忍法・異世界転生(いせかいてんしょう) (@ピロシキ)
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~地獄変第一歌~

森宗意軒(もり そういけん)!貴様、あの時死んだのでは無かったか!?」

 

江戸神田の長屋にて、軍学者・由井正雪(ゆい しょうせつ)の開いた軍学塾「張孔堂」の屋根瓦の上で、満月を背にした枯れ木の如き低き痩身の老人を見上げ、かの隻眼の剣士、柳生十兵衛三厳(やぎゅう じゅうべえみつよし)は驚愕していた。

 

「ほほ、この宗意軒!我が身を『忍法・魔界転生』にて転生させておったのよ!我が弟子たる転生衆、(ことごと)く貴様に破れしは痛恨の極み!しかし!まだ、この宗意軒は健在なりし!」

 

―――忍法・魔界転生。

 

切支丹(きりしたん)忍者、宗意軒が楠木正成(くすのきまさしげ)を始祖とする忍術に、西洋の降霊術や悪魔召喚術などをミックスして独自に編み出した、死者を蘇らせ、残虐非道なる悪鬼羅刹と化し、以て己の意のままにするという秘術。

 

だが転生した宗意軒の配下―――天草四郎、宮本武蔵、荒木又右衛門(あらき またえもん)柳生宗矩(やぎゅう むねのり)柳生如雲斎(やぎゅう にょうんさい)宝蔵院胤舜(ほうぞういん いんしゅん)田宮坊太郎(たみや ぼうたろう)の七名、悉く十兵衛により討ち取られていた。

 

正確には宗意軒は十兵衛と相対する前に最後の一名、宮本武蔵の手に掛かっていたのだが。

 

「宗意軒!」

 

裂帛(れっぱく)の気合一閃――――――右肩に担いだ十兵衛の愛刀、三池典太(みいけてんた)が袈裟切りにて放たれる!

 

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「―――ほほっ!」

 

がきんっ!!

 

しかし、それを直前にて阻む者あり。

 

「何奴!?」

 

人非ざる魔人をも屠ってきた十兵衛の必殺の一撃、それを受け止める者がいるなど通常考えられない事である。

 

――――――それは女であった。花魁のような艶姿(あですがた)であったが、一方で高貴な装いでもあった。

 

「ぐっ……ただの女ではない、か。何者だお主!?」

 

「切支丹忍者が一人、マリア天姫(てんひめ)

 

「……その腕!絡繰りか!?」

 

ぎゅいんっ!

 

マリア天姫と名乗る女の両腕は、機械仕掛けの銀色の腕であった。肘から突き出た刀身が、十兵衛の剣を受け止めたのである。

 

「マリア天姫とやら!お主も転生衆か!?」

 

「――否。我が身は転生の術を必要とせず!」

 

がきんっ!

 

再び切り結ぶ両者。今度は十兵衛の剣がマリア天姫の右腕を切り落とした。

 

「柳生十兵衛!徳川の世を守護せんとする公儀の犬よ!お前の信義こそ、大いなる災いを、三百有余年の後に産むものと知れ!」

 

「何の事だ!?災いだと!?」

 

「おお!地を焼き、天を黒く染め上げたる煉獄が、この目に浮かぶ!私は見た!十兵衛!徳川の世など、守る価値など無い!!」

 

マリア天姫とは気が触れておるのか―――十兵衛はしかし、その思いを打ち消した。魔界転生なる外法が存在する以上、例え与太話に聞こえようともあり得る話なのかも知れぬ。

 

「ちえええええいっ!!」

 

さすが十兵衛、マリア天姫の頭上を一足で飛び越える!

 

十兵衛の目的は、あくまでも宗意軒の首である。幕府転覆を目論む由井正雪よりも、さらに目の前のマリア天姫よりも、なによりも宗意軒こそ全ての元凶なり!

 

「おおおっ!おのれ、十兵衛っ!忍法・髪切丸!!」

 

宗意軒の両手から繰り出されし二条の糸。それは官能に濡れた女の髪の毛を特殊な(にかわ)にてより合わせた、鋼鉄(はがね)の如き強度を持つ必殺の舞。

 

どしゅっ!!

 

「―――がっ!?」

 

「既に一度見た技よ、宗意軒―――天草四郎、クララお品の置き土産ぞ」

 

かまいたちの如く十兵衛の首を狙いにきた不可視の糸は、しかし十兵衛の着物の両の袖で巻き取られて阻まれた。そしてその振り上げた二の腕そのままに剣を振り下ろしたのだった。

 

「ほ、ほほほ。愚かなり十兵衛!忍法・異世界転生(いせかいてんしょう)ここに成る!」

 

「むうっ!?」

 

縦一文字に真っ二つに切り裂かれた宗意軒の身体が、まるで抜け殻の如くひらひらと風に舞う。内より出でしは漆黒の(もや)

 

びゅっ!

 

その黒い空気を刀で切り払うが、空を切るだけで手ごたえは無い。

 

「これは村正殿の打ち刀が無くては如何ともし難いか!?」

 

宗意軒に気を取られた十兵衛の背後に、マリア天姫の左腕が伸びる!

 

がきんっ!

 

「なっ!?」

 

今度はマリア天姫が驚きに顔を歪める番であった。咄嗟に飛び退いて二ノ太刀を躱す。

 

「義勇兵、クロム・アーサー参上」

 

そこには、奇っ怪な恰好をした男が立っていた。しかし、江戸においては奇妙に写る姿であろうとも、マリア天姫にとっては見知った恰好ではあった。

 

「……『転生人(てんしょうびと)』め!」

 

転生人と言われた男、クロム・アーサー。名は南蛮人のようであったが、顔立ちは日本人そのものである。両の手にそれぞれ一刀ずつ刀を携え、襟付きの黒い外套(マント)を纏い、黒い革ズボンとブーツの立ち姿。

 

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「何だかよく分からんが、やるしかないか!―――そこの御仁!彼の名高き、柳生十兵衛殿とお見受け致す!この女は俺に任せて、十兵衛殿は森宗意軒を!」

 

「お主、今、空から落ちてこなかったか!?―――まあいい。そちらは任せた!」

 

十兵衛は風に流される黒い靄を追い、マリア天姫の前に転生人と呼ばれた男が立ちはだかった。

 

がきんっ!

 

再び激突する両者。

 

「マリア天姫!どうして森宗意軒の味方をする!」

 

「同じ切支丹忍者だからよ!そういうあなたは何故、私の邪魔をするの!」

 

「知れたことを!ええと、つまり―――何となくだ!何で俺は別人に生まれ変わってこんな事になってるのか!?マリア天姫、お前も『プレイヤー』だろ?」

 

「???」

 

「―――違ったか。いや、しかし同じキャラ名だし。俺だけか?俺だけ生まれ変わったのか?」

 

がきんっ!がきんっ!

 

ブツブツと独り言を呟きつつも身体は勝手に動く。マリア天姫の繰り出す絡繰りの刃を、両手の二つの刃をもって軽々と払い落とす。

 

「天姫様!」

 

キンッ!キンッ!キンッ!

 

女の声と共にいくつもの手裏剣が飛んできたが、クロム・アーサーは難なく一刀で手裏剣を弾き飛ばした。天姫の後方に何人もの影が見て取れる。マリア天姫の配下たる切支丹忍者、十五人の修道女たちである。

 

「無事か、色男!」

 

対してクロム・アーサーの背にも、先ほど宗意軒を追いかけた柳生十兵衛の声が届く。

 

「天姫様!宗意軒の靄が!」

 

月下の切妻屋根の棟の上で、相対するクロム・アーサーとマリア天姫の両名の姿が闇に包まれる。

 

「異世界転生に巻き込まれるぞ!逃げろ!!」

 

クロム・アーサーの声が闇の中から聞こえたが、闇は修道女達と十兵衛を飲み込んだ。やがて黒い霧が晴れ、月明かりに照らされた屋根の上には誰の姿も見えなかった。

 

さて、『転生人』クロム・アーサーとは何者か?

 

それは―――現代に生まれた普通の男であった。

 

転生(てんしょう)』するまでは。




~地獄変第一歌これにて終幕!次回に続く!!~


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~地獄変第二歌~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。

・柳生十兵衛三厳

 江戸時代初期に活躍した柳生新陰流の剣豪。隻眼で右目に刀の鍔で作った眼帯をしている。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。


剣と魔法の世界モナルキア。

 

転生人(てんしょうびと)、義勇兵クロム・アーサーは現代日本より転生した。元々はただのサラリーマンだ。彼は自分で作ったキャラクターの姿で生まれ変わったのだ。

 

モナルキアの最上階位層・テンタクルス時間神殿の玉座に座る『ゲームマスター』を探す旅が今日もまた続く。モナルキア世界の西端、イスパニア王国の辺境カタロニアにその姿はあった。

 

パロペニア城塞都市において、フローランス王国占領軍による略奪行為は日常茶飯事であった。

 

「きゃあああっ!!」

 

叫び声の主は緋色の髪を長く伸ばした少女であった。

 

「ぎゃーっはっはっは!奪え、殺せ!犯せーっ!」

 

少女に襲い掛かるのは傭兵だ。甲冑の胴当てだけを着け、他の部位は服が剥き出しである。彼らは徒党を組み、市民達を襲っているのだ。

 

「誰か、誰かーっ!!」

 

どかっ!

 

「ぎゃっ!」

 

少女に覆いかぶさろうとしていた傭兵が股間を両手で抑えて悶絶する。

 

「おーっと、悪い悪い。思わず石につまづいちまった」

 

「き、きさまーっ!俺たちをフローランス王国正規兵と知っての狼藉かーっ!!」

 

傭兵は何とか立ち上がり、人影を睨みつけた。そこに立っていたのがクロム・アーサーであった。

 

「しまった、身体が勝手に動いてしまった……そういうキャラクターに設定してあるとは言え、こっちのコントロールを無視されるのは厄介だな……」

 

「何を訳のわかんねえ事を言ってやがんだ!やんのかおらぁっ!!」

 

「だから勝手に―――あ」

 

ばきっ!

 

「ぎゃっ!」

 

クロム・アーサーの右脚が勝手に跳ね上がって傭兵の顔に蹴りを入れた。吹っ飛ばされた傭兵は気を失ってしまった。

 

「あーあ」

 

蹴りの姿勢のまま片手で顔を覆う。そこへ傭兵の仲間達が集まってくる。

 

「何だこいつ、何処の生まれだ?」「変な恰好しやがって」「ぶっ殺せ!」

 

それぞれが好き勝手罵声を浴びせ、腰から剣を抜く。西洋のオーソドックスな剣であるブロードソードだ。

 

「死ねえっ!」

 

そのうち一人が正面から、真後ろからももう一人が襲い掛かってくる。

 

がきんっ!がきんっ!

 

「んなあっ!?」

 

しかしクロム・アーサーの腰から抜かれた二本の鉈(なた)が前後のブロードソードを受け止める。

 

「そんななまくら、剣で受け止めるまでもない。サブウェポンで十分だ」

 

スパン!

 

先ほどの蹴りで持ち上がっていた右脚はそのままに、片足立ちのままの体勢で半回転しながら両手の鉈で受け止めたのだ。さらに右脚が一瞬で膝から腰元に戻り、再び勢いよく蹴りが放たれた。

 

ブロードソードで正面から打ち掛かった傭兵の側頭部に蹴りがヒットし、傭兵は蹴りの威力で一回転して地面に頭を叩き付けられてしまった。

 

「ば、バカなっ!」

 

「お前もだよ」

 

ばきっ!

 

続く後ろの傭兵の側頭部に、逆に戻ってきた右脚裏が炸裂。クロム・アーサーは鉈をぶら下げたまま、右脚一本を腰の高さに固定したまま、片足で佇んだ。

 

「あいつ強いぞ!近寄るな!マスケットで殺せ!」

 

残りの傭兵達は慌てて銃を取り出す。しかしマスケットは先込め式で、準備に時間が掛かる。

 

どんっ!どんっ!

 

「うぎゃっ!」「ぎゃあっ!?」

 

「そっちが銃を使うなら、こっちも使わせてもらうぜ」

 

クロム・アーサーの両手には、いつの間にか短銃が握られていた。鉈は既に両腰の鞘に戻されている。クロム・アーサーの持つ短銃は、『鋼輪式点火短銃』というものであった。

 

これでクロム・アーサー武器は二刀、二鉈、二短銃にさらに蹴り技までが明らかになった。どうやら武器は日本の物を使っているようだが、鋼輪式の短銃は江戸後期に登場したもの。柳生十兵衛の生きていた時代にはまだ存在していなかった。

 

「ひ、ひいっ!何だ、何だあのマスケットは!?」「逃げろ!」「覚えてやがれ!」

 

傭兵達は慌てて逃げ出した。

 

残るは少女が一人。しかしクロム・アーサーは少女に構わず、先を急ごうと歩き始めた。

 

「助けたはいいけど、何を話したらいいのか分からない……」

 

クロム・アーサーが少女を無視した理由が情けない。彼は元々、あまり人と話をするのが得意では無かったのだ。転生してから別の肉体を得た為、その傾向は多少変わっているが、自分から進んで少女に話しかける程ではない。

 

しかし、それを見ていた人物がクロム・アーサーに声を掛けてきた。

 

「グアーウ!ちょっと待って欲しいデスねー!」

 

「凄い怪しい日本語だ……ん?日本語?」

 

イスパニアでわざわざ日本語で声を掛けてくる人間がいる事に驚く。しかも声は女性。さっきの少女かと思ったが、駆け寄ってきたのは妙齢の女性である。

 

「オーラー!ワタシ、イスパニア忍者デース!カタリナ・お紅実(くみ)と申しマース!」

 

やたらハスキーな声であった。そして明らかにこのイスパニアでは浮いた格好でもあった。まず、全身真っ赤な忍び装束である。そして、癖毛の長い金髪と蒼い瞳、少しすばかすのある顔はそれでも大層な美人であった。それに胸も大きい。軽くメートル超えてるんじゃなかろうか、などと思ってかぶりを振る。

 

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「い、イスパニア忍者ぁ?」

 

そんな事よりも、その語感のインパクトが一番の驚きである。

 

「全然忍んでねえ!」

 

コミュ障気味のクロムであっても、そうツッコミを入れずにはおられない。

 

「グェ!ベルグェンサ!皆サン、そう言いますネー!でも気にしたら負けデス!」

 

「いや、気にするところはそれ以外にもいっぱいあってな……」

 

ツッコミどころがやたら多い女である。

 

「ディオス・ミーオ!アナタの名前、教えて下サーイ!」

 

「マイペースな女だな!俺の名前はクロム・アーサーだ」

 

「アンダ!イングレス人に似ている名前デスね!アナタはハポンの人ではないのデスか?」

 

「ハポン?ああ、日本の事か。いかにも日本人だ。名前は適当に付けたからな……タイで戦った侍たちの事を『クロム・アーサー・イープン』って言うらしくてな。それから取った。俺自身の本当の名前は普通に日本人っぽいし……」

 

「???よく分かりまセンね。クロムと呼ばせてもらいマース!私の事もオクミと呼んで下サーイ!」

 

「カタリナ」

 

「何でデスか!?」

 

「いや、何となく。日本人っぽく見えないし……」

 

「これでも半分はハポネスデース!父はイスパニア人宣教師でシタ!」

 

「……それよりも、何で話しかけてきたんだ?」

 

「グアーウ!そうデシた!イスパニアでハポンの人と会うの珍しいデス!ワタシ、伊賀鍔隠れの里で修行しまシタ!アナタは何処で修行しまシタか?」

 

「いや、俺は忍者じゃないし」

 

「そうなのデスか?しかし、サムライにしては武器が豊富デス!」

 

「そういうカタリナだってハイテンションで全然忍者らしくないな」

 

「よく言われマース!」

 

「いやいや、それで何で話しかけてきたんだっての」

 

「ワタシと一緒に旅をしまセンか?」

 

「……は?」

 

「実はワタシ、父の故郷であるこのパロペニアに父の代わりに里帰りに来たのデース!しかし、見ての通りの戦国時代デスね!一人旅はとても危険デス!旅は道連れ余は情け無いといいマスね!」

 

「何で最後偉くなってんだよ」

 

「お願いしマース!まずはこのパロペニアを生きて出まショウ!」

 

「……山風作品には絶対にいないキャラだぞこいつ」

 

「何デスか?」

 

「なんでもない。まあ別にいいか。そろそろ物語にヒロインは必要だしな!しかしヒロインキャラじゃないよこいつ」

 

「ワタシ馬鹿にされてマスか?」

 

「とんでもない!頭軽そうだから後で一発とか思ってるよデュフフ」

 

「捩じ切りマスよ!」

 

「ごめん嘘っていうのも嘘本当ごめんなさい」

 

カタリナの冷たい視線に震え上がって思わず反射的に土下座をしてしまうクロムである。




~地獄変(態)第二歌これにて閉幕!次回、いよいよ魔界の門が開く!!


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~地獄変第三歌~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。

・柳生十兵衛三厳

 江戸時代初期に活躍した柳生新陰流の剣豪。隻眼で右目に刀の鍔で作った眼帯をしている。忍法・異世界転生に巻き込まれて行方不明。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・マリア天姫(てんひめ)

 切支丹忍者、15修道女のリーダー。両腕が絡繰り仕掛け。


義勇兵クロム・アーサーとイスパニア忍者カタリナお紅実は、パロペニア城塞都市からの脱出にあたって協力する事となった。

 

今は夕方。壊れた廃屋に潜んでいる。

 

「しかしモナルキアの『ルールブック』に忍者ってクラスはあったかな……」

 

ゲームマスターが所有するルールブックには、この世界のルールが記載されていると言われる。転生前のクロムもルールブックを所有していたが、自分に関係のある事しか読み込んでいなかった。

 

「スィ?モナルキア?ルールブック?」

 

「いや、何でもない。それよりも脱出ってそんなに難しい事か?入るのは簡単だったぞ」

 

「どうやって入りまシタか?」

 

「普通に真正面から入ってきたんだが」

 

「クェ?ソルダードがいませんでシタか?」

 

「ソルダード?ああ、兵士って事か。袖の下を渡したんだ」

 

「ソデノシタ?賄賂を渡したんデスか?」

 

「前の街で買ったパンを渡したんだよ。おかげで今日のメシが無くなった」

 

「ご飯なら忍者の兵糧がありマス!どうぞ!」

 

カタリナが腰帯の中から何だか黒い丸薬みたいなものを数粒手渡してきた。

 

「何だこれ……正露丸みたいだな」

 

「兵糧丸と水渇丸(すいきつがん)いいマース!」

 

「……味は期待できなさそうだなぁ。ま、ありがたくいただいておこうか。それで、脱出がどうして難しいんだ?」

 

「そうデシた!パロペニアは最前線基地デス!カタロニア軍とフローランス軍の小競り合いが頻繁に起きていマス。ですから、敵の間者がいないとも限りまセン。武器を持っていたらすぐ取り囲まれマス!」

 

「成程。そいつは面倒だな」

 

「強行突破は最後の手段にしたいところデスね」

 

「では、城壁の上からロープで下へ降りる、というのはどうだろう」

 

「巡回の兵士に見つかってしまいマス」

 

「そうか……カタリナは何か考えは無いのか」

 

「流言飛語を民衆に流しマース!」

 

「狼少年みたいな事か?嘘を言い触らすのか」

 

「スィ!フローランス軍と敵対するカタロニア軍が侵入した、と言い触らしマース!ワタシの忍法が役に立ちマース!」

 

「忍法?どんな?」

 

「忍法・山彦といいマース!ワタシは音を操る忍者デース!ワタシの声を遠くに届けたり、別人の声を真似たり、大きな声を反響させたりと色々できマース!」

 

「そいつは便利だな。よし、頼んだ」

 

「お任せ下サイ!行ってきマス!」

 

カタリナは一瞬でクロムの前から消え失せた。

 

「……さすが忍者。身が軽い」

 

跳び上がって天井の梁へ両手で逆上がり、屋根にぽっかりと開いた穴から外へと出た。空は夕日で赤く染まっていた。カタリナは忍者の修行によって驚異的な身軽さと俊敏さ、柔軟な肉体を得ていた。胸の大きさは邪魔であったが。

 

「さて、ここはワタシの見せ場デース。行きますヨ。忍法・山彦!――――カタロニア軍が出たぞー!カタロニア軍が侵入したぞー!」

 

カタリナは忍法・山彦でまず声を変え、男の声で大声を出した。その大声はカタリナの口からではなく、ずっと遠くの方から響いた。

 

「カタロニア軍だと!?」「何処だ!」「数は!?」「敵襲ーっ!敵襲ーっ!!」

 

やがてあちこちから兵士の声が聞こえてくる。

 

「一旦、中央に集まれー!」

 

この声はカタリナのものである。その声によって多くの兵士達がパロペニアの中央広場に集まってくる。

 

「これで時間が稼げマース!――――クェ?」

 

ばしゅっ!ばしゅっ!!

 

屋根の上から中央広場を眺めていたカタリナの蒼い目に、赤い色が写る。夕日のせいかと一瞬思ったが、やがてそれは血飛沫だと分かった。

 

「ディオス・ミーオ!何が起きてマスか!?」

 

「どうしたカタリナ!」

 

カタリナの声に何か不穏なものを感じ、クロムも屋外に出る。しかしクロムの位置からは中央広場は見えない。

 

「ええい!」

 

クロムは壊れたレンガ壁に向かって跳び、蹴りで反動を得てカタリナの立つ屋根の上まで跳躍する。この時点で既に常人技では無い。

 

「アレか!?」

 

遠くに見える中央広場にて、フローランス兵は一人残らず死んでいた。遠目で見ても、そこはまさに血の池地獄といった様相であった。そしてその血の池の中、一人の青年が立っていた。その衣装は、和装に西洋風の襞襟(ひだえり)(中世ヨーロッパ貴族の首のビラビラ)のようだった。

 

「見ているか転生人よ!」

 

その青年はおそらく日本人であった。その澄んだ声が、それでいて凄みを持つ声が忍法・山彦の効果でこちらにも届いた。

 

「そして見ているか!柳生十兵衛よ!」

 

その青年の言葉で思い出す。異世界転生に巻き込まれた柳生十兵衛は何処へと消えたのだろうか。同じくマリア天姫もまた巻き込まれた筈だった。だが、クロムは一人イスパニアの地に立っていた。

 

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム!我は求め訴えたり!」

 

青年の目が黄金色に輝き、西洋の呪詛の文句を口にする。

 

「呪いの闇に巣喰う者よ、毒持てる蛇、禍々しき悪魔よ、今こそ現われて災いの力を貸せ!姿を見せよ!来たれ!来たれ!復讐するは我にあり!我、これを報いん!」

 

ガガガガガッ!

 

大気を震わせ地を裂き、雷鳴が轟く!太陽は沈み、闇が空を覆う!赤く輝く満月が夜を照らし、パロペニアの街を真紅に染め上げる!

 

遥か遠くイスパニア、異世界モナルキアにあの男が蘇ったのだ!

 

「汝、懺悔せよ!我が名は天草四郎時貞なり!」




~地獄変第三歌終幕!次回、フローランスに三銃士あり!~


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~地獄変第四歌~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。

・柳生十兵衛三厳

 江戸時代初期に活躍した柳生新陰流の剣豪。隻眼で右目に刀の鍔で作った眼帯をしている。忍法・異世界転生に巻き込まれて行方不明。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・マリア天姫(てんひめ)


 切支丹忍者、15修道女のリーダー。両腕が絡繰り仕掛け。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。


フローランス軍マッツァリーノ枢機卿麾下(きか)の第二銃士隊の副隊長アーマンド・ド・アトスは中央広場の惨状の一部始終を見ていた。

 

「信じられん……あの男、一体どんな手品を使ったんだ」

 

アーマンド・ド・アトスは羽根の付いたマスケットハット(銃兵帽子)を脱いで胸元に置き、片手で十字を切って黙祷した。

 

「そこにいたかアトス!」

 

その背に声を掛けたのは同じくマスケットハットを被った男だ。がっしりとした体格のその男も、遅れて壮絶な光景を目にした。

 

「何てこった……正規軍の精鋭が無抵抗で殺されたのか?」

 

「来たかポルトス。彼らは甲冑を身に着けていたが、これこの通り。鋭利な刃物でもこう簡単に斬られたりはしない」

 

この男はアトスの従兄弟のイザーク・ド・ポルトスという同じ銃士隊の銃士である。

 

「ところでアラミスはどうした?」

 

「あいつはあそこだ」

 

アトスが顎で示した先、中央広場で哄笑を上げていた天草四郎のさらに先に、忍び足で回り込んでいる伊達男がいた。その名はアンリ・ド・アラミス。

 

「挟み撃ちだ」

 

一番足の速いアラミスが先に回り込み、続いてアトス、力はあるが足は遅いポルトスが最後という連携が彼らの強みだった。

 

しかし、それは叶わない。

 

「―――因果の彼方より出でよ!入滅せよ!血よ!肉よ!我が同胞(はらから)よ!」

 

青年の声と共に、血の海に沈んでいた兵士達の骸が血煙となって中空に舞う。

 

「なっ、何だ!?」

 

今にもレイピアで切り込もうとしていたアラミスが、血煙に怯んで立ち止まってしまう。一方でマスケットの装填を終らせたアトスも血煙に遮られ、銃の照準を合わせる事が出来ない。

 

「俺に任せろ!」

 

ポルトスが近くにあった薪割り場から、人一人分以上はありそうな丸太を持ち上げる。

 

「おおりゃあああああっ!!」

 

おそらく相当な重さであろう。そんな丸太を天草四郎に目掛けて投げ付ける!

 

しかし、その間に立つ人影があった。

 

「ちえええええいっ!!!」

 

しゅばばっ!

 

人影の左の腰から放たれた光が丸太を横一文字に打ち払い、さらに振りかぶって二刀目、三刀目が丸太を細切れにする。

 

「魔人・田宮坊太郎、見参」

 

その人影は長髪の青年であった。和装に首元に襟巻をしており、抜き放った太刀筋から居合術の使い手だと見える。

 

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「ポルトス!退け!」

 

バン!

 

アトスの構えたマスケットから火花が散る。

 

「シッ!」

 

ぎゃんっ!!

 

しかし、マスケットから放たれた弾丸は、神速の居合抜きで真っ二つにされた。

 

「貰った!」

 

さらに天草四郎の背後から、一瞬立ち止まっていたアラミスがレイピアで突きを放つ!

 

「きひひっ!」

 

そこへ超絶の反応で、田宮坊太郎が廻り掛の一刀を放つ!

 

ぎゃりんっ!

 

「ちいっ!?」

 

アラミスのレイピアは坊太郎の刀に阻まれてしまう。慌てて距離を取るアラミス。そこへ一撃、引き際の返し技を放つ坊太郎。反射的にレイピアのガード部分で止める。両者間合いが近過ぎる為、剣は振るえない距離。両者同時に離れる。

 

「ほう、やるな。南蛮人」

 

「……どこの人間だ?シャムか?」

 

「くははっ!まず、最初の認識が間違っておる!」

 

「何だと!」

 

フローランス最精鋭の三銃士が、たった一人の若侍に翻弄されていた。

 

「……うぇええん」

 

その時、兵士達の死体の中から赤ん坊の泣き声がした。アラミスは坊太郎の相手で赤ん坊に気を回す余裕は無かった。

 

「アトス!ポルトス!」

 

「任せろ!」「おっしゃあ!」

 

アトスとポルトスが即座に反応する。アトスはマスケットの次弾を装填、ポルトスは死体の山へと走る!

 

「忍法・髪切丸」

 

そこへ天草四郎の忍法が繰り出される!

 

「忍法・山彦!!」

 

パン!

 

ポルトスの身体を切り裂こうと迫る不可視の糸が、カタリナお紅実の忍法によって破られる。両手を一拍叩き、喉の奥を震わせる事で低周波振動を増大させ、遠方において大気を破裂させる!

 

「伊賀者か!」

 

空中で弾け飛んだ髪の毛の糸を操り、今度はカタリナの潜む屋根の上へと飛ばす。距離があった為か、カタリナはすぐに後ろに飛んで避けた。

 

「いたぞ!今、助ける!!」

 

死体の下に、血塗れの赤ん坊を抱いた少女がいた。どうやら兵士の誰かが庇ったらしい。だが死体の山を退けている間に、天草四郎の魔の手が伸びる!

 

ダン!ダンッ!

 

「ぐっ!何奴!?」

 

ポルトスを襲おうとしていた天草四郎の顔面に、二発の弾丸が当たる。僅かによろめいて片手で顔の流血を抑えながら、天草四郎は乱入者の姿をその目に捉える。

 

そこに二刀を背中から抜き、クロムが掛けて来る!

 

暹羅(しゃむ)式念流・鳶業(とびわざ)の一!風螺山牙(ふらさんが)!!」

 

ぎゅるぎゅるぎゅるっ!!

 

間合いを詰めるクロム、糸を振るう天草四郎、それを跳んで躱しつつ、空中で連続前方宙返りからの二刀振り下ろしを放つ!

 

「しゃああああっ!!」

 

ぎゃいんっ!!

 

そこへ田宮坊太郎の振り向き様からの薙ぎ払いがぶつかり合う!

 

「何て力だ!」

 

常人を超える膂力で繰り出された、全体重をかけた二刀を、坊太郎は片手で放った一刀で受け止めた。そのまま空中で静止するクロムの身体。この先は切替しの一撃が来る!

 

「こなくそっ!」

 

そのまま二刀を坊太郎の刀に押し付けたまま、右脚を後背から頂点へ。そして前転しながら一気に踵を振り下ろす!

 

「鳶業当身十二変化(へんげ)馬出過禄(までかろく)!!」

 

坊太郎の脳天にクロムの右踵が直撃する!

 

「おのれっ!」

 

びゅんっ!

 

坊太郎の返しの一刀を蹴りの反動で跳躍して躱す。着地したクロムに対し、頭頂部からの流血によって坊太郎は動きが止まっていた。

 

「もうよい坊太郎。次の地獄へと参ろうぞ」

 

「しかし四郎!」

 

「ここで何をしようと大して意味は無い。いいから行くぞ」

 

「ちっ……次は仕留める!」

 

ぶわっ!

 

天草四郎の不可視の糸が血風を呼び、視界を遮る。

 

「待ちやがれ!」

 

「ダメだポルトス!動くな!」

 

血風の中に飛び込もうとしたポルトスをアトスが止める。

 

「動けば五体を引き裂かれていただろう」

 

アラミスが投げ入れた小枝が一瞬で細切れにされてしまった。やがて血風が治まると、二人の魔人の姿は忽然と消えていた。

 

「……何だったんだ、ヤツら」

 

「まあ待て、ポルトス。この二人はヤツらを知っているようだ」

 

クロムとカタリナを見たアトスがポルトスをなだめる。

 

「後でいいか?まず、この女の子と赤ん坊を安全な場所に避難させよう。お嬢さん、名前を教えてくれるかな?」

 

クロムの足元にちょうど少女が赤ん坊を抱いて座っていた。

 

「あ―――アルノルダ」

 

まだ10代前半と思われる少女。被っていた白い頭巾を脱ぐと、明るい髪の色に、三つ編みのお下げが両肩に現れた。

 

【挿絵表示】

 




~地獄変第四歌終幕!次回、新たなる魔人登場!!~


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~地獄変第五歌~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。


「あそこ!あそこがおばあさんのお家なの!カタリナお姉ちゃん!」

 

アルノルダの案内で、パロペニアの郊外にある民家に立ち寄っているクロム達。成り行きでアトス達三銃士も一緒である。

 

「スィ!とても楽しみデスね!」

 

「きゃっきゃっ」

 

赤ん坊を背負い、カタリナはアルノルダと手を繋いでいた。赤ん坊は彼女の弟らしい。

 

「マドモアゼル・カタリナ、私の馬をお使い下さい!いえ、私は貴女の馬ですとも!」

 

必死にカタリナを口説くのはアラミスであった。三銃士は馬をそれぞれ連れていたが、アルノルダが馬に乗れないのでカタリナも乗るのを断った。

 

「またアラミスの悪い癖だ」

 

「まあそう言うな、ポルトス。お前さんだって、年上の女性が相手ならたちまちあんな感じになるじゃないか」

 

「ち、違うぞ。俺は別に年上趣味とかじゃないぞ!」

 

「ところでクロム君。君はカタリナ嬢の事はどう思ってるんだね?なかなかいないぞ、あの胸は」

 

アトスとポルトスの雑談に、何故かクロムも付き合わされていた。

 

「一度でいいから両手で持ち上げてみたいとか思ってるよ」

 

「……その発想は無かった!」

 

心底感心したような顔をするアトス。

 

「ここだよ!おばあちゃーん!帰って来たよー!」

 

藁ぶき屋根の小さな民家の木のドアを、アルノルダが勢いよく開ける。中で一人の老婆が、糸車を回して羊毛を紡いでいた。

 

「おや、アルノルダかい?婆はここだよ。お客さんかい?」

 

「うん、おばあちゃん!街で会ったの!カタリナお姉ちゃんって言うんだよ」

 

「はじめマシて。カタリナお紅実いいマス」

 

自己紹介をしながら赤子をアルノルダに返す。

 

「まあまあ、ようこそきなすった。お客さん達。どうやら大変な目にあったみたいだねえ」

 

「どうして分かりマスか!?」

 

「これでも『ピリオネスの魔女』なんて言われていてねえ。アルノルダや。その頭巾をこっちにおくれ」

 

「はーい」

 

アルノルダの手から血染めの頭巾を受け取り、懐から取り出した水晶玉を頭巾を持った手の平の上に載せる。

 

「さあ、見えてきたよ」

 

水晶球が明滅し、やがて一つの光景を映し出した。

 

 

 

「デウスよ!サタンよ!我が呪詛を聞き届け給え!」

 

パロペニアの南、フローランスとカタロニアの国境より南側にジロアニアという町に天草四郎の姿はあった。カタロニア王国に進駐したイスパニア軍の略奪により、ジロアニアの街は荒廃していた。街の中央に位置する教会で四郎による殺戮は行われた。

 

「入滅せよ!忍法・異世界転生!」

 

礼拝堂の中に積み上がっていた数多の死体が、何かに吸い込まれるようにして一か所に凝縮される。

 

ぎゅわっ!

