へ帰還してもらいます」

 

『うぅむ……まぁ、説得が上手くいかなければ、最悪そうなるのは致し方あるまい』

 

渋々と言った風情にフランクス博士は言う。

 

「あと一つ、言っておきたい事がある。今日出てて来たアマゾンについてだ」

 

「カマキリに似た姿で、鷹山博士とcode016が倒したと報告は聞いていますが」

 

「あー、まぁ、その補足だ」

 

まるで、これから起こるかもしれない面倒事を想像するように鷹山は、気怠げにカマキリアマゾンに対しての違和感を報告した。

 

『なるほど。確かにそいつは妙な話だ。中枢臓器は叫竜でいう所のコアで、それが生命の維持において、どれほど重要な器官かは言うまでもない。通常ならば、そこを破壊されて死に至るが……』

 

「そのアマゾンはそうはならなかった」

 

フランクス博士の言葉を、ハチが引き継いで答える。両者共に表情は全く変わりないものの、疑惑を孕んだ声は2人の心境を露わにさせていた。

 

「確かアマゾンは中枢臓器を破壊しないと死なないんじゃなかったかしら?」

 

「ああ。アマゾンは普通の生き物と違って頭を落とされようが、ヤバい致命傷を負ったとしても完全には死なない。まぁ、その個体が極度の飢餓状態だったら話は変わるけどな」

 

ナナの疑問に答えた鷹山は、更に続けた。

 

「アマゾン細胞が一時的に活動を停止させて、エネルギーを逃さないよう貯めてカプセル状態になるわけだ。そのエネルギーを再生や治癒に当てて復活する。その時間は個体差で違うけどな」

 

アマゾンが中枢臓器の破壊以外、核兵器相当のものを使わないと殺せない程の不死の如き

性質の由縁は、エネルギー保存とその活用に

ある。

タンパク質を摂取することで得たエネルギーを逃さず、一定量を内部に貯蔵。仮死状態に陥った際などの緊急時にそれを解放し、自己再生機能をより向上させる。

人間に比べ回復が早いのは、このような理由があるが故だ。

逆に言えば、エネルギーが十分に蓄積されていない状態では、自己再生は人間のそれと同等に下がってしまう。

 

「話が逸れたな。まぁ、何が言いたのかってーと、殺すには中枢臓器を潰すのが一番だ。

で、そうしなかった、致命傷とは到底呼べない筈のダメージで死んだ。この意味が分かるか?」

 

「……可能性として上げるならば、アマゾンモドキに近い存在……劣化クローン?」

 

クローンは、同一の起源を持ち、尚かつ均一な遺伝情報を持つ核酸、細胞を有する個体。もとはギリシア語で植物の小枝の集まりを意味するκλών klōnらしい。

 

謂わば、もう1人の自分に近い他人だ。

 

「まぁ、有り得るな。無性生殖の応用で自分の複製個体を生み出せる能力を得たアマゾンがいてもおかしくない。それだけアマゾンの

能力は多岐に渡る」

 

「ともあれ、情報が不足しています。現状は警戒を上げセキリュティーを厳重にすると共にアマゾンに関する調査をお二人にお願いします」

 

『ふむ。承知した』

 

「ついでに、出た時は俺が狩る。ヒロの奴には“本番に集中しろ”って言っとけ」

 

鷹山はハチにそんな言伝を頼んだ。ぶっきらぼうながらも、ヒロを思ってのものだろう。

それを知っているからこそハチは特に何も言わず、了承した。

 

『む、時間か……失礼する』

 

フランクス博士を映していたモニターが消える。通信が終わった事を告げるそれは、同時にこの報告会の終了を意味し、3人はそれぞれの持ち場へと戻る事となった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「では、これよりブリーディングを始める」

 

ハチの一言でブリーディング・ルームに粛然とした空気が張り詰める。数時間前にカマキリアマゾンの出現に伴い、ゴタつきはあったものの、事態は安寧に収拾。

パラサイトたちは13、26部隊と共に無事で全員欠ける事なく大きな怪我もせず、望ましい状態だったのだが、そこにヒロとゼロツーの姿はなかった。

ゼロツーは特別な検査があるとの事で、未だおらず、ヒロも危篤状態から意識を取り戻し回復を見せている。医療班からのOKが出ればブリーディングに参加できるらしいが、今の所はまだ分からない

それ以外の両部隊メンバーはきちんと集合し、全員が色々思う所は有れどハチの言葉に耳を傾けた。

 

作戦内容は以下の通りだ。

 

両都市に進路を変更することなく接近し続けている叫竜の群れを確認。その数やはり前例を考慮しての予想通り百単位に及び、正確に数えれば130体は観測できたらしい。

予想到達時刻は現時点での時刻から数えて、明日の午後7時頃と推定。

両部隊は午後6時30分に防衛ラインを展開し、前衛を26部隊。後衛を13部隊という配置に敷き襲い掛かる叫竜を撃破する。

 

そのような算段のものだ。

 

「えぇ?! 俺たち、バックアップって感じなんですか?!」

 

ゾロメから不満の声が上がる。

どうやら彼の中では先輩らと共に戦うつもりだったらしく、しかし実際にはあくまで後衛に回る役だった為、惜しいとばかりに残念な気分を露わにしたゾロメはバックアップという立場をよく理解していた。

そも後衛に回るという事は、万が一、討ち漏らした叫竜を処理するという実質的に尻拭いをやらされる羽目になるのだ。

そんな役回りを喜んで!と言って承諾できる程、ゾロメは下手に出るような質ではない。

 

「悪いね。君達は部隊発足からそれほど経っていないと聞く。経験では僕達の方が上だし

、安易に共闘するとこちらのペースが乱れてしまう。だから、きちんと分かれていた方が

効率がいいんだ」

 

それなりに言葉を選び、無論、嫌味のつもりは一切ないのだろう。だがそれでも、090の発した台詞はどうしても『足手まといは邪魔だ』と。暗に侮蔑しているかのように聞こえてしまうのは否めなかった。

少なくとも、ゾロメやミクはそう感じているらしく、その顔は虫でも噛み潰したように苦々しいものだった。

 

「また今回は戦況の悪化を想定。万が一防衛ラインを突破された場合を考慮し、この地点に単騎でも多数の叫竜を迎撃できるフランクスに待機してもらう」

 

ストレリチア。

 

言わずともそのフランクスの強さに関しては直に見ている13部隊にしてみれば、当然の判断だと言えるには十分。しかしどうやら26部隊はハチの言う一機が見当もつかないらしく、090が質問した。

 

「そんなフランクスがいるんですか?」

 

「ここには、ストレリチアを置く」

 

当然と発したハチのその言葉は13部隊にとって、大して何とも思わない程分かり切ったものだった。

 

だが、それを聞いた26部隊は違った。

 

見て分かる程に騒めき、リーダーである090を見れば、驚愕のあまり立ち上がってすらいた。

 

まるで悪夢だ、とでも言わんばかりに。

 

「そ、そんな……一体どういう……」

 

ことだ。そう最後まで言おうとした所で出入り口である自動ドアが音を立てて、開く。まず前に立っていたのはナナだった。

 

「遅れてごめんなさい。連れて来たわ」

 

その後ろに続くのはヒロとゼロツーの2人。

 

「大丈夫なのか?」

 

「ええ、問題ないわ。メディカルチェックはしたし、医療班からのOKも出てる」

 

「ま、待って下さい!!」

 

ハチとナナの会話に割って入って来たのは、困惑と激情を孕んだような切迫した顔の090だった。

 

「我々は、ストレリチアと一緒に戦うことは

できません! どうか、変更の検討を!!」

 

その狼狽した様子は先程までの彼と比べ、冷静さをかなぐり捨てて、感情をあるがままに吐き散らかしている。接した時間は少ないとは言え、それでも彼がこういった風に取り乱すような人物ではないと、そう印象付けていた13部隊に動揺を齎していた。

 

「作戦の変更はない」

 

「しかし! その女は!! 味方のことを顧みない無法者です! code002!!」

 

090は、視線をハチからゼロツーへ向ける。

その瞳は憎悪のそれで、ヒロがかつて見た前の彼女のパートナーと同じ負の感情が介在しているようで、少なくともヒロにはそう見えた。

 

「お前には身に覚えがある筈だ!!」

 

「……2年前の共同戦線でしょ?」

 

ゼロツーは、心中に何を思っているのか察することができない程のポーフェイスで、それは氷のような冷たさを孕んでいた。

 

「ああ、そうだ。お前が勝手に独断専行したせいで僕らは戦場で孤立した!

それだけじゃない……僕は」

 

“パートナーを失ったんだぞッッ!!”

 

精一杯に腹の底から絞り出した力を激情と共に解き放つ090の言葉は、あまりに衝撃的なもので、その悲痛な独白に堪らず、イチゴはスカートの裾を両手でぎゅっと掴んでいた。

 

ヒロもそうなるかもしれない。

 

そんな仄暗い気持ちも一緒のせいか、裾を握る手には普段のそれとは比較にならないほどの力が込められていた。

 

「………キミは、090だったよね? あの時は悪かったって思ってる」

 

ゼロツーから告げられた言葉は、淡々としたものではあるが、しかし声が微かに震えていた。

彼女なりに罪悪感はあり、それを表した彼女なりの謝辞なのだろう。

 

「でも、ボクには目的がある。あの時はそれを優先にしただけさ」

 

目的。ゼロツーにとってそれが何を意味するのか、またどういったものなのか。

それを今、この場で知る者は誰1人例外なくいない。彼女のパートナーであるヒロも、だ。ともかくゼロツーの言い分をある種の傲慢且つ不遜という印象に捉えてしまったらしく、不快に感じた090は怒りを収めず、ゼロツーに迫ろうとした。

 

「それで済むとでも…ッ!」

 

そんな彼の行動を間一髪で抑えたのは、ヒロだった。2人の間へ割り込んだ彼はゼロツーを庇う形ながらも真摯に視線を逸らさず、真っ直ぐ見据える。

 

「ゼロツーのことは俺に任せて下さい。彼女のパートナーは、俺ですから」

 

そう、ヒロは宣言した。

 

 

 

 

 





原作と違い、この小説のゼロツーは他者への配慮は一応あるものの、それでも目的の為ならば止むを得ず非情な決断を下す事だってある少女です。

原作と今作……前者を知っている方なら今作との違いを見て、どのような展開になっていくのか。それを楽しみつつ、読んで貰えれば幸いです。

ご感想待ってます!






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫る嵐の前に… 前編




よくよく思い返してみるとダリフラってビルドと被ってるトコありますよね。

まず『火星』、イメージカラーが赤と青だったり(ラビットが赤、タンクが青)
、ダリフラ20話放送からビルド本編で猿渡一海(グリス)が『話が宇宙規模に
なっちまった』とか言ってたり(実際スタークの正体云々で話が宇宙レベルで広
がってましたし……)。

余談ですが『話が宇宙規模になっちまった』の下りで『シンクロ率100%!!
ww』と思わず吹いちゃいました。はい。













 

 

 

 

 

 

 夜。正確に言うと午後9時30分頃。

 

 ミストルティンでの消灯時間は10時と定められている為、宿舎の灯りは未だ消えておらず、温室も同じで、人工の光たるスタンドライトが花々を照らしていた。

 その前に二つの人影が立っている。よくよく見ればそれは制服姿のゼロツーとイチゴだ。

 

「どうしたのイチゴ。話って何?」

 

 やや悪戯っぽい笑みを浮かべるゼロツー。そんな彼女とは対照的にイチゴので面持ちは真剣のそれで、やがて用件を口にし始めた。

 

「明日の戦い、あんまり勝手に行動しないで私の指示に従って。お願い」

 

 それはリーダーだから、ではなく、イチゴという個人からの真摯な願いだった。

 そこから来るのは純粋なヒロの安全だ。ヒロがカマキリアマゾンとの戦いに倒れたと聞いた時、心中に湧き起こって来たのは動揺と不安、そして恐怖だ。彼の容態が悪かった事に関しては薄々ながらも気づいていた。

 ただヒロの気持ちを汲んで、敢えて言わなかったのだがあの時、つい彼を問い質してしまったのは、こういった最悪の事態をつい想像してしまい、焦燥に駆られてしまったからだ。

 もっと早く問い詰めていれば……何か変わったかもしれない。今となってはそれが間違いだったと痛感せずにはいられなかった。

 

だが、今更後悔した所でどうにもならない。

 

今更ヒロを戦わせないで下さいとハチに進言しても遅いだろう。作戦の変更はないと言っていた。何より圧倒的な数で押し寄せて来る叫竜を相手にするに当たり、ストレリチアの力は不可欠になる。

 その事をイチゴは理解しているつもりだ。

 

 “だから、せめて”。

 

 “ヒロに負担を課すような真似だけはしないでほしい”。

 

 それが彼女の本心であり、こうして懇願することだけが無力な自らができる最低限のことなのだ。

 

「………あの時、ボクは言ったよね? 目的があるって」

 

 笑みを消すゼロツーは、淡々と言う。

 

「だからボクは戦うんだ。悪いけど遠慮なんてできないよ」

 

「!!ッ ヒロは、本当に今危ない状態なの! もし次乗れば……どうなるか分からないわ」

 

 必死にイチゴは言うものの、ゼロツーは依然として顔を、その意見を微塵も変えなかった。

 

「ボクと乗りたいって言ったのはダーリンだし、強制したつもりはないよ……それとも、代わって

ほしいの?」

 

「私のことはいいでしょッ!!」

 

「ならそっちも口出しするな。キミには関係ないだろ」

 

 ムキになり始めたイチゴと言葉に棘が付く様になったゼロツー。この2人の会話は平行線を辿るばかりで、明確な出口がなければ延々と続くかもしれないと感じさえする。

 どちらかが根負けするか、もしくは妥協するなどの選択肢を取れば話は早期に決着するのだが、生憎、どちらもそれを許さなかった。

 

「関係ある!! 私はリーダーなんだ! 大切な仲間が死にそうになってんのにそれを見過ごせって言うの?!」

 

 部隊のリーダーとは、当然の帰結として部隊に属する部下、あるいは仲間の状態を把握し対処する責任がある。イチゴはそれを理解しているが故に言っているのだが、ゼロツーは鼻で嗤った。

 

「ハッ、リーダー。リーダー。何か反論する度にそれを出すよね?」

 

「悪い?」

 

「別に。リーダーだからって、それを理由にボクとダーリンのことに口出しするのはどーかなって思うだけ」

 

 言葉の応酬を交わし、睨む両者。

 イチゴは燃え滾る炎のような激情を灯した目なのに対し、ゼロツーはそれとは逆で一切の感情を垣間見せない冷徹な目つきのそれだ。

 睨んでいるとは言え、その形は非常に異なっていると言えるものだった。

 

「………あんたは、ヒロを利用する気?」

 

「……かもね」

 

 肯定。あるいはそれと同義であることを匂わせる台詞で答えたゼロツーは身体を回し、まるで自身の顔を逸らすようにして、イチゴに後ろ姿を見せる。

 

「死んじゃうかもしれないんだよッ?!」

 

 イチゴの声が必死さを帯びて荒げる。彼女の悲痛な叫びを聞いても、彼女の淡々とした無感情な声音は変わらない。

 

「かもしれないってことは、まだ分からないって事だよね? ダーリンはボクと三回以上乗っても死ななかった。キミはもう知ってるみたいだけど、あの噂は本当さ……」

 

 僅かに声が震える。

 

「ボクと乗ったステイメンは3回目で必ず命を落とす。これまでボクと乗ったステイメンはみんなそうやって死んでいったよ。けど、ダーリンは違った。違ったんだよ……」

 

 一層と震えが強まり、無感情で冷徹だった筈のそれは今にも泣き出しそうな幼子に似た声音へと変わっていく。

 

「あ、あんた……」

 

 ゼロツーの突然の変化にイチゴは困惑を覚え戸惑う。

 

 どうして、いきなりそんな風になるの?

 

 私のせい?

 

 一体何を考えているの?

 

 疑問が絶え間なく逡巡、更に疑問が増えてはより思考の泥沼へと陥りかけてしまっていた。

 

「おやおや、こんな所で何をしているんだいイオタ……」

 

 そんな彼女の意識を思考の泥沼から引き上げたのは、救いの手ではなく声だった。

 聞いた覚えなど全くなく、声の雰囲気から察するに少年と思わしきものだ。それに反応してイチゴが後ろを振り返れば、案の定1人の少年がいた。

 

 イチゴはその彼に見覚えは一切なく、当然ながら眼前の少年が一体何者なのか、見当もつかない。

 

「………」

 

「あれれ。知ってる癖にそうやって目も合わせてくれないって、イオタ。君は相変わらずなんだね」

 

 イオタ。

 その言葉でゼロツーへ視線を投げかけ、話しかけている時点でゼロツーの事だと察することができるのだが、当の本人は一切言葉を発することなく、むしろ居ないものとして完全に無視を決め込んでいた。

 少年がやけに親しげに話しかけていることからこれが初対面という訳ではなく、知り合いの仲である筈なのだがゼロツーの対応を見るに、ゼロツー個人にとって彼は好意的に接する必要性のない人物なのだろうか。

 そんな両者を他所にイチゴは、突然現れた少年の姿をまじまじと観察する。何処かの王族の王子と見間違う程に清楚なる言葉が似合う純白の制服を身に纏い、飾られている装飾も相成ってそれらしさを助長させていた。

 

「ハロ〜、13部隊のお2人さん!」

 

 そんな彼の後ろから軽快な雰囲気の聞き覚えのある声がイチゴとゼロツーの耳に届く。

これには無視していたゼロツーも振り向き、声の主の姿を明確に捉えた。

 

「お前は……」

 

「なんで、ここに」

 

ブラッド・スターク。

 

 ヒロを窮地に追い込んだ謎多き人物は、不敵な笑みで浮かべては、得体の知れない空気を変わらず漂わせていた。

 

「なんで、ここに……」

 

「いや〜あの後さ、キミらのパパたちに大目玉食らっちゃって。名誉挽回って訳で、そこのじゃじゃ馬お姫様を連れ戻しに来たんだよ」

 

「ッ!!」

 

「ど、どういう事?」

 

 言葉の意味は解る。

 しかし真意が全く分からなかったイチゴは、反芻するかのように聞き返した。

 

「そのまんまの意味さ。事情が諸々変わったみたいなんだよ。で、ゼロツーの力が必要だって話。理解した?」

 

 端的で単純な解答にイチゴは、ますます困惑を極め、あまり理解が追いついていないが

……とりあえず、彼らの目的がゼロツーの連れ戻しだということは分かった。

 

「ダーリン決まったから、そんなこと言われる筋合いはないって言い訳は無しで頼むよ。パートナーがいようといまいと関係ないんだ。重要のなのは……お前の力だ」

 

 キッとゼロツーは睨む。殺気さえ伴うそれは、常人ならば必ず怯んでしまうだろう。

 だがスタークは平然としており、全く通用しないと豪語しているかのように不敵な笑みを崩さない。更に圧力をかけるのが目的なのか、言葉遣いに変化が見受けられた。

 

「あ〜、そうだった。イチゴは知らなかったな。ゼロツーはお前らが慕うパパ共を守護しいかなる敵や不穏分子を抹消する親衛部隊ナインズの一員なんだよ。まぁ、今は部隊を離れてるから、元ってのが付くけど」

 

「で、僕がそのリーダーを務めさせてもらっている“ナイン・アルファ”。よろしくね」

 

 鷹山が変身するアマゾン・アルファと同じく“アルファ”のコードを持つナインズの一員にして、リーダーであるナイン・アルファは手を開いた片手を上げ、軽快な雰囲気と声音に笑顔という組み合わせで挨拶する。

 

「とは言え、今すぐじゃないがな」

 

「……素直に従うと思うな」

 

 剣呑な言葉はより鋭さを増した殺気の視線と共にスタークへ届くが、やはり意に介すことはなかった。

 

「残念だけど、君に拒否権はないよイオタ。パパの下した命令は絶対だ」

 

 こちらも笑みは絶やさず、しかし、粋がるな…と。暗に言葉としては出さず、気の圧力としてそれを示していた。

 

「おいおい、あまり調子に乗らない方がいいぞゼロツー。どう足掻いたってお前が“鍵”であるのは変わらないし、それが逃れられない運命ってヤツだ」

 

 スタークの口調の変化は、ちょっと変わった程度では済まされないほど激変していた。まるで少女と話しているのではなく、壮年の男性と会話を交わしていると錯覚しかねない違和感が地中に張り巡らせた木の根のようにイチゴの心に巣食う。

 容易に払拭できるものではない、尋常ならざる精神性を垣間見た気分だった。

 

「か、鍵?」

 

 まるでスタークを異形の化け物のように怯えた目ではあるが、それでも逸らさず見据えるイチゴは、鍵という言葉に疑問の声を上げる。

 

「おっと、口が滑ったな。でもまぁ、聞かれて困る事でもないから教えてやる。

こいつは、“世界を救う鍵”なのさ」

 

「世界を救う? ゼロツーが?」

 

 懐疑的な視線でイチゴは、ゼロツーを見る。正直言って彼女が世界を救う鍵とは到底思えない。自由奔放、独尊、無法者、傲慢、そんな言葉の数々がよく似合うこのゼロツーという少女が世界を救うなどと言われても、何らかの比喩か冗談の類としてでしか認識できない。

 そう思ってしまうのも致し方ないだろう。

 

「ここもそうだが、今全プランテーションがある場所へと向けて進んでいる。そこは数多の叫竜が蠢き犇めく地。そこへコイツを運ぶのが、お前ら13部隊の使命なのさ」

 

 腕を組み、足をリズム良く、ゆっくりとした調子で踏み鳴らす様は口の両端が釣り上がるような笑みも加えて、愉快極まりないとでも言っているかのようだ。

 イチゴにはそれを酷く不気味に思えた。

 しかし、スタークにとってイチゴの心境など気にかける必要性は皆無で、そもそも認知すらしないだろう。

 

「さて。これ以上はさすがにもう言えないが……せいぜい死なないよう頼むよ♪ キミたち13部隊には期待してるから」

 

 今度は、イチゴが知るスタークの少女らしい口調だった。そして、それだけを言い残し

、スタークはナイン・アルファと共に木々の中に広がる暗闇へと足を運び、数分も経たない間にその姿を消した。

 

 まるで闇夜に紛れるかのように……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「随分饒舌になってたみたいですけど、いいんですか?」

 

「構わんさ。“オレ”を面白くさせてくれた礼に教えやるのも一興ってヤツだ」

 

 暗闇の中、スタークとナイン・アルファは歩を進ませながら何てことのない会話を交わしていた。しかし、スタークの口から発せらる声は確かに少女のそれなのだが、その口調はまるで壮年の男性を思わせるもので一人称も変わり、“オレ”となっている。

 

「とは言え、ボロ出さない方がいいですよ」

 

 窘めるように言うものの、その言葉から感じ取れるのは諌める気というより冗談半分と言ったいいかもしれない軽薄さのみ。

 そんなナインアルファにスタークは鼻を鳴らす。

 

「ボロも何も、“ボク”もオレなんだよ」

 

 ナイン・アルファの方へ振り返り、バイザー越しに目を面白おかしそうに細める。

 口の両端を吊り上げている部分も相成って、傍から見ればそれは狂気に映るかもしれないがナイン・アルファにとっては見慣れている為、何をどう思うものでもなかった。

 

「さ、て。今回の大規模な作戦、どう転ぶか見物だな〜……」

 

「ええ、本当に」

 

 話を振られた金髪の少年は、否定の意も見せずスタークに同調するように微笑み、それが当たり前であるかのように頭を下げつつ、左手を右肩辺りへ添える。王家に支えし騎士然とするような、まさにそんな振る舞いでもって返答を述べるのだった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 イチゴは1人、コドモたちの住まう宿舎へと戻っていた。頭の中にあるのは一介の言葉が知っていいのかと思う程のスタークから与えられた情報、ゼロツーのこと。

 

 そして、ヒロの今の状態。

 

 結局イチゴはゼロツーに対しヒロに無理させないよう咎めこそしたが、効果があったとは言えず。

 そもそも承諾の意を持った返答さえゼロツーから貰ってはいないのだ。

 

「こんな時間に何やってるんだよ」

 

 ふと声が掛かった。地面に向けて俯いていた顔を上げれば、そこは宿舎の玄関出入り口で自身のパートナーである寝巻き姿のゴローが立っていた。

 

「ゴロー……」

 

「真面目なお前らしくないな。もう就寝時間回ってるぞ。早く着替えて寝とけ……明日は大変なんだ」

 

 優しくそう言ってイチゴに近付いていくゴロー。

 彼の言葉がイチゴにとってどのように聞こえたのか、それは本人ですら認知し得ないものだったのが、それでも。

 心の内に秘めた感情を吐き出してしまうには十分な引き金だった。

 

「!!ッ」

 

「え、お、おい!」

 

 無我夢中でゴローの胸元に顔を埋め、彼の服をギュッと握り締めるという突然の行動に対し、当然困惑したゴローは説明を求めようとしたのだが、上擦り、涙ぐむような声を聞いた瞬間。何も……聞けなくなった。

 

 やがて、ポツポツと。

 

 何らかの思惑か、あるいは運命の悪戯か。

 

 時折降ることのある人工的な雨が降り始めた。雨は木々を、地面を、宿舎の外壁や屋根を絶え間なく濡らしていく。ザーッと降る雨の雫と、地面、あるいは物へ叩きつけられる音の二重奏がミストルティンを支配していた。故にイチゴのか細い嗚咽は、その二重奏へと飲み込まれるしかなかった……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫る嵐の前に… 後編





連続投稿です。どうぞ!


 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「う、うん」

 

あれから数分程の時間が経ち、イチゴとゴローの二人は横に並んで玄関口の段へと腰を下ろし、座っていた。

さっきと比べ大分落ち着いた様子のイチゴにゴローはホッと胸を撫で下ろす。

対してイチゴは、申し訳なさと自身の醜態を信頼するパートナーに見せてしまった気恥ずかしさから、頬を赤く染めまた顔を下へ俯いてしまった。

 

「迷惑かけてごめん。大丈夫だから……」

 

「迷惑なんて思うかよ。それにお前がそんな状態だと、どうしても心配するだろ?」

 

ゴローの正論にイチゴは何も言えず、ただ己の浅慮に羞恥度が増すばかりだった。

 

「言ってみろ。パートナーに話したって問題ないだろう?」

 

「うん……」

 

本当ならパートナーの厚意に甘える自分に檄を飛ばしたくなるが、今の精神状態ではそうする事など到底できず。結局有りの侭に話すと言う結論に至ったイチゴはやや感情を吐き出しつつ、それでも正確に説明して見せた。

 

「……そっか」

 

淡白な回答と受け取られてもおかしくない素っ気ない態度のようだが、ゴローの心境は齎された情報による混乱に陥っており、それをイチゴ自身もよく理解していた。スタークのゼロツーに関する秘密は突拍子もなく非現実的な妄言、と言い渡されても文句のしようもない情報だった。

だがスタークが発していた、あの得体の知れない身を這い回されるような雰囲気が決して冗談の類等で言ってるのではないと。本能とでも言うべき感覚がそう告げていた。

 

「なんか……もう頭がぐちゃぐちゃ。私は、ただヒロに無理して欲しくないからゼロツーに頼んだだけなのに……」

 

訳が分からない。

 

イチゴの思いを言葉にするとすれば、これが最適で分かり易いだろう。

こう言っては難あるかもしれないがゼロツーの過去や今現在進行形で行われている自分達がまだ教えられていない大掛かりな何か。

 

そんなもの、イチゴにとってはどうでも良かったのだ。

 

ただ、ヒロが無事でいてほしい。

 

そんな思いを踏み躙る様にしてスタークは姿を現し、どういう意図なのか。

 受け入れ切れない情報をイチゴに与え彼女の心を翻弄した。

 

「もし……このまま、ヒロが……」

 

“死んじゃったら”。

 

言いたくない、認めたくなかった言葉を吐き出したイチゴを見て、ゴローはこれから先に待ち受ける決して望まない、嫌悪さえ抱きかねない未来を想像してしまった。

直後。背筋に気味の悪い悪寒が舐め這うかのような錯覚を死ぬことが理解できない訳ではない。それが永遠の離別であり、何をしようとも帰っては来ない現実であるという事は、イチゴもゴローも……13部隊全員が分かっている事だ。

 

 だが、それはあくまで“知識”として理解しているに過ぎない。

 

 情報のみで把握するのと実際に見て感じた上で把握するとでは明確な差があり、彼等はまだ“死”を間近かで見てはいない。その初めての死が“ヒロという少年の死”だとしたら、彼等にとってどれ程の絶望で、苦痛で、悲劇なのか。

 幼馴染と呼ぶに相応しい間柄のイチゴとゴローは、恐らく想像もできない地獄となるかもしれない。

 

「嫌! 嫌だよ……!! 私、ヒロに死んでほしくないッ!!」

 

 だからこそ。

 

 その結末を……イチゴは拒絶するのだ。

 

 とは言え、今の彼女にできることはこうして感情を発露し、ただ涙を流すのみ。それは悪く言ってしまうとほぼ無意味な事に等しいのだが、少なくとも精神的に抑えて溜めていたものを吐き出す、という意味では十分に必要な事だろう。

 そうしなければ、いずれ何処かで壊れてしまうかもしれないからだ。

 

(?!ッ……なんだ、この気持ち……)

 

 形容し難い感情が自身の心臓を掴むような、そんな錯覚を感じたゴローは堪らず胸を押さえた。

 本当にどう表現すれば分からない謎の感情。正直、戸惑いが大きいが自分はともかく、今はイチゴだ。

 

「アイツが言って止まってくれるかは分からないけど、とりあえず俺からヒロに言ってみる」

 

「……え?」

 

「アイツには、色々助けられた事があるんだ。俺だってヒロが死ぬなんてこと……あってほしくないんだ」

 

 ヒロに助けられた。

 そう語るゴローの横顔は、どこか遠くを見ているようだとイチゴはそう感じ、同時にその内なる心情に覚えがあった。昔ガーデンと呼ばれる施設にいた幼少の頃、ゴローは今と比べ周りに敵を作り喧嘩三昧という悪童を呈していた。

 パラサイトとしての成績が良かったおかげか、大目に見られてはいたものの、それでも手がつけられない程だった。

 そんな彼を変えたのはヒロであり、ある出来事を機に二人はイチゴを含めて親友になれた。イチゴにとってヒロはであり、憧れでもあったがそれはゴローも同じだ。だから助けたいと真摯に思えるし、その為の尽力に余念を抱くなどありえなかった。

 

「ゴロー……ありがとう」

 

 泣き腫らした目でゴローを見据えるイチゴは、感謝の言葉と共に嬉しさからまた涙が溢れ出てしまう。

 そんな彼女の頭をそっと。自分の手で優しくあやすように撫で始めた。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 明朝。

 ミストルティンの湖畔は静寂に包まれており、鳥の囀りは勿論、虫の騒めきもない程だ

。そんな無音に近い湖畔にゼロツーは一糸纏わぬ姿でその半身を水へと浸からせていた。

 顔に張り付いている表情はその心意を図る事ができない程に無と化し、人のそれとは思えない妖艶な美しさがあった。そんな彼女から解き放たれる雰囲気は今の姿とは対照的過ぎるもので自分以外の存在に対する拒絶と敵意を表したソレだ。その攻撃的な気配に人間は愚か、むしろ人間より感覚に敏感な動物や魚などの生き物は自らの気配を殺し、悟られぬよう息を潜めている。

 

 だが、そんな彼女に近づく例外がいた。

 

「何やってんだよゼロツー」

 

 鷹山だ。

 彼は初々しい年でもそういった性癖もない為、別段ゼロツーのあられもない生まれたままの姿を見ても何ら思う事などなく、右腕の脇には彼女の特徴的とも言える赤制服の着替え用が挟まっていた。

 

「あーあ、着替え持って来ておいて正解だなこりゃ……」

 

 雨に濡れて泥濘んだ地面に無造作に置かれた下着や寝巻きは、当たり前ながら地表の水分を吸収し濡れており、更にオマケで泥が付着したせいで“汚れた着る物”という一品に仕上がっていた。

こうなる事を事前に予想していた鷹山の勘は、やはり長年の付き合いによる賜物なのかもしれない。

 

「とにかく上がれよ。風邪引くぞ?」

 

「嫌だ。もうちょっとこうしてたい……」

 

 鷹山の言葉を軽く一蹴するゼロツーに仕方がないとばかりに溜息を吐き、鷹山は近くの折れて転がっている大木へと腰掛ける。制服や下着類は挟んだままだ。

 

「で、何かあったよな?」

 

「別に」

 

「嘘つくなよ。お前がそうやって水や風呂に長く浸かる時ってのは、大概何か考え事してるってのが相場だからな」

 

 ゼロツーの否定を嘘だと逆に一蹴する鷹山は、既にゼロツーの行動に関して熟知してると言いたげな物言いだが、図星であるのは事実だった。

 

「……はいはい。言えばいいんでしょ」

 

 諦めたと言わんばかりの面倒臭さを滲ませた表情でゼロツーは、事のあらましを簡潔に説明した。それを聞いた途端、鷹山の顔に怪訝な心情が眉間の皺として現れる。

 

「アイツがか?」

 

「うん。ついでにナインズの方のアルファも付き添いで。まぁ、ヘドが出る位よく喋ってたよ」

 

 ゼロツーの声は平坦ながらも、言葉遣いから忌々しさが伝わって来る。確かにスタークという存在に良い印象など有り得ないし、そもそも得体の知れない何かがある。そんな相 手に好感や信頼を寄せるなど、以ての外だ。ゼロツーだけでなく大抵の者はそう感じるだろう。

 

「どうにもあのクソジジイ共は、ボクをここから連れ出したいみたいだね。絶対嫌だけど」

 

「同感だな」

 

 ゼロツーの気持ちに鷹山は同調を示した。

 

「俺はお前にここに残って貰った方がいいと思ってる。フランクスの爺さんも俺と同じだ

。その為にクソジジイ共の説得に行ってる」

 

 二人してプランテーションを統括する最高位権力者たる、七賢人をクソジジイ呼ばわりとは如何なものかと思うかもしれないが、誰かがどうと言った所でまともに聞かない性分を鑑みれば、諦めた方が無難というものだろう。

 

「……そうなんだ」

 

「………さっきからテンション低めだな」

 

 鷹山の指摘にゼロツーは煩いとでも言っている風に鬱陶しさを滲ませた目で睨みつける

 

「そう怒るなって」

 

「別に。刃兄って意外と無神経なんだなって思っただけだよ」

 

 怒ってんじゃーねか。

 

 喉までその言葉が出かかったが、話を拗らす訳にはいかず、そのまま飲み込んだ。

 

「……刃兄。ダーリンは、この戦いの後でも

一緒に飛んでくれるのかな」

 

 視線を水面へと落とし、突然そんな質問を投げかけて来るゼロツー。

 彼女の言う“この戦い”とは今日において実行される13・26の両部隊での防衛戦だ。正直な所、13部隊にとっては叫竜戦における未だ経験した事のない大規模な戦いである為、無事に生きて帰れる保証は何処にもない。

 彼女が選んだパートナーのヒロがその結末を辿る可能性は有り得るし、状態が状態だ。誰よりも真っ先に命を落とすかもしれない。その確率が非常に高い事実は受け入れる事ができなくとも、目を逸らし、決して彼方に忘れ去ってはいけない。

 

 それに対し、鷹山は……。

 

「知らん」

 

 なんと“知らん”の三文字だけで返答して見せた。

 

「……そこは、なんか気の利いた事言うもんじゃない?」

 

 非難するような物言いがゼロツーの水に濡れた艶かしい唇から紡がれるが、確かにあまりに適当な返答だろう。もっとまともな答え方があってもいいと思うが、それでも鷹山はそんな事など気にしない様子で話を続けた。

 

「それっぽく繕ったって意味ないだろ。肝心なのは努力と意志だ」

 

 腰を上げて立ち上がった彼はゆっくりとした歩みで水と陸地の境界線より少し先へと進む。靴先が水に濡れるがそれを気にする様子は一切なく、ただゼロツーを真っ直ぐ見据えるだけだ。

 

「説教臭え事をダラダラと垂れる気はないがよ、これだけは言うぜ」

 

 ゼロツーは息をゴクリと飲む。

 

「何かを望むなら、その過程で努力を尽くせ。努力つっても色々あるが例えば身体を使った行動的なもんだったり、頭ん中にある知識を使って考えたり……あるいは何かを捨てる覚悟だったり、な」

 

 最後の部分は、気のせいか何か思う所がある風に感じられたがそれも一瞬。

 変わらぬ真剣な口調で続ける。

 

「で、その努力がキツくても生半可で折れない意志を身に付けろ。そうすりゃあ、いつかは手に入るもんさ……大抵のもんはな」

 

 どこか含みのある言い方をする鷹山は、その両の瞳に鋭さを宿していた。彼の言うそれは世の理と言える法則のようなものだ。何事にも目的が生じたのなら、それを果たす為に必要な行動を起こし、過程の道筋が遠く困難だったとしても諦めない意志で臨まなければ成し得ない。

 実際、鷹山もそういった経験を過去何度もして来た身だ。時には諦めた事もある。目的の為に相応の代償を失うことで払って来た時だってあった。

 

 そういった人生の先達者だからこそ、彼は語るのだ。そして、先達の言葉を意味あるとして胸に留めておくのか。あるいは無意味だと嘲笑に附して吐き捨てるのか。勝手に思い決めつけるのが他者であり、この場合はまさしくゼロツーがそれに相応しい。

 

「……刃兄の言いた事はよく分からないけど、まぁ、覚えておくよ」

 

 どうやらゼロツーは前者だったようだ。

 

「そうかい。んじゃ、もういいか?」

 

「………うん」

 

 今度は拒否せず、縦に頷いたゼロツーは陸へ上がり、鷹山から衣服類を受け取り着替え始める。当然ながら一遍に上下や下着を一瞬の内に着てしまうと言う、魔法のような芸当はさすがに人間離れしたゼロツーでもできないので、面倒ながら一つ一つ着替える必要があった。

 そこで一旦、各衣服を鷹山が腰掛けていた大木へと置く。やや湿ってはいるものの、濡れる程ではない。特に問題はなかったのが幸いと言えるだろう。

 

「刃兄」

 

「ん?」

 

 着替えながら鷹山をいつも通りの親しい名で呼ぶゼロツーに対し、鷹山は疑問符を浮かべつつ答えた。

 

「ありがと」

 

「どう致しまして。じゃじゃ馬お姫様」

 

 ニカッとした明るい笑みと感謝の言葉に対し、冗談めいた返答と少し小馬鹿にしたようなニヤけ面。その光景は、二人が血で繋がっていなくとも兄と妹の間柄であるという事を物語っているのかもしれない……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 APE指揮下の第26都市であるプランテーション、クリサンセマム。多少建物の位置が異なるだけで、基本的には内部構造・都市の機能等は全く同一の為、変わり映えは皆無だ。

 そして、ここにもコドモたちの居住区であるミストルティンがあり、こちらもオトナ達が住む都市部と同じで相違点は特に無い。

 

「みんな。集まってくれて感謝する」

 

 コドモの生活拠点となる宿舎の洋館の居間には、今回の防衛作戦において13部隊と共に戦う26部隊の面々が全員余すことなく集い、真っ直ぐとした姿勢でソファーに座っていた。彼等の見据える先にはリーダーである090が立っており、司会となって賛辞の言葉を述べる。

 

「今回も予定通り、定例会を始めたいと思う」

 

 彼の言う定例会とは、簡単に言えば“コドモ達だけの作戦会議”という意味合いを含んでおり、主に叫竜戦における戦術の方針や策の立案。その他戦闘に関係する諸々を議題とし話し合うのが常で定期的に行われている他愛のない行事なのだが、合理的であるのは間違いないだろう。

 コドモたちが自主的に行なっているのが特徴で、ナナやハチといった作戦指揮を担うオトナは基本関与しない事になっている。

 

 何故なら、オトナはあくまで“戦略”を定める立場にあるからだ。

 

 戦術と戦略は似たようなニュアンスである為、あまり違いがよく分からないかもしれないがこの二つには明確な相違が存在している。

 戦略は、戦いに勝つ為に兵力を総合的・効果的に運用する方法で、大局的・長期的な視点で策定する計画手段である。一方で戦術は、戦いに勝つ為の戦地で兵士の動かし方など実行上の方策を意味する。

 戦略はあくまでオトナ……と言うより、正確に言えばAPEの最上層部である統制者たち七賢人と作戦司令官。あるいはその副官にしか権限はない。実際ハチも戦略としての指示は飛ばすものの、戦術に関しては13部隊に一任しているのが良い例だろう。

 

 基本、戦術方面はパラサイト部隊に任せると言うのが定番である。

 

 実際に戦場へと立ち、叫竜と命懸けの死闘を繰り広げるのはパラサイト部隊なのだから妥当の按配ではある。

 特にパラサイト部隊の中でも目を見張る戦績を築き上げた26部隊はその優秀な戦績が高く評価されており、本来なら立ち入れないオトナの都市部を一定区画限定だが見学でき

、自由行動や食事の時間の延長。娯楽品の支給・利用などある程度の自由が認められている。

 APEにとって有益な戦績という結果を残しているからこそ、こういった事が許可されており、逆に26部隊以外で同等の扱いを受けている部隊は他にもあるが極めて少ない。別格に位置する親衛部隊のナインズに至ってはゼロツーがそうであったようにS級クラスのIDを保有している位だ。

 

「今回の戦いは僕達がこれまで多く経験して来たのような大きな戦いと同等か、もしくはそれ以上になる可能性は十分考えられる」

 

 090の言葉に真剣な面持ちで無言を貫き、崩さない姿勢は13部隊にはない規律性を感じさせる。

 

「もし、倍の多さを考慮する場合、基本多用しているN戦術だと無理がある。共同戦線を張る13部隊もいるとは言え、正直彼等は未熟だ。過度な期待はしない方がいい」

 

 13部隊への辛辣な評価を述べるが、そこに感情は一切挟んではおらず、彼等の叫竜戦における戦績から合理的に下したものに過ぎない。

 そもそも叫竜との大規模な戦闘を5回も経験している26部隊にしてみれば、13部隊はヨチヨチ歩きの最中か、と表現できるレベルに過ぎないのだ。他の隊でも26部隊の様に大規模戦闘を5回も経験し、尚且つ、生還を果たした部隊は26部隊だけだ。

 その彼等が見たのだから否定はできない。

 

もっとも、生還に関しては“一人を除いて……”が付くのだが。

 

「だから、N戦術だけでなくJ戦術とB戦術の併用も考えてる。戦術一つだけではさすがにキツいと思うからね」

 

 090の言う三つの戦術。

 

 簡単に説明すると彼等が叫竜との戦いで使用し、そして他の部隊でも使われている一般的な“N戦術”。円陣に叫竜を囲い込み、武装であるポーンハスタは柄と刃がワイヤーで接続され射出できる薙刀型なので、それを用いて拘束。そこからマグマエネルギーを注入することで叫竜を倒すというもので、呼称にある『N』は“normal”から来ている。

 

 “J戦術”は、N戦術と同じように円陣を形成するがその際10〜30程の数の叫竜を囲う事を想定し、大きめに形作るように配置。そこから一気に跳び上がり、ポーンハスタのマグマエネルギーをチャージ。一気に弾丸ととして連続発射し、掃討する。

 跳び上がる事で急降下における加速を利用し、攻撃の威力を底上げするメリットがあると同時に連携が難しい為、失敗する場合もあるのがデメリットとなる。

『J』は“jump”に由来。

 

 “B戦術”は、マグマエネルギーを最大限に高めて機体を向上。その瞬発力を利用し迅速に叫竜を掃討する。『B』は“Burst”から取られている。

 

「これに関して質問はあるかな?」

 

 090の投げかけられた問い。26部隊各々の答えを述べる。

 

「特に何も」

 

「いいんじゃないか?」

 

「同意ですね」

 

「ああ、それで構わない」

 

「「大丈夫です」」

 

「問題はないわ」

 

「はい」

 

「……はい」

 

 全員の肯定。否定や異議はなく、この結果に満足した様に笑みを浮かべた090は、話を再開する。

 

「ありがとう。ただ注意事項としてB戦術は爆発的なパワーとスピードを発揮できるが、その分マグマ燃料の消費が著しい。使う時は戦局をよく見て問題なしと僕が判断した場合にのみとする」

 

 当然ながら否定はなかった。

 

 B戦術は、量産型フランクスの強化という目的でテストとして26部隊に実装された新機能“オーバー・システム”があって始めて発揮できる戦い方だ。一般部隊の量産型の強化は、今後APE側の人類史上において唯一と称されかねない大規模作戦『グランクレバス攻略』において必要な物だと言える。

 故に新たな力を齎し得るオーバー・システムのテストは非常に重要。

 緊張感や不安がないか、と問われれば嘘になるだろう。だがこの役目を与えられた26部隊は名誉な事だと誇りにさえ感じているのもまた事実である。

 

「よし、なら解散だ。各自予定時刻まで英気を養い、きちんと睡眠を取るんだ。いいな?

 

『了解!』

 

 覇気に満ちた声と共に頷く26部隊のメンバーたちは、ソファーから立ち上がり、各々がそれぞれ自由行動に入る。

 

 ただ、一人だけ残る者がいた。

 

 090の“現在のパートナー”である081だ。ソファーから立ち上がったものの、顔を下へと俯き、両手で拳を作り何処か震えている様子だ。

 当然その事に疑問を抱いた090は声をかける。

 

「どうしたんだい081。何処か悪いのか?」

 

 彼女に近づき、肩を置く090は心配した声音で081に問いを投げかける。しばし沈黙があったものの、唇を少し噛み締めるように噤んでいた口を彼女は開く。

 

「私……不安なんです」

 

「不安?」

 

「“ステイメン殺し”……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、身を掻き毟りたくなるような嫌悪感とおぞましい悪寒に襲われる。だが、リーダーとして取り乱すような真似はせず、あくまで冷静さを保った。

 

「……やはり、君も容認できないんだね」

 

 奇しくも081は、090と似た境遇にあった。彼女も“パートナーを失った”という過去を持ち、それを機にこの26部隊へと配属された。

 だが本来パートナーを失ったからと言って、別の部隊へ転属など本来ならば有り得ない。代わりとなる新しいパートナーを彼女のいる部隊へ送ればいいのだから。

 

 では、何故そうしたのか?

 

 簡単だ。

 

 彼女の守るべき筈だった都市は……共に戦うべき仲間と共に無惨に叫竜に破壊され、塵と消えたのだ。

 

 自爆行為を平然とやってのけたレーマン級の叫竜によって……。

 

 本来ならばその運命は回避できた筈だった。都市の最終防衛ラインを守っていたストレリチアが、命令無視の独断専行をしなければ……。

 

「あの女は、化け物よ! 叫竜を殺すことしか頭にない……私達を平然と見捨てて、見殺しにする悪魔よアレは!!」

 

 慟哭は痛ましく、そしてゼロツーへの怨嗟が抑えようもなく溢れ出ていた。

090も似た境遇を経験したが故に彼女が胸中に抱く負の感情に誰よりも共感できてしまえる。

 

「081。聞いてくれないか?」

 

 だからこそ、彼は“ある提案”を彼女に指し示した。同時にそれは……“悪魔の誘惑”とも言える。

 

「僕に考えがある。ぜひ、協力してほしい」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

両都市防衛決戦 前編





感想……ほしいデス。





 

 

 

 作戦決行の数時間前。

 

 夕暮れの色に染まり切った大空の下、警戒態勢を取りつつ、これから二つのプランテーションへ侵攻するであろう叫竜の群れに対抗する為の人型ロボット兵器フランクスの最終調整を満遍なく行なっていた。

 

 叫竜の脅威に対抗できるのは、フランクス。

 

 例外なくそれ以外の兵器では叫竜に致命的なダメージを与えることは不可能。だからこそ最終調整は入念にしなければならない。

 たった一つのミスも許されてはいけないのだ。そんなピリピリとした雰囲気に包まれる中でゴローは、ヒロとの相部屋の扉前へ佇んでいた。端末で連絡を取り、話があると予め伝えておいてある。

 返答はわかったと承諾のもので、ヒロの性格上バックレると言うことはないだろうとは思いたいが

、仮に何処かへ逃げてたとしても、イチゴの為に何が何でも見つけ出して強引でも何でも説得しなければならない。

 それがゴローの決意だ。ノックをし、入るぞと一言告げてから扉を開けて部屋へ足を踏み入れるが自身の目に飛び込んで来た光景に堪らず、叫んでしまった。

 

「ヒロ!!」

 

 ヒロが呻きながら倒れている。すぐさま安否の声をかけ、容態を確かめる。高熱としか言えない程にヒロの体温は上昇しており、大量の汗が大きめの玉響を形成するか、もしくは滝のように下へ下へと流れていた。

 身体が高まる熱を少しでも引かせようと体内の水分を汗として出しているのだろう。が、まるで引く事もなければ回復する気配が一向にない。おまけに呼吸が荒く、まるで激しい運動でもしたのかのような状態だった。

 

“まずい!”

 

 ゴローはヒロの容態を確認し把握した瞬間、自分の手には余る事だ時間をかけず、すぐに理解できた彼は端末でナナに連絡を図ろうとする。しかしそれを止めるようにして端末を取る手の手首の部位を掴むもう一つの手。当然だが、端末を持っているゴローの手とは別のもう片方の手ではない。

 

 紛れもなくヒロ自身の手だった。

 

「おい、何やって……?!」

 

「頼む………誰にも、言わないで…くれ…」

 

 荒い呼吸と共に絞り出される掠れたような声。

 だが、そこに尋常じゃない何か必死なものを感じたゴローは、とりあえずは端末をしまいナナへの連絡を一旦止めることにした。

 

「あ、ありがとう……はぁ、はぁ、」

 

「……水、飲むか?」

 

「……ああ。頼む」

 

しばらくして水を透明なガラスの容器に入れてゴローは部屋へ戻り、その容器から注いだ水のコップをヒロに差し出す。手に取ったヒロはすぐさまコップを口まで運び、グビグビと勢い良く飲んでいく

。ついでに鷹山から渡されたあの薬を2錠飲み込んだ。

 

「ぷはぁッ! はぁ…はぁ…はぁ……助かったよ。本当にありがとうゴロー」

 

 最後の一滴まで飲み干したヒロは相変わらず顔色は悪いものの、それでも少しはマシになったようだ。それは水を飲んだからと言う訳ではなく薬の効果による所が大きかった。

 

「……ヒロ。もうフランクスには乗るな」

 

「え?」

 

「お前、ストレリチアに……ゼロツーと一緒に乗ってそうなったんだろ?」

 

 ゴローの言葉は、明確にヒロの図星を突いていた。暫し無言だったヒロだが、やがて口を開いた。

 

「もしかくて、聞いて……た?」

 

 それはヒロが鷹山と会話をしていたあの時の事を意味するもので、ゴローは否定も言い訳もせず素直に頷く。

 

「……ゴロー。俺さ、今とっても満足してるんだ。幸せって言ってもいい。フランクスに乗れないって思って、絶望して、いつも気が沈んで生きてていいのかって疑問ばっかりだった。でも、ゼロツーに出会えてフランクスに乗って……パラサイトになれた」

 

 それは他人に言えず、言うつもりも更々なかった嘗て抱いた負の情念。葛藤。後悔。

 しかし彼はそのまま終わることはなく、希望を見出せた。

 

「みんなと戦えたんだ。駆除班として戦った時もあったけど、やっぱりパラサイトとして誰かの為にみんなと戦う方が俺は好きだ」

 

 アマゾン・イプシロンとしての自分は、醜い。

 少なくともヒロはそう思っている。アマゾンとなって自覚した平気で他者の命を壊し、その悦楽に浸る凶暴な本能は、まさに“おぞましい獣”と唾棄すべきアマゾンとしての本質だ。

 だからこそ彼はアマゾンとして戦うよりも、仲間やオトナを守るパラサイトとして戦い、自分自身の存在意義を得たい。それがヒロの願いなのだ。それで自分が死ぬことになったとしてもヒロは容易に受け入れるだろう。

 自身はアマゾン。人を食い命を殺す獣。

 ならば、そう成り果てて殺されて死ぬよりかは大切な人達の役に立って死にたい。少なくとも彼はそう考えている。

 

「ふざけんなよ!!」

 

 だが、そんな彼の意志をゴローは否定する。

 

「誰もお前に死んで欲しいなんて思ってないし、死ねなんて言ってない!! お前がアマゾンかなんて、関係ないんだ!!」

 

 ヒロはヒロ。親友となった日からゴローの中でその事実だけは何一つ変わってなどいない。

 

「イチゴも同じだ! イチゴにとって……お前は特別で、本当に大切なんだ……それは俺だって同じだ」

 

 ゴローの瞳は、真っ直ぐヒロを見つめて離さない。冗談はなく真剣のそれだ。

 

「俺は昔、お前に助けられた。教えられた。力だけ振るって周りを傷つけて……そんな俺をお前は変えてくれた」

 

 ガーデンにいた頃のゴローの性格は今と比べて信じられない程かなり荒れていた。オトナにも反抗的だった彼は、とにかく暴力で物事を解決しようという傾向が強かった。

 

 自分を馬鹿にする年上のコドモ。

 

 自分より弱いコドモ。

 

 命令するばかりでつまらないオトナ。

 

 何もかもが暴力を振るう理由に溢れていて、その都度何故か寂寥な虚無感が心に穴を開けていた。 そんな彼の前に現れたのがヒロだ。当時はただムカつく目障りな弱いコドモだと思っていた。

 だが、自分に何度殴られようとも事ある毎に盾突き、反発し合った。

 

そんな日々が流れる中で、ヒロとのある出来事がゴローを今の彼へと変えた。

 

「お前を想ってくれる誰かの事も少しは考えろ!! 頼むから……もう少し周りを見てくれ」

 

「ゴロー……」

 

 親友の言葉は偽りも何もない本心だ。それをヒロが分からない筈はなく、だからこそ彼の言葉は、正論過ぎてヒロの胸中に深く刺さり込んでいく。

 

確かにゴローの言う通り、自分は周りを見てこなかった。

 

 今もそうだが、こうなった原因は思いつく限り段々とパラサイト候補としての成績が落ちていった時期の頃からだ。あの頃から自分はとにかく必死に訓練ばっかりで、周りの心配を余所に無理や無茶をしていた記憶がヒロにはあった。

 

 何が何でもパラサイトになって、役に立って見せる! 自分の存在意義を証明してやるんだ!!

 

 そんな決意をもって努力と時間を注ぎ、訓練に打ち込み明け暮れていた毎日だったがついにそれが実を結ぶことはなく、ただ失敗を重ねて無に帰すのみだった。

絶望と倦怠の海に心が沈み、自分を見失いかけていたヒロにとってゼロツーがいかに救いの光だったのか……その希望と幸福、充足感は本人にしか計り知れないだろう。

 

 だから、死んでもいいと思えた。

 

 パラサイトとして戦える。だから、これから始まる防衛戦で命を落としたとしても、悔いは無い。本気の気持ちだ。

 だが、ゴローの言葉はそんな決心に明確な動揺と疑問を生じさせた。

 

“本当にそれでいいのか”と。

 

少なくともこの時、ヒロは目を逸らし顔を下へ俯かさるだけで何も言うことができなかった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「やれやれ。なんともシケた光景だね〜」

 

 26都市クリサンセマムのプランテーション最上部。屋内ではなく屋外へと身を置く少女ブラッドスタークは、だらしなく胡座をかいた状態で座り込み、眼下に広がる荒野を目にしてはそんな感想を零していた。

 

「昔はさ、結構緑豊かな場所がい〜っぱいあって、そりゃ綺麗な光景だったよ。人間以外の生き物も沢山いてさ。あ〜なのにどうしてこうなるかな〜?」

 

「それは貴女がよくご存知の筈では?」

 

 少女の他愛ない独り言にわざわざ返して来たのは、背後に佇むナイン・アルファだ。

 

「まぁ、そうなんだけど。でも言いたくなるんだよコレが。人も世界もままならないって事かな」

 

 何故だがその言葉は、聞く者によっては長年の時を生きて来た風情を感じさせる。

 

 誰よりも、だ。

 

「それはさておき、聞くけどさ」

 

唐突にスタークは話を切り替えたかと思えば、それは一つの質問としてナイン・アルファへと投げかける。

 

「“あの子”さ、できると思う?」

 

「さぁ……僕には分かりかねますね」

 

 しかし。

 

 と、一旦間を置いてナイン・アルファは言う。

 

「あの執念は見事なものですよ? まるで……イオタのように苛烈で醜くて、化け物の如く美しい」

 

どこかその顔は恍惚としたもので、彼にしか分かり得ない美学から来る価値観を表すかのような台詞にスタークは内心溜息を吐く。

だがこれに関しては今に始まった事ではないので、とやかく言うつもりはなかった。

 

「でもまぁ……アルの言う事にも一理あるね。ボクも彼の激情には興味がある」

 

アルとは、ナイン・アルファの事でフルネームで呼ぶのは面倒という事でスタークは彼をこう呼んでいる。

 

「カテゴライズするなら…怒りと憎悪の二つで構築された“復讐心”ってヤツかな?」

 

「そう言えばあのコドモ。やけにイオタに

執着してましたね。悪い意味で」

 

「まっ、そのおかげで聞き分けが良かったっぽいから助かったよ」

 

 どうやら先程から言っている人物は、二人の会話から察するにコドモらしい誰かのようだ。

 しかしそれを明確化させていない為、一体誰の事を指して言っているのかは分からないが、少なくともゼロツーを意味するイオタの単語が出てきた以上、ゼロツーと浅からぬ縁の持ち主かもしれない

 

「あら、こんなとこに居たの?」

 

 ふと、時熟した年齢の女性の声が二人の耳に届く。振り返ればそこには赤い色彩と銀糸で蜘蛛の巣の刺繍を施されたチャイナドレスを着る浅い褐色の女性が一人いて、一本の束へと纏め上げた金糸の如き長髪を風に靡かせていた。

 

「やっほーアニレス。そっちの仕事は?」

 

「問題なく完了したわ」

 

 チャイナドレスの女性こと、ヴィスト・ネクロの幹部の一人、アニレス。

組織の中で地位の高い幹部たる彼女が何故ここにいるのか? その疑問に関する明確な答えは現段階では不明だが、些末な用でここにいる訳ではないと言う事だけは分かる。

 

 ともかく。アニレスの言葉にスタークはより口元が緩み歪んでは、笑みを見せる。

 

「よ〜しグッジョブ! これで準備万端!」

 

 そして、立ち上がる。

 

「もうすぐ始まる……とっても痛快愉快なショーがさ♪」

 

 さながら見世物を楽しみにしている観客、とでも言えばいいだろうか。その顔に楽しみと言う感情以外にない表情を張り付かせ、彼女は……スタークは“その時”が訪れるのを待ち侘びた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

『では、これより両都市防衛作戦を実行する』

 

 作戦本部より通達されるハチの言葉が両都市の命運をかけた戦いの開幕の合図となり、全員が気を引き締める。

 

 フランクスに乗るパラサイトたち。

 

 作戦本部のオペレーターら。

 

 指示を下す司令官であるハチ。

 

 戯れや軽快などの雰囲気が一切存在し得ない空気の中で、戦いは始まった。前方には、まだ遠くにいるが既に目視で確認できる数の叫竜の群れが迫って来ている。

 それらを引き連れているのは、群れの中心部にいる大型個体グーテンベルク級。

 形状は牛のように綺麗な曲線を描いた角を四角い物体に取り付けたようなもので、巻き起こる土煙と数多く群がっているの小型叫竜のコンラッド級の群れのせいでどの様に移動しているのかは分からない。

 だが着実に接近している事から、ただそこに居るだけの置物ではないらしい。

 

『今見えている大型個体の叫竜だが、過去のデータベースに該当する情報は見受けられず、仮称として“β”とする。明確な攻撃手段や弱点などが分からないので、くれぐれも警戒を怠らず撃破に当たれ

 

「分かりました。第26部隊、戦闘開始!」

 

 ハチからの通信に答える090は、すぐに自身が統率する26部隊へ指示を送る。

 

『了解!!』

 

 それに異議を申し立てる声も、反論もない。

ただ承知の意を込めた一言で自分達のリーダーに答えた。まず彼等は、群れから飛び出す様に先行して来た五体のコンラッド級を標的へと定める。

 まず先陣に切って出たのはフランクス三機。マグマエネルギーが滾っている事を誇示するかの様に黄から橙の色彩に輝く薙刀型の武装兵器ポーンハスタの刃の刀身を柄から分離させ、刀身と柄を結ぶ長いケーブルをそのまま一気に伸ばしていく。

 

《ギィィィィッ!!》

 

 同時にまるで金属同士を強く擦り合わせた様な悲鳴が叫竜達から漏れる。ポーンハスタの刃が5体の内4体に突き刺さっていたからだ。どうやら、痛覚はそれなりにあるらしい。

 そしてケーブルを使い、円形を描く様に回ることで五体の叫竜を縛り上げ、拘束する事に成功した26部隊は、ここで更なる追撃を加える。

 

「トドメだ!!」

 

 リーダーの掛け声が引き金となり、ケーブルを経由して凄まじい電撃が迸り、コンラッドたちの内部をズタズタに破壊していく。

 

 やがて、耐え切れずに爆散。

 

 周囲に青い血が降雨の如く撒き散らされる事となった。その後もこのN戦術で叫竜を討滅していくのだが、今回の叫竜の数は彼等が経験した中で幾ばくか多かった。

 

「これは……予想以上に数が多いな」

 

「どうするリーダー。J戦術で行くか?」

 

「そうした方が良さそうだな。各機J戦術を使え!」

 

 下されたリーダーの指示に従い、26部隊は全員がJ戦術を開始。高く跳躍し敵目掛けてポーンハスタを投擲すると、事前にチャージされたマグマエネルギーは強力な電撃へと変換。地面を駆け抜けると同時にその上を歩く。

叫竜を10〜20程討滅していく。

 

「ハァァッ!!」

 

 更に接近戦でも無駄のない軽快さを感じさせる動きでポーンハスタを振るい、袈裟斬りにして倒していく様はパラサイトの先達として数々の修羅場を潜って来た賜物と言うものだろうか。

 

「かっ、かっけぇぇ……」

 

「さすが先輩だな……」

 

 デルフィニウムにイチゴと乗っているゴロー、アルジェンティアにミクと共に搭乗しているゾロメは先輩に位置する26部隊の活躍を見て、そんな素直な感想を零す。

 13部隊は四機が既に後方にてバックアップとして出ていた。

 

 リーダー機のデルフィニウム。

 

 アルジェンティア。

 

 ジェニスタ。

 

 クロロフィッツ。

 

 そこに何故かストレリチアの姿はなかった。

 

「ねぇ、本当にストレリチアなしでやるの?」

 

「しゃーねぇーだろ。ナナ姉からの呼び出し食らってんだし。それに俺様がいりゃストレリチア無くたって余裕だ!」

 

 弱気なフトシにそう言い返すゾロメは勝気がバリバリと言った感じで、相変わらず根拠のない自論を恥じる事なく言ってのける。

彼が言った通り、ストレリチアがここにない理由はゼロツーとヒロの二人がナナに呼び出されたからだ。その内容については全く教えられていない為、分からない。何となく重大な要件なのは察することはできる。

しかし今は、その事にだけ気を感けている訳にはいかない。

 

『無駄口はそこまで!! 今は作戦に集中するよ!』

 

 きちんと部隊を率いるリーダーとして、役目を果たさなければならない。ヒロの事は今も気になって仕方ないのだが、無理にでもその

 感情を理性で押し込めたイチゴは厳粛に告げる。

 

『見て! 叫竜が3匹こっちに来るわ!』

 

 どうやら、彼等13部隊の出番が回って来たらしい。クロロフィッツの声が示す先には、確かに3体のコンラッドが26部隊の防衛網をすり抜け、都市めがけて素早い足取りで向かっていた。

 

「……ヒロがいなくたって、やって見せますよ!!」

 

 明らかに何か言い知れぬ激情を含んだ声で檄を飛ばすように叫ぶミツル。彼が何を想い、それを薪とし、激しい情念の炎を燃やすのか。

ミツル本人しか知り得ない心境の領域だが、それがヒロに対して向けられていると言う事だけは、彼のパートナーであるイクノは察していた。と言うのも、彼がヒロに対して当たり障りが険悪と呼べる位に悪いことは13部隊の全員がよく知っていた。

 本人に隠す気が一切なく、態度に大きく出ているのが理由の一つだ。

 

 しかし何故そこまでヒロを嫌悪し憎むのか。

 

 そこまでは分からない。故にどうすることもできないのだ。ミツルは決して誰かに相談等しないし

、それどころか距離さえ取ってしまうのだ。

 信頼を寄せるべきイクノも例外ではない。

 それが二つの心を共有させ、共鳴することで動かすフランクス起動に影響を及ぼしている事実をミツル本人は知り得ない。仮に知ったとしても傲慢溢れプライドの高い彼の性格が邪魔をし、肯定して受け入れる事を拒絶してしまう為、大して意味を成さないのが痛い所だ。

 

「行きますよ、イクノ!」

 

 強い感情が駆け抜けるミツルは、まさに暴走機関車のソレだ。リーダーたるイチゴの指示を受ける前に、そもそも聞くつもりは皆無であった為、先陣を切って出てしまった。

 

『ちょ、クロロフィッツ!』

 

「なんかアイツ、ヒロがいないと逆に燃えるみたいだな……」

 

突然の行動に戸惑いの声を上げるイチゴだが、ゴローは冷静に分析するように呟く。

 出鼻を挫かれた気分だが、イチゴはすぐさま13部隊へ指示を飛ばす。

 

「行こう! アタシたちも!!」

 

 戦いが始まる。

 

 13部隊にとって初体験となるキッシング時の防衛戦という、大規模な戦いが……。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「どういう事?」

 

13都市内部のブリーディング・ルームには、現時点ではナナとヒロ、ゼロツーの計3人だけしかいない。

 だが人数云々など今この場において重要な事柄ではなく、かなりどうでもいい部類だ。問題なのはゼロツーとヒロのストレリチア組の出撃許可が下りず、それどころか帰還命令が出された事が問題なのだ。

 

「何度でも言うわ。ゼロツー、貴方には帰還命令が下されているの」

 

「……ふざけるな」

 

 突然の帰還命令。

それに対しただ黙って従うなど彼女の性格を鑑みれば有り得ず、当然の事ながらナナに食ってかかる。

 

「ボクはダーリンと一緒に乗る」

 

「これは命令よ」

 

 気迫を張り付かせるような威嚇の表情で詰め寄るゼロツーだが、それで容易く怖気付く程ナナは伊達に副官をやってはいない。

 

「もう迎えは来ているの」

 

《そーいうこと、ゼロツーちゃん♪》

 

 それを耳に入れ鼓膜で受け取った瞬間、背筋に悪寒が奔りかねない聞き覚えのある少女の声がブリーディング・ルーム全体に響く。黒い蒸気のようなものが何処から発生したのかと思えば、そこから見慣れたニヤけ顔を曝け出すブラッド・スタークの姿が現れた。

 それを見たヒロは、すぐさま警戒を顕にするが今ここにベルトはない。

 アマゾンとしての本能がより一層促進されるかもしれないと言う、あくまで可能性の話だが、そういった危険性を考慮した為、鷹山に預かって貰っている。

 

 当然だが直接は無理なのでジェラルミンケースに入れた上で。

 

元々はスタークに押し付けられた品物であるという、大前提がある以上、アマゾンの本能を出させない為には曖昧であったとしてもそうした方が得策だ。とは言え、相手は得体の知れないスターク。

若干ながらベルトを鷹山に預けた事をヒロは後悔してしまう。

 

「どうも、こんにちわ。もう知ってると思うけどボクはブラッド・スターク。長いし気軽にスタークと呼んでもらえれば嬉しいな」

 

そう言ってナナへと近付いては手を伸ばして握手を求めるスタークだが、それにナナは応じなかった。

 

「悪いけど、私は貴方を信用できないの」

 

「わ〜お、怖い怖い。なにか気に障る事したかな〜?」

 

握手を求めた右手と、空いた左手を自身の頭の両サイドまで持っていっては手をパーにし、そのまま振る仕草を取る様は完全にナナを舐めている。目に見えた挑発の類だ。

 

「ゼロツーの帰還は作戦終了後の筈だけど。何故よりにもよって今なの?」

 

「……まぁ、早い方がいいって感じ? あんまし余計な詮索はしない方が身の為だと思うな〜?」

 

ナナが七賢人経由の上層部から聞いた話では、確かに作戦終了後だった筈。それが何故、こんなタイミングで急に変更となるのかがナナには分からなかった。

その理由をスタークに問い質しても曖昧に適当な言い分で流そうと

するだけで、まともに答えようとはしない。

これ以上は言っても無駄だと判断したナナは、何も指摘せず無言になるが、疑惑の視線をスタークへ突き刺さんばかりに向けた。

 

「まぁ、いいや。行こうか?」

 

「誰が…ッ!!」

 

 出入り口の自動ドアが突然開いた瞬間、雪崩込むように大勢の武装したオトナたちが入って来た。そしてゼロツーを確認するな否や、四角い形状のライフル銃をゼロツーへ向けて来た。

おまけにレーザーポインター付きで、だ。

 

「反抗すんのは勝手だけどさ。ボクもいて、この大人数。勝ち目あるとでも思う? 愛しのダーリン君もベルトがなきゃ無力なコドモに過ぎない」

 

勝ち誇るように胸を張り、仰々しいポーズでそんなことを宣うスタークはまるで巫山戯の過ぎる道化のそれだ。

 見ていて無性に腹が立つのは当然である為、特に沸点の低いゼロツーは今にも殺しかねない程の殺気を噴き出し、視線には殺意をふんだんに込めている。

 いかにこちらに有利に立っているとは言え、武装したオトナ達は全員はその殺意と殺気に生物的な恐怖を感じていた。丸い穴が左右縦に二列に並んだだけで、他は何もないと言うシンプルなデザインの防護マスクによって隠された彼等の顔は外からでは見えないので分からない。

 が、そこには明確な恐怖、不安が表情として確かに顔に刻み込まれていた。よく見れば全員ではないがカタカタと震えている者も見受けられる。

 

「……使えない兵隊どもだ」

 

 淡々とした言葉を吐くスタークの目は、宛ら無意味に地を這い蹲るだけで利を齎さない所か害しか生産しない蛆虫でも見るように冷たく、彼等を人間として見てはいなかった。

 ゼロツーに集中しているおかげでそんな目を向けられているとは露知らずの等とは対照的に、ヒロはスタークをしかとを見ていた。

 

(なんで、なんでそんな目で見れるんだ…)

 

 そして疑問が湧き上がって来る。

 

 身を防具で守り、銃を持ち、武装するオトナ達を人間として見ない……もっと言えば生産性を持たない無価値なゴミを見るように冷淡で、“つまらない”と。

 そう語っているかのような視線を向けられる精神性は、ヒロの基準で言えば異常レベルのソレだ。決して理解できるものでもないし、恐らく相容れはしないだろう。

 

「……ごめんね、ダーリン。ここまでみたい」

 

「ゼロツー……」

 

 寂寥とした暗い表情を顔に出しては、彼女はヒロに対し謝罪を述べた。

 それにヒロはただ彼女の名を呟く以外に何もできなかったし、言えなかった。

 

「バイバイ……」

 

「行くぞ」

 

 武装したオトナ達に連れられ、彼女はブリーディング・ルームから出て行く。それを彼は止められなかった。

 

いや。“止める気さえなかった”、が正解だ。

 

あの時のゴローの言葉が今でも突き刺さっていて、声を出す事ができず、ただ見守るのが精一杯だった。

ヒロ自身、死ぬのは怖くなかった。コドモは人類の敵である叫竜と戦う為に生まれ、戦いの中で死んだのであればそれは当然の結果であり、在り方とも言えるのだから。

 しかし自分の死を当然のことだと言って切り捨てられない人達がいる。

 

 その事実を知らされ、自覚してしまった。

 

 だから何も言えない……言えなかった。

 

「じゃあねヒロ。迷えるアマゾン君♪」

 

 心中の葛藤など露知らずスタークはそう言い残し、ゼロツーの監視目的で同行する為に出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返ったブリーディング・ルームに残されたのは、ヒロとナナの二人だけだった

……。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

両都市防衛決戦 中編




 寒くなりましたが、負けずに投稿もリアルもがんばりたいと思います(*^▽^*)




 

 

 

 

 

 

 

『ハァァァァァッッッ!!!』

 

 イチゴことデルフィニウムの叫びが轟く。

振り上げられた双剣と槍を合わせたような専用武装『エンビショップ』の刀身がコンラッド級1体を切り裂き、青い鮮血を咲かせると共に撃沈せしめる。

続いて2体のコンラッドが飛び掛かるようにして襲って来る。突発的だがデルフィニウムは慌てて動揺を生むという愚を犯しはしなかった。

 

『無駄だァァッッ!!』

 

 そう叫んだデルフィニウムは1体を串刺しに、もう1体を串刺しにした個体を盾代りの如く衝突させ、一気に力押し返す。その隙を見逃さず、迅速な手際の良さで2体の叫竜を何回か袈裟斬りに仕留める。

 

「クッ! 何やってんですか!!」

 

「うるせ! 勢いつけ過ぎたんだよ!!」

 

 リーダー機たるデルフィニウムが奮戦する一方で、アルジェンティアは叫竜を仕留めようと迫る中、その勢いが仇となり、運悪く支援射撃を行なっていたクロロフィッツと運悪く激突してしまった。

 とは言え、大したダメージも傷もないので機体上の問題は特にないが、こういった味方間で起きた事故と言うものは敵対している相手からすれば攻め入れる隙となり、格好の機会なのだ。その隙を突かれて命取りになりかねないのが戦場というもの。現にコンラッド4体の叫竜がアルジェンティアとクロロフィッツを狙い、襲い掛かる。

 すぐに起きようとするが中々思うように起き上がれない。そんな危機的窮地を救うかの様に4発の橙色の閃光の弾丸がコンラッド4体を全て貫き、一瞬にしてその命を刈り取られた彼等は爆散。青い血潮を撒き散らした。

 

『大丈夫?!』

 

 ルークスパロウの砲口を向け、そこから煙を黙々と立ち上らせているジェニスタの姿。

どうやら自分達が助かったのはジェニスタに乗るココロとフトシ、二人のおかげのようだ

 

「サ、サンキュー……」

 

『ありがとう!』

 

『助かったよココロ』

 

『ふふ、どういたしまして』

 

 ミツルを除く全員がジェニスタに礼を言うが、今はそんな事をしている暇はないらしい

。気が付けば倒した数以上のコンラッドが地中から顔を覗かせ続々と参戦して来た。

 

 どうやら叫竜側の増援のようだ。

 

『みんな、“プラン・ホーク”で行くよ!』

 

 戦況を見越してここでイチゴがこのような数の不利に陥った場合の戦法の内、ホークと称される戦闘プランを実行。

 すぐさま行動を開始したのはクロロフィッツとアルジェンティアだった。さっきは無様な真似を晒してしまったが同じ轍を踏む程、そこまで間抜けではない。アルジェンティアは開いた両手を重ね合わせその掌にクロロフィッツはアルジェンティアの肩を借りつつ、ふわりと軽く舞う様にして乗ってみせた。

 それを確認したアルジェンティアは、両腕に力を込めると思いっきり宙へと放り投げる

 

 クロロフィッツを、だ。

 

 が、これは作戦の内に過ぎない。

 

 クロロフィッツは一回転し、両腕に搭載された専用武装『ウィンスパン』の銃口を20体の叫竜の一群へ向ける。同時にジェニスタもルークスパロウの砲口をクロロフィッツと同じ標的へと定める。

 

『ファイア!!』

 

 デルフィニウムの合図を聞いたジェニスタとクロロフィッツは、一斉射撃を展開。

 1発1発が強力なパワー系射撃と威力は並なものの、息つく暇もなく連続して襲い掛かるスピード系射撃。力と速さにおける2属性の連携射撃は確実にコンラッド級の叫竜を仕留めていき、運良くこの射撃の雨から逃れた何体かの個体も事前に構えていたアルジェンティアの専用武装である『ナイトクロウ』によって切り裂かれ、デルフィニウムのエンビショップで刺し貫かれる末路を辿った。

 

『ウソ、一気に20体とかすごくない?!』

 

 アルジェンティアの驚愕だと言わんばかりの発言は、他のコドモたちにも伝播する。

 

「まさか、ここまで上手く行くとはな」

 

「ジンさんの訓練の成果だね!」

 

 しみじみと語るゴローに嬉しそうな反応を示すフトシ。訓練の成果とは、実は13部隊はこの戦いの二日前に特別訓練を行なっており、驚くべきことに訓練カリキュラムの発案と講師はあの鷹山だ。

 アマゾン狩り専門の戦士にして、ワイルドながらも技術的な格闘センスを有するアマゾンライダーである彼が、叫竜戦を想定した訓練を考案・指導するというのは異な事なのだが、これに関しては鷹山がハチやナナに無理に言って押し通したのだ。

 

 曰く、『パラサイトとしても成長しねぇといけないから、俺も見てやる』。

 

『どうやって? 俺の戦い方を応用させるんだよ』。

 

 ハッキリ言って疑問符しか浮かばない言葉のソレなのだが、言いたい事を簡単にまとめるとこうだ。

 

 鷹山の戦い方を模倣・改良する。

 

 そんな事をして意味はあるのか? と問い掛けたくなるかもしれないが、彼の戦い方は合理的で、あまり体力やギガを消耗させない一点に特化したものなのだ。

 つまりそれを模倣するという事は、叫竜戦でエネルギーを無駄に消耗させない戦い方をすることが出来るかもしれない、という事なのだ。

 プラン・ホークもその一つ。

 これは多数の敵を相手にした時にする鷹山の戦法の一つを応用したもので、鷹山の場合はアマゾン・アルファとなって地面から8m程高く跳躍した際、ギガでコーティングした水分を弾丸のように口部から射出。

 しかも、弾ければ更に小さな水弾と化し衝撃による力も加わり、小さいながらも威力が上がる仕組みとなっている為、広範囲における多数を一気に殲滅する事が可能だ。

 もっとも、この技で仕留められるアマゾンのランクはE〜Cランクが限界である為、基本的にそのランクの敵が多数の場合か。あるいは自身における何らかのアクシデントがない限り、滅多に使わないのだが。

 更にデメリットがあり、空中にいるのだから地上と違い自由には動けず、もし射撃能力や対空攻撃を可能とする手段がある相手には、集中砲火で撃墜されてしまう危険がある。

 だが今回の場合コンラッドにはそういった類は見受けられず、もし持っているなら既に使っている筈だ。

 あくまで接近を前提とした白兵戦しか行使して来ない所を見るに、無いのだろう。

 そう判断したからこそ、イチゴはプラン・ホークを実行したのだ。

 

「ヘッ、見たか俺の腕前!」

 

 まるで自分のおかげだとでも言いたいのか、そんな台詞を吐いて調子付くゾロメ。

 確かにクロロフィッツを飛ばす役目を担ったのは、紛れも無くアルジェンティアであり

、ゾロメとも言えるがそれはパートナーであるミクも同じだ。

 

『ちょっとぉぉ。ミクもなんだけど』

 

『ま、まぁまぁ……』

 

 ミクは自身が入っていない事をよく思わず、不機嫌を隠さず不満に溢れた表情をアルジェンティアの顔に写し出す。それを見兼ねたジェニスタが宥めるが大した効果はなかった。

 

「喧嘩は後にしろ! まだまだ来るぞ!」

 

 数はそれなりに減ったが、その勢いは止まることを知らないとばかりに猪突猛進を体現しているかのようだ。

 戦いは、まだ序盤の終わりに差し掛かったに過ぎない。

 この戦いにおける“目玉”は、未だ息を潜めている……。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「……なるほど。遅かった訳か」

 

 ヒロとナナしかいない筈のブリーディング・ルームにもう一人、鷹山が訪ねていた。

ナナから詳細な事情を耳に入れる度、その顔に不快感と嫌悪を滲ませるが言葉には出さず、己を律するかのように静粛と聞いていた。

 

「ゼロツーの事は仕方ないわ。ヒロ、あの子は普通のパラサイトじゃないの。彼女と組むという事はそれ相応の負担と覚悟を背負わなくちゃいけない」

 

 ナナの言葉にヒロは否定しようのない納得を覚えた。

今こうして青く肥大化してしまった心臓の激痛に苛まれている現状が

、まさにその負担と覚悟の表れだ。

 焼かれるような激痛。息苦しさ。高熱。異様な倦怠感や吐き気。

 これらはゼロツーと共に乗る上での負担であり、己が命を削っていると断言してもいい事象だ。その先にあるのは、“死”という未来。

これこそが覚悟であり、この覚悟無しに彼女と共にフランクスに乗るなど有り得ないし、あってはいけない。

 

「で、どうしたいんだお前は」

 

「え?」

 

 突然の問いにヒロは意味が分からず、疑問符を浮かべる。

 

「いや、だからよ。どうすんのかって聞いてんだよ」

 

 まるで、誤魔化す事を許さないとばかりに少々言葉にドスを乗せて再度問いを投げかける鷹山にヒロは答えられず、ただ言葉を濁らせるしかなかった。

 

「……お前、アイツと乗るって決めたんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

 どう答えればいいのか迷う中、一つの記憶が彼の脳内にふと浮上して来る。

 あの時、ヒロがゼロツーと出会ったミストルティンのあの湖畔で誓ったゼロツーへの宣言。

 

 “ゼロツーと一緒に乗って戦う”

 

 確かに自分は明確な意志を持って決めた筈だ。

 

 それなのにアレは何なんだ?

 

 結局見ていただけ。ゼロツーが去る後ろ姿を口を噤んで気持ちを封殺して、ただ見ているだけに過ぎなかった。

 あの誓いは一体どうした。

 ただの口約束に過ぎない戯れだったのか。

 

 いいや、違う。

 

 絶対に嘘などではない。自分の心がそう願い、望んだ事なのだから。

 

「ナナ姉。ゼロツーは……普通の女の子だよ。笑って、人に悪戯して楽しんだり、色々困ったことするけど……誰かの事を思ってる」

 

 ヒロの思わなぬハプニングを見て、腹を抱えるほど笑った顔。人の肌を舐める様な真似をして、その反応を面白がる意地悪な表情。

 他人からの非難を受け、己の罪を否定せず。それを下らないと吐き捨てず、自覚した上で背負っていた彼女の姿。

 それらは全部、ヒロにしてみれば何てことのない“人らしい普通”なのだ。

 

「彼女は……俺のパートナーなんだ!」

 

「ま、待ちなさいヒロ!」

 

 それだけを言い残し、ナナの制止を振り切って行ってしまったヒロは、ひたすら廊下を自らの足で駆け抜ける。

 1秒でも早く。早く。

 でなければ、彼女は遠くへ行ってしまう。

 走っているせいか胸の痛みが増す感覚が襲うが、それでもその足を止める理由にはならない。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!!」

 

 苦しい。身体を止めかねないその思考を強い精神力で無理矢理に抑え込んでまで、ヒロは止まると言う選択肢を取る気はなかった。

 

 止まったら、ゼロツーに会えない。

 

 それだけはダメだ。

 

 そんな思いが原動力として彼を動かしているのだが、ようやく長い廊下を抜け、広い空間へと出たヒロの目にエスカレーターで上の階へと昇ろうとしているゼロツーと警備員の姿が見え、すかさず向かおうとした。

 だが、セキュリティーゲートがその行く手を阻む。

 

「そんな……ッ! ゼロツーッ!!」

 

 たった一つの障害。それはアマゾンへ変身すれば造作無く破壊できるだろうが、今手元にベルトはない。

 アレがなければアマゾンにはなれない。この現実はヒロにしてみれば歯痒く、虚しいという負の感情がじわりと心中に染み込んで一瞬ばかり、諦観の情念が頭の中を過る。

 

 が、それでも尚、諦めなかった。

 

 届けたい、聞いてほしい言葉があったからだ。

 

「ゼロツー!」

 

「!! ダーリン……」

 

 エスカレーターへ足を踏み出し、乗った時。ヒロの声が聞こえたゼロツーは少しばかり視線をヒロのいるゲートへと移す。

 

「アイツ、追ってきたのか!」

 

「ほっとけ。どうせゲートは通れん」

 

 警備員らもそれに気付くが、あくまで無視を徹底した。いくらアマゾンになれるコドモとは言え、ベルトが無ければ唯のコドモに過ぎない以上、わざわざ気にかける道理など彼等には存在しない。

 一番に前にいたスタークも気付いたものの、何も言わず。あくまで静観していた。

 

「聞いてくれゼロツー!! 俺は、俺は怖かったんだ!!」

 

 一人の少年の独白が始まる。

 

「君と乗るが……怖った。けど、それは君が人間じゃないからじゃない! 俺自身の覚悟の

無さなんだ!!」

 

 本当は、覚悟がまるで成ってなかった。

 

 あるように思えていたのは所詮誤魔化しに過ぎず。ただコドモだから。与えられた使命を何の疑問もなく受け取り、機械的に果たそうとしていた。

 

 それだけの為にパラサイトであろうとした。

 

「それだけじゃない!

アマゾンとしての俺も怖かった。自分が自分じゃなくなって、大切な仲間を……君を傷付けて殺してしまうかもしれないって……」

 

アマゾンになった自分は、いつしか人喰いの本能に理性を失い、正真正銘の化け物へと成り果てるんじゃないか。

その不安が全くない訳ではなかった。

 

 “それでも、大丈夫。大丈夫なんだ”。

 

 根拠もなく信じた。信じる以外に術はなかったからだ。そうでもしなければ、まともに乗れない。乗れないコドモはパラサイトになどなれないし、価値もない。

 

 パラサイトでなくなるのは、耐えられなかった。

 

「初めて会った時、君を綺麗だと思った!! いつも、どんな時だって自信に溢れてて、俺とは大違いで……だからすごく安心できた! 君のおかげで俺はパラサイトで在り続ける事ができるんだ! 君じゃないと……ダメなんだ!!」

 

 言葉が止まらない。止める気さえ、今のヒロにはないのだろう。

 

「俺は、君と一緒に飛びたい!」

 

 たった一つの願いを。思いを。少年はひたすらに告白する。

 

「行かないでくれ! ゼロツゥゥゥゥーーーーーッッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フフッ、戻れなくなっちゃったよ」

 

 少年の思いは、孤独な少女に確かに届いた。

 

「ガッ!」

 

 突如として警備員の一人が吹っ飛び、後ろにいた3人を道連れに転がり落ちていった。

ゼロツーが不意打ちに放った蹴りが命中したからだ。それを見たもう一人の警備員がすぐ

に銃を構えようとするがそれを掴んだゼロツーは、まるで重力に逆らうかのような軽快な

動きで身体を跳び浮かせる。

 簡単に言えば、逆立ちのそれになったのだ。

そして、そのまま両足を警備員の背中へ着け、一気に前へ押し出す。並の少女では決して出せない力に抗うことができず、警備員は前方へと無様に転倒しただけでなく、あろう事か銃を手放してしまった。

手放された銃を棚から落ちた牡丹餅とばかりに奪い、一回転するゼロツーは、エスカレーターの手摺りを駆け下りつつ、奪った銃を用いてゲート頭上の強化ガラスへ弾丸を浴びせる。

 

しかも、ただ闇雲に撃っているのではない。

 

 強化ガラスなので、そのまま撃っても効果はない。

 なので一点に集中する形で的確に当てていく。しかし、それでもガラスは割れない。

 だがこうなる事は予測済みなので次の一手に出た。

 

「とぉぉぉりゃあああッッッ!!!!」

 

 ノリノリな掛け声と一緒にゼロツーが跳ぶ。

 丁度手摺の下り最後尾の辺りからだ。しかも、跳躍地点から8m離れて浮かんでいる。並の人間ではまず出来ない芸当をゼロツーは苦もなくやってのけたかと思えば、今度は宙に浮かんだ状態でくるりと前転の形式に一回転し、そこから右脚を折り、左脚を前へ突き出した態勢へ移行する。

 

 端的に言うと、跳び膝蹴りの形だった。

 

バリィィィィィィンッッッ!!!!!

 

 弾を撃ち込んだ一点めがけ蹴り技が炸裂し、強固なガラスの壁が甲高い音響を奏でつつ

、容易く砕け散る。

 

「よっと! 来てあげたよ、ダーリン」

 

 華麗に見事な三点着地を果たしたゼロツーは、無邪気に勝ち誇ったような顔でヒロを見据える。

 

「ゼロツー……」

 

「正直、あんな恥ずかしい事言われたの初めだよ」

 

 三点着地のポーズから立ち上がり、スタスタと。両手を後ろへやる仕草をしながらゼロツーはヒロに足早に近付く。

 

「そ、それは……俺…俺だって……」

 

 楽しそうな顔を浮かべる彼女にヒロは、動揺する様にしどろもどろしてしまう。

 女の子特有の独特な香りが鼻腔を擽る。

 それ程までに距離を近付けて来たゼロツーにたまらず、顔を少し紅くしながら視線を泳がせてしまうのは仕方のない当然の反応だ。ついでに言えば、自身の言葉に対しても、だ

 

「と、とにかく! その…もう一度俺と…」

 

「んん? 聞こえないぞ〜?」

 

 本当は分かっているにも関わらず、ゼロツーは聞こえないフリを平気でかまし、催促する。どうやら彼自身の言葉でハッキリと聞かなければ納得しないらしい。

 

「うぇ?! …………お、俺をもう一度ストレリチアに乗せてくれッッッ!!!!」

 

 羞恥をかなぐり捨てて、叫ぶ。

 自分の思いを。どうしてもしたい事を。彼はそれらの答えを咆哮の如く示した。

 するとゼロツーは嬉しさを爆発させたようにニカッと笑う。それはまるで目が焼けてしまいそうになる程眩しいと輝く、太陽に見えた。

 他はどう捉えるかは分からないが、少なくともヒロ自身は確かにそう感じたのだ。

 

「やれやれ。困ったことしてくれるじゃないお二人さん〜」

 

 そんな良い方向へと傾いた二人の空気に水を差すが如く、黒い蒸気を用いての瞬間移動で二人の下へと参じたスタークは面倒だ、と言わんばかりの雰囲気を醸し出してはトランスチームガンをいつ出したのか手に収めていた。

 

「あんまし面倒事増やさないでくれるかな? こっちも、楽にやってる訳じゃない」

 

「ハッ、知らないねそんな事。ボクは帰らないし、ダーリンと一緒に戦うんだ」

 

「……ほざけ、ステイメンを食い殺す化け物が」

 

 途端、スタークの纏う雰囲気が変わった。

 

 これは……“殺意”と呼べるものの一種だ。

 

「“オレ”にとってお前は駒の一つに過ぎない。ご老人どもにとっては救世の鍵だったとしてもな」

 

「鍵……?」

 

「……」

 

 スタークの言っている意味が分からず、困惑するしかないヒロはゼロツーを見る。彼女はパートナーから向けられる視線に気付きながらも、あくまで無視しスタークを睨む。

 

「……………だが、いいだろう。ここは一つ、お前の我儘を汲んでやろうじゃないか」

 

 そう言ってスタークはトランスチームガンを黒い蒸気で覆い消し去り、両腕を余裕綽々とばかりに組んで背後の壁へと身を預ける形で凭れ掛かる。

 

「どういうつもり?」

 

「オレは面白いものが大好きだ。お前たちはその面白ものにカテゴライズできる。だからついつい私情が上をいっちまうんだよな〜、コレが」

 

 ガラリと変わり過ぎたスタークの口調にヒロは、困惑が更に強まった。いや、ここまで来ると猜疑心とでも言うべきか。

 

 “彼女はブラッド・スタークなのか?”

 

 なんて事のない疑問に思えるかもしれない。が、スタークをよく知る者の視点で考えると、この消しても浮上するように湧き上がって来る疑問は当然と言える。

 

「そ・れ・に♪ 今頃外じゃ面白いショーが幕を開けてる頃合いだ」

 

「ショー……だって?」

 

 鸚鵡返しに聞いて来るヒロにスタークは口端をより一層釣り上げる。

 

「ああ……とっても面白いショーがな」

 

 その嘲笑が、二人の中に言い知れぬ不安を掻き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

両都市防衛決戦 後編





 寒い。ホント寒いデス……皆さん年末年始はどうお過ごしで?

 自分はのんびりだらりと、家でゴロゴロ。たまにどこかに行こうかな~なんて、
そう思ってる次第です。それでは、どうぞ。







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プランテーションの外側で行われている戦いは、未だ終息の兆しが見えずにいた。

というのもコンラッド級の叫竜は1匹たりとも残さず、殲滅できたのだが、コンラッド級を率いていた角の生えたボックス型の叫竜……仮称βと呼ばれる個体が残っているからだ。

 ならば早く殲滅するに越した事はないのだが、どういう事かボックス型の叫竜は動かなかった。26部隊と13部隊、両部隊の総攻撃を受けて尚も擦り傷一つ付けることすら叶わず。しかし叫竜の方は沈黙を続けるのみで、何かするという訳でもなく、時間だけが過ぎていった。

 

「ハァァァァァッッッ!!!!」

 

 26部隊のフランクス一機がポーンハスタを突き出すように構え、足裏に付属されているローラーで駆けては、鋭い突きを繰り出す。

 

 ガギィィンッッッ!!

 

 当たりはしたがそれでも及ぼず。渾身の一撃は無駄に終わる。

 

「だ、だめか……」

 

「どうするリーダー? このままじゃあ……」

 

 どうにかして、この状況を打開しなくてはならない。

 都市を滅ぼしかねない叫竜の存在を前に放置・無視しておくという選択肢は得策ではない。二つの都市はキッシングで前後左右動けず、一切の移動が封じられている状態なのだ。

 そんな状態でいつ叫竜が動き出して、無防備な都市に襲い掛かって来るのか分かった物ではないし

、現実に起きたら……と想像するだけでゾッとするだろう。

 

「………」

 

「リーダー?」

 

 何故か090は答えず、ただ叫竜を見上げる様に見据えるだけだった。

 

「リーダー。返事を……」

 

 最初に声をかけたのとは別のフランクスが、リーダー機の肩に手を置こうとした瞬間。

 

 ガァァンッッ!!

 

『え?』

 

 硬いものが破損する様な音と共にそのフランクスに乗るピスティルは、腹部中心に違和感が生じ、なんだと思い見てみる。

 

 そこには、フランクスの腹部装甲を貫く何かがあった。

 

『え、なに、あ……』

 

「な、なんだこれは?!」

 

 困惑と混乱に陥るピスティルとステイメン。何とか抜こうとするが生半可ではない激痛のせいで、それは不可能だった。

 

「すまないね」

 

 090が突然謝罪の言葉を述べる。

 よく見ればフランクスを貫いている何かは緑色の長いフレームのようなもので、先端は鎌状。

その先端から反対へ辿っていくと、リーダー機の背中の左側に根元が付属されていた。

 つまり、このフレームは、090が乗っているフランクスの機体の一部。認めたくなかろうとその事実が明確に示されていた。

 

「もっといい方法があったかもしれないけど、無理みたいだ。僕は僕の目的の為に君たちを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ここで殺すよ”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紡がれた言葉は殺意の情念を秘めていた。

 

「下がれ!」

 

 別のフランクスに乗るステイメンが叫ぶが、そのフランクスはリーダー機の右側の背中から伸びて来た緑色のフレームに頭部を貫かれ、沈黙。

 フランクスの頭部には、例外なくパラサイトの搭乗するコックピット空間があり、そこを攻撃するという事は、二重の意味で『頭』を潰すことになる。

 

「ああ、やってしまった。やってしまったよ……でも、なんだか……」

 

 オープンチャンネルで26・13部隊の全機フランクスにリーダー機の映像が映し出されるのだが

、その光景は異様の一言に尽きる。

 

「とぉぉぉぉぉっても、いぃぃぃ気分だぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!!」

 

 緑色。その言葉の通りコックピット内部の空間はその色だけに染まっていた。より正確に言うと、緑の有機的な肉質の物体が長く何重にも張り巡らされており、パートナーの少女は、ピスティル用の操縦席でその肉質に取り囲まれていた。

 

「あ……あぁ……」

 

 しかも、その肉質の一部が細長い管のように彼女の耳の中へと侵入しており、鼓膜を突き破ってその奥にまで入り込んでいるのか、耳の穴からは両方とも血を流していた。

表情もとても健常なそれとは言い難く、集点の合っていない目と緩み切った口からだらしなく流れる唾液が証拠だ。

 

「な、なんなの……コレは……」

 

 イチゴは込み上げて来る吐き気を何とか自前の気の強さで抑えつつも、信じられないとばかりに呟く。

 

「お、おい! なんか形が変わってくぞ?!」

 

 やがてゾロメがある事に気付く。段々と090の乗るフランクスが変形しつつあったのだ。

 変化はフランクスの下半身からだ。

 腰部後方が急激なスピードで楕円形状に膨張していき、左右に何かが生えて来る。

 形がハッキリしていくとメカニックな昆虫の脚、計4本という事が分かるがその節目から覗く筋肉組織はとても生物的で、無機質機な人工さを感じさせなかった。

 そして、これだけに留まらず。

 今度は上半身。頭部左右に緑色の複眼レンズが現れ、ピスティルの口が映し出される部位が花弁状に開いたかと思えば、黒い液体が滴る牙をいくつも生やし、れっきとした口部へと変貌。

 そして、最後に体格と色彩、両腕に変化があった。体格が通常のフランクスの二倍は大きくなり、色彩は黒と白という味気ないものから鮮やかなライトグリーンへ。

 両腕は手首甲部から鎌のような形状のナイフが出現し、刃は鋸のようにギザギザとした形状となっている。

 

 カマキリ。

 

 間違いなく、それは肉食性昆虫の一種であるカマキリを模した様な造形を成していた。

 

『わ、訳わかんないよ……』

 

『スタンピート・モードなら分かるけど、これって……』

 

 ミクは未知の事象に対する恐怖と驚愕が入り混じった思考に駆られ、対するイクノも同じ思考に駆られつつ、冷静に見極めようと分析していた。

 イクノの言うスタンピード・モードとは、ストレリチアが変形する白い獅子型がそれだ

。人型であるフランクスを非人型形態へ移行させる機能。しかしこれを可能とできるのは

ゼロツーのみで、通常のパラサイトがやろうとすればたった数秒。あるいは1分程度しか

形態を保てず、そのまま命を落としてしまうだろう。

 しかしこのリーダー機は、ピスティルの命を落とさず、人型を残しつつ異形の形態へと

変形を可能としたのだ。

 この場にいる誰もが自分達の目の前で起きたその異常な光景に対し、平然を保ち続ける事などできなかった。

 

「おっと、刺しぱっなしは良くないねぇ」

 

『ギャアアアアァァッッッ!!』

 

 フランクス一機の腹部を貫いていたフレームを戻すと同時に、丁寧さとは無縁に等しい乱雑とした抜かれ方をした為、激痛を覚え苦悶の声を漏らしたピスティルのパラサイト。仲間の苦痛の声を耳に入れても、その心に響くものは皆無だった。そして今度はもう一機の頭部を貫いていたフレームを抜き去る。

 こちらは中にいたステイメンとピスティルが物言わぬ形へと変わらされたので、苦悶も何も言わず

、機体はそのまま地面へと糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 

「さて。フランクスが変わったんだ。新しい僕の姿もお披露目するとしようかぁァァ」

 

 ねっとりと陰湿な声。爽やかで真面目そうだった雰囲気のそれとは大きく変質したそれを聞いてしまうと、本当に同一人物なのか?と到底思い難い気持ちに囚われるが、しかし覆しようのない事実なのだ。

 090は、その身体から大量の蒸気を噴出し、その姿を変えていく。

 蒸気が晴れるとそこに090の姿は面影すらも消え去り、代わりに操縦席には格納庫で目撃したあのカマキリアマゾンの姿があった。

 

『あ、あれはッ!』

 

「どうなってんだよ?! アイツ、確か刃さんがぶっ倒した筈だろ!!」

 

 イチゴが思わず声を出し、みんなの気持ちを代弁するかのようにゾロメが指摘した。

 

「090が……獣人? どういう事だ!」

 

「は、はは……なんだよソレ。何の冗談だよこいつは……」

 

 そして、26部隊のステイメンが090の異形化した姿を見て、それがアマゾンである事実に驚愕を示すと同時に受け入れ難い感情を露わにしていた。

 

「クックッ……君達が見たのは僕が作り出した劣化クローンだよ」

 

 恐怖と混乱が伝播する13・26部隊を見兼ねてか、090……いや、カマキリアマゾンは先導者の如く疑問に明確な答えを示した。

 

「僕のアマゾンとしての能力は“クローン体の生成”。オリジナルたる僕に比べれば劣るけど、面倒な自我意識もなく、僕の思考通り操作して動かす事が可能なんだ。とは言え、どうにも慣れなくてね」

 

 彼の言葉自体は平常のソレで、声と口調だけを聞けばまともに見えるだろう。だが言葉の意味までとなると、その認識は大分違った物へと変わるだろう。

 

「だから、練習が必要だったんだ。物陰に隠れてコソコソやるよりは、実演に近い雰囲気でやった方がいいと思ってね」

 

『じゃあ……私達の都市のミストルティンに出てきたのも……』

 

「そう! 僕が作って操ってたクローン体さ。丁度イプシロンってアマゾンがいたからねェェ………クッハハハ、実戦練習という意味では好都合だったよ」

 

 “まぁ、アルファには残念ながら瞬殺されたけど”。

 

 残念そうに言いつつも、口数の減らない嘲笑混じりの語りは明らかに他者を下に見ては、自身の優位に浸っている者のソレだ。

 そんな彼の姿勢が癪に触ったのか、イチゴは声を張り上げる。

 

『コード090! 貴方は……貴方は本当にアマゾンなの?!』

 

 突然の予想外な事態による恐怖や不安。困惑により思考が鈍足と化していながらもイチゴは、湧き起こる怒りで自分を支え、問うべきことを問い質す。

 

「んん? 僕が人間かアマゾンか、だってぇぇ? “元”人間って言えば……納得かなぁ?」

 

 カマキリアマゾンは、その粘着質溢れた傲慢な口調を変えようとはせず、話を続けた。

 

「一週間前、僕はある人にコレを貰ったんだ」

 

 そう言って彼は、手の平を口元の下に持っていくと体をぶるりと震わせる。

 直後。口が開き、生々しい吐瀉する様な排泄音と共にねっとりとした茶色の半透明な液体と共に

“ある物”を吐き出し、それを手の上へ落とし見せつけるように前へ掲げる仕草を取った。

 

「これはねぇぇ、“アマゾンズ・インジェクター”。人間をアマゾンへ変えてくれる、最っっ高のアイテムなんだ」

 

 銀色のカラーリングが施され、金属製と思わしき材質だが形状は医療において、ポピュラーな道具の一つである『注射器』の形状をしていた。カマキリアマゾンの言葉が本当ならそれは、アマゾンズ・インジェクターと呼ぶ物らしい。

 

『Code090! お前の目的は何だ。アマゾンになり、味方に手をかける重罪を犯してまで、一体何をしようとしている!!』

 

 何事においても冷静な思考を貫くハチにしては、焦燥を匂わせる激昂の声だった。そんな姿が面白いとでも言うのか。

 カマキリアマゾンは嘲笑を零しながら答えた。

 

「クゥックックッ、ハッハハハ……僕の目的? あの女を……ゼロツーっていうクソアマを殺す事さ!」

 

『なんだと?!』

 

「Code002! 僕の大切なパートナーを殺しやがったクソッタレ!! 殺す殺す殺す殺す……殺シて

ヤルゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!」

 

 狂気。

 この一言で表せる程、彼の精神が正気の沙汰にない事を実感させられる。彼は狂っている。

 もはやどうしようもない程に、狂い切っている。

 

『13部隊と26部隊の各機に告げる! 早急に090…いやアマゾンを阻止しろ! 破壊も認める!』

 

 下された命令は阻止、あるいは破壊。もはや事ここまで及んだ以上、それしか手はないと判断したハチは、両部隊にその意思を通達。

 

「おい、やめてくれリーダー!」

 

「正気に戻れ!!」

 

 が、例え命令だったとしても、感情という面では割り切れないのが彼等コドモの性質だ。

 いや、これに関しては“コロニー側人類”にも共通する特徴と言えるが。

 

 ザシュッ!

 

「ん? 何か言ったかいィィ?」

 

 何かが裂かれた音と共に26部隊フランクスの一機が頭部を横一線に二本、中央と首と胴の境目が眼では捉えられない速度で綺麗な線を描いて切断され、頭部は機体から離れた途端真っ二つと化し、重力に歯向かう事なく地面へと落ちる。

 どうやら090の機体が手首甲に備えられた鎌を振るい切り裂いたらしく、証拠に下がっていた筈の両腕が水平に挙げられ、両鎌の刃の部位にはマグマ燃料である蛍光の伴う橙色の液体が付着し、ポタポタと雫を形成しながら落ちていた。

 中にいたステイメン・ピスティルの両名は、事前に保護システムが作動。防護カプセルに包まれていた為、かろうじて死を免れていた。

 

「てめぇ! イケ好かねえ奴とは思ってたがよ、仲間に手をかけんのかよ!!」

 

 ゾロメが非難の意味を込めて吼える。

 相手に突っかかって喧嘩したり、自惚れが目立つ彼だが、それでも今まで戦って来た仲間を相手にこの行いは酷いと。彼の根にある正義感が働いた故の叫びだった。

 

「?? おかしな事言うね?」

 

 そんなゾロメの言葉に対し、疑問符を貼り付けた声で彼は言う。

 

「僕は僕自身の目的を果たしたいだけだよ? その為に君達を再起不能・あるいは殺す必要がある。妨害するのだから当然だ」

 

「な、なに言って……」

 

「ああでも安心してくれ。13部隊は絶対に殺すなって、あの人に念押しに言われているから。まぁ、邪魔するなら、多少は手荒い事させて貰うけど」

 

 何故そんな当たり前なことをわざわざ聞くのか?

 

 まるでそう言いたい様な彼の言葉に、ゾロメは090の人間性という正気が完全に失われたのを直感で把握したのだ。

 

 無理だ。何を言っても通じない!

 

 そう判断したのはゾロメだけでなく、13部隊の全員がこの結論を一致させた。

 

『アルジェンティア! 一緒に接近戦で距離を保ちつつ、アイツのスピードに注意しながら攻撃して

!クロロフィッツとジェニスタは援護射撃をお願い!! 何があっても前に出ないで!!』

 

 イチゴの指示は的確だった。

 あのカマキリのような形状へと変化したフランクスは、攻撃の速さにおいてこの場にいるどのフランクスよりも、類を生み出さない程に優れている。不意打ちとは言え、側から見ていたイチゴはその動きを目で捉える事ができなかった事実を鑑みれば、当然の帰結として至る。

 ならば接近戦・白兵戦に適しているデルフィニウムとアルジェンティアが前へ出て、残り2機であるクロロフィッツとジェニスタは、後方から攻撃・支援を担当した方が適している。

 

「おやぁぁ? ヒヨッコたちが相手かい?」

 

『なめんじゃ、ないわよ!!』

 

 一番槍に090の乗る機体“マンティス・フランクス”に近付いたアルジェンティアは、ナイトクロウによる刺突のパンチを一直線に繰り出す。しかし、何でもないとばかりに軽く横へスライドするように躱され、そのまま右の側面へ回り込まれてしまった。

 

『ガァッ!』

 

 間髪入れず、アルジェンティアの右側の横腹に拳が打ち込まれる。

 

「ハハッ、チャチ臭い。先輩たる僕が本当の攻撃というものを教えてあげるよ!」

 

 堂々と余裕綽々に語るマンティスは、アルジェンティアの肩を掴んで自身と顔を見合わせる様に正面へと向かせると有無を言わせず、顔と胴体へ拳のラッシュを繰り出す。

 

「ぐ、あああッッッ!!」

 

『キャアアアアアアアアアッッッ!!!』

 

 苦悶の悲鳴がアルジェンティアから漏れ出される。ゾロメとミクの二人の声だ。ラストに身体を横へと向け、昆虫の如き金属の脚で機体を軽々と浮かす程の蹴りを繰り出し、一気に吹き飛ばす。

 

「どうかな? んん?」

 

『食らいなさい!』

 

 無数のオレンジ色の閃光。それが豪雨の如く容赦を介さずマンティスへ叩きつけられ、別方向からは砲撃が襲い来る。

 クロロフィッツとジェニスタの援護射撃だ。

 

「グゥッ! うざったらシィィィッ!!」

 

 一応ダメージを受けてはいるものの、大きいのかと問われればそうでもない。

 

『てりゃッッ!!』

 

『ハァァァァァッッッ!!』

 

 射撃と砲撃の雨が止んだタイミングを見計らい、背後からアルジェンティアが。左の側面からはデルフィニウムの両機が襲い掛かり、まず始めにアルジェンティアがナイトクロウを用いて、下から上へと向かうアッパー形式の袈裟斬りを背中部位に喰らわせる。

 

「グゥッ!」

 

 しかし、それほど大したダメージではなく、ナイトクロウの軌跡がうっすら刻み込まれる程度である為、装甲は変化した事で通常よりも硬質化しているらしい。

 そうでなければ、ナイトクロウは本来量産型フランクスの装甲程度、容易く引き裂いてしまう威力を誇るからだ。切り落とすつもりだったフレームも依然健在とは言え、ダメージが少なくとも怯ませるには十分。

 今度はデルフィニウムのエンビショップの刃が怯んだマンティスの首筋に一本突き刺され、押さえつけられる。そこから密着する形でマンティスを抱く様な体勢に移行したデルフィニウムは、空いたもう一本のエンビショップで背中のフレームを一本切り落す!

 

『よしッ!』

 

 イチゴが、目当てのフレームの切断に成功した喜びを弾ませる様に声に出すが、とうの敵はその逆の激情に駆られ声を荒げる。

 

「一本落としたからってェェ、調子に乗るなァァァッッッ!!」

 

 格下と見ていた相手に部位損失という、小さくない傷を与えられた事は、それだけ傲慢な思考に犯されてしまっているマンティスには、容認し得ないのだろう。すぐさま残ったフレームでデルフィニウムの背中の中心辺りを突き刺す。

 

『グゥゥ、アアアァァッッッ!!』

 

 フランクスと同調しているが故に機体が刺されば、当然それはダメージとしてピスティルの肉体へとフィードバックされてしまう。システム的に回避することのできない作用によって生じた痛みに力が緩んだのを見逃さず、そこからフレームに力を込め、引き剥がすと同時に裏拳で顔を殴り飛ばす。

 

『『『デルフィニウム!!』』』

 

 アルジェンティアだけでなく、ジェニスタとクロロフィッツの声が同時に重なる。しかしそれを意識することなくマンティスはスルーしつつ、フランクスの片足で倒れ込んだデルフィニウムの首を踏み付ける。

 それも、これ見よがしに絶妙な力加減をした上で、だ。

 

『ウゥ……ァァァ……』

 

「イチゴ!」

 

 衝撃によるダメージがあるゴローだが、それ以上にイチゴには機体が負ったダメージが加担されており、自分以上に苦痛を味わっている筈。そう思うと、ゴローは声を上げずにはいられなかった。

 

 出来る事なら、自分が背負いたい。

 

 願っても無意味だが、だとしてもパートナー以上の気持ちを抱いている彼にとって、それは当然の感情だった。

 

「やってくれたねェェ……015」

 

 しかし、そんな心情を考慮しないマンティスは、もはや人の心など皆無に等しく、一粒の躊躇さえもない無かった。

 

「あァァ……君達は殺すなって言われてる……けどサァァ、ここまでやっておいて何も無しって言うのは、虫のいい話だよねェェ?」

 

 “虫”だけに。

 自身がカマキリという虫となっている事への皮肉か、少し冗談混じりにそんなことを述べるマンティス。だが状況が状況である事と、台詞自体のせいで一片たりとも笑えはしないのだが。

 

「イチゴとゴローを離せ!」

 

『フトシくん!』

 

「うん! 砲撃だぁぁッッ!!」

 

「行きますよ!!」

 

『そのつもりよ!!』

 

 13部隊はリーダーを見捨てる様な真似など決してしない。それを行動で証明する彼等は敵へと標的を定め、向かって来ようとする。

 

「やかましい君等の相手は……コイツだ」

 

 呆れたような物言いを吐きつつ、マンティスの視線が先程から沈黙を貫いている、1体の箱型に両角を左右に備えた叫竜。すると、まるで双眼らしきものに見える二つの長方形のようなラインとその上に位置する四つの模様が青く光りを灯し、地響きが大地を広範囲に揺れ出した。

 それによって3機は強制的に行動を停止してしまい、地響きの元凶と思わしき箱型叫竜へ視線を移す。

 まず見えたのは、段々箱のようなその巨躯に黒いラインを、まるで見えない筆記道具で書き付けたように刻み込み、それが一つ一つ。四角の形状を中心とした無数のパーツと化していく。

 

 やがて……それらが何かを形作る。

 

 それは、人間のものに近い人型の手だった。

 

 それは、人間のような人型の足だった。

 

 それは、首がなく、人間で言えば首元の鎖骨部位だろうか。その位置に幽鬼のような不気味な顔があると言う点を除けば、限りなく人型に近い形態だった。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️ーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!』

 

 巨大ロボットとして定義付けられるフランクスが、まるで玩具にしか見えない。それほどまでにその叫竜は、小山かと錯覚しかねない程の巨躯を、まるで誇示せんばかりの存在感で周囲にいる小さき者達を圧倒した。

 そして発声器官から放たれる咆哮は、空気を。大地を。容易く振動させては揺るがす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、まるで世界そのものが震えている様に錯覚できる程の、まるで“悲鳴”にも似た鳴き声だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 感想・批判・アドバイス。待ってます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君と、この翼で。 





新年明けましておめでとうございます!

平成ジェネレーション・フォーエバー……最高の一言です!

平成の時代を画面の向こう側から駆け抜けて来たライダーたち。
そして、時代は新しい未来へ……。
本当に感慨深いです。クウガから始まった平成ライダーを今に至るまで小さい頃から見てきて、早25歳となった自分……何年経とうと、この仮面ライダーという特撮の一作品への愛を捨てることなんてできません。
そんな気持ちをマグマ燃料にして、新年もダリアマの執筆に励みたい所存です!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い事って……一体何なんだ!」

 

「そいつは言ってみてからのお楽しみだ。まぁ、飽きさせないもんって答えればいいか?」

 

 090の裏切りが起きるのと同時刻。

 セキュリティーゲートの前でスタークは笑みを絶やす事なく、むしろ助長させる。

 それに対しヒロの中で苛立ちが募っていく。

 

「そんな奴、ほっといて行こう!」

 

「ゼロツー?!」

 

 強引に手を組み合わせ、身体を重ね合わせる様に密着させたゼロツーはスタークなぞ知るか、とでも言わん態度で、社交ダンスの如くセキュリティーゲートを潜り抜ける2人。

そして、立ち止まることなく、社交ダンスの体勢のまま長い通路を駆け抜けていった。

 やや、ゼロツーがリードする形で。

 

「ちょ、待っ、えぇ?!」

 

 突然の事で戸惑っていたヒロだが、ゼロツーは彼の耳元で囁く。

 

「あんな奴、相手にするだけ無駄だよ」

 

 端的ながらもゼロツーの言い分は尤もだ。

 スタークは決して、己が素性。知り得ている情報。他諸々を相手に容易く開示するような人物でないことは明白で、今までの暗躍に加えて、ぬらりくらりと。こちらの質問をかわす話術は彼女の底の知れ無さを助長させている。

 スタークが何を企んでいるのか、など。結局知る事はできないし、叫竜が迫りその襲撃を受けている以上は、そちらの方へ専念するのが妥当だろう。

 

「それにダーリン言ったよね? 乗せてくれってさ。なら今は細かいこと置いておいて、一緒に乗って飛ぼうよ!」

 

 ニコリとゼロツーは笑う。その顔がヒロにとって美しく、輝いて見えた。

 

(やっぱり、君は綺麗だ……)

 

 そんな事思いつつ、二人はストレリチアがある格納輸送機のドッグに侵入。当然、警備員のオトナ達がおり、それをゼロツーが容赦無く、一片の躊躇さえもなく、顔を殴るわ蹴り飛ばすわと中々良い動きのアクションで蹴散らしていく。

 やがて、ストレリチアのコックピットである顔の前まで来ると誰かがいた。

 よく見ずとも一目瞭然でジェラルミンケースを手にした鷹山だと判別できた。

 

「ま〜たやってくれちゃってるな、じゃじゃ馬姫」

 

「……まさか、邪魔する気?」

 

 呑気に言う鷹山と目付きを鋭くして問い質すゼロツー。両者それぞれな温度差だが、鷹山は特に何も言わず、ヒロに向かってジェラルミンケースを受け取れ!と一声かけて放り投げる。

 ぞんざいな扱いだが、中に何が入って来るのかを即座に予想したヒロは、手から滑り落ちそうにな

ったのを何とかキャッチし、その中身を見る。

 

「これって、預けてたベルト……」

 

 アマゾンズベルト。

 万が一に、とヒロが鷹山に預けておいた筈の物だったが、どう言う訳なのか。鷹山がここへ持って来たらしい。

 

「一緒に乗るんだろ? なら持っとけ」

 

「いや、あの、持っとけって言われても……」

 

「………いずれにしろお前がアマゾンである事は変わらないし、どうにもならない事だ。いつその本能が目覚めるのか。さすがの俺にも分からない」

 

 アマゾンは、アマゾン。

 

 そんなこと、今更言われるまでもないが改めて自覚するとなると、自己嫌悪に近い悪感情が心に染み込んで来る。例えるなら、白紙に零れ落ちた一滴の真っ黒なインクが広がるような感覚、とでも言うべきか。

 

「だからお前が懸念する気持ちは分かるし、俺も楽観的にこんな事垂れてる訳じゃない」

 

 けどな、と。

 

 一旦間を置いて鷹山はその続きを紡ぐ。

 

「それがお前にとっての“力”って事を忘れるな」

 

「俺の、力……」

 

「そいつを上手く飼い慣らせば、“人喰いアマゾン”じゃなく“アマゾンライダー”になれる。まっ、お前次第ってことだな」

 

 ヒロ自身が望まず、手に入れてしまった凶暴な獣性を秘める“アマゾンとしての力”。

 それは人の血肉を求め、その牙と爪で獲物を切り裂き、噛み砕いて。血の一滴さえも喰らい尽くす人喰いの権化。

 一歩間違えば当事者の精神を侵す毒となり、その心を獣一色に塗り潰してしまう。

 実際、彼は今それに苦しめられている。しかも、心臓が青く変色し肥大化すると言う異常な症状も伴い、状態は心のみならず生命をも喪失しかねない始末。

鷹山から渡された薬のおかげでアマゾンとしての本能の抑制、胸の痛みや諸々の症状らは申し訳程度には和らいでいるものの、それも時間の問題だろう。

 彼の秘めたるアマゾンとしての力は、本人がどう否定し、拒絶しようともヒロの一部であって他の何物でもないのだ。どれほど煩わしく、卑しく、醜く、どこまでも嫌悪しようと、決して捨てる事はできず。ただ背負うしかない。

 

 なら、どうすればいいのか? 簡単だ。

 

 鷹山が言ったように“飼い慣らせばいい”。

 

 “力”は、所詮“力”に過ぎない。

 

 力自体に善悪はないが、それを持つ者によって指向性が定まる。本人の意志次第で如何様にも変化するのだ。不安な情念に駆られるならば、自身がそうであろうと強く、傲慢不遜と他者に言われようが望めばいい。

 

 “自分自身が大切だと思うみんなを守る”。

 

 少年の決意は……在り方を定めた。

 

「この先、自分がどうなるかなんて分かりませんけど……アマゾンライダーとして、とりあえず頑張ってみます」

 

「そうかい。んじゃっ、さっさと行けよ」

 

 ヒロとゼロツーに背を向け、軽く手を振る姿は、ぶっきらぼうながらも鷹山らしい後押しが見て取れた。そんな鷹山の意を汲み、フランクスに乗ったヒロは後方操縦席へ。ゼロツーは四足歩行な格好になる前方操縦席へ。

 それぞれが所定の配置につき、ネガテイブパルスとポジティブパルスのコネクトを図る。

 ピスティルのパラサイトスーツに備えられたコネクト率を示すメーター画面には、赤と青の円形グラフが左右に並び、そこから伸びるメーターグラフがX状に交差する図で示されており、これが意味するのは一つ……。

 コネクト率が成功し、いつでもフランクスを起動できるという合図だ。

 

「行くよ! ダーリン!!」

 

「ああ! ゼロツー!!」

 

 交わされる互いの言葉。そこに不信感や不安と言った負の感情も精神もなく、あるのは、両者の間を介在する信頼だけだ。

 

 かくして、無貌の頭部に少女の顔が映し出される。

 

 鋼鉄の乙女が……動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょ、なんなのよアレ〜ッ!!』

 

「フランクスだけじゃなく、叫竜も?!」

 

 ミクとミツルが驚愕に声を上げる。もっとも声に出さないだけで驚いているのは、皆同じだ。

フランクスのみならず、叫竜までもが姿を変える。形態変化はこれまでに類がなく、今回が初めてのケースだった。

 

「さて。足止めは彼にしてもらおう。僕達はこうして楽しもうじゃないか……」

 

『グゥ……ゥゥゥ……ッッ!!』

 

 異形と化したフランクス、マンティス。

その昆虫のような足で首を押さえつけられているデルフィニウムから伝わる、圧迫感。それは苦痛としてイチゴに負荷をかけており、苦悶の顔がデルフィニウムの表情として映し出されていた。

 

「イイねぇ……クックククク……もっとォォ、見せてよ〜」

 

 そんな彼女の表情を見て楽しいとばかりに、マンティスはフランクスとしての顔に愉悦に満ちた歪過ぎる笑みを浮かべる。

 本来、ピスティルの表情が投影されるはずの顔にはピスティルではなく、人間態であった090の顔が投影されていた。どういう原理でそうなっているのかは分からないが、それはまるで、彼の心境を映し出しているように見える。

 

『は、なせ……アァッ!!』

 

「クソ! こいつ!!」

 

 デルフィニウムに乗るイチゴとゴローは何とかしてマンティスの拘束から逃れようと奮闘するものの、苦痛にもがく以外に何もできず。

 

「ブフゥッ!! あアァ、本当、イイ気分だよこれは。もしこれが君達じゃなくて、あの女だったら

ァァ……どんなにイイィィィんだろうなァァァァァァッッッ!!!!」

 

 ハイテンションでそんな事を宣うマンティスは、もはやその言葉一つ一つに正気の沙汰は感じられず。あるのは、何処までも歪み切った憎悪だけ。それが彼の心を狂気に変質させていた。

 

「このまま首をへし折るのもイイけどォォ………自慢の鎌でゴミ屑に切り裂くのも、悪くないと思わないかい?」

 

 マンティスは、鎌をこれ見よがしにデルフィニウムに見せつけ、何処をどう切り、どんな仕上がりにしてやろうかと思案する。

 完全に強者の余裕だ。そこに自分が敗北するという可能性は微塵もなく、あるのは自分が望む結果のみで、それ以外などないという始末。

 

 しかし、思い通りに進む事があれば、思い通りにならない事も然り。

 

 突如としてオレンジ色の閃光がマンティス・フランクスへと急接近。そのまま異形と化したその機体を吹き飛ばしてしまった!

 

「ぐへァァッッッ!!!!」

 

 間抜けな声を上げ、無様なローリングを披露しながら地面をスレスレ位にまで滑空する様は、新手の芸か何かに見えてしまう。

 そんな格好を繰り広げるマンティスは、自分の身に何が起きたのか分からず、土煙を上げ地面へ接触。その際の衝撃のせいで手痛いダメージを少々ながらも被ってしまった。

 一方、ついさっきまで首の部位を足で踏まれていたデルフィニウムも一体何が起きたのか把握できなかったのだが、自身らを庇う様に猛々しく立つ人影…クイーンパイクを構えるストレリチアを見て

全てを理解した。

 

『ヒロッ……ゼロツーッ?!』

 

「イチゴ! 大丈夫か?!」

 

 白い機体に赤のカラーリングを施し、女王の名を冠する槍の武装を手にする姿は見間違えようもなく、ストレリチアだった。

 

「ククッ、ハッハッハッハッ! ようやく現れたかァァ……会いたかったゾォォォッッ!!」

 

 土煙を振り払い、全身から蒸気のような物を噴出するマンティス。まるで怒りと憎しみを全身で表すかのようなその姿に、ゼロツーの表情が投影されているストレリチアの顔は、何処か憂いを帯びていた。

 

「アレは……フランクス、なのか?」

 

『絶対に違うよ。多分……アレはアマゾンだ』

 

「!!ッッ」

 

 ゼロツーの予測にヒロは驚く。咄嗟にアマゾンの感知能力で正体を把握するが、やはりゼロツーの予測通りだった。

 アマゾンの気配がフランクスの全身に渡り、放出されていたのだ。

 

「そんな、でも、なんで……」

 

「なんでェェ? アマゾンだからに決まってんだろがァァァッッッ!!!!」

 

 通信で映像が表示され、その画面の先に映し出されたマンティス・フランクスの内部は

、やはりヒロも戦慄を覚えるもので、ゼロツーも表情こそ不変ではあったものの、顔色の方は平然とは言い難かった。

 

「Code002」

 

 マンティス・フランクスを操るカマキリアマゾンは、ゼロツーのコードネームを端的に発すると憎しみの感情をこれでもか、とふんだんに含んだ声で吐き散らかした。

 

「僕は、僕はこの時をずっとォ待ってたんだァァァ。君は僕の大切なパートナーを奪った

! あーそうそうそう! あの時の冷静平坦か態度も気に喰わなかった!

あの場でズタズタのボロクソ雑巾にしてやりたいってェェッッ!! 頭がオカシクナルクライ、思ッタヨォォォォォォッッッ!!!!!」

 

 元より言動には難あったが、最後の方で更に拍車を掛けたのか急に片言口調となってしまっている。とは言え、それを口に出して指摘する者はこの場において皆無だが。

 

「………フッシューー………少し、取り乱してしまったようだね。反省しておこう。でもね、僕の怒りと憎しみは……どうあっても消えやしないよ……」

 

 口から蒸気を零し、荒い息で肩を上下動かすカマキリアマゾンは片言口調から元の口調に戻る。しかし、相変わらず恨み言は止む気配が見えない。

 

「待ってくれ! もしかして、君は……」

 

「あァァ。そうだよ。Code090。それが僕の識別番号さ」

 

 あってほしくなかった予想が一つ、現実へと確定付けられてしまったヒロは苦渋に満ちた表情を浮かべた。

 

「……クッ!」

 

『イプシロン……』

 

そして、悔しいとばかりに歯を食いしばりながら苦渋の声を漏らし、だが何も言わず。

事前に腰に巻いたベルトのグリップを握り回し、電子音声と共に起動させる。

 もう何を言っても無駄だという事をすぐに理解したからこその行動だった。

 

「アマゾン!」

 

 ヒロはアマゾン・イプシロンへ変身を遂げた。

 その姿を見て、モニター画面の向こう側にいるカマキリアマゾンは嘲笑と共に言葉を吐き出す。

 

「クックッ、ハッハッハッハッハッ!!!! まさか、こうしてフランクスに乗りながら君と戦う事になるなんてね。まぁ、どの程度なのか拝見させてもらうとしようかッ!!」

 

 カマキリアマゾンの操る機体、マンティス・フランクスは節足を使い全速力で突貫しようとして来るが、それよりも早くストレリチアは一気に距離を詰め、ゼロ距離という所まで来ると胸目掛けてクイーンパイクの刺突を繰り出す。

 が、それを後ろへ跳躍する事で回避したマンティスは、お返しとばかりに口から泡のような弾丸を飛ばす。

 これが只の泡ならば、ダメージなど与えられなかっただろう。

 しかし、そんな無意味な事をする筈もなく、それを理解したイプシロンはストレリチアを右側へとスライドする形で回避させる。

 泡は一個一個がシャボン玉のようなものではなく、一個一個の無数の泡が寄せ集まった物で洗顔やシャンプーなどの泡沫をイメージすれば容易だろう。

 当然、寄せ集まっているだけに重さがあり、浮力など皆無。対象を外してしまった泡は重力に従い地面へ落下。すると、その箇所が抉れたように何かが焼けるような音を醸し出しながら穴を作り上げた。

 

「この泡、強い酸性の物質?!」

 

 泡の正体は、腐食させ溶かす強力な酸性物質だ。

 

「!?ッッ……グゥゥッ、ハァ、ハァ、」

 

 強力な酸性物質という泡の正体に悠長に驚愕する間もなく、肥大化した青い心臓に激痛が疾った。

 

『ダーリン……』

 

「だい……じょうぶ。まだやれる!!」

 

 戦いと言う、命を懸けた状況の中で冷静さを保とうする為か、あるいは。

 本当にパートナーが苦しんでいる様を見ても、何とも思っていないのか。

 真実は分からないが、しかしどちらにせよ、ヒロに対する彼女の声が平坦な物であったのは事実だ

。とは言え、そんな風に投げかけられても気には止めず、ヒロはまだ戦えるという意思表示を彼女に示した。

 

(まただ。最初に乗ったあの時みたいにできないッ!!)

 

 だが内心、焦っていた。

 

 理由は最初の時のようにストレリチアを第3の形態…アマゾン・モードにすることができない事が関係していた。アマゾン・モードとは、ヒロとゼロツーの2人が初めてストレリチアに乗った際に起きた通常形態ともスタンピード・モードとも違う、もう一つの形態。

 フランクス博士と鷹山により命名され、正式な呼称とされているこの形態はその発現のメカニズムが不明であり、現時点ではアマゾン細胞がフランクスに対し何かしらの働きをしている、としか分か

っていない。

 その形態になった際、基本スペックが通常の形態を上回り、本来ならば備わっていない筈の攻撃手段(アームカッターなど)が付与されるなど、メリットが存在する。

 しかしメカニズムさえ分からなければ、どう発現すればいいのかも当然分からず。ヒロはあの時、自身の身体から触手のようなものを伸ばしてゼロツーと接続する形でアマゾン・モードを成し遂げたが、触手はこの前の13部隊初の叫竜戦と同じく、今回も出なかった。

 身体中を巡るギガを集中させ活性化させても、踏ん張るように力んでも、何も起きず。

 

(出ないなら……普通のストレリチアのままでやるしない!!)

