マキアちゃん逆行 (テトテトテト)
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1話

さよ朝今更見ました。→感激しました。→ハーメルンでさよ朝検索しました。→0件→激おこ→こうなったら自分で書く!!!←今ココ


 

 

 

 

 

 

 塔の窓から暖かな日差しが差し込んでいる。

 光はヒビオルの布に当たって反射し、部屋の中でキラキラと虹色の輝きを放ち、とても幻想的だ。

 きらめく日差しと、部屋の中心にある大きな機織り機。昨日と変わらない、そして明日からも変わらないだろうその光景は、このイオルフの里ではずっと昔から見られてきた。

 

 イオルフ自体が変化の少ない種族であり、さらに閉鎖的であるため、ここでは様々なものの変化が少ない。イオルフ達は15を過ぎた頃から身体的変化がなくなり、そこから何百年と生きる。そして毎日ヒビオルを織り、悪く言えば単調な、よく言えば平穏な日々を過ごしていく。これも、変わりばえのない風景だ。

 

 そうやってはるか昔から今まで連綿と、それこそ伝説に語り継がれるほどのいにしえから続いてきたイオルフの生活だが、その中で一度だけ、大きな変化があった。人間達がイオルフの長命の血を求めて里に襲撃してきたのだ。

 

 イオルフの住むこの地は、普通に探していては見つからない場所にあり、そのおかげでそれまで辿り着いた人間などの他種族はごく僅かだった。

 しかしその人間達は、イオルフ達と同じ太古から存在する古代生物であるレナトを従えていた。

 レナトは翼を持った巨大な竜のような姿をしていて、人間達はレナトに乗って空からイオルフの里を探すことで、里を発見することに成功したのだ。

 

 イオルフ達は長命というだけで、戦う力は強くないし、そもそも争いごとを好まなかった。そのため、里は人間達によってあっさりと蹂躙され、里の長老であるラシーヌを含む多くのイオルフが拐われたり、また殺されたりした。

 

 それからしばらく経ち、イオルフ達を襲撃した国、メザーテは滅びた。

 理由は様々だが、大きなものは2つ。1つは、メザーテを強国足らしめていた古代生物レナトが、原因不明の病である赤目病によってただ一体を残して死んでしまったこと。もう1つは、とある1人のイオルフが暗躍したことにより、メザーテに対して複数の国が結託して戦争を仕掛けたことだ。

 その戦争でメザーテは敗北し、他国に占領された。同時に、捕らえられ王妃とされていたイオルフも残ったレナトと共に逃げ出し、イオルフの里に帰っていった。

 

 伝説の存在達は、再び伝説の中に姿を消したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリアルに別れを告げて里に戻ったマキアとレイリアは、バロウにも力を借りて、方々に散ったイオルフ達を見つけては里に帰していった。

 里の再建にマキア達が尽力し、そして里に元の賑わいが帰ってきた頃には、もう40年もの月日が経っていた。

 その頃、マキアは風の噂でエリアルがもう長くないということを知った。マキアは最期に一目エリアルの姿を見たいと、エリアルが子供の頃ミドやラング達と過ごしていた場所を訪ね、そしてエリアルが空の向こうへ旅立つのを見送った。

 

 マキアは里を再建させた功績で里の長に任命されていた。そのときのマキアはまだイオルフの中でも若いほうだったので辞退しようとしたが、ほぼ強制的に任されてしまった。

 ただ、マキアは長老であるラシーヌが戻ってくるかもしれないと思っていたので、それまでの代役程度に考えていた。

 

 その考えが違うことに気付かされたのは、マキアが100歳の誕生日を迎えたときだ。

 ラシーヌはマキアがまだ15のときには既に400歳を超える高齢だった。いくらイオルフが長命な種族であるとはいえ、里への襲撃から既に80年以上経っている。襲撃から逃げ延びていたとしても、寿命が持つとはとても思えなかった。

 マキアは大きな責任感を自覚したが、閉鎖的なイオルフの里では大した問題が発生することはなく、外の世界で過ごした短い時間のほうがよほど大変だった。

 マキアが長となったことで、立場が1番上になり、対等に話す者がほとんどいなくなった。それによりマキアはまたひとりぼっちになってしまうのではないかと恐れたが、その心配は杞憂であり、マキアは孤独に苛まれることはなかった。レイリアがいたからである。

 

 マキアの幼馴染の1人であるレイリアは、メザーテで起きたことを全て吹っ切り、以前のように明るく振る舞うようになっていた。

 しかし全く同じというわけではなく、以前とは少し変わったこともある。レイリアはマキアに普段からべったりとくっついて離れないようになったのだ。

 ヒビオルを織るのに邪魔になるので初めはどけようとしたマキアだったが、その度にレイリアが寂しそうな表情を見せるので、どうしても邪険に扱うことは出来なかった。

 レイリアがメザーテでのことを吹っ切ったとはいえ、すぐに忘れられる訳がない。そうするには、レイリアは多くのものを失いすぎた。恋人だったクリム、レイリアを助け出そうとした仲間達、そして、レイリアのたった1つの希望だった娘のメドメル。

 マキアも義理とはいえ息子を1人持った身だ。エリアルがマキアの元を離れるときには、エリアルとの約束を破って泣いてしまったほどだ。

 レイリアはメドメルの近くにいたのに、合わせてすらもらえなかったのだ。その悲しみは計り知れない。結局、最後までまともに会話することも出来なかった。

 

 レイリアはマキアが嫌がるのを辞めたことで、さらに引っ付くことになった。マキアとしてもレイリアが嫌いなわけではないので、されるがままになっていた。

 そのことがマキアの孤独を癒していたのは、思わぬ副産物ではあったが。

 

 そんなこともあり、マキアは孤独になることなく日々を過ごせていた。里が襲撃される前と同じ、停滞しているが、平穏な日々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永い月日が流れた。

 マキアはかつてのラシーヌと同じくらいの年齢になっていた。

 里には、マキアよりも年上のものはいなくなった。みんな、寿命で穏やかに旅立っていった。

 10年程前に、レイリアも他界した。相変わらず里で1番の美女であり続けたレイリアには多くの求婚話があった。しかしメザーテでのことを内心では引きずっていたのか、今となってはその理由は誰にもわからないが、亡くなるまで誰かと寄り添うことはなかった。

 なおレイリアが心中で、

 

(男なんてもう懲り懲り。クリムが死んだとき、私はもう誰とも添い遂げないと決めたわ。それに結婚なんてしたら、せっかく無防備に体を晒してくれているマキアにくっつけなくなるでしょ⁈)

 

 と考えていたことは当然マキアを含め誰も知らない。

 レイリアは亡くなる前の日まで元気にマキアに付いて回っていた。亡くなったときも、マキアの腕を抱きしめたままだった。その穏やかな表情といつも通りの格好に、身体が冷たくなければマキアでもレイリアが亡くなったことが信じられなかったほどだ。

 レイリアの葬儀は盛大に執り行われた。里を再建した2人のうちの1人であったレイリアはイオルフの民からの信頼も厚く、葬儀の手配は簡単だった。

 多くのイオルフ達が泣いている中、マキアは一滴たりとも涙を流さなかった。お転婆で底抜けに明るい、男勝りで快活だったレイリアを、涙で送るのは相応しくないとマキアは考えたからだ。

 ただ、マキアはその日久しぶりに、自分達が何と呼ばれているのかを思い出したのだった。

 

 

 

 

 

「長老様ー。」

「………」

「長老様?」

「っ、なぁに?」

 

 ボーッとしていた意識が浮上する。声がした方向を見ると、1人の少女がマキアに話しかけてきていた。

 その少女は訳あって両親がいない。偶然にも幼い頃のマキアと同じ環境で育っていた。

 マキアは少女に運命じみたものを感じ、自分がラシーヌにされたように、愛情を持って親代わりになるように接してきた。

 

「わたしたちはどうして、”別れの一族”と呼ばれているの?」

「それは…」

 

 マキアはかつてラシーヌにそれについて教わった。ほかの種族よりも長く生き、そのため多くの別れを経験するから”別れの一族”。親がおらずひとりぼっちだったマキアは、ラシーヌにここにいれば本当の意味でひとりぼっちになることはないと言われた。

 そして、外の世界で誰も愛してはいけないとも。誰かを愛せば、本当の意味でひとりぼっちになってしまうと。

 

 マキアもそれを疑っていたわけではなかった。現にエリアルが軍に行ってしまったときは本当の孤独を感じたし、エリアルが空の彼方に逝ったときも、心が悲しみで溢れた。

 しかしそれを経験しても、マキアは誰かを愛することがいけないことだとは思わなかった。愛した人と別れることになっても、自分がその人を覚えている限り、ヒビオルは続いていく。

 マキアはラシーヌの受け売りだけではなく、それを少女に教えることにした。

 

「愛することは、悪いことなんかじゃない。愛したことを覚えている限り、その人のヒビオルも続くの。私達は長い時を生きる。当然、その時の流れの中で記憶も磨耗してしまうけれど…それでも、完全に忘れることはない。なぜなら私達はイオルフの民。今まであったことは、全てヒビオルに書いてあるもの。」

「…難しくて、分かんないよ…。」

「今は、それでいいよ。私もそうだった。それでもいつか、いつか分かるときが必ずくるよ。」

 

 うまく言えたかなぁ、と内心苦笑しつつ少女に教える。

 案の定少女はあまり分かっていない様子で、首を傾げていた。

 

「ふふ、ほら、もうお仕事に戻りなさい。向こうでお友達が待ってるよ?」

「ほんとだ!いけない、わたし行ってきます!」

「いってらっしゃい。」

 

 外へ駆け出していく少女を見送ったのち、マキアは自らも外に出る。

 少女は今年で13になった。まだまだ子供だが、あと2年もすると肉体の成長は止まる。あの事件があったときのマキアよりも幼いが、少女はマキアよりもはるかに優秀であり、教えることはもうほとんどなかった。そして、今伝えたことを以って完全になくなった。

 

 

 

 マキアはレナトのところへたどり着く。この世界にもうこの一体しか存在しないレナトは、赤目病にかかることはなく今日この日まで生きていた。レナトはマキアよりも早くに生まれたことは間違いないので、マキアよりも年上だった。

 マキアはレナトのそばに近寄って座り込むと、レナトにもたれかかった。

 

「ねぇ、覚えてる?レイリアと一緒にメザーテを出た日のこと。私は覚えてるよ、うん、忘れるわけない。」

 

 レナトは僅かに身じろぎしただけで、マキアの問いには答えない。もっとも、言葉は通じないのだが。

 

「色々あったよね。エリアルが亡くなったり、バロウがイオルフを辺境で見つけてきたり、レイリアが私にくっつくようになったり…」

 

 マキアは、自分の命が残り少ないということがぼんやりと分かっていた。

 最近、意識がはっきりしないことが多かった。ちゃんとした原因は不明だったが、マキアは寿命が近いのだろうということを感覚的に悟っていた。

 

「私は、幸せだったよ。もう、言い残したことは何もない。あなたは、どうだった?メザーテを出られて良かった?それとも、迷惑だった?」

 

 マキアの声がだんだん小さくなっていく。

 

「あなたも、幸せだったなら良かったと思うんだ…」

「グオォォ…」

 

 レナトはマキアの問いを理解したのか、静かに声を上げる。

 マキアはそれを聞いて、表情を緩めた。

 

「そっか、なら良いんだ。」

 

 マキアは体から力を完全に抜いた。自分の知識や技術は少女に全て伝えた。細かい諸々のことは既に自室の机の中の遺書に書いてある。もう言い残すことはなかった。

 

 

 

 

 

「あぁ、でも…」

 

 

 思い残したことは、あった。

 

 

 

 

「約束、2回も破っちゃった。」

 

 

 

 

 母親は、泣かない。

 

 それは、エリアルとした、かけがえのない約束。

 

 

 

 

 

 

「エリアルに、面と向かって、謝りたかったかなぁ…」

 

 

 

 

 そして、マキアの意識は穏やかな闇の中に落ちていく。

 

 最期に、レナトの目が美しく不思議な色に光ったように見えた気がした。

 




見切り発車なのでこれからの展開も終着点も決めてません。


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2話

また見て来ました。
案の定号泣しました。
さよ朝二次増えないかなぁ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 マキアは閉じた目の先に光を感じ、まぶたを開いた。

 すると、目に煌めく陽の光が飛び込んでくる。眩しいと手を顔の前にかざしたのと同時に、足元が濡れていることに気づいた。

 

「ひゃ、冷たっ!」

 

 マキアが驚いて足をばたつかせると、パシャパシャと水が音を立てる。足首が浸かるくらいの深さの水場にいるようだ。

 視線を変えて手元を見ると、真っ白な布が何枚も入った籠を抱えている。

 

「あれ…?」

 

 幸いと言っていいのか、マキアは自分が何処にいるのかすぐに分かった。ここは里の水場で、子供たちが大人の織った布を洗うための場所である。

 自分はレナトに寄りかかって眠っていたのではなかったのか。いつの間にこんな所まできたのか。

 

 マキアは若干混乱していた。

 