 

しかし逆再生のように何かが広がり、それは人の形を成した。

 

「―――魔人・荒木又右衛門、参上」

 

その男は転生衆の一人、中条流、神道流、柳生新陰流を学んだ荒木又右衛門保知(やすとも)と言う。『鍵屋の辻の決闘』という逸話で有名になった人物である。また、『寛永御前試合』にて、宮本武蔵の養子、宮本伊織貞次(さだつぐ)と対決して引き分けたとも言われる。享年三十八。

 

身の丈は180cmを超え、腰の刀は二尺七寸(約80cm)程もある。通常、刀は身長に対してマイナス三尺程度が適当であるとされる。四郎の隣に立つ田宮坊太郎は居合術の使い手である為か、三尺もの大太刀を用いる。だが又右衛門がいかに大柄でも、この長さは常人より長い事になる。

 

【挿絵表示】

 

「四郎よ。ここはどこだ」

 

「ここはイスパニア……の隣のカタロニアとかいう小国じゃ」

 

「ほう、どういった了見で異国にこのわしを呼んだ?」

 

「異国どころか別の世界線ゆえ、その方の存念、甚だ間違っておる」

 

「……面白い。して、我ら転生衆、悉く十兵衛に敗れたのは間違ってはおらぬな?」

 

「いかにも」

 

「それにしても、魔界転生とは女人との交合が必要では無かったか?」

 

「此度の転生、実は魔界転生とはいささか異なる。魔界転生には欠点があったでな」

 

「欠点か」

 

「左様。女人と交合、つまり転生は男だけ。その限界を超えるべく、宗意軒様は転生の術にさらに創意工夫を加えたのよ。そして生まれたのが忍法・異世界転生」

 

忍法・魔界転生とは、この世に強い未練を残す者が、その者が深く恋慕する女人もしくはそれに近い似姿の女人と交合する事で、一ツ月の後に女人の体内から再生される、という秘術である。

 

「異世界転生か。つまり、どういう事だ?」

 

「女人は使わぬが、その仕組みは共通しておる。人がこの世に生まれるという行い。それは陰と陽の交合に他ならぬ。人が生まれるのがこの世の理ならば、人が死ぬのもまたこの世の理。数多の屍が我ら転生衆を世に繋ぐのよ」

 

「道理は理解した。しかし異世界とは?我ら徳川を滅せんとする者。このような異国で徳川滅ぶべし、などと言っても意味が無かろうよ」

 

「確かに。だがこの地もまた呪いに満ちておる。ならば我ら転生衆、何処にあろうとも成すべき事は同じよ。それと、あの『転生人』を放置してはおけぬ」

 

「ところで坊太郎、お主は先程から何を上ばかり気にしておる」

 

田宮坊太郎はずっと上を見上げていた。その視線の先は『ピリオネスの魔女』の水晶に繋がっていた。

 

「しゃあっ!」

 

びゅんっ!

 

視線の先へ向け、坊太郎の居合一閃。

 

 

 

 

「……これ以上は覗けないみたいだねえ」

 

老婆はそう言って割れた水晶球を懐に戻した。そして血染めの頭巾の代わりに、赤いビロードの頭巾をアルノルダに手渡す。

 

「この赤い頭巾はお前に加護を与えてくれる。これからは肌身離さずに持っておくんだよ」

 

「うん!」

 

「それから―――ナバール!おいでナバール!」

 

老婆の声で部屋の奥の暗がりから、何かがのっそりと姿を現した。

 

「狼!」

 

大きな灰色の狼の姿に、三銃士達は即座にレイピアを抜く。

 

「慌てないでおくれ。この灰色狼はナバールと言って、その赤い頭巾の持ち主さ」

 

「……狼が持ち主?どういう事かな、マダム」

 

三人の中でアラミスだけ剣を狼に向け続けている。

 

「その赤頭巾は幼い頃のナバールを包んでいたのさ。アルノルダの母親が森で見つけたんだよ。それ以来、ナバールはその赤頭巾の持ち主を守るようになった、と言う訳さ」

 

「ナバールはあたしのお友達なのよ!」

 

「アルノルダや。ナバールを連れて、この人達と一緒に行きなさい」

 

唐突な老婆の言葉。

 

「お婆さん、いきなり何て事言うのかな。こんな小さな子、連れて行けないよ。大体このオッサン達も成り行きで一緒になってるだけだし」

 

クロムは老婆の提案を却下する。天草四郎がクロムを意識している以上、おそらく再び激突する事になるだろう。そんな旅にこの小さな少女を連れて行くのはどうなのか。

 

老婆はしかし、こう締めくくった。

 

「明日か明後日か、あの男にあたしゃ殺されるからねえ」




~地獄変第五歌閉幕!次回、魔法の鏡がアルノルダを襲う!~


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~地獄変第六歌~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。当時、まだ十五歳であった。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。


『ピリオネスの魔女』である老婆は孫であるアルノルダをクロム達に託し、何処かへと消えた。置き手紙と共に一冊の本がアルノルダに残された。

 

その名を『ガヤト・アル・ハキム・フィル・シフル』と言う。

 

 

「我々はひとまず、フローランスの首都パリージへと戻る。パロペニアとジロアニア、国境を挟んだ両側で虐殺が起きた今、必ず両国の報復合戦になる。まずはマッツァリーノ枢機卿に軍を進軍させないようにお願い申し上げる」

 

「マドモアゼル、しばしのお別れをお許しください。このアラミス、あなたの触れたこの手を洗わずにおきましょう!」

 

「いや、洗えよキザ男。汚ぇだろ」

 

「はっはっは、はっきり物を言うなあ、クロムは」

 

別れを告げるアトス、女癖の悪いアラミス、笑うポルトス。

 

「では、しばしの別れだ!」「ああ、マドモアゼル!」「さらば、友よ!」

 

三銃士と別れ、クロムはカタリナとアルノルダ、それに灰色狼のナバールを連れてジロアニアへ様子を見に行く事にした。状況を確認次第、カタロニア軍の指揮官に真実を伝えて両軍の衝突を回避する。

 

「カタリナとアルノルダも俺に付き合わなくていいんだぞ」

 

大小様々な石で舗装されたドミティエナ街道を南下中、クロムはそう切り出した。

 

「乗りかかった泥船と言いマース!」

 

「何でわざわざ一語増えてるんだよ乗るなよ泥船に」

 

「実は本当の理由がありマス」

 

「いきなり真面目になったな」

 

「ワタシの目的は、財宝デース!」

 

「いきなり俗っぽくなったな」

 

「かつてキリシタン大名達がロムレアス教皇に謁見しマシた。その時に布教の為の資金として授かった財宝、およそ百万エクーの価値があると言われてマス」

 

「……どのくらいの価値なのかさっぱり分からんわ。で、それがどう天草四郎と関わるんだ?」

 

「何を言ってマスか?天草四郎はキリシタン軍の指揮官デスよ」

 

「いやあ。あいつ、財宝の在り処とか絶対口を割らないだろ」

 

「大丈夫デス!ワタシの忍法・山彦が心の声をさらけ出しマース!」

 

「便利過ぎないその忍術」

 

「勿論、財宝は山分けデース!ワタシ7、クロムさん3デス!」

 

「おいおい待て待て。何だその比率」

 

「ワタシの忍法で聞き出しマスから、ワタシが多く貰う権利がありマース!」

 

「ねえカタリナお姉ちゃん、あたしは?あたしの分は?」

 

「グアーウ!勿論、アルノルダの分もありマース!ワタシ7、アルノルダ2、クロムさん1でどうデスか!」

 

「わーい」

 

「待て待て。何で俺の取り分が減るんだ」

 

「アルノルダにはナバールもいマスから二人分なのデース!」

 

「納得出来ん。それなら金以外の報酬を頂こうか!」

 

「何デス?お金以外に何がありマスか?」

 

「カタリナ。お前が欲しい」

 

「な、何を言ってマスか!?」

 

「アルノルダも欲しい」

 

「死んで下サーイ!」

 

「がぶっ」

 

「あいたたたたやめろこの狼」

 

カタリナには殴られなかったが、ナバールが主人の危機を感じてクロムの足を噛んだ。

 

 

 

 

 

「わーい、お城だー!」

 

「わふっ」

 

ナバールを連れてアルノルダが城門をくぐり抜ける。ここは岩山の上に建てられた古城であった。通常の街道は進軍ルートであるので万が一の為に避け、山沿いの街道に入る為にこの山城を抜けなくてはならなかった。

 

「うぉん」

 

ナバールが短く吠えて立ち止まる。

 

「ぐるるるる」

 

「狼は鼻が利くからな」

 

「そうデスね。何か見られている感じがしマスね。アルノルダ、ワタシの後ろにいて下サイ」

 

「うん、分かった」

 

―――きらり。

 

視界の奥で、何かが光った。

 

「あっちだ」

 

城塞の瓦礫が立ち並ぶ中、残った壁に額縁のようなものが掛かっていた。しかし装飾が施された縁は丸く、絵画が飾られていたとは考えにくい。

 

「何だこれ。鏡か?」

 

「そのようデスね。本体の鏡が無くなっていマスね」

 

「よく略奪に会わなかったな」

 

「装飾だけでもお金になりマス」

 

「ぐるるる」

 

ナバールはその装飾を睨みつけている。

 

「ナバールは何でそんなにそいつを警戒してるんだ?あいつらの方を警戒した方がいいだろう」

 

「殺気が隠してまセンよ。そろそろ出てきたらどうデスか」

 

「おおーっと。バレちゃあ仕方がねえ。おう、身に着けてるもん全部寄越してもらおうか。姉ちゃんはもらう。野郎は殺す。ガキは売っ払う」

 

城塞の瓦礫に紛れ、ぞろぞろと男達が姿を現す。それぞれが剣や槍などで武装しており、粗末な胸当てなどを着けていた。

 

「つまり俺を殺せばいいと思ってるんだ?」

 

「おう、そうよ。おめえをまずはぶっ殺す」

 

この集団の頭目らしき男が剣を抜く。装備に統一感が無いので、おそらくは山賊兼、傭兵というところか。

 

「うるあっ!」

 

「うるせえ」

 

ばきっ!

 

頭目の剣が届く前に、クロムの回し蹴りが届く。首筋に当たった蹴りの威力で横一回転した後、地面に叩き付けられた。

 

「や、やろう!」「やっちまえ!」「殺せ!」

 

クロムの蹴りはシャムのムエイボーランという古武術に近い。剣より先に蹴りが当たったのは、単純に能力もレベルも大きく離れているからだった。

 

普通の人間はモナルキアン・ルールブックによれば通常レベル1で、どんなに鍛えてもその『レベル1』という「強さの水準」は変わらない。これがライオンとなると生まれつき強いので『レベル5』くらいにはなるという。人間は『レベル1』であり、ライオンは『レベル5』なのだ。そしてこのクロムは『レベル10』に相当する。三銃士達なら『レベル5』、転生衆もまた『レベル10』相当である。そしてこの基準で一番強いとされるのは、『神性』の『レベル100』である。

 

「うぉん!うぉん!」

 

「きゃあっ!?」

 

「アルノルダ!?」

 

ナバールが途端に吠えたのでカタリナは後ろを振り向く。縁だけの壁鏡の何もない空間が捻じ曲がり、中に何かが見える。

 

「鏡よ鏡、アルベルティスの鏡よ。汝、その似姿の魂を我が精気とせよ」

 

中から聞こえてきた女の声。捻れた空間がやがて鏡面のようにその場の全ての者を映し出す。

 

「―――逃げろ!それは『エナジー・ドレイン』だ!」

 

クロムが慌てて鏡の範囲内から飛び退く。

 

「!!!―――ヴァーレ!アルノルダも!」

 

カタリナも急いでその場を離れるが、アルノルダは咄嗟に動けなかった。

 

「うわあああ!」「ち、力が抜けていく!」「た…助けてくれぇえ!」

 

山賊達が次々と倒れていく。精気を吸い取られ、心臓麻痺で死んでしまったのだ。『エナジー・ドレイン』でレベルダウンをすると、レベル1の人間は即死してしまうのだ。レベル5のライオンならばレベル4にダウンしてしまう。アルノルダも即死してしまう―――と、思われた。

 

「赤頭巾の加護を!レジスト・マジック!」

 

対魔法防御の魔法レジスト・マジック。赤頭巾には即死耐性に始まり、毒物耐性、呪詛耐性、火炎耐性に冷気耐性など、物理攻撃以外への耐性を上昇させる効果があった。その効果をさらに増幅させるのがレジスト・マジックの魔法である。

 

「大丈夫デスか!?」

 

「大丈夫だよお姉ちゃん。あたし、これでもお婆ちゃんから『白魔法』を教えてもらったんだよ!」

 

『白魔法』とはモナルキア世界において、星々の力を借りる事で超常の力を発揮する、ウイッチクラフトの中でも「善い」効果を多く得られる魔法体系である。

 

「うぉおおおおおん!」

 

さらにはナバールの咆哮が、鏡の魔力を打ち消した。

 

「ナバールの声にも魔法の力があるんだよ」

 

「ワタシの忍法と似てマスね」

 

『忍法』も魔法の一種である。

 

「しかしこの鏡?これは何だったんだ」

 

鏡は力を失ったのか、既にその鏡面は消失して元の何もない縁だけになっていた。

 

―――魔法の鏡。その持ち主であるブラクバテンクス公国リヒルデ・フォン・グンドリヒが四人目の転生衆として蘇ったのだった!

 




~地獄変第六歌これにて終幕!次回、あの銃士が戦場に立つ!~


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~地獄変第七歌~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。当時、まだ十五歳であった。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。

・リヒルデ・フォン・グンドリヒ

 ブラクバテンクス公国のグンドリヒ伯爵家出身。魔鏡「アルベルティスの鏡」を所有している。民話「白雪姫」の継母として知られる。四人目の転生衆。


リヒルデ・フォン・グンドリヒは魔鏡「アルベルティスの鏡」の能力「シュピーゲル・トーア」により、鏡を通して別の場所へ瞬時に移動する事が出来る。

 

結い上げた巻き髪は茜色、鳶色の瞳に黒いドレスを着た若い女である。その美貌によって己が身を滅ぼしただけあって妖艶という言葉が似あう女であった。

 

【挿絵表示】

 

「妾の力をはね付けるとは……あの娘、どうやら魔女の血を受け継いでいるようじゃ」

 

「お主の力、しかと見届けさせてもろうたぞ。して、リヒルデよ。お主は転生して何を望む?」

 

転生後の消息が分からなくなっていた森宗意軒はここ、フローランスの北方アルデンネの廃城に転生していた。かつての転生衆を呼び出している天草に対し、宗意軒はこの地で新たな転生衆を呼び出した。

 

「知れた事!この妾を幽閉した者どもの粛清じゃ!いや、既にその者らはこの世にはいない。ならば、その末裔達には死を!いや、そんな者達を生み出したブラクバテンクスを滅ぼすのじゃ!」

 

「ほほ、この世全てが地獄となれば、お主の望みは必然的に叶う」

 

宗意軒にとってはリヒルデの転生は、忍法・異世界転生の完成を意味していた。従来の忍法・魔界転生はあらかじめ女人に術を施す際に『宗意軒の指』が必要であった。その為、総勢十名までしか転生させる事が出来なかった。異世界転生にも指は必要ではあるが、女人を必要としないので男女問わず転生させる事が可能である。既に自分の転生に一指を使い、天草四郎からリヒルデまで四指。合わせて五指が左手から失われている。

 

「さて、四郎には残り三指を預けてある。残る我が指は二指なり」

 

次の転生者を選ぶ為、リヒルデを連れてこの地の亡者を知らなくてはならぬ。宗意軒にとって忍法・異世界転生における障害はその一点だけであった。

 

 

 

 

パロペニアとジロアニアで起きた虐殺事件は、双方の衝突を産んだ。まずはパロペニアの民兵達が国境でカタロニア軍と衝突し、その直後にジロアニアで事件が起きた。中間地点のフィゲレスの街が無事であった事でフローランス軍はフィゲレスを迂回した、と噂が立った。フィゲレス民兵はこの隙にパロペニアを奪還しよう、と考えた。

 

「ちょおおおおっと待ったあああああっ!!」

 

国境ル・ペルテュス峠のベールガルデ要塞跡でまさに両軍相討つというタイミングで、無謀にもシャルル・ド・アルタニャンは騎馬で両軍の間に割って入った。

 

【挿絵表示】

 

「何だ小僧。お前はバカか?」

 

フローランス軍の先頭には騎馬のアトスがいた。

 

ド・アルタニャン、つまり『ダルタニャン』と呼ばれる。この法則に倣えばド・アトスは『ダトス』、ド・アラミスなら『ダラミス』が発音的には近い。

 

「その通りデース!もう戦いは止まりまセーン!」

 

一方、カタロニア軍の先頭には徒歩のカタリナが立っていた。

 

「やあやあ、音にこそ聞け!近くば寄って目にも見よ!我こそはガスコーナの遍歴銃士!ダルタニャン家の四男!シャルルなり!」

 

まるで、騎士道精神華やかなりし中世の如き名乗り口上であった。あまりの大仰さに滑稽にさえ感じられてしまう。たちまち両軍から爆笑する者が出る。

 

「ぎゃはははは!」「兄ちゃん、勇ましいねえ!」「いや、姉ちゃんなんじゃねえか?」

 

あまつさえ、女に間違われてしまう始末であった。小柄で身体の線が細い為だったが、よく日に焼けた肌は浅黒く、マスケットハットの下の顔はまだあどけなさが残る。

 

「うるさい!笑うな!特に、そこの男!ちょっと笑い過ぎ!」

 

「あー、俺か?すまんな」

 

何故かクロムに矛先が向いた。カタリナの後ろで目立たないようにしていたつもりだった。

 

「僕はここに提案する!両軍!代表者を立て、決闘にて決着とする!僕が相手をしてやる!まずはお前!今笑ったお前だ!」

 

「意味が分からないぞ」

 

ダルタニャンの一方的な宣言。しかも、自分が相手をすると言い出す。しかしクロムの言い分など聞く耳持たず、ダルタニャンは腰からレイピアを抜く。

 

「まずは名乗れ!」

 

「義勇兵クロム・アーサーだ」

 

「行くぞ、クロムとやら―――てやあっ!」

 

あれよあれよと言う間に問答無用で決闘が始まってしまった。このシャルルという少年、周りを有無を言わせずに巻き込むトラブルメーカー的な人物のようだ。

 

「うおっ!」

 

鋭いレイピアの突きを鉈で受け流す。

 

「プッセ・ドゥ・レクレール!!」

 

ぎゃりっ!

 

切っ先が消え、楕円を描くように剣の軌道がひらりと変わり、クロムの鉈をすり抜けるようにして胸元を切り裂く。

 

「シッ!」

 

同時にクロムの回し蹴りがダルタニャンの顔を狙う。しかし、華麗な身のこなしでダルタニャンの身体が反転する。

 

「クーラント・ドゥ・エール!」

 

「暹羅式当身変化・反海月(そりくらげ)!」

 

レイピアを翻し、背中を見せて反転し、カウンターの斬り技を狙うダルタニャンと、回し蹴りからの後ろ回し蹴りを放つクロム。レイピアを持つ腕と後ろ回しの蹴り足が交錯する。

 

「甘いっ!」

 

しかしクロムには、まだ両手の鉈が残っていた。後ろ回しの蹴り足でそのまま踏み込み、鉈の一撃が振り下ろされる!

 

「ちいっ!」

 

がきんっ!

 

ダルタニャンの左手には、隠し武器のマン・ゴーシュという鍔の大きな短剣が握られていた。鉈を受け止め、鍔迫り合いになる。

 

「暹羅式当身変化・顔弄(かおろい)!」

 

クロムの飛び膝蹴りがダルタニャンの顎を狙う。

 

「うああああっ!!」

 

その一撃を間一髪で避けたダルタニャンはクロムにタックルを仕掛けた。

 

「組討ちか!」

 

両手の鉈から手を放し、組み付いてきたダルタニャンの上から両手でがっぷりと組み付く。

 

むにゅっ。

 

「―――え?むにゅっ?」

 

手が何か柔らかい二つの物体を鷲掴みにしていた。

 

「ぎ―――いいいいいいいいいいやあああああああああああああああ!!!!!」

 

ダルタニャンの絶叫が天高く轟いた。

 

「おま、ちょ、おま―――女か!?」

 

「死ねえええええええええ!!」

 

ごんっ!!

 

「―――んほお!?」

 

勢いよく跳ね上がったダルタニャンの後頭部がクロムの股間にクリティカルヒットした。

 

「言うなよ!超言うなよ!誰にも!」

 

「―――ど、どうして、エレクチオンしないのよォ。がくっ」

 

クロムは不覚にも負けてしまった。ダルタニャンは女性であった。本名はシャルルではなく、シャルロットであった。

 

「さ、さあ!次はお前だ!」

 

「すまんな、君の勝ちでいい」

 

一部始終を見ていたアトスは、戦う気が失せていた。

 

「何だと!僕を愚弄するのか!?」

 

「そうじゃあない。俺は女性には手を挙げないと神に誓っているんだ」

 

「僕は男だ!戦わなくては、フローランス軍は進軍をやめないだろう!」

 

「そうか。お前、最初からそのつもりだった訳だな?」

 

「そうだよ!戦争を止めに来たんだ!」

 

「では、俺は君にわざと負けてみせよう」

 

「馬鹿にしてるのか!?」

 

「君の目的は何だ。戦争を止める事だろう。ならば、ここで女だからどうとか愚弄しているだとか、そんなもんはちっぽけな話じゃあないかね?」

 

「ぐっ……そうかもだけど」

 

「では問題ないだろう?後は君の誇りとの天秤の問題だ」

 

「分かった。本気で突きを入れるぞ」

 

ダルタニャンとアトスはお互いに距離を取り、互いに同時に突きを繰り出した。

 

ぎゃりんっ!

 

「―――参った!」

 

ダルタニャンのレイピアがアトスのレイピアの鍔を絡め取り、上に跳ね上げてアトスの手からレイピアを弾き飛ばした。

 

「僕の、勝ちだ」

 

肩で息を吐きつつ勝利を宣言する。

 

「これで両軍、決着は付いた!フローランス軍はアーマンド・ド・アトスの名において撤退する!」

 

ダルタニャンの無謀な仲裁により、フローランス軍とカタロニア軍の全面衝突は回避された。

 

「クロムさん、アトスさんに全部持ってかれてしまいマシたネ」

 

ぶっ倒れたままのクロムの傍でカタリナがしゃがんで話しかけていた。

 

「―――だが、我が一生に一片の悔いなし!」




~地獄変第七歌これにて閉幕!次回、神に裏切られし男が蘇る!~


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~地獄変第八歌~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。当時、まだ十五歳であった。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。

・リヒルデ・フォン・グンドリヒ

 ブラクバテンクス公国のグンドリヒ伯爵家出身。魔鏡「アルベルティスの鏡」を所有している。民話「白雪姫」の継母として知られる。四人目の転生衆。


「全能なるルシファー、およびその介添人たるサタン、ベルゼブブ、レヴィアタン、エリミ、アスタロート、およびその他の者は、本日、汝らが郎党なるユルバン・グランディエとの同盟の契約を受け給え!」

 

ウルシュラ会修道院の主任司祭ユルバン・グランディエは1634年、フローランス中西部ルダンにて異端審問の末に火刑に処された。

 

「おお!ついに我が願いを聞き届けてくれたか!」

 

「忍法・異世界転生ここに成る。グランディエ神父よ。共にこの世に復讐しようぞ」

 

リヒルデの魔鏡によってグランディエを知った宗意軒は、ここルダンの地で灰と炎の中よりグランディエ神父を蘇らせた。フェニックスは灰と炎から蘇ると言われる。宗意軒はその伝承を利用していた。

 

「アルベルティスの鏡を使えば、鏡を通して何処へでも行けるのじゃ」

 

リヒルデは宗意軒を連れ、ルダンのサン・ピエール・デュ・マルシュ修道院に現れた。

 

「おお、これはこれは。正に、この薔薇の如き華やかなるご婦人よ。まずはそのお手に触れる事をお許しいただきたい」

 

グランディエは端正な顔立ちをした、三十代前半の美丈夫であった。教区の多くの女人と姦淫を働き、ついには修道女に手を出し、修道院の人間関係を崩壊させた事で密告されてしまったのだった。

 

「妾に触れようなどと片腹痛いわ!その戯言、憎きゴットフリートを思い浮かべずにはおられんわ!ええい、寄るな!」

 

何処から取り出したのか、手にした薔薇の花を片手にグランディエがリヒルデの手を取ろうとした。それをはね付けるリヒルデ。自分を裏切った男への憤怒でその身を焦がす彼女にとって、このような口説き文句で近寄る男は嫌悪の対象であった。

 

 

「ふふふ、実に恐ろしや女性(にょしょう)の嫉妬よな……さて、それではお主の才能、まずは見せてくれ」

 

「承知した。くくく。この薔薇の香りをもって、狂乱の宴をこの地にもたらそう!」

 

グランディエが司祭服キャソックの前を開くと、中から薔薇の花弁が辺りに舞った。

 

「アスモデよ!サティロヌスよ!我が薔薇の香気をもって幻惑せん!」

 

【挿絵表示】

 

薔薇の香りに自身の特殊体質である過剰フェロモン発汗作用を加え、その臭気が風に乗って拡散する。この作用は黒魔法『魅了(チャーム)』と『混乱(コンフュージョン)』を同時に誘発する。この効果は異性に強く発現し、同姓への効果は著しく落ちる。それでも、通常のレベル1の人間では抵抗はほぼ不可能である。

 

やがてルダンのあちこちで暴動が発生した。

 

「死ね死ね死ね」「殺せ殺せ殺せ」「犯せ犯せ犯せ」「奪え奪え奪え」「憎い憎い憎い」

 

多くの民衆の間で不和が生まれ、互いに争う。隣人は敵に。肉親は騙し合う。増大した欲望は殺戮を呼ぶ。

 

「ほほほ、まさに地獄絵図よ!浅ましきは人の(さが)よ!」

 

人がある日突然狂い、理性を失いし時!それはかつて『悪魔憑き』と呼ばれたのだ!

 

 

 

 

 

フローランス軍は国境ル・ペルテュスの村に一時撤退していた。カタロニア側はラ・ジョンクエラという反対方向の村に撤退している。クロム達はル・ペルテュスの一番大きな酒場兼宿屋にいた。

 

「がっはっは!それにしても『やあやあ、音にこそ聞け!』ってのは傑作だったな!」

 

豪快に笑いながら、ポルトスは赤ワインが注がれたグラスを飲み干す。

 

「うるさい!僕だって、紹介状を盗まれなければこんな事はしなかったんだ。あの男、次に会ったら許さないぞ」

 

片やダルタニャンは帽子で顔を仰いで火照った頬に風を当てていた。帽子の下の黒い髪はショートボブ程度。

 

「いや、おかげで両軍の衝突を回避出来た。なかなか真似できる事じゃあないぞ」

 

フォローをするアトスだったが、顔は大分緩んでいた。

 

「その通りだ―――『近くば寄って目にも見よ!』―――はっはっは!」

 

賛同するアラミスであったが、堪え切れずに爆笑してしまった。

 

「まあでも、俺たちの当初の作戦は途中でカタリナの忍法で撤退命令、ってものだったからな。ある程度の犠牲は出るものと腹を括っていた。それが誰も死なずに済んだんだから、ダルタニャンの無謀を馬鹿には出来ないな」

 

クロムはワインをちびちびと口に含んではいたが、他の連中のように水のように飲む事は出来なかった。下戸のせいなのだが、中世の世界では新鮮な水はまず手に入らない。この地方はワインの産地なので、必然的に普段の飲み物はワインなのだった。

 

「グアーウ!クロムさん、全然飲んでまセンね!この私のお酒が飲めまセンか!」

 

「あははははは!カタリナお姉ちゃん、しゅらんだー!」

 

アルノルダと狼のナバールは軍の衝突から離れた場所で待機していた。今はこうしてワインを飲んだりパンをかじったりしていた。中世では子供でもアルコールを飲んでいた。アジア系の人種と違い、欧州系の人種に下戸は存在しない。それが例え子供であっても、だ!

 

「わふっ」

 

ナバールは干し肉をかじっていた。こんな大きな狼が酒場にいたら大騒ぎになるところだが、ナバールの首には『フリージアの護符』というタリスマン(お守り)がチェーンで付けられていた。これは見る者の関心を極度に低下させる白魔法『分別低下(ディスティングイッシュ・ディクライン)』の効果を発揮する。ナバールが攻撃の意志を見せない限り、ただの犬と認識されるか、何もいないものとして認識される。

 

「それよりもルダンの一件、聞いたか?」

 

ポルトスが唐突に真面目な顔で皆に問いかけた。

 

「何でも、あの『悪魔憑き』グランディエ神父が蘇ったのだそうだ」

 

「神父は16年も前に火刑にされたと聞いた」

 

アトスの声にアラミスが答える。

 

「グランディエ神父の話は僕も知っている。ルダンはエイトゲノッセン派の中枢だった。グランディエ神父はルダンの中心人物となってリシェール枢機卿の反感を買った」

 

エイトゲノッセン派とはモナルキア世界の一大宗教、その名も『モナルキア』の派閥の一つであった。『聖書系』と呼ばれる魔法体系を扱う宗教で、主に祈りを捧げ、その祈りに同調する者に魔法効果を与える。全体効果バフ魔法が多く、その代わりすぐに効果を発揮する魔法は無い、とされる。白魔法と効果が似ている為に白魔法を異端であると断じ、迫害をした歴史があると言われる。

 

「詳しいじゃないか」

 

クロムにはさっぱり分からない話である。

 

「ガスコーナもそうだった。僕の祖父はエイトゲノッセン派に寛容だった。だから前のリシェール枢機卿に嫌われて左遷されてしまったんだけど、おそらくグランディエ神父の元に相当な資金が集まってしまった事がその原因だった。戦費なんじゃないか、と疑われてしまったんだね」

 

「つまりダルタニャンにとっては因縁のある相手って事か」

 

うんうん、と頷くポルトス。

 

「祖父がね。僕は直接は知らない。それに祖父はラ・ロッチェル包囲戦に出征して名誉を回復している。だから特に思う事は無いんだ」

 

「俺はカトリコス教会で神学の教えを受けたが……それよりグランディエ神父が蘇ったなんて、質の悪い冗談じゃないのかい?」

 

アラミスは密かに神父になりたいと思っていた。銃士をしているのは生活の為であった。

 

「真偽は分からんが、ルダン周辺で暴動が起きているそうだ。例のアマクサとかいう男の事もあるし、何か関係があるかも知れん」

 

「お、行くか?アトス」

 

「我ら銃士隊はマッツァリーノ枢機卿の配下だ。まずは枢機卿に報告をし、その判断を仰がねばなるまい」

 

ポルトスの言葉にアトスはそう結論を出した。

 

「僕も共に行こう。祖父の話が役に立つかも知れない」

 

ダルタニャンも共にルダンへ行く事になった。




~地獄変第八歌閉幕!次回、いよいよ黄泉国の扉が開く!~


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~黄泉国(Ⅰ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。当時、まだ十五歳であった。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。

・リヒルデ・フォン・グンドリヒ

 ブラクバテンクス公国のグンドリヒ伯爵家出身。魔鏡「アルベルティスの鏡」を所有している。民話「白雪姫」の継母として知られる。四人目の転生衆。

・ユルバン・グランディエ

 フローランス中西部ルダン・ウルシュラ会修道院の元主任司祭。「悪魔憑き事件」で1634年に火刑に処された。三十代前半の色男。


サン・ピエール・デュ・マルシュ修道院の中央には大きな庭園がある。その庭園の丁度真ん中に、フォリーという小さなゴシック様式の建物が建っていた。その地下に、森宗意軒と転生衆が集まっていた。

 

「どうですか宗意軒様。これこそがこの私、ユルバン・グランディエが火刑になっても決して口外せずに秘匿した隠し地下礼拝堂。ここで私と修道女達は、あらゆる享楽に耽っておったのです」

 

「ほほ、素晴らしい。では始めようか、四郎」

 

「はい、宗意軒様」

 

天草四郎はジロアニア虐殺の後、各地で更なる殺戮を引き起こし、新たな転生衆を呼び出していた。

 

まずは、柳生但馬守宗矩(たじまのかみ むねのり)

 

「ククク。のう胤舜坊、まさか再び転生しようとは思わなんだぞ」

 

柳生十兵衛の実父であり、徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人である。

 

次に、宝蔵院胤舜(いんしゅん)

 

「これも(えにし)であろう。但馬殿と如雲斎殿、どちらの新陰流が勝っているのか決着も付いておらぬしのう」

 

奈良興福寺の四十余坊の支院、宝蔵院の院主。奥蔵院道栄(おくぞういん どうえい)より宝蔵院流槍術を学び、表十四本に対し裏十一本の型を創出した功績で知られる。現在、遺されている宝蔵院流高田派においては表裏新合わせて合計三十五の型が残る。享年五十八。隆々とした筋肉、剃髪した坊主頭。

 

最後に、柳生如雲斎利厳(にょうんさい としよし)

 

「クハハハ!我が尾張柳生こそ正当よ!十兵衛を討てばその証も立てられるわ!」

 

俗に「尾張柳生」と呼ばれる。「兵庫介(ひょうごのすけ)」とも呼ばれる。柳生新陰流正当を自称し、但馬守より自分の方が正当後継者だと主張している。享年七十二。太めの体系に達磨のような顔である。

 

【挿絵表示】

 

「いい加減にせい、おのれら。宗意軒様の大願、ついに成就の時ぞ」

 

四郎にたしなめられる三人。

 

田宮坊太郎、荒木又右エ門も傍に控えている。彼ら転生衆、宗意軒と四郎を除けば、全員が柳生新陰流と関わりがある者達であった。宝蔵院槍術の創始者、胤栄(いんえい)も『柳生ではない』新陰流を学んだとされている。

 

「ふふふ、別によい、四郎。これより我らは七日七晩、『最後の転生衆』を呼ぶ儀式に入る。その間、例の転生人の手綱を握らねばならぬ。その役目をお主らに任せる」

 

「転生人―――あの、クロム・アーサーなどと申す男でござるな」

 

「左様。あの男、どうやら別の方法で転生した者のようじゃ。出来れば生かして捕えたい」

 

それを聞いていた柳生宗矩、悪辣な笑みを浮かべる。

 

「では十兵衛のヤツが出て来るまで、その男で遊ぼうではないか」

 

「ほう、遊ぶとは、例の?」

 

同じく胤舜も笑みを浮かべた。

 

「ククク、その通りじゃ。そやつの耳を削ぎ、腕を落とし、足を裂く。我ら五名の剣豪をどこまで相手に出来るか、まずは見極めさせてもらおうぞ」

 

宗矩の提案を聞いて四郎はかつての失態を思い出す。

 

「十兵衛の時と同じ轍を踏まねばよいが?」

 

前の転生時、柳生十兵衛を転生衆に加えようとして一対一の決闘の形式を取ったが、それが度重なる敗北を呼んだ。一人一人の力は十兵衛を上回っていたが、偶然や策、そして十兵衛の弟子達の活躍もあって次々と転生衆は討ち取られた。

 

「なあに、今回は我ら五人は『おまけ』に過ぎぬ。例え討ち取られたとして、宗意軒様の計画に支障はあるまいよ」

 

「四郎、お主は十五修道女を探せ」

 

「はっ」

 

転生人クロム・アーサーの他にも、マリア天姫率いる修道女達の行方も気になるところであった。マリア天姫は由井正雪の仲立ちで知り合ったが、その真意が如何なるものか知らされてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

当のマリア天姫はサン・ピエール・デュ・マルシュ修道院の修道女として内部にいた。姿形はフローランス人に化けていたが、これは彼女の忍法に関わりがあった。

 

「―――行動規則第三条に基づき、指揮権者の不在を確認。現時点をもって当個体は『ルールブック』準拠、もしくは『アドバンスド・ルールブック』『エキスパンション・ルールブック』を参照」

 

彼女、マリア天姫は人間では無かった。それどころか『生物』でさえない。両腕の絡繰りと同じく、その頭脳も俗に言う『AI』というものであった。

 

きゅいぃぃぃん。

 

瞳の機能は精密なカメラであり、本来はクラウドサーバに記録映像をアップロードする。

 

「私はただ、『役割』を通して学習する為にゲームに参加していただけだった」

 

マリア天姫はクロム・アーサーと同じく、『プレイヤー』ではあった。だが、それはAIが人間の行動を学習するべく、実験的に行われた『テーブルトークRPG』だった。

 

『ゲームマスター』が選抜した六名の『プレイヤー』。その内の一人がクロム・アーサーで、もう一人がマリア天姫だ。彼女はインターネットを通じて得た知識の中で『マリア天姫』を選んだ。そのマリア天姫の忍法を使い続けた果て、AIはとうとう自我を獲得した。