 

 是非もなくそう決心するしかないヒロだが、彼がアマゾン・モードに拘る理由は、相手の形態を見たからだ。

 マンティス・フランクスは恐らくアマゾン・モードのソレに近いものか、あるいは同じ物かもしれない。ならば、そのスペックは量産型フランクスとは比較にならず、下手をすればストレリチアと同格を誇る機能性を引き出している可能性がある事は否定できない。

 だからこそ、できる事ならストレリチアもアマゾン・モードで行きたかったのだが、成れないのであれば、無い物ねだりは無意味だ。

 

『ほら、手。貸してあげるよ』

 

 そんな思考に投じるパートナーを尻目にゼロツーは、未だ腰の上がらない倒れたままのデルフィニウムにストレリチアの手を差し伸べて来た。

 彼女なりの親切心から来る行動だが、その手をデルフィニウムは……イチゴは払い除けた

 

『いらない……ヒロを利用するヤツの手なんか借りない』

 

 未だ私情に満ちた猜疑心がゼロツーに対して存在するイチゴにとって、彼女から手助けを受けると言うのは屈辱以外の何物でもなく、それを素直に甘んじる訳にはいかなかった。

 デルフィニウムは立ち上がり、仕切り直しだと言わんばかりにエンビショップを握る手に力を込める。

 

『はぁ〜、全く。頑固だね』

 

 そうボヤきつつも、ストレリチアはデルフィニウムの顔を覗き込む。

 

『そんなにイヤな顔しないでよ。まぁ、嫌いじゃないけどさ!!』

 

 デルフィニウムの顔を一瞥したストレリチアはそう言い残し、再びマンティス・フランクスへと突貫する。今度はデルフィニウムも、だ。

 赤と青のフランクスは、互いに並ぶ様にして一気に駆ける。

 異形のフランクスへ攻めの一手を繰り出す為に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








ラストの部分、実はアマゾンズシーズン1のシグマ戦でオメガとアルファが
初めて共闘した、個人的に好きだったシーンのオマージュです。

ぶっちゃけ、この頃はまだ平和だったんですよね……(シーズン2はもう、救われなさ
過ぎますよマジで……)。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

毒蛇の正体/新たなるアマゾンライダー







このタイトルで分かる方は察しの通りです。










 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。首尾は上々……かな?」

 

「ええ。目的のモノ確かに」

 

APEの上層部に位置する者しか入ることができない、ある研究区画の出入り口である扉の前に二つの人影が立っていた。

通路は照明が点いていない為、かろじて左右の床の端に沿う形で存在するマグマエネルギーが流れるラインが薄っすらと光を放つ程度なので、通路内は暗闇が多く、二つの人影の正確な姿を見極めることはできない。

1人は、何かが入っているであろう開かれた黒いケースを両手で見せる様に抱えており、もう1人は対面する位置で黒いケースの中身を見ては静かに満足気な様子であると言う事位しか分からない。

 

「それをどうする気だ?」

 

 万事うまくいった。そう思っていた矢先、後ろから聞こえる。

 その声に対し、背を向けたまま“少女”は動揺せず答える。

 

「どうしたんですか? 刃さん。ここは、貴方でも入ることができない筈ですけど?」

 

「ちっとばかし用があってな。特別に爺さんに許可貰ったんだよ。で、お前は? そう言うって事はきちんとアポとってんだよな?」

 

 バッ。

 

 通路の天上に配置されてある照明が全体的に輝きを放ち、研究区画の扉の前に立つ二つの人影の正体を有無を言わさず暴き出す。

 

「ナオミ」

 

 声の主、鷹山はあってほしくなかった三文字の名を呼ぶ。それに答えるようにして少女は

振り返る。

 そこには、言い訳しようもなく、いかなる弁も意味を成さない程に本物の鷹山がよく知るコドモの顔が嘲笑を浮かべつつ、確かにあった。

 そして、どういう訳か彼女の側に立ち、黒のケースを持っていたのはナインズのリーダー。

 ナイン・アルファだった。

 

「鷹山刃圭介……でしたよね? こんな形だけど初めまして。エリートな親衛部隊ナインズのリーダー、ナイン・アルファ。以後お見知り置きを」

 

「ほう。流石はエリート様だ。こんな状況でも悠長に自己紹介とは恐れ入るな」

 

 冗談混じりなナイン・アルファの自己紹介を、鷹山は皮肉を込めてそう返した。

 

「で、そいつは何だ? 今すぐそれを置け」

 

 いつもの飄々とした、能天お気楽な空気は初から纏わず。研ぎ澄まされた様な鋭利な殺気を滲み出しては、命令口調でそう指示する。

 

「悪いけど、これは今後の為に必要なものだからさ。無理なの♪」

 

 そう言って彼女はスカートのポケットから、何かを取り出す。それは小さな手の平サイズのボトルのような物で、ガラス製なのか。それを故意に床に落とした瞬間、容易く砕け散ってしまった。

すると、ボトルの中身と思われるガスの様な何かがナオミの体をまるで蛇の如く纏わりつくようにして包み込む。

 やがてそれが胡散するように消えて晴れると、1人の人物が立っていた。

 

「う〜〜ん!! この力溢れるような感覚! 最高だねホントッ!!」

 

 ブラッド・スターク。

 信用ならないと警戒していた怪人物たる少女が鷹山の目前に、その姿を現したのだ。

 

「……それが、お前の正体ってわけか」

 

「今更言うこと? とっくにボクの正体、感づいてたんでしょ?」

 

「まぁな。ブラッド・スタークが現れる度、お前はそれに合わせるようにいなくなる節があった」

 

 鷹山は淡々と語った。

 

「それに13部隊が初めて叫竜と戦ったあの時も、どういう訳か、お前がいた部屋の監視用カメラが1分程度ノイズが奔って映らなくなった……ただの機器の不調と言えば、それまでだが、そのタイミングでお前は出てきた……何故かナオミはそのまま部屋にいたがな」

 

「……」

 

「そんで、腕の傷。程度は違うが位置が全く同じだ。俺があの時お前に付けた傷は、焼き切れる位だが、ナオミの時は軽い火傷で目立った外傷はなかった。アマゾンなら別段傷が回復したって珍しくないが、過去いくつかの検査でお前がアマゾン細胞を一切持たない、ただのコドモって言う結果がある。

そうなると辻褄が合わない。疑いなんざすぐ晴れて、追求の必要性もゼロになる。まさに

“完璧なアリバイ成立”になる訳だ」

 

 淡々と彼は語る。

 それをスタークは聞くのみで何をどう言い訳するでもなく、ただ静聴しているのみで、何かを仕掛ける気配もない。

 表情もつい先程は相変わらず飄々とした薄ら笑いだったものの、今はそれさえも消している。返って不気味だ。

 

「クッ……クク……」

 

 しかし、その沈黙は容易く破かれた。

 

「アッハッハッハッハッ!!!!」

 

 何が彼女の琴線に触れたのかは分からないが、実に面白いと。声のボリュームなど関係なしに盛大な笑いを吐き散らかした。

 

「ハハハ……フフ……ふぅ〜。さすがだね」

 

スタークは未だ笑みを零しつつも、一先ずはとばかりに間を置く。

 

「監視カメラについては……そう。ボクが予め仕込んでおいたんだ」

 

なんて事のないように、彼女は普通に答えた

。下手に隠す様な言動、それらしき動作はなく、彼女は有りの侭に素直に答えたのだ。

 

「じゃあ、バレちゃった記念に色々と種明かしでも……しとこうかな♪」

 

 相手の精神をわざと逆撫でするかの様な彼女の態度に、内心苛立ちを感じつつも、とりあえずは彼女の語る事に耳を傾けることにした

 鷹山は何も言わず、ただ視線で早くしろと促す。

 

「実の所、ナオミってコドモは存在しない。全部ボクが作った偽物に過ぎないから」

 

「……なんだと?」

 

 言うほど驚愕に顔を崩してはいないが、それでも精神的な面での衝撃がない訳ではなかった。

 

「ありえねぇ。現にお前は……ナオミは、ガーデン時代からいた筈だ。当時の記録映像やデータだってある」

 

「“ナオミという実像としての存在”は、ね」

 

バイザー越しの、毒蛇のような目が鋭くなった気がした。

 

「けど、ナオミという少女の人物像は虚偽に過ぎない。そもそも、生まれてガーデンからパラサイトになるまでの数年間、一歩も外に出なかった普通の女の子が実は敵で、スパイしてたってのは無理あるじゃない?」

 

 確かに。その言葉は鷹山の中で納得を与えた。

 ナオミは、ただのコドモ。

 素性などの経歴の事ではなく、『人』と言う種の生物として、普通だという意味だ。

 特に回復が異常に早い訳でも、身体能力が他の誰よりも特出しているでもない。

 そんな女の子がスパイとして活動できるか?

 答えは、否。

 できる筈がない。しかし、そうなると疑問が残る。

 今、自分の前に立ち、スタークとしての姿になったナオミは、一体なんだ?

 ここで始めて、冷静沈着だった鷹山の中に動揺が水面の波紋のように広がる。

 

「“人でもアマゾンでもない存在”」

 

「………」

 

「って、言えばいいかな?」

 

 ブラッド・スタークの肉体が赤く、時に紫色に交互に変化する色彩を放ちながら、霧の様にブレ始めたかと思えば、その肉体からもう1人。

さながら幽体離脱で魂と肉体が分離したかの如く、一つだった筈の肉体が二つへと増えたのだ。

 彼女の肉体から出て来たもう1人の人物……見間違う筈もなく、どの角度から見てもつい先程目にしたナオミだった。

 

「「ざ〜っとこんな感じ。理解できたかな? やっぱ無理? ハッハッハッハッ」」

 

 阿吽の呼吸。

 そう断言してもいい位に二重に合わさる2人の声は、何一つの無駄がなく見事なシンクロを誇り、とても即興で出来るものではない。

 

 しかし注目すべきはそこじゃない。

 

 何故アマゾンでもないのにも関わらず、この異常な現象を可能とできるのか。それこそが注目すべき所であり、最大の疑問点だ。

 

「まっ、理解できなくて当然だよ。アマゾンでも人間でもない生物にこんな芸当ができるのか……って、言われたら“いない”って答えるわよね。貴方達の程度の低い常識じゃ」

 

 ナオミは、見下すような語り文句で口から言葉を紡ぎ出した。

 

「おまけに知り合いの女の子は実は存在しなかった……てなりゃあ、余計混乱する訳だ」

 

 今度はスタークがそう語る。最後の方はやや口調が変化したが。

 

「だがよ、オレがアマゾンの類じゃないって事は理に適ってるだろ? 事実、オレの中にはアマゾン細胞が一切ない。生まれついてのアマゾンじゃなければ、お前みたいにマッドに細胞を注入する形で移植した訳でもないんだからなぁ〜」

 

 口調が“オレ”へと完全に代わり、壮年の男性の風情になるが、それでも享楽的な飄々とした空気は変わらず。

 そして、それを隠れ蓑にして潜む残酷な性質も、また変わりなく存在している。

 

「と、なるとオレが一体何なのか。気になるよな~鷹山博士?」

 

「………」

 

「反応なし、とは。つまらないな〜オイ」

 

 スタークは心底つまらない、とばかり言うが、そんなのは鷹山にしてみれば知った事ではない。

 その心情を読んでか、スタークは怒るなよ。と宥めつつ、自らの“存在の性質”を語った。

 

「“ボク”に明確な物質的肉体は存在しない。それ自体が記憶・知能・意識を司る情報媒体に成り得るエネルギーで構築されてる」

 

 元の口調に戻りつつ、ナオミが赤と紫のガスのような光の粒子状のエネルギー体と化し、ブラッド・スタークの中へと入っていく。

 

「だから形を何にでも形成・分離できるし、擬似的に物質を作れたりもできるから、こうして物を持つ事もできる」

 

 ケースの蓋を閉じ、握り持つ為の取っ手部位を掴んで前へ突き出すようにして見せる。

 

「それで、部屋にナオミを置いてまんまと隠蔽に成功したって訳か」

 

「そっ。まさか2人になってるなんて、誰も予想できないし、仮にもし1人や2人いたとしても……ね〜」

 

 突拍子も無い話を人は信じない。

 これはプランテーションに移り住み、新たな人の種へと進化した人類であろうと。またはコロニーへと旧時代の在り方のまま移り住んだ人類であったとしても。

 決して変わらない事実であり、法則とも言っていい。

 この法則からは抗えない。

 それが非現実性を強調したものであるなら、尚更余計に人は……オトナ達は信じようとはしないだろう。鷹山が早期に確信を持って気付き、報告したとしても同じだろう。ただのコドモが敵であり、スタークへと分離できてしまう等、誰が容易に『はいそうですか』と首を縦に傾けられるだろうか。

 証拠も無ければ、それはもはや妄想話に過ぎない。

 

「さ、て。さすがの“オレ”もお喋りに随分と時間を割いちまったが、仕方ない。ここらでお暇させて頂くとするか」

 

「本気でソレ言ってんのか? 笑えねぇな」

 

 予め腰に巻き付かせていたベルトのグリップを握りつつ、鷹山は冗談抜きに剣呑な口調で指摘する。だが、あくまでスタークは余裕を崩さない。

 

「ハッ、さすがにそこまで間抜けじゃない。何の為のナインズだと思ってんだ?」

 

 鼻で嗤うスタークの言葉から続くように、隣いたナイン・アルファが鷹山へ急接近。

 そこから右ストレートを繰り出して来た。

 

「あぶッ……ねーな!」

 

 辛うじて紙一重。後ろへバックする事で回避した鷹山だが、いきなり攻撃を仕掛けた事に対し、苦言を呈する。

 

「はは、野生では不意打ちなんて日常の一環。喰らわれる方が悪いんですよ」

 

「気が合うな。俺も同意見だよ!!」

 

 鷹山は、そう言って掛けていた眼鏡を取り外すとそれをナイン・アルファめがけ、かなりの速球で投げ付ける。

 眼鏡が顔に当たる直前、ナイン・アルファはそれを容易く掴む事に成功するのだが、その際に生じてしまった隙を鷹山は見逃さず。

 渾身の右足により回し蹴りをナイン・アルファの頭部側面へと叩き込んだ。

 

 だが。

 

「ふ〜ん。こんなもんか」

 

 手応えは……それなりにはあった。しかし回し蹴りを喰らった当の本人は何処いく風とばかりに、

涼しげな微笑を浮かべ、平然とそう呟くだけ。

 衝撃を受けた事による脳震盪や目眩、そういった類の症状を一切感じさせない様子は、間を開かせる形で鷹山を後退させるだけの警戒心を抱かせるには、あまりに十分過ぎた。

 

「一応、ガチでやったつもりなんだが……」

 

「残念。今ので僕を仕留めたかったのなら、“変身”しないと話にならないよ」

 

 自信満々。そう言わんばかりの態度で上から目線な発言を述べ下るナイン・アルファは、ゆっくりとした速度で片手を動かし、その身に纏う純白の制服を脱ぎ捨てた。

 ナインズという親衛隊にのみ着る事を許された制服を簡単に脱ぎ捨てると言うのは、本来七賢人をパパと呼び、崇拝に等しい感情を持つコドモにしてみれば、それは異様な行為と言えた。

 そして、制服に隠されていたモノ…まるで古代インカの独特なデザイン性を鳥を彷彿とさせる意匠の中に組み込んだような、そんな形状の“腕輪”が露わとなった。

 腕輪は左腕に装着されており、部位的に詳しく言えば、肘から肩先の上腕に位置している。

 それを逆の右側の手で鳥の両翼に当たるパーツを、まるで閉じるように合わさったそれを親指と人差し指で分け、翼を広げた状態にする。

 すると、独特な起動音が響き渡る。

 

「アマゾン」

 

 ヒロと鷹山が変身する際に使用する鍵となる言葉。そして、それが何を意味するのか。

 鷹山がそれを分からない筈はなかった。

 

『ナイン……アルファ』

 

 腕輪から発せられる機械的な音声は、備えられた役割が作動した合図。

 両翼のパーツにある左右のラインがオレンジ色に光を放ち、同色のエネルギーがまるで稲妻の如く迸る。

 それがナイン・アルファの全身を包み込み、肉体が変異していく。

 より力を引き出す筋肉へと。

 より強固な皮膚・骨格へと。

 人間ならざる形へとナイン・アルファを造り変えていく。やがて、エネルギーが消え去るとそこに彼の姿はなく、いるのは……1体のアマゾン。

 

「おいおい、こいつは冗談キツイぜ」

 

 鷹山は、自然とそんな言葉を口から零す。

 

 対し、スタークは意気揚々と叫ぶようにそのアマゾンの名を謳う。

 

「見ろよ! このオレが……ボクが! 創造した新たなるアマゾン!」

 

“アマゾン・ナイン・アルファだァァッ!”

 

 ナイン・アルファの名をそのままに受け継ぐ、イプシロンやアルファとは全く異なるアマゾンライダー。まだ生物的な質感・外見だったアルファやイプシロンとは異なり、その姿は機械的な印象を見た者に植え付けるには十分と言えた。

 胸部や腹部、両腕両足は金属のように光沢を放つ籠手・具足部位が形成され、質感さえもそれに近いレベルに硬質化している。また頭部はアルファに似てはいるものの、左右後方へ突き出た突起部位はなく、シンプルに丸みを帯びた形状をしている。

 体色は白亜だが金属的部分はシルバーとなっており、頭部には赤いラインが計6本、左右の複眼から後頭部へ続く形で奔っていた。

 

「アマゾン……」

 

『アルファ……』

 

 あちらが変身するのならば、それに合わせない道理はない。鷹山は事前に腰に装着していたベルトのグリップを握り回し、同じく、アマゾンライダーへと変身を遂げる。

 それを見るな否やアルファへ急接近し、右腕に備えられたアームカッターで首を落とそうと左側から斜め一線にアルファの頸動脈付近めがけ振り落とす。

 その寸前、素早くアルファの左腕アームカッターが防具として機能され、見事防いで見せた。

 

「不意の一撃に対しての反応速度、中々だね」

 

「ハッ! お褒め頂き光栄ってか?」

 

 そう言い、ナイン・アルファのアームカッターを振り払ったアルファは、すかさず左右の拳を用いてのラッシュを繰り出す。

 それを軽くいなしていくナイン・アルファは、受け流すだけではなく自分からも拳を叩き込んでいく。

 

「グッ! ちと速いな!」

 

 ナイン・アルファの攻撃は思いのほか速く、

対応するには時間が遅れているアルファは隙を突かれてしまい、拳による直撃のダメージをもらってしまった。

 骨肉が損傷を受けたような生々しい音を奏でつつ、それでもダメージは然程悪いものではない為、痛みに怯まず、アルファはナイン・アルファが放った拳を自身の掌で押さえる。

 

「ハアァッ!!」

 

 そのままグイッと自分の方にまで引っ張るとクラッシャー部位を用いての噛み付きで、首元に喰らい付く!

 

「ッ!」

 

「ヴルァァァッ!!!」

 

 喰らい付くという手段が予想外だったのか、驚き引き剥がそうとするが、それを意に介さない喰い込みの力は、更に増しアルファは獣のような唸りを息と共に吐き出す。

 単純な力だけでは、引き剥がせないと判断したナイン・アルファは膝蹴りを鳩尾に打ち込もうとするが、そうなる前にアルファは人間形態時より断然丈夫な、強化生体皮膚を血肉ごと引き千切る!

 

「いっつつ……やってくれるね。まるで獣だ」

 

「そりゃどうも。こんな獣にクソ不味い肉をくれて」

 

 ペッと食い千切った血肉を吐き出す。

 この行動と言葉は、自身へ向けた挑発だ。

 悟る形でそう認識したナイン・アルファは、苛立ちをふんだんに込めたような荒立った声を滲み出す。

 

「……あまり、調子に乗らない方がいいよ。汚らわしいケダモノが」

 

「そのケダモノに傷をつけられる程度じゃ、底が知れるな」

 

 互いに交わされる挑発の応酬。心なしか、ナイン・アルファの放つ雰囲気に強い怒気が混じり込んだように見える。

 しかし、言葉は口にしなかった。

 言葉で何を並べようと無意味に等しく、意味を成すのは、闘争以外にないと熟知しているからだ。

 ナイン・アルファは、変身と同時に出現した腰に装着された“ベルト”に手を伸ばす……。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 赤と青のフランクスが駆け抜ける。

 カマキリのような異形と化したマンティス・フランクスを打ち倒す為に。

 赤のフランクス、ストレリチアは右側からクイーンパイクを振るい刺突を繰り出す。逆に左側からは青のフランクス、デルフィニウムがエンビショップで斬りかかりに出た。

 

「猪口才な!」

 

 2人同時。ほぼ全く同じタイミングで刺突と斬撃が襲い来るものの、慌てる様子を見せずマンティス・フランクスは、そう吐き捨て、背中の残ったフレームサイスと右腕でストレリチアのクイーンパイクを押さえ、左側前腕でエンビショップの刃を容易く受け止める形で防いで見せた。

 

「甘いなァァッ!!」

 

 なんて低レベルな攻撃だ。

 内心そう吐き捨てたマンティス・フランクスは、二機を容易く押し返し、標的をゼロツーとヒロが乗るストレリチアへと定めた。

 

「死ネェェェェッッッ!!!!」

 

 フレームサイスの鎌でストレリチアの頭部を貫通しようとしたものの、クイーンパイクの刃の部位を盾にされた事で失敗。

 その隙を突こうと背後からデルフィニウムが迫る。距離とスピードは十分。

 一気に行けば倒せる。少なくともイチゴは、そう確信していた。

 

「分かってるンだヨオオオォォォォッッッ!! マヌケがァァッ!!」

 

 読まれた。

 踏み込み、一気に身を出した直後に指摘されると同時にカマキリの尻部に似た部位の先端から泡を放出するマンティス。強力な酸性の泡であることを直に見て知っているデルフィニウムは、右脚を前へ出し、もう一方を後ろへ退かせては屈ませるスライディングの体勢を取った。

 右脚の足裏に力を込めて、地面に穴を開ける程だ。そうやって急ブレーキをかけ、左方へと仰け反りつつ、身を投げるようにして直撃を回避する。

 

 しかし完全には避けられなかった。

 

 飛沫程度だが、それでもデルフィニウムのボディーの何ヶ所かに付着してしまったのだ。

 

『グッ、ウゥッッ!!』

 

 無機質で不快な匂いを放つ蒸気を発しながら、デルフィニウムを構成する表面金属装甲が溶けて蒸発する。

 その下にある内部金属装甲までには届かなかったものの、これが飛沫程度ではなく、放出された泡の全てだったとしたら……。

考えるだけで恐ろしい事この上ない。

 

『こん、なものぉぉ!』

 

 痛みは決して軽いものとは呼べないが、それでも耐えられない程ではない。力を込めて踏ん張りを利かせ、片膝をついた体勢から立ち上がろうとするが、そうスムーズには行かない。前のめりに倒れてしまった。

 

『あぐッ!』

 

「チョロチョロするな。鬱陶しい」

 

 そう吐き捨てたマンティスは、また泡を尻部先端から放出する。2度目のそれは強力な酸性ではなく、ただの泡だった。

 

『え、何ともない……?』

 

「!!ッ いや、違う! よく見てみろ!」

 

 ゴローは逸早く気付いた。確かにこの泡自体は特別有害な物質ではない。

人体にも機体にも何ら悪影響を及ぼさない為、その点で言えば安全なものと呼べる。

 が、だからと言って“何もない”という訳ではないのだ。パートナーからの言葉に疑問を抱きつつ

身に纏わり付いた泡沫をよく見てみる。無地のシャツのように真っ白だった筈の泡沫は黄ばみ始め

、やがて褐色の色彩へと変化したのだ。

 それだけでなく、柔くフンワリとしていた筈が真逆の質感……つまり硬くなり始めたのだ。

 

『な、何コレ!』

 

 僅か1分と経たず、変色し硬質化してしまった泡沫は岩のそれと同等になり、かなりの硬度を有していた。

 そのせいで力を込めて割ろうとしても、僅かな亀裂すら出来ない始末。エンビショップで叩き壊そうにも全身を覆うようにして被ったしまった為、手足の指先すらまともに動かせないのだ。

 

『と、取れないッ……!!』

 

 昆虫のカマキリと同じく、ほぼ全方位を見渡せる複眼のおかげでいちいち頭部を向けずとも、デルフィニウムが身動きの一切が封じられた事を視認できたマンティスは特別、気にする様子はなく自身の目的であるストレリチア……ゼロツーを注視する。

 

「結構頑張るじゃないか。でも、それだけで他に何かないのか? 構わないよ?

使ってもさァァァッッ!!!!」

 

 依然、クイーンパイクを刃を盾代わりにして防いでいるストレリチアだが、別にこうしたくてしている訳ではない。

 

 “こうする以外に術がない”のだ。

 

「ハァ゛ハァ゛ハァ゛………グ、アァァ!」

 

 ヒロの容態が更に悪化した。呼吸はより荒さを増し、苦悶の声は強まる。風前の灯火とでも言えばいいのか。

それだけ今のヒロは、いつ死んでもおかしくない瀕死の状態である為、普通ならまともに操縦すらできない筈だ。

 

「016……確か、ヒロと言うんだっけ? 君もつくづく災難で損な役割を担ったものだ」

 

マンティス……カマキリアマゾンは、自身の優位性を知ってか皮肉混じりの語りを零した。

 

「ステイメンの命を貪り、他を尊重しない。そのせいで犠牲が出ようとも御構い無しだよ。そうまでしたい目的が……確か」

 

 “人間になることだってぇぇ?”

 

『!!ッ』

 

 それを聞いた瞬間、ストレリチアの顔が驚愕の一色に塗り尽くされる。

 

「人間、人間ンンンンンンンンッッッ!!! アッハハハハハハハッッッッ!!!!

笑える……笑えるナァァ?!」

 

 狂った様なハイテンションという、彼独自の異常極まる雰囲気に拍車が掛かったのを感じつつ、ゼロツー並びヒロは彼の垂れ流す言葉を嫌でも耳に入れる他なかった。どうやら通信は一方的にジャックされているらしく、切りたくても切れない状態になってしまったからだ。

 

「そんな、そんなコトの為に!! 僕の大切だったパートナーは死んだって言うのか?!

アアアァァァァ………なんだよ、それ。バケモノはバケモノらしくしてりゃイイ話だろうが!

大体、人間になる必要が何処にある! 見ろよ、このアマゾンとしての力を! 人間には成し得ない上位の力! アマゾンになって……僕は理解したよ。いかに人間が脆弱なのかを。思い知って精々した気分さ」

 

 その言葉からは、自分が人間ならざるを存在になった事を惜しんだり、悲観に暮れる様子は一切見受けられない。

 あるのは、悦び。

 人間という弱く脆い存在から強く丈夫な存在になれたと言う、悦楽しかなかった。

 

「人間は、コドモもオトナもすぐ死ぬ。僕のパートナーは呆気なく死んだ。オトナも完全な不老不死の肉体を手に入れたにも関わらず、殺されれば簡単に死ぬ。あんな連中を守っていたと思うと笑えてくるよ……クックックックッ」

 

 本当に元はコドモだったのか。傍から見ればそう言いたい位に彼は、まるでオトナをゴミか取るに足らない無価値な物だと、冒涜するようにそう吐き捨てる。

 いや、この場合は実際にそのつもりで言っていると言った方が正しいか。

 

「そんな人間に君は何を期待しているんだ? んん?」

 

「……さい」

 

 か細い声。それを絞り出すようにして発したのは、ゼロツーだった。

 

「うるさいッ!! 僕は、人間になる! それだけだァァッッ!!!」

 

 ゼロツーに呼応するように凄まじい怒気を放ちながら、ストレリチアは鬼の如き形相で柄を握る手に今以上の力を込めて、フレームを押し返した。

 

「いいカオだ! 僕は、ウザったらしい余裕がなくなった……それが見たかった!!」

 

 だが、知った事か。

 そんな心情がダダ漏れとばかりにひしひしと伝わって来るような、そんな高揚とした口調で言葉を垂れ流す彼の姿は、もはや狂人。

 人で無くなったのも相俟って、余計にタチが悪いとも言えた。

 

『ほざくなァァァッッッ!!!!』

 

 激怒と憎悪。

 二つの情動が燃料と化し、心というエンジンが身体を……ストレリチアと言う機体を全体的に漲らせ滾らせる。

 

『ハァァァァァァァァッッッ!!!』

 

 叫びながらストレリチアは駆け、己が武装であるクイーンパイクを振るい、突いて。

 時にはフレームサイスや強酸性の泡沫を回避しつつ、的確にダメージを与えようとする。

 が、それで簡単に負かされる程、マンティスは甘くなかった。クイーンパイクの刃を背中から伸びた、先端に鎌のついたフレームサイスを器用に操り、赤子の手を捻るように容易いと宣言するかの如くいなして行く。

 

 相手に攻撃が届かない。

 

 今まで自身が狩って来た叫竜とは違い、明確な知性があり、更には大幅に上昇した機体のスペックを有するが故に自らが繰り出し続ける攻撃を確実に読み、対応するマンティス。

 

 何度やろうとも、攻撃が当たらず、舐められた様子で往なされる。

 

 その結果が如実にゼロツーのプライドを悪い方向へと刺激し、冷静さを徐々に喪失させていく。敵前で冷静という、心の機能を欠けば、それは心が大きく乱れている証だ。そして相手に付け入る隙を無意味に生産する、愚かしい行為に繋がる危険性が潜んでいる。

 故にストレリチアの動きは短絡化していき、暴走気味になってしまっていた。

 そこにコドモの中で一線を画すような特出するパラサイトとしての、技術的強さは一切感じられない。こうなると、もはやパートナーのヒロ……イプシロンの事など、お構いなしだ。

 

「ゼ、ゼロ……ツー! 待って……くれ……」

 

 激情という熱を帯びて、暴走に陥りかけているゼロツーへ向けて、イプシロンは胸を食い漁るように蝕む激痛に耐えながら、静止の言葉を投げる。

 ここに来て、イプシロンは限界点に達していた。

 より熱が高くなり、集中力が低下し始め、奈落のような暗闇へ意識が引き摺り込まれそうになっていた。

 むしろ、ここまで持った方が奇跡なのだが、奇跡は長続きしてくれるほど都合の良いものではない

 

「!!ッ……一気に決めるよダーリン」

 

 血が沸騰しそうな激情に思考の全てが支配されそうになった彼女の鼓膜に小さく細く……下手すれば蚊の羽音に等しいイプシロンの声を、ゼロツーは聞き届けていた。と言うより偶然耳に入った、と言う方が正しいかもしれない。それでも何とか自身の声を聞いて貰えた事実に安堵の溜息を吐きつつ

、相変わらずの正常とは言えない呼吸と体温。

 他諸々の状態ではあるものの、ゼロツーは、決め手に入るつもりでいた。

 

「ハァ゛ハァ゛ハァ゛……ああ!」

 

 尋常ではない息遣いながらもヒロは、己のパートナーの意志に応える。実際、このままでは自分の命は保たない。

 それについてはヒロ本人がよく理解しているが、別段その事に死の恐怖はない。

 オトナを守るコドモなのだから……。

 ただ、無意味に死にたくはない。

 眼前の脅威をこの手で倒し、都市を……仲間やオトナのみんなを守れたという実感を得てから、死にたい。それがコドモとして生まれた自らの存在意義なのだから。

 

『これなら、どうだァァ!!』

 

 基本的な攻撃では意味がない、と本能的に察したストレリチアは、内蔵されたマグマ燃料によって精製されたマグマエネルギーを槍の穂に部位に集中させ、一気に発散させる機能を有するトリガースイッチを二回押す。

 すると、刃の部位がクイーンパイク本体と切り離されてしまい、そのままマグマエネルギーによる推進力と高速でマンティスに向かって行く。

 速度はプランテーションが確立される前の旧時代に存在したジェット機とほぼ同格。そんな代物を不意打ちで、しかも近距離から喰らわすのだ。

 回避も防御も間に合わない。

 この技は威力もそれなりにある為、致命的にはならずとも、駆動が困難なレベルの多大な損傷を期待できると過言してもいい。

 

「在り来たりな曲芸だねェェッ!!」

 

 しかし、現実は違った。

 マンティスは容易く掴んで見せた。

 

『なッ?!』

 

 驚愕に顔が固まる。

 ほんの僅かな隙だったがマンティスはそれを利用し、空いた手でストレリチアの頭部顔面を鷲掴みにして捕らえ、クイーンパイクの穂先を腹部へと突き刺す!

 

『グッ、アアアアアァァァァッッッ!!!』

 

 苦痛に満ちた鋼鉄の乙女の声が、最悪の不協和音となり、波紋のように周囲に木霊した

……。

 

 

 

 

 

 

 








ブラッド・スタークの正体……ナオミでした。
最初の方から分かり易い伏線いくつか張ってたので、それほど驚かなかったと思います。
まだ謎は残っていますが、それはまだ先の話……。


そして、今回3人目のアマゾンライダー……『ナイン・アルファ』が登場しました!
イプシロンと同じくオリジナルライダーですが、ベースはネオアルファです。
変身者は名前の通り、ナインズのリーダー『ナイン・アルファ』。


その実力に関しては後々……次回は13部隊と26部隊にスポットを当てた話に
なります。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダーリン・イン・ザ・フランクス 前編






Ⅴシネマの『仮面ライダークローズ』を見て、一言。










めちゃくちゃ面白いしかねぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッ!!!!!(万丈龍我風)









「ああ。甘美で癖になる音色だ」

 

 マンティスは腹部にクイーンパイクの刃を刺したまま、ストレリチアを解放する。

 ついでとばかりに解放した直後、軽く殴り飛ばす様は、まるで彼の狭量さを自ら語っているようにも思える。

 

「ハッハッハッハッ!! 元ナインズとは到底思えないなァァッッ!」

 

 嘲笑うマンティスは、やはり不遜を崩さずに自らが高みに在るのだと言わんばかりの態度で、ゼロツーを見下していた。

 

『こ、んのォォォォォォッッッ!!!!』

 

 痛みに耐えるストレリチア。

 穂の部位を分離させ、ミサイルのように射出する特殊な機能『グングニル』。

 これは命中すれば集中されたエネルギーが電流+衝撃波となって内側から破壊せしめる、と言う手法で敵を倒す仕組みなのだが、それが今、ストレリチアを苦しめている。

 マグマエネルギーによって生じる電流が傷口から入っていき、機体の各部位から精密なパーツにまでダメージを及ぼす高熱のような激痛。

 それに歯を食いしばって、ストレリチアは足に力を込めて何とか立ち上がる。腹部に突き刺さった蛍光を伴う橙色のクイーンパイクの穂の首元をガシリと握り締め、そのまま引き抜いた!

 

『グゥ……アッ!!』

 

 当然、痛みがフィードバックとなってゼロツーの身に襲い掛かる。

 

「ハッハッ! 相変わらずタフなんだねェ」

 

 そう吐き捨てて、追い討ちをかけるつもりで鎌を振り上げるが、ここでマンティスはある事に気が付く。

 ついほんの数秒前まで、ストレリチア内部に確かに感じられていた筈の“イプシロンの気配が消失した”のだ。

 

ガシャンッ!! ガギィッ!

 

 途端、ストレリチアは乙女としての姿から、獅子を彷彿とさせる獣のような形態、スタンピートモードへと一瞬の内に変形を果たしたのだ。

 それは決してゼロツーの意思で無ければ、誰の意思でも無く、“パートナーがいなくなった為になるべくしてなった”、ストレリチアのフランクスとしての機能から生じる事象に過ぎない。

 

「……ダ、ダーリン?」

 

「……」

 

 振り返るゼロツーだが、その言葉に応える声は一向に返って来ず。

 振り返って見てみれば、イプシロンはヒロの姿へと戻り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 操縦席から倒れ、顔を蒼白とさせ青い血管のような浮腫を浮かべながら……その命の灯火を消し去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎ッ!!」

 

 ほんの数時間前までは箱型に過ぎない体型と不動を貫いていた、“β”と仮称される叫竜。

 しかし、今となっては13部隊と生き残りの26部隊を足止めする絶対の障壁と化していた。

 

「うわッ! あっぶねェェッッ!!」

 

「ど、どうすればいいのコレぇぇ?!」

 

 危機感に逃げ惑うゾロメの声と何をどうすればいいのか、皆目検討もつかないとばかりに張り上げているフトシの声。

 実際、状況は泥沼の混沌と化していた。相手は、とてつもない巨体を有し、恐らくだが自分たちの武装では、決定打は無いに等しい。

 証拠に先程から両足へと攻撃を加え続け、何とか転倒を図ったものの、傷一つすらないのだ。

 それだけでなく、顔らしき部位から青い炎を纏った岩石のような物質を吐き出し、両部隊めがけ撃ち放つという攻撃手段に転じた為、

 迂闊に近付けなくなってしまっていた。

 

「くっそぉぉ! おい! イチゴ! 早く指示をよこせよ!」

 

 苛立ちを隠さず、通信でリーダーであるイチゴに指示の催促を求めるゾロメだが、同時にある事を知らせる一つのメッセージウィンドウが展開する。

 アルジェンティアだけでなく、13部隊全機に、だ。

 

「……は? “Code016生命反応消失”?」

 

「これって……」

 

「!!ッッ」

 

 ゾロメ。フトシ。ミツル。

 それぞれ三者三様とばかりの反応で、容易くその心境が驚愕と困惑、二つの感情から成り立っているのが分かる有様だった。

 パートナーであるピスティルらも同様だ。

 しかし、その中の1人だけは違った。

 その証拠に“デルフィニウム”は、顔がのっぺぼうと化し全機能を停止させた。

 

「イチゴ!」

 

「……うそ、うそでしょ……」

 

 大切な人の死を何てことの無い様に振る舞える程、感情を殺しておらず、それを隠す術もないイチゴはただ呆然と。両眼から止め処なく溢れては、下へと落ちていく涙の雫を出していく他になかった

 

「あたし……止められなかった……」

 

 後悔を滲ませ言葉を絞り出すように、イチゴは語る。

 

「分かってた。ヒロが無茶してるって。でも、それでも……何もできなかった」

 

 具体的にどういった事なのか。流石にそこまでは分からなかったが、しかしヒロの身に起きている不調を長年幼馴染として接して来たイチゴの勘は、決して間違ってなどいない。

 だが、イチゴは止める事ができなかった。

 諦めた訳ではない。悪意があって敢えてそうした訳でもない。

 彼女は確かにしようとした。あの時、三体のカマキリアマゾンの出現前に強引ながらも、押しにかかる様にして問い詰めたのが証拠だ。

 そして、ゴローからの言葉もあり、一度はストレリチアに乗る事を諦めかけたが、結局彼は戻って来た。

 自身に破滅を齎す、死神に等しき鉄の乙女と知って尚、その機体にゼロツーと共に乗って……。

 

「あたしのせいだ……ヒロが死んだの、全部……あたしのせいなんだ!」

 

 嗚咽交じりの涙声で独白するイチゴ。

 何を言っても、どうやっても止められない。

 ヒロを幼少の頃から見て来たからこそ、断言できる明確な答え。それを理解しながらも何とかしようとし、結果は想い人の死を止められず。

 自責。後悔。罪悪感。怒り。悲しみ。その全てがイチゴの思考を底なし沼へと引き摺り込もうとする。

 

 だが、それをパートナーが止めた。

 

「俺を見ろ! しっかりしろイチゴ!!」

 

 イチゴの顔の両頬を両手で包み込むように、力強く掴んだゴローは自身の目と彼女の目を向き合わせた。

 その顔は両目を赤く腫らし、涙を流し、そのせいで瞳が水面のように揺らいでいた。

 

「ゴ、ゴロぉ……?」

 

「今は、自分達が生き残ることだけを考えろ。俺だって認めたくないけど……でも、敵がすぐ目の前にいるんだ。なら、リーダーとして、どうするべきか。分かるだろ?」

 

 望まなかった最悪の結末。

 それによって生じた、思考の“混乱”。様々な激情から成る熱が頭の中を縦横無尽に暴走していたが、ゴローの言葉を機に熱を帯び過ぎた思考が急速に冷却していく。

 

 そうだ。自分は……13部隊のリーダー。

 

 それは誰が言うまでもなく、当たり前の事実であると共にイチゴを正常に戻す為に必要な、確実な効果を約束してくれる鎮静剤。今、ここで自分が混乱し、全てを蔑ろに放棄すればどうなる?

 13部隊のみんなは勿論、リーダーが無きに等しい状態にある26部隊の壊滅は高確率で現実のものと化してしまう。

 それは……ダメだ。

 仲間を纏めず自らの感情に任せて責務を放棄する等、認められない。それは過去にリーダーのような存在で、誰よりも仲間を。友達を。常に大事に思っていたヒロへの侮辱になってしまうからだ。

 

 なら、泣くのは後だ。

 

 一つの決心を固めつつ、自分の腕でゴシゴシと両目から溢れ出していく涙を拭っていく。乱暴に。粗雑に。もう一滴も零してなるものか、と。

 

「………ごめん。ありがとうゴロー」

 

「気にすんな。パートナーだろ?」

 

 何処かホッとした様子で、溜息混じりながらも笑みを浮かべるゴローは、なんて事ないと言った。

 

「みんな、聞いて」

 

 イチゴは通信を用いて仲間たちへ指示を飛ばす。

 フランクスを起動させ、己が顔を投影するデルフィニウムだが、泡のせいで一切身動きができない。力を振り絞っても亀裂一つできない頑丈な泡を前に攻撃は愚か、精々手足を少しばかり動かすことしかできない、今の現状での戦闘行為は不可能。仲間からの救出による泡からの脱出も、あの巨大な叫竜が障壁となっている為に不可能。

 ならば、指揮する立場として的確な指示を飛ばさなくてはならない。

 

『は〜〜、やっと出たのか……おっせーぞイチゴ!』

 

『イチゴ大丈夫ッ?!』

 

 ゾロメとミクが声を返信して来る。一方は呆れた半分、苛立ち半分に。もう一方は心配そうな声音だ。

 

「色々悪かったけど、とりあえず聞いて! 26部隊の人達も!」

 

イチゴの言葉に、両部隊の全員が耳を傾ける。

 

「これより、13部隊・26部隊の指示は臨時として、あたしが担います!」

 

『おい待て! そんな勝手な……』

 

『許可する』

 

 堂々と指揮を担うと宣言するイチゴに、26部隊のステイメンの1人が異議を申し立てようとするが、それを阻んだのは、司令部より来たハチの声だ。

 

『Code015。君にリーダー不在となった26部隊の指揮権を臨時として与える。無論だが13部隊の指揮権はそのままだ。できるな?』

 

「はい、やって見せます!」

 

 意気込むイチゴに不安や臆する様子は一切なく、それが建前ではなく本心と判断しハチは、同意を求める言葉を投げかけた。

 

『13部隊、26部隊の皆に問う。この決定に異議は?』

 

『ある訳ないっすよ! まぁ、ちと不満だけど……』

 

『あんたねぇ……そこはハッキリしなさいよ。ミクはありません!』

 

 いの一番にアルジェンティア組が答える。

 

『お、俺もありません!』

 

『私も。イチゴちゃんならできると思います』

 

 続くようにジェニスタ組が。

 

『構いません』

 

『了解』

 

 ミツルとイクノのクロロフィッツ組は、特に何を言うまでもなく、賛成の意を示した。

 残るは……。

 

『………状況が状況です。我々26部隊は、13部隊リーダー、Code015の指示に従います』

 

 1人が代表となり、26部隊の意思を伝えた。

 まだあまり乗り気ではないというか、ミツルのように不服そうな感じではあるものの、状況が分からない訳ではない。司令官であるハチが認めたのであれば、それに逆らう道理はないのだ。

 

『そうか。ではCode015。頼むぞ』

 

「はい!」

 

 ハチはイチゴに直接戦闘における指揮を任せ、通信を切る。

 

「まず今の戦況を教えて。変形した叫竜……目標“β”は?」

 

『依然健在です。僕達の攻撃を物ともせず、ストレリチアとデルフィニウムの下へ行かせないように、僕等を牽制する防波堤と化してます』

 

『おまけに青い火の玉みたいなもん、ぶっ放したり、踏み付けようとして来るんだよ』

 

「それ以外の行動は?」

 

『それだけよ。どうやら都市には見向きもしないみたい』

 

 ミツルとゾロメ、イクノから得た情報を脳内で整理し、イチゴは熟考する。

 まず、都市に及ぶ危険性は皆無ではないが、それでもリスクにおける確率は幾分かは下がったと言っていい。叫竜本来の行動目的である都市のマグマ燃料に目もくれず、自分達をマンティスとストレリチアに近付けなくさせるのが最優先事項の目的であれば、好都合。都市に近付き過ぎず、一定の距離を保っていればいい。それだけの話だ。

 問題なのは……叫竜を操っていると思われるマンティス。現在ストレリチアと交戦中で、両部隊に関しての対応はほぼ無関心。しかも、ゼロツーに対し、強過ぎる復讐心に基づく妄執を持っている。

その事を鑑みると何らかの妨害をされる可能性は低く、叫竜へ集中できると言えるだろう。

 

 ならまずは、叫竜だ。

 

 どっちみち、叫竜を倒さなければマンティスへの攻撃は妨害される為、仕掛けられない。分担、という手もあるが両部隊でやっとか……下手すれば、それでも足りな過ぎるかもしれない体格と性能を誇る『β』を相手にするには、分担という選択は悪手になる。

 故に両部隊が合わさって戦う方が賢明な判断であり、これ以外にないだろう。

 

「まず率直に言うけど、今のままじゃ、あたし達に勝ち目はない」

 

『んなこたぁ分かってる! だから……』

 

「勝つ為の作戦が必要。でしょ?」

 

 ゾロメの言葉を遮り、イチゴは話を続ける。

 

「『β』はかなりの巨体で、あたし達を踏み潰そうとしたり、青い火の玉みたいな攻撃を仕掛けて来る。おまけに耐久力もあるから、並大抵の攻撃は通じないと思う。だからまず、“足”を狙う!」

 

 巨体を維持するのは足だ。首はないものの、人型である為、足は両足二本となっている。

 動くだけでも脅威なら、その足の機能を停止させて動けなくすればいい。

 

『そうは言っても、あのデカさよ?』

 

『それに砲撃が強力過ぎてまともに近付けない。どうする気だ?』

 

 26部隊のステイメンとピスティル、両者の至極当然とも言える正論に対し、しかし言葉を濁すことなくハッキリ答える。

 

「注意を逸らす囮がいる。その囮役は……」

 

 少し、ほんの少しばかり間を置いたが、それだけ。

 情が挟んで、言えない等と指揮する者としてあるまじき真似を、決心を固めたイチゴがする筈はなかった。

 

「クロロフィッツ。お願いできる?」

 

 クロロフィッツ。

 即ち、あの『β』の注意を引く為の囮役は、ミツルとイクノのペアだった。

 

『わ、私達が?』

 

『理由を聞かせてもらっていいですか?』

 

 驚きと不安。それらを織り交ぜた様子で、何とも言い難いイクノとは逆にミツルは、冷静にイチゴの判断基準における理由に問いかけた。

 

「できるだけあたし達のいる足下から視線を逸らしたいの。クロロフィッツには、短時間だけど飛行能力が備わってるし、あの位の高さなら余裕で飛べる筈。上を向いてた方があたし達は見えないでしょ?」

 

『単純ですね……』

 

 呆れたと言う風情だが、しかしイチゴの考えは単純ながらも理には適っている。もっとも、それは叫竜の視界が下まで見える程範囲が広くないことが条件だ。

 相手は叫竜だ。

 顔のような部位はブラフで、本当はただの模様だったでは笑い話にもならない滑稽さだ。とは言え実際確認しないことには、分からない。試して証明する。

 それしか術がないのが現状だ。

 

『うまくできるか分からないけど……やるよ、ミツル』

 

「分かってますよ!」

 

 両腕に備えられた専用武装、ウイングスパン。

 大抵は内蔵された速射砲による遊撃に使用されるのだが、その真価は飛行能力にある。エネルギーはそれなりに食うが、最大で雲の上に届く程の高度を可能とし、短時間ながら長距離飛行もできる。

コンラッド相手には必要ない為、敢えて使わなかったが今はコレを使うべき時だ。

 βは、地表から飛び上がるクロロフィッツの姿を確認するな否や顔らしき部位をクロロフィッツに合わせて上へ動かす。自分より少し上辺りを滞空するその機体を目にしたβは、まるで鬱陶しいハエを追い払うようにゆっくりと手を上げ、左右上下と適当で鈍い動きをもって、クロロフィッツを振り払おうとする。

 が、鈍い手振り如きでは落とせない。

 そう断言できる証拠にクロロフィッツは軽快に空中を舞い、隙を見ては顔らしき部位へと速射砲の雨を撃ち込む。痛みがあるのか、苦悶を滲ませたような悲鳴らしき咆哮を上げるβは、必死に両手を動かし、時折あの青い火炎弾の砲撃で仕留めようとするが、クロロフィッツは紙一重にそれを避けていく。

 完全に注意はクロロフィッツのみへと向けられていた。

 

「よし……読み通り!」

 

 イチゴは通信モニターの映像から確認。地表にいる両部隊への関心が皆無となった隙を、すかさず無駄にする事なく両部隊へ次の指示を送る。

 

「26部隊はポーンハスタのワイヤーで右足を封じて下さい! そして、エネルギーの残量もキツイと思うけど……電流を流し込んで下さい。お願いします!」

 

 今、残っている26部隊のフランクスは三機。リーダー機は090がカマキリアマゾンとなって反旗を翻し、マンティス・フランクスに変化。もう一機は操縦していたステイメン、ピスティル共に死亡

。頭部も大きく破損している為、仮に予備のパラサイト1組がいたとしても再起不能の現状は免れない。更に三機の内一機はマンティスの一撃を受け損傷。

 戦闘には差し支えないが、ダメージがある事を鑑みるとあまり無理はさせらない。

 

「いちいちお願いしなくていい。臨時とは言え、君が俺達のリーダーだ」

 

 26部隊のステイメンは、簡潔ながらも当然とばかりに答えた。

 

「ゾロメ、ミク。26部隊を支援して」

 

「しょうがねぇか。やるぞミク!」

 

『うん!』

 

 やれやれと溜息を吐きつつ答えたが、生意気な反論は敢えて伏せて、素直にイチゴの指示に従った。

 

「ジェニスタはルークスパロウの威力を最大限にできるよう、エネルギーをチャージしてて。それまでの時間稼ぎでもあるから」

 

『分かった!』

 

 ルークスパロウの砲撃は13部隊の中でも一際威力が高く、最大出力の砲撃は通常でも高い威力のソレを超える必殺の一撃。イチゴは、それを決め手にするつもりでいた。

 

「まずは俺達が先に仕掛けるッ!」

 

 三機がポーンハスタを構え、右足をグルグル周り始める。コンラッド級にしたようにワイヤーで右足を拘束するのだが、その範囲は予想を超えて大きかった。

 

「この太さ……ワイヤーで捕らえ切れるのか?」

 

「やってみないと始まらないだろッ!」

 

 ステイメン同士がそんな会話を交わしつつ、ポーンハスタに備えられたスイッチを押して刃と柄を分離。突出した刃が右足表面に深く突き刺さったのを確認した26部隊三機は、そのまま周り続け、足にワイヤーを絡め回そうとする。

 

「!!ッ クッ……届かない!」

 

 が、そう簡単に行くほど甘くなかった。

 ただでさえ小山に等しいサイズの巨大さを誇る叫竜の体。その足もまた、尋常ではない。現に絡まそうとしても長さが足りず、ワイヤーが届かなかったのだ。もう一本分あるならば、余す事なく絡ませる事ができただろう。

 

 せめて、あと“もう一本分”あれば……。

 

 26部隊のパラサイトたちがそう思っていた矢先、耳の鼓膜を劈くような、威勢良すぎる聞き慣れた声がした。

 

「足りねぇなら、持って来ればいいだろ!」

 

 アルジェンティアが何かを持って来る。それは、見間違う筈もない自分達がよく使う量産型フランクスの武装、ポーンハスタ。

 何故それを……。

 一瞬ばかり疑問が浮かんだものの、すぐ答えに行き着く。確かにあったのだ。リーダー機の物と、そのリーダー機が変質し、姿を変えたマンティスに撃墜されたフランクス一機の計2本分が。どちらのかは定かではないが、とにかくその内の一本をアルジェンティアが持っていた。

 

「うぉぉぉりゃああッッッ!!」

 

 アルジェンティアはポーンハスタのスイッチを押し、刃が突き刺すと同時に足りない箇所へとワイヤーを伸ばしていく。

 

 これで、叫竜の右足に絡み足りない箇所は……ない!

 

「エネルギーを流せ!」

 

 ダメージを与える為、もう一度。ポーンハスタのスイッチを押すと強力なエネルギーによる電流が迸り、右足の体組織をズタズタに裂いていく。

 

『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーーーッッッッ!!!!』

 

 苦痛の絶叫。そう感じさせるβの鳴き声は、まるで天まで届きそうな程だった。

 

『ジェニスタ!』

 

「ココロちゃん!」

 

『うん! いつでも行けるよ』

 

 ルークスパロウのチャージが問題なく完了したようだ。右足に電流の負荷を与え、更に強力な衝撃的一撃を喰らわす。それがイチゴの算段だった。二重の負荷によって引き起こされる結末。それがどんなものなのか……答えは、今に分かる。

 

 ドォォンッッッ!!!!

 

 凄まじい轟音と共にジェニスタの専用武装、ルークスパロウの砲口からエネルギー弾が射出される。

 それを見てすぐにアルジェンティアと26部隊は即退避。ルークスパロウから出た高密度のエネルギー弾は着弾と同時に衝撃と熱エネルギーを散開させ、嵐と化す。高熱が表皮を溶かし、衝撃が強固な体組織を砕け散らせた結果……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫竜βの右足は、見事吹き飛ばされた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダーリン・イン・ザ・フランクス 中編





二話連続投稿です!


 

 

 

 

 

 

 

 目。

 端的に言えば、そんな所か。

 それ以外にアマゾンと化したナイン・アルファの、その腰に巻き付けられたベルトの形状を表すのに必要な言葉はない。楕円形のようだが両端が鋭くなっており、青く淡い光を発していた。まるで血肉を求める獣の鋭利さを意図的にでも表現しているのか。

 そう思いたくなる奇抜なデザインは、対峙しているアルファの目からでも十分そう思える代物だった。

 ナイン・アルファはそのベルトの右端に取り付けられた銀色の物体……そのパーツと思しき、黒い所を押すと同時に彼の右腕手首から何かが、溢れ出て来た。それは溶岩やマグマのような赤くドロリとした粘り気を持つ液体。事細かい概要説明はできないが、それが重力に従い垂れ落ちることなく、形を成していく様を見れば、何の効果もない只の液体じゃないと言う事だけはよく分かるだろう。

 

『スイープ・ガン』

 

 やがて、液体は固体へと変わる。赤から黒へと変色した“ソレ”は、まさしく銃の類と見て間違いないだろう物と化した。そして、同時に機械的な男性の電子音声が無機質に木霊する。

 

「鉛玉ならぬ細胞の玉。存分に食らうといい」

 

 銃と言っても形状は様々とあるが、その中で一つを例として選んで答えるのであれば警備員のオトナが持つ銃のソレだ。オトナが持つものよりも小振りで、銃口と重なる様に縦のラインの穴がある以外に大した違いはない。

 そして、銃口から放たたれるのは、当然ながらも“弾丸”。但し、鉛玉ではない。

 

 “アマゾン細胞そのもの”と“ギガ”。そして、“マグマ燃料”が三つ巴に合わさった特殊弾なのだ。

 

「ガァッ、アアァァッッッ!!!!」

 

 通常の弾丸か、アマゾン細胞の弾丸。これらならば、皆無とは言えずとも大したダメージを受ける事がなかったアルファだが、ギガとマグマ燃料。

 この二つの組み合わせは、アマゾンにとって害悪でしかない。と言うのもマグマ燃料は、個体差の耐性有無によるがアマゾンを暴走させて能力を引き出してしまう効果があり、その為、燃料由来の武器はアマゾンに対し悪手でしかない。

 が、それは裏を返せば、肉体の許容外レベルの高密度のエネルギーを無理やり詰め込ませた状態であると言う事。

 マグマ燃料に対し、耐性の無いアマゾンならば僅か数量ほど体内に注入しただけで、死に至るのだ

そしてアルファは……耐性は無くないが、純粋のアマゾンと比べて低かった。人工的にアマゾンになったが故の弊害か、他に理由があるのか。それは定かではないが、いずれにしろ、マグマ燃料はアルファにとって劇毒以外の何物でもないのだ。

 加えて、そこにギガが加わると最悪の一言に尽きる。

 

「フフッ、手も足もでないかい?」

 

「こ、の……ッッッ!!」

 

 一旦銃撃を止め、ダメージから床に片膝を付けるアルファに対し、勝ち誇った様子で余裕綽々な語りを垂れるナイン・アルファ。胸や肩、腹部から大量の血が流れるアルファは荒い息遣いながらも、何とか立ち上がる。

 

「……結構なダメージの筈なのに。よくまぁ、立ち上がれるもんだよ」

 

「ハァ、ハァ、ハァ……当然だ。負けたく……ねぇからな……ハァ、ハァ」

 

 荒い息遣いが止まる気配はない。

 かなり入ってしまったダメージに加えて、大量出血。いくらアマゾンとは言え、このままでは死に繋がる。どう見ても、アルファが不利でしかなかった。

 

「そこまでだ、ナイン・アルファ」

 

 と、ここで静止の声が入る。発生源はスタークからだった。

 

「今ここでトドメさしとく方がいいと思うよ?」

 

「結果はもう見えてる。オレの目的はあくまで“こいつ”だ。これさえ果たせれば問題ない」

 

 スタークが言う“こいつ”とは、ケースの事だ。何が入っているのか。

 それはスターク本人と、品物を持って来たナイン・アルファ以外に知る者はいない。

 

「そう。ならいいけど」

 

「聞き分け良くて大変よろしい。さて……」

 

 まともに動けない状態のアルファに手を翳すスターク。眼前で掌を見せた状態でそこから紫の淡い光が収束、ゆっくり徐々に強まっていった。

 

「安心してよ。殺しはしない。ただ……ボクはもう少しだけ、あの子たちを“観察していたいんだ”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “だから、記憶をもらうよ?”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 小山のような巨体の叫竜が倒れる。それは周囲をほんの一瞬、地震と錯覚させる程の揺れを引き起こすには十分過ぎるもので、彼が……カマキリアマゾンが気付かない筈はなかった。

 

「ナニィィッッ?! ザコの集まり如きがぁぁ……」

 

 忌々しいとばかりに盛大に舌打ちを鳴らす様は、まだ彼が人間臭さを残している証拠なのか。

どっちにしろ、彼はもう元には戻れないが。

 

「まぁ、イイ。もうちょっと楽しみたかったけど、潮時だ。僕の復讐をここで完了させて貰う」

 

『◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッッッ!!!!』

 

 白き獅子へと姿を変えたストレリチアに人型形態時の、不敵な笑みはない。人らしい顔さえなく、あるのは獰猛な獣の顔のみだ。その姿がカマキリアマゾンにとって悦を滾らせるのか。熱が篭った風に詰る。

 

「無様滑稽……そんな言葉がピッタリだよ。今の君はァァッッ!! ハハッ! 痛快愉快とも言えるネェェェッッッ!!! そんな狂った獣みたいに堕ちて、堕ちて、果てはドォォナルノカナァァ?」

 

 言葉が片言口調に変質しつつあるが、とうの本人はそんな些末な事など気にしている心情ではなかった。

 

「カカッ、ククククククククッッッ!! サテ、ソロソロ終ワリニスルカ」

 

 尾となったクイーンパイクを向けて単調な刺突を繰り返して来るストレリチアに、呆れたか飽きたのか。現状も加味してそう言い残し、カマキリアマゾンが操るマンティスは鎌とフレーム一本でストレリチアを抑え込んでしまった。そして、これ以上動けないようにデルフィニウムと同じように瞬間硬質性の泡でストレリチアを完全に拘束した。

 

「デモォォ……ヤッパリ、今簡単ニ終ラセルノハ、ツマラナイィィィネッ!!」

 

 明らかに通常思考の下、発している言葉とは到底思えない片言口調は、台詞自体から危険な物を匂わせるには十分と言える。それだけ、異常を通り越して狂気の沙汰なのだ。

 

「アッハッハッハッ!! 殺スゥ……バラバラニシテ、殺ス殺ス殺ス殺スゥゥゥッッッ!!!!」

 

 フレームの鎌と、両拳。

 二つの攻撃手段が熾烈に、残酷に、悍ましく。暴力となってストレリチアを容赦なく嬲っていく。

 

「アァッ! グアァァッッッ!!」

 

 フランクスのダメージは、ピスティルの物になる。その法則に例外なく当て嵌まっているゼロツーは、身体中を駆け巡るかのような激痛に苦悶の声を漏らす。身動きを封じられた状態では碌な反撃もできず、ただただマンティスの暴力を受けるに徹する他なかった。

 

「!!ッ みんな、ストレリチアを援護して!」

 

 その光景を見ているだけしかできなかったデルフィニウムは、悲痛な思いで両部隊へそう指示を出す。だがあくまで、助けるのはヒロの為だ。

 生命反応は停止したとあるが、それはあくまで情報の上でしかない。この目で、しかと見なければ納得しない、と言う気持ちがイチゴの中にはあった。

 

「まだ倒しただけだ! コアを潰さないとすぐ再生するかもしれないぞ!!」

 

 それに26部隊のステイメンが異を唱える。

 叫竜の厄介な点は再生能力にある。コアを潰さない限り、無限に傷を癒し、すぐさま元に戻ってしまう性質がある。コンラッド級、モホ級、グーデンベルク級のどのタイプの叫竜でも必ず持っているもので、通常兵器では歯が立たなかった理由の一つでもある。

 ともかく、グーデンベルク級『β』はまだ死んではおらず、コアを潰すことで初めて討ち 倒したと言えるのだ。

 

「ギヒッ、ヒヒッ、キャァハッハッハッハッ

フフフ……ハッハッハッハッ!!!!!」

 

 狂気の嘲笑。自らの手で憎き怨敵を、復讐を渇望する対象へ下せると言うのは、これ程、気持ち良い事なのか。マンティスは狂った様に笑い上げ、酔い痴れるように思う。

 

 そうだ。

 

 コレはとっても気持ち良い事なんだ。

 

 お前は、僕の大切な人を奪った。

 

 好きだった。大好きだったパートナー。

 

 最初、この感情の名前が分からなかった。

 

 でも、ある日、気付いた。

 

 君の事が好きだった。

 

 小さい頃からずっと一緒で、暖かく、素敵な笑顔をいつも僕に向けてくれた。

 

 そんな君を好きだと気付いて、僕は君を守りたいと願って、だから…どんな敵が相手てでも戦ってこれた。

 

 なのに……。

 

 どうして、イなくナッたの?

 

 あァァ……お前ノせいダ。

 

 オマエガ、アノ子ヲ。

 

 オマエガ。オマエガ。オマエガ。オマエガ。オマエガ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕ノ……パートナーヲ殺シタンダァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「シネェェェェェェッッッ!!!!!」

 

 理性を脱ぎ去り、狂気の淵へと浸かり切ったカマキリアマゾンの思考はもはや凶器も同然の悪性を発揮し、より暴力を苛烈させストレリチアにダメージを与えていく。このままでは機体とコネクトしているゼロツーの身も危ない。相手は彼女を殺す気なのだ。

 当然、命の無事が保証できる筈もない。

 

「見てられねぇよ!!」

 

 さすがにマズいと誰しもが判断するが、全員で行く訳にもいかない。ならば自分だけがと先んじて、ストレリチアを救おうと駆り出したのはゾロメだ。アルジェンティアを操り向かおうとするが、

それを妨害するように、このタイミングで何かが地面を割り、地中から勢い良く飛び出して来た。

 ソレは、アルジェンティアの自由を拘束するかのように組み付く“コンラッド級”だった。

 

「こ、こいつは!」

 

『うそ! 全部倒した筈でしょッ!?』

 

 ミクが驚くのも無理はない。『β』の取り巻きだったコンラッド級は、確かに全部が両部隊に殲滅された筈。

 だが、どうやら……そうではなかったらしい。密かに地面へと身を潜めていた個体がいたようだ。

 

『キャッ!』

 

『ぐッ!』

 

 しかも1匹だけではない。最初の1匹を境に他にも次々と湧いて現れ、それらはアルジェンティアにそうしたようにジェニスタやクロロフィッツ、26部隊の機体に組み付き、その身動きを封じてしまったのだ。

 

「アァ……ソウソウ。コウイウ時ノ為ニサ、隠シテオイテタンダ。自動的ニヤッテクレルナンテ、

優秀ダナァァ〜フフフフ、クヒヒヒッッ!!」

 

 不気味に笑いながら、そんな説明染みた言葉を吐き連ねるカマキリアマゾンはやはり不気味で、常人から見れば狂気が異形の型を取って現れたのかと思う程に悍ましく、恐ろしい化け物以外の何物でもなかった。そんな彼は密かに隠していたコンラッド級らが自動的に小煩い蠅の足止めをしてくれたと宣っているが、実際のところ、無意識に彼が操作していたに過ぎない。

 操る為に本来の思考能力を削除し、カマキリアマゾンの思念操作で動くだけの傀儡と化している

“彼等”は、もはや叫竜としての在り方はなく、ただ操り主の命令を粛々と実行する為だけの端末と化している。

 ともあれ、突然のコンラッド級の妨害に遭い両部隊は身動きが取れず、デルフィニウムもまた同様

。更には、切り札と成り得るストレリチアさえもが行動の全てを封じられ、マンティスから振り下ろされる暴力の嵐をその身に受けている。

 それは誰がどう見ても……絶望的、としか言えない光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、いつか見た場所。

 あの日……13部隊が正式に都市を守るフランクスの乗り手であるパラサイトになる為の、入隊式の日。ヒロはあの時の送迎船の停留所にいた。

 

「ここは……停留所? 俺は、ストレリチアに乗って……あぁ、そっか」

 

 死んだんだ、俺。

 

 その事実を淡白に、呆気なく、彼は認めた。

 

「まだ敵を倒してなかったのに……あぁ、高望み……だったのかな」

 

 死ぬことは怖くない。その気持ちは、決心は以前と変わる事はないが敵前で命を落とした事が心残りだった。

 

「悔しいけど……がんばれたんだよな、俺」

 

「“がんばれたんだよな”ぁ? 随分と自意識過剰なコメントだな〜オイ」

 

 聞き慣れた少女の声にヒロは思わず振り向く。後ろの真正面に彼女はいた。

 ブラッド・スターク。ニヤリと不敵な笑みを浮かべて腕を組み、堂々と立つその姿は記憶にある姿

と完全に一致しており、赤いスーツにバイザー。水道管を模した意匠の部位などその全てに一切違いはなかった。

 両眼は当然、そのバイザーに隠れて見えないものの、口と両頬は出ている為、嘲笑を浮かべていると言う事が容易に分かる。

 

「なんで、お前が……」

 

「ここは、お前の記憶が生み出した心象風景ってヤツだ。だが残念なことにオレはお前が記憶から生み出した幻ってわけじゃない」

 

 そう言って腕組みの状態を解いたスタークはゆっくりと近付き、ヒロの顔を覗き込むように見つめる。

 

「オレはブラッド・スターク。誰が何を喚こうが正真正銘……本物だ」

 

 軽く人差し指を突き付けてそう言って来るが、ヒロはそれを否定する。

 

「それはない。ここが記憶から作られた心象風景なら、これは夢みたいなものだろ? だとしたら、お前はあくまで俺が作った虚像であって、本物なんて有り得ない」

 

「有り得ない? ハッ、無知な小僧が知ったかぶりも大概にしろ。お前は何一つ知らない」

 

 そう言った瞬間。僅かだがバイザーの奥に鎮座する瞳が紅く、妖しく輝きを放つ。同時に彼女から殺気が威圧感として滲み出す。それはまるで決して相手を逃がそうとせず、締め付けるように身動きの一切を封じ喰らう。まるで蛇の様な陰湿で仄暗いものを本能的に感じたヒロは無意識に一歩下がる形で、弱腰にもなりつつ後退りしてしまった

 

「ッ!!」

 

「お前は無知だ。知っておくべき事を知らず、知ろうとする気もなく

、自らの運命に抗う事を忘れて……のうのうと生きてる」

 

 一体何の話だ!

 

 スタークの一方的な理解のできない話に対し、声に出して問い質したいヒロだが生憎の所、彼女の発する威圧が抑止となってしまいその自由を与えなかった。

 

「声に出さなくても知りたいって感じの顔だなぁ〜? ……だが! それはお前自身が見つけてこそ意味があり、何の努力も対価も払わず答えを求めるのはナンセンスだ」

 

 さっきまでの殺気を突然消し去り、そう宣ってカラカラと笑うスターク。その様は、何処までも予測不能な現象そのもの。そう言えるだけの掴み所のない自由気まま過ぎる性分は一種の異常さと捉えられてもおかしくなく、実際ヒロはそう思った。

 

「さて。少し脱線したがオレが、ここへ現れた目的は単純明白……お前を助ける為だ」

 

「……」

 

「信用なし、か。いや〜つらいねぇ……まぁ、それだけの事をしたって自覚はあるさ」

 

 無言で睨んで来る少年の疑念や憤怒、恐怖等。様々な負感情を織り交ぜた視線を向けられようと態度も何も変えず、スタークはあくまで掴ませる気など更々ない飄々とした雰囲気を纏い、なんとも腹が立つ台詞を垂れる。

 

「だ・け・ど、君に拒否権はないんだ。何故なら“ボク”に主導権があるからね」

 

 一体、何の意図があってコロコロと口調や雰囲気を変えながら話すのか。合理性と理由が皆目検討もつかないが、それは別段気にすることじゃない。

 

 問題とすべきは……この本物か幻か分からない少女の言葉の真意だ。

 

 本心を決して語らないであろうブラッド・スタークの放つ言葉を、まともに信用する訳にはいかない。自分を助けるというが、そこに何かない道理はない。オトナの都市でのアマゾン駆除作戦の一件が物語っている。

 助ける等と口で言いつつ、目的の為に最悪の事態へと自らを誘おうとしている気がしてならなかった。それにゼロツーや仲間が巻き込まれでもしたら……その可能性がある以上、

ヒロはあくまで拒否の意思を示す。

 

「助けなんかいらない。お前が何かを企んでる以上はそれに加担する気はない!」

 

「ハハッ、言うね~……でも本当にイイのかな?」

 

 まるで他者の心を覗き込むような、そんな不気味さを滲ませて的確な言葉をヒロに突き付けた。

 

「君さ、心残りあるでしょ? まだ敵を完全に倒してない。ただの叫竜ならいざ知らず、な~んと敵は同じコドモで、26部隊のリーダーだよ!! いや~驚き驚き、ビックリしたなぁ~」

 

「……」

 

「で? 普通じゃないって事は……いつも通りの簡単にって訳には行かないよね?」

 

 そうだ。26部隊が乗る量産型フランクスは、code090が変質したカマキリアマゾンによって形態変化を起こし、マンティスとして生まれ変わった。しかも姿が変わっただけでなく、ストレリチアをまともに相手取れる程に性能を向上させ、終いにはどういう仕組みか叫竜を操っている。

 そんな相手に勝てる勝てないで問われれば、勝てないという結果への確率が高いのは否めない。

 

「それにさ、いいの? パートナーを1人にして」

 

「…………ゼロツーは、俺なんかよりずっと強い。俺がいなくても新しいパートナーを見つけて、何処までも飛んで行けるさ」

 

 ヒロのゼロツーへの感謝は尽きない。

 一時は試験を落第し、フランクスに乗るパラサイトとしての使命を全うできない自分を恥じて、絶望した。

組む筈だったパートナーであるナオミを巻き込んでしまった事への負い目もあって、ここに自分の居場所はないと感じ13都市を去ろうとした所にゼロツーが価値をくれた。フランクスに乗り、都市を……オトナや仲間を守るパラサイトしての存在意義という価値を。

他ならぬ彼女が希望の光へと自身を導いてくれた。

 

 なら、後悔なんてない。

 

 このまま、俺は……。

 

「逃げる気か」

 

 死を受け入れようとする最中、飄々としたいつもの陽気軽薄な雰囲気を取り払い、厳格な口調のスタークの声がヒロを引き戻した。

 

「お前は今までアイツの何を見て来た? 自分より優れた存在? 希望をくれた救世主? もしくは他人を顧みず残酷に切り捨てる悪魔か

? いいや違う。ゼロツーは所詮、人間に成り得ないのバケモノの小娘に過ぎない」

 

 何らかの怒りを孕んでいるのか。それとも他に要因があるのか。

それを知る術は生憎ヒロにはなかった。

 

「そんなアイツをお前は受け入れた。こんな死に様晒して、他に選択肢があったにも関わらず、お前はパートナーとして共にストレリチアに乗って戦うことを選んだ」

 

 スタークの厳格を秘めた説教文句のような言葉には、まるでヒロに言い聞かせると共に有無を言わせない重みがあり、それが彼の心を抑えつけて離さなかった。

 

「それは嘘だったのか? お前の決意は! 嘘だったのか!」

 

「嘘じゃないッ!!」

 

 スタークの勝手な言動に言い知れぬ激情が湧き起こったヒロは冷静をかなぐり捨てて、威圧の抑止を無理やり取り払い、そのまま感情と共に必死に叫んで否定する。

 

「俺は、俺は! 確かにゼロツーと共に飛ぶことを選んで、そうあってほしいと望んだ。これは俺の本当の気持ちなんだ。でも……俺なんかいなくても彼女は飛べる。そう信じてる!」

 

 それは実際にゼロツーという少女を見て、ヒロが自身なりに出した答えだ。実際、これまで彼女は一人で戦って来たも同然だ。様々な葛藤があっただろう。他人からの憎しみや敵意と言った負の感情を向けられて来ただろう。だが、それらにゼロツーは負けなかった

その精神的強さがあるからこそ、ゼロツーは戦って来れた。それもまた一つの事実だ。

 

「だから、俺がいなくても大丈夫だ。きっと……」

 

「なら、きちんと見て確かめるがいいさ」

 

 そう言って彼女が手をヒロのいる前へと翳すと、赤や青。そして紫。3色から成るオーラのようなエネルギーが生じ、少年から意識を徐々に刈り取っていく。

 

「ぐぅッ! な、なにを……」

 

「じゃ、目が覚めたら頑張ってね。助けるって言っても君の精神力が必要不可欠だからさ♪」

 

 そんな説明が、完全に意識を失う前になってエコーのように鼓膜に響き渡っていった…

……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダーリン・イン・ザ・フランクス 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かを忘れた…と思う。

 

 それが何なのか、曖昧な認識だから当然分かる筈もないけど。

 

 でも。

 

 それは……多分、女の子だったと思う。

 

 格好とか、特徴はさっぱりだけど、何故だが俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その子を、知っている。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 微睡みから意識を覚醒させたヒロは、自身の目に映る光景に強い衝撃を感じていた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、コイツゥゥ……ガッハァッッ!!」

 

 犬歯を鋭く尖らせ、翡翠の瞳を紅く染まらせて荒い息を鮮血と共に強く吐き出して、苦悶の呻き声を上げている。

 

(なんで、なんでなんだ……ッ!)

 

 その姿を見るのは痛ましく、できるなら目を逸らしたい光景だったが、意識が戻ったとは言えまだ身体は鉛か岩でものしかかっているのか。そう思うほど重く、指さえも動けなかった。

 

(1人じゃ無理だ……どうして、身の安全を考えないんだ!!)

 

 ゼロツーは、ピスティルが座する操縦席から離れず、機体と接続したままだった。身動きが封じられて全く動けない以上、接続を断って様子を伺うのが合理的だ。フランクスのダメージは全てピスティルへと流れるのだから、余計な痛みを負うことなどない。

 だが、そうはしなかった。

 彼女は自らが負うダメージを鑑みず、機体との接続を辞めず、無理だと分かっている筈なのに彼女は尚も抗う。

 それは戦うこと……闘争心を燃焼させている証だ。

 戦意喪失し、消沈してしまった心では、このような芸当はまずできない。そして戦略の為であっても逃げず、尚も立ち向かって来るような輩は大抵が自制が効かない程に感情を昂らせているものだろう。今のゼロツーは、まさにそれなのだ。

 

(もしかして、ずっと……こんな風に1人で戦って来たのか?)

 

 “ボクはいつも1人だよ”

 

 彼女と初めてフランクスに…ストレリチアに乗った際に呟いた言葉が記憶という、情報の海から呼び起こされる。それを聞いてヒロが思ったのは“悲しそう”と言う曖昧なものだったが、それが今、一つの確信に変わった。

 

(独りなのは、君も同じだったんだ!)

 

 例え自分が死のうと、彼女は何処までも飛べる。そんな思いが愚直な考えだったとヒロは恥じた。彼女は、独りでは飛べない。側に誰かがいて、その誰かが翼の代わりを担わなければ彼女は飛べず、地に伏す以外に何もできない。ひとりぼっち。だからこそ、彼女は求めた。

 

 “一緒に飛ぶことのできるパートナー……ダーリン”を。

 

「アアァァッ、ガァァァァァッッ!!!」

 

 死を恐れず、ただ戦う為だけに足掻くゼロツーの姿は獣の如く獰猛で、しかし何かを必死に求める幼子のようにも感じられた。

 

 戦い、傷付き。また戦って、傷付き。

 

 その繰り返しの果てに何を求めると言うのか。求めるものは本当に存在するのか。それでも、遠すぎて見えなかろうとも少女は……ゼロツーは、戦う道をひたすらに突き進むだろう。少なくともヒロは彼女の今の姿を見てそう感じた。

 

(なら、こんな……こんな所で倒れてる場合じゃ……ない!!)

 

 それは覚悟の証。

 決心と共にヒロの瞳は一瞬ばかり真紅に染まり、青黒く変色し異常を来たしていた血管腫が薄くなっていき、最終的には初めからなかったかのように綺麗さっぱり消え失せてしまう。やがて、身体全体の筋肉組織が喝を入れられたかのように活性化していき、鉛以上に重かった身体が完全に軽減されたのだ。

 それを感覚で認識したヒロはゆっくりと立ち上がる。おぼつかない足取りで背後からゼロツーへと近付いていくが、それに気付く余裕は生憎のところ今の彼女になく、ただ目の前の敵を排除する殺意と憎悪しかない。

 

「もう、いい……」

 

「アァァッッ!! ガァッ…………」

 

 右手で彼女の両の眼を覆うようにして隠し、左手で彼女の身体を抑えたヒロは、ゼロツ

ーにそう呟く。つい先程まで瞳を真紅に染めて殺意を燃やして、獰猛な獣と化す程に荒々しかった彼女はどういう訳か、自然に鎮静化していく。

 

「……ダー、リン?」

 

「ああ。そうだよ。……ごめん」

 

 赤い角の少女からの疑問に少年は答えた。そして、謝罪の言葉を口にする。

 

「俺は、君がとても強いと思った。自信に満ちていて、俺なんか及ばなくて……きっと俺がいなくても君は何処までも飛んで行けるんだって……そう思ってた……」

 

 けど、そうじゃなかった。

 

 ヒロは間にそう挟んで続ける。

 

「君も俺と同じだったんだ」

 

 ゼロツーには、真に心を通わすことのできる“ダーリン”と呼べるが者がその隣にいなか

った。パートナーはいても所詮は消耗品でしかなく、3回が限界。彼女と組むステイメンは本当に共に乗りたいなどとは、思わないだろう。それでも乗るのはコドモとしての使命だから。上から与えられた任務に過ぎない。などとあくまで機械的で無機質な理由に過ぎず、彼女を理解しようとする者は一切いなかった。

 だから、いつも独り。

 ゼロツーは独りで戦って来たも同然なのだ。それをヒロは理解していたつもりで、本当は理解していなかった。悪く言えば、結局自分の事しか見えていなかった。自分がコドモとして、パラサイトとしての使命を果たせればそれでいい。そう思っていた彼はゼロツーという少女を改めて見て、自分の勘違いに気付けたのだ。

 

「君もパートナーが必要なんだ。だから、俺がなる。もう二度と君を独りにしない」

 

 約束だ。

 

「…………ありがとう、ダーリン」

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「アァ? 光ィ?」

 

 マンティスは突如眩い白光を輝かせ始めたストレリチアに対し、怪訝そうに呟き首を傾げる。

 そして、それは起きた。

 

バギィッ!

 

「?! バ、バカナッ!! 泡ガ……」

 

 一つ、二つ、三つと。ストレリチアの機体を拘束し身動きを封じていた硬い泡沫が弾けるような音と共に亀裂がいくつも生じ、終いには完全に砕け散ってしまった。

 

「チィィッ!!」

 

 すぐさま後方へと軽く跳ぶ形で距離を作り、改めてストレリチアを見るが、その姿は大きく変わっていた。本来のフランクスとしての姿である乙女を模した人型の形態へと移行。

 色彩は深緑に、赤い斑模様が浮かぶ様はまるで血管のようだ。口部はピスティルの口を映すのではなく、砕けるような音を奏でて変形し、エッジの鋭利さが光る獰猛なクラッシャーと化した。更にはアルファやイプシロンのように両腕や両脚が黒く染まり、アーム・カッターに似た風な黒い刃の突起物が生えるように出現。

 その姿は、間違いなくヒロとゼロツーが2人初めてで乗った際、実現させたあの形態だった。

 

『行くよ! ダーリン!!』

 

「ああ! 俺たちの翼で、アイツを止める!!」

 

ストレリチアから出されるゼロツーの声に答えたヒロの姿は、アマゾン・イプシロンとなっていた。更に触手こそ出してはいないが、代わりに一切の穢れを感じさせない無垢その物を宿したかのような、実体を有さない透明な両翼がゼロツーを包み込むようにして展開。

 無論、ただあるのではなく、触手と同じような効果を発揮していた。

 

『グルルッッ!! ハァァァァッッッ!!』

 

 唸るような覇気の篭った声を吐き出し、ストレリチアは目標めがけ駆ける。

 目標とは、敵。すなわちマンティスだ。

 

「目障リダァァァァァッッッッ!!!!」

 

 つい、ほんのさっきまで無力だった筈の獲物がいきなり力を付けて、自分に刃向かう。それを寛容に流せるほどマンティスは出来てなどいない。すぐさま背中のアームの鎌で瞬く間に切り刻み、仕留めようと腹積もりを奸計するが無為に終わる。

 なんと、高速で振るわれたアームを難なく捉えて片手一つで掴んで捕まえてしまった。

 

「ナニィィッッ!!」

 

 背中のアームから繰り出す、高速の斬撃には自信があった。

 現に不意打ちとは言えども、仲間のフランクスを気付かれる事なく突き刺したのだ。仮に不意打ちでなかったとしても、マンティスのアームの速度を目で捉え対応する事は不可能。それを他ならぬ本人が知っているのだから、驚くのも無理はない。

 

『フンッ!』

 

 ブチィィッッ!!

 

「ギャアアアアアアアァァァァァーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!」

 

 まるで紙のように容易く、脆く。

アームを引き千切られたマンティスの本体であるカマキリアマゾンは、苦痛に満ちた絶叫を上げ、ストレリチアへ向けて怨嗟に満ちた視線を突き刺す。

 

「貴様ァァァッッ!! クソ、クソ、クソ、クソクソォォォォッッッ!!!!

許サナァァァァァァァァッッッ!!!!」

 

 汚い言の葉で喚き散らす様は滑稽で、つい先程まで己が優位性を誇っていた高慢な余裕は何処にもなく、その事実が滑稽さを助長させていた。背中のアームはもうない。

 その為マンティスは徒手や蹴り、そして手首に付属された鎌を利用して攻撃を仕掛けて行くしかない。だが、拳を出せば容易く同じ拳、あるいは刃の形状と色が変わったクイーンパイクで防がれて受け流されてしまい、蹴り技の類は軽快な動きで避けられる。

 終いにはギガを両手首の鎌に集中させ、緑色に淡く光る刀身を精製。それで切り裂こうと振るうがストレリチアに僅かな擦り傷さえ与えられず。それがマンティスの鬱憤を募らせ、苛立たせる。

 

「何故、何故、何故、何故ェェェェッッッ!!!」

 

「動き自体はいいけど、冷静さが無くて単調になってる。そんなに悔しかったのか?」

 

 疑問と混乱の叫びにイプシロンは答え返した。そして挑発的とも取れる発言は先程、力任せに捩じ切ったアームのことを言っている。

 それを理解した途端、さながら可燃性の高い油に火を入れるかの如く、鬱憤を薪にして負の感情がマンティスの中で燃え上がった。

 

「ギィィィィアァァァァァァァァッッッッ!!!!!」

 

 苦痛に悶える叫びにも聞こえるが実際は違う。これは怒りだ。燃え滾る憤怒と憎悪、殺意を音として叫び散らすマンティスはギガを高め、左右両鎌を交差させる。そして一気に引き離すと緑色のエネルギーがクロスを描いて飛来する刃になり、その行き着く先はストレリチアだ。このままいけば、確実にストレリチアの機体を斜め十字に切り裂くだろうがそれを良しとする道理などなく、特に何かをする訳でもなかった。

 

『ハァァァァッッッ!!!!』

 

 アマゾン・モード。そう命名された今のその姿は単に変わっただけではなく、その戦闘能力を大幅に向上させ機体の耐久性も格段に上がっているのだ。

 つまり……実質マンティスより上だ。

 ストレリチアは両手で握り締めたクイーンパイクを横一直線に薙ぐ。オレンジ色の蛍光的な色彩を放つエネルギーの刃が波のように揺らめき、マンティスのエネルギー刃と相殺

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュゥゥゥッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 することはなく、マンティスのエネルギー刃を一刀両断。二つに分かち、搔き消した後にマンティスの首を地へと叩き落した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

両都市防衛作戦の終幕





長かったこの章も今回ともう一話で終わりです。

いや、本当に長かったですね。(;'∀')

でも個人的には原作でも一つの盛り上がり所でしたから、
書いている自分としては楽しかったです。

では。





 

 

 

 

 

『こん……のぉぉぉッ!!』

 

 渾身の蹴りを一発入れて、何とかコンラッド級を退けたデルフィニウムはその隙を突いて、コアをエンビショップ一本で貫く。生命維持を司る器官を潰されたコンラッド級は沈黙。呆気なく死んだ。

 

『フッ!』

 

 それに続く形でクロロフィッツも同様に蹴り飛ばすがそれだけでなく、足先から脛の辺りまであるヒールのような刺突武器『ランスペディグリー』で的確にコアを貫き、自身を封じていた叫竜の命を絶った。

 

『クロロフィッツ! ジェニスタとアルジェンティアをお願い!! 私は26部隊を助ける!』

 

『わかった!!』

 

 然程、救出に時間は掛からず、2人は機体を拘束し身動きを封じていたコンラッド級らを始末することで皆を救出した。

 

『助かったー……ありがとね』

 

「悪りぃ、ホント助かった」

 

 狭苦しさを感じていた拘束からの脱却に安堵の息を吐くと、アルジェンティア組は礼を言った。

 

『ありがとう。ミツル君、イクノちゃん』

 

「け、結構危なかったから良かったよ〜」

 

 ジェニスタ組も同じように礼を言う。

 

『気にしないで。それより……!!』

 

 少し遠くから甲高い轟音が鳴り響き、三機がその方へと振り向く。26部隊の救出を完了させたデルフィニウムも、量産型フランクスらも同じように視線を向ければ、何かが敵であるマンティスと相対。互いの武器を打ち鳴らしあっていた。

 マンティスは鎌を、何かは槍のようなものを。

 ここで逸早く気付いたのはデルフィニウムだった。

 

『アレは……ストレリチアッ?!』

 

 その姿を見間違う筈もなく、誰の目から見ても明らかにストレリチアだった。しかも、入隊式の日に見せた深緑色の形態となっている。

 

「ヒロ……よかったぁ!」

 

 いつも一緒だった大切な幼馴染み。

 その生存を喜ばない道理などイチゴにある筈もなく、ただひたすらに生きていた事に嬉しさが心中を一杯にするが、ここは戦場。そして自分の立場を忘れてなどいない以上、歓喜と希望を押し殺し、きちんと切り替える。

 

『みんな。さっさとこのデカブツを片付けよう!! それであのカマキリ虫野郎をとっちめるんだ!

 

 女の子らしからぬ血気盛んな口調は皆を振るい立たせる為の鼓舞か、あるいは単純に彼女固有の気性の荒い本質が滲み出しただけか。いずれにしろ、両部隊の士気を上昇に一役買った。

 

「へっ、当然だ!」

 

『やってやるわよ!!』

 

『やろう、フトシ君!』

 

「うん!ココロちゃん!!」

 

「………まぁ、僕も負けっぱなしは性に合いませんからね」

 

 13部隊の各々がやる気を見せ始める。隊のリーダーであるイチゴの鼓舞の言葉がここまで効果を齎すのは、男勝りな性格のおかげだろう。率いる者としての強気が一種のカリスマとして、周囲の者を感化させるのかもしれない。それは26部隊も例外ではなかった。

 

「後輩に言われるのは癪だが、不思議と嫌な気分じゃないね」

 

『ええ』

 

「……色々、ありすぎて混乱しているが任務が最優先だ」

 

『そうだね』

 

『いっつつ……ちょっとキツいけど、がんばろ』

 

「……ああ!」

 

 前置きも何もないリーダーからの突然の裏切りでやや士気が下がっていたものの、イチゴのおかげでそれが戻りつつあった。巨大なグーデンベルク級の叫竜『β』が倒れ、身動きができなくなっている姿は今の戦況の流れが自分達にとって良い方向にあると、まるでそう暗示するかのようだ。

 そして、この流れを前に何もしない筈もなく、イチゴの指示がその合図となった。

 

『これより、叫竜の討伐を再開! アルジェンティアは私と一緒に26部隊合同で叫竜の動きを封じる役に、クロロフィッツとジェニスタはコアを仕留める決め手を。今言った通り26部隊は叫竜の拘束を私とアルジェンティアで行って下さい! 異論は!!』

 

 誰も、何も言うことはない沈黙の肯定。それを見てデルフィニウムは頷く。

 

『それじゃあ、行動開始!!』

 

 その一言で一斉に各フランクスは動いた。言われた通りアルジェンティア、デルフィニウムはのたうち回る『β』を封じる為26部隊と共に、拘束班としてその役割に当たる。

 まずは左右両手。右手はポーンハスタを持つアルジェンティアと量産型フランクスの二機、同じく量産型が二機で逆の左手をワイヤーで突き刺して力を振り絞って巻き付ける。これで両手は封じた。

 対してデルフィニウムは単機で当たる訳だが、もう一個分余っていたポーンハスタを借用。それで叫竜の残った片足を巻き付けた後、本体も地面にしっかりと刺して固定させる。自身はエンビショップを二本同時に抉るように表面体表から内部の奥まで食い込ませるように刺し込んでいき、後は力を思いっきり振り絞り、ただ踏ん張る。

 叫竜の身動きはこれで完全に動かなくなったという訳ではないが、激しくのたうち回っていたつい先程と比べると、幾分かはマシな方と言えた。

 

『今よ! クロロフィッツ! ジェニスタ!』

 

 デルフィニウムが必死に機体中に力を込めて、必死に抑えながら決め手の役を担う二機に伝令する

 

『クロロフィッツ!』

 

『ええ!』

 

 互いに声をかけた両機体はデルフィニウムの言葉をしかと受け取り、腰部と両足に備えられたバーニアを吹かすと一気に飛び上がる。そして、人間で言えば鳩尾の中心点。

 叫竜の種類によるが生命維持とエネルギーの生産を成すコアの位置は大概が身体の中心に存在している。今回は人型に近い為、中心点が分かり易い。まずはジェニスタがそこへ降り立ち、自身の武装であるルークスパロウを叫竜に向け、一気に最大出力の一撃を叩き込む。

 

 ドォォンッ!!

 

 けたたましい重厚音が高密度のエネルギーと共に吐き出され、音は水面の波紋の如く広がり、エネルギーは叫竜に筋肉組織や体液を吹き飛ばし、“大穴”が形成された。

 そして、そこから見えたのは……紛れもなくコアだった。

 

『ハァァッ!!』

 

 しばし滞空していたクロロフィッツは、コアを目視で確認しジェニスタが叫竜から降りたのを見計らうと、両翼を模した武装『ウィングスパン』の砲口の照準をコアへと合わせ、銃撃の嵐を吹かせる

。速射砲による高速的にコアへと叩き込まれる弾丸は、確実にコアそのものにダメージが蓄積されていき、徐々に亀裂が生じていく。

 

 

そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

パギィィンッ!!

 

 

 

 

 

叫竜のコアである橙色の玉は、容易に砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 さながら、熱に晒された飴細工だろうか。

 頭部を失ったマンティスは、思わずそんな感想を抱けるほどに機体がグニャリと融解。かろうじて原型は止めているがそれを差し引いても酷い惨状で、しかも金属臭混じりの肉が腐ったような異臭を漂わせている。

 鼻の良い者にとって地獄だろうし、そうでなくともこれには嫌悪感と不快さを掻き立てられる。

 

「ハァ、ハァ、……やった、のか?」

 

『まだ分からないけど、この有様じゃフランクスはもう使えないと思うよ』

 

「……ごめんゼロツー。ここから先は俺がやる」

 

『……うん。分かった』

 

 イプシロンの意図を悟ったゼロツーは、ストレリチアを停止させ、自身の表情が投影される顔の部位を開く。コックピットの球体部位が現れ、ハッチを開けると共にイプシロンは地表へと身投げするように降り立ち、本体と切り離されたマンティスの頭部に視線を向け警戒しつつ、ゆっくりとした足取りで近付く。

 双方の距離間は15m位だろうか。

 ある程度まで行くと、本体同様に半ば融解してしまった頭部の顔部位が勢いよく弾け飛ぶ。

 おそらく何かしらの強い力でひしゃげたのだろう。縁のあちこちが歪んだ状態のハッチが顔を覗かせているが、その内部は外からでは中の暗闇に遮られていて中をよく確認することはできない。

 しかし、わざわざ歩み寄って確認するまでもなかった。

 何故なら……新しいパートナーだった女の子の“頭だけ”をムシャムシャと。口から唾液を滴れらせて貪り喰らうカマキリアマゾンがその姿を現したからだ。

 

「………ンン……ハッン……」

 

 頭だけとなった少女の顔は恐怖と苦痛、他にあるかはどうかは分からないが、とにかくそういった類の感情に支配された表情で口からは血を滴らせ、地面へ雫となって落ちて行く。

 喰われた部分の一部からは脳らしき赤い肉片がチラリと見えており、尋常な思考の人間なら良くて顔をしかめるか。あるいは胃の内容物を惜しむことなく、恥も外聞もかなぐり捨てて、吐き出してしまうだろう。

 

「……おい」

 

 イプシロンから怒気を含んだ声が絞り出されるように言葉として紡がれる。それを聞き届けたカマキリアマゾンは、食事を一旦中断し、視線をイプシロンへ向けた。

 

「………あァァ……すまないね」

 

 そんな言葉を口にし、食べていた筈の少女の頭を地面へ軽く放り投げる。まるで丁寧に扱う価値など皆無、とでも言いたげな……いや実際にそうなのだろう。

 カマキリアマゾンにとって、もはや人間など腹を満たすだけの食料という側面にしか価値がなく、それ以外に何を思うという事は一切なくなったと言っていい。

 

「君と君の汚ならしいバケモノのパートナーのおかげで、ダメージを負うわエネルギーを多く消費するわ………はぁぁ。なんでもう一歩ってところで邪魔してくれるのかなァァ?」

 

「……」

 

「で、ランチタイムという訳だよ。おかげで回復したんだけど……フフッ、アマゾンになると人間は食料なんだってよく実感できるよ」

 

 カマキリアマゾンは口を止める気配は一向になく、その間にもイプシロンの殺気は徐々に高まりを見せて行くがそれに気付く様子はなく、敢えて無視しているのか。どちらなのか定かではないが講釈を饒舌に垂れ流していく。

 

「特に頭が美味しいんだ。だからこうして取って食べたけど、うん。本当にいいよ」

 

 今貪り喰っていたのが自分のパートナーであったなど容易に理解している。

 理解した上で彼は言っているのだ。

 

「あァァァァ。僕の前の……愛おしい大切なあの娘にもこの美味しさを分かち合いたかったなぁ~。

フフフ……だから本当に残念だよ。あんな卑しくて、薄汚でないバケモノなんかに取られて」

 

 もはや我慢の限界だった。

 カマキリアマゾンが気付いたの時には既に目の前へとゼロ距離に迫り、顎めがけてアッパーを繰り出そうとしていたイプシロン。が、それを容易く掴み、振り払うと同時に後方へ飛び退けた。

 

「怒ったのか? でもそれは……僕もォォ同ジナンダヨォォォッッ!!!」

 

 そう言って口から泡沫混じりの黒い体液を吐き出したカマキリアマゾン。黒い体液はただ見るだけならば得体の知れないだけの妙な液に過ぎないが、それは瞬く間に形を変えていった。やがて、完全に形を成すとそれはカマキリアマゾンと同属・同形態のアマゾンに姿を顕現する。

 数は2体。1体はカマキリアマゾンと一寸違わずそのままの姿をした別個体。

 もう一体は赤褐色の個体で、背中にはマンティスと似た鎌の両前脚を有しているが一対ではなく、二対となっており、先にある鎌は謎の透明な粘液に濡れていた。

 

「分身体か!」

 

「ギィィッッ!!」

 

 赤褐色の個体が奇声を上げつつ、背中に備わった二対の前脚鎌を器用に動かし、俊敏性と的中性をもってイプシロンを切り刻もうと繰り出す。が、それをイプシロンはよく目で捉えていた。鎌が縦に迫ればアームカッターで防ぎ、逆に左右横一線、斜めから来れば腹を捩る形で紙一重で回避。当たりそうになれば、その箇所にギガを集中。一時的に硬質化することで防いで見せた。

 だがもう一体カマキリアマゾンがいる。

 オリジナルと同形態の分身体は背後に狙いを定めており、どうやら隙を見せた所を一気に突く腹積もりのようだ。だが、それを理解していたイプシロンは赤褐色の個体の二対の前脚鎌による一本の一撃を“両腕で掴む体勢”で防ぎつつ、膝を地へと着かせた。

 背後には何もなくガラ空きの状態。緑色個体はこれを好機と見て仕掛けるがオリジナルの声が上がる。

 

「待テェェ! ソレハッ」

 

 ブラフだ。

 そう最後まで言い切ろうとするも叶わず、掴んでいた一本をイプシロンは立ち上がると同時に引き千切る。そしてそのまま後ろから迫っていた緑色個体の首を前脚鎌で切り裂き、頭部を肉体から分断

。地へと叩き落とした。

 

「終わりだ」

 

 これだけに留まらず、今度は赤褐色個体の胸部中心を左手で抉るように貫く。黒い液体が飛び散り

、やがて赤褐色個体は緑色個体のように黒い液状と化して仮初めの命を停止させた。

 

「……もう無駄な悪足掻きは、やめろ」

 

 2体同時に相手取り、しかし苦戦した様子もなく平然と勝って見せたイプシロンはカマキリアマゾンに対し、そう警告する。

 

「ク、ククク、ハッハッハッハッ! いや〜見事見事。あの時初めて僕の作った分身体を相手に苦戦してのは、やっぱり不調が原因だったのかなぁ? それとも他に理由がぁ?」

 

「……もういい」

 

 警告にろくに答えず、おちょくる口調で褒めて讃える……というより、皮肉を込めた嫌味を述べ垂れるだけ。それは自らの死を、他ならぬ自分自身で確定付けたと言っても過言ではなく、もはや彼に対しての躊躇はイプシロンの中には存在しない。その身を確保し、然るべき裁きの場に彼を立たせたいと思っていたが、もはや無意味と悟った以上、この場で命を刈り取る。

 それがイプシロンの判断であり……決意だ。

 

「僕を殺す気かい?」

 

「ああ……けど一つ、聞きたい。なんで殺した!! 苦楽を共に感じて、助け合って、一緒に戦って来た仲間の筈だろ?! なのに、何故こんなことをッッ!!」

 

 仲間を大切に、時として自らの命を投げ打つ覚悟とそれを厭わない決断力を持つヒロだからこそ、何故復讐の為だけに仲間を手にかけたか。それが一切理解できなかった。いや、そもそも理解したくないと言うのが正しい。

 ヒロにとって仲間の為、都市やオトナたちを守る為に戦うという価値観を持つ故に090のした事の全てが嫌悪感を覚えるものだった。その問いに対し、カマキリアマゾンは平然と答える。

 

「簡単さ。無意味で無価値に感じたんだよ」

 

 なんて言う事なく、至って平坦な回答だった。

 

「なっ……」

 

「フフフ、僕は今まで都市を守るコドモとして、それに何の疑問を抱かずに戦って来た。そしていつしかオトナになりたい、頑張れば成れるんだと信じていた」

 

 オトナはガーデン時代、集会を開いてはその場に集まったコドモらに恒例という程言い聞かせて来た。

 

 “コドモとして課せられた使命を全うすれば、君達はオトナになれる”

 

 “思考を乱す不要な感情がなく、性問題も解消。オトナとは、完全なる存在なのです!”

 

 それを聞いたコドモたちは皆憧れを抱い た。ゾロメもその1人だ。逆にヒロはそれほど魅力的には感じなかったが、そんな凄い人達をこの手で守れる。役に立てる。名誉ある誇り高い使命を果たせると言う、そんな喜びを心内に染み込ませるように感じていた当時が記憶の中にあった。

 

「だけど……それって意味があるのかい?」

 

 少し感傷的になっていた思考をカマキリアマゾンの声が……否、言葉が現実へと引き戻した。

 

「なんだと?」

 

「オトナとは、所詮無力で脆弱な人間に過ぎない。完全などと宣うが戦う力を捨て去り、進化の可能性を自ら閉ざした哀れな存在だ」

 

「……オトナは、進化したよ。だから完全なんだ」

 

「クックックッ、そうかい。まぁこんな所で議論していても仕方ない。僕はもう負けだ」

 

 負けを認めてはいるが、何故か余裕に満ちていて、敗北者特有の空気はその臭いさえも漂わせていない。

 

 “何か、ある”

 

 直感でそう思ったイプシロンはカマキリアマゾンが何らかのアクションを起こさせないよう、首を狙い、確実に仕留めようと一気に詰め寄る!

 

 が。

 

『悪いが〜そいつは駄目だ』

 

 飄々とした少女の声と共に赤い光弾が2発。イプシロンの腹部と左肩を直撃し、その身体を後方へ吹き飛ばす。

 

「グゥッ、ァァッ!」

 

「ごめんねイプシロン。この子は、今後の為の手足なんだ」

 

 黒い蒸気から現れた存在…ブラッドスタークは、トランスチームガンをイプシロンの方へ向け構えた状態で、カマキリアマゾンの隣へと並び立つ。

 

「遅かったじゃないですか。僕が自分で時間を稼いでいなければお終いでしたよ」

 

「そう言わないでよ鎌男君。きちんと来たんだから。で? 君の方は復讐できた?」

 

「デキタ訳ネェェェダロォォォォォォ!! 喧嘩売ッテンノカ!!」

 

 急に片言になり、怒鳴り散らすとは一体どういう了見なのか。

 スタークとしては文句の一言位いいと思うのだが、そうはせず、むしろ心当たりでもあるのか……そんな風に悪戯な笑みを浮かべつつ、適当に流した。

 

「はいはい、ご立腹は結構な事で。とにかくこの子はボクが連れ帰るから、そういう事で

よろしく♪」

 

「ま、待て! どういうつもりだ!」

 

「え?………あーそうだった。言い忘れてたよ。ボク、もう君達の味方じゃないから」

 

 それは軽過ぎると言うべきか。もしくは脈絡など微塵もない突拍子な戯言か。

 スタークの言葉にイプシロンは当然の如く疑問しかなかった。

 

「ヴィスト・ネクロ。そこがボクの属する新しい場所さ」

 

「なッ?!」

 

「おお、以外に結構驚くね」

 

 これを驚かずにいろ、と言われれば無理だ、と答えられる妙な確信がイプシロンにはあった。

 胡散臭く何かを企んでいるような得体の知れなさがあったものの、まさかヴィスト・ネクロに寝返りました、などと。簡単で容易に、こんなフザけた軽い口調で明かされるという悪趣味なサプライズをされるなど誰が想像できるのか。

 

「そんでもっておめでとう。無事に生還してくれて。わざわざ君の頭の中の世界にまで入って説得したかいがあったよ」

 

「!!ッ……そんな、じゃあ!」

 

「言ったでしょ〜? 正真正銘本物のブラッドスタークだって」

 

 アレは、夢じゃなかった。だが信じられない。どうやって自分の頭の中に入ったのか?

 そんな芸当が可能なのか? しかし夢でも幻でも、ましてや勘違いなどでもなく、現実に起こってしまった事象である故に荒唐無稽の戯言と断じる事はできなかった。

 

「じゃあ、また会う日まで。チャ〜オ!」

 

「ま、待てぇッ!!」

 

 黒い蒸気がスタークとカマキリアマゾンを包み込むように発生し、やがて数秒と経たずして消え失せる。当然、そこにスタークと元パラサイトの090……カマキリアマゾンの姿はその影すらなく完全に消失していた……。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 両都市の防衛作戦は、叫竜の殲滅という一点だけを見れば見事成功を収めたものの、他の視点……いや、総合的に見れば1人の反逆者によるテロ紛いの行動により、26部隊は半ば壊滅状態となり、更には協力者と思われていたブラッドスタークの裏切り。

 この事実を重く受け止めたAPE最高司令部にして、統率者たる七賢人は満場の一致でスターク並びcode090を反逆者兼最重罪犯とし、その行方を追ってはいるものの、何一つとして手掛かりを掴む事ができず、些細な情報さえも捉えられずにいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










感想待ってます!







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

屍獣に属する蟷螂/舞台の裏側で

 

 

 

 

 

「たっだいま〜!!」

 

 薄暗い有機的な肉壁が四方八方と空間を形成する異様な場所で、少女……ナオミは、軽快な挨拶をするが返って来たのは言葉でなく、鋭利さを秘めた刃のブレードだった。

 

「テメェ……誰だ? お家と間違えるにしちゃぁ、アホが過ぎるぜ」

 

 ザジス。ヴィスト・ネクロが幹部である彼のブレードはナオミの顎下へと差され、獰猛なネコ科特有の唸り声を轟かせる。その姿は人間でなく、アマゾンとしての姿だ。

 

「ニャンコ君は過激だね〜。私、協力者なのに」

 

「本当の事だよ、ザジス」

 

 ナオミの背後からナイン・アルファが姿を現わす。いつもの如く笑みを浮かべる姿は恒例と言っていい。

 

「“シャドウ”。テメェの知り合いか?」

 

 ザジスの口から紡がれた、幹部の名を示す言葉はこのナイン・アルファという少年が、フードで姿を隠していたあの“シャドウ”であると言う事実を指し示すもので、呼ばれたとうの本人は否定する様子は見受けられず。つまりはそういう事だ。

 

「正確に言えば僕等の姫様の知り合いさ」

 

『左様。刃を向けるでないザジス』

 

 厳粛且つ、壮大不遜と聞こえる女性の声と共に薄暗い闇から、巨大な何かが浮かび上がる。

 

「ボスッ……」

 

 十面姫。赤い肌と二本の角。額に見開かれた第三の目。芋虫のような肉塊の下半身に顔がいくつもあると言う、聞くだけで身の毛もよだつ姿は、恐怖しか有り得ないだろう。

 

『無闇矢鱈に刃を向けるのは感心できないな。さっさと下ろすがいい』

 

「……分かりました」

 

 そう言い、素直にブレードを下ろしたザジスに向けてナオミは満足そうに頷く。

 

「いい子いい子♪ 聞き分けの良い子猫は嫌いじゃないよ」

 

「フンッ! ……」

 

 彼女の皮肉のような言い回しが気に入らなかったザジスは、今にもズタズタに切り裂いて殺しそうな程の殺気と殺意と怒りを滲ませ、忌々しいとばかりに鼻鳴らした。自らのボスの言葉とは言えども

、ナオミを信用する気は毛の先程もない様子だ。

 

『我が子が失礼した。スタークよ』

 

「気にしなくていいよ。というか、今はこの姿だからナオミでお願い」

 

 自身の部下の不手際に素直な謝罪の意を述べるものの、特に気にする様子はなく、ナオミは自分の名の訂正を要求するだけに留めて、十面姫は承知とばかりに首を縦に軽く振った。

 

『アニレス、シャドウ。そなたらの責務を褒めて遣わす。よくこなしてくれた』

 

 ナオミ、シャドウと共に来たアニレスに十面姫は慈愛に満ちた声で賛辞を送る。

 

「「感謝と光栄の極み」」

 

 それに対し、2人はそう答えた。

 

「しかし、わざわざオトナを捕らえる事に何の意味が?」

 

 アニレスが両都市キッシング時、感付かれる事なく第26都市に潜入していたのには理由があった。

 26都市に住む指定された30名のオトナを確保する事。

 それがアニレスに与えられた、十面姫直々の命令だった。隠密・諜報を得意とする彼女の裁量を見込んでの判断である。

 

「それに関しては私が答えよう」

 

 プロフェッサーが十面姫へ臣下の礼を取り、そう言いながら会話に参入する。

 

「ブラッドスタークからの情報に基づき26都市のオトナは、現在私が実用化を目指している『アマゾネスト計画』において、貴重なサンプルと成り得る可能性があってな。そして厳密な検査の結果…可能性は確固たるものとなった」

 

「フフ、私のあげたデータ役に立ったでしょ? あと今はナオミって呼んでね」

 

「ああ、役に立った。礼を言おうナオミ」

 

 刃を向けたザジスと違い、何ら敵愾心や殺気も出さず、淡々とした口調でナオミにそう返すプロフェッサーは更に続けて言う。

 

「アマゾネスト計画が上手く行けば、我が君の望む“改造アマゾン兵士”を完成させ量産する事ができます。今しばらくの時間を……」

 

『よい。いくらでも待つ。妾に時間など果てぬ山ほどある故な』

 

 気を荒げることなく、我が子同然の幕下たる者に対し、上に立つ者としての度量と寛大さで答える。

 

「御心遣い感謝致します」

 

 再度頭を下げては礼を欠かさない姿勢に満足気に笑う十面姫は、ナオミとナイン・アルファが“連れて来た者”へと視線を向ける。

 

『お主が090の番号で呼ばれし子か。そなたの協力感謝するぞ』

 

 code090。26部隊のリーダーだったコドモの少年。しかし今となっては過去の幻影に過ぎず、彼は人ならざる存在としてこの場に立っている。

 

「も、勿体無い言葉。お初にお目にかかれて恐縮です」

 

 しばし動揺した雰囲気を漂わせつつ、礼を欠く事なく、090は頭を下げて会釈する。十面姫というその巨体が放つ強烈な存在感に加えて、その寛大さと発する雰囲気は女神のような神秘性と優雅さを兼ね備えている。

 そんな存在が目前にあっては090の精神は、動揺する以外の術を持たない。

 

「ヘッ、まさか新入り……なんてんじゃないだろうなぁ? 」

 

「そのまさかだよ。彼は僕たち、ヴィスト・ネクロの正式な幹部だよ」

 

「なにぃぃッ!!」

 

「!!ッ……この坊やが?」

 

 いけ好かないとばかりのザジスに対し、当然だと答えるナイン・アルファの言葉はザジスのみならず、アニレスをも驚愕させた。

 

「おいおい、そいつはねぇーだろうがァァッ! たかがクソAPEに痛手負わせたくらいで昇進たぁ待遇が良すぎやしねぇか!!」

 

 キレ気味に捲し立てるザジス。彼にしてみれば自分達組織と敵対していた者を同胞どころか、高位に当たる幹部に据えると言うのだ。確かに090はAPE側に損害を齎し、アニレスが26都市でのオトナの収集作業を行いやすいよう、都市内部やセキュリティー情報を渡したりもした。

 しかし、ザジスにとってこれらは所詮おつかい程度に過ぎない。そんなことで自分と同じ地位に立つなどプライドが高い彼にしてみれば以ての外だ。

 

「私は別にいいわよ。坊やの内に潜む激しいまでの憎悪の業火……ゾクゾクしちゃう」

 

 しかしアニレスは気に入った様子で、しかも彼の理性という、仮面の裏側にある本性を見抜いていた。それが気に入ったようで恍惚とした熱意ある視線を090に向ける。

 

「ハァァァァッッ?! 正気かよお前!!」

 

「どう思うのは貴方の勝手だけど、十面姫様がお決めになった事なのよ? それに異を投げる気かしら?」

 

 正論だった。何者かを幹部にするという決定権の正統保有者は十面姫のみ。つまり、自らのボスがそうするよう決めただけなのであって、他の誰かが勝手に決めた訳ではないのだ。

 

『アニレスの言う通りだ。次、異を唱える発言をすれば分かっておろうな?』

 

 僅かだが、殺気が滲み出る。

 それは量としては素人では気付くまいが敏感……それなりに経験を積んだ力量の者ならば確実に感付く“質”。いかに凶悪的で途方もなく恐ろしいものなのか……冷酷な視線が更に恐怖を助長させる。

 

「き、肝に命じます……」

 

 反論など到底言えない。そも気すら起きない。もしこの尋常ならざる殺気に当てられても何かを言える者がいるとすれば、その人物は愚鈍か狂人のいずれかだろう。

 

『ならば良い。シャドウよ』   “ ”。

 

「なんでしょうか」

 

 ザジスの返答に問題なしと結論付けた十面姫は、今度はシャドウことナイン・アルファへと向けられる。

 

『ナインズ・リーダーとしての活動に支障はないか?』

 

「はい。問題ありません」

 

 余計な間を作らず、しかし焦った様子も動揺した雰囲気もない。

 あるのは優雅な気品と余裕だけだ。

 

「老人方には“スタークに不意を突かれ意識を奪われた”と伝えておきました。多少ナインズ・リーダーとしての評価と信頼に響くかもしれませんが……裏工作も万全ですし、グランクレバス攻略という大規模作戦の事も考えると何かしらの探りを入れられる、と言った可能性は皆無かと」

 

『ふむ。そうか。しかし油断はしてはならんぞ? 万が一という事も有り得る』

 

「その点は抜かりなく。ご安心を」

 

 シャドウと言う名は、ナイン・アルファが持つ二つある名の一つに過ぎず、正確に言えばAPE直属の親衛隊リーダーとしてのナイン・アルファとは対極にあるヴィスト・ネクロとしての名前である

。が、特に何をどう思うと言う事はなく、名前など個を区別する為の記号としか認識していない彼にしてれば、どちらで呼ぼうがそれが明かしてはならない場所でなければ、別段咎めることも気にすることもない。

 

『では、各々尽力せよ。来るべき時に備えてな。そして新たなる幹部……これより忌まわしき記号の名を捨て、これからはこう名乗るがいい』

 

 “プレディカ”と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてもいいですか?」

 

「ん? どうぞ」

 

 ヴィスト・ネクロの拠点内部にあるナオミの為に充てがわれた部屋。コンクリートのようなセメントに近い物質で覆われ、あの有機的な肉塊が四方八方と埋め尽くしていた空間とは、えらい違いだと言える位に対照的だった。

 その部屋に設けられた黒く大きめのテーブルの上に13都市から持って来た『あるもの』が入ったケースを開き、中身に目を通していたナオミに声をかけた少年…元26部隊所属のパラサイトだった

code090ことプレディカは眼前の少女に声をかける。

 何故ここにいるのかと言うと彼は十面姫からナオミと共に行動するよう命じられ、ここに来たのは彼女から今後の予定・行動方針を聞く為であってそれはもう終わった。

 だが、プレディカには気になる事があった。

 

「何故、この“アマゾンインジェクター”を僕に?」

 

 アマゾンインジェクター。

ただのコドモに過ぎなかった彼をアマゾンへと変えた、禁断のアイテムとも言うべき悪魔のような力を秘めた代物。

初めてナオミ……いやブラッド・スタークと接触したのは、26都市が13都市とキッシングする1週間前だった。ミストルティンの林の中で1人黄昏ていた所に突然、黒い蒸気に包まれるようにして登場を果たしたのだ。最初は驚き、その得体の知れなさに警戒しつつ通信端末で知らせようとしたのだが後ろへ回り込まれ、両手首を抑えられる形で拘束されてしまった。

そんな彼にスタークは言った。

 

『ボクはキミたちのパパの協力者さ』

 

 当然だがそんな事を言った所で“はい、そうですか”と容認する筈がない。しかしスタークが正式なIDを証拠として見せた為一応は納得し、とりあえず落ち着いて済し崩しにだが彼女の話を聞く事になった。

 

 そして、スタークの話で090は知った。

 

 この26都市と13都市が1週間後にキッシングすることを。

 そして13都市『セラスス』にあの“パートナー殺し”のゼロツーがいることを。

 それを耳に入れた途端、ふつふつと沸き起こる、黒く滲むような感情を覚えるも必死に押し殺す。だが中々止まらない。それ程までに憎悪が心の奥底に巣食っていたらしく、心の葛藤に苦しむ090にスタークはアマゾンインジェクターを見せては耳元で囁く。

 

『何も隠す事ないし、何も間違ってないさ。曝け出しちゃいなよ。コレを使えばキミは人間じゃなくなる。けど人を超えた存在になれる……もうオトナに従う必要もないし、簡単にあのバケモノの血を引く娘を殺せる』

 

“悪魔の誘惑”だった。そしてスタークは自身が七賢人を、APEを裏切るつもりである事を明かし、インジェクターを渡す為の条件を二つ提示した。

 

一つ、スタークと同じく彼自身も組織を裏切る。

 

 もう一つは、己の復讐を果たす事への見返りとしてスタークの右腕となり、忠誠を誓う。どう考えてもコドモであれば匙を投げる内容だ。まともであればこれを容認するコドモはいない。

 

『どうする? 仲間や居場所を裏切って、人であることを捨ててまで、キミはボクに付いて来るかい?』

 

まとも、であれば。

 

『………僕は、運命なんだと諦めていた』

 

 ポツリと。090は独白を零す。

 

『コドモはパラサイトとして、オトナの為、人類の敵である叫竜の脅威から守る。それが当たり前の常識であって、使命だ』

 

『でもあの子を……パートナーを失って初めて思ったよ』

 

 “なんで、僕らなんだ?”

 

 それはたった一つの疑念だが、心の奥底に根付くには十分だった。

 

『人類の敵を前に何故オトナは何もしない? 不老不死を可能に、プランテーションを作り上げるだけの科学技術を持っているにも関わらず、なんでコドモにばかり戦わせるんだ?』

 

『それだけじゃない。パートナー殺しのアレを……僕のパートナーを殺したあの化け物を何故許容する?! ありえない!!』

 

 疑念は不安に。不安はやがて精神を侵し狂気へと変貌してしまう。加えてゼロツーという憎悪の

対象がおり、それが今ものうのうと生きているばかりか、オトナに過大評価される始末。

 まともで無くすには十分過ぎた。もはや既に彼に人としての理性はなく、あるのは憎悪と狂気によって作り出された復讐の執念。

 

『あんたが何を企んでいるのか分からない……だが、いいさ。僕は許されざる事をしたとしても

アイツを、code002を殺す!!』

 

 差し伸ばされたその手を取るか。あるいは、振り払うか。

 この究極の二択を前にして彼が選んだのは……“手を取る”という前者だった。しかもアマゾンインジェクターを奪うように取ると、なんと首に刺すという常軌を逸した行動に出た。

 

『わざわざ首に刺さなくてもいいんだけど……まぁ、覚悟の表れってヤツかな?』

 

『う、ぐゥゥゥッ!! アアアアアァァァァァァッッ!!!!』

 

 黒く膨張した血管が浮き上がり、その身を異形へと変えて090はアマゾンへと生まれ変わった。その代償として090は人間である事を辞めてAPEから離反。

 プレディカと名を与えられたばかりか正式なヴィスト・ネクロの幹部となったがその事に関して彼は後悔など微塵もない。ただ、スタークが何故自分を選び、アマゾンズインジェクターを与えて自らを右腕にしたのかが分からなかった。

 別段彼は何か特別に優れていると言う訳ではなく、ただリーダーとして部隊を指揮していた程度のコドモだ。そんな自分を何故彼女は選んだのか。それが妙に気になったのだ。

 

「ふふ、そんな大した理由じゃないよ」

 

ケースの蓋を閉じ、改めてプレディカに向き直るナオミの表情は愉快そうに目を細め微笑んでいた。

 

「君は“生きてた”から」

 

「“生きてた”?」

 

「コドモはみんな自分が戦う事に関して何も疑問を抱かない。ただ命じられて従う。それって……生きてる意味ある?」

 

 その問いにどう答えればいいのか。少なくともすぐには出せなかったが大して期待していなかったのか。ナオミは、表情を変えず両手をテーブルの縁に掴む形で置き、足首辺りをクロスさせた仕草で続ける。

 

「生きようとする意志の力は様々な可能性を産む。APE側の人類は永遠に失われない命を手に入れたけど、でも死がなくなれば生きようとする必要はなくなる。だから……自然とエゴとも呼ぶべき欲望は、感情は無くなる。本当つまらないもんだよ」

 

 不老不死は人類が望んでいた永遠のテーマであり、人類史の中では多くの権力者が地位を極めた末としてソレを求めた。が、誰もが成し遂げられなかった。挙句には眉唾物の手法や代物を愚かにも信じ破滅した者もいた。そんな不老不死をAPEは実現させた。

 更には大幅な感情の抑制や性の廃止。かつてあって当然だった物が前時代の遺物と言わんばかりに切り捨てられた。欲を忘れ悠久の時を生き続ける事だけに費やすだけの愚物。少なくともナオミはそう言いたいかのようだった。

 

「そんなオトナに従うだけで、どんな命令でも受け入れて何も言わない。ハッ!

お人形だよコドモってのは。そんなの生きてるとは言えない……けど、君は違った」

 

 テーブルから離れ、ぐいっとその顔を近付けて来たナオミは真っ直ぐ逸らさず、プレディカの瞳を覗き込むように見据える。その際自身の手を彼の左頬へと。撫でるように添えた。

 

「一つの疑問を抱いて、一つの目的を見つけて、こうして今に至る。自己の確立を成し遂げたんだ。だから“生きている”に当て嵌まるんだよ君は」

 

 命は誰に命令されずとも生きようとする。

 この地球に遍く種の全てが、獣も鳥も、小さな昆虫や極小の微生物までもがこの法則に当て嵌まるがコドモは違う。

 死ね、と言われれば躊躇を抱く事はあれどそれを実行してしまう。オトナの命令が生存の規範とな

ってしまっているのだ。ナオミはそれを“人形”、“生きていない”と称しているのだ。

 

「……貴方の目的は、一体何なんですか?」

 

 プレディカには、このナオミという少女の事がよく分からなかった。当然と言えば当然だろう。

 彼女の口から語られるご高説は彼にして見れば、意図の読めない理解不能そのもの。自らを選んだ理由を問うても、その答えは彼にとってあまり納得の行くものではなかった。

 

「おっと。余計な詮索はしないでよ。君は私の右腕で、その役通り補助してくれればいい。君のゼロツーへの復讐だって叶えさせてあげるんだから」

 

 そもそも安易に何もかも曝け出すような人物ではなく、必要と判断した時にしか明かさない合理性を持っている事だけはプレディカにも分かる。だから、ここで色々と問い詰めようが彼女は何も答えはしないし、適当にはぐらかす筈。

 場合によっては暴力と弱味を利用した脅迫や実力行使もして来るだろう。しかし、それは現状大した問題ではない。

 自分はあくまであの叫竜を血を引く少女を殺せれば、仔細な事など構わない。復讐を果たせさえすればいいのだ。そうでなければ全てを裏切って、ここに来た意味などないのだから。少なくともそう考えていたプレディカは頬に添えていたナオミの左手を、煩わしいとばかりに軽く振り払った。

 

(さて。欲しいものは手に入ったし、あとは13部隊の成長を見守るだけ…かな?)

 

 ナオミは特に不機嫌になると言うこともなく、プレディカに背を向けて両腕を組みながら熟考し

始める。敢えて言わなかったものの、ナオミはプレディカ以外にも“生きている”に当て嵌まると考えているコドモたちがいた。それはテストチームという立場にある13部隊だ。

 

 彼等は、今はまだオトナの隷属にあるが徐々にそこから“脱却しかけていた”。

 

(13部隊は“私の個人の目的”の為にも必要な人材。イプシロン…ヒロにもこれから段々と強くなってもらわないとね〜、フフフ)

 

 手を振り払われた事など、どうでもいいとばかりに自らの思考に浸る彼女は今後の事を想像し内心、ただ微笑みを増すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「刃……もしかして、フザけてるの?」

 

「いや、だから! マジで覚えてないんだって!」

 

 時を遡り、両都市防衛作戦の最中。

 アマゾンモードを果たしたストレリチアと、似たような形態へと変質したマンティス。両者の攻防が映し出された司令部のモニターの前でナナが大幅に遅れてここへ訪れた鷹山に理由を問い質し、その返答が“全く覚えていない”と言う冗談の類にしか聞こえない言葉に苛立ちを覚えていた。

 

「はぁぁ。まぁいいわ。それにしてもストレリチアのあの姿……」

 

「入隊式の時と同じだな」

 

 ナナの神妙な声に対し、ハチが彼女が思った事を言葉にする。

 

「アマゾンモード!」

 

「きゃっ!」

 

「うぉぉッ?!」

 

 気配を一切感じさせず、急に声を張り上げ、背後から現れたフランクス博士にナナと鷹山は驚くがハチはそうでもないらしく、驚いた様子はなかったものの鷹山は博士に抗議した。

 

「……んだよ爺さん。驚かすなっつーの」

 

「それよりも見ろ! アレを!」

 

 鷹山の抗議をスルーし、モニターに映る機体……ストレリチア・アマゾンモードの姿に首付けという有様だった。

 

「またしても、あの姿を成した。やはりあの少年こそがフランクスに新たなる進化を齎す一つの可能性!」

 

「ストレリチアもそうだがよ、どうやらあのカマキリモドキの機体も同じモンらしい」

 

 鷹山はストレリチアと激しい近接戦闘を繰り広げるマンティスを見据え、訝しむ。

 

「どっちもアマゾンの気配……あの時と同じって事は、やっぱアマゾン細胞が鍵ってことか」

 

「どうやら、戦いは終わったようですね」

 

 ストレリチアが放ったエネルギーの斬撃がマンティスの首を地へ落とす場面を見て、この何もかもがイレギュラー過ぎる戦いに終止符が打たれた事を悟ったハチは、そう言って溜息を零した。

 

「両部隊も叫竜の殲滅に成功……か。本当、今回の作戦は異常事態の連続ね」

 

「やっぱコレもヴィスト・ネクロ絡み……ん?」

 

 イプシロンに変身したヒロがストレリチアから降りるのを見た鷹山。

 落とされた頭からは先程の戦闘の場面でもそうだがアマゾン特有の気配が発せられている。本来、鷹山はアマゾンとしての気配察知能力は低い方で、イプシロンには遠く及ばない。だから今いる司令部から外部戦闘地点までの長距離では気配など察知する事は不可能なのだが、それを無視して来るほどの気配が発せられていると言う事は気配そのものが濃密で、巨大なものである事実を物語っていた

 しばらく映像を見ていると090……いや、カマキリの姿を彷彿とさせるカマキリアマゾンが何かを両手で持ち、ガツガツと口に付けて喰らっていた。アマゾンが食べるものは生き物のタンパク質。

 

 もっと正確に言えば……“人間の肉”だ。

 

「!!ッ……うぅ!」

 

「見るな、ナナさん」

 

 おぞましい。気持ち悪い。そんな感情が吐き気と共に込み上げて来たナナは両手で口を押さえて、必死に出るのを堪えつつ嗚咽を零す。

そんな彼女の前に立ち、モニターが見えないよう壁となってナナの背中を摩るように抱き締める。

 

「こ、これは……」

 

「……食っておるな。己のパートナーの頭を

 

 信じられない。一言で表すのであれば、これ程しっくり来る言葉はないだろう。アマゾンは大幅なギガや体力の消耗、もしくはダメージを受けた際タンパク質を摂取することで回復する事が可能で、治癒力も高まる。そういった理由から食しているのだろうが、よりによってパートナーを食料としたのだ。それがどれほど異常過ぎる事か………理解が及ばない人格破綻者でも無ければ、狂人の類でもない

 そして、カマキリアマゾンとイプシロンによる戦いを終始見逃さず刮目していた司令部の面々は、まるで…と言うより真意はどうあれ事実としてカマキリアマゾンの窮地を救うかのように登場を果たしたブラッド・スタークに、今まで内に秘めていた疑心が確信に変わるのを鷹山は即座に内心感じた。

 

「チッ、やっぱ裏有りだったかよ!!」

 

 ブラッド・スタークが七賢人の協力者である事は本人の口からは勿論、きちんとした事実確認をしている為、分かり切っていた事だが鷹山は毛の先程も信頼・信用を預ける気など無かった。というか

、何をどう言われようが起きないと言うべきか。

 13部隊初の実施戦闘時に乱入し助力したものの、その次のアマゾン掃討作戦での時はイプシロンの戦いぶりを見たいと言う名目で13部隊のコドモ全員に拘束を施し、イプシロンのみに生き残ったアマゾンの対処をさせたのだ。

 彼の消耗具合の状態を鑑みればあの時の行為は軽率なものとしか言えず、アマゾンの掃討以外の目的があった事を匂わせるには十分だ。

 スターク曰く『イプシロンの実力を見てみたくなって試した』と趣旨の言い草だったが、その前は『13部隊の戦闘がどのようなものなのか確かめる為、敢えてすぐには助けず、傍観に徹した』などの発言もある。七賢人によって13部隊の支援・護衛を依頼されたのであれば、それに従わない道理はなく速やかに実行すべきだろう。

 しかしそれをせず、最終的には遂行したものの今度はイプシロンを試すような事をする始末。

 そんな理由もあって、スタークには重々警戒していたがまさか、この局面で裏切りに出るとは思っていなかった。映像だけでなく、音声も拾うことができた。

 

“ヴィスト・ネクロ。そこがボクの属する新しい場所さ”

 

“そんでもっておめでとう。無事に生還してくれて。わざわざ君の頭の中の世界にまで入って説得したかいがあったよ”

 

“言ったでしょ〜? 正真正銘本物のブラッドスタークだって”

 

“じゃあ、また会う日まで。チャ〜オ!”

 

 一部、理解できない所もあるが、彼女が敵であるヴィスト・ネクロに属する者だった真実と何らかの目的でカマキリアマゾンの救出の為に現れ、それを遂行せしめた事。

 現状では、この二点しか把握できない。

 

「……コレは、非常に拙いですね」

 

 重く漂い始めた勝利の後とは到底思えない程に暗く、鈍重で燻んだような空気。

 これを破る形で第一声を発したのはハチだ。

 

「奴がスパイだった事を考えれば、やはり……様々な情報を外部へ流したと見るべきかと」

 

「ま、そうだろう。で、その流したブツの先にあるのは……」

 

「ヴィスト・ネクロ……」

 

 ナナが敵対組織の名を呟く。スターク本人の言葉が正しいのであれば、そこ以外に到底考えられない。

 

「……まずは、事後処理が先だ。有力な情報が一切ない中で議論に熱を入れても仕方あるまい」

 

 至極正論だ。フランクス博士の言葉を皮切りに各々が事後処理である後始末の為に向かおうとするが、博士が司令部を出る去り際にふと呟く。

 

「それと、ゼロツーの件だが暫定的に現状保持となった。忘れぬよう覚えとけ」

 

 ゼロツーには七賢人直々の帰還命令が出されていたのだが、暫定的とは言え、それが中止となったらしい。フランクス博士が以前説得してみると言っていたが、説得の成果か。はたまたは他に何らかの理由等が絡んでそうなったかは分からないが、少なくともヒロにとっては朗報だろう。

 

「code016にも伝えておけ。ワシからは以上だ。じゃあの」

 

「は、はい」

 

 それだけを言い残し、今度こそ博士は去った。

 鷹山、ハチ、ナナの3人はそれに関して何も言うことはなく、やるべき事へと意識を向けた。

 

 

 

 

 








090、ヴィスト・ネクロへ……となりました。実はそのまま倒されるか、その後も敵として出すか迷うに迷ったんですけど、090って本編だと出番ないし、正直なところ脇役だったので敵として、きちんと出番のある悪役として出すことに決めました。

ちなみに新しい名前の『プレディカ』はプレディカドールという、イタリア語でカマキリを意味しています。

今回でこの章を終わらせる予定でしたが、もう1話分あります。すみません(-_-;)

では。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もう一つの人類の砦





 ふと見てみれば、なんと評価バーが色付きに((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル。

 お気に入り数も72となってもう色々嬉しいです! これからも頑張って書きますので、どうか応援の程をよろしくお願いします!!




 

 

 

 人類の不老不死化計画。これを聞くと大抵の人間は有り得ない、馬鹿げてるなどの言葉で一笑に付すだろう。しかし科学の進歩とある物の発見により、不老不死は実現を果たした。

 それはマグマ燃料。

 “マグマ”と名が付いてはいるがマグマそのものではなく、ドロリとした不定形の液体で赤と橙に光り輝く様と地中深くにて発見された事からそう命名されたのだ。マグマ燃料は

たった数滴の量でも施設一個を運営できる程の高エネルギーを生み出す事が可能で、化石燃料に変わる新たなエネルギー源として確立されたのだ。

 更にこのマグマ燃料は人体に対し有益な効果があった。細胞に含まれる染色体の末端の部位に相当する“テロメア”。

 染色体を保護する役目を持ち、テロメアは細胞分裂を繰り返す度にその細胞ごとに短縮化していき、それに伴い引き起こされるのが“老化”である。

 老化現象はテロメアの短縮化と酸化ストレスが原因であり、テロメアの短縮化阻止は数万年掛かろうとも不可能とされて来たがそれを可能にしたのが『APE』だった。

 APEはマグマ燃料を人体でも運用できるよう化学物質へと加工した『ME生体因子』を開発。

 ME生体因子はテロメアの短縮化に対し、短縮した構造組織を再生・細胞分裂の度に強固させていく働きを行い、更には特殊なエネルギーを体内で生成することで生命活動に必要な酸化反応の代替となり、酸化ストレスの要因である活性酸素を失くすことに成功。

 それによって免疫力は大幅に低下したものの、クリーンライフシステムと呼ばれる無菌をあらゆる方法で徹底された生活システムが利用された住宅施設が普及。生活の基盤が大きく変わり始めた頃、突如として出現した叫竜への防衛策として移動要塞都市プランテーションを建造。APEに賛同し、傘下に属した人類はプランテーションによって齎された快適な凪のような生活を手に入れたが、全ての人間がそうなった訳ではなかった。

 この時期、総人口において貧困層と富裕層の二極化されAPEの唱える不老不死化に否定的な考えを持った人々と、貧困層だったが為に不老不死を得られずだった人々はAPEに匹敵し得る影響力と権力を持つ『RG財団』の保護下に入り、マグマ燃料の採掘と並行して起きていた環境破壊や地殻変動などの今後を想定しプランテーションと同等レベルの防衛機能を有する都市を築き上げた。

 名は“コロニー”。APEのプランテーションと双璧を成す、もう一つの人類の砦である

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

「報告はそれだけかい?」

 

「はい。以上となります」

 

 無機質な材質で構成された四角い空間には、まるで舞台のステージを彷彿とさせる段と台に当たるパーツが配置され、床や天井、左右四方八方とある壁には強度が高く耐震性においても優秀な材質を白い色彩に染めて用いている。

 かなり大きな四角い形状の窓ガラスもあり、外側に広がる高く聳え立つビル群。それを背景に丸みを帯びた楕円形状のデスクに肘までの両腕を置き、楽にした姿勢で腰を下ろす1人の男性はやや呆れた様子で相対する部下の男を見ていた。

 とは言え、デスクに座る男は部下に対してそういった感情を孕んだ視線を向けている訳ではない。 向けているのは、この場にはいないある男だ。

 

「鷹山君から来る情報はどれもこれも、今回のもそうだけど、微々で大した事のないものばかり……“グランクレバス攻略作戦”に関する情報は別だけど」

 

「まぁ、あの人はコソコソ嗅ぎ回るのは嫌いな人ですし……」

 

「知ってるよ」

 

 苦笑を浮かべる白衣に眼鏡をかけた短い黒髪の部下の男に対し、上司である男はその一言で一蹴してしまった。その上司の男は、肘の辺りまで伸ばした長い金髪。鮮やかな赤の生地に金の十字架が刺繍された眼帯を左目に添え、片方の目は赤の眼帯とは対極を示しているかの如く鮮明な空色の瞳がハイライトを宿していた。

 

「けど、もうちょっと情報の方をなんとかしてほしいかな……て、言っても部外者という立場を考えるとそう簡単にはいかないか」

 

 致し方なし。そんな思考が顔に出ては溜息を吐かずにはいられなかった。そもそも鷹山刃圭介というコロニー出身の男が協力者と言う建前でAPE側にいるのは、APEから来た協力要請がそもそもの発端だった。

 内容は『アマゾン対策の為にそちらの力を借りたい、ぜひ優秀な人材と知識・技術の提供を願う。その報酬として可能範囲内での物資を提供をする』、というもの。

 これに対しコロニーを統括する統制委員会は承諾し、戦闘方面・生物学方面に優秀な人材である鷹山刃圭介を派遣人材として抜擢。

 アマゾンに関する資料・及び対アマゾンに特化した技術を提供したのだが、ただ素直に差し出す程

、財団はお人好しではない。特に今この部屋においてデスクに腰を下ろしている金髪の男『ヴォルフ=ネロ』に限っては。

 特定有害生物対策センター、通称『4C』の局長を務めると共に統制委員会の1人である彼は、鷹山にある極秘の任務を下した。

 

 『APEの裏側を探れ』と。

 

 ヴォルフはAPEという科学機関に対し、疑念を抱いている。APEは謎が多く、その始まりは不明。表舞台に立ってから大きくなるまでに然程時間をかけてはおらず、徹底した合理主義に基づく人類の安寧と発展を行動理念として動き、これまでに多くの功績を人類に齎して来た。だが、それだけに黒い噂が絶えなかった。

 世界各国の政治・経済の奥深くまで根を張り、対立した団体や企業、国の重役に位置する人間が不幸の事故や自殺等様々な形で死を遂げ、更に違法な実験を繰り返している等の疑惑の声は当時世間にはあったものの、これと言った明確な証拠は一つも見つからず。

 権力による影響力も相成ってかAPEは意に返さず、結局は根も葉もない都市伝説として形骸していき、やがて消えていった。

 しかしコロニーには過去APEに勤めていた経験を持つ一部の人々が何十人かおり、それが噂ではなく真実である事を知っていた。人類がコロニーとプランテーションの二極に分かれてからもう数百年と経っているので殆どいないが、それでも存在を危険視する彼等の子孫は今もいる。

 その1人がヴォルフなのだ。

 

「局長は、APEが我々の脅威になるとお考えで?」

 

 ヴォルフ直属の部下である男性『ロシュウ』は、そんな問いを上司に投げかけるものの

、とうの本人は何処か釈然としない顔を浮かべた。

 

「まぁね。さすがに決定打に欠けるけど」

 

「……あくまで可能性だと?」

 

「APEは過去3度、コロニーに対して同盟勧告をして来てる。無論それを突っ撥ねてるのは君も知ってると思うけど、3回も同盟をしつこく勧めて来る連中が何もせず簡単に引き下がるのはおかしいと思わないかい?」

 

 確かに。言われてみれば妙な話だとロシュウは思った。APE側の同盟目的は『叫竜並びアマゾンといった人類を脅かす敵の殲滅掃討と、双方の増強・全人類の調和』などといったもので、理由としては落とし所はない。

 だが、APEという組織の暗黒面をコロニーは知っている。であれば同盟に関する要求を拒むのは当然で、それを3度もして見せた。APEも武力を用いての侵略行為に出てもおかしくはなかったが叫竜という、未知でありアマゾン以上に脅威となり得る存在を相手にしていればこそ、今ある現状の戦力をコロニーとの戦争に割く余裕はなかったらしい。

 結果“APEは何もせず、引き下がった”。

 

「あの叫竜を相手にしてますから、当然では? 我々がアマゾンを相手に戦うのとは規模が違います」

 

「……そうだね。けどもし、その戦いが終結したとしたら?」

 

 気のせいかヴォルフの瞳が剣呑な輝きを宿したように見えた。

 

「鷹山君の情報が正しければ、グランクレバス攻略はそう長くない内に始まる。大規模な戦いの末にAPEが勝利したら? どうやら連中、攻略する狙いは叫竜側の兵器らしい」

 

「叫竜の兵器? まさかそんな……」

 

 叫竜は様々な姿をしており、それと同様に個の能力も多岐に渡る。しかし知能に関して言えば個体間での大した差はなく、全体的に見て文明・文化を構築するだけの知能はないと言うのがロシュウの見解だ。

 そんな動物と大差ない存在が兵器を作る等ありえるのか? 疑問は尽きないが、もしそれが本当だとしてAPEがソレを手に入れるだけでなく、自在に操作できる術を見出したとしたら?