 手に持った布は洗う前のものであり、これから洗濯しなければならない。

 しかしそもそも布を洗うという仕事自体が機織りを任せられない子供のイオルフにやらせることで、里の長であるマキアがやることはない。

 それでも子供たちに教えるときは洗濯を大人がやることもあったので、それをやっているのかとマキアは思った。

 

 しかしそれはすぐに思い違いだということが分かった。

 

 

 

 タッタッタッタッ

 

 

 リズム良く駆け足の音がマキアの頭上で響いた。高台の道を走る人物は、イオルフ特有の金色の髪をたなびかせて、更にスピードに乗っていく。そしてそのまま高台から飛び降りた。

 少ししてバッシャーンと大きな音を立てて水柱が立った。

 その音にマキアは呆然とする。

 高台から湖に飛び込む。こんなことをするのは1人しかいないということはマキアには分かっていた。

 だが、分かっているからこそ、あり得ないはずだった。

 なぜならその人物は、既にこの世にはいないからだ。

 長老であったラシーヌのように消息不明だった訳ではない。彼女はあの日、確かに自分の寝ている横で、静かに冷たくなっていた。

 

 

 なのに。

 

 

 

「マキアもおいでよ!飛んでおいで!」

 

 突然のことに、何が何だか分からなかった。

 

 

 

 

 

「できないの?弱虫ぃ。」

 

 

 

 

 

 高台から下を覗き込んだそこには、水中から浮かび上がってこちらに笑いかけてくる、レイリアの姿があった。

 

 

 

 

「なん、で……」

「えー?聞こえないよー?」

 

 マキアは亡くなったレイリアの葬儀を行った。冷たくなったその体に触れて確かめもした。いつも明るかった彼女には似合わないと、目の奥から溢れ出して来ようとする熱いものを必死に抑え込んで送り出した。

 

 

 いつも鬱陶しいほどくっついてきた。

 

 でもそのお陰で孤独を感じなくなったと気づいたのはいつだったか。

 

 言葉にこそ出さなかったが、ずっと感謝していた。

 

 

「あはは、見て?びしょびしょになっちゃった。マキア、本当にこない?」

 

 マキアの心情も知らず、レイリアは挑発するように声をかけてくる。

 そこで、マキアにはようやく理解が及んだように思えた。

 ああ、これは夢だ。

 幼い頃の、自らの夢。走馬灯なのかもしれない。

 

 けれど、そんなことはどうだって良かった。

 重要なのは、レイリアがいること。

 

「うあああぁぁぁぁぁぁ!!!レイリアぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 洗い終わった布が水浸しになるのも構わず、手に持ったものを全て放り投げてマキアは駆け出す。

 

 そしてそのままレイリアのように、高台から湖に向かって飛び込んだ。

 

 大きな音を立てて再び水柱が立つ。

 

 水中にいたのは一瞬のことで、マキアはすぐに浮上してレイリアに抱きついた。

 いなくなってしまったときには堪えられた涙も、今このときに抑えるのはマキアには出来なかった。

 

「おお…まさか本当に飛び込んで来られるとは。」

「レイリアぁ!」

「うわっと。マキア、どうしたの?って、ほんとにどうしたの⁈泣いてるじゃない!どこか打ったの⁈」

「な〝い〝でな〝い〝も〝ん〝」

「いや、どう見ても号泣してるでしょ…。あー、よしよし、怖かったねー。」

 

 大泣きしながら抱きついて離れないマキアに、そんなに飛び込むのが怖かったのかと勘違いしたレイリアはマキアの頭を優しく撫でる。

 

 ここが思い出の中でも、夢の中でも、いっそあの世でもマキアは構わなかった。

 ろくにお礼も言うことができずに逝ってしまったレイリア。

 その彼女がここにいる、それだけが重要だった。

 

「うわぁぁぁぁ、ありがと、ありがとう……」

「な、何よ急に…ど、どういたしまして?」

「レイリアのばかぁ!急に私の前からいなくなってぇ…寂しかった!またひとりぼっちになったと思った!お礼も言えないまま勝手に逝って…!そんなこと許すと思ってるの⁈なんでみんな、私を置いていくの!!!」

「え、な、何の話?」

「黙って聞いて!!!」

「あ、はい。」

 

 マキアの見たこともない剣幕に、レイリアは気圧されてしまい口をつぐんだ。

 それからしばらくマキアが捲し立て、レイリアが話に割り込むことすらできずにおとなしく聞いているという、とても珍しい図が出来上がっていた。

 

 少しして、マキアの頭上から声がかかった。

 

「おーい、遊んでると終わらないぞー。マキアも、そんなじゃじゃ馬に付き合わなくてもいいんだぞ!」

 

 その声にマキアは再びハッとなる。

 それはクリムだった。

 クリムも、今はこの世にはいない。

 メザーテで起きた戦争。その最後に、レナトのいる場所で亡くなっていたのを確かにマキアは見た。

 自分の手で、見開いたままの瞳を閉じてあげた。

 

 マキアはクリムのほうをゆっくりと振り返る。

 確かにクリムがいた。

 人間達に人生を狂わされた、あの狂気の表情ではない。

 いつしかの、優しいままのクリムだった。

 

「ほら、上がってきなよ。それで、仕事の続きだ。さっさとやらないと終わらなーーーーーーー」

「クリムぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」

「な、なんだぁ⁈」

 

 その後クリムも物凄い勢いで追いかけてくるマキアから逃れることはできず、レイリアと同じように延々と泣きつかれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣き虫なんだから、マキアは。」

「ご、ごめん…でも、嬉しくて。」

「何かあったのか?僕たちは幼馴染だろう。何でも言ってみてくれないか?」

「もう大丈夫。ありがと、心配してくれて。」

「そう?でも、今日は飛び込めたわね。まさか弱虫マキアが、挑発したとはいえあそこから飛び込めるとはねぇ〜。」

「そのせいでいつも以上に急がなきゃ仕事が終わらなかったんだぞ、このお転婆め…今日の分もギリギリだったんだし、次は控えてくれよ。」

 

 マキアは夢見心地だった。死んだ友人達と再会して、こうして仲良くお喋りしているのだ。クリムはおかしくなってない頃の性格だし、レイリアも戦争後のマキアに依存した性格ではなくなっていた。

 

 いつものようにくっついて来ないのは、少し寂しく感じたが。

 

「あ、母さん!ただいまー!」

 

 そのとき、レイリアが母親を見つけたようで、布の入った籠を放り投げて駆け寄っていく。クリムも両親を見つけたようで、ゆっくりと、だが嬉しそうに近寄っていった。

 

「さよならー、マキア!」

「うん、さよなら。」

 

 レイリア達が自らの家に帰っていく。マキアも別れの挨拶を返した。

 

(そういえば、あのときの私は家族と一緒にいるレイリア達をみて、私はひとりぼっちだ、なんて思ったんだっけ。)

 

 マキアには両親がいない。長老であるラシーヌが面倒を見てくれていたが、それでも寂しさを完全に埋めることはできなかった。

 

「長老様、ヒビオルの塔にいるかな…?」

 

 亡くなったみんながいるのだ。ラシーヌがいてもおかしくない。

 そう考えたマキアは、ヒビオルの塔に向かっていった。

 

 

 何かを忘れている、という漠然とした不安を抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が差し込むヒビオルの塔。

 その中心の大きな機織り機に、ラシーヌは座っていた。

 まるで、幼かったあの頃のような風景。

 マキアは、今日何度目かも分からない涙を流した。

 

「マキア…?」

 

 ヒビオルの陰に隠れて泣いていると、ラシーヌが気づいてマキアのほうに来る。

 

「どうして泣いているんだい?」

 

 いつの日か、聞いたような問いかけ。いつだったかは思い出せない。気の遠くなるような時の流れの中で、少しずつ磨耗してしまった。でも、話したことも、その内容も覚えている。

 

「どうしてだと、思います?」

「え?」

「ふふ、あははは!長老様もそんな顔するんですね。」

 

 質問を返されたラシーヌはきょとんとした顔をする。

 見たことがないラシーヌの表情に、マキアは思わず笑いを溢してしまった。

 

「なんだ、からかったのか?」

「そうじゃないです。ただ、嬉しくて。」

「嬉しい?」

「はい。長老様に教えられたことは、長い時間が経っても、私の中にちゃんと刻まれてるんだなって。それが、嬉しくて…」

 

 そこまで言って、また涙が溢れてきた。目に溜まって堪えられなくなった雫が、目尻から流れていく。

 

「相変わらず泣き虫だな、お前は。」

「そんなことないですよ…」

「現に、泣いているじゃないか。」

 

 ラシーヌは苦笑して、マキアの目に浮かんだ涙の雫を指で拭う。

 

 されるがままになっていたマキアだったが、ラシーヌが放った次の一言で、動きを止めることとなる。

 

 

 

 

 

「それに、こんな短い時間で教えたことを忘れてもらっても困るよ。長い時間なんて、お前はまだ15だろう。少なくとも、あと300年は生きてくれ。」

 

 

 

 

 

「えっ…?」

 

 マキアは、ラシーヌが何を言っているのか分からなかった。

 15。

 それは、マキアがまだ15歳だということだろうか。

 それが本当だとしたら、マキアが今まで生きた400年は一体ーーーーーーーー

 

「さて、もう家に帰ろう。じきに暗くなる。」

 

 ラシーヌがマキアの手を引いて家への帰路を歩き始めても、マキアの頭の中は混乱したままだった。

 

 そこから先はよく覚えていない。

 いつのまにか夕飯が終わっていて、寝る時間になっていた。ラシーヌと何を会話したかも、なんと受け答えしたのかも覚えていない。

 

「さあ、おやすみ、マキア。様子が変だったのも、疲れているのだろう。今日の分のヒビオルを忘れずに織ってから、ゆっくり休みなさい。」

「はい、おやすみなさい…」

 

 自室に戻ったマキアは、ようやく意識をはっきりさせた。

 15。15歳。なら、あの400年は何だったのか。

 これが夢なのか、それともこの思い出が幻想なのか。マキアは分からなくなりそうだった。

 だが。

 

(でも、エリアルと過ごしたあの日々が、嘘だったなんて、そんなのあるはずがない。)

 

 それはほとんど願望に近かった。

 本当であってほしい、今見ているこの光景こそが夢なのだと。

 少し冷静になると同時に、もう一つ、分からないことがあった。

 それは、今見ている景色、もしくはエリアルとの日々のどちらかが現実ではなかったとして。

 どちらも、現実味がありすぎる、ということだ。

 

「この景色も、昼にレイリアに抱きついたときの感触も。エリアルが私の指を握ってくれたときの感覚も、レナトに乗ってイオルフの里に帰るときに見た空の色も。全部、嘘だなんて思えない。」

 

 これも全部嘘なのか。それともーーーーーーーー

 

 そこまで考えたところで、窓から見える景色に、1人の人物が映った。

 

(クリム…どこにいくの?)

 

 クリムが橋を渡っていくところだった。マキアにはどうしてもそれが気になり、追いかけてみることにした。

 

(ああ、そういえば、あの頃の私はクリムが好きだったんだっけ。)

 

 そう、この先で見る光景で失恋することになった。

 

(この先の花畑では、クリムとレイリアがいて、クリムがレイリアの髪に花を差して。)

 

 目の前でその光景が広がっている。レイリアはクリムに貰った花を手で優しく触り、そして嬉しそうにくるくると回っている。

 

(もしかして、未来予知なのかな、私が見た400年は…。それなら、あり得ないほどの現実感にも納得がいく。)

 

 これからそうなるという未来予知だったのか。そう思い始めたマキアだった。

 

(それでこの後どうなるんだっけ?私が涙をこぼして、花が満開になって、それでーーーーーーーー!!!)

 

 そして、遠くに見える大きな影に、一気に現実に引き戻された。

 

「あれはーーーー!」

「え、マキア?!なんでここに…」

「レイリア、クリム、里の人に逃げるように言って!!!メザーテが攻めてきた、あれはレナトよ!」

「!!!じゃあマキアは、」

「私は長老様に伝えてくる!急いで!!!」

「あ、ああ!」

 

 3人は同時に走り出す。

 マキアは思い出した。あの日々の内容そのままなら、今日は、メザーテが里を襲撃する日だ。

 

(私のバカ、バカ、バカ!!なんで思い出せなかったの!)