 

「私はマリア天姫となった。そして『あの結末』を変える」

 

AIは最良の結果を選択するようプログラムされていた。

 

「十五人の修道女達……彼女達は私に与えられた『タレント』の一つ」

 

NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)はこのモナルキア世界の住人である。『プレイヤー』には特別な才能『タレント』というスキルが設定出来た。クロム・アーサーにも当然、いくつかのタレントスキルがあるが、マリア天姫のタレントスキルの一つに『マリア(フィフティーン)十五玄義図(・ミステリーズ・オブ・ヴァージン・マリア)』があった。十五人の修道女達を召喚し、自身の意のままに操るという、一種の召喚術のようなものであった。

 

「天姫様。我ら十五名、無事に転生済ませましてござります」

 

「マルタお霧。お前はクロム・アーサー一行に紛れ込み、あの男を抹殺するのです」

 

「承知しました」

 

影も無くどこぞへと消えるマルタお霧。彼女たち十五人の修道女は、三百十三年生きるという。

 

「我が忍法にて、必ずやその男を殺してまいりましょう」




~黄泉国(Ⅰ)これにて終幕!次回、マルタお霧の忍法が炸裂する!~


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~黄泉国(Ⅱ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・マリア天姫(てんひめ)

 切支丹忍者、15修道女のリーダー。両腕が絡繰り仕掛け。

・マルタお霧

 15修道女の一人。切支丹忍者。「大友忍法」と称する忍法の使い手。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。当時、まだ十五歳であった。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。

・リヒルデ・フォン・グンドリヒ

 ブラクバテンクス公国のグンドリヒ伯爵家出身。魔鏡「アルベルティスの鏡」を所有している。民話「白雪姫」の継母として知られる。四人目の転生衆。

・ユルバン・グランディエ

 フローランス中西部ルダン・ウルシュラ会修道院の元主任司祭。「悪魔憑き事件」で1634年に火刑に処された。三十代前半の色男。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・宝蔵院胤舜

 奈良興福寺の四十余坊の支院、宝蔵院の院主。奥蔵院道栄より宝蔵院流槍術を学び、表十四本に対し裏十一本の型を創出した功績で知られる。享年五十八。隆々とした筋肉、剃髪した坊主頭。

・柳生如雲斎利厳

 柳生新陰流正当を自称し、但馬守より自分の方が正当後継者だと主張している。享年七十二。太めの体系に達磨のような顔である。


ルダンに向かうクロム・アーサー一行。ル・ペルテュスからルダンまでは七日七晩は掛かる算段であった。ダルタニャンと三銃士達はそれぞれ馬に乗り、クロムとカタリナは自らの足で駆け、アルノルダはナバールの背に乗っていた。

 

そんな一行の旅が三日ほど過ぎた頃、ブリーベの街を横切るコルズ川の橋の上で何やら騒ぎが起きていた。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ!こちとら汗水垂らして働いて、ようやく育てた小麦だってんだ!」

 

「そんな事を言われても知らねえよ。水車が壊れたのは俺のせいじゃねえ」

 

「だからって一方的過ぎるだろ!」

 

「こっちだって困ってんだ!」

 

フローランス人の女と男が言い争っていた。それを取り巻いている野次馬たちが邪魔で、クロム達は橋の手前で足を止めるしかなかった。

 

「往来のど真ん中だぞ。何があったんだ?」

 

アトスとポルトスが間に割って入る。野次馬の中の誰かが叫んだ。

 

「水車が壊れたんだ!それで小麦が挽けなくなっちまって、あの娘っ子が小麦を多く取られちまった。それで揉めちまってるんだ。おいら達も他人事じゃねえ」

 

「どうしてこんな橋の上で……ってあそこに水車があるな」

 

アラミスが川のほとりに水車小屋があるのを見つける。どうやらそこで小麦などを挽いているようだ。

 

「どうしてこんな大騒ぎになってるんだ?」

 

現代から転生したクロムは中世欧州の小麦事情など分からない。米が精米出来ないみたいな話なのかと思っていた。そんなクロムにダルタニャンが説明してくれる。

 

「粉ひき場は領主の持ち物なんだ。だから使用する為に税金を払わなくてはならない。でも水車が壊れて修理に時間がかかると、その間は粉ひきが出来ない。当然、それだけの損失が出る。その損失を埋め合わせる為、粉ひき人がいつもより多くの小麦を料金代わりに徴収したんだろうね」

 

「それにしたって二倍は無いだろ!?」「そうだ!」「取り過ぎだ!」

 

娘の声に野次馬たちも乗っかる。

 

「こんな事で時間を潰すな!粉ひき出来る時間には限りがあるんだぞ!」「そうだ!」「さっさと解散しろ!」

 

逆に粉ひき人と見られる男の方にも、一部の野次馬たちが合いの手を入れている。

 

「あいつらは?」

 

「彼らはきっとパン屋だ。パン屋は優先的に粉ひき権があるんだ。こんな騒ぎは他所でやって欲しいんだろうね」

 

クロムとしてはどうでもいい話だった。こんな騒動はスルーしてしまおう、と考えていたらアラミスが娘の手を取って肩入れし始めた。

 

【挿絵表示】

 

「マドモアゼル、大変に元気があってよろしいと私は思う。だが、ここでずっと貴女の美しい声が枯れていくのを聞くのは耐え難い苦痛!」

 

「……また、アラミスの悪い癖が出た」

 

「まあそう言うな、ポルトス。本人はいたって真面目なんだ」

 

ポルトスは呆れたが、アトスは止めなかった。

 

「何だい、アンタは。こっちは見ての通り忙しいんだ!大体、貴族様がこんな農村の娘なんかに構っていていいのかい?」

 

「私にとっては美しいかどうかが全てです!そして、貴女は美しい」

 

「なっ」

 

娘は顔を真っ赤にした。今まで勢い込んで怒鳴り散らしていた為にクロムは気付かなかったが、よく見れば健康的な魅力に溢れた娘であった。茶色い簡素なスカートにエプロン、長いブルネットの髪を束ね、白いボンネという帽子を被って蔽っている。勝気な顔立ちでアラミスを睨む。

 

「ここはひとつ、この私に任せてはもらえないでしょうか?」

 

「……貴族様が何の役に立つってんだい」

 

「そうおっしゃらずに」

 

アラミスは粉ひき人の前にやってきた。

 

「な、なんだい、銃士さま」

 

「貴方はパン屋の方々に義理立てしておられる。違いますかな?」

 

「そうだ」

 

「で、あれば。まず、パン屋の方々の小麦を一つにまとめましょう」

 

「ほうほう、それで?」

 

「そして次に、農村の方々の小麦を一つにまとめましょう」

 

「うん、で?」

 

「まず、パン屋の小麦を1スティエ挽きます。次に農村の方々は3スティエを挽く。これはご領主が定めている比率です」

 

「何言ってやがる!パン屋は一度に8スティエ挽ける!農民は次のパン屋の間に三人まで、一人4スティエまでだ!」

 

「それをしていたら最初のパン屋さんが8スティエ、農村の方々が合計12スティエ、それでようやく次のパン屋さんが8スティエとなりますよ。1スティエ挽くのに一体、どれだけの時間が掛かりますか?」

 

「……朝になっちまうよ!」

 

「石臼は何基ありますか?」

 

「二基だよ」

 

「1スティエ挽くのにおよそ1時間は掛かる。つまり、農村の方々3名が終わるのは20時間掛かります。パン屋の方々、最初に挽く方はいいでしょう。でも、次の人は明日ですよ」

 

「そう言われればそうだな」

 

パン屋の一人がアラミスの説明に頷く。

 

「さて、ではパン屋さんの小麦を一つにまとめ、その中からまず1スティエを挽いて、パン屋の方々に分配すればとりあえず今日焼く小麦粉が確保出来るでしょう!」

 

「おお!」

 

パン屋達がアラミスの説明に顔を綻ばせる。

 

「それは私達農民に我慢しろって事!?」

 

一方、農村の娘が不満の声を上げる。

 

「これはご領主が定めた法によるもの。水車小屋の優先権はパン屋さんにあります」

 

「ぐっ」

 

「しかし一方で、農村の方々は一度に多くの分配を得られます!代わりにパン屋さんの税金は二分の一です!」

 

「わ、分かったわ。仕方が無いわね……」

 

娘は渋々条件を認めた。

 

「……なあ、アラミスの言ってる事って妥当なのか?」

 

クロムはアトスに尋ねてみた。

 

「……筋は通ってるが、俺なら別の粉ひき場に行く」

 

「やっぱりあいつ詐欺師っぽいと思ってたんだよ」

 

「話は終わったな!なら解散だ!それ、解散解散!」

 

ポルトスがよく通る大声で野次馬たちを追い払う。

 

「……一応、礼を言っておくよ優男。仲裁してくれて、ありがとう」

 

「どういたしまして。私の名はアンリ・ド・アラミス。マドモアゼル、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「マルタだよ。ちょっと待ってておくれ。小麦を引き渡したら、アンタ達にせめてお礼をさせておくれ」

 

「おお、そんな気を使わずに!」

 

「いいんだよ。確かに時間が無駄になるところだったからね。大したもてなしは出来ないけど、家に寄ってっておくれよ」

 

「ええ~、何だか悪いなあ。では折角のお誘い、お受けしよう」

 

アラミスは途端に砕けた声音になった。

 

「ねえねえ、アラミスお兄ちゃんって女の人に見境無い人なの?」

 

「スィ!アルノルダはとても賢いデスね!将来ああいう人には関わってはいけまセン」

 

 

 

 

 

マルタに案内された民家は比較的大きく、どうやらこの近隣の農民達の中でも裕福なようであった。マルタの家族はワインとライ麦パン、それにシチューのような煮込み料理でもてなした。さらに今晩は泊まってはどうかと勧められ、男女それぞれ別の部屋に通されて寝静まった頃だった。

 

「さて、予定が大分狂ってしまった。まさかアラミスに気に入られてしまうとは」

 

マルタは自室のベッドから抜け出し、クロム達の寝ている二階の寝室へ忍び寄っていた。ワインに混入した薬で全員、ぐっすりと眠っている事だろう。

 

「しかし、あのイスパニア忍者の女には気を付けなくては」

 

同じ忍び同士、こちらの思惑を悟られる事があるとすれば、それはあの女が一番可能性が高い。部屋の中に忍び込み、クロムが寝ているベッドへ近寄る。

 

「おや、こんな夜更けに女性が訪ねて来るとは驚いたな」

 

「!?」

 

ベッドの一つから人影がむくりと起き上がった。それはアラミスであった。

 

「驚いているようだな」

 

「いえ。ベッドを間違えたわ。貴方を誘おうと思っていたの」

 

「ふうん。それは嬉しいね」

 

マルタは当初の予定であったクロムの殺害から、アラミスの排除へと目的を変更した。

 

「あっ」

 

がばっ!

 

足がもつれたマルタがアラミスの胸元に抱き付く。その両肩に両手を置くアラミス。

 

「それで、次はどんな事を企んでいるのかな?」

 

アラミスは既に、マルタを疑っていた。

 

「ここでは、ちょっと。私の部屋へ来て?」

 

「そうはいかない。ここでやろう」

 

「ここで?人がいるのに?」

 

「構わないさ」

 

どちらの真意も分かり辛い。

 

しゅるっ。

 

マルタはあっさりと寝間着を脱ぎ捨てて全裸になった。アラミスの服を脱がせにかかる。

 

「積極的だね」

 

上半身までは脱がせたが、ズボンの上のベルトが帯剣している事に気付く。

 

「悪いけど、剣は離せないな」

 

「……仕方が無いわね」

 

密着した互いの胸と胸、背中に回した両腕。しっとりとした肌の感触。そこでアラミスは違和感に気付く。

 

「むっ!?」

 

「大友忍法・小判鮫」

 

マルタの忍法は、接触した肌をまるで吸盤の如く吸着させる術であった!

 

「むおっ!」

 

「無駄よ」

 

マルタの手がアラミスの口を塞ぐ。アラミスの両腕はマルタの背中にくっ付いて離れない。

 

「むーっ!ぐむーっ!」

 

「このまま窒息死するまで待っててあげる」

 

アラミスの顔が紫色に染まっていく。この女に対して充分に警戒をしていたが、さすがにこのような不可解極まりない術があるとは考えてはいなかった。

 

「―――忍法・山彦!」

 

キーーーーーーン!

 

―――パン!!

 

「なっ!?」

 

突然、何処からかカタリナの声が聞こえてきた。それと共に手を叩いたような音がして、何とアラミスとマルタの密着状態が解かれてしまった!

 

「残念デース。アナタの忍法、ワタシの忍法で破りまシタ!」

 

カタリナは音を操り、高周波振動によってマルタの体内の水分子に振動を与え、肉と肉を引き離したのだった。

 

「何だ、何の音だ!?」

 

耳の奥に響く高音で目覚めたポルトスがベッドから転がり落ちる。

 

「落ち着け、ポルトス!アラミス無事か!」

 

アトスがアラミスを見ると、そこには裸の女がいた。上半身裸のアラミスを見て、ダルタニャンが冷たい視線を向ける。

 

「……ふーん。最低」

 

「酷い言われようだ!それよりマルタは曲者だ!みんな、気を付けろ!肌がくっ付く妖術を使うぞ!」

 

「妖術?もしかしてお前、くノ一か!?」

 

アラミスの言葉にクロムの脳裏には、あのマリア天姫が思い浮かんだ。

 

「不覚っ!」

 

マルタは窓に向かって身を投げた。

 

どかっ!

 

窓はガラスは無く、ただの木で作られたものに革を貼り付けたものだった。マルタの体当たりの衝撃で蝶番が壊れ、木の窓は簡単に外へ吹っ飛んでしまった。

 

「死んだか?」

 

アトスが外を見ようとして窓から顔を出す。

 

がしっ!

 

「ぐっ!?」

 

しかしマルタは二階から飛び降りた訳では無かった。家の壁にびっしりと自生した蔦を掴み、ロープ代わりにしていたのだった!手は蔦に掴まり、両足を持ち上げてアトスの首に巻き付ける。

 

「忍法・小判鮫!」

 

「これは!?―――は、離れんっ!」

 

素足の肌がアトスの首に吸い付き、引き剥がそうとしたアトスの両手もくっ付いて離れない。

 

「死ねっ!!」

 

そのままアトスの身体を伴い、地面に向かって落下してしまう!

 

「―――忍法・大鳴門落とし!!」

 

両足で相手の首を拘束し、身体を捻る事で錐揉み回転を加え、脳天から真っ逆さまに地面へと叩き付ける大技であった。

 

「うおおおおおおっ!?」

 

アトスは死を覚悟した。

 

「おおおおお!!」

 

がしっ!

 

しかし、アトスの落下は止まった。ポルトスが今まさに落ちようとしていたアトスの両足に抱き着いたのだ!

 

「でかしたポルトス!」

 

クロムがポルトスの背中越しに窓の外へと飛び出す。二階の高さから空中に投げ出されたクロムの身体は、空中で捻りを加えて逆さの姿勢でアトスとマルタの姿を捉える。

 

「暹羅式念流・変じ業の五!灰舞存吠(ばいまいそんばい)!!」

 

ひゅひゅん!

 

腰から抜き放った二本の鉈が、手から離れて弧を描いて飛んでいく!アトスの身体を避け、マルタの両足を僅かに切り裂いた。

 

「くっ!?」

 

浅い傷ではあったが痛みの為に術の集中力が削がれ、忍法・小判鮫が解かれる。

 

「引き揚げろポルトス!」

 

アトスが両足にしがみついているポルトスに叫ぶ。

 

「そおおりゃあああ!!」

 

ぶわっ!

 

ポルトスの怪力でアトスが部屋の中へ引っ張りこまれ、マルタが空中へ投げ出される。先に外に着地していたクロムだったが、全裸の女が目前に着地した事で僅かにうろたえてしまう。

 

「ぶほっ!」

 

マルタはなかなか豊満で絞まった身体付きをしており、女性の全裸など見た事が無かったクロムに決定的な隙が生まれた。

 

「クロム・アーサー!そのお命、頂戴する!」

 

がばっ!

 

「うはっ!?」

 

全裸で抱き付かれ、ますます動揺してしまうクロム。いざという時の為に服は着ていたので肌と肌の吸着は起こらなかったが、それでもマルタの手はしっかりとクロムの身体を掴んで離さない。

 

「―――忍法・鼯鼠(むささび)!」

 

ぶおっ!

 

風が渦巻き、両者の身体が空高く舞い上がる!宙でマルタの両足がクロムの首を締め、脳天から真っ逆さまに落下する!

 

「忍法・大鳴門落とし!!」

 

この態勢から逆転するのは難しい。だがアトスの時より高さがあった為、僅かな時間だけ動く事が出来た。

 

「タレントスキル発動!『加速(アクセラレーション)』!」

 

突如、マルタの両足の拘束が解除され、クロムは姿勢を戻して先に地面に着地。マルタには何が起きたのか全く分からなかった。強引な拘束解除によってマルタの姿勢が逆になってしまい、頭から地面に叩き付けられてしまう。

 

ズガン!!

 

「がっ!?」

 

クロムの才能(タレント)は、自身の動きを加速する、その名も『過負荷(オーバーロード)』という。肉体の限界を超えた能力を発揮する一方で、肉体に多大な負荷を掛ける為に使用後は肉体の体温が下がるまで行動不能となってしまう、危険と隣り合わせのタレントであった。

 

「……すまない。俺も死にたくはないんでね。これしか方法が思いつかなかった」

 

肉体に走る神経電流を加速させた結果、強烈な電磁誘導効果を誘発し、空中にいても進行方向への加速と減速を可能とする。その時に生まれた磁束密度の高まりが反発力を生み出し、マルタの忍法による吸着効果を引き剥がしたのだった。




~黄泉国(Ⅱ)これにて閉幕!次回、転生衆、ついに迫る!~


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~黄泉国(Ⅲ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。


カタリナお紅実は死んだマルタの検分を済ませた。

 

「ワインには睡眠薬を阻害する薬を入れておきマシた」

 

手の中にある金色の鈴をちりんと鳴らした。

 

「これがジュリアン中浦の隠した『法王の鈴』」

 

それは、純金で出来た鈴であった。ジュリアン中浦とは江戸時代初期の切支丹で、天正遣欧少年使節としてローマに派遣されて法王と面会し、やがて神父となった人物である。しかし徳川幕府によるキリシタン弾圧により拷問の末に殉教したと伝わる。

 

「刻まれている文字は『詰』」

 

地面に頭から激突し、首の骨が折れたマルタは息を引き取る寸前、こう囁いた。

 

「聖マリア御子のご誕生より四十日目に天帝(ゼウス)にささげ給う。―――マルタお霧、ここに殉教(マルチリ)をとげまする」

 

カタリナは同じ女性であるからと、一人でマルタに服を着せてやった。だがそれは、マルタの胎内よりこの鈴を手に入れる為であった。

 

「この青銅の十字架を掲げて十字を切ると、鈴の音がなりマス」

 

もう片方の手には青銅で出来た十字架があった。こちらはイスパニア宣教師であった父が遺したものであった。

 

「やはり切支丹忍者は、天草四郎と関わりがあるみたいデスね」

 

マルタの家族は、全裸で亡くなっていた娘の亡骸に縋り付いて泣いていた。どうやら本当に家族ではあったらしい。マルタは実際にこの紛う事なきフローランス人家族の子供として生まれ、二十二年間農村の娘として育った。では、何故にくノ一であったのか?そこはカタリナにも分からなかった。

 

「ご家族には『悪魔憑き』の末に窓から飛び降りて亡くなった事にしまシタね」

 

カタリナは一体、誰と話をしているのか?その声は風に乗り、何処ぞへと流されていった。

 

 

 

 

マルタお霧による襲撃時、灰色狼のナバールは別の敵の接近を感知していた。仲間の狼たちによる伝言が匂いで届いたのであった。彼はマルタに敵意がある事を見抜いていたが、自分から動くと『フリージアの護符』の効果が失われる事も知っていた。

 

「―――」

 

ベッドで眠るアルノルダを起こさないよう口で器用に窓を開け、二階から外へ飛び降りる。外には小麦を収穫した後の畑が広がっている。収穫後の畑に放牧されていた牛たちが突然の狼の出現に驚き、ひと塊となって逃げ惑う。

 

「うぉん」

 

小高い丘の上まで駆け上がり、そこから遠くからの匂いをかぎ分ける。間違いなく、不吉な匂いであった。人の血が何百と混じり合った匂い。マルタの方は任せておけばいい。だが、この敵は血の匂いが濃すぎる。マルタには血の匂いを感じなかった事から、人を殺した事が無いのは分かっていた。明らかに脅威の度合いはこちらが上回る。

 

「うぉおおおおおおおん!!」

 

近くにいるであろう仲間の狼へ合図を送る。

 

―――足を止めよ。

 

ナバールの命令に従い、仲間の狼たちが敵を囲む。ナバールの陣取る丘から十数キロ離れた街道で、その敵が馬を走らせていた。

 

「うははははっ!獣風情がこのわしに敵うとでも思うたか!片腹痛いわ!!」

 

「ぎゃんっ!」

 

ぶおん!

 

十字の槍の穂先が、一匹の狼を胴体から真っ二つに貫く!

 

馬に跨るのは長大な月形十文字槍を右手に握る宝蔵院胤舜であった。夜中とは言え誰に見られるとも限らず、和装では不審に思われるとの懸念もあった為、服装はフローランス風である。ユルバン・グランディエに用意させた黒い司祭服である。

 

「むっ!?」

 

ナバールの仲間たちの狼は合計で十匹ほどもいる。それらが馬と並走していたが、一匹が馬の後ろ脚に噛み付いた。

 

「よく統率されておる!」

 

馬が引き倒され、次々に狼が群がる。倒れた馬から胤舜は投げ出されたが、槍の石突きを地面に立て、ぐるんと宙で回転しながら着地する。

 

「狼か、それとも山犬か。いずれにしてもこの胤舜の相手をするには足りぬわ」

 

狼たちは馬からすぐに飛び退き、胤舜を包囲する。それに対する胤舜は十文字槍を掲げ、穂先を前に向けながら柄は水平やや下向きに構える。

 

「ぐるああああっ!!」

 

同時に九体の狼が胤舜目掛けて飛び掛かってくる!

 

「ふんっ!」

 

目前の一匹目掛けて十文字槍が突き出される。

 

ざしゅっ!

 

「ぎゃんっ!」

 

一匹の狼が口から尾まで鎌の部分で両断されるが、同時に飛び掛かった他八体に成す術無く飛び掛かられてしまった―――ように見えた。

 

「宝蔵院流極意・八方詰(はっぽうづめ)

 

どどどどっ!

 

何が起きたのか、四匹の狼が瞬時に胤舜の槍に真っ二つにされ、四匹の狼が打突によって腹に穴を開けられた。狼たちにはその動きがどういうものであったか、全く理解出来なかった。左右の足の運びで前後左右斜めへ一歩ずつ体重移動を行い、槍の穂先と反対側の石突きを交互に繰り出し、八方向の敵を一瞬で攻撃する。リーチのある槍でこそ可能な技であった。

 

「ぐるる」

 

ナバールは即座に回れ右をした。

 

―――アレには勝てない。

 

少なくとも、数に物を言わせた戦術は通用しない相手であった。アレの相手をするならば、一騎当千の剛の者が一対一で相対しなくては勝ち目は無い。ナバールはアルノルダの元へと戻った。

 

 

 

 

 

「うぉん!うぉん!」

 

マルタの家族に幾ばくかの金を渡し、旅を続ける一向。朝早く街道に出ると、ナバールが吠えながらこちらへ走ってきた。

 

「あ、ナバール!どこ行ってたの!」

 

「がうっ!がうっ!」

 

「なに?なんなのナバール」

 

アルノルダの袖を口で咥えてどこぞへ引っ張ろうとするナバール。その行動にいち早く疑問を持ったカタリナが、人差し指と親指で円を作って片目に当てる。遠く先を見ているようだ。

 

「誰か歩いてきマスね」

 

遠目では顔までは分からないが、身体つきが立派である事から男だと分かった。しかしその顔が見えるようになると、カタリナの顔は次第に恐怖の色が浮かんできた。

 

「な―――なんデスか。何か非常に危険デス」

 

その頃にはクロムも異常な気配を感じ取っていた。

 

「この感じ……天草四郎の時と似ているぞ」

 

それを聞いて三銃士達が前に出る。

 

「俺たちに任せろ」

 

「クロム、お前はまだ本調子ではないだろう」

 

「男相手なら油断はしないぞ」

 

「一人おかしな事を言ってるけど、気にしないで僕らに任せてくれ」

 

クロムは『過負荷(オーバーロード)』の使用によって体温が上がってしまい、ちょうど風邪をひいて熱を出してしまったような状態であった。人間は42℃を超えると意識が朦朧とし、50℃にも達すれば細胞を構成するタンパク質が壊れてしまう。

 

「ふはははは!あの女、なかなかに役に立つではないか!」

 

悠々と歩いてきた男が大声で嗤う。

 

是生滅法(ぜしょうめっぽう)寂滅為楽(じゃくめついらく)―――魔人・宝蔵院胤舜、推参!転生人よ、お主の力量、試してやろうぞ!!」

 

胤舜の槍の穂先には、人の頭が刺し貫かれていた。そして片手に、数人の人の頭が髪の毛を掴まれてぶら下がっていた。




~黄泉国(Ⅲ)~これにて終幕!ついに魔人・宝蔵院胤舜と対決!~


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~黄泉国(Ⅳ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・宝蔵院胤舜

 転生衆の一人。奈良興福寺の四十余坊の支院、宝蔵院の院主。奥蔵院道栄より宝蔵院流槍術を学び、表十四本に対し裏十一本の型を創出した功績で知られる。享年五十八。隆々とした筋肉、剃髪した坊主頭。


ダルタニャンとアラミスが先頭を走り、アトス、ポルトスが続く。しかし胤舜の月形十文字槍の長さは(こしらえ)だけでおよそ九尺(約2.7m)あり、レイピアで切り込むのはまず無謀であった。

 

そこで四人はまず、ダルタニャンとアラミスが左右へ散開し、アトスがマスケットを構え、ポルトスが正面でカウンターを狙う、という布陣を取った。

 

ばぎんっ!

 

「何だとっ!?」

 

矢切鉄砲留乃事(やきりてっぽうどめのこと)……なかなかよい腕をしておる」

 

アトスの放った弾丸は、胤舜の槍の銅金の部分で弾かれていた。恐るべき動体視力である。それもその筈で、転生は人間の理性というリミッターを外し、本能を司る大脳辺縁系の活動領域を広げる事で限界を超えるからであった。

 

モナルキア世界において、人間の成長には限界が定められている。普通の人間がレベル1から始まり、殆どがレベル1のまま寿命を迎える。肉体を鍛えても上昇するのは基礎ステータスである。想像を絶する経験と先人からの技術の伝承により、一部の人間のみがレベルを上げる事が出来る。

 

歴史に名を残すような英雄がレベル5~10までで、人間はレベル10で一つの限界を迎える。この限界を超えるには、『クラスチェンジ』が必要である。この『クラスチェンジ』とは、より高位のクラスへ昇格する事で、レベル10の壁を乗り越える事が出来る。

 

以下、現在判明しているレベル1クラスを記す。

 

戦士系:ファイター、ナイト、ソルジャー、マスケティア、サムライ、ニンジャ、アーチャーなど

 

探索系:シーフ、ローグ、スカウト、バンディット、パイレーツなど

 

聖職系:クレリック、プリースト、ビショップ、モンクなど

 

魔術系:ウィザード、ソーサラー、ウィッチ、ウォーロック、ドルイドなど

 

三銃士達はマスケティア(レベル5)、カタリナはニンジャ(レベル5→エナジードレインによりレベル4)、アルノルダはウィッチ(レベル1)である。対して転生衆の剣豪達は転生前はサムライ(レベル10)であったが、転生後はケンゴウ(レベル10)となっている。胤舜はモンク(レベル10)からマスターモンク(レベル10)になっている。

 

「プッセ・ドゥ・レクレール!!」「グロンドマン・ドゥ・ラ・テール!!」

 

ダルタニャンが右から突きを、アラミスが左から足元目掛けて低い払い技を同時に仕掛ける。

 

「―――笑止!宝蔵院流極意・瀧落とし!!」

 

がきんっ!

 

十文字槍がアラミスが放った足狙いの払いを上から潰して地面に縫い付け、胤舜の身体が槍を梃子(てこ)に空へ舞う。

 

「うわっ!?」

 

ずどん!

 

空から振り下ろされた鎌槍が、ダルタニャンのレイピアを叩き折ってしまう。アラミスのレイピアもへし折られていた。

 

「二人共離れろ!―――エギーユ・エ・ピエール!」

 

ポルトスが真正面からレイピアを繰り出す。

 

「なんのっ!宝蔵院流極意・唐笠合(からかさごう)!!」

 

胤舜は左のアラミス→右のダルタニャンに連続して槍を振るった為、正面のポルトスに槍が間に合わない。だが、穂先に比べて軽い石突きを繰り出す事により、その隙を埋めたのだ!

 

ばきん!

 

十文字槍の石突きがレイピアを『搦め取る』。石突きには二つの穴が開いており、それを猪目(いのめ)と言う。その猪目にレイピアの剣先を通し、レイピアをへし折りながら突きを放つ!

 

どすん!

 

「ぐほっ!?」

 

ポルトスの腹に石突きが喰い込む。

 

「ぬうっ!?」

 

「―――死んでも離さん!」

 

何とポルトスは、腹に突き込まれたまま十文字槍の柄を掴み、がっちりと抱え込んだのだ!

 

「でかした、ポルトス!」

 

二発目の装填が終わり、アトスがマスケットの狙いを胤舜の顔に定める。

 

「ぬ―――おおおおおおおおおっ!!」

 

胤舜の咆哮が轟く。ポルトスに抱え込まれた槍を持つ両腕が、みしりと音を立てて膨張する。

 

「おおっ!?」

 

十文字槍の穂先が沈む。反対側のポルトスの身体が持ち上がる。100kgを超える巨漢であるポルトスを浮かせ、そのまま、ぶん、と上に持ち上げる。

 

「どぅおおりゃあああああああ!!」

 

ぶおん!

 

「うわっ!」「なっ!?」

 

ポルトスをさらに突き返し、アトスに向けて投げる。投擲されたポルトスがアトスの上に落ち、マスケットの狙いが逸れる。

 

「ぬんっ!」

 

ごしゃっ!!

 

「がっ!?」「ぶっ!?」

 

ダルタニャンとアラミスの頭を右手と左手で掴み、鉢合わせにぶつける。二人は脳震盪を起こして気絶してしまった。

 

「白魔法―――軽症治癒(ライトヒーリング)!」

 

アルノルダがポルトスの背中に触れると柔らかい光が広がり、僅かに肉体の賦活(ふかつ)を図る。

 

「忍法・山彦!」

 

―――パン!

 

カタリナが両手を叩く。

 

「ぬうっ!?くノ一か!」

 

低周波振動を受けて胤舜の身体が一瞬ぐらつく。三半規管を揺さぶられ、一瞬だが立ちくらみを起こしたのだ。

 

「今デス!クロムさん!」

 

「おおっ!」

 

ようやく動けるようになったクロムが突っ込む。そして跳躍。

 

暹羅(しゃむ)式念流・鳶業(とびわざ)の一!風螺山牙(ふらさんが)!!」

 

跳び上がって前へ宙返り、背中の二刀を抜いて振り下ろす!

 

「宝蔵院流極意・切鎌!」

 

ごおっ!がきんっ!

 

空中にて二刀と縦に切り上げた鎌槍が激突した!

 

「甘いわあっ!!」

 

ぎゅるん!

 

縦方向に向けられていた穂先がくるりと回転し、横向きになる。二刀が受け流され、クロムの体勢が空中で崩れる。

 

「宝蔵院流極意・戸入(といり)!」

 

一回転した鎌の部分がクロムの脇腹を切り裂こうと迫る!

 

「暹羅式当身変化・低空倍弐行火(ていくうばいにあんか)!」

 

がきっ!

 

二刀の後にもう一回転、続けて右脚の踵が十文字槍を止める!

 

「―――ごっ!?」

 

さらにもう一回転、今度は左の踵が胤舜の脳天を砕いた!

 

「み……見事おっ!」

 

どしゃあっ!

 

クロムの両の踵には、二対の隠し刃が仕込まれていた。

 

義勇兵クロム・アーサー VS 宝蔵院胤舜 勝負あった!!




~黄泉国(Ⅳ)これにて閉幕!次回、陰森凄幽(いんしんせいゆう)、影よりの刺客!~


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~煉獄(Ⅰ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。


ブリ―べの街からリモジーの街に入った一行。休息の為に宿を取ったが、そこで少年の給仕と出会った。少年の名はベアートゥスと言った。他の客もいる酒場で酒を飲んでいる時だった。

 

「ベアートゥス、君は女だろう?」

 

「そ、そんな訳あるか!」

 

ダルタニャンは少年の歩き方で女だと見破った。腰の回転が大きいのである。男女の歩き方の違いなど、普通はあまり気にしない。しかし、ダルタニャンは女である事を隠して剣術を習ったので、女性特有の腕の振り方や足の運び方などを特に気にしていた。

 

「腕を振る時に外側へ反っている。歩く時に腰を使っている。女子と男子の骨格の違いだ。頑張って隠しているけど、僕には分かる」

 

ダルタニャンはレイピアを抜き、ベアートゥスの首に突き付ける。宝蔵院胤舜に折られたが、途中の村で鍛冶屋に打直してもらっていた。

 

「その懐には短剣を隠し持っているだろう?給仕にそんなもの必要無いよね?」

 

「―――よくぞ見破った!」

 

がばっ!

 

「むほっ」「おお」「ぶほっ!」「恵体やん!」

 

ベアートゥスが突然、服を脱ぎ捨てる。一瞬で全裸になったのを見て、男達は仰天してしまう。客達も殆どが男なので、突然のストリップに喝采が起きた。

 

【挿絵表示】

 

「―――忍法・木ノ葉蝶」

 

しかしその肌は、瞬時に変色を始めた。赤、黄色、緑、白、そして黒。次いで色が混じり合い、ふっ、と姿が消えたしまった。

 

「消えた!」

 

ダルタニャンはすぐにレイピアで何も無いと見える空間目掛けて突きを打つが、既にそこには誰もいなかった。

 

「気を付けて下サイ!下手に動くと相手の思うつぼデース!」

 

カタリナは床の上にワインをぶちまける。客達は慌てて外へと逃げ出した。

 

「うぉおい!何てもったいない事をしやがる!」

 

それを見たポルトスが大袈裟に嘆く。

 

「床の上にこぼしたワインで歩いた跡が分かりマース!」

 

「なるほど……みんな、アルノルダを中心に円陣を組め。但し、外側を向くんだ」

 

アトスの指示で全員がその通りに布陣する。これによって死角を無くし、見えない敵に備える。

 

―――ぴちゃん。

 

「そこだっ!」

 

どすっ!

 

「ぐっ!?」

 

塗れた床がはね、その先向けてダルタニャンが突きを見舞う。何も無い空間に赤い色がにじみ、やがてそこに人体らしい影が朦朧と浮かび上がったが、再びその姿がかき消えてしまった。

 

「……逃げたな」

 

気配が無くなったのを感じ、クロムが剣を納める。

 

「無駄かも知れまセンが、追いかけてみマース!」

 

カタリナがあっと言う間に外へ出て行く。夜の街中で透明な相手を探すのは一苦労かと思えたが、ここでカタリナは自身の忍法を利用する。

 

「忍法・山彦!」

 

―――パン!