 兵器とは、ただあるだけで抑止力となるものだが使われてこそ真価が輝く。もし使うとして、その矛先は何処に向けられるのか? 最悪のシナリオを脳内思考の末に導き出してしまったロシュウことを察してか。

 ヴォルフが“しかし”と、間を置く形で釘を刺した。

 

「今のところ詳細は不明だ。現段階で何も分かっていない事に色々憶測やら仮説を立てるのは非合理的だから、やめた方がいい」

 

「す、すみません」  

 

「分かってくれればいいよ」

 

 そう言って立ち上がったヴォルフは後ろを振り返り、眼下に広がる景色へ視線を向ける。コロニー内部に存在する街はプランテーションの都市とは違い、無機質な白や灰色などの材質で出来た建物が立ち並び、その下には大勢の人々が右往左往と行き交っていた。コロニーの庇護によって生きる人々は、今も“人としての心”を旧時代の遺物と切って捨てず、大切にしている。

 かつての在りし時代と何も変わらず、だ。

 

「何があっても守らなきゃいけない。何者であろうと敵は排除する。それが僕達の仕事で、守るべき信条だ」

 

 それは一つの、苛烈的な思想なれど命を賭す程に大切な何かを守りたいと願う者として、持ち得るべき決意。それはヴォルフという男の根幹にある一面であり、ロシュウもそれに関しては重々承知している。

 だから独り言に近いヴォルフの言葉に反応する事なく、そのまま無言を貫く。

 彼等は4C。コロニーに住まう市民を守るのが使命であり、この程度の覚悟はこの職務に就く上で必要不可欠なもの。守る為、そして“最善なる安寧”を得る為に常に命懸けで尽力するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 コロニーがAPEとの同盟を拒む理由は、相手側の裏にある“黒い部分”というだけではない。

 コロニーは、人間だけでなくアマゾンも一般市民や治安維持組織の一員として暮らしている。普通に考えてアマゾンの人食いの特性を鑑みれば共存は不可能と思われがちだが、そうとは限らない。

 アマゾンの人食欲求を抑える為の抑制剤が備わった腕輪があり、通称アマゾンレジスタ

ーと呼ばれている。それを腕に付けることで、人食欲求を条件付きだが抑える事ができ、人と変わりなく生活する事が可能となり、本来ならば食うか食われるかの間柄なれども上手く暮らしている。

 しかし、先程も言ったがアマゾンレジスターから供給される抑制剤の効果を正常に発揮させる為には、条件が必要となる。絶対にだ。

 まず、“人を一度も食べた事がない”。

 人の味を覚えるとそれだけを求める物質が体内で生成され、抑制剤の成分を分解してしまう。

 その為、アマゾンレジスターを付けているアマゾンは全く人肉や血液を一切口にしておらず、もし口にしてしまえば………その時は既に抑制剤は効果を為さなくなる。

 理性を消失させた人食いの獣と化してしまうのだ。

 もし、そんなアマゾンが出て来てしまった時は容赦なくそのアマゾンを狩らなくてはいけない。

 人を襲わないからこそ共に歩む事ができるが、襲ってしまえば……もはや食うか食われるかの殺し合いのみ。

 4Cは、まさにその暴走してしまったアマゾンを発見次第駆除する為にあると言ってもいい。

 無論、“元から人食いの屍獣”であるアマゾンらも駆除対象だ。

 

「撃て!」

 

 4Cの駆除部隊が隊長の指示の下、部隊員の両手にあるリザスターガンの銃口からアマゾンに対し有効なギガの弾丸が吐き出され、弾は余さず駆除対象となってしまったアマゾンへと向かい命中していく。

 コロニーの都市の西側に位置する廃工場で、暴走したアマゾンを駆除する部隊が1体のアマゾンを相手に戦闘を繰り広げていた。

 

 

「ハァァァ……」

 

 そのアマゾンは、さしずめ“ウニアマゾン”か。

 ウニのDNAを有している為身体のあらゆる部位、箇所にウニの外皮と棘を備え、頭には花弁のように別れた大きな口部が顔面を占めており、そこからウニの身を彷彿とさせる肉質が見える。

 当然食らったものを噛み千切り細かくする為の歯もあり、屹立し並んだソレではなく所々バラバラに生えている。

 

「食イタイ……食ワセロォォォォォ!!!」

 

 まだ微かに理性があるのか、人語を介してはいるものの言葉自体理性的なものとは言い難く、このまま放置すれば確実に人を襲い喰らうのは目に見えている。だからこそ速やかに駆除したいのだが、ウニアマゾンはギガの弾丸をものともしなかった。どうやら外皮は中々硬らしく、おまけに棘という凶器も付いて尚の事質が悪かった。

 

「クソッ! 外皮が硬くて通らないのか!!」

 

「は、離せ! ガァァァッッッ!!」

 

 ウニアマゾンは近くにいた隊員の肩に齧り付く。更に棘を伸ばして身体中を容赦なく貫き、なんと棘から血液を吸収して見せた。

 

「あ、ぁぁ……」

 

 血液のみならず水分や他体液を余さず吸い付くされた隊員は、当然その命を奪われ、ボロ雑巾のように放り捨てられた。

 

「肉、血……ウマイ……」

 

 噛み千切った肉をムシャムシャと生々しい音を奏でながら食べていく。その光景を見ればまともに相手などしたくない思いに駆られるだろうが、生憎と彼等は治安維持の為の駆除部隊。市民を守るのが彼等の使命である以上、引く訳にはいかない。

 

「距離を作れ! 離れるんだ!」

 

 駆除部隊『レッド・バロン』は薄赤の迷彩服に黒の防護ベスト、ガスマスクにヘルメットを装備しているのが特徴の駆除部隊の一つで、『赤松生二(ぎゅうじ)』という名の隊長が指揮している。

 そんな彼は部下に対象から離れるよう指示を出し、十分距離を保った上で攻撃する。

 が、やはり外皮が硬かった。

 有効なダメージは望めないのが現実。赤松はガスマスクの下で苦渋を味わうような表情を浮かべては、ただ思考する。

 

(このままでは……致し方なしか!!)

 

 意を決した赤松は、ここである指示を出す。

 

「こいつの相手は俺がする。下がれ!」

 

「みんな、下がれ!!」

 

 赤松の後退命令。その意図に逸早く気付いた隊長補佐の隊員『木村義景』が他の隊員に後退するよう促す。大半のメンバーは察して迅速に退いたが入ったばかりの新入りの面々は理解できず、困惑した様子で鈍い様子で後退した。

 

「木村補佐。赤松隊長だけであのアマゾンを相手取るのは……」

 

「そう言えば、まだ入って初日だったな。何も心配はいらない。何故ならあの人は……」

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 上半身に装備していた防護ベスト、ガスマスク、ヘルメット。果ては迷彩服さえも脱ぎ捨てて半裸という姿を晒し出して唸り叫ぶ様は狂人のソレかと疑いたくなる光景なのだが、赤松の顔は真剣そのもので、鬼迫さえ感じる。厳つい強面の人相。それに彫り込まれたかの様な皺の数から見て、30代後半辺りか。

 短い黒髪を逆立てたオールバック風に整えた容姿の赤松は身体中から白い蒸気のような、オーラを放出しその姿を変質させていく。

 やがて、姿を現したのは1匹のアマゾン。牛の仲間である偶蹄類の動物バッファローに似ていることから、バッファローの遺伝子を持つ“バッファローアマゾン”と呼ぶべきか。

 この姿こそが彼の正体……赤松生二は人間ではなく、アマゾンだったのだ。

 

「行くぞォォォ!!」

 

 まずバッファローアマゾンが仕掛けたのは、自身の重量を利用した突進による一撃。

 ランクBかそれ以下のアマゾンならば容易く吹っ飛ばされるそれを、ウニアマゾンは多少後方へ押し出されものの、踏み止まった。

 

「なに!」

 

 ウニアマゾンは、ランクB。重量級でもない事を鑑みれば吹っ飛ばされないと言うのは、おかしな事だった。その秘密は意外にも両足の裏側にあった。

 

「! ……“管足”か」

 

 管足とは、ウニやヒトデなどの棘皮動物が持つ無数の触手で、これを使う事で手足のない彼等は移動を可能にしている。

 このウニアマゾンもそれを持っていたのだ。最も移動としてではなく、吹っ飛ばされる事のないよう“支え”に使ったのだが。

 証拠に両足の裏からモゾモゾ蠢く黒い触手のような無数に顔を覗かせており見る者によってはかなり気持ち悪い絵面だ。

 

「チィッ!」

 

 出鼻を挫かれたと舌打ちを鳴らすが、すぐに切り替えて重い拳による打撃を連続して加えていく。

 

「グッ! ギィィッ!!」

 

 ここで初めてウニアマゾンが苦悶の声を漏らす。突進の一撃では飛ばされなかったものの、連続しての拳による衝撃には耐えられなかったらしく、その身を軽く宙に浮かせ落下。

 地面に倒れ伏した格好を晒す。

 

「長引かせる気はない。決めさせてもらう」

 

 鼻息を荒く、片足を地面を鳴らすように蹴る様はまさしく猛牛か。

 呻くウニアマゾンに容赦なく駆け寄るバッファローアマゾンは、胸の中心……中枢臓器へと拳を振り下ろした。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーーッッッ!!」

 

 断末魔の叫びは、言葉でも人らしいものでもなく獣の様だった。拳の重圧はそのまま中枢臓器を難なく潰し、ウニアマゾンの命を狩るには十分過ぎた。

 体組織がドロリとした黒い液体へと融解し、それがウニアマゾンの死を確実なものにさせるには十分だった。

 

「駆除、完了……すまない」

 

 呟くように出た言葉は、謝罪だった。

 いかに理性なき獣に成り果てたとは言え、こうなる前はコロニーに住む市民の1人だった筈。これは守るべきだった市民を守れず、あろうことか手にかけた自分への戒めでもあった。

 

「あれ、もう終わったんですかぁ?」

 

「……出る幕なかったな」

 

 二つの男性の声が人間の姿に戻った赤松の耳に届く。赤松にとっては聞き慣れた声だったので予想するまでもないと思いその方向へと顔を向け見てみれば、案の定“彼等”はいた。

 

「黒崎に礼森か」

 

 黒崎アキラ。

 日本人の父とアメリカ人の母との間に生まれた、俗に言うハーフの男性。父に寄る形で似たのか東洋らしい顔が目立ち、あまり西洋人っぽい感じはしないものの、よく見れば西洋人としての特徴が見受けられる顔つきをしており、髪は黒く癖毛に少し伸びている。

 やさぐれた雰囲気はあるものの、ただそこに立っているだけならば美形男子の部類に入るだろう。

 喋ると相手構わず毒舌を吐くが。

 一方で、その隣にいるのは冴えず目立たないと言った印象を受ける平凡を絵に描いた様な長髪を後ろに束ねた眼鏡の男性、礼森一郎。手に持ったタブレットで何らかの操作をしているが、赤松の視点からでは何をしているのかは分からなかった。

 

「1人、死んだのか」

 

「ああ。俺のミスだ」

 

 ウニアマゾンに殺された隊員の干からびた死体を見据えつつ、淡々とした黒崎からの質問の声に赤松は自分の非を認め、堂々と告げる。

 その様子に黒崎は頭が痛いとばかりに目と目の間の眉間を摘むような動作を見せる。

 

「あ〜、クソがッ……」

 

「俺の責任だ。容易く駆除できると油断した為に起きた失態なんだ。お前が気にすることじゃない」

 

「確かにな。しかしよぉ、赤松。鷹山の野郎が居なくなって気ぃ抜いてんじゃねぇのか?」

 

 図星、かどうかは分からないが少なくとも思い当たる節があったのかもしれない。

 いや、あったのだろう。

 黒崎の質問に何も言わないのであれば、それはもう確定に等しかった。そして黒崎の言う“鷹山の野郎”とは、鷹山刃圭介の事で間違いない。鷹山はコロニーにおいて、アマゾン専門の科学者の中では屈指の天才であるが、同時に自らをアマゾンライダーシステムの実験台にする狂人としても知られている。

 そんな彼はSランク級アマゾンとなった自らの肉体と能力を活かして、4Cの科学者兼駆除部隊のジョーカーとして活躍していた時期があり、アマゾンライダーになった15歳から30歳までの15年間に及ぶ。

 少年期という幼い時期からアマゾンライダーとなった経緯は省くが、彼の活躍は良く評価できるものだった。

 迅速に現場に赴き、できる限り仲間に被害が出ないよう注意を払い、いかなる状況下でも冷静さを保ち敵を分析、的確な指示を出す。熟練され経験を積んだベテランなら出来て当然の事だが、鷹山はそれを初陣で成し遂げる異例の実績を見せつけた。

 更に民間への被害も考えた上で安全に対象を駆逐する手腕は、もう見事としか言えないだろう。今でこそレッド・バロン部隊は赤松が指揮しているが、元々指揮していたのは鷹山だ。当時の赤松はあくまで隊長補佐の立場に過ぎなかったのだ。

 そんな彼がAPEへと正式に派遣される事となり、隊長は赤松へと代替された。時折APEからの要請を受けて派遣される事はあったのでそう珍しい事ではなかったのだが、あくまでその全てが日帰りに終わる程度。

 それが急に本格的な派遣となると一年か数年は戻らない事を意味していた為、赤松としては鷹山がいない間の部隊を指揮できるかどうか。

 まだ隊長となって日が浅過ぎる彼にとってそれが不安や悩みの種となってしまっていた。それが今回のように裏目に出てしまったようだ。

 

「でもまぁ隊員1人だけでしか死んでませんし、被害を最小限に抑えられたって考えればいいんじゃないですか?」

 

 礼森は特に感慨もなく合理的な意見を口にした。赤松はそれに対し目を鋭くさせ苦言を投げる。

 

「随分と命を軽視するじゃないか。なんなら、お前が一番前に立って盾代わりにでもなるか? そうすれば俺の部下を誰1人死なせずに済むかもな」

 

「え、嫌ですよ。死にたくないですし」

 

 普通に素で拒否する札森。そんな彼等の会話をうんざりだ、とばかりに気怠げに聞いていた黒崎は話の腰を折る為、無理矢理ながらも介入する。

 

「ところでよぉ。俺たちが殺したあのウニのアマゾンの詳細……何か分かったのか?」

 

「へ? ああ。それなんですけど本名は『田中宗一郎』って名前で、腕輪の抑制剤はまだ余裕だったみたいなんですよ」

 

「はぁ? 現に暴走してんだろ。なら腕輪の色は赤になってる筈だ」

 

「きちんと証拠あるから言ってんですよ」

 

 札森が面倒くさそうな表情である物を赤松と黒崎に見せる。それは、まぎれもなくアマゾンレジスターで目に見える部位が“青”だった。

 

「……本当にウニの奴のもんだったのか?」

 

「しつこいっすよ。本当ですってば」

 

アマゾンレジスターの形状は、鳥とも爬虫類とも付かない顔のようなもので、両目と思える部位もある。基本的にそこは青色に発光しているのだが抑制剤が切れそうになると、音を出して赤色に変わる

のでそれを目安として、新しい腕輪に取り替え付けてもらう規則になっているのだが、どういう訳かウニアマゾンこと田中宗一郎なる男性の腕輪はまだ機能していたのだ。

 

「まぁ、詳しい事は科学班に任せるしかないですね。ただの故障の不具合ってだけかもしれませんし」

 

「……単なる故障だといいけどな」

 

 まるで自然に起きてしまった事故ではなく、何らかの見えない意図が孕んでいるとでも言いたげな

、そんな可能性を示唆している台詞を口にする黒崎はもうここに用は無い、とばかりに後処理を赤松の部隊に任せて去っていく。札森もそれに続くが、一応の礼儀として軽く頭を下げる形で会釈してから行く。

 そんな2人の背中を見ながら赤松もこれには薄っすらとだが予感を覚えていた。

 

 得体の知れない何者かの悪意。

 

 過去“そういったもの”によるテロ行為を受けた経験があればこそ、それを可能性ゼロなどと断じる事はできなかった。もし赤松の予感通りだとしたら……。

 

「また……“ヴィスト・ネクロ”なのか?」

 

 そんな呟きが自然と出てきた。

 

 

 

 

 







 今回登場した『ヴォルフ=ネロ』と『ロシュウ』はオリキャラです。
 前者は4ℂ局長で名前の由来は有名な音楽家とローマ皇帝から。後者はその秘書で名前の由来は天元突破グレンラガンのロシウから取りました。

 今作の赤松隊長は、原作で人間だった設定と違い、最後の審判で登場したバッファロー
アマゾンという設定です。ちなみに原作だと同じ4?の隊長格である黒崎さんと比べて大して活躍する場面は一切なく、最後も部下のヘマで死亡退場という始末……。
 部下思いな人柄の面が個人的に結構好きで、尚且つアマゾンにしてみたいという感じでそういう風に仕上げした次第です。

 そして黒崎さん&札森さんのシーズン2コンビ。
 黒崎さんは原作の米国の特殊部隊にいたという設定を基に元米国の母親と元日本の父親とのハーフに。でも外見的には特に原作と変わりなし。但し性格の方は若干ながら柔らかくなってます。
 札森さんは原作と比べて特に変更点はありません。その方がキャラとしての味があって
いいかなと思い、変わらずのままです。

 今回の話はちょっとコロニーにスポットを当てた話です。今後13部隊と関わっていく
事になりますから、イメージを掴みやすいよう仕上げてみました。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

流星モラトリアム~束の間の休息~
煌く太陽の下で 前編





皆様お待ちかね、ダリアマ水着回……爆☆誕!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海。大地よりも総面積が広く、地球に犇めくように存在している生命たちの発祥の故郷と言ってもいい。

 人も、獣も、虫も、極小の微生物も遍く全ての種は海を母として生まれたのだ。そんな海に常日頃から13都市を防衛するコドモたちは、浜辺に足を踏み入れる形で訪れていた。

 

「お、おお! すっげー!!」

 

「へぇ……これが海か」

 

 海を直に見る事などなかったコドモらの反応は感動のそれに近く、ミツルも柄に似合わず瞳を輝かせていた。

 そもそも何故13部隊が全員海へ来たのかと言うと、本来はこういった事は有り得ない。

 コドモの使命はパラサイトとしてフランクスに乗り叫竜と戦い、都市を守る事である。

 いつ、どのようにして叫竜が襲って来るか分からない中でコドモを海で自由にさせるなど、非常時の事を鑑みればあってはならない。

 しかしフランクス博士はこれを提案し、鷹山の賛成の声も相俟ってこうして実現したと言う訳だ。

 

「はぁぁ……なんでこんなこと……」

 

「そう溜息零すなよナナさん」

 

 ちなみにコドモらは全員水着に着替え、監視という名目で鷹山とナナも来ており、当然ながら2人とも水着姿である。

 

「ナナさんの水着姿……綺麗だよ」

 

「は、はぁぁッ?! なな、な何言ってんのよもう!!」

 

 ヘラヘラとしたニヤけ面だった顔をキリッとさせ、真面目な面持ちで言う様は傍から見ればシュールではあるものの、自分にとって初の水着姿を見られて、存外真っ直ぐな感想を言われたのだ。

 親しい仲の男性に言われれば、つい嬉しいと思ってしまうのが女心と言うもの。

 証拠にナナは顔を真っ赤にし、戸惑いの表情を隠せずに出している。

 

「そ、それよりも! コドモ達のことキチンと監視しなさい。私と貴方がここにいるのは、その為なんだから」

 

 その言葉は正論ではあるものの、つまらないとばかりに今度は鷹山が溜息を吐いた。

 

「はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜……いや、分かってるよ? でもさぁ〜、ナナさんやアイツ等が着てる水着は俺のトコからこっちに寄越したもんだぜ?」

 

 無駄に長い溜息の後に続いた台詞は、愚痴のソレだった。

 ナナと女子のコドモ達が着ているものは全部コロニーからこちらに輸送されたもので、その柄や色は様々だ。

 計50種類もの品揃えで、ナナが自分で選んだものはその中にあった物である。

 どんなものか、と言えば赤い生地にハイビスカスの黄色いペイントが施された代物だ。赤が好きな鷹山としてはナナとのベストマッチが最高の一言に尽きる水着姿。

 これを目にして、超絶という言葉が付くほど鷹山は嬉しさの絶頂に陥っていた。それ以外に一体何の感情がいるのだろうか。

 いる訳がない!

 少なくとも鷹山はそう心の中で叫ぶ程だ。

 

「……」

 

「え、ちょ、あんま見ないでよ……」

 

 ゴローは視線を向ける。その先にはイチゴ、正確に言えば彼女が着ている水着だ。

 ピンク色の生地に白の水玉模様がよく映えるが、よく見れば白い玉には猫のような耳があり、ただの水玉模様ではない事が分かる。

 可愛い。それが彼が無意識に思った素直な感想だが、視線に気付いたイチゴは顔を赤らめ、照れ臭そうに言いながら顔を逸らしてしまう。

 

「あ、いや、……悪い」

 

 すかさず謝るがイチゴはフンっと言いたげな様子だ。一方でミクとゾロメはと言うと恒例の痴話喧嘩は特になく、ゾロメがただ素直な感想でミクの水着姿を不器用ながらも褒めていた。ミクの水着は黄色に黒い猫のイラストがペイントされたもので、何処となく猫を彷彿とさせるアルジェンテアに乗る彼女のイメージとよく合っていた。

 

「そ、そーいうのもイイよなミクは。なんつーか、こう、いつもより可愛いし」

 

「あ、ありがとう……」

 

「フトシ君どうかな?」

 

「最高! ホント最高だよココロちゃん!!」

 

 ココロの水着姿は白の生地に赤、青、黄、黒と言った星柄が散りばめられたもので、その見応えはパートナーたるフトシから見れば最高の一言に尽きる。言葉と興奮度合いからその程度が窺い知れた。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし、明らかに温度差の違うメンバーがいた。ミツルとイクノだ。イクノは黒みがかった藍色の水着で、柄は特にないが大人しい彼女に合う落ち着いた色彩である為、様になっていた。

 

「……まぁ、いいんじゃないですか?」

 

「別に。あんたに褒められても嬉しくないよ」

 

 冷え切っている。チラリと見ていた鷹山の抱いた感想がそれで、他の誰かが見ても同じような言葉を呟くだろう。

 

「は、はは……仲良くね二人とも」

 

 居心地の悪さを感じ苦笑を浮かべるナオミは、そんな二人の後ろで丁度二人の間に挟ま

って見える位置でなんとかフォローを入れてものの、大した成果は得られないだろう。

 ナオミの水着は紫の生地に緑の色彩で形成された蛇やコブラのイラストがペイントされた、エキゾチックな毒々しさを表したもので、これが妖艶な雰囲気を何処となくながらも

醸し出していた。

 ともあれ、海という未知の体験はコドモたちにとっては良い刺激である事に変わりない

。特に嬉しさを際立せていたのはゼロツーだった。ちなみに水着は特に柄のない上下赤一色のもの。

 赤がイメージカラーのゼロツーにはシンプルながらもよく似合った水着だ。

 

「ダーリン! ほらほら!」

 

「そ、そんなに引っ張ると危ないって!」

 

 前々から見たかった海がそこにあるのだ。

 喜ばない筈なく、気に入った新しいパートナーもいるとなれば嬉しいの一言しかないのだろう。

 これに関してはヒロも嬉しいのだが、さすがに手を結構な力で引っ張られると困る為、そんな抗議の声を上げるヒロだがゼロツーは軽くスルー。ある程度、大体膝から少し上辺りまで海水に浸かると立ち止まり、両手を器代わりに水を掬い上げる。

 ゆらゆらと動き、何の汚れもない無色透明の液体。

 水ではあるものの水道水や川、池などの淡水とは違い、塩分を含んでいるので塩辛く飲める代物ではない。しかしこうして浸かるだけなら、何も問題ないソレは特別という程の物ではないが、それでもゼロツーにとっては普通以上の特別なものに見えた。

 

「しょっぱくて、不思議な味。ふふ……ありがとうダーリン。ボクをここへ連れて来てくれて」

 

「いや、俺は何も……」

 

「ううん。ダーリンのおかげだよ」

 

 自分は何もしていないと言うが、ゼロツーはそれを否定した。

 

「ダーリンがいたから、パートナーになってくれたからボクはここにいる。だからダーリンのおかげなんだよ♪」

 

 笑顔で真っ直ぐなそのセリフに顔をはにかむように綻ばせるヒロの顔は、左右の頬が赤く染まり、それが気恥ずかしさと照れを両立させた物だと。側から見れば一目瞭然。

 それだけ美少女と例えるに相応しい容姿の女の子に褒められると言うのは、陽気的な意味で気持ちを高揚させてくれるものだ。

 

「そう言えばダーリンって泳ぎ得意なほう?

 

「え、どうかな……まぁ、そんなに酷くない筈だけど、上手いかって言われたら微妙かな?」

 

「よし! じゃーいっぱい泳ごう!」

 

「えぇ?! 待ってくれゼロツー!!」

 

 ヒロとゼロツーの2人が競泳でハシャぎ捲る中、それを見ていたココロ、ミク、イクノ。

 そしてゴローは安心したような表情で見ていた。

 

「ヒロ君、元気になってよかったね」

 

「ちょっと良すぎる気もするけどね〜」

 

 ミクとココロはそう言い、ゴローもそれに便乗した。

 

「そうだな。戻されそうになったって聞いたけど、結果的にまたパラサイトとして戦えることになって良かったよ」

 

「……」

 

 自分のパートナーの言葉にイチゴは、あまり肯定的に捉える事ができなかった。何故ならあの夜、ゼロツー本人からパートナー殺しの噂が真実である事を聞いたからだ。

 だからこそ、みんなと違ってゼロツーの疑念は晴れない。他のみんなはパートナー殺しの噂がデマだと思っている。

 当然だろう。

 あの夜の温室にいたのはイチゴだけ。ゴローにはその時の詳細を伝えてはいるものの、戦いの後にヒロは死なず、それどころか元気な姿で無事生還を果たした。ゼロツーに乗った事で命を落としかけたのは事実だが、しかし今はこうして生きて共にいる。

 少なくとも現状においては大丈夫なのだと、ゴローはそう判断していた。

 だがイチゴは違う。今もまだゼロツーに対し疑念を抱き、何か企んでいるのならば真っ向から相手になってやる。そう決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「そ、れ〜!」

 

「よっと!」

 

 コドモたちはそれぞれが思い思いに過ごしていた。

 イクノは少々泳ぎが苦手な所がある為、それをナオミが丁寧で分かり易い指導で仲良く練習していたり、イチゴはそんな二人の輪の中に入って練習に協力している。

 ヒロとゼロツーは砂を用いて色々と作っており、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯かせるヒロと彼が作った、控えめに言って『イマイチ』に分類されるモチーフ元が分からないほど色々歪んだ作品を見て、堪らず爆笑を奏でるゼロツー。

 この光景を見るにどうやら巧さの点では、ゼロツーに分があった様子。

 ミクとココロはビーチボールを用いて、互いにパスし合いながら浜辺の球技遊びに興じている。実に目の保養になる美しく楽しそうな光景の数々なのだが、それらを邪な目線で見る者達がいた。

 海で泳いでいたヒロを除く男子らだ。

 ゾロメは浮き輪に尻部を嵌めた格好で見ており、その浮き輪の両脇にフトシとゴローが掴まり一緒にまじまじと見ていた。ついでに鷹山も。

 鷹山の場合、ゾロメと同じく浮き輪なのだが普通の使い方だ。

 

「……なぁ、みんな……」

 

「皆まで言うなゾロメ」

 

 何かを言おうとするゾロメだが、そこに待ったと即答する勢いで声をかけた鷹山は、その言葉で彼と同調してみせた。

 

「「海っていいな!!」」

 

「す、すごいハモり……」

 

「あ、ああ……でも分かるぞ。その気持ち」

 

 眼鏡の中央パーツをクイッと上げ、やたら高揚とした様子で呟くゴローにフトシは驚きの声を上げた。

 

「意外だね……ゴローもこういう話題に興味あったりするの?」

 

「お、俺だって男だぞ!!」

 

 それに対し、失敬な。と言いたげに反論するがゾロメもイメージとしてはあまり食いつかない方だと思っていたので、フトシと同じく意外に感じていた。

 

「まぁ落ち着けよ。男ってのはな、エロい位が丁度いいんだよ」

 

 なんか間違ってる。ほんの一瞬ばかり頭の中に浮かんだその言葉を実際に出し掛けたゴローだが何とか堪え、そのまま息や唾と共に飲み込んだ。

 

「エロいって……アレっすか? 女の子を見てるとこう……なんか込み上げて来る……」

 

「あ、俺もある!!」

 

「……俺も少し」

 

 エロい。その言葉の意味を正確に理解できていないゾロメ、フトシ、ゴローの3人なのだがそれが女の子に対する情念的なものである事を本能が悟ったのか。

 ゾロメの言葉は少し曖昧なニュアンスもあるが、間違っているという訳でもなかった。

 

「そうだ。特に肌が出てるともっと沸き起こるだろ? その気持ち……ムラムラとも言う」

 

「ムラムラ……」

 

「これ、そんな名前があったのか……」

 

 ゾロメは女の子を見て沸き起こる高揚に近い感情の正体が『ムラムラ』と呼ばれるソレである事を知って、納得いったとばかりに感心し、復唱する。フトシもまた感心したと言う感じである。

 

「さぁ、もっと味わえ……こいつを使ってな!」

 

 一体何処から出したのか。そう言いたくなるような唐突さで三つの双眼鏡を出した鷹山はそれを3人へと渡す。赤を基調とし、レンズの縁など細かい箇所が蛍光の緑で塗装されたソレは、まんまアマゾン・アルファのカラーだった。

 ちなみに普通のサイズより幾分小さめとなっている。

 

「刃さん、これ!!」

 

「そいつで見てみろ。もっとよく見えた方が楽しめるもんだ」

 

 しれっとドヤ顔で言う鷹山だが良識知る者がこれを見れば、その誰もが『覗き』だと口を揃えて言う事だろう。しかし、その行為を咎める者はこの場におらず。男子の気持ちが一つになっている事もそれに拍車を掛けていた。

 

「あれ、でも刃さんはいいんすか?」

 

 ここでゾロメは、ふと浮かんだ疑問を本人に問いかけた。二ついっぺんに渡す理由はあるのだろうか?と。

 単純に優先して貸してくれただけと言う考え方もできるが、しかし実際のところ、鷹山に双眼鏡は必要ないのだ。

 

「フフ……あんまし俺を舐めない方がいいぜ?」

 

 鷹山は何が誇らしいと言うのか。何故か勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべては、堂々と宣言してのけた。

 

「俺のこの目は……アマゾンとしての視力はかなり高いんだよ! 双眼鏡以上にな!!」

 

 鷹山の自慢的なカミングアウトは、男子らにある種の衝撃を引き起こした。遠くからでもよく見える、と言うことは女の子の色々な所をより細かく、それも自分の存在がバレずにまじまじと観察できる事を意味している。

 バレない、と言うのは隠れ方にもよるが遠くならそう簡単にバレることは可能性的に少なく、しっかり身を隠していれば更に見つかる可能性はぐっと低くなる。

 この利点を鑑みれば男として、羨ましい筈が無いというのが鷹山の持論であり、後の話になるがゾロメもフトシも……ゴローでさえ、自信満々にそう語る始末だ。

 

「マ、マジッすかそれ?!」

 

「ど、どどのくらい見えるの?!」

 

 テンション爆上がりのゾロメとフトシ。対しゴローは何も言わないものの、やはり聞きたいのか。2人と同じくズイっと鷹山に迫っていた。

 

「そうだな……今のままなら、この距離から見てスリーサイズや肌の状態とか、余裕で分かるぜ?」

 

 それはもう立派なドヤ顔で語って見せる鷹山を笑止と言って切り捨て冷たい非難の視線を送るか、それとも感嘆と尊敬の気持ちを込めて言葉を述べるか。

 しかし3人の少年達が選んだのは……後者だった。

 

「ス、スッゲェェーじゃないですか!!」

 

「お肌がまる分かり?! けしからんけれども……スゴイ!」

 

「……クッ、羨ましい!」

 

 ゾロメからフトシ、ゴローの各々の反応に鼻が高くなるのを自ら感じる鷹山。普通ならばそんなのありえないと一蹴するものだが、鷹山がアマゾンであり、人間を超えた身体能力や感覚を有する事を理解している彼等は鷹山の言葉を、嘘だ。詐欺じゃないか。

 などと指摘したり否定はしない。いやできないと言うのが正しいか。いずれにしろ肝心な事はそこではなく、男心を燻らせるムラムラの原因、女の子の肌を晒した姿を拝むことなのだ。

 

 そして、彼等は見た。

 

 双眼鏡という、遠くからでありながら近付いたかのように目視できる便利な道具から通して見る、綺麗に整ったボディーラインが織り成す肉体の美。

 よく発育した胸をまるでゼリーのように揺らし、水着効果も合わさってより可愛らしく見える女の子の姿。

 一言で述べるなら、素晴らしい!

 これに尽きるものがそこにはあった。

 

「「おおおおおおおおおッッッ!!!!」」

 

「……いいな、うん。本当に」

 

「だろ?」

 

 興奮するゾロメとフトシ。短く、しかしそこに今溢れている感情を詰め込んだゴローのほんの呟きに鷹山は同意だ、とばかりに言う。

 自分達が見られていると気づいた女子たち……中でもミクがギャーギャーと捲し立てているが、そんな事はどうでも良かった。

 

 望むものを見れた。

 

 その結果こそが男達には大事だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 そこは暗い洞窟と呼ぶ他にない場所。

 広くドーム状になっている空間に何かが青い光を発し、その息遣いを蠢かしていた。

よく見ればそれは蛇だ。蛇と言っても人間より小さな小型爬虫類ではなく、かと言って、ニシキヘビのような成人と同等の大型でもない。

 

 遥かに巨大な蛇型の“叫竜”だった。

 

 漆黒の強固な皮膚が全身を覆い、凶暴性を宿すかのようにギラついた青い瞳の目。身体には青いラインが節々に引かれ、青い光はそのラインと瞳から発せられている。

 しかも1匹ではなく2匹。

 争う様子はなく、互いの身体を絡ませることなく重なり合う大蛇の姿は圧巻の一言で、目を奪われ惚けてしまうだろう。それだけの迫力を秘めている。

 そんな2匹の大蛇の前に“彼女”はいた。

 青いラインが綺麗に横に配列する椅子に似た物体。そこに腰を下ろし足を組む様は王者と表現するに相応しい風貌だったが、生憎のところ彼女と称するだけにれっきとした少女だ。

 王、言うよりは姫か女王がしっくり来る。

 個体名を示す名は不明だが、少女を知る者は彼女をこう呼ぶ。

 

 “叫竜の姫”、と。

 

「……何者だ」

 

 厳格さと幼さ。この二つを織り交ぜたような声が耳ではなく、頭の中に響くように“相手”に伝わ

っていく。それに答えたのは、彼女の眼前にある出入り口の暗闇から現れた“彼等”だった。

 

「お使いのもんさ。お姫様?」

 

 ヴィスト・ネクロ幹部、ザジス。その実力はアマゾン・アルファを窮地に追い込む程。

 そんな彼が同じ幹部である“相方”を連れて、彼女の前へと姿を現した。

 

「俺、ファント。よろしく」

 

 筋骨隆々の肉体を何も着ることなく曝け出した半裸の男は、なんて事のない挨拶を口にするが顔は無表情。しかも漂う空気からして、決して友好的ではないと分かる。

 

「お使いだと? 貴様ら人食いの獣が、何の為にここへ?」

 

「そうだな。回りくどいのはナシで直球に聞くがよ」

 

 “ザ・ファースト”の在り処をゲロしろ。

 

 その問いは、意味は、彼女を驚愕させるには十分過ぎた。

 

「驚いた。人を食うことしか知らぬ獣がそのような事を知ってるとはな」

 

 しかし、あくまで彼女は何一つ変えない無表情のまま言葉を綴る。

 

「そいつはちと違うな。俺はそのザ・ファーストって奴がどんなヤロウかなんて、全く知らねぇ」

 

 ザジスは、十面姫からの命令でここへ来た。しかしそれは彼個人としては、どうでもいい部類なのだ。

 

「うちのボスは守秘義務で、あんま細けぇ事は喋らねーからな。まぁ、俺としては正直興味ないがな

 

「……何が言いたい?」

 

 要領得ぬ言葉に業を煮やした彼女は己の視線に殺意乗せザジスへとぶつける。

 

「どーせ、ゲロしねぇんだろ? だったらよ……」

 

 “その首、貰うぜ!”

 

 ザジスの手が刃に変わる。人間ではその肉眼で捉えることは不可能な程の高速で彼女へと迫るザジスは、両ブレードをハサミにし、首を刈ろうとした。

 

 ガギィィッッッ!!

 

「ほぉう?」

 

「やれやれ。なんとも狂暴な獣だな」

 

 だが、二つのブレードは彼女の首を刈ることはできず。彼女を腰を下ろしていた椅子のような何かの一部が触手と化しそれがブレードを阻止していた。

 

「どうやら口で言っても聞かぬらしいな……」

 

 ザジスのブレードを防いだソレが大きく仰け反り、弾く。それによる衝撃でザジスは後方へ吹き飛ばされるが地面に当たる寸前、身体を回転させブレードを突き刺すように着地せしめた。

 

「フゥゥ……やるなぁ。おいファント、お前は取り巻きの蛇をやれ。俺はこのお姫様の首を頂戴すっからよぉ」

 

「俺、構わない」

 

 頷き、そう答えるファントは灰色に染まる蒸気のオーラを全身から噴出させ、その姿を本来の姿へと変異させた。

 

「俺、蛇、やる」

 

 逞しさを兼ね備えた、筋骨隆々とした灰銀の肉体と頭部の両側にある団扇のような耳。

 極めつけは、太く長い鼻とその左右に生えた牙だ。

 鞭のように振れば人間や低ランクアマゾンを撲殺でき、手として使えば相手を拘束したり、物を掴む事だってできる。それを見た者は口を揃えてこう言うだろう。

 

 “マンモス”。

 

 象と同一の先祖を持ち、太古の時代に人間や環境の変動によって今はもう存在しない絶滅種の生物。その遺伝子を持つのがファントのアマゾンとしての本来の姿、マンモスアマゾンなのだ。

 

「覚悟しろよ叫竜の姫ェェッッ!!」

 

「それはこちらの言葉だ。愚かなる野猫よ」

 

 両者は互いにそう交わし、刃を交えた。

 

 

 

 

 

 







 早くも登場した中の人が『くぎゅうううう!!』な叫竜の姫。
 そしてファント……名前の由来が象の英名であるものの、実際はマンモス……アレです、
最初は『こいつ絶対サソリの怪人になる』って思うほどサソリ要素満載なのにいざ怪人
になってみるとカニの怪人だった、ドクトルG的な。

 鷹山さんは原作とは別ベクトルでヒドいとは思いますが、アレが平常運転です
(`・ω・´)キリッ

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

煌く太陽の下で 後編



前回のジオウ『オンドゥルルラギッタンディスカー!』で有名な剣崎さんご本人が登場!

正直、活舌の悪さとか当時のままってのが本当に味になってて良かったです。これ絶対
ブレイドファン大歓喜やろうなぁ……と思ってた矢先、次回はいよいよアギト……ジオウも
面白くなって来ましたね。

そして白ウォズ……グッバイ。そしてそして更にはあの大泥棒も! つーか、あんた……
士のこと追っかけてんすか。

最後に一つ、新合体フォーム・ジオウトリニティって……まんま電王のクライマックス
フォームじゃねぇかああああああああああああああああ!!!!(魂の叫び







 

 

 

 

 

 

日頃の激戦を労っての休暇という事で、青く綺麗な水面に太陽の光が反射し、燦々と輝く海へとやって来た13部隊のコドモたち。が、今形作られている空気は休日を満喫しようという、そんな和やかなムードとはかけ離れていた。

 

「んじゃ、これより〜男女分かれてのビーチバレー大会を開始すんぞ〜!!」

 

「……なんでこんな事に……」

 

 伸びやかな能天気口調で開催宣言する鷹山を横目に、『男チーム』にいるヒロはどうしてこんな事になったのか、とテンションが駄々下がり気味に自問自答していた。

 発端はミクとゾロメの喧嘩だった。

 覗きしていた男子一同をまるで『ゴミか…』か、もしくはそれに集る蛆虫でも見るかのような目で睨み、苦言を呈したのだ。

 これに当然ゾロメは反発。両者互いに譲らないとばかりに恒例の口喧嘩に発展していったのだが、いつまでも続きそうだった為、面倒臭くなった鷹山はある提案を持ち出して来た。

 『男女で分かれて、バトればいい。言いたい事言って実力行使っつーのも必要だ』などと、自分がそもそもの元凶である事実を棚上げにしての言葉だったが、場の雰囲気がそうさせたのかそれを指摘するものは誰もおらず。

 結果、ここに男女チームに分かれてのバレーやドッチボールに似た球技勝負……という名の喧嘩の火蓋が切って落とされたと言う訳だ。

 ちなみに鷹山はあくまで審判役となっている。

 パワーバランスを崩す事のないよう公平を考慮してである。

 

「覚悟しないよ! ケッチョンケチョンにしてやるんだから!!」

 

「へ! お前のヘナ球が当たるボヘェッ?!」

 

 先攻の権利を得た女子チーム。

 その一番手に乗り上げたのはミクで、その意気込みを鼻で笑うゾロメだが、言葉を終える前になんと顔面にボールが当たったのだ。無論それは事故でもなんでもなく、ミクが意図的に狙って当てたのだ。

 

「だ・れ・が! ヘナ球ですって〜〜?!」

 

 怒り心頭。まさにこの言葉が似合うほどミクの背後にメラメラと炎が燃える光景が幻視できた。

 

「尚、ルールは至ってシンプル。点数制度で10点取れたら勝ちだ」

 

 今更ながら鷹山が簡潔にルール説明をし始める。

 

「点数の取り方は相手チームの誰かにボールを当てる。もしくは、相手チーム側コートの外にボールを出すかの二択になる。そういう訳で女子チームに一点〜!」

 

 至って呑気な、さも他人事風に言ってくる男鷹山に対し、一喝言ってやりたい気分になるヒロだがそれを何とか抑え、とっとと終わらせようとこのしょうもないバトルに意識を集中させる。

 

「仕方ない……やるか。フッ!」

 

 ヒロと同じく乗り気でなかったゴローは腹を括り、持っていたボールを女子チームめがけ打ち込む。ゴローのサーブだ。

 しかし、それはとてつもない速さで返って来てコートの外へと出てしまった。

 

何故?

 

「フン。まだまだ、だね」

 

 答えは簡単、ゼロツーが打ち返したからだ。

 しかしゴローのサーブはそれなりに威力があり、結構な速さだった筈。それを容易く目で捉え瞬時に対応し打ち返すとは、一体誰が思うだろうか。

 

「は、早すぎる!」

 

「ホントにゼロツーが打ったの?!」

 

 ゴローは自らの球が跳ね返えされた事実にフトシ共々驚愕。正直なところ狐か狸にでも化かされた気分を覚えてしまうほど、今の一撃は常識外だったと言わざる得ない。

 

「もう、いっそ降伏でもした方がいいんじゃないんですか?」

 

 投げやりで、やる気が全くないミツルはそう言う。

 しかしそれは鷹山としてはつまらない。

 

「おいおいミツル選手。もう負けを認めるのか? 情けないね〜」

 

「別に。こんな下らない事で体力を消耗したくないだけです」

 

「逃げ腰の言い訳だな。そんなんじゃ、ヒロに及ばないなぁ」

 

「ッ!」

 

 鷹山のあからさまな挑発に対し、適当に言ってスルーしようとしたミツルだったが、ヒロの名前が出た途端、逸早く反応を示した。

 

「女子チームの切り札は総合的に見てゼロツー。そんじょそこらのコドモじゃアイツには太刀打ちできないが……ヒロはできる」

 

 これは誇張でも何でもなく事実だ。ゼロツーの身体能力は通常のコドモでは不可能な動きを可能にし、単純な腕力でもかなりある。そんな彼女を相手取れるコドモは、アマゾンであるが故に同程度の身体能力を持つヒロだけだろう。

そうなると、ミツルとしては面白くない訳だ。

 

「どうする? 尻尾巻いて逃げるのもアリだぜ?」

 

「……やればいいんでしょ、やれば!」

 

 苛立った感情を隠す事なく曝け出して、ミツルはそう言った。ミツルがヒロを目の敵にしているのには気付いていた。それは鷹山だけでなく、13部隊全員が知っている事だ。

 だが理由までは皆目検討もつかない。そも、ミツルという少年が誰かを頼って相談するような性格でないことを考えると誰も知らないのは当然。

 加えて、ミツルをよく見ていたり、接していたコドモは当時それ程いなかった。内気でやや臆病な性格があった、とか。病弱体質で隔離施設で過ごす期間が多かったなど。

 それらの理由があって、ミツルは他のコドモたちと交流が多い訳ではなかった。そして偏屈な性分も合わされば、彼の事を知ろうなどとは思わない。そんな彼をヒロをダシに使うことで、見事懐柔せしめた鷹山は、内心ニタニタと満足げな笑みを浮かべる。

 表面上は不敵な笑みだが。

 

「あ、あともう一つ。この勝負、“何をしてもいい”からな?

命に関わるようなヤツはダメだが、そうじゃなきゃ作戦・戦略として認める」

 

 また一つルールを追加して来る鷹山。内容的にもうルール無用のデスマッチなんじゃ……と懸念するヒロだが言ったところで、まともに聞くとは思えないし、この状況を面白く感じて尚更だろう。

2度言うが、実に自分が原因である事を棚に上げている。

 

「上等だァァッ!! 人の顔にボールぶつけやがった借り、返させてもらうぞミクゥゥゥ!」

 

「ミク達のことヤラしい目で見てた奴が言うなっての!! そっちがその気なら、こっちも容赦しないんだから!!」

 

 ゾロメとミク、恒例の痴話喧嘩勃発。その様子にゲンナリするか、呆れた視線を向けるか。あるいは暖かい目で苦笑を浮かべるか。2人を除く13部隊全員の反応はそのいずれかだった。

 

「とう!」

 

 ミクがサーブを打ち込む。狙いは勿論ゾロメだが、今度は油断しないと意気込んでいた彼はそれを両手で上手く捕まえ、男子チームからの第2投を打って来る。

 

「甘いよ!」

 

 ゼロツーがガードの為に飛び上がり、女子側のコートへの侵入を防ごうとする。ゼロツーは女子の中ではイクノと同格の身長である為、ガードにはうってつけと言えた。

 ボールがゼロツーの掌によって阻まれようとしたその時、一つの影がゼロツーと同じように跳び上がったかと思えば、高さは彼女を追い抜かし、その“脚”でボールを蹴り飛ばした。

より正確に言えば脚を折り畳み、突き出した膝で叩きつけるようにしてボールを打ったのだ。

 

「一点、貰ったよ!」

 

 正体はヒロだった。ボールはそのまま、コート外へと物凄い勢いで出てしまい、我に返ったココロとイチゴが追いかけて回収。コートの外へボールが出てしまった以上、審判たる鷹山は例外なく判決を下す。

 

「男子チームに一点。これで同点だ」

 

 鷹山が審判として得点をカウントし、これで両者は同じ平行線上に立ったと言える。

 

「ま、まさかあんなに跳び上がってボールを蹴るなんて…」

 

「おっしゃァァァ! ヒロ! よくやった!!」

 

 予想だにしなかった行動に対し、イクノが女子チームの心境を代弁するかのようにそんな呟きを零す。それとは対照的なゾロメの威勢の良い誉め言葉が飛び出した。

 

「へぇ〜、中々やるねダーリン」

 

「あ、ありがとう」

 

 着地時に危うくバランスを崩し、倒れかけるヒロだが何とか持ち堪え、転倒を回避。ゼロツーからの賞賛を受け取り、嬉しさを交えた言葉で返すが、本人もまさかこんな芸当ができるとは思ってなかった。

 あくまで咄嗟に出た行動で、ヒロ自身、身体能力に関して言えば平凡レベルかそれ以下か。そんな程度だった筈。最もアマゾンであることを考慮すれば矛盾した話ではないが、それでもゼロツーと同等の身体能力の向上に困惑を隠せなかった。

 

「おい! お前の番だぞ」

 

 少し混乱気味だった所にゾロメの声が聞こえ、ハッとなるヒロ。意識を内側から引っ張られ現実へと戻された彼に投げ渡されたのはボールだった。

 

「え、ゾロメ……」

 

「なに変にシケた顔してんだよ。お前が俺達にとっての切り札なんだから、ちゃんとしろっての」

 

「僕は微塵も思っていませんが」

 

「いいか、絶対に負けんなよ! こいつはな、男の意地を賭けた戦いなんだ!!」

 

 ゾロメの言葉に淡々と否定の意見で入って来たミツルだがそんな事より、とばかりにスルーされる。

 

「俺が……切り札」

 

 ともあれゾロメの熱意の籠った言葉を聞いたヒロは内心嬉しかった。

 落第生だった自分がこうして仲間に期待されている。実戦ではないにしろヒロにとって嬉しくない筈がなく、それが引き金になり激励に答えようと気持ちが自然高揚していく。

 不本意に参加させられたとは言え、せっかくの休暇の日。本来なら有り得ない特例を与えられたのであれば、無駄なく過ごしたい。それにこうした行事なんて前に比べたら全くなく今回が初めてだ。

 

 ここまで来たなら、いっそ楽しんでやる!

 

 そう意気込むヒロはマイナスな考えを一切捨て去るように思考を切り替え、らしくなくやる気を見せ始めた。

 

「フッ……ハアァッ!!」

 

 両手に持ったボールを力一杯、天高く投げる。

 重力に従い当然落下して来るボールを正確に捉え、的確に打ち出す。その速度は豪速球と言っていい程のスピードを誇り、一回女子側のコートへと着弾。すると同時に砂を舞い上がらせ、見事な放物線を描き外側へと出てしまった。

 

「またまた男子チーム、一点!」

 

 鷹山が男子チームへと一点追加を報告する。これで事実上、男子チームが女子チームより優勢の立場に上がった。

 

「うっしゃァァァ!! 一点リード! ナイスだぜ、ヒロ!」

 

「すごい、すごいよ!」

 

「これならイケるぞ!」

 

 ミツルを除いて、男子チームらはヒロの功績を惜しむ事なく褒めちぎった。

 まんざらでもない、やや自信に溢れた気持ちに浸ってしまいそうになるヒロだが、次の瞬間。

 

「ふふ……ダァ〜リン?」

 

 ゼロツーの声が耳に届いた。

 それだけなら別に何でもないのだが、聞いた瞬間背中の隅々まで舌でねっとりと舐められるような

、そんな悪寒を感じ全身の鳥肌が立ったのだ。

 

「ゼ、ゼロツー?」

 

 パートナーの方を見れば、それはそれはイイ笑顔だった。但し顔半分に翳りが差しており、友好的とか敬愛など。心情的なプラスの意味合いとは程遠いものだった。

 

「この勝負、どうやら楽ってわけには行かなくなったよ」

 

 前置きを挟んでから、ゼロツーは目を獲物を逃がさずに狙う狩人の如き気迫で男子チームを見据える。

 

「だ・か・ら! こっからは本気で行く!」

 

 気のせいかミクと同じようにバックの背景にやる気その物を顕現させたかのような業火がメラメラと揺れ動く、そんな幻影が見えた気がした。

 

 コレ……ひょっとしてヤバい?

 

 遅まきながらにヒロはそう思い、同時に男子チームもまた……その考えが心中を一致させた。

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 本気にさせない方がいい。

 そう思ってしまうような出来事と言うものは割と色々あり、今回もそれが当て嵌められるだろう。

 小手調べと余裕をもってやっていたゼロツーだが、意外なことにヒロが二点を勝ち取るという実力を見せ、これに彼女が本気で乗ってしまったのだ。

 本気でボールを打つゼロツーは、強かった。月並みな言葉だがそう言う他にない程、彼女のボールを食らった男子らは痛みに悶絶し、打ち返すこともままならない豪速球なのだ。

 もはや手に負えない。無理だ。潔く負けよう。

 そんな弱々しい諦めの声が男子達から出るが、たった1人ゼロツーを相手に奮戦している少年がいた。

 

「フッ!」

 

「ハァァッ!!」

 

 ゼロツーのパートナーであるヒロだ。アマゾンとなった事で大幅に向上された身体的な能力と体力は、ゼロツーと同格を誇るが故に動きを捉え対応する事ができた。そして今、両者の間に火花が散りボールの応酬は苛烈さを増していた。

 

「オリャッ!」

 

 ゼロツーがボールを打ち出す。

 打ち方としては、今までの一般的な叩いて打つスタイルと違い、ボールを上へと投げ出す手法だった。当然それだけなので大した力は使わず、打ち返そうとすれば容易く打ち返せる。ヒロは既に目でしかと捉えていた。

 

(そこか!)

 

 すぐさまボールが着弾する位置を目測で把握。ボールのスピードも豪速球とは程遠い幾分緩やかな為、余裕が持って打ち返そうと今の位置からそちらへゆっくりと移動し、手を伸ばす。だがそうはさせない、とばかりに突然砂がヒロの顔面にクリーンヒットしてしまう。

 

「油断大敵だよダーリンッ!」

 

 犯人はゼロツーだった。高く上へ投げると同時に砂を掴み、ヒロの顔へと当てたのだ。

 わざわざ投球スタイルを変えたのは、砂を掴み投げ付ける為の時間を作る為だったのだ。一見するとルール違反的な行為に見えなくもないが、元よりこの勝負は基本なんでもアリなのだ。

 命や大きなな怪我に繋がらなければ何をしてもいい、そんな無法バトルを絵に描いたようなもの。なので、ゼロツーの卑怯とも見える行為を責める道理は全く存在しない。

 

「す、砂が……ペッ!」

 

 どうやら口に入ってしまったらしく、ジャリっとした嫌な食感に耐えられないとすぐさま吐き出す

。そうやってゼロツーを見るが、とうの本人は罪悪感とかやってしまった後悔のような感覚は無いらしく、結構なドヤ顔で『どうだ!』と言いたげな雰囲気を醸し出す。

 

「やったな……!」

 

 元来、寛容で優しい性格の持ち主であるヒロも、ここまでされては流石に黙ってなどいられない。すぐさま反撃に出た。

 

「たぁぁ!」

 

 先程よりも速く、強いサーブを打ち出す。

 たったそれだけだが、平時でもかなりあった速度が数倍に上がったのだ。それを鑑みればいかにゼロツーでも、打ち返すのは容易でなく、初見では捉えられずそのままボールが地面の砂を抉り、バウンドして外へと通過するのを許してしまった。

 

「そこまで!」

 

 鷹山のストップが入る。勝負に熱中していた2人の意識が審判役を務める鷹山へと向かれた。

 

「この勝負、両チーム同点で引き分けだ!」

 

「ひ、引き分け……」

 

「あ〜あ、惜しかったなぁ……」

 

 片やゼロツーを相手に結構善戦したなと思い、片や半端な結果に残念がり、など。両者がどう思い感じたかはそれぞれだが、何はどうあれ結果は結果。男女に分かれての喧嘩はある意味両成敗となってしまった。

 

「なんか、スゴくない?」

 

「う、うん。ホントにスゴいね」

 

「……入る余地なかったしね」

 

 ちなみに2人の激戦がかなり熾烈を極めた為、完全に蚊帳の外となってしまった男子組と女子組の面々。

 

 ただただ……スゴい。

 

 そんな陳腐な言葉ででしか表現しようのない異常バトルを目にして、ミクとココロ。イクノの3人は月並みな感想を述べる他になく、それは男子チームも同じだ。

 

「な、なんか……これもう……スッゲーな」

 

「ヒロって、あんな風に動けたっけ?」

 

「いやいやそんな訳ないだろ」

 

 ゾロメは女子らと同じように月並みな台詞で感想を述べる。

 語彙力に優れてない所か文学よりも体育会系な性分である為、このような感想しか言えなかったのも無理ないだろう。逆にフトシはヒロが垣間見せた驚異の身体能力に疑問を抱き、ゴローに問いかけたものの、至ってまともに返答された。

 長年の幼馴染だったゴローだが、ガーデンにいた幼少期の記憶を掘り起こしてもヒロがゼロツーに匹敵する身体能力を有していたことなどなかった筈。これに関しては自信を持って言えるので間違いないだろう。

 

「……」

 

 一方で鷹山にあれだけ言われたにも関わらず、大して目立った活躍ができなかったミツルは心底、と言える位に悔しそうに顔を歪ませ、視線をヒロから逸らしていた。

 当然と言えば当然の感情。だがあの二人に割って入ろうと言うのは竜巻に何の策も無しに突っこんでいく程に無謀な行為。これに関しては仕方ないだろう。

 

「あ〜、でも引き分けか〜」

 

「あぁぁッ〜!! ゼロツーが居たからってのもあるけどよ、お膳立てしたんだから勝てよヒロぉ〜!」

 

 ミクは残念そうに声を上げるが、同様の感傷に浸っていたゾロメも不満を呈する。

 やはりこの2人、似た者同士のようだ。

 

「はぁ〜……あれ?」

 

「どうしたのイクノ?」

 

 疲れた溜息を吐いてふと何かに気付いた様子のイクノ。そんな彼女にイチゴは質問してみたのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナオミが、いないの。見なかった?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 







矢吹先生が描いている漫画版ダリフラが5月19日まで休載……いや、まぁ、仕方ない
とは言え残念……自分はゴールデンウイークでも書く気でいますが、仙台行ったり大阪
行ったりするので一話分仕上がっても、ストック貯める感じで投稿はしないかもしれ
ません。

そうなった場合はどうかご容赦を。

では次回もお楽しみに!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去の遺物





令和初の投稿! ぜひどうぞ。








 

 

 

 

 

 

 人類という種の歴史に触れる上で事欠かさないのが過去の遺物だ。

 旧き時代から現在に至るこれまでの過程とも言える遺物の数々は、過去に存在した先人らの歩みを教授してくれる大切な物に違いない。しかしAPEの新人類である『オトナ』はそういった物を否定し、切り捨てる。

 未来永劫に不変なる完全こそが“今の現状”であり、過去を振り返る必要性や道理などないと言うのが彼等の方針なのだ。

 

「はぁぁ……。だから“つまらない”んだよねぇ〜」

 

 オトナに対しての不満。普通のコドモであれば絶対に抱かない筈の情緒を、彼女…ナオミは惜まずに溜息と共に吐き出す。今、彼女はみんなのいる浜辺から離れかつて人が住んでいたであろう町の廃墟へと訪れていた。

 このような場所を見つけたのは当然、事前に知っていたからだ。決して偶然でも必然でもない。わざわざ足を運ぶ明確な理由や目的はしかとあるが、それを今ここで言葉にして明かす道理は彼女にはない。

 

「過去にあったであろう営みを想像して思い馳せる…風情があっていいね。やっぱこう言うのがないとね」

 

 さながら、太古の建築物にロマンを馳せる考古学者か。

 そんなノスタルジックな他愛ない気分で歩くのも悪くないと物思いに耽りながら目的地へと向かっていた時だった。

 

《ハロー! 臨時ニュースだよ〜!!》

 

 やけに陽気さを含んだ自分の声。それが唐突に、何の脈絡もなく響くように脳内に浸透していく。しかも紛れもなくナオミ本人の声で間違いない。

 

【ん? どうしたの?】

 

 いきなり何処からともなく自分の声が自分に語りかけて来たら、当然驚くのが普通だ。

 

下手したら失神に陥ることだって有り得る。仮に失神を回避したとしても頭の整理が付かず、混乱に瀕するのが必然。だと言うのにナオミはあくまで平然とその声に耳を傾け、答えた。

 

《“叫竜の姫”の居場所が分かったわ。ザジスとフォントが向かってる》

 

【あ〜、あの幹部の2人? いやいや、無理っしょ】

 

 今現在においてナオミは自身を“二つに分かち”行動している。

 

 一方は13部隊を見定め、もう一方はヴィスト・ネクロに属し暗躍する為に。それぞれが役目を果たしている。

 

 しかし、どう分けようと“ナオミという存在”は“ナオミでしかない”のだ。

 

 このような会話など本来ならば不要でしかない。向こうの状況なぞ、もう1人の自身を

 

通して容易に把握できるからだ。敢えてこんな児戯紛いな事をするのは、所詮彼女の他愛ない享楽的な感情の表れに過ぎない。

 

《あ、同じ意見だね》

 

【あったり前じゃん。ナオミなんだから】

 

 一人遊びに等しい会話ながらも辞める気配はなかった。

 

【叫竜の姫は叫竜を束ねる王族の1人。その実力は他でもない私が一番よく知ってる】

 

《そーそー。だから無理無理》

 

【まぁ、あの2人が勝てたとしたら…】

 

 刹那。物言いかけたナオミは背後へ振り返り自身へと向けられた何者かの拳を素手で掴む。そして、蹴りを1発。腹部へと叩き込み相手を吹っ飛ばす形で後退させた。

 

「ちょっとダメじゃない。考え事してる人に突然の不意打ちはさ」

 

『◾︎◾︎◾︎ッ!』

 

「ふーん……野生のアマゾンか」

 

 アマゾン。それがナオミを襲った者の正体だった。とは言えヴィスト・ネクロでもなければコロニーでもない。純粋な野生の世界にて生息するアマゾンだ。

 まるで古代兵士を思わせる堅牢な鎧を彷彿とさせる黒い外骨格で身を固め、頭部には虫の触覚とよく似た部位があり、目は黒くバイザー状の複眼がナオミの姿をしかと捉えていた。全体を見るにまるで蟻を彷彿とさせることから、アリアマゾンと呼ぶべきか。

 ともあれそのアマゾンを冷めた目で見据えては、どうでも良さげにひらひら靡かせては

シッシと片手を振った。

 

「見逃してあげるから、さっさと消え…」

 

「◾︎◾︎ッ!!」

 

 知った事か。人の言葉を紡げる発声器官と、そこに意味を持たせる知性があればおそらくそう言ったであろう台詞。それを鳴き声として吐き吼えるアリアマゾンは、容赦なくナオミを喰らおうと迫る。

 

 とは言え、相手が悪かった。

 

「聞き分けのないアホに構う時間はない」

 

 そう言ってナオミは振り下ろされたアリアマゾンの拳を今度は身を回すようにして回避、その背中に蹴りを叩き込む。更にそれだけに終わらず、今度は自身の頭上に小さな菱形を成した紫色のエネルギー弾を生成、発射した。エネルギー弾はそれなりの威力があったようで、アリアマゾンは衝撃に耐えられず無様に転げ回り、倒れ伏して苦悶の悲鳴らしき声を上げる。

 

 この間にさっさと退却すべきだろう。

 

 いかに容易に相手を始末できるとは言え、頭も力も足りないザコにかまけてる暇は1秒であっても無価値であり、本来なら路傍の石粒の如く相手にはしなかった。だが、せっかく気分良く散策していたところに水を差したばかりか人の忠告を聞かず、拳を振るって攻撃の意思を示す。

 

 それはナオミにしてみれば愚の骨頂、とはいかずともやはり愚行のソレだ。

 

 彼女はそんな愚行に対し、寛容ではない。

 

 何処からかあの例のガラスらしき素材構成のボトルを取り出し、その蓋を指で軽く開ける。そして、あの時と同じ灰黒のガスようなエネルギーがナオミの身体に纏い絡み、それが晴れた時、その姿をブラッド・スタークへと変えた。

 

「さっさと消えろ」

 

 アリアマゾンの前へ翳したその手に収束させたのは、高い稲妻が迸る紅蓮の球体。物質的な実体はなく、あくまでエネルギーの集合に過ぎないソレをスタークは何の感慨も躊躇もなく解き放った。結果アリアマゾンは一瞬……5秒と経たず命諸共、存在の全てを無へと変換され消し去られた。

 

「はぁぁ。せっかくイイ気分だったのに」

 

《本当ね。まぁ、それよりどうする?》

 

【あ〜アレね】

 

 向こうにいる自分の問いかけに合点がいった風な感じで答える。

 

【まぁ、殺すか殺されるか。あの2人次第って感じで放置でいいよ。別にアイツ等がどうなろうと知ったこっちゃないし】

 

 興味がないのか雑でどーでもいいと。

 

 そんな風体で匙を投げるスタークに向こうのナオミは『だよね〜』と呑気に同意する。

 

【んじゃ、報告は以上?】

 

《うん。じゃ、またね》

 

 別れの挨拶を最後に声が聞こえなくなる。どうやら切ったようだ。

 それを確認したスタークはまだナオミの姿には戻らず、ある事を考えていた。

 

(あのアリアマゾン……アリってことは女王を中心とした群れを構築してる可能性が高い。ワーカーだった場合近くに巣がある可能性大だな)

 

 ワーカー。すなわち働き蟻の事だ。

 

 アマゾンは生き物の遺伝子によって姿形だけでなく、その生態が反映される場合があり例えばモズという小鳥の遺伝子を持ったのであれば、仕留めた獲物をそのまま喰わず。高い棒状のもの…木や電柱などに突き刺すという行為をする場合がある。

 必ずそうするという訳ではないが、それでも頻度としては多くやる。アリアマゾンも例に漏れず蟻の遺伝子を持ったからには、女王を中心とした群集社会を構築していても不思議ではない。

 

「はぁぁ。面倒いことになりそうだ」

 

 男性のような口調で心底面倒だ、と吐露するスタークは13部隊がアリアマゾンの群れに襲われる危険性を考慮してみたものの、アマゾンライダーであるイプシロンとアルファの実力や今後における計画の進行具合、状況や諸々。

 それら全てを考慮し鑑みて、選択していった結果…優先順位を13部隊から自身の目的へと繰り上げた。

 

「まっ、ヒロと鷹山博士が居れば問題ないか。手早く済ませるとしよう」

 

 そう言ってスタークは止めていた足取りを再び歩ませ、目的の場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 溜息を吐く。

 ナナ本人の口から溜息が出るのは本日2回目となる。その理由はナオミが忽然と姿を消し、しかも誰も姿を見てないと言うのだ。遠巻きながらコドモらの勝負を見つつ、周囲を気配っていたナナでさえ、気付なかった。

 コドモたちを統括する者としての、あるまじき失態に溜息を吐きたくなるのは、止むを得ない事だろう。そういった理由でナオミの捜索をしている訳だが万が一野生のアマゾンが出るとも限らない為、手分けしてではなく全員集まった状態で探す事に。

 ヒロと鷹山がアマゾンとしての嗅覚を利用し、言い方は悪いが犬のようにナオミの残り香を頼りに林道を歩き進んでいた。

 

「ったく何処行ったんだかなぁ、ナオミの奴」

 

 探す羽目になったのが面倒臭いと。そう言いだけな様子でゾロメが愚痴を漏らした。

 

「でも、これってなんか探検みたいで面白くない?」

 

 フトシがわくわくと高揚的に言う。やはり、男の子というのは冒険に興味を惹かれるもの。言いはしなかったがゾロメもフトシの言葉に同意していた。

 

「何もなければ冒険として楽しめたけどな」

 

 ゴローは苦笑を浮かべて言った。

 

「みんな、もうすぐ出るみたいだよ」

 

 リーダーらしく先頭に立っていたイチゴの声が全員の耳朶に触れた。少し長く感じていた林道を抜けた先に待っていたのは、見たことも建築物が並ぶ廃墟と化した街らしき場所だった。

 

 誰もおらず、長い間使われずに忘れ去られた建物らは下の土台となる部位は四角形か。

 

 またはその四角形同士を様々なパターンに組み合わせたような間取りと、三角状の屋根が特徴的で13都市のようなビル型の建造物は一切見られない。一言で表すならば異様。

少なくともコドモたちにとってはそう捉える以外に他はなかった。

 

「何だろう……ここ」

 

「なんか、変なとこに来ちゃったね」

 

「もしかして街?」

 

「う〜ん……確か俺もそう見えるけど」

 

「俺も、そう思うな」

 

「というか、街以外にないと思う。たぶん……」

 

 コドモたちの中で疑問符が浮かぶ。

 イクノを始め、ヒロ。ゴロー。イチゴ。この4人は今自分達が目にしている光景を街と表現した。理由としては昔見た本に過去の建築物が写真や絵と共に載せられていたからだ

 ここにある廃墟の建物は見覚えない物もあるが、それでも見覚えのあるが多く、電柱という家々に電気を送る為の柱も見受けられる。かつて、人が電気を用いて確かに生活していた事を物語っていた。

 

「はぁ? こんなボロっちぃ場所が街な訳ないだろ。街ってのはオトナ達が住んでるアレの事を言うんだよ」

 

 それにゾロメが否定的な声を上げた。確かに煌びやかで、一種の芸術と思える美しさを感じられる13都市の街並みと比べて、ここは輝かしい物など何一つない抜け殻。ただの虚無。そんなものは到底街とは言えないし、オトナの住む街を見た事のあるゾロメとしてはコレを街であると認めることはできないようだ。

 

「いいや、街だ」

 

 しかし、認めようと認めまいと街だった事実は変わらない。

 

 鷹山の放った揺るぎない一言がそれを曖昧なものでなく、確定付けた。

 

「え、マジッすか?!」

 

「あーそっか。お前らはオトナの街しか見てないもんな」

 

 ゾロメの反応に大袈裟な、と言いたげな表情を浮かべるが事実、コドモたちはオトナたちが住んでいる居住区の街しか見たことがない。コロニーに赴く事もなく、外界に出る機会は叫竜との戦いのみ。

 そんな日々が当たり前の彼等にとって過去の人類が生活の営みをしていたであろう建築物を見て触れる、というのは、本当に初めてなのだ。

 

「人類がプランテーションとコロニーに分かれる前、人はこんな風な街を作って暮らしてたんだよ」

 

「これが旧時代の街……私も見るのは初めてね」

 

「まぁ、所詮忘れ去られたガラクタだがな」

 

 鷹山はそう言い、暫し辺りを見渡す。自身の嗅覚を更に研ぎ澄ませナオミの匂いを掴もうとした。だが……。

 

「ダメだ。ここで途切れてる」

 

「気配も感じない……いないのか?」

 

 嗅覚だけでなく気配感知の能力を駆使し見つけようとしたヒロだが、ナオミはおろかその影さえ捉えるには至らなかった。

 

「……とりあえず、この辺りを探してみるか」

 

 そう言い、みんなのいる後ろを振り返る。

 

「危険だが……分かれて探すぞ」

 

「ダメよ。コドモたちに何かあったら拙いわ」

 

 ナナの真っ当な正論に対し鷹山は面倒そうに説明する。

 

「確かにな。だが、アマゾンの気配も臭いもない。この辺りにアマゾンは1匹もいないっつー事になる。あんまし離れ過ぎなきゃ大丈夫だろ」

 

「…俺も、分かれて探した方がいいと思う。俺や刃さんのレーダーで何もないなら安全に探せるかもしれない」

 

 2人の嗅覚と気配感知。この二つによる感覚レーダーは正確に目標を捉えることができ

、これを誤魔化し掻い潜ったアマゾンは今の所090を除いて他にいない。

 

 加えて090のような隠蔽能力に特化した個体はそうそういるものではなく、数百年単位で一度という確率のレベルだ。それで完全に安心できるという訳ではないが、少なくとも2人の感覚レーダーを欺き掻い潜る程の隠蔽能力を持つアマゾンに遭遇する確率は、天文学的数字の域に等しい。

 ナナは専門家と言える程アマゾンに関連する知識を多量に持っている訳ではないが、それ位は承知している。

 

 彼等がそう言うのであれば、大丈夫かもしれない。

 

 そう思い、ナナは2人への信頼から渋々ながらも鷹山の案を容認した。

 

「分かったわ。みんな、本当に離れ過ぎないよう注意して探して。もし何かあったら無闇に近付かずに退くこと。いいわね?」

 

 コドモたちが『了解』の二文字で答える。この廃墟の街におけるナオミの捜索が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「本当に誰もいなそうだね……」

 

「……」

 

 各々がナオミの捜索をする中で、1人で行くつもりだったミツルの背後をココロが歩いており、付いてくるのが当然とばかりの自然さを出している。が、生憎そんなつもりは毛頭ないミツルは顔を少しばかり後ろへ向けココロを睨む。

 

「どうして貴方が僕の後を付いて来るんです?」

 

「え? あ、その……迷惑だったかな?」

 

 申し訳なさそうなぎこちない苦笑を浮かべて、ココロは言う。

 その姿にどこか後悔……というべきなのか。バツが悪そうな表情を僅かに顔に出すがそれも一瞬。 視線を彼女から外し前へ向き直る時には既に元のツンケンとした無表情を形作る。

 

「…………別に。ただ何かあっても助けられる保証はありませんから、そこは覚悟していて下さい」

 

「うん……」

 

 ミツルの突き放すのような言葉にココロは特に反論せず、短い肯定の言葉で容認する。

 その後しばらくは無言で歩いていたものの、やがて一つの建物が視界に映り、2人の興味を引いた

。それは民家の建物とは明らかに外見が違い、入り口には金属製のプレートが看板のように配置され

そこには漢字で何かが書かれていた。

 

「宝生……診療所?」

 

「そう書いてあるね。周りの建物と違うけど……何か意味があるのかな?」

 

 宝生診療所、という文字列だけではこの建物がどういったものなのか検討も付かない。

 少なくとも、周りの民家とは違い、一際大きく形状も異なることから人が住む民家とは別の役割を持つ特別な建物らしいが……。ともかく、今の段階ではよく分からないのが事実

 

「見た限り……全体の材質は木造とかのようですね」

 

 ミツルは建物を一瞥し、木造である事を予想する。理由としては角の部位や屋根のなどの箇所が明らかに木製のソレで、入り口の先にある廊下や天井を見れば、素人の目でも木材で出来てるなど一目瞭然に分かる。

 

「建物自体は周りと比べるとやはり大きい……そうなると単純な住宅目的の建物じゃない……筈」

 

 その建物がどういったものなのか、建物自体をよく見て答えを導き出そうとはするものの、やはり明確には出てこない。だが、一つだけ可能性の高い仮説なら確立させていた。

 

 この建物は、“医療施設の類”だった。

 

 そう仮説を立てた根拠としては金属製のプレートに書いてあった『診療所』という文字。

 『診る』、という字は健康状態や病状などを調べる意味で使われるもので次の二文字目が『療』の字。これは病気や欠点を治すという意味を持ち、そこから鑑みれば、この建物自体が医療目的の施設だったという一つの可能性が有力的な仮説として確立される。

 とは言え、仮説はあくまでも仮説。所詮文字だけから考え出した机上の空論の為、これを確固たる真実にする為には証拠が足りない。

 

「……まぁ、この建物が何であれ僕には関係ない……?」

 

 ここでようやくミツルは気付いた。側にいた筈のココロの姿がなく、いつの間にか建物の中に入っている事を。

 

「……はぁぁ。全く」

 

 溜息を吐いて呆れつつも声をかけようとしたその時。

 

 ギシィィ……。

 

 軋むような音がミツルの耳朶に染み込む。

 

 そして次の瞬間。激しい音と共に天井が瓦礫の雪崩となり、ココロめがけ降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 ミツルと一緒に見つけたその建物が一体何の意味を持っていたのかなど、ココロには検討もつかなかった。人類の生活圏がコロニーとプランテーションの両極に分かれる以前の生活史など学ばなかったし、本にある程度書いてあるだけの浅い知識しか知る事ができなかった。

 もっとも、ココロはそういった歴史関連の書物は読まず、そもそもフランクスに乗りオトナの為に叫竜と戦うコドモと言う立場にある彼女にとって知っておくべき重要な情報と言う訳ではない。どちらかと言えば、ココロは動植物等に対し関心と興味があった。

 ミストルティンの温室で花に水を与え、それなりに世話をしている事からも察する通り

、彼女は何かを育てるのが好きらしい。イチゴがよく可愛がっている黒猫にも実は餌をあげており、食べ切れずに残した食事の分を猫のご飯として与えているのだ。

 勿論餌として与える物が猫にとって有害でないかどうか。きちんと本で調べた上で与えている。ただ育てないからと思うだけで何もしない程ココロという少女は考え無しの愚者じゃない。

 

(……ちょっと入ってみようかな)

 

 しかし今、この瞬間における判断に関しては考え無しと指摘され、後ろ指を差されても文句は言えない。瓦礫や破片が散乱し、四方八方とあらゆる面において建物自体の老朽化が進んでいる廃墟の入り口の先へ……ココロは足を一歩、踏み入れる。

まずカウンターと思わしきものが備えられた箇所が目に入り、ココロがいる側と向こう側を透明なガラス一枚で隔たて、その下部中央にはくり抜かれたように穴が一つ、ポッカリと口を開けていた。

 その穴の上には白く漢字で『受付・投薬』と書かれている。どうやら受付口のようだ。

ガラス一枚の向こう側は木製のデスクらしき長い卓状や棚などが置かれており、書類や本が立てられ収まってはいるものの、全部そうなっているという訳ではなく、乱雑に散乱しているものもあり、廊下と同じ惨状を描いていた。

 

(?? 何だろう……)

 

 またほんの少し先に進むと、無数の瓦礫に混じって一冊の本らしき物があった。

 それだけなら大して気付く事もなかったかもしれないが、天井に幾つか開いた穴から差した日の光がスポットライト如く本を照らしていた為、自然と興味がそこに向けられたのだ。一度気になってしまっては仕方がない。

 膝を屈んでそれを取るとやはり一冊の本その物。その表紙を隠していた濃く積もった埃を手で払い除けたココロは、表紙に書かれていたタイトルを読み上げた。

 

「はじめての……出産?」

 

「ココロさんッ!!」

 

 背後から投げ掛けられたのは、自身の名を叫ぶミツルの声。同時に大きな音を立てて、天井が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 痛みはなかった。というより、一体何が起こったのかさえ把握できていないココロにしてみれば、あまりに突然で情報処理が追いついていなかったのだ。それでも勇気を振り絞

って両目の瞼を開けて見れば、すぐ目の前にミツルの顔があった。

 

「はぁ、はぁ、大丈夫……?!ッ!!」

 

 しかし言葉を途中で切り、何故か赤味が増す。同時にココロは胸に違和感を覚えそこへ視線を向けると……。

 

「え? ……キャッ?!」

 

 今度はココロの顔に赤味が増した。何故ならば違和感の正体はミツルの手で、その手が他ならぬココロの左胸の乳房を鷲掴みにしていたのだ!

 

「ち、違います!! これは……あの、そその」

 

 すぐさま手を離し弁明しようとするが言葉が出ず。側から見れば見苦しさ満載の光景かもしれない。これでは、胸を揉まれてしまったココロとしても納得できないし、怒るだろう。

 

 しかし意外にも彼女の反応は穏やかなものだった。

 

「き、気にしないでいいよ。元はと言えば私が勝手に入っちゃったのが原因だし」

 

「……」

 

 本人から直接気にしないでいい等と言われてしまえば、何も言えない。ただ顔は未だに赤くまともに目を合わせられないミツルは、とりあえずいつもの皮肉な言い回しで自身の羞恥を誤魔化す。

 

「だから言ったんです。保証はできないと。少しはその能天気さを控えてみたらどうです?」

 

「ごめんなさい……でも助けてくれてありがとう」

 

 皮肉に対しての返答は、純粋なお礼の言葉だった。

 

 いつもそうだ。ココロという少女は誰に何を言われようともこういった穏やかな言葉で返し、何でもないかのように振る舞う。本当にどうとも思ってないのか、争い事を好まない性格から来るある種の配慮なのか。

 

「一旦戻りましょう」

 

 うっすらと渦巻き始めた思考を捨て去り、ミツルは提案を一つ出した。

 

「かなり老朽化が進んでますし、今みたいな事が再度起きないとも限りません。

ここは後回しにして、別の所を探した方が賢明です。それでもいなかったらもう一度、今度は皆も連れてこの建物全体を捜索しましょう。ヒロや鷹山さんが一緒なら、危険性も下がります」

 

 鷹山とヒロのアマゾンとしての力…かなり不本意のようだが、それでも曲がりなりにも認めているミツルは2人ならばこういった危険を余裕で回避できる事を考慮し、此処を後回しにするという提案を出した。

 実際こういった老朽化した場所というのは所々が罠が仕込まれた迷宮も同然。いつ何処であのような危機的事態が質量を伴って落下して来るか分からないし、それを余裕で容易く回避できるスキルはミツルもココロもない。他のコドモたちも同じだろう。

 2人ならアマゾンであるから落下物など意に介さないだろうし、自分達がそれに押し潰されるような事になっても瞬時に助ける事ができる。

 

 もっとも、すぐ近くにいればの話になるが。

 

 それでも無いよりはマシな為、一緒に行動した方がいいと。ミツルはそう判断していた

 

「うん。分かった」

 

 それに対しココロの返答は、短く何を言うでもない承諾の意を込めた言葉だった。別段ココロにはミツルの提案を無下に蹴って拒否する理由は一切ない。仮にあったとしても彼女の温和で優しい性格を鑑みれば、無理な話かもしれないが。

 ともかくミツルの提案を飲んで、ココロはミツルと共に廃墟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密かに隠し持った“あの本”も持参して……。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「キス…?」

 

 イチゴが1人、ナオミを探す中で見つけたのは一枚の貼り紙。俗に言うポスターと呼ばれるものだが、過去の文化における知識が全くないイチゴにとってはどういった物なのか。それは知る由もない事柄だった。

 ともかく、そのポスターは映画の宣伝を目的としたもので、恋愛物の類を象徴するかのように2人の男女が互いに密接に寄り添い、口と口を重ね合っている。そして一番下にはその映画のタイトルがあった。

 

『キス・ラブ・キス』

 

 ラブ、という字を挟んで存在するキスという単語。そう言えば、ゼロツーも言っていた

。イチゴの中で一つの疑問が浮かび、まるでそれを待っていたかのように背後から声が降りかかる。

 

「キス、したことあるよ」

 

「!!」

 

 驚いて振り返って見れば、そこにゼロツーがいた。どこか優越的な意味有り気な笑みで、ゼロツーはキスについて教えて来る。

 

「キスって言うのはさ、その人にとって特別な人とやるもんなんだ。誰でもいいって訳じゃない」

 

「……もしかして、ヒロとしたの?」

 

 イチゴの双眸からの疑心的な視線がゼロツーを捉える。

 

「うん。したよ」

 

 自分のパートナーであるヒロとしたのか、というイチゴの問いに対しゼロツーは何とでもないかのように平然とそう答えた。

 

「ダーリンはボクにとって特別だからキスをするのは当たり前さ。で、そう言うイチゴは

? したことあるの?」

 

 興味津々とばかりにイチゴへとグイッと迫り、至近距離にまで言い寄って来るゼロツー

。イチゴはそれに対し苛立ちを感じたせいか、投げやりながら答える。

 

「してないよ。そんなこと」

 

「ふぅ〜ん?」

 

「大体、口と口を重ねるなんて何の意味が」

 

「ストップ」

 

 人差し指でイチゴの唇を当てて、強制的に静粛にさせたゼロツーは真っ直ぐな瞳でイチゴを見る。

 

「分からないならやってみればいい。少なくともボクはしてみて、いいと思ったよ?」

 

 人差し指を離したゼロツーは自慢気にそう言うが、今度は片手をポスターの貼ってある店らしき建物のシャッターへと押し当てる。距離は相変わらずの至近……ほぼゼロ距離か。

 

「キミにもいる? 譲れなくて、守りたくて、一緒にいるとすごく嬉しい……そんな特別な人が」

 

「いるわよッ!!」

 

 突然、イチゴが声を張り上げる。

 

「小さい頃から一緒にいて、優しくて、希望をくれて……ずっとずっと一緒にいたい」

 

 内の秘めていた思いを独白として、パートナーのゴローではなくよりによってゼロツー

に吐き出している。それがイチゴ自身の中で嫌悪感として、じわりと染み込み滲んでいく

。取り消したい気持ちも湧き上がるが、一度吐き出された感情を戻す術はない。

 

「ふーん……」

 

 ゼロツーは興味津々と目を細めた。

 

 まるで確信を得た、とでも言いたげな含みのある顔で。

 

「それ、ダーリンのことでしょ?」

 

「え?」

 

「やっぱり。自覚は無いみたいだけど、キミはダーリンの事になるとスゴい必死になるよね」

 

 見透かされた。

 その事実が、まるで心臓を鷲掴みにされる様な感覚をイチゴに与える。ゼロツーの言う通り、十中八九ヒロのことで間違いない。彼女にとってヒロという少年はただのコドモではない。誰であろうとも優しさを忘れず、絶やす事もない。番号しか自身を表せなかったコドモたちに『名前』という概念を与えた。

 イチゴ、と言う名も元はと言えばヒロが付けてくれたものなのだ。その時のことは今でも覚えている。ある日、口数が減り、雰囲気もまるで感情が抜き取られたようになってしまった親しい仲だったコドモたち。

 

 その姿を例えるなら、“人形”。

 

 こう表現する方が適切かもしれない。

 

 感情が欠落すれば、否定はないし生まれもしない。いかに自身にとって理不尽で不利益で、途方もなく嫌なものでも『命令なら仕方ない』。『それは当然の事なんだ』。

 そういった一つの考えに意思が固定されてしまい、そこに様々な可能性を考慮する思考性は皆無。あるのはただ与えられた任務を遂行する機械的な思考のみである。そんな彼等の姿はイチゴに恐怖を感じた。

 

 “あたしも、ああなるんだ”

 

 “嫌だ。なりたくない!”

 

 世話係のオトナたちはコドモの言葉に耳を傾けようとはせず、無視するだけ。自分がああなりたくないと言ってもその意見を通そうとはしないだろう。

 

 だから、ただ泣くことしかできなかった。

 

 そんな自分にヒロは名前をくれた。ヒロ曰く『名前をつけると自分は自分だって感じで

安心する』と言う、そんな理由だった。単純と言えばそれまでだが番号というのは、所詮個体識別という名目しか役割がなく、別段深い意味もなく。

 それ以外の存在理由もない。番号というものは誰でもよく、特別性など微塵もありはしない。例えイチゴが死したとしても、その次に同じコードを持つコドモに与えられるだけ

で下手をすればその繰り返し。

 

 だから、ヒロに初めて名前を貰ったイチゴは嬉しかった。

 

 言われた通り、不思議と不安も恐怖もなくなった。結果的に同じようにならずに済んだのだ。その時から彼女にとってイチゴという名は特別過ぎる宝物。何も無い自分をはっきりと自分として認識でき、してくれた。

 

 だから。だからこそ。

 

 失う訳にはいかない。

 

「貴方が何を企んで、何をしようとしてるのかなんて知らない。けど、それがヒロを巻き込んで傷つけるものなら……あたしは貴方と戦うよ」

 

 キッと睨むイチゴの視線は覚悟を伴い、それは決して生半可なではないと。そう直感できるだけの気迫が彼女から垣間見れた。

 

「………そう」

 

 ゼロツーは特に笑みを絶やさず、シャッターに当てていた手を離すとそのままイチゴに背を向け、数歩間を開けた。てっきり何か文句や暴言か。そんな事を投げ返して来ると身構えていたイチゴだが、ゼロツーは何も言わず背を向ける形で踵を返すのみ。予想外だった行動に思わず呆気に囚われてしまったイチゴだが、そんな彼女を知ってか知らずか。後ろを振り返ることなく赤い角の少女は。

 

「キミはムカつくけど、とても人間らしいね」

 

 何てことないかのようにそんな言葉を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









平成が終わり令和へ……令和ライダーシリーズ、やるんですかね?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地中より這い出るモノ 前編





ちょっと遅くなってすみません(-_-;)










 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん……」

 

「ダメか?」

 

 ゴローはヒロと共にミストルティンにある、宿舎と似た雰囲気の建物へと足を運んでいた。

 とは言え、それなりに大きく広い建物である事と老朽化して箇所によってはいきなり崩れ出すかもしれないという二点の理由から、ヒロの気配を察知レーダーと嗅覚。

 これらをもう一度利用してナオミの行方を探索しているのだが、これが中々掴めない。

 

「ダメだ。全然感じ取れない」

 

「ここもダメか……」

 

 現在2人は、建物の入り口から入ってすぐにある居間の空間におり、内部は腰を下ろす為のソファ

ーや何かを置く為の木製のテーブル。書籍の棚がいくつかあり、どれも年季の差を感じさせる質感の古本が並び、様々な題名が記されていた。

 

「なぁ、ヒロ。やっぱりここ似てるよな?」

 

「うん。俺たちが住んでる宿舎と形とか、雰囲気がそっくりだ」

 

「んん〜……何でだろうなぁ」

 

 この建物がコドモたちの宿舎に似ている点に関しては2人も気付いていたらしい。しかし何故この建物と自分達の宿舎の作りや形状が似ているのか。

 そこまでは分かりかねるといった様子のゴローだが、ヒロは違った。

 

「ここが宿舎に似てるって言うより、宿舎の方が意図的にこっちに似せて作ってると思うんだ」

 

「え? なんでそう思うんだ?」

 

 ヒロの言葉にゴローは疑問の声を上げる。

 

 敢えて似せて作った、と言うのであれば確かに両方が似ている事への筋は通る。しかしそうなると『一体どちらが似せて造ったのか』、という新たな疑問が生まれてしまう。真面目に考えるなら情報が少な過ぎて、何も答えられないという結果になるだろう。

当たり前だが何かを証明しようと言うのなら、ただ言葉にして発するだけでは説得力など皆無だ。

 

 証明は、人を納得させる為に必要なもの。

 

 納得とは、人の意思に決定を打ち込む鍵だ。

 

 理不尽でも。

 

 悲しくても。

 

 つらくても。

 

 痛くても。

 

 たった一つの納得が人を決定させ縛り付ける。それだけ納得とは全てに優先され、自然と帰結するものなのだ。

 少し話が逸れてしまったが、ヒロの言い分は逆説的にこっちが似せて作ったと言う考え方もできる筈。あるいは偶然に似ているだけと言う結論にも納得が行くが、どちらが先で、後なのか。

 まるで『鶏が先か、卵が先か』の言葉が似合う禅問答だが有力な情報がない限り、大抵の人間はまともに答えられない。答えとしてもどちらかが、などと言った曖昧な解答を出してくるだろう。それでもヒロは『どちらかが似せてそう造った』という曖昧な表現をせず、ミストルティンの宿舎がこの建物を真似て形作られていると言うのだ。

 さしたる情報がない中で何故こうも言えるのか。ゴローが疑問に思うのも当然だろう。

 

「オトナたちの都市と、この街を比較してみたんだ。前に見たオトナたちの都市は無駄を省けるだけ省いたみたいな、そんな洗練された雰囲気を感じたんだけど、この街にはそれがなかった。ここだけじゃなくてこの街その物の雰囲気が俺たちの宿舎と同じなんだ」

 

 この建物だけでなく、街全体の雰囲気が驚く程に合致していた。それをヒントにヒロなりに考えて導き出した答えだった。

 

「ビンゴ! さっすが元天才児は発想からして違うなぁ」

 

 聞き慣れた嫌な声が2人の鼓膜を震わせる。自分達が入って来た入り口のドアへ一斉に視線を向ければ、そこにいたのはやはり彼女だった。

 

「! お前はッ!」

 

「スターク……ッ!」

 

 味方だと嘯き、時には13部隊に協力する事もあったが時として陥れる事もあった謎めいた人物にして、APEを裏切った少女。ブラッドスタークが、ドア縁へと片肘を当てダランと気の抜けた様な格好でそこに佇んでいた。

 

「ミストルティンにあるコドモの宿舎はね、ここをモデルケースにしてるんだよ。前時代と呼ぶ暮らしがコドモにとって良い育成にはるって理由でさ」

 

 驚きと警戒を露わにするヒロとゴローを軽く流し、そんな説明を求められていないにも関わらず、自分の勝手とばかりに垂れ流す。

 

「なんで裏切ったお前がここに……」

 

「野暮用って奴だよ。わざわざご丁寧に説明する訳にはいかないなぁ〜?」

 

 嘲笑う表情は何処までも他者を格下と見なし、舐め腐った態度で接しているのが分かる程に分かり易い挑発だった。

「……もう2度と、あんなことを起こさせはしないぞッ!!」

 

それがヒロの中で苛立ちとなり、そして前回のキッシングにおける惨劇が苛立ちを明確な怒りへと上昇させた。ヒロは念の為にと付けていたアマゾンズベルトのグリップを握り締め、吼える。

 

「アマゾンッ!!」

 

 人間としての姿であるヒロから、アマゾンとしての姿であるアマゾンイプシロンへと変身した瞬間。自慢の脚力による瞬発を利用した跳躍で一気に距離を詰めるイプシロンは、アームカッターでスタークの身体を切り裂こうとした。

 

「おい、ヒロッ!」

 

 静止の声を出すにはあまりに遅かった。

 

アームカッターはスタークの身体を……

 

「甘いね」

 

 切り裂くことなく、自慢の刃はスタークの主要武装であるトランスチームガンの銃身によって、甲高い衝突音を鳴らし防がれた。

 

「!ッ」

 

「そら、吹っ飛びな!」

 

 スタークはそう言いイプシロンを蹴り飛ばす。老朽化しているとは言え、それでもそこそこは頑丈だった筈の壁を突き破り外へ出ると同時に倒れ込む。

 

「グゥゥッ!」

 

「全く元気なことで。まぁ、大したことないけどさ」

 

 余裕綽々と言いたげな雰囲気を露骨に曝け出すことで、更に挑発の度合いを上げて来るスタークはイプシロンの前へ立つとトランスチームガンの照準を定める。

 

「不意打ちかましてくれたお礼をどうぞ♪」

 

 そう言って何の躊躇いもなく引き金をひくと、トランスチームガンの銃口からエネルギ

ー弾が紫色の光を発しながらイプシロンに命中。確実なダメージを与えた。

 

「ガァァッ! グッ!」

 

「ちょっとちょっと、反撃は? そんな風に寝てるだけじゃボクは倒せないよ?」

 

「ヒロ!」

 

 騒ぎを聞きつけたのか他のコドモたちに加えて、鷹山にナナも駆け付けて来た。

 

「アイツ!」

 

「ブラッドスターク?! 何でここに!」

 

 ミクとゾロメが驚きの声を上げる。自分達が休暇を満喫している地域にまさか現れるなどとは思ってもみなかったからだ。

 

「これはこれは……13部隊の諸君。またお会いできて恐縮です、って言えばいいかな?

 

 飄々と道化染みた態度で腕を大振りに肩へと添えて、軽く会釈する。

 鷹山はそれに対し何も言わず、ヒロ同様事前に付けていたベルトのグリップを握り締て回すと赤い蒸気の如きオーラと共にアマゾン・アルファへ変身。

 

 アームカッターを勢いよく振るう。

 

「ウワッと!!」

 

「避けるなよ」

 

 ギリギリかわしたスタークに向けてアルファは言うが、刃物を自分に対し振るわれ、避けない道理などない。

 

「怖いな〜もう。ちょっとは手加減するもんでしょ」

 

「悪いな。お前みたいな得体の知れない奴には手加減できない性格なんだよ」

 

「あっそ。随分な性格だね」

 

 そんな会話を交わしつつ、互いに戦意と殺気を引かず、アルファは拳に加えアームカッターを用いた格闘戦術で攻めていく。

 スタークはこれに対抗する為、自身も独特な格闘戦術で攻めを行使し始めた。主体としては蹴りを用いたものだが、より威力を強化する目的なのか足先から、太腿までの足半分にかけての部位が淡く紫色に発光。

 加えて、蹴りの軌道が蛇のように曲りくねり中々防ぎ切れないというメリットを作り出している。

 

「チッ! 面倒な……」

 

「どうしたァッ?! その程度か!」

 

 微々ながらもダメージを与えていくスタークは、自らの有利性を誇示するように挑発して来る。まさにされるがまま、というのがアルファの状況なのだ。

 攻めようにも相手の軌道の読めない蹴り技による攻撃が妨害となり、思うように攻められない。

 攻撃は最大の防御。などと誰かが言ったが、まさにその通りだ。

 コレを脱却したいと願うアルファだが、今のままでは脱却の糸口などありはしない。

 

 “アルファだけ”では。

 

「刃さんッ!」

 

 しかしスタークの敵はアルファだけではない。ダメージからある程度回復したイプシロンが、跳躍を利用した急接近からのアームカッターでスタークの背を切り裂いた!

 

「グヌゥッ!」

 

 いきなり斬り付けられたダメージから攻撃の手…もとい足を止めてしまった。

 

「ナイスだヒロォォッ!」

 

 アルファはイプシロンを賞賛すると共に渾身の蹴りをお返しとばかりにスタークの鳩尾へと食い込ませた!

 

「ガハァァッッ!!」

 

 衝撃が身体の内部まで蹂躙し、人体の中でも鳩尾は急所の一つ。食らってしまえば相当な激痛にのたうち回るもの。

 

 だが……。

 

「ふぅ〜、あ〜痛い! 乙女の顔じゃなきゃ、どこを攻撃してもいいとか思ってんのぉ?」

 

 吹っ飛ばせるように後退しつつ、それでも立ったままの態勢をキープしたスタークは鳩尾に手を添えるように当てて、そんな苦言を呈して来た。その姿は然程ダメージが通っていないように見える。

 

「……こいつはまた。頑丈なスーツなことで」

 

「自慢だからね。このスーツの耐久性、防御力はボクのお墨付きさ」

 

 ブラッドスタークたらしめるこのスーツは、対アマゾン、ひいては人間外の高能力的存在との戦闘を想定して作られたもの。

 すなわち、人ならざる存在との戦いにおいて余程の規格外な攻撃でもない限り、破損または全壊することなど無いのだ。

 だからこそ、スタークは彼等を相手に戦うことができているのだ。

 

「大層な事で。どっちにしろ、お前を捕まえるのが目的だから関係ねぇけど」

 

「情報でもゲロさせるつもり? そうするにしても、まずは無力化させられなきゃ話にならないよ?

 

 鷹山が欲しいのはブラッドスタークが何者で、何をしようとしているのか。更に欲をかけばヴィスト・ネクロの情報も欲しかった。

 

 情報次第では、根城を突き止められる。

 

 壊滅させられるか、となると可能性は極めて低いと考えているものの、それでも悪意の手で消される犠牲を最小限に抑えれるかもしれない。

 無辜の命が何の意味もなく、ただ消えていく光景を知る鷹山だからこその考えだった。

 

「だから、今やろうとしてるんだよ」

 

「ふ〜ん。なら実力ってのを教えてあげよう」

 

ついたった今、飄々としていた空気を取り去り、スタークは僅かに殺気を滲み出す。

 

「行くぞ、ヒロ」

 

「はい!」

 

 同様にアルファも真剣さを帯び始め、側にいたイプシロンに淡々と指示を出す。どうやら本気で行くつもりのようだ。

 

「フッ!」

 

 軽く息を吐き出し、先手を打ったスタークはまずアルファに蹴りを、イプシロンに掌底打ちを繰り出す。アルファは衝撃を殺せず吹っ飛ばされたものの、咄嗟に両腕のアームカッターが備わっているグローブ部位を横に合わせるように防ぐ事でダメージを微々たるレベルに抑えられた。

 だが、イプシロンは違った。

 アマゾンとしての戦闘能力は向上してはいるのだが、それを上手く使いこなす為の技術がまるで成っていなかったのだ。

 技術、と言っても対人戦の為ではなく、人ならざるアマゾンと戦う為のものだ。パラサイトとして叫竜を倒す傍ら、空いた時間を利用しての訓練を鷹山から受けてはいた為、前よりは上達こそすれど実戦するには未だ足りないレベル。

 その為、アルファのような咄嗟の防御態勢、また緊急回避などができず、そのまま喰らい多少のダメージを負う羽目になってしまう。

 

「ガハァァッ!!」

 

「んじゃ、まずそちらから!」

 

 戦いでは、弱い者から狩る。

 野生でも群れの弱った個体から仕留めるものだ。

 スタークは追撃とばかりに拳を打ち込んでいき、更には両腕に纏わせたエネルギーを蛇腹剣のような形状へと変化させ、巻き付けると共にその身を切り裂く。

 

「グゥゥッ! アアァッ!!」

 

 苦悶の声がイプシロンから漏れる。締め付けられる圧力に加え、エネルギーの剣の鋭利が身体を裂いてダメージを与えいるのだから、当然だろう。

 

「俺を忘れるなよ!」

 

 横からアルファが自身のギガを収束させ放った、アームカッターによる赤い斬撃を飛ばすがスタークをそれを手の平で、掴むようにして消し去ってしまった。

 

「なにッ?!」

 

「惜しい。食らっときなよ」

 

 今度は手の平から赤と青の混じる紫の光球を形成、狙いをアルファめがけ放った。

 

「そっちこそ惜しいな!」

 

 しかしダメージを与えるには至らず。

 アームカッターによって二つに分かれられてしまい、そのまま後方へ軌道が逸れ爆散。一気に近づいたアルファは右手で首根っこを掴み、左腕のアームカッターをスタークの左肩へと食い込ませた。

 

「ガハッ、いぃッ! !」

 

「捕まえたァァ!」

 

 スーツのせいで思うように切れないが、それでも確かにダメージはある。

 いかに防御力・耐久性に優れていようと耐久値の限界は必ずあり、それを狙い再びアームカッターにギガを収束させる。切れ味が格段に上がり、とうとうスーツを形成している三つの特殊繊維による層の内、二つの層を切り裂き三つ目の層へと到達した。

 

「観念しな。このまま大人しく投降するなら腕は勘弁してやる」

 

「フン、お優しいことで!」

 

 空気を上手く取り込めない息苦しさと肩に生じる苦痛。二重苦に喘ぐ羽目になっているが仮に腕を切り落とされても“問題はない”。万が一勢い誤まって絞め殺されるか。あるいは首の骨を折られるか……それも“問題はない”。

 

 どちらにしろ“その程度では死ねない”。

 

 彼女を殺すのに物理的な方法は無意味に終わるだけだ。

 

(でも……ここでバレる訳にはいかないんだよ……ッ!)

 

 しかし、死ななくとも再起不能にはなる。ダメージを負わない訳ではないのだ。一定を

越えるダメージを負えば身体がその機能を著しく低下させ最悪の場合、意識不明という形で再起不能になる危険性がある。

 スタークがわざわざナオミとして、13部隊にいるのは彼等が彼女個人における計画に必要な人材である事と、ヒロのアマゾンとしての成長具合を己の目で把握するという目的の為だ。

 

 わざわざ自身を二つに分かち暗躍するだけの価値が、13部隊とヒロにはある。それをこのタイミングで潰される訳にはいかない。

 

 彼女は、“もっと彼等を見たい”のだ。

 

(しゃーない。結構消耗するけどこの際仕方ないなァ!!)

 

 全身に紫電のエネルギーが迸る。それを見たアルファは本能的な咄嗟の判断でスタークから離れ、イプシロンは更に警戒心を上げ防御態勢を取りつつ13部隊の前に立ち、いざとなった時の壁となるべく配置に付く。

 しかし紫電のエネルギーはスタークの足元から地面へと流れていき、最終的に光が消え失せるだけで大きな何かが起こることはなかった。

 

「? なんのつもり…!!ッ」

 

「これは!」

 

 アマゾンであるからこそ気付く小さな異変。

 それを逸早く感じ取ったのはアルファと、イプシロンの2人のみ。地中深くから小さ過ぎるほどに微弱な気配を察知し、しかしそれは段々と急激に大きくなる。やがて、かなりのスピードでこちらに向かって来ている事が手に取るように分かった途端、アルファは叫ぶ。

 

「お前ら! ここから離れろッ!!」

 

「え、それどういう…キャッ!」

 

「うわっ!」

 

 突然の地震。それにイチゴとゾロメが驚きの声を上げ、ゴローが当然起きた地震に顔を訝しめる。

 

「なんで、突然地震が?!」

 

 そう叫ぶが、その答えを知っているのはこの中でアルファとイプシロンの2人のみ。

 

 その2人が“地中の中に存在”を知らせた。

 

「単なる地震じゃない! アマゾンだ!」

 

「多分、いや結構デカいヤツが来る!」

 

2人の言葉に肯定でもするかのようにソレは、土煙と土砂を噴水のように巻き上げ現れた。

 

『◾︎◾︎◾︎……』

 

 それを目にした13部隊は全員、誰1人としてソレが『アマゾンなのか?』という疑問と『アマゾンじゃない』という否定の、二つの感情を持たずにはいられなかった。

 いや、正確に言えばミツルとココロだけは前に一度目の前のソレに近い存在を見たことがあるので

、それなりに耐性はあったものの、やはりソレをアマゾンとして見るには規格外過ぎた。

 ソレは、独特の電子音にも聞こえる鳴き声を発し、身体は無数の小さな突起が溢れるように上半身の全体表を覆う赤黒い外骨格が形成されており、脚は計6本。その内の前方二脚はカマキリのような鎌の形状をしており、残りの脚と比べても断然長い。

 一般的な人型ではなく、昆虫に分類される蟻と形態の特徴が非常に似通っているが下半身……正確に言えば尻部の所。そこは上半身の数百倍はあろうかと言うほどにブヨブヨと芋虫の如く膨れ上がっており、後ろから見ればもはや蠢く白い肉塊にしか見えない。

 そして、極めつけはその大きさである。コドモたちや2人のアマゾンと比較して見ると一目瞭然で、ゆうに8mもある。

 

「アマゾンには、肉体が一度無数の細胞として分解する形で休眠する性質のものがある」

 

 スタークは、現れたアマゾンの巨体を見上げながら言葉を紡ぐ。ご丁寧に解説してくれるようだ。

 

「ここには、その状態で眠ってる蟻のアマゾンがいたんだ。それを今さっきのエネルギー波で活性化。呼び覚ましたって寸法さ」

 

 蟻のアマゾンって言っても、女王蟻だけどね。

 

 そんな言葉を付け加えて、スタークは余裕をもってトランススチームガンの銃口を天へと掲げ、引き金をひく。

 

「僕の野暮用はもう済んでるんだ。キミたちの実力もデータとして手に入れられた以上、ここにいる必要はないからね。チャオ♪」

 

 銃口から黙々と吹き出す蒸気に身を包まれたスタークは、蒸気が晴れると共に彼女の姿も消え去っていた。去り際の言葉を残し、この場からのうのうと逃げ果せた事実にアルファの中で苛立ちが募るが今はこの女王蟻のアマゾンをどうにかする方が大事である為、すぐさま思考を切り替える。

 

「ハァァァァァッッッ!!」

 

 イプシロンは既に攻撃を仕掛けており、渾身の力を乗せた拳でアリアマゾンの尻部を攻撃。

 が、予想外の弾力によって拳の威力が半減どころかそれ以下にまで下回り、そのまま跳ね返してしまう。どうやら単純に柔らかいだけでなく、異様な弾力性であらゆる衝撃を吸収・吐き出せる性質を持っているようだ。

 

「チィッ! 柔らかいだけじゃないのか!」

 

「曲がりなりにもアマゾンだからな。厄介な特性なんざ常套句だ」

 

 苛立ちを隠さず舌打ちを鳴らすイプシロンにアルファがそう嗜める。しかし今のように素手や足を用いた格闘における打撃技が意味を成さない以上、実践可能という条件を考えた上で与えられるであろう有効打は『アームカッターでの斬撃・切断』か、もしくは『ギガを用いた戦法』。いずれかだろう。

 

「聞けヒロ。多分、殴る蹴るの打撃技は通用しない」

 

「なら、どう、するんですか!」

 

 自身の目の前に立つアルファとイプシロンを狩ろうと、アリアマゾンはそのおぞましい肉塊の尻部の先端……産出孔から己の子であり、手足であり、戦闘可能な兵士であるワーカーのアリアマゾンを捻り出していく。

 その間、産出を邪魔されぬよう大きく鈍重とは思えない素早さで鎌を振り回す。高速で振るわれる鎌を優れた動体視力で回避していく2人だが、両者には明確な差が出ていた。

 アルファは余裕をもって無駄のない動きで回避していくのに対し、イプシロンは当たらないようにしなければ!という、ある種の焦りから本能的な動きで女王アリアマゾンの鎌を避けている。

 しかし焦燥もそうだが何であれ、強い感情に縛られての行動は無駄が出やすくミスを起こしやすくなる。

 

「ちっとは落ち着けって。こんなもん、速いだけで単調だぞ」

 

「いや、刃さん基準で言われても…ウオッ!」

 

 擦れ擦れに迫っていた鎌を咄嗟に避ける。

 

 やはりイプシロンには荷が重いようだ。

 

 女王蟻のアリアマゾンは、確かに脚の速度や動き自体は全てにおいて単調ではあるものの、代わりに獲物を仕留める為の両鎌の繰り出される速度は早い。その仕組みは三つに分かれた脚のパーツの内、第2と第3の節の間に半流体化した、しなやかに伸び縮みする特殊筋肉にある。

 この筋肉から瞬発力を生み出し、あの高速の攻撃を繰り出せる訳だ。

 

「……おっと、コイツらもいたな」

 

 女王蟻のアリアマゾンから産出された子達である彼等、ワーカーのアリアマゾンたちだ。

 スタークに襲いかかった個体と同じ姿ではあるものの、しかし彼等の場合、自らの口部から吐き出した液体で剣や槍などを生成。その剣先と矛先を2人に向けている。

 

「感じ取れるギガから察するとランクD。ま、ザコだな」

 

「ハァ、ハァ、次から次にッ!」

 

 女王蟻のアリアマゾンによる高速攻撃が止んだと思えば、次はワーカーのアリアマゾンの近衛部隊。軽く息切れを起こし文句も言いつつも、イプシロンはアームカッターを構え迎撃態勢を取る。

 

「よし、コイツらはお前に任せる。俺はあのデカブツをやる」

 

 返答を待たず、勝手に決めたアルファは高く舞い上がる。自慢の足を使っての跳躍だ。

 

「あ、ちょっ、……はぁぁ。仕方ないな!」

 

 言ってもどうにもならない。イプシロンは、そんな自己判断を下すと構えを直し、一気にワーカーの近衛部隊めがけ駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアマゾンの群れへと駆ける際、胸の内に脈打つ黒い衝動を感じながら……。

 

 

 

 

 

 

 







先週の日曜にプロメアを見てきましたが、いや、もう最高でした!

万人向け、とはいかずとも過去にグレンラガンやキルラキルを見て『面白い!』と
感じた方にオススメです。グレンラガンのような疾走感と興奮あふれる熱さ。
魅力溢れるキャラクターとそれを最大限に生かす声優さんたちの演技力。

本当に面白かったですから、ぜひ興味があれば映画館へ!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地中より這い出るモノ 後編



少し身内でのゴタゴタがあって、遅くなってしまいました(⌒-⌒; )




 

 

 

 

「ふぅ〜危ない危ない。やっぱもう1人分位作ってやらせた方がよかったかな?」

 

 草木が生い茂る森の中でブラッドスタークは、そんな独り言を零す。

 そして、“ある物”を取り出してはそれをじっくりと、まるで品定めでもするかのように一瞥。満足気な笑みを浮かべた。

 

「まっ、どっちにしろ成功したから良しだね」

 

 スタークの掌にあるソレは、一見すれば何の変哲もないただの黒いUSBメモリ。しかし肝心なのはこの中にある情報なのだ。

 それはあの七賢人たちが欲する程に価値あるもので、まだ彼等が知り得ていない情報でもある。一度でも知れば、何を犠牲にしても是が非で手に入れようとするだろう。

 

「“アレ”の本当の在り処がコレにはある」

 

 アレ、というのが何を指し示すものなのかはともかくスタークは、それを再び握り締める。そして歩き出そうと足を一歩踏み締めた時、聞き覚えのある一つの声が彼女の耳朶に浸透する。

 

「ふふふ、内緒事はイケないわぁスターク」

 

 スタークの声が少女と称するに適切なのに対し、こちらは成熟した女性の声。大人の妖艶さを醸し出すような口調と声にスタークの中で該当する人物は1人だけ。

 

「アレニス? どったのこんな場所で」

 

 ヴィスト・ネクロの女性幹部『アレニス』。

 

 チャイナドレスに浅い褐色の肌が特徴的で、主にやる任務は隠密諜報や暗殺と、裏方に回るようなものばかりだが、幹部である以上その実力は確かなものがある。

 スタークも以前から世話になっており、彼女のその腕前は常に迅速であらゆる無駄を省き、望む結果を手にする為に行動する。それがアレニスなのだ。

 前のキッシング時における作戦でも実に良く働いてくれていたのを覚えている。そんな彼女が何故ここにいるのか……とは思わなかった。

 すぐに大方察しがついたからだ。

 

「あらあら、惚けて誤魔化すのはダメよ」

 

 スタークの問いに彼女はそう答えた。

 

「貴方の持ってるソレ、例の“叫竜の兵器の隠し場所”の情報でしょ?

 

「……」

 

「私ね、こう見えて誰であろうと監視の目は光らせてるのよ。姫様以外は、ね」

 

「……なるほど。ハナからオレが怪しいと踏んでた訳か」

 

 男口調で、圧を乗せて語るスタークはバイザー越しの目を鋭くさせる。

 

「“スターエンティティ”」

 

 そして、それに合わせるかのようにアレニスは語る。

 

「叫竜たちが保有する最終兵器。APEのお偉いさん達はグランクレバスにソレがあると踏んでるらしいけど、違うんでしょう?」

 

 スターエンティティ、と言う単語を知る者は七賢人たちやフランクス博士とヴィスト・ネクロを束ねる姫君とその幹部ら。

 

 そして、ブラッドスターク本人。

 

 公に知られていないソレは、先程もアレニスが言った通り“叫竜側の最終兵器”。起動すれば容易く勝敗の天秤が叫竜へと傾き、勝利を決定させる程に強力で、災凶で、核兵器なんぞとは比較にならない破壊力を持っている。

 

「ヴィスト・ネクロの最終目的はスターエンティティの力で“世界を再構築させる事”」

 

「そんなこと言ってたな」

 

「アレにはそれだけの力がある。単純な破壊力だけを持った兵器じゃない」

 

 スターエンティティは、手にすれば世界万象の一切をコントロールできる。荒唐無稽な御伽噺に聞こえるかもしれないが、事実であるからこそヴィスト・ネクロはソレを欲しているのだ。

 人類に成り替わり、自分達がこの世界の霊長の座を獲得する為に…

…。

 

「だから、そういう勝手な真似は困るわ」

 

「勝手って言われてもなァァ……オレは別に何もしてないぜ?」

 

 ヒュン。

 

 風を裂く音と共に何かがスタークの横顔を掠めて、向こう側の木へと突き刺さる。見れば、細く白い繊維を石のように硬くなるまで雁字搦めにした……形状的に果物ナイフの刀身部分か。

 軽く切ったせいで掠った頬の箇所に一筋の切り傷が生じるも血は流れず、代わりに紫色の光が漏れ出ていた。

 

「こいつは、何の真似だ?」

 

「御託はいいからさっさとソレを寄越して。次は眉間を狙ってもいいのよ?」

 

 笑みを消し去り、剣呑な殺気を込めた視線と表情でスタークが持っているUSBメモリの譲渡を要求するアニレスを見て、スタークは観念したような溜息を吐きつつ差し出された彼女の手の平にメモリを置いた。

 

「いい子ね。でも妙な悪戯はダメよ? 下手したら自分の身を滅ぼしかねない」

 

 再び妖艶な微笑みを浮かべてはそんな忠告をするアニレスにスタークは面倒臭そうに手を振る。

 

「へいへい。仰せのままに」

 

「……それにしても不思議ね。血は流れず、紫の光が漏れ出すなんて

 」

 

「まっ、そこんとこは人間じゃないから、としか言えないな。勿論アマゾンでもない」

 

 そう言って、光が漏れる傷口に手を添えそのまま拭い去るような仕草をすると、傷は見当たらず、まるで最初から無かったかのように傷をつけられる前の状態に戻ってしまった。

 

「さて、と。オレは……私はそろそろ向こうに戻らないと」

 

 そう言いスタークは蒸気の如くスーツを消し去ると元の生身の姿…

ナオミとなる。いつまでも此処で道草を食っている訳にはいかない。

 

 少なくとも今はまだ、13部隊の“観察”を止めたくはない。

 

「それじゃ、姫様によろしく。私からのプレゼントを有効活用してね♪」

 

 奪われたのではなく、あくまでプレゼントだと嘯く少女の戯言に付き合い切れないとでも思ったのか、ナオミが去っていく後ろ姿を見つめるだけで何も言い返すような事はしない。

 アニレスは忌々しいとばかりに露骨な舌打ちを鳴らし、そのまま自らも去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっとも、中身は大分変わってるけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人知れずナオミは嘲笑う。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 凄まじく甲高い音が周囲に轟く。

 二つの要因……アルファのアームカッターと、女王蟻のアマゾンが持つ硬度の高い外骨格がぶつかり、金属のソレに近い甲高い音を鳴り響かせたという訳だ。

 瞬間。間髪入れず女王蟻の鎌が高速で、横一線に振り迫るがそれをアルファは回避。

 両足の裏を女王蟻の頭部に押し当て、踏み台の要領で身を翻し反転することで切り刻まれる難を逃れたのだ。

 

「とっと、尻もそうだが頭も大概だな」

 

 アルファがアームカッターで切り裂こうとしたのは、女王蟻の頭部

。無駄に強い弾力性を持った尻部を『斬撃技での攻撃するか』。

 それとも『ギガを用いた攻撃を食らわすか』か。それを実行する前に他の部位はどの程度なのかを探る意味合いでアームカッターを頭め

 がけ振り下ろそうとしたのだが、結果は今の状況が物語っている。

 

「尻以外はアームカッターが通用しない位に頑丈な硬さか。んじゃ、今度はきちんとやらせて貰うぜ」

 

 そう言うアルファは、両手を開いた状態で指を少し折り曲げ、そして両腕を左右斜めから交わらせるようにクロスさせると両腕共のアームカッターに自身が保有するアマゾン由来のエネルギー『ギガ』を収束させる。

 それにより刃の部位が赤く染まった。よく見ればまるで陽炎のように赤色の光を孕んだオーラが吹き出し、棚引いている。

 今までアームカッターの刃が同じ原理で赤く発光する事はあったがこの様になる事はなく、しかもこれは鷹山が人間からアマゾンの姿になる際に生じるものと酷似しており、ほぼ同一の事象と言っていい。

 アマゾンが人の姿から獣人形態となる際、生じる蒸気らしきものは

 変身時に活性化した細胞が発するギガの余剰エネルギーが水分を纏ったもので、時折見る衝撃波は何も纏わない状態のエネルギーがそのまま吐き出されていたものだ。

 

 蒸気ではあるが、普通の蒸気ではないのだ。

 

 そして低いランクのアマゾンは皆共通に色が白しかなく、“ノーカラー”と称され、逆に高いランクのアマゾンは様々な色があり、“カラーアッパー”と呼ばれている。そのアマゾンが下位か上位か。

 特殊な機器又は知識を持たない素人の目でも容易に判別できる。

 話が逸れたが、変身時と同じ現象がアルファのアームカッターに起きているのは通常よりもエネルギーが収束しており、それが収まり切れず余剰として漏れ出しているのだ。

 

「デカいからな。いつもより倍に食らわせてやるよ!」

 

 そんな軽口と共にアルファは収束させていたギガをクロスを左右に解き振り払うことで、一気に解放させる。

 赤熱の高エネルギーがエックスを描き一直線に女王蟻へと向かっていく。結果を言えば、アルファが放った高出力ギガの攻撃は女王蟻に見事命中。

 爆炎と黒煙を散らし、エックス文字状の火傷のような傷跡と大きなダメージを与えた所を見るとどうやら尻部の弾力性、外骨格の硬度の許容範囲を超えるには十分だったようだ。

 しかし本来であればバラバラに切り刻むことが可能だったがそれは叶わず。未だ生命を維持し、そして尚も闘争本能を剥き出していた。

 

「◾︎◾︎ッ!」

 

 だが、それも束の間。

 

 アルファの与えた高出力の一撃は紛れもなくこの女王蟻のアマゾンの命を奪っていたのだ。

 最期に気高き咆哮を上げる。それは本能しかなく矜恃や誇りなど無い筈のアマゾンという獣が僅かに垣間見せた、その一瞬だけの女王としてのプライド。

 見る者によっては、そう思うかもしれない。

 そして、まるでそれが本当だと言わんばかりにほんの数秒という時間の中で、全ての脚を折る事なく体制を崩さないまま、肉体が黒の液状に崩壊し、やがては物言わぬ液体と成り果ててた。

 

「……腐っても女王様って訳か」

 

 ぽつりと。アルファはそんな感想を零した。

 

 

 

 






昨日のジオウ……やってないんかい!

新フォームも出て、早く続きが見たいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦う理由


連続投稿です!

※ちょっとした編集を加えました。


 

 

 

 ああ、まただ。

 

 この匂い……コレがあるから、俺は俺じゃなくなる。

 

 腕を切り裂く。

 

 胴体を切り刻む。

 

 頭を蹴り飛ばす。

 

 その全てが楽しくて、嫌なのに、どうしようもなく快楽に変わって、どうにかなってしまいそうになる。

 

「アァァァァッッ!!!!」

 

「ギィッ!」

 

 アリアマゾンの頭部が繰り出されたイプシロンの鋭く、早く、そして力強い手刀の一撃を喰らい瞬く間にその命を消失させる。

 女王蟻のアマゾンが生み出した、子であり兵とも呼ぶべきワーカーのアリアマゾンら総勢15体。

 数としては程度が知れ、ランクもDと低い。

 故にイプシロン1人でも対処は可能で、現にもう1体しか生き残っていない。

 というより、その1体もたった今絶命した為、もはやワーカーのアリアマゾンは全滅したと言うべきだろう。

 しかし厄介な事にイプシロンはまたアマゾンとしての本能を活性化させてしまい、未だ自我はきちんとあるもののいつ暴走してもおかしくない状態だった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、……」

 

 そんな言葉を口からを零して、液状に崩壊しつつあるアリアマゾンの胴体中央の部位から抜き取ったのは、アマゾンの生命維持であり、同時に脳とも言える中枢臓器。

 肉体は死んでも、ソレだけはまるで生きている事を証明するようにドクン、ドクンと鼓動を静かに鳴らしていた。

 

 それが美味そうに思った。

 

 普通なら思わない筈がアマゾンの本能が表に出始めている今、イプシロンの身体は人間のものでなくともタンパク質を欲し、中枢臓器に対しての食欲を誘発させていた。

 

「ヒロ!」

 

 あと少し。ほんの数秒経っていたら何も言わず、喰らいついていたかもしれない。そんな状況から正気に戻させ、うまく逃してくれた声の方へと素早く振り返る。

 

「ハァ、ハァ……イチゴ?」

 

 声の正体はイチゴだった。

 見るとナナや他のコドモたちもおり、その顔はまるで悍ましいものを見るかのような、何かに対して一線を引いた表情だった。

 唯一、ゼロツーは違ったもので感心、単純に凄いものを見て呆気に取られたと言った風な面持ちでヒロを見ていた。

 

「! ッ」

 

 すぐにさっきまでの自分を思い出し、中枢臓器を地面へと叩きつけるように捨てたヒロは何故? どうして? などと疑問の言葉を頭の中に浮かんでは消えるを繰り返し、軽度のパニックに陥っていた。

 その影響か、アマゾン・イプシロンとしての姿から元の人間体であるヒロの姿に戻ってしまったものの、既に大元の女王蟻のアマゾンはアルファによって駆逐されているので特に問題なかった。

 

「その、大丈夫?」

 

 恐る恐ると言った感じでイチゴが近づき聞いて来た。

 

「う、うん……大丈夫……大丈夫なんだ」

 

 イチゴに対して、というより、あくまで自分に対して強く言い聞かせるようにそう答えるヒロは顔色を蒼褪め荒い呼吸を吐き出す。

 未だパニック状態から抜け出せていない状態だった。

 

「みんな!」

 

 と、その時だった。

 

 近くの林の茂みから必死で走って来たとばかりに肩で息をする1人の少女。それは紛れもなく、探していたナオミに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「そ、れ、で? 何か弁解すべき事はある?」

 

「うぅぅ…………ありません」

 

 元いた浜辺に戻って早々今回の無断行動に関しての説教をざっと1時間程か。耳にタコができるくらいにズカズカと言葉の弾丸がマシンガンレベル……というほど速くはないが。

 それでも大量に耳朶を撃ち抜き、聞く側にしてみれば新手の拷問だったのは言うまでもないだろう。

 更に直々に拳骨をもらい、ぷっくりと腫れて膨らんだタン瘤まで貰ったナオミは正座姿勢でオヨヨ……と。

 そんな言葉が出そうな位には涙を滲ませていた。

 

「もう心配させないでナオミ。あそこにはアマゾンがいたんだから……

 ……」

 

「あはは……ホントごめん。ほら、普通ならこんな機会ないし、ちょっとその、探検とかに興味あったから……」

 

「それで何かあったら元も子もないでしょ」

 

 イクノの言葉は本当に心底ナオミの安否が心配だったと。声質からそう読み取れるものでナオミはバツ悪そうに苦笑しつつ、言い訳を交えて謝罪を述べるのだがソレをナナがにべもなく切って捨てた。

 

「ま、せっかくの休日なんだ。罰とか諸々は後回しにして、とりあえず楽しい一時を再開しようぜナナさん」

 

「……あんまり甘やかさないでほしいんだけど?」

 

 気前のいい笑顔の鷹山に対し、ナナはそんな彼の発言にジト目を送るがまるで何処行く風。大して気にしてはいなかった。

 

「はぁぁ。まぁ、いいわ」

 

 溜息を一つ吐いて、ナナはそう言う。

 

「今だけは見逃すわ。けど終わったら相応の罰を与えますからそのつもりで!」

 

 最後辺りの語気を強めてそう言うナナにナオミは何も反論できず、しょぼんと申し訳なさそうな、あるいは残念そうな面持ちで気を落とす。

 そんな姿を見れば可哀想、と感じるかもしれないが結局は彼女が自分が好き勝手して招いた自業自得な為、弁護できないのが悲しい所か

 。そんな事があったものの、全員怪我も何もなく例の浜辺に戻って来れた13部隊は日が暮れる夕方まで泳ぎ競争や砂遊び、貝殻集め、何故か蟹探しなどの諸々をやり尽くした。

 

 そして、夕食のバーベキューが始まる。

 

「おお! うめぇなコレ!!」

 

「ホントね! よく焼けてて美味しいわよ」

 

 ゾロメ、ミクが牛肉の刺さった串を手に取り齧り付くのだが、味は中々の絶品だったらしい。

 

「はい、ナオミ」

 

「ありがとうイクノ」

 

 ナオミに野菜も混じった串を渡すイクノは、彼女とほぼ同じタイミングで一口齧り付く。心なしか嬉しそうだ。

 

「ほら、ゼロツーも」

 

「ありがとうゴロー」

 

 ゴローもゼロツーへ串を渡し、ゼロツーは特に拒否する理由もない為素直に受け取り、礼を言った。

 そして、やはりと言うか甘いモノをかけて食べ始めた。と言ってもハチミツではなくブルーベリージャムだ。

 

「うへぇぇ?! そんなもんまでかけるの?」

 

「ゼロツーちゃんらしいね」

 

 ココロは笑って言うものの、ミクは完全に引き気味である。いくらゼロツーが甘党とは言え、そもそも合うものではないと認識しているミクからすれば引かずにはいられないし、何より、初めてゼロツーが食堂に食べに来た時だって口を押さえ、吐き気に耐えていたのだ。

 こういった反応は仕方ないだろう。

 

「ふふん。食べもせず合わないって考えるのは早計だね。ナンセンスだよ」

 

「いやいや、ないから」

 

 そんなミクにゼロツーは心外な、とばかりに文句を言うが、やはりミクの価値観は変わらない。

 

「お前、相変わらずアホな食い方してんなぁ〜」

 

 そんな2人を見て、鷹山は呑気に間延びした

 ような気の抜ける口調で呆れを吐いて来た。

 基本的には口には出さないのだが、前々から思っていたのか。

 いい機会だから、という考えでの物言いかは判断しかねる所だが、ともかくミクと同調する様はさも“自分はまともだ”、と。

 そんな主張を言いたげな様子だが生憎の所、はっきり言って彼はゼロツーとさして変わりなかった。

 

 唯一違うとすれば、その方向性。とでも言うべきか。

 

 鷹山が手に持っているのは鶏肉がこんがりと濃い茶色に焼かれ香ばしい匂いを放つ、一本の串。

 

 それになんと生卵をかけたのだ。

 

 しかも。そのかけ方は、よく知る二つに割るではなく普通に握り潰すというもの。ドロリとした黄身と白身……だけでなく、なんと砕いた時に出た細かい殻の欠片ごと混ざったソレをかけたのだ。

 

「「ちょっと待てェェェェェェ!!!!」」

 

「うるせーな。何だよ大声出して」

 

 ゾロメ、ミクから飛び出たストップの声が鷹山……のみならず13部隊全員の鼓膜を突き刺さんばかりに揺らした。それに対し、いきなり何でそんな声を出すんだ、とジト目を流して抗議の声を上げる鷹山だが2人の勢いは止まらなかった。

 

「百歩譲って卵は有りとして、何で殻ごとなんだよ!!」

 

「そうよ! 口切れるし、バッチィわよ!」

 

 譲らず退かない勢いの2人の意見が、鷹山の異様な行為に異議を申して立てた。

 ゾロメとミクの意見を整理すれば彼等の言いたいことは常識、という側面を考慮すれば何ら可笑しい指摘ではない。

 卵の殻はそれ自体に味はなく、食感的には無機物。もっと分かり易く言えば噛めば砕ける

 砂利の粒を食べてるような気分だ。

 更に付け加えると生卵のままで殻を食べるのはオススメできない。

『サルモネラ菌』、『カンピロパウダー菌』という二種類の有害な菌が付着している為、70℃の加熱処理が行われてないと大変危険である。

 それなりに切れ味もある為、口の中を切る可能性もあるがアマゾンである鷹山ならば菌を含めてその辺りは大丈夫だろう。

 しかし、それを抜きにしても卵の殻ごと混ぜ込んで食べる、という何とも食欲を唆られない食べ方はよっぽどの曲者感性でもない限り共感が難しいだろう。

 卵の殻をカルシウムとして溶かして食事に混ぜ込むならまだ分かるのだが、そのまんま、と言うのは衛生面からしてもマズい。

 そういった知識を幼少期から徹底して教育させられているコドモたちにすれば、鷹山独特の食事はかなり異様に見えてしまうのだ。

 

「まぁ、アマゾンだし。平気だって」

 

「でも、それ不味くないんですか?」

 

「……あたしも、美味しそうに見えない」

 

 ヒロとイチゴが不味いんじゃないか? と言う疑念を込めた視線で質問して来るが、鷹山は特に気にする事なく無視。一口を大きく開けガブりと。

 串から肉を嚙み千切り、卵の殻がバリボリと咀嚼していく度に硬質な音を奏で、最終的には実に美味そうに喉を鳴らし飲み込んでしまった。

 

「ふぅ……ああーまーアレだ。カルシウム摂取のつもりだよ。つもりっつーかきちんと摂ってるけどな」

 

「ああ、卵の殻ってカルシウムだから」

 

「いやいや! 何納得してんだよヒロォ!」

 

 生卵の殻を使っている事が問題であって、カルシウム摂取だから……などと言うのは、ただの言い訳にしかならない。

 にも関わらず妙な所で納得するヒロにゾロメが間髪入れずツッコミを叩き付けた。

 

「諦めなさいゾロメ。彼、色々言ったところで辞めないから」

 

 と、ナナからの仲裁が入った。

 しかし言葉の内容自体は意外なもので、鷹山を庇護してるかのようなものだった。

 

「お、ナナさん分かってるね〜」

 

「小さい頃から付き合わせてれば慣れもするわよ」

 

 どうやら、今に始まった事ではないらしい。

 

 そんな2人の会話にイチゴは疑問を覚えた。

 

「ナナ姉と刃さんて、知り合ってどの位?」

 

「ん? ナナさんがまだガーデンに居た頃だな」

 

「え?! そんな昔から?!」

 

 直接聞いたイチゴもだが、13部隊のコドモたち全員が大小あれど驚きを顔に出していたナナは……ハチもそうだが他の都市のコドモの管理者たちと同じで、良くも悪くも生真面目な性質の持ち主だ。

 飄々と勝手しくさる性根の鷹山とそりが合うのか、と問われればどう見たって合わないと口を揃えて第3視点の他者らは言うだろう。

 そんな2人が結構な年月で知り合って交流していたのだ。

 驚くなと言う方が無理であろう。

 

「昔は結構野良のアマゾンがガーデン周辺に屯っててな。念の為にってことで警備と万が一の対処にって事でよく呼ばれてたんだよ。初めてガーデンに来たのが、15の時だったな」

 

「お、俺たちと変わらない年から、アマゾンに?!」

 

 2度目の驚愕する事実に目を大きく見開き、いかにもな狼狽ぶりを見せて来るヒロだが、鷹山は続ける。

 

「……色々あってな。誰に言われた訳でも、無理やり弄られた訳でもない。全部俺が決めて自分でやった事だ」

 

「……」

 

 妙に重いトーンの声で言う鷹山の言葉は誰かが何かを言えるような

 、そんな軽く緩い空気の形成を阻止するには十分なものだった。

 

「せっかくだからお前らに聞いておきたい。13部隊はなんで、叫竜やアマゾンと戦うんだ?」

 

 オトナがそう決めて、命じたから。

 

 多くのコドモはそう答えるし、それが彼等にとっての常識だ。事実13部隊に所属するコドモ……ヒロやイチゴたちもそうやって教育され、今に至ってる。

 

 フランクスのパラサイトとして。

 

 アマゾンを駆除する『駆除班』として。

 

 定められた敵を相手に戦っている。

 

 そう言えばいい筈だ。なのに不思議とコドモたちは、そういった言葉を口から出さずにいた。直感ながらにそう言えばいい訳ではないのだと、薄々ながらに感じていた為だ。

 

「ぶっちゃけ、俺はお前らが戦う必要なんて無いって思ってる」

 

「刃ッ!」

 

 止めようとしたのか、ナナの諌める声が出て来るがそれを無視して続けた。

 

「俺はお前らに今日に至るまで対アマゾン、それを応用した対叫竜の戦い方を覚えさせ、訓練させて来た。何故だか分かるか? それが俺へ頼まれた仕事だったからだ。お前達はいい具合に成長してるし、事実として実績もある」

 

 アマゾンの駆除任務では、13都市内で起こったアマゾンの大量発生という危機的状況をアルファがミツルとココロ救出の為に不在だったにも関わらず、誰一人欠けることなく生き残った。

 叫竜との戦いでは鷹山の考案した戦術や戦法を応用する形で駆使して戦い、殲滅。撃破数は他の都市の部隊よりも高い戦績を叩き出し、それを確定付けるのは、やはりキッシング時の両都市防衛戦において発生したイレギュラーであるCode090の謀反によるクーデターの際の対応、連携における立ち回りは見事なものと言って間違いない。

 そのおかげで090にどういう理屈か操られていた超巨大グーデンベルグ級の撃破に成功した。

 

 まさしく、目覚ましいまでの素晴らしい成果だ。

 

「だが。お前らと一緒に暮らして、俺なりに情も湧いちまった。だから俺個人として言えば……死なせたくないからだ」

 

 13部隊がここまでに至れたのは、鷹山刃圭介という一人の男の協力があってこそなのは言うまでないだろう。自分のおかげだ、と傲慢に憚らずな自己顕示をすることなく。あくまで自身に課せられた任務の一環として当然と平淡に鷹山自身はそう捉えていた。

 しかし13部隊のコドモらとの接触・交流をもって、その平淡とした認識に一種の揺らぎが生じていた。

 

「だからこそ、仕事関係なしに敢えて問う。お前らがなんで戦うのか

 を。もし何もないなら……俺はお前らを戦わせない。ゼロツーには自分で決めた戦う理由がある。これはコイツを除いた、お前ら13部隊に向けてのもんだと思え」

 

 私情で語る鷹山の言葉。それは自身に課せられた責務をドブに捨てるようなものだろう。戦う為に生まれ、教育され、努力を積み重ねて。そうやって成長して来たコドモたちに対し投げかける言葉としては、『最低』の部類に入る。

 

 傲慢にも程があるとも言ってもいい。

 

 だが、それでも。

 

 鷹山は情が湧いてしまった。死なせたくないと思ってしまった。

 だがコドモたちにも明確な感情と意思がある。もし自分で考え選んだ上での戦う理由があるならば、仕方ないと諦めるつもりだ。

 しかし無いのであればここを離れ、コロニーに保護させる他ない。

 と言うのもAPEとコロニー双方の取り決めの一つに何らかの理由でパラサイトとして戦えなくなってしまったコドモが生じた場合、双方合意の上ならばコロニーが保護目的に基づき送迎する手筈となっている。

 APEにとってパラサイトとして使えなくなったコドモを自分達の下で生かしておく必要も、理由も、意味もない。だからこそ使えなくなったコドモをコロニーが貰ってくれると言うのなら、わざわざ『剪定』する時間を無駄に浪さずに済むし、要らぬコドモがいなくなってくれる。そういった面で一石二鳥に好都合なのである。

 コロニーにとっては人道的配慮から保護を申し立てており、これまで過去に数人のコドモを保護し、健全な人としての暮らしを与えている。

 もっとも今回の場合、13部隊は全員フランクスを動かす上で必要となる最低限の数値をクリアしており、身体的な異常・疾患等一切ない健康体。更にフランクス博士を上手く説得する難関がある為、鷹山が個人で勝手にどうこうする訳にもいかないのだが。

 それでも最悪の場合を想定すれば、鷹山は是が非でも保護させるし

、その為の交渉カードも持っている。

 今、この問いで13部隊の誰かがそうなるのか。それを見極める為のある種の儀式といってもいいのかもしれない。

 その一方で問いを投げかけられている13部隊のコドモらの一人であるヒロはきちんと鷹山の言葉を聞いた上で、失礼も承知だがゼロツーに対する疑問を感じ、それについて考えていた。

 

 ゼロツーの戦う理由。

 

 それは彼女のパートナーとなった今でも本人の口から明かされていない事だった。

 ヒロから見て、ゼロツーという少女は妄執的信念、と言ってもいい位の目的に対する強過ぎる渇望を抱いているように見えた。

 死を恐れず、どんな傷を負うことも厭わない彼女の戦いに対する在り方は、そういった物が無ければ成立しない類のものなのだ。

 

 そうでなければ、容易に諦め、放棄する。

 

 掲げる意義も課された使命も。

 

 過酷な道を猪突猛進と駆けると言うことは、並大抵の努力と思いでどうにかなるものではない。

 

 彼女をそこまでさせる『目的』。

 

 パートナーとして、気になりはするものの、パートナーと言う立場を利用して彼女の領域に踏み込むのは躊躇う為、ほんの少し触れる事

 さえもなかったヒロだが、改めて思うとその目的が一体何であるのか

 。

 今になって、ヒロは自身の胸の内にしまい込んでいた興味が蓋を押し退けかけ、ほんの少し滲み出るかのように、微々たるものだがその思いが強まった気がした。

 

「そ、そんなもん決まってる!」

 

 この中で誰よりも逸早く声を上げたコドモ……それはゾロメだった

 。

 

「パパたちが俺たちに戦えって言ったからだ! それに叫竜を倒して倒して、倒しまくればいつかオトナになれる!!」

 

 オトナへの羨望。そこに由来する願いがある種の目標となっていたゾロメだからこそ、この中で一番に声を上げたのかもれない。

 

 そして、続いて声を上げのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 





刃さんが卵の殻と食べる描写は、龍騎の王蛇こと浅倉さんを意識して
オマージュ的にしたもの。
実は中の人同士で結構仲が良く、鷹山仁役の谷口 賢志さんは『鷹山 仁』というキャラクターを形作る上で浅倉を意識したらしいです。


まぁ、簡単に言ってしまうと『中の人ネタ』ってヤツ。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

答えは・・・・




ジオウでとうとうアナザーディケイドが・・・今週の日曜が楽しみになって来ましたね
。そしてダーリンインザフランキスが早くも一周年!