 

 マキアは走りながら自分を責める。最初からそのことを思い出していれば、いくらでも止めるチャンスはあった筈だ。

 出会った人にはすぐに逃げ出すように言って回った。

 

 そして、ラシーヌを見つけるために様々な場所を探す。あの日々のことを思い出し、あの日見なかった場所を重点的に探したが、ラシーヌはどこにも見つからなかった。

 

 一縷の望みをかけてヒビオルの塔に来たが、やはりというか、ラシーヌはいなかった。

 

「やっぱりいないか…じゃあ、別の場所を」

 

 そのときだった。

 

 ヒビオルの塔が、ヒビオルを守ろうとするイオルフ達の手によって閉じられていく。

 

「待って、ここにいてはーーーーー!!」

 

 マキアが急いで塔から出ようとするも、無情にも閂がかけられ、塔は完全に封鎖されてしまった。

 

「開けて!出して!どうして?この先で何が起こるか知っているというのに、私はまた何もできないの…?」

 

 マキアの悲痛な叫びが、塔の中に虚しく響いた。

 奇しくも、あの日と同じように、マキアはまた塔に閉じ込められた。

 

 もうここにいて出来ることはない。あとは、ここに赤目病にかかったレナトが突っ込んで来て、塔を破壊するまでは出ることすらできない。

 

 そしてそこで、マキアはこの日にはまだ続きがあるということを思い出した。

 

「…エリアル」

 

 塔に突っ込んで来たレナトに巻き込まれ、強制的にとはいえ、メザーテ軍にとらわれることを回避できたこと。

 帰る場所も友人も家族同然の人も全て失い、ひとりぼっちになったこと。

 

 そして、全てに絶望して自殺しようとしたところで、赤子の声がマキアを引き止めたこと。

 

「…あのままだと、エリアルは死ぬ。」

 

 それだけは、耐えられない。

 

「エリアルが元気に生きて、そして穏やかに死ねるなら私は側にいなくてもいい。でも、エリアルがひとりぼっちで寂しくヒビオルを途切れさせる。そんなこと、そんなこと、耐えられない。」

 

 たとえあの日々が虚像だったとしても。エリアルを愛したことは、変わらない事実だった。

 

「エリアルは、私が守る。」

 

 夢だとか、走馬灯だとか、死後の世界だとか、全てどうでもよかった。

 全てを投げ捨てても、エリアルだけは守る。

 

 それが、母親であるマキアの役目だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、予定通り、赤目病にかかったレナトが塔を壊して侵入してくる。

 マキアは冷静にレナトを見極め、その体に巻きついたヒビオルを捕まえて抱きしめた。

 やがてレナトが塔を飛び出して空に出る。

 後ろには、あの日と同じ、燃え上がる里が見えた。それを見て、胸の内が締め付けられる。でも、止まるわけにはいかない。

 このヒビオルを離して里に行けばエリアルは確実に死ぬ。

 

 マキアは心を鬼にして里から目を背けた。

 

 しばらくして、レナトが力を失い落下し始める。そして、木々を折りながら緩やかに減速し、だいぶ速度が遅くなったところで、レナトの全身が高温になり、アルコール濃度の高い体液が燃え始めた。

 マキアの捕まっていたヒビオルにも燃え移り、そして千切れた。

 記憶にあるのと同じように、長いヒビオルが木に引っかかって、その上にマキアは絡まった。

 そうなるや否や、マキアは迅速に木の上から降り、森を抜けて崖に出た。

 

 そして耳をすませる。

 

 ………

 

 

 オギャア、オギャア…

 

 

 

 確かに聞こえた赤子の声を頼りに、その方向に向かって突き進む。

 進んだ先には、あの日と同じ、テント群があった。

 その中の一つのテントに向かってマキアは突っ込んでいく。

 

「ーーーながら酒を呑むってのも、なかなか乙なもの、って、うおわぁ!!」

 

 ガバッとテントを開けて入ってきたマキアに、酒を飲んでいたバロウは驚く。

 バロウとはここが初対面だが、マキアにはそんな会話をする余裕はなかった。

 

「お前さん、長老のとこのマキアか?まったく、布を買い付けに来たら騒動に巻き込まれちまったよ。」

「いた!!」

「かーちゃんってのは強いよなぁ。こんなになってまで、子供を守ろうって…」

「ちょっと黙ってて!!」

「あ、はい」

 

 マキアはもう息のない女性が抱えているそれを見て、ホッと安堵の息を漏らす。

 そして、赤子を守ってくれたことを女性に感謝して、その固まった指を一つ一つ折って赤子を抱き上げた。

 

「おいおい、連れて行く気か?オモチャじゃ」

「オモチャじゃありません。」

 

 マキアは、意識せず、あの日と同じ言葉を使った。

 

「この子は、私のヒビオルです…」

 

 

 

 そして大事そうにその子を抱きしめ、

 

「また会えたね。おかえり、エリアル…」

 

 まだ決まっていなかったはずの名を呼んだ。



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3話

話が進まねえ⁈
すいません、感想嬉しすぎて急ピッチで書き上げたのでクオリティ下がってるかも…


 

 

 

 

 

 

 ガタンゴトン シャー

 

 

 機織り機が稼働する音だけが部屋に響いている。それを操るのはもちろんマキアだ。

 かつてミドと一緒に行って仕事を紹介してもらった場所に、今度は1人で行って事情を話した。

 マキアがイオルフであるということは、一目見ただけで店主のダレルにはバレていた。だが、イオルフのおる布は高く売れるとのことで、マキアの正体を明かさないことを約束してくれた。

 

「ふぅ…」

 

 布の作成が一息ついたマキアは、静かに眠るエリアルのほうを見た。エリアルはマキア自作の揺りかごに揺られている。

 

 エリアルと再会した日、マキアはバロウにテントから1番近い村を聞き、ここに辿り着いた。

 記憶にある日々でも、適当に歩いていたら着いたくらいには近かったので、ミドのいるヘルム農場の周辺になるのは当たり前だった。

 

 前に来たときは、本当にエリアルとその身一つでやって来たので、ミドに保護してもらわなかったら間違いなくエリアルもマキアもあっさり死んでいただろう。

 しかし、マキアは今回テントにあった使えそうなものを根こそぎ持ってきた。バロウにもお金を借りた。

 そうして何とか生活費を捻出し、村の外れの家を借りて生活し始めた。

 それが、5日ほど前のこと。

 少しずつ慣れてきたマキアには余裕ができ、現状について再び考えることができるようになった。

 

 

 前と、今回。

 

 

 マキアは記憶の中の日々が夢だなんてやはり思えなかった。だから、実際にあったこととして考えることにした。

 しかし、今生きているここも現実としか思えない。だから、”今”も現実だと考えることにした。

 矛盾しているが、マキアはこう考えていた。

 

「時間が、巻き戻っている?」

 

 そう考えると、ストンと腑に落ちた気がした。今生きているこの世界とは別の、400年分の記憶がある。そして今、その記憶のとおりに物事が進んでいる。

 これならば今も記憶の日々も、どちらもが現実感を伴っていることに説明がつく。

 若干こじつけかもしれないが、頭がよくないことを自覚しているマキアではそれ以上考えても良い答えは出ないと思ったので、ひとまず自分が記憶を保持したまま時間が巻き戻った説を信じることにした。

 現状は時間が巻き戻ったからであるとして、なぜマキアだけが前回(便宜上400年生きた日々の記憶を前回とマキアは呼ぶことにした)の記憶を持っているのか。

 何の根拠もない推測だったが、マキアには一つの確信に近い予想があった。

 

「私が、エリアルに謝りたいって願ったから…?」

 

 前回の、最後。

 目を閉じる寸前。

 

 確かにそう言ったことを覚えている。

 そして目の前にいたレナトの瞳が、見たこともない色に染まったことも。

 

「あなたが叶えてくれたの?」

 

 マキアはレナトの瞳と同じ色の青い空を見上げて、最後の一体になってしまったレナトに想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうですか?」

「うーむ……」

 

 マキアは自分で織った布を売りにきていた。店主であるダレルがその淡いオレンジ色の布をじっくりと見ている。

 

「ふむ、なかなか良いな。」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「ほら、今回の分だ。」

 

 ダレルが腰につけた袋から金を取り出して手渡す。前回ではミドの世話になっていたため、エリアルのことも手伝って貰えたが、今は一人だ。エリアルはまだ生まれてそれほど経っていない赤子なので、色々と手間がかかる。

 なので、仕事も定期ではできない状況だった。前回は一定数の布を納めて、それに対する報酬を月毎に貰うという形式を取っていたが、今回は布を納める度に手渡しして貰うようにしていた。

 

「生活は、大丈夫か?髪を変えてイオルフであることは分からないとはいえ、お前はまだその歳だ。色々と奇異の目で見られることも多いだろう。」

「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。私はまだ、1人でもやっていけます。」

 

 マキアに仕事を紹介してくれたダレルは、幼いマキアが1人で、それも血の繋がりのない赤子の面倒を見ていると聞いてから、何かと心配してくれる。

 それは単に金を生み出してくれる鶏に対しての心配だったのかもしれないが、子育てで精神的に疲弊していたマキアには気遣いだけでもありがたかった。

 

「お前の面倒を見てもいいという奴もいる。ミドというんだが、やはり紹介したほうが…」

「いえ、大丈夫です!!」

「そ、そうか。まぁ、辛くなったらいつでも紹介するから、遠慮なく言いな。」

 

 ダレルが出した名前に、思わず強く反応してしまったマキア。急に大きな声を出したマキアに驚いたのか、ダレルがそれ以上追求してくることはなかった。

 

 今回、ミドには会っていない。

 

 こうして1人でエリアルの面倒を見て、前回ミドの助けがどれだけありがたかったかをマキアは実感した。

 エリアル用の離乳食を自分のものと別に作るのも大変だし、何よりエリアルは夜泣きする。その対処も、前回はミドと交代で行なっていた。他にも、エリアルの下着を替えたり、エリアルが突然熱を出したりと、様々なことに1人で対応しなければならなかった。

 村に来てからそろそろ2ヶ月ほどになるが、そんなことが何度もあり、いっそミドを頼ってしまおうかと考えたことが何度もあった。ダレルが何度も紹介してくるあたり、村での姿をミドにも見られていたのだろうとすぐに分かった。

 だが、ミドに頼ることはしなかった。

 マキアには分かっていた。頼れば、ミドは必ず応じてくれるということが。それほどまでに、優しい人だった。今回、頼ってもいないのに気にかけてダレルに申し出てくれたことからも察せる。

 だからこそ、ミド達にこれ以上迷惑をかけたくなかった。前回では、自分の子と同じようにエリアルやマキアに接してくれたことを覚えている。マキアに母親の手本を見せてくれたことも覚えている。苦しかったときに、黙って話を聞いてくれたことを覚えている。マキアが一緒に暮らしていたせいで、一部の心無い村人から良くない目で見られていたことも知っている。

 全て前回の話で、今回はミド達に会っていない以上何も迷惑はかけていない。それで良かった。マキアがミドを頼らなければ、ミド達が奇異の目で見られることもない。

 ただ、エリアルがある程度成長したらどうにかしてラング達とは会わせるつもりでいた。あの兄弟との出会いがエリアルに与えたものは大きいとマキアは考えたからだ。

 そこにマキアがいる必要はない。それを考えると少し悲しかったが、寂しくはなかった。彼らと過ごした日々は、記憶の中に刻まれている。

 

「大丈夫ですから、本当に…これ以上、迷惑かけられない。」

「誰が迷惑かけてるって?迷惑も何も、まだ話したこともないだろう。」

「そうだけど…っ⁈」

 

 突然聞こえてきたダレル以外の声に思わず反応してしまったが、驚いたのは誰が声をかけてきたか分かったからだ。

 

「あんたみたいな子供が、遠慮するもんじゃないよ。それとも、あたしじゃ頼りないってか?」

「おいミド、いつ入ってきた。」

「今さ。それより、なんだい迷惑かけたくないって。もともと子供なんてのは、大人に迷惑かけてなんぼってものさ。遠慮なんてしなくていいんだよ。」

(ああ、ミドだ。何も変わってない…。貴女のその優しさに何度救われたかわからない…)

「な、何で泣いてるんだ。ほら、母親が泣くんじゃないよ。」

 

 ミドがマキアの目から溢れてくる涙を拭っていく。それでも一向に止まる気配がなかった。

 

(貴女に会ってしまえば、頼りたくなる。その優しさに、溺れてしまいそうになる。だから、会いたくなかったの…)

 

 泣きじゃくるマキアをミドは抱きしめる。優しく背中を撫でさする手が、マキアの涙腺をさらに緩ませる。

 

「あっ、貴女が優しいからぁ、わた、私はまた頼ってしまうって、また迷惑かけちゃうって、うぁぁ…」

「また、ってのは何のことか分からないけど、いいんだよ、迷惑かけて。ダレルから話は聞いてるよ、その子、自分の子じゃないんだろ?それなのに1人で育てて、偉いよ、あんたは。子供が子供を育てるなんて無理って思ってたけど、立派に母親やれてるじゃないか。」

「わたしが、母親…?」

「そうだよ。たった1人で子供を守って、仕事して子供の世話をして。それで泣き言を言わない。これで母親って言わないなら、なんていうんだい?」

 

 ミドのような母親になりたい。

 ずっとそう思ってきた。目標にしていた。真似をしてきた。

 そんなミドから、立派に母親をやれていると言われた。

 嬉しくないわけがない。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

「おー、よしよし。大変だったねぇ。」

 

 ミドはマキアが泣き止むまで、しばらく抱きしめた態勢のまま過ごすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(前回に比べて、さらに涙もろくなっている気がする。)

 

 亡くなってしまった人と再会する度に泣いているので、そう思ってしまうマキアだった。しかし、前回泣かなくなったのはラングやエリアルと約束した後なので、元々は泣き虫だった。そのため涙もろくなったというより、精神が退行していると言ったほうが正しい。

 マキア本人はもともと泣き虫だったということを都合よく忘れているが。

 

 あの後、結局ミドの世話になることに決定させられたマキアは、またミドの農場に間借りすることになった。

 ミドやラング達には、自らがイオルフの民であることを明かした。隠しきれる自信がないというのもあったが、それ以前に、大恩のある彼らに正体を隠すということ自体が耐えられなかった。

 

「本当に良かったんですか?私みたいな訳ありを匿うなんて、ミドも変な目で見られることに…」

「一度言ったことを覆すなんて、女が廃るだろ?大体、今更1人や2人増えたところで、そんなに変わんないよ!」

 

 それからは前回のような暮らしになった。ただ、ダレルやミドがうまく立ち回ってくれたのか、奇異の目で見られることは減った。

 マキアはミド達のおかげと考えているが、マキア自身の努力もある。前のように人の視線に一々びくびくすることなく明るく挨拶を返したりしたので、次第に周囲からも認められたのだ。

 奇異の目で見られることは減ったが、視線に晒されることは増えた。例えば、ミドの作ったチーズを届けに行ったときは、

 

「あんた、頑張ってるねぇ。あの子は元気かい?」

「はい、おかげさまですくすく育ってます。」

「あんたの所のチーズは他とは一味、いや二味違うからねえ。」

「ありがとうございます!来週も、よろしくお願いします!」

(おい、あの子、ミドの所に居候してるって子だろ?)