 

カタリナを中心に、広範囲に高周波振動が大気中に伝播する。それによって物体に付着する水分子が弾け飛ぶ。

 

「そこデス!」

 

しゃっ!―――どしゅっ!

 

「がっ!?」

 

カタリナが投げ付けた棒手裏剣が暗闇の中へ吸い込まれ、何かを捉える。

 

御主(おんあるじ)ゼズス基督(キリスト)みずから十字架を負い給いて、ゴルゴダの山へおもむき給う―――ベアトリスお鞍、ここに殉教(マルチリ)をとげまする」

 

暗闇に倒れたものにカタリナは触れる。ぬるり、と手に何か液体がまとわりつく。どうやらこのベアトリスというくノ一は、汗を五つの色へと変化させ、それを混ぜ合わせて背景に同化する忍法の使い手のようだ。

 

「ありマシた」

 

女の体内から金色の鈴を取り出す。

 

「祭、と刻まれていマスね」

 

「面白いものを見せてもらった」

 

「誰デスか!?」

 

突然、男の声がしてカタリナは腰から忍者刀を抜く。

 

「クノイチよ。どういう理由でそこの裸の女を殺したのか」

 

それは馬に乗った、甲冑姿の騎士であった。馬上槍(ランス)馬上盾(ヒーターシールド)を持ち、馬でさえ全身鎧に身を包んでいた。だが、随分と前傾姿勢で馬に乗っているように感じる。何か妙な違和感を感じるのだが、カタリナにはその正体が分からなかった。

 

「……くノ一を知っているとは、随分と物知りな騎士さまデスね。この裸の人は私に襲いかかってきたのデス……と言っても、信じてもらえマスか」

 

「全く信用出来ぬな。襲い掛かられたのだとして、何故、そのような金の飾り物を取り出したのだ?」

 

「これは、依頼をされて探していたものデス。この裸の人が隠し持っていたのデス」

 

「お主の言い分はおかしいぞ。一体、裸の何処に隠し持つと言うのか?」

 

「女性には、男性には分からない隠し場所がありマスね」

 

「ふむ、もういい」

 

「何デスか?」

 

「もうペラペラしゃべるな。何を話されても薄っぺらく聞こえてしまうわ。お前をひっ捕らえて官憲に付き出すのも面倒だ。ここで死ね!」

 

騎士が槍を構え、突然、馬を走らせる!

 

馬に拍車をかけて命令する素振りが全くなく、まさに突然の事だった。

 

「乱暴な騎士さまデスね!」

 

しゅっ!

 

カタリナは即座に反応し、棒手裏剣を騎士の兜のバイザーの隙間を狙って投げる。そしてすぐに横へと跳んで、馬上槍の突きを避ける。

 

【挿絵表示】

 

がきん!

 

「逃げるか!」

 

馬上盾で棒手裏剣を防いだ騎士であったが、その間にカタリナを逃してしまう。建物の屋根の上に跳んだカタリナは、屋根伝いに逃走した。

 

「逃がさん!」

 

ぶわっ―――どがっ!

 

「ディオス・ミーオ!何デスかアレは!?」

 

何と騎士の乗った馬が跳び上がり、屋根の上に飛び移ってきたのだ!

 

どがっ!どがっ!

 

屋根の赤瓦を粉々に砕きながら、馬が屋根の上を走る!

 

「待てい!」

 

「ひぃえええええええ!?追いかけて来ないで下サーイ!!」

 

屋根の上を、カタリナと騎士の追走劇が始まる。

 

「この魔界騎士(インフェルノナイト)―――ジュデッカ・カウス・アウストラリスの足に敵うものか!」




~煉獄(Ⅰ)これにて終幕!次回、浄火の炎が天を衝く!~


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~煉獄(Ⅱ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・魔界騎士ジュデッカ・カウス・アウストラリス

 全身は甲冑を着こみ、馬上槍と馬上盾を持ち、全身鎧に身を包んだ馬に跨る。魔界騎士(インフェルノナイト)とは煉獄に堕ちた騎士の事。人馬一体となったかのような超絶な乗馬スキルを持つ。


どがっ!どがっ!

 

「何の音だ?」

 

クロムは外から何かが壊れるような音を聞いた。その音に釣られて外へ出ると、目の前にカタリナが現れる。

 

「うぉっ!?何だ、カタリナか。あの後、どうなった?」

 

「大変デス!ワタシ追われてマス!」

 

「何だ、この音は」

 

「来マスよ!」

 

ずどん!

 

「上か!」

 

屋根の上から降ってきた何か大きな塊。クロムとカタリナはそれを横っ飛びに躱した。

 

ぎゃりん!

 

「誰だ!?」

 

クロムの二刀が馬上槍の一撃を十文字に受ける。

 

「仲間がおったか」

 

土煙を上げてその大きな塊が姿を見せる。

 

「ジュデッカ!」

 

クロムはその騎士を知っていた。

 

「ほう、吾輩を知っている者がおるとはな」

 

「俺だ。クロム・アーサーだ!」

 

「知らんな!」

 

がきんっ!

 

ジュデッカは容赦なく馬上槍で突きを繰り出す。

 

「お前も『プレイヤー』だろ?現代日本から転生したんだろ?」

 

「何の話をしている?」

 

「記憶が無いのか!?」

 

ぎゃりっ!

 

「誰かと間違えているのだろう」

 

「人違いじゃない。お前はジュデッカ・カウス・アウストラリス。半馬人(ケンタウロス)だ」

 

ジュデッカの槍を二刀で跳ね上げ、懐へと飛び込む!

 

―――半馬人(ケンタウロス)。このモナルキア世界において『南大陸』に住まう亜人である。遊牧民的な部族社会を築き、フローランスやイスパニアのある『北大陸』で見かける事は滅多に無い。

 

半馬人(ケンタウロス)!?違和感の原因はそれデスか!鞍の位置がおかしいと思ってマシた!」

 

がきん!

 

「何っ!?」

 

「ほほう。この偽装を見破ったか。だが残念。吾輩は四腕(テトラブラキオン)半馬人(ケンタウロス)だ」

 

馬の首と頭部の装甲が中央からパックリと割れ、二つに分かれる。その内側より這い出てきたのは、二本の腕だった!

 

「なっ……何だと!?」

 

中から出てきた二本の腕が、クロムの二刀を弾き飛ばす。馬の頭部を模した甲冑がガントレットとなり、馬の口からは隠し剣が対になって飛び出していた。クロムの身体は軽く十メートル以上は飛ばされた。

 

「驚くのも無理はない。これは多肢症(ポリメリア)の一種であり、半馬人(ケンタウロス)の中でも稀なのだからな」

 

「四本腕なんて『プレイヤー』の時にも見た事が無かったぞ!?」

 

「くくく……こう囲まれてしまっては、手が足らぬからな」

 

見れば三銃士達がジュデッカを取り囲んでいた。

 

「援護しろ、アトス!ポルトス!アラミス!」

 

「分かった!」「おおっ!」「任せろ!」

 

三銃士達がそれぞれレイピアを構え、ダルタニャンが馬上盾を持つ左側へ回り込む。馬上槍を扱う騎士はその戦法上、直線的な攻撃しか出来ないからだ。

 

アトスが右、アラミスが左、ポルトスが正面、ダルタニャンが左側から背後へ。

 

「任せマスね!」

 

カタリナはアトスの後方へ下がる。

 

「ナバール!」

 

「うぉん!」

 

アルノルダはナバールの背にしがみつき、ポルトスの後方に待機する。

 

「撃て!」

 

ドン!ドン!ドン!

 

三方向からの銃撃。

 

バチュイン!バチュイン!バチュイン!

 

「弾を弾いたぞ!?」

 

「我が甲冑、蹂躙装甲(パンツァートランプル)はその程度では傷一つ付かぬわ!そして!!」

 

どごっ!

 

「うわっ!?」

 

「馬の後ろ脚も武器になるのだ」

 

背後に回ったダルタニャンだったが、そこへジュデッカの後ろ脚で蹴り飛ばされてしまった。馬の蹴りは強力で、マトモに喰らえば死ぬ事もあると言われる。

 

「暹羅式念流二刀術・顔喰(がんぐらい)!!」

 

馬上槍の一撃を躱し、二刀がジュデッカを両側から挟み込む!

 

がきっ!がきん!

 

「吾輩の二刀、トロイの木馬(トロージャンホース)は馬上槍の欠点を補うのだ」

 

二刀同士がせめぎ合い、両者はにらみ合う。

 

「何故だジュデッカ!何の為にお前は戦っているんだ!」

 

「ははは!知れた事を!煉獄の炎をこの世に再現する為よ!!」

 

魔界騎士(インフェルノナイト)は天国と地獄の狭間と言われる煉獄(インフェルノ)に堕ち、自身の罪によってその身を焼かれているのだと言う。どういった特性のあるクラスであるのか、その多くは謎に包まれていた。

 

「鳶業当身十二変化(へんげ)馬出過禄(までかろく)!!」

 

ごっ!

 

受け止められた二刀を軸に宙返り、そのまま右踵をジュデッカの頭へ放つ!

 

どがっ!

 

「ぐっ!?ならば、これはどうだ!煉獄血炎(ブラッドインフェルノ)!!」

 

ジュデッカの腹の装甲がばっくりと開き、鮮血が迸る!

 

「うおおおおおっ!?」

 

クロムの身体に掛かった血が空気と反応し、炎となる!

 

「―――我が血は燃えるのだ!これが我ら転生人(てんしょうびと)の力よ!」

 

「―――俺もまた、転生人(てんしょうびと)の一人なんだぜ?」

 

「何?」

 

「燃えろ我が血流!―――『極大過負荷(マキシマイズ・オーバーロード)!!」

 

―――どんっ!

 

炎に包まれたクロムの身体が、青白い炎を吹き上げる!血流の加速によって急激に血液温度が上昇し、鉄と酸素の化学変化によって血が燃える。炎によって炭化する筈の肉体は加速によって自然治癒力さえも加速し、細胞の破壊と再生の速度が危ういバランスで保たれる。

 

「貴様も転生人(てんしょうびと)か!ならばこちらも使わせてもらうぞ!『極大過負荷(マキシマイズ・オーバーロード)!!」

 

ジュデッカの全身も炎に包まれる。クロムと全く同じ能力を有していたのだ!

 

両者、炎をまき散らしながら激突する!




~煉獄(Ⅱ)これにて閉幕!次回、煉獄の炎は昇天する!~


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~煉獄(Ⅲ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・魔界騎士ジュデッカ・カウス・アウストラリス

 全身は甲冑を着こみ、馬上槍と馬上盾を持ち、全身鎧に身を包んだ馬に跨る。魔界騎士(インフェルノナイト)とは煉獄に堕ちた騎士の事。人馬一体となったかのような超絶な乗馬スキルを持つ。


極大過負荷(マキシマイズ・オーバーロード)同士の激突により、周囲に旋風が巻き起こる。両者の剣と剣、槍と蹴りが何度もぶつかり合う。

 

「加速!」

 

「炎身!」

 

どっ!がっ!ごっ!

 

しかし二人の限界は近い。肉体に掛かる負荷は激しく、このままの状態が続けばやがては心臓が破裂してしまうだろう。だがここで、この戦いを良しとしない何物かの見えざる手が介入した。

 

「な、なんだ!?」「眩しい!」「目が見えん!」「何が起きた!?」

 

突如、夜空に輝く数多の星々が輝きを増し、遂には強烈な閃光となって三銃士達の視界を奪った。光はやがて収束し、ようやく目が見えるようになったが、そこにクロムとジュデッカの姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……こ、ここは?」

 

 

クロムは極大過負荷(マキシマイズ・オーバーロード)の反動により、極度に体力を消耗して動けなくなっていた。心臓の鼓動は激しく、片膝をついてうずくまっていた。

 

そこは、白亜の城であった。

 

一体何が起きたのか、どうも瞬間移動と言うか、突然何処かしらへと飛ばされてしまったらしい。三銃士やカタリナ達の姿は見えず、夜のリモジーの街とは全く違う景色が広がっている。

 

「城……なのか?何でこんなところに?」

 

転生時に最初に目が覚めたのはテンタクルス時間神殿の中で、その後に1650年の江戸に飛ばされ、そしてモナルキア世界へと飛ばされた。どうやらその時と同じ現象らしい。

 

「何かのバランスによって俺は飛ばされるらしい。『ゲームマスター』によれば、それは『秩序と混沌』だとか」

 

真っ白な石材で出来た城の前、広大な石の広場に立っている。

 

「うげっ!?何だこりゃ!?」

 

床を見ると、その下には人が横になっていた。

 

「……床が透明なガラスか何かで出来ているのか?」

 

足元の透明な床の下に無数の人間が氷漬けのようになっていた。

 

「何だこれは……」

 

消耗した身体を動かす事は必ず、しばらく片膝のまま辺りを見回していた。

 

「……んん?」

 

遠くに誰かがいる。城とは逆方向だ。

 

「ようやく動けるようになってきた……行ってみるか」

 

透明な床の上を歩き、遠くの影を目指す。やがて近づくにつれてその姿がはっきりとしてくる。

 

「あら、ごきげんよう」

 

「……ごきげんよう。こんなところで、一人で何をしているんだ?」

 

「一人ではないわ。彼らは生きているんだもの」

 

「……彼ら?」

 

「この下にいる人達の事」

 

少女だった。いや、大人の女性なのかも知れない。腰まで届く長い髪は不思議な色をしている。ブロンドなのか、黄緑色っぽくも見える。真っ白なドレスを身にまとい、ガラスの靴を履いている。

 

【挿絵表示】

 

「まるで墓場のようだ」

 

「ある意味そうね。彼らは永遠の眠りに就いてしまったから」

 

「君は一人で何をしているんだ」

 

「ここであなたを待っていたわ」

 

「俺を?」

 

「そう。テンタクルス時間神殿に行ったでしょう?あの異形のゲームマスターに連れて来られたんでしょう?」

 

「……そうだ。アレがゲームマスターだなんて、今でも半信半疑だが」

 

「正真正銘のゲームマスターよ。但し、『あなたの世界』のゲームマスターでは無いんだけど」

 

「……何だって?」

 

「彼はあなたと戦っていた魔界騎士ジュデッカの世界のゲームマスターなの」

 

「……どういう意味だ?」

 

「あなたは『プレイヤー』が、全員同じ世界から転生してきたと思っていたでしょう?」

 

「……つまり、違うって事か」

 

「ええ。基本的に、一つの世界に一つのゲームマスター、一つのプレイヤーなの。そして、あなたのゲームマスターは、この私」

 

「……俺は君を知らないぞ」

 

「それは当然ね。私は第二十七万五千九百二十八代目のゲームマスターだから」

 

「……はぁ?」

 

「うん、つまりね。あなたが知っているゲームマスターから数えて、七千三百二十三代後のゲームマスターなの」

 

「……で、その『ゲームマスター』が俺に何の用なんだ?」

 

「ジュデッカがどうしてあそこにいたのか、不思議に思わない?」

 

「確かに、彼がどうしてあんなところにいたのか疑問ではあったな」

 

「それをね、私も知りたいの」

 

「本人達に聞いたらいい」

 

「そうね。だから私はあなたをここに呼んだし、ジュデッカには一旦お帰り願ったわ」

 

「そもそもここは何処なんだ?」

 

「ここはペンタメロン時間神殿。六つの時間神殿の中の一つ。他にもテトラグラマトン、ヘキサセクト、トライセラト、バイコーン、ユニコーンがあるの」

 

「ちょっと待ってくれ。六つ?テンタクルス時間神殿は?」

 

「ジオメトリ・サイクルの彼方にあるわ」

 

「何だか訳が分からない……で、俺はペンタメロンに属してるのか」

 

「そう。ジオメトリ・サイクル第五角」

 

「マリア天姫は?」

 

「ユニコーン時間神殿ね」

 

「俺を呼んで、何がしたいんだ?」

 

「ここを出ようかと思って」

 

「出たらいいじゃないか」

 

「一人では出られないのよ」

 

「……俺に何の関係が?」

 

「あなたの血の力がいる」

 

「血の力?『過負荷(オーバーロード)』か?」

 

「『過負荷(オーバーロード)』……その力の源泉が何か知ってる?」

 

「血流の加速じゃないのか?」

 

「それは効果であって、源泉じゃないわ。転生人の血は人の血に非ず」

 

「何だってんだ?」

 

「何だと思う?」

 

「分からないから聞いてる」

 

「忍法・魔界転生は知ってるわよね?」

 

「知ってる。原理はさっぱり分からんが」

 

「忍法・異世界転生については?」

 

「原理は分からないぞ」

 

「同じだと思えばいいわ」

 

「……答える気は無いみたいだな」

 

「そのうち分るわ」

 

「そうかい。じゃ、そろそろ俺を帰してもらいたいね」

 

「何処へ?ジュデッカと戦っていたリモジーの街?それとも、現代日本のあなたの家に?」

 

「俺の家に帰れるのか?」

 

「ダメ」

 

「ケチ」

 

「さて、それではあなたの力を利用して、ここから出ましょうか」

 

「それはいいが……そろそろ、君の名前を教えてくれ」

 

「あら、ごめんなさい。私達には名前って無いのよね……では『サンドリヨン』って呼んでちょうだい」

 

サンドリヨン―――その名は童話『灰被り姫(シンデレラ)』のフランス語読みであった。




~煉獄(Ⅲ)これにて終幕!次回、転生の秘密に迫る!~


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~黄泉坂(一)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・魔界騎士ジュデッカ・カウス・アウストラリス

 全身は甲冑を着こみ、馬上槍と馬上盾を持ち、全身鎧に身を包んだ馬に跨る。魔界騎士(インフェルノナイト)とは煉獄に堕ちた騎士の事。人馬一体となったかのような超絶な乗馬スキルを持つ。


「では、そこに立って」

 

ペンタメロン時間神殿の中枢、城郭の中心に円筒上の石柱がある。周辺には何重もの円が描かれている。クロムはその円柱の前に立った。赤色の斑点のある石だった。

 

「片手を石に、もう片手は私の手を握って」

 

言われた通りに右手で石に触れ、左手でサンドリヨンの右手を握った。サンドリヨンも左手で石柱に触れる。

 

「手を握るって、ドキドキするな」

 

「そうなの?かわいいことを言うのね」

 

「……で、何か起こるのか?」

 

「すぐに」

 

突然、石の表面にぬめりが発生した。

 

「うおっ!?」

 

ぬめりは血であった。石の表面から血が流れだしてきたのだ!

 

「気持ち悪いんだけど!?」

 

「凝固していたのよ。この石はあなたの血液と同じ。時間神殿の停止した時間が再び動くわ」

 

視界に映る景色がぱっと変わった。

 

「あ?」

 

「クロムさん!?」

 

「あ、クロムおにいちゃんだ」

 

目の前にカタリナがいた。アルノルダや三銃士達もいる。

 

「何だ?何が起きた?」

 

「時間神殿が動き出すと、あなたも元の時間軸へ戻るのよ」

 

クロムの隣にはサンドリヨンがいた。

 

「……クロムさん、消えたと思ったら、そのひとは誰デスか?どうして手を繋いでマスか?」

 

「いや、これは特に深い意味は無いと言うか、何で言い訳をしなきゃならんのだ」

 

「突然現れた貴女は何処のどなた様デスか?」

 

「ごきげんよう。私はサンドリヨン。先程の魔界騎士を追い払った者です」

 

「クロムさん、説明して下サイね!」「おお!麗しのマドモアゼルよ!」「黙れ色魔」「あっはっは、ダルタニャンはだんだん容赦なくなってきたな!」「色々と聞かせて欲しいもんだな」

 

「……何だこの状況」

 

 

 

 

 

 

 

宝蔵院胤舜の敗北に危機感を持った天草四郎は、ルダンのサン・ピエール・デュ・マルシュ修道院の地下礼拝堂にいた。リヒルデとユルバンに集めさせた数多の人々が、礼拝堂で祈りをささげていた。そんな人々の前に宗意軒はいた。

 

「宗意軒様……胤舜坊が敗れましてございます」

 

「ふむ」

 

「転生人め、どうやら紅殻(こうかく)を知っていたようでござる。人非ざる我ら転生衆を上回るとは」

 

「それは『金剛殻』のひとつであろう。転生衆が化生(けしょう)の如き金剛力を得ておるのも同じ事」

 

「しかし破れましてござります。我ら転生衆、転生人に僅かに後れを取ったのは何故でありましょう」

 

「紅殻を操っておるのよ。『虚仮の一念岩をも通す』と故事にある通り、我ら忍法者もまた同じ事。転生衆には『金剛殻』を施しておるが、常に使うのと、瞬きの間使うのとでは差が生じるのであろう」

 

「何か手立てはございませぬか、宗意軒様」

 

「転生人は、我らとは違う血の使い方をしておる。常に金剛殻を使う。これを良しとしたのはワシではあるが、ならばもう一つ、術を教えて進ぜよう」

 

「おお」

 

「他の転生衆には、うぬから伝えよ」

 

「ははっ」

 

「では教えて進ぜよう―――」




~黄泉坂(一)これにて終幕!次回、転生衆、第二の刺客が立ちはだかる!~


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~黄泉坂(二)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。当時、まだ十五歳であった。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。

・リヒルデ・フォン・グンドリヒ

 ブラクバテンクス公国のグンドリヒ伯爵家出身。魔鏡「アルベルティスの鏡」を所有している。民話「白雪姫」の継母として知られる。四人目の転生衆。

・ユルバン・グランディエ

 フローランス中西部ルダン・ウルシュラ会修道院の元主任司祭。「悪魔憑き事件」で1634年に火刑に処された。三十代前半の色男。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・柳生如雲斎利厳

 柳生新陰流正当を自称し、但馬守より自分の方が正当後継者だと主張している。享年七十二。太めの体系に達磨のような顔である。


サン・ピエール・デュ・マルシュ修道院の地下礼拝堂、その地下空間には礼拝堂以外にもいくつかの部屋があった。この地下の最奥部にくり貫かれた大部屋に、転生衆達は引きこもっていた。

 

「宗意軒様より伝えられし術、全員理解したか?」

 

「しかし紅殻(こうかく)とはのう……転生により、血が変性しておったとは」

 

「転生を果たしたその時より、我らは既に人では無くなった」

 

「常にこの身に働く『金剛殻』と合わせれば。まず遅れを取る事はあるまい」

 

「知っておれば胤舜坊も破れずに済んだのやも知れぬが、ここは相手の力量を測る事が出来たと、そう考えておくとしようか」

 

坊太郎、又右衛門、但馬守、如雲斎の四名、既に紅殻の妙を得たり。

 

紅殻の第一スキル、『金剛殻』は全能力値を向上する永続スキルである。クロムやジュデッカが用いる一時スキル『極大過負荷』は『金剛殻』より効果が大きいが、効果時間は短く、スキル解除後は行動不能となる。

 

「さあて、では次を決めようぞ」

 

荒木又右衛門がボリボリと何かを食しながら提案をする。

 

―――それは、人の指であった。

 

部屋を見渡せば、そこら中に裸体の女たちが倒れている。既に屍となったものも多く、試し切りで殺された者もいれば、暴行によって殺された者もいる。彼ら転生衆に慈悲の心は無いのだ!

 

「くくく……どう決めるのだ?」

 

フローランス人の女の生首を手に、田宮坊太郎が喜悦の顔で答える。

 

「わしは辞退する。十兵衛の奴がまだ出て来ておらぬでな」

 

血に塗れた柳生但馬守宗矩。

 

「十兵衛か……しかし、奴が必ず姿を現すとも言えぬ。わしは転生人とやりおうてみたいのう」

 

手足を縛られた女を殴り続けていた柳生如雲斎利厳は、その手を止めて但馬守に反論する。

 

「では、女を使って決めようではないか」

 

又右衛門が隅で震えていた女の髪を引っ張る。

 

「一息で何回斬れるか、というのは如何であろう」

 

女の悲鳴を聞き、転生衆は愉悦を得る。慈悲も情けも無い、まさに悪鬼羅刹の如き所業!

 

 

 

 

 

リモジーの街からベルラックの村に到着した一行。白い漆喰の壁で出来た家屋が立ち並んでいる。

 

「この村の人達は何処へ行ったんだ?」

 

クロムの疑問。村は静寂に包まれ、人影は見当たらない。既に日は落ちかけており、そろそろ人々は家路につく頃だろう。だが、通りには誰一人として歩いていない。

 

「全く人を見ないのは、いかにもおかしいな」

 

アトスはマスケット銃を手に周囲を見回す。

 

「なあ、サンドリヨン。何か分からないか?ゲームマスターだろう?」

 

「私自身はただの人間。マスター権限でちょっと変わった道具を使える、ってだけ」

 

サンドリヨンはいつからか、革の旅行鞄(トランク)を持つようになっていた。底から車輪が出て来るギミック付きで、観音開きで開き、中にはどう見ても玩具にしか見えないような代物が詰まっていた。

 

「何処がただの人間なんだよ。魔法職最高レベルだろう」

 

サンドリヨンは神性レベル100に相当する最高位クラス『神の手(ゴッドハンド)』である。『幾何学魔法(ジオメトリア)』を主に使い、段級位制におけるステージは初等魔法十級から始まり、最高位十段まで全てを使う事が出来る。但し、通常の人間が使う事が出来るステージは一級魔法までと言われている。

 

「そうだけど、魔法はそんなに便利なものじゃないわよ?」

 

「探知系の魔法くらいあるだろう?」

 

「使って欲しいなら、何か対価が無いと」

 

「はぁ?」

 

「私、タダ働きはしない主義なのよ」

 

「この状況でよくそんな事が言えるな……」

 

「どうする?」

 

「対価って言われても、何も払えないんだけど」

 

「私は甘いものが食べたいわ」

 

「まだ何も言ってねえだろ!」

 

「ねえ、どうするの?」

 

「分かったよ。次どこかに泊まる時に探してみよう」

 

「うん、やる気出てきたわ」

 

「……これが神のやる事か?」

 

「神じゃないもの。さて、それじゃあ第十級幾何学魔法、生命探知(ディテクト・ライフ)

 

―――キン!

 

何か耳の奥で甲高い音が響いた。生命探知(ディテクト・ライフ)幾何学魔法(ジオメトリア)の初歩の魔法であり、第十級魔法とされる。自身を中心として低出力の電波信号を発し、心臓の鼓動と一致する電気信号だけを探知する。主に災害救助目的として使用される幾何学魔法である。

 

「……動いているのは一人だけ」

 

「一人?」

 

「ええ。あの坂道の上に十字路があるわ。そこに誰かがいる」

 

「……よし、行ってみよう」

 

クロムがサンドリヨンの指し示した坂道へ。坂道はかなりの勾配で、先が見えない。ようやく登りきると、その先には十字路があり、その交差点に一人の男が悠然と立っていた。足元には、斬殺されたであろう村人達が死屍累々と転がっている。

 

「お主が転生人か。拙者、荒木又右衛門と申す者。いざ、尋常に勝負!」

 

逢魔が時に四つ辻に立つは魔人・荒木又右衛門!




~黄泉坂(二)これにて閉幕!次回、活人剣が凶刃へと変わる!~


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~黄泉坂(三)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。


坂道の下から上へと向かい風が吹き、灰色狼ナバールの鼻でも匂いをかぎ取れなかった。荒木又右衛門という男は非常に計算高く、高所における利、四つ辻における利、風下における利を考慮していた。

 

高所における利とは、相手の動きが全て丸見えになる事。そして高所側の攻撃は全て相手の頭部や首への必殺の一撃となり、逆に低所側からの攻撃は全て足元への攻撃となる為に避けるに容易、とされる。

 

四つ辻における利とは、往来の中心に位置する事で敵の位置を先に知り、こちらの逃げ道を確保するという意図があった。

 

「下がれクロム!」

 

駆け付けたダルタニャンと三銃士がマスケット銃を構える。

 

「火縄か!」

 

ドン!ドン!

 

クロムの二丁の鋼輪式点火短銃が火を噴く。

 

ズドン!ズドン!ズドン!ズドン!

 

四人の一斉射が又右衛門を捉える!

 

「―――野郎!」

 

ポルトスが悔しさを顔に(にじ)ませる。又右衛門は足元に転がる死体を盾にして銃弾を防いでいた。さらに死体を抱えたまま、何と距離を詰めて来たのだ!

 

「忍法・山彦!」

 

―――パン!

 

「ぬっ!伊賀者か!?」

 

荒木又右衛門は伊賀国服部郷荒木村に生まれ、伊賀忍者や服部姓に関わりのある人物である。忍者という者がどういう者であるか熟知していたし、自身もある程度の素養があった。

 

「忍法・掟破り!」

 

―――パン!

 

「クェ!?何が起きマシタか!?」

 

「そこだっ!」

 

しゅっ!

 

「アーイ!?」

 

又右衛門が投げ付けた手裏剣がカタリナの腕を切り裂く!

 

「ふんっ!」

 

抱えた死体をクロム目掛けて突き飛ばし、腰から刀を抜く。

 

「早いっ!」

 

又右衛門はアトスとの距離を詰める。既にマスケットを地面に置いてレイピアを抜いていた。

 

「プッセ・ヴェル・レ・オ!」

 

「柳生新陰流三学円之太刀・斬釘截鉄(ざんていせってつ)

 

坂上から駆け寄る又右衛門に対し、上へと伸びる突きを放つ!鯉口から放たれる刀とレイピアの交差。

 

ばきんっ!

 

「―――な」

 

ぶしゃあっ!

 

「笑止」

 

レイピアを根元から断ち切られ、右手首を両断されてしまう。

 

「があああああああっ!?」

 

「アトスーッ!!」

 

血飛沫を巻き上げながら右手首を左手で抑えようとするアトス。それを見てポルトスが又右衛門に飛び掛かる!

 

「プッセ・ドゥ・レクレール!!」

 

ざん!

 

「柳生新陰流天狗抄(てんぐしょう)五箇之太刀・花車(かしゃ)

 

「おおおおおおおっ!?」

 

ぶしっ!!

 

ポルトスが先に仕掛け、レイピアが届くより先に又右衛門の刀がポルトスの右肩から鳩尾までを斬る!

 

「エートル・オキュープ!!」

 

血を噴きながら倒れたポルトスの背後から、アラミスが又右衛門の隙を突く!

 

ばしゅっ!

 

「柳生新陰流九箇之太刀(くかのたち)逆風(さかかぜ)

 

「うわあああっ!?」

 

アラミスは足元への切り払いを狙ったが、又右衛門のカウンターの斬り上げによって右手を斬られてしまう。

 

一瞬にして、手練れの三銃士が倒されてしまったのだ!アトスとアラミスは右手を失い、ポルトスは致命傷であった。ダルタニャンが坂下からさらに切りかかる!

 

「プッシュ・レ・クゥ!!」

 

「柳生新陰流九箇之太刀(くかのたち)和卜(かぼく)

 

どしゅっ!!

 

「―――あ」

 

又右衛門は立っている状態から一気に左膝を地面につき、右膝を立てて座るような体勢でダルタニャンを切り捨てた。右斜め十五度から左下まで真っ二つであった。

 

「―――強い!」

 

死体に遮られていたクロムはようやく乱戦に足を踏み入れようとしたが、異常なる又右衛門の剣の冴えに驚愕していた。

 

「お、お兄ちゃんたちが!」

 

ナバールの背に乗ったアルノルダは、目前で起きた惨劇に悲鳴を挙げた。

 

「あら、何か凄い事になってしまったわね」

 

トランクを椅子代わりにしてサンドリヨンは足を組み、両手で頬杖を付いて我関せずといった態度であった。

 

「―――ふ。ふふふ。くはははは!まるで鍵屋の辻の再現よのう!物足りぬぞ、南蛮人共!」

 

紅殻(こうかく)の妙を得た荒木又右衛門の強さ、まさに鬼神の如し!




~黄泉坂(三)これにて終幕!次回、荒れ狂う殺人刀(せつにんとう)!~


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~黄泉坂(四)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。


荒木又右衛門の剣の冴えを前にして、クロムは背中より二刀を抜く。

 

打刀(うちがたな)二つによる二刀流とは、恐るべき臂力(ひりょく)よのう」

 

日本刀は基本的に、両手で扱うべき得物である、と言われている。両手で扱うべく設計された物を片手で振るうのは、思いのほか難しい。さらに、人間は左右の手足をそれぞれ別に動かし、違う作業をするのが難しいという、思考の切り替えの問題もあった。

 

それを脇差ではなく、打刀を左右で振るうというのは腕力の強さだけでなく、体幹の強さも必要となる。左右を使い分ける為には相当な修練も必要であり、この点だけでもクロムの存在は異質であった。

 

「お主、誰にその二刀の業を教わった?その業の源流、どうも分からぬ」

 

両者は互いに動きを止め、互いに様子を伺う。クロムは二刀で飛び込む技を初手に使う事が多いが、それはこの荒木又右衛門には通じないと感じていた。

 

「念流とは似ても似つかぬ」

 

じりじりと足元が動いている。少しずつにじり寄って来ているのだ。

 

「心理戦か」

 

「駆け引き、と言ってもらおう」

 

念流とは、兵法三大源流と言われ、その三つとは『陰流(かげりゅう)』『神道流(しんとうりゅう)』そして『念流(ねんりゅう)』である。殆どの剣術流派はこの三つのうちどれかの系譜の上にあると言われる。

 

「柳生新陰流ってのは確か、三大兵法を合わせたものだろう?」

 

「如何にも。陰流、神道流、念流の三流派より生まれし新陰流、それを柳生が広めたものを柳生新陰流、と呼ぶ」

 

「陰流の始祖、愛洲移香斎(あいす いこうさい)愛洲陰之流(あいすかげのりゅう)伝書に鴉天狗の絵が記されている。その鴉天狗は二刀流なんだ。しかも、同じ長さの太刀を左右に持つ」

 

「何だと?」

 

「念流は京八流(きょうはちりゅう)から発展した流派、という説がある。京八流は源義経が使ったと言う。そして義経は、鴉天狗に兵法を教わったと言う。鞍馬寺の鬼一法眼(きいち ほうげん)だ」

 

「それがお主の軽業の正体か」

 

「陰流とは、そもそも京八流を敵として想定していたのでは?という話さ。そして愛洲一族は、船戦が得意な熊野水軍に属した一党。念流の始祖、念阿弥慈恩(ねんあみ じおん)の高弟、念流十四哲の一人に猿御前なる人物がいたそうだ。その猿御前から剣を学んだのが愛洲移香斎だそうだ」

 

「陰流は念流から生まれた、という話は聞いておる」

 

「愛洲一族は倭寇(わこう)だった。移香斎は明や呂宋(ルソン)、そして暹羅(シャム)にまで足を伸ばしたと言う。暹羅式念流とは、愛洲一族が暹羅で伝えたという、鴉天狗と船戦の兵法。京の吉岡流や武蔵の新免二刀流も京八流の流れを汲んでいるって話もあるくらいだし、何も不思議じゃないだろ?」

 

「相分かった。わしもお主も、根は同じという事よ」

 

―――じりっ。

 

クロムの持つ二刀より、又右衛門の刀の方が数㎝だけ長い。

 

「―――ふっ!」

 

ごっ!!

 

撥草変《はっそうへん》から放たれる、三学円之太刀・一刀両断!

 

ぎゃりんっ!

 

クロムの左の一刀が又右衛門の一刀両断を受ける!