今後とも頑張っていくのでいくので応援よろしくお願いします!







 

 

 

「俺は、ゼロツーと一緒に飛ぶ為に戦います!」

 

 二番手は自分だ、と。まるでそう言いたいかのような勢いでゾロメの次に言葉を発したのはヒロだった。

 

「それだけじゃない。ここにいるみんなや都市で暮らしているオトナたち。俺が、この手で守りたいと思うみんなに手出しはさせない。それが叫竜でもアマゾンでも……」

 

 力強く熱の篭った言葉で紡ぐヒロの戦う理由。

 ここまで確固たる決意を見せる要因は、自分達13部隊がこれまでに戦って来た叫竜

。そしてヴィスト・ネクロという敵対組織の存在だろう。叫竜も十分脅威ではあるが、何より人と対して変わらぬ知性を持ち、明確な悪意をもって襲い来るヴィスト・ネクロはその時の場合や状況にによってはそれ以上の脅威に成り得る。現に1人のコドモだった090を自分達の陣営へと引き込み、アマゾンへと造り変えた。

 

 しかも、それだけじゃない。

 

 090が叛旗を翻したあの事件の後、26都市に住んでいたオトナが計30名いなくなっていた事が判明したのだ。原因、又は犯人は誰か? 

 そう問われれば090と同じく反旗を翻した謀反者であるスタークとその手引きで密かに侵入していたヴィスト・ネクロに他ならない。明確な証拠はない。あの混乱を利用すればできる事はまず間違いない。もしヴィスト・ネクロだと確定するならば何故あの局面で090が本性を現し、派手に暴れたのか。30名のオトナを捕らえる為に都市を混乱させ

、警備体制を崩す為の『囮』になった。

 そうすれば筋の通った理屈にはなる。だとすれば今後もヴィスト・ネクロはこういった諜報・策謀を巡らせ襲い来るに違いない。

 

 だから、何が何でも阻止する。

 

 コドモとして、ライダーとして、みんなを守る為に……。

 

「……なるほど。んで他は?」

 

 納得したかのような呟き以外には特に何も言わず、残りのコドモたちへと質問に対しての嘘偽りは許さない、そう言わんばかりの追求染みた視線を向ける。

 

「あたしは……ヒロやみんなを守りたい」

 

「俺も、イチゴと同じです」

 

 デルフィニウム組のイチゴとゴローはそう答える。

 

「ミクは、こいつが心配だし……勝手にいなくなるのは嫌だから……そ、それにもし、本当にオトナになれるなら……い、一緒になりたい……から」

 

「ミ、ミク〜!!」

 

「ちょ、こら! 抱きつくなっての変態!!」

 

 ミクは口をごもごもとしたかのような歯切れの悪い言葉の羅列で、そう言う。

 

 ゾロメのパートナーだから。

 

 というのは一見すると安直な理由ながらも鷹山はそれを否定するつもりはなかった。内容その物ではなく、“自分で選んで決めた”のか。それが重要だからだ。

 自身のパートナーの思いに感銘を受けたらしいゾロメは人目も憚らず、ミクに抱きつくと言う奇行をしでかした。嬉しい気持ちは分からなくもないが、女の子にいきなり抱きつくと言うのは早計だろう。当然ながらミクのゲンコツを貰ってしまった。

 

「私もみんなの為に戦います」

 

「俺は、ココロちゃんを守る為に戦う!」

 

 ココロは普段では見れない程力強くそう言い、フトシはそんな彼女を守ると、勢い良く答える。

 

「……僕は、僕の意思でフランクスに乗ります。誰かに指図される謂れはありませんから」

 

 心外な。まるでそう言わんばかりの表情と言葉からは、己の自尊心を隠そうともしないある種のプライドの高さを曝け出しているミツル。そんな彼に続いてパートナーであるイクノが声を上げた。

 

「私は……学者になりたい。何を学んで研究するのかは、まだ決まってないけど……もしちゃんとオトナになれるとしたら、そうなってみたい」

 

 自他共に本の虫、などと呼べるほどに知識欲旺盛なイクノはよく本を読む。本から得られる知識はその全てがオトナが教えてくれないことばっかりな為、昔から本を読むのが好きだった。ゾロメほどオトナに対する憧憬の念はないものの、そう成ってみたいという気持ちは少し程度はあった。もっと欲をかけば、ナオミと共に協力して研究したい

。大切な親友として側にいて支えてくれたらのなら、どれ程いいか。あくまで口には出さず、己の心の内に留めるに抑えたイクノは少しばかり視線をナオミへと流す。

 ナオミが最後だから、と言うよりは自身の思考の渦中がナオミだから。と訂正を加えた方が正解になる。いずれにしろ、最後がナオミであることに違いはない。

 

「私は、みんなと一緒に変えたいと思ってる」

 

「変えたいって何を?」

 

 疑問符を浮かべてミクが言う。疑問はミクのみではなく、ナオミ本人を除く全員の総意だろう。

 

「私達が戦わなくてもいい世界」

 

 なんてことのない一言。しかしそれは13部隊、ひいてはコドモの存在意義に関わる発言だった。

 

「それって……あたし達がパラサイトでなくなるようにしたいってこと?」

 

「……そうだね。言葉だけ取ればそうなるかな」

 

 イチゴの神妙な空気を孕んだ質問に少し間を開けて、ナオミは言った。

 

「オイふざけんなよ! 叫竜倒さないとオトナになれないんだぞ!!」

 

 ナオミの発言にゾロメが食ってかかる。しかしこれだけ言って終わりなどと言うことはなく、当然きちんと続きを述べた。

 

「うん。それは分かってるよ。でも叫竜と戦って死んじゃったらさ、悲しいし辛いよ」

 

 叫竜との戦いは全てにおいて、都市防衛を担うフランクス部隊が勝つ訳ではない。叫竜を倒すことができず、部隊が壊滅する話は少なくない。かつて090がいた26部隊も戦線で孤立し下手すればそういった結末を迎えていた可能性が高かったのだから。

 

「だから、コドモが戦わずに済む方法を模索して、作りたい。そうしたら私達平和にオトナになれるかもしれないよ」

 

 叫竜と戦わず、平和にオトナになる。

 

 それはあまりに理想過ぎる目標と言える。

 

「ありえませんよ」

 

 故に否定する者は必ずいる。その一番手として声を上げたのはミツルだった。

 

「僕等は……コドモは全員パラサイトとしての価値があるからこそ、生かされてるんです。それを否定するなんて、随分な話だと思いますが?」

 

 そう言うミツルが何を言いたいのか、それを理解出来ていない訳ではないナオミは、若干を顔に翳りを差してしまった。事実として、コドモの存在意義は優秀なパラサイトとなってフランクスに乗り叫竜を倒すことであり、それ以外など毛程も求められてはいない。かつて、13部隊がまだガーデンに居た頃。パラサイトとしての適正値が低下、元より上昇する見込みのないコドモは何処かへ消えていた。それは稀に見る、という少ない頻度でなく、かなり多い頻度で消えていた為、さして珍しくなか

 った。

 消えたコドモの行き先は……コドモたちは誰一人として知らない。教育係のオトナに尋ねても「知る必要はない」というお決まりのワードが返って来るだけ。誰であろうとそれは変わらなかった。見知った誰かが別れを告げることなく消えてしまう。その辛さ、悲しみを経験したコドモたちは少なくないだろう。

 

「分かってる。でもやってみせるよ……必ず」

 

 明確な詳細を口には出さず、側から見れば計画性など皆無と断じられるかもしれない。しかしその決意がいかに真剣なもので、強固で、不屈のものか。

 鷹山から見てもそれは間違いないものだった。

 

「…………はぁぁぁぁ〜……」

 

 やけに長い間と共に溜息を惜しげも無く吐き出す鷹山。疲れたような、というよりも呆れの意味合いが強いか。そんな風な思いをひしひしと感じさせては徐に口を開いた。

 

「分かった分かった。俺がいちいち言わなくても、きちんと自分の理由を持ってるようだな」

 

 まるで何かを諦めたような、そんな乾いた笑みを浮かべて片手を頭に乗せると、ワシャワシャと髪を軽く掻き乱すような仕草を取りながら鷹山はそう言う。

 

「なら、もう俺が言うことは何もない。明日は早いからな。さっさと食って寝るぞ」

 

 そう言って、鷹山はまだ串に刺さっていた肉の一切れに齧り付き、その半分を引き千切る形で持っていき、そこそこ心地いい咀嚼の音色を奏でた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。闇に包まれた浜辺を太陽の代わりに満月と星々の光が照らす。その光景は昼とは違い、とても神秘的で、ギラつく激しさを帯びた日の輝きとは違い、静かる優美さを秘めた輝きを放っているように見えるだろう。その浜辺に二つの人影が海岸線に沿うようにしてゆっくり歩いている。

 ヒロとイチゴだ。

 

「ごめんねヒロ。こんな時間に」

 

「イチゴが気にすることないよ。色々考えてたせいで眠れなかったし」

 

 事実、ヒロは中々寝付けなかった。理由は今日一日で経験した事全てだ。あの廃墟と化したオトナたちの街とは似ても似つかない町のこと。アマゾンとしての本能に酔い、危うく殺したアマゾンの臓物を食らいかけたこと。そして……自分のパートナーのこと。

 それらが頭の中を思考として飛び交い、糸と糸が乱れ絡み合いグルグルのグチャグチャ状態だった。

 そんな頭で寝れる筈なく、どうやらイチゴも同じだったようでひっそりと起きていたらしい。そしてイチゴの提案で、夜の浜辺へ散歩……と言うことになったのだ。

 

「……あのさ、ヒロ」

 

「ん?」

 

「ヒロは、その……大丈夫……なの?」

 

「…………それは俺の中のアマゾンの事?」

 

 曖昧なイチゴの問いをより分かり易く整理したヒロは、少し自嘲気味に言い出した。イチゴはもう既に気付いている。ヒロが持つアマゾンとしての本能の側面。それが“活発化している”と言う事実を

 。これまでヒロがアマゾン・イプシロンとなってアマゾンと戦った光景を思い返えせば、容易に察する事はできる。アマゾンとしての彼は苛烈にして残酷。敵となる対象の肉体を八つ裂きにしてまで徹底的に殺し尽くすのだ。

 それを幾度も見て来たイチゴは、前回と今回とを比べてそれがより強調されている事に気付いたのだ

 。その核心を突くようなイチゴの問いに対しヒロは、乾いたような、疲れているような。そんな哀愁とした表情でヒロは胸の内を語り出した。

 

「……俺、生きてていいのかな?」

 

「え?」

 

「時々自分が怖くなる。俺は、いつか大切な仲間を襲って命を奪うんじゃないかって。あの時は勢い付いてゼロツーと一緒に乗って飛んで、オトナや仲間を守るんだって言ったけど……」

 

 少し間を置いて、ヒロは続けた。

 

 特に表情を変えず淡々と。

 

「いつか人間としての自分を失って、本当の獣になってしまう。そんな考えが少しだけあるんだ」

 

 女王のアリアマゾンが生み出したワーカーのアリアマゾンたちを相手取った際、ヒロが感じたのは命を奪う事への罪悪感や嫌悪感ではなく、むしろその逆に位置する感情が絶えず湧き起こっていた。

 

『快感』。

 

『狂喜』。

 

『解放感』。

 

 そして……『食欲』。

 

 肉を裂き、骨を砕く。そんな残虐な行為を平然と行いましてや楽しんでいた。そして1匹のアリアマゾンから抉り取った中枢臓器を見て……“食べてしまいたい”と。

 あの時確かにヒロはそう思った。もしイチゴが止めてくれなかったら、と考えただけで背筋が凍りつく心境だ。

 

「……で、でも、刃さんから抑制剤貰ってるって……それがあれば、アマゾンとしての本能を抑えられるんでしょ?」

 

 キッシングにおける両都市防衛作戦の前に刃から渡されたアマゾンの特性……“人食衝動”を抑える為の抑制剤。その効果は今もある。だが、ほぼ完全に抑えられる訳ではない。

 

「そうらしい……けど、刃さんは完全じゃないって言ってた。確率で89%ぐらいあるみたいなんだけど……」

 

 それでも、ヒロには抑えられない時がある。アマゾンとしての姿であるイプシロンになる時はよりそれが理性の蓋を押し退けて来そうになるのだ。

 

「勿論決意は嘘じゃない。これはあくまで俺の予感って言うか、そうなるかもしれないって言う可能性を勘で言ってるだけ……なんだけど」

 

 それでも思ってしまう。

 

 人の血肉を貪り喰らう獣に堕ちるかもしれない自分が生きていいのか、と。ヒロの中で決意とは裏腹に脈々と根付いている負の思考。矛盾した二面性が息衝いていた。

 

「でも。ゼロツーと一緒に乗ってる時だけは、それが薄れるんだ。理由は分からないけど多分フランクスに乗れば……ッ?!」

 

 ふと、何かがヒロを抱き締めた。二人しかいないこの状況と馴染みのある暖かな匂い。いきなりの事に驚きつつもすぐに答えに辿り着いた。

 

「イチゴ?」

 

「させないよ。ヒロが怪物に成るなんて……そんなこと、私がさせない!」

 

 ヒロを抱き締めた両腕に力を込めて、イチゴはそう宣言する。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の唇が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「シャアラァッ!!」

 

「フッ!」

 

 場所は移り変わり、時間を少々遡り。

 片方は刃。もう片方は尾。そこいらの銃弾や兵器では一切傷を付けられないレベルにまで硬化された双方が左右エックスの字を描くように、重なり合って、火花を散らす。刃の側……ザジスは尾を払い退けて追撃の一閃を振るうが、それを弾いた尾とは別の尾が防ぐ。尾の側……叫竜の姫は、いくつかある尾の内の一つでザジスの一閃を防いだのだ。更に別の尾がいくつかザジスの身を刺し貫こうと迫る。

 

「ヌルいなァッ!」

 

 だが、防がれている刃……の形状に右腕を変化ささたブレードとは別の左腕のブレードで叫竜の姫の尾を容易く切り払った。

 

「チッ!」

 

 切断されてはいない。それでも痺れに近いダメージの感覚を味わう破目になった彼女はザジスから一定の距離を取り、その鋭い眼光を輝かせた。

 

「フン! 叫竜の姫ってのは大した事ないらしいなァ?」

 

「ほざけ野良猫」

 

 ザジスの嘲笑混じりの挑発を叫竜の姫は一言で、特に何も感慨入れず吐き捨てた。

 

「だってそうだろ? とっくに斬られてんのに毛の先も気付かないんだからな!」

 

「! ッ」

 

 ザジスの言葉の真意を察するが、時既に遅く。全ての尾の根元から一本の線が走った瞬間、青い鮮血を撒き散らながら尾は本体である叫竜の姫から離れてしまった。

 

「グゥゥ!」

 

 苦痛に顔を歪め地に伏せる叫竜の姫は何としででも立ち上がろうと奮起するも、それをザジスの片足が背中に押し付け、阻止する。

 

「ガァッ……貴様ッ!」

 

「まぁ、面白かったよ。準備運動としてはな」

 

 殺す意志を一心に込めた殺意の視線を意に介さず、淡々とそう告げるザジスは両手のブレードを叫竜の姫の首を左右に、挟むようにして当てた。

 

「じゃあな」

 

 

 ザシュゥゥッ! 

 

 

 そして、感情を込めないこの一言が死刑宣告となった。生々しい裂ける肉の音と青い鮮血が二重奏となって彼女の首は、本体から離れ落ちた。

 

「ハァァ。呆気ねーな。ファントの野郎はまだか? さすがにデカブツ2匹は梃子摺るか?」

 

 この場にいるのは物言わぬ屍と化した叫竜の姫とザジスだけしかいない。狭い空間では戦い難いと言う理由で叫竜の姫の取り巻きだった2匹の大蛇型の叫竜とファントは、2匹が作った大穴を通って地上で激闘を繰り広げている筈。もし、どちらかが倒されたのなら生き残った方がここへ戻って来るだろう。あるいは、相打ちか。

 しかし仮にそうなったとしてもザジスに何の感慨もない。ザジスにとって自身と同じ地位に立つ幹部又は自身の下に就く部下たちは、ヴィスト・ネクロと言う群れの仲間であり、それなりの信頼を寄せている事に嘘偽りはない。だが自分に付いていき、戦うことを選択したのは他ならぬファント本人。口数が少なく、表情も一貫して無機質な無表情を貫き、まともな感情を臭わせないソレはある種の異様に違いない。そんな訳だから正直な所、ファントが何を考えているのか、ザジスには分からない。

 まさに『読み難い』という言葉を体現した彼だが、その闘争本能と、それに基づく戦士の誇りは確かな真実にして事実だ。

 それを理解しているからこそ、ザジスは仲間に対しての心配や悲嘆という感情を持たない。自らの意思で戦うことを選び、そして死ぬ。それは理不尽でも何でもなく、至極当たり前の道理だ。己が意思で戦い、敵を打ち倒し、仲間や自分が倒されたとしても感慨なし。それがザジスの思想に基づく戦士としての誇りなのだ。ザジスは天井に空いた大穴を見上げながら、上で起きているであろう戦いの凄まじさを想像して思い耽っていたが、すぐさま異様な気配を感じ取り、振り返りつつ一定の距離を作る為に大きく飛び退けた。

 

「ふむ。鈍感な猫ではないらしいな」

 

「な、なんでだ……」

 

 ありえない。

 そんな一言の思考が頭の中を埋め尽くす。それは確かに聞き覚えのある声だった。凛とし、幼さを残すその中に荘厳なる意志を垣間見せるようなその声。そして、青い肌の肢体を隠さんばかりの衣服にも見える黒い模様。それは間違いもなく『叫竜の姫』だった。

 ザジスが切り落とした頭を脇に抱えた状態で、頭のない身体が立っているという異常過ぎる現象を除けば、だが。

 

「テメェッ!!」

 

「言っておくが、妾という一個の生命体は不老不死であっても“不死身ではない”」

 

 そう告げる叫竜の姫の言葉に耳を貸す理由などある筈もなく、ザジスはブレードで鋭い突きを繰り出し、叫竜の姫の肉体の中心……心臓を貫いた。

 

 だが、それは無意味に終わる。

 

「この身は自我を持たず、遠隔から操作されているに過ぎぬ妾のクローン体。元より生きてはおらぬ

 。思念という糸で操られた人形であるが故に何をどう切られようと糸さえ繋がっていれば何の問題もなく動かせる」

 

 ブレードが心臓を貫き通し、青い血が止め処なく溢れては瞬く間に姫の足下に血溜まりを形成してしまう。が、それでも彼女は自らの口を閉じる事はなく、淡々と告げる。

 

「さて。ではそろそろ礼をくれてやるとしよう」

 

 何をする気だ。そんな言葉を聞いて疑問としてそう思うよりも早く、ザジスの危機回避の感覚が警鐘を鳴らした。左右ブレードの二本をクロスさせ、ギガを一点に集中させる。回避では絶対に間に合わない。最大限の防御で行くしかない! そう瞬間的に判断した上での行動だった。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩い蒼白の閃光が叫竜の姫の身体から解き放たれ、空間全てを余さずに飲み込んだ

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

流星の夜


今回で流星モラトリアムの章が終わり、次章になります。漫画版ダリフラが特別編をやるとのことだったのでそれにあやかって、次回特別ゲストを登場させようと思います。

後書きにそのゲストがちらりと登場するのでお楽しみに。(^_^)/~

特別ゲストのヒントは『もやし』です。


 

 

 

 

 時間は、然程進んではいない。

 だとしてもその刹那は異様に長いように思えし、それ以前に一体何が起こったのかさえ明確に把握できないほど頭の中は真っ白になり、思考の一切が吹き飛んでしまったかのようなそんな状況にヒロは陥っていた。何故こうなってしまったのかを問えば原因はイチゴだ。但し彼女は悪意あってそうした訳ではなく、ある種の感情の暴走によってそうしてしまったと言うのが正しい。イチゴは……ヒロにキスをしたのだ。

 これまで何度振り返ろうとも他人とキスをしたのはゼロツーだけ。他は全くいなかった。だがこの時、この瞬間となってはゼロツーだけと言う訳にはいかなくなった。唇を通して伝わる相手の体温と唾液と質感。それを自覚した時には今置かれている状況を把握したヒロは、同時に驚愕と困惑が沸き起こり、放心から混乱へ変わってしまった。

 どうすればいいのか。そんな事を考えている内にイチゴの方から唇を離す。その行為が何を意味するのか、何も知らないイチゴではない。ただ、実感するという意味ではキスという行為に関して無知だったかもしれない。

 

 いや、実際そうなのだろう。

 

 あまり良く思っていない相手から与えられた、キスという行為における知識。聞いた最初こそ若干の嫌悪はあったものの、感情に任せていざやってみれば、未体験の言い知れぬ感覚が全身を駆け巡った。良いか悪いかで言えば良い部類の快楽に近い感覚。

 羞恥もあるが酔い痴れた気分で顔が赤くなり、体温が上がる。

 

 ずっと、こうしていたい。

 

 そう思うものの、そうする訳にはいかず。確かにある理性で湧き起こる感情を抑えたのだ。

 

「その……何て言うかさ。多分……ううん。あたし、ヒロのこと好きなんだ」

 

 顔を赤く染めたまま、彼女は両手を背に隠し、指同士を絡ませて顔を下へと俯くイチゴは、これまで自身が抱いていた気持ちを吐露する。好意を抱く、というのは分かる。誰かを大切に思い仲良くなりたいと思う感情的現象。

 

 そこに特別な意味合いはないと思っていた。

 

 だが、小さい頃からのヒロに対する好意は時が経ち成長するに連れて変化していき、彼女にとって特別な気持ちとなった。

 

「……イチゴ。その、ああ……何て言うか」

 

「ご、ごめん! そんな重く受け止めることないから! ただ……す、好きでやったことなの!!」

 

 イチゴは慌てて、身振り手振りでそう言う。

 

「と、とにかくさ! そろそろ戻ろ! 明日早いって刃さん言ってたし」

 

 これ以上はいられない。

 自分が仕出かした行為に羞恥心から湧き起こる感情を抑えられず、来た道を戻ろうと振り返った瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星が……軌跡を残して降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 感嘆の一言しか出ない程にそれは美しく、星空に溢れる星々がより一層輝きを増したかのような神秘的な光景だった。その正体は他でもない白光を放つ流星群。厳密に言えば星そのものが流れている訳ではないのだが、それをここで言ってしまうのは野暮な話だろう。イチゴの独り言を聞いたヒロはこんな話をして来た。

 

「流れ星に願い事すると叶う……って、前に言ったっけ?」

 

「ちゃんと覚えてるよ。あたしそんな頭良くないけど、記憶力はしっかりしてるし!」

 

 バカにするな、と言いたげな様子で自身の記憶力を語るイチゴの姿が何処か面白げに感じてしまい、ついプフッと笑い声を漏らしてしまった。

 

「……ヒロ〜?」

 

 そんなヒロを見て黙ってスルーする程寛容ではないイチゴは、不機嫌なその顔に笑ってるけど笑ってない表情を張り付かせて、イチゴは少年の名を呼ぶと共に詰め寄る。

 

「あ、いや、その……なんか今の面白かったって

 言うか……」

 

「……フン! ほら」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、顔を振り上げるもののイチゴは取れとばかりに右手を差し出す。真意が読めず疑問符を浮かべた呆け顔をしていると、明後日の方角へ逸らしていた顔を再びヒロへ向け、真意の向上を述べる。

 

「手、繋いで。意味もないのに怒らせた罰」

 

「……ああ。分かった」

 

 ようやっと理解したヒロは差し出された右手に自身の左手をそっと添わせるように乗せる。それを確認したイチゴはヒロの右手を掴み、やや前へリードする形で歩み始め、それにヒロも続く。

 

(そう言えば、よく手を繋ぎたがってたっけ)

 

 昔ガーデンで小さかったイチゴが時折手を繋いで、と。そう言ってせがんで来ていた記憶がフッと頭の中に浮かんだ。前時代における人類史に実際にあった恐ろしい惨劇が綴られた本をそうとは知らずに読んでしまった時や、何かしらの怖い物を見てしまった時。凍てつく風が強めに吹く天候での野外敷地内での運動訓練の際など。

 前者は不安や恐怖を無くす為に。

 後者は大好きな男の子の温もりを求めて。

 当時の小さかったヒロは別段嫌という訳でも、

 断る理由もなかった為によく手を繋いだ記憶が頭の中に浮かんで来たヒロは思わず、笑みを零す。イチゴは手を繋いで歩くと言う気恥ずかしさから、つい顔を下へ伏せてしまった為、見られずに済んだのはヒロにとって幸いだったろう。

 ともあれ、流星群の降り注ぐ夜空の浜辺を歩く二人は来た道を戻っていく。安らぎと幸福における、この刹那の一時を祝福するかのように落ちゆく流れ星が一層とその数を増やし、更にはその中に一際強い輝きを燦々と見る者をより気付かせる為にもと思える赤と青の流星が二つ、寄り添うようにして白光の流星群の中を駆け落ちていった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「……ッ……あ、うぅ……」

 

 深く沈んでいた意識が徐々に浮上していき、目を覚ました1匹のアマゾン……ジャガーアマゾンことザジスは覚醒こそできたが未だ意識は明確なものではなく、霞のように曖昧なものだった。

 

「おはよう♪ いい夢見れた?」

 

「!! ッ」

 

 だがそれも忌々しい見覚えのある顔が視界に入るまで。すぐさま意識をクリア化させたザジスは寝た態勢を保ちつつ、両手のブレード、その左手の刃で首を切り落とそうとした。

 が、それを容易く片手の指二本。もっと正確に言えば、親指と人差し指で摘むように防ぐことで首の切断を回避したチャイナドレスを身纏う女性『アレニス』は、あくまで余裕の笑みを絶やさずザジスに向ける。

 

「ここは貴方とファントが叫竜の姫と戦ってた場所から10Kmくらい、離れたところよ」

 

「て、テメェが何でいやがる!」

 

 そう言いつつ、ザジスは何故自分が巨大な地下空間から地上の荒野へと寝ていたのか。その全てを思い出した。

 

 そうだ。俺は罠に嵌ったんだ。

 

 そんな心の呟きと共に脳裏に蘇るのは頭と身体を切り離して尚も立ち上がる叫竜の姫……いや、その複製である人形に動揺し一気に爆散。自分は限界までギガをブレードに収束させて展開した障壁で防ごうとしたが威力が桁違いに高過ぎた。その身に余る熱量が人間よりも数百倍強靭な筈の皮膚を。筋肉を。果ては骨さえ蒸発させ、あのまま受け続けていれば間違いなく死んでいただろう。

 しかし結末は違った。

 間一髪のところで転移して来たアレニスがダメージを負いつつザジスを抱えて、もう一度転移。僅か刹那の間だったが何とか成功を果たし、ザジスを爆死という形で終わらせずに済んだ。

 とは言え、ダメージは甚大なものだったと言わざる得ない。外見的には所々少し火傷を負う位にしか見えないかもしれないが、それはあくまで表面上に過ぎない。身体の内部は一部炭化した部分すらあり、本来であれば先程のような動きはできないのだが眠っている間にアレニスが打った強力な無痛効果を持つ麻痺毒のおかげで痛みを感じずに済み、それが今の身体の惨状を意に介さずあの様な動きを可能としたのだ。もっとも痛みを全く感じずともダメージは確かにある為、負荷を伴いかねない動きは死を招きかねない。

 

「麻痺毒が回ってる内は無理せず回復に努めることをオススメするわ。せっかく敵の罠に嵌って散る寸前だった命を今、ここで無意味に失くす破目になっちゃうわよ?」

 

 その事をいつもと変わらぬ口調なれど、凄味を加えて伝えるアレニスの正論に対し、反抗的な台詞を吐き散らかすことなどできず。不本意で忌々しいと思いつつ、いけ好かないこの狡猾な女に何をどう反論することもできず、ゆっくりと上半身だけを起こし、その態勢で忌々しそうに舌打ちする以外にできなかった。

 

「チィッ! テメェに借りを作っちまったか……で? ファントの野郎は?」

 

「お、俺。ここに、いる」

 

 ザジスの質問に答えたのはアニレスではなく、それ以外の者でもなく、れっきとしたファント本人がそう言って返して来た。よく見れば身に纏っていたコートを着ておらず筋骨隆々とした筋肉で鍛え上げられたその肉体には、所々焼けた爛れた傷跡があるもののアマゾン細胞による再生能力がフルに発揮されている為、蒸気を黙々と発しながら恐るべきスピードで回復へと向かっており、あと2時間ほどもすれば完治は確実だろう。

 本来のアマゾンの再生能力であれば数分程度なのだが、ファントは怪力と防御力に優れている反面、再生能力に関しては並のアマゾンよりも弱いというデメリットの特性を有している。

 ともあれ、アマゾンの形態から人間の姿へ戻っていたファントは相変わらずの表情と口調で、それなりにダメージはある筈だが、そうとは思わせない程に無感情を顔に張り付かせていた。

 

「ガァァッ! あのチビアマァァ……クローンなんぞ用意して、下らねぇ小細工を!」

 

「まぁ、相手もAPEや私達の目と手から幾度も逃れて来たから。クローンを使った影武者なんて朝飯前という訳かしら?」

 

「つーか、なんでテメェがここに? そもそも、タイミング良く救出できたってのはちとオカしくねぇか?」

 

 苛立ちを粘らせた嫌味の意味合いを込めた視線で、ザジスはアニレスを睨む。確かにああも迅速に間一髪の所と言うにはタイミングが偶発と言うよりも、狙ってやったとしか思えない程に良過ぎている。断っておくが彼女に未来を把握できる予知能力の類などない。自身に置かれた周囲の状況を的確に推察・計算する事で、あたかも予知であるかのように見えると言った風な芸当を可能にするアマゾンもいるにはいるが、別の任務で遠く離れていた彼女がソレを察知するのはまず不可能。

 

 となれば予め知っていた、という事になるのだが問題は“どうやって知ったのか”。

 

「勘違いしないで。この子達のおかげよ」

 

 そう言うと彼女の背中から肩に何かが這い出て来た。茶色に黒の斑模様があり、血の様に赤い複眼をした1匹の蜘蛛。全体的な大きさはハエトリグモのような2cmか、3cm程度の小型。背中など目の届かない位置にいたら、まず気付かないかもしれないだろう

。その蜘蛛がなんだと視線を送るザジスに呆れを孕んだ溜息を吐きつつ、彼女は答える

 

「この蜘蛛ちゃんはね、私が作り上げた発信機にして目であり、耳でもあるの。だから貴方がどんな状況に置かれているのか。例え些細な事であろうとしっかり記録して私に送ってくれるのよ」

 

 すなわちソレは位置を把握できるだけの発信機とは異なり、監視カメラや盗聴器としての機能を併せ持ち、細かな情報を得るという事になる。張り付いている対象の行動。会話。位置。果ては身体内部における異常でさえ把握することが可能である。そんなものが自身の与り知らぬ所で勝手に張り付ていて、自身に関する情報全てを主たるアレニスに送っていたと言うのだから、その怒りの激情は当然の理だった。

 

「テメェ……なに気色悪いゴミムシ付けてくれてんだよコラァァ……」

 

 自分の身体のダメージなど一切考慮せず、顧みもせずに立ち上がる。ザジスにとって自身より上の者がやるのであれば一応納得し、従う。だが自分と同格か、あるいは格下の相手にこのような知らぬ間に首輪を付けられる行為を……ザジスは最も嫌う。

 彼にとって、弱小なる存在など興味ないむしろゴミとしか思えない嫌悪感さえ覚え、もし目の前にでもいたら“自身の手で処理してしまう”程だ。彼から見てアニレスは自身と同じ幹部ではある。立場上はそうなってこそいるがあくまで個人的な主観だがザジスにとって彼女は格下なのだ。実際ザジスと彼女が本気で全力をもっての殺し合いをしたとして、一切の策なしでの実力勝負であればザジスの圧勝は確定されてしまう。

 アニレスは、ザジスよりも速いスピードを有しており、全身全霊における本気を出せばザジスを上回り、音速を超える程の結果を叩き出せる。そのおかげでザジスを助け出すことができたのだ。とは言え、ザジスが盾代わりとなってくれていた事を考慮すれば

、また評価は違って来るが。では、何故それほどまでの速さを持っていながら負けるのかと問えば……単純な話、彼女は決め手がない。

 同格の相手を殺すだけの技量が、だ。

 更に基本的な身体能力に関してもザジスを遥かに下回り、戦闘での動きも単調な部分が多い。故に彼女は“純粋に単純な実力勝負”には勝てない。

 

「あらあら。そうは言ってもこれは我らが姫様のご意思なのよ? 私は諜報・隠密の面において組織を影から監視して異分子や不穏分子を発見し、対処する。それが与えられた役目なのよ。まさか貴方、そんな事も忘れていたの?」

 

「!! ッ だがよ、コイツはさすがにやり過ぎってもんだろーが。そんなに信頼ねーかよ俺は」

 

「言っておくけど貴方だけじゃないわ。姫様を除くヴィスト・ネクロの全アマゾンにこの子等は張られているの。信頼を盾にしてコソコソしてるかもしれないでしょ?」

 

「ならテメェはどうなんだ? 俺たちにその可能性があるってんなら、それはテメェも同じじゃねーのかよアニレス」

 

 尤もらしい事を妖艶さを交えつつも、事務的に淡々と説明するアニレスに対し、ザジスは核心を突く。確かにそれは道理と言えよう。むしろそういったありとあらゆる様々な情報を収集する立場の者であれば、尚の事、裏で何かをしやすいもの。上手く、巧妙に、慎重に徹していれば組織のトップの首を狙えるチャンスが訪れたとしても不思議ではないし、絶対的に

信頼を必要とする立場である以上、疑いの目を向けられるリスクを完全とはいかずとも軽減位はできる。

 そういった意味では、アニレスはいつでも組織を裏切れる有利な立場にあると言ってもいいがそれについて言及されないなどと、予想していない彼女ではなかった。

 

「ええ、尤もな意見ね。でも心配しなくていいわ。私が組織への反逆行為をした場合、個人の本意不本意関係なく、私に埋め込まれたあの方の細胞が私の命を奪う事になっているのよ」

 

「!? ッ……んだとォッ!!」

 

 初耳だ。そう言わんばかりの動揺した態度は誰の目から見ても明白なもので、ファントも彼程ではないにしろ動揺を微かに見せていた。

 

「ど、どういう、事だ?」

 

「どういう事もそう言うことよ? 私は貴方達を含めて組織全体を監視し管理する。もしその私に不備があったとして、もっと言えば謀反を企ていたとしら……何らかの対策をしていないと話にならないでしょ?」

 

 さも当然のことだと彼女は不満も何もなくそう答える。彼女に謀反の意図は勿論ない

。しかし敵に何らかの方法で操られるような失態は組織の中で最も重罪であり、決して許容できない物。十面姫はその処罰を絶対に下すだろう。組織の動きを見極め監視する管理職に属する立場の彼女であれば、それは尚更のこと。

 

「私は自分の意思であの方に私自身の命を文字通り“委ねているの”。だから、私個人の責務にグダグダ言わないで。いいわね?」

 

 何も言わせない。彼女としての覚悟をもって口にした言葉の数々は嘘偽りもない本気のソレだ。それを堂々と出されてしまえば、もうザジスに文句や罵倒を口答えとして醜く吐き散らかす訳にはいかなくなった。

 

「……」

 

 何も言わず、再びザジスは横たわる。

 これ以上は回復の妨げになるばかりか何の得もないと踏んでの賢明で妥当な判断だった。とは言え表情は不満をタラタラと恥もなく、満遍に出し切ったものだったが。そんな彼の視界に夜空が見える。叫竜の姫との邂逅、戦闘から意識不明に至るまでの時刻が1日の真ん中、つまり正午であった事を考えると結構な時間が経ったようだ。

 今現在の大まかな時間帯は深夜。偶然にもヒロとイチゴが見ているあの流星群がザジスの視界にも入って来るが美も何も、感じ入ることはなく。

 

「ウザったいな……」

 

 鬱陶しい。まるで自身がヘマして犯した失態を嘲笑っているかのような等と、そんな卑屈な心境で忌々しさを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 数時間前、スタークとヒロとゴローの3人が訪れた洋館。周囲は夜の闇に包み込まれ夜行性の虫や鳥、果てはよく分からない獣の鳴き声が右往左往と犇いている。そんな不気味な雰囲気を漂わせる洋館の内部に誰かがいた。かつていたであろう洋館の主人。その人が愛用していたが部屋に誰かがいた。

「……そうか」

 一言。納得したような声を零した誰かは男だった。その手には本棚の中から抜き取った一冊があり、開いた状態を見るにその内容はもう既に把握しているようだ。

「だいたい分かった」

男は、外見を見るに青年と思わしき年齢で髪は短い茶髪。マゼンダ色のシャツの上には黒の上着を纏い、その下は上と同じく黒に染まったズボンを履いており、何処も明からさまに異様な処は見受けられない、至って普通な風貌。
だが何と言うべきか。その男には妙な雰囲気が付き纏っており、『あらゆる面で掴み所のない人物』…という体を醸し出していた。

「この世界はこの世界で、どうにも色々と面倒みたいだな」

 パタンと本を勢いよく閉じた男は、そのまま本を目の前にある木製のデスクの上へとぞんざいに放り出す。その本の表紙には、こう書かれていた。















      “V I R M”











「まずはとりあえず……プランテーションとやらに行ってみるか」

 そう言い残し、彼は自身の背後に現れた銀色のオーロラのような幕に飲み込まれ、そのまま幕と共に消え去った。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コロニー・ザ・アマゾン~アマゾネスト計画、始動~
コロニーへの来訪



ジオウも残り僅かの話数……時の王にして平成最後の仮面ライダーはいったい何を見て
、何を選択するのか。


 

 コロニー。言わずと知れたAEPが統括する移動要塞都市プランテーションとは対を成す旧人類の居住地である。AEPからすれば、アマゾンに関する方面では色々世話になり、コロニー側は資材や技術提供の恩恵に肖っている為、相互利関係にあると言ってもいい両者だがそれは表向きに過ぎない。

 実際は水面下において政治的に牽制し合っているのだ。AEPは害獣であるアマゾンを駆逐する為の戦力・人材・他諸々を手にしたいが故に同盟という形からコロニーを取り込もうとし、逆にコロニーは愛想を振りまきつつ、そうはさせまいと睨みを利かせている。その一環としてAEPでの有力な発言権と立場を持つ重鎮フランクス博士との間に密かにパイプを作り、その手引きでスパイを何名か送り込みAEPの内情を探らせているなど、可能な限りに手を忍ばせているのだ。

 そのスパイの一人に対アマゾンの協力者である鷹山も入ってはいるが本人にその自覚はなく、あくまで個人の意思で13部隊を見守り、共に暮らしているに過ぎない。鷹山とは、そういう男だ。それを上も重々理解しているらしく特に4Cの局長であるヴォルフ=ネロは良き理解者でもある為、多少は目を瞑っている。

 とは言え、自分の立場を考えているのか一応情報を送ってはいる。あくまで13部隊に関するものが殆どで、その内容はコロニー側から見て非常に他愛なく果てしなくどうでもいい類の日常の世間話レベルのものだが。それでもグランクレバス攻略作戦に関してのみで言えば、唯一まともで有意義な情報と言えるだろう。ともあれ、そのコロニーを目指し13都市のプランテーションは速度を加速させつつ向かっていた。

 

「コロニーに、ですか?」

 

ブリーディングルームではハチとナナ、鷹山が揃い13部隊全員が着席する形で集まっている。当然だがゼロツーもいる。

 

「そうだ。最近になってコロニーで叫竜の目撃例が頻発している。本来であればマグマ燃料のあるプランテーションを狙う筈がどういう訳か、コロニーの周辺に出現し、物資を積んだ移送部隊を襲うなどの被害を与えている。勿論、その物資がマグマ燃料ということはない」

 

 叫竜はマグマ燃料に惹かれる性質を持つ。これはガーデンの頃、口酸っぱく徹底的に教わった叫竜の習性であり常識だ。今回説明された事例はそれを覆す異例の現象に他ならない。

 

「現在、この都市が進路上コロニーを通る為、コロニーの要請に従い我々が叫竜討伐の任を負うことになった」

 

「って、ことはコロニーに行くってことっすか! 刃さんの生まれ故郷に!」

 

 ハチの説明から導き出された答えにゾロメは興奮した様子でそう言うが、そこにきちんとナナが釘を刺して来た。

 

「言っておくけど勝手な行動はダメよ。コロニーの最高責任者並びその関係者には挨拶として行くけど、あくまで挨拶としてで、観光ではないの。そこだけはきちんと覚えておいて」

 

 厳粛なナナの言葉にテンションを一気に落とすゾロメは渋々、と言った様子で大人しく引き下がる。

 

「では各自、目的地到着までの間は自由待機とする。以上だ」

 

 それだけを述べたハチは解散を告げ、各々がブリーディングルームを後に去って行くイチゴも部屋に戻ろうとするのだが、その手を誰かが掴む。

 

「ちょっといいかな? イチゴ♪」

 

「な、なにってきゃぁッ!」

 

 有無を言わせずそのまま強引に引っ張って行くゼロツー。そんな二人を後ろから見ていたヒロとゴローは当然ながら疑問符を浮かべる。

 

「ゼロツー? なんでイチゴを」

 

「女子同士の親睦的交流ってところか?」

 

 親睦と呼べるほどイチゴとゼロツーの仲は良好かと問われると微妙だと答えざる得ない。然程接点が多かった訳ではないし、とは言え、険悪と呼べるほど悪くはない為あくまで微妙なラインなのだ。

 そんな男子二人など意に介さず、走るペースを段々と上げるゼロツー。それに引っ張られ嫌を言う暇なく付き合わされるイチゴは荒い呼吸を吐き出し、苦労の色を見せていた。しばし走っていた二人だが、エレベーターに乗り込んだことでイチゴはやっと強制ランニングから解放されて膝を折ってそこに手を当てて、ゼェーゼェーと何度も呼吸を整える。

 やはり呼吸は荒く、キツかったのは明白だ。

 

「ありゃ。そんなにキツかった? この程度ボクは全然大丈夫なんだけどな〜」

 

「ゼェー、ゼェー、ハァ、ハァ、ハァ、……な、何なのよ。一体何のつもり?!」

 

 ようやっと息を整え、まず言葉にした開口一番はゼロツーへの問い詰めだった。確かに有無を言わさず、強引にこんな事をしたゼロツーに非があるのは明らかだ。さすがに悪いと思ったのか。ゼロツーは両手を合わせて頭を下げる。俗に言う『ゴメン』のポーズだ。

 

「ごめんごめん。ちょ〜っと聞きたいことがあったからさ」

 

「聞きたいこと?」

 

 一体何の事なのか。そう思わずにはいられないイチゴの心境を汲み取るかのようにゼロツーは、彼女に耳打ちするように囁いた。

 

「キス、したの? ダーリンと」

 

「!!ッ」

 

 途端、心臓が一気に跳ね上がるような感覚を嫌でも感じた。そんなイチゴの動揺に対しゼロツーは笑みを浮かべたままではあるが、少し目を細め確信を得たとばかりの表情を作る。とは言え、その様子は責めるつもりは一切ない様に見える。

 

「フフ、否定してた割りにはやっちゃうんだね〜イチゴも」

 

「……それは」

 

 必死に何か弁明しようとするが中々言葉が出ず、それ以前に弁明の内容が浮かんで来ない。頭の回転を早くしようとも明確で、理に適った物が思い浮かばない。

 

 ポォン。

 

 そうこうしている間にエレベーターが最上階……すなわちコドモ達の住むミストルティンへと到着した。

 

「安心してよ。確かめたかっただけで咎めやしないさ」

 

 そう言ってイチゴに背を向け、開いたドアへと足を数歩進ませて降りるゼロツーは最後にとばかりにイチゴのいる後ろへと振り返り言った。

 

「ダーリンがキミにとって特別な好きなのは見てたら分かるよ。けど、譲るつもりはないよ?」

 

 それだけを言い残し、去って行くゼロツーの背を見送りつつ彼女の言葉を心中で反芻しては、イチゴは無意識に手に力を込め、スカートをギュッと握り締めた……。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「あ、ミツル君!」

 

「……なんですか、それ」

 

 ミストルティンの温室。様々な花々が群生するここによく来るのはココロだが、最近になってミツルも訪れるようになり、今日も訪れた訳なのだが珍しく彼女は花の世話ではなく、本を読んでいた。

 ただその本を見る限り図書室に置いてあるような代物ではなかったが、ミツルには本の表紙に見覚えがあった。ココロと赴いたあの廃墟で彼女が拾った本によく似ているのだ。

 

「まさか、そのまま持って来たんですか?」

 

「これは……その……」

 

 ミツルの指摘にココロは、さながら悪行がバレた犯罪者のような罪悪感と後ろめたさ

、それらが織り混ざった表情で、しどろもどろと。歯切れ悪そうな様子を醸し出す。

 この反応は当然だ。

 コドモはオトナから教えられた事以外の知識を得たり、それに関与するなどの行為が絶対的に禁止されている。その厳戒な規律を破り、こうして外から持って来た書物に目を通し未知の知識に触れようなど、あってはならない。それを理解しているからこそココロは怯えたソレに近い感情と行動を見せているのだ。しかしそれは、すぐに杞憂に終わった。

 

「何か勘違いしているようですけど、別に貴方の事を誰かに言うつもりはありませんよ」

 

「え?」

 

「なんの得にもなりませんし、他人の事にいちいち気にかける程僕は暇人じゃない」

 

 それだけを言い残し、ミツルは去ろうとする。元より一人で物思いに耽りたいが為にここへ訪れたのであれば、ココロの存在があっては意味が無いのでこのまま出ようとするが、そんな彼の手を掴む形で引き止めたのは、当たり前ながらココロ以外にいなかった。

 

「……な、なんですか?」

 

「お礼、いいかな?」

 

 突然だった為か、少し戸惑い気味に言うミツルにココロは、少しはにかむ様子はあったものの、明るい太陽の笑顔でそんな事を言い出した。お礼……と言っても大層なものなど用意できる訳もなかった為、そもそもこの提案も行き当たりばったりの突発的企画なのだ。故に大層な物どころか何一つないのが現状である。そんな中でココロはとりあえず自分が面白い話をしよう、と言う微妙で奇天烈な提案を新たに打ち立てた。

 

 ……何故そう思い至ったのかは謎だが。

 

 しかし一番の謎はミツルだろう。本来であれば

訳が分からない、下らないなどと言って去る筈がココロの要望に従い文句すらなかったのだ。これに関しては本人もよく分かっておらず、むしろミツル自身が知りたい位だった。

 

 こうなった以上はさっさと終わらそう。

 

 そんな思いを抱きながらミツルはパイプ椅子に座り、同じように座っているココロと面と面を向かい合わせた。

 

「で、なんですか面白い話って」

 

 まず、面白い話と言ってもどのような内容なのか。ミツルはまず始めにそう問いかけるのだが、とうのココロはどうも言いにくそうな雰囲気を醸し出し始めた。

 

「お、面白い話と言うか……聞きたかったこと、かな?」

 

「何をですか?」

 

 なら初めからそう言えばいいのに。そう思いつつも言葉には出さず、とりあえずは

耳を傾ける。

 

「ミツル君は、その、小さい時に私に仲直りの仕方教えてくれたの覚えてる?」

 

 仲直り? 温厚で優しく、大抵なら誰とでも合わせられる彼女が喧嘩したことでもあるのか? そんな疑問がミツルの中で生じるのだが、それ以上に驚きなのが自分がココロに仲直りの方法を教えた、という一点。ミツルにとって昔の事はあまり思い出したくないことだらけだ。元より他と比べて適正値が低く、しかし時期的な人数合わせの理由から早々に捨てられることなかったミツルだがその代わり、他のコドモが受ける通常訓練の数倍過酷な訓練を強いられ、更には命に関わる危険な薬品の使用による強化訓練までさせられていたのだ。

 

他の誰よりも劣っているから。

 

 たったそれだけの、その一つだけの理由で苦痛を強いられる幼少時代だったのだ。しかし苦痛も困難も全てを乗り越えた。ミツルをそこまでさせたのは当時憧れていたヒロとの約束。それを糧に、今に至ることができたと言っても過言ではない。

 

 だが、今は……。

 

「ミツル君?」

 

 ココロの問いを投げるような言葉にハッとし、自分が深い思考の沼に囚われていた事に気付いた。

 

「……な、なんでもありません」

 

 心配した様子で見て来るココロの視線から逃れたいが為に少し逸らして、自身が何の問題もない事を告げたミツルはココロの質問に答える。

 

「小さい頃のことは、多いほど覚えていません。生憎ですがそんな記憶もありませんよ」

 

 あくまで冷たく、そっけなく言うミツルに寂寥を含ませた苦笑を浮かべたココロはそれが望んだ答えでなくとも、言葉を紡ぐ。

 

「ミツル君は覚えてなくても、私は覚えてるよ。些細なことでミクと喧嘩しちゃった私に、ミツル君は優しく気にかけてくれた」

 

「……」

 

「それだけじゃなくて、きちんと謝り方を教えてくれたんだよ」

 

「……言いたいことは、それだけですか?」

 

 やはり依然として変わらない冷淡な態度で言い残すミツルは、これ以上は無駄だとでも思ったのか。椅子から立ち上がり温室を出ようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カシャッ。

 

「「!ッ」」

 

 突然二人の耳に届いたシャッターを切る音。

 もし誰かがカメラを持って写真を撮っているとするのなら、何故気がつかなかったのだろうか。そんな疑問が頭を掠めるがそれよりも先に視線が音のした方向へと行き、二人は振り返る。

 

「おっと邪魔したか? まぁ気にするな。続けて構わんぞ」

 

 そこに立っていたのは、フランクス博士や鷹山のように白衣を着た一人のオトナの男

。その手にはマゼンダ色のトイカメラを持ち、温室の花たちを写真として切り取っていた。

 

「誰ですか。ここはミストルティンですよ?」

 

「ああ。知ってる。だがここは下の殺風景で風情のへったくれもない場所とは違くてな。写真を撮るには丁度いい」

 

 男は何とでもないかのようにそう言うが、本当に都市のオトナのなのか? この男の言い草ではまるで彼にとって下にある都市が無価値なものとでも言いたいばかりの物言いだ。ふと疑いが沸き起こる。

 ヴィスト・ネクロのスパイではないか、と。

 

「スパイとは。これまた心外だな」

 

 そんな心の中に生じた思考を読み取るように彼は言ってのけた。

 

「!ッ」

 

「おっ? その反応を見るに図星か?」

 

 まさか自分の考えを容易く読まれるとは思ってなかったミツルは、明から様な驚きぶりを披露してしまった。そんな彼に男はニヤリと指摘し、茶化したような笑みを浮かべる。

 

「貴方は、一体何者なんですか!!」

 

 コケにされた事に大層ご立腹とばかりに声を張り上げて問い質したミツルに、男は一枚のオレンジ色に淡く光るカードを見せた。それは紛れもなくこの男がこの13都市におけるオトナが持つ証明書だった。

 

「……え、えーっと……かどや、つかさ?」

 

その証明書に宛てがわれた名前の欄にある名を、ミクが読み上げる。

 

「正解だ。Code556……いやココロと呼んだ方が俺としてはいいな」

 

 門矢士。あまり使われていない漢字で書かれた男自身を指すその名を、間違いなく的確に言い当てたココロを軽く賞賛し、何と彼は識別番号ではなく名前で呼んだ。

オトナなら知っていてもまずそうは呼ばないのが常識なのだが…どうにもこの門矢士という男は普通や常識と言った枠に当て嵌まるような人間ではないらしい。

 ただ一目見るだけで、そう言われれば納得してしまう雰囲気がそれを助長しているせいだろうか。

 

「あ、私のあだ名……」

 

 思わず、とばかりにココロが驚いた様子で言葉を零した。

 

「ん? ああそうか。ここじゃオトナはコドモのことを番号で呼んで、名前で呼ばないんだったっけか?」

 

 ココロが驚いている理由は単に士が知らない筈の自分のあだ名を知っていた事も勿論あるだろうが、それ以上に軽く驚きだったのがあだ名を呼んだことだ。オトナ……しかも研究機関に携わっている役職の人物であれば、その程度の情報は知っていてもおかしくはない。現に証明書のカードには役職欄に13都市専属研究員とあった事から間違いないだろう。

 しかし、知られていてもオトナに名前で呼ばれるなど一切なかった。それが物心ついた時から既に当たり前な事で、誰もそれを指摘することはなく、ただ受け入れていた。

ヒロがコドモたちの中で異彩を放ち、際立ち始めた頃。名前遊びが広がった時も相変わらず、オトナたちをコドモらを番号でしか呼ばなかった。そんなオトナの一人であろう門矢士という男が番号ではなく名前で呼び、それを好ましいと言うのだ。

 普通ならば有り得ない。だからこその驚きだったのだ。

 

「だいたい撮り終わったか。じゃあな」

 

 どうやらもう用は無くなったらしく、無いのであればさっさと出るとでも言わんばかりに自由気ままな態度で温室を出て行く士。言うだけ言っておいて、気分一つでさっさと行ってしまう。そんな彼の異常な一連の流れに頭が痛くなる感覚がズキリと疼くミツル。

 そんな彼とは対照的にココロは単純におかしな人、と言う判定をこっそりとしていた

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 都市を囲む30mの白い壁。それを前にしてヒロが無意識に感嘆めいた言葉を漏らす。壁は長方形を呈し、コロニーの都市面積の2,198km全てを計150枚の壁が囲い込み、侵入者を阻む障害として、その存在感を発揮している。

 更にこの壁には人間・アマゾン双方に有効な高圧電流が駆け巡っており、不用意に触れればアマゾンはともかく人間は忽ち黒焦げになって命を落とすだろう。無論、都市住民の事も考え内部にはフェンスが設けられ巡回のC4隊員が見張っているので、よっぽどの事がない限り事故は起きないし、過去にそういった例は未だ無い為問題ないだろう

 ともあれ都市に配備された計4つあるゲートの内13部隊は正門からコロニー内部へと入ることになり、丸みを帯びた山状の形をした鉄扉の門の前で配備された警備隊員らの隊長とハチ、ナナ、鷹山の4人で入る前にアポイントメントの確認をしており13部隊はセレモニーの時と同じ格好で終わるのを待っていた。

 

「確認が取れました。入ってすぐに車を待機させていますので、それに乗って頂き我々が案内します。それと、コロニー内のいかなる場所であろうと対アマゾンにおける戦闘行為は我々4Cの管轄権限。万が一の事を考えてアマゾンズドライバーの所持は許可しますが、あくまでアマゾンに対しての逃走・避難が不可能と判断された場合のみとします。そこはあしからずに」

 

「分かりました。ありがとう」

 

ナナは警備隊の隊長である男とそんな会話を交わし、13部隊のコドモたちへと振り返る。

 

「さっ、行きましょ」

 

 重く閉ざされた鉄扉が重低音を奏でながら自動で開いていき、やがて完全に開き切る

。コロニーというコドモたちにとっては未開の地に等しい場所を見て何を思うのか。まず我先にとばかりに一番に声を上げたのは、やはりと言うか自己主張がこの部隊の中でも際立っているゾロメだった。

 

「ほぁぁ……なんかスゲーな」

 

 アマゾンの駆除任務の際、初めてオトナの都市に行った時と比べてテンションに差はあるものの、大分驚いているのは違いなかった。オトナの住む都市の建物とは違い、白やグレー、あるいは赤に近い色彩に染まり、形は同じく長方形が主だが大きさは同等のものがあれば、13都市の建物を多少追い越すものなど様々。

 そんな光景を目に収めつつ、13部隊は言われていた通りすぐそこにあった計7台の黒塗りで四角い形状の装甲輸送車に乗り込み、付き添いの3人も乗った事を確認した後は大した時間を要する事なくエンジンを吹かせ発進。

 AEP関係者を乗せた1台を残りの6台が左右囲むような配置を維持しつつ、並走する形で出発することとなった。

 

「なんか、すっげー賑わってんな」

 

「前に見たオトナの都市の街中は結構静かだったけど……」

 

 輸送車内部は座席が運転席前方を向くよう設置されており、2列順で数は左右全部で20席。小窓もあり特殊強化ガラスに加えて特殊防護繊維で構成された針金が固定されている為、窓を狙った攻撃への安全は性能的に優秀と言えるだろう。

 そこから見える景色はと言うと、街を行き交っている人々が大勢いて、様々な目的で店売営業している店舗で用を足す者や親しい誰かと手を取り合って歩く者。遊んで楽しんだり、色々なことをしている人々の光景がそこにはあり、その全てが車の勢いによって過ぎ去っていく。

 それに対し、ふと零したゾロメとイチゴの言葉がコレだった。

 

 

「……隊長さんよ。警備を付けるのは至極当然なんだが、ちっとばかし厳重過ぎないか?」

 

 コドモたちの座っている席の前方の席に座っていた鷹山は、向こう側の自分と同じ位置の席に座る隊長の男にやや訝しげな視線を送り問いを投げた。

 

「上の判断です。それについては到着した後、ヴォルフさんが説明を

 

「所長直々にか」

 

 ヴォルフ=ネロ。アマゾンが関与する事件に対処し、治安を守る保安組織『C4』の所長である彼は鷹山とは旧知の仲で、AEPへ叫竜の対策依頼を要請した人物。これから13部隊が挨拶に伺う統制委員会のメンバーと共に所長もいるらしく、詳しい説明をするようだ。

 

「!!ッ どうした?」

 

 突如、輸送車が急ブレーキをかけて運転を停止するという事態が発生し、運転席で運転していた隊員に隊長が状況を説明するよう問い質す。

 

「それが道路上に不審者が……」

 

「不審者だと?」

 

 疑問と怪訝な感情を含めた顔で座席から立ち上がった隊長は、運転席が覗ける小窓からフロントガラスの向こう側に存在する運転手の言う、1人の不審者を視認できた。

 まるで装甲車の行く手を塞ぐようにして道路に立っており、黒い布状の衣類で全身を顔を含め何もかも隠している為、一目見た程度ではその性別を確認できない。

 

「そんなもの、さっさと…」

 

 隊長が対処するように言おうとした時、鷹山が制止の声をかける。

 

「待て。下手に出るなよ……」

 

 有無を言わせない威圧を込めて紡がれた言葉に隊長は何も言えず、そして鷹山刃圭介がどういった人間なのかを伝聞とは言え聞き及んでいたが故に素直に鷹山の言葉に従った。その瞬間、まるで風を切る音と共に装甲輸送車が上下に分かれるように一筋の線が奔り、車体は爆炎と煙に包み込む。

 

「「キャアアッ!!」」

 

「え、何ッ?!」

 

「な、ななんで爆発するんですか?!」

 

 突然の大きな音にココロとミクは驚き、フトシは上手く状況を飲み込めず、ゾロメに至ってはフトシと同じようなものだがそれに付け足して混乱している有様だった。

 

「もしかして……ヴィスト・ネクロの襲撃!」

 

 しかし幾分かは余裕を持っていたイクノは突然の事態に取り乱すことなく、ヴィスト

・ネクロの襲撃ではないかと予測を組み立てた。

 

「だとしたら対処できるのは」

 

「俺と刃さんしかいない!」

 

 イチゴの言葉にヒロが即座に答え、既に万が一に備えて用意していたアマゾンズドライバーのベルトを腰に装着する。

 

「しゃーねぇ。みんな安全な場所に避難しとけよ」

 

 刃も同様にアマゾンズドライバーを腰に付け、隊長にドアを開けるよう指示する。

 

「相当な手練れだ。俺とコイツでなんとかするから、お前らはみんなの避難頼んだ」

 

「し、しかし! アマゾンズドライバーの使用と戦闘の許可が…」

 

「返事はァァッ?!」

 

「は、はい!」

 

 思わぬ一喝を喰らってしまった運転手はドアが開けてしまい、隊長も何か言おうとはしたものの、鷹山の鋭く威圧を込めた視線を喰らい止める事叶わず。そんな彼等を尻目にヒロが一番に外へと飛び出し、続いて鷹山も外へ出ようとした時。

 

「刃!」

 

ナナが声をかけた。

 

「……あんまり無茶しないで」

 

「ああ。分かってるよナナさん」

 

 しっかりナナと顔を見合わせて、鷹山は笑顔でそう返し、敵が待つ外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「アレがこの世界の仮面ライダーか」

 

 そんな独り言を零すのは13部隊を乗せた輸送車の襲撃という、緊急事態の現場を近くのビルから眺める一人の男。AEP専属研究員の門矢士だった。着ていた白衣を脱ぎ捨て、下は相変わらずマゼンタ色のシャツだが上は黒のスーツを羽織っている。

 そんな彼は研究員であるにも関わらず、しかも、パスを通っていない不正入国に等しい状態。下手すれば捕まってもおかしくないのだが今の所はバレてないらしい。

 

 もっとも……“捕まえた所で意味はないが”。

 

「まずは実力を拝見…といこうか」

 

 士はそう言って、特に何も行動を起こさず眼下で今まさに始まろうとしている戦いに傲岸不遜を絵に描いたような笑みを浮かべ、ただ見下ろすだけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃の姿は相変わらず布状のもので全身を覆い、頭部をフードで隠している為、顔を確認することはできず。性別すら分からない。

 

「いきなり襲撃とはご挨拶だなぁオイ」

 

 そんな正体不明の不気味な人物に鷹山は言葉に威圧を乗せて話しかける。

 

「アマゾンアルファ並びにアマゾンイプシロンの両名を確認。戦闘に移行」

 

 鷹山の言葉に返すことなく、2人を知っているかのような独り言を発した瞬間、謎の人物は身に付けていたものを刹那の間に脱ぎ捨てると共に2人に接近。曝け出したその姿は……アマゾン・アルファを漆黒に染めたような1匹のアマゾンだった。

 

「!ッ」

 

 驚くよりも先に鷹山は自身の戦闘経験によって培われ、研ぎ澄まされた感覚が無意識に反応し、すぐに横へスライド。そうすることで振るわれた漆黒のアマゾンの拳を一欠片の掠りも受けずに回避できた。ヒロは持ち前のアマゾンとしての感覚から本能的に後方へと飛び退くことで当たらずに済んだ。

 

「「アマゾン!」」

 

 その間、腰に巻きつけたアマゾンズドライバーのグリップを握る事を忘れず並行して行った事で2人は掛け声と共にその身を赤と緑の蒸気又は炎の如きオーラに身を包み、一撃の蹴りと拳を漆黒のアマゾンに向け放つと同時にアルファとイプシロンへ姿を変えた。

 

「無駄だ」

 

 アルファが放つ、鳩尾を狙った膝蹴り。そしてイプシロンが繰り出す頭部へ狙いを定めたストレートパンチ。しかし、それらを黒いアマゾンは一言で切り捨てると同時に膝蹴りを右手の平で掴むように、そしてストレートパンチを前腕部位で防いでしまった。

 

「んだとッ?!」

 

「! グッ!」

 

 アルファとイプシロンは驚愕を隠せず声に出した。ただ、それは単純に攻撃を防がれた事実ではなく、漆黒のアマゾンの“背中から伸びる触手”がアルファの脚とイプシロンの腕を絡めたからだ。

 しかも、アルファにはソレに見覚えがあった。その触手はオトナの都市での戦いで現れたあのイソギンチャクのアマゾン……その触手とほぼ同じだったのだ。

 

「殲滅。敵を、殲滅」

 

 何故だ。どうしてなんだ。

 そんな疑問を頭の中で思い浮かび考察する余裕などなかった。繰り返し言う無機質な言葉と共に、触手と接触している2人の部位から“ソレ”は察知される事なくアルファとイプシロンの体内へと送り込まれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








今回は少し長めに書きました……その分、労力も……(-_-;)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動き出す獣の影



新しい令和最初のライダーであるゼロワン1話〜2話を見ましたが
中々良かったです。バッタモチーフのゼロワンにオオカミモチーフ
の二号ライダーバレット……モチーフ元を意識しその能力を活かし
た戦闘シーンに各々キャラクターの味も良く、とにかく良かった
ですね!


ゼロワンに負けないよう、今後もダーリン・イン・ザ・アマゾン
を頑張って投稿していきたいです。






 

 

 

「例の計画、とうとう始まったか」

 

 感慨深けに言うブラッドスタークは、その傍に助手となったカマキリアマゾンこと元パラサイトの少年プレディカを据えている。

 そしてその御前にはヴィスト・ネクロの首領十面姫がおり、その表情はやや不機嫌さを滲ませている。

 その側の左右には既に幹部らが勢揃いしつつ、ザジスとアレニスは十面姫同様の表情を出し、シャドウであるナインアルファは絶えずニコやかな笑顔で。ファントとプロフェッサー・デスはどう言った心境なのかが読めない程のポーカーフェイスを形作る等。各々が様々な顔でスタークを見ていた。

 

「で? そんな大事な計画を前にオレを呼び出して、裁判でも始める気かァ〜?」

 

 無機質な黒いパイプイスに腰を下ろし、気の抜けた声を抜け出しながら堂々と足を組む。その姿は太々しさを惜しまないスタークの気質を正しく表現していると言ってもいいかもしれないが今、スタークは有罪疑惑をかけられた容疑者である。

 そんな態度でいればどうなるのか。語るまでもない。

 

「スターク。貴様がコソコソと動き回っていることに妾が気付かぬとでも思ったか?」

 

 遠回しに、“あまり不遜な態度でいるなよ”と宣告されたに等しい十面姫の言葉にスタークは笑うのを止め、溜息を一つ吐いた。

 

「そうだな。確かにオレはコソコソ自分勝手にやらせてもらった」

 

「極め付けなのは、スターエンティティの情報を自分だけのものとした事だ。あの重要極まりない唯一無二の至宝の情報を貴様は、妾に知られないよう隠匿しようとした」

 

「まぁ、否定はしない」

 

 十面姫は隠すことのない怒りを殺気としてスタークに向け、対するスタークは焦燥や恐怖などはないものの傍に立つプレディカは背中からドッと汗が噴き出すのを感じ、全身の鳥肌が一種の警報かと思うくらいに立ち上った。

 

「だが弁明させてほしいな。オレは、あくまで情報の真偽までは把握していなかったんだよ」

 

 スタークは物申すとばかりに怒りを滾らせる十面姫を前に、自身の言い分を聞かせる。

 

「あの屋敷は、かつてAEPで七賢人と同格の地位を持っていた科学者の男が住んでいたもんでな。当然スターエンティティの事も知っていたし、七賢人からその調査を任されてた」

 

「で、その男の名は?」

 

「高坂匠。日本と呼ばれてた極東の地の出身で、あのフランクス博士の親しい旧知さ」

 

 十面姫の問いに対し、スタークはそう答え更に話を続ける。

 

「奴はフランクス博士以上の天才と謳われ、その性格も慎重で用心深い男だ。しかも電子工学に長けてた事を鑑みればダミーの情報をいくつも用意していたとしても、不思議じゃない」

 

『まぁ、結果的に当たりだったようだが』と付け足すように戯けた口調でスタークは答えた。

 

「仮にそれがダミーだったとして、だとしても報告するのが義務ではないか?」

 

「不確かな情報よりはきちんと確認してから白黒ハッキリつけた結果の方がいいだろう。なんだ、この程度の事でオレを裏切り者として処分するのか?」

 

「……おい。さっきから聞いてりゃ随分舐めた口

 で堂々と吹いてくれるじゃねぇーかよ」

 

 まだ回復し切ってはないとは言え、それでも高確率で回復できたザジスはついに閉じていた口を開け、剣呑な視線をスタークに向けた。

 

「おお、これはこれは。まんまと罠に嵌って死にかけた猫ちゃんじゃないか。死にかけの癖にあまんしニャァニャァ言うもんじゃないな」

 

 スタークから紡がれる言葉は彼にとって侮辱や愚弄している以外の何者でもなく、それを耳に入れてしまったザジスの沸点は容易に限界点を突破してしまう。

 

「死に晒せぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 両腕をブレードに変えてソレ等をクロス。まるでハサミのように重ね合わさった刃がスタークの首めがけ迫る。が、ハサミが閉じられる前にスタークとザジスの間に入り込む。

 そして、左腕を鎌のように変化させ、ハサミの交差点へと押し留めることで回避できた。

 

「悪いが、やらせる訳にはいかない」

 

「テメェェッ!! 新参がァァッ!!!!」

 

「やめろ貴様等」

 

 白熱するかと思われた古参と新参の幹部たちの衝突は、十面姫の鶴の一声によって一気に静まった。その途方もない殺気による威圧が、喧騒の空気に包まれていた場を一瞬に抑え込んでしまったのだ。

 

「スターク。今回の計画始動に伴い今回ばかりは目を瞑ろう。しかし、だ。次は無いと思え」

 

 十面姫の芋虫のような肉塊から生じている大小様々な九つの顔。それらがまるで十面姫の言葉に反応するかのようにスタークを睨みつけた。

 

「はいはい、分かってるよ」

 

 空返事とも言える適当さでそう返して来るスタークにもはや、何も言わず。十面姫は作戦指示を伝えた。

 

「ザジス。アレニス。ファント。この3人と共にコロニーへ向かい、計画成就の為に動け。お前には3人のサポート役を任せる」

 

「了解、姫君殿」

 

 仰々しく手を肩に添え頭を下げる礼法の姿勢はスタークでなければ、然程不快には感じなかっただろう。嫌悪感が増すのを抑えつつ、十面姫は今回において始まる計画に意識を向けることにした。

 

 もし、スタークが紛れもなくヴィスト・ネクロに叛旗を翻すのなら……その時は始末すればいい。そんな算段を決して口には出さず、心内で呟きながら……。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「フン」

 

 いきなり絡み付いて来た触手に対しアルファは動揺せず、すぐさまアームカッターで切り落とした。ついでにイプシロンに纏まり着いた触手も切り落とす。

 

「オラァァッ!」

 

 触手を切られた事で怯んだのか。そんな様子を見せた漆黒のアマゾンにアルファは両拳に赤いギガを収束しパンチを繰り出していく。負けじと漆黒のアマゾンは両腕でガードしつつ、隙あらば蹴りを放つなどして柔軟に対応。

 

「ハァァァァ……ッ!」

 

 このまま無様を晒す訳にはいかない。そう思うイプシロンは獣の唸りのように息を吐き出し、飛び上がる。

 狙うは漆黒のアマゾンの首。羽根を模したアームカッターを乱暴に引き千切り、三枚全てを投げ付けた。速度は申し分ない。

 が、それでもまだ足りていなかった為、瞬時に反応した漆黒のアマゾンは容易に掴み投げ捨てることでアームカッターによる攻撃を無効化してしまった。

 

「想定内だ!」

 

 しかし、防がれてしまう事を予想できなかったイプシロンではない。隙を作れば十分なのだ。

 

「上出来だァッ!」

 

 背中を見せた漆黒のアマゾンに背後から、それも頭部の首めがけアームカッターを振り下ろすアルファ。仕留める可能性をより高く確かな物にする為グリップを握り締めた。

 

『バイオレント……スラッシュ』

 

 電子音声と共にアルファのアームカッターが大きく変貌。ギガも高まり、切れ味を増したアームカッターは失敗を犯す事なく漆黒のアマゾンの首へと到達し、肉と骨を切り裂きその命と共に頭部を地面へ落とした。無論、後々復活する事がないよう胸部に手を突っ込み、中枢臓器を抉り取った。

 

「フゥゥ……そこそこできる奴だったな。大丈夫かヒロ」

 

「は、はい」

 

 変身を解いて無事かどうかの安否を問う鷹山に対し、ヒロは未だ緊張が抜け切っていないのか少しぎこちない様子で答え変身を解いた。

 

「大丈夫ですか!」

 

 警備隊の隊長がすぐさま駆けつけて来るが鷹山は問題ないと手を振った。現場は既に先ほどの光景を目撃していた人たちや後から来た人々で野次馬が形成されており、程なくして増える事は目に見えていた。

 

「ハァァ。やっぱ派手にやり過ぎたか」

 

 分かっていたとは言え、こうも面倒な大事になってしまった現実を前に上にドヤされるかも、と。鷹山はそんな懸念を抱き溜息を一つ吐く。

 面倒事を嫌う彼からすれば上層部のグチグチ且つネチネチとした説教を聞くなど、軽い冗談だったとしても聞きたくない。そんな陰鬱な心情が湧き始めた頃に鷹山は、自身の携帯している連絡用端末が細かく、短いリズムを取りながら振動していることに気付き着ている白衣のポケットから端末を取り出す。

 相手はどうやらナナのようで、端末画面に表示された文字をよく見れば直接の通信ではなく、録音メッセージとなっている。

 直接通信して来ないということは、余程の事が向こうであったと見ていいだろう。そして自分が敵と戦ってる事を考慮して、という理由も含まれている。ともあれ鷹山はそれを再生させた。

 

『叫竜が出たの! 今急いで13都市に戻ってるから、ヒロのこと頼むわ!!』

 

「え、いや、ちょっ!」

 

 無意味とは言え咄嗟に何か言おうとしたものの、録音されたメッセージはここまで。再度溜息が溢れるのを止める術はなかった。

 

「……次から次へとタイミングがどうも臭いな。またあの害獣どもの仕業かよ」

 

 鷹山が悪態を吐く害獣どもとは、ヴィスト・ネクロの事を指している。今までの事を鑑みればそう思うのも無理はないし、自身のアマゾン態に似た謎の黒いアマゾンに続いての叫竜出現。

 しかも、マグマ燃料目的ではない異例な出現である。偶然にイレギュラーな出来事が重なり合ったと言うのには、無理がある。

 

「ど、どういう事だァッ!!」

 

 思考の沼に気を取られていた鷹山の意識を現実へと引っ張り上げたのは、野太く、心底驚いたと言うニュアンスを感じさせる1人の隊員の声だった

 。

 見れば、隊員達や野次馬らが一斉に視線をある物へ向けていた。鷹山が確かに殺した筈の漆黒のアマゾンが無数の触手を身体のあらゆる部位から伸ばし、特に首のない切り落とされた首の断面からは青黒い血管のような触手が太い束となって動いめいていた。

 

「おいおい! シャレに……グゥッ!」

 

 再びアマゾンへ変身しようとする鷹山だが、その直後胸に鋭い痛みを感じ、激しさを増すと共に膝をついて蹲ってしまう。

 

「刃さん……ッ!!」

 

 何事かと駆け寄ろうとしたヒロも鷹山と同様の胸の激痛に為す術なく、悶えながら倒れ込んでしまう。

 

「グッ……アアアアァッ!!」

 

「なんだってんだよ、この痛みはァッ?!」

 

 苦悶の声を漏らす他ないヒロ。それに対し鷹山は少しばかり思考を巡らせられる程度には、何とか冷静な意識を保っていた。

 

(大方毒か何かを貰っちまったか……クソ!)

 

 心中でそう吐き捨てる。ともあれ自分とヒロはこのような有り様で、目の前にはより一層化け物染みた異形のアマゾン。

 しかも、中枢臓器を奪ったにも関わらず生命活動を停止せず動き出し、近くにいた隊員をその触手で捕まえると軽々と放り投げる事もあれば、触手に針でも仕込んであるのか。巻きつけられた隊員が身体中の体液を血、水分、果ては尿やリンパ液など問わず全て絞り尽くされ、朽ちた姿となって死を迎える。

 現時点で生存且つ戦闘可能な隊員らが対アマゾン用の掃討銃を使い、アマゾンに有効的なギガの弾丸を先程から撃ちまくってはいるものの、無数の触手がギガの弾丸を遮り、埃でも払う様な動作で容易く無効化してしまう。

 

 ギガの弾が効かない。

 

 それはこれまで数多くのアマゾンを鎮圧・あるいは駆除して来た4Cにとって悪夢でしかない。しかし、そんな事などお構いなしに異形のアマゾンは身動きのできない二人を再び排除すべき目標と定めた。

 

「チィィッ!」

 

 せめて、ヒロだけでも。

 

 そう決心した鷹山は何とか気合いで立ち上り、アマゾンズベルトの右グリップを握り締めて、一気に引き抜く。

 赤黒い血液に濡れたダガー状のナイフが形成されており、ドライバーに備わった機能の一つ、イプシロンと同じアマゾン細胞による武器生成機能だ

 。

 

「あんまし使わないんだが……持ってて良かったよ!」

 

 心臓の鼓動は通常のソレを超えて早く打ち鳴らし、体温は40℃を超える高熱。肉体の関節が悲鳴を上げ、止めどなく汗が流れ落ちる。

 それでも鷹山はこちらへと向かって来るアマゾンに対し、勢いよく組み付き胴体部分を深く斬りつける。

 

 何度も。何度も。

 

 アマゾンはそれを振り解こうとするが、しがみ付く力は死に体とは思えない程強く、このままでは拉致があかないと判断したのか。頭部の触手の一部を伸ばし鷹山の首を締め付けて来た。

 

「グゥゥゥゥゥゥゥッッ! ガァァァッッ!!」

 

 息が、続かない。当然だ。

 

 首を絞められていれば息が正常に続く訳ないのだ。なら、どうするか? 

 

 片手は武器が握り締められ、絶えずアマゾンの胴体を斬りつけ、もう片方は振り払われない様にしがみつくのに使っている。その為、両手のどれかで触手を断ち切ることはできない。

 ここで言っておくと鷹山が胴体をひたすら切り続けているのには理由がある。自身がそうであるように中枢臓器を二つか、又はソレ以上持っている可能性が高いからだ。

 もし、このアマゾンがあのプレディカと同じ能力を持っているのなら、首の断面から溢れた無数の触手の一部が胸を中心に、まるで守るかのように絡みつく事などないし、どう推測しようとわざわざ胴体を守る必要性は存在し得ない。

 にも関わらず、そうしているという事は今現在においてこのアマゾンが生命維持に支障を起こす程のダメージを受け、これ以上のダメージ……すなわち、“残った中枢臓器の損失”を防ぐ為の防御本能だとするなら。

 

「ハハッ、当たりだなァァ!」

 

 見つけた。硬く中々切りづらかった触手を巧く裂き、肉を削っていった果てに鷹山はそれを見つけたのだ。

 生々しい黒の血と筋肉の繊維が嫌でも見える傷口の奥……そこから銀色の無機質な物体…中枢臓器と“同じ役割を果たしているであろう物

”を。

 

「オラァァッ!」

 

 間髪いれず、鷹山はそれを抉り抜き取った。やはり読みは当たっていたらしく漆黒のアマゾンは今度こそ身体が液状に崩壊していき、完全な死を迎えた。

 

「鷹山さん!」

 

 荒い息を吐きながら、その手で掴んだものを見ていた鷹山の耳に、久しぶりに聴き慣れた男の声が入って来た。

 

「はぁ、はぁ、……赤松か」

 

 事件を聞きつけ、駆けつけて来たのはレッド・バロンと呼ばれる4Cの一部隊だった。鷹山に声をかけて来たのはその隊長である赤松生二。

 周囲は既にレッドバロンによって立ち入り禁止となり、事後処理の作業に加え負傷者の手当てを行なっており、倒れているヒロには医療班が3人ほど付いて応急処置を施している最中だった。

 

「は、はは……悪い赤松。あと頼んだ」

 

 周囲の安全を確認できた事実が、張り詰める程鋭利に集中していた神経を緩めるに至ったのか。この言葉を引き金に鷹山の意識は、深い闇の底へ沈んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「イプシロンとアルファの戦闘不能を確認したわ」

 

 アレニス。ザジス。ファント。そしてスタークとプレディカはコロニーの外側でアレニスの小蜘蛛を通じて内部の戦いを観測していた。

 

「毒による致死は……してないわね。けど当分は動けない筈よ」

 

「チィッ! アルファの野郎が死んでないのは嬉しいが、狩れないのかよ

 !!」

 

 コロニーの外側には、自然溢れるエリアとそうでないエリア、そしてその両方と言うべき環境が構築されている。

 森や多種多様な植物が息づく東側エリアと草木が非常に少なく、岩肌が剥き出しの谷や崖が多い西側エリア。

 そしてその両方に位置する半々の環境を有する北側と南側のエリア。この四つのエリアに囲まれるようにコロニーは点在しているのだ。その西側の険しい崖の頂上に……幹部たちはいた。

 

 今回彼等に与えられた任務は三つ。

 一つは、試作体の運用実験を兼ねたアマゾンライダー二人の抹殺又は無力化。これ自体は今しがた成功した。

 二つ目は“ある人物”を探し出し確実に抹殺する

 こと。

 三つ目は今回の作戦アマゾネスト計画における最終段階への到達である。ザジスとしては早急に鷹山とケリをつけたいのが本音なのだが任務最優先と判断された以上、それに従う他ない。

 

「アルファ、仲間だ。何を言ってる」

 

「ナインの方じゃねーよ! アホが!」

 

 つまりこれは、幹部としての権威と命をかけた大規模な重要作戦。それを前にしているにも関わらずファントとザジスは然程緊張や圧力を感じてる様子はなく、至って平常に呑気な会話を繰り広げている。

 

「……ハァァ。相変わらずね」

 

 アレニスが溜息を吐きつつ、そう言う。

 

「ふぁぁ〜。終わったぁ?」

 

 まるで今まで寝てたとばかりに眠そうな声を上げたのは、スタークだった

 。硬く細かい突起や凹みなどが目立つ岩肌の上で仰向けに、完全に寝た態勢をしていたのだ。

 

「……オイ、蛇女」

 

 そんな彼女に怒りを覚えない程、幹部たちは……特にザジスは決して寛容ではない。

 

「作戦前にお昼寝たぁ、イイご身分だな」

 

「カッカしないでよ猫ちゃん。自由気ままに過ごすのは専売特許でしょう?」

 

「猫じゃなくてジャガーだ!」

 

「猫科に変わりないじゃん」

 

「いい加減にしなさい」

 

 これ以上無益で非生産性な戯言しか出ない会話など、聞きたくない。言わずともそう言っても過言ではない語気の強さで二人の会話に割って入り、強引に黙らせた。

 

「私達が支配下においた例の叫竜がもう間もなく来る。あまり調和を乱さないでほしいわ」

 

 とりあえずは納得したのか。スタークは別にどうと言うことはないが、ザジスは忌々しいにも程がある、とばかりに舌打ちを鳴らしはしたものの、やはり今この時を選んでから反論などはなく、素直にアレニスに従った。

 

「では、これより『colony Sea of fire』……略称『CSF作戦』を開始します」

 

 不安要素はあるがそれをいちいち配慮する暇等なく、アレニスの宣告が狼煙となり、ヴィスト・ネクロによる作戦が決行された。

 

 

 

 

 

 








感想待ってます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

叫竜を守る番獣




遅くなりましたが、どうぞ(⌒-⌒; )







 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

「……うん。平気。ありがとうゴロー」

 

 コロニーのすぐ側に停留している13都市では突如として現れた叫竜を倒す為、コロニーから急遽戻った13部隊が格納庫でそれぞれフランクスに乗り込み、いつでも出撃できるよう準備に取り掛かっていた。

 

「ヒロのことは気になるけど、今は叫竜の撃破が最優先で私達のできることで、すべきこと。

 リーダーなんだからウジウジしてらんないよ」

 

 イチゴは笑顔でそう言い、いつでも出撃できるよう四肢をコントロールユニットに置き、頭部防護シールドであり、ステイメンとの同調を行うコネクトユニットであるスーツのヘルメット部位を展開。

 既に出撃態勢は整った。

 

「行こう、ゴロー」

 

「……ああ!」

 

 未だ思う所はある。だが、確かにイチゴの言う通りである以上、何をどういった所で事態は好転などしない。故に心を切り替えてゴローは、パートナーであるイチゴと共に乗るデルフィニウムで敵の待つ戦場へと臨む決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

『目標、確認しました!』

 

 叫竜は、確かにいた。位置はコロニーの外周の西側エリア。大地から突き出したかのような崖二つの間に挟まれるかの如く、グーテンベルク級に相応しい大きさを有したその叫竜は、何かに例えるのなら、『クラゲ』と呼ぶに相応しい。

 ボコボコと無数の泡が集合したかのように膨張した蒼く透明な本体から垂れる無数の触手。

 デルフィニウムと一体化しているイチゴはその姿を確認してすぐ作戦本部にいるハチへと報告した。

 

『こちらでも確認できた。大きさはグーテンベルクのソレだ。あまり無闇に突っ込まず、相手の出方を見ろ』

 

『分かりました』

 

 ハチの指示にイチゴは特に反論や異議を立てる理由がない為、素直に従い了承した。

 

「随分でっけーな。この前の箱みたいな奴より

 大きくね?」

 

「うん。多分。俺もそう思う」

 

 26部隊との共同戦線の際に戦った、あの箱型から人型へと変形する叫竜と比較してそれ以上と感想を零すゾロメに賛同するように、フトシも肯定の言葉を呟く。

 

「何にせよ、叫竜なら倒すだけです」

 

 そんな二人とは対照的にどうでも良さげなミツルが合理的な感想を吐露する。確かに言う通りだ。パラサイトとして叫竜を倒すのだから余計な事をいちいち考えるだけ無駄だろう。

 

「そう言えばよぉ、やっぱゼロツー来ないのか?」

 

 唐突ながら、疑問の声がゾロメから上がる。

 

『そりゃそうでしょ。今はヒロがいないんだし……』

 

『でも、ゼロツーはピスティルだけでも動かせる特異体質なんでしょ?』

 

 それにアルジェンティアと一体化しているミクが答えたが、横から並走するイクノ……クロロフィッツがゼロツーだけにしかないある特異体質について言及する。

 ゼロツーは他のコドモと異なり、スタンビートモードに入ったフランクスでも操縦でき、尚且つ、ステイメンを必要としない特異体質を持っている。

 前のステイメン……ゼロツーのパートナーだった081が肉体の限界の為、死亡した際もヒロが乗るまでは獅子と化したストレリチアでモホ級相手に果敢に挑み、戦っていた事から鑑みて、事実であることは間違い。

 しかしやはり、パートナー有りの方がフランクスの機能を最高潮に上げることができるので、結局はパートナーを必要とする。

 尤もゼロツーにしてみれば、“それだけ”ではないのだが。

 

『仮にできたとしても、ハチさんの許可が降りなかった以上はしょうがないよ』

 

 イチゴの言う通り、ゼロツーはナオミと同じく待機命令が下された為、本作戦への参加ができなかった。

 ゼロツーは、最初こそスタンピードモードでも戦えると反論こそしたものの、結果的には渋々といった様子で承諾したらしい。

 

『ストレリチアがいなくても、あたし達はやれる筈。気張ってやっつけるよ!!』

 

 デルフィニウムの発破にアルジェンティア、ジェニスタ、クロロフィッツの四機が頷き内部で操縦しているステイメンたちも闘志を燃やしていた。

 

「敵は俺たちが近付いても何もしてこないな。どうするイチゴ?」

 

 ゴローがイチゴに指示を仰ぐ。

 

『敵の攻撃手段を探ろう。ジェニスタ、一発デカイのお願い』

 

『うん!』

 

 ジェニスタはクロロフィッツと同じく遠距離型の武装を有し、加えて威力は通常時でもクロロフィッツを遥かに超える。まるで拳銃を大砲にしたかのような形状の武装『ルークスパロウ』を構え、狙いを定めたジェニスタは、引鉄を押し引いた。

 ルークスパロウの砲口からエネルギー弾が射出され、一直線に叫竜へと向かう。

 

 だが。

 

『フン!』

 

 突然、何かに弾かれたように一直線から角度を急激に曲げて、明後日の方角へと飛んで消えていった。

 

『今の何?!』

 

『見て!』

 

 困惑する声を上げたデルフィニウムだが、何かに気付いたらしいアルジェンティアが両腕に装備しているナイトクロウで指代わりに差す方向に、ソレは現れた。

 およそ、何かしら飛行能力を持たなければ、居座る事叶わない空中というフィールド。アルジェンティアが指し示す段階では小さな空間の揺らぎ程度だった為、一瞬ばかり錯覚による見間違いの類だと。この時アルジェンティアを除く13部隊らはそう思っていたが、それはほんの数秒後に思考の外側へ破棄された。

 虚空に段々と人型の輪郭らしきモノが浮かび上がって来たからだ。やがて、その人型は透明で不明瞭な状態から、更に明確な箇所が現れ始め、その存在が持っているのであろう体色そのものも現れた。灰色だった。

 そしてとうとう、その完全なる姿を顕現せしめた。

 

『俺、ここ、守る』

 

 まさしく異形の獣。その身を人の姿から獣人たるアマゾンの姿へと変化させたヴィスト・ネクロ幹部、マンモスの遺伝子を有するマンモスアマゾン。

 

 名を『ファント』。

 

 それが人型だった存在の正体だったのだ。

 

『俺の役目、コイツ、守ること。邪魔させない!!』

 

 ファントはそう言い、猛々しく鼻息を吹き出す。

 

「アマゾン?! じゃあさっきジェニスタの攻撃が弾かれたのって

 ……」

 

 ゾロメの頭にふと非常識的な考えが過る。それを察するようにイクノが解説を口にした。

 

『多分、アイツの仕業だと思う。光学迷彩の類で姿を隠してて、攻撃を弾く形で防いだ……ってところかな』

 

「だ、だとしてもどうやって防いだの? まさか素手で?!」

 

 フトシの有り得ない予想に対し、ゾロメが否定の声を上げる。

 

「んな訳ねーだろ! とりあえず、やっちまえばいい話だ!」

 

 このままじゃ埒が明かない。逸早くそう判断したのは、ゾロメとアルジェンティアだ。身軽さを利用した跳躍でファントのすぐ目の前まで迫るアルジェンティアはナイトクロウを振り上げ、そのまま勢いに任せ下へ落とす事でファントに強烈な初手の一撃を食らわそうとした

 

 

 

 

 

 

 

 

 が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

『うそ……』

 

 それは叶わなかった。まるで象の前足を模したかのような、太く、通常時でも50,000kg以上の物を持ち上げる強靭なパワーと戦車の砲撃を無傷で受け流す頑丈さを誇る、ファント自身の左右の剛腕。

 金属に似た質感と硬度を有するガントレットのような構造を持った外骨格で、両手は真正面から見るとそれに隠れる位置にある。殴る際は手を引っ込める形で外骨格内部へ収納できるその片腕で、ナイトクロウの切っ先を防いでいたからだ。

 ミクとゾロメは勿論の事、見ていた13部隊もフランクスの機体と比べて蟻ほどにしか見えないファントが容易く、何のダメージもない様子でアルジェンティアの攻撃を防いでいるという異常で、非現実的な光景に驚愕を露わに愕然と眼を見張る以外に何もできなかった。

 

『他愛、ない』

 

 ファントからその言葉が呟かれた瞬間。

 ミクとゾロメが気付いた時には既にファントがアルジェンティアのナイトクロウを弾くように退け、それと並行して両足を屈んで伸ばす行動を実行。

 そうする事で生じた跳躍はファント自身を飛ばし、一気に触れられる距離まで急接近できたファントはそのまま勢いを利用する事で右拳に力を倍加させ、腹に相当する部位へと叩き込む。

 衝撃もさることながら腹部に重く、まるで5トンの石で腹を圧迫されたような感覚がミクを襲い、堪らず口から胃液を吐いてしまった。

 

「ガァッ!」

 

「ミク?!」

 

 突然の事態に身を案じる焦燥の声で彼女の安否を確認しようとするが、気を失ってしまったらしい。

 ピスティルであれ、ステイメンであれ、操縦が不可能な状態になってしまえば、フランクスは稼働停止という結果に至ってしまう。

 無表情と化し動かなくったアルジェンティアが落ちていった。アルジェンティアには、機体が飛行する為の設備や機能が一切ないので当然、そのまま重力に逆らうことなく従う他になかった。

 

『させない!』

 

 そんなアルジェンティアをクロロフィッツが抱き止め、地表への激突を防いだ。

 もしそうなっていれば機体はともかく、内部にいる二人に危険が及んだだろう。それにミクは意識不明の状態で先程のダメージもある事を考慮すれば、クロロフィッツによる救出は最善の行動だと言えた。

 

「ゾロメ! ミクの様子は?!」

 

「わ、分かんねー!! 息はしてるけど起きないんだよ!」

 

 揺さぶり、呼びかけても起きる兆候が見られない所を見るに相当ダメージがミクの肉体に負荷をかけているようだ。

 

「フランクスに生身のパンチってアリなの?! 

 」

 

 フランクスと比較して虫サイズに等しい筈なのにフランクスを素手で殴り、あろうことかその操縦者であるピスティルを意識不明の戦闘不能状態に追い込んだ事実に対し、フトシが悲痛めいた非難がましい声を上げる。

 その気持ちは、13部隊全体に伝わっていた。

 

「消えた?!」

 

『気をつけて! 多分何か仕掛けて来る筈!』

 

 クロロフィッツ組が徐々に消えていくファントを見つけ、警戒を呼びかける。

 

『一旦引こう!』

 

 デルフィニウムの号令に異を唱える者など誰一人いなかった。それだけ敵があまりにも謎で、見えない状態から、いつ、何をして来るのかが予測不能という不安要素がある故だ。

 クロロフィッツがアルジェンティアを背負い、そのまま撤退していく。このまま行けば順調に戻れただろう。

 

 だが、簡単に事は運ばなかった。

 

『なっ?! グッ、アアァッ!!』

 

 なんと。あのクラゲ型の叫竜が本体から垂れ下がった螺旋状の触手の束から、数本を凄まじい速さで引き伸ばし、デルフィニウムの胸や背中の胴体。両腕。両脚。それら全てを何重にも巻いて拘束せしめる事でデルフィニウムを捕らえたのだ。

 そして、どうやら触手は限界まで引き伸ばされたらしく、さながらバネのように元に戻ろうと作用した結果当然それにデルフィニウムは引っ張られてしまう。

 

『!!!! ッ』

 

 その速度は瞬く間、というのが正しいだろうか。叫竜の触手に囚われたデルフィニウムは叫び声を上げることもできず、凄まじいスピードで叫竜の本体へと引き込まれてしまい、そのまま飲み込まれてしまった。

 

『そんな、デルフィニウムが!』

 

『止まらないで! 急いで離脱するよ!』

 

 ジェニスタの悲痛な声にクロロフィッツはそう言う他なく、3機はデルフィニウムを見捨てる形でそのまま撤退する破目になってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁ……あん時よかマシになったが、身体がクソ重てーよ……

 ……」

 

 13部隊が撤退していった頃。コロニーにあるアマゾン専門の医療施設では鷹山が搬送され、ウィルスなどの細菌兵器による感染の可能性も考慮して隔離治療室へと搬送された。

 無論、ヒロも同じだ。

 アマゾンとしての治癒能力・新陳代謝を活性化させる薬品を緊急処置として投与した結果、身体の毒性物質を大体を除去する事に成功したものの、ヒロは呼吸が安定した程度で意識が戻らず、鷹山は意識を取り戻しはしたが、それでも身体の虚脱感や怠惰感が拭えず。

 それどころかギガのコントロールもできない始末だった。

 

『やぁ鷹山君。随分な姿じゃないか』

 

 ベッドで怠そうな表情とまるで死にかけたカエルの如く寝そべった態勢の鷹山に向けて、男の声が耳朶に届いた。

 首だけを動かし、真正面から斜め上へと向ければ部屋の上部天井付近に備え付けられたテレビモニターがあり、そこに4C局長のヴォルフが手を広げて振り、皮肉めいた笑顔を浮かべていた。

 

「ハハッ、久し振りですねぇ局長。今日はアレですか? 街のど真ん中でやらかしちゃった件」

 

『君がそういった事を平気でやってしまうのは昔からだから、私個人は特に気にしてないさ。まぁ、腹立たしいのはどうあれ、感じてしまうけど』

 

 鷹山の性格を知るヴォルフだからこその言葉だが、それはさて置き……とばかりに間を挟み今回

 の要件についてヴォルフは説明を始めた。

 

『しかし今回のことについては組織的立場から言って、君に非はない。安心してほしい』

 

 てっきり今回の市街地での無断戦闘について咎められるのかと思っていた鷹山は、少しばかり肩透かしを食らった気分に陥った。鷹山の

“国家”としての所属はコロニーである事に変わりないが、現時点での“組織的”な所属は4Cではなく、あくまでAPE。

 コロニー内での対アマゾンにおける戦闘行為の権限は4Cが保有している為、4Cでない鷹山が戦闘する事は許可されていない。

 アマゾンズドライバーを没収されなかったのは、万が一の事を考えて、と言う4Cの判断だがそれでも許可が降りてないあの状況では敵に対して逃走に徹するべきだったのだ。

 それをせず、独断で戦闘行為をした。

 ヒロはともかく、鷹山自身に何らかの処罰が下されても文句は言えない筈なのだが……どうやら彼は、いや、4Cはお咎めなしとする気でいるようだ。

 

『おや? 嬉しくないの?』

 

「上層部のダラダラ面倒臭い説教を受けずに済んだのは有り難いけど

 、流石にハイそうですかって受け入れる程能天気じゃありませんよ、自分は。何かあるんでしょ?」

 

 気怠げに言ってはいるが、それでも嘘偽りを見逃すつもりはないと言わんばかりの鋭い視線をヴォルフへ向ける。そんな鷹山に降参の意を表したジェスチャーで仰々しく両手を上げた。

 

『はは、まっ、そうだよね。実は現在コロニーは非常に厄介な事に見舞われててさ。あっ一応言っておくけど叫竜とは別件でね」

 

 やっぱそうか。

 

 納得が一つ、スッと胸に収まる感覚に鷹山は、乾いた苦笑を浮かべる。

 そもそも、初めから妙な節があった。送迎にしては重々し過ぎる重装備の隊員を護衛に乗せた装甲車五台での移動。何かあるとは鷹山も踏んでいたが、おそらくヴォルフの言う厄介な事が絡んでいると見ていいだろう。

 

『単刀直入に言って、またヴィスト・ネクロが動きを見せている。目的は分からないけど』

 

 予想していたとは言え、こうも的中してしまうと自分の勘にウンザリして、匙を投げたくなって来る。そんな鷹山の心中を他所にヴォルフは話を続けた。

 

『これを見てくれ。最近になってこのコロニーで起きているアマゾンの暴走件数だ』

 

 映像が変わり、コロニー内の地図が展開されると共に赤い点が計10個あった。それはその場所でアマゾンが突如暴走した現場を点数で表したものだ。

 

「……一応聞いておきますけど、腕輪の抑制剤が切れたって訳じゃないんですよね?」

 

『ない。暴走したアマゾンの腕輪は全て正常で、内部に補填されている抑制剤が切れてなどいなかった。なのに暴走した』

 

「原因は?」

 

『現在調査中で特に進展なし。お手上げさ』

 

 心底困ったとばかりにそう言い、同時に溜息を零す。

 

「で、その調査と原因の始末を俺にやらすつもりだったって訳か。生憎、このザマですがね」

 

『はは、まぁ、どんな風に暴走するのかって言う過程は分からずとも、原因の方はもう分かってるから心配しなくていいよ』

 

「……ヴィスト・ネクロ」

 

 所長の言う“原因”。

 鷹山にはそれしか他に考えられなかった。今回の一件はマグマ燃料を狙わず、何故かコロニーを襲撃すると言う叫竜の不可解な行為から端を発し、その前にはアマゾンの原因不明の暴走。そして自分達を襲った謎のアマゾンの襲撃。

 無論、これらは只の自然的な現象などではなく何者かが糸を引いていると言っていい。

 それは誰か、と問われればかの組織に至ってもおかしくない。

 人類の天敵たる叫竜の操作を可能にし、人間をアマゾンへと変えるアマゾン細胞由来の強化改造技術。

 あの黒いアルファに似たアマゾンがソレによって生み出されたものだと言うのなら、なるほど。納得はいく。

 証拠がない為、確定には至らずとも候補として上げておくに越したことはないだろう。

 

『確証はないけど、もう確定しているような物だ』

 

「今までの事もあるしな。……ところで所長、ヒロの具合は?」

 

 話を少し曲げる形になるが、鷹山はまだヒロの容態についての事は聞かされていない為、それについて知っているであろう所長に今の内に聞いておこうと判断した故の質問だ。

 

 それに対し、所長は別段隠す事なく答えた。

 

『呼吸は安定して、脈拍は平常数値を少し上ってはいるが問題なし。他にこれと言った症状は無いけど意識が戻っていない。まぁ、今の所は問題ないとしか言いようがないね』

 

「今の所……はねぇ……」

 

 現状は無事でも今後どうなるか分からない、と暗に含んだような言い回しに鷹山の中で少しばかり不安が生じた。

 

『それともう一つ訃報がある。デルフィニウム、だったか。13部隊のフランクス一機が突如現れた叫竜に飲み込まれた』

 

 それは、あまりに唐突ながらも鷹山の思考を奪い去るには十分な衝撃的な宣告だった。

 

 

 






アマゾンズ、シーズン3やらないかなーと思う今日この頃。

やるなら絶対見ます。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界の破壊者


一月と遅くなってすみません(−_−;)

この回含めて2話分ほどストックができましたので、投稿します。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん、うっ、……ここは?」

 

 深い暗闇から浮上するかのように覚醒を果たしたヒロは、ゆっくり上半身を起こし周囲を見渡す。患者の為の設備を整えた病室という事だけは、雰囲気や置かれている物などを見て何となく把握できた。

 ただ何故自分がここのベッドで寝ていたのか。

 それが分からなかった。

 

 ガチャ。

 

 何とか思考を巡らせ答えを得ようとした矢先、丁度目の前から見て左側にあるドアが音を立てて開き、誰かが入って来た。

 

「気付きましたか!」

 

 見れば鷹山と同じ白衣を身に纏い、その下には黒いスーツを着ている黒髪のショートヘアをした女性だった。

 

「具合は? 何か不調はありますか? この指が何本に見えますか?」

 

 ヒロから見て女性は全く面識がなく、見ず知らずの人物によるいきなり質問攻めを食らってしまったヒロは戸惑いを覚えつつも『何ともない』と告げた。

 視覚も問題なく、女性がピンと立てた一本の人差し指を見ても一本にしか見えず、体調もさることながら視覚に関しても異常はなかった。

 

「あ、あの。ここって……」

 

「あ、失礼しました! ここはコロニーのアマゾン専門の医療機関です! 私はここに勤めている医師の者で『咲本カエデ』と言います」

 

「どうも……」

 

「何故ここにいるのか、前後の出来事を覚えていますか?」

 

 そう言われて頭の中の記憶を遡る形で整理していく内、ヒロは思い出した。

 あのアルファに似た謎の黒いアマゾンと戦い、倒した後に身体中に激痛と高熱が生じ、そのまま意識を失って倒れた事を。

 

「じ、刃さんは! 大丈夫なんですか?!」

 

 自身の記憶が正しければあの時、鷹山も同じ様に苦しみ出した筈。安否を問うヒロにカエデと名乗る女性は微笑んで答えた。

 

「大丈夫ですよ。鷹山刃圭介さんのことですよね? あの人なら貴方より先に意識が回復して別の病室にいますよ」

 

 それを聞いてホッとした。自分が今、この瞬間生きているように鷹山もそうなっているとは限らないからだ。

 実際ヒロも死の淵を彷徨っていた為、下手すればそのまま目覚める事なく呼吸を停止させ永遠の眠りへ着きかねなかった。

 そうならずにいられたのは医療スタッフの懸命な処置とヒロ自身の生命力が成せた業である。

 ともあれ自分だけでなく鷹山も助かったという安堵に疲労を込めた吐息を一つ零したヒロは、自分が意識を失った時のその後……あの黒いアマゾンはどうなったのか。それについて問いを投げかけた。

 

「あの後……どうなったのか教えて貰えますか?」

 

「え? ご、ごめんなさい。私は貴方が特別な事情でAPEから来た子供ってことしか聞かされてないから……」

 

 どうやらカエデは詳しい情報を知らされておらず、突然の質問に困惑している様子を見せた。

 

「そうですか……突然質問して来てすみません」

 

 謝罪を送るヒロにカエデは両手を振って、気にしてない、というジェスチャー付きで答える。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。とりあえず、今はまだ安静にしていて下さい。一応念の為に触診を……」

 

「その必要はない」

 

 カツカツと意図的に足音を鳴らし、見るからに尊大でやや傲岸とも取れる威圧的な雰囲気で入って来たのは一人の男性。

 新たに現れた人物もまたヒロにしてみれば初対面なのだが、ココロとミツルがこの場にいれば即座に反応を示しただろう。

 

 そう、門矢士。紛れもなく彼だった。

 

「士さん」

 

「よぉ。調子は? どこか痛みは?」

 

「あ、だ、大丈夫です。ほら……」

 

 そう言ってベッドから立ち上がろうとヒロだが、いざ立とうと身体に力入れた途端、つい先程までなかった激痛が全身を駆け巡った。

 

「グゥッ! アアァッ!!」

 

 苦悶の声を漏らしそのまま床へ倒れ込んでしまったヒロに、逸早く反応したカエデはすぐさま介抱した。対照的に士はあくまでも冷静に見ているだけで、特に慌てた様子は見せず、納得がいったとばかりに言葉を紡ぐ。

 

「なるほど。回復はしているが完全じゃなさそうだな。全身筋肉痛…

…ってところか」

 

 士の推測通り、今感じている激痛の出所はほぼ全身で、故にその分、痛みが半端ない。

 

「この分だと内臓にもダメージあるかもな」

 

「ちょっと士さん! 手伝って下さい!」

 

 淡々と観察眼から得られた情報を下にヒロの容態を診察していくが

 、カエデが非難の声を上げる。確かに『医師』として診察も大事だが患者に気を止めず……と言うのはあまり良い印象を受けられるものではない。

 言われて渋々だが介抱を手伝い、ヒロをベッドへと戻した。

 

「もう、少しは患者の事を気にかけて下さい!」

 

「その内善処する」

 

 取りつく島もないとは、まさにこの事か。

 

 口で善処すると言いつつ、その前にある“その内”という言葉が彼の適当さを物語っていた。

 

「はぁぁ。で、何しに来たんですか?」

 

「なに。そいつに聞きたい事があってな。ああ

 、それとお前に婦長の呼び出しが来てるぞ」

 

 言葉だけ聞き取れば伝言を賜ったから伝えに来た、という態に見えるが実際は大きく異なる。

 まるで動物相手にこっち来るなと言わんばかりのシッシと手を仰ぐジェスチャーで無駄口も何も言わずにさっさと行け、と。

 如実に物語っていた。

 

「……あー、そうですか。一応言っておきますけど、変なことしないで下さいよ?」

 

「俺にそう言った趣味はないから安心しとけ」

 

 ジト目で睨んでは遠回しに士をそういった性癖の人間扱いして蔑むが、当の本人はカエデの言葉が本心でない事を察している為か、単にそう言って切り捨てるだけだった。

 

「それじゃ、ちょっと所用で行っちゃうけど、士さんがいるから聞きたい事は何でも聞いてね。まぁ、この人かなり怪しくてアレかもしれないけど一応安心はできるから。じゃあね」

 

「一言多い。さっさと行け」

 

 そう言い残し、士に睨まれつつ病室を後にするカエデの背中を見送りながら改めてヒロは士へと視線を移す。

 やはり、何度見てもこの男性に対して見覚えはない。なら聞きたい事とは一体何なのか。ヒロの中に疑問が生じるが自身の容態に関する話かと踏んだ。ここはコロニーの病院施設。

 より正確に言うとアマゾン専門の物だ。先ほどのカエデが看護婦である事を踏まえれば、医師がいても不思議ではない。

 

 そして、その医師が士なのだろう。

 

 そこまで結論付け、ヒロは士に言葉を投げかけた。

 

「あの〜、聞きたい事って俺の容態について、ですか?」

 

「いや違う。お前というアマゾンライダーについて興味があった……とでもいいか?」

 

 ドクン。

 

 そんな鼓動の拍子と共に思わず心臓が跳ね上がりそうな錯覚をヒロは感じた。この男は自分が何者なのか知っている。

 そう確信した瞬間、警戒心を一気に引き上げる。もし妙な事をしようものなら、徹底的に抵抗してやる。

 そんな意志を覚悟として抱きソレがトリガーとなったのか。ヒロの両腕が自身さえも知らぬ内にアマゾンとしての形態……イプシロン時のウィンカットグローブをより有機的に生々しく鋭利さを持った物へと変貌したのだ。

 

「おいおい。随分と物騒な両腕だな」

 

「!! ッ……一体、何が目的なんですか?」

 

 自身の両腕が異形のソレに変わった事実に驚愕しつつも決して隙を見せず、あくまで士だけを敵と定め睨みつける。

 そんなヒロの問いに彼は平然と答える。

 

「だから言っただろ。お前に興味があるって」

 

「答えになってません!」

 

 苛立ちからか声を荒げる。

 

 が、それでも士の態度は変わらない。

 

「…………そうだな。口でどうこう話した所で分からないだろうから、ここは一ついいものを見せてやる」

 

 そう言って士は右手を上へと掲げる。謎の行動にヒロは更に警戒心を上げたが、ソレは引き起こされた。

 掲げられた士の手の上に銀色のオーロラ……としか言い様のない空間の歪みのような何かが四角の形状で出現したのだ。

 

 訳が分からない。

 

 例えヒロでなくとも、誰の目から見てもそんな言葉が出てくるだろう。それ程までにその現象は不可解で、異様で、不明瞭なものだったからだ。

 そしてその銀の空間の歪みは士の手へと通過し、そのまま消えていった。だがただ消えた訳ではない。士の掌にはマゼンタと白の二色にカラーリングされた謎の物体がいつの間にか収まっており、士はそれをきちんと掴んでは軽く振るような動作を見せつける。

 どうだ? と自信満々とばかりに言っているようにヒロには見えた。

 

「平たく言うとコイツはお前が持っているヤツと同じ……ようは変身できる力を持った道具と思えば大体あってる」

 

「それって……ベルトのことですか?」

 

「ほぉ。理解力は中々あるな」

 

 相変わらず、態度は不遜以外の何物でもなかった。おそらく今指摘した所で無駄だろう。

 それが分かっているからこそ、ヒロは自らの神経を逆撫でするような態度で接する士に対し、とりあえずは穏便に済ませようと努力している。

 かなり不本意ではあるが、いちいち突っかかっても野暮で無意味だと理解しているからだ。

 

「アマゾン・イプシロン。それがお前のアマゾンであり、ライダーとしての名前なら俺にも、仮面ライダーとしてのもう一つの名がある…………ディケイド。この姿の時は門矢士と覚えとけ」

 

「……ディケイド?」

 

 仮面ライダー。

 以前、鷹山から聞いたその名を覚えていたヒロは、この目の前にいる男がその人物本人だとは到底思えなかった。

 いや、思いたくなかったと言うべきか。

 事実は小説より奇なり、とはよく言ったものである。こんな男が、自身の尊敬する鷹山が一目置く人物だったのか、と内心嘆きたくなる心境ではあったものの、ディケイドという単語については聞き覚えがなかった。無論、鷹山に教えられた記憶もない。

 

 もしかしたら、早とちりかもしれない。

 

 それを兼ねてヒロは質問した。

 

「ディケイドって、何ですか? 仮面ライダーと何か関係があるんですか?」

 

「仮面ライダーとしての名前だ。お前は知らんだろうが仮面ライダーは一人じゃない。ああ、この世界では、確かに一人しかいないがな」

 

 意味が分からない。

 一人じゃないが一人しかいない、という士の言葉にヒロは困惑と猜疑心を織り交ぜた視線を向ける。

 

「はぁぁ。どうやら詳しくじっくりと話をしきなきゃならんようだが、今は時間がない」

 

「? それってどういう……」

 

「士さん!!」

 

 バタン。派手にドアが打ち開く音がヒロのいる病室に響き渡り、士の名を叫ぶ先程の女性医師のカエデが憤慨した様子で入って来た。

 

「もう! なんで嘘つくんですか! 婦長からのお呼びなんてなかったですよ!」

 

「あー、悪かった悪かった。俺の勘違いだった。詫びに一つ面白い話をしてやろう」

 

「はぁ? はぐらかさないでキチンと謝って下さいよ」

 

 カエデの意見は至極真っ当なものだが、それでも士は勝手に話を進める。

 

「この部屋は今現在、ここにいる患者の細菌・ウィルスなどの感染の可能性を考慮して防護服を着ていない者、又一般の看護婦や医師の入室と接触を固く禁止されている。この事はこの施設の関係者全員が知っていることだ。知らされたのはほんの10分前だ」

 

 士の淡々とした説明に対し、カエデの顔が可愛らしく怒っていた愛嬌のある表情が徐々に失せ始めた。

 

「なのにお前は入った。忘れた……なんてことは無い筈だ。ここに勤務して8年も経つ奴が重要なこと忘れてたんじゃ、まともに勤まらないからな」

 

 また空気が変わっていく。

 士は変わらずだがカエデの表情は恐ろしい程の無機質さを露わにした顔となり、そこに人としての暖かみはなく、あるのはヒロでさえよく分かる明確な殺意の気配だ。

 

「更には最初触診しようとしたな。接触が禁止されてるにも関わらず

 、何がしたかった?」

 

 瞬間。カエデは一瞬にして片腕を黒い異形の形へと変質させて、その手に力を込め手刀を繰り出す。狙うのは士の頭部。

 

「!! ッ」

 

 そのまま行けば確実に士の命を奪えただろう。

 しかし、手刀が頭を貫く前に次元が歪み、あの銀色の幕が生じてカエデの異形の手を“別次元”へと強制移動させた。

 

「悪いがもう少し増やさせて貰うぞ」

 

 腕を引き抜こうとも全く引き抜けない状態の彼女に対し、士はそう言いながら手を前へ翳す。

 やがて、その行動に合わせるかのように出現したのは、もう一つの銀色の幕。

 足元から生じたソレはカエデの腰部分まで上ると共に下半身を余さず、強制移動させる形で消し去った。

 

「ッ……」

 

「抜け出そうとしても無駄だ。単純な力だけじゃな」

 

 つい先程までの感情豊かな人らしさ顔は完全に消え失せ、あるのは目の前にいる士を殺そうと言う、明確な獣染みた荒々しさを剝き出す殺意の悪鬼と化した凄惨な表情で士を睨みつける。

 やがて、カエデの姿が蒸気を大量に噴出させながら変わっていく。

 

 ソレを見て、ヒロは驚愕に目を見開いた。

 

 何故なら、その姿は変異の際に所々がズタボロに破れ千切れた白衣と衣服を身に纏っている点を除けば、あの時、自分と鷹山を追い詰めた……あの黒いアマゾンだったからだ。

 

「さて。それじゃ後輩へのお披露目と行くか」

 

 そう言って士は、今度は腕を横へと伸ばし、手を開く。すると銀の幕がもう一枚形成される。

 それがゆっくりとスライドする形で士の手をすっぽりと飲み込んだかと思えば、すぐさま消失し、代わりに士の手の中には先程ヒロに見せた例の物……ディケイドライバーが握られていた。

 

 士はソレを自身の下腹部に当てる。

 

 するとドライバー本体の右側から白いベルト部位が伸び出し、瞬く間に一周すると本体の反対の左側へと連結され、腰に固定された。

 そして両手で本体左右のサイドハンドル部分を引く。

 すると中央に何かを入れる為の挿入口と思われる部位が露わになり

 士はそこに何処から取り出したのか。

 

 一枚のカードを挿し込み、装填。

 

 

 KAMEN RIDE……DECADE !! 

 

 

 男性の音声がドライバーから流れ、瞬く間に士の姿は変貌した。

 

 左右にいくつもの白く半透明な影が現れ、それが士へと重なっていく。頭には赤く四角い形状のエネルギーが何枚も差し込まれていき、やがて黒く明確な実体を帯びプレートとなる。

 

 緑色の複眼に何枚ものプレートが並ぶ頭部。

 

 胸に十字のデザインが施され、マゼンタと白と

 

 黒の三つの配色が染まる身体。

 

 ソレをよく知る者は……必ずこう言うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界の破壊者……仮面ライダーディケイド、と。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 他人が嫌いだ。縛り付けるルールが嫌いだ。

 

 弱い俺は……もっと嫌いだ。

 

 そんな風に思うようになったのは、いつの頃からだっただろうか。

 

 多分、物心ついた時にはそう思ってたかもしれない。俺は、とにかく周りと離れたくて暴力を振るった。誰であろうとお構いなしだ。

 

 ある日、些細なことから女の子を一人殴った。

 

 今思うと、かなり最悪な事したなって結構後悔してる。

 

 そんな俺に『この子の分だ!』って殴って来たのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴロー!」

 

 凛としながらも焦燥を含んだ馴染みの深い声に応えるように、朦朧としていた記憶の走馬灯から戻って来たゴローは、声の主がイチゴの物だと正確に把握するのに数秒と時間が掛かった。

 

 ズキリと痛み出した後頭部が、その答えだ。

 

 どうやら、かなりの衝撃によって後頭部を殴打したらしく、それが原因で軽い脳震盪を起こしていたようだ。

 イチゴが必死に呼びかけた事が功を成し、意識が正常に覚醒して今に至る、と言う訳である。

 後頭部を軽く撫でるようにして押さえつつ、今起きている現状を把握しようとイチゴに問いを投げかける。

 

「ここ、は……デルフィニウムの中だよな?」

 

「うん。でも叫竜の中に飲み込まれちゃったみたいでさ。とにかく周囲の様子を確認しよう」

 

 イチゴはそう言い、ゴローの側に座っていた態勢を解くとピスティル専用の操縦席へと跨る。

 ゴローが朦朧とした状態から意識を正常に覚醒させた為、両パイロットのコネクトが成功。

 機能を停止していたデルフィニウムは、ハッチ部位の顔面にイチゴの表情が宿るのと同時に稼働を開始した。

 

『!! ッ』

 

 稼働した直後、デルフィニウムの表情が驚愕に染まり、思わず自身の四肢を見る。

 思い通りに動かせないと言う違和感から反射的に確認した行為なのだが、見ればデルフィニウムの両腕と両足には、あの時、自分達を拘束し叫竜の体内へと引きずり込んだ例の触手が雁字搦めに巻き付けられており、違和感の正体はコレだったのだ。

 

『だ、ダメ! 抜け出せない!』

 

「マジか……自力で無理なら、外部からの救助を当てにするしか……」

 

 

 とは言え、助けが来るか来ないかは状況次第によるだろう。最優先される事項は叫竜の殲滅。

 もし、自身の救出で叫竜の殲滅が困難なものとなり、それが都市への被害……下手を打てば壊滅に繋がるのだとしたら、ソレは避けねばならない。

 そうなれば、救出という選択肢は消え、ゴローとイチゴの二人は叫竜と共にその命を消す事になる。それをよく理解しているからこそ、救出に対しゴローは楽観的にはなれなかった。

 

(クソッ! 俺がもっと早くイチゴを逃してれば、俺だけで犠牲は済んだのに……)

 

 万が一、という場合を想定しての緊急脱出システムが備わっているフランクスだが、二人同時ではなく、ステイメンかピスティルかのいずれしか脱出できない。

 

 だがそんな事はゴローにとって問題ではない。

 

 彼にとって問題なのは、叫竜に飲み込まれる前にイチゴを“脱出させることができなかった”、 という一点のみに尽きるからだ。

 判断を迅速にしていれば、大切なパートナーを脱出させることができたと言うのにソレができなかった。

 そう思うと後悔が岩の如く、まるで背中にのしかかっているかの様な重圧となってゴローの心を蝕む。

 

『……』

 

 コックピット内部に表示されたデルフィニウムの横顔がチラリと、ゴローを見る。パートナーのイチゴは今ゴローが何を考えているのか

、全部分かるなどとは言わない。

 

 が、それでも。理解できる部分は確かにある。

 

 ゴローは割と性格的に落ち着きがあり、責任感も強い。おそらくソレが原因で自分を緊急脱出させなかった事を悔いているのだろう。

 少なくともイチゴはそう思い、同時にゴローに対し馬鹿野郎と言いたくなる衝動が沸き起こる。

 イチゴは彼が自身とフランクスに乗るパートナーである事を認め、そして共に戦う仲間である事もとっくに認めているどころか、そんなもの最初からそのつもりなのだ。

 

 伊達に幼馴染などやってはいない。

 

 ゴローがそんな下らない悩みで頭をゴチャゴチャと思考を乱雑にさせウジウジしているのなら……今、パートナーとして色々言ってやる

!!