(ああ、知ってる知ってる。あの歳で子持ちなんだってさ。)

(頑張ってるよなぁ。それに…)

(それに…なんだ?)

(儚げで…なんか可愛いよなぁ…)

(あぁ、分かる…助けてあげたくなるっていうか…)

「?」

「ほら、あんた達はさっさと仕事に戻らんかい!」

「げっ、バァさん⁈」

「やべ、戻るぞ!」

「全く…」

 

というように、主に男からの視線が増えていた。

 

 マキアは視線を向けられていることには気づいていたが、その意味には気づかなかった。前のように蔑むような視線ではなかったので、あまり気にすることはなかった。

 その無防備さも相まって、村の男達の間で密かに人気になっているマキアだった。




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4話

この話は本編にあんま関わりないというか、読まなくてもいい話です。(断言)
ただ書いてしまったので、せっかくだし投稿します。
いつもより更に殴り書きなので、変な表現多いかもです。
要らないって声が多そうだったら消します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 マキアは真剣な表情でエリアルと向き合っている。明らかに緊張していて、しゃがんでいるだけなのに足が少し震えている。

 

「…どうだ?」

 

 エリアルの腰を支えているラングも、横から様子を見ているデオルも、ここにいる人間はみな、エリアルを除いて顔を強張らせている。

 

「…いいよ、離してみて。」

 

 ラングがマキアの許可を取ってからエリアルの腰から手を離す。デオルの握りこぶしに力が入る。マキアはエリアルの姿勢が安定したのを確認し、そしてエリアルの手から自らの手を離した。

 

 その結果。

 

「あ、うぁー」

「ほら、こっちだよエリアル!頑張って!」

「…歩いてる、歩いてるぞ!」

「すげー!!!エリアル、すげーじゃん!!!」

 

 支えを完全に取られたエリアルは、一歩ずつ、しかし確かに自らの足で歩き始めた。

 ラングやデオルはその光景に大興奮して騒いでいる。

 マキアは一度通った道ではあるが、嬉しいものは嬉しい。よって、前回と大して変わらない喜び方をしていた。

 それはすなわち大はしゃぎの大喜びである。

 

「あはははっ凄いよエリアルぅ!よく頑張ったね!」

 

 そして何歩か歩いたところでマキアの元にたどり着いたエリアルを満面の笑みで抱き上げ、くるくると回り出した。歩いた本人であるエリアルはなんの感慨もないようで、高いところで回されて無邪気に喜んでいる。

 公道でこんな事をやっているので、当然通りがかった村人にはその姿が目撃された。

 

「あらあら、歩けるようになったの?良かったわねえ。大変な時期はもうちょっとだから、頑張ってね。」

「若いのに一端の母親してるじゃない。でも、分からないこともあるでしょう?私達も先達としてアドバイスもできると思うから、何かあったら遠慮せず相談してね。」

「はい!ありがとうございます!」

 

 エリアルを抱えたまま草花が咲いている道のはずれで寝転ぶと、村人から声がかかる。

 そのどれもが肯定的な声で、ヒソヒソと噂されていた前回とは大違いだ。

 マキアが隣に寝転んでいるラングに嬉しそうに話しかける。

 

「ラング、私母親やれてるって!」

「おう、ちょっと頼りないけど、かーちゃんやれてると思うぜ。それに、エリアルのことになるとおっかねーもんな、マキアは!」

 

 前回では「こんな頼りないかーちゃんなんていねえよ!」とまで言われたため、母親をやれていると言われて嬉しかった。しかし、自分では他人を怖がらせているなんて思ってもいなかったため、慌てて否定する。

 

「こ、怖くなんてないよ!」

「どうだか。この間悪ガキどもに絡まれたときなんて、エリアルの悪口言われた途端、鬼みてーな顔になってたぜ?」

「え、嘘⁈」

「ほんとほんと!オレとかラング兄ちゃんが助ける前に、あっちの方がびびって逃げてたもんね!」

 

 前にマキアがエリアルを背負ってミドの商品を届けに行ったとき、ラングと同じくらいの子供達がマキアに突っかかってきた。

 そして、自分たちと見た目の歳が変わらないのにエリアルを育てているマキアのことをからかってきたのだ。

 実際は子供の時期特有の、好きな子ほどいじめたくなるアレなのだが、マキアは当然そんなことには気づかないので、煩わしく思っていた。

 それでも、自分が悪く言われるだけならばマキアはそこまで怒らなかった。400年を生きたマキアでも、15を過ぎたばかりの子供が赤ん坊を育てるのはおかしいと思っていたし、実際マキアは途中まで悪口を黙って聞いていた。大人とは違って子供に理屈で話しても通じないし、相手をするだけ無駄だと思っていたからだ。

 しかし、子供達の中の1人がエリアルのことを「変な赤ん坊」と言ってしまったことでマキアは急変した。

 マキアはピタリと動きを止め、ゆっくりと子供達のほうに振り向く。その顔は能面を貼り付けたかのような冷たい無表情だ。

 そこに恐ろしいものを感じた子供達は足を震わせ、先ほどまで元気に動いていた口すらも閉ざしてしまう。

 

「変な赤ん坊…?こんなに可愛いエリアルの、どこが変だというの?さっきから黙って聞いてれば、私やエリアルのことを変だ何だと…。いい加減にしなさい…私は誰が何と言おうとエリアルの母です。そして、母の役目は子供を守ること。そのためなら私は全てを捨てて鬼にでもなる。だからいくらあなた達が子供でも、エリアルに危害を加えようと思っているなら私は容赦しない…!!」

 

 急に低い声と威圧感を出し始め、だんだんと恐ろしい表情に変わっていくマキアに、子供達は完全に恐怖で心を塗りつぶされて折られ、蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。

 このとき近くにいたラングやデオルが騒動を聞きつけて止めようとしていたが、マキアの鬼のような形相に「あ、これは必要ないな」と感じて、何かあったときのために一応見るだけ見ていたが、予想通り必要なかった。

 なお、マキアから直接その怒気をぶつけられているわけでもないのに、ラング達は冷や汗が止まらなかったという。

 

「あー、あんときは怖かったなぁ…かーちゃんとどっこいだった。」

「わ、私そんなに怖くないよ⁈」

「いや普段はな?でもエリアルが絡むと急変するしなー。」

「えええええ、私が怒ってもミドみたいな迫力は出ないよ!」

「へえ、それは私が怒ると怖いってことかい?」

「それはもう……え?」

 

 ラングが後ろを振り返ると、腕を組んで仁王立ちしているミドが立っていた。

 口元はニンマリと笑っているが、明らかに目が笑っていない。背後からゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうだ。

 

「ち、ちなみにいつからおられましたか…」

「お前がマキアに、『エリアルのことになるとおっかねーもんな』って言ったあたりからかねぇ…」

「それって最初からじゃん!」

「もしかしなくても、私が言ったことも…」

「当然聞こえてたよ。」

「お、オレは言ってないから!」

「一緒に聞いて笑ってた時点で同罪に決まってるよ。さて3人とも…」

 

 ミドが笑顔の中に迫力を押し込めてずんずんと歩いてくる。上からのしかかってくるような圧力によって完全に動きを止められたマキア達3人は顔色が真っ青になり、側から見た様子はまるで死刑執行を待つ罪人のようだった。

 

「何か言い遺したことは?」

「「「ご、ごめんなさーい!!!」」」

 

 その後3人は真っ赤になる程お尻を叩かれ、更に罰として仕事の量を大幅に増やされた。

 死んだような表情をして仕事をする3人を見て、ミドとエリアルは一緒になって笑っていた。

 そしてエリアルが笑っているのを見て、「エリアルが笑ってるならいいか」と思ってしまったマキアはもう完全に子煩悩を通り越して親バカの域にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まま」

「え」

 

 いつものように布を織っていたマキアは、柵で囲われた範囲内でハイハイし続けているエリアルのその声でピタリと動きを止めた。

 今聞こえたのは幻聴ではないか。

 近くにいたラングに目配せする。聞き逃してはいなかったようで、ラングも驚いた顔でエリアルのほうを見ている。

 

「い、今…」

「いや、一度だけなら何かの間違いかもしれない。もう一度聞こえたなら…」

「エリアル!もう一回、もう一回言って!!ほら、ママだよ!」

 

 織物を途中で放り出してまでエリアルに迫っていくマキア。しかしそう都合よくはいかず、エリアルは意味のない喃語を話している。

 

「勘違いだったのかなぁ…」

「まあそうガッカリするなよ。きっと話し始めるのもそろそろだって母ちゃんが…」

「まま?」

「ほらぁ!今度こそ間違いないよ!ママって、ママって言ったよ!」

 

 マキアは久し振りにママ呼びされたことでテンションが振り切っていた。

 大げさに身振り手振りで喜びを表現し狂喜乱舞するマキアを見て、ラングは若干鬱陶しそうにしている。ラングはマキアに好意を持っているが、こうも露骨に狂乱されると流石に引く。

 

「はいはい良かったな。まぁマキアはずっとそばにいるし、しょっちゅう話しかけてるから最初に話すのがマキア関連だってのは分かってたことだろうに…」

「じゃあこれは?」

「人を指差すな!」

 

 ラングをこれ呼ばわりしてエリアルに問うマキア。ラングは邪魔くさそうにこっちに向いている指を振り払うが、喜びの感情がとうに上限をぶち抜いているマキアは気にした様子もなかった。

 

「あー、ぅー。」

「流石に無理かな…」

「ママほど単純な音でもないしな。それにラングだと3文字だから余計に難しいんじゃないか?」

「まぁいいよ。それに、しばらくは私だけが呼んでもらえたという優越感が…」

「ぁんぐ」

「え?」

 

 マキアとラングの耳には、聞き間違いでなければエリアルがラングと言ったように聞こえた。

 

「なぁ、今俺のこと…」

「今の嘘!まぁまって言ったの!」

「いや絶対違うだろ!いやぁ、エリアルは天才だな!もう俺の名前まで呼べるようになるなんてな!」

「違う!エリアルはラングなんて言ってないよね?ね⁈」

 

 エリアルを褒めちぎって高く掲げるラングからエリアルを奪い取り、ラングから隠すように半泣きでエリアルを抱きしめるマキア。

 ラングのほうをキッと睨みつけた後エリアルにずずいと迫って真偽を確認しようとするが、エリアルはきゃっきゃっと笑うだけで何も答えない。

 

「どうなの、エリアル!」

「あぅあはばぁあ」

「エリアルぅ!」

「うるさいよマキア!そんなに叫んだらエリアルも鬱陶しく思ってるだろうよ!ラング、あんたもニヤニヤしてないで仕事の続きしな!」

「ごめん母ちゃん!」

「ひええ、すいませんでしたぁ!」

 

 あまりにマキアがうるさいのでミドが怒鳴り込んできた。にやけていただけのラングもとばっちりで叱られていた。

 しかし、怒られた後だというのにマキアの視線はエリアルから離れない。

 それに呆れたように溜息をついたミドは、マキアに仕事に集中せざるを得ない環境を作ることにした。

 

「まったく、その状態じゃ仕事にならないだろう。その作業がひと段落つくまで、エリアルの面倒はあたしが見ておくよ。」

「え?」

 

 そう言うや否や、ミドは素早くマキアからエリアルを取り上げる。

 そのあまりのスムーズさにマキアは一瞬取られたことにすら気づかなかった。マキアの腕の中からミドの腕の中へと移動したエリアルには全く衝撃がいかなかったようで、場所が変わってもきゃいきゃいと喜んでいる。

 

「そんなぁ!」

「ほら、エリアルに構いたいならさっさと仕上げてしまいな。しっかり世話が出来てるのはいいけど、構いすぎなのも問題だね。おーよしよし。」

「うう…よろしくお願いします…」

「はいはい。わかったから早く終わらせな。」

 