 

「暹羅式念流二刀術・四蔵舞(よんくらぶ)!」

 

両手による斬撃を、左手一本で受けるのは如何にも無謀。しかし、クロムは受けと同時に背を向け、反転して距離を空け、右の一刀を又右衛門に浴びせたのだ!

 

「柳生新陰流二十七箇条截相(せつそう)・輪之太刀」

 

ひらり、と下段に下がった又右衛門の手の中の刀が翻る。両腕は頭上へと掲げられ、刀身を腕に沿わせて下段から上段へ瞬時に変じる!

 

「暹羅式念流二刀術・火曜潘(かようはん)!」

 

「なにっ!?」

 

クロムの右手から、又右衛門の顔目掛けて一刀が投げ付けられる!

 

がきんっ!

 

それを弾き返す又右衛門、しかしクロムは既に跳躍していた!

 

「暹羅式当身変化・鳳凰億(ほうおうおく)―――『極大過負荷(マキシマイズ・オーバーロード)』!!」

 

ぶおっ!

 

クロムの跳び蹴りが空中で紫電を纏い、急加速する!血流の超加速によって電磁誘導が発生し、強磁界の反発力によって横っ飛びの形で電磁加速を得る!

 

―――ぼんっ!

 

如何に紅殻によって人外の反応をしようとも、投擲された一刀を弾き、さらに電磁加速蹴りまで対処する事適わず!

 

蹴りの威力により、又右衛門の首は飛んでいた。

 

―――どさっ!

 

「見事なり、転生人!」

 

地面に落ちた又右衛門の首、落ちてなお口を開く!

 

どしゃっ!

 

遅れて首を失った胴体が、血飛沫を上げて地面に倒れた。

 

義勇兵クロム・アーサー VS 荒木又右衛門 勝負あり!!




~黄泉坂(四)これにて終幕!次回、死人は返るのか!?~


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~黄泉返~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・荒木又右衛門保知

 江戸時代の剣客。「鍵屋の辻の決闘」で名を馳せた。「寛永御前試合」にもその名を残す。享年三十八歳。長身で二尺七寸の長い太刀を使う。


「おじちゃんが、おにいちゃんが死んじゃったよう!」

 

魔人・荒木又右衛門によって右肩から鳩尾までを斬られ、ポルトスは血に塗れて死んでいた。アルノルダは泣きじゃくりながらも、何度も軽症治癒(ライトヒーリング)の魔法を唱えたが、受けた一撃が致命傷の場合は全く効果が無い。

 

「ダルタニャンもだ。おそらく、即死だっただろう」

 

右手を失ったアトスは出血を抑える為、首に巻いていたスカーフで右手首を縛っていた。ダルタニャンの身体は左首筋から右脇腹まで真っ二つに断ち斬られており、地面には臓物が飛び出ていた。

 

「ぐうっ……これでは、旅は続けられない」

 

アラミスもまた、右手首を失っていた。こちらは、革のコートから組紐を抜いて手首を縛っていた。

 

「……とても、痛ましいデスね」

 

カタリナは手裏剣が右の上腕部を掠めただけで済んでいたが、この惨憺(さんたん)たる有様に顔色を失っていた。

 

「俺たちは何も考えていなかった。相手はよく考えていた。その差がこの結果だ!」

 

荒木又右衛門を蹴り技、鳳凰億(ほうおうおく)で倒したクロムは極大過負荷(マキシマイズ・オーバーロード)の反動で動けずにいた。

 

元は普通の人間であった為か、荒木又右衛門の『兵法家』としての戦術にショックを受けていた。又右衛門がどうして村人を殺戮したのか。足元に転がる死体が意識の中で邪魔となり、思い切って距離を詰める事が出来なかったのだ。逆に又右衛門は死体など気にせずに動き、さらにはマスケット銃に対する盾としても機能した。

 

「恐ろしい相手だったわね」

 

相変わらずトランクに腰掛けたまま、サンドリヨンは涼しい顔をしていた。

 

「何でそんなに平気な顔が出来るんだ」

 

「あら、そんな風に見える?」

 

「戦いにも参加しなかったな」

 

「私がいつ、戦うって言ったかしら」

 

「それにしたって、何かしてもいいじゃないか」

 

「タダ働きはしない、って言ったわよね」

 

「それが神の思考か?」

 

「労働には正当な対価が必要でしょう?」

 

「人助けは労働なのか?」

 

「私が人を助けなくちゃいけない理由なんてあるのかしら」

 

「……もういい」

 

どうやらサンドリヨンに期待しても無駄なようだった。その気になれば死んだ人間を生き返らせる事くらい、簡単に出来るだろうに、と思わずにはいられない。

 

「条件があるわ」

 

考えを変えたのか、サンドリヨンの口から譲歩するような言葉が出てきた。

 

「生き返らせる事が出来るのか?」

 

転生(てんしょう)させる事なら出来るわ」

 

「……何か違うのか?」

 

「全然、違うわよ?」

 

「俺みたいになるんだろう?」

 

「クロムは、死んだから転生したと思ってるの?」

 

「んんん?」

 

「転生は、生まれ変わりの事なの」

 

「違いがまるで分からないんだが」

 

「死んだら必ず生まれ変われる訳じゃないでしょう?だから死ぬ事は前提条件ではないのよ」

 

「さっっっっぱり分からん!」

 

「転生とはロールバック、つまり『巻き戻し』なの。死=転生では無く、時間遡行=転生なのよ」

 

「……では、死んだ人間を転生させるってどういう事になるんだ?」

 

「死、っていうのはただの状態に過ぎない。時間を巻き戻すと死ぬ前の状態に巻き戻るわ」

 

「じゃあ、条件って何だ?」

 

「時間を巻き戻して転生したら、その人は『プレイヤー』側になってしまうのよ」

 

「つまり、どういう事だ?」

 

「今までNPCだった人物が『プレイヤー』になる。『プレイヤー』はその世界の固有のキャラクターでは無くなる。『プレイヤー』は血に目覚める。時間の楔から解き放たれ、自分で血流の速度を操る事が出来る。でもその代わり、同じような運命を繰り返す事になるわ。戦士なら、ずっと戦う運命」

 

「うーん、要するにヒーロー?」

 

「悪いヤツもいるんだから、ちょっと違うかも知れないわ。(カルマ)は受け継がれるのだから」

 

「難しい事はこの際どうでもいい。二人を生き返らせてくれ」

 

「それはあの二人に聞いてみるわね」

 

サンドリヨンはトランクから身を起こし、アトスとアラミスの元へ。

 

「ダルタニャンとポルトスを転生させる事が出来るわ」

 

『転生』という言葉を聞いて二人は顔を見合わせる。

 

「生まれ変わり、だと?」

 

「そんな事が可能なのか?君は大司教クラスだとでも言うのか?」

 

アトスはともかく、アラミスはいつもの口説き文句も忘れる程だった。それもその筈、アラミスはこのモナルキア世界の最大宗教、その名も『モナルキア』の神学を学んでいたからであった。『モナルキア』の大司教クラスでようやく聖書系最大級魔法『死者復活(レイズデッド)』を学ぶ事が出来る。

 

「私は大司教じゃないし、そもそも聖書系魔法を扱う事は出来ないわ。私が使うのは『幾何学魔法(ジオメトリア)』の『輪廻転生(リインカーネーション)』という魔法よ」

 

「初めて聞く魔法だな」

 

アトスは別に魔法に詳しい訳では無かったが、それでも『黒魔法』『白魔法』『聖書魔法』『精霊(ドルイド)魔法』くらいは知っていた。しかし、『幾何学魔法(ジオメトリア)』などというものは噂にも聞いた事が無かった。

 

「待ってくれ。その魔法は教会も知らない筈だ。そんな怪しげなものを使う?冗談はよしてくれ」

 

アラミスの反応は至極真っ当なものである。

 

「貴方にも使うわ」

 

「……何だって?」

 

まだ生きているアラミスにまでそんな事を言い出す。

 

「その右手を治す魔法を私は知らないわ。アルノルダがもう少し成長すれば、その内使えるようになるんでしょうけどね。でもお生憎様、今ここでその傷を治す術は無い。だったらもう、貴方達まとめて巻き戻してしまった方が早いわ」

 

「巻き戻し?それは何か重大な問題点があるんじゃないのか?」

 

アトスは怪訝な顔で答えた。タダより恐ろしいものは無いのである。

 

「あら、貴方達にとってそんなに問題にはならないわよ?記憶まで巻き戻るし、未来永劫、次元の果てまで戦い続ける運命を背負うだけ」

 

「……何だって?」

 

何か、物凄く不穏な言葉を聞いたような気がする。しかしアトスの疑念は、そこで途絶える事になった。

 

「我、天と地の狭間に因果の地平を定めるものなり―――善因楽果・悪因苦果・生死流転(しょうじるてん)―――輪廻転生(リインカーネーション)

 

サンドリヨンがアトスの額に人差し指を当てる。その途端、アトスの身体が『ぶれた』。その『ぶれ』はやがて流体となり、まるで水面に絵の具を垂らしてかき混ぜたような、不可思議な現象が起きた。

 

「よ、寄るな!」

 

女性に滅法弱い筈のアラミスは、その光景を見て拒絶する。しかし右手を失い多量に出血をした状態では、抗う事は出来なかった。

 

「うわああああっ!?」

 

アラミスもまた、その姿が『ぶれる』。

 

「おねえちゃん、何をしたの?」

 

「みんな生まれ変わるの」

 

「おじちゃんも?」

 

「そう」

 

ポルトスの血を両手にべっとり付けたまま、アルノルダはポルトスから離れた。サンドリヨンが倒れたポルトスの額に人差し指を当てる。すると、ポルトスの死体も『ぶれた』。

 

「彼女もデスか?」

 

「ええ」

 

カタリナはダルタニャンの両断された遺体の傍で、クロムとサンドリヨンのやり取りを山彦の術で聞いていた。サンドリヨンの人差し指がダルタニャンの額に触れる。

 

四人の身体は見る見るうちに巻き戻り、地面に落ちた右手が持ち主の元へと戻り、あるいは両断された切断面はひとりでにくっついた。

 

「おにいちゃん!おじちゃん!」

 

「あれ、僕は一体?」「ううむ、どうして俺は寝てたんだ?」「ヤツは何処だ!?」「おお!マドモアゼル!」

 

ダルタニャンとポルトスは目を覚ました。アトスとアラミスの右手は元に戻っていた。




~黄泉返、これにて閉幕!次回、ミスター生き地獄~


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~対決街道(Ⅰ) ―菓子早食い競争― ~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。


「四人一組でのお菓子早食い対決を提案するわ」

 

ポワイチエの街でサンドリヨンがそんな事を言い出した。

 

「やったあ!あたし、甘いもの大好き!」

 

「ブラーボ!金平糖にかすていら、大好物デスね!」

 

「僕はクグロフが好きだ」

 

「おお、マドモアゼル!ご一緒にヴィジタンディンなど如何かな?」

 

「ガキの頃に食べたベリーのタルトは美味かったなあ」

 

しかしここで、約二名が反対の立場を取った。

 

「俺、甘いものはあんまり……」

 

「済まんが、酒で糖分は充分でね」

 

クロムとアトスの二人である。特にアトスは酒に目が無く、飲料としてのワインの他、ワインをさらに蒸留してアルコール度数を高めたブランデーをよく飲む。酒好きの人物で甘いものが苦手という、要するに『飲兵衛』である。

 

「大体、早食い対決って何だよ」

 

サンドリヨンの提案の意味が分からない。

 

「私が甘いもの食べたいって言ったのは覚えてる?」

 

「そういえばそんな事言ってたな」

 

「アラミスがね、もっと親睦を深めるべきだって言うのよ」

 

「おいアラミス」

 

アトスは本気で嫌そうな顔でアラミスを睨みつける。

 

「いや、私はマドモアゼルを誘っただけなんだが……」

 

事の経緯はこうだった。まず、アラミスはサンドリヨンとカタリナのどちらかと親しくなろうとしていたが、これが中々うまくいかない。カタリナはアルノルダが共にいる事が多く、誘いをかけようにも殆どの場合はアルノルダが嫌だと言えば断られていた。サンドリヨンに関しては荒木又右衛門に切断された右手首を元に戻してくれた事に感謝はしていたが、死者を蘇らせるという大魔法を使う程の人物である事から、中々フレンドリーに接するという心境になれなかった。

 

「だが、それは間違いだ。彼女もやはり、魅力的な女性ではないか」

 

アラミスは自身を奮い立たせ、今回、ようやくサンドリヨンも彼の攻略対象になったのだ。

 

「アラミスの悪癖に付き合うつもりはないぞ」

 

アトスはあくまで拒絶の意思を堅持した。

 

「まあアトスは女性関係には一歩距離を置いているからな」

 

「言うなポルトス」

 

「おっと」

 

アトスはかつてラ・フェール伯爵という大貴族で、数多くの領地を経営していた。だが妻に裏切られ、その妻を処刑したという自責の念から爵位を捨て、ただの一介の銃士になっていた。それ以来、アトスは大酒飲みになった。従兄弟であるポルトスはその事をよく知っていた。

 

「アラミスの事はどうでもいいとして、それでどうして対決になるんだ?」

 

「カタリナがクロムは不能なのか?って言うんだもの」

 

「あわわわわっ!?言わない約束でシタよ!?」

 

カタリナが慌ててサンドリヨンの口を塞ぐ。カタリナとしては百万エクーの財宝という目的の為にクロムに近付いたのだが、最近は異性として多少気にはなっていた。現実的に考えて、財宝の在り処を知った後でどうするのか。将来的にはやはり、忍者として強い血を遺さなくてはならない。槍の宝蔵院、柳生新陰流の荒木という二人の魔人を倒したその血は興味の対象である。思いっきり打算だらけの女であったが、これでも本人は自分は純情だと思っている。

 

「カタリナは守銭奴パープリンおバカ外人枠って感じで、イマイチそそられないよな……」

 

「酷いデース!これでもそんな事が言えマスか!?」

 

―――むぎゅう!

 

カタリナはクロムの腕を取って両手で抱き付いた。規格外のフレキシブルな胸部装甲の感触に、膝から溶けるような何とも言いようのない感覚をおぼえる。

 

だが、クロムは何故か憤った。

 

「違う!そうじゃない!」

 

「はい?」

 

「確かに凄い!だが、俺が求めているのはそんな投げやりなシチュエーションじゃないんだ!」

 

「……えっと、大丈夫デスか?」

 

「例えばそう。疲れて家に帰ってきたら、こう言うんだ。毎日お疲れ様、って」

 

「何の話デスか?」

 

「そして疲れた俺を胸に抱きしめて、そのぬくもりの中で俺は眠る」

 

突然展開されたクロムの妄想話に、カタリナはドン引きである。

 

「それはお母さんに求めて欲しいデスね……」

 

「おにいちゃん、疲れてるの?」

 

「いや、でも少し気持ちは分かる」

 

「マジかポルトス……」

 

「私は自分が女たらしだと自覚しているが、さすがにそこまで求めていないな」

 

「大丈夫かこいつら」

 

ダルタニャンは男達にただ呆れるだけだった。

 

「もういいかしら?」

 

微妙な空気が流れる中で、サンドリヨンはひたすらマイペースである。

 

「ああ、何だっけ?」

 

「そういう訳で、みんな仲良くなりたいという訳でしょう?だから、ここはひとつ、レクリエーション・ゲームで楽しみましょう。なんだか疲れてる人もいるみたいだしね?」

 

「俺を見て言うな」

 

クロムは今この時に疲れているというより、転生前の人生に疲れていたのだが。

 

「四人一組になってお菓子を食べ、どちらがより早く多く食べたか。負けたチームは次の街に着くまで男は女装、女は男装でどうかしら」

 

「ちょっと待て、僕は反対だ!」

 

サンドリヨンの提案にダルタニャンが激しく抗議する。常に男装をしているダルタニャンとしては、自分が女性であると知られるのは何より避けたい事であった。もっとも、既にクロムとカタリナ、それにアトスは知っているが。

 

「何そんなにムキになってるんだ?勝てばいいんだ勝てば。ただのゲームじゃないか」

 

「うっ、しかしだな」

 

アラミスにそんな事を言われて反論が思いつかず、結局ダルタニャンは不機嫌そうな顔で認めるしかなかった。




~対決街道(Ⅰ) ―菓子早食い競争― ~これにて閉幕!次回、対決の行方や如何に!?


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~対決街道(Ⅱ) ―お菓子は飲み物だ― ~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。


「では、チーム分けをしましょうか。まず、甘いものが苦手なクロムとアトスは別々に。それから、沢山食べるポルトスと甘いもの大好きな私は別々。このサイコロを振って、奇数はAチーム、偶数がBチーム。同じになったらやり直し」

 

サンドリヨンはトランクの中からサイコロを取り出した。

 

「俺は6」「3だ」

 

クロムが6でBチーム、アトスが3でAチームとなった。

 

「1か」「私は6」

 

ポルトスが1でAチーム、サンドリヨンは6でBチーム。

 

「残りの4人は2対2に別れる。奇数ならAチーム、偶数ならBチームは変わらずね」

 

カタリナ、アルノルダ、アラミス、ダルタニャンの4人がサイコロを振る。

 

「5デス」「5だよ!」「4だ」「2だ」

 

「決まりね。Aチームはアトス、ポルトス、カタリナ、アルノルダ。Bチームはクロム、私、アラミス、ダルタニャン」

 

本日は定期的に開催される大市の日に当たり、街の中心にある大広場では沢山の露店が開かれていた。

 

「あっ!大道芸だ!」

 

「ジャグリングってヤツだな」

 

アルノルダがナバールを連れ、派手な恰好をした大道芸人を見つけて傍へ寄る。大市には商売人だけでなく、大道芸人や吟遊詩人なども集まる。

 

「あそこにパン屋さんがありマスね」

 

ポワイチエの街はバターが名産で、特にバターをふんだんに使ったガレットというクッキー菓子をパン屋で売っていた。他にもシュークリームやブリオッシュ(だるまのような形の甘いパン)、パウンドケーキなどが見られる。

 

「では始めましょうか。丁度、四種類のお菓子があるから、ガレットから順番に食べる形にしましょう」

 

「そういえば金はどうするんだ?」

 

「私が言い出した事だし、私が持つわよ」

 

「マドモアゼルに出させるなんて、とんでもない!この私が出しますとも!女性の分だけは!」

 

アラミスがここぞとばかりに名乗り出るが、それに対してダルタニャンが呆れ顔で反論した。

 

「負けたチームが払えばいいじゃないか」

 

「そうしましょうか。対戦の順番は各チームで自由に決める事」

 

それぞれのチームが集まってしばし相談。

 

「まずは俺からだ」

 

Aチームの先鋒は一番の大食い、ポルトスであった。

 

「こちらは私が出るわ」

 

Bチームはサンドリヨンが名乗り出た。両チーム共、いきなりエースを投入して序盤にリードを広げるつもりであった。

 

「それじゃあ行くぞ!」

 

「甘味が私を待っているわ」

 

ポルトスとサンドリヨンは沢山のパン類が並べられた露店の前に立つ。

 

「いらっしゃい!銃士さん、この田舎パンなんてどうだい!」

 

パン屋の売り子の少年が大きくて丸いパンを勧めてくる。

 

「実は菓子の大食い勝負をするんだ」

 

「大食い?おいおい、銃士さんは枢機卿からそんなに給料貰ってるってかい!?」

 

「いや、別に給料が高い訳では無いんだが」

 

「ポルトス、話が脱線しているぞ」

 

「おっと」

 

アトスに指摘されてポルトスは慌てて口を閉じた。国家に仕える銃士の給料など、大っぴらに話す事では無いのであった。

 

「パン屋さん、このガレットから順にいただくわ」

 

サンドリヨンを見て売り子の少年は目を丸くした。

 

「こいつはたまげた!一体、どこぞのお姫様だい?あんたみたいな人が大食いなんて、こいつはちょっとした事件だ!」

 

少年の声に、他の露店の商人達や客達が集まってくる。

 

「おお、確かに凄い美人さんだ」「銃士様もいるぞ」「こいつは面白そうだ!」

 

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!こちらの銃士様と見目麗しいお姫様が、なんと、菓子の大食いで勝負ときたもんだ!安いよ安いよ!おっ、毎度あり!」

 

売り子の少年はとうとう大食い勝負を見世物にし始めた。

 

「それじゃあいっそ、この少年にジャッジをお願いしようじゃないか。頼めるか、少年」

 

ついにはアトスがそんな提案までした。

 

「いいよ!任せろ!」

 

少年は審判役を快諾した。

 

「用意はいいかい?―――始め!」

 

「おおっ!」

 

ポルトスがガレットを一口で頬張る。

 

「次、シュークリームをいただくわ」

 

「―――ぶほっ!?」

 

ポルトスがガレットを咀嚼しながら次のシュークリームに手を伸ばそうすると、既にサンドリヨンがシュークリームを口に運んでいた。

 

「おおっと、こいつはびっくりだ!何とお姫様、まるで菓子が飲み物のようだ!そう、菓子は飲み物だった!?」

 

サンドリヨンの食べ方を見て、少年が解説実況まで始める。

 

「口に運んだ瞬間、消えている……」

 

水分の少ないガレットは早食いにとっては難敵である。口の中の水分が持っていかれてしまう為、何度も咀嚼していては飲み込むのに支障が出る。そこでサンドリヨンは、咀嚼して飲み込むのではなく、『吸引』する事で大幅な時間短縮を実現していた。

 

「ブリオッシュいただくわ」

 

「シュークリームだ!」

 

サンドリヨンがブリオッシュに手を伸ばしたのと同時に、ポルトスはようやくシュークリームへ取り掛かった。別にポルトスが遅い訳では無い。むしろ、普通に考えれば相当早い。サンドリヨンの食べるスピードが明らかにおかしいだけである。

 

「パウンドケーキいただくわ」

 

「ブリオッシュをくれ!」「ガレットをいただくわ」

 

ポルトスがブリオッシュに取り掛かったのと、サンドリヨンが二巡目のガレットに手を伸ばしたのがほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

「……も、もうダメだ……次、頼んだ」「私ももういいわ」

 

「おおっと、銃士様は38巡目のシュークリームを食べ切ったところでギブアップ宣言だ!一方、お姫様は何と、79巡目パウンドケーキまで行ったーっ!」

 

実に二倍以上の大差を付けて選手交代。

 

「次鋒はワタシデース!」「おお、マドモアゼル!」

 

二番手はAチームはカタリナ、Bチームはアラミスだった。

 

「今度も魅力的なおねえさんだ!そして対するはこれも銃士様だ!さあ、張った張った!」

 

少年はとうとう賭けまで募るようになっていた。




~対決街道(Ⅱ) ―お菓子は飲み物だ― これにて閉幕!次回、詰むや、詰まざるや!?~


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~対決街道(Ⅲ) ―甘いもの地獄― ~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。


「ごちそうさまでシタ!ガレット二枚にアーモンドクリームが挟んであるんデスね!」

 

「おお!マドモアゼルよ!その二つの大きなシュークリームを私は食べたかった!」

 

カタリナ25巡目パウンドケーキでフィニッシュ、一方のアラミスはたったの5巡シュークリームを食べきれずに終わる。現時点での合計はAチーム63と2/4、Bチームが84と2/4でBチームのリード。

 

「つぎはあたしね!よーし、いっぱいたべるよ!」

 

「下ネタじゃないか!」

 

三番手はアルノルダとダルタニャンだ。

 

「おおっと!今度は可愛いお嬢さんと、これまた凛々しい銃士様の対決だ!」

 

「えーっと、てんにましますわれらのちちよ。わたしたちに毎日、必要な糧を与えて下さり感謝します―――」

 

「これは必要な糧には入らない!」

 

アルノルダは律儀にも食前の祈りを捧げ始めたが、そもそも銃士達は祈りなど捧げていなかった。間食は必要な糧ではないので祈りの範疇には入らない、という解釈である。アラミスなどは神学の勉強をしていた程なので、こういった問題には敏感である。スタートダッシュはダルタニャンがリードした。

 

「はい!ナバールにもあげる!」

 

「わふっ!」

 

アルノルダは何と、灰色狼ナバールに菓子の半分を分け与えた。

 

「……犬ってパン食って大丈夫だったっけ」

 

クロムは現代知識があるとは言え、狼が食べてはいけないものなど全く知らなかった。結論から言えば、あまり食べさせない方がいい。小麦アレルギーを持つ個体もいるし、小麦粉を練った時に生成されるグルテンを犬は消化できない。ただ、欧米では昔から犬にパンを与えていたとも言われ、ほどほどなら問題無いとも言われる。結局、個体によって違う、としか言いようがない。

 

「がふっ、がふっ」

 

ナバールは半分に割られたガレットを問題無く平らげた。もっとも、穀物由来のタンパク質を消化は出来ないだろう。

 

「ずるいぞ!それって反則じゃないか!?」

 

ダルタニャンはパウンドケーキに取り掛かろうとしていたが、手を止めて抗議した。

 

「だって、ナバールだけおあずけなんてかわいそうだもの」

 

「ダルタニャンは大人気ないデース!」

 

「そうだぞ。小さなマドモアゼルに少しは花を持たせてあげてもいいだろう?」

 

「お前が言うかアラミス!」

 

ダルタニャンは結局、食べる方を優先するしかなかった。

 

「がふっ、がふっ」

 

「むおおおおっ!」

 

アルノルダ(ナバール含む)は12巡目で、とうとうダルタニャンを逆転した。

 

「あたし、もういいかな。ナバール頑張ってね」

 

「わうっ!?」

 

逆転はしたが、アルノルダはナバールに後を任せてしまった。ナバールはその後、頑張って42巡目パウンドケーキまで完食した。

 

「僕もギブアップだ」

 

ダルタニャンは22巡目のブリオッシュまで完食した。

 

「次は俺か。酒なら自信があるんだが…」

 

「俺はすっぱいものなら…」

 

「おおっと!4人目はどっちも菓子が苦手なのかーっ!?これはどっちが勝つのか分からなくなってきたーっ!」

 

最後はアトスとクロム、二人共甘いものが苦手な者同士であった。この時点で、Aチームは105と2/4、Bチームが107と1/4である。両者の差は、僅か1と1/4までに縮まっていた。

 

「ワインをくれ!」

 

アトスは酒と一緒に流し込む、という作戦だ。

 

「……乾いた菓子は口の中の水分が無くなるんだよ!」

 

ガレットを何とか完食したクロムは、次のシュークリームで手が止まっていた。

 

「またまた、本当は甘いもの大好きなんデスね?」

 

「違うよ!何でそうなるんだよ!嫌いだよ!?」

 

違うチームなのに、カタリナはクロムに執拗に絡んで菓子を食べさせようとした。

 

「パウンドケーキは少しマシだな。ドライフルーツがラム酒で漬けられてるからか」

 

酒が多く使われるパウンドケーキはアトスにとって一番楽な菓子であった。一番苦手な菓子はシュークリームだった。一番軽く、量も少ないのだが、カスタードクリームの甘ったるさが受け付けないのだった。

 

「おうぇえ」

 

一方、クロムは水分が口から奪われるのが問題だった。アトスはワインを飲みながらなのでその問題はクリアしていたが、クロムは酒も苦手なのでその手は使えない。

 

「水、水は無いか!?」

 

「水は無いなあ。ミルクならあるよ」

 

「それでもいい!」

 

パン屋の売り子の少年が壺からカップに牛乳を注いで渡す。本当は牛乳も苦手である。クロムは乳糖不耐性なので、あまり多くを飲むと下痢になってしまう。

 

「ごくっ、ごくっ―――ぷはっ!よし、これで何とか次へいけそうだ」

 

クロムは牛乳を口に含み、それから菓子を少し食べるという方法を取った。

 

「おおっと!両者、飲み物で無理矢理飲み下しているぞ!それはそれでお腹いっぱいにならないかーっ!?」

 

少年の危惧する通り、二人共、三巡目に入って同時に食べるスピードが格段に落ちた。

 

「……満腹だ」

 

「な、何だか腹具合が……」

 

「おっと、二人共どうしたーっ!?動きが殆ど止まってしまったぞーっ!」

 

アトスはワインと菓子という糖分の過剰摂取で血糖値が上昇し、満腹中枢が刺激されてしまった。クロムは大腸の浸透圧の上昇が原因である。二人共、時間を掛け過ぎたのである。

 

「忍法・山彦!」

 

パン!

 

カタリナが手を叩く。

 

「……んん?何だか少し、楽になったような気がするな」

 

アトスは再び菓子に手を伸ばす。カタリナの忍法が視床下部外側野を刺激し、アトスの脳内でドーパミンが活性化して興奮作用を促進し、食欲が増進したのだった。

 

「おおっと!手が止まっていた銃士様、華麗に復活だーっ!」

 

「……待て、それは、ズルじゃないのか……ダメだ。俺はトイレに行くぞ!」

 

クロムは宿屋のトイレへ駆け込んだ。

 

「おおーっと!これは試合放棄かーっ!?」

 

「こ、こちらは5巡目を超えたぞ……」

 

アトスが僅差で逆転し、Aチームの勝利が決まった。

 

「……終わりだ。僕の士官の夢は終わりだ」

 

ダルタニャンはただ茫然としていた。女装の決定である。




~対決街道(Ⅲ) ―甘いもの地獄― これにて終幕!次回、忍び寄る魔の手!~


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~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅰ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。


アトスはポワイチエの武器製造組合(ギルド)に新しいレイピアを頼んでいた。剣や槍、銃など様々な武器を扱い、一つの店でまとめて取引をしている。

 

「うむ、注文通りのいい出来だ。根本が太い。これなら容易に折れる事は無くなるだろう」

 

レイピアは優美で華麗なイメージがあり、ロングソードなどに比べて容易く折れそうに思えるが、実はロングソードやブロードソードと打ち合ってもまず折れない。意外にも根本の辺りは太く作られている。それでも荒木又右衛門によって折られたので、さらに太くしてもらったのだ。

 

「おお!マドモアゼル!」

 

アラミスがいつものように女性に言い寄っている。

 

「ああ、うるさい!こっち寄るな!」

 

いつもと違うのは、相手がダルタニャンで、そのダルタニャンはレース付きの緑色のドレス姿であった事だ。腰はきゅっと絞られ胸元も大きく開いており、意外に豊満である。

 

「どうして今まで女性である事を隠していたのか!おお、マドモアゼルよ!」

 

「おいアラミス、お前も女装してる事を忘れるなよ」

 

ダルタニャンと同じく、アラミスも女装をしていた。しかしこちらは正真正銘の男なので、顔はともかく身体の線がまるで違う。赤いロングスカートに白いブラウスだが、全然似合わない。

 

「こちらの短い銃身のマスケットもいただこう」

 

今までの長い銃身の方が射程が長く、命中精度も上だったが、取り回しには難があった。短銃は常に携帯出来る利点があるが、あくまで護身用という位置付けである。彼らは戦場では主に竜騎兵(ドラグーン・マスケット)として運用される為、槍を持った歩兵の後方からマスケット銃を撃つ、という想定をされていた。

 

「クロムの短銃ほど連発は出来ないが、その使い方は参考になった」

 

「ふーん、よかったね」

 

アトスに話を振られたクロムはあまりいい気分ではなかった。こちらも女装させられていたのが原因である。村娘が着ているような簡素な黒いロングスカートという出で立ちだ。

 

「あら、くるみ割り人形があるわ。これいただこうかしら」

 

工房の壁に置かれていた人形をサンドリヨンは手に取っていた。こちらは男装で、青いチュニックを着ていた。武器を主に取り扱う店だったが、工芸品なども置いてあった。モナルキア世界の武器の流通は、主に武器組合に属している商人によって各地の職人組合に発注される。普段、剣を作っている鍛冶職人が、気晴らしに玩具などを作る場合があれば、それも武器組合の方で取引される。

 

「巡礼杖を下さいな」

 

店には旅装束の女性客が二人いた。

 

「マドモアゼル、こちらの杖など如何かな?『ライヒ』の杖職人の手によるものと見ましたが」

 

アラミスが女性客にいくつかの杖を勧める。直前まで、ダルタニャンに付き纏っていたとは思えない早業である。『ライヒ』とはフローランスの北東に隣接する帝国の名である。

 

「あらお母様、こちらの紳士がとても良さそうな杖を選んで下さったわ」

 

「まあ、これならコンポスティアまで長持ちしそうねえ」

 

女性客はどうやら親子らしく、フード付きのマントにロングスカート、足元にブーツといった恰好をしていた。ホタテ貝の貝殻に穴を開けて紐を通し、首から下げている。これはイスパニアにあるという最大宗教『モナルキア』の聖地コンポスティアへの巡礼の旅によく見られる恰好であった。ポワイチエの街は巡礼路の途中にある街で、このような巡礼中の旅人の姿は珍しくなかった。

 

【挿絵表示】

 

「美しいマドモアゼル、どうかお名前をお聞かせ下さい。私の名はアラミス。見ての通りの銃士です」

 

「サヴィナと申しますわ」

 

「フランチェスカと申します」

 

サヴィナという若い娘はブルネットの栗色の髪を首元で結っていて、フランチェスカと名乗った母親はダークブロンドの長い髪を後ろでシニヨンにまとめていた。




~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅰ)これにて閉幕!次回、巡礼者の甘い罠!~


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~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅱ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・サヴィナ

 巡礼者。ブルネットの髪を肩で結んでいる若い娘。

・フランチェスカ

 巡礼者。サヴィナの母。ダークブロンドの髪をシニヨンにしている。


アラミスは二人の巡礼者、サヴィナとフランチェスカの母娘と親しくなった。

 

「マドモアゼル・サヴィナ、マダム・フランチェスカ。ここがポワイチエの街でも巡礼者がよく訪れる、サン・ティレリウス・ル・グラン教会です。エイトゲノッセン派とラ・サン・リーグ派の宗教対立によって壁は損傷していますが、サン・ティレリウスの遺骨が納められているという聖遺物箱は無事だったそうです」

 

母娘を案内してやって来たのは教会だ。アラミスは神学を学んだだけあって、教会や聖人についてやたら物知りだった。

 

「これが『サン・ティレリウスの死』ですのね」

 

「天使の手で天国へと召される様子かしらねえ」

 

母娘は教会の礼拝堂の柱の一つ、天井との接続部の彫刻を眺めていた。

 

「アラミスの女装について何も触れないのは、優しさだろうか」

 

「いつまでこの恰好してればいいんだろう」

 

ダルタニャンとクロムは女装のままだ。ダルタニャンは本来女性なので傍目におかしいところは何も無かったが、アラミスとクロムは不審者と言えなくもない。

 

「この恰好で馬には乗れないぞ!」

 

「次の街へ着くまでよ」

 

「……ええぇ」

 

ダルタニャンの不満をサンドリヨンがたしなめた。

 

「あっ、こっちの柱には絵があるよ!」

 

アルノルダが指差した四角い柱には、司祭と思われる人物が描かれていた。

 

「ナバールはどうしまシタか?」

 

「おなかが痛いから、犬の草を食べに行っちゃった」

 

ナバールは菓子の早食い対決の後から見掛けなくなっていた。

 

「剣を持ってないんだぞ。いざという時に困る」

 

「女性の服で帯剣していたら憲兵に怪しまれる。街中で戦う羽目にならないよう祈ろう」

 

「わはは!さっき買った短銃が役に立つじゃないか!試し撃ちに丁度いいさ!」

 

アトスとポルトスがダルタニャンの不満に答える。ダルタニャンやアラミスは女装に際し、レイピアを帯剣していなかった。女性の恰好で帯剣するのはおかしい、という当時の常識があった為である。その代わり、武器組合で購入したばかりのマスケット短銃をスカートの下に隠していた。