 イチゴはそんな決心と共に操縦席から立ち上がると後ろへ振り向き

、そのままゴローに近寄っていく。

 

「イ、イチゴ? どうし……」

 

 ゼロ距離。それ程まで近付いて来たイチゴに対し、当然困惑せずにいられないゴロー。彼が口から質いの言葉を出す前に鼓膜をぶち破らんばかりの怒声が迸る。

 

「この、バカヤロォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 当たり前だが至近距離でかなりの大声を聞けば、耳の感覚がおかしくなる。それはゴローも例外ではなく、まるで金属同士をぶつけ合うかのような、キーン。という風な耳鳴りが耳朶の中を反響していた。

 驚きやら混乱やらが思考の働きを阻害しているせいで呆然とする他ないゴローにイチゴは睨みを利かせて言った。

 

「ゴロー。自分がもっと上手く早く動けてたら、あたしのこと助けられたとか、そうも思ってるでしょ? 例えば緊急脱出システムを使う…

……とか」

 

「!!ッ……」

 

 イチゴの突然の行動に対するモノとは別の、全く違うモノの驚愕が顔の表面へと引き摺り出された。

 

「やっぱり。ゴローってさ、いつも自分で勝手に決めて突っ走るよね

。そういうとこ昔から全っ然変わってない!」

 

「そ、それは……」

 

 否定しようにも言葉が上手く出てこない。

 イチゴの論が的を射抜いた正しい物からこそ、ゴローは何も言えない。

 

「……はぁぁぁぁぁぁ〜〜…………」

 

 深い溜息。ゴローが聞く感じでは呆れているように思えるのだが、それは聞き違いじゃないだろう。

 

「いい?! なんでもかんでも一人で決めんな! 何の為のパートナーよ! 少しはこっちを頼れよアホタン男!! 突っ走り野郎! ボケナス

!!」

 

 これでもか、と言わんばかりの罵詈雑言の嵐に流石のゴローも目を点にさせ、ただただイチゴの言われるがままにしてしまう。

 かなり大声で、しかも連続だった為に息が続かなくなり、一旦深く吸って吐いての呼吸で上がって来た胸の熱を理性と共に抑え込んだイチゴは、改めてゴローを見る。

 

「まずは、どうやったらこの中を出られるか。それだけを考えよう。過ぎたこと後悔してウジウジして、自分ばっかり責めて何になるっての? どうなの?」

 

「……あ、ありません」

 

「うむ。よろしい」

 

 未だ危機的状況であることは、現在進行形で一切変わっていない。故にゴローから陰鬱とした空気が生じていたものの、それはイチゴの

、何とも言えない斜め上を行く叱咤でゴローに喝を入れたおかげで、取り払われた。

 

 なら、あとは脱出を考え試みるのみだ。

 

(はは……相変わらず強いな、イチゴは)

 

 やや強引ではあるものの、自身に喝を入れてくれたイチゴの姿を見るとゴローの脳裏に浮かんだ記憶が懐かしさの感情と共に底から湧き立つように溢れ出て来る。

 そのせいかあの時の姿が今と重なって見えた。

 あの日。誰かを暴力で傷つける自分を戒める為、容赦なく殴りつけて来た幼くも負けん気に満ちたイチゴの小さな姿。

 それが今と重なって見えるのは今も昔も、彼女は彼女でしかない事を意味しているのだろう。

 親しい幼馴染が変わらず強く在る様を見ては、思考が少しばかり郷愁の念に浸かってしまった。

 

『こちら13都市作戦本部よりデルフィニウムへ。生存し状態に差し支えなければ応答せよ』

 

 そんなゴローの意識を現実へと引き戻す一つの通信が入って来たのは、まさにこの時だった。

 

 

 

 

 

 

 





「ここがアマゾンズとダリフラの世界か……」

なんて、言い出しそうな世界の破壊者にして流浪の旅人。

仮面ライダーディケイドの満を持しての変身回となりました( ̄▽ ̄)

実は正直なところ、他のライダーを登場させる予定は最初ありませんでした。原点の仮面ライダーアマゾンやリブート作品のアマゾンズでも、他作品ライダーとの共演なんて本編では一切なかった為、というより。

ダリフラとアマゾンズのクロスオーバー作品である点を考慮するとそこに新しい他作品ライダーを加えた場合、パラーバランスとか相性とかで面白くなくなるかな〜とは思ってました。

それでも他作品ライダー……チートな便利能力引っ提げた平成ライダー代表格のディケイドを登場させたのは、個人的にディケイドが好きだった点。

仮面ライダーアマゾン並び、アマゾンズ本編でやらなかった他作品ライダーとの共演をここでしてみたい!という思いに加えて。

何話前かの後書きで言った矢吹ダリフラの番外編(実際には、ただの
いつもの描き下ろしイラストだったのですが)をやるなど。

それらの要素があって、こうなりました。

今後、読者の方々に面白さを期待できる作品になるかどうかは分かりませんが、頑張って最後まで書きたいのが本心です。

できれば『この作品における欠点』や『こうした方が良くて、ここが
こうだと矛盾しておかしい』などのアドバイスの感想を頂けると非常に助かります。

それでは。次回をお楽しみに!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デルフィニウム救出作戦 part1








 

 

 

 

 

 ディケイド。世界の破壊者とも呼ばれる彼は、数多の世界を駆け旅をする流浪の仮面ライダーである。

 世界の破壊者、とよく言われるが彼は世界を滅ぼす気は全くなく、破壊するのはあくまで世界の“不条理”。

 

 すなわち、世界を滅ぼしかねない“悪”だ。

 

「グルゥァァッッ!!」

 

 四角い形状をした、銀色の幕のようにも見える空間の歪み。

銀のオーロラ、とも呼ばれるソレに囚われたカエデ……いや、黒いアマゾンは無駄だと分からないのか。無理矢理にでも抜けようと必死に力強くで足掻く。

 そんな相手を一瞥した後、ディケイドは黒いアマゾンを捕らえていた拘束を“意図的”に解除した。

 

「そら、来いよ」

 

 挑発。獣と大差ない獰猛性を併せ持ちながら人並みと変わらない知性を有する黒のアマゾンは、それ故にディケイドの言葉と手を前に出し、人差し指をクイッと曲げて来るジェスチャーの意味を時間をかけず理解し、そして怒りを滲ませた唸りを上げる。

 

『キサマァァァァァァァッッッッ!!!!!』

 

 同時にディケイドに向け、その爪を振り下ろした。

 

「遅いな」

 

 そのまま喰らったのだとすれば、相当なダメージを受けてしまうのは否定できない。が、はいそうですか、などと馬鹿正直に喰らう気は更々ない。

 振り下ろされる凶爪を前にディケイドが選択したのは、剣で防ぐ、というものだった。

 ただの剣ではない。ディケイドの能力を引き出すに必要なアイテムである『カード』を収納する為の四角い形状をしたホワイトカラーに黒いラインのパーツが斜めに装飾されているケース……通称『ライドブッカー』を通常時の箱状形態から、ソードモードへと変形。

 折り畳まれたパーツが突出し、顕となる切り裂く為の刀身部位と掴む為の柄の部位。

 瞬く間にカード収納容器から剣のソレとなったライドブッカーの柄を掴んだまま横一線に倒し、その状態で黒いアマゾンの爪の一撃を当てさせる事で防いで見せた。

 

『!! ッ』

 

「フンッ!」

 

 まるで他愛無いとでも言わんばかりに鼻を鳴らしたディケイドは、驚きを見せた黒のアマゾンの隙を突き、そのまま押し退ける形で胸の中央へとライドブッカーの切っ先を埋め込ませる形で深々と突き刺した。

 

『ガァァッ! アアァァッ!!』

 

 やがて刃は背中を貫通した。悲痛な叫びを上げる相手にディケイドは一切手を緩めず、そのまま引き抜く。

 

「言っておくが、再生しようとしても無駄だ。

 俺の力は“悉く破壊”しちまうんでな」

 

 どこか自虐とも取れる乾いた笑みを浮かべながら、仰向けに倒れ込み、身体のあらゆる組織が崩壊し溶解しかけていた。

 

「死ぬ前に質問だ。カエデは?」

 

『…………取り……こ……』

 

 少し間を置いて紡がれた回答は、まともに意味として紡がれていない言葉の記号が3つ。これでは無言を呈しているのと大差ないだろう

 これを最後にまともに言葉を発する事なく沈黙。

 

 だが、彼にとってはそれだけで察するには十分過ぎた。

 

 二度とその口が開かない事を示すように黒いアマゾンの身体はあらゆる部位の体組織が液状に崩壊していき、もはや人の形のみを象った黒い液体に過ぎないソレへと果てた。

 

「……なるほど。情報は正しかったか」

 

 そんな光景を仮面越しに見ては、得心がいったとでも言うようにそう零すディケイド。

 そんな彼に向けて声を上げたのは、当然ながら彼以外にたった一人しかないヒロだった。

 

「……い、一体なんなんですか、コレ……さっきの人……カエデさんは……」

 

 素人目で見ても、ヒロが動揺していると判断できる位に彼は狼狽していた。

 上手く言葉が出ず、必死に自分の中に生じた渦の如き混乱を鎮めようとはしているらしいが、それでも頭の整理がつかず、それが混乱を助長させていた。

 

「質問に答えてやるが後にしろ」

 

 そう言ってディケイド……変身を解いた士は、ヒロの方へ手を翳す

。すると先程のように銀色のオーロラのような空間の歪みが生じたものの、今度は部屋全体を飲み込む程に大きなものが出現。

その光景に目を見開くヒロを余所に歪みは一切の容赦なく士とヒロを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃー。そう来たか」

 

 コロニー内に立ち並ぶ白や灰色、時折暗い赤色 の建物が屹立するビル群の中に彼等はいた。

 

 ブラッドスタークとプレディカ。

 

 二人は密かにヴィスト・ネクロの活動拠点となっているビルの屋上で、黒いアマゾン……いや、“アマゾネスト”と繋がることで得た視覚共有により、ディケイドとの戦闘を一部始終見逃さず観察していたスタークは、他人の目も憚らず、平然と寝転ぶと左脚を右脚に乗せるように組み、両手を自らの頭へと収めるとその顔に鬱陶しげな忌み顔を浮かべ愚痴を零す。

 

「はぁぁ。いずれは介入して来るとは踏んでたけどさ……よりによってこの時だなんて……最悪」

 

「何か拙い事でも?」

 

 自らの主が寝そべっているのに対し、その従者たるプレディカは両手を後ろへとやり、姿勢のいい佇まいでスタークへ問いかけた。

 それの答えは、やや不機嫌の三文字を顔に滲ませるように出しながらのものだった。

 

「なに、もしかしたら邪魔して来るかもしれないって奴が今、ここに来ていただけの話だよ。しかもアイツ、アマゾネストを1匹壊しやがった」

 

「アマゾネストをですか?」

 

 プレディカはスタークの言う邪魔者がどういった存在なのかを知らない為、疑問符を頭に浮かべる以外になかった。

 今ここでその事についてスタークに問いを投げかけたとして、素直に答えてくれるかも分からない為、自分から聞く事はなかった。

 そもそも、話すつもりならスタークの方から言って来る筈なのだ。彼女はいい加減で自由奔放だと思われがちだが、腹の内には策謀やら企みなどと言った真っ黒いモノを抱え込んでは、その為に他者を欺き騙し、時として破滅へと突き落とすのだ。

 

 故に本質的には合理的なのである。

 

 必要なら絶対にやるし、言葉として事前に相手の情報を教えたりもする。しかしそれが無いと言うことは、余計な事を聞くな。考えるな。

 

 ただそれだけを意味しているのである。

 

 それを分かっていればこそ、邪魔者と称する者の詳細についての情報を求めるような問いをせず、どう出るかの指示だけを求めた。

 

「で、どのように? 何か変更は?」

 

 プレディカの言葉に寝そべっていた身体を起き上がらせたスタークは、胡座をかいた態勢で、

 頭を掻きながら答えた。

 

「計画に変更はない。“アイツら”の計画は」

 

 その言葉を聞き、ニヤリと。プレディカは一物抱えたような奸計の笑みを浮かべる。

 スタークも同様だ。

 彼女が言うアイツらとは無論ヴィスト・ネクロのことであり、スタークは彼等の計画とは別の計画を秘密裏に推し進めていた。

 本来であれば、それはもう少し先にと思っていたのだが、ディケイド……門矢士というイレギュラーが予定よりも早く現れた事で、少しばかり変えざる得なかった。

 

「色々とあのコたちを観察できたし、ここらがもう潮時かなって思ってたトコだから、逆に丁度良かったかもね」

 

 そんな彼女の言葉にプレディカはやはり何度聞こうとも、疑問しか浮かんで来ない。

 一体どういうメカニズムなのか不明のままだが、スタークはその身を二つへと分裂できる能力を有し、分かれたもう片方の自分をAPE所属の臨時パラサイトこと『Code703』として、敵の腹の中で悟られないよう潜む寄生虫の如く、秘密裏に暗躍している。

 とは言え、彼女がそうしている理由はAPEのトップシークレットクラスの最重要情報を入手する訳でも、何らかの工作を施す訳でもない…いや、確かに“ヴィスト・ネクロの一員”としては、そうした活動を行っているのは事実であり、その観点だけで言えば間違ってはいない。

 しかし。それはあくまで、“組織の協力者”としてやらなければならない表向きの道理でしかなく、真意は別にある。

 彼女の本当の目的……それは、13部隊を観察し、来たるべき時の為に見定めることである。

 少なくともプレディカはそう聞かされているのだが、それが具体的にどういったモノなのか。

 それを教えられてはいなかった。

 どうにも知られたくないようで、質問したとしても『キミは知らなくていい』や『お前はやるべき事だけやればいい』等と返って来るのがオチ。

 執拗に聞いて来れば暴力による制裁が与えられるだけだ。

 もっとも彼自身、ゼロツーへの復讐が最大にして何よりも最優先事項であるが故に興味など元よりなく、執拗に聞いた事などない為、そうした事はされてないが。

 が、プレディカが他愛なく聞いた時の、彼女のあの殺気と氷のように一切の温もりを感じさせない冷え切った厳冷の言葉は、今尚明確に嫌でも覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キミは知らなくていい。ボクが頼んだことをきちんとやってくれればいい。分かった?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただそう言っただけ。

 それだけでも、自分は何も言えず、ただ頷く他になかった。

 

「そう言えば、いいんですか?」

 

「ん? 何が?」

 

 余計な事は考えず、思い出すのも辞めようと話を切り替えて、今現在の懸念事項に関する件を問い質した。

 

「あの蜘蛛女の子蜘蛛ですよ。こういった会話を聞き取られるのは、マズいのでは?」

 

 プレディカの懸念は自分達の体内に寄生しているアニレスの子蜘蛛だ。作戦実行の為にコロニーへと侵入する際、アニレスは二人の身体の中へ子蜘蛛を寄生させた。

 ザジスの場合のように張り付かせるのではなく、文字通り対象の内部へ潜り込ませたのだ。

 曰く『良からぬ事をさせない為の楔にして、犯した際に罰を与える為』と、アニレスは言った。

 ようは監視の端末であり、少しでも不穏な動きを見せた場合において作動する爆弾でもあるのだ。

 小型蜘蛛は半分サイボーグのようなもので、脳の代わりに高度なAI端末が搭載され、蜘蛛糸を出す筈の尻部には体内に高密度のギガを凝縮させており、これが火薬の役目を果たす。

 小型蜘蛛が対象の不穏な行動や言動を感知した直後、ギガのエネルギーを一気に解放させる物質を送り込み、爆発させる。

 その威力はアマゾン一匹の原型を喪失させるには十分過ぎるもので

、当然中枢臓器は消し飛ぶ。そうなれば二度と再生することなどできない。

 

「ああ、アレね。問題ないよ」

 

 そんなものを仕込まれているにも関わらず、スタークは愚か問いを投げているプレディカにも焦りや不安、恐怖と言ったものはなく、それが確固とした事実だと裏付けるかのように平然と。何も問題はないと彼女は言った。

 

「キミも知ってるでしょ? 対策をしておかないほど、ボクは間抜けじゃないって」

 

 パチンッ! 

 

 指と指で鳴らす、乾いたフィンガースナップの音がスタークから発せられると共に両者の胸元がまるで個々で生きているかのように脈動し、やがて何かが勢いよく突き出した。

 

「グウゥッ!!」

 

「よっと」

 

 プレディカは堪らず鮮血に彩られた胸元を片手で必死に抑え苦悶の表情を滲ませるのに対し、スタークは何でもない様子で飛び出して来た物を手で掴むようにキャッチし、その手を花のように開いて見せた

 

「ふふ。良い子だ」

 

 茶色の体色に体長が5cm程しかない、一見すればただの小さな蜘蛛にしか見えないソレは、下手すれば人よりも頑丈で強靭な肉体を有するアマゾンの身体が容易くバラけて吹っ飛ぶほどの威力を秘め持つ爆弾。

 やがて、もう1匹……プレディカの体内に寄生していた蜘蛛が血濡れの赤を纏いながら、彼女の足下から這い伝って肩へと登って来た。

 

「ご覧の通り。もうこの子達はアニレスのモノじゃない。完全にボクのものさ」

 

「……そうですか。本当に貴方の成す芸当の数々は、とても不可解極まりない」

 

「不可解とは失礼な。ボクはあくまでこの子達の脳をジャックしたに過ぎない。ほら、分かり易く言えば電子工学で言う、ハッキングと同じ原理さ」

 

 さも当然と語る赤い蛇の少女にもはや、プレディカは何も言えず。ただ深い溜息を吐いた。

 しかしまぁ、不思議な事ではないかもしれない。アマゾンの中には人間の意識を奪い制御下に置くと言った生体の操作能力を持つ、そんな個体もいる。

 ならば不可解、とは言えないのではと思うかもしれないが彼女はアマゾンでもなければ、人間でもない。

 実際子蜘蛛によって開けられた傷穴からは血ではなく、紫を中心に赤や青と言った煙のような、あるいは粒子に近い妙なものが流れ出ている。

 

 本当に何者なんだ。この女は。

 

 そんな疑念は絶えずあるが、しかし復讐目的で彼女と共に動くプレディカにしてみれば、それはどうでもいい事柄なのだが。

 

「懸念は取り除いたし、これで問題ないでしょ?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 傷穴も塞がり、少しばかり口から出てしまった血を拭い去りつつ、プレディカはそう答えた。

 そんな彼を尻目にスタークは重そうに腰を上げ立ち上がると、コロニーの壁の向こう側にある13都市のプランテーションへと視線を向ける。

 

「さて。こっちはこっちで動くとして、向こう

 は大丈夫かな?」

 

 そんな独り言が自然と口から零れた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー!」

 

 ミストルティンの宿舎にある中庭に声をかけたナオミ。その先にいるのはゼロツーだ。

 ゼロツーとナオミを除く13部隊は今、突如として現れた叫竜の迎撃に出ている為、ここにいるのは二人だけなのだ。

 なるべく愛想良く挨拶したものの、当の本人はたいして気にも留めず、中庭を囲む二段しかない段差の上に両足を折り込み片手で抱く態勢で座っており、空いたもう片方の手で気怠げそうに桜の色に似た髪の毛のひと房を弄っていた。

 

「な〜にしてるの!」

 

 今度は少し声を大きめに言ってみる。

 するとナオミの声に反応し、少し顔を後方へ傾け、視線のみ振り返るといった形でようやっとナオミの姿を見据えた。

 

 しかし、その瞳は淡白なものだった。

 

 まるで心底つまらない、とそう訴えているような少し冷たさを孕んだ視線だった。そんな視線がナオミを貫くも、本人は気にせずゼロツーに声をかけた。

 

「どうしたの? やっぱりヒロのことが心配?」

 

「……まぁ、そんなとこ」

 

 淡白に答えるゼロツー。そんな素っ気ない態度にナオミは、苦笑を浮かべるしかなかった。

 ゼロツーは基本的に愛想だけは良い。

 しかし、興味がない又は気に入らない対象の人物に対してはあまり相手にしない主義で、適当に流したり完全無視を決め込むのが彼女の性格だ。

 ゼロツーにとってナオミは……というより、13部隊のみんなが他の部隊と比べて興味が湧き、気に入るに足る“個性が強い”という条件を満たしている為、相応に対応している。

 勿論ナオミもその例に漏れてはいない。

 

「……そういえばさ」

 

「ん?」

 

「キミ言ってたよね? コドモが戦わなくてもいい未来を作りたいって」

 

 ゼロツーから振るわれた突然の話題。

 それは13部隊に特別に与えられた唯一の休暇の日。夜に海岸で火を囲み話に耽っていたその時にナオミが語った事を指している。

 それに対し、ナオミは特に感慨なく答えた。

 

「うん。それが?」

 

「それってどこまで本気?」

 

 ゼロツーのナオミを見る視線は変わらない。

 しかし、何処か訴えかけているようにも思えるものだった。どういう意図で……かは、分からないが。

 

「どこまでも、だよ」

 

 そんなゼロツーの質問にナオミは少し笑みを浮かべながら答えた。

 間を挟むことなく、だ。

 

「ゼロツーはさ、人間ってどう思う?」

 

「…………」

 

「あ、あー、いきなり言われても分からないか」

 

 少し考え込むように視線を下へ向けたゼロツー。それを見たナオミは説明が足りなかったか、と反省し改めて説明しようとしたのだが。

 

「人間は、弱い」

 

 それをゼロツーの言葉が遮る。

 

「空へ飛ぶ為の翼もなければ、戦う為の牙も爪もない。身体は獣に劣る位に脆い生き物」

 

 けど。

 

「人間は誰かを想える。誰かの為に泣いて、誰かを助けようとして、誰かを笑顔にできる。それが人間なんだって……少なくとも、ボクはそう思うよ」

 

「……ふふ、そっか。そうだね」

 

 ゼロツーの返って来た彼女なりの答えに笑みを零し、同意するような言葉をナオミは口にした。

 

「それが人の美しい所なんだろね。きっと」

 

「……なんか、はぐらかしてない?」

 

 妙に話が逸れている事を感じたゼロツーは、それを指摘する。

 

「別にはぐらかしてないよ? 私が言いたいのはさ、それって13部隊のみんなのことなんだってこと」

 

「13部隊のみんな……が?」

 

「うん。言わなくても分かるでしょ?」

 

 言われてみれば、その通りだ。

 13部隊は笑ったり泣いたり、守るべき規律やそう在るべき体裁など関係なく、ただ自分の思うままに行動している所がある。

 前に共同戦線を張った26部隊と比べて見ればその差は明らかだろう。

 

 “コドモ”らしくなく、“子供”らしい。

 

 少なくとも鷹山ならそう言うだろう。

 

「ん? あ、ナナ姉さんからだ」

 

 話の最中に連絡端末の機器にメール音が鳴り響く。

 ナナからだった。

 

「え……うそ?!」

 

 それを見たナオミは、ゼロツーを無理やり引っ張ってブリーディングルームへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「今すぐ助けに行こうぜ!」

 

 ナオミとゼロツーがブリーフィングルームに着いて早々耳に入れた開口一番の声は、ゾロメのものだった。

 どうやら、言葉だけで察すればイチゴとゴローはまだ生きているようだ。

 メールの内容はイチゴとゴローが超大型に相当する叫竜の内部へ飲み込まれたとあり、詳しい事はブリーフィングルームで説明すると書かれていた為、二人が命を落としてないか不安だったナオミにしてみれば、まだ安心には早いがそれでも、気持ちは少しは落ち着かせるのに効果覿面の清涼剤だった。

 見れば、ブリーフィングルームには13部隊がイチゴとゴローのデルフィニウム組を除き全員が揃い、当然ナナとハチがいる。

 意識を失う程のダメージを受けてしまったミクだが、これと言った重い怪我はなく、少し腹部に打撲痕があり痛むものの、ブリーフィングの参加には支障ない。

 

「ダメよ」

 

 そんな中、ゾロメの救出の願いを、否定の言葉が突っ撥ねたのはナナだった。

 それがナオミの心に疑問の荒波を立たせた。

 

「どういう、ことですか?」

 

 ナオミは震える声で吐き出したい激情を抑えて、その上でナナに問い質す。

 

「来たわねナオミ。ゼロツーは来ないと思って敢えて連絡入れなかったけど……」

 

 ゼロツーの性格は嫌と言う程分かっている。

 不貞腐れて機嫌が悪い彼女に連絡を入れた所で来ない事は勿論、そうなるとかなりの労力を消費する覚悟で引きずって行かなければならない事も、身に染みる程に体験している。

 そんな彼女がナオミと共にやって来るとは、一体どういう風の吹き回しなのかと。ナナは内心疑問に思ってしまう。

 

「まぁ、無理やりね」

 

 チラッと。ゼロツーがやや非難めいた視線でナオミを見ながら言うが、当の本人は気付かず。それだけ内心かなり焦っているようだ。

 

「でも全員の方がいいわ。もう知っているとは思うけど、デルフィニウムと一緒にイチゴとゴローの二人が叫竜内部に飲み込まれた」

 

「だから! 今すぐ取り返しがつかなくなる前に助け出さないと……」

 

「そういう訳にはいかないの。これを見て」

 

 ナオミと同じように焦燥に駆られ、二人を助け出すべきだと言うゾロメの意見を厳粛に押さえて、全員にモニターの大画面を見るよう促す。

 

 映されているのは、二人を飲み込んだあの叫竜だった。

 もっと言えばそれは画像で、モニターには何かを示しているであろうグラフ図や詳細と思われる文字の羅列が表示されている。

 

「分析の結果、あの叫竜は自身の体液を気化させて膨らむ特性を有し、しかもその体液は起爆性を物質が大量に含まれている」

 

「……つまり、生きた爆弾ってことですか?」

 

 ナナと交代する形で叫竜に関しての情報を説明するハチ。

 それに対しイクノが起爆性の体液を保有するあのクラゲ型の叫竜

“生きた爆弾”と称した。

 文字通り生命体として生きていながら危険な爆発物でもあるのだから、イクノの言葉は実に的確で正しく、一言一句で上手く纏め上げていると言っていい。

 

「そうだ。そしてこれを見て欲しい」

 

 叫竜の画像から別の画像へ切り替わる。

 今度はコロニーの全体の地図で、円形に並ぶ壁の位置と都市部の建物の配置。

 こと正確に細かく黄色のラインで記されたコロニー図の外側にある一つの赤い点。

 現在動かず何もせず、デルフィニウムを体内へ取り込みつつ、沈黙を貫き在る叫竜の位置を示すものだ。

 

「この図形はコロニーの全体図で、赤い点は現在行動を起こさず、デルフィニウムを取り込んだ例の叫竜だ」

 

 これが何だと言うのか。

 

 13部隊のコドモたちの中で疑問が生じるが、画像に変化が見られた。赤い点を中心に薄い半透明な赤い円形がコロニー全体に重なる形で、すっぽりと覆い込んでしまった。

 これを見てもやはりピンと来なかったがゼロツーと、ナオミはこれが何を意味するか分かってしまった。

 

「これって……!」

 

「あの叫竜が爆発する際の被害範囲でしょ?」

 

 イコールで言えばそれは、爆弾の威力を示す事にも繋がる。ようするにあの叫竜はコロニーという一つの都市国家に対し、壊滅レベルの損害を齎す事ができるのだ。

 これが一体どれほど危険な事か。

 13部隊は年少と言えども、そこまで幼くなくはない。

 

「マジかよ……」

 

「たった1匹の叫竜で?」

 

 ゾロメとミクの信じられないと言う声が上がり、ココロとフトシは緊迫や不安を隠しきれず。

 当然それはイクノとミツルも同じだ。

 と言うより、今ここにいる面々でポジティブでプラス的な思考や感情を持っている者など誰一人としていない。

 そんな心中を察しつつ、ハチは説明を続けた。

 

「ゼロツーの言った通り、これはあの叫竜が爆発した際に起こり得るであろう、被害予測範囲図だ」

 

 コロニーの総面積は過去に存在していた極東の日本という国の首都『東京』とほぼ同じだ。

 一国の首都規模の広さを持つコロニーを、一発の爆弾が更地へと変えてしまう。

 それがどれほどの威力なのか……嫌でも分かる。分かってしまう。

 

「目標の殲滅は、殲滅だけを視野に入れていれば何も問題はない。が、叫竜はコロニーのすぐ側にいる。遠ざけるにもマグマ燃料に引かれるという本来の性質が意味を成さない以上、誘導はできない」

 

「それにその生きた爆弾を守る番獣がいる」

 

 また画面が変わり、今度は一体のアマゾンの全体図を映し出した。

 

「これって……あの像のアマゾン?!」

 

 フトシが声を上げた。それは見間違う筈もなく

 、叫竜を守っていたマンモスアマゾンに他ならない。

 

「名をファント。数年前から目撃されているヴィスト・ネクロの幹部だ」

 

「あの野郎、リーダー格だったのかよ!」

 

「しかしあの強さであれば、納得は行きますね

 」

 

 自分達が遭遇したアマゾンがヴィスト・ネクロの幹部だった事に対し、予想外だったと驚くゾロメとは反対にミツルは納得したように呟いた。

 確かに、アルジェンティアを拳一つで戦闘不能に追い込むあの力は紛れもなく本物。

 それがヴィスト・ネクロの幹部だと言うのであれば……なるほど、道理は通る。

 

「幹部だけではない。実体は掴めていないが、僅かながら叫竜と思わしきエネルギー反応が大型個体の周囲に確認された。この事から恐らくコンラッド級の叫竜がこちらのレーダーを掻い潜るだけでなく、目視さえも欺くステルス能力で大型個体を警護している可能性が高い」

 

(ステルス……やっぱりアレは……)

 

 イクノの中で一つの疑問が解消された。

 あの時ファントが突如として現れた際、イクノは光学迷彩の類で姿を隠していたと言ったが、どうやら半分正解で半分は外れだったらしい。

 正確に言えば、別の小型個体の叫竜によって姿を隠蔽していた、と言うのが正しい。

 

 それならば宙に浮いていたのにも納得がいく。

 

 アマゾンの能力はその種類の多様性が多岐に渡るが、由来とする所以は保有する遺伝子に基づいたものだ。

 例えば、カエルの遺伝子を有するのであれば、発達した跳躍力と長い舌による打撃攻撃や捕縛。また粘液を利用したもの等が挙げられる

 元の生物の能力が反映され、アマゾンとしての能力として強化されるからだ。

 しかしマンモスという太古の種の生物は総じて飛ぶことができない。これは途中枝分かれする

 形で違う進化に至った象も同じだ。

 加えて、光学迷彩のように体色を変えて風景に溶け込ませる事も不可能。

 あのアマゾンがマンモスの遺伝子を有しているのであれば、飛行や浮遊と言った能力は皆無の筈なのだ。

 それができたと言うのであれば、レーダーにも目視にも映らないステルス保有の小型の叫竜を利用していた、と言うのであれば。

 十分納得が行くだろう。

 

「強力な幹部が守っていると言う点を踏まえても、最終的にはどうにかしないといけませんよね? どうするつもりなんですか?」

 

 状況が如何様なものであれ、事態の解決は必定だ。しかし現状は手が出せずにいる。

 

 挙げられる原因は二つある。

 

 一つは、“いつ爆発するか分からない”。

 

 核兵器と大差ない威力の叫竜という名の爆弾を依然として何もせず、ただ置いておく理由を探り考えるのであれば、このコロニーでしか果たせない重要な目的があり、起爆されていないと言う事は未だそれが達成していないと考えるのが妥当だ。

 ただ、その重要な目的については皆目検討がついていないが。

 

 二つ目は、“安易に干渉した場合のリスク”。

 

 仮定として叫竜を守護している幹部を足止め、あるいは倒せたとしよう。

 その場合、敵側が異変に気付かない可能性はほぼゼロだ。察知されてしまった後の行動は単純にそのまま早期爆破へと踏み込む以外にないだろう。

 ヴィスト・ネクロは何らかの技術的方法で瞬間転移を可能としている為、即座に逃げられるが

 コロニー内部にいる住民達はそうはいかない。緊急勧告を発令し避難させるにしても大規模なものになるのは明白。そうなれば当然時間が掛かる。

 更に言えば、黒いアマゾンや異例の叫竜の存在。これらの事からヴィスト・ネクロがコロニー内部に潜伏している可能性がある以上、避難の最中に襲撃して来ないとも断言できない。

 そうなれば未曾有のパニックと人災が起こりかねない。

 そのような状況に陥る事は、決して望ましいものではない。

 

 ならば、どうするのか。

 

 ミツルのその問いにハチは答える。

 

「その事についてだがコロニー側と共同で対策を練る予定だ。明確な作戦の立案がない以上、双方話し合って解決手段を模索するしかない

 

「そ、そんな悠長してられないっすよ!!」

 

「二人のことを考えれば、確かにそうよ。今はフランクスの生命維持システムのおかげで問題ないけど長くは持たない。今この瞬間にも二人の命が危ないのは承知の上よ。けど状況が状況なの。分かって」

 

 厳格ながらも己の力の無さを恨むように言葉を吐き出すナナ。彼女はコドモたちの安否を一切考慮しないという事はない。

 本心では一刻も早く助け出すべきだと考えてはいるが、己の立場を弁えていない程、彼女は愚かではない。

 彼女はあくまで作戦指揮を行うハチという司令官の補佐。そして現状、ハチとAEP上層部による決定に口出しはできない。

 仮にできたとして、ナナにはこの状況において最も有効で合理的な立案を提示することが不可能なのだ。

 

 二人を助けられない。

 

 その事実が沈痛な空気を生み出し、ブリーディングルームに張り詰めた。突発的に物言いを吐くゾロメももう何も言えず、他のみんなも同様だった。

 

(……チッ、なんて想定外だ)

 

 重く暗い顔の裏で、ナオミは苛立ちを覚えていた。

 

(私の計画の為にも、今ここでイチゴとゴローを亡くす訳にはいかない)

 

 ナオミにとってゼロツーを除く13部隊全員が欠けることなく、“来たるべき時までに成長させ、その過程を観察する事”が、ナオミとしてここに居る目的だ。

 13部隊の誰かが欠けてしまっては意味がない。

 

(色々と面倒になるけど、やるしかないか)

 

 二人を救出する決意への時間はそう掛からなかった。あとは、どのようにして救出するか。既に思考を巡れらせ練ろうとした直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレは起きた。

 

 ブリーフィングルームのモニター正面。ハチと

 ナナが立つその側にあの銀色のオーロラカーテンが発生したのだ。

 

 全員の理解が追いつかなかった。

 

 見たことも知り得ていた訳でもない、その異常な現象を前に誰もが動きを止め、驚愕の声さえ上がらないほどに思考もを止めてしまっていた。

 程なくして、水面のように波を描くオーロラに波紋が生じる。形を見れば人型のソレだ。

 そして、それが正解だとでも言わんばかりに一人の男が現れた。やがてオーロラが後方へスライドし、男と同じようにして一人の少年が現れる。

 

 更に少年と同じタイングで別の男が現れた。

 

 二人共楽な姿勢で地面に尻餅をつけて座するという、間の抜けた格好をしていたものの、その姿を確認した13部隊は全員目を見開く。

 

 ハチやナナもだ。

 

 何故ならその二人こそ、コロニーの医療施設にいる筈のヒロと鷹山だったのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ゼロワン……録画はしてあるけど全然見てない(−_−;)

前回で変身披露して見せた世界の破壊者こと、門矢士。あのオーロラカーテンで敵を拘束。
しかも、再生力の無効化(原作でもブレイドの不死の怪人アンデッドを封印せず『破壊』してる)とか相変わらずの破壊者っぷりは健在。

本格的な戦闘は次回で見せたいと思います。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デルフィニウム救出作戦 part2


連続投稿します。


 

 

 

 

 

「で、これはどういう事だ?」

 

 いくつもの赤い光の点が一人の男の身体を強制的に彩っている。

 それだけで言えば、珍妙な笑い話になるかもしれないがその正体が銃のポインターであったのなら、話は別。失笑は間違いないだろう。

 男……門矢士は何故自分がこうなっているのかという事に疑問しかないようだが、突然訳の分からない銀色のオーロラのような何かから現れ、しかもヒロと鷹山のオマケ付きなのだ。

 得体の知れない最大警戒人物として扱うのは、自衛という面では至極理に適っている。

 まぁ、士にしてみればそんな事情なぞ知った事ではないのだが。

 

「余計な行為や質問はしないで。貴方は何者? あの銀色のオーロラみたいなものは何?」

 

 ブリーディングルームは一瞬触発と言わんばかりの緊迫した空気が張り詰め、士にポインターを当てると共に銃口を向けている警備員たちはいつでもその引き金を引ける態勢にある。

 そうなれば蜂の巣は確実だろう。

 ナナは眼前の男に睨みを利かせ、ハチも同じく険しい表情で士を見ている。

 警戒している事実が鈍い感性の人間でもよく分かる程だ。

 

「おいおい。随分おっかない事情聴取だな」

 

 そんな状況の中にありながら士は平然と軽口を叩いた。

 

「もう一度言うわ。余計な行為や質問はしないで。貴方は私達からの質問に答えてくれれば、それでいいの」

 

 有無を言わせない、とはこの事か。

 

 しかし士は数多の世界を旅をして来た経験から、こんな対応には飽きれるほど慣れてしまっている。

 しかも彼の経験上彼等の対応は今までのと比較すれば、良心的とさえ言えた。

 彼のもう一つの肩書き……世界の破壊者というレッテルを鵜呑みにしたその世界の住人に問答無用で命を取られそうになり、士としても面倒臭い事この上ない羽目になったのは数知れず。

 やや強引な部分はあれど、過去のソレよりも遥かにマシだと。少なくとも士はそう思っている。

 

「門矢士。一応ここの研究員として働いてるもんだ。まぁ、コロニーのアマゾン専門の医師でもあるが」

 

「デタラメ言わないで」

 

 間髪入れずにナナは言うが、ハチは手に持っていた電子端末からデータベースにアクセスし、検索。士の言葉が事実であると証明する情報を発見した。

 

「この男の言う通りだ。研究員のデータベースに載っている以上、間違いようもなく研究員と言うことになる」

 

「それが本当ならね。その個人情報の中にさっきみたいな現象に関する記述はあった?」

 

「……ないな」

 

 偽造。データベースにある士の個人情報の中に先程の能力についての詳細が全く存在しないと言うのであれば、正規のソレではなく、弁明なしに適用できるだろう。

 そうでなければ辻褄が合わない。

 

「なぁ。そろそろ銃をこっちに向けるの辞めてくれないか?」

 

 うんざりした様子で士は少し呆れたような視線を周囲に配る。

 

「俺はお前らと敵対する気はない」

 

「悪いけど言葉だけじゃ証明にならないわ」

 

 会話は何処までも平行線だ。士が意見を言えば、ナナも意見を言って切り捨てる。

 

 不毛もいい所だ。

 

 そんな事を分かっていない士とナナではないが、一方は事態の混乱化による面倒事を避ける為に強行できず。

 片やもう一方は相手が未知数である事と、抵抗した場合のリスクを考慮して迂闊に強行する訳にはいかず。

 両者の思惑は違えど、強引に手が出せないと言う一点においては奇妙に一致していた。

 

「……あ〜……まぁ、なんだ。とりあえず落ち着かね?」

 

 と、ここで今まで沈黙しつつ様子を見ていた鷹山が事態の収拾に乗り出す為、二人の間に割って入る。

 

「ちょ、ちょっと刃!」

 

「まぁまぁ。で、おたく何? 正直意味分からんのよ。俺は確かに病室にいた筈……なんだが?」

 

 ナナを宥めつつ声に若干の棘を張り付けて士に問いを投げる鷹山。

 雰囲気としてはいつもの飄々としたソレに変わりないのだが目に鋭さを宿し、相手の言葉から矛盾や違和感があれば即座に指摘する腹積もりのようだ。

 当然、下手に誤魔化す訳にもいかない。

 

「瞬間移動……の類か? 連中もしてたけどよ、どうにも毛色が違うっつーか……」

 

「安心しろ。全部話してやる。たがとりあえず、そこの物騒な連中を下がらせろ。話はそれからだ」

 

 士からの頼みは鷹山から見ても、かなり上から目線というニュアンスを感じさせるものの、せっかくこの状況の進展が出始めた中で私情で物言いし、結果振り出しに戻す訳にもいかない。

 思わず言葉にしかけた感情を溜飲。そして士の要求を承知した鷹山はナナとハチにコイツらを撤退させろ、とアイコンタクトで伝える。

 二人は渋々ながらも警備員を撤退させてくれた。

 鬱陶しく銃を持った警備部隊たちが去って行ったのを機にすぐさまがゼロツーがヒロに駆け寄る。

 

「大丈夫? ダーリン」

 

「あ、う、うん。大丈夫」

 

 ヒロは未だ尻餅をついて座り込んでいた。

 呑気という訳ではなく、まだ身体は治り切っておらず立ち上がろうとしても全身に激痛が走るのだ。

 だから手を差し伸べて来たゼロツーに対し、とりあえず肩を貸すよう頼み、なんとか立ち上がらせてもらった。

 

「痛ッ!! グゥ……」

 

 身体の隅々まで奔る激痛に苦悶の表情を浮かべる。それを見たゼロツーはヒロの身にかなりのダメージがあるのだと察する。

 

「コロニーでやられたの?」

 

「は、はは……ちょっとヘマしちゃったんだ」

 

 何でもないように言うが、鷹山に比べヒロの方がダメージは大きい。鷹山に至っては怠さを覚えているだけだ。

 

「? そう言えば、イチゴとゴローは?」

 

 よくよく周りを見ればブリーフィングの最中だったらしく、当然デルフィニウムに乗るイチゴとゴローもいる筈なのだが、その二人の姿は確認できない。

 何故か、言い知れぬ不安が胸から込み上げ、頭の中に最悪の予想が構築されてしまう。

 何気なく聞いた途端にブリーフィングルームにいる13部隊が揃いも揃って言いづらそうに、

 しかも悲観めいた表情まで浮かべたのだ。

 そう思ってしまうのも致し方ないだろう。

 

「今のところは大丈夫。まだ二人は死んでないよ」

 

 そんなヒロを察してか、ゼロツーは二人がまだ生きていると説明した。

 今のところは、と言う部分に引っかかりを覚えるものの、とりあえずきちんと生きている事実にホッとヒロは安堵する。

 

「ナナさん。イチゴとゴローが叫竜の中に入ってどの位になる?」

 

 事前にヴォルフからデルフィニウムがパイロットと共に飲み込まれた報せを聞いている鷹山は、事態発生からの経過時間をナナから問い掛けた。

 

「既に一時間以上は経ってるわ。でも、救出することは不可能よ」

 

 ナナはまだ事情を知らないだろう二人に説明した。聞き終わった鷹山とヒロの表情は驚くほど一致していた。

 悲観と苦々しく焦びり付く焦燥。助けたくても助けることができない絶望感がナイフのように心を抉り、自身がいかに無力であるかを嫌でも知らしめる。

 鷹山も過去何度も似たような経験をしてはいるが、それでも慣れはしない。

 どれほど害を成す悪しき獣を殺したとしても、それでも人はその牙にかかり死んでしまう。

 いつだって、後悔の連続だ。

 そして今、この瞬間も自身の後悔の一つとして

 背負わなければならない枷になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士の言葉が無ければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心しろ。まだ助ける手立てはある。通信をデルフィニウムに繋げろ。デカブツの中にいる二人にも聞いてもらう必要があるからな」

 

 相変わらずの態度で、彼は悲嘆で沈黙した空気の中そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こちらデルフィニウム!! 私もゴローも無事です! 特にこれと言って大きな怪我も異常もありません!」

 

 作戦本部からの通信。希望が見えたやも知れぬその一筋の蜘蛛の糸に縋り付くかのように声を張り上げ、イチゴはハッキリと応答した。

 

『二人のバイタルはこちらでも確認しているが

 念の為だ。とにかく無事で何よりだ』

 

『イチゴ! ゴロー!』

 

 ハチに続いて聞こえて来たのはヒロの声。

 

「ヒロ……すまない。ミスった」

 

「まだデルフィニウムが動くから何とか出ようとはしてみたんだけど……デルフィニウムの手と足が触手っぽいのに絡まれて動けない」

 

『そうか……けど安心してくれ。助ける手立てがあるんだ』

 

『そういうことだ。きちんと聞いておけ』

 

 ヒロに続くように聞こえて来た士の声に二人は疑問が浮かぶ。

 二人は士とはまだ初対面で、しかも顔も声も聞いたことがない為、そう思うのも当然だ。

 

『門矢士だ。まぁ協力者と思えばいい』

 

 自己紹介を軽く済ませた士は、本題に入る。

 

『これから俺達はお前ら二人を救出する。但し失敗すれば……全てが叫竜の自爆と共に消え去る』

 

 士は、イチゴとゴローに自分達を外界から隔離する形で捕らえている叫竜がどのような存在なのかを説明し、その上で救出作戦における概要とリスクを伝えた。

 

『まず、お前らがいる叫竜の内部……その外側で叫竜自体を守ってるアマゾンをどうにかする必要かある。その為に必要なのはあのアマゾンを相手に拮抗できる戦力だ』

 

 まず第一として挙げたのはマンモスアマゾン、ヴィスト・ネクロの幹部ファントの存在だった。

 彼は今も叫竜を守っており、しかも士によれば高性能な光学迷彩の能力を持った小型の叫竜を何体か配備しているらしい。

 あの時、ファントが景色から突如として浮かび上がるかのように出現する現象の正体は、その叫竜によるものだったのだ。

 幹部としてのファントの実力に自他共に姿を隠蔽することができる叫竜の組み合わせは、厄介という言葉を当て嵌める以外にないだろう

 

「お前達で相手をするのは無理だ。鷹山もヒロもこのザマだ。となると一番有効なのは……俺と言うことになる」

 

 士は、通信の向こう側で自信に満ちた言葉と不敵な微笑みでそんな事を宣うが、ディケイドとしての彼の実力を知らない者からすれば、疑念を孕んだ訝しい視線を送ることは間違いないだろう。

 実際に鷹山やコドモたち。ハチも、ナナも、それに近い感情で士を見ているのだから尚更である。

デルフィニウムの中にいるイチゴとゴローもだ。

 

「仮にお前が相手できるとして、叫竜が爆破したらどうするんだ?」

 

 一番厄介で危険極まりないのは、やはり叫竜の方だろう。一度の爆発でコロニー全体を覆い尽くすほどの威力を秘めているのであれば、このプランテーションもただでは済まなくなる。

 こちらから不用意に手を出し、敵に知れて起爆されたら元の木阿弥だ。

 しかし、これに関しても士は自信有り気に言う。

 

「心配するな。奴等の目的はあくまである男の発見、ひいてはアマゾネストの運用実験データの収集だからな」

 

「アマゾネスト?」

 

「コイツらが戦ったあの黒いアマゾンだ」

 

 親指で鷹山とヒロを指しながら士は言う。

 

「アマゾネスト計画。絶対的に従順であり、倒されたとしても際限なく増殖するアマゾンの兵士。それがアマゾネスト。アマゾネスト計画ってのはコレを造って運用させる企みって訳だ」

 

 凝ったような専門用語や知識を持ち要らず、簡潔にどのような存在であるのか。分かり易く教えた士だが、内容が内容だけに皆信じられないといった面持ちと懐疑的な目で士を見て来た。

 

「際限なく増殖する……具体的にはどんな風に?」

 

 鸚鵡返しにハチが質問する。

 アマゾンがどのように生物として増えるのか、と問えば二つ方法がある。

 

 一つは、雌雄間での有性生殖。

 

 人間や大抵の動物のように雌雄同士の交配によって子孫となる個体を産む。この場合、通常の生物は精子と卵子の結合によって子供が生まれるのだが、純粋なアマゾンには精子や卵子といった生殖細胞がない。

 その為、その代わりとなる増殖細胞という特殊な細胞を使って子を産む。

 

 もう一つは、無性生殖。

 

 アマゾンが微細な単細胞でしかない細胞状態で寄生した生物の中で分裂していき、一方は外へ。もう一方は宿主を殺す形で宿主の遺伝子を得て、その意匠を取り込んだ獣人形態へと変化する。

 

 士の言った増殖というのは、無性生殖のソレであるのだが過程は全く異なる。

 

「アマゾネストには普通のアマゾン細胞とは違う特殊なアマゾン細胞があってな。奴等は容原性アマゾン細胞と呼んでる」

 

「容原性アマゾン細胞?」

 

「本来なら持たない筈の感染能力を持ったウィルスに近いアマゾン細胞って奴だ」

 

 疑問符混じりに言葉を反芻するハチに士はそう答えるが、内容が内容だけに鷹山は懐疑的な声を挙げる。

 

「馬鹿言うな。アマゾン細胞に感染能力なんかねぇよ。仮に作ろうとしても色々弊害があるんだぞ」

 

「普通ならな。だが連中は完成させた」

 

 にべもなく、士は断言する。

 

「感染された人間はあの黒いアマゾンになる。しかも、アマゾン同士の共鳴能力を強化・応用した生体ネットワークで経験・情報を共有している。例え1匹殺しても、そいつの見た聞いた、もしくは感じた事全てが他のアマゾネストに行き渡るって寸法だ」

 

 群による特殊な生体ネットワークを構築。共有する事が可能な端末としての役割を有した兵器。

 しかも、感染することで無限且つ僅かな時間で増殖できるなどもはや地獄と称して憚らない程の悪夢でしかない。

 

「……もしかして、カエデさんも、……感染させられて、ああなったんですか?」

 

 ヒロの質問はふと頭に過った予想でしかなかった。できることなら間違って欲しいと言う思いもある。

 

「違う。カエデは感染させられてなんかない」

 

 出されたのは、否定の言葉だった。

 

 そして次に出た言葉はヒロにとって……士にしてみても最悪のものだった。

 

「だが、生きてないのは確かだ。アイツは喰い殺された筈だ」

 

「……え? ま、まさかそんな……」

 

「アイツらには厄介な能力がもう一つある。人への擬態だ。経口摂取した人間の血か体組織、身体なら何処でもいいが。そうやって取り込んだ相手の遺伝子を基に擬態の姿を作り上げる。顔は勿論体格や体臭

、記憶や仕草も完全にコピーできる……厄介だろ?」

 

 まるで同意を求めるような催促だったが、ヒロは愕然とした表情になり顔色が青褪めた。

 顔を見知った程度とは言え知り合いになった人が喰われ、その本人に成り変わっていた事実に困惑とショックを隠し切れなかった。

 あの時、初めてカエデを見た時は確かに人間だった。アマゾンの気配も匂いも、何もない只の人間だった筈なのだ。

 士の言う事が真実であるのなら、自身の感知能力というレーダーを難なく掻い潜り士に指摘されるまで、騙せていたと言う事に他ならない。

 

 災厄。

 

 そんな二つ文字がヒロの頭の中に浮かんだ。

 

 あまりに狡猾でタチが悪い。巧く利用すれば組織や施設の中に容易く入り込め、完璧な変装で他者を欺き、テロ行為や諜報工作を難なく実行されてしまえる。

 その結果として齎されるであろう惨劇を想像すれば……二文字の言葉は決して、安直な発想の産物ではないのだ。

 そこまで考えに至ったヒロは何か意見しようと声を上げようとする。が、それを士が手を翳す形で待ったと止める。

 

「まぁ、落ち着け。今のところ試作体が二体だけだ。他にはいないし、まだ量産もされてない」

 

 何故そんな事が言い切れるのか。納得できるだけの根拠を挙げていないのだから、単なる戯言と切って捨ててもいい。

 しかし。士の表情には確かな余裕というものがあり、それが何故かヒロにとってこの男の言葉が只の戯言ではないのだと。

 そう思わせてしまっていた。

 

「だからとりあえず、コイツらの件に関しては置いとけ。今は仲間の救出だろ。そこを間違えるなよ少年?」

 

 小馬鹿にした様子で士は腕を組み、不敵に笑う態度こそ悪いが、士の言い分も強ち間違いではない。

今、この場においての議題は叫竜の中にいる二人の救出だ。

 ヒロはアマゾネストの話を聞いて自分が遭遇した以外の別個体がいる可能性を危惧し、士の能力でもう一度コロニーに戻り、アマゾネストを索敵・殲滅しようと考えていたのだ。

 

 それ自体は間違いではない。

 

 だが、今から仲間を救出しようと言うこの場の流れ、ひいては13部隊の一員としては正しくないだろう。

 救出の対象を仲間の二人からコロニーの内部の住民へ摩り替えて取るのであれば、それは仲間を見捨てたのと同じことなのだ。

 それにAPEに属するパラサイトという点を踏まえればいかに協力関係にあるとは言え、最終的に守るべきはプランテーションの都市とそこで暮らしているオトナであって、優先順位としても間違っている

 ヒロの言おうとした、また実行に移そうとした事はある種の自身の立場を放棄したと見做されても決しておかしくない行為。

 悪意ある判断ではなかったのは違いないが、それでも。直情的な思考に従ってしまったのは事実だ。

 自分の失態に気付いたヒロは、羞恥と罪悪感のから視線を下へ向けて俯いてしまう。

 

「分かればいい。それじゃ話は少し逸れたが……説明してやる。デルフィニウム救出作戦ってヤツをな」

 

 やはりそこに翳りはなく。自信と余裕の2つを併せて、士はそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「ん? なんだ、アレ……」

 

 自身が指揮を取る小型叫竜。その背中に当たる部位に立って乗り、更には叫竜のステルス能力を利用し姿を完全に消し去っているファントの視界にある物が入り込んだ。

 

 最初は13部隊のフランクスかと思ったが、すぐにその考えを破棄した。形も大きさも違う。

 フランクスと比べて大きさは小石と人の差があり、全く人型ではないのも挙げられる。

 

 なら、ソレはどういった形なのか。

 

 そう問われれば大抵の人間はこう答えるだろう。

 

 人1人が乗れる大きさの二輪車……バイク、と。

 

「まぁ、なんで、あれ、……壊す!」

 

 その宣言を合図として受け取った小型の叫竜一体が尖兵の役を担い、こちらへと近付いて来る目標めがけ、突撃を開始した。

 ファントは小型叫竜の視覚を共有することが可能だ。これは彼だけに限らず幹部のアマゾンに与えられた、叫竜を操作する上での特権のようなものだ。

 叫竜の視覚を借りることで改めてシルエットを把握する事ができた。やはりバイクだ。

 ただ問題はそのバイクに乗っている何者かだが、妙な姿としか言いようのない姿だった。

 クワガタを彷彿とさせる頭部に備わった角。

 身体の上半身は緑色で、硬く金属光沢を放つ外骨格のようなモノで覆っている。

 顔はまさしく昆虫のソレで上半身と同じく緑色の複眼が陽の光を反射して輝き、鋭いエッジを有する昆虫の口部を模したクラッシャー部位。

 

 まさしくそれは異形だった。

 

 しかしファントの感知能力がアレはアマゾンではないと。そう告げているのだ。

 

「同類、じゃない。何者……だ?」

 

 考えても答えは出ない。元より頭を使う方ではないファントは、すぐさま思考を切り替え、目標の殲滅のみに専念した。

 

「ふん。隠れたつもりか?」

 

 叫竜の聴覚がバイクに乗るその異形の吐き捨てた言葉を拾う。

 

 そして、次の瞬間。

 

 何かが高速で風を切る。それは高密度の特殊なエネルギーが凝縮された、一筋の矢だった。

 矢の向かう先は……ファントの意思に従い目標めがけ攻撃しようと接近して来た叫竜本体。

 そのコアを叫竜の硬い装甲の如き外骨格から肉を裂いて貫き、叫竜の生命活動を刹那の間に停止させてしまった。

 

「ッ!! なんだ、アレは!」

 

 何故目には見えない筈の叫竜の位置を正確に把握し、そのコアを破壊できたのか。

 注目すべき所ではあるが、それよりもファントの両の目は緑色の異形が右手に持つ“ソレ”へと向けられ注がれていた。

 

 同時に一種の警戒を脳内に無意識に響かせた。

 

 ソレは、俗にボウガンと呼ばれるもの。よく似た形状のものは東洋において弩があるが、手にしているボウガンは弩に比べると小型仕様で片手で持てる大きさとなっている。

 形こそ銃器に似ているが矢と同じで弦を引く為弾の代わりに矢を放つ武器だ。

 もっともこのボウガンはただのボウガンではない。

 

 ペガサスボウガン。

 

 ディケイド固有の能力である『カードを媒介にした他の仮面ライダーの姿と力を再現できる二次変身』により、ディケイドが変身した古代の仮面ライダー『クウガ』。

 その四つある形態の一つ『ペガサスフォーム』の姿になることで使用可能となる武器だ。

 白兵戦や接近戦主体の奇襲攻撃における使用には向かないものの、五感を鋭敏に研ぎ澄まし、極限にまで高まった感覚をレーダー化。

 そうすることで姿の見えない対象や遠く離れ過ぎた距離にいる対象

。いかなる敵であろうとも即座に索敵、発見することができ、その際に放たれるエネルギーの矢は決して対象を逃さず。

 

 その命を射止めてしまう。

 

 ペガサスボウガンによって撃たれた叫竜は生命活動が停止したことでそのステルス能力も解かれ、目では見えなかった真の姿が露となってしまった。

 全体的なフォルムは、六角形をしている。上は平らで人や物を持ち運べるようなスペースとなっており、下には昆虫を思わせる先の尖った計6本の脚部。

 顔と思わしきモノもあり、一対の楕円形型の複眼と歯車を二つ左右に組み合した独特な口部という具合で、顔から近い位置にある上下の間にある側面には下と同様に昆虫フォルムの脚部があった。

 右が鋏状で、左が丸い玉状といった風変わりなものではあるが。

 更によく見れば6本ある脚部の内2本以外は少しばかりハミ出してはいるものの、身体の中に収納されており、おそらく飛行する為に邪魔なのだろう。ディケイドはそう推測した。

 

「この姿の時は耳やら目が良くなり過ぎるんでな。足音みたいに地面と接触しながら移動する音が聞こえなかったから、宙に浮かんでるのはすぐ分かった。ついでに、こっちに近付いて来てたこともなぁ」

 

 声の雰囲気の中に挑発さを滲み出すディケイドの淡々とした説明口調。それは勿論、叫竜の感覚を借りて耳に入っているファントに向けてのものだ。

 

「一撃でデカい遠距離攻撃なら、仕留められないにしても瞬殺はなかったぞ? ご自慢の兵隊はその程度か。マヌケ象」

 

 おまけに遠回しではなく、真っ直ぐな挑発つきで。

 

「殺せ」

 

 辿々しい口調だったにも関わらず、紡がれた殺意の言葉は素早く、実に冷静で簡潔なものだった。

 舐められた事に対する怒りでそうなったのか。

 真実はどう仮説を立てても分からないが、少なくとも可能性的には真実に迫っているのかもしれない。

 ともあれ、そんな彼の指示で今度は三体一度にディケイド・クウガめがけ接近。

 それを知った彼は鼻で笑う。

 

「芸がない……何ッ?!」

 

 しかし、それは間違いだった。

 

 ただ接近して来たのではなく、一気に破裂したのだ。

 完全な不意打ちにディケイド・クウガは受け身が取れず、爆風の衝撃波によって身体が打ち付けられると共にバイクから身を宙へと放り投げてしまった。

 

「グゥッ! ハッ……やってくれる」

 

 衝撃波と地面への落下によるダメージが重なり、クウガから元の姿であるディケイドへと戻ったがそこに間髪入れず、仰向けに倒れたディケイドへファントの鉄拳が襲いかかる。

 

「外した、か」

 

 突然の打撃に対し、身を左横へと捻り転がす事で何とか回避できた。

 

「お前、アマゾン、じゃない。だが、人間なのに変な匂い、が、する」

 

「人を加齢臭漂わせてる中年おっさんみたいに言うな」

 

 そう苦言を漏らしつつ、素早く態勢を立て直したディケイドは自身の専用ツールにして武器であるライドブッカーをソードムードに変形させ、ファントへと斬りかかる。

 回避も防御も取らずに何故か直立不動という、自滅に等しい理解不能な行動に出るが、その意味はすぐに分かった。

 

「その、程度、か?」

 

 かなり硬かったのだ。

 ファントのアマゾン細胞によって形成された三層の皮膚組織。一番の上の層はあらゆる攻撃を通さないほど硬く、二番目の中間の層は内部に伝わる衝撃を分散させる柔軟性を秘める。

 最後の下の層は内部へ銃弾などの異物が侵入した場合、それ以上の侵入を防ぐ為、異物を溶かして排除する強力な酸性の分泌物を出すことができる。

 

 外と中。双方において優れた性能を誇る“厚皮の盾”と言えた。

 

「チッ!」

 

 思わず舌打ちが吐き捨てられた。

 

 ディケイドは後方へと間を作るように跳び、一定の距離を作ろうとしたが、それを後ろからの攻撃によって阻まれる。

 

「がぁァッ!!」

 

 まるで、何かが思い切り体当たりでも繰り出して来たかのような、とにかく重い何かが自身へと衝突する感触と共に衝撃によって前のめりに吹っ飛ばされてしまう。

 

「……」

 

 自身の足元にまで倒れ込んで来たディケイドの背を、ファントは無言で。淡々と足の裏で踏みつけ押さえる形でその身動きの全てを封じた。

 

「ぐあああッ!!」

 

「終わり、だ」

 

 ディケイドが何者なのか。気にならない、と言えばそれは嘘になるが今はクラゲ型叫竜の護衛が最優先事項。

 それに確実にこの男を捕らえておけるだけの設備もない。何かあってからでは遅いのだ。

 ならば……ここで、この瞬間によってその命を奪う方が合理的だ。

 死の宣告を口にすると共に、ファントは左腕に力を限界値まで収束させる。そして、それを一気に降下。狙いは人体における胸の部位の中心……すなわち、心臓だ。

 

 命中するのは確実。

 それが現実となれば、あまりの威力に即死か。そうでなくとも再起不能レベルのダメージを負うことは避けられないだろう。

 

 

 

『ATTACK RIDE:ILLUSION!!』

 

 

 そんな状況の中でディケイドライバーから男性を思わせる低い声ながらも、代わりにやたらとテンションの高い電子音声が奏でられる。

 

「!! ッ」

 

 そして次の瞬間に起きた光景を目にしてしまったファントは自身の視覚は正常なのか。

 思わずそんな疑問を抱かずにはいられなくなる現象が、たったこの瞬間において引き起こされた。

 なんと。地べたに倒れ伏しファントの巨足に押さえられ、踏み付けられていた筈のディケイドの姿がまるでモザイクのように無数の四角い升目状の赤い物体となっていき、最終的に影すら残さず、その姿を消失させたのだ。

 

『KAMEN RIDE:OOO SAGOOZO!!』

 

 また聞こえるディケイドライバーの電子音声。

 それに反応したファントはその方向へと振り返るが、既に遅かった

 ファントの周囲の空間ものものがまるで物理的に重くなったかのような変化を起こし、ファントの左右両方の手と膝を地面へと付かせ、その自由を奪う。

 

『グゥッ! なんだ、コレ、はァァァァァァァァァァッッッ!!!!!』

 

「重力系コンボの力だ。まぁ、言っても理解できんだろうがな」

 

 この現象の正体は、ディケイドだった。

言っても、ついさっきまでファントによって倒れ伏していた方ではなく、“本物のディケイド”だ。

 アレはディケイド固有の能力によって作られた質量を伴った分身体に過ぎない。

 そして、その姿は本来のディケイドとしての姿でなければ、ましてやクウガでもない。

 

 仮面ライダーオーズ。

 

 欲望の力を秘めたメダル3枚を用いてコンボの力を引き出し戦う、仮面ライダー。

 基本形態であるタカの赤いメダルとトラの黄のメダル、バッタの緑のメダルを使用することによって成る『タトバコンボ』ではなく、灰色や銀といった色合いで統合された重量系メダル。

 サイメダル。ゴリラメダル。ゾウメダル。

 この三つによって変身するパワー特化コンボ、『サゴーゾコンボ』だ。

 しかも、ただ筋力が上がる訳ではない。

 このサゴーゾコンボには、ある固有能力が備わっている。

 

 それは……。

 

「重力操作。これがお前の身に起きてる現象の正体だ」

 

 ディケイド・オーズは、二の腕まですっぽりと包まれたガントレット状の打撃系武器『ゴリバゴーン』の左右双方を突き出した格好でそう不敵に解答を曝け出した。

 サゴーゾコンボは重力を操り、相手を無重力状態にすることができれば、その逆、重力を加圧することで行動の全てを抑止。又はそのまま押し潰すことも可能だ。

 ゴリバゴーンを基点とし、そこから重力を放ち、ファントのいる位置周辺を力場にすることで今の状況を作り出しているのだ。

 

「さて。これでもうお前は動けない。残りは……なるほど。そこか」

 

 何もない所に向けて、左はそのままに右腕のゴリバゴーンから重力の奔流を放つ。

 

 その重さは350t。

 

 しかも速度による勢いを考えれば、ただでは済まない。無論、放った方向の先に何もない訳はなかった。

 

 ガァァアンッッ!! 

 

 金属が強い力で何かに激突したかのような音が響き渡り、先程仕留めた叫竜と同じ形態の個体が姿を現した。

 もっとも、元と比べて、かなり歪んで変形し命を消失させているが

 

「今だ。行けお前ら」

 

 ディケイド・オーズはそう言い、自分とファントがいる位置から反対方向の位置にオーロラカーテンを展開。すると、そこから現れたのは、デルフィニウムを除く計4体の13部隊のフランクス全機だった

 

「行くぞ、みんな!!」

 

 そしてストレリチアの中には……未だ回復していない筈の、ヒロの姿があった。

 

 

 

 

 






カメンライドにクウガとオーズ・サゴーゾを出した理由は、隠れたり遠く離れている敵を極限に高めた超感覚で見つけられるのと、オーズ
のサゴーゾは象がモチーフに入っている為です。
マンモスは象っぽいと言うか、先祖に当たる動物が象と同じなのですし、そしてパワータイプでもあるのでピッタリかなと。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デルフィニウム救出作戦 part3






今年最後の投稿……間に合って良かったです。

ダリフラの漫画もあと2話。もう少し、続けて欲しかったです。色々とありましたが、どうか良いお年を!

これからも応援よろしくお願いします!!







 

 

 

 

フランクス四機。

13部隊それぞれの特性を有するフランクスたちは全速力で、足元に装備されているブースター機能をフルに使用し、荒野を疾走する。先頭を行くストレリチアは、その中にいるヒロへと声をかけた。

 

『そんな身体で平気? ダーリン』

 

「は、はは……正直言うと、キツい、かな」

 

ヒロが受けた毒性物質によるダメージは、未だ回復には至っていない。

玉のように浮かんでは次々と流れ落ちていく汗と、上下に肩が揺れ荒く吐き出される息。

顔色もあまり良くない事を入れれば、素人目でも、彼の身体が決して良好状態ではない事が分かる。

 

「けど、さっきよりは少し良い。それにあの時に比べたらまだマシな方だよ」

 

強がりではない。

感覚としては確かにあの時、26部隊との共同戦線前の、ゼロツーから貰ったあの痛みが、今感じているものよりも、ずっと苦しかったのは事実だ。

 

『そっか』

 

ストレリチアは短く、そう呟いた。

淡々としたものだけれども、何処か嬉しそうに聞こえるのは、単にヒロが個人的に感じるニュアンスに過ぎないのか。

 

『にしても、本当に上手くいったね』

 

「でもまだ序の口だよ。本番は、ここからだ」

 

そもそも何故、ヒロがここにいて、2人の救出作戦に参加しているのか。それを問えば、門矢士から作戦の概要を聞いてた時間まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「まず、さっきも言ったが、俺がファントとらと取り巻きの足止めをする。ついでに囮もな」

 

士は作戦説明の開口一番に、そう宣言する。

 

「囮って、引きつけるってこと?」

 

「ああ。俺ならその二役をこなす事ができる」

 

ナオミの問いに士は傲岸な雰囲気を崩さず、それがまるで息を吸って吐いてする位に当然だと語っている風情にも思える。

 

「……はっきり言って、ボクは信用できないな」

 

そんな士のことが癪に障ったのか。いや……事実、癪に障ったのだ。

彼女の表情から滲み出る、負の感情は露骨な敵愾心と疑念が凝り固まったように、不機嫌そうな、ある種無言の喧嘩をふっかけているに等しい剣呑さを孕んでいたからだ。

それを分かってはいる士だが、敢えて、その事についての言及をスルーする。

 

「信じられないのは結構。納得して貰うつもりもないが、お前達だけでどうにかできるのか?」

 

「ッ……」

 

士の言葉にゼロツーは反論しようとする姿勢こそ見せるが、それを喉の所でグッと。押し殺して黙ってしまう。

ゼロツーは戦いというものをよく熟知している。だからこそ、相手と自分の力量を見極める事に長けている。

仮にヒロが万全だったとしよう。

メンバーにストレリチアが入ったとして、あのアマゾンには勝てるか、と問われれば……。

 

答えは『不可能』

 

最も相手が叫竜であるのなら、力量差など、お構いなしに立ち向かうだろう。

アマゾンとなると、勝手が違って来るばかりか、“ゼロツーにとっての獲物には成り得ない”。

 

「まぁ、とにかくだ。俺が陽動の囮と抑え込みを担ってる間にお前らは叫竜目指して真っ直ぐ突っ切るように行け。そして、上手く敵の腹の中へ入り込め」

 

「入るって……どうやってよ?」

 

ミクが疑問符を浮かべる。士は率直には答えず、ゼロツーへと視線を向けた。

 

「お前なら、分かる筈だ」

 

「……」

 

士の言葉の意味が分からず、コドモたちに加えてナナとハチも、士の意図が分からないと言った様子で懐疑的な表情を作る。

唯一、鷹山だけは何処か納得したものだが。しばらく沈黙を貫いていたが、これ以上は埒が明かないと思ったのか。

ゼロツーは、その口を開いて解答を述べる。

 

「あの形の叫竜は、前に二回相手にしたことがある。さすがに爆発するなんてことはなかったけど、共通点があった」

 

記憶の中にある同型の叫竜の共通点。それは本当に仔細なもので、戦闘では特に役立たない為に片隅に置いて忘れかけていた。

が、今はそれが、デルフィニウム救出において必要なものだった。

 

「天辺の部分に人一人分が通れる噴出口っぽい穴があるんだ。多分、あいつも同じのがあると思う」

 

「そこから侵入するって言うの?」

 

ナナが真偽を問うかのように視線を投げる。

ゼロツーが言った『人1人分』とは、文字通り人間1人でやっと通れる、と言う意味だ。

つまり、フランクスでの侵入は不可能なのだ。

 

「まぁ……ね。中に入って2人を助けるなら、それしか……」

 

『危険過ぎるッ!!』

 

間に入るように通信越しの声が響いた。

それは、他でもないイチゴのものだった。

 

『フランクスもなしに誰かを1人、叫竜の中に向かわせるなんて……正気じゃない!!』

 

迸る声に誰もが圧されていた。必死になるのは当然だ。人1人が叫竜の中へと入ったところで、どうなると言うのか。

フランクスで入るなら話は別だが、どう考えても、この計画は何もかも破綻している。

 

「無謀には違いないな。が、やる価値は十分にあると思うが?」

 

『……どういうことよ』

 

さも当然に言う士に対して、イチゴは剣呑な声でその是非を問い質す

。それに対応している士は、あくまで余裕だが。

 

「今お前達がいる位置は何重にもある層の中の一番奥側…可燃性の液体じゃなく、純粋な体液が溜まってる場所だ。そこなら、ちょっとした威力の爆弾を使おうが起爆する危険性はない」

 

「……アレか? ようは中に一人が入って、爆弾かなんかでデルフィニウムを縛ってるモンを破壊する」

 

瞬間。全員が驚愕すると共に、背筋にぞわりとした感覚が撫で奔るような悪寒に襲われる。

 

どう考えても危険過ぎる。

 

生身の状態で、そんな芸当ができるのはアマゾンであるヒロと鷹山しかいないだろう。

尤も、仮に二人のどちらかがやるにしても、今の状態では、それも不可能だが。

 

「まぁ、そうだな」

 

「なら認めないぞ」

 

にべもなく、鷹山は断言する。

 

「俺とヒロ、あるいはどっちかがやるってんならいいが、こいつらは只の人間だ」

 

「訓練してるんだろ? なら賭けてみるのも一興だ」

 

 

ガシッ。

 

士の胸ぐらを鷹山の手が掴み上げる。

ひしひしと感じる手の力は、決して士を逃がそうとはせず、多少抗った程度では振り解けない事を容易に想像させる。

簡潔に言えば、鷹山は今、確実にキレている。

 

「お前には、合理的な判断をする思考が搭載されてねぇのか? 無理なもんは無理だって言ってんだよ」

 

「賭けてみる必要性を言っただけだが?」

 

絶えぬ士の、戯言と断じかねない言葉に鷹山は胸ぐらを掴む手に更なる力を込める。

まるで、もう限界だと悲鳴でも上げているかのように掴んでいる部位から、力で無理やりているような引き千切られる音と共に、糸が二本ほど飛び出る。

このまま行けば、服の一部を…どころか、全身 に纏う服を引き裂く形で剥ぎ取ることも、力の加減次第では容易に出来きてしまう。

 

「そもそも、お前の妙な力でやりぁ問題解決だろーが。制約がある、とか。今更そんなんで誤魔化すなよ?」

 

「別にそういったもんはない。それで誤魔化す気もな。だが、あくまでこれは、お前達の戦いだ。俺がするのは、その手助けに過ぎん」

 

その視線だけで殺せるかもしれない。そんな根も葉もない妄言を、他人の口から出しかねない程の鷹山の眼光を前にしても、士の態度が崩れるような事はない。

やはり、不敵な顔で対応するのみだ。

 

「……」

 

「俺はどんな事でも聞いて叶えてくれる神様でもなければ、お助けマンでもランプの魔人でもない。ただ旅をする通りすがりの仮面ライダーだ」

 

仮面ライダー。

 

その言葉にほんの僅かだが、痙攣するかのように身を震わせ、眼光をより強めた鷹山の反応をヒロは見逃さなかった。

 

「それに、別に俺は13部隊のガキどもの誰かに行かせるとは、一言も言ってないぞ?」

 

「……はぁ?」

 

堪らず、不意打ちを突かれたとばかりに鷹山の口から、間の抜けた声が出てしまった。

とは言え、仕方ないだろう。

誰か一人をデルフィニウムがいる叫竜の中へ送り込み、デルフィニウムを拘束から解放・救助するという話なのだから。

当然、その役は13部隊のコドモだと思うのが筋である。

しかし、どうやらそれは違ったようだ。

 

「そこの赤いのに行かせる、と言ってる」

 

「ボクが?」

 

赤いの。そう言った士が視線を鷹山から逸らすと、その先にいたのはゼロツーだった。

色と視線からして、どうやら間違いと言う訳ではないらしい。

 

「確か、そいつは正式な部隊のメンバーじゃない筈だ。何も間違ってはいないだろ?」

 

「……ガキを行かせるな、って言ってんだよ俺

は」

 

「そいつはまた随分なお笑い話だ。今までアマゾンやら叫竜やら、化物の相手させておいて、よくそんな台詞が出るもんだな」

 

士の正論は事実だ。

鷹山はコドモたちが戦う事を否定はしない。現にアマゾンの駆除や、自身の戦い方を対叫竜戦へと応用した訓練等、様々な面において、鷹山は戦う為の全てを教え込んだ上で、死地へ赴かせている。

だが、それは状況に対応できる判断力と身に襲いかかる危機に対処する為の技術と武器や道具。

そういった生存率を上げる対策を持たせた上で、だ。

 

「液体の中じゃ武器は使えない。ギガ専用武装でもな。爆弾なら使えるが何の危険もない保証がどこにある? デルフィニウムを捕まえてる触手が他にある可能性は? そもそも、体液が有害な毒だったら? そういったことを頭に入れてから物言いしろ」

 

そう言って、鷹山はぞんざいな扱いだが、ようやく手を離す。

 

「逆に聞くが、そんな悠長な事を言ってられる余裕があるのか? 爆発しないにしてもデルフィニウムの生命維持はそう長くは持たないぞ」

 

皺でクシャりと歪んだ胸元を伸ばして直しつつ、鷹山の言い分に士は反論する。

 

「……やるよ」

 

ポツリと。ゼロツーの口から言葉が漏れる。

 

「時間ないんでしょ? あんまやる気が起きないけど、まぁ、一応は仲間だしね」

 

気怠げにそう言う彼女だが、ふざけた雰囲気等一切ない真っ直ぐな瞳で士を見る。

 

「大口叩いんだから、囮。ちゃんとやってよ」

 

「上等だな」

 

ゼロツーの不敵な微笑みと挑発。それに対し士は、まるで煽るかのように不遜な嘲笑で、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。なるほど……こいつは、随分な賭けに出たもんだ」

 

無数の円筒状が屹立し、左右に二列を成して並ぶ広い空間。

丸い照明があるものの、大した光力を持たない為に薄暗く、更に円筒状の窓らしき部分からは緑と紫、更には赤の妖しい色彩で染まった光が漏れており、それはまるで、得体の知れない不気味な空気を演出させているかのように感じる。

その中央。人が通れるように敢えて空けられた一筋の幅を少女、ブラッドスタークが歩みを進めながら、一言零す。

様子から察するに“向こう側にいる自分の分身体”から得られる情報を吟味し、整理しているようだ。

 

「……かなり心配だが、まぁ、仕方ない。あの忌々しい破壊者気取りも13部隊のコドモたちの犠牲は避けたい筈。ここは、様子見に徹するのが妥当だな」

 

独り言の口数を減らさず、尚も歩みを止めずにスタークは進んでいく。

 

「それに13部隊には、“人らしい人間”として成長しなければ意味がない。これは、その為の過程……試練とでも受け取るべきか」

 

やがて、足を止める。

目の前に重厚な特殊合金で出来た自動ドアが待ち構え、それが左右へと開く。

その先には先程の円筒状の物体があった空間よりも更に広く、黒一色のガスマスクと防護服を

身に纏う作業員が右往左往と忙しげに業務をこなし、再びその中をスタークは歩いていく。

作業員たちは現れたスタークに一礼する者もいれば、素通りしたり、あるいは様々な視線で見て来るなど。対応は様々だ。

その全てを無視してスタークは、ある人物がいる部屋へと訪れる。

 

「ご苦労様プロフェッサー。どう? 溶原性細胞の様子は」

 

「はっ。順調にございます」

 

資料を手に、スタークに向けて目上に対する礼節的口調と一礼で答えたのは、ヴィスト・ネクロの幹部、プロフェッサー。

 

「溶原性細胞の改良により、これまでの欠点はほぼ解消され、その感染力を利用した増殖で、アマゾネストを量産させることが可能の筈です」

 

「筈、か。まぁ実験がまだだしね。結果は追々分かるか」

 

頭を掻いて、やや溜息を吐きながらスタークは眼前にあるソレへと手を添える。

一見すると、内部に液体の詰まった円柱型の透明なガラス製と思わしき、5mほどの大きさを有する容器だ。

 

液体の色は、緑。赤。紫。

 

緑の中に赤と紫が絡み合うように隣接しているが、決して混ざり合うことなく、それぞれが淡い光を放つ奇妙な液体で満たされていた。

恐らく、あの円筒状の中にあったものと同じ物だろう。

 

「赤は、アマゾン細胞を活性化させる特殊調合の高タンパク物質。緑はアマゾン細胞を気温や衝撃から守る保護培養液。紫は、アマゾン細胞を排除しようとする免疫機能を阻害する毒性を有し、感染者をアマゾネストへと造り変える、溶原性アマゾン細胞本体…だったかな?」

 

「はい」

 

スタークの言葉にプロフェッサーは端的に答える。

 

「この三つを合わせて、粒子状に放出する装置を使ってコロニーの全区画に散布するんでしょ?」

 

「ヴィスト・ネクロの計画では、その手筈通りに。しかし我々のものは……」

 

聞き手にもよるが、それはまるで、他には知られていない別の計画があるかのような言い回しだ。

そんなプロフェッサーの言葉をスタークは自身の言葉で上乗せする形で遮る。

 

「"障子に耳あり"って言葉知ってる?」

 

「……かつてあった、極東の国の諺ですね」

 

「知ってるなら結構。幹部あろう者が協力者に過ぎないボクにそうヘコヘコするもんじゃないよ」

 

軽い口調で笑いながら、近くにあったソファーに座り、傲慢さを惜しみなく出すかのように足を組んでは、両腕をソファーの背もたれの上にだらしなく乗せる。

バイザー越しに見える彼女の目は、何処か威圧感を覚えさせるものがあった。

 

「ああ……そうだな。すまん」

 

「まぁ、とにかく。ザジスとアレニスが良い報せを持って来るのを待つとするよ。作戦実行は、その後だし」

 

そう言って、スタークは気怠そうに顔を上へと向く。天井は特に何もない。

部屋全体を照らす照明が一つ、あるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

『いくぞ、うおりゃあぁーー!!』

 

ゾロメの勢い強い声がアルジェンティアから響き渡る。

アルジェンティアは両手を合わせるように交差させ、その上にストレリチアが舞い降りる。

 

そして。アルジェンティアは一気に押し上げる。

 

アルジェンティアの腕力に加えて、腰部と両足のブースターの推進力

。この二つによって飛び上がるストレリチアは、瞬く間に叫竜の噴出口へと辿り着く。

ゼロツーがいなくなればストレリチアは動かせない為、飛行能力を駆使して共に追随したクロロフィッツが動けなくなった機体を運ぶ役目で、側にいた。

 

『本当にあった……すごい熱気』

 

噴出口は丸みを帯びた十字状の肉厚の蓋で覆われる形で閉じていたが

、それでも僅かな隙間から内部で発生した高熱の蒸気が出ている。

恐らく、かなりの高温の熱を発生させ、体液を蒸気へと変換しているのだろう。

その際に生じる熱膨張を防ぐ為、内部の気体が一定以上になると、噴出口から出す。

概ね、そんな仕組みなのだろう。

 

「開けますよ」

 

ミツルがそう言い、クロロフィッツが噴出口の僅かな隙間から両手を押し入れる。

そうすることで肉厚を押し退け、噴出口の穴を強引にこじ開けようとする。

 

だが、柔らかい見た目に反し中々固かった。

 

このクラゲのような大型の叫竜個体は、本来ならば仲間の叫竜を収納し運搬する、そういった役割を持つ個体だ。

故に攻撃は大したことないのだが、その反面、防御力に秀でており、その方法は強靭且つしなやかな弾力性。

 

弾力とは、文字通り“弾く力”。

 

同時に元に戻ろうとするものだ。

 

無理に力を加えようとすれば、元に戻ろうと抗う故に厄介と言える。

 

『ぐっ……固い……』

 

『ボクもやるよ。気張って』

 

ストレリチアも加えて、フランクス二機分の力を利用し噴出口を開かせようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

グチュ……グバァァ……。

 

 

 

 

 

 

 

生理感を刺激するような生々しい音を奏でつつ、ようやく噴出口は開いた。穴はやはり小さく、人間なら一人分。フランクスなら手首の部分しか入らない大きさだ。

そんなものでも、ソレを覆う蓋は二人分のかなりの力で、ようやっとこじ開けるのが精一杯だった。

ストレリチアは無言でクロロフィッツに向けて頷くと、噴出口の蓋を閉じないよう固定したまま、表情が電子音を立てて消失。

 

ゼロツーが接続を切り、稼働停止になった証拠だ。

 

やがて、ストレリチアの顔が開き、コックピットの出入り口も開く。

赤いスーツはそのままに、頭を覆うヘルメットの顔部分に特殊防護ガラスが覆っており、視界確保と安全はこれで完了。

 

あとは、叫竜の内部へとダイブするだけだ。

 

「ゼロツー」

 

「ん? どうしたのダーリン」

 

いざ行かんとする瀬戸際に彼女のパートナーは、何かを伝えたいかのように真っ直ぐ、彼女を見る。

 

「やっぱり、君一人だけ行かせられない!」

 

「……え? うおッ?!」

 

殆ど不意打ちに等しいヒロの宣告だが、それが僅か数秒後。

現実のものになるなど、さすがのゼロツーも予想出来る筈もなく。

ステイメン専用の操縦席から立ち上がる暇もなく跳び上がったヒロはゼロツーの側まで来ると、そのまま彼女の手を繋ぎ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アマゾン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ステイメンの操縦席に“誰かが隠した”、ベルトをすぐに巻き付け、緑色のオーラと共にその身をアマゾン・イプシロンへと変身。

 

ゼロツーの手を握ったまま、噴出口へとダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「クッ、クク……フハハハ……まさか、本当にやるとはなぁ」

 

サゴーゾ・ディケイドの仮面の中で士は、笑いを堪え切れないとばかりに漏らし出す。

 

「まぁ、それでこそ、と言った所か。そうでないとサプライズしてやった意味がなくなる」

 

そんな独り言を零すが、尚も重力による力場を利用した拘束を解いてはいない。

 

『ウ、グゥッ……ウォォォォォォォォォォォーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!』

 

天に背を向けて倒れ込んでいたファントだが、突如として咆哮を上げ

、同時に重力の力場を一瞬で消し去る。

 

「ッ! ……なるほど。伊達に幹部じゃないってことか」

 

力場が一気に消失した衝撃でやや仰け反ったものの、すぐに立て直し、眼前で立ち上がる相手を見てはそんな言葉を零す。

 

「俺、幹部。お前ごとき、負けないぃぃ!」

 

「能書きはいい。来い」

 

ファントの宣告にサゴーゾ・ディケイドは挑発を兼ねて鼻を鳴らす。

それに敢えて乗り、ファントはその両足で重低音が響かせながら、ディケイドめがけ突進。

互いの打撃が通じる範囲まで両者が近づいた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二つの拳が同時に衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デルフィニウム救出作戦 Part4



遅くなってしまい、早一ヶ月。

難産でしたが、どうぞ!






 

 

ドボォン。

 

水面に何かが落ちた音。そして、無数の泡が発生し上へ昇っていく音。この二つがまるで二重奏の様に奏で、アマゾン・イプシロンとなったヒロの耳朶に浸透していく。

それが無事に叫竜の灼熱を有した気化熱層を突き抜け、液体の層へと到達できた事を意味する合図だった。

もし、気化熱層で死んでしまったら、聞こえる筈がないからだ。

だが、自分だけ無事では意味がない。

パラサイトスーツの防護機能に守れているゼロツーは、無事なのか。

防護機能が規定値を超えてしまっていたら、スーツを着ている意味などない。

咄嗟に勢いよく振り返るが、ゼロツーは特に問題ないようだ。

それどころか、ジト目でイプシロンを睨みを利かせている以上、健常この上ないのは言わずもがな。

……もっとも、イプシロンにとっては居心地が悪いだろうが。

 

『………いきなり、だなんて。随分大胆になったねダーリン』

 

『あ、いや、その……ご、ごめんなさい』

 

通信越しの、ゼロツーのややトゲ付いた言葉に堪らず。つい敬語になってしまったイプシロン。

確かに事前に何の説明もなく、あんな行動に出られてはさしものゼロツーもたまった物ではない。

ヒロの性格を考慮すれば、そんな事しないだろうとタカを括るものだ。

謂わば、不意を突かれたに等しいのである。

 

『でも、お互い様だから仕方ないね』

 

しかし彼女は、それを敢えて許した。

 

『まさか一緒に来てくれるなんてね……すっごく

嬉しいから許してあげる♪』

 

ヒロがこんな行動を起こした理由が分からない程、彼女は決して鈍感ではない。

 

自分の事が心配で、付いて来てくれた。

 

それが13都市に来るまで、ずっと独りで闘って来たゼロツーにとって堪らず、嬉しいことなのだ。死ぬことは怖くなくても、独りはどうしようもなく怖い。

故に彼女は誰もよりもパートナーを欲する。

いつの日か人間になる為にフランクスに乗って叫竜と戦う。

 

それが彼女の、自身の在り方である。

 

そんな危うい彼女を放っては置けないと思うのは、パートナーを大切に想うヒロだからこそだろう。

故にどんな場所であろうと、側にいると強く覚悟している。

 

それがヒロというコドモの今の在り方だ。

 

『ほら、行くよ!』

 

『あ、ああ!』

 

飄々としていて読めない彼女に相変わらず、振り回されつつ、先に行かんと泳いで前進していくゼロツーに答え、イプシロンも後を追う形で

泳いで行った。

 

『あ、そう言えば普通に変身したけど……大丈夫なの?』

 

『それが……どういう理屈かは分からないけど、回復したみたいなんだ』

 

そう言って、イプシロンは泳ぐスピードを少し上げてゼロツーの前へ行くと、全身を時計回りに捻らせ、回転する。

更には身体中のアマゾン細胞を活性化させ、緑色のオーラを放出して見せたりもした。

何らかの異常や深刻なダメージがあれば、このような芸当はまずできない。

 

それどころか、そもそも変身すら不可能だ。

 

『まぁ、液体も特に無害じゃないみたいだし、

今のところはOKかな』

 

何処も異常が発生していない自分とイプシロンの様子から、ゼロツーはそう判断した。

もし液体が有毒なものであれば、何かしらの異常が出る筈。

それが現時点で二人に全くない事を考慮すれば、完全に安心はできないが、それでも作戦の進行に支障はないと言えるだろう。

 

『見えた。デルフィニウムだ』

 

しばらく泳いで行き、目標地点であるデルフィニウムが捕われている場所へと到着。見た通りにデルフィニウムは両手と両足。

胴体の腰部に硬そうな漆黒の外骨格が巻き付き、その身動きを完全に封じていた。

それ以外には特に何もなく、見た目で危険だと判断できる物がなければ、その可能性を示唆するような物も見受けられない。

 

『油断は禁物だよゼロツー』

 

しかし、それでも。

警戒を無くそうとしないイプシロンは、ゼロツーにそう言って周囲への注意を呼びかける。

 

『分かってるよダーリン。それじゃあ、始めよう』

 

ゼロツーの腰部に装着されたブラックカラーの防護ポーチ。

六つの円形状のパックは、一つの帯で腰回りをグルリと半周する形で繋がっており、六つあるパックの中身は全て時限式の小型設置爆弾である

その威力は、分厚く核弾頭でようやく倒せる程の硬度を持つクーデンベルク級の生体装甲。

それに傷を入れられる位には、強力な代物であることは間違いない。

ゼロツーは6つある内の3つを、イプシロンへ渡す。

 

『ダーリンは右の手足をお願い。ボクは左のをやるよ』

 

『分かった。腰に絡みついてるのは?』

 

『手と足が動けるようになったら多分、デルフィニウムの力で簡単に取れると思うから、そこは無視していいよ』

 

デルフィニウムを拘束している触手は、腰と両手足に巻きついている物とで比較してみると、明らかな違いがある。

黒く硬質な外骨格で覆われているという共通点は同じだが、腰の触手は節目が太く柔らかい生体組織の薄い膜が外骨格同士の繋ぎとなっている

これなら、確かにデルフィニウムの力で引き千切れるかもしれない。

ヒロもゼロツーの言葉に同調しかけたものの、寸前の所でふと小さな違和感が生まれた。

 

何故、一箇所だけ脆い触手が存在するのか?

 

残り4本は至って頑丈だ。現にデルフィニウムがどれだけ足掻こうと脱出できないのだから、その役目を十分果たしているのは間違いない。

だからこそ何故、腰に巻き付く一本だけが脆い構造で形作られているのか。

 

それが単に意味のない偶発的な産物とは、ヒロ到底思えなかった。

 

とは言え、いつまでも考えてるわけにはいかない。

 

ゼロツーやデルフィニウムの生命維持機能の持続時間は、決して長くない。となれば、思考するだけで答えが出ず、無駄に進んでいく時間なぞ惜しい。

そう結論付けたイプシロンはすぐさま爆弾の設置に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「え、ヒロがゼロツーと一緒に?!」

 

一方。デルフィニウムの内部ではイチゴとゴローに一つの通信が届いた

APE作戦本部からで、その内容はなんとヒロがイプシロンへと変身し

、ゼロツーと共に叫竜内部へと侵入に成功したと言うものだった。

 

『ああ。クロロフィッツが目撃し、こちらでもその映像を確認している』

 

「……あんの、バカはァァァァッッ!!」

 

堪らず叫んでしまうイチゴ。狭く反響しやすい円形の空間で叫べば、発している本人はともかく、すぐ側にいる者にしてみれば耳を塞いでしまう程に喧しいものだ。

それを物語るようにゴローは咄嗟に両手で左右二つの耳を塞いでいる。

できれば、こういうのは止めて欲しいと願うが、自分も自分でヒロと同じ『他人を顧みない無茶』を考え、必要なら実行してしまえる性根なのだ。

それを思えば、言い方はどうあれ良識から来る心配で言っているイチゴに偉そうに出れる筈もなく。

敢えて何も言わない選択肢を取って、静観に徹した。

 

『予定を大きく外れる事となってしまったが、それでも任務遂行に支障はない。よって、君達の救出作戦は続行される』

 

「……でも、本当に大丈夫なんですか? 叫竜が爆発しないなんて保障は……」

 

『確かにない。二人には申し訳ないが、本来であれば君達を見捨てるという選択肢を取るつもりだった』

 

別に何も思わないと言う訳ではないが、それでもハチに悪感情を抱き、責めるように罵倒やら文句や恨み言をぶつける事は、二人には出来なかった。

コドモとして、叫竜を相手に生きるか死ぬかの戦いに身を投じている故にこういった形で最期を迎える事は、それなりに覚悟していた。

しかしAPEの作戦本部司令官であるハチは、二人の救出を最優先にした。

 

『フランクス博士の指示故だ。他意はない。それより爆発と思わしき音や揺れを感じたら、すぐさまデルフィニウムを起動し、確認を取れ。そして二人を乗せて脱出するんだ』

 

「「了解」」

 

『では、一旦通信を切る。何かあれば報告を』

 

それだけ言い残し、ハチは通信を切る。

 

「……ねぇ」

 

通信が切れて間もなく、イチゴがそっと呟くように声をかける。何処か覇気のない様子を不思議に思いつつ、とりあえず答える事にした。

 

「どうしたイチゴ?」

 

「……ゴローはさ、なんであたしのこと助けようとするの?

 

「え?」

 

イチゴの質問の意味が分からないとばかりに魔の抜けた声を不意に零してしまうが、それでもこれはイチゴにとって重要な事である。

 

「さっきも言ったけどさ、自分が死ねば誰かが助かるなんて。そんなの勝手過ぎるよ……その誰かが傷ついて、悲しむのが分からないの?」

 

「ッ!」

 

救いたい、あるいは守りたいと思う誰かは決して見ず知らずの他人ではない。

 

共に育ち、今こうして側にいる人。

 

ゴローにとってそれは13部隊の仲間たちであり、自分のパートナーであるイチゴなのだ。

命を捨ててもいい。そう思えてしまう程に大事なのは間違いないが、仮にゴロー自身がその命を投げ捨ててまで守り抜いたとして。

その少女が自分の死で何を思うのか。その思いがこれから先、後悔という重荷になって彼女を縛るのか。

 

ゴローは、それを全く考慮していなかった。

 

そんなに自分を大事にできないなら、助けないで欲しい。

 

 

"今は、自分達が生き残ることだけを考えろ"

 

 

両都市防衛作戦のあの時、ヒロの死を前に心がどうにかなってしまいそうな自分にそう言ったゴローのこの言葉を今も鮮明に覚えている。

その言った本人であるゴローが自身のことを諦め、生き残ることを放棄するなど、本末転倒もいいところだ。

そう思うからこそ、イチゴは声に出して言うのだ。

 

どうして自分の事よりも、他人であるイチゴをいつも気にかけ、時には無茶をするのかを。

 

「……小さい頃、俺はお前に助けられたんだ」

 

ポツリと。ゴローは独白する。

 

「ガーデンにいた頃、周りと合わせたりするのが嫌になって一人になろうとした。やり方は……はは、上の年配に喧嘩ふっかけるなんて感じ

だったよな」

 

今のゴローを見れば幼少期が喧嘩三昧に明け暮れていたなどと誰が信じられるだろうか。少なくともゴローは13部隊の中で一番冷静で、ココロに次ぐ温和な性格と協調性があるコドモだ。

 

とは言え、あのゴローが…とは、イチゴは思わなかった。

 

他ならぬイチゴが彼の幼少期をヒロと同じで、よく知っているからだ。

 

「……それで、あたしが一緒になって喧嘩に協力したんだよね」

 

「ああ。負けてばっかだったのが見てられなかったんだろうな」

 

あの頃のイチゴは……今もそうだが割とそうだが、男勝りな性格からか

、結構なオテンバ娘だった。

 

「『一人で勝てないなら二人でやればいい』とか言って、俺に手を差し伸べてくれたのは誰でもない、イチゴだけだったよ」

 

「……」

 

イチゴは何も言わずに聞き入れ、それに構わずに続ける。

 

「すごく、かっこよかった。自分勝手な理由で平気で周りを傷つける俺と違って、イチゴは誰かの為にいつも努力してた…それが俺にはさ、

とても眩しく感じたんだ」

 

誰かの為に努力し、中途半端に途中で放棄しないで最後までやり遂げる。

そして、これは悪い事だと思えば誰であろうと言ってのけ、必要とあれば実力行使を平然とできる度胸は、眩しい位に輝くイチゴの真っ直ぐな心の在り方だった。

13部隊のリーダーになってからはそれが強くなった気もする。本人はどう感じているかは分からないが、少なくともゴローはそう思っていた

 

「初めて会った時も俺が女の子殴って怪我させて、その子に為に怒ったこともあったよな」

 

「え、ウソ……アレ覚えてたのぉッ?!」

 

顔を真っ赤に捲し立てるイチゴの姿は、見た目で言えば名を体現すると言わんばかりのあのイチゴそのもので、その様子につい笑みが吹き出してしまう。

 

「プッ、クッ、フフ……ああ、これでも記憶力は良い方なんだぞ」

 

「あうぅぅぅぅぅッッ!! わ、忘れてよ〜」

 

両手で顔を覆う位に恥ずがるワケは、単純にゴローをマジギレ状態の本気で殴ったことが原因である。

当時のイチゴは今に比べると割と手が出る性格で、相手が悪いのに謝らない、誰か平気で傷つける奴が許せない、やり返せない子に代わってやり返すなど。

実に様々なのだが、そのどれもが他人を想ってのもの。

ゴローを殴った理由も殴られた女の子に代わり殴ることで精算し、謝らせる為だった。

 

とは言え、怒り心頭で手加減が上手く出来なかったのか。

 

殴られて数秒。ゴローの意識はブラックアウト……ようするに気絶してしまったのである。

 

「まぁ、とにかく」

 

過去の黒歴史を思い出してはホクホクと湯気が立ち込め始めたイチゴを見て、さすがにからかい過ぎたと思ったゴローは話の路線を戻す。

 

「俺はイチゴみたいになりたいって思ったんだよ……大好きなイチゴに。だから、時々無茶するのかもな」

 

「ゴロー……」

 

イチゴは何も言えなかった。彼の言いたい事は分かる。

ゴローは、他でもないイチゴに憧れて救われ、今に至っている。

だからある意味恩人である彼女の為ならと身を犠牲にできる。

 

"そっか。ゴローはあたしと同じなんだ"

 

それを知って、率直にイチゴはそう思った。

 

イチゴもヒロの為なら無茶をしてしまえる。幼い頃に自分だけが変われない恐怖から、孤独から救ってくれた。

名前をくれた。ただの番号しかなかった自分がそれだけで変われた気がしたのだ。

 

そんな彼が危険な目にあったなら、何としてでも助けたい。

 

結局のところ、イチゴもゴローと同じだったと言うワケだ。

 

(……はぁぁ…人のこと、全然言えない)

 

「ん? どうした?」

 

心の中で溜息を零しては、自分が偉そうに言えた立場ではなかった事を悔み、顔を付すイチゴの気を知らずに疑問符を浮かべるゴロー。

そんな二人の時間を割くように、爆発音とそれに伴う振動が響き渡った

 

「「!!ッ」」

 

当然ながら突発的な事態に驚くイチゴとゴロー。

それと同時にコックピットのハッチが外側から開かれ、外から叫竜の液体と共に何かが流れ込んで来た。

 

「ふぅぅ〜……やっほーお二人さん」

 

「イチゴ、ゴロー!! 無事か?!」

 

ヒロことイプシロンとそのパートナー、ゼロツーだった。

 

「ヒロ! ゼロツー!」

 

「来て…くれたのか」

 

イチゴは二人の名を歓喜を込めて呼び、ゴローは二人が無事に来てくれた事に安堵の息と共にそう呟く。

 

「当たり前だろ。それより早くここを出よう! デルフィニウムを拘束してた触手は爆破したから、動かせる」

 

「腰の方の奴は残ってるけどね。でも爆破した他のに比べて脆そうだから大丈夫だと思うよ」

 

「分かった。イチゴ」

 

「うん!」

 

ヒロとゼロツーからの現状の説明を受けた二人は、肯定の意の証に頷き、すぐさまデルフィニウム起動の為の接続を開始。

 

デルフィニウムは、無事起動。

 

腰に巻きついていた触手はゼロツーの推測通り容易く引き千切ることが可能で、デルフィニウムは両手でそれを実行すると入口であり、出口

でもある噴出口へと泳いで向かう。

 

だが、その直後。

 

『!!ッ 何アレ?!』

 

ある異変を逸早く見つけたデルフィニウムは、声を上げる。

叫竜の肉壁の組織から何かが滲み出るように輩出されていき、それが噴出口に向かうデルフィニウムへと急速に接近して来た。

よく見ればそれは黄緑色のスライム状の不定形な物体で、大きさはフランクスの手の平サイズ位か。

ある程度デルフィニウムに近づいて来ると、定まらない形だったソレが、先端が鋭い棒状の一本槍の形態へと変化。そして何とそのままデルフィニウムの脚や腕などの部位に突き刺して来た。

 

『ぐッ! ああああぁぁぁぁぁーーーーーーーッッッッ!!!!』

 

「イチゴ!」

 

苦悶の声を吐き出すパートナーにゴローは堪らず名を呼び叫ぶ。

 

「一体何なんだ……!ッ まさか免疫システムの一種か?!」

 

「多分デルフィニウムの腰に巻きついてたの、コレを起動させるスイッチだったかもね!」

 

震動に耐えつつ、イプシロンはデルフィニウムに襲いかかっているモノの正体をそう推測し、それに上乗せする形で腰部に巻きついていた妙に脆い触手に関しての仮説をゼロツーが立てる。

確かにそう考えるなら、このタイミングの良さと触手自体脆かったことに説明はつく。

束縛する為ではなく、捕らえた獲物が抜け出し、内部から脱出しようとするのを阻止する為の警報装置だからこそ、敢えて引き千切れるようにしておく。

そうして触手がその引き千切れる際の刺激を利用して放散する信号物質が叫竜のコアか、もしくは察知する為の感覚器官へと届き、発動する。

大方、仕組みとしては、そんなところだろう。

 

「イチゴ! エンビショップにマグマエネルギーを集めて!」

 

ゼロツーがそう指示を飛ばす。

疑問に思わない訳ではないが、状況が状況。

このまま事態が悪化してしまえば、もはや帰還は不可能となる。

個人的に気に食わない相手とは言え、ゼロツーがこの状況で無意味な指示を飛ばすような性格ではないと知っている。

故にイチゴは何も言わず、素直に従った。

イチゴの意思によってマグマエネルギーが駆動

経路を通じてエンビショップの刃の部位へと流れ、集まっていく。

フランクスと一体化できるピスティルだからできる芸当である為、ステイメンはできない。

その代わり、操縦のイニシアチブを担っている。

 

「そのまま限界まで集めるんだ。ボクが言うまで辛抱して!」

 

アメーバ状の叫竜の免疫細胞に身体を突き刺される痛みに耐えつつ、エンビショップを振り回し抵抗する傍らでマグマエネルギーを限界まで

送り込み蓄積させていく。

 

「今だ! 刃を下に向けて分離!!」

 

タイミングを正確に測ったゼロツーが合図を送る。エンビショップの刃はパージすることが可能で、ゼロツーの言われた通りにデルフィニウムはマグマエネルギーが凝縮された刃をパージ。

 

勢いをつけて分離した刃は数秒と経たず、強烈な光を伴い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「フン。ようやっとか」

 

『グ……ヌゥゥ……』

 

ヴィスト・ネクロの幹部であるファントの足止めをしていたディケイド・サゴーゾは、右肩に喰らった拳のダメージを押さえながらそんな台詞を鼻息と共に吐き出す。

対して、ファントは腹部にモロに喰らってしまった最大限に高めたサゴーゾコンボのフルパワーを込めたパンチ。

そのダメージから、膝を付き苦悶の声を漏らしていた。

そして、背後の爆発音に気付いたファントは体勢を後方へと変える形で振り返り、ある光景に凝視してしまう。

それは噴射口から体液の水柱が形成され、その勢いによって叫竜の体外へと脱出するデルフィニウムの姿。

叫竜がデルフィニウムを飲み込んだ事は無論承知していたファントだったが、特に問題はないとして捨て置いていた。

そもそも単純にあの叫竜は元々同族の運搬・敵性存在の捕獲という役目を持った個体で、ソレを都市殲滅兵器として改造した代物だが、どうにも本来の性質が微かとは言え、未だ残っているせいか反射的な本能によってデルフィニウムを取り込んでしまっただけなのだと。

 

そう、高を括っていた。

 

しかし、実際はこの様だ。

 

噴出口は爆発のせいで通常よりも大きな穴が形成され、そこから体液が滝のように溢れ出る。

叫竜にも血液に相当するものがあり、それが青い液体だ。

 

人は血が多く流出されれば、死に至る。

 

叫竜の場合はコアを破壊されない限り驚異的な再生力で復活してしまうのだが、ヴィスト・ネクロの手によって改造されたこの個体は代償に再生力が喪失し、青い血液が多量に流出すれば人間で言う所の出血死に至って生命活動を停止させてしまう。

最終的には自爆させる為、それならそれでいいと投入されたが、それが仇となった。

ファントにステルス機能を搭載させた改造叫竜という防衛策はあったがソレらは破られ、最後の砦とも言えるファントも防衛の役目が今、この瞬間に喪失してしまった。

 

『……ウオオオオオオオオオォォォォーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!』

 

激昂の咆哮。

生命活動が停止した故に浮遊することができなくなり、落ちていく叫竜を見て今更ながらファントは気付いたのだ。

叫竜の直ぐ近くにアルジェンティアとジェニスタが居た事を。

そして恐らく仲間の救出によってデルフィニウムは叫竜の拘束から脱出できたのだろう。

そこまでの結果に至ったファントは自らの犯した愚かな失態に恥を感じ入り、同時に囮として今まで自分を相手にしていたのであろうディケイドに対する底知れぬ憤怒。

その全てを吐き出す為に叫び、同時に真っ向から叩き潰す為の己の合図とした。

 

『ウ、ガアアァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!』

 

「単調過ぎて呆れる」

 

一気に向かって来るファントにそんな言葉を投げつつ、トドメの一撃を繰り出す為にカードを一枚、ドライバーにセットするディケイド・サゴーゾ。

 

『FINAL ATTACK RIDE:SAGOOZO!!』

 

サゴーゾ・コンボは元々、仮面ライダーオーズという欲望の力を秘めたメダルを用いるライダーの力の一端で、周囲の重力を操れるという特性がある。

サゴーゾコンボに変身する為のメダルが重量系動物の力を有するものだからだ。

そしてこの重力を最大限に高めることで放つ、必殺の一撃がある。

 

「ウォォォォォーーーーーーーッッッ!!!!!!」

 

ゴリラが相手への威嚇の際に使用する『ドラミング』という、胸を叩く行為そっくりに胸部を拳で叩きまくるディケイド・ザゴーゾ。

そうすることで円形のオーラングサークルと呼ばれる部位に描かれたサイ、ゴリラ、ゾウの意匠が重力の波動を発しながら銀色に輝く。

 

そして。最初に喰らった重力の、更に数十倍に引き上げた超重力がファント両足を拘束。

 

無論それだけに終わらず、地面を削りながらゆっくりと。しかし確実にディケイド・サゴーゾの下へと引き寄せられている。

 

まるで、地球の引力に引き寄せられてしまう隕石のように。

やがて両者の距離が手を伸ばせれば簡単に届く程にまで来た瞬間。ディケイド・サゴーゾは、頭部にある角…サイヘッドと両腕のゴリバゴーン

頭突きとダブルパンチの二つによるコンボが見事に炸裂し、爆炎と火花を伴ってファントは吹き飛ばされた。

 

「グゥ……ヴゥゥゥ……」

 

かなりの、それも致命的なダメージだ。

 

自分の命は、そう長くは保たない。

 

そう直感したファントはせめて一矢報いようと仰向けに倒れ込んだ身体の上体を起こし、なんとしでも、とばかりに何とか立ち上がって見せる

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が。

 

 

「無駄だ。お前は死んだ」

 

ディケイド・サゴーゾが変身を解除して士の姿へと戻る際に投げかけられた否定の言葉。

 

それは真実だった。

 

立ち上がった直後、元より雀の涙程度にしか無かった彼の命の灯火は立つという一点に力を注いでしまった為、限界を越えるような奇跡を起こす事もなく直立不動のまま……ゆっくりと身体が黒い液状になり崩れ落ちていった。

 

「これで残る幹部は2匹……祝いに1匹やってやったんだ。後はせいぜい自分達で頑張るんだな」

 

士は最後にそう言い残すとファントだった黒い液状へと一瞥すると背後にあのオーロラカーテンを展開。

そのまま士のいる位置へとスライドしていき、士を飲み込む。

 

「まぁ……いずれまた会うがな」

 

それだけを言い残すと、士はオーロラカーテンと共に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

小さかった頃の記憶は当然いくつかあるけど、その中でも全く薄れないで今でも鮮明に覚えている記憶がある。

それは些細な理由で自分から喧嘩をふっかけ、年上のコドモ3人を相手にした時の記憶だ。

 

俺は、最初一人で勝とうとした。

 

でも3人がかりで、どうやっても独りだけだと勝てなくて、ボロボロになって負けるしかなかった。

自分を弱いと蔑んで嘲笑うその3人に俺は何もできないでいた。

勝てない事実に苛立って、悔しくて、ただ噛み締める以外に方法なんてなかったんだ。

 

それが限界まで来てたのかな。

 

俺は堪らず、泣きそうになった。

 

泣くなんて恥だと思ってたし、すぐに泣く女子のコドモたちを俺は内心見下して馬鹿にしてたが、今にして思うと酷い考えだって思う。

 

けど、おかげで気づいた。

 

馬鹿は、自分だ。

 

勝手に突っ走り、勝手に相手を傷つけ、自分も傷つく。

 

何が独りでいたいだ。

 

独りじゃ……何もできない。

 

俺は、弱かったんだ。

 

ようやく自覚したけど、惨めな姿の自分に心が折れかけていた。そんな俺に手を差し伸べて来たのがイチゴだった。

 

二人がかりで、とは言っても数だと不利なのは変わらないけど、それでも何とか勝てた。

 

ついさっきまで泣きそうだったのに、今は相手が泣き喚く光景に俺は思わず呆けた。

そりゃあ、女の子が一人協力してくれたからって勝てる筈ない。

そう思ってたのに、こうやって簡単に覆されたら驚くしかないだろ?

 

『ほら、2人なら勝てたじゃん!』

 

そんな俺に関係なく笑顔でそう言ったイチゴの顔を見て、独りであろうとした自分が馬鹿らしく思った。

それで、この時初めてイチゴに心が惹かれていく感覚を覚えたんだ。

 

こういうの、好きって言うんだっけ。

 

ある人が教えてくれた。

 

その人は7人いるパパたちの一人で、小柄な体格をしたパパだった。視察目的でガーデンに来ることが時々あって、俺たちコドモたちと交流して色々な話を聞かせてくれたり、ちょっとした質問に対して答えてくれる。

何も教えてくれない世話係のオトナたちと違って、とても優しい人だった。

 

ある日その人は俺に、好きって言う思いには二種類あるのだと言った。

 

親しい、という意味での好き。

 

愛してる、という意味での好き。

 

親しい意味での好きってのは友情を現してるらしい。

 

気を許せて、隣にいると心が楽しい気分になれる。

 

逆に愛してるって意味での好きは、大体は同じだけど、何処か相手を特別視してその人のことを思うと胸がドキドキする。気持ちが昂ぶる……って感じかな。

 

多分……いいや。俺はイチゴのことが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ゴロー! しっかり!」

 

自分のパートナーの声にゴローの意識は覚醒。

それを見たイチゴとゼロツーは安堵の息を零す。

 

「はぁぁぁぁぁぁ……よかったぁ」

 

「ホントそれ。運がいいねゴローは」

 

「……ま、また気を失ってたのか?」

 

気を失うのは、これで本日2回目となる。

爆発の衝撃とそれによって生じた体液の噴射による推進力を利用し上手く叫竜の体内から脱出できたはいいものの、その際ゴローは衝撃に耐え切れなかったようで、結果的に意識を失ったのだ。

 

状況が状況なのだから、仕方のないことだろう。

 

それでも自分だけが二回も気を失い、女の子に心配されるというのは男として、ヘマをやらかした気分になってしまうので自然と恥ずかしさが込み上げ、顔が赤くなりつい視線を逸らしてしまう。

その反応の真意を察したイチゴは少し面白いなと感じつつ、

"ゴロー以外"に気を失っているステイメンへと視線を向けた。

 

「まぁ、ゴローだけじゃないけどね。ほら」

 

よく見ればゼロツーは正座の態勢で、その膝の上に気を失う形で眠っているヒロの頭を乗せていた。

そんな彼の頭をゼロツーは愛おしいとばかりに優しい手付きで撫でていた。

 

「無理ないか。色々あったし」

 

「ふふ。なんか寝てるダーリンって可愛いな」

 

「……なぁ、イチゴ」

 

ふとゴローは声をかけた。

 

今し方夢で見た過去の記憶。

 

それを見たことでやっと気付いた自分の気持ちを伝えたい。そんな思いがゴローの心を駆け巡り、高揚とした感覚を沸き起こらせていた。

 

だが。

 

「どうしたの?」

 

「いや、やっぱり何でもない」

 

今この場では伝えない。

場の空気は勿論、ゼロツーやヒロがいるのだ。いくらゴローでも人前で堂々と思いを伝えられる程、神経は太くはない。

 

二人っきりの時に打ち明けよう。

 

そう心に決めてゴローは空を仰ぐ。色は青。

 

陽の光が心地よく差す快晴の青空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 







ゼロワンは新たなフォームへ……その名もメタルクラスタホッパー!!

明日が楽しみですが……ダリフラ漫画版、完結!

さすが矢吹先生、いい感じに落とし込んでいましてがちょっと物足りない感じでした。それだけにアニメ版はインパクトがありましたからね
(色んな意味で)。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コロニー《人と獣の街》


コロナが世界規模で流行して、すごくヤバい状況が続く中、あの有名な志村けんさんが亡くなるニュースが……。

ご冥福をお祈りします。

皆さんも新型コロナには気を付けてください。


※少し改稿しました。



 

 

 

 

 

 

「どうも始めまして。第13部隊の諸君!」

 

 

 

 

4Cセンターの局長執務室。

 

開口一番にそう告げた4C局長であるヴォルフは眼前にて横一列に並び立つ少年少女たちに笑顔を向け、そして労いの言葉を送る。

 

「いや、本当にありがとう! 君達のおかげでこのコロニーはあの巨大な爆弾に等しい叫竜の脅威から解放され、市民の人々は無事。これは素晴らしい事だ」

 

「い、いえ! 自分達は当然の事をしたまでです!」

 

イチゴがやや緊張気味にそう返す。それを見たヴォルフは軽く苦笑しつつ謙遜しないでくれ、と告げた。

 

「本当ならコロニーを統括している最高議長にも会ってもらいたかったんだが、生憎今は別のコロニーに用事で出払っててね。会いたがっていたのに残念だ」

 

13部隊が滞在している此処を含め、コロニーはその総数が3つ。

 

そして、各々に正式な呼び名がある。

 

鷹山の生まれ故郷でもあるこのコロニーは、その名を『ビーストメン』と命名されている。英語で『獣人』を意味するこの言葉は人間とアマゾンが共存するコロニーとして相応しいという理由から、そう名付けられている。

逆に人間しかいないコロニーがあり、名も『ヒューマンズ』と人間を誇張したネーミングとなっている。何故人間しかいないのかと問われれば

単純にアマゾンとの共存を拒んだからだ。

アマゾンとて知性があり、ビーストメンのコロニーに住うアマゾンたちは法を犯すこともあるが、それでも人と大差ない道徳観念を持って暮らしている。

しかし、仮にそうだとしてもアマゾンはタンパク質。それも人間の血肉を求めるという嗜好性から"人喰いの獣"というイメージレッテルを貼り、そこから嫌悪や危機感を抱き、排斥する人間が少なくなかった。

そういった思想はアマゾンを受け入れ好意を抱いている思想の人間と、アマゾンたちの反感を買い、過激な衝突に至る危険性があるのは目に見えている。

だからこそ、そういった類の争いを避ける為、人間の為のコロニーが存在するのだ。

 

そして最後の一つは『プラント』と呼ばれている。

 

これは二つのコロニーに送る為の物資や食糧品を生産する為の『工場としての側面を持っているから』で、都市としての機能は殆どない。そこにいる従業員は人間とアマゾン、AI搭載の機械作業端末で構成され、常に安全重視で管理体制も万全。

 

ネロが言う最高議長とは、まさにこの三つ全てのコロニーを統括し、あらゆる事柄に対しての最終決定権を保有するザ・トップと呼べる人物。今はとある事情により、上記にあるヒューマンズのコロニーへと出払っている為、今現在このビーストメンにはいないのである。

 

「まぁ、それはともかく。せっかくだからこのコロニーで十分に疲れを癒しつつ、色々見て回って楽しんでほしい。既にナナ君から聞いているだろ?」

 

実は叫竜を殲滅し、コロニーを無事守り抜いたということで、13部隊には特例として、再び一日分だけ休暇が与えられていたのだ。

APEとしてはあくまで表向きに過ぎないとは言え、協力関係を結んでいる相手に恩を売れた事を好都合だと捉えているのだろう。

今回は下手すればコロニーが壊滅しかねない程の非常に危険な状況下だった。それを解決へ導いた為にある要求が通り易くなった。

 

アマゾンズドライバーに関する子細なデータと、その譲渡だ。

 

何故必要なのかと言うと、どうやらAPEはアマゾンライダーに代わる新たな対アマゾン戦に有効な兵器の開発に着手しているらしく、その為に制御装置となり得るアマゾンズドライバーのデータが欲しいと言うわけだ。

ヒロの持っているモノは以前調べようとしたが、謎のプロテクト機能により不可能で、鷹山の持っているモノは緊急時を考慮すると無理だ。

 

よって、アマゾンズベルトに関する研究資料を豊富に持つであろうコロニー側に要求した、と言うわけだ。

 

当初は渋ったものの、コロニー側はAPEの要求を承諾。

 

政治的な面で利を齎してくれた事に加え、フランクス博士からの意見もあった。

 

曰く『コドモたちの精神面において、やや不安定なデータがある。よって休息が必要だ』と。

 

以上のことから、13部隊には二度目の休暇が与えられる事になったのだ。それについては13部隊にも既に通達されており、勿論細かい裏方事情を省いた上でだ。

 

「ええ。既に伝えてあります」

 

「うん。じゃあ、これを。連絡と電子通貨が入った端末だ。見て回る際にぜひ使ってほしい」

 

そう言って、局長の直接の手から渡されたのは、手の平にすっぽりと収まる程度の大きさになる一個の端末。

色は黒く、外見は正方形に画面が全体を占めたタブレットタイプのもので、ナナやオトナたちが使っているものと比べるとコンパクトに仕上がり、やや厚みがある。

 

「では、私からは以上だ。皆各々で観光を堪能してほしい」

 

そう言って和かな表情を浮かべ手を振るヴォルフ。そんな彼にナナを筆頭に13部隊全員が頭を下げる。

そして局長の執務室を後にし、4Cセンターから出ようと長い通路を移動していく。

 

その最中、

 

「ねぇ」

 

イチゴが自らゼロツーに声をかけて来た。

 

それ自体は別にどうと言うことではないのだが、今までを振り返るとイチゴから声をかけるのは珍しかった。

 

「ん? どうしたのイチゴ」

 

視線を隣にいるイチゴに向け、問いかけるゼロツー。

イチゴは言い出すことに躊躇いを覚えるのか、やけに言い辛そうだ。

 

「あの時、助けに来てくれて……あり……がとう。叫竜の中にいた時もゼロツーのアドバイスがなかったら……本当に……危なかったと思う」

 

少し辿々しく紡がれたのはゼロツーに対する、感謝の言葉。両都市防衛作戦での一件以来どうにも心の中で彼女に対する不信感があり、ヒロの

身を危うくするかもしれないと。

イチゴは本気でそう思っていたが、今回の作戦で自らの身を省みずにゼロツーは助けに来てくれた。

ならば、感謝するのが筋というものだが、内心密かに彼女に対し疑心を覚えていた為、今更そんなことを言うのは図々しいんじゃ?という思いもあった。

 

だからこそ、言い辛かったのである。

 

「……一応仲間だし。そーいうもんでしょ?」

 

それに対するゼロツーからの返答は素っ気ないものだが、仲間意識がそれなりにあるのだと感じさせるものだった。

 

その答えにイチゴは内心嬉しさを覚えた。

 

同時にもしかしたら、自分は誤解していたかもしれないと心中で思った

。確かにゼロツーは自由奔放で、人の意見を全く聞かないといった自分本位な行動と思考が目立つがそんな彼女が単純に『仲間だから』という

理由だけで、危険を冒してまで助けに来てくれたのだ。

 

これだけは認めなければならない。

 

そして、それは彼女にも誰かを思う心があるのだという確かな証明と成り得る。少なくともイチゴは強制などではなく、ゼロツーが自分の意思で助けに来てくれたという事実を受け止め彼女が13部隊の一員で仲間なんだと。

 

疑惑を取り払い、信じてみる事にしたのだ。

 

そんな会話を交わす内に長い通路からエレベーターへ乗り込み、13部隊一同はセンターのホールへと辿り着く。

 

「さて。ここからは各自、好きなように行動して結構よ。けど10分おきに連絡することを忘れないで頂戴。いいわね?」

 

『はい!』

 

「はいはい」

 

13部隊のコドモたちがきちんと返事をするも、ゼロツーは相変わらずの適当さを曝け出した返事で答える。

無論、ナナはその点については熟知している為、今更どうこう指摘する気はない。

 

かくして、13部隊のコドモたち其々の休日が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「はえぇ〜……これがコロニーの街なのか」

 

見渡す限りに溢れる人々。

これがコロニーではなく、プランテーションのコロニーであったならまず有り得ない光景であることに間違いない。

その有り得ない光景をしかと見ているゾロメは内心そう思いつつ、人の多さが生み出す賑やかさに間の抜けたような感想を零す。

 

そんなゾロメにミクも同意するように声を上げた。

 

「ホント。こんなにオトナの人がいっぱいなの、ミクたちの都市じゃありえないよ」

 

彼女にしてもやはり、こうも人だかりに溢れた街並みというのは、物珍しく興味を惹かれるようだ。

 

「ねぇ! アレってパン売ってるのかな?!」

 

「イクノ! ちょっとあっち行ってみようよ!」

 

「えぇ?! あ、待ってナオミ!」

 

フトシはすぐ目についたパン屋に心を奪われ、それとは逆の反対側にあるアクセサリーショップに興味を示したナオミが目を輝かせ駆け走っていき、それを慌ててイクノが追っていく。

 

「……全く。元気がいいわね」

 

ふとその様子を見ていたナナは、そう呟く。

 

連絡用の端末は渡しているし、大丈夫だろうと判断している彼女は特に制止することはなかった。そもそも、個々の自由時間としているのだから、当然なのだが。

 

「そんなナナさんは俺と一緒にどうだい?」

 

疲れたように溜息を吐く彼女を労っているつもりなのか、そんな誘いを鷹山がかける。ナナは、手の平を出して待ったとジェスチャーする。

 

「あの子たちは休暇だけど、私はまだやる事があるわ。久しぶりの故郷なんだし楽しんで来たら?」

 

コロニーは鷹山の出身地であれば、確かに故郷という言葉は当然だろう。

だが、飄々と笑みを浮かべていた筈の鷹山の顔は翳りを見せた。

 

「そうなんだが……あんましいい思い出があるわけじゃない」

 

「え?」

 

「まぁ、んなことはさておき!」

 

しかし次の瞬間にはそう言って声を張り上げ、ナナは両手で抱え込む。

俗に言うところの『お姫様抱っこ』である。

 

「ちょっと! おろして刃!!」

 

「やなこった」

 

取りつく島もなく即答する形でナナの言葉を切り捨てた鷹山は、無駄に抵抗されないよう並の人間では到底不可能な速度であっという間に見えなくってしまう。

 

「あ、あはは……」

 

「相変わらず勝手に行くねあの人」

 

「……」

 

その光景にココロは苦笑を浮かべる。イチゴは全くもってブレない自由奔放な鷹山の勝手ぶりにそんな苦味を含ませた感想を零した。

それに対しゴローは『勝手』という部分に2日前の事を想起させてしまい、無言になる。鷹山に対する何らかの文句はあるかもと思いフォローしようとした自分を寸前で制した。

仮に言ったとしても否定しようのない正論を突きつけられるだけなのでで、喉まで出かけてた言葉をそのまま飲み込み、胸の内に仕舞い込む。

 

「じゃあ、ボク達は一緒に街を見て回る? ナオミとイクノ、そんでもって刃兄はナナと行っちゃったし。色々知ってるから案内できるよ」

 

ゴローの心境など露知らず。ゼロツーが街の観光ガイドを買って出た。

 

「え、ゼロツーってここ来たことあるの?」

 

「うん。たまに来るよダーリン」

 

さも当然とばかりにそう言ったゼロツー。鷹山がフランクス博士と同じく保護者としての役を買っていることを思えばあまり不思議ではないのかもしれない。

 

ヒロとしてもその可能性を考えなかった訳ではないが、まさか本当に的中するとは思いもよらず、少し程度ながらも驚いていた。

他のみんなも同じようなものだが、約1名のみ違った。

 

「えぇ?! そうなのかよ!!」

 

ゾロメだけは、やたら大袈裟にリアクションしまくる。

 

「こんな面白そうなとこに何回も来てんのかよ?! ほんっと羨ましいぜ!!」

 

「まぁ殆ど刃兄の用事のついでだけど」

 

「じゃあ、迷うことはなさそうね。地図も見れるらしいけど操作に慣れないし」

 

4C所長であるネロから譲渡された端末を手に取り、イチゴはそう言う

 

「そーそー。出すまではいいんだけどよ、なんかマークとかいっぱいあって分かんねーんだよ」

 

その言葉に同意とばかりにゾロメは端末画面に表示された地図を目を凝らして見ては不満の声で愚痴を零す。

確かに初見で扱うなら表示されるマークの意味を理解しなければならないだろう。

それに加えて、適当に操作してミスを犯すと簡単な図形状に記されたモノや、建物一つ一つの情報が見れるタグが表示されるモノ。

また現在地点の周囲をそのままに描いたような立体的なモノなど。使い方さえ把握していれば便利ではある。が、そう言った説明がなかった為

、十全に使い熟すことができない為、不便だろう。

 

もっとも、端末の取り扱い説明がなかった理由は単にネロが忘れていただけだが。

 

「とりあえず。まずはここから近いとこに行こうか」

 

「なんか面白いとこあるのか?」

 

「もちろん。あんな死んだ街とは違うよ」

 

死んだ街、という言葉は以前もゼロツーが言っていた。

前に無断でオトナの街へと侵入した際、眼下に輝く街並みを見据えるその目は、まるでつまらないモノを見てしまい熱が冷めていくような。

それほどまでに淡々と色褪せた表情でそんな事を呟いた記憶をヒロは思い出し、同時に納得感を覚えた。

誰一人として外出せず建物の中に籠り、静寂しか意味を為さなかったオトナの街。

確かにアレは、死んでいるという意味が正しいのかもしれない。しかしコロニーの街は良くも悪くも騒がしく活気に溢れている。色々なモノがあり、それを楽しむ人々の姿と声が街を一つの命として生きているのだと錯覚させられてしまう。

 

「? どうしたのダーリン?」

 

不思議そうにヒロの顔を覗き込むゼロツー。

 

少し意識を思考の中へと沈めていたせいもあってか、視界いっぱいに広がるパートナーの顔を見て現実へと引き戻されたヒロは、一瞬ほど少し驚いたものの、すぐに冷静さを取り繕う。

 

「なんでもないよ。案内よろしくゼロツー」

 

そう言ったヒロの言葉にゼロツーは、笑顔で任せて、と答えた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

ゼロツーの案内の下コロニーを回ることになったのはヒロ、イチゴ、ゴロー、ゾロメ、ミクの5人だった。

 

ナオミとイクノは二人でアクセサリーショップへ。

 

フトシはすぐ目に入ったパン屋へと行き、ココロはそのパン屋のすぐ近くにいる花屋に目がいった為、同じように興味を持ったミツルも、その花屋を見ていくことになった。

 

「うわ〜すごい。お花がいっぱい」

 

目の前に煌びやかに活気良く咲く花々を前に、ココロの口からそんな感想が自然と零れ落ちる。ミストルティンの温室も色々な種類の花があるが、この花屋ほど多くない。

店に咲く花の種類の数は、簡単に追い越せてしまう程あるのは間違いないだろう。

 

「……」

 

顔を綻ばせるココロとは対象にミツルは特に表情を変えることなく淡々としつつ、興味あり気に花を見ていた。

 

「何かお探しですか?」

 

暫く見ていた二人を気にかけてか、店員の女性が店の中から出て来た。

 

「あ、すみません。綺麗な花がいっぱいあったものですから……」

 

「ふふ、ありがとうございます。良ければ外だけじゃなく中も見て下さい」

 

店員の言葉に甘えて2人は外に置かれたものだけでなく、店内の中に置かれた花々を見てみる。店先もそうだが外以上に花の種類が豊富で、やはり見たことのない花が大半を彩っていた。

 

「わぁ、すごい! 色々あるんですね!」

 

「そんなに多い訳じゃないんですけど…そう言って貰えると嬉しいですね」

 

素直なココロの感想を聞いた店員は嬉しそうなそう言う。

別段大変と言えるほどの手入れはしていないが、それでも言われた側としては嬉しい事に違いない。嬉しそうに笑う店員だが、ふと何かに気付いたのか。二人の顔をマジマジと見始める。

 

「もしかして、お二人はプランテーションから来た……えーっと……パ、パラなんとか……」

 

「パラサイトです」

 

中々名前が出てこないようだ。

 

そんな様子を見兼ねてか、ミツルはフォローする形で彼女の言いたいであろう単語を言う。

 

「そーですそーです!! 結構ニュースになってますよ! 大きなロボットに乗って都市の外すぐそこに急に出てきた、これまた大っきな叫竜をやっつけたんですよね?!」

 

「え、えーっと……」

 

ほんの数分前、出会った当初の落ち着いた雰囲気は完全に消え去り、あれやこれやと詰め寄って捲し立てるその姿にココロは勿論ミツルも引き気味だ。

 

「あ、ご、ごめんなさい。つい……」

 

「大丈夫です! こっちこそ、びっくりしてしまってごめんなさい」

 

別に落ち度はないのだが、それでもココロは謝罪の意をもって答える。

 

「いいえ。お客さんは何も悪くないですよ。私こう見えて機械も好きなもんですら……ハハ」

 

乾いた苦笑を漏らす店員。どうやらこの女性、花も好きだがそれと同等レベルで機械好きな面があり、目の前の二人が巨大ロボットであるフランクスに乗って戦うパラサイトだと気付いた為、思わずテンションが上がってしまったらしい。

 

まぁ、好きなものに熱を入れてしまうのは人間の性だろう。それをとやかく言うほど、ミツルはともかくココロは狭量ではない。

 

「ま、まぁ、奥の方とかにもまだ色々ありますからどうぞどうぞ! 一本サービスでタダにしますよ」

 

「え、でも……」

 

店員から勧めであるとは言え、さすがに一銭も払わず貰っていいのかと思うココロに店員さんは更に後押しを加える。

 

「その代わりと言ってはなんですけど……色々と聞いちゃってもいいですか? ロボットのこととか、プランテーションについて」

 

「それくらいなら別に構いませんけど……」

 

話すとは言っても自分達コドモはフランクスに関して専門的に隈なく知っているという訳ではない。機械好きな所を考えるに大方フランクスに

についてが殆どだろう。

となると自分では役不足ではないか?と思ってしまったココロだが、その懸念はミツルの言葉によって解消された。

 

「と言っても専門的に詳しい訳じゃないですよ? 難癖つけられるのも嫌なので、あらかじめ言っておきますが」

 

「大丈夫です。知ってる範囲でいいですよ」

 

最後の方を嫌味を付け足して強調して言うミツルに特に気に障る様子を見せず、店員は和かにそう答えた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ほんとに此処にいるんですかぁ?」

 

ある建物を四方余さず方位している4Cの部隊。その内の一つ、黒崎が

隊長として指揮している『クロウ部隊』に同行していた札森は気怠そうに言いながら、ポリポリと頭の後ろを掻く。

 

「まぁ調査班も無能じゃねーからな。一応は」

 

そんな彼に答えたのは黒崎だった。

黒崎隊の隊長である彼はよく使う武装である対アマゾン仕様にカスタマイズされた『H&K MP5』と呼ばれるタイプのサブマシガンを手に、銃身を肩に乗せた状態でヴィスト・ネクロが潜伏しているビルを仰ぐ。

 

「よくもまぁ、こんなとこに堂々と潜んでやがるなぁ敵さんは」

 

「こういうのが逆に怪しまれないってヤツじゃないですか?」

 

人気のない場所より、逆に敢えて人が多く、更に目立つ場所に拠点を設けて何層にも情報的・視覚的カモフラージュをかけておけば、心理的盲点を突くことができる。

実際これまでヴィスト・ネクロが関与している事件の多くは、このような手口で及ばれており、気付いた頃には後の祭りといった顛末が殆どだった。

 

だがコロニー側とて、いつまでも辛酸苦汁を舐め回されている訳じゃない。

 

何の脈絡も兆候さえなかった巨大叫竜の出現に伴い、引いては前々から起きているアマゾンの謎の暴走現象を考慮しコレをヴィスト・ネクロによる犯行と仮定。

 

これまでヴィスト・ネクロの暗躍と暴挙を許してしまった原因はアマゾン同士による共鳴反応とアマゾンの存在を探知するレーダー、二つを無効化してしまう特殊なジャミング装置を利用していたのが原因だった。

 

この装置のサンプル奪取に成功した4Cはすぐに技術班、化学班の合同研究による解析。その結果から得られる情報を元に対抗策を講じようとしたものの、その過程は難航を極めた。

 

主な原因は、サンプルとなるジャミング装置のシステムが非常に難解なだった点が挙げれる。どうにも装置の機構やプログラミングが不可解と言っていいほどもので、それらを理解していくのに数年単位の月日を費やしてしまったのだ。

 

その間、ヴィスト・ネクロは拉致と重要施設の破壊を繰り返した。

 

そしてある年を機にこれまでの過激なテロ活動が唐突に消え去り、その後数年間は安泰だったものの、代わりにプランテーションへのテロ行為を蜂起。

 

どういう意図で、何故空白の期間を設けて。数年後というタイミングで魔の手を伸ばす標的をAPEへと変えたのか。ヴィスト・ネクロの真意が読めない以上、考えても仕方のないことなのだが、それが得体の知れない不気味さを漂わせていた。

 

とは言え、対抗策は何とか見出された。ジャミング装置を無効化する特殊なレーダーシステム『トゥルーアイ』を開発。

 

トゥルーアイを用いた建物の調査の結果、コロニーのアマゾンならば必ずある筈の腕輪の反応が見受けられないアマゾンの反応が多くある事が判明。

 

判定は確かな黒となり、今こうして4Cの部隊が出動し、蟻1匹さえも逃がさないよう包囲しているのだ。

 

「黒崎隊長。近辺の住民の避難が完了し、こちらも装備調整及び包囲網体制は万全。いつでも突撃できます」

 

「分かった。おい赤松。そっちはどうだ?」

 

『問題ない。いつでも行けれる』

 

右耳に装着したインカム型通信端末で自身の反対方向である西側にいる赤松へと連絡を取り、いつでも出れるという返答を貰う。

 

続いて南側で待機している青井隊を指揮する『青井雉咲(きざき)』に連絡を入れる。

 

『こちらも問題ありませんわぁ〜。いつでも』

 

甘ったるさを含ませた女性の声。それが耳朶に染み込んでいく感覚に黒崎は嫌気が差すのを無視できなかった。

 

「青井ぃぃ……そういう感じの声出すのやめろ」

 

『あららぁ〜、またですの?』

 

実のところ黒崎は青井の甘ったるさを含ませた感じの声と口調が出会った当初から気に入らず、なるべく会わないよう心掛けているのだが……このように合同任務で顔を合わせたり、会話しなければならない状況の場合、無駄とは思いつつ、とりあえず注意するといったスタンスでやっている。

 

『私の個性というものですからぁ〜、仕方ありませんわぁぁ』

 

「……ホワイトフィール。特に問題ないか?」

 

これ以上会話していても仕方ないと通信のチャンネルを変えて、今度は北側に配置されたホワイトフィール部隊を指揮する『アリア・ホワイトフィール』に問題の有無を確認。

 

『大丈夫です! こっちも行けれます!」

 

幼さを残しつつ、凛とした溌剌の良い少女の声でアリアは答える。四部隊の中で最年少だが、その腕は確かなもの。

 

……性格の方は難あり、だが。

 

「分かった。……所長。許可を」

 

アリアからのOKを聞いて、最後に4Cの四部隊を動かす最高決定権を保有するヴォルフから出撃の指示を仰ぐ。

 

「許可する。抵抗しなければ捕縛を。だが殺意をもって抵抗するなら、容赦はいらない。速やかに排除しろ」

 

所長室から送られるヴォルフの厳格なる言葉は建物を包囲する四部隊の隊長たちに通達され、後は決行に移すだけだ。

 

「突撃しろ」

 

「突撃開始ですわぁ〜」

 

「突撃!!」

 

「行くよ!」

 

それぞれの隊長の突撃の合図。それによって四部隊は建物内部へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

屍獣の巣への突入



先月投稿できなかったので、その分も含めて2話連続投稿です。

世の中コロナのあれこれで大変ですが、頑張りたいと思います。







 

 

 

 

 

 

 

「4Cにおける精鋭四部隊の突入を確認。経過は逐一報告すると」

 

 現場にいる隊員からの通信連絡。それを左耳に装着されたインカムで受け取ったロシュウは経由する形で4C所長であるネロへと報告する。

 

 それを聞いたネロは一言『ご苦労』と告げた。

 

「"門矢士"に関する調査の程は?」

 

 そして後に続いた言葉は『門矢士』の名とその人物における調査の進行具合を問いかけたものだった。問われた側のロシュウは、どこか歯切れ悪いといった表情を滲ませる。

 

「……全く。"まるで初めから無かった"としか

 言えないほどに」

 

「……なるほど。文字通り『正体不明』と言う訳か」

 

 門矢士という一人の男の存在を知ったのは鷹山とヒロがアマゾン専門の医療機関施設へと運び込まれたにも関わらず、同時に忽然と消えてしまうという異常事態が発生してから数時間後のことだった。

 鷹山とモニター越しで会話していた最中、突如として鷹山の背後から銀色に輝き水面のように波打つ何かが発生。

 そのまま流れるようにスライドし鷹山に通過した瞬間、寝ていたベッドだけを残してそのまま鷹山本人は消え失せてしまったのだ。

 目を見開き起きていながら夢でも見ていたのか、と言われかねない荒唐無稽な現象の一部始終を目撃したネロの心境は驚愕と己の理解を超えた事象に対する混乱が入り乱れ、軽いとは言え一種のパニック状態に陥ってしまった。

 しかし何とか荒ぶる精神を抑え、冷静に二人が運ばれた施設へと4Cの部隊を派遣。すぐさま施設内部を隈なく捜し尽くしたものの、鷹山の姿は影さえも見つからず。

 それどころかヒロの姿もない有様だった。

 そして程なくしてある一通の電子メールが届いた。それもある回線を用いて、だ。

 色々と他者に知られてはならない情報を有するネロは、通常業務で用いる回線とは別に秘書にして補佐でもある信頼深いロシュウにしか教えていない、文字通り『自分とロシュウだけしか知らない極秘回線』。

 そこから経由されたメールという事実に驚愕を隠し切れないまま、恐る恐る開いてみる。

 

 差出人は、あの門矢士だった。

 

 

『第13プランテーションが叫竜に囚われた仲間を救出する作戦を開始する。特に何もするな。余計なこともな。

 

 それと、こいつを見とけ。

 

 ヴィスト・ネクロが拠点にしてる建物の内部構造と位置情報だ。

 

 俺の事を探ろうとは思うなよ? まぁ、やっても無意味だろうがな。事が済んだら手早く準備をして襲撃なり奇襲なりしとけ。

 

 連中が何かとんでもないことをする前にな……念を押すが作戦中に余計なことはご法度だ。バラされたくない事の一つや二つ、あるだろ?』

 

 

 以上が内容の全てである。

 

 何処の馬とも分からない奴の物言いにわざわざ従う道理などないが、前提としてネロはAPEに属する第13都市セラススが進める対叫竜の

 作戦に介入する気は毛頭ない。

 自分達でも対処が極めて不可能に近いほど困難な大型叫竜を相手にどうにかできないからこそ、その為に13部隊にコロニーへと来訪してもらったのだ。

 問題は最後の一文……まるで、お前たちの秘密を知っているぞ、とでも言いたげなニュアンスの文面。

 こちらの心理を利用し、掌握する為に誘導する一種のブラフの可能性もあるが、徹底的に秘匿された極秘の回線を用いて、このメールが送られて来た事を鑑みると決して虚言だと切って捨てられない。

 

 ここは言う通りにした方が得策だろう。

 

 そう判断した直後、プランテーションから通信が入った。内容は囚われた仲間の救出作戦。

 あの叫竜がいかに危険なのかについては、送られて来た情報から把握済みである。

 コロニー全体を丸々覆い尽くすほどの威力を有するなど、もはや核爆弾だ。

 そんな相手に迂闊に手を出すのは得策ではない。明確な対策が見出され、その安全性と危険性を他諸々を検討し議論。そして最高議長の判断で最終的に可決されるまでは大人しくしていた方が無難なのだ。

 

 しかし彼等はそれまで待つ事などできない。

 

 13部隊の隊長とそのパートナーの命はフランクスの生命維持機能によって守られているが、そう長くは保たないのが現状。

 故にどうしても、と懇願に近い許可を求める要請が来たのだが、ネロとしてはコレを退けたかった。

 中に囚われたコドモ二人の命を見捨てる形にはなるが、それでもコロニーの安全を守る組織の長として要請を退けなければならない。

 これが引き金となって爆発でもしたら、全てが灰塵に帰すのは目に見えている。だが門矢士から送られて来たメールの件もある。4Cが秘匿保有している機密情報がヴィスト・ネクロへと横流しされる危険性も放って置く訳には行かず。

 結果的にネロは全責任を覚悟して、個人の独断で救出作戦に許可を出した。

 

 作戦自体は結果的ながらも成功。

 

 それに伴い、叫竜も撃破できたのは思わぬ福だった。

 

 まぁ……その分、ネロの諸々の後始末が大変な事になったのだが。

 

 それはさて置き。以上の経緯から門矢士によって齎されたヴィスト・ネクロに関する情報の真偽を図る為、メールに記された拠点とその身辺

を調査。

 その際、最近開発された対ヴィスト・ネクロ用の特殊レーダー『トゥルーアイ』を実践的に投入するという、謂わば起動テストを兼ねた形で

実行した結果……紛れもない真実だった。

 

「門矢士という人物の思惑がどうあれ、目下の最優先はヴィスト・ネクロです。奴等が何かしようとしているなら止めないと」

 

 門矢士をいくら調べようとも分からない。議論もするだけ無駄。ならば不毛な事柄に目を向けているより、影でコソコソと暗躍している輩を

締め上げる方が有意義だろう。

 

 この観点のみに集約すべきだと語るロシュウにネロは当然とばかりに不敵な笑みを浮かべる。

 

「ああ。もちろんだよ。その為に精鋭四部隊を余すことなく投入させたからね……屍獣狩り、始めてやろうじゃないか」

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「あ〜れま、大変だこりゃ」

 

 建物に何箇所か設置してある監視カメラが何者かによるハッキングを受け映像が停止。そして大勢の気配がこの建物の内部へと踏み入れて来るのを感じた彼女は……ブラッドスタークは、頭を掻きつつ、あくまで呑気にそう言う。

 

「まぁ、予想してたけど」

 

「スターク様!」

 

 監視室にいたスタークに声をかけた白い防護服の研究員がアタッシュケースを差し出して来る。それを見たスタークは笑みを浮かべた。

 

「完成した?」

 

「最終調整は完了しました。後は専用の例の装置に装填し、起動すればいいだけです」

 

 研究員はそう言い、アタッシュケースの中を見せる。中には長方形の形状をしたガラス製容器が三つ収められており、その中身は例の溶原性

アマゾン細胞が大量に含まれたあの液体だった。

 

「グゥ〜ット!! これで計画を実行に移せるね」

 

「しかし、奴等がここに来てしまった以上、他の研究サンプルは……」

 

「それは放棄するしかないよ」

 

 にべもなくスタークは惜しそうに物申そうとした研究員の意見を切り捨てる。

 

「今後のことを考えれば、まぁ惜しいかもだけどいくつかは本部に送ったんだ。状況が状況なんだし、この拠点と諸々は放棄すべきだと思わない?」

 

 至極真っ当な意見に研究員は何も言えなかった。敵が侵入して来たことはとうに察知している。しかしこの施設で研究していた資料、そして

成功例の溶原性アマゾン細胞のサンプルを捨て去るのは長期間ここで研究していた彼にとって惜しいことこの上ない。

 

 だが、命あっての物種。

 

 背に腹は変えられない。

 

「失礼しました。では、早く避難を」

 

「元からそのつもりだよ……と言いたいけど、そうは問屋が卸さないようだね」

 

 

 バァァンッッ!! 