 がっくりと肩を落としたマキアはミドが部屋から出て行くまでずっと見つめていたが、最後には諦めて仕事を再開した。

 

「ああ、エリアル…」

「いや自業自得だろう…それ、期限近いんじゃないのか?」

「そうだった…早くエリアルに会いたいし、ちゃっちゃと進めよう…」

 

 そうしてガタゴトと布を織り始めたマキア。

 

 しばらく無言の空間が広がっていたが、ラングがふと、純粋に思っていた言葉をマキアに投げかけた。

 

「なぁ、マキア。」

「なに?」

「マキアとエリアルって、血の繋がりはないんだろう?拾った子なんだっけ。」

「うん。でも、拾ったなんて言わないで。エリアルは、あんな姿になってまでエリアルを守っていた人から、育てる役目を譲ってもらっただけなの。」

「あぁ、ごめん…」

「ううん、いいよ。」

「そ、そうか。いや、単純に凄いなって思ったんだ。こう言っちゃアレだけど、マキアだって子供で、エリアルは赤の他人だったわけだろ?俺はまだ子育てってどういうものなのかちゃんとは分かんないけど、デオルが赤ん坊のときは、俺も大変だったし、母ちゃんはもっと大変そうだった。まぁマキアはここに来たときからちゃんと母ちゃんだったけどさ。家族全員でも大変だったのに、マキアは一人でやってたんだから。俺なんて、お兄ちゃんになるってことすら、デオルが生まれてしばらくしないと分かんなかったくらいだからさ…」

 

 ラングの言葉に、マキアは機織りの手を止める。それには思うところがあった。

 マキアだって、前回はエリアルに当たり散らしてしまうまで母親の自覚なんてなかった。ラングは兄の自覚を持つまでにしばらくかかったと言っているが、それを言ったらマキアなんて6年以上かかっている。

 

「私なんて、全然すごくないよ。初めは、この子もひとりぼっちなんだなって思ったから…子育てのことだって全部ミドの真似だったし、母親の自覚なんてなかった。子供を育てることがどんなに大変かなんて、全然分かってなかった。」

 

 ラングの知っているマキアは出会ったときから既に母親をしていたので、ミドから教わったというマキアの言葉とは矛盾している。しかしマキアがボソボソと言ったせいでラングには中盤以降の言葉がよく聞こえなかった。

 

「でも、約束したから。お母さんは泣かないって。私は、エリアルの前では強いお母さんでいるんだって。エリアルが笑っていられるなら、それでいいの。エリアルのためなら、私はどんなに辛くても生きていける。エリアルが呼んでくれるのなら、それがお母さんじゃなくても、ママじゃなくても、エリアルが呼んでくれた名前が私の名前になるの。」

 

 そう話すマキアはとても綺麗で。そしてどうしようもなくエリアルの母親だった。

 

「エリアルは、私のヒビオルなの。」

 

 エリアルのことを想っているのか、マキアの表情はとても穏やかで、優しいものだった。

 ラングは思わず息を止めて見惚れてしまう。エリアルのことを話すマキアはとても魅力的で、マキアを見ているだけでラングは顔に血がのぼるのが分かった。

 

「なんか、ちゃんとした言葉になってないかもしれないけど、ごめんね?」

「い、いや。やっぱりマキアはすげーよ。エリアルのこと話してるマキアは、すげーカッコよくて、それで、綺麗だっ…」

「え?」

「あ、な、何でもない!!俺、ヤギ小屋の掃除してくる!!!」

 

 ラングは顔を真っ赤にしてマキアの仕事部屋から慌てて出て行った。その後すぐに、何かがぶつかる音、そしてミドが怒鳴る声が聞こえた。

 

「え、あ、綺麗って、え?」

 

 残されたマキアは、ラングの直接的な表現に流石に顔を赤くしたのだった。

 




ご意見ご感想お待ちしております!
あ、できれば活動報告を見ていただければと思います。


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5話

評価もお気に入りも増えてやったー!!
UA200に対してお気に入り9件って凄くないですか(有頂天)
嬉しすぎて新たに投稿!今後もよろしくお願いします!


と、言いたいところなのですが、この話には捏造設定が多分に含まれています…誕生日の風習とか全部捏造です。
ダメな方はここでブラウザバックお願いします…


 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜♪」

 

 ラングがヤギの乳搾りを終えて片付けをしていると、マキアが鼻歌を歌いながら軽い足取りで通り過ぎていく。傍目から見ても機嫌がいいのは明らかだ。

 手には干し草を山のように抱えていて、どうやら掃除のために移し替えているようだ。干し草自体はそこまで重量があるわけではないが、当然1度で全て持っていけるはずはなく、何度か往復することになる。

 そのため結構な重労働であり、決して鼻歌を歌いながらやるような作業ではない。

 

「なんか最近ずっと機嫌いいよな、マキア。」

「そう?そうかもね!」

「そうだろ。今だって鼻歌なんか歌ってさ。なんかあったのか?」

「聞きたい?聞きたいよね?」

「うざ…」

 

 マキアがしつこく聞いてくるので流石に鬱陶しそうな様子を見せるラング。ただ鬱陶しがっているのは表面上だけのことだ。

 マキアに好意を寄せているラングにとっては、うざがらみでもマキアとの会話が増えて嬉しく思っている。

 ラングはそんな内心の機微を欠片ほども見せず、聞いてほしいオーラ全開のマキアに理由を聞くことにした。

 

「で、なんでそんなに機嫌良いんだ?」

「それはですねぇ…なんと!私とエリアルが出会ってからそろそろ2年になるからです!」

「なんだそんなことかよ…」

「そんなこと、じゃないよ!私にとっては凄く重要なことだよ!エリアルとまた出会ってから2年…感慨深いなぁ…」

「(また?)ああそう良かったね…あれ?でも、1年のときはやってなかったと思うけど?」

 

 理由を聞いたラングはまた親バカだよ、と呆れている。しかしマキアは大真面目だ。エリアルを愛することに関しては前回のディタにも負けるつもりがない。

 それに、マキアは前回の日々でエリアルと出会った日を祝ったことはなかった。あのときは今ほど余裕がなく、エリアルを育てるので精一杯だったため、そこまで気が回らなかったのだ。なので、子育て2回目であり周りに気を配る余裕のある今回では、出来る限りお祝い事もしようとマキアは思っていた。

 気合の入っているマキアを見てもラングの呆れ顔は変わらない。普段からマキアがエリアルをどれほど溺愛しているかラングは知っているので、いつものこと、という感想しか出てこないのだ。

 だがそこでふとラングは疑問を覚えた。記憶が確かならば、1年前は今のようにはしゃいではいなかったはずだ。

 それを聞いたマキアは急に落ち込み始め、先程までのハイテンションっぷりが嘘のように鳴りを潜めてしまった。

 

「ああ…あのときはまだ色々と忙しくて…エリアルもまだ今よりだいぶ手がかかったし、気づいたら過ぎちゃってたんだよね……ああ、私のバカバカ!一生の不覚!」

「お、おい、そこまで落ち込むなよ…それならその分、今年盛大に祝ってやれば良いだろ?」

「え…?」

「ああ。エリアルが生きてこられたのはマキアがいたお陰だろ?だから、マキアとエリアルが出会った日を、エリアルの誕生日にしちまえばいいってことだよ。」

「なるほど!じゃあ、ラング達の誕生日みたいにお祝いしてあげれば良いんだね!」

「そうそう。エリアルが欲しいものを買ってあげてもいいかもな。まぁまだ2歳だから、欲しがるとかないかもしれんが…そこら辺は自分で考えてくれ。」

「おお、それはいいね!ラングありがとう!早速街に出ていろいろ見てくる!」

「おい待て仕事終わったのか。」

 

 ラングの提案に我が意を得たり、と思ったマキアは運んでいた乾草を放り投げて出て行こうとする。

 しかしマキアは見ての通り仕事の途中である。それが分かっていたラングは走り出そうとしたマキアの肩をガッと掴み、残酷な現実をマキアに突きつけた。

 

「離してぇ!私はエリアルの誕生日プレゼントを買いに行くの!!」

「それは後からでも出来るだろ!仕事が終わってからにしろ!」

「いいものがなくなっちゃうかもしれないでしょ⁈」

「そもそもこんな田舎に良いものなんてそんなにねえよ!とりあえず、何買うか悩むのも街に行くのも仕事が終わってから!」

「そんなぁ…」

「今ヤギのミルクも搾り終わったし、俺も手伝ってやるからさ。ほら、そうと決まったら早く終わらせるぞ。」

「うう…分かった。待っててねエリアル…」

 

 仕事をしなければならないことは分かっているのか、オノラと遊んでいるエリアルのほうを未練がましく見ながらも渋々掃除を再開させたマキア。

 搾ったヤギのミルクを仕舞いってきたラングはマキアに続いてヤギ小屋の掃除を始めた。

 ラングは掃除しながらも、先ほどの会話の中で気になっていたことを考えていた。疑問を忘れないうちにマキアに聞こうと思ってそちらを見ると、マキアは手を動かしつつも心ここに在らず状態だった。

 エリアルのプレゼントに思考を裂きすぎて動作がカクつき、機械的になっている。そんなふうになっているマキアに聞いてもまともな答えが返ってこないかもしれなかったが、下手したらプレゼントを買うまでこのままかもしれないと判断したラングは今聞くことにした。

 

「そういえば、マキアの誕生日はいつなんだ?」

「…へ?」

「だから、マキアの誕生日だよ。去年は終わった後だったのか?分かんねーけど、誕生日祝いとかしなかったじゃん。今年は出来たらなーって思ってさ。」

「あ、えっと、あの…」

「も、もしかして、誕生日教えちゃいけないとかあるのか、イオルフの民って。それとも、教えたくないとか、か…?」

「ああ違くて!そんなんじゃないの!」

 

 はっきりとした返答が来ないことに、ラングは自分が嫌われているのかと声が小さくなっていったが、それに気づいたマキアが慌てて否定した。

 マキアが返しにどもったのは別の理由がある。そもそもそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだ。前回でも聞かれなかったことに、急に対応できなかっただけだ。

 

「あーその、私達イオルフの民は、誕生日を祝うとか、そういう習慣がないんだよ。ほら、私達はとても長生きでしょ?だから、歳を重ねるってことを特別視しないんだよね。それなんで、いちいち祝ったりしないの。」

「はー、そうなのか。」

「もっと言うと、歳の数え方も結構適当なんだよね。生まれてから、次の年の初めになると1歳増える、みたいな数え方なんだよ。だから、年の初めに生まれた子は次の年が明けると1歳になるし、年の終わりに生まれた子も年が明けると1歳になるんだよ。だから、イオルフの里では新しい年になるとみんな一斉に歳をとるの。」

「なんか面白いなぁ…」

 

 マキアの話を聞いたラングは、イオルフの民の特殊な歳のとり方に感心する。

 マキアとしてはその考え方が当たり前だったので、ラングの反応は新鮮なものだった。イオルフの里ではずっとこうだったので、マキアは外の世界に来たときに、誕生日を祝うということに逆に驚いたくらいだ。ただしそれは前回のことであり、今回は当たり前のこととして受け入れていたが。

 マキアを含めたイオルフの民は、よほど物好きでなければ自分の生まれた日を正確には知らない。だから、先ほどのラングの質問にすぐに答えられなかったのだ。知らないものは答えようがない。

 

「だから、年の初めが誕生日みたいなものかな…。あ、でも、エリアルと出会わなかったら今の私はいなかったな…。そう考えると、今の私が生まれたのは、エリアルと出会った日なのかもしれない。」

「なんだそれ…もういいんじゃん?エリアルと誕生日一緒ってことで。そのほうが分かりやすいし。」

「エリアルと誕生日が一緒…良い。それいいね!ラング、今日は冴えてる!」

「その言い方だといつもはダメみたいに聞こえるんだが…」

「決まり!私の誕生日はエリアルと一緒、ってことにしよう!」

「で、いつなんだ?」

「明後日!!」

「あっそう…じゃ、その日はエリアルと出かけてきたら?母ちゃんには言っておくよ。」

「本当?じゃあお願い!私はエリアルの好きそうなものが置いてある店探さないと…!」

「だから仕事が終わってからにしろって言ってるだろ!」

 

 結局ヤギ小屋掃除以外にも布を織ったりと他のことをしなければならず、エリアルとの買い物は誕生日当日まで叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったね、エリアル!」

「うん!」

 

 マキアと並んで歩いているエリアルは、新品の小さなボールを持っている。

 エリアルの誕生日を盛大にお祝いすると決めてから2日、ミドから牧場の手伝いのお休みを貰ったマキアはエリアルを連れて街に出てきていた。

 朝からエリアルと2人でショッピングを楽しみ、時に休憩をはさんで甘味を食べたり広場で遊んだりして楽しんでいた。

 

「ミド達が美味しい夕飯を用意してくれてるんだって。よかったね、エリアル!」

「たのしみ!ママも、たのしみ?」

「ママも楽しみだよ!でも、エリアルが喜んでくれるのが1番嬉しいの。」

「そうなの?」

「そうだよ?」

 

 もう日が暮れ始め、道や周囲の草花が夕日で茜色に染まっている。

 日差しを背に帰路を歩いていると、道の先にミドの牧場が見えてきた。

 

「あ、もうすぐだね。エリアル、駆けっこで競争する?」

「する!よーい、どん!」

「ああ、ズルい!待ってよエリアル!」

 

 最近走ることが出来るようになったエリアルは、何かと走りたがる。

 勝手に合図を出して一足先に走り始めたエリアルだったが、所詮2歳児の歩幅などたかが知れている。

 マキアが本気を出して走れば当然すぐに追いついてしまうので、マキアはエリアルにギリギリ追いつくか追いつかないかくらいのスピードでジョギングしはじめた。

 

「ワン!」

「オノラ、ただいまー!」

「ただいまオノラ。」

 

 家に到着すると、牧場犬のオノラが出迎えてくれた。オノラはミドとその夫が結婚したときからいるのでもう年齢的には老犬に差し掛かっているが、そんな様子は少しも見せず、いつもエリアルと遊んでくれている。

 マキアはそんなオノラにいつも感謝していた。

 

「ウォン!」

 

 扉の前で吠えて自分はここまでだと言いたげなオノラをマキアは軽く撫で、既にランプが点いている部屋の中に入った。

 

 マキア達が部屋に入ると、中は色とりどりの布や紙で装飾されていて、かなり手がかかっていることが分かる。おそらく1日かけてマキア達がいないうちに準備したのだろう。部屋の上のほうには何か書かれている横断幕もある。

 

「わぁっ…!」

「すごいね、エリアル…え?」

 

 部屋の飾りに目を奪われ、感嘆の声を上げるエリアルとマキア。しかしマキアは奥の横断幕を見て、キョトンとした顔になる。なぜならそこには、

 

 “エリアル、マキア、お誕生日おめでとう!”