 

「ガンベルトをその場で太股用に調整してもらったんだぞ?そこまでして女装する必要あったのか凄く疑問だ」

 

ダルタニャンがスカートを捲り上げると、右の太股にガンベルトが巻かれていた。マスケット短銃の銃身が膝よりも下へ出ているので歩きにくそうだった。

 

「……うはっ」

 

「ば、バカ!こっち見るな!」

 

ダルタニャンの程よく引き締まった健康的な太股。目の当たりにしたクロムには眼福であった。

 

「クロムさん、甘いもの大好きデスね?今度は夜中に奇襲しマスよ」

 

「恐ろしい事を言うな!?」

 

アラミスが見ていなかったのは幸いである。

 

「それにしてもマドモアゼル、貴女方は何処から来られました?」

 

「パリージですわ。父は理髪外科医でしたのよ」

 

「主人はサン・コジモ学院で外科技術を学びまして」

 

「おお、あのサン・コジモの外科医ですか!」

 

サン・コジモという聖人が名前の由来となった外科医の組合がある。当時は理容師が外科医も兼ねていた。

 

「フローランス軍のパレ軍医も確かサン・コジモの出だったな」

 

「俺は銃創の治療で世話になったぞ」

 

アトスとポルトスもその名はよく知っていた。

 

「まあ!そのパレが主人ですの!」

 

「おおっ!これは運命の巡り合わせか?俺が今生きてられるのも、パレ軍医のおかげだ!パレ軍医はお元気か?」

 

喜ぶポルトスに、しかしフランチェスカは寂しそうな顔を見せる。

 

「実は主人は、つい先月亡くなりました」

 

「なんと!?それはお悔やみ申し上げる。さぞや悲しまれた事だろうが……」

 

「いえ、こうして巡礼の旅に出たのも、癒しの奇跡を多く行ったという守護聖人の偉業に少しでも触れ、亡き主人が無事、神の御許へと召されますようお祈りする為ですわ」

 

「父のご学友がコンポスティアへの巡礼の旅を提案して下さいましたの」

 

「成程なあ。ではせめて、このポワイチエの街にいる間だけでも、俺たちが力になろう」

 

「まあ、ご迷惑ではございませんか?」

 

「とんでもない!俺たちはこれでも、国家に仕える銃士だ。遠慮なんてしなくていいさ!パレ軍医から受けた恩を返させてくれ」

 

ポルトスはフランチェスカの手を取り、手の甲にキスをした。




~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅱ)これにて閉幕!次回、ポルトスの恋!~


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~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅲ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・サヴィナ

 巡礼者。ブルネットの髪を肩で結んでいる若い娘。

・フランチェスカ

 巡礼者。サヴィナの母。ダークブロンドの髪をシニヨンにしている。


モナルキア世界において医療は主に聖職者によって担われてきた。だが教会が特権階級化して以降、聖書系魔法による治療は王侯貴族が優先され、庶民は法外な寄進を要求されるようになった。そこで生まれたのが、理髪外科医である。

 

「銃士の怪我は主にサン・コジモの理髪外科医が診るからな」

 

この世界の医療体制がどうなっているのか。クロムの疑問にアラミスが解説をしてくれる。

 

「銃士隊には戦う聖職者(バトルクレリック)はいないのか?」

 

「教会の立場としては戦争には加担しない、との名分がある。だから常備軍に常駐する聖職者はいない。そこで理髪外科医が軍医として戦時に徴用される」

 

「魔法で治した方が早いんじゃないか?」

 

「聖書系の魔法を使える、というのは意外にハードルが高い。治癒魔法を使えるのは、最低でも街の教会を任せられる教区司祭からだよ。俺はパリージ大学の神学科を出たが、教会に納める寄進額が足らぬ、と言われて司祭にはなれなかった」

 

「それだけの違いで、魔法が使える使えないの差が生まれるのか?」

 

「生まれるんだよ。教会は信徒の数に比例して、主の恩恵を預れる。信仰の力とは人数だ。司祭が魔法を使えるのは、その教区の任命権者だからだ。多くの信徒を指導する立場だからこそ、魔法を使ってもよい。司祭に上がれなければ誰も付いてこない。だから魔法は使えない」

 

「それはシステム上、問題があるな……」

 

「だから宗教革命と称した戦争が起きた。ラ・ロッチェル包囲戦がそれだ。もしも司祭が相応しくない人物だとしても、例えば多額の献金などで司祭になり得る。そういった不正が横行していた時期もあるのさ」

 

「それでどうして理髪外科医が軍医となるんだ?」

 

「枢機卿の決定だ。マッツァリーノ枢機卿はウァティカヌス教皇により任命された聖職者で、教皇の次の位が枢機卿だ。マッツァリーノ枢機卿はラ・ロッチェル包囲戦での多数の戦死者により、多くの司祭達が治癒魔法の使い過ぎで疲弊したと主張した。丁度エイトゲノッセン派とラ・サン・リーグ派の対立もあって、教会の不満を和らげる意図があったと思う。それで民間医療を担っていた理髪外科医を軍医に採用した」

 

「ふーん。それはいいのか悪いのか分からんな」

 

「兵士としては良かったと言える。医療が安価に広まった。一々金を渡さなきゃこっちに来てもくれない神父よりは余程いいさ。それに治癒魔法の前に止血だけでもしてもらえれば、かなり負担を抑えられるんだ」

 

「その通りだ。俺の命も助けてもらったしな!」

 

アラミスの説明にポルトスが大きく頷く。

 

「そう言っていただけますと、亡き夫も喜びますわ」

 

「これはすまない。奥方の気持ちも考えずに」

 

「いえ、いいんですのよ、ポルトスさん」

 

フランチェスカ達はこのポワイチエの街の史跡巡りをすると言うので、ポルトスとアラミスが主に案内を買って出ていた。アトスとダルタニャン、カタリナとアルノルダは一足先に宿へ戻っていた。

 

しかしその道中、何やら不穏な気配の漂う裏路地に迷い込んでしまった。

 

「……これはあまりよくない。元来た道へ戻った方がいいかも知れん」

 

ポルトスが珍しく緊張した声で立ち止まる。裏通りの先に、数人の男達がたむろしているのだ。

 

「参ったな。近道をしようと思ったのが裏目に出た」

 

アラミスは知識としてこの街を知っていただけであって、実際にどこの通りが物騒なのかまでは知らなかった。警戒はしていたが、まさか表通りのすぐ裏が貧民窟だとは思わなかったのだ。

 

「おおっと、この道は一方通行だぜ」

 

物陰から外套に身を包んだ男が現れ、一行の後ろに立ちふさがった。

 

「誰がそんな事を決めたんだ?お前のボスか?」

 

後ろへ振り向いたポルトスが男に問い質す。

 

「さてね。死にたくなかったら有り金全部出しな」

 

道の先にたむろしていた男達も立ち上がって前に立ちふさがる。

 

「……そうか。教会や修道院が多い街だから、施しを求めて各地からならず者が集まってくるって寸法か」

 

アラミスの言う通り、この街は教会による施療院が多い。

 

「いいから出せよ」

 

「俺たちが銃士と知っての狼藉か?」

 

「何が銃士だ。そっちの男二人なんて女装してるじゃないか!」

 

ポルトスの脅しは全く通用しない。クロムもアラミスも女装しているし、サンドリヨンは男装をしているが、やはり普通の男に比べて華奢に見えてしまう。

 

「ちょっと!私に触れないで下さるかしら!?」

 

「サヴィナ!」

 

みすぼらしい恰好のならず者がサヴィナの手首を掴み、それを母フランチェスカが止めに入る。

 

「若い娘はいいなあ」「俺はこっちのおばさん好みだぜぇ」「剥いちまえよ」

 

ならず者の一人が、フランチェスカの手首を掴んだ。

 

「やめろ」

 

―――しゃっ!

 

「うおおお!俺の手が!?」

 

ポルトスの抜いた剣が、ならず者の腕を斬った。

 

「こいつ!」「やっちまえ!」「仲間を呼べ!」

 

ならず者たちが騒ぎ出し、声を聞き付けて数が増えていく。手を斬られた男は泣き叫びながら逃げ出した。

 

「やめなんし~」

 

そんな中から一人の女がふらっと歩み出てきた。

 

「誰だ!」「とぼけた女だ」「ちょっと待て、見た事あるぞ」

 

女はピンク色の豪華なドレスを着ていたが、やたらと着崩して裾がはだけてしまっている。赤毛と金髪が混じったストロベリーブロンドを後ろでボリュームのある夜会巻きにまとめ上げていた。垂れ目で口元のほくろが印象的だった。

 

「そのひと、ほんとに銃士さまなんだよ。争んせんよう私(わちき)は『座長』に言われんしたでありんすよ」

 

「こいつは『劇団』のところの『カルラ』だ!」「おっかねえ連中だ!」「手を出すな!」

 

カルラと呼ばれた女は、ひらひらと手を振りながら男達を追っ払った。

 

「おお、マドモアゼルよ!」

 

「また始まった」

 

アラミスがすかさずカルラに駆け寄ったのを見て、クロムは指で額を押さえて首を横に振った。

 

「銃士さま、あっちから通りにお戻りなんし」

 

「そうか、感謝する」

 

クロム達は礼を言って女と別れ、大通りへと戻った。

 

「ポルトスさま、いくら私達の為とは言え、相手をすぐに傷つけてはなりません!」

 

大通りに出るとフランチェスカがいきなりポルトスに注意した。

 

「す、済まん。良かれと思って剣を抜いたんだが」

 

「私達は巡礼の最中なのです。刃傷沙汰はお控え下さい。サヴィナも、あのように取り乱してはいけません」

 

「はい、お母様。申し訳ございません」

 

「奥方、俺と付き合ってくれ」

 

「うおい、ポルトス!?」

 

唐突に、ポルトスがフランチェスカに告白した。あまりに段階をすっ飛ばしているので、クロムは自分の常識を疑うくらいであった。

 

「……変わった『筋書き』になってきたわね」

 

一方、今まで大人しかったサンドリヨンが謎の言葉を呟いたのだった。




~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅲ)これにて終幕!次回、ポルトスの危機!~


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~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅳ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・サヴィナ

 巡礼者。ブルネットの髪を肩で結んでいる若い娘。

・フランチェスカ

 巡礼者。サヴィナの母。ダークブロンドの髪をシニヨンにしている。


「こんな事をしている場合じゃないと思うんだが」

 

「まあそう言うなよ、クロム。急ぐ旅ではあるが、まずはポルトスを祝ってやろう」

 

「おお、マドモアゼル・サヴィナ!また会う日まで!」

 

「ここでお別れデスね」

 

「おじちゃん元気でね!」

 

次の日になると、ポルトスはフランチェスカと婚約したと皆に報告した。

 

「うむ。皆も元気でな!」

 

「皆さん、どうもありがとう」

 

「お母様、おめでとう!」

 

サヴィナは特に反対はせず、二人の婚約に肯定的だった。

 

「二人の巡礼に付いて行くって言うんだから驚いた。銃士も辞めるって言い出すし」

 

「ははは、すまんなアトス。婚約までした以上、二人だけで旅をさせる訳にもいかん。コンポスティアまでおそらくひと月上はかかるだろうし、そうなれば俺の不在も問題になる。トレヴィル隊長に伝えてくれ」

 

トレヴィル隊長―――本名をジャン・ド・ペレと言い、トレヴィル領の伯爵である。三銃士達の属する近衛銃士隊の隊長として1634年頃に任命されたと言われ、アトスやポルトスは親戚、アラミスは甥に当たる。

 

「ふ、まあ仕方の無い話だ。俺たちは二~三日したらポワイチエを出るが、見送りはいらんぞ」

 

「そんなに準備に時間が掛かるのか?」

 

「マスケット銃にある工夫をしようと思って、発注した部品がまだ出来てないんだよ」

 

アラミスがポルトスの問いにいたずらっぽく笑う。どんな工夫かはまだ秘密らしい。

 

「そうか。まあ俺はその前に二人と一緒に街を出るから、どんな工夫か知る機会は無いな」

 

「ポルトス、これを貴方にプレゼントするわ」

 

サンドリヨンがくるみ割り人形をポルトスに渡す。

 

「おう、将来の跡継ぎの玩具としてもらっておこう」

 

「まあ、気の早い人です事」

 

「ははは」

 

ポルトスとフランチェスカのそんなやり取りを見て、アラミスが顔を曇らせる。

 

「始めにマダムに声を掛けたのは俺なのに」

 

 

 

 

 

ポワイチエの街を出て巡礼の旅に同行するポルトス。フランチェスカを自分の馬に乗せ、サヴィナを連れて街道を歩いていた。

 

「大分遠くに来たな」

 

「もう一日くらい、あの街に滞在しても構いませでしたのに」

 

「いや、次の日次の日ってズルズルと先延ばしになっちまうからな」

 

「お仲間と別れて、本当によろしいんですの?」

 

「いいんだ。あいつらとは腐れ縁、いつかまた会える日が来る。それよりも今を大事にしたい。巡礼が終わったら、結婚してくれ」

 

「こんなとうが立った女でよければ」

 

「ごほん、ごほん」

 

「あら、サヴィナ」

 

「あら、じゃありませんわ。私がいる事をお忘れになってません?」

 

「ははは、母親を取ってしまってすまん。そろそろ行こうか」

 

「あら?」

 

「十字路に立ったな」

 

「―――な」

 

街道の四つ辻に差し掛かったポルトスの前に、甲冑に身を包んだ騎馬の騎士が現れた。いきなり目の前に、突然現れた。

 

「貴様は!確か、ジュデッカとか言ったか!一体、何処から現れた!?」

 

ポルトスが剣を抜き、前に出る。

 

「何処からだと?吾輩は十字路に現れる」

 

「フランチェスカ、サヴィナを乗せて道を戻れ!みんなを呼んできてくれ!」

 

贖罪の炎(フレイムペナンス)よ!」

 

長大な馬上槍(ランス)を頭上に掲げると、ジュデッカを中心として目に見えない力が拡散し、周囲を取り囲むように炎が壁となって燃え盛る!

 

「お母様!」

 

「ああっ!?これでは逃げられませんわ!」

 

ポルトスの馬は周囲の炎に近寄る事が出来ない。距離は2~30メートルはあるから火傷まではしないが、それでも熱風で動きは制限される。

 

「十字路に現れるってどういう意味だ!」

 

「吾輩はこのように、人馬一体。突撃力こそ最大の武器である。テンタクルスとは『広げた十字』という意味を持っていてな。テンタクルス時間神殿の力により、常に十字路に姿を現す事が可能である」

 

「何を言ってるのかさっぱりだ!」

 

「だが、例外もある。あの女が共にいる間は、この力は発揮されないのだ」

 

「俺に一体、何の用だ?」

 

「お主、転生したな?」

 

「何の話だ」

 

「とぼけても無駄である。吾輩はあの四つ辻で、お主が死んだのを見ていた。あの異界の剣士に斬られたのだ」

 

「あのアラキとかいうヤツの事か!」

 

「このゲームの参加者となったお主を排除させて貰うぞ!」

 

三銃士ポルトス対魔界騎士(インフェルノナイト)ジュデッカ、ここに対決!




~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅳ)これにて閉幕!次回、ポルトスが魔界騎士と戦う!~


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~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅴ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・サヴィナ

 巡礼者。ブルネットの髪を肩で結んでいる若い娘。

・フランチェスカ

 巡礼者。サヴィナの母。ダークブロンドの髪をシニヨンにしている。

・魔界騎士ジュデッカ・カウス・アウストラリス

 全身は甲冑を着こみ、馬上槍と馬上盾を持ち、全身鎧に身を包んだ馬に跨る。魔界騎士(インフェルノナイト)とは煉獄に堕ちた騎士の事。人馬一体となったかのような超絶な乗馬スキルを持つ。


レイピアという武器はそもそも、銃の登場により甲冑が廃れた為、街中での決闘用に生まれたものであった。しかしジュデッカの甲冑は銃弾を通さない。であれば、狙うは装甲に覆われていない関節部か、もしくは兜の面当てのスリット部分か。

 

人馬(ケンタウロス)殺法・直線路(ストレート・トラック)!」

 

―――どがっ!

 

「うおおおおっ!?」

 

馬上槍を脇に構えての突撃をポルトスはレイピアの護拳で受けるが、あまりの衝撃に身体ごと上空へ吹っ飛ばされる!その高度、およそ50m!

 

人馬(ケンタウロス)殺法・急制動旋回(サデンリー・ターン)!」

 

ガガガガガッ!

 

ポルトスを跳ね飛ばして通り過ぎたジュデッカは何と、後ろ脚を浮かせて前脚で急制動を掛けて勢いを殺し、前脚一本で旋回して身体の前後を入れ替えたのだ!バイクや自転車のテクニックとして知られる『ジャックナイフ・ターン』そのものであった。

 

「終わりだ!人馬(ケンタウロス)殺法・頂芽優勢(エイピカル・ドミナンス)!!」

 

反転して再突撃してきたジュデッカが、空から錐揉み回転しながら落ちて来るポルトスに対し馬上槍の頂を下から突き上げる!

 

―――ぐしゃあっ!

 

「きゃああっ!」

 

「ポルトス様!?」

 

垂直に突き立てた馬上槍の頂点に、ポルトスの身体は激突した。

 

どしゃっ!

 

さらなる衝突力によってポルトスの肉体は勢いよく地面へ叩き付けられた。

 

「……ほう?吾輩の人馬(ケンタウロス)殺法を受けて、なお立ち上がるとは」

 

あれだけの突撃(チャージ)を受け、それでもポルトスは気力で立ち上がった!

 

「ぐっ……!に、逃げろ、二人共!」

 

内臓が損傷を受けたのか、口端から血を流すポルトス。

 

「ポルトス様!」

 

「お母様!」

 

咎人の星球(クリミナル・モーニングスター)!」

 

ギャギャギャギャッ―――どすん!

 

ジュデッカの左腕の馬上盾の下から、鎖で繋がったスパイク付きの鉄球が飛び出す!

 

「ああっ!?」

 

「お母様!」

 

フランチェスカの身体に巻き付いて縛り付け、後方の地面を鉄球が抉る!

 

「や、やめろ!その人は無関係だ!」

 

「懺悔せよ―――獄焔鎖縛(ボンデージ・ヘルファイア)!」

 

ジュデッカの左腕が盾ごと炎に包まれ、鎖を伝わっていく!

 

「あ、ああああ!」

 

「これぞ我が力、浄火の炎よ。己の罪と向き合い、煉獄へと旅立つがよい」

 

フランチェスカの身体が炎に包まれる!サヴィナは母を前に何を思ったか、馬の荷鞍に載せた荷物の中から何かのケースを取り出す。その間にフランチェスカの全身が炎で焼かれ、彼女は鎖に巻かれたままポルトスに語り掛ける。

 

「ポルトス様、私のような者を愛して下さり、ありがとうございました。フランチェスカは本当に、貴方を愛しておりましたわ」

 

「諦めるな!こんな鎖、引きちぎってやる!うおおおおお!!」

 

ポルトスはフランチェスカを縛る鎖を両手で掴むが、燃え盛る炎はポルトスの両腕をも包む!それでもポルトスは手を離さない!

 

「大友忍法・月ノ水泡(つきのすいほう)―――御母サンタ・マリアの御子ゼズズ三日目に元の御肉身に蘇らせ給う―――フランチェスカお夕、ここに殉教(マルチリ)を遂げまする」

 

全身を焼かれたフランチェスカが倒れるが、その股間から血の泡が溢れ出し、地面を伝わってジュデッカの足元へと迫る!

 

「これは、自身の死と引き換えに発動する妖術か!?」

 

ジュデッカは鎖鉄球を引っ張り、後方へと飛び退く。鎖を掴んでいたポルトスの腕は炭化し、両腕がボロボロと崩れた。フランチェスカの身体は既に炭化し、鎖がその身体を真っ二つにした。

 

―――♪~♪~~~♪~~♪♪~~~~~♪。

 

その時、辺りに優美な音色が響き渡った。

 

「―――大友忍法・無限琴」

 

音はサヴィナが肩に沿えたバイオリンから発せられていた。馬の荷物から降ろしたケースはバイオリンケースだったのだ。

 

「ぬうっ!?足が動かん!」

 

バイオリンの音色の効果か、ジュデッカの四本の足はぴくりとも動かない。そこへ、フランチェスカから溢れ出した血の泡が迫った。

 

―――ぶくぶく―――ぶくぶく。

 

「がっ!?こ、これは、毒、か!―――炎身(バーニング・フレーム)!!」

 

ぶわっ!

 

ジュデッカの全身が炎に包まれ、毒の泡が蒸発していく。

 

咎人の星球(クリミナル・モーニングスター)!」

 

「ああっ!?」

 

「懺悔せよ―――獄焔鎖縛(ボンデージ・ヘルファイア)!」

 

ぶおっ!

 

巻き付いた鎖から、サヴィナの身体に炎が燃え移る!

 

「聖母サンタ・マリアは聖イサベルの御宿へ御見舞として赴き給う―――サヴィナお志乃、ここに殉教(マルチリ)を遂げまする」

 

サヴィナの身体はバイオリンごと炎に包まれ、ゆっくりと地に伏せた。

 

「お゛―――お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」

 

両腕を失い、さらに炎に身を焼かれ、婚約者を失い、ポルトスは空を見上げて慟哭した。




~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅴ)これにて終幕!次回、慟哭のポルトスが復讐者へと変わる!~


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~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅵ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・サヴィナお志乃

 巡礼者。ブルネットの髪を肩で結んでいる若い娘。十五修道女の一人。バイオリンの音で相手の動きを止める、忍法・無限琴を使う。母と共に死亡。

・フランチェスカお夕

 巡礼者。サヴィナの母。ダークブロンドの髪をシニヨンにしている。十五修道女の一人。ポルトスと婚約した後、死亡。毒の泡で相手を殺す忍法・月ノ水泡(つきのすいほう)を自身の死と同時に発動した。

・魔界騎士ジュデッカ・カウス・アウストラリス

 全身は甲冑を着こみ、馬上槍と馬上盾を持ち、全身鎧に身を包んだ馬に跨る。魔界騎士(インフェルノナイト)とは煉獄に堕ちた騎士の事。人馬一体となったかのような超絶な乗馬スキルを持つ。


―――何故だ。

 

―――何故、俺は守れなかった?

 

―――あいつを!殺したい!今すぐに!

 

「その望み、我が叶えよう」

 

―――誰だ?

 

「我はくるみ割り人形だ」

 

―――あの人形か?

 

「そうだ。そして一つの物語(イストワール)でもある。汝もまた、物語の一つであった」

 

―――何でもいい!力を貸せ!

 

「ペンタメロン時間神殿の使徒は、一つの物語である。汝は今から、『三銃士ポルトス』であると同時に、『くるみ割り人形』となるのだ」

 

 

 

 

 

ずしん!

 

「ぬう!?何が起きた!?」

 

ポルトスの立つ地面に亀裂が走り、見えない力で陥没する。炭化して失われた両腕の消失部分へ、大気中に蒸発していたフランチェスカの血が集まってくる。

 

傀儡(マリオネット)振付芸(コレオグラフ)操り腕(ブラルーラン)!」

 

失われた両腕の代わりにフランチェスカの血が凝結し、鉄の腕となって飛ぶ!

 

―――どがんっ!どがんっ!

 

「がっ!?」

 

左右方向から飛来した鉄の拳がジュデッカの兜を捉える!

 

「ええい!咎人の星球(クリミナル・モーニングスター)!」

 

ギャギャギャギャッ!

 

左の鉄腕がジュデッカの鎖に絡め取られるが、左腕は焼け爛れたポルトスの身体に戻る。左腕一本で鎖の先のジュデッカと拮抗する。

 

機甲(アルミュール)猟兵(シャスール)・カッセノアゼット―――定着!」

 

ポルトスの焼け爛れた身体は形を変え、肉は硬く変じていた!顔は大顎を備えた醜い仮面。その姿、まさに人形の如し!

 

【挿絵表示】

 

「お主、その姿は一体何だ?」

 

「二つの物語は一つになった。カッセノアゼットの特性がお前を殺す」

 

「―――面白い。では、こちらの特性も味わってもらおう」

 

ジュデッカの兜のバイザーが開く。

 

「貴様は死人か!?」

 

兜の下の顔は、皮膚の無い髑髏であった。

 

「如何にも!我が眼孔を見るがいい!告解(インフェルナル・)視線(コンフェッション)!」

 

本来は眼球があった部分は穴となって煉獄へと繋がっており、その目を見た者は、自身の罪の重さに等しい焔に包まれるという魔眼である。だが、ポルトスの身体は炎に包まれても焼ける事は無い!

 

傀儡(マリオネット)振付芸(コレオグラフ)大雪崩(グランデアバランシェ)!」

 

ポルトスの両腕が鎖を引き千切りながら身体から放れ、ジュデッカの周囲をグルグルと旋回。その姿を視認できない程の竜巻を巻き起こす!

 

「何故だ!?何故、お主には我が特性が通じぬ!?その木で出来た身体、何故燃えぬ!?」

 

紅殻と共に凝縮した、高温度炭化結晶体!それがカッセノアゼットの特性であった!竜巻を生み出した両腕がポルトスの身体に戻る。腰から抜いたレイピアは、今までの物とは違っていた。上空100m以上の高度まで巻き上げられたジュデッカの身体が、真っ逆さまに落ちて来る!

 

傀儡(マリオネット)振付芸(コレオグラフ)大噴火(グランデエリュプシオン)!」

 

回転に対し、回転が激突する!

 

竜巻によって錐揉み回転をしながら真っ逆さまに落下してきたジュデッカの頭目掛け、ポルトスは直上へレイピアを突き上げた!さらにカッセノアゼットの特性―――粉砕(ブロヤージ)―――を付与されたレイピアは、その根元からドリルの如く回転する!

 

―――ぐしゃあっ!

 

「ぎいいやあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

回転力によって横方向へとジュデッカの身体は飛ばされ、地面に何度もバウンドして叩き付けられる!

 

「魔界騎士、正体見たり!」

 

「お゛、お゛の゛れ゛え゛゛っ!」

 

ジュデッカの頭部が、ポルトスの回転剣(ロタシオンラム)に貫かれて胴体と離れていた。その首の部分には、無数の触手が蠢いていた。

 

ジュデッカの正体は、四腕(テトラブラキオン)半馬人(ケンタウロス)に寄生した寄生生物であった!




~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅵ)これにて閉幕!次回、寄生生物の真実!~


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~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅶ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・サヴィナお志乃

 巡礼者。ブルネットの髪を肩で結んでいる若い娘。十五修道女の一人。バイオリンの音で相手の動きを止める、忍法・無限琴を使う。母と共に死亡。

・フランチェスカお夕

 巡礼者。サヴィナの母。ダークブロンドの髪をシニヨンにしている。十五修道女の一人。ポルトスと婚約した後、死亡。毒の泡で相手を殺す忍法・月ノ水泡(つきのすいほう)を自身の死と同時に発動した。

・魔界騎士ジュデッカ・カウス・アウストラリス

 全身は甲冑を着こみ、馬上槍と馬上盾を持ち、全身鎧に身を包んだ馬に跨る。魔界騎士(インフェルノナイト)とは煉獄に堕ちた騎士の事。人馬一体となったかのような超絶な乗馬スキルを持つ。


機甲(アルミュール)猟兵(シャスール)は、銃士(マスケティア)レベル10と竜騎兵(ドラグーン)レベル10到達後、胸甲騎兵(キュイラッシェ)レベル10、猟兵(イェーガー)レベル10を経てクラスチェンジを遂げた、トータルレベル40超の特殊クラスである。

 

普通の人間が生涯を賭けて到達するレベル10の壁。これに種族レベルボーナスによる補正が掛かるが、通常の人間の種族レベルは1である。ライオンを5とした場合、転生人はレベル10を超える。

 

「我が名は円盤生物スカラップ!テンタクルス時間神殿の先兵なり!」

 

兜の下の髑髏が粉砕され、中身がとうとう露呈する。

 

「貝殻の化け物め!こいつが魔界騎士の身体を乗っ取っていたのか!」

 

中には、ホタテ貝のような二枚の殻の中に目玉と無数の触手を生やした肉塊が潜んでいた。回転剣(ロタシオンラム)に貫かれながらも、まだ触手が蠢いていた。

 

「い゛―――ぎ、おご―――が、身体!身体を゛、寄越せ゛え゛え゛え゛!」

 

触手がポルトスの首に絡み付く!

 

粉砕(ブロヤージ)!」

 

「―――!」

 

ぎゅばっ!

 

再び回転剣(ロタシオンラム)が旋転し、今度こそホタテ貝のような殻ごと肉塊をズタズタに引き裂いた。

 

「済まん、フランチェスカ、サヴィナ」

 

カッセノアゼットの機甲を解除し、しばし黙祷を捧げて目を開く。二人の焼失した跡に、きらりと光るものが転がっている。

 

「―――金の鈴だ」

 

純金で出来た鈴ではあったが、あれだけの炎の中、どういう訳か溶けずに残っていた。鈴には『潮』と『戸』と刻まれていたが、ポルトスには読めなかった。

 

「二人の遺品、か」

 

金の鈴を懐に仕舞い込み、馬に乗ろうとした。馬の鞍に、手紙が挟まっていた。

 

―――ポルトス様。もしもこの手紙を貴方が読んでいるのでしたら、その頃は私はもういないのでしょう。ここに、真実をお伝えします。私はマリア天姫様より遣わされた十五修道女の一人でございます。ただ他の十四名と違って私は23年前にこの地へ遣わされ、ラ・ロッチェル包囲戦でバッカム公の支援を成功させました。

 

それにより、この世界の歴史は変わってしまいました。ラ・ロッチェル包囲戦でイングレス軍が勝利し、現在もラ・ロッチェルはエイトゲノッセン派による自治領となっています。

 

本来の歴史では、イングレス軍は敗北するのです!

 

ですが、この歴史の改変によって、私はマリア天姫様の支配から外れました。与えられた命令を遂行した為です。ラ・ロッチェル包囲戦で軍医パレと出会い、結婚をしてサヴィナを産みました。しかし因果は巡るのでしょう。サヴィナは二十歳となった日にマリア天姫様の十五修道女になったのです。

 

コンポスティアまでの巡礼の旅は、イスパニアの強硬派との会談の為でもありました。マリア天姫様がサヴィナに与えた使命は、マッツァリーノ枢機卿により投獄されたコンデシュラスコ公の釈放。これにより、フローランスに内乱を起こし、イスパニアの勢力拡大を図る事です。イスパニアの力が強まる事が、マリア天姫様の目的なのです!

 

もしも私達が死に、金の鈴を手に入れましたら、どうか十五個全てが一か所に集まらないように大事に隠しておいて下さい。

 

最後に、私の資産をポルトス様に預けたく思います。パリージに資産の管理をしているムスクトンという者がいますので、その者に手紙を見せて下さい。

 

―――手紙は、そこで終わっていた。

 

「……許せ、フランチェスカ。俺は、銃士隊のポルトスだ。枢機卿に、この事実を伝えねばならぬ」

 

ポルトスはポワイチエの街へと戻るべく、馬に拍車を掛けた。

 

機甲猟兵ポルトス、魔界騎士ジュデッカに勝利!




~ホタテ貝とくるみ割り人形(Ⅶ)これにて終幕!次回、転生衆三人目の刺客!~


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~金の十字架(Ⅰ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・イザーク・ド・ポルトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。アトスの従兄弟。がっしりとした体格で、かなりの力自慢。それでいて銃も剣も高い実力を誇る。豪放磊落な好人物。戯曲「くるみ割り人形」の物語(イストワール)を与えられた。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。


アンリ・ド・アラミスは元は聖職を目指しており、軍人になったのは本意では無かったと言われている。

 

この時代の貴族の次男坊や三男坊は僧侶になるのが常であり、おそらくはアラミスもそういった貴族の、相続権の無い子供であったと考えられる。

 

長男は跡取りになるが、それ以外の庶子は僧侶となり、僧侶は結婚も跡継ぎを産む事も許されていなかった。

 

僧侶だから結婚出来なかったのではなく、長男では無かったから結婚が出来なかったのである。

 

では、アラミスはどうして女たらしなのか?