 

 

 爆発音と共に自動ドアが破壊され、雪崩れ込むが如く武装した4C隊員が一斉に銃を構える。

 

 耐久性の高い繊維で編み込まれた白い服装と同色の防弾ベストから、ホワイトフィール部隊だろうとスタークは内心結論付ける。

 

「動くな! 両手を頭の後ろにやれ!」

 

 隊員の一人がそう叫ぶ。研究員は渋々といった様子で従い、スタークは特に抵抗の意思を見せず素直に従った。

 

「これは何とまぁ……大所帯で来たもんだね」

 

「口を閉じろ。発言は許可されていない」

 

「固いこと言うなよ。そら、選別だァァ!」

 

 しかし実際のところスタークが大人しく言われるがまま等、有り得なかった。

 選別と称して彼女が隊員たちに向け放ったもの。それは紫の菱形を成したエネルギーの塊。

 それを自らの頭上にて発生させ、放たれたエネルギーは音速をもって隊員全ての頭部へと命中し、そのまま絶命させた。

 

「あぁ〜危ない危ない。計画に使うコレをやられちゃ困るってのに」

 

 そう言ってアタッシュケースを撫でるスターク

 だが、時間をかけず無傷で4Cの中でも精鋭に入る四部隊の隊員らを抹殺せしめるその手腕は研究員に驚愕と畏怖を抱かせるのに十分だった

 

 しかも、あくまで余裕だったのだ。

 

 余裕に10人をほぼ同時に殺して見せた。

 

 実力の程が馬鹿でもよく理解できるだろう。

 

「本当ならフォトンミストでとんずらする方がいいんだけど……まぁ、いっか」

 

 フォトンミストとは、ヴィスト・ネクロが長距離の移動を短時間で済ませる為のあの瞬間移動現象である。幹部は全員フォトンミストを生成する器官を体の内部に施されており、意識次第で体から噴出させ、自身をその場から瞬時に離脱することが可能となる。

 またプロフェッサーはフォトンミストを他者に対して使用することができ、距離の感覚と相手の位置を把握さえしていれば距離にどれだけの長い間があろうと、問題なく他者をその場から離脱・移動させることができる。

 かつてザジスが13都市に侵入し、アルファと交戦中に消え失せたのもプロフェッサーだけが持つフォトンミストの力によるものだ。

 当然他の幹部にこのような芸当はできない。

 

 では、何故プロフェッサーだけなのか? 

 

 そんな疑問が浮上するが現状その理由を語れるのは、そう采配した十面姫のみ。ちなみに幹部以外ではAランクが使用することができるが、幹部のように体内に器官はなく、代わりに錠剤カプセルの形状をしたアイテムを必要とする。

 このフォトンミストの発案・発明者は他でもないスタークだ。

 彼女は幹部とは違い、体内に器官もなければ、アイテムも使わずに行使する事が可能で、どういった原理かは誰にも分からない。

 ともあれ……どうやら彼女はフォトンミストを使う気はないようだ。

 

「4Cがどの程度なのか見ておくのもいいかもね。で、君はどうするの

?」

 

 スタークはそう言って、研究員を見る。

 

「ボク個人としては逃げるのがオススメだけど?」

 

「……いいえ。これでもヴィスト・ネクロの一員。我が牙にかけて戦います」

 

 そう言って研究員は身を守る防護服と顔を保護する為のガスマスク。身に付けたコレらを内側から引き千切るかのように、破り捨てていく。

 そして、人としての形態ではなく、蒸気と共にアマゾンとしての姿が現れる。

 

 それは、ハイエナだ。

 

 ライオンと犬猿の仲と称され、獲物を横取りするイメージの強い肉食獣。最大の武器は硬い骨を容易く噛み砕く顎の力だろう。

 アマゾンである為、普通のハイエナの数倍にまで引き上がった力は鋼鉄を紙のように引き千切ることが可能となっている。

 硬度に自信のあるアマゾンでも、やられれば一溜りもない。

 

 それほど強いのだ。

 

 とは言え、この研究員のランクはあくまでB。四部隊の隊長……例に上げればバッファローアマゾンの赤松相手では容易くいなされるのがオチであろうが。

 

「じゃあ、別々に動くとしよう。キミは雑魚の相手をお願いね。ボクは、四部隊の隊長さん達と少し遊んでから行くよ」

 

「……あの、しかしスターク様はソレをお持ちでは……」

 

 言いづらそうに指摘するのはヴィスト・ネクロが計画する本作戦において重要なファクターである溶原性アマゾン細胞。その完成サンプルだ

 これを持っている以上、気楽な心構えで4Cを相手に戦闘など、果たして正しいか? 少なくとも研究員はそうは思わないだろう。

 だったら相手になどせず、逃亡に徹した方がいい筈なのだ。

 

「あー、なるほど。確かに計画に必要なコレに何かあったらマズいよね

まぁ、それは分かる。けど問題ないよ」

 

 そう言ってスタークはハイエナアマゾンの目を覗き込むように視線を向ける。不思議とバイザー越しにうっすらと見える瞳は、紫色の妖しい光を宿していた。

 

「質問はしない。そのまま行ってね」

 

「……了解しました」

 

 困惑した雰囲気を途端に無機質なモノヘ変化させたハイエナアマゾン。

 彼は彼女の言われた通り、一切無言のまま4C隊員が入って来たドアとは別の右側のドアからそのまま監視室を去っていく。

 それを確認したスタークは反対方向の左側にあるドアから監視室を後にする。

 

 長い通路を特に慌てず、騒がしくしたりせずといった様子を保ち、アタッシュケースを片手に優雅で落ち着いた足取りで歩み進んでいく。

 

「そっちはどう? プロフェッサー」

 

 ふと、そんな呟きが誰の耳に届かず虚空へ消える……。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「撃てぇぇッ!!」

 

 雄叫び上がる声を合図に複数の銃撃音が鳴り響く。無数の薬品の液体らしきものが入った円筒状のタンクと何らかの実験をしていたと思われる真新しい人間の死体が乗せられた台。

 そこそこ広さを持つ実験室では研究員が変身したアリアマゾンを相手に順調に殲滅していた。

 

 一応、言われた通り任意同行を求める警告をしたが、それに素直に従う訳もなく。

 殺意を露に、牙を剥いて襲いかかって来たアリアマゾンをギガの銃弾で次々と仕留めていく。所詮研究員は皆DかBクラス程度のアマゾン。

 一般人でもアマゾンに対する知識があれば殺すことはできずとも、対処は簡単にできてしまうような輩である。

 

 故に精鋭部隊の一つ……蒼いカラーリングの特殊スーツにライトブルーの強化パワードスーツを身に纏った青井部隊にとって、大した敵ではなかった。

 

「隊長! 鎮圧完了しました」

 

「ええ。ご苦労様ですわぁ」

 

 青井部隊が突入した出入り口から、一人の女性が一歩一歩と。

 ゆったりとしながらも、何処か油断も隙もない張り詰めたような雰囲気を纏うその女性は、戦場には似つかわしくない服装だった。スカイブルーを基調とし、三日月の模様が全身に刺繍され、首元が幅広く。両腕と腰と足を覆うスカート部位に白のフリルがある貴族風のドレス姿。

 誰の目から見ても、似つかわしくないと思うのは明白だろう。

 命を奪い合う戦いの場にドレスなんて、とそう思うのが普通だ。

 だが彼女……『青井雉咲』にとってコレは正装なのである。誰が何と言うともだ。

 

「あ、青井さん来てたんだ」

 

 別のドアを勢いよく蹴り上げて入って来たのは、アリア・ホワイトフィール。白髪のボブカットヘアに赤い瞳が特徴的な少女で、部隊の証でもあるホワイトカラーのタイツ系統の特殊スーツを装着している。

 ホワイトフィール部隊は俊敏なスピードに特化した戦術、戦法を専門とする為、こうした軽快でスピードを十全に活かせることが重要なので他の部隊と比べると重装備ではない。

 その部隊を指揮する彼女はどういう訳か。

 一人で青井が率いる部隊が制圧した研究室へとやって来た。

 疑問に思いつつ、内心ある予想を立てながらも青井は一応問いを投げかけた。

 

「アリアさんお一人?」

 

「はい。私の部隊は指定した階層の制圧が完了しましたから。個人的な所用で残りのアマゾン見つけてはアレやってたんですけど、いつも通り適当に一人で突っ走ってたら、こっちに来ちゃいました!」

 

「……そうですか」

 

 活気よくハキハキと素直に答えるアリアに対し、思わず呆れた溜息を青井は自身の口から漏らしてしまった。既に彼女は知っている事だが、アリアは部隊を率いる隊長の立場にある人間とは思えない程、単独先行を好むという厄介な性分を抱えている。

 とは言え、ただ無責任に自分の部隊を放っておくなどと、立場に伴う責任を理解してない様な愚行はしない。状況を観察・検分し、それに応じたタイミングで単独行動を開始する。

 今回の場合、アリアが率いるホワイトフィール部隊は北側の全階層各エリアにおける制圧・敵の無力化を担当しており、彼女の言葉通りなら既に制圧は完了しているのだろう。

 

 無論、襲い掛かって来たアマゾンも駆除済み。

 

 ソレがどんなモノであれ、与えられた任はきちんとこなすのがアリアである。つまるところ『やるべき事はやったのだから、自分の行動に関して文句言うな』といったある種、傲慢とも取れる性分の持ち主。

 ちなみに付け加えておくと彼女が単独行動を好む理由は『一人がやり易い』とか、『他人がいると足手まとい』、といったテンプレートなものではない。

 彼が単独行動を実行するのは"自分が開発した武器を周りを気にせず

、存分に敵に対して実験したいから"、という理由。アリアが『アレをやっていた』と言っていた意味がコレだ。

 

 控えめに言っても、マッドサイエンティストな動機だろう。実質彼女は4Cの一部隊を指揮する隊長であると同時に技術顧問の研究者としての側面も持っているので、科学者であることは事実だ。

 

 それだけなら別にいい。

 

 文武両道という言葉を現実にこなしているのだから。確かな結果を残している以上、それ自体をとやかく言うのは合理的ではないだろう。

 しかし問題なのは性能の検証や実験を実戦現場で直にやってしまうことなのだ。

 曰く、ぶっつけ本番の方が手っ取り早く見定められるから、らしい。

 頭脳を扱う研究者にも関わらず、脳細胞の代わりに筋肉の繊維をこれでもかと頭に詰め込んだような理屈は、誰の耳から聞いても到底理解できたものではない。青井もその一人だ。

 

 仮にいたとすれば、かなりの変人に違いない。

 

 そんな彼女だがマッドな一面はあれど、だからと言って誰かを傷つけ、最悪命を奪うことを平然と良しとする性格ではない。

 そうでなければ自分から部下の側を離れるような真似はしない。自分の個人的な実験で部隊の仲間を傷つけたくないからこそ、アリアは単独行動を取ろうとするのである。とは言え……常識的に言えば、そもそも新しく開発したばかりのものを、現場で即試すような実験をしなければいい話なのだが。

 

「で、いつものアレはもうやり終えたのですか?」

 

「はい! いや〜おかげで良いデータが手に入りましたよ!」

 

「たしか……」

 

 何かを言おうとした青井の通信端末にコールが入る。アリアにもだ。

 

『こちら赤松。西側の各階層及び、全エリアの制圧が完了した』

 

『黒崎部隊、東側もOKだ。そっちは?』

 

 通信で真面目な口調で報告する赤松と、面倒な仕事が終わった風体で気怠そうな報告を入れる黒崎の声。

 

 内容は制圧完了の報せだった。

 

「終わったのですか? こちら南側も完了ですわぁ」

 

「ホワイトフィール部隊も同じく!」

 

『そうか。とりあえずこれでこの建物の東西南北、各階層全域を攻略したってところか?』

 

「色々とソレらしいモノ沢山を見つけました。やはり、ここは確実にクロで間違いないですね

 

 アリアの言葉に口には出さないが東側にいる黒崎は内心同意する。

 建物を探索すればするほど、人体実験の過程で死んだと思わしき老若男女問わないコロニーの市民と思わしき人間の死体。

 中には一体何をどうすればこうなるのか、と問いたくなる程に通常の人体の形から、大きく変質してしまったモノまである。

 

 はっきり言って、胸糞が悪過ぎた。

 

「!!ッ」

 

 突然、何かが自分達めがけ降下して来る気配を逸早く感じ取った青井は、ドレスのスカートを惜しみなく押し上げ、"足輪の付いた右脚"で

その何かへと蹴りを繰り出す。

 まともに蹴りを喰らったにも関わらず、その何かは床へと這い蹲るように着地すると、そのまま二本の足で立ち上がる。

 

『……』

 

 それは、漆黒のアマゾン。

 

 アルファとイプシロンが討伐したあの黒いアマゾンに形状こそ似ているが、両腕。両足。胸。

 それら三つの肉体パーツに紫色に妖しく輝く、まるで"蛇が巻きついたような"謎の装飾らしきモノを身につけていた。

 

「青井さん!」

 

「部隊のみんなは下がってた方がいいですわぁ。だってコレ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結構、お強いわよぉ? 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「やっべぇぇ! 此処どこだよぉぉ!!」

 

 ゾロメは何故か一人で、少し錆びれた建物が密集している路地裏にいた。理由は単純にハグれてしまったからだ。ゾロメとしてはコロニーへの来訪が今回で初めてだったこと、更に性格も災いして、みんなより先んじて見たこともない新しいモノで溢れた街に目移りしていった。

 

 しかも気分的に高揚していたので仲間のことに気配りできず、勝手に

一人で突っ走って、この様と言うわけだ。

 

 おまけに道中、はしゃぎまくっていたせいか連絡する為に必要な例の端末を何処かに落とすという、これまたベタな事をやらかしてしまって

 おり、当然ながらみんなと連絡が取れないで適当に彷徨っていたら、訳も分からずここへ来てしまったのである。

 

「はぁぁ。どーすんだよコレ。なんか人もいないし、誰かいりゃあな…

…」

 

 人がいれば4Cセンターへの道を聞くことができ、そこに戻って仲間のみんなに連絡を入れるということが可能だが、残念ながら人っ子一人いやしない。

 ならば他の案をと頭を捻って、ゾロメなりに考えてもコレと言った案が全く思い浮かばない。

 

 このまま当てもなく探さなきゃいけないのか。

 

 そんな考えが不意に頭を掠めたその時。

 

「どーしたのお兄ちゃん」

 

 背後から小さな女の子の声が耳朶に届く。

 

 振り返って見てみれば案の定五歳位の女の子がいた。灰色のセーターを着て、ピンクのスカートを履いたショートヘアの女の子は、不思議そうにゾロメを見ていた。

 

「な、なぁ! 4Cセンターって建物に行きたいんだけど、教えてもらえないか?」

 

「4Cせんたー? 分かんない」

 

 淡い希望を抱いたゾロメだが、最も容易く打ち砕かれた。全く知らないようである。

 

「そ、そうっすか……」

 

「あ、けどお父さんなら知ってるかも!」

 

 だが、天はゾロメに微笑んだようだ。女の子は自分は知らずとも、自分の父なら何か知っているかもという提案を示し、ゾロメはそれに乗る

ことにした。

 このまま彷徨っていても、目的地に辿り着けるかどうか分からないからだ。

 

「じゃ、じゃあお父さん……だっけ? その人のとこに案内して貰ってもいいか?」

 

「うん! ついて来て!」

 

 そう言って女の子はゾロメの手を引いて、案内を務める事になった。

 

 

 

 

 








感想待ってます!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オトナと大人

※ 少し文章を追加しました。


 

 

 

 

「こっちだよ、お兄ちゃん!」

 

 小さい手に引かれて、清潔感が消え去り、どことなく汚い印象を雰囲気として臭わせる通路をゾロメは足早に通り過ぎていく。

 

 やがて、何軒かのレンガ製の民家が並ぶ開けた場所へと辿り着いた。

 

 端的に言ってしまうとボロ屋と呼ぶ他にない程、家の一つ一つが所々崩れた痕や罅割れ、金属版の屋根の部位に至っては目に止まるほど錆びていたりと。

 こういった具合で人が住む所というには、あまり相応しくないと言わんばかりの廃れた環境だった。

 

 しばらく歩いて行くと他の建物と比べて、少し大きい一見の民家が見える。

 

 大きさ以外で言えば特に何も特筆すべき箇所はなく、他と同じようにレンガ製で屋根が金属板という感じだ。

 

 そして、その家の前では、一人の男性と女性が家の壁際に置かれた花々に水を与えていた。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 一目散にその二人へと駆け寄る女の子に対し、そう呼ばれた男性と女性は和かな表情を浮かべ、花の水やりを一旦中止する。

 

 どうやら女の子の両親のようだ。

 

「お帰り、ハル」

 

「うん、ただいま! あのね、あのお兄ちゃんが迷子なんだって!」

 

 子供にばかり目が行っていたせいか、ゾロメの存在に気が付かなかった彼女の両親は、娘の人差し指が示す方向へと視線を変え、初めてその

存在に気付いた。

 

「す、すまない! えーっと……道に迷ったのかな?」

 

 わざとじゃないにせよ、ゾロメに気付かなかったのは事実である。失礼をしてしまったという申し訳なさから、ハルと呼ばれた女の子の父親は謝罪を述べつつ、要件の概要を求めた。

 

「あ、それが……俺、コロニーの人間じゃないですから道に迷っちゃって……」

 

「コロニーじゃない? もしかして、プランテーションの子なのか?」

 

「はい。俺、こう見えてフランクスのパラサイトですから!」

 

 自信満々にゾロメは、自らがフランクスのパラサイトである事を堂々と告げる。

 ハルは何を言っているのか理解できてない様子だったが、ハルの両親は心底驚いていた。プランテーションを守る対叫竜兵器フランクス。

 その存在は一般市民である彼等も知識として把握してはいるが、それでもそのフランクスに乗って戦うのが10代前後の少年少女であるなど

、思いもしなかったのだ。

 単純にそこまで情報が無かったのが原因なのだが、それでもコロニーの"人道的倫理観"を考慮すれば操縦する人物は大人だと。そう考えのが自然である。

 

 しかし、それを裏切り真実は"大人ではなく、コドモなのである"。

 

「ねぇねぇ、"ふらんくす"って、なーに?」

 

「でっけーロボットのことだよ。それに乗って叫竜と戦うんだ」

 

「うそくさーい」

 

「なぬぅッッ?!」

 

 幼い懐疑的な視線がゾロメを真っ直ぐに貫く。どうやら、ハルの中で迷子になるような自分より年上の少年が巨大ロボットに乗って戦うなど

、容易に信じるには至らないらしい。

 

「ホントだっての!」

 

「まぁまぁ。とりあえず、4Cセンターに行きたいんだよね? 送るよ」

 

 ハルの父親はゾロメを宥めつつ、そう言う。

 

「あ、すみません。ありが……」

 

 ぐぎゅるる。

 

 ゾロメが親切な対応に礼を言おうとした直後、突然響いた謎の音。その音源は間違いなく彼の腹部。つまり、胃だ。

 

「こ、これは……その!」

 

 ハルとその両親からの視線が集中する。

 

「ああ。そう言えばもう昼だったね」

 

 ハルの父親は腕時計を見る。

 デジタル式のもので、黒いディスプレイに表示された緑の数字は12時38分を表示している。

 加えて、ゾロメは可能な限りあちこちを巡ってみんなのことを探し回っていたせいもあり、それなりにエネルギー(カロリー)を消費していたりするのだ。

 

 腹が鳴るのも、無理ないだろう。

 

「ふふ。よかったら一緒に食事でもどう?」

 

 そんなゾロメを見かねてか、ハルの母親が食事の同伴を提案する。

 それにハルの父親も便乗するように勧め始めた。

 

「ああ、いいね。食材も丁度多いし」

 

「え、い、いいんですか?」

 

「急いでなければ、だけど」

 

 和かに笑うハルの母親はそう言うが、ゾロメの中で遠慮の二文字が浮かび上がっていた。会ったばかりなのに食事を一緒にしてもいいのか、という気持ちからだが、しかしこの空腹感をどうにかしたいと本能的な部分が訴えかけて来てもいる。

 

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

 結果。ゾロメはこの家族のご好意に甘えることになってしまった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「あらら〜お盛んですねぇぇ」

 

 全く知り得ない敵の出現に対し、容易く動揺を見せるほど青井は部隊の指揮を執る隊長として立っている訳ではない。

 

 "ソレ"がアマゾンであることは間違いない。

 

 "同種としての共鳴による感覚"が揺るがぬ事実として訴えかけているのだ。

 ただ違和感も混じっている。通常のアマゾンではない何かがある。一目見たことと、自身の感覚を考慮しての青井の判断である。

 

『……』

 

(さてさて、どう打って出ましょうか……)

 

 青井は静かに敵を見据えつつ、だが油断という隙を見せることなく思考する。

 

 青井とアリアの眼前に現れた、例の漆黒のアマゾン。一応、報告自体は耳に入れてある為、断定するのに時間は掛からなかったが報告と違う点がある。

 まず、頭部を除く両腕両足。胴体に巻きく蛇だ。正確に言えば、蛇の装飾品と思わしきモノ、と表記する方が正しいかもしれないが、とにかく最初に目撃された個体とアマゾン専門の医療施設に現れた個体の双方には無かったものだ。

 

 つまり、このアマゾンは全くの別個体。

 

 巻きついている蛇の装飾が何を意味するのか。それを十分に説明するだけの情報も、それに基づく根拠もない。本当にただの装飾……あるいはそう見えるだけの身体のパーツかもしれない。

 

 だが、その可能性を青井は否定する。

 

 アレは、ただの装飾品や蛇に似ただけの身体の一部でもない。隊長という地位に就く実力者としての感覚がそう告げていた。

 

『人様の家に上がり込んで大胆なことするじゃないか。いやはや、4Cってのはいつからノーアポで突撃するテロ集団になったんだ?』

 

 ほんの少しの間の、緊迫した空気を容易く壊したのは漆黒のアマゾン

。4CからはUAB(Unknown Amazon Blackの略)と呼ばれている一匹から発せられている、明確な人語だった。

 

「お喋りお上手なのねぇぇ。でもぉ、テロはそちらの方でなくて?」

 

 アリアや部下達が驚き、内心動揺が広がる中で青井は特に驚いた様子はなく、皮肉をふんだんに込めてそう返す。

 

 

『あ、そう言えばそうだな。悪かったよ』

 

 ついうっかり。そう言わんばかりに手で自分の頭を叩くような剽軽的な態度を取るUABだがその実、全く隙を見せてはいない。

 

「任意同行……って、してくれませんよね?」

 

『うん。勿論。じゃなかったらいきなり奇襲なんてしないでしょ』

 

 そう言って、首を横へ斜めに傾けて一体何を言ってるんだ、とおかしそうなジェスチャーを取るUAB。アリアの言葉に対しての返答は明らかな敵対宣言。ならばソレを受けた以上、ここから先、必要に迫られれば相応の行動を取らなければならない。

 

「両部隊隊員は速やかに撤退を。アレのお相手は私とアリアさんで務めますわぁ」

 

 口調自体は変わらない。が、それでも少しばかりいつものおっとりさを落とし、厳格な雰囲気を纏わせて指示を出す青井の言葉に隊員の1人が抗議する。

 

「待って下さい! 隊長たち2人だけというのは……」

 

「それだけ強いってことです。みんなを守りながら戦えるほど、甘くないですよアレは」

 

 言い方は悪いが、今ここで援護されても邪魔なだけなのだ。

 

 そこそこ広いだけの空間では、ゾロゾロと味方が密集していても戦いづらいだけだ。それにどう足掻いても多数の犠牲者が生じ、その全てが自分達の率いている部隊員たちに成り果ててしまう。

 

 それだけ、UABは戦闘能力の面で非常に危険な存在であるのだ。

 

「分かりました……行くぞお前ら」

 

 隊長格である実力者2人が口を揃えて言うのだから、単なる虚言として片付けることなどできないと判断した青井隊の隊員たちは、隊長補佐の指示に従いその場を去っていく。

 

「アリア隊長……ご武運を」

 

 ホワイトフィール部隊の隊長補佐も同じように他の隊員たちにジェスチャーで指示を送る。去り際、アリアを案じる言葉を残しながら。

 

 青井部隊とホワイトフィール部隊の双方の隊員たちが余さずこの部屋から出て行くのを確認した青井は、特にアクションを起こさず、律儀に

待っているUABにほんの少しばかり感心した。

 

「待っていてくれるなんて、お優しいのねぇ」

 

「用があるのはお前等二人だけ……いや、あと2人隊長格を入れて4人だけだからね」

 

 4人の隊長格。その言葉から瞬時に答えを青井は導き出す。

 

「黒崎さんと赤松さんのことですねぇ?」

 

『あー、そうそう。そんな名前だった』

 

 思い出したように、UBAは笑いながら言葉を紡いでいく。

 

『このボディの性能を知りたいのと、アンタ等4Cの精鋭隊長様がどこまで出来るのか知りたくってさ。向こうにもコレと同じのがもう一体来てる筈だよ。二人の内どっちかか、あるいは二人いっぺんに相手してるか。そこら辺は分からないけど」

 

 親指を自分に向けてコレと言う、まるで一つの物ような言い方に青井とアリアは違和感を覚える。

 まさか。遠隔操作されているアマゾン細胞を利用したアンドロイドの類なのか。そんな可能性が意図せず無意識に脳裏に浮き上がって来る。

 機械とアマゾン細胞を融合させること自体、さして不可能なことではない。

 現に4Cではアマゾン細胞を利用したバイオメカニック技術を確立させており、赤松もそうだが、アマゾンの隊員の為の専用ツールも開発されている。

 そういった同系統の技術をヴィスト・ネクロが保有していない可能性は低い。とは言え、この状況で生真面目にソレについて考えていられる程、向こうは時間を与えてくれる気はないらしい。

 

『えーっと……青井だっけ? "ならないの"?』

 

「……そう急かさずともぉ〜」

 

 ドレスのスカートをくいっと持ち上げ、太腿を晒す青井。

 

 晒したのは、右側。

 

 アマゾンレジスターと呼ばれるアマゾンの本能を抑える為の抑制剤が補填されている装置の、足輪型を見せつけながら獰猛な笑みを浮かべる

 

「きちんと、たぁ〜んと見せてあげますわぁ」

 

 レジスターの鳥の顔に見える部位に備わった、嘴に似た部位を上から下へと落とす。瞬間。

 

「アマゾン」

 

 ブオオオッという勢いで青や紫、白といった光が溢れて衝撃波となる。そのエネルギーに包まれながら青井はその姿を瞬時に変えて、人ならざる存在となる。

 

 やがて収まると全貌が顕となる。

 

 ウェーブ状に髪にも見える頭部のヒレの様な部位が艶やかに光り、両肩の波打つラインが奔る肩当てらしき部位からは左右共にゼラチン状の

触手が生え、藍と青の二色が全体を体色として染め上げている。

 両腕は幅の広い袖に見え、腰部には白いヒレ状の装飾が備わっている

 

 それは紛れもなくアマゾンだった。

 

 俗称として、電気クラゲとも呼ぼれる猛毒を有する、クダクラゲ目ヒドロ虫網に区分されるの生物『カツオノエボシ』の遺伝子を保有するカツオノエボシアマゾン。

 

 それが青井雉咲の正体である。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ほう。フランクスはそんなこともできるんだね」

 

「なんたってデカいですから! 凄いですよ」

 

「ふらんくすって飛べるの?」

 

「まぁ、俺の乗ってるのは無理だけどよ、仲間のはスッゲーよく飛ぶぜ。そりゃもう雲までと届いちまうってくらいにさ!」

 

 一軒の民家で食卓を囲み、ゾロメはハルやハルの父『ケンゴ』からのフランクスに関しての質問に少しお調子付いた様子で仰々しくも、素直に答えていた。

 

 献立のメニューは、白米と味噌汁。養殖の川魚というここまでは普通に和食なのであるが、どういうことかシチューとサラダがあった。

 

 何故和食と洋食がセットになっているのか。

 

 普通の感性を持つ人間ならまず問わずにはいられない光景だろうが、生憎ゾロメはご馳走があればそれで良い主義の全く考えないタイプなので、指摘するようなことはなかった。

 

 ちなみに理由は単純に家族揃ってシチューが大好物で、作れるだけの材料が余っていたから。

 

 軽く30〜40分だろうか。話し込んでいたのと食事の量が多かった為、それなりに時間が経ってしまったがどうにか完食。ゾロメは満足そうに腹を撫でては、一息吐き出す。

 

「ふうぅ〜。美味かったぁぁ〜」

 

「満足してくれてありがとうね、ゾロメ君。私も作ったかいがあるわ」

 

 テキパキと食器を片付けながら、満足気に浸るゾロメにハルの母親、『ハルカ』は作り手として礼を述べた。

 

「い、いえ! 礼を言うのは俺の方ですよ!! 見ず知らずなのに飯ご馳走してくれて……本当ににありがとうございます!」

 

 至極真っ当に筋が通った理屈を語る、礼儀正しいその様は普段のゾロメを知る13部隊のみんなが見れば、思わず信じられないとばかりに呆気に取られるだろう。

 気に入らない相手に食って掛かる短気な面から誤解されやすいが、ゾロメは今まで目上の者に対して無礼な行為や言動を吐いたことは一度もない。

 きちんと敬語を使い、それに相応しい礼儀作法もできるのである。

 そんな礼を欠かさないゾロメの勢い付いた態度を見たケンゴは、手でまぁまぁ、と制止するように宥める。

 

「困った時はお互い様。ましてや、それが子供なら大人として助けてあげるのは当然さ」

 

「??」

 

「どうかしたかい?」

 

 特におかしい事は何言っていない筈。

 

 事実、ケンゴは別に間違った事は何一つとして言ってはいない。

 

 このコロニーの常識で物を言えば、だが。

 

「あの、逆じゃないっすか? コドモがオトナを助けて、守るのが普通だと思うんですけど……」

 

 しかし、APEの常識で語ればそれは間違いだ。戦って守る側はコドモなのだ。フランクスに乗る才能を持つのはコドモしかおらず、オトナが乗ったところで動かすことなどできはしない。

 それがAPEにとってのオトナとコドモの関係であり、それ以外の形など有り得ない。

 

「……価値観なんて住む場所や時代とかでどうにもなっちゃうし、これが正しいって言うのは多分ないのかもしれないけど……」

 

 これはただの前置き。しかしその後に紡がれた言葉は……

 

「僕は、それは間違いだって思う」

 

 何故か。ゾロメの心に響く何かがあった。

 

「……どうして、ですか?」

 

 普通なら怒りの感情を覚える筈だった。

 

 ケンゴが言ったことは本人にその気がなくとも、コドモという存在の否定だからだ。

 しかし何故か、不快や怒りといった類の感情は湧き起こらなかった。湧き上がって来たのは、もっと別のモノ。

 

 上手く言葉として表現できない何かだった。

 

「だって、大人は力が子供よりずっとあるんだから。それだけ力があるなら、子供を守るのは当然のことだと思うんだ。子供はたくさんの可能性があるけれど、それを掴み取れるだけの力をまだ持ってない。だから、きちんと力を持つまで守る……って、僕はそう考えてる」

 

「そう、ですか……あの、ケンゴさんにとって、オトナってなんだと思いますか?」

 

 ゾロメは、そんな問いをケンゴに投げる。

 

「その、俺が知ってるオトナって、なんていうか……上手く説明できないんですけど、ケンゴさんやハルカさんとはだいぶ違うんです。俺が知ってるオトナは知りたいことがあっても答えてくれないし、コドモに名前をつけないで番号で呼ぶのが普通なんです」

 

「ちょっと待って。名前を呼ばないで、番号? でも君には……」

 

「このゾロメって名前、俺の仲間がつけてくれたあだ名なんです」

 

 正式な名前ではなく、あくまで渾名。

 

 それを知ったケンゴの顔に翳りが差す。心なしか表情が険しくも見える。

 

「ゾロメ君。人は番号で呼ぶもんじゃない。君の言っていることが真実なら断言しよう。APEの奴等は……大人どころか人じゃない」

 

 言葉の一つ一つに怒りを滲み出すようにケンゴはそう言い、ゾロメが何かを言う前に先言することで遮る。

 

「名前というのはね、単なる記号じゃないんだ。そこにはきちんと意味があって、思いがある筈なんだ。親が子に対する、ね。それをしないで番号だけで割り振って叫竜と戦わすというのが大人だと言うのなら、そんなもの僕は決して認めない」

 

 惜しむことなく、恥じることもなくハルの父はそう言う。

 オトナが聞けば妄言だと一笑に付すだろう言葉にゾロメは特に何も言わなかった。

 

 関心がない、とかではない。

 

 先にも言った表現できない感情の正体。それをハルの父の言葉をもって理解できたからだ。

 

 歓喜と尊敬と憧憬。

 

 溢れ出てくるこの感情を言葉や文字として当て嵌めるとするなら、これがゾロメの中で一番しっくり来るものだった。ゾロメはオトナに憧れ

、なりたいと思っている。だが、どういったオトナになりたいのか。

 

 そういった具体的な形がなかったのだ。

 

 "オトナは完全だからいい"

 

 "余計な感情に囚われず、他人との繋がりを必要とせず、歳を取ることもなく、食事による栄養摂取も必要とせず永遠に生きていける"

 

 そんな風に教えられたオトナという存在。永遠に生きられる。その一点に関して言えば、ゾロメは純粋に素晴らしいと思えた。

 当たり前だが、誰であれ程度は違えど死ぬのは怖いもの。それは生物としてこの世に生を受けた以上、当然の理だ。

 ゾロメもその一人であり、彼にとって死とは何もできなくなってしまうことと同義だ。

 美味しい食事を味わえないし、見ることも聞くこともできない。全ての感覚という感覚が無くなってしまい、大切な人にも会えなくなる。

 

 そうなりたくない。

 

 今のまま、生きているという感覚を在り続けたい。

 

 ゾロメはオトナになりたいのは、そういった生を求める本能によるものかもしれない。

 

 だが、それは『結果だけ』に過ぎない。

 

 永遠になって生きるのはいい。だが他者を必要とせず、食事も必要なくなるというのは口には出さずとも、ゾロメの中で抵抗があった。

 美味いものを食べ、気の合う仲間と他愛ない事を話したり、遊んだりする日々がゾロメにとっての幸福であり、願望。

 だからオトナになったとしても、その気持ちを。感情を失いたくなかった。

 ガーデンで自分達を育ててくれたオトナたちを見てきたゾロメは、その思いを常に抱いていた。

 情緒といったものが一切感じられず、コドモ達に接する際の対応に人らしい暖かさがない無機質さ。

 

 これがオトナ。自分がなるべき、未来の姿。

 

 その姿に幼少の頃から、人知れず不満を覚えていた。

 

 これじゃない。もっと違う筈なんだ。

 

 なら、どういった形が自分の中で正しいオトナなのか。今のままで在り続けることが? 背が高くなればいいのか? 誰もが認める人類にとって偉大な功績を残せばいいのか? 

 どれもしっくりこないし、最後の方は自分の力では無理だと実感している。

 

 かつて天才児だったヒロのようにはなれない。

 

 直接言われればムカつきを覚えると共に食ってかかるが、それについては本人が一番良く分かっている。

 

 オトナへの憧れは確かにある。

 

 しかし形が定まらず、今あるオトナの姿を否定するという矛盾をゾロメは抱えていた。

 故にハルの両親は己が知るオトナたちとは全く違っていた、求めていた答えに思えるものだった。

 

 暖かく、きちんと見て、心で思って言ってくれる。

 

 それだけでも、ゾロメにとっては嬉しかった。

 

 自分を正しく見て、共感してくれる目上の人間。これが自分にとって求めていたオトナの形。

 そう改めて感じたゾロメは、勢いよくイスから立ち上がると深く頭を下げた。

 

「こ、答えてくれてありがとうございます!」

 

「は、はは……そんな風に言われるようなこと、言ってないと思うんだけど……」

 

 ケンゴはゾロメの突然の行動に引き気味に苦笑すると共に困惑の言葉を零す。彼としては自分の思うままの価値観に基づく主観でアレコレと言っていただけのことで、綺麗な角度でドが付く程に真面目な謝辞の対応をされる覚えはないし、むしろゾロメに対して不快感や怒りを買ってしまったかもしれないと後悔した位だ。

 

 とは言え、稀有に終わったが。

 

「さて。じゃあ、そろそろ行こうか。結構時間が経ってるしね」

 

 食事を終え、時間を見て長く費やしてしまったと思い頃合だと判断したケンゴはゾロメを送ろうと立ち上がる。

 

 その時。

 

「ゾロメ〜!! どこにいんのよ〜〜!!」

 

 最も聞き慣れたパートナーの声が外から聞こえて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんの、馬鹿ァァーーーーーッッッッ!!!!」

 

「あべしッ!」

 

 ミクの怒鳴り声と共に飛んできた彼女の拳は唐突な上に速く、回避できず、ゾロメの右頬へと一気に食い込む。鈍い痛みに耐えかね妙な叫び声を上げるが、それでもなんとか足腰に力を込めて、倒れかけた身体を元の態勢に戻した。

 

「痛ってぇぇよ! マジで殴ることないだろ普通?!」

 

「勝手に突っ走って迷子になったアンタが悪いんじゃない!」

 

「んだとぉ?! だからって手が出るか普通!!」

 

 もはや恒例行事とも言えるゾロメとミクの痴話喧嘩。初めてソレを見たケンゴとハルカは呆気に囚われていたが、娘のハルはその光景が面白いのか腹を抱えて笑っていた。

 

 一方でミクと共にゾロメ探しに協力していたイチゴ、ゴロー、ゼロツーにヒロの4人は反応がそれぞれ呆れと苦笑が半々に分かれていた。

 しかも4人だけでなく、ゾロメがいなくなったという報せを受けて花屋にいたココロとミツル。パン屋で試食を堪能していたフトシ。

 アクセサリーショップにいたイクノとナオミの5人もおり、似たような反応だった。

 

「つーかよ、どうやって俺のこと見つけられたんだよ?」

 

 殴られたことに関しては、とりあえず一旦怒りを抑えて、ゾロメは気になっていた事を質問する。逸れて行方が分からなくなった自分を探して当てるなど、ただ闇雲に探すだけでは到底無理だった筈。

 

 とは言え、あれから時間はそれなりに経っているので、闇雲に探した結果。偶然にも見つけたという可能性がふとゾロメの頭の中に浮かんで来たが質問に答えたヒロによって、それは訂正された。

 

「俺が匂いと気配を察知してここを見つけたんだよ。まぁ、いろんな匂いとか人も大勢いたし、すぐには特定できなかったんだけど……」

 

 アマゾンは、自分と他の細胞間による共鳴反応によって他のアマゾンの気配を察知することができるが、特殊な知覚機能で人の気配も察知することができ、その気配を特定することもできる。

 更に嗅覚も動物のソレと同じく有能で、イヌ科などの嗅覚が発達した生物の遺伝子を持つアマゾンは、数十kmの微弱な匂いでも嗅ぎ取れてしまうヒロはソレを利用して、ゾロメのいる場所を探し当てたと言うわけだ。

 

 もっとも、実際に人探しに使うのは今回が初めての為、時間はそれなりに食ったが。

 加えて、初めての土地ということもあってゾロメを除く13部隊集合に手間が掛かったのも理由である。

 

「ゾロメを保護してくれてありがとうございます!」

 

 イチゴが代表としてケンゴたち家族に礼を述べる。

 

「いやいや、気にしなくていいよ。友達と合流できてよかったね」

 

 謙遜的な対応でケンゴは笑いながら答える。

 

「あの、ゾロメが何かとんでもないことしたりとかは……」

 

「いや、どう言う意味だよソレェッ!」

 

 トラブルメーカーで突っ走る気質の彼が何か取り返しのつかない事をしていないか。そんな意味を孕んだミクの問いにケンゴは『とんでもない!』とすぐに否定した。

 

「ゾロメ君は色々と真摯に話してくれて、僕達も楽しかったよ。とても優しく聡明な子供だ。そんな子が何かするだなんて有り得ないよ」

 

 安心させるような声音でケンゴはそう言った。

 

「ねぇ、聡明って?」

 

「頭が良くて、心もいいって意味だよ」

 

「う〜ん……心はともかく、頭はなぁ〜」

 

 聡明の意味がよく分かっていなかったフトシは、すぐ目の前にいたイクノにその意味を教えてもらうが、『頭が良い』という部分に関しては納得がいかない様子だ。まぁ、当然と言えば当然だが。

 

「あの……ここって、どういった場所なんですか?」

 

 ふと、ここで"この場所について"気になったナオミ。

 

 よくよく思えば、ハルたち一家が住んでいるこの場所は、他と比べるとだいぶ寂れている。

 人の気配がかなり少ないばかりか、民家自体もボロく屋根が金属板という杜撰な形状。

 

 明らかに違いが見て取れるのだ。

 

「スラム街ってヤツだよ」

 

ケンゴでもハルカでも、ましてやハルでもなく。答えたのはゼロツーだった。

 

「色々な事情があって、お金が少ないか。あるいはもう全くない人達が暮らす所さ。前時代にも世界中いっぱいあったらしいよ」

 

 貧困とは、さして珍しいものではなく、かつて世界中に山ほどあった位にありふれたものだった。生活が苦しくて食べる物も資金もなく、生活面での苦しさは勿論、貧しさの具合が酷ければ年間多くの死者が出た例もある。

 

 APEには通貨という概念がなく、マグマ燃料によってありとあらゆる事柄が不便なく満たされるので貧困などとは無縁。

 

 だが、コロニーは違う。

 

 通貨が存在し、経済という概念がある。それらはAPEのオトナたちが旧時代の産物と称して捨て去ったものだが、コロニーにおいては社会を成すに必要なもの。

 

 すると必然的に生まれるのが貧富の差である。

 

 コロニーはかつて栄えた国々と比較すれば、あまりに小さい。

 

 狭い籠の中では物資が豊富というわけでもなく、だからこそプラントからの物資供給が必要不可欠なのだが、その多くがヒューマンズランドへと集中している。

 原因は、ヒューマンズランドの上層部による権威的圧力。元々物資の生産を目的としたコロニーを提唱したのは、財団の中でトップの二番手として君臨していた人物。

 『フィリップ・ハロルド』という名の男性科学者であり、彼無くしてはプラントの建造は不可能だった。

 故にその功績から現在におけるプラントの運営権限は、現ヒューマンランドの統括議長であるフィリップ・ハロルドの子孫。

 

 『ジョージ・ハロルド』が担っている。

 

 が、ヒューマンランドの統括議長であるだけに彼はアマゾンという存在を毛嫌いし、差別的な思想を持っていることで知られており、半ば独占に近い物資優先も『獣の巣に寄越すより、人の為に使うべき』という独善的な差別意識によるものだ。

 

 物資が少なければ、物の値は高くなる。

 

 物価高騰によりビーストメンの経済は、ヒューマンランドと比べると年々悪い方へと傾き、その速度は緩やかではあるが今も続いている。

 

「はは……恥ずかしながら、その通りなんだ」

 

 特に否定せず、ケンゴは苦笑しつつそう答えた。

 

「でも言うほど不便はしてないよ」

 

 しかし、ぞんざいに指摘されても彼は不機嫌に苛立つこともなく平然と。言葉を紡ぎ話を続ける。

 

「僕も含めて家族はこうして元気だし、食べ物もきちんと手に入ってる。こんな場所だけど、僕たちは幸せに暮らしてるんだ」

 

 何の後ろめたさもなく、側から見て酷いと思ってしまうような環境の中で暮らしているにも関わらず、それを己の不幸などと言って嘆かず、むしろ幸せだと言ってのけてしまうケンゴの姿は、やはりゾロメの目から見れば眩しく感じるものがあった。

 

「お兄ちゃんたち、いっちゃうの?」

 

 ふと、ハルがゾロメを見てそんなことを言う。顔には不満が見てとれる。子供ながらにゾロメに懐いてしまったのだろう。寂しさからもっと

お喋りや遊んで欲しいと思っているかもしれないが、残念ながら彼女の

要望に応えることはできない。

 

「ごめんね。あたしたち、観光の途中だったから……」

 

 そう言って、膝を屈んでハルと同じ視線に合わせる。残念そうに頭を撫でるイチゴの内心は申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

 

「じゃあよ、またここに来てやるよ」

 

 別れを惜しむハルに対し、ゾロメがそんな言葉を投げかける。

 

「時間が余ったら別れの挨拶を兼ねて、また来てやる。そん時は俺の得意なサッカーを教えてやるよ。約束だ」

 

 ゾロメは小指以外の4本をグーにする形で折り畳み、残った小指一本をハルに向ける。よく知られている『指切りげんまん』だ。

 約束を守る為に交わされる子供遊びの誓いの儀式。ソレをやるというゾロメの意思が伝わったのか、にぱぁと笑顔になり、同じように小指を差し出して来た。

 

「絶対だよお兄ちゃん!」

 

「おうよ! 男に二言はねぇ!!」

 

 ゾロメの指とハルの指が重なり、絡んでいく。

 

 一つの小さく、しかし大切な約束が生まれた。

 

「ケンゴさん」

 

 約束した次に視線をケンゴへと向ける。

 

「なんだいゾロメ君」

 

「色々ありがとうございました。俺、ケンゴさんたちに会えて、本当に良かったです」

 

 真摯な言葉と共にゾロメは手を差し出す。その意図を察し嬉しく思ったケンゴはしっかりと優しく、それでいて力強くゾロメの手を自身の手で握り締める。

 

「こちらこそ。ゾロメ君や13部隊のみんなに会えてよかったよ」

 

 ケンゴの言葉に底知れぬ嬉しさが込み上げて来る。ソレに応える為に

ゾロメもまたケンゴの手を握り締め、互いが気持ちのよい握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話は一応、原作アニメでオトナの女性と出会う回をイメージして
書きました。と言ってもこちらはコロニーの大人で、プランテーションのオトナじゃないですけど。

個人的にはゾロメがオトナになりたいのは、生きていたいからだと思います。叫竜との戦いでいつ死んでしまうのか分からない環境の中で、側から見ると能天気でお調子者な彼でも、そこから脱却したいと思っている筈。だからオトナになりたい。

原作はまぁ違うだろうけど、ここでのゾロメはオトナになりたい理由がちゃんとあって、でも自分が見てきたオトナにはなりたくない。

そんな悩みを抱えた男の子な訳です。

青井さんは赤松さんと同じアマゾンで、カツオノエボシです。見た目はクラゲですけど、正式な分類ではクラゲじゃない、よくある"見た目は
すごい似てるけど、分類上は違う生き物"ですね。

感想お待ちしてます!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒い獣



ギリ投稿でました……。





 

 

 

 

 

 

『フフ。そぉ〜れ〜!!』

 

 声は至って間延びしたような可愛げのあるものだが、それと同時に繰り出される肩から伸びる触手の刺突は音速に近い速さだった。

 

 まず常人なら何が起きたのか分からない内にその命を終えるだろう。だがこのUBAという、正体不明のアマゾンは紛れもなく人外であり、人外故の人並外れた力を持っている。

 

 音速に近い速度で繰り出される刺突を的確に目で捉え、回避できるのもその一つだ。

 

『いい速さだが、足りないなァァ!!』

 

 そして速さで言えば、脚力も侮れない。

 

 瞬く間に彼女との距離をゼロにまで縮め、至近距離からの掌底を打ち込もうとする。

 

 が、そうする前に一気に上へと跳んだ。

 

「チッ、避けたか」

 

 いつの間にか、左右両腕にブラウンカラーの籠手のようなものを装着していたアリアは、今し方自分が繰り出した後ろからの不意打ちによる拳の一撃を避けられたことに対する苛立ちを舌打ちと一緒に吐き捨てた。

 

「ふぅ。危ない危ない」

 

 二人から少し離れた台の上へと着地し、間一髪とばかりに握り拳の手の甲で汗を拭うような仕草をするUBA。しかし人間のように汗など出る訳がない。

 

 汗腺がないのだから。

 

 完全に挑発を意図した行為だ。

 

「不意打ちなんて卑劣な! 恥ってもんがないのかな〜え〜?」

 

「あらあら〜……どの口がほざきやがるのかしらぁぁ?」

 

 声自体は至って平常のソレだが、青井の言葉からは明確な殺意が滲み出している。

 

 しかしそれを心の中で終わらせず、殺意をふんだんに込めて、触手による素早い一閃を繰り出す。

 

「残念。長物を出すの、こっちもできるんだよ

 」

 

 しかし、それをUBAの身体に巻きついていた蛇の装飾が、まるで命を得たとばかりに身体から離れ、鋭利な牙を備えた口で触手を喰い千切ってしまった。

 

(やはりただの飾りじゃなかったですね)

 

 予想が当たったことに特に思うところはないが、しかし自身の触手による攻撃を瞬時に見切り、対応してしまう紫の蛇の性能ぶりには、少しばかり苛立ちを募らせる。

 

 それ以上に面倒だという思いもあるが、とにかくあの蛇に関しては用心すべきだろう。

 

「一体どんな絡繰なのかしら〜?」

 

「企業秘密、さ!」

 

 UBAが腕を勢いよく前へ掲げる。動作に呼応するように蛇は胴体から腕を伝っていき、速度を落とすことなく、また逃すことなく青井の頭を噛み千切る。

 

「まず、一匹。獲らせてもらった」

 

 無造作に落ちた青井の頭部は、柔らかく水気のある物体が床に叩きつけられる時のようなベチァァという生々しい音を立てて、地に落ちた。

 

 身体もそれに伴って倒れ込み、黒い血液が頭のない箇所から漏れ出ていく。

 

「お前ぇぇ……よくも!」

 

「おいおい怒るなよ。そっちから手を出して来たんじゃないか」

 

 アリアの怒りと殺意が込められた視線を前に、そんな返答を送ると近くにあった腰の高さ位のボックス状の機器に腰掛ける。

 

 完全に舐めているとしか思われない行為。事実、それはアリアの怒りを煽動する為のものだ。

 

 怒りに駆られ、冷静な判断力と把握能力を失った者ほど、狩り易いものはないからだ。

 

「うぉぉりゃああぁぁぁッッッッッ!!!!」

 

 そんな敵の思惑など露知らず。そう言わんばかりに怒りの咆哮を叫び散らし、両腕に装備された対アマゾン武装『バルキリアス』を叩きつけようと迫る。

 

 アリアの専用武装であるバルキリアスは、一度敵に命中すればその衝撃を引き金に、内部に搭載された音波装置が作動。

 

 この音波装置というのは特殊なもので、アマゾン細胞に悪影響を及ぼす無機化合物『ミクトランシ』を反響板とし、それによって反響された音波を放出する

 

 解き放たれた音波は、アマゾン細胞一つ一つを破壊し尽くす。アマゾンにとっての殺傷音波と化し、その反面人間には全く無害。

 

 れっきとした人間であるアリアは、このミクトランシによる音波の悪影響を受けずに済むと言うわけだ。

 

 それに放出して広がる範囲も小さい為、十分な距離さえ取っていれば味方のアマゾンにも害はない。

 

「いいパンチだが、甘いねぇ〜」

 

 アリアの渾身の右ストレートを難なく左手で掴む。ミクトランシの波長が放出されるが、まともに受けている筈のUABは至って平然と軽口を零す。

 

「!! ッ」

 

「びっくりした? アマゾン細胞を破壊できる音波を利用した武装ってところだが……生憎、そんじょそこらのアマゾンとは性能が違うんでね!!

 

 右手を掴まれ、封じられたことを瞬時に理解したアリアは動揺することはなかった。

 

 渾身のパンチとは言え、動き自体は単調だ。そこを考慮すれば、力さえ十分あれば、押さえ込まれたとしてもなんら不思議ではない。

 

 瞬く間にそう理解・納得し、次の攻撃として左手でパンチを決め込もうと繰り出す。

 

 今度は左側の脇腹だ。

 

 アマゾンの脇腹は位置的に人と同じ肺の役割を担う『吸空環』と呼ばれる臓器があり、それを守る骨格が存在する。

 

 脊椎動物は大抵その骨格である肋骨があり、全部で二十四本で両側に十二本ずつ、それぞれ第一肋骨~第十二肋骨といった構成になっているが、アマゾンの場合一枚の骨盤が隙間なく吸空環を包み込む形で備わっている

 

 その部位を割ることができれば、当然致命傷になる。

 

 致命とは言ってもあくまで仮死状態に陥るだけだが、再起不能に落とし込んでしまえばあとはどうにでもできる。

 

 アリアの拳は、防がれることも外れて空振りに終わるでもなく、見事に入った。

 

 骨格が砕ける生々しい音が確かに耳に入った。

 

 だが。

 

「痛っ……いことするねぇ」

 

 やや苦しげな声ではあったが、UBAは平然と立っていた。

 

 普通なら確実に再起不能の致命傷となり、意識を失うレベルの苦痛と負荷が襲っている筈。

 

 しかし。この黒いアマゾンは、そんなことなどお構いなしと言わんばかりに未だアリアの手を掴んだままの状態で立っている。

 

「そんなに驚くことじゃないだろ?」

 

「くっ! 離せぇッ!」

 

 更に脇腹に滑り込んでいた拳の手首を自分の手で封じ、両足での蹴りを想定してか。装飾の蛇をまた実体化させ、両足を重点的にアリアの体に巻きつく。

 

「性能の差ってヤツだよ。このボディは、そこいらのアマゾンとは比較にならないほど優秀なもんでね。テストとして実戦投入にして初めてその性能ぶりを感じたよ」

 

「……」

 

「で、何か言い残すことある?」

 

 アリアは身動きが取れない状態に陥る。

 

 UBA自身もそうだが、代わりに実体化した蛇がアリアの首にいつでも噛みつけるよう、口を開け内部にある毒牙が顔を覗かせている。

 

 噛まれたが最期。毒によって1分と経たずその命を終えることになる。

 

 そんな中、ただ少女は笑う。

 

「……高性能の割に見えてないんだね」

 

「? どういう……」

 

 絶望的状況の中だと言うのに、アリアの表情は余裕のソレで諦観した様子は無い。それに疑問に思い、問いかけたUABの背中を何かが貫いた。

 

「な、これ、は……」

 

 UBAを貫いたもの。それは一本の触手だった。しかもそれは紛れもなく先ほど命を奪った筈のカツオノエボシアマゾンである…青井のもの。

 

「油断大敵、ですねぇ〜」

 

「ぐあぁッ!」

 

 一気に引き抜かれる激痛に苦悶の声をUBAは漏らす。同時に聞こえた声は間違いなく青井のもの。

 

 振り返れば、つい先ほど切り離された筈の頭部があり、あたかも今まで何事もなかったとでも錯覚してしまいそうになる位に平然と、青井はカツオノエボシアマゾンの姿のまま優雅に佇んでいた。

 

(どういうことだ? 確かに頸を……あぁ)

 

 混乱までには至らず、すぐさま生じた疑問を解消する為に思考を巡らせていたUBA。ある程度まで考えると、ある仮説に行き着いた。

 

(そう言えば、カツオノエボシって"群体"だったね)

 

 カツオノエボシは、一目見ただけなら誰もがそれを『一個のクラゲという生き物』と思ってしまうだろう。

 

 しかし実際のところ、カツオノエボシは生物学的分類上では、クラゲではなく、ヒドロ虫と呼ばれる生物である。

 

 そしてこの微生物がいくつも集まり、気泡係。触手係。栄養運搬係。といった各々の役割をもって、集合体を運営するようになったのがカツオノエボシという生物。

 

 そしてその遺伝子を有する青井は、当然この群体性質を受け継いでいる。

 

 青井の身体は、アマゾン細胞一つによって成り立つヒドロ虫型の微生物によって構成されており、中枢臓器は何百億という単位の一匹が保有している為、この一匹をどうにかしない限り、青井は仮死状態すら陥らず、即再生することができる。

 

 だから本来、自身の仮死状態を偽装する必要はないし、する気もなかった。

 

 だが相手が厄介な敵であることを考慮し、青井はしばらく機を待つ為、頸を切られ倒れたままの状態で様子を伺っていた。

 

 そして。アリアによって動きを封じられながらも、蛇を実体化させ操り息の根を止めようとした瞬間に生じた勝利への慢心と。

 

 それによって周囲への警戒を捨て去った油断という傲り。

 

 これら二つが重なったことで生まれてしまった隙を、青井は見事に入り込み、中枢臓器を貫き討ち取って見せのである。

 

 風穴を開けられ、生命維持を担う中枢臓器をやられたUBAはそのまま、再生せず黒い液状と化して消滅した。

 

「すみませんアリアさん。陽動ありがとうございます」

 

 いつもの雰囲気を消して、至極真面目な口調で礼を述べる青井は、その姿を人間の姿へと戻し、結合再生させた頸を軽く鳴らす。

 

 そして『うまく陽動してくれた』ことへの感謝を送った。

 

 と言うのも実はあの時、アリアは動揺し怒りに身を任せたように見えていたが、実際はそうすることでUBAの注意を引いていたに過ぎなかった。

 

 青井がすぐに再起しなかったのを疑問に思ったアリアは、瞬時に彼女の意図を察し、注意が自分のみに向けられるようUBAの挑発にわざと乗ることで欺いた、という訳だ。

 

 そのおかげでUBAを背後から一撃で仕留めるという、青井のプランを成果として現実にすることができた。

 

「大丈夫ですよ。でもまさか、あの青井さんが一撃貰うなんて驚きましたよ」

 

「……別に油断はしてませんでした」

 

 いつもの語尾を伸ばす呑気な口調をしないというのは、それだけ自身に起きたことが驚愕すべき事柄であると同時に、真剣に考えなければいけないと彼女なりに判断した時だと。

 

 アリアはそう認識しているので敢えて口調が変わったことに関しては特に言及しない。

 

「でも、それでも私はやられました。あの蛇の速度は冗談抜きで速すぎます。だから一撃で頸をあげてしまいました……同個体が今後現れるようなら、気をつけるべきですね」

 

「……」

 

 彼女が抱いている懸念は、決して度が過ぎている訳ではなく正当な評価だ。

 

 精鋭の一部隊を束ねる隊長の地位を持つ以上、その実力は並大抵ではない。しかもアマゾンとしての強さもAランクなのだ。

 

 その彼女の頸を取るなど、相応の実力がなければ無理である。カツオノエボシのアマゾンであったから死なずに済んだものの、そうでなければ、仮死状態の間に中枢臓器を抉り出され死んでいただろう。

 

 つまりUBAは、精鋭の隊長格と同等か以上の力を秘めているということになる。もしそうであるなら、非常に拙い事態だ。

 

 あんなアマゾンがヴィスト・ネクロの技術力で量産されているとしたら

、などと。そう考えるだけで、背筋におぞましい悪寒が奔ってしまう。

 

「と、とりあえず赤松さんと黒崎さんに連絡してみましょう!」

 

 

 しかし今、現時点でその事を考えるのは無駄な時間だ。二人の安否確認をしなけれならない。

 

 アリアは青井にそう言うと、バルキリアスに備わっている通信機能を起動。赤松と黒崎の通信端末にコールを試みる。

 

 あのUBAの言葉が事実なら、別個体のUBAを相手にしているかもしれない。最悪の場合、命を奪われたという緊急事態も頭に入れておかくてはならない。

 

 そんな一株の不安を抱きつつ、アリアと青井は向こうに繋がるのを願いながら待つことにした。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

【最上階・屋上】

 

 

 

「がっ、あ……」

 

 一人の隊員が首から胸にかけて袈裟斬り状の傷を負い、そこから鮮血が吹き出る。

 

 男性の隊員で、黒崎の部隊であるクロウの隊員だ。

 

 クロウ部隊は名前に『鴉』とあるように、隊員は全員黒一色の服装となっている。

 

 身を守る防護ベストからシャツ、ズボンといった服装全てだ。

 

 そんな彼等が自身の血で赤く染まっている。

 

 原因は一人の……いや、一体の襲撃者だった。

 

「やっぱ隊員程度じゃ相手ならんね」

 

 心底つまらない。退屈そうにそんな愚痴を零さてはいるが、襲撃者の周囲にはクロウ部隊の隊員達が銃口を向け、いつでも撃てるよう構えている。

 

 その中に黒崎もいる。

 

「テメェ……何もんだ」

 

 殺気を惜しむことなく剥き出しにしつつ、静かに、だがその動作一つ一つを見逃さないよう注視しながら相手へ問いを投げる。

 

「何もんって……アマゾンだよ。ア・マ・ゾ・ン。知ってるでしょ?」

 

「……答える気がねぇならいい」

 

 問答は意味を為さないとこの瞬間に理解した黒崎は、部下である隊員たちに後退のハンドサインを送る。

 

 仲間を殺されて、その上での後退。

 

 本来なら隊長と言えども抗議の声が上がるのだが、今この時においては誰も何も言わなかった。目の前に現れた黒いアマゾン……UBA。

 

 その犠牲になった隊員は今し方最後に殺された、男性隊員を含めて10人。

 

 20人で構成された精鋭部隊にも関わらず、その半数が殺された。

 

 クロウ部隊は担当していた建物の東側の各階層エリアを次々と制圧。途中、自分達に襲いかかって来た低いランクや、そこそこ高いランクに相当するアマゾンを返り討ちにし、未だ確認していない最後の制圧ポイントのエリアである先上階の屋上へと到着。

 

 着いたまでは、よかった。

 

 この時点で隊員達は慢心してしまっていた。

 

 クロウ部隊はコネや権力で精鋭として成りか上がったのではない。過酷な訓練で日々肉体と精神を鍛え上げ、難易度の高い任務を達成していった強者。

 

 だからこそ、今回の任務はクロウ部隊にとってさほど難しいものだとは感じられなかった。

 

 特に罠という罠もなく、せいぜい敵のアマゾンが襲いかかって来るだけ

 

 そのアマゾン自体、C〜B程度のランク。

 

 相手がヴィスト・ネクロということで脅威度を上げて挑みかかった彼等としては、まぁ、不満を感じずにはいられなかった。

 

 こんなものか。

 

 これがあのヴィスト・ネクロのアジトなのか? 

 

 まったく歯応えがない。拍子抜けだ。

 

 などと、散々な言い草を心の中で呟き始めていた隊員たちのソレは、完全に慢心をぶら下げ、油断に胡座をかく始末。

 

 しかしその中で黒崎だけは一切の慢心なく、常に周囲を警戒しながらクロウ部隊の指揮を執り、行動していた。

 

 罠もなく、セキュリティも低レベルで襲いかかって来るアマゾンは雑魚ばかり。

 

 確かに拍子抜けな話ではあるが、それには理由があると黒崎は考えていた。

 

 ここがヴィスト・ネクロの重要施設であることは間違いなく、証拠に今回の強襲作戦が開始される数時間前。

 

 ここのネットワークシステムのハッキングに成功した電子工作部隊からの報告では、ヴィスト・ネクロにとって重要機密の研究が為されていた記録が大量に見つかったのだ。

 

 研究していたものは、二つ。

 

 その一つが『溶原性アマゾン細胞』と呼ばれる特殊なアマゾン細胞。

 

 更にもう一つは、それを利用した『アマゾネスト』呼ばれる、アマゾンの強化型改造兵士の製造とその能力に関する全て。

 

 それを通信端末へと送られたデータとして見聞した黒崎が心中で思った感想は、シンプルに『イカれてる』という、嫌悪感を惜しみなく吐き出したものだった。

 

 しかも、門矢士という訳の分からない男からの情報が本物なら、このコロニーを実験場とした何かをするらしい。

 

 その何かに関しての概要や詳細は今所分かっていない。門矢士も知らなければ、ハッキングしたデータにそれらしき記述は一切何もない。

 

 ならば、門矢士の嘘偽りの情報かと思えるが、実際に溶原性アマゾン細胞とアマゾネスト。

 

 この二つが事実だったことを考えると、その部分だけ嘘を言うメリットが分からない。

 

 ともあれ、ここが重要性の高い機密施設だということは明白。ならば高度なセキュリティやAランク相当のアマゾンがここを守る目的でいたとしても、何もおかしいことではない。

 

 にも関わらずそういったものが無いのであれば、考えられる可能性は2つ。

 

 一つは、何らかの目的を果たす為に邪魔な存在の注意を引き付けておく為の囮。陽動目的によるもの。

 

 もう一つは、単純な人員不足。

 

 どれ位の数のアマゾンがヴィスト・ネクロにいるのか。その辺りは詳しく分からないが、人員不足という線はゼロに近い……というより、ほぼ

 完全にゼロだろう。

 

 いくら数が不足していても、ここが重要な施設であるのなら、戦力を集中させる筈。

 

 加えて、アマゾネストが実用化すれば、手足となるアマゾンを量産し放題なのだ。

 

 今後戦力の減少が起ったとしても、アマゾネストの感染能率を利用した増加が見込めるのであれば、その重要性はかなり高くなる。

 

 ならば、やはり陽動こそ可能性的に大と言える。

 

(そうじゃないことを祈りてぇけど、どうだがな……)

 

 とは言え、あくまでも仮説の域を出ないし、仮に今それを上に申告したとしても無意味だろう。

 

 トゥルーアイのセンサーに引っかからない以上、ここ以外に"ヴィスト

・ネクロのアマゾンはいない"。

 

 なので、できればこの可能性は無いと。黒崎としては願っているが……果たして。

 

 そんな事を考えながら、警戒をし続ける黒崎はまだ確認していない建物の最上階にある屋上へと到達した。

 

 黒埼と彼が率いるクロウ隊は、屋上に何かないか隈なく探し、特に問題なしとクリアしかけた際に"ソレ"は現れた。

 

 UBA。

 

 黒く、紫色の蛇のような模様的装飾があるアマゾン。それが屋上の出入り口の上から目では追えない速度で瞬く間に。両手に備わった鋭利な鉤爪でクロウ部隊の隊員の命を奪っていったのだ。

 

 危うく黒埼もその手にかかりそうになったが、

 何とか反応し、持っていたコンバットナイフで

 一撃を防ぐ形で助かった。

 

 そして、今に至っていると言う訳だ。

 

 

「シッ!」

 

 

 軽く息を吐き、コンバットナイフを手にUBAへと接近する黒崎は勢いよくナイフを斜めに振るい、その頸をかっ切ろうとする。

 

 無論、UBAはソレを鉤爪で防ぐ。

 

 青井とアリア、隊長二人が対峙したUBAにはなかった代物だが、この別個体は鉤爪を武器に暗殺を目的として設計されており、故に俊敏性も優れている。

 

 その点は仲間を半数も失った黒崎も重々承知している。

 

 だが……。

 

「遅いな、ノロマ」

 

 それは一瞬という、刹那の間。

 

 鉤爪をナイフで押し返す形で弾いた黒崎は間髪入れず、ナイフで右腕を肘まで切断。

 

 続いて、左腕を切断し、両腕を左右共に失ったUBAの胸にナイフを突き立てる。

 

 しかしその身を守る外骨格は硬かった。一撃では通せず、その硬度は鋼鉄と同程度。

 

 まずもって人間の力では敵わない……筈だった。

 

「チッ、オラァァァァッッッッ!!!!」

 

 一撃では届かない。なら、連続で尚且つ一撃目よりも強く穿つ。

 

 言葉で言う分には極めて単純で、月並みな表現ではあるが、黒崎はソレを実行しようとした。

 

 だが、そんなことをしたところで、人の力では底が知れる。

 

 UBAという、"仮初の身体"を"遠隔操作"していた『彼女』は、人体の理を知るが故に黒崎の意図を察した直後は何をバカなと軽視した。

 

 だが……それは誤りで、油断となってしまった。

 

 

 バギィ、ベギィィッ!! 

 

 

「!! ッ」

 

 外骨格が、砕けた。

 

 黒崎のコンバットナイフも衝撃で刀身の半分が砕け散ったものの、まだもう半分は残っていた。

 

 なら、そのまま突き刺すのみ。

 

 黒崎はそう判断し、ナイフの破片の一部が額や頬などの顔に刺さっても特に気にせず、溢れ出す黒の鮮血に塗れながら、アマゾンという種の共通の弱点である中枢臓器にナイフを突き立てた。

 

(……うっそ。予想外過ぎる……んだけど)

 

 中枢臓器をやられた以上、この身体は持たない彼女は早々に『義体』とのリンクを途絶し、意識の消失したUBAは黒い液状に崩壊。

 

 完全に再起不能となった。

 

「ハァ……ハァ……あ〜ックソが! 血がベトついてウザってぇな」

 

 血液が黒かったのと服装が黒ずくめだったことが幸いして、さほど目立ってはいない。

 

 金髪は別として、だが。

 

 ともあれ、生き物の血が大量に付着しているという状態が彼にとって好ましい筈もなく、煩わしそうに前髪をかき上げ、苛立ちを一欠片程度さえも隠さず曝け出した。

 

(やばい……敵もヤバかったが、黒崎さんも大概じゃねぇーか)

 

(マジで人間辞めてるだろ)

 

(す、すげ〜)

 

(怖いよ! いろんな意味で!!)

 

「た、隊長。大丈夫ですか?」

 

 遠巻きに戦闘の一部始終に目を見張っていた隊員たちは、決して言葉には出さず、各々心の中で自分達の隊長への感想を零す。

 

 断っておくが、黒崎が相手取ったUBAは俊敏性に差はあれど、青井とアリアの二人が倒したUBAへと性能は変わらない。

 

 二人がかりで苦戦したにも関わらず黒崎の場合は単独で、しかもコンバットナイフ一本で仕留めるという離れ業をやってのけた。

 

 明らかに黒崎がおかしいのである。

 

 ともあれ、隊員の一人がやや怯えつつ、黒崎の安否を気遣う。

 

 黒崎はそれにプラプラと手を振り、大丈夫だということをアピールした。

 

「問題ねぇよ。……あぁ?」

 

 ふと、通信端末が入っている防護ベストに備わっている右胸側のポーチが振動しているのに気づく。

 

 ポーチから端末を取り出し、耳に当てるな否や聞こえて来たのはアリアの声だった。

 

『黒崎さんおぉっそいですよぉぉッッッ!!!!! えぇ! さっきからコールしまくってんですから返答して下さいよ! マジのマジで心配

……』

 

 プツゥッ。

 

 何も言わずに黒崎は通信を切る。そして溜息をひとつ吐いては隊員に端末を渡した。

 

「え、あの……」

 

「面倒過ぎるから、頼んだ」

 

 それだけ言うと他の隊員たちに屋上周囲の探索とUBAに殺害された隊員らの遺体の安置。

 

 この二つの指示を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったた……やってくれるよ」

 

 ヴィスト・ネクロが秘密裏に研究施設として運営していた建物から北に10km離れた位置にある、とあるビルの屋上にスタークはいた。

 

「どうしたんですか?」

 

 痛そうに愚痴を零すスタークが気になったのか、『装置』の警護及び調整の手伝いをしていたプレディカが言葉をかける。

 

「戦闘用に作ったアマゾネストの義体が破壊されちゃったんだよ。ああぁぁ〜! アレ二体だけでも作るのに結構労力と時間費やしたのに〜!!」

 

 白髪をワシャワシャと掻き乱す様は、それだけ自身が遠隔操作していた義体が破壊されるとは微塵も思っていなかったらしく、さぞ悔しいのだろう。

 

 4Cの隊長たちを襲った二体のアマゾネストと思わしき敵性存在……その正体はスタークが感覚をリンクすることで、遠隔操作することができる義体としての目的で作られたアマゾネストである。

 

 あくまでスタークが操作する目的で造られたので溶原性細胞を持っておらず、感染能力は皆無。

 その代わり優れた戦闘能力を秘めており、事前に行った試験的な実験ではBランクのアマゾン10体を相手に1分と足らず瞬殺して見せた。

 

 スタークとしては『義体アマゾネスト』の開発に当たり、戦闘面における性能の向上に尽力していたので実験の結果も相まって、それなりに自負があった。

 

 だが、実戦における結果は期待を悪い意味で裏切るもので、二体揃って破壊された上にあろうことか、その内の一体は只の人間である筈の黒崎によって人間とは思えない芸当でやられてしまっている。

 

 想定外。馬鹿馬鹿しい。ふざけるな。

 

 そんな思いが頭の中を逡巡させ、髪を掻き乱す他に行き場のない気持ちを表す術を知らない様は、人によっては同情してしまうだろう。

 

 が。生憎のところ、側から見ているプレディカにとっては凄まじくどうでもいい葛藤なので、特に何の感慨も浮かぶことなどないが。

 

 暫くそんなことをしていると、今度はプロフェッサーから言葉が投げかけられる。

 

「スターク様。準備が整いました」

 

 それを聞いて、ピタッと荒ぶっていた行動を止めてプロフェッサーに向き直る。

 

 その顔は『待ってました』という気持ちが全面に押し出された笑顔だ。

 

「グゥッドォォ! 楽しい楽しい実験と行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

崩壊の前兆で、悪夢の始まり part1



一月分遅くなってしまったので、二話連続で投稿します。




 

 

 

 

「あァ? ファントが負けた?」

 

「ええ。ディケイド、とか言う奴にね」

 

 

 コロニーのとある地下施設。その四畳半程度の広さを持つ一室で周囲にあった家具やら研究の為の機材、積んであった書類などを乱暴に荒らしていた豹柄の革ジャンを着た金髪の男。

 

 ヴィスト・ネクロの幹部"ザジス"。

 

 彼と向き合う形で佇んでいる蜘蛛の巣を意識した、変わった刺繍が施されたチャイナドレスの女性幹部"アレニス"は、自分とザジス。

 

 双方と同じ幹部の地位にいた男ファントの死をザジスに報告した。

 

「ハン。アマゾンライダーでもねぇー奴に負けるとはよ。ちっと過大評価してようだな」

 

 その言葉に悲しみや怒り、憎しみといった感情は込められておらず、ただ淡白に自分の中の同胞の株を落とすのみ。

 

 ザジスにとって同胞の死など何の意味も為さない。

 

 自身の部下が死ぬのであればまた話は別だが、ファントも。目の前にいるアレニスも。自分と同じ地位にいるだけの、気に入らない他人に過ぎない。

 

 そんな印象の彼らが一人やられた程度で感慨等湧く筈がないのだ。

 

「護衛に付いてた叫竜が送ってきた視覚映像では、相当強いみたいよ?

 

 そう言ってアレニスは叫竜の視覚を映像として送る透明なガラスのような四角い端末を取り出し、それをザジスに投げ渡す。

 

 片手で難なくキャッチしたザジスは映し出される映像を一通り見ては

、険しく眉間に皺を寄せた。

 

「……チィッ、確かにコイツは強い」

 

 ディケイドのカードを用いての形態変化と、ソレに合わせた能力の使用という、見たことのない戦法はザジスの目から見ても厄介だと言えるもので、加えて単純な腕に関しても素人特有の無駄な動きがなく、幹部を相手に上手く立ち回っている。

 

 今後、障害として立ちはだかるならば、要注意しなければならない。

 

 ザジスでさえそう思わせる程の、確かな実力がディケイドにはあった

 

「一体何者だコイツは」

 

「全然分からないわ。突然現れてあの13部隊に協力したってこと以外は全く」

 

 諜報を主な任務としているアレニスもディケイドが何者なのか。その詳細を掴むことは不可能だった。

 

 まず情報がおかしい。

 

 コロニーにあるアマゾン専門の医療施設の医師として登録されていれば

、APEの一般科学者という所属データがある。

 

 だが。それだけで経緯がない。

 

 そうなる前はどのように暮らし、出身はどういったものなのか。そういった経緯が全くない。

 

 なら、必然的に偽造の線が出てくる。

 

 しかしアレニスが独自に調べた限りにおいては、コロニーやAPEのデータベースにハッキングされた痕跡は見受けられなかった。

 

 内容が内容にも関わらず、正式な手続きをもっての登録という形で双方のデータベースにその名がある、この意味の分からなさ。

 

 はっきり言って不気味だ。

 

「……で、奴はどこに?」

 

「行方を眩ませたわ。まぁ、気にはなるけど、私達の任務に専念しましょう」

 

「それに異存はねぇーが、何処にもいやがらねぇぞ」

 

 二人はファントとは異なり、ある人物の捜索を任務とし行動していた

 

 その人物とは、『ファースト』。

 

 "始まり"の意味をコードネームに持つ男。彼が使用していたとされる拠点を発見、襲撃したものの、中には誰もおらず。

 

 推測として数日間前にはいたであろう形跡だけを残し、こちらの行動を予測しているかの如くここを放棄したらしい。

 

「つかよ、正直信じられねぇぜ。いや、ボスを疑うっつーんじゃなくて、心境的にはって話だが」

 

「……そうでしょうね。私としても実感が湧かないわ」

 

 二人が『ファースト』についての詳細を知ったのは、今回のコロニーにおける作戦が始まる2日前に遡る。

 

 それ以前にヴィスト・ネクロの首領である十面姫がその男を追っていること自体は知っていたが、情報開示されたのは2日前の時だった。

 

 ファーストとは、この世界において"騎手"や"乗り物を操縦する者"というライダーの言葉に別の意味を齎した"始まりのライダー"。

 

 故に、ファースト。

 

 かつて、人類がコロニーとAPEに分かれる前の旧時代。

 

 その旧時代の末期において、一人の科学者だった男は、自らが考案した機械の身体による人類の進化『エヴォルマキナズム・ヒューマン』を提唱し、サイボーグ技術に革新的な光を齎した。

 

 が、彼が考案したソレを利用したある組織によって男は強制的に機械の身体へと造り替えられ、あろうことか洗脳によって従順な下僕へと仕立て上げられた。

 

 だが彼と旧知の仲だった恩師によって洗脳を解たかれた彼は、その組織を数年間に渡って壊滅させたという。

 

 やがて、その事実を知る者達から彼はこう呼ばれた。

 

『仮面ライダーファースト』、と。

 

「で、ソイツをボスは警戒してる訳だが、まだ生きてんのか? 身体がボロボロのスクラップになるまで戦ったらしいじゃねーか。そんなら仮に生きてたとしても鉄屑のガラクタ同然だろ」

 

「そうかもね。旧時代から数百年と経っていることも含めると尚更思うのも当然。けど奇跡的に生きていたとしたら、脅威になるかもしれない。可能性は切り捨てるべきではないわ」

 

 あくまで楽観的な、しかし現実的でもあるザジスに対し、アレニスは警戒すべきだと言って譲らない。

 

 ザジスとしてはアレニスの考えなど別段どうでもいい。よって否定はしない。

 

 それよりも脅威になるかは別として、ファーストの捜索を任務として預かっている以上、細かいことを考えているより脚を動かし、対象を探すことに専念した方が有意義というものだろう。

 

 そのつもりで、ザジスはアレニスや部下である15体のアリアマゾンと共に先程から施設内を探している。

 

 とは言え、この拠点は既にもぬけの殻。

 

 ファーストの行方が知れない以上、跡を追うのは容易ではない。

 

 手掛かりを残しておくような間抜けでもないが、万が一、ということもある。

 

 この地下施設に侵入してから1時間。

 

 ファーストの行方に関する手掛かりを探してはいるが、現状では一欠片さえも見つけられない始末だった。

 

 打破するには、早々に諦めて検討するしかない。

 それに"時間の制約"もある。

 

「ここはもう捨て置くに限るわ。24時間は安心といっても、ノロノロとしていたんじゃあっという間に時間切れよ」

 

 時間、というのは。トゥルーアイのレーダー網から逃れられる間のことだ。

 

 ヴィスト・ネクロのアマゾンは当然のことだが腕輪がない。腕輪のないアマゾンは共鳴反応を利用したレーダーで探知されてしまうのだが、ソレをジャミング装置によって欺いて来た。

 

 装置自体は縦幅3m、横幅が87cmの設置型の機械で、作戦行動を行う場所の隠蔽に最適な地点に設置し起動させることで、レーダーに映らなくさせる妨害波を展開。

 

 この妨害波は電磁波の類ではなく、アマゾンの共鳴反応における波を遮断する肉眼では見えないミクロ単位の特殊な粒子『ヨナルデパズ』によるもので、基点となる装置から半径5kmにも渡り存在を隠蔽することが可能となる。

 

 しかしそれもトゥルーアイの登場により、無意味と化した。

 

 ならば新しい手段が必要になって来るのは当然。その情報を潜り込ませておいた密偵の伝手で、早期の段階で得たヴィスト・ネクロは、すぐさま対策を講じた。

 

 トゥルーアイのレーダーを無効化する新技術『バイオ・インビジブル』を開発。旧来のモノとは違い、手に収まる程度の大きさしかないほど装置が小型端末化されており、コレを対象者となるアマゾンに埋め込み、以後は対象者の脳波に反応してヨナルデパズ粒子を放出・その量を

 調整でき、端末自体のON/OFFも可能。

 

 意のままに操作することができるようになり、脳波で粒子を全身に行き渡らせればレーダーの波を遮断することができる。

 

 それでは旧来のジャミング装置と大差ないと思うかもしれないが、粒子そのものが強化されており、腕や足に集中させれば一時的とは言え、爆発的な身体効果を齎すことも可能となる。

 

 ただ隠蔽するだけでなく、身体能力の向上も望める為、性能自体は進歩したと言っていいだろう。

 

 だが、動力源であるギガのバッテリーは24時間が限界。なのでバッテリーが切れてしまえば当然トゥルーアイで捕捉されてしまい、任務達成の難易度が跳ね上がる。

 

 隠蔽を徹底させた上で任務を完了させたいのであれば、時間の浪費は1分1秒でさえ、惜しいところだろう。

 

「へいへい。んじゃ、退散するか」

 

 ザジスはそう言って、手にとっていたアマゾンの生態に関する書類の何枚かを放り捨て、部屋をアレニスと共に出ようとした瞬間。

 

 それは、起きた。

 

 

 

 

 

 

 ドクンッ! 

 

 

 

 

 

「「!! ッ」」

 

 自分達の中枢臓器が激しく脈打ち、跳ね上がる感覚。同時に空気が鉛のような重さを孕んでのし掛かって来たような錯覚も覚えるが、それは決して彼等が何らかの要因で生じた幻覚に陥った訳ではなく、自分達の中枢臓器が並大抵のものではない、ギガという膨大なアマゾン固有のエネルギーを共鳴反応によって感知したからだ。

 

 すぐさま部下を引き連れ、その膨大なギガが発生している場所へと向かうザジスとアレニス。

 

 事態は……既に動き始めていた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ナナさんの手料理、ホント久しぶりだな〜」

 

 あまりにだらしなく、引き締める気など一切ない位に幸せそうな顔の鷹山は目の前に置かれたカレーという、今もそうだが旧時代においても世界的に愛されているメジャーな料理の一つを味わおうとしていた。

 

 それも自分が愛おしいと心の底から本気でそう思っている人の手料理となれば、嬉しくない訳がない。

 

「はぁぁ……やらなきゃならない仕事があったのにもう……」

 

 無理やり連れてこられた訳だが、こうして文句を零しつつも手料理を振る舞ってくれる辺り、満更じゃないのだろう。

 

 それに対し、鷹山はやはりだらしないニンマリ顔で呑気にスプーンを手にすると、ルーとライスを混ぜて一部を掬い上げる。

 

 そして、そのまま口へと運ぶ。

 

 あまり辛いものを好まない為、少し甘口仕立てにしているナナのカレーは鷹山にとって美味の二文字以外ありはしない。

 

 まさに完璧な手料理だった。

 

「で、一体どういうつもりなの? 私をここに

 来させて」

 

 今現在、鷹山とナナがいるのは鷹山がコロニーで過ごしていた三階建て程度の高さしかない、彼の住居である小さなビルだ。

 

 一応、生活に必要なガスやら水道といったライフラインは保たれており、それらの料金に関してはヴォルフ局長が代理人として支払っている

 

 こうしてコロニーに戻ってきた際にいつでも使えるようにする為だが、帰ってくる頻度自体があまりに少ないので無意味にも思えるが。

 

 とは言え、おかげでナナの手料理にありつける

 のであれば、鷹山にとってだが一応意味はあるのかもしれない。

 

 ともあれ。何故鷹山が自分をここへ連れて来たのか。

 

 その"真意"を問い質す。

 

「んー? なんのことナナさん」

 

「とぼけないで。私の手料理食べたいだけじゃないんでしょ?」

 

 ナナは鷹山という男をよく知っている。

 

 コドモ時代から彼の事をよく見ている彼女だからこそ、鷹山という男がどういうつもりでここに連れて来たのか。

 

 既に察しはついている。

 

 おそらく公に口外することのできない何らかの情報を持っており、それについて自分と意見交換をしたいと思い、盗聴や誰かに聞かれる危険性のないここへと連れて来た。

 

 そう分かっているからこそ、敢えてナナの方から本題に切り込んだのだ。

 

「……はぁぁ。やっぱお見通しか〜ナナさんには。まぁ、予想はしてたけどさ」

 

 至福の一時を味わっていたニンマリ顔を消して、溜息を零しつつ、鷹山はわざわざここへ連れて来た理由を説明し出した。

 

「こーれ、何だと思う?」

 

 そう言って鷹山が見せたのは、一つの端末。

 

 タブレット式のもので画面には何らかの文章が表示されているのだが、一番の上の欄にはこう表記されていた。

 

 code016の遺伝子調査結果、と。

 

 コレが何を意味するのか。この欄を見ただけでは何も分からないが肝心なのはその下に書かれている文書だ。

 

「!! ッ」

 

 文書の最初の二行〜五行当たり。

 

 そこを見たナナは怪訝な表情から驚愕の表情へと顔色を変化させ、見間違いじゃないのか。

 

 そんな安易で分かり切った見当違いを抱きつつ、鷹山の手から端末を奪い取り一行一行を確認していく。

 

 見終わるのに、そう時間はかからなかった。

 

 最後の一行を確認したナナは何も言わず、ただ端末をテーブルに置き、蒼褪めた表情で鷹山を見る。

 

 おそらく嘘だと言って欲しいのだろう。

 

 だが、鷹山は気休めにもならない虚言で誤魔化す気は更々なく、ありのままに事実だけを口にする。

 

「本当だ。アイツは……ヒロは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "人の遺伝子を持ったアマゾン"だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクシデントがあったものの、何とかゾロメを見つけることができた13部隊一行は、コロニーの中で最も賑わいを見せている中央区域へと

足を運んでいた。

 

 中央区域は娯楽関連の施設が密集し、多種多様なジャンルの買い物が楽しめるショッピングモールを始め、子供達が楽しめるゲームセンターや二輪車型の乗り物を用いたレーシングコース。

 

 和気藹々と楽しい時間を過ごすのに最適な場所と言えるだろう。

 

 ゼロツーの勧めでまず最初に足を運んだのは……『ゲームセンター』と呼ばれる娯楽施設だった。

 

「オラッ! 喰らえ!」

 

「ま、負けてたまるかァァ!」

 

「ゾロメ! 優等生組に負けんじゃないわよ!」

 

「ゴロー! そこはパンチ、パンチよ!」

 

 ゾロメとゴローの二人が『マイティック』というタイトルのゲーム台の画面を必死に睨みつけながら、ボタンを押し、タッチ式の操作レバーで指を必死にスクライドさせながら、自分が操るゲームキャラを使い対戦していた。

 

 ゴローは、筋骨隆々とした軍人のような格好の大男のキャラを選び、対するゾロメは大男と同じ身長差のティラノサウルスのキャラクター。

 

 ティラノサウルスなだけに自慢の大顎を武器に戦うゾロメのプレイアブルキャラは、何度も何度も大顎でゴローのプレイアブルキャラに食らい付こうとしている。

 

 だがゴローはそれを許さず、自身のプレイアブルキャラクターを初めてながらも上手く扱い、回避しては一瞬の隙をついてカウンター攻撃を仕掛ける。

 

 そうすることでゾロメ側のキャラのHPを徐々に削っていき、最終的には必殺技で決める算段らしい。

 

「ハッ! また俺様の勝利で間違いなしだな! 

 」

 

 だが。どちらが優勢になっているのか、と問われればゾロメの方に軍配が上がる。

 

 確かにゴローは隙を狙ったカウンターでHPを削ってはいる。だがゾロメは大顎を用いた噛みつき攻撃が効かない代わりにリーチの長い尻尾を利用したテール攻撃を繰り出し、これがまた変速的で読みにくい上にリーチの利点もある。

 

 しかも、パンチと比べると多めに削られる。

 

 これが原因で一回戦目でゴローは敗北しているのだ。加えて、互いに初めての格闘ゲームなのだが、それなりにセンスと遊び心があるゾロメの方が上手だったらしく、この点でもゴローは不利に陥られていた。

 

 とは言え、本来のゴローであれば然程気にするような事ではなかった

。ガーデン時代はともかく、今となってはあまり熱くならずクールに物事に対応する性分になっている……のだが。

 

 一回負けて、ゾロメに散々コケにされて温厚なゴローもさすがに腹に据えかねたのか。

 

 闘志が燃え上がり、それを見ていたイチゴもガーデン時代の血でも騒いだのか。

 

 熱く応援する形で観戦し始めてしまった。

 

 ミクも自分のパートナーが優等生組に善戦する様を見て気分が良くなったようで、こちらもイチゴに負けず劣らず、ゾロメに発破をかけて観戦している始末となっている。

 

「す、すごい……」

 

 白熱する格闘ゲームの戦いにフトシは月並みな感想を思わず零す。

 

 食べ物にしかあまり関心が向かない彼だが、初めて娯楽目的のゲームというものに触れた為か、未知に対する新鮮さを感じずにはいられないのかもしれない。

 

 コドモは誰一人として娯楽を目的としたゲームをしたことなどない。

 

 必要性のないものは、全て無駄という、AEPの方針によって定められていたからだ。そんな彼等にとってこれが初めての『ゲームで遊ぶ』という子供らしい行為なのだ。

 

「珍しいな。ゴローがあんな風になるなんて」

 

 フトシと同じように観戦していたヒロは幼馴染としての付き合いが長い為、いつもの温厚で冷静な雰囲気をかなぐり捨ててまでゲームに熱中するゴローの姿は、ヒロから見ると意外に見えた。

 

 確かにゾロメに1戦目で色々とコケにされたのがムカつきを覚えたのも、理由の一つだろう。

 

 だが、それだけじゃない。

 

 純粋にやりたいと思う程に楽しいことを見つけ、それに興じている。

 

 少なくともヒロには単純にそう見えた。

 

「ダーリン♪ これやってみない?」

 

 ふとゼロツーから声が掛かる。

 

 彼女がそう言って指差す先には、『ポッピパピハンマーデラックス』という珍妙なタイトルのゲームがあった。

 

 ゲーム画面は円形状のディスプレイとなっており、そのディスプレイを支える四角い形状の台には、やたらピンクや黄色。赤や青といった明るい色彩で、和かな顔だったり、ちょっと怒った顔や困り顔。

 

 果ては悲しんでいる顔だったりと表情に合わせて色が違う花たちのキャラクターが描かれている。

 

 そして。恐らくゲームをプレイする上で使うだろうと思わしき、花柄の可愛らしい柔軟素材で製造されたハンマーが二つ。

 

 台の前面に付属されている箱型のケースに入っていた。

 

 なんとなく、こう、明るい感じのニュアンスが全体を見る限り伝わっては来るのだが、それ以外の情報が全く分からない。

 

 なので、少し戸惑い気味ながらも、ヒロはゼロツーに聞いてみた。

 

「……これ、どんなゲーム?」

 

「いろんな顔をした花をこのハンマーで叩きまくる感じのやつだよ。あと、流れてくる音楽のリズムに合わせてね」

 

「?? えーっと……」

 

 至極簡単に説明してくれたのだが、それでも理解できていない様子のヒロ。

 

 いや、この場合は簡単というか、大雑把な説明のせいで分からないといった方が多分正しいのだろう。

 

 リズムに乗りながら、画面内に次々現れる顔のある花を叩いていく、という趣旨を考えると、ジャンル的に『音楽ゲーム』になる。

 

 音楽ゲームとは、プレイヤーがアクションをとる(画面で指示されたボタンを押す、ステップを踏む、楽器を模したコントローラを操作するなど)ことで進行するタイプのゲーム。

 

 しかしこの『ポッピパピハンマーデラックス』は、単にリズムに合わせて花を叩きまくれば即高得点、ということはない。

 

 実は、このゲームに出てくる顔のある花……通称『パピポピフラワー』は、めちゃくちゃ動きがやばい。

 

 高速で、変則的に、更には偽物が本物より大量に現れることで生じる撹乱でプレイヤーを翻弄。

 

 もし偽物のパピポピフラワーを叩いてしまえば、本物を叩いて得られたポイントは大幅に削られ、更に一定時間は動けなくなるという。そんな鬼畜難易度設定の最悪仕様。

 

 そのせいで今に至るまで、完璧にクリアして見せた者は、唯一人しかいない。

 

 その唯一人が……。

 

「とおおりゃあああああ──────────ッッッッッ!!」

 

 ゼロツーである。

 

 試しに自分がプレイしているところを見せると言ったゼロツーは、ハンマーを左右に二本と握り締め、適当に選んだ曲のリズムを狂わすことなく、しかも的確に本物を見極めハンマーを振り下ろす。

 

 叩いて、叩いて。叩きまくる。

 

 そこに寸分の狂いさえない。完璧なテクニックとしか言えないゼロツーの動きは、ヒロの目でようやく追える位に速かった。

 

 やがて、終了の刻が来る。

 

 軽快さと豪快さをふんだんに込めたようなメロディーと共に、画面にはクリアの三文字が浮かぶ。

 

 見事、このゲームを制してみせた証である。

 

「す、すごい!」

 

「ふふん♪ ボクにかかればこんなゲーム、ノーコンティニューで余裕さ!」

 

 自信満々に胸を張ってそう言うゼロツー。

 

 そして持っていたハンマーをクルリと回して、ヒロに柄の部位を向ける。

「どう? ダブルプレイできるから一緒にやってみない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えーっと、こう?」

 

「おぉーうまいじゃん!」

 

 一方、格闘ゲームとは別のゲームで遊んでいるのはナオミとイクノ、そしてココロの3人。

 

 遊んでいるのは、透明なガラスのケースにたくさん入れられた縫いぐるみやらフィギアのパッケージ。

 

 それを円盤状に左右二つのアームが付いたクレーンで取る『UFOキャッチャー』をしていた。

 

 複雑な操作をする必要がなく、クレーンをどこに落とすかボタン一つで決めて、後はクレーンが自動的に目当ての物へ下がっていき、アームで掴み取るといった単純仕様。

 

 まだ操作に慣れない……というより、巧くできる自信のないココロにとってありがたいゲームと言えた。

 

「かわいぃぃ〜! ありがとうココロ!」

 

「あはは……たまたまだよ」

 

 爬虫類……あるい怪獣的な生き物を可愛らしくディフォルメしたようなそんなキャラクターのぬいぐるみを両手で抱え、ご満悦な幸福オーラを出すナオミは礼を言うが、特に大したことはしてないと手を振ってココロはそう言う。

 

 そんなほんわかな雰囲気を醸し出す二人だが、それを見ていたイクノは負けてられないと意気込む。

 

 ナオミを一番の親友として……あるいは、それ以上の感情で想い慕っているからこそ、イクノは普段の物静かな面をこの一時だけでもかなぐり捨て、ナオミが望むものをこのUFOキャッチャーで手に入れようと意気込む。

 

 大好きな親友にプレゼントしたい。

 

 自分ができるところをアピールしたい。

 

 これらの思いを薪に、イクノはUFOキャッチャーに挑む。

 

「ナオミ。何かとって欲しいものある?」

 

「え? うーん……この子も可愛いけど、あの子も欲しいな!」

 

 そう言って指を差した先には紫色のめがねを掛けた猫のキャラクターのぬいぐるみがあった。

 

「任せて。アレ取ってあげる……ココロ、交代お願い」

 

「ど、どうぞ……」

 

 いつものイクノらしいクールさが完全に失われ、勢い迫るほどの情熱を秘めた気合いにココロはその気がなかったにしてもNOと言えない。

 

 言ってはダメという、ある種の強迫観念がそうさせたのだ。

 

 ココロと操作を交代したイクノは端末をUFOキャッチャーの下部にあるスキャニング部位に翳す。『チャリン、ピピン♪』という、コイン同士がぶつかるソレに近い音と、リズムの良い音がUFOキャッチャーに備えられたスピーカーから発せられる。

 

 電子通貨が入れられ、いつでも遊ぶ事ができるという合図だ。

 

 操作盤には一回の通貨投資で出来る回数が表示されている青白いディスプレイ画面があり、数は5。

 

 つまり、一度に5回は可能ということだが、自信あり気のイクノは5回など多すぎる。

 

 一回でノーミスでクリアしてみせる、などと。

 

 口には出さずともそんな決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……のだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1回目……失敗。アームが目的のぬいぐるみを掴めず、というよくありがちな例を実際にしてしまったから。

 

 2回目……失敗。簡単だと思ってたかを括ってみれば、掴むことには成功したが途中で落とす。これもよくある典型的な失敗例だ。

 

 3回目……もう油断しないと意気込むものの、今度はぬいぐるみを商品が出る射出口まで運ぶ途中ではなく、掴んで上へと上げだ瞬間に落ちる。またまたよくある失敗例を披露してくれた

 

 イクノは、ほんの数秒間だがガラスケースに頭を押しつけて意気消沈モードに突入。

 

 4回目……覚悟を決めて今度こそ獲ってやるとやる気を再充填した状態で臨む。目的のものを取ろうとしたが、掴む前から掴むという工程を失敗して終了。

 

 そしてラストの5回目……は、せず。

 

 キャンセルボタンを押して完全に終了。

 

 どんよりとした暗く生気を一切感じさせないと言わんばかりのオーラを出して、UFOキャッチャーの台に背を預ける形で体育座り。

 

 顔を見せず両膝に埋めている様から見ても、『たかがゲームでそんなに気にすることないよ』とか。あるいは『ほらほら元気出して』などと。

 

 ベタに濡れまくったチンケな言葉ではどうにもならないだろう。

 

「もうイクノったら……はい、これ!」

 

 消沈しまくる彼女を見兼ね、ナオミはイクノにある物を差し出す。

 

 顔を伏せていたものの、何となく言葉のニュアンスで何かあるのか? と察し、ふいに顔を上げたイクノの目に飛び込んで来たのは、一個の紙袋だった。

 

 サイズは手の平に収まるほど小さく、口は赤いリボンで綺麗にラッピングされていた。

 

「え、これ……」

 

「まぁまぁ。いいから開けてみてよ」

 

 特に説明もなく、それよりも早く開けてと急かすナオミ。疑問に思いつつ、言われた通り紙袋の口を閉じていたラッピングを取り、開ける。

 

 そして。中に入っていたものを見る。

 

「ペンダント?」

 

 手を入れて、袋から出して再度確認するとそれがペンダントの類で、金色の金具に折鶴蘭を象ったアメジスト色の装飾があるといった感じの品物で、クロロフィッツを意味する折鶴蘭をモチーフし、しかも色はクロロフィッツと同じ紫系統の色彩。

 

 まさにイクノの為に作ったかのようなペンダントである。それを手にまじまじと見つめるイクノは、少し頬を赤らめ笑みを浮かべている。

 

「どう? ご満足頂けたかな? さっき行ったアクセサリーショップで買ったヤツなんだけど、すごくイクノに会ってると思うな」

 

「!! ……あ、ありがとう……大事にするよナオミ」

 

 よほど嬉しかったのか。優しく、それでも力強く握り締めて、プレゼントしてくれた礼を笑顔で述べるイクノ。

 

 そんな彼女の姿を見て、ナオミも笑う。側から見て他愛のない微笑ましい光景だろう。

 

 事実、ココロはそんな二人をほんわかした気分で見ていた。

 

 優しくて温厚。単にそれだけでなく、他者への配慮や心情を気遣う性格の彼女からすれば、そう思うのは当然だろう。

 

 親交を深め合うイクノとナオミの姿。

 

 そこにおかしなところは一つもない……筈なのだが、何故かこの時、ココロはある違和感を覚えた。

 

 贈り物を貰い、それに喜ぶのは当たり前なのでそこではない。

 

 なら、贈り物自体か? 

 

 別段おかしくない。イクノがクロロフィッツという、折鶴蘭の英名を冠したロボットに乗る点と彼女の機体のカラー。

 

 紫系統で、しかもアメジストだ。

 

 アメジストには『誠実』『愛情』『心の平和』『高貴』といった縁起が良い言葉が含まれている。

 

 これも特に問題ではない。

 

 違和感の正体は送った側であるナオミの……その表情だ。ただ一見すれば良い笑顔だ。

 

 だが何処か無理に取り繕っている。

 

 本意ではない仮面を貼り付けている。

 

 そんなイメージがどういう訳か、ココロの中に思い浮かぶ。

 

 言ってみた方がいいのか。そんな思いもしたが、この心地よい雰囲気を壊すことに成りかねないと彼女の持ち前の配慮がココロを判断させた

 

「? どうしたのココロ?」

 

 だから問うことはしない。

 

 気のせいだと思考の外へと捨てて、そのまま忘れようとしたココロは

ナオミの怪訝な問いかけに対し、何気なく笑うと適当に誤魔化す。

 

「ううん、なんでもないよ」

 

「そう? あ、次アレやってみない?!」

 

 特に気にした様子はなく、ナオミは別のゲームに興味を惹かれて次の台へ行こうとする。そんな彼女の後を上機嫌に笑うイクノが付いていき

、二人の背中を見ながらココロも続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌にこびり付く……どうしても拭い去れない、言い知れない不安を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






令和ライダー第二弾、仮面ライダーセイバー。

サブライダーに『カリバー』って名前のライダーがいるのと、主人公の
基本フォームが赤いドラゴンをモチーフにしてるところを見ると、やっぱりアーサー王伝説を意識してるのかなって思います。

自分的には『設定は面白そうだけど、きちんと見てみないと判断できない』って評価です。今のところは。

それでは。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

崩壊の前兆で、悪夢の始まり part2

 

 

 

 

 

 

 晴れ間が見える程度の薄い雲に覆われた曇天色の空模様。薄黒い色彩で空を覆い風に当てられているのか、僅かばかり蠢く様は不気味だ。

 

 そんな空を呑気に仰ぐ者がいた。

 

 ブラッドスタークだ。

 

「空は曇り……か。まぁ、関係ないけど」

 

 とあるビルの一室の窓。そこから空を見物してはそんな独り言を零すと空から視線を外す。

 

 一室のドアを開ける。開いた先には巨大な空間に繋がっており、その中央には巨大なある装置が鎮座している。

 

 形状は金属製の四角の土台。その上にある半円形のドームが重なり、幾つものパイプが備えられ、その内の何個かとドームの天辺の位置から伸びる太いパイプが天井と繋がっている。

 

「スターク様。起動の承認をお願い致します」

 

 いつの間にか、スタークの背後に佇むプロフェッサー。この装置の起動をスタークに求める彼は、深々と礼をとる。

 

 やはり、その姿は単なる協力者という立場の者に接するそれではなく、"自身にとって目上の者に対するもの"だ。

 

 そんな彼にスタークは手をひらひらと振って答える。

 

「いいよ。やっちゃって」

 

「御意。……拡散機を起動させよォォッ!!」

 

 覇気の篭る号令を合図に機械の中枢エンジンが稼働。それに伴い、この装置を動かす為のエネルギーが各部位に分配されていく。

 

 これにより、『拡散機』は完全起動。

 

 文字通り、コレはあるものを風に乗せ、その流れを利用して広範囲に散布する為の装置だ。

 

 散布するものは……溶原性アマゾン細胞。

 

 それを含んだ、例の培養液を肉眼では見えない粒子へと加工する機能を備えており、加工生成した溶原性アマゾン細胞を内包する『溶原性粒子』をコロニー内における広範囲へと撒き散らす。

 

 空気中に蔓延した溶原性粒子はアマゾンか人の体内へと入り込み、感染する。

 

 人に感染した場合は言わずもがな。

 

 アマゾンが感染した場合、その個体が低ランクであることを条件に、例え"抑制剤を投与されている個体"であろうと、理性が消失。

 

 凶暴性を剥き出しに血肉を求めて人に襲い来る、ただの獣に成り下がる。

 

 人に感染した溶原性アマゾン細胞がどこまでの被害を齎し、どれほどのアマゾネストを生み出すのか。

 

 コレらの答えを確固として立証する為の実験場こそ、この人間とアマゾンが共存するコロニー『ビーストメン』なのである。

 

 拡散機によって溶原性粒子が太いパイプを通り、この建物の屋上にある送風口へと吐き出されていく。

 

 送風口は、コロニーなら普通によく見るタイプの大型空調設備に外側を装っている為、変に目立つことはない。

 

「感染して起こるまでにどのくらいだっけ?」

 

「およそ、5分かと」

 

 スタークの問いに対し、プロフェッサーは簡潔に答える。

 

「個人の体質とか。そーゆーので起こらない可能性は?」

 

「あるにはあると思われます。おそらく、この実験によってアマゾネスト化する数は500〜800かと」

 

「少ないね……けど、感染して変異したアマゾネストから噛まれて二次感染した場合は?」

 

「数千〜数万は上りましょう」

 

 その答えにスタークは口端を吊り上げる。

 

「それだけ成ってくれれば上出来だよ」

 

 狂気。赤い蛇の少女を一言で表せと言うならば、この言葉を置いて他にない。

 

 その狂気を孕んだ笑みでスタークはそっと。

 

 拡散機に手を触れる。途端に、狂気という色彩に染まった笑みは消え失せた。

 

「……ごめんね」

 

 この場の誰でも、自分でも、ましてや拡散機そのものに当てた訳ではない一つの呟き。

 

 遠くで色々と作業しているアリアマゾンらには彼女の声は届いていない。

 

 届いているのは他でもないスターク本人と、傍に立つプロフェッサーのみだ。

 

 しかし彼は何一つ疑問に思うことも、仮に思ったとしてソレに問いを投げるような真似はしない。

 

 何故なら、彼女こそがプロフェッサーが真の意味で仕える……唯一の主だからだ。

 

 故に彼女の意に従い、実行するだけの存在である自分が主の心境に土足で踏み入れるなど、許される筈がない。

 

「そー言えば、プレディカが見当たらないけど、もしかしてゼロツーを狩りにでもいった?」

 

「はい。どうにも理性が効いてないようでしたが……連れ戻しますか?」

 

 プレディカという男の中に煮え滾る憎悪は計り知れない。

 

 一応は理性的に会話することができるか、一度それが爆発してしまうと、もはや自らの意思では止まらなくなる。

 

 その矛先がゼロツーなのは、過去に起きた叫竜殲滅作戦の際、ゼロツーの仲間を省みない単独行動が原因で彼のパートナーが命を落とした事に起因している。

 

 人を辞めてまで、アマゾンに成り果てようと仇を討つ。

 

 ゼロツーへの憎悪と復讐心から自らの意思で怪物となった彼に対し、機が出るまで待て、というのは酷な話だろう。

 

 ゼロツーがここにいる。

 

 なら殺せ。

 

 殺し尽くせ。

 

 死んでいようとズタズタに切り刻んで辱めろ。

 

 このように異常な行動原理で思考を支配されている為、言葉で制すことはできない。

 

「放っておいていいよ」

 

 だからこそ、スタークにとってそんなことは、論ずるまでもなく既に承知している。

 

「よろしいので? ゼロツーだけならばまだしも、13部隊に対し何かしら……」

 

「危害を及ぼす可能性は大。そんなことは言われるまでもない」

 

 そう言って、振り返る。

 

 バイザーの奥の瞳を光らせ、蛇は口調を変えて言葉を紡ぐ。

 

「オレの計画にアイツらは確かに必要だ。なにせ"新しい世界の統率者"たる"人間"だからな」

 

「では、尚更……」

 

「だが死ぬなら其れ迄だ。人間なら困難を乗り越えなければならない。この程度を乗り越えることができなければ、生かす価値は何もありはしない」

 

 冷酷に淡々とスタークはそう言う。

 

「んじゃ、ちょっと様子でも見て来るとするよ。"向こう"でも見てるけど、高みの見物ってのも悪くないからさ」

 

「……わかりました。全ては主の意のままに」

 

 スタークがそう言い、決めたのであれば、それでいいこと。

 

 プロフェッサーはそう判断し、軽く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜楽しかった〜!」

 

 ゲームセンターを出て開口一番にそう言い放ったゾロメは、実に爽やかな笑顔で満足したとでも言わんばかりに溌剌としていた。

 

 何故なら……

 

「……」

 

「もう。いつまでも凌げてないで、シャキッと元気出しなさい」

 

 ズゥゥという擬音が聴こえて来そうなくらいに気分が暗く沈んでいるゴロー。そんな彼の背をポンポン、と叩いてはまるで姉のように励まそうとするも、いまいち効果はない様子。

 

 どうしてこんな様になっているのかと言うと、あれから格ゲーでの対決を三回行い、その全てにゴローは完全敗北を喫してしまったのだ。

 

 どうやらゲームという遊びにおいては、ゾロメが一枚上手だったらしい

 

 いや、ゲームに限らず、遊びに関してゾロメが負けた事は意外と少ない。得意と言えば得意な方なので、今回の場合、ゾロメにとって有利なジャンルの対決で臨んだのがゴローの敗因に繋がったと見るべきだろう

 

 ともあれ、負けは負け。

 

 イチゴに格好いいところを見せられず、三回とも無様に散り、こうして慰められる。

 

 男として恥ずかしいだろうが、結果が結果である以上、仕方ない。

 

「もう6時なんだ。早く戻らないとね」

 

 イチゴは端末に届いていた一通のメールを見ながら、時間の経過の早さをしみじみと感じつつ言った。

 

『そろそろ時間だから、4Cセンターの入り口前まで戻って来て。着いたら点呼確認と端末の返却をお願い。ハチがいる筈だから、彼の指示に従うこと。いいわね? 

 

 ──ナナより──』

 

 と、このような内容で全員に行き渡っていた。

 

「……だな。はぁぁ……せめて一回くら……??」

 

 気が落ち込んでいたゴローは、ようやくだが気を取り直し、やや愚痴を零しつつふと視線を前へ向けたのだが、彼の愚痴が最後まで続くことはなかった。

 

「な、なぁ……アレ……」

 

 おもむろにゴローは指を差す。どこか声は震えているが、指差す方向は丁度目の前。

 

 距離的に5mと幅がある先に誰かが蹲っていた。しかもそれだけでなく、薄黒い蒸気を放っていた。

 

 アレは、間違いなくアマゾンが人の姿から獣人となる前兆の現象。

 

 周囲の人々やアマゾンたちは、様々な反応を見せていた。心配する者や、何事かと疑問に思う者。

 

 あるいは、単なる興味本位で、といった野次馬精神で見に来る者など。

 

 周囲は騒然としていた。

 

「あれ、もしかして……」

 

「アマゾン?!」

 

 イチゴの呟きに先んじてゾロメが答える。

 

「でもここってアマゾンが普通に暮らしてるから、別に変じゃ……」

 

 確かにそうだ。ここでは人もアマゾンも市民として暮らしており、アマゾンの市民は普段人の姿で過ごしているが必要に応じてアマゾンの形態へ変異することもできる。

 

 なので、人の姿からアマゾンの姿になることに異論はないが、では何故苦しんでいるのか? 

 

 論点はそこだ。

 

 やがて、蒸気が収まる。

 

 そのアマゾンは、苦悶な様子で蹲っていたものの、人間の姿からアマゾンの形態へと変異した途端。それがピタリと収まり徐に立ち上がる。

 

「な、なぁ。あんた大丈夫かい?」

 

 近くにいた男性が声をかける。

 

 蒸気の熱さのせいで近寄れなかったが今は収まっている為、問題ないだろうと聞いてみた。

 

 しかし答えたのはアマゾンの方ではなく、ヒロだった。

 

「逃げて下さいッ!! 早くッ!!」

 

 ヒロはおろか、13部隊全員がそのアマゾンの姿を見た瞬間、一気に警戒度が跳ね上げた。

 

「へ? あ……」

 

 しかし、気づいたところで遅かった。

 

 "人間だった男"が変異した黒いアマゾン……4CからはUBAとも呼ばれる『アマゾネスト』は、無知とは言え安易に近付いて来た男の首に、その牙を容赦なく突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か起きているのか。

 

 それを正確に把握できるものなど、誰一人、その場にはいなかった。

 

 ただ、人が黒いアマゾンに喰われ、その光景を直に見ているという事実だけが、明確に分かるのみ。

 

 どうしてこうなったのか。

 

 何がいけなかったのか。

 

 理屈、過程、原理、そのどれを考えても答えが出る筈もなく。

 

 ただ人は、そしてアマゾンも。

 

 この悲劇を前に悲鳴を上げ、混乱と動揺。そして恐怖を形成するしかなかった。

 

「きゃああああああぁぁッッッッッ!!!!」

 

「うわあああああああ────ッッッ!!」

 

「お、おい! 誰か早く4Cに通報を!」

 

「どけ!」

 

「邪魔よッ?!」

 

 ある者は、恐怖に染まった悲鳴を叫び散らし。

 

 またある者は、何とか対応しようと声を上げて。

 

 中には他人を押し除けて、自分だけ逃げようとする者もいた。

 

 収拾がつかない混沌とした状況が構築されてしまい、ちょっとやそっとの事では収めること等できはしないだろう。

 

「やめろォォォォ──────ッッ!!!!」

 

 そんな中でヒロは叫ぶ。アマゾンズベルトは預けている為、今は持っていないが両腕をアマゾン化させ、生物的なフォルムになったアームカッターを武器として使用することができ、それを使って最初のアマゾネストとなった男性を背後から攻撃。

 

 その首を、アームカッターで無慈悲に切り落とした。

 

 息を荒く、肩を上下させるヒロは身体が溶ける形で崩壊していくアマゾネストを見据える。

 

「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

 

(なんで……どうしてだ……もうアマゾネストはいないんじゃなかったのか?!)

 

 門矢士の話では、アマゾネストはもういない筈だった。

 

 騙された、というのなら話は別だが、今はまだそうだと即決させるだけの判断材料がない。

 

 それに状況が状況である事を考慮すれば尚更だろう。

 

 そんな中、最悪なことが連続して二度も起きてしまう。

 

「がぁぁッ……ぁ……ァァァァァアアアアッッ!!!」

 

 一人、二人、三人と次々に人間がアマゾネストと化して周囲の人間を標的に襲い始めたのだ。

 

 襲われ、血みどろに染まり、事切れていく命。

 

 中には、親子もいた。

 

「マ゛マ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ッッッ!!!!」

 

 濁音混じりに叫ぶ5歳程度の小さな男の子が、アマゾネストに喰らわれる母親を前に助ける事ができず、泣き喚いている。

 

 既に母親に息はない。

 

 一撃でアマゾネストに心臓を抉られたのだ。

 

 アマゾネストは子供に目もくれず、ただ自らが男の子の母親から奪った心臓を貪っていた。

 

 美味しそうに。まるで完熟した実を絶対に離さないと両手でしっかりと包み込み、じっくりと味わいたい為なのか。

 

 一気に食べるのではなく、少しずつ千切りながら、ゆっくりと。

 

 膝を地面に付いては心臓の血肉の味に溺れていた。

 

 やがて、"母親が立ち上がる"。

 

 胸に空いた血塗れの風穴などお構いなしに、自らの心臓を貪るアマゾネストも気にも留めず。

 

「ウェッ……うぅ……ま、まま?」

 

 泣き喚いていた男の子は、母親がなんてことのないように起き上がった事実に嬉しさよりも、混乱の方が上だった。

 

 5歳の男の子と言えど、母親が心臓を抉られて生きている訳がないと言うのは分かる。

 

 分かってしまう。確かに母親が死んだというのをあくまで感覚的にだが実感した。

 

 なら、なんで自分の母親は立っているのか? 

 

「■■■くん」

 

 だが、母親が自分の名を呼び、変わりない笑顔を見せてくれる。

 

 それが男の子の中に生じた疑念を拭い去ってしまった。

 

「ままぁぁッッ!!」

 

 また泣いて、母親に抱きつく。

 

 間違いなく母親である事を感じたが故の行動だった。突然、何の脈絡も道理もなく母親が死ぬ

 など、すぐ側で手を繋いで歩いていた実の息子にしてみれば恐怖と混乱以外になく、それも表現しようのないとてつもない恐怖だっだ筈。

 

 だから、この男の子のとったこの行動を愚かな行為と断ずることはできない。

 

「うぇッ……えぐッ…ああああああああ、あああああぁぁぁッッ!!」

 

 大泣きする男の子に対し、母親はそっと優しく、その小さな頭を撫でる。我が子をあやすように。本当に親としての慈悲が感じられるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母親が、アマゾネストと変異しながら男の子の首に喰らい付くまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、例の件に関してはその方針を取ることにしよう」

 

 APEの創立者たちにして、最高決定機関でもある七賢人が集い、意見交換や情報精査。

 

 また罪人を罰し裁判紛いな事をしたりと。

 

 色々な有事において利用される衛星要塞コスモスの内部、ラマルククラブと呼ばれる場所で行われる賢人会議。

 

 次々と挙げられる案件を合理的に、論理的に、一切の無駄なく消化していく様を見ると人間なのかどうか。

 

 そんな疑問が湧いてくる程、この七賢人たちは人間味というものが全くない。一欠片さえもだ。ただ……ある一件だけは違った。

 

「ブラッドスタークの件に関しての調査報告なのですが……」

 

 七賢人の中で一番背の低い賢人がブラッドスタークの名を出した途端、会議の場がピリッと張り詰める。

 

 報告データが詰め込まれた端末を片手に、会議の補佐として賢人会議に出席していた上層部の研究員は思わず、背中から冷や汗が吹き出す。

 

「やはり、ヤツは以前として掴めず。ヴィスト・ネクロの居場所も分からないという現状です」

 

「なんたることだ……あの大罪人を野放しにしておくのは、我等の沽券と誇り高き顔に泥を塗るに等しいぞ!」

 

 淡々と報告する低背の賢人の言葉に、対照的な怒りの感情を剥き出しに吠えたのは、賢人の中で大柄な体格を誇る、ゴリラを模したような仮面をつけた賢人。

 

 彼は己の内心から染み出して来る苛立たしさを抑えることができず、細長く無機質なアームによって高く固定された椅子の腕置きの部位を叩きつける。

 

「まぁ落ち着け。いかに獣共が何を企もうと暗躍したところで、既に対抗策はできた」

 

 七賢人の一人がそう言い、女性的で落ち着いた声音の賢人が同意の声を上げた。

 

「その通り。アマゾンを狩ることのできる通称『ベルセルク』。それが開発に成功したことを考慮すれば、今後アマゾンの脅威に晒されることは皆無と言っていいでしょう」

 

 ベルセルク。意味としては狂戦士を指し、北欧神話におけるオーディンに仕える、熊の毛皮を被ることで理性を無くし、果てなく戦い続けることができる戦神部隊。

 

 その名を冠した対抗策は、あまりに合い過ぎていた。

 

「アマゾンが持つという、ギガ。そのエネルギーの擬似的な代替物質として作用する『獣因子』で構成された強化プロテクトスーツを纏い、アマゾンと戦うことができる……だったか?」

 

 大柄の賢者は説明気味にそう言いつつ、ベルセルクにおける欠点を進言する。

 

「だが、アレには一時的に理性が喪失するという欠点がある。試行実験の際に敵味方区別なく襲いかかったとのデータもあるが」

 

「その点に関しては今後、"上手く利用する形"で改良していけばいい

 

「欠点そのものを無くさず、ですか?」

 

 小柄な賢人が主席の放った言葉の意味に疑問を持ち、問いを投げかける。

 

「理性の喪失は言うなれば、表面に出る自意識の喪失。それを正確にコントロールすることができれば痛覚の不能化。また精神的な不安や動揺といったマイナスな状態を沈静化させるのに役立つだろう。そうなればより完璧な兵器として役に立つ」

 

「なるほど。では、『精神脳科学』の技術を担う私どもの方でやってみましょう」

 

「ああ、頼む」

 

 彼等にしてみれば、これはどうと言うことのない会話でしかない。だがもし、この場にAPEではない人間がいれば、様々な歪が点々と見えることだろう。

 

 遠回しとは言え、人の脳内を平然と弄ると言ってのける倫理性の欠落

。ベルセルクという兵器を纏う人間の配慮を微塵も感じさせない無機質さ。

 

 他に例をいくつか挙げたとしても、この異常性はそれでは終わらないだろう。

 

 実際に彼等が行って来た非人道的な実験や研究など、数えることが億劫に思えるほどにやって来たのだから。

 

 彼らにとって、これが当然の理なのだ。

 

「では、今回はここまでとしよう」

 

 主席の口から告げれる閉幕宣言。七賢人たちの集いによる語り合いは、淡々と。遅延も、停滞もすることなくスムーズに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴と絶叫。そこに含まれる感情は『恐怖』と『苦痛』。

 

 そして……『絶望』。

 

「ぎぃッ……痛ッィィィッ!!!!」

 

「こ、の! やめろって!! うわあああああッッ!!」

 

「おい! こっちも抑えるの手伝ってくれェェ!!」

 

「お父さん! ねぇ! 起きてよぉッ!!」

 

 つい先程まで人間だった筈なのに、それがアマゾン化し、アマゾネストとなって人の血肉を求めて喰らい付く。

 

 それも、地区一箇所に10人中1人という割合ではなく、10人中8人という割合でだ。

 

 しかも、人に襲いかかっているのはアマゾネストだけではなかった。

 

「グルゥッ! ガァァァァッッ!!!!」

 

 ヒヒ型のアマゾンや蛇型のアマゾン。ゾウムシ型のアマゾンなど。形状は様々で共通性はないが突如として理性を喪失させたかのように、獣染みた挙動でアマゾネストと同じように人間を襲い、その血肉を貪り食っている。

 

 もはや周囲は血の海。

 

 しかしそんな地獄の中でも抗う者達がいた。

 

「クソッ! オラァァッ!!」

 

 人間の恋人を守る為、民間市民の青年は本来の姿である『薔薇』の遺伝子を持つ『バラアマゾン』へと変身し、彼女の手を引きながら群がるアマゾンやアマゾネストを左右それぞれに備わる園芸バサミによく似た形状の部位で、的確にその首を落としていく。

 

 その手腕と実力から見るに、"Bランク"か、"Aランクに近い"戦闘能力を有しているようだ。

 

「おりゃああッ!」

 

「フンッ!」

 

「早く! みんな逃げて!」

 

 人とアマゾンのカップル二人が苦戦しつつも去っていく最中、カミツキガメ型のアマゾンと、ウミヘビ型。

 

 そして、サメ型とリス型の4体のアマゾンが人間の家族に襲い掛かろうとしていたアマゾネストとアマゾンに何とか応戦する形で守り、リス型アマゾン……声からして少女だろう。

 

 彼女が襲われそうになっていた人間の家族に逃げるよう促し、苦戦しつつも何とかアマゾネストを退けていく。

 

 13部隊もまた、この鮮血と混乱。恐怖。苦痛で彩られた地獄の中で抗う者達だった。

 

「みんなッ! 離れないで!!」

 

 リーダーのイチゴが全員に向けて叫ぶ。

 

「ど、どうなってるのよ! なんで……人が……血がッ!!」

 

「考えるのは後にしろ! 走れミク!」

 

 生々しく鉄臭い人間の鮮血。

 

 それに加え、ほんの数分、あるいは数秒前まで命があった筈の人々が何も言わないず、動きもしない物と化していく光景を見せつけられ、何も感じない筈がない。

 

 かつて、オトナの都市区画でオトナ達がアマゾンになって襲い来る恐怖を身をもって味わった13部隊だが、決して慣れるようなものではない。

 

 しかも今回は普通の人間が生きたままアマゾン化し、生きている人間を平然と喰らっている様を見せられているのだ。

 

 しかも、それだけではない。

 

 無機質に、容赦なく。喰われる形で奪われていく人々からは血が大量に流れるだけでなく、喰い荒された腕や足といった人体の一部。

 

 又、目視での判別が困難なほどにグチャグチャにされ、それでもかろうじて臓器の類である事だけは分かる肉片やら肉塊がそこかしこに無造作に転がり、散らばっている。

 

 凄惨過ぎる悍ましさで彩られた光景が、そこにはあった。

 

「ッ!」

 

「み、見ちゃダメだよ!」

 

 ココロが思わず、口を片手で押さえ、同時に走る速度が少しばかり遅くなる。

 

 このような凄惨な光景を目の当たりにすれば、大抵は誰でも吐き気が込み上げ、恐怖や嫌悪感などの悪感情に脳内が支配されてしまう。

 

 叶うなら……足を止めて胃の中のモノを吐き出して、気休めでも楽になりたい。

 

 そんな衝動に駆られるココロだが、今はアマゾンのみならず、アマゾネストの双方が蔓延り、絶え間なく人を襲っている。

 

 そんな状況で、ココロの無意識にとってしまった反応は『足を止める』という愚かな行為に繋がる。

 

 それを本能的に悟ったフトシは離すまいと、ココロの手を引きながら、彼女が足を止めないよう必死に声をかけることで、どうにかココロを立ち止まらせずに済んだ。

 

「腕輪のない人達は、人間の筈じゃなかったのか!!」

 

 無造作に転がるかつて人という形をしていた、一部分たちの数々。血に濡れて赤く、多少形が崩れているせいで遠目では分かりづらいが、近づいて見れば解りたくなくても、解ってしまうソレらを上手く避けつつ

、脚を必死に動かしながら、ゴローは疑問を声に出して叫ぶ。

 

「間違いないッ……人間が成ってるんだ! あの黒いアマゾンに!!」

 

 そんなゴローに答えたのは、ヒロだった。その隣ではゼロツーが自慢の身体能力をフルに発揮した蹴りで、アマゾンを退かせていた。

 

「門矢士が言ってた溶原性アマゾン細胞……奴ら、それを撒いたんだ!