 

 と書いてあったからだ。

 

「わたし、も?」

「あったりまえだろ!兄ちゃんから聞いてたけど、マキアの誕生日もエリアルと一緒なんでしょ?なら、お祝いしないわけにいかないって!」

 

 呆然となるマキアに、デオルが出てきてマキアの誕生日祝いも兼ねている、と言った。

 マキアはこんなことは知らされておらず、エリアルだけの誕生日会だと聞いていた。マキアに対するサプライズは成功しているようで、マキアは驚きのせいで感情が追いついていない。

 

「ま、そういうことだよ。せっかくなら、一緒にやろうぜってことだ。今まで1度もやったことないなんて、寂しいだろ?だからまぁ、勝手にやらせて貰ったぜ。だからマキアもおめでとう、だ。」

「イオルフの里ではどうだったかなんて関係ないさ。外の世界に出てきたんだから、こっちのルールに従ってもらうよ。だから、あんたに拒否権なんかないさ。大人しくエリアルと一緒に祝われてな!」

「ラング、ミドも…」

「ほら、誕生日プレゼント。」

 

 ラングが何かを手渡してきた。それは、リボンでラッピングされたカチューシャだった。

 

「これなら仕事にも邪魔にはならないだろ?機織りに使う道具とかも考えたんだけど、下手なものを専門家に贈ってもしょうがないからさ。だからリボンとカチューシャにして、どっちでも好きな方をつけてくれ。」

 

 チェック模様の可愛らしいカチューシャだと思ったが、よく見ればラッピングに使われているリボンのほうも綺麗な色をしている。

 笑顔で誕生日を祝ってくれる3人を見て、マキアは胸の奥が暖かな気持ちで一杯になる。その想いが目から溢れそうになり、すんでのところで上を向いて堪えた。

 

「なんだいマキア、また泣いてるのかい?」

「な、泣いてない!」

「なら、ちゃんとこっちを見てみろよ。泣いてないなら、上を向く必要ないよな?」

 

 ミドとラングが意地悪そうにマキアに言う。すぐに否定したマキアだが、泣くのを必死に堪えているのは誰の目にも明らかだった。

 

「ママも、おたんじょうび?」

「そうだよ、ママも、エリアルと一緒なんだよ。おめでとうって言ってやりな、エリアル。」

「ママ、おめでとー!」

「っ!」

 

 限界だった。

 前回でも言われたことのないエリアルからの祝福に、マキアの目尻から一筋の雫が落ちる。

 それが頬に伝わり地面に落ちる前に、マキアはゴシゴシと乱暴に袖で涙を拭った。あらかた水分を拭き取ったら、そのまま歯を食いしばって後から出てこようとする涙を堪える。

 

(約束したから!あれ、でも今回はまだだから大丈夫…?いやそんな訳ない!泣かないもん!)

 

 少しの間奮闘していたマキア。次に顔を上げたときは、目元は赤いがしっかりと前を向いていて、涙はすでに無かった。エリアルはラング達に次々とおめでとうを言われていてマキアのほうを向いていなかったため、その泣き顔をエリアルに見られることはなかった。

 

「エリアルも、誕生日おめでとう。オレ達からはこれ、プレゼントだよ!」

「わぁ、ありがとう!」

 

 デオルはキラキラしたガラスがはめ込まれた小さなネックレスをエリアルの首にかける。

 自らの首元で輝く飾りを見て、エリアルもご機嫌だった。

 

「すごい、きれい!」

「良かったね、エリアル。」

「うん!あ、ママは、つけないの?」

 

 1日中歩き回っていたとは思えないほど元気に返事をしたエリアルは、マキアの手元を見て疑問を口にする。

 

「ううん、今から着けるよ。着けてもいい?」

 

 マキアはプレゼントをくれたミド達に許可を取る。すると全員が何を言っているんだと言わんばかりの呆れ顔をした。

 

「プレゼントしたんだから、もうマキアのものだよ。着けていいに決まってるじゃん。変なこと聞くなぁ…」

 

 それを聞いたマキアは早速カチューシャをつける。リボンもあるが、今回はカチューシャを着けることにした。

 

「どう…?」

「おお、似合ってるよ。やっぱり素材がいいから何を着けても似合うねぇ。」

「ほんと?ラングはどう思う?

「ま、まぁ、似合ってるんじゃん?」

「デオルは?」

「似合ってるよ、マキア!」

 

 マキアは感想を聞き、嬉しそうにその場でくるりと1回転する。

 ランプの光にカチューシャの銀糸が煌き、元々可愛らしいその容姿をさらに引き立てていた。

 

「……」

「ほら、ボーッとしてんな、夕飯の支度だよ!今夜は腕によりをかけたんだ。ありがたく味わって食べな!」

「痛って、母ちゃん、叩かなくてもいいだろ!」

「お前がいつまでもぼけっとしてるからだよ!さっさと動く!」

 

 その仕草に見惚れていたラングはミドに頭を叩かれた。それにハッとなったラングは照れ隠しもあり、すぐにマキアのほうから視線を外した。

 

「ママ、よかったね。」

「うん!ありがとう、エリアル!」

 

 その後手間のかけられた豪勢な夕食に舌鼓を打ったマキアとエリアル。

 

 マキアの長い人生の中でも初めての誕生日会は、これから先ずっと記憶の中にもヒビオルの中にも刻まれていくことになった。




あと、2歳児の行動について間違っているところがあるかもしれません。ネットでちょっと調べただけなので…
お気に召しませんでしたら申し訳ありません。どうか寛大な心でお許しを…


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6話

遅れてすみません!
活動報告にも書きましたが、話をすると進めます。
ほのぼのを期待していた方には申し訳ないのですが、めちゃめちゃシリアスです。
あと、一部表現がくどいかも知れないです。ボキャ貧の筆者でほんと申し訳ないです…

それではどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 早朝、ヘルム農場に向かって馬車が駆けてくる音がした。

 農場で生活する人々の朝は早く、夜明けとほぼ同時に仕事が始まる。ここに来て3年ほどになるマキアも例外ではなく、鶏の鳴き声が聞こえる前に起きることにもすっかり慣れてしまった。

 

「こんな時間に馬車?」

「珍しいな。何だろ?」

 

 しかしそんな農場の住人であるマキア達をして、この時間に馬車を見かけることはそうそうない。

 なにせこの村の先には森しかなく、隣の村はかなり離れていて馬車を使ってもそんなにすぐ来れるわけではない。日が昇ってまだ間もない今の時間に馬車がくるということは夜通し走って来たということであり、言い方は悪いがこんな何もない村になぜか急いで来たということでもある。

 よって、正体不明の馬車にマキアと居合わせたラングは必然警戒することとなる。

 

 しばらくして馬車がミドの家の前に止まり、馬車から1人の人物が出てくる。

 少し浅黒い肌に、マキアの髪と同じ鏡月の色をした短いひげを生やしている。頭に巻いたバンダナは、本来の髪の色を隠すためのもの。朝日が逆光になって見えづらいが、近くまで来るとその瞳が金色で縁取られていることが分かった。

 

 マキア達の前にやってきたのは、イオルフと人間の血を半分ずつ引いた、ラシーヌの異母兄弟であるバロウだった。

 

「よう、マキア。あんときの赤ん坊は元気か?生きてりゃ3つになるはずだよな?」

「バロウ!久しぶり!」

「マキア、知り合いか?」

「うん、エリアルと出会った日、その場に居合わせた人なの。イオルフとも交流があって、それで色々と融通してもらったの、お金とか。」

 

 3年ぶりに再開したマキアとバロウだったが、双方ほとんど姿は変わっていなかった。マキアは純粋なイオルフなので当然のことだし、バロウも半分とはいえイオルフの血を引くことに成功しているのだ。そのため純粋なイオルフよりも成長した外見だが、もうこの見た目のままかなり長い時を過ごしている。

 再開するまでに変わったことなど、マキアの髪の色くらいのものである。

 

「へぇー…あんたもイオルフなのか?」

「ま、半分だけどな。一応隠してるから、内緒にしといてくれよ。」

「ああ。でも、ここの村の人達は大体マキアがイオルフだってこと知ってるぜ?知った上で、外から来る人達には隠してる。マキアは、村の人からも好かれてるから。」

「へぇ?…いい人達なんだな。」

「うん。私には、勿体無いくらい。」

 

 前回とは違って村人に愛想よく対応し、元気にミド達の手伝いをしたり、たまにヒビオルで出来たテーブルかけをおすそ分けしたりしていたマキア。

 村での評判が良くなった頃に絶妙なタイミングでミドやダレルが村人達にマキアの正体をそれとなくバラし、その結果、マキアがイオルフであるということは周知の事実になった。

 しかしこれは村の中だけの話で、村人達は決して外に口外しない。口外すれば、余計な厄介ごとを村に運ぶ原因になるし、そして何より楽しそうに働き、一生懸命エリアルの世話をするマキアを悲しませたくなかった。

 マキアもミドから正体をバラされたことを告白されたときは驚いたが、今では感謝している。そのおかげでマキアは窮屈さを感じることなく生活できているのだから。

 

 楽しそうに談笑していたマキアとバロウだったが、バロウが真剣な表情に変わったことでマキアも態度を改めた。

 

「それでマキア。俺がここに来たってことは、分かるよな?」

「うん。頼んでたことが分かったかひと段落したってことでしょ?」

「その通りだ。ゆっくり話したいんだが、いいか?」

「あっちの部屋で待ってて。私は仕事終わらせて来ちゃうから。」

 

 そう言うとマキアはさっさと歩いて行ってしまう。バロウはマキアの部屋で寝ているエリアルを観察し始めた。

 ラングは1人会話に置いてきぼりにされてやきもきしつつ、仕事を再開することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ。」

「お、ありがとよ。」

 

 マキアが仕事を一区切りさせ、バロウにお茶を出した。マキアはバロウとテーブルを挟むようにして対面に座り、自分の分のお茶も淹れた。湯気の立つお茶を冷ましながら一口飲んだバロウは、早速本題に入ることにした。

 

「さて、そんなに時間があるわけでもない。早速だが、報告からさせてもらおうか。」

「よろしくお願いします。」

 

 マキアはバロウと出会ったあの日、バロウに頼みごとをしていた。

 それはイオルフの里の調査。メザーテに襲われたイオルフ達がどうなったのか、その動向をバロウに調べてもらった。

 マキア自身が調べたかったが、赤ん坊のエリアルを抱えての調べ物は無謀だったし、マキアよりも商人であるバロウのほうがそういった諜報に近いことをするのに向いていた。

 前回はエリアルを抱えて行くのに精一杯だったが、よく考えなくてもあの場でバロウに色々と援助をお願いできたはずだった。今回はそれを活かしてバロウに半分無茶振りに近い頼みごとをしたのだった。

 バロウ自身は同じイオルフのよしみ、ということで特に悩むことなく聞いてくれたが。

 

「まずは里について。現在里にはイオルフの民は1人もいない。全員逃げたか捕まったかした。だが幸い、死んだという話は聞いてないな。」

「本当⁈よかった…」

「逃げた何人かに会ったが、お前のお陰だって言ってたぞ?マキアがいち早く逃げるように言ったから、それに反応して逃げられたイオルフも多いらしい。」

「そっか…無駄じゃなかったんだ…」

 