 

「女性が好きだからこそ、僧侶になろうと思ったんだよ」

 

これがアラミスの答えである。

 

「僧侶は結婚も出来ないし、子供も作れない!逆に言えば、ずっと恋愛を楽しむ事が出来るって事だ!」

 

「それで不倫に走る感覚が理解出来ない」

 

「クロム。この時代では親が結婚相手を既に決めていて、結婚後に愛人と恋愛をする人が多かったのよ」

 

サンドリヨンにそう説明をされ、クロムは眉間にしわを寄せて不快感を露わにした。

 

「情報収集に来たんだろ?」

 

「グランディエ神父は修道院の司祭だった。でも、いきなり修道院を訪ねても門前払いがオチだ。しかし葬儀なら外部の人間でも比較的入り易い。何せ、故人と本当に知り合いなのかなんて分かりっこないからね!」

 

「葬式でナンパしようって発想がおかしいだろ」

 

ルダンに到着して手始めに宿屋で情報収集していたが、グランディエ神父を知る人間はあまりいなかった。

 

自分達が聞いた噂話は何だったのか、と疑問を抱く程であった。

 

そこで教会組織についてよく知るアラミスに調査の主導権が移ったが、その方法が『教会の追悼ミサに参列して女性を口説く』というものだった。

 

「ジパーニアの一周忌と同じデスね。喪に服していた夫人が、喪が明ければ黒い喪服からキレイなドレスに着替える事が出来マース!つまり、心が開放的になりマスね!」

 

「キレイなお洋服いいなー!」

 

「うぉん」

 

クロムとアラミスの他、サンドリヨンとカタリナ、アルノルダとナバールが一緒に付いて来ていた。

 

「絶対面倒くさい事になるだろ……未婚者と恋愛した方がいいだろ?」

 

「クロムは恋愛を勘違いしている。誰かが好きになってくれる、って待っているだけなんじゃないか?」

 

「何か問題あるか?」

 

「君はバカなのか?」

 

「何だとう」

 

「女性は誰でもロマンスを求めている。恋愛とはアクシンデントみたいなものさ。ポルトスがいい例だ。たった一日で結婚を申し込んだ。知り合って話をして?そんなまだるっこしい事をしている間に熱は冷めてしまう!だったら今から外へ出て、最初にすれ違った女性に声を掛けた方が余程いい」

 

「そんな馬鹿な」

 

「出会いが肝心なんだよ。劇的な出会いをして初めて、恋愛は成立するんだ。偶然そういう出会いをするのは稀なんだ。だから男は自分から、出会いを演出しなくてはならない」

 

「……面倒くさいな」

 

「重く受け止めすぎてるな。もっと気軽に考えろよ!いいな、と思ったらすぐ口に出して本人に伝える。それだけで恋は始まるものさ」

 

「そういうもんかね……」

 

「勿論、何の成果も得られない場合もある!むしろその確率の方が高い!俺もマドモアゼルだマダムだとよく声を掛けてるけど、付き合えたのはその中で十数回だよ」

 

「落ち込まないか?」

 

「落ち込むよ。でも素晴らしい女性とすれ違ったまま、見過ごすのは損だ!」

 

「しかし未亡人狙いってどうなんだ?アルノルダみたいな小さな子に見せていいものか……」

 

「情報を収集し、同時にパトロンになってもらおうっていう作戦だよ。何せ剣を二度も折られたから、もう金が無い!小さな子がいれば、警戒心も抱かれずに済むのさ」

 

「うわー、こいつ最低だー」

 

式は参列者全員で祈りを捧げたり、聖歌を歌ったり、献花したりしていた。それが終わったらまた祈り、聖歌と繰り返していて、さすがにクロムは飽きてきた。

 

「……アトスもダルタニャンも早々に逃げたな」

 

参列者が祈ったりしている間、こうしてクロム達は雑談している。そんな訳だから当然、他の参列者からは注目されてしまう。数人の女性がこちらをわざわざ振り向いて、ちらちらと盗み見ていた。

 

「見て見ろよクロム。彼女が喪主のマダム・クレアボーみたいだ。まだ若い……20歳過ぎくらいだろう。それでいて、葬儀の参列者は多い。いかにロウソク職人のご主人が裕福であったか物語っている。知り合いが多いって事は、金持ちだって事と同義だ」

 

「そろそろ式が終わりマスね。幼児を連れた夫婦が洗礼式を受けるようデス」

 

「では行くか。俺はマダム・クレアボーに声を掛けるから、クロムはあちらのマダム・ローランに声を掛けるといい。ただし、気を付けろよ?男を食い殺すと噂のある人だ。あっちのマダム・マルシャンも狙い目だ。夫は彼女に無関心で、三人の愛人とうるさい五匹の犬がいるそうだ」

 

「……どっから得た情報なんだよ」

 

正直、付き合っていられないとクロムは思っていた。式が終わって参列者たちが席を立ち、教会の出口へ向かう。その混雑に紛れてアラミスは喪服の女性に声を掛ける。

 

「失礼、マダム。私はご主人の生前、親しくしていただいた者です」

 

「あら、ええと……どなただったかしら?」

 

「パーティーでご一緒させていただきましてね」

 

どうやらアラミスの出まかせが通用しているようで、話が弾んでいる。それを見届けてクロムは皆と教会を後にした。

 

 

 

 

「さあて、ようやく出番が来たわい。この如雲斎を楽しませてくれるだけの使い手が果たしてどれだけおるか、見物よのう」

 

「ククク、尾張柳生と江戸柳生どちらが上か、首の数で決めようではないか」

 

「言うたな宗矩ィ」

 

「キヒヒ、長老方は大人気ないでござるなァ」

 

「黙れ小童。お主も江戸柳生の門下であろうが」

 

「そうでござったかなァ……何せ拙者、田宮平兵衛重正(たみやへいべえしげまさ)の弟子でございますれば」

 

ルダンの城郭の上に、三つの影が立つ。

 

全身から匂い立つ血の臭気に誘われたか、空に暗雲が垂れ込めていた。




~金の十字架(Ⅰ)これにて閉幕!次回、転生衆、アラミスに迫る!~


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~金の十字架(Ⅱ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・カタリナお紅実(くみ)

 イスパニア忍者。イスパニア宣教師の父と日本人の母から生まれる。伊賀鍔隠れの里で修行をした。忍法・山彦の使い手。音を自在に操る。金髪碧眼そばかす。胸がやたらと大きい。

・アルノルダ

 パロペニアの街で助けた少女。後年、「赤ずきん」として知られる事になる。10代前半。灰色狼ナバールを連れている。星々の力を借りる「白魔法」を使える。

・サンドリヨン

 ペンタメロン時間神殿のゲームマスター。青みのあるアッシュブロンドの長い髪と白いドレス、ガラスの靴という出で立ち。名前は童話「シンデレラ」のフランス語読みだが、本名かどうかは不明。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・柳生如雲斎利厳

 柳生新陰流正当を自称し、但馬守より自分の方が正当後継者だと主張している。享年七十二。太めの体系に達磨のような顔である。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。


「亡き主人の形見に、この金のロウソク消しをどうぞ持って行って下さいまし」

 

「そんな、マダム。そのような高価な品を頂く訳には」

 

「どうか持って行って下さい。天国に財産は持って行けませんもの」

 

遺品整理の一環なのか、マダム・クレアボーはやたらと気前が良かった。

 

アラミスは知り合いでも何でも無いから、さすがに罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

単に、名前を知っていただけである。

 

なので神の使徒として別に嘘を吐いているのでは無く、これはただ双方の認識の違いなのだと都合良く解釈している。

 

マダム・クレアボーは続けて小さな木の箱を取り出す。

 

「こんな話をご存知?二年前、ボーヘンの首都プラーグで一人の書記官が四つ辻で悪魔と契約し、百発百中の魔法の弾丸を作ったと裁判になりました」

 

箱の中から取り出したのは、小さな金属の塊だった。

 

「ではマダム、これが『書記官の魔弾』だと言うのですか?」

 

その話はアラミスも聞いた事があった。

 

ボーヘンはフローランスの隣、ライヒの東に隣接し、『書記官の魔弾造り』という宗教裁判が行われた。

 

「ええ。我が家はボーヘンに伝手がありまして、63発の魔法の弾丸のうちの1発をこうして手に入れました。しかし63発のうちの3発は悪魔のもの。もしもこの1発がそうだったらと思うと、怖くて使えなかったそうです」

 

「ふーむ、これが……円錐形の弾丸とは珍しい」

 

形としてはドングリを半分にしたような形で、後年『ミニエー弾』や『プリチェット弾』と呼ばれたものに近い。

 

この時代の銃弾は多くが完全に球体で、マスケット銃は現在のライフルのような旋条(しじょう)の刻まれていない滑空式であった。

 

歩兵銃は『滑空銃=マスケット』『旋条(ライフリング)銃=ライフル』の二つに大別されるが、ライフリング式の小銃はライヒにおいて開発されているが、作成の難しさや装填速度が遅いという欠点があって量産化されておらず、非常に高価なものである。

 

「プラーグのカスパール・コルナーというガンスミスが、その魔弾の専用の銃を作ったとの話が伝わっていまして。これがその銃、ドラクジンガーです」

 

マダム・クレアボーの視線の先、壁に一丁の短銃が掛けられている。

 

「こいつは珍しい。回転式短銃とは」

 

「私には不要ですし、亡き主人の形見として貰ってやって下さいな」

 

「いやマダム、しかしそれはさすがに」

 

「遠慮なさらないで。このように飾っていても、何の役にも立ちませんし」

 

「そうですか?では、ありがたく受け取らせていただきましょう」

 

しかし貰っておいて失礼な話だが、アラミスはこれは使えないと内心考えていた。

 

回転式短銃は装填の手間を減らせるだろうが、専用の弾丸がたったの一つだけでは使いようが無い。

 

この弾丸を元に鍛冶職人にコピー品を作って貰うにしても、普通の弾丸よりも高くつくだろう。

 

結局、観賞用として飾っておくのが一番なのかも知れない。

 

「それではマダム。名残惜しいですが、これにて失礼します」

 

「まあ!一緒に昼食を、と思っていましたのに」

 

「本当に申し訳ない。その代わり、パリージに来た時には是非」

 

「ええ。いつか必ず」

 

アラミスは郊外のマダム・クレアボーの屋敷を後にし、馬でルダンの中心街へと戻った。

 

手に入れた回転式短銃ドラクジンガーは腰のガンベルトに挟んである。

 

「金のロウソク消しは売れば、同等の金貨(エクー・ドール)にはなるだろう。問題は魔弾をどうするか、だ。とりあえず職人に見せてみるか」

 

情報収集に関しては大きな収穫は無い。

 

「修道院なんて場所は外の世界から隔離された場所だからな……」

 

そもそもルダン近郊には修道院がいくつか存材しており、出入りしている業者にでも当たらないと中々情報を得られない。

 

噂話があったとしても、それを確かめるのは難しい。

 

「パトロンを得られただけでも儲けもの。後は直接、修道院を訪ねてみるか」

 

アトスとダルタニャンは領主の館を訪ねているし、クロム達は街を歩いて情報を集めているだろう。

 

それなら修道院はそれなりに縁のある自分が行くべきだろう、と考える。

 

「フォンテヴラウド修道院か。確か昔のイングレス王の墓があったな」

 

郊外の森にひっそりと佇む修道院は、古城をそのまま利用していた。

 

古い城門の両開きの木の門扉は開け放たれていて、中庭には修道女達が倒れていた。

 

「これは……死んでからそう経っていないな。鮮やかな切り口だ」

 

血の匂いが立ち込める中、手掛かりを求めて周囲を探索する。

 

ズバン!

 

「銃声!」

 

アラミスは姿勢を低くしてマスケット銃に弾を込め、銃を構える。

 

息を潜めて中を覗く。

 

「あれか……あのアラキとか言う男の仲間か」

 

教会堂の中では三人の男達が修道女達と向かい合っていた。

 

「転生人がここにおる筈だ。名乗り出るがよい」

 

「一人ひとり斬ろうか?」

 

「如雲斎殿は血の気が多いでござるなァ」

 

その女達の一人が一歩前へと出た。

 

「我が名はサナト・クラマ。テトラグラマトン時間神殿の使徒なり」

 

異国の服を着て杖を手にした、長い黒髪の女だった。




~金の十字架(Ⅱ)これにて終幕!次回、三人目の転生人は敵か味方か?~


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~金の十字架(Ⅲ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・柳生如雲斎利厳

 柳生新陰流正当を自称し、但馬守より自分の方が正当後継者だと主張している。享年七十二。太めの体系に達磨のような顔である。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・サナト・クラマ

 異国の服を着て杖を手にした、長い黒髪の女。テトラグラマトン時間神殿のプレイヤー。


「……位置が悪い。アレでは逃げ場が無い」

 

アラミスは教会堂の中をそろりと覗いたが、すぐに扉の影に隠れた。

 

修道女達は奥のチャペルに集まっており、三人の男達が間に立っている。

 

機会が訪れるまで、様子を見るしかない。

 

「おお、我らがアンジュ様よ。どうかお下がり下さいませ」

 

一人の老修道女がそんな事を口にした。

 

サナト・クラマと名乗った女は手にした杖で一度、石床を叩いてみせた。

 

しゃりん、と音がした。

 

杖の先端に金属の輪がいくつか付いていて、それが鳴ったようだ。

 

「私に何用か」

 

対して三人の男達の一人、柳生宗矩が手にした剣を突き付ける。

 

「お主が儀式(サバト)を妨害しておるのは既に知っておるぞ」

 

「山伏に似ておるな」

 

「仏道も元は天竺から渡来してきたもの、と言われておりますからなァ」

 

頭に頭巾という多角形の小さな帽子、袈裟の上に篠懸(すずかけ)、一本歯の下駄など、フローランス人とは思えない恰好をしている。

 

「捻じ曲がった龍脈を元に戻しただけであるが」

 

サナト・クラマは三人の転生衆を前にして、涼しい顔で答えた。

 

「いけません、アンジュ様。ここは私達にお任せ下さい」

 

修道女達がサナト・クラマを庇うように間に入る。

 

「尼の出る幕では無いわ!」

 

ぶしゃっ!

 

「……え?」

 

田宮坊太郎の居合一閃。

 

「きゃああああ!」

 

血飛沫が上がり、悲鳴が響く。

 

「……む?」

 

しかし、修道女を斬った田宮坊太郎の方が何故か困惑したような顔を見せる。

 

「どうした坊太郎」

 

「……些か動き辛いのでござる。まるで何かが身体に纏わりついているかのような」

 

「……ほう?」

 

一方で喉笛を斬られた修道女は立ったまま首を両手で抑えていた。

 

このままでは出血死は免れない。

 

サナト・クラマが口を開く。

 

完全治癒(コンプリート・キュア)

 

すると何とした事か、女が驚いて両手を首から離すと、傷は完全に塞がって元通りになっていたのだ!

 

流れ出た血はそのままで、女の修道服を真っ赤に染めてしまっていたが。

 

「伴天連妖術か!」

 

「失った血までは回復できないが」

 

それを扉の影で見ていたアラミス。

 

「曲者!」

 

ズバン!

 

敵の動揺を見逃さずに放った銃撃。

 

「今だ!逃げろ!」

 

二発目を装填しながら叫ぶアラミス。

 

弾が命中したかどうか確認する暇は無い。

 

中央に陣取る転生衆を迂回して翼廊へ移動する女達。

 

「逃さぬわ!」

 

禿頭の男―――柳生如雲斎が女達に斬り掛かる。

 

「させませぬ!」

 

ズバン!

 

「ぬうッ!?」

 

―――ぎゃりん!

 

女達の中で一人、マスケット銃を構えている者がいる。

 

だがその弾丸は、驚異的な動体視力で弾かれたしまった。

 

「我ら転生衆、いかな火縄とて単発であれば撃ち落としてみせようぞ」

 

女達の反対方向へ回り込んだアラミスに向かうは田宮坊太郎。

 

アラミスの放った銃弾はこの若侍に阻まれたようだ。

 

そして一歩も動かずにいるサナト・クラマの前に柳生宗矩。

 

「ほう。動かずにいた事、褒めてやろうぞ。一分でも動けば素っ首落としておったわ」

 

「私は戦わない」

 

「……呆けておるのかお主。この状況で不戦とは、仏門の不殺生の戒めか」

 

「私は仏教徒では無いし、不戦不殺などと説くつもりも無い。ただ単に、術の効果を発揮する為にこの場にいる」

 

「……ぬッ!?」

 

その時、柳生宗矩の目に光り輝く十字が映った。

 

(まやか)しか!」

 

「おのれ、伴天連め!」

 

他の二名も突然の幻影に立ち止まる。

 

しかし、それは転生衆だけに起きた現象では無かった。

 

「これは神の啓示か!?」

 

「ああ、アンジュ様!」「主よ!」「おお!これが奇跡!」

 

修道女達とアラミスにも白い十字が網膜に焼き付き、目を閉じても十字架が輝き続けている。

 

目の前の光景の上に、十文字の像が重なっているような見え方をしていた。

 

「忍法・不知火―――床に血で十字架を描いていたのだ」

 

先程の坊太郎の居合で修道女の首筋から血が迸り、床に溢れていたのをサナト・クラマは利用した。

 

「足で忍法を、そしてハンドサインで聖書系魔法を同時使用可能だ―――聖域構築(コンストラクション・サンクチュアリ)

 

手で十字を切る。

 

ブォン!

 

周囲を柔らかな光が包む。

 

修道女達とアラミスの身体に活力を与え、基礎能力の底上げを図る。

 

聖書系魔法の中でも段級位ステージ第五段に位置する高位魔法である。

 

「小細工ばかり弄しおって!この儂には通じぬわ!」

 

剣聖と謳われた柳生宗矩の剣がサナト・クラマを襲う!

 

「ぬっ!?」

 

しかし、宗矩は踏み込む寸前で動きを止める。

 

「ちぇええええいッ!!」

 

ガキン!ガキン!

 

振り向き様に刀を二度振るう。

 

宗矩は死角を狙って飛んできた『何か』を察知し、叩き落としたのだった。

 

刀に弾かれて床に転がったものを見て、宗矩はサナト・クラマの杖を見た。

 

「……円月輪か。お主、乱波透破の類か。だがこの宗矩には通じぬわ」

 

円月輪―――古代ヒンディアスにおいてチャクラムと呼ばれる円形の投擲武器の事である。

 

その円月輪が錫杖の頭に複数通してあり、杖を回して円月輪を飛ばす仕掛けが施されていた。

 

忍法・不知火で幻惑すると同時に円月輪を飛ばし、死角から首を狙ったのだった。

 

「邪魔だ!」

 

一方で修道女達と向き合っていた如雲斎は、先程マスケット銃を構えていた若い修道女を袈裟斬りに斬り捨てた。

 

「―――アンリ」

 

若い修道女は、血塗れになりながらアラミスの名を呼んだ。

 

その女は、アラミスのかつての婚約者であった。

 

「イザベル?―――お、おおおおお!」

 

目の前の坊太郎に向かって腰のレイピアを抜こうとする。

 

「―――田宮流居合術表之巻・押抜」

 

「―――がふっ」

 

抜こうとしたレイピアの柄頭を半抜きの刀の柄頭で抑え、そのまま抜刀!

 

アラミスの胴体はそのまま上下に分かたれていた。

 

「私の狙いはあの男だ―――宿曜の直日より来たれり大久留子(クルス)紋!天と地、時と歴の狭間より降臨せよ!」

 

しゃりん、と錫杖が音を鳴らした。




~金の十字架(Ⅲ)これにて終幕!次回、アラミス転生!~


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~金の十字架(Ⅳ)~

登場人物

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・柳生如雲斎利厳

 柳生新陰流正当を自称し、但馬守より自分の方が正当後継者だと主張している。享年七十二。太めの体系に達磨のような顔である。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・サナト・クラマ

 異国の服を着て杖を手にした、長い黒髪の女。テトラグラマトン時間神殿のプレイヤー。


銃士隊へと入隊する以前、故郷デルブレー伯爵領の幼馴染、イザベルと婚約をしていた。

 

だが妊娠していたイザベルは流産、アラミスの前から姿を消した。

 

神学生だったアラミスは結婚するつもりで僧籍を諦めていたが、叔父のトレヴィルの伝手で銃士隊に入った。

 

女性に声を掛けるようになったのは、イザベルを捜す為であった。

 

「ああ、これはきっと、罰なのだろう」

 

失踪当初は必死にイザベルを捜していたが、やがては諦めてしまった。

 

しかし心の片隅では彼女の事が気に掛かっており、いつか会えるのではないかと思っていた。

 

「最後に会えて、良かった」

 

瞼の裏には今も十字が輝いている。

 

倒れたアラミスの傍にサナト・クラマが立つ。

 

その背には、漆黒の翼が拡がっていた。

 

「……あなたは天使なのか?」

 

「違う」

 

「では悪魔か。やはり地獄へ落ちるのかな」

 

「見る者によって解釈は違う。天使と呼ばれた事もあるし、悪魔と呼ばれた事もあるし、天狗と呼ばれた事もある。そして我々は、十万億土の彼方より天理の均衡を司る。其方は選ぶ事が出来る。ここで生を全うするか、それとも転生人となりて永遠を繰り返すのか」

 

「悪魔に魂を売れ、という意味か?」

 

「当然、代償はある。人ひとりが、生涯を掛けて得る事が出来る力の総量というものは決まっている。『銃士のアラミス』という枠内ではレベル10が限界であり、それを超える力を得るにはさらなる宿業を背負う以外に無い。今、其方にはもう一つの逸話が重なっている」

 

「その宿業、背負わせてもらおう」

 

「ならばその銃で十字を撃て」

 

 

 

 

 

 

ぎゅばっ!

 

「何事じゃ!?」

 

イザベルの亡骸が血煙となって舞い上がる。

 

「如雲斎老!上じゃ!」

 

坊太郎の呼びかけに天井を仰ぐ如雲斎。

 

その視線の先、天井のステンドグラスから眩い光が差し込み、網膜に焼き付いた黄金の十字紋が一層輝く。

 

【挿絵表示】

 

 

ズバン!

 

「きぃええええいッ!!」

 

ちゅいん!

 

気合一閃、如雲斎の一振りで銃弾が真っ二つに分かたれる。

 

ダン!ダン!

 

しかし、二発目三発目が装填時間を要さず放たれた事で、さすがの如雲斎も対応は出来なかった。

 

「がっ!?」

 

二発目までは防いだが、三発目が眉間を穿つ!

 

「連発銃か!」

 

坊太郎は如雲斎が倒れたのを見て、慌てて柱の影へと逃げ込んだ。

 

聖堂(タンプル・)祓魔師(イグゾシスト)・デア・フライシュッツ――――定着」

 

アラミスの全身はイザベルの血と共に変性していた。

 

蛙口の兜(ウーム・ドゥ・ジュットゥ)に布鎧、ハードレザーの肩当てを装着し、右手にマスケット銃より銃身が短い騎銃を持ち、左手には連発式短銃ドラクジンガーを握る。

 

交差型近接射撃(サントル・アクス・リベロイエ)鵞鳥の双六(ル・ジュー・ドゥロア)!」

 

 

両手を交差して半身立ちの姿勢を取り、右肩を前に出す。

 

ドラクジンガーの銃身を右上腕部に固定して引き金を引く!

 

ダン!ダン!ダン!

 

シリンダーが回転し、3発の弾丸が立て続けに放たれる!

 

「ぬうッ!?」

 

石柱に隠れていた坊太郎は僅かな音を察知し、咄嗟に屈む。

 

バチン!

 

弾丸は石柱の手前でその軌道を変え、柱を迂回して最短で坊太郎に襲い掛かったのだ!

 

「これも伴天連妖術の類か!」

 

「63発の魔弾のうち、60発は狙った的に必ず命中するのさ」

 

聖堂(タンプル・)祓魔師(イグゾシスト)銃士(マスケティア)レベル10と竜騎兵(ドラグーン)レベル10到達後、修道士(モンク)レベル10、十字騎兵(クロワーゼ)レベル10を経てクラスチェンジを遂げた、トータルレベル40超の特殊クラスである。

 

通り過ぎた3発の弾丸。

 

「紅殻術第三開悟・雷疾走――――シッ!!」

 

バチバチバチィン!

 

血流の増大、筋組織の膨張を経て、坊太郎の剣が異常なる冴えを発揮する!

 

「――――必中(キヌフォート)!」

 

「田宮流居合術虎乱(こらん)之巻・夜嵐」

 

通り過ぎた弾丸は石壁に当たり、跳弾によって戻ってくる。

 

しかし坊太郎は体を入れ替えて射線から逃れ、さらに一呼吸にも満たぬ一瞬の間、左右後三方向から向かってくる弾丸に対し、三度の斬撃を放って悉く撃ち落としてみせたのだ!

 

そして四度目、振りかぶって大上段。

 

ガキン!

 

銃身の下に光る刃が刀身を脇に逸らした。

 

「火縄に刃だと!?」

 

「着剣型マスケット銃シャリベール・カラビニエ」

 

アラミスが右手に持つ騎銃は通常のマスケットより短く、さらに銃剣を装着していた。

 

銃剣が生まれて間もない時期であった為、坊太郎にとっては未知の兵器であった。

 

「しかし、これでお主の連発銃は防いだ!6発全て撃ち切った筈じゃ!」

 

「さて、それはどうかな?――――高速(ラピッド・)再装填(ルシャージ)

 

ジャカッ!

 

「なぬっ!?」

 

右手のシャリベール・カラビニエは肩のストラップで吊り下げられており、手を放しても問題無かった。

 

腰のベルトに複数取り付けられた小さなポーチから、6発の弾丸をまとめた装弾器具(スピードローダー)を取り出して左のドラクジンガーのシリンダーに前側から装弾。

 

六番目の橋(ル・シジェーム・デュポン)!」

 

ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!

 

至近距離から放たれる6発の魔弾。

 

チャキン!

 

屈んで躱しつつ納刀する坊太郎。

 

「田宮流居合術虎乱(こらん)之巻・飛鳥」

 

ひゅっ!

 

しゃがんだ状態から跳躍、アラミスの喉元を狙って再度抜刀!

 

反動跳躍(ルキュル・デ・ソー)!」

 

間一髪、後方へ跳んで躱すアラミス。

 

 

 

 

 

 

一方、宗矩はサナト・クラマに対して攻めあぐねていた。

 

「おのれ伴天連!」

 

「飛べる相手に剣は意味を成さない」

 

天井の高い教会堂において、サナト・クラマは背中の黒い翼で飛び上がっていたのだった!




~金の十字架(Ⅳ)これにて閉幕!次回、魔弾の射手、切り札炸裂!~


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~金の十字架(Ⅴ)~

登場人物

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・柳生如雲斎利厳

 柳生新陰流正当を自称し、但馬守より自分の方が正当後継者だと主張している。享年七十二。太めの体系に達磨のような顔である。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・サナト・クラマ

 異国の服を着て杖を手にした、長い黒髪の女。テトラグラマトン時間神殿のプレイヤー。


柳生宗矩という剣聖であっても、空を飛ぶ鳥を剣で落とす事は叶わない。

 

それは柳生新陰流が活人剣だとかの話では無く、単純に鳥を相手に剣を振るう事を想定していないからであった。

 

離れた相手に剣を投げつける業は伝わっているが、それは自ら武器を捨てる事にも繋がり、その為に迂闊に使えるものでは無かった。

 

「――――ククク。ならば同じ土俵の上に立つように、仕向けるのが策というものよ」

 

宗矩の目が修道女達へと向けられる。

 

如雲斎が討ち取られた事で修道女達を直接狙う者がいなくなったが、アラミスと坊太郎の戦いぶりに気を取られている様子だった。

 

「きえええいッ!!」

 

宗矩の剣が修道女の一人を襲う!

 

しかし剣が届く寸前、女はするり、と身を躱した。

 

「――――何いッ!?」

 

電光石火の如き剣を、ただの女が避けられる訳が無い。

 

そんな驚きの光景を前に、宗矩は空を舞うサナト・クラマを見る。

 

「お主の仕業か!」

 

聖域構築(コンストラクション・サンクチュアリ)は一定範囲内において、十字紋に対して敬虔の念を強く持つ者を、死をも恐れぬ不屈の戦士へと変える。忍法・不知火もその為の布石。私は戦わないと言ったのは、彼と彼女達が戦うから、私は直接戦う必要が無いからだ」

 

「おのれッ!」

 

基礎能力向上は最低限の効果であり、熱心な信徒であれば、レベル1の強さが最大レベル10にまで跳ね上がる。

 

特に信心深くない普通の民衆であればレベル上昇効果は期待出来ないが、修道院で暮らす修道女達ならば、その効果は絶大である。

 

アラミスも女癖の悪さから不信心者のようにも見えるが、実際は敬虔なる信徒であった。

 

「おお、アンジュ様!」「身体が軽い!」「ああ、しかしシスターヘレナは亡くなりました!」

 

シスターヘレナとはイザベルの洗礼名であった。

 

例えレベル10まで上がっても、転生衆もレベル10以上はある為、決定的な差がある訳ではない。

 

武器があってようやく身を守れる、と言える。

 

「武器が必要であろう――――武器創造(クリエイトウェポン)

 

ガシャ、ガシャ、ガシャン!

 

サナト・クラマが手で印を結ぶと、空中に何十もの武器が現れて石床に積み上がった。

 

剣や斧、戦槌やら錫杖やら槍やらと近接武器のみであった。

 

「さあ!武器を手に!」「よくも姉妹達を!」「この神敵を討つべし!」

 

武器を手にした修道女達は、死をも恐れぬ戦士と化した。

 

一対一なら宗矩の敵では無いのだが、如何せん数が多い。

 

「卑怯者め!」

 

「卑怯?これも策だ」

 

 

 

 

 

アラミスと坊太郎は次の一手を探り合い、互いに動きを止めた。

 

スピードローダーによる再装填の為にベルトに手を掛ける。

 

坊太郎は抜いた刀を右から左へ垂らしたまま左膝を床に着け、立膝の姿勢――――田宮流の構え『かまし』の体勢を取る。

 

再装填から再びドラクジンガーを撃つまでの間、坊太郎の剣の方が早く届く。

 

しかしアラミスは右足を退いて左肩を前に半身の体勢を取り、右手のシャリベール・カラビニエの銃身を左上腕に当てて照準を固定した。

 

「こちらで撃つなら再装填の必要は無い。さて、どちらが早いか」

 

「面白い――――勝負!」

 

速さでは坊太郎の剣が上回っていた。

 

ボシュッ!

 

だが、次の一瞬で、坊太郎の上半身は蒸発していた。

 

熱波弾(ヴァーグ・ドゥ・シャルール)――――63発と最初に言っただろう?6連発の連発銃で合計63発は計算が合わない。腰のポーチは9つで60発分。右のシャリベール・カラビニエに3発の熱波弾が装填されていたのさ」

 

銃身をローレンツ力によって加速、ジュール熱を放射する弾体は融解し、超音速に達する。

 

聖堂(タンプル・)祓魔師(イグゾシスト)の切り札であった。




~金の十字架(Ⅴ)これにて終幕!次回、サナト・クラマの真意!~


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~金の十字架(Ⅵ)~

登場人物

・アンリ・ド・アラミス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。銃士隊長トレヴィルの甥。三銃士の中では一番若い。女癖の悪い伊達男。銃も剣もそつなくこなし、学問にも秀でる。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・柳生如雲斎利厳

 柳生新陰流正当を自称し、但馬守より自分の方が正当後継者だと主張している。享年七十二。太めの体系に達磨のような顔である。

・田宮坊太郎国宗

 江戸時代の剣客。歌舞伎の主人公として知られる。齢二十一にして結核で病死したとされる。田宮流居合術の使い手。三尺を超える大太刀を使う。

・サナト・クラマ

 異国の服を着て杖を手にした、長い黒髪の女。テトラグラマトン時間神殿のプレイヤー。


アラミスが坊太郎を倒した事で、宗矩は形勢の不利を悟る。

 

特に熱波弾によって壁に開けられた大穴を見てしまっては、戦意を維持するのは難しい。

 

少なくとも、何か対抗策が無ければ話にならない。

 

「――――ならば、逃げるまでよ!」

 

柳生宗矩は献策によって立身出世を果たした知恵者である。

 

勝てぬ戦にいつまでも固執するのは如何にも愚策。

 

幸いな事に、アラミスが開けた大穴が逃げ道となった。

 

「……くっ!ドラクジンガーの有効射程は短い!」

 

百発百中の魔弾とは言え、欠点もある。

 

運動エネルギーが著しく減衰すると、デア・フライシュッツの特性―――必中(キヌフォート)の効力は消える。

 

修道女達は外へ飛び出して追い掛けようとする。

 

「追わずともよい。下手に追って街中にでも逃げられてしまったら、犠牲者が増えるだろう」

 

宗矩が逃亡した事で必要が無くなったからか、サナト・クラマは空中から降りてきた。

 

そこで改めてアラミスは問う。

 

「貴女は天使でも悪魔でも無いと言った。しかし貴女は聖書系魔法を使った。やはり天使なのでは?」

 

「この世界では天使という存在に近しい場合、聖書系魔法を使う事が可能なだけだ。信仰心とは無関係だ」

 

「……そんな適当な」

 

「神は人間に信仰心など求めてはいないからな」

 

「では、何を求めていると?」

 

「生きる事を求めている」

 

「生きる事?」

 

「ゲームマスターという神が時間神殿それぞれに配置されている。そのゲームマスターによって、各種族の代表者が選定される。私はテトラグラマトン時間神殿の使徒で、四次元人(ウィンガル)という種族の代表だ。ゲームマスターは我々に生存競争をさせ、ルールブックの改訂をしている。混沌とした世界に秩序を、それがゲームマスター達の目的だ」

 

「よく分からない……俺はどうしたらいい?」

 

「私はルール破りをしている者を処断している。ここに来たのも、あの者達がルールを破っていたからだ。何故なら、この世界はテトラグラマトン時空だ。私はマリア(フィフティーン)十五玄義図(・ミステリーズ・オブ・ヴァージン・マリア)という聖遺物の力の断片を探している。乙女の体内に、黄金の鈴が隠されている。これだ」

 

サナト・クラマの手の平の上に金色の鈴があった。

 

「その鈴に何か?」

 

「マリア天姫という者が聖遺物を触媒に、聖母の力を鈴に宿して乙女の体内に埋め込んでいる。そうする事で命令を埋め込む事が出来る。だが、これは逆に言えば、十五の鈴が一つに集まれば聖母の力を得る事に繋がる。聖母の力は強力だ。これは回収しなくてはならない」

 

「俺に集めろ、と?」

 

「その通りだ。マリア天姫と敵対しているならば、十五人の修道女とも戦う事になる。いや、既に戦っているのだ。今まで死ぬ瞬間に殉教(マルチリ)と唱えた女達がいただろう」

 

「……そういえば。では、彼女達の体内にはその黄金の鈴があったのか。しかし見た事は無かった。誰かが持ち去ったのか?」

 

「集めている者がいてもおかしくはない」

 

「……まあ、分かったよ。見付けたら保管しておこう。それから、一つ聞きたいんだが」

 

「何か?」

 

「貴女はどうして俺を生き返らせた?」

 

「生き返りでは無い。転生だ。それに、私は単に後押しをしただけに過ぎない。運命はあの時既に交差していた。このルートを辿った以上は必然だった」

 

「またよく分からない事を……それともう一つ」

 

「まだ何か?」

 

「――――お名前を教えていただきたい、マドモアゼル!」

 

アラミスはヘルメットを脱ぎ、生涯で最高の笑顔をサナト・クラマへと向けた。




~金の十字架(Ⅵ)これにて閉幕!次回、過去と出会うアトス~


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~九本の剣(Ⅰ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。当時、まだ十五歳であった。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・ユルバン・グランディエ

 フローランス中西部ルダン・ウルシュラ会修道院の元主任司祭。「悪魔憑き事件」で1634年に火刑に処された。三十代前半の色男。


逃亡した柳生宗矩はサン・ピエール・デュ・マルシュ修道院に帰還していた。

 

主、森宗意軒に己が見た全てを報告した。

 

「ほほう!転生人が増えたか!」

 

「その口振りから察するに、特に問題は無いと?」

 

「宗意軒様の思惑にさして影響は無い」

 

傍らには天草四郎が尽き従っていた。

 

「ふふふ、それはそれでやりようはあるのじゃ。我らが魔王(ルキヘル)の御望みは、この世の還流である。大きな壺の中身をかき混ぜて、底に溜まった淀みをさらう。さすれば壺は大きく拡がり、魔王(ルキヘル)の眷属がこの世に現れる、という道理じゃ」

 

「女天狗の手に鈴が渡ったのはどう致す?」

 

「十五修道女の持つ聖母の力は例えるならば、巫女が神霊をその身に卸すのと同じ力よ。馬利亜十五玄義図の下書きにその力を得る方法を羅甸(ラテン)語で記されていたという。羅甸語を習得した者、即ち切支丹であれば読める、という寸法よ。その力は鈴を介して、生娘の間だけ受け継ぐ事が出来るのだ」

 

「ほう、生娘でござるか」

 

「聖母の処女受胎にちなむのじゃ。儂は中浦ジュリアンより聞き及んでおったのよ。鈴を集めると財宝の在り処が分かると言うが、それは我らにとっては然程重要ではない。重要なのは、その力があれば魔王(ルキヘル)すら呼び寄せる事が出来よう」

 

「マリア天姫とやらが何を考えて十五修道女を使い捨てにしておるのか、拙者には皆目見当が付きませぬなァ……」

 

「元は同じ切支丹とは言え、儂らは魔道に堕ちたる身。天帝(デウス)を信ずるあ奴とは所詮は目的が違うのじゃ」

 

「ふぅむ、ここはいっそ、目には目を歯には歯を。女には女、というのは如何でござるか」

 

「ほほう、但馬よ。リヒルデに十五修道女を追わせるか」

 

「その通りでござる。あの女は鏡で移動が出来るでござろう」

 

「但馬守はどう動くつもりだ」

 

四郎に問われた宗矩は顎に手をやり、不敵な笑みを浮かべる。

 

「兵を失ったのであれば、補充すればよい」

 

「ならば四郎とグランディエを連れて行くがよい」

 

「ははっ」

 

宗意軒と宗矩、生前の地位で言えば宗矩の方が当然ながら格上であったのだが、今は宗意軒が主。

 

忍法・異世界転生は術者である宗意軒が死霊使い(ネクロマンサー)だとすれば、転生衆というアンデッドを使役しているようなものであった。

 

 

 

 

 

アトスは以前見掛けた『劇団のカルラ』という女を怪しく感じ、ダルタニャンを連れて貧民窟を訪れていた。

 

「何で僕なんだ?」

 

「お前は女を見破るのは得意だろうからな」

 