この街にッ!!」

 

 アマゾネストは、人間が溶原性アマゾン細胞に感染されることで生まれる特殊なアマゾン。

 

 混乱の最中で、それも逃げるだけで必死な状況であっても、ヒロは"観察すること"を忘れなかった。

 

 そのおかげである事が分かった。

 

 アマゾネストになる人は皆、ヒロが見た限りにおいては、腕輪をしていないと言う一つの共通点を見出したのだ。

 

 それは、つまり。アマゾネストが人間が変異して生じる存在であるという事実であり、あの門矢士の言っていた言葉が紛れもなく真実だと立証されたことを意味していた。

 

 そしてもう一つ、気になる点があった。

 

 アマゾネストが次々と発生し、惨事を引き起こす中で13部隊への関心がないように見えるのだ。

 

 というのもアマゾネストは人間を喰らうべき獲物として認識し、合理的な行動として捕食行為をしているわけだが、人間が標的であるのなら13部隊が狙われない筈はないう。

 

 しかし、アマゾネストたちは13部隊へ襲いかかるといった行為をせず、それ以外の人間のみに捕食対象としての関心を示していた。

 

 故に走って逃走する中でその牙を向けて来たのはアマゾンだけ。

 

 一体なんだ。何なんだこの違いは。

 

 ヒロの中で疑問が湧き、不確定要素として頭から離れない。普通なら、この程度の些事は、目下生き残ることが最条件の過酷な状況の中では不要として切り捨てられるものだ。

 

 それが捨てられない。

 

 何かしらの意味があるのかもしれないが、仮にそうだとして、その意味の答えを考えれるだけの時間はヒロにはない。

 

 今は群がって来るアマゾンを対処しつつ、仲間と共に安全な場所への逃走に専念するしかないのだ。

 

「きゃッ!」

 

 ただ、運が悪い時というのは状況の良し悪し関係なく、唐突にやって来るものだ。

 

 本来の自分のペースではない走りに疲労が蓄積され、息が乱れていたココロは、偶々転がっていた瓦礫の破片に躓いてしまった。

 

「コ、ココロちゃぁぁんッ!!」

 

 フトシが叫ぶ。

 

 すぐに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように、二匹のクモ型アマゾンがフトシの身体に喰らいつこうと口部を大きく開け、飛び掛かかる。

 

「うわあぁぁッ!!」

 

 咄嗟に身体を大きく後ろへ仰け反らせ、下がった事でフトシは回避に成功。その剥き出しの牙に掛かることはなくなったが、派手にすっ転んでしまい軽い程度ではあるが、後頭部と腰を殴打してしまった。

 

 そして、二匹のクモアマゾンの後方にはまだココロがいる。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

 小さく呻き、転んだ際の衝撃で右足の膝を強く打ってしまったらしく、その部位を抑え立ち上がろうとしているが中々困難らしい。

 

 一瞬ばかり立ち上がったものの、すぐに崩れてしまう。まるで生まれたばかりの小鹿の如く震わせて苦悶を滲み出した表情を見れば、具合の程度が容易に分かる。

 

 身動きが取れない状態に陥った獲物ほど、捕食者にとって得易い物はない。

 

 すぐに動けない彼女に狙いを定めたのは、クモアマゾン二体だった。

 

 彼等はゆっくりと振り返る。そして互いに口部から蜘蛛糸を吐き出し、ココロを拘束。

 

 手負いとは言え、念を押すようだ。ともかくこれで問題ないと判断したのか。

 

 クモアマゾンたちがゆっくりとココロに迫っていく。

 

「クソッ! どけぇぇッ!!」

 

 それを見たヒロは、両腕をアマゾン態へと変化させたアームカッターにより力を込め、取っ組み合っていたゾウムシ型と、カニ型アマゾンの二体を切り捨て袈裟斬りにすることで一気に戦闘不能に追いやる。

 

 だが、もう遅い。

 

 大きく開いた口部から唾液を垂れ流し、クモアマゾンは無慈悲に、本能のままに。その牙を突き立てる。

 

「!! ッ あああああああああッッ!!!!」

 

 但し、喰らいついたのはココロではなく、咄嗟に彼女の前に立ったミツルだった。

 

「ミツルくんッ!!」

 

 悲痛な叫びを上げるココロを尻目に、左肩に噛み付いたクモアマゾンを何とか引き剥がそうと試みるミツルだが、やはりそこは人とアマゾン。

 力比べでは人間側に敗色が挙がってしまう。

 

「ハァァッッ!!」

 

 ミツルに気を取られ背中を疎か且つ無防備に晒すクモアマゾンを背後からヒロが斬り付ける。

 

 中枢臓器に達していない為、死んでないだろうがそれでも活動不能の仮死状態にすることができたのだ。

 

 それを確認したヒロはアームカッターでココロを捕らえていた蜘蛛糸を切り捨て、開放。

 

「ミツルくん! そんな、どうして……」

 

「ハァ、ハァ、ハァ、……借りを返した、までです」

 

 ズキズキと痛む右膝を気にせず、尾行を引きずりながらミツルに近寄っていくココロ。

 

 対しミツルは、クモアマゾンに付けられた咬傷の激しい痛みに耐え、左肩をもう片方の手で押さえながら、ココロが抱いた疑問にそう答える。

 

 借り、とは。おそらく腕の傷を手当てしてもらった時のことだろう。

 

 ココロにとって、あの時のことなど『当たり前のことをした』までに過ぎない。

 

 そんな理由で、自分を傷けてまで守って欲しくなどない。

 

 納得のいかないミツルの言葉にカチンと来たココロだが、今は状況が状況である為に何も言わなかった。

 

「肩貸すよ、ミツル!」

 

 何とか立ち上がることはできるものの、傷に響くのか……少しでも走るといった行為ができないらしい。

 

 そんな彼にヒロが声をかける。

 

「ハァ……ハァ……誰がッ、お前の施しなんか……受けるかッ!」

 

 このような状況でも、尚変わらずヒロに向けられる感情は最悪なもので、どうにも手を取りだからない。

 

「なら俺が貸す。ほら、ミツル」

 

 そんな様子を見兼ねてか。ゴローが代わりにミツルを支えようと言って来た。

 

「この程度、なんでも……痛ッ」

 

 強がるが、どうにも隠すことはできなそうだ。

 

 そんな姿を見たゴローはミツルの拒否を却下し、自身の肩に彼の右腕を乗せ、脇腹を支える。

 

 結局。強がったところで無意味と潔く判断したのか。諦めを孕んだ溜息を一つ吐き、大人しくゴローの親切心を受け入れることにし、そのまま黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「微かに鳴り響く〜♪ 君の寝息がルンバーラ♪ ルンバーラ♪

落とし子を探し〜て〜る」

 

 ぽつぽつと、硬いアスファルトで覆われた大地に雨粒の一つ一つが降り注ぐ。

 

 鉛色の空に向かって黒煙が立ち込め、耳を集中させれば遠くの方でありとあらゆる人の声が聞こえて来る。

 

 もっとも、それは『恐怖』と『絶望』と『悲哀』など。そういった負の要素をこれ以上なく詰め込んだ断末魔の慟哭。

 

 常人なら、まず耳を塞ぎたくなるだろう。

 

 そんな惨状を知らぬとばかりに。地獄を生み出した側の実行犯であるスタークは、ビルの屋上で呑気に歌っていた。

 

「さて。上手く増えてくれよぉ〜? 必要な量に達すれば……フフ、ハハハッ!!」

 

 一体どれほどの人命が失われていき、尊厳さえ踏み躙られ、哀れに獣の空腹を満たす肉塊と化すのか。

 

 それは到底人として考えたくもない死に方であるのは間違いない。

 

 しかし、毒蛇によって隠されたこの作戦の"もう一つの目的"を成し遂げる為にも、その過程はやらなければならない。

 

 他者に非難されようが構わない。他者に罵倒され怨嗟の声をあげられようが止まらない。

 

 毒蛇は、ただ狂気的に。面白おかしく自身の望む物を手に入れるだけだ。

 

 そんな彼女の意思に呼応するように、彼女の手に収められていた"金色の腕輪らしき何か"が薄っすらと妖しく輝いたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

崩壊の前兆で、悪夢の始まり part3




8月に3話投稿できました! 

今まで一月に一回ペース、又は一月空けての投稿でしたが、3話も投稿できたのは嬉しいです。







 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降り始め、止む気配はない。

 

 暴走アマゾンやアマゾネストによる、暴動の禍で生じてしまった火災はこれで鎮圧できるとは言え、溶原性アマゾン細胞によって感染した人が変化したアマゾネストや、感染により暴走状態に陥ってしまったアマゾンの脅威が無くなった訳ではない。

 

 放っておけば、最悪な状況は確実に悪化の一途を辿り、このビーストメンが壊滅する危険性さえも孕んでいる。

 

 肩を負傷したミツルはゴローが肩を貸し、右脚を痛めてしまったココロはフトシが、その背中に背負う形で降り注ぐ雨の中をひたすら走っていく。

 

「なあ!」

 

 そんな中、ふとゾロメが声を上げる。

 

「どうしたのゾロメ? 早く行かないと……」

 

「先に行っててくれ。俺はこっちに行く」

 

 そう言って、指をある道へと指した。その道に気付いたのはヒロだった。

 

「この道……たしか、ハルちゃんの家の……」

 

「おいまさか……行くつもりか?!」

 

 ゾロメのやろうとしていることを察したゴローは、制止の声を上げた。

 

「今行くべきなのは4Cセンターだ!」

 

「そ、そうだよゾロメ!」

 

 ゴローに続き、フトシも反対意見だった。

 

「ココロちゃんとミツルを見てよ!二人とも怪我してて大変なんだ! それに、あの人達ならとっくに避難して無事かもしれないだろ?!」

 

「そりゃあ! そうだけど! でも……俺どうしても心配なんだよッ!!」

 

 言葉を一つ一つ吐くのが辛そうなほど、顔を歪ませ、必死に声を張り上げた。

 

「別に、ついてってくれとは言わねーよ」

 

 最初から、自身の考えに賛同してくれるとは微塵も思っていなかった

。こんな非常事態な状況の中で、この願望がどうしようもなく我儘でしかない事を自覚しているからこそ、ゾロメは一人で行く腹積りだっだのだ。

 

「こんなの、俺の勝手な我儘だから……けど、あの人達を見捨てるなんて、嫌なんだよ」

 

 ゾロメがこのコロニーで出会ったハルたち家族は、今日出会ったばかりで顔見知り程度の間柄でしかない。

 

 普通なら、自分たちの命が脅かされる危機に直面している最中で、知り合ったばかりの赤の他人を助けようとはしないだろう。

 

 いたとしても、ほんの僅かだろう。

 

 けど食事を振る舞ってくれて、暖かい料理を食べさせてくれただけでもゾロメにとっては恩に感じるだけでなく、ケンゴは"大人"というものを教えてくれた。

 

 コドモに守られ、何もしないオトナではなく、子供を守り導く大人という在り方。

 

 たった数時間言葉を交えただけでも、それを教えてくれて、家族というものに暖かいものに触れさせてくれたハルたち家族は、ゾロメの中で助けたいと思える程に大きくなってしまったのだ。

 

「じゃあ、もう行くぞ」

 

 ぶっきらぼうに言ってゾロメはハルの家族たちの家へと続く道を走ろうとした。

 

 その時。

 

「待ちなさいよ!」

 

 ミクが待ったの声をかけ、先へ歩こうとするゾロメの足を止めさせた。

 

「ミクも行く!」

 

「ハァァッ?!」

 

 その言葉にゾロメは堪らず、後ろを振り返り、素っ頓狂と言わんばかりに面食らった顔を晒してしまう。

 

 ミクの性格を考えれば、勝手な自分に愛想尽かしみんなと行くだろうと踏んでいたゾロメとしては、彼女の言葉は予想外だった。

 

「お、おま! みんなと一緒にいろよ!!」

 

「アンタはミクのパートナーなんだから、ミクがいなきゃダメでしょーが!!」

 

「いや、なんだよその理屈?!」

 

 意外にも退かずにミクは食いついて来た。これには、さすがのゾロメも手に負えない有り様だった。

 

「あ、あのなミク。ほんとにマジで危ないんだぞ。いや、今も危ないけど。けど俺なんかよりみんなと一緒にいた方が安全……」

 

「勝手なこと言わないで!!」

 

 それでも、なんとかミクを説得しようとするが、彼女はそれを跳ね除けんばかりに声を張り上げた。

 

「どんだけ心配してるのか分かる?! あんたにとってミクは、パートナーってだけかもしれないけど……けど、大事って思わない理由には…なんないでしょ!!」

 

 ミクは今にも泣きそうな表情で、訴える。

 

 本当のところを言えば、このコロニーに来てから最初にはぐれた時も、ミクはゾロメを心配していた。

 

 口では文句を言いつつ、けれど率先して探していたのは他ならぬミクだ。

 

 それだけ、ミクはゾロメを大事に思っている。

 

 小さい頃からよく一緒にいて、今と変わらずにケンカもしていたが、ゾロメは一度もミクに手を上げたことはなかった。

 

 たったの一度も、だ。

 

 ミクが泣されたと聞いてまず真っ先に駆けつけるのがゾロメで、泣かした相手に降参の二文字を言わせるまで、そしてミクに謝らせるまで拳で殴りまくる。

 

 そんな騒ぎを『お決まりのパターン』と言える位に何度も起こしては、その都度成績が悪くなることもあった。

 

 ゾロメ本人は別にどうってことはないと思っているらしいが。

 

 それでも、自分の為に必死になってくれるゾロメをミクが何も思わない筈がない。言葉に出すのはむず痒いし、好きではない。

 

 だが、それでも。自分にとってのパートナーはゾロメ以外にないと。ミクはそう確信と言ってもいい信頼を己のパートナーに寄せている。

 

「……だぁぁ〜ッ!! 分かったよ!」

 

 渋々といった様子で、ゾロメが折れる形で観念した。

 

「ちょ、ちょっと待って!! バラバラになるなんてダメよ! そんなことリーダーとしてッ…」

 

「"許さない"って言いたいんでしょ? そうじゃないなら、"認められない"」

 

 イチゴの言葉を遮り、代わりにゼロツーが代弁する。

 

「……」

 

 何のつもり、と。

 

 無言でもそう言いたいのが分かるほど、苛立ちを顔から滲み出したイチゴはゼロツーを睨む。

 

 力拳を握り締めているところを見ると、ゼロツーの返答次第では、文字通り『鉄拳制裁』ばりに殴りかかる気かもしれない。

 

 だが、それを意に介さず、ゼロツーは言う。

 

「リーダーなのは結構だけどさ、二人の意見を尊重してあげたら?」

 

「状況分かってるのッ?! 今がどれだけ危険なのか、分からないなんて言わせないよ!!」

 

「あ、あの!」

 

 やや険悪になりつつあるイチゴとゼロツーの二人の間に声を挟んで来たのは、フトシに背負われているココロだった。

 

「とりあえず、『行く人』と『行かない人』で分けて、行かない人はここで待ってみるっていうのはどうかな? 私は大丈夫だけど、ミツルくんの怪我のこともあるし、3分だけ時間を設ければ、いいかな……って思うんだけど、どうかな?」

 

 それは、一つの部隊を二つの班に分けて、ハルたちの家族を捜す組とこの場に留まる待機組に二分化させようという案なのだが、問題が生じる。

 

「分かれて行動すること自体がダメって言ってるの。今この中でアマゾンに上手く対処できるのはヒロだけ。あたしたちには、アマゾンと戦う為の武器がない」

 

 そう。今ヒロの存在は対アマゾン用の武装を何一つ持たない13部隊にとって、無くてはならない。

 

 変身できなくても両腕をアマゾン化することで身体能力を人間以上へと向上させ、ギガもそれなりに扱えるヒロだけが、この中でまともに戦える。

 この現状を考慮した場合、何が問題になるのかと言うと、"どちらの班にヒロが行くか"

 

 もし。どちら一つに行くのであれば、いない方にアマゾンが人の気配や匂いに誘発される形で襲って来るリスクが高まってしまう。

 

「いや、武器ならある」

 

 イチゴの懸念を取り払うかのように、ふと、そんな言葉が出て来た。

 

 全員の疑問の視線が、言い放った本人であるヒロへと、真っ直ぐに注がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、ヒロ。本当に痛くねーんだよな?」

 

「うん。大丈夫だよゾロメ」

 

 ハル一家が住む民家への道のりを歩いていく中、ゾロメは"左手に持ったヒロのアームカッターの一部分"を改めて見ては、視線をヒロの腕へと移す。

 

 ヒロが言った武器とは、アームカッターの刃をナイフ代わりとして13部隊全員に持たせるというものだった。

 

 アームカッターの、羽根を硬質化させたような形状の刃は取ろうと思えば、取ることができる。

 

 投げナイフのように投擲する形での使用や、単に刃物としても利用することができる。

 

「……なら、いいんだけどよ……」

 

 どこか歯切れ悪く言うゾロメ。

 

 というのも、これを受け取る際。ヒロが自分の腕から生やしたアームカッターを、生々しい音を立て、黒い血のような液体が漏れ出しながら千切る形で取る場面を見たからだ。

 

 はっきり言って、ゼロツーを除く13部隊は軽くドン引きしていた。

 

 その時はイチゴも本気で心配したのだが、とうの本人は『捥ぎ取られる感覚はあるけど、痛み自体はほんの少し程度』と。

 

 なんて事のないように言うので、それ以上の言及はなかった。

 

 それぞれがヒロから貰い受けたアームカッターを手に、13部隊は結局のところ二手に分かれず、そのままゾロメの意向を飲んでハルと彼女の両親が住む家を目指していた。

 

 イチゴは徹底して『武器があるとしても、4Cセンターに向かった方がいい』という意見を崩さなかった。

 

 どういう訳か、端末を利用しても、電波が何らかの理由で乱れてしまっている為かナナとの連絡が取れず、メールも電話もできない。

 

 連絡手段が絶たれてしまった事も考慮し、いかなる理由であろうと寄り道せず、目的地に向かって真っ直ぐ行くのが最適な判断だと思っていたからだ。

 

 しかし意外にも肩を負傷しているミツルから、『ゾロメの意見に賛同する声』が上がり、結果的に13部隊は二手に分かれることはなかった。

 

 とは言え別段、ミツルはゾロメに気を使ったでも、同情したわけでもない。

 

 単純にあんな答えの決まらない論争を繰り広げるなら、さっさとみんなで行って、確認した上で目的地に行く方が早いと判断したに過ぎない

 

 とは言え、そうだとしても。

 

 普段のミツルを考えれば絶対に有り得ないと思える行為だったので、みんなからは面食らった表情に加え、何か別のものを見るような視線を向けられたが。

 

「ッ! ハル! ケンゴさん! ハルカさん!」

 

 ハルたちが住む民家を目に入れた途端、いても立ってもいられずにゾロメは駆け出した。

 

 家に誰もいないなら、それでもいい。多少なりとも不安は残るが、それでも避難した可能性が生じる以上死んでしまったと断定できないから

だ。

 

 最悪な結末など、見たくない。考えたくない。

 

 だが、扉を開けない限り、それは分からない。

 

 見たところ人の気配は感じれない。周りの民家もだ。ゾロメは早く早くと鼓動を鳴らし焦燥に駆られる一方で、握り締めた玄関のドアノブを回すことができなかった。

 

 もしも、三人が『死』という形で結末を迎えていたら? 

 

 何故だが……そんな嫌な『if』が頭を過ぎる。

 

 確証なんてないのに、どうして。ドアノブを回して扉を開けれないのか。

 

 だが、結局は焦燥感がゾロメを促し、開けさせた。

 

 まず、ノックや問いかけをすべきだと思うかもしれないが、生憎今のゾロメにその余裕はなく、不躾ながらも扉を開けたゾロメの視界に最初に飛び込んで来たのはケンゴの後ろ姿だった。

 

(よかった……無事だったんだ!)

 

 そう思い、安堵が心の中を満たす。

 

「ケンゴさ……」

 

「待って、ゾロメ!」

 

 ケンゴに近づこうと中に入りかけた時、それを止めるヒロの手がゾロメの肩を掴んだ。

 

いきなりのことに加え、早く彼と話したかった気持ちを阻害されたこともあり、振り返ってヒロの手を払い避けた。

 

「なにすんだよ! いきなりッ!」

 

 荒げた口調で問い詰めてしまったゾロメだが、そんな彼とは対照にヒロは冷静に。いや、実際のところはそうではないのだが、それでも冷静さを保とうと必死に堪えている様子だ。

 

 そんなヒロに違和感を覚えたのか、家の中へと視線を戻すゾロメは、ようやく気づいた。

 

 彼の足元に広がっている"大量の血液"を。

 

 そして。彼は何かを持っていた。

 

 黒く毛の塊のような何かを、両手に。

 

「ケ、ケンゴさん?」

 

 ゾロメの声は……いやに震えていた。

 

 広がる血の上に立つケンゴの後ろ姿は極めて、冷静さを保ち、動揺している様子はなく、ただそれが彼にとって当たり前のように静かに立っている。

 

 更によく見れば、足元には大量の血だけでなく、何かが転がっているのが確認できた。

 

 それは人型をして、ズタズタにされてはいるが衣服を纏っていた。しかもハルやハルカが着ていたものと全く同じものだ。

 

「やぁ、いらっしゃい」

 

 至って普通の穏やかな声。それは紛れもなくケンゴ自身の声音に間違いないのだが、どういう訳か会った時に比べて、妙な違和感をゾロメは感じていた。

 

 それはヒロも同じで、同時に彼から感じる気配に気付く。

 

「ゾロメッ……ケンゴさんはッ?!」

 

 振り返ったケンゴの姿を見た途端、ヒロはゾロメに言いかけていた言葉を喪失させてしまった。

 

 彼が両手に持っているもの……それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルとハルカの、生首だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それも表情が苦痛に歪み、顔の所々が喰い千切られ、血塗れに染まっているという。凄惨極まりないものと化した状態の、ケンゴが命に代えてでも守りたいと願っていた筈の母娘だった。

 

「……ッ?! ……ッ!!」

 

 ゾロメはろくに言葉が出ず、ただ言語として成立していない声を漏らし続ける。

 

「ゾロメ君、だね。あー、なんていうか、今すっごく気分がいいんだ僕は。どうしてだろう? ハルとハルカが美味しかったから、かな?」

 

 尋常ではない会話の羅列にヒロもゾロメも、まともに答えることなどできやしない。

 

 やがて、その身体から蒸気が吹き出していき、その姿をアマゾネストへと変異させた。

 

「食べたい。ねぇ。キミ、たち。食べたい……食ベタァァァァァァイィィィィィッッ!!!」

 

 ケンゴ……だったアマゾネストは、狂った叫びを上げて、両手に持っていた妻と娘の首を造作なく放り捨て、獣のような唸り声を上げてゾロメやヒロへとその牙を剥く。

 

 すぐさまヒロがゾロメを後ろへと押し除け、喰らいつこうと迫るアマゾネストの牙を、アームカッターで防いだ。

 

「グルルゥゥ、アァァァァッッッ!!!!」

 

「ケ、ケンゴさん……やめて下さい!」

 

 無駄なのは分かっている。しかし、それでも。

 

 困っていたゾロメを助けてくれて、暖かく、優しい表情を向けてくれた人だった。

 

 だから。できることなら正気に戻って欲しい。

 

 例え、それが絶対的に不可能なのだとしても。

 

「ガアァァッッッ!!!」

 

「うわぁッ!!」

 

 アマゾネストの押す力に負けて、ヒロはアマゾネストと共に、家の中から外へと飛び出す。

 

「ヒロッ!」

 

 イチゴが叫ぶ。

 

「こ、ここにもアマゾネストがッ?!」

 

 アマゾネストがここにまで発生している事実に、フトシが驚愕の声を上げる。

 

 13部隊やコロニーの市民には、知る由もないことだが。溶原性アマゾン細胞の拡散は、放出された建物を中心に、半径5kmにまで及んでいる。

 

 更に襲われ、噛まれた者が感染するのであれば、感染者の増加は計り知れない。前者か、後者か。どちらかは分からないが、ただ分かるのは

ケンゴという一人の人間が溶原性アマゾン細胞に感染した。

 

 ただ、その事実だけだ。

 

「ちげぇよ!! アレは……ケンゴさん、なんだ」

 

 フトシの言葉にゾロメは力なく反論した。この想像したくなく、現実に起こって欲しくもなかった結果を前に、ゾロメは泣き崩れた。

 

「食ってたんだよ……ハルや……ハルカさんをッ!! うまそうにッ!

アァァァッ! クソッ!! なんでッ! なんでなんだよッ!」

 

 一度溢れ出した涙と感情は、川のように堰き止めるものが無ければ、留まることも、止まることもない。降り注ぐ雨と交わっていく涙止められないゾロメは片手を強く握り締める。

 

 力加減が多すぎたらしく爪が皮膚に食い込み、裂けて血が滴るように出るが、今の彼にとってはそんなことは些事に等しい。

 

「ウッ、ウゥ……アァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 彼がこれほど取り乱し、大泣きする事などあっただろうか。

 

 少なくともミクを含め、13部隊全員は記憶になかった。ゾロメは勝気故に負けず嫌いで、見栄を張るタイプのコドモだ。

 

 その彼が見栄も何もなく、ただ泣く。濡れた地面を拳で叩き、泥まみれになるのも構わず、泣いている。

 

 これがゾロメなのか。そんな疑問さえも生じるほど、今のゾロメは普段とは想像できない姿を晒していた。

 

「ゾロメ……うぅ……」

 

 顔を地に伏して膝をつき、蹲って泣き叫ぶパートナーの姿。

 

 それを前に何もできず、何も言えない。そんな自分をミクは怨みつつ

、ただゾロメを想い涙を流す以外に何もできなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「アァァァァッッッ!!」

 

「グッ! や、やめて、下さいッ!!」

 

 必死に語りかけるヒロ。

 

 彼は……ケンゴは生きている。

 

 生きながらアマゾンになったのなら、死亡時に擬似的なアマゾンモドキと化したオトナとは違い、まだ助けられるかもしれない。

 

 前に鷹山は無理だと言っていたが、だからといって、易々と受け入れたくはない。

 

 アマゾンの本能に支配された意識の中から、自我を取り戻せるのかもしれない。

 

「ケンゴさん! 俺です! ゾロメです!」

 

 ヒロに続き、蹲って泣いていたゾロメも必死に声をかける。

 

 同じように一途のか細い希望を見出したのかもしれない。ならきちんと顔を上げ、この残酷な現実から目を逸らさない。そうやって立ち向かうと。

 

 ゾロメは、即決意したのだ。

 

「アマゾンの本能とか、凶暴性だとか。そんなもんに負けないで下さい

!! 目を覚まして下さい! ケンゴさんッ!!」

 

 それが功を為したのか。他に要因があったのかは分からないが、本能に支配されヒロに喰らいつこうとするケンゴの自我意識が表層へと出始めた。

 

「アァ……ア、ボ、ボク……ハ」

 

「!! ッ ケンゴさんッ!!」

 

 それはまさしく奇跡だった。

 

 アマゾネストと化した時点で、その自我意識は既に消失している。実質死んだのと何ら変わりはない。

 

 だが、それでも。例え薄っすらと曖昧な意識の断片でしかなくとも、ケンゴは何とか自己を保っていた。

 

「アア、ア、ァァァァァ……アタマ、イタイ。イタイ! イタイ! ハルッ……ハルカァァ……」

 

 激しい頭痛に苛まれる頭を両手で押さえて、愛する家族の名を叫ぶケンゴ。それに答える家族はもういない。

 

 ケンゴ自身の手で命を失い、生きていた暖かみが消え去った"モノ"と化したのだから。

 

「ボ、ボク、ガ……コロシタ。フタリ、ヲ! ハルヲ! ハルカヲォォォッッッ!!!」

 

 残酷なのは、正気ではないにも関わらず自覚があることだ。

 

 ケンゴは覚えている。自分の手で愛する家族を殺した事実を。その手に二人の血肉を切り裂いた感触を、鮮血の生温かさを

 

 その牙で喰らいつき、血を啜り、肉を千切って食べた味を。

 

 全部、全部覚えている。

 

 自覚しながら、それが許されないと分かっていながらも、ケンゴは娘のハルと妻のハルカを命を奪って舌の上で味わった。

 

 罪悪感はある。嫌悪感もあった。

 

 だが、それでも。

 

 途方もなく美味しかった。美味しくて、どうしても湧き起こる人食欲求を抑えることができなかった。

 

「ア、タ、タベ……ナン……デ、デ、エェェ」

 

 複眼から何かが溢れ、零れ落ちる。

 

 もう出せない筈の……『涙』だった。

 

「ケンゴ、さん」

 

 涙を流すケンゴの姿を前に、ゾロメはただその名を言うしかなかった。

 

 どうすることもできない。

 

 ヒロも、ゾロメも、13部隊の全員が。

 

 彼の身を引き裂かんばかりの苦痛と、どうしようもない後悔を無くす術を、誰一人として持ってはいない。

 

「ア、コ、コォ……ロ……」

 

 涙は止まらず、激しい頭痛も消えない中でふいに立ち上がるケンゴは、何かを言おうとしていた。

 

 最初はよく分からなかったが、すぐにそれは明確な言葉となって全員の耳朶へ届く。

 

「コロシテ、クレ……ボク、ヲ、コロシテ」

 

 間違いようもなく『死への懇願』だった。

 

「タ、エ、ラレ、ナイ……クルシイ……イタイ……イタイィッ! 

ガァァァァァッッッ!!」

 

 必死の懇願と共に唸り叫ぶ彼は、ゾロメに向けて、その手を伸ばして来る。

 

 途方もない苦痛に耐えるように震えて、助けてくれ、と。

 

 そう訴えかけているように見えたゾロメは、彼の下へ駆け寄ろうとした。

 

 その伸ばされた手を掴む為に。

 

 無論、手を掴んだところで意味などない。

 

 でも。そうだとしても。

 

 自分に向けて伸ばされた手を、振り払いたくはない。そんな思いに駆られたこそ、手を取ろうとしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 

 

 

 

「そこまで、だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一匹のケモノと一人のコドモとの間に立った、少女……『ナオミ』のその言葉と共に両者の手が紡がれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ダメじゃないゾロメ。いつ人に喰らいつくかも分からない、猛獣なんかの側に近寄るなんて」

 

 至極、真っ当な意見ではあるが、あまりに状況に合わない台詞だった。

 

 突如二人の間に入って来たかと思えば、ケンゴに向けて自身の手を伸ばすナオミ。

 

 その掌から紫と赤と青。三色の交わることのないエネルギー波を放出し、その奔流を利用する形でケンゴを拘束したのだから。

 

 あまりに唐突で、それ故に理解の及ばない状況に正論の言葉も何もなかった。

 

「ア、ガ、ウゥゥ……◼️◼️◼️ッッッ!!」

 

「まったく。想定外だよ本当に。まぁ、どーせバラすつもりだったし、細かいことは仕方ないね」

 

 身体全てを余さず、エネルギー波の奔流によって動きを封じられたケンゴは、それでもと必死に唸り、何とかこの異様な拘束手段から逃れようと。

 

 必死にもがくが、どうにもならなず。

 

 そんな彼の姿をナオミは冷めた目で見据えていた。

 

「ナ、ナオミ……」

 

「な、なんだよ、それ……」

 

 困惑するように呟くイクノと、問いを投げかけるゾロメ。だが二人の言葉に意識を向けることなく、淡々とその口から独り言を零していく。

 

「うーん、どうにも変だな。なんでほんの僅かだとしても自我が? 突然変異を起こさないように調整はした筈なんだけどな〜」

 

 不思議そうにケンゴを観察していくナオミだが、飽きが来たのか。

 

 まるで何の価値もないゴミを見るかのような冷淡な無表情を作り、宣告を下した。

 

「じゃっ、ご苦労さま。あの世で娘と妻に再会して、仲睦まじく、楽しく過ごせるといいね」

 

 言葉とは裏腹に何の感情も篭ってない口調で、ナオミはそう言うと開いた掌を、そっと閉じた。

 

 何てことのない動作。その筈だが、それだけでエネルギー波はケンゴを球体状に包み込む。

 

 そして。そのままケンゴの肉体ごと光の粒子と軽い衝撃波を伴って、辺りに飛散した。

 

 さながら、花火のように。

 

「ゴミ掃除完了っと。お次はてっとり早く正体見せて、みんなに理解してもらうとするよ」

 

 冷淡で無感情な表情から一変し、楽しげな笑みを浮かべるナオミは懐から、ソレを取り出す。

 

 黒い硝子製と思わしきボトル。それをわざと掌から地面へ落とし、割れたボトルから現れた紫色の蒸気を全身に纏い、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラッドスターク。それが私の、もう一つの名前よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナオミは……真紅の毒蛇と変じた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生きとし生けるものを喰らう凶獣の王 part1




今回は新ライダーのお披露目回です。この為の伏線、実はチラッと貼ってあります。



 

 

 

 

 

 

 

 空白。

 

 その言葉通り、何も、入ってこない。

 

 降り続ける雨。雨に紛れて聞こえる筈の肉を喰らう生々しい音や苦痛と恐怖に彩られた悲鳴の数々。

 

 それらの光景や音が情報として全く頭に入ってこない。

 

 耳が正常に機能していようと、関係ない。

 

 

「……あー、うん。やっぱりショックだよね」

 

 

 ナオミは……スタークは、ナオミの声で淡々と確認するようにそう呟く。

 

 

「でも受け入れてよ。そうしてくんないとボクも困るからさ」

 

「……んで」

 

「ん?」

 

「なんでナオミがスタークなんだァァッ!!」

 

 

 悲痛な叫びが周囲に響き渡る。それは単純な声だけではなく、ギガを高め放たれた衝撃波を追随させた。

 

 衝撃波は声と同じように周囲に広がる。一時的に連続して降り落ちる雨粒を弾き、雨で濡れた地面の泥を吹き飛ばす。13部隊は咄嗟に顔を守る動作を取ったが特に何かある訳でもなく、彼等の方に衝撃波の影響が来ることはなかった。

 

 

「騙してのか……俺を、みんなを!!」

 

「結果的にね」

 

 

 冷たく、淡々とした物言いだった。

 

 それを聞いただけでヒロは無意識に両腕をアマゾン化させた。怒りだ。

 

 どうして、そんなことを平気で吐けるのか。

 

 何も感じなかったのか。

 

 全てが嘘だったのか。

 

 

「これも全部、"オレ"の計画の為だった」

 

「計……画?」

 

「ああ、そうさ。"コドモたちによる、コドモたちの為の、平和に暮らせる新世界"のな」

 

 

 近くにある倒れ込んだドラム缶を椅子代わりに座ると、スタークは自身が思い描く計画の内…その"一端"を曝け出した。

 

 

「あの日、オレが海で言ったことに嘘偽りはない」

 

 口では言うが、言葉だけで真偽を見極め、真実だと肯定することなどできない。

 

 それでも、そうだとしても。どう言う訳か彼女の口から紡がれる言葉には納得させてしまうだけの妙な確信要素があり、単なる巧妙な話術によるものなのか、それとも……。

 

 ともあれ、語りはほんの数秒の暇さえなく続けられた。

 

 

「不老不死と引き換えに人間としての在り方を捨てて、プランテーションで引き込みを決めたと思えば、ありとあらゆる時間を夢の中で過ごす堕落した精神をぶら下げて、コドモたちに死を押し付ける」

 

「……夢?」

 

「プランテーションに住んでるオトナはな、頭の中の願望的イメージを現実と遜色ないほど忠実に再現することのできるVR装置を使って、ありもしない仮想現実の中で楽しい思いに浸り続ける、そんなろくでもない存在なんだよ」

 

 

 スタークが語ることに嘘偽りはない。その事実を知っているのは、彼女だけではないからだ。

 

 

「お前も知ってるだろ?」

 

 

 その言葉を向けられたゼロツーは、眉間をピクリと微かに動かした。

 

 

「それが人間のあるべき姿か? それが人間の形として成立するのか?否ッ! ありえないんだよッ!!」

 

 

 スタークは声を張り上げ、立ち上がる。

 

 

「この世界はね、人が、人類がいて当然なのさ!! 人間! 人間! ああ。本当に素晴らしい生命体だよ。その感情は、信念は、無数の未来を生み出す可能性に満ち溢れてるんだからッ!!!」

 

 

 紡がれる言葉は、人間というモノに対するある種の賞賛だった。

 

 

「"ボク"は、そんな人間が大好きなんだよォォォォッ!」

 

 

 狂ったように叫び、捲し立てる様から見えて来るのは、まさに人間という存在を讃える讃歌だ。

 

 だが、それはどこまでも歪なモノで、簡単には言い表せないほどの狂気を孕んだ危険性が覗かせている。

 

 

「でも、つくづくAPEは存在自体愚かだよ。不老不死を得るのはいいけど、その代償に人間性を簡単に捨てた。愚かでも特に極まってる」

 

 

 激しい狂喜の次は、静かな憤怒。

 

 バイザー越しの瞳がそれに呼応するかのように、妖しい紫の光が僅かに灯る。

 

 

「だから、奴らを消すことにしたよ」

 

「……なんだって?」

 

「消すんだよ。いや、崩壊させるって言った方が正しいか? まぁ、今すぐじゃない。近い内にね」

 

 

 それは、あまりに聞き捨てならない言葉だった。呆気に取られるコドモたちを尻目に、スタークは続けた。

 

 

「APEはボクの理想とする新世界にとって、ただお荷物のゴミだ。何の価値もない。なら、さっさとお掃除しようって訳」

 

 

 まるでその行為自体が、目の前に落ちている掌に収まる大きさのゴミをその手で取り、ゴミ箱にでも捨てる程度の事であるかのようなあまりに自然的で、あまりに常識の範疇を逸脱したスタークの言葉。

 

 もし、まともに聞けば、あるいは相手が相手なら非現実的な妄言と唾棄され、捨てられてもおかしくなかった。

 

 が、彼女の口にする言葉には言い表せない真実味が宿り、簡単には妄言と取れない一つの確信を芽生えさせるものだった。

 

 

「正体バラして、目的も言ったし、ここらで"返す"としよう」

 

 

 

 パチンッ。

 

 

 勢いよく鳴らすのは、フィンガースナップと呼ばれる指と指を擦り合わせ、一気に弾くように離すことで音を出す動作だ。

 

 何故いきなりそんなことをするのか。

 

 コドモたちの訝しげな視線を気にすることはなく、スタークはあるものを取り出す。

 

 端的に言うなら、『金色の輪』と表現すべきか。大きさ、幅を考慮するに二の腕部位に嵌める腕輪だろうか。

 

 圧さの薄い円形の装飾があり、それには口を思わせるギザギザとした彫りが施されていた。

 

 更に目を思わせる紫色の宝玉が表裏にしっかりと嵌め込まれ、腕に固定する為の部位には古代の文明のものを彷彿とさせるカクカクとしたラインが刻み込まれている。

 

 宛ら。喰らいつけば、二度と離すことはない凶暴性を発揮する肉食獣を古代的な意匠で表したような、そんなデザインだ。

 

 

「今回のヴィスト・ネクロの目的はね、溶原性アマゾン細胞の運用実験と戦力の大量生産なのさ」

 

 

 スタークは、腕輪を愛おしそうに恍惚な笑みで見つめながら、組織の目的と"自らの目的"を語り聞かせる。

 

 

「開発に成功した溶原性アマゾン細胞がどれ程広がって効果を成すのか。それを調べるのと、もう一つ。アマゾネストを大量に生み出して戦力の増加を図る……その為に、溶原性アマゾン細胞はこの街にバラ撒かれたって訳」

 

 

 溶原性アマゾン細胞の特性は『人に感染しアマゾンへと変える』ことだが、それは同時に敵対勢力側に破壊と混乱を与えつつ、感染によって大量にアマゾネストという兵士を無尽蔵に量産できるというメリットも生じる。

 

 それはまさしく"兵器"としてこの上ない最高の性能だろう。甚大な被害と混乱を与えつつ、戦力を大量生産できるのだから。

 

 この二面性が現実に利用された結果、今こうして様々な惨劇が引き起こされている。

 

 ヴィスト・ネクロは更なる力を獲得し、コロニーに壊滅的なダメージを与える。

 

 それが……"組織の筋書き"だ。

 

 そしてコロニーに与える被害をより甚大なものにする為、下準備として溶原性アマゾン細胞を通常のアマゾンへ投与し、"抑制剤を意に介さない凶暴性"を発揮させ、暴走させることもあった。

 

 それにより、溶原性アマゾン細胞はランクの低いアマゾンを中心に抑制剤の効力を阻害させ、アマゾンとしての本能を活性化させることが分かり、惨劇をより悲惨で混沌とした状況に落とすのに一役買ってくれた

 

 ここまでは、筋書きに沿ってはいる。

 

 だが、彼女の……ブラッドスタークの思惑はここから始まる。

 

 

「感染によって増産されたアマゾネストは……およそ17万3千体か。いいね。これで必要なモノは揃ったァァッ!!」

 

 

 それはまるで、この時を待っていたとばかりの歓喜と期待に胸を膨らませるかのような、そんな声を高らかに金色の腕輪を天に向けて翳す。

 

 

「イッツショータイム!! 面白いモノを特等席で見せてあげようかッ!」

 

 

 その言葉と共に腕輪は、太陽の如き黄金の光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃てぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 

 叫ぶ隊員の声に呼応し、無数の銃撃音が周囲に響き渡る。弾丸の雨は暴走するアマゾンを、アマゾネストへと容赦なく撃ち貫く。

 

 が、あくまで倒れるのは暴走アマゾンのみ。

 

 アマゾネストは驚異的な回復力で銃創を消失ささせてしまう為、弾丸は意味を為さなかった。

 

 

「だーもうッ! なんだよアイツら! ギガのエネルギー弾やギガを詰め込んだ実弾が全く効かないって、どーゆー理屈だよ!!」

 

 

 アサルトライフルのトリガーを引き、銃撃を何十発も放っているにも関わらず倒れる気配を見せないアマゾネストの姿に、隊員の一人が理不尽だとばかりに叫び散らす。

 

 

「知らねーよ! とにかく今は撃ち続けるしかないだろ?! もうじき精鋭部隊が援護に来てくれる筈だ!」

 

 

 その隣で、隊員と同じくもう一人の隊員が必死に撃ちながら、精鋭部隊による援護を期待していた。

 

 

「んなこと言っても保証あんのかよ?! マジでコロニーはあちこちでヤバいことになってんだぞ!!」

 

「かもだけど! 希望くらいはあっていいだろ!!」

 

「絶望に変わったらマジ笑えねーけどなッ!!」

 

 

 そんな会話を繰り広げている内に一匹のアマゾネストが一気に接近して来た。

 

 

「こ、こいつッ!」

 

「クソッタレめ!!」

 

 

 アマゾネストが腕を振り上げ、隊員二人の首を刈り取ろうとした瞬間。

 

 それは、突然起きた。

 

 鋭利な爪が生えた手を挙げたまま、アマゾネストはその動きの全てを停止させたのだ。

 

 まるで最初から命など宿っていない銅像のように、つい先程まで凶暴的に荒れ狂っていた猛獣は、指の一本さえも動かさず、ただ振り上げる

体勢のまま硬直し佇んでいた。

 

「な、なんだ? どうした?」

 

 当然、隊員二人にこの突然起きた状況を説明はおろか、ほんの一握りさえ理解することもできやしない。

 

 見れば隊員2人に襲いかかって来たアマゾネストだけでなく、他のアマゾネストも全く動かず、ただその場に佇むだけ。

 

 やがて。アマゾネストたちは次々と淡い光を放ち始める。

 

 この説明も理解も不可能な状況は、他の場所でも見られた。

 

 

「あらら〜? ど〜したのかしら?」

 

「……止まった、としか言えないな」

 

 

 レッド・バロン部隊を率いる赤松と、青井隊を率いる青井。

 

 彼等もまた自分達の部隊と共にこの暴動の鎮圧に当たっていたのだが

、アマゾネストたちは急に動きを止め、そのまま硬直。

 

 しかし暴走したアマゾンらは、そのまま止まらず暴れ続けている為、アマゾネストたちの事は一先ず保留とし、アマゾンの捕縛もしくは駆除を続行した。

 

 

「あらら〜。ほんとによく分からない事の連続ね〜」

 

 

 青井はそう言いながら人間態のまま、腕から触手を伸ばし、それを高速に振るうことで暴走アマゾンの首や手足を切り落としていく。

 

 同時に肉体を麻痺させ、身動きと再生力を封じる程度に弱めた毒を注入。これで再生できないので復活することもなく、そのまま仮死状態に入らせることができる

 

 方法としては残虐過ぎるが、暴れ狂うアマゾンを相手にできるだけ殺さず、且つ迅速に捕縛するのであれば、この方法しかない。

 

 麻酔弾はあったのだが、つい先程使い切ってしまった。

 

 やはり、使用対象が多いと他の方へと分配するので限りが出てしまう

 

 

「まったく。今日は厄日だ!」

 

「同感ですね〜」

 

 

 暴走するアマゾンを強制的に、己の自慢の腕力で止めていく赤松の声に同調する青井は相変わらずえげつない方法で戦闘不能にしていく。

 

 アマゾンでなければ、間違いなく即死だっただろう。

 

 ちなみに赤松は素早く首を両腕で締めて、力を込めて勢いよく捻じ曲げる形で仮死状態にしており、こちらもこちらでやっている事はエグいものだ。

 

 精鋭部隊の隊長2人の活躍によって、街の一区画のアマゾンたちの暴走を見事に収めた頃には活動停止状態となっていたアマゾネストは、その身が淡い紫色の光を放つと共に液状に溶解。

 

 そして液状の黒いモノと化したアマゾネストの"中にあった"赤や青の球形状のエネルギーが無数に粒子化。

 

 そのまま、ある方角へと向かっていった。

 

 

「おいおい。どうなってんだよ」

 

「な、なな、なんですかぁコレぇぇ?!」

 

 

 違う場所で鎮圧に当たっていたクロウ部隊を率いる黒崎と、ホワイトフィール部隊に指示を送りつつ、向かってくるアマゾンに対応していた

アリアの両名は自分達が今目にしている光景に愕然と、疑問を含んだ言葉を各々零すしかなかった。

 

 赤と青。粒子状に束となって畝り、曲がり、波のように上下左右にゆらゆらと蠢く"ソレ"が向かっている"先にあるもの"。

 

 それは……黄金に輝く金色の腕輪。それを天へ掲げているスタークの下へだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハッハッハッハッ!! コイツはイイ! まさか、ここまで貯められるとは思っても見なかった!」

 

 赤と青の粒子状のエネルギー。

 

 それが一本の川のように。生物ならば必ず持つ遺伝子の螺旋に似た形へと一本に束ねられ、腕輪へと吸収されていく。

 

 

「い、一体何が起きてるの……?」

 

「分からない……けどッ! 止めた方がいい気がする!!」

 

 

 イチゴの漠然とした独り言の問いに、ヒロは明確な答えを言えなかったが自分の直感から、今起きている行為は止めなければならない。

 

 直感から導き出された判断に従って、ヒロはスタークを目標に一気に駆け出す。

 

 あの腕輪は危険だ。

 

 アマゾンとしての危機察知における直感が告げる以上、おそらく間違いはない。

 

 スタークとの距離はそう長くはない。あとは破壊する為にアマゾン化した両腕の内、右腕を振りかぶり、そのアームカッターで破壊する腹積りだ。

 

 速度は決して減らさず。腕に込める力も、同じように油断なく腕輪を破壊するまでは抜く気はないと、そう決心した上で振るうアームカッターの刃が腕輪に到達しようとした、まさにその瞬間。

 

 

「おっとっと。ダメだよヒロォォ」

 

 

 ピタリと腕が止まる。

 

 それどころか足も、胴体も、何一つ動かすことができない。

 

 一瞬ばかり混乱してしまったが、原因はすぐに

 分かった。

 

 腕輪を持った手とは反対のもう片方の手が掌を見せるように開かれ、ヒロに向けられると同時に紫色のエネルギー波を放っていた。

 

 ケンゴを拘束し、消滅させたあの技だ。

 

 

「あと、もうちょっとで終わるからさ。ちょい大人しくしてて」

 

『ヒロ!』

 

「ダーリン!」

 

 

 13部隊が、ゼロツーが叫ぶ。

 

 ヒロは必死に抗うものの、身体は巨岩の群れにでも囲い挟まれたように動かず。

 

 当然だ。

 

 常人なら数秒で死に絶えてしまうほどの圧力が降りかかっているのだから。それを身に受けて動けるなど、決して理を逸脱してはいない。

 

 やがて。エネルギーを吸収し終え、腕輪の輝きは徐々に収まり、最終的に消えてしまった。

 

 しかし、それでいい。

 

 腕輪には、膨大な量のエネルギーが詰まっているのだから。

 

 

「ほ〜いっと」

 

 

 金色の腕輪は、完成を果たした。

 

 もう抑える必要がなくなった為、軽い声と共にヒロをエネルギーの圧力を利用して後方へと放り投げ、そのまま解除。

 

 

「ぐぅッ……ナオミ……」

 

 

 放り投げられ、背中から雨で泥状と化した柔らかい地面にダイブしたおかげか、衝撃のダメージは全くなかった。

 

 だが、それとは別に負ったものがある……精神(こころ)だ。

 

 ヒロが苦悶の声の後に零した、かつてのパートナーで。仲間だと思っていた少女の名。一体いつから、彼女は自分達を欺いていたのか。

 

 本当は、違うんじゃないのか? 

 

 姿の見えない敵に意思を奪われ、行動を抑制され、操られている可能性だって無くはない筈。

 

 スタークへの変身も、エネルギー波も、何かしらのトリックで自分達を騙す為のものに過ぎないのだと。

 

 そう思いたかった。

 

 だが、無情にも現実は残酷である。

 

 

「そんな目で見られてもさ、事実も現実も何も変わらないよ。"私"がスタークなのは」

 

 

 女性的なスタークとしての口調でも、男性的なスタークとしての口調でもなく。

 

 ナオミという、一人のコドモだった少女の口調に変えて、優しく。

 

 そして、突き放すように言った。

 

 

「…………なんでよ。なんでなのッ!!」

 

 

 しかし、それでも縋るコドモがいた。

 

 ナオミの親友……イクノが、今まで見たこともない位に取り乱し、声を張り上げる。

 

 

「私……大好きだったのよ。ナオミのこと。なのにスタークだったって……急に言われてもわけが分んないよ!!」

 

 

 涙か雨かはもう分からない。それでも彼女は確かに泣いていた。親友だった筈の少女がスタークという敵だった、などと。

 

 突然言われて受け入られる道理はない。

 

 嘘だの冗談なんだと。そんな言葉で片付けてしまえれば、何気ないふざけ合いだった。

 

 でも、ナオミはこんな形でスタークとしての姿を、隠し欺いていた正体を暴露した。

 

 極め付けは、異能の力だ。

 

 人を拘束し、消し去るエネルギー波を出すコドモなど、存在し得ない。

 

 いたとすれば、それはコドモの姿に偽装した何か……だろう。

 

 その何かが、コドモたちの眼前に立つブラッドスターク本人なのだ。

 

 

「私もだよ。今も、これからも好きだよ」

 

「だったら!」

 

 

 まだ引き戻せるかもしれない。

 

 ふと、そんな思いがイクノの脳裏を過りる。

 

 それが正しいことなのか。そう問われれば、人の倫理としては間違っているだろう。

 

 コロニーに未曾有の惨劇と破壊を齎した組織の企てに加担するどころか、それを利用することで自分の目的を達成させたのだ。

 

 元凶よりも尚、質が悪い。

 

 それ相応の裁きを受けなければならないのは明白だが、それでもイクノは彼女に向けて手を差し伸べざる得ない。

 

 だって、それだけ大切な親友なのだから。

 

 

「でもね、まだその時じゃない」

 

 

 その親友の手を、スタークは……ナオミは払い退けた。

 

 

「私はみんなに人間として幸せになって欲しいだけなの。でもね、その為にAPEを……コロニーも消さなきゃいけない。綺麗さっぱりにね」

 

 

 それはAPEだけでなく、コロニーさえも敵に回すという、一種の宣戦布告だった。

 

 

「ッ!……ふざんなッ! コロニーは関係ないだろ!!」

 

 

 ゾロメの疑問は尤もだ。

 

 APEのオトナたちを人間とは認めない。

 

 だから、死をもって消し去る……というのは倫理的に考えて破綻はしているが、個人の動機としては成立する。

 

 しかしコロニーに住む人々は良くも悪くも、人間らしい感情をもって日々を生きている。少なくともオトナとは違う。それをゾロメはハルとその両親たち家族を通じて知ったつもりだ。

 

 

「……みんなに聞くけど、人間の定義ってなんだと思う?」

 

 

 人としての定義。何をもって、どういった条件が満たされれば、人間と呼べるのか。

 

 そんな意味が込められた問いに13部隊は答えられなかった。

 

 

「急になんの話だ……」

 

 

 ゴローがその問いの真意をまた問いで返す。

 

 

「私が思うに人間ってのはさ、自分より大切な他の誰かの為に痛みを伴うのだとしても、それを恐れず、尽力する信念を持った者こそ相応しいと思うの。でも、コロニーはその基準を満たしてない」

 

「それだけの為に、消そうっていうの?!」

 

「うん。そうだよミク。それだけだとしてもね、私にとってはすっごく重要なんだ」

 

 

 平然と笑みを浮かべて言う姿はまるで、大した事ではないことをただ普通に肯定しているようだった。

 

 APEとコロニーを消し去ると。冗談でもなく宣言しているのだから、これが普通に答えられる筈がないのは明白だ。

 

 それでも、至って平然としたスタークの姿は果てしなく不気味なものがあった。

 

 

「じゃあ、そろそろ見せてあげる。私の変身を」

 

 

 そう言って、スタークはナオミの姿へと戻ると手に持っていた金色の腕輪を左の二の腕へと装着。それに合わせて、腕輪の宝玉が輝き出す。

 

 

「アマゾン」

 

 

 たった一言。

 

 それはヒロや鷹山がアマゾンライダーへと姿を変える際の、キーとなる言葉。

 

『ヴィルム……フェイス・エン』

 

 腕輪から男性とも女性とも付かない独特な電子音声が吐き出され、紫色と橙色の業火の如きオーラがナオミの全身を覆い尽くす。

 

 その様は、やはりヒロや鷹山の変身時と似たものだが、こちらの場合は噴き出るオーラの色彩が一つではなく二つである。

 

 やがて。数秒と経った後にオーラは消え去り、ナオミの姿もない。

 

 代わりに立っていたのは……アマゾンライダー。

 

 ヒロや鷹山、ナインアルファとも異なるそのライダーの名は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アマゾン・ヴィルム。以後、お見知り置きを♪」

 

 

 仰々しく、芝居がかった雰囲気を纏い両腕を広げる新たなアマゾンライダーは、誕生を知らせる産声の代わりにそんな台詞を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 







ついに登場しました……。

今作におけるラスボスにして、アマゾンライダー。

『仮面ライダーアマゾン・ヴィルム』。

以後作中では『アマゾンライダー・ヴィルム』とも。ちなみに『エン
』というのは、ノルウェー語で"1"を表す数字の名です。

ダリフラは色々と北欧神話要素がある為、北欧神話が伝えられているノルウェー語にしました……"1"、ということはつまり?





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生きとし生けるものを喰らう凶獣の王 part2




ギリ間に合いました……(~_~;)







 

 

 

 

 

 ヴィルム。

 

 この言葉を知る者は数少ない。極、と一文字つくくらいに。

 

 その意味の全貌を知るのは、叫竜の姫と、アマゾンライダーとは異なる『仮面ライダー』の称号を持つファースト。そして、名前が明らかとなっていない、数名の『名無し者(ネームレス)』たち。

 

 この『ヴィルム』が何を意味するのか。

 

 それに関しては、ヴィルムを知る者達にしか分からない。

 

 そんな得体の知れない謎の言葉を名として冠するライダーが今、13部隊の前に現れた。

 

 

「ん〜ッ! 最っ高! まさにエネルギーが漲るって感じ」

 

 

 気分が高揚しているらしく、軽く全身の筋肉を伸ばし、手などを見ては状態を確認するようにグー、パーと開き閉じの動作を取る。

 

 アマゾネストやアマゾンアルファに似た顔ながらも、左右後頭部の突起部位は上へと釣り上がっている。

 

 身体には橙色をしたファイアーパターンのラインが奔り、両腕にはアームカッターに相当する部位が見当たらない。

 

 

「せっかくだし、丁度いい準備体操になるものは……」

 

「オォォォイ……こりゃあ、どういうことだ」

 

 

 一つの声が響き渡る。ナオミがアマゾンへ変身するのと同時に雨が急速に止んだ為、雨の音に阻害されることなく、その声はコドモたちの耳にもそうだが、人間を遥かに凌ぐ優れた聴覚を持つヴィルムが聞き逃すことはなかった。

 

 

「おー、いいところに来たね。ザジスにアレニス」

 

 

 視線を上へと向ければ、民家の屋根の上に彼等はいた。

 

 ヴィスト・ネクロ幹部『ザジス』と『アレニス』。

 

 その兵隊であるアリアマゾンたちが獰猛な吐息と唸りを吐き出しながら、ヴィルムへと殺意の篭った視線を注いでいた。

 

 

「スタークだろ? 随分と派手な衣替えだな。だが、その為だけにこのコロニー中にウヨウヨいたアマゾネストを喰いやがったのか?」

 

「だとしたら、ぜひ理由を聞かせてもらいたいわ。事と次第によっては、死んでもらうけど」

 

 

 ヴィスト・ネクロが幹部2名にその部下を引き連れて今この場にいる状況は13部隊にとって果てしなく拙い状況だった。

 

 いっそ、絶望的とも言っていい。

 

 だが……ヴィルムは違う。

 

 自身へと向けられる殺気と殺意。そういった暴力的な感情を隠そうともせず曝け出し、自らという一点へと集まる視線を前に、彼女は。

 

 どういう訳か、仮面の奥で『歓喜』と『期待』を込めた表情を作り出していた。

 

 

「いや〜ごめんね、二人とも。実はどうしても力をつける必要があってさ。でも、ただ人間を喰べるだけじゃ駄目なんだよ」

 

 

 そう言って、ヴィルムは自らの右手を恍惚と眺めるように見据える。

 

 

「ヒトモドキどもの特殊なエネルギー……魂って言った方が分かり易いかな?」

 

「魂だァ?」

 

 

 魂という、非科学的な胡散臭さを臭わせる台詞を吐き捨てたヴィルムに対し、怪訝な表情を浮かべるザジス。

 

 しかし、あくまで魂とは、分かり易く例えた表現に過ぎない。ヴィルムがアマゾネストから吸収したものは本質的に言えば、"生命エネルギー"という概念が近い。

 

 一般的に生命エネルギーとは、摂取・消化・代謝の三段階をもって生成される熱量を意味するが、生命エネルギーには熱量とは異なる、もう一つのエネルギーが存在する。

 

 それは生物における"意識を構成している因子"。

 

 ソレは科学的に確認されてはおらず、科学の最先端を行くAEPでさえ、その実体が掴めていない。遥か太古の時代から限られた者が知覚することができ、国や地域によっては『マナ』や『オド』、『オーラ』等と様々な名称で呼ばれていた。

 

 共通するのは、それが生命の源とも言える根源的エネルギーであると

同時に不可思議な事象を行使できる未知の力であること。だからこそ、ヴィルムはそのエネルギーに敢えて『魂』という言葉を用いて表現したのだ。

 

 

「正確には、魂とか色々な言葉で呼ばれてた一種の特異的エネルギーかな。アマゾネスト化することで、それを強化・向上するようプロフェッサーに任せたのさ」

 

「?!ッ」

 

「!ッ……まさか、プロフェッサーが裏切ったと言うの?!」

 

 

 アレニスが驚愕とばかりに声を上げる。当然だ。万が一裏切ることを想定して自身の端末を埋め込んでいるのだから。

 

 そこでハッと気付く。

 

 ナオミにも仕掛けていた筈。それがどういう訳か、異常なしと信号を送っている……異常に。

 

 

「あー、勘違いしないでほしいんだけどさ。私もプロフェッサーも……それにシャドウも。最初っから貴方達の味方じゃないからね全然」

 

「……色々と、説明して貰おうかしら?」

 

 

 スタークの今の姿。彼女の言動の真偽。そして…何故自分が埋め込んだ端末が破壊されていないというのに、まだ反逆者の存在を伝えずに『問題なし』、などと。

 

 安全を意味する信号を送り続けているのか。

 

 質問したところで、まともな答えが返って来るなど端から期待していない。取り乱して隙を作るなど、愚の骨頂は犯さない。ただ彼女を戦闘不能に追い詰め、どんな手段であれ吐かせるだけだ。

 

 

「シャアラァァッ!!」

 

 

 先手を打ち込んで来たのは、ザジス。

 

 それに続いてアリアマゾンたちも次々とヴィルム相手に肉迫し、その爪による一撃を。

 

 ザジスは両手を変化させたブレードで切り裂く為に振い上げ、ヴィルムの脳天へと狙いを定る。

 

 だが……それら全て、次の瞬間には無意味と化してしまう。

 

 

「フェイス1(エン)のスペック出力は、総じて5%」

 

 

 ブレードが僅か0.01秒という、目蓋を瞬くよりも早い速さで砕け散り、その衝撃波でアリアマゾンたちやザジスは大きく吹っ飛ばされてしまう。

 

 

「たかが5%と言っても……気をつけた方がいいよ? 下手するとすぐに死んじゃうから」

 

 

 いつの間にか、ザジスが吹き飛ばされた先で佇んでいたヴィルムはザジスの後ろ首を掴み上げては、そんな言葉を吐く。

 

 

「は、離せぇ……テメェェェッ!!」

 

「うん。離してあげるよ」

 

 

 さながら、縫いぐるみを大して力を入れず、気怠げに放り投げる様な。

 

 そんな簡単な動作でザジスを空高く舞上げる。

 

 その高さ、およそ100m。

 

 

「お〜跳ぶ跳ぶ! 全然力なんか入れてないのによく跳ぶもんだねぇ〜!!」

 

 

 宙へと飛ばされたザジスを笑いながらヴィルムは、変身時に腰部に出現した『ヴィルム・ドライバー』のグリップ部分を握り、軽く捻る。

 

 

『バイオキリング……フレアスラッシュ』

 

 

 ドライバーから流れる音声が、無慈悲にザジスの運命を定める。

 

 鳥の顔を模したようなドライバーの青い目が輝き、ギガが活性化される。それに伴い、灰銀色の外骨格に覆われた腕から炎が迸った。

 

 そして。

 

 

「よっと」

 

 

 軽い動作。埃でも払うそれのように腕から放出された炎の刃は、丁度よく落ちて来たザジスを上半身と下半身の二つに分断してしまった。

 

 

「まずは、一匹」

 

 

 どしゃっ。生々しい鮮血と共に地面に落下する二つの肉塊。

 

 中枢臓器は無事であるものの、灼熱の炎によって断面が大部分的に黒く炭化してしまっているレベルの損傷具合から見て、再生はできなくはなくとも困難であることは間違い無いだろう。

 

 

「あれれ? どうしたの? 兵隊アリがそんな呆けて突っ立ってたらダメじゃん」

 

 

 間髪入れず、今度はアリアマゾン二体の頭部を両手に持ち、まるで知り合いにでも言うような気軽さで忠告を付随する。

 

 

「!!ッ 惚けるなッ! 死ぬわよッ!」

 

 

 あまりの光景に意識が白痴へと赴いたアレニスだったが、すぐにアリアマゾンたちに指示を下し、自身も白い蒸気に包まれながらアマゾンの

姿へと変貌する。

 

 アレニスは、『シロハキグモ』と呼ばれる白い液状の毒性物質を牙に備え、時にはソレを噴射することで身を守る蜘蛛の一種の遺伝子を持つ

『シロハキグモアマゾン』。

 

 一般的に蜘蛛型のアマゾンはずんぐりとした体型が多く、主にタランチュラといったオオツチグモ科系統の遺伝子を持っていることがその原因なのだが、シロハキグモは蜘蛛の種類においてはオオツチグモ科とは別の科の種である為、クモアマゾンとは言え、その容姿は大分異なる。

 

 細身で、女性らしいラインが浮き出た体型をし、蜘蛛の脚のパーツが両腕、腰、両脚に密着するように付随。

 

 体色は白と灰色の二色で構成され、頭部は特に何もないのっぺりとしたものだが、複眼が後頭部に一対存在し、本来あるべき前方には左右上下に並ぶ形で二対ある。

 

 口部は四方に開く形状のもので、左右には鋭利に殺気を放つ毒牙が備わっていた。

 

 

「1手目は……5匹ってとこかな」

 

 

 しかし。アマゾンとしての姿を晒すことで本気であることを示した彼女を意に介さず、最初の一手における目安数を定めた。勿論それが意味する処は……自身が始末する標的であるアレニスとアリアマゾンたちだ

 

 

「よっと」

 

 

 アリアマゾンの首が2匹分刎頚され、地面を2回ほどバウンドしながら転がっていく。

 

 アレニスから陣形を組むよう指示されてはいるが、アリアマゾンたちは本能的に察したのだ。

 

 ヴィルムに対して、警戒を上げようと。油断なく構えていようが。陣形など組んだところで何も変わらない。自分たちは生き残ることなくここで死に絶える、のだと。

 

 

「これで5匹だね」

 

 

 もし、ナオミのままであったなら何てことのない笑顔で言っていることだろう。

 

 しかし、その手にはアリアマゾンの首一つが掴まれ、新たに3体の死体が製造された。

 

 うち一つは首がなく、残り二つは中枢臓器ごと深く焼き切られた跡を刻み込まれ、既に事切れている。

 

 

「チッ……クソッたれめ」

 

「それ、ザジスの台詞じゃない?」

 

 

 アレニスは舌打ち混じりに悪態を吐くが、それをザジスのようだと皮肉で返す様は、余裕のソレだ。

 

 

「ハンデだ。次の手は君たちに譲るよ」

 

 

 その雰囲気を崩さないヴィルムはそう言って、かかってこい、と。

 

 手首を前へ出してクイッと曲げる動作を二回繰り返す。完全に挑発だ。

 

 

「……いいわ。後悔させてあげるッ!!」

 

 

 挑発に乗ったと思う言動だが、いかにも不条理で想定外。言葉で上手く説明することができない状況の中でもアレニスは驚愕の感情こそあれど、それで冷静さを失ってなどいなかった。

 

 敢えて、そうした言葉を吐き出すことで油断を誘う為だ。

 

 相手は確かに絶対的と言っていいほどの優位性をもって立ってはいるが、だからこそ、それ故の油断が生じやすい。

 

 

(ッ!)

 

 

 アレニスは口から猛毒性を有する白い液体を霧状に噴射。同時にテレパシーでまだ生存しているアリアマゾンたちに地中へ潜るよう指示を出した。

 

 

「ん? 逃げた?」

 

 

 アリアマゾンたちが自分に向けていた殺気を消し、地中へと潜った様子を見たヴィルムはアレニスを捨て置いて逃亡したと、そう判断したらしい。

 

 そんな悠長に語りつつも、自身に向けて放たれた粒子状の毒液に対する手を緩めてはいなかった。

 

 背中から紫色のギガエネルギーをマントのように展開。それを翻し縦にすることで毒液を蒸発させる。

 

 

「お〜こわいこわい。これ、身体に入ってたら危なかったよ」

 

「……」

 

 

 わざとらしい口調で語るヴィルム。その言葉に焦りなど微塵もない。毒液を防いでみせた動作もつまるところ、遊びの一つに過ぎないのだろう。

 

 自身が変身するアマゾンライダー。その性能を直に見聞する為の、遊び程度の認識でしかない。

 

 

「フン……」

 

 

 忌々しいと内心思うも、何も言わず。手首の糸を吐き出すミクロ単位の穴から、今度は糸を出して動きを封じようとする。

 

 

「毒液の次は糸? 芸がない……! ッ」

 

 

 もしこれがただの糸なら……ヴィルムは両腕から出す『フレアカッター』で容易く切り裂いていただろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 糸は大きく円形に広がっていき、そのままなんと。まるで生き物のようにしなやかに動き始め、瞬く間に両腕と両足。

 

 そして胴体や腰部へと巻きつく。これで完全にヴィルムの身体を拘束され、まともに動くことはできない。

 

 

「焼き切ろうとしても無駄よ。1000〜5000度の高温に耐えうる糸なの。力づくで引き千切ろうなら糸の切れ味でバラバラよ」

 

「うぅッ……油断、しすぎたかな?」

 

 

 じりじりと締め付ける糸。それによって先程の余裕に満ちた雰囲気が消えたヴィルムを見て、アレニスは自身の勝利を確信した。

 

 

「今よ! やりなさい!!」

 

 

 瞬間。すぐさま部下へと命令を告げ、地中からヴィルムを囲むようにアリアマゾンたちが出現。ここに来てアリアマゾンたちは逃げ出した訳ではなく、地中へ隠れ潜んでいたのだと察するが……その時点で、全てが遅い。

 

 ヴィルムの身体にアリアマゾンたちの爪と牙が、対象の命乞いや悲痛な叫びを聞き入れることなく食い込んで、あらゆる身体組織を破壊していく。

 

 その様に恍惚とした気分に浸るアレニスは背を向け、アリアマゾンたちにより蹂躙が終わるのを待った。

 

 今見たところで群がっているアリアマゾンたちが肉壁となってしまい

、じっくりとよく観察することなどできない。なので、終わった後でその無残に原型を留めていないだろう彼女の亡骸を徹底的に見てやろうと

 

 そう言った腹積りで、ほんの数分先の未来に思い耽る。

 

 

「チェックメイトね。できればたっくさん無様に泣き叫んで、許しを乞う言葉でも見苦しく披露してくれるとありがたかったけど………まっ、これで「"私の勝ち"って?」!!ッ」

 

 

 アレニスの聴覚器官に届いた声は、紛れもなくヴィルムのもの。アリアマゾンたちに食い千切られ、抉られるなどしてズタボロの状態に陥っている彼女にしては、あまりに落ち着きのある声調だ。

 

 思わず、獲物へと群がりその味に酔いしれているアリアマゾンたちを見るが、次の瞬間には物言わぬ肉片へと身体がバラバラに吹き飛ばされ

る。

 

 それが周囲の地面を黒々と染めように飾り立てた。

 

 

「てっきり"この姿"で仕留められると思ってたんだけど、どう〜にもそれができないくらい強いみたいなんだよね、アレニスは」

 

 

 アリアマゾンたちを吹き飛ばし、無数の肉片へと変換させたヴィルムは、何一つ変わってなどいない余裕さと飄々とした雰囲気を纏い、呑気に語りながらゆっくり。ゆっくりと。

 

 その歩みを止めず、アレニスへと近づいていく。そして、特筆すべき点としてヴィルムの姿は明らかに先ほどとは異なっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フェイス……トゥ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"第二面形態に移行した"からには、ちゃんとデータを取らせてもらうよ?」

 

 

 

 

 

 

 







 セイバーはデザイン的にカッコイイですね。ただ、なんか、こう。

 暗い感じのダークシリアスが欲しいというか、自分的にはちょっと作品の雰囲気として明る過ぎな感じがします。まぁ、子供向け番組なんですから、そりゃ当たり前ですけど。

 やっぱりクウガとかアギトとか。龍騎や555。平成シリーズの初期のダークとシリアスがアダルトな雰囲気を醸しつつ、しかしライダーとしての要素を潰さない、アレが自分的には非常に好みなんです。

 比べるという訳ではないんですが、個人的な意見と思って下さい。

 では、また。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生きとし生けるものを喰らう凶獣の王 part3




何とか間に合った……なるべく日曜日に投稿したかったので、よかったです。






 

 

 

 

 

 恐怖。アレニスが今までに歩んで来た生の時間の中で、この感情が身体の芯までジワリと染み込むような感覚に陥ったのは、己が仕えている

十面姫との邂逅以外にありえなかった。

 

 

 しかし……どうしたことか。

 

 

 今まさに彼女は恐怖を感じている。身体の芯から染み込んで来る並外れた恐怖の情念。

 

 それを感じさせる要因である存在……ヴィルムは、足を止めることはなく、段々とその距離を確実に詰めていく。

 

 

「んん? どーした? かかって来いよ」

 

 

 紡がれた言葉の雰囲気は、ナオミのソレではなかった。度々出していたあの壮年の男性を思わせるような口調。

 

 それと全く同じものだった。

 

 新たな姿となったヴィルムは第1面形態とは異なり、緑色の複眼部が丸みを帯びたフォルムのバイザーのように繋がっており、頭部はアマゾンライダー特有の左右にある突起形状が無くなっている。

 

 全身にミミズのような、あるいは生き物の血管にも見えるイエローラインが奔り、ベルトの瞳の色は複眼に合わせてか青から緑へと変化。

 

 全体的に色彩はラインが奔っているという点を除けば、何も変わっていない。

 

 紫のままだ。

 

 一見すれば姿だけしか変わっていないと思うかも知れないが、少なくともアレニスはそうは思えなかった。

 

 纏う雰囲気が前の形態とは違い過ぎた。

 

 より攻撃的に、圧迫するような。

 

 理屈ではなく感覚的に強さが増したのをひしひしと感じるのだ。

 

 

「来ないなら……こっちから行くぞォォッ!!」

 

 

 だが、いかに恐怖で身が思うように動かなくともいつまでも浸っている訳にはいかない。

 

 今まさに、その恐怖を与えて来る存在が自らの命を狩ろうと迫っているのだから。

 

 

「クッ!」

 

 

 間一髪のところで、繰り出されたヴィルムの拳を両腕でガードする…が、思った以上に重さもそれに伴う衝撃も想像以上に威力が強く、腕の骨格に亀裂が生じるのを感じたアレニスはすぐにそれをアマゾンとしての再生能力で直し、右脚で回し蹴りを放った。

 

 

「おっと。危ない」

 

 

 ヴィルムは焦らず、動揺は一切ない平坦な態度で容易く右腕で防ぐと逆にアレニスの足首を掴み、彼女の身体を宙へ放り投げる。

 

 

「空中は自由が効かなくなるけど、どう対処する?」

 

 

 空中では確かに思うように動くことはできない。アレニスに飛翔する為の翼はない。浮力を生じさせ操る術もない。

 

 つまり。空中というのは、ある種の枷なのだ。

 

 放り投げられた際の勢いも加味すれば、まともに動くことはできない。

 

 どうやらヴィルムはそれを利用し、一気に決める腹積りのようだ。

 

 

「とりあえず礼を言っておこうか。ありがとう。いいデータが手に入れられたよ」

 

 

 礼という皮肉を送り、ヴィルムは両脚に力を込めて一気に跳ねる。

 

 

『バイオキリング……キラーストーム』

 

 

 その際、ベルトのグリップを回す。必殺の起動は忘れない。

 

 音声が発せられると共に両腕から蟲の翅を彷彿とさせるアームカッターが展開し、それが高速で振動。

 

 凄まじい風が両腕を覆い、それにギガのエネルギーが含まれることで気体でありながら、質量あるものを砕くガントレットと化す。

 

 

「ハアアアッッ!!」

 

 

 覇気を伴って叫ぶヴィルムは暴風の拳を前へ突き出す。当たれば彼女の身体はバラバラに散るだろう。

 

 

「!! ッ」

 

 

 その最悪の結末を防ぐ為、アレニスは糸を吐き出す。これだけなら両腕に纏わせた風の威力によって千切れ、何の意味も為さない。

 

 だが。吐き出された糸は、既に体内で幾重にも織られ、広範囲に厚い膜と化してヴィルムの前方……視界全てを覆い尽くした。

 

 

「なにぃ?」

 

 

 防御にでもする気か? 

 

 ふとそんな考えが浮かぶが、キラーストームを前に糸を何重に束ねようと、結局は無残に引き千切られるだけだ。

 

 しかし、それは別段関係ない。

 

 容易く切り裂かれようと目的は"防ぐことではない"のだから。

 

 切り裂かれる前に"両足を揃え、糸膜を蹴る"。それによって膜の戻ろうとする力が反発となってアレニスを飛ばした。

 

 バイオキリングの一撃をその身に受けることなく、回避することに成功。民家の屋根に着地した瞬間、手首から何百本という糸を束ねて始めた。

 

 一瞬の内に、という訳にはいかないようで最低でも2分半を要するその分、隙が出来てしまう。

 

 それを見逃すほど、ヴィルムは間抜けではない。

 

 

「何する気か知らないが、させねぇよ!!」

 

 

 既に糸の膜はズタズタにされ、パラパラと舞い落ちる繊維の雪だ。わざわざ宙にいる用はないヴィルムは、右脚を折り屈め、左脚を突き出す

 

 その姿勢は……蹴りだ。それも、高い宙からアレニスめがけ穿つ一撃。バイオキリングはまだ発動状態を維持しており、その風を今度は突き出した左足に纏わせ、もう片腕分の風は推進力として己の背後へと放出。

 

 その風速は28.5m。

 

 木々を根こそぎ薙ぎ倒し、民家などの小型の建物を大破させるに足る威力だ。

 

 そんな蹴りを人がすれば足が2度と使い物にならなくなるか、あるいは。足どころか命を失う羽目になるか。

 

 この二択以外にありえないだろう。だがヴィルム自体、人でなければ"既存の生物学の理に属さない生き物"だ。

 

 たかが20m以上もある高さと強力な風の推進力によって成り立つ蹴りを繰り出したところで、負荷ダメージを受けるなど、ありえない。

 

 ましてや……それが原因となって死に至ることもない。

 

 では、そんな蹴りを受ける側は? 

 

 間違いなくただでは済まない。場合によってはアマゾンであろうと、死へ送り出されるのは目に見えている。

 

 それが真っ向から来ているにも関わらず、あくまで彼女の心境は余裕に満ちていた。ヤケになったのではない。

 

 有効な策を見出したからこそ、なのだ。

 

 

「くたばれぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 

 普段の彼女であれば、言わないであろうセリフを吐きながら、また糸を吐く。

 

 ここまで来ると呆れが来るものだ。但し、先程のと違うのはその糸が、よく見なければ分からない程度に薄い赤に染まっている、という点だ。

 

 ヴィルムはこれに気付かなかった。だからこそ、ヘマを犯してしまう。

 

 

 ドォォンッ!! 

 

 

 糸が……爆発した。

 

 あの赤い糸は起爆性の物質が込められていたのだ。薄っすらと僅かに赤かったのは、物質の持つ色素である。

 

 それに気付かなかったツケは、爆発に飲み込まれるという形で支払われてしまった。だが、これだけでは終わらない。

 

 手首から放出されていた糸は、きちんと形を為し得た。それは前にナオミに対して投げられた、あの"糸で構成されたナイフ"によく似ている。

 

 というより、全くの同一のだろう。

 

 しかしそれは外見だけの話だ。中身には、自爆機能を有するクモ型の自動マイクロ端末が数匹潜んでいる。

 

 ヴィスト・ネクロの幹部や自らの体内に寄生させている小蜘蛛を、更に縮小させたバージョンのものだ。

 

 自爆した際の威力は先程の赤い糸と比べて数倍あり、それこそ、Aランク相当のアマゾンの防御力を意に介さない程。

 

 そんな危険な糸のナイフをアレニスは炎と黒煙に包まれたヴィルムへ投擲。

 

 予測通り、起爆してくれた。

 

 黙々と空中に広がっていく黒煙。気配が感じられない様子からアレニスは仕留めたとばかりにほくそ笑む。

 

 二段構えの爆発。それもAランククラスの強さを持つアマゾンであっても、確実に死を与える威力の爆発なのだ。

 

 仮に生きていたとしても、相当なダメージで動けなくなる筈。そうであったら直々に止めを刺せばいい。

 

 

「フフ! ……これで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドシュッ。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、終わりだ。お前がな」

 

 

 鈍く、生々しい音が聴覚器官に届く。それと同時に急激に身体から力が抜けていき、思うように動かせない。

 

 両腕をダラリと下げ、立っているのがやっとだ。

 

 え? え? 何が起きたの? 

 

 疑問が思考の大半を支配して、まともに追いつかない。よくよく見れば自分の胸部中央から、何かが飛び出している。

 

 視覚にも異常が出ているのか霞みボヤけてはいるが、それでもソレが灰色の長い何かである事は分かる。

 

 だが、それだけでは意味がない。

 

 正確に見えなければ、この異常な状態を引き起こしている異常の根幹であるかもしれないソレを、理解する事はできない。

 

 なんとかギガを視覚器官に集中させていき、細胞を活性化させることで回復を図る。

 

 ソレが功を奏したのか。次第に視界の霞みが晴れていく。

 

 そして……彼女は自身の胸から出るソレが何なのかに気付く。

 

 腕だ。

 

 それも、たった今自分が消し去った筈の……敵であるヴィルムのもの

 

 そして。そのヴィルムの腕の先……手に掴んであるモノを、見てしまった。

 

 

「中枢臓器。コレをやられたらどうなるか。分かるよなァ?」

 

 

 ドクンと一定のリズムで脈動する肉塊。アマゾンの生命維持を司る心臓であると同時に脳でもある器官。

 

 コレが無ければ、アマゾンの生は確立できない。

 

 

 ぐしゃり。

 

 

 だが、ヴィルムはそれを理解しておきながら……いや。理解しているからこそ、何の躊躇もなく握り潰す。

 

 

「ア……ァァ……」

 

 

 意識が永遠の奈落へと落ちる寸前。俗に言う死の間際。その僅かな刻の中でようやく理解した。

 

 ヴィルムは、生きていた。

 

 あの爆発の中で、どれほどダメージを負ったのかは分からないが、少なくとも殆ど皆無の可能性が高い。

 

 もし、身体の部位を欠損するレベルのダメージならこうして気付かれることなく瞬時に胸を抉り、中枢臓器を取り出すなどできはしない。

 

 それが真実であるとすれば……ヴィルムは、アマゾンの域を超えた化物だったと、言わざる得ない。

 

 

「よっと」

 

「グフゥッ」

 

 

 聞きたくもない湿り気を帯びたような音と共に、ヴィルムの腕はアレニスの身体から引き抜かれた。

 

 フラフラと定まらない足取りだが、せめて自分の理解した答えが本当かどうかを確かめる為、残された力でなんとか両足を立たせて背後を振り返る。

 

 やはり、五体満足だった。

 

 それどころか目立ったような大きさの損傷も無ければ、小さな擦り傷一つさえない身体はそれを証明するように、うっすらと光沢さえ放っている。

 

 

「お、そうだ。死ぬ前にお前の魂……貰うぞ」

 

 

 そう言ってヴィルムは手を前へ翳す。するとアレニスの肉体から赤色の粒子が放出されていき、まるで吸い込まれるようにヴィルムの掌へと

収束されていく。

 

 掌に集まった粒子は球体状に形を成し、赤色の球となった。アレニスの魂と呼ぶべきエネルギーは物質的なモノではない為、実体はない。

 

 ただ光り輝くソレは、宝玉とも呼べる美しさがあり、見る者に対して言い知れぬ魅力を与えるだろう。

 

 だが、生憎。魂を美術品的な価値観に基づいた宝玉として集め、眺める嗜好も趣味もヴィルムにはない。

 

 あるのは、『己の原動力にして、"手足"に成り得るか否か』。

 

 重要なのは、そこしかない。

 

 

「ほほう。悪くないねぇ〜。んじゃ、いただくとするか」

 

 

 ヴィルムは魂を握り潰す。

 

 いや、正確に言えば握り潰すようにして、アレニスの魂を"吸収し喰らった"。

 

 そして。まるでそれに同調でもしたのか、アレニスの肉体が融解。

 

 "生物としての意味"で死を迎えることとなった。

 

 

「フェイス2は、スペック的に10%か。この調子でフェイス10に到達できれば……」

 

 

 そこまで言って、ヴィルムは屋根から飛び降りる。ゆっくりと歩み寄る先にいたのは、ヴィスト・ネクロとの戦いを一部始終、一切見逃さず

目撃していた13部隊だった。

 

 唐突に自分達へと向かって来るヴィルムにコドモたちは警戒し、ヒロは最悪差し違える覚悟で己のギガを出来る限り高め、ヴィルムを睨む。

 

 

「安心しろ。何もしやしない」

 

 

 ある程度まで近づいたヴィルムは歩みを止め、そう言う。

 

 

「大切な……愛おしい仲間だからな」

 

「!! ッ……ふざけるなッ! こんな事をして

 ……俺たちみんなを騙して……そんな言葉を吐くなァァッ!!」

 

 

 ヒロが声を張り上げて叫ぶ。

 

 十数年、一緒に寝食を共にして過ごし、叫竜ではないが……それでもアマゾン相手に共に戦い訓練して来た仲間だった。

 

 だが実際のところ、ナオミは人間でもアマゾンでもない謎の存在ヴィルムで、様々な生物に擬態することのできる能力を駆使して、ナオミという虚構のコドモを演じていたのだ。

 

 そして。ヴィスト・ネクロという組織の力を利用してアマゾネスト計画を実行し、コロニーを地獄へと変え、アマゾネストと化したハルの父親を殺した。

 

 それだけじゃない。

 

 アマゾネストと化した人々。

 

 アマゾネストに喰い殺された人々。

 

 アマゾネストを生み出す溶原性細胞に感染し、

 暴走したアマゾンたち。

 

 そのアマゾンに食い殺さた人々。

 

 そうなるべきではない、何の罪もない彼等を己の目的の為だけに犠牲にし、尚且つ、自らの価値基準でコロニーやAPEの人間を人ならざるヒトモドキと断じて駆逐しようとする悪辣さは、到底受け入れられるものではない。

 

 信じたくもなかった。仲間が敵で、ソレがどんなに酷く恐ろしい所業だろうと、平気で行える人物だったなどと。

 

 タチの悪い冗談よりも尚劣悪だ。

 

 アレニスの戦いを見て、ようやくヒロはヴィルムがどれほど危険な存在なのかを認識した。

 

 相手はヴィスト・ネクロの幹部だったが、もし相手がAランク相当のアマゾンではなく、何の力もないハル位の小さな子供だったら? 

 

 ヒトモドキ、と判断すれば迷わず殺すだろう。

 

 コロニーを潰すと言ったのだ。つまりコロニーの人間は彼女にとって人ならざる存在であり、駆逐すべき対象なのだ。

 

 子供だろうが、それこそ赤ん坊だとしても。

 

 ヒトモドキは殺す。殺し尽くす。

 

 容赦も、躊躇も、憐みも、慈悲も存在しない。

 

 だからこそ、ヒロは決断した。

 

 殺すと決めた対象を確実に殺しに掛かるだろう彼女を、止めなくてはいけない。

 

 これ以上、犠牲者を出さない為に。

 

 その為には……彼女を殺す以外にない。

 

 彼女に対する欺瞞への、そして悪辣な非道の数々に対する果てしない激怒。

 

 ソレが引き金になり、ヒロの身体から緑色のオーラが熱気となって迸り、彼の姿を変えた。

 

 

「グルル……ガアアアァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素態アマゾン。

 

 ライダーではなく、獣人としてのアマゾンの姿をヒロは晒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







アマゾンズのライダー共通の『素態アマゾン』としての形態。

ヒロも当然ながらあります。今回でお披露目となりますが、果たしてどうなるか……。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生きとし生けるものを喰らう凶獣の王 part4









 

 

 

 

 その姿は、禍々しい凶暴性を秘めていた。

 

 全体的にダークグリーンの色彩に染まり、赤い複眼は楕円形に両端が鋭くなっている。剣呑な光を放つ様は決して獲物を逃さないという意思を見せつけるようだった。

 

 黒のグローブ、ブーツ型の外殻は円錐状の細かな突起物が生え、その一つ一つが先端が尖ったものになっており、さながらスパイクだ。

 

 皮膚の表面も人工的な無機質さを感じさせるものではなく、グローブとブーツ同様に凹凸があるがスパイク状ではなく、爬虫類の鱗を覆われている。

 

 胸部のイエローラングもまた生物的なものへと変化しており、よく見れば薄らと血管が浮かび、それが生々しさを感じさせた。

 

 そして。極め付けはクラッシャー部位。

 

 アマゾンライダーにはなかった筈の口部があり、中からは薄桃色の歯茎と牙が覗いている。

 

 

「グルル……」

 

 

 短く唸る様はまさに獣だ。未だ攻撃する様子を見せないが、それでも身に纏う空気がその意思を明確に示していた。

 

 絶対に殺す、という仄暗い意思を。

 

 

「ヒ、ヒロ?」

 

 

 恐る恐るイチゴが声をかけるが、ヒロ……いや、始祖鳥の遺伝子を持つ『始祖鳥アマゾン』は何も答えない。

 

 瞬間。

 

 目視で追うことが不可能なレベルの異常な速度。その脚から生み出せるパワーは並外れていて、残像すらもない。

 

 何も知らない誰かが見れば、瞬間移動でもしたのかと思いたくなってしまう。

 

 

「ふぅ。危ない危ない」

 

 

 しかしその速さをヴィルムは視認できていた。

 

 繰り出された拳を掌で掴み、冷や汗でも流したとばかりに焦りを滲ませた台詞を吐くが、実際は何ていうことはない。

 

 見えさえすれば、対処など容易だ。

 

 

「そら、お返しだ!」

 

 

 掴み捕らえた拳を振り払い、左拳によるストレートを繰り出す。が、ソレを即座に腰を屈め前へ出す形で回避し、その体勢から二の腕の甲を

 向けて繰り出す。

 

 無論、ただ腕で叩いて終わりではない。

 

 グローブから縁取りが歪な形状をしている羽根型の刃、アームカッターを射出するように生やし、ヴィルムの左脇腹から右胸、肩に至る大きく深い傷を与えた。

 

 

「グゥッ……ハアアアァァァァッッッ!!」

 

 

 斬られた傷口から赤と青の粒子が溢れ出るが、それを気に素振りを見せずに今度は左脚で蹴りを放つ。

 

 

「グゥッ!」

 

 

 反応が一歩遅かった為、もろに左脇腹へとめり込ませてしまった始祖鳥アマゾンは苦悶の声を上げる。

 

 しかし、それもほんの一瞬。

 

 体内に残存しているギガを高め、アームカッターを肥大化。もう片方の手も同じように肥大化させたアームカッターを生やし、その首めがけて挟み込む。

 

 だが、ヴィルムの首にアームカッターの刃が通ることはなかった。

 

 ヴィルムが自身の両腕の甲で間一髪防いだからだ。

 

 

(な、なんて力だ……コイツは、もしかしたら……いや、フェイス2に匹敵するぞ?!)

 

 

 あまりの力に両腕が内部の芯にまで軋む感覚を味わいながら、ヴィルムはそんな感想を心中に零す。

 

 アマゾンヴィルムのフェイス2は、フェイス1よりも総スペックが倍上がっており、ヴィスト・ネクロの幹部であるザジスを再起不能状態に追い込む強さをまざまざと見せつけた程だ。

 

 そのフェイス1を容易く追い抜かしてしまう程、今のヒロはアマゾンとしてのスペックが大幅に向上していた。

 

 本来のアマゾンとしての形態になり、一気に解き放ったヒロの潜在能力がそうさせたとでも言うのか。

 

 仮にそうだとしてもフェイス1を超えるというのは、あまりに予想外だった。

 

 

(ハハッ……イイねぇ……けど、"あくまでヒロのまま"の方がオレ的には好みなんだがなァッ!)

 

 

 だが。

 

 ヴィルムの中に動揺はない。格下であろう相手に越されたという憤怒も一切ない。

 

 あるのは、"愉悦"と"惜しい"という二つの感情。

 

 愉悦は、自身に勝て得るかもしれないという可能性に対して。

 

 惜しいのは……これがヒロ本来の意思が介在しておらず、ただアマゾンの闘争本能に身体が支配されていることに対して。

 

 13部隊のコドモたち全員……いや、"部外者"を除いてヴィルムは彼等を『人間』と定義し、そして彼等一人一人が持つ『個の意思』に可能性を見出している。

 

 APEのオトナは人類の悲願とも言える不老不死を手に入れ、同時に自らと他を繋ぐ絆を捨てた。

 

 自らが在り続ければいいと。外界のあらゆる事象を無価値とし、VR装置によって精神を幻想の世界へと繋ぎ止めて、永遠の安寧の中に心を……

 ……魂を委ねて停滞する。

 

 ヴィルムにとってそれは、あまりに愚劣で唾棄すべき考えだ。

 

 そのまま停滞し、無駄に時間を浪することに何の意味があるのか。何も作らず、何も為さず、ただ在り続けるだけの生に一体どんな価値を見出せと言うのか。

 

 下らない。下らな過ぎて反吐が出る。

 

 だが、13部隊は……コドモたちは違う。

 

 他者を想い、寄り添い、支え合っている。

 

 互いを想うことで、触れ合うことで絆を生み強くなっている。

 

 コドモとなって観察していたからこそ分かる。

 

 彼等は、今のこの世界にとって『必要な鍵』なのだ。

 

 

「ガァァ、アアアアアアアアアァァァァッッッッッ!!!!!」

 

 

 理性や知的さを感じさせない猛獣にソレのような咆哮を上げ、始祖鳥アマゾンはアームカッターに更なる力を込める。

 

 ピシッ。

 

 僅かにヴィルムの腕の外殻に皹が入る。このまま行けば両腕は破壊され、その鋭利な刃がヴィルムの首を胴体から切り離すだろう。

 

 勿論ソレを許す道理は存在しない。

 

 

「そのらしくない吠え方、似合わねぇよヒロォォッッ!!!!」

 

 

 右脚で始祖鳥アマゾンの腹部に蹴りを入れ、そこから身体を浮かせながら、左脚を使い胸部を踏みつける。

 

 足裏には力が込められており、その込められた力を足を離すことで開放。それを利用して身を宙に投げるように翻し、すかさずベルトの左グリップを握り回す。

 

 

『バイオキリング……イーター・ナイフ』

 

 

 電子音声が鳴り、引き抜かれた左グリップは赤の粒子を放出させながら何かを形作っていく。

 

 完成したソレは、ナイフだった。

 

 刀身は根本が細く、中間が太みで先端が尖っている形状をしたもので、その長さは18cm程度。

 

 刃の部位には青色の縁取りが施されており、刀身自体の色合いは青とは相反する赤。

 

 しかしこのナイフにおいて形状など問題ではない。

 

 問題なのは……その"特性"だ。

 

 ヴィルムによって下から振り上げられたナイフは、丁度よく始祖鳥アマゾンの腹部を通り過ぎると同時にその先端が表面を切り裂く。

 

 黒い血が少しばかり飛び出すが、傷自体は浅い。容易く再生し傷を無くした始祖鳥アマゾンは唸りを上げ牙を見せつける。

 

 単に威嚇か。それともすぐ再生したとは言え、痛みによって怒りが誘発されているのか。

 

 どちらかは分からない。が、とにかく殺気立たせ明確に殺しにかかって来ることだけは分かる。自身に害を成す者に対し獣というのは、とても攻撃的になるものだ。

 

 人間もそうだが、動物はより排斥的に拒絶の意を示す。

 

 そんな動物的思考しか有さない始祖鳥アマゾンは、ヴィルムが地面に着地したのと同タイミングで襲い掛かる。

 

 速さは申し分ない。両者の距離がゼロに至るまでに必要な時間は1秒にさえ満たない。両肩を左右の手で、強い力を込めて押さえつける。

 

 生半可ではない力で、それも自分と同格の筋力だ。簡単には抜け出せないし、足で蹴りを入れようにも腰から生えた一本の太い尾が両脚に絡み付いて妨害して来る。

 

 

「ぐっ……離れろォォッ!!」

 

「グルル……」

 

 

 言葉を返さず、代わりに喉を鳴らしながら吐息を零す。そしてその態勢を維持しつつ始祖鳥アマゾンは口を大きく開け、ねっとりとした唾液が滴る牙をヴィルムの首筋へと突き立てようとする。

 

 喰らい付き、牙を身体の内部へと抉り込ませ、そのまま喰い千切る気だ。

 

 

「?! ッ……ギッ……!!」

 

 

 あともう少し。始祖鳥アマゾンの口部が届いてさえすれば、ヴィルムの首筋は柔い果実のように抉られていただろう。

 

 だが、それは叶わない。

 

 何の脈絡もなく突如として、激しく。

 

 大きな痙攣で全身を震わせ、強張らせる始祖鳥アマゾンは身体が思い通りに動かず、しかも手足や尾の力が急速に脱していく異常な現象に頭の中が混乱するばかりで、明確な答えも、その解決策も見出せない。

 

 

「ふふ。やっと効いたか」

 

 

 左右肩を掴んでいた両腕を、自分の両手で掴んで軽く投げるように払ったヴィルムは、微笑の声を漏らす。

 

 

「なに。ネタは至って単純。このイーター・ナイフに麻痺する程度の毒を仕込んだ……ただ、それだけの話さ」

 

 

 ヴィルムは身動きを封じられた際に落ちた専用の赤い接近戦武装、『イーターナイフ』を拾うとそれをクルクルとピエロのジャグリングの如く回しながら宙に投げ、自然に落下してくればすぐに掴み、また投げて回す。

 

 とうの始祖鳥アマゾンはもはや立つことさえできず、糸の切れてしまった操り人形の如く自分の力ではどうにもできない状態となってしまった。

 

 それでもどうにか頭だけは動く。近いて来れば、その足に喰らい付いて捥ぎ取ってやる。明確な意思を持たない筈の始祖鳥アマゾンは、そう言わんばかりの視線に殺意を込めて睨む。

 

 

 

「と言ってもコイツの真価は"毒じゃない"」

 

 

 毒はあくまで、機能の一つに過ぎない。そう弁舌しながらヴィルムは、ナイフをくるりと反転させる。

 

 逆さまの状態にし、そのまま落とす……その下にあるのは、始祖鳥アマゾンの腕だ。

 

 垂直に逸れることなく落ちたナイフは当然の理とばかりに手首に近い位置を刺し貫く。

 

 

「ガァァッ!!」

 

 

 痛みに悶えるような声を出すが、よくよく見れば刺された部位から血があまり出ない。

 

 刃物が刺されば、血が出る。

 

 舌足らずで物心も上手くついてないような、そんな幼い子供でも解る理屈だ。

 

 だが、その理屈がなんだと言わんばかりに血が出ていない。全くという訳ではないが、それでも微々たる程度に過ぎない。

 

 

「"EATER(喰らう者)"なだけにソイツは斬って毒をやるだけじゃなく、文字通り"喰う"のさ。生物の血肉を…と言っても今回は血液だ。頭がフラッとなる位抜けば、毒もあってすぐには立てないだろ?」

 

 

 そう言ってヴィルムはナイフの柄の部位を掴むと、一気に引き抜く。

 

 

 グチュ、ジャッ。

 

 

 引き抜く際に奏でる音は瑞々しいが、それがアマゾンの血肉によるものであれば、おぞましいことこの上ない。

 

 しかしヴィルムは気にする様子を見せず、地面へ吸い込まれる水のように、始祖鳥アマゾンの黒い血液をナイフの刀身が一滴さえも残さず吸収する様を見ながら、ふいに横へと手を翳す。

 

 風を切る音と共にヴィルムの首めがけて放たれた右足の蹴り。それを、大して力を込めていない軽く飛んで来たボールを取るような造作ない

 動きで掴んでは、不機嫌そうに声を濁らせる。

 

 

「んだよ。化け物」

 

「お前が気に入らないんだよ。化け物」

 

 

 蹴りを繰り出した相手……ゼロツーは、鋭い視線でヴィルムを睨む。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、どーなってんだよコレ……」

 

 

 右を見ればアマゾン。左を向けばアマゾン。

 

 そこかしこに右往左往と跋扈するアマゾンたちは共通して理性というものを一欠片さえも持ってはおらず、ただ単に人肉を貪る獣と化していた。

 

 そんな光景をビルの屋上から眺める鷹山は、その惨状に胸糞悪さを覚えながら、冷静に分析していた。

 

 

「ひ、ひどい……どうしてこんな事に……」

 

 

 その隣では、ナナも同じように凄惨な血に塗れた光景に対し、疑問と嫌悪感を織り交ぜて呟いていた。

 

 二人がここにいるのは、鷹山がヒロの秘密をナナに伝えてからほんの数秒後の出来事が原因だった。

 

 突如として感じた強いギガの波長。

 

 しかも、それが数Kmという距離があるにも関わらず、感じ取れるなど常識的に考えればあり得る話ではない。

 

 気配は別として、ギガ単体のエネルギーによる波長というのは、その個体の強弱に関係なく元から微弱なもの。

 

 人間基準の目測で確認できる距離……せいぜい、ほんの数m程度まででないと、相手のギガの波長を知覚することはできない。

 

 しかもこれはAランクやSランクなどの高位のアマゾンであったらの話で、並かそれ以下の中低ランクのアマゾンでは、それ自体を察知することは叶わない。

 

 だが鷹山が感じたギガのエネルギーは、1個体のアマゾンが保有するギガを遥かに超えている。

 

 体温に例えるなら、一人の人間が持つ体温は平均で36℃前後だが、それを超えて、一千℃に跳ね上がったようなものだ。

 

 その為、最初こそ鷹山はそれが何らかの事故でギガのエネルギーが暴走してしまったものと考えた。

 

 ギガはアマゾンという種が保有するエネルギーだが、アマゾンが死んだとしてもエネルギー自体は消えない。

 

 残留し、近くに鉱物などがあれば、その中へと吸収されて蓄積するか

。あるいはエネルギーが空気中の分子と結合することで結晶化する。

 

 対アマゾン用の武装・兵器に使われるギガは、そうした自然界で死亡した野生のアマゾンから成る結晶や鉱物を採取する形で得ているという訳だ。

 

 その為、このコロニー内にはギガを専門的に研究して運用する為の機関がいくつか点在しており、そこの一つが何らかミスでエネルギーの暴走事故を起こしてしまったのだと。

 

 そう結論しかけたのだ。

 

 だが、ほんの一瞬にしてこの考えは違うと断じた。

 

 確かに、それは"アマゾン"だった。

 

 ギガの波長と重なるようにして感じ取れた"一個体のアマゾンが放つ気配"。

 

 方向はギガの波長とほぼ一緒の場所から。これが何を意味するのか、それが分からない鷹山ではない。

 

 すぐさま確認しに行きたいが、ナナがいることと周囲がやけに騒がしいことを懸念してナナを連れて外へと出た鷹山は彼女が四の五の言う前にその身を抱えて一気に跳躍。

 

 まるで重力や自身とナナの体重など関係ないとばかりに壁を蹴りつけて跳んでいく様は、重力を調整する力でもあるのかと疑りたくなるが、勿論そんなものはない。

 

 そもそもアマゾンの持つ能力自体が保有する遺伝子元の生物由来である為、重力を操作できる生物の遺伝子がない限りまず不可能と言っていい。

 

 ともあれ、危険が潜んでいるかもしれないビルの中に入って行くのが面倒とは言え、そんな風な有り得ない方法でこのビルへと訪れたという訳だ。

 

 ちなみにナナ個人の感想として、冗談抜きでかなり怖かったらしいが。

 

 本来であれば文句をマシンガンのように連発させているところだが、この血に濡れた惨状を目の当たりにしては、さすがのナナも言う気が失せてしまったようだ。

 

 

「じ、刃。どうする?」

 

「……そりゃーまぁ、ここで篭城するしかないわな」

 

 

 予想外な言葉にナナは思わず「へ?」と間抜けな声を漏らす。

 

 

「ナナさん置いて行く訳にはいかんでしょ。連れて行くにしてもリスクが多いし、こんな地獄の窯の底でも見てるような状況の中で守り切れるなんて無責任なこと言わないよ」

 

 

 鷹山単身で行けば、別にどうと言う事はない。

 

 しかし今この場には自分だけでなくナナがおり、街を見渡せばそこら中に人喰いアマゾンの群れで溢れ返っている。

 

 そんな中にナナを置いて行くことなど、できる筈がない。

 

 ナナを連れて行くにしても安全に守ってやれる保証など何処にもない。

 

 今、ベルトは手元に無いのだ。

 

 変身すれば話は別になるが……今は4Cの本部に預けてある。どうしようもない。

 

 

「お困りですの〜?」

 

「ヒィッ!」

 

「ん? おー青井か。久しぶり」

 

 

 突然背後から聞こえた声にナナは悲鳴を上げる。バッと勢いよく振り返って見れば、カツオノエボシアマゾンの姿になっている青井雉咲がおり、その両手にはつい先程『無力化する為に』引き千切ったアマゾンの腕と片足が握られていた。

 

 

「お久しぶりですね〜。えぇ〜っとそちらは……APE関係者の方でよろしいかしら?」

 

「あ、あなた一体……」

 

「大丈夫だってナナさん。コイツは4Cの精鋭部隊の隊長さんだよ」

 

「自己紹介が遅れてすみません。私、青井雉咲と申します。何卒よろしくお願いしますね〜」

 

「……え、ええ。こちら、こそ」

 

 

 鷹山からたった今説明を受けたとは言え、早々気が許せる訳がない。

 

 アマゾンの姿であることは、まぁいい。まだ許容の範囲内だ。

 

 しかし両手にはアマゾンの片腕片足があり、断面からポタポタと血の滴が滴り落ちている様は、その人物に対する印象を最悪な方向へ決定付けるのには十分過ぎだ。

 

 側から見て、ほんの数秒見た程度でも警戒心が一気に跳ね上がり、恐怖が溢れ出てしまったとしたら、それを責める事はできやしないだろう

 

 そんな警戒と恐怖の二つの感情が顔に出ていたのか。青井は人間の姿へと戻り、和かな笑顔をナナに向ける。

 

 

「大丈夫ですよ〜。アマゾンでも取って食べるなんてことしませんって」

 

「なぁ、とりあえず状況を教えてくれないか? 

 なんでこーなってんだ?」

 

 

 鷹山はあくまでアマゾンが暴走しているという事しか把握できていない。なので、かの地獄のような光景に至った『原因』、あるいは『過程

』知らなければならない。

 

 それを青井に聞いてみたが、望む答えは得られなかった。

 

 

「はい〜。それがこちらでも把握できてないんですよ。Cランク以下のアマゾンが突然凶暴になって暴走しまくって、4Cは総動員でこの事態の収束に全力なんです」

 

「そっちはそっちで大変で、尚且つ原因の究明はまだか……まぁ、仕方ないな」

 

「そうなんですよ〜! おまけに人間だった筈の一般人がアマゾン化して、もう何が何だか…………」

 

「ちょい待て。今、何つった?」

 

 

 青井の口から出た聞き逃せない言葉。鷹山は再度それを言うように問い詰める。

 

 

「だから〜、一般人がアマゾン化したんですって!! 信じられないかもしれませんけど事実なんですよ!」

 

「……一般人のアマゾンってのは、どんな姿してたんだ?」

 

 

 やけに低い声で、鷹山は問う。

 

 

「黒〜いアマゾンです。鷹山さんのアマゾンの姿にそっくりな感じでしたよ」

 

 

 それを聞いた鷹山の脳内にある言葉が浮かんだ。

 

 『溶原性アマゾン細胞』。

 

 人に感染する能力を持ったアマゾン細胞。

 

 もし、それを生物兵器として利用するとして、どういう方法で使えば効果的か。

 

 空気感染以外に考えられない。風が吹いていれば、それに乗って広範囲に散布できる。突発的に発生し、短時間で被害がここまで拡大して行ったのにも説明がつく。

 

 仮に水道や飲料水に細胞を混入させた経口感染によるものなら、水道管理を担う施設又は飲料を生産している工場施設を抑える必要があるが、コロニー内のそういった施設は4Cによる警備体制が敷かれており、これを上手くスルーし、内部に入り込めたとしても細密な検査システムがある為、それすらスルーさせて巧く混入させなければならない。

 

 不可能ではないにしろ、非常に手間と時間が掛かるのは目に見えている

 。

 

 それなら一般企業や研究団体などと偽り、空調設備を利用することでコロニー内部に散布した方が断然効率的に良い。

 

 空調設備自体、ビルや施設など、大きな建造物にとっては無くてはならない程に必要不可欠なものだ。

 

 従って。それがあるのは当然のことなので誰の目に止まることはなく、余程のヘマを犯さなければ、疑惑を向けられるリスクもない。

 

 そこまで考え至った鷹山は溜息を零し、片手で両眼を覆う。

 

 

「……なるほど。合点がいったよ」

 

 

 以前、門矢士が言っていたアマゾネストの運用実験。話では2匹のアマゾネスト以外にまだ量産されていないという話だったが、よくよく考えればおかしな話だ。

 

 大衆の目も気にせず、堂々と最初に現れた個体や、看護婦に成りすましてヒロを殺そうとした個体。

 

 彼等は、何故わざわざ目立つような行動をしたのか。

 

 アマゾネストの特性は感染を用いた増殖。運用実験であるのなら、そのデータの採取は必要不可欠な筈だ。

 

 そうなれば後は簡単だ。知られず、密かに人を襲って行けばいい。

 

 2体と言っても人を襲えば感染し、アマゾネストとなる。そのアマゾネスト化した人間が感染していない正常な人々を襲っていく。鼠算的にあっという間に増えていき、パンデミックを引き起こすのは素人でも分かることだ。

 

 もしそうなら、それをしなかった理由とは? 

 

 おそらく"隠れ蓑"だろう。

 

 そうでなければ説明が付かない。

 

 

「ん〜? 何か分かりましたか?」

 

「いや、何でもない。他に関係することは? なんでもいい」

 

「実は〜、ほんの数時間前に4Cの精鋭部隊を総動員してヴィスト・ネクロのアジトらしきビルを制圧したんですけど〜、どうにも変なんですよね。妙に低ランクのアマゾンしかいなかったり、セキュリティも甘くて、まぁ中々手強い例の黒いアマゾン2匹いたんですけど」

 

「え、そんなんあったの? 俺聞いてないけど」

 

 

 告げられた事実に普通に驚く鷹山だが、現にそんな作戦があるなどと言う報告は聞き及んでいない。APEへ派遣されたといってもあくまで所属は変わっておらず、4C所属であることは間違いない。

 

 元とは言え、レッド・バロン部隊の隊長だったことも加味すれば連絡が来る筈なのだが。

 

 

「あ〜、それでしたら局長の判断ですよ。なんでも今回の作戦は向こう側に感づかれないようにしたいらしくて、厳重な緘口令と情報統制をしたんですよ〜。鷹山さんに報告しなかったのはその一環ですね〜」

 

 

 然程時間をかけることなく、その疑問はすぐに解消された。

 

 

「それにネロ局長のことですから〜、息抜きしてて的な配慮もあったと思いますわ」

 

「息抜きねぇ……仮にそうだとしても、こんな有様じゃあな……」

 

 

 この地獄の渦中で、何処か呑気に会話を交わす鷹山と青井。本当にそこに緊張感といったものや張り詰めた空気は一切ない。

 

 側から見れば『何を悠長に』と批判的な言葉が飛んで来そうな光景だが、逆に二人に言わせればそんなものを出したところで、状況は好転などしない。

 

 だからこそ、冷静に考えてどうするか。

 

 余裕を持って頭の中で様々な選択肢を挙げていき、イメージでシュミレートし、自分なりに最良の手を導き出す。

 

 

「なあ、青井」

 

「なんですか〜?」

 

 

 鷹山は、今まさにそれをしており、ある一つの決断を選択した。

 

 

 

 

 

 

 

 







 ヒロの暴走素態フォームは然程強くないように見えますが、ヴィルムがフェイス1のままだった場合、やられていた可能性が高いんです実は





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狂宴は終わり、新たなる胎動の始まり




今回はちょっと長めです。







 

 

 

 

 

 

 

 ヴィルムとゼロツー。両者は互いに睨み合うが、ゼロツーはさっと左手で泥を握り締めると、それを投げつける。

 

 当たったのはヴィルムの複眼だ。

 

 無論ダメージも何もない。これなら手榴弾でも投げつけた方がまだマシというものだろう。

 

 仮にしたとしても、強固な頭部外殻にダメージを与えるなど不可能だが。

 

 しかし、それが分からないという訳ではない。

 

 あくまでゼロツーの狙いは、右足の拘束から逃れることに過ぎないのだから。

 

 その突飛な行動が予測していなかったヴィルムは、ほんの一瞬ばかり、右足を掴んでいた手の力を弱めてしまう。

 

 これが狙い目だった。

 

 それを見逃さず、ゼロツーはヴィルムの手から逃れるとバックして距離を取り、予め渡されたヒロのアームカッターの刃を構える。

 

 

「あーあー、全く。人の顔面に泥なんか投げるもんじゃないぞ」

 

 

 片手で顔にべったりとついた泥を拭い去る。声は変わらないながらも何処か棘があり、苛立ちを滲ませているのが見て取れた。

 

 

「ダーリンにこれ以上手を出すな」

 

「牽制のつもりか? 別に殺しはしない」

 

 

 信じられるか。そんな気持ちを乗せた視線と険しい表情でゼロツーは

、ヴィルムを睨み付ける。

 

 そんなゼロツーの様子にヴィルムは、やれやれ……と。呆れるように

頭を左右に振る。

 

 

「言っただろ。ヒロやみんなは……13部隊は、オレの大事な仲間なんだ。お前を除いてな」

 

「……よく言うよ。騙してたくせに」

 

 

 仲間と言いつつ、結局のところ騙していた事実は消えない。ナオミという凡庸なコドモの顔を作り、平然と紛れ込み、欺いていた。

 

 そしてコロニーの人々を大勢巻き込んだ上でのアマゾネストの増殖・運用実験。

 

 看過できる筈がない。弁解の余地など何の意味も持たない鬼畜の所業を行ったヴィルムに対してのゼロツーの怒りは尤もだろう。

 

 

「騙してたのはお前もだろ? お前はこれまで何人のステイメンを喰って来た?」

 

 

 だが、その怒りを。ヴィルムは埒外だと吐き捨てる。

 

 

「パパどもに言われて、お前の為に命を捧げて散っていったステイメンのことを忘れた、だなんて言うつもりはないよなァ?」

 

「……」

 

「お前もご同類だろ。ヒトモドキの命を踏み潰し喰らうオレと、自分の目的の為にステイメンの命を喰うお前。これに何の差がある? ないだろ」

 

「!!ッ だまれッ!」

 

 

 ヴィルムの嘲笑を交えた言葉に苛立ち混じりに叫ぶと、地面を蹴りつけ、ゼロツーはアームカッターを対象の首めがけ横一閃に振り払う。

 

 

「ハハッ、怒るのはいいが遅いんだよ」

 

 

 常人なら餌食になっていただろう。それだけにゼロツーの動作速度は早く並大抵のものではない。だが、それはヴィルムという存在も同じだ

 

 その動きを正確に捉え、簡単にゼロツーを上回る速さで背後に回り込み、その背中にエネルギーをぶつけた。

 

 

「がはぁッ!」

 

 

 鈍い痛みと高い熱が同時にゼロツーを襲う。

 

 耐えられず吹っ飛ばされた彼女の身体は少しの間だけ、数秒間と宙を舞い、そして重力に従い地面に落ちる。

 

 

「遊びすぎたな。んじゃ、そろそろ退散するか」

 

 

 暴走したヒロを無力化し、いきなり襲ってきたゼロツーは予想外だったものの、大した障害には成り得ず、簡単にいなすことができた。

 

 特にこれ以上留まる理由はない。

 

 

「見ィィィィィィツゥゥゥゥゥゥ、ゲェェェェェダァァァァァァァッッッッッッ!!!!!」

 

 

 もっとも、"理由があれば留まる"とも言えるが。

 

 

「ハァ、ハァ、ハハッ! ハハハハハッッッッッ!!!!!! 殺す!

許されない罪を今、ここで、お前の命で精算してもらおうかァァ」

 

 

 突然狂気的な嗤い声で現れたのは、1匹のカマキリのアマゾン。

 

 その姿もさることながら、ゼロツーへの怨毒を吐き散らかす様を見れば、それが同型の別個体ではなく、間違いなくプレディカがアマゾンとなった個体だと断言できる。

 

 

「はぁぁぁぁ……面倒ごと増やすなって」

 

 

 やれやれ、と。呆れと鬱陶しさを交えた様子でヴィルムは頭を左右に振り、溜息を盛大には吐き出す。

 

 クラッシャー部位がない為、どうやって息を吐き出しているのかは不明だが。

 

 

「ヴィルムゥゥッ!! 邪魔する気かアァ?」

 

「んなことしないさ。ゼロツーを殺す機会を与えてやるってのがお前との約束だからな」

 

「ならッ!」

 

「好きにしろ」

 

 

 にべもなく即答する。

 

 それに対しプレディカは狂気染みた笑いを零し、ゆっくりと。且つ、足を少し急がせながらゼロツーの下まで行くとその桃色の髪を掴みグイッと持ち上げる。

 

 

「ぐぅッ……は、離せ……アァッ!!」

 

「ひひ、はははは!! この時を待ってたんだ!! 楽には殺さない。じっくりと切り刻んで臓物を食べて、それからそれから……」

 

 

 狂ったように笑い、あーだこーだ、と。ゼロツーをどうするか意味もなく口にしていく様は、ヴィルムからすれば滑稽のソレだ。

 

 さっさと殺せばいいのに。そう思うもヴィルムは敢えてそれを口にはせず、ただ事の成り行きを見守っている。

 

 ヒュッ! 

 

 すると突然、何かが飛来しプレディカの前頭部に直撃する。

 

 

「いでぇッ!」

 

「ゼロツーから離れろ!!」

 

 

 正体はイチゴが投げたヒロのアームカッターのようだ。勢いよく啖呵を切るイチゴだが、正直それは無謀もいいところだ。

 

 ろくな武装がなく、ヒロのアームカッターという接近戦用の武器以外に何もない状況下で投擲は武器を捨てるのも同義だ。

 

 

「邪魔するなァァッ!!」

 

「よせイチゴ! 今の俺たちじゃ無理だ!」

 

 

 激昂するプレディカ。突然投げつけられたというのもあるが、ゼロツーを切り刻むという念願の目的を邪魔されたのだ。

 

 ゴローがイチゴを制止するが、もう遅い。

 

 既にイチゴへと怒りの矛先は向けられてしまったのだから。

 

 しかし。

 

 

「おいおい待てって。13部隊に気にかけるなよ」

 

 

 それをヴィルムが許す道理はない。13部隊に背を向け、プレディカの行手を遮る。

 

 その行動が癪に障り、プレディカは声を荒げ捲し立てる。

 

 

「どけェェッ! アイツらをズタズタにしてやるゥゥゥッ!!」

 

「お前の目的はゼロツーを殺す事。なのに他のことに目を向けてどうすんだよ、えぇ? ちと頭冷やせって」

 

「……ヴィルム。確かにお前の言う通りだがな、こいつらは二回も!!

002の抹殺を妨害した。復讐の邪魔になるものは早々に叩き潰して消すべきだ。実に合理的だろ」

 

「確かにな。だが、コイツらを消すのは認められない。お前がそうであるように、オレには、オレの目的がある。13部隊はそのファクターなんだ」

 

 

 ゼロ距離で睨み合い、互いの意見をぶつける。

 

 とは言え、ヴィルムの意見が理に適っているのは確か。渋々ながらプレディカは折れてやることにした。

 

 

「チッ! ここでやっても負けるのは分かってる。それにお前のおかげで今の僕があるからな。従ってやるさ」

 

「フフ……お利口さんは好きだぜ。まぁ機会は潰されたがな」

 

「は? どういう……! ッ」

 

 

 

 意味深な言葉にプレディカは訝しぶ。

 

 そしてすぐにアマゾンとしての聴覚のおかげで、素早くソレに気付いた。

 

 連続するように地面を鳴らす勢いのある足音。息を吸ったり吐いたりする呼吸音。この二つの音を、プレディカの聴覚器官が捉えたのだ。

 

 何者かが大勢でこちらへ向かって来る。

 

 考えられるのは……一つしかない。

 

 

「動くな!」

 

 

 対アマゾン武装であるリザスターガンを構え、あらゆる行動の一切を認めない怒号を放つのは、一人の4C隊員。

 

 そして彼と同じように銃口を向ける隊員達の数は、39名。

 

 主に一般部隊だが、中には精鋭部隊であるクロウのとレッドバロンの隊員が十数名おり、隊長である黒崎と赤松ことバッファローアマゾンもいた。

 

 加えて、もう一人のアマゾンライダーも。

 

 

「よぉ。なんかヤバいことになってんじゃねぇか」

 

 

 4Cに預けていた筈のベルトを腰に装着し、飄々とした声ながらも、鋭い視線を向ける鷹山の姿があった。

 

 

「刃さん!!」

 

「おう。大丈夫かお前ら」

 

 

 イチゴが名を呼び、それに鷹山は安否を確かめる為に声をかける。

 

 

「あ、あたしたちは大丈夫! でもヒロとゼロツーが……」

 

「刃さん!! アイツ……ナオミは敵だったんだ!! ずっと俺たちを騙してたんだ!!」

 

 

 状況を報告しようとするイチゴだが、それよりも先にゾロメがヴィルムに向けて指をさし敵だと捲し立てる。

 

 普通なら何を言ってるんだと理解できない所だが、今の鷹山には"ナオミに奪われた記憶"が戻っている。

 

 ゾロメの言葉を正確に理解し、察するには十分過ぎた。

 

 

「言いたいことは分かる。とりあえず今は下がってろ……アマゾン」

 

 

 鷹山はアルファへと変身する。そしてゆっくりと、一切の油断なく確実にヴィルムとプレディカに近づいていく。

 

 

「"あの時"は人の頭ん中弄ってくれてどーも。ナオミ……って、言えばいいか?」

 

「今はヴィルムで。はぁぁ全く。グズグズしてるから面倒が面倒を呼ぶ

 

「僕のせいだと言うつもりか?!」

 

「そうだろ。御託言ってないで殺ればいいものを……」

 

「できれば口も閉じてた方がいいぞ」

 

 

 下らない言い争いを展開しそうだった二人の間に、アルファが冷淡ながらも少しばかり声を張り上げ、釘を刺す。

 

 既にギガをアームカッターへ集中しており、その気になればいつでも収束させたギガを斬撃として放てる。

 

 

「お前らは包囲されてる。逃げられねぇんだよ。大人しく捕まるか、蜂の巣になるか……あるいは俺に切り刻まれるか。好きな方選べ」

 

 

 アルファに続いてドスを利かせて警告する黒崎だが、それをヴィルムは嘲笑う。この状況が自身にとって意味など為さないと、そう言わんばかりに。

 

 

「ハハッ! "逃げられない"?」

 

 

 鸚鵡返しに言葉を吐く。そして次の瞬間、周囲を吹き飛ばしかねないほどに強く、荒々しい紫のエネルギーがヴィルムから解き放たれる。

 

 

《逃げられるさッ! チャオ〜ッ!!》

 

 

 エコー掛かったヴィルムの声が周囲に響き渡る。エネルギーの暴風が収まるとそこにプレディカとヴィルムの姿はない。

 

 去り際の言葉通り、逃げ果せてしまったようだ。

 

 

「……クソッ!」

 

 

 その事実が忌々しく、黒崎は苦虫を噛み潰した表情で吐き捨て、ついでとばかりに舌打ちを鳴らす。

 

 そうでもしないと、心中に湧き起こる激情を抑えられないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 実の所を言えば、4Cがあの場に駆け付けて来たのは偶然ではなく、鷹山によるものだった。

 

 青井に再会した鷹山が彼女に頼んだことは三つ。

 

 一つ目は自身が感知した膨大なギガが放出された位置の座標情報を通信で4C、特にクロウやレッド・バロンといった精鋭部隊に報せる。

 

 二つ目は、4Cの研究部門に預けていたベルトを自身の下に届けてもらうこと。

 

 最後の三つ目は、ナナを保護してもらい、その安全を確保すること。

 

 ナナに関しては青井に預けていた(とは言え、かなり渋ってはいたが)為に問題なかったが、ベルトに関して言えば状況が状況である為、不可能だと思われていたのだが、鷹山の部下だった研究員が遠隔操作でドローンを操作。

 

 それなりに技術を要したが、研究員の卓越した操作技量でベルトの運送に成功。無事鷹山の下に届けることができたわけである。

 

 だが結果として、あの膨大なギガを放っていた持ち主は……ヴィルムは逃げ果せた。

 

 本人がその気になれば、周囲の全員を一人も残さず、殲滅することは可能だっただろう。

 

 それをしなかったのは、殲滅したとしても手間が掛かり下手を打てば自身がダメージを負いかねないと判断した為だろう。

 

 もし隊員だけなら、ヴィルムは4Cの一般又は精鋭部隊を造作なく全滅させていただろう。

 

 だが鷹山と精鋭部隊の二隊長が相手では、仮に勝てたとしても、そのダメージは計り知れない。

 

 だからこそ、逃亡という選択肢を取った。

 

 

 

「……ハ、ハハ……あーあ。やってくれたもんだよ」

 

 

 自身の特殊なエネルギーを利用した目眩しと転移能力。この二つを利用することで逃亡に成功したヴィルムだが、転移した先に到着した途端

、両腕が切断され

 

 しかも、更に胸部に横一線の深い傷まで生じている。

 

 しかし血液の類が出ることはなく、赤と青、紫の粒子が絶え間なく漏れ出ては消えていく。

 

 

「あの状況下で咄嗟に狙って胸と両腕を切るとか……はぁぁ。鷹山さんは無茶苦茶な人だねぇ〜色々」

 

 

 アマゾンヴィルムからナオミの姿へ戻りつつ、自身の怪我の具合など如何とでもないかのように呑気に言う様は、言い知れぬ不気味さを醸し出している。

 

 

「痛ッつつ……おい! もっと丁寧に運べなかったのかッ!!」

 

 

 どうにも転移の際、身体が受け身を取れず吹っ飛ばされる形で壁に顔から激突してしまったらしく、特に鼻を強く打ったせいで鼻血が流れているプレディカは、人間の姿に戻った状態でナオミに非難の声を向けた

 

 

「別にいいでしょ。どーせすぐ治るし」

 

 

 が、とうの本人は何処いく風だ。

 

 

「そーいう問題じゃない!!」

 

「まぁまぁ。とにかく目的が達成されて良しとしようよ。と言っても私の目的が、だけどね」

 

 

 いけしゃあしゃあと語る様に顔中血管まみれに浮き出そうな程の怒りが込み上げ来るが、相手が相手であることをきちんと理解している為、

彼女に対し手を出そうなどと言う気はない。

 

 なんとか、怒りを抑えて、プレディカは周囲を見渡す。

 

 

「で、ここは何処なんだ?」

 

 

 ただ分かるのは、そこが天井と左右の壁が白い金属的な素材で構成され、床も同じようだが色は黒く、左右にオレンジ色のライトが点々と設置されている。

 

 見た限り、おそらくはAPE関連の施設だろう。

 

 かつていたプランテーションで見た雰囲気によく似ていた為、そんな安易な予想が頭の中に構築された。

 

 何かしらの用があるのか? 

 

 ふと、プレディカの思考から、そんな考えが浮ぶ。

 

 ここがAPE関連の施設だと仮定して、大掛かりな計画の達成後にわざわざ立ち寄ったのであれば、それはナオミにとって重大な事柄なのだろう。

 

 そうでなければここへ来る理由も意義もないのは明白だ。

 

 そんなプレディカの予想をある意味大きく裏切るように告げられた答えは、酷く驚くものだった。

 

 

「ここは空中要塞コスモス。七賢人どもの根城だった場所さ」

 

 

 APE関連の施設。それ自体は当たっていたがまさか、一般的なものではなく重要施設……それもAPEの指導者たる七賢人たちの拠点だとは思いも寄らなかった。

 

 しかし、そうなるとまた疑問が生じる。

 

 何故、よりによって裏切った組織のトップの下へ? 

 

 勿論、これには理由がある。

 

 

「言ったでしょ? "根城だった"って。ここはもう老害どもの居場所じゃない」

 

 

 自身の状態など気にせず、スタスタと歩み始めるナオミは振り返り、『ついて来て』とアイコンタクトを送る。

 

 プレディカの中で思う所はあれど、ここで立っていても仕方ない為ナオミの後を追っていく。

 

 しばらく無言が続いたが、それもたった1分弱程度。

 

 どうやら目的の場所に着いたらしく、ある一つのドアの前に立つと、センサーがナオミの存在を感知し、自動で開かれる。

 

 先にナオミが入り、その後にプレディカが入っていく。

 

 入室した途端、プレディカはその光景に驚愕した。

 

 血。血。血。

 

 四方八方と言わんばかりに鮮血が飛び散り、その一室内部を紅く彩る。

 

 なんておぞましい光景だ。少なくともプレディカがまだ人間だったら、確実にそう思うだろう

 

 が、生憎今の彼はアマゾン。

 

 そして、既に人としての感性を捨て去ってしまっている。この光景に驚きはあれど、それ以外の感情は何一つとして存在し得ない。

 

 二人が入った部屋は七賢人たちが集い会合を開く場で、『ラマルククラブ』と呼ばれている場所だった。

 

 しかしとうの七賢人たちは誰一人として物を言わず、ただ冷たい床でそれぞれが違う格好で転がっているだけ。

 

 そんな彼等を冷めた目で見下す計8人のコドモたちがいた。

 

 まるで何処かの国の王族男装のように煌びやかな雰囲気を纏う純白の正装に身を包み、赤や青。緑や紫といったカラフルな色彩の髪が、その格好も相まって彼等が普通のコドモではない事を如実に示していた。

 

 彼等は『ナインズ』。

 

 七賢人直轄の親衛部隊であり、専用のフランクスを持つ彼等の実力は並の部隊とは一線を画す。

 

 そして親衛隊の名にある通り、本来彼等はパパである七賢人たちを守らなくてはならない。

 

 それがコドモとして、オトナである七賢人に与えられた責務である。

 

 しかしその守るべき対象である七賢人たちは既に事切れ、物言わぬ骸と化している。その事実を前にナインズたちに感慨は一切ない。

 

 何故なら、七賢人を殺害したのは他でもない……彼等なのだから。

 

 ゼロツーに匹敵する身体能力を有し、尚且つ。警戒心を一切持たず、コドモが反逆など起こす筈がないと踏む度を超した慢心さがあれば、その命を奪うなど造作もない。

 

 もはやナインズは今日この時をもって、APEとしてのナインズではなく、ナオミことヴィルムに仕える片腕としての存在意義を確立する。

 

 そんなある種の"門出となる日"を祝福するかのように。ナインズリーダーであるナイン・アルファ……ヴィスト・ネクロでは"シャドウ"と呼ばれていた彼がここにいる一同を代表し、笑顔を称え2人を出迎えた。

 

 

「やあ、ヴィルム。随分手酷くやられたみたいだね。プレディカは特に怪我がなくて結構」

 

 

 すぐに目に入ったナオミの痛々しい姿とその同伴で来たプレディカを見たアルファは、あくまで冷静に笑顔を浮かべてそう言う。

 

 

「はむ、ん、んん……んんんん?! "ママ"!?」

 

 

 七賢人の片腕を頬張っていた緑色のボブカットヘアをしたコドモ『ナイン・デルタ』は、もう興味ないと言わんばかりに腕を易々と投げ捨て

、ナオミの下へ来る。

 

 

「うわ〜、血塗れじゃんデルタ」

 

「僕のことよりママだよ! 大丈夫? 痛くない?」

 

 

 親を心配する子のような態度で物を言うデルタにナオミは笑みを浮かべる。

 

 

「大丈夫だって。こんな傷、擦り傷も同じだよ」

 

「擦り傷でも怪我は怪我。吾が主に対し、このような所業をせし者は即刻斬るに限る」

 

 

 今度は窓際で精神統一の為に正座していた水色の髪の少年『ナイン・ベータ』が、古風な言い回しでまだ見ぬ敵に対する怒りを滾らせる。

 

 

「そーだよ! なんなら僕が今すぐそいつの所に行って嬲り殺しにしてやる!」

 

「ははっ、落ち着きなってデルタちゃん。ギガの干渉で回復に手間取るけど、すぐ元通りになるから大丈夫だって」

 

 

 デルタを宥めつつ、ナオミは周囲を確認していく。より正しく言えば、事切れて血塗れの死に様を晒している七賢人だ。

 

 

「うんうん。きちんと始末してくれたみたいだね。ありがとう、みんな」

 

 

 自身の思い通りに事が運んだ結果が喜ばしく、その為にわざわざ容易い任を請け負ってくれた彼等に向けて、労いの言葉を送るナオミ。

 

 すると赤い髪の少年『ナイン・ガンマ』が活気よくそれに応える。

 

 

「礼なんかいらねぇって。こいつらの始末、むしろ歓迎だったぜ!」

 

「そーそー。威張り腐るだけでなーんにもできない癖にあーだこーだ、命令して。ほんと清々するよ」

 

 

 ガンマの意見に同意するデルタ。その言葉だけでも七賢人に尊敬や親愛など無いことが窺い知れる。

 

 そもそも、ナインズは元々ヴィルム側のコドモたちだ。

 

 ナオミからの指示で親衛隊という偽りの役目に興じて来たが、それも今日をもって終わりを告げた。

 

 七賢人を"一名を除き"殺害することで。

 

 

「うぅ……ぐっ……」

 

 

 七賢人の首席。彼はどういう訳か生かされていた。

 

 

「これはどうもお久しぶりです首席。今日この度は貴方の身が不運な目に遭られまして、まこと幸運を願わずにはいられません……なんてね」

 

 

 あまりに場違いな言葉の羅列。そこに配慮など当然なく、ただの茶番の遊戯に過ぎない。

 

 

「はぁ……はぁ……なんだ。お前は、お前たちは……いったい何なのだ

!!」

 

 

 腹の底から力を込めて、散々痛めつけられた身体に鞭打ってでも立ち上がり、彼等が一体何者なのか。

 

 その真意を問い詰めた。

 

 無論、生殺与奪の権利を相手側に握らせてしまった時点で、そんなことが言える立場ではないことは嫌でも分かる。

 

 ほんの少しでさえ、機嫌を損ねればどうなるか……その全ては相手の気分次第。

 

 ただ殺したいから殺される。そんな理不尽極まりない目に遭ってもおかしくないのが、この状況下なのだ。

 

 果たして。啖呵を切る首席の姿に何を見たのか、それとも単なる気まぐれなのか。

 

 いずれにしろ、その真実が本人の口から語られることはなく、ヴィルムは込み上げて来る笑いを噛み殺しつつ首席の疑問に応える。

 

 

「ナインズは元々私の親衛隊。貴方たちはさも自分の手駒の一つとして考えていたようだけど、それはまっったくの見当違い!」

 

 

 両手を広げるような動作をして、くるりと。

 

 華麗な一回転を披露するナオミの姿は、楽しさや喜び。それらを感じて、つい小躍りしてしまう少女らしいものだった。

 

 ここが花畑なら、さぞ良い絵になっていただろう。が、両腕がない状態と鮮血の赤に染まった現場という、このシチュエーションでは猟奇的な光景の1ページにしか見えない。

 

 

「で、私は"ヴィルム"。ご覧の通り人間でもアマゾンでもない」

 

 

 両脚を屈め、出来る限り首席の視線に合わせたナオミは笑顔を絶やさず、そう言った。

 

 人間でも、アマゾンでもない。

 

 なら、それ以外の存在としか答えが出ない首席は、彼女に問いを投げる。

 

 

「に、人間でもアマゾンでも、無いだとッ?! まさか、貴様、叫竜人とでも言いたいのか!!」

 

「叫竜人……って、ハハハッ! 全然違う。それは叫竜の姫以外にありえ……"なくはない"けど。でも私は違う」

 

 

 笑みを消し去り、突然その顔を無機質なものへと変える。

 

 

「私はずっと人間を見てきた。幾多の繁栄と、衰退。あらゆる時代で紡がれて来た人の歩みを。歴史を……その"影"から」

 

 

 無機質ながらも微かな感情……おそらく、怒りか。ソレを匂わせる独特な語り口調。

 

 首席は不思議と魅せられ、聞いていた。

 

 

「けど、ここまで退廃するとは思ってもみなかったわ。不老不死が人類の為になると思って貴様らに知識を与えてみたら……このザマだ。心を

捨て、他者との繋がりを断ち切る。機械になってどうする。お前たちがなるべきは真の意味での『人』だというのに」

 

「知識を与えた、だと?! 何の話だ! そも貴様はCode703の番号を割り振られただけの、ただのコドモだった筈……ヴィルム? ナインズが、お前の親衛隊だった? い、いい加減な作り話で私を愚弄する気か?!」

 

 

 人は、目の前で起こる『不都合な現実』を前にすると、それを拒み安寧へと逃げようとする。

 

 今の首席がまさにそれだ。

 

 現実を受け止め切れていない。理解はしているが容認できない。だからこそナオミの話を作り話と断じるのだ。

 

 現にこうしてナインズが彼女に対して好感な態度を示し、ナオミの命令に従って七賢人たちを殺したと主張してるも同然な会話をしているのに。

 

 道化師の馬鹿馬鹿しい遊戯に等しい醜態をする首席に、ナオミはやはり顔を変えず、しかし呆れを孕んだ溜息を吐く。

 

 その目は、どこまでも冷たいものだった。

 

 まるで路傍の石を視界に入れているだけで、正確には見ていない。そんな無関心な冷たさが彼女の双眸の瞳にはあった。

 

 そのせいか一瞬、首席は自分のことを彼女が見ていないのだと錯覚してしまった。

 

 実際、それ自体は間違っていない。

 

 彼女にとって今の首席は石ころよりも無価値なのだ。それでもこうして視線と意識を向け相対して会話をしているのは、あくまで理由がある

 からだ。

 

 逆に言えば、その理由さえなければ、ナオミは顔を合わさず会話をすることもなかっただろう。

 

 "理由"があるか、ないか。

 

 たったそれだけの差なのである。

 

 

 

「"人を人たらしめよ、人であるなら"」

 

「!? ッ……な、なぜ、その言葉を」

 

 

 唐突に紡がれた言葉。

 

 それは知らない者が聞けば疑問しか湧かないだろう。

 

 だが、それを知っている身である首席にしてみれば、ナオミがそれを知っている筈がないと。

 

 そんな首席の慌てふためく様が面白いとでも言っているかのように、彼女は口端を吊り上げる。

 

 先程まで冷徹な無表情を捨てて、代わりに顔に張り付けたのは狂気に歪んだ笑みだ。

 

 

「お前が一番よく分かってるじゃないか」

 

 

 そう言いつつ、この集会場へ入ってから僅か数分。たったそれだけの短時間で元通りに両腕を再生され、もう胸に傷痕は見られない。

 

 手首を左右に倒したり、回したり。あるいは指の関節を曲げたり。

 

 そうやってコキコキと鳴らし、動作確認をする。

 

 そんなナオミを尻目に首席は唯々混乱と疑問が思考を支配していた。それ程までに彼女が先の言葉を知っているという事実が衝撃的で、それ以外のことが頭に入って来ない。

 

 ナオミが口にした言葉は、七賢人が不老不死の技術を獲得する以前。APEの前身となった『白き宿木』という科学機関の組織。の統括者であった男『IV(イブ)』が言っていたものだ。

 

 かつて、白き宿木では孤児を集めて、組織にとって有能な人材を育成・選出するという計画が行われていた。

 

 厳しい試験を勝ち抜いたのは、たったの10人程度。首席もその内の一人だった。

 

 幼い頃の首席にとってIVは父も同然だった。

 

 戦争で孤児となった自分を拾ってくれて、あらゆる学問の知識を与え科学者としての才を見出してくれた。

 

 その恩は、数百年と続く今でも忘れず、しっかりと胸の内にあり、それを誰にも明かすことはなかった。

 

 そんな彼は首席に常々こう言っていた。

 

 "人を人たらしめよ、人であるなら"。

 

 人間であると言うのなら、人間らしくあるべき

 という趣旨の言葉だ。

 

 そして『一体何が人間らしくあるべきなのか? 