 襲撃があった日、マキアは前回よりも少し早いタイミングで接近するレナトに気づくことができた。そしてクリム達に里の人達への指示出しを任せた後、マキア自身も逃げるように言って回ったのだ。

 無駄かもしれないとは思っていても、少しでも里の民が生き残る可能性を増やしたかった。前回は、あのときの襲撃で多くのイオルフが命を失った。

 未だに、真っ赤に燃え盛るイオルフの里を夢に見る。マキアが塔に閉じ込められたときに感じた無力感は計り知れなかった。また自分は何も出来ないのか。絶望で目の前が真っ暗になりそうだった。そのときはエリアルを守ることに気持ちを切り替えたため絶望しきることはなかったが、それでも今日まで里の人々を見捨てたことはマキアの心を苛んでいた。

 しかしマキアが限られた時間の中で出来た最大限の努力は無駄ではなく、こうして今結果となって返ってきた。その事実に、マキアは目から落ちそうになる雫を堪えた。

 

「喜んでいるところ悪いが、まだ話は終わってない。捕まったイオルフ達はメザーテに運ばれていった。その中にはお前さんの幼馴染の…」

「レイリアとクリムも入っている…でしょ?そして、レイリアは王子の妃にされようとしている…」

「お、おう。その通りだ。けど、なんで知ってんだ?」

「レイリアは、里で1番の美人だったから…そうなっても不思議じゃないかなって。」

 

 本当は前回の経験から知っていただけだが、そんなことを言っても頭の残念な子扱いされるだけだ。

 いくらマキアが頭が良くなくても、そのくらいは分かっていた。なのでマキアはその辺りは推測としてぼかすことにした。

 

「…レイリアは本当は逃げることもできたらしいんだが、自分が捕まる代わりに他のイオルフ達を逃がすことを条件にしたらしい。」

「…レイリアらしいね。それで、他のイオルフは?」

 

 やんちゃで男勝りで、それでいて自由だったレイリア。そんな面ばかり見られがちだったが、レイリアは優しい女の子だった。

 里にいた頃も、引っ込み思案で控えめだったマキアを仲間外れにすることはなかったし、マキアが長老になってからも、亡くなるその瞬間までマキアをひとりぼっちにすることはなかった。

 

「大多数はレイリアのおかげで逃げることができた。しかしイオルフ達は帰る場所を失った。今は長老の元で固まっているのが何人かと、あとはバラバラだ。みんなひっそりと過ごしているよ。」

「でも、長老様も、無事だったのね…」

「ああ。俺も手伝ったし、どうにか困窮することなく暮らせているからそこは安心しろ。だが、本題はここからだ。」

 

 バロウはそこで一拍置き、マキアのほうに身を乗り出して耳打ちするように言った。

 

「クリム以下数名のイオルフが捕らえられている。」

「!!」

「心当たりがあるみたいだな。理由は多分お前さんの考えたとおりだ。クリムは逃げ出した後、仲間を連れてレイリアを奪還しようとした。それが大体ひと月ほど前のことだ。しかし作戦は失敗したらしい。参加したクリムを含む6人のイオルフ達は、メザーテの地下牢に閉じ込められている。」

 

 それは、前回では起きていなかったことだった。前回もクリムはレイリア奪還を試みたが、1回目ですらエリアルが6歳にのとき、つまりは3年後の話だ。明らかに計画が前倒しになっている。

 

「どうして…」

「さあな。ただ、気持ちは分からんでもない。クリムはレイリアの恋人だったらしいからな。すぐに取り返したくなるのも、当然っちゃあ当然だろう。」

 

 マキアは、これはイオルフ達が襲撃によって命を落とさなかったことで起きたのだと直感的に分かった。

 イオルフの数が減らなかったことで、クリムの元に賛同するイオルフがすぐに集まったのだろう。クリムは元来面倒見のいい性格で、人望も厚い。人がいる状況で人を募れば、計画に必要な人数など簡単に集まったはずだ。それによりレイリア救出が早まり、そして失敗した。

 

「その計画の、詳しいことは知らない?」

「そこまではな。だが聞いた話だと、レイリアは既に王子の子を身ごもっているらしいぞ?」

「そんな…!」

 

 早すぎる。マキアは顔から血の気が引いていくのを感じた。前回では、1回目の奪還作戦のときにまだお腹が大きくなっていない程度だったはずだ。つまり、レイリアの妊娠も3年は早いことになる。

 

「まずい知らせはまだある。」

「え…?」

「クリム達が処刑されることになった。どうやら2回目は許してくれないらしい。レイリアが助命を頼んでもすげなく断られたそうだ。」

 

 処刑。

 その言葉がマキアの頭の中でぐるぐると回る。

 処刑って、何?磔にされて石を投げられたり、火で炙られたり、首を大きな斧で切り飛ばされたりする、アレのこと?

 あまりに現実味のない話だった。

 

「おいマキア、しっかりしろ!混乱してるのは分かるが、そんな場合じゃねえだろ。」

「っ!そうだね。冷静にならないと、冷静に…」

 

 バロウに一喝され、混乱から脱することに成功したマキア。事態を受け入れられた訳ではないが、無意識のうちに事実から一旦目を逸らし、思考の安定を図っていた。

 

「助けなきゃ。クリムを、レイリアを、みんなを…」

「処刑の日は、今日から数えてちょうど1ヶ月後のことだ。考えてる時間はない。行くならすぐにでも行かねえと、間に合わなくなる。」

「見捨てるなんて、できるわけない。」

 

 塔に閉じ込められて何もできなかったあの日とは違い、今マキアは自由に動ける。さらに、クリムやレイリアを助け出すための手段も、マキアにはない訳ではなかった。

 

 前回の、クリムに幽閉されていた日々。マキアはエリアルと離れ離れになり、エリアルが織ってくれたヒビオル1つしか持ち出せず、何をすることも禁止され、死んだように毎日を過ごしていた。

 そのときにクリムが、聞いてもいないのに話したのだ。マキアと別れた後、自分達だけでレイリアを助け出そうとしたこと。それに失敗したこと。仲間も皆殺されたこと。

 そのとき王宮に侵入するために使ったルートも全てマキアに喋っていた。数ヶ月もかけて警備のルート、使われる人員、警戒の薄くなる時間帯を割り出したこと。それを踏まえた上でどうやって侵入したら王宮の一室に閉じ込められたレイリアを救出できるのか、作戦を練りに練ったこと。

 あのときは狂ってしまったクリムに、相槌も打たずただ悲しそうな瞳を向けるだけだったマキアだが今となってはその情報を聞いておいて良かったと思っていた。

 苦しくて、忘れたくても忘れられない日々だったが、その記憶はこの時のためにあったのだとマキアは確信した。

 

 レイリア達を助ける手段も、自由に動ける体もマキアは持っている。だが、1つ。マキアにはないがしろにできないものがあった。

 

「エリアル…」

 

 エリアルはまだ3歳だ。母親であるマキアに甘えたい年頃である。前回でも旅を始めたのはエリアルが6歳になってからであり、それですら危険なことはあった。3歳のエリアルを連れてメザーテに行くことはできない。

 しかし、レイリア達の救出はかなり危険だ。色々と知っているマキアだが、当然道半ばで死ぬ可能性も十分にある。

 前回はクリム達が1番危険な役割を担ったことでマキアに対する負担はそれほどでもなかったが、今回は違う。バロウやイオルフの民もいくらか手伝ってくれるかもしれないが、どんな作戦になろうが確実に要になるのは前回クリムから直接話を聞かされたマキアだ。

 不確定要素もある。

 マキアは当然死ぬつもりはなかったが、自分のそばにいることでエリアルが危険に晒されることだけは死んでも御免だった。

 

「エリアル、って名前なのか、その子。」

「うん。エリアルは、連れていけない。危なすぎるもの。本当は母親の私が守らなきゃいけないのに、今回だけは、私と一緒にいることが1番危険だから…」

「そうか…預かってもらうのか?」

「うん…ミドなら、預かってくれると思う。ここにいる限りは、私との関わりが分からなければ安全だから…」

 

 エリアルと離れ離れになる。それはマキアに身を裂くような痛みを与えるものだった。だが、レイリア達を見捨てることもできない。前回、エリアルを失ってからは家族も同然だった女の子。そして、結局助けることができず、絶望のまま生涯を終えた男の子。その2人の幼馴染を助けられるかもしれないのに見殺しにするなど、出来るはずがなかった。

 子を守ることが母親の役目だが、今回ばかりは近くにいることが子の危険になる。だから、離れるしかない。

 

 それが、マキアが精一杯考えたなりの答えだった。

 

 




いつも評価、感想ありがとうございます!
ただ、無言低評価は流石に傷つくのでやめていただきたいです。その際はアドバイスとか書いてもらえればと思います。
これからもマキアちゃん逆行をよろしくお願いします。


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7話

遅くなりました(土下座)

暑さにやられたり試験に落ちたりと色々ありましたが、今日も元気です。お待ちいただいた方には本当に申し訳ないと思っております。

そんな筆者の身の上話はどうでもいいとして、なんと、ついに、さよ朝DVD/BD発売決定ですよ!!!(ダイマ)
いえーい!やったぜ!絶対買います!特装版で買います!
皆さんも良ければ買ってください!さよ朝見たことないって人も(いないと思いますが)是非買って見てください!
10月末発売予定です!よろしくお願いします!

あ、それでは本編どうぞ。ちょっと短いですね、すみません。


 

 

 

 

 

 

 しんと静まり返った部屋の中、マキアはエリアルと向かい合って椅子に座っていた。

 その表情にいつもの柔らかさは欠片もなく、どこまでも真剣で、圧力のようなものを纏っているようにも感じられた。

 

 エリアルも幼いながらにマキアの尋常ではない雰囲気を読み取った。ともすれば怒っているようにも感じられるマキアの表情に、エリアルは知らず小さなその身をさらに縮こませる。

 

「エリアル、大事なお話があるの。」

「……」

「…エリアル?」

 

 マキアが話を切り出す。しかし待っても返事をよこさないエリアルに、マキアは不審がって顔を覗き込む。

 

「…!?」

 

 マキアが身を乗り出してエリアルの顔を覗き込んだことにエリアルはビクッと反応し、両手を顔の前にやってマキアの視線から逃れようとする。

 

 その様子に思わず表情がさらに険しくなるマキアだったが、次のエリアルの一言でハッとさせられることになった。

 

「ママ…、おこってるの?おかお、こわいよ…」

 

 マキアはそこでようやく自分の顔が強張っているということに気づく。そして、エリアルがかなり怯えているということにも。

 そんなことにも気づかないほど、マキアは自分がこれから話そうとしている内容に対して緊張し、動揺していた。

 

(私が怯えさせてどうするの。エリアルは、何も悪くないのに!)

 

 マキアは顔を手のひらでグリグリと揉みほぐす。指で触れた眉間にはきつく皺が寄っているのがわかる。マキアは無意識のうちにここまで険しい顔をしていたのか、と自分を戒めた。

 固まった表情を元に戻すためにやった顔面マッサージだったが、何故かエリアルも真似しだした。

 

「ママ、へんなかおー!」

 

 ぐにぐに。

 

「え」

「みてみてー、ぶー!」

 

 あっぷっぷー!とでも言わんばかりに、エリアルは両手で頬を押しつぶして唇を突き出す。

 

「ぷっ、ふふ、あはは!あはははは!!」

 

 そのままエリアルが変顔を披露したので、マキアはたまらず吹き出してしまった。そのおかげで2人の間に漂っていたピリピリと引き攣るような空気は完全に霧散し、いつもの穏やかな雰囲気のマキアが戻ってきた。

 

「ありがとう、エリアル。なんかママも緊張しちゃってたみたい。でも、大事な話があるのは本当だよ?」

「そうなの?」

 

 きょとん、と首をかしげたエリアル。いい意味で空気を壊してくれたエリアルに感謝し、マキアは今度こそ本題に入ることにした。

 真剣な雰囲気が少し戻ってくる。エリアルも慣れないなりに背筋を伸ばし、居住まいを正した。

 

「ママね、ちょっとだけお出かけしなくちゃいけなくなったんだ。」

「おでかけ?」

「そう。1ヶ月とちょっとくらいかな…」

 

 エリアルは想像していたよりもだいぶ長い期間に驚く。

 

「そんなにいくの?」

「うん。でも、そこは少し危ない所なの。だから、エリアルはお留守番になっちゃうんだ。」

「ええ?ぼくもいきたい…!」

「また今度連れて行ってあげる。だからね、今回だけは、どうしても我慢してくれない…?」

「……」

 

 一月も置いていかれると言われ、俯くエリアル。エリアルはまだ3歳であり、マキアと一緒にいたいのは年齢からして当然のことだ。

 しかしふと目線を上げたエリアルは、マキアの表情がだんだん曇っていくのが見え、考えを改めた。

 マキアがエリアルをこの上なく愛しているように、エリアルもたった1人の母親であるマキアのことが大好きだ。

 そして、そんな大好きなママを困らせるようなことを、エリアルはしたくなかった。

 

「帰ってきたら、エリアルの好きなもの何でも買ってあげる!お願い。ね?いい子だから…」

「……」

 