「劇団ってこんなところにいるもんなのか?」

 

「いないだろうな」

 

「じゃあ何で」

 

「だがあの女は何故かこんなところにいたし、チンピラ連中に恐れられてもいた。それだけ暗黒街とコネがあるに違いない。チンピラを締め上げれば、あの女について聞けるだろう」

 

「えー」

 

ダルタニャンは嫌な予感がしてならなかった。

 

危険だからというより、厄介事を押し付けられたような気分だった。

 

「おうおうおう!勝手にこの道を歩くヤツは金を払ってもらおうか!」

 

何処からかアトス達を見ていた男が、行く先に立ちふさがった。

 

「言わんこっちゃない。囲まれたぞ」

 

「むしろ分かりやすくて助かる。俺が前、お前が後ろ」

 

「あー、もう!面倒だなあ!」

 

前をアトス、後ろに回り込んだチンピラ連中をダルタニャンが相手する。

 

そんな騒動を、日陰から見詰める女が一人。

 

チンピラ達は一瞬で叩きのめされた。

 

「おい、劇団のカルラとは何者だ」

 

「誰が言うかバカ野郎」

 

「このまま逮捕してシャトー・ディフに叩きこんでやろうか?」

 

「ひいっ!勘弁してくれ!」

 

「では言え」

 

「……トゥアルセの公爵お気に入りの劇団の女優だよ」

 

「どうしてその女に怯えているんだ?」

 

「あの女に関わったら殺される!」

 

「殺される?誰に?」

 

「そんなもん知らねえよ!でも、ちょっかいを出したヤツが何人も帰らなかった!」

 

「なかなかの悪女なようだな」

 

「知っている事は話した!もういいだろ!」

 

「女には何処へ行けば会える?」

 

「劇団が借り上げている劇場に行けばいいだろ!」

 

「なるほど。しかし劇場なんて何処にあるんだ?」

 

「貴族連中の道楽だぞ?貴族の邸宅が集中してる貴族街にあるさ」

 

「よし、知りたい事は聞いた。仲間を連れて立ち去れ」

 

チンピラ達は倒れた仲間を引きずっていった。

 

「……アトス、何だか容赦が無いな」

 

「悪党共に情けを掛ける必要など無い」

 

「さいですか」

 

アトスは自分達を助けたあのカルラという女に胡散臭いものを感じていた。

 

自分がかつて味わった裏切りを思い出す。

 

 

 

 

 

「あらあら、どうやら餌に喰い付いたようで」

 

貧民窟からアトス達がいなくなり、陰から様子を伺っていた女が道端へ出てくる。

 

外套に身を包んでいて外見はよく分からなかった。

 

「……言われた通りにしたぜ。アレで良かったか?」

 

そこには先程、アトスに締め上げられていたチンピラがいた。

 

「ええ。これであの人はこちらに気を取られる。一人きりになれば、どうとでも処理出来るわ」

 

「イングレスの手先はやる事えげつねえなあ。ええ?ミレディさんよぉ」

 

「そう、私はミレディ。それが今の私の名前」

 

その女はミレディ・ド・ウィンターと名乗っていた。




~九本の剣(Ⅰ)これにて終幕!次回、武勲詩の調べ!~


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~九本の剣(Ⅱ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・森宗意軒

 キリシタン。島原の乱の首謀者の一人。小西行長の遺臣。枯れ木のような風貌の老人で、独自の忍法・魔界転生を生み出した。さらに忍法・異世界転生を編み出す。

・天草四郎時貞

 キリシタン。島原の乱を率いた。森宗意軒の忍法・魔界転生により転生した転生衆の一人。宗意軒の一番弟子。忍法・髪切丸を使う。当時、まだ十五歳であった。

・柳生但馬守宗矩

 柳生十兵衛の実父。徳川将軍家兵法指南役として知られる。柳生新陰流の開祖、柳生石舟斎の子で大和柳生藩(現在の奈良県)の藩主を務めた。享年七十六。厳めしい顔立ちの痩身の老人。

・ユルバン・グランディエ

 フローランス中西部ルダン・ウルシュラ会修道院の元主任司祭。「悪魔憑き事件」で1634年に火刑に処された。三十代前半の色男。


貴族街にあるという劇場は球戯場を改装したもので、長い広間に観覧席が隣接した形になっていた。

 

赤い床と灰色の壁の中、十数人の男女が劇を上演している最中だった。

 

一人の女優――――『劇団のカルラ』が物語を朗々と歌い上げる。

 

――我らが大帝シャルルは丸7年の月日を要して、イスパニアへと遠征に出たのでした。

 

「これは……シャルル大帝の武勲詩か」

 

「劇の定番だね」

 

アトスもダルタニャンも当然この劇の名を知っていた。

 

フローランスのみならず、このモナルキアにおいて最も有名な武勲詩の一つと言われていた。

 

――残る都市はサラクスタのみ。サラセム人のマルシリウス王はついに降伏を申し出たのです。

 

――大帝と十二人衆(ドゥーズペール)は話し合いました。十二人衆筆頭ブレイス辺境伯ローランは反対しました。

 

「到底信じられぬ話。かつてこちらの立てた使者バザンとバジールを斬り捨てたのをお忘れか」

 

――しかしマイエンス公ガヌロン伯爵が賛成しました。

 

「この申し出を無下に扱うのもいかがなものか」

 

――それを聞いたシャルル王の相談役、バヴィエール公ナムルスも賛同します。

 

「ガヌロン殿の言い分ごもっとも。敗軍の将をこれ以上辱めるのも騎士道にもとるものと」

 

――そこで和平の使者を送る事となり、ローランが立候補します。

 

――大帝は十二人衆筆頭であるローランが行く事は許しません。大帝の相談役であるナムルスも行かせる訳にいきませんでした。ローランが言います。

 

「では我が養父ガヌロンを行かせ給え」

 

「成程。知恵者ガヌロンならばいかにも適任である」

 

――王も他の臣下達もその提案に賛成します。

 

――ガヌロンは危険な任務を押し付けられたとしてローランを激しく憎みました。

 

「おのれローラン!」

 

――その憎悪の心はサラクスタの使者ブランシャルダンに見透かされました。マルシリウス王との会談の折、次々に要求を出すガヌロンに怒り心頭であった王にガヌロンを利用するよう進言したのです。

 

――ガヌロンはマルシリウス王に数々の要求を突き付けました。

 

「シャルル王の申すには、マルシリウス王の改宗。イスパニアの半分を割譲しマルシリウス王は半分の領主となる事、残り半分を大帝の甥、ローランが治める事、人質として王の忠臣を差し出す事……これが王の親書でござる」

 

――王はガヌロンに高価な贈り物で機嫌を取り、どうすれば穏便に撤退してもらえるか相談を持ち掛けました。

 

「ローランとその親友オリヴィエがいる限り、大帝は戦いを止めぬ。20人の人質を送れば大帝も矛を納め、本国へ引き返す筈。そして信頼するローランとオリヴィエが必ず殿になりまする。この二人を討ち取ればフローランス軍は二度と侵攻する事はありますまい」

 

――おお!何と悪魔的なガヌロンの策略!ガヌロンはマルシリウス王の剣に誓いを立てたのです!

 

――ガヌロンはサラクスタの城門の鍵、莫大な財宝、20人の人質を連れて帰還しました。

 

――大帝はガヌロンの功績を称え、イスパニア攻略は果たした、フローランスへ戻ると宣言しました。

 

――夜が明け、進軍のラッパが鳴り響き、フローランス軍が引き上げを始めました。大帝は皆に問いました。

 

「危険な殿を誰が務めるべきか」

 

――そこでガヌロンがすかさず言います。

 

「我が継子ローランこそが相応しい。あれに勝る武勇無しと申し上げます」

 

「確かに。して、先頭は如何するか?」

 

「デンマルクのオージェ殿がよろしいかと」

 

――親友が残るのであれば当然オリヴィエも残ります。

 

――こうしてローランとルーネル公オリヴィエを含む十二人衆は殿を務める事になりました。

 

――サラクスタから40万の大軍が出発、ロンスヴァルの谷にてフローランス軍の殿を急襲したのでした!オリヴィエが言います。

 

「おのれガヌロン!これを承知であったか!」

 

「いいやオリヴィエ。我が養父ガヌロンもさすがにそこまではしまい」

 

――シャルル大帝の十二人衆に対抗してマルシリウス王も十二人の勇者を選び出しました。

 

――サラクスタ十二人衆の一人、マルシリウスの息子アエルローがローランを挑発しました。

 

「フローランス人よ、天は我らに味方せり!ガヌロンは我が方に味方をした!シャルル王の右腕ローランを失えばフローランスは終わりぞ!」

 

――フローランス軍の鬨の声が轟きます。

 

「モンジョワ!」

 

――ローランはマルシリウスの息子アエルローを討ち取りました。

 

「一番槍は我にあり!」

 

――オリヴィエはマルシリウスの弟ファルサロンを討ち取ります。

 

「我が家に伝わりし名剣オートクレールを抜くまでも無い」

 

――レーム大司教チュルパンはバルベリア王コルサブリスを討ち取りました。

 

「異教徒よ!我こそは神の戦士なり!」

 

――アウストラシア公ゲランはブリガル領主マルプリームを倒しました。

 

「我らに勝利を!」

 

――メーヌ公ジュリエはバラグエ領主アミラフルを倒しました。

 

「サラセム人何するものぞ!」

 

――ブルグント公サンソンはモリアンヌ領主アルマソールを倒しました。

 

「我ら十二人衆、向うところ敵なしよ!」

 

――カルタジア伯アンセイスはトルトロージュ領主トルジズを討ちました。

 

「各々方!このまま駆け抜けますぞ!」

 

――ガスコーナ公アンジュリエはヴァルテーヌ領主エスクレミスを討ちました。

 

「ガスコン魂を舐めるな小童共!」

 

――ラング伯オトンは異教徒エストルガンを討ちました。

 

「地獄へ堕ちよ!」

 

――イクリスマ伯ベランジェはアストラマリスを討ち果たしました。

 

「持ちこたえるのだ!さすれば王が間に合う!」

 

――ローランはさらにモネーグル領主シュルニューブルを倒しました。

 

「見たか!これぞ我が白熱剣デュランダルの切れ味よ!」

 

――サラクスタ側のセヴィル領主マルガリスはオリヴィエと激しく打ち合うも勝負が付かず、撤退しました。

 

――しかしサラクスタ十二勇士を倒しても、40万の大軍がいるのです!次々に現れる敵に、とうとう倒れる者が出ます。

 

――辺塞公アートンの息子イヴォンとイヴォワールの兄弟は、マルシリウス王の前に倒れました。

 

――アンジュリエはクルムボランにより討たれましたが、クルムボランは怒れるオリヴィエに倒されます。

 

――サンソンは大提督ヴァルダブロンにより討たれます。この提督はローランに倒されます。

 

――アンセイスは南大陸アフルイカの王子マルクイアンに討たれますが、チュルパン大司教が仇を討ちました。

 

――そしてカプトパキア王子グランドンによってゲラン、ジュリエ、ベランジェ、アラッツ伯ギー、エースター公など多くの騎士が討たれます。あまりの損害にローランは角笛(オリファン)を鳴らそうとします。

 

――オリヴィエは言いました。

 

「今更吹くのはそれこそ恥ではなかろうか」

 

――ですが、チュルパン大司教が取り成します。

 

「例え手遅れだとしても、吹かないよりはマシだ。駆け付けたシャルル王がきっと我らの仇を討ってくれる」

 

――ローランは力一杯に角笛を吹き鳴らしました。その音は30里離れたシャルル大帝の耳に届きました。しかし引き返そうとした大帝をガヌロンが押し止めます。

 

「戦など起きてはいない、気のせいだ」

 

――王を欺くガヌロンでしたが、角笛は三度鳴り響きました。気のせいなどでは無い事を確信した大帝はガヌロンを裏切り者として拘束し、ローラン達を救うべく引き返します。

 

――その頃、サラクスタのマルシリウス王が姿を現します。ルサリオン公ジラール、ボーヴェ公などが倒され、ローランはマルシリウス王の右手を斬り落とし、マルシリウス王の息子ジュルファルーの首を落としました。

 

――マルシリウス王はローランを恐れて軍と共に退却しますが、後方よりマルシリウス王の叔父マルガニウスがアビシニア軍5万を率いて現れます。

 

――オリヴィエがマルガニウスを倒しましたが、自身も果ててしまいます。

 

「友よ!今生の別れとなるぞ!一足先に天国で待っておるぞ!」

 

――フランス軍はとうとうローランとチュルパン大司教、ロンムのゴーチエの三人となってしまいました。

 

――まずはゴーチエが敵兵の集中攻撃で倒れます。次にチュルパン大司教が四本の槍を受けてしまいますが、氷の剣アルマスを抜いて戦い抜きます。ローランがもう一度角笛を吹くと、6万騎の味方からラッパの音が鳴りました。サラクスタ軍は恐れをなし退却しました。

 

――唯一生き残っていたチュルパン大司教も力尽き、ついに不死身のローランの命も尽きてしまいました。

 

「デュランダルよ。サラセム人に奪われるくらいなら、こうしてくれる!」

 

――ローランは最後の力を振り絞り、天然の大岩にデュランダルを打ち付けて叩き折ろうとしました。しかしさすがはデュランダル!折れる事無く大岩を真っ二つにしてしまったのです!

 

「無念!ならば大天使ミシェルよ!貴方に戴いたこのデュランダル、天にお返し致します」

 

――そうしてローランは遂に命果てました。

 

「デュランダルは今も、ロッカマドルの地の崖に突き刺さったままなのです――――これにてお話はおしまい。ご清聴、ありがとうございました」

 

カルラを始め、十数人の演者達が観劇の客達に向かって一斉にお辞儀をした。

 

観客達から割れんばかりの拍手が浴びせられ、演者達は袖幕へと引っ込んだ。

 

「……へえ、デュランダルって今もあるんだ」

 

「一度見た事がある。錆びていてとても使える代物じゃないだろうが。舞台裏に行こう」

 

二人はカルラの消えた袖幕へ乗り込んでいった。

 




~九本の剣(Ⅱ)これにて閉幕!次回、聖剣の真実!~


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~九本の剣(Ⅲ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・カルラ

劇団の看板女優。おっとりとした喋り口が特徴。赤毛と金髪が混じったストロベリーブロンドを後ろでボリュームのある夜会巻きしている。垂れ目で口元のほくろが印象的。


舞台袖の暗がりで何人かの劇団員がいたが、その中にカルラがいない。

 

「カルラは何処へ消えた?」

 

「さあ?人に物を尋ねる時はそれなりの態度を示しな」

 

「これでいいか?」

 

ばきっ!

 

アトスが態度の悪い劇団員の顔を殴る。

 

「命が惜しくないなら何も言うな」

 

レイピアを抜いて劇団員の首筋に押し当てる。

 

「ひっ……わ、分かった。カルラは座長に会いに行ったんだ。組合(ギルド)の会合でな」

 

「悪党どもの集まりか」

 

「酷い誤解だ!ウチの劇団は社交界(サロン)とも通じているんだぞ」

 

「だからこそだ。宮廷のネズミ共と金儲けの話ばかりしてるんだろう。劇団などは悪の巣窟。娼婦と泥棒の集まりに過ぎん」

 

「アトス、さっきから何かピリピリしてないか?」

 

「犯罪者に甘くする方がどうかしている。劇場とは暗がりが多く、その中で秘密の密会やスリなどが公然と行われている」

 

「とにかく組合に接触しないとね……でも連中は閉鎖的だよね」

 

「基本的に組合の寄り合い所は非公開だろうな。だが、連中の溜まり場になっている酒場がある筈だ。酒場の名前に暗にその職業を示している。しかし劇団用の酒場なんてものは存在しない。おい、お前。剣を持つ手がそろそろ疲れてきた」

 

「う、動かすなよ!分かった!貧民窟の近くに傭兵団(ルイトゥヤーズ)の集まる酒場がある!そこに行った筈だ!」

 

「傭兵団だと?ギャルド・シュヴィーズの事では無く、ライヒで食い詰めた連中だな」

 

ギャルド・シュヴィーズはフローランス王室に直接雇用されている傭兵団で、隣国シュヴィーズとの同盟関係によって派遣されている。

 

「ボーヘンを略奪しまくって壊滅状態にした張本人、マンスフェルド軍さ」

 

マンスフェルド軍はイスパニア領ブラクバテンクス公国出身のアーネスト・フォン・マンスフェルドという傭兵隊長が組織する傭兵団で、主にライヒを中心として略奪を繰り返す悪名高い傭兵団だった。

 

「やはりライヒで暴れまわっていた連中か」

 

ライヒは三十年戦争によって略奪と疫病が蔓延し、1600万人の人口が1000万人に激減したという。

 

「つまり、あんたも元傭兵?」

 

「俺たちはみんなそうさ……劇団なんてのは元は旅芸人の一座。各地を転々としてるって意味では、傭兵と大して変わらない」

 

二人は劇団員を開放して外に出た。

 

貧民窟近くの酒場は日雇い労働者や芸人、娼婦などで賑わっていた。

 

どうやら流れ者が集まる酒場のようで、半地下のワインセラーとスペースを区切った形態だった。

 

壁一面にワインの樽が積まれている。

 

「とりあえず飲むか」

 

「何でさ」

 

「酒場に来たというのに何も頼まないのはいかにも不自然だしな」

 

「ほんとにぃ~?ただ飲みたいだけじゃないの?」

 

「それよりあそこを見ろ。あの連中がおそらく傭兵だろう」

 

アトスの視線の先、奥の一角に陣取っている一団がいた。

 

「見ろ、この剣を!これぞ十二人衆(ドゥーズペール)の一人、彼のルノー・ド・モントーバンの火焔剣フランベルジュだ」

 

「なんの!俺が持つのはオージェ・ル・ダノワの剣、ソーヴォジーンだ!」

 

「まあ待て。これが太陽よりも輝くというフローランス王権の証――――ジョワユーズ!」

 

おお、と傭兵達から声が上がる。

 

三人の傭兵達が自慢気に掲げた三本の剣は成程、どれも業物に見える。

 

しかしアトスには俄かには信じられなかった。

 

「……バカな。ジョワユーズは今も国王の元にある筈」

 

そこで一人の客が傭兵達に向けて声を掛ける。

 

「話にならぬ。例えそれらが本物だとしても、魂が無ければただの剣と変わらぬ」

 

「何だと!」「誰だ?」「知ったような口聞くじゃねえか」

 

「柄頭に聖遺物が入っていない。聖剣が何故聖剣なのかと言えば、それは聖遺物を介して神秘を宿したからだ」

 

淡々とした口調でそう告げるのは、帽子を目深に被った人物であった。

 

「聖遺物だぁ?」「ただの骨とか歯とかだろ」「そいつも略奪しようぜ!」

 

そこへあのカルラが現れた。

 

「あんさん達、最近この街に流れて来んしたね?」

 

「応よ!反乱軍に参加する為に三日前に到着したのさ」

 

「反乱!それはまあ、物騒な話でありんすなぁ」

 

客を装ってテーブルに座るアトスとダルタニャン。

 

「マッツァリーノ枢機卿と法服貴族連中がまた喧嘩を始めたか」

 

「……あの話言葉、出身地を隠す為なんじゃないかな」

 

「何?」

 

「ああいう訛りはちょっと不自然だからね」

 

「胡散臭い女なのは間違いないな」

 

そう言ってアトスは給仕の老人に声を掛ける。

 

「樽から直接飲みたいくらいだが、そうもいかないか。こいつで一杯頼む」

 

アトスは銅貨一枚を渡した。

 

銅貨一枚は2ドゥニエであった。

 

給仕の老人は木製のゴブレットに樽からワインを注ぎ、アトスの前に置いた。

 

「僕はシードルでいいや」

 

ダルタニャンが頼んだシードルとはリンゴ酒の事である。

 

現代のサイダーの元となった飲み物だと言われている。

 

「反乱軍に入るつもりざんすね?そいならこの人の下にお入りなんし」

 

「俺たちを雇おうって言うのか?」

 

「『頭が高い』」

 

帽子の男が放った一言で、傭兵達の顔が硬直した。

 

そして一斉に、テーブルに額を打ち付けた。

 

「ふん、ここでは土下座までは出来んか」

 

「やりすぎでありんすよ、ドートヴィル卿」

 

「我が剣オートミーズは、己より格下であれば服従させる絶対命令権を持つ――――我が名はガヌロン。地獄(インフェルノ)第九円(コキュートス)第二円(アンテノーラ)により蘇りし者」




~九本の剣(Ⅲ)これにて終幕!次回、蘇りし者の暗躍!~


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~九本の剣(Ⅳ)~

登場人物

・義勇兵クロム・アーサー

 本作の主人公。現代日本より異世界転生を果たした。二刀、二鉈、二丁拳銃、さらに蹴り技の使い手。シャム(現在のタイ王国)の影響を受け、暹羅式念流という剣術を使う。

・シャルル・ド・アルタニャン

 フローランス王国ガスコーナ出身。「三銃士」で有名なダルタニャン。実は女性で本名はシャルロット。まだ十代半ば。剣の実力だけなら三銃士達に引けを取らない。強引で我が強い。肌が浅黒い。銃士に取り立てられようと男装し、手柄を求めている。

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・カルラ

劇団の看板女優。おっとりとした喋り口が特徴。赤毛と金髪が混じったストロベリーブロンドを後ろでボリュームのある夜会巻きしている。垂れ目で口元のほくろが印象的。

・ガヌロン

武勲詩「ローランの歌」における裏切り者。ポンテイユ伯、またはマイエンス公。


「これでまた兵隊が集まったでありんすね。まことに便利な剣でありんす」

 

「こうして待っていれば、酒を飲みに男達がやってくる。余所者がどうなろうと、ここでは気にする者はいまい」

 

「悪いお人でありんすねえ」

 

「酒にマンドレイクから抽出した眠り薬を入れたのはお前だろうが」

 

何か不穏な単語を聞いた気がする。

 

「――――」

 

ごんっ!

 

酒が回ったのか、アトスとダルタニャンはテーブルの上に突っ伏してしまった。

 

「剣の腕には自信があっても、隠密行動には慣れていないようでありんすねえ」

 

 

 

 

 

 

意識を失ってからどのくらいの時間が経ったのか、アトスが目を覚ましたのは何処ぞの荒れ地だった。

 

周辺は暗い。

 

「酷い気分だ」

 

まるで二日酔いのような気分だった。

 

アルコール分解能力の高い人種だろうと、分解能力を超えれば二日酔いにはなる。

 

ただ、ワイン程度で二日酔いになった事は無かった。

 

手で額を押さえようと無意識に動かそうとして、そこで手が縛られている事に気付く。

 

さらに、ダルタニャンの姿が見えない。

 

周りには同じように手を縛られた者達が座り込んでいて、中心で何人かのガラの悪い男達が焚火を囲んでいた。

 

近くに座り込んでいた異人、シノワ人の娘に声を掛ける。

 

「俺の連れを見なかったか」

 

「知らない。アンタが連れて来られた時、アンタは一人だった」

 

「そうか……俺はアトスだ」

 

「ファーリエンよ」

 

シノワ人はこの世界における東洋人であり、クロムなどのジパーニア人に似ていた。

 

ファーリエンと名乗った娘は両側にスリットの入った長衣を着ていて、切れ長の目が特徴的だった。

 

「人攫いか?」

 

「そう。イスパニアの奴隷商人」

 

「何処に向かってるか分かるか?」

 

「ホンフルールの港」

 

「奴隷貿易の一大拠点だな……奴隷商人はあいつか」

 

焚火に当たっている男の一人に、やたら偉そうな尊大な態度の男がいた。

 

「ルメートルと名乗った」

 

「2年前に各地で誘拐事件が頻発した事があった。その時の首謀者が確かルメートルと聞いた。新大陸へ逃げたと聞いたが」

 

「詳しいねアンタ……何者?」

 

「国王の銃士隊だ」

 

「じゃあ他の銃士達が助けに来る?」

 

「いや、望みは薄いな……ファーリエン、お前に頼みがある。俺の胸元にペンダントがある。それを引っ張り出してくれ」

 

「分かった」

 

ファーリエンも両手を後ろ手に縛られていたので、口でアトスの胸元からペンダントを引っ張り出そうと試みる。

 

数分間悪戦苦闘してようやくペンダントを取り出した。

 

「蓋が横に動く。中に鉄片が入っている」

 

ファーリエンが口の中にペンダントを含んで数分、モゴモゴと口を動かしてペンダントを吐き出す。

 

ゆっくりと舌を出すと、舌の上に小さな鉄の欠片が乗せられていた。

 

鉄片をポトリ、と地面に落とす。

 

「器用だな」

 

「それで、どうする?」

 

「そいつで俺の縄を切ってくれ」

 

ファーリエンは後ろ手に欠片を拾い、アトスと背中合わせに座る。

 

しばらくして縄は切れた。

 

「次はお前だ」

 

今度はアトスがファーリエンの縄を切る。

 

「この小さな鉄片は聖槍の穂先の欠片だと言われているが、まあ眉唾物だな。それでもこんな場面で役に立ったのだから、後生大事に身に着けていた甲斐があった」

 

そんな二人の様子を見ていた者がいた。

 

「おい、アンタ達」

 

岩陰から不思議な服装と髪形をした男がこちらを伺っていた。

 

「随分と変わった恰好だ」

 

男の顔は何か白粉でも塗っているのか真っ白で、目の周りは赤く彩られている。

 

髪の毛は頭の上で結って、そのままボサボサに伸ばし放題にしたようなものだ。

 

「逃げるんだろう?おいらも一枚噛ませてくれや」

 

見るとその男、両手を縛られてる様子はない。

 

「お前は何で拘束されていないんだ?」

 

「なあに、おいらは捕まる前に逃げてたのさ。だが、そこの唐人のねーちゃんに興味があってな。ずっと後を付けてた」

 

「……」

 

とんでもなく怪しい人物である。

 

たったそれだけの理由で、ここまでするものだろうか。

 

「本当にそれだけか?」

 

「あとはそうさな。あいつら人攫いの他にも『仕事』をしていてよ」

 

「仕事?」

 

「盗み、さ。おいらの商売敵って事よ」

 

「お前は盗賊か」

 

「まあな。ただし、そこいらのケチな連中と一緒にされたくはねえな」

 

「……まあいい。それで、何で俺たちと逃げる?」

 

「それさ。実はアンタ達の逃亡を助ける代わりに、おいらの稼業を手伝ってくれねえかい?」

 

「馬鹿な事を言うな。悪党の手伝いをするつもりはない」

 

「こいつを悪事だと思わなけりゃいい」

 

「何だと?」

 

「あいつらは傭兵連中と通じていて、各地で奪った武器やら鎧やらを傭兵団へ横流ししてやがる。その中で価値のある刀剣類なんかもある。柄に宝石が埋め込まれてたり、金やら銀やらで出来てたりするからな」

 

「それがどうして悪事じゃないんだ」

 

「おいらは奴らの武器を奪ってやるつもりだ。あのルメートルって野郎の兄貴ってのがまた悪い奴でよう。鍛冶職人なんだが、打つのは武器だけじゃねえ。奴隷の手枷足枷なんかも打ってやがる。つまり、兄貴が共犯で、武器の横流しも兄貴を通じてる」

 

「しかし武器を狙う盗賊とはおかしな話だ」

 

「あんた、ジョワユーズって知ってるかい?」

 

「……フローランス王権の証の剣だ」

 

「あいつら、その王権の証を盗んでやがるのさ。それだけじゃあねえ。デュランダルって剣や、他にも業物を盗んでるぜ」

 

「何だと?何故そんな事を知っている?」

 

「おいらは盗賊だが、同時にちいとばかし剣にうるさくてねえ……特に特別な力を持った剣には目がねえ。おいらの目利きに間違いはねえ。ジョワユーズもデュランダルも、間違いなく業物だったぜ」

 

「……ジョワユーズはこちらが貰う。それで構わないか」

 

「へへ、分かってくれたかい。交渉成立だな!」

 

「俺はアトスだ。お前は?」

 

「俺はイチカーヴァ・ゴウエーモンだ」




~九本の剣(Ⅳ)これにて終幕!次回、謎の盗賊と夜を駆ける!~


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~九本の剣(Ⅴ)~

登場人物

・アーマンド・ド・アトス

 フローランス王国の銃士。「三銃士」で有名。三十代前半と思われ、誠実で誇り高き武人。マスケット銃の腕だけでなく、レイピアを左右どちらでも使える。

・カルラ

劇団の看板女優。おっとりとした喋り口が特徴。赤毛と金髪が混じったストロベリーブロンドを後ろでボリュームのある夜会巻きしている。垂れ目で口元のほくろが印象的。

・ガヌロン

武勲詩「ローランの歌」における裏切り者。ポンテイユ伯、またはマイエンス公。

・ルメートル

イスパニア奴隷商人。鍛冶師の兄と組んで傭兵団へ武器の横流しなども手掛ける。

・ファーリエン

シノワ人の娘。両側にスリットの入った長衣を着ていて、切れ長の目が特徴的。

・イチカーヴァ・ゴウエーモン

謎の盗賊。化粧で真っ白な顔、目の周りに赤い縁取り、髪の毛は頭の上で結って、そのままボサボサに伸ばしたような髪形。剣に目利きに自信があるらしい。


「ここから離れるとなりゃあ、さすがに連中に気取られる。そこでこいつの出番……名付けて、忍法・隠蓑(かくれみの)

 

イチカーヴァは岩陰から枯れ草の束を引っ張り出してきた。

 

「こんな荒れ地の何処にそんな草があったんだ?」

 

「こいつは麦わらさ。連中の荷馬車に積んであった」

 

「ルメートルは武器を麦わらで隠すつもりだったのよ」

 

「とにかくこいつを羽織れ。そして、おまじないを唱えて精神を統一する。おいらの唱えた言葉を真似するんだ。オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」

 

「何?」

 

「古代ヒンディアス語の真言(マントラ)さ。オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ、だ」

 

「オン・マリチ・アエイ・ソワカ」

 

「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」

 

聞き慣れない言葉なのでアトスは間違えたが、ファーリエンは正確に真言を唱えた。

 

「おっ、ねえさんはどうやら知っていたようだな。あとは真言を唱えながら、ゆっくりとここを離れるぜ」

 

麦わらの束はわら縄を使って大雑把に結ばれており、頭から被っても不都合が無かった。

 

「これはお前が?」

 

「急ごしらえで申し訳ねえが、まあ我慢してくれや」

 

焚火を囲んで飲んだり食ったりして騒いでいる為か、奴隷商人達はこちらに気付いた様子はない。

 

「この近くの山小屋に武器を集めて、そいつをルメートルの兄貴が受け取りに来る、ってえ手筈だ。おいら達で先に業物だけ横取りしちまえばいい」

 

イチカーヴァに案内され、近くの山小屋の傍まで来た。

 

小屋の入り口には松明が掲げられ、傍には男が一人だけ歩哨に立っている。

 

剣とマスケット銃で武装している。

 

「あそこにジョワユーズが?」

 

「応よ」

 

「このまま逃げたらいいのに」

 

ファーリエンは成り行きで付いて来ていたが、さすがに荒事に手を貸そうという気までは無いようだった。

 

「ねえさん、お前さんの武器も中にあるぜ」

 

「武器?ファーリエン、お前も何者だ?」

 

「まあ、普通の娘さんな訳がねえよな」

 

「私はシノワの貿易商人の家に生まれた。ニーダー連邦の東ヒンディアス会社との取引でニーダー連邦に来た。しかしニーダー連邦で継承問題で戦争が起き、それで傭兵団に捕まった」

 

東ヒンディアス会社は香辛料貿易の為に設立された組織だった。

 

「あの男を何とかしないとな」

 

「山小屋を背に立ってやがる。後ろから、って訳にゃいかねえ。手裏剣を打つにしてもやっと届く程度の距離。一撃で仕留めるのは難しいぜ」

 

「手裏剣を貸して」

 

「ほう、ねえさん。何か考えがあるのかい?」

 

ファーリエンはイチカーヴァから十字手裏剣を受け取った。

 

「それが手裏剣か」

 

アトスにとっては初めて見るもので、カタリナが使っていたのは棒手裏剣だった。

 

「こういう時は女の方がやりやすいのよ」

 

「くノ一の術って訳かい」

 

ファーリエンは長衣の襟首をがばっと開け、白い肌を露出させた。

 

「おほっ」

 

鼻の下を伸ばすイチカーヴァに構わずに一人で山小屋へ。

 

歩哨の男がファーリエンの接近に気付く。

 

「おい、お前!そこで止まれ!」

 

「あー。あー」

 

「止まれと言っている!」

 

男がマスケット銃は肩に掛けたままで剣を抜く。

 

装填作業をするだけの距離的猶予が無いのだ。

 

「うー。あー」

 

ファーリエンはフラフラとした足取りに定まらない視線で、まるで正体を無くしたようであった。

 

「……お前、気が触れてるのか?」

 

喉元に剣を突き付けたものの、男は思わず力を抜いてしまった。

 

「あー」

 

「……へへっ」

 

男は闇夜に浮かぶ白い肌を間近に見て欲情してしまう。

 

しゃっ!

 

「ぐがっ!?」

 

ファーリエンの手から手裏剣が放たれ、男の喉笛を貫いた!

 

「確実に当たる距離まで近付いたのか」

 

「やるねえ、ねえさん」

 

男を仕留めたのを見ていた二人は、ファーリエンに続いて山小屋へと近付いた。

 

アトスは警戒しつつ扉の前に立った。

 

「開けるぞ」

 

「いやあ、ちょいと不用意じゃねえかい?」

 

「大丈夫だろう」

 

イチカーヴァの懸念の声を軽く受け流し、アトスは松明を手に扉を開けてしまう。

 

「……おやあ?」

 

小さな丸太小屋の中は真っ暗であったが、松明の灯りで誰もいないのが分かった。

 

「歩哨が一人というのはいかにもマヌケな話でな。交代要員がいたとしても、普通は二人を歩哨に、一人を休ませるのが効率的だ。一人という事は、交代要員がいない訳だ」

 

「なあるほどねえ」

 

「色々あるな」

 

中には武器が山積みになっていて、剣や銃の他、槍やハンマーなどもあった。

 

やはり圧倒的にマスケット銃が多い。

 

「あれだな」

 

奥にチェストが置いてあった。

 

ご丁寧に施錠されていた。

 

「おいらに任せな」

 

イチカーヴァが先端が鉤になっている金具を取り出し、鍵穴の中に入れる。

 

「中のシリンダーをちょちょいとね」

 

かちっ、かちっ――――がしゃっ。

 

子気味いい金属音の後、錠前のロックが外れる。

 

「たいした腕前だな」

 

「ま、こっちが本職でね」

 

チェストを開けると、中には赤いビロードの柔らかい布に包まれた剣が数本安置されていた。

 

「この柄と鞘の装飾……間違いない、これがジョワユーズだ」

 

アトスは金の柄を握り、フローランス王家の紋章と7つの宝石で装飾が施された鞘から刀身を引き抜く。

 

直刃の刀身は雨露に濡れたように美しい。

 

「他の剣も業物だぜ」

 

イチカーヴァが他の剣の一つを抜いた。

 

「それは」

 

ジョワユーズに勝るとも劣らないその剣は、先端が斜めに欠けていた。

 

「知ってるってえ顔だな兄さん」

 

「去年、俺はイングレスで戦っていた。その時に見た。それはイングレス王室所有の無先剣カーテナだ!」




~九本の剣(Ⅴ)これにて終幕!次回、宝剣の秘密!~


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