 』という問い掛けでもあった。

 

 当時の首席は、その問いに答えることができなかった。

 

 戦争を経験し、その経験の中で家族を敵兵に残虐な方法で殺された彼にしてみれば、人とは獣

 も同然だった。

 

 だから、"人間らしい人"というのが分からなかった。

 

 自身の家族は違ったのかもしれない。だが状況が人を容易に変え、それが時として悪い方向へ進み、あらゆる道徳や倫理。

 

 正しい善性を腐らせてしまうのを、彼はよく知っている。

 

 自身の経験もそうだが、ボランティア活動の一環で数々の紛争地域や治安の悪いスラム街など。そういった場所で醜い人間の欲望が織り成す負の連鎖を見てきたからこそ、彼は人間というものに疑問を抱き、それ故に明確な答えを導き出せかなかった。

 

 結局。首席はIVから与えられた命題に答えられず、とうの恩師は急病によりこの世を去ってしまった。

 

 やがて経済的事情と内部分裂、この二つの不運が重なってしまい、それが元で白き宿木は解散という形で幕を下ろしてしまう。

 

 IVは亡くなる前年、ある技術に関わる知識を成人となった首席に話していた。

 

 『数万度の高熱と莫大な圧力に耐え得る特殊合金の製造法』と、その特殊合金を用いて造り上げた採掘器具や建造物を使用することで可能な採掘技術。

 

これによって入手することができる高エネルギー物質、通称『マグマ燃料』の存在。

 

 そういったIVが誰にも明かさず、その胸の内にあった数々の秘密。それらは首席にしか伝えておらず、この情報を元に首席は自身が持つ財力で白き宿木の後継組織となる『APE』を発足。

 

 マグマ燃料を手に入れ、コロニーとプランテーション。これらに二極化した人類の内の片方を支配する立場に至った。

 

 だが、それももう過去の話だ。

 

 『毒蛇』は、彼を用済みと判断したのだから。

 

 

「せっかくだから、最期くらいこの姿で看取ってあげるよ」

 

 

 そう言ってナオミは……ヴィルムは紫を中心に赤と青の三色の粒子状になり、その姿を変えていく。

 

 やがて現れたのは、一人の男性だった。

 

 短い銀髪に穏やかな笑みを浮かべるスーツ姿の壮年の男性。

 

 それは紛れもなく、『IV』だった。

 

 

「あ、そ、そんな馬鹿な……こんな、こんなことが?!」

 

 

 そっと抱き締める。首席はそれに抵抗することはなかった。

 

 いや、できなかった。

 

 それは紛れもなく父として慕った人物の温かさだった。

 

 死別してから、誰にも知られずに心の奥に押し込んでいた親の愛に飢え求める感情。

 

 それが今、この時に溢れ出てしまった。

 

 

「あ、あぁぁぁ……うぅ、父さん……」

 

 

 仮面がズレて、乾いた音を立てて落ちる。

 

 IVと同じく少しばかり皺のある壮年の男性の顔だった。ただ、その顔はぐしゃりと歪み涙を止め度なく溢れ出ている。

 

 ありえない、自身の死がもう目前だという状況にも関わらず、APEの首席はその威厳を完全に喪失させ子供のように、ただただ父の抱擁を受け入れていた。

 

 

「お眠り、我が子よ」

 

 

 たった一言。IVはそれだけを呟き、首席の身体から青い粒子状のエネルギー……『魂』を放出させ、それを己の身体へと取り込む。

 

 時間はそう掛からなかった。

 

 たったの数秒で完全に魂は吸収され、首席は穏やかな満足げな表情のまま、息を引き取った。

 

 

「そいつ、死んだの?」

 

 

 デルタが訪ねる。

 

 ヴィルムに魂を吸収された後に待つのは『肉体の死』。

 

 生命活動が停止しているのだから、肉体が死を迎えるのは当然の理屈だ。

 

 身体の割に精神があまり成長していないのか。やや子供っぽい部分があるデルタは、魂やそれを吸収するということをあまり理解しておらず

 

 抱擁しただけで息をしなくなった様子の首席を見て、不思議に思ったらしく、それ故の問い掛けだった。

 

 一応、事前に教えられているのだが、彼女は『殺して食べるのと同じこと』と彼女なりに解釈してそう捉えている。

 

 細かく厳密に言えば違うのだが、それを懇切丁寧に説明したところで理解できないだろう。

 

 ヴィルムはそう判断している為、それでいいと捨て置いてる。

 

 

「うん。死んだよ」

 

 

 粒子に包まれるように再びナオミの姿に戻るとデルタに応えた。

 

 声に何も感じられない。

 

 至って淡々とした声音だ。

 

 

「じゃ、コレはあとで宇宙にでも捨てて」

 

 

 既に用はない。"自身の期待に応えられなかった"、無価値な有機物にこれ以上時間をかける必要はない。

 

 無情にそう告げるナオミは、視線を一人のナインズへと移す。紫色の髪が特徴的でナインズの中でもとりわけ背の高い少年に視線を向ける。

 

 

「それが例のやつ? "イプシロン"」

 

 

 ヒロが変身するアマゾンライダーと同一の名を持つ、ナイン・イプシロン。

 

 彼は特に何も言わず、ただ笑みを浮かべて無言で頷くと右手に持っていた白いアタッシュケースを両腕で横に寝かせるように抱える。

 

 そして、ケース上部に備え付けられているセキュリティロックの黒い液晶部位に指を置く。

 

 手袋を嵌めているので指紋認証の類いではない。DNA情報を読み取ることで認証するタイプのものだ。

 

 カシャッ。

 

 弾むような音と共に施錠が解除され、プシュッという空気が抜ける音が連続して吐き出される。

 

 ケースの蓋へと添えたナオミの手で、ゆっくりとケースの中身が開帳の下に晒される。

 

 それは端的に言い表せば、『この世のものとは思えない赤や青、黄や緑など。様々な色彩に染まった宝物』……と。

 

 陳腐でありきたりなセリフに聞こえるだろうが、その物に対してを的確に表せているだろう。

 

 斜め半分に欠けた状態の菱形。その内部は赤や青、黄や緑、紫に桃など。多種多様な色彩が混在し合い気体に似たエネルギーとその色彩の原因である粒子が揺蕩い、蠢いている。

 

 

「んんー? それなーに?」

 

「……何やら、強大なエネルギーの残滓を感じますが……」

 

 

 デルタは訳が分からず。一方でベータは漠然と曖昧ではあるものの、それが冗談抜きで危険なものだということを本能的に察した。

 

 ほんの少し、何ミリという針の穴に糸を通し損ねるという、そんな些細なミスでも周囲に大々的な破壊と死を齎すだろう。

 

 あくまで本能的な勘によるものだが、それでも彼の見解は正しい。

 

 これは、例えそれが"小さ過ぎる欠片"だとしても惑星一個を跡形もなく消し去るには十分なのだから。

 

 

「"スターエンティティの欠片"だよ」

 

「スターエンティティ?! その欠片を何故…………」

 

 

 ナオミの答えにベータが驚愕の声を上げる。

 

 他の面々の反応はそれぞれで違うものの、やはり驚愕の色が見える。

 

 そんな彼等を尻目にナオミは説明し始めた。

 

 

「私が持ってたんじゃないよ。このコスモスで厳重に保管されてたんだ

。気付かなかった? なんで老人共がこんな無駄に高いところに居を構えたのか。単純な話、この欠片の存在を隠蔽する為だったの……叫竜からね」

 

 

 可愛い教え子へと授業の鞭を取る教師のように。したりげな面持ちで悪戯に微笑むナオミ。

 

 

「叫竜は地球の外……より正確に言えば、衛星軌道上の位置からの干渉はできない。"地球と深く繋がっている"から」

 

「? どういう意味だよソレ」

 

「まぁまぁ。それはまた今度話をするよ。今はコレだからね」

 

 

 ガンマが疑問符を浮かべる。言葉だけはその真意が測りかねる問いを投げたのだが、ナオミはそれに対し後回しにスルー。

 

 それをガンマはやや不満そうに顔を顰めるが、知りたいという欲求が強いという訳でもないので、とりあえずそうしよう、という形で気にしないスタンスを取った。

 

 ナオミは、そんなガンマの様子を一瞥すると右手でスターエンティティの欠片をゆっくりと摘み、そしてグッと勢いよく握り締める。

 

 直後。身体から様々な色の光が、オーラが放出されナオミを包み込む

 

 ナオミは感じた。スターエンティティの残滓とは言え膨大なエネルギー量を。

 

 それが自らの身体の隅から隅へと染み込んでいく。この感覚が彼女にとって悦楽に浸らせるほど心地よく、力を漲らせた。

 

 だが。

 

 

「!!ッ」

 

 

 あまりに膨大だったせいか、悦楽の感覚とは全く違う『体を構成するエネルギーの一部が弾き飛ばされる感覚』がナオミを襲う。

 

 それは人間で言えば、"痛み"に類似するものだ。

 

 しかしそれも一瞬。すぐに余裕の笑みを浮かべる。

 

 

「いいね。これなら3(トレー)、4(フェーレ)、5(フェム)までは変身可能になった……残りの形態は五つ。それが揃えば私は"完全体"になれる」

 

 

 瞳を紫に光らせ、笑みを更に深めるナオミは次の計画に向けての策謀を巡らせた。

 

 

 

 







最後の『体を構成するエネルギーの一部が弾き飛ばされる感覚』に関しては、番外編……というか、特別編への伏線になります。

別の作品として投稿しますので、あしからず。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パートナーシャッフル✖️心、満つる。
プロローグ





今年最後の投稿にして、新たなる章の幕開けです。コロナとか色々ありましたが、今後とも最後までこの作品を完走したい所存です! 

それでは、良いお年を!!







 

 

 

 

 

『ふむ。事の顛末は分かった』

 

 

第13都市のプランテーション。数ある職員が利用する部屋の一つで、主に上の報告を行う為の一室。

 

立体モニターを表示する為のシステムがあるだけで、他は何もない。

 

そんな殺風景な部屋にハチとナナ。そして刃が揃ってモニター越しにフランクス博士と相対し、コロニーで起こった出来事。

 

その始まりと顛末を一句間違いなく報告した。

 

 

『しかし、まさかCode703が……のぉ』

 

「……正直、私には信じられません。あの子が……ナオミがブラッドスタークだったなんて」

 

「もっと驚きなのはヤツが人間でもアマゾンでもなかったってことだ」

 

 

動揺を隠せないナナ。そんな彼女とは対照的に鷹山は驚きという言葉に反して淡々とした口調で言う。

 

どういう訳か記憶を取り戻した鷹山は、彼女がナイン・アルファを連れてフランクス博士の研究室から何かを盗み出していたことと、ナイン

・アルファが自分と同じアマゾンライダーで、交戦したこと。

 

そして、ナオミがブラッドスタークであると同時に人間でもアマゾンでもない存在だったという事実。

 

とても信じられないような内容ながらも、それをフランクス博士は勿論ハチとナナにも伝えてある。

 

フランクス博士は納得した様子だったが、ハチとナナの二人は違った。

 

分裂能力を持ち、二つに分かれても精神が同一である為に仲違いを起こすことはない。そして擬態能力で"ナオミというコドモ"に成り済まして数年に渡り潜んでいた人間でも叫竜でも、ましてやアマゾンではない存在など、普通に考えればまともに受け入れられるものではない。

 

おまけに七賢人直轄の親衛部隊『ナインズ』のリーダーであるナイン・アルファが実はナオミの協力者で、しかもアマゾンライダーと来た。

 

どう聞いても荒唐無稽のホラ話と切り捨てられるのがオチだろう。

 

正直二人の心境としては"信じられない"と言うのが一番当て嵌まっている感情だろう。

 

だが、どう否定しようとナオミがブラッドスタークだった事実は変わらない。

 

仲間を、13部隊やオトナたちを欺き騙してきた事実もだ。

 

彼女が本当にどれにも属さない謎の存在なのか。本当にナイン・アルファは敵なのか。

 

議論はともかく。起きてしまった事実は認めなければならないし、その真偽の確認もすべきだろう。

 

 

『人間でもアマゾンでもない……しかし叫竜でもないとはのう』

 

 

フランクス博士もそうだ。鷹山から伝えられた情報に関して言えば、信じられないという思いはある。

 

しかし未知に対する探究心があるのも事実だ。

 

もしナオミ……ブラッドスタークが人間、叫竜、アマゾンのどれにも属さない未知の知的生命体だと言うのであれば。

 

機会があれば、じっくりと調べ尽くしたい。

 

そんなことを思う一方で、鷹山という男がこの場においてつまらない嘘を吐くような性格ではないと理解している。

 

なので彼の蘇った記憶…その内容に関しての追求はしなかった。

 

 

「同類であれ、人間であれ。アマゾンは生物の気配を察知できる。叫竜もな。だから言わせてもらうが……アレは、叫竜じゃない」

 

 

気配をきちんと区別することができるアマゾン特有の生体センサーは、ランクの有無に関係なく、どの個体のものであっても優秀だ。

 

鷹山の場合元は人だったという事もあってか、その範囲が通常と比べるとやや劣る。だがそれ以外では至って大差はない。

 

だからこそ分別は十分可能。しかし結果は人間でも無ければアマゾンでも叫竜でもない謎の存在という、不明瞭極まりないものだった。

 

 

「初めてだこんなの。気味が悪いを通り越して虫唾が走る」

 

『ふむ……結局奴の正体は掴めず、か』

 

 

ブラッドスタークだったナオミ。しかし人でもアマゾンでも、叫竜でもない謎の存在だったという事実は、この上もなく不気味で得体の知れない恐怖を植え付けるには十分過ぎた。

 

だが、怯えるだけで終わるつもりはない。

 

怯えて、隠れて、何もしない。それは自らの生死を相手に委ねているのと何ら変わりない。

 

"生きる"という生命としての戦いを放棄したも同然だ。

 

恐怖がない訳じゃない。しかしそれを抱えても、大切な誰かを守る為に戦わなければならない。

 

少なくとも鷹山はそう思っている。

 

内に秘めた決意を誰にも知られず。漏らすこともないまま、鷹山はナイン・アルファのことをどう上に報告するか。

 

その問題をフランクス博士へと投げかける。

 

 

「で、ナイン・アルファはどーすんだ? 言ったとしても『妄言』って感じでジジイ共に切り捨てられるのがオチだぞ」

 

『まぁ、目撃証言がお前一人。しかもコロニー側の人間とあっては奴等も簡単には信じないだろう』

 

 

鷹山はAPEの外側であるコロニー所属の人間だ。それ故に、前々から七賢人は鷹山のことをあまり良く思ってはいない。

 

協力関係にあるのは、あくまでコロニーの力が必要だと合理的に判断しただけで、心情で言えばコドモと同じく"旧人類"と見下している。

 

そんな彼が何をどう説明したところで、碌に相手などしないのは、目に見えている。

 

 

「何か案はないのか?」

 

『ワシの口から言うても内容が内容だ。秘密裏に証拠を集め、突き出すしかないな』

 

 

証拠を集めるというのは基本ではあるものの、相手が相手なだけにそう簡単に残すとは思えない。

 

 

「はぁぁ。にしてもセキュリティどーなってんだよここは。ガバガバのザル過ぎるだろ」

 

『それに関してはコロニーも同じだろう。まぁ、相手が悪過ぎるというのもあるがな』

 

 

意図も容易く侵入されるばかりか、長い間相手側がバラすまで誰一人として気付かず、敵の潜入活動を許すなど。

 

とんでもなく滑稽な話だ。

 

そんなプランテーション並びAPEのセキュリティの杜撰さに対する皮肉を口にするも、フランクス博士は『コロニーも同じだろう』と反論。

 

全くもってその通りである為、鷹山はバツが悪そうな顔をするだけの無言状態にならざる得なかった。

 

結局、全てはナオミの手の平……だった訳だ。

 

 

『とりあえず、ナイン・アルファの件はワシがなんとかしよう。それに次いで重要なことだが……コドモたちの心理状態はどうなっている?

あんな事が起きてしまった以上、何もない筈があるまい』

 

「はい。やはり13部隊全員、各々が程度はどうあれ精神的なダメージを負ってしまったのは確かです」

 

「特にイクノ……Code196がかなり塞ぎ込んでしまっています」

 

 

ハチとナナの報告にフランクス博士は難しそうな、あるいは困ったとばかりに『うぅぅむ』と唸り漏らす。

 

イクノはナオミと一番親しい仲だった。親友と言ってもいい。そんな間柄だったのに、ある日突然、何の脈絡も予兆もなく、告げられ突き付けられた真実。

 

頭で、心で受け入れるのは決して容易い事ではない。

 

間違いなく癒えない傷を負ったのは事実だ。

 

そんな彼女と同様に深い傷を心につけられたゾロメは、ナオミが敵だったということもあるがそれ以上に心を抉ったのは、ケンゴがアマゾネストとなり、妻子を喰らったという現実だ。

 

 

「博士。このままの状態が続けば、叫竜討伐に支障が出ると考えられます」

 

『分かっておる。だから重要な事だと言ったのだ。しかし……心の傷とは、身体のように治るものではない』

 

「同感だ。これはもう立ち直れるだけの理由……それを得る為の"キッカケ"が必要だ」

 

 

人の心とは、身体のように時間の経過と共に完治する訳ではない。

 

耐えられない現実に心が打ちのめされ、傷が付けられてしまったのなら、そこから立ち上がることができずにただ沈黙し、這い蹲るしかなくなる。

 

そこから脱する為には長い時間をかけるよりも"もう一度立ち上がれる理由"が必要だ。

 

それを2人が見つけられるかどうか。問題とすべきはここだろう。

 

 

ピピッ

 

 

『ん?』

 

「緊急入電?」

 

 

機械的で単調なリズムの報を知らせる音が3人のいる部屋、そしてフランクス博士がいる研究室の双方のモニターから鳴り、画面中央部に白く長方形状のウィンドウが表示される。

 

どうやらLIVE中継の配信映像で、APEの上層本部……七賢人たちがいたコスモスからだ。

 

その為、こちらの任意など関係なく、映像が開始される。

 

「こ、これはッ!」

 

「ッ?!」

 

「おいおい……」

 

『………』

 

 

それを見た各々の反応は、共通して驚愕という言葉がよく似合うものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

コスモスは地球の衛星軌道上にある要塞であると同時に、七賢人たちの本拠地でもある。

 

それはつまりAPEという組織にとって、そこは神聖な場所であることを意味している。

 

七賢人たちと、彼等に認められたオトナでしか立ち入ることを許されない領域。

 

その領域内にある一室にて、七賢人たちが宇宙が映る大窓をバックに並び立ち、その中央には彼等のトップである主席がおり、ここまでは別段驚くべきことではない。

 

前にあった13部隊の入隊式の時も、主席は中央の位置にいた。

 

主席なのだから、そこに何の問題もない。

 

問題なのは……Code703の番号を持つ、ナオミという一人のコドモが、恐れ多くも賢人達の御前にいることだ。

 

しかもその格好は、七賢人が着る法衣とよく似たもの。これではまるでナオミこそが七賢人と同格、あるいはそのものである、と。

 

傲慢にも主張しているかのように見えてしまう。

 

しかしとうの七賢人たちは何を言うでもなく、ただ無言でナオミの様子を伺い佇んでいるだけだった。

 

 

「う〜ん……面白半分に着てみたけど、まぁアレだね、うん。クソダサいわ」

 

 

パチンッ。

 

中指と親指を合わせ、そして弾くことで奏でられるフィンガースナップの音色。その音に呼応するように法衣は紫の粒子となって消え去る。

 

代わりにパラサイトとしてミストルティンに居た頃の制服姿に一張羅を整え、背後に並び佇む賢人達に目をやる。

 

その視線は、暖かみを一欠片でさえ感じさせない程に冷たいものだった。

 

 

「さてさて。なるべく"ウェルナー"にはバレないように……あと鷹山さんも。きちんと隠しておかないとね」

 

 

七賢人は、既にこの世にいない。

 

今こうしてナオミの目前に並ぶ彼等は七賢人の外面だけを模した……というより、着ていた法衣を纏っているだけの傀儡に過ぎない。

 

中身は全員試験型のアマゾネスト。その失敗作である。

 

知性があり、声帯模写が可能である為、七賢人たちの声で他者と会話することができるが、その分戦闘能力は皆無。

 

失敗作たる所以だが、そんな彼等でも七賢人を演じる傀儡には役立つことができる。

 

数も賢人達と同じだった為、使う事にしたのだ。

 

 

「ん? なんか、へんな気配するな〜?」

 

 

気配とは言っても、この場に傀儡を除く他の誰かがいると言う訳ではない。

 

気配の出所は……遥か下。

 

地表上のある座標からだった。

 

普通なら感じ取るなど有り得ない話なのだが、ヴィルムにはアマゾンのように気配を感知する能力が存在する。

 

その範囲は、アマゾンのソレとは比較にならない。こうやって大気圏よりも上に位置する宇宙にその身を置いているにも関わらず、地球上に存在しているであろう何かの気配を感じ取れるのだから。

 

ただ、補足を入れれば、その存在の気配が異様な程に大きいといのもある。

 

その気配は一種のエネルギー波のようなものであり、地球の衛星軌道にあるコスモスからでも届くと言うことは、それはつまり、そのエネルギー波が強大であることを意味している。

 

 

「あ、なんか覚えあるなと思ったら……そりゃ怒り心頭だよね、裏切ったんだから」

 

 

そう言って、ニヤリとナオミは嫌な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

"彼女"にとって、唾棄すべきは欺く事。

 

かつて、彼女は優秀な科学者だった。

 

とても真面目で恋人もいて、それが人類の為になるのだと信じて研究に明け暮れる毎日を過ごしていた。

 

彼女の研究は人を強化することで免疫力や基礎的な身体能力を上げ、まさしく超人へと仕立て上げる『人工的な進化』を目的とした生物学の

一種。

 

彼女の研究が実を成せば、ありとあらゆる難病や危険なウィルスの感染を防ぎ、自然治癒する

ことができた。

 

だが、それを好く思わない輩がいた。

 

彼女の才能に嫉妬し、憎む科学者たちはあろうことか彼女の研究をさも自分の手柄のように取り立て、無実の汚名を着せた。

 

しかし何よりも彼女を絶望に堕とし込んだのは、その科学者の中に、親友がいたことだ。

 

親友は彼女を昔から憎んでいた。その才能を、輝かしい未来を。

 

だから……裏切った。

 

それだけの理由。たったそれだけの理由だとしても、親友が彼女を裏切るのは十分。

 

やがて、学界を追われた。

 

濡れ衣を着せられたまま、汚名のレッテルを貼り付けられたのだから、それは彼女にとってあまりに悲観的で、汚泥を舐めるかのような屈辱

であり、そして……この世を呪いかねない絶望だった。

 

自殺さえ考えていたが、やはり死に切れない。

 

何も為せず、汚名を着せられたまま、無意味に死んでいく。

 

そんな結末を受け入れるなど、認められない。

 

そして。その思いに運命が答えたのか。

 

 

『なら、この手を取るがいい。我が組織は君のような者を欲しているのだ』

 

 

ある秘密結社……そのトップである『首領』と呼ばれし男が現れ、彼女に手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

努力した。認めてほしかった。

 

"僕"は、身体が弱かった。

 

パラサイトとして生まれたのに、その使命を全うできはしないだろう。

 

ガーデンにいたオトナたちは、無感情に口々に言ってたのを今でも覚えてる。

 

悔しかった。情けなかった。

 

だから僕は歯を食いしばって、努力した。

 

無理かな、と思った。

 

諦めた方が楽かもしれない、とも思った。

 

でも結局諦めずに最後までガーデンに残れたのは、"アイツ"がいたからだ。

 

僕はアイツに憧れていた。

 

沢山のコドモたちの前に立って、一人一人番号じゃない"名前"をつけていく。

 

アイツはよくそんな"名前決め"をやってた。

 

普通なら、そんな事はオトナたちが許さない。

 

でも、アイツにはそれが許されていた。

 

コドモの中で揉め事が起こった時も、いつも止めるのはアイツの役目だった。

 

口調。話し方。態度。その全てが和やかなで優しかったからか、アイツが出てくるとどんなに酷い喧嘩でも、すぐに収まる。

 

成績だって優秀な方だった。

 

今でこそ落ちこぼれ(・・・・・)だけど、昔は違った。みんなを引っ張って、導いていた。

 

アイツを見るコドモたちの目には、決まって『尊敬』と『憧れ』が映っていた。

 

僕もそうだった。アイツのようになりたい。

 

だからアイツと一緒に、その隣に立ちたかった。

 

それがあの頃の支えになっていたんだと思う。

 

でも、その努力は無意味になった。失敗した訳じゃない。努力することの目的を見失った訳でもない。

 

ただ、裏切られただけ(・・・・・・・)

 

僕は、尊敬して憧れて、並び立ちたいと思っていた相手に……裏切られた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!!」

 

 

長い独白、とでも言えばいいのか。

 

まるで走馬灯の如く流れていく過去の記憶と、その心境を吐露するような自分の声。

 

それはまさしく夢だったが、過去の記憶をありありと見せられ、自身の心境まで勝手に暴露されたようなその夢は彼……ミツルにとって、悪夢としか言いようがないだろう。

 

 

「ハァ……ハァ……クソッ!!」

 

 

苛立ちが雑言として飛び出す。身体が酷く重く、全身は汗が絶え間なく流れ落ちる。

 

心なしか、身体が妙に熱さを帯びていたものの、いつまでもそうしているわけにもいかず。服を脱いで、近くに置いてあったタオルで出来る限り身体を拭き取ってから部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再来の旅人


なんとか今年初めてのダリアマ投稿一発目が出来上がりました。

話作りって本当に大変です。アニメは話作り(脚本)に加えて絵コンテやアニメーションに使う作画(なんてことのない単調な動きだけでも数千枚はかかる)を作らないと成立しませんし、ドラマは機材の準備やら演じる役者さんの抜擢など。もう本当に色々大変です。

それに比べたら多少はいいかもしれませんが、大変なものは大変。

けど、楽しくて書いているので自分的には幸せで最高です。

今回はアイツがまたもや登場します。







 

 

 

 

 

 

本来なら食堂は、普段とは思えない程に静寂だっただろう。

葬式の時の鎮痛さを孕んだ空気、と言えばいいのか。おそらくソレに近いものがある。

しかし今現状においてそんな空気はなかった…いや、正確に言えば、なろうとはしていたが、訳の分からない不確定要素(・・・・・)によりそうなってしまった、というべきか。

 

 

「……まぁまぁ、だな」

 

 

手に持ったスプーンでコンソメスープを掬い取り、口に運んだその人物は並程度の評価をつけ、今度はすぐ左側にあったライス系の料理へとスプーンを伸ばす。

そして、同じように口に運ぶ。

 

「これは……不味いな。味付けが浅すぎる。そういったのも人の好みだが……それだけじゃなく、コクにパンチが足りない」

 

続いて、野菜炒めにハムのソテーが付け加えられた料理に目をつける。

今度はスプーンではなく、フォークでハムを野菜ごと刺し貫く形で捕まえ、またも口に運んでいく。

 

「これもまぁまぁだな。全く。全体的に成ってない」

 

やれやれ、と。そんな言葉と共に溜息を吐く。

出された料理に難色を示し、文句を言う……実際そうであったとしても

、味をわざと口に出して酷評するというのは、食べる側にとって気兼ねなく堂々と言えることではないだろう。

そうしていいだけの正当な権利があったとしても、だ。

しかしそれは普段から食べている13部隊のコドモたちにこそあって、明らかに大人…それも既に関係者ではなくなっているマゼンタ色のトイカメラを首からぶら下げている男ともなれば、尚更だ。

 

「な、なんであんたがここにいるのよッ!!」

 

「……えーっと……士、さん?」

 

疑問という感情を乗せて叫ぶミクとは対照的に、ココロがその青年の名を呼ぶ。

門矢士。自称『通りすがりの仮面ライダー』を名乗っており、3日前のコロニーでの叫竜戦ではイチゴとゴローの救出に一役買い、その作戦の立案もしてくれた恩人。

その恩人たる人物が、コドモたちよりも早く食卓の席に座り、食事をしているとは一体どういう了見なのか。

誰もが思うであろう疑問。それを逸早く問い質したミクだが、物申したかったのはミクだけではない。

 

 

「アンタ! あの時はよくもあんな無茶苦茶な作戦やってくれたわね!

 

 

おそらく、怒りはミク以上だろう。

食卓のテーブルを両手で叩き、睨みを利かせながら士へと迫る姿は、さながら鬼神の如しか。

そう言ってもいい程に相当キテいた"イチゴ"は、何なら食い縛った歯を剥き出しにガルルと獣染みた唸り上げている。

それだけ彼に対して憤怒を抱いている訳だ。実際あの作戦は成功したからよかったものの、相応のリスクは高く、下手を打てば全滅は決して絵空事ではなかった。

そんな危険を冒すぐらいなら、この命を犠牲にしても構わない。

徹底した、と言える程で歪な、歳不相応な覚悟をイチゴもゴローも抱いていたのだから。

だが。それを持ってしても、門矢士という男を怖気づかせるには、残念ながら至らない。

 

「おかしいな。俺の作戦のおかげでコロニーは救われ、お前…苺大福とノッポを助けることができた。文句を言われる筋合いはないと思うが?

 

「ノ、ノッポ? 俺のこと、なのか?」

 

「何よ苺大福って!! 私はイチゴよ、いい?イ・チ・ゴ!!」

 

「なら苺大福と変わらない。イチゴだからな」

 

彼女の言い分を悉くかわし、フォークでブロック状に切り分けられた肉料理を頬張る士の姿は紛れもなく、傲慢な不法侵入者のソレだ。

盗人猛々しい、とも言うか。

 

「まぁ、結局酷い有り様になったみたいだが」

 

その口振りはまるで、コロニーがあの後どうなったのかを知っているようだった。

士はフォークを持つ手を止めず肉料理を食していく。が、それを遮る者がいた。

 

「よお。美味いか? ここの飯は」

 

ガシッと勢いよくフォークを持った士の手首を掴んだのは、遅れてやって来た鷹山だった。

 

「大半はダメだが、コレはイケる。なんて名前だ?」

 

「さぁな。それより堂々と勝手に入って飯食うってのは、どーゆー了見かなぁ?」

 

ミシリと僅かな音を立てて、握る手に力が込められる。

泥棒紛いに等しい士の行動を無視するほど常識がない訳ではないが、鷹山は鷹山で日頃から非常識的な行為をよくしている為、士のことを言えた義理ではないが。

 

「そう固いこと言うな。お前らの仲間を助けたんだ。これくらいは俺への報酬だと思っておけ」

 

厚かましい。傲慢。

 

そんな言葉が思い浮かぶ程に士の態度は太々しいもので、おそらく何をどう言おうと聞く耳を持たないだろう。

 

「お前、何しに来たんだ? まさかただ飯食いに来たって訳じゃねーよな?」

 

眉間に皺を寄せて、鋭い眼光で高圧的な表情を作る鷹山は、睨みを利かせて問い詰める。

それに臆したという訳ではないが、士はフォークを置き、白い布巾で口を拭いながらここに来た理由を語り始めた。

 

「"プランテーション1個がある存在によって壊滅した"って、言えば大体分かるか?」

 

「!!ッ お前、どこでそれを…」

 

「なるほど。その反応だとそっちも知った訳か」

 

士と鷹山の会話は、コドモたちにしてみれば、疑問符しか浮かばない程に理解が及ばないものだった。

 

しかし。プランテーションが壊滅したという、その一点だけで、ただ事でないのは十分に分かる。

 

「プ、プランテーションが壊滅って……そんな、冗談だろ?!」

 

ゾロメが声を荒げる。確かに信じられないだろう。他の都市のプランテーションには自分達よりも先輩に当たる部隊が配置され、いつでもフランクスを駆り迎撃できるようになっている。

しかし、都市を守る筈のフランクスが何の役にも立たず、都市の破壊を許した。

そんな悪夢のような出来事があっていいのだろうか。

にわかには信じ難い事かもしれないが、それでも。鷹山が何も言ってこないのを考慮すれば、士の語る内容が決して虚偽ではないことを意味していた。

 

「……そう言えば、一人足りないな。あの眼鏡っ子はどうした」

 

唐突ながら、士はコドモたちの中にイクノが居ないことに気付いた。

 

士としては13部隊のコドモらに伝えなければならない事がある為、全員揃っていた方が望ましいのだが、士の問いに対しコドモたちは各々がその顔に陰りを差した。

 

「仲間の一人が敵だった……って、感じで塞ぎ込んでいるのか」

 

士は何気なく言ったその言葉に驚愕が広がる。

 

「別に驚くようなことじゃない。俺は大体分かる」

 

何をもってそう言えるのか。その自信の出所は預かり知らない面々だが、それに構わず士の話は続く。

 

「で、その原因についてはそっちで確認してるのか?」

 

「仮にしてたとして、それをお前に教えてどーすんだよ?」

 

「……さっきのじゃ分からないか?」

 

「大体どころか微塵すら分からねぇよ!!」

 

プランテーション一つが壊滅したことを知っている。だが、それが士自身がここへ来た理由の説明として成立するのかと問われれば、答えはNOだ。

 

しかし士の中ではソレが成立しているらしい。

 

かなり理解に苦しむが、本気でそう思ってるらしい。

 

 

「お前らに協力してやるって言ってるんだ」

 

「……協力して、どーすんだ?」

 

 

士の言葉を信じられないといった様子で投げ返す。

疑念は仕方ないことだ。

正直に言えば、士はイチゴを救出するのに協力してくれた事実こそあれど、それが単純に"助けたいから助けた"といった動機によるものか、

と考えれば"そうではない"という可能性が出てくる。

ただの感情論で行動に出るにはリスクが釣り合わないし、仮に本当だとしたら相当な狂人の類だ。

どちらにせよ、何をしでかすか分からない。

返答次第では、鷹山は士を即捕らえる腹積りでいた。

 

「俺の目的は"この世界での役目を果たすこと"。その為に協力するって話だ」

 

「"この世界"? まるで別の世界から来たみたいな口振りだな。おいおい、まさか並行世界論なんてSF系のフィクションを持ち出して、

自分は別の世界から来たなんて言うつもりか?」

 

並行世界……『if』とも呼ばれるソレは、簡単に言ってしまえば可能性から生じる無数の世界。

もしくは、時間軸とも呼ぶべきものだ。

例えば『今日外に出て、いつもと違う道を行くか、行かないか』という一つの選択肢が生じた際、『行かない場合』と『行った場合』の二つが出てくる。

当然二つの内一つしか選べない。

『行かない場合』を選んだ時、『行った場合』という事実はなくなる。

しかし、その『行った場合』の時間軸が今自分たちのいる宇宙とは全くの別物の宇宙、別個として存在する地球にある。

 

それが並行世界という概念だ。

 

しかし、これは科学的に見て空想の産物に過ぎない。

 

SF系のフィクションのみにしか存在し得ないもの。しかし、士の口ぶりから察すれば、それは決して空想だけの話ではないと。

そう言っているかのようなのだ。

 

「ご想像にお任せする。俺がどこから来たかなんてのはどうでもいい。お前達がするべきなのはこの資料を読んで、対策を取ることだ……ヴィスト・ネクロのボス『十面姫』のな」

 

懐からやや分厚い紙束の資料を出しながら、士は不敵な笑みを浮かべて、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 暴走した十面姫の対処の為に僕達をここに呼んだって認識でいいのかな?」

 

「認識……OK?」

 

賢人達の集会場『ラマルククラブ』改め、ナインズとヴィルムが集う為の『ナインズフロント』には、かつてのナインズの制服姿ではなく、個性豊かな私服を纏った姿のナインズ全メンバーが招集されていた。

 

そして、ナインアルファとその隣に立つピンク色の長髪にライトブルーのマスクで口元を隠し、まるで二又の先端を有する尾を出した少女『ナイン・イオタ(・・・ ・・・)』。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

彼等双方の問いに対し、制服姿のままのヴィルムは答える。

 

「その通り! いや〜まいったよ。まさかあの十面姫がこうも大胆な行動を仕出かすなんて、思ってもみなかったからねぇ〜」

 

紫の円形要素を取り入れた幾何学的な椅子に腰を下ろし、脚を組みながらお手上げだと言わんばかりに両腕上げる動作はまさに困った時にするポーズではあるものの、所詮はユーモラスの類に過ぎず。実際は困窮している訳ではない。

それどころか、演技でもなく素でカラカラと笑ってすらいるのだから、今置かれた状況を楽しんでいる節すらある。

 

「ふむ。その割には…主は楽しんでいるように見えるが」

 

「俺もそう見えるな」

 

水色の着物のように袖の広い服を着たベータと灰色調のスーツに淡い赤の襟が特徴的な服装のガンマの指摘は、彼自身の主観ではなくメンバー全員の総意だ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ナインズ全てのメンバーに緊急招集をかけたのだから、事態はそれほどまでに切迫した状況なのだろう。

しかし、とうのヴィルムに焦りは皆無だ。

 

「十面姫の暴走は13部隊にとっての試練に利用できるからね。あの子達がそれを切っ掛けにどう成長し変わるのか、想像するだけで楽しみが尽きないんだよ」

 

「なるほど。確かに僕も彼等には興味がある」 

 

ヴィルムの言葉にアルファは賛同の声をあげる。

 

「でも〜所詮ニンゲンのコドモでしょ?」

 

首元の周りに白いフリルが付いたライトグリーン調のドレスを着こなすデルタが、少し不満げな様子で言う。

人間とアマゾン。どちらが種として戦闘面で強いか、と問われればアマゾンの方だろう。

動物の遺伝子を取り込み、その能力を自身へと反映させるというのは人間では持ち得ない強みだ。

そもそも人間は他の動物と比べて知能こそ高いが肉体面ではそうはいかない。

何の訓練も受けず、武器がなければ鹿などの草食動物にさえ勝てないのが人間だ。

仮に様々な戦闘技術を長い訓練の末に習得した格闘家の場合であれば、素手の格闘戦で勝つ可能性が見込める。

とは言え、勝てるのは中型犬ほどの大きさのヒョウやそれ以下の大きさ・体重の山猫くらいが関の山だ。

そもそも自然界では奇襲あり、地形利用ありと襲う側に時間・場所・状況などの選択権が存在する為、攻撃を仕掛ける側が圧倒的有利となりやすく、場所による有利不利の違いが大きいものだ。

それを踏まえて考えれば、人間が勝てる可能性は低くなる。

そして、アマゾンの基本的な身体能力は取り入れた遺伝子元の動物の数倍になる。

おまけに人と変わらない知性が存在する。これは人語こそ介せないが、野生下で生きるアマゾンにも言えたことだ。

生半可な戦術・戦略で挑んでも勝てはしないだろう。

人の肉体における可能性というのは、限りなく他の動物に比べて劣等なのは否定できない事実だ。

 

しかし。

 

 

「分かってないな〜デルタちゃんは」

 

「んん?」

 

「確かに人間は弱い。身体的な面で言えば、嗅覚・視覚・聴覚・触覚といった感覚機能や筋力・脚力。どれを取っても他の生き物と劣ってるけど、絶滅したことは一度もなかった」

 

ヴィルムは、それだけではないと語る。

 

「なんでだと思う?」

 

「え、え〜っと……」

 

「コソコソ逃げ隠れてたとか? それならワンチャン生き残れんじゃね

?」

 

振られた問いに答えれないデルタに代わって、ガンマが答えるもヴィルムは首を横に振る。

 

「違うなぁ〜違う違う。そんなんだったら、鼠の方が上手いさ。答えは、知性の発達とそれに伴う感情の進化さ」

 

椅子からゆっくり立ち上がったヴィルムは、大窓の向こう側…その眼下に広がる地球を見下ろす。

 

「人間は動物のように身体的な武器が全くない。硬い物を簡単にへし折る腕力や脚力。獲物の身体に食い込んで引き千切る牙と咬合力。遠くにいるモノを察知する超音波のソナー。身体にダメージを与える毒。そういったものがまるでない」

 

「じゃあ…」

 

「けど!」

 

何か言うとしていたデルタに甲高い声でそれを遮らせたヴィルムは、話は終わりじゃないと続けていく。

 

「代わりに知性を発達させ多種多様な感情を生み出した。それが人の強みだよ。そしてそれは環境に対して生き残る為の知恵を蓄えるのに大いに役立ち、次の世代へと伝えていく。

遺伝子だけではなく、知恵を受け継ぎ、それを更に良い方へと改変させていく。人間以外の生物やアマゾンでは決して成し得ない芸当なんだ」

 

人は生活を良くしていく上で、その為の知恵を技術という形で次代に受け継がせた。

廃れてしまったモノもあるが、そこから更に良いものへと変化していったモノもある。

そうやって人は文明の水準を向上させていき、確固とした生息圏を得るに至った。

天敵さえいないほどの生息圏は楽園に等しかっただろう。

しかし、天敵はいた。

 

叫竜……ではなく、それよりも前から存在していた……『人間』という最大の天敵が。

 

「まっ、でもそれに並行して人を殺す為の武器や兵器が発展していったのも事実だね。人を脅かすのは、他でもない人だったワケだ」

 

「ふむ……まさしく、自らの首を締めるが如し愚かしさ……いや、これは我等にも言えたことだな」

 

人と人が争い、その結果として死ぬというのなら、アマゾンもまた然りだ。

彼等ナインズはヴィルム直属の親衛隊であり、ヴィルムにとって敵となる存在の排除を担っている。

それは人間もそうだが、同種であるアマゾンも含まれている。

というより貴賎や選り好みというものがない。

ヴィルムが消せと命じれば、人であれアマゾンであれ殺す対象となる。

そんな所業をしているにも関わらず、人という種を同族同士で殺し合う愚か存在と。そう断じるのはお門違いと察したベータは、己の発言を心中で戒める。

そんなベータのすぐ側で、"彼"は声を上げた。

 

 

「ヒッ。長い長い話も結構だけどぉ、そろそろ本題に入りませんか〜?

 

 

ブラウンカラーに前の方の右側の髪をボブカットのように切り揃え、それで右目を隠す真紅のノースリーブシャツを纏った少年『ナイン・シータ』は、ねっとりとした口調で本題に移すよう切り込んで来た。

 

そして、それに便乗する声もあった。

 

「シータと同意見なのは癪ですが、私もそう思います。我々をここへ招聘した理由を是非お聞かせ願いませんか?」

 

ナインズの中でも特に大柄なその体格は、コドモと称するには無理に感じ、オトナと呼ぶ方が正しいと錯覚してしまうだろうが、紛れもなく彼もナインズのメンバーであるコドモ。

黒い軍服に金髪をオールバックへと後退させた髪型の浅黒い肌の彼の名は『ナイン・ゼータ』。

目かけだけでなく、単純な戦闘能力と戦術・戦法ではリーダーであるナイン・アルファをも凌ぐ程。

そんな彼に催促されたヴィルムは、思い出したような様子で話の路線を戻すことにした。

 

 

「おっとそうだね。とにかく言いたいのは今回の十面姫暴走の件、君達の出る幕はないから、余計な手を出さないって方向でよろしく♪」

 

「……そ、それだけなのですか?」

 

 

困惑を隠し切れない様子で言ったのは、『ナイン・エータ』。

赤茶色のフードの付いた黒いパーカーには、ドロッとした感触をイメージさせるオレンジ色のうねり模様や飛沫のペイントが施され、顔には同じデザインのペイントがある布で口と頬以外の顔の大半を占めた格好のエータは、なんとかそれだけではないことを祈りながら問いかけるも、結果は変わらなかった。

 

「それだけ。他に何もないさ」

 

"なら何で連絡じゃなくて集めたんだよ……。"

 

ヴィルムの補佐としているプレディカがそんな言葉を心中で零す。

そもそも十面姫が暴走したからと言って、実質的な損失はヴィルムにはない。

今の十面姫は怒りで我を忘れているに近い状態だ。

冷静な思考ができない故に自身を裏切り、アレニスを殺したヴィルムがいそうな場所…プランテーションに目星をつけ、破壊する。

あまりに単純過ぎる思考の下に生まれた理屈で行動しているのだ。

ようはプランテーションに該当するモノを手当たり次第破壊しているのである。

プランテーションをいくら破壊されようと大して問題にはならない。ヴィルムの目的の一つがAPEという巨大な組織そのものを崩壊させる事にある。

最高意思決定にして絶対権力者である七賢人を殺した以上、もはや崩壊させたも同然だが、これで終わりというわけではない。

まだAPEには利用価値がある。

だからこそ、巨大科学国家機関としてAPEは未だ完全な崩壊を迎えてはおらず、その舵をヴィルムが裏で取り仕切っている。

 

「いやいや、直に会わないと分かんないもんでしょ? 冗談の抜きのマジだってことが(・・・・・・・・・・・・・・)

 

和かな笑顔で振り返るが、その瞬間に解き放たれた明確なヴィルムの殺気はナインズ全員の身体へと突き刺さり、あらゆる行為や言葉の一切を封じてしまう。

 

「絶対に手を出さないでね? 私、自分の楽しみを踏み躙られるってのがすっごく嫌いだからさ♪」

 

至って冷静に、普遍的に明るく答える様は、彼女が年相応の少女であるかのように錯覚させてしまう。

しかし、決して彼女は普通の人間などではない。

アマゾンですらない超常然とした謎の生命体『ヴィルム』なのだ。

ナインズの面々に私語を許さない圧倒的な威圧感を出せる時点で、それを物語っている。

 

「ふふッ。分かってくれたなら、それでよし! これで本当に私から言うことは何もないよ」

 

更に笑みを深めて、ヴィルムは殺気を消した。

 

(なんて殺気だ……)

 

プレディカは背中から流れていく汗を止めることができず、ただただヴィルムの殺気に何もできない有り様だった。

怖気付く。今の状態をそう言うのであれば、とても当て嵌まっているだろう。

しかしそれはプレディカが単にそういった気質の持ち主というだけの話ではなく、アマゾンの強者に相応しい気質と実力を兼ね備えたナインズでさえ、プレディカと全く同じように冷や汗を大量に流し、バレないよう配慮しつつ身体を震わせてしまっている。

 

それだけ彼女が恐ろしい存在であるというのが、明白なのだ。

 

 

「さて。どーなるかな〜? あ……ヤツもいるのか」

 

 

楽しそうな気分から一変。不機嫌な気分へと転じてしまった。

 

さながら、ピクニックに出かけようとしたら生憎の雨だった時のような

…まさにそんな心情のソレだ。

 

(コロニーの時は予想外な事態もあって見逃してあげたけど、今回はお引き取り願おうかな。あんなイレギュラーがあったんじゃ、みんなに悪影響だし)

 

やるべき事を予定として組み上げたヴィルムは、この世界に混入したイレギュラー……門矢士を排除する為に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 






感想、評価してくれたら幸いです!






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破壊者と創造者の邂逅



一ヶ月投稿できずにすみませんでした……。

最近、諸々あって忙しかったので……。



 

 

 

 

「で、感想は?」

 

 

ミストルティンのミーティングルームに男の声が広がっていく。

 

その主は、門矢士。

 

13部隊とハチ、ナナ、鷹山の3人を前にパイプ椅子に腰を下ろし、脚を組む姿は太々しいことこの上ない。

 

が、まずもって言いたいのは其処ではない。

 

「ヴィスト・ネクロの発足経緯にそれを仕切ってるボスの十面姫の情報

……4Cが掴めなかったもんをこうも手に入れられるってどうなってんだよ」

 

鷹山の手には士によって纏められた資料としての紙の束があり、そこにはヴィスト・ネクロという組織の詳細な情報が記されている。

 

おまけに写真まで付いていて、これまでに行って来た非人道的でおぞましい悪質さを感じさせる実験の『結果』がありありと写っていた。

 

溶原性アマゾン細胞を完成させるまでに行った、コロニーの幼い孤児を使った人体実験。大半が全身から血を流し、人かと思うほどに身体の組織が崩壊。

 

最終的に人の形を保てない肉塊と化して死亡。

 

更にアマゾネストの兵器化研究では素体となる人間を男女年齢問わず、生体改造などの実験台にし、大勢が犠牲となった。

 

その詳細が綴られた文章を読んで、コドモたちの心中は穏やかなものではない。

 

しかも、そのすべてにナオミが…ヴィルムが関わっているというのだ。

 

 

「大丈夫? イクノちゃん……」

 

「……うん。大丈夫……平気……平気」

 

 

ココロの心配に対し、イクノはやはり顔色が優れず青白く悪い。

 

そして、まるで自分に言い聞かせているように答えている。

 

イクノの精神状態は相当なものだ。

 

 

「なんだよ……これ……こんなもんに……あの人たちは……」

 

 

だが、それはイクノだけの話ではない。

 

ゾロメもまた精神的に来ていた。溶原性アマゾン細胞がいかに悍しく醜悪と唾棄すべきものなのか。

 

その魔の手に、ケンゴは……ハルとハルカの3人の家族は無慈悲に壊された。

 

あまりに惨い事実を前に項垂れるゾロメの肩にミクが手を添える。

 

下手に言葉をかけても無意味だ。それをよく分かっているからこそ、こんな行動でしか彼の心を慰める手段が見つからなかった。

 

 

「……ナオミは、なんでこんなことを……」

 

 

ヒロはかつてのパートナーの所業に対し、どう言えばいいのか。そんな表現しようのない悲観的な感情が渦巻いていた。

 

彼女は言った。『コドモが幸せに暮らせる未来を作る』と。

同時にそれは決して嘘ではないと言っていたが、こんな倫理や道徳といった概念を吐き捨てたような非人道的実験をして、本当にそれが嘘じゃないと言い切れるのか。

 

仮に嘘じゃなかったとしても、決してヒロは認めない。認めたくない。

 

こんなことを平気で行い続けた先にある未来を、受け入れるつもりはヒロにはなかった。

 

それは13部隊のコドモたち全員の総意と言っていい。

 

 

「……ッ」

 

「? ゼロツー?」

 

 

不意に口元を押さえるような仕草をしたゼロツー。何処となく、焦燥感を滲み出したような……そんな顔色を浮かばせていた。

 

 

「どうしたの?」

 

「!!ッ……な、なんでもないよダーリン」

 

 

心配故の声かけにゼロツーは、口元を押さえたままそう言って、そっぽを向く。

 

いつもと違う様子にヒロは再度問いかけようとしたが、それよりも先に士の言葉が遮る。

 

 

「まっ、混乱するのも当然だ。だが現実だってことは認めてもらうぞ」

 

 

有無を言わせない圧の篭った視線と鋭い言葉は、コドモたちに反論する自由を奪ってしまう。

 

士の言うことに間違いはない。

 

冗談でも、悪戯でも、ましてやタチの悪い劇の類いでもなく現実にナオミは敵だった。

 

今更と思うかもしれないが、やはり多少日を跨いだ程度で易々と受け入れるものではない。

 

彼女と親友の間柄だったイクノは……特にそれが強い。

 

 

「ナオミってヤツも問題だが、今見るべきなのは十面姫だ。アイツは今、第13都市を目指して移動している。俺の目立てだと一週間後には

追いつくだろ」

 

「……俺らと一切関係がない訳じゃないが、具体的な理由でもあんのか?」

 

 

この都市に幹部を送り込み、尚且つ胸糞悪く面倒なモノを残してくれたヴィスト・ネクロ。

 

それ以外でもコロニーで戦いを繰り広げはしたが、単にそういったこれまでの因縁だけを理由にここへと襲撃して来るのか?と問われれば、おかしいと言う他にない。

 

十面姫はヴィスト・ネクロを束ねる首領。決して前線には出ず、部下に指示を出して動かす事で目的を達成するのが彼女の行動方針だ。

 

それを捨て去り、組織を束ねる首領がわざわざ単身で出向いて来るなど普通なら有り得ない。

 

何か理由がある筈。

 

鷹山の考えは、その一点なのだ。

 

 

「そこの資料の通りナオミはお前たちだけじゃなく、ヴィスト・ネクロをも裏切った。そのことが引き金となり、怒りの激情に任せて暴走してるって話だ。で、ナオミがご執心のお前らを知ってるとなれば……予想はできるだろ?」

 

 

士の言葉に鷹山自身の抱いていた疑問が解消された。

 

実に単純な話だ。自らを裏切り、幹部を殺した者への見せしめを行うつもりなのだ。

 

"自らの怒りを買った代償を支払わせる"。

 

たったそれだけを理由にナオミにとっては重要な存在である13部隊のコドモたちを始末することで、ナオミに対しての"復讐"を達成しようとする。

 

それが暴走する十面姫の目的。

 

 

「はぁぁ……冗談抜きで面倒なことになっちまったな」

 

 

疲れたような溜息を吐きながら、鷹山はそう愚痴る。とは言え、そんなこと言っても何も始まらないどころか、自分たちが望まない終わりを迎える破目になるので、どっちにしろやるしかない。

 

 

「…仕方ありません。最善を尽くしましょう」

 

 

ハチは鷹山に相変わらずの無表情でそう言うと、端末を操作し前方の巨大モニターへと数時間前に入った緊急入電の映像を13部隊に公開した

 

 

「とりあえずコレを見てもらいたい。第12都市を襲った存在……十面姫の映像だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

燃える。

 

あらゆるものが業火に包まれ燃えている。

 

さながら、地獄の体現とでも言うべきか。そんな光景の中をよく見れば、人らしき黒いモノがちらほらと見える。

 

動かない様子を見るに既に命を失っているようだ。

 

そもそもそれは、人が半分ほど炭化したモノ(・・・・・・)なのだ

。生きている筈がない。

 

 

『あ、ああァァァァァァッッッ!!!!』

 

『熱ッ…ギャアアアアアーーーーーッ!!!!』

 

『た、助け…』

 

 

そして聞こえるのは、第12都市を守る12部隊のコドモの阿鼻叫喚の悲鳴。

 

様々なタイプの叫竜を相手に敗戦することなく勝ち誇って来たベテランに位置する彼らだが、叫竜ではなく、赤い鬼の異形となれば話は違ってしまう。

 

しかし彼等は当初問題ないと踏んでいた。

 

突如として都市内部の地面を砕き、その豪腕で手当たり次第破壊する鬼の異形は叫竜とそう大差ないと。根拠のない自信のせいで高を括っていたが、いざ戦いになるとそれがいかに愚かな行為だったのか。

 

12部隊は、死をもって知ることとなった。

 

1機目は一番槍とばかりに突貫し対象を差し貫こうとするが、尋常ではない握力有する手に捕まってしまい、グシャりと。

 

紙屑を丸める行為の如く、頭を握り潰してしまう。

 

恐怖は一気に伝播した。思わず数歩後退してしまった残りのフランクス4機に対し、凄惨極まる虐殺は始まった。

 

2機目のフランクスが胴体の上と下に泣き別れ、そのまま頭を潰される

 

3機目、4機目は十面姫の十の顔の口から解き放たれた業火に焼き尽くされた。

 

恐怖、混乱、苦痛の三つが混ぜ込んだ救いを求める12部隊の声に耳を傾けて、答える者は誰もいない。

 

十面姫に慈悲はない。慈悲を願って乞うたとしても、そんなこと彼女の知ることではない。

 

収まらない怒りを少しでも鎮める為に十面姫はその対象が13部隊でなかったとしても、手を止めることはない。

 

ただ、ひたすらに。

 

相手の命が消え果てるまで破壊と殺戮を止めるのとはない。

 

そして僅か2分。たった2分で12部隊フランクス全機は修復が不可能なほど大破され、乗っていたコドモたちの生命は恐怖に満ちたまま、終焉を迎えてしまう。

 

これら一部始終はドローンが撮影した映像だが、何らかの原因かそこから先は途絶しており、詳細は不明。

 

そしてこの映像がLive中継だった為、APE本部や全プランテーションに緊急入電として、即座に通達、本部が調査部隊を送り込んだ結果……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第12都市は、その科学の叡智たる威光を失った瓦礫の山と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上が第12都市で起きた事の顛末だ」

 

 

映像を見ながら、現時点で起きている事態に関する情報を口頭説明で話し終えたハチは、最後にそう締め括った。

 

対するコドモたちの反応は大凡予想通りと言えた。

 

何も言わないが、それでも顔には出る。

 

恐怖。混乱。動揺。

 

そのどれもがマイナスなもので、少なくとも正気ならプラスの感情は有り得ないが。

 

 

「あ、あんなの……どうやって……」

 

「どんな敵でも、倒す術ってのは必ずある」

 

 

弱気なゾロメの言葉を遮るように、士は言う。

 

 

「十面姫は見た目通り、もう人間の形をしてない。奴は独自に開発したナノマシンを使って自身の身体を生体改造した。一度や二度じゃない。

何度も繰り返した結果あの姿になった」

 

 

人間の身体を化け物と呼ぶに相応しい姿にしてしまうその所業は、倫理観・人道など塵と同じ無価値なモノと思わなければ、到底出来ない。

 

それを平気で………しかも、よりによって自らの肉体そのモノをあの様な姿に変えてしまうなど、『狂気』と呼ぶ以外にあるのか。

 

 

「見た通り、純粋な腕力やフランクスの装甲を溶かしちまう炎。厄介と言えば厄介だ。だが奴の炎は何度も際限なく吐き続けられるモンじゃない。連続して炎を出し過ぎれば体内に熱が篭っていく。そして限界値を超えると…」

 

「熱暴走で、爆発する?」

 

「正解だ優等生」

 

 

ヒロの出した答えに士は不敵に笑う。

 

 

「意図的に熱暴走させるんだ。ただ、向こうも自分の弱点を理解していない程バカじゃない。まだその程度には理性が残ってるみたいでな」

 

 

十面姫の怒りは、絶頂状態といっていい。

 

下手すれば目に付いたという理由だけで凡ゆるモノを破壊し尽くす程なのだが、それでも、己の弱点を突かれる可能性を考慮できないほど愚蒙という訳ではない。

 

 

「取り巻きがいる。正確な数は不明だがその中にコイツもいた」

 

 

ここで士がナナの端末を乱暴に分捕り、手際良く操作する。あんまりな対応にナナは睨むが、士は気にせずモニターへ視線を移す。

 

 

「! コイツは……」

 

 

真っ先に反応したのは鷹山。映っているのは見間違う筈もないヴィスト・ネクロの幹部ザジス。

 

 

「た、たしかコイツ、ナオミと戦って……ナオミが倒した筈……だよな?」

 

「う、うん。俺も見てたし」

 

「まさか…生きてたの?」

 

 

続いてゾロメとフトシがそう言い、イチゴが生存していたという可能性を挙げる。

 

そしてそれは的中したものだった。

 

 

「どうやらお前達の中では死んだってことになってるらしいが……生憎とコイツは生きてる。アマゾンは中枢臓器さえ無事なら、例え臓器だけになってもそこから数週間程度の時間で五体満足に復活できる。ようはその中枢臓器が破壊されずに生きてたんだろ」

 

 

普通の生き物なら、間違いなく上と下に身体が分断されてしまえば死ぬだけだが、アマゾンの生命力は既存の生物のソレを超えたものである。

 

アマゾンに成れるヒロと鷹山は何も言わないが、改めて口に出される形で説明されると否が応でも自覚されてしまう。

 

 

「ヴィスト・ネクロの幹部はコイツ一人だけだ。他に二人いたが一人はヴィルムに殺されて、もう一人は俺が倒した。その点に関して言えば

不幸中の幸いかもしれんな」

 

 

士はそう言って端末をナナへと渡す。

 

 

「取り巻きを俺と赤アマゾンが抑え、お前たち13部隊は奴を挑発させつつ追い込んでいけ。そうすりゃ、奴の思考は短絡化して炎を出し続けるしかなくなる……そういう癖の持ち主だからな」

 

「おい。赤アマゾンってなんだよ。鷹山だ俺の名前」

 

 

十面姫討伐作戦の内容を分かり易く説明すると同時に、鷹山から呼び方に対する批判の声が上がる。が、士はハイハイとばかりに手を振り、軽くスルーした。

 

 

「これでだいたいの方針は決まった訳だが、何か異論はあるか?」

 

「あるぞ」

 

 

コドモたちからは特になかった。しかし大人側である鷹山は異を唱える。

 

 

「なんだ赤アマゾン」

 

「……随分と自信を持って言うがよ、さすがに相手のことを安く見過ぎてないか?」

 

 

呼び方が全く変わってない事に関しては、とりあえず置いておくとして

 

確かに相手がいかに憤怒の激情に駆られていようと、そんな挑発如きで上手くこちらの思惑に乗ってくれるとは思えないだろう。

 

そんな簡単な相手であれば、コロニーもAPEもヴィスト・ネクロに苦労させられることなどなかった筈だ。

 

 

「上手くいかなった場合のプランも勿論ある。俺が直接、奴を叩く」

 

 

まさかの脳筋理論である。

 

 

「………………なら最初からお前がやれよ。頭に脳味噌あんのか?」

 

 

額にピキリと血管を小さく浮かばせて苛立ち混じりに鷹山はそう言うが、まったくもって同感できる言葉だ。

 

しかし士は、それを鼻で笑う。

 

 

「これはお前達の物語だ。俺はせいぜいゲストに過ぎん。俺が直々に手を下すのは万策尽きてどうにもできなくなった時(・・・・・・・・・・・・・・・・・)だけだ」

 

 

物語。そんな戯言を嘯く士の顔は、しかし馬鹿にするような含み笑いなどなく。

 

あまりに真剣な目で、堂々と言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

十面姫ではないが、叫竜が13都市に接近しているとアナウンスが伝わり、同時に警報がけたたましく鳴り響く。

 

コドモたちはフランクスへ搭乗し、すぐに迎撃へと向かったが……

 

 

「ぐっ! ハアアアアァァァァァッッ!!」

 

 

イチゴの指揮を待たず、ミツルとイクノが搭乗する『クロロフィッツ』が先走りを始めてしまう。

 

 

『ミツル! 勝手に行動しないで!!』

 

 

イチゴがデルフィニウムを介してそう叫ぶが、それに聞く耳を持たず。

 

目標である叫竜は四足歩行で移動しており、その形状は動物の象に似ている。あの長い鼻を彷彿とさせる管のような器官に加え、団扇のような象の耳まである。

 

眼球はないが、それと同じ役割を果たすと思われる長方形型に引き伸ばされたバイザーが青く光っている。

 

そんな象型叫竜に向けてクロロフィッツは、ウィングスパンからエネルギー弾の雨を炸裂させる。

 

弾は外す事なく象型叫竜に当たっていくが、とうの叫竜自体にこれと言ったダメージは見受けられない。

 

 

「クソッ!」

 

 

堪らず悪態を吐く。

 

その様子を外から見学していた士は何処か冷めた目で見ていた。

 

 

「これはまた……随分と抱え込んでるみたいだな」

 

 

ふと零す独り言。まるで心の中でも見透かしたような意味深な台詞だが、これはおそらくミツルに対して向けられたものだろう。

 

無論、ミツルに士の人知れぬ吐露が聞こえる筈もなく、彼はフランクス内のマグマエネルギー全てを利用し強力なエネルギー砲を放つ気でいる

 

その為のチャージを今始めたところだ。

 

 

「……全く。世話の焼けるガキどもだ」

 

 

そう言って士は右側にオーロラカーテンを展開する。直接フランクスに入ってミツルを止めようとしたのだ。

 

戦闘中で激しい行動をしていても、士の空間移動をもってすればノーリスクで入り込めてしまう。まさにチートのソレだ。

 

 

「けど、そこが彼等のすごく素敵なところなのよ」

 

 

すぐ隣から声がした。

 

士の独り言に応えるその声の主を士は知っていた。

 

 

「ナオミ……いや、ヴィルムと言った方がいいか?」

 

「どっちでもどーぞ。通りすがりの仮面ライダーさん」

 

 

かつて。Code703という番号と、ナオミという名を貰った少女は軽薄な笑みを浮かべて、士の二つ名を口にしながら何気ない挨拶を交わした

 

世界の破壊者と世界の創造者。まさに対極に位置する二人が今、邂逅を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴィルムvsディケイド




連続投稿です。




 

 

 

 

 

 

両者の間に緊迫した空気が流れる。

 

片や、世界の破壊者とも呼ばれる旅人。

 

片や、新しき世界を創ろうとする人でもアマゾンでもない存在。

 

両者はここに改めて邂逅を果たしたのだ。

 

 

「初めまして、だね。こうして会うのは」

 

「まぁ、お互い知ってるけどな」

 

 

何気ない会話を交わす。しかし空気は依然として緩くなどならない。

 

 

「単刀直入に言うけど、この世界から出て行ってくれない? この世界は貴方の目を引くような特別なものはないわよ?」

 

「ご親切にどうも。だが、それを決めるのは俺であって、お前じゃない

 

「……うん。まぁ、仕方ないね」

 

 

諦めたように一つ、ナオミは溜息を吐く。

 

そして腕に着けている腕輪を起動させる。

 

 

「アマゾン」

 

 

その言葉と同時に腕輪から赤と青、そして紫の粒子が放出され彼女の身を覆い尽くす。

 

しかし、その間はほんの一瞬に過ぎない。

 

粒子は容易く消え失せ、ナオミの代わりに彼女が変身した紫色のアマゾンライダーの姿が、そこにはあった。

 

仮面ライダーアマゾン・ヴィルム、フェイス1。

 

 

「変身!」

 

 

士は予め付けておいたディケイドライバーにカードを装填。ディケイドという活気な電子音声と共にマゼンタ色のエネルギープレートが頭部に深く突き刺さり実体化。

 

仮面ライダーディケイドへと姿を変えた。

 

 

「まずは小手調べだ……フンッ!」

 

 

腰に備えられていたライドブッカーを手を当てそのままガンモードへと変えると何発か発砲。

 

エネルギーではなく実弾だが、それでも並の怪人ならダメージを負う位には威力はある。

 

 

「フフッ」

 

 

何処か呆れを含んだ笑みを零すヴィルム。

 

背中から紫色の炎に似たエネルギーのマントを展開。赤と青の粒子によって彩られたそのマントをくるりと翻し、己の身を隠す。

 

すると実弾はマントと接触した瞬間蒸発。

 

ヴィルムの身体に届くことすらなかった。

 

 

「この程度で小手調べ? にしては安過ぎない?」

 

 

ナオミの口調でそう断言すると共に今度は自分の番、とでも言いたいのか。親指をクイクイっと自分へ向けるジェスチャーを送り、一気に急接近すると前腕からフレアカッターを放出。

 

炎の刃で斬りかかるがそれをソードモードへ移行したライドブッカーの刃が止める。

 

無論、ただでは防げない。

 

実体のない炎を実体ある金属で切り裂こうとしても無意味なように、防ぐ事もできはしない。

 

 

「!!ッ」

 

「驚くなよ。知ってるだろ?」

 

 

ライドブッカーの刀身をオーロラカーテンで包み込み、フレアカッターを別次元へと送るという、まさに常識を超えた埒外な方法でヴィルムの攻撃を防いで見せたのだ。

 

僅かに生じた隙を見逃さず、ディケイドは素早く蹴りを一発打ち込む。

 

おかげである程度引き離す事ができたが、別段好転した訳でもなく。振り出しに戻っただけというのが正しい。

 

 

「やるねぇ。さすが世界の破壊者なんて言われるだけはあるよ、ホント」

 

「そうかい。なら特別サービスだ」

 

 

そう言ってディケイドは一枚のカードをドライバーに装填する。

 

 

『KAMENRIDE AMAZON!!』

 

 

電子音声と共にディケイドの姿が変わる。

 

いくつもの白い影がディケイドへと折り重なることで変化したその姿は、深い鬱蒼とした森林を想起させる緑の体色に生物の血管か。あるいは傷跡のように見えなくもない赤いラインが奔り、首には白のマフラーをつけている。

鷹山やヴィルムと同じアマゾンライダーと呼ぶべき姿が其処には在った

 

 

「アマゾンにはアマゾン……ってな」

 

「なるほど。それが別世界のアマゾンライダー

ってわけ……まぁ、意味ないけどォッ!!」

 

 

あくまで自分の方が圧倒的だ。

 

傲慢さを隠さない言葉からは、そう言いたいのがよく伝わって来る。

 

しかし、ディケイドを……レジェンドライダーの一角を担う仮面ライダーの力を舐めてはいけない。

 

迫り来ては猛烈な威力を込めたパンチを放って来たヴィルムに対し、ディケイド・アマゾンはそのパンチを掴み、掴んだ手とは反対の腕に備わっているアームカッターでヴィルムを切り裂く。

 

 

「!!ッ」

 

 

一瞬動揺を見せた。その隙に獰猛な口部を使い攻撃する技、ジャガーショックでヴィルムの首元へと噛み付く。

 

 

「グゥゥッ!! 離れろォォォッッ!!!!」

 

 

鳩尾狙いの膝蹴りで引き離そうとするが、その寸前でディケイド・アマゾンは口部を離し、跳躍。

 

一旦距離を取ると、すかさず蜥蜴のような姿勢で地を這ってヴィルムの目前まで駆ける。

 

ヴィルムは拳を振り上げ、アマゾン・ディケイドの頭部へ喰い込ませようと繰り出す。

 

一発でも当たればディケイドとは言え、かなりのダメージを喰らってしまう危険性があるだろう。

 

しかしアマゾン・ディケイドは拳を難なく回避してしまった。

 

それどころかすれ違いざまに右脚の太腿と同側の腕を切りつける。

 

 

「チィッ!」

 

 

しかしこの程度では大したダメージにはならない。最初に受けた傷も今では容易く再生し、跡すらない。

 

それでも入れられたと言うのはヴィルムにしてみれば屈辱ではあるし、苛立ちを覚えたりもする。

 

故に忌々しげに舌打ちを鳴らす。

 

 

「どうした? この程度か?」

 

 

立ち上がり、来いよと人差し指を曲げながら挑発するアマゾン・ディケイド。

 

首をコキリと鳴らし、ヴィルムは何も言わず無言でドライバーのグリップを握り二度回す。

 

 

『ヴィルム……フェイス3』

 

 

正直に言えば、舐めて掛かっていた。

 

だが実際、直接戦ったことでディケイドの実力は自分の想定をゆうに超えていた。

 

フェイス1でも、2でも勝てないと踏んだヴィルムは新たに得た三つの形態の一つ、フェイス3への変身を選択した。

 

その姿はアマゾン・ディケイドやアマゾン・イプシロンと同じく真紅の複眼。

 

顔や全身に刺々しい意匠を顕にし、両腕両足は黒い外殻のままだが胸腹部の強化外殻プロテクターは複眼と両手は同じく真紅に染まっている。

 

そして背中には一対の蝙蝠の翼が生えていた。

 

アマゾン・ヴィルム、フェイス3。

 

その身に保有する遺伝子は『グレン・オオチスイコウモリ』

 

 

「ハァァ……この姿になると無性に抑えられなくなってしまうな」

 

 

呑気な口調でそんな事を宣うヴィルムは次の瞬間、音もなくアマゾン・ディケイドの背後に回り込み……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その首筋に喰らいついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

クロロフィッツのウィングスパンから放たれるの高エネルギー砲は、間違いなく破格の威力を誇る代物だ。

 

余波で地面が削れながら一直線に叫竜へと向かっていく様は、荒れ狂う猪突猛進を体現した獣だろうか。

 

叫竜は反撃する暇もなく、それを受けて身体の大半がコアごと吹き飛んでいく。

 

コアさえなくなれば、後は死が残るだけ。

 

間違いなく生命活動を停止させられた叫竜はバラバラになり、青い血液を滴らせながら残骸として散乱。

 

 

「は、はははは! やった! 僕だって、やれば……できるんだ!!」

 

 

成果を出せたという事実は、それ自体はどのようなものであれ、喜ばしい事には違いない。

 

幼少の頃は身体が弱く、成績もそれほど優秀とは言えない自分がこうしてフランクスに乗り、

単独で叫竜を倒せた。

 

結果という点だけ見れば、これはコドモとしての性能を……価値を示せた。

 

しかし過程はそうはいかない。

 

 

「はぁッ、はぁッ、はぁッ、はぁッ……!!」

 

 

イクノは荒い息を繰り返し吐き、両眼の焦点は合っておらず唾液が口から大量に滴り、ポタポタと落ちていた。

 

明らかに異常な状態だ。

 

 

『Code326!! 何をしてる?!』

 

 

そんな中、ハチからの通信が入る。

 

「……叫竜を倒したんですよ。コドモとして、当然の責務を果たしただけです」

 

『Code196のバイタルが異常だ! ……リーダーの指示を無視しての独断行為も含めて、君には責任の追及をさせてもらう。いいな』

 

 

プツンッ。

 

 

厳しさを孕んだハチの言葉は、丁度タイミング良く終わり、同時にマグマエネルギーの尽きてしまったクロロフィッツは沈黙。

 

ハチからの指示で沈黙したクロロフィッツをデルフィニウムとジェニスタが肩を貸す形で持ち上げ、都市の格納庫施設へと運んで行く。

 

そんな中でジェスタは……ココロは、心配した様子で表情を映すことのない沈黙してしまったクロロフィッツへ視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……やってくれたな」

 

 

アマゾン・ディケイドが首を片手で押さえつつ、フェイス3へと移行した姿となったヴィルムへそう吐き捨てる。

 

よく見れば胸部や肩に多量の血が付着しており、それは紛れもなく自分もの。

 

首筋をヴィルムに噛まれた際に流出してしまい、着いてしまったのだ。

 

 

「そこそこ美味な血液提供に感謝する。おかげで、"公私"の身体にエネルギーが満ち溢れるようだ」

 

 

一人称が『公私』となり、高貴さを匂わせる独特な口調になったヴィルム・フェイス3。

 

しかし首へ直接牙を突き立て、血を啜ると言う高貴なソレとは到底思えない行為に走っている時点で底が知れたものに過ぎない。

 

吸血行為を"提供"と宣っているのだ。嫌でも分かるだろう。

 

 

「言われても嬉しくないな」

 

 

アマゾンライダーの優れた自己治癒能力のおかげで、首に付けられた傷口はすぐに塞がった。

 

それを確認したアマゾン・ディケイドは、そんな淡白な返事を零す。そして同時に一気に距離を詰め寄ると両腕を交差させ、アームカッターによるギロチンを展開。

 

だが、首と胴が分かれる前に瞬時に消える。

 

次に姿を現したのは背後ではなく、アマゾン・ディケイドの目先から約3mの位置だった。

 

 

「そう急ぐな。じっくり楽しもうではないか」

 

「デートなら他を当たれ」

 

 

どうやら、この姿のヴィルムはスピードに長けているらしい。

 

士の知る限り、スピードに特化したライダーはそう少なくなく、自身もその手合いのライダーと戦った経験がある。

 

そして、その対抗策も持っている。

 

 

「目で追えないスピードなら、コイツの出番だ」

 

 

アマゾン・ディケイドはまたカードを一枚取り出す。

 

その絵柄は、表がカブトムシを意匠した赤い何者が描かれており、くるりと裏返せば同じくカブトムシと思わしきエンブレムが描かれている

 

アマゾン・ディケイドはそのカードをディケイドライバーのバックルに装填し、電子音声が鳴り響く。

 

 

『KAMENRIDE KABUTO!!』

 

 

ディケイドの姿がアマゾンライダーから赤い装甲の機械的な仮面ライダーへと変身を遂げる。

 

名は、仮面ライダーカブト。

 

文字通りカブトムシをモチーフとしたライダーで、その特筆すべき能力は"クロックアップ"と呼ばれる物理法則を超えた超高速移動。

 

 

『clock up』

 

 

カブト・ディケイドがベルトの側面に備え付けられたボタンを押すと、男性特有の低めの声が発せられ、それと同時にカブト・ディケイドの姿

が消える。

 

 

「!!ッ」

 

 

僅か数秒後、凄まじい数の打撃による圧力がダメージとして襲いかかり

、そのあまりの衝撃でヴィルムは無様に吹っ飛ばされ、後方の地面へ倒れ込む。

 

なんだ。何が起きた?!

 

拭えない困惑と混乱が脳髄を揺さぶる。ふと前へ目を向ければ、カブト・ディケイドの姿があった。

 

だが、先程と同じように姿が消える。今度は首を鷲掴みされる感触を覚えつつ、無理やり立たされたヴィルム。

 

すると顔側面に圧力が掛かり、熱く鈍い痛みが奔る。

 

姿こそ見えないが、間違いなくカブト・ディケイドが自身に対し攻撃しているという事だけは把握できた。

 

しかし。その手段方法、不明。

 

原理も理解不能。

 

攻撃している事が分かったとしても、対処法が思いつかない。あるいは頭の中でソレを構築できたとしても、現実的に実現できる条件が不十分であれば、何の意味も為さない。

 

 

「ああ、そこか」

 

「!!ッ」

 

 

とは言え、それはあくまで相手が並程度だったら、の話に過ぎない。

 

ヴィルムはそんな輩とは根本的に違う存在と断言していいだろう。

 

クロックアップ中のカブト・ディケイドを正確に視認し(・・・・・)、そして自身に向けられた拳の手首部位を掴んでみせた(・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 

これにはカブト・ディケイドも仮面の下で、思わず驚愕した。

 

クロックアップは、ある世界における人類の敵『ワーム』という、異星からの侵略者たちが種族として保有する能力だ。

 

単純な高速移動ではなく、自分の中を流れるタキオン粒子を操作し、時間流においての活動を可能にするというもの。

 

その為、クロックアップ中の周囲は半静止状態。酷くゆっくりと動き、弾丸の軌道さえ見えてしまう程だ。

 

次に来る相手の動きが分かってしまえば、避けるなり防ぐなり、防衛など容易い。

 

それがクロックアップ発動のアドバンテージと言える。

 

しかし、その有利性は今、この瞬間に崩されたと言っても過言ではない。

 

 

「簡単なこと。お前の身体の中を流れ循環している粒子は、時間流を自在に移行する特性があるのだろう? 生憎、似たような事は公私も可能だ」

 

 

どうやら原理こそ違えど、同じような事がヴィルムには出来てしまうらしい。

 

おまけにカブト・ディケイドの内部を流れるタキオン粒子が見えるとなれば、もはやその有利性は容易く覆されたと言っていい

 

 

「フンッ!」

 

「グゥッ!!」

 

 

掴んでいた手とは反対の空いた手で、ヴィルムはカブト・ディケイドの腹部へとパンチを繰り出し、僅か程度に怯ませる。

 

そして、その隙を見逃さず、回し蹴りで壁際へと叩きつける。

 

 

「がッ……やってくれるな」

 

「さて。そろそろ幕を下ろすとしよう」

 

 

幕を下ろす。芝居ががった口調とは言え、状況を考えればその意味は容易く分かる。

 

ヴィルムは、ベルトのグリップを回した。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

胎動 part1



3ヶ月ぶりの更新になってしまいました(−_−;)
色々と大変でちょっと悩み事がありましたが、もう大丈夫です。
今後はできるだけ早めに更新していきたいと思います。




 

 

 

 

 

 

『バイオキリング……クリムゾン・ブレイク』

 

 ベルトから放たれるのは、もはや死刑宣告に等しい低めの電子音声。

 フェイス・3のバイオキリング。その最初の犠牲者にディケイドはなろうとしていた。

 

「ふむ。遺言くらいは聞いてやろう」

 

 しかしすぐに始末する気は無いらしい。

 一応、死に行く者に対する礼儀くらいは弁えているつもりなのか。残しておく言葉があるなら

 言え、と。そう宣うヴィルムにディケイドは鼻を鳴らす。

 

「フン。大層な余裕だな。まぁ……いい。一つ疑問なんだが、クロックアップに対応できるほどの力……一体どこで手に入れた?」

 

 先にも言ったがクロックアップとは単純な超高速移動ではなく、時間流を自在に行き来する能力。

 故に非クロックアップの状態にある者の干渉は無意味と化す。カウンターしようとしても、クロックアップの発動者には相手の動作が非常にゆっくりと動いて見える為、動きを読むなど造作もないのだから当然だろう。

 真にカブトの装着だったある男は、クロックアップ状態のワーム相手に、非クロックアップで倒した事がある。

 だがそれは、緻密な計画性に基づいた作戦とクロックオーバー……クロックアップが強制解除となる制限時間のタイミング。この二つを押さえた上で成功できたもの。

 間違ってもクロックアップ状態のままで倒した訳では無い。

 にも関わらず、ヴィルムはそれを実現してしまった。ありえないと断じる不可能が可能へと変換した瞬間と言える程の事象だ。

 クロックアップを正確に目視し、対処する。それを可能とするには、性能向上だけでは説明が付かない。

 

「んん? ああ、単純なことだ。公私の中には取り込んだスターエンティティのエネルギーが

 ある」

 

 スターエンティティ。なるほど、確かにそれを使えばクロックアップに対応するだけの力は得られるだろう。

 しかし、スターエンティティは何処かに封印されている筈。既に場所を暴いて入手することに成功したとすれば、その時点で詰みなのだ。こうしてわざわざ自ら始末しに来てる事を考慮すれば、まだスターエンティティを手中に収めてはいないだろう。

 

「もっとも、欠片に過ぎないがな。だがそれでもお前を殺すには十分」

 

「十分……だと。舐め腐られたものだ」

 

 散々言われてこのまま無様に負ける気は更々ない。その意思表明とばかりに立ち上がったディケイドは、再びカードを取ろうとライドブッカーに手を伸ばす。

 

「悪足掻きか」

 

 それよりも早く繰り出されたのは、深紅のエネルギー刃。

 

 三日月状のソレはさながら断頭台の刃の如くディケイドの首を狙い、一直線に向かって来る。

 瞬間。赤い影が割り込んで来たかと思えば、エネルギー刃が縦に分かれ、そのまま左右別方向へと向かって行き爆散。エネルギー刃を叩き割った赤い影は、エメラルドの複眼をギラつかせて低い声を出す。

 

「どーもこんにちわ。んでもって死ね」

 

 挨拶という名の死刑宣告を吐き捨てた赤い影……アマゾン・アルファは、凄まじい殺気をヴィルムへと叩きつける。

 

「これはこれは……随分怖い歓迎があったものだ」

 

「おい、立てるか?」

 

 視線を外さず、ヴィルムのジョークに耳を傾けずスルーしたアルファは自身の背後でダウン気味のディケイドへと声をかける。

 

「なんとかな」

 

 素っ気なく返し立ち上がる。まだダメージが残っている為多少はふらつくものの、所詮すぐに慣れてしまう。

 

「ふむ……ディケイドを仕留められなかったのは惜しいが、ここは退くとしよう」

 

 ヴィルムが選んだのは撤退だった。

 無論、それを許すつもりがないアルファは自前の瞬発力で一気に距離を詰めてヴィルムの首をアームカッターで刈ろうとする。

 

「惜しい。もう少し速ければ届いていたかもな」

 

 その前にヴィルムが肉体を粒子化させ胡散。それによってアームカッターは首を切断する事なく、宙を切るだけに終わってしまう。

 

「チッ。切らせろよ」

 

「悪いが無理な相談だな」

 

 ふと零した愚痴に少し離れた距離で実体化したヴィルムがそう答える

。首を容易くやってやる程、ヴィルムは聖人などではないし、そもそも首をくれてやるなど正気の沙汰ではない。

 

「……あまり本調子にはなれんのでな。殺すのは無理でも拘束はさせてもらうぞ」

 

 そう言って、ヴィルムは片手を伸ばす。それ自体は何ということのない行為で、別段掌から何かが出ると言う訳でもなかった。

 咄嗟に警戒し、腰を低くいつでも駆けられるようにしていたアルファは内心怪訝に思ったのだが、すぐにその意味を知ることになった。

 

「ぐ、ああぁぁッ!!」

 

 ディケイドの苦悶に満ちた声。それを聞いてアルファが振り返ると、全身を紫の炎のようなエネルギーが噴き出しているディケイドの姿がエメラルドの複眼に映り込む。

 

「こ、これは……あぁッ!!」

 

 何とかしようとするが、どうしようもない。

 最初は各部位から出ていた炎は瞬く間にディケイドの全身を包み込んでしまう。その頃にはもう、ディケイドの声はなかった。

 

「死にはせん。が、この世界から消えてもらう」

 

 そう言い、開かれた掌をグッと握り締めるヴィルム。瞬間、そのエネルギー諸共ディケイドの姿はそれが幻影だったかのように一切の痕跡も残さずに消え失せてしまった。

 

「どうなってる?! 何をしたァァッ!!」

 

「そう喚くな。座標の異なる空間に送り込み拘束したに過ぎん。今この場で殺せない以上、こうでもせんと余計な介入をして来るからな。では

、いずれまた会おう」

 

「待て!」

 

 アルファの制止を意に介さず、ヴィルムはその身体を粒子状へと変換させ逃亡。残されたのは、アマゾンの変身を解き、悔しさを滲ませる鷹山だけとなった。

 

「クソッ……また逃しちまった」

 

 悪態を吐くが、ヴィルムという存在自体が異質過ぎるイレギュラーだ。

 ヴィルムが本気を出せば、アマゾンとしての感覚など役に立たなくなる

 気配。臭い。痕跡。それら全てを残さず感じさせず、また認識することさせずにその寝首を掻く事など、ヴィルムには造作もない事。

 敢えてわざと門矢士の前に現れたのは、自身にとっては害虫に等しい門矢士の駆除を目的としながらもスターエンティティを取り込んだ己の性能を試す実験を兼ねた思惑の為に過ぎない。

 そんな相手では、遅れを取ってしまうのも無理はない。ともあれ、一つだけ確かな事がある。

 生死はどうあれ、門矢士が今後この世界に介入することは……無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁぁ…………マジで消耗半端ないなぁ」

 

 拠点であるコスモスへと戻ったヴィルムことナオミは、ラマルククラブに設けられた生地が赤く外枠が白い椅子へと腰を下ろし、深い溜息を吐き出す。

 スターエンティティという僅かでも強大なエネルギーを得て運用した自身の性能自体は申し分ないのだが、僅かであるが故に消費が激しく、

 安定していないせいで身体に負荷が掛かってしまう点が見受けられた。

 これではフェイス2以上のフェイスは今後二、三回程度しかできないだろう。

 

「……やっぱり必要だね。スターエンティティ本体が」

 

 この問題の解決は生半可な代替案などでは解決できず、やはりスターエンティティそのものを何としてでも探し出し、手に入れなくてはならない。

 

「失礼します」

 

 自動ドアが開き、平坦な声が室内に響く。

 その声の主は銀髪をストレートに伸ばし、口元を黒いマスクで覆った一人の少女だった。

 ゼロツーやナインズが纏う赤いパラサイトスーツによく似たスーツの上に白衣を纏い、口元を含めた顔の下半分をマスクで隠してはいるが、何の感情も湧いていない無機質な雰囲気が嫌でも伝わって来る程にテンションは平坦で、向ける眼差しには暖かみとは真逆の冷たさを垣間見せている。

 彼女の名は『シャジュ』

『ルージュ・セルヴァン』と呼ばれるシリーズのクローン技術で鋳造された人間である。

 シリーズとあるように彼女以外にも何十体もおり、ナインズたちの補佐や監視を主な任務としている。

 ルージュ・セルヴァンはその全てが少女で構成されており、その逆に戦闘方面での戦略実行と補佐を行なっている男性版の『ノワール・セルヴァン』と呼ばれるシリーズが存在する。

 いずれにしろ、役割や性別は違えどクローン人間という点では、ほぼ同じ存在と言っていいだろう。

 

「例の暗号解読に半分ほど進展がありました」

 

「半分ねぇ〜……まぁ、そん位は掛かると思ってたけど、まだ半分か〜」

 

 嘆くしかないとばかりに天井を仰ぎ、手を顔に置いては不満を惜しみなく吐き出す。

 あの日、13部隊の前例のない休暇という日に廃屋の館で手に入れた"スターエンティティの真の在処"がデータとして収まっているUSBメモリ

 その"本物"の中身は幾重にも複雑な暗号化のセキュリティによって守られており、解読は困難を極めていた。

 

「まぁまぁ、上出来と言っておくよ。けどね〜半分じゃダメダメだよ。アレはきちんと完全に解読しないと分かんないからね」

 

「そんなことは分かってます。今、解読班が頑張って取り組んでいるのですらから駄々を捏ねないで下さい。ウザいです、控えめに言って」

 

「えぇぇ……それで控えめなの? 充分辛辣じゃん〜!!」

 

 クルクルと椅子を回し、不貞腐れる。

 その姿からはヴィスト・ネクロやAPEを欺き、見事手玉にとってきた悪しき黒幕としての格も雰囲気もあったものではない。

 そんな彼女の姿に呆れたのか。あるいは怒りを覚えたのか。両眼目蓋が細くなったシャジューの視線から逃れようとすぐ話題を切り替えた。

 

「と、とにかく! 解読班を仕切ってるエータに伝えといてよ。『なるべく早く頼む』ってさ」

 

「善処します。では失礼します」

 

 決して了解とは言わず、限りなく近いが遠い類の返答をする彼女は、やはり無表情でその場を後にする。

 終始表情を変えないその無機質な姿勢はナオミから見れば、生真面目過ぎて面白味に欠けていた。しかし、それでも彼女はAPEのヒトモドキとは比較にならないほど人間味のある個性の持ち主だ。

 少々毒舌混じりだが、上であれ下であれ、それこそ事実上トップの者であるナオミに対しても

 こうするべきという意見があればハッキリと口に出して指摘し、様々な事象や対処における行動力も他の『ルージュ・セルヴァン』にはないものがある。

 そう言った面はナオミにとって実に好ましいと思えた。

 

「邪魔者のディケイドは消えた。ディケイドなしでどう足掻くんだろう……ふふ、あははは! すっごい楽しみなんですけど!!」

 

 嬉々として笑う姿はまるで、楽しい事を前に浮かれる子供のようだ。

 もっとも。彼女の言う楽しみとは残酷を絵に描いたものだが。

 しかしそれを指摘する者などおらず、ナオミはただの少女のように活気よく笑う。

 笑って、笑って。ひたすら笑い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、あんなことしたの?」

 

 普段ならコドモたちが談笑する宿舎のラウンジだが、今回に限ってはそんな空気はない。

 何故か、問われたなら原因は一つしかない。

 イチゴに睨まれながらも表情を変えない一人の少年……『ミツル』にあった。

 

「その件に関しては既にハチさんに言いました。わざわざ貴方に言う必要ってありますか?」

 

「私は隊のリーダーよ! 理由を聞かないなんて無責任なことはしないし

、何よりイクノにあんな無茶をさせて、黙ってるなんてありえない」

 

 部隊のリーダーだから。そして仲間が仲間を傷つけたも同然な行為を見て何もしない道理は、彼女にはない。

 だが、そんな彼女の思いをミツルは鼻で笑う。

 

「でも倒せたんですよ? それに僕らは命がけで戦ってるんだ。多少の無茶は大目に見てほしいですね」

 

「そんな言い訳ッ!」

 

「事実、ヒロは無茶し放題じゃないですか。彼は良くて僕はダメなんですか?」

 

 そう言われると、イチゴは言葉が詰まってしまう。今までを振り返ってみれば、確かにヒロはかなり無茶をしている部類に入る。

 しかし、ヒロには多少の無茶をできるだけの理由がある。

 

「ああ。ダメだな」

 

 コドモたちの会話に鷹山が突如入って来る。その面持ちは気怠げながら目に宿す眼光は鋭さを帯びていた。

 

「あ、鷹山さん」

 

「独りよがりのバカを俺は結構見てきたが、ミツル坊ちゃんもその類だったとは。いやはや……これは、ねぇ」

 

「……随分はっきり言ってくれますね。何が足りないと言うんです?」

 

 やや棘の篭った反抗的意見がミツルの口から出てきた。

 いきなり話に割って入ったというのもあるが、それよりも鷹山の言動自体が癪に障ったからだ。

 まるで、ミツル自身を否定しているかのような。独善的な愚者だと罵っているに等しい鷹山の言葉がミツルの琴線に触れたのだ。

 そんなミツルに対し、鷹山は答える。

 

「ヒロはアマゾンライダーになれる。通常のアマゾンよりもスペックは高く、アマゾンとしての再生能力や治癒力も通常個体より抜群だ」

 

「だから無茶していいと?」

 

「そうだ。人間とアマゾンとじゃ、色々違うんだよ。そこら辺はもう解ってると思ってたんだが?」

 

 人間とアマゾン。例えばの話、双方共に戦闘経験や技術を持たない人と獣人が戦えば、一体どうなるのか。

 答えは単純……獣人が圧倒的だ。

 スペックが違い過ぎるという点が最大の理由であり、知恵を存分に活かした戦術でカバーしない場合を除いて、どうにもできない圧倒的な種としての差だ。

 おまけにアマゾンライダーはその上を行くというのだから、ますますまともにやり合って勝てる相手ではないことは明白。

 

「だからなんですか。そんなことが理由になるとでも?」

 

「事実を言ってるだけだが? そもそも無茶をしたのはイクノの嬢ちゃんであって、お前じゃねぇよ」

 

 鷹山は、反論する暇も与えず続ける。

 

「正確に言えば、お前がさせたってのが的確か? 人様の力をさも自分の物のように誇れる精神は、ある意味見事だな」

 

「ッッ……それでも! 叫竜を倒せたのは事実です!」

 

「ああ。そうだな。全部イクノの嬢ちゃんのおかげだ」

 

 徹底的にミツルを否定する鷹山。

 だが、彼の言い分は間違いではないし、むしろ今現在において間違いを犯しているのは紛れもなくミツルだ。

 イクノは、フランクスのフィードバックによるダメージで医務室へと運ばれ、今現在の容態は安定しているが、下手すれば彼女は命を落としてもおかしくなかった。

 それが何を意味するのか……分からない筈はない。

 

「もし、パートナーが死んだ時、お前はどうケジメをつけるつもりだ?」

 

「ケ、ゲジメ?」

 

「責任を取れって言ってんだよ」

 

 ここまで淡々と飄々だった口調に、怒りの色が滲み始めた。

 

「パートナー殺し。この意味が分からないお前じゃないだろ? ハチにもそう言われた筈だ」

 

「な、なにを……」

 

「殺すなら殺される覚悟持て……って刃兄は言いたんでしょ?」

 

 鋭く、的確で、容赦の一片もない言葉がミツルの心に突き刺さる。

 それを言ったのは他でもない……ゼロツーだった。

 

「殺される、覚悟?」

 

 訳が分からない。

 ゼロツーの言葉を反芻するミツルの顔は、まさにそんな表情だった。未だ理解が及ばないミツルに対し、ゼロツーは冷めた目で続ける。

 

「殺そうとしたなら、自分もそうされる覚悟がないとダメだよ。少なくともボクは、それを持ってるつもりだよ」

 

「ふざけないで下さい! 僕は叫竜を倒したのであって、イクノを殺そうなんて考え」

 

「だから、さ」

 

 少し苛立ちを込めて、さも面倒だと言わんばかりの雰囲気を纏わせてゼロツーは語り出す。

 

「負担させるってことは、命を削らすってことになるんだよ」

 

「……」

 

「ボクは、それを今まで色んなステイメンにして来た。ボク自身の目的の為に……」

 

 ゼロツーの独白に13部隊は何も言えず、ただ見守るしかない。ヒロでさえ、それは変わらなかった。

 

「そうやって、ボクはステイメンを殺して来た。だから、ボクはいつ死んでもいいし、死ぬことを恐れない。恐れてはいけない。それが殺して来たパートナー殺しである自分の背負うべき覚悟で、ボクのケジメなんだよ」

 

 ゼロツーは、これまで己と共に戦い、死んでいったステイメンを覚えている。

 自分と乗るということは、命を削らせ、意図していなくても殺すのと何ら変わりない。

 それを理解しているからこそ、ゼロツーはミツルに言うのだ。

 殺される覚悟を持て、と。

 

「ッ!」

 

 責任を追及するかのようなゼロツーと鷹山の冷たく突き刺さる視線。それから逃れたいとばかりにミツルは何も言わず……言えず。

 勢いでその場から走り去ってしまった。

 

「ミ、ミツル!」

 

 ヒロが呼び止めるが、止まらず。沈んだ空気がラウンジ内に漂い始めた。

 

「あれま。コイツは重症だな」

 

「……今のはさすがに言い過ぎですよ、刃さん」

 

 呑気な口調で言う様にやや苛立ちを覚えたヒロが鷹山にそう言う。だが、当の本人は何処いく風だ。

 

「かもな。だがあれ位言っておかないと……どっかしらで後悔する。釘刺しておくのは必要たぜ?」

 

「……ゼロツーも。言い過ぎだし、それに自分を卑下するような言い方はしないでくれ」

 

「……ふふ、優しいね。ダーリンは」

 

 ゼロツーは笑う。いつもの飄々とした部分はあるが、どうしてか悲しそうにも見える。

 

「でも本当のことだから。ボクは、パートナー殺しのピスティルで、どうしようもない化け物なんだ」

 

 大好きな棒付きキャンディーを口の中で舐めながら転がして言うことではないのだが、それでも、まるで気にしてはいない様子でゼロツーは語る。

 

「だから、さ。もしダーリンが死んで、ボクだけが生き残ったら……その時は、潔くみんなに殺されてもいいよ」

 

 ゼロツーは、屈託のない笑顔で、それが正しいのだと本気で思っているのか。その真意は……他でもない彼女しか知り得ないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







・ルージュ・セルヴァン

短期間での量産が可能なクローン人間。原作におけるナインズのζ、
η、θ、この3名そのまんまの姿をしており、明確な女性としての
性別が存在する。
名前の由来はフランス語で『赤い従者』。つまり原作アマゾンの女
性戦闘員こと『赤ジューシャ』のオマージュ。
男性版のノワール・セルヴァンは『黒ジューシャ』から。
今回登場したシャジュは『従者』が由来。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

胎動 part2



 なんとか今月中に投稿できました……。
 一話分を書き上げるだけでも結構大変です。


 

 

 

 

 植物は寡黙だ。一つたりとも何も言わずにただ根を生やし、時として花を咲かせ、実らせる。だから、人といる時よりも気が落ち着ける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 少なくともミツルはそう思っており、ラウンジを逃げるように去った後で温室へと入り込んだのは、そんな理由があったからだ。

 息を乱し、悪態を吐くミツルの精神は酷く荒んでいた。原因はつい先程鷹山とゼロツーの二人に指摘された"パートナー殺しへの覚悟"の有無。

 勿論ミツルにイクノを殺すという意志などなく、確実に叫竜を倒したかった為に大技を放ったのだが、フランクスへ掛かる負荷を一手に担うのは他でもないピスティルだ。

 だから、イクノは倒れてしまった。大技を放つ際の負荷を肩代わりしたことで、彼女自身の身体に相当のダメージを負わすことになってしまった。

 それも一歩間違えれば……確実に命を落としていた程に。その点に関してはミツル本人も否定できない。

 しかし。それでもミツルの中で結果を残したいという衝動があり、今回起きてしまった要因の一つとも言える。

 その衝動の発端は、2日前にミツルが見た夢にあった。

 まだ幼く盲信的にヒロに憧れ、しまいには彼とフランクスに乗って戦う夢まで抱いていた頃。心の奥底に仕舞い込んだ、かつての情景。

 フランクスに乗れるのは男女ペアでなければ動かせないにも関わらず、ヒロと一緒に乗って戦い、叫竜を倒すと息巻いていた様は今のミツルが見れば羞恥に悶えてしまうかもしれない。

 恥ずかしい話だが、それだけヒロを慕い信頼していた証拠なのだ。

 その為の努力もした。元々身体が弱かったせいか他のコドモと比べて数値が低い為、エリキシル注射や危険度の高い劇薬を数種類服用するといったやり方で数値を徐々に伸ばしていった。

 当然副作用の苦痛に苛まれることもあった。

 下手すれば身体のみならず、精神にまで異常を来す場合も想定されたが、それは稀有に終わり、正式にフランクスのパラサイトとしての資格を得ることができた。

 得たには得たが……結局、その努力は他でもない信頼や敬慕を抱いていたヒロによって裏切られてしまった。

 だからこそ、ミツルはヒロを認めない。

 どれほど仲間の為に尽くそうと、どれだけ戦い叫竜を倒そうと……かつて受けた心の傷が『許すな』と疼くのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、……ぐっ! あぁッ!」

 

 しかし、それとは別に肉体的な胸の痛みが突然ミツルを襲った。

 心臓に直に針でも刺したのかと思う程に強い痛みが一瞬の間だけ襲い、すぐに消えてしまう。

 

「? ……なんだったんだ」

 

 突然生じて、突然消える謎の胸の痛み。

 頭の中に疑問符が上がるが、ここで考えても答えなど出ないだろう。

 

「ミツルくん……」

 

「!! ッ」

 

 突然の声。驚いて振り返えれば、そこにいたのはココロだった。その表情は何に対してなのか憂いを帯び、やや曇っていた。

 太陽のような暖かい笑顔をいつも振り撒いている彼女にしてみれば、あまり見せない表情だろう。

 

「……わざわざ追ってきたんですか?」

 

 しかし、そんなことを気にする程、ミツルの心は決して穏やかとは言い難かった。

 

「あ、あの……」

 

「笑いたければどうぞ。あんな散々言われて、僕は何も言い返せず逃げたんですから」

 

 逃げ出した己を卑下するミツルは、その顔を見せまいとココロに背を向けた。悔しさに滲んだ顔など見られてたくはないし、プライドの高いミツルにしてみれば一生の恥ものだ。

 

「ううん。違うよミツルくん」

 

 ココロは、ミツルの猜疑心に満ちた言葉を否定する。

 

「心配だから、来たの」

 

「心配? 何故貴方が僕を心配するんですか? 訳が分からない……」

 

 ミツルは自分の過去の記憶を思い返してはみるが、別段自身とココロの間に接点などなかった。

 たまたま13部隊に一緒に配属され、同じ部隊の仲間として戦っているだけに過ぎない。

 それだけの間柄だ。

 なのに自分に気をかけるココロの意図や動機がミツルには理解できなかった。

 

「…………それは」

 

 何かを言おうとしたココロ。まるでその瞬間を見計らうかのようにソレは起きた。

 

「ッ! ……ぐっ……」

 

 突然胸を押さえ、苦悶の声を漏らしたミツル。そしてそのまま膝をつき

、蹲る態勢で苦しみ始めた。

 

「ミツル君ッ!」

 

 すぐに駆け寄るココロ。しかし何故苦しんでいるのかなど分かる筈もない。せいぜい呼び掛ける気休め程度しかできない。

 

「!ッ」

 

 だからこそ、携帯用の連絡端末でナナへ知らせようとした。

 しかし、その手を握り締める形で阻止したのはミツルだった。

 

「余計なことを……するなッ!」

 

「きゃッ!」

 

 何の配慮もなく、荒々しく。ミツルは掴んだココロの手首を振り払う形で突き飛ばす。

 いきなりの行為に困惑した様子を浮かべるココロとは対照的にミツルは、苦悶と憤怒に塗り固められたような凄まじい形相で睨みつけて来る

 

「こんなの、大丈夫ですよ! 僕を舐めるのも大概にして下さい!」

 

「! ッ……そんなこと言ってる場合じゃないよ! 

 早く診て貰わないと!!」

 

「大丈夫だって言ってるんだよ! ?! ッ」

 

 心臓が一際跳ね上がったと思えば、その途端、より強い痛みがミツルを襲う。

 大きく声を荒げたのが原因なのか。その辺りは判然としないが、とにかく痛みが一層強まったのには違いない。

 

「うぐッ……うぼぉぉえぇ……」

 

 更に胸の奥から迫り上がって来る強烈な不快感に伴い、胃の中のモノを勢いよく吐いてしまった。

 目も焦点が合っていない。誰がどう見ても非常に危険な状態にあるのは言わずもがなだ。

 

「ミツルくん、しっかり! ミツルくん!!」

 

 仰向けに倒れ込み、もはや口さえ訊けなくなってしまったミツルをココロは必死に呼び掛ける。

 そして、それは起きた。

 

「……ッ! ガァッ、アァァッッ!!」

 

 少しばかり沈黙していたミツルが再び声を上げた。そして、身体の至る所から蒸気のようなエネルギーが噴き出る。

 

「ウ、ウソ! これって!!」

 

 それは紛れもなくアマゾンが人の姿を捨て、本来の獣人の如き姿を晒す際の特徴だった。

 

「ウグゥゥ、ギッ、アァァァァァッッ!!!」

 

 ココロの驚愕を尻目にミツルの肉体は大きく、凄まじいスピードで変化していく。時間はそう掛からない。

 その時は、すぐに垣間見せた。

 

「ウウゥゥゥ……」

 

 腹の底から絞り出したような唸り声を漏らし、ミツルは1匹のアマゾンと成り果てていた。全体的に黒みを帯びた紫の色彩に染まった外殻と皮膚組織。

 身体と同じ紫の複眼が光り、口部は鳥のソレを彷彿とさせる曲線を描いたもので、アマゾン・アルファのような牙らしい箇所は見当たらない

 

「■■■■■■■■■─────────ーッッ!!!!!!!」

 

 人らしさをかなぐり捨てた、完全なる獣の咆哮。

 それは紛れもなく、新たなるアマゾンの誕生を告げる産声とも言えるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刃。例のアレ……本当なの?」

 

 オトナ、それもパラサイト育成に携わる役職の者だけが入ることを許された研究室の一室。

 そこを訪れたナナは取りつく島もない様子で、顔も神妙さが滲み出しながら、そんな問いを鷹山に投げ掛ける。

 鷹山は、投げ出された問いを素直に受け取った。

 

「ヒロのことだろ? 嘘言ってどーすんの」

 

 ナナに背を向け、双眸を研究用の顕微鏡の接眼レンズへと押し当て、何かを観察しながら淡々とした口調で答える。

 

「人間の遺伝子を利用して生み出したアマゾン……人間の身体にアマゾン細胞を投与して適合させた人工アマゾン、つまり俺とは全くもって真逆のタイプってわけだ」

 

 顕微鏡から目を離し、くるりと翻した鷹山は、ナナと面持って向き合う。

 その瞳に動揺はなく、胡散臭さもない。

 彼の言うことは間違いないと証明しているに等しかったが、それでもナナは納得できずにいた。

 彼女がここを訪れた理由……それはヒロのことだ。

 コロニーでカレーをご馳走した際、渡されたタブレットの中に収められていた研究資料。

 それはアマゾンライダーとなったヒロの精密検査の結果なのだが、明らかに純粋な人ではなく、人間の遺伝子をアマゾン細胞へ組み込む形で誕生させた他に類のない、全く新しい形のアマゾンであることが判明した。

 幼い頃から彼の世話を担当していた彼女にしてみれば、到底受け入れられるものではない。

 

「ヒロは、人間だった筈よ。何年もあの子を世話して、検査にも立ち会ったし、私自身検査に参加したことだってある。なのに、おかしいわよそんなの……」

 

 13部隊は幼少の頃、ナナとハチの世話を受けたコドモたちで構成されている。

 世話を担当していたということは、当然彼等の健康管理も一任されている訳で、身体の精密検査にも立ち合い、参加もしていた。

 そんな彼女がヒロのことに気付けなかったなど、普通に考えて有り得ないし、そもそも結果に出る筈なのだ。

 なのに、当時なんら異変は一つも見受けられなかった。

 

「……まぁ、大方あの得体の知れないヴィルムの野郎が細工したってところか。じゃなきゃ他に納得の行く答えなんてないしな」

 

 鷹山はそう言うが、もし、そうだとしたら。

 一体いつの頃から彼女はコドモに成り済ましていたのだろうか。

 例の擬態や分裂能力を使ってオトナの姿になり、ガーデンやプランテーション。コスモス内部などのAPE関連のあらゆる場所で暗躍していた可能性だって有り得る。

 そう思うと背筋にしとっと舐めるような悪寒がナナを襲った。

 何を見て。何をしたのか。それが分からない相手ほど不気味なものはないだろう。

 

「……ヒロには、この事をどう話すつもりなの?」

 

 ともあれ、ヒロが普通のコドモとは全く違う特異な存在である事が分かった以上、問題はソレを本人に言うか否か。

 その判断に関しては、ナナは言わない方がいいと考えている。さすがに普通とは言い難いが、それでもヒロは自身のことを"コドモという枠に入った人間"だと思っている。

 そんな彼に真実を話せば、必ず動揺はするだろう。それだけならまだ良いが、自らの存在意義に疑問を抱き思い悩んでしまった場合、一体どうなるのか。

 最悪アマゾンとしての力が暴走を引き起こし、同じ部隊の仲間を手に掛ける……など。そんな悲劇がナナの脳内に映し出される。

 しかし、対する鷹山は違った。

 

「その点は心配ないよ、ナナさん」

 

 あくまで、そう言う。無論根拠なく言っている訳ではない。

 

「ヒロにはゼロツーがいる。信頼できるパートナーがいればどんな時でも、すっげーヤバい状況だろうがアイツは大丈夫なんだよ。そんな感じに覚悟を決めたからな。……むしろ、問題なのはゼロツーの方だよ」

 

「ゼロツーが?」

 

 ナナは疑問符を浮かべるが、すぐにその理由に至った。

 

「叫竜化……」

 

「最近数値上がってんでしょ? で、アイツもそこんところ気にしてるみたいなんだよ」

 

 ゼロツーが叫竜の血を引いているのはもはや周知の事実だが、その特異な性がゼロツーの心を蝕んでいることは博士や鷹山、ナナとハチしか

知られてはいない。

 今の現状においてゼロツーは人の姿と理性を持っているが、それは"調整"によるものだ。

 しかも、その"調整"は絶対的なものではなく、最近になってその調整が段々と意味を為さ無くなって来ている。

 それはつまり……ゼロツーが人の姿と心を捨てて叫竜と化す可能性が高くなる事を意味している。

 故に鷹山はヒロよりもゼロツーの方を危惧している訳だ。

 

「まぁ、そこん所はフランクスの爺さんに任せるしか……」

 

 鷹山は、言葉を最後まで言わず、突然沈黙してしまう。

 

「? どうしたの?」

 

 当然それを見たナナは怪訝に思う。すると鷹山は立ち上がり、一言告げる。

 

「アマゾンの気配がする。話はまた後」

 

 そう言い残し、ナナの静止の声も聞かず。鷹山はすぐに部屋を出て去っていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミストルティン 温室

 

 

「ココロ!」

 

 ヒロの叫びが温室内に反響する。

 飛び出すように出て行ってしまったミツルを心配し、ここに来るかもしれないと温室に来たのだが、扉を開けた先に待っていたのは1匹のアマゾン。

 しかも、今そのアマゾンがココロを獲物として狙いを定めている。この状況を見て何もしないという選択肢はヒロにはない。

 

「アマゾン!」

 

 すぐさま腰に装着されたベルトのグリップ部分を握り締めて回し、アマゾンの名を叫ぶ。

 ヒロの身体は緑色のオーラ状のエネルギーを放ち、アマゾンライダー、アマゾン・イプシロンへと姿を変える。

 

「ガルアァァァッッ!!!!」

 

 咆哮を上げ、標的をココロからイプシロンへ移り変えたミツル……いや、"ヤタガラスアマゾン"は真っ向からイプシロンへと突進。

 衝突と共にイプシロンに組み付き、それを何とか引き剥がそうとするがヤタガラスアマゾンは全くに意に介さない。

 そうこうしている間にヤタガラスアマゾンは両脚に力を込める。さしずめ、バネと同じ原理で込めた力を解放し、その際に生じる筋力の爆発

を利用することでイプシロンの身体を抵抗させる暇も与えず押し出す。

 すると、イプシロンの身体が宙に浮かぶ。

 そしてそのまま力のベクトルに従い後方へ……温室の扉から外へ吹っ飛ばされてしまった。

 その際に温室の扉が激しい打撃音と共にグニャリと曲がり、窓ガラスが飛散。

 幸いなことにココロに被害は出ずに済んだが、状況は決して変わってはいない。

 

「ギギッ! イィィッ!!」

 

「こ、の! やめ……ろォッ!!」

 

 馬乗りになり、拳を振り下ろしイプシロンの顔面へ叩き続けるヤタガラスアマゾン。拳による打撃は攻撃力という点ではそれなりに威力はある。

 だが、所詮それだけ。

 威力はあっても動きが単調で、対処しやすい。

 それを瞬時に見抜いたイプシロンはヤタガラスアマゾンの拳を左右共に両手で包み込む。

 止められた事に対し、僅かな動揺が生まれたのを見逃さず、その隙に付け入れるように上半身を勢いよく起こし、すかさず頭突きを見舞いする。

 

「ガッ! ……アァッ!」

 

 呻き声を上げ、馬乗りをやめて後ろへ転がる。

 あまりに滑稽な様だが、これでイプシロンは馬乗りの拘束から解かれ追撃できる。

 

「ハァァッ!」

 

 まず始めに右ストレート。続いて胸部を蹴り、仰向け状態になったところを首を左手で掴んで右腕のアームカッターで何度も斬りつける。

 斬りつけられる度に黒い鮮血が舞い、傷が生まれていくがそれなりに再生能力があるのか傷はすぐ塞がっていく。

 とは言え、痛みはあり、ダメージ自体は肉体に残ってしまう。

 それでもヤタガラスアマゾンは弱る様子はなく、むしろ逆に凶暴性が増していた。それに伴って力も強くなっていきイプシロンの手から逃れようと踠く。

 

「……悪いけど、俺は君を殺す」

 

 これ以上は手では押さえられない。だから早々に息の根を止めなければならないが、罪悪感からか。謝罪のような一つの宣言が自然と零れる

 アマゾネストやヴィスト・ネクロのアマゾンのように元は人間だったのかもしれない。

 確かめようもないが、有り得るだろうその可能性を考慮してヒロは内心で謝罪しつつ、その命を刈り取ろうと右手を自身の顔まで近付ける形で持ち上げ、一気に中枢臓器のある胸部めがけ振り下ろしかけた時。

 

「やめてぇぇぇぇぇぇーーーーーーーッッ!!!!」

 

 ココロの悲鳴がイプシロンの動きを止める。

 

「そのアマゾンはミツルくんなの!! お願い! 殺さないで!!」

 

「え? ミツ……ル?」

 

 ココロへと移っていた視線をヤタガラスアマゾンへと戻すイプシロン

。アマゾンの姿のせいで表情は見えないが……信じられない、と顔に出しているのだろう。

 人間だった可能性を考慮していたとは言え、まさか知っている人物がそうだとは、さすがに思いもしないだろう。

 疑問と混乱。

 この二つに意識が持っていかれた為に、ヤタガラスアマゾンの首を掴んでいた手の力を、イプシロンは気付かずに緩めてしまう。

 それが大きな隙となった。

 

「ガァァァァァッッ!!!!」

 

「!!ッ」

 

 ヤタガラスアマゾンが飛び起きる。

 そして、その鋭い嘴をイプシロンの首……喉元へと突き刺した。

 

 

 

 

 

 






 ヤタガラスは一般的に日本に伝わる神の使い的な妖怪の一種です。
 と言っても、この作中における世界観では妖怪ではなく、『この世界に実在するカラス科の鳥の一種』になってます。
 アマゾンの形態は基本的に生物の遺伝子に基づくものなので、ドラゴンやグリフォンといった幻獣、妖怪の類の姿は存在しません。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

叫竜人



 色々あって大分遅れましたが、何とか書き上げました。

 今回はナインズたちにスポット当ててます。






 

 

 

 

 

???

 

 

 大地を埋め尽くし犇くモノがあった。

 個々に大きさ、形状は違えども色は黒に統一され、身体には青いラインが奔る。

 紛れようも、他の何物でもなく人類の天敵とも言える存在…叫竜だ。

 大多数を占めるのは手足のないマウスに針のような突起を背中に備えた形状の小さい個体であるコンラッド級。

 そんな彼等の中を少数転々と、威風堂々と闊歩しているのは大型個体レーマン級。

 形状は特に共通がなく、あるものはワーム型やゴリラ型、またあるものは旧時代の海ではよく見かけた軍の空母型など様々。

 そしてその数……なんと数十万。

 中々類を見ない大規模な叫竜の群れだが、何故叫竜がこのような群れを形成しているのか。

 見た者は疑問に思うだろう。

 彼等もそうだ。

 

「うっわ……すんごい数だね」

 

 叫竜達の遥か頭上。空に浮かぶ輸送機に乗船しているナインズたち。

 その一員であるナイン・デルタは夥しい数の叫竜を見ては、顔を顰めながら言う。

 

「これは妙だね。これだけの数、グランクレバスなら居ても不思議じゃないけど、ここはその

近辺じゃない」

 

「自分達にとって重要な場所を守る、というよりは何処かへ移動していると見れる」

 

 ナイン・イプシロンは妙だと言い、それに続くようにナインズのリーダー、ナイン・アルファがそのような予想を組み立てる。

 叫竜は、基本的に大群を組まない。

 キッシングのように二つのプランテーションが存在していれば、そのマグマ燃料に惹かれて大量に押し寄せる事もあるにはあるが、それでも数十万という規模は例がない。

 グランクレバスは叫竜の巣。それも叫竜を生み出し続けている特別な場所な為、とてつもない数の叫竜が犇き守っている。

 そういった理由なら納得が行くが、ナイン・イプシロンが言った通り周辺にそういった重要拠点は存在しない。

 あくまで大群を組み、ひたすら決まった方角へ向かっている。

 

「ふむ。なるほど。確かにコレは主も気にする訳だ」

 

 自分達の主たるヴィルムがこの場所へ赴くよう命じたのか。その意味を察したナイン・ガンマは感慨深く頷く。

 ヴィルムにとっても叫竜は自身が思い描く未来絵図にとって邪魔でしかないモノに過ぎない。

 できるなら早々に排除しておきたいのだが、過程としてやらなくてはいけないのが『叫竜の姫』の始末だ。

 叫竜の姫は単に叫竜を束ねる指導者というだけではなく、叫竜の母に等しい存在。グランクレバスは叫竜を生産する場所だが、生み出すに当たり必要な特殊な物質を叫竜の姫が定期的に作り出しているらしく、APE側はその物質を『竜血球』と名称している。

 叫竜の死骸をサンプルに何百年にも渡り研究し続けたからこそ判明したこの物質は叫竜の姫のみが作り出せるもので、通常の生物で言うところの情報遺伝物質に近いものらしい。

 これを基盤にグランクレバスでの何かしらの工程を経て叫竜は誕生する。

 ならば。叫竜との戦いに必要な勝利条件とは、すなわち『頭を潰す』ことになる。

 基本中の基本だが、数を増やす役割も担っていた頭が消えるとあれば指揮統制のみならず、致命的な戦力低下を齎すことができる。

 とは言え、それはあくまで叫竜の姫を討伐できればの話だ。肝心の叫竜の姫は未だ見つかっておらず、ヴィスト・ネクロも結局は影武者のクローンをあてがわれたに過ぎない。

 APEも。ヴィスト・ネクロも。結局は見つけられないままに終わった。

 だが、ヴィルムは違う。

 彼女は徹底的にやる。

 一つの些細な情報すら逃さず、何処にいようと追い詰める腹積りだ。

 だからこそ今回の叫竜の大群移動は"何か"がある。そう踏んだからこそヴィルムは、その実態を把握する目的でナインズを派遣したのだ。

  それがどんなにか細く、不明瞭な"蜘蛛の糸"だったとしても。

 標的に至る為には、是が非でも掴んで離さず、手繰り寄せるのだ。

 

「さて。それじゃ行くとしようか。『情報収集』に、ね」

 

 だからこそ、叫竜の姫の情報を持っているかもしれない彼等に直接聞く必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレは薄々だが気付いていた。

 自分達を監視するように追っている存在を。

 そして、相手の意図に関して一つの仮説を立てた。

 自分達を付け狙う存在は、人ではない。人特有の気配も臭いもせず、ただ血の香りを混ぜ込んだような獣臭しかしない。

 獣臭、と言ってもただの獣ではない。

 人がアマゾンと呼ぶ存在のものだ。

 やがて、その臭いの主たちが空から降って来た。数は全部で三つ。

端的に表現すれば…機械。人型ロボットではあるが、三つの機体はおそらく容易に想像できるであろう生物の意匠を機体デザインの中に落とし込んでいた。

 一つは、赤とオレンジのカラーに染まり左右の手が大型のハサミになっており下半身は全体的に長く、硬質な甲殻と左右四対八本の節足で構成されている。

 おそらく、ザリガニやロブスター辺りの甲殻類がモチーフだろう。

 二つは、一つ目と同じく硬質な甲殻だがカラーは暗い蒼で、背中の左右側面は菱形状のヒレがびっしりと揃いそれが波を描くように蠢いている。

 頭部後方の左右に二本の触腕が生え、おそらくアノマロカリスがモチーフとなっているのだろう。

 そして最後の一機は赤系統の機体と蒼系統の機体を左右後方に置かせ、自身はその間の前方へと出していた。

 薄く輝くといった印象のホワイトゴールドとプラチナのカラーに染まったその姿は、青と赤の複眼を顔に張り付かせ、頭頂部から背中の上半身にかけて無機質なヒレが突出している。

 さながら、古代に生息していた恐竜を思わせる風貌。

 頭部の顔つきも、どことなく爬虫類らしさを彷彿とさせるものだ。

 これら機体はAPEの対叫竜兵器であるフランクスなのだが、その姿は本来の形状ではなく、完全に別のロボットになっている。

 

『やあ。叫竜の諸君ら。僕のコードネームはナイン・アルファ……正式な名前は『シャドウ』。今日この時をもって君達に僕等は問いを投げたい。何故、君達は群れを成し、何処へ向かっていると言うんだい?』

 

 悠長に堂々と。

 爬虫類型フランクス……『ナインズ・レプティ』に搭乗しているナイン・アルファは、叫竜の群れへ話し掛けるがその返答は皆無。

 当然だろう。人のような知性は無いと判断されているし、何より意志の疎通が全くできない。

 これを踏まえれば人語で語りかける、などは無意味なものとしか言い様がない。

 だが、意外にもそれに応える者がいた。

 

『邪魔をするな、ヴィルムの傀儡。我らの目的を阻害するなど愚かな事と知れ』

 

 それは肉声ではなかった。頭に直接響くという不思議な感覚は一昔前の時代において、テレパシーと呼ばれる思念を直接脳へと送る超能力の一種。

 無論これは所謂サイエンス・フィクション、俗に言うSFの類に過ぎない。

 しかし今、空想と思われて来た事象がこうして身に染みるように味わっている。その事実に、アルファはニヤリと。愉快げな笑みを浮かべる

 

「僕たちに関する説明は要らないみたいだね。じゃあ、単刀直入に言うけど叫竜の姫はど…」

 

ドォォォォンッッッッッ!!!!!!!!

 

 言い終わる前に振り下ろされたのは、巨大な拳。

 ナインズたちから少し間を空けた位置にいた猿と爬虫類を合わせたようなキメラ型の叫竜がその左拳を大きく膨張させ、更には硬度すら増した状態でナイン・アルファの機体…顔面部位を殴り付けた訳だ。

 しかし。かなりの力で殴ったにしては…手応 えがまるで無い。

 

「いいパンチだね。けど足りないよ」

 

 もろに受けているにも関わらず、顔面の装甲はひしゃげ凹むどころか、擦り傷一つすらなく健在だった。

 

『な、なんだと……』

 

 叫竜の目が大きく驚きに見開く。

 どうやら、あのテレパシーの元はこの叫竜だったらしい。

 

「君がリーダーかな?」

 

 優雅に涼しげに。まるで何事もなかったようにアルファは話しかける。それがキメラ型叫竜の癪に障ったようだ。

 

『舐めるな傀儡風情が!』

 

 怒りに吠える。キメラ型は獣の雄叫びを一つ鳴らすと、それを合図に叫竜の群れが一気に襲い掛かって来る。

 数に物を言わせた圧倒的物量。それは戦いにおいて有力な手段であり

、実際のところ戦争というのは数の差によって勝敗が決まることが多い

 が、兵士を統率する指揮官が何かにおいて稀代の才能を有しているのであれば、その限りではない。そういった例は多くはない。だが、少ないにしても確かに存在するのだ。

 

「他愛もない」

 

 βの操るフランクス『ナインズ・バージェス』。

 カンブリア紀に発生したバージェス動物群の中で当時生態系の頂点に君臨した肉食生物であるアノマロカリス。

 その意匠のみならず、能力も備わった機体は頭部の触腕を振るい、触腕は各パーツに分割。それが蛇腹剣のように一本のワイヤーによって連なり、しなやかに。

 そして一片の情けもなく叫竜の強固な外殻皮膚を、青い血肉を削ぎ切り刻んでいく。

 

「そ〜れっと!!」

 

 対照的にγの操るフランクス『ナインズ・ロブスター』は、文字通り大型の甲殻類ことロブスターの能力を有し、その大きな左右の鋏で自機の何倍も体重がある叫竜を軽々と振り回し、他の叫竜を、コンラッド級を中心に叩き潰す形で殴殺していく。

 そして、ある程度経つと挟んでいた叫竜を真っ二つにして殺す。

 そこに遠慮、慈悲、容赦といった類のものは存在しない。

 たった二機のフランクスでもう百に達する数の叫竜が殺され、機体も搭乗者もまだまだ十全に余力を残している様はやられる側である叫竜達からすれば、ふざけるな!と言いたくなるだろう。

 生憎、彼等に発声器官はなく、仮に喋れたとしても既に殺すという意識的スイッチを入れてしまったナインズたちはその虐殺を止めはしない

 

「あーあ。派手にやっちゃって。でも、仕掛けて来たのは君達だからね

?」

 

 そんな光景を流し目に観察しつつ、叫竜の群れを指揮するリーダー格のゴリラ型叫竜が繰り出す拳の連続を躱し、時には防ぐ形で捌いていく

 猛攻を受けているにも関わらずその態度には明らかな余裕があった。それがゴリラ型叫竜の癪に障り、一層の力を両拳に込めて繰り出す。

 ナイン・アルファの言葉に応える気は毛頭ない。言葉で返す位なら拳で返し、さっさと叩き潰すに限る。

 しかし、そう思っても中々倒せない。

 それどころか、やや遊ばれているのでは?と思う節すらある。

 

「"もう一度"だけ言うよ? 叫竜の姫の居場所を教えてもらえるかな

?」

 

 口調は変わらない。が、まるで三度問うことは決してないという意味を込めて、『もう一度』の部分を強調して圧を放ってくる。

 なんて言うことはない。遠回しな脅しだ。

 言わなかった場合、あるのは死。

 

『……語ることは何もない。貴様を全力で迎え討つ!!』

 

 ゴリラ型叫竜は首部位がなく、頭部らしきパーツが身体と一体化しているような形状になっている。

 よって頭を下へ傾かせる場合、身体ごと下へとお辞儀のようにするしかないのだが、何故かそれをアルファの前で行った。

 

「?なんのつもりだい?」

 

 疑問符が尽きず、そんな言葉がアルファの口から自然と出たものの、相手はそれに答える事はなく。

 すると顔のラインが淡く光り輝いた。

 そして僅か数秒経った後、顔がゆっくりと縦に前方に倒れるように開いたのだ。

 一瞬ながらも驚いたアルファだが、この後も更に驚きを示すことになる。何故なら、開いた顔の中は生物とは思えないコックピットと思わしき設備が見え、その中に……一人の少年が出て来た。

 コドモのような背格好をしているが……決して、コドモではない。

 明らかに肌の色が青く、黒い模様が蛇がミミズのようなヒョロリとした畝りとして奔っている。

 背中には、あの叫竜の姫に似た触手が2本備わり、両目の白眼の部位は黒く染まり、青い瞳がほんのりと光を放っている。

 白眼の部分が黒な為、それは遠目で見ても余計に目立つくらいだ。

 髪型は少し長めの白髪を後ろへと束状に纏めた程度で、これといった特徴は髪にはない。

 

「へぇぇ。これはまた…コドモみたいな姿をしているね、叫竜人って」

 

『それ以上不快な言葉を吐くな。癪ではあるが……貴様を同等かそれ以上の戦士として認めてやる!!』

 

 犬歯を剥き出しにアルファの脳内に叩きつけるように宣言した人の姿をした、おそらく叫竜と思われる存在…叫竜人は、ナインズ・レプティまで一気に跳躍したかと思えば、次の瞬間には2本の触手の内の一本を顔の横サイドへ叩き付け、そのまま打ち払った。

 

「!!ッ」

 

 ここに来て、まさかの叫竜という兵器を捨てた単身攻撃。

 唐突な予想だにしない戦法に不覚を取ってしまったナイン・アルファはすぐに操作して叫竜人を捕まえようとするが、彼は触手の一本を足元にするりと移動させると、触手を足場に、触手の押し出す力と両脚の弾き飛ばす力。

 この二つを利用した反発力で、自身を掴もうと前へ突き出された金属の手に捕まることを回避。

 続いて上から触手を利用しての打撃を再度、今度は頭上へと叩きつける。

 

「ッッッ?!!」

 

 続けての衝撃は、来るものがあったのか。

 堪らず、膝を下り、地面へ片手をつける無防備な姿勢を取ってしまった。

 

『意外だったか? 貴様らが叫竜と呼ぶ兵器を捨てて、この俺自らが単身で攻めに転じたのが』

 

 いつの間にかナインズ・レプティの頭頂部へと降り立った叫竜人がそう言葉を投げかける。

 

「それは…ねッ!」

 

 ダメージとは言っても深刻なものではない。

 すぐさま機体の腕を伸ばし、その手で叫竜人を捕らえようとするも、それすら払い除け、機体の首を背中の触手で捕らえ締め上げる。

 

「ぐぅぅッ!」

 

 本来、機体のダメージがフィードバックされるのはピスティルだが、この機体……というより、ナインズの機体は全てパラサイトが一人のみと言う異例な仕様になっている。

 これはナインズの持つ、他のコドモには無いある特性が関係しているのだが、とにかく一人乗りである以上フィードバックはそのパラサイトへと向かってしまう。

 当然ナイン・アルファも例外では無い。

 

「ぐぅ、あぁッ!!」

 

『呆気ないな』

 

 淡々とした声と共にまるで路傍の塵でも見るような、暖かみなど一切ない冷酷な目でナインズ・レプティを傲睨する。

 

『このまま刎頸してくれる』

 

 そう言って更に触手へと力を込める。

 触手の力を最大限にして、機体の首を引き千切るつもりのようだ。

 普通なら考えもしない行為だろう。

 生身にも関わらず、自分より数倍の鋼鉄で出来たロボットの首をもぎ取ろうなどと。

 人間なら到底不可能だが、叫竜人なら話は別だ。

 その身体能力、叫竜という生物兵器を生み出せる技術力。どちらに置いても人間の基準を遥かに超えている。

 それを証明するように触手が締め付け、圧迫している首の部位は小さな亀裂を生み、内部の一部ケーブルが切れ、パーツが軋んでいる。

 あともう一息。力を込めるだけでレプティの首は胴体部とおさらばになり、操縦者であるナイン・アルファにも相当なダメージが来る。

 だが、ここで一つ忘れてはいけない事がある。

 アマゾンも、その枠組みに入る事を。

 

 バシュゥゥッ!!

 

 勢いよく吹き出す空気と接続部位が意図的に外れた音を伴い、ナインズ・レプティの顔が四方に開放。

 まるで花が開く時のようだが、ソレ自体は特に意味はない。意味があるのは今、このタイミングでアルファがいるコックピットが開いた事だ

 

『ナイン・アルファ』

 

「僭越ながら真似させてもらうよ」

 

 電子音声を伴わせて飛び出すのは、一つの影。それはコドモの姿からアマゾンライダーとしての姿に変身したナインアルファだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第13都市プランテーション ミストルティン

 

 

 

「ぐっ、あぁ…ッ」

 

「ヴヴッ! アァァァッ!!」

 

 アマゾン・イプシロンが苦悶の声を漏らし、それに反応するように嘴に更に力を込めるミツルだった1匹のアマゾン。

 カラスの意匠を有するソレはまさしくカラスアマゾンと呼ぶに相応しいが、今はそれどころではない。

 イプシロンの首にカラスアマゾンの嘴が突き刺さっているのだ。

 血が滞ることなく噴き出し、その都度嘴とイプシロンの首筋や胸元を鮮血で染め上げていく。

 

「やめて!ミツルくん!!」

 

 ココロの悲痛な叫び。その声がカラスアマゾンの中にほんの僅かにあるミツルとしての理性、あるいは心に何らかの作用が起きたのか。

 それとも単なる意味のない偶然なのか。

 どちらなのか、あるいは別の答えが有るのかどうかを断じることはできない。

 だが、それでも。

 確かな反応を見せた。

 イプシロンに突き刺していた嘴を離し、ココロの方を振り返ったのだ

。そして、彼女の方を呆然と見つめる。

 今までの獰猛性が嘘のように。最初から無かったのかと思うほど、カラスアマゾンは大人しくココロを見つめていた。

 そして。

 

「ァ、ァァ……」

 

 か細い声を絞り出し、身体から蒸気が放出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほどなくして、カラスアマゾンはその姿を元の姿であるミツルへと戻し、そのまま倒れ込んだ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。