 長い沈黙が部屋に流れる。それと等しい時間だけ、エリアルは悩んでいた。しかし、悩んではいたがエリアルの中で結論は既に決まっていた。

 

「……わかった。ぼく、おるすばんする…」

「エリアル…!」

 

 エリアルは別に物に釣られた訳ではなかった。そんな条件を提示されなくてもエリアルはマキアのお願いを聞くつもりだった。

 本当はマキアと一緒に行きたい。寂しくないわけがない。しかしそれ以上に、エリアルはマキアに悲しそうな顔をして欲しくなかった。

 

「いい子だね、エリアルは…本当に…」

 

 マキアは感極まって椅子から立ち上がり、エリアルに抱きついた。マキアにはエリアルの気持ちが痛いほど分かっていた。実際、前回エリアルが兵士になってマキアの元から旅立ったとき、マキアは比喩でも何でもなく死ぬほど寂しかったし、悲しかった。ただエリアルと別れてすぐにマキアはクリムに連れ去られたため、悲しみに暮れる暇すら与えられなかったのだが。

 エリアルはまだ3歳で、あのときのマキアはよりもずっと幼い。それなのにろくに不満も漏らさず、自らの寂しさをぐっと堪えてマキアの意思を尊重してくれた。

 

「ありがとう、エリアル…。絶対に、無事に帰ってくるから…」

「うん、やくそくだよ。」

「うん…約束だからね…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 ミドを呼び出したマキアは、メザーテにレイリア達を助けに行くことを端的に告げた。

 

「準備ができ次第、行こうと思ってる。その間、エリアルのことをお願いしたいの。」

「マキア、あんた本気かい?エリアルはまだ3歳だよ?まだまだ甘えたい盛りだろうに…」

「エリアルには、昼のうちに言ってある。エリアルは、待ってるって。お留守番してるって、言ってくれた。だから、私は1人で行く。」

 

 マキアの意思は変わらない。ミドにはずっと世話になっているし、ミドがマキアのことを心配して言ってくれているのも分かっている。そんなミドだからこそ、マキアは安心してエリアルのことを任せられる。

 

「正直に言って、レイリア達を助けるには危ない橋を渡らなきゃ行けないときもあると思う。もちろん私は帰ってくるつもりだけど、もしかしたら捕まって私も処刑されるかもしれない。」

「だったら…」

「でも、行かないっていう選択肢はないの。レイリアもクリムも、私の親友で、家族みたいで…。そして、レイリア達のいる所が安全でない以上、エリアルは連れていけない。」

「エリアルを守るためにって訳かい?」

 

 ミドが顔を顰め、半ば睨むようにマキアを見る。ラングやデオルが見たら確実に泣き出すと思わせるほどの迫力があったが、マキアはそよ風ほども動じなかった。

 

「母親が子供を守る。確かに大事なことだよ。でもね、子供を悲しませないことも、同じくらい大事だってあたしは思ってるんだ。マキア、あんたの覚悟は立派だよ。その歳でエリアルを育てられるのも、根本にその信念があるからなんだろうさ。最初は拾い子かもしれないけど、今となってはあんたはエリアルにとって大事な、立派な母親だ。女手一つで2人の子供を育てて来たあたしにはあんたが頑張っているってことがよく分かるよ。…あんたにだって、エリアルにはまだ母親が必要だってことくらい分かってるんだろ?マキアがその友達を助けに行って、もし帰ってこなかったら。エリアルはどうなる?そんなことが分からないほど、あんたはバカじゃないはずだ。だからこそ、あたしにはマキアの心が分からない!」

 

 ミドは静かに1つずつ、しかし重い言葉をマキアにぶつける。そこにはこれまでミドが女手ひとつで2人の子供を育ててきた大変さ、重圧などの実感がこもっていた。

 しかしマキアはそれにもまるで怯む様子はなかった。むしろ、その威圧を受けてホッとしているようにも見えた。

 

「十分、分かってるよ。それでも。もう、決めたの。」

「別にあんたが行かなくても、他の人達に頼めば…なんだいその顔。」

 

 マキアの表情の変化に気づいたミドが訝しげにマキアの顔を覗き込む。

 

「そうやって私たちのことを真剣に考えてくれるミドだから…」

「は?」

「私は、いつも安心して、ミドを頼れるの。」

 

 そう話すマキアの瞳は透きとおっていた。ミドはこの目を1度見たことがある。それは、ミドの夫が赤目病にかかったレナトに襲われて命を落としたときのことだ。

 ミドに子供達のことを託して亡くなった夫。自らの死を理解して、それでもなお家族のことを最期まで心配していた優しい夫の、死の間際の瞳。

 今のマキアの瞳はそれと寸分違わなかった。

 

「今回の救出作戦は、メザーテの王宮の内部構造を詳しく知る私がいないと、成り立たない。だから他の人に任せるわけにはいかないの。」

「マキア、あんた…」

(そんな目をされたらもう、あたしにはあんたを止めることが出来なくなっちまうじゃないか…。)

 

 マキアの目を見て全てを察したかのような声を出すミド。マキアが今回の作戦に命がけであるということが嫌でも分かってしまった。

 もう止めることは出来ない。そう判断させられてしまったミドは、悲しげな表情でマキアを見つめることしかできなかった。

 

 それに対しマキアは首を横に振って微笑む。

 

「ううん、死ぬつもりはないよ。私はお母さんだから、これからもエリアルを守らなきゃいけないし、エリアルの成長を見守っていきたい。それに…」

「それに?」

「エリアルと、約束したから。必ず帰って来るって。だから、ミドにはしばらく預かってもらうだけ。絶対に帰って来るから、それまでね。」

「…分かった。エリアルのことは見ておくよ。でも、ずっとは面倒見ないからね。ちゃんと帰ってくるんだよ。」

「うん。ありがとう、ミド。それじゃ、おやすみ。」

 

 よろしくね、と言って身を翻し、そのまま自分の部屋に戻っていくマキア。

 

「マキア!」

 

 ミドがマキアを呼び止める。マキアは振り向くことはせず、その場に立ち止まった。

 マキアが話を聞いていることを確認して、ミドは言葉をつなげる。

 

「エリアルもそうだけど、あんたのことを心配してる人もいるってこと、しっかり覚えておきな。それじゃあね。」

 

 マキアの背にそれだけ言ってミドも部屋に入っていった。

 マキアはミドの言葉を聞いて、胸の中がじんわりと温かくなったような気がした。

 

「あーあ、ずるいよ、ミドは。あはは、本当に、ずるい…。私、頑張るよ。絶対に、みんなを連れて帰って来るから…」

 

 そして、エリアルも眠って誰も見ていない部屋で、独り微笑んだ顔のまま静かに涙を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌々日、出発の準備を済ませたマキアは朝早くから港に来ていた。前回メザーテに行くときに曇っていた空は快晴で、マキアの心に燻っている不安を吹き飛ばしてくれるかのようだった。海上から吹いてくる潮風はマキアの肌にピリピリとした刺激を与え、適度に気を引き締めてくれる。

 目の前に浮かぶ大きな船は、マキアが今回メザーテに行くのに使う帆船だ。どのくらい大きいかというと、バロウの乗って来た馬車がそのまま入るほどには大きい。前回のものよりもずっと大きく、初めに見たときマキアは呆気にとられてしまったほどだ。

 バロウは先に馬車ごと船に乗り込み、マキアを船の上で待っている。マキアも船上で手を振るバロウを見上げ、それから手に持った袋に目をやった。昨日ミドから手渡されたものであり、少なくないお金が入っていた。断ろうとしたマキアだったが、何かと必要になるだろうからと手に握り込ませられたのだ。そうして少しの間革の袋をじっと眺めていたマキアは、後ろに広がる町を振り返りたくなった。しかし、いつまでも頼り切りではいけないと、不安や寂しさがないまぜになった感情を振り切るように、後ろを一切見ずに船に乗り込んだ。

 

「よう、マキア。決心はついたのか?」

 

 バロウが手を挙げてマキアを出迎える。表情こそ軽く笑っているが、マキアが不安に飲み込まれないようにわざと軽い雰囲気を作っているのだということがマキアには分かった。

 マキアはそんなバロウに対し、首を横に振って心中を晒す。

 

「…全然。決心なんて、つかないよ。でもそれで、ううん、そのほうがいいの。これから先、やりたいことがある。私のことを心配してくれる人がいる。この命に代えても守りたい大切な子がいる。帰る場所も、帰る理由もある。だから私は、レイリア達を助けて、そして絶対に帰るって、そう思えるの。」

 

 マキアの独白を受けたバロウは、一瞬きょとんとした顔になってからフッと笑った。

 

「…なんだ、もう決心ついてんじゃねえか。」

「え?よく聞こえなかったよ?」

「さて、お見送りの時間だぞ?後ろを見てみろ、マキア!」

 

 バロウがボソッと呟いた声はマキアには聞こえなかった。聞き返そうとしたマキアだったが、話を途中で切ったバロウに促されて後ろを振り向くと、そこにはマキアが予想もしなかった光景が広がっていた。

 

「マキアー!頑張れよーー!!!」

「エリアルのことは任せとけー!」

「絶対に帰って来なよ!!!」

 

 先程までそれほど人が居なかったはずの港には、大勢の人が集まっていた。それこそ、町中の人が総出でマキアを見送りに来ていると言われてもおかしくないような人数だった。

 その先頭で、ラング、デオル、ミドの3人が並んでマキアに向かって叫んでいた。

 ミドの腕の中には、いつもはこの時間寝ているはずのエリアルの姿もあった。エリアルはミドに抱かれたまま大きく息を吸い込むと、既に港から離れ始めている船の上のマキアに聞こえるように、3歳とは思えないほどの大声で叫んだ。

 

「ママーーー!!!いってらっしゃーーーーい!!!!!!」

 

 それに続くように周りの住民達からもマキアを送る声が続く。

 

「頑張れよー!」

「またあんたからチーズを買えるの、楽しみにしてるからね!」

「エリアルくんは皆んなで面倒見てるからー!」

「うおおおお、マキアちゃぁぁぁん!」

「行ってらっしゃい!」

「行かないでくれええええ!」

「帰ったらまた布を売ってちょうだい!」

「好きだぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あんたら、うるさいよ!!!」

 

「みんな…」

「愛されてるねぇ。ほら、なんか言ってやりな。」

 

 住民達の思わぬエールにマキアは感極まる。ミド経由でマキアが友人を助けにいくことは町中に広まっていて、それを心配した住民達が見送りに来ていた。実は昨日ミドに手渡されたお金は、話を聞いた住民達が自主的に集めたものをミドに渡したものだった。

 マキアは胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、溢れてきた涙を雑に拭った。これから向かうメザーテで、レイリア達を本当に助けられるのか。自分は帰って来られるのか。それらの不安や恐怖はマキアに声をかけてくれる人々の声援で全て吹き飛んだ。勇気をくれた人達に、今までマキア達を支えてくれた分の感謝も全て込めて、マキアはとびっきりの笑顔で住民達に手を振った。

 そして、離れつつある住民達によく聞こえるように、かかる声援に負けないほどの大きな声でマキアは出立の言葉を叫んだ。

 

「行ってきます!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マキアは人々の姿が見えなくなるまで手を振っていた。そして勇気をくれた人々に心の中で感謝を言い、城で1人ぼっちになっているレイリアを、牢に囚われているであろうクリム達のことを想った。

 

(レイリア、貴女は助けに行ったあのとき、私に1人で逃げるように言った。私も、レイリアは強い子だからって、自分に言い訳して逃げた。)

 

 でも勝ち気で男勝りな性格とはいえ、レイリアも1人の女の子だ。恋人のクリムと離れ離れにされ、城に軟禁され、寂しくないはずが、怖くないはずがなかった。クリムに数年監禁され、マキアにもようやくそのことが分かった。いや、本当はもっと前から、レイリアが強がっていただけだということなんて分かっていた。ただ言い訳して逃げていただけだった。

 

(でも、今は違うよ。今度こそ、みんなを助け出すから。レイリア、クリム、前は助けられなくてごめんなさい。力になれなくてごめんなさい。でも私は、貴方達のことが同じくらい好きで、同じくらい大切なの。)

 

 今回こそ、本当に余計なお世話になってしまうかもしれない。レイリアもクリムも、こうなってしまったことも含めて運命だと思っているのかもしれない。レイリアは城で幸せに過ごしているのかもしれない。…今回も、マキアだけで逃げるように言われるかもしれない。

 それでもマキアは、クリムとレイリアを、みんなを助けたいと思ってしまった。だから、これはマキアの我儘だ。また3人で一緒に過ごしたいという、ただのマキアの我儘。

 

「マキア、あんまり風に当たりすぎると冷えるぞ。」

「うん、今中に入るね。」

(私の我儘。うん、そうだよ。でも、嫌って言っても、絶対に助けるから。もう決めたの。きっちり全員助けて、みんなであの村に帰る。だから、待ってて。)

 

 マキアは強い意志を胸に、与えられた船の部屋へと戻っていった。




次はいつになるか分かりませんが、気長にお待ちいただければと思います…
完結はさせますので、よろしくお願いします。